忘れ傘とグリモわーる (ホワイト・ラム)
しおりを挟む

魔術と禁忌と忘れ傘

さて、今回から新しい作品です。
心機一転で頑張っていきます。

作中に作者の、他の作品キャラが出ますが物語自体に関係はない別人です。
スターシステムという奴ですね。


紅魔館の図書館の一室。

自身に貸し与えられた部屋で、パチュリー・ノーレッジは一冊の魔術書(グリモワール)に向き合っていた。

 

「ケホっ……」

持病の喘息を気にしつつも、埃臭い古びた魔術書を幾重にも重ねた魔法陣の中に置く。

 

「これで――っ!?」

自身の書いた魔法陣と、魔導書その物が激しく反発して余剰魔力が部屋にあふれる。

 

「くっう!また!!」

若干の苛立ちと共に、すさまじいスピードでスペルを唱え部屋の魔力を安定させる。

 

「いい加減に――!!」

 

ピシィ!!

 

「しまッ――!!」

最後の一瞬、パチュリーが気を抜いた瞬間、目を眩むほどの閃光が魔導書から迸り――!!

 

 

 

 

ドゴーン!!

 

「うひゃ!?パチュリー様まだ、やってるの?」

図書館の司書を務める小悪魔が、何かが爆発したような衝撃で持っていた本を取りこぼす。

この爆発は今月に入ってもう10回以上だ。

 

「小悪魔ーッ!!お茶!!お茶を頂戴!!」

のしのしと部屋から出てきたパチュリーは煤だらけで髪は傷んで服はボロボロになっている。

 

「はいはい、今すぐにー!!」

パタパタと小悪魔が紅茶を手に走る。

 

「遅い!!まったく……」

苛立ちをぶつける様に、怒鳴ったパチュリーは小悪魔から紅茶をひったくると大きな口で一気に飲み干した。

 

「パチュリー様?もうあの魔導書に関わるの止めません?」

 

「止める訳ないでしょ!!800年も前に途絶えた魔術士の魔導書なのよ!?

突如彗星のごとく現れ、様々独自の魔術を作りそして誰にも伝えることなく消えた忘れられた魔術師の魔導書なのよ!!

なんとしても、絶対に読んでやるんだから!!」

ソーサーにたたきつける様に、パチュリーがカップを戻す。

 

いら立つパチュリーを小悪魔が不安そうに見る。

事の初めは約3か月前、とある事情で紅魔館の壁の一部が壊れたのだが、その奥に古い羊皮紙にくるまれた一冊の魔導書が見つかったのだ。

作者のサインは載っているが、聞いたこともなく。

それでも気になった所、僅かに、ほんの僅かに残された古い文献にその作者の名があった。

あまりに異質な魔術の系統に、パチュリーは夢中になった。

元来知識を好む性格の彼女だ、誰も知っていない知識をほおっておくはずなどなく――

しかし――

 

「なんでこうも、トラップが多いのよ!!

防衛にしてもやり過ぎでしょ!!

読む前から分かるわ!!この魔術師はよっぽどの偏屈か、変り者か、へそ曲がりよ!!」

罵詈雑言を持って来ていた件の魔導書に投げつけるが――

 

「あれ?魔導書は?」

さっきまで、魔導書を置いていたハズの机にない。

 

「なんで!?どうして!?漸くトラップを解除したのに!!

後ほんの少しで、異端魔術の力が私の物になるのに――」

 

「へぇ?これ、そんなすごいモノなのか」

図書館に響く活発な声。

 

まずい――彼女は非常にまずい。

 

パチュリーがそんなことを想って振り返った先に居たのは、金髪の髪の魔法使い。

 

「魔理沙!!その魔術書を返しなさい!!貴女には手に余るわ」

 

「へぇん!や~だね。それにそんなすごいモノなら私も興味がある!!

という訳でだ。借りておくぜ~」

魔理沙が箒に跨ると、魔力を放出しながら図書館からすさまじスピードで逃げていく!!

 

「ま、待ちなさい!!今回だけは、許さないから!!」

パチュリーが自身の周囲に魔法陣を展開して、同じくすさまじいスピードで追い始める!!

魔術師同士の、追いかけっこだ!!

 

 

 

「うお!?まだ追ってくるのか!!」

 

「当たり前でしょ!!そいつを開ける為に、もう一週間以上寝てないのよ!!」

空の上で、逃げる魔理沙をパチュリーが追う。

狼藉者を捉える為、無数の弾幕を持って魔理沙を攻撃する!!

 

「おとと、やる気か?良いぜ相手に成ってやる!!」

好戦的な笑みを浮かべ、魔理沙が空中でミニ八卦炉を構える。

のだが――

 

「ありり?」

 

「ん、何よ?」

困惑する魔理沙にパチュリーが攻撃の手を休める。

固まった笑顔のまま、魔理沙が自身の体をまさぐる。

 

ゆっくりと、ゆっくりと冷たいモノが魔理沙の背筋を登っていく。

 

「ない……」

 

「は?」

 

「魔導書が……ない!!」

 

「ちょっとー!!も、もっとよく探しなさいよ!!

此処は!!そっちは!!」

パチュリーが空中で魔理沙に詰め寄り無遠慮に魔理沙の体を同じくまさぐる!!

 

「ちょ!?ヤメロ!!そっちは――ひゃあ!?

どこ触ってるんだぜ!?」

 

「何その口調!!良いから、見つけなさい――げっほ!?ごっほ!!死ぬ!!」

 

「あわわ!!パチュリー!?」

 

 

 

 

 

木の影にとある妖怪が隠れる。

 

(近い――!)

道行く男にその妖怪が狙いを決める。

今日の食糧に選ばれた哀れな犠牲者は、その男の様だ。

 

パキッ――

 

タイミングを見計らうため用意していた、木の棒を踏む音がする。

これにより、獲物がどの位置に居るかが確実に分かるのだ。

 

大きく息を吸い――

 

「驚け――イダイ!?」

飛び出す瞬間、頭に本が落ちてくる!!

 

「なんだ?大丈夫か?」

一瞬心配した物の、男はそのまま歩いていってしまう。

 

「ぐす……なんなのぉ?一体?」

妖怪が頭をさすりながら、起き上がる。

青い服にスカート、地面に落ちるのは紫色した目と舌のある傘。

涙ぐむ目は赤と青のオッドアイ。

彼女の名は、多々良 小傘。

忘れられ、捨てられた傘が妖怪化した付喪神の一種だった。

 

「えっと……本?ぐ?げ?」

ぶつかった頭を擦りながら、落ちてきた本を見る。

外来の言葉で何か書かれているが、小傘は読めなかった。

 

「グリモワールだ。グルモワール・オブ・オルドグラム」

渋い声が、小傘に説明をする。

 

「ああ、そっかぁ。グリモわーるか、私外来語わかんないから――え?」

 

「ん?どうした?外来語は苦手か?

だが、他の国の言葉が出来ると自身の世界が広がるぞ?」

小傘のすぐ後ろ、長身の男が身を竦めてグリモワールを手にしていた。

 

「だ、誰ですかー!?」

怪しい男の出現に小傘が勢いよく飛びのく!!

 

「むぅ?驚かせてしまった様だな……

おっと、いかんいかん。自己紹介を忘れていた。

我が名はオルドグラム・ゴルドミスタ。

魔術師にして錬金術師だ、我が封印を解いたのはお前か?」

尻餅をつく小傘を除き込む様に、オルドグラムが顔を近づける。

外が黒く、内側が紅いマント。黒い服に紅いベルトが足に数本、胴体にも数本、腕にまで数本と全身紅いベルトだらけ、腰にはシルバーのステッキが侍の刀の様にぶら下がっている。

顔のモノクルが怪しく光を反射した。

 

「ち、ちがう、違う!!距離が近い、近い!!」

初対面の男の近距離に小傘が地面を引きずって下がる。

 

「ふぅむ……その様だな。

魔力を感じない。いや、そもそも人間ではないか――

お前、妖怪だな?ならば――」

あごに手を当てぶつぶつと独り言をつぶやく。

 

「あ、あの!!封印とか、いろいろ何なんですか?」

 

「む?」

小傘の言葉にオルドグラムが止まる。

様々な事が起きるが、小傘はその好奇心に耐えきれなくなったのだ。

 

「説明が必要か……良いだろう!!説明してやろ――っ!?

しまった……魔力が不足している……おい、そこの。

我をどこか落ち着ける所へ連れていけ」

 

「え、え、え?」

いきなりの言葉に慌てふためく小傘。

それと同時に、オルドグラムの姿がうっすらと透ける。

半透明で、向こう側が透けている。

その姿はまるで――

 

「幽霊!?」

 

「そうだな……うむ、近いというよりそのものだ。

我が肉体は800年の昔に死滅している。

今は魂をこの魔導書に書き込んでいるのだ」

とんでもないことを平然とオルドグラムが言い放った。

 

「えーと……けっこう、コレ危ないのかも……」

僅かに冷やさせをかきながら、小傘が歩き出した。

 

「馬鹿者!我の本体を置いて何処へ行く気だ!!

本を運ぶのだ。傷など付けぬ様にな」

 

「え、私が?」

なんとも言えない気持ちに成って、仕方なく小傘がグリモワールを手にした。

 

 

 

 

 

「ここで良いかな?多分今日は誰も来ないから」

 

「ほう、悪くないな。

何かの工房か?」

人里の一角、小さな工房の様な場所に小傘がやってくる。

部屋の隅には、釜戸と金鎚が有った。

 

「工房って訳じゃないけど……一応、私の鍛冶場……みたいなものだよ」

恥ずかしいのか、小傘が頬を掻きながら説明した。

 

「ふむ、貧相な見た目をしていたので、てっきり野良妖怪だと思ったが生活は出来ているのだな」

 

「んな!?初めて会った子にそれは流石に失礼じゃないかな!?」

あんまりな言い分に小傘がオルドグラムを叱りつける。

しかしオルドグラムはそんな小傘を無視して、霊体状態で工房を見る。

 

「ふぅむ……ほう、鍛冶場か……」

興味深そうにあたりを見る。

 

「ねぇ、オルドグラムって――」

 

「なんの用だ?()()()

 

「え、坊主?」

 

ガサッ!!

 

小傘が不思議に思った瞬間、小傘の後ろの畳を跳ねのけ、一人の少年が飛び出した。

 

「妖怪傘!!お前の命をもらう!!」

 

「え?」

人は死ぬ寸前に世界がスローモーションに成るという。

小傘は人間ではないが、それと全く同じ感覚を味わっていた。

少年の手に冷たい輝きを放つ針が握られている。

 

(針、危ない、やられる、どうして、なんで――)

 

シュン!!

小傘のすぐ横を、針の何倍も大きな鉄が通り過ぎて少年の腕の針を叩き落した。

それはオルドグラムの持つステッキだった。

 

「おっと、友人だったか?反射的に攻撃したが――」

小傘を守る様にして、悠然とオルドグラムが少年の前に立ちふさがる。

いつの間にか実体化をし、投げたステッキを拾いなおしている。

 

「大丈夫!!全然知らない人だから!!」

 

「そうか」

小傘の言葉を聞いて、冷ややかにオルドグラムが目を細める。

 

「わずかな霊力……ふむ、退魔師か?

どうやら駆け出しの様だが……なんの用だ?」

 

「よくわかったな、俺は退魔師の一人だ。

俺の力を試してみたくなったんだよ、だからさ。

そこ、退いてくれよ。まずは弱い妖怪で様子見だ」

 

「な!」

あんまりに自己中心的な言葉に小傘が言葉を失う。

自身の力を試したいがために、自分が襲撃されたのだ。

平然と語る若者の態度に、小傘はうすら寒いモノを感じた。

 

「ふぅ、下の下……いや、下の下以下だな。

自身の力に溺れた貴様には力を使う資格はない。

謙虚に生きる事だけを考える事を勧めるぞ?」

ため息を付いて、オルドグラムが話す。

 

「うるせぇ!!俺は、この針で退魔師になった!!

これからは俺の時代だ!!」

少年が手に持った針を振りまわす。

そして――

 

「邪魔をするならお前も容赦しない!!」

針を持ったまま、アルドグラムへと走る。

だがオルドグラムは胡乱な顔、ひどく退屈そうな顔をしたままゆっくりと口を開いた。

 

「警告はしたぞ?したからには――容赦は無い!!

我が魔術の礎と成れ!!」

 

キィン!!

 

オルドグラムがステッキを構える。

侍の様に、居合の様なポーズを取る。

正面に居る男に見えるか分からないが、後ろから見ている小傘からは赤褐色の色が銀のステッキにまとわりつくのが見えた。

 

「用心棒の積りか!!俺に届く訳がないんだぁああああ!!!」

男が手に持った、針を構えて振り上げた。

 

そして――

 

ズッパァアアアアアアアン!!

 

横薙きの一撃が振るわれた。

その瞬間室内であるにも関わらず強い風が吹きつけた。

 

 

「嘘でしょ……?」

目を開けた小傘が前の惨状のに震える。

壁も扉も、巨大な剣で切り付けられたかのように真っ二つに。

そして、さっきまでこちらに向かっていた男()()は真っ二つに成っていなかった。

 

「な、なにがぁ?」

振るえる男、さっきの一撃は確かに男を捉えていた。

その証拠に男の上着はちゃんと上下に切断されている。

男の持つ針をオルドグラムが拾うと、すさまじい勢いで錆びていき塵となった消えた。

 

ドサッ!

 

男が腰を抜かし、そこに倒れる。

オルドグラムの視界の中、男の体だけが唯一無事だった。

 

「見ての通りだ。加減してやったのだ。

我はお前を消そうとすれば、一瞬で十の苦痛を与え、百に切り刻み、千の地獄を見せてやれるぞ?」

 

「ひぃ、ひぃあ……」

振るえる男の顔をオルドグラムが覗き込む。

冷酷な魔術師の顔がそこに有った。

 

「しかし、今日は気分が良い。

逃げろ。見逃してやる。無様に負け犬の様に尻尾を巻いて逃げろ」

 

「あ、あひ、あひぃいいいいい!!!」

這う這うの体、まさに這う這うの体で男が背を向けて逃げ出した。

 

「ふぅ、ざっとこんなモノだな」

一仕事終えたオルドグラムが座布団に座る。

カァンと音をたて、ステッキを畳みに突き立てる。

 

「……オルドグラムって実はすごい強いの?」

 

「ん?当時のギルドの精鋭を返り討ちにする程度の能力は有ったな。

強いかは知らんが」

そう言って、再びオルドグラムが半透明――霊体の姿へと戻る。

 

「すごい!!ただの性格が腐った男じゃ――えう!?」

 

ドサッ――!

 

突如体から力が抜けるのを感じ、小傘がバランスを崩し倒れる。

なんと言うか、すさまじい空腹感が襲ってくる!!

 

「なん、で……?」

 

「貴様の妖力を魔力に変換した。

恐らくそのせいだろう」

 

「へぇ、私の妖力を魔力に――なんて事してるの!!」

一瞬さらっと流しそうになった小傘が突っ込みを入れる!!

 

「落ち着け、落ちつくのだ。

さっきの男、崩れとは言え退魔師だ。妖怪のお前に勝ち目は薄いだろうな。

そこで、私がお前の妖力を借りて代わりに戦ったのだ。

助けてやったのだ、感謝すべきではないか?」

尚も霊体のまま踏ん反り返るオルドグラム。

 

「じ、自分の魔力を使いなさいよ!!」

 

「ふッ、この本は魔力生成が有る程度出来るがそれでも、この体を維持する程度が限界だ。

つまり外からの何らかの力の供給が必要不可欠なのだ」

小傘の中に、嫌な予感が走る。

 

「ちょっとまって!?魔力切れなら、壊した扉とか壁とかどうするの!?

直せるんだよね?それが分かってて力、使ったんだよね」

その時扉が小さく音をたてて倒れた。

 

「あ……喜べ忘れ傘よ!!我がグリモワールの力の一端を貸してやろう!!

お前は他者の驚きの感情を食らうのだろう?

我が魔術を見せる事で、そんな物はいくらでも手に入るぞ?

我は魔力に変換する、何らかの力が欲しい。

そしてお前は、他者を驚かす力が欲しい。

ふふふ、ギブ&テイクという奴だな?」

 

「か、勝手に決めないで!!っていうか、扉なーおーしーて!!」

 

「ふふふ、これからよろしく頼むぞ()()

ふふふ、ふはははははっは!!ふははっははあははは!!

おっと、残念だが魔力切れだ!!

再び会おう!!ははははっは!!!はぁはははははは!!」

そう言うとオルドグラムはパッと消え、本だけが床に残っていた。

 

「こんなグリモわーる……こ、こんな驚きいやー!!!」

 

ぎゅるるるるるるるる……

 

小傘の叫びと、空腹を訴える腹が切なげに鳴った。

しかしその声に応えるモノは無く、真っ二つにされた壁と扉から寒い冬の冷気が流れてきただけだった。

 




基本ハートフルでやっていきたいです。
小傘はハートフルボッコになりそうですが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と欲望と黄金の塊

さてさて、2話目です。
3話目位から、別のキャラと絡めていきたいですね。


人里の一角、小さなあばら家が小傘の家だった。

いや、正確には家ではなく彼女の仕事の為の『工房』だった。

一人の男が、その家を目指し歩みを進める。

 

「あれ、どうしたんだろコレ?」

小傘の家の前はまるで鋭利な巨大な刃物で切り刻まれた様に、真横に大きな亀裂が入っていた。

誰かが応急修理したのか、切れ目を縫うように板と釘で打ち付けられている。

訝しがりつつも小傘の住む家の扉を開ける。

 

「小傘ちゃーん?俺の包丁のヤツ……おわ――うぉ!?」

男が、びくりと身を縮こませる。

それもそのはず――部屋の真ん中に居たのは、いつも笑顔で迎え得てくれる小傘ではなく、胡乱な目をした怪しげな顔と派手な服装の男。

 

「よく来た――依頼か?それとも、受取か?」

 

「え、あ……いや……その……」

 

「ふぅむ?言えぬか?言えぬのなら――体に聞くしかあるまい」

怪しげな男が立ち上がると、周囲に何か不気味な力が胎動した。

その男を中心に空気が歪んでいくのを感じる、ビリビリと肌に深いな感覚が広がっていく。

 

――マズイ!!――

 

男の精神が全力で危険を知らせる!!

此処幻想郷は、妖怪が闊歩する場所。

夜中に腹を空かせた妖怪、機嫌を損ねた神、退屈している邪仙など触れてはいけない相手は無数にある。

この男はそれらと同種、あるいはそれ以上の非常に危険な存在だと感覚的に分かる!!

人は圧倒的な恐怖に駆られると、足が地面に縫い付けられた様に動けなくなってしまう。

哀れにも、震える以外の事が出来なくなってしまったのだ。

 

「どれ、まずは足を……」

怪しげな男が、ステッキを構える。

一方客人の男は痛みに備えようとぎゅっと目をつぶる。

その時――

 

「何してるの!?」

突如里奥から買い物袋を抱えた小傘が走ってきて、怪しげな男を押しのける!!

 

「小傘ちゃん!?」

思いも寄らぬ救いの女神に男が、感謝をする。

 

「あ、2丁目の料亭さんですよね?包丁はもう出来てますから!!」

営業スマイルを浮かべて、家の中に入ると非常に良い出来の包丁を2本持ってきた。

 

「あ、あははは、すいません……ちょっと、この人留守番代わりの人で――」

隠す様に怪しげな男をドアの向こうへ押しやる。

料亭の主人である彼は、所謂「お得意様」で彼を失う訳にはいかなかったのだ。

 

「あ、ああ……そうなんだ……鍛冶屋も大変なんだね……」

苦笑いを浮かべて、料亭の主人が小傘に研いでもらった包丁を確認する。

 

「うん、相変わらずいい仕事だね。

じゃ、じゃあ、僕はこれで……」

 

「ありがとうございます」

お金をもらい、小傘が逃げる様に去っていく男の背を見送る。

料亭の主人が去っていくのを確認した小傘が、ドアを開けて部屋の中へと飛び込む!!

振り返って扉を開けるまで、僅か0.5秒余りそのわずかな時間で小傘の営業スマイルは悪鬼を討つべき修羅のごとく変化する!!

 

「オルドグラム!!何してるの!?」

開口一番、ついこないだから勝手に居候を始めた同居人を叱りつける。

しかし件の魔術師は――

 

「何って、ティータイムだが?」

畳の上に白いお洒落なテーブル&椅子に腰かけ、紅茶を楽しんでいる。

 

「あーそっかぁ、あふたぬーんてぃーって奴だね……

ってどこから持ってきたの!?」

 

「我がグリモワールから、具現化(マテリアライズ)させた。

私が工房と認識した空間で、グリモワール内の道具を出現させるのだ。

この国では結界という概念が近いか?条件は閉鎖空間である事と――」

 

「そんな事良いから!!」

長々と説明を始めるオルドグラムを小傘が怒鳴りつける。

 

(こいつは何が気に入らないんだ?)といった顔をして、オルドグラムが自身の耳を人差し指でふさぐ。

 

「はぁ、いい?私言ったよね?騒ぎを起こさないでって!」

 

「お前の都合など知らぬわ!」

小傘の言葉を無視して、紅茶を一口飲む。

 

「あー!!もう!!」

そのこちらを全く気にしない優雅さに、小傘が頭を引っ掻いて地団太を踏む。

 

 

 

数日前、小傘は森の中で不思議な魔導書を拾った。

里の外、自身の頭上に落ちてきた魔導書から出現したのがオルドグラムなのだが……

 

常識に疎いのだ、非常に。

いや、疎いというか他者に興味がないというか……

いずれにせよ、自分本位すぎる自由人だ。

 

先ほどの様に見知らぬ相手に、警戒をして魔法を容赦なくぶっ放そうとするし、小傘の家の中だという事を全く気にせず、紅茶やテーブルを召喚する。

などな悪い意味で非常にマイペースな人間なのだ。

そして極めつけは――

 

「あう……なんだか、空腹に成って来た……

ちょっと!!勝手に私の妖力利用するのをやめてよ!!!」

自身の空腹に耐えかね、腰にぶら下がった魔導書を手にしながら、小傘がオルドグラムに指を突きつける。

 

「仕方ないのだ。道具の具現化(マテリアライズ)は魔力を食うのだよ」

なんて言いながら、平然とケーキに手をつける。

 

「ちょっと!!無駄に召喚しないで!!」

小傘の声が、むなしく響いた。

 

 

 

 

 

「(これは、調査が必要かも……)」

突如自身の生活に、乱入してきた魔術師に対して小傘はあまりにも無知過ぎた。

そして、彼女は件の魔術師について調査をすることに決めたのだ。

 

「ねぇ、私にもそれちょうだい!」

 

「ん、かまわんぞ?」

オルドグラムが、部屋の中で別の椅子を召喚して、手早くティーカップとケーキを置く。

 

「い、いただきます……」

目の前のカップをみて、小傘は恐々と手を伸ばす。

得体のしれない魔術師(しかも幽霊)が用意した紅茶だ、何が起きるか分からない。

 

スンスン……

 

警戒した小傘が、紅茶の臭いを嗅ぐ。

正直いって日本茶以外にはあまりなじみがない小傘だが、なかなか良い茶葉なんだという事はなんとなく分かる。

 

「ねぇ?これって、このまま飲んで大丈夫?

そのまま飲むと、胃が爛れたりしない?」

 

「ん?胃が爛れる紅茶の方がよかったか?

拷問用だが……用意してやろうか?」

さらっと拷問用紅茶が有る事を告白して、小傘が必死に断る。

恐る恐る紅茶に口を付ける。

 

「おいしい……」

 

「そうか」

何処か自慢げに口角を上げると、オルドグラムもカップを持ち上げた。

 

「ねぇ、いろいろ聞いても良い?」

 

「かまわないが?」

お互いの視線が一瞬だけ交差する。

すぐに両人とも、カップに視線を戻すが。

 

あなた(オルドグラム)って何なの?」

 

「前に言った通りだ。

我は魔術師にして錬金術師、たったそれだけの事よ」

オルドグラムが紅茶を飲み干すと、ティーポットから再び紅茶を注ぐ。

 

「そんな訳ないでしょ?

私魔法使いに会った事あるモノ。

捨虫だっけ?捨食だっけ?そんな魔法を覚えた魔法使いは年も取らないし、何も食べないんでしょ?」

小傘の言葉に、オルドグラムがケーキを切るフォークの動きを止める。

小傘の指摘通りなら、紅茶を飲みケーキを食うオルドグラムは――

 

「そうだ、ある一定の魔術を覚えた魔法使いは年を取らない。

何かを食べる必要もなくなるだが、私はそのどちらも満たしていなかった。

まぁ、今は幽霊である為、どちらも必要ではないのだがな?」

あげた右腕が、すぅっと透ける。

幽霊。それが今の彼なのだ。

今の彼は「魔法を使う」という点のみが小傘のしっている魔法使いと共通している。

そして、彼のもっとも異質な点は――

 

「じゃあ、これは?」

小傘の腰に巻きついた、グリモワール。

タイトルは「グリモワール・オブ・オルドグラム」。

 

「これが我が本体だ。

肉体を失った我は、我が魔導書に魂を移植し、魔術の吸収機関を利用して今の我を現世にとどめている。

勿論、魔力以外の力も吸収できるのだがな」

 

「ああもう!!ソレ止めてよね!!ドンドンお腹空いていくんだから!!」

ここ数日の小傘の空腹の原因は、それに有る。

オルドグラムは小傘から容赦なく魔力を吸い上げている。

かろうじて倒れないのは――

 

ガラッ!

 

「すいませーん、うちの鍋穴が開いちゃって、修理を――!?」

 

「はーい、承ります」

椅子から下りて、修理を頼む客人に近寄る。

 

「あの……後ろの人は?」

 

「えっと……居候?」

 

「へ、へぇ……そうなんだ……」

手早く修理を頼むと、客人は帰っていった。

 

「ふむ、人の顔をみてずいぶん無礼な奴だ」

若干不機嫌になりながら、オルドグラムが話す。

 

「いきなり現れたからびっくりしたのよ!!」

悔しい事に、小傘が餓死しないのはオルドグラムをみて驚いた驚きが入ってくるからである。

空腹の原因がオルドグラムならば、何とか生きているのもまたオルドグラムのおかげなのだ。

 

「どっちかっていうと、悪いことの方が多いのに……」

 

「そう、落ち込むな。

我が力を使えば様々な事が出来るぞ?

特に金属器とは相性がいい、錬金術は得意分野だ」

立ち上がると小傘から、鍋を取り上げ何か小さくつぶやきながら鍋の表面を撫でていく。

 

「うむ、これでいいか?」

その鍋を弧を描く様に小傘に投げ渡す。

 

「わわっと!」

慌てて、鍋を受け取ると開いていたハズの穴が閉じている。

後は仕上げをするだけという所まで終わっている。

 

「すごい……本当に魔法使いなんだ!」

 

「今更か……」

尚も疑っていた小傘に肩を落としながら、オルドグラムがため息を付く。

小傘が改めて、鍋を見るが本当にしっかり直っている。

それと同時に、小傘の中に欲がむくむくと湧いてくる。

 

「ね、ねぇ、錬金術って金属を操るんだよね?

こう……金属を他の金属に変えるって出来る?」

 

「他の金属へ?出来るぞ?」

オルドグラムの言葉を聞いて小傘が飛び上がり、指を鳴らした!!

 

「やった!!それ、本当だよね?」

 

「あ、ああ」

再度確認をした、小傘が走って家中の古い使わなくなった道具、または金属で出来た道具などを持ってくる。

 

「これを今すぐ金に変えて!!黄金にして!!」

小傘とて金の価値は知ってる。

これが高く売れる事も十分理解している。

 

「……本当に良いのか?」

 

「いいに決まってるじゃん!!この際多少なら、私の妖力を使ってもいいからさ!!」

小傘の心中では、大量に金が手に入れば今の切れ目が入った家を新築出来るし、新しく金を使って手にした現金でまたぼろ鉄を買い上げ、オルドグラムに金へと変化させ、またぼろ鉄を買いそして……

いずれは大金持ちに、成り紅魔館よりも大きな豪邸に住んで……

なんて、未来設計図が出来上がっている!!

 

「ささ!!早く!!すぐやって!!」

 

「分かった、分かった」

急かされたオルドグラムが魔法陣を床に書いて、その中心に小傘の集めた家中の金属を置く。

 

「では、始める」

ぼそぼそと呪文を唱え、小傘の妖力が変換され――

 

カァ!!

 

すさまじい光が瞬いて、余剰魔力が排出される!!

 

「金は?金はどうなったの!?」

 

「安心しろ、成功だ」

眩む視界の中、小傘がオルドグラムの声を聞いてほくそ笑む。

 

これで自分は大金持ち――

 

「これだ」

 

「え”!?」

オルドグラムが、小指の爪ほどの金をこちらに投げ渡す。

 

「なにこれ……なにこれ!?」

手の中、小さな小さな金を小傘が手にして大声を上げる!!

 

「金だが?」

 

「小さいよ!?あれだけあった鉄からこれだけなの!?」

まさかの超少量の黄金に小傘が動揺する。

彼女の中では、出した鉄と同じ量の黄金が手に入る予定だったのだが……

 

「ああそうだ。

なぜ、金が貴重か知っているか?

それは金が魔術師にとっても、精製が困難だからだ。

考えてもみろ、金がその価値を保っているのはその希少性からだ、金を生み出す魔術師が居ても尚貴重であるという事は、それだけ精製が難しいのだ。

良かったな、私は金を生み出せる貴重な魔術師だぞ?」

 

「え、いや……コレだけあっても……

精製するのに使った、鍋が買い戻せるかどうか……

え?これだけ?あんなに有ったのに?え、豪邸は?大金持ちは?」

オルドグラムの説明を聞きながら、小傘が光りの消えた目でぼうっと自身の掌の金を眺める。

ぼそぼそと、力なく。

無気力に、幽鬼の様に朧につぶやく。

 

「ふむ、感動のあまり言葉が出ないようだな!!

はっはっは!!気分が良い!!」

オルドグラムの高笑いが大きく響いた!!

笑い声で数人が驚き、幽鬼のような小傘をみてさらに数人が驚き、ほんの僅かに小傘の腹が膨れたのは秘密。

 

「良かったではないか、小傘よ」

 

「こんなグリモわーる、いやぁー!!!!」

 




実は日常生活では傘を使わない作者。
外に出ないという訳ではなく、雨が好きだからです。

それに「雨に濡れたい!!」となった時、雨を任意で振らせられないので、雨に濡れることは出来ないんですよ。
雨に濡れれるのは、雨の時だけなので、雨の日は雨に濡れる事にしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と発明と別れの儀式

さて、なかなか進まないこの話。
不定期更新ですが、ゆっくりと待っていてください。


「な――、まー………――、――――、――あ、――」

ポクポクと木魚を女僧侶――白蓮と名乗ったか?が叩いている。

死者への手向けの言葉を、ゆっくりと唱えていく。

 

「ふむ……」

オルドグラムは慣れない和風の文化を観察していた。

畳に座布団に正座。

借り受けた数珠を手に、目の前に置かれた白い棺を見る。

 

「短い間であったが、世話になった……さらばだ()()よ」

聖の座る仏前には、黒い写真立てに飾られたオッドアイの少女が舌をだし笑っていた。

参列者が思いを胸に、写真の中の優しい笑顔の彼女との思い出が、線香の臭いに消えていく。

 

 

 

 

 

少し前――

 

「はぁう……ひもじい……」

小傘が空腹を覚え、ちゃぶ台にもたれかかる。

仕事も済ませ、いざ午後から出かけようとした矢先に空腹を、認知してしまったのだ。

 

「根を詰めすぎたのだな、無様な……」

部屋の真ん中、どこからか拾ってきたガラクタを手にしながらオルドグラムが話す。

 

「ちょっとー!もうすこし、心配してくれても良いんじゃないの?

ガラクタが欲しいって、無縁塚まで本を運んだの私だよ?」

 

「この前、金を錬成したやったろう?

それ以上に何を欲するのだ?それに――これはお前の為にもなる事だ」

 

「へぇ?……なんでも良いけど変な事しないでよ……?」

オルドグラムの、言葉に小傘が疑問を持ったが空腹に耐えかねたのか、少しでも気を紛らわすために眠る事を選んだようで布団を敷いてその中に潜り込んだ。

徹夜での作業もあったのか、そのまま数分も持たずに小傘は眠りついた。

 

数時間後――

 

「ふぅあ……よく寝た……なに、コレ?」

眠りから覚めた小傘の目に着いたのは、ちゃぶ台の上にある箱。

大きさは一抱えで少し大きい。

恐らくこの箱の持ち主であろうオルドグラムはいない。

なんと言うか、なんと言うか非常に嫌な予感がする小傘。

 

「本の中で休んでるのかな?

おーい!オルドグラム!!オルドグラムってば!!」

バシバシと、自身の腰にぶら下がるグリモワールを叩いてみる。

すると音もなく、グリモワールが開いて――

 

「なんだ。我を呼びつけようとは……些細な用事では済まさんぞ?」

不機嫌な顔をしたオルドグラムが、姿を現した。

こちらも眠っていた様で、ご丁寧に寝間着にナイトキャップまで被っている。

恐ろしい事に、その服装の色はご丁寧に彼のイメージカラーである赤黒だった。

 

「……えっと、この箱なんだけど、どうしたの?

買ってきた訳じゃないよね?」

そう言いながら、ちゃぶ台の上に鎮座する怪しい箱を指さした。

その瞬間オルドグラムの口元がニヤリと吊り上がる。

寝間着が一瞬にして、いつもの服装へ変わり、朗々と語りだす。

 

「ほう、気が付いたか?これこそ我作品の一つ!!

名づけるなら『小傘箱2号』!!

外界のガラクタを我魔術を用いて動力を代用したものよ」

そう言って、自信満々に例の箱を持ってくる。

 

「何その名前……勝手に使わないでよ……」

まさかの自分の名前を使用した物に、心底困ったように小傘が答える。

 

「んで?一体何をする道具なの?」

 

「驚きを吸収する回収機だ」

 

「うそッ!?」

あまり期待していなかった小傘、まさかの機能にうれしい驚きの声を上げる。

 

「ふははは、我は恩には恩を返す質でな……

成り行きとは言え、我に魔力を供給しているお前に感謝を持っているのだ。

妖怪の生態は分からんので少し手間取ったが、ついに完成させたのだ!!」

 

「さっすがオルドグラム!!頼りになる魔法使いだね!!」

 

「ふっはっはっは!!もっと褒めるが良い!!」

クルリと手のひらを返した小傘が、オルドグラムを褒め、オルドグラムも自身ありげに高笑いをする。

 

「で?どうやって使うの?」

 

「まぁ、待て。今、見せてやる」

そう言ってオルドグラムが、箱の底にあるスイッチを入れ――

 

「こうして、人気のない場所へと置いておくのだ」

 

「ふむふむ」

今度は、畳の上に礼の箱を置いて、手を近づける。

 

「人間が近づくと、生物を感知する魔術が作動して――」

パカッ!!

『驚けー!!驚けー!!驚け-!!』

 

「うわぁわわわわわわ!?」

突如箱の上部が開き、デフォルメされた小傘の顔を模したパーツがバネで揺れる!!

 

「どうだ!?これさえあれば、自動で驚きの感情を回収することが出来る――ぞ?

ん?どうした?あまりの発明に声も出ないか?ん?」

オルドグラムが自身ありげに説明するが――

 

「ただのびっくり箱じゃない!!

あー、期待したのが間違いだった……

ねぇ、2号って事は一号も有るの?」

ほぼほぼ期待していないが、小傘は気になった点を聞く。

 

「うむ、一号は音による驚きを目的とした風船を使ったもので――」

 

「もういいよ。割れるだけでしょ?」

諦めたような小傘の視線にオルドグラムが悔しそうに歯噛みする。

 

「くッ……次こそは――」

 

「あー、いいって。もう自分で動くから……」

酷くがっかりした様子で小傘が外へ出る。

結局は自分で驚きを手にしなくてはと思った様だった。

 

「くそ!必ず……や!!」

閉じた本の中、オルドグラムは小さく闘志を燃やしていた。

 

 

 

カァン……カァン……カァン!!

 

その日の夜。

小傘が寝静まった中、オルドグラムが作業を進める。

設計段階から、小傘箱を見直すこと数時間。

「他人を驚かす」という一点を様々な方向からアプローチし、音、光、シチュエーションという面を取り込み、複数の材料を持って相手を脅かす手段とする。

 

「必ず……!」

オルドグラムは燃えていた。

自身の絶対の自信があった、道具がバカにされた。

そう、すっかり忘れていたのだが時代は変わったのだ。

生半可な力では、今の時代に取り残される。

その危機が、かえってオルドグラムの心を熱くさせた!!

 

「すぅ……すぅ……」

そんな事はつゆ知らず、小傘が自身の布団で小さく寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

翌日――明け方――

 

「ふぅーい、さみぃさみぃ……」

一人の男が、手をこすり合わせながら人もまばらな人里を歩く。

吐く息が白く濁り、こんな日は朝なのに熱燗が欲しくなってしまう。

 

「んあ?」

そんな男が、路地の木材の上に置かれた小さな箱に気が付く。

なぜ?と問われたら応えられない様な、小さな違和感によってとしか言えない不確かな感覚でその男は呼び止められた。

 

「んだ、この箱……」

近づいた瞬間、その箱が独りでに木材から転がり落ちる。

そして蓋が空いて――

 

「ひぃ!?」

その箱の中には、近所で噂の妖怪の首が!!

だが恐怖はまだ終わらない!!

小さく声が聞こえる、そしてその声はだんだんと大きく!!

恐ろしい事に、その声は目の前にある妖怪の生首から聞こえてえ来る。

 

「くるしい……助けて……お願い……寒いの……だから……一緒に来てぇ!!」

 

「おぎゃぁああああああ!!」

カッと目を見開くと僅かに浮いて見せた!!

恐怖に続く恐怖に、男が赤ん坊のような声を出して逃げ出した!!

 

 

 

「ふむ、成功だな……」

男の泣く姿を、小傘の家の窓からオルドグラムが見て、満足気に頷いた。

男の恐怖の感情を取り込み、魔力に変換する事であの箱は、また別の場所へ移動する。

移動した先でまた同じ様な事をして、3回ランダムに移動した後此処へ戻ってくる。

これこそがオルドグラムの完成させた『小傘箱ニューΩ』だった。

 

「ふむ、素晴らしい……!」

小傘箱から送られてくる驚きの感情を受けたのか、眠っている小傘が幸せそうに微笑んだ。

 

 

 

「た、助けてくれ!!よ、妖怪が――!!」

 

「まぁまぁ、どうしました?」

オルドグラムの発明をみた、男が偶然通りかった女に話しかける。

 

「路地裏で、よ、妖怪の首が、妖怪が死んでた、んで、俺を連れて行こうと……」

酷く混乱しているのか、男のいう事が理解できない。

しかし、何か問題が起きている事は分かった。

 

「分かりました。とりあえず、その路地裏へ行ってみましょうか」

そう言って女――聖 白蓮は優しい笑みを浮かべた。

 

 

 

「あれ――ですね?」

聖が一人で件の路地裏へと足を進める。

男はすっかり怯えて何処かへ逃げて、それでも気になった聖は一人進んでいったのだ。

 

「ここは確か、小傘ちゃんのお家のすぐ近く……大丈夫でしょうか?」

生来のお人好しな聖が、たまに寺に顔を見せる小傘を心配する。

そして目にするのは――

 

「ひもじいよぉ……寒いよぉ……くるし――」

 

「ああっ、小傘ちゃん……!」

手を伸ばそうとした聖の目の前で、小傘箱が消える様にワープした。

その瞬間、聖が口元を抑えた。

 

「可哀そうに……妖怪でも不死という訳ではないんですね……

良い子だったのに……悲しいですね……」

めそめそとその場で、聖が涙を流す。

数分間、その場で手を合わせ消えていった唐傘お化けの冥福を祈った。

 

「後の処理をしてあげないと……」

祈りの言葉を唱え終わった聖は、そのまま小傘の家の扉を開ける。

 

 

 

「む?客人か?」

聖の訪問をオルドグラムが迎える。

 

「えっと貴方は……?」

今まで見たことのない男の姿に、一瞬だけ聖がためらう。

 

「我が名はオルドグラム、オルドグラム・ゴルドミスタ。

偉大なる魔術師にして錬金術師よ」

 

「まぁ、魔法つかいなんですか。少し親近感が――じゃなくて!

えっと、小傘ちゃんとの関係は?」

疑問を持った聖が尋ねる。

そうだ、いきなり知りもしない男が自身の知り合いの、しかも非常に大変なタイミングで居るのだ、何かの関連性を疑ってしまう。

ほんの僅かだが、まぎれもなく彼が『加害者』の可能性も――

聖がこっそりと身構えるが――

 

「ああ、数日前に森で拾われてからこの家で厄介にしてもらっている。

小傘の客人か?悪いが今、小傘は――」

 

「分かっています。大丈夫です……まさか、いきなりでひどく混乱しているでしょう?」

 

「混乱?ん?」

何か、微妙におかしい気がしてオルドグラムが顎に手をやる。

 

「小傘ちゃんの様子はどうでしたか?」

 

「ああ、昨日までは苦しんでいたが、今はこの通り安らかに眠っている」

オルドグラムの差した布団の中で、小傘が横になって眠っている。

昨日までは空腹で苦しんでいたが、今はオルドグラムの発明によって安らかに、とても安らかに眠っている。

そう語るオルドグラムの表情は優し気で、聖は彼を疑ったことを恥ずかしく思った。

 

「まるで生きているよう……けど、お別れはいつ来るか分からないんですね……

見た所外国の方ですよね、葬儀は私の寺で面倒を見ます。参列をお願いできますか?」

聖がオルドグラムに話す。

せめて、葬式くらいは家の寺でやってあげたいの言うのが彼女の心境だった。

 

「必要な式があるのか?残念だが、我は詳しくない。

出来るなら、頼みたい……えーと、名を……」

 

「聖、聖 白蓮です。

今後もよろしくお願いしますね、オルドグラムさん」

 

「うむ!」

そうして聖の指示の元、命蓮寺で葬儀が始まる事となった。

その日のうちに、話は広がり……

妖怪の小傘に家族はいない為、命蓮寺のメンバーのごく少数で葬儀は行われる事となった。

オルドグラムが、布団で寝ている小傘を起こさない様に棺に入れ、静かな空気の中お堂で聖がお経をあげる。

噂を聞きつけたのか、彼女の鍛冶屋の客人も来てくれたようで、会場には人妖含めておよそ20人程度の人数が集まっていた。

 

 

 

そして!!

「では、皆さん。最後の贈り物として花を添えてあげてください……」

お経を読み終わった聖が、棺に寝かされた小傘に一輪の花を添える様に言う。

参列者が花を棺に入れてゆき……

 

「最後には、一緒に入れましょうね?」

勝手の分からないオルドグラムを連れ、聖が花を棺に入れる。

 

「あら?花粉が……」

花からこぼれた花粉が、小傘の鼻を一瞬くすぐり――

 

――ハックシュン!!

 

「え、ええ……?」

 

「あー、なにコレ……鼻が、ムズムズする……また、オルドグラムが何か……あれ?」

棺から小傘が起き上がる。

くしゃみをしたせいか、目の前の聖の顔に自分の鼻水が掛かっている。

 

「え?……なにこれ?」

今度は小傘が驚く番だ。

起き上がると、周りに花。

黒と白の垂れ幕、喪服の参列者たち、そして自身の写真の遺影。

 

「な、なにこれぇええええ!!!」

少し休もうと眠って起きたら、まさかの自分の葬式!!

驚かないハズが無かった!!

だが、驚くのは小傘だけではない!!すっかり死んだと思っていた、会場の全員がまさかの展開の仰天する!!

 

「良かったではないか、小傘。驚きの感情をたらふく食えたではないか?」

 

「うん……確かにお腹いっぱいだけど……」

オルドグラムの後ろ。

自身を心配して集まった参列者たちから、怒りのオーラが滲みだす!!

 

「小傘ちゃん?」

 

「は、はいぃいい!!」

聖が珍しく、青筋を立ててにじり寄ってくる。

笑みを浮かべてはいるのだがそのプレッシャーは非常に厳しいモノがある。

 

「やっても良いイタズラと、悪いイタズラが有るんですよ?

これは、悪い方のイタズラです……覚悟は出来てますか?」

 

「ご、ごめんなさーい!!!」

 

「それでは、いざ!!南無三!!」

聖の制裁が小傘に降り注いだ!!




オルドグラムは悪人なのだと思います。
多分、善悪の感情よりも自身を優先するタイプ。
しかし、彼にも彼なりの恩と情が有るのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と目標と二人の約束

さてさて、今回も投稿です。
下地がだんだん出来てきたので大きく動きたいですね。


春の陽気がわずかに感じられる様になった幻想郷の人里のとある家で――

小傘が大層疲れた様子で、金鎚などの鍛冶に使う道具の手入れをしていた。

まさかのタイミングの包丁の製作の依頼が入り、さっきまで必死に作っていたのだ。

タイミングが悪いというか、まだ手付かずの包丁製作に依頼が3件も残っている。

修理とは違い、一から包丁を作るとなると結構な労力で、最近野外での散歩もとい無縁塚でのガラクタ漁りに付き合わされる小傘には、なかなか体力的な意味でつらい日が続いている。

 

「うん、これでいいかな?」

ある程度手入れして納得できる状態になったのか、道具を工具箱に戻して自身の家に居る半場無理やり同居し始めた、魔法使いを見る。

 

「オルドグラムー?おーい?」

なぜか静かな同居人、いつもは基本ローテンションな彼だが気に入った物や、興味が湧いた物を見つけると途端に元気になるという、テンションのアップダウンが非常に激しい男なのだ。

聞いても居ない道具や魔術の説明をしてくる場合はまぁ良いだろう。

適当な相槌を打っていればなんとかなる。

しかし、静かな場合はそれはそれで要注意。

何か、彼がとんでもないモノを製作している可能性も否定できないのだ。

 

「………ふむ……」

小さな返事というか、つぶやき。

思い出したくない事だが、彼の発明のおかげで『驚き』の感情を多く手に入れた小傘は僅かに余裕のある生活が出来ている。

少なくとも、以前の様に空腹で目がかすみ倒れるなんて事は無かった。

 

(これもオルドグラムのおかげ……だよね?

おどかしちゃえ!!)

おかげというとなぜか、非常に釈然としない。

小傘はそんな感情を振り切る様に、彼を驚かすべくその背後に近寄る。

両手を振り上げ、彼の肩の上に勢いよく振り下ろす!!

 

「オルドグーラム!!なーにして……何してるの!?」

 

「おお、小傘か。脅かすな」

オルドグラムの手の内には、怪しい一振りの日本刀の様な物が!!

一目で血が渇いたと分かる鞘の無数のシミ!!

鎖と注連縄、さらには『封』と書かれた札を大量に張られた全体!!

そして、最も恐ろしい事にその刀自体がわずかに揺れ、勝手に刀身を抜こうと震えているのだ!!

オルドグラムの足元には、破られた数枚の札が落ちている!!

一目で分かる、分かりやすすぎる妖刀だった!!

 

「ちょちょちょちぉ!!どうしたのそれェ!!」

 

「無縁塚で拾ったのだ、呼ばれたような気がしてな。

この国の言葉はある程度、分かるのだが……この『封』というのはどういう意味なのだ?すまないが教えてくれ」

尚もオルドグラムは、妖刀の札を剥がしつつ説明を求めてくる!!

 

「剥がしちゃダメぇ!!明らかに封印されて――」

 

キィン!!

 

小傘の声もむなしく、刀は鞘から抜けて宙にその刀身を晒した。

 

【クけけけけけけけけけけ!!】

鞘から黒い靄が現れ、人の形をぼんやりと作る。

右手に当たる部分で持ち主の居ない妖刀を靄が握る。

 

「ほぉう!この小さな刀にこれほどの機能が……!

素晴らしい!!小傘、これは一体どういう原理なのだ?」

 

フォン!!

 

オルドグラムが首を曲げた瞬間、さっきまで頭があった部分を妖刀の切っ先が通り過ぎて行った。

妖刀は次はお前だ!と言わんばかりに今度は小傘に向かっていく!!

 

「いーやー!!来ないで!!」

妖刀の攻撃を小傘がしゃがんで躱す!!

青い髪の毛が数本切れて、宙を舞った!!

 

「飛行機能が?いや、剣事体に持ち主に対する剣術のハウツーを教える機能が……」

 

「違うって!!ただの妖怪だよ!!ただの妖刀!!」

 

「そうか……詰まらんな……」

叫ぶように言った小傘の言葉に、オルドグラムの目に浮かんでいた興味は一瞬で霧散した様だった。

 

【くぅ嬉々鬼気危機鬼気斬キキ!!】

妖刀が再びオルドグラムに狙いを定めるが――

 

「もう、貴様に興味はない」

自身の持つ、鳥の意匠が成された銀のステッキを横凪に振るった。

 

ペキッ!

 

【き……ケ?】

妖刀の刀身、その持ち手から3分の1程度の部分で刀剣がへし折れられていた。

折れた刀身を空中でもう一度オルドグラムが真っ二つにして、結果妖刀は3つにバラバラに破壊されてしまった。

 

ズッサ!!

 

「ひぃ!?」

へたり込む小傘の足と足の間に、妖刀の切っ先が落ちて畳に突き刺さった。

 

【きけぇぇぇぇ……ぇ、……え……】

小傘の目の前で、刀身に映った黒い靄が文字通り霧散して消えた。

 

「は、はは……」

僅か数センチ差で危機を逃れた小傘が、畳を這う様にして後退し折れた刀身から身を遠ざける。

 

「今回もハズレか……」

小傘の目の前に刺さった刀の一部を畳みから引き抜き、オルドグラムがつまらなそうに、指先で弄ぶ。

 

「外界の……外の世界の、技術が見れると思ったが……」

酷く残念そうに、オルドグラムがため息を付く。

その手には、折れた妖刀の刀身部分が三つとも、乗っていた。

 

「オルドグラムは、外の世界の技術が見たいの?」

少し気に成った言葉に小傘が反応する。

 

「ああ、勿論だ。我は本来外の世界の住人……だ。

外の世界へ向かいたいのだよ」

バラバラになった、妖刀の欠片を布で包んで机に置く。

 

「幻想郷に居る気はないの?」

 

「無いさ。ああ、無いね。

此処は忘れられたモノたちの楽園……聞こえはいいが、所詮それは必要がなくなった為忘れられたのだ。

人々が祈りを捧げ、それに対し神が恵みをもたらす時代は終わり、人は自ら望みの物を手に入れる様に進化した。

停滞とは、退化であり、退化とは緩やかな死だ」

その表情は彼にしては珍しく悲し気に見えた。

 

「そっか……」

小傘がオルドグラムはの身の上を思い出す。

彼は人間ではない、人間ではないと言っても魔法使いとか幽霊とか言いたいわけではない。

彼は自身の本に自分の魂を閉じ込め、長い時間を眠っていたと言っていた。

モノに宿る魂――そう言う意味では、オルドグラムは僅かにだが自分と近いのではないかと小傘が思う。

自分は妖怪――妖怪は変化しない。なら、人としての生を終えた彼も……

 

「我は力を再び外の世界で振るうのだ!!

……もっとも、使えそうな人間に憑りつき、上手く利用してやるつもりだったが……

はぁ……」

小傘を見て、非常に深いため息を付いて見せた。

 

「ちょっとー!そのため息どういう意味!?」

立ち上がって小傘がオルドグラムに向かって走っていく。

 

「ふん、理想は魔術を収めた人間――贅沢を言うのならば生活に余裕のある力を求める魔術師が良かった。

ましてや、今にも消え入りそうな妖怪に取りつく事に成ろうとは……

我が不運ながら、嘆かわしい……」

 

「むっきー!!言わせておけばー!!」

両手を振り回す、小傘の頭に手を置いてそう話すオルドグラム。

小傘の手が空しく空を切る。

 

「そうだ、小傘。金が欲しい、具体的にはこの家3つ分ほどの家を買う金がだ」

 

「ある訳ないでしょ!?ていうか何に使うのよ?」

受け取った包丁を抱えながら、小傘が驚く。

 

「実験施設を作りたい、正確には『工房』だ」

 

「本の中じゃ、ダメなの?」

オルドグラムの本、今の所有者は小傘という事になっているがその中は、ある種の特殊な空間であり、オルドグラムの家といった面持ちなのだ。

以前小傘はそこでお茶をごちそうに成ったことが有る。

 

「ダメではないが――リアライズするのに魔力を使うのでな」

 

「うぐ……それは困る……」

小傘が小さく、つぶやいた。

オルドグラムは魔力を小傘の妖力を変換して使用してる。

ただでさえ、空腹で妖力の少ない小傘にはオルドグラムが力を使うとさらにお腹が空いてしまう。

僅かな魔力の浪費は所謂死活問題であり、なんとしても回避するしかないのだ。

 

「うーん、足りないものが多すぎるよ。

出来る事と必要な物をリストアップしようか」

お互いに必要な物を整理しようと、小傘が髪とペンを持ってくる。

 

「リストアップ?」

 

「そう、私たちってお互いにお互いを助け合うべきだと思うんだよね!

オルドグラムは、私の妖力が欲しい。

私はオルドグラムの魔術で驚いた他人の感情が欲しい。

どう?今のうちに、細かい約束、決めておかない?」

小傘の言葉にオルドグラムが一瞬キョトンとした、その後――

 

「くはははは!魔術師の契約を求めるか!

我に、我にか?いい度胸だ、気に入ったぞ。

うむ、久しく契約などしていなかったからな、良いだろう。

その誘い乗ってやるわ!」

なぜか上機嫌になって笑い出した。

いいものがある。と言って羊皮紙を取り出す。

 

「そう言えば、具体的にオルドグラムが欲しいモノは?」

 

「我が欲しいモノ……世界だな!!」

 

「あー、そう言うの良いから……手初めにって事で」

恐ろしい事に一切冗談に見えないオルドグラムの言葉を聞き、小傘が密かに冷や汗を垂らす。

そしてお互いに、お互いのルールを作っていく。

結局のところ、オルドグラムが欲しいのは自身の興味を満たす手段。

そして小傘が欲しいのは自身の空腹を満たす手段だった。

 

「では……我が魔術を使用するにあたっては――」

 

「うん、私の妖力を致命的じゃない程度になら使って良いから。

その代わり――」

 

「応。小傘お前が必要とするなら我はお前に対して協力は惜しまない。

無論魔術だろうが、発明だろうが貸してやろう」

オルドグラムが羊皮紙に書き込んでいく。

いわば契約の様な物だ。

魔術師は、契約という物は非常に重要視する傾向にある。

 

「では、ここに調印しろ」

 

「え、朱印まであるの?」

若干渋ったが小傘が指を朱印で濡らし、判をおす。

これで二人の契約は完了した。

 

「改めてよろしく頼むぞ、小傘」

 

「うん、この前みたいに成らないでね?」

二人はそれぞれの思惑を持って、手を握った。

 

 

 

 

 

「しかし不思議な物だな……妖怪に拾われた挙句、魔力を取り込むどころか、むしろ助ける事に成ろうとは……」

 

「仕方ないでしょ?私は驚きの感情が欲しい、オルドグラムは私の妖力。

妖力は誰かを驚かさないと手に入らないんだから!」

小傘の言うように、二人は非常に、非常に奇妙な協力関係にあった。

オルドグラムの魔術は、多くの驚きを手に入れれる。

小傘の驚きはオルドグラムの魔力へと変わる溜め、互いが互いを助け合う形に成ってるのだ。

 

「ふぅ、まず先立つ者からだ……

これをやろう」

オルドグラムが手を差し出すと、さっき回収していた妖刀の破片を渡す。

 

「え……?」

しかしその破片はもう、刀の折れた一部ではなくなっていた。

切れ味はそのままに、形が大まかに加工されて包丁に様になっていた。

 

「金属の加工は錬金術の初歩でな。

残りの細かい作業――刃を研いだり、持ち手を作ったりは任せるぞ?

多少ならお前の仕事の手伝いをしてやる」

 

「あ、ありがと……」

思いがけず仕事がかなり進んだ小傘は、切っ先と真ん中を加工した包丁2本を受け取る。

持ち手――柄の部分はそのままもらっておく事にする。

金物を扱っているのにおかしな話だが、そろそろ使っている包丁を変えようと思っていたのだ。

 

「ふん、協力関係にあるのだ。これ位は……な」

そっぽを向くオルドグラムの表情は見えないが、小傘には照れている様に見えた。

 

(悪い人じゃ……無いのかな?)

自分勝手で常識が通用せず、野望が大きく、そのくせ変に力がある彼を見て小傘が小さく微笑んだ。

 

 

 

3日後……

 

「ほう、これは身近なニュースだな」

台所で朝食の準備をしていた小傘が、オルドグラムの声を聞く。

貰った包丁は調子がよく、料理が楽しくなってしまい、小傘の口から笑みがこぼれる。

それに対して、オルドグラムは小傘の家で取っている『文々。新聞』という新聞に載っている記事を読む。

 

「何か、気になる事件でも有ったの?」

 

「ああ、これだ」

珍しく彼が興味のある事が起きたのかと、新聞を覗き込むと、オルドグラムが一つの記事を指さす。

そこには――

 

『危険!!人里の中で人斬り事件!!』

の見出しが有った。

内容を詳しく読んでいくと被害者の、証言が2件載っていた。

 

『なんか、使っていた包丁が急に手を滑って……師匠に怪我がなくてよかったですよ……』

証言するS・Z少年。

 

『いやぁ、びっくりしたよ。危うく一緒にいた友達を怪我させる所だったよ』

同じく被害者の青年Y・Kさん。

どちらも、『急に包丁が滑って』というのが共通している。

そして嫌な事に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()客人だった。

「これがどうしたの?」

 

「僅かに妖力があるらしい……」

オルドグラムの言葉に、小傘の中にサーっと嫌な予感が走った。

動き出す包丁、それも2件、自身の店に来た客……

 

「まさ……か?」

小傘の後ろ、さっきまで使っていた包丁が音もなく浮かび上がる!!

 

「そんな、まだ……」

 

【奇っヒヒヒヒヒヒ!!】

包丁の刀身に、黒い人の顔が浮かび小傘めがけて飛んでくる!!

 

「嫌ぁ!!ひぃいい!!」

 

フォン!!ヒュンヒュン!!

 

空中を踊る包丁!!

そして包丁は、オルドグラムに狙いを定めた!!

 

「あ、危ない!!」

オルドグラムの喉めがけて包丁が飛ぶ!!

 

「……またか」

 

パシッ!!

 

オルドグラムは『封』と書かれた札を張り付けると、そのまま包丁は床にコテンと落ちた。

 

「うむ、この文字は『封じる』という意味で合っていた様だな!

東洋の魔術は面白いな!!はっはっはっは!!」

何事も無かったかのように、オルドグラムは笑った。

 

「さ、我が渡した包丁だ。大事に使うのだぞ?」

ずいっと封印された包丁を指しだすオルドグラム。

 

「こんな危ないの要らないよぉおおおお!!」

必死で小傘が否定した。




基本妖怪は必死にがっつかないイメージです。
時間があるからいいや、とそこまで必死に成らないイメージ。

例えるなら夏休み中盤の小学生。
時間はあるし、やりたい事はやったし……
なので、適当にゲームやら、プールやらたいしてやりたくない遊びを堕勢でやってる感覚……

ま、考え方なんてそれぞれですよね!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と雨音と逃亡者

さてさて、今回も投稿です。
もう少し投稿スピードを上げたい今日この頃……


ザザー、ザーザザー……

幻想郷の昼下がり、今日は雨が降って居た。

そのせいか今日は人里も活気が無い。

コンクリート様な、水を排水する仕組みが無い里にとって、雨は結構な問題になる。

 

「……雨音か、嫌いではないな」

オルドグラムが、作業台から手を離し背伸びをする。

部屋の中に小傘はいない。雨が降り出すと共に「出かけてくる!!」と嬉しそうに走り出していってしまった。

傘を元にしている彼女にとって、雨はやはり特別な意味を持つのだろうか?

 

「ふん――我には関係の無い事だ」

そう呟くと、オルドグラムは再び作業台に視線を戻した。

が――

 

ペキッ……!

 

小さな音を立てて、持っていたペンが折れる。

 

「チぃ……」

小さく舌打ちするオルドグラム。

もともと、無縁塚で拾った壊れかけの道具だ。

何時寿命を迎えてもおかしくなかったが、それでも作業中に壊れると色々と水を差されたような気分になる。

雨も相まって、鬱々とした気分をしながら慣れない筆を使う事にしたオルドグラム。

 

「まずは、金策か……」

そんな事をつぶやきながら、再び机で作業に戻った。

 

 

 

 

 

「チィ!良い天気だ、ああ、いい天気だよ」

人里の路地裏で、一人の妖怪がぼろ布を纏って、姿を隠すように奥へと消えて行った。

フードの様な布地から見える、黒髪に赤いメッシュと小さな角。

足元はサンダルという非常に頼りない恰好で、人目を避けるように進んでいく。

彼女の名は、鬼人 正邪。

 

「……お?アタシの手配書じゃねーか。ひひひ」

壁に在った、自身の特徴の書かれた手配書を見て正邪が口角を吊り上げる。

正邪は天邪鬼という種族であり、他人の嫌がる事を好み逆に感謝される事を嫌うという性格を種族的に持っているのだ。

 

なので、手配書という存在は彼女にとっては、むしろ喜ばしい事になるのだ。

もっとも、生活面等々不利になる場面は多々あるのだが……

 

「さぁーてと、こっからどう逆転したやろうか……

また、単純な妖怪を騙して……いや、今度はバカな人間どもを先導して――えッキシ!!

はぁ……先に、雨風の防げる寝床か……」

くしゃみをして、鼻をすすりながら正邪が歩き出す。

 

「そうだ、確かこの辺は……あの傘(小傘)の家が在ったハズ……

それを乗っ取って、しばらくかくまわせてもらおうか。

ああ、それが良い。あそこは鍛冶屋で包丁なんかもやってたし、まぁ武器の調達位できるだろうしな!」

しめしめといった顔をして、正邪は小傘の家へ向かった。

 

 

 

「……ん?」

小傘の家、その壁に耳を付け正邪が中の様子を伺う。

大きな音はしない、生活音も会話の音も聞こえない。

 

「――よし、誰も居ないな!

よぉし!!この家は貰ったぁ!!」

周囲に人の目が無い事。中に誰も居ない事を確認した後。

ガラっと、扉を開け勢い良く家の中に滑り込んだ。

素早く、そして静かに扉を閉め家の中を確認する。

 

確認した通り、小傘はいない。

不用心にモノが置かれ、まさにもぬけの殻だった。

カギを閉めて部屋を見る。

さっきまでいたのか、机の前に座布団が置かれ無縁塚あたりで拾ったのか、無数のガラクタとそれを解体した物が部屋の隅に置かれている。

 

「ンだぁ~?あいつ、ガラクタ集めなんてしてるのか?

ガラクタがガラクタ集めて、どうするんだ?

お、高そうな本が――」

机の上、上等な革で作られた高そうな表紙の本を見て、正邪が近づいた。

 

「香霖堂あたりに売れば金になるか?」

触れようとした瞬間、ひとりでに本が開き光を放ちだした。

 

「な、なんだ!?まさか、魔術が――!?

誰だお前!!」

 

「それは私の質問だな。貴様は誰だ?妖怪が我に何か用か?」

本から姿を現したオルドグラムは、正邪を見る。

当然だがこんな奴は知らないし、小傘の客とは思えなかった。

こっそり家に入って来た点、ガサガサと家を荒らしていた点、いろいろな点で怪しい部分があった。

 

「(疑わしきは罰せよ……処分するか……)」

一人小言で小さく話して、本からステッキを召喚する。

 

「お、おいおい!?何をする気だ?」

武器を構えたオルドグラムが、ゆっくりと正邪を追い込むように歩み寄っていく。

 

「まて待てまてぇ!!」

ガチャガチャと、自分でカギを閉めた扉を開けようと右往左往する。

だが――

 

「そう言えば、小傘と約束が有ったのだったな……」

そう、小傘との約束で無為に他者を傷つけたり対処するのは止められている。

ひょっとしたら、小傘の客人である可能性も考慮して武器を収めた。

 

「すまない、無礼を働いた。許してくれ」

オルドグラムが、頭を下げ正邪に謝罪をした。

 

「へ、へ……?」

すっかり怯えていた正邪はなぜか自分が助かった様だと理解して、目を白黒させた。

 

 

 

 

 

「ほぉ、お前も妖怪か」

 

「おうよ!天下御免の天邪鬼様だ!!」

ちゃぶ台に愛飲している紅茶を出しながらオルドグラムが話す。

胡坐をかき、出された紅茶を一瞥して正邪が頬杖をつく。

 

(ったく……なんだコイツ?妖怪じゃないっぽいが……)

とりあえずこちらに対する敵意が無いと分かった正邪は、油断なくオルドグラムを観察する。

赤い服に、黒い無数のベルト。

マントにハットという露骨なまでの外界を意識させる格好。

 

「それで、今日は何の用だ?」

 

「え、よ、用?」

オルドグラムの言葉に、正邪が再度固まる。

正直にこの家から金目の物を奪いに来たとも言えず、しどろもどろになる。

 

「どうした?我か、小傘に用があるのではないのか?」

怪しさを感じたオルドグラムの目に再び鋭い光が宿った。

本の表紙に手を向けると――

 

「あ、雨宿りだよ!!雨宿り!!

キューに雨が降って来ただろ?雨風をしのぐために、この店に入ったんだよ」

必死で誤魔化す正邪、じっとオルドグラムがこちらを見る。

数舜の時間の後。本から手を離した。

その様子をみて、正邪は安堵しため息を漏らした。

 

「そうか、雨宿りか……ならば、少し待っていろ」

 

「?――!?」

そう言うと、オルドグラムが本に触れると同時に姿を消した。

そしてすぐに、何かを持って姿を現す。

それは、一枚の紙とドアノブだった。

 

「なんだよ、コレ?」

 

「我魔術を利用し、過去に作った発明品だ。

我は『偽室錠』と読んでいる」

 

「ぎしつじょ~だぁ?」

効きなれない言葉に、正邪が訝し気に声を上げる。

 

「そう、空間を写し部屋を作り出せるのだ。

実際に見せた方が早いな……」

紙に貼ってあるシールの一枚を剥がすと、部屋の壁に貼り付けた。

すると、そのシールを起点に一枚のドアを描くように四角線が出来た。

 

「この向こうに、この部屋と同じ大きさの疑似空間を作った。

そして、これがその部屋に入るためのキーだ」

四角い線のシールの上に、ドアノブを差し込み回すと――

 

「な、部屋だ……本物、か?」

正邪がドアの向こうを覗き込むと、鏡のように左右反転した小傘の部屋があった。

家具は無いが、壁の傷の大きさまでそのまま完全に形がコピーされていた。

 

「本物ではない、まごう事なき偽物だ。

このシールが空間をコピーし、ドアノブがそこに入るカギとなっている。

いざとなればこのドアノブは安全装置の役割も果たしている」

扉を閉め、シールをはがすとさっきまであった部屋は一瞬にして消失した。

 

「スゲェ!スゲェよ!!あんた本当に魔法使いか!!

なぁ旦那!!オルドの旦那!!アタシにコレ売ってくれよ!!

金位なら、出すからよ!!」

興奮気味に正邪が、財布を持ち出し話す。

壁さえあればどこにでも部屋を作れる道具。

しかも、撤収も一瞬で完了する。

いや、それだけではない。中が分からない建物の内部を知るなんて使い方もある。

そして、それを使うのは小さなシールと、ポケットに入るドアノブだ。

逃亡生活が長い正邪にとって、持ち運べる隠れ家程助かる物は無い!!

 

「ふっ、かまわんぞ!今の我はたいそう機嫌が良い」

 

「ッシャ!!なら、交渉完了!!」

正邪から財布を受け取ると、シールとドアノブを渡した。

 

「へへへ、流石旦那だ!話が分かる!

んじゃ、また何かあったら頼んます~!」

思わぬ収穫に、正邪が喜び勇んで家を出た。

 

「ふふふ、気の良い奴だ。小傘もヤツの様に我の偉大さが分かればよいのだがな?」

上機嫌でオルドグラムが笑う。

 

 

 

その一方、雨に濡れるのも気にせず正邪もにやにや笑いを浮かべていた。

今、自分の手には素晴らしい道具が手に入ったのだ、今日ほどいい日は無いだろう。

 

「へへへ、なら早速――!」

正邪が向かったのは、里でも有名な米商の家。

中に入るのはかなわなかったが、外から大よその形は分かっている。

シールを張り付け、ドアノブを押し当て開くとそこは米商の家の中を成功にコピーした空間。

 

「いいねぇ、良いんじゃねーの?」

一瞬にして、広大な家を手に入れた正邪が新しい自分のアジトを見て回る。

家具は一切ないが、まぁかまわないだろう。

外に在るのはシール一枚。誰しもこの場所に気付きはしないだろう。

正邪は上機嫌で、ドアノブを手の中で弄んだ。

 

「へっへっへ、明日は早速米商を――えっきし!!

……先ずは着替えか?」

気が付くと正邪はびしょぬれ、このままでいるのは良くないと新居で着替えよと服を脱ぎだす――

その脳裏には、手に入った道具のアイディアが浮かんでは消えて行く。

空間を出せるのは非常に便利だ、隠れて良し、誰かを閉じ込めて良し、道具を貯蔵して良しと、様々な悪だくみが思い浮かぶ。

 

が、正邪はとある大切な事を忘れていた。

このシールは剥がすと空間が消える。

剥がれると消えるのだ、そして不幸な事に今日の天気は――『雨』

風と雨にさらされ、正邪の張ったシールが剥がれる!!

 

「うっひっひっひ、下克上も近――」

 

グンッ!!

 

突如空間がたわむ!!何かに引っ張られる感覚を正邪が味わうより先に――!!

外へはじき出される!!

一瞬にして、空中に放りだされる正邪。

その瞬間、ドアノブの安全装置が作動する!!

その装置は万が一、外に追い出された対称を保護する機能だった!!

ドアノブから、大量のベルトが射出され、正邪を保護するため絡みついた!!

 

「な、なんだいきなり!?」

絡みついたベルトは、そのまま米商の軒に正邪をぶら下げた。

余談だが、正邪は着替え中の為勿論半裸と呼べる姿!!

公衆の面前に、その姿のままぶら下げられることに成る!!!

 

ひそひそ――ひそひそ――

 

道行く人が、チラチラ正邪をみて噂話をする。

「痴女」だの、「変態」だの、「ドM」だの嫌なワードが並ぶ!!

そんな正邪の前を小傘が通りかかる。

 

「さでずむ?」

 

「ち、違う!!あ、アタシはそんな積りは――」

正邪がいくら言おうとも、周囲の人間たちは興味など無し!!

寧ろ「触らぬ神に祟りなし」とでも言いたいように、その場から離れていく。

だが正邪からして、下に見ている人間のこちらをバカにした様な、奇妙でおかしな物を見る目は、いくら天邪鬼な正邪でも心地よいモノでは無かった!!

 

「ち、ちくしょー!!あんな奴、信用したのがバカだったぁー!!」

正邪は騒ぎを聞きつけて飛んで来た人里の守護者に捕縛されるまで晒し者に成ったのだった。

 

 

 

 

 

「小傘よ……妖怪とは奇妙奇天烈(きてれつ)な者が多くいるのだな……」

 

「な、なに、いきなり?

ハッ!また何かやらかしてないよね!?私怒られたりしないよね!?」

胡乱な目で語るオルドグラムに、何か嫌な予感を感じた小傘が詰め寄る様に話しかける。

 

「ふん、馬鹿を言うな。我は偉大なる魔術師なのだぞ?

むしろ、お前との約束通り、他者を助けたくらいだ。

上手く行けば、今度も店に来てくれるやもしれん……」

 

「ん?それって、鍛冶の仕事って事?

今日は休みにしちゃったからな~、出直しさせちゃったかな?」

オルドグラムの言葉から、小傘は留守の自分を訪ねてきた客がいたがオルドグラムが接待してくれたのだと、解釈した。

 

「そういえば……さ。

オルドグラムって結構腕っぷしに自信あるよね?

魔法使いだし、始めた会った日、何か退魔師簡単に倒してたし……

ねぇ、今月ピンチだしさ、何人か捕まえてこない?」

おずおずと小傘の出したのは紙の束。

この紙は里の中で出回っている、公私合わせたお尋ね者の手配書のまとめだ。

食い逃げなどの軽度から、妖術を勝手に使用した人間など、大小さまざまなお尋ね者が載っている。

 

「この紙だけでは無理だな」

 

「え~、なんで?」

 

「特徴が割り出せん、探すのに手間がかかりすぎる」

机の上に紙束を投げ落とすとそのままため息を付く。

魔術と言えど、人里の中全員からピンポイントで特定の人物を探し出すのは不可能だった。

 

「そんな~」

 

「まぁ、見つけたなら、確実に葬ってやる心配するな」

自信ありげに笑みをオルドグラムが見せた。

 

「さっすがオルドグラム!頼りになるー!」

 

「無論だ。我が力がお前には憑いている居るのだからな!」

 

「「ははははははっはっは!!」」

二人が楽しそうに笑い合った。




アイテム紹介①

『偽室錠』
部屋の偽物を作る道具。
部屋のどこでもいい(壁を挟んだ外も可)ので、シールを張りその部屋をコピーさせる。
そして疑似的に空間を作り、ドアノブでそこに入っていく。
入るときにドアノブを外せば、外からは入れなくなる。
部屋をコピーするが、一部屋限定なため、他の部屋の続くドアはあっても機能しない。

オルドグラムはこの道具を物置として使う予定だった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と研鑽と不穏な風

さてさて、少しずつ話が動き出します。


ヒュルルル、ヒュルル、ヒュルルル……

風が、暗い森の中を駆け抜けていく。

昼間でも暗い、魔法の森――生えるキノコは魔力を宿し、満ちる空気は瘴気を含む。

普通の人間では大よそ来ることのない場所。

 

そんな森の中で、一人の少女がキノコを拾っていた。

おさげのある金髪に、黒いウィッチハット黒い服に白のエプロン風の前掛け。

手には箒を持ち、まるで童話の魔女を若くしたような少女が居た。

 

「お、これは良い奴だ。うんうん、もう10本程度あれば私の研究も――おッと!?」

風が吹いてその少女の、帽子を取り上げる。

くるくると風は一か所に固まり、帽子を弄ぶように攫って行った。

 

「あ!待て!!」

少女が帽子を攫った風を追って、キノコを集めた籠すら捨てて走り出した。

 

 

 

 

 

太陽がゆっくりと、里を照らしていく早朝――小傘の家でとある男が、試験管の水を紙に垂らす。

白い紙は、その液体に濡れるとうっすらと桃色に染まった。

その色を見て、オルドグラムは目を見開く。

クククと、小さく喉から声が漏れる。

 

「漸くだ……漸く、我実験が実を結んだぞ!!」

オルドグラムが試験管を手に大きな声で笑い声をあげる。

そして、早速と言わんばかりにノートに、研究結果を書き込んでいく。

 

「素晴らしい!!これは革新的な第一歩だ!!

はっはっは!!はぁーはっはっはっは!!!」

自らの研究を自画自賛するその後ろで、目の下にクマを作った小傘がゆっくりと布団から起き上がった。

 

「ねむい……もうすこし、静かにしてよ……」

あくびをかみ殺し、ぼんやりとした目でそう話す。

 

「おお、小傘か。今丁度我、研究が完成した所だ」

 

「なんの研究なの……?

ふぅあ……眠い……」

目をこすりながら、小傘が聞く。

正直な話彼の研究結果などに、ほとんど興味はないのだがオルドグラムは黙っていても勝手に嬉々として説明を始めるので、ここで少しでも興味のある振りをした方が賢いと小傘は知っている。

 

「妖怪とは妖力を持つ。そうだな?」

 

「え?うん、そうだよ」

 

「そして、妖力は物質にも宿る。

お前の様な傘、この前の包丁の様にだ」

オルドグラムが、白いボードを取り出しマジックで小傘の簡単な絵をかき、その周囲を囲むように円を書き、そこに『妖力』と書き込んだ。

 

「……ぐぅ……ハッ!?

そ、それで、それで?」

一瞬意識が飛んでいた気がするが、気を取り直して小傘が聞き返す。

 

「ふむ、この妖力は周囲に放たれるがそれを集めることによって、妖力――さらには魔力の再利用を可能にしたのだ。

この、紙を握ってみろ」

 

「紙?」

オルドグラムの差し出す紙を小傘が握ると、握った部分からほんのりと紅くなっていく。

 

「妖力を感知して、色が付く性質なのだ。

以前作ったものだが、大事なのはここからだ」

そう言って、今度はスポイトの溶液を紙に垂らす。

垂らした部分は、小傘が触れた場所よりも薄い桃色に変わった。

 

「?」

 

「この、水には妖力が宿っているのだ。

つまりは、この水から我は魔力を生成できる。

この水自体も簡単に、しかも大量に用意できるぞ」

自信満々と言いたげに、きりっとオルドグラムがキメ顔を作る。

 

「すごい!!すごいじゃない!!この水さえあれば、私の妖力を当てにしなくていいんだね!!」

それは小傘にとっての朗報、オルドグラムの魔術は小傘の妖力を元にする。

その為、オルドグラムが大きな魔力を使えば小傘は常に妖力に飢える事となる。

この水の存在は、小傘にとっての朗報だ。

 

「良かったぁ、前みたいな失敗作じゃないんだね……」

小傘が部屋の隅に置かれた、箱通称「小傘箱」を見る。

なんと言うか、倫理や人に対する思いやりが大きく欠如したオルドグラムの発明は、使用者の心を労わるという事を全くしない!!

今回こそ、誰にも迷惑をかけない発明だと、一人胸を撫でおろした。

 

「で、この水は何処から手に入れたの?」

 

「家の風呂場だ」

 

「は?」

オルドグラムの言葉に、小傘が固まる。

風呂場、お風呂場、湯舟……

 

「ま、まさか――」

何とも言えない嫌な予感が小傘の体を駆け巡っていく。

そんなはずはない、きっと、家の下に在る水源が妖力を含んでいるだけ――

 

「そう、風呂の残り湯だな」

あたかも、何事も無かったかのようにオルドグラムが、手の中に有る水の入ったビーカーを揺らしながら言った。

 

「いやぁあああ!!変態!!ド変態!!!

大変態魔術師!!!鬼畜!!特殊性癖指定!!」

耳まで真っ赤になった小傘が、顔面に熱を感じながら今もビーカーを揺らし続けるオルドグラムを罵倒する!!

 

「……何を慌てているのだ?」

小傘のなぜこのような態度をとるのか、全く分からないといった顔をしてオルドグラムが尋ね返した。

 

「うっさい!!何考えてるの!?

ど、どう考えたって変態じゃない!!

も、もう、ありえないくらい変態じゃない!!

まさか、私が寝ている内に、変な事してないよね!?」

責め立てる態度から一転、今度は自身の胸を抱くようにして小傘が怯え始める。

 

そう、自分はあまりにも無防備だったと小傘は反省した。

相手は男なのだ。本に魂を取りついた存在でも、偉大な魔術士でも、相手は立派な男。

ひょっとしたら、研究の合間についムラムラ来て傍で寝ている自分を魔法で目覚めない様にして……

 

「オルドグラムのけだものー!!ビースト!!アニマル!!

わ、私の体は自由に出来ても、心まではそうは成らないんだから!!」

 

「体?自由?ふっ……」

小傘の言葉に対して、オルドグラムが鼻で笑った。

 

「ちょ、ちょっと!?その、馬鹿にした反応は何なんですか!?」

ぷんすかと怒りながら、オルドグラムに詰め寄る。

 

「小傘よ、良く聞け。確かに我は生物学上、人間の雄だ。

生物である以上、繁殖の本能はある。魂だけの存在となってもその事は変わらない。

だが、良く聞け小傘よ。お前は道具が化けた存在、種族は妖怪だ。

我は感情を持ってしゃべりだした道具に欲情はしない。

そして、これがもっとも重要なのだが――お前の見た目は()()()()()()()()

 

私の好みではない――私の好みではない――私の好みではない――私の――

 

「うわぁああああん!!それはそれでいやぁああああ!!」

明らかにこちらを馬鹿にした様な言葉と、はっきりと言われた『好みではない』という拒絶の言葉に小傘の自尊心が大きく傷ついた!!

 

「ヤレヤレ、どうすればよいのだ?」

流石に乙女心は理解出来ないオルドグラム、困った顔を一瞬だけして再度小傘の風呂の残り湯の入ったビーカーを手に研究に戻ろうとした。

小傘に背を向けた瞬間、オルドグラムの肩がつかまれる。

 

「とりあえず、そのビーカーから手を離そう?

世間一般では好ましい行為じゃないから……」

泣いている様な、あきらめたような何とも言えない顔をした小傘が、オルドグラムを諫めた。

 

「ふむ……」

何か、底知れぬものを感じたオルドグラムは珍しく大人しく従った。

 

 

 

 

 

「はい、此処が魔法の森だよ」

小傘が自身の腰にぶら下げていた魔導書を触り、オルドグラムを召喚した。

 

「魔法の森……スンスン……なるほど」

物質化したオルドグラムが、僅かに鼻を鳴らし空気中に感じる、瘴気を感じ取る。

 

オルドグラムから、ビーカーを取り上げた小傘は、代用意見として人里から離れた魔法の森へとオルドグラムを案内していた。

 

「空気中に存在する瘴気……素晴らしいな、ここはまるで金銀財宝が湧きだす鉱脈だ」

新な場所にオルドグラムが目を輝かせる。

 

「そう……よかったね……」

だが、小傘は気乗りしなかった。

魔法の森には、出来ればあまり会いたくない魔女がいる。

『彼女』は困ったことに、希少な力などを見ると欲しくてたまらなくなるらしい。

もし『彼女』にオルドグラムという存在が分かった場合、どんな手段を取るか分からないのだ。

そして、小傘がもう一つこの場所を嫌う理由がある。

それはこの森にあふれる瘴気その物、魔力には関係の無い小傘にとってこの瘴気は毒であり、何か間違ってオルドグラムに半日以上付き合わされることに成った時の事を考えると、なんとしてもオルドグラムを近づけたくはなかった。

「じゃ、私此処で待っ――てぇ!?」

 

「さぁ行くぞ!!森の奥はもっと、瘴気があるに違いない!!」

 

「え――ちょっと!?」

オルドグラムは自身のベルトを伸ばし、小傘をぐるぐる巻きにするとそのまま森の奥へと飛び立った!!

 

「ふっははっは!!素晴らしい!!瘴気だ!!魔力だ!!ここはまさに財宝の山!!」

 

「ぎぃやぁああああ~~~~~!!」

凄まじいテンションで、枝から枝と飛びはねるオルドグラムとそのその後ろを引っ張られながら飛んでいく小傘。

 

「ほうほう、これ――むぅ!?」

 

ヒュルルルヒュルルルン!!

 

オルドグラムの前方から、風の音と共に何かが飛んで来た。

それは人の様に手足を持ち、しかし異様な長さと胴の細さで――

 

「妖怪の類か?面白い!!」

オルドグラムがステッキを召喚して、構える。

そして――

 

バシン!!

 

「手ごたえ、無し――か」

一瞬がっかりしたような、顔をして自身のステッキを見る。

 

「これは――ゴミだな」

ステッキに刺さった、黒いぼろ布を引き抜き興味なさげの捨てる。

何か聞こうとして、小傘が気絶しているのに気が付く。

 

「小傘……起きるのだ」

 

「う~ん、う~ん……残り湯魔法はイヤぁ……ハッ!?

オルドグラム!?」

頬を叩かれ、小傘が目を覚ます。

覚ましたが――

 

「あれ?ここ、魔法の森だよ……ね?」

きょろきょろと小傘があたりを見回す。

それもそのはず、あの『風の様なモノ』が通り過ぎた後には――

 

「息が、楽……?」

 

「ああ、瘴気が無くなった、あの風が集めたのか?」

オルドグラムの言うように魔法の森の特徴である、瘴気がほとんど感じられなくなっていた。

 

「ふぅ、とんだ無駄足だ」

諦めた様に、オルドグラムが本からシートを召喚して、座る。

 

「けど、瘴気さえなければ、ここも案外いいとこ、かな?」

横目で、嫌に肥大化したキノコを見ながら小傘が苦笑いを浮かべる。

 

「そうだな――だが、たまにはこういうのも悪くない」

パチィン!

 

オルドグラムが指を鳴らすと、再び音もなく本が開き、ページから食器が召喚されてカチャカチャと自動で軽食の準備が出来ていく。

数分後には、ちょっとしたサンドイッチとお茶と茶菓子が2人分には多い程並んでいた。

 

「おおっ、便利!」

小傘がパチパチと手を叩き、喜ぶ。

 

「これは、私が編んだ魔術式だ。とある一定の行動しか出来ないが、物体に記憶させることで、自動で行わせることが出来る。

今回組み込んだのは『もてなす』の行動だ。

食器たちは、我魔力によりもてなすという動きを見せる」

自慢げに話すオルグラムに、小傘はサンドイッチを手にしながら聞いた。

 

「ふぇ~、ふふぉふぃへ!(へぇ~、すごいね!)」

 

「ふん、魔力は例の実験で余裕があるからな。

まぁ、研究の合間の気分転換だと思うかな」

 

「あー、この道具たちは私の残り湯で……」

何だがとても嫌な気分になった小傘だったが、数秒後にはサンドイッチのおいしさにそんなことは忘れてしまった。

 

 

 

 

その日の夜――

 

「漸く見つけたぜ……お前!!

私の帽子をよくも!!」

草を踏んで、魔理沙がボロボロの帽子を頭にのせて風の塊を睨む。

 

ヒュルルル!!ヒュルルル!!!

 

「うるせぇんだぜ!!こんのォ!!」

魔理沙の手に八卦炉が出され、こちらに向かってくる風の化け物に光線を照射する!!

 

ヒュルル……ひゅる、るる……

 

これが決めてとなったのか、風の塊はほどけて霧散していった。

 

「妖怪の様に本体は無し、ただ大量の瘴気を集めていただけ?

誰がなんのために?」

 

ぱさッ……

 

魔理沙の足元、一枚の紙が落ちる。

魔女としての勘でこの紙が、何なのか魔理沙は分かった。

 

「コレ――魔法の、一種か?」

それは特定の事柄を起こさせる、魔術のプログラムだった。

そのプログラムは『集める』。

一枚の紙単独で、半永久的に動くそれは魔理沙すら見たことのない、魔術式だった。

 

「こんな事が出来る魔法使いが居るのか?」

非常に不気味な物をみた気がして、魔理沙は紙を持ってそそくさとその場を後にした。




魔法の森ってやっぱり、妖怪にもつらいイメージです。
魔法使い以外集まらないイメージですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本屋と邂逅と謎の男

さてさて、今回は里の日常をイメージしています。
敢えて何の力も無い側を書くのは楽しいですね。


ザザー、ザザー……

 

人里の中を優しい雨が覆っていく。

地に降る雨は、道も家も、人も獣も分け隔てなく濡らしていく。

 

「ふぅあ……暇だなぁ……」

とある貸本屋、鈴奈庵のカウンター席で店番を任された少女。本居 小鈴が小さくあくびをする。

店番中にあくびなど、客人に見せられた態度ではないが、今日はあいにくの雨。

子供も大人もわざわざ濡れてまで、趣味の本を手にしようとは思わないだろう。

 

「ふぅあ……阿求でも来ない――」

 

チリリーン!

 

「あ、いらっしゃいませ!」

来客を告げる、入り口の鈴の音に小鈴が姿勢を正す。

 

「失礼する」

入ってきたのは奇妙な姿の男だった。

小鈴は自身が過去に読んだ本の知識から、何とか男がどんな格好をしているのかを言葉にしようとしていた。

 

(あの、頭のって確かシルクハットだっけ?赤いしベルトが付いてるけど……

それにマントに、またベルト?)

コツコツと靴を鳴らして店の中を歩く男。

赤と黒のベルトが巻き付いたマントに、赤いスーツに巻き付くのは同じ様に黒いベルト。腰には銀色のステッキをぶら下げて、濁ったような瞳を本に向けている。

 

明らかに、普通の人間ではない。少なくとも人里でこんな奴を見たことは無かった。

 

(なんなのよ、コイツ……どう見ても怪しいじゃない……)

まさかの可能性を考え、小さく小鈴が身を震わす。

妖怪。この人の里にも妖怪と呼べる存在は居る。

本に目を落とし、相手に警戒をさせない様にじっくりと様子を見る。

ふむ。と小さくつぶやいて店の奥へと、入っていく。

小鈴の視界から消える怪しい男、だが恐らくこの男も――

 

「おい、女」

 

「ひゃ、ヒャイ!?」

突如後ろから声をかけられ、小鈴が持っていた本を手から落とす。

その本は自由落下を始め――

 

「落とすな。これは貴重なモノだぞ?」

瞬時にその男が、落とした本を空中で拾いあげた。

 

「ほう、魔術書の一種か。こんなものまであるとはな」

パラパラと斜め読みして、小鈴の居るカウンターに戻した。

 

「あ、え、えっと……」

 

「本を借りたい。これと、これと、これだ」

しどろもどろになる小鈴を無視して、男が数冊の本をカウンターに置く。

そのどれもこれもが、妖魔本又はそれに準ずる危険なモノだった。

当然だが、こんな危険な物を貸し出す訳にはいかない。

というかこれらは、奥に厳重にしまってあったハズなのだがどこで見つけたのだろうか?

 

「ごめんなさい、これは貸し出しは出来ない事になってまして……」

男が置いた本は貴重なものが多い、妖怪が書いた物や魔導士が弟子に当てた物など絶対数が少ない。

そしてもう一つの理由は、さっきも言ったようにこの本が危険であるという事。

タダの本ではない、これらは何かしらの力を秘めて、何かしらの形で暴走する可能性を常に秘めている。

被害者が本人だけとは、限らない。

最悪の場合によっては、人里すべてが被害を受ける事になるやもしれない。

 

「そうか……なら、写本はかまわないか?

机と、椅子、それと墨を貸してくれ」

 

「えっと、それなら構いませんけど……奥の机と椅子使ってください」

ごそごそと小鈴が紙と(すずり)と墨を用意する。

本物を写す写本は、危険度は少ない。

ましてや、見様見真似で何か危機が起きる事も無いだろうと、小鈴は思っていた。

 

「礼を言うぞ、小娘」

マントを翻し、ハットを手に持って男は部屋の奥へと消えて行った。

 

 

 

「何だったんだろ、変な妖怪……」

少し休憩とばかりに、蓄音機の針をレコード盤に乗せて音楽を聴き始める。

手回しのハンドルが付いており、それを回す事で中にエレキテルがたまりレコード盤の音を奏でる仕掛けだ。

 

『~♪~~~~~♪~~~♪』

レコード盤を針がなぞり、ゆっくりと音楽が流れる。

 

「ふふっ」

雨の憂鬱な気分が音楽の中に解けていくように感じる。

湯呑にお茶を注いで、一息つく。

 

「はぁ、ちょっとぬるいかな?もう少し温度をあげて――――あ”」

小鈴が湯呑の隣、重なった本の下になっていた筆を見つけた。

その筆は確か写本に使うハズの筆で――

 

「しまった、コレ渡しそびれちゃった……うー、出来れば行きたくない……」

小鈴が筆を手にして、小さく唸った。

客商売としては、お客の要望は応えるべきだが正直言ってあの妖怪には関わりたくないというのが正直な感情だった。

 

「おい、小娘」

 

「うわっひょう!?」

急に件の妖怪に話しかけられ、小鈴が手に持っていた筆を取り落としそうになる。

空中を筆が3回転して、何とか小鈴の掌に戻った。

 

「あ、筆ですよね……?

今持って行こうと思って――」

 

「かまわん、自前の物がある。

そんな事よりも、一冊分終わった。これは何処へしまえばいい?」

しどろもどろになる小鈴に対して、その男が一冊の本を差し出した。

 

「え、あ……もう、終わった?」

 

「ああ、後紙の補充を頼めるか?今までの分は使いきってしまったのだ。

ああ、墨も頼む。2冊目と3冊目に掛かりたい」

そう言ってその男は、本とほぼ同じ厚さの紙の束を持ち出す。

 

「は、はい……!」

小鈴はにわかには信じがたいモノを見た気持ちになって、混乱する頭を抑えながら予備の墨と紙を差し出す。

 

「すまんな、感謝する」

男は頭を下げると再び店の奥へと、入っていった。

 

 

 

「いった、どうやったんだろ?」

小鈴の手元には、さっきの男の残した写本がある。

パラパラとめくると、そこには寸分狂わない本物そっくりの写本が有った。

仮にこれを本の形に製本すると、違いなど分からないだろう。

 

「…………」

じっと見ている内に小鈴の中に、ムクムクとさっきの男に対しする興味が湧いてくる。

凄まじく高速でそして正確な写本の技術。

それは明らかに人間では不可能な技術。それは安易にあの男がやはり人間ではない事を意味している。

 

「ちょっとだけなら……人里は一応非戦闘地帯だし……」

恐怖よりも、興味が先行した小鈴が自らの好奇心に任せて店の奥へと消えて行った『例の男』の姿を追う。

 

「(お邪魔しまーす……)」

何時もの店なのに、自然と声が小さくなってしまう。

暗がりの奥、蝋燭の火に照らされ男が机に向かっている。

幸いな事にまだ、2冊目の写本には入っていない様だ。

小鈴は息を潜め、その男の手元に注目する。

 

トン――

 

男が、自身の腰にぶら下げた一目で上等物だと分かる羊皮紙の本を机に置く。

 

「再度、プログラムをするか」

男の手には、件の自前の筆があった。

そして、本が一人でに開き空中にゆっくりと青い光が、複雑な円を作り出す。

自身の店に在る本で見たことがある。あれはたしか魔法陣という魔法使いが使う記号の様なモノだった。

 

「プログラム起動――『写す』」

それが一枚の札のような物へと収束していき、その札を筆に張り付けた。

 

()()()

その言葉と共に、筆が起き上がり男のめくったページの内容を白紙の紙に書き込んでいく。

それもすさまじいスピードで。

だが男がするのは、写したいページをめくるだけ。

たったそれだけの動作で、素人ならまる一日かかる仕事があっという間に終わっていくのだ。

小鈴は舌を巻いた。

 

「所で――我に何か用か?」

男はこっちにすでに気が付いていた様で、蝋燭の明かりに怪しく照らされた顔を半分だけ向ける。

 

「えっと、お茶!お茶を持って来て――」

 

「すでに飲んでいるよ」

小鈴の言葉を遮る男の手には、良い香りを立てる真っ赤なお茶が握られていた。

こちらもさっきまで無かったハズの物だが、どういったトリック何だろうか?

 

「小娘――覗きとはあまり褒められる趣味ではないな。

特に――魔術を使う所を見られるのを嫌う者達を相手にする時は特にだ」

小鈴がほんの一瞬、瞬きの為に目をつぶった時、その男の姿は書き消えていた。

そして、ピタリと首に当たる銀色のステッキ。

 

「自らの術を秘めておきたい者は意外と多いのだ。我の様にな?」

 

「あ、ひ……」

小鈴はいつの間にか、自身の後ろに立っていた男にステッキを突きつけられていた。

怯えた顔で、ガクガクと歯を鳴らす。

 

「我魔術を他者に見せてはならん。噂させてもならん。

今見た物を誰にも言わず、自らの心のうちにしまっておけるか?」

男の手袋をした指が小鈴の首を撫でる。5本の指が白い小鈴の細い首をゆっくり撫でていく。

 

「だ、誰にも言いません!!」

 

「よろしい。なら信じよう」

小鈴言葉に男は満足気な顔をして、小鈴の首から手を離す。

丁度写本が終わったのか、忙しく動いていた筆が自らの役目を終えて、コトンと机の上に倒れた。

 

「…………え、う……」

緊張から放たれた小鈴が絞められても居ないのに、喉が酸素を欲し胸が激しく上下した。

そんな姿に男は目もくれず、写し終わった写本の束を手にする。

 

「む?焦げ臭いな」

 

「え?あー!!」

小鈴が自分がさっき置いていったお茶のヤカンの事を思い出す。

ほんの少しこっちに来る為だと、油断して火をつけっぱなしにしてしまったのだ!!

走って確認すると、すでに火が広がり始めていた。

今はまだ壁だけだが、本という燃えやすい薪に引火したらそれこそアッという間だろう。

 

「燃える!!家が!店が――アッツ!?」

小鈴がヤカンの湯を壁に掛けようとして、ヤカンで指を火傷する。

尚も火は大きく成りだし、遂には本に届こうとした時――

 

「異端五元素が一つ『気体』よ。我名により変質せよ」

後ろに立っていた、男が指先を炎に向けて鳴らす。

ステッキを空気中で素早く動かし、何かを虚空に描いたと思えばまるで最初から何も無かったかのように、その炎は書き消えてしまった。

 

「え?火が……」

 

「丁度写本も終わった様だ。今回は興味深いモノが見れた。

また来るよ。小さな書店の小さな店番よ」

呆然とする小鈴を他所に、男はそれだけ言うとまるで煙が風で霧散する様に一瞬にして形を失い何処かへ消えて行った。

そのあまりにあっさりした消えっぷりに、夢の様だと思いそうだが、机の上に置かれた写本の墨と紙に対する料金から、あの男が小鈴の夢の中でみた幻では無い事が分かる。

まるで雨音に紛れて消えてしまったような、不思議な感覚だけが残った。

 

 

 

 

 

「っていう事が有ったのよ」

小鈴が自身の友人である阿求に事の顛末を話す。

 

「ちょっと……口封じされてるんじゃないの?」

 

「いや、あれ以来何にもなくて、タダの脅しだったんじゃない?」

嫌そうな顔をする阿求に対して、小鈴があっけらかんと答える。

 

「全く、今度はいきなり恋愛小説でも書くつもり?

出だしは良いんじゃない?何も知らない男と雨の本屋での、邂逅。

ミステリアスな感じを生かせれば、結構人気でると思うわよ?」

阿求が顎に手を当てながら、話して見せる。

 

「そんなんじゃないから!!っていうか、相手結構と年上っぽいし……」

 

「あら、そんな事気にしてるの?べつに人と人外の異種奇譚は結構あるわよ?

身近なものでは1400歳差の夫婦とか?」

 

「妖怪の基準じゃない!!けど、あの人は魔法を使ってたし――」

 

「魔法使い?話を聞く限り該当する人はいないけど?」

 

「阿求も知らないって事は、最近外から?」

自分でも不思議と声を荒げてしまった小鈴。

 

「うーん……それでも情報くらいは来ても良いハズだけど……

警戒した方が良いのは確か――けど、小鈴また会ってみたいと思うでしょ?」

 

「ま、まぁ……それは……」

自らの目の前に、新たなる『未知』がある事を知った小鈴。

決して友好的でない態度、しかしその友好的でないが完全に敵愾心を向ける訳でもない、付かず離れずの距離感。

その距離感と彼の見せた魔術は好奇心旺盛な、彼女を大きく刺激した。

 

「あんまり深入りしない方が良いと思うけど?」

 

「あーあ、けどまた会ってみたいなー

魔法も少しは教えてもらいたいかも……特にあの本を写すヤツ」

そんな事を言いながら小鈴が、机の頬杖を突いた。

 

「いつか絶対妖怪相手に痛い目を――」

 

「おどろけー!!」

店の入り口から、小傘が姿を現し両手を大きく広げて見せる。

 

「見ることに成るわよ?」

 

「けど、興味があるものは仕方ないじゃない?」

 

「無視しないで!!無視しないでよ!!うわーん!!」

全くの効果が無かった小傘は、悲しそうな顔をしながら走って店を出ていった。

 

「妖怪がみんな()()くらい無害なら、良いんだけど……」

 

「んなわけないじゃない。バカな事言わないで」

小鈴と阿求が小さく笑い合った。

 

 

 

「オルドグラムの嘘つき!!あの店の子は臆病って言ってたじゃない!!」

 

「お前の実力が不足しているだけだ。我に関係はない」

一人ぶつぶつと腰に下げた本に文句を言って小傘は今日の獲物を探しに出ていった。




個人的なイメージですが、鈴奈庵はしょっちゅう燃えているイメージ。
紅魔館の爆発とどちらが頻度が高いんでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と歌声と夜の屋台

さてさて、今回はあのお店。
一度は行ってみたいな~という願望がありますねぇ!

因みにヤツメウナギはウナギとは違う種類の魚らしいです。


雨降る夜の幻想郷。オルドグラムのグリモワールを腰にぶら下げた小傘が、傘を差しながら町の外を歩く。

 

「あ~あ、すっかり遅くなっちゃった……

だからもっと早く帰ろうって言ったのに!」

 

「ふっ、我としたことが夢中になってしまったわ」

無縁塚で大量に手に入れた外界の道具を思い出しホクホク顔でニヤつく霊体化したオルドグラムをジト目で見ながら、小傘が文句の一つでも言ってやろうかとして止める。

相手は、おかしな魔術師だ。何か言ってもやり込められるのが落ちだろう。

その時にさらに自分が不利になる約束をさせられてもおかしくない。

というか、今日の無縁塚への外出もオルドグラムの口車に乗った結果だったのだ。

 

「わっと、雨が強く成って来た」

風に煽られ、顔に雨粒が付いた小傘が袖で顔をぬぐった。

 

「そうか、頑張れ。我の本体を濡らすなよ?」

 

「この……!」

霊体化したオルドグラムが、小傘に心の籠っていない激励を飛ばすがその言い方では逆にこちらを煽っている様にしか聞こえなかった。

さらに、言葉を飲み込み小傘が帰りを急ぐ。

 

 

 

今夜は満月。

本来ならその怪しい光に誘われ妖怪たちを活発化させる魔性の球体が姿を見せるハズだが、厚い雨雲に隠れててその姿は見えない。

寂しい一人の夜道は、心なしか暗くいつもより視界が狭い。

「えっと、今の場所的に考えて――こっちが近道だよね!!」

 

小傘が、足を向ける方向を変えて再度雨の中走り出す。

 

……らら♪……ららん♪……ららら♪

 

「む?小傘」

 

「何よ?」

 

「何か聞こえないか?」

オルドグラムがそっと小傘に耳打ちする。

 

「『何か』って?」

 

「歌のような物……か?」

そう言ったオルドグラム自身にも、詳しくは分からない様だった。

ただ何かが聞こえた気がするという、確証もないひどくあやふやな感覚だった。

 

「はぁ、怖がらせようとしてる?悪いけどそんなんじゃ――」

 

「向こうの方角だな。近づいてる……のか?」

霊体のオルドグラムが指さす方角は今しがた、小傘が進行方向を変えた先だ。

 

「え”……!」

オルドグラムの言葉を聞き小傘が足を止める。

表情を固めたまま、苦い顔をする。

 

「どうした?行かないのか?」

 

「ま、迷うといけないから、方角を変えて――!?」

その時、小傘の耳にもはっきりと歌声が聞こえてきた。

 

らら♪ラララら♪ララ♪

 

「例の歌、聞こえたな、今度は確かだ。近いな」

 

「わーわーわ!!聞こえない!!聞こえないモン!!もうお家帰る!!」

耳を抑えて、大声を上げて小傘が半べそで子供のような言葉を使い、来た道へと帰ろうとする。

だがどんなに力を入れても足が動かない!!

まるで金縛りにあったように、突如小傘の足が固まってしまった!!

 

「!???!!なんで!?なんで足が――」

 

「それは我の力だな」

見ると小傘の足にはオルドグラムが全身の至る部分に巻いているベルトが、巻き付いていた!!

そして、ゆっくりと操り人形を引っ張る様に小傘の体を動かし始めた!!

 

「ちょっと!?ナニコレ!!こんなの出来たの!?」

 

「知らんのか?幽霊は他者に憑りつけるのだ。

我も最近知ったのだがな」

そう言って、最近鈴奈庵で写本してきた幻想郷縁起の一部を見せる。

 

「全く!!碌な事にならないんだからぁ!!」

むしなく響く小傘の声を無視して、オルドグラムが小傘の足を操る。

 

「むぅおおおぉおおお!!そっちにはぁ!!!いかせないいいいいい!!」

 

「早くしろ、とりあえず我が濡れるのは避けるのだ」

はたから見れば完全にひとり問答だが、小傘本人にはまさに死活問題だった。

だがオルドグラムはそんな事関係ないとばかりに、すさまじい勢いでなおも突き進む!!

 

「ららら、ラララん♪ららら♪」

 

「ほら、ほら聞こえて!!聞こえてるから!!」

 

「む!近いぞ、急ぐのだ!!」

叫ぶ小傘を他所に、オルドグラムは小傘の足に力を入れさせ走らせる。

 

「もうやだぁ!!もうやだぁ!!お願い、何でもするからコレ以上は――」

必死に懇願する小傘を無視して、オルドグラムはどんどんと進んでいく。

そしてついには――!

 

「あ、い、いらっしゃい……」

茂みをかき分けて走った先に有ったのは、暗い中にたたずむ一見の赤提灯のついた屋台。

羽をはやした一人の妖怪が、困惑気味に暖簾を開けて顔を見せる。

小傘は彼女を知っていた。

ミスティア・ローレライ。人里でもたまに見かける妖怪で、『夜雀』という種族の妖怪で相手を視界を悪くする力を持つという。

この悪い視界も、不気味な歌も彼女の仕業だったのだ。

 

「あうあうあう……怖かった……怖かったよぉ~~!!」

ひとしきりの問題が解決したことで、小傘が安心して全身から力を抜く。

 

「あ、あはは……膝が笑ってる……あっと!?」

愛想笑いを浮かべる小傘が、安堵からか膝を崩し尻餅をついた。

 

ボちゃん!

 

「ひゃうん!?」

当然地面は雨で濡れており、小傘のスカートが泥水で濡れてしまった。

 

「ああ……」

 

「あう……下着までびっしょり……」

ミスティアが可哀そうな顔をして、小傘がもういやだとばかりの顔をする。

 

「えっと、ちょっと寄ってく?少し安くしますよ?」

同情的な視線を受け、小傘が立つ。

 

「おじゃまします……」

濡れてしまったことで、逆に急ぐ必要がなくなった小傘が、一言謝りを入れ屋台の備え付けの椅子に座る。

 

「まあ、これはサービスだから」

濡れた体を心配してかミスティアが、熱燗を一本差し出してくれた。

気が付けばある程度傘で防いだとは言え、雨で濡れた体はしっかり冷め切っている。

おちょこに入れて、小傘がほっと一息つく。

「えっと、とりあえずヤツメウナギで」

 

「最近少し温かく成って来たと思えば、また寒いのに逆戻りですね」

小さく鼻歌を歌いながら、ミスティアが注文されたウナギをたれにつけて、焼き始める。

 

「そうそう、一体どうなってるんだか!」

少し語気を荒くして、小傘がおちょこに2杯目を付ける。

 

「そう言えば、さっき騒いでいた様ですけど、誰かいたんですか?」

 

「え、え!?ちょ、ちょっとね?」

小傘が慌てた様に話を誤魔化そうとする。

さっきまでは夜であることも加味して、誰も居ないと思って、結構な大声を上げてしまった。

聞かれたとなると、なかなか気恥ずかしい物がある。

 

「あ、ああ!この新聞丁度、読んでなかったんだよね!!

へ、へぇ~、紅魔館の湖の水が急速に減ってるんだぁ~」

誤魔化す様に、数日前の新聞に目を通す小傘。

なんと言うか、ミスティアの目を見るのが兎に角つらかった!!

 

「ふははは!我が居たのだ!」

小傘の本が勝手に開くと、夜の雨降る虚空に黒と赤のマントが飛ぶ!!

そしてそれは開店する様に店の周囲を飛び回り、棒状に姿を変えその中からオルドグラムが出現した。

 

「おー、手品師ですか?」

キョトンとしながら、ミスティアが遠慮がちに拍手をする。

その時ミスティアの目には驚きと、何かよからぬ物を見てしまったという後悔の念が感じられた。

 

「ちょっと!なんでもう少し静かに出られないのよ!!」

 

「派手さが必要な時代なのだよ。地味な存在ではすぐに忘れられてしまう。

どうだ?お前の傘も電飾等で飾って――」

 

「絶対に止めて!!」

小傘が傘の部分をかくまう様に、抱きしめる。

 

「そうか、なら仕方ないな。

にしてもなるほど、なるほど……これは興味深い!」

しげしげとオルドグラムが、ミスティアの屋台を見る。

 

「えっと、お客さん屋台って始めて?

あ、その恰好外来人でしょ?外界じゃもう珍しいかもねー」

その様子はまるで初めての店に来た子供の様であり、ミスティアをひどく困惑させた。

だが今までの客商売で培ったコミュニケーション能力で、何とか持ち直した様だった。

小傘はなんだか恥ずかしくなって、再度ミスティアから目をそらした。

 

「この様な食事処があるとはな……」

 

「あっはっはは、ちょっと規模が違うかな?」

微笑むミスティアが無言で、ヤツメウナギの在庫を確認し始める。

この雨だ、偶然通りかかった客を逃がす積もりなどないだろう。

 

「小傘よ、夜も更けた。今宵は此処で食事としよう」

酷くわくわくした様子でオルドグラムが、話す。

彼は好奇心が旺盛だ。この屋台の様に見たことのない物を見せられ大人しく帰るとは思えない。

子供の様に自由で、大人の様に強か。そしてその両方を行使するだけの能力がある事を小傘は知っていた。

 

「んもう、勝手なんだから。

第一、今月ピンチで――」

 

「なら、我が払おう。店主よ、釣りは要らん」

 

コロン

 

オルドグラムが、机の上に数個の光る石を置いた。

それは透明でキラキラと輝いている。

 

「これって――?」

 

「金剛石とこの国では呼ばれているんだったか?」

オルドグラムが見せたのは、小粒だがダイヤモンドの塊だった。

 

「」ドサッ

 

「あれ、お客さん?」

いきなりの貴金属の登場で小傘が白目を剥いて倒れる。

最近は仕事も少なく、オルドグラムという扶養家族も増え、小傘は爪に火を灯す生活をしていた。

していたのに――

 

「ど、どこから持ってきたのよ!?う、売れば大金持ちじゃない!?」

小傘は外界の書物で、これらが高値で取引されているのを知っている。

それをコロンと数個、渡したのだ。文句が出ない訳など無かった!!

 

「この里の技術で加工は出来るか?それにこれは魔術で石炭を加工に失敗した物だ。

天然ものではない……」

 

「そ、それでも!!」

 

「店主よ、これで足りるか?」

詰め寄る小傘だが、オルドグラムはすべてをミスティアに渡してしまった。

 

「はい、じゃあ、ジャンジャン飲んでいってくださいね。

今夜は食べ放題、飲み放題ですよ~」

思わぬ大収入に、ミスティアが極上の酒の蓋を開け、注ぐどころか丸ごとこちらに渡してきた。

どうやら、全部飲んでも構わないという事なのだろう。

流石は客商売をしている妖怪、上客を逃がさない術を心得ている。

 

「どんどん、焼きますからねー」

 

「はっはっは!愉快愉快!」

ミスティアが次々と、酒や食べ物を出してくる。

 

「ほら、小傘も飲め」

 

「う、う~ん……もういいや!!たのしんじゃえ~!!」

勿体ない気もするが、まぁ仕方ないと小傘が吹っ切れた!

 

「もっと私にもお酒と、ウナギ!!!」

半場ヤケになって、酒瓶をそのまま口につけて煽りだす。

雨の中、誰も来ない屋台の中で日が昇るまで、二人はどんちゃん騒ぎをつづけた。

 

「うぅうお~、もっとぉ~」

 

「ふむ、これはいかんな。店主よ、また来るぞ?」

呂律が回らず、まともに立てなくなった小傘をオルドグラムが背負う。

くるくるとマントに包んで、立ち上がった。

 

「ありがとうございますね~」

まさかの売り上げに、ミスティアがホクホク顔で去っていく二人を見送る。

丁度日の出で、斬れた雨雲の上が明るくなり出した。

 

「ふぅ、夜通し騒いじゃったな……明日の仕込みをしないと――」

去っていった二人を見送り。

ほんの僅かに、残ったヤツメウナギの在庫を数え始める。

 

「え~と、1、2の――」

その時、一陣の風が屋台の暖簾を揺らす。

 

「え――?」

何かが、木々の間から飛び出してきた。

 

 

 

 

 

『プログラム――――集める・あつめる・ア・ツ・メ・ル』

 

「え?」

何かが聞こえた気がして、ミスティアがその声の方を向く。

こんな時間だが誰か来たのだろうか?

そんな事を考えている時間はすぐに無くなった。

 

ビュルルルル!!

 

「うわっ!?」

吹いたのは一陣の風。

凄まじい勢いで、ミスティアの体が彼女の意思と関係なく宙に浮く。

 

「わた、たたた!?」

飛ぼうにも、すさまじい風によって空中で錐もみする為、上下左右どちらが空でどちらが地面かもわからない。

だがそんな時間も長くは続かなかった。

 

ドシャ!

 

「痛ぃ!?」

突如風は、その力を失い、ミスティアを解放した。

泥水

不幸か幸せか分からないが、ぬかるんだ泥水の中に落ちたおかげで顔や体は泥まみれだが、深い傷を負う事は無かった。

だが心配なのは、やはり自分の屋台だ。

この風でバラバラになっては居ないかだろうか?

そう思い立ったミスティアが慌てて顔を上げ、自身の屋台を探す。

 

「あった!良かったぁ……」

少し探すと、屋台はさっきと全く同じ場所に有った。

暖簾がわずかに揺れている以外は、何も変わりは無かった。

 

「なんともない……よね?――――あ”!?」

確認をするミスティアが声を上げる。

屋台に傷は確かに何もなかった。

()()()()()()()()()。だが、酒が無くなっていた。ヤツメウナギなどの食糧がなくなっていた。

現金には一切の手を付けづ、飲食関係の物だけが無くなっていた。

 

「なんで!?なんで!!」

混乱するミスティア。飲食関係だとという明らかな、人為的な意思を感じる荒らされ方にミスティアが、頭を抱えた。

 

 

 

「はぁ~美味しかった」

風呂に入り、着替えた小傘が窓際に立たずむオルドグラムを見る。

彼はなぜか、雨の中に手を出して何かを見ている様だった。

 

「何してるの?」

 

「いや、少し気になった事が有ってな」

 

「この雨?最近よく降るよね」

 

「ああ、そうだな」

小傘の言葉を話し半分に聞くオルドグラム。

その手には、かつて彼が作った魔力に反応して変色する紙が握られていた。

 

「ほぅ?」

オルドグラムが、雨水を受け変色した紙を見て興味深そうに眼を細めた。

雨に濡れた紙は、魔力の存在を示す赤い色に染まっていた。




みすちーの前で、焼き鳥食べたらどうなるの!?
的なネタをやりたかったけど流石に可哀想すぎて止めました……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と暴風と矜持

ずいぶんお待たせしました。
一応今回で大きな山が一つ終わりました。


「ふむ、嵐が来るか……」

オルドグラムが濃灰色に染まる空を見て小さくため息を付く。

幻想郷を覆う雲はもう10日以上もしとしとと雨を降り続けさせている。

強く成る事も弱くなる事もあるがそれでも雨は止みはしなかった。

それどころか最近は風が強く吹き始めている。

 

「ふむ……」

霊体化した姿で家の屋根の上で胡坐をかいて、雲の様子をじっと見ている。

 

「ちょっとー!いつまでぼーっとしてるの!?

そろそろ台風が来てもおかしくないんだから、少しは手伝って!!」

小傘が屋根によじ登り、手に持った金鎚と口に咥えた釘を見せる。

 

その言葉通り、小傘の家には木の板で多少だが補強がされている。

全部小傘が一人でやった事だった。

 

「……我は肉体労働は得意ではないのだ」

 

「私だってそうだよ!!っていうか、普通は何も言わないで手伝ってくれるモノじゃないの!?」

 

「はんッ!これだから……良いか?魔術師は契約で動く。

我はお前が他者を驚かす手伝いをしているのだ。コレ以上何を望む?」

腕を組んでオルドグラムが小傘に語る。

 

「そんな事言ってる場合!?台風ってすごく怖いんだよ?

お家なんて簡単に飛ばしちゃうんだから!!」

 

「ふん、我には関係ない事だ」

小傘のセリフを遮って、オルドグラムが手をひらひらと降ると姿を消す。

家の中にあるグリモワールの中へと戻った様だった。

 

「もぉおおお!!なんなの!!」

余りに他人行儀なオルドグラムの態度に小傘が憤り屋根の上で地団太を踏む。

 

つるん!

 

「わわわわわ!?」

足を滑らし、小傘がぬかるんだ地面に尻餅をつき全身が泥だらけになるのをオルドグラムは小さく嗤いながら見ていた。

 

 

 

 

 

びゅぅうううう、びゅるううううう!!

ガタガタ、がたがた、ガコン!!ガタガタ!!ガタガタ!!

ヒュルルルるウル!!ガタガタガタガタ!!

 

深夜――雨や風は治まる所か、どんどん激しくそして強くなっていた。

 

「そろそろ頃合い……か」

布団で眠る小傘を横目に、オルドグラムが本から実体化する。

黒いハットに、赤黒のマント全身に巻き付く複数の黒いベルト。

腰にグリモワールと銀色のステッキを構える。

 

「今は眠れ。不安を抱えて……だが明日にはその不安は杞憂だと思うだろ。

我は契約は守る。お前はただ眠っていればいい」

うなされる小傘の頭を撫で、オルドグラムが扉を開けて外にでる。

 

その瞬間風と横殴りの雨がオルドグラムの体を打ち付ける。

 

「ふっ『貴様』が欲しいのはコレだろう!持って行くが良い!!」

オルドグラムは自身の腰のグリモワールをベルトから外すと、風の吹き荒れる空に向かって投げすてる!!

その瞬間、極小の竜巻が素早くそして()()()()()()でグリモワールを攫って行った。

 

「案内してもらうぞ、貴様の主の所までな!!」

再度霊体化したオルドグラムの魂がグリモワールに引かれ嵐の夜の中を一直線に飛んでいく。

 

 

 

 

 

びゅぅうううう、びゅるううううう!!

ガタガタ、がたがた、ガコン!!ガタガタ!!ガタガタ!!

ヒュルルルるウル!!ガタガタガタガタ!!

 

再度風の中に身を置き、オルドグラムが周囲を探る。

この雨の中には多少の魔力が含まれている。

よってこれは、魔術に関係した水そしてその雨は何かを探しているというのをオルドグラムは気が付いていた。

 

風に運ばれ、一冊の本がとある場所にたどりつく。

それはオルドグラムも知っている場所だった。

 

「魔法の森か――」

再度物質化して、風の中から自身のグリモワールを奪いかえす。

そこは以前来た森とは大きく様変わりしていた。

 

空を見上げれば月も雲も見えない、雨と風で作られたドーム。

とある一点を囲む様に悠然と周囲をめぐっている。

 

そしてもう一つは、目の前に積まれた家よりも大きな様々な『物』の集まり。

何か高そうな物もあれば、何でもないその辺に落ちて良そうなゴミまで、様々な物が整頓や使い勝手など全く考えていない風で周囲に積み上げられていていた。

 

「む?」

オルドグラムが物の山の奥。

何かの扉の様なモノを見つける。

いや、扉だけではない。じっと見るとそれには壁があり屋根があり、煙突があった。

 

「家か?」

ゴミ屋敷という言葉が浮かんだが、ひょっとしたらあの家も此処に集められた『物』も一つなのかもしれないと思いなおす。

 

ガチャ――

 

オルドグラムの目前――家の扉が開き一人の少女が姿を見せる。

黒いウィッチ帽に、白黒のエプロンドレス、そして金色の髪の毛。

 

「その姿――伊達や酔狂で無ければ貴様も魔法使いか?」

オルドグラムの問に目の前の少女は答えない。

何か口元がかろうじて動くことから、何かを言っていいるのは確かだが雨風の音に阻まれオルドグラムには聞き分けることが出来なかった。

 

「……だんまりか……構わない。貴様に対して興味はない。

我が欲しいのは貴様が持つ――」

オルドグラム言葉を無視して、その少女がポケットから六角の道具を取り出す。

モノによっては八卦炉と呼ばれるそれは、超火力を生み出す魔力であった。

だが――

 

「……き、起……ど、う……」

 

「む?」

その道具が起動すると同時に、自然風ではありえない風の流れをその肌で感じとる。

少女の前に風が凝縮される様に集まっていく。

 

『プ・ロ・グ・ラ・ム は・つ・ど・う。

アツメル・あつめる・集める』

集まった風は手足の長い人型へと変化していく。

回転し、集まる風が人型を取った姿。

 

「集めるだと?なるほど……こいつが今回の事件の正体か」

 

ひゅるるうる!!

 

人型は唸る音と共に、オルドグラムにとびかかって来た。

それを飛びのいて躱す。人型は近くにあった石と土、それと生えてた木の一部を抉り取って少女の元へと女王に忠誠を誓う騎士の様に戻って傅いた。

 

「あ、……あ、お」

少女の目の前で、人型が両腕を横に大きく広げた。

 

コン――!カラッ……パラ、コツン……

土が、石が、そして木が器用に整理され少女の目の前に積む。

 

「なるほど。『集めた』モノをそうやって続けた結果が()()か」

オルドグラムが恐らく少女のモノと思われる家を見る。

不用か必要か、全く気にせず手あたり次第『集めた』と思われる物品の数々。

それらはすべて、目の前のヒトガタに仕業なのだろう。

 

ひゅるるうる!!ヒュルルル!!

人型の風が、オルドグラムの体を集めようと鋭い体で飛び込んでくる。

その風は様々な物を、削り取ってその体積を増やしていく。

そしてある程度集めると、少女の元へ戻り自らの成果を積み上げる。

 

「集める物に、区別はなし……そして――」

オルドグラムの視線の先、少女がうつろな目を浮かべて八卦炉を突き出したまま動かない。

 

「魔力に飲まれたか……さして珍しくない、魔術師の終わりか――うお!?」

その時オルドグラムの前を風が通り過ぎる。

被っているシルクハットが攫われ、風が再び少女の元へと帰っていく。

 

「む――?」

オルドグラムのその帽子は、石や木の破片で傷つけることなく成果としておかれる。

 

「なるほど――集めはするが傷つけることも無いのか……ならば!!」

オルドグラムが視界の端に合った、木々の生える間に自らを投げる。

それを追尾して風がオルドグラムを追う。

 

「我を支えよ!!」

オルドグラムの全身のベルトが、素早く伸び周囲の木に絡みついていく。

腕を前でクロスさせ、飛び込んでくる風を待ち受ける。

「ぐぅ……く!」

 

ミシミシッ!!

 

周囲の木が地面から離されそうになる。

『集める』は木さえも回収してしまう様だ。

 

「?」

少女がうつろな目で、異常を知覚する。

オカシイ。何か変だ。

魔力を奪われ、薄れる意識の中でなおも、おかしな違和感に気が付く。

 

「な、に……が?」

 

「ふっ――どうやら、お前は戦いを知らぬようだ。相手の理外を見せる。

それが魔術師の戦いだ。常識という檻を如何に抜け出すかが、重要なのだよ」

吹きすさぶ風の中、オルドグラムが地面に立っていた。

その両足から伸びるベルトはすべて地面に埋もれている。

 

「……!?」

 

「地中深く、木の根の様に伸びている。

我を吹きとばしたと思ったか?違うのだよ。

そして――トリックはもうわかっている!!」

オルドグラムが自身のステッキの先端を構える。

 

「我もプログラムを起動しよう――かつて、我に逆らった妖刀から奪いし力――『切断』だ」

ステッキと魔法使いの間に、隔てるモノは何もない。

 

コーン!

 

拾った石をまるでビリヤードの玉の様に弾き飛ばす。

プログラム魔術により、なんの変哲もない石はその小さな破片までもが『切断』する道具としての機能を持つ!!

()()()()()()()()()()()()()がその少女の持つ八卦炉を叩き落す。

その瞬間、使用者を失った『集める』の集合体は形を失って、ほどけて消えた。

 

「ふん、あっけないな」

ベルトを切り離し、オルドグラムが悠然と歩んでいく。

そして地面に落ちた八卦炉を見下ろす。

 

「……返せ、それは…………私の、見つけた魔法……の……」

雨でぬかるんだ泥に体を埋め、顔にはねた泥をぬぐう事もしないまま魔理沙がオルドグラムの持つ道具に、届くはずのない手を伸ばす。

 

「違うな――返してもらうぞ。()()()()()を」

そう言うとオルドグラムは自身のステッキを振り下ろして、その六角形の道具にたたきつけた。

 

バキィ!

 

「あ、ああ……」

魔理沙が目の前でひび割れる道具を見て、呆然と声をもらす。

 

「――盗んだ力で偉くなった積りか?この力は我が研鑽を積み自らの手で己の物にした術だ。拾ったからといって、小娘が気軽に扱っても良い道具ではないのだ」

オルドグラムは道具の中から、紙きれを取り出すとじっと見つけた。

 

「我ページの破片よ……あるべき場所に戻るが良い」

オルドグラムの腰のグリモワールに吸い込まれてその紙は消えて行った。

 

「くっそ!!」

魔理沙が地面に自身の拳をたたきつける。

再度泥水が跳ねて魔理沙の帽子が汚れる。だがそんな事も些細なことだと言わんばかりに拳を強く握る。

 

「名も知らぬ小娘よ、勉強になったか――?」

 

「魔理沙だ!!」

 

「ふむ?」

 

「霧雨 魔理沙……この森に住む普通の魔法使いだ!!

覚えておけよ、今回は……今回だけは、後れを取ったが次は絶対に()()はいかないんだからな!」

地面に倒れたまま、オルドグラムの啖呵を切ってみせた。

それを見て一瞬だけオルドグラムは固まった。

この相手は自身のしたことに対して、ほとんど悪びれることなく『次』を意識しているのだ。

無意識にオルドグラムの喉が鳴っていた。

 

「くくく……良いぞ、良いぞ。その欲にまみれた目はとても良い……

欲望には力が宿る。欲しいと思う感情には何より大きな力が宿る。

力を欲して、再び我の前に立って見せろ!その日を楽しみにしてやるぞ?

()()()()()小娘よ」

そう言うとオルドグラムはマントを羽ばたかせて飛んで入った。

 

「まだ名前を覚えることすら、値しないってか?

良いぜ、その傲慢な態度を絶対見返したやるんだぜ!!」

魔理沙が何処か気分の良さそうな顔で、泥だらけの拳を突き上げた。

 

「……って!おい、おーい!!せめて助け起こす位はしても良いんだぜ!?」

魔理沙の声が遠く、一人寂しく森の中に響いた。

 

 

 

 

 

「ふぅ……少しばかり疲れた……」

小傘の家へと戻って来たオルドグラムが、自身のマントについた雨粒を払いながら家の扉を開ける。

 

「あ、オルドグラム!?ちょっと、一体どこ行ってたのよ!!

昨日も台風対策の準備を手伝わないし!!どうせ勝手に遊びに行ってたんでしょ!!

まったく!いっつも好き勝手して!!もう少し協調性を持って――」

ギャンギャンとわめく小傘の声にオルドグラムが耳をふさぐ。

 

「うるさい」

 

「あっさりー!?って言うか、全く聞いてない!?

一応私たちはお互い助け合うべき……」

 

「今回は助けてやったぞ?台風とやらも終わった」

小傘の言葉をオルドグラムが断ち切った。

 

「それはただの自然現象でしょー!?」

 

「腹が減った。朝食は?」

 

「あ、今日はお味噌を変えて――ってちがーう!!」

小傘の空しく叫ぶ声を聞きながら、オルドグラムは振り返って雲の合間から見える、久方ぶりの太陽に眩しそうに眼を顰めた。




何も言わず、守ってくれるオルドグラム。
彼は約束は果たしますがそれ以外は結構冷酷です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と天邪鬼と既視感

今回はあの妖怪が再登場です。
さぁ、どんどん話が進みます。


魔法の森のとある店――ひっそりと佇む商店があった。

店の外にまで大量に飛散している、もの、モノ、物……

古ぼけた傘に、タヌキの置物、進入禁止の標識には、なぜか黒電話が器用に置かれている。

この不思議な店の名は香霖堂。

半妖の男、森近霖之助の経営する道具屋である。

いささか現代人には古臭いと思われそうな道具の数々は、霖之助の大切な商品だ。

中には外界の物を拾い、中には自分で作った物もある。

だがどれもこれも大切な商品だ。霖之助は今日も人の滅多に来ない森の奥で、道具たちとともに客人を待ち続けているのだ。

 

 

 

 

 

「はぁー、今日も暇だな。ま、魔理沙が来ないだけましか……」

カウンターで頬杖を突く、白髪の高身長の男がこの店の店長の森近霖之助だ。

『まし』と言っているが、その表情には小さな憂いが見て取れた。

 

カタカタ……カタカタ……

 

「あ、またか……まったく」

小さくため息をついて、霖之助が部屋の隅に置かれた商品の一つであるグラスを手に取る。

幻想郷では若干珍しいガラス製のグラスだ。

だが、このグラスはただのグラスではない。

 

「はぁ、もう少し()()()してくれよ……」

ため息をつく霖之助の手の中で、グラスがその言葉に応えるように動くのをやめた。

 

「一回見てもらう――いや、もったいないけど破棄かな……?」

困ったようにして、眼鏡の弦を指で押す。

ことの初めは数か月前、店の整理をしていた霖之助の目の前で、突然陳列してあったグラスが震えだしたのだ。

 

道具には『普通』でない物が時たま混ざっている。

妖力が宿るもの、意思を持ったもの、作成者の呪いが込められた物。

 

「君は何が欲しいんだい?」

手に持ったグラスに語り掛けるが、残念ながら霖之助にはそのグラスの意図は測り知れなかった。

うんともすんとも言わず、しかし主張だけはしっかりしてくるグラスを手に霖之助が本日何度目かになるため息をついた。

霖之助は気が付いていない。そんな油断した彼を覗く瞳があることを……

 

「ふぅ……お茶でも淹れるかな……」

読んでいた本を閉じて、固まった体をほぐすように背伸びをする霖之助。

少し席を外そうとして立ち上がった時、何者かが素早く静かに走ってきて、角材を持って霖之助の頭上に思い切り振り下ろした!!

「ぐぅ!?」

 

霖之助は薄れゆく意識の中、お尋ね者の妖怪がこっちを見下ろしているのを見た。

 

 

 

 

 

人里、その中にある小傘の仕事場にて――

 

「よく来た、よく来た。まぁゆっくりしていけ」

偉大なる魔術師にして屈指の不審者であるオルドグラムが、座布団をたたき来客を迎える。

 

「あーえっと……旦那の迎え、痛み入る……です」

非常になれない、敬語もどきで来客――天邪鬼 鬼人 正邪が座布団に座る。

 

「そう固くなるな。リラックスするが良い」

 

「りら、く?」

意味が分からないとばかりに、正邪が首をかしげる。

その様子を見たオルドグラムはそうだったとばかりに、言葉を選ぶ。

 

「ゆっくりと寛げという意味だ。残念ながら魔力を最近使いすぎたせいで、我が持て成すことは出来んがな……

そうだ。我が趣味で作った甘味が有るのだ。食べていくが良い」

戸棚の中にあった茶色い焼き菓子を持ってくるオルドグラム。

日本刀を短くしたような包丁で、その焼き菓子を一人分に切り分け始める。

あまりに無防備な姿を見て正邪の中で、悪意が小さく囁く。

 

(こいつはいい機会なんじゃないか?

相手は魔力切れの魔術師――いつも偉そうにしている此奴に、一泡吹かせるチャンスだ!!こいつを人質どころか、高そうな魔導書を売り払って……いや、わたしの下克上計画に協力させるもの良いな!大事なところで捨て駒にしてやって――)

 

「おっと――!」

正邪がシメシメと心の中で笑みを浮かべた時、オルドグラムの持つ包丁が不自然な軌道を描いて正邪のほうへと飛び掛かった!!

 

「え――!?」

 

「拙いな」

妄想の中でオルドグラムをこき使う姿を想像していた正邪の反応が一瞬遅れる。

だが手から解き放たれた包丁はそんなことお構いなしで正邪に向かい――

 

コンっ……

 

「っ痛!?」

急に包丁は力を失い、床に落ちて転がった。

 

「おお、正邪よ。貴様は運が良いな。角に当たるとは……」

 

「な、なななな……な……」

説明されて初めて理解できた正邪は、その言葉に小さく震えだす。

角、頭に生えている小さな小指の先端ほどの長さの角に当たったらしい。

 

「アッぶねーな!!しっかり握りやがれ!!」

猫など被っていられないとばかりに、正邪が怒りに任せて畳みかける。

 

「すまない。今回ばかりは落ち度はこちらにある。

何分、実体化している魔力も惜しいのだ」

オルドグラムはそう言って、半透明になった自身の右手を見せる。

 

「あのなぁ?こっちはもう少しでケガをするところだったんだぞ!?

え”え”!?偉大なる魔術師さんよ?嫁入り前の子、傷モンにするトコだった――」

 

「正邪、第二刀だ!」

 

「はぁ?」

正邪が、オルドグラムの指さすほうへと顔を向けると――

 

しゅん!!

 

何かがすさまじい勢いで、正邪の前を通り過ぎた!!

空中に正邪の赤いメッシュが入った髪が数本空中に飛ぶ。

 

「な――――んじゃ、こりゃ!?」

避ける正邪を追うように、再度空中に浮かぶ包丁が正邪を狙う!!

 

「以前我が手に入れた妖刀の一種だ。三つにへし折って小傘が包丁にしたのだが――」

 

「この通りとっても元気ですってか!?」

しゃがんで畳を転がりながら正邪が叫ぶ。

ちゃぶ台を立てて、盾の様にするがその瞬間、包丁が突き刺さる!!

 

「ああもう!!旦那!!なんか手立てはないの――か?!」

正邪の目の前、宙に浮いた包丁がオルドグラム胸にまっすぐと飛んでいき――

 

「だ、旦那ぁ!!」

オルドグラムの体を音もなく()()()()()

 

「言ったであろう?我は霊体だ、と」

 

「だんなぁああああああ!!!」

一瞬でもオルドグラムを心配した正邪が自己嫌悪に陥って頭を抱える。

 

「心配は無用だ。この騒ぎもすぐに収まる」

その言葉通り、オルドグラムは尚も飛来し続ける包丁を目視で追う。

 

「――そこだ」

軌道を読んだオルドグラムが飛び上がり、素早く右手の親指と人差し指を実体化させ――

 

パシッ!

 

「つかんだぞ」

オルドグラムが指2本で捕まえた包丁に、手早く『封』と書かれた札を張ると包丁はおとなしくなった。

 

「おー!流石旦那だ!!」

正邪が手をたたいて、オルドグラムを誉めたたえる。

 

「なぁに、簡単なことだ」

ドヤ顔をして、オルドグラムはまんざらではないといった表情で、再び座布団に座る。

札を張った包丁で菓子を切ると、皿にのせて正邪に出す。

 

「我が作った、物だ。食え」

 

「い、いただきます……」

正邪は思わず反射的に、令を言ってフォークで菓子を口に運んだ。

 

「いわゆるスポンジケーキに属する物だが……

ふむ、気に入ったようで何よりだ」

静かにもくもくと食べ続ける正邪を見て、オルドグラムが満足気にため息をつく。

 

「もっとあるぞ、食うか?」

 

「…………頼みます」

静かに差し出された皿にオルドグラムが再度ケーキを乗せる。

 

(あー、うまいなぁ……逃亡中は碌な物食べてなかったからな……)

正邪は気が付くとすべてのケーキを食べ終わっていた。

 

「はぁー、食った食った……」

正邪が寝転がり満足気に、腹を撫でる。

 

「あ、そうだ。旦那、これやる……

ちょっとぬす――じゃなかった、手に入れたからさ」

正邪が取り出すのは、気絶させた香霖堂から盗みだしたグラスだった。

 

「これは――」

オルドグラムの表情が気に入ったのか、正邪は自慢げに話し始める。

 

「踊るグラスか?」

 

「んだよ?知っているんじゃんか……けど流石旦那だ」

正邪の言葉などオルドグラムには話半分だった。

 

「なぜだ?なぜ……我はこれを()()()()()?」

知っている。そのことがオルドグラムにはひどく不確かで不気味に思えた。

初めて見たのに、明確に存在する既視感。もはや気のせいと呼べるレベルではなく……

 

「なぁ、旦那。これ、光に透かすとなんか浮き出るんですよ?」

正邪がそう言ってグラスを、透かす。

するとコップの表面にうっすらと浮かぶ紋章のような物が。

 

「これは……サインだ……そう……製作者の……サイン?」

 

「だ、旦那!?」

オルドグラムがとっさに、さっき持っていた包丁の封をはがし、部品をばらし始める。

柄を分解して、その奥に刻まれたさっきのコップと()()()()()()()を見る。

 

「今思えば、これも見たことがあったのか?

いや、そうじゃない……これは、これは!!」

オルドグラムが自身の魔導書を撫でる。

表面にあるのは、自身の名と自身の紋章。

そう、コップにも妖刀にも刻まれた、同じ紋章。

 

「なぜ、なぜなんだ!!」

 

「旦那!?どうしたんだよ旦那!!」

 

「正邪……我を、連れていけ……お前に知る限り最も魔術に詳しい存在のいる場所に連れていけ!!」

鬼気迫る顔でオルドグラムが正邪に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

「オルドグラムー!オルドグラ……あれ?」

小傘が帰ってきて、買い物したものを畳の上へ置いていく。

荷物を台所に運んでもらおうと、呼んでみるが返答がない。

 

「おっかしいな……本の中で魔術の研究?それとも昼寝?」

小さな疑問を持って、小傘がオルドグラムの本体である魔導書を置いたちゃぶ台へと歩いていく。

 

「オルド……あ、れ?」

ちゃぶ台の上。そこには何もなかった。

慌てて小傘が今日の朝の記憶を漁り始める。

あの不遜で寛大な魔法使いの本体は、いつもの定位置通りちゃぶ台の上のはず――

 

だが、何度見てもちゃぶ台の上には『何もない』。

何度記憶を掘り返しても、ここに置いたはずだ。

 

「なんで!?た、確か本人は魔力が無いから休むって言ってたけど……

盗まれた?勝手に出て行った?」

あり得る可能性を次々小傘が考えるが、どうにも答えは出ない。

 

軽いパニックに陥りかけた時――

 

ガシャン!!

 

「ひゃうん!?」

突如後ろからした音に、驚き小傘が飛び上がる。

後ろにあるのは、幻想郷には珍しいガラス製のコップ。

当然こんなものは自分の家にはないはずだし、その下にある紙が非常に怪しい。

 

「あ……オルドグラムの字だ……」

気が付くと、それが彼の置手紙だと分かる。

 

「えーと、何々……?『出ていく、お前は自由だ』?

え、これって……???」

小傘の背筋に寒いものが流れる。

 

シンプルな言葉。

『出ていく』と『お前(小傘)は自由』の二言だけ。

そしてここにいないオルドグラム。

 

小傘の手から手紙が落ちる。

 

「捨てられた……オルドグラムに?」

カタカタと小傘本人が自分でも驚く位に震え始める。

 

「なんで、なんで?え、え?」

訳が分からないまま、落とした手紙の文面を再確認しようとして手が震えて失敗する。

 

 

 

 

 

カタン!

 

いつまでそうしていただろうか?気が付くとあたりはすっかり日が暮れて、夜の帳が落ちそうになっていた。

 

「あ、寝てた……?ねぇ、オルド……」

小傘はオルドグラムを呼ぼうとして、自分が捨てられたことを思い出した。

 

「ああ、そっか……」

力なく再び寝転んで、視線を入り口の扉へ向ける。

あの音はおそらく夕刊が来たのだろうと思うが――

 

「え、ちょっと!?これ!!」

小傘が立ち上がり新聞の文面を慌てて確認する。

そこには、非常に大きな見出しで――

 

『お尋ね者妖怪大暴れ!!!里の自警団を壊滅状態へ!!』

の文字と、正邪がこっちに中指を立てる写真、そしてその腰には――

 

「これって……まさか」

小傘にとっては非常に見慣れた魔導書があった。




金髪の子は名前を憶えてもらっていないのに、天邪鬼は覚えてもらえるという事実。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と魔女と大図書館

評価をいただきバーに色が付きました!!
人気とか、あんまり考えず好きなことしてるだけなのにうれしいですね。
これからもよろしくお願いします。


一人の妖怪が、人里の人込みを縫う様に走る。

そのスピードは尋常ではなく、道行く者の服が走った風圧でめくれ、商品として陳列している野菜などが、そばを通るだけで吹き飛んでいく。

 

「は、ははッ……!ははッ!!すげぇ……すげぇぜ!!オルドの旦那!!」

妖怪――鬼人 正邪は湧き上がる力を興奮気味に笑って話す。

 

(あまり無茶はするな……今我がお前の妖力を調整しているのだ……)

脳裏に響くオルドグラムの声を感じて、正邪は尚も力を誇示するように走る。

 

「とまれ――」

 

「お断り!」

 

「ぐぅあ!?」

立ちふさがった人里の自警団を軽く捻ると、蹴飛ばし適当な店に頭から投げ飛ばす。

あふれる力が正邪に、高揚を与えていた。

間違いなく正邪は強大な力を手に入れていた。

 

「貴様!街中でこんな事を――!」

騒ぎを聞きつけたのか、長い髪の青いドレス姿の女が走ってくる。

正邪は知っていた。彼女は上白沢 慧音。半妖にして人里の守護者を名乗る寺子屋の先生だった。

 

「おやおやぁ?これは寺子屋の先生様じゃないですかぁ?

お勉強は今日はお休みかな?」

正邪は挑発するように、舌を出して中指を立てて見せる。

 

「やれやれ、以前の事で懲りたと思ったんだがな……?」

ギロっとした目を正邪に向ける慧音。

確かに以前、正邪は人里で捕まり、慧音にお仕置きと称して頭突きを食らったことが有る。

 

「あの一発は痛かったぜぇ~?」

思い出すだけでもズキズキと痛む頭を押さえて、正邪が今はこれがあると言わんばかりに腰に巻き付いたグリモワールを撫でる。

 

「今度は一発では済まさん!!」

勢いをつけて、慧音が飛び上がる!!

 

「へぇ?ゆるさいなってか?」

グリモワールを指でなぞった瞬間、手に銀色のステッキが現れる。

それはオルドグラムがいつも持っているのを正邪様にサイズを変えたような存在だった。

 

「へいよぉ!!」

 

「何!?」

ステッキをふるって、簡単に慧音の攻撃を止める。

明らかに今までの正邪とは違う、底知れなさに慧音が小さく汗をかく。

 

「かも~ん?せ・ん・せ・い?」

指を振って再度挑発して見せる。

ステッキには赤い布が現れ、外界にあるというマタドールの様だった。

 

「せいよ!」

正邪は布を使って、本物の闘牛士の様に慧音を翻弄する。

 

「くそ!!何なんだ一体!!」

独特の動きに、主導権が握れない慧音が苛立たし気に声を上げるが――

 

「この――っとっと!?」

攻撃を交わされた先に、子供の顔。

そこに突っ込みそうになった慧音が全身にブレーキを掛ける。

もしあたりでもしたら、子供も無事では済まないだろう。

間に合うだろうか?慧音の額に焦りの汗が流れる。

 

ドォん!!

 

「――」

 

「だい、じょうぶか?」

慧音の数センチ前に子供の顔がある。

建物に両手をついて、その間に子供がいる状態だ。

 

「はいどーん」

 

「わっと!?」

後ろから正邪に押され子供に抱き着いてしまう慧音。

 

「うわー、壁ドンからの押し倒しとは……寺子屋ってこんなことも教えてるのか?」

 

「き、さまぁ!!」

慧音が振り返るが、そのに正邪の姿はもうなかった。

後に残ったのは嵐が通った後のような、不自然なほどの静けさだった。

 

 

 

 

 

「よっ……と!」

正邪がマントを翼の様にはためかせ、人里から離れた場所にある木の上に止まる。

その顔には何時より5割増しの笑みが張り付いていた。

 

「なぁ、旦那!やっぱ旦那はすげーよ。

見たかよ、あの半妖の顔、里の奴らの顔!

あー、すっきりしたぜ。旦那、また頼むぜ?」

 

「ふん、これくらいは容易い事だ」

木の上で胡坐を組む正邪の後ろに、霊体化したオルドグラムが姿を見せる。

 

「旦那ぁ?どうだい?アタシの仲間になんないか?

旦那の力さえあれば、幻想郷をひっくり返すことも簡単だぜ?

なぁ、一緒に下克上しようぜぇ?ほら、このとーり!」

パンと手を合わせてオルドグラムを拝み倒す。

 

「ふん、それも悪くないな」

気を良くしたオルドグラムが笑みを浮かべる。

 

「だが先に行く場所がある。正邪、構わないな?

魔女が住まうという、その館の場所……わかるのだろう?」

 

「もちろん、あの真っ赤な色した屋敷の奴らの顔を真っ青にしてやれると思うと今からニヤケが止まらないわ。

んじゃ、さっそく善は急げっていう事で、さっそく襲撃だ!!」

 

「うむ、構わんぞ!」

オルドグラムが頷き、正邪の両肩にオルドグラムのマントが出現する。

そしてそれを翼の様にはためかせ、風を切り大空へと飛び出した!!

そのまま風に乗り、一気に目的地の紅魔館上空へとたどり着く。

そして、一気に正面の窓を突き破り侵入する!!

 

「きゃぁあああ!!」

 

「いやぁああ!!」

妖精メイドたちが急な襲撃に、おびえて逃げ出す。

その様子を見て、正邪が笑う。

 

「ひっひっひ……さぁて、見下ろすのはなかなか気分が良いな……

今日からここが新しい基地に――」

 

「うむ、正邪よ、よくやった。

ここまでで()()だぞ」

 

「へ!?」

するりとオルドグラムが正邪の腰から離れ、グリモワールのまま飛んでいく。

 

「あ、ちょっと!?旦那!!おい!!

まったく……まぁいいや、すぐに追いかけて――」

 

カチっ!

 

正邪の後ろに立っていたメイドが、時計を止める。

すると正邪の動きも止まり、その様子を見たメイドは腿にある銀のナイフを抜いた。

 

 

 

 

 

「ん――――誰か、来たのかしら?」

膨大な蔵書を誇る紅魔館の図書館で、一人の魔女がピクリとまゆを動かす。

一見して寝間着にも見える服を着た、日に焼けていない肌を持つ少女が、この図書館への侵入者に気が付く。

 

「また魔理沙って訳じゃないみたいね……あの子はもっとわかりやすいもの……

これは……ひどく、そう、存在自体がひどくあやふやな――」

 

「ほぉう……大した蔵書だ」

魔女パチュリー・ノーレッジのすぐ後ろに出現した男に、パチュリーが珍しく機敏な動きで反応する。

 

「!? 貴方、誰……いや、それよりも……」

突然の侵入者よりも、彼女の興味はその男の腰にぶら下がる物に釘付けだった。

 

「グリモワール・オブ・オルドグラム……なんで貴方が、ここから失われた物を?」

 

「『ここから失われた』だと?違うな。これは我が知識と研鑽の結晶だ。

あたかもこの図書館の蔵書の一部の様に扱うな」

オルドグラムの言葉にパチュリーが息を飲むのが分かる。

 

「あ、貴方は本当に『最悪の魔術師オルドグラム』なの?」

 

「最悪の魔術師?はて、知らんな」

オルドグラムの言葉に尚も警戒心を抱きつつパチュリーが構える。

 

「そうよね。その呼び名は貴方の死後についたもの……本人が知る由もないわね。

けど、貴重な貴方が出てくる資料でも、良い呼び名は無いわよ?

『異端五属の使い手』『生命喰らいのオルドグラム』『血塗れの黄金(フェイク・ゴールド)』『悪魔の皮を剥いだ男』……話を聞く限り大量虐殺や、大規模呪術なんかはお手の物……最後には当時あった巨大な国の国民を巻き込んでの無理心中……

どれもこれも物騒な手柄ね……」

 

「ふぅむ……困った。どれもこれも身に覚えが全くないな。

あ、いや。異端五属ならわかる、当時研究していた物だ」

 

「…………」

 

「…………」

パチュリーとオルドグラムの視線が空中で絡み合って、数秒の時間が過ぎる。

それは達人同士が相手の動きを予知して、互いに動きが止まる状況に似ていた。

 

「悪名は尾ひれが付くものよね、ようこそ。紅魔館の図書室へ、レミィ――紅魔館主に代わって挨拶しておくわ」

 

「オルドグラム・ゴルドミスタだ。まさか極東の島国でかような魔女に会えるとは光栄だ」

オルドグラムがお辞儀をして見せる。

やけに丁寧な所作にパチュリーが小さくため息をつく。

 

「あら、ずいぶん礼儀が良いのね?どこかの魔法使いとは大違い――っと、話が逸れたわね。本題に入りましょ?貴方の目的は何?」

 

「我について知りたい。我がグリモワールに欠損が見られる。

いや、正確には我が作った覚えの無い道具を見つけたのでな。

我のしたことを客観的視点から見るために資料を欲している。

もっとも、貴女の話を聞く限り、あまり成果は期待できそうにないが……」

対して困ったようでない様だが、大げさにリアクションをとって見せる。

 

「貴方の事の本なら、ここからまっすぐ行って58個目の本棚の8、9列に少し……

詳しくは小悪魔に聞くべきだけど……

私にちょっとした、考察があるの。どう?紅茶でも飲みながら」

 

「考察?」

パチュリーが指を鳴らすと、小悪魔がタイミングよく2人分の紅茶をテーブルの上に置いた。

 

「貴方……霊体よね?おそらく自身をグリモワールに魂ごと書き込んだ……

魔理沙が来る前に調べられたら良かったんだけど……

一番に考えられるのは劣化ね。永遠なんて物は存在しない。

たとえ魂を本に移しても、必ずどこかでほころびが生まれるのよ。

もっとも、そのほころびの対策をしてるんでしょうけどね」

いけないいけない、また話が逸れた。と言って紅茶を口に含んだ。

 

「貴方はこの図書館に封印された本から出てきた……まだ封印の力が残っているんじゃないかしら?劣化したのか、まだ本調子ではないのかわからないけど……

そしてもう一つは……貴方が本当に『忘れた』という事」

 

「忘れた?」

 

「魔術師は膨大な魔法を扱う、作って忘れた物なんていくつあってもおかしくない。

けど、この世界に貴方が復活したことで、同じく眠っていた道具たちも目を覚ましたと考えられないかしら?

ここは忘れられたモノが集う場所。忘れられ歴史に埋もれた道具が貴方の目覚めで一斉に目覚め始めた……そう私は思う。」

パチュリーが再度紅茶を口に含んだ。

 

「なるほど、良い考察だ。その案は大いにあり得るな。

……一先ずは納得した。帰るとするよ、また会おうパチュリー・ノーレッジよ」

紅茶を飲み干すと、立ち上が去っていく。

 

「うまい紅茶だった」

最後に小悪魔に一言声をかけるとそのまま姿を消した。

 

「パチュリー様、返して良かったんですか?

あの魔導書……」

小悪魔が紅茶を片付けながら訪ねる。

 

「ええ、どうもアイツは好きになれそうにないわ……

技術自体は目を見張るものが有るけど……アイツだけはね?

魔術の趣味も、紅茶の趣味も合いそうだけど、友人としては絶対に合わないわね」

パチュリーの言葉に、小悪魔が何度もうなづいた。

 

 

 

 

 

がらっ!

 

「ふぅ、やはり実家が一番というか、魔術に関係の無い場所でもここは落ち着くな」

扉を開け、オルドグラムが背伸びをしながら部屋へ帰ってくる。

 

「え……あ、……オルド……グラム?」

 

「ん?どうした、小傘よ?」

呆けたような顔をする小傘の前にたたずむオルドグラム。

 

「お、おるどぐらむー!!」

 

「汚らしい」

 

「ひどい!?」

涙と鼻水ですごいことになっている小傘を華麗にスルーするオルドグラム。

勢い余った小傘は、壁に自身の額を叩きつけてしまった!!

 

「ちょっと!!なんで避けるのよ!!

心配……心配したんだから!!捨てられたと思ってすごい不安だったんだから!!」

顔を手で拭いながら小傘が、ぽかぽかとオルドグラムを叩く。

 

「むぅ、捨てた?置手紙をしておいただろうに?」

 

「あの手紙って、私を捨てるって事じゃないの?」

部屋の隅に丸められて、捨てられた手紙を小傘が広げる。

 

「いや、そのような意図は全く無いが?

その手紙はこれから出かけるという事と、お前はその間自由に過ごせという意味なのだが……?

この国の言葉は難しいな……合っていると思ったのだが……」

 

「そんな訳ないでしょ!!むしろアレじゃ、今生の別れっていうか……」

泣いていたか顔が今度は怒り顔に代わり、ぷんすかと怒り始める。

だが、それも一瞬の事。

 

「あ、そうだ、さっき出かけた時お茶の葉を買ってきたの、一緒に飲も!」

そう言うと、オルドグラムの返事も聞かずに台所で世話しなく走る小傘。

その背を見てオルドグラムが思い出すのはさっきの小傘の言葉。

 

(心配したんだから!!捨てられたと思ってすごい不安だったんだから!!)

 

「心配をかけた。すまない小傘」

 

「ん?なにか言った?」

後ろからかけられたオルドグラムの言葉。

しかしそれは、忙しく動き回る小傘には聞こえなかったようだ。

 

「いいや、何でもない気にするな」

オルドグラムはそう言って、小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

「お嬢様。屋敷に侵入した天邪鬼を捕獲しました。いかがしますか?」

 

「死刑」

 

「おぉおおおおいいい!!ちょっと待てよ!!ちょっと、まてよぉおおおお!」

屋敷の内部で正邪の悲鳴が響いた。

 




正邪はオチ要因なのか?
紅魔館のメンバーはもっとしっかり後日出ますので、ご心配なさらずに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師と魔術具とばらまかれた物たち

さてさて、今回から第2部的な話です。
第一部はオルドグラムの性格や能力を描写しましたが、これからは本格的に目的を持ち動き始めていきます。


それは嘗ての遠い、遠い昔の話――まだ魔術が学問として存在していた頃の話――

 

とある小さな国があったとさ。

その国は周りの大きな国に囲まれて居た。

世は戦いの時代、血で血を争い領土を奪い合う争いの時代。

その小さな国の王は狡猾であった。

 

「魔術師どもを集めろ。戦いには薬が必要だ。魔術師たちに薬を作らせるんだ。

他の国に売り払い、我が国は貿易で財を成すのだ」

王の手腕により、小国に魔術師は大量の薬を作り売った。

外の国からくる魔術師も分け隔てなく取り込み、新たな魔術、新たな薬、新たな人員を手にした。当然集まるのは金銀財宝。

そして、その宝物で小国が戦争を裏から操り始めた頃――その魔術師は何処からともなく現れた。

悪い悪い、黄金の力を操る邪悪な魔法使い。

 

 

 

「我らが魔術師達よ、何時までも王の傀儡で良いのか?争いを操る道具で良いのか?

我ら魔術師は力を統合すべきだ。王を打ち倒し、魔術の為の国を作るのだ。

我らが自由に魔術を研究するための理想郷を作るのだ」

邪悪な魔術師が語る言葉は、甘く抗いがたい誘惑。

不思議な魔術で貴重な金をいくらでも生み出します。

これさえあれば、いくらでも研究ができます。

領土が欲しければ、いくらでも奪えばいいのです。魔術師たちはそれができました。

 

魔術の為の国。その言葉に魔術師たちは食いついた。

人は興味に生きる物、人は禁忌を破る物、魔術師たちはお互いの秘術を教え合い、高め合い、無限に魔術に対する探究を始めた。

邪悪な魔術師の、こころの内も知らぬまま。

怪しい笑みを浮かべた邪悪な魔術師に利用されたまま……

 

「魔術師たちよ。何をしている!!」

王が気が付いた時にはすでに遅し――

 

国を壊し尽くす事すら可能な最悪の魔術は完成していた。

 

「王よ、王よ、見るが良いこの力を!」

 

「そうだ、これが我らの力!!」

 

「貴様など、『王』という飾りに過ぎない!!」

 

「この国は、我らの物だ!!」

魔術師たちは、おごり高ぶります。

まだ見ぬ、自身のための国への思いを胸に高ぶらせます。

まずは何をしようか?隣国を滅ぼし巨大な国を作ろうか?魔術を研究するための宮殿を作ろうか?実験に使うための奴隷を集めようか?

 

「いいや、違う。この国は私の物だ」

邪悪な魔術師が、その本性を見せ醜悪な笑みを浮かべます。

 

「ふははは!お前らこそが我が傀儡よ!

お前たちでは、私の足元にも及ばない!

いでよ、我が魔法具たちよ!」

 

邪悪な魔法使いの号令に、様々な道具たちが立ち上がります。

心を持たない、魔術を埋め込まれた道具。善も悪もなく邪悪な魔法使いの指示に従い他の人間たちを倒していきます。そして倒された人は新たな魔法の材料になるのです。

 

邪悪な魔術師は狡猾な魔術師、自身の魔法の為の材料として、王様も、貴族も、平民も、魔術師すらも自身の魔法の餌にしてしまいました。

まるで巨大な怪物が、人間を食べる様にあっけなくみんなみんな、邪悪な魔術師に食べられてしまったのです。

 

残ったのは抜け殻の国。邪悪な魔法使いだけが生き残る国でした。

 

しかし、いくら邪悪な魔法使いがすごくても、一人では生きてくことができません。

だけれど邪悪な魔法使いは止まりません。

たった一人で作った魔法の宮殿で、たった一人で魔術の研究を続けます。

 

それから100年、悪い魔法使いが病気で死んで今度こそ、その国は誰も居なくなったのでした。

 

 

 

 

 

「何これ……」

小傘がげんなりしながら、一冊の古ぼけた絵本を閉じる。

タイトルは『黄金の魔法使い』という、外国の物と思われる本だった。

 

「先日紅魔館から借りてきた本だ。

我がどうにも記憶に穴があるのでな、我と目されている魔術師の童話を触りとして借りてきた。

無論、貴重な魔導書を貸し出せぬという意味のあるだろうがな?」

あまり面白みは無かったと、話すオルドグラムだが――

 

「ねぇ、この『邪悪な魔法使い』ってオルドグラムの事?」

 

「……おそらく、そうだな。全く記憶は無いんだが……

我なら、この魔法使いと同じことを考え実行に移すだろうな」

 

ぞわゎゎ!!

 

「へ、へぇ……そうなんだ……」

小傘が露骨にオルドグラムと距離を開ける。

 

「小傘よ――」

 

「ひゃ、ひゃい!?お、お願いです!!殺さないで!!

な、なんでも言う事聞きますから!!オルドグラム様万歳!!オルドグラム様、最高!!」

がくがくと震え焦点の合わない目で、万歳と続ける小傘。

その様を見たオルドグラムが一歩、小傘を壁際に追い詰める様に歩を進める。

 

「怯えるな。怯えることなどない。

まずこう云った物語とは、得てして大きく脚色される物だ。

それに、最後は登場人物は全滅した、とあるが本として出回っている以上、全滅はあり得ない。

大方、魔術師、王の間で起きたイザコザを大きく拡大して書いたに違いない」

 

「な、なら……私の事、魔法の実験材料にしない?

傘の部分を取り上げて新しい魔法の道具にしない?

心も体もオルドグラム色に染めて、ただただオルドグラムに忠誠を誓うだけの人形に改造しない?」

涙目で、怯えながら小傘が問いかける。

 

「絶対とは言わんが。まぁ、しないだろう。

あと、お前我をどう思っているのか、今度しっかり話し合う必要があるな……」

まさかの言葉に、オルドグラムが若干困ったような顔をする。

 

「それで、さ。オルドグラムはこれからどうするの?

また、この本みたいに……その、悪い事……するのかな?」

怯える様に、願うように小傘がオルドグラムに問いかけた。

 

「ふぅむ……目的か……

当面の目的は、我が作品を蒐集する事だ。

残念ながら、我自身多くの部分が不足している。

魔導書として封印した間、多くの物が失われたのだろう。本来ならば、決してこの失われし部分は手には入らんが、幸運なことにここは忘れられたモノたちの楽園だ。

我が長い時を超え、ここに現れたように、我の力もまたここに集まってくるだろう。

それらを集め、我は我を完全に復活させる……まぁ、そんなところだ」

 

「そっか、自分が欠けてるのって嫌だもんね。

私も何時も持ってる傘が無くなったらって、考えると――」

小傘が困ったように話しだす。

 

だがその内心は大きな喜びに満ち溢れていた。

 

(よかった……捨てたり、誰かを困らせたりしないんだ……

これなら、ずっと私のそばに居るよね?

ってあれ?なんで、私そばに居て欲しいなんて思うんだろ?)

自身のたどり着いた思考を振り払うように、首を横に大きく振った。

 

 

 

 

「さてと!そうと決まれば今日はお祝いだね!!

何か豪華な物を作るから待ってて!!」

何かを誤魔化すように、小傘が買い物袋を手にして家の外へと走っていく。

オルドグラムが声をかけるより早く、まるで逃げるように出て行ってしまった。

 

「ふむ、まぁ良いか。そういえば、()()()もどうにかしないとな」

オルドグラがグリモワールを手にして、魔術を発動させる。

 

「これは、魔力消費が大きいからあまり使いたくないのだが……

まぁ仕方あるまい。礼には礼で答えねば、な。

魔術式(プログラム)起動――『転送させる』」

グリモワールが青い光を放ったと思うと、空中に複雑な魔法陣が形成されていく3秒も掛からず空中には非常に複雑な、魔術のサークルが形成された。

 

「我の使う異端5属性の内の二つ……『生体』そして『魂』。

それらを加え、魔術式(プログラム)に統合させれば――!!」

 

カッ!!と光が瞬き、魔法陣が起動した。

そして円となっている部分の魔術式がゆっくりと扉の様に開き――

 

「へ?わっ!?ぐへぇ!?」

空中――魔法陣の中から正邪が落下してきた。

 

「おお、正邪よ。この前ぶりだな」

 

「こ、このやろ!?つぎは一体何を――って旦那!?

オルドグラムの旦那ぁ!!なんで、ここにってか、ここは?」

きょろきょろと辺りを見回す。

どうやら紅魔館の地下にある牢では無い様だと、安心した様だった。

 

「ここは小傘の家だ、我がお前を魔術でここまで呼んだ。

ふぅ……移動系の術は魔力消費が大きいのが難点だな」

オルドグラムが自身の魔力の枯渇を感じて、召喚した椅子にもたれ掛かるように座る。

 

「えーっと、そんなにその術は魔力とやらを食うのか?

少し、使えればいろんなことが出来そうなんだが……

どういう原理なんです?」

ワープという言葉を正邪は知らないだろうが、うまく使えばかなりの事ができると興味本位で聞いてみる。

 

「ほう、魔術に興味があるか。だが我は弟子を取る気はない。

しかしだ。興味を持った以上教えよう。

『移動』とは一見単純なようで、非常に難しい術だ。

AからB、物を一定の地点で動かすのに必ず距離の分の時間が掛かる。その距離を限りなくゼロにして瞬間で距離を移動したようにする。それがワープだ」

てきぱきとホワイトボードに、様々な文字を書きつつオルドグラムが説明する。

 

「あ、あの……旦那?殆ど意味が……」

 

「この紙を見てくれ。これ自身がこの空間と仮定しよう。

端と端から線を描くとこの線の部分が、移動しなくてはならない距離だ。

だが、紙を折り曲げ紙の表と裏でAとBの地点が接合するようにする。

後は、この部分に小さく穴をあける。そして物体を小さく切り刻み、目的地点で再構成すれば――」

 

「あー!旦那ストップ!!ストップ!!もういいです、もう充分ですハイ。

えーと、あたしはちょっと用があるからこれで失礼します!!」

正邪はオルドグラムの説明を聞き終わる前に、逃げるように走っていった。

 

「ふん――正邪め。逃げたか。まぁいい、我が力が理解されないのもいつも通――い!?」

オルドグラムが自身の脳裏に走ったノイズに、頭を押さえる。

記憶の砂嵐の向こう。

無数の人間と相対する、自身の姿が浮かぶ。

全身から血を流し、足元すらおぼつかない自分。

 

『ふぅわははははははは!!愚か者どもめ!!!我が偉大さが、我が力が理解できんとは!!

我が力は貴様らを大きく凌駕する!!終わらんさ!!貴様らが、いくら束に成ろうとも!!我の体が砕け散ろうとも!!必ずや、神すら奪う力を手に戻ってくる!!』

そして、ありったけの魔力を、自身の持つ魔導書に注ぎ込み――

 

「オルドグラム?どうしたの?」

小傘が、心配そうにオルドグラムを見る。

どうやら買い物から帰ってきたようだった。

 

「小傘か……すまない。少しぼーっとしていた様だ」

無理して笑顔を作りオルドグラムは不器用に笑った。

 

 

 

 

 

カタカタ、パキッ、ポキッ!

幻想郷の様々な場所で――製作者の目覚めを感じた道具たちがいた。

 

その道具たちの仕事は様々。

奉仕する物。守る物。助ける物。救う物。癒す物。

破滅を導く物。奪う者。邪魔する物。貶める物。破壊する物。

 

嘗てとある魔術師のたっぷりの興味と探究心を込めて作られた道具たちが、ゆっくりと新たな主人との出会いを求めて目覚めだす。

それは縁か運命か、道具と持ち主となるべく存在はひかれあう。

 

ほら、ここにもまた一人。

 

「あれぇ~これなんだ?なんだか、面白そうだな!」

小さな少女が泉に流れているとある道具を手にする。




道具のアイディアが足りねーよ……
いや、ストックはあるんですが……募集しようかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と癒しと思いやりの心

魔道具の募集、たくさんのご応募ありがとうございます。
様々なアイディアをいただき大変うれしいですね。

まだまだ応募中なので、気軽にメッセージででも送ってくださいね。


家の中、小傘が一冊の本を手に取り寝転がりながら読んでいる。

多少だらしない姿だが、リラックスする時間とは得てしてそんな物なのだろう。

 

「はぁう、わぁ~かわいいよぉ~」

ころころと転がり身もだえしながら、その本をパラパラとめくっていく。

そしてピタリととあるページで手を止めたかと思うと――

 

「ああぁああ!!もう!!ふわふわ、もふもふ~~~~~!!!

もう、かわいい、かわいい!かわいい!!かわいい!!!かわいいよぉ~~~!!!」

再度その本を胸に抱きゴロゴロと転がった。

 

 

 

「小傘よ。その過剰なまでの同語の連呼は何だ?

新手の知能指数を下げる呪いにでもかかったか?」

机の上の本が勝手に開き、半霊体化したオルドグラムが姿を見せる。

小傘はその姿を一瞥して、一瞬だけ恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「ンなわけないでしょ?これこれ、外界にある動物の図鑑!」

小傘が見せるのは犬や猫が大量に描かれた雑誌。

どうやら、外の世界のペットの写真を集めた雑誌の様だ。

 

「ほぉう……外界では、生物の改造が流行っているのか……」

 

「改造って何よ!改造って!!」

オルドグラムの言葉に小傘が過剰に反応して見せる。

どうやら、すっかりペットたちに夢中なようだ。

 

「はぁうぅ……ちわわちゃんかわいー、だっくす?って言うのもかわいー!!」

再度本を眺めて身もだえする。

 

「犬――というのは様々な品種改良がなされている、というのを知っているか?

ふむふむ、これは番犬用でも狩猟用でもなく愛玩用の犬か……

これらは、特に品種改良が顕著だ。

例えば、この犬はより体躯が小さくて足の短い者同士を掛け合わせ、その過程で大量の失敗作が生まれ処理されている。当然だが本来自然界では淘汰されるべきマイナスの進化をあえて残しているからな。基準を満たす個体数はより少ないだろう。

この犬は、無数の失敗作たちの屍の上に立って――」

 

「やめて!!そんな事言わないで!!」

オルドグラムの言葉に、小傘が本を閉じて聞きたくないとばかりに耳を抑える。

 

「小傘よ。なぜ真実から目を背けるのだ?何も知らない事は確かに幸福なのかもしれん……しかし、それから目をそらすというのは――」

 

「もういいから!!普通に見させてよ!!」

小傘が本を置いて、オルドグラムに怒鳴った。

 

「全く!!オルドグラムには他人を思いやる心が足りないんだよ!!

いい!?普通他人を思いやる心は誰にでもあるし、その助けあいこそが大切だと私は――」

 

「ふっ、それは弱者の話だな。

天才とは、たった一人で孤高なのだよ。多くの者が我に助けを求めるが、我はその全てに構っているほど暇ではないのだ。

なぜなら、我にはすべきことが有るから。助け合いは十分なお考えだが……

残念なことに、馬鹿どもは我を助ける能力など無いのだよ!!

いや、それ以前に?我が困っていることを凡人ごときが解決できるはずなどないのだ!!はぁーっはっはっはっは!!はぁっはっはっはっは!!」

いつもの様に過剰なナルシズムを見せるオルドグラムに、小傘は辟易とした。

質が悪いことにオルドグラムの言う自身の評価はおおよそ正しいのだ。

紅魔館の魔女ですら、舌を巻く魔術の力。自身の魂を道具に封じて数百年を生きる術など小傘には理解の及ばない力ばかりだ。

 

「根本的に考え方が違うのかな?」

 

「ふっ!そうだ!!天才たる我が凡人などと同じはずがなかろう!!」

自慢げに話すオルドグラムをみて、小傘は密かに頭を抱えた。

 

 

 

 

 

翌日――

 

「ふむ、どうにも気分が鬱蒼としている。少し散歩にでも行くかな……」

オルドグラムがそう言うと、自身の体を実体化させる。

 

「それなら、雨降ってるし――」

 

「そうだな。実体化(リアライズ)はやめておくか」

そのままオルドグラムは壁を透過して出て行ってしまった。

 

「あ、あ……」

散歩と聞いて使ってもらう気満々だった小傘が、小さく声を漏らした。

小さな一言で、小傘のいわゆる『使ってもらう意欲』とでも云うべき物が多分に高められたが、結果はこの通りだ。

振り上げた意欲をどうするか、小傘は一人消沈した。

 

「全く!本当にオルドグラムは人の気持ちが分かんないんだから!

やっぱり、何か庇護する物をかわいがることでそういう気持ちを育てるべきだよ!」

ぷんぷんと怒りながら、昨日自分が読んでいたペットの特集の外界から来た雑誌に視線を投げかける。

 

「こういう、生き物を飼ったするワケないか……」

自分でもおかしなことを言ったと、自嘲気味に笑う小傘。

 

 

 

 

 

数時間後――

 

「小傘よ、我は愛玩動物を飼うことにしたぞ」

 

「は?」

散歩から戻ってきたオルドグラムの言葉を聞いて、夕飯の準備をしていた小傘が手に持った手袋を落とす。

 

「こう――我も初めての体験なのだが……胸に湧き上がる庇護欲求が押さえきれなくなってな?飼い主も居ない様なので、そのまま連れ帰ってきたのだ」

 

「お、おー、良いんじゃない?いわゆる一目惚れって奴でしょ?

うんうん、本にも書いてあったよ。『大事なのはふぃーりんぐ』だって。

言葉が通じなくても心で通じ合うことが――」

 

「見ろ。そこで拾った小人だ!」

小傘が朗々と語る中で、オルドグラムが自身のグリモワールから、小さな人型の、頭にお椀の蓋をかぶった少女を取り出した。

 

「アウトォ!!オルドグラム!!アウトォぁおおおおおお!!!

それ、誘拐だよ!!拉致監禁のち誘拐!!」

全力で小傘が親指を下げるが、オルドグラムは全く持って気にしない!!

 

「ちょうど、そこの角で猫に襲われていたのでな。

見よ!この愛くるしい姿!庇護欲求をそそる容姿!!

我はコイツを、別れの時まで飼育することにしたぞ!!」

 

「だめでしょ!?犯罪、犯罪だから!!里の自警団来るから!!」

 

「む?だが小傘よ。あの……僧侶の女のいる寺にも、愛玩動物がいるではないか。

毎日の寺の掃除に来客者への挨拶、非常に良く躾けてあるな」

 

「響子ちゃんはそんなんじゃないから!!確かに人懐っこいし、犬っぽい所あるけど――決してペットなんかじゃ無いから!!」

ダァン!!と小傘が勢いよく拳をテーブルに叩きつけると、小人がビクンと震える。

それに気が付いたオルドグラムは急いで、震える小人に指を差し出した。

 

「おお、すまない……驚かせてしまったな……よしよし」

頭を撫でて、涙目になってる目じりから涙をぬぐった。

慈しみを持ち、相手を慮る姿――

いつも唯我独尊を地で行く彼らしからぬ所作だった。

 

「ふぅむ……名前は後でつけるとして……

まずは、育成の為の空間……いわゆる小屋だな……使える物があったか?」

考え込むと、自身のグリモワールの中へとオルドグラムが入っていく。

 

 

 

「あーえっと……大丈夫?」

なんと声をかけて良いのかわからなかった、小傘がとりあえず目の前の小人(仮)へと無難な言葉を投げかける。

その瞬間、弱っていた小人がクワッと目を見開いた!!

 

「大丈夫な訳ないでしょ!?人が散歩してたらいきなり猫が襲い掛かってきて……!

いや、これは稀に良くある事だからいいとして……

けど、とりあえず何とか撃退したと思ったら『ふぅむ、珍しい。気に入った』の一言で誘拐だよ!?

どうなっているの!?」

どうやら小人(仮)は大層お怒りらしい。

まぁ、いきなり連れてこられて『飼育したい』ではこうなっても致し方ないだろうが……

 

「えっとね?あの人は『オルドグラム』っていう魔法使いで、過去に国を滅ぼした疑いが有って、魂だけでしぶとく生き抜いてて、他人の事や痛みが一切分からなくて、唯我独尊で自分大好きだけど、いい人なんだよ?

きっと、小人さんを拾ったのは純粋な興味で、悪意は――」

 

「その説明から、悪意以外の物を感じ取るのは不可能なんだけどなー?

あと、小人さんじゃない!!針妙丸!少名 針妙丸!!」

針妙丸はそう言って、小さな体躯でほほを膨らませて怒りを表現する。

 

「あ、そっか。ごめんね?私は多々良 小傘だよ?」

あまりにもかわいい針妙丸の動作に、小傘が思わずほほを緩めてしまう。

なるほど、オルドグラムのお眼鏡に叶った存在であるだけある。

 

「えーと、何とかオルドグラムを説得して……出来る気がしないなぁ……」

自身の言葉を口の中で何度か転がして、不可能を悟る小傘。

その時、グリモワールが開きオルドグラムが再度姿を見せた。

 

「待たせたな。さぁ、これがお前の新しい家だぞ。

そうそう、とりあえず食えそうな軽食も用意したぞ」

そう言って、オルドグラムが針妙丸の前に置いたのは巨大なドールハウスとサンドイッチだった。

ちらりとドールハウスの内部を見ると、家具まで精巧に作りこまれていて、とてもあの数分で用意したしたとは思えないクオリティだった。

 

「ふふふ、驚いたか?これは少し前、鈴奈庵の本の内容を模して我が手心を加え制作した玩具だ。

最終的には複数の魔力プログラムを投入して、一時的なシェルターとしようとした物だ」

鼻高々と云った様子でオルドグラムが話す。

 

「あー、オルドグラム?ご高説中の所悪いんだけど……針妙丸ちゃ――じゃなかった。小人の子にも今の生活があるから勝手に飼育するのは――」

 

「わーい!豪華なお家ー!!

私ここに住みたーい!!」

針妙丸が素早くドアを開けて、屋敷の中へと入っていく。

 

「ちょ、ちょちょっと!?良いの!?良いの!?」

見事な手のひら返しに、小傘が声を荒げる。

その時、ドールハウスのバルコニーから針妙丸が姿を見せた。

 

「いやー、こんなお家用意してしてもらったし、住まないのは逆に失礼かなって?」

早くも適応したのか、バルコニーに備え付けられた椅子に腰かける。

 

「ほぉう……話すだけの知能はあるのか?」

オルドグラムが話し始めた針妙丸に興味を抱く。

 

「ちょっと、私をバカにしないで!こう見えても一寸法師一族の末裔なんだからね?

知能の無い獣上がりの妖怪と一緒にしないで!」

ぷんすかと今度は怒りを見せて、オルドグラムをさらに驚かせた。

 

「…………ふぅむ???」

困ったようにオルドグラムが固まる。

 

「ねー、このお家もらっていいんでしょ?

いやー、最近神社も住人が増えてきて……追い出されはしないけど、食糧難気味なんだよねー。

ここは新生活を送ってみるのも良いかなーって思えてきたよ!」

針妙丸が、部屋の中に入りベールで被われたベットにダイブする。

ふかふか~と、嬉しそうに声を出すが、すぐに起き上がる。

 

「あ!そうだ!ちょうどお腹も空いてたし、アレ食べてみようかな!」

針妙丸がバルコニーから、下にある皿の上に飛び降りる!!

 

「おおー、いい匂い……」

出来立てなのか、サンドイッチのにおいに針妙丸が鼻を鳴らすが――

 

ひょい!

 

「あー!返してよ!」

オルドグラムがサンドイッチを取り上げる。

針妙丸はそれに対して、避難的な言葉を向ける。

 

「かえっていいぞ」

 

「は?」

 

「は?」

オルドグラムの言葉に小傘、針妙丸の両名が同時に声を上げる。

 

「思ったよりかわいくなかったのだ。いや、サンドイッチはやる。

自由だ。好きに生きろ」

しゃべるのがいけなかったのか、それとも態度がいけなかったのか。

兎に角針妙丸はオルドグラムの気分にはそぐわなかった様だった。

 

「は、え?」

手早く針妙丸にサンドイッチを包んで持たせると、家の外へと逃がした。

 

 

 

 

 

「ふぅー、まさかしゃべりだすとはな……

もっと、純粋な癒しの動物を求めていたが、失敗だ」

ため息をつくオルドグラム。その姿は珍しく意気消沈しているように見えた。

 

「いや、あれくらいの知能はあるのでしょ?

あと、すごい扉叩いているんだけど……」

 

どんどん!!

 

「(あけてー!!針妙丸だよー!!オルドグラムー!!お家で私を飼ってね!!今ならかわいい芸とか覚えるから!!覚えるから飼ってね!!)」

 

「ほおっておけ、そのうち帰るだろう」

つまらなそうにオルドグラムはそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、暇だなー、旦那でも冷やかしに――」

正邪が暇を持て余し、オルドグラムを訪ねようと進んでいくと、彼(正確には小傘)も家の前に、小さな見覚えのある影があった。

 

「あけてー!!針妙丸だよー!!オルドグラムー!!お家で私を飼ってね!!今ならかわいい芸とか覚えるから!!覚えるから飼ってね!!」

 

「何やってんだよアレ……」

非常にアレな内容を口走る針妙丸をみて、正邪は茫然と立ち尽くした。

 




作者は犬派。お菓子はキノコ派です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と認識と食事の流儀

今回は、あるあるネタが出てきます。
読者の皆さんは、どのタイプですかね?


「むぅー!」

 

「…………」

小傘の家の中、また何かガラクタをいじっているオルドグラムに対して、小傘が露骨なまでに自身の不機嫌を訴え、ほほを膨らませている。

 

「…………ふむ」

ちらりと一瞬だけ、小傘のほうを向くと再度自身の触っているガラクタへと視線を戻す。

 

「むぅぅぅぅぅぅぅーーーー!!」

 

「鬱陶しい!!」

尚も膨れる小傘に対してオルドグラムの激が飛んだ!!

 

「まったく……今度は一体何が不満だというのだ?」

 

「この前のサンドイッチ……」

 

「サンドイッチ?……ああ、針妙丸に作ってやった奴だな」

オルドグラムがほんの数日前の出来事を思いだす。

散歩中にオルドグラムが発見したのは、初めて見る小人という種族の生き物。

人間に近く、それでいて明らかに違う種族である小人を見たオルドグラムは、その好奇心が刺激され、思わず『飼い小人』にしようと家に連れ帰ったが、肝心の針妙丸は小槌の影響で小人化しただけの存在と知り、露骨にがっかりして放流したのだった。

興味が無くなった針妙丸に手土産として、小人の餌用に作ったサンドイッチを持たせて返したのだった。

 

「それがどうかしたのか?」

意図が読めないと、オルドグラムが小さくうなる。

針妙丸にやったサンドイッチと小傘の不機嫌。いったいどんな因果関係があるのか。

 

「私は、一応オルドグラムの所有者よね?」

 

「そういう事になっているな。我が魔力を抽出する妖力の大本の供給源だ。

お前の存在のおかげで、我はこの体を維持する力が手に入っている。

それがなんだ?」

ギブアンドテイク。お互いが持ちつ持たれつする関係だ。

二人の間にはそんな約束が交わされている。

 

「私、オルドグラムのごはん食べたことない!!」

 

「だから、なんなのだ?」

今後の展開を予想した様で、非常にめんどくさそうに話す。

 

「私にもごはん作って!!ごはん!!」

まるで小さな子供の様に、駄々をこね始める。

 

「……仕方ない……な」

ギブアンドテイク――二人の間の約束だ。

日常的に妖力を貰っているオルドグラムは、決して本心を口に出しはしないが大きく借りを感じている。

自身の欲求に素直、というのが魔術師の性格ならば、また契約に忠実というのも魔術師の性格だ。

オルドグラムはそのどちらの性格も、しっかりと持っていた。

 

「明日の朝食は我が作る――それでいいな?」

 

「うわぁーい!楽しみにしている!!」

オルドグラムの言葉を聞いた小傘は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

翌朝――

 

「すんすん……いい匂い……」

眠い目をこすりながら小傘が、目を覚ます。

部屋の中には嗅いだことのない、何とも言えない香りが満ちていた。

 

「起きたか?丁度完成したところだ」

いつもの服装ではなく、白いコック帽にエプロンを付けたオルドグラムが皿を持って来た。

 

「…………ベルトは一緒なんだ……」

いつもの服についている無数のベルト。

コック帽どころか、エプロンにまでついているのを見て、小傘が何とも言えない顔をする。

 

「ん?何か言ったか?」

 

「ん、んん!何でもない!それより献立はなに?」

興味が押さえきれないといわんばかりに、用意されたテーブルまで走っていく。

 

「走るな!埃が飛ぶだろう!」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

「では、改めて――朝食だ」

 

コト――

 

「おー!」

小傘が目の前の料理に目を輝かせる。

 

「献立はクロワッサンと、シーザーサラダ、フライドエッグにベーコン、最後にポテトの冷製スープだ。

飲み物は?」

見たこともない料理に迷う小傘の目の前に、オルドグラムがオレンジジュースとミルクとコーヒーを並べる。

 

「えっと……」

 

「おすすめはコーヒーだな」

迷う小傘の前に、ミルクで割ったコーヒーを差し出す。

 

「あ、ありがと……

みんな見たことが無い料理だね。パンってやつ?だよね?」

興味深そうにクロワッサンをかじってみる。

 

「おー!ふわふわだけど、サクサク?ナニコレ!!

オルドグラムは料理も出来るんだね!!」

 

「調理とは、調合に近い部分もあるからな。

決められた材料に、決められた分量、そして決められた手順。それさえ守ればこんな物容易いわ。もっとも、我が望む食材を手にするのに、右往左往することになったがな……」

褒められてまんざらでもないという表情をして、オルドグラムも自身の席に座る。

 

「んー!どれもこれも初めて見る物ばっかりだよ!

あ!これは知ってる、目玉焼きだ」

小傘が半熟の目玉焼きを見る。

 

「この国では、それをそう呼ぶらしいな。

我としてはフライドエッグ・サニーサイドアップというのが、なじみ深いが……」

フォークでサラダをつつきながら話す。

 

「えー、名前長い!へんなのー!」

小傘が笑いながら、慣れないフォークを使うが――

 

「む――!?」

 

「どうしたの?」

オルドグラムが突如、手を止める。

その様子に気が付いた小傘は、不思議そうに尋ねる。

オルドグラムの視線は、小傘の皿に注がれていた。

 

「オルドグラム?」

 

「小傘よ――お前は、そうやって食べるのか?」

オルドグラムの指さす小傘の皿の中、そこには――

 

「え?別に普通じゃない?」

潰された黄身に浸されたベーコン、そしてフォークの先には流れ出た黄身を付けた白身の部分。

 

「なに……!」

対してオルドグラム皿には、見事に白身だけが食べられた目玉焼き。

病的なことに、黄身の表面の薄い白身すらも器用にはがして食べている。

 

「最後に丸々食べるつもり?」

 

「そうだ、もっともうまい部分は最後に……それ以外の黄身はすべてはがして――」

 

「なんか、みみっちいね」

小傘が何気なしに、そう言った。

 

「み。みみっち――!?

我が、みみっちいだと……!

あり得ん……フライドエッグはこの食べ方こそが、スタンダード……そうだ。

そうに決まっている!!我は常に正しい!!」

 

「えっと、オルドグラム?」

雲行きが怪しく感じてきた小傘が、手早く食べ終わった皿を流しに持っていく。

なにか、碌でもないことが起きるのではと、一人オルドグラムから逃げる様に去っていく。

 

「小傘よ!!」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

逃げようとした時、背中にかかった声を聴きびくりと身を震わせた。

 

「我は調べることが出来た。今日は出かけてくるぞ――片付けは任せた」

そういうと食べ終わった皿を流しにおして、素早く出かけて行った。

 

「あちゃー、なんか、やばいかんじー」

ぶつぶつと何かをつぶやきながら出て行ったオルドグラムを見送って小傘は小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

「なぜだ……!

なぜ、このような――!」

路地の裏を目的もなく走るオルドグラム。

自身の中から湧いてくる、当然と思っていた物にヒビが入る感覚。

そして、小傘の『みみっちい』という評価。

たかが目玉焼きの食べ方だと、言われればそこまでだ。

だが、それでも自身の胸の中に沸いた言いようのない、不快感は拭えなかった!!

 

ドン――!

 

角を曲がった時、不意に何者かとぶつかってしまう。

瞬時にオルドグラムは体制を立て直したが、相手は路地の家の壁にぶつかってしまう。

 

「ん?」

オルドグラムはぶつかった相手の、特徴的な髪形に見覚えがあった。

 

「んじゃねーよ!テメェ!どこ見て――あ、旦那……!」

 

「おお、正邪ではないか」

尻もちをついて、悪態をついた事に対してか、しまった。と言いたげな表情をする彼女に手を差し伸ばす。

 

「旦那こそ、こんな朝っぱらからなにを?」

正邪の言葉に、何かを一瞬思案するように腕を組み――

 

「少し、考え事だ。時に正邪よ。お前――朝食は済ませたか?

まだなら来い、そこの店で何か食わせてやろう」

不自然なまでの作り物っぽい笑みで正邪を誘った。

 

「だ、旦那?悪いけど、アタシはお尋ね者だから、店は――」

オルドグラムの笑みに何か、よからぬ物を感じた正邪が身を引こうとするが逃がさないとばかりに正邪の前にオルドグラムが回り込む!!

 

「構わん!容姿は気にするな。手はいくらでもある」

オルドグラムが自身の胸ポケットに、赤いバラを差す。

それだけで、正邪の視線はオルドグラムに釘付けになる。

正邪には花を愛でる趣味など無いが、不思議なことにその花並びにその花をつけているオルドグラムから目を離すことが出来ない。

 

「旦那、これは――?」

 

「魔道具の一種だ。『薔薇の貴公(ノーブル・ワン)』という、周囲の注目を集める道具だ。

むかし、虚栄心の強い男に頼まれて制作した物だ。

我が目立つことで、お前は相対的に目立たなくなる。これでいいか?」

 

「あ、ちょっと――旦那!?」

正邪の首を掴み半場無理やりと言った様子で、近くの定食屋へと足を運んだ。

 

「いらっしゃいませー」

店員の女性が、お盆を持ってかけてくる。

接客慣れしているが、その視線はオルドグラムをみて離さない。

ちらりと一瞬だけ、店員が正邪の顔を見る。

 

「だ、だんなぁ……」

 

「二人だ。席に案内しろ。注文は目玉焼き定食だ」

不安げな正邪を無視して、オルドグラムが口を開く。

 

「はい……」

何事もない様に、店員は二人を席に付けて注文を受け取ると水を置いて去っていった。

 

「本当に気が付かないのか?」

未だにびくびくとする正邪をみて、オルドグラムが小さく笑う。

 

「ふっふっふっふ……『灯台下暗し』なる諺を聞いたが実際にその通りという事よ。

我には無数の注目が集まる、そしてそのすぐそばに居る貴様にはその分集まらんという事だ。見て見ろ、水は一人分のみだ、それだけではない、今の店員はお前の分の注文を取ってすらいない。

お前が完全に、意識下から消失しているのだろ」

 

「マジかよ……

便利な道具もあるモンだなー」

興味深そうに正邪がオルドグラムの胸の花を眺める。

 

「正真正銘、普通の花みたいだけど……そんな道具もあるんすね」

正邪が以前自分の貰った、部屋の形を写し取る魔道具『偽室錠』を思い出す。

 

「まあな、我が生前、制作たした道具だ。現在の様に魔力のセーブの必要性が無かった為複雑な魔術プログラムが作れたが……

今は、大した物は作れん。歯がゆいことにな……

花と言えば、そうだな……面白い話がある。

むかし、我がとある人物に頼まれて制作した花の魔道具が有るのだが――」

 

「お待たせしました。目玉焼き定食です」

その時、オルドグラムの話を遮るように、店員が料理を机の上に置いた。

 

「……まぁいい、まぁいい。どうせ、出会いはしないはずだ……

『アレ』を誰かが仮に手に入れたとしても――」

数瞬考えた後、オルドグラムは正邪に自身の料理を差し出す。

 

「食え。我がおごろう」

 

「あざーす!」

すっかり今の状況に慣れたのか、物おじせずに正邪が目玉焼きに手を伸ばす。

掴んだ箸が一切の躊躇なく、白身と黄身をばらし始める。

 

「おお!正邪、お前はやはり黄身を残すのだな!」

 

「あ、え、旦那?アタシはこうやって――」

露骨に機嫌を良くしたオルドグラムの目の前で、正邪は白身の部分を米に乗せ、そこに黄身を乗せ醤油をかけて――

 

グっちゃ!グッチャ、ぐちゃ!

 

「混ぜるのか!?米に、フライドエッグを!?」

 

「ふらいど?なんなのか、知りませんが、アタシはこうやって全部混ぜて食うのが好きですぜ?」

 

「待て、全部、だと?」

信じられないと言わんばかりの、オルドグラムの目の前で正邪はさらにみそ汁のお椀を持ち上げ――

 

じょばじゃば……ぐっちゃ!ぐっちゅ!!

 

ずずずず~!!ずずず~!!

 

「ぷはぁ!まずまずだな!あれ、旦那?」

完全に固まったオルドグラムを見て、正邪が小首をかしげる。

 

「最後に、黄身を残して食う気は、ないか?」

 

「まさか!そんな、みみっちい食い方しませんよ。

はっはっはっは!」

笑いながら、つまようじを手にする正邪を見てオルドグラムは静かに立ち上がった。

 

「あれ?旦那?」

 

「我は……我は、みみっちくなどないわぁ!!」

机に叩きつける様に代金を残し、オルドグラムがすさまじい勢いで逃げ出した!!

 

「旦那ぁ!?どうしたんだ?まったく、偉大な魔術師様の考えることは、いまいちわからな――」

 

「お前は!?お尋ね者の妖怪!!」

 

「来てくれ!!妖怪がいるぞ!!」

 

「しまったぁ!?」

魔道具の効果が切れた正邪はあっという間に、店に偶然いた退魔師に取り押さえられた。

 

 

 

 

 

「まずは、里中の人間の意識を変化させて……そう、洗脳術を利用することで、黄身を残すのが暗黙の了解に――」

ぶつぶつとオルドグラムが危ないセリフを吐きながら、紙に複雑な魔法陣を書いていく。

 

「オルドグラムー?おーい?」

帰ってきて以来、ずっとこの調子のオルドグラムを小傘が心配そうに見る。

正直な話、心配なのはオルドグラム本人よりも、本人がやろうとしている事だが……

 

「ねぇ、オルドグラム!ねぇ、ってば!!」

 

「なんだ、小傘よ我は今忙しいのだ」

露骨にめんどくさそうな顔をして、オルドグラムが振り返る。

 

「たかが卵の食べ方だよ?そんな、統制する必要ないでしょ?

それとも、偉大な魔術師様は自分の価値観以外認められないのかな?」

それは半分、挑発ともとれる言葉だった。

 

「小傘……」

 

「まったく、いい年して、卵位で!

そんな事より、お昼の準備してよ、前々から興味ある言ってたお蕎麦、作ってあげるから」

小傘に言われて気が付くと、いつの間にか昼どころか夕飯のほうが近いほどの時間になっている。

どうやら、ずいぶんくだらないことで夢中になって居た様だ。

 

「ふっ!そうだな……ずいぶん無駄な時間を食った。

くくく……いかんな、考えがすっかりこびりついてしまったわ」

 

「くすす、さ、ちょっと遅めのお昼にしよ?

ぶらんちって言うんだっけ?」

 

「ふむ、あながち間違いではないな」

オルドグラムが魔法陣の書かれた紙を片付け立ち上がる。

 

「さて、この国のパスタ、楽しみにしているぞ!」

オルドグラムが楽しそうに小傘の、後ろをついていく。

 

 

 

 

 

「不味い……史上稀に見る不味さだ……こんな物を良くも……!!」

ちゃぶ台の向こう、小傘をにらみオルドグラムが全身から怒りと魔力を放つ!!

 

「いや、だから、ぱすたじゃないって、なんども……」

説明をしようとする小傘に、聞く耳などないとばかりにオルドグラムが怒りを滲ませる!!

 

「すべてが不味い!!スープに、サラダに、パスタ!!

良くもこんな物を!!」

 

「だから、これはツユと薬味と、ざるそばだって!!」

 

「やはり、人里の人間の意識を変える必要がある!!

魔術式展開――!!」

 

「やめて!!お願いだからやめてー!!」

オルドグラムの怒声と小傘の悲鳴が重なった。




個人的に目玉焼きの食べ方は、非常に細分化しています。

米が主食で、オカズが油っぽくないときは、マヨネーズ+ソースです。
オカズがコッテリしてるなら、シンプルに塩ですね。

パンなら、基本塩コショウ。

めんどくさい?食べるのは私だからいいんですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と鏡と暴かれた秘密

さてぇ、今回は以前応募した、魔道具が正式に登場です。
少し大きな規模となりました。

夏の暑さに気を付けながら、呼んでくださいね。


とある部屋で、オルドグラムが自身の足元にうずくまる人物を見下ろしていた。

 

「あ……あ、う……あ……」

その相手は小傘だった。だが、何時もの快活な印象を与える表情は曇り、何かを企んでいるような青赤の2色の瞳も、どこか色あせた様に見える。

元気な声を聴かせる口からこぼれるのは、小さな意味をなさないつぶやきのみ。

 

「心が壊れたか……脆いな。妖怪も……」

嘲るような言葉に、ほんのわずか、ほんのわずかだけ同情の感情がこもって聞こえた。

 

「さて……いかにしてここから抜け出すかな……」

オルドグラムは部屋の外に広がる、先の見えない廊下を見て目を細めた。

 

 

 

 

 

幻想郷の一角、霧の湖の近くに居を構える妖怪の一派がいた。

吸血鬼が主を務める、赤い異様な屋敷――名を紅魔館と言った。

 

そこに、居候する魔女が一人――

 

「パチェ、精が出るわね」

年のころ10と言った少女が、自身の屋敷の中の図書室へと足を運ぶ。

彼女はこの屋敷の主レミリアスカーレット。背中から生えた蝙蝠の様な羽が彼女が人外の存在だと如実に表している。

 

「あら、レミィ……」

浮かない顔をするのが、レミリアの友人のぱちゅパチュリー・ノーレッジだ。

数冊の本に、古ぼけた南京錠が机の上に置いてある。

 

「それは?例の魔術師の?」

 

「ええ、探したら奥から出てきたの。

まだ、断定はできないけど、なんていうか『雰囲気』が似てるのよ」

 

「雰囲気?」

パチュリーの言葉をオウム返しするレミリア。

いつの間にか、出現していた紅茶に口をつける。

 

「魔導士の癖って言うのかしら?

独特の雰囲気が有るのよ……もちろん断定できる物じゃないけど、これはきっとあの男の道具よ」

いつもより意思の強い光がパチュリーの瞳に輝いている。

無理もない、魔女に魔法使いは皆、魔術のことになると皆、目の色を変える。

800年前にあったとされる、魔法の一種。

レミリアの友人が強い興味を持つのには十分だった。

 

「どこにもおかしい所は無いから、動くはずなのよ……

魔力もちゃんと通したし……」

パチュリーが南京錠を取って、錠前を差し込んで回す。

一瞬だけ、光が漏れて南京錠の鍵が開くが、それ以外の変化はない。

 

「どれ……」

興味を持ったのか、レミリアも同じく錠前を回すがやはり一瞬の光が出るだけで、何も起こらない。

 

「普通の古いカギじゃないの?」

2、3回して興味が無くなったのか、レミリアがカギを返す。

 

「咲夜」

 

「はい、お嬢様」

レミリアが声を上げると、同時に彼女の後ろに銀髪の髪をしたメイドが立っていた。

この屋敷で彼女を知らぬ者などいない、メイド長。

十六夜 咲夜だった。

 

「貴女、何か感じることは無い?」

 

「申し訳ありません……特に何も……」

彼女も特に、気づくことは無かった。

 

「ふぅん?妖怪()魔女(パチェ)人間(咲夜)でもダメか……

何かが根本的に間違っているんじゃ……」

レミリアが、目を細め考える。

 

「以前、オルドグラムの魔術道具のリストを見たことが有るの。

その中にの『偽室錠』っていう道具に似ている気がしたから、何か関連があるかと思ったけど……はずれみたいね。

最終手段として、本人に聞いてみるかしら?」

 

「言われてみれば、それが一番の近道かもね」

レミリアが笑って見せた。

冗談めかして話すパチュリーだが、それも十分に考えうる作戦だ。

幸いなことに、何度かオルドグラムはここの図書館を利用している。

普通は遥か昔の道具の製作者に聞くなど、出来る訳が無いのだが、幸運なことにその製作者は存在している。

 

「そう言えば、その魔術師とやらには遭った事が無いな。

屋敷の主とて顔合わせ位すべきだが……

ま、これも今回だな――!?」

レミリアの視界の端、突如机の上の南京錠が輝きだした!!

さっきまで何をしても、動きは無かったはずだが――

 

『プログラム起動 ウツシダス・うつしだす・映し出す!!+アルファ!!スーパー!!』

その瞬間、まばゆい光が部屋全体を包み込んだ。

そして、その一瞬後には、レミリアも、咲夜もパチュリーもみな姿を消していた。

 

カチャン!

 

最後に、何かを封じ込めるような動作で、机の上の鍵が閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

パチュリーが散々話していた件の人物、オルドグラム。

彼は実のことを言うと、紅魔館のすぐ目の前にいた。

 

「要件は本の返却だ、出来るならあの魔女と話もしたい……」

 

「う、うう……本当に大丈夫なの?」

小傘のとって出来るなら、近づきたくない場所の一つである紅魔館の門の目の前、そこに半場無理やり連れてこられて、小傘が不安そうにオルドグラムの影に隠れる。

 

「無論だ。我は無理やり侵入する訳ではないのだぞ?

ちゃんと要件があり、正面から入る。客人に対して、非礼を行いはしないだろう」

ちらりとオルドグラムが、門にもたれて眠る美鈴を見る。

 

「ふむ、開けてはもらえんな……起こすのは気の毒だしな。

ムッ!!小傘、来い!!」

 

「なら、日を改めて――うひゃあ!?」

小傘の意見など知らぬ!とばかりに、オルドグラムが小傘の首筋を掴み自分事飛び上がった。

そして門を超えて、手入れされて玄関口に降り立つ。

 

「オルドグラム!?侵入だよ!!コレ、侵入!!」

場合によっては大変なことになるというのに、オルドグラムはそのまま走り出し、蹴破るように館の入口の扉を開いた。

 

その瞬間、光のカーテンの様な物が廊下の向こうから跳んできた!!

 

「なに、なに、なにアレ!?」

必死になって、小傘が手足をバタつかせるが相手は光。

逃げることも出来ずに、二人は光の中に取り込まれた。

 

 

 

 

 

「ん……なんとも、無い?あれ?」

小傘が自身の体を見たり触ったりして、自身の無事を確かめる。

特に変わった所は無い様だが……

 

「あれ、なんか……あれ?」

違和感を感じて、小傘が立ち上がる。

 

「ほう、気が付いたか。

建物自体が左右逆転している……そしていない住人に、過剰なまでの魔力……

これは……微か、微かにだが記憶がある……これは『アレ』だな」

一人納得したオルドグラムが、数度うなづく。

 

「コレ、オルドグラムの作った道具に関係ある物なの?」

 

「ああそうだ。安心しろ、この道具は人を殺傷する為の機能は備えていない。

本人の不注意以外でケガをすること自体、稀だ」

 

「そうなんだ……前みたいな、危ないのじゃないんだね?」

小傘の脳裏には、ひとりでに宙を舞う妖刀の姿が思い浮かぶ。

あれは調べた結果、オルドグラムの道具の一つであると判明している。

 

「で?この道具は、何をする道具なの?」

自身の身に危険が無いと分かれば次に気になるのは、この道具の効果だ。

紅魔館を左右反対とはいえ、丸々コピーして召喚したのだ、相当大がかりな仕掛けだと期待が膨らむ。

 

「プログラムは少々特殊でな。写し取る能力にプラスして――

丁度良い、実際に体験してみろ」

説明を途中で切り止め、オルドグラムが『メイド控え室』と書かれた部屋の扉を開ける。

 

「ちょっと!?勝手に入っちゃまずいよ!」

 

「この空間はエントリーを済ませた者以外は入れん。

何、所詮は魔術で作り出した空間だ。壁を崩そうが、床を踏み抜こうが咎める者は誰ひとりもおらんさ。

ん、あったな」

オルドグラムが部屋の隅に置かれた三面鏡を見る。

 

「鏡の中で、鏡を見たらどうなると思う?

小傘、やってみろ」

 

「え、なんか嫌な予感がするんだけど……」

オルドグラムの言葉に、何か感じ入る物があったのか、小傘が露骨に警戒するが……

 

「遠慮はいらん。さ、思う存分始めるが良い」

にこにこと笑いながら、小傘の首筋を掴んで閉じている三面鏡へと、近づけていく。

 

「はーなーしーてー!!なに、何が起きるの!?」

 

「ふっはっはっは!面白い事だ!!」

 

「いやー、いーやーあー!!」

オルドグラムが三面鏡を開くと、そこには怯えた小傘が写った。

 

「あーあーあーあー……あれ?何もないよ?」

手を振ってみるが、それでも帰ってくるのは自身の姿。

これと言って特殊な何かが起きている様には見えなかった。

 

「ひょっとして……私、担がれたぁ!?

本当にただの鏡!?」

後ろを振り返ると、今にも笑いだしそうなオルドグラムがいた。

 

「もう、脅かさないでよ!!すごくびっくりしたんだから――」

 

『はぁ~、暇だなぁ……』

 

「!?」

小傘が突如聞こえた、()()()()に小傘が勢いよく振り返る。

鏡の中、その中で小傘が縁側に横になって、暇そうにあくびをしていた。

 

『あーあー……なんか、面白い事無いかな~』

 

「あれ……これ、この前の――あ!?ストップ!!とめて!!オルドグラム!!

これ今すぐ止めて!!」

小傘が急に慌てだし、必死になって鏡に映る映像を止めようとする。

しかし――

 

「無理だな。今の我では、このプログラムを停止させることなど出来ぬ」

 

「なら、見ないで!せめて見ないで!!お願いだから!!

ほら、探索しよ?こんなのつまらないから!!」

必死になってオルドグラムのマントを引っ張るが、肝心のオルドグラムはそんなの興味は無いらしい。

のんびりと、まるで映画を見るような感覚で、映し出される小傘の様子を見て居る。

 

『……あ、そうだ!!』

鏡の中の小傘が立ち上がり、居間へと進んでいく。

そして、部屋の一部に畳んである服へ近づき……

 

『オルドグラムは、いないよね?なら、ちょっとくらい……』

きょろきょろと周囲を確認して、その服を手にする。

 

『おお……!』

赤い服に、黒い無数のベルト、そして表裏で色がちがう赤黒のマント。

 

「だめー!!これ以上はダメ!!」

小傘が飛び上がり、必死になってオルドグラムの目を隠そうとするが止められない。

 

「邪魔だ」

 

「あう!ひどい……」

容易く跳ね除けられ、転んだ拍子に尻もちをつく。

そんな現実の小傘が、涙目の状況でも鏡の中の小傘は上機嫌だ。

 

『ふんふんふふ~ん』

のんきに鼻歌なぞ歌いながら、自身の身に着ける服を脱ぎ捨てていく。

 

「いやぁ!!だめぇ~!!ほんとにダメだからぁ!!」

突如始まった自分のストリップに必死に対応しようとするが、無残にも映像は止まることをしならない。

やがて、下着姿になった小傘が、畳んであったオルドグラムの服に袖を通す。

 

『ん~、ズボンは長いから要らないや……

ボタンを留めて、マントと……うわぁ……ベルトを巻くのめんどくさいな……』

数本のベルトを拾うと、自身の腕や胸、そして素肌の足にそのまま何本も巻き付けていく。

そして着替え終わると、クルリをその実をひるがえして見せる。

 

『えっへっへへ……小傘グラム参上!!

なんちゃって……』

ポーズをとると、そのまま顔を真っ赤にして、舌を出しておどけた。

そのシーンが写ると、鏡は再び元の鏡へ戻っていった。

 

「ほう、面白いな……まさか、一人であのようなことを……ん?」

オルドグラムが小傘に意識をむけると、一人部屋の隅で、両膝を抱えて涙を流していた。

 

「ううっ……ひどい……

乙女の秘密を覗くなんて……なんて道具……なんて無常……」

 

「この道具の名は『鏡の迷宮』だ。

特殊なプログラムを施した魔道具で、錠前の形をしている。

それに鍵を差すことで、この空間にエントリーされる。

複数人同時に連れ込みむことも出来、鏡に3度写ると、その写った者の過去の隠したい記憶が再現される!!素晴らしいだろ!!」

 

「素晴らしくいりませんよ!!」

尚も膝を抱えつつ、涙を流す小傘をオルドグラムがやさしく肩を抱いた。

 

「小傘よ……」

 

「ふん!謝っても許さないんだから!!

まったく迷惑な――」

 

「もう3度写ると別の記憶が再現されるぞ」

小傘の肩に置いた手が力を帯びる!!

 

「オルドグラム!?ちょっと!!」

ずるずると小傘を引っ張り、鏡の前に連れていく!!

 

「やめて!!お願いだから!!ねぇ!ねぇ!!」

 

「安心しろ、死ぬことは無いし、生きていない我は鏡に写らないぞ」

はははと笑いながら、オルドグラムが尚も引っ張る!!

 

「やめて!!本当に、やめてぇえええええ!!!

いやぁああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

数分後……

「あ、あう……あ……」

心の壊れた小傘が、茫然と涙を流し床に力なく倒れる。

 

「さて、脱出するか」

 

「少しは、心配しなさいよぉおおおおお!!」

全く気にも留めないオルドグラムに、怒りで復活した小傘がつかみかかった!!

 

「さぁー、脱出の為にエントリーをさがすぞー」

 

「うわ!?露骨にキャラ変えてきた!!そんな明るいキャラじゃないでしょ!?」

嫌な思い出をたっぷり作り、小傘はこれ以上自身の心に、傷が出来ないうちに脱出することを決意した。




次回に続きます!!
募集自体はまだまだ、というか無期限で行うので気分が乗った人は、私の活動報告へGO!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と死闘と運命の出会い

さてさて、鏡の迷宮編はこれで終わりです。
なかなかに、癖のある道具ですが、上手くそれを生かせましたかね?


すぅー……ふぅー……

 

「こっちだったか、遅れるなよ?」

無音の廊下の中、オルドグラムの足音と呼吸音だけがひどく感覚に触る中、小傘がゆっくりと彼の足取りを追う。

 

「ね、ねぇ……本当に大丈夫?」

もう何度目になるか分からない小傘の質問。

まるで迷子になった子供の様に、不安げにオルドグラムのマントの端を掴み、キョロキョロとしながら後をついていく。

 

「正直な話、あまりいい状況ではないな。

我とて、数度本を借りに来ただけの身。

到底屋敷の全容は知らん。加えて『鏡の迷宮』の効力で屋敷の左右は反転している。

更に言うと、このステージから脱出するための(コア)がどこにあるかわからん」

 

「こあ?」

小傘がいまいち理解できないというように、首をかしげる。

 

「この魔道具は言うなればただの『ゲーム』だ。

数人の魔導士や貴族などが家に集まった時、楽しむ物だ。

何度も言うが、害を与える目的はない」

気楽にかまえろ。とオルドグラムは言うが――

 

「うー!!私は散々だったんだけど!?いろんな意味で私傷ついたんだけど!?」

先ほどの自らの痴態を思い出し、小傘が目に涙を溜める。

 

 

 

 

 

「まったく……ここは、一体どこなのかしら?」

かわいらしい顔をしかめて、レミリアが一人廊下を歩く。

図書館で親友の魔法使いの道具が急に光ったと思えば、気づけば自身の屋敷とは似て非なる場所。

恐ろしいほど精巧に作られた、しかし明確に違うと分かる鏡映しの屋敷。

鏡映しの真っ赤な屋敷の、どこかの廊下にレミリアはぽつんと一人立っていた。

 

「スンスン……自分の屋敷に言うのは何だけど……不気味ね」

鼻をわずかに鳴らしてレミリアが、照明のランプを見る。

この屋敷に香りは無かった、観賞用の花も、慣れ親しんだ紅茶の茶葉も、香水瓶はただの無臭の液体に代わっていた。

そして、全く揺れ動く事の無いランプの炎。

 

「咲夜もパチェも、どこかへ居ちゃうし……

全員何処かへ飛ばされたのかしら?」

小さく考え事をしながら、レミリアが()()()()()()()()()()()()()()を歩く。

 

「あら、ここは――」

とある部屋の前、レミリアが足を止める。

そこは何度も自分が来た部屋、たとえ左右が反転しても忘れるはずのない部屋。

 

「私の部屋ね」

この現状で、自身の部屋はどうなっているのかと、好奇心が湧いてドアノブに手をかけて開くと――

 

「すぅー!すぅー!お嬢様の香りがしない!!やはりこの部屋は偽物!!

服も、お布団もお嬢様臭がしないなんて……!!

一体なんの意味が!!」

 

パタン!

 

「…………………………何だったのかしらあれ?」

自身の部屋の扉を閉めたレミリアが冷や汗を垂らす。

 

「OK……少しずつ、思いだしていきましょう?

此処は鏡世界(今、命名)の私の部屋……

確認したから、間違いはないわ……そして、さっきの部屋に居た銀髪のメイドは……」

自身のすぐそばに置いている、時を止めるメイドだ。

人間でありながら、世界すべてに作用する途方もない力をもった、彼女の従者。

 

「あの子はクールな子よ……瀟洒でなんでも小粋にこなす、優秀なメイドよ」

レミリアの中で、彼女の評価は非常に高い。

笑う事は少ないが、それでも美貌を感じさせる容姿に、命令に忠実でさりげなく気が利いて、目立つ欠点が無い優秀な存在。

 

「そう、そうよ。さっきの奇行を行ってたのは……えっと、そっくりさんよ!

或いは私が見た幻……そう!幻よ!!」

必死で自分を納得、又は誤魔化して再度自身の部屋のドアノブに手をかける。

自身でも分かるほど汗が手に浮かび、ゆっくりと音を立ててドアを開く。

 

「お嬢様、いらしていたんだすね」

ドアの向こう、優しい微笑みを称える自身の従者。

 

「ああ、咲夜か。なるほど、鏡世界でも、私は私の部屋に来ると踏んでいたのか。

やはりお前は賢いな。その甲斐あって、見事に合流できた訳だ。

パチェを見ていないか?魔法の類は、魔女に聞くのが良い」

咲夜の普通の姿をみて、妙に安心したレミリアがため息をつく。

そして思い出し方の様に、カリスマを見せるような話し方に戻る。

 

「すいませんお嬢様。未だにパチュリー様の行方は知れず、私も気が付いたときは食糧庫の中に飛ばされていたのです」

 

「食料庫……なるほど、地上部だけでなく地下にある部分も、まねているのか」

食料庫の位置から逆算して、屋敷の広さを予測していく。

 

「それと、中庭に出ようとしましたが、出られず、ほかの部屋に飛ばされました。

この部屋に入れたのも、それのおかげです」

 

「あくまで部屋のみ……外に出る入口は、ほかの部屋にランダムで飛ばされる、のか……」

咲夜の言葉に、レミリアが顎に手を当てて試案する。

自分たちはパチュリーのいる図書館から、飛ばされた。おそらくだがパチュリーも何処かに居るだろう。

 

「状況は不明、パチェの居場所も不明、規模も不明……

なるほど、()()()()()()()わね」

牙を見せ、瞳を赤く輝かせレミリアが指を鳴らした。

 

「これで、いい。これで全て終わるはずよ」

『運命を操る』それが彼女レミリア・スカーレットの能力だった。

彼女はたった今、自身に『友人と再会して無事に外に出る』という運命を作り出した。

たったこれだけで、事態は偶然を含めゆっくりとレミリアの望んだとおりの結果へと進んでいくのだ。

 

「流石です。お嬢様」

 

「ふふふ、魔術師程度の玩具で私が縛れる訳ないわ。

さ、私たちはゆっくりと、時が来るのを待ちましょうか――」

レミリアが咲夜を伴って、自室に入ろうとした時――

 

『うーっ!にがーい!!こんなのむりぃ……』

 

「ハッ!?」

突如聞こえた、声にレミリアが固まる。

その声は、確か自分の声で……

 

「お、お嬢様……」

咲夜の視線の先、部屋の姿見にレミリアの姿が映っており……

一人部屋の中、黒い液体に口を付ける姿が見える。

 

「あれは、コーヒー……?」

 

「あわわわわわ……」

その姿に慌てるレミリア!!

 

『うー、けど……コーヒー飲めるとかっこいいし……

そうよ!カリスマお嬢はブラックコーヒーなんて……うー!にがい……』

何度も果敢にコーヒーに手を伸ばしては、悶絶するレミリア。

 

「お嬢様……その、プ、くく……ほ、微笑ま、しい……です……よ?」

自身の腿をつねり必死に笑いを誤魔化す、咲夜がいた。

 

「み、見るんじゃないわよー!!」

必死になって、声をレミリアが荒げた。

その時、再度扉が開いて――

 

「レミィいる?……あ」

パチュリーが姿を見せて、鏡の映像を見て不味いものをみた、と苦い笑みを浮かべる。

 

「見ないで……見ないでぇええ!!」

再度レミリアの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

運命というのは、不思議な物である。

レミリアの敷いた『出会う』運命は、本人すら知らない部分に作用していた。

 

「貴方、だぁれ?」

金色の髪が揺れ、背中の宝石を思わせる羽が光を反射する。

 

「妖怪……いや、これは?」

廊下の真ん中、暗がりから一人の女の子が出てきた。

赤いスカートに、特徴的な羽が印象深い。

 

「私はフランだよ?ここは何処?お屋敷から急に飛ばされたんだけど?

あなたはだぁれ?」

不安げな様子で、フランが名乗る。

 

「(どうしよ、どうしよ……!)」

フランの噂を知っていた小傘はとっさに、家具の影に隠れていた。

彼女は有名だ。遠く離れた人里でも狂気を持つ吸血鬼の話は聞こえてくる。

 

「落ち着け、落ち着くのだ。ここは魔力で作られた屋敷の内部だ。

不安がることはない、いわば遊び。

身に危険が降りかかることはない」

 

「ほんと?ここお屋敷じゃないの!?やったー!」

何がうれしいのか、フランがぴょんぴょん跳ねる。

 

「ゲームなんだー、お屋敷じゃないんだー

なら……お姉様にも怒られないよね!いっぱい、いっぱい()()()()良いよね!!」

 

「なに?」

オルドグラムが聞き返すより先に、フランの瞳孔がキュッと締まった気がした。

 

「えーい!」

振るわれるのは齢10にも満たない見た目の少女の蹴り。

年齢差を加味しても、オルドグラムに傷一つ付かないであろう一撃だが――

 

ドガァサァアアアアアアン!!

 

けたたましい音と共に、オルドグラムが屋敷の壁に叩きつけられた!!

廊下を覆うような煙が上がって小傘の視界を隠す。

 

「オルドグラム!!」

小傘が思わず、飛び出てフランに見つかりそうになり、再度身を隠す。

 

「あっはっはは!もう、壊れちゃった?

けど良いわ。もう一人居るみたいだし、今度はそっちを――ぐぇ!?」

煙の中、一本の腕が伸びフランの首を捕まえる。

 

「へぇ、壊れなかったん――だ!!」

フランが再度オルドグラムを蹴り飛ばす。

再び破壊音が響いて、今度は壁の向こうの部屋まで蹴飛ばされたのだと、小傘が理解する。

 

「あ、せっかく出られたと思ったのに、またこの部屋?

どうしても、好きになれないのよね……なら、この部屋ごと……」

フランが右腕で何かをつぶすような動作をする。

その瞬間、部屋の天井が崩れ去り中に居るはずのオルドグラムと共に、部屋が崩壊した。

 

「はーい、おしまいっと!」

フランが一仕事終えた、と言わんばかりに手を叩くが――

 

「それはどうかな?」

指を鳴らすような、音と共に部屋をつぶしていた石が煙の様に霧散した。

その奥から服についた埃を払いながら、無傷のオルドグラムが姿を見せた。

 

「我を舐めるなよ……!

異形の吸血鬼よ!!」

 

「な、なんで!?」

吸血鬼、フランドール・スカーレットは自身の能力に絶対の自身を持っていた。

それもそのはず、彼女の能力は『ありとあらゆる物を破壊する』という、危険極まりない物だった。彼女が少し能力を行使すれば破壊できない物はないはず、だった。

フランが驚愕するが、オルドグラムは意にも返さない。埃が付いたのを気にするかの様に、再度服をはたく。

 

(う~、なんでこんな事に……)

廊下の影に隠れる小傘が、ちらりと二人の方を見て自問する。

さっきから、凄まじく物騒な音がして家具や壁が壊れていくがやはりオルドグラムは無傷。

フランはムキになっているが、小傘は回避のトリックはもうわかっていた。

 

(あれって……霊体化しているだけだよね?)

オルドグラムは物に触っているし、食べ物も食べるが立派な幽霊だ。

自身の本の取り付いて、霊体として外に出ている。

何かに触れる時は、それ用の魔法を使い、食べた食べ物は微量だが魔力と吸収されると教えられていた。

 

(つまりあれは、水に映った月の様な物……本体であるこれさえ有れば!)

オルドグラムの本体であるグリモワールを小傘がギュッと握る。

だが、同時に小傘は気が付いていた。

自身が感じるけだるい感覚、おそらくオルドグラムは妖力を魔力に変換して立ち回っているのだ。

だが、この調子では後どれ位、魔力が持つか分からない。

 

「一気に決めるぞ――!

小傘!気張れぇい!!」

 

「え――う、うん!!」

突如飛んできたオルドグラムの激励。

まさかそんな風に声をかけてもらえるとすら思っていなかった、小傘は気力を振り絞りグリモワールを胸に強く抱いた。

 

「へぇ――私に勝つ、つもりなんだ?」

オルドグラムの言葉に、フランの瞳孔がきゅっと閉まる。

人とは明らかに違う、魔に属する存在の目だ。

 

「無論。貴様に負ける理由など何一つ無いのだからな」

だがオルドグラムはひるまない。

そのままステッキを構えて魔法陣を展開しつつ、フランに飛び掛かる!!

 

「吸血鬼の弱点は、心臓に銀の杭を打ち込む事だそうだな」

オルドグラムの全身のベルトが、うごめき始める。

そして、ステッキを振りかぶると同時にベルトが意思を持っているかのように射出された!!

 

「な、なに!?」

大仰な魔術が来ると踏んでいたが、咄嗟の手にフランが慌てる。

そしてその隙にベルトが、フランに何重にも巻き付いていく!!

 

「こ、れ――くるし、い」

首や胸のベルトが容赦なく、呼吸器官を圧迫する。

動きが止まったのを確認して、オルドグラムは展開していた魔法陣を消して天井に向けて飛び上がる。

そしてステッキの先端をフランの心臓があるであろう場所に向けたまま、飛び降りた。

狙いはもうすでに分かり切っている。

 

「心臓!?」

自身の弱点を狙われたフランが、一瞬だけ冷や汗をかくが――

 

「あはっ、引っかかった!」

 

ブチチチチッ!!

 

オルドグラムの目の前で、ベルトが吹き飛び自由を手にした、フランが再度凶悪な目つきで笑みを浮かべる。

 

「さよなら、魔術師さん!!えーいッ!!」

フランの手に炎を纏う杖にも剣にも見える曲がった棒。《レーヴァテイン》が現れ、天井から落ちてくるオルドグラムに振り上げた!!

 

「ぐぅ!?」

ステッキをとっさに離してオルドグラムがフランの攻撃上から離れるが、傷は深い様だった。

攻撃の為、実体化してた所を見事に突かれた様だ。

ゴロゴロと床を転がり、すすけた服からわずかに煙が上がっている。

 

「オルドグラム!!」

 

「出てくるな!!」

心配する小傘をオルドグラムが叱り飛ばす。

 

「へぇ……雑魚妖怪に似合わない魔導書……

あはっ、そっか!あなたの不死身の理由はそれね?

なーんだ、私ずっと、幻覚と戦わされてたのね?

それって、それって、すっごく――()()()

フランが再度レーヴァテインを呼び出し、地面を削りながら歩いていく。

 

「それ、出して。燃やすから」

レーヴァテイン片手に、フランが小傘に迫る。

 

「あ、ああ……」

がちがちと歯が震える。

理解できる。妖怪としての差を……

うち捨てられた道具が、意思を持った自分とは違う。

妖怪として生まれ、妖怪として育ってきた混じりっ気のない、純粋な『畏れられる存在』だ。

 

「出せ!!」

 

ドォーん!

 

フランが癇癪を起す様に、地面を踏みつける。

地下が震え、パラパラと埃が落ちる。

 

「だめ……これは、絶対渡さない!!」

小傘がオルドグラムのグリモワールを抱きしめた。

 

「あっそ、なら貴女ごと――」

 

「異形の吸血鬼よ。鏡は見たことが有るか?」

レーヴァテインを振りかぶったフランの耳に、オルドグラムの声が届いた。

オルドグラムが体を大の字にして、呼吸を荒げて床に寝そべっている。

 

「鏡?あるよ。普通吸血鬼は鏡に映らないけど、屋敷の鏡はパチュリーの魔法がかかっているから、見れるよ。

それが何?」

 

「貴様の正面に鏡、背面、左右そして斜め4方向と上下。

計10枚の鏡で隙間なくお前を取り込んだ場合、何人のお前が鏡に映ると思う?」

 

「は?時間稼ぎ?そんな下手な手には乗らないよ。

どうせ、鏡が永遠に反射しあって無限に私が出てくるんでしょ?」

勝利を確信したフランが、オルドグラムに言い放った。

 

「不正解だ。答えはゼロ。鏡は光源が無ければ、像を作り出せない。

つまり鏡が何かを映す時、必ず光がある。

無論、鏡の中であるこのゲーム場も光を取り込んでいる」

 

「は?一体何を言っているの?」

オルドグラムの言葉にフランが首を傾げた。

 

「分からんか?この鏡世界は完全に外部と隔たれた訳ではないのだ。

鏡を使う都合上、外部から『光』を取り込んでいる。

つまり、お前が散々屋敷を壊したおかげで――」

 

カッ……ドサ……!

 

天井の一部が、壊れて落ちてくる。

 

「そんな、まさか……!!」

 

「日光浴は好きか?吸血鬼よ?」

オルドグラムの言葉と同時に、天井と壁の一部が壊れ、鏡面世界の外部から取り込んでくる光が容赦なくフランに降り注ぐ!!

 

「ぎ――いやぁああああ!!!やけ、焼ける!!わたしが、私が焼ける!!」

日光に焼かれたフランが、自身の部屋から逃げる!!

 

「はぁー、はぁー……よくも……よくも!!」

日光でボロボロになったフランが、廊下で小傘をにらむ。

 

「日の光なんて……大っ嫌いよ!!けど、逆転は無かったわね!」

フランがボロボロの体のまま立ち上がろうとした時――

後ろから誰かが小傘を抱き寄せる!!

 

「無論逆転するのは、ここからだ」

そう笑うオルドグラムの顔には自信が満ち溢れていた。

抱き寄せられた小傘は、思わず自身の顔が熱くなるのを感じた。

オルドグラムがステッキをふるうのと同時に、フランの片方の羽が落ちる。

 

「ッ!?」

 

「知っているか、吸血鬼よ。我は様々なエネルギーを自身の魔力へ変換する力を持っているのだ。

最近は妖力を魔力に変えるのが、上手くなってな?」

オルドグラムが切り取ったフランの羽を握ると、木の枝と宝石の様な翼が瞬く間に黒ずんで、木の様な部分は枯れていき、宝石の様な部分はひび割れ壊れていく。

それと同時に、オルドグラムには大量の魔力が込められていく。

 

「ちょ、ちょっと……?」

あまりの魔力の巨大さに、フランが冷や汗を流し引きつった笑みを浮かべる。

 

「さて、吸血鬼よ……貴様の羽はもう一本あるな?

つぎはそれを貰う。そして、もう片方の羽が再生したらそちらも貰う。

欠けた翼で我から逃げれると思うなよ?」

圧倒的なプレッシャーを放って、フランを壁際に追い詰める!!

 

「ご、ごめんなさい!!ゆるして!!もう、痛い事しないで!!」

勝てないと悟ったのか、フランが降参とばかりに両手を上げた時、両手を縛る様にベルトが絡みついた!!

 

「あ、え!?」

 

「さて、妖怪を倒すには、心を折るのが一番だったな?

小傘よ。確か近くにトイレがあったはずだ。そこから鏡を持ってきてくれ」

 

「はーい、すぐに行きまーす!」

一瞬でオルドグラムが何をしようとしているのか、気が付いた小傘は急いでトイレの鏡を外しに行った。

 

「え、なに、なに?な、なにするの!?」

数秒後、フランの泣き叫ぶ声が聞こえたのは、想像に難くない。

 

 

 

 

 

「ふぅ、ようやく出られたな……」

紅魔館を後にして、オルドグラムが歩く。

結局、エントリーの為のコアは見つからなかったが、予備の『偽室錠』で空間に再度穴をあけて、戻ってきたのだった。

散々フランを笑いものにし、円満の笑みでオルドグラムは『鏡の迷宮』から脱出した。

今頃自身の部屋で、枕相手に涙をこぼしているだろう。

 

「それにしても、よく勝てたね……?

私生きた心地しなかったんだけど」

恐る恐る、陰で様子をうかがっていた小傘が話す。

 

「フン、吸血鬼は我が活躍していた時代にもいたのを覚えている。

記憶は多少飛んでいるが、魔術の材料として良く魑魅魍魎の類を狩ったものよ」

 

「え”!?」

自慢げに話すオルドグラムに言葉に、小傘が固まった。

 

「知らぬか?龍の牙や鱗、マンドラゴラや狼男の毛皮。

いずれも多くが狩られてきたのだ」

 

「……外の世界で、妖怪がいなくなる理由が分かった気がするよ……

ねぇ、前にも言ったけど、他人を――」

 

「『傷つけるな』であろう?わかっている。だから、殺さず羞恥を味合わせるに済ませたのだ。

我とて、むやみに敵を作る気はない、『郷に入っては郷に従え』という言葉もある。

だが、今回の様にお前を傷つけるものは別だがな?」

オルドグラムが小傘の頭を優しくなでた。

 

「あ、ありがと……それと、助けてくれて……」

なんだか気恥ずかしくなった小傘は、頬を染めてうつむいた。

オルドグラムは血の様な夕焼けに小傘の顔が照らされて、気づくことは無かった。

 




咲夜は主に行き過ぎた忠誠心がある気がしますね。
しかし、本人はそれを恥と思っていないので、鏡には映らないでしょうね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と進化と研究室

さて、今回も投稿していきましょうかね。
ゆっくりと、リクエストをつかっていきたいです。


「……ん、ん~あっつい……あー……汗でベタベタす――おおぅ……」

寝苦しさで目を覚ました小傘が、自身の家の壁に昨日までなかった豪華な扉を見つけ、小さく声を出す。

今までも、起きたら部屋の中に何か道具が増えているという事はあった。

だが、扉というのは小傘にも初めてのパターンだった。

 

「今度は何したの……?」

眠い目をこすりながら、すぐそばにあるはずの魔導書を探してキョロキョロと辺りを見回すが、当然の様に件の魔導書はいない。

となれば、答えは限られてくる。

 

「この中……だよね?」

着替えをしながらも気になるのは、やはり例の扉。

十中八九どころか、ほぼ100%『彼』の仕業だろう。

 

「なら、開けてみますか!」

好奇心が刺激された小傘が、壁の扉のドアノブに手をかける。

キィと小さく音がして、ドアが開く。

 

「わぁ!」

扉の向こうを見て、小傘が目を輝かせた。

白い煙を吐く液体に、くるくると回る謎の装置、壁に掛けられた紙には図形にも計算式にも見える模様が掛かれている。

 

「わぁ!ナニコレ!!ナニコレ!!」

見たこともない道具を見て、辺りを歩く。

部屋自身は雑多な物が置かれているせいで、狭く感じるが実際は相当広い様だった。

 

「わぁー、へぇー――――あ”!?」

その中の一つ、天井から地面まで伸びる巨大なガラス管の中身を見て、小傘が声を上げる。

それはひどく見覚えのある()()()()()

 

「わ、私の傘~~~~!!」

 

『んべぇ~~~』

巨大なガラス管の中にあったのは、小傘の体の一部でもある紫の傘の部分!!

透明な水の中で、泡を受けながらゆっくりと舌を出して揺蕩っている!!

 

「わわわ、な、なんで!?どうしよ!?とりあえず出さなきゃ!!」

慌てて駆け寄る小傘が、ガラス管を手で叩くと……

 

「動くな――動くと命は無いぞ?」

 

「むぐぅ!?」

突如後ろから抱き着かれて、口を手でふさがれる。

そして首には鈍い色をしたステッキが付きつけられる!!

 

「む、誰かと思えば小傘ではないか。こんなところで何をしているのだ?」

自分が締め上げている相手に気が付き、オルドグラムがゆっくりと小傘から手を放す。

解放された小傘が、酸素を求めて激しくせき込んだ。

 

「ごっほ、ごほ!!いきなり何をするのよ……」

 

「すまない。我が研究室に不正侵入が確認されたんでな。始末しに来たのだ」

部屋の中だからなのか、何時も被っているシルクハットを付けていないオルドグラムがコンコンとステッキで地面をつつく。

 

「警告でも、確認でもなく、確定で『始末』なんだね……」

 

「無論だ。お前でなければ誰だろうと、始末していたな」

 

「冗談に聞こえないよ……」

自身の首に向けて、手刀をふるうジェスチャーをオルドグラムがして、その様子を小傘が苦笑いと共に見る。

だが、それも一瞬、小傘が再度厳しい顔をして、オルドグラムに詰め寄る。

 

「それよりも、コレどういう事よ!!」

バンバンと掌を叩きつけるのは、水で満たされたガラス管の中で泡に吹かれる自身の傘の部分だった。

 

「ああ、それか。経年劣化と、虫食いが有ったので修理してんだが……よっと」

オルドグラムがそばにあった記号の書かれたサークルに手を当てるとガラス管の中の水が吸い込まれていき、ガラスその物が地面に向かって下がっていく。

 

「ほら、おわったぞ」

オルドグラムの渡してきた傘は、壊れた部分や水が少し染みてきた部分まですっかり新品同様に修理されている。

心なしか、傘の部分もいつもより笑顔な気がする。

 

「あ、ありがと……」

勘違いで怒ってしまったことを考えて、小傘がばつが悪そうに返事を返す。

 

「何、気にするな」

そっけない態度でオルドグラムが傘を返す。

 

「ね、ねぇ。そう言えばさ、この部屋急に出てきたよね?

朝起きたらドアが、バーッて!」

自身の早とちりを誤魔化すように、小傘がこの部屋、強いては自身の部屋に現れたこの部屋への入口の扉のことを問いただす。

 

「ああ、そうだな。説明がまだだった。

だが、その前に場所を移そう」

 

パチィン!

 

オルドグラムが指を鳴らすと、一瞬にして場所が書き換わった。

次に小傘が目を開けると、そこは紅魔館の様な洋風の屋敷の一角だった。

壁の燭台に、長いテーブルにはシミ一つないクロスが敷かれ、豪奢なシャンデリアが怪しい明りを灯す。

個々のパーツは素晴らしい。しかし、なぜかこの空間に圧迫感を感じずにはいられないのはなぜだろうか?

不思議な不快感を感じながら、小傘が自動で動く椅子に腰かける。

 

「あう……?」

テーブルの先、いつの間にか着替えてシルクハットとマントを装備したオルドグラムが、蝋燭の明かりに照らされて顔に影が掛かったまま座っている。

 

「ふぅ……ようやく復旧が出来た」

 

「復旧?」

小傘の問いかけにオルドグラムがゆっくりとうなづく。

 

「そう、ここは我が生前、使ていた魔術の研究室なのだ。

何処という場所を持たず適当な空間に、上塗りするように出現させるのだ。

本来は、グリモワールの中にデータとして存在して、さっきも言ったように場所を乗っ取り作りだすのだ」

 

「っていう事は、ここオルドグラムのお家?」

話は半分も理解できていなかったが、辛うじて分かった場所から推理して小傘が口を開く。

 

「まぁ、間違いではないな……」

一瞬だけ考えて、オルドグラムが答える。

 

「ねね!!探検させてよ!!!探検!!!」

キラキラした目で小傘が、その身を乗り出す。

 

「却下だ。ここは我の研究室兼自宅兼書庫だ。

決して他人がズカズカ入ってきてよい場所ではない。

無論、お前とてな……」

鋭い視線を向けるオルドグラム。

小傘はその視線にわずかに、身じろぐ。

 

「うぐ……」

無意識に自身の首に手を当てる。

先ほど、オルドグラムに突き付けられたステッキの感覚が思い起こされた。

オルドグラムの態度には、静かだが非常に強い意志が感じられる。

 

「無論、理由はそれだけではない。素人のお前では危険な道具がどこに転がっているかわからんだろう?

何気なく触れた道具が、命を脅かすほどの危険な物である可能性も多々ある」

オルドグラムが真剣なまなざしで、そう教えてくれる。

 

「危険って……そんなの滅多にない……よね?」

確認するように、半場怯えたように小傘が尋ねる。

 

「……この部屋だけで、大小含め、軽く20はあるな」

 

「うそ!?」

驚愕の真実に小傘が立ち上がろうとしたが、足が椅子にくっついて立ち上がることが出来ない!!

どころか、椅子から背中をはがす事自体が不可能だった。

 

「う、動けな、い!?」

 

「まずはその椅子。他者を拘束する為の道具だ。

ちなみにテーブルクロスは、汚れを吸収して一か所の放出する道具だ。

無論、()()()()()()()も綺麗に掃除出来るぞ?」

 

「な――なんでそんな物騒なものばかり有るのよ!?」

椅子をガタガタと震わせながら、小傘が叫ぶ。

 

「ん?なんだ、気づいてなかったのか?

この部屋が、何の為の部屋なのか」

オルドグラムが含みのある言い方をする。

 

「え、え?あ、ドアが……」

それと同時に、小傘はこの部屋にあった閉塞感の正体を掴む。

それはこの部屋には、窓が無いという事、それどころかドアさえも無い。

これでは満足に出入りする事すらできないではないか。

 

「な、なんで!?」

その時、小傘の中で今までの出来事が連続してフラッシュバックする!!

自由に出入り出来るのはオルドグラムだけ、そうなるとこの部屋に入れるのは今回の自分の様に、()()()()()()()場合のみ。

一度座れば、満足に移動すらできなくなる椅子に、血なども綺麗に落とせるクロスに部屋の中に無数にある、危険な道具。

ここは、決して客間などではなく――

 

「ご、拷問部屋!?なんでこんなのが!??」

 

「ようやく気付いたか。ここは我に逆らったやつらを拘束し、時に尋問する為の部屋だ」

 

「なんて所に連れてくるのよ!!」

見た目だけは豪奢な部屋な為、その裏切られたと思う感覚は大きかった。

 

「ここが一番、見た目が良いのだ。

ちなみにあのシャンデリアは自在に相手の頭上に落下させられる道具だ。

ギロチンというものを参考にした」

 

「いやぁあああ!!!離して!!!はーなーしーてー!!!」

拘束された小傘が、必死にガタガタと椅子を揺り動かす。

 

「はっはっはっは!安心しろ。我がお前に危害を加える事などないわ」

たとえその言葉が真実であろうが、居心地が悪い事には違いは無い。

 

「ほら、もう良いだろう」

再度オルドグラムが指を鳴らすと、小傘の手足が椅子から離れる。

 

「はぁ……自由自在に出せる場所に、なんでこんな所を……」

 

「ふん、我ほどの魔術師になると、敵も多くてな。

このような部屋が必要になるのだ。

ちなみに他の部屋は――」

こまったこまったと、やや演技かかった口調とポーズで話す。

 

「そろそろ、かえっていい?私もう疲れちゃった……」

 

「なら、椅子に座るが良い!!」

オルドグラムの言葉と共に、椅子が小傘を無理やり座らせる。

流れるような拘束の形に、小傘が諦めの境地に達する。

 

「ああ……私はとんでもない物に手を出してしまったんだね……

最悪の魔法使いの復活が私のせいで……」

遠い顔をして、小傘が黄昏る。

 

「ふぅ、長かった…実に長かったぞ?

妖力を魔力に変換するシステムの完成が、遅れていたらどうなっていたか。

いや、あのフランドールとかいう吸血鬼の羽が手に入ったのが大きかったな。

巨大な魔力が生成出来た。だが――」

 

「?」

小傘が、疑問を口に出そうとした瞬間、再び部屋の様子が変わる。

風景が溶ける様に消えていき、残ったのは小傘の家の部屋の中。

 

「あれ?」

いつの間にか再度自由になっていた、小傘が周囲を見回す。

 

「とりあえず、あの部屋は置いておこう。残念な事に維持するにはまだまだ魔力が足りんからな。それに――

今は、お前の手助けをするのが、先約だからな」

そう言って、オルドグラムはさっきの小傘の傘を差しだしてくる。

 

「えっと、これは……」

 

「この傘の経年劣化は酷くてな、道具の特性上仕方ないとはいえ、修理の為に魔力処理で直した。

だが、その為には、どうしてもあのラボを呼び出す必要があったのだ」

先ほど見せた小傘の一部、新品同様の姿を見て……

 

「まさかだけど……これ、直す為に、あんな大がかりな事したの?」

 

「そうだが?」

オルドグラムが勝手に急須でお茶を入れて、飲み始める。

その後ろで、今朝がた出現していた扉にゆっくりひびが入り崩れていく。

 

「うそ……」

小傘が傘を見ながら、茫然とする。

オルドグラム、いや、魔女や魔法使いにとって魔力とは自身の技能を行使するうえで必要最低限の物。

小傘はオルドグラムが、その魔力の少なさに四苦八苦しているのは知っていた。

そして、前回フランドールとの戦いで漸くまとまった魔力を手にした事も。

 

「私を治すために使ったの?だって、完全に壊れたわけじゃ……」

 

「何度も言わせるな。我はお前に協力するといったのだ。

自身の半身が壊れていくのは、好ましい事ではないであろう?

――む?」

気が付けば小傘はオルドグラムに抱き着いていた。

 

「何をする、離せ。この国の夏はただでさえ熱いのだ」

オルドグラムが言い聞かせるように話すが、小傘は尚もオルドグラムから離れない。

そのままたっぷり3分ほどだろうか?

ようやく小傘が、オルドグラムから離れた。

 

「ありがとう、オルドグラム!さっきは酷い事言ってごめんね?

私、すっかり見直しちゃった!

待ってて、今日の夕飯はごちそう作るから」

早口でそう言って、小傘は財布も持たずに出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

その日の夜――

 

「ふむ……」

星見盤を眺めながら、オルドグラムは屋根の上から空を見上げていた。

 

「『ありがとう』か……我の記憶は大きく欠けている為、正確な事は分からんが……

はて、そのような言葉、言われたことが有ったかな?」

自身の過去を思い出すオルドグラム。

罵声や怒号、そして倒れふす相手の断末魔ならば、いくらでも思い出せる。

だが、礼を言われた記憶は一切なかった。

 

「最悪の魔法使いも、ずいぶん丸くなった物だ」

手の中の星見盤を弄びながら、オルドグラムは自身の視線を隠すように帽子を深くかぶった。

もしも、もしも自分がこの世界で平和に過ごせるなら。

争う必要も奪う必要も無いのなら――

 

「我は、新しい生き方を見つけるべきなのかもしれん……」

星見盤を消すと、オルドグラムは屋根から飛び降りた。

そして、自身を待つ家の明かりへと歩を進めた。

 

 

 

 

 

人は変わる。時の変化と共に。だが、過去は変わらない。

過去から目覚めた道具たちも、()()()()()()()()

 

キィ……キィ……

 

何処か錆びた歯車が回るような音を立て、一つのランプが森の中を浮かんでいた。

登頂部には丸い鉄の輪が持ち手としてあり、4方向に広がる屋根に、ガラスで覆われた金属皿の台には紫の炎が揺らめいている。

 

「う……あ……」

そのランプに照らされて一人の男が、森の中を歩いていく。

精機の無い顔、おぼつかない足取り、何度転び、何度顔を地面に打ち付けようとも、なおも明かりを求める虫の様に歩いてく。

 

だが、それも限界の様だ。

 

ドさっ!

 

男がむなしく倒れると、明かりが空中で停止する。

数秒の静寂の後、ランプが男を見捨てる様に、姿を消した。

暗い中で、明かりを失った男がゆっくりと意識を捨てていく。

その男が次に目覚めることは、もうなかった。




妖怪は変化を捨てた事により、長寿を得るそうです。
変わらないという事は、壊れないという事ですよね。

けど、弱い妖怪はずっと弱いままなんでしょうかね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と探索者と妖怪の恐怖

さぁて、久々の投稿です。
今回は以前募集した道具の一つが出てきますよ。


「ふむ……ふむ……ふむ……」

朝食の準備された机の上、オルドグラムが文々。新聞を広げ小さくうなっていた。

時折ちらりと、視線を新聞から外し小傘を見るが、視線が合いそうになるとすぐに目をそらしてしまう。

 

「ねー、オルドグラムー、ごはんだよー?」

 

「断る。我は霊体。よって食料は不要だ」

新聞を盾の様にしながら、ぴしゃりと小傘に言い放った。

 

「けど、食べ物から魔力を作ってるんでしょ?かろりー?ねつりょう?だっけ?を魔力にしてるんだっけ?

だから、食べなよ」

小傘の言葉に、オルドグラムが新聞を畳む。

 

「我は、そのような物は絶対に口にはせん!!」

オルドグラムが指をさすのは、小傘の茶碗。

そしてその茶碗の上で、糸を引く納豆。

 

「いや、おいしーんだよー?ねばねばしてー」

 

「いぃいい!!糸を引いておるではないか!?

どう見ても、店の店主に騙されたに違いない!!貴様が妖怪という事で、腐敗した豆を渡したに違いないぞ!!」

 

「ンなこと無いって、私かれこれ数十年たべてるけど、お腹壊したことないよ?」

納豆をお変わりしながら、小傘が笑みを浮かべる。

傍若無人、唯我独尊、大胆不敵、尊大で、傲慢な魔術師であるオルドグラム。

そんな彼の弱点ともいえる場所を見つけて、小傘は上機嫌だった。

 

「ほらほら~」

彼の目の前で、見せつける様に納豆を食べて見せる。

 

「むぅん……そのような物を好む理由が知れん……」

 

 

 

数時間後……

 

「う、うーん……お腹いたい……うーん。

オルドグラム、胃腸薬だして……」

 

「そんなものはない!!明らかに貴様の食べすぎだ。

納豆とやらが好きなのはわかるが、分量を考えろ」

未だに納豆のにおいのする小傘に近づきたくないオルドグラムが、距離を開けて話す。

 

「う~ん……実の事言うとあんまり、納豆も好きじゃないんだよね……あれば食べる程度?」

 

「貴様……!なるほど、先ほどまでの行為は我に対する嫌がらせという訳か……

ほう……?さて、どうしてくれようか?今の我でも、食べすぎて腹痛を起こす間抜けな妖怪に手を下すのは容易いぞ?」

ゴゴゴ……と後ろからオーラを出しながらオルドグラムが両手の指をぽきぽき鳴らす。

 

「ご、ごめんなさーい!!」

とりあえず小傘は謝る事にした。

 

 

 

「まったく、この妖怪は……」

 

「うう……調子のりました、ごめんなさい」

結局出してくれたクスリを飲んで小傘がうなだれる。

 

「さて、と……心配する事ではなかったな……」

何処か安堵した様な顔をして、オルドグラムが新聞を片付ける。

 

「ん?何のこと?」

 

「最近、里の外でおかしな現象が流行っているのだ。

夜間の外出に、意識の混濁、多くの人間はまだ目を覚ましていないらしい」

オルドグラムが新聞を小傘に向かって差し出してくる。

 

「えっと……なになに……

『早くも第3の犠牲者、依然深まる謎』?」

新聞のセンセーショナルな見出しに、小傘が興味を引かれる。

 

「『近日人里の外での意識不明事件が相次いでいる。多くの人間が夜何らかの理由で出かけ、何を思ったかそのまま危険な夜の里の外にまで出かけ、そこで意識を失う事件が相次いでいる。不思議なのは、明かりをともす道具も持たず、暗闇を月あかりだけで進んできた事になる。

何の力も持たない人間にとって、まさに「私を食べて」と夜の妖怪に言っているような物で、実際に分かっているだけでも3人の犠牲者が妖怪のお腹に収まっている。

夜食を楽しみにしているのは、人間だけではなく、妖怪も同じようだ』だって!」

小傘が読んだ内容を直接口にだす。

 

「小傘よ。一つ聞きたいのだが、夜の里の外はそんなに危険なのか?」

 

「あったりまえだよ!!っていうか、基本安全なのは里の中だけで、外は妖怪が自由に人を採って良い事になっているんだよ?特に夜は妖怪が活発化するから、絶対に出ないってのが常識なんだから!」

語気を強めて、小傘がオルドグラムに説明をする。

 

「ほう……我は良く夜の散歩に行くが、身の危険を感じた事は無いぞ?」

 

「それは、オルドグラムの運が良かっただけ!

良い?まだ獣の様な妖怪は良いよ?けど、人間の姿形を持ったのは危ないんだから!

小さな女の子に化けて、すーっと近づいて……」

語っているウチになんだか興が乗ってきた小傘、怪談話を聞かせる様に声色がだんだん恐ろしいものへと変わっていき……

 

「『あなたは食べても良い人間?』と問うのだろう?」

 

「ありゃ、オチ知ってたの?っていうか、知り合い?」

 

「うむ、依然我の前に、無力な子供を装って近づいてきたのでな……

軽く()()()()()やったわ」

口調の一部にやけに重みを入れてオルドグラムが話す。

 

「お、おう……」

小傘はその『可愛がる』の部分は自身の精神衛生的に聞かない方が良いなと、理解して口をつぐんだ。

 

「話を戻そうか。では幻想郷の者は皆、夜間に外に出る事の危険性を知っているのだな?」

じっと小傘に視線を投げかけるオルドグラム。

何時になく真剣な目つきに、小傘が小さく唾を飲み込んだ。

 

「うん、そうだよ。普通はどんなことが有っても、命が惜しければ里の外には出ないよ。っていうか、灯すら持たないなんて、単純に自殺行為……

だからこれは本来あり得ない事件なんだよ」

小傘の真剣な説明を聞いて、オルドグラムが黙りこくった。

腕を組み、顎に手を当て小さく深呼吸をする。

 

「ふむむ……そうまでして出る理由……逆はどうだ?

妖怪が外から、何らかの方法で人間を外に呼びつけたというのは?」

 

「多分だけど、無いよ。人里はいわば中立地帯。

勝手に里で人を襲えば、巫女が退治しにくるから。

そこまで知能が回らないやつなら、もう見つかって巫女に倒されているはずだよ」

小傘のここまでの説明を聞いて、オルドグラムは凡そのめぼしを付けた。

 

「そうか、妖怪の関与しない事件……ならば、我の魔道具か」

 

「!?」

オルドグラムの言葉を聞いた小傘の体に、緊張が走る。

記憶にあるのは、数日前の紅魔館での出来事。

オルドグラムの道具は、あの広大な屋敷を丸々コピーして、更には他者のこころの内を読むなんて事までやってのけた。

もし、そんな力を持つ道具が、悪意ある誰かの手に渡ったのなら……

 

「調査にでる必要がある、な」

オルドグラムが立ち上がると、一瞬で服装が変わる。

黒いシャツにズボン、そこに無数の赤いベルトが巻き付き、内が赤、外が黒のマントに、同じくベルトが巻かれたシルクハット、腰にはシルバーのステッキに、右目にモノクルが装着される。

文句なしのオルドグラムの全装備だ。

 

「出かけてくる、今日の夕飯はいらん……」

 

「待って!!」

壁をすり抜けようとするオルドグラムを小傘が、マントを掴んで製紙する。

 

「なんだ?」

 

「一人で行かせるなんて、出来ないよ!!だって、危ないんでしょ?それに……」

小傘は自身の部屋の隅にある、傘を見た。先日オルドグラムが直したそれは、大まかな魔術を使っての事らしい。

つまり、強がっているが、今のオルドグラムにどれほどの魔力があるか分からない。

 

「お前を守っての戦闘は、不可能だ。場合にも寄るがな?」

 

「いいよ!私なんて守んなくても!自分の身は自分で守るから!!」

小傘の強い意志にオルドグラムが気おされる。

どう見ても強い決心をしている様で、何を言ってもついてくるのは譲らない気だろう。

 

「……ふむ……言いにくいのだが……小傘よ、貴様は勘違いしてるぞ?」

 

「勘違い?」

オルドグラムの言葉に、小傘が首をかしげる。

 

「この装備は、偶には体を動かそうと呼び出したものだ。

今回の探索に必要なのは……これだ」

オルドグラムが自身の目に付けていたモノクルを外して小傘に渡す。

 

「えっと、コレだけ?」

 

「コレだけだ」

自身の手の中のモノクルを見るこがさ、丸いレンズに金色の淵、そしえ涙状になった飾りが垂れている。

 

「これはプログラム『見破る』が施された魔道具だ。

魔術、霊力、妖力、龍脈、温度、長さ、重さ様々な物の情報を見ることが出来る道具だ」

そう言って、小傘の目にモノクルを装備させる。

 

「え、ええ、?」

 

「ほれ」

オルドグラムが指先を立てると、白い筋が見えて星の形を作る。

小傘が右目をつぶり、左目で見ると何もない。

 

「それでだ。今回の魔道具は恐らく『彷徨灯(ほうこうとう)』だ。

我の作った道具の中で探索することに、長けた道具でな。ランプ……この国でいう明かりを取るための道具で、中身の炎が本体なのだ。

使用プログラムは『探索』でな、持ち主の求める物を自動的に――」

 

「ちょっと、待って待って!!」

オルドグラムの説明に、小傘が待ったをかける。

 

「なんだ?」

 

「えっと、今回の事件って、かなり大がかりな事件だよね?

原因不明で、犠牲者も出て……新聞も取り上げてるし、多分巫女もそろそろ動き出す頃、何だけど……コレ一個で解決するの?」

小傘が自分の目に付けたモノクルを指さす。

 

「するぞ?『彷徨灯』が特殊なのは、その隠匿性だ。

使用者をトランス状態にして、精神力等の力を使用して、それぞれの目的地まで連れていく。

だが、使用者が気絶などで倒れると、他の人間のいる場所にワープしてしまうのだ。

使用者が明かりもなく、気絶したのはそのためだろう。

だが、そのモノクルには魔力を察知する機能がある。今回は『彷徨灯』にチューンナップしたため、半日もかければ見つかるだろう」

たのむぞ?と言いながらオルドグラムが小傘の肩に手を置く。

 

「……あ、うん?私、行ってくればいいんだよね?」

 

「ああ、そうだ。『彷徨灯』に火を付けなければ、問題は無い。

終わったら、机の上に置いておいてくれ」

手早く状況を教えると、オルドグラムは今度こそ出かけてしまった。

 

「とりあえず……行こうかな……」

場合によっては、大変な事が起きるだろうと、気合を入れていた小傘だが、ものの見事に空回りして、肩透かしを食ったような気分だ。

 

「なんだかなぁ……」

どうにも釈然としない表情で、モノクルを手に小傘が歩き出した。

 

 

 

 

 

「たのむぞー」

オルドグラムは小傘を見送ったあと、急激に走り出した。

そして、日暮れ前にと人里を出て空中に何かを走り書きし始める。

 

「我としたことが、手間取ったな。

小傘め、おかしなところでアイツは勘が良いのだ」

指をふるうと現れるのは、気絶した人間が発見されたポイント。

それぞれバラバラだが、条件を変えると、見え方が変わってくる。

 

「今回必要なのは、情報だ。

まず、人里から直接出た者」

オルドグラムの読んでいた新聞には、詳しい事件の概要がかかれていた。

そして、その犠牲者のおおよその発見場所も。

名前と場所を丸く円で過去み、人里から直接線結ぶ。

皆人里から同じ方へ向かているのが分かる。

 

「次は、里の外から」

今度は里の外から、気絶した地点へ向かったと思われる者達。

例えば畑、例えば釣りなど、オルドグラムはその人物の家族や近い人物から、前もって情報を集めていた。

 

「釣り人……そして、こっちは里の外の畑……」

それらも里の時の様に、もともといた場所の発見された場所を線で結んでいく。

 

「『彷徨灯』は力ある物の所へ誘う、いわば探知機の様な道具……

この複数の線を結べば……」

オルドグラムの目の前、複数の線はとある一点で交わった。

 

「ここだ、急ぐか!!」

オルドグラムが少ない魔力に、鞭を撃って走る。

本人は気が付いていないが、その先は妖怪の山の近くに来ていた。

 

 

 

「ん!?貴様は……!!」 

オルドグラムが目の前に現れた人物を見て目を丸くする。

目の前の人物は、人間ではなかった。黒い羽に人里では見た事も無い服装。

 

「天狗……か?」

噂には聞いていた種族を思い浮かべるが、その天狗は無反応のまま地面を手で掘っている。

傍らには、小傘に探しに行かせた『彷徨灯』があった。

 

「くっ、人間だけではないという事か、明かりを必要とするのは」

そして心の中で、妖怪なら人の様に気絶することなく、ここにたどり着けるだろうと、密かに納得していた。

失念、圧倒的な失念。

 

「くそ……!我としたことが、心にまで脂肪を付けたらしいな……

天狗!!その道具を渡してもらうぞ!!」

オルドグラムが飛びかかた時、天狗の羽が羽ばたき、オルドグラムを吹き飛ばした!!

 

「あげ、ませんよ……これは、スクープです……えへへ、こんな道具が有るなんて……私知りませんでしたよぉ……」

正気を失った濁った瞳をこちらに向けて、天狗が笑う。

 

カリッ!

 

「あ、み~っつけた!」

天狗の指先が、何かを触る。

それは箱根細工の様な、ち密な装飾のされた箱。

泥で汚れているが、オルドグラムがその道具を見間違えるはずはなかった。

 

「『魍魎獄』っ!!触るな!!それは――」

オルドグラムが叫ぶがもう遅かった。

天狗は、その箱をわずかに指で開いてしまった!!

 

「な、なに、なに、何なんですか!?」

その瞬間、箱の中から黒いナニカが吹きだした!!そのショックか、天狗が一瞬だけ正気を取り戻す。

それは霧にも、靄にも、煙にも見える危険な物体それは……

 

「に、人間の魂……です、か!?」

天狗が浮かび上がり、その体に無数の人の魂。

閉じ込められ封印された、長い年月をかけて熟成された、人の怨嗟の地獄が天狗に取り付いた。

 

「いかん!!この道具だけは、破壊しなくて――」

 

「むぼうだ」

天狗が再度羽ばたいた。

そしてオルドグラムも再度飛ばされる。

 

「じゆうだ、わたしは、おれは、われは、じゆうだ」

無数の悪霊の顔が背中越しに浮かび上がり、その悪意に飲まれた天狗は何処かへ逃げ去ってしまった。

 

「くそう……!!これが、これが妖怪か!!」

オルドグラムはこの日初めて、妖怪の恐ろしさを目の当たりにした。

 

 




プログラム『誘引』
道具名『彷徨灯』(ほうこうとう)
ランプが本体に見せかけて中の灯火が本体の魔法具。
強い力の道具のもとへ運んでくれるが、使用者の魔力や生命力を吸い取るいわくつきの道具。
何の力もない、人間が使っても途中で気絶して力尽きるだけだが、妖怪なら可能なようだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と小傘と挑戦

ずいぶん間が空いてしまいました。
すいません。
なかなか、満足のいく形に成らずに……
今度からはまた、早くお届け出来る様に頑張りますね。


無数の妖怪たちが社会を築き、独特の文化や風習を持つ場所――妖怪の山。

鬼と呼ばる種が頂点に君臨していたのは、今はもう昔。

現在はその繰上りで、頂点に成った天狗たちが暮らしている。

そして、今数人の獣の耳を生やした、天狗たちが自身とは違う種の天狗を追う。

「おえ!!追うんだ!」

 

「くっそ!なんで、こんな事に……」

 

「カラス天狗はまだか!?我々だけでは、見失うぞ!!」

何かが、山の空を猛スピードで飛んでいく、一瞬遅れた風が周囲の木々を大きく揺らし、雲を千切れ飛ばす。

風さえも遅れてやってくるその妖怪には、黒い翼が生えていた。

鴉の様な翼を広げ、焦点の合ってない瞳に異常なほど大きく口を開け、笑い声を高らかに上げる。

 

『じゆだ。そらだ。ようかいのちからだ』

その天狗は、体中に黒い霧の様な物を纏わせ飛んでいた。

その霧は一瞬、一瞬人の顔の様な物を作り、そのたびに天狗の作る風で霧散していた。

 

「無駄だ。追いつける訳がない……」

そんな様子を見ながら、オルドグラムが小さくつぶやいた。

今の彼は自身をマントで包み、数本のベルトで体を巨大な木に縛り付けていた。

 

僅か数分前、あの天狗と対峙したとき、相手が自身の道具を持っている事に気が付いた。

その道具はいわば失敗作。製作者であるオルドグラムですら、意図しない2次的な効果があり、それは致命的な欠陥と呼べた。

その欠陥は、悪い意味で妖怪と非常にマッチし……

 

 

 

「さて、どうする?」

自分の対しての言葉だが、正直な話何もする手立てがない。

小傘と離れているため、大きな魔力補給は出来ず、現在の装備で微々たる量の魔力を生産は可能であるが、それでもあの妖怪を退治し、秘密裏に道具を回収するとなると非常に厄介なことになる。

 

「…………チぃ」

小さく舌打ちをして、他の妖怪が来る気配を感じ、マントをかぶる。

暗い影の中で、まるで小動物の様に身を隠す。

オルドグラムの性格上、決して行いたくない行為だが仕方がない。

 

ゆっくりと、足音が近づいてくる。

そしてピタリと、オルドグラムの隠れている前で止まる。

 

「見つけたよ」

その声は非常に良く知っている声だった。

 

「ああ、そうか……そうだったな……他でもない我がそれを持たせたのだったな……」

少し困ったような顔をして、影から身を乗り出したオルドグラムが口角をわずかに上げる。

 

「オルドグラム……()()無理したんでしょ?」

手にオルドグラムの渡したモノクルを手にしながら小傘が、眉を顰める。

力なくうなだれるオルドグラムの小傘が手を差し出す。

 

「……なんだ?」

 

「『なんだ?』じゃないでしょ!?助けに来たんだから!!」

少しいらだったように、小傘が地団太を踏む。

足元の泥が跳ねて、オルドグラムのズボンを汚す。

 

「ぬぅ……貴様、我の――」

 

「今怒ってるのは私!!」

オルドグラムの言葉を遮って、小傘が憤る。

一瞬だけ見せた怒りの表情に珍しくオルドグラムが驚いた。

 

「前さ、今日みたいに風がすごい吹いてた日……

その日って夜オルドグラム、一人で出ていったよね?

本を自分でもって、実体化して……止めに行ったんだよね?

自分の道具が勝手に暴走したのか、誰かが勝手に使ったかは知らないけど……」

小傘の言葉に、オルドグラムが再度驚いた。

 

「知っていたのか」

以前魔理沙が、道具の一つで暴走したことが有った。

オルドグラムは自身の作った道具を回収する為に、一人小傘を置いて立ち向かった。

大量の魔術を使い、薄氷に薄氷を重ねた、しかし幾重にも巡った策があっての勝利だった。

 

「なんで、私を無視するの?」

小傘の2色も瞳が、じっとオルドグラムをにらむ。

 

「……無視などしていない。貴様は戦いには不向きだ。

我は魔力の量にも限りがある。貴様を守る分の魔力は無いのだ。

となれば、貴様を置いていくのは当然だろう?

この国の言葉では『適材適所』だったか?合理的で良い言葉だ」

 

「ッ~~!」

反射的に小傘に怒りがわいた。

言いたいことはあるが、ありすぎて逆に言葉として出てこなかったのだ。

 

「わ、たしは!!」

 

「戦えない。吸血鬼の館の事を忘れたか?

あのフランドールとかいう吸血鬼が、お前を最初から狙っていたら我に勝ち筋は無かっただろう」

冷酷なまでに、真実を述べるオルドグラム。

悔しいが小傘に言い返す事は出来なかった。

 

「我はお前に関与させたくなかったのだ。

前にお前が我の実験施設に入ってきた時もそうだ。

記憶が無いため、完全には言えんが我の道具は、危害を加える物が多い様だ。

紅魔館の魔女の言っていたように、我は相当な悪人だったのだろう。

その悪人の道具が暴走している。お前を巻き込む訳にはいかんだろ?」

冷徹な言葉の次は、冷ややかな優しい言葉。

だがその言葉は……

 

「その言葉、半分嘘でしょ?

本当は自分が悪人かどうかなんて、興味ないんでしょ?

ただ、『今』を自分のしたい様に生きてるだけでしょ?

そのために、魔力の生命線である私を捨てたくないんでしょ?

そうだよね……いろいろ分かってる魔女とかよりも、弱ってる妖怪言いくるめた方が早いもんね……」

小傘は泣いているように見えた。

だがそれが涙なのか、妖怪が暴れ不安定になった雨なのかもわからない。

オルドグラムは無言で立ち上がる。

そして、背を向けた歩き出した。

 

「待って、ねぇ……待ってよ!!」

小傘が逃げるオルドグラムに追いすがる。

 

「なんだ。我に不満があるなら、ここで見送った方が正しいのではないか?」

 

「さっき半分嘘って言ったけど、半分は本当なんだよね?

私の事、実は何だかんだ言って守ってくれてるし……

本当は道具の事なんか、無視しても良いハズだよね?

幻想郷には、問題を解決する巫女だっている。その巫女に道具を集めさせて、後から奪っても良い。けど、それをしないって事は、多少は優しいんだよね?」

 

「貴様はおろかだな。我の心の内など、知りようもない。

貴様の言葉が、正という確証などどこにもない」

オルドグラムがそう話す。

彼の眼もとは、シルクハットに隠れうかがい知ることは出来ない。

 

「私は、オルドグラムについていきたいから。

このまま、バイバイなんて絶対にイヤ!!

これは、私がしたい事だよ。オルドグラムは叶えてくれるんでしょ?」

小傘の言葉にオルドグラムが困ったような顔をする。

 

「だがな。事実今は手が無いのだ。

あの妖怪を放っておくのは、我も好ましい状況ではない。

貴様を連れていくことは……」

 

「オルドグラム。私に作戦が有るの」

言い淀むオルドグラムに、小傘が自らの作戦を話す。

それは、小傘にとってとてつもなく危険な作戦だった。

 

「貴様の策、悪くはない。少なくとも()()()()()()

だが本当に良いのか?場合によっては……」

 

「大丈夫だって。あの妖怪にも出来た事なんだよ?

なら、私たちにだって出来るよ」

決して揺るがない。と言いたげな小傘の言葉にオルドグラムがついに折れた。

 

「分かった。ならばやろう。そして我らは二人で家に帰るのだ。

そうだな……明日の朝食でも考えて買い物も行こうか」

 

「うん、うん。私、あのくろわっさん?が食べたい」

 

「いいぞ?あの程度、また作ってやろう」

二人が微笑みあい、そして急にまじめな顔になる。

ここからは、すべてがうまくいく可能性の低い世界。

そこに、今から二人で踏み出す。

 

Are yo(覚悟は)u ready(出来たか)?」

初めて聞くはずの異国の言葉。だが小傘には何となくその言葉の意味は理解出来た。

 

「うん……出来てる」

小傘の言葉を聞き、オルドグラムの姿が一瞬にして、霧散する。

そして、小傘の腰にぶら下げた魔導書から、無数のベルトが小傘に絡みついた。

 

(こんな時も、このベルトなんだ……)

そんな無関係な事を何処か他人事の様に小傘が考えていた。

そして、そのままゆっくりと意識は溶けていった。

 

 

 

 

 

「ふぅー……少し、動かすかな?」

意図しない自身の声に、小傘が目を覚ました。

不思議な感覚。自分がそうしようと思っていないのに、体が動き言葉を発する。

 

「はぁ!!」

右足で地面を蹴り、風を受けて宙に浮かぶ。

 

(なにこれ……速い!?)

それはいつも小傘が飛ぶスピードよりもずっと速く、そして高かった。

 

「ほぅ、一応は意識は残っている様だな」

自身の口から、自分に向けて言葉が発される。

 

(オルドグラム……?)

 

「ああ、一応は成功したようだな。理論上は可能なだけで危険な賭けだったが。

だが、時間が押している。早めに決着をつける」

空中を飛ぶ小傘の服が変わっていく。

赤黒のマントに、胸や足を締めるベルト。頭にも同色のハット

手にはいつもオルドグラムが持っているシルバーのステッキ。

 

「おっと、これを忘れていたな」

最期に右目にモノクルを付けると、オルドグラムの恰好をした小傘が完成する。

 

(うっ……何時ぞやの、嫌な記憶が……)

河の水面に写った自身の姿を見て、オルドグラムに暴かれた過去を思い出す小傘。

 

「今回はあの時の様な、ガワだけとは訳が違うぞ?

我の力たっぷりと見せてやろう」

その言葉を放った瞬間、目の前に小さな黒い靄が見え始める。

煙が風で流された時の様に、一定の方向に行くに従い濃度が濃くなる。

 

「このモノクルは、様々な物を見破るのに使える。

《彷徨灯》を探した時の様に、今回は呪を探している」

こつこつと、指先で右目のモノクルをつついた。

 

(あ!あそこ!!)

小傘の視線の先、めちゃくちゃに剣を叩きつける天狗がいた。

完全に目の焦点は合っていなく、その足元には数人の白狼天狗が倒れていた。

 

「ふむ、追手に来た嘗ての者達を返り討ちにしたか。

留飲は下がったか?」

 

「まだだ。さがらない。おれたちをおびえさせたようかいを。ぜんめつさせる」

 

「だろうな。力を手にした者は皆、()()()()

天狗が跳躍した。手に持った剣と、足元の剣をもう一本はじいて拾い、2本で剣で切りかかってきた。

体の持ち主が速さ自慢だったのか、小傘の目では追いきれないスピードだった。

だが、オルドグラムにとってはそうではなかった様だ。

 

「甘い」

オルドグラムが、右腰のステッキを引き抜き剣を二つ同時に受け止める。

だが、力に押され小傘が後退する。

 

「ふむ、腕力に頼ってはダメか。基本スペックが違う」

ため息をつきながら、オルドグラムの時よりも短くなって手足を見る。

 

(ちょっと!?それ、どういう意味――)

追撃とばかりに、天狗が剣を交差させる様に切りかかってきた。

左右の同時攻撃。これならステッキ一本で防御するのは無理だろう。

 

「戦い方を変えるという事だ」

小傘の背負うマントが纏まって、一本のムチの様にしなり地面を叩いて上空へ身を翻す。

 

「腕力ではない。より技巧的に、より繊細に、より相手の急所を狙う戦い方へと」

小傘の放ったステッキが、妖怪の肩に突き刺さる。

 

「いたい。いたいぞ。うでをやられた」

 

「ああ、そうだ。まずは腕を奪った。これで剣は振れまい。

そして、これでチェックだ」

オルドグラムのマントが、天狗の右足に絡みついた。

そしてミシミシと嫌な音を立てる。

 

「こんどは。あしか」

 

(あっ……)

一瞬だけ感じた小傘の感覚。

その感覚は、オルドグラムの言葉が嘘でない事の何よりの証拠だった。

 

「ぎぃ。まだ。つばさが――」

 

「無駄だ」

オルドグラムの言葉に反応したように、ステッキの頂きが光る。

 

「なにが!?」

 

「何も。ただ、手元を照らす為の機能を遠隔で使用しただけだ。

それよりも貴様――()()()()?」

そう、さっき小傘が感じた感覚。

それは相手の妖怪が驚いたことにより、お腹が少しだけ膨れる感覚。

 

「我は魔力が不足しているんだが……今は、特定の条件さえ叶えれば半永久的に魔力を手にする方法を持っている。

その条件とは、貴様が驚く事だ。

出来るか?恐怖せず、怯えず、驚愕せず……我を倒せるか?」

相手の妖怪の恐怖が、伝わってくる。

オルドグラムの言葉一言一言を聞くたびに、相手は明確に怯えているのが分かる。

 

「いやだ。おれたちは。じゆう……うぴ!?」

オルドグラムのステッキが、妖怪の胸元を切った。

そして、地面に『魍魎獄』が転がった。

それと同時に、天狗に取り付いていた、悪霊たちが霧散し箱に戻った。

 

「回収完了だ」

オルドグラムは箱を、本の中に押し込めるとページを閉じた。

 

「お、わった……の?」

オルドグラムが小傘の体から抜け出ると、小傘が安どする。

 

「わた、し……やくに、たった、よね?

オルド……グ、ラムの……」

妖怪の根幹ともいえる部分に作用された為か、小傘が意識を失う。

 

「ああ、十分だ。お前は我の予想よりずっと、勇敢だった」

倒れそうになる小傘を抱きとめてオルドグラムが話す。

 

「さぁ、帰ろうか。お前の家へ」

オルドグラムは小傘を抱き上げると、魔力残量が少ないのにも関わらず、そのまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後……

「う、うーん……なんか、変な感じ……あれ?」

不思議な不快感に包まれ、小傘が目を覚ます。

 

「おお、小傘よ。目覚めたか」

 

「オルドグラム……?」

しょぼしょぼする目で、目の前の人物を見る。

辺りを見回せば、何時も居る自分の家ではない様だ。

おそらくだが、ここはオルドグラムの本の中にある部屋の内の一つなのだろう。

 

「えっと……私?」

 

「しばらくの間、昏睡が続いてな……

覚えているかはわからんが、数時間前に一度目を覚ましているのだぞ?

まともな会話は成り立たなかったがな」

オルドグラムが順番を追って説明してくれた。

どうやら、もう5日も昏睡していたらしい。

やはりオルドグラムの心配は正しかったのだろう。

 

「……そう……」

 

「やはり、妖怪は精神に寄る部分が大きい様だな。

残念ながら妖怪を倒す術は、しているが助ける術は知らんのでな……

()()()()()……」

歯がゆそうにオルドグラムがため息をついた。

 

「ううん、良いんだよ……私が望んだことだもん。

それに、オルドグラムの役に立ててうれしいんだ。

ねぇ知ってる?付喪神は持ち主って決めた人に使われるのが、大好きなんだよ?」

頬を朱に染めながら、小傘が布団で顔を隠しながら言う。

 

「ほほぉー、なるほどなるほど。では妖怪に対抗する術を知る貴方は一体何者なのか?私とーっても、気に成っちゃいますねー。出来れば、そこんところ詳しく。

教えてもらっちゃったりなんか、出来ませんかねー?ああ、もちろんいい雰囲気になった所でしっぽりしてからと、言うのであれば待つのもやぶさかでは無いのですけど――」

酷く陽気な声。明るく軽快で警戒心を持たせないような声が響く。

 

「いい!?」

まさかの第3者の言葉に、小傘がおかしな声を上げる。

その声の先には――

 

「どーも、どーも、小傘さん。まさかの展開にこの射命丸 文。

驚きを隠せませんよ?一体どこでこんな、ちょっと渋めのお兄さん拾ってきたんです?お二人の出会いは?付き合うきっかけは?週に何回程同衾してます?」

鎖で縛られ天井からつるされながらも、ぺらぺらとしゃべる続ける天狗を見て、小傘は頭を抱えた。

 

「処分するか?」

 

「うん……そっちの方が良いかも……」

 

「あ、えちょっと!?小傘さぁあああん!?」

研究所に大きなため息が響いた。




シリアスは疲れる……
ギャグ作品を書いてる方が、気楽でいいんですよね。
けど、ギャグものばっかりじゃ、精神病みますからね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と天狗と負の遺産

今回は前回の話の説明回に成ります。
上手い人は、こんな回必要無いのですが……
文章力というか、表現力が欲しいですね。


「さて、どうすべきか……」

 

「どうすべきって……」

実体化させたオルドグラムの研究室の中、二人が視線だけをずらして意見を交換する。

だが何度やってもため息が出るばかりだ。

その元凶は――

 

「これは記者魂が叫びますよー!!叫びまくりですよ!!

取材、取材をしなくてはなりません!!」

ギシギシと、音を立てる縄を揺らし、どこかで見た事のあるおもちゃ様な動作で、天狗が揺れる。

 

「小傘よ。実は我には、ちょっとした趣味が有ってな。

妖怪や、魔物などの体の一部をはぎ取りコレクションしているのだ。

吸血鬼はもとより、悪魔、ワーウルフなどもある。

だが、日本の天狗は持っていなくてな?」

 

「あ、うん。いいよ、薬漬けにして瓶に入れておいてよ」

力なく小傘がそう言う。

その瞬間、射命丸が自身の目を大きく見開いた!!

 

「ちょっと、小傘さん!?何勝手に、ゴーサイン出してるんですか!?

ダメダメダメ!!この人マジですよ!?

あ、ほらぁ!!すっごいでっかい瓶、呼び出してますよ!!」

射命丸の言葉の様に、オルドグラムは一抱えもある瓶を取り出して、ステッキを振る。

 

「天狗、名前は?出来れば、年齢も教えて欲しい」

 

「あやや、そっちのおにーさんは、私に興味が――」

オルドグラムの言葉に、射命丸が縛られたまま身をよじる。

コイツはまだ話せると思っていた様だが――

 

「瓶に書くのにいるからな」

 

「あっ……これ、マジな人だ……」

一部の遊びも冗談も感じない言葉に、実に数世紀ぶりに射命丸は人間を怖いと思った。

 

 

 

 

 

「えー、この度はとんだご迷惑をおかけしました……」

おろされ、縄をほどかれ、射命丸が小傘の部屋で正座する。

 

「……仕方ないとはいえ……なるほど、妖怪に持たせるには少し危険すぎる道具だったな」

オルドグラムが思い出すのは、前回回収に成功した『魍魎獄』の事。

 

「ねね、あの道具って、結局何だったの?」

 

「私も気になりますね!ぜひぜひ、ご教授をお願いできますか?」

面白そうだ!と言わんばかりの目をして、射命丸が身を乗り出す。

ちゃっかりその手には、メモ帳が握ってあるので、取材する気は満々なのだろう。

 

「分かった、わかった。そう、身を乗り出すな」

オルドグラムがネタ帳を指で押しかえし、射命丸に距離を置かせる。

彼にしては、珍しく困惑の感情が見えた。

 

(あ、ぐいぐい来るタイプは苦手なのね……)

そんな事を小傘が考えていた。

 

「あ、そうそう、前見せたあの力も出来ればお願いします。

ね?『黄金の魔術師』さん」

 

「射命丸、貴様……まさか」

『黄金の魔術師』の名を聞いた瞬間、オルドグラムが固まった。

 

「あやや……私もうろ覚えだったんですが、オルドグラムの名には少し覚えがありまして……

遥か彼方の地で暗躍した魔術師だそうで……前年ながら、詳しいご活躍は知りませんが、ね?」

含みのある顔を射命丸がする。

 

 

 

「これが、今回の事件の大本に成った道具の『彷徨灯』と『魍魎獄』だ」

『封』と書かれた札を張った二つの道具をオルドグラムが机の上に並べる。

片方は、夜道を照らすランプで、もう片方が箱根細工のようにも見える正方形の箱だった。

 

「ほうほう、これがオルドグラムさんの発明ですか……

えっと――」

興味を感じたのか、危険だと分かっていながらの、射命丸が手を伸ばす。

 

「触るな!妖怪には危険だ。特に『魍魎獄(そいつ)』は貴様ら妖怪に危険だ。

我も知らなかった新たな欠陥だな……

この道具は、欠陥ばかりか……」

オルドグラムが、魍魎獄を本の中にしまう。

 

「そう言えばさ、前にもそんな事言ってたけど、どういう欠陥なの?」

そちらには小傘も興味があったのか、素直に聞く。

それは射命丸も同じ様で、無言でメモ帳を開く。

 

「……これは、我がとある権力者に頼まれ作った道具だ。

その権力者は臆病でな、常に何かに怯えていた。

ある時は友の裏切りに、ある時は家族の本性に、ある時は死者の霊に……

『疑わしきは罰せよ』の精神で次々と消していった。だが、最後に問題が残る。

死霊への恐怖がぬぐえなくてな。そこで我に白羽の矢が立ったのだ。

幸い魂への干渉は研究の一環でしていたのでな、我としてもより深く研究したかったので、渡りに船と呼べる状況だったのだ。予算は潤沢、魂の研究に使う『材料』も工面してくれるというので、断る理由はなかったのだ」

 

「オルドグラム……」

オルドグラムの言葉に、小傘が黙る。

分かっていたが、彼の過去の悪行を聞くと心が痛んだ。

その横で、射命丸は熱心に取材を続けている。

こんな事を聞いて、顔色一つ変えないのは天狗としての精神の違いか、それとも経験の差か、はたまたオルドグラムに対する思いの違いか。

 

「この箱は幽霊を呼び集め閉じ込める箱だ。閉じ込め戦わせ、対消滅させるという設計だったのだが……」

その様な()()を小傘は知っている。

魂たちは決して対消滅などしなく、むしろ……

 

「それって……」

 

「意図しない形での『蟲毒』ですね」

それは危険な呪。

オルドグラムに制作を依頼した、その人物がどうなるか言われなくても分かるだろう。

 

「そう、この国には、そのような儀式――いや、『呪』が有るのだったな。

死霊同士を戦わせ、最後に残った一体が全ての力を取り込んだ強大な力を得る。という物だ。

道具自身も長い時を超えて、無数の魂を取り込んでしまったのだ」

 

「呪……そういえば、前も眼鏡で探してたよね?」

 

「あやや、私とした事が、見事に取り込まれちゃいましたからね~

あ!けどその後、小傘さんと一つになった貴方が来たんですよね?

どうですか、初めての経験は?彼が自身のナカに入ってきた感想は?

見だしてしては……」

 

「なんだか、にゅあんすがおかしくないかな!?」

何処となく質問に答えていけない気がして小傘が、否定する。

 

「一つといえば、天狗お前もだぞ?

妖怪に我の魂を融合させたものに大して、貴様のは無数の魂、人間から動物霊まで様々だ。

どうだ、魍魎獄で分離させたとは言え、一時的に1000人単位の存在と一つになった気分は?」

 

「あ、えっと……やっぱり良いです……

お、お二人ともではここら辺で、私は失礼しますねー!

妖怪の山にもちゃんと話をしなくては!!」

そう言い放つと、逃げる様に小傘の家から外に飛び出した。

羽を広げ、凝り固まった体をほぐす。

 

「いいですねぇ、いいですね!!これだけの情報が有れば、明後日ほどには貴方たちは人里の有名人ですよ。

こんなに、創作意欲がわくのは数年ぶりです」

わくわくと、まるで新しいおもちゃを買てもらった少年の様な顔で、射命丸がメモ帳に書き込んでいく。

その内容はすさまじく脚色された、誤解を招きかねないほど薄められた真実なのだが……

 

「えっと、それ……明日の新聞に……書かないよね?」

 

「何言ってるんですか?書かない訳ないじゃないですか。

実はこっそり子供に人気のある小傘さんにこんなお相手が、いると知れればおおくの少年が涙を流しかねませんが、これもマスコミの仕事。仕方のない事ですね」

射命丸がクルリと、指でペンを回した。

 

「では、では、お二方とも、幸せな一日を過ごしてくださいねー!ばははーい!」

聞くことは済んだと言わんばかりに、射命丸がすさまじい勢いで遠くの空へと飛んでいく。

 

「ほう、早いな。あれが『魍魎獄』でグレードが下がらなかった場合の本来の速度か。なるほど、最速の妖怪という触れ込みも伊達や酔狂ではないらしい。

翼の仕組みが気になる、興味深いな」

そうって、オルドグラムは小さくなっていく射命丸を見ていた。

 

「ちょっと!!どうするの!?あんなに逃げられたらもう捕まえられないし、このままじゃ明日から外出られないよ!!」

困ったように小傘が話すが、オルドグラムは涼し気な顔だ。

 

「確かに多少は、脚色されるようだな……

メディアにはそれは珍しい事ではない。奴らの仕事はニュースを知らせることでは無く、ニュースを売ることだ。

より刺激的で、より食いつきの良い記事を書くことに躍起になるには自然な事だ。

だが――奴は、少しやりすぎた。すでに手を打っておいた」

そう言って、マントをひるがえし家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、なんにもしてないけど本当に大丈夫なの?」

不安げな顔で小傘がオルドグラムを見る。

このままでは有ること無いことを書かれたほぼ、ねつ造新聞が里中、妖怪の山中にばらまかれてしまう。

小傘としては、一刻も早く取り止めさせたいが、オルドグラムは優雅に鈴奈庵で借りた本を読んでいる。

手を打つと言いながら、何かをした様には見えない。

 

「安心しろ。お前には我が付いているのだぞ?

さて――そろそろだ。ん、来たか」

 

「え、あ!虫!!」

オルドグラムが開けた窓の隙間から、見た事の無い蝶の様な虫が入ってくる。

それはひらひらと羽ばたき、差し出したオルドグラムの指に止まる。

 

「何それ?それも魔道具なの?」

 

「ご名答。これは成長する魔道具『読食虫(どくしょくちゅう)』だ。

使用プログラムは『読み語る』で、卵から成虫を通して使う道具だ。

見ていろ。面白い事が起きるぞ」

オルドグラムの手の先の、読食中が羽を広げ動きを止めた。

そして羽の形が歪み、人の唇の様になった。

 

『スクープ!唐傘お化けに、恋の予感!!

先日の取材で、なんとあんまり怖くない事で有名な、唐傘お化けこと、多々良 小傘氏になんと同棲して言いる、男性がいるとの事。

男性の名はオルドグラム・ゴルドミスタで、魔法使いの様です。

道具と、魔法使い、この恋愛の行方は――』

 

『スクープ!!多々良 小傘の新たな持ち主現る!!

「毎晩私を使ってください、ご主人様!」「ご主人さまを満足させるのは、道具の役目です」

爛れに爛れた、傘とそのご主人の夜の生活は!?』

 

「もうやめて!!もういいから!!」

小傘が必死になって読食虫を抑える。

 

「あの天狗め……!

下らん戯言を並べよって」

オルドグラムが不機嫌な顔をする。

 

「で、どうするの?このままじゃ、新聞にされちゃうよ……」

 

「安心しろ。読食虫は文字通り、読み喰らう虫だ。

お前の不安は全て、杞憂になるだろう」

 

「どういう事?」

小傘が不思議そうに首をかしげる。

 

 

 

 

 

妖怪の山――射命丸の部屋。

 

「さぁーて!こっからバリバリあの二人の事を書いていきますよ!!

情報は鮮度が命!

まずは情報の整理…………え?」

新聞を書こうとネタ帳を開くが、何も書いていない。

 

「あやや?こっちは新調した方、だったかな?

けど、このくたびれ具合は……?」

背筋にイヤな物が走るのが分かる。

ゆっくりゆっくりと、嫌な予感が現実味を帯びていく。

 

「あ、あるはず、部屋のどっかに、いや、何処かに落とした……のかも……」

射命丸が、自身のネタ帳をめくる。

手に馴染む感覚、何度も触った為表面についた、細かな傷。

それは、間違いなく射命丸の愛用のネタ帳であることを主張しており……

 

「ない、ない、ない!!なんにも書いてない!?

なんで、なんでなんですか!?わ、私のメモ~~~!!」

射命丸の絶望の言葉が、むなしく仕事場に響いた。

 

 

 

 

 

『人里の闇!!米問屋の若旦那の、異常な愛人関係!!※この内容は削除。ボツ』

 

『退魔師養成所、主人は反妖怪派の過激派!!現在、違法薬物を使用しており※これよりの取材は危険と判断。ボツ』

 

『八雲 紫とその博麗神社の関係性※上層部からの圧力、更には自身の危険が迫ったことにより中止。外部への露出厳禁、非常に危険』

 

「お、オルドグラム!?な、なんか、聞いちゃダメなことまで話し出したよ!?

ねぇ!!ねぇやばいんじゃない!?これ、ダメな奴じゃない!?」

 

「小傘よ、禁忌を恐れるだけでは、進歩は――」

 

「早く消して!!消されるから!!私たちが消されるから!!」

小傘が必死になって叫んだ。




読食虫は、文字だけを食べて音声として再生する虫。
嫌がらせや、機密情報の破棄、または盗む事も出来る。

オルドグラムが射命丸メモを指で押し返した時に、保険として卵をくっつけていたんですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

店主と花と永遠の献身

今回の話は少し特殊になります。
応募いただいた魔道具が出るのですが、今回は少し変わった感じになりました。


日傘をさしたチェックのベストを着た緑髪の女が一つの鉢植えを指さす。

「この花を一つ」

 

たった一言で、世界が変わる瞬間がある。

出会い、別れ、成功、失敗、希望、絶望など等。

『人との出会いは宝』などと説法をしていたのは、妖怪寺の女僧侶だったか。

 

この男は、その言葉の意味を今日初めて理解した。

白い指先、日傘から覗くその顔。女のすべてが全て男を魅了した。

男は齢20数年でようやく、心躍る相手に出会った。

 

「……なにか、問題でも?」

一行に動かない花屋の店主に、女性が眉を顰める。

 

「ただ今、は、はい!」

そう言って男は慌てて鉢植えを抱き上げ、そろばんを叩く。

男の仕事は花屋。生花を育て斬り、時に花束にし、時に店の開店祝いとして必要とされる。

多くの者は花程度と、軽んじるが男は自身の仕事に誇りを持っていた。

『祝い事にも、凶日にも送れるのは花のみ。』それは先代の言葉だった。

プライドばかりで、仕事一筋。浮いた話など影も無し。

だが、今日初めて、男の心は踊っていた。

 

「は、はい!!また来て下さいね!!」

まぁ、そんな事はさておき。今日、この日、この花屋の主人は偶然通りかかった女に恋をした。

それだけは確かだった。

惚れたハレたの恋色沙汰。それは誰にもある物で――

そして、相手を思い眠れぬ夜があるのは、何時の時代も同じ物で――

 

「はぁ……うつくしい人だ……俺もあんな人と一緒に……」

考えるのは将来の事。

店を続け、意中の女を嫁に貰い……仕事から帰ると妻が赤ん坊を背負い夕食の準備をしている。

 

『お帰り、あなた』

 

『ああ、今帰ったよお前』

質素でだが確かな幸せ。そんな日が来ればいいなと、布団の中で妄想に走る。

都合のいい妄想を眠るまでするのが男の日常となっていた。

 

 

 

「ん、あれ?」

ある日、店の商品の一つに見なれない花が有るのに気が付いた。

大きな陶器製の鉢で、薄紫色の花弁が揺れている。

花屋をやっている彼だが、こんな花は見た事も無い。

 

「おっかしいな……仕入れに紛れ込んだ?それとも……」

考えつくのは、突然変異。花と花が偶然交わって新種が生まれる。という事が無いわけではない。無論可能性は非常に低いのだが……

 

「なんだか、綺麗じゃないの!」

初めてみる花だが、不思議と男は気に入っていた。

何か、心の中すっと受け入れられるような、不思議さだった。

だからだろうか?花屋はその花を売り物とせず、自身の家となっている店の2階へもっていった。

 

「いいね、パッと明るくなった様だよ」

殺風景だった部屋が少し明るくなった気がして男は眠った。

そして、次の日――

 

『貴方。朝餉の準備が出来ましたよ』

 

「ん、あ……あんたは?」

男が目を覚ますと、目の前には薄紫の着物を着た若い娘がいた。

当然だが、男にこんな知り合いは居ない。

 

『おはようございます――私の名は「愛妻花」と申します』

白くほっそりした指をついて、お辞儀をする。

 

『貴方様が、私の新しい主人様でございますね?』

 

「主人?何の――」

視界の端、机の上の昨日の花が消えている事に気が付く花屋。

思い返せば、彼女の着物の色も――

 

『はい、昨日、旦那様に拾っていただきましたから』

 

「そうか、そうなのか……あの花の」

旦那は再度その女のいう事を信じた。

この幻想郷では、妖怪や妖精は珍しくはない。今回も特になにも考えずその愛妻花を受け入れた。

それがどれだけ異常で、恐ろしい事かも知らずに……

だが、その事も愛妻花の笑みに誤魔化されてしまった。

 

『さ、せっかくの朝餉が冷めてしまいますわ』

愛妻花は男を伴って、食卓へと案内する。

そこには、焼き魚、だし巻き、みそ汁、漬物とおいしそうな料理が並んでいた。

 

「これ、お前が?」

 

『はい、私は旦那様に喜んでいただけるのが、一番の幸せですから』

失礼します。の言葉と共に箸を手にして――

 

『お口を開けてください』

 

「な、おまえ……」

料理を差し出してくる。すぐ近くに見える愛妻花の姿に花屋は否応なしに胸の鼓動が高まる事を感じた。

少々やりすぎなところもあるが、愛妻花の献身的な愛情とも呼べる態度は花屋が望んだものその物だった。

 

「おハナ。行ってくる」

 

『はい、行ってらしゃいませ』

愛妻花のおハナと名を付け、花屋は大切にした。

彼女はもはや、花屋の大切な存在へと変わっていた。

そんな日常が永遠に続くと思っていた。

 

 

 

「邪魔をする」

ある日花屋におかしな男が姿を見せた。

黒い洋装に、赤いベルトが無数に巻き付いている。

右の腰には羊皮紙の黒い本。左には侍の様に銀色のステッキ。

内側が赤く、外が黒いマントをなびかせていた。

その姿は幻想郷でも決して多く見る物ではなかった。

 

「あ、いらっしゃ……」

そしてその男は何も言わず、店の中を物色し始める。

 

「あの……なにを、お探しで?」

 

「《愛妻花》という花を探している」

男の言葉に、花屋の胸が跳ねた。

その言葉は店主には身に覚えのあることで……

 

「そんなもんウチには無い!!帰ってくれ!!変な難癖付けんな!!」

店主は乱暴にその男を押し出そうとした。

だが、その男はびくともしない。

 

「ここにあるのは分かっている。大人しく渡すのが貴様の身の為だぞ?」

 

「無いもんは無い!!帰れ!!」

取り付く島もないという店主の態度に、男の目がすっと細まった。

 

「ならば、仕方ない……」

男が腰のステッキに手を伸ばした。

 

「すとっぷ!すとっぷ!!オルドグラム何してるの!?」

その瞬間小柄な少女が走って来て、男を止める。

 

「む、小傘か。今からこいつを始末して、道具を探すつもりだ」

 

「何してるの!?ダメって言ってるでしょ!!あ、すいません。すぐに帰りますから!!」

小傘と呼ばれた少女が、男の手を引いて帰っていく。

 

「はぁ……」

一先ず去った、危機に店主が胸をなでおろした。

危機は去った。そう、何も問題が起きるはずはない。

そのはずだった。

 

 

 

『貴方!!なんですか、あの人は?』

 

「客人だ!お前が口を出す事ではない!!」

もう何度になるか分からない口争い。

おハナは献身的だったが、同時に病的なまでの嫉妬深さがあった。

花屋に来る女性客と世間話をすれば不機嫌になり、会話に他の女性の事を出せば眉を吊り上げる。

花屋はだんだんとおハナがうっとおしくなっていった。

そしてある日、それは起きた。

 

「じゃ、また来るわ」

 

「はい、お願いします!」

幽香が笑みをこぼしか帰っていく。

今日はおハナを迎えて初めて、幽香が店にやってきた日だった。

淡い恋心を抱いていた、花屋の心はここに来て再度、幽香に傾いた。

そうだ、口うるさいおハナなど捨てて……

 

『貴方、あの女はだれ?ずいぶん楽しそうでしたけど?』

後ろにおハナが立っていた。

 

コイツは、思い出に浸る事も許さないのか?

 

花屋の店主の心にそんな気持ちが湧いた。

そしてそれは態度に出た。

ため息をついて、店の2階へとおハナを連れてくる。

 

「彼女は客人だ。いつもお前は仕事の邪魔ばかりする。

花屋が女の客と話す事の何がおかしい?

いいか?お前は俺の仕事を邪魔しているのだぞ?

分かったなら、奥に帰り家事でもしていろ!!」

語気が上がり、おハナが肩を震わせうつむく。

 

「俺のやり方が気に食わないなら、出ていった構わんぞ?出ていけ!!」

出ていかないだろうという、一種の傲慢さが花屋にあった。

だが、その一言は決して踏んでいけない地雷を踏み抜いた。

 

 

 

『おかしい、おかしい、おかしい、おかしいのよ!!そんなの、おかしいわ!!

私が、私がこんなに愛しているのに!!私の、私のきもちが!!!』

けたたましく、自身の頭を掻きむしるお花。

 

その瞬間、おハナの姿が変わる。

人間と同じだった顔にヒビが入り、肌の下から覗くのは無数のツタがうごめく姿。

愛おしさを感じさせる外観は、わずかに残し全身にまとわりつく危険な力。

 

 

 

「あ、あああ、あああ!!」

絡みつかれ、身動きすらまともに出来ないその恰好で、花屋は窓から飛び降りた。

自身がどうなろうと関係ない。たった今、目の前にある恐怖から逃げ出すべく、その身を空中に躍らせた。

 

「あ、がぁあああ……」

だが()()()()()。絡みついたおハナは決して離れる事もせず、それどころか尚も全身に体の根を伸ばしていく。

 

「ゆ、許して、くれ……俺が、悪かった!だから……!!」

 

『ダメよ。ええ、ダメね。許さない……けど、愛しい愛しい貴方を放したくないの』

だからね?蠱惑的に、おハナの口が動いた。

今まで見た事の無い位、ゾッとする声だった。

 

『貴方を取り込む事にしたわ。貴方の血も、肉も、骨も、魂も……

ぜんぶ、全部、ぜぇーんぶ……私の物にするの……貴方の全部を使って私を支えてね?

そうすれば貴方は、私の中でずーっと生き続けるの。

さぁ、食べるわよ?貴方の全部を食べるわよ?』

 

「い、いぐ、あ!?」

おハナの言葉通り、細かい根が男に絡みつく強さを変えた。

血管を探る様に、根の先を突き入れ耳の中や、口の中にまで侵入してくる。

これではまるで苗床だ。

自身は花を育てる為の、養分にされているという事実に、言いようもない恐怖を感じた。

 

「た、たすけ……」

手を伸ばすが、人通りの多い通りに声は届かない。芋虫の様に這いずって表通りを目指す。

ズリズリ……土を引っ掻き、体を引きずる。

歩けば1分も掛からない距離だが、今の花屋にとってそれは遥か彼方の世界に思えた。

 

『ダメよ?ダメよ……逃げてはいけないわ……』

おハナのツタが、花屋の手に絡みついて動きを阻害する。

それどころか、今度は後方へと逆に引きずられていく。

それにより、表通りまでの距離が遠のく。男の微かな希望が遠のいていく。

 

「い、……や……」

この後に待つのは、確実なる『死』

きっとすぐに殺してはくれない。食虫植物の様に自分はゆっくりゆっくりと養分を奪われていく。何もできなくなり、すべてをおハナに奪われて誰にも知られず花の養分へとされてしまうのだろう。

喉に絡みついた、根が酸素の量を意図的に調節しているのか、だんだんと意識がかすんできた。

 

「やはり貴様か」

 

「…………」

今にも消え入りそうな声で、男の声が響いた。

 

『なに、あなた?今私は……』

 

「異端魔術五属の一つ、気体(ガス)――『着火(マッチ・ファイア)』」

銀の杖の先端が地面に転がる石をつき、火花が散った瞬間。

おハナに炎がまとわりつく!!

 

『――い、ぎゃぁああああああ!!!』

炎を消す為か、ゴロゴロと必死になって地面を転がるおハナ。

それと同時に花屋が解放されて、肺が酸素を求めて激しく餌付いた。

 

「はぁ、ハぁ……あ、あんたは……」

 

「貴様には関係の無い者だ。さてと、愛妻花を回収するか……」

そう言って、何の感情も宿していないような冷たい目を、尚も燃えるおハナに向ける。

 

『あ、、あん……た……』

燃えるツタを尚も、花屋に向けて伸ばすが――

 

「哀れだな」

男の放った、ステッキの一線でツタが切り落とされた。

 

『あ、そんな……わたしは、ただ、愛して……』

 

「道具に、そんな感情が有る訳ないだろう。貴様が感じていたのは我のしたプログラムに過ぎない。

お前の持つ感情は全て、作られた偽物だ」

 

『ふざける……おぶぅ!?』

その言葉と共に、おハナの頭部をその男は踏みつぶした。

 

「おハナ……」

花屋の店長が見ている前で、おハナは消え腰にぶら下げた本の中へと吸い込まれて消えていった。

本を閉じると男は、表通りへ向かって歩き出した。

 

「こいつはもらっておくぞ。貴様には過ぎた物だ。

――最も、もうこれを所持していたいとは思わんだろうがな」

そう言うと、洋装の魔法使いはお花――いや、『愛妻花』を閉じ込めた自身の本に撫でながら帰っていった。

まるで嵐が過ぎ去ったように、男の元には騒がしさの残響だけが残った。

 

 

 

 

 

「はぁ…………」

花屋が力なく、仕事をする。

花を捨てて以来、どうにも力が入らない。ばたばたと、あの日常が夢ではないかとさえ思ってしまう。愛妻花もあの男も、今思えばいまいち現実感が無い。

だが、胸にぽっかりと開いた穴のような感覚は消えずに残っている。

 

原因は分かっている。あの花だ。恐怖から解放されないのではない。

むしろその逆である。

 

「はぁ……」

意識しないとため息が出てしまう。

それだけ花屋の男の、あの道具に対する依存度は高かった様だ。

最期には死すら感じた恐怖の対象だったが、それでもあの花がくれた物は大きい。

もう、店を早めに閉めて帰ってしまおうとも思うが――

 

「家に居ても、一人か……」

家に帰れば、なおの事あの花を思い浮かべてしまう。

『ただいま』の挨拶も無ければ、『お仕事お疲れ様です』の労いも無い。

道行く親子連れが、非常にうらやましくなる。

居た頃は良かった。家の中がパッと明るくなった気がした。

 

「はぁ……さみしいねぇ……」

 

「あら、ずいぶん辛気臭い顔してるのね?」

 

「あ、いらっしゃいませ!」

いつの間にか客が来ていたのに、それに気づく事も無かった様だ。

 

「そんなんじゃ、誰も来てくれないわよ?」

 

「あ、客さん……」

反射的に挨拶をした相手に、花屋がようやく答える。

日傘をさした女――最近妖怪だと知った相手、風見 幽香だった。

 

「ここの花はいつも楽しそうなのに……今日はそうでもないみたいね?」

 

「え、花が?」

幽香の言葉に、花屋が首をかしげる。

 

「花を見てるとね、解るものなのよ。

その花を育てた人間がどうしたのかってね。

花だって生き物なの、人間の様に意思表示しないけど、ちゃんと喜んで、怒って、嫉妬だってするんだから」

 

「そうだったんですか……そうだな、そうだよな!!

俺を心配してたのは、こいつらも一緒か!

俺はバカだな!ここに心配してくれる奴らがいたんだからよ!!

うっし!いつまでもい、こうしちゃ居られん!

花は綺麗なうちに売ってやらんとな!!」

花屋が笑顔を取り戻す。

幽香はそれに対して、笑みをこぼす。

 

「んで、お客さん。本日はなんの御用で?」

 

「今日は買い物もあるけど……うちの花を見に来てほしいの。

少し元気が無いようで」

 

「分かりやした!んじゃ、早速行きましょう!」

本来は相手が妖怪であるなど、警戒すべき点はあるのだろうがそんなことも今は気にならない。

全身に力をみなぎらせて、花屋が立ち上がる。

 

「うふ、もう心配ない様ね」

幽香がその様子を見て、密かに笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

なお、花屋の初恋の相手が、ひまわりの丘に住む凶暴な事で有名な妖怪で会った事が判明し、あっさり失恋するのは別の話。




愛妻花

『献身的な愛憎』がプログラムされた魔道具。
持ち主を認識すると、相手を献身的に愛することが出来る。
過去に多くの人間を虜にしたが、もし花を裏切るような事をすると、襲い掛かってくる。

ヤンデレってむずかしい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と休日と追跡者たち

すいません。ずいぶん時間が掛かりました。
決してエタった訳ではないんです。

なかなか、モチベーションが上がらないんです……
その分、今回は長めになっています。


「ねぇ、オルドグラム」

 

「なんだ、小傘よ?」

平和な日常。静かな朝。

小傘はオルドグラムの作った食事を食べながら、前々から思っていた疑問をぶつけた。

 

「オルドグラムの使う魔法ってちょっと変わってるんだよね?」

パンを齧っていたため、気が付かなかったがオルドグラムの動きが一瞬止まる。

 

「うむ、そうだ……な」

 

「あんまり魔法って詳しく知らないんだけど……

前、紅魔館の魔法使いさんが、オルドグラムの名前から連想した位だから珍しいんでしょ?」

 

「ああ、そうだ。我の扱う『異端五属魔術』は埋もれていた技術を我が取り込み、そして完成させた物だ。

完成することも無かった系譜であり、我の固有の能力と言えるな」

オルドグラムが目の前の目玉焼きに、ナイフを突き刺し説明する。

 

「ふぅーん……じゃあさ、五属って事は五つの属性が有るんだよね?

具体的にその内容は何なの?」

目の前の食事に夢中なのか、オルドグラムの雰囲気がさらに剣呑になったことに気が付かなかった。

 

「貴様と我は同盟関係。教えるのは構わんがその前に我の方も良いか?」

 

「ん?いいけど、何?」

目玉焼きの黄身を残して白身を食べ終わった小傘が、箸で黄身を掬いながら答える。

 

「貴様の体に興味がある。脱げ」

 

「ああ、そのてい――ど!?」

 

べしょ……!

 

小傘の箸から、黄身が皿に落ちてつぶれる。

 

「え、え?いま、なんて言ったの?」

何を言われたか、完全には理解できずに小傘が聞き返す。

 

「貴様の体に興味が有るのだ。という訳で脱げ。

まずは上、その後は下だ。無論下着も全て脱げ。

より詳しく知りたいからな、その後触診だ」

一切の冗談を感じさせない言葉でオルドグラムが小傘を見る。

 

「え、あ、ちょっと……」

胸を両手で押さえて、後ずさった。

彼の言葉には、ふざけている様な雰囲気は一切なかった。

 

「さてと、食事前に済ませるか……」

オルドグラムがゆっくりと立ち上がり、近づいてくる。

 

「あわわわわわわ……わ、私オルドグラムの事、嫌いじゃないけど……

ちょっと、こういう関係になるには、早いっていうか、もっとお互いを良く知ってからだと思うな!?

……けど、オルドグラムがどうしても、今すぐっていうなら……優しくしてくれるなら――」

顔を赤らめた小傘が、胸の前で組む腕をどかす。

そして、意を決したように目を固くつぶり――

 

「愚か者」

オルドグラムの指が小傘の額を叩く。

 

「痛った!?」

叩かれた額を押さえて小傘が涙目になる。

 

「魔術のからくりとは、決して他者には教える物ではない。

貴様とて、自身のすべてを晒したいと思わぬだろう?

魔術とはそういう物だ。技は見せるが決して根本は教えぬ」

コイツは何を言っているのか?と言いたげなオルドグラムがため息をつく。

 

「うー、なんだか弄ばれた感……」

小傘が不満そうに、唇を尖らせる。

 

「ふん、知らんな。第一貴様の肉体の興味などありはしない」

 

「オルドグラムはもっと、乙女心を知るべきだよ!!

私だってね!?私だってすごい、決心をして――」

 

「貴様は妖怪だろう?」

憤る小傘がオルドグラムの言葉でピタリと止まる。

 

「あ、そう、だけど……」

 

「さらに言うと、お前は道具が元であろう?道具に欲情するなど――

ふむ、しかしよく考えてみれば……意思を持たぬ道具が自我を持ち、尚且つ人に近い資質を持つとは……

持ち主の性質を模倣した?いや、そもそも『意思』とは?いや、道具に対して人に近い体を持っている事を加味して――むぅ……?」

考え込む様に、オルドグラムが腕を組む。

そして、何かに思い至り――

 

「小傘よ。やはり気になる。脱いでくれ」

 

「絶対にイヤ!!」

小傘はオルドグラムの頼みを反射的に断った。

 

 

 

 

 

昼前――

「オルドグラム、何を作ってるの?ハンカチ?」

オルドグラムが机の上で何かを縫っている。

それは、黒い生地に白いフリルが無数についている。

見ているだけで、作るのが大変だと分かる代物だが、オルドグラムは器用に縫っていく。

 

「ずいぶん器用だね……」

 

「我に掛かればこの程度、造作もないわ」

少しずつだが、完成していくその様。

小傘が感心して話すうちに、完成したのかオルドグラムが糸を切り離す。

2度、3度と見直し数秒後、納得したようにうなづいた。

 

「まぁ、ちょっとした贈り物だ。さてと――

出かけてくるぞ。夕方までに帰る。昼食はいらん」

 

「あ、いってらっしゃい……」

オルドグラムが立ち上がると、一瞬で服装が変わる。

黒い服に全身にまとわりつく赤いベルト。そして同色のマントにシルクハット。

マントを翻し、オルドグラムは魔導書とステッキを腰に下げ出かけていった。

 

「さてと、私はっと――」

自身の傘を手入れしようとした時。ふと、とあることに気が付く。

 

「私ってオルドグラムの事あんまり知らない……よね?」

考えてみればそうだ。

あの魔導書を手に入れ、かれこれ半年近く。

だが、それだけの時を過ぎてのあの魔導士の事を、小傘は殆ど知らなかった。

そのことに改めて気が付くと、どうにも気になり始めてしまう。

先ほどの魔術の話題と同じく、彼の多くの部分は謎に包まれている。

 

「後を付いて行って、みようかな……?」

言葉に出すと同時に、小傘が外行き用の服に着替える。

家の扉に掛かる看板を『休業』側へと変えて急いで外へ飛び出す。

 

「えっと、どっちに――」

小傘がオルドグラムを探して、きょろきょろする。

 

「あやや、何かお探しですか?」

 

「あ、射命丸……さん」

小傘の後ろに立っていたのは、変装した射命丸だった。

彼女がこうして、里の中で取材をすることは珍しい事ではない。

 

「いえいえ、何時もは隠れて人を脅かす貴女が、人探しですか?」

 

「オルドグラムの私生活ってそういえば知らないなーって思って……」

反射的に答えた後で、小傘が『しまった』と思うがもう遅かった。

射命丸は面白いネタを見つけた、とばかりにニヤニヤした笑みを浮かべる。

 

「確かに気になりますね~。

私も、大切にしていたネタ帳の中身()()が消失したり、前回は取材に失敗しましたからね~

謎に包まれた、魔術師様の生きざまがついに見えるんですね!」

厄介な事になったと小傘が思うが、その時すでに射命丸が小傘の腕をつかんで走り始めていた。

 

 

 

「さぁ~て、一体何をしているんでしょうね?」

オルドグラム自身は簡単に見つかった。

というよりも、着物が主体の人里で、赤黒の服装の洋装の男は言うまでもなく、非常に目立つ!!

人をかき分ける様に、堂々と闊歩していく。

 

「さて、まずは何処に――ややっ!?さっそく店に入っていきますよ!」

射命丸が興奮気味に話す通りオルドグラムは、暖簾をかき分け店の奥に姿を消す。

店の看板には『鈴奈庵』とあった。

 

「ほぅ、この店を知っていますか……なるほど、なるほど……」

射命丸がメモ帳に何かを書き込んでいく。

 

「え、普通の貸本屋じゃないの?たまに、家でも借りてきた本読んでるよ?」

 

「あやや、小傘さんは知らないんですね~

この店は確かに、貸本屋ですがそれと同時に店の子がいろいろとやってるんですよ?

独自の占いを開発したり、蔵書の一部は通常の人間には読めなかったり……

あ、読めないっていうのは外来の文字という意味と、妖魔本で精神に影響を与える物が有るからという意味です。

もっとも、どっちともあの人には、影響は無さそうですが……」

 

「うーん、大本を正せば完全に人間らしいけど……」

射命丸の言葉に小傘が言いよどむ。

詳しくは知らないが、オルドグラムは元は普通の人間で、魔術を志し魔導士へと変わり自身の死後、魂を自身の魔導書に封印し、今は魔術で借りの体を作り活動しているらしい。

 

「……改めて考えると、人間じゃない」

少し聞くだけで分かる離れ業に、小傘がつぶやいた。

恐ろしいのは妖怪よりも、無限の欲望を持つ人間という事だろうか?

小傘がそんなことを考えている中、オルドグラムが再び本屋から姿を現した。

 

「――、―― ――、――」

何か、ここから出は聞こえないが本屋の中に声をかけ、借りた本が入っていると思われる風呂敷を掲げ、愛想よく手を振りながらその店を後にする。

 

 

「ほほぉ……妖魔本を手にしてご満悦ですね」

 

「まだ決まった訳じゃ――あー、けど……そんな気がするな……ん?」

何処か諦めた様に小傘が声を漏らす。

尻すぼみな言葉になってしまったのは、オルドグラムに違和感があったからだ。

何時もの彼ではない。そんな確信めいた感覚が小傘にあった。

 

「むむ、ホシが動きましたよ!」

 

「ホシって……犯人じゃないんだから……」

射命丸の言葉通り、オルドグラムが魔導書の中に本をしまい歩き出す。

何か目的があるのか、やや速足で進んでいく。

 

「あやや……結構歩きますねー」

 

「結構足早い……かも……」

僅かに息を切らせながら、小傘が進んでいく。

人の居る大通りから、少しづつ人の居ない里の外れへと進んで行く。

 

「あれ、この先って――」

この先は小傘もよく知る場所だ。

 

「命蓮寺ですね」

射命丸の次の言葉が、紡がれる前にオルドグラムが命蓮寺前で足を止める。

 

「あやや、これほどミスマッチな組み合わせもありませんね……」

異様な姿のオルドグラムと命蓮寺は確かに組み合わせが悪い。

以前、白蓮と話していたことが有るので、知り合いではある様だ。

もっとも、まだ交流が有るとは知らなかったが……

 

「おはよーございます!!」

 

「わわ!?」

突如聞こえた声に、小傘が驚く。

目を向けると、オルドグラムの前に響子がいた。

小傘に向けた挨拶ではないにかかわらず、ここまで聞こえる事から相当な大声であることがわかる。

 

「うむ、良い挨拶だ。撫でてやろう」

 

「あうぅ!」

オルドグラムが小傘にすら滅多に見せない穏やかな顔で、響子の頭に手を乗せる。

響子もまんざらではない様で、大人しく撫でられている。

 

「うむうむ……」

 

「はぁう……てくにしゃん……」

会話すら挟まず、オルドグラムがゆっくりと撫で続ける。その手は次第に頭から顎の下、背中お腹へと移動していく。

だが響子は大人しく嫌がるそぶり所か、恍惚の表情で尻尾を振っている。

 

 

 

「あややや……響子さんを妖怪としてみるか、犬としてみるかで大きく解釈が変わる映像ですね!!」

カシャカシャと射命丸がカメラを乱射する。

スクープの香りに興奮気味の射命丸だが、小傘はどうしても面白くない。

それどころか――

 

「そう言えば、鈴奈庵の小鈴ちゃんもアレくらいでしたっけね?」

 

「!?」

何気ない射命丸の一言が、小傘の体を硬直させる。

 

「そんな、まさか……?」

小傘の脳裏で、本屋の前での違和感の原因が分かった。

オルドグラムが『笑み』を浮かべていたのだ。

 

いつもは無表情で、ほとんど表情の変わらないオルドグラム。

だが、さっきの本屋では優しい笑みを浮かべていたのだ。

そして、その笑みは今は響子に注がれている。

 

「オル――むぐぅ!?」

 

「何をする気ですか!?そんなことをしたら、バレちゃうでしょ!!」

飛び出そうとした小傘を、射命丸が背後から口を押える。

 

「離して!!なんか、なんか、上手く言えないけど、むかつくから!!」

 

「せっかくの取材を台無しにする気ですか!?

このままじゃ、見つかって――あ!?」

もみ合う二人。だが一瞬目を離した隙にオルドグラムが消えていた。

残るのは命蓮寺の前で、ぐったりと気の抜けた笑みを浮かべ腰砕けで地面にへたり込む響子と、お土産と思わしい袋だけだった。

 

 

 

「あー、もっと取材(盗撮)したかったのに……」

 

「何言ってるの!!オルドグラムは目立つから、すぐに見つかるから!!」

諦めモードの射命丸に小傘がはっぱをかける。

突然の事に、射命丸が呆ける。

「何してるの!?行くよ!!」

 

「あ、は、はい!」

小傘の語気の圧倒されて、射命丸が連れていかれる。

 

「空からなら、見つかるよね?やって」

 

「あや!?いや、こう見えても、人里では、人間という事に成って――」

小傘の迫力に押されながらも、射命丸が断る。

もし飛んでいるところを見られたなら、人里での取材が困難になる。

射命丸の心配はごく普通の物だったが――

 

「やって!!」

 

「はい!!」

半場無理やりに、射命丸が空を飛びオルドグラムの姿を探す。

そして、キョロキョロと見下ろす中で、例の目立つ姿を発見する。

 

「いましたよ、どうやらまた大通りへと戻った様です」

 

「分かった!」

聞くや否や、小傘は大通りに向かって走り出した。

 

「あややぁ……何ですかね、この気力は……」

ため息をつきつつ、小傘の後を追った。

 

 

 

「見失った……」

 

「これは、丁度買い物時間ですからね」

人里の大通り。夕刻も近いそこは多くの人間の姿でごった返していた。

買い物に行く主婦。仕事を終えて家に帰る者、気が早く飲み屋に駆け込む者、友人と家へ急ぐ者。

兎に角この時間は、人が多い。

 

その時――

 

「たぁす、けて~~!!」

小さな影が小傘の横を通り過ぎる。

頭にかぶったお椀に、着物がはだけるのも構わず走り去ってく。

 

「あれは、針妙丸ちゃん?」

なぜ、こんな所に?と小傘が言葉をつづけようとした瞬間――

 

ばさぁッ!

 

針妙丸を追うように、黒赤のマントを着た男が走り去った。

 

「オルド――グラム!?」

見失った相手からの、接近に小傘が驚く。

だが、オルドグラムは小傘に気が付かなかったのか、何も言わずしん針妙丸を追いかけていってしまった。

 

「とぉう!!」

オルドグラムは逃げる針妙丸を追いかけ、あっさりと彼女の目前に回り込んだ。

そして、自らの本を広げ――

 

「あ、拉致った」

 

「え?あー!!!あー!!!」

小傘の見ている前で、オルドグラムは白昼堂々と針妙丸を自身の本の中に閉じ込めたのだ!!

 

「白昼堂々なにしてるの!?」

遂に小傘が、声を荒げオルドグラムに食って掛かった!!

 

「小傘ではないか?何をしているのだ?」

 

「それはこっちにセリフ!!小さな女の子にばっかり声をかけて!!

挙句に誘拐なんて、どういう事!?

言い訳したって、無駄だからね!!私はオルドグラムが今日何をしていたか知ってるんだから!!」

小傘の言葉に、オルドグラムが息を飲む。

 

 

 

「そうか、ついにバレてしまったか……

実は――」

小傘が息を飲み、オルドグラムの言葉を待つ。

 

「鈴奈庵で見つけた刺繍の本にハマってしまってな……」

 

「は?刺繍?」

 

「うむ、細やかな技術は素晴らしく、更に完成品は目を見張る物がある……

芸術と近しい物が有るな」

何度もうなづいて、本の中から今朝がた作っていた布を取り出す。

それは、小さな服で高級な人形の為の調度品の様に見えた。

 

「え、作ってるの?」

 

「うむ、作っている」

自慢げにオルドグラムが、作った服を見せてくる。

そのクオリティは高く、既製品や売り物を思わせる様だった。

 

「うわぁ……すごいけど……いや、すごいんだけど……」

オルドグラムは基本無表情だ。強いて彼の感情を表すなら不機嫌顔だろうか?

そんな彼が、こんなかわいい物を一人で作っていると思うと、なんだか異様な雰囲気だと思った。

小傘は苦々しい乾いた笑みを浮かべた。

個人の趣味に口を出すべきではないが、あまりオルドグラムにあった趣味では無い気がした。

 

「丁度、使い道も見つかったのでな」

 

「使い道?」

 

「うむ、そろそろ良いだろう」

オルドグラムが、本を開くと机の上に何かが呼び出される。

一瞬小傘は人形だと思った。

小さな、抱き上げられるほどの体躯に、オルドグラム謹製の服。

新たな作品だと小傘は思ったのだが――

 

「この服、可愛いけど動きづらいよ……」

その人形は瞬きをして、声を上げた。

そしてその声には聞き覚えがあった。

 

「え、まさか!針妙丸ちゃん!?」

 

「あ、ひさしぶりー」

小傘に気が付いた針妙丸が手を振ってくれた。

 

「どうどう?魔法使いさんが作ってくれたんだけど……」

フリルのあしらわれた服を針妙丸が翻す。

 

「か、かわいい……よ?」

小傘は茫然としながらもそう答えた。

 

「人間一人分は作れんが、小人のサイズなら容易い。

針妙丸には以前より、モデルを頼んでいたのだ。

今日、完成品を渡す予定だったが――」

 

「猫に襲われて……」

 

「小人というのも大変なのだな」

結局オルドグラムの作った服を針妙丸はもらって、帰っていった。

 

 

 

 

 

小傘宅

「ねぇ、せっかくの服上げて良いの?」

 

「ああ、ひとしきり作る物は作ったしな。

しばらくはいい」

 

「ふぅん……けど、オルドグラムにあんな趣味が有るなんて意外」

 

「我は熱しやすく冷めやすいのだ。気に入ったものはひとしきり極めるが、飽きたらそこまでだな……

さてと、趣味と言えば……小傘、お前はなかなかいい趣味を持ってる様だな?」

オルドグラムの言葉で、小傘が固まった。

 

「えっと……何のことでしょうか?」

ぎこちない笑顔を作り、小傘が振り向く。

 

「他人の後を付け回す趣味とは……やれやれだ。

我は悲しいぞ?我の信頼していた貴様が我を信用できないとは……」

ワザとらしい笑みを浮かべたオルドグラムがゆっくりと近づいてくる。

 

「わ、わかってらっしゃった?」

 

「貴様は追跡は不得意な様だ。無論、あの天狗も大差ないが……

さて――どうするかな?」

ギロリとオルドグラムの瞳が小傘を捉える。

 

「す、すいませんでしたぁあああああああああああ!!!」

小傘が必死になって、畳の上で謝った。

 

 

 

 

 

「さぁて、今日の成果は――アレ?」

射命丸が写真を現像しようとカメラを、持った瞬間、フィルムが開く。

せっかくの写真が感光していく!!すべてのスクープが消える!!

 

「なんで!?なんでですか!?」

混乱する、射命丸の目の前で感光したフィルムにオルドグラムの姿が映る。

そして――

 

『無様である』の文字が浮かび上がった。

 

「あぁあああ!!またやられたぁ!!」

射命丸の声が山に響いた。




割とこの作品では射命丸は、下手を踏みます。
相性が悪いんでしょうか?何時か、かっこよくて威厳にあふれた彼女を出したいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

竹林とウサギと奇妙な妖

新年おめでとうございます。
今年も「忘れ傘とグリモわーる」をヨロシクお願いします。
余談ですが、作者の中の略称は「忘グリ」です。

皆さんは各自自由に「傘モわーる」や「グリ傘」「作者が定期的に狂うやつ」とでも呼んでくださいね。


「それじゃあ師匠、往診に行ってきます」

一人の人物が、とある建物の中から出てくる。

彼女の名前は鈴仙・優曇華院・イナバ。一体何の冗談かと問われそうな名前だが、それでも彼女の本名なのである。

そんな時、聞こえる大きなため息が一つ。

 

「……暇そうで、何よりね。てゐ」

編み笠をずらして、建物の入口付近にたたずんでいた、そのため息の主に少女が声をかける。

 

「鈴仙は分かってないな。これでもここ数日大変なんだから」

そう言って再度、てゐと呼ばれた童女がため息をこぼした。

 

二人はここ、永遠亭に住む妖怪だ。

方や月の生まれ、方や神代より地上に住む兎と出身は大きく違うが、『妖怪兎』という点では同じと言えるかもしれない。

 

「なに?なんか、あったの?」

いつも快活で元気なてゐの珍しく弱った声に、鈴仙が反応する。

 

「ここ数日、変な妖怪に――」

 

「っと、いけない。ごめん。話に興味はあるんだけど、患者さん待たせてるからまた後でね」

話が長くなると踏んだのか、それとも実際にやることが有るのか、鈴仙はそのままそそくさと走っていてしまった。

 

「あ、鈴仙――ったく!

あーあ、忙しい、忙しいばっかりだよ。

対岸の火事じゃないけど、こっちはこっちで大変なのに」

事の始まりは数日前。

いつもの様に落とし穴を掘って、鈴仙をハメようとしていたがその日は別の存在がかかっていた。

見た事の無い顔、人間には思えない青白い肌。しかしその体からは明らかに人間ではない雰囲気がしていた。

だがそれ以上に――

 

「ぶっはっはっは!何その間抜けヅラ!!あっはっはっは!!」

余にも間抜けな姿と顔にてゐは噴き出してしまった。

 

それ以来……

 

 

 

 

 

「てゐちゃーん!てゐちゃーん!!うっふっふっふ!」

 

「うげ!?出やがった!!」

突如掛かる声に、てゐが露骨に身構える。

声のする方を睨みつけ、草食動物の様に周囲を伺う。

がだ声の主は姿が見えない。

 

「――居ない。聞き間違い……な訳ない、か……」

一瞬だけ浮かんだ希望的観測を即座に切り捨て、てゐが再度警戒に戻る。

そう相手は只者ではない。

油断してしまえば、たとえ自分と言えど――

 

「てゐちゃん大好きぃぃいいいいいいい!!」

 

「うわぁああああああああああああああ!!」

突如、地面から男が姿を現し、後ろからてゐに抱き着いた。

そして無遠慮にその頭に顔を埋め、うさ耳の間に顔をこすりつける。

 

「こぉんの!!変態野郎!!」

何とか男を振りほどき、相手の顎に蹴りを叩き込む!!

 

「へヴん!!」

顎を蹴られ、脳を揺らされた男はその場に倒れる。

 

「全く!いっつも何なんだか!!」

腕を組んで、てゐがぷんすかと怒りをあらわにする。

 

この男は数日前より、現れた謎の妖怪(仮)だ。

何の前ぶりもなく突然出現して、てゐにちょっかいをかけて去っていく、という事を繰り返しているのだ。

 

「ふぅー……てゐちゃん良い物持ってるねぇ」

男の姿が一瞬で霧の様に消え、次の瞬間には映像が映し出される様に何事もなく立っていた。

 

「妖怪に褒められてもうれしくない、うさ……」

 

「ひっどい!?妖怪じゃないよ!!お兄ちゃん人間だよ!!」

男は心外だ!と言わんばかりにオーバーなリアクションをして見せる。

 

「何をトチ狂った事、言ってるんだが……アンタどう考えても、人間じゃないでしょ?

登場の仕方、消え方、どうあっても人間には不可能だよ……

もうちょっとマシなウソ吐きな」

余に分かりやすすぎるウソにてゐがげんなりする。

 

「そんなこと無いよ!!お兄さん人間だよ!!

まいいや!そんな事より、一緒に遊ぼうぜ!!」

サムズアップをして、男が無駄に良い笑みを浮かべる。

 

「……帰る」

 

「待て待て、まてぇい!!」

てゐは踵を返して、永遠亭に帰ろうとする。

しかし男は必死になっててゐの足にしがみついた!!

 

「はーなーせー!きーもーい!!」

 

「キモくないよ!!絶対にキモくないよ!!?

そんな事よりてゐちゃん足すべすべだね!!

……うぁ、ガチで引いている」

怯えたような蔑む様な目をして、てゐが男を見下ろす。

こんな事がここ数日続いている。

男はこんな風に、ちょっかいをかけてくるが決して悪意を見せることなく、ただこれだけで帰っていく。

 

(目的が分からないっていうのも、不気味……)

若干の不思議さと、多大な不快感を残しつつてゐが今日も男をいなす。

 

「あ!てゐちゃん知ってる?ここの竹林、少し奥へ行くと池が有るんだよ。

遊びに行こうぜ!!」

 

「知ってるよ!っていうか、ここの主である私が知らない訳ないでしょ?

……にしても、よく見つけたね?あそこ、かなり奥の方だから簡単にはいけないハズ……」

 

「半日以上迷った末に辿り着きました!!」

 

「あ、うん……頑張ったね」

疲れを感じながらてゐが、おざなりに答える。

 

「んじゃ、行こっか!」

男は素早くてゐの後ろに回り込んで抱きかかえる。

所謂お姫様抱っこの持ち方だ。

 

「ちょっと!?離しなさいよ!!」

 

「さぁ、二人で水浴びしようねぇ……うふふふ、夏場にはピッタリの遊びだよねぇ?」

男がひどく興奮した様子で、血走った目をしながらぺろりと唇を舐める。

「」

その様子についにてゐは絶句した。

 

 

 

一時間後……

 

「あれー?水場はどっちだっけ?」

 

「忘れたのかい!!」

 

更に一時間後……

 

「水場ぁ……水場ぁ……てゐちゃんと遊ぶ水場ぁ……」

 

「こんなに抱いててよく疲れないね?逆に尊敬するわ……」

 

「おにーたまと呼んでくれてもいいんだよ?」

てゐは無言で男の顔を蹴った。

 

「ありがとうございます!!」

 

更に10分後

 

「んで、あそこの角を曲がって……」

 

「よぉし、頑張るぞい!!」

遂に折れたてゐが道案内を始める。

そして――

 

「水場だぁ!!ひゃっほう!!お水ぅ!!」

 

「あ、こら走んな!!」

水場を発見した男が、てゐを抱きかかえたまま走り出す。

そして――

 

「あっ!」

 

「あ”!!」

男が足元に、生えていたタケノコにつまずき、転倒する。

当然抱きかかえられた、てゐは宙を舞い――

 

どっぼ~ん!!

 

「あ、てゐちゃんごめん……けど、濡れてゐちゃんスゲーエロい……」

 

「……一回、殺す」

水を滴らせながら、てゐが殺気を放った!!

 

 

 

 

 

「あっはっはっは!あ~楽しかった!!」

 

「こっちは散々だよ……」

てゐが水で濡れたスカートを絞って、悪態をつく。

 

「まったく!毎日、毎日、毎日!!相当暇なんだね?」

数本の竹を燃やして、暖を取りながらてゐが話す。

 

「そんな事……有るか、な?家でもずっと寝てるだけだし……

薬飲んで、寝て、何か食べて……また寝る?」

 

「はいはい、結構な身分な訳ね」

薬という部分が気になったが、こんなに元気なのだ。

何か病を治すのではなく、健康維持の為なのだろうとてゐは推察する。

 

「あ~今日も楽しかった。んじゃ、そろそろかな?」

 

「ん?帰るの?」

男の言葉にてゐが反応する。

 

「うん、そろそろ終わりが来たみたいだから」

男はそう言って、立ち上がる。

そしててゐに近づき……

 

「てゐちゃん、ありがと。すっごく楽しかった。

僕、君の事が本気で大好き()()()よ」

てゐの両頬に手を置き、顔を覗き込みながら言った。

 

「は?何言って――」

てゐの言葉を最後まで聞かず男の姿は消えた。

まるで霧が大気に薄れて消える様に、てゐの目の前で人の形を失って消えた。

 

「え、あ、ちょっと……!?」

声を漏らすが、その言葉に返してくれる男はもういない。

ただ、それきり。

男は男がここにいたという証拠さえ、何も残さずに消えていった。

 

 

 

 

 

人里にて――

 

とある大きな屋敷。そのもっとも奥にある部屋にオルドグラムは小傘を伴って立っていた。

 

「……」

二人の前には、顔色の悪い男。

その男はさっきまで竹林にてゐと一緒にいた妖怪と同じ顔をしていた。

 

「オルドグラム……」

小傘の視界の先。金色の砂のたまった砂時計があった。

砂金にも見える砂は、下に落ちると共に黒く変色していく。

なにかが、消えていっているのは小傘の目にも明らかだ。

そしてそれは、何らかの超常の力を持つ道具であることも……

 

「我の道具だ。返して貰うぞ?」

 

「ははっ……あの人の言う通りだ……迎えが来たん……だね?」

布団に寝たままの男が力なく笑う。

 

「あの人?」

 

「その道具をくれた人さ……僕に……使い方と……この体の……事を詳しく教えてくれた……

!?ごっほ!!げぇっほ!!えっふ!!」

男が激しく餌付いた。咳と一緒に血のような物が喉からこぼれた。

もう永くはないのは誰の目に見えも明らかだった。

 

「この道具を使えば、己の分身を生み出せる。

これで医者を呼ぶなど方法はあったはずだが?」

本来この男の事情などオルドグラムには興味が無い。

それどころか知るべきなのは、この男に道具を渡したという別の男の存在。

だがオルドグラムは自然と、別の疑問が口をついて出ていた。

 

「はは……うん、そうだよ。竹林の奥にあるっていう場所を目指してた……

僕も最初はその気だった……

けど、出会っちゃったんだ。

僕を見てくれる人を……ああ、妖怪だったかな?

はは……いきなり落とし穴におとされて、いきなり馬鹿にされて……けど、楽しかったんだ。

彼女といる時だけが、この体の事を忘れられた……

僕は僕はこの家のお荷物じゃない!僕は初めて自分の足で走った、初めてお腹が痛くなるほど笑った……初めて、初めて……誰かを好きになった。

僕は満足……だよ……」

そう言うと青年は目を閉じた。

この道具は、魂を取り出し仮の体を与える。

いわばオルドグラムの現在の体を作っている能力を道具に落とし込めた物だ。

無論、魂を一時的とは言え失うか体は酷く衰弱するが、この男は生まれついての病弱らしい。

今はまだ、微かに胸が上下しているが、ここからどうなるかはわからない。

彼の持つ生命力と()()だけが頼りだ。

 

「……帰るぞ小傘」

 

「え”!?帰るの?!」

オルドグラムの言葉に小傘が反応する。

 

「我は医者ではない。道具さえ回収すればここに用はない。

無論してやれる事もありはしない。お前とてなにかしてやれる事はないだろう?

コイツは、自らの運命を自ら捨てたのだ。

我らに出来る事などもうありはしない」

後ろ髪を引かれる思いで小傘がオルドグラムにつれられて行く。

道具を回収したというのにオルドグラムの表情は晴れない。

 

 

 

「下らんな。実に下らん。なぜこいつはみすみす自分の運命捨てたのか……

我には理解に苦しむ。

自ら機会を捨てるとは、我には到底理解出来ん!」

オルドグラムが、回収した魔道具を仕舞いながらつぶやく。

その言葉には、少なくとも小傘には悔しさが滲んでいた気がした。

 

「……わからない?本当に?」

気が付けば小傘の口から言葉が漏れていた。

 

「む?」

 

「私には分かるよ!何となくだけど……

あの人はね?自分にしっかり向き合ってくれたのがうれしかったんだよ!

医者に行く途中で見つけた妖怪が、大好きだったんだよ。

たぶん自分よりも、ずっと……」

 

「向き合った?何を言っている?奴の世話なら屋敷の人間がしていたハズだ。

家督を継ぐ人間ではないとはいえ、あの家ならば相応の扱いはあったはず。

事実、医者を呼びよせ薬を買ってた痕跡はあったではないか?」

 

「違う、違うよ、オルドグラム。それは、他の人が言われてやっただけ、そうじゃないんだよ。

本当はね?何も知らなくても、病人だって知らなくても、お金持ちの家の子供だって知らなくても、ちゃんと向き合ってくれる人が欲しかったんだよ!!

だから彼は――」

 

「理解に苦しむな。我にはやはり分からない。

奴には我の様な強さが無いのだ。病を跳ね除け、運命すら覆す強さが。

奴には生きるという欲望が足りない!!」

そう言って小傘の言葉を切る。これ以上の話は無駄だと判断したのかオルドグラムが歩き始めた。

 

「オルドグラム……」

夕焼けに照らされオルドグラムの影が伸びていく。

さっき自分はオルドグラムの事を『強い』と言った。

だが、今更だがその言葉には語弊がある気がして来た。

 

(オルドグラムは独りなんだ……ずっと、ずっと魔法を独りだけで研究してきた……

オルドグラムの魔法は確かにすごいけど……それは独りでも生きていける理由に成らな……)

なまじオルドグラムの魔法が便利であったのが、今回ばかりはマイナスに作用している様だ。

彼の力は彼が孤独でも生きていける力を与えて『しまった』のだ。

 

(きっと、オルドグラム自身も気づいてない……それとも気づいてないふりなのかな?)

小傘は忘れ傘だ。忘れられ、打ち捨てられた傘。

その『必要とされない孤独』は誰よりも知っている。

だから――

 

ドン――!

 

「……何をする?」

自身の背中に突如抱き着いた小傘に、怪訝な顔を見せる。

 

()()()()()()、お家へ」

 

「無論だ」

そう言うとオルドグラムに続いて、小傘が歩き出した。

いつもは自分より遠くに、そして大きく見える背中が今日だけはなぜか、小さく感じた。

彼の様に独りにしたくない。小傘は何となくそう思った。

 

日陰の中、歩く二人のすぐ横を、うさ耳を付けた小さな童女の影が横切った。




てゐちゃんかわええなぁ……
すっごい、かわええなぁ……

前半は作者の願望全開で書きました。
後半は……うん……

彼がどうなったかは、読者の想像にお任せします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小傘と猛暑の夢の世界

今回はちょっとしか過去回です。
謎のベールに包まれたオルドグラムの過去が、少しわかります。


時は夏真っ盛り!太陽が大地を容赦なく焼き、その熱気が否応なしに人々や動物、はては妖怪からまでも体力を奪っていく!!

 

みーん、みんみんみん!

 

じりじりじりじりじりじり!!

 

じーく、じーく、じーく、じーく……

 

セミの鳴き声をうっとおしく感じながら、部屋の中で横になる小傘がため息をついた。

 

「あーづーい……もう、いやぁ……」

蒸し風呂の様な部屋の中、少し横になって転がって、数分待つだけで床に自分の汗がシルエットとして残るのだ。気分よくいられる訳がない。

 

「まったく、なんとだらしない妖怪であろうか?嘆かわしい……」

オルドグラムが大げさな動きで自身の額を抑える。

 

「……そういう、オルドグラムだって実体化してないじゃん。

幽霊状態じゃない……じゃない」

 

「魔力の消費が少ないのだ。何が問題なのだ?」

半透明に透けて見えるオルドグラムに小傘が苦言を呈す。

なんというか、死者だという事すら思わず忘れてしまいそうになるほど、彼はこの世界に慣れ親しんでいる。

 

(私だったら、死んだ上で目覚めた時が800年後だったらもう少し慌てるんだけどな……)

あきれ半分、尊敬半分で小傘がオルドグラムを見る。

 

「はぁ……あついなぁ……」

そういいつつ、2色の瞳はオルドグラムを捉えていた。

 

「……なぜ、我を見る?」

小傘の視線に気が付いたオルドグラムが口を開く。

 

「……なんか、涼しくなる道具だして」

一縷の望みをかけて、小傘がオルドグラムを見やる。

 

「ほら、うちわだ」

 

「…………………………ええ…………」

渡されたうちわを見て、小傘が何とも言えない嫌そうな顔をする。

 

「もーやだー!!あついあついあつい!!

ちっとも雨も降らないし、お客さんも来ないし、熱いし!

汗でベタベタするし、オルドグラムもこのタイミングで役立たずだし!!」

バタバタと小傘が転がった状態で暴れだす。

当人たちは知りはしないが、ここ数日歴史的猛暑に幻想郷は襲われていた。

だからと言って、何とかする手立てなど人間にはありはしないのだが……

 

「そんなに、暑いのか?

ふむ……どうした物か……」

顎に手を当て、オルドグラムが何かを試案する。

 

「涼しくする道具有るの?」

 

「規模は巨大だが……あるにはある。

この暑さだ、貴様も夜は眠りが浅くなっているだろうしな……」

オルドグラムが指を鳴らすと、本のページが開く。

そして、そこから現れるのは――

 

「ナニコレ?ただの枕じゃない、それに眠りが浅いって?」

 

「これは『真実・枕(ま・まくら)』という、道具だ」

何の変哲もないタダの枕だ。

多少、装飾は金糸を使っているのか、高級そうに見えるがなんの変哲もない枕に見える。

 

「快眠になるだけの枕ってことは無いよね?」

疑いの目で小傘がオルドグラムの出した枕を見る。

 

「快眠に導く効果はある。だが、この枕の真価はそこではない。

この枕は――はて?何だったか……」

 

「オルドグラム!?忘れたの?」

まさかの言葉に小傘が再度驚く。

 

「いや、思い出した。思い出したぞ。この枕は現実を改変する力があるのだ」

 

「は?はぁ!?」

思った以上の規模に、小傘がまたしても驚いた。

 

「え、あの……私今日驚いてばっかりだけど……

この枕、そんな事出来るの?」

 

「眠ることで夢の世界へアクセスするのだ。

夢とは意識ある生命体の、共有のゾーンなのだ。

皆が眠りにつくと『夢』という巨大な、世界に連れていかれる。

そのあやふやな世界を形にするのが、この道具の能力。

不確かな夢を、この道具は現実として、固定する」

 

「え、えっと……どういうこと?」

 

「全生命体の夢は全体で巨大なエネルギーをもつのだ。

だが、夢である以上明確な形は持たない。皆が皆、自由に夢を見ているからだ。

だが、この枕はそのエネルギーを現実世界へ取り出せるのだ。

夢のエネルギーを持って、この世界に夢を実体化させるのだ」

再度オルドグラムが説明するが……

 

「うん、わかんないや!」

小傘にはさっぱり理解できなかった。

 

「……見た夢が現実になる。これで良いか?」

 

「すごい良く分かった!」

ため息をつきながら発したオルドグラムの言葉に、小傘が漸く理解を示した。

 

「あれ、それって……けど、見る夢なんて操れなくない?」

絶対的な道具の唯一にしてあまりにも大きすぎる欠点。

 

「それと、こいつが叶えるのはその夢を見た時の寝言に限られる」

思い出したと言いながら、オルドグラムがさらに付け加える。

 

「使いにくい!?

はぁ……オルドグラムの道具ってどうして、こう欠点があるかな?」

 

「我とて神ではない。ありとあらゆる、事態を想定しその全てに対処するなど出来る訳無かろう……

無論、なるべくその欠点を消して行っているのだが」

微妙にオルドグラムの口角がひきつっているのが分かった。

 

(あ、不機嫌……)

小傘が目ざとく、その特徴を見つけた。

こういう時はあまり刺激しない方が良い事を、小傘は知っている。

 

「だが、ある程度夢をコントロール術はある。

枕の下に、この紙を入れるのだ。

紙に見たい夢の内容をかけば、無意識に作用して夢の形を形作れるのだ」

 

「すごい!!そんな道具が有るなら、なんで最初に使ってくれなかったのよ!!」

 

「それはだな…………む?思い出せん……なぜだったか?はて?」

珍しく、言い淀むオルドグラム。

何時も意見をしっかり持っている彼にしては、非常に珍しい。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと……怖くない?

分からないとか、すごく怖いんだけど!?」

未知への恐怖で小傘が震える。

小傘は知っている、オルドグラムは困った意味で自信家だ。

なぜ、使用しないか忘れているだろうが、それでも自分の道具の安全性を証明するために、自分を平然と実験台にするだろう。

 

「心配するな。すでに布団は敷いてある」

 

「あーもう!!予想した通り!!」

いつの間にか敷かれていた布団をオルドグラムが叩く。

 

「さぁ、寝ろ」

 

「いや、今は眠くない――」

 

「当身!」

 

「はぁうふ!?」

高速で後ろに回り込んだ、オルドグラムの手刀が小傘の意識を刈り取る。

そして、そのまま布団の上に倒れこんだ。

 

 

 

「え、なにここ……」

小傘が目を覚ましたのは、雲の上。

何処までもふわふわと続く、巨大な雲海。

頭上には太陽が浮かび、空の片隅には、何かの道具が無数の群れを成してゆっくりと行進している。

明らかに、現実ではない空間。それが容易に夢だと教えてくれる。

 

「……なんというか、オルドグラムの思い切りの良さがダメな方に、進んだ結果だなぁ……オルドグラムは毎回、無茶苦茶というか、力づくというか――ん?」

空の遥か彼方。

こちらに向かって何かが飛んでくる。

それは弾丸の様に、ブレる事すらなく一直線に飛んでくる漆黒のバレット!!

 

「あわわわわわわ!?」

 

キィンんん―――!!

 

ドォん!!

 

「いやぁぁああああ!!!」

小傘のすぐ横、その塊が着弾し、土煙と衝撃を上げる。

大地が揺れ、パラパラと上がる砂。

その中に見知ったシルエットが有った。

 

「待たせたな。小傘」

 

「お、オルドグラム……」

爆風でめくれたスカートを治しながら、小傘起き上がった。

 

「えっと、私の夢の中にさらっと入って来たね。どうやったの?」

 

「現実世界で、我も眠ったのだ。貴様の腹を枕替わりにしている」

その言葉を聞いて、小傘は顔が真っ赤になった。

 

「ちょっと!?バカ!スケベ!エッチ!!

寝てる私に何をしてるのよ!!」

無駄だと分かりつつも、夢の中で腹を押さえながら抗議の声を上げる。

 

「ふんッ」

 

「あー!ついに何も言わなくなった!!しかも鼻で笑った!!」

 

「そうですわ、ボウヤ。女性を無碍にする物ではありません。

(わたくし)そう、教えましたわよね?」

突然ふりかかる、聞いた事の無い声。

 

「だ、だれ!?」

この世界は夢の世界。当然だが、ここには自分と侵入してきたオルドグラム以外はいないハズ。

しかし――

 

「ごきげんようボウヤ。久しぶりですわね?」

 

「ぬぅ!?貴様は――ドレミー……」

 

「はい、ご名答ですわ」

サンタのような赤い帽子、黒いワンピースに白い球体が付いた少女。

 

「だれ?」

 

「さっきボウヤが言いましたわ。ドレミー・スイートですわ」

小傘の目の前で、牛のような尻尾がスカートから出てきて揺れる。

 

「私は夢を管理する仕事をしていますの。

滅多にありませんが……誰かがおかしなことをしない様に、監視するのも仕事なんですのよ?」

 

「む、むぅ……」

 

「オルドグラム!?」

声を絞り出すオルドグラム。

その顔は今まで小傘が見た事ないほど、あせりに満ちていて大量の汗が流れていた。

 

「私の事はす~かり忘れていた様ですわね?

でなければ、こんな暴挙しませんものね?」

なじる様にドレミーが、雲に乗ったままオルドグラムの周囲を回る。

 

「おお、思い出した!!思いだしたぞ!!

貴様の名!!貴様の役職!!我は眠りにつく間、貴様と共に在った!!

そうであろう!!ドレミー・スイート!!」

 

「漸く思い出した様ですね、ボウヤ。

生まれたばかりの貴方を世話してあげた恩を忘れたとは言わせませんよ?」

ふわふわと浮かぶドレミーに、オルドグラムが苦い顔をする。

 

「うむ、思い出してきた。この道具は、貴様の能力に感化され作った物だった。

我とした事がすっかり忘れてしまっていた」

オルドグラムが今ここにない『真実・枕(ま・まくら)』の事を指して話をする。

 

「えっと昔に知り合い?」

 

「ええ、そうですとも」

小傘の前に雲の上に寝転がりながらドレミーがやってくる。

そしてパラパラと本をめくり始める。

 

「初めて出会ったのは800年ほど前ですわね。

魔導書が封印されて、眠りについた付いたボウヤはこの世界に来たのですわ。

もっとも、何時も居た訳では無いのですけど」

にんまりとドレミーが笑って見せる。

 

「ドレミーよ。ボウヤはやめるのだ」

 

「お断りですわ。ボウヤの事は生まれたすぐ後から知っていますもの。

私にとってはボウヤは何時まで経ってもボウヤなのですわ」

 

「むぅ……」

到底小傘が言えないであろう言葉を聞いて、オルドグラムが困ったような顔をする。

先ほどと同じように、こちらもあまり見た事の無い表情だった。

 

「け・れ・ど!前に言ったはずですわ。夢に干渉するのは許せませんと。

ですから、退場ですわ」

ドレミーが指を鳴らすと、夢の中の空間がたわんだ。

 

「あ、ちょっと!?」

そして、ヒビが入ってオルドグラムと小傘を吸い込んだ!!

 

「ドレミー!!」

 

「この道具は没収しておきますわね。()()()

オルドグラムの話もむなしく、ドレミーはこちらを挑発する様な笑みを浮かべ、真実・枕を回収していってしまった。

 

 

 

 

 

「いたっ!?っ~~……」

後頭部を打ち付け、小傘が目を覚ました。

ドレミーの言葉通り、小傘の下にあった枕はなくなっていた。

そして、腹に感じる圧力。

 

「すぅ……」

 

「うえぇ……重い……」

小傘の腹の上、オルドグラムが頭を乗せて眠っていた。

 

「むぅ……暑いな……」

不機嫌な顔をしてオルドグラムが目を覚ました。

 

「ね?暑いでしょ?」

 

「ああ、そうだな……」

ドレミーに言われた事を気にしているのか、バツが悪そうにオルドグラムが答えた。

彼の露骨なまでの誤魔化しに、小傘はこれ以上触らないで上げようと、優しく思った。

内心、いつもは見れないオルドグラムの表情が見れた事と、それが自分以外の人物によるものだと思い、うれしいが少し嫉妬も混じった複雑な感情を抱いた。

だが、そんな感情も暑さのせいにして、すぐに忘れる事にした。

 

 

 

 

 

翌日

「小傘よ、喜べ!!この暑さの対策が完了した!!」

 

「え!本当!?」

オルドグラムの言葉に、小傘が体を起こす。

 

「無論だ。といっても根本的な解決ではないが……

一先ず、『対策』という形だ」

申しわけ無さそうにするオルドグラムだが、小傘にとってこれ以上の朗報は無かった。

何はともあれ、彼の道具という希望、無き後、この地獄の様な暑さを切り抜ける方法があるならばそれにすがるしかなかった。

 

「我の魔道具ではないが……

以前外界から流れて来た書物から、完成させた道具だ。

使うがいい」

小傘の目の前に、木で出来た大きなタンスが置かれる。

 

「ナニコレ?」

 

「外界の道具――冷蔵庫だ。

もっともこれは冷気が下に落ちる性質を利用して、物を冷やすにとどまっているがな」

オルドグラムが冷蔵庫と呼んだタンスの、上から2段目を開ける。

そこから、一本の瓶を取り出した。

 

「あ、()()()ってやつ?」

以前紅魔館でみた、西洋の酒の名を小傘が口に出す。

 

「違う。我はあまりアルコールは得意では無いのだ。

これは、ただのぶどうジュースだ」

そう言ってオルドグラムはさらに下の段から、グラスを二つ取り出す。

 

「うわ、冷たい……」

ひやりとしたグラスの感触と、更にそこに注がれるぶどうジュースに小傘の期待が高まっていく。

 

「あ!冷たい!おいしい!!」

久しぶりに感じる涼に、小傘が目を輝かせる。

 

「こんなにすごいのに、魔法じゃないの?」

 

「単なる物理法則だ、魔術的な部分があるとすれば、冷気を循環しているくらいだ。

もっとも、こっちも錬金術に近いのだが……」

いつもの様にオルドグラムが自慢げに話しだす。

 

「箪笥の段は、全部で4つだ。

一番上は使えんが、下の三つは使える。

好きな物を入れて冷やすが良い」

 

「うん!分かった!!

……あれ?けど、なんで一番上は使えないの?」

 

「冷気の元が入っているのだ。開けた拍子に逃げられると困る」

小傘の疑問にオルドグラムがぶどうジュースを飲みながら答える。

 

「なるほど、確かに冷気の元が逃げたら困る――

逃げる様なものが入ってるの!?」

まさかの回答に小傘が語気を荒げる。

 

「い、一体なにが――!?」

恐々としながらも、小傘は箪笥の一段目を開けてしまった。

そこに居たのは――!

 

「むぅー!むむぅ!!むふぅ!!」

手と足を縛られた氷の妖精チルノ!!

何時もは勝気な彼女も、縛られ閉じ込められるという恐怖の体験に、目に涙を浮かべている。

 

「あわわわわわ!?」

100%アウトな構図に、小傘がチルノを取り出そうとする。

だが――

 

「良いのか?そいつが居なく成れば、お前は再び暑さに苦しむ事に成るぞ?」

 

「うぐ!?」

オルドグラムの言葉に小傘はゆっくりと、チルノに向き直り……

 

「……ごめんね、チルノちゃん。

明日には出してあげるから」

その言葉に、チルノが驚き抵抗を強める。

 

「むぐぅ!?むぐぅー!!むぐぅー!!むぐぐぅ!!」

しずかに箪笥を締めた。

締めると同時に、チルノの声も聞こえなくなり、小傘の罪悪感が薄れる。

 

「ああ、私もすっかり悪の魔法使いに毒されてしまったんだね……

今まで、悪い事だけはしない様にしてたのに……よよよよ……

あ、冷えたジュースおいしい……」

さっきより少しだけ、すっぱく感じるジュースを飲みながら小傘がつぶやいた。

 

オルドグラムにも苦手な相手がいるのだなーと、何となく小傘は親近感を持ちながら杯を傾けた。




ドレミーさんって、強キャラのイメージありますね。
キャラ自体も好きですが、なかなか出しにくいのが難点。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と散歩と妖の領分

うーん、最近なんだか停滞気味のこの作品。
がらっと、大きなイベントそろそろやりたいですね。


妖怪の山。

そこは規則的に妖怪たちが暮らす場所。

元来妖怪はみな自由な存在であり、個人主義者ばかりだ。

だが、妖怪の山に住む天狗はそうではない。天狗同士の中にも互いに上下関係があり、河童や鬼などもその天狗の作った上下関係に組み込まれている。

 

そんな妖怪の山のとある一角、とある家、とある部屋にて、射命丸が気合を込めて、自身の新聞に打ち込んでいる。

一見静かに見えるが、近づいてみればその『静かな猛々しさ』が理解できるだろう。

 

「来ました、来ました、どんどん来てますよぉおお!!」

何度も筆を動かしては、次々と紙に書き込んでいく。

 

不思議な事に、なんにでもなぜか「上手くいく」と確信出来る瞬間がある。

数日前まで、筆が進まず「今回の入稿はあきらめるか」と半場捨てていた記事だが、天啓とも思えるひらめきで、非常にうまい記事が出来上がり始めたのだ。

大胆にして緻密。斬新にして王道。

自分でも不思議な位、素晴らしい記事が書けている実感があった。

走り出した筆は止まらない!傑作に向かって、まるで最初から墨と筆がそうあろうとしたように、導かれるように射命丸が新聞を制作していく。

 

「わははー天才!!やはり文ちゃんは天才だったんですねー!!!

あややややや!!マッハで仕上げれば印刷にも十分間に合いう!!

今回の新聞の優秀大賞は私の『文々。』新聞に決て――」

 

「精が出るな、天狗」

 

「あやぁあああ!!?」

突如後ろからかけられる声に、射命丸が驚き後ろを振り向く!!

そして、そこに居た人物を認め、姿勢を正す。

若干上がったテンション、自身の部屋というプライベートルーム。

そんな、酷く個人的な空間に突然声が聞こえたのだから、彼女の反応も無理はないだろう。

 

「お、お、脅かさないでください!!っていうか、妖怪とは言え、乙女の部屋に勝手に入ってくるなんて――

いえ!それより、一体どうやってここまで来たんですか!?

妖怪の山(ここ)は、簡単にあなたが入って来れる場所では、第一怪しい幽霊が居れば見張り者が――」

射命丸がその人物に驚きを隠せない。

だが、自身の発した質問に途中から射命丸は答えを見出していた。

そう、この男はタダの胡散臭い男ではない。

自称だが、この幻想郷でも随一の実力の――

 

「我に掛かればこの程度、容易いわ。

妖怪の山と言えど、侵入できぬ訳など無い」

射命丸の部屋。いつの間にか立っていたオルドグラムが自慢げに鼻を鳴らす。

おそらく、黙って入ることは勿論、立ちはだかる天狗を一ひねりして侵入する事も可能だと言っているのだろう。

おそらくだが、数人の天狗はもうすでに倒されている可能性もある。

 

「……教科書に乗せたいくらいのドヤ顔ですね」

 

「ふんふん……天狗の部屋と言うのはこうなっているのか」

ゴソゴソと周囲の道具を触り始める。

 

「ちょ!やめなさい!何をしてるんですか!!」

オルドグラムを後ろから殴ろうとして、回避される。

実体を捨て、霊体へと変わり攻撃をすり抜ける。

 

「ちょ!この!ソレ卑怯ですよ!!」

 

「ふっはっはっは!悔しいか、悔しいか!」

尚も攻撃をすり抜け続けるオルドグラムに、遂には射命丸が音を上げる。

 

「はぁーはぁー……この古本は……貴方の所有者は何処へ行ったのですか!?」

 

「小傘は家で休んでいる。昨日、街中で子供を脅かしていたら、通りすがりの巫女に手痛くやられた様だったからな」

やれやれとオルドグラムがため息をつく。

 

(一応、小傘さんを持ち主として認めてはいるんですね……)

そんなことを考えて、うんうんと射命丸が首を振る。

 

「それで?一体なぜここに?」

嫌な相手にでも、質問をしてしまうのは彼女に『記者』という仕事が骨身に染み付いているからだろう。

 

「ふむ、人里も大方見たのでな。

今度は妖怪の領域にも興味が出たのだ。

そして、『神社』という場所にも興味がある。

おみくじという物を全てコンプリートしたいのだ」

 

「いや、それ、全種類集める類の物じゃ……

それとここは妖怪の領域……基本、人間はここには入っちゃいけない――

あー……そう言えば、もう人間じゃないんですよね。

魔法使いの幽霊?魔法が使える幽霊?」

 

「我は人間だ!」

一瞬オルドグラムの定義に迷った射命丸にオルドグラム言葉が飛ぶ。

 

「我は、我が人であることに誇りを持っている」

 

「なぜです?」

射命丸が疑問を呈した。

人の中には、『人を超えようとする人』が多くいる。

魔術師しかり、仙人しかし、幽霊しかり、妖怪しかり。

何らかの手段を持って、人間から逸脱することを夢見る存在は多くいる。

そい言った者達は、自らが人間であったことを忘れようとさえする。

 

「我は無力な人だ。爪も牙も無い、だが知恵だけはある。

貧弱な、それこそ100年も耐えられぬ体を持ち、それでもより高みを目指す。

今すぐにでも消えてしまう、そんな弱者であるが故に我は、強く力を求めるのだ。

我は自らを『弱い』と思う限り『強く』なれるのだ」

 

「……ずいぶん力説しますが、やってることは有象無象と変わりませんね。

力を求める理由なんて、どうでもいい。

それは、禁忌を破る為の方言でしか、無いのです」

射命丸が目を細めた。

そうだ。

人のもっとも特徴的な所は、理由を付け禁忌を容易に破る事。

彼らは『法』を定めながら、いざという時には大義名分を作り簡単にその『法』を破る。

それだけではない。

人間はそれに飽き足らず、妖怪や神ですら触れぬ『禁忌』に容易に手を伸ばす。

それが人間の恐ろしい所、だから外の世界から妖怪や神は消えていっているのだ。

 

「貴方が使っているその、幽霊を実体化させる力は『反魂香』ですね」

 

「――この国にも伝わっていたか」

『反魂香』それは、死者の魂を呼び戻す香の一種。

死者に使い一時的に魂を呼び戻す道具。

だが、その効果は永遠ではなく。呼び戻された魂は香がきれることで、再度死を味わう事に成る。

生死という、魂の領分を容赦なく犯すその道具は、許されるものですらない。

 

「ノウハウはそうだ。死者に魂を呼びもどす。その一点を我が魔術は取り込んだのだ。

我はこの本を本体を肉体と定義し、我が魂を宿す拠り所としている」

オルドグラムは悪びれもせず、そう言い放った。

 

「さてと、もうしばらくこの山を散策するか」

 

「あ、ちょっと!」

射命丸が何かを言う前に、オルドグラムは姿を透過させて消えていった。

 

「全く!騒がしいったら、ありゃしませんよ!

すこし時間を食いましたが、今から書いても新聞は十分入稿時間に――ああ!?」

射命丸の視界の先。

そこには、書きかけの原稿を真っ黒に塗りつぶす、インクが有った。

思い当たるのはさっきのオルドグラムとの会話。

彼に話かけられた時、自身の羽が机に当たった感覚があった。

おそらくそれで――

 

「……なんか、私、あの人と驚く位、相性が悪いですね……」

 

 

 

 

 

「探せ!必ず見つけろ!!」

 

「最悪、応援を呼ぶか?」

数人の天狗たちが、空を飛び駆けていく。

その様子をオルドグラムが木の間から覗く。

 

「ふぅむ……もう起きたか。やはり妖怪は回復が早いな」

オルドグラムが、さっき自身に絡んできた天狗を思い出す。

天狗本人はただ仕事をこなしていただけなのだが、仕事の中で溜まっていた不満をオルドグラムにぶつけようとしたのが失敗だった。

結果としてオルドグラムの怒りを買い、軽く捻られたが今度は仲間を呼んだようだ。

 

「さてと、あの数なら十分処理できるが――」

再度実体化しようとした時、小傘の顔が思い浮かぶ。

 

「ふむ、魔力を使いすぎるのは良くないな」

小傘の事を思い直し、オルドグラムが武器を収める。

 

「山を適当に見て帰るか。だが、この姿はちと目立つか……」

マントを掴み、自身の姿を近くにあった水面に映す。

赤と黒の洋装はやはり目立つ。

以前、小傘がオルドグラムを追跡したが、やはりこの色合いは派手で簡単に見つかったらしい。

 

「解決策は簡単だ。姿など簡単に変えられる」

オルドグラムが万華鏡の様な道具を取り出し振った。

 

「だが、誰に化けるべきか……

そう、なるべく無力で、弱そうで、敵意を感じさせない、見ていて安全と思わせれる妖怪は……」

オルドグラムの脳裏に再度小傘が浮かぶ!

 

「うむ、無力で、弱そうで、敵意を感じさせない。絵に描いたような雑魚妖怪だな」

本人に知られたら、抗議間違いなしの感想を言いながら、道具を使い小傘の姿を模す。

 

「チぃ、下駄は山道を歩きにくいて……目線が下がるのも失敗か……」

オルドグラㇺは文句を言いつつも、そのまま歩き出した。

目に光が入っている小傘と違い、オルドグラムは通常は無表情、または不機嫌顔なので現在の小傘は、彼女を良く知る者には非常に違和感のある顔をしている。

余談ではあるが、オルドグラムにしては非常に珍しい事に小傘の左右の目の色が左右反対に成っているというミスをしている。

 

「とりあえずは、山の頂上を目指してみるか」

左右が反転した小傘が、山頂を目指し歩き出す。

 

 

 

 

 

「ほう、この国の宗教施設か。確か、神社と言ったか?

交通の不便が悪いな。何を考えたのか……」

反転小傘が鳥居を超えて、周囲をきょろきょろと見回す。

そして、目当てのおみくじの道具を見つける。

 

カラカラ、カラ

 

カラ、カラカラ

 

「あれ?お参拝です――か?」

 

「む?」

おみくじの道具を振り回し、一個一個集めていくオルドグラムにこの神社の風祝、東風谷 早苗が話しかける。

昨日退治した妖怪が、まさか直接自分の神社に来ているのは思いもせず、面食らった。

 

「何をしているのですか?」

 

「知らんのか女。おみくじを引いているのだ。

小吉、末吉、中吉、吉、大吉、凶、大凶とすべてをコンプリートするのだ。

む、またも吉がダブったか……」

要らないと言わんばかりに、小傘がおみくじを捨てる。

 

「何をしているのでしょうね?昨日の復讐ですか?

良いですよ~、私は妖怪退治は嫌いではないので――」

 

「出んな。排出確率はどうなっているのだ?」

小傘は完全に早苗を無視して、おみくじに戻った。

 

「この妖怪は――!」

早苗がお祓い棒を構える。

そして、無防備に頭を晒す小傘に向かって振り下ろした。

 

「――そう言えば、我が居ない間に、小傘が世話になった様だな」

早苗のお祓い棒が、空を切る。

当たる寸前、小傘は姿を消していた。

 

「え?」

 

「その行為は、我に敵意が有ると。判断して良いのだな?」

早苗のすぐ後ろに、小傘が立っていた。

馬鹿にされたと思った早苗が、再度お祓い棒を振り上げる。

 

「私が!!こんな所で――え?」

 

キンッ!

 

「ふぅ――……身の程を知れ。喧嘩を売る相手を間違うな」

いつの間にか、小傘がすぐ横に居た。

そしていつも抱えている、傘の芯を手にかけている。

その芯の部分に一瞬だけ銀色の刃が見え、それが仕込み笠だったと分かる。

理解した瞬間、小傘は刃を傘の中にしまう。

 

ぽろっ……

 

「え、え?」

早苗の持つお祓い棒は、二つに切れる。

手元に残るのは、ただの棒だ。

 

「帰る。おみくじとやらのコンプリートはまた今度だ」

悠然と去っていくオルドグラムの後ろ姿を、早苗は茫然と見ていた。

ジワリジワリと、恐怖が染み渡っていく。

圧倒的な実力。それは久方ぶりに、早苗に妖怪の恐怖を思い出させた。

 

 

 

 

 

数日後……

里の中、木製の台の上で、早苗が守矢神社の宣伝をしている。

守るべき神社の名を広めるのも、風祝の仕事だ。

 

「皆さんー!守矢神社は――あ……」

そんな中、早苗は歩いていく小傘の姿をその眼に入れた。

思い出すのは、数日前の恐怖。

あれは何かの間違いだと、自身を納得させようとするが、それでも刻み込まれた恐怖は消えない!!

 

「ひ――ぎ!?」

僅かな動揺、小さな一歩の後退。

その一歩は箱の上に乗っている早苗が、足を踏み外すのには十分な理由だった。

その結果。

 

ずったーん!

 

早苗は足を開いて、地面に転んだ。

その様子を小傘は不思議そうに見ていた。

 

 

 

「ん、何だったんだろ?急に驚いて……?

けど、まぁ、お腹膨れたからいいや。

ねぇねぇ、見たオルドグラム!きっと私の隠れた脅かしの才能がついに芽をだしたんだよ、きっと!」

小傘が、腰にぶら下がるグリモワールに話しかける。

すると小傘のすぐ横に半透明の霊体化したオルドグラムが姿を見せる。

 

「小傘よ。貴様に、他人を脅かす才能など無い。

無い物が開花などするはずも無かろう。

無から有を作り出すなど、我にも不可能だ」

 

「もー!なんて事言うのよ!!オルドグラムのバカ!!」

 

「知的なる我を捕まえて馬鹿だと!?

おのれ……!

少し甘い顔をすれば付け上がりよって!!

折檻が必要か!!」

 

「うひぃ!?ごめんなさい、許して、オルドグラム様は偉大な天才魔術師です!!」

 

「分かれば宜しいのだ」

怯える早苗を無視して、コントの様なやり取りをして二人は去っていった。

 




割と早苗は調子に乗るイメージ。

相手を舐めて、手を出していけない物に手を伸ばすのは、射命丸が言っている様に人間の性かもしれませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少年とウサギと初めの一歩

さて、今回は数話前に出した彼です。
オルドグラムと小傘は一寸だけしか出ません。


「ばいば~い、小傘ちゃん」

一人の男が小傘に手を振り去っていく。

 

「むむむむ……」

その男の背中を小傘はふくれっ面しながら、にらんで居る。

別にこの男と小傘は知り合いと言う訳ではない。

ただ単に、いつもの様に脅かそうと物影に隠れ、無作為にターゲットに選んだ男の一人だったというだけだ。

偶然通りかかった。それ以上でもそれ以下でもない。

 

結果は失敗。

 

だが、問題はここからだ。

男は脅かした小傘を見て、指をさして笑ったのだ。

 

『あっはっはは!あ~噂の「小傘ちゃん」って、コレか~

へぇ、本当にいたんだ』

その酷く馬鹿にした態度が小傘には、とても悔しく感じた。

こうなっては意地でも誰かを脅かしてやろう、という気概が湧いてくる。

 

「よし!お墓のある命蓮寺へ行こう!お墓なら無条件でみんな怖がるから!たぶん!」

根拠のない自身を胸に小傘が走り出した。

 

 

 

「あ、オルドグラム!」

命蓮寺の前、自身の家に住み着いている自称魔術師の姿を見て、小傘が声を上げる。

 

「む、小傘か。今日は誰かを脅かしに行ったのではないのか?」

 

「その途中だって!」

午前中は完全に失敗したことを小傘は隠した。

 

「オルドグラムこそ何を――しているのかな!?」

小傘の目がとあるものを見て、鋭く尖る!!

しかしの先にはオルドグラムのマントに体をこすりつける、響子の姿があった。

 

「うむ、この寺に来るたびに撫でているのだ。

最初は多少抵抗したが、今では自ら寄ってくる様になってな」

小さく笑みを浮かべ、響子の頭に手を置く。

響子は満足そうにオルドグラムに撫でられ、時折尻尾を振っている。

 

「むぅ~~~!!帰るよオルドグラム!!」

 

「む?なんだ急に……仕方ないな。

響子よまた来る」

 

「はぁい……また来てください……」

響子は顔を赤らめながら、箒に先で顔を隠した。

 

「とにかくお茶!帰ったら、お茶を淹れて!!」

 

「ほんとうにどうしたのだ?」

不思議そうにオルドグラムが尋ねた。

 

 

 

 

 

「一体、どうなっているのだ!?」

 

ダァン!!

 

オルドグラムが不機嫌に、テーブルを叩く。

紅茶の表面に、さざ波が立ち、数枚のクッキーが崩れる。

ついさっきまで、上機嫌だったのだが、数枚の長方形に折られた紙の束を広げ終わった後に急に不機嫌になった。

 

「どうしたの?なんでそんなに、機嫌が悪いの?」

怯えながら小傘が小さく尋ねる。

 

「ああ、すまない。怯えさせてしまった様だな。

最近とある物をコレクションしているのだが、それがなかなかコンプリート出来ないのだ」

 

「これくしょん?」

小傘が首をかしげる。

魔術の怪しげな研究や、新しい道具の発明、更には未知の存在に対する尋常ではない興味。

オルドグラムの好きな物は概ねそれらばかりだ。

 

「切手でも集めてるの?」

 

「いや、おみくじだ」

オルドグラムが本の中から、額の中に綺麗に並べられたおみくじを取り出す。

 

「それ、集める物じゃないとおもうけど……」

 

「我は集めたいのだ!!」

 

「あ、ああっそ……う?」

小傘はあきらめたように、賛同した。

日常。何でもない、何時もの光景。

そんな日々がずっと続くと思っているハズだ。

誰しも、こんな当たり前の生活が続くと、無意識に思いそして願っているに違いないだろう。

 

 

 

 

 

そして、そんな願いが「叶わないかもしれない」人間も居る。

 

「……………………ぁ」

しずかな病室。

昼の穏やかない日差しに照らされ、一迅の風にカーテンが揺らめく。

そのカーテン越しに竹の香りが鼻をくすぐり、永遠亭のベットの住人が目を覚ます。

 

「あら、起きた様ね?」

気が付くと少年の手を取り、赤と青の派手な色の服をきた女性が脈をとっていた。

 

「死んでない。から、生きてるへ変わったって所ね。

てゐー!貴女の患者が起きたわよ」

声をあげて数秒。ドタドタと足音がこっちに向かってくる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……アイツ、起きたって?」

息を切らし、薄桃色にワンピースを身に纏った、小さな少女が姿を見せる。

頭上にあるふわふわした、うさ耳を揺らして肩をいきらせながら歩いてくる。

 

「少し待って、今データを取るから。

その後は任せるわ。いろいろと聞いてちょうだい」

 

「分かってる」

女医の言葉など、半分も聞いていない態度で廊下から、こちらを伺っている。

 

「まさか、少し目を離した隙に起きるなんてね?

今までさんざん、からかってくれたお礼をしてやるんだから」

 

「………………ん、っ……」

今にも消え入りそうな声で、ベットの住人が声を漏らす。

そして、その様子を見ていた少女が、涙を流しながら笑みを浮かべる。

 

「奇跡の生還おめでとう、ようこそ、地獄(現実)へ」

にししと尚も涙を流しながら、少女が笑う。

 

「幸運。としか言いようは無いわね。

半死半生――いえ、九死一生、もっと低確率かしら?」

永遠亭の名医、八意 永琳がベットで横になる住人の脈を診る。

 

「……ぁ、お……れ……」

少年が何か話そうとするが、まるで舌が鉛でも流し込まれたように重い。

腕も足も、頭までぼんやりする。

 

「無理に話さなくて良いわ。一月と12日。それだけ眠っていたのなら、舌が回らなくて当然だもの」

その様子に気が付いたのか、永琳が気遣いを見せる。

 

「うん、平熱。脈は健常者と比べれば弱いけど、それでも貴方にしては安定してるわね」

脇から体温計を抜き取り、脈を測って永琳はカルテに書き込んだ。

 

「………………?」

ぼおっとする頭で少年が、眼だけ動かして周囲を観察する。

 

「後の事は、あの子に聞いて。いつもなら優曇華に頼むけど、今回は別ね。

じゃ、お大事に」

永琳はそう言って立ち上がると、扉を開けて出ていった。

そして、それと入れ替わる様に――

 

()()()()。いつまで寝てるんだか」

 

「……て……ゐ……ちゃ……」

てゐが姿を見せた。

 

 

 

 

 

「ほら、少しでも良いから、食べて」

 

「…………う……ぐ……」

木製のスプーンの先に、薄いおかゆが差し出される。

ベットの脇の棚の上には、小さな土鍋が置かれている。

 

「味は保証しないけど、何も食べないのは許さないから」

 

「………………ん」

口を開けると、おかゆが流し込まれる。

おかゆと言っても、ほとんど水ばかりで、米も溶けてしまっており、味も薄い。

 

「不満?悪いけど、急に食わせる訳にはいかないんだよね。

点滴の栄養剤ばっかりでいきなり、胃に物を入れちゃいけないの。

こーんな薄味で、こーんな水かっばりので慣れさせるしかないんだよね」

かわいそうに、とてゐは笑いながら再度スプーンを傾ける。

 

「お、れ……は……」

どうしてここに?と言いたかったが、言葉が続かない。

舌がもつれ、酷くもどかしい。

聞きたい事話したいことはたくさんあるが、どれもこれも口に出すことは出来ない。

いや、物理的にてゐが口をふさぎ話させないというのがある。

 

 

 

「どうして?そんなの、わたしが運んだからに決まってるじゃない」

 

「……え、あ……そ、ん……」

そんなのおかしい、と言おうとして再度スプーンで口をふさがれる。

てゐは自分の家を知らなかったハズだ。仮に分かったとしても家族がここに入れてくれるハズは無い。

 

それと連鎖する様に思いだすのは、ここに至るまでの記憶。

不思議な道具をくれた、少年。

そして、初めて感じた生きる事の心地よさ、そしてその代償に削り取られた『命』。

 

「まぁ、順を追ってアンタの命の恩人、てゐ様が説明してあげるよ。

まず、どでかい屋敷の奥で死にかけてたアンタを見つけたのは偶然だね。

前々からアンタ言葉の節々に、結構金持ってる系の発言してたからね。

けど、まさか、あの針金御殿とはね」

 

「……う、……ん」

そうだ。自分の家は人里でも有数の呉服屋だ。

もともとは裁縫道具の針を作ることから始まり、絹糸の生産、染色、最後には呉服屋へと変化していき、最後には里有数の服の製造まで引き受ける巨大な御殿にすんでいた。

針の一本から発展したことから、『針金御殿』と呼ばれている。

 

「悪いけど、半分強引に入らせてもらったから。

急病人を迎えに来たって。屋敷の住人はぎゃあぎゃあ騒いでたよ」

 

「…………」

妖怪が家に押し入り人を連れていったとなれば、大ごとだ。

最悪博麗の巫女に退治される

だが、てゐの言葉からはそんな事はうかがえない。

 

「…………」

てゐがそんなリスクを冒してでも自分を探してくれた事。

それと同時に、もう一つ胸に飛来する感情が有った。

 

 

 

 

 

「ちょっとさ、出歩かない?

ああ、安心してよ。出歩くって言ったって、あんたを歩かせはしないから」

そういうと、てゐは車椅子を持ってきた。

 

「???」

初めて見る道具に、少年は怪訝そうな顔をする。

 

「前に河童に作らせたんだよね」

外界の道具だよ、とてゐが説明する。

 

「これでアンタを運ぶんだよ。いつまでも病室じゃ気が滅入るでしょ?」

そう言って、小さな手を少年の体に回した。

すると、少年の体が軽々と持ち上がる。

 

「あ、か……!?」

 

「何驚いてるの?すっかり忘れてるけど、ワタシだって妖怪だよ?

人間一人持ち上げるのなんて、訳ない――あんたみたいな軽い病人なら特にね」

そう言って、少年の体が車椅子に座らされた。

そしてそのまま、廊下を進んでいく。

 

「あんたの体、軽いね。もうウチの因幡抱いてるみたい……」

 

「…………?」

因幡が何のことかわからずに、眼で少年が疑問を呈す。

てゐはすぐに少年の、意図が分かった様だ。

 

「因幡ってのは、この竹林にいるウサギの事だよ。

み~んな妖怪だから、下手すりゃアンタなんて、簡単に食われちゃうんだから」

頭から一口よ。なんててゐが話すのを聞きながら、少年は廊下を見る。

 

見た事の無い場所だ。とても上等な作りで、手入れも良く行き届いている。

自分の家は、人里ではかなりの富豪になるだろうが、そんな家と比べても遜色は無い。

少年はそのまま竹林の中を散歩する。

 

 

 

「ど……こ……」

 

「もうすこし、ウサ……」

竹林の奥へ奥へと、少年は連れていかれる。

ここは妖怪も居るという。不思議な道具で仮の体で来たときは怖くなかったが……

そんなことを考えているウチに車椅子が止まり、てゐが手を離す。

そして、ぐるりと回り、少年の目の前に立つ。

 

「アンタ、生きる事を諦めてるね?」

 

「あ……、」

ドキリと心臓が跳ねた気がした。

 

「永琳が言ってたよ。目が覚めないのは心理的な物もあるんじゃないかって。

アンタ、あの日、あの時生きるのやめてるでしょ?」

 

「そ、う……だ……」

思い出した。そうだ、自分はあの時、生きる事を投げ出した。

生まれつき弱い体、家族からは居ないものとして扱われ、死の時を待つだけの自分。

ある日部屋に現れた、魔導具師の言葉に乗り、道具に手を伸ばした。

無論その先に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()でだ。

死んでも良かった。ただ、暇つぶしがしたかっただけだ。

 

「死にたい奴を生かす事は出来ないって、さ」

少年は漸く、永琳がてゐに言っていた「後は任せた」の意味を理解した。

 

「アンタは、どうしたい?ここで、ゆっくりしてれば妖怪が処分してくれるよ。

そっちの方が楽だろうね。

ここから生きるのは地獄だよ。もうアンタには帰る家もない、家族も今更帰って来たアンタを良い顔で迎えてはくれないよ。

どうする?」

てゐが一歩身を引く。

 

「あ……」

少年が手を伸ばす。

だが、当然てゐには手が届かない。

 

「アンタを勝手に助けた責任は取る」

ざざっと、てゐの足元にウサギたちが集まる。

さっき話した妖怪ウサギだ。

 

「ん、ん、ふぅん、ふぅんんんんん!!」

両足に力を入れる。まるで棒の様だ、全く力が入らない。

自分の体では無いかの様にさえ思う。

喉も、腕も、まるで思ったように動いてくれない。

深い、深い泥の中に全身が埋め立てられたようにすら感じる。

 

だが、諦める訳にはいかない。

 

そうだ、自分は確かに一度はあきらめた。

だが、最後の最後で、どうしても欲しい物を見つけたのだ。

今、それが目の前にある。それが離れていこうとしている。

 

「お、れ、は!俺は……!!」

足を動かし、車椅子から立ち上がる。

そして、一歩だけ歩いて、体制を崩す。

だが、少年は地面に叩きつけられはしなかった。

 

「ねぇ、あんた名前は?無い訳じゃないでしょ?」

てゐが少年を抱きとめていた。

 

「…………ぁ…………?」

少年の脳が一瞬フリーズする。

名前。そう言えばずいぶんと使っていない気がする。

両親は自分に干渉しない。兄弟たちは自分など顔も見に来ない。

世話役たちは自分の名前を呼んではくれない。

ずっと一緒に在ったハズなのに、ずっと使われていなかったような気がする。

 

「だーかーら、名前だって!

それとも名乗んないつもり?」

一体いつまでフリーズしていたのか、てゐがしびれを切らす。

ここに来て、少年は久しぶりに自身の名前を思い出した。

 

「琥珀……玄鋼(くろがね) 琥珀(こはく)……」

 

「くろがねぇ?こはくぅ?なんというか、ずいぶんと大層な名前だこと。

名前だけなら、強そうだけど。完全に名前負けしてるウサ。

なら、あんたは今から『ハク』ね。

いい?ハク?」

それはあだ名。仲のいい友達がいればつくことが有るというそれは、琥珀にはとんと縁が無い物だと思っていた。

 

「……あ……あ、てゐ……ちゃん」

琥珀がなんだかうれしくなって、笑みを浮かべた。

 

「さぁーて、こっちの道を選んだんなら、簡単には死なせてやらないから。

アンタが散々ワタシをからかった仕返しをするまで、絶対に死なせてなんかやらないんだから。

健康マニアの実力、じっくり見せてやるから」

てゐがワザとらしい邪な笑みを浮かべて笑った。

琥珀は生まれて初めて、自分の体で風が気持ちいいと思った。




ハクの物語は、始まったばかりです。
一応この作品の主人公はオルドグラム一派なので、たまに会話に出てくる程度のつもりです。

場合によってはがっつり絡んだりするかもしれませんが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覗きと追跡と魔法使い

さて、今回は募集した道具をさっそく出してみました。
皆さん、ちょっとしたアイデアが湧いたら、活動報告へGOです。

いつでも待っていますよ。

……流石に、ボタン一つで地球破壊とかは使えませんが……


「はぁあ……」

湯舟の中、白い入浴剤を溶かした湯の中で小傘が声を上げる。

同居人の魔術師が作ったという、この白い入浴剤には人間をリラックスさせる効果が有るらしいが、どうやらそれは妖怪である自分にも十分有効な様だった。

 

「んんっ……!」

湯舟の中で背伸びをすると、毎日の疲れが消えていく様だった。

 

「はぁ……気持ちい……」

お湯の中で、自身の手や足を優しく揉む。

以前オルグラムの趣味で作った風呂に入れてもらったことが有るが、豪華すぎて逆に落ち着かなかったことが有る。

 

大理石で作られた10人ほどの人間が入れる湯舟に、日本庭園をイメージしたという飛び石と白い小石を敷きつめた床。

壁などという物は一切なく、無限に広がる森林の中というシチュエーション。

ヒノキで囲われた小屋の中のサウナに、滝を使った水風呂。

凡そ一人で使うべきでない風呂をオルドグラムが本の中に所持していた。

正直な話、いろいろと装飾華美で派手好きな彼の性格が表れていた。

 

「けど、やっぱりこっちの方が落ち着く……」

自身は徹底的に小市民なのだな。と思いながら小傘が小さくあくびをする。

入浴剤の効果か、リラックスして温まった体が心地よい。

 

がさっ――

 

「!?だ、だれ!?!」

突如聞こえた、風呂の外からの物音に小傘が体をこわばらせる。

 

カシャ!カシャ!

 

「?……ひぃ!?」

一瞬なんの音かは分からなかったが、その音が以前射命丸が持っていた、相手の姿を写す道具の出す音だと思い出し小傘が慌てて自身の体を腕で隠す。

さっきまでのリラックスした空気は一変、小傘はすぐにその場所から逃げ出した。

 

「お、オルドグラム!!!そと、外に……!」

 

「どうしたのだ?小傘よ」

本を睨んでいたオルドグラムが、小傘に気が付く。

 

「おふろ!カメラ、外、音!誰か!!」

 

「落ち着くのだ。順序を追って話せ」

要領を得ない小傘にオルドグラムが落ち着くように促す。

 

「えっと、さっき外でカメラのシャッターの音が……!?」

 

「ふむふむ。それで走って来たのか」

 

「え、走って――ん!?」

その時漸く、小傘は自身がタオルすら身に纏わず全裸で異性の前に立っている事に気づいた。

 

「いぃ――やぁ!!いや!!オルドグラムのバカ!!スケベ!!変態!!

少しは顔を背けるとかしたらどうなの!?」

慌てて脱衣所に駆け込み、タオルで体を隠して戻ってくる。

 

「フン。またこのパターンか。何度も言って居るだろう?

我は貴様の様な貧弱な体の妖怪など眼中には無いのだ」

 

「それでも、少しはその、照れるとか、ドキドキするべきなんじゃない!?」

今思えば、自身は体を全く隠していなかった。

あんな態度をとっているが、オルドグラムは自身の体を隅々まで見せてしまった事に成る。

妖怪とは言え、小傘はオルドグラムを異性として意識する事は多々ある。

正直な話、オルドグラムは見た目は悪くないのだ。

確かに性格は、自尊心が異様に肥大化していて、おそれを知らず自分一人で突き進み、酷く利己的で、他人の迷惑を考えず、その癖人当たりだけは良くて……

 

「あれ?オルドグラムって意外と、どうしようもないダメな人……?」

 

「貴様……何を言っているのだ?」

小傘の言葉にオルグラムが露骨に機嫌を悪くする。

 

 

 

 

 

「それで?痴漢が出たという事で良いのか?」

 

「そう!そうだよ!!」

服を着て、オルグラムに改めて相談をする。

 

「我に言わせれば、貴様の貧相な体を撮った所でなんの面白さも無いが……

いや、寧ろ妖怪の、しかも物から出でた存在に、欲情可能な人間が居るのなら、歓迎すべき――」

 

「べ!別に、私の体におかしいトコなんて……ないし……」

反射的に言い返すが、その言葉にさっき自身が肌を晒してしまった事を思い出し、赤面する。

 

「とりあえず、これは乙女の柔肌の危機なんだから。

オルグラム!!犯人を見つけて退治して!!」

 

「頼みと言うなら断わりはしない。

――まぁ、なぜ我が自らの力を、こんな事に使わなくてはいけないのかという、釈然としなささはあるが……」

気が進まない態度を露骨に見せながら、オルグラムは立ち上がった。

 

 

 

「ふむ……一番新しい足跡……は……」

着替えた小傘を連れてオルグラムが風呂の外、小傘が手袋を脱いで地面の足跡を見る。

 

「そんなので、何か分かるの?」

小傘は疑うような目で、オルグラムを見る。

 

「分かるさ。ここまで来て停止した新しい跡、そして地面を強く蹴り走り出した足跡が犯人の物だ。カメラを所持しているという情報もある。見つかるのは時間の問題だ。

魔術を使うまでもない。数個の推理で十分だ。

少なくとも、妖怪の山の天狗――ええと、名前は……まぁいい。奴ではない。あ奴らは下駄を履いていた。これは草履だ。

となれば、犯人はやはり里に住むモノ好きの――む?」

オルグラムが急に動きを止める。

 

「オルグラム?急いだほうがいいんじゃない?

今はまだ新しいけど、里の中心に行けばドンドン新しい足跡が出来ちゃうよ?」

 

「足跡が消えている。それも、突然にだ」

 

「え!?」

オルグラムが指さす先、地面が足跡の形にへこみ、途切れてしまっている。

 

「飛んだって事?」

 

「飛行したのではない。跳躍したのだ。

人間とは思えん脚力でだ……

チぃ、何処へ行った?屋根に飛び移ったか、はたまたただ単純に跳躍し、人群れに入ったか……妖力は感じない。やはり人間か……」

難しい顔をするオルグラムを、小傘が心配そうに見る。

 

「逃げられた……?」

 

「馬鹿を言うな。我を誰と心得る?

偉大なる魔術師、オルグラム・ゴルドミスタであるぞ?

なぁに、多少魔力を消費するだけだ」

オルグラムが笑みを浮かべる。

その顔には、自身の力を見せつけたいという願望が見て取れる。

 

「魔力……また、少しお腹がすくなぁ……」

小傘の小さな、抵抗など完全に無視してオルグラムが魔術の展開を始める。

 

「魔術異端五属性の一つ!!『物質の音(マテリアル・サウンド)』」

オルグラムが自らのステッキを地面にさす。

そして耳を当てた。

 

「小傘よ。お前も聞くのだ」

 

「え、あ、うん……」

オルグラムに促され、小傘が耳をステッキに当てる。

 

とぉーん……  たったったった………  ザッ……ザッ……

 

「え、なになに!?」

地面にまるで水滴を取らしたかのような、音が聞こえてくる。

 

「地面に響く足跡の『音』を集めている。

さて、人里の近くで風呂屋がある場所はっと――」

オルグラムと小傘がしばらく、耳を傾ける。

 

ザッ!ザッ!!

 

「ん?」

その中、ひと際大きな足跡が聞こえる。

 

「相手は、見つかる事など最初から計画の中に織り込み済みだった。

つまりは見つかっても、逃げ切る自信があるという事だ。

勿論だ。あれほどの跳躍力だ、人間では追い付けん。

だが、跳躍力が高いという事は――」

 

「地面に大きな足音が残るって事だね!!」

 

「その通りだ。行くぞ、小傘。モノ好きの顔を拝みに行こう」

 

 

 

 

 

「うっひっひっひ……」

とある男が、風呂屋の女湯の裏で鼻の下を伸ばしている。

肥満体系で禿げ上がった頭には、汗がにじんでいる。

時折、目に汗が入り煩わしそうに眼鏡をずらしている。

 

舌で唇を舐め眼鏡のレンズをカメラにかざす。

そして――カシャカシャ!!カシャカシャ!!

出来る限りのスピードで、カメラのシャッターを押す。

 

「きゃー!!」「いやぁあああ!!」

女湯の中で、シャッターの音に気が付いた客の悲鳴が聞こえる。

男は女たちの怯える声に満足し、笑みを浮かべ眼鏡をかけなおした。

 

「精が出るな」

 

「!?」

一体いつから居たのか、洋装の男が男に声をかける。

 

「見つけたんだから!!この変態!!」

小傘が男から、カメラをひったくろうとした時、男が目の前で飛び上がった。

そして、そのまま風呂屋の煙突へと捕まる。

人間では到底不可能な、身体能力だった。

 

「む!?この身体能力――並みの人間ではないな?」

その時、オルグラムが男のかけている眼鏡を見て、一つの可能性に行き当たる。

 

「うぃぃひぃいいいいい!!!」

男は空中で、体を720度ほど捻りながら、近くの家の屋根へと着地する。

そして、酷く興奮した様子で両手を広げたポーズをとる。

 

「Damn magic(覗き魔)か……」

 

「だま……まじ?何それ?」

オルグラムのつぶやいた言葉に、小傘が聞き返す。

 

「Damn magicだ。貴様に分かりやすい名を付けるなら――『出歯亀ガネ』とでも言うかな?」

 

「…………名前からして、ロクな物じゃないのは分かった」

オルグラムの言葉に対して、小傘がため息をつく。

 

「以前、物質を透過する眼鏡が欲しいという依頼を受けてな。

作ったのだ。ちなみに服だけも透過可能だ」

 

「バッカじゃないの!?どうして絶対に悪用される道具の制作の依頼を受けたの!?」

巡り巡ってやはり、今回も元凶だったオルグラムに小傘が怒気を荒げる。

 

「金を積まれた。当時は、研究費用が足らなかったのだな。

それと、我が創作意欲が刺激されたのだ。

人体を透過せずに、『服のみ』を透過させる!!

天才である我も、人体の衣服の判別の手段には、苦戦したものだ……

結果として、人体にも影響を与える事にし、その副次的効果で超人染みた身体能力も同時に発現しているぞ」

 

「あー、そうだよね!!自分が面白いと思えば、やっちゃうよね!?」

小傘が諦めながら話す。

 

「む!逃げた、追うぞ!!」

小傘など一切気にしないと言いたげに、オルグラムが走り出した。

 

 

 

「小傘よ、行くぞ?グライダー!!」

オルグラムが小傘を抱き上げ、それと同時に背中のマントを広げる。

広がった、マントはベルトを伸ばし、それを骨として凧の様に飛び上がった。

 

「うわわ!?はやい!!」

 

「逃がすと厄介なのでな」

上空から見て、男は跳躍を繰り返し遂には里の外まで逃げていく。

そして、魔法の森に入った直後――

 

「逃がさんぞ……制空権は我にある!!」

 

「いい!?」

男の目の前にオルドグラムが降り立った。

そして無数のベルトが、男に纏わりつき拘束した。

 

「そのカメラ、帰してもらうから!」

 

「その声は――」

小傘が男からカメラを奪った時、男が驚きの声を上げる。

 

「こいつは、貴様の欲望の被害者の一人だ」

オルグラムが男に説明する。

 

「あー!例の鍛冶屋の……!

あれは、正直言ってハズレだったな……

うーん、人によってはまちまちだから一概には言えないけど、俺はもっと悩まし気な体身体をしてる方がイイ!!

たまに里に遊びに来る仙人様しかり、寺子屋の俺の初恋の慧音先生だったり、ああ、竹林に居るっている不老不死の永琳先生もイイなぁ~

服の下からでも分かるナイスなバストの膨りゃ――み”!?」

縛られた男の顔面に、小傘の下駄がめり込んだ。

 

「…………ほぉう」

 

「………………死ね」

オルグラムが今まで聞いた事の無いような、底冷えするような声で小傘が男の顔面にめり込ませた足を持ち上げる。

プルプルと小傘が怒りに震えて、カメラを地面に叩きつける!!

 

「あー!俺のカメラ――」

 

「どいつも!!こいつも!!ああ、もう!!もう!!」

全力で力を込めて、小傘が男を、男のカメラを踏みつぶした!!

 

 

数秒後――

「落ち着くのだ、小傘よ!!」

 

「うわーん!!どいつもこいつも!!

胸ばっかり!!バインバインがそんなに偉いのか!!

たしかに、私は子供体系だけど!!だけど!!」

オルグラムが必死に抑えるのも聞かず、何度も小傘は男に蹴りを叩き込もうとする。

遂にはオルグラム本人が背後から小傘を捕まえ、逆に男を守る形へとなっている。

 

「ず、ずびばぜんでしだ……」

ボロボロになった男から、出歯亀ガネが落ちる。

小傘に蹴られ、最早原型はとどめてない。

 

「貴重な道具だが……使い道も無いのでな。まぁいいか」

自身のモノクルを触りながらオルグラムがため息を漏らす。

その時――

 

「あーあ、せっかくボクが貸してあげた道具。壊しちゃったの?」

幼い少年の声がした。

 

「え?」

小傘は驚いた、ここは入口とは言え魔法の森だ。

人間は勿論、妖怪にも有害な植物が多数生息している。

そんな中、その少年は森の奥から姿を現した。

革靴に、白いシャツに黒い半ズボンとサスペンダー。

切りそろえられた、髪には清潔感がある。

 

「魔法……つかい?」

小傘は見慣れない少年への、感想を口に出していた。

 

「そう、そう。そうだよ。初めまして、お嬢さん?

()()()()()()()()()。通りすがりの魔法使いさ」

 

「え?」

少年は酷く聞いた事のある、名を自らの名前として名乗った。

 

「偽物が……その名を名乗る意味、理解しているのか?」

オルグラムが絞り出す様に声を漏らす。

小傘は知っている。

オルグラムは自身の能力に絶対の自信を持っている事を。

そして、それと同時に自身の力を勝手に使われることに、非常に強い怒りを覚える事を。

 

 

 

「あはっ、そっか……そっか、そっか。そっか。

君もオルグラムを名乗るんだね?」

 

「『も』だと?『オルグラム』は我一人!

錬金術師にして、比類する者無き至高の魔術師たる我が名を語るなど許しはしない!

オルグラム・ゴルドミスタの名は我が研鑽の証である!!」

オルグラムが少年の言葉に、怒気を強める。

 

「う~ん、面白い。うんうん、面白い。面白い。

ゴルドミスタか……初代はそう名乗ってたのか。

なら、ボクはそうだね……君と区別する為にも、新しい名前が必要かな?

オルドグラㇺ……そう、新しいオルドグラㇺ……ううん?つぎ、継ぐ存在……

決めた!ボクは『オルドグラム・ネクジェート』。ネクとでも呼んで呼んで貰うかな?」

ネクはそう言って笑って見せた。

 

「ふざけるなよ……!

偽物風情が!!我が名を名乗ろうとは!!」

オルグラムが怒気を強め、腰のステッキを引き抜く。

 

「まだまだ。まだまだ、だよ。

ボクはまだ成長途中なんだ。だから、君とは戦えない」

ネクはそう言って、ズボンのポケットからオレンジ色のランプを取り出した。

そしてネクは火を吹き消すような動作で、ランプに息を吹きかけた。

 

ふっ

 

その瞬間、オルグラムの目の前が真っ暗になる。

あのランプを中心に、すべての『光』が封じられたようだった。

 

「ボクの新しい発明品さ。ここは良いね。うん、良い、良いよ。良い。

凄く、すごくクリエイティブな気分に成れるんだ。初代オルグラムの遺産だけじゃない。ボクの作った新しい発明品はどんどん生まれてくるよ」

暗闇の中、ネクの楽しそうな声が聞こえる。

 

「くぅ……! 

眼が見えん……!」

視力を奪われたオルグラムが、困惑する。

 

「心配しなくても、10分もすれば視力は戻るよ。

そしたらまたボクの発明を見てよね?()()()()

煽るような言葉を残してネクは去っていった。

 

 

 

 

 

「オルグラム。そこ、木が有るから」

 

「うむ……」

視力を一時的に失ったオルグラムが小傘に手を引かれ、歩いていく。

よたよたと、その歩みは非常に頼りない物に思えた。

何時ものオルグラムを知る小傘からは、到底信じられない弱りきった姿。

 

「大丈夫だから、私が、私が付いてるからね?」

 

「ああ、家まで頼む」

これから来るネクとの争いを感じて、小傘は自らの怯えを隠してオルグラムの手を握った。




偶にはショタも悪くない……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師と小傘と魔導具使い

さて、さて、今回も投稿です。
全開出て来たネク君は今後どう関わっていくのか、お楽しみに!


魔法の森。

 

その中に、霧雨魔理沙の営む魔法道具店はあった。

店と言ってもそう名乗っているだけで、そもそも客人など来はしない。

当たり前だ。ここは『魔法の森』人間はおろか妖怪にさえも有害な魔法植物が群生する場所。

わざわざ危険を冒してまで、買い物に来るもの好きは居ない。

寧ろ居たとしても、店主である魔理沙が大人しく道具を売ってくれるかという疑問もあるが……

 

「さぁて……今回はどうかな?」

フラスコの中で、一本の毒キノコが揺れる。

彼女こそが、この店の店主の魔理沙だ。

天才的な才能こそないが類まれな努力の達人であり、彼女の派手な魔術は皆、地道な努力の積み重ねにある。

研鑽、研究、そして累積。

それこそが魔理沙を魔法使い至らしめている。

 

「よぉい、次はこれを――」

魔理沙がキノコを取り出し、エキスが出た液体をゆっくり火から上げる。

そして、その隣にある大き目の壺へと持っていこうとする。

 

「慎重に……慎重に……落ち着け、落ち着け……」

 

「邪魔をするぞ!!」

 

ドォーん!!

 

「あわわわわ!?なにすんだよ!!」

突如店の扉が開き、男が姿を見せる。

魔理沙はうっかり、フラスコを取り落としそうになって慌てる。

 

「ふぅむ?魔法植物か……」

部屋の中に充満する香りで、内容を一瞬にして理解する。

 

「あ、お前は――」

魔理沙はその男の顔に見覚えがあった。

そうだ。アイツは――

 

「オルドグラム……!」

 

「ほう、我を覚えていたか小娘。

精進をしている様だな。結構、結構」

オルドグラムが部屋の中を見回しながら周囲を物色する。

 

「あ、おい!!勝手にレディの部屋を漁るな!!」

 

「紅魔館の魔女との交換条件でな、とある情報と引き換えだ。

貴様が勝手に借りていった魔導書132冊の返却の催促――もっと言うと強制的な回収に来たのだ」

オルドグラムが数冊の本を本棚から取り上げる。

 

「はぁ!?ふざけんな!!人聞きが悪いぜ!借りたまま返さないだけだぜ!!

死ぬまで借りるだけなんだからな!!」

 

「魔法使いの前に人としての、基礎を覚えるべきだな。

異端五属の一つ【液体の舞(ダンス・リキッド)】」

オルドグラムが床を杖で突いた。

その瞬間、魔理沙の持つ液体が分離してシャボン玉の様に浮かぶ。

 

「お、おい!?何して――」

 

「ちょっとした、調合だ。

気にするな」

魔理沙が止めようする瞬間、シャボン同士が弾けて液体が気体へと変化した。

そして、それはガスとなって魔理沙の鼻をくすぐった。

 

「あ、こ、れ……ねむ、く……くー……くー」

 

「我特製の睡眠薬だ。即効性と持続性が高いのだ。

さて、頼まれた物を探すか……すこし、骨が折れそうだが……」

やれやれとため息をついてオルドグラムが、本を探し始めた。

 

 

 

 

 

数時間前――

 

「小傘よ、我は今まで腑抜けていた様だ」

部屋の真ん中、オルドグラムが真剣な面持ちで口を開く。

 

「この世界において、天敵と呼べる存在の少なさ。

何より、我自身の停滞。

それによって、招かれた前日の醜態――後悔ばかりである」

にせオルドグラム――ネクと名乗った少年の一件を気にしたオルドグラムは、小傘に話した。

それは、何だかんだ自分に自身を持っていたオルドグラムの珍しい、反省であもあった。

 

「うん、あの子……そのままにしておけないんだよね?」

オルドグラムはプライドが高い。

特に自尊心が高く、自分というものに絶対の自身を持っている。

そんな自身の名を勝手に語るあの少年は許せないのだろう。

 

「それもある――だが、同時に我は『我のかけた部分』をそのままにしておいたツケが来たというのもある」

 

「かけた部分……」

オルドグラムは以前から言っていた。

自身の魂を本に宿し、この時代に復活したと。

だが、その本の一部に欠損が見られると。

 

「我は、この欠損が原因で記憶と力の一部が不完全だ。

故にあの偽物が何なのか分からん。

以前の、魔法使いの様に我の力の一部を拾ったのか、それともただ単に我の名を語るだけの偽物なのか……

確証を得る事が出来ないのだ」

オルドグラムが歯がゆそうに話した。

 

「うん、知ってる。だから、今まで集めていたんでしょ?」

 

「そうだ」

そのかけた部分は、魔導具であったり、あるいはページその物だったりするらしい。

以前からオルドグラムは不思議な道具を探し、自身の一部であるなら回収し、更に紅魔館の図書室で自身の魔導書の一部の情報を探している。

 

「紅魔館で数ページ。そして鈴奈庵で埋もれるように少量のみ。

我が今まで回収できたのは全部で5ページにも満たない。

我は我がかけらを集めなくてはならない!」

オルドグラムが決心を新たに、立ち上がる。

 

「うん!私も手伝うよ!!

オルドグラムのかけら、集めようね。

まずは何からする?なんでもするから、言ってね」

小傘もヤル気満々と言った様子で胸を張る。

 

「うむ、ならば――貴様は人を驚かせて来い」

 

「うん、オルドグラムの為に人を――あれ?」

小傘がオルドグラムの言葉に肩透かしを食らう。

 

「え?なんか、いつもと変わんない……?

もっと、こう……情報の収集とか、町の噂とか、良いの?

オルドグラムはどうするの?」

 

「我は殴り込みに行く」

 

「わーお……」

思った以上にバイオレンスな返答に小傘が、小さく口を開く。

 

「紅魔館の魔女曰く、魔法の森の魔法使いが我のかけらを持っている可能性があるのだ。

我はそこへ行き交渉を済ませ、ページを入手してくる」

 

「交渉……うん!頑張ってね!!私応援してるから!!」

オルドグラムの性格、おそらく魔理沙であろう相手の性格、どちらをどう考えても、暴力の臭いがする。

弱小妖怪である自分が行ったらどうなるか、想像しただけで震えてくる。

小傘は、絶対についていかないと心に誓った。

 

 

 

 

 

「けど、どうしようかなぁ……」

驚かす=墓地という非常に安直な理由で、小傘は墓地の一角に姿を隠している。

おそらく戦闘に成ればオルドグラムは魔力を消費する。

となれば、自身の妖力が使われるのは分かり切ってる。

それはつまり――

 

「余裕がないって事だよね……」

最近はオルドグラムの自動魔力精製に小傘自身も助けられていた。

調理をする為のキッチンの召喚や、新しい道具の制作、果てには風呂や生活の一部にまで魔力を使っていた。

そこはいいのだ。オルドグラムが自分で善意を持ってやってくれた事なのだ。

だが、それらは()()()()という事態を想定していなかったからだ。

 

「ダメだよ、オルドグラム……

昔に戻っちゃ……」

断片的に聞かされる過去の話。

オルドグラムは悪をなす魔法使いであり、時には一国すらも滅ぼし自らの欲望だけに生きたという。

だがそれは、少なくとも小傘には信じられない事だ。

彼は傲慢で自分勝手だが、最低限自分を慮ってくれる。文句を言いながらも頼めば結局は助けてくれる。

決して、過去の話に聞く様な冷酷な殺人者ではないハズだ。

 

「今の、今のままで居て欲しいのに……」

小傘はそんなオルドグラムが過去の姿に戻ってしまうのでは?

と心配していたのだ。

 

ジャリッ……

 

「誰か、来た!」

砂利を踏む音に、小傘が反応する。

そうだ、今は不安がっていても仕方ない。

小傘は自らに与えられた役目を果たすべく、物影から勢いよく飛び出た!!

 

「驚け~!!」

 

 

 

「あれ、この前のお姉さんじゃないかぁ」

飛び出した人物は、ついこの前見たばかりの存在だった。

小傘より低い身長に、洋装を纏った身なりの良さそうな少年。

そして、腰のホルスターに収められた真新しい魔導書。

 

「アナタは!?」

小傘はその人物の顔を見て、驚いて飛び上がった。

その人物こそ――

 

「偽グラム!!」

 

「偽グラムは酷いなぁ。ボクだってオルドグラムなんだよ?

ただ、君と一緒にいる初代と混同されるから詭弁上『ネク』って名乗ってるだけなのに……」

つまらなそうに、ネクが唇を尖らせた。

 

「偽グラムか……確かに、あっちにツイてるならボクはそうなる、かな?

けど、むかつくなぁ。

たかが妖怪風情がボクを『偽物』呼ばわりかぁ。

少し、教育が必要かな?」

 

「!?」

ネクの言葉を聞き、小傘がその場から離れる。

何をしてくるか分からない。

だが、すぐ近くに居るのは危険だと判断した。

 

「ああ、無駄無駄。

その距離じゃ、逃げ切れないよ」

ネクが右手を上げる。

その手には青い宝石がはめられた指輪が有った。

 

「プログラム起動――」

 

『プログラム発動――トジコメル。とじこめる。閉じ込める』

小傘が認知出来ていたのはそこまでだ。

 

 

 

「なに?――っ!?」

一瞬のラグの後、小傘は知らない場所にいた。

何の光も感じない。温かさも寒さも感じない。音も香りも無い。

まるで五感が全て消失した様な『虚無』。

一瞬遅れて多大なる恐怖が小傘を襲う。

 

(た、たすけて、オルドグラム!)

声を出そうにも、自身の体が動きもしない。

ただ、まるで『物』に成ってしまったかのように、体が動かない。

 

「――はっ!?」

次の瞬間、小傘は地面の倒れる形で意識を取り戻した。

土の臭いがする、手に木の葉を触る感覚がある、当たりの景色が見える。

そんな当たり前の事が、酷く小傘に安心感を与えた。

 

「あっはっはっは!傘のお姉さん驚きすぎだよ。

可愛いなぁ」

カラカラとネクがこちらを見て笑った。

 

「わ、私に何をしたの!?」

怯えながらも小傘が声を荒げる。

 

「ん~?ちょっと、捕まえただけだよ。

いろいろ調べたかったし……」

そう話すネクの足元には、砕けた青い石が落ちていた。

先ほどの指についていた指輪の青い宝石の様だ。

 

「調べた?」

小傘の言葉に、待ってましたと言わんばかりにネクが説明を始める。

 

「妖怪なんて、突き付ければ人間の感情が生み出した存在にすぎない。

ならば本来質量なんて存在しないハズなんだ。

ならば一時的に体を溶かして、別の入れ物に入れる事も理論上可能なハズだ。

だって感情に質量は存在しないんだから。

まぁ、その結果として小さな仮の体を用意するのはこっちが勝手にやることさ。

ボクとしてはそのほうがじっくり観察も出来るからね」

 

あっけらかんとネクが話す。

勝手に説明したがる部分はオルドグラムを大いに思い起こさせるものが有った。

だが、本人は非常に簡単に話すが、その内容は小傘にとっては気分が悪くなる物ばかりだ。

 

「捕まえて調べて、力を取り出して、利用する。

言葉にすれば、それだけだね」

 

「それだけ――!?

あ、あのランプ!!」

言葉の途中で小傘が有る可能性に行き当たった。

この前オルドグラムの目から一時的に光を奪ったランプ。

『光を奪う』そんな能力を持つ妖怪に小傘は心当たりが有った。

 

「あはっ、うん。その子も()()()()よ」

まるで昆虫採集でもしているかのような、ネクの言葉。

 

「うんうん、けどお姉さんもさっきまでボクにつかまっていたんだよ?

あのまま、力を取り出してボクの作る道具の一部にしても良かったんだよ。

まぁ、お姉さんの能力は詰まんなくてハズレも良いトコだったから、捨てちゃったんだけどね?」

 

 

「――ッぅ!」

小傘が自身の体をかばう様に、両腕で体を抱きしめた。

本人は意識していないだろうが、ネクの態度、言葉、考え方、そして在り方すべてが小傘を傷つける。

 

「あはっ!かわいいなぁ」

ネクが一瞬だけ好戦的な目を向けた瞬間、再度小傘の体に冷たい物が流れる感覚が走った。

それだけで、小傘の体は動けなくなってしまう。

何らかの魔術なのだろうか?

 

「え、う、えあ……!?」

言葉を発そうとしたが、舌が上手く回らない。

まるでドロの中に居るように、酷く緩慢でもどかしい。

そんな小傘の視界の端を、鉄で出来た銀色の蝶が飛んでいった。

 

「無駄だよ。今の君はボクの許可が無ければしゃべる事も、動く事も出来ないんだよ?

妖怪の闊歩する世界で、妖怪の対策を練らないなんて、怠慢以外のなにものでもないよね?」

ネクは自慢げに、自身の周囲を優雅に飛ぶ銀色の鉄で出来た蝶を、指先に止まらせた。

 

「確かにボクは初代の様な多様性のある魔術は使えない。

『液体』『気体』『固体』『肉体』『魂』の異端魔術五属性だって使いこなすことは出来ない。

けど、豊富な魔導具たちがボクにはある。

閉じ込めて、削って、抉って、潰して、燃やして、溶かして、斬って、刻んで、凍らせて、歪めて、落として、嬲って、解体(バラ)して、晒し者にしてもいい。

さぁて、どうしようか?」

 

「ぅぶ……」

数ミリ前に顔を寄せ、ネクが小傘の顔を覗き込む。

 

「お姉さん、見た目は結構可愛いし、物が意思を持ったっていう現象には興味があるからなぁ……

()()()()()()()()()()?」

ネクが笑いながら右手を持ち上げる。

小傘が必死になってネクを睨みつけるが、効果はない。

それどころか、ネクは必死になって抵抗する小傘の様子を楽しんでいるようにさえ見えた。

 

「むぅ~~!」

小傘が動かない体を必死になって動かそうとする。

 

「あっはははは!面白いね。お姉さん」

ネクが小傘の顎を掴んで、自らの方を向かせる。

小傘よりも身長が小さいネクの方向を無理やり向かされる。

 

「けど、いいや。どうやらすっかり初代の物気取りらしいし……

前の持ち主の癖が付いた道具なんて、要らないや」

その瞬間、ネクが消えた。

それと同時に小傘の体が動くようになった。

 

「っぷはぁ!!はー、はぁー……」

 

「またね。お姉さん。ボクの物に成りたくなったら、誠心誠意お願いするなら考えてあげるからね?」

何処かからネクの声が聞こえた。

非常に、非常に嫌な物を残しネクは消えていった。




うざい上に、特有の残酷さがあるショタキャラは良いですね。
うん、書いてて楽しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師と無意識と地下世界

さて今回も投稿です。
ネクが出てきて以来微妙にシリアス……

個人的には、頭空っぽにして読める作品を目指しているのですが。


カラン、コロン、カラン、コロン……

 

しとしと雨が降る幻想郷の中で、小傘が力なく歩く。

小傘がネクと遭遇してから早2週間。

驚くほど何も無く、オルドグラム一人がせかせかと何らかの形で動いている様だ。

『様だ』と形容したのは、彼が何をしているのかは深くは小傘自身も知らないからに他ならない。

 

「はぁ……」

せっかくの雨だというのに、やはり小傘の気分は暗い。

本当は分かっている。

自信は妖怪の中でも力が弱い存在である、と。

知り合いの命蓮寺のぬえの様な大妖怪では無く、ただの古ぼけた道具が意思を持ったに過ぎない。

オルドグラムと並ぶ事など出来る訳が無いのだ。

 

「ただいまー、オルドグラム」

 

「む、帰ったか。そろそろ昼にしようと思っていた所だ」

座っていたオルドグラムが背筋を伸ばし立ち上がる。

 

「私がやるよ!オルドグラムは休んでて」

結局ネクと会った事さえ言えずに、小傘は自分に出来る家事をしようとする。

 

「そうか、ならば任せる」

 

「うん、わかった」

日常は平穏を装いながら続いていく。

 

 

 

 

 

「む、美味いな」

 

「え、本当?揚げ出し好き?」

小傘の作った揚げ出し豆腐を食べて、オルドグラムが頬をほころばせる。

状況は芳しくは無いが、こんな時こそ平穏が大切なのだと小傘は思った。

 

「えへへ、うれしいな……これからは毎日作っちゃうからね!」

 

「毎日は困るな。流石に飽きる」

オルドグラムが小さく喉を鳴らした。

 

「そう言えば、オルドグラム。

今日はなんだか機嫌が良いね。

なにかあったの?」

 

「おお、気が付くか?表には出さない様にしていたのだが……

ふむ、お前の観察眼は思ったより高いらしいな。

素直に言ってしまうと、コイツを捕まえたのだ」

オルドグラムが指を鳴らすと、本が開きその人物を吐き出した。

 

「むぅ、ぶぶぅ……」

その人物は、明らかな子供だった。

白っぽい髪に黄色みのある服に、スカート。

幼い体躯はオルドグラムのベルトによって縛り上げられ、目隠し、猿轡がされて、後ろ手と両足が縛られていた。

 

「ふっふっふ、今の我は気分が良いぞ!」

楽しそうに笑うオルドグラムを見て、小傘は全身の血が引いた。

 

「アウトー!!オルドグラム、アウトー!!!」

精いっぱい大きな声を出して、小傘が喉がつぶれんばかりに叫ぶ。

 

「五月蝿いぞ。一体どうしたのだ?

む、以前こんな事があったような……むぅ?」

記憶に小さな引っ掛かりを感じたオルドグラムが、顎を指先で撫でる。

 

「針妙丸ちゃんの時だよ!!」

 

「おお、そうであったな!」

 

「全く!次から次へと小さい子を誘拐して!!

ロリグラム!!ペドグラム!!実は私の事も、そ、そんな目で、みてりゅんでししょ!!」

小傘は自分で言っていて、自分の耳が真っ赤になっていくのを感じた。

 

「最後まで言えていないぞ。

それに我は子供は嫌いだ。五月蝿く、感情に任せて動く。

倫理的で論理的な動きが出来んからだ。

それと、僅かに口角が上がっているのはなぜだ?」

 

「あ、上がってないし!!」

まぁよい、とオルドグラムが一息ついて再度口を開く。

 

「こいつを捕獲した事により我は前々から我が抱えていた問題が一つ解決したのだ」

 

「問題?」

オルドグラムの言葉を小傘が繰り返す。

 

「以前我が研究室を召喚し、内部で魔力の精製に従事していた時、侵入者があってな。

また以前の様に、お前が入って来たのかと調べたが侵入者の形跡はあれど姿は無し。

そんな事が数かい続いてな。

我も困っていたが、今日遂にその下手人を捕獲したのだ」

 

「へぇ、そんなことが有ったんだ」

自身が思っていたよりも身近で、そんなことが有ったのかと、小傘が声を漏らした。

 

「こいつが捕獲した侵入者だ」

オルドグラムは再度、先ほど捕獲した少女を指さす。

 

「オルドグラムの研究室に入るなんて……なんて無謀な事を――ん!?」

小傘が哀れみを持って倒れる少女の胸から、藍色のチューブのついた球体がこぼれる。

それが一瞬小傘は何か分からなかった。

だが、ゆっくりとそれが何か考えると、それは目をつぶった人の目の様に見えた。

 

「ひ、め、眼ぇ!?」

小傘が後ろに後ずさり、オルドグラムが受け止める。

 

「今さら気が付いたのか?

アイツは妖怪の一種だ。妖力が検出できた」

 

「あ、そ、そうなんだ……」

意外な事実に小傘が驚く。

 

「小傘よ。貴様、驚かすより驚かされる方が多いのではないか?」

 

「いや、そんなことは……ない……と、おもう……多分……」

否定したいがオルドグラムが来ていらい、彼の魔法など様々な出来事に驚かされてばかりであり、否定できないのが悲しい所だ。

 

「で、結局この子どうするの?」

 

「この子じゃないよ!私はこいし!」

小傘の目の前で、口が外れた妖怪が自らの名を名乗る。

 

「あ、どうも丁寧に。多々良 小傘です」

 

「む、名乗りが遅れた。これは無礼を働いた、我はオルドグラム、オルドグラムゴルドミスタである」

目隠しされ、縛られた少女と交わす不可思議な挨拶。

 

「えっとー、オルドグラムは私をどうするのー?」

こいしがころんと体を転がして話した。

 

「ふむ、とりあえず我の研究室に無断で入り込んだ罰として、貴様を滅そうとおもう」

 

「うーん、痛いのは嫌だなー。

お金なら払うから許して――」

 

「許さん。貴様は殺す。とりあえず妖怪は殺せるかどうかの実験をしたい。

頭蓋を叩きつぶし、首と胴を分離させ胴体部分に風穴を開ける気だ」

すました顔でオルドグラムが述べる。

その様子を小傘が怯えながら聞いていた。

 

「わーお、怖いね。なんでもするから許してくれない?」

こいしの声にわずかに焦りが混ざったように聞こえた。

 

「断る。では、妖怪よ。来世と言う物があるなら元気で過ごせよ?」

そして、オルドグラムの声には楽しそうな感情が混ざった。

そして一切の躊躇の無い冷酷な審判。

 

「本気なの!?本当に本当なの!?」

その声を聴き、じたばたとこいしが暴れだす。

 

「往生際が――悪い!」

ひゅんと風を切る音がして、こいしの頭部にステッキが叩きつけられた!!

小傘は恐ろしさのあまり目をつぶった。

 

「あう!!…………あれ?」

しかし聞こえて来たのは、破壊音では無く間の抜けた小さな音だった。

『ぺし』あるいは『ぺち』と表現するべきだろうか?

いずれにせよ、とても相手を害する音には聞こえなかった。

 

「……簡単なトリックだ。我が力を以てすればな」

オルドグラムのシルバーのステッキは、その形を失いまるで布の様に柔らかい素材に変化しこいしの頭に乗っていた。

 

「おおー、おみごと」

小傘が両手を叩いた。

 

「さて、妖怪よ。これに懲りたら不用意に――む?」

オルドグラムがこいしの目隠しを取ると、白目をむいてぴくぴくと痙攣していた。

 

「あ、これ完全に気絶してる……」

小傘はその様子を気の毒そうに見ていた。

 

 

 

 

 

「全くもう!!本当に怖かったんだからね!?」

尚も縛られたままのこいしが、ぷんすかと怒りを見せる。

 

「我とて舐められる訳にはいかんのでな。

不本意だが、今回は恐怖を優先させてもらった。

それに、我が相棒の小傘は他人の恐怖を定期的に吸収しなくてはいけない質でな?」

オルドグラムはあくまで、今の行為は自分の為だけではなく、小傘の為でもあると告げる。

だが――

 

「オルドグラムほんっとうに楽しそうにやってたよね!?」

 

「そんなこと有る訳ないであろう?我が、そんな非道な事を……」

ワザとらしくオルドグラムが驚いた真似をする。

 

「……とにかくほどいて欲しいな~」

こしはそんな二人のやり取りを尚も縛られ、転がされながら見ていた。

 

「分かった、分かった。十分懲りた様だからな。

ほどいてやろう」

オルドグラムがグリモワールを手にすると、こいしに絡みついていたベルトが一人でにほどけグリモワールの中に入っていった。

 

「帰れ。もう来るなよ」

オルドグラムが扉を開け放った。

その時、こいしの瞳がグリモワールの表紙を見ていた。

 

「コレが珍しいのか?まぁ、そうであろうなて……

表紙から内容まで、暗号化されており普通では読み解く事も――」

 

「私、この本、見た事ある……気がする!」

 

「なに!?」

オルドグラムがこいしの言葉に驚いた。

 

「何処だ?どこで見た!!」

オルドグラムがこいしの肩を掴み揺らす。

 

「あう、あう、あう」

オルドグラムは必至なのか、ゆらしたこいしの頭がゆれる。

 

 

 

「うちの……書庫に……あったとおもう……うえっ……」

振られすぎて顔を青くした、こいしが話す。

 

「家、貴様の家か……」

 

「探しに行くの?」

小傘がオルドグラムに尋ねる。

 

「あながち偽物とは言えんのだ。

吸血鬼の館で我が発見されたように、ここには『忘れられたモノ』が集まってくる。

我が道具たち、我がページに一端いずれもここで見つけている。

ならば、今度も……」

 

「オルドグラム……」

小傘が思うのは、ネクの存在。

オルドグラムを名乗る少年は様々な道具を手にしていた。

ならば、オルドグラムは自分のグリモワールを再生させようとするのが最優先にするのは当然と言えるだろう。

 

「それで?貴様の家はどこだ?

人里か?妖怪の山か?それとも吸血鬼の様に、どこぞに住処があるのか?」

 

「私のお家は妖怪の山から行ける地底にあるよ~」

 

「地底!?」

こいしの言葉に小傘が声を上ずらせる。

 

「ほう、地底などあるのか……

地底世界……個人的に興味があるな」

オルドグラムが興味深そうに話す。

 

「あわわわわわ……」

 

「小傘よどうしたのだ?」

オルドグラムは小傘の様子がおかしい事に気が付いた。

 

「地底は不味いよ!!とっても怖い所なんだよ!?

昔は地獄で、地上にいられない様な乱暴者や凶悪な妖怪がゴロゴロしてるんだよ!!」

小傘は言ったことは無いが噂は何度か聞いていた。

狂暴、凶悪な妖怪がうろつく危険なエリアそれが地底にある『旧地獄』。

人間はおろか、小傘の様な力の弱い妖怪にとっても危険な場所だった。

 

「ね、ね、ね?やめよ?命の方が大事だよね!?」

必死になって小傘がオルドグラㇺを止めようとする。

 

「そうか……なら、『来い』。貴様に拒否権は無い」

 

「だよねー、分かってたよー」

オルドグラムの非常な言葉に小傘は滂沱の涙を流す。

だが……

 

「けど、私オルドグラムについてく!

オルドグラムは昔の伝説では悪い魔法使いだってみんな言ってるけど、私はそうは思わない!

オルドグラムの無くなった記憶のかけらが有るかもしれないなら、私ついてく!!

後悔なんか、絶対しないから!!」

 

 

 

 

 

約30分後……

 

「いやぁあああああ!!!!来なきゃよかったぁああああああああああ!!!」

小傘の涙が()()()()()()()

 

「そう驚くことか?」

今小傘とこいしはオルドグラムに縛られぶら下げられながら旧地獄へと道を落ちていた。

普通は歩いていく方法もあるのだろうが、これが最もショートカット出来るとオルドグラムはここを選んだのだった。

 

「わー、はやいはやい!」

オルドグラムの言葉に、背中のこいしが楽し気に笑う。

 

「よく平気――ハッ!?」

こいしを見ると目の焦点が合っていない。

どうやら恐怖によって、正気を失っている様だ。

 

「む――道が分かれた……」

地面に当たる寸前で急停止したオルドグラムが、目の前に広がる2つに分かれた道を見る。

 

「目的地は地下のそのまた地下……より深い方へ進むべきだが……」

試案するオルドグラムの前に二つの影が踊り出でた。

 

「ききぃ!!」

 

「しゅるるる……」

羽の生えたサルの様な妖怪と2メートル以上の身長がある人の顔のついた妖怪が立ちふさがる。

2匹の妖怪は自らのテリトリーに入ってきた獲物を互いに品定めしている様に見えた。

どちらがこの獲物を食らうか。妖怪は両方ともオルドグラム達を餌としてしか認識していなかった。

 

「道を聞く訳には――いかんな」

 

「きしゃぁあああ!!」

 

「ききぃいいいい!!」

2体が同時に襲い掛かって来た。

 

「いやぁあああああ!!!」

 

「わー、すごい、すごい!」

悲鳴を上げるこがさ、なおも現実逃避を続けるこいし。

2匹の爪が彼女たちに触れる寸前――

 

「邪魔をするな」

オルドグラムの姿が一瞬ブレた。

そして、一拍おいて2体の妖怪が同時に吹き飛び、二つの穴へと同時に飛んでいった。

 

「ふむ――右の方が音が響くな。

左の奥が行き止まりという事だ、右へ行くぞ」

 

「……もっと早く助けてくれないかな!?」

どちらかの妖怪の垂らしたよだれで、顔をベタベタにしながら小傘が叫んだ。

 

「この国の言葉に『能ある鷹は爪を隠す』というものがある。

自身の力を誇示するのは確かに愚かしい事だが、あまりにも力を行使しないと、相手の力量を読めない馬鹿が絡んでくる……

全く嘆かわしい……」

 

「え?――ひっ!」

オルドグラムの言葉を聞き、今まで来た洞窟を見上げるとそこには無数のシルエット。

どうやら、まだまだ他にもこちらを狙う妖怪はいたらしい。

オルドグラムは黙って、道を進み始めた。

 

 

 

「あ、ここ見覚えある!!

もうすぐだよ!!

なんか、ひさしぶり~」

遠くに見える明かりを目にして、こいしが笑みを浮かべた。

 

「まさか、地下にこんな世界が有るとは……」

 

「すごい、これが……旧地獄」

目の前の遥か彼方に見える町の明かりに、小傘が目を輝かせた。

 




こいしは微妙に性格が読みにくい……
作者によってバラつきが出る性格だと思いますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と姉妹と地獄の屋敷

さてさて、今回も投稿。
諸事情で遅れてしまい申し訳ありません。
夏場は、筆の速度が落ちるのかもしれません。


地底の世界の旧地獄。

そこは地上に居られなくなった様々な者たちが集まるゴロツキの町。

逃げ込んだ者、追い出された者、自ら舞い込んだ者。

様々な理由があるが、いずれも他から来た「よそ者」は町の中で手荒い歓迎を受ける事に成るだろう。

 

「邪魔だ」

うっとおし気にオルドグラムがつぶやく。

目の前には複数の妖怪が地面に倒れ伏している。

彼らはその手荒い歓迎をした末路だ。

 

「いやー、オタクの連れさん強いねー、ヒック!」

 

「え、ええ、まぁ……」

小傘の隣、居酒屋の屋台の椅子に座る妖怪が酒を飲みながら笑う。

 

「ぐぅ!」

 

「お、おお……」

 

「がっは!?」

複数の妖怪たちが皆軽々と吹き飛ばされ地面に倒れていく。

そして、周囲に立っている妖怪が居なくなった頃オルドグラムがため息をついた。

 

「全く、これだから蛮族は好かんのだ」

疲れたと言わんばかりに、オルドグラムがマントについた埃を払った。

そして、小傘に預けていた帽子を回収する。

 

「ひゅー!アンタの強さに乾杯!ひっひっひ!」

酒の飲み妖怪が杯を掲げて見せるがオルドグラムは華麗に無視をする。

 

「お、お疲れ様……」

小傘が苦笑いを浮かべる。

圧勝、相変わらずの圧倒的力。

だが――

 

「我はこんな事望んではいないのだ……やれやれ」

困ったようにため息をつく。

 

事の初めは、通りすがりの妖怪が吹っ掛けて来たいちゃもんだ。

道行くオルドグラムに、やれステッキが当たっただの、やれこちらをにらんだだの因縁をつけて来た。

見た目だけならば優男のオルドグラムを妖怪は組みやすしと考えた様だったが、数秒後には地面を舐める事に成った。

それだけならば良い。良いのだが喧嘩好きな地底妖怪が次から次へと集まって来て、ちょっとした乱闘騒ぎにまで発展したのだ。

 

「先を急ぐぞ」

 

「うん、これ以上、騒ぎが大きくなる前に……」

小傘がそそくさと立ち上がり、隣にいた酒飲み妖怪に別れを告げる。

 

「だが、その前に――」

オルドグラムが再度ステッキを振り上げる。

 

どがっ!

 

「いでぃえ!?」

酒飲み妖怪を打ち据え、その拍子に妖怪の懐から財布が転がり落ちる。

 

「あー!私のお財布!!」

小傘が立った今転がり落ちた財布を拾う。

 

「うぐぐっ!?」

酒飲み妖怪は一瞬でシラフに戻り、冷や汗をかく。

 

「やれやれ、酔っ払いに見せかけたスリか……

ずいぶんとまぁ……」

酷く馬鹿にした様子で、オルドグラムが妖怪をにらむ。

 

「い、いやぁ、出来心でして……」

 

「小傘よ。財布の中身は全部あるか?」

妖怪の言葉を無視して、オルドグラムが尋ねる。

 

「え?ちゃんとある……よね?

うん、ある!」

ゴソゴソと中身を確認する小傘。

だが――

 

「いや、足りないぞ?うむ、これは足りない。

我はここに来る為に多額の金額を財布に入れたハズだが――

足りていないなぁ?」

じろりと妖怪をにらむ。

 

「な、なんの事ですかい!?

あっしは、中身なんて抜いて――ひぃ!?」

妖怪の足元にステッキを突き付けるオルドグラム。

 

「貴様は我が嘘を言ったと?」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

オルドグラムは腰を落とし、妖怪の顔を両手で包み込む様に持つ。

 

「スリをした貴様の言葉が真実で、我が嘘をついていると貴様は言うのだな?」

オルドグラムがゆっくりと妖怪にしみ込まれる様に再度言葉を紡ぐ。

 

「ひゃい、すいませんでした……」

 

「言葉のみの謝罪など、我は求めていない。

我は金を返せと言っているのだぞ?」

オルドグラムの言葉に妖怪は怯えて首を縦に振る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

「ふぅ、まさかここまで持ってるとはな」

にんまりとしたオルドグラムが、ずっしりと重くなった小傘の財布を持って喜ぶ。

 

「う、うん……そうだね」

小傘は非常に、非常に気まずい気分を味わっていた。

 

「気にするな。外の世界でいる慰謝料の様な物だと思え」

 

「……最近忘れ気味だったけど、オルドグラムはやっぱり悪人よりなんだよね……」

小傘がため息をこぼした。

 

「こいしよ。貴様の家はまだなのか?」

 

「うーん、見えて来たよ!」

オルドグラムの持つ縄の先、まるで犬の様に紐を付けられたこいしが遠くに見える屋敷を指さした。

 

「え、結構な豪邸……!」

 

「そうだよ?おねーちゃんの名前を出せば地底なら大体好き勝手出来るからねー」

あっけらかんとしながらがこいしが話す。

 

「オルドグラム!?まずいんじゃないかな!!

地底の偉い人の妹にこんな事したら……」

一体どんな罰を受けるのか、小傘が想像して震えあがった。

 

「ふむ、まぁ、良いだろう。最悪の自体になってもこちらはこいしを預かっている」

 

「何をする気!?」

サラッと不穏な単語をオルドグラムが吐いた。

 

 

 

 

 

「そう……話は大体読めたわ」

地霊殿と呼ばれる屋敷の接客室で、この屋敷の主である古明地がオルドグラムと小傘を見る。

 

「貴様のデータは既に我は知っている」

 

「そうね、鈴奈庵にある書物から読み取ったのよね?

あの賢者、こういう場合を想定してないハズないのだけど……」

さとりがが小さく悪態をつく。

 

「えっと、なんか話が読めないんだけど?」

次々と話を進める二人に、小傘が困惑する。

その様子をみたオルドグラムがため息をついた。

 

「……小傘よ。妖怪の情報を纏めた本が有るのは知ってるであろう?」

 

「え?あ!あの阿求の所のやつ!」

思い当たる本に小傘が手を叩く。

 

「アレには主要な妖怪の名のデータが書かれている。

我は――」

 

「閲覧して、覚えているのですよね?

錬金術師で魔術師のオルドグラム・ゴルドミスタさん?」

オルドグラムの言葉を継ぐ様にさとりが話した。

 

「覚妖怪……他者の心を覗く力がある、か」

 

「貴方は覚えていない様ですけど、こいしもその本に書かれているんですよ?

もっとも、重要なのは能力だけで私個人の事など興味が無いのでしょうけど」

若干毒のある言い方をさとりがする。

 

「なら、話は早い。我が欲しい物は分かっているであろう?」

 

「こいしの話に有った、貴方の魔導書によく似た本ですね?

正確な所在は分かりません。

本などあまり読みませんから、特に曰く付きの魔導書は……」

 

「貴様の事情など関係ない!

我は我のかけらを集めるのみ!」

オルドグラムが立ち上がり、腰のステッキに手をかけた。

実力行使もいとわないという事だろう。

 

「オルドグラム!?そんないきなり……!」

自らの一部である魔導書が賭かると、オルドグラムは若干自身を見失う。

小傘はそのことを諫めた。

 

「構いません。貴方のその態度の底に隠れた不安は『見えて』います。

こいしをここまで連れてきてくれた恩もあります。

使っていない本一冊もっていってくれても構いません」

 

「え、本当!?オルドグラム、良かったね!」

こいしの扱い含めて、非常に荒れると思っていた交渉があっさり上手くいき、小傘が喜んだ。

 

「…………しかし、貴方が欲しい物があるかどうかは分かりませんね」

さとりが目を片方だけ閉じて話す。

 

「書庫は有るのであろう?

ならば、我は我が力の一端を回収するのみ。

案内してもらおうか?我が直々に探し出す」

オルドグラムが意欲的な姿勢を見せて立ち上がる。

 

「……良いでしょう。貴方が思っている様に、力づくで探されても困りますから」

諦めた様に、さとりがため息をついて、ついてきなさい。と先導し始めた。

 

 

 

廊下を歩きながら、さとりが説明を始める。

「残念ながら、書庫はあるにはあるけど、そこまで充実している訳じゃないの。

どちらかと言えば『書庫』というより資料室かしら。

いえ、それすら言いすぎかもしれないわね。

地獄で管理している悪霊の調査報告表を押し込めておく部屋、が一番性格かしら?」

そう言ってさとりはとある部屋を開く。

そこは紅魔館ほどではないが、大きな書庫で壁に無数の本棚があった。

だが、奥の棚には蜘蛛の巣がかかり、埃も溜まっている様に見えた。

その一方で、ひもで纏められた紙の束が床に置かれている。

 

「ずいぶんと人の手がかかっていない様だな」

 

「あまり本は読まないの。

偶に買いに行く物語なんかは、自室の小さな本棚で済ませちゃうから。

資料とははあっちからあっち。目星としてはこれ位ね」

さとりが軽く説明して、その場を後にする。

後は自分で探せ、と言いたいのだろう。

 

「良いだろう。我が探し出して見せる。

何にも代えられぬ、我が一部なのだからな」

オルドグラムがそう言って、本を手にした。

 

 

 

 

 

「ねーねー見つかったー?」

 

「……邪魔をするな」

一体いつからいたのか、もしかしたら最初からいたかもしれない、こいしの姿をみてオルドグラムはうっとおし気に話す。

しっし!と手でこちらを払うジェスチャーまでする。

 

「ぶー!つまんない!」

こいしが不満げに唇を尖らせた。

 

「あはは……オルドグラムにとっては大事な事だから」

小傘が愛想笑いを浮かべてこいしを落ち着かせようとする。

 

「ふーんだ。私だって、他の本読むからいいもん!」

そう言ってさとりが差した場所とは違う場所から数冊の本を持ってくる。

 

「なんの本?」

 

「恋の物語の本!仙人に弟子入りした男の子と仙人のキョンシーのお話!

二人が結婚するまでが書いてあるの!」

ばばーんと自身の口で効果音まで入れてしまうが、その本はとてもごつごつした飾り気などない表紙で、とてもそんな恋愛モノの本とは思えない。

 

「へぇ、そんな物語まであるんだ」

純粋に資料室と言う訳では無く、楽しむための本まであるのかと、小傘が本を受け取るが……

 

「それは……すまない。良く見せてくれるか?」

 

「え、あ、うん、いいけど……」

オルドグラムが態度を変え、小傘からその本を受け取る。

そして素早くパラパラとめくっていく。

 

「むっ、これは」

そして、その手は尚も速くなっていく。

 

「オルドグラム、どうしたの?ちょっと怖いよ?」

だんだんと形相が激しくなっていくオルドグラムに、小傘がおずおずと声をだす。

 

「すまない。少し夢中になっていてな」

僅か数秒だが、すべてを読み終えたオルドグラムが本を閉じる。

 

「オルドグラムが恋愛小説なんて、何か意外……」

 

「これは恋愛小説ではない。おそらくだが……我の道具だ」

僅かに迷った素振りを見せるもオルドグラムが宣言した。

 

「ええー!魔導書のページじゃなくて道具!!?」

久しぶりに見る危険な道具に小傘が身を慌てて引いた。

 

「恐れるな、これは……そう、お前には害を及ぼさない道具だ」

 

「???」

自分にだけ害がないという言葉を聞き、小傘が首をひねる。

 

「これはそうだな……いわば恋愛の成就の為のハウツー本だ。

この本に記されている儀式を恋人同士がクリアする事が出来れば、その2人には絶対の幸福が約束される」

 

「……オルドグラムそんな物まで作ってたの?」

危険なイメージのある魔道具の中にしては異質な効力、それと同時に恋愛に全く興味などないであろうオルドグラムが製作者という事実。

それらがまぜこぜとなり、小傘のなかに言葉で言い表すのが不可能な感情が巻き起こる。

 

「読むだけでは、なんの効力もない。

自らの恋人と共に、この魔道具に触れるて起動させることで初めて効力が発生する。

だが……さて、我は何を思いこのような道具を作ったのだ?」

オルドグラムが不思議そうに顎に手を当てて本を見る。

 

「覚えて無いの?」

 

「正直言うとこのような道具を作った覚えは全くない!

だが、使っている魔術式のクセ、更には製作者の名に我のサイン、それにこの魔道具には我の使用する『異端五属性』の内『魂』に深く対応する魔術だ。

我以外に制作できる者などいはしない」

オルドグラムが断言する。

だが、それでも本人はこんな道具作った覚えはないという。

 

「記憶の欠けた部分なのかな?」

 

「だとしてもだ。この儀式は意図的に条件を難しくしているのだ。

本来、ここまでの条件を儀式の成功条件にする必要はない。

まるで、失敗する事を望んだ様な……だが、道具としては使われるのが目的のハズ……

我はなぜ?」

再度オルドグラムが考え始める。

オルドグラムから本を借り受け、パラパラと内容をみた小傘だがその条件は唖然とする物ばかりだ。

曰く――嫉妬深い一族の血を引く者から祝福の言葉を受け取る。

曰く――聖別された神聖な材質を使い怪力を誇る者にしか作れない道具を作らせる。

曰く――蜘蛛の妖の紡ぎだす糸を使いドレスをこしらえるなどなど……

どう見ても成功させる気などみじんも無い物ばかりだ。

 

「へぇ」

小傘が自分には絶対無理だな。なんて思いながら条件を読み上げていく。

そして同封されている過去の成功した話や、失敗した話などを見ていく。

 

「我には理解出来んな」

オルドグラムが再度理解出来ないと語るだが小傘には、この道具の『意味』が理解出来た。

それは――

 

「ねぇ、オルドグラムこの道具って――」

 

「もう良い。下らん事で時間を浪費した。

探すぞ。我の目的はそれではない」

興味を失ったオルドグラムが小傘の言葉を遮って、作業を再開し始める。

 

「えー、あ……仕方ないなぁ」

自身の意見を言えない事を不満に思いつつも小傘は、作業を再開する。

そして、そんな二人が気付きもしない内に、空いていた書庫のドアが閉まった。

 

 

 

 

 

たたたた……

古明地さとりの妹、古明地こいしが地霊殿を走る。

さっきの現場、こいしはずっとそこにいた。

だが、その存在は忘れられ、何度話そうともう二人は気が付いてくれはしなかった。

まただ、また自分は誰にも見えなくなった。

心のそこに在る悲しみを、忘れる様にこいしはその場を逃げ出したのだった。

そして気が付くと、地霊殿の中庭の中、屋敷で飼っているペットたちが各々自由に過ごしている。

こいし本人は気が付いていないが、さみしくなるとここに来る癖があるのだ。

 

 

 

「やぁやぁ、こんにちは。小さなレディ」

こいしの頭上から声がかかる。

 

「あなたはだあれぇ?」

地霊殿の屋敷の屋根に、まるで重力を無視したかの様に軒下に腰かける洋装の少年を見つける。

名前を尋ねるが少年は意地悪く笑うだけ。

 

「ふぅーん……?かわいそうに」

一人の少年が柔和な笑みを浮かべる。

 

「あなたは何を言ってるの?」

少年の言葉に意図せずこいしの心臓が跳ねた気がした。

だが――

『かわいそう』と口に出しているモノの、その表情からは一切の同情など感じ取ることは出来ず、寧ろ相手の不幸を心底楽しんでいる様にすら見える。

 

「君はいつも一人なんだね」

 

「?」

 

「分からないの?それとも分からないフリかな?

いや、もしかしたら、そんな事も分からなくなるほど痛みを受け続けて心を麻痺させちゃたのかな?」

子猫が獲物で遊ぶ様に、子供が蟲の足をもいで遊ぶ様に。

少年は残酷な言葉でこいしの心に傷をつける。

 

「誰も君を見ない。君はいつも炉端の小石。

在っても無くてもだぁ~れも気にしない。

君は無くていい存在なんだ。誰にとってもどうでも良い存在なんだ。

だってそうだろ?誰も君を瞳に映さない」

 

「やめて……私は」

こいしが自らの両耳をふさぐ。

だが、そんなことで少年の言葉は遮れない。

 

「君を助けてあげるよ。僕は魔道具使いさ。

君の心が望むモノを君が、自分の手で手に入れるんだ。

僕が手伝ってあげるからね?」

 

「どういう、こと?」

 

「魔道具使いは、魔法使いじゃない。

不思議な道具を貸す事しか出来ないのだ。

だから、君は自分の力で、自分の望みを叶えなくちゃいけない。

さっきも言ったように、僕はそのお手伝いをするのさ」

一体いつからか、少年とこいしの周囲は深い霧に満ちていた。

特に足元など、真っ白で自身の靴さえ見る事が出来ない。

 

「さぁ、どうぞ?」

少年――ネクがこいしにボロボロの釣り竿を渡す。

今にも壊れそうな釣り竿で、糸の先には針すらついていない。

 

「これが、私を助ける道具?」

 

「あははは、違う、違う。

これはね?道具を呼び出す道具さ。

この釣り糸を垂らしてゆっくりと糸に自らの願いを込める。

すると、願ったモノをこの釣竿は呼び出してくれるのさ」

 

「私の、欲しいもの……」

こいしがふらふらとその竿に手を伸ばした。

そして、ゆっくりとしかし確かに握り……

 

ネクがその様子を見て、歪んだ笑みを浮かべた。

だがこいしはそんな少年の表情に気付く余裕すら持ってはいなかった。




実はひょっこり出て来た、募集した魔道具たち。
使いやすい設定なので、早速使用しました。

募集して下さった方、ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と道具と目覚めの時

今回は、あまりやりたくなかったオリキャラ同士の会話があります。
せっかく原作あるから、やりたくは無いのですが……

どうしても必要だったので……


ととととと……

 

小さな影が廊下を歩く。

 

ふわり、ふわふわ……

 

古明地こいしの歩いた足跡から、丸いシャボン玉が生まれていく。

 

そして――

 

その足音と共に、廊下から『色』が抜ける。

床の赤は、まるで垂らした絵の具を逆再生するように赤いシャボンを吐き出す。

壁の白は、触れられた部分からふわりと色が白く丸い球体に変わり抜けていく。

燭台の炎の色も、ドアの色も、影の色も全てが抜けて、『抜け殻の白』だけが残っていく。

 

ふわふわ、ぷかぷか……

 

「きれい、すごく、きれいだなぁ」

こいしが自分の後についてくる、色のシャボン玉を見て目を輝かす。

 

「あはっ!」

シャボンを指先でつつけば、まるで水中の気泡の様に小さな複数のシャボンに変わる。

そしてそれをくっつければまた大きな一つのシャボンに戻る。

 

「あはは、たのしいなぁ。たのしいなぁ」

どこか気の抜けた顔でこいしが渇いた笑みを浮かべる。

首からぶら下がる、ストローの様な緑の筒を口に咥える。

 

「もっと!も~っと、色をちょうだい!」

筒をふいた瞬間、床から、天井から、窓から、様々な場所から色が抜け始めた。

 

 

 

 

 

「ん?ナニコレ?」

最初に異変に気が付いたのは小傘だった。

目の前を、黒いシャボン玉が飛んでいく。

最初は一つ。だが、机や椅子、更には本からも『色』が抜けシャボンに変わり始めた。

 

「なに、これ?」

突然の自体に小傘が驚きの声を上げる。

そして興味をもったのか、指先でシャボンに触れようとする。

一瞬遅れてオルドグラムも異常に気が付いた。

 

「これは――!」

それはオルドグラムも気が付いた様で、すぐに立ち上がり近づいてきたシャボンを避ける。

 

「小傘!このシャボンに触れるな!」

 

「え、なに――わひゃ!?」

オルドグラムの注意むなしく、小傘の指がシャボンに触れる。

その時、小傘の指から肌色の色が抜けてシャボンに吸収され始める。

 

「ちぃ!!」

オルドグラムが本の栞を引き抜き、シャボンに突き刺した。

するとシャボンは栞の色を取り込みふわりとまた浮かびだした。

 

「なにこれ、なにこれ!?」

次々起こる自体に小傘が、パニックに陥った。

 

「おそらく何かの道具だ……我が近づいた事で休眠状態だった物が再起動したのか?

この様な道具全く以て記憶に無いが、なんにせよ――」

オルドグラムがマントを掴み、小傘を守る様にその中に引き入れる。

 

「オルド――むぐ!?」

 

「黙っていろ。今、貴様に構っている暇はない。

大人しくじっとしているのだ」

オルドグラムがぼそぼそと、口の中で何かを唱えて手に平に魔法陣を形成する。

そしてそれをマントに押し付けた。シャボンがマントにが触れて、そのまま何事も無かった様に滑っていく。

その様子を見てオルドグラムが安心して、一息ついた。

 

「よし、性質を似せれば誤魔化せる……小傘よ。

このマントの中に本を引き込み脱出するぞ」

 

「脱出って、逃げるって事?」

 

「ああそうだ。大規模な魔術の汚染とも言えるな。

起きている事はベクトルは違うが、以前の嵐の時と同じだ。

何処かの誰かが、魔術を暴走させているのだろう。

幸い、このマント越しならば魔術を誤魔化せる。

我らは急いでこの書庫から目当ての本を回収するぞ」

オルドグラムがマントで全身を覆ったまま、再度本棚へ向かう。

 

「待って!」

小傘がオルドグラムのシャツを掴んだ。

 

「……なんだ?」

心底めんどくさそうに、この後小傘が何を言うか予測出来ている風に口を開いた。

 

「この近くで起きた事件なんだよね?」

 

「おそらくは、な」

 

「……オルドグラムのかどうかは分からないけど、魔法の道具なんでしょ?」

 

「おそらく……ではあるが、ほぼ確定だな」

 

「道具は誰かが使って初めて、動き出すから……

動かした人も一緒にいるよね?助けに行こう!」

 

「断る!」

オルドグラムがきっぱりと断った。

 

「この道具はおそらく物体の『情報』を『色』として盗んでいるのだ。

このままいけば、この書庫の本も皆『色』を盗まれる。

その前に、全ての本を閲覧して我が魔道具を回収するのだ。

第一、この規模だ。道具の使用者はすぐに力を使いつくして気絶して自滅する」

オルドグラムが説明しても、小傘の視線は揺るがない。

 

「貴様はおせっかいなのだ。

無駄ごとに首を突っ込みすぎる!

そのため、どれだけ損をした?

我らに何の得がある?」

オルドグラムは必死になって小傘を説得しようとする。

 

「オルドグラム、()()()

この道具を使ったかわいそうな人を助けて」

小傘が確固たる意志を持って、その言葉を発した。

 

「ちぃ……我は貴様の魔力の一部を使い具現化している。

貴様は我に魔力を供給し、我は貴様の願いを聞いてやる……」

二人の間の約束事だ。

 

「魔法使いは契約を守るんでしょ?」

 

「ああ、分かった。ああ!分かったとも!貴様が救いようのない愚か者だとな!!」

オルドグラムがマントを纏い立ち上がる。

 

 

 

 

 

地霊殿の廊下をオルドグラムが駆ける。

オルドグラムに背負われる様に、小傘が背中にぶら下がってついていく。

 

「どこへ、いくの?」

 

「使用者の特定は驚くほど簡単だ。

このシャボンは遠くへ遠くへ向かい『色』を奪う、そして奪った『色』を持ったまま周囲に滞留する。

奪うべき『色』が無いならばシャボンは半透明。

要するに、半透明のシャボンが大量に流れてくる方向に、使用者が居る」

オルドグラムがステッキを構えた目の前、色が抜け落ちた廊下とその廊下にぎっしり詰まったシャボンが行く手を阻む。

 

「邪魔を――するなぁ!!」

オルドグラムがステッキを廊下に向かって投げつける!

その瞬間ステッキから炎が噴き出す。

 

「周囲の物を強制的に吸収する特性……

だが、取り込んだ物が自身の性質に相容れない場合はどうなる?」

その答えを示す様に、シャボンが次々割れていく。

 

「どうなってるの!?」

 

「シャボンは基本は液体。炎を取り込めば蒸発して消える。

ただそれだけだ」

廊下を走り抜け、落ちたステッキを拾い一つの扉を開ける。

その向こうは中庭に成っていた。

 

「こいしー!いるの!?どこにいるの!!逃げなさい!!」

中庭の中、さとりがこいしを探し声を上げる。

 

「貴方は!逃げなさい、ここは危険よ」

 

「危険は承知の上だ」

オルドグラムがそれを無視して、中庭に降り立った。

 

(シャボンの発生源はおそらく、ここ……

そして、あの妖怪が無傷であるという事は、無意識に手心を加えているということか……ならば犯人は――)

ふと気が付くと、さとりが悲痛な顔をしてこちらを見てる。

 

(なるほど、読んだな?我の心中を――)

オルドグラムの心を読んだという事は、オルドグラムが思い至った出来事は全て理解できているという事である。

犯人がこいしである可能性の高さも、魔道具の危険性も、分かってしまっているという事だ。

 

「ならば!!」

オルドグラムが地面にその手を突いた。

瞬間、その手から蜘蛛の糸が広がる様に一瞬青い光が瞬いた。

 

「ちぃ、魔力が……小傘よ!!15日から20日ほど、貴様には働いてもらうからな!!」

 

「え、うっそ!?」

小傘の返答を聴く前に、オルドグラムが魔術を発動されていた。

 

「湧き上がれ風よ!!巻き起こせ突風!!」

両手をついて力を入れた瞬間、地面から風が吹きあがりシャボンを上空に飛ばす。

 

「これで、漸くあの妖怪を探せる」

オルドグラムが立ち上がり、庭を見渡す。

モノクルの能力を使うが、ここにいるハズのこいしは見つからない。

 

「姿を消せる能力は驚嘆に値する。我のモノクルからも姿を消すとは少々自信を無くす所だったぞ。

だが、その『消せる』あるいは『認知させない』という部分が攻略の鍵なのだ」

オルドグラムが再度モノクルを指先で撫でる。

 

「知覚能力最大出力!!」

オルドグラムを囲むように、複数の魔法陣が展開される。

そしてそれが消えた瞬間――

 

「そこだ」

庭の一角、そこに魔法陣が何かを捉える様に巻き付いた。

そして、魔法陣が人の形を作り出す。

 

「な、なんで、ここが……」

じたばたと魔法陣の拘束されてこいしが暴れる。

 

「こいし!」

さとりがその影の形を見て声を張り上げる。

 

「知覚されないのが貴様のメリットでありデメリットなのだ。

貴様がこの周辺に居ると確定しているのなら、可能な限り『全て』を知覚するのみだ。

それでもなお知覚できない場所が貴様の居場所だ。

さて、我を手こずらせたな……この地味妖怪めが……」

オルドグラムが悪態をつきながらこいしに近づく。

そして、腰のステッキを引き抜いた。

 

「ひっ!?」

こいしの顔が青くなった。

無理もない。オルドグラムの戦闘能力は既に知っている。

地獄のチンピラ相手に簡単に無双した程度だ。

動けない自分があんなのを受けたらどうなるか、想像はしたくない。

 

「さて、対処しておこうか」

オルドグラムがステッキをこいしに向かって振り下ろし――

 

ザッシュ!

 

オルドグラムは自身の作った魔法陣の拘束を破壊した。

 

「貴様の能力に対するアンチはすでに開発してある。

高貴なる薔薇(ノーブル・ワン)という道具だ。

使用者の注目度が異常に上昇する」

こいしの頭に一凛の薔薇を添えた。

 

「こいし!!」

さとりが走って来て、こいしに抱き着いた。

 

「おねえ……ちゃん?」

 

「ごめんなさいね、私貴方のことをひとりにしてたみたい……」

抱き合う姉妹を横目に、こいしが落としたストローの様な道具をオルドグラムが回収した。

 

 

 

「さてと……我の仕事はここまでだな」

さっきの戦いで汚れた帽子とマントをはたいて埃を落とす。

ため息をついてオルドグラムが抱き合う姉妹を見る。

 

「お疲れ様。案外、あっさりだね」

 

「ほう?そう見えるか?貴様にはそう見えるのだな?」

横から姿を見せた小傘に、オルドグラムが一瞬で笑みを張り付けそのまま小傘の両頬を指でつまむ。

 

「いひゃい!、いひゃい!!、いひゃい!!!」

 

「貴様の頼み故、聞いてやったが今回の件は我にとって何の利益も無いのだぞ?

グリモワールの回収の許可は得ている。目的の物さえ手にすればここがどうなろうと関係ないのだ。

たとえ、姉妹の関係が拗れようとも、地獄の経営が経ちいかなく成ろうとも、我には全く関係がないのだ。

だというのに、我が貴重な魔力を使い、貴重な道具の一つを一つ無償で渡す事となったのだぞ?

貴様が我に 頼 ん だ ば か り にだぞ?」

ぐぐぐとオルドグラムが小傘の頬を掴む手に力を籠める。

 

「いひゃい!いひゃい!」

 

「まったく……貴様は我の都合を考えるべきなのだ」

小傘から指を話オルドグラムがため息をつく。

その時――

 

「む!?」

 

「えぅ!」

 

「!?」

 

「おねえちゃ――」

その場にいた全員が、何かの大きな気配を感じた。

 

「なに、この感じ……すごく、こわい……」

小傘が怯えてオルドグラムのマントを掴む。

 

「おねーちゃん!」

 

「大丈夫よ、大丈夫だから……」

それはこいしも同じなのか、さとりに抱き着き震えている。

 

「おびえな――っ!?」

さとりが自身の胸のサードアイを押える。

 

「なに、コレ……何が……起きて……」

明らかな異常、明らかな異変、明らかな異質。

何かが変わってしまったのだと、小傘はぼんやりと思った。

 

「この気配、まさか!?」

オルドグラムがモノクルを撫でて、何かを見た瞬間血相を変える。

そしてすさまじい勢いで走り出した。

 

 

 

 

 

数分前、旧地獄の死者を燃やす釜の上で一人の少年が降り立った。

 

「さて、と――事件は進んでいる。

僕の目的はここ……」

 

『あ”あ”あ”』『熱いぃ』『苦しい……』『出して……』『ここから……』

無数の亡者が一瞬だけ人の形を作り、ネクに絡みついていく。

燃料として燃やされる亡者たちは未だに意思を持ち続けているのだ。

ネクはそんな亡者たちを見て、口角を上げる。

 

「異端魔術五元素のひとつ――『魂』」

そうつぶやいたネクがグリモワールのページをめくる。

 

「ここなら十分。ここなら始められる。ここならボクの力を動かせる。

魔術プログラム発動!!『叶える』」

両手を広ると同時に、虚空に奇妙なガラスが姿を見せる。

それは2つの大きな球体がくびれを伝ってくっついている。

もっともイメージが近いのは砂時計だろうか?

おかしい所はそれがあまりにも巨大である事、そして本来ならあるべき砂が一粒も入っていない事。

 

だがそれも今の内。

すぐにその状態は変わっていく。

 

「さぁ、願望成就の時間だよ!!いま一度800年の眠りから目覚めろ!!」

砂の無い砂時計が震え、回転を始める。

そして、周囲にある亡者の魂を取り込んでいく。

 

「満たせ、満たせ、その器。

叶えろ、叶えろ、その願い。

歪めろ、歪めろ、世界の理」

歌う様にネクが唱える。

そして――

 

 

 

ゾクッ……!

 

「む?」

 

「あ?」

 

「……?」

旧地獄。

その世界で生きる住人のほぼすべてが、不吉な予感を感じ取った。

『何か』が違う。『何か』がさっきまでと異なっている。

『良くない何か』が動き出している。

 

 

 

 

 

「貴様!!そこで何をしている!!ぐぅ!?」

オルドグラムが地獄の怨霊たちを煮込む釜の近くで佇むネクを見つける。

ネクの背後の装置、それを見た瞬間オルドグラムに頭痛が走った。

 

「やぁ、初代。ボクのプレゼントは楽しんでくれたかな?」

ネクが手を振り笑いかけた。

 

「あの混乱騒ぎは貴様のせいか……

次は何を企んでいる!!その道具は何だ!!」

 

「あはっ!初代はまだ思い出せない?

これはオルドグラムの極致の力のひとつだよ」

ネクが再度笑った。

だが今度は無邪気な笑いではない。

邪悪な、邪な、いびつな笑みだった。

 

「我の力のひとつ……だと?」

ネクの言葉にオルドグラムの頭痛が激しくなる。

知っているハズなのだ。この道具を自分は、絶対に知っているハズ。

 

「800年前に、滅びたのは国だ。

だけど、滅ぼそうとしたのは国だけじゃない。

最悪の魔術師、『オルドグラム・ゴルドミスタ』が滅ぼそうとしたのはこの世界の全部。

この世界にはびこる生物全てを消し去ろうとしたんだ。

そして、そのために作り出された全部で6つ存在する魔術兵器の一つがコレだよ」

ネクが掌に呼び出したのは砂時計のガラス部分。

それは、横になり内部の砂が金と黒に色を変えながら内部でゆっくりと巡回している。

その様は砂時計の形と相成って無限を表す記号にも見えた。

 

「そ、れは……」

記憶の彼方のそのまた彼方。

オルドグラムにはその道具の姿が確かにあった。

 

「願、望具現……機……『理想の理(ザ・ルーラー)』か」

 

「あははっ!そういう事だね」

楽しそうにネクが笑って見せた。

800年の眠りから目覚めた、道具が再度その機能を果たそうとする!!




魔術兵器は全部で6つあるオルドグラムが制作した上級の魔道具です。

願望具現機『理想の理(ザ・ルーラー)』
普通の道具と違うのは、何かを『助ける』や何かを『起こす』のではなく、『壊す』事に目標が向いている点。

包丁が料理の為の道具で、間違った使い方で人を刺す道具になるならば、兵器たちは最初から人に害を与える為の道具なのですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師と魔術師と衝突

今回は全編を通してオルドグラムとネクのストーリーになりました。
うーん、原作キャラが……

次回からは、元にもどりますので安心を。


旧地獄の町は、その名の通りの地獄絵図を見せている。

暴れだす肉体を持った人の亡霊たち。

地獄の業火で焼かれ、擦り切れ、それでも残った『憎しみ』という執着を果たそうと、魂を失った亡者が街中で暴れる。

 

「あはは、満たせ、満たせ……この世界を願いで満たせ」

この事件の元凶であるネクが歪んだ笑みを浮かべる。

この道具は決して笑顔を作る物ではない。

この道具は決して誰かの助けに成ったりはしない。

この道具は使用者の悪意を飲み込み、周囲に痛みと悲しみをばらまくための道具である。

 

「さぁ『理想の理(ザ・ルーラー)』よ!この世界を願いで飲み込め!!」

ネクが背後の砂時計の、無限の記号を描く砂を見る。

黒から金へ、金から黒へ絶えず色を変え続ける魔道具を仰ぐ。

そしてその下の地獄の穴からは、体を得た亡者たちが絶えず湧き出ている。

 

「楽しいなぁ、嬉しいなぁ……

800年前に国を滅ぼした力が僕の手で動くんだから」

ネクが心底嬉しそうに『理想の理(ザ・ルーラー)を眺める。』

その時――

 

ドゥン!!!

 

遠方で竜巻が発生した。

自然界の様な自然的な発生では無く、突然なんの前触れも無く出現した。

 

「……あの力、初代か。派手好きだなだぁ。

けど、こっちを探してるんでしょ?」

ネクが指で、鉄砲のような形を作る。

そしてそれを頭上に上げて――

 

パァン!!!

 

まるでオルドグラムを挑発するかの様に、指先から光弾を発射し自身の位置を教えた。

「来なよ。6つある破壊兵器の内の一つの力をたっぷり見せてあげるからさ」

 

 

 

 

 

「む、向こうか」

オルドグラムが地下世界に上がった光弾を見て帽子を深くかぶりなおす。

その足元には多数の亡者が縛られていた。

 

「このっと!このっと!」

縛られた亡者の上で小傘が跳ねて、気絶させようとする。

 

「もうよい、小傘よ。こやつらは仮初の体を与えられた人形に過ぎない。

いや、制御されていない分他に言い方があるか?

まぁいい。とりあえずこいつ等に攻撃は効かない様だからな、縛って動けなくしろ」

オルドグラムが本からロープを召喚して小傘に投げ渡す。

 

「あっとと!?」

ロープの予想外の重さに小傘がよろめく。

更に――

 

「わっぷ!?なにこれ、暗い暗いよぉ~!!」

 

「我のマントだ。ステルス性は十分だし防御能力も申し分無い。

いざとなればそれで隠れていろ」

マントを脱ぎ捨てたオルドグラムが小傘に言いつける。

 

「そっちは何とかなるか?」

オルドグラムは今度はさとりに話す。

 

「ええ、この地底は私が任された地。

本来は私が出るべきですが……この状況下では……」

歯がゆそうにさとりが爪を噛む。

妖怪として腕力で劣るさとりは、こういった状況下では活躍の場が少ない。

 

「大丈夫だよ!おねーちゃんには私がいるから!」

こいしが自身の胸を叩く。

 

「我は行くぞ。この下らない状況を止めねばならぬ」

一瞬後には既にオルドグラムの姿は消えていた。

ネクの元へ向かったようだった。

 

「わー、早い早い早い!」

こいしがパチパチを手を叩いてはしゃぐ。

 

「オルドグラム……」

なぜか小傘の胸に不安がよぎった。

 

 

 

 

 

「ひぃぎ!?」

 

「ふぅが!」

道行き先を体を得た亡者たちが邪魔をする。

オルドグラムはそれらをすさまじい勢いで跳ね除け、突き進んでいく。

死者に与えられた仮初の体。あるいは魂を閉じこめる為の虚ろな入れ物。

生きる者からも、死する者からも尊厳を奪う非常の道具。

 

「まさか……まさか、我の作りだした物にこんなおぞましい道具が有るとはな……」

オルドグラムが尚も死者を蘇えらさせ続ける悪夢の道具を見る。

 

「おぞましい?酷いなぁ。これは魔術師オルドグラム・ゴルドミスタの最後の作品の一つ。

そう、かの偉大なる魔術師の最高傑作の一つなんだよ?」

ネクが無限を描く砂時計を見て口を開いた。

 

「最高?こんな物が?他者を害すことしか出来ぬ道具が?」

オルドグラムが不快な感情を示した。

 

「そうさ、国すら飲み込んだこの道具。

出来るか?出来る訳ないよね?

そこら一帯に転がるどの道具にも不可能だ。世界を滅ぼせるこの道具こそが、もっとも素晴らしいんだよ!!」

 

「ふん、貴様とはどうやら相容れぬ様だな。

いや、魔術師とは本来究極の個人主義者の集まり。

自らの欲するままに世界の理を狂わせる者」

 

「ならさ、ならさ!その個人主義者たちが正面からぶつかったんなら――」

 

「ああ、答えは一つだ!!」

オルドグラムとネクの両名が、自身のグリモワールを同時に開いた。

 

 

 

 

 

「あは、あはははは!!さぁ。ボクのお気に入りを見せてあげるよ」

ネクの姿がマントに覆われた。

オルドグラム纏う背後にのみ伸びる物では無く、前後両面を覆う見ように寄っては雨合羽の様にも見えるマントだ。

黒く甲虫の手の様な物が首身元から規則的に伸び、互いを赤い蜘蛛のようなデザインで合わされている。

甲虫の爪が蠢き伸びる。

 

「ぬっうぅ!」

オルドグラムのステッキでの攻撃は、前に伸びた甲虫の様な足が2本クロスしてガードしていた。

それだけではない。

他の足も伸びてグネグネと動き始めた。

そしてオルドグラムを引き裂こうと爪を立てる。

その寸前所でオルドグラムは逃げ出した。

 

「あはッ!僕は戦闘は得意じゃないからね。

戦闘を補助してくれるこの子はお気に入りなんだよ」

蛸のようにも蜘蛛の様にも見えるマントをネクが自慢する。

移動、攻撃、防御。まさに変幻自在の能力だ。

 

「さぁ!初代!!僕の最新式の魔道具を見せてあげるよ!!」

その道具はネクのオリジナルらしかった。

言われてみれば、さっき小傘に渡したマントに似ているかもしれない。

 

 

 

 

「さぁ!行くよ!」

ネクが両手を広げると、マントの爪が伸びる。

そして地面に突き刺さり、地中を潜る。

 

「なに!?」

 

「そぉれ!」

 

ビュン!

 

地中から突如姿を現した爪がオルドグラムの帽子を弾く。

弾かれた帽子が、地面に落ちそうになりオルドグラムが手を伸ばす。

そこを狙ったように、再度地中から爪が出てオルドグラムの手に平に突き刺さる。

「!? グくっ!?」

 

「わー、痛そう」

地を流すオルドグラムの姿を見て、ネクが意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「貴様……」

 

「初代ー、その体人間と変わらないんだよね?

魔法使いなら身体の向上がデフォルトなのに。

爪で傷つくほど脆いなんてありえないよ。

足りないんだね?魔力の精製が、圧倒的に」

 

「…………」

ネクの言葉にオルドグラムは応えない。

 

「傷も治らないし、いや、治せないのかな?

そんなに、あの傘の女の子が大事?

あれは妖怪、あれはただの『物』だよ?」

オルドグラムの魔力は小傘に妖力を変換したものだ。

多大なる使用は小傘の負担となる。

 

 

 

「ふん。貴様はおしゃべりが過ぎるぞ。

どれ――とっておきをくれてやろう!」

オルドグラムが両方の指を広げる。

そして空中に、魔力の流れを作る

どうやら、身体強化や回復させる分の魔力をずっと、練り続けていた様だ。

 

「魔術プログラム起動――【集める】さらに【凝縮】」

オルドグラムの指を通し、周囲の空気が凄まじい勢いで吸収されていく。

それは旋風を巻き起こし、風の刃となって近づく者を切り裂かんとする!

 

「な、吸われ――」

ネクがマントの爪を地面に突き刺し、体を固定する。

 

「そうだ。貴様の動きが止まるのを我は待っていた」

左手を突き出し、右手を顔の横で構える。

それはまるで、弓を引かんとしている様で――

 

「まさか――」

 

「魔術技――『断風(たちかぜ)』」

ネクに向かって、風の弓が発射される!!

 

(少しはあの天狗も役に立ったな……)

オルドグラムの脳裏を、文屋の天狗の姿がよぎる。

あの天狗の風を操る術は、オルドグラムにとって研究に値する物だった。

だが――

 

「惜しぃ、すごく惜しいよ!この道具は移動にも使えるんだよ。

残念だったね?」

ネクがマントの足を延ばし、空中に回避する。

防御に使ったのか、数本の足が無くなりマントもボロボロだ。

だが、オルドグラムの攻撃を回避する事には成功していた。

ネクが勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「いや、道具の特性上その動きが出来るであろうことは予測していた。

我が望んだのは、貴様を倒す事ではない。

()()()()()()事だ」

そして、自身の背後に目をやる。

 

「さて……」

そうつぶやき、オルドグラムは尚も稼働を続ける兵器に向き直った。

 

「……我は知った。心を持つ道具の存在を――

さて、古の眠りより覚めた殺戮の為の兵器よ。

貴様に心が有れば何を思う?

自身の力を振るえる喜びか?人の生を冒涜する悲しみか?」

だが、とオルドグラムが一息つく。

 

「残念だが。貴様のいるべき場所ではない。

名も知らぬ我が傑作の一つよ。争いの時は終わったのだ。

永遠の眠りに就くが良い……」

オルドグラムが右手を構える。

 

「まさか!?や、やめろぉおおおおおお!!!」

ネクが跳んでくる。

甲虫の足の様なマントで地面を引っ張り、たった今逃げてきた方に飛び出す。

 

「この道具の制作者が我ならば、壊すのも容易い」

 

パキィン!

 

理想の理(ザ・ルーラー)』のガラス部分を突き破り、オルドグラムが腕を刺しれる。

そして、絶えず色を変える砂に触れる。

 

「異端五属性の一つ『魂』――魂を苦しみより解放する」

オルドグラムの手が光、一瞬にして『理想の理(ザ・ルーラー)』全体にヒビが入る。

 

「分かっているのか!?それがどれだけの物か――」

ネクが触れるその一瞬前に――

 

「さらばだ。悲しき遺産よ」

理想の理(ザ・ルーラー)』が煙を巻き上げ、爆発した。

ネクが爆風の中、砕けていく『理想の理(ザ・ルーラー)』に手を伸ばす。

 

「あああああ!!!ああああああ!!!

消える!!!たった、たった6つしかないオルドグラムの破滅兵器が!!

分かってるのか!?コレの価値が!!コレのすばらしさが!!

世界を壊せるほどの兵器だぞ!!

6つ全部……いや、5つもあれば世界の全てを手にする事も容易いの――」

ネクが必死になって砕け散る『理想の理(ザ・ルーラー)』の破片を集める。

甲虫のマントを使って消えゆく破片を必死に回収する。

その時、ネクの目の前に影が躍る。

 

「……あ!?」

ネクが目を見開いた。

そうだ。逃すハズが無い。あの男(オルドグラム)が自らの見せたこのチャンスを逃すハズなど無かったのだ――

 

「消えよ。我の名を語る不届き者よ――」

巻き上げられた砂埃を払いのけ、赤と黒の魔術師が姿を見せる。

オルドグラムがステッキを振り上げ、素早くネクに振り下ろした。

防御のための足は既に移動に使ってしまっている。

今のネクを守る物はない!!

 

「――ん、のぉ!!」

ネクがとっさに、自身のグリモワールに手をやり、人差し指と中指の間に青白いエネルギー状の栞を呼び出し防御する。

 

「ぐぅぅぅぁあああああ!!」

ネクがその攻撃を受けて後ずさる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

ネクの右肩から左腰まで、オルドグラムのステッキで切りつけた大きな傷が出来ていた。

 

「おお、良かった良かった。安心したぞ。

貴様にはまだまだ聞きたいことが有るのでな。

何らかの手段で防御する事を前提に攻撃したのでな。

もしも何も防御手段が無ければ危ない所だった」

はっはっはと笑いながらネクを見る。

 

「それに――貴様が()()()()興味が湧いた」

オルドグラムの視線がネクの傷口に投げかけられる。

傷口からは血など出ず、墨を水の中にこぼした時の様な黒い煙が漏れ出している。

 

「貴様はやはり人間では無いな」

 

「で?だから、何?」

何でもない事に用に、ネクが立ち上がる。

その表情には今まで笑み意外の感情を見せた事のネクの、初めての怒りが込められていた。

 

「そっか……『ルーラー』だけじゃ足りないか。なら――」

血走った目をしたネクが一瞬だけ、視線を横に向けた。

そして――

 

「ウン、また会おうか。お互いまだ生きていたならね!」

コロッと笑顔に変わると、空中に飛び上がる。

その一瞬後には、空間に体が解けるようにして姿を消した。

 

「逃げたか……だが――今回ばかりは……」

今度はオルドグラムが倒れた。

そして今度は、オルドグラムの体が消失していく。

 

「ちぃ……魔力が、足りんな……」

薄れる視界の先、傘を持った少女がこちらに走ってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

地霊殿の客室。

人里ではまだまだ珍しいベッドでオルドグラムが横になっている。

その部屋にさとりが入ってくる。

 

「これをどうぞ。貴方が欲しがっていた物です」

 

「む?」

オルドグラㇺが取り出すのは、一冊の本と数枚のバラバラになったページたち。

どれもこれも魔術に関連がありそうな物ばかりだ。

 

「貴方が回復の専念している間に、書庫から探しておきました。

それと、町の中に心当たりのある住人から譲ってもらったのが少々……

こんな事しか出来ませんが」

さとりなりのお礼の積もりなのだろう。

オルドグラムはその本と紙の束を受け取る。

 

「本は我の一部だ……数枚のページは……おお、こちらも我が力の一端。

全てでは無いが、かなりの進歩だな。

僅かに魔力も帯びている、この状況下では助かるな」

オルドグラムがざっと目を通し、自らの魔導書にしまっていく。

 

「良かったねオルドグラム」

横にいて様子を見ていた小傘が声をかける。

 

「ああ、そうだな……」

欲しい物を手に入れたというのに、オルドグラムは何処か浮かない顔をしている。

いや、浮かないというより何処か気の抜けた様な感じだ。

 

「魔力が足りない?」

 

「ああ、そうだ……地上に帰る分も不足している。

また、あの妖怪どもを倒して地上に帰るのは、しばらくは困難だ……

チぃ」

半分心が無いような、気の入らない顔をして天井を見上げる。

 

「それなら私が地上に連れてってあげる!」

 

「わわ!?」

ドアを勢いよく上げ、こいしが姿を見せた。

 

「一人分位なら、一緒に行けるよ!」

両手をあげて、自身の存在をアピールする。

 

「そうか……ならば、準備をしておけ。

今から地上に帰る」

 

「ちょっと、それはいくらんでも急じゃないかな!?」

オルグラムの言葉に小傘が声を上げる。

 

「さとりさんも、ゆっくりしていけって言ってくれてるんだし……

魔力回復なら此処でも出来るでしょ?ある程度十全になってからの方が――」

 

「いいや、今だ!」

小傘が止めようとするが、オルドグラムが否定する。

 

「どうして?何か急ぐ理由でもあるの?」

 

「……いや、ない」

ぶっきらぼうにオルドグラムが小傘から視線を外す。

 

「ならもう少し此処に居ようよ。

ご飯美味しいし、お風呂大きいし、お布団柔らかいし……

あ!動物たちも可愛いよ!」

とろんと蕩けた様な顔を小傘がする。

どうやら、すっかり地霊殿の生活が馴染んでしまった様だ。

 

「っ~~~~~!!」

小傘のセリフを聞いた瞬間、オルドグラムが苦々しい顔をする。

 

「?」

珍しく自らの意見を言わないオルドグラムに小傘が不振に思う。

それもそうだ。オルドグラムは物事をズバリという性格で言いよどむという事自体少ない。

こんな事は始めてだ。

 

「苦手なんですよね?動物が」

 

「貴様!」

さとりの言葉にオルドグラムが怒気を荒げる。

 

「へ?」

小傘はさとりの言葉の意味が分からず、すっとんきょうな声を上げた。

 

「どゆこと?!?!?」

 

「彼は動物が苦手なんですよ。犬も猫も、鳥類も。

理由は主に服に毛が付くから。

後は、動物は理屈で言いくるめる事が出来ないからだそうですよ」

オルドグラムの心を読んださとりがすらすらと話す。

 

「おっと、言わない方が良かったんですか?」

 

「我の心を読んだのならば、分かっているだろう!!」

実体化していたら、間違いなくステッキを振り下ろしていたであろう形相でオルドグラムがにらむ。

 

「そうですか、では失礼」

さとりは嫌な笑みを浮かべるとそそくさと部屋を出ていった。

 

「……オルドグラム、動物苦手なの?」

小傘がオルドグラムに尋ねた。

 

「得意ではない。所詮ケダモノだ」

 

「けど、お寺で響子ちゃんには会いに行ってるじゃない!」

小傘が証拠を見つけた刑事の様に、証言する。

 

「響子は良いのだ。奴は妖怪だからな」

オルドグラムの撫で方は完全に、犬を撫でる飼い主の様だったがそれでもオルドグラムは動物が苦手らしい。

 

「し、針妙丸ちゃんはどうなの!?

何だかんだ言って、飼おうとしていたし……あ、動物みたいな毛はないか……」

言っている間に、自身の発言の矛盾に気が付き小傘が口を閉ざす。

 

「お前はしばらく黙っていろ……」

オルドグラムはそうつぶやいて姿を消した。

 

「あ、オルドグラム?オルドグラムー!!全く、仕方ないんだから……」

小傘が困ったように笑みを浮かべ、自身の腰のグリモワールを撫でる。

 

「みんなを守ってくれてありがと。お疲れ様」

そう言って、小傘もベットに横になり目をつぶった。

願わくば、次に起きた時にオルドグラムが機嫌を直してくれている事を期待しながら




過去の自分の道具を否定する行為……
それが示す物とは?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と退屈と怪談話

時間が大分空きましたが投稿に成ります。
皆さま今年もよろしくお願いします。


地霊殿の暗い廊下を一人の男が歩いていく。

薄い紺の作務衣に、簡素なスリッパ。

純日本風の服装だが、それでも本人の顔立ちのせいか外国人だと分からせる。

だが、西洋風の容姿と日本風の服装が意外にもマッチしているから不思議である。

 

「…………」

男、オルドグラムが立ち止まり自身の歩いてきた方向を振り返る。

廊下の奥にはさっきまでいた書庫が有る。

事実今も彼の手には、数冊の本が握られている。

だが視線を下におろすと――

 

「なぁ~う!」

 

「くぅ~ん」

 

「めぇ~!」

足元を猫が頭をこすり付け、犬が甘えた様子で寝転がり、なぜか羊がぼんやりとこちらを見ている。

そして――

 

「…………ちゅう」

子ネズミの親子が、遅れてやってくる。

それらすべての瞳が、オルドグラムを見据える。

 

「…………チぃ」

次から次へとやってくる動物たちに、オルドグラムが舌打ちをする。

 

「散れ、ケダモノ共。我は忙しいのだ」

しっしと、手で追い払う動作をする。

だが動物たちは一切取り合おうとはしない。

各自が思い思いの方法でオルドグラムにまとわりついてくる。

 

「くどいぞ……貴様ら――」

苛立たし気にオルドグラムが動物たちを振り払おうとする。

その時――

 

「おにーさーん!」

廊下の向うから、白い服の女が走って抱き着いてきた。

背中の羽を広げながら、全力でぶつかってくる。

地霊殿に住んでいるお空とかいう妖怪だ。

 

「ふん……」

オルドグラムが手に持つ本を放り投げる。

そして自身の体の実体化を解除し、お空を回避する。

再度実体化して、落ちて来た本を回収する。

 

ドォーん!

 

「いったぁ~い……」

壁に頭をぶつけたお空が、涙目でオルドグラムを見る。

 

「カラスよ、やめるのだ。

我の体は魔力が不足している。

この体も辛うじて形を保っているだけで、触れられれば簡単に形を失ってしまうのだ。

動物ならまだしも、妖怪の力ならなおさらだ」

 

「うにゅ?」

お空は全く理解できないと言ったように、首をかしげる。

 

「貴様に話した我が愚かだったか……」

オルドグラムは踵を返し再度進んでいく。

 

「おにーさーん!」

背後から再度突っ込んできたお空によってオルドグラムの体が、バラバラになった。

 

「この!愚かカラスめが!」

 

 

 

 

 

「ふぅ~あ……暇だなぁ……」

与えられた客室で小傘が寝転がりながらあくびをする。

 

「ええい!奴らは一体なんなのだ!!邪魔であることこの上ない!!」

オルドグラムが怒声を上げ、ちゃぶ台を殴りつける。

 

「うぇひぃ!?びっくりした~」

その音に、横になってウトウトしていた小傘が目を覚ます。

 

「ここの生活は確かに快適だ。だが、だがだ!

正直言って退屈なのだ……我としては一刻も早く地上に戻り安寧な生活に戻りたいのだ。

このままではゆっくりと腐っていくだけだ!退屈とは精神を殺す猛毒なのだ!

だが、魔力が足らん!圧倒的に、絶対的に、絶望的に足らん!」

 

オルドグラムの魔力は先日のネクとの戦闘で枯渇していた。

 

「けど、ゆっくりだけど回復はしているんでしょ?」

 

「確かに魔力の自動生成は可能だ。

だが、その自動生成にも魔力は使うし、効率も悪い。

何よりも、現在の体を実体化(リアライズ)するのも不足している」

そう言うオルドグラムの体はやはり少し透けている。

先日入手した魔術書を読むための解読魔法を使うための魔力すら不足していた。

 

「要するにじっとしてるしかないけど、それにしては退屈だって事?」

 

「端的に言えばそうなる」

 

「……確かに暇だけど、別にいいんじゃないかな?

忙しいよりはずっと良いよ……だから……すこし、ね……る……」

オルドグラムの前で小傘が小さくいびきをかき始めた。

 

「むぅ……」

寝入った小傘を見ながら、オルドグラムは小さくため息をついた。

そして諦める様に部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

「ちぃ、小傘め。だらけよって……事態は好転してはいないというのに」

再度逃げる様にやって来た書庫で、指先のみを実体化して机の上に置いた本を読む。

 

「……我の興味をそそる物は少ないな」

どれもこれも古い歴史ばかりでオルドグラムには退屈だった。

 

「なら、怖い話でもする!?」

突如オルドグラムの座る椅子の下から、こいしが顔を出した。

 

「怪談に興味はない」

あっさりそう言うと、本に目を戻す

 

「え~?けど、実際にある話だよ?」

なにか上機嫌なのか、笑みを浮かべながらこいしがオルドグラムの周りをまわる。

驚かれなかったのが不満の様だった。

 

「……うっとおしい、これだから子供は嫌いなのだ」

 

「ぶー!子供じゃないもん!ぜったい年上だもん!

少なくとも人間よりは長生きにきまってるもんね!」

こいしがほほを膨らませる。

 

「我は人間だ。だが、魔術を修め数百年の時を過ごした。

並みの人間と同じにされては困る」

 

「むむむぅ……あ!そんな事より、怖い話、怖い話!」

 

「我は興味は無いと言ったが?」

オルドグラムの言葉を無視して、こいしが語り始めた。

 

「実はね?街道の外れに、古い家があってね?

もう何年も使われてないんだけど、そこに立ち寄る妖怪たちが次々具合を悪くして生んだって!

私も行ったことあるけど、ほんの少しいただけでなんだか体から力が抜けちゃうの!

きっと、あそこで死んだ幽霊の呪なんだよ~」

恐怖をあおる様に、こいしがおどろおどろしい口調で話した。

 

「ほぉう?その話、興味があるな。

聞かせてもらおうか?」

オルドグラムの言葉に、こいしが顔をほころばせた。

 

 

 

 

 

「起きろ。起きるのだ小傘よ」

 

「むにゃむにゃ……まだ、夜中のお昼だよ……」

 

「寝ぼけるな!」

 

「ひゅあい!?なになに!?」

オルドグラムの怒号に小傘が跳び起きた。

 

 

 

「さてと……小傘よ。少し付き合ってもらうぞ」

 

「え、いいけど……どこ行くの?」

オルドグラムの言葉に、小傘が反応する。

布団から体を起こし、よだれをぬぐう。

 

「詳しい場所の名など、我は知らん。

だが――ここから、約2キロほど離れた場所だな……

今回ばかりは魔力が惜しい、小傘よこれを頼む」

その言葉と共にオルドグラムが姿を失い、同時に片眼鏡(モノクル)とステッキが残る。

 

「約2キロ……微妙に遠いね」

オルドグラムの眼鏡を掛けながら、小傘がステッキを地面から引き抜く。

 

『急ぎではない。貴様とて時間は余っている身であろう?』

有無を言わせぬ態度でオルドグラムが言葉を放った。

 

 

 

 

 

「此処だ、止まれ」

オルドグラムの声に導かれた小傘が、オルドグラムの2度目の指示に足を止める。

 

「ここだ、って……何もないじゃない?」

小傘がたどり着いたのは、旧地獄の街道の外れ。

妖怪の姿はまばらで、栄えているとは言えない場所だ。

寂れた家が並んでいる。

いや、辛うじて『家』と断定出来るだけで殆ど『廃屋』と言っても構わない朽ちた建物に過ぎない。

今はもう住人を失った家の残骸が並ぶばかりだ。

 

「ね、ねぇ、気味が悪いよ……」

帰ろ?と小傘がつぶやくがオルドグラムは取り合わない。

 

「こいしに聴いたのだ。この周辺は妖怪が住み着きにくいそうだ。

仮に住み着いたとしても、体調を崩し直ぐに引っ越してしまうらしい……」

 

「え、なに?なんで今、そんなトコにわざわざ来てるの!?」

小傘が更に怯え傘を強く握るり、恐怖を誤魔化す。

 

「小傘よ。この家の中に入れ」

 

「いやいやいや!!なんで!?絶対にイヤだからね!」

オルドグラムの言葉を小傘が必死になって否定する。

 

「いやか?」

 

「イヤだよ」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもイヤ!」

オルドグラムと小傘が数度問答を繰り返す。

そして――

 

「ならば仕方がない。我が行く。

傘を()()()ぞ」

 

「え、ちょっと――」

次の瞬間オルドグラムのグリモワールが、小傘の傘に絡みつき飛び出した。

そのまま傘はドリルの様に回転しながらドアを突き破り家の中へと飛んでいった。

 

「な、なんで~~~~!!!!?」

小傘が慌てて、自身の半身を追い求め家の中へと走る。

 

ギュルルルルルルルルルルル!!

 

家の中で、傘はまだ回転しながら床を掘っていた。

見る見るうちに傘は床を突き破り、地面へ。

更に地面までもを掘り進める。

 

「お、オルドグラム!?何して――」

 

ガギン!

 

鈍い音と共に、傘の回転が止まる。

 

「ちょっと……今の音……なに?なんの音?

私の傘……壊しちゃった……?」

泣きそうな顔をして、小傘がオルドグラムのグリモワールに詰め寄る。

 

「我がそのような事するワケ無いであろう?

心配せずとも、魔力で表面をコーティング済みだ。

貴様の傘にはキズ所か泥すら着いていないハズだ」

 

「あ、ほんとだ……」

言われてみれば、傘は全く変わった様子はない。

 

「じゃ、じゃあ、あの音は?」

 

「コレだな」

穴の下から、よくわからない機械が取り出される。

 

「ナニコレ?」

小傘が目の前の、機械を見る。

4つの輪が平行に並び筒を形作っている。

真ん中にはやや歪な球体が見え、筒自体には複雑な歯車がゆっくりと何かを刻みながら動いている。

さっきの鈍い音は、コレにぶつかった音の様だった。

 

「『疑似仙術起爆弾頭』だ」

 

「……なんか、ヘンな名前だね。

あ、案外軽いね」

小傘が不思議なその機械を持ち上げる。

金色の歯車が規則的に動き、何処となく見ていたくなる。

 

「なんに使う道具なの?」

 

「破壊兵器だ、ここいら一帯を吹き飛ばす程のな」

 

「え!?――――わ、わっと!?」

オルドグラムの言葉で、小傘がソレを落としそうになる。

 

「おっと、気を付けろ?間違って起爆させたら少なくとも我と貴様は()()()()()()()()威力が出るぞ」

 

「もう、やだぁ……」

さっきとは違う意味で泣きそうな顔をして小傘が爆弾を抱える。

 

「仙人を知っているか?東洋に伝わる超人たちだ」

 

「しってるよぉ……この前も、ヘンなマフラーした自称仙人に絡まれたばっかりだよ……」

投げやりな様子で小傘が答える。

 

「ふむ。まぁいい。我はその仙人が自然の力を取り込み自身の力とする能力を疑似的に再現する事に成功したのだ。

使用する前に地面に埋める事により、『気』と呼ばれる力を内部に蓄積し魔力に変換する。

そして使用時に発動させることにより、強大な力を発動させるのだ。

『気』を溜めれば溜めるほど、威力は強大になり範囲もまた広がる。

まぁ、『気』を溜めるメカニズムが解明しきれていないせいか、貯蓄するまでに時間が異様に掛かるのが欠点だが……ふむ、臨界突破、暴発寸前まで溜まっているな。

我が後、ひと月来るのが遅かったら、地底は崩れ去っていただろうな」

 

「もういやぁ!どうにかしてよぉ!!」

滂沱の涙を小傘が流す。

話を聞いているウチに、いろいろと限界が来てしまった様だ。

 

「案ずるな。我が目の前に居るではないか?」

小傘の前でオルドグラムが自身を実体化させる。

 

「小傘よ、動くな?そのままだ――」

 

カッ!

 

オルドグラムのステッキが爆弾の一部に突き刺さる。

 

「我が無策でここまでくる訳があるまい。

我の目的は最初からここに溜まりに溜まった魔力よ!

この力を手に、地上に帰るぞ!」

 

「さっすがオルドグラム!頼りになる~!

最初から魔力の補充が目的だったんだね?

やるー!かっこいい!すごーい!」

 

「ふはは、無論だ。さて、我に大量の魔力が帰ってくる。

我が技術と魔力!この二つが揃えば恐れる物など何もないに等しいわ!」

 

「「あははははははは!わははははははははは!」」

 

小傘、オルドグラムの両名が気分良く笑い合う。

笑い合うのだが――――

 

ツルン!

 

「わははは――アレ!?」

精神をさっきまで疲弊していた小傘、その体は本人が思っていた以上に疲弊しており、ついつい爆弾から手を滑らせてしまった。

 

「貴様、何を――」

やっている。とオルドグラムが言おうとした時、爆弾が地面に落ちる。

そして――

 

『起動を承認します爆発まで後10秒』

 

「オルドグラム、これって……」

 

『9、8、7……』

 

「いかん!起爆装置が作動した!!」

 

「え、ちょ……っとぉおおお!?」

 

『4、3、2、1――0』

次の瞬間、爆弾が光を放った!!

 

 

 

 

 

「あら、今、揺れたかしら?」

地霊殿でさとりが書類から目を離し、僅かに感じた揺れをお燐に尋ねる。

 

「え、どう……ですかね?」

しかし気が付かなかったお燐は、頬を掻いて誤魔化した。

 

「……まぁいいわ。さっさと仕事を終わらせましょう」

さとりはため息をつくと、再び机の書類に目を落とした。

 

 

 

 

 

「……っぷはぁ!生きてる?……生きてるー!!」

爆心地では小傘が必死に自身の傘を抱きしめ、自身の無事を確認する。

 

「これ……どうなったの?」

爆心地であるハズの家は当然倒壊済み。

だが、それ以外の廃墟は無事なままだ。

地面を見ると円形に焼け焦げており、また小傘の周りだけ円形に焼け焦げていなかった。

 

「…………我の力だ……」

 

「あ、オルドグラム!!」

小傘の背後、オルドグラムが実体化して現れた。

だがその表情は酷くすぐれない。

 

「爆発の瞬間、貴様を守る障壁を張った。

だが、いくらか魔力を吸収したとはいえ、装置が起爆すればこの地下が崩れ去る可能性は十分あったのでな。

家の外にもう一枚障壁を張ったのだ。

そして、装置の周囲にももう一枚……

結果として、装置に張った障壁が威力を押え、家の外に張った障壁を破ることは無かった。

だが、我と貴様を守るのは流石に肝が冷えたぞ……」

酷く疲れた顔をしてオルドグラムがため息をこぼす。

 

「えっと……ありがとう……だよね?」

いろいろ考えると釈然としない部分もあるが、オルドグラムは確かに自身を助けてくれたのだろう。

 

「魔力を大量に使ってしまった……やれやれ……せっかく手に入れたというのに……

もう少し、魔力を吸収しておきたかった物だ……」

何度も、何度もオルドグラムがため息をこぼす。

 

「だが……地上に帰るには十分だ。

行くぞ小傘。我らの家に戻るぞ?」

 

「うん……うん……」

なんだか疲れた様子のオルドグラムの言葉に小傘も同じくうなづいた。




うーん、なんだか勘がなまった気がしますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術と雪の日と別れ

さて、今回はとある大事な部分が書かれます。
やりたかったストーリーの導入に成ります。


「へっ……へぇ……へプチっ!」

自身の家の中、小傘が一切の愛嬌を捨てた顔で、くしゃみをする。

オルドグラムは飛んでくる飛翔物を霊体化して回避する。

 

「…………」

 

「ずずッ……なによ、その眼は……」

まるで汚い物でも見るかのように、オルドグラムが視線を飛ばす。

 

「いや、普通の薄汚い妖怪を見る目だが、どうかしたか?」

 

「薄汚くて悪かったね!!」

若干傷つきながら小傘が言い返した。

だが、小傘の態度も無理はない。

なぜなら――

 

「こんなに、寒くちゃくしゃみも出るよ!!」

指さす窓の外には尚も、白い雪が降り続けている。

 

 

 

事の始まりは、1週間前。

地下での生活を終え、オルドグラムと地上に帰還した小傘を持っていたのは一面の銀世界。

絶えず降り積もる雪、雪、雪。

空も地面も分け隔てなく、白に染まっていた。

 

「あ”~……確かにもうすぐ冬だけど……」

流石に速すぎる。という言葉を鼻水と一緒に啜った。

相手は自然現象だ。一妖怪の自分が何を言ったところで事態は変わりはしないと理解している。

だが、それでも一縷の望みに縋ってしまうのは、人間も妖怪も同じなのかもしれない。

 

「ねぇ、雪を止ませて、あったかくする道具って、ない?」

 

「あるぞ。地上を焼き尽くし、草木を枯れさせ、水を干上がらせ、大地を砂漠に変える死の魔道具異様な太陽(ザ・シャイン)だ」

 

「……そんな物騒なのじゃなくて、もっと普通にあったかくなるのない?」

 

「湯たんぽで我慢しろ」

ぴしゃりとオルドグラムが言い放つ。

 

「…………」

小傘は、あまりの言葉に黙りこくった。

そして、ちらりとカレンダーを見る。

 

(今日って、実はオルドグラムと初めて会った日なんだよね……)

去年の丁度今日。小傘は最低最悪の魔術師、オルドグラム・ゴルドミスタと出会った。

唯我独尊、自意識過剰、傍若無人な魔術師は様々な意味で小傘の生活をめちゃくちゃにした。

 

(だけど、そんなに悪い人じゃないんだよね……)

様々な面で助けられ、自身では一生叶わないであろう冒険までした。

全て、彼が連れて来てくれた新しい日常だ。

 

(そのお礼って、訳じゃないけど……今日の夕飯ぐらいは豪華にしたいなって……)

耳を澄ませば、吹雪いた雪が壁に叩きつけられる音。

 

「こんなんじゃ、外に行けないよ~」

がっくりと小傘がうなだれる。

 

「なんだ。この寒いのに外に行きたいのか?おかしな奴だ。

だが、ふむ、気が向いたら、この雪の原因を止めに行くか」

 

「……『止めに行く』?どういう事?」

 

「この降雪量は異常だ。

まぁ、絶対に無いとは言えない程度で、普通の異常気象の可能性はあるのかもしれんが――

実はこの雪には、微量に魔力が含まれている」

オルドグラムが指先に乗った、雪を親指で挟んですりつぶした。

 

「おそらく、我が魔道具の一つの仕業であろうな。

天候を変える魔道具か、冷気を発する魔道具か、はたまた、雪が降っていると思い込ませる魔道具なのかは、分からんが……」

 

「え、また道具なの!?」

さらりと語るオルドグラムの言葉に、小傘はもはや既視感すら感じた。

 

「ふむ、どこぞの愚か者が起動させたのだろうな。

全く迷惑極まりない」

やれやれと、肩をすくめ立ち上がる。

 

「我が魔導書の鍵を開くのに魔力が不足している。

丁度良い。回収に向かう」

 

「あ、ちょっと――!」

体を実体化させたオルドグラムはそのまま出かけて行ってしまった様だ。

 

「ま、まぁ、夕飯の準備がこっそり出来るし……

ほんとは、ちょっと、手伝って欲しかったけど」

去っていくオルドグラムを小傘は見送った。

 

 

 

 

 

「あれは――『降りしきる雪(フォーリンスノー)』か……なるほど」

真っ白な平原の先、一本の錫杖が風で先端の九連環を揺らす。

 

「さて――貴様が我を此処に呼んだのであろう?

こんな大層な、道具でまで仕掛けて」

とある開けた荒地。

吹雪が吹き付け、すべてが白く染まった中で、黒い魔術師(オルドグラム)はもう一人の魔術師と対峙する。

 

「初代……」

吹雪の白い幕の中から姿を見せたのはネクだった。

 

「やれやれ、地下で倒されたというのにまだ懲りていないと見える?」

 

「懲りる?違う違う。僕は僕に与えられた命題を果たしているだけさ。

僕の持った封印された道具たち。持ち主を探して、眠り続けている。

そして力を、奇跡を、運命を望む者たちに渡す――

それってすっごく魔法使いじゃない?」

ネクが両腕を広げる。

それと同時に、ネクの持つ本が光を放った。

 

「初代――決着を付けよう。生き残るのはどっちか?

『オルドグラム』の名にふさわしいのはどっちか!」

ネクが雪原にある『降りしきる雪』を引き抜き、九連環を鳴らす。

その瞬間、吹雪きが蠢動して竜巻の様に渦巻いた。

そしてそれは蛇の様に唸りオルドグラムに襲い掛かる。

 

「甘い」

オルドグラムはマントを振りかざし、吹雪きの蛇を薙ぎ払った。

 

「その道具は……」

地底世界でも見たマント。

だが、その時よりも明らかに性能が上がっている事に、ネクが驚く。

 

「我が魔道具の中でも指折りの作品だ。

あらゆる物を遮断する、一種の盾だ。無論魔力を嫌というほど喰うが――

雪の中の魔力が満ちた空間では、異様な強さを発揮するぞ?」

オルドグラムは腰のステッキを引き抜く。

 

「ならば!」

ネクの振るう錫杖の先端に雪が固まり、氷の刃へと変化する。

 

「再度言おう、甘い」

氷の刃をオルドグラムのステッキは簡単に叩き壊した。

 

「貴様の敗因は我をおびき出す為に、魔力を大量に与えた事だ」

 

「敗因?僕が負けているだと!?まだ決着すら着いていない!!」

ネクが魔導書に手を伸ばす。

 

 

 

数時間後

「はぁ、はぁ……はぁ……」

ネクが肩で息をする。見るからに体力の限界だ。

あれからオルドグラムは一切の攻撃をしなくなった。

ただ延々とネクの攻撃を無効化し続けた。

結果として、ネクはオルドグラムをたったの一歩も歩かせる事自体出来なかった。

 

「ふっ、やはり貴様では『オルドグラム』を名乗るのは、役不足なのだ」

オルドグラムがネクの手から、杖を払い落とす。

次の瞬間オルドグラムの全身のベルトが伸び、ネクに絡みつく。

 

「んな!?魔力が――」

 

「我は慢性的な魔力不足に悩んでいるのでな。

貴様を拘束するついでに、貰っていくぞ?」

 

「あ、かぁ……くっ、力が、ぬけ……て」

数十秒後、ほとんどの魔力を吸いつくし、オルドグラムは漸くネクを解放した。

雪原に用済みとなったネクが放りだされる。

魔力の枯渇を示す様に、吹雪いてた雪が止んだ。

 

「くハぁ……やっぱり、勝てないか……僕の力じゃ……太刀打ちできない……

けど、()()()()()()()

諦めた様にネクがつぶやいた。

だが、その顔は不思議な事に、安堵しているようにも見えた。

 

「これでも良い?」

 

「ようやく、僕の仕事が終わる……800年の、月日にようやく『終わり』が来た」

 

「何を言っているのだ?」

オルドグラムがネクに尋ねる。

しかし、ネクは意に返す様子はない。

 

「ねぇ、知らない方が良い。覚えていない方が良いなんて事はいくらでもあるんだよ?

『オルドグラム・ゴルドミスタ』という最低最悪の魔術師を思い出す覚悟、キミにはある?

過去なんて知らなくていい。誰も覚えていない過去なんて、無かったのと同じ。

だから、今を生きればいい。使命も役目も全部忘れて自分のしたい事だけをすればいい。そうは思わない?

これは罠なんかじゃない、ましてや敵意でもない。

ただね?君に今のままでいたいなら、こうすべきだというアイバイスなんだ」

 

「貴様とて『オルドグラム』を名乗るなら理解出来よう」

ネクの言葉を正面から、受けてオルドグラムは応える。

問答の時間などない、最初から彼という魔術師に答えは既に出ているのだ。

 

「ああ、未知を見逃せない。知らないままではいられないんだよね?

だけど――いや、何を言っても無駄か……」

ネクが再度杖を拾い上げ構える。

オルドグラムも対応して、腰のステッキに手をかけた。

そして――

 

ネクは力なく、その場に崩れ落ちた。

 

「ボクはどうやら、ここまでの様だ……」

 

「ここまで?」

オルドグラムの目の前で、ネクの体から黒い霧の様な物が立ち上り始める。

その様は以前見た、黒い血の様に思えた。

 

「魔力で騙し騙し動かしてきたけど、ボクも限界ってワケさ。

800年前、僕はオルドグラムによって、魔道具の管理用魔導具として生まれた。

僕は妖怪でも人間でもない。意思を持った魔道具その物なのさ……

一つ、また一つと居場所を失っていく同胞を僕は眠らせ続けた。

他者に『オルドグラム』の力が渡らない様に封印し続ける事が、僕の役目……

けど、君が目覚めたなら、僕の役目は、おわ、りだ……これで、ようやく、ねむれる……」

水に垂らした墨汁が色を失う様に、あっさりとネクはその姿を失った。

 

「800年にわたる、我が道具の番。

ご苦労であった」

オルドグラムは帽子を脱いでネクに敬礼をした。

ネクの居た場所には、古ぼけた一本の真鍮製の鍵が有った。

 

「……魔道具の保管庫の鍵か」

オルドグラムは嘗てネクと名乗っていた鍵を拾いあげた。

そして、地底で回収した本を取り出す。

 

「――我は我を取りもどす」

 

『知らない方が良い。覚えていない方が良いなんて事はいくらでもあるんだよ?』

先ほどのネクの言葉が脳裏をよぎる。

一瞬だけ、指先が躊躇うが鍵は本に刺さり、かちりと鍵の開く音がした。

その瞬間、もう一冊のオルドグラムの魔導書の中身がオルドグラムの中に入ってくる。

 

「こ、これは――!」

 

 

 

 

 

「うっ、さぁむ!?」

突如部屋に吹き込んだ風で、小傘が震えあがった。

風の発生源を見ると、扉を開けて立ち尽くすオルドグラムの姿が有った。

 

「あ、お帰り。寒いから早くドア閉めて!」

 

「小傘か……?そうか、我は……」

茫然としていたオルドグラムが、小傘の言葉に我を取り戻す。

 

「オルド、グラム?」

小傘はその姿を見て、小さな違和感を感じた。

何時も感情の起伏の少ない彼だが、1年もの付き合いとなるのだ。

多少の異常は分かる様になった積りだ。

 

「ねぇ、結局道具の回収は済んだの?」

 

「ああ、済んださ。しかと手に入れた」

弱弱しくオルドグラムが微笑んで、手に持っていた見慣れない杖を落とす。

 

「……なにか、あったの?」

 

「いや、何でもない。すこし、そうだ、少しばかり出かけてくる」

オルドグラムが立ち上がり、たった今入って来たばかりのドアを開ける。

 

「え、ちょっと、今帰ってきたばっかり――」

 

「……ただの散歩だ。気にするな」

 

「う、うん、早く帰って来てね!」

そんな事は気のせいだと、小傘は思いオルドグラムを送り出した。

そして彼が出ていったのを確認して、先ほど自分が思いついたアイデアを実行に移す。

 

「さぁ!ささやかだけど、お祝いだよ!

腕によりをかけて準備しなくっちゃ!」

元気よく台所に走っていった。

何故だか落ち込んだ様子のオルドグラムを励ます為にも、と力を入れる。

そして、数時間後には豪華な料理と、とっておきの酒が食卓に並んだ。

 

「ふっふっふ、オルドグラム絶対にびっくりするよね。

今日こそ、驚きの感情を食べちゃうんだから!」

悪戯心を迸らせ、小傘が企み笑いを浮かべる。

だが――

 

 

 

 

 

「オルドグラム……遅いな……」

一向に帰らないオルドグラムを小傘が心配する。

とうの昔に完成させた料理は、すっかり冷めてしまっている。

 

ガタッ!

 

帰ってきた!そう思った小傘は扉に向かって走り出した。

 

「オルドグラム――じゃない、か……」

しかしそれは、扉が風で揺れただけ。

肝心の彼の姿は無かった。

 

「どうしたのかな……?」

開きかけた扉の隙間から、驚くほど冷たい雪が小傘の掌に落ちた。

そして結局オルドグラムは帰っては来なかった。




個人的には、ネクはお気に入りのキャラクター。
生意気ショタ魔術師って、良くない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小傘と魔術師と最後の力

さてさて、今回は前回より続く話の第2話になります。
流行り病で外に行けない皆さんの、楽しみになれれば幸いですね。


「あさ……か、おきなきゃ……」

疲れた顔をして小傘が、眼を覚ます。

外から差し込むまぶしいほどの光は、今日が晴れた日の朝であることを告げている。

何時もよりも体が重い気がする。

 

「晴れてる……オルドグラム、オルドグラムどこ!?」

勢いなく小傘が布団から身を起こすし、部屋を見回すがグリモワールは何処にもない。

その事実を理解した瞬間、更に体が重くなりため息をこぼす。

だが、いつもより広く感じる部屋から帰ってくるのは静寂だけだ。

 

「帰って来てない、の?」

口に出す途中で声がかすれて消えていくのが自分でも分かった。

その声に応えてくれる肝心の相手は居ない。

分かり切っていたが、つい口をついてしまった。

 

「…………」

居間の机の上では、昨晩奮発して作った料理がすっかり冷めてしまっている。

 

「食べて欲しかったのに……」

残念そうに、小傘は冷めきった料理に手を伸ばす。

 

 

 

昨日オルドグラムは、大雪が起きるという異常事態を解決に向かった。

一度は帰って来たオルドグラムだが、その後すぐに散歩に出ると出かけ、それ以来戻って来ていない。

 

「どこ、いっちゃったんだろ?」

なんだか急に心にぽっかりと穴が開いてしまった気がする。

ふと視線を上げた瞬間、小傘は手にした料理を取り落とした。

 

 

 

「あ、ああ……なんで、なんで!?なんで!!」

小傘の視線の先、そこに在るハズのオルドグラムの研究室の扉が消えていた。

昨日までは確かに存在していたハズなのに。

それを機に、小傘は一気にオルドグラムの私物が無くなっている事に気が付いた。

 

「ない、ない……ない!」

何時か彼が作った道具の完成品、彼が錬成したという小さな金の塊、何時か針妙丸を飼うと言って作りだしたドールハウスまで。

改めて部屋を見回すとオルドグラムの持ち物だけが無くなっている。

 

「昨日の杖!」

昨日オルドグラムの持ち帰った杖があったはずと、玄関まで走る。

 

「あ……」

小傘の目の前で、杖が先端から消失していく。

 

「あ、あ……」

消えていく。オルドグラムの痕跡が。

あの魔法使いが居たという確固たる証拠が消えてしまう。

 

「なんで、なんで、なんで!?」

半場パニックを起こしかけて、小傘がハッと顔を上げる。

 

「オルドグラムって……どんな顔してたっけ?」

たった今まで考えていた相手の顔が浮かばない。

一年ずっと同じ部屋で寝起きしていた相手の顔が、思い出せない。

 

「魔法……なにかの、魔法?」

最初に思い至ったのはその可能性。

誰かが、何かの道具を使って、自分からオルドグラムの記憶を奪おうとしているのだと小傘は考えた。

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

小傘はとっさに外に出て、周囲を見回す。

何処かで誰かが何かをしていないか、必死になって周囲を見回す。

 

「あやややや?これはこれは、おはようございますー」

 

「!?」

上空から掛かる声に身を構えると、射命丸が新聞を片手に降りてくる所だった。

 

「はい、今日の文々。新聞ですよー。

それにしても、いやー、まさか裸足で飛び出してまで取りに来てくれるなんて、新聞の製作者としてうれし限り――」

 

「オルドグラムをみてない!?」

射命丸の言葉を無視して、小傘が尋ねる。

 

「おるど?はて?何か外来の読み物ですか?」

射命丸の言葉に、小傘の背中から血の気が引いていく。

 

「オルドグラム、オルドグラム・ゴルドミスタだよ!」

 

「ずいぶん長い名前ですね。推理小説の犯人の名前ですか?」

射命丸の言葉にふざけている様子は全くない。

ただ単純に、初めて聞く単語に反応してと言った様子だ。

 

「ごめん、ちょっと寝ぼけてたみたい……」

小傘がとっさにウソをつき、話を収束させに掛かる。

これ以上聞いても成果は得られないと、小傘は判断したのだ。

 

「ふむ……そうですか、ではでは~」

一瞬訝しがる表情を見せたものの、射命丸はそのまま飛び立っていってしまった。

手に残ったのは届けられた新聞だけだ。

 

「私も、忘れちゃうのかな?」

射命丸にとってオルドグラムは相性の悪い相手だった。

何度も辛酸をなめさせられた相手を、彼女があっさり忘れるとは思えない。

きっと彼女もまた何らかの手段で、オルドグラムの記憶を消されたのだろう。

いや、きっと彼女だけではなく……

 

「私は、忘れないから……」

小傘が渡された新聞を強く握った。

何時か自分も忘れてしまう可能性に恐怖を覚えながら。

 

「そうだ、覚えておかなきゃ……オルドグラム事!」

小傘は今の自分が覚えているオルドグラムの全ての事を、紙に書きだすべく家の中へと戻っていく。

そして、居間に戻ると一冊の本が置いてある事に気が付いた。

それはいつも自身の腰にぶら下がっていた本によく似ていた。

 

「オルドグラム?オルドグラ――っ!?」

小傘がその本に手を振れた瞬間、静電気の様な小さな衝撃が走りその本を取り落とす。

 

その次の瞬間、ページが一人でにめくれ黒い霧が本から漏れ出し、人の形を作る。

 

「!?」

そして、ソレは明確に姿を持ち始めた。

小傘はその姿に見覚えがあった。『彼』の名は――

 

「あーあ、あーあ……最後の最後で消え損ねたか……ダッサイなぁ」

 

「ネク……!」

オルドグラムの名を語るもう一人の魔術師だった。

 

 

 

 

 

「どうしてここに――!」

小傘がネクをにらむ。

だが、そんな事など気にしないとばかりにネクは涼し気な顔だ。

 

「いやだなぁ。ボクはキミのラブコールに答えただけだよ?

ボクだってオルドグラムだからね」

ニヤニヤと嫌な笑みをネクは浮かべる。

 

「ちがう……私が呼んだのは――」

 

「おっと、良いのかな?初代が居ないのにボクの機嫌を損ねて?」

ネクが好戦的な表情を浮かべる。

そうだ、ネクはオルドグラムと同じ魔術師。

その気になれば、一介の妖怪に過ぎない小傘など一ひねりだ。

だが、ここで下がる訳にはいかない。

 

「ネク!オルドグラムをどうしたの!」

精いっぱいの虚勢を張り、声を荒げる小傘。

 

「初代?初代がどうしたの?」

ネクはたった今自身の放った言葉を、一瞬遅れて理解した。

 

「そうか、初代が消えたんだね?」

その瞬間、小傘の顔が怒りを孕む。

 

「おっと!ストップストップ。

ボクは何もしてないよ、全て初代が選んだ事さ」

 

「教えて、オルドグラムがどうしてるのか、知ってる事全部」

しずかな小傘の声に、ネクが浮かべていた笑みを消す。

 

「そっか、そんなに初代が心配なんだ?

けど、弱小妖怪のキミじゃ出来る事なんて、何もないと思うけど?」

 

「…………」

小傘はネクの言葉を黙って聞いていた。

 

「それに――」

ネクは小傘から、視線を逸らす様に体を翻した。

 

「ボクはね、初代が大っ嫌いなのさ!

あの傲慢な性格、無駄な自信に満ちた言動、派手すぎる姿!

全部!全部!!全部!!!大嫌いだ!!

アンなのに『オルドグラム』を名乗る資格はない!!」

一気に感情を爆発させてネクが怒鳴った。

そして、再度小傘の方を向く。

小傘は尚もネクを睨んだままだ。

 

「……へぇ?」

二人の視線が絡み合った。

一瞬の沈黙、それを破ったのはネクだった。

 

「いいよ……初代の事は大っ嫌いだけど、ボク君の事は結構好きなんだよね……」

ネクは自身のグリモワールから、いくつか道具を取り出す。

 

「魔力の残滓は十分……そうか、ここが初代の拠点……

なら、グリモワールと現実の空間を繋いだ後くらいあるハズ」

ネクが壁に触れ、何かマーキングする様にペンで印をつけていく。

 

「多分初代は、耐えきれなくなったのさ」

作業をしながらネクがつぶやいた。

 

「何に?」

 

「それは言えない。聞きたいなら初代の口から直接聞きなよ。

ボクなら初代のグリモワールへ君を送り付けられる。

 

「グリモわーるの中に……?」

小傘が思い出すのは、今は消えたオルドグラムの実験室への扉。

 

「けど、本当に良いのかな?」

ネクが一拍子息をつく。

 

「あそこは心の世界だ。いや、心なんてキレイなモンじゃない。

魔導書とは純粋な欲望や願いが抽出されて出来た場所だ。

暗く、醜く、どろどろと煮えたぎる、世界理を犯してでも叶えたい欲望の集まりさ。

そんな世界へ、キミを無理やり送り込む。

繋げることは出来る、けど帰れる保証はない。

初代はそこに居る、けど見つけられるも保証はない。

それでもそこに行くつもり?君たち妖怪は精神に重きを置いた存在だ。

他人の心に感化されれば、在り方なんて簡単に歪んでしまうだろうね?

そうしたら、君は君でなくなる――」

ネクが小傘をじっと見る。

 

「ねぇ、小傘ちゃん。やっぱり初代なんて捨ててボクの物にならない?

勿論どんな理由が有っても捨てたりなんかしない、一生ボクの所有物として大切にそばにおいてあげるよ?」

それは何時か、初めてネクにあった時とよく似た言葉だった。

だが――

 

「ごめん、(道具)は本当は持ち主を選んだりなんかしないけど、私は――むぐぅ!?」

ネクの一指し指が小傘の唇を押える。

 

「そこまで聞ければ、馬鹿でも答えは分かるよ。

うん、仕方ないけど、まぁ良いよ。

つなげてあげる、行っておいで……」

ネクが自身のグリモワールを広げた。

空中に複数の魔法陣が現れる。

そして、ネクがページに手を掛けて――

 

びりっ!びりり!!

 

ページを破り捨てた。

 

「な、にして――!」

小傘がいきなりのネクの行動に目を白黒させた。

 

「魔力の残滓がある、くさびを打ち込むなら……ここだね」

懐から釘を取り出し、オルドグラムの研究所の扉のあった壁にページを張り付けた。

 

「ちょっと!?」

 

「静かにしてよ。今、切れかけた扉との繋がりを必死でつなぎ合わせているんだ」

ネクがさらにページを破る、破ったページを張り付ける。

この作業を何度も繰り返していく。

そしてダンダンと、破れたページで前にあった扉を囲む様な形になっていく。

 

「はぁはぁ……まだ、まだ終わらないよ……」

憔悴したネクが床に、ボロボロになったグリモワールを置く。

そして、そこに手を置き魔力を通わせる。

青白い光が本を中心に、魔法陣を作り上げる。

床に置いたグリモワールを始まりに、床板を伝い壁を伝い、壁に貼られたグリモワールのページへとつながる。

そして、青白い魔力の光はかつてソコに在った扉の形を真似る。

 

「アクセス開始……魔力同調……ノイズ修正……強制アクセス……疑似マスター権使用……開錠要求……ひらけ……開け……開けぇ!!次元の扉ぁ!!」

魔力が迸り、描かれた扉が僅かに開く。

 

「ありったけの魔力を注いだ……僅かだけど、初代の居る場所に繋がってる。

行きなよ。ここからはキミの仕事だろ?」

ネクが汗を浮かべて小傘に視線を投げる。

 

 

 

「うん、行ってくる。ありがと、ネク」

一瞬ためらいを見せて、魔力の扉に手を掛けその中に小傘が入っていく。

ネクはその姿を確かに見送った。

その瞬間、ネクの足が砕け床に倒れる。

 

「さてと、今度こそ本当に終わり、かな?」

自ら引きちぎったグリモワールのページが燃え始めた。

所詮は偽物の仮初品。無理を通せばこうなるのは分かっていた。

ネクはあくまで道具の保管庫の鍵であり、魔導士ではないのだ。

 

「ふふっ……最後に、嫌がらせしてやった……」

小さく笑みを浮かべると、ネクはその場で崩れ落ちた。

その瞬間、魔力のドアに綻びが生まれ、扉の形を失い始めた。

だが、ネクはやり切った顔をして満足気だ。

 

「あーあ……結局フラれちゃったか……ちぇ、未練たらたらでかっこ悪いったらないよ……」

崩れていくドアを見ながら、ネクは消滅していった。

800年にわたる道具達を補完する鍵は満足気に笑みを浮かべてその役目を終えた。




出来れば、後1話くらいでこの話を終わらせたいですね。
無論、物語はまだ続きますが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小傘と魔導書と……

ずいぶんかかってしまいましたね。
読者の皆様申し訳ありません……
大引でずいぶん、時間を空けてしまった事を謝罪します。


燃える、燃える、全てが紅に飲まれていく。

町が燃える、人が燃える、昨日までの日常が燃える。

 

悲鳴を上げ、逃げ惑う人々の中。

一人の男だけが狂気に身を任せ、魔術を行使し続ける。

 

燃えた、燃えた、全てが黒く燃え尽きた。

町は残骸、人は炭に、昨日までの世界の全てが燃え尽きた。

 

無人となった町の中、黒と赤を身に纏い、黄金(ゴルド)の名を持つ魔術師だけが立っていた。

 

ぽつり、と一滴の水が頬を撫でる。

黒く澱んだ空から雨が降りしきり始め、燃やした町から熱を奪っていく。

 

『……、……――……、、…』

雨と炎に囲まれ、彼が何をつぶやいた。

 

 

 

「あれ……?」

一瞬のラグを経て、小傘が正気を取り戻した。

見える限り全てが燃えた世界が消えている。

人も、町も無くなっている。

有るのは霧のような靄に、満たされた何処かの屋敷の廊下だった。

次の瞬間、自身が『誰か』の記憶を体験したのだと気が付く。

 

「うっ……痛ぅ……」

小傘が頭の痛みを感じ、両手で押さえる。

だが、思い出すのはさっきの記憶。

まだ、自身の頬を炎がかすめた熱さを覚えている。

人が燃える匂いも、耳に強く残る悲鳴も自身の中に刻まれている。

そして、だんだんと自身がなぜここに来たか思い出していく。

 

「そうだ……私、ネクに頼んで、ここに来たんだ……

オルドグラムを探さなきゃ……」

小傘はズルズルと、体を引きずって歩き出した。

此処はオルドグラムの魔導書の中。

ネク曰くここは、心の中の世界――むき出しのオルドグラムの感情や考え方、記憶までが乱雑に投げ込まれている。

 

何をすべきなのか?何をすれば良いのか?

どちらも分からない。

だが、小傘は自分が()()()()()()だけは決めて歩いていく。

 

 

 

「あ、あった……」

薄暗い赤い廊下の中、厳重に鍵の閉じられた部屋を見つける。

錠前に鎖に扉に掛かる進入禁止のテープ。

だが、それは小傘が触れた瞬間、音もなく虚空に消えていく。

 

「……ネクが最後にやってくれたのかな?」

不思議に思いつつも、小傘が扉に手を掛ける。

そう、以前オルドグラムの魔導書の中に入った事はあったが、その時は全てオルドグラムの管理の中でだった。

姿を消したオルドグラムが自身を歓迎してくれないのは、当に分かっている。

だが、それでも前に進めるという事は、ネクが少しだけ助けてくれているのだと思いながら部屋の中へ入った。

 

「……ん」

扉の中で、小傘は光を感じ目を瞑ったその瞬間、眼を閉じたハズの小傘の脳に映像が流れてくる。

再度オルドグラムの記憶が流れこんできたのだろう。

 

 

 

「世界を構築する『火』『水』『風』『土』の四つの元素……

かの極東の島国には陰陽道と云う物があり、それらは五行で表され四大元素にはない『金気』が存在する。

だが、世界の在り方を斜めに見る事で新たなる、一面が生まれていく。

ならば――私の元素は『気体(ガス)』『液体(リキッド)』『物体(マテリアル)』そして『肉体(ボディ)』と『霊体(ソウル)』」

一人の魔術師が、カリカリと何かを研究している。

流れこんでくる記憶から、そこがオルドグラムの身を寄せているとある王国の研究所だと分かる。

 

 

 

「うっ……」

再度景色が消えて、小傘が戻ってくる。

今度は雷の轟く、怪しげな実験施設に立っていた。

 

「これで、5回め……」

オルドグラムの魔導書の中は複雑怪奇を極めた。

館の様に形を持った場所もあれば、砂漠の様に延々と砂が続く場所もある。

石造りの暗い、おそらく地下を思わせる場所に、霧がかかった森の中もある。

 

「だけど、だんだんやることが分かって来た……」

どんな場所であろうと、必ず扉が存在する。

そして、厳重に鍵のかけられた扉を開くことで、オルドグラムの記憶を垣間見る事が出来る。

そうすれば、新たな場所に飛ばされる。

 

「……根拠はない、ないけど……オルドグラムに近づいてる確信はある……」

小傘はその確信を頼りに、暗い廊下を一人で走った。

 

 

 

「む……今、何か?」

とある場所でオルドグラムが顔を上げる。

何かが、ここに侵入してきたことに気が付いたのだ。

 

「この世界に侵入者だと?」

思い当たるのは、たった一人。

 

「ネクめ……小傘を此処に呼び入れたのか?

ほんの少しだけ力を残してやったが、まさか……

いいや、構わん。あ奴がここに来れるハズが無い。

なぜならここは――」

 

 

 

 

 

「あ、ああ……ああああ……」

小傘が頭を押さえる。

今回はオルドグラムの戦いの記憶だった。

見知ったはずの相手を、国の戦争という都合で数万単位で虐殺する記憶。

オルドグラムが感じた怒り、悲しみ、憤り、嘆きなどのマイナス感情が、無理やり入ってくる。

 

ドさっ!

 

小傘が意識を失い、倒れた。

だが――

 

「まだ、まだ止まれない……オルドグラムに、オルドグラムにもう一回会うまでは……」

傘を杖の様にして立ち上がる。

そして、膨大な空間の中、扉を探し歩き出した。

 

それから幾つ扉を過ぎただろうか?

どれくらいの時間が過ぎたであろうか?

前も後ろも分からなくなり、ふらふらになった所へ、オルドグラムの過去の記憶を無理やり追体験させられ続けた。

 

キィ――

 

また一つ扉が開き、その先に光るオーブが浮かんでいる。

半場引き寄せられる様に、小傘がソレに手を触れる。

その瞬間、再度オルドグラムの記憶が流れこんでくる。

 

「これ……」

それは、ここに来て最初に見たオルドグラムの記憶だった。

怒りと悲しみに囚われ、自らの力で王国を滅ぼした記憶、そのすぐ後の記憶だった。

 

 

 

土砂降りの雨の中、魔術師がついさっきまで町だった焼け跡を歩く。

お気に入りのサンドイッチを出す店は何処だったか?

探していた魔導書を見つけた書店は何処だったか?

章も無い事で自身を頼る男の家は何処だったか?

楽しかった記憶の沢山あるハズの町並みも、全て焼け落ち何処が何処だったか分かりはしない。

だた、まだ冷めない怒りだけが、魔術師の中を焦がす。

そして――

 

落雷がすぐ近くに落ち、水たまりが魔術師の表情を露わにした。

 

「コレって……」

小傘は自身の見た物を、かみしめる様につぶやいた。

 

「……探さなきゃ、オルドグラムを探さなきゃ!」

小傘は再度走り出した。

 

不思議な事に、何処へ行けば良いのか小傘には分かっていた。

何らかの力が自分を導いている。

そんな確信が小傘の背中を押していた。

 

そして遂に――

 

「みつ、けたぁ!!」

小傘が大層な扉を開く。

そこは、無限に広がる石畳の荒野だった。

上空には四つの太陽に、巨大な雲がその周囲を渦巻いている。

 

そして、その中央にはオルドグラムが立っていた。

 

「オルドグラム!見つけた!

かえろう!家にかえろうよ!!」

小傘の言葉に、オルドグラムがこちらを向いた。

 

「貴様、そんなことを良く言えるな?

ここまで来たのだ……貴様も見たのであろう?魔術師、『オルドグラム・ゴルドミスタ』が国を亡ぼすその瞬間を。

人の慄く姿を、逃げ惑う姿を、生きたまま燃やされ死んでゆく姿を!

我が、どれだけ残酷な事を出来るのかを――」

オルドグラムが恫喝する様に、腰のステッキを引き抜き小傘に突き付ける。

 

「貴様など一ひねりだ……だが、今まで世話になった義理がある。

今回だけは命を奪わないでおいてやろう。帰れ」

 

「ちがう、違うよ!『オルドグラム』が滅ぼした国は確かにあった!!

けど、けど!滅ぼしたのは貴方じゃない!!」

小傘が力いっぱいに叫ぶ。

その瞬間、オルドグラムの顔から表情が消える。

 

「そうか……そこまで知ってしまったか……」

 

「うん……ここにくる途中に見たよ」

 

そう、封印されていた最後の記憶。

水たまりに映った姿は、今のオルドグラムとは違う存在だった。

()()、今までずっと見て来た記憶は別の人物の記憶だった。

だが、記憶の人物は間違いなく『魔術師オルドグラム・ゴルドミスタ』だった。

ならば、彼は?彼の魔導書だけは本物だった。

オルドグラムの名を名乗り、彼と同じ魔導書を使い、『オルドグラム』にしか知りえない情報まで知っている存在――小傘はそんな存在にたった一つだけ心当たりがあった。

800年物時を渡った魔導書。

長い時の間に、道具が意思を持つ可能性は十分ある。

 

「オルドグラムは……私と同じ付喪神なんだよね?」

 

「そうだ……我は……『我』では無かったのだ!!

人ですらなかった!!我は!!我ではなかった……

だが、我にはまだオルドグラムの残した知識が存在する!

それを使えば、問題の解決は容易だ!!

見せてやろう。他の誰でもない!『我』の魔術を!!」

オルドグラムの全身から魔力が迸る!

 

その時、地下から地面を破り何かがせり出してくる。

 

それは一言で言えば巨大な臓器に見えた。

錆び切った鉄格子が丸く歪み、中心の球体は心臓の様に脈打っていた。

何本もの管が伸び、天井や床に張り付いた。

真ん中の球体では何か青白い炎の様な物がぬらりと揺らめいていた。

 

「ならば、簡単な話だ……我は我に成れば良い……我は我を『作り上げる』」

 

「つくりあげる?」

その言葉は小傘にとってすさまじく恐ろしく感じた。

 

「そう、仮初の命しか持たない我だが……

コイツを使い、この幻想郷全てから生命を吸い上げるのだ!

そして、その生命を我に注ぐ」

オルドグラムの言葉に呼応する様に、背後の怪しげな道具が脈打った。

 

「そんな事に何も意味はないじゃない!!」

オルドグラムの言葉に反射的に小傘が叫ぶ。

 

「意味ならある!我は欲しいのだ!!

命が!!魔力と妖力で動く仮初の存在ではない!!

確固たる一つの生命体としての命が!!」

オルドグラムの声に反応して、魔力炉が激しく脈打つ。

魔力の一部がスパークして、火花を飛び散らせる。

 

「命を我に……大量の命を持って、魂無きこの体に命の灯を……」

心酔する様に、オルドグラムが手を広げる。

その姿は、小傘が散々見て来た最低最悪の魔術師(オルドグラム)を思い出させた。

 

「だめ……そんなこと……そんなことしたら、オルドグラムは……」

 

「帰れ。妖怪」

オルドグラムが小傘にステッキの先端を突き付けた。

 

「帰らない、私は――ぐあ!?」

ステッキで鳩尾を突かれ、小傘の視界が揺らぐ。

 

「かえるなら……わたしと、いっしょ――にぃ!?」

立ち上がる小傘をオルドグラムが蹴り飛ばす。

 

「ねぇ、ねぇ……今なら、ゆるして、あげる……から……一緒にごはんたべ……」

 

「……………」

オルドグラムが無言で、小傘の傘を奪い取る。

そして傘の骨に指を掛けた。

 

ポキッ!

 

「あ……」

小傘の目の前で、傘の骨が一本折れた。

その傘に無意識に手を伸ばした瞬間、オルドグラムがその傘を地面に思い切り叩きつけ、更に踏みにじった。

 

「返してやる」

オルドグラムが骨が折れ、泥だらけになった傘を蹴飛ばす。

 

「オルドグラムは……怖いんだよね?」

小傘は大事そうに傘を抱くと、口を開いた。

 

「うん、そうだよね……起きたら知らない場所で……知らない人だらけで……」

 

「黙れ」

 

「自分の記憶もあやふやで……」

 

「黙れと、言っている」

 

「やっと、集まった記憶を覗いたら、自分が自分じゃ無かったって分かって……怖かったんだよね?」

 

「この――言わせておけば!!」

オルドグラムが小傘の首を掴み、無理やり立たせる。

 

「大丈夫、だから……私が、助けて、あげる……から……怖がらないで……」

小傘がオルドグラムに手を伸ばし、優しく抱きしめる。

 

「っ~~~~~無駄だ!!我の気は変わらん!!下らぬ情に引導を渡してやろう!!」

オルドグラムが小傘を払いのけ、ステッキを振り上げ、小傘の脳天に振り下ろした!

弱小妖怪の頭を魔術師の力が容赦なく砕く、その瞬間――

 

「こいつ……」

オルドグラムは既に小傘に意識が無い事に気が付いた。

最早まともな意識は無い。だが、それでも一歩踏み出し、オルドグラムに倒れこんだ。

 

「……かえ、ろう?もう、こんな……かなし……旅は……終わり……し……よ……」

 

「………………」

オルドグラムが自身にもたれ掛かる小傘を無言で見る。

そして――

 

 

 

 

 

「ん?良い匂い……」

眠い目を開け、小傘が布団から体を起こす。

目の前のちゃぶ台には、出来立ての料理が並んでいる。

その横には人品同然の傘が立てかけられている。

 

「起きたか」

オルドグラムが味噌汁を机に置いた。

 

「あれ?オルドグラム……どうして?」

外から聞こえてくる喧噪は、里が平和に活気づいている事を教えてくれている。

 

「貴様があまりにも無様なのでな、同情してやったのだ。

それに――――まだ、全てのおみくじをコンプリートしていない。

全ての住人の魂を取り込むのは、我にもデメリットが大きいのだ」

そっぽを向いて、オルドグラムがそう嘯いた。

 

「そっか、そうだよね。

オルドグラム、ここ以外行く場所無いもんね」

 

「なに?」

 

「道具の妖怪は横のつながりが強いんだよ。

目覚めたばっかりの魔導書の付喪神の世話位、先輩妖怪の私が――」

 

「図に乗るな!」

オルドグラムの手刀が、小傘の脳天をはたく。

 

「いったぁ~~~!!」

思った以上の痛みに、小傘が悶絶する。

 

「我はオルドグラムの名を名乗る。

そして、これからも()()()()()……

『我』の為にオルドグラムの魔術を集める!

さぁ、食事が済んだら早速出かけるぞ、今回は天界という場所へ向かうからな」

 

「はいはい、分かりましたよ」

頭を押えながら小傘が食卓に着く。

そして――

 

「お帰り、オルドグラム!」

 

「フン、我は……『オルドグラム』はここにいる。

ただ、それだけだ」

オルドグラムが不遜な態度で答えた。




まだ、続きます。
とりあえず、一部の区切りと思ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小傘と魔術師と噂話

今回はだいぶ遅れました。
大変申し訳ございません。


何処までも透き通る青空と、所々に生えた木が乱雑に並ぶ拾い空間でオルドグラムが指先で時計の様な物を触る。

 

「ふむ、『昨日を刻む(イエスタ・ディ)』か……」

オルドグラムがその時計を確認すると、手を離した。

するとその時計は、重力から解放された様にふわりと浮かび上がった。

この屋外にしか見えない空間は、その実オルドグラムの持つ魔導具たちの保管庫なのだという。

 

「さて、次は……」

オルドグラムの視界の先、空中に無数に道具たちが浮かんでいた。

その数は目算だけで、悠に100を超えるだろう。

 

「まだやるのぉ?」

足元から響く不満げな声に視界をそちらの方へと向ける。

閉じた傘を抱き、赤と青のオッドアイがオルドグラムを捉える。

 

「小傘よ、暇ならば先に帰るが良い」

 

「いやだ!」

即座にオルドグラムの意見を却下し、小傘が頬を膨らませる。

オルドグラムが密かに起こした計画が頓挫してから、もう一週間。

未だに小傘はオルドグラムが何処かへ行かないかと、無意識に心配している様だった。

 

「やれやれ、貴様がそうして駄々をこねるから道具の整理が終わらないのだぞ?」

 

「知らないもん!」

ぷんすかと頬を膨らませ、小傘がふわりと近づいてきた道具を空に指ではじく。

 

「貴様なぁ……」

本来なら、この一撃で道具の効力を暴発させる可能性さえある、大変に危険な行為なのだがオルドグラムは何とか言葉を飲み込んだ。

その代わりに自身の頭を押えため息をこぼした。

 

「ネクの宝物庫を取り込んだのだ、どの道具が手に入ったのか調べる必要があるのだ」

 

「じゃぁ、道具を整理する道具出して!

ここ、ひま~」

ゴロンと小傘が芝生の上に寝転がる。

小さな子供の様に退屈そうに唇を尖らせる。

 

「ちぃ……分かった。今日はここまでとしておこう」

小さく舌打ちをしたオルドグラムが指を鳴らすと、一瞬で景色が変わる。

太陽輝く青空の下は、一瞬で赤い調度品がひしめく部屋へと姿を変えた。

 

「ふぅ、かなりの数をネクは所持していた様だな。

だが、ヤツの口ぶりからして以前にいくつもの道具をばら撒いた様だ。

相当数が流失したと見て間違いないだろう……」

ぶつぶつとオルドグラムが腕を組み不満そうに、ため息をつく。

 

「そうだ、甘味処で奮発して高い羊羹買ってきたんだ。

一緒に食べよ!オルドグラムはお茶を淹れてね」

小傘はオルドグラムの考えを途中で遮る様に口を開いた。

 

「……仕方ない奴め」

小傘の意図を理解したのか、部屋の片隅に扉を呼び出し、ドアノブをひねる。

 

「今回の羊羹はほんとに奮発したんだから!

きっとオルドグラムもびっくりする――え?」

 

「あ、出てきましたね!待ちくたびれましたよ~」

二人の視界の先には、射命丸が羊羹を齧りながら待っていた。

 

 

 

「奮発したのに~~」

小傘が半分以下のサイズになった羊羹を眺め、涙を流す。

 

「いや、すいません……実は1週間ほど飲まず食わずでして……

机の上においしそうな羊羹が有ったので、我慢出来ずについ……」

射命丸が罰の悪そうな顔を珍しくする。

 

「で、天狗が我に何の用だ?

金属の加工ならば、今日は休みだぞ」

 

「ちがいますよ、ちがいます。

以前オルドグラムさんが不思議な道具を蒐集しているのを思い出しまして。

偶然取材の最中に手に入れた物ですから、ちょっと見て頂こうかな?って」

そう言って取り出したのは、何かの模様が複雑に彫られた長方形の箱だった。

 

「これって、寄木細工?」

最初に反応したのは小傘だった。

箱に見える小さな切れ込みたちは、以前何処かで見たカラクリ箱に見えた。

 

「よくわかったな。これはこの国のその道具をモデルに我が作り出した魔導具『ノット・レス』。

この箱の中は時間が進まない。一種の特殊空間となっているのだ。

そして開錠には複雑な手順が必要となる」

 

「やっぱり!これに鍵とかは無いんですね?」

射命丸が立ち上がる。

 

「天狗、貴様……この箱を開けようとして失敗したな?」

オルドグラムの視線が射命丸を射抜く。

 

「あや!?ば、バレてましたか……

厳重な箱故、開けてみようと弄繰り回していつの間にか1週間たってしまって……

ここまでくると、どーしても中身が気になるじゃないですか!」

一瞬だけバツの悪そうな顔をしたが、すぐさま開き直った。

 

「やれやれ、ふてぶてしいというか図太いというか……

だが良いだろう。

我も、この道具の中身が気になる」

ひょいっとオルドグラムが箱を受け取る

 

「さぁて、持ち主の手に戻ったのならさっさと開くでしょう」

射命丸が残りの羊羹に再度食いついた。

 

「あう……高級羊羹が……」

 

「まぁまぁ、一人の天狗の空腹を救ったと思えべ良いじゃないですか。

代わりに最近私たちが合同で出してる雑誌を一部あげますから」

腰に下げるカバンから一冊の本を取り出す。

 

「ナニコレ?」

 

「ちょっとした噂話から、生活のお得な知恵まで!

様々なジャンルを合わせた天狗の合同雑誌ですよ。

お互いの得意な記事と得意な記事が合わさって――」

 

「纏まりが無くなっちゃたんだ……」

 

「うぐっ……痛い所を突きますね……この弱小妖怪は……」

 

「今、一瞬本性見せた?!」

 

「さて、そろそろ開きましたかね?」

露骨に話題をそらして、射命丸がオルドグラムの様子を見る。

見るのだが――

 

「……こうか?いや、こっちか?」

非常に難しい顔をして、オルドグラムが寄木細工の箱を弄繰り回す。

 

「む、むう?むむむ……」

一体二人が見ない間にどれだけのトライ&エラーが行われたのか、カチャカチャと弄繰り回す。

 

「あれって、本人も開け方、忘れ――」

 

「しっ!オルドグラムこういうの変にプライド有るから、言っちゃダメ!」

 

「聞こえているぞ!!」

小傘の言葉に被せる様にオルドグラムの怒声が響く。

 

「すこし待っていろ!!我とて、数百年ぶりの開錠だ、記憶が一部忘却していること位あるのだ」

二人にそう言い放つと、オルドグラムは再度寄木細工に向かっていく。

 

 

 

「……読みます?雑誌」

 

「うん、読む」

しばらく掛かりそうだと、小傘は雑誌を読み始めた。

 

 

 

 

 

「へぇ~、念写で捉えたウサギっぽい謎の妖怪かぁ」

 

「ああ、それは多分永遠亭の誰かをピンボケさせたのか、命蓮寺のぬえさん辺りでしょうね」

翼の様な物を生やした、頭にウサギの耳の様な特徴の見える人物のピンボケ写真を眺める。

 

「こうか?こうだったか?いや、おそらくは――」

 

 

 

 

 

「あっ、この料理美味しそう!今度作ってみようかな?」

 

「外界から来た人物の料理らしいですね。

私も以前から興味があるので作ろうとしてるんですよ」

 

「このっ……コイツ……このっ!」

 

 

 

 

 

「あ、あわわわわ……こんな事しちゃうの!?」

 

「あちゃ~、おぼこい小傘さんには、この手の記事は早かったですかね?」

恋愛の体験談記事を見た小傘が、過激な内容に顔を真っ赤にして両手で顔を隠す。

しかし指先の間からはしっかりの記事を追っている。

 

「まだまだ、ありますよ~。

何せこれは人気のある記事なので――」

 

メギャン!!

 

「!?」

 

「!?」

突如走る衝撃に二人が雑誌を落とす。

 

 

 

「待たせたな、天狗よ。開錠に成功したぞ」

机の上にある寄木細工は半分ほど、形を失っていた。

オルドグラムの手には、戦闘に使用するステッキが握られていた。

 

「あ、開きましたかー、良かったー」

露骨な棒読みで射命丸が受け取る。

今なおブチ切れんばかりのオルドグラムを刺激するのは不味いと、彼女も思ったのだろう。

オルドグラムが破片を手で払いのけ、中身を取り出す。

 

 

 

「ほぉ、懐かしいな。それは『ゴシップ・ガム』だ」

半透明の小さなボトルの中で、紫色の球が軽い音を立てる。

 

「ほほぉ?何処となく、興味を引かれる名前ですね」

射命丸の目がキランと光ったように見えた。

 

「ガム?」

 

「口に入れて味を楽しむ嗜好品だ。

飲み込んではならん。腹を下すからな」

興味を持った小傘に、オルドグラムが説明する。

 

「へぇ~、食べちゃダメなんて、煙草みたい」

命蓮寺のマミゾウの持っていた煙管を思い出す。

 

「それでそれで?コレの機能と使い方は何ですか!?

一体何が出来るんですか!!」

射命丸がグイグイと聞いてくる。

 

「これは嘘を真実に思わせる道具だ。

ガムを噛み、広めたい噂を息と共に込めて、吐き出すのだ」

 

「風船ガムって奴ですね!

では、早速……」

 

「ぬ、待て――」

射命丸がオルドグラムの手からガムをひったくり、手早く口に含む。

そして――

 

「小傘さんの下着の色は黒!」

 

「ちょっと!?なにいってるの!!」

射命丸の口から、ガムが離れ空中で破裂し消えた。

 

「……このガムの効力でここから、今の噂が広がっていく」

 

「えええええ!?」

無常なるオルドグラムの言葉に、小傘が所在なさげにスカートを押える。

 

「これって、里中の人が……」

 

「ふむ、無意識に貴様の下着の色を『黒』だと思う様になるだろうな」

 

「なんでぇぇぇぇぇぇ!!何てことを――いない!?」

責任を問いただそうと、下手人を問いただそうとするが既にその姿は無かった。

がっくりと小傘が力なく崩れ落ちた。

なんという羞恥プレイ、なんという非道。

小傘は妖怪であるが、心は乙女。

見ず知らずの人にまで、自身の下着事情を思われているとなると、気分の良い物では無かった。

 

「明日から、外で歩けない……」

 

「さて、我は再度道具の整理に戻るか。

ノット・レスを再生させなくては――」

オルドグラムが再度扉を出現させた時、その背中に小傘が飛びつく!

 

「ぶ、ふえぇえええええん!!!お願いだから捨てないでぇ!!!」

小傘がオルドグラムにしがみつく。

 

「小傘!?貴様、一体どうしたというのだ?」

いきなりの言葉に、オルドグラムが珍しく目を白黒させる。

 

「外出られないじゃない!!絶対変態妖怪かなんかだと思われるし!!

オルドグラムだけはここにいて!!もう一生、私外でないから!!」

 

「案ずるな、噂は永遠ではない。一週間程度ですぐに薄れる」

 

「ほんと?嘘つかない?」

 

「無論だ。定着すれば別だが……」

そこまで言ってオルドグラムはしまったと、表情を変えた。

 

「出ないから!私しばらく、絶対外に行かないからぁ!!」

再度小傘がオルドグラムにしがみついた。

 

 

 

 

 

一方その頃――

 

「いやぁ~、ずいぶんいい道具を手に入れましたね。

これさえ有れば、これさえ有ればどんな噂も流し放題。

ゴシップ記事つくりまくりですよ~」

ここいらで、もう一回。

そんな事を言いながら射命丸が再度、ガムを口に放り込んだ瞬間――

 

ぎゅるるるるるるるるるる

 

「はぁう!?なんです、なんですか、コレ!?」

突如腹部を襲う急速な違和感!!

正直言うと、お腹痛い!すごく痛い!!

 

「なんでです!?このガム、まさか――」

射命丸は知らなかった。

オルドグラムの道具『ノット・レス』は中身の時間を止める道具。

しかし、外に出した瞬間からすさまじい勢いで、時間が進んでいく効果があるのを知らなかった。

当然、このガムの賞味期限など()()()()()数百年前に過ぎた事に成っている。

 

「と、トイレ……トイレは何処です!?」

これ以上の展開は、射命丸本人の精神衛生上好ましくない為、秘匿とさせてもらう。

 

 

 

 

 

「は、はぁう!?私のお腹さん、もうすこし、もうすこしだけ持って~~~~~」

急いで飛ぶ射命丸。

一瞬だけ、その瞳が青と赤のマフラーをした少年を捉えるが、見間違いだろうと無視してトイレへ急いだ。




因みに作者はキシリトールガムを2個以上食べるとお腹を壊してしまうんですよ。
何気に実体験なんです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術師と忘れ傘と魔術師

久しぶりの投稿です。
たまーに、書くとなかなか筆が進まない。


それは何時もの様に、ずっと続くと思われていた日常の中で起きた。

 

 

 

「えっほ……えっほ……えっほ……」

暗い穴倉の中で、小傘が土をスコップで掘り進む。

彼女の周囲を浮かぶカンテラが、土の中を照らしている。

土を掘る小傘の手が次第に遅く成っていき、遂には止まる。

そして――

 

「疲れた……手が痛ーい!足も痛ーい!服もドロドロー!!」

その言葉通り、小傘がの服は土埃に塗れ、顔にも泥が多数付着している。

突如始まったオルドグラムの魔導具の反応。

小傘が魔術の掛かった道具を渡されて、地面を掘らされて最早3時間ほどが経過していた。

 

「泣き言を言っている暇など、貴様には無いぞ?」

小傘の背後に、霊体化したオルドグラムが姿を見せる。

 

「ちょっとは手伝ってくれても良いじゃない!」

 

「我は既に力を貸している。

穴を掘るための道具を貸し、暗闇でも見える道具を貸し、これ以上何を望むのか?」

やれやれというジェスチャーを穴の中で霊体化したままのオルドグラムがする。

 

「せめて実体化して、一緒に掘ってくれても良いんじゃない!?」

 

「それでは効率が悪い。

我は貴様より、二回りほど背が高い。

その為、我が作業する為により広い穴が必要になる。

小傘よ。お前がちんちくりんなおかげで開ける穴が小さくて済むのだぞ?」

 

「半分以上馬鹿にしてるでしょ!?」

オルドグラムの言葉に小傘が声が荒げ、その拍子にスコップが手から滑り落ちた。

 

ガキィン!

 

「む、この音は……」

音のした方へオルドグラムがしゃがみこむ。

手先だけを実体化させて、土の中から何かの道具を取り出す。

 

「何それ?」

 

「これは……ハズレだな」

 

「ハズレ!?ハズレってなによ!!

私、この道具の為にずっと穴掘ってたのよ!?」

オルドグラムの言葉に小傘が憤る。

 

「待て待て、ハズレという言い方は良くなかった。

これは土を耕す道具なのだ。

だが、本来はもっと不毛の大地を耕すための道具だ。

豊かなこの国ではあまり意味をなさないのだ。

ふむ、魔力だけは多少は残っているな……」

小傘の腰の魔導書に道具が取り込まれた。

 

「……これで終わりって事で良いよね?

あーもう……早く帰ってお風呂入りたい」

汗と泥に塗れた自身の恰好を小傘が気にする。

 

「終わりではないぞ?穴を掘ったからには埋めねばならん」

オルドグラムが指を鳴らすと、地面に倒れていたスコップが浮き上がり小傘の手に収まる。

 

「…………え?」

 

「ほれ、もう一仕事だ」

 

「…………やだ」

 

「ん?」

小傘の漏らした言葉に、オルドグラムが聞き返す。

 

「もうやだー!!毎日毎日!!

もう私知らない!!オルドグラムなんて嫌い!!!

だぁいきらい!!」

自身の腰のグリモワールを外すと、地面にスコップを叩きつけ逃げていく。

暗い土のなかに、オルドグラムとその道具達が残った。

 

 

 

 

 

「全く……小傘の癇癪にも困った物だ……

やぁれやれだ。

あ奴は我の有難さを理解していない!

全く……ああ、全くだ……」

オルドグラムが体を実体化させて、狭そうに穴倉の中で立ち上がる。

その時、オルドグラムが一瞬だけふらつく。

 

「な、に?……あっ……?」

ふらふらと立ち上がったオルドグラムが、バランスを崩し倒れる。

一瞬の躊躇い、そしてオルドグラムは自らに起きた現象を理解した。

否、理解して()()()()

 

「そうか……我は……我の……役目は……」

(かぶり)を振り地面を透過し空へと飛んだ。

穴倉は音もなく崩落した。

 

 

 

 

 

自身の家の中で、小傘はすっかりお冠だ。

泥だらけの服を脱ぎ捨て、下着姿だというのに未だに怒りが収まらない。

 

「まったく!オルドグラムってば!私の都合なんて全然しらないのに!

事あるごとに、私を呼びつけて毎回毎回!!」

 

小傘はオルドグラムの仕打ちによる怒りを抑えることなく悪態を続ける。

そんな中で……

 

「小傘よ、今帰ったぞ」

腰にグリモワールをぶら下げたオルドグラムが帰還する。

 

「あ、お帰――」

怒っているというのに反射的に、挨拶をしようとして口ごもった。

 

「小傘よ」

オルドグラムが音もなく、小傘の前に座る。

 

「何よ……」

 

「さっきはすまなかった。我は貴様への感謝の情を忘れていた様だ。

重ねて謝る。本当にすまなかった……」

オルドグラムが深く、深く頭を下げる。

 

「あ、あちょっと……?」

プライドの高い彼の頭を下げるという動きに小傘が混乱する。

一言でいえば非常に()()()無いのである。

 

「風呂に入る積りなのだろう?入って来い。

今日の残りの家事は全て我がやっておこう」

 

「え、なんでお風呂に入る積り……きゃぁあああああ!!!」

小傘はそこで、自身が下着姿であることを思い出した。

 

 

 

 

 

「お風呂あがったよー……」

 

「丁度食事の準備も終わったぞ」

風呂から出た小傘が見たのは、食卓に並ぶ豪華な食事の数々だった。

以前オルドグラムが作ってくれた物、外界からきた本に載っていて小傘が興味を示した物など、二人で食べるには多すぎる量が並んでいた。

 

「わぁ!どうしたのコレ?」

 

「日頃の感謝の気持ちだ。我は、貴様の厚意に甘えすぎていた様なのでな

目に見える形で、返しておきたかったのだ。

凡そではあるのだが、鍛冶の方も我が片付けておいた。

今夜はゆっくり休むと良い」

そう言って、高そうなワインの栓を抜いて見せる。

 

「さ、少し早いが、食事にしよう」

オルドグラムが優しく微笑んだ。

 

 

 

「小傘よ、道具は道具本来の役目を果たすべきだと思うか?」

食事の最中、オルドグラムがそんな言葉を小傘に投げかけた。

 

「???

なにを言ってるの?」

オルドグラムの言葉の意図が分からず、小傘の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「我は今、切に思うのだ。貴様の本質は『道具』。

道具とは何らかの目的の為に作られた存在。

だが、道具が意思を持ち、自らの使い方に疑問を持った時……

どうすべきなのか?

我は気になったのだ」

 

「よくわかんないけど……私はずっと傘の積もりだよ?

人を脅かすし、鍛冶屋もやってるけど、それでも傘としての仕事を捨てる積りはないよ?

だって、(道具)はその為に生まれたんだもん!」

 

「そうか……」

小傘の言葉を聴いてオルドグラムが納得したように頷いた。

 

「変なオルドグラム」

そうやって、小さな違和感を残し、二人の何時もの日常は過ぎていった。

 

 

 

 

 

「あ、もうこんな時間……そろそろ、寝よ?」

壁に掛けてある時計を見て、小傘が口を開く。

 

「そうか……もう、こんな時間か」

オルドグラムが立ち上がると同時に、姿が変わる。

何時もの部屋着から、黒と赤の魔術師としての服装へ。

 

「どっか、出かけるの?」

 

「小傘よ、世話に成った。

我はもうじき我に与えられた本当の役目を果たす事に成る」

 

「本当の役目?」

意味が分からず、小傘が聞き返した。

 

「我の本体であるグリモワール(魔導書)には、魔術師オルドグラム・ゴルドミスタの英知の結晶であると同時に彼の者の復活装置なのだ」

オルドグラムが一呼吸付き、一瞬の躊躇いを見せた後もう一度口を開く。

 

「自らの死を予知した我のオリジナルの『オルドグラム』は、自らの魂を複製しこの魔導書に残したのだ。

だが、完全なる復活には異様な時間と膨大な魔力が必要となる。

だから、魔導書その物にその機能を持たせたのだ。

自らの英知をあえて狙わせ、常に魔力を持つ者の手の中に置く事で、時間と魔力をこの中に溜め続けた。

誤算があるとすれば魔導書に『我』という自我が芽生えた事と現代では魔術が廃って、復活には大分時間が掛かってしまった事だな。

今思えば、我が魔導具を回収して魔力を得ようとしていたのは、無意識に本来の目的を果たそうとしていたからなのかもしれん」

ペラペラとオルドグラムにしては珍しく饒舌に話す。

 

「えっと……まず、オルドグラムのグリもわーる?がもともと本物のオルドグラムが自分を復活させる為の道具で……

それで、復活には時間が掛かって……

けど、もうすぐ、復活出来るって事?」

 

「うむ、その通りだ」

オルドグラムが満足気にうなづいた。

 

「ねぇ、けど、それって……えっと、本物?のオルドグラムが目覚めたら、今のオルドグラムはどうなるの?」

 

「さぁな」

一瞬の迷いも無く、オルドグラムは『分からない』と答えた。

小傘の背に、冷たい物が走った気がした。

 

「我のこの人格自体がイレギュラーな存在。

いや、本物のオルドグラムからすれば自身の魔術をしる魔導書に発生した疑似人格など面白いハズもない。

順当な所で消去、いや、オリジナルが復活した段階で我自身が消滅する可能性も十分だな」

諦めたように力なくオルドグラムが笑った。

 

「……さっきかららしく無い事ばっかりだね」

知らないという事を平然と認めるというのはプライドの高い彼からしくもない。

諦めた笑いなど、自信過剰な彼らしくもない。

 

「ねぇ、じゃあさ。『本物』を目覚させない方法ってのが有るんだよね?」

半場祈る様な気持ちで口を開く。

 

「ある。当然存在する」

 

「じゃあ――」

 

「だが、我はその方法を実行する気は無い。

貴様が言ったのだ。

『道具は己の役目を果たすべき』だと。

ならば、ならば我もその役目、果たすのみ!!」

オルドグラムが指を鳴らすと、姿が半透明になる。

彼が体の実体化を解除したのだろう。

 

「小傘よ、世話に成った。

貴様と結んだ契約は、これにて終了だ。

お前という、存在に出会えたことを我は忘れる事は無い」

 

「まって、待ってよ!!」

 

「さればだ!!」

一陣の風が吹くと、そこにはオルドグラムの姿はもうなかった。

小傘が慌てて家の外に出る。

下駄を履くのも忘れて、周囲を探し回る。

 

「待って!!待ってよ!!!私だって、まだお礼言ってない!!

さっき言い過ぎた事、まだ謝ってない!!

まだ、まだ一緒に居たいって、キチンと言ってない!!」

小傘の声が、むなしく里に響いた。

 

 

 

 

 

オルドグラムの降り立った場所は、外界の道具が流れつく場所の一つだった。

外の世界で忘れられた、不要になった道具たちの中でオルドグラムが、壊れた椅子に腰かける。

 

「我の終の場所が、ここか……いや、道具の廃棄場所としてこれ以上相応しい場所などないか」

自嘲気味に話すオルドグラムが、自身の手を見る。

僅かに色が透け、細かな粒子がこぼれ落ちていく。

 

「!!」

自身の中で、鼓動を感じオルドグラムが胸を押える。

胸の鼓動と呼応する様に、オルドグラムの体にヒビが入っていく。

 

「我は……我の役目は……今、果たされる!

だが、だが、我は真に望むのは……!」

オルドグラムが()()に脳裏に浮かべたのは、今日までずっと一緒にいた、一人の傘の妖怪少女だった。

 

 

 

『ソレ』は始めは小さな球体の様な黒い物体だった。

だが、ソレは次第に巨大化し始め人の形を象っていった。

そして最後に黒い人型が、弾け飛び中から人が姿を見せた。

 

若い顔つきの男。

黄金の髪と、白磁の様な肌。

美しいという言葉が浮かびそうだが、あまりに作り物めいた姿に殆どの者は不気味ささえ覚えるだろう。

黒と黄金と赤に彩られた、ローブは怪しく華美な印象を与える。

嘗て、一つの国を滅ぼした最低最悪の魔術師『オルドグラム』が今ここに蘇った。




さて、この物語もシメが近づいてきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小傘とオルドグラム

ながい休息はありましたが、この作品も今回で完結となります。
お付き合いください、今までありがとうございました。
では、魔術師オルドグラムの旅の終着をご覧ください。


ザザザザ……ザザザ……ザザザ……

 

壊れたラジオのノイズの様な雨音が屋根を、壁を、小傘の心を叩く。

 

(…………ねむい……)

オルドグラムが姿を消して1月、『黄金の魔術師』を名乗る見知らぬ男の姿が幻想郷の空に映し出され、演説をして3週間、そしてその事態に解決に向かった巫女とメイドと剣士と魔法使いが行方不明になり、人々の中に『巫女は敗北したのでは?』という噂が立ち始め最早2週間が過ぎようとしていた。

空は雨雲に飲まれ止む事の無い雨が降り続き、朝と夜の感覚がなくなり1週間が過ぎようとしていた。

 

「…………」

ぼおっと、外を見ても雨雲と雨が降り続いているだけ。

傘としてのサガとしては、嬉しさを感じていたが今回はそんなモノを感じる心すらない。

 

「……すん」

小さく鼻を鳴らすと、再び寝床に倒れた。

何も、何もヤル気が起こらない。

 

「また、置き去り?」

悲しみか、怒りか、その言葉を零すが誰もその言葉を聴き届けてはくれなかった。

何時だったか、自身の持ち主に置き去りにされたのが小傘の始まりだった。

オルドグラムという男に、小傘は今また置き去りにされてしまった。

唯一彼の残した、真っ白になった魔導書を小傘がさみし気に抱く。

 

世間様は大忙しだ。

突如現れた魔法使いに平和は脅かされ、解決の手段は一向に見つからず、原因不明の雨に覆われ昼と夜の区別さえ無くなってきている。

 

今が何時なのか、それに加え自分が何なのか、それすらもだんだんと曖昧になってきている気がする。

 

コンコン

 

小さな、本の小さな音に小傘の意識が向かう。

 

「誰?」

僅かな隙間から、一匹のカラスが覗いていた。

 

「ああ……新聞屋の所の」

射命丸が連れていたヤツだと、小傘が思い浮かぶ。

 

「どうしたの?お使い?」

カラスは倒れるようにして、部屋の中へと体をすべりこませた。

一枚の折り曲げられた、写真がカラスの足に括り付けられている。

 

「お仕事の依頼かな?」

カラスからその紙を抜き取ると、小傘が目を見開いた。

 

「コレ!?」

それは幻想郷の異変解決者たちと向き合う見た事の無い男の写真だった。

巫女に、魔女に、メイドに、剣士に囲まれても一向に笑みを崩さない男。

異変ともいえる事態に、文屋の射命丸が動かないハズは無かった。

そして、今も終わらない異常な天候を考えると射命丸、ひいては彼女たちはこの男に敗北した事に成る。

 

だが、小傘にとってそれ以上に気になるのが、この男の持つ本の表紙。

異国の言葉で書かれた、濃いこげ茶色の羊皮紙で作られて魔導書。

オルドグラムが持っていた物とソレは同じに見えた。

 

写真の裏、そこにはその場所の名前が走り書きされていた。

小さくうなづくと、小傘は家に残った魔導書を手に走り出した。

 

 

 

 

 

パキッ!

 

小傘が廃棄場の枝を踏みつけ、音を鳴らす。

誰も、誰も居ない。

 

「あの噂は嘘だったの?」

小傘の心に安心と落胆が同時に襲い来る。

振り切る様に、小傘が頭を振り自身の頬を叩く。

だが隠しきれない落胆を見せながら、後ろを向いた。

 

その瞬間――!

 

「おやおや、それは私の魔導書(グリモワール)じゃないか。

何処かへ行ってしまったと思ったが、君が持っていた様だね?」

その声に再度小傘が振り返る。

 

「オル――」

もういないハズの人物。

思わずその名を口にしてしまうほどに『彼』は似ていた。

若い、オルドグラムよりも若く青年と呼ぶにすら早いと思わせる肉体。

だがその口調は老人の様に落ち着きに満ちていた。

 

彼は何時もの『オルドグラム』の様に、優雅に座り紅茶のカップを傾けていた。

 

緑のローブに、白い右足、赤い左足に分かれたズボン。

右手は青色で左手。

小傘は反射的に、その色がオルドグラムの言っていた五属性に関係あると直感的に感じていた。

 

「その魔導書をなぜ君が持っているかは分からん。

正直な話、ソレの内容は全てココ()に入っている。

その為に不要な物だが――せっかく持ってきてくれたんだ。

ありがたく頂いて行くよ?」

オルドグラムがその手を小傘に向ける。

 

「イヤ」

小傘が魔導書を腕で隠す様に抱く。

 

「おや?私にそれを返しに来たのではないのかな?

さてさて、不要とは言ったが他者にそれを持っていかれるのは不快だ。

さぁ、心変わりして返しなさい」

さっきよりも魔術師が語気を強くする。

だが、小傘は首を横に振るだけだ。

 

「はぁー……やれやれだ。

少し前に私の邪魔をしに来る愚か者が居たが……

此処はずいぶん私を不快にさせる人物が揃っているな!

あの者たちの様に異界に封じるだけでは、ダメか」

魔術師が手に持ったカップ握りつぶす。

掌からこぼれ落ちる紅茶、それはとめどなく溢れやがて巨大な水がうねり始める。

 

「出でよ、異端五属性――《液体(リキッド)》魔導具『深淵海(ザ・ディープ)』」

水が小傘を包み込む。

そして洗濯機の中の様に、何度何度もひっかきまわす。

 

「ぷぅは!?」

水の中から、引きずりだされ小傘が地面に倒れる。

 

「さぁ、自らの愚かさを理解したか?」

 

「げふっ、げふっ……」

小傘が水は吐いた。

 

「その本を置いて、逃げろ。

今回だけは見逃してやる」

魔術師の言葉通り、小傘は水の本流の中で手から魔導書を離していなかった。

 

「いや……」

魔導書を再度握り直し、魔術師を睨みつける。

 

「出でよ《霧幻牢(ザ・フォッグ)》」

黒い煙が蛇、或いは龍の様に小傘に迫る。

 

「ごっほ!?ごほごほ!!」

眼と喉に刺激が走る。

 

「ほう、貴様『妖怪』という奴か。並みの人間ならば昏倒するタイプのガスだが……

コレクションしておきたかったが、貴様は要らんな」

 

「た、たすけて、オルドグラム……!」

 

「私が君を?悪いがそのタイミングはもう、終わったんだよ。

君はもう、死ぬしか無い」

 

「助けて、オルドグラム」

 

「はぁー、気安く私の名前を呼ばないでもらおうかな?

今更命乞いをした所で遅いんだよ」

 

「オルドグラムは、乱暴で、自分勝手で、他の人を気遣ったりしない。

けど、偶に優しくて、約束はちゃんと守って、それで……それで、私にとって大切な相手なの!!」

 

「気でも狂ったか!?妖怪風情が!!!

貴様など、私は知らん!!」

魔術師が無数の動物の牙を呼び出す。

小さく《万噛(ザ・ビースト)》と聞こえた。

 

「肉片に成り給え」

無数の牙が小傘に迫った。

 

 

 

 

 

何処か知らない、遠くて近い場所。

そして現実の虚構の狭間で、『彼』は漂っていた。

 

〈ここは……どこだ……われは……だれ……だ?

いや……われ……とは……なん……だ……〉

自我も薄れ、このままこの世界に溶けていく。

『彼』はそんな状態で、自我を綻ばせつつあった。

 

「ねぇ、ボウヤ。レディを待たせるのは紳士として恥ずべき行為ではないかしら?」

空間の後ろ、白と黒の球体を無数に体に付けた女性、ドレミ―が逆さまになり腕を組みながら佇んでいた。

その姿を『彼』は知っていた。

 

〈どれ……みー……〉

 

「あらあら、ボウヤったらその姿……

自分すら夢の中に溶けて行っているのね」

ドレミがつぶやく。

 

「思い出しなさい。800年前、貴方はこの夢の世界で自我を持ち始めた。

存在自体も忘れられた魔導書に芽生えた意思、それは自身が魔導書であることも忘れ、自分を形成しましたわ。

そして今、道具は失われ、貴方も消えるハズ……

けど、まだ消えない。

貴方はまだ、誰かの記憶に残ってる。

この夢という無意識の領域で、貴方を思う『誰』かが貴方をまだ、この世界につなぎ留めているのですわ」

 

〈わ、れ……は?ダレ……だ?〉

 

「呼ばれていますわ、お行きなさい。

貴方は彼女を助けるのを約束したハズですわよね?

魔術師は契約を守る者なんでしょ?」

ドレミーが手を掲げると、空間が纏まって一つの枕へと形を変える

 

「夢の世界の一部を固定する道具……

貴方から取り上げていた物が、こんなタイミングで役立つとは思っていませんでしたわ」

ドレミーの投げ渡す枕を〈誰か〉が受け取る。

その瞬間、何処か遥か彼方から自身を呼ぶ声が聞こえる。

 

たすけて……×××××!!たすけて×××××!!

 

その声は彼を呼ぶ声。

彼は覚えていた。

この声を聴いたのならば、駆け付けなくてはいけない。

 

〈我は……そうだ……我の、我の名は――〉

 

「行きなさいな、()()()()の赴くまま」

 

 

 

 

 

『助けて!オルドグラム!!!』

 

小傘の叫びをかき消す様に『獣』が無数の口を開いた。

その瞬間、小傘の持つ魔導書が光を放った。

 

銀色の光が瞬き、ケダモノの牙を打ち倒した!

黒い服装に無数に巻き付く赤いベルト。

同じ配色のシルクハットとマントに、右目を覆うモノクル。

手に持つステッキは銀色で鳥を象った飾りは蒼玉を讃えている。

 

「我の名を――呼んだか?」

 

「オルドグラム!」

夢にまで見たその姿に、小傘が喜色の笑みを浮かべる。

 

「何者かな?君は?私の名を勝手に語るなど……実に不愉快だね」

魔術師がオルドグラムをにらむ。

オルドグラムもまた魔術師をにらんだ。

 

「我が名は黄金の魔術師、『オルドグラム・ゴルドミスタ』

契約に則り、この少女を守護する者だ」

 

「なにから、何まで私を不快にさせる!!」

魔術師が腰のグリモワールに手を伸ばす。

その瞬間、オルグラムもまた腰のグリモワールを撫でる。

 

瞬時に両人の間に黄金の光の波が形成されて、互いに打ち消し合った!

 

「はぁ!」

魔術師が手を広げると、空中に無数のナイフが現れる。

その全ての切っ先がオルグラムを狙い、放たれる!

 

「むぅん!」

翻るマントは生物の様にうねり、オルドグラムを包む。

そしてその流れがナイフを弾き飛ばした。

 

「こちらからも――だ!」

オルドグラムがステッキを投げた。

 

「うぁ?!」

魔術師は長剣2本を召喚して、辛うじてそれを受け流す。

 

「魔術師が実体剣に頼るとは、な」

オルドグラムが走り、魔術師に向かい虚空に手刀を放つ。

 

「異端魔術、気体の元素『絶風(たちかぜ)』」

見えない風の刃が、魔術師の額に亀裂を生じさせた。

 

 

 

「ぐぅあ!?なぜだ?なぜ、私が私の偽物に押されるのだ?」

 

「それは我が偽物だからだ。

この我はただの我ではない、夢の世界に漂う力を『理想』を形にした存在。

我を呼び出す者が我の強さに疑問を持たなければ、我は無限に強くなる!!」

 

「馬鹿な!?超えるだと?私を、私の模造品ごときが!!計画の齟齬で生まれたバグごときが!!」

オルドグラムが魔術師の攻撃を難なくはじく。

そして、何時もの様に杖を振り上げ、魔力が空を揺らす。

 

「いっけぇえええええ!!!!!

負けないで!!!オルドグラム!!!」

 

「ああ、そうだ!!我が!!我こそがオルドグラムだ!!」

魔力が、閃光が、きらめきが、小傘の叫びが走り魔術師の後ろに、オルドグラムが降り立った。

 

「わ、私が……わた、し……に……」

オルドグラムと魔術師が背中合わせに同時によろける。

魔術師が足に力を失い、オルドグラムにのしかかる様に倒れる。

 

「あ、わたし、のゆめが……」

魔術師が虚空に手を伸ばし、力なく垂れさがる。

 

「ねぇ、なんで魔法を極めようとしたの?どうして、町を滅ぼしたの?」

小傘が倒れる魔術師に尋ねる。

 

「なぜ?なぜ……だった、かな……もう、ずいぶん昔の事……」

 

「私、あなたの記憶を見た事があります……

前にオルドグラムが消えた時、魔導書の中であなたの記憶を見ました。

あの場所が大好きだったハズなのに」

小傘が倒れる魔術師を見下ろす。

打ち付ける雨が、小傘によって遮られる。

 

「そうだぁ……思い出した……私は、()()()()()()()()……

失った『誰か』を取り戻すために……

友だったか?妻だったか?母だったか?父だったか?兄だったか?妹だったか?

それを奪った世界が許せなかった……傷を抱えてのうのうと生きる世界が……

そして、それすら忘れてしまう私が……許せなかった……

命を作る魔術は、何時からか、奪う力に変わってしまったのか……」

魔術師の体が消え始める。

 

「ふはは……ふははは……私は、もう忘れてしまった。

なのに、空っぽな、大きな空洞の執念だけが、残ったのか……

ははは、ははは、そうか……

私は自らを忘れ、周囲からも忘れられ……今に至るのか……

そうか……わたしは、いつのまにか……わたしをわすれてしまって……いたのか……そうだ……」

名前すら、存在すら、自分すら忘れられた魔術師が静かに目を閉じる。

小傘はようやく、オルドグラムがこの場所にやって来たのか分かった気がした。

 

「名もなき影は、この舞台から降りよう……

これでようやく私は、解放される旅たてる……

我が魔導書よ……よく聞け。

私の旅路はここで終わる。

お前は『オルドグラム』の名を知る最後の証人だ!

お前がたった今より、新たなる『オルドグラム』だ!

妖怪でも、道具でも、亡霊でも構わん。

『オルドグラム』の名はたった今から、貴様の物だ」

倒れ伏す魔術師が目を見開き、自身の魔導書を指さす。

 

「その名、喜んで拝命する」

オルドグラムが跪いて帽子を脱ぎ、最敬礼の姿勢を見せた。

再度目を開くとき、悲しき魔術師の魂はこの世にはもう無かった。

 

「終わった……終わったの?」

 

「ああ、終わった。魔術が解かれこの雨ももう止むだろう。

今頃捕まっていた他の人間どもも解放される頃だろうな」

オルドグラムが地面に落ちた魔導書を小傘に投げ渡す。

 

「わわ、いきなり危ない――っ!?それは!!」

オルドグラムの手が光の粒子となってほどけていく。

 

「もうじき、朝が来る。800年以来ずっと止まなかった『オルドグラム』の雨は止み、永い永い夜は終わりを告げた。

そして――その終わりは()()()()()様だ」

オルドグラムが穏やかに笑う。

 

「オルド……グラム……」

 

「分かっていたハズだ、我はあの時もう消えていたのだ。

それをお前が、我を呼び寄せてくれたのだ。

ふふふ、最悪の魔術師が出来なかった死者の蘇生を、こなすなど末恐ろしい奴だ」

オルドグラムが小さく笑みを浮かべた。

 

「だが、そのおかげで我は『オルドグラム』の名を継承出来た。

いや、そんな事すら些細に思えるほど我の中にはたくさんの思い出が詰まっている。

真っ白だった我の中は、お前たちによって埋め尽くされた様だ。

ああ、なんと……なんと幸福なのだ……

何もなったハズの我が、こんなにも……こんなにも……後悔が残った……」

小傘があふれる涙をぬぐった一瞬、その一瞬後にはもう誰も居なかった。

雨あがりの、道具の廃棄場で倒れる数人の少女と、何時までも泣き続ける妖怪が一人、朝日に照らされていた。

不思議と、悲しさは無かった。

小傘はたった今、ついたった今、自身の彼岸を叶え消えていった『道具』に敬意の念さえ抱いていた。

 

「さよなら、オルドグラム」

小傘の言葉に呼応する様に、厚い雨雲の間から太陽が顔を見せていた。

 

 

 

 

 

小傘の家に、一冊の本が置かれている。

ずいぶん広くなった家で、小傘がため息を着く。

 

残ったのは一冊の本だけ。

嘗て『ソレ』は偉大なる魔法使いの魔導書で、後に魔法使いの復活装置となり、さらには永い年月をかけて意思を持った付喪神で――

小傘にとっては何時の間にか、大切なモノとなった本。

この世界の魔術に関する者からすれば至宝だが、魔術を知らない小傘にとっても大切なモノだった。

 

「800年か」

この本が作られ、自我が生まれるまで800年の月日が流れている。

 

「あとまた、800年経てばまた会えるよね?」

小傘がグリモワールの表面を撫でる。

オルドグラムは消えた。

だだ、その根幹にあった道具は残ってる。

またいつか、会えるのか?

それはきっと、誰にも分からない。

 

ドン、ドン!

 

「今日はお休みだよー」

叩かれる扉に向かい、小傘が声をかける。

 

「そういえば、オルドグラムが居ないからまた鍛冶の仕事も大変だなぁ……あれ?」

ポロリと涙が、その手にこぼれ落ちる。

 

「なんで、だって、私納得したのに、800年待てば、良いハズなのに……」

 

ドン!ドンドン!ドンドン!!

 

扉のノックは大きくなる。

相手は相当慌てている様だが、当の小傘は今日は仕事をする気にはとてもなれない。

客商売としては失格だが、今日は帰ってもらうか無いだらろう。

 

「だから、今日はお休みなの!」

 

「貴様の都合など、我には関係ない!」

扉の向うから、声がした。

その声を聴いた瞬間、小傘は飛び出していた。

 

「ようやく、開けたか」

多くの里の人間が着ているような、着流しを身に着け鋭い眼光を宿す『少年』がそこにいた。

 

「おるど……グラム?」

何時もは自分が見上げていたハズの彼にしては、ずいぶん小さい。

確かに面影はあるが、それにしてった小さい。

 

「いつまで呆けているつもりだ?」

頭二つ分ほど小さく成った彼が小傘の脇を抜けて、部屋の中へと入っていく。

 

「おお、我が魔導書。

探したぞ」

オルドグラムが魔導書を取り出した紐で縛る。

 

「いつまで、呆けている積りだ?とさっき言ったのだが?」

 

「な、なんで!?どうしてここにいるの?

なんでちっちゃいの!?」

 

「我の――いや、『オルドグラム』の最後にして究極の魔術だ。

『魂』を根源に『肉体』で包み骨という『物質』で支え、『血液』で満たし『酸素』を全身に回す。

『魔術師オルドグラム』に極めた異端なる5属性の最奥は、一人の人間を作り出す事に有ったのだ。

貴様の予想は物の見事に的中してた事になる。

魔力の不足分で、若干サイズは縮んだがな……」

 

「じゃ、じゃあ、オルドグラムは人間になったの?」

 

「魔力で作られたがそういう事だ。

さて、小傘よ。明日から忙しくなるぞ?」

小傘の言葉にオルドグラムが答える。

 

「我は人として転生を果たした。

しかし、魔力も何も持たない人間なのだ。

恐ろし事に、人間の寿命は80年ほど……

我の望みを叶えるには圧倒的に足りん!!

明日よりゼロから再スタートだ」

オルドグラムがビシッと指を小傘に向ける。

 

「えー、どうしようかな?

魔法が使えないんじゃ、私が助ける意味無いしな~」

ワザとイジワルを小傘がいう。

 

「むう……」

 

「な~んて、うそうそ!びっくりした?

小傘おねーちゃんが、オルド君を助けてあげるんだから!」

嬉しくなって小傘が、笑みをこぼす。

 

「誰が姉だ?誰が『君』だ?」

不機嫌そうにオルドグラムが言う。

 

「生まれたての、『オルド君』だよ?

私がお世話してあげなきゃね。

大丈夫、ベビーシッターは得意だから!」

小傘が後ろからオルドグラムを抱きしめる。

 

「我を愚弄するか?!」

 

「はいはい、そういうのはちゃんと魔法使いになってから言おうね?」

 

「なって見せるさ!我に不可能などない!貴様に借りを続けるなど、我の矜持が赦しはしない!

我は必ず、大魔導士へと返り咲いてやるわ!!

我が、我こそが黄金の魔法使い!オルドグラム・ゴルドミスタなるぞ!!」

 

「えへへ、キョウジ?とかどうでも良いよ。

それよりも『お帰りなさい』が言えるのが嬉しい!」

 

「ちっ、『ただいま』と言っておいてやる」

小傘の笑みに毒気の抜かれ、バツが悪そうにオルドグラムがつぶやいた。

 

「えへへへ、お帰り!」

小傘の笑顔につられて、オルドグラムが不機嫌そうにだが笑った。

 




消えたまま終わりにしようかと思いましたが、おねショタが書きたくなったのでこのエンドに成りました。
まぁ、こっちの方がハッピーエンドでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。