合州国の怪物達 (あかしあ)
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プロローグ『悪巧み』
001 悪巧み1/4
>>> 統一暦一九二三年 5月16日 ニューヨーク州/ウォール街のとあるバーにある秘密の個室 <<<
「あのような愚図で、損得すら推し量れないくせに、”協商”連合などと名乗っているアホ共のせいで世界大戦へ至るのは避けられない情勢となったのかね?」
紫煙を吐き出しながら、忌々しげに言ったのは40代にさしかかろうかという男性だった。 全身を、良い仕立てと分かるスーツに身を包み、豊かな金髪をオールバックにまとめている。もみ上げと繋がる顎鬚は整えられており、不潔な印象は一切受けない。そして、その精悍にして鋭い顔から、「合州国経済界の獅子」の異名を取る。
彼の名は、フラウホーン・センターフィールド。
合州国の弱電製品業界を牛耳る男で、政財界に多大な影響力を持つ男だ。
彼が支配する”グランド・エレクトロニクス(通称:GE)”は、世界各国にて特許を取得し、自社の製品を現地企業を買収し、現地で製品を組み立てさせる形式で、グローバルな企業展開を行っている。
秋津島皇国に10年ほど前から大幅な投資を行い、亜細亜圏においても徐々に影響力を伸ばし始めており、「世界の弱電にGEの影響を受けていない製品は存在しない」と揶揄されたりもしている。
「ウチとしては、武器が売れて儲かるんだがね。問題は、戦略と戦術に脳のリソースを使い果たしているポテト連中は、大概やめどきを見落とすことだろう。まったく勘弁してほしいものだよ。金は儲かるかもしれないが、ビジネスで経済基盤が崩壊しては元も子もないんだ」
そういって、ウィスキーで口を潤すのは、黒縁眼鏡から覗く怜悧な蒼い目が印象的な男性だ。
彼はリラックスした服装をしており、セーターにジーパンというまるで私室でくつろぐかのような印象を持たせてる。彼は、フラウホーンよりも若い印象を受ける。長い黒髪を、後ろで纏めているせいかもしれない。
彼の名は、クリランス・デイヴィッド・ディロン。
武器商人。そう一言で表すには、あまりにも影響力がありすぎる男だ。
合州国において、今後設立されるであろう義勇軍への武器提供は、おそらくこの男が全てを仲介することになるだろうし、その関係から陸軍の予算にすら影響を与える怪物である。
近年では、緊張感の増す欧州にも食指を伸ばしており、協商連合のナショナリストという愚か者達が台頭したのには彼の影があるともっぱらの噂である。
「あー。フラウホーンが言いたいのはね。デイヴ。君が協商連合を煽ったんじゃないかという皮肉だと思うんだがね。ちなみに、私も君が煽ったんじゃないかと疑ってる。武器などという消耗品のために大量の国債を買わされる可能性のある銀行の立場を考えてもらえないかね?」
はぁー。と苦労人を絵に描いたような気弱そうな男は深いため息をついた。
ピッチリと七三で分けた金髪に、バンカーらしい堅苦しさと、苦労人によくある気安さをかもし出す不思議な雰囲気の男だ。眉間には皺がよっており、いままでずいぶんと苦労しているのだろうと一目で分かる。
二人よりも幾分か歳をとっているように見えるのは、その苦労性ゆえかもしれない。
彼の名は、ジョージ・スペンサー・モーガン。
若くして魑魅魍魎の跋扈するウォール街を、「庭」と言い切る経済界の怪物。
見た目からは、考えられない程の辣腕を振るって、元々強い立場にあったJPモーガン・カンパニーの総帥としての地位を絶対のモノとした。
「おいちょっと待てよ。私が、仕掛け人だとかいうあの三文記事を信用しているのか」
「あんな三文記事は信用していないが、君が今までやってきた実績を俺は信用しているんだよ」
「フラウホーンに同じくだ。君が今まで、一体いくつの小競り合いを”演出”してきたと思っているんだい?ジャーナリストよりも君に詳しい僕たちが疑うのは当然だろう?」
「さすがに、世界大戦の引き金を引くほど馬鹿じゃない。むしろ、前政権を支援していたぐらいだ。”例の演算宝珠”のデータを得るために帝国の技術工廠の関連企業にどれだけ投資したと思ってるんだ」
身を乗り出し、威嚇するよう大またを開いて、二人に視線を向けたのデイヴィッドだ。
彼ら三人は、お互いが前世持ちであり”この世界”の真実をしっている人間であると共有してから”セカンドライフ”という組織を作った。
他にも、自動車産業と政界にも同じ境遇の人間を見つけてメンバーに加えた。
少人数でありながら各業界のトップクラスの人材が揃うこの組織は、事実上合州国経済の実権を握っている存在である。
この”セカンドライフ”は、この世界がとある少女の存在によって間違いなく世界大戦に向かうことが確定していたために、戦争のコントロールを目的として、帝国に対しての影響力を高めようと様々な工作をしていた。
しかし、彼らはあくまでも営利企業のトップであり、さすがに好き勝手に企業を動かすことは不可能である。
そこで、自分達の利益を確保しつつ帝国をコントロールするために軍需産業に食い込むことを画策した。その過程で、天文学的な投資を行ったのである。
額面にすると、100億ドル程度になるのだ。
そして、それを主導する役目を担ったのがデイヴィッドである。
その投資をふいにするようなことは、ビジネスマンとしてありえないことなのだ。
彼が、文句を言ったのはそれを理解している二人が自分を疑っているという事に、多少のショックを受けたからだった。
「おいおい。冗談だよデイヴ。そう怒るな。とはいえ、このままあのアホ共がとりあえず保たれている秩序をぶっ壊すとなると、あれだけの投資が全て吹っ飛ぶ可能性すらある。その問題に対する動きは事前に話し合っておきたい」
「原作では、あと二ヶ月ぐらい先だったか?」
「帝国の士官学校のスケジュールが例年通りならそうなる。全く。この世界が幼女戦記の世界だということにあと10年はやく気がつけていれば……。年表も暗記していたから、もっと楽ができたはずだったのになぁ。はぁーー」
「ああ、ジョージの前世は日本人だったな。まあ、世界情勢から状況を事前に把握できるだけでも幸運さ。フラウホーン。お前は、どの程度情報を掴んでいる?」
デイヴは、声の調子を元に戻しながらフラウホーンに問いかけた。
「こっちでは、二ヶ月後にピクニックへ行くらしいという話しを聞いてる。ほぼ決まっているともな。エレニウム95式とやらの情報だけ引っこ抜いて資産は全てさっさと引き上げたいものだ
」
「それは早計だ。投資の回収がまだできていない。銀行の立場としては、その意見には断固として反対するぞ」
「ウチとしても同意見だな。それから、ウチで手に入れた情報だと帝国軍内部では、協商連合に攻められた場合の迎撃作戦と逆襲作戦について議論が紛糾しているらしい」
「なに?」
フラウホーンは明らかに不機嫌そうに聞き返し。ジョージはため息をついた。
デイヴはお構いなしに続けた。
「どうやら、帝国軍内部の主流派内ではもし協商連合が進軍してきた場合には、逆撃によってそのまま北方の憂いを取り払いたいと考えている勢力の意見が強くなっているらしい。一部の将軍たちは反対の立場をとっているそうだが……。戦略上、常に目の上のたんこぶである、”四方を敵に囲まれている”という状況の打開は甘美にすぎる響きがあるらしい。それに、有能な若手や将軍達を出し抜きたいというコンプレックスの解消というのもある。派閥争いみたいなもんさ」
「大戦略の初志貫徹は、帝国軍の防衛戦略の骨子だと聞いていたのだがね。くだらない軍内部の綱引きでそれを崩すとは呆れたな」
「今は余裕があるという証拠だろうねぇ。僕としては、投資分の回収が可能ならば、あとは野となれ山となれというところだ。個人的には、原作の登場人物を生で見てみたいっていう野次馬程度の好奇心はあるけどね」
「あー。ハリウッド俳優に会ってみたいファン心理みたいなものか?」
「そんな感じだね。まあ。そんなことは終戦後にでもやればいいさ。今は僕らがどう動くべきか決めよう」
そこで、ジョージが数枚に渡る企画書を差し出してきた。
「とりあえず、原作をある程度知っている僕が、原作の流れと今後の我々の行動案を考えてきた。とりあえずよんでくれ」
二人はジョージから企画書を受け取ると、目を通し始める。
「いくつか問題点はあるが、おおむねこの行動案に沿って行動して問題ないだろう」
「そうだな。武器を売る側としては、ほぼコレで問題ないようにも思える」
「では、フラウホーンの考えている問題点から聞いていこう」
問題を提起したのはフラウホーンだった。そして、一息溜めると少し呆れたような態度で言い放つ。
「これでは、帝国への輸出が止まる。つまり、我が社の利益にダメージがある!!これは到底認められない暴挙だ!!」
机にドンと右拳を叩きつけて立ち上がるフラウホーン。
ジョージは頭を抱えた。
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002 悪巧み2/4
大急ぎで更新しました。
誤字脱字多いかもしれません……。
また、一話の内容を大幅に説明を加えてあれやこれや話をさせてるだけなので、更新前の1話を見ている人にはつまらないかもしれません。
すみません。
002
机を叩いて立ち上がったフラホーン。それを頭を抱えたジョージとイライラしながら見つめるデイヴィッド。ため息をついたデイヴィッドが言う。
「戦争をするんだから当然ではないか?」
「当然?ここは、我々転生者達の利益調整の場という側面もあったはずだ。その観点から見れば、この行動案では私……ではなく我が社の利益が薄まるばかりではないか」
「お前は、帝国への投資に一番金を出してねーだろーが!!その癖利益は寄越せっていうのかよ!」
「応とも!大体、私の投資が少なかったのは、秋津島への投資の直後の話だったからで本意だった訳じゃない!武器商人ごときが、地球人類の生活を支えるGEの利益に口を挟むな!!」
「言うに事かいて、武器商人ごときだとぉ!!?エジソンが居なけりゃ、飛躍すらできなかった田舎モンなんぞに世界を語る口があったとは驚きだな!」
「田舎者だと!貴様!前世はマフィアのボスなどという犯罪者だった癖に大きく出たな!社会のはみ出し者め!パスタ屋で生地でも捏ねてりゃよかったんだ!」
「何だと!?お前なんて、大統領選の最中に腹心に裏切られて歴史に残る大敗をした負け犬ではないか!パスタを馬鹿にした事を後悔させてやる」
「キサマァ!!言ってはならん俺の古傷を抉ったな!生まれてきた事を後悔させてやろう!!」
「スタァァッァァァアアアアップ!!いい加減にせんか!!この馬鹿ども!!」
ジョージが止めなければ、二人は既に殴り合っていただろう。なにせ、もう胸倉をつかみ合っている有様だからだ。息を落ち着けると、ジョージは再び話を進める。
「お前ら毎回いい加減にしろ。喧嘩しないと会議が始められんのか」
「す、すまないジョージ。だがあいつがだな―――」
「悪かったよジョージ。でも奴が人の好物を馬鹿にするのが――――」
「日本には喧嘩両成敗という言葉がある。次回は残りのメンバーが揃う、全員参加予定なんだ。いい加減にその短気を直せ。次回もやらかしたら、今度から会談の費用はお前ら持ちだ」
「ぐぬぬ」
「だが……なんでもない。そう睨まないでくれジョージ。お前の怒った顔は、YAKUZAにしか見えないぞ」
「はぁー。お前ら財布なんて気にする立場じゃないんだからそんなに嫌そうな顔をするな」
一拍置いて、ジョージの空気が切り替わった。
「さて、真面目にいこう。実はフラウホーンの利益が削れる事に関しては、俺も思うところがあったが現実的に考えて難しいと結論付けた結果あのようになったんだ。そこでアイディアを募集したい。デイヴィッドも考えて欲しい」
「まあ仕方がないか……。とにかく貿易を続ける事を考えれば良いんだよな?」
「そうだな。冷静に考えてみると問題は山積みだ。我が社の利益と言ったが、実際”セカンドライフ”の利益を確保するとなると、まず我らのステイツと完全に敵対するまで、なあなあでやり過ごさねばならないか」
彼らの口が重くなる。というよりも、お互いに考えながら会話しているせいで、あまり簡単に会話が進まなくなったというべきか。
彼らは、幼少期から巨大な自我を芽生えさせていた。そのため、赤ん坊の小さな脳みそで、高速で思考することを繰り返していたのである。その結果かどうかは、分からないが彼らの頭脳は常人を軽く凌ぎ、天才とよばれる人間達と互角の領域にある。
そのため、複数の思考をしながら会話をするという芸人のような事が可能だ。
「色々可能性はあるが……。可能性を勘定できるパターンだと、数パターンで限界だ。投資の際につくった人脈を使えば帝国内での協力者は得られるだろうから、成功する可能性は非常に高い方法がある」
「密輸……になるか?」
「ああ。実を言うと、帝国に対して武器を密貿易する準備自体は進めていた。原作から考えると泥沼化するのは確定だ。戦略資源が限定されることは間違いない。そこで話を付ければ話は整えられるだろうと考えていた」
「相変わらずえげつないことを考える。鉄にレアメタル。そして燃料。まあ食いつくだろうし、我々を金の亡者だと蔑んでいれば疑いなく我々を利用してやろうとするだろう。連中の自尊心を傷つけない範囲で金をむしりとれるわけか」
「その通りだ。我々を崇高な連中だと思っていれば、プライドが邪魔して見栄を張るだろう。しかし、我々を卑しい商人だと思っていれば利用するとのたまって縋るのさ」
「だが、密貿易となると会計関係が面倒になるね。関係書類はウチと関係が深くて口の堅いところを紹介しよう。銀行としては、見てみぬ振りをするさ」
デイヴィッドの提案を簡潔にするなら、伝手を頼って武器の密貿易を行う際に相乗りして弱電関係の貿易を行うということだ。しかし、そうなると『輸出していないはずの商品が生産されている』という状況に陥る。そして、それは各種書類を辿っていくとどんなに複雑に処理しても分かってしまうことである。
書類から粉飾を見抜く一流のバンカーしかり、経験豊富な官僚であれば時間をかければ理解できてしまうのだ。だが、それらの書類を作成する会計事務所を抱き込んでいれば偽装は可能なのだ。事情を知っている権力者の知り合いに実弾をプレゼントしておくことも忘れてはならない。
「デイヴの密貿易に相乗りするのはいい。問題はルートだ。大西洋ルートだと連合王国が黙っていないだろう。ロイヤル・ネイヴィーはあなどれない。戦時中であれば、”臨検”を断った場合に如何にされるのか予想するのは簡単だろう」
デイヴの提案に、懸念を追加したのはフラウホーンだった。
彼は続けざまに、問題点をあげる。
「問題はそれだけじゃない。デイヴの貿易船に相乗りすると、我が社の製品を搭載している理由の説明が難しくなる。賢い人間はそこに気がつくだろう」
「ん?いや、それほど問題には……。そうか、貿易船が共和国や連合王国への貿易船と偽っていたら、そもそもGEの製品を搭載していることに違和感があるな。今までのルートで問題ないはずだし、ウチだって相乗りさせるなら武器を満載したほうが利益になる。なるほど。説明がつかないか」
フラウホーンの懸念は、デイヴにとって納得できるものだった。
彼の考えていた密貿易ルートは、堂々と大西洋ルートを使って共和国に荷物を降ろし、現地の『ディロン・ライト』支社から大陸ルートを使って行うモノである。
民製品であるGEの製品を混在していれば、誤魔化しも効きやすいと考えたが、それは大きく間違っていたことに気がつけたのだ。
さらに、二人の間には大きなズレがある。それを見抜いたのはジョージだ。
「ちょっと待って欲しい。GEの利益を求めるのであれば、戦争初期から密貿易を開始しなきゃならなくなる。おそらくだけど、デイヴの考えている密貿易ルートは物が必要だけど足りなくなる戦争中期以降の話だろう?そうなるとGEの利益はやはり薄まるし、その頃になると弱電製品よりも衣食など、人間の生命活動の根幹に関わる品物が求められるようになっているはずだ。売れない製品は密貿易でも受け入れられない。最初期から、密貿易で製品を届けても先細りする市場へ製品を届けるっていうのは不経済だと思う」
フラウホーンとデイヴの表情が渋くなる。
言われてみればその通りなのだ。弱電を売ろうにも、そもそも売れないのでは意味がない。
フラウホーンは、確かに利益を望んでいるが、それは単純な儲けの話だけではない。彼の根っこにある考えは帝国弱電業界に常にGE製品を供給して市場においてGEの立場を維持することなのだ。
しかし、その市場自体が大幅に縮小する未来は、考えてみれば容易に想像が付くことだった。
戦争を続けていれば、多くの金は軍に注がれる。
特に、帝国という国はそういう国だ。だからこそ、軍需産業に食い込むことを画策して、合州国政府に孤立主義を一部だけでも捨てさせるという巨大なプロパガンダまで”セカンドライフ”主導で行った。
そういった国では、国民の生命を維持するために食品や衣服等の生活必需品は求められても、生活をより便利にするための品物というものは後回しにされやすい。
GEの取り扱う製品はエンジンから電球まで幅広いが、その商売のやり方は非常に特殊だ。
しかし、そのやり方であればGEの製品が求められないということはない。
”現地の子会社の判断による”という特殊な前提が発生するけれども、GEの輸出するアイテムは需要自体はある。
どういうことか。それは、GEが他社とは違って、完成したアイテムを輸出しているのではないことだ。合州国内では、GEがパーツの製造から組み立てまで行う。しかし、外国においては、まずGEがGEの製品の特許を取得し、その後現地の企業を買収し、その現地の子会社にパーツを買わせて現地で製品を組み立てて、現地企業が販売するのだ。
完成したアイテムを輸出するというのは、この時代において当たり前である。組み立てるノウハウ自体が重要な技術だし、どのように組み立てているのか分かれば、先進国の技術者ならばどうやって動いており、どの部分がGEの特許なのか理解できてしまう。
技術流出を防げないのだ。
さらに、GEは現地企業に販売する際の権限を現地企業の属する国家に限り自由に認めている。これは革命どころか、この時代においては暴挙である。どれぐらいの暴挙かというと、現地企業のロゴマークの方が大きくて、GEのロゴは内側にちんまりあるだけでも問題なしとしているぐらいである。ただし、秋津島皇国等、資本主義経済が浸透しきっていなかったり、後進的な国家においては一部制限をかけていたりする。
これは、フラウホーンが断行し、フラウホーンがCEOに収まる前からの子会社にも徹底的に意識改革を行った。
結果として、現地企業が求める限り密貿易であってもGEが輸出する製品は必ず存在する。
しかし、市場が縮小するのであれば求められる数は間違いなく減少するのだ。
市場の縮小――――GEの存在感の縮小――――それらを勘案しフラウホーンはある決意を胸に燃え上がらせながら口を開く。
「ならば。GEとしては別の方法で利益を確保したいと思う」
フラウホーンの目つきが変わったのに二人は気がついた。
目を瞑りながら、フラウホーンにジョージが続きを促す。
「それで?どうするつもりだい」
「連合王国と共和国に市場を解放させる」
「待ってくれ。どうやってその結論に至った?」
疑問を投げかけたのはデイヴィッドだ。
「連合王国は、合州国に自分達に肩入れするように要求するのは間違いない。大西洋ルートという貿易上の要点を抑えているし、合州国は元々連合王国寄りの立場をとっている。しかし、我々の介入によって帝国寄りに合州国が動いているのを気にしているはずだ」
一度話を切って、フラウホーンは二人を見る。
ジョージとデイヴィッドの二人は、同意するように頷く。
それは、フラウホーンに続きを催促するものでもある。
「外交を重視する連合王国は合州国の動向を掴みきれていない。一部とはいえ、孤立主義を曲げた合州国が、連合王国と帝国のどちらを選ぶのか確信を持てる材料が減っている。そこに、交渉の機会がある」
返事を促すようにフラウホーンは押し黙る。
「なるほど。しかし、政府を巻き込む以上、弱電部品の関税障壁を下げる、ないし撤廃させるには総合的に考えなければならない。その点はどう考えている?先に言っておくが、銀行としては現在の民主党政権に一つ貸しがある。そこから押し切ることは可能だが、出来る限り金融業界を守るために使いたい。私から出せる支援は、最後の手札だと思って欲しい」
フラウホーンに即座に答えたのは、目を瞑りながら話を聞くジョージだった。
ジョージは、他人の話を吟味するときには目を瞑りながら話を聞く癖がある。失礼になる場合も多く、公の場では行わないが親しい人間達の前ではこの癖を隠さない事も多い。
フラウホーンは不適に口角を上げて答える。
「連合王国系の弱電企業の特許取得数が年何件か知っているかね?我がGEの4分の1という少なさだ。さらに、発展改良による特許や軍事関係の特許ばかり。つまり民間は、今までの遺産で飯を食っているだけの足手まといなのさ。うちの研究開発チームが優秀すぎるせいかな?」
「そういうことか。自国の弱い部分を切り捨てさせる訳か」
「その通りだ。ついでに、潰れた企業の人材はウチの現地子会社が買収すればいい。それから話をしていて思ったのだが、たしか自動車に関しても連合王国は少々遅れ気味だったな。帝国の自動車企業と、ウチの自動車馬鹿が幅を利かせている」
「クックック。ついで、というには随分と”セカンドライフ”の利益が多いんじゃないか?」
ジョージはフラウホーンの言わんとすることを理解し、デイヴィッドは、こらえきれないとばかりに嗤う。フラウホーンも、良い事を思いついたと言わんばかりに目が笑っている。
「その工作については、次回全員揃う時に話し合おう。GEだけでなく我々の利益になるのなら僕も大きく動きやすい。さて、次は銀行の利益についてどうすべきか話し合いたい」
ジョージはそう切り出した。
次は来週末までに更新します。
プロットは一応完成しましたので。
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003 悪巧み3/4
003
”銀行の利益”
銀行という職は一体どのようにして利益を上げているのか?
信用創造、貸出金利、債権の購入、各種取引の手数料などが代表的な銀行の収入源だ。信用創造によって生み出したお金を、資金を必要としている企業や投資家に貸し出し、その金利によってお金を得るのは、最早社会にとって必須の機能と言って良いだろう。また、信用創造で生み出されたお金を国債等の比較的安全な債権によって利益に変えることも少なくないし、窓口業務において手数料が発生するのは人の手を通して管理されるため当然のことである。
時々、「銀行は多くの人達から集めた資金によって、債権や株式を買って荒稼ぎしている連中だ」等と言う人がいるが、これは正確な認識ではないだろう。信用創造によって生み出された資金によって、それらの活動を行っているのであって、別に集めた資金を使っているわけではない。
ただし、ジョージ・スペンサー・モーガンはそんな事を言っている人間を気にしてはいないし、前世にあってもバンカーであった彼は銀行が社会に齎す利益をよく理解していた。
当然銀行がどのように利益を上げているのかは熟知していると言っていいだろう。
そんな男が、改めて銀行の利益を口にしたのに、フラウホーンとデイヴィッドは疑問を覚えて眉を顰めていた。
確認の意味を込めて疑問を口に出したのは、ウィスキーを注ぎだしたフラウホーンである。
「あー。ジョージ。以前から君が口を酸っぱくして言っている利益のことかね?投資の回収。それに尽きるということだろう?」
「その通りだよ。ただ、どうやって回収するのかということさ」
「いつも通り回収すればいいんじゃないか?その為に、帝国に肩入れした条約を民主党に結ばせたんだろう?」
合衆国民主党政権が帝国を結んだ条約を要約すると「仲良く商売しましょうね。合衆国さんは軍事・弱電・自動車・一部食料品の門を帝国に開くので、帝国さんは軍事・一部食料品・弱電の門を開いてくださいね。それから、完全な戦争状態や外交的に断絶しない限り、お互いの資産を接収するのは辞めましょうね」という、若干合衆国が不利な条件で結んだ条約だ。一部の保守系メディアにおいては「孤立主義を捨てたうえにこんな条約を結んだリーリウム大統領の脳みそが心配」と書かれる程度には不評だった。
当初こそ、帝国-合衆国通商条約はこき下ろす連中が居たが、ここに居るフラウホーンと自動車バカがその評価を修正させた。フラウホーンは、帝国弱電業界を1年かけて”これはひどい”と言ってよい程度に殴り込みをかけて市場を開拓した。
そして、かの有名な帝国自動車企業は合衆国において敗北した。セカンドライフ唯一の馬鹿である自動車業界の雄に「帝国ってドイツでしょ?つまりベンツ。つまりライバル。俺はジャパニーズコミックからライバルと競い合うのは良い事だって学んでいるからむしろ大歓迎」という謎理論の基、新しい工場を5つぶっ建ててジョージに本気で頭を心配された男が奇跡の勝利を手にしたのである。
軍事に関しては微妙に負けている。やはり、最新鋭の軍事技術を持っている帝国系企業は特許や独自の技術が傑出しており、一部の特許は特許料を支払って製造しても精度が安定しないために、結局損をすることが分かりデイヴィッドが結構割りを食っている。
なお、軍事関係に100億ドル、それ以外に50億ドルの投資が帝国に対して行われており、気がついたら軍需産業にきっちり食い込まれてしまった帝国政府の支持率は徐々に下がっている。孤立主義を曲げて自分達に肩入れしてくれたからといって、甘い顔などするからこうなるのである。
「会議の最初に、さっさと資金を引き上げるだのなんだの言ってたのはフラウホーン。君だと思うんだけれど?」
「それはそうだろう。思い出してくれジョージ。我々セカンドライフの現在の短期的目標は”欧州世界の疲弊”だったはずだ。そして、その目標を達成するための戦術として、軍需産業へ食い込み帝国へテコ入れを行って戦争をコントロールする。まあ、コントロールと言えば聞こえはいいが、泥沼をさらに煽るというだけの話だがな。しかしだ、それならば既に目的の大半は果たした。俺もキッチリ市場は作ったし、戦争によって被害が出る前に資産を引き上げたいというのは経営者として当たり前の心理だろうが!」
「ああ、お前の言ってた資金って自分のとこのかよ。そんなんだから……。すまん。なんでもない」
デイヴィッドは、また喧嘩をする気なのか?という咎める視線を送るジョージに謝った。
フラウホーンは、少々天然ボケの気質がある。主語述語が抜けているというか、頭良いがGEを守りたいという思いが強く、時々抜けた発言をすることがあるのだ。
気を取り直したジョージは黒い笑みを浮かべながら、フラウホーンに返事をする。
「資金の引き上げってそういうことかい。まあ、それはいい。ただね。コントロールという事をその程度で済ませようだなんて僕は一言でも言ったかい?」
そう言い放ったジョージの笑顔のドス黒さに、フラウホーンとデイヴィッドは息を飲む。
この男は、セカンドライフで一番の根性悪なのだ。
「僕は戦後に、連合王国や共和国に何一つも渡してやるつもりはない。だからあんな条約を提案したし、君達には申し訳ないがリーリウム大統領とウチの政治家には話を通してある」
二人は、目線でジョージに続きを促す。
本当に楽しそうな笑顔をしながらジョージは続きを語る。
「戦後。連合王国や共和国。ハイエナであるイルドア。彼らは、きっと帝国の全てを奪おうとするだろう。死傷者を多数だした、連合王国と共和国には最もその権利があるだろう。そう。それが帝国の物であるのならば好きなだけ持っていくといい」
フラウホーンとデイヴィッドはここで、ジョージのやろうとしていることをだいたい理解した。
しかし、あんまりにも酷い事をしようとしているので、確認のための言葉が出なかった。
それに気がついたのか分からないが、笑いをこらえるようにジョージは話を続ける。
「そうさ。合衆国の物は渡さない。僕達が1セントでも投資した企業。1ミリでも合衆国系企業の関わった製品。1グラムでも合衆国の物が混じった品物。それら全ては僕達合衆国の物だ!!そう、主張するのさ!!連中はそれを拒否できるかな!?だって僕達合衆国は彼らにとって救いのヒーローだ!僕達が戦場に現れなければ彼らは勝てなかった!それなのに、僕達合衆国の物を奪うなんてできるかな!?アーッハッハッハ!」
机をバンバン叩いて大笑いするジョージを、何ともいえない愛想笑いを浮かべながら二人は見つめている。
所謂ドン引きというヤツである。
「イーッヒヒヒ!しかも、現状は戦争が起こるだなんて微塵も考えてないから、連合王国の首相様はロンドンでメディアにこう発言したそうだ『合衆国が孤立主義を捨てたのは大きな前進だ。今後の合衆国に期待したい』。傑作だよ!!おおかた、合衆国の投資額を見て投資を期待してるんだろうけど。プクク……。お前らにトドメを刺すための条約なんだよバーーーカ!!ウヒヒヒヒ!」
「おい。またジョージの持病が再発したぞ。前回はいつだった?」
「他人を陥れるとこうなる。薬は他人の不幸だ。ああ、前回は2年前に共和党を地獄に叩き落した時じゃないかな?あいつ、共和党支持者なのに、大統領候補と意見が合わなかったからって民主党勝たせただろう。あの時だ」
ジョージのやろうとしている事は、タチが悪いにも程があるといわれても仕方のない事だ。
合衆国がそう主張したら、連合王国と共和国は絶句する以外に選択肢などほとんどない。軍事産業においては、帝国の反撃の意思を削ぐために大幅に制限させるのだろうが、今後数年の戦争で発生する莫大な利益は投資したデイヴィッド達の懐に入る。それで投資を回収する見通しは立っている。たとえ、帝国が利益を流出させなかったとしても、戦後戦勝国となった合衆国が「ちょっとジャンプしてみようか?なんかポケットからチャリチャリ鳴ってるよね?」と言えばその利益は簡単に請求して回収することができる。最悪の場合、使われた武器の数から逆算して金を出させりゃいいのだ。当然。それらは、合衆国の物である。
結局、連合王国や共和国は植民地や領土や賠償金で戦争で空いた経済の穴を埋める事になる。
勿論。帝国系企業の工場や製品は押さえられるだろうが、それは好きにやったらいい。むしろ、帝国民のヘイトは自国内の資産を押さえていく連合王国や共和国に向くし、合衆国に利益を吸い上げられるとはいえ、国内に資産を残してくれる合衆国のヘイトが彼らを上回ることはない。
さらに、戦後に合衆国系企業がバンバン戦後復興に金や物を出せば、帝国にとって合衆国はヒーローになる。
欧州は、修復不可能な溝を作る。
その上で、両陣営にとってヒーローに成りうるというペテンである。
これを阿漕なやり方と言わずして何というべきだろうか?
そんな事を、笑顔で語る男の笑い声がピタリと止まった。
愚痴を言っていたことが気に障ったのかと焦った二人がギクリとする。
ジョージは思い出したように言う。
「そうだった。まだ説明が途中だった。この為にはとある国に、帝国の領土を指一本触れさせてはならない。最悪でも、首都ベルンと工業地帯は守り抜く必要がある。二人はその国がどこだか分かるかい?」
「「ルーシー連邦」」
フラウホーンとデイヴィッドは即答した。
合衆国の国際企業にとって、ルーシー連邦は許しがたい存在である。当然、フラウホーンとデイヴィッドもルーシー連邦を嫌っているし強烈な反共主義者だ。
特に、フラウホーンは合衆国中の人間が反共主義者だと知っているレベルである。
「そうか。あの国もこの戦争に関わるのだったな。脳みそが拒絶反応を起こすせいか、その存在を忘れていたよ」
そう呟くように言ったフラウホーンの右手は、手に取ったグラスを握りつぶさんばかりの力が込められている。
フラウホーンは、乱暴に中身を飲み干すと。机にグラスを叩きつけ、ジョージに問いかける。
「それで?あの国が関わると何が問題なんだ?」
「君たちに、この話をするのは釈迦に説法なのだが……。奴等は、我々の意見は聞かないだろう。僕の考えた思惑にルーシー連邦は乗ってこない。奴等は押さえた領土にある物は全て自分達の物にするだろうし、合衆国の所有権を主張しても奴等は何かしらの理由をつけて話を聞かない。だからルーシー連邦に戦後に発言力を持ってもらっては困るんだよ」
「なるほど。もっともな話だな」
デイヴィッドは大いに納得した。フラウホーンも無言で頷いて、それを返事としている。
「そこでデイヴィッドにお願いがある」
「ん?俺にか?」
「ああ。陸軍の人事に介入して、我々に都合のよい将軍を派遣できるようにしたい」
「分かった。準備は進めておこう。丁度いい人材に心当りもある」
デイヴィッドは即決した。銀行の利益とジョージは言うが、元々この軍需産業への投資を主導したのはデイヴィッドである。セカンドライフの意思を受けて、自分が主導したとはいえ、これは自分がこなすべき仕事だと確信を持っていたデイヴィッドは進んでこの仕事を行っていた。
他人事ではないという意識は当然ある。そのため、ジョージの提案を受けるのに抵抗はなかった。自分個人の伝手だけでなく、”ディロン・ライト”CEOとしての権力すら振りかざすことに躊躇いはない。
今後の戦争へ向けての会議は、これでひと段落という空気になる。
フラウホーンの利益のために行う外交工作の方針、ジョージとデイヴィットの投資の回収方法。これらの利益が、一応見込めることが共有できた。
ここからは、彼らのビジネスの話となる。
「まあ、戦争関連の話はここまでだろう。おい、デイヴ。ウィスキーを飲むなら注いでやるが?」
「それじゃもらっておこう。あんまり乱暴に入れるなよおい」
「あー二人とも。一応禁酒法があるって忘れないでくれよ?外で酒の匂いを漂わせてる所を記者に見つかったら面倒だよ」
「安心しろ。その場で、秘蔵のワインでもって買収してやるとも」
「はぁー。まあ大丈夫だとは思うけどね。飲みすぎてこの後の普通のビジネスのお話を忘れたなんていわないでくれよ?」
「無論だとも。この程度で酔っ払っていたらCEOなど勤まらんからな」
「酒量と経営の最高責任者であることに何のカンケーもねーけどな」
彼らの夜はまだ終わらない。
思ったのですが、語句の解説とか原作幼女戦記みたいに面白可笑しくやった方がいいでしょうか?
無知を晒すようで恥かしいのですが、語句を検索しながら書いてることが多かったりするので、分かり難いかなーと不安です。
原作の解説ですきなのは、交戦規定の解説ですね。
要約するとまあその通りだなって思いました。
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004 悪巧み4/4
実は目標にしていた203ptを皆様のおかげで達成することができました。
ありがとうございます
そして、自分へのご褒美にプロット上省かなきゃいけない予定だったお話を番外編で書きます。
”セカンドライフ”の活動は多岐に渡る。
基本的には政治結社だと考えて問題はない。しかし、それは存在を知られた場合のカモフラージュという側面が強い。”セカンドライフ”の最大の目的は『転生者の保護』と『転生者の生み出す利益の共有』である。”セカンドライフ”結成を主導したフラウホーンが前者を規定し、後者を提案したのはジョージだった。後者を行う過程で、政治結社として活動することが多いため、政治結社と言っても間違いではない。
転生者の保護。これは言ってしまえば、前世という巨大なアドバンテージを持つ者を自分達の側に囲い込むということだ。
転生者の生み出す利益と共有。これは妥協案である。”セカンドライフ”は最初にフラウホーンとジョージとデイヴィッドの三人で結成されたのだが、当初から色々と揉めた。お互いの目標も違えば、手段の選択も違う。何でもマンパワーと工業製品で解決しようとするフラウホーン、世の中所詮金だとまず考えるジョージ、武器を売ることしか興味のないデイヴィッド。そんなの揉めて当然である。
「人の生活を支える」という意志の強いフラウホーンと、「人の死に便乗して儲ける」デイヴィッドは、お互いが転生者と認識する前から人間性的に犬猿の仲であったし、「人間より札束の方が暖かい」という思想のジョージのドラスティックさは、時折二人をして犬猿の仲だった事を忘れさせるレベルだ。
そんな彼らにも、一つだけ共通点があった。
『利益』が大好きなことである。その出世欲を満たすために、自己保身の可能な範囲において、彼らは常に利益を追い続ける存在である。
だからこそ、そこに”セカンドライフ”という組織を成立させる妥協点が見出された。
そして、彼らは話し合いを進める中で、お互いのアイディアを”セカンドライフ”を通して接続することによって、想定していた以上の利益を生み出せることを理解した。
何が言いたいのかというと、彼らの語るビジネスとは歴史を俯瞰的に学んだエリート達によって行われるブレインストーミングである。
さらに、この世界では”魔術”という神秘が、科学の一部と認識されている。
その化学反応は恐ろしい代物だった。
「そういえば、去年融資した魔術動力のフォークリフト。開発に成功したんだってね」
ワインの香りを楽しみながら、フラウホーンに問いかけたのはジョージだった。
フラウホーンは、整えられた髭を撫でながら得意気な顔でそれに答える。
「ああ。どうやら、ウチの現場からそちらにも情報が伝わっているようだな。我がGEの開発チームによって作られた新型エンジンには魔力を動力として運用することが可能だ。しかし……量産コストがなぁ……。その辺りはウチの自動車バカに相談しようと思っている。アレは車やバイクだけなら天才と遜色ない判断やアイディアが期待できるからな」
「フォークリフトって車扱いなのか?」
「お前、武器以外は本当に興味がないな。ト○タが民間の自動車販売で儲けていると思ったら大間違いだぞ?最大の売り上げを上げていたのは産業車両の販売だ。その中にフォークリフトも入っている。この話をすればあいつなら車判定するだろう。まあ、偶数個のタイヤがついていて、何かしらの動力で動いていればアイツにとっては車判定になるんだろうがな」
「あぁ……。一輪車はアウトだけど、自転車は『動力が人間って考えたら実質バイクじゃね?』とか言い出して色々作り始めてたもんな。あいつの思考回路どうなってんのか興味あるわ」
話に途中から入ったデイヴィッドは、呆れたような仕草をしながらそう言った。
そして、思い出したように言葉を続けながら、酒の棚を適当に物色し始める。
「そういや、フォークリフトで思い出したんだが、以前から話し合っていたスーパーマーケットを通して小売・流通に食い込もうって話はどうしたんだ?おお!オールド・タブあるじゃねーか!ジョージもバーボン飲むんだな」
「僕じゃなくて、店主の趣味でね。僕はもっぱらワインだね。ただ秋津島皇国には、上等な日本酒の大量生産に期待したい。スーパーマーケットについては人材に心当たりが一つあるよ。何故すぐに思い至らなかったのか、自分の脳みその劣化を疑うレベルの人材さ」
「ジョージがそこまで言うのは珍しいな。だが、それなら俺達が知っていてもおかしくない人間なのだろうから、我々の落ち度でもあるな」
フラウホーンはそう言った後に、人材の心当たりを考え始めた。顎鬚をさすりながら考える彼の姿にはどこか愛嬌がある。
ジョージは、少しフラウホーンの答えを待ってからヒントを出す。
「僕たちはよく知っているはずで、しかも転生者だ」
「転生者だと!?新しく見つかったのか?しかし、それならその話を冒頭の議題にすべきだろう。それがここのルールだ」
「いや。報告はしていたよ。彼女のことはね。いいや、彼と言った方が彼女は喜ぶかな?」
「お前!まさか!」
「そう。帝国に居る、我々の天使様のことだよ」
「ぶっ」
デイヴィッドは口をつけたバーボンを噴出した。すまないと謝りながら、すぐにハンカチを取り出して机を拭く。ジョージは少し不満そうな顔をしながらデイヴィッドに文句を言う。
「デイヴ。何もそこまで驚かなくてもいいじゃないか。彼女は、大分卑屈になっているが企業人としては相当優秀だし、戦争が終わる頃には戦闘団クラスの部下を率いた経験がある。経営者としての才能は分からないが、そこはこちらでフォローする人材を見繕えば解決可能だ。それに、軍事を専門に学んだ人間は我々の中には居ない。新しい視点をもたらす可能性も高い。招き入れても問題ないと思うが」
「いや。噴きだしたのは、お前が天使”様”とかいう単語を使ったことにだ。神様と1万ドルの束を心の天秤に乗せたら、神様が外宇宙にまで吹っ飛んでいくような人間の口から出る単語じゃねーし。お前からそういう宗教を敬うような単語を始めて聞いたもんでな」
「そういうことね。ひとつ言っておくと、一応神様の存在は信じてるよ。僕たち転生者がいる訳だからね。ただ、敬っていないだけの話だ。転生させてもらった感謝と訳の分からない存在を尊敬することは別の話だ。それに、僕たちを転生させたのは神様ではない。日本人的にはアレも神様扱いだけどね」
「宗教問答は、また後にするとして、どうやって帝国から引き抜くんだ?我々の前世の歴史を参考にするなら、帝国の軍備をメチャクチャにするとなれば、優秀な人材ほど手元に残すために帝国は躍起になるだろう」
フラウホーンは、そう疑問を投げかけた。
ジョージは、チッチッチと舌を弾きながら、フラウホーンに答える。
「ミスター・センターフィールド。それは実はとても簡単なことなのだよ」
「イライラするから、シャーロック・ホームズを気取るのは辞めろ」
「悪かったからそう怒らないでくれ。実はね。合州国に亡命してくるんだよ。ターニャ・デグレチャフ殿はね」
肩透かしを食らったのはフウホーンとデイヴィッドだった。
聞いていないぞと、気を取り直したフラウホーンがジョージをジト目で睨む。
「正直に白状するとね、彼女を僕たちのような転生者として括っていなくて、原作登場人物としてどこか遠い存在として考えていたんだ。でも、冷静に考えてみると、彼女だって”セカンドライフ”の目的で言うなら”保護対象”だ。メンバーになるのに問題ないと思ってね。ただ問題点もある」
ジョージはそこから、覚えている範囲内でのターニャ・デグレチャフという人間を語る。
自己保身の塊であるとか、出世欲がえらい強いとか、前線向きの能力をしているだとか、そういった彼女の内面から能力の印象などを二人に伝えた。
デイヴィッドは、それを聞いて何か一つ思いついた様子で感想を言う。
「なんというか日本人って感じじゃねーよな?行動力がありすぎんだろ。まあそこはどうでもいいか。それよりも、流通系の準備が整うまでウチの試作品のテストとかやってもらいたいぐらいだな。話を聞く限り、あの軍事大国で有数のエースの腕前から見た兵器や武器の感想は間違いなく利益になる」
「そうだろうな。戦略レベルでの思考が可能なら、物流含めて俯瞰的に考えられるだろう。それにな、チャイナ周辺の海は治安が悪くてな……。彼女の部下数人をベースに、質のいい護衛組織を作りたい」
「どちらも良いアイディアだと思う。しかし、最後の最後の問題だ。彼女の亡命は、十中八九連合王国の紐付きになる。しばらくで途切れるが、僕たちの接触で”セカンドライフ”の存在に一気に詰め寄られるかもしれない」
「それについては、問題ないだろう。合州国の政府内で、我々の存在は既に極小規模ではあるが露見している。ただの政治結社だと思われているがな。情報機関の未熟な合州国では、既に連合王国は我々について調べ始めていると考えるべきだ。つまり、いずれはバレるということだ。出来る限り遅いほうが都合はいいかもしれんが、戦後であればどうとでもなるだろう」
「戦後なら、連合王国の力は間違いなく削れているからね……。そうだね。それなら、戦後に僕たちのリソースが大きく取れるようになったら、スーパーマーケット関連準備から任せてその後で彼女にプレゼントすることにしよう。さて、もうそろそろいい時間だ」
ジョージはそう言って時計に目をやる。つられてデイヴィッドとフラウホーンも時計を見ると、そこには午前2時を指している時計があった。
「それなら、俺から出るぞ。出口は3番を使う」
「了解。じゃあこっちは2番から帰る。オールド・タブ貰っていっても?」
「好きにしてくれ。ワインじゃなければ勝手に持っていってくれて構わないよ。それじゃあ僕は5番にしよう。それでは、また二週間後に会おう」
この秘密の個室は地下に作られており、複数の出口がある。出口は、それぞれまた別の酒場と繋がっており、彼らはそれを番号で管理している。このような場所が、20州に5箇所ずつある。設計はデイヴィッド、資材はフラウホーン、金はジョージ、施工は何も知らないし横の繋がりも存在しない建築業者達だ。
元々マフィアを率いていた男は、隠家を作る知識は大変豊富である。
彼らは、酒の匂いを漂わせながらそれぞれのねぐらへ帰っていく。
この時の彼らは、自分達が足を踏み入れる”大戦”の恐ろしさをまだ理解していなかった。
だから足取りも軽やかで何の憂いも持っていなかったのだ。
次回は来週中に。
あと、何か土曜日に入ってからのPVが凄いのですが何があったんでしょうか?
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番外編
番外編 『フラウホーンという男』
>>> 統一暦一九二二年 1月28日 とある州のとある豪邸の玄関前 <<<
フラウホーン・センターフィールドという経営者は、歴史に名を残す偉大な経営者である。
その評価は、グランド・エレクトロニクスのナンバー2であるフランシス・ウェルチにとっては絶対的な評価だ。
それを否定する人物に対しては、脳みその構造がおかしいと言い切る程である。
「あなた!その拳銃をどうするつもり!イヤァ!やめて!!」
しかし、その能力に比例して欠点も多い人物だ。特に、頭じ血が上りやすいところは非常に問題で、今までそのせいで二度の離婚を経験している。まあその度に元の鞘に収まっているあたり、夫婦双方似たもの同士なんだろうとフランシスは思っている。
パァーンという銃声が二発鳴る。それと同時に、何か食器が割れるような音と女性の悲鳴が周囲に響く。
「ざっけんじゃないわよ!その壷買うのにどれだけ苦労したの思っているの!?2年という歳月と3万ドルがかかっているのよ!今日という今日はただじゃおかないわ!!」
「やめろ!それは私のコレクションの大航海時代のピストルではないか!暴発するかも分からんぞ!」
「ならば鈍器の代わりにするまで!覚悟しないさいな!フラウホーン!!」
フランシスは、おもむろに煙草を口でくわえて火を点ける。そうして、ゆっくりと紫煙を吐き出して、乗り付けてきた車をベンチ代わりにして寛ぐ態勢になった。
「あれは長引くなぁ?そう思わないか、ブルース」
「そのようで」
フランシスの問いかけに答えたのは、ブルースという運転手である。口数は少ないが、間違いのない仕事をする堅実で実直な男だ。フランシスは、外にまで響く夫婦喧嘩をBGMにしながら今回のこの喧嘩の原因を予測していた。
おそらく、今朝のタイム・オブ・アメリカの一面記事をよんだせいだ。
なんでも、ルーシー連邦がかつての帝国時代から現代に至るまでに申請および認められていた特許をすべて接収すると宣言したらしい。その宣言の根拠としては『共産主義においては、特許などのインセンティブ権論から制定された法律によって保障されている知的財産は国家の物』だかららしい。
難しい話は省くが、共産主義でも生まれた時から人間が持っている権利である自然権を侵すことは一応認められていない。でもインセンティブ権から発生してる権利とか別なんで国家の物ってことになるらしい。
これ、一部の法律家どもには最もらしく聞こえているようで、他の新聞だと「共産主義において間違っていない」という記事が書かれていた場合もある。
ちなみに、知的財産権の中でも、特許権がインセンティブ権なのか自然権なのかは”現在も議論している最中”である。まさか、そんな暴挙に出るとは思っておらず、GEの持つ最新の特許以外の8割を特許申請してしまっていた。
今日、早朝からフラウホーンの自宅を訪ねたのも、この新聞記事を見た我がGEの最高経営責任者が暴走しないようにと心配したからだ。少々手遅れだったようだが……。
おそらく、キレて家の中の調度品なんかにあたっていて、奥さんのコレクションに手をだしちまったのだろう。
「今回は、ハーディー達の予想が当たったな。決まり手まで当てたら10ドルだったっけか。それにしても、今回は激しいな。前の時は窓は割れてなかったと思うんだが」
「……そのようで」
ブルースとフランシスは、家の中から飛んできた、年代物のピストルを回避しながら会話している。まだまだ時間がかかりそうなので、フランシスは秋津島皇国でGEの製品をとりあつかっている企業である『西山製作所』と『芝浦電気』の合併案について考えることにした。
双方とも、合併案にかなり乗り気で、話は既に合併後の人事面の話まで進んでおり、新会社の名前ぐらいしか問題は残っていない。両企業の頭文字と一応西山製作所が母体になることから、『西芝製作所』が良いのではないかと現地から提案されているのだが、こちらでは少々発音しにくいので、合併後の新会社が秋津島皇国以外に進出することを考えるのであれば変えた方がいいだろうと返事をしていえる。
実は、この新会社とは一歩踏み込んだ契約を結ぼうとしている。
包括的な特許契約だ。今までは、GEからパーツを買ってもらって現地で組み立ててもらっていたのだが、西山製作所と芝浦電気の技術力が高まるのと同時に、最近では米国内での人件費の高騰によって国外に生産の拠点を持つ方針を固めていた。
そこで、新会社とGEの間でほぼ対等な特許契約を結び、パーツの組み立てだけではなく、パーツの製造と、契約期間中にGEが秋津島皇国で取得した特許を新会社は自由に使用して研究し新しい特許を取得しても良いこととする。なお、その新しい特許はGEのみが優先的に使用可能であるものとする。という契約だ。
「分かった。私が悪かった。だからその包丁を下ろしなさい!お前達!止めないか!主人の命の危機だぞ!」
「フフフ……使用人は普段家を守る夫人に逆らうことなどできないものなのよ!あなたを殺して、その保険金で壷を買いなおさせてもらうわ!」
「ぐわあああああああ!」
おそらく。今回のルーシー連邦の決定で秋津島皇国との新規契約に他の役員から待ったがかかるだろう。
皇国は間違いなく優秀な市場だが、そこを対等な契約を結んだ現地企業に任せるということは、言い方をかえればパートナーシップを結ぶことであって我々の利益が薄まるのは必定。役員が渋るのも分からない話ではない。
利益だけではない。伝統的に軍事に重きを置いている皇国は軍事政権が誕生する可能性は高い。そうなれば、ルーシー連邦の二の舞になると判断する人間は間違いなく出るはずだ。
「準備を始めてくれ。そろそろ終わるだろうからな。あの調子だと、さっさと逃げ出してくるに違いない」
「そのようで……!」
テキパキと準備を進めるブルース。タオルに整髪料。そしてクルマのエンジン始動。
いい手際だ。これでよく喋る男なら、文句は一つもないのだが。基本的に「そのようで」しか言わないはどうにからないのものか。最近は、それに込められた気持ちがなんとなく分かる。
そんな事を考えていると、玄関のドアが乱暴に開かれ、フラウホーン・センターフィールドが現れた。しかし、頭からワイングラスが逆さまに生えており、髪の毛は乱れまくっている。その上パジャマだ。あれをCEOとは呼びたくないのでわざわざフルネームでよんでやろうとフランシスは思った。
「おお!我が友フランシス!今朝の記事をみたかね?あのような暴挙は許されない!」
「フラウホーン・センターフィールド。尤もらしいことを言っているが、君は頭からワイングラスを生やしているし、寝巻き姿では威厳は1万分の1だ。追いかけてきている執事殿に身だしなみを整えてもらいなさい」
「知らん!アイツはあの悪魔に私が殺される時に、呆れた目線を送った上に見捨てたのだぞ!裏切り者め!貴様の主人の下へ帰るがいい!」
「今アタシの事を悪魔と言ったわね!刀を持ってきなさいセリア。アレの首をウォール街に晒さねば私の気がおさまりません!」
「に、逃げるぞ!フランシス」
玄関で仁王立ちする絹のような黒髪をメデューサのようにユラユラをさせ怒気を発する色白の美人は、サクラ・センターフィールド夫人。10年程前に、秋津島への増資を検討する際に訪れた旅館で一目惚れしたフラウホーンが4日で口説き落とした女性だ。
古い侍の家系に生まれ、教養のあるおしとやかな美人なのだが、怒らせると誰よりも怖い。二度目の離婚直前の喧嘩では、一回りは大きな体格をしているフラウホーンを投げ飛ばし、腕の関節を外し、首を落とす一歩手前でさすがに焦った使用人が止めたというパワフルな逸話がある。
おかげで、我が社のCEOは妻に尻に敷かれているとはよく囁かれている噂であり真実だ。
我々は、大急ぎで車に乗り込み豪邸を後にした。
背後から、刀を顔の横に構えて鬼気迫る表情で追ってくる女性が、フランシスのトラウマになった瞬間である。
☆
「壷を的にしたのは悪かったがあそこまで怒らなくても……」
「いいや。ソレはお前が悪い。帰ったらちゃんと謝れ。あの人は、人間よりも物を大事にするような人物ではないことはお前が一番よく知っているはずだ」
「う、うむ。いつもすまないなフランシス。私は対人関係が苦手だ。対人関係に関してはお前のアドバイスに従って間違った事はない。そうさせてもらおう」
「そう背中をまるめるな。折角服も着替えたのに、威厳がまったくないぞ」
フランシスは、そう言いながらこの偉大な男と出会った頃を思い出していた。
フラウホーン・センターフィールドという男の第一印象は、「他人からの評価をやけに気にする気弱な男」というやや低評価な物だった。仕事を成し遂げても、どこか自信が無く、あれ程の能力を持っているのにも関わらず、どこかリーダーシップを取ることを避けている印象が付きまとう。そういう人間だった。
しかし、その印象が変わったのは、とあるプロジェクトでフラウホーンとの会話がきっかけだった。
「私には……カリスマというモノがない。だから、皆が私についてきてくれるかどうしても自信が持てない。私は、そんな自信のない人間だ。この合衆国において経営に携わる人間としては不適格だろう。だが、このプロジェクトはどうにか成し遂げたい。だからフランシス。力を貸してくれ。私の背中を押してくれ」
フランシスは、フラウホーンの懇願に対して「任せろ。君が失敗しても、俺がケツを拭いてやるし、誰かと揉めたら仲裁してやる。だから好きにやってみてくれ。本当の君の力を見せて欲しい」と答えて、フラウホーンを全力で補佐した。
本当の君の力を見せて欲しい。それは、励ますための、彼の背中を押すための言葉だったのだが、彼は今まで全力で仕事をしていなかったのに”あれ程”だったのかと絶句する程のパワーを秘めていた。
いつ寝ているのか分からない程に行動し、何かに取り付かれたように資料を読み漁り、計画を纏めてプロジェクトチームに徹底させた。常に陣頭に立ち、誰よりもプロジェクトを理解し、ゼネラリストとはかくあるべしと内外に示すような圧倒的な実力を持った人間だったのである。
プロジェクトチームの誰かがこう言った。
「彼はこのチームのプレジデントのようである」
気がつけば、そのプロジェクトの為に集められたメンバー達は、それぞれの担当においてスペシャリストと言ってよい実力を身に付け、それを指揮者のように操るフラウホーンはそのチームのプレジデントとして絶対的な存在になっていた。
そして、異例のスピードで出世する彼に大きな転機が訪れたのは統一暦1913年の2月の頃だった。
グランド・エレクトロニクスは競合他社の価格攻勢に晒され経営を悪化させていた。さらに、グローバル企業として活動する上でコストの増大。この二つの問題に対して、グランド・エレクトロニクスは工場を新しく建てるのと平行して労働組合との交渉を通して人件費の削減を行う方針を役員会で決定しようとしいた。
それに、待ったをかけた男が一人居た。
経営に役員として参画していたフラウホーンセンターフィールドである。
「貴様らの頭につまっているのはスポンジかね?」
まるで、老人が孫に諭すように囁かれたその言葉は妙に会議室に響いた。
フラウホーンは、会議室に飾られた、GEの主力商品のプロトタイプ達を一つ一つ指差し、その主力商品にまつわるエピソードを語っていく。電球を開発した、創始者の一人の苦労話。発電機を巡ったイメージ戦略戦争とその勝利に至るまでの過程。新しい飛行機向けのエンジン開発に、文字通り魂をささげた技術者の遺志。
一通り、それらを語ったフラウホーンの声は震えていた。
「貴様らは、経営を語る時に、これらの製品に込められた想いを、GEという企業の歴史を一つでも思い出したのか?」
その言葉は、徐々に怒気をはらんだモノへと変わっていく。
「これらの製品が、この会議室に何故飾られているか考えたことがあるのか?ただのオブジェクトにするためではない。GEの製品力を誇示するためでもない。GEの歴史とは、常に新しい弱電製品を生み出し人々の生活をより便利に、より快適にすることによって利益を得てきたのだと忘れないためだろう!!GEとはそういう企業なのだ!!GEがその魂を失ったとき、GEはGEでなくなるのだ!!!私はそのような決定を!!GEを愛する一人の人間として認める訳にはいかない!!!」
そう言い放ったフラウホーンは、机に拳を叩き付けた。
しかし、他の役員達はソレに対して冷めた反応を見せた「感情で経営はできない」「論理的に判断するのが私達の仕事だ」等ひどいモノだである。だが、今まで発言をしないで場を見守っていた当時のCEOだけがフラウホーンに問いかける。
「君には、GEがGEのままでこの危機的な状況を乗り越えられると考えているのかね?」
「勿論です。私には、このGEを文字通り世界の頂点に立つ企業へと導くプランがあります」
「是非。聞かせて欲しい」
フラウホーンは存分に語った。彼の話を簡潔に一言で纏めるのならば『収益モデルの変更』である。
今までのビジネスモデルは、『作ったモノを売る』ことによって利益を得てきたが、これからは『開発したモノを売る』ビジネスモデルを構築する必要があるとフラウホーンは考えていた。製造から販売までを行うのではなく、特許によって儲けるビジネスモデルを追及する形に変更するべきだと訴えたのである。
これには当然、強い反発を受けた。しかし、この日から三日間かけて、様々な角度から議論を繰り返し、控え室に居た社員達に多くの数字を試算させて徹底的に検討を行った。
結果、フラウホーンの意見は認められ彼がCEOの椅子に座ることになった。
弱冠27歳の若いCEOの誕生である。
その後の彼の功績は、既に伝説となっている。今では、多くの経営者達が、彼に意見を求めて面会を求めるし、GEの製品をどうにか自国で販売したい弱電企業などがGEに足を運ぶようになった。
そこまで思い出した頃に、フラウホーンが閃いた!とでも言いたげな顔で言う。
「そうだ。あのコミュニストの首領の顔岩を掘って、機関銃で蜂の巣にした後に爆弾で爆破しよう。そうすれば、株主達も我々が必ずコミュニスト共に必ず復讐を成し遂げ、その損失を埋める覚悟があるという意思を明確に感じ取れるだろう!」
「ああ……その話時間がかかるか?」
フランシスはこの時適当に返事をして、話を流したことを後悔することになる。
後日、このパフォーマンスを株主達を集めて行い、ドン引きされ、その印象を払拭するためにフランシスが奔走するはめになったからだ。
しかし、フランシスは現在のポジションを譲るつもりは無い。
彼にとって、この突拍子もない発想をする男と共にGEに生涯をささげるのは、なんの後悔もないことなのだから。
次は本編です。
なるはやで更新します。
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