提督をみつけたら 大惨事創作 八戒のイルカ (AAAAAAAAS)
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性欲だけの話だよ

あらすじに書いた通り、いろいろやってる話です。
感想は受け付けますが、作風は変えないのでご容赦を。

最後に。

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


 

 

 

 

 

 

 これから語られる話は愉快で笑える艦娘たちと提督たちとの暖かい恋愛の話

 

 

 

 

 

 

 ではない。

 

 

 

 

 この話はそういった話のIFルートである。

唯、ある意味ではこの話は繋がっているともいえる。

 

 適正に、いや艦娘に選ばれた世間一般的にラッキーと祭り上げられた男たちと、

夢見がちな艦娘たちによる絶望と一人の男の冷笑に満ちた話である。

 

 

 最初の主役はどうやら由良型の提督の彼…のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はある理由で艦娘と提督の適正を調べるために研究を志した」

 

 彼は目の前の人物に講義をするように、

朗読劇をするかのように抑揚で淡々と語る。

 

「艦娘の本能、本能なら脳神経によるものだろう、私はそうアタリを付けた。

 特定の男に対して欲情や興奮を催す何かがある、と」

 

 淡々としているが、どこか情熱を持った目で目の前の人物…

由良型の少年提督、工藤富都(くどうふと)に語り掛ける。

 

 ある種の熱や情念を帯びた言動に富都は威圧された。

 

「そんなことよりっ、ここはどこなんですかっ!?

 アンタは一体、何なんだっ!!」

 

 富都は目の前の男の不審な不気味さに恐怖を覚えるが、

吞まれてたまるか、とでもいうように声を荒げた。

 

 彼の体は椅子に括り付けられており身動きが取れなかった。

 

「ふむ、ここは艦夢守市から離れた永良音呼(えらねこ)市だよ。

 そして俺の…いや、私の名前は山口丈二(やまぐちじょうじ)だ」

 

 

 

 君は知らないだろうが、山口多聞の山口と野原丈治の漢字違いの丈二だ。

響きだけでも覚えて帰ってくれ、損はさせない話だからさ。

 

 

 

 これからする話は、二人の男を愛した私の師が抗って生きた話だよ。

 

 無理やりにでも聞いてみて、損はない。

説明は得意ではないが、師の言葉を借りてこう言おう。

 

 

 

 説明は丈二の十八番だ、と。

 

 

 

 富都は困惑している。

今日、高校から帰ってくるまでの記憶がない。

気づいたら、どこかの倉庫にいてパイプ椅子に括り付けられていたのだ。

 

 目の前の男、青年が彼を浚い誘拐した張本人だろう。

 

「さてさて、とは言いつつもののやはり私は説明が下手糞だ。

 惨めでかっこ悪いのだが、単刀直入に君に言おう」

 

「なっ、何をですか?」

 

 苦笑交じりに丈二は富都に提案する。

しかし、富都からすれば目の前の挙動はいちいち芝居がかっていて胡散臭い。

 

 有体に信用しづらいタイプだった。

いや、わざとらしくそう振舞ってるのだろうか?

 

「君の艦娘たちの本能…提督に対する執着を壊したい」

 

 低いトーンで丈二はそう言った。

 

「っ、そんなことっ!!絶対にっ」

 

 させない、とそう言おうとした。

 

「艦娘の近親婚は確かに認められているね。

 でも、まだここらや艦夢守市外じゃ受け入れがたい事案だよ?

 それに、さ?世界の半分は女のものだよ?」

 

 ただの女に走ったほうが幸福になれるのに、ね?

 

 威圧するような穏やかで冷たいような、怒ってるような…

そんな声に富都は困惑し、萎えそうになる、が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達艦娘に限って言えばね、もう他の人なんてありえないの。

私達の、ううん、私の心はもう一生提督のものなんだって、

 

 

 

 比喩でも何でもなく他にはもう居ないんだって、

わかってほしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 あの時の言葉、縋るような由良の言葉が反芻した。

 

「関係ありませんっ!大体っ、

 あなたや周りには迷惑はかけないですよっ!

 言いたい奴には言わせておけばいいっ!姉さんたちはっ…!」

 

 俺の艦娘(おんな)たちは俺が守りますっ!!

 

 熱量や激情、目の前の男に負けてたまるかと睨み殺すように見つめる。

しかし、青年は感心したように言った後、ため息を吐いた。

 

「そうだ、勝手にすればいい。

 だが、それは君たちが人間の姉と弟ならば、だ。

 まぁ、その場合は法律上は禁止されてるのだが…」

 

「何が言いたいんですかっ!さっきからっ!」

 

「私が言いたいこともやりたいことも一つだ…。

 艦娘を提督という呪いから解放することだ」

 

 断罪するように丈二は言った。

富都は自分や姉を嘲笑してると思っていた。

しかし、実際は自分だけ…いや、自分たちだけだった。

 

 となると途端に不安になった。

姉を守って嚙みついたが、どうであれ彼は艦娘のために動いているようだ。

最も、それがいいものとは不審人物を見て思えない。

 

 どうせ何か裏があるんだ、と富都は高をくくってみていた。

 

「先も言ったがね、私はとある理由で艦娘と提督の関係を研究している。

 艦娘に取材をして、血を採ったり脳のスキャンもした。

 提督側ももちろんね」

 

「それが…なんだっていうんですかっ!」

 

「艦娘側にはある共通の遺伝子があった。

 実際、『提督を見つけた艦娘』に一般人、

 違う提督に対面させた時の脳波の三パターンがあった」

 

 丈二はやれやれと呆れたように肩をすくめた。

 

「その時の脳波が雄のイルカに近いものだったのだ。

 私の嫌いな動物の一つでもある」

 

 いきなり言い出したそんな主張に富都は困惑する。

 

「いきなり言っても分からないな、

 私が雄のイルカを嫌う理由は最も性欲が強い動物だからだ。

 文字通り海のブタだ」

 

「っ…!!」

 

 その蔑むように言う彼に富都は睨みやった。

この男は由良たちを侮辱したのだ。

正確にはそう聞こえてしまうだけの状況がありすぎた。

 

 失言だったと今更ながらに丈二は苦笑を浮かべた。

 

「君が怒るのは最もだが、話を聞き給え。

 不思議なのはここからだ…艦娘が雄のイルカの波長をもつなら、

 対になる提督は雌のイルカの波長を持つ者と思っていた」

 

 そして、確かにその仮説は『半分は』当たっていた。

 

「だが、全ての提督ではなかった…

 ちなみに君はその脳波を持っているよ」

 

「っ!?」

 

「意識を失ったときに僭越ながら測定させてもらったよ。

 なるほど、由良型と同じ波動で正反対…これなら惹かれるだろう、ね」

 

 気づかなかったが、机の上にある長く撓んだ紙…

脳波測定の記録結果の紙なのだろう。

 

 それをまじまじと興味深げに丈二は見やる。

まるで動物を品定めされるような屈辱と怒りが沸く。

 

「それがっ!何だっていうんですかっ!!

 脳波とかそんなの関係ないっ!俺は…!」

 

「そう、だからっ、脳波を持っていない提督を調べたのさ…。

 残念ながら、これに関しては不明だったが…ある共通点があった」

 

 そうだ、脳みそだの、理屈など関係ない。

そうでなくても自分たちと同じように愛を育んでいる人たちがいるのだ。

 

「これに関しては非合法な手を使ってるのだが、

 どうも他の提督は…何か言いづらい状況だったな」

 

 しかし、丈二は複雑そうな笑みを浮かべた。

 

「遺伝子のことは分からなかったが…彼らの職業が…無職、ホスト、ロリコン、

 ヒモ、何というか…その…な」

 

 本当に複雑そうな笑みで丈二は言った。

ロリコンに至っては職業ではないが、それ以前にいろいろアウトだ。

だからあえて訂正はしなかった。

 

「嘘ですよねっ!?

 そんなんしかいないんですかっ!?」

 

「まぁ、ね…というか薄々わかっていた…。

 多分、適正者は一般的な世の中では生きづらい人がなるものだ、と」

 

(師匠の言っていたあの人も基本はロリコンだったらしいしな。

 平和な世界では自分がいらないと感じていたってくらいだし)

 

「それに…私はそういう人物を知ってしまっている。

 全艦首の適正を持つ提督をな」

 

「そんな人いるんですか…?」

 

「セックス教団の開祖だがね、今は塀の中だ。

 ある種の狂気を孕んだモンが提督になれるんだろう」

 

 そういった彼の表情は悲しげだった。

しかし、富都は気づかない、

彼は今、気づきたくないこと…

 

 それに気づきかけていた。

 

「…そんなのっ、俺は信じないっ!」

 

「そうだな、そんな厨二的な表現は使うべきではないな。

 私が思うに…恐らく、艦娘は自分一人では立てない男、

 自分たちがいないとダメな男、弱い男を本能的に選んでると踏んでいる」

 

 

 

 脳波を否定するなら、この案が強いだろう。

君自身に覚えがあるんじゃないのか?

 

 

 

「っっ!!!」

 

 富都は由良たちとの関わりをその言葉で一気に思い出した。

その問いかけに全ての楽しい思い出、

それらを富都は思い出してしまったのだ。

 

「駆逐艦雷、霞、浦風、軽空母鳳翔、祥鳳 巡洋艦鹿島などはそうだろうな。

 彼女たちも無自覚なのだろうが」

「……それ、は…」

 

 丈二はため息を吐いて肩をすくめた。

自分でも容赦ないことは分かっている、

しかし、ここで提督の存在を無くさなければ…。

 

 

 いつか必ず、深海棲艦が現れ師匠が守った未来が無くなってしまうのだから…。

 

 

 

 

 20年前

 

 

 

 

 

 幼い彼に片親しかいなかった。

アルコール中毒の凶暴な父親だ。

彼に虐待を繰り返し、盗みを強要していた。

 

 幼い彼の住んでいた地区は深海凄艦により輸送物資が途絶え、

隔絶されたかのように文明が遅れていた。

 

 豊かさも充てもない彼はヤクザのような父の下につき、

スリ稼業によって口に糊していた。

 

 そして何時ものように変わらない灰色の停滞した日常、

それに身を落としていた時、彼女に会ったのだ。

 

 季節感どころか世界観を感じさせない、巫女服とセーラー服の折衷的な服装。

それに包まれた肢体は豊かな胸を筆頭に整っていた。

 

 艶やかなツインテールは黒のようだが光による反射、

それにより薄っすら緑にも見えた。

 

 艶やかな緑の黒髪美人だ。

 

 丈二はそんな彼女を標的にした。

しかし…それができなかった故に彼女と関わった。

 

「ふふっ、五十鈴に挑む度胸だけは買ってあげるわ。

 身を隠して治安の悪い場所に来てみたけど…面白いこともあるもんね」

 

 子供である丈二の手を細腕でぷらりとつかんで、つるし上げる。

絶望的な顔を丈二に浮かべた。

 

「ねぇ、貴方…名前は?」

「やまぐち…じょうじ…」

 

 怯えながら幼い彼はそう言った。

 

 

 っっ…!!!

 

 

 

「おっ、おねえちゃん…どうしたのっ」

 

 自分の名前を聞いて五十鈴は悲しそうな、優しそうな笑顔を向けた。

目には大粒の涙を零しながら…。

 

「ほんっと、来てみるもんねっ、私の愛した男たち、

 それと同じ名前の子に会うなんてっ」

 

 その意味がわからずに丈二は見つめる。

 

「私の名は五十鈴、違う世界から来た艦娘よ?

 丈二、貴方に一つ問うわ…。

 私は探していたの、私の後継を…」

 

 ここを出て立ち上がれる力は欲しくない?

 

「少しの間だけ、私は貴方の艦娘(モノ)になってあげる。

 そして生きてく術を教えてあげるわ」

 

 

 だから、お願い…妹たちの、いえ艦娘の尊厳(誇り)を守ってほしいの。

 

 

 

 

 おねがい、ごめんね?ジョー…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<続く>

 

 

 

 




同じ長良型でありながらの対比を選びました。
あの五十鈴さんがこの世界に来たら、絶望しそうだなぁという所から
話を膨らませてみました。

野原提督も多分、望まないと思うんですよね。
自分が平和になれば必要ないと分かってて消えた人にも見えたんで。

富都と丈二と長良型から貰ったものの違いを感じてくれれば幸いです。

源治さんには感謝です。

それでは。










少しだけネタバレするのなら長く続く話ではないかもしれません。


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血は濃くなるものだよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


今回、実在する一族がでてきますが誹謗中傷する意図はありません。
あくまで事実をもとにした創作としてお楽しみ下さい。


「君は聞きたくないだろうが、聞いてもらうぞ?

 私の研究の結果と結論を」

「これ以上っ…まだっ!何かあるんですか?」

 

 恨みがましい目つきで富都は彼に噛みつくように吐き捨て、

歯を食いしばる。

 

「学校の歴史で習ってると思うが…

 この世界は一度滅びかけたことがあるらしい。 

 そして、その戦争は半世紀も続いた」

 

 ある怪物の出現によって。

 

「その怪物の名前はわかるね?」

 

 馬鹿にしてる風でもないのだが、自分を苦しめる彼の言葉。

その言葉がすべて腹立たしかった。

 

「深海棲艦ですよっ、馬鹿にするのも大概にっ…」

「そうだ、もうそろそろ一世紀になる、その戦いが済んでからね。

 ちなみに歴史博物館に剥製が残ってる、そうだね?」

 

 そうだ。

世界を滅ぼそうとした化け物の証明として、

それぞれの種類の深海棲艦が全国に散らばっている。

 

「まぁ、君の町の市長たちは『何か都合の悪いこと』があるのか渋っていたが、

 かろうじてそれはある。最も人型はどこにもないが」

 

「いちいち回りくどいんですよっ!!

 結局何がっ!!」

 

「私は順序だって物事を説明してるつもりだよ。

 君がどれだけヤバいことをやろうとしているか、

 その罪を認めさせるためにね」

 

 そのためには面倒だが、この流れを話すしかないのだ。

 

「で、だ。君に聞くが、艦娘は種族として何種類に分けられると思う?」

 

 何種類だって?

この男は馬鹿にしてるのか?

駆逐艦、軽巡、重巡、戦艦、正規空母、軽空母、装甲空母…

知ってるだけでもこれだけある。

 

 少なくとも、7種類以上はあるだろう。

 

「艦種で知ってる範囲なら、7つ位でしょう!?

 それが何だっていうんですか!そんなのが一体っなn」

 

「やっぱり、そこら辺を勘違いしてるんだね、

 周りは。なぁ、君…それは艦種として、だろう?」

 

 私は人種としての意味で数を訊いたんだ。

 

「白色、黒色、黄色人種といった、ね…。

 さて、改めて聞くよ。艦娘の種族は…何人だろうか?」

 

「ぇ…それ、は…」

 

 人間として?そんなの知るわけがない?

艦種はともかく、彼女たちにそう言った括りはあるのか?

あるとしたら…やはり人間と同じなのではないか?

 

 明らかに海外艦もいるのなら、三種類くらいが妥当ではないか?

そして口を開こうとするが…

 

「答えは一種類だよ、人間から生まれたものを含めてね。

 彼女たちは一種類の一つの一族だ」

 

「なっ!?あり得ないでしょう!?

 姉さんたちは人間から生まれたんですよ!そんなのっ!」

 

「まぁ、そういう意味では2種類とも言えなくないが…

 そもそも君はそんな親族的な要素を彼女たちが持ってないからこそ、

 惚れたんではないのか?姉として愛してるわけでもあるまい?」

 

「そっ、それは!」

「それに人間から生まれた艦娘の細胞…

 親の細胞を全くと言っていいほど継いでいないよ。

 そもそも人と構造…いや、質が違う。だから実質一つだ。

 そういう意味では君たちは他人なのだろう」

 

 困惑したものの、だったら何の問題があるというのか?

 

「それで問題はここから、だ。

 不思議に思わなかったか?姉妹艦でもないに、別の姉妹艦に似てる奴、

 艦種が違うのに姉妹のように性格や外観が似てる艦娘もいる」

 

 彼女たちの生まれは謎に包まれているが、

彼女たちは実質、全員が血のつながった姉妹ではないのか?

 

「人間の理と違いすぎる血脈とルーツを持った、ね。

 かなり信憑性の高い結論と思うがね。

 全員に共通する細胞もあった」

 

 

 私はこれをドルフィンゲノムと名付けた。

 

 

 息を整えて溜息を吐き、丈二は富都を見る。

 

「かなり嫌なことを言うが、

 君の両親は出産のとき看護婦や医師に何かされたのではないか?」

 

 例えば、艦娘の元となる細胞を母体に注入された。

 

「そんなことがあるわけっ!!」

「ぶっちゃけ、親に全然似てないよね?人種違うよね?

 どこかの天空の城の人だよね?」

 

 やや焦れたように丈二は言った。

もう、他人の要素強すぎるだろ、と。

独自に彼の過程を調べた結果だ。

 

 どこのラピュタの空族だよ、と。

 

 それに関して富都は何も言えなかた。

引きつった笑みを浮かべるだけだ。

彼の母親がいたら大いに嘆いたことだろう。

 

「失礼、取り乱した。

 話を変えて続けるが、

 艦娘から生まれた艦娘は艦娘や提督を生む率は高い。

 これは納得できるだろう?」

 

 そもそも艦娘は提督としか結ばれないのだから、

提督の才を引き継ぐ子がいるのは当然の帰結だ。

 

「だからその子が兄か弟が提督で妹か姉が艦娘として生まれる率は高いよね?

 これも納得できるはずだ」

 

 丈二は噛みしめるように言う。

確かに理屈はそうなりやすいだろう。これも分かる。

 

「これを君に当て嵌めてみてくれ、そのうえで聞く。

 もし、君たちの息子に適性があり、

 君たちの娘が艦娘として息子に引き寄せられた場合を」

 

 その言葉に絶句した。

自分と由良たちはともかく、自分の子供たちがそうなったとしたら…

それはもう…

 

「畜生道まっしぐらだな、だが、ここまではいい。

 むしろ、違う可能性もある。本題はここからだ」

 

「まだ、何かあるっていうんですか…!」

 

「言ったはずだ。艦娘はそれぞれの血がつながった姉妹の集合体だ、と。

 ともかく、艦娘たちは近親婚を繰り返すしかないのだ」

 

 艦娘の細胞は人間のそれよりはるかに優れている。

彼女たちのスペックを見れば分るだろう?

 

「そして、艦娘から生まれた提督も限りなく艦娘に近い細胞と血、

 それらを持って生まれてくる。

 そうなってしまえば、もう人の姿をしても人の要素がないデザインベイビーだ」

 

 何より、仮定だが…その提督はすべての艦種の提督になれるだろうな。

 

 その言葉の意味する狂気を感じ取り、富都は項垂れてしまった。

その富都を横目で見つつも、追撃するように説明する。

 

 ここからが自分が止める理由なのだから。

 

「ここである一族の話をしよう…実在するファゲイト一族と呼ばれるのだが」

「…ふぁ、げいと…?」

 

 溜息を吐いて丈二は懐からある写真を取り出した。

それを見て富都は固まってしまった。

 

 西洋人系の顔をした男の一人が映っていた。

しかし、その男には強烈な違和感があった。

 

 肌が真っ青だったのだ。

比喩でもなんでもなく青く、青白い肌をしていた。

 

「この一族は近親婚を繰り返していた。その結果だよ。

 だが、君はこの肌を持つものを知ってるはずだ。

 いや、義務教育を受けた者なら…歴史で学んだことがあるなら、知ってるはずだ」

 

 その言葉を意味したとき、富都はボロボロと大粒の涙をこぼした。

自分たちの町にはいなかった剥製のそれ、だが、教科書にはのっていたそれ。

 

 

「深海棲艦…になるっていうのか…よ」

 

 

「只、肌が青くなるだけならいいのだがな…。

 君も知ってるはずだ、提督を思うが余り攻撃的になる一面…

 そして代替えしていくことに、その遺伝子も本能も強まり…」

 

「もう、やめてくれ!!!やめて、ください…!!俺は…」

 

 丈二はあえて言葉をつづける。

 

「かつての戦争はまだ終わっていない、この平和は次の戦いの下準備なのだ」

 

 項垂れる富都を見て強く丈二は言葉を吐き出す。

 

「深海棲艦と艦娘、提督は互いに子孫でもあり先祖でもある存在…

 私はそう、結論付けた」

 

 

 おそらく始まりの艦娘は提督と深海棲艦の間に生まれたのではないか、と

 

 

 その化け物は世界を滅ぼそうとしたのではなく、

提督という存在を求めたのではないか、と。

 

 

 今の、艦娘たちと同じように、な

 

 

 

 

 

 

 だから、私は提督適正を…提督という概念を消すことにした。

 

「私はこう思う、かつての戦争が始まる前は…

 艦娘法が今と同じようにあった。

 しかし、その結果、海の化け物を作り上げた」

 

 そして倒し、私たちはまた生み出そうとしている。

 

「この世界はこれを繰り返してるんじゃないだろうか、と」

 

 

 そして、あの人は戦争が終わってもたった一人で戦っていたのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 20年前 彼の住んでいた町にて。

 

 彼の父親を難なく締め上げて、

警察に突き出した後、五十鈴はなし崩し的に彼と住むことになった。

預金だけは潤沢にあり、彼の家にタンスやテーブルといった調度品を提供した。

 

 そして伝手を使い学校に通わせ、

大きな声で言えない伝手では人間の戸籍を取得した。

行政を脅したともいえる。

 

 そんな彼女との生活も三か月が過ぎていた。

 

 

 五十鈴は幼い彼に組み手を行っていた。

家の近くにある公園で、だ。

 

 

 彼の出したひじ打ちを掌底で弾く。

まだ幼く小さい彼は吹っ飛ぶが、

その勢いを利用して距離を空けて構える。

 

 右手を突き出し左手を腰だめに添え、膝をわずかに曲げて状態を斜めにする。

 

「前よりは機敏で隙はないわね、ふふっ、上等よ」

 

 くすりと五十鈴は微笑む。

隙だらけに見えるが実質全くスキはなく、

隙だとしてもそれを突く技量がない彼は攻めることができない。

 

(う~…突っ込んでもよけられちゃうしっ!この距離なら届かないしっ!)

 

 焦れたような思考は何もいい手は残っていない。

そうこうしているうちに五十鈴はにやりと笑って近づき、

 

「はいっ、捕まえた~っ♪」

 

 ぎゅーっと豊かな胸に子供の彼の頭を押し付けた。

男にとっては羨ましいシチュエーションだが、当時子供の彼は苦しそうにもがいた。

 

「はいっ、終わりっ♪」

「ぷはっ!く、苦しいよっ、師匠っ~」

 

 呼吸困難にされたことに恨めし気にみながら、丈二は見上げて呟く。

 

「弱い丈二が悪いのっ、悔しかったら強くなりなさいなっ、

 そうね…」

 

 全ての艦娘と戦うつもりで頑張りなさいな。

 

 にこりと鬼畜なことを笑顔で五十鈴は言った。

丈二は思う、あのときのあの人は冗談ではなく本気で言っていたのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 彼女はあの大戦の直後、全ての艦娘を轟沈(しず)めようとした大罪人なのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<続く>

 

 

 

 

 

 

 




 源治さんの話を見て、基本的に思ったのはこういうことですね。
たまたま青い肌の一族にぶち当たって、深海棲艦が思い浮かんで…
ひょっとしたら、というところから話を膨らませました。

 不謹慎かもしれませんが、書いてみたかったのです。
前書きにも書いてあるように、誹謗の意図はありません。

 只、艦娘たちと提督のそういった営みによる血の濃さが…
深海棲艦を誕生させたのでは?と考えてこんな話になりました。

 しかし、回想で五十鈴を入れないと艦これ要素が全くない話ですね、これ…。
次回当たり、由良提督編の決着がつけられたらいいなあ…

 描写がくどくなるので入れませんでしたが、
丈二は掛け合わせまくった艦娘と提督の細胞をラットに
注入して実験してます。

駆逐イ級に変異して襲いかかったようです(爆)

 それでは。


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その状態が答えだよ

 本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。

 ひとまず今回はこれで由良提督編は終わりです。
次回は番外編と補足を挟んで陽炎型になると思います。


  疑問に思った読者もいるかもしれないが、

何故、ここで富都の提督である由良、鬼怒、阿武隈がここまで姿を見せないか。

その理由を明記しなければならないだろう。

 

 彼女たちの家に手紙が送り付けられていた。

 

 それもベタな文面だ。

 

『君たちの提督は預かった、

 返してほしくば永良音呼市の指定の場所に来てもらおう。

 一応言っておくが君たちの行動は監視しているし、

 警察に私の知り合いがいる』

 

 連絡すれば…分かっているね?

 

 その文面を握りつぶし、両親の制止も聞かなかった。

滾る激情を胸に永良音呼市所へと向かったのだ。

 

 自分たちの提督を浚うものは許さない、

端麗な容姿に赤く黒い怒りを秘めて愚か者に向かい会おう。

 

 そこは倉庫が並ぶ港だった。

 

「ここにあの子が、提督がいるのかしら」

「そんなことより行こうよっ!由良姉、阿武隈っ」

「鬼怒姉さんっ、落ち着いて罠かもしれないじゃないっ」

 

 互いに背中合わせの円陣を組み、あたりを警戒するように歩く。

すると、小さな影が前に手のひらを合わせた状態でゆっくりと現れた。

 

 その影は闇に溶け込むように黒い、黒いセーラーを纏っている。

柔らかな桃色、いや、桜色の髪をサイドテールにして左に纏めている。

その髪の上には愛らしさを感じるベレー帽がちょこんと座っている。

 

 由良達はその彼女に覚えがあった。

 

 白露型駆逐艦 春雨。

艦の時代に縁があった部下だ。

 

「お待ちしておりました、由良さん、鬼怒さん、そして阿武隈さん」

「…春雨さん、これはどういうことかしら?」

 

 困惑と怒りがないまぜになった感情が由良達を惑わせる。

まさか、自分たちの提督の誘拐に部下の艦娘が関わっているとは思わなかった。

 

「春雨ちゃんっ、どういうことっ!?

 この誘拐は…提督を浚ったことに絡んでるの!?」

 

 瞳を閉じて春雨は粛々と受け止め、頷く。

 

「そんなっ、どうしてっ!春雨ちゃんがこんなことをするなんてっ!」

 

 阿武隈は泣きそうな顔で叫ぶ。

しかし、真摯な表情で目を開き春雨は三人を見やった。

 

「それが彼の…あの人の覚悟だからです」

 

 そして両手を開いて通せんぼをした。

 

「私は頼まれました。

 ここで足止めを…それに答えるのみです」

 

 由良は彼女の言葉を分析して口を開いた。

 

「あなたの提督命令なの!?だからこんなことを!?」

 

 しかし、春雨は困ったように笑みを浮かべた。

 

「いえ、彼は提督の適正なんてありません。

 けど…その魂を持ってます。能力や才ではなくもっと大事なものを」

 

 少なくとも、貴方達の提督を含めた偽物とは違います。

 

 その言葉は禁句だった。

だが、春雨はあえてそう言った。ここで彼女たちを叩き潰すために。

 

「ならっ、その愚かさを矯正してあげるっ…!」

「私たち今、半端なく怒ってんだからっ…鬼おこじゃなく、神おこなんだからっ!」

「今の発言もあなたの行動も私たち的にNGだよっ!」

 

 この時の三人はそういいつつも、いうほど腹は立ってはいなかった。

何故なら、彼女たちは駆逐艦で由良達は軽巡だからだ。

 

 艦種の性能だけで全ては決まらないが、

単純な馬力や防御なら自分たちの方が圧倒的に優位だ。

そもそも駆逐艦は群れを成して、戦うからこそ意味がある。

 

 戦艦ならともかく、正面からの一対一など愚策以外に何者ではない。

それ以前に駆逐艦でありながら、軽巡三隻を相手にするのは愚か以前に知恵がなさすぎる。

 

 本来ならそうなるはずだった。

 

 スカートを翻しながら行った由良の回し蹴りを春雨は人差し指で止めた。

 

「えっ!?」

「この程度ですか?」

 

「舐めるなっ!いくよっ!阿武隈っ!!」

「うんっ!!」

 

 驚かされたものの鬼怒と阿武隈互いに拳と蹴りを放つ。

 

 がん!!ごん!!

 

「っ、」

「いたっ…!?」

 

 鬼怒は彼女の顔面に拳を、阿武隈はみぞおちに蹴りを打ち込んだが、

まるで鉄より硬い何かが仕込まれてるようにびくともしない。

 

「彼についていった萩風ちゃんや鈴谷さんならともかく…

 この程度じゃ私は倒せませんっ!!」

 

 春雨は鬼怒の腕と阿武隈の足をつかみ、片手で二人を釣り上げた。

 

「うそっ!?」

「ふぇぇぇぇっ!?」

 

 そしてそのまま壁に投げ捨て叩きつける!

 

 ごしゃぁああ!!

 

「つぅ!!」

「きゃあああああっ!!」

 

 倉庫の壁をぶち破って穴をあけ、倉庫の中へ投げ込まれた。

 

 由良は駆逐艦にはあり得ない剛力に不気味な何かを感じた。

しかし、ここで引くわけにはいかない。

 

 提督を取り戻すためにここに来たのだから。

春雨は胸元にある無線のマイクをつまみ、耳に当てる。

 

「そうですか、わかりました。

 今、丁度二人を投げ飛ばしたところの倉庫ですね…

 位置的には、はい」

 

 警戒しながらそういうと、由良と痛みをこらえて起き上がった二人に目をやる。

 

「不思議な顔ですね。

 なぜ私が…一介の駆逐艦がこれほどの力を持ってるのか、

 と言ったところですか?」

 

 由良は応えることはしなかった。

そのとおりだったからだ、妹二人もそうだろう。

 

「とりあえず倉庫に入りましょう。

 貴方達の提督と彼の会話が聞こえますよ」

 

 あの人をどうするか、彼ら二人の会話を聞いてから考えてください。

 

 そういった春雨の表情は何かを殺した冷たさがあった。

 

 

 そして、三人は倉庫のスピーカーから響く二人の会話を聞いて愕然とした。

自分たちが平和を壊す?深海棲艦を生み出す?

提督を攫った愚者はそれを防ぐために、提督というものを失くす…

 

「嘘よ…そんなのっ!大体っ、青い肌の艦娘なんていないわ!」

 

 由良は突きつけられたものを否定するように叫ぶ。

春雨はそれを冷めた目で見つめていた。

 

「……なぜ、そう思うんです?」

 

 その音色は怒りと冷たさに満ちていて思わず息をのんだ。

 

「少なくともここに…貴方達を圧倒したまともでない艦娘がいます」

 

 鬼怒は混乱した。

 

「春雨ちゃんがそうだとして、それがなんの!?」

 

 しかし、由良も阿武隈も分ったのか、絶句した表情で見つめる。

 

「これが私の本当の姿ですよ」

 

 そういうと春雨の体が淡く光に包まれた。

そして肌の色、髪の毛が青白く変わっていく。

真っ赤な瞳も薄い色素の青い瞳に染まった。

 

「そっ、そんな…!」

 

 春雨はどこか悲しそうな笑みを浮かべ、三人に笑った。

ある種の退廃的な美を纏った存在がそこに在った。

 

「これが私のもう一つの、いえ、本当の姿です。

 そして私は由良さんたちの子供や子孫が辿る未来です」

 

 その現実に三人は心が折れ、膝を屈した。

 

「私は物心ついた時には研究室にいました。

 艦夢守市の地下施設シェルターに隔離されて過ごしていました」

 

 貴女達の住んでる町は私たちのようなモノを秘密裏に隔離してたんです。

当然ですよね?

世界を滅ぼしかけた化け物…。

 

 それが艦夢守市の艦娘と提督の間に生まれたんですから。

そしてそんな状況だったから、外の世界のことは知りませんでした。

 

「そんな時、私はあの人に会ったんです」

 

 彼は提督の適性を失くすために様々な研究をしていました。

そしてその結果、私の肌と体を艦娘のように人のようにしてくれました。

何より、私たちをあの場所から解き放ってくれました。

 

「今ではある程度自分でコントロールできてます」

 

 そういった彼女の顔は救われたような優しい表情だった。

掌を重ねて大事なものをしまうように、瞳を閉じ開く。

 

「あの人は私たちのような艦娘を出さないように…

 未来を守るために戦っていますっ、それを阻むのなら…!」

 

 立ちはだかる艦娘や提督は全て払います、この力で…!!

 

「春雨、ちゃん…」

 

 その目は戦場の兵士の目をしていた。

いや、艦娘の目だ。

 

「何より、お願いです。私に貴方達を嫌いにさせないでくださいっ、

 軽蔑させないでくださいっ…!どうかっ…」

 

 感極まった音色で青い瞳から涙をこぼして、彼女はしゃくりあげていう。

耐えられないのだ、この人たちが次の自分たちを生むかもしれない愚行が…。

 

 かつての尊敬や温かさも丸ごとくだらないものになっていくようで…。

 

「…そう、ふふっ…貴女の覚悟に比べたら…

 私たちの『それ』はごっこだったみたいね」

 

 由良は気づいてしまった。

 

 いや、思い出したのだ。

 

 提督は適正ではなく、確固たる信念や覚悟を持ったものがなるものだと。

 

 それがなければどんな才や能力があっても、続けることができないだろう。

人の生き死にを見るたびに壊れてしまうだろう。

 

 私たちがいなくなると立てなくなるだろう。

 

 自分たちはそういう風に彼を、弟を堕落させようとしている。

 

「ふふっ、私たちの負けね…。」

「由良姉!?」

「お姉ちゃんっ!?」

 

 悲しそうだが優しい表情で由良は負けを認めた。

妹二人はたまらず叫ぶが、大粒の涙をこぼして微笑む姉に何も言えなかった。

 

「今でも私はあの子が好きよ。

 悲しいし、胸が苦しい…でも…分かっちゃったのよ。

 分っていたはずなのよ」

 

 それは私たちだけが幸せ、だって

 

「でっ、でもっ…アタシっ、はっ…!」

「そうだよっ、提督にはかわりなんてっ…!!」

「…えぇ、彼の…私たちの弟には…代わりはいないわ」

 

 痛みを堪えて由良は噛みしめるように吐き出し項垂れる。

その二人に焦ったように姉の肩を揺さぶる。

 

「一体、どうしちゃったのっ!!

 あの子はあたし達のまじパナイ提督なんだよっ!」

 

「そうだよっ!私たち的には絶対でっ、あの子以外にっ…!」

 

 

 だったら、君たちの愛を試させてもらおうじゃないか。

 

 

 倉庫内に低い男の声が響き、暗闇からかつかつと男の声が響き渡る。

白衣を纏った白髪交じりの顔の青年だ。

 

 その顔はやつれていたが、整っており目は爛々と輝いている。

まるで何かを見据えるように。

 

 その彼の纏う空気に由良達は飲まれかけてしまったが、

その声はスピーカーから流れた男の声だ。

 

 鬼怒と阿武隈はそれを確認し、敵意を持って構える。

 

「おいおい、私に敵意はないよ。

 そもそも君たちのていと…いや、弟君はここにいるんだよ?

 私以外、どこにいるかわからなかった場合どうするんだい?」

 

 小馬鹿にするように丈二は言った。

逆なでする言動に鬼怒と阿武隈は色めき立つ。

しかし由良はそれを制した。

 

「挑発には乗りませんよ、

 ふふっ、これは敵わないわね…

 貴方は提督ではないのに、かつての私が知る提督と同じ目をしてる」

 

 由良は偏見も先入観も抜いて、目の前の男を見た。

弟である富都のような衝撃はない。

 

 だが、この男には気迫というか活力が滲み出ていた。

不倶戴天の気性ともいうべきか、軽薄な挑発をする割には古い男という感じだ。

 

「本当は連れて来てくれてるんでしょう?

 『私たちの弟』を…今、出さないのは貴方は…」

 

 弟の適性を既に消したから、ですよね?

 

「っ!!そんなっ!!」

「じゃぁ、あの子はもう…!!」

 

 由良の言葉に軽薄な笑みを消して、苦笑を浮かべた。

 

「私は提案をして、彼は自分で選んだ。このワクチンを投与することを」

 

 白衣のポケットから注射器のシリンダーを取り出した。

 

「これを艦娘か、提督にぶち込むことで適正、そしてそれに惹かれる作用を打ちけす。

 私はこのワクチンを『八戒』と名付けた」

 

 その説明が終わった後、見計らうように足音が響く。

そこには自分たちの最愛の提督、ではなく弟がいた。

 

「富都っ!」

「由良姉さんっ!鬼怒姉さんっ!阿武隈姉さんっ!!」

 

 由良も富都も互いに駆け寄り、無事だった安堵の抱擁をした。

しかし…

 

 

 そろそろお風呂に入ろうかしら、ねえ、背中流してくれる?

 

 

「っっ…!!」

 

 由良は口元を手で押さえて弟を突き飛ばした。

 

「っ!!」

「おっと」

 

 突き飛ばされた富都は丈二に支えられる。

 

「ねっ、姉さんっ!一体っ!!」

 

 富都は由良に駆け寄ろうとしたが…

 

「いやあああああああああああっ!!!」

「あ…ぁ…嘘、だ…嫌…いやぁ…」

 

 阿武隈は自らの体を抱いて絶叫した。

鬼怒は四つん這いになり涙を零して震える。

 

「ねっ、姉さんたちっ!一体っ、何がっ!!

 アンタっ、いったい何をしたんだよっ!!」

 

 怒りに満ちた表情で富都は丈二に掴み掛る。

しかし、冷めた目で丈二は吐き捨てた。

 

「このワクチンには提督と艦娘を苦しめる作用はない」

「だったら、なんでっ!」

 

 富都はこの胡散臭い男に殺意にも見た怒りをぶつけるが…

丈二の次の言葉は冷酷なものだった。

 

「提督という男から、一気に弟になったんだ。

 姉三人が弟にしたことに耐えられなくなってんだよ…。

 君…姉さん達『で』楽しんだだろ?」

 

「っ…!!ぁ…!!」

 

「今更ながら凄いヤバいことをしたという嫌悪と罪悪に苛まれてんだよ。

 本来はそれが正しいんだが…」

 

 丈二は目線で春雨を呼ぶ。

彼に近づいた春雨にこういった。

 

「弟君を引き留めててくれ、今の姉さん方にはダメージを食う」

「はいっ」

 

 身体の色を元に戻して、彼の手をぎゅっとつかんだ。

 

「離してくれっ!姉さんたちがっ!!」

「ダメですっ!今はあの人に任せてくださいっ!」

 

 あなたがいても苦しむだけです。

 

 その言葉に何も言えず富都は項垂れた。

 

「とりあえず、三人とも私に呼吸を合わせろ…すってー、はいてー」

 

 由良はメンタルが強かったのか自力で持ち直したが、

精神が未成熟な二人は涙と唾を飛ばして、ひたすら吐いていた。

恐らく、精神的なショックで過呼吸になってるのだろう。

 

「っ、誰のせいでっ…!こんなっ…」

 

 そうだ、全部私のせいだ。これまでもこれからもずっと

 

 鬼怒の怒りと憎悪に満ちた言葉を目を見て丈二は真正面から受け止める。

それがまだ彼女の怒りをたきつけた。

自分たちは今のままでよかったのに、幸せだったのに…

 

 

 何でそれを壊す真似をするの?

何で今更、正しいことを突き付けるの…許せないっ…

 

 

「殺して、やるっ…」

 

 満足に動かない体を引きずって鬼怒は大きく口を開き、

丈二の首元に思いっきり噛みついた。

 

 

「っ!!!」

「丈二さんっ!!」

「鬼怒っ、ダメっ!!!」

 

 春雨は富都の手を放して、彼を助けるために駆け出そうとしたが。

 

 丈二は彼女を手を突き出して制した。

その行動に富都も由良も困惑した。

 

 激痛に声を漏らすこともなく、抵抗するわけでもない。

丈二は首筋にある鬼怒の頭を優しくなでた。

 

「そうだな。すまなかった…

 それを踏まえて俺は君たちだけじゃなく、他の艦娘の幸せを壊す…

 それが居なくなった艦娘たちにできることだから、だ」

 

 皮膚が破られ白衣に鮮やかな血が滲んでいく。

凄まじい激痛のはずなのに悲鳴を上げずに、彼女の頭を撫で続ける。

 

「経験測だけどね?女どもは恋愛を劇的なイベントシーンに捉えがちだ。

 愛なんて『気づいてたら芽生えてました』ってくらい地味なもんなんだよ」

 

 飛びそうな意識と冷や汗を垂らしながら、丈二は微笑む。

鬼怒は憎悪も敵意を向けてるのに、優しい言葉をかける彼が理解できない。

 

「お前たちは提督しか知らないだけだ。

 でもな、提督なんかいなくても劇的なことがなくても恋愛はできるんだよ。

 まぁ、何が言いたいかっていうと、な」

 

 

 只の男(オレ)たちを舐めるなよ、ってこった。

 

 その言葉を聞いた時、鬼怒を掻き立てていた怒りが消えた。

何かおかしくて馬鹿らしくなって…笑えてきた。

 

「ははっ、なんなのさっ、なんなのよ…鬼わかんないっ…」

 

 彼の首筋から手を放して涙を浮かべて笑った。

そして項垂れて動かなくなった。

 

 それを見計らうと今も苦しんでる阿武隈の元へと向かった。

由良は鬼怒の頭を撫でて、優しく微笑んだ。

 

「そんな言葉で納得できると思うんですかっ…」

 

 阿武隈は弟の適性を消した彼、

その彼を苦しみながらも敵意を持って睨む。

 

「私たちは提督以外でないとっ、子供も作ることができないんですよっ!

 それなのにっ!訳わからない正義感で潰してっ、

 舐めるなってふざけないでくださいっ!」

 

 全くその通りだ、と丈二は思う。

だが、この手の反応は分っていたことだ。

 

「私は適正を消しただけだ。

 本当に弟君を愛してるなら、その苦しみは関係ないはずだよ?」

 

 その言葉に阿武隈は俯いて歯を食いしばる。

彼女も分かっているのだ、今更湧き上がる嫌悪と苦痛…

恐らく自分は男としては愛してなくて…弟としては大切だったから…

 

 だから今、こんなに心が重いんだ、と。

 

「さいっていっ、です!」

「あぁ…」

「エゴイストっ!!」

「うん、そうだね」

 

 偽善者、独善、最悪、死んじゃえっ、消えちゃえっ、車に轢かれろっ!

 

 殺されてしまえ!何であんたのような人間が存在してるの!?

 

 ゴミのくせに!害虫!!不審者!!

 

 

 泣きながら阿武隈は丈二にそんな言葉を放つ。

痛々しいくらいに泣いてるので、丈二にはそれを見る方が辛かった。

そしてそうしてしまったのは自分だった。

 

 だから、目を逸らさなかった。

 

(今更な感傷なんて消えてしまえばいいのに、な)

 

 首元の血を掌で押さえながらそう思う。

鬼怒に首を咬まれた比じゃないくらい痛かった。

 

「今、只の男とでも艦娘が子を成すための研究をしている。

 約束しよう。その研究は私の生涯をかけて成すと」

 

 しかし阿武隈は彼を睨み上げたままだ。

 

「そんなの確証がないじゃないですかっ!

 約束に値しませんっ!!」

 

 それはそうだ、と丈二は思った。

余りに一方的すぎる自覚もあった。

取引にも約束にもなっていない。

 

 阿武隈はよろりと立ち上がり、無温の相貌を向ける。

 

「貴方がどう生きるのか、近くで見せてください…。

 私たちの幸せを奪った貴方がつまらない人間なら…」

 

 なるほど、私を殺すか…道理だな。

 

「ちょっと阿武隈っ!?」

「何を言ってるの!?」

 

 一番驚いたのは富都だ。

 

「もうやめてくれよ!阿武隈姉さんっ!!

 このまま帰ろう、頼むよ」

 

 彼は止めるように縋るように引き留める。

しかし、阿武隈は姉はこっちを見なかった。

 

「ゴメン、由良姉さん、鬼怒姉さん、富都…もう決めたこと、だから」

「丈二さん…いいんですか?」

 

 不安そうに春雨は聞く。

丈二は表情を変えることなく頷く。

 

「君たちの両親からは私が話をしよう。

 色々、嘘八百を並べて、ね…それをするだけの人脈はもっている」

 

 そして射貫くような目で自分を見つめる阿武隈に不敵な笑みを返す。

 

 だが、その前に…

 

「私は…もう、限界、だ」

 

 今も尚、どくどくと流れ出る血により張本人はぶっ倒れやがった。

 

「ああああっ、丈二さんっ!

 しっかりしてくださいっ!!」

 

「鬼怒姉さんが噛みつくからあああっ!!

 ついていくって言ったのに締まらなくなったじゃない!!」

 

「と、とりあえず…皆、おちついて…

 救急車を呼ぼう、うん」

 

「由良姉さん、スマホ逆だよ!」

 

 倒れる丈二の周りで春雨たちのそんなやりとりがこだました。

この後、どういう状況かの説明をするのに春雨と富都たちは多大な知恵を絞ったそうな…。

 

 

 そして、その後…

学内研修として阿武隈は姿を消した。

両親や友達に嘘をついて…彼の住む永良音呼の学校へ編入することになる。

 

 自分たちの幸せを壊した彼を見定めるために…。

富都たちの関係が劇的な愛情(と仮定する)なら、

彼は劇的な憎悪により関係は始まった。

 

 

 

 そこで阿武隈は見ることになる、彼の生き様を。

 

 

 八つの戒めをその手にもって挑む彼の姿、

それを近くで見ることになる。

 

 




はい。やっちゃいました。
只、実際のところ…その適正がなければ成り立たない関係ではあります。
丈二のような精神性がない限りは、ですが。
次回は番外の後の陽炎型になると思います。

春雨が萩風の名前を言ってるので、萩風は丈二側になってます。
二人とも深海棲艦に酷似した艦娘なので。

そして知り合いの警官は阿賀野です。
彼女は余りでないと思いますが;

こんな話を書いてるせいか、本作の感想を書いてもいいのか微妙に迷ってます(爆)

それでは。


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所詮こんなものだよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。

今回、金剛姉妹がある意味扱いが悪いですが…
基本、ショウ君以外の人間に対して冷徹な気がします。

番外編を書いたつもりですが、これがっつり本筋に絡んでますよね。


 艦娘市に所用があって男…山口丈二は歩いていた。

黒のタートルネック、ジャケットとジーンズを穿いた私服。

細身の長身で端正な顔をした彼に、目を止める女性たちはちらほらいた。

 

 最も、夏というのに長袖武装の彼に奇異を覚えたのもあるのだろう。

 

 しかし、その視線を無視して緊張した面持ちであたりを見回している。

するとその時、聞き覚えのある声と音が聞こえてきた。

 

 ギターの音だ。

そしてこの耳障りの良いだけの歌声。

あいつ、だ。

 

有名な誰かが言った言葉、頭のいい誰かが書いた言葉、そんなものは俺には響かねえ♪知らない誰かの言葉より、俺は俺の言葉が聞きたい♪だから歌う、俺は歌う、誰かのためじゃなく~俺は俺のために歌うッ♪

 

 テクニックも歌唱もあったものではないのだが、

丈二にとっては個人的に刺さっていて好きな感じの曲だった。

 

 場所を間違えたようなビジネス街に探していた人物はいた。

 

 熱唱して気づかないだろうが、案外覚えてないかもしれない。

目の前の彼のことだ。

 

 あり得るな、と苦笑して彼はしゃがみ込んだ。

 

 そして財布から一万円札を出し、ギターケースに置いた。

目を閉じてる彼を一瞥することなく去っていった。

 

「あ、やべっ!ちょっと浸ってったっす。

 んっ、おおぉぉぉぉおおおおお!!いっちまんえんっ!!

 入ってんじゃないっすか!」

 

 辺りをきょろきょろ見回して立ち上がる。

 

「誰っすか!?こんないい人っ、捕まえて演奏聞かせなきゃ男が廃るっすよ!」

 

ギターの青年、ショウは気合を入れて立ち上がってその場所から離れた。

実はこのような事は初めてではない。

自分が浸ってるときに一万円が入っているのだ。

 

 恐らく良い感じに歌ってる最中にお金だけ入れて立ち去ったのだろう。

唯、この男は奇特なところがあった。

そのお金はその人物に会うまで使わない、そう心に決めたのだ。

 

 そしてこんな粋な事をする人物にいつか必ず会う、と願を掛けていた。

彼は頭は良くない方だが、それでもパターンは見つけた。

 

 榛名や比叡、霧島が此処に居る時は現れないという事だった。

 

(三人には悪いっすけど、ちょっとだけ来るの控えて貰わないとっすね)

 

 頬をポリポリと書いてショウは溜息を吐いた。

 

 

 丈二は気取られぬよう道を選んで永良音呼市に向かおうとしていた。

彼には見つからなかったが、彼女と鉢合わせしたようだ。

 

 冷たい目で壁にもたれて腕を組んで見つめる巡洋艦、阿武隈だ。

 

「あたしたちの幸せをぶっ壊した人が違う提督を助けるんだ…」

 

 軽蔑するように彼女は言う。

 

「幸せは壊すが、死んでほしいわけではないのでね。

 そんな嫌味を言いに来たのかね?」

 

 苦笑を浮かべて肩をすくめ、丈二は応える。

阿武隈は睨んだまま彼に近づき、懐をつかみ上げ彼を壁にたたきつける!

 

「はっ…!がっ…!」

「絶対に許せないっ…今更、他の提督に優しさを見せるなんてっ!

 特別扱いするなんてっ…絶対にっ!!」

 

 光を移さぬ黒い眼光を向け、阿武隈は彼を締め上げる。

しかし、その阿武隈の手をつかむ細い手があった。

 

「そこまでです。阿武隈さん、これ以上は見過ごせません」

 

 春雨が静かに見つめ彼女の腕を取り強く握りしめる。

阿武隈の比ではない握力が、彼女の腕をきしませた。

 

「っ…!!」

「かはっ…けほっ!!」

 

 鈍痛に阿武隈は彼の首元を放した。

 

 春雨を憎々しげに阿武隈は見る。 

絞められ、痣がついた自分の腕をさすりながら…

 

 少しむせた後、無理やり笑みを向け丈二はよろよろと立ち上がる。

 

「あっちの学校にはもうなじめたかい?」

「……おかげさまで…」

 

 春雨の注意を逸らすように丈二は他愛のない質問をした。

自分以外に敵意を向けてほしくはなかった。

彼女は力を貸してくれているだけだのだから…。

 

「なら、もう戻り給え。

 学生寮があるはずだ」

 

 絞められた首元を撫でながらそういう彼、

そこがますます阿武隈を不快にさせた。

 

 殺されかけたくせに自分のことを歯牙にもかけてない、

あたしたちの今までがどれほど重いのか、この男は気にしてない。

阿武隈はものすごく不機嫌そうにこういった。

 

「寮はとらなかったよ。

 あたしは貴方のところに厄介になるわ」

 

 丈二はその言葉を聞き、睨み不機嫌そうな顔をした。

その顔が阿武隈には若干、心地よかった。

 

「断ったら?」

「大きな声で叫ぶ、それでおしまい」

 

 はじめてにっこりとした笑みを浮かべる阿武隈。

そして溜息を吐く。

 

「いいだろう、先に言っておく、後悔しないようにな?」

 

 阿武隈はこのときは彼が自分にどう命乞いをするか、

シュミレーションして内心悦に入っていた。

 

 そんな彼女を春雨と丈二は互いに顔を見合わせて苦笑した。

 

 

 

 阿武隈はそんなふたりを見やり勝った、と思った。

 

 

 

 

 こ の 時 ま で は

 

 

 

 

 彼の部屋というか、集合住宅のなんと地下2階にあった。

日の当たらず窓もない場所だ。

 

 まず、日照がない。

それならばまだいいのだが、最低限のものしかない。

大きなタンス、冷蔵庫、ベッド、本棚、のみだ。

 

 いっそ何もない方が広さを実感できそうだが、

半端にある分、空虚さや寂しさを感じる大部屋だった。

 

「いろいろ、ありえないんですけど」

「私は忠告したはずだよ、後悔はするなと」

 

 頭を抱える阿武隈。

一応、替えの服も下着も数着持ってきているが…

華の乙女が住むような場所ではない。

 

 何より洗濯機があっても干す場所がない。

近くのコインランドリーでも使ってるのだろうか?

 

 富都の部屋は散らかっていたが、

むしろ少し散らかってくれた方が生活感があって好ましいくらいだ。

 

「着替えは奥の部屋を借りるわね」

 

 有無を言わさぬ音色で阿武隈はそういい、

何を言わせることもなく奥に入っていく。

 

 部屋に入った阿武隈は今度は顔をしかめた。

紙の束とアルミ材質の事務机以外何もない。

いや、申し訳程度のパソコンがあった。

 

「何でこんなに何もないの?」

 

 ここまでくると阿武隈は情念めいたものを感じた。

自分の人生に関わるものしか置いていない、そんな感じがした。

 

「それは死んでからのことを考えてるからですよ」

 

 不意に囁くようなウィスパーボイスが聞こえてきた。

その部屋にはすでに客人がいたようだ。

 

「っ!誰っ!?」

 

 反射的に構えて阿武隈は叫ぶ。

 

「はじめまして、山口さんから話は聞いてます。

 陽炎型駆逐艦 萩風です」

 

「あっ、あ…長良型軽巡の阿武隈…だよ」

 

 爽やかな笑みを向ける萩風、

それに阿武隈は困惑を向ける。

 

「萩風、ちゃん?あなたはここで何をしているの?」

「ちょっとしたバイトと恩返し、ですかね…春雨ちゃんと似た感じの」

 

 複雑な笑みを浮かべて語る萩風に、

阿武隈はその言葉ですべてを察した。

 

「萩風、ちゃんも…春雨ちゃんと同じなの、かな?」

「はい…最も私は状況は違いますが…」

 

 阿武隈は興味を覚えてしまった。

しかし同時にデリケートな問題なので二の足を踏む。

それを察してか、萩風は上品な動作で口元に手を当て微笑む。

 

「平気ですよ。

 それに聞いてくれた方があの人のこと…

 丈二さんの事が少し分かるかもしれませんよ?」

 

 恐らく、年下であろう彼女に手玉に取られてるようで恥ずかしかったが、

阿武隈は思い切って聞いてみた。

 

 萩風とあの男に何があったのかを。

 

「それじゃ話しますね?

 私を生んでくれた人物は提督適正の男性と艦娘でした。

 ここまでは当たり前ですよね」

 

 

 

 

 

 

 しかし、その二人は父親と娘だったんです。

 

 

 

 その二人から私は生まれて、

持って生まれた私の肌の色は青白いものでした。

 

 私の存在を恐れた彼らは座敷牢を作り私を監禁しました。

自分の罪を恐れたのか、私を守ろうとしたのか…今はもう興味は持てません。

 

 そこで私は終わるはずだったのを、あの人が連れだしてくれたんです。

肌の色を人と同じようにしてくれました。

 

 そして艦娘に優しい街に私を贈ってくれたんです。

 

 

「…父親と娘ってっ…そんなのっ!」

「あなたがそれを言っていいんですか?

 弟さんと通じて、それを阻まれてあの人を殺そうとしてるあなたが?」

 

 阿武隈の感想に萩風は断ずるように切って捨てた。

阿武隈はそこを突かれて何も言えなかった。

 

 凹んで答えられない彼女に、萩風は言い過ぎたと感じたのか、

 

「すいません。言い過ぎましたね。

 ちなみに私は貴方の弟さんが打たれたワクチン…

 八戒を既に打たれてます。

 いえ、そのワクチン自体が私を人の姿にしてくれたものです」

 

「でもっ、八戒を打たれた艦娘は提督に対する執着は無くなるんでしょ?

 それでいいの?」

 

 阿武隈は信じられないという感じで萩風を見た。

 

「陽炎型では私以外は打たれてないので、

 私はそういう意味では提督には会えないかもしれません」

 

 ですが、皆の好きな人を知りたいと思っています。

 

「私には提督はもういないですが…こうして表に出れることで結構満たされてるんです。

 それにあの人、皆の提督とは…これから付き合ってから気持ちと向き合います」

 

 姉さんたちからあの人の話を聞くのは好きなんです。

 

「その結果、手に入らないなら仕方ありません」

「…それは、アイツが好きになったからなの?」

 

 複雑で苦い表情を浮かべ、阿武隈は問う。

萩風は首を横に振る。

 

「それを言うなら、春雨ちゃんも鈴谷さんも阿賀野さんもそうなりますね。

 後、熊野さんも微妙なところですね。

 あの人に対して私たちは好意はあるかもしれません」

 

 けど、私たちはあの人の隣には立てないとも思ってます。

 

「…それは、どうして…?」

「この話に関しては春雨ちゃんが知ってる思いますよ…

 どうせならこれを機に彼女に訊いてみたらどうですか?」

 

 そういった後、扉の向こうに目を向けた。

 

 阿武隈は扉の奥から感じる気配に目を向けた。

 

「彼女のお姉さんが関わってる話ですから」

 

 萩風は思い返すようにそう言った。

その凄惨な過去は彼に修羅の道を歩ませるに十分な内容だった。

 

「そして、その話を聞いたら…

 あの人を許してあげて下さい」

 

 恩人の彼が憎まれるのは私的にNGですから

 

 萩風は阿武隈に苦笑を浮かべてそう言った。

 

「萩風ちゃん…でも…好きにはなれない、よ?

 絶対に」

 

「別にそこまで望みません、

 唯…あの人が少しだけでも報われてほしいだけですよ」

 

 

 余りにも悲しすぎるじゃないですか、今のままだと。

 

 

 萩風は涙を浮かべて微笑んだ。

阿武隈はその笑みを見て困惑していた。

 

 このまま突き進んでいいのか、と

 

 

 

 

 ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、暇を潰すとするかね」

 

 いきなりの来客により居づらくなった部屋を出て、

丈二はくらい夜道を歩いていた。

 

(憎まれてもいいなんて啖呵切ってこの様か…所詮俺は。

 いや、あの人の妹だからきついのか…)

 

 己の内心の弱さに辟易しながら、丈二は溜息を零す。

今からこれでは…これからやる事なんかとてもやってけない。

 

 

 一度、自らの師に聞いた事がある。

 

 

 どうして艦娘を滅ぼそうとしたのか?と。

 

 師匠は困ったように笑った。泣きそうな笑顔だった。

 

 師匠の言った言葉は…。

 

 

 

 私たちは勝ってなんていなかった。

 

 むしろ、次の深海の組織をこの深海市…今の艦夢守市に作ろうとしている。

 

 深海棲艦を生み、育てる為に…

 

 かつてよりも強く濃い血筋と能力を有したモノを奴らは作ろうとした。

 

 

 艦娘たちと自分たちの存在は同一だった。

 

 そこに提督の存在を掛け合わせた。

 

 提督は艦娘と結ばれ、幸せな家庭を築き、子を成す。

 

 

 艦娘は提督以外を愛せない、極端に断ずるならば…

 

 

 それは人間を愛していないという事

 

 

 そんな私たちが人間の世界に居てしまう事は…恐ろしい事だ、と。

 

「私はね、例え生まれが深海棲艦が同じとしても…

 艦娘として生きたいの」

 

 当時、中学生の自分に五十鈴は笑って語る。

そして彼の肩をぽんと叩く。

 

 

 提督だけでなく人間を大事にしたいの、

艦娘がそれを失くしてしまったら、何者でもないわ。

 

 

 この時の自分は別に反抗期ではなかったが、

少しだけ意地悪な質問をした。

 

「じゃぁ、野原丈治さんはもう諦めたの?」

 

 五十鈴はその返答にクスリと面白そうに笑った。

 

「バカね。

 彼が一番大事に決まってるじゃない、で、

 彼の大事な人たちもアンタとアンタの大事な人たちも全部守る。

 それが出来るのが艦娘(私たち)なのよ」

 

 そう語る五十鈴はどこか誇らしげだった。

 

 

 提督は与えられて成るモノじゃないわ。

私たちが信じたい、認めたいと思った人間が初めてなるの。

 

 だから、私はこの今を認めるわけにはいかないの。

 

「でも…妹さんたちだって、

 そうやって幸せになってるかもしれないんだろ?

 なんで、そこまで…」

 

 五十鈴は笑みを浮かべてニヤッと笑った。

そして背伸びをして彼の頭を撫でた。

 

「長良型はそんなに弱い子たちじゃないわっ、

 分かってくれると信じてる。私は姉妹を信じてる」

 

 五十鈴は師ではあったが同時に初恋の人だった。

唯、それを自覚すると同時に振られたとも思った。

 

 五十鈴とあの人には自分が入っていけない何かが在るのを感じたからだ。

 

 

 だから…

 

 彼女が生きてる間は伝えなかった。

 

 

 

 

 

 そして、それに後悔はなかった。

 

 結果、それが彼の次の恋につながっていったのだから…

 

 無残にその恋が散るまで、は。

 

 

 

 

(今、思えば言い聞かせてたんだろうな…師匠は)

 

 戦争直後に真実を知り艦娘を葬り去ろうとしたが、失敗。

以来、100年近くも裏を歩き渡り孤独に闘ってきた。

 

 しかし、それは結局徒労に終わってしまった。

世界と独りで戦争するようなものなのだから仕方ない。

 

 艦夢守市の市長やそれに近い役職は恐らく、

深海棲艦が絡んでるのだろう。

 

「師匠、本当にあの子を信じていいのか?」

 

 ぽつりと自分の部屋に住みこんだ阿武隈を思い返していた。

もし、五十鈴が生きていたらこの状況より悲惨だったのではないだろうか?

 

 すると、少し先の空間から喧騒が聞こえてきた。

 

 三人の女、が…一人の女性を囲んでいた。

 

(あの三人、金剛型…か?)

 

 

 聞くつもりはなかったが、耳朶に言葉が飛び込んでくる。

 

「ハッキリ言います、ショウさんにもう関わらないでください」

「今、手を引けば…さまざまな補償を約束しますよ?どうでしょう?」

「あなたは人間の女性です。私たちには彼しかいません、

 意味は分かりますね」

 

 

(ショウと言ったな。あの女はアイツの知り合いか?)

 

「…でも…わた、私っはっ…ショウちゃんと約束、したっから…

 きけ、ない…よ」

 

 女性…いや、少女のような童顔の彼女。

余りコミュニケーション能力が高くないのか、たどたどしく言った。

胸元に手を抑え震えながらも、そこだけは譲らなかった。

 

 その女性のおどおどした言動にイラついたのか

(とはいえ、基本的に三人は穏やかな方ではあるのだが)

 

 殺気をぶつけるように睨んだ。

 

「ひぅ…!!」

 

 常人が受ければ気絶しそうな攻撃的な空気だ。

確実に殺意や殺気に満ちた目だ。

 

 努めて冷静に言うが、丈治は一般人がこの殺気に当てられる危険性に慌てていた。

 

 下手したら精神が壊れる―――それ程の密度が合った。

 

「おいっ、君たちは何をしてるのかな?」

 

 その男の気配にはっとして榛名たちが振り向くと、男が居た。

榛名たちはその男に覚えがあった。

 

 彼のギターソングに定期的にお金を入れている青年だ。

三人の中では自分たちの提督を気にかけてくれる好青年という評価だった。

 

「今日はこの辺にしておきます。

 ハッキリ言っておきます、唯の人間が私たちの提督を奪うな、と」

 

 比叡は冷たい目で女性を見つめ、吐き捨てた。

霧島も榛名も同意するかのように沈黙を貫き、歩き去っていく。

 

 殺気に当てられた女性は崩れ落ちるように倒れる。

丈治は慌てて支えた。

 

「師匠…艦娘は人間を大切にしてくれるんじゃないのかよ」

 

 恋敵の人間に何でここまで…出来るんだよ…。

 

 その言葉に応えてくれるモノは何もなかった。

 

(いや、よそう…今は彼女を家に運ばないと…

 丁度、萩風が来てたみたいだしな。

 阿武隈も多分、手伝ってくれるだろう)

 

 丈治は失礼だと思ったが、今背負ってる女性がとても重く感じた。

その重さはこれから先、自分が背負っていくモノなんだろうな…

 

 そう自嘲した。

 

 

 

 

 

 

 

 <続く>

 

 

 

 

 

 

 




余りこういうことを説明するのはよくはないのですが…
この女性の容姿は某ゲーム会社の女社員の人です。
加藤さんではない、あの人です。

次回は別の問題が出てくると思います。

ちなみに萩風も肌の色が可変式です(爆)


余談ですが…

春雨 駆逐棲鬼
萩風 駆逐水鬼
阿賀野 軽巡棲鬼
鈴谷 熊野 重巡ネ級


まだまだ出るかもしれません。後だしで。
ちなみにこの五人は現段階で既に打たれています。

何となくですが、陽炎型に関してだけ適正抜きに無職さんに
普通に会ってそうな気がしてます。

何というか、自然に出会ってああなってる感が強いです。

逆に由良型、金剛型、川内、正規空母は適性がなければすれ違ってるだけなイメージが強いです(汗)

 ちなみに丈二は高雄型の提督はスルーしてます。
あの提督の場合は適性がないとヤバいと判断してるからです(爆)

それでは。


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悪いけど身も蓋もない話だよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。

個人的にきっつい話です。


 

 

 

 

 

 

 ある日本神話を丈二は思い出していた。

いや、正確にはいつも思ってることだ。

 

 その神話の話はイワナガ姫の話だった。

要約するとこうだ。

 

 

 天孫のニニギ尊がコノハナサクヤ姫に結婚を申し込んだところから始まる。

それに喜んだ父神のオオヤマヅミ神は姉のイワナガヒメ命を一緒に差し出す。

 

 だが姉のイワナガヒメ命には妹に対して格段に欠けてるものがあった。

 

 それはとても醜い容姿をしていたということだ。

 

 容姿が醜いイワナガヒメ命を見たニニギ尊はすぐに彼女だけを追い返した。

 これを知ったオオヤマヅミ神は

 

「イワナガヒメノ命を差し上げたのは、

 ニニギ尊の命が岩のように永久不変であることを願ってのこと。

 妹のコノハナサクヤ命を差し上げたのは、

 木の花が咲くように栄えることを願ったものです。

 姉だけを返したニニギ尊の命は、木の花が散るようにはかなくなることでしょう」

 

 と言った。

 このことでニニギ尊の子孫である天皇の寿命が短くなった原因とされた。

 

『日本書紀』ではニニギ尊に嫌われたイワナガヒメ命は恨みに思い、

後にコノハナサクヤ命が妊娠した時に

 

「私を妻に選んでいたら、生まれる子供は岩のように長い寿命を得られたのに、

 妹の子では木の花のごとくはかなく散るでしょう」

 

と。

 

 

 

 たまにこの神話を思い出す。

自分もこのニニギという男は笑えないだろう。

そして提督たちはさらに笑えないだろう。

 

 彼らと自分にわずかな違いがあるとすれば…

自分が愛した艦娘は人間でいたかった、そのひとつだった。

 

 私は人間でいたかった。

 

 あなたと年を重ねて一緒に生きていたかった。

 

 そう言っていた。

 

 

 そして俺自身、艦娘の存在に興味を持っていたのは師匠だけだった。

 

 そいつが人間でも俺はアイツは出会って惚れていただろう。

 

 

 それは胸を張って言える丈二の誇りだった。

 

 

 おぶり抱えた女性を連れ帰った丈二は当然のごとく、

春雨や萩風に質問攻めをされた。

事情を話すと憤慨したように春雨も萩風も憤った。

 

「そんなっ、この人は一般人じゃないですかっ、

 唯、その人と親しかっただけで…?」

 

 提督適正に反応する遺伝子がない春雨。

彼女にはそれは信じられないことだった。

 

 阿武隈は気まずそうに目をそらした。

 

 少し前の自分ならそうしただろうから、だ。

萩風はそれを見て彼女の背中をぽんと叩いた。

 

「大丈夫ですか?その…顔が優れないようですが…」

「う、うんっ。大丈夫だよ…ごめんね」

 

 阿武隈は硬い笑みを浮かべて、目の前の女性を見ることしかできなかった。

 

「基本、提督を見つけた艦娘はそれに対する信望の度合いが強いほど

 他者に冷酷になれるからね。もう、殆ど深海棲艦の域だよ」

 

 自分を見ないでそう語る丈二。

阿武隈はそれだけで心を削られた気がした。

彼のことを聞いてしまった。

 

 近くにいた春雨から…聞いてしまったのだ。

自分の姉の事と、彼が付き合っていた艦娘…村雨のことを。

 

「何を見てるのかな?」

 

 丈二は不思議そうに首をかしげる。

突っかかってくると思ったのだ。

しかし、阿武隈は険しい顔をしつつも彼に近づかなかった。

 

 どこに行けばわからないといった感じだ。

怪訝に思い丈二は春雨と萩風に目を向けた。

 

 どこか申し訳なさそうで困った笑みだった。

苦笑して丈二は察した。

 

「全部、喋ったのかい?彼女に?」

「すいません、余りにも見ていられなくて」

 

 春雨は気まずげに目を逸らし、

ベレー帽を目深にかぶり目を逸らした。

呆れたように溜息を吐いたものの、

丈二は肩をすくめ春雨の頭を撫でた。

 

「まあ、言うなとも言ってないからね。

 萩風も噛んでるのだろう?」

 

「はい…その私が誘導したんです。

 だから、春雨ちゃんは」

「怒ってないよ、事実だからね」

 

 萩風は春雨をかばうように彼に近づき、

申し訳程度に手を伸ばした。

自分はそんなに怖いのだろうか?

と内心丈二は思わずにいられなかった。

 

 その三人のやりとりを見て阿武隈は分らなくなった。

確かに彼は許せない、その気持ちも本当だが萩風と会い吹き飛んでしまった。

父と娘の近親婚から生まれた彼女…。

 

 ひょっとすれば富都と結ばれた先にある自分たちの関係。それを想像したのだ。

自分の娘が富都と愛し合ったら…自分が息子を愛してしまったら…。

 

 適性が富都にあったままだったら、どうなっていただろう?

前者なら私は自分の娘を娘として愛することができるだろうか?

後者なら富都は自分と息子を愛し続けることができるだろうか?

 

 今更ながらに、阿武隈はおぞましさに気づいて震えてしまった。

自分は…自分たちは彼に感謝するべきなんじゃないのか?

 

 流石に彼に適性があっても親と子は流石に無理だったと思う。

 

(でも…今さら、あんなこと言っておいて…

 あんな言葉をぶつけておいて…)

 

「阿武隈…」

「っ、なっ、なにっ!?」

 

 丈二は彼女呼んだ。

そして真っすぐに見つめた。

 

「私は君の幸せを何であれ壊したのは事実だ。

 だが、それを悔いる気も謝る気もない。

 それは他の艦娘たちにとっても、だ」

 

 だから君にとって私はどう映るか、それだけを考えてほしい。

 

「啖呵を切った君にはそうする義務がある」

「……わかった、わ」

 

 阿武隈は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

彼に対する敵意は無くなったとは言いづらいが、殆どない。

ならばせめて、初志貫徹をしなければ…。

 

「それよりも、だ…彼女の介抱を頼みたい。

 女性の君たちの方が詳しいだろうからね」

 

 苦笑を浮かべて丈二は言った。

三人の艦娘は互いを見合わせて何かがおかしくて、くすっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性は幼いころの夢を見ていた。

小学校のころ、特殊な体質で虐められていた。

そして一人で泣いていた彼女に近づいたのが…

 

「…ショウ、ちゃ…ん」

 

 ぽつりと呟いてそこで女性は目が覚めた。

 

「え…ここ、って…」

 

 自分の住むアパートとは違う合成樹脂の天井。

何が何だかわからなくて頭を抱えて記憶を整理する。

 

 そうだ、自分はあの人たち…艦娘に囲まれて…

殺されそうになったんだ。

 

「っ……」

 

 女性は――――外観だけで言うなら少女とも呼べる―――彼女は、

今更、恐怖が襲ってきたのか震えてボロボロ泣いた。

 

 その時、ノックがした。

 

「はいりまー…って、どうしたんですか!?」

 

 様子を見に来た阿武隈が彼女の様子をみてぎょっとして近寄る。

しかし、感情がぐちゃぐちゃになった少女はしゃくりあげるだけで答えられない。

 

 阿武隈はよくわからなかったが、反射的にぎゅっと彼女を抱きしめた。

 

「っ…!!」

 

 少女は驚いて泣き止んだ。

阿武隈は目を閉じて彼女の頭を撫でる。

それは幼かった弟が泣いた時にあやした動作だった。

 

 鳴き声を聞きつけて丈二たちも少女が寝ている部屋に来た。

すると、その光景をみて萩風と春雨は困惑したが…

丈二は安堵したように微笑んだ。

 

 彼女はもう大丈夫だ…そう感じたのだ。

 

「だいじょーぶ、だいじょうぶだから…ね?」

 

 阿武隈は目の前の女性を抱きしめて頭を撫でて優しく微笑んだ。

 

「あぅ…ぁぅ…」

 

 自分より年下の少女にそうあやされ、それを自覚して顔を真っ赤に染めた。

 

「え、と…その、ごめん、なさい…

 もぉ…へっ、平気だからっ…!!」

 

 阿武隈はそれを確認すると嬉しそうに離れた。

平気と言っておきながら彼女は若干、名残惜しそうな顔をしたがすぐに隠す。

 

「あっ、あのっ、ありがとうっ、ござい、ますっ…」

 

 恐らく、倒れた自分を運んでくれた四人に彼女は頭を下げた。

 

「いや、まぁ、たまたま通りかかっただけだよ。

 運がよかっ、良くはないかな?…本当に…まさか『あの』金剛型に絡まれたんだから」

 

 少女のいっぱいいっぱいのテンションの感情に、苦笑して丈二は零した。

恐らく、金剛型の三人と彼女の言葉を元に分析するなら…

 

 ショウは金剛型の適性を持っている。

恐らく、彼女はショウの幼馴染か、恋人か、片思いか…それらに当てはまる人物なのだろう。

それに危惧を覚えた三人は、今のうちに彼女を彼から遠ざけようとした、というところか。

 

「何があったかうっすら把握してるよ。

 災難だったね」

 

 少女は目を伏せてぎゅっとシーツを握る。

彼女自身、丈二たちには関係ないと分かっていたが吐き出さすにはいられなかった。

把握しているといった彼の言葉に問う。

 

「艦娘たちって…一体っ、なん、なんです、か…。

 どうしてっ、ショウちゃん…と私が…

 そんなに引き離したいんです…かっ…」

 

 阿武隈も春雨も萩風も、その言葉に悲痛に顔を歪める。

 

「私たちはっ…幼馴染で…ショウちゃんはっ、彼はっ、私のヒーローなんですっ…!

 思いを伝えたいだけなのに…、何であそこまでされなきゃ…いけないん、ですかっ!」

 

 私はっ、諦めきれないんですっ…それだけなのにっ、

何であの人たちに決められなきゃっ、ならないんですかっ…!

 

 艦娘なんてっ…

 

 居なくなってしまえばいい、と言いそうになったが。

 

 彼女の唇と人差し指で丈二は塞ぎ、気障ったらしく微笑む。

 

「ふむ…まぁ、私は基本的に艦娘と適正を持っただけの男と結ばれるのはナシだと思っているよ?」

 

 唇に人差し指を当てられて、少女は顔を真っ赤にした。

虚を突かれて感情が一気に抜けてしまった。

 

「艦娘も徐々に増えていくし、提督も世代ごとに増えていくデータがある。

 それは自体は別にいいが、この調子だと…」

 

 私がジジィになる頃には、日本の一般女性の未婚率は断トツで跳ね上がるだろうしね。

 

「えっ、ちょっとっ、どういうことなの!?」

 

 阿武隈はその事実に困惑したが、丈二にとっては当たり前という風だった。

 

「適性を持つものって大体、提督である父と艦娘である母の間に生まれてくる率が高いのは事実だよ。

 最近は特に多いんだ。提督自体は基本的には普通の男だが、艦娘は違う」

 

 丈二は溜息を吐いて首を振る。

 

「最近は艦娘のために提督の適性を、人工的に作ろうとしてる機関もあるくらいだ。

 艦夢守市ではね。寂しい独り身の艦娘のためだろうが…

 あそこは彼女たちに優しすぎる」

 

 そうなれば…人間の女性の意義は無くなるだろう。

 

「それはちょっと穿ちすぎですよ!

 提督は適正はともかく人間の男性なんでしょう!?

 だったら、人間の女性を選ぶことだって」

 

 春雨は焦ったようにそう言うが、丈二は首を振った。

 

「私を含めてこういうのは心苦しいのだが…

 男どもは基本、面食いで美人好きでそういう女と性交渉するのが大好きな生き物だ」

 

 年老いて、人によっては顔の造形がまちまちな人間女性をとる理由がないのだ。

艦娘は年を取らないうえに美人しかいないからね。

 

 モチロン、全員がそうとは言わないが…

人間の女性を選ぶ人は少なくなるだろうね。

 

 

 その言葉に艦娘三人は何とも言えなかった。

男たちを軽蔑する言葉も吐こうと思ったのだが、

自分たちは艦娘という立場上何も言えない。

 

 自分たちは奪う側なのだから。

 

(艦娘はイワナガ姫の能力を持つサクヤ姫なのだろうな…。

 さしずめ人間の女性は、サクヤ姫の能力を持つイワナガ姫…か)

 

「っっ…艦娘っ、なんて…いなくなってしまえば…いい、のにっ…!

 貴方の言うことが事実ならっ…」

 

 その言葉に阿武隈は辛そうな顔をして、顔を歪めた。

金剛姉妹は恐らくつい最近までの自分自身だ。

 

 その事実を再確認して目に涙を浮かべる。

阿武隈はその場から逃げ去りたくなった。

 

「だけどね…先ほど、君を抱きしめて助けようとしたこの子も艦娘なんだよ?」

 

 涙を浮かべ吐き出す彼女に丈二は厳しい表情で言う。

その言葉に少女は驚いて言葉に詰まる。

 

「私は貴女のような目にあう人たちを減らすために、

 提督の適性を消すことに人生をかけている、

 彼女は…阿武隈はその被害者だ」

 

 私は彼女の提督を攫い、適性を消滅させた。

 

「そのことに関して、私は後悔していない。

 貴女のような女性がいるのなら、少なくとも間違ってはいないようだと思える」

 

 だけど、と丈二は彼女に目を向けて言う。

 

「あなたと私の望みは同じだとして、貴女はこの子に今の言葉を言えるのかい?」

 

 涙を拭って少女は阿武隈を見やった。

阿武隈は彼女に見つめられてどういう顔をしていいか、分らなかった。

堅いあいまいな笑みを浮かべるだけだった。

 

 泣きそうな…涙を浮かべた笑顔だった。

 

 その時、自分がとんでもないことを言ってしまったことを理解した。

 

「ごめん…なさっ…いっ…ごめっ、なっ、さっ、いぃ…」

 

 少女は状態を曲げてシーツに顔を埋めて泣きながらそういった。

その姿をみて阿武隈の胸の中に、温かい気持ちがあふれて微笑んだ。

目には涙を浮かべている。

 

「いいんですっ…私の方こそ…その言葉を聞けて、

 救われました。…だから気にしないでください」

 

 阿武隈は少女の頭を撫でて微笑んだ。

 

「あのっ、えっと…貴女の名前を教えてくれませんか?」

 

 阿武隈は思い出したようにそう聞いた。

この子にどういうわけか興味を持ったのだ。

 

 今でなくてもよかったのかもしれないが…。

 

 少女は上体を起こして、泣きはらした顔で笑みを浮かべて言う。

 

「…野原…いろは…だよ?よろしくね?」

 

 いろははそう言って微笑んだ。

泣きはらした顔だったが美しい笑みだった。

 

 

 

 

 




艦夢守市が艦娘に優しい街なら近いうちに、人工的に提督を作りそうな気がするなぁ…
と思って考えた話です。
それ以前に、徐々に増えてるらしいので…提督も艦娘も。
となると…近いうちに日本の一般女性はどうなるのかな?と思い書きました。

実際問題、美女と美少女で不老不死で適正さえあればオールオーケーなので
ギャグだと笑えますが、ここではシリアスなので笑えない感じになりそうです。

只、一般の男性も提督に転換されていくので普通の日本人が絶滅しそうですね。
貴方は男としてどちらを選びますか…って言われたら…どれを取るかな…

というのを書いてみました、まる


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昔話と割り切ろうとしているよ

 本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、
本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。



 白露型の艦娘が酷い目にあってる設定です。
心して読んでください。


「本題に入ろう、でいろはさんはどうしたいんだい?」

 

 丈二はベッドに座っているいろはに問うた。

いろは小首をかしげて疑問符を浮かべる。

 

「ぇ…どう、って…」

「君はまだ彼のことを諦めてはないんだろう?

 私自身も彼には色々恩があるのでね」

 

 丈二は溜息を浮かべて微笑む。

その言葉に困惑するようにいろはは見返す。

 

「後は君次第だよ。

 只、私個人としては金剛型と彼が関わるのは好ましくはない」

「どうして?」

 

 いろはから目を逸らして彼は頭を抱える。

 

「義賊とか、任侠とかほざいてはいても所詮はヤクザだよ。

 彼にそんな世界が似合うとは思えんし、

 裏のドロドロしたやり取りを生き残れるほど賢いとは思えない。

 思いを寄せてる君には失礼な話だが…」

 

「…そう、だね…」

 

 艦夢守市にいる金剛型の話をいろはは聞いていた。

あくまで警備会社だったり、港湾事業は荷降ろしや倉庫の管理、物資だったり、

彼のいるホストクラブの運営など。

 

 黒ではないが一概に白とも言えないグレーな世界を生きてるのが彼女たちだ。

 

「彼女たちに煮え湯を飲まされた悪党も多い…ということは…

 恨みに思う者たちがいるわけだ。

 もし、金剛型の提督適正がそういうやつらに露見したら…」

 

「ショウちゃんが危ないという事、かな?」

 

 いろはは緊張を隠せず確認するように言う。

 

「その通り、そういう危険な奴らに目を漬けられる可能性は高いって話さ。

 私が敵対組織ならそうするよ」

 

 というか、もう艦娘どうこうよりそんな職業の奴に関わるべきじゃないからな。

 

 丈二は適正以前の話だと思った。

恐らく彼に流れ弾がとんで大惨事になるのは予想がつくからだ。

適正というものはここまで艦娘たちを狂わせるものなのか…。

 

(というか、自分たちがいると彼が危険になるって発想が飛んでいる…

 いや、違う。目を逸らしてるのか、だったら余計に駄目だろ)

 

 恐らく彼女たちは自分たちの環境ゆえに、彼に危険なことを強いるだろう。

ともすればそのゴタゴタを利用するのもアリではある。

 

「で、だ。

 オーソドックスに店に行く方がいいだろうね。やはり」

 

 丈二は特に妙案という風もなく―――実際妙案ではない――――

そういった。

 

「うん…でも、その後が…」

「でも…貴女はそうしたいんだろう?」

 

 静かだが問い詰めるように尋ねる。

その言葉に迷いながらも強く頷く。

 

「なら、私に手がある。

 丁度、『面接』も受かったからね…」

 

 そういうと得意げに彼は机に置いていた封筒に手をやり、

にやりと微笑む。

 

 一連のやりとりを見守っていた艦娘たちは驚愕に目を見る。

 

「えぇっ!?丈二さんっ、ホストに受かったんですかっ!?」

「凄いですっ!ちょっと見てみたいですっ!」

「うそ…いつの間に…」

 

 萩風、春雨、阿武隈は超展開についていけず、困惑と称賛しか出てこない。

 

「只、最も永良音呼市のホストだが…『二人』に協力してもらってね。

 彼をこちらに呼び寄せて貰った」

 

 ある二人の事を思い出して、彼は苦笑した。

埋め合わせを考えなくてはならないな、と感じたからだ。

 

「あー…熊野さんと鈴谷さんですか」

 

 納得したように春雨は頷く。

 

「えっと…知り合いみたいだけど…どんな人なの」

「私たちと同じタイプですよ、けど…状況は色々とやややこしくて」

 

 阿武隈は要領を得ない言葉に疑問を浮かべるだけだ。

やはり青い肌の艦娘なのだろうと適当に辺りを付けた。

 

「会えばわかるさ。で、そろそろいい時間なんだが…

 君たちに一つ訪ねたい」

 

 艦娘と女ひとりは首をかしげる。

 

「君たちは今日はどこで寝るつもりだ」

 

『あ』

 

 

 話し込みすぎて春雨も萩風も寮や家に戻ることも忘れた。

阿武隈はそのつもりだったが、憎悪が霧散していて気まずさが残る。

いろはは顔を真っ赤にして「あぅあぅ」と呻くだけだ。

 

 その様子を見兼ねて丈二は言った。

 

「私は近場のカプセルホテルに行くとする。

 後は勝手に使うといい、面白いものは何一つないが…」

 

「あっ…ちょっと、丈二さんっ!」

「待ってくださいよっ!」

 

 出ていこうとする彼をいろはは彼の手を掴み、

引きとめる。

 

「あっ、あのっ…」

「どうしたんだい?」

 

 笑みを浮かべて首を傾げる丈二。

その笑みは穏やかだが、有無を言わせぬ圧力があった。

 

「どっ、どうしてそこまでしてくれるの…?

 私にとっては、ありっ、ありがたいけど…ッ、

 丈二さんにとってはっ、何の得もっ、ないじゃ、ないですか」

 

 たどたどしくもいろはは思い切って聞いてみる。

しかし、肩をすくめて彼女の手をやんわりと解いた。

 

「隠すつもりはないが、言いたくもないし…思い出したくもない。

 阿武隈たちにでも聞いてくれ」

 

 そういい彼女に背を向けて部屋を出ていく。

 

 

 

 残された四人に気まずい空間が支配していく。

 

 不意に阿武隈は口を開いた。

 

「私は野原さんが来るまで、あの人を憎んでて…

 殺すために此処に住もうとしたの」

 

 どこか懺悔をするように彼女は声を絞り出した。

 

「でも、もうわかんなくなっちゃった。

 あの人は…提督適性の犠牲者だから」

 

 苦しむように言う阿武隈にいろはは心配して近寄る。

そして頭を撫でた。

 

「…ぇ…」

 

 どこか由良や鬼怒を思わせる手つきに、驚いて見上げた。

 

「辛かった、ね?頑張ったんだね…?」

 

 阿武隈を見て涙を浮かべながら、

痛みをこらえるようにいろはは彼女の頭を撫でた。

 

 なんで、あなたが泣いてるんですか?

今、一番大変なのは…これから大変なのはあなたじゃないですか?

 

 そういって困ったように笑いながら、

阿武隈は彼女の手を振り払おうとした。

 

 

 

 でも、出来なかった。

 

 

 

 その言葉を聞いた時、滂沱の涙が溢れてきた。

納得できない感情や辛さ、自分でもわかってる罪。

それを失くすように彼を憎んだこと。

 

 それを彼は当然として受け入れて自分に向かい続けてる。

それがたまらなく辛かった。

自分に同情する自分が酷く惨めだった。

 

「っ…ぁっ…あぁぁぁ…ッ…!!!

 ごめんなさいっ、ごめっ…なさっ…ごめんなさいぃいぃ…っ!!」

 

 阿武隈は掌で目元を隠して、そこにいない彼に謝り続けた。

既に彼は出て行った後だったが、代わりの影が彼女を包み込む。

 

「うんっ…!うんっ…だいじょ、ぶっ…

 大丈夫っ…だからっ…!阿武隈ちゃんは強くて優しい子…だよ?」

 

 私は大好きだよ?多分、あの人も…。

 

 その言葉に阿武隈は今度は彼女の胸の中で声をあげて泣いた。

 

 春雨と萩風も貰い泣きをしたのか、

涙を拭い、鼻をすすった。

 

 

 

 数分後、落ち着いた阿武隈は照れ臭そうに離れた。

 

「ごめんなさい。情けないところみせました」

「ううん、可愛かったよ?」

 

 小首を傾げて笑みを浮かべいろはは言う。

からかう訳でもないので阿武隈にとってはかなり恥ずかしい。

 

「もうっ、真面目に言わないでくださいっ!

 …あの人の…山口丈二の事を話そうと思います」

 

 照れを振り払うように真剣な目で阿武隈はいろはを見つめた。

 

「余り良い話じゃありません、けど…私たちに関わった以上、

 知った方がいいかも」

 

「組む人との人となりを知る必要で信頼も生まれますし…」

 

 萩風と春雨は彼女に近づいて見上げた。

目は強い光を称えている。

 

「うんっ、私はききたいっ…あの人の事を知りたいっ、って

 思ってるっ…!」

 

 三人は互いを見合わせ、静かに頷いた。

 

 

 そして阿武隈は口を開いた。

これは倉庫で喋っていた事をそのまま喋った。

 

 かつての戦いに彼の師匠と呼べる艦娘が関わっており、

その艦娘は自分たちの姉ということ。

 

 適正に選ばれた提督と艦娘の交配の行きつく先…

それはかつて海を支配した深海棲艦を生みだすということ。

 

 それを危惧した彼は八戒というワクチンを完成させ、

提督あるいは艦娘たちに打ち込み、関係をなくそうしていること。

 

 

「そして今日、私が聞いた事は…彼の元恋人の話だよ」

「恋人…?」

 

 そう、艦娘で村雨…艦種だと春雨ちゃんのお姉さん、だね

 

「はいっ、とはいっても私はあえませんでしたが…」

 

 阿武隈の言葉に複雑な笑みを浮かべてそう言った。

 

「その村雨ちゃんになにがあったの?」

 

 

 阿武隈はややためらうように視線を迷わせた。

しかし、深呼吸をして口を開いた。

 

「彼と彼女は高校の時に付き合っていたようなの。

 最も、その二人は結構付き合いが長くて幼馴染みって感じかな」

 

「うん、彼女さんは艦娘だったんだね」

 

 特に珍しい事はないと思った。

しかし、阿武隈は顔をしかめていった。

 

「いろはちゃん、あのね?

 本来、提督以外に興味がないのが艦娘(わたし)たちだから」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ…。

 だったら、村雨ちゃんとあの人は提督が表れると…別れちゃうの」

 

 三人は気まずげにいろはから目を逸らした。

 

「私と春雨ちゃんには最初から関係ないですが…

 大半はそうですね。だから、村雨さんみたいなパターンは本来ないんです」

 

「はいっ、姉さんと丈二さんは普通に付き合って両想いだったんです。

 あの時が…提督が…くるまで、は」

 

「…そんな、別れちゃったの?」

 

 しかし、春雨は首を横に振った。

 

「それだけならあの人も此処までの事を起こさなかったでしょうね」

 

 春雨は虚ろな目で天井を見つめた。

容姿は幼いのに、その表情はアンバランスに大人びていた。

生きてきた年齢はひょっとしたら、いろはよりも長いのかもしれない。

 

「なにがあった、の…?」

 

「村雨ちゃんの提督…正確には白露型の提督が、なんだけどね。

 その…最低の性犯罪者だったのよ。でバイヤーでもあったみたい」

 

 その言葉にいろはは彼の心情を鑑み、悲痛に顔を歪める。

 

「丈二さんが言うには、村雨さんは理性では提督に向き合っていたのですが…

 自分の中の何かがその人を求めてるのを恐れていた、らしいです」

 

 

 でも、目をつけられました。

 

 その提督の子を村雨…ううん白露型の子たちは孕まされて…

 

「そっ、そんなっ…!!」

 

 いろはは涙を浮かべて縋るように叫ぶ。

余りにも酷い結果だった。適性だけで丈二と村雨は破滅させられたのだ。

 

「でも、更に酷い事があの人を襲ったんです。

 村雨さんは提督を殺して…お腹を刺して自ら命を絶ってしまったんです」

 

 萩風は胸の悪くなる結果に、

彼女には珍しい怒りの表情を浮かべた。

 

「あの人が自分を憎んだ阿武隈さんを受け入れたのは、

 自分も適正だけで提督に成った人を憎んでるからなんでしょうね」

 

 そしてそれを晴らすには…適性を消すしかありません。

 

「あたしはその話を聞いた時、吹っ飛んじゃったんだ。

 萩風ちゃんの生まれも聞いた後だから特に」

 

「村雨さんは最後に提督にこう言っていたそうです」

 

 

 

 

 大事な事は自分で決めれる世界を作ってほしい、と

提督がいなくても私たちが人間として誰かを愛せるように…

私たちのような艦娘がもう生まれないように、と。

 

 

 

『もう、深海棲艦もいないし平和なんだからっ、

 提督も艦娘も退役しないと、ね』

 

 

 

「………」

 

 余りの事にいろはは止まりかけた涙がじわぁと湧きでてきて、

胸を締め上げた。

両掌で目を押さえて、決意したように前を見た。

 

「私っ、頑張るっ…!ショウちゃんにっ、ちゃんと伝えるっ!

 自分の意思で好きにっ、なったんだからっ…!」

 

 いろはは誓うように阿武隈たちに言った。

その姿を嬉しそうに三人は見つめていた。

 

 

 彼女たちはこの時、いろはにある才がある事をまだ気づいていなかった。

そしてそれは金剛型との邂逅により開花することに成る。

 

 

 

 

 丈二はカプセルホテルのベッドに寝転がって天井を見つめていた。

思い出すのは自分の恋人だった少女の事だ。

 

 村雨の適性があった彼女の事だった。

 

 種子島(たねがしま) 千雨(ちさめ)

 

 それが彼女の本名だ。

 

 基本的に艦娘は提督に服従するのが一般的だが、

彼女はどれほどの激情と意思で、あの男を葬ったのだろう。

 

 彼女の事を思い出すたびにどれだけ千雨が辛かったのか、

自分に何もできなかったのか、その事実が胸を抉る。

 

「重ねているのだろうな、私は…いや、俺は…

 あの時の過去の俺に復讐なんざ出来ないってのに…」

 

 いろはを見た時、自分でも意味がないと分かっていた。

だが、その感情に任せてみたかった。

適正ではなく、人や艦娘の意思が勝つところをみたいのだ。

 

 そうしなければ、自分の過去にもこれからにも示しを付けられない。

いつか死んで会う時に、アイツに合わせる顔がない。

 

 

「千雨…お前は呆れるかな?怒ってるかな?

 自分勝手な奴と思ってるか?」

 

 ぽつりと呟く独り言は天井に吸い込まれて消えていった。

いずれにせよ、金剛型を相手取るには迷いは禁物だ。

明日に成れば、スーツやブランドの靴を買いに行かないと…。

 

 

 

「お前が居れば、ちゃんと見立ててくれるってのに…

 あー…めんどくせェ―――」

 

 

 

 自嘲気味にかつ怨みがましく丈二はそう呟くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 




 適性は感情とは無関係なんじゃないか?
っていうのがこの話のテーマです。

 源治さんの話では描写されてないだけで恐らくあったんじゃないでしょうか?
という話です。
必ずしも普通の人でもなければ、イイ人でもない提督も絶対居たと思うんですよね。

 源治さんの適性の裏を書いてみたという話です。
天城さんの提督がこの話のような奴という可能性もあったという。


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愚かな男だよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。




 

 

 

 丈二は翌日、大型デパートの前にある並木通りの場所。

そこである人物たちと待ち合わせていた。

 

 その人物は熊野と鈴谷だったのだが…

 

 いきなりメタ的な説明になるが、大抵この二人はコンビ扱いだ。

そのことに関しては問題ないだろう。

 

 鈴谷と熊野はコンビでもあり戦友でもあり姉妹でもあるのだから。

 

 只、大抵は『鈴谷 熊野』と鈴谷の名前が前に来ることが多いはずだ。

こう表記するには当然訳がある。

 

 勘のいい読者はこの世界では鈴谷は妹で熊野は姉と察しただろう。

だが、惜しい。

 

「そろそろか…あのふたりが来るのは」

 

 腕時計を見ながら待ち合わせの十時を五分くらい過ぎたころ、

二人は現れた。

 

 仲のいい女子高生らしきふたりが手をつないで、

彼の視界に入ってゆくように小走りで近づく。

 

 彼女たちの服装はとてもセンスに富んでいた。

 

 ハイウエスト

 

 レトロ

 

 オフショル

 

 ボリューム袖

 

 今年の流行をふんだんに取り入れた着回しだ。

二人ともセンスが似てるのか色違いのペアルックになっている。

 

 が、二人の容姿の端麗さやオーラがそれを感じさせなかった。

 

「ふふっ、待たせてしまいましたね。

 しかし、許してくださいな。

 この子も私もあなたの呼び出しで気合を入れてましたのよ?」

 

 丈二に近寄り、熊野は上品に笑みを浮かべた。

そして当然のように彼の左腕に絡みついて抱きしめる。

 

「あぁ~~っ、いきなりズルくないっ!?

 ママがそっちなら私は右を取るかんねっ!」

 

 頬を膨らせて負けじと鈴谷は彼の右腕に抱き着いた。

 

 そう、この二人は母娘だったのだ。

 

 丈二は二人の変な気合に苦笑をせざるを得なかった。

 

「楽しみにしてくれるのは幸いだが…

 ゲテモノ好きにも程があるだろう?」

 

 適性がない二人なら違うやつを選ぶことができる、

と言おうとしたが…

 

 重巡母娘は彼の唇を互いの人差し指で塞いだ。

 

「そんなこと言わないでくださいな。

 私たちや阿賀野さんに春雨さん…萩風さんの方は分かりませんが、

 私たち母娘は貴方をお慕い申し上げております」

 

「そーだよっ!ぴちぴちだよっ!

 エターナルJKっ、永久の十七歳の井上さんもびっくりだよっ!

 それに私たちは一途だよっ!」

 

 哀愁を称えたように熊野は瞳を潤ませて丈二に言う。

対照的に鈴谷は意味が分かってるのかないのか、お気楽にそういった。

しかし瞳は挑発的だった。

 

(井上さんって誰だよ?)

 

 内心、そう思ったが突っ込まないでおいた。

 

「正直なところ、貴方に恩義があるからというのもあります。

 それは認めなければなりません、

 しかし、それだけで関わってる訳ではないのです」

 

「そーだぞーっ、ママも私も春雨ちゃん達もちゃんと決めて来てるんだぞー

 というわけで行こうよ、二人ともっ、鈴谷はとても退屈なんです」

 

 母の方は真剣に、娘はおどけるようにそう言った。

しかし、目は同じように自分を見つめていた。

 

「…とりあえず、場所を変えようか。

 さっきから視線が痛い」

 

 主に通りにいる男性からの妬みの視線が突き刺さり、

彼に居心地の悪さを与えている。

 

(…それほど羨める立場にいるとは思えないのだがね)

 

 彼もこの母娘もここまで来るのに、様々なことを乗り越えてきたのだ。

そのことを鑑みてほしいものだ、と思いつつも無理だということも分っている。

 

 非生産的な思考はここで捨て置こう。

そう思い彼は溜息を零した。

 

「ならっ、今日は徹底的に振り回して気にならないようにしたげる!」

 

 腕から離れて鈴谷は彼の右手に指を絡ませた。

そして丈二の手を引っ張って駆けだした。

 

「ちょっ、おいっ…!」

 

 傾いて倒れそうになりながらも丈二は物理の法則に従い、

前のめりになりながら彼女の後をついていく。

熊野は「あらあら」と微笑むと、自分も彼の左手に指を絡めてついていった。

 

 

 紳士服のコーナーで見目麗しい少女(片方は子持ちだが)

たちに着せ替え人形にされてややげんなりとしていた。

 

「最近のホストはスーツだけでもなくセンスのいい私服でも良いそうですが、

 あなたは不精なところがありますから、無難にスーツにしときましょう」

 

「だよねぇ~…でもっ、何でオシャレしないのさ~っ、

 カッコいいのにもったいないよ~」

 

 彼が天井に視線を向けていることにかまわず、

母娘は嬉々として彼に会うスーツを見繕っていった。

 

「そこの貴女、少しいいかしら?

 彼に似合うそれなりの質のスーツを持ってきてくださる?」

 

「えっ、はっ、はい…」

 

 きれいな笑みで熊野は女性従業員に声をかけた。

どこか悪戯めいていた。

 

 丈二どころかちょっと店員を困らせてみたかったのだろう。

 

「ダーパン、五大陸、ニューヨーカー、デザインワークスっ!

 何でも買ってあげるからねっ!」

 

 鈴谷はスーツの高級ブランド名を語り、得意げに胸を張った。

ぽよんと胸部装甲が揺れた。

 

 大抵の男ならそれに目が釘付けになるが、

丈二は引きつった笑みで答える。

 

「そこまで女二人に払わせるつもりはないよ。

 第一、そのメーカーたちは私には色々過ぎるよ」

 

 自分が着ていいのはせいぜい西友、PSFA、ザ・スーツカンパニーが妥当だろう。

鈴谷はそれが面白くないのか、ぷぅと頬を膨らせた。

 

「ホストなんだからせめて数着くらいは、持っときなよっ。

 服装で舐められるのも馬鹿らしいじゃん?

 ホスト業界ってブランドで見てるところあるし」

 

 もっともな言葉に丈二はうっと詰まった。

どこかでスーツは戦闘服だ、と聞いたことはあった。

ホストはそれが当てはまる世界なのだろう。

 

 確かに安い身なりを纏った男よりは高級感のある男に女は惹かれるだろう。

とはいえ、だ。

 

「いや、別に年単位で働くわけではないんだから…

 その後、死蔵品になる可能性が大きい気がするのだがね。

 持ち合わせもさすがにないし」

 

 彼自身、安いブランドで済ませるつもりだったがこの母娘の見立て、

それによって出費が財布を轟沈するだろう。

 

「それは私たちが払うからお任せになってくださいな?

 それを後ろめたく思うのなら、

 私たちと会うプライベートではその服を着てくださいな」

 

 熊野は訴えるように近づき、彼を濡れた瞳で見つめた。

鈴谷も縋るように彼の胸元を華奢な指でぎゅっとつまんだ。

 

「分かったよ、精々ホスト崩れの真似事でも喜んでさせてもらうよ。

 感謝する、二人とも」

 

 二人の頭をそっと撫でててゆっくりと丈二は離れた。

 

「では、今日は楽しみましょう?

 当然付き合ってくれますよね?」

「埋め合わせ位はするつもりさ、

 最も富豪の二人にとっては微々たるもんだろうが」

「えーっ、そんなことないよーっ、誰と過ごすかが重要なんじゃん?」

 

 鈴谷は楽しそう、いや幸せそうにそう微笑んだ。

そんな娘の表情を見て熊野はますます、彼の事を考えていく。

 

 自分の提督はこの方ではないのか?

と自嘲するくらいに丈二の事が熊野の心を占めていた。

 

 そしてそれは娘の鈴谷も同じだろう。

 

(ですが、けっして…システムめいたものではないと思いますわ)

 

 容姿はともかくそれなりに年は重ねているせいか、

自分の思いが実らないかもしれないことも自覚している。

外見はともかく中身はオバさんだ。

 

 心身ともに若い彼に不釣り合いかもしれないとも思う。

その上で一緒に居たいと思うのは彼女自身のエゴだ。

 

 それも自覚している。

 

 彼が人間と結ばれるのか、艦娘と結ばれるのか…或いは独りのままなのか、

それは分からない。

 

 彼は私を選ばず春雨さんや阿賀野さん、萩風さんを選ぶかもしれない。

 

 

 なら、私はそれでいい…。私に向かなくてもそれでいい。

 

 

 私が選ばれなければせめて鈴谷を選んでほしい。

 

 

 女としては無理でも、姉や母親代わりとして彼を大事にしたい…。

 

 

 私が選ばれないのは悲しいが…彼が辛い道を行くことの方が熊野は嫌だった。

 

 

 独りのままでいるのなら、自分が最後まで寄り添うつもりだ。

 

 

(こういうことを考えてるのは、艦娘だからとか適性ではないんでしょうね。

 私自身、こんな感情を抱くとは思いませんでしたわ)

 

 多分、自分の事を後回しにして誰かを思うことを愛と呼ぶんだろう…と、

この年で熊野は思い知った。

 

 なら、提督を見つけて歓喜に騒ぎまくってる艦娘たちは…

かつての自分は動物めいたものに突き動かされていたのだろう。

 

 

(鈴谷…私が振られたら貴女が頑張るんですよ?

 それでも無理なら、せめて彼のそばにいましょう?)

 

 娘に約束した言葉がある。

自分が満たされるより、彼の未来が明るいことを望もうと。

自分たちが選ばれなくても少なくとも私たち母娘は味方でいようと。

 

(うん、分かってるよ。ママっ、

 選ばれないのは辛いけど…ママの言ってることは分かるから。

 幸せになってほしいモン…)

 

 どこかつらそうな表情で微笑む鈴谷。

それを受け取り寂しい笑みで頷く熊野…。

 

 しかし、二人は失念していた。

自分たちが好きになった彼は、それほど鈍くはないということを。

 

(全く、俺なんか誰かに刺されてしまえばいいのにな…

 二人を利用して目的を果たそうとしてんだから)

 

 己を嘲笑いたくなったが、表情に出すわけにはいかない。

自分の事で更に苦しめるのは愚行だ。

 

 なら、せめて…

 

「なら、今度はどこへ行こうか?

 近場に水族館やテーマパークがあるけど?」

 

「うんっ!じゃあっ、行こう。

 鈴谷っ、ジェットコースターに乗りたいっ!」

 

「夕焼け時の観覧車もロマンチックですわね…

 いいですね、いきましょう」

 

 そういい三人は手をつないで歩いて行った。

 

 

 傍から見たその光景は女二人を侍らせた男という図ではなく、

一つの家族の光景に見えた。

 

 

 

 日に当たった三人の影が仲良く揺れていた。

 

 

 

 

 




熊野が母、鈴谷が娘で鈴谷は熊野が大好きで若干マザコンです。
過去を少し言うと提督がどうしょうもない人でした。

もうこれだけですべてを語ってる気がしますね。

1月から少し更新が遅れます。
それでは。


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それは横暴だよ

 本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。

源治さんの金剛型の話の影ルートとして作ってます。
暗いのでご注意を。


 永良音呼市、ホストクラブ…夜

 

 

 

 

 いろはは気合を入れてお色直しと化粧をしていた。

とは気合入れ過ぎて空回りしてる感があった。

 

 それ故、合流した鈴谷、熊野たち、そして阿武隈、萩風、春雨…

にツッコミを入れられながら、服装を見立てられた。

 

 薄い化粧にブラウスとスカートの組み合わせ、

清楚さを前面に押し出しながらも、色気を押し出したスタイルだ。

 

「いよいよ…だね」

「うん、がんばんないとねっ!いろはちゃんっ!

 ここまでしてくれた丈二のためにっ!」

 

 決意を込めたいろはの肩をぽんと叩いて鈴谷は笑った。

熊野はその様子を微笑ましく見やり、指先に手を当てて微笑む。

 

「あり、がと、ね…鈴谷ちゃん、熊野ちゃん。

 こんなは私を手伝ってくれて…」

「構いませんわ、あの方の頼みということもありましたが…

 貴女は磨けば光るものをお持ちでしたから」

 

 小首を傾げていろはは困惑した。

 

「ふふっ、とりあえずはひと時の夜を楽しんできなさいな。

 オーナーは私です、負けておきますから♪」

「あっ、あのっ…あり、がとぅ…ございます…ぅ」

 

 

 

 

 ショウはいきなり始まった研修に気合を入れていた。

どういうワケか永良音呼のホストクラブにドラフトを受けたのだ。

とはいえ、期間限定の類のものだが…

 

 熊野の力を持ったとしても金剛型の圧力や権力は厳しかったようで、

コレが精いっぱいだったようだ。

しかし、いろはは感謝していた。

 

 自分の為に此処までしてくれる人たちがいるのだ。

不格好でも情けなくても、戦わないと女が廃る。

振られても自分は伝えないと…例え…

 

 金剛型の三人が付いてきたとしても…

 

 

 独特の重厚なオーラを放ちながら、

それでいて、華やかさを纏った淑女三人が金剛型だった。

 

「いきなり外部研修が決まった時は驚きましたが、

 彼が居ないなら付いて行くだけです」

 

「はいっ、榛名たちは大丈夫ですっ!

 ショウさんの上客なんですからっ」

 

「今回も彼を指名して楽しみましょう。

 では、早速彼を」

 

 比叡は片手をあげて彼を呼ぼうとしたが、

その視界を遮るように青年が立ちはだかった。

 

「どうも…女衒のジョーです…

 貴女『型』淑女の相手を暫く務めさせていただきます」

 

 いきなり現れた三人に彼は驚き、

困惑した。彼は自分たちの提督の演奏に金を払っている人だ。

 

「とりあえず、一杯頼みませんか?」

「あのっ、いえ…私たちは」

 

 ジョー…山口丈二の提案に榛名は困惑するが、

比叡と霧島は厳しい目で彼を睨む。

 

「何のつもりですか?…

 私たちには目当てのホストがいるのですが?」

 

「……」

 

 霧島は厳かに、比叡は無機質に彼を睨む。

それだけで空気に振動が走るようだ。

他のホストも客も目を見張っている。

 

 ある者は小刻みに震え、ある者は涙を浮かべ、

ある者は気持ちが悪くなりトイレに駆けだす。

 

 しかし、丈二は真顔のまま見つめ返した。

コレは唯の人間ではありえない事だ。

その様子に「あの」金剛型の二人ですら戸惑う。

 

「ショウが近くにいる場所で殺気を放つつもりですか?

 提督である奴はその気配を俺たちより受けるでしょうね」

 

 その言葉に二人は苦虫を噛むように睨む、

榛名は真剣な目で彼を見つめる。

 

「私たちとショウさんを引き離しに来た…ということですか?」

「………」

 

 丈二はなにも言わないことにした。

彼女たちならそれくらいを察するだろうからだ。

 

「沈黙は肯定という事ですね…」

「そう、なるね」

 

 榛名の目が刃のように細められ、凄まじいカミソリのようなオーラ…

を放つ。

 

 しかし、尚も彼はその気配を受け流している。

 

「正確には…彼の適性を消したものだよ」

 

 三人の空気と時間は僅かに止まった。

 

 適性を消した?どういうことだ?

 

 いきなりの事に三人の頭が付いてこない。

丈二はニヤついた笑みを浮かべる。

 

 とても不気味で怖い笑みだ。

 

「そのまんまの意味さ。

 もう彼は提督ではない。唯のホステスさ」

 

 その言葉に霧島は彼の懐を掴み上げた。

いきなりの事に周りは焦る。

しかし、彼は冷めたものだった。

 

「あなたは一体何者なんですかっ!?

 適性を消したとは…!?」

 

 霧島の激昂の叫びが店に響き渡る。

 

「…適性を消しただけですよ」

 

 丈二はオウム返しのようにあえてそういう。

その言葉の意味を改めて認識し、

彼女たちに不穏な気配が宿る。

 

 霧島の手が自らの首元を締め上げる。

怒りが霧島を支配するが…

 

「あ~っ、霧島ちゃんたちっ、こっちに顔出しに来てくれたんすねっ!」

 

 陽気な声が三人の耳朶をうち、反射的に彼を放した。

自分たちの愛しい提督だ。

こんな所を見られるわけにはいかない、と。

 

 年頃の淑女らしく振舞おうとしたが…

 

「あれ?三人とも、どうしたんすか?」

 

 えっ…?

 

 三人の思考を支配したものはその一言だった。

間違いなく自分たちの提督のはずなのに、心地よい心の乱れが起こらない。

滾るような燃えるよな…そんな揺らぎが消え去ってしまっている。

 

 まるで同じ顔の別人になってしまったかのような…

目の前にいる提督、ショウにそんな違和感を感じてしまった。

 

「ぇ…あっ、あの…ショウさん、ですよね?」

「はっはっ、そうっすよ?何言ってるんすか?

 それとも髪形ちょっと変えたからイメージ、変わっちゃたっすか?」

 

 いつものように彼は太陽のように明るい笑みを向けている。

しかし、心地よい動悸も暖かさも何も感じない。

むしろ、彼の笑顔に違和感を感じており、その次に感じたのは…

 

 

 

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その明るさがたまらなく不快と思い始めてしまっていた。

そう感じた瞬間、三人は殺意を込めた表情で彼に向かい振り返る。

しかし、彼の姿はそこにはなかった。

 

 さっきの隙に退散して雲隠れをしたようだ。

 

「ショウさんっ!すいませんっ!!

 私たち急用が入ってしまいましたっ!」

「はいっ、この予定を返してからまた来ますねっ」

 

 比叡と榛名は表面上は笑みを浮かべて、穏やかにそういう。

 

「そっかぁ、残念すね。

 三人にちゃんとおもてなししたかっすけど」

 

「いえ、私の計算ではすぐに片が付くと思うので…

 その時に楽しみましょう」

 

 霧島は頼もしい笑みを浮かべてそう笑った。

その笑みにある暗いものは当然に彼には気づかない。

 

 そして三人は憎悪と凶気を孕んだ瞳で丈二を…

自分たちの提督を殺した愚か者を探すため、その場を後にした。

 

 

 比叡たちは数々の修羅場を潜ってきた歴戦の艦娘だ。

それ故、相手の気配、動向を探る事に特化していると行ってもいい。

何より、今の彼女たちはあの男を殺すという意思が突き動かしている。

 

 経験則と直感で丈二が何処に逃げたかを判断し、

付きとめていく。

 

 曲がり角を何度も周り、その月当たりの先に広場の公園が合った。

その遊具のジャングルジムに座り、丈二は二人を見下ろしていた。

 

「やはりすごいね、金剛型は。

 気配を消してルートも幾重にも準備したつもりだけど…

 流石に見失ってはくれないか」

 

 足を組んで腕を組んで、丈二は溜息を吐いた。

その様子が余計に三人には腹立たしい。

 

「何故、こんな横暴を…?

 私たちの提督を『殺した』のですか?」

 

 榛名は鋭い目だが、涙を浮かべて彼を睨んだ。

こんな勝手は自分が許さない、そう目で言っている気がした。

その様子に丈二はふっと笑った。

 

「確かに貴女達から見たら横暴だろうが…

 貴女達がそれを言う権利があるのか?」

 

 その言葉に三人は驚き、霧島はメガネをくいっとあげる。

その眼には射抜くような昏さがある。

 

「言ってる意味は分かりません、ね?

 私たちの何が横暴だというのですか?」

 

 丈二は溜息を吐いた。

比叡はそれに怒りを隠さずに睨む。

バカにされてると思ったからだ。

 

 横暴なのはこの男じゃないか。

彼は私たちの世界に色鮮やかな世界を与えてくれたのだ。

毎日が楽しくなった、胸の高鳴りが心地よかった。

 

 この人しかいないと思った。

 

「彼は私たちの…」

 

 提督だ、と言おうとした。

 

「彼は誰のモノでもないよ。

 そもそも彼は何も知らない…知ってるのは君たちだけだ」

 

 その言葉は彼女たちに突き刺さった。

 

「君たちは何も知らない彼を利用してるだけだ。

 自分の快楽を恋愛という言葉で飾り立て、遊んでるだけだ」

 

 その言葉に三人の思考は怒りに真っ白になる。

そして我先にと駆け出し、彼の居るジャングルジムに駈け出す。

しかし、彼は動じることもない。

 

 がしがしとジャングルジムに上る三人。

そして丈二を取り囲んだ。

 

 最強の金剛組の三人に囲まれながら、

丈二は表情一つ変えない。

 

「キレてるってことは図星ってことだよね?」

「ここで潰して差し上げますよ」

 

 比叡は彼の言葉に拳を振り上げる。

 

「俺の血反吐に塗れた両手で彼の傍に寄る、か。

 随分と君に都合がいいね?」

 

 その言葉が三人の手を止めた。

 

「君たちは最終的にアイツが居ればいいのだろうな。

 それ自体は、悪い事ではないさ、けど…」

 

 アイツには君たちだけじゃないんだ

 

「私を殺して影響はないとして…

 君たちが脅迫した女性…彼の幼馴染み、

 それと同じように脅した、ホストの店長と彼の上司、

 そしてきっと他にもいるだろう…」

 

 丈二はショウの周りと霧島たちの動向を調べていた。

彼女たちはショウ以外の周りの人物には殺気を貼り巡らされていた。

素人がアレを食らわされてたら、いつか神経をやられてしまうだろう。

 

 最悪、鬱や引きこもりになりかねない。

しかし、それでも仕事が続けられてるのはあそこのホストはメンタルが強いのだ。

それ程の努力や、経験を積んで今の立場があるのだ。

 

 それを彼女たちの都合で踏みにじられて良いとは思えない。

 

「彼の傍にいるなら、彼の周りがどうなってもいいというのかい?

 それが金剛組、いや、艦娘なのかい?」

 

「っ、黙りなさいっ…!そんな正論っ、聞きたくないんですよっ!」

 

「正論じゃないさ、唯の意見だよ。

 君たちが脅迫した女の子は…彼の大事な幼馴染みで友達で…

 恋人ではないにしろ、大事な人物なんだよ。

 上司も先輩も同僚もね」

 

 こんだけやったら横暴と思われても仕方ないんじゃないかな?

 

「っ、あなた何なんですかっ!?

 彼から私たちを守る正義の味方のつもりですか!?」

 

 榛名は目に涙を浮かべて叫ぶ。

 

「それこそまさかだよ。言っただろう?

 正論じゃなくて意見だって。唯、君らのやってる事が気に入らない」

 

 丈二は吐き捨てるように言った。

その言葉に絶句した、

気に入らないという理由でこの男は凶行に及んだのだ。

 

 榛名たちからすれば彼の方が横暴だろう。

そもそも丈二自身、それはよく分かっている。

遺伝子の件を話してもよかった、深海棲艦と化する事も…。

 

 だが、丈二はそれを言うつもりはない。

 

「そう、俺も『君たちと同じ理由』

 でついやっちゃったってことだよ」

 

 ヘラ突いた笑みで丈二はそう言う。

 

「いやー…世の中ってのは出来てるもんだねー。

 ほら、良く言うじゃないか?」

 

 

 

 人にされて嫌な事は自分がしちゃいけません、って…

 

 

 

「これで、君たちも私も一つ学んだってわけだ」

 

 

 がっ。

 

 霧島は彼の懐を掴んでぶら下げる。

 

「殺してやるっ…!

 今すぐこの場で殺してやるっ…!!」

 

 霧島の言葉を合図に三人は拳を構え、襲いかかろうとした。

しかし、凛としていて覇気に満ちた声が響く。

 

「やめなさい」

 

 三人はその声に覚えがあった。

畏敬と畏怖と敬愛を三人に与える人物…

 

 

 

 自分たちの姉の金剛がそこにいた。

 

 

 

「遅いですよ…トークは苦手なんで場を持たすの苦労しましたよ?」

「ふふっ、そう…もうすこし貴女の持論を聞いていたかったけど…」

 

 その言葉を聞き、丈二は苦笑を浮かべた。

彼女は間に合っていたのに、わざと出てこなかったようだ。

全く、自分より趣味が悪いんじゃないか?と思ったが…

 

 

(いや…そう思うのはお門違いだろうな)

 

 そう苦笑する丈二とは対照的に、

三人は引きつった表情で自分の姉を見つめた。

丈二と姉のやり取りに困惑を隠せない。

 

「なっ、なんでお姉さまが…!?」

 

 困惑した比叡が叫ぶ。

榛名もどうしていいかわからず縋るように比叡を見る。

霧島は余りの事に、思考が僅かに停止した。

 

 金剛はそんな三人を冷たく、静かに見つめていた。

射竦められて三人は委縮する。

 

 

 そんな三人を見やり、彼は数時間前のやり取りを思い返していた。

次回の話は金剛と彼の話から始まる…。

 

 そこでのやりとりは金剛にある覚悟…

丈二にある契約を課した…。

 

 

 

 

<続く>

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はおそらく金剛型の話が終わります。
結末は基本的にbadではないですがビターエンドになります、それでは。
感想お待ちしてます…が…

あまり関係ない事は感想板では話せませんのでご了承ください。
運営に報告せざるを得なくなるので;


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大人になれなかったんだよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


金剛編、まだ続きます。
後、一話くらいかな。多分。

この話もですが、賛否が別れそうな話です。
どうかご留意を。


 数時間前、彼は金剛の屋敷を訪れていた。

Vシネでよく見るヤクザの屋敷の一角、

そこに孤高の艦娘(おんな)、金剛が姿勢を正し瞑想をしていた。

 

 玄関越しからも伝わってくる濃密な重い気配。

100を超える齢がもたらした膨大な修羅場の経験値。

戦艦としての膂力や馬力を持つ、細い体…。

 

 その佇まいは人というよりは冷徹な兵器だった。

 

(これが金剛…)

 

 彼はアポ取らず無断でそこに入っている。

金剛の組に構成員はいない、鍵もかかっていない。

自分に向かう大抵の敵など、恐るるに足らずなのだから。

 

「気配を消すこともなかったら黙認したけど…

 何の用かしら?」

 

 音色自体は可憐だが、冷たく重い彼女の声音。

永く生きすぎて疲れた老人のようだった。

 

 丈二は彼女の前に膝をついて正座した。

彼の姿勢の良さと服のセンスにわずかに感心した。

 

 私と話すために高級なものを選んでるのは誉めてやろう、

といった所だろう。

 

 最も、選んだのは熊野親子なのだが…

彼女たちの助言が図らずも生きた形になった。

 

「あなたたちの提督を見つけた」

 

 その言葉に金剛の呼吸は僅かに止まった。

 

「彼はYOKOSUKAのホストクラブにいる」

「だが、其れだけが要件ではないわよね?

 貴方の目にはもっと暗いものを感じるわ」

 

 金剛は油断なく彼を見やった。

自分と同じ、暗がりに生きてるような…

それでいて譲れぬ何かでもあるのか、相貌は鋭い。

 

「…私は彼の適性を消すことができる。

 つまり、貴女方の提督の適性、

 艦娘の本能を消失させることができる」

 

 端的に貴女たちに提督を諦めてもらいたい。

 

「……そう、丁度いいかもしれないわね?」

「?」

 

 緊張と恐怖を押し殺して意見をした丈二、

しかし、疲れたように微笑む金剛に違和感を感じた。

外観は少女のような美女だったが、

その目は老人よりも遙かに廃れて淀んでいる。

 

 上手くいきそうなことに喜ぶべきだが、

彼女のその様子に困惑した。

 

「ふふっ、貴方のようすだと比叡たちは提督を見つけて最近はお熱のようね。

 それを知ってるからこそ、そんな緊張した顔をしてるのでしょう。

 その覚悟は買ってあげるわ…お兄さん」

 

 言葉を放ち金剛はじろりと睨む。

大抵の者はその視線だけで気絶するか、垂れ流すくらいの覇気を放つ。

剃刀のような気配が彼の肌を切りつける。

 

 幻視の痛みに顔をしかめながら丈二は目の前の金剛に問う。

それだけで済んでることに彼女は驚く。

 

「彼の適性を消すことに関しては了承をもらえる、ということかい?」

「えぇ…今更、私には関係ないわね」

 

 自棄ともいえる音色だが冷たく彼女は言う。

 

(…このまま放っておいてもよさそうだが障りが悪いな…)

 

 自分を殺そうとするかもしれない相手、

それに僅かに憐れみを感じる己を丈二は自嘲する。

正直、目の前の彼女のことなど放っておけばいいのだ。

 

 だが、それが躊躇われるのは…

 

 彼女は睨み、凄みのきいた笑みを向けながら…

涙を流していた。

 

 真っ赤な涙を…。

 

 彼女に何があったのか、どんな修羅を抱えているのか…

当然に彼には分らない。

只、わかることは「この不安定な艦娘を置いておくことはできない」

そう、感じたのだ。

 

(幸せを壊そうとしてる奴が憐れみ…か…

 反吐が出るマッチポンプだな…)

 

 自分の傲慢と偽善に辟易としながらも丈二は向かい合うことにした。

 

「やはり、やめよう…。

 君には提督がいた方がおもしろそうだ」

「なんですって…」

 

 下卑た笑みをあえて浮かべ、丈二は嘲笑った。

 

「どうせ…口ではそんなこと言っても身体は何千回も慰めまくってんだろ?

 盛りの付いたサルみてぇーによ?」

「っ…!!」

 

 口調も粗野に丈二は嘲りながら言う。

金剛は表情を怒りとも羞恥ともとれない感情に囚われ顔を朱に染めた。

 

「提督にしか欲情できないんだから、哀れだよなぁ…

 アンタ物足りなさそうな面してんぜ?ヘーキかよ?」

「…黙れ」

 

 にじみ出る怒気と殺気…心臓を握りつぶさんとするように丈二に向かう。

死の気配を感じつつも彼は続ける。

 

「アンタの妹たちなんざ、あいつとヤりまくりたくてしょーがないだろーな…

 アンタ、ハブられてんじゃねぇか?

 まー100超えてたらなぁ、

 夢見る乙女って年ではないから流石に欲情は気色わr」

 

「殺す……!!」

 

 

 金剛は彼の顔を掌で掴んで持ち上げる。

 

ぐぐ…

 

 彼女の掌と頭の中でミシミシと音が響く。

しかし、それをこらえて…静かに見つめた。

 

 その彼と目が合う。

 

「っ…!!?」

 

 自分は何をしてるのだ?

こんな男の挑発を受けて手にかけようとしている。

この男はこの状態になっても射貫くように自分を見つめている。

 

 彼は彼女の手首をつかみ強引に引きはがして大いにむせる。

 

「けほっ、それが本音かい?」

「っ…、あなたには関係ないわ」

 

 彼が自らの手を引き離せる力があることに驚きながらも、

つっけんどんに金剛は返す。

 丈二はため息交じりに苦笑した。

 

「関係ないのなら、私は最初からここには来ていない…

 金剛、私は艦娘の夢、幸せを壊すものだ…」

 

 だからこそ、知らなければならない。あなたのことを、ね。

 

「奪うのも踏みにじるのもそれから…ということだよ」

「すさまじいエゴイズムね、反吐が出るほどに…

 結局、貴方は自分がいい人だって浸りたいだけでしょう」

 

 丈二はその言葉にわずかに目を閉じて受け止めた。

そうだ、結局はそういうやつだ。俺は…

 

 だが、敵の幸せを壊すのなら…俺には…

 

「私には私の浅ましさを直視する義務がある。

 悪役として屑として、あなたたち艦娘に断ざれる義務がある」

 

 それでようやく、私は貴女たちの幸せを壊す権利を得ることができる。

 

「っ…あなたは…」

 

 金剛は彼の言葉に打たれたように動けなかった。

彼は偽善と利己を貫き、そして蔑まれて散っていくことを由としている。

自分の五分の一くらいしか生きてない彼が、ここまで至るのにどれ程の…

 

「いいわ、あなたのその精神性にも少し興味が出てきたわ。

 話してあげるわよ」

 

 かつての夢破れた女の子のおはなしを

 

 自分にもいつか現れると思っていた提督…

そうやって信じ続けてしまった無知な己…

 

 過ぎ去った膨大な無駄な時間。

その間、何度も自分は一人で死ぬのか…と感じた事。

 

 自分でも意外とすらすらと言葉が出てきたことに、

金剛は驚きを隠せなかった。

その声が震えていることにも驚いた。

 

 あぁ、私は誰かに聞いてほしかったのか。

その内心は、提督に言おうと思っていた。

 

 不思議だ、今自分は妹たちの敵である彼に…

すべてを吐き出している。

 

 彼は表情を変えることなく聞いていた。

まるで聞き漏らすことなどしないように…

 

 やがて金剛は語り終えた。

 

「どう?私のバカみたいな徒労の話は…

 悪役のあなたにはあざ笑うに匹敵すると思うけど」

 

「そうだな…その通りだ。

 嘲笑を禁じ得ないな」

 

 そういいつつも彼の口調は穏やかで優しげだった。

 

「前の金剛がな」

「……ぇ……?」

 

 低く冷たい音色で丈二は応えた。

 

「あなたとその人は違う、彼女は貴女にそう教えてやるべきだった。

 自分がそうだからと言って貴女がそういう幸せを得れるとは限らないということを」

 

「でも、仕方ないわよ。艦娘は提督を本能で…」

「だとしても…」

 

 120年も生きた貴女にはそれだけしかなかったのか?

 

 その言葉に金剛はぴたっと停止して呼吸をわずかな間とめた。

一瞬、言ってる意味が分からなかった。

いや、わかっていたのだが不意打ちだった。

 

 誰も問いかけてくれない言葉だった。

比叡も榛名も霧島も訊いてくれなかった言葉だ。

 

「提督がいないと貴女の生涯に価値はないのか?

 あなたの家族や付き合いの長い組員たちより大事なのか?」

 

 金剛は違う、と答えようとした。

しかし、今までの艦娘による習性に言葉を詰まらせてしまう。

 

 提督よりも大事だ、と言えないのだ。

そのとき、自分は気づいたのだ。

 

 私の意思や価値観は見えないものに支配されていると。

 

「どう、して…なんで、すぐに違う、っていえないの?」

「それが呪いだよ。あなたの妹たちを含めた艦娘たちの、ね」

 

 自分がすでに提督とあっていたうえで問われて迷うならいい。

しかし、会ってもいない提督と自分と今まで共にいた家族を選べない…

迷い躊躇した事実に金剛は愕然とした。

 

 そして120年それに囚われていたという絶望も…。

 

(ぁ…あっ…)

 

 顔を恐怖にひきつらせて笑みを作った。

人は恐怖する対象を見るとき笑う。それは艦娘もそうだったようだ。

今まで、こんな呪いのために100年以上も無駄に過ごしたのか?

 

 まるでシステマチックじゃないか…

いや、元々は自分たちは軍事兵器だ。

だとすれば、自分は恋する乙女だと思っていた自分は…

 

 作業を淡々と実行する機械そのものじゃないか。

 

 は…は…

 

 呼吸が苦しい。息が詰まる。

肩が全身が痙攣する…。

 

「っ、まずいっ…!!」

 

 丈二は駆け寄り、金剛の肩をつかむ。

 

「落ちついてっ、息を止めろ…!

 口を閉じて…」

 

「はっ…はっ…ぁぁ~~~…っ!っはっ…!」

 

 痙攣を起こして金剛は口すら動かせない。

精神的ショックによる過呼吸だろう。

 

 とりあえず叫ぶように丈二は説得する。

しかし…

 

 ご…!

 

「っ…!」

 

 暴れる金剛の拳が彼の腹にめり込んだ。

めしっと嫌な音を立てる。

 

 肋にヒビでも入ったか?と苦痛に顔を歪めながら自嘲する。

彼女のルーツは戦艦だ。

彼女はその力をたおやかな身体に宿している。

 

 それを止めるのは素手で砲弾を裁けというようなものだ。

今の彼女は荒ぶる超弩級戦艦もとい戦神なのだから。

 

(このまま気絶するまで待つべきなんだろうが…)

 

 泣きながら苦しみ呻く金剛を見て丈二はやるせない思いを感じた。

そもそも、自分の問いがきっかけなのだ。

ここまで来て放置プレイなど残酷すぎる。

 

 なにより…

 

 

 ちょっとでもいいから…私のいない人生をかっこよく生きてね?

 

 

 もういない恋人、村雨の艦娘だった千雨の言葉が響く。

息も絶え絶えで血だらけの彼女。

その彼女が自分に微笑みいった言葉。

 

「そうだな…悪役でかっこ悪い俺のちょっといいとこ見せてやるさ」

 

 苦しみに呻きあえぐ金剛に再び近づく。

金剛は意図的ではないが、彼に向かい苦し気に手をふるっている。

重い鉄球のようなプレッシャーを感じながらも竦むことなく避ける。

 

 艦娘の膂力は人間をはるかに凌駕する。

最初の一撃は運が良かったが、それでも痛みが響いている。

しかし運の良さは続かない。

 

 一発で彼女に精神的なショックを与え、

自我を取り戻させる必要がある。

それを思い至ったとき、彼は自嘲を隠さずにはいられない。

 

(これしかない…か。我ながら最低すぎて悪役だ)

 

 だが、やらねばならない。

自分で蒔いた種だ。

ツケはすべてが終われば無理やり彼女が払わせるだろう。

 

 

 金剛は絶望と後悔に彩られたまま苦しみあえいでいた。

呼吸の苦しみよりも支配したのは、自分の愚かさと甘さと無知さだった、

 

 彼の言う通りだ、私は何をやっていたのだろう?

 

 同じ金剛でもあの人と私の人生は違う。

 

 同じ人生を歩むわけないじゃないか。

 

 いや、どこかで考えていたのだ。

自分には提督が表れないこと、一人で死ぬかもしれないこと…。

目をそらしていた。考えないようにした。

 

 その結果がこれだ。

何のためにここまで生きてきたのだろう?

これまでの私は何だったのだろう?

 

 呼吸の苦しみのまま手を振り暴れ廻る。

自らの拳圧で風圧が起こり、金剛の部屋の物が転がり、壊れ、割れていく。

いっそのこと、呼吸困難で死んでしまえばいい。

 

 それでもう終わりにしよう。

 

(もうこれが私の…締め括りでいいのかな)

 

 息苦しさを通り越して朦朧とする意識の中、金剛はそんな事を考えた。

その時ぼやけた視界に近づく影。

 

 その影が自分を抱きしめた。

 

(…あぁ…さっきの彼、か…。

 何してるのよ、あなたの所為で私は…)

 

 いや、違う。

これまで歩んできた人生に彼は関係ない。

彼は唯、知りたかった…。

己が知るべき義務や権利の為に。

 

 艦娘の敵であるためにどれほど提督の存在が重要か知る義務があった。

それを失くすという重さ。

そして背負う義務…業があるのだ。

 

(ふふ…どっちが任侠に生きてるのかわからないわね)

 

 でも…私に…私だけの提督が居るとしたら…

 

 艦娘は気合で生きる、という医療業界では有名な俗説がある。

医学的に精神力が彼女たちの生命力、細胞の強さに比例している、

という証明がある。

 

 この金剛も例外ではない。

それ故、100年の時間を超え提督を待つ為に生きてきた。

 

 

 今の彼女はその気力、気概が失われている。

 

(心配そうに抱きしめないでよ、

 酷い人、ね…でも、もう私は…)

 

「…く…で…れ、よ」

 

 彼は困惑したように口を開く。

意識が混濁してるのか、ハッキリ聞こえない。

 

 金剛は反射的によく考えずに頷いた。

 

 その瞬間、彼女の唇に何かを押し付けられた。

いや、何かを挟まれた感覚が走る。

 

――――っ!!?

 

 

 ぬるりとした何かが彼女の薄い桃色の唇を裂いた。

 

「~~んっ~~っ!?」

 

 困惑と感覚に急激に意識がはっきりしてくる。

余りの事に抵抗できずに顔を真っ赤にして硬直する。

 

 やがて、口元からそれが離れていく。

 

「目が覚めたかい?」

「なっ…なっ…!?」

 

 顔を真っ赤にしてわなわなと金剛は震えた。

この男は自分の唇を奪ったのだ。

 

「おっと。怒らないでくれよ…

 ショック療法という奴だ。これしか案が無くてね」

 

 湯気が出そうなくらいに金剛は真っ赤になり、

ぷるぷると震えた。

 

「最っっ、低っ!!アンタなんかっ…!!」

 

 自分が大事にしていたファーストキスをこの男は奪った。

世紀をまたいで守った純潔をこの男は踏みにじった。

自分の大事にしていたモノを凌辱したのだ。

 

 あらゆる罵倒、糾弾、罵詈荘厳を彼にぶつけた。

反射的に泣きながら、しゃくりあげながら…

 

 だが、どこか冷静な部分があった。

少なくとも彼だけのせいではない、とそう考える自分がいた。

 

 彼は唯、信念に基づいて聞いただけだ。

そして静かにそれを聞いている。

 

 否定しなかった。怒らなかった。

唯、その子供じみた八つ当たりの言葉、

それ静かな目で受け止めている。

 

 彼の目や態度はそれは当然と言ってるようで…

 

「そうだ」

 

 と一言だけ金剛に返した。

彼女はそれを聞いた後、毒気も敵意も無くなってしまった。

 

 残ったのはどこか軽くなった自分の心だった。

 

「コレを狙ってたんですカ?Bad guy?」

「いや、結果的にそうなっただけさ。Old lady?」

 

 観念したような音色で金剛は笑う。

前の自分のように自分は笑えた。

 

 それを見て丈二はあえて表情に出さなかった。

唯、音色は心なしか優しげだった。

 

「アナタはもう既に罵倒も怨みを受け尽くしているんですネ?

 そんな気がしまス」

 

「自分で撒いた種だ。責は俺自身にあるさ」

 

 どこか悼むような金剛の表情に苦笑気味に丈二は返した。

金剛はその言葉に自嘲交じりに笑った。

 

 これではどっちが年上か分かったもんじゃない。

むしろ、彼の方がこの世界で生きていけるだけの器がある気がする。

 

「そーですネ、淑女のLipをRapeした罪はFelonyでス!

 判決をSentenceしまース!」

 

 だから、金剛は何となく楽しげに口を開いた。

かつての自分のように。

毎日が楽しくて、期待や希望が持てたあの時の自分。

 

 その自分のままに楽しそうに金剛は微笑んでいった。

 

「アナタは私のテートクにしまース!

 拒否は認めませーン!Decisionでース!!」

 

 彼は堅い笑みを浮かべて、首を横に振った。

 

「艦娘はもう懲り懲りだよ。他を当たってくれ」

 

 そう言い背中を向けて去ろうとするが…

金剛は背中から彼をぎゅっと抱きしめる。

 

「有難うございます…

 貴方のお陰で私はちゃんと進む事ができそうです。

 子供の時よりも強い気持ちで…」

 

 でも…

 

「私のvirginをrapeしたsinは許しがたいでース!!」

 

 ぎゅううう…

 

「っ、ごがががががっ…!!」

 

 みしみしと骨がきしみ鈍痛が全身に走る。

割と洒落に成らない痛みに丈二はうめく。

 

「ふっふっふっ~…

 さぁ、幸福、not降伏か死か選ぶがいいでース!」

 

 金剛は彼を殺す気も縛る気も全くない。

適度に力を抜いて鈍痛を与え続けて微笑む。

 

 しかし、丈二は唇を引き締めて言葉を否定する。

その様子を見た金剛はゆっくりと離れた。

そして前に回り込んだ。

 

 困惑した彼の表情が見れたのが楽しかった。

そしていたずらを思い浮かべた少女のような笑みを浮かべる。

 

 そして彼の頭を両手でがしっと捕まえて乱暴に引き寄せる。

 

「へ?」

「ふっふっふ~…金剛式体術を食らうがいいでース!」

 

 キラーンと目を光らせ、彼女は微笑む。

 

「ばぁぁぁあにぃぃぃぃぃんんんぐ…るぅあああああぶぅぅぅぅぅぅ!!」

「ふごっ…!」

 

 何をされたか分からないまま、丈二の視界が暗転する。

両頬に布越しに包まれた柔らかい感触があった。

丈二は理解して離れようとしたが、がっちりと金剛は彼を固定して離さない。

 

 金剛は自らの胸元に彼を抱きしめていた。

 

「私は貴方に艦娘の幸せを奪われて壊された…。

 だから、私も貴方の事を知る義務と権利がある?違う?」

 

 その音色は優しげで…

しかし、必死だった。

 

「今の貴方の顔は見えないわ…。

 だから話して?今度は私が受け止めてあげるから…」

 

 金剛はそう言うと彼の頭を優しく撫でた。

その動作に丈二の心臓に痛みが走る。

 

「それを言ってくれるまで離さない。

 諦めてConfessして下さーイ」

 

 呆れたような溜息を吐いた後…丈二はとりあえず話すことにした。

五十鈴の事、深海棲艦と艦娘の事…そして村雨…種子島千雨のこと。

 

「以上が私の全てだ。

 これでいいかい?Diamond lady」

 

 やがて自分の頭に水滴が落ちる感触が…

 

「何で、貴方が泣くんだい?」

 

 自分の経歴に涙を流す彼女に呆れたように微笑み溜息吐く。

しかし、金剛は何も返さず丈二の頭を撫で続けた。

 

「こんな私の為に泣く必要などないだろうに…」

 

 その言葉に金剛は益々抱きしめる力を強めた。

その涙はもう赤く染まっていない。

彼女の流す涙はダイヤのように美しかった。

 

 丈二はふとダイヤの石言葉を思い出した。

何とはなしに見た本に書いていたその意味を…

 

 

 

 

 

 ぴったりだな、と彼はそう思った。

 

 

 

 

 

 

※ダイヤの石言葉 純潔・清浄無垢・純愛・永遠の絆。

 

 

 

 

 

 

 

 




更新遅くなってすいません。
次回もまた未定です。

次回で金剛型の話が終わると思うので
もう少しお付き合いください。


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どこにでもあるものだよ


本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


金剛編、完結です。


「三人とも彼から離れなさい」

 

 彼を取り囲む妹たちを威圧的に金剛はにらむ。

その言動に緊張と恐怖が走る。

 

 分からない、なぜ自分たちの姉が彼を庇うのか。

なぜ、自分たちから提督を引き離す男に与するのか…

 

 自分がのけ者にされたから、だろうと三人は考えた。

しかし、次の言葉でその予想は打ち砕かれた。

 

「比叡、榛名、霧島…

 彼からある程度の状況を聞いてるわ。

 安心なさい、黙っていたことに関しては不問にするわ」

 

 穏やかだが何処か冷たさ、いや厳しさをともした音色。

そんな姉の言葉に三人は困惑した。

 

 だとすれば…なぜ

 

 そんな疑問を挟もうとした。

しかし、金剛は凛とした表情で妹たちに宣告をした。

 

「金剛型に提督は存在しないわ。

 もう、彼…ショウというホストにかかわるのはやめなさい。

 姉として命じます」

 

 三人は絶望に満ちた表情で叫ぶ!

 

「そんな結末など…いくらお姉さまの命でも訊けませんっ!!」

「その通りです!彼は榛名たちの提督なんですっ!

 やっとみつけた運命の人なんですっ!!」

 

 比叡と榛名はその名を拒絶するように叫ぶ。

瞳には大粒の涙をにじませて…。

 

「彼とともに歩む生涯は私たちに幸せそのもの…

 私自身の分析もふくめてそう胸を張れます…!!」

 

 一番最初に彼に出会い、交友があった彼女…

霧島は震える声で涙を溢し、睨むように長姉を見詰める。

 

 丈二のことも今は抜け落ち、ジャングルジムを飛び降り三人は金剛に相対する。

しかし、真顔のまま彼女は妹たちを見詰めた

 

「目を覚ましなさい。

 それはあなたたちだけの都合でしょう?」

 

 その言葉は先ほど言われた憎き男と同じで似た言葉だ。

 

「っ、貴方ですかっ!?

 金剛お姉さまを洗脳したのはっ…!!」

 

 比叡は未だジャングルジムに座り自分たちを見つめる男、

丈二に目を向ける。

しかし、彼はどこ吹く風だ。

 

「あんまり、自分の姉さんを侮辱するもんじゃないよ?

 私の言葉で洗脳されるほど弱い女なのかい?」

 

 冷めた目で丈二は問いかける。

とはいえ、自分の言動がきっかけなのは間違いない。

だが、選んだのは彼女自身だ。

 

「私はただのきっかけに過ぎない。

 君たちの姉さんがちゃんと選んで決めたんだ」

 

 そもそも…と丈二は口を開く。

 

「適性を消した後のことなど、私は知らん。

 愛情や執着があるのなら勝手にやればいい。

 それは君たちの愛が本物ということの証左ではないのかな?」

 

 ――――っ!!!

 

 三人は怒りに歯噛みし、射殺さんばかりに丈二をにらんだ。

だが、そのリアクションこそが…

 

「やはり、そうなってしまうのね。

 三人ともやめなさい」

「っ、!姉さまっ!?なんでこんな下種に味方するんですか!?

 私たちの提督を奪ったんですよ!殺したんですよ!?」

 

 比叡は金剛の肩をつかんで揺さぶる。

説得するようにすがるように。

その瞳には涙をためながら…

 

「提督としては殺されただけで存命してるじゃない?

 そもそも適性がないだけで、その彼はちゃんと存在しているわ」

 

「でもっ、榛名たちは家庭を持って子をなすことが…もぅ!」

「それができなくても籍は入れることは可能よ。

 子供は結晶だけど、子供ができないことで良し悪しは決まらないわ」

 

 あなたたちがそう言うのは結局のところ、もう冷めてるんでしょう?

 

 金剛の呆れた音色に三人は硬直し止まってしまう。

 

「適性がなくなったくらいで、

 全てが終わったかのような取り乱しようね?

 本当に好きならば…そんなの関係ないでしょう?」

 

 金剛の言葉に比叡たちは答えられず口をパクパク開く。

何も言えなかった、認めたくなかったのだ。

適性をなくされた彼に魅了を感じないことに…。

 

 自分たちの好意などその程度のものなのだ、と。

 

「私は唯、それだけを消しただけだ。

 後は思いを伝えるなり、なんなりすればいい。

 そこまでは止めはしない」

 

 彼の目的はそもそも、艦娘と提督との交配で子供が生まれること…

深海棲艦を生み出す原因を潰すことだ。

 

それさえ出来れば、彼女たちが誰を愛そうと結ばれようと止めるつもりはない。

 

「今こそ、君たちの愛情あふれる物語を進める時だと思うがね。

 適正なんてシステムめいたものではなく、

 自らの意志で彼に思いをぶちまければいい」

 

 お膳立ては整えたのだから、本来なら感謝してほしいものだ。

 

 

 丈二は冷然とそう言い放つ、

その言葉に激高し叫びながら、つかみ掛かろうとする。

しかし、金剛は彼をかばい腕を広げて仁王立ちした。

 

 最愛の姉がそちら側についた悲しみと裏切り。

それを吐き出すように拳と蹴りを金剛に放つ。

 

 三隻の戦艦が最高の力を持って金剛に襲い掛かる。

しかし、最古の戦艦は動じることなくそれを防いだ。

 

 顔に胸に腹に…妹たちの痛みを受け止めた。

優しい笑みを浮かべて金剛は妹たちを見やる。

 

 唇の端には赤い糸がたらっと垂れている。

 

「っ、あっ、金剛姉さまっ…!!」

 

 榛名は涙目で自分たちの暴挙と愚行を自覚する。

比叡も霧島も同様に塊震えてしまう。

 

 しかし、金剛は後悔に震える三姉妹を抱き寄せる。

強く、妹たちの体温を確かめるように…

 

「ワタシは先ほど、テートクだった彼にmetしてきましタ。

 適性を消されたテートクに魅力はnothing‼だったヨー♪」

 

 かつての口調に戻って金剛はぺろりと舌を出してそういった。

 

「でも、私の妹たちは元テートクより魅力的でキュートでデス!

 だから、きっと見つけられますヨー!」

 

 用意されたテートクでなく、ちゃんとしたパートナーを

 

 その言葉を聞いて、胸が痛み込み上げてくる何か…

その痛みがとても暖かった。

 

「おや、どーしたんですカ?

 マイシスターズは泣き虫ですねェ…

 sadな顔は似合いませンッ!

 今日はめでたい私たちのSelf-reliance dayデース」

 

 この人は姉として私たちを止めてくれる人だ。

どんなに間違っても怒ってくれる人だ。

 

 それがこの人…私たちの姉なんだ。

 

 提督の素質を消された彼にときめかなくなったのは…

彼女に強い愛情を知らずに持っていたからだ。

 

 家族として…姉妹としての愛情。

 

 自分たちは姉に…いや、姉だけではない。

彼女達三人も互いに大事だった。

単調な毎日や、代わり映えのない生活に摩耗して気づかず忘れていただけで…

 

 ちゃんと最初からほしいものがあったのだ。

 

「空気を読まないで悪いがね。

 恋愛なんてそう劇的なものではないよ。

 気づいたら宿ってました…といったものさ。

 どっかの誰かにも言ったけどね」

 

 四姉妹のその光景を見てあえてそう言った。

今なら、彼女たちの言葉をちゃんと聞くだろうと思ったからだ。

 

「君たちはシステムめいた本能で本来大事にしなきゃいけないもの、

 それを消却しようとした。

 恐らく、あのままでは変な修羅場に一生を費やしていただろうね」

 

 君たちだけの問題ではなく、彼の周りを巻き込んで。

 

「私は慈善活動だけでこれをしてるわけではないが、

 こっちの都合や意地もあるのでね。こういう手を使わせてもらった」

 

 熱に浮かされたものが引いた三人は、

自分がやらかそうとしていたことにつまり、縮こまる。

 

「別に恋をするな、というわけじゃない。

 私にそこまで仕切る権利はない。だが、もうわかっただろう?

 この程度のものなんだ、と」

 

 その言葉に彼の表情を見れずに姉の胸元に三人は顔をうずめた。

金剛はその動作が羞恥心と困惑によるものと分かっている。

 

「余り、イジメないで上げてヨー。

 比叡たちは十分、reflectionしてるので見逃してあげてくださーイ」

 

 金剛は苦笑しながら呟いた。

 

「艦娘は提督しか結ばれない、だが…もし…

 提督ではない奴が艦娘の誰かを好きになったとしたら…」

 

 

 

 地獄だろうな。

 

 

 

 丈二は光を映さない目で冷たく微笑んだ。

金剛はその表情を痛ましげに見つめ、彼を見やった。

 

 そして自分たちにむけて背を向けて歩いていく彼…

妹たちの抱きしめる右手を解いて…

 

 静かに海軍式の敬礼をして彼の背中を見つめた。

提督の魂を持った彼、それが提督ではないというのは皮肉としか言いようがない。

彼は自分の義務と私怨を自覚して前に進んでいる。

 

 世界と己の決着の為に。

金剛は思う。もし、この世界が100年前の戦争の世界とすれば…

彼は幸せに生きれたのではないだろうか?と。

 

 

 しかしそんなものは仮定論だ。

彼は今、この時にいる。

ならば、彼はここで生きていくしかないのだろう。

 

 その男の背中を見詰め、

金剛は彼の歩む道にわずかな光明があることを祈った。

 

「丈二…どうか、武運長久を」

 

 金剛は瞳を閉じる。

その眼にはダイヤのような雫が燦燦とあふれていた。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 光のない暗い通路の中で電信柱の明かりに照らされる影がいくつかあった。

 

「何をしてるんだ、お前ら」

「んー…ちょっと丈二が通りそうだったから、かな」

 

 阿武隈は苦笑交じりに頬を描いた。

随分、丸くなったものだ。元凶の自分がそれを言うのは違うだろうが…

 

「丈二さん、一緒に帰りましょうよ!

 萩風ちゃんがご飯作って待ってますよ」

 

 春雨がニコニコとしながら、彼の横に並ぶ。

 

「あの…私も…お邪魔、して…いい、かな?」

 

 いろはも伺うようにそう言った。

それを見て丈二は思い出したように尋ねる。

 

「告白は成功したのかい?」

「ううん…振られ、ちゃった」

 

 いろは困ったようでいて、

清々しさを感じる笑みを浮かべる。

 

「のわりに…明るい気がするね」

「言いたいことは全部伝えたから…平気…」

 

 母性に満ちた笑みをキラキラと放ついろは。

浄化されるような気配に、丈二は苦笑をこぼし「そうか」と返す。

 

「あのっ、きょ、今日ねっ、丈二さんの家で私の失恋パーティーしてくれるって…

 だからっ、そのっ」

 

 いろはは辿々しくもしっかりと彼に用件を伝えた。

 

「別に拒否はしないよ。来るなら来ればいいさ。

 少なくとも萩風は料理は上手だからね」

「熊野さんも鈴谷さんもいますよっ!今日はとてもニギヤカですっ」

 

 春雨の言葉に阿武隈もつられて微笑んだ。

その笑みには最初のような歪な貌はない。

 

 丈二は思う。

 

 もう一生、自分は艦娘を愛して添い遂げることはないだろう。

 

 しかし、どんな言葉を吐かれても、どんな扱いを受けても…

 

 

「嫌うことも憎むこともないのだろうな」

 

 

 誰にも聞こえないように暗い空に言葉を放った。

阿武隈と春雨、いろはの温かいやり取りを見つめる。

 

 

 

 

 望めるなら、この日が僅かにでも長くあらんことを。

 

 

 

 

 

 




次回は作家提督さんとの絡みになると思います。
彼には少し思うところがあるので;

それでは。


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最終章だよ
書きたい話だよ


今回から三文小説家の話です。
文中で何人かの提督と艦娘が別れている情報があります。
一応、今回から最終章です。



本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


 

 自分という人間は救いようのない屑なのだろう。

 

 

 自虐めいた思考だ。

だが、自分は世間一般に人気な作品を好きになれないのだから。

 

 

 

 

 そしてそれを作りたくない作家なのだから。

 

 

 

 

 ワカメ髪の陰気な男は馴染みの喫茶店、

そこで原稿用紙に文字を書き綴っていた。

 

 

 彼は認めたくないが、自分に代名詞をつけるとするなら三文小説家で通るだろう。

あらゆる賞に作品を送るも内容が黒く、重く、暗く、ドロドロした作風であり、

審査員がどん引きするという低評価だ。(見ようによっては高評価ではあるが)

 

 明るいテーマも書いてみた、が謎の暗さが付きまとう曰くありの作品になった。

そして忌避されてしまった。

客観的に見るならそれはそれで才ともいえるが、

世間受けするようなものでは決してない。

 

 唯、脚本の仕事は好評のようだ。

戦隊や魔法少女といった本来、

余り書きたくないモノに関しては上手くいくという皮肉。

食いつないでいるが満たされていない、

という現状が彼だった。

 

 そしてそんな彼を見守るようにグラスを磨き、

コーヒーを入れる艦娘がいた。

この喫茶店のマスター、朝霜だ。

既に役所にも登録済みの艦娘と提督の関係だ。

 

「少しは休憩したらどうだい?

 根詰めても出てこない時には出てこないもんだよ」

「いや、アイデアは別にな。

 だが、モチベーションが湧かん。

 私の書きたいモノではないからな」

 

 彼は三文小説家ではある、が、

それ以前のレベルの作家だ。

実質は皮肉屋な脚本作家が本業だ。

特に好きでもない話を作る才能、それが彼の食いぶちを繋いでいた。

その現状が三文小説家にとっては苦痛なのだろう。

 

 本来なら小説を書きたかったのだが…

とはいえ、だ。

確かに煮詰まってるのだろう。

コーヒーを一杯もらう事にした。

 

「んー…っと」

 

 男は立ち上がり伸びをした。

不本意ではあるが脚本の原稿も八割型終わっている。

あとひと押しというところだ。

 

 コーヒーを啜りながらふと、三文小説家は思い立つ。

気晴らしに外に出るか、と。

 

「朝霜、少し出る」

「おう、気をつけてなー…あー、そうそう」

「?」

 

 朝霜は少しだけ緊張したように口を開く。

いつもカラッとした彼女には珍しい、不安を帯びた表情だ。

 

「外に余りでない上に、ニュースも聞き流してる提督は覚えてないかもしれないけどさ。最近、物騒な集団がいるようだよ?

 なんでも提督と艦娘と提督を狙う組織がいる、

 っていう都市伝説とか、さ」

「都市伝説?それはどういうものだ?」

 

「確か、提督と艦娘の絆を消す男がいて結ばれた艦娘と提督を引き裂く、

 っていう話さ。あたいらにしちゃ悪魔みたいな男だよ」

 

 悪魔、ね。

 

 その不吉な単語に彼の琴線がぐらりと揺れた。

そういう闇や暗さを思わせる単語は彼は大好物だからだ。

朝霜もそれを知っていたが、苦い顔で言葉を続ける。

 

「だから、ホントに気を付けなよ?

 提督はそう言うの好きな人だってわかるけど、

 あたいは…」

「あぁ、分かってる。だが、朝霜?」

 

 その程度で切れる縁ならそれこそ切れてしまえ、だ

 

「せんせ、確信突くねぇ。まぁ、そうだけどさ。

 気をつけてよね?あたいは提督が…」

「分かってるさ、じゃ行ってくる」

 

 そう言い、三文小説家は扉を開けて出て行った。

溜息を吐き、肩をすくめて朝潮は彼の飲んだコーヒーカップを持って洗う。

 

 キラキラした顔しちゃってまぁ…

 

 惚れた奴が負け、というのをつくづく朝霜は痛感した。

そして、朝霜は朝のニュースを思い返した。

その都市伝説で犠牲になった提督がいると、由良型の提督と金剛型の提督がそうらしい。

最も、これに関しては彼女たちに提督がいなかった、とされている。

 

 されているのだ。

唯、気になったのは知り合いの会社の高雄型。

彼女たちには提督がいたらしいが誤認だったとのこと。

 

 そして、女友達が連れてきた重巡の那智が別れたということ。

清霜が世話になってる川内も提督と別れた事。

そう言う情報が耳に入ってきた。

 

 自分と提督には関係ない、

と思っているがそれでも一抹の不安が過った。

なにより、この感覚(不安)に覚えがあった。

 

「提督のおハナシ読んだ時だねぇ、

 この男が実在するとしたら提督が書いた話の主人公に近い奴だろうね」

 

 カウンターから人を見続け鍛えた人物鑑定眼。

それが朝霜にそう告げていた。

 

 救いようのない結末の主人公。

低評価の嵐とアンチを生む作風、

正義と信念が報われぬまま終わるバッドエンド。

 

 それを都市伝説の男に感じたのだ。

 

 オカルトに関しては別段否定的でも肯定的でもないが、

こういう時の自分の勘は厭なくらい当たるのだ。

 

「この男の存在が気のせいである事を祈るよ、全く」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ウチの提督には飛びつくほどの逸材すぎる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※    ※    ※

 

 

 

 

 

「とはいえ、そうそう目新しいものなどない、か」

 

 平日の公園のベンチに座り、人間観察をする三文小説家。

お世辞にも小奇麗とも言い辛い容姿の為、不審な目を向けるものをいた。

しかし、彼は気にすることもなく視線を泳がせる。

 

 座るだけでは流石に無理かと思い、

立ち上がり歩くことにした。

待つだけでネタが浮かぶなど虫のいい話だ。

なら、何処に行こうか…と何とはなしにビルの隙間。

 

 路地裏に何かの影が入っていくのを見つけた。

 

 単純に、興味本位だ。

躊躇もなく男の後をついていくことにした。

遠目で分からなかったが、長身で細身で白いモノを羽織っていた。

 

 朧気な足取りでゆらゆらと男は路地裏を徘徊する。

三文小説家は特に労することなくついて行った。

近づくと、男は白衣を羽織っているが赤いモノや黒いもので汚されている。

 

 そして所々大きく裂けていた。下のシャツが見えている。

端的に言うと派手な立ち回りをした直後、だろうか?

 

(おぉ…いかにもな感じの世界の男だな。

 コレはネタに成るやもしれん…

 脚本よりも小説として使いたいが…)

 

 冷酷な保身に満ちた考えを頭に浮かべ、

三文小説家は男を追う。

その足取りは千鳥足で酔っているようにも見えた。

 

(意識が朦朧としているのか?)

 

 やがて男は躓く。

生ゴミの入った袋にダイブして意識を失った。

三文小説家は慎重な足取りで近づき、男を視界に入れた。

 

 彼の顔は整っていたが、血や泥で汚れていた。

白衣を着ているが喧嘩でもしたのだろうか?

何れにせよ三文小説家には興味の対象だ。

 

「私が運んでもいいのだが…何となくだが彼を隠した方がいい気がするな」

 

 理由はなかったが、救急車に呼ぶのは躊躇われた。

アルコールの匂いがしないところから見るに、

酔い潰れた訳でもない。

そして路地裏や人目を避けて移動していた。

 

 彼には後ろ暗い事があるのだろう、

と三文小説家は察した。

しかしこれは建前だ。

 

 彼は何というか、自分の話で作り上げた主人公の理想形に感じたのだ。

報われぬオーラ、利己的な正義、押し付け突き付け糾弾される正しい男、

それを由とした生き様…。

 

 聖人ではなく悪人でもないが、

相手によってはそのどれよりも性質の悪いモノを抱えた空気。

無窮の世界で生き足掻く、無窮の者…

 

 

 

 私の作った世界を体現したようだ空気があったのだ。

 

 

 

 ある意味では艦娘が提督を見つけた時の衝撃、

その感覚が近いのかもしれない。

 

 男はケータイで朝霜を呼び、彼を抱えて裏路地を徘徊しながら戻ることにした。

彼はこの時、得難い読者を得た。

 

 そして意識を失った白衣の男はこの提督と彼を待つ艦娘により、

道を全うしていく方針をさらに強めることになる。

 

 

 

 

 この小説家と白衣の男にとってバッドエンドこそが望むものなのだから。

 

 

 




最終章です。
今回で一番書きやすい提督さんなので、頑張って書ききります。
それでは。


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無関係な人たちだよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


今回は序盤からあるキャラが出てきます。
そこら辺が受け入れられない方はご容赦を。


 

 

 

 野原いろはは夢を見ていた。

真っ黒な世界の中、手探りで歩く夢だ。

最近は見る事はなかったはずのモノ。

 

 幼い頃に結構な頻度で見ていた夢だ。

その夢の内容はいつも決まっていた。

 

 太った大きな男、

その男に寄り添うように立つ、自分に似た赤い髪の少女。

髪型はポニーテールだ。

 

 その二人は見守るよう自分に微笑んでいる。

だから、この暗闇は幼い頃から怖くなかった。

 

 高校を卒業してから見る事はなくなったが…

あの日を境に、丈二と阿武隈たちに出会ってから頻繁に見るようになった。

 

 優しい笑みは向けていた。

それは変わらない。

 

 だが、どこか悲しげな笑みだった。

 

「ごめんなさい」

 

 赤いポニーテールの少女が目に涙を浮かべ自分に謝る。

何のことかは分からないけど、二人がとても苦しんでるのだけは伝わってくる。

 

「あっ、あのっ、顔を上げて下さいっ…」

 

 この少女の声を初めて聞いて困惑する。

自らに話しかけてくる事なんてなかったからだ。

 

「いっ、いろはっ…お前にはっ、大変な道をっ、いかせる事にっ、

 なるでござるっ、もっ、申し訳っ、ないっ」

 

 吃音の口調で隣の男が話しかけた。

たどたどしいが不快な事はなく、懐かしさを感じた音色だ。

 

 いろはこの二人に面識はないが安心感があった。

妙な感覚だ。

 

「二人は私の事を…知ってるの?

 貴方達はいったい…?」

 

 目の前の赤い少女は、口を開こうとしたが躊躇うように閉ざしてしまう。

いろははその光景を急かすことなく、ゆっくりと待った。

 

「だい、じょうぶです…。

 私、少し強くなったから、だから、二人の事聞きたいです」

 

 笑みを浮かべて、いろはは眩しい笑みを浮かべて答えた。

 

 

 

 

 

  ※    ※    ※

 

 

 

「ん…夢…?」

 

 ベッドの上で目を覚まし、いろはは上体を起こす。

少し寝汗をかいたのか汗を流すため、パジャマを脱いで洗濯かごに放り投げた。

淡い桃色のブラとショーツのまま、収納棚から新しい下着を取り出し浴室へと向かう。

 

今日は有給の消化の為に休みを取っていた。

 

いつもの明晰夢だったが、話した内容が思い出せない。

 

 

―――けど、私は何かを了承した、んだよね?

 

 

 

 裸になった彼女はシャワーを浴び、ぼんやりと思い返した。

耳触りのいい暖かい水温が思考をクリアにしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの金剛型との邂逅から数カ月、いろはは日常に戻って行った。

しかし、当初は複雑な思いを抱えていた。

 

「あの…どうしても…行っちゃうんですか?

 やらなければいけない事の、ために?」

 

 いろは寂しげに伺う。

丈二、春雨たちは笑みを浮かべて頷く。

 

「そう、だからここでお別れだよ。

 今回はたまたまそう言う舟に乗った…

 いや、こっちが勝手に乗り込んだんだったな?」

 

「勝手なようですが、私たちと居ると厄介事に巻き込まれちゃいますから」

 

 丈二と春雨はいろはにそう告げた。

実質問題、彼女とはもうここで会わない方がいいだろう。

ここからは彼女が行くべきものではないモノが多すぎる。

 

 だが、それは彼女だけではなかった。

 

「阿武隈、君も此処でお別れだ。

 寮に…できれば実家に戻りたまえ」

 

「ふぇぇっ!?

 なっ、何でさっ!アタシにはついて来いってっ!?」

 

 阿武隈のその言葉に春雨は厳しい表情で尋ねる。

 

「殺したいんですか?今の貴女は?」

 

 その言葉に阿武隈はうっと詰まる。

確かに最初の動機がそれだ、その為についてきたのだ。

 

 弟の適性を消し、自分たちの関係を壊した。

そこから生まれた憎悪が彼女の動機だ

 

 だが、もう気づいてしまった。

歪み、間違っていたのは自分で弟は人間なのだ。

 

 艦娘たちならともかく、近親婚を受け入れてくれる人間はそう多くない。

そしてそこから生まれてくる子供も、だ。

 

 恐らく、全ての艦娘にとって彼は悪と軽蔑の対象だろう。

あるいは艦娘と上手くいってる提督に対しても…。

 

 だが、それ以外の無辜の一般人にとってはどうだろう?

彼は言っていた。

 

 人間の女性が必ず絶滅すると。

 

 近親婚の果てに青い肌の艦娘、深海棲艦が生まれると。

 

 だが、それ以上に適性に選ばれた、

『唯の人間の人生』を私たちは勝手に貰っていいのだろうか?

 

 提督は合意で付き合ってはいるのだろう。

だが、それはたまたま偶然、遺伝子とかそういう自分の意思が介在しないモノだ。

 

 一つ言えるのは適性がない提督(人間)は艦娘たちに意味がない。

それがあるから付き合ってる、付き合えてるだけだ。

 

 自覚すると、弟の適性が復活しても前のように戻りたいとも思わない。

もう、それは捨てなければ行けないものだから。

 

「私は謝りもしないし、許してくれともいわない。

 それでも君に頼みたい事がある」

 

 真摯な表情を向ける彼に阿武隈は苦笑せざるを得ない。

 

「明日から学校に行って普通に生活してほしい。

 できれば実家に戻り、この日を忘れて生きること」

 

 その言葉を阿武隈は目をつぶって聞いていた。

しかし、数秒後にはにっと笑った。

 

「最後だけは聞きませんっ!

 アタシ的には超NGですっ!!」

 

 両腕をクロスの字に構えて、彼女はにっこり笑った。

 

「家にはしばらく帰りませんっ、

 アタシは永良音呼市(ここ)で皆が戻るのを待ってるんだからっ!」

 

 涙を浮かべ微笑む阿武隈の表情が印象的だった。

それに嬉しそうに微笑む春雨、困ったように笑う丈二も記憶に残る。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ、ちょっと阿武隈ちゃんに会いに行ってみようかな?

 

 

 

 

 

 いろははそう思い立つと、身体に付いた泡をシャワーで流していく。

排水溝がうねりを上げるのを余所に、タオルで身体で水滴を拭いていく。

 

(確か、私の母校の高校に居るんだよね。

 艦夢守市は艦娘たちに優しいけど、永良音呼だとちょっと心配だし)

 

 

 

 

 何より、ちょっと会いたくなっちゃったから♪

 

 

 

 

 

 軽やかな心持ちでいろははお洒落に勤しむことにした。

置いてかれた者同士のガールズトークも面白いかもしれない。

 

 いろは楽しげに鼻歌を歌った。

 

 

 

 

 ※     ※    ※

 

 

 

 夕方

 

 

 

 学生服に身を纏わせた阿武隈はポップな造形の学生鞄を片手に、

帰宅路に向かっていた。

 

 その表情はどこか複雑そうだった。

物憂い気に溜息を吐き、とぼとぼと歩く。

 

(適性がないから、艦娘と言う必要も基本的にないんだけど…

 アレは刺さるなぁ~)

 

 阿武隈は新しい学校出てきた友人の話を聞いて溜息を吐いた。

するとぽんぽんと肩をたたかれた。

 

 驚いて振り向くと綺麗なロングの女性が立っていた。

スリムアップのニットワンピースを身につけた女性だ。

 

 身体のラインを隠すような衣裳ではあるが、

胸部が豊かなのか胸のラインがハッキリ出ている。

そこからスタイルの良さを幻視させた。

 

 その人物が申し訳なさげな笑みを向け、

小首を傾げている。

 

 そこがどこか小動物っぽくて可愛く感じる女性だ。

その顔を阿武隈はよく覚えていて破願した。

 

「いろはさんっ!久しぶりですねっ!」

「阿武隈ちゃん、元気…かな?」

 

 その言葉に阿武隈は笑みを浮かべて返事をしようとしたが、

いろは何かを感じて言葉を遮った。

 

「ちょっと喫茶店にいかない?

 お金は私が持つから…ダメ?」

 

「えええぇっ!?いきなりっ、そんなの悪いですよっ!」

「…阿武隈ちゃんは私が嫌いなのっ?」

 

 うるうると背の中い女性が自分を見上げるようにかがむ。

 

「そっ、そんなんじゃなくてっ…いきなり悪いですよっ!

 自分の分くらい、アタシが払いますっ!!」

 

「それはだめ、じゃっ、いこ♪」

 

 初対面の頃からは想像できない強かな押しを見せるいろは、

それに翻弄されながら阿武隈はずるずると引きずられていった。

 

「ふぇぇぇぇぇ…」

 

 フェードアウトしていく彼女の声だけが後に残った。

 

 

 

 

 ※   ※   ※

 

 

 

 喫茶店の中。

 

 

「で、どうしたの?阿武隈ちゃん?

 …随分、ボーっとしてたみたいだけど…」

 

「あー。やっぱり見てましたか~心配かけちゃいましたね」

 

 阿武隈は気まずそうに頬をかき、観念したように笑みを零した。

 

「もしかして…苛められてるの?」

 

 真剣な表情で居て、心配そうにいろはは尋ねる。

阿武隈はその言葉に慌てて両手と首を振る。

 

「いっ、いえっ!!苛められてはないんですっ!

 唯、気まずくて…昨日の話の事で」

 

 気まずい?

 

 いろはにはその意味が分からなかった。

 

「私はあの後、また学生寮に移動して艦娘という事を隠して生活してます。

 もう適性もないんで、それを暴露する必要もないですし」

 

 艦夢守市が艦娘たちに優位な街だが、この永良音呼市はそうではない。

明確に彼女たちを差別しない。唯、一定の区別を感じる場所だからだ。

 

 教員自体が艦娘自体を良くは思ってないようだ。

阿武隈の身元は教師に公表しているが、彼らは余り艦娘たちに良い思いを抱いていない。

唯、感情で差別はしないので有難くは感じている。

 

「んー、聞いちゃったんですよ。

 クラスのコが艦娘に彼氏を取られちゃったってハナシを」

 

「あー…」

 

 いろははその言葉に納得した。

 

「ひょっとしたらアタシたちよりずっと、富都を好きだった子がいて…

 アタシたちがその機会を奪っちゃったんじゃないかって、そう思うと…」

「でも、もう…それは、これから出てくるんじゃない、かな?

 そのコを大事にしてくれる人は、ね」

 

 自分を責めるように言う阿武隈に、精一杯流暢に返していろはは微笑む。

 

「だと、いいんですケドネ。

 でっ?いろはさんはどうしてアタシを?」

 

「阿武隈ちゃんの顔が見たくなったん、だ。

 あの人たちの事を思い出して、ね」

 

 その言葉にいろはは苦笑した。

その言葉に納得して阿武隈はきたコーヒーに手をつけた。

 

 

「わかりますっ、ホントっ、何処居るんでしょーねっ、全くっ!

 心配で仕方ないですよっ!」

「ふふっ、でもっ…私は好きだったよ?あの人も艦娘も?」

 

 どこか脹れっ面でやけっぱちに阿武隈は答える。

衝動のままにホットコーヒーに舌をつけて、ちょっと呻く。

 

 いろはそんな様子を見ながら彼女にナプキンを渡して微笑む。

 

「それも分かりますっ、あの人の抱えてるモノ…それについていく彼女たちも、

 今じゃ、アタシの憧れ…ですっ」

 

 ナプキンを受け取り口許を吹きながら、

阿武隈は羨望を交え応えた。

 

「阿武隈ちゃんだって凄いと思うけど?」

 

 彼女の決意を遮るようにいろはは笑みを浮かべる。

優しげで見守るような笑みだ。

 

「えっ、でもっ、アタシは唯ついて行っただけで…」

「少なくとも貴女が居なかったらっ、私は艦娘が嫌いで…今も偏見で見てたと思う。

 阿武隈ちゃんはそんな私の心を変えてくれた凄い、艦娘だよ?」

 

 その言葉に感極まって阿武隈は言葉に詰まる。

 

「こんないい子が、ショウちゃんの艦娘なら勝てないなぁ、

 ってちょっと思っちゃった。

 だからかな?振られた時、そんなに辛くなかったんだぁ」

 

 胸に手を当てて、大切なモノを確認するように目を閉じる。

阿武隈はそれが嬉しくて申し訳なくて、目に涙を浮かべた。

 

「アタシ…今、その言葉凄い嬉しいです」

「…阿武隈ちゃん?いい?」

 

 いろはは真剣な表情で彼女に問う。

 

「阿武隈ちゃん、居づらいんじゃない?

 学校はともかく、学生寮じゃ…」

「…!…そ、それはっ…」

 

 のほほんとした雰囲気の彼女に切り込まれた質問、

その落差に阿武隈は困惑する。

 

「…住むだけなら良いんですケドね。

 少し、その話を聞くのがちょっと辛いといえば辛いです」

 

 最近の自分の過ちを見せられてるようで…

 

「自業自得ですよ、ね?だからアタシは…」

 

 よし、阿武隈ちゃん、一緒に住もうっ!

 

「…はいっ…?」

「だって、阿武隈ちゃん…延々とその事を気にしそうだよ?

 それだけを思い返しながら生きるの辛い、よ?」

 

 いきなりのいろはの提案に困惑する。

しかし、言ってる事が最もなので反論が出てこない。

 

「確かに同じ事をしたかもしれないけど、その人と貴女は違う、よね?

 だったら、その話はそこで終わり、いい?」

 

 たどたどしくも有無を言わせない音色でいろはは言う。

その雰囲気に阿武隈はたじろぎ、頷くしかなかった。

 

「私は提督じゃないけど、阿武隈ちゃんの事を勝手に…許すよ。

 貴女が自分を責めても、私はそんな事ないってそれ以上に言えるから、ね」

 

「っ、っ…はいっ…ありがどうござぃま゛ぁずぅ…」

 

 その言葉に阿武隈は嗚咽と涙を零す。

いろはは阿武隈の横に移動して、泣きやむまで頭を撫でて笑みを向け続けた。

 

 

 

 

 

 しかし、二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 既に非日常が浸食している事を…

 

 

 

 

 

 そこで彼らとの再会が叶うのか…まだ、分からない。

 

 

 

 

 

 

 




漸く、続編を書けました。
次回もなるべく早く仕上げるように頑張ります。
それでは…。


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彼女のターンだよ

あらすじに書いた通り、いろいろやってる話です。
感想は受け付けますが、作風は変えないのでご容赦を。

最後に。

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


 

 

 阿武隈は夢を見ていた。

小さい頃の自分と姉二人、そして富都。

一緒に笑いながらかけっこをしたり、抱き合ったりしていた夢。

 

 今の彼女はそれを客観的に見ていた。

 

「この時が一番正しくて、楽しくて、

 しあわせだったんだろうなー」

 

 ぼやくように呟き微笑んだ。

嘗て望んだこととは違ったが、美しい思い出だと思う。

 

 自画自賛の評価が否めないがそれで良かった。

 

 一緒に小さな四人の背中を見つめていると、

その一つである小さな自分が此方を向いた。

 

 その自分が眩しい笑顔で手を振っていた。

その意味が分かり、阿武隈は手を振り返した。

 

「うんっ、アタシっ、これから頑張るからっ!

 見ててっ!!ちゃんとっ、生きていくからっ!!」

 

 過去の自分にあらん限りの精一杯で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして懐かしい夢から彼女は目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

(ん…暖かい?あぁ、そうだよね。確か…)

 

 目が覚めたとき暖かい感触が自分を包んでいた。

隣には自分の頭を胸元に抱き寄せて眠ってるいろはがいた。

 

「そうだった。もう四日目になるんだよね」

 

 自分のうかつさに苦笑しながら、抱きしめられた阿武隈はぼやく。

街でいろはに再会した翌日、阿武隈は彼女の部屋に厄介になった。

 

 ここは彼女の住む賃貸マンションの一室だ。

この場所で阿武隈は彼女の事を知っていく。

 

 

 彼女の職業は水泳のインストラクターだということ。

謙遜していたが、トロフィーがいくつもあった。

そういえば、だいぶ前にニュースで見たような気がした。 

 

 とはいっても、艦娘なのでそこら辺のスポーツ事情に興味は持てなかった。

なぜなら、基礎のスペックや持久力自体がケタ違いなのだ。

艦娘であれば、誰でも一流の選手並みの泳ぎはできるだろう。

 

 阿武隈は艦娘の中では平均的な水泳技術だ。

ちなみに最も泳ぎの得意な艦は潜水艦と聞いたことがある。

 

(ちょっと、いろはちゃんの泳ぎを見てみたいかな。

 きっと、上手いだけじゃなくてキレイに泳ぐんだろうなぁ)

 

 子供のように穏やかな寝顔を向けているいろは。

そんないろはを見てつん、と鼻先をつついた。

 

「ふふっ、いろはちゃんの意外なトコ、この数日で知ったなぁ」

 

 起こさぬようにそう言うとここ数日を思い返した。

 

 

 部屋には様々なゲームの実機があったこと、

 

 

 スマホをキーを見ないで打てること、

 

 

 家事は一通りできるけど、ご飯は適当に済ませること、

 

 

 コントローラー裁きはできるのに、その他がちょっと不器用なこと、

 

 

 それが分かることがとても楽しかった。

 

 

(思えば、アタシたちは提督以外の事を知ろうとしてなかった気がする)

 

 

 そう思うと、ちょっと惜しいことをしたなと思った。

艦夢守市にいたときはコミュ障でもなんでもなかったが、

弟ほど積極的に関わってこなかった気がする。

 

 今では一緒のベッドに寝てご飯を食べ、通学・通勤をしてるのだから。

世の中、縁というものは分からないモノだ。

 

(来たときはお互いをベッドに寝させようと反発したっけ)

 

 結局、互いに譲らず一緒のベッドに寝てしまった。

最初は妙な照れがあって緊張を隠せなかったが、互いによく眠れた。

 

 そしてそのままズルズルと至る。

 

 

「そろそろ、起こさないと」

 

 阿武隈は伸びをしてベッドから降りる、

パジャマから簡素な部屋着へ。

そして台所に行き、冷蔵庫から適当なものを出した。

レタスや卵、トースト、ベーコンがあった。

 

(ベーコンエッグとトーストでも作ろうかな?)

 

 フライパンに油をひき、卵を片手で割りIHのクッキングヒーターの上に置く。

そして慣れた手つきで調理を始める。

 

 いろはの家に来てから、誰から言い始めた訳でもなく役割分担ができた。

料理は阿武隈が、送り迎えはいろはが担当している。

その他の家事は基本、分担だ。

 

「むー…ごは、ん?」

 

 ベーコンの匂いがいろはの鼻腔を刺激したのか、

ぼんやりとしていた頭が、食欲によって冴えていく。

 

「あっ、いろはちゃんっ、おはよー」

「んっ、おはよう。阿武隈ちゃん」

 

 ベッドの上で軽いストレッチをして、いろはは身体を慣らしていく。

ふくよかに見えて、無駄な脂肪が一切ない体のラインを思い出す。

 

(小動物っぽい人だけど、実はキレイな人だよね。

 いろはちゃん)

 

 阿武隈の視線を感じてこてん、と首をかしげる彼女。

 

「どうしたの?」

 

「ふぇ?あぁ…いろはちゃんってやっぱりキレイだなぁって、

 見惚れちゃった」

 

「ええぇ!?」

 

 いろはストレッチをとめ、顔を真っ赤にあうあうと悶える。

その様子が面白くて阿武隈はクスクス笑った。

 

 

 

「あっ、阿武隈ちゃんほどじゃないよっ!

 可愛い寝顔で私に抱き着いてくるんだからっ!」

 

「ふぇぇっ!?」

 

 今度は阿武隈が顔を真っ赤にして少しの間、不毛な口論に発展した。

お互いに対する肯定や承認、それを倍にして返そうとする二人の姿。

しかし、時間を確認して切り上げる。

 

 休みなら延々と互いの良い所を言い続けていたかもしれない。

 

「そ、それよりっ、ご飯食べ、ないとっ!」

「うっ、んっ、いろはちゃんが変なコトをっ、

 うぅ…またエンドレスになりそうだから言わないっ」

 

 互いに顔を赤くし、いそいそと朝食を胃に収めていく。

いろはは健啖家なのか、食べるスピードは速い。

阿武隈も艦娘なので食べること自体は早かった。

 

 そして制服と私服に手を通し、

互いの身だしなみを整えて玄関に向かう。

 

 ハンドバックとビニル製の袋を持ついろは。

彼女は駐車場に行き、自らのクルマへと乗り込みエンジンを温める。

阿武隈は鍵を閉め確認した後、クルマの助手席に乗り込んだ。

 

「おまたせ~」

「ふふっ、じゃぁ、行こっか」

 

 いろはは阿武隈を学校に送った後に、

職場のスイミングスクールに向かうことが日課となった。

 

「今日は少し遅れるの?」

「どう、だろ。そろそろ初夏ではあるけど人は少ないから定時、

 かな?」

 

 阿武隈の問いにいろはは考えて答えた。

彼女の勤める場所は繁盛はしているが、

泳ぎたいだけの人はまず市民プールにいくからだ。

 

「じゃあ、帰ったらご飯を用意しておくね?」

「んっ、おねがいっ、阿武隈ちゃんのご飯美味しいからっ、

 最近、それが楽しみ、だよ?」

 

 その言葉がうれしくて顔が思わず赤くなる。

何というか、ここに来て自分は彼女に何回赤面させられただろうか。

種類は違うのだろうが、弟のときよりも圧倒的に多いだろう。

 

 そして他愛のない言葉を放ちながら、

彼女の学校の近くに駐車場にいろははクルマを止めた。

 

「じゃ、いってらっしゃいっ、勉強頑張って、ね?」

「はいっ!いろはちゃんもお仕事頑張ってねっ!」

 

 阿武隈の言葉にいろは明るい笑みでうなずいた。

そして忙しなく歩いて行く彼女の小さな背中を見送った後、

ハンドルを切り、職場へと向かった。

 

 その表情は先ほどまでと違い、思い詰めてるようで

何かを決意した瞳の様に見えた。

 

 

 いろはあの夢を見たのだ。

 

 

 100年前の戦争の夢、

 

 

 

 豚と呼ばれた男の夢を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女が起きる前まで遡る。

 

 

 

「えっ…と。ここはどこだろ」

 

 いつの間にか自分は校庭のグラウンドにいた。

古びた木造の校舎から、制服を着た女学生たちの視線を感じる。

 

「それに…これって軍服、だよね?」

 

 自分の体を包むのは真っ白い軍服。

只、違うのはズボンではなく白いミニスカート、黒のストッキング、

そして白のハイヒールだ。

 

「でも、こんな軍服なんて」

 

 変な自分の服装に更に困惑する。

まるでコスプレみたいだ。

 

「ハァハァ…あ、あのっ、ど、どなたです、かな?

 ここは、立ち入り、禁止、区域…です、ぞ?」

 

 小刻みな呼吸音、特徴のある吃音が混じった音色。

それがいろはの背中に降りかかった。

 

「ッ…ぁ…あ、あなたは…」

 

 確認しようとして名前を呼ぼうとした、

しかし、いろはは彼の名前を知らない。

 

 目の前の彼はあの夢に出てきた、彼だ。

ということはこれは夢なのだろうか?

 

「?お、おやっ。どっ、どこかっで…会いましたっ、かな?

 女性の提督な、などっ、けっ、けしからんっ、ですな」

 

 はぁはぁ、と息を荒くしながら目の前の豚のような男は言う。

初対面の女性なら嫌悪を浮かべる光景だろう。

 

 しかし、彼女にとっては初対面でもない。

それ以前に何故か、懐かしい気がした。

 

「ご、ごめんっ、なさいっ、わ、私も何故っ、ここにいるのか、

 こんな服を着てるのかっ、わかん、なくて…、すぐに出ていきますっ、から」

 

 慌てて一礼して出ていこうとした。

豚はその様子に僅かに驚きながらも、微笑む。

余り向けられることのないリアクションだったからだ。

 

 とりあえず様子を見ようかと思い、声をかけようとした。

 

 しかし、いろはの足元に蠢く無数の何か、

それが彼女を遮った。

その光景に豚は驚いた。

 

「よっ、妖精さんっ!?」

 

 いろはは驚いた。

彼女は高校に入る前までは、それが見えていた。

しかし、夢と同じでそれ以来全く見なくなった。

 

 その時は、少し落ち込んだが…

それが再び、自分の目の前にいた。

 

 自分を足元から見上げる鎮守府中の妖精、

数十はいるのを確認した。

 

 その妖精たちが泣きながら見上げて自分を通せんぼしていた。

 

 

 まるで、行かないで…とでもいうように。

 

 

「こっ、ここにいる時点でっ、ハァハァ、予想していたでござるがっ、ハァハァ

 お嬢ちゃんの資質はっ、かっ、かなりっ、高いもの、で、でござるな」

 

 

 鎮守府敷地には普通の人間は入れない。

神域ともいえるその場所に入ると普通の人間は力を吸い取られ徐々に衰弱していく。

云わば、逆パワースポットともいえる場所だ。

 

 無事でいられるのは提督と特殊な護符を妖精から借り受けている憲兵、

そしてごく一部の軍関係者のみ。

そういう意味ではここは心霊スポットとも差異はないのかもしれない。

 

 しかし、目の前の彼女はどれにも当てはまっていない。

妖精の数から察するに、自分や現存するどの提督よりも凄まじい資質があるのだろう。

そう思えば、ここで帰らすのは悪手だと感じる。

 

「…来てもらって良いでござるか?

 女提督殿の事を知らねばならぬ、事情が増えたでござる」

 

 吃音が鳴りを潜め、いささか真剣な音色で豚と呼ばれた男は尋ねる。

その雰囲気の違いに緊張しながらも、いろはは頷いた。

 

 執務室には長身の黒髪の女性がいた。

 

「提督、来客か?」

 

 豚の秘書艦である戦艦、長門は怪訝かつ珍しいモノを見るような目をした。

女性の提督という事と、彼女の頭や肩に群がってる妖精が原因だ。

 

 この国の提督の中で一番妖精に好かれるんじゃないか?

という好かれっぷりだ。

 

 彼女の頬に頬ずりしたりするもの、

頭の上で談笑するもの、しなやかな太ももにぴたっとしがみつくもの、

ふくよかな胸の谷間に挟まってリラックスしてるもの。

 

 鎮守府中の妖精が来てるんじゃないか?

いや、増えてないか?と錯覚するほどに彼女に纏わりついていた。

 

「此方の女性は新規の提督なのか?」

 

「こ、これからっ、それを確かめるんですぞっ、

 応えてくださり、ま、ますな?」

 

 

 問われて、しかし噛みしめるようにいろはは頷く。

 

「ごめん、なさい。

 私は何故、自分が…ここに、いるのか、

 わかり、ません。ちなみに私の名前は野原、いろはと言います」

 

 野原、という名字に豚と長門は僅かに驚く。

豚の名字は野原であったからだ。

最も、苗字が同じくらい大差はないだろう。

 

 ただ、豚、野原提督は彼女の名前の響きにある潜水艦が過った。

偶然だろう、と疑問を片隅に追いやる。

 

「ま、まぁ、み、苗字など被ることなどありますから、な。

 せっ、拙者の名は…野原っ丈治と申す、い、以後お見知りおきをっ」

 

 いろはもいろはで彼の名前に驚いていた。

あの人もジョウジという名前だったから…。

 

 自分に前を進む勇気をくれた人物と同じ名前…

 

「はいっ、丈治さんっ」

 

 自分ににっこりとほほ笑むいろはに長門は絶句し、

豚は尊いモノを見たようにほっこりした。

 

「馬鹿なっ、この提督に好意的な視線を向ける女性が居るっ、だと!?」

「デュ、デュフッフッフっ、某の時代がキターでござるぅ、なぁ!?」

 

 二人のリアクションに疑問符を浮かべ、こてんと首を傾けるいろは。

駆逐艦、潜水艦に特殊な好感をもつ豚だが、何故かそれとは別の意味で可愛く思えた。

 

 だから、それらの行動は無意識だった。

豚は大きく肉厚な掌を彼女の頭に置いた。

 

 ぽん、と音がする様な優しい感触がいろはの頭に伝わった。

長門はその様子に顔を青くする。

 

 彼はその容姿や風貌の不潔さや醜さから蛇蝎のごとく、

女性には生理的に嫌われていた。

人間どころか、艦娘の大半は彼に対して悪感情を持っているものも多い。

 

 このままでは新規?の女性提督にセクハラで訴えられる危惧を感じた。

彼も彼でどうしてこうしているのか、困惑していた。

だが、とうのいろはのリアクションは…

 

「えへへ~♪」

 

 綺麗で可憐な顔がふにゃっと緩み、目を閉じて任せていた。

余りにも意外なリアクションに逆に二人は固まった。

 

 撫でる手が止まったことでいろはは彼を見上げる。

 

「もう、終わり、ですか?」

 

 心なしか残念そうな音色で喋る彼女。

豚はとりあえず困惑を隠して笑みを浮かべた。

 

「おっ、お主っ、相当っ、変わっているでござるっ、なぁ。

 こっ、ここまで心を許してくれる女性は初めてっ、で、でござるよ」

 

「そっ、そーなんで、ござるか?」

 

 固めた笑みを称えたまま、豚はそう言う。

しかしいろはは笑みを浮かべて、口調をまねて返した。

 

「でゅふっ」

「ふふっ…」

 

 何かしら互いの波長が合う事を直感的に感じ、誰ともなく噴出した。

長門は茫然と信じられないモノを見るような目を向けるだけだった。

 

 

 

 

 

「世の中も異性の趣味も深海より深いのだろうか?」

 

 

 

 

 

 

 そんなどうでもいい事をぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




個人的にですが「八戒のイルカ」は「豚と呼ばれた提督」の100年後の
イメージで書いてます。

タグにそれを記入していたのですが、運営の要望で外しています。
また、様子を見てつけるかもしれません。

元々、この流れは書くつもりでした。
それでは。


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仇名を決めたよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。


タイトル通りの話です。


 大阪警備府鎮守府

 

 

 彼女がここに厄介になって一週間が過ぎた。

いろはは夢だと思っていた。

 

 だから、借りた寮の部屋で寝て起きたらいつものベッドの上かと思ったのだが。

 

(やっぱり、ここが、現実、だよね)

 

 瞳を閉じて溜息を吐いた。

確実にわかるのはここは現実であり、おそらく自分は夢を媒体にこの場所に来た、

ということだろう。

 

 只、それだけだ。

どうしょうもないし非科学的すぎる。

 

 門外漢という言葉が親しいくらいのレベルで途方もない状況になっていた。

そしてある状況が更に彼女を困惑させる

 

 

 

 

 この鎮守府にあるカレンダーの日付は100年も前のものだったのだから。

 

 

 つまり彼女は寝て、気づいたら100年前の鎮守府にいたということになる。

どこの竜宮城だろう、と思うがアレはいつの間にか時間が進んでいた話だ。

 

 自分がまだ生まれてもない時代まで逆行する話ではないはずだ。

とりあえず、状況を分析するために現状を調べる。

 

 義務教育と高校を卒業した彼女は100年前の歴史を一応は知っていた。

 

(深海棲艦と艦娘たちの戦い、それは丈治さんから聞いたけど…)

 

 いろははあまりにも信じがたい現状に頭を痛めた。

素直に話しても信じてもらえるかどうか分からない、そういう心配もあるが…

曲がりなりにも大雑把な未来を知る自分、そんな自分が伝えていいものか?

 

(とっさの判断で記憶喪失でごまかしちゃったけど、仕方ないよね)

 

 自己紹介をした後の記憶喪失設定を使ったので、ずいぶん間抜けだと自嘲した。

第一、あの提督…野原丈治は何かつかんだと思っている。

 

 なぜかわからないが、いろはは彼に対して大きくて深い海のような人…

そんなイメージが過ったのだ。

 

 彼女自身、彼に対する評価や好感が高いのかわかっていないが、

実質その評価は間違いではない。

 

 彼の同僚である一期の提督たちなら彼女を称賛するだろう。

いろはは知らないが、この時代と世代では最強の提督ともいえる男が彼なのだから。

 

 

 

 

 ※   ※  ※

 

 

 

 呉鎮守府

 

 

 

 

 横須賀に並ぶ鎮守府の最重要拠点。

その執務室にて電話を片手に苛立たしげに吐き捨てる男がいた。

ストレートの黒い長髪、冷たい風貌の美丈夫だ。

 

 その人物は呉の提督で虎瀬という。

豚ともにあの戦争を生き残った猛者である。

 

「下らん冗談はよせ。提督の服を着た記憶喪失の女?

 そいつに貴様を超える適性があるというのか?」

 

『うっしっし、あ、あの、妖精さん、のな、懐き具合は、目を見張りますぞ?

 し、しかも、彼女に引き寄せられるように、か、数が増えてます、ぞ』

 

 その言葉を聞き虎瀬は頭を抱えた。

豚の言うことが真実ならば、確かに自分たちよりも資質だけはあるだろう。

しかし…

 

「豚よ、その女の素質は俺たちを凌駕するものか?」

 

『そっ、それはっ、流石にっ、な、何とも言えませんなぁ…

 少なくともっ、優しい御仁と、せ、拙者はみてますぞ』

 

 虎瀬は呆れと不快な顔を隠せない。

 

「才はあってもアマの甘か、妖精の客寄せ以外は使えんようだな」

 

 豚とともにあの地獄を駆け抜けた自負が虎瀬にはある。

撃破した深海棲艦も沈めた艦娘も多いのが彼だ。

それだけの業を背負って生きている。

 

 だからこそ気に入らない。

 

(才だけの女が妖精が認めたというのか?バカバカしい)

 

『とっ、虎瀬提督の懸念は最もですぞ。拙者もっ、さ、

 流石にそこまでは思えませんな、しっ、しかし…』

 

 

 彼女が次の時代の提督と妖精たちが見定めたとしたら

 

 

『俺たち一期の後に続く提督…と判断したら、どうだ?』

 

 吃音とどもりが消えた口調で豚、野原丈治は戦友に問う。

彼がこの口調になるときは本質を掴んでる時だ。

 

 そしてこの時の彼の直感は外れたことはない。

久々に見た豚の本気と本音に、虎瀬は面白げに笑みを浮かべた、

 

「くっ、貴様がそれ程に買う女かっ、てっきり童女趣味かと思ったが?」

 

『そっ、それと、こ、これとはっ、べっ、別ですなっ、何故かわからないですが、

 むっ、向こうが懐いてるんですぞ』

 

 キャラか本気かわからないドモり具合に、虎瀬はしてやったりと笑みを浮かべた。

 

「なるほど、貴様の芯を見る程度には有能ということか。

 その女に少し興味を持った。二日後にそちらに向かう」

 

『わ、わか、りましたぞっ、虎瀬提督殿っ、その日を楽しみにっ』

 

 そういうと豚の電話が切られた。

虎瀬も電話を切り近くで待機していた不知火に目を向ける。

 

「というわけだ。その女を確かめに行く、ついてこい」

「はっ」

 

 厳しくそっけない言葉に不知火は敬礼を返した。

基本的に不知火は虎瀬に信望と信頼を置いている。

しかし豚と呼ばれる彼は今一つの評価だった。

 

 単純に容姿の汚さと言動が生理的な嫌悪感に起因してるのかもしれない。

不潔な男性は艦娘でもNGなのだろう。

只、それを抜いて不知火が彼に好感を持てない理由があるとすれば。

 

(陽炎、妙な事されてませんよね?

 司令官、すいませんっ、不知火にはあの人の良さがわかりません)

 

 内心、自嘲しながら不知火は目を伏せた。

 

 

 

 ※   ※   ※

 

 

 

重要参考人、そんな言葉が正しいのかどうかいろはには分からない。

しかし、不審者として取調室に閉じ込められる状況よりはマシだと自覚している。

 

 そうならず空いてる艦娘寮の一室にあてがわれた理由、

それは妖精たちが彼女を庇い、味方に付いたからだ。

艦娘は困惑し、豚は面白げに唸りながらいろはを迎え入れた。

 

「服装が軍服だけしかないことに、贅沢は言えないよね、うん」

 

 降って湧いて出た自分のためにこれ以上、望むのは罰当たりだろう。

いろは自身、来ようと思ってきたわけではないのだが。

 

(この服結構あったよね。枚数もそうだけどサイズもあってる。

 妖精さんはいつからこの服を拵えていたのかな?)

 

 まるで自分のために誂えたような服、それに疑問がもたげる。

クローゼットにあるミニスカと軍服は10や20ではない。

 

「女性の提督はいないって丈治さんは言ってたけど、

 だったらこの服って何のために?」

 

 そう思考に没頭していくが、遮るノック音が響く。

 

「っ、はっ、はいっ」

 

 がちゃ、っと扉が開く。

すると、そこには赤いポニーテールとスクール水着、

パーカーの美少女がいた。

その少女はあの夢でみた…

 

「……えっと?」

「……いむや……」

 

 たどたどしい空気に互いにたどたどしい言葉を放つ。

目の前の少女の言葉は名前なのだろう。

 

 いろはは困惑しながらも、イムヤをじっと認めてほほ笑む。

 

「どうしたの、かな?イムヤ、ちゃん?」

「……ぇぃ」

 

 近づいてボソッとそういうと、甘えるようにいろはに抱き着く。

 

「?えっと?」

「…しれーかん…」

 

 イムヤはそう呟く。

そしてぎゅっと彼女の腰に抱き着く。

 

「あなた、しれーかんと同じ気配、優しい空気がする。

 それにどこか私たちに…私に近い何かがある気がする」

 

 その言葉に困惑を隠せない、

しかしいろはにはそこに何かがあるように感じて抱きしめ返した。

 

「うん…で、何か用かな?イムヤ、ちゃん?」

「うん、来て」

 

 くいくいっとイムヤは彼女の腕をひっぱる。

その幼い仕草に惹かれるものを感じ導かれるようについていく。

 

 

 そして向かった先は、鎮守府に設置されたプール施設だった。

 

「わぁ、大きいね」

「うん、私たち潜水艦の訓練用の場所だから」

 

 しかし、いろは彼女が自分をここに連れてきた理由がわからない。

水泳のインストラクターの事は誰にも言っていない。

曲がりなりにも記憶喪失の設定を貫かねば、と決めた結果だ。

 

「いろは提督は泳げる?」

「?う、うん…泳ぐのは好きだから」

 

 その様子を聞くとにこっと彼女は笑った。

 

「なら、およご?…ダメ?」

(はぁうぅぅっ!?////)

 

 見上げてくるイムヤの可愛さにいろはの心臓は射抜かれる。

阿武隈とはまた違った可愛さがあった。

阿武隈は友達の家の妹という感じで、こっちは親せきの妹のような可愛さだ。

 

「だ、駄目じゃない、よ?」

 

 顔を真っ赤にして笑みを浮かべいろは応える。

その様子にぱぁぁぁ、と顔を明るくしてイムヤは彼女の背中を押した。

 

「ろっかー、いこ?水着用意するからね?」

「う、うんっ、どうしてイムヤちゃんは私を泳がせたいの?」

 

 イムヤは小首を傾げていろはを見てこてんと首を傾げる。

 

「泳ぐのいや?」

「ううん、好きだよ?でも、どうして」

 

「貴女と、いろはちゃんと泳ぎたかったから」

 

 そう言い微笑みながら笑顔で背を推して、困惑した。

しかし悪い気はしなかったのでされるままにロッカーに言った。

 

 途中、伺うような視線を感じた。

イムヤと似たようなスクール水着を着た少女たちだ。

恐らく潜水艦娘だろう。

 

 いろはにこっと微笑んでそちらに向かい手を振ると、

彼女たちは一目散に散って行った。

 

「?」

「だいじょーぶなのに」

 

 その様子を見てイムヤはクスクスとほほ笑んだ。

 

 

 

 

 ※   ※   ※

 

 

 

 

 

 

 鎮守府内の艦娘の話題は謎の女性提督の話で持ちきりだった。

いきなり降って湧いて出た妖精を引き連れた女性提督。

しかも記憶喪失と来ている。

 

 外見相応の精神を持つ少女たちの興味を引くのは当然だった。

綺麗で優しい外見をしていた。

 

 身長は長門型、金剛型くらいはあるだろう。

スタイルもそれに匹敵してるようだ。

無駄な肉が付いていない。

 

 うちの提督とは性別を含めて正反対だと思ったが、

胸部装甲の大きさは豚のお腹より目立つかもしれない。

 

 そして彼女には何故か、甘えたくなる空気があった。

駆逐艦たちは警戒せずに話しかける者も多い。

それ以外の艦種は若干、警戒しているが危険人物というイメージがつきにくい。

 

「あっ、女性提督ちゃんだ」

 

 瑞鶴が親しげに手を振りながら近づいてくる。

彼女は余り、いろはを警戒していない。

 

「瑞鶴ちゃん?どーしたの?」

「ん?たまたま見かけたから声掛けただけ♪」

 

 にかっと笑いいろはに抱きつく。

最初のうちは困惑したが、もう慣れてしまった。

 

「どーしたの?」

「んっ、ちょっとこーさせて」

 

 丈治によれば任務に向かってたらしい。

此処に居るという事は帰ってきたという事だろう。

『いつもなら』と言うほど長い期間居てないが何かしら明るいリアクションがあった。

 

 だから、何も言わずいろははぎゅっと抱きしめ返した。

その様子に瑞鶴はびくっと震え、やがていろはの胸の中で小刻みに震えた。

 

 いろはは何も聞かずに微笑んで彼女の頭を撫でた。

この生活を続けて判断できる事はそう多くはない。

 

 姉妹艦に関する問題か、親しい誰かが沈んだか、

或いはその両方か…いろはに分かるのはその程度だ。

 

「がんばったんだね?だいじょーぶ。

 落ち着くまでこうしてあげるから、逃げたくなったら後ろで待っててあげるから」

 

 その言葉の暖かさを皮切りに、瑞鶴の嗚咽がその場に小さく響いた。

イムヤはそんないろはをどこか嬉しそうに見ていた。

 

「やー…ありがとね。提督ちゃん」

 

 赤く腫れぼった目を擦りながら、笑みを浮かべて瑞鶴は離れた。

いろはは首を振り「いいんだよ」とほほ笑む。

 

 その言葉に照れくさそうに頬を掻いて気まずげに視線を逸らす彼女。

何故か分からないが、彼女には包み込むような何かがあった。

最も、彼女だけではなく何隻かは感じてるのだろう。

 

 それは何か分からないが…

 

 瑞鶴は思い切って提案して見た。

 

「ねぇ、提督ちゃん?いっそのこと此処で提督を目指してみたら?」

「え?私なんかがっ?出来る、とは思え、ないけど?」

 

 明るく言うその提案にいろははたどたどしく困惑した。

 

「ほら、ウチの提督っ、特定の艦種のコ意外には苦手意識があるから…

 アタシもどちらかというとその、苦手、だし」

 

 気まずそうな表情で目を逸らしてそう言う。

いろはその言葉に苦笑した。

確かにあの容貌と言動、挙動では不気味なモノを感じるだろう。

自分が例外なだけで。

 

 マトモに相手できるのは恩義のある潜水艦だけだろう。

それ以外ならば、彼と共に地獄を駆け抜けた艦娘たちだろうか?

その生き残りも決して多くはない。

 

 そう言う意味ではいろはは彼女たちとのコミュニケーションに一役買っていた。

丈治が苦手でもいろはになつく艦娘が結構いるのだ。

 

(イイ人なんだけど、言動で誤解されるのはこの丈治さんも同じなんだね)

 

 姿かたち、言動は全く似てないけどそこら辺は二人は似てると思った。

ここが100年前とすれば、あの人は野原丈治の子孫か何かなのかな?と考える。

最も、何の根拠もない印象だ。

 

「妖精さんが従ってくれるだけでもいいってっ!

 出来ない事はアタシ…だけじゃなくて皆手伝ってくれるから考えておいてよっ」

 

 そう言うと瑞鶴は彼女から離れ、報告の為に執務室に歩いていく。

その背中を見やり、いろはは自分がここに来た理由を考えた。

 

 私のできる事が、この時代に…あるのかな?

 

 そんな事を考えてると、イムヤがじーっと見上げてきた。

 

「うん、いくよ?泳ごう?イムヤちゃん」

「うんっ」

 

 その視線を受けて彼女を待たせないように、

手を繋いで二人は歩いて行った。

 

 

「イムヤと瑞鶴さんあの女提督と仲良くなってるでちね」

 

 その様子を物陰から見るゴーヤとイクたち。

彼女はイムヤと違い野原提督派だからだ。

 

 本来、派閥などないのだが、

いきなり現れた彼女が野原提督より受け居られてそうな気配が気に入らなかった。

 

 彼女たちにとって、野原丈治は絶対ともいえる提督なのだ。

 

 適正だけの人間を彼女たちは認めたくなかった。

 

「ちょっと面白くないのねー、この仕事は適性だけでやってけないし」

「…私、まだ…ちょっと、あの人の事…怖いかも、しれない」

「イヨ的にもまだちょっとねー…雰囲気はともかく何か怪しいし」

 

 イク、ヒトミ、イヨも芳しい様子もなくいろはをそう評価した。

 

「このままだとしれーかんの立場が危うくなるかもしれないでち、という訳で監視するでちよ」

 

 その言葉に潜水艦たちは頷いて歩いて行った。

 

 

 

 最も、その声はいろはの耳にがっつり聞こえており、

イムヤは口元に手を当ててクスクスと笑っていた。

 

「慕われてるんだね、丈治さん…」

「いろはちゃんも負けてもいないとおもうけど?」

 

 イムヤはそんな事を言い微笑む。

今一つ信用できない言葉だったが悪い気はしなかった。

 

「いろはちゃんって不思議、外見も何もかも似てないのにしれーかんに似てる」

「そう、かな?」

 

 そうだよ、と彼女は微笑む。

 

「提督は豚さんって呼ばれてるけど…いろはちゃんを呼ぶなら…」

 

 

 イルカ、さん…かな?

 

 

「?どうして?」

「イルカって海の豚さんって書くんだよ?

 泳げてどこか似てるいろはちゃんには合ってると思うから」

 

 

 イムヤは楽しそうにそう笑った。

そしていろはは競泳水着に着替え、イムヤと遊泳しようした矢先に

ゴーヤ達に水泳勝負を挑まれた。

 

 なんと、その勝負に勝ちその泳ぎを見た潜水艦からはイルカと呼ばれ

鎮守府内に浸透していくことになる。

 

 彼女の滑らかで跳ねるような遊泳法は美しい海の豚が泳ぐようだった。

 

 

 

 そして未来を泳ぐイルカは激しく冷たい虎に出会う事に成る。

 

 

 

 




ここでタイトル伏線を回収しました。
実は主人公は彼女だったりなかったり…

源治さんの話では『提督をみつけたら』『豚と呼ばれた提督』の両作には
女性提督は出てないなぁと思いながら作った話です。



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柔らかいものだよ

本作は『提督をみつけたら』の三次創作作品ですが、本家のパラレルワールドです。
そのため、設定や世界観について本家とは異なる場合があります。
予め、ご留意ください。

いろは、色々やります。


 

 

 

 

 

「勝負するでち!イルカのしれーかんっ!」

 

 プールでイムヤと泳いでいたいろははプールサイドから降りかかる声、

それに振り向いた。

 

 

 

 

 

 

「えっと、ゴーヤちゃん?だったかな?何か、用、かな?」

 

 いろはは困った笑みを浮かべ、イムヤはくすくすと笑っている。

昨日、自由型の競争で潜水艦たちは彼女に負けたのだ。

 

 本来、人間が艦娘の身体能力を上回ることなどないのだが、

いろははそれを成してしまった。

 

 鎮守府のパパラッチという異名を持つ青葉。

彼女ががこの事実を広めないわけがなく、

いろはの遊泳技術に興味を持つ艦娘たちが一気に押し寄せた。

 

 不信感や警戒心が湧かなかったのは彼女の人柄が大きかったのだろう。

潜水艦が来る前から既にプールサイドには長門や天龍型、正規空母、軽空母、

駆逐艦たちが屯していた。

 

 艦娘を上回る身体技術に興味があったのだ。

最も、いろはからすれば『何故こんなに自分が注目されてるのか?』

と困惑を隠せない。

 

 見られながら泳ぐのは中学や高校の時以来だな、

と若干の照れを感じ、仰向けに浮きながら思い返す。

手も足も動かさず、浮きながら空を見ている。

 

 簡単そうに見える動作だが、リラックスができないと沈んでしまう泳法だ。

 

「何をぼーっとしてるんでちっ!

 昨日は油断したけど今度は確実に倒すでちからねっ!」

 

 ゴーヤの声でいつの間にかぼーっとしていた思考をはっきりさせて立ち上がる。

 

「いいよ?私も、もう一度みんなと泳ぎたいと思ってたから」

 

 どこか楽しそうな笑みを浮かべていろは言った。

ほんわかしたような、はんなりしたような表情だったので毒気が抜かれそうだ。

実のところ、潜水艦たちはいろはの泳ぎに見惚れていた。

 

 遊泳法もあるのだろう。

しかし、白いスタイリッシュな競泳水着に包まれた肢体が白いイルカを思わせた。

水しぶきをまき散らし、白の肢体が反射して輝き泳ぐ様に。

 

 

 

鎮守府 正面前の門

 

「…ふん、久々に奴の顔を見てやるとするか」

 

 虎瀬は不機嫌そうな声と顔を隠さずに言い放つ。

秘書艦の不知火を伴い、例の女提督を見定めに来たのだ。

 

(こちらの提督が来たと伝えたのに、迎えもなしですか。

 ますます気に入らないですね)

 

 不知火は脳裏に気色悪く笑う豚の笑顔を幻視し、冷徹な美貌に嫌悪を歪める。

最も、それが虎瀬や豚にとってのニュートラルであるのは承知している。

それでも彼女からすれば彼の言動が自分たちの司令官を乏してるように感じるのだ。

 

 さらに自分を見る目が女性として嫌悪を刺激したのが大きい。

マイナスに突っ切った好感度もそれさえなければ、ゼロには持ち直すだろう。

 

「不知火、落ち着け。当初の目的を忘れるな」

「っ、はっ、申し訳ありません」

 

 どうやら顔に出ていたらしく、虎瀬に注意を促される。

凶暴そうな容姿に見えて、この男は鋭く周りを見抜いている。

自らの落ち度を内心、自嘲して事に当たるとする。

 

「あの豚と俺の関係なぞ、貴様が気にするだけ無駄だ。

 そもそも、俺もあいつも一期の奴らも色々と―――」

 

 終わっている奴らだからな

 

 不知火はその言葉の意味が分からず、困惑した。

終わっている、とは物騒な響きだ。

 

「戯言だ、行くぞ。豚のもとに」

「了解」

 

 自嘲しながら虎瀬は不知火に促す。

不知火は生真面目に敬礼を返し、歩き出した彼の後をついていった。

 

 

 

 ※   ※   ※

 

 

 

「あーもぅっ、また負けたでちっ!」

「ふふっ、惜しかった、ね?次、がんばろ?」

 

 クロール泳法いろははゴーヤやを僅差で引き離し勝利していた。

見てみた艦娘も驚きと称賛を送っていた。

 

「人間の身体機能で艦娘を制すとはな。

 警戒すべきか、賞賛すべきか」

 

 長門は堅い笑みを浮かべ笑うしかない。

潜水艦は悔しがり、駆逐艦はすごいと歓声と拍手を送っていた。

いろはは照れ臭そうにしながらも梯子に手をかけてプールサイドに戻る。

 

 すると、わらわらと駆逐艦たちが群がってきた。

 

「すごいすごいっ!

 どーやったら、そんな風に泳げるの!?」

 

「綺麗でかっこよかったわっ、

 暁にも教えてっ!」

 

 勝負をする前にも自由に泳ぎ、文字通りイルカのように飛び跳ねていた。

その遊泳法をみた駆逐艦たちからは興味の対象だった。

 

「練習、だけが必要、かな?」

 

 近づいてくる暁と陽炎に笑みを浮かべて、二人の頭を撫でた。

滴る水が彼女の美貌を濡らしていて、扇情的で思わず見とれてしまった。

 

「?どーした、の?」

「うっ、ううんっ!イルカさん、綺麗だなーって」

「そうそう、すんごいレディーっぽかったっ」

 

 陽炎っと暁の言葉にはにかんだ様に微笑むいろは。

褒められられてないのか、反射的にそっぽ向いた。

 

 そんなところが二人はかわいいと思ってしまう。

 

「あっ、ありがとね?わっ、私っ、もぅ、行くね?」

 

 髪を手櫛で整え水を払いながら逃げるように歩き去る彼女。

暁と陽炎は早足で追いかける。

陽炎はにやにやと、暁は無邪気な笑みで歩き寄る。

 

「逃げなくてもいいのに―」

「そうよ、自信持っていいのよっ?」

「もっ、もーっ、カゲちゃんもツキちゃんもきらい

 

 ついてきてそんな事を言う二人に顔を真っ赤にして恨めしそうに言うが、

嫌いが本心では全くないため、小声になるいろは。

 

 そんな彼女が陽炎と暁は好きになって行った。

出自の妖しい人物ではあるが、人の良さがにじみ出ている。

それに陽炎や暁はいろはにあることをして貰った事が原因だった。

 

 

「ねーねー…また、アレやってよ、ねっ?」

 

 陽炎はいろはの前に回り込んで見上げるように微笑む。

いろはは立ち止まり困ったような笑みを浮かべた。

からかわれたものの、自分はなんだかんだ言っても艦娘たちに甘いのだろう。

 

「あっ、暁もして貰ってあげてもいいわよっ!?

 一人前のレディーなんだからっ」

 

「暁、一人前のレディーならイルカさんに頼まないでおこうよ」

 

 暁の素直じゃない主張に、妹の響は呆れた笑みを向けた。

最も妹は妹でそんな姉が好きなのだが。

 

「いっ、いーのっ、

 それより響だってこれはハラショーって言ってたじゃない」

 

 暁は顔を真っ赤にしながら反論する。

響は顔を真っ赤にして帽子を深くかぶった。

 

「指摘されると結構恥ずかしいな、暁やめて」

 

 そんな響にくすくすといろは笑って彼女に近づき頭を撫でる。

 

「後でしてあげるから、ね?」

「…Благодарю вас(ありがとう)

 

 そして暁と陽炎は彼女の手を引いてその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

   ※   ※   ※

 

 

 

 

 

 着替えを終えたいろはは更衣室の前で待つ二人、

彼女たちを迎えその場から出る。

 

「じゃ、いこっか♪イルカ指令っ」

「ちゃんとエスコートしてよねっ」

 

 そして三人は駆逐寮の楽屋部屋へと向う。

三人は靴を抜いていろは正座で座布団のの上に座り、

自分の両ももにぽんぽんと手を置く。

 

「はい、どーぞ?」

 

 優しい笑みを向けながら二人を招く。

その言葉に喜んで二人の少女は彼女の両ひざに頭を乗せた。

 

「はぁ~~♪いろはちゃんの膝枕は遠征で疲れた身体と心に沁みるわ~」

「レディーの嗜みよね、膝枕をされるのは」

 

 陽炎は目をつぶってその柔らかさと温かさを堪能し、

暁はゆるキャラを思わせるたれ具合で、頭を預けていた。

 

「いや、暁ちゃんはしなきゃいけないんじゃないかな?」

「いいのっ、暁は残念だけど身体が小さいからされる側でっ」

 

 ぷんすかという擬音がつきそうな表情で暁は主張する。

そんな彼女の様子が可愛くて、つい笑みをこぼしてしまう。

 

 そしていつものように二人の頭を撫でた。

二人はますますとろけた感じにリラックスする。

いろはそろそろ眠りそうな事を見越して声をかけた。

 

「このまま、寝て、いいよ?

 誰か、きたら…起こして、あげるから、ね」

「うん、ありがと…アタシっ、寝る、ね」

「暁も眠くなっちゃった…」

 

 いろはの言葉を皮切りに二人の瞼が重くなり、完全に閉じる。

楽屋には二人の少女の穏やかな寝息が響いた。

 

「阿武隈ちゃんもそうだけど、艦娘って膝枕、好きなのかな?」

 

 自分の部屋で寝ているであろう年下の相棒、

鎮守府風にいうのなら秘書艦に当たる存在…

彼女を思い出してそんな事を呟く。

 

(最も、阿武隈ちゃんは抱き枕だったなぁ…お互いに…

 あぅ…抱き枕が恋しい…)

 

 元々、独り暮らしだった彼女が阿武隈を迎え入れてそんなに時間は経っていない。

むしろ、体感時間で言うならここでの生活の方が長い。

不思議なもので、最初に心を開いた艦娘の存在は彼女には大きかった。

 

「アブクニウムをなんとか補給したいけど…」

 

 と言って顔を真っ赤にしてぶんぶん振る。

何だ、アブクニウムって頭悪すぎだろう、と自己嫌悪に陥る。

恥ずかしい独り言を払拭して、とにかくまったりと時間を過ごすことにした。

どうせ、自分はある意味では軟禁状態なのだ。

 

 ここでじっとしてる分には問題あるまい。

そう考えていた。

しかし、楽屋の扉が突如無遠慮に開いた。

 

「っ」

「ふん、この程度で動じるか。

 成るほど、アマの甘か」

 

 無遠慮かつ尊大に表れたのは冷たい美丈夫だった。

鋭い目で青年は桃色の髪の少女を伴って、座っているいろはを睨む。

 

 自分の刺すような殺気いや、覇気に僅かに動じる。

金剛型に囲まれた時の恐怖がぶり返してきそうだった。

 

 しかし…

 

 あの時に出会った彼の生き様、阿武隈と共に過ごした生活。

そして今、膝に乗せている二人の艦娘の暖かさと重さ。

 

 それらがいろはの心に熱いモノを与えていた。

 

「ほう、駆逐艦ですら最初は振るえる睨みを利かせたのだがな。

 耐えたのは横に居る不知火が初だが、人間の女では貴様が初めてだ」

 

 虎瀬に睨まれた大抵の男や女は委縮する。

最も一期の提督はそよ風のように受け流すくらいの胆力はある。

目の前の女は、なけなしの勇気を振り絞り自分に向かっているのだろう。

 

「なんの、ようですか?

 この子たちが寝ているので、手短に、頼みます」

 

 かつての自分なら逃げ出すまでは行かないまでも、

委縮して震えていただろう。

無抵抗のまま罵声や、或いは暴力を受けていたかもしれない。

 

 自分でもこんなに気概があるのが意外だった。

 

「自らの事より、そいつらか。

 そこらの甘さはなるほど…豚と同じか」

 

 嘲弄するような笑みを向けて、虎瀬は吐き捨てる。

豚という言葉にいろはは困惑しながらも穏やかではないモノを感じた。

 

「だが、それでこそ喰らいがいもあるか?

 イルカの女」

 

 にやりと獰猛な笑みを向け、虎瀬は彼女の前に土足でしゃがみ込む。

不知火はその光景に僅かに困惑しながらも、平静を装いその場に立ち尽くしていた。

 

「貴様の才能(あじ)を見てやろう」

 

 どこか愉悦を浮かべた笑みで虎瀬は笑った。

そして加虐的な笑みを浮かべ、彼女のあごを持ち上げた。

 

「最も…不審者の貴様を此処で味わいつくす、というのもありかもな」

 

 試すように虎瀬は言う。

いろははその言葉におびえる事もなく、じっと見つめ返した。

 

「多分、だけど…あなたはそんなことしない人…と思う」

「なぜ、そう思う。初対面の貴様に俺の何が分かる?

 半端な答ならばここで犯してやっても構わんが?」

 

 覇気を強め、射抜かんばかりの視線が彼女を貫く。

いろはは気持ちを落ち着けるように溜息を吐き、

眠りに就いた陽炎の額を優しく撫でた。

 

「私は、貴方の事を、何も知らない、けど…

 この子のっ、陽炎ちゃんの事は聞いたから…っ」

 

 勤めて平静を治めていろははそう声を振り絞る。

自分の姉の名前を呼ばれ、不知火の表情は揺らぐ。

彼女の膝で眠る姉が、どう彼女の言葉に通じるのか。

 

 不知火には分からない。

しかし、単純な事だった。

 

「陽炎ちゃんから、妹さんたちの事は聞いたから…

 この子の妹の不知火さんが傍にいる。だから貴方は良い人だと思う」

 

 貴方のことを判断するのはそれで十分って思ったから。

 

 その言葉を聞き虎瀬は呆気にとられてしまう。

やがて肩を震わせて彼は笑った。

 

「ふん、お気楽な事だ、が…

 あの豚が手元に置く事実に興味を持った」

 

 険のない穏やかな笑みを虎瀬は向けた。

その様子に不知火は驚いた。

彼の穏やかな笑みを久々に見たからだ。

 

 昔は人並みに笑い喜ぶ青年だったらしいが、

過酷な戦場と時代が彼の笑顔を獰猛に変えていった。

彼のそんな笑みを知るのは、秘書艦の不知火を含め数人しかいない。

 

「暫く、俺はここで厄介になる。

 精々、魅せてみろ…貴様の全てをな」

 

 彼は彼女の懐を突かんで、自分に無理やり引き寄せた。

ぞんざいな行動に思わず、思わずいろは身を固くする。

しかし、彼女は彼から目を逸らさなかった。

 

「それが出来ないのなら、貴様を使い潰す。

 豚は拘っていないようだが、不審者に割く物資も余裕もない」

 

 俺が提督としての価値がないと断じたら、

提督の情婦として俺たちが使ってやる。

 

「それくらいはやってもらうぞ?獄潰しに価値はない」

「っ、提督それはっ、余りにもっ…!!」

 

 不知火はその応対に不条理さを感じつつも納得していた。

確かに虎瀬の言うとおり、深海棲艦だけでなく内部争いもある。

豚も虎瀬も忙しい業務をこなし、隙間を縫い此処に来ている。

 

 目の前の女性が良い人物であれ、

不安要素は抱えるべきではないだろう。

 

 いろはは動じることもなく笑みを見せた。

その様子が虎瀬は不快気に睨む。

 

「何をニヤついている?

 貴様の処遇が決まるのやもしれんぞ」

 

 いろはは虎瀬の表情を見た時、

やはりといっても良いくらいに既視観があった。

 

 丈治と丈二と同じ光を灯した目、何かを成そうする強い目。

そして胸が痛くなるような辛さを感じさせる目だった。

 

 感情を殺し、目的に向かい邁進する目。

修羅と狂気の世界で生きなければならない人の貌。

 

 いろはにとってはその目と貌は手を伸ばしたいと思えるものだった。

 

「いいよ?提督さん?それで、貴方が納得するなら」

「……ちっ、その言葉、飲み込むなよ」

 

 虎瀬は不機嫌そうに彼女の懐から手を話した。

そしていろはを見ることなくそこから出ていく。

不知火は不安げな表情を浮かべる。

 

「あのっ、本当に考え直した方がいいのでは…?」

「大丈夫。心配してくれて、ありがと、ね?」

 

 心配してくれる不知火に、申し訳なさげにいろは微笑んだ。

いろはは不謹慎だがそれがちょっと嬉しかった。

 

(やっぱり、陽炎ちゃんの妹は優しい、んだね)

 

 いろははそれがどこか嬉しくて笑みを零した。

 

 

 

 この邂逅が彼女が成り上がる一歩になっていく。

 

 

 

 

 

 

 




いろは春を売る…多分。
ぶっちゃけると今のいろはニートのごく潰しです。


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