魔法科高校の劣等生 ~世界をひっくり返す錬金術師~ (カイナベル)
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入学編
入学編 第一話


 お待たせしました。前作の入学編まで手直しが終わったので投稿させていただきます。
とはいってもそこまで変わっているわけではないのですが、大きく変わっている部分もあるので、そこを見つけるのも楽しみと思って読んでいただきたいと思います。

 それではお楽しみください。

※前作UA一万越えありがとうございます。更新を停止した後もここまで行くとは思いませんでした…。




 

「……私のこと、好きなの?」 「うん。僕はお姉ちゃんのことが好き」 「ずっと忘れないでくれる?」 「うん」 

 

「じゃ、私からの最初で最後のお願い、聞いてくれる?」

 

 何故最後なのか、その時は全く分からなかった。だが無知で無力なその時にはただ頷くことしかできなかった。

 

「うん」「絶対に守ってね」「分かった。絶対に守るよ」「じゃあ、私からのお願い。それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朝か」

 

 随分と懐かしい夢だった。できる限り見たくはないものだが。見た夢の内容を何とか忘れようとしながら、ベットから滑り落ちるようにして起きる。寝ている間に汗を結構かいてしまったようなので俺がこのあと一番先にやるべきことが決まった。シャワーを浴びるために風呂場に向かう。熱いシャワーを浴びてまだ寝ぼけ眼な目をはっきりとさせる。今日はとてもよく眠れた。目つきが悪いうえに不眠症の気がある俺にとっては吉日だ。まあ今日は全学生の吉日であることには違いないのだろうが。シャワーで汗を流した後は朝食をとる、もとい一人暮らしなので朝食を作るためにキッチンに向かう。すると誰もいないはずのキッチンからお湯を沸かしている音がする。恐らく俺が起きたのを察してお湯を沸かしてくれているのだろう。

 

「おはようございます。マスター」

 

「ああ、おはよう」

 

「コーヒーのためのお湯と今日のご朝食でお使いになると思われる材料をお出ししておきました」

 

「ああ、ありがとう。それともう一つ頼みたいだが、今日の朝食は作ってくれないか。いまだに血糖値が上がらなくて頭が働かん」

 

「了解しました。十五分ほどお待ちください」

 

 優秀な使用人が淹れてくれた紅茶をすすりながら、ソファーに腰掛ける。ちなみに紅茶は紅茶でもミルクたっぷりのミルクティーだ。家で愛用している小型端末を手に取り、今日のニュースを確認する。内容は特に面白みもない平凡な内容だった。しいて言うならば今日は魔法科高校の入学式が今日だということぐらいだ。それ以外には特になんてこともない平凡な日。それが俺の印象だった。ミルクティーを飲みながら、ソファーに座ってぼーっとしていると、やっと頭が回ってきた。

 

「マスター。朝食が完成しました」

 

「分かった。今行く」

 

 ソファーから立ち上がり、食事用のテーブルに着く。手を合わせて食事の際のあいさつをする。

 

「いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ごちそうさまでした」 

 

 相変わらず優秀な使用人だ。朝でもサクサク食べられてしまう旨い飯だ。

 

「マスター、今日は私はいかがいたしましょうか?」

 

「今日は特にやることがないから、家の警備をしながら自分のメンテをしておけ。あと今日は歩いていくとあいつに伝えておけ」

 

「了解しました」

 

 今日についての予定を伝えた後、部屋に戻り出かける準備をする。寝間着を脱いで洗濯籠に入れ、そして今日俺が入学する国立魔法大学付属第一高校の制服に手早く着替える。着替えた後は特に家にとどまる意味もないのでさっさと出発するためにリュックを持って玄関に向かう。靴を履いて誰がいるわけでもないが挨拶をしながら家から出る。

 

「行ってきます」

 

「行ってらっしゃいませ。マスター」

 

 車のクラクションがガレージから聞こえてくる。がそのことは右から左に受け流し、優秀な使用人に一言文句をつける。

 

「おい、さっきから聞いていたが俺のことをマスターと呼ぶな。俺のことは名前で、園達 錬(そのだて れん)と呼べ」

 

「了解しました。改めまして、行ってらっしゃいませ」

 

返された挨拶を背中に受けて俺は家から出て学校から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「納得できません!」「まだ言っているのか…」

 

 校門から校内に入った途端、興奮した声が聞こえてきた。声の方向に目を向けると一組の男女が言い争い…もとい、興奮した女子生徒の方を男子生徒の方が諫めていた。なかなか入学式の前にこんなことを目にする機会はないのでついつい気になってしまい、聞き耳を立ててしまった。

 

「なぜ!お兄様が補欠なのですか?入試の成績はお兄様は同率トップではありませんでしたか!本来なら私ではなくお兄様が新入生総代を務めるべきですのに!」

 

「魔法科高校なんだからペーパーテストより魔法実技が優先されるのは当然じゃないか。俺の実技能力は深雪も知っているだろう?自分でも二科生徒とはいえよくここに受かったものだと、驚いているんだけどね」

 

「そんな覇気のないことでどうしますか!勉学も体術もお兄様に勝てる者などいないというのに!魔法だって本当なら」

 

「深雪!」

 

 今まで優位に言い合いを制していた女子生徒の方が男子の一喝で口を閉ざしてしまった。

 

「分かっているだろ?それは口に出しても仕方がないことなんだ」

 

「…申し訳ありません」

 

 今度は男子生徒の方が優位に話し始めた。

 

「深雪…。お前の気持ちはとても嬉しいよ。俺の代わりに怒ってくれるから、俺はいつも救われている」

 

「嘘です」

 

 なんだか甘い空気が漂い始めた。何だ、ただののろけかと思い、すでに興味もない状況だったので、もはやここまでかなと思い、その二人から視線を外す。辺りを見渡し、手ごろな本が読めそうな場所を探す。すると手ごろなベンチを見つけたのでそこに向かう。ベンチに向かう途中で最後に目に映った二人は甘い空気を周囲に振りまきながら、女子の方はくねくねと動き、男子はそれを見て困惑の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣は開いているか」

 

 読書をしていた手元のハードカバーの本から声の主に目線をあげると先ほど言い争いをしていた男子が立っていた。

 

「ああ、空いているぞ」

 

「すまない。失礼する」

 

 隣に誰が座っていようとあまり関係ないため、俺の隣を快く譲る。男は隣に座ると携帯端末を取り出した。俺はまた本を読もうと本に目を落とした。するとハードカバーという今では絶滅危惧種となってしまった貴重品が気になったのか男が話しかけてきた。

 

「今時珍しいな。ハードカバーの本とは」

 

「ん?」

 

また男の方に目を向けると男の目、男の関心は俺の手の本に向いていた。

 

「ああ、すまない。情報端末が発展した今、ハードカバーの書物は珍しいと思ってな」

 

「ああ、こちらの方が本を読んでいる感じがしてな」

 

「そうか。紹介が遅れたな。俺の名前は司波 達也だ」

 

「…俺は園達 錬だ」

 

 本を持ったまま、名前を言う。言い終わるとまた本に目線を向け、そのままの状態で今度はこちらから質問を投げかける。

 

「さっきの女性はどうしたんだ?」

 

「ああ、あれは俺の妹でな。今は入学式のリハーサルに行っている」

 

「そうか」

 

 会話が途切れる。が、俺にとってはさっきの質問も形式的なものだったので会話が途切れようとあまり関係ない。それは向こうにとっても同じなようで向こうもそれを気にせず自分の端末に目を向けた。互いに干渉しあわず黙々と小説を読む。途中ウィードだなんだと聞こえたがそれすら俺には不必要な情報だったので脳内に残すことを完全に拒絶し、小説の文字のみに集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新入生ですね。開場の時間ですよ」

 

 入学式まであと三十分といったところで頭上から声を浴びせられた。本から目を離し見上げるとそこには小柄な女性が立っていた。が直後に目に映ったのは胸の八枚花弁のエンブレムと左腕に巻かれたCADだった。CADを携行しているということは彼女は生徒会役員、もしくはそれに近しい人物なのだろう。まあ、興味がないが。彼女の言う通り会場には入れるということでもう会場に入ってしまおうと思い、会釈をして会場に向かおうとしたがすぐさま止められてしまった。

 

「感心ですね、スクリーン型ですか。それにそちらの彼はハードカバーの書籍ですか」

 

 達也の方を向きながらその言葉を口にした後、ゆっくりとこちらを向き、達也と俺が同時に見えるようにする。

 

「仮想型は読書に不向きですので」

 

「こちらの方が読書をしているという感じがするので」

 

 達也、俺の順で答える。俺としては早く会場に入ってしまいたいのだがどうやらそうもいかないらしい。

 

「動画ではなく読書ですか。ますます珍しいです。あっ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます」

 

 生徒会長兼十師族というエリート中のエリート、超大物だった。数字付き、その中でも十師族は日本の魔法師の中でも最上位に位置する人物たち。さすがにこの人物は頭に留めておかなければならない。

 

「俺、いえ、自分は、司波達也です」

 

「…園達 錬です」

 

「司波達也くん…あなたが、あの司波君、それに園達君ね…」

 

 意味ありげに俺たちの名前を復唱する。その後に続けて言葉を紡ぐ。

 

「先生方の間では、あなた方の噂で持ちきりよ。両者ともに入学試験、七教科平均、百点満点中九十六点。魔法理論と魔法工学は両教科とも小論文含めて文句なしの満点。さらに園達君に至っては魔法実技もトップで堂々の総合一位だって」

 

 達也が目を見開きながら、こちらを見てくる。

 

「ということはお前は総代を断ったということか?」

 

「まあそうなるな」

 

「どうしてか教えてもらってもいいかしら?」

 

「単に面倒だったのと、俺には新入生総代なんて御大層なものは似合わないからですよ。結果論であっても今総代をやっている人物の方があっているでしょう」

 

「総代を面倒って…。そんなこと普通は言えないわよ…。少なくとも私にはまねできないわ…」

 

「そろそろ時間になりますので……、これで失礼します」

 

 そろそろ会場に入らなければならないので俺はその場を去る。ついでに達也も便乗してその場から立ち去る。会長は少し納得いかないような表情をしながら、その場を立ち去ることを了承した。すると、横を歩いていた達也が俺に向かって質問を投げかけてくる。

 

「園達。つかぬことを聞くが筆記、実技両方一位というのは本当か?」

 

「さあ?でも会長が言うなら本当なんだろうな。あと俺のことは錬でいい」

 

「まさか総代を断ったというのも本当か?随分と肝が据わっているんだな」

 

「肝が据わっているかどうかは知らんが面倒だったというのは本心だ」

 

「お前は…。まあいい、それじゃあな」

 

「じゃあな」

 

 講堂の前に着き。達也と別れる。行動の中は生徒であふれていたがその座り方の法則には一貫性があった。二つに分かれた席の前列が一科生、後ろが二科生というように分かれているのだ。俺にとってはどうでもよかったのだが、入学一日目から新入生の中で目立って面倒事を増やすようなことをしたくないので前列の端、空いているところに腰掛ける。

 

 席に着き制服の内ポケットから本を取り出すと、音をたてないように、気づかれないように読み始める。そうこうしていると、入学式が始まった。本に集中していたのもあったので、入学式の内容はほとんど覚えていない。でも新入生総代、司波深雪の魔法科高校らしからぬ総代だけは印象少し強くてかろうじて覚えていたが。

 

 入学式の後はIDカードを受け取りに行く。これを終わらせて速いところ家に帰る。それが今の計画だった。早く受け取って帰るために歩くスピードが速める。が、その行動が悪手だった。

 

「きゃっ!?」

 

 曲がり角で女の子とぶつかってしまったのだ。女の子はぶつかった衝撃で転んでしりもちをついてしまう。

 

「すまない。大丈夫か?」

 

「あ、はい…」

 

 俺は手を差し出す。するとその少女は俺の手の意図を理解したのか俺の手をつかんでくる。俺が引き上げ立ち上がらせるとどうやら女の子の連れがやってきたようだ。

 

「もう、ほのかのドジ。先にIDカードを取りに行けばいいって、だから言ったのに」

 

「ご、ごめん雫。そ、そっちの人も大丈夫ですか」

 

 俺の方に向き直り、謝ってくる。そこまで強くぶつかったわけではないので特に何があるわけではないので彼女の方が気が済まなかったのだろう。俺もそれなりの対応をする。

 

「いや、こちらも急いでいて周りが見えていなかった。申し訳ない」

 

「いえ、そんな。あ、一科生の方ですか。私、光井ほのかって言います。この子が…」

 

「北山雫です」

 

「…園達 錬だ」

 

「園達さんですか。よろしくお願いします」

 

 光井さんが深々と頭を下げてくる。北山さんも光井さんほどではないが頭を下げてくる。俺もそれに応えるように頭を下げる。

 

「…よろしく。俺急いでるから先に行かせてもらうが構わないか?」

 

「あ、はい!どうぞ!」

 

 彼女たちには悪いが、今日はもう早く帰りたいので小走りでIDカードを受け取る窓口に向かう。これ以上学校には留まりたくないのでささっと彼女たちのもとから立ち去る。その後はIDカードを受け取り、誰とも話すことなく迅速に帰宅した。

 

 

 

 

 

 一方、置き去りにされた彼女らは少しの間、と言っても五秒ほどだが硬直したがすぐに復活した。

 

「ちょっと目つきが怖かった…、けど優しい人だったね。ってどうしたの雫」

 

 見ると雫がムスッとしている。

 

「ほのかばっかり話して私ほとんど話せなかった…」

 

「え、あ!ごめん雫。ごめんってば~!」

 

 入学早々彼女たちの信頼関係にひびが入りそうになっていた。まあその程度でひびが入ることはないのだが、それは読者と作者のみぞ知る、といったところだった。

 

 

 

 




 いかがだったでしょうか。この作品もこんな感じでゆるゆる更新していきたいと思います。これからもご愛読していただけると幸いです。

 あと評価ご感想お待ちしています。(悪い評価をつけていただくのはウェルカムですが、その場合、できる限り理由をつけていただくと幸いです。評価だけではどう直せばいいのか分からないので)



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入学編 第二話

 連続投稿です。前作の第一話にあたる部分までは今日中に投稿します。

それではお楽しみください。


 入学式が終わって二日目の朝、一般的な学生ならまだ高校入学の興奮が冷めず気分が高揚している事だろう。しかし、錬に関していえば全くの逆で眠れないことによる最悪のテンションと身体の倦怠感とともに二日目を迎えた。いまいち寝付くことができなかった。

 

「おはようございます、錬様。そのお姿を見る限り、寝付けなかったご様子ですが。目の下にいつものようにクマが。」

 

「…ああ。悪い、栄養ジェルくれ。」

 

「朝食は体調の基本。ちゃんとお食べになるべきなのですが…。」

 

「分かってる…。」

 

 俺お手製の3Hに入って話す使用人、もといアストラから栄養ジェルを受け取る。ちなみにこのAI・アストラは俺が作ったAIで名前は星々の神アストライオスから取っている。この名前は俺の魔法にも関わっているのだが…、それは後々話すことにしよう。今日は朝食をとる気分ではないのでジェルで手早く栄養補給だけでもして、学校に向かう。

 

 キャビネットに乗って学校に着くとどうやら少し学校に来るのが早かったらしく校内にいる人はまばらで教室にいるのもかなり少なかった。自身に充てられた端末を見つけて手早くインフォメーションのチェックと受講登録を始める。インフォメーションをざっくりと読み解き、画面に様々な情報を高速で打ち込んでいく。ちなみにだが視線ポインタや脳波アシストという便利なものが世に出回っているが俺はキーボードオンリー派だ(かなり少数派であるが)。俺はこっちの方が得意だし、視線ポインタや脳波アシストはいまいち好かん。というわけでこの方法を使っている。それにこっちの方が慣れると速いのだ。

 

 おおよその情報を打ち込み終わり、あと少しで終わる、といったところで俺の斜め後ろから声が聞こえた。

 

「す、すごい。こんな速さ見たこと無いよ」 「うん、私の周りにもこんな速さで打ち込む人いなかった。」

 

 顔を上にあげ、声の主を確認するとこっちを、正確には俺の端末をじっと見つめている光井さんと北山さんがいた。

 

「…何か用か?」

 

「あ、いえ、何でもないんです。ただキーボードだけであんなに早く打つ人を初めて見たので…。」

 

「慣れればこれくらいだったら誰でもできると思うが?」

 

「慣れてもあの速さで打てる人はいないと思う。あと私のことは雫でいい。」

 

「ええ!じゃ、じゃあ私もほのかでいいです!」

 

「分かった。俺のことも錬でいい。それじゃあ改めてよろしく、雫、ほのか。」

 

       

 

             ざわっ

 

 

 

 

 ほのかと雫に挨拶をすると、教室がざわめき始める。教室の出入り口を見ると、新入生総代を務めた女子、達也の妹の司波深雪が立っていた。司波深雪が近づいてくる生徒たちに誰もが感心するような挨拶をしている。チラリとほのかたちの方に目線を向けるとほのかがそわそわしていた。どうやら司波深雪に挨拶に行きたいらしいが戸惑っているようだ。

 

「……挨拶に行くのであれば、早いほうがいいと思うぞ。」

 

「そうだよ、ほのか」

 

「わ、分かりました。…で、でも緊張するから雫ついてきて…。」

 

 ほのかが雫を引き連れて司波深雪のもとに挨拶に行った。途中で焦りすぎて自分の脚に躓いていて転んでいたが、それが吉となったのか、挨拶から良い関係が築けた様だ。一方の俺は残りの情報を端末に打ち込むために机に向き直る。さっさと残りを打ち込み、学内資料でも検索して読んでいようと思い何を読むかを考えていると、誰かが俺の横に立っているのが横目に映る。その人物を確認するために机に向けていた身体を横に向ける。

 

「…何か用か。」

 

「初めまして、園達 錬さん。司波深雪と申します。」

 

「知ってるよ。達也の妹だとか。昨日の答辞、とても素晴らしいもので、惚れ惚れしてしまったよ。」

 

形式的に昨日の彼女の活躍を褒め称える。

 

「入試成績総合一位の方に褒めていただけるとは光栄の極みです。お兄様からもお噂はかねがね。」

 

 深雪の突然の皮肉が込められたカミングアウトにクラスがざわめく。反応は各々であるが全員から見て取れるのは驚きの感情。全員の視線が俺たち二人に集中する。

 

「なぜ総代をお断りしたのですか?」

 

顔を近づけながら、問いかけてくる。

 

「達也から聞かなかったのか?面倒だったから降りたって。」

 

「……本当にそれだけですか。」

 

さらに顔を近づけてくる。

 

「ああ、嘘偽りなく本当だよ。あと顔近い。」

 

「あ、すいません…。」

 

司波さんが顔を遠ざけていく。

 

「申し訳ありません。疑ってしまって。それでは改めて。私は司波深雪、気軽に深雪とお呼びください」

 

「…園達 錬だ。錬でいい」

 

 改めて自己紹介をする。その直後に予鈴が鳴り、皆が席に着く。席に着こうと横を通り過ぎた雫の目はまるで「一位だったこと隠してたんだ。」と言わんばかりだった。別に話す必要もないとは思うが。

 

 ガイダンスも無事に終わり、これから専門課程の授業見学だ。これからどこをふらつこうかと机から離れ教室から出ようとすると、背中から声がかけられた。振り向くと、深雪、ほのか、雫の三人が立っていた。

 

「錬さん、よろしければこれから一緒に回りませんか?」

 

 一緒に回らないかと、誘いを受けた。男子たちの怨嗟の視線が集中するが、俺はそんな視線では動じるようなタイプでないと自覚している。

 

「とても嬉しい提案ではあるが遠慮させてもらう。別で見たいところがある」

 

「そうですか…」

 

 男子からの怨嗟の視線が強まる。やれやれ誘われて恨まれ、断ったらなおのこと恨まれるとは。俺は一体どうすればいいのだろうか。深雪たちに軽く謝罪をし、教室から出る。最後に教室の中に見えたのは我先にと三人組を誘おうとする男たちの姿だった。その後軽く一周見て回ったところで校舎の隅で本を読んでいた。それこそ下校時刻になるまで。

 

 放課後になり、そろそろ帰宅しようと重い腰を上げ校門へ向かうと、何やら校門のあたりが騒がしい。面倒事は嫌いなので、さっさと逃げ帰りたいが、帰るときにどうしても隣を通ってしまう。騒ぎの中心は達也、深雪、ほのか、雫、名前を知らない多数の男女に対して生徒会長ともう一人がCADを向けていた。何かしらのトラブルを起こしたらしい。しかも魔法関係の。できるだけ気づかれないように横を通り過ぎようとしたら、そうもいかん、と言わんばかりに雫が声をかけてきた(もっとも巻き込もう、という意思はさらさらないのだろうが)。

 

「あっ、錬さん」

 

 面倒ごとの臭いを本能的に嗅ぎつけ、ため息が出そうになるがそれをぐっとこらえ、返答する。

 

「どうしたんだ?」

 

「ちょっと深雪関係で」

 

「ふーん。それでどっちかが魔法を使おうとしたと」

 

「…随分察し良いね…」

 

 雫の関心がこちらへ向いているときに会長の隣の人が大声を発する。

 

「会長もこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことの無いように!」

 

 雫たちが一斉に頭を下げる。警告をした女子生徒、後々に知ることになった風紀委員長は踵を返して後ろを向く。

 

「君の名前は?」

 

「一年E組、司波達也です」

 

 達也と風紀委員長のやり取りをよそに七草会長がなぜかこちらに近づいてくる。それもかなり笑顔で。かなり間合いが詰まり、とうとう接触するといったところまで近づいてきたとき、ふいに顔を俺の耳元に近づけてきて

 

「ちょうどよかったわ。明日お昼休みに生徒会室に来てくれる?」

 

と小声で言ってきた。

 

「おい、真由美、行くぞ」

 

 会長が風紀委員長に呼ばれて、小走りで帰っていく。一体何だったんだ。すると達也たちが向こうの一科生との不毛なやり取りを終えてこちらに向かってくる。

 

「すまなかったな。巻き込んでしまって」

 

「気にするな。俺は終了直前で現れただけだ。それよりも…」

 

「…ああ、俺の力か。俺はこの力より実技の能力が欲しかったんだがな…」

 

「それでもすごいと思うぞ。なかなかできることじゃない。それに後ろの女子の動きも恐らくすごいんだろ?今年の二科生は粒ぞろいなのか?」

 

「へえ、わかるんだ。なんでそう思うの?」

 

「あっちの一人がCADを落としてたしな。そっちのデカい方は距離が若干遠かったし、警棒持ってるあんたが叩き落としたんじゃないかと思ってな」

 

「すげえ洞察力だな。でもデカい方っていうのは余計だ」「ちょっと見ただけでそこまでわかるのね…」

 

 感嘆の声が上がる。別にこんなのはただの推理力でしかない。今回は場を見て推理してたまたま当たっただけに過ぎない。

 

「おっと、紹介が遅れたな。改めて、俺は西城レオンハルトだ。よろしく」

 

「私は千葉エリカ。よろしくね。ほら美月、あなたも挨拶して」

 

「うん、私は柴田美月です。どうかよろしくお願いします」

 

達也と一緒にいた三人が挨拶をしてくる。

 

「俺は園達 錬だ。…錬でいい」

 

「おう、よろしくな!」

 

レオが気さくに返してくる。俺はそれを聞きながらほのかたちの方を向く。

 

「挨拶するなら、今のうちだぞ」

 

「そうだね。私は北山雫」

 

「わ、私は光井ほのかです」

 

 二人が挨拶を終えたところで達也が口を開く。

 

「さて、いつまでもここに止まっているわけにはいかないし、帰ろうか」

 

「そうですねお兄様。ほのかたちも一緒にどうかしら?」

 

「ぜ、ぜひお願いします!」

 

「俺はパスさせてもらう。ちょっと用事があって早く帰らなきゃならなくてな」

 

「そうか。それじゃあな」

 

「じゃあな」

 

 全員が先に帰る俺に向かって手を振って優しく見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学してから三日目、今日も寝付けなかった。目の下のクマの色が濃くなってくる。俺にとっては日常のことなので何とも思わんが、心配されるのはごめんだ。

 

「おはようございます、錬様。また今日もですか」

 

「…栄養ジェルと、栄養ドリンクくれ」

 

「今日はジェルでなく、こちらをお飲みください」

 

 そう言いながら、野菜ジュースを差し出してくる。俺は乱雑に受け取り、一気に流し込む。弁当を作るためにキッチンに立つ。今ではHALなどがあり、自分で作る必要性はないのだが俺は自分で作る派だ。

 

 手早く弁当作りを済ませ、学校に向かう。途中で司波の兄妹と遭遇した。一緒に登校することになり、その後さらにレオたちと合流した。六人で学校に向かい駅からの道を歩いていると、

 

「達也くーん」

 

 後ろから会長が駆けて来る。面倒ごとの臭いがし、今すぐにでも逃げようかと思ったが、それを察した達也が俺の進行方向に立ち塞がる。

 

「達也くんに錬君、オハヨ~。深雪さんもおはようございます」

 

「……おはようございます」

 

挨拶を返す。他の面々も同様だ。

 

「何でしょうか、会長」

 

挨拶ついでにわざわざ走り寄ってきた理由を聞く。

 

「今日、少しお話があるのですけれどお昼はどうするご予定かしら?」

 

俺はあえて何も答えない。

 

「食堂でいただくことになると思います」

 

「達也くんと一緒に?」

 

「いえ、兄とはクラスも違いますし…」

 

 軽く達也の方を向き、俯き加減で深雪が答える。

 

「深雪、お前がそんなことを気にする必要はない。もっと自由にしていいんだ」

 

 達也が深雪の頬に手を当てながら答える。なぜあの空気から、こんな甘い空気が出せるんだ。レオとエリカは完全に呆れかえってるし、美月は顔を赤くしている。会長が甘い空気を変えるようにして提案をする。

 

「じゃあ、生徒会室でご一緒しましょう!生徒会室にはダイニングサーバーもあるからそこで昼食も取れるわよ」

 

「でしたらお言葉に甘えさせていただきたいと思います。昼にお伺いさせていただきます」

 

「そうですか。それじゃあまたお昼休みにね」

 

 達也たちとの会話が終わり、やっと解放されると思ったら、会長が近づいてきて耳元に背伸びをして顔を近づけると、

 

「逃げちゃだめよ?」

 

 と小声でささやいてきた。そのささやきは俺には小悪魔のささやきにしか聞こえなかった。その後スキップをし出しそうなくらい軽やかな足取りで去っていった。まるで台風のようにやってきて去っていった。台風一過を迎えた六人、その中でもさらに一人が重い足取りで学校に向かっていった。俺は学校に向かう道中でこんなことを考えてしまった。

 

「昼休みなんて来なければいい」と。

 

 

 




 いかがだったでしょうか。なんかこの話が一番変わっていない気がする。でもほかの話には変わっているところがあるので、その話まで待っていてください。

それでは読んでいただきありがとうございました。


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入学編 第三話

今日最後の投稿です。これ以外に話すことはない!

それではお楽しみください。


 

 午前の課程が終わり、やっと迎えた昼休み。生徒会室に呼ばれているという約束があるが、どうにも嫌な予感しかしない。面倒ごとに巻き込まれるような。三十秒たっぷりと考えた末、俺は逃げるという選択肢をとった。だが現実は非情である。教室から誰にも見つからないように誰もいないところに逃げようとしたところで、深雪と一緒にいる達也に見つかり、首根っこをひっつかまれた。なんとか逃げようともしたが、どうしても逃げることができず、引きずられながら生徒会室に向かうこととなった。

 

 生徒会室の前に着くと先頭にいた深雪がインターホンを押し、入室を請う。俺はその間も軽く逃げようとしていたが、どうしても振りほどけず逃げることは敵わなかった。まあ、抵抗は見た目しているだけで逃げられないとわかっているので抵抗にもうその意はなかったのだが。生徒会室に入り軽くお辞儀をする。まあ、生徒会室にいる方々は深雪の礼儀作法のお手本のようなお辞儀に目が行っていたが。そのあと会長に促され、長机の椅子にに着く。深雪が一番上座に近く、俺が一番下座、達也が俺たちの間だ。席に着きダイニングサーバーで頼んだ料理を待っている間に一年の軽い挨拶を行う。その後、生徒会室にいたメンバーの紹介が行われる。

 

「入学式で紹介したけれども改めて紹介しますね。一人あの時聞いてなかった人もいるみたいですし」

 

 会長の冷ややかな視線が一番下座の俺に向く。なんでばれてるんだよ。

 

「私の隣が会計の市原鈴音、通称リンちゃん」

 

「…私のことをそう呼ぶのは会長だけです」

 

 確かにその呼び方は合わない。顔の各パーツがきつめの印象だが整っている。会長が美少女であるならば、こちらは美女といったところか。

 

「その隣は知っているわよね?風紀委員長の渡辺摩利」

 

「よろしく」

 

「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」

 

「会長…お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください!私にも立場というものがあるんです!」

 

 会長に反論する小さな生徒会書記。会長が美少女、会計の市原先輩が美女だとすると、この先輩はまるで小動物。なるほど、これでは『あーちゃん』だ。

 

「もう一人の副会長のはんぞーくんを加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」

 

 生徒会役員ともう一人の紹介が終わると同時にダイニングサーバーのパネルが開いた。すると、会長の提案で食べながら話をすることになった。

 

 

 

 ダイニングサーバーからの料理を食べている五人と弁当を食べている二人が生徒会室であたりさわりのない会話をしながら、食事を楽しむ。

 

「そのお弁当は、渡辺先輩がご自分でお作りになられたのですか?」

 

 会話の中で深雪が渡辺先輩の弁当について触れた。

 

「そうだが…意外か?」

 

 からかうようにして口元に笑みを浮かべながら質問を返してきた。だがその答えは深雪ではなくその隣の人物から怯むことなく返された。

 

「いえ、少しも」

 

 達也が渡辺先輩の指に視線を向けながら答える。

 

「……そうか」

 

 答えに対する応対に詰まったのか、それ以外で答えることができないような応答をしてくる。

 

「私たちも、明日からお弁当にいたしましょうか」

 

「それはとても魅力的だが、食べる場所がね……」

 

「そうですね、まずそれを探さなければ……」

 

また始まったよ。この甘い空気。一体一日に何度出せば気が済むんだ。

 

「ところで、錬君の弁当も自分で?」

 

市原先輩がいちゃいちゃしている兄妹をよそに俺の弁当について聞いてくる。

 

「ええ。料理はやっていて結構楽しいので。それに実験にもなるので」

 

「そうですか」

 

 市原先輩が俺の話している内容に触れたくないのかまた顔を元の方向に戻してしまう。それによって会話が途切れ訪れる沈黙。静まった空間を嫌うように会長が今回の本題に入る。深雪が生徒会役員に入るように誘われ、達也を入れるように画策するが、生徒会役員には一科生しか入れないということにより断念。

 

 しかし、渡辺先輩の進言により、風紀委員は二科生でも入れることがわかり、渡辺先輩、七草会長、そして深雪によって達也の風紀委員入りが八割がた決定した。そして話題は達也から俺に向いた。

 

「本来生徒会には、入試成績一位、つまり錬君にも入ってもらう予定だったんだけど…。総代を断られちゃったし、生徒会に入ってもらうのは断念するとしても…」

 

「こちらとしても優秀な生徒を遊ばせておけるだけの余裕はないんだ」

 

「というわけで、錬君には風紀委員に入ってもらいます」

 

「………条件、というかお願いしたいことがあるんですが」

 

「何だ。行ってみたまえ」

 

「デスクワーク専門がいいんですが…」

 

「緊急時にそれを押し通すことはできないが…、普段であれば構わないだろう」

 

 風紀委員長の渡辺先輩が了承してくれる。この条件であれば入ってもいいだろう。なぜか聞こえてきた「何故風紀委員が事務仕事ができないことがばれているんだ?」という言葉には不穏さしか読み取れなかったが

 

「それであるならば謹んでお受けさせていただきます。」

 

 こうして俺は風紀委員に入ることを了承したが達也はまだ納得できないらしく、続きの話を放課後に話すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の課程が終わり迎えた放課後。俺の話はすでに終わっており、再度生徒会室に向かう、こともないのでさっさと帰ろうと思ったら、昨日とは違うベクトルのトラブルに巻き込まれた。森崎グループに一緒に帰ろうと誘われたのだ。どうやら深雪には番犬達也がついているため近づけず、それなら。と思ってこっちに来たようだ。普通ならば素直にOKというところなのだろうが昨日のトラブルで俺には悪印象しかない。やんわり断って帰ろうとしたが、すでにその時には半包囲されており、逃げようにも逃げられなかった。

 

 こうして俺は森崎グループと一緒に帰宅していた。森崎たちが俺をほめるようにして話しかけ、それが俺が表向きは謙遜するように返す。このやり取りが三回ほど続いた時、唐突にリーダー格の森崎が口を開いた。

 

「園崎君、単刀直入に言おう。君は今すぐあの二科生との付き合いをやめるべきだ」

 

 森崎の声に同調してほかの連中も同じように声を上げる。

 

「……一応理由を聞いておこうか」

 

 俺も返答する。すると、森崎の顔つきが変わる。どうやら一応の意味を「付き合いをやめるつもりはない」という様にとらえたらしい。まあ、間違ってはいないのだが。

 

「何故かって、あの二科生たちは入試成績一位の君に悪影響しか与えられないからじゃないか!」

 

 一体その言葉を何を根拠に話しているのだろうか。俺からしてみれば自衛以外の使用を禁じられている魔法を使おうとした犯罪者まがいのお前たちといる方があいつらより学ぶことは少なそうなんだが。

 

「二科生から学ぶことがないなんてことはないと思うが。それに俺に友人を雑に扱う理由なんてないよ」

 

「な!?二科生が友人!?」

 

その言葉を発した森崎は溜息を吐きながら、言葉を発する。

 

「入試成績一位だと聞いてみたから話してみたが、君には失望したよ…。君には一科生としてのプライドはないのかい?」

 

「プライドで魔法力が成長するのであれば、俺はぜひそのプライドとやらを持たせてもらおう」

 

 さっきまでの褒めるような口調と違って今度は蔑むような口調で言葉を発してくる。いったいこいつらに俺の何がわかるのだろうか、と思うし、このまま言われるのはいまいち癪なのでとりあえず言い返すことにする。すると、これがよほど刺さったのか、今までの口調が嘘のようにたどたどしくなる。

 

「な、な!?」

 

「俺は別に学校に友人と乳繰り合いに来ているんじゃない。学校に学びに来ているんだ。学ぶことを妨げるようなプライドならそんなもん捨てちまえ」

 

 森崎たちは何かを言おうとしているが言ってこない。このまま行っても俺に言い負かされると予感しているのだろう。居心地の悪い空気が流れる。これ以上この空気の中にはいたくない。

 

「じゃあ俺はこっちだから失礼させてもらう」

 

 答えも聞かずに俺はその場を立ち去る。森崎たちと早いところ逃げたかったのだ。あのまま一緒にいたら、さらに険悪な空気が流れる臭いがプンプンしていた。森崎たちと別れてキャビネットに乗り、家の付近までやってきた。ここからは家まで歩くだけなのだが、どうもそうはいかないらしい。

 

 先ほどから何者かに尾行られている。俺が気付いている分からせるためにわざとと裏路地に入っていくと、途端に取り囲んでくる。

 

「園達 錬だな」

 

「…誰だお前らは」

 

「お前に話す必要はない」

 

「……プロっぽく見せた素人か…」

 

「!!」

 

「すぐに後ろから襲わなかった時点で素人丸出しだ」

 

「そんなことを言っていていいのか。お前は囲まれていることを自覚した方がいいな」

 

 にやけながら、ナイフを出してくる。周りのやつらも鉄パイプなどの武装をしている。

 

「お前は魔法師だがこんな街中では魔法は使えないだろう。おとなしく捕まる方が身のためだぜ?」

 

 じりじりと間合いを詰めてくる。仕方ないので撃退用の武器を取り出す。

 

「覚悟はいいな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと普通に帰宅した。あの連中は護身用のテイザー銃やスタンガンで撃退した。それにあれらが無くても暴漢をあしらうくらいの実力はあるつもりだ。

 

「おかえりなさいませ。錬様。少々の戦闘の痕跡が見られますが?」

 

 家に入るとアストラが迎えてくれる。それに少しの衣服の汚れで戦闘を見抜くとは優秀な使用人だ。

 

「単純な悪漢だ。大した問題じゃない」

 

「そうですか。今日のご夕食はどうなさるおつもりで?」

 

「今日はいつものラーメン屋に行ってくる。その後はいつも通りだ。行っている間にそのための準備をしておけ」

 

「承知しました」

 

「着替えたらいってくる」

 

「そういえばあいつの様子はどうだ?」

 

「外に出ることが最近は少ないので、ストレスが溜まっているようですね」

 

「そうか、そのうち出られるといっておけ」

 

 その会話をしながら、私服に着替える。とはいっても簡素なパーカーである。私服なんて一、二枚しかもっていない。

 

「よし、行ってくる」「いってらっしゃいませ」

 

 家から出てなじみのラーメン店に向かう。ちなみに俺はまあまあの麺好きだ。一週間に一度ほどは行く。ラーメン屋が近くにあるだけでほかの麺類も大好きだ。

 

 さっきみたいに悪漢に襲われる。俺にとっては珍しいことじゃない。俺の魔法はかなり特殊であり、使い方によっては大きく世界がひっくり返るほどの力だ。この生活にも慣れてはいるが、つらいことの方が多かった。だが、高校で知り合った兄妹やその周りを取り巻く環境、それに出会ったことでこれから楽しくなっていくような気がする。不確実なことは信じないタイプだが今回は信じてもいいと思う。…これからの研究も捗りそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様、それは?」

 

「園達 錬のパーソナルデータだ」

 

 深雪が俺の持っている端末を覗き込みながら、問いかけてくる。彼に違和感を感じ、俺の師匠、九重八雲に調べてもらったものだ。悪いやつではないのだろうが、深雪に勝る魔法力、自慢ではないが同世代には負けない自信があった俺の知識も上回る能力に違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「どのような内容だったのですか?」

 

「…必要最低限の情報しか載っていない。個人情報はわかっている。がそれしかわからない。魔法力も過小評価されているくらいだ」

 

 深雪が軽く驚きの表情を浮かべる。軽くでしかないのは深雪も違和感を覚えていたからだろう。それにしてもこの結果はおかしい。ここまでパーソナルデータを隠蔽するのは一般人では普通出来ない。

 

「となると、何か大きな力が後ろにいる可能性が…、ナンバーズ…もしくは十師族のような…」

 

 すると深雪が俺の考えていたことを読んでいたかのように言葉を発する。

 

「…今は何とも言えないがその可能性もある。…もっと詳しく調べてもらうように師匠に頼んでみる必要があるな。最悪の場合は…、叔母上にも伝える。もう掴んでいる可能性もあるがな」

 

「そんな!それでは叔母様に貸しを…」

 

「ここまで完璧にパーソナルデータを隠蔽できる人物が後ろについているとなると俺たちだけではどうにもならないかもしれない。それにあいつが俺たちの日常を壊すような人物であるのなら……、それは必要経費というやつさ」

 

 深雪の頭を撫でながら答える。

 

「お兄様がそういうのであるならば……。……あともう一つお願いしたいことがあるのですが…。」

 

「何だい。遠慮せずに行ってごらん」

 

「…もう少し頭を撫でていただけませんか?」

 

「それくらいならばお安い御用だ」

 

 両者ともに黙り込み、静寂が広がる。リビングに広がるのは達也が深雪の頭を撫でる音だけだった。

 

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか。

もう話すことはない。

次回までお楽しみに。アディオス!


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入学編 第四話


二日続けての投稿です。

それではお楽しみください。

また評価ご感想お待ちしています。


  いろいろと特殊な部分がある魔法科高校とて普通の高等学校と同じ部分が無いというわけではない。その一つがクラブ活動だ。ただ普通の高等学校と違うのは陸上などといった一般的なものだけでなく、魔法が密接に関わってくるクラブ活動があることだろうか。話に聞くところによると、かなり活発に行われているらしくそのレベルはスポーツ名門校に並ぶほどだとのこと。その中でも優秀な成績を収めたクラブはクラブの予算、個人個人の評価など様々な便宜が図られるらしい。要するに何が言いたいかというと

 

「優秀な新入部員の獲得が部の直接的な拡大につながるということだ。」

 

らしい。ここにきて渡辺先輩の話を聞いている理由は登校している最中に会長にまた生徒会室に誘われたので昼食時にまたここに来たというわけだ。逃げようともしたが、同じように誘われていた達也に捕まり連れてこられた。そんなこんなで今は俺たち風紀委員にかかわる、クラブ勧誘期間について昼食を食べながら聞いていたところだ。

 

「だからこの期間は新入部員をめぐってちょっとどころではない程のお祭り騒ぎになる。その分トラブルも多発する。具体的には殴り合いや魔法の打ち合いも残念ながら珍しくない。」

 

「なぜ魔法によるトラブルが?CADの携行は禁止されているはずでは?」

 

静かに聞いていた達也が口を開く。

 

「この時期は新入生向けのデモンストレーションに許可が出るんだ。そのせいでより一層校内が無法地帯と化してしまう。」

 

 学校で無法地帯なんて言葉を聞くことがあるとは思わなかった。一体どれほどすごいことになるのだろうか。だがそんなことになるのならば審査を厳しくするなどの対応がなされるはずだ。達也も同じことを考えていたらしく、一瞬視線が合い、達也が俺の考えを汲み取ったのか、質問をしようと口を開こうとした瞬間、その考えが読まれたたかのように回答が会長からもたらされた。

 

「学校側としても、九校戦の成績を上げてもらいたいから、新入生の入部率を高めるために、多少のルール破りは黙認状態なの。」

 

 学校側の利益を優先して、生徒の安全を無視するのはどうかと思うが、学校側の言い分もわかるため、認めたくはないがこれに関しては仕方ないのだろうか。

 

「というわけでこれから達也くん含めの風紀委員は、今日から一週間、フル回転だ。よろしく頼むぞ。」

 

「…一つ質問が。」

 

「ん?なんだね?」

 

「錬はその中に入らないのですか?錬も風紀委員ですよ?」

 

「錬君はデスクワーク専門という条件で入ってもらっているからな。今年は欠員の補充も間にあっているし、そこまで人員不足というわけではないんだ。だから錬君は本部にこもりきりだ。」

 

 あそこまで言われた魔境に飛び込まされるようなことが無くて本当に良かった。

 

「だがこの一週間にも必要書類が大量に出るからな。事務処理もまあまあ大変なんだ。私はこの通りだし、私の部下たちも私のようなものだから、必然的に事務仕事は錬君一人ということになるな。」

 

 その程度なら問題ない。処理速度は他人よりも速い自信があるし、最悪の場合、達也に手伝ってもらえばいい。

 

「では午後の授業が終了次第、本部に集合ですか?」

 

「そうだな。二人ともよろしく頼むぞ。」

 

その後は軽く話した後、お開きとなった。これから忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故お前がここにいる!」

 

「いやさすがにそれは非常識だろう。」

 

 森崎からの怒りが多く含まれた問いが達也にぶつけられる。達也はそれを呆れ声が混じったため息で答える。だがそれは森崎のさらなる興奮を招くだけだった。

 

「なにい!」

 

「やかましいぞ、新入り。」

 

 掴みかからん勢いで聞き返すが、渡辺先輩に一喝され、森崎は慌てて口をつぐみ直立不動の姿勢になる。 

 

「この集まりは風紀委員会の業務会議だ。ならば風紀委員以外の者はいないのが道理。その程度はわきまえたまえ。」

 

「申し訳ありません!」

 

 森崎の顔はすでに恐怖で軽くひきつっている。まあ、連行されかけたのはつい先日。あの恐怖は新入生にはとても荷が重いだろう。

 

「まあいい。座れ。」

 

 森崎が青い顔のままで森崎が席に着く。俺はすでに席に着いていたので関係ないが。すると、席に着いた森崎が俺のことを睨みつけてくる。昨日のことがあっては仕方ないが。

 

「今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやってきた。風紀委員の最初の山場だ。くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすようね真似はするなよ?」

 

 自分たちの立場を再確認するように渡辺先輩が戒める。

 

「今年は卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て。」

 

 森崎と達也が立ち上がる。その二人の表情は相反しており、森崎は緊張が一面に表れており、対する達也は少しも緊張していないといわんばかりの表情だ。

 

「1-Aの森崎駿と1-Eの司波達也だ。今日からパトロールに加わってもらう。」

 

「使えるんですか?」

 

「安心しろ。二人とも使える奴だ。司波の実力はこの目で見ているし、森崎のデバイス操作もなかなかのものだった。不安なのであれば、お前が二人についてやればいい。」

 

 やめておきます、嫌味な口調で返してくる。達也の実力自体はかなり高い。森崎も百家支流の家系で“クイック・ドロウ’’という技術で有名らしい。実力自体は高いのだろう。一昨日は相手が悪かっただけで。

 

「コホン、話を戻そう。そしてもう一人。こいつは事情により少し役回りが違うんだが…。デスクワーク専門で業務をやってもらう…」

 

「「「いよっしゃあ!!!」」」

 

 先輩方が喜びをあらわにしながら立ち上がる。いきなり起こった先輩の奇行に森崎はとても驚いていた。達也は特に反応を見せなかったが。

 

「静粛にしろ!」

 

 渡辺先輩の一喝によりすぐさま静かになる。だが渡辺先輩も少し口角が上がっている。さっきの先輩の反応と言い、いったいどれだけ事務作業が苦手なんだ。

 

「立て。紹介する。1-Aの園達錬だ。よほど有事以外はデスクワークを担当する。」

 

 聞いている最中も先輩たちはガッツポーズをするなど、小さく喜びを見せていた。渡辺先輩も紹介している最中、ずっとどや顔だった。

 

「それではこれより最終打ち合わせを行う。巡回要領についてはこれまで通り。今更反対意見はないと思うが?」

 

 室内が静まり返る。異議なしという感じではないが、特に異を唱えるようなこともないようだ。

 

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。司波と森崎の両名については私から説明する。他のものは出動!」

 

 先輩たちがぞろぞろと出ていく。なぜか出ていくときに俺のことを神でも見るかのような目で見てくるがなんかもう、気にしない。その後達也と森崎がレコーダーや風紀委員のCAD学内傾向の注意点などの説明を受け、ともに巡回に出ていった。達也が二機の汎用型をつけていったときには少し驚いたが。

 

「さてと、続いては君だが。」

 

「どれだけ風紀委員の方々は事務仕事が苦手なんですか?」

 

「昼にも言っただろう。それに新入り相手に喧嘩腰になるような血気盛んな奴らが書類作業が得意だと思うか?」

 

「必要最低限ほどは出来ますよね?」

 

「恥ずかしながら一昨日までこの部屋はかなり汚かったんだ。」

 

…できないんだな。今まで組織としてどうやって成り立たせてきたのだろうが。

 

「おっと、無駄話に花を咲かせている場合ではなかった。私も巡回に行かなければ。留守番を頼むぞ。」

 

 そういうと渡辺先輩が本部から足早に出ていく。とうとう俺一人だ。手持ち無沙汰になり、達也のいじっていたCADが置いてあるところを見てみる。確かにこれをぞんざいに扱っているとなると達也が呆れるのも無理ないだろう。かなり性能がいいものもあり、決してぞんざいに扱っていいものではない。その後もゆっくりとCADを眺めていたがそれだけではすぐに飽きが来る。また暇になったので席に着いて目をつぶる。決して寝ようとしているわけではない。それから書類が来るまで一歩も動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「達也が剣術部といざこざ、ですか…。」

 

「そうだ。しかも剣術部のメンバー全員相手にして汗一つ書かなかったんだと。昨日のあれといい、あんな奴がいるなんてなあ。なあ?沢木。」

 

「そうですね。あれほどの逸材であれば、ぜひマーシャル・アーツ部に欲しかったですね。」

 

 風紀委員会本部で先輩方と雑談に花を咲かせる。この先輩方は三年の辰巳鋼太郎先輩と二年の沢木碧先輩である。俺が留守番していて一番最初に戻ってきて挨拶をされた。その時の目は神を見るかのような目だったので、お二人はともに事務作業が得意ではないのだろう。なぜデスクワーク専門なのかなどを雑談の中で聞かれたが、荒事が好きではないということを伝えると、納得してくださった。まるで中条だな、と言われたのは少し不服だったが。俺はあんなに憶病じゃない。それからこうして話している。

 

「なあ園達君、もし司波がマーシャル・アーツ部に入ったら、どこまで行けると思う。」

 

「まあ、いい線は行くでしょうね。」

 

「?なんで少し疑問形なんだ?」

 

「マーシャル・アーツ部に入るという前提がそもそも成り立たないからですよ。きっとあいつは妹を守るためくらいにしか使わないですから。」

 

「そうか…、なあ沢木、司波とやって勝てるか。」

 

「それはやってみなくてはわからないことです。少なくとも現段階では分かりません。」

 

 荷物をまとめながら、二人の会話に耳を傾ける。

 

「それじゃ、俺はこれで。お疲れさまでした。」

 

「おう、お疲れさん。」

 

 挨拶を背中に受け、本部を後にする。今日は特にやることもないので本部を出た時の足取りのまま昇降口へ向かう。すると昇降口に見知った顔が立っていた。

 

「よう、錬。今帰りか?」

 

「ああ、そうだが?」

 

 最初に口火を切ったのはレオだった。続いてエリカがその口を開く。

 

「今から私たち、達也くんのおごりでカフェに行くんだけど…、よかったら一緒に行かない?」

 

 別にいくことは構わないんだが、何故その確認を俺に取ったのだろうか。そこはふつう達也の方に確認をとらないか?そう思いながら、達也の方にチラリと視線を向けると達也は仕方がない、という顔をした。決まりだな。

 

「今日はやることもないし…お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。」

 

そこに俺が一緒に行くことに異を唱える者はおらず、全員でカフェへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その桐原って二年生、殺傷性Bランクの魔法を使ってたんだろ?よく怪我しなかったよなあ。」

 

 カフェに着いてから入部したクラブのことや退屈な留守番などの今日一日の出来事のことの雑談をしばらく交わしていたが、レオが今日の達也の、剣術部とのいざこざについて話し始めた。

 

「致死性がある、といっても、高周波ブレードは有効エリアの狭い魔法だからな。刃に触れられない、という点を除けば、よく切れる刀と変わらない。それほど対処が難しい魔法じゃないからな。」

 

 それを聞いてレオが感心する。俺も少し感心している。確かに対処は簡単かもしれない。だが使う相手が普通じゃない。桐原武明、一昨年の関東剣術大会中等部、堂々のチャンピオンだ、もちろんその腕前は並であるはずなく、相当の腕前であるはず。それをいともたやすく取り押さえてしまうのだから、達也の体術がどれほど優れているかがわかる。

 

「でもそれって真剣を素手で対処するってことでしょう?達也さんの技量を疑うわけじゃないんだけど、高周波ブレードは超音波を放っているんでしょう?」

 

「そういや、俺も聞いたことがあるぜ。超音波酔いを防ぐために耳栓を使う術者もいるそうじゃねえか。」

 

「そうじゃないのよ。単にお兄様の体術が優れているわけじゃないの。魔法式の無効化はお兄様の十八番なの。」

 

「魔法式の無効化?情報強化でも領域干渉でも無くて?」

 

 エリカが食いつき、達也から魔法式の無効化、キャスト・ジャミングの理論を応用した「特定魔法のジャミング」について聞かされていた。オフレコではあるが。なるほど、確かに偶然であってもいろいろな意味でとんでもない技術を発見したみたいだな。これが公表されたら技術的革新、どころか社会基盤が揺るぎかねない。まあ、それでもこんなことができるのはこの非常識な男にしかできないだろう。どうやら深雪も同じことを考えているみたいだが。その話の後、少し茶番が挟まれた後、なぜかこっちに話が飛んできた。口火を切ったのはエリカ。

 

「でも、錬君はさっきの達也君の話聞いてもほとんど微動だにしなかったよね。まさか同じこと前から知ってたとか?」

 

「いや、そんなことはない。これでも十分驚いている。単にそれがもたらす効果を部外者なりに考えていただけだ。」

 

「ねえ、錬君は同じことできる?」

 

「無理。展開中の起動式を読み取ってCADの干渉波を投射するなんて化け物じみたことはできないよ。」

 

「錬から見て俺はバケモノなんだな。俺から見て錬も十分化け物じみてるがな…。」

 

「なんでだよ。」

 

「深雪以上の魔法能力の持ち主なんて今まで見たこと無かったんだが…。」

 

「私も少しながら魔法力には自信があったんですけどね…。」

 

 全員の意見が一致するがごとく、あとの三人が首を縦に振る。

 

「俺としては魔法力はここまで多い必要はないんだがな。魔工師志望だからな。」

 

「あ、いますべての二科性を敵に回したね。私たちは魔法力が欲しいのに。」

 

「気を悪くしたんなら謝ろう。すまなかった。」

 

 エリカが不機嫌そうな演技をしてくる。それに対して俺は気を悪くしたような演技を顔にしながら、謝罪の意を見せる。

 

「別に気にしてないけどさ。生まれ持った才能だし。」

 

 生まれ持ったという言葉に体が少し揺れる。だがそれに気付いたものは誰一人としていなかったいなかった。

 

「けどよ。入試成績一位の成績を持ちながら、魔工師志望なんて少しうらやましいぜ。こういっちゃあれだが、つぶしが聞くだろ。」

 

「そうでもないぞ。俺は荒事が好きではないし。それに魔法師は経験がものをいう部分もあるからな。俺には達也やエリカほどの体術もないしな。」

 

「俺としては魔法力の方が欲しかったんだがな…。」

 

 達也が顔を伏せる。別に悲しがっているわけではないのだろう。隣を見ると、それを見て深雪が苦笑している。

 

「そういや、達也も魔工師志望なのか?風紀委員の本部においてあったCADの銘柄見抜いていたが。」

 

「そうだな。体術ができても魔法師のライセンスはせいぜいCランクまでしか取れないしな。」

 

 その後はなぜか俺の話題が中心になりながら、雑談をし、その日はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ。今日は少しお帰りが遅かったようですが?」

 

「少し友人と寄り道をしていてな。特に何があったわけじゃない。」

 

「この後はどうなさるおつもりで。」

 

「今日はもう飯もいらん。アーカイブを見て寝る。家のことをやっておいてくれ。」

 

「かしこまりました。それではおやすみなさいませ。」

 

 

 

 



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入学編 第五話


気が向いたので連続投稿です。

それではお楽しみください。


 

 一週間続く新入部員勧誘週間も今日で四日目。達也や委員長は今日も学校中を駆けずり回っていた。一方の俺は相変わらず、本部で留守番。書類仕事といってもそこまで手間がかかる訳でなく、量が多いことを除けば、すぐに暇になってしまう。なぜこの程度ができないのかちょっとよくわからなかった。端末をいじったりして暇をつぶしてはいるがそれではすぐに飽きる。しかし暇つぶしのネタが今日はあった。今日は深雪も暇だったのか、本部に遊びに来た。別に拒む理由もないためお茶をしながら雑談にいそしんでいた。主に深雪のお兄様愛についての。

 

「うん、君のお兄様に対する愛がよくわかったよ。そこまで思われるお兄様はきっと幸せだろう。」

 

自分でもはっきりとわかるぐらい棒読みだ。正直もう聞き飽きた。

 

「そ、そんな!想っているなんて!私とお兄様は兄妹で!」

 

 だが深雪はそんなことお構いなしに体をくねらせながら照れ始めた。なんかどこかで見たことがあるような気がしないでもないがきっと気のせいだろう。

 

「その動きは淑女としてはどうかと思うがな。」

 

 少し呆れたようなふりをして言う。別に気にしてはいないがこれ以上続けられるといつ戻ってくるかわからないからだ。すると深雪は自分の行動に気付いたのか、照れたように行動をやめ、座りなおす。そして話題を変えるように話し始める。

 

「コホン…、そういえば外に出る機会が何度かあったのですが…、その時にこんな噂を耳にしましたよ。この期間誰一人としてみていない入試成績一位の生徒、と…。大人気ですね。一度外に出てきてはいかがでしょうか?」

 

「一体君は何の恨みがあるんだい?」

 

 にこやかに笑いながらそう言ってくる。私が一体何をしたのだろう。俺はそんな嫌われることをした覚えはないのだがな。しかし、こんな顔を見せてくれるとは仲が良くなった証拠なのだろうか。

 

「しかしそこまでとは思っていなかった。」

 

「それほどあなたの優秀さを欲しがっている人が多いということでしょう。入試成績一位の名は伊達ではないということですよ。」

 

「深雪には負けるだろう。総代を務めた深雪の方が遥かにいろいろ見栄えがいいからな。」

 

 深雪の全身を見回すような視線を送る。決してやましい気持ちは持っていない。

 

「そんなことはありません。実技、筆記ともに一位をとっている錬さんには私では敵いません。それにあなたは見た目もさほど悪くありませんよ。」

 

「そうかね。」「そうですよ。」

 

 目の前にある紅茶に同時に手を伸ばし、口をつける。こうしていてもやはり暇なものは暇だ。だが、今は深雪がいる。達也には悪いが、今は深雪との雑談で暇をつぶすことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バカ騒ぎの新入生勧誘週間も終わり、今日から風紀委員も通常業務。俺は今日は非番なのでとっとと帰るために学校から家を目指す。道を歩き、家の近くに来た途端、肩に手が置かれる。とっさに手を払いのけ、後ろに跳ぶ。後ろを向くと何人かの男が。注意深く観察すると、腕に赤と青の線で縁取られた白いリストバンドがつけられていた。

 

「何の用だ。」

 

「私たちのリーダーがあなたに会いたがっています。一緒に来ていただけると助かるのですが…。」

 

「断る、といったら?」

 

「力づくでも来てもらう!」

 

 向こうが警棒を取り出し、臨戦体制をとる。仕方ない。向こうがその気のようだし相手をすることにした。俺は胸元に手を入れ、臨戦態勢をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ。また戦闘でございますか?」

 

「今回はブランシュ、その下部組織のエガリテだ。大方事情も知らされずに駒として使われた程度だろう。それよりもあいつに伝えておけ。近いうちにお仕事が来る、その時まで待てと。」

 

「了解しました。本日はどうなさるおつもりで。」

 

「少し体を動かしたい。付き合え。」

 

「了解しました。それでは十五分後に。」

 

 運動のできる格好になるために部屋へ向かう。着替えて部屋から出る。部屋の前に飾られている絵画を下ろすと、数字キーがついたロック解除用のパネルが出てくる。それにいくつかの数字を打ち込むと、そのすぐ横の壁が少し後ろに下がり、横にずれてその向こうに道が出来上がる。この先の部屋が俺の秘密の部屋だ。スライドするドア、隠し部屋は俺の趣味ではない。これは俺の保護者、俺を拾ってくれた人の趣味だ。この奥にはいくつかの層になって部屋がある。実験用、いろいろなものを格納用、運動用などだ。なぜか地上に直接つながる道もある。ギミックは少年趣味だがここまでの部屋を作ってくれた、拾ってくれた人には感謝している。部屋に続く道を進み、部屋にたどり着くと、部屋にアストラがいた。3Hではなく、俺が造った運動用ロボットに入った状態で。

 

「それでは始めましょうか。」

 

アストラが構える。それに合わせて俺も構える。アストラを倒すために足に力を入れ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした。だいぶ動きがよくなっていますね。」

 

 十分ほどで決着がついた。アストラの勝ちだ。というか俺は一度も勝ったことがない。身体は金属でガッチガチ、おまけに急所もなければ、スタミナ切れもない。おまけにデータとして残っている武道、武術の動きをそっくりそのまま繰り出してくるのだ。刃物や鈍器ががあるならともかくこんなチートじみた奴には勝てない。おかげでこいつを作ってから二年、一度の勝ち星も上げられていない。

 

「汗だくになられたようなので、シャワーでも浴びられては?」

 

「明日にする。今日はもう寝る。おやすみ。」

 

目をつぶり、眠りの体制に着く。意識が遠のく。最後の記憶は肌に触れる毛布の感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあの後二時間ほどで目を覚ましてしまった。体質だとしてもこれしか寝られないのはさすがにくるものがある。眠れただけでましなのだが。そして学校に来て通常通り授業を受け、昼に昼食をとろうになったときに達也に生徒会室に誘われた。どうやら俺がいなくなると男が達也一人になってしまい、少しつらい部分があるのだとか。しかし今回は先約が入っていたので断らせてもらった。こうして少し哀愁を漂わせている達也と別れた後、食堂へ向かう。食堂でその人物たちを探していると、すぐに見つけることができた。雫とほのか、それにレオ、エリカ、美月だった。約束をしていたのは雫たちだけだったのだが、どうやら食堂で会い、そのままの流れで一緒に食べることになったらしい。こうして総勢六人で雑談を交えながら昼食をとっていた。

 

「そういえば達也君たちは生徒会室で食べてるんだよね。錬君はいかなくていいの?」

 

エリカが突然俺に話を振ってくる。

 

「俺は一介の風紀委員でしかないからな。今まで行っていたのも達也に誘われていたからだしね。」

 

「でも確か錬さんは普通の風紀委員とは少し違うんですよね。」

 

 ほのかがどこで聞きつけたのか、俺の業務内容をあげてくる。恐らく深雪から聞いたのだろう。

 

「違うのはデスクワークだけってところだけだよ。」

 

「デスクワークだけ?わざわざ風紀委員でか?」

 

レオが気になったのか質問をしてくる。確かに気になるところではあるのだろう。

 

「俺は荒事が好きじゃなくてね。実力行使の仕事が極力無いようにお願いしたんだ。でもこれはこれでこき使われるんだよ。」

 

 若干一名を除いて全員が納得したように首を縦に振る。一人であるエリカは少し不満そうに「自分の怠慢を人に押し付けるなんて…」と言いながらそっぽを向いていた。すると美月が気になることがあるのか、口を開いた。

 

「でも、錬さん。実技の成績は低くないんですよね?」

 

「そりゃ嘘でも入試実技成績一位だからね。そこそこ自信はあるよ。」

 

「あーあ。いいなー。私も優秀な魔法力欲しかったなー。」

 

「でもエリカには剣の才能があるだろ。俺には何にもないからそれでもうらやましいぜ。」

 

「そうよね。身体が頑丈なだけの筋肉だるまじゃなくてよかったわー。」

 

「おい!それ、俺の事だろ!」

 

「えー、誰もあんたの事なんて言ってないけどー。もしかして筋肉だるまの自覚があるのー?」

 

「てめえ…。」

 

 二人の口げんかがヒートアップしていく。向かいの席を見ると、雫たちが苦笑いを浮かべていた。

 

「エリカちゃん、西城君。その辺にして、ね。」

 

 ヒートアップする二人を美月がなだめる。少し不満そうなレオとエリカがおとなしくなった。しかしいつもこれを宥めているのか、少し美月を尊敬した。その後は何が起こるわけでもなく昼休みが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 六人で昼食をとってから少し経ち、今日の午前の授業が終わって昼休み。今日は達也や会長に誘われていないので、昼食をどこで食べようかと思案していると、後ろから肩をたたかれる。振り返ると、深雪、雫と一緒にいるほのかの姿が。何やら達也たちが実習室で居残りをしているらしくこれから行くのだと。それで俺を誘おうと雫が提案し、深雪が了承して今に至るらしい。一緒にどうかと聞かれ、別に断る理由もないので了承した。

 

「終わったー!」

 

 エリカの声が聞こえてくる。どうやら課題が終了したようだ。それとともに深雪たちが達也たちに近づいていく姿を俺は遠巻きに眺めている。すると達也が初めに気付き、それに続いて、エリカ、レオ、美月がこちらに気付き挨拶をしてくる。俺も挨拶を返しながら近づいていく。どうやら一科と二科の授業の内容の話をしていたらしく深雪が内容に対して辛辣な言葉を発していた。だが授業の最たる違いに気付いたのか、深雪が頭を下げて謝罪をしていた。

 

「気にしなくても良いわよ。実力のあるものが優遇されるのは当たり前だもの。」

 

 エリカがあっさりとした返答をする。確かに彼女は数字付き、千葉家の娘。実力主義の世界にもまれてきた彼女らしい考え方だ。だが少し気まずい空気になってしまう。そんな空気を変えようとエリカが口を開く。

 

「ねえ深雪、参考までにあなたのタイム見せてくれない?」

 

 唐突に話を振られた深雪が少し戸惑うが、達也に背中を押され、端末に手を置き、計測を開始する。

 

「…235ms…」

 

 計測係の美月から記録が告げられた瞬間、俺と達也以外の表情が驚愕に染まる。

 

「す、すごいわね。」

 

「深雪の処理速度は、人間の反応速度の限界に迫っている。」

 

 少し結果に不満そうだが、兄になだめられ、不満そうな表情を残しながらも落ち着いた。だが次の瞬間、その表情が幻だったかのように微笑みながら、こちらを向いた。

 

「さあ、次は錬君の番ですよ。」

 

「……は?」

 

 言葉を飲み込むのにだいぶかかった。またなのか。だから一体君は何の恨みが俺にあるんだい。ぜひとも教えてくれ。なんでこっちに飛んできたのか?

 

「あ、あたしも気になる!入試成績一位ってことは深雪よりも早いってことでしょ。」

 

ブルータス(千葉エリカ)、お前もか。

 

「そうか、それなら俺も気になるな。頼む、見せてくれ!」

 

「俺からも頼む。学年一位の成績を見てみたい。」

 

 エリカ、レオ、達也の順で賛同者が募っていく。ほのか、雫、美月は言葉こそ発さないものの見てみたいという表情がありありと見て取れる。目の前にはニコニコと微笑んでいる深雪が。どうやら逃げ場はないようだ。仕方なく端末の前に移動し、その上に手を置き計測をいつものように開始する。

 

「………」

 

「どうしたの?美月?」

 

「…200ms」

 

 その場の全員の表情が驚愕に染まる。深雪や達也も含めてだ。誰も一言も発さない。さすがに気まずくなってきたので空気を変えるために発言する。

 

「そんなにすごいか?深雪とそんなに変わらないだろう?」

 

「そこから縮めるのが難しいのですけど…」

 

「深雪以上に人間の限界に迫っている奴がいるとは…」

 

「もはや俺らとは別次元だな…。」

 

「前に錬君が化け物だって話したけど、それが現実になったね…。」

 

「さすがに、これには驚き。」

 

「これで魔工師志望なんですか…」

 

 ほのか以外が復活して言葉を紡ぐ。ほのかはいまだに絶句している。

 

「これで筆記も一位とか笑えねえな…」

 

 全員の意見が何かで一致したのか、一斉に首を縦に振る。また化け物呼ばわりだ。別に望んで得たものではないんだが…。俺から発せられた声は誰にも届くことなく俺の中でのみ鳴り響いた。

 

 

 

 



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入学編 第六話

ルーキーランキング三十六位に入った喜びで投稿です。皆様本当にありがとうございます。

それではおたのしみください。


 化け物認定から数日後の放課後、なぜか俺は風紀委員会本部に呼び出された。今日は非番なので呼び出される理由などなく少し首をひねっていたところ、単に事務作業が苦手で手伝いを頼みたかっただけのよう。達也に頼む予定だったらしいが、無理だったらしい。そこで風紀委員で事務スキルを持つ人物二人目の俺に白羽の矢が立ち、呼び出したとのこと。一瞬呼び出された理由に腹が立ち、そのまま回れ右して帰ろうかとも思ったが、先輩の威厳はどこへやらと言わんばかりに下手に頼んでくるので、ため息を吐きながら付き合うことにした。

 

「すまないな。わざわざ非番なのに手伝ってもらって。」

 

「そう思うんでしたら、自分で少しはできるようにしてください。あとやること無いんでしたら、少し片づけしててください。なんでたった数日でここまで汚くできるんですか。」

 

「む、それは私が片付けができないと言いたいのか。失敬な。」

 

「それは片づけができてはじめて言っていい言葉ですよ。早く手を動かしてください。」

 

「一応私は先輩なんだがな…。」

 

「頭まで下げて頼み込んできた人の言うセリフではありませんね。片付けもできないんじゃ後輩どころか彼氏さんにも愛想つかされますよ」

 

「そ、それは困った。ようし!片付けするか!」

 

 俺のきつめの言葉がスパイスになったのか、息巻いて掃除を始めた。だが、根本的に苦手なのかちっとも進んでいなかった。

 

「はあ、達也がカウンセリングに呼び出されなきゃこんなことにならなかったのに…」

 

「私の見立てでは君も呼ばれると思うがな。」

 

「どうしてですか。」

 

「その目の下のクマ。いったいどんなことがあったのかは知らないが、少なくとも私には悩み事があるようにしか見えんが?」

 

「そんなことはありません。俺が眠れないのは体質です。」

 

「そうだとしても心配に見えてしまう。達也君で呼ばれるのだから君はなおのこと呼ばれるだろうな。」

 

 そういいながら手を動かす委員長の周りは全く片付いていない。どれだけ苦手なんだ。そう思いながら、少しだけ止めていた手をまた動かそうとデスクに向き直った途端、

 

 バキッ

 

 不穏な音が聞こえた。音の正体を探ろうと顔をあげると渡辺先輩が立っていた。顔を真っ青にして。そしてその足元には画面の割れたタブレットが転がっていた。見せてもらうために渡してもらうと電源を押しても起動しない。何回やっても起動しない。

 

「ダメですね。壊れてます。捨てちゃいましょう。」

 

「そ、それには風紀委員会の活動報告が入っているんだ…。」

 

「バックアップは?」

 

「な、無い。」

 

 渡辺先輩が頭を抱える。頭を抱えたいのはこっちだ。とにかくこれがやすやすと捨てられないものであるのはわかった。仕方ないので調べてみると、中が少し壊れている程度なので治すことは可能だ。ただパーツはないので壊した本人に買いに行かせようと思ったが、風紀委員は校内から出ちゃいけないのこと。仕方がないので俺が買いに行くことになった。

 

 

 

「えーと、ここか。」

 

 パーツの店でのお使いも終わり、帰ろうとしたその矢先、路地裏からバイクのエンジン音がした。それも割と近くで。普通はバイクなんて入っていかないような路地から聞こえてきたので不思議に思った。ここで一般人であればスルーするところだが、俺の場合はそうもいかない。先日の件といい、俺は達也ほどではないがトラブルに巻き込まれやすい。そのためいちいち自分ではないかと錯覚してしまう。周りに迷惑をかけたいとは思わないため、自分かどうかだけでも確認するために俺は音がした近くの路地を覗いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私、光井ほのかは深く後悔をしていた。自分の取った軽率な行動に。何も考えずに行動してしまったことに。そしてそれに友達を巻き込んでしまったことに。私、私たちは私の友人である、深雪のお兄さん、司波達也さんが魔法攻撃を受けたところを目撃し、その犯人を見つけ出そうと行動していた。そしてその犯人、司甲の後を尾行していた。あとをつけていたら、何か有力な手掛かりがつかめると思っての行動だ。別に私たちは尾行はやったことなんてないから上手くない。けどばれてはいないと思っていた。だけどそれはまやかしだとすぐに分かった。尾行していた私たちが誘導されていたのだ。いきなり路地裏に入り、走り出したかと思ったら、姿が消えたのだ。そしてライダースーツを着た四人に取り囲まれたのだ。

 

「な、なんなんですか!あなたたち!」

 

答えない。四人はじりじりと私たちに迫り、私たちは恐怖で身を固めてしまう。

 

(CADのスイッチ入れて。合図したら走るよ。)

 

 真っ先に行動を起こした雫が小声で言ってくる。それに否定するわけもなく、CADに触れ、スイッチを入れる。

 

「ふん、こざかしいネズミが。我々の計画を邪魔するものは…。」

 

「GO!」

 

私たちは一斉に走り出す。

 

「逃がすな!」

 

 四人が追ってくる。するとアメリア=英美=明智=ゴールディ、エイミィが魔法を発動した。

 

「ただの女子高生だと思って舐めないでよね!」

 

「ぐあっ!」

 

「自衛的先制攻撃ってやつだよ!」

 

「それなら私も!」

 

 私も閃光魔法を発動し、足止めをする。このまま逃げ切れると思ったところで、

 

「化け物め!これでもくらえ!」

 

 四人のうちの一人が手に付けている指輪に触れる。すると不快な音があたりに鳴り響いた。その影響で頭が割れそうなほど痛い。

 

「ほのか!」

 

 雫とエイミィが立ち止まる。二人も苦しそうな顔をしている。

 

「司様からお借りしたアンティナイトとこのキャストジャミングがある限りお前らは一切魔法は使えない」

 

アンティ…ナイト…?なんで…そんな…ものが?

 

「まだ効果が足りないみたいだな」

 

さらに痛みが増す。とうとう雫たちも倒れてしまった。

 

「始末するか?」

 

「ああ、手はず通りに。」

 

 一人がナイフを持ち、近づいてくる。逃げたくても頭が痛くてそれどころじゃない。

 

「我々の計画を邪魔するものには消えてもらう。この世界に魔法使いは必要ない!」

 

いやだ、死にたくない。涙が自然と溢れてくる。

 

 ナイフが私の頭上で光る。否応が無しにこれから起こることが予想できてしまう。現実から目をそらすために私は目をつぶって祈った。

 

(助けて…)

 

ナイフが私に向かって振り下ろされた。

 

「ほのかっ!」

 

 

 

 

 

「なにやってんだ?」

 

聞こえてきたのは聞き覚えのある男の声。その声に驚いたのか男たちの行動が止まる。

 

「錬…さん…?」

 

 立っていたのは同じクラスの錬さん。なぜここにと思ったが、まず危険であるということを伝えなければと思い、口を開こうとする。けれど痛みでしおれた声は男の声にかき消されてしまう。

 

「だれだ!貴様は!」

 

「一応、あんたらが襲っている女子の学校の風紀委員だよ。」

 

「ということは魔法師か!これでもくらえ!」

 

 錬さんに向かってアンティナイトの波動が撃ち込まれる。そしてナイフを持った男が錬さんに向かって襲い掛かる。

 

「危ない!」

 

 このままでは錬さんが傷付けられてしまう。またこれから起こる未来が予想され、目をつぶってしまう。だけど現実は違った。

 

「あぶねえな。なんなんだよ全く。」

 

 何をしたのかはわからなかったが、錬さんの前には襲い掛かった男が倒れていた。残った男たちがうろたえている。

 

「く、くそ!もっと出力を上げろ!」

 

 さらにアンティナイトの出力があげられる。頭がさらに痛くなる。が、錬君は平然としている。

 

「な、なぜキャストジャミングが効かない!」

 

「そんなもん効かん。それがわかったら今すぐ帰れ。」

 

「クソオ!」

 

 三人が同時にナイフを持ち突っ込んでいく。しかし錬君は胸元に手を入れると男のうちの一人がしびれたようにして倒れる。でもまだ二人いる。それでも錬君は焦ることなく対処した。一人の足を払って倒れさせると、もう一人の方の腹部にパンチを打ち込む。そしてまだ倒れている方の腹部を踏みつけて気絶させる。こうしてたった一人で倒してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音のもとを調べてみると、なぜかそこにほのかと雫、それに知らない女子と、バイクのヘルメットをかぶった四人組がいた。一瞬逢引きかとも思ったが、どう考えても違うのですぐに何者かに襲われていると判断し、とりあえず助けることにした。人に興味がないとはいえ、これを見過ごすほど外道であるつもりはない。声をかけると、こちらにキャスト・ジャミングを向けてきた。どうやらこいつらは依然襲ってきたの奴らの上の連中、ブランシュの一員らしい。だが俺にあの程度のキャスト・ジャミングは効かない。こうして、いつものように対処する。

 

 男たちを撃退し、後始末をしながらほのかたちの方を見ると、ほのかたちがよろよろと立ち上がっていた。ほかの二人も同様だ。

 

「怪我はないか?」

 

「は、はい…。大丈夫です。」

 

「私も…。」

 

「あたしも…。」

 

どうやら全員無事のようだ。

 

「そりゃよかった。」

 

「それにしてもすごいわね。あの中を平然と動けるなんて。」

 

俺の知らない女の子が一番回復が速かったのか俺に話しかけてくる。

 

「私はアメリア=英美=明智=ゴールディ、エイミィって呼んで。」

 

「園達 錬だ。錬でいい。」

 

「それにしてもあれだけのキャスト・ジャミングの中を普通に動けるなんて」

 

「そうか?別に何ともなかったぞ。」

 

「あれだけのを受けたら魔法師は動けなくなって当然。現に私たちがそう。」

 

三人が少し変な目で見てくる。ああ、また化け物扱いか。少しほのかはまだ調子が悪そうだが。

 

「ほのか、みんな、大丈夫?」

 

 後ろから声とともに深雪が駆け寄ってくる。

 

「怪我は?どこか傷つけられたところは?」

 

「うん、錬さんが助けてくれたから…。」

 

「そう、よかったわ。」

 

 口調を聞く限り、こんなことをしているのは知っていたようだ。

 

「でも、もうこんなことはしてはだめよ。お兄様のためだろうけどあなたたちが傷つけられてはお兄様が傷つくわ。」

 

「うん、ごめんなさい…。」

 

 そういうほのかの顔はほんのり赤い。兄の天然ジゴロは妹にも受け継がれているのか。それも深雪の場合、同姓も落とそうとしているため、兄より質が悪いかもしれない。兄妹そろってそのつもりはないのだろうが。そばで見ていると深雪がこちらに向き直る。

 

「錬君、友人としてお礼を。私の友人を助けていただきありがとうございました。」

 

「構わない。どうせ深雪も有事の時には友人を助けるつもりだったんだろう?今回はたまたま俺が近かっただけの話だ。それにその理論なら俺も同様だ」

 

「それでも錬さんがいなかったら、私たちは危なかった。私からもありがとう。」

 

「わ、わたしも、ありがとうございました!」

 

「わ、私からも」

 

 全員から礼をされる。こんなにされると少し居心地が悪い。その意を伝えて頭をあげてもらう。

 

「ちょ、調子に乗るなよ…」「「「「!?」」」」

 

 足元に転がっていた一人が意識を取り戻したのか、話し始めた。

 

「お前たち、化け物はいずれ世界を滅ぼ…」「うるさい」

 

 胸元からスタンガンを取り出し、首元に当てる。すると電気ショックに耐え切れなかったのか、暴漢はまた意識を手放す。こんなことがいちいちあってはきりがないので全員にとどめを刺しておくことにしよう。

 

「しかしこれどうすればいいんだ。」

 

 全員にとどめを刺した後、次はこいつらの処遇に頭を悩ませる。やはり警察に突き出すのが一番か。と考えていると深雪が口を開く。

 

「彼らは私に任せていただけませんか。」

 

「大丈夫か?任せてくれっていうならそうするが。」

 

「ええ、お願いします。」

 

「じゃあ、俺はあいつらを学校前のキャビネット広場まで送ってくる。」

 

「分かりました。お気をつけて。」

 

「お互いにな。」

 

 深雪に背を向けて歩き始める。深雪と別れた後は三人を送り、そのままの足で学校へ戻っていった。本来の目的は単なるお使いだ。それにしてもただのお使いでここまで時間がかかるとは思わなかった。

 

「おお、遅かったな。何かあったのか?」

 

 そういう委員長の周りは全く変わっていない。恐らく帰ってくるのが遅いのをただ心配して座っていたのだろう。もう何も言うまい。

 

「一応ありはしましたが、気に留めるほどのことでもありません。それよりタブレット直すので委員長はさっさと片付けてください。」

 

「あ、ああ分かった。」

 

 その後はササッとタブレットを直して帰った。まだ手伝ってほしそうな委員長に止められたがもう知らん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ほのか」「なに、雫」

 

 ほのかと家に帰るためにキャビネットに乗っている。錬さんに送られた後、エイミィとも別れ、同じキャビネットに乗っている。今日ほのかは大事をとって泊まってもらうことにした。

 

「錬さん、強かったね。」「…そうだね。」

 

「そうだよ。あんなキャスト・ジャミングの中で動けるなんてすごいよ。それに体術もすごかったし。」

 

「さすがに深雪以上の入試成績一位ってことなんじゃないかな」

 

「でも少し疑問。」

 

「うん、私も。」

 

「何でテイザー銃やスタンガンを持ってるんだろ。」

 

「ああいうことを想定してるってことかな?」

 

「ってことはあんな経験を以前してるってこと?」

 

「「うーん。」」

 

 交互に自分の考えを口に出し合うが分からない。普通護身用だとしてもスタンガンはともかくテイザー銃はなかなか持たないだろう。それなのに錬さんは持っていた。なぜだろうか。結局答えは二人では出せないと感じたのでこのことを考えるのはやめることにしよう。しばらくして家の近くに着き、少しもやもやした気持ちのまま帰宅することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全校生徒の皆さん!』

 

 放課後の平穏な時間に喝を入れるかのように学校中にハウリング寸前の爆音が鳴り響く。唐突な爆音に耳が対応しきれず、耳が痛い。すると向こうも音量に気づいたのか、ボリュームの調整がなされたのち、放送が続けられる。どうやら声の主は差別撤廃を目指す有志同盟らしい。放送内容は一科と二科は差別を受けている、生徒会と部活連に対等な立場における交渉を要求する、というものだった。放送内容はどうでもよいとしても、問題は放送がなされたことだ。放送室を無断で使ったということだろう。ならば委員会からの呼び出しが…、と思ったとたんに端末に連絡が入った。内容は至急来るように、というものだった。俺が行く必要があるのかと思ったが、一応行くことにし、同じく招集がかかったのであろう深雪と目を合わせて、一緒に放送室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いぞ、っておお、本当に来たぞ。」

 

 到着すると、委員長にさも俺が来ないかのような口調で迎えられた。俺も一応風紀委員なんだけど…。どうやら俺たちは可もなく不可もなくといった速さ、少しすると達也を含めた風紀委員や生徒会役員が全員集まった。

 

「状況はどうなっている。」

 

われらが会長が口火を切る。

 

「連中がマスターキーを持って立てこもっているせいで、手が出せない状況です。」

 

 市原先輩が簡潔に状況を伝える。これからどうするかの審議に入ったが、慎重に事を進めるべきだという鈴原先輩に対し、多少強引にでも早期解決を図ろうとする渡辺先輩で意見が対立した。膠着状態に至ったところで達也が十文字家次期頭首、十文字克人会頭に意見を求めた。すると十文字会頭から意外、とも言えないが予想に反した答えが返ってきた。どうやら交渉に応じるらしい。しかしどうやって伝えるかという問題が発生した。彼らはいるのは放送室。大声で叫んでも遮音性のせいで聞こえない。どうしようかと全員が頭を悩ませていると達也が端末を取り出し、どこかにかけ始めた。何コールめかで相手が出て達也が話し始めた。どうやら会話の相手は放送室の中の壬生紗耶香先輩らしい。交渉に応じる意を伝えると、出てくるという返答をもらえたようだ。すると達也が拘束の準備を促した。達也からしてみれば安全を保障したのは壬生先輩のみ、それに風紀委員を代表して交渉しているとは言っていないとのこと、その場の全員が呆気に取られていた。俺も驚いた。確かに間違っちゃいないが、やり口が狡猾すぎる。これじゃまるで詐欺師のやり方だ。

 

 案の定、出てきた壬生先輩は憤慨し、達也に詰め寄る。その一コマだけを見ればどちらが被害者かもわからない。だがどちらが悪いかはわかりきっている。達也と言い争うところに十文字会頭が交渉に応じる意を改めて伝える。そして交渉の段取りを組むために七草先輩とどこかに行ってしまった。その日はそのまま解散となり、俺も帰宅することにした。なんだか嫌な予感がする。少し面倒なことになりそうだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前例のない討論会が行われるのは明日。差別撤廃を訴える集団が一日中、参加者を募っていた。とはいっても俺は一科生。特に絡まれることもなくいつも通りの日々を送っていた。今日も一日が終了し、帰宅しようとした矢先、目の前に見覚えのある人物が見える。

 

「おっ、錬!助かったぜ。」

 

 レオがこちらに駆け寄ってくる。どうやら大分長い間引き留められていたようだ。その表情には多少の疲れが見える。恐らく身体的なものではなく、精神的なものだろうが、結構きているらしい。同盟の二科生はまだ勧誘を続けようとしていたが、俺が一科生ということに気付いたのか、すぐに諦め、引き下がっていった。

 

「いやあ、助かったぜ。結構長い間引き留められててよ。正直うんざりだったんだ。」

 

 同盟側は同盟側で大変みたいだ。同情はしないが。レオと別れた俺は言いようのない不安を抱えながら帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に夜の帳が降り、寝静まったように静かな住宅街。その中を一台の電動二輪が走る。司波達也、司波深雪の二人は九重寺に向かっていた。明かりの一つもない境内を進み、師匠、九重八雲のもとへ向かう。深雪は夜目が効かないため、俺の袖を握っている。

 

「こっちだよ。二人とも」

 

 俺の師匠は深雪の反応を見たいのか、驚かすように声をかけて来る。まさに思うつぼと言わんばかりに深雪の震えが伝わってくる。

 

「こんばんは、師匠。お呼び立てに応じていただきありがとうございます。」

 

形式的に謝礼を述べる。それを聞き遂げた師匠は俺たちに座るように勧める。

 

「それで今日は何の用かな。」

 

「お調べしていただきたいことが二つほどありまして。」

 

「司甲。旧姓、鴨野甲。」

 

「今日尋ねることがわかっていたんですか?」

 

 驚きはしない。この程度で驚いていてはこの変態じみた忍には付き合えないのだ。ただプライバシーという言葉を知っているのかは疑問だが。

 

 その後司甲についての詳しい情報が師匠からもたらされた。家族構成、本人について、そして本題であるその兄について。

 

「彼の義理の兄、司一が表も裏も取り締まるブランシュのリーダーだ。司甲君が第一高校に入学したのはお兄さんの意思が働いてのことだろうね。」

 

 これでほぼ甲は黒。さらに詳しく聞こうと思ったが、師匠もこれ以上はわからないらしい。これ以上掘り下げるのは不可能と判断したので、もう一つの本題を切り出す。

 

「もう一つ、司甲とは別でお聞きしたいことがありまして…。」

 

「園達錬君のことかい?」

 

 予想していたのか、はたまたすでに知っていたのか、ぴたりと言い当てて見せた。だからこそ何か情報を知っているのでは、という淡い期待を抱く。

 

「彼についてはパーソナルデータ以上のことは知らないよ。」

 

淡い期待ははかなく打ち砕かれる。そんな俺たちを知ってか知らずか、言葉を続ける。

 

「何度調べてもそれ以上が出てこなかったんだ。まるで何年か前にいきなり作られたみたいにね。それよりも前の記録は塗りつぶされたみたいに何もないんだ。けどね、興味があって彼の自宅に行ってみたことがあるんだけど、彼の家は結構変わっているみたいでね。一人暮らしなのに大きなガレージがついてたり、ちょっと家の間取りを調べてみたら、地下に巨大な空間があったり、少なくとも普通の家じゃないね。」

 

「ということは…。」

 

「何者かの庇護下にある可能性があるね。それが誰かは分からないけど。」

 

 まさかここまでだとは思わなかった。師匠でも分からないパーソナルデータ。深雪以上の魔法力、本人だけでも充分過ぎるほど危険だが、後ろ盾があるとわかった今、さらに危険度が増した。深雪に危険が及ぶのであれば...、とは思えなかった。今までの立ち振る舞い、深雪から聞いた先日の事件、そのどちらを見ても正直危険という感じは見て取れなかった。

 

「………深雪。」

 

「何でしょうか。」

 

「彼は悪い奴に見えるか?」

 

「………いいえ。少なくとも私にはそうは見えません。」

 

「………そうか。」

 

 誰も何も言わなくなり、境内に沈黙が訪れる。これ以上は何も得られない。双方ともに理解したので俺たちは師匠に辞宜をし、寺を後にした。

 

 

 



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入学編 第七話

ルーキーランキング16位ありがとうございます。(12月11日20時50分現在)

 ランキングに入るだけでうれしい作者にとってここまでの高順位になれたのは皆様方のおかげです。改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

これからも頑張って書いていきたいと思いますので応援よろしくお願いします。

それではお楽しみください。




「アストラ、用意はできているか。」

 

「もちろんです。今日はスクラップを加工するとおっしゃっていましたから。」

 

 家に帰宅してこれからは俺の趣味の時間、スクラップいじり、素材も大きさもいろいろがあるが、主に自動車などのそれだ。これが一番安くて扱いやすい。これらをいじるのが俺の趣味だ。他にもあるが…、まあおいおい紹介していく。

 

「それじゃあ始める。」

 

 一体誰に言っているのか分からない開始の報告をし、俺の趣味を始める。両腕の表面を肩から爪の先にかけてスライドするように撫でる。するとCADもないのに起動式が展開され、そのまま魔法が展開される。魔法による電撃、右腕は青、左腕は赤の電撃が腕を包み込む。だがこの魔法の本懐はこの電撃ではない。このままの状態でも事象改変を行えるがもう一つの手順を行う。スクラップに手で触れられる近さまで近づくと、柏手のように一回手を合わせる。すると電撃が青と赤が混じり会い、紫に変色する。これで準備完了だ。スクラップに軽く手を触れる。するとただの鉄の塊、スクラップが少し流動的に動いたかと思うと、また元のようにすぐに動きを止め、固体に戻る。

 

「お見事です。さすがですね。」

 

「そういうのは良い。これはもう片付けておいてくれ。あとはCADをいじる。飯は持ってきてくれ。」

 

「了解しました。簡単なものの方がよろしそうなのでそうさせていただきますね。」

 

「さすがだ。それじゃあ頼むぞ。」

 

 アストラが3Hに入ると部屋を出ていく。俺はパソコンのおいてある机に向き、椅子に座る。その画面にはCADと思わしき図面が出ていた。その日は机と、パソコンと向き合ったまま、朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は公開討論会、第一高校に変革が訪れるのか、はたまた無駄だと思われてしまうようなものになるのか、どちらになるのかはわからないが、それすらも俺には関係ない、というか興味がない。魔法師も人手不足が慢性化している。人手が足りない中で若い人材を速く育成しようと思ったら、成績、もとい実技の成績が高いものが優先されるのは自明の理。そんな中で一科と二科の教育内容にケチをつけるのであれば、それは無理難題を言っているということだ。それに改善を要求するのであれば、何かしらの実績を残さないといけない。特に何をしたわけでないのに改善を要求するのは、何とも自己中心的というかなんというか…。まあブランシュのそれで、それどころではない精神状態にされているのだろうが。まあこんなことをしなくても、今年は二科生に日の目が当たることも増えてくるだろう。なんせ一科と同等、あるいはそれ以上の生徒が二科に入学したからな。と、このように世間に興味のない人間が心の中でご高説を唱えたところで学校に着く。

 

 教室に入り、自分の机に着くと、前の席に座っていた深雪に討論会のことを聞かされる。聞くと七草会長一人で参加されるとのこと、会長自身、言い負かされることがあるならば、改善することも視野に入れるといっていたらしい。向こうが何人出て来るかは知らないが、こちらが七草会長が一人で弁論をするのは妥当だと思う。生徒会長であり、かつ数字付き(ナンバーズ)、その中でも十師族の七草会長であれば、下手に複数人で相手をするよりも安全だからだ。そんなことを考えながら、話を聞いていたら、考え事をしながら聞いていたせいなのか興味がなさそうに聞いているように見えてしまったらしく(もちろんそんなことはおそらくないのだが)、深雪に軽く叱責された。いくら興味がないとはいえ、少しは興味を持つべきだとのこと。そうしていると雫とほのかも会話に入ってきて、いつも通りに雑談となった。余談ではあるが、その間の男子たちからの視線は人を射殺せそうなんてものではないほどのものだった。美少女三人と仲良く会話をしているとなると当然だろうか。こんな感じで雑談を交わしていると、担任が教室に入ってきていつものように、普段通りに、何の変化もなく、授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の授業も終わり、公開討論会が執り行われることとなった放課後。講堂には全校生徒の約半数が集まった。

 

「意外に集まりましたね。」

 

「予想外、と言った方がいいだろうな。」

 

「当校の生徒にこれほど暇人がいるとは…。学校側にカリキュラムの強化を進言しなければなりませんね」

 

「笑えないぞ…市原。」

 

 上から順に深雪、俺こと達也、市原先輩、渡辺先輩だ。しかしこれには驚きだ。本当に興味があるのか、それとも単なる暇つぶしなのかは知らないが、ここまで人が集まるとは思わなかった。同盟の勧誘の賜物なのか、はたまた自主的に来たのかは、調べる余地はないだろう。しかし人が集まったのは事実。ここまで意識に問題があると関心を持っているということにも驚きを隠せなかった。

 

 その中でもリストバンドをつけた…、同盟メンバーは十人ほどいる。その中には放送室占拠のメンバーはいないが、学校のどこかしらにはいるだろう。

 

「実力行使の部隊が別にいるのか…。何をするつもりなのかわからないが…こちらからは手出しできんからな。専守防衛といえば聞こえはいいが…」

 

 言わずもがなだが、実力行使を前提とした考え方はあまり良い考えとは思えない。

 

「渡辺委員長、実力行使を前提として考えないでください。……始まりますよ。」

 

 鈴原先輩の一言により、視線が舞台に集中する。俺も舞台に視線を向けるが、渡辺会長が何かを思い出したように頭をあげ、辺りを見渡すと、俺に質問を投げかけてきた。

 

「なあ達也くん、錬君がどこにいるか知らないか?」

 

「さあ…?今日はあっていませんので…」

 

 見ているかという意味を込めた視線を隣に立っている深雪に送る。

 

「いえ…、放課後になってからは一度も見ていませんが…」

 

 この三人のうち、誰も見ていない。今回の討論会、先の件もあり、かなり厳重な警備となっており、その警備のため風紀委員は全員呼び出しを受けている。そのため必ず風紀委員はいるはずなのだが…。三人で顔を見合わせていると、市原先輩が集中しきれなくなったのか、こちらを向いて話し始める。

 

「錬君ならばもうすでに帰られましたよ。」「はあ!?」

 

 少し大きめの声で反応する。すると自分の声のボリュームに気付いたのか、渡辺先輩が慌てて口を閉じる。響くこともなかったので気付かれてはいない。落ち着いた渡辺先輩が市原先輩に質問する。

 

「おい、市原、どういうことだ。」

 

「聞いていらっしゃらないのですか?今日の討論会、風紀委員会は全員集まるので荒事が好みでない俺は不必要、それに今日は予定がある、と伝えてくださいと私に会ったときに言って帰りましたが…。」

 

「あいつ…。今度会ったら絞めてやる。」

 

 渡辺先輩が指を鳴らしながら言う。こんな話をしていたら、どうやら討論会も佳境に入っていたらしい。会話をしながらでも耳には討論の内容は聞こえていたので改めて全員が集中し、内容に耳を傾けることに集中する。

 

「…ほかに原因があり、それがわかっているにも関わらず、一科と二科の区分のせいにする、一科と二科をお互いに隔てる意識の壁こそが問題なのです。私は当校の生徒会長として、現状に決して満足していません。時には校内で対立を煽りさえする意識の壁を何とかしたいと思ってきました。私は退任時の総会で生徒会役員を一科生からのみ選出する、この規定を撤廃することを生徒会長としての最後の仕事にしたいと思います。少々気の早い公約になってしまいましたが、これらによって差別意識が少しでも変わることを切に願っています!」

 

 会長の堂々した、凛々しい演説に会場中から満場の拍手が巻き起こった。それは二科生のみならず、一科生からも起こり、会場は拍手の嵐に包まれた。この演説が変革の第一歩、誰もがそう思い、このまま大団円で討論会が終了するかと思ったが、どうやら同盟側、その黒幕はは一切そのつもりはないらしく、会場を包み込んでいた拍手は突如鳴り響いた轟音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アストラ、奴らの場所は特定できたか?」

 

「公安のデータベースに侵入し特定。どうやら第一高校近くの廃工場のようです。」

 

 討論会に出ることなく帰宅し、俺はあることの準備をしていた。

 

「分かった。一応聞くが…。」

 

「一切痕跡は残していません。それでなくては錬様に作られたAIとは言えませんから。」

 

「そうか。それより裏どりはどうなっている。」

 

「ただいま確認したところ、どうやらリーダーの司一ともども工場にとどまっているようです。」

 

「分かった。」

 

 俺用の、こういった時用のCADを持ち、腕に付ける。その他諸々も身に着け、地下の部屋から、マスクをつけながら車に乗り込む。免許はどうしたのかと思うだろうが、問題ない。こいつも俺が作った知能で動く。地球上でこいつに勝てるドライバーなどいないであろう程の最高のドライバーだ。車庫のシャッターをあげ、直通の通路を通り、地上へと上がっていく。向かう先?決まっている。仕返しに行くんだ。俺は一度やられたら、数千倍にしてやり返すタイプなんだ。一応言っておくが数千倍は比喩で、そのレベルにしてやり返すという意味だ。地上に出て車を走らせる。車の中から見える空は血のように赤く染まり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの轟音の正体である侵入者、ブランシュの目的を破り、校内に存在していた兵をすべて制圧した後、放送室占拠事件の当事者である、壬生紗耶香先輩の事情聴取をしていた。どうやらきっかけとなったのは渡辺先輩に立ち合いを拒否されたこと。しかし、渡辺先輩によると、壬生先輩の相手は私では務まらないから他をあたってほしい、というものらしい。その言葉を聞いた壬生先輩は記憶に混乱が生じたらしく、言葉を紡ごうと口を動かすが言葉を口にできない状態になっていた。

 

「なんだ、あたし、バカみたい……逆恨みで、一年も無駄にして……」

 

「無駄ではないと思います」

 

壬生先輩が俺の言葉に反応して伏せていた顔をあげる。

 

「どんな理由であれ、それが恨み、憎しみで身につけた強さであってもそれは壬生先輩が自分の力で身につけた力です。己を磨き続けた壬生先輩の一年が無駄であったとは俺は思います。」

 

「はあ、達也君には敵わないなぁ…ねえ達也くん、ちょっとこっちに来てくれない?」

 

「はあ」

 

 言われたとおりに壬生先輩のもとに近づく。その距離は約三十cm。すると壬生先輩は俺の胸に顔をうずめて泣き始めた。周りの様子を窺うと皆おろおろとしている。深雪からの視線が伝わってこないので、複雑な感情になっているのだろう。ただ深雪をなだめたくても俺には壬生先輩が縋り付いている。今は深雪には悪いがこのままの状態でいることにした。

 

 

 

 その後落ち着いた壬生先輩から、背後組織がブランシュであることが告げられた。予想通り過ぎてつまらないがしょうがないことだ。そこで俺は乗り込む意を伝える。

 

「危険だ!学生の分を超えている!」

 

「私も反対よ。学外の事は警察に任せるべきだ。」

 

「壬生先輩を強盗未遂で家裁送りにするんですか?」

 

 実際二人の考えは正しい。がこれは当事者である俺の問題でもあるのだ。俺と深雪の生活空間が損なわれた。損なった者たちを駆除することは俺の最優先事項であり、義務でもある。そして十文字会頭も同じように考えているらしい。

 

「しかしお兄様。どのやってブランシュの拠点を突き止めればよいのでしょうか。」

 

「それは簡単だ。俺たちじゃわからないのであれば知っている人に聞けばいい。」

 

 出入り口を開けると、パンツスーツ姿のカウンセラーが立っていた。

 

「九重先生秘蔵の弟子から隠れ遂せようなんて、やっぱり甘かったか…」

 

「あんまり嘘ばかりついていると自分の気持ちにもいつか気付けなくなりますよ。」

 

「以後気を付けるわ。」

 

 形式的に、流すように会話を終えると、本題に入った。どうやら小野先生は拠点を知っているらしく、端末でその情報を受け取った。すると、拠点は徒歩でも一時間もかからない、目と鼻の先にあった。これにはその場の全員が驚き、エリカとレオに関しては憤慨していた。

 

「車の方がいいだろうな」

 

 乗り込む方法の話題に移り、十文字会頭から提案が成される。十文字会頭も乗り込む気らしく、七草会長から疑問が呈されるが、すぐさま看破された。それなら私も、と七草先輩と渡辺先輩が行こうとするが、十文字会頭の説得によって止められた。その後車は十文字会頭が準備することになり、保健室から出ていく。俺たちもいこうかと思ったところで、渡辺先輩が唐突に口を開く。

 

「すまない、少し待ってもらっていいか。壬生、聞きたいことがあるんだが。」

 

「なによ、今じゃないといけないの?」

 

「一応、情報の共有をしておきたいだけだ。さっき敵を制圧した時に奴らに目的を吐かせたんだが…、目的の一つに園達 錬の確保があったんだがあれはどういうことだ?」

 

その場の全員の表情が驚愕に染まる。

 

「ああ、それですか。確か入試成績一位の男の子ですよね。」

 

「よね?」

 

「実は私もよく知らないんです…。写真だけ渡されて、彼を見つけたら連絡をしろ。とだけ言われていたので…。何故かは何も聞かされていないんです。」

 

「つまり理由はわからずとも何故かブランシュに狙われていたってことか…?」

 

「高い魔法力の人材が欲しかったのかしら?でもそれなら深雪さんでもいいわよね…?それに魔法を否定している人たちには魔法師は必要ないわよね。」

 

 全員が首をかしげるようにして考え始める。が時間もないので一度考えるのをやめ、残りは車の中で考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十文字会頭が用意したのはオフロードに対応した大型車。それに乗ってブランシュの拠点に向かうは、俺、深雪、エリカ、レオ、会頭、そして剣術部の桐原先輩だ。少し狭いがそこまでの問題はない。車内で乗り込む際の作戦とともに錬について考える。すると、深雪が唐突に口を開く。

 

「お兄様…。」

 

「何だ深雪。」

 

「…少し急いだほうが良いように思われます。」

 

「どうしてだ?」

 

「なんだか…、胸騒ぎがして…」

 

 口には出さないが、俺も同意見だ。なんだか嫌な予感がする。錬のことを聞いてからなんだが妙な胸騒ぎを感じていた。

 

「…そうだな。会頭急いでもらっていいですか」

 

「分かった。少し速度を上げるぞ。」

 

 そういうとアクセルを踏み、速度を上げる。その最中、桐原先輩が急激な速度の変化に耐えられず、車内に頭をぶつけていた。

 

 

 

 

 

廃工場の近くまでくると、全員が工場を取り巻く環境の異常性に気が付いた。

 

「お兄様、煙が!」

 

「分かっている。だがその前に…、レオ!」

 

装甲(パンツァー)!」

 

 レオが硬化魔法をかけた車は門を突き破る。魔法を放った本人はへばっているが。すると目の前に半壊、とは言わないがかなり崩れている工場とともに一台の車に乗り込む、異常なほど口の部分が長く、目の部分がレンズになっているマスクをつけ、黒のローブを身に纏った人間が見えた。その車とともにその人物はすぐさま逃げようとし、タイヤの摩擦音を嘶かせながら、門から出ようとしていた。この状況から逃げ出そうとするのはどう考えても普通じゃない。十文字会頭も同じことを考えたらしくCADを操作する。発動したのは発動の速い、単純な上向きの力を加えるための加重系魔法、これで自動車の後方を持ち上げてひっくり返し、逃げられなくしようとしたのだろう。だがそれは失敗し、あっさりと工場の敷地を抜け出してしまう。俺と十文字会頭は心底驚いていた。十師族の次期頭首ともあろう人がこんな単純な魔法を失敗するわけがないのだ。それでもあの車は魔法による事象改変を受けなかった。このままでは逃げられてしまうと思い、ばれない様に精霊の目(エレメンタル・サイト)を発動する。すると俺は二重の驚きに包まれた。まず一つ目はその車が俺の知らない、全く未知の材質で作られていたこと、もう一つが車内の人物が錬だったことだ。狙われていることは俺たちよりもよく知っているだろう。それを知っていてなお、敵の本拠地に乗り込むなど正気の沙汰ではない。それにあの車の材質、もしあれが魔法が効かない、というものなのであるならば俺のキャスト・ジャミングなどとは比にならないほど社会基盤にヒビを入れかねない。そして錬は何かしらの方法であれを調達できるということだ。一体本当に何者なんだ。

 

「司波、今はあの車は気にするな。それよりも中の状況を確認するぞ。今回言い出したのはお前だ。お前が指揮をとれ。」

 

 十文字会頭に言われ、気持ちを切り替え指揮を執る。俺、深雪、会頭、桐原先輩が突入、レオとエリカは不満そうだが、見張りについてもらうことにした。

 

「これは…、ひどいですね…。」

 

「だが、確実に息はある。おそらくここに来る前に来た襲撃者には殺す気がなかったのだろう。」

 

 十文字会頭が冷静に分析をする。確かに腕や足といった体の一部がないものがいるが、全員意識がないだけで息はある。俺たちはそのまま進み、奥の広間に着く。するとそこには腕の欠損した白いコートを着た人物が蹲っていた。

 

「お前が司一か?」

 

「誰だ…お前たちは。」

 

「質問に答えろ。お前は司一か?」

 

「あ、ああ、そうだ…。」

 

「てめえが…壬生をっ!」

 

 怒気が込められた声がしたので振り返ると、桐原先輩の顔が怒りを纏ったものに変わっており、今にも切りかかりそうに刀を握りしめていた。

 

「やめろ。桐原。」

 

 しかし十文字会頭に止められ、表情が元に戻る。十文字会頭がCADを操作すると、魔法により、司一の腕から流れ出ていた血が止まる。

 

「ここに俺たちよりも前に襲撃者が来ていたはずだ。どういう人物だった。」

 

「わ、分からない」

 

「これ以上の地獄が見たいか?」

 

 俺のCAD、シルバーホーンを突き付け、脅しをかける。

 

「ほ、本当にわからないんだ!顔はマスクで隠してたし、体はローブを身に纏っていたから…」

 

 どうやら本当にわからないようだ。しかしまだ尋問をやめる気はない。

 

「ならば、心当たりは?」

 

「そ、園達 錬だ、あいつならば私たちのもとに乗り込んできてもおかしくない!」

 

「何故だ?そもそもなぜあいつを捕らえようとしていた?」

 

「そ、それは…」

 

 そこまで口を開いたところで司一の腹部が小さく爆発する。俺はすぐに防御したが、司一は腹の肉がえぐられ、意識を失った。

 

「…どうやら、魔法の類ではないようだな。」

 

「ええ、魔法の発動兆候等が全く感知できませんでした。恐らく小型爆弾などのものかと…」

 

「しかし、こいつが気絶してしまった時点で、もはや尋問など不可能だ。今日はもう終わりだ。俺の家のものに来てもらって対処する。」

 

「分かりました。」

 

 

 

 

 

 

 

 いまいち後味の悪い終わり方で一連の、ブランシュ襲撃事件の幕が下りた。エリカたちと合流し、今回のことを話し始める。どうやらエリカもレオもあの襲撃者に興味津々のようだ。

 

「しかし、どうでもいいことなんだがよ、あの車かっこよかったな。」

 

「なに、あんた車なんかに興味あるの?」

 

「いや、ああいうスポーツカーっていうのか?なかなか見ることなんかないからよ。雑誌で見た事あるんだがな...何ていう車種だったかな...。」

 

「車種なんてどうでもいいのよ。それより私は全身黒ずくめなのに黄色の車っていうは少しアンバランスさを感じたけど。ほんとに何者だったのかしらね。」

 

 俺は錬だとわかっているが、今は言わない方がいいだろう。余計な混乱を招いてしまう。

 

「あとよ、気になったんだけどよ、俺たちが門を壊す前に一体どうやってあの自動車はこの工場の敷地内に入ったんだ?」

 

「確かに…、門を開けてもらった…、って感じでもなかっただろうし。」

 

「俺たちが考えても仕方のないことだ。とりあえず今は学校に帰ろう。」

 

 今回のことで園達錬のことがまたわからなくなってしまった俺はすっきりとしない気分で学校に帰ることになった。

 

 




 いかがでしたでしょうか。今回は錬君大暴れの会でしたね(暴れた場面が一切出ていませんがそこは脳内補完してください)。

 さて、今回で錬君が持っている兵力の一部が出ました。乗っていった自動車も戦闘用に改造してある特別品を錬君が自分で作りました。こうやって考えると錬君技術力たけーな。

 彼が本拠地に乗り込むときにつけていたのはペストマスクです。それプラス黒いローブで…もうわかる人にはわかりますね。

 これでわかったと思いますが、錬君はあんな性格なのにもかかわらず、日本のサブカルチャーに結構毒されています。ですが錬君は結構楽しいと感じています。想像力が膨らんで創作意欲が広がるとのこと。これが錬君の兵力を広げている原因でもあるのですが。

おしゃべりしたところで今回はおしまいです。

次回までお楽しみに。あと評価ご感想お待ちしています。



 


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入学編 第八話

 一瞬だけ投稿して削除してしまって申し訳ありませんでした…。以後このようなことが無いように気を付けていきたいと思います。

 それではお楽しみください。

 riva123さん誤字脱字報告ありがとうございました。



「おっさん、いつもの。」

 

「はいよ、しょうゆラーメン大盛り、ライス付きに餃子だな。」

 

 俺は今、馴染みのラーメン屋に来ていた。あんな後にと思うだろうが、祝勝会も兼ねて、というか単に食べたいからだ。カウンターに座り、情報端末を起動すると、渡辺先輩からのメールが届いていた。内容は「次に学校に来たら、たっぷりとお礼をさせてもらおう。」というものだった。はて?何も悪いことはしていないはずだが?

 

 委員長からのメールを軽く流し、ニュースアプリを開くと、一高が襲撃された事件がトップニュースになっている。まあ、当然と言えば当然だが。国立機関の第一高校がテロリストに襲撃されたとなれば世間は驚くだろう。俺としてはいろいろと言いたいことがあるのだが。まず第一になぜ襲撃を受けたのか、襲撃されることが分からなくとも、敷地内に入られないようにはできるはず。国立の機関であるにも関わらず、この警備の緩さはなんだ。いくら生徒会が主体とはいってもあんまりではないか。などと考えていると、新たに客が入ってきた。初老の男性だ。

 

「隣、いいかね。」

 

「ええ、どうぞ」

 

 簡潔に応対を済ませる。男性は味噌ラーメンを頼み、席に着く。俺は再び端末に目を落とす。一高のニュースを読むのをやめ、他のニュースを読み始める。少しして俺のラーメンが来る。さらに少しして男性のラーメンが来る。二人ともラーメンをすすり始める。その間に会話はない。半分ほど食べたのち、その静寂を嫌うかのように俺から口を開く。

 

「で、何の用ですか。閣下。」

 

「ふふ、流石に鋭いね。」

 

「何度あんたのことを見たと思っているんですか。さすがにわかりますよ。で何の用ですか?」

 

 この人は九島烈、かつて世界最強と言われた日本の魔法師の頂点であり、十師族、九島家の一員、そして俺の保護者だ。保護されるまでにはいろいろとあったんだが…それは今は割愛する。かなり魔法師界では著名な人らしいが、俺にとってはサブカル好きな少年趣味のただの爺にしか見えん。俺の家を作ったのもこの人だし。隠し扉はロマンだ!と言って譲らなかった、というエピソードがあるがそれは言ったらかなり尊厳がなくなりそうなので墓場まで持っていくことにする。ただ俺もかなり影響されている。麺好きもその一つだ。そしてさっき見た目が初老といったが実年齢は九十歳近い。

 

「君がブランシュ日本支部を壊滅させたと聞いてね。その話を聞きに来たんだ。」

 

「なんでもう知ってるんですか、あなたは…。まあいい、まずは…」

 

麺をすする手を止めることなく、俺は閣下に今回の事の次第を伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これが今回の顛末です。」

 

「ふむ、今回の件でブランシュ日本支部が壊滅したか。しかし、そこまでやる必要はあったのかね?」

 

「あなたも分かっているはずですが。俺がやられたら何倍にして返すことは。」

 

「君らしいな。」

 

「で、他にも何かあるんでしょう。わざわざ仮装行列(パレード)まで使って来たんですから。用がこれだけだとはとても思えません。」

 

「特にないよ。しいて言うなら君の様子を見たといったところか…。」

 

「あっそ。」

 

「まあこの話はこれで終わりだ。話は変わるが今度私の家にきたまえ。光宣も会いたがっていた。」

 

「都合がついたら行かせてもらいますよ。」

 

「さて、用件も済んだことだし、私はお暇させてもらおう。」

 

 先に食べ終わった閣下が店を出ていく。日本の国宝レベルの重要人物のはずなのにのんきなものだ。俺もすぐに食べ終わり、店から出て、自宅に向かう。空を見上げると、星々がはっきりと見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブランシュを壊滅させてから一日、今日は学校もその影響で休み。丸一日寝てもみたいものだが、今日は周期が合わなかったようで、全く眠くない。仕方ないのでアーカイブを見るなりCADをいじるなりして暇をつぶそう。と思い、パソコンの前に座る。と同時にほとんど鳴ることの無い端末から着信音が鳴り響いた。いったい誰だと思い、連絡を送ってきた人物名を見ると、司波達也、と液晶に映し出されていた。いろいろな意味で珍しい。一つは端末に間違いでもなく普通に知人からかかってくること、もう一つは達也からの連絡であったことだ、今まで何度か連絡をする機会があったが、すべてメールで、今まで電話を送ってくることなんてなかったからだ。

 

「もしもし」

 

「もしもし、錬か」

 

「何の用だ?」

 

「少し話したいことがある。今日俺の家に来てくれないか?」

 

「別に構わないが…、お前の家はどこにあるんだ?」

 

「すまん。配慮が足りなかったな。これから俺の家の情報を端末に送る。とにかく来れるのであれば今日中に俺の家に来てくれ。」

 

「ああ、わかった。」

 

 そういうと着信が切れる。その後、すぐに俺の端末に位置情報が送られてくる。話したいこと、ねえ…。恐らく感づいたか?もしそのことを聞かれたら誤魔化す必要があるか、それとも…。…いや、今考えても仕方ないな。道中で考えよう。幸いこちらにも手札はあるんだ。最悪それを切ろう。そうと決まれば早いうちに行こう。部屋に戻り、外用の服に着替える。

 

「どうされましたか」

 

いつの間にか後ろに立っていたアストラが声をかけてくる。

 

「少し出てくる。帰りはいつにわからないから、飯の準備はいらない。」

 

「了解しました。くれぐれもお気をつけて。」

 

 家から出て、キャビネット乗り場に向かう。一応他人の家に上がるんだ。何かしら買っていこう。そう思いながら、舌戦に向けて、あるいは戦闘になることを考えて、気を引き締めた。できればそんな事態にはならなければいいんだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様…」

 

「ああ、アポイントが取れた。今日来るそうだ。それと深雪、CADを手放すなよ。」

 

「はい、お兄様…」

 

 そのようなことにならなければ一番いい。深雪もそのようなことがないことを願っているのか、CADを持てと言った時、顔に影が落ちた。だが、もしそのような状況になったとき、深雪にはCADを使わなくてもいいように…。

 

「お兄様!」

 

 深雪が大声で声をかけてくる。なかなかこのような声を出すことがないので少し体が反応してしまう。だが、平静を保って答える。

 

「何だ、深雪。」

 

「お兄様一人で抱え込むのはおやめください。私たちは兄妹なのですから。」

 

「ありがとう。少し気が楽になった。でも俺は深雪のガーディアンだ。深雪を守らなくては俺の存在価値がなくなってしまう。」

 

「はい…、申し訳ありません…。出過ぎたことを…」

 

「いいんだ。深雪の気遣いで俺は救われているんだ。お前のような妹を持てて俺は幸せだよ。」

 

 深雪の頬を撫でながら、そう答える。

 

「それに…私はそのようなことがないと信じていますから。」

 

「それもそう思っているよ。」

 

 錬に敵意があるのかどうか、それを確かめるために呼び出したのだ。今回で見抜いてみせる。俺たちの平穏を守るために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はケーキが入った紙箱を持ちながら、住宅街を歩く。端末を眺めながら目的の場所を目指す。すると、目的の場所に着いたようだ。随分とデカい家だな。第一印象はそんな感じだった。俺が言えた義理ではないが、とても兄妹二人で住む家の大きさじゃない。そう思いながら、玄関のインターフォンを押す。すると、ほとんどノータイムで扉が開く。

 

「呼びつけてしまってすまないな。」

 

「構わない。今日は予定がなかったからな。」

 

 深雪にケーキを渡しながら、答える。達也の先導でリビングに案内される。簡素な飾りつけながら使いやすそうなリビングだ。ソファに座るように促され、遠慮なく座る。

 

「それで話っていうのはなんだ。」

 

「単刀直入に言う。お前は昨日ブランシュのアジトにいたな?」

 

 向かいに座っている達也が話を切り出す。ここで素直に認めるわけにはいかない。まずは何故そう思うのかを聞く。もしこれでちゃんとした理由がなければいくらでも誤魔化せる。

 

「……なんでそう思う。」

 

「ブランシュのリーダー、司一がお前に襲われる心当たりがあると言っていたからだ。それにお前は昨日すぐに帰宅している。」

 

「その司一はその男の顔を見ているのか?それに俺と同じように早く帰った奴なんて俺以外にもいるだろう。」

 

「それは…」

 

 達也が言葉を紡げなくなる。これで終わりではないはずだ。と思い、改めて気を引き締めると、お茶を持ってきた深雪が兄の援護射撃のためか口をはさんでくる。

 

「そういえば、錬さんは何をブランシュにされたのですか?」

 

「いや、特に何をされたわけじゃないぞ。」

 

 しかしこの回答が悪手だったのか、息を吹き返した達也が再び質問をしてくる。

 

「それじゃあなぜブランシュが襲われる心当たりの中に入るんだ?」

 

 どうやら援護射撃は成功してしまったみたいだな。さてどう返してやるか。適当に言ったんじゃないのか。という案は無理やりすぎるので却下。今度はこっちが答えに困ってしまう。…仕方ない。手札を切るか。

 

「…取引をしないか。」

 

「何だ?」

 

「そっちがなぜわかったのかを教えてくれれば、こちらも話せるだけのことを言おう。」

 

「一つ聞かせてくれ。なぜいきなり。」

 

「正直に言うと誤魔化すのに困ったからだ。」

 

「あそこにいたことは認めるんだな。」

 

「ああ、どうだ、悪い話ではないと思うが…。」

 

「ということはあれをやったのもお前か?」

 

「それは取り引きに応じるかだ。どうだ、四葉達也、四葉深雪。」

 

 このままでは一方的に情報が引き出されてしまうと思ったので、切り札を切る。すると完全に二人の顔色が変わる。

 

「なぜそのことを!」

 

「それも取引の内容だ。どうだ?あとそんなに殺気をぶつけて来るな。話もできない。」

 

「…分かった。取引に応じよう。しかし、一つ条件がある。俺たちのことは」

 

「分かってる。それはお互い様だ。」

 

 取引成立だ。二人の顔色が元に戻る。

 

「まずは俺たちから質問させてもらうぞ。それをどこで知った?」

 

 警戒心を全開にしながら達也が開口する。無理も無い。恐らく極秘のことをあっさりと知られてしまったのだから。

 

「俺の魔法、というか異能でだ」

 

「どういう事ですか?」

 

「俺の頭にこの世界の全ての知識が図書館のように並んでいて、そこに任意にアクセス出来る。と考えてもらえればいい。」

 

 二人の顔が本名を言われた時と同じほど驚愕に染まる。俺もこの異能はチートもいいところだと思う。この世にはフリズスキャルヴなるものがあるらしいが、それとはまったく比にならない。あれは世間にある情報しか集められないが、これは世間だけじゃなくこの地球のすべて、太陽系、果てにはこの宇宙のすべてを知ることができる。俺の頭が追い付かないため、せいぜい太陽系の断片までしか知ることができないが、それでも壊れ性能だと思う。どんなに秘匿とされている情報であっても俺にはわかってしまう。

 

「つまりお前には...」

 

「隠し事は一切不可能。どんなことでも調べられるからな。」

 

二人が気が抜けたように脱力する。

 

「じゃあ俺たちの周りについても…」

 

「もちろん知っている。興味がないから調べていないが、調べようと思えばすぐに調べられる。恐らくやらないがな。」

 

 達也が気が抜けたように背もたれに体を預ける。一気に疲れたのか、さっきから今までで表情が少し違う。さっきよりも大分穏やかになった。それでも気力を振り絞るように体を起こして、俺に質問を投げかけてくる。

 

「じゃあ二つ目だ。お前があの時載っていた車。その素材は何だったんだ?」

 

「あれは俺が造った素材だ。」

 

「造った?」

 

「これが俺の魔法だ。錬成、と言って、素材を一度分解して別のものに組み替えたり、それを構成している原子を別の原子を変化させる魔法だ。」

 

 達也は驚いたような顔をするが、深雪は理解が追い付かないといった顔をする。まあ当然だが。一回聞いただけじゃなぜその素材のことにつながるかがわからないだろうからな。達也はなんとなくわかったような顔をしているが。

 

「……つまりどういうことですか?」

 

「深雪、この世の中にない素材を作ることができるか。」

 

「いえ、それはほぼ不可能です。もし新たな素材を作りだしたといってもそれは技術的な意味しか持たず、産業的な活躍をさせることはできないでしょう。」

 

「そうだな、だけど錬はそれができる。架空の素材などを造り出せる。」

 

 ここでやっと深雪が驚愕する。そこで口をしっかりと隠すあたりは育ちがしっかりとしているということか。

 

「ああ、俺の錬成と異能はかなり相性が良くて、知識の魔法を活用することで作るのが難しい合金はもちろん、この世に存在していない素材、架空の素材なども造りだすことができる。話を元に戻すと、あれはアンチ・マジック・マテリアルという素材で、素材のエイドス情報を固定し、どんな魔法であっても改変を受け付けないというものだ。心配しなくても、これを市場に出したりすることはないがな。」

 

「もう驚くのもつかれてきたな…。」

 

 達也が苦笑する。深雪はまだ驚いている。かなり情報を与えたが、こちらがかなり情報を握っているといってもかなり譲歩した方だろう。

 

「それじゃあ、お前の協力者についてだが…」

 

「おっとそれはだめだ。今までのは俺だけの情報だったが、そこから先は他人の情報も入ってくる。向こうのプライバシーもあるから、それは言えない。」

 

 胸の前で腕を×に組んで拒否の反応を示す。すると、達也が事情を理解したのか、踏み込んでこなくなった。

 

「分かった。それじゃ……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで最後だ。あの時の格好は何だ。」

 

「あれは単なる趣味だ。特に深い意味はない。」

 

「趣味ならば悪趣味としか言えないんだが…。ともかく今日は呼び出してすまなかったな。」

 

「こっちとしてもだいぶ有益だったから、別に構わない。」

 

 暇つぶしに困っていたので、そのネタ程度にはなった。情報を大量に与えたが、結果的にはよかったかもしれない。

 

「あと一つ。」

 

「「…?」」

 

「今回でお前たちの情報を握っているといったが。俺はそれを一方的に使ったりはしない。」

 

「…そうか。じゃあこちらからも質問だ。なぜ俺たちにこんなにも情報を与えた?これではこちらがあまりにも有利だ。」

 

「俺がお前たちを味方につければ、こちらにも有利だと考えたからだ。」

 

「…そうか。わかった。今日はありがとうな。」

 

「それじゃあな。」

 

「ああ。」「また学校で。錬君」

 

 達也の家を後にする。結構長く話していたようで空が赤く染まり始めていた。特に何もすることもないのでもう家に帰ろう。アストラに連絡を入れ、飯を作っていてくれるように言う。アストラの食事にありつくために帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お兄様。」

 

「ああ、今は錬を信じよう。」

 

 今は信じることが最善であろう。あれだけの情報を自分から切れる時点で俺たちと敵対しようという意思はないとみていいだろう。それに味方につけておけば俺の目的に役に立ってくれるかもしれない。

 

「……叔母上に報告をしなければな…」

 

 どのようにして伝えるか。俺は、というか俺たちはあいつを敵でないと認識している。しかしあの魔法。知れば悪用しようとする輩は必ず出て来るだろう。特に叔母上は狙ってくるだろう。だから俺はあいつを叔母上に悪用されないようにして誤魔化しながら伝えなければならない。あいつを守るために。俺たちの友人を守るために。

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。今回で錬が使える能力が明らかになりました。戦闘向けではありませんが結構チートです。

ここで錬君の紹介を簡潔にしたいと思います。

 園達 錬(16歳)男

 身長170センチで体重62キロ。運動神経は普通よりいい程度。顔は魔法力に見合ってイケメン(死ねばいいのに)。だが目の下のクマのせいでイケメンが薄まっている。(ざまあ)だがそれがいいという女子生徒も少なくないらしい。達也が表情豊かだと思えるほどの無表情。不眠症の気があり、ある周期で来る睡眠の日が来ないとまともに眠ることができない。

 魔法力、サイオン保有量ともに世界でもトップクラスで一校では深雪と十文字以外まともに相手にできない。特意な魔法、苦手な魔法はなく、ほぼすべての系統の魔法を使いこなす。魔法力はとある事情からここまで大きくなっている。

サブカル好きでアニメ、ゲームが好き。休みの日はこれらで遊んでいることが多い。

九島烈には恩を感じており、この人かラーメンが最優先事項。

麺類に目がなく、餌として出されると簡単に食いつく。

現在はAI一台、自動車一台と一軒家で暮らしている。

 こんなところですね。魔法の説明は次からの前書きで紹介したいと思います。分からないことがあったら質問ください。

それでは次回までお楽しみに。あと評価ご感想お待ちしています。






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入学編 閑話

        「錬成」

 錬特有のBS魔法。手に触れたものを物体を電子、陽子、中性子に分解して再構築することにより、別の物質に変えることができる。この魔法を使うことにより、有機物から無機物を作り出すことも可能。しかし無機物から生物などを作り出すことは不可能。(紙などの有機物は作り出せる)物体の形状を変えることもでき、これによって触れたものを戦闘用に即座に加工することも可能。
 
 人を分解、再構築することでけがの治療も行えるが、それにはその人物の人体構造をすべて知っている必要があり、基本は自分以外には使わない。分解だけを使い、即死攻撃としても使える。


 達也の分解、再成と似た能力ではあるが、遠距離から攻撃できる達也に対して、錬の錬成は手に触れなければならないため、遠距離からの攻撃が多い、現代では攻撃用魔法としてはいまいち。だが、レアメタル等も生成できるため、技術用魔法としての側面が強い。

 構造を知っているものであれば、ありとあらゆるものを作り出せる。(これ重要)

 こんなところですね。こんな感じで錬の能力をこれから前書きで紹介していきたいと思います。明日は異能の方です。

それではお楽しみください。



 


「それでは一応ルールを説明します。直接攻撃、間接攻撃を問わず相手を死に至らしめる術式は禁止。回復不能な障碍与える術式も禁止。今回は相手の肉体を直接攻撃することは禁止です。勝敗は一方が勝敗を認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決します。このルールに従わない場合は…、ここから先はいりますか?」

 

「必要ない。お互いにわかりきっていることだ。」

 

 俺の前に立っている渡辺先輩から凛とした声で二人の間に立っている達也に返答が成される。そのすぐそばには七草先輩と深雪の姿。そして俺が今いる場所は演習室。これから行われるのは俺と渡辺先輩による「正式な試合」。このようなことになってしまった原因で頭を痛ませながら、俺は心の中で深くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「錬君、君には私と試合をしてもらう。」

 

「は?」

 

 先輩に失礼だと思いながらもこの声が出るのを我慢できなかった。放課後、いつものように本部で仕事をしていたところ、生徒会室から降りてきた深雪に生徒会室に来るように呼ばれた。何の用かと首をひねりながら生徒会室に入ったところ、あの言葉だ。あんな声出てしまっても不思議じゃないと思う。なぜ俺が、思い、心当たりを探したところ、自分でも思い出したくはなかったが、すぐに見つかった。ブランシュ事件の後、ラーメン屋にいるときに見たメール。あの時に内容は「登校してきたら、お礼をさせてもらおう。」という内容だった。ちょっと時間が経っていたため、忘れていたが、その時書かれていた()()を実行するつもりなのだろう。

 

「君はブランシュ然り、狙われることが多いようだからな。実力行使ができないといっても自衛のための力くらいはつけておくべきだ。そのための訓練を今から行う。」

 

 そんなことは望んでいない。あなた方に訓練を受ける前から何度もやりあっています、と言いたかったが、その言葉をぐっと飲みこんだ。訓練というのは建前でお礼をするための口実でしかないのだろう。そう考えると納得がいく。何とかして回避しようと、俺のことを知っている、深雪に助け船を出してもらおうとしたら、作業に集中しているようにしてこちらを向こうとしていなかった。やはり深雪は俺に何らかのうらみがあるのだろうか。辺りを見渡すと七草会長は軽くうろたえている俺を見てにやにやしているし、市原先輩は作業に集中している。こちらを見ていた中条先輩は俺が見た瞬間、睨んでいると錯覚して、「ピッ!?」と何とも不可思議な声をあげて作業に戻ってしまった。ちなみに服部会長は今いない。どこかにでも出ているのだろう。どうしようか、と考えながら渡辺先輩の方を向く。すると俺はよほどいやそうな顔をしていたのか、嬉しそうに口角を少しだけ上げて言葉を発する。

 

「ちなみにだが君には拒否権はない。強制的に受けてもらうぞ。」

 

 どうやら逃げ場はないようだ。断ることを諦めて覚悟を決めることにした。学校を巡回していた達也に審判を頼み、渡辺先輩に連れられ、その後ろに七草先輩、深雪を連なって演習場に向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至る。正直今でも断ることができないかの案を探している。どうにかできないかという視線を達也に向けると同じように視線で「諦めろ」と返ってきた。

 

「まずは君の実力を見せてもらう。その後にどんな訓練をするかを考えさせてもらう。」

 

一体どれだけ俺をしごくつもりなのだろうか。それ以前に気になることがあるので質問する。

 

「渡辺先輩、他人の特訓メニュー考えられるんですか?」

 

 するとこの質問がよほど面白かったのか、七草会長が噴出し、渡辺先輩が不機嫌そうな表情をする。

 

「失礼な奴だな。私だって他人一人くらいの練習メニューくらい管理できる。」

 

「自分の所属している委員会の本部も片付けられない人が言っても説得力ありませんよ。」

 

 この言葉で七草会長の笑いは加速し、とうとう声をあげて笑い始めた。対して渡辺先輩は先ほどよりもさらに顔が赤くなっている。達也は顔色一つ変えていないが、深雪はこのカオスな現状に動揺している。七草会長の笑いが不愉快だったのか、「やめろ」という意思を込めて七草会長を睨みつける。すると、その視線に気づいた七草会長が笑うのをやめる。だが、まだ止められないのか、いまだに肩を震わせている。だが、渡辺先輩はもう気にしていないようだ。場がだいぶ落ち着いたところで始まりの雰囲気になる。渡辺先輩は腕につけているCADに手を添え、俺も同様に手に持ったCADを地面に向ける。演習場が完全な静寂に包まれる。

 

「始め!」

 

渡辺先輩と俺との火ぶたが切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回私が錬君に試合を挑んだ理由は二つある。一つ目は、単に生意気な後輩をシメたかったからだ。こんなことはどうでもいい。もう一つは錬君の実力を見たかったからだ。今年の入試成績一位、司波深雪以上の魔法力の持ち主、その魔法力から繰り出される魔法がどれほどのものかが知りたかったのだ。自衛の練習を言う理由で引っ張り出してきたが、正直、その必要もないと思っている。練習をつけるなど、今回引っ張り出してくるための建前でしかない。そんな理由で私は演習室で錬君と向かい合っていた。達也君からルールの説明がなされ、私は一応建前として言葉を述べる。

 

「まずは君の実力を見せてもらう。その後にどんな訓練をするかを考えさせてもらう。」

 

正直そんなつもりは一切ない。正直考えられるほど私は器用ではない。

 

「渡辺先輩、他人の特訓メニュー考えられるんですか?」

 

 核心を突かれるとは思わず私は動揺してしまった。私の顔は今赤くなっているだろう。この言葉を聞いた真由美は噴出している。だが、ここで考えられない、などと言っては先輩としての威厳がなくなってしまうので、できるという意を返すことにする。

 

「失礼な奴だな。私だって他人一人くらいの練習メニューくらい管理できる。」

 

「自分の所属している委員会の本部すら片付けられない人が言っても説得力ありませんよ。」

 

 端で見ている真由美が声をあげて笑い出した。私の顔もさらに赤くなっているだろう。別に片付けられないことはわかっているが、ここまで言われると、さすがに私も少し腹が立ってくる。だが、連君よりも今は真由美に腹が立っている。いつまで笑っているんだ。真由美のことを睨みつけると、やっと笑うのをやめた。いまだに肩を震わせているが、もう気にしないことにしよう。チラリと達也君の方を見ると、特に気にした様子もないようだ。

 

 少しすると、演習場に静寂が訪れ、始まりの空気になる。

 

「初め!」

 

 合図が出され、私はCADを操作する。まず発動するのは、単純な移動系魔法、かつて服部が達也君との試合で発動しようとしたものと似たものだ。これで後方に吹き飛ばそうとし、魔法発動のために手を前に出した。私の魔法が発動し、錬君は吹き飛ぶと思った。しかし、錬君は吹き飛ばなかった。錬君を見ると、特化型CADを持ったまま、汎用型CADを操作、硬化魔法を発動し、自身の相対位置を固定し、吹き飛ぶのを阻止したのだ。私は戦闘中ではあったが、素直に錬君のことを尊敬してしまった。一校の三巨頭と言われ、魔法力には自信があった私よりも速く魔法を発動、正しく対処して見せた。これでは私の闘争心が燃え上がってしまう、などの一瞬の思考のうちに錬君が動いていた。特化型CADで発動したのは単純な加重系統、だがこれならばいくらでも対処できる。自己加速術式を発動し、効果範囲内からすぐさま離脱する。

 

「どうした!君の魔法はそんなものか!」

 

 挑発の意を込めて、錬君に話しかける。答えない。が別にそれでいい。この会話に意味などない。この言葉は思考をまとめるための時間稼ぎでしかないからだ。再びCADを操作し、次の魔法を発動するために互いにCADを操作する。発動したのは同じ魔法。

 

       「エア・ブリット」

 

 空気を圧縮して打ち出す魔法。だがこれ単発では私には当てることはできない。互いに右に移動し、空気弾を躱す。が、躱した先で私は体が急激に重くなった。下を見ると魔法の痕跡。加重系魔法で体を地面に縫い付けられているのだとわかった。が、そこまで分かった私の頭は混乱を極めていた。なぜ魔法が発動しているのか、分からなかったのだ。錬君から目を離してもいなかったし、CADを操作した兆候もなかった。そのように混乱した頭で考えていると、魔法が終了し、体の重さが消えた。なぜこんな短くとも思ったが、チャンスだと思い体を起こした。が既に勝負は終わっていたのだ。視界には私の頭にCADを突き付けて立っている錬君が映っていた。私はここから挽回する策を持っていない。私は両腕を上げる。

 

「降参だ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降参だ…」

 

 この言葉でやっと俺と渡辺先輩の試合が終わる。俺は渡辺先輩に手を出し、捕まった渡辺先輩を引き上げる。七草会長の方を見ると、達也を除いた深雪と七草会長が驚いたような、困惑したような顔をしていた。その困惑を代弁するように渡辺先輩が口を開く。

 

「錬君。あの時の加重系魔法は一体いつ発動したんだい?最初の魔法発動から私は君から一切目を離していないんだが?」

 

 多分、疑問に思っている人物全員が同じ疑問を持っているのだろう。七草会長たちが聞きたいという顔をしている。俺はその疑問を解消するために説明を始める。

 

「最初に加重系魔法を発動した時に汎用型で同時に発動したんですよ。渡辺先輩の視線は特化型に集中していましたから。」

 

 左右のCADで同系統の魔法を同時発動。いわゆるパラレル・キャストというやつだ。これを実行したことか、はたまたそれを全く気取られること無く実行したことにかは分からないが、三人は驚いていた。

 

「だが、どうやって魔法を悟られないようにしたんだ?発動してからずっと発動しっぱなしではさすがの私でもわかるぞ?」

 

 解決した後に新たな疑問が上がる。だが、これには俺ではなく、手持ち無沙汰になったのであろう、達也が答えてくれた。

 

「恐らく、魔法発動時間と効果発現時間をずらして発動したのでしょう。わざとラグを作り、渡辺先輩がその場に来るタイミングで発動するように設定し、魔法に気付かれないように偽装したのでしょう。特化型に意識を集中していた渡辺先輩では同時に放たれた魔法に気づくことができなかった。そうだろ。錬。」

 

 俺は首を縦に振る。まったくもって達也の言う通りである。これ以上の説明が要らないほど完璧な説明だ。

 

「でも、じゃあ摩利があの方向によけなかったらどうしたの?」

 

七草先輩から疑問が呈される。俺はそれに特に何も考えることなく答える。

 

「その時はその時です。まだやり様はいくらでもありましたから。」

 

 会長たちが絶句する。これは本心だ。まだまだ使える魔法はあったし、見せるわけにはいかないが俺には奥の手もある。正直、勝つこと自体は簡単だった。

 

「なんかもう言葉にできないわ…。」

 

「ああ、ここまでの魔法師だとは思わなかったな…。」

 

 二人から感嘆の声が溢れる。

 

「でも、錬君。これほどの実力があるのに何でデスクワーク専門なの?ここまでの実力なら校内でも勝てる人なんていないと思うけど?」

 

 七草先輩が口に人差し指を当てながら聞いてくる。これに関しては別段特別な理由ではない。

 

「俺はそもそも荒事が好きではないといっただけで、荒事が苦手でもないですし、ましてや嫌いなんて一言も言っていません。」

 

 この言葉に達也ですら絶句する。渡辺先輩に関しては頭を抱えている。ちょっと意地悪かもしれないが荒事が好きではないというのは本心だ。好きではないというか、戦闘から少しは離れる時間を作りたい、の方が近いだろうが。

 

「かといって、俺を巡回には出さないでくださいね。」

 

 このままだとデスクワーク以外の仕事を有事以外にもやらされそうなのでくぎを打っておく。すると、そんなつもりはないよ、と返ってくる。これで一安心だ。そうしていると、回復した渡辺先輩が口を開く。

 

「しかし、喜ばしいことだな。達也君といい、錬君といい優秀な後輩がそろっているようで。」

 

 この言葉に真っ先に反応したのは七草先輩だった。

 

「そうね。これで私たちが卒業しても安泰だわ。それじゃそろそろ戻りましょうか。そろそろ終わりそうだしね。」

 

 七草先輩がそういうと、一人、また二人と出ていく。しかし俺は最後の二人の会話で何故だかいやな予感しかしなかった。

 

 

 後日、このことを話の流れで雫たちに話したところ、とても祝福してくれ、特にエリカが祝福してくれた。その勢いは渡辺先輩に親でも殺されたかのようだった。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。今回の戦闘シーン、無理がないものにはなっていると思います。ここで錬の戦闘能力を説明しておきますと、殺し合いなら、達也と九重八雲にぎりぎり勝てるか勝てないくらい。その他であれば普通に勝てます。

 気になることがあればご質問ください。

 それでは次回までお楽しみに。あと評価ご感想お待ちしています。




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入学編 閑話 その二

 〈アンチ・マジック・マテリアル〉

 錬が作り出した素材。元の素材のエイドス情報を固定し、魔法による干渉を受けないといったもの。メタルではない理由は金属だけではなく、プラスチックや鉱石、液体も作り出せるため。これの有用性は魔法の効かない駆動機械を作れること。元の素材の長所をそのままにしてアンチ・マジック・マテリアルにすることができる。世の中に存在していない素材であるため、かなり貴重。市場に出回っていない。



 お久しぶりです。やっと書き終わったので投稿です。

 それではお楽しみください。

 あと、評価ご感想お待ちしています。




 渡辺先輩から勝利を収めてから少し経ち、今日は学校のない休日。俺は自宅でココアを飲みながら、くつろいでいた。今日は頼んでいたスクラップが届くので、どう加工しようか考えながら、ココアを一啜りすると、俺の端末が鳴り響いた。誰かと思い、確認すると、相手は雫だった。雫が連絡をしてくることなどなかったので何の用かと思いながら、電話に出る。

 

「もしもし。」

 

「もしもし、錬君。」

 

雫の抑揚のない声が端末越しに聞こえてくる。

 

「どうしたんだ。雫。」

 

「あの、明日って空いてる?」

 

「一応開いてはいるが…。何かあるのか?」

 

「明日私たち試験勉強をするんだけど、錬君も一緒に来ない?」

 

「構わない。一応質問だが、他に誰か来るのか?どこでやるんだ?」

 

「ほのかとエイミィが来る。あと勉強は私の家でやる。」

 

「分かった。明日家に行けばいいんだな。」

 

「うん。よろしくね」

 

 端末の通話を切る。端末をテーブルの上に投げ、ココアを啜る。そうやってココアを啜っていると、一分ほどしてインターホンが鳴った。恐らくスクラップが届いたのだろう。受け取るために玄関へと向かう。その足取りは少し普段より軽いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方の雫はというと、

 

(やった。錬君を誘えた。)

 

 ひそかに喜んでいた。同じ一科生として、入試成績一位の錬君が来てくれるのは試験勉強としては大きい。勉強でわからないところがあったら、教えてもらえるから。正直な話をすると、電話をするのは結構緊張したのだ。いつも不愛想な感じな錬さんに断られてしまうと思い、端末の前でたっぷり十分間覚悟を決めるために思案していたのだ。しかし、結果はすんなりとOK。今までの覚悟は何だったのかと思ったが、それ以上に喜びが強かった。明日に向けて部屋の片づけをするために寝転がっていたベットから起き上がった。また片づけをしているときの雫の足取りは普段よりも軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「錬君、ここはどうやるの?」

 

「ああ、それはな…」

 

 一日開けて今日は日曜日。雫との約束通り、俺は雫の家に来ていた。外見は家というよりかは邸の方が近いだろうが。そんなわけでほのか、エイミィ、雫、そして俺で勉強会をしている。健全な高校生であるならば、一対三の男女比で気まずい感じになってしまうだろうが、俺はそんなことを思わない。

 

「でも、やっぱり錬君すごいね。さすがに入試成績一位は伊達じゃないってやつ?」

 

 勉強に飽きたのかエイミィが言葉を発する。そこまでやっているわけではないのだがもうあきたのか?

 

「そんなことはないと思うぞ。このくらいは死ぬほど勉強すればだれでもできる」

 

「それが難しいんですよ。それができる錬さんはやっぱりすごいと思いますよ」 

 

「そうそう」

 

 エイミィに続いてほのか、雫の順に口を開く。こう褒められると、照れとは違う気まずさが混みあがってくる。

 

「……続けるぞ」

 

 続けるように促してまた手元の課題に目を落とす。課題に目を向けながらエイミィが言葉を発する。

 

「でもやっぱり入試成績一位、なおかつ筆記、実技どっちもなんて」

 

 自分では正直、これはあんまり褒められたものではないと思っている。この結果は俺の異能によるものなので、自分の素の力がはかれているわけではないからだ。もちろん筆記試験でこの力を使ったわけではないが。こんなことを独白していると、再びエイミィが口を開く。

 

「そういえば実技といえば、今回の試験の結果が九校戦のメンバー選抜に考慮されるんだよね。」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは雫。目の色を変えて、まるで後ろに炎のオーラがあるような迫力で話し始める。

 

「そう!だから特に今回の試験は重要なんだよ!」

 

 雫が熱く九校戦について話し始め、エイミィが驚いている。ほのかはけろりとしているが。どうやら全員の意識が九校戦に向いてしまったようなので、一度休憩にして俺はお手洗いに向かう。雫に聞くと、部屋を出て廊下を進んで右に曲がるといわれ、部屋から出て向かう。トイレに着いてからはなんてこともなく事を済ませる。しかしこの豪邸は一体どれだけの広さをしているんだ。廊下だけで五十メートルはあろうかという長さだった。用を済ませ、また部屋に戻ろうとすると、廊下でなかなか珍しい人物に会った。

 

「おや…、君は確か…園達錬君だったかな」

 

 北山潮。雫の父親であり、著名な大実業家でもある。恐らくは少し時間が空いたから、家に戻ってきたのだろう。会釈をして横を通り過ぎようとする。しかしそのつもりはないらしく、通り過ぎようと足を踏み出してすぐに声をかけられる。

 

「ちょっと待ってくれないか。君のことは娘からよく聞いていてね。一度話をしてみたいと思っていたんだ。改めて私は北山潮だ」

 

「園達錬です」

 

こう言われてしまっては俺に断るすべはない。おとなしく足を止めて、話に付き合う。

 

「何やら話に聞くところによると、君は第一高校の中でも屈指の実力者でもあるとか。上級生を、その中で一校の三巨頭と言われる人物を倒したそうじゃないか。雫が熱く褒めていたよ。実際私も

すごいと思うよ。さすがに入試成績一位は違うといったところか」

 

「大実業家、北山潮に褒めていただけるなんて光栄です」

 

光栄であるという意を口に出しながら、頭を下げる。

 

「頭を上げてくれ。私はそこまで偉くないし、魔法師でもないしね。娘に構ってもらえないしがない父親だ」

 

 世界に名をとどろかす大実業家が偉くないとなると、いよいよ偉いといえるのが十師族程度しかいなくなるのだが。

 

「話は変わるが、君は四月に起こったテロを覚えているかい」

 

「ええ、もちろん」

 

「私はあの子のもとにいて守ってあげることができなかった。今まで家族を守るために、と備えてきたものが全く生かせなかった。自分のふがいなさを呪ったよ」

 

 俺は何も言わない。あの一件はあまりに唐突で魔法師の家系ではない北山家が普通にしていても何も気づくことができないものだ。だから力が無駄だったとは俺は思わないし、北山潮が非力だとも思わない。そう考えていると、また北山氏が口を開く。

 

「あのテロの時、あの子はほのかちゃんを守るために魔法を使ったようなんだ、今度はそれが我が子に降り注ぐんじゃないかと、気が気がじゃないんだ。そこでなんだが…、もし私の娘が危険にさらされたら、君が守ってあげてくれないかい?」

 

「…なぜ私なのでしょうか。テロの一件の時、私は学校にいませんでしたし、そんな私では力不足なのでは?」

 

「君は以前にも雫を守ってくれている。それだけで私にとっては信頼に足る人物だ。それに私はいつ何時たりとも目を離すなといっているわけではない。出来る限り気にかけてやってほしいというだけなんだ」

 

 少し考えたようなふりをする。その間、北山氏は何も言わない。沈黙が十秒もしない間だが流れる。

 

「分かりました。出来る限りのことをしたいと思います」

 

「そうか。ありがとう。これで娘のことは気にしなくていいな!」

 

 俺の了承の返事を聞き、顔色が一気に明るくなる。その後はまた予定とのことで俺のもとから去っていった。俺も廊下に長居をする理由はないので速やかに部屋へ戻る。

 

「…今年は『クリムゾン・プリンス』こと一条将輝を擁する三校がいるから油断はできない。」

 

 扉越しに雫たちの話している声が聞こえる。どうやらまだ九校戦の話をしているらしい。扉を開け、中に入ると、三人が一斉にこちらを振り向く。

 

「錬君、ずいぶん遅かったね。何かあったの?」

 

「なに少し雫の御父上と話していてな。」

 

そういうと、雫の顔色が少し変わる。俺はその様子を観察しながら、座る。

 

「…何か変なこと聞かれなかった?」

 

「いや、何も聞かれなかった。ただ雫のことを気にかけてやってくれって言われただけだ。」

 

「余計なことしなくてもいいのに…」

 

 雫が小さな声でつぶやく。余計なことと思うのは勝手だが、俺は良い家族だと思う。自分の身の安全を心配してくれる人物がいるというのは、少しうらやましい気がする。少し重くなってしまった空気を戻すために話を切りだす。

 

「そういえば何の話をしていたんだ?」

 

「今年の三校に十師族の一条将輝がいるっていう話ですよ」

 

 俺の質問にほのかが答える。

 

「そういえば錬君と一条将輝ってどっちが強いんだろう?」

 

「…なんでその話になったのかは知らないが、どう考えても一条の方だと思うぞ。天下に名高い十師族だからな」

 

今度はエイミィの問いに俺が答える。いったいなぜ勝てるという考えに至ったのか。

 

「えー、でも錬君の魔法力はすごい高いじゃない。それに私たちと助けてくれたとき、すごい動きで敵を倒していたじゃない」

 

「あれはただの体の動かし方だからな。魔法の打ち合いじゃない。それに実戦経験のある一条には逆立ちしても勝てないだろうな」

 

「えー、そうかな」

 

 その後は雫たちは九校戦の話を続けていた。勉強しなくてもいいのかとも思ったが、楽しそうだったし、付き合うことにした。

 

 夕暮れになり、勉強会もお開き。俺たちは北山邸を後にした。帰り道をラーメンでも食べてかろうかと思いながら一人で歩いていると、後ろから何やら気配を感じた。それも結構不穏な雰囲気だ。あえて路地裏に入ったが、手出しをしてこなかった。いったい何者だったのかという疑問が残ったが、手出しをされるよりかはましなので、いったん考えるのを保留にしてそのままの足でいつものラーメン屋に向かった。

 

 

 

 

 



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九校戦編
九校戦編 第一話


 12月14日19時30分、ルーキーランキング7位、UA一万越え本当にありがとうございます。
 携帯の電源つけてハーメルンを見た時、UA一万超えて、お気に入り300人超えていたのを見た時は一体何事かと思いました。なんでこんなに伸びたんですかね?誰か教えてください、本当に。

 では今回から九校戦編です。どうぞお楽しみください。

 また錬の異能はあとがきに書きたいと思います。

※2017年12月26日感想でのご指摘を受け、修正しました。






 ブランシュの事件以来、特に大きな事件が起こることもなく(そう何回も大きな事件に巻き込まれていたら、たまったものではないが)平和極まりない様相で日常が過ぎていっていた。そして初夏を通り過ぎ、夏になろうとしていると、同時に魔法科高校の全学生の待望とする行事が近づいていた。その名も九校戦。魔法科高校九校の代表が実力を競い合う、いうなれば魔法師の全国競技大会である。政府関係者などに限らず、一般企業や海外などからもスカウトが来る魔法科高校生の晴れ舞台であるため、アピールのため、はたまた自分の力量を確かめるためなど理由は様々あるが、出場するために学生たちは必死になるのである。筆記の成績も九校戦の選手内定としての重要なファクターとなるので、生徒たちは学業に精を出していた。そしてここ一校でも定期考査が終わり、生徒会は九校戦の準備に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

「それにしても君の成績はどうなっているんだ…」

 

「そんなにおかしなことでしょうか?筆記も実技も司波兄妹が同等レベルの成績を出していますよ?」

 

「その二つを君一人で出しているのがおかしいんだがな…」

 

 俺は渡辺先輩と風紀委員会本部で資料作りをしていた。九校戦の準備をするのは生徒会。渡辺先輩が選手選考に多少口出しをするにしても、九校戦の準備に携わることはない。それならば何の資料を作っているのかと問われると、それは風紀委員長の引き継ぎのためのものだ。風紀委員の悪しき習慣として、風紀委員長の引き継ぎがまともに行われた例がないらしい。委員長は一年のころから風紀委員をやっているらしく委員長になったとき、さほど困らなかったらしいが、いま委員長が目をつけている人物は風紀委員の経験がなく、丸投げをするわけにはいかないらしい。だが可愛い後輩ができるだけ苦労しないように…、という配慮で引き継ぎを円滑に行うために資料を作っているのだ。俺に資料作りをすべて丸投げして。不器用だが優しい、委員長らしい、いい気づかいであるが、そのために俺が最近毎日呼び出されるのは俺に対しての気遣いが足りないのではないか?とも思ったが、これが俺の仕事でもあるので何も言わず、不満を飲み込んだ。(それにしても私用で委員長以外にも手伝ってくれと頼まれたり、引っ張り出されすぎに思えるが)その最中、委員長が暇になったのか、出回っている一年の成績を見ながら俺の成績を話題に出してきた。

 

 魔法科高校の試験は実技と筆記の二つに分けられ、総合成績とその二つの成績優秀者は学内ネットで氏名を公表される。無論すでに公表されており、それは学校内に多大な驚きを呼んだ。

 

まずは総合。これはみなの予想通りといったところであるが、

 

一位、A組 園達錬

二位、A組 司波深雪

三位、A組 光井ほのか

 

 続いて実技。

 

一位、A組 園達錬

二位、A組 司波深雪

三位、A組 北山雫

 

となった。なぜ深雪が一位でないのか、ということでなんやかんやひと悶着ありはしたが、俺が本当の入試成績一位である、ということを知っている深雪の鶴の一声でその騒動はすぐに収まり、実は汚い手を使って一位になったという俺の誤解もなくなった。(おい、誰だそんなことを言ったやつは。)

 

そして理論。ここが俺以上の問題となっていたのだ。

 

一位、A組 園達錬

二位、E組 司波達也

三位、A組 司波深雪

 

 そして四位、E組吉田幹比古、五位にほのか、十位雫、十七位美月、二十位エリカ、というようにレオ以外のいつものメンツが上位に集まっていた。実技の感覚がわからなければ、理論が解けないというわけではないが、それでもこの順位は異常の一言だった。トップ5に二科生が二人。さらには俺と達也は俺たちより下に平均点で十点以上も差をつけてしまったのだ。俺は実技でもまあまあの成績を残しているためおそらくセーフだが、達也は別だ。今日は達也も来る予定だったのだが、いまだに来ていないのはおそらくそれが原因だろう。だが、この手の話をするのは学生にとっては苦痛でしかないし、俺ももうあきた。この話題をいち早く終わらせるために、俺は一番手ごろな九校戦なる物の話題に話をすり替える。

 

「そういえばそろそろ九校戦ですか。生徒会や選手はやることが大変そうですね」

 

「随分と他人事のように言うが、君も選手に内定しているぞ。モノリス・コードとスピード・シューティングだ」

 

「なんでですか」

 

「定期考査総合、実技、筆記一位のやつを選ばない理由はないと思うが?」

 

 あっけらかんとした顔で渡辺先輩が言い放つ。こちらの事情は考えていないのだろうか。そもそも九校戦自体何かを俺は知らないのに。そんなことを考えながら渡辺先輩を見ると、何やら勝ち誇ったような顔をしている。口で言い負かせたとでも思っているのだろう。と考えて一瞬にらみを利かせると同時に達也が入ってくる。俺は睨みを利かせるのをやめ、手を動かしながら気さくに声をかける。ちなみに余談だがあの出来事の後、二人との関係はどうなったかというと特に変わらない。というか前より親しくなった。というか向こうが俺に隠し事をする必要がないとわかったからか、皮肉を他より多く言ってくるなど、遠慮がなくなったというか…。とにかく周りよりは踏み込むことのできる関係になったと言える。

 

「達也、遅かったな」

 

「ああ、少し呼び出しを食らってな。」

 

「成績、大方実技と理論の差についてだろ。」

 

「その通りだ。挙句の果てには四校に転入まで進められた。」

 

 まったくもってお話にもならない。成績が高いということで転入を進めるなど、自分たちには面倒を見切れないと言っているようなものだろう。そもそも面倒を見切れるような代物ではないが。空気が悪くなってしまったのを察したのか、達也が九校戦の話に切り替える。。

 

「そういえば九校戦はいつですか。」

 

「八月三日から十二日までの十日間だ。というかそんなことも知らないのか…。君たちは九校戦を観戦に行ったことはないのか。」

 

 委員長が達也を見ながら言う。今までいなかった達也にも聞いてみたくなったのだろう。

 

「俺はないですね。興味なかったので。」

 

「俺も夏休みは野暮用で忙しかったので。」

 

「興味なかったなんて言えるのは君くらいのものだな…。それに達也君、妹さんは毎年観戦に行っていると聞いたぞ?」

 

「俺たちだって、一年三百六十五日ともに行動しているわけじゃありませんから…。たまには別行動していますよ。」

 

「でもどんな競技があるかは知っているだろう?」

 

 俺は無言を貫く。本当に九校戦に関してはわからないのだ。というか考えたことすらない。

 

「モノリス・コードとミラージ・バットくらいは知ってますよ。」

 

「あの二つは有名だからな…。まあ、それだけでも知っていてよかったよ。それすら知らないという人物が若干一名いるみたいだしな。」

 

 委員長が冷ややかな視線を向けてくる。向けられている視線を見ないようにして気にせず作業を続ける。すると、委員長が呆れたようにため息をつくと、咳払いをするように口に拳を手に当て、考えるふりをする。そして渡辺先輩が九校戦について説明するために口を開く。

 

「まずは…錬君。基礎すら知らない君はこのパンフレットを読んでいてくれ。」

 

 委員長から紙の印刷物が渡される。内容は九校戦について。長々といろいろな内容が書かれているパンフレットに意識を集中すること約五分。

 

九校戦について簡潔にまとめるとこうだ。

 全国から魔法師の卵が集まり、様々な競技で競い合う、部活動の全国大会のようなもの。

 競技数は全部で六種目。競技ごとに様々な特色があり、本選と新人戦に分かれている。

 活躍すれば、何かしらのいいことがある。

 

 

「…渡辺先輩」

 

「ん?なんだ?」

 

「このモノリスコードという種目は団体戦、なおかつ対人戦ですよね」

 

「そうだぞ」

 

「………私、園達錬はモノリス・コードの出場を拒否します」

 

「それを拒否しよう。学年一の実力の持ち主、なおかつ私に勝てる実力の持ち主を見過ごすわけにはいかない」

 

「それでは九校戦そのものへの出場を拒否します」

 

「わ、分かった。モノリス・コードの選手内定を取り消すように取り計らおう。…チッ、パンフレットを見せるべきじゃなかったか。」

 

 今渋い顔をしている渡辺先輩との交渉を終えて俺は再び作業に戻る。雰囲気が悪くなってしまった本部の空気を戻すのに一役買ったのはやはり達也だった。

 

「今年は三連覇がかかっているんでしたっけ?」

 

この言葉でかなり渋い顔になっていた渡辺先輩の顔が元に戻る。

 

「コホン…、そうだ。あたしたちにとっては今年勝ってこそ本当の優勝だ。」

 

「でも確か順当にいけば当校が優勝確実、言われているようですが?」

 

「そうだ、選手の能力には不安はない。十分に優勝できるものだ。不安要素があるとするとすればエンジニアの方だ。」

 

「エンジニア?CADの調整要員のことですか?」

 

「そうだ。今の三年生は選手に比べてエンジニアの人材が乏しい。真由美や十文字はCADの調整も得意だろうから不自由は感じないだろうが……」

 

 唐突に口を閉ざして、言葉を濁す。恐らく渡辺先輩は苦手なのだろう。達也と俺、どちらも完全に閉口する。俺と達也はどちらも魔工師志望、余計なことを言おうものなら、エンジニアとして内定確定、そして道連れとして告げ口という状況が目に見える。俺は選手であるから、と言う逃げ道があるが達也はない。よって達也は推薦されようものならエンジニア確定、よって一言も発さない。俺は別に達也がエンジニアになろうと、どうでもいいので何も言わない。最終的にはその場の誰もしゃべらなくなり、本部を静寂が包み込んだ。

 

 

 




 星雲の本棚(アストロ・ライブラリ)

 錬特有の異能。頭の中にこの世のすべてが記述された図書館がある。その情報量はフリズスキャルブの比でない。現実の事象や物質だけでなく、仮想の事象や物体、さらには概念も眠っており、錬にとっては一生つきない遊び場になっている。(〇ンダム、〇イア〇マン、ト〇ン〇フォ〇マー作り放題である。)錬成と相性が良く、この世にない物質が作り出せる。イメージとしては宇宙空間に本棚がふわふわと浮いており、検索をかけると、その本棚が目の前に飛んでくる感じ。

 毎日更新されているため、常に脳が動いており、糖分の補給が不可欠。また、睡眠を阻害している原因の半分はこれである。

 異能はこんなところです。ここで少し報告を。入学編の閑話を思いついたので今書いています。九校戦編の途中で投稿するので事後系列が少しごちゃつきます。なので先にお詫びをしておきたいと思います。

今回はこのあたりで。それでは次回までお楽しみに。また評価ご感想お待ちしています。




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九校戦編 第二話 

 

 〈錬の家〉

 錬が住む一軒家。上は普通の一軒家で小さな庭がある。この家には地下があり、計地下四階まであり、それぞれ駐車場と地上への通用口、運動兼実験室、研究室、倉庫という様に分かれている。
 
 地下への入り口は地上の部屋の前の絵画の裏の操作パネルを操作することで道が開く。こうしたのは九島烈。何やら建設時、家が変形するというトンデモ案もあったらしいが光宣の冷たい視線であえなく撃沈。その後、九島烈と錬の洗の…、教育により、光宣もサブカル好きに。

 この家の愉快な住人は錬、アストラ、自動車である。この一人と二台でこの家に暮らしている。ちなみに客室は二部屋。

 


 連続投稿です。






「選手以上に問題なのがエンジニアよ……。」

 

「まだ数が揃わないのか?」

 

 生徒会室で七草先輩の愚痴をBGMに食事をとる五人と二人(前者が女性、後者が男性の数。圧倒的にアンバランスである)。

 

 準備によって疲れが溜まっているのであろう七草先輩の愚痴によって生徒会室は精神衛生的になんだか好ましくない雰囲気になってきた。それを察してか、達也は生徒会室から逃げようと機会をうかがっていた。俺もそうしたいところだったのだが、俺の場合、それができない状態にあった。なぜなら七草先輩の愚痴の三割は俺がモノリス・コードを断ったことも含まれていたからだ。おかげで新人戦の男子競技を全部変えなければならなくなっただの、おかげで疲れがさらに加速しただの言われていたせいで席を立とうにもできない状況になっていたのだ。

 

「ねえ、リンちゃん。やっぱり、エンジニアやってくれない?」

 

「無理です。私の技能では、中条さんたちの足を引っ張るだけかと。」

 

 七草先輩の提案はすげなくあしらわれ、ここがチャンスだと見たのか、達也が腰を浮かせて、逃亡を図ろうとする。俺もチャンスだと思い、どさくさ紛れに逃亡しようとする。だが達也の目論見はどうやら失敗したみたいだ。

 

「あの、だったら司波君がいいんじゃないでしょうか。」

 

 あずさ先輩の一言で生徒会室の空気が変わる。達也はなんだかんだ言って逃げようとしているが、さっきまで隣に座っていた深雪というジョーカーがいる限り逃れることはできないだろう。俺はうろたえる達也をしり目に、達也に助け船を出すことなく、生徒会室からさっさと撤収しようとする。だが達也に視線を送りながらもしっかりと俺のことを見ていた七草先輩に引き留められる。どうやらいまだに引きずっているらしい。

 

「どこに行くのかしら?まだ食事は終わってないわよ?さあ、座って?」

 

 逆らえない。目が完全に獲物を見つけた時の野獣の目をしており、逃げたら殺すといわんばかりの覇気を出していた。さすがに俺でもこの状況で逃げようとは思えない。逃げようと思えば逃げられるが、後々面倒なことになると体が本能的に察していた。その最中も達也がなんとか逃げようとしていたが、ジョーカー深雪が自ら動くことで完全に逃げられない状況に陥っていた。チェックメイトだ。

 

 食事も終わり、生徒会室から出ようとするが、達也にことごとく防がれ、仕方なくとどまる生徒会室。俺は端末でニュースを閲覧し、達也はCADを整備していた。だがCADをいじる。この行為にじっとしていられない人が一人いた。

 

「今日はシルバーホーンを持ってきているんですね」

 

「ええ、ホルスターを新調したので、馴染ませようと思いまして」

 

「えっ、見せてもらってもいいですか?」

 

 達也にCADを見せてもらうことを願う中条先輩。普通のCAD好きならそれを要求するのは当然といったところか。達也の所有しているのはシルバー・モデル。天下の天才技術者、トーラス・シルバーの手によって手掛けられたものだ。ちなみにトーラス・シルバーはループ・キャスト・システムを開発し、特化型CADのソフトウェアを十年は進歩させた天才だ。デバイスに興味があるものだけでなく、魔法師であればだれもが一度は聞いたことのある名だ。

 

 中条先輩がCADして熱弁しているのを、会長に止められ、落ち着いたところで俺に声をかけてくる。

 

「そういえば園達君は何のCADを使っているんですか。」

 

 単に興味がわいたのか、それとも話すことがなくなったのか、(恐らく前者であろうが)俺に質問をしてくる。俺は今日持っているCADを差し出す。

 

「これですけど…」

 

 すると、前回見てはいる七草先輩たちがCADオタクである中条先輩の解説があった方がいいのか、中条先輩の持つ俺のCADに目線を送っている。鈴原先輩は作業中のため、顔を向けることはできないようだが聞き耳を立てているようだ。

 

「なにこれ?どこにも社名が書いていないけれど?」

 

「見た目から見てもマクシミリアンやローゼン、シルバーモデルではないようだが?」

 

 七草先輩と渡辺先輩が首をかしげる。だが中条先輩だけはこのCADの正体に気付いたのか、顔を驚愕一色に染める。

 

「これって…、もしかしてアスガルズモデルですか?」

 

「えっ!?」

 

 中条先輩の言葉に七草先輩と鈴原先輩が驚き、渡辺先輩は何が何だかわからないといった表情をしている。まあ普通に見てもわかるものじゃないのも確かだが。

 

「それって、ユニラ・ケテルのよね?」

 

「そ、そうです!まさかこんな代物が見られるなんて…」

 

「お、おい。いったい誰なんだ。そのユニラ・ケテルっていうのは?」

 

「知らないの?摩利。」

 

「名前自体はどこかで聞いたことがあるような気がするが…、そんなに有名な技術者なのか?」

 

 七草先輩が少し呆れたようにつぶやく。中条先輩も普段見せないような表情をしている。

 

「あーちゃん、説明してあげて。」

 

七草先輩が説明するように促す。

 

「はい!ユニラ・ケテルというのは起動式を二十個まで格納できる特化型CADや他系統の魔法の同時発動を一つのCADで出来るようにした汎用型CADなどを開発した天才技術者なんです!彼は汎用型、特化型CAD両方の開発にも取り組んでおり、その最高傑作がユグドラ・シリーズなんです。ユグドラ・シリーズはハード、ソフト、どちらも世界最高峰の技術で魔法師であればだれもが一度は使ってみたいと思う傑作品となっているんです。ですが、性能があまりに高すぎ、調整ができる魔工師が本人以外にいなかったんです。それを改善するためにデチューンしたのが、このアスガルズ・シリーズなんです。ですが、ユグドラ・シリーズは調整さえできれば、シルバー・モデルすら比較にならないと言われており、その下位互換であるアスガルズ・シリーズも高い性能を保っているCADとして、市場に出回れば、時折シルバー・シリーズをも上回る高値で取引されることがあるんです!ですが市場に出回る数が非常に少なく…、ユグドラ・シリーズは汎用型、特化型含めて世界に二十台もないと言われているんです。アスガルズ・シリーズも言わずもがなで…。でも知名度はトーラス・シルバーには劣りますが、才能は並ぶほどの人物なんです!ああ、憧れの、ユニラ様…」

 

「そ、それはすごいな。中条が興奮する理由もわかる気がする。」

 

 渡辺先輩が驚く。それを他所によほど見れたことがうれしいのか、中条先輩が俺のCADに達也のCADにすらしなかった頬ずりをし始める。

 

「でも何でこれを錬君が?アスガルズ・シリーズは出回る量がユグドラ・シリーズより多いとは入手困難なものですよ?」

 

「まあ、ユニラ・ケテルとは顔見知りなので。」

 

「えっ、本当ですか!?」

 

 中条先輩の顔が喜色満面になる。一体俺に何を見出したのだろうか。

 

「ユニラ・ケテルの本業は使用者に合わせたオートクチュール物のCADを作ること、と言っていましたから。これがどこにも所属していない強みとも言っていましたよ。」

 

「でも連絡先ってほとんど誰も知らないわよね…。公開すれば引く手あまたでしょうに…」

 

「それが嫌だと言っていましたよ。そもそもCADを作っているのは単なる趣味でそこまで忙しくなるのはごめんだと言っていました。」

 

 その場の全員が驚く。世界が渇望する最高性能のCAD製作者がCADを作るのは単なる趣味であると言い放っているのだ。これが公になれば世界中のCADメーカーを敵に回すことになるだろう。

 

「まあ、彼自身が暇人なので、少し頼めばCADはいくらでも作ってもらえますけどね。」

 

「それは…ある意味すごいわね」

 

七草先輩が感嘆と呆れが混じった声を上げる。渡辺先輩はいまだに絶句している。

 

「じゃあ、お願いしてもらったりはできるんですか?」

 

「一応できますよ。彼の気分次第なのでいつ出来上がるかはわかりませんが…」

 

「えっ、じゃあお願いしてもいいですか?」

 

「構いません。ただでというわけにはいかないでしょうけど。仮にも彼は商売人ですので。」

 

「もちろんです。天下のユニラ様のCADのためだったら十万でも百万でも出します!」

 

「そこまではさすがに取らないと思いますよ。」

 

その発言にはさすがの俺も苦笑してしまう。ユニラ・ケテルはそこまで守銭奴ではないと思う。

 

「ところであーちゃん。CADについて話すのは良いけど課題は良いの?」

 

 中条先輩に無慈悲に絶望が突き付けられた。絶叫を上げ、七草先輩に助けを求める。加重系魔法の技術的三大難問、飛行魔法についての様々な見解、達也の意見が話された。そして、レポートが完成しないまま、昼休み終了の鐘が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、九校戦準備会合のために俺は部活連本部に足を運んでいた。その場には生徒会の会長である七草先輩や渡辺先輩、十文字会頭、その他にはほのか、雫、エイミィといった顔見知りやその他諸々、そして今回の問題である達也がいた。(本当にちなみにだが、エイミィとはあの後も何度か一緒に食事をとるなど交流がある。エイミィ曰く見た目に似合わず親切だから話しやすいとのこと)

 

「それでは、九校戦メンバー選定会議を開始します。」

 

 何故達也がいるのかという声はすぐに上がったが、達也がメンバー入りすることに肯定的な声も多くあり、議論は平行線をたどっていた。

 

「要するに、司波の技能がどの程度かわからない点が問題となっていると理解したが、もしそうであるならば、実際に確かめてみるのが一番だろう。」

 

 十文字会頭の、重々しい、かつ文句の言いようのない解決策に皆が一様に口を噤む。そして具体的にはどうするのか問われたところ、実際に調整をさせてみるという、また単純明快な答えが返ってくる。達也が調整をする相手を誰にするかという議論になり、十文字会頭、七草会長が立候補したが、最終的に剣術部、桐原先輩がその実験台になることに決まった。

 

 その後実際に達也が桐原先輩に対してCADの調整を行った。達也は完全マニュアル調整、なおかつ多少調整ができる程度の人間には絶対にできないレベルの手さばきで、調整を終わらせた。その腕の良さが全く理解できないためか、はたまた単にどうしても達也がメンバー入りすることが認めたくないのか、それでも否定的な意見が出た。しかし以前否定的な考えを持っていた服部先輩が達也のチーム入りを支持し、十文字会頭もそれに同意したため、誰も否定的な意見を言えなくなり、達也のチーム入りが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也のチーム入りが決まり、訪れた週末。俺はある人物に対して電話をしていた。名前は九島光宣。閣下の孫であり、俺の友人、俺のことを知る数少ない人物となっている。

 

「お久しぶりです、錬さん。」

 

「久しぶりだな。どうだ、体調は?」

 

「最近はかなり良くて。学校にも行けるほどです。」

 

「それはよかった。楽しいか?」

 

「授業は退屈ですが、それ以外はとても楽しいです。そういえば錬さんは九校戦に出るんですよね。」

 

「ああ、スピード・シューティングだ。」

 

 このような他愛のない会話が光宣の楽しみなんだろう。誰もが見惚れるような笑顔で俺と会話を楽しんでいる。こうして少しの間光宣と会話を楽しんでいた。

 

「ではそろそろ僕は戻りますね。時間になったので。」

 

「ああ、じゃあな」

 

光宣が画面外に姿を消し、代わりに画面の外から現れた閣下が映り込む。

 

「で…、何の話ですか。」

 

 俺は光宣と話していた時と声色を変えて問いかける。閣下の顔色もその時の顔をしているので何かしらあるのだろう。

 

「どうやら九校戦がらみで、国際犯罪シンジケートが怪しい動きをしているようだ。」

 

「それで?俺に何かしてほしいってことですか?」

 

「いいや。君の耳に入れておこうと思っただけさ。君の身体は誰にとっても貴重なものだ。奴らにとってもそれは同様。私は君のことを案じているんだ。」

 

「それはどうも。頭の片隅にでも入れておくことにしますよ。」

 

「話は移るが、九校戦の準備はできているかね?」

 

「ああ、新しいCADの開発もだいぶ終わりました。恐らく使い勝手自体は良いものになったと思います。」

 

「そうか。CADの性能も併せて九校戦を楽しみにしていよう。」

 

 通話が切られ、部屋に静寂が訪れる。その時間が訪れるのを待っていたが如く、アストラが飲み物を持って近づいてくる。

 

「お疲れですか?」

 

「あの程度で疲れるような鍛え方をしていないのは知っているはずだが?」

 

「これは失敬。そろそろCADの組み立てに戻るべきでは?今回のは私が見る限りかなりいいものに仕上がると思いますが?」

 

「俺が良くても、周りが使えなかったら意味がないんだがな。それでも今回のは拡張性は高くなるだろうな。」

 

 二人、もとい一人と一台で会話をしながら、隠し部屋に戻って行く。その時のアストラの口調は主の開発をともに喜ぶように、少しだけ高いものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土日をはさみ、月曜日。ひと悶着起こりそうになった発足式も終わり、選手たちはそれぞれの技術スタッフと顔合わせをしていた。

 

「皆さんの技術スタッフを担当する司波です。CADの調整の他、訓練メニュー作成や作戦立案をサポートします。」

 

「エンジニアは女の子が良かったなー」

 

「僕は仕事さえしてくれれば、誰でもいい。」

 

「ちょっとエイミィ!スバルも達也さんに失礼じゃない」

 

 達也に向けられている感情はあまりいいものとは言えず、ほのかに言い宥められる。だが、他人事のように言っているが、俺も同様だった。まあ、達也とは視線に内包された意味が違っていた。

 

「そういえば、何で錬君がいるんですか。」

 

 エイミィが全員が俺含めて気になっていたことを質問する。なぜ女子の中に男子が一人だけ混ざっているのか。気まずいという感情はないが、(六人中四人が知り合いのため)俺以外が女性のため、違和感はある。

 

「それは十文字会頭の指示です。」

 

 なるほど。その一言でなんとなく事情を悟った。恐らくは会頭自身の指示ではなく、渡辺先輩の入れ知恵だ。自分で言うのは何だが、自分でも身勝手、というか自由奔放なところがあるとは思っている(決して直す気などこれっぽっちもないが)。それをされると、技術スタッフに余計な負担がかかるので、俺の手綱を握れる達也のもとに置いた、といったところだろう。それに九校戦に意欲的でないということがどこかで漏れたのだろう。それで森崎を筆頭に反感を買い、向こうに入れられない。付け加えるとすればこんなところだろうか。

 

「なんでなの?錬君」

 

「さあ?」

 

 前に座っていたエイミィが声をかけてくる。察しがついているが別に真面目に答える必要もないので適当にあしらわせてもらう。

 

「おや?エイミィと園達君はずいぶん親しいようだが知り合いなのかい?」

 

「ちょっといろいろあってな。あと俺のことは錬でいい。」

 

「そうか、僕は里見スバルだ。よろしく頼むよ。」

 

 いちいちオーバーな彼女と軽く挨拶をしたところで達也からこれからの説明が軽くなされる。主に女性陣に対して。俺にないのかと形式的に聞くと、お前は自己管理できるだろうから勝手にやれ、というニュアンスの内容が返ってきた。違いないと思いながら俺は達也の解散の一言で教室を後にした。ちなみにだが里見スバルはBS魔法『認識阻害』を持っているため人の記憶に残るようにこの口調にしているのだとか。やはりBS魔法というものは便利ではあるがじゃじゃ馬が多いのだと改めて思った。

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。

 これから先、この作品はさらに投稿頻度が少なくなると思います。でも一か月に一本は投稿できるように努力していくので、気長にお待ちください。

次回までお楽しみに。あと評価ご感想お待ちしています。


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九校戦編 第三話 

   
    「ユグドラ・シリーズ」
 ユニラ・ケテルが製造したCAD。特化型、汎用型両方があるため、シリーズの名がついている。調整の難易度は最高クラスで、並大抵の魔工師では調整することすら敵わない。
しかし、調整さえでき、使用者に完全に合わせることができれば、並ぶもののない性能を発揮する。錬の本気時の使用CAD。

    「アズガルズ・シリーズ」
 ユグドラ・シリーズと同じくユニラ・ケテルが製造したCAD。性能はユグドラ・シリーズより低いが、調整の難易度は低くなっている。また世界に二十もないといわれているユグドラ・シリーズよりかは入手も簡単であり、ネットに出回れば、プレミアがつくことも。(ユグドラはプレミア以上の価値)錬の通常使用時のCAD。

  




 発足式から月日は流れ、八月一日。九校戦に出発する日になった。晴天の中、走るバスの中で俺は静かに目をつぶって寝ていた。厳密には目をつぶって寝ようとしているだけだが。耳栓、アイマスク、そして何事にも動じない心を持ち合わせている俺は会場に到着するまでの間、何が起きても動じることはなかった。例え、車内が冷房で感じていた温度より低くなろうと、何らかの影響でバスが横向きになろうとも。

 

 会場に着き、部屋の鍵を受け取る。俺は一人部屋だ。一科生からの反感がいまだに根付いており、同じ部屋にするわけにはいかないということで達也のように荷物置き場というわけでもないのに一人部屋にされた。やれやれ、そこまで俺のことが嫌いかね。

 

 部屋に入ると、机の目に着くところに一枚の紙きれが置いてあった。内容は、明日、私のところへ来たまえ、というものだった。この手紙がだれから向けられたものであるかは考える必要もない。よってすぐにゴミ箱に叩き込んだ。その後は懇親会まで届いているCADのチェックをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間もたち、懇親会が始まった。九校戦の参加者は九校、全員合わせて四百人以上。それなりに大規模なものとなっている。ホテルの給仕スタッフだけでは賄いきれないのか、アルバイトと思わしき若者があたりを行き来している。その中にはエリカもおり、てきぱきと働いていた。なぜいるのか、という疑問はあるが特に知って意味のないことなので省略する。そういう俺は他校の生徒、特に女子が集まってくるのをあしらうのに必死になっていた。なぜかやたらと俺の周りに人が集まってくる。そろそろあしらうのも疲れてきたので、達也に番犬になってもらおうと達也の方に向かう。

 

「どうした?錬」

 

「相手をするのが疲れてこっちに来たんだ」

 

「俺は番犬か?」

 

 番犬以上に効果は発揮していると思う。少なくともシェパードやドーベルマン以上の働きはしている。人気の出そうな深雪の周りには他校の生徒が群がっているが、俺の周りにいた連中もいつの間にかいなくなっている。達也と軽く雑談をしていると、後ろから声をかけられる。

 

「お飲み物はいかがですか?錬君、久しぶり」

 

 振り返ると、トレーにドリンクを乗せたエリカが立っていた。軽く挨拶をすると、達也になぜいるのかの説明が軽くなされた。レオたちも来ているらしく、美月たちは裏で仕事をしているらしい。ウエイトレスなのに仕事をしなくてもいいのか、と思いながらエリカと会話をしていると、深雪がやってくる。

 

「ハイ、エリカ。可愛い格好しているじゃない。関係者ってこういうことだったのね」

 

 深雪も加わり、会話の続きをしているとエリカの格好についての話になる。そうして話していると、ミキ、という聞き覚えのない単語が出てきた。それは深雪も同様だったらしく、

 

「ミキ?」

 

 疑問形で質問する。すると、エリカが何か思い出したような顔をして人ごみの中に消えていく。その中を小走りで走っている中でもドリンクを零さないのはさすが、と言える。エリカが消えてから、すぐ、今度は深雪が何か思い出したような顔をする。

 

「そういえば錬君。会長から預かっているものがあります」

 

 渡されたのは眼鏡。パッと見た感じ度は入っていないので伊達だが。それよりも何故渡してきたのかは気になる。

 

「なんで?」

 

「何でも、目の下のクマが他校の方々を圧迫してしまうとのことで、眼鏡で隠して和らげて、とのことです」

 

 俺のクマはそんなにひどいのか?そこまで気にする必要はないと思うが。でもかけなかったらかけなかったで何かしら言われるだろうから、一応かけることにする。

 

「深雪、ここにいたの」

 

「達也さんと錬さんも一緒だったんですね。ってどうしたんですか?その眼鏡」

 

 深雪を探してか、雫とほのかがやってくる。当然見覚えのない俺の眼鏡には反応してくる。これをつけることになった成り行きを説明すると、特に疑問もなく納得してくれたようだ。

 

「そうなんですか。とてもよくお似合いですよ」

 

「うん、雰囲気変わって見える」

 

「そうか。着け慣れないからちょっと鼻の上が痛いんだがな」

 

 俺の眼鏡の話題もひとしきり終わり、なぜ雫とほのかが深雪を探していたのかという話題になった。どうやら深雪に話しかけたい連中が番犬達也が厄介に感じたらしく、呼んでくるように頼んだらしい。すると、深雪は達也に諭され、達也に見送られて、一高の集団に雫たちと向かっていった。

 

 達也が先輩方と話をひとしきり終えたところで先ほどどこかへ行ったエリカが男子を一人伴って戻ってきた。

 

「あれ、深雪は?」

 

「クラスメイトのところへ行かせた。あとで俺の部屋に来るからその時に紹介するよ。それよりもまずは錬に自己紹介をした方がいいと思うが?」

 

「ああ、うん。初めましてだね。僕の名前は吉田幹比古。幹比古と呼んでくれ」

 

「園達錬だ。俺も錬でいい。しかし何で俺の名前を知っているんだ?」

 

「達也たちに聞いたんだ。それにこの学年に君の事を知らない人はいないと思うよ」

 

 本当かどうかを問う視線を達也、エリカの順に送ると、当たり前だと言わんばかりの冷たい視線が送られてくる。

 

「君とは話がしてみたかったんだ。達也から聞いた話によると、全分野について詳しいらしいからね」

 

 俺も達也の友人ということで多少は興味が持てる。幹比古が一瞬口を噤んだかと思うと、少し深く息を吸ってから言葉に口にする。

 

「錬、君は…」「錬君」

 

 が、間の悪いタイミングで雫が入ってくる。俺から見ても最悪のタイミングだったので、幹比古は口を開けたまま、何も言えなくなり、エリカはそれを見て笑いをこらえている。雫は場の状況が把握できたのか、申し訳なさそうな顔になる。

 

「…ごめんなさい、話を区切っちゃって」

 

「い、いいんだ!僕の話はまた今度でもいいから」

 

「それで雫、どうしたんだ」

 

「錬君を呼びに来た。エイミィたちが話したいって」

 

 達也の方を見ると、行け、という顔をしていた。俺も友人の頼みを無碍にするほど、性格悪くないと思うので、言われるがままに集団のところに向かうことにした。集団では深雪やほのか、エイミィたちが楽しそうに談笑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懇親会とは新たなる出会いの場でもある。二、三年は去年のライバルとの再会。一年はライバルとの出会い。だがうら若き年頃の学生からしてみれば懇親会という場所はライバルとの出会いだけでない。

 

 会場の一角、赤の制服に身を包み、肩には八芒星の校章。一校のライバル、第三高校の生徒たちがそこにいた。

 

「見ろよ、一条、あの子、超カワイクねえ?」

 

 三校の生徒が女子に取り囲まれながら相手をする一条将輝に話しかける。視線の先には深雪が。やはり深雪ほどの美貌なら視線を集めるのは必然か。一条将輝の視線がくぎ付けになる。このように年頃の高校生であれば、異性に興味があるのは当然。一部のもの以外は異性を物色してしまうのは当然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一条が他校の生徒にくぎ付け…?珍しい」

 

「何じゃとっ!親衛隊が荒れるぞ!」

 

 驚いていたのは、懇親会で交流をする、それに少しばかり苦言を称している者たちだった。

 

「一条様、こっち向いてください!」

 

 取り巻いていた女子たちがしびれを切らして、一条に声をかけるがまったく反応しない。十師族の跡取りである一条が夢中になっている。この事態に少しばかり驚いている者たちがいた。

 

(どんな子なのかしら…?)

 

 一条の跡取り候補である将輝がほかに興味を示さなくなる。その事態に興味を抱いている人物がいた。名前を一色愛梨、四十九院沓子、十七夜栞。三校一年女子の中でも屈指の実力者だ。中でも一色愛梨、またの名をエクレール・アイリは十師族の一つ下、師補十八家に名をつらねる名実ともの一年女子のエースである。

 

「文句を言ってやろうと思ったけど…あんなの太刀打ちできないよお…」

 

 親衛隊から泣き言がこぼれている。それほどの人物とはいったいどんな人物なのか。気になったため、沓子の提案で見に行ってみることにした。

 

「……!!!」

 

 なんて美しさなの!それに今感じた本能的な畏怖は…。

 

「親衛隊が泣いて帰ったのもうなずける」

 

「うむ…びっくりしたぞ。三校には血筋から言っても美形が多いから特にの…」

 

 栞と沓子が各々の感想を言う。確かにこの美しさは誰も文句が言えないものだった。さそがし名家の出身であるに違いない、私はそう思い、軽く挨拶に行こうと思ったら、何やら意気消沈していた親衛隊から不吉な声が聞こえた。

 

「一校にも一条様に劣らない眼鏡イケメンがいるわ!一条様がだめならあっちに行くわよ!」

 

「「「「イエッサー!!!」」」

 

 なんて現金な人たちであろうか。私も女子であるが、女子とはこのようなものなのだろうかと心底呆れてしまった。そんな親衛隊を他所に一校の選手に挨拶に行く。

 

「初めまして。私たちは第三高校一年、一色愛梨。同じく十七夜栞と四十九院沓子よ」

 

「第一高校一年、司波深雪です」

 

(司波…、そういう家ってあったかしら?)

 

「あの、何か大会で優勝経験は?」

 

「ありませんが…。大会に出るのもこれが初めてで…」

 

「あらぁ、一般の方でしたか。名のあるお方かと思ってお声かけしましたの。勘違いでお騒がせしてごめんなさい。試合頑張ってくださいね」

 

 興覚めだ。あの美貌、どこかの名家の方かと思ったら、まさか一般の選手、格下だったとは。

 

「あんなにつらく当たる必要ないんじゃないの?」

 

 栞から苦言がこぼれる。たしかに私の勘違いではあるが、格下と話しても得る物はない。そう思ってその場を後にしようとする。しかし、私の足は止まった。

 

「何じゃ…あの男は…あれが親衛隊の言っていた男か?」

 

「あれなら親衛隊が目をつけるのは当然かも」

 

 すれ違ったのは、眼鏡をかけた男。それもかなり顔立ちが整っている。それにさっきの司波さんと同じ感じがする。その男は司波さんに話しかけていた。…あの人にも一応声をかけておきましょう。損になることはないでしょうし…。

 

「もしもし、少しよろしくて?」

 

「何だ?」

 

不愛想に返してくる。この男には紳士性というのものがないのかしら。

 

「私第三高校一年の一色愛梨といいます。同じく、十七夜栞、四十九院沓子です」

 

少し遅れてやってきた二人の分もまとめて挨拶をする。

 

「失礼ですがお名前を伺っても?」

 

「…第一高校一年、園達 錬だ」

 

「そうですか…。ちなみに何かの大会で優勝した経験は?」

 

「ない。大会自体これが初めてだ」

 

「出場競技は?」

 

「スピード・シューティングだ」

 

「そうですか…、せいぜいうちの栞を見て頑張ってくださいな。それでは失礼します」

 

 また一般。それも何の大会の優勝経験もない。どうやら今年の一校は目が曇っているみたいね。三校の優勝はほぼ確実かしら。

 

「それにしても愛梨。何かいいことでもあったのかのう?」

 

唐突に沓子が口を開いて突拍子もないことを言い始める。

 

「どうしてかしら?」

 

「いつもはあんなにきついあしらい方をする愛梨が自分から話しかけに行くとはのう」

 

続けて栞も話し始める。

 

「うん、それにいつもより饒舌だった」

 

「もしや、一目ぼれか?」

 

「ち、違うわよ!あんな一般に私が一目ぼれなんかするわけないでしょう!」

 

 人目もはばからず、大声をあげてしまった。少し注目を浴びてしまう。そんなつもりはなかった。でもこの二人にはそう見えていた、というかそうだったらしい。私もなぜあんな行動をとったのだろう。自分の行動に疑問を抱きながら、二人と三校の輪に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だったんだあれ。喧嘩売ってるのか?」

 

「ただご挨拶に来ただけでしょう。あまり気にする必要はありません」

 

「確か…エクレール・アイリ、だっけか?」

 

「まあ、珍しい。自分からお調べになっているなんて」

 

「失敬な。一応選手として調べておいたんだよ。達也にやれって言われたのもそうだが。ほら来賓あいさつ始まるぞ。俺は飯食ってくる」

 

「そういうところは相変わらずですね…」

 

 呆れ顔になっている深雪に背を向け、食事の載っているテーブルに向かう。来賓のあいさつなんぞ聞いていても無駄だ。それよりかだったら、食事にいそしんでいた方がいい。来賓のあいさつが始まり、生徒たちの視線がそちらに向くが、俺は食事を続ける。来賓のあいさつは「立派な魔法師になれ」という、つまらないものだったため、視線を向ける価値はないと判断したからだ。そして最後の、九島烈のあいさつになった。チラリと視線を壇上に向けると、壇上に一人の女性が立っていた。一瞬何だ、と思ったが、すぐに悪ふざけであるとわかり、再び視線をテーブルに戻した。こんなことは閣下といるときはしょっちゅうで、もう何をしているか大体わかるようになっていた。閣下のあいさつが俺の食事中にも続く。

 

「まずはこの愚老の悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」

 

 マイクからはいつもの閣下とは思えないほどの威厳、覇気を纏った声が聞こえてきた。その声に不思議と俺も視線がそちらに向く。

 

「しかし今の手品に気付いたものは私の見たところ六人だけだった。つまりもし私がテロリストで来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことができたのは六人だけだということだ」

 

興味津々で聞いていた学生たちが息をのむ。

 

「いいか、若人諸君。魔法とは手段であって目的ではない。魔法を磨くことはもちろん大切だ。そのための努力も決して怠ってはならない。しかしそれだけでは不十分だということも自覚してほしい。私が先ほど見せたように、使い方を誤った大魔法は使い方を工夫した小魔法に劣る。魔法はその種類だけではなく、使い方も大切になるということを覚えておいてもらいたい。明日からの九校戦、諸君の工夫を楽しみにしている」

 

 まばらに拍手が起こり始め、やがてそれは会場全体を巻き込んだものへと変わる。俺も食事の手を止め、手を拍手へと持っていく。これほどまでに現代の魔法の立場を否定したような、それでいて生徒たちのやる気を煽る、こんな演説には拍手を送らざるを得ない。さすがの俺でもそう思ってしまった。俺は改めて世界最強の魔法師、九島烈のすごさを知ったのだった。さて閣下の話しが終わったところで俺も閣下と同じことをさせてもらおう。俺はそっと会場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦を明日に控えた今日。懇親会の疲れをいたすためか、はたまた有り余っている気力を少しでも減らすためかは知らないが女子たちは温泉に浸かっていた。一人を除いて。その一人は雫。彼女は個室サウナにこもっていた。その理由は温泉が嫌いだからとかいうものではない。単に現実から目をそらすため。

 

………まだ伸びしろはあるはず…。可能性にかけよう…。

 

 気分を前向きな方にシフトしてサウナから出ると、何やら形容しがたい雰囲気が漂っていた。

 

「……どうしたの?」

 

「い、いやなんでもないの!それより、三校の一条選手。ずっと深雪のこと見てたね」

 

「一目ぼれ?」

「そりゃあ深雪だもの」

「実は前から知り合いだったりして」

 

 深雪を置いてけぼりにして話を進め、キャーと声をあげながら、深雪に事の真相を確かめようとする。

 

「真面目に答えさせてもらうと、一条君のことは写真の中でしか見たこと無いわ。」

 

 淡白というか興味がなさそうな回答が返ってくる。答えに少し期待していた女子たちは冷や水を頭からかけられたような感覚に陥る。

 

「じゃあ、深雪のタイプってどんな人?やっぱりお兄さんみたいな人かい?」

 

この質問にほのかが軽く反応する。もっともそれに気付いたのは雫のみだったが。

 

「何を期待しているのかは知らないけど、私とお兄様は実の兄弟よ?恋愛対象としてみたことはないわ」

 

 矢継ぎ早に今度はエイミィが口を開く。

 

「じゃあ、錬君みたい人?」

 

 その言葉に今度は雫が身体を震わせる。今回は誰も気づかなかったが。

 

「なんでこのタイミングで彼が出てくるのかしら?」

 

「だってよく一緒にいるじゃない」

 

「彼のことはいい友人だと思うけど、私は彼を恋愛対象で見たことはないわ。そしてそれは彼も同様よ」

 

「そっかー。でも錬君、今回でかなり人気出そうだよね。魔法力は深雪以上だし。それに眼鏡も似合ってたし」

 

 身震いしたことを無かったことにして落ち着いた雫が口を開く。

 

「魔法力の高さに関しては私も同意。恐らくだけど、九校戦の中でも歴代トップクラスだと思う。」

 

「そんな彼がたった一種目しか出ないなんて残念だよ。」

 

「…ここだけの話、本当は彼もモノリス・コードの選手に選ばれていたのよ」

 

「本当!?」

 

雫が珍しく声を上げ、問いかけてくる。

 

「雫、落ち着いて」

 

「あ、ご、ごめん」

 

声を小さくしながら、また浸かり始める。

 

「雫はモノリス・コードオタクだもんね」

 

「…オタクって程じゃない」

 

 ほのかが助け舟を出すが、逆効果に終わる。おかしな雰囲気が漂うが、それを振り払うようにスバルが口を開く。

 

「話は戻すが、なぜ断ってしまったんだい?モノリス・コードに出ることは名誉なことだというのに」

 

「聞いたところによると、あまり荒事が好きではない、とのことよ。あと、めんどくさいとも言っていたらしいわ」

 

「めんどくさいって…。彼もある意味すごいよね…」

 

その後も少女たちは雑談に花を咲かせていた。

 

 

 

 

一方その頃。脱衣所では第三高校、一色たちが話していた。

 

「何やら中が騒がしいわね」

 

「どうやら一校の連中が入っているらしいのう」

 

「随分と低俗な会話をしているようね」

 

一色がかなり辛辣なことを言う。よほど自分に自信があるのだろう。

 

「とにかくあんなふざけた連中なんか眼中にないわ。今年の九校戦は私たち三校の最強伝説の始まりよ」

 

一色から誰に向けてかもわからない宣戦布告がなされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女たちが温泉の中で話に花を咲かせている一方で錬は部屋でコンピューターと向き合っていた。理由はCAD、そして魔法の最終チェックをするため。明日からの九校戦。特に興味はないが選ばれた以上、全力を尽くして勝ちに行く、というのが錬の気持ちだ。気持ちを改めて引き締めなおして、錬は再びモニターに視線を向けた。

 

 




  「ユニラ・ケテル」
 トーラスシルバーに並ぶ稀代の天才と称される天才エンジニア。その素性はなぞに包まれており、大企業が捜索しても全く尻尾がつかめないほど。起動式を二十個保存できる特化型の開発(その分少し大きめ)やユグドラ・シリーズの開発など数々の功績を残している。その正体は園達錬。情報が全くでないのはアストラがすべて握りつぶしているため。
 名前の由来は宇宙(universe)を少しいじったものと、keterを混ぜたもの。この場合のketerの使い方はヘブライ語の王冠の意ではなく、SCPの方のketerの使い方。宇宙の中でもかなり危険人物という意味の皮肉。



 この話では優等生のキャラも出てきます。異論は認めます。ですが曲げるつもりはありません。無理のないように、かつオリジナル展開にねじ込めるように頑張って展開をかんばっていきたいと思います。

それでは次回までお楽しみに。あと評価ご感想お待ちしています。




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九校戦編 第四話 


 今年最後の投稿になります。ストックも尽きたので来年の投稿は少し遅れるでしょうが、来年もこの小説をどうぞよろしくお願いします。

それではどうぞお楽しみください。あと評価ご感想お待ちしています。


 

 九校戦初日。各校の校歌を歌うだけの開会式を終え、初日の競技が始まる。今頃、会場は選手の活躍に歓声を上げているころだろう。だが俺は競技を観戦することなく、とある所に向かっていた。察しのいい人は気づいているだろうが、俺は今、閣下が待っているVIPルームへと向かっている。昨日、呼び出しを食らい、それを実現するために向かっているのだ。こんなに朝早くじゃなくてもよくないかとも思うだろうが、今日は睡眠の日の周期がぴたりと合ったため、速いところ用を終わらせて眠りたいのだ。貴重な日を無駄にできるほど俺の身体は丈夫にできてはいないのだ。

閣下のいるVIPルームに向かうためにホテルのフロントに名前を告げて、VIPルームに入るために防犯上のICカードを発行、指紋登録をする。これに関しては例外なく全員が行うことなので、気にも留めない。ここまでの行動がやけに迅速なのはすでに閣下が手をまわしていたからだろう。早く帰りたいと思いながら、エレベーターに乗り込み、VIPルームのある最上階に向かう。最上階へ着き、広い廊下を歩いて、閣下の指定された部屋へと向かう。部屋の前に着き、ノックをしようとすると、室内から閣下と誰かが話している声が聞こえた。少しだけ聞き耳を立てると、親しい間柄であるのがわかる。どうやら身内のようだ。このまま入ればお邪魔になるかもしれないとも思ったが、その考えはすぐになかったことにした。ほぼ眠気がピークに達している俺はそんな配慮ができるほど人ができていないのだ。改めて姿勢を正して扉をノックすると、閣下の入ることを了承した声が聞こえる。形式的に挨拶をしながら、部屋の中に入る。すると、そこにいたのはスーツ姿の美人だった。

 

「お久しぶりです。閣下。早速で申し訳ないのですか、そちらの方は?」

 

閣下の前に座っている女性を刺しながら、問いかける。

 

「久しぶりだね。彼女は私の孫娘だ」

 

すると閣下が質問に答える。すると、女性の方から自己紹介が成される。

 

「この子がおじいさまの言っていた…。初めまして。藤林響子といいます」

 

「初めまして、園達 錬です」

 

 軽く頭を下げながら挨拶をする。それと同時に少しの間、といっても数秒間程度であるが、目をつぶる。

 

「それで閣下、今回の用は何ですか?第三者がいる時点で大した用ではないんでしょうが」

 

「よくわかっているね。別に深い意味はない。君の顔を久しぶりに見たかっただけだ」

 

「たかが三か月なのでそこまで時間が経っているという訳ではないと思いますが?」

 

「気持ちの問題だ。君は基本的に光宣以外には顔を見せないからね」

 

 藤林さんを置き去りにしながら、二人の間で会話を繰り広げる。藤林さんは会話にはいれないせいか、少し動揺し、おどおどしていた。

 

「それで、もう特にないのでしたら、もう帰りたいのですが?今日は睡眠日なので飯を食って早く寝たいんですが」

 

「朝食はこれからかい。こちらで用意させようかね」

 

「遠慮させていただきます。ホテルの小綺麗な食事はどうも苦手なので下のキッチンカーで買って、済ませます」

 

「私にはケバブをお願いするよ。響子は何かいるかい」

 

「えっ、い、いえ、私はもう朝食を済ませましたから…」

 

「そうか、それでは錬君。頼んだよ」

 

 そのまま送り出す言葉を背に受けながら、無言で部屋を出ていく。やれやれまたここに戻ってくるのか。警備の目が厳しいから(主に精神的に)あまりここには来たくないんだが。

 

 

 

 

 

 

 

「おじいさま。随分と彼と仲がいいんですね」

 

「まあ、ぼちぼちといったところか。私より光宣の方が仲がいいがね」

 

少し誇ったような顔をしながら答える。

 

「何故、彼にあそこまでの肩入れを?入試成績一位とはいえ、わざわざおじいさまがあそこまで庇護するほど人物ではないのでは?」

 

私から見た彼は一介の魔法科高校の学生にしか見えなかった。魔法力が深雪さん以上とはいえ、わざわざ世界最強ともいわれたあそこまでおじいさまが肩入れをするほどの人物には見えなかった

 

「ふむ、それは響子たちが彼のすごさに気付いていないからだろう。彼の力は、世界を揺るがしかねないもの、そのすべてを戦闘に回した場合、戦略級魔法師、大黒竜也君に匹敵するほどのものになる。まだ未熟ではあるがポテンシャルをすべて引き出すことができれば、全盛期の私など軽々と越えていくだろう」

 

 その言葉に藤林響子は目を見開く。戦略級魔法師、大黒竜也特尉は四年前の沖縄防衛戦で大活躍を果たした魔法師だ。彼がそれと同等レベルなどとはとてもじゃないが思えなかった。魔法の性質をとっても、とても戦闘向けとは思えない。それにトリック・スターと言われたおじいさまを軽々と越えていけるほどのポテンシャルがあの体に眠っているとは思えなかった。

 

「それに彼は私の夢を叶える、その礎になってくれるかもしれないのだ、…強制はしないが。それに彼は付き合い方次第で君たちにも大きな力となるだろう」

 

「それは…」

 

「閣下、買ってきましたよ。入ってよろしいですか」

 

「ああ、入り給え。続きは食べながらにしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、錬君。あなたの魔法について少し聞かせてほしいのだけど…」

 

 俺はハンバーガーを、閣下はケバブを、藤林さんは俺が買ってきたデザート用のババロアに舌鼓を打ちながら、会話に花を咲かせていた。

 

「あまり深くは話せませんが…、いいですよ。俺の魔法は『錬成』。錬成は物体を一度電子、陽子、中性子レベルまで分解して、違う物質等に組み替えて再構築する魔法です。他にも柔らかさや形だけを変えるということもできるんですが…長くなるのでやめましょう。話を戻すと、一度完全に原子までバラバラにしているので有機物から無機物を作り出すこともできます。逆はできませんが」

 

 テーブルの上に会ったティッシュ箱を手に取り、すべて入っていたプラスチックケースから取り出す。それらを握りこんだ状態のまま、魔法を発動する。すると、手の中に納まりきっていなかったティッシュがだんだんと小さくなりながら手の中に納まっていく。完全に納まり切り三十秒ほど経ち、重ねていた手を開くと手の中に純金が入っていた。藤林さんに見せるために純金を渡すと、その完成度に驚いていた。

 

「…おじいさまがこの子をかわいがる理由が分かった気がするわ…」

 

 可愛がる、という言葉は少し語弊がある。俺と閣下は対等でなくてはならない。どちらかが上、どちらかが下という関係になってはならないのだ。現実には、俺は閣下に感謝しているし、閣下は俺に何かを強制するつもりはなく、今の関係をしいて言うなら、両者ともに友人のような関係を望み、それを実行している。

 

「…もう一ついいかしら?なんで初対面の私にそこまでしゃべろうと思うの?怪しいとは思わないのかしら?」

 

「国防軍、なおかつ独立魔装大隊の方ですから、俺の不利益になるようなことにはならないと思ったので。あと閣下のお孫さんというのが一番強いですね。」

 

この言葉言った瞬間、藤林さんの顔が驚愕に染まる。

 

「何故それを知っているの!」

 

「これが俺の異能ですから。達也のと同じですよ。俺にわからないことなんてありません。それにこういっては何ですが、そちらの情報をすべて握っている以上、こちらもある程度は情報を渡さないと、不公平な気がするので」

 

 藤林さんが立ち上がりながら聞いてくるが、俺の異能について閣下から軽く説明がもたらされ、落ち着いたのか、もち上げていた腰を再び、ソファに下ろす。

 

「そんなものまで持っているのね…。…他に知っている人はいるの?」

 

「あなたの職場の同僚と、その妹が知っていますよ。他には光宣くらいです」

 

 ちょうど食事が終わり、話しながら入れていたお茶を三人ですする。特に長居する理由もないので、ささっとお茶を飲み、部屋から出ようとすると、藤林さんに声をかけられた。

 

「ちょっと待ってもらっていいかしら?プライベートナンバーを交換してもらいたいのだけど…。」

 

「はあ、別に構いませんが、いったい何に使うのでしょうか?」

 

 少しだけ冷ややかにした目で藤林さんのことを見る。すると、俺の意を察したのか、慌てて弁明を始めた。

 

「怪しいことに使うつもりはないわ!ただ個人的に頼りたいときに頼らせてもらいたいと思ったから…。」

 

「それは構いませんが…、高いですよ?」

 

「構わないわ。足りない時には体で払わせてもらうから」

 

 いつの間にか藤林さんの目が人をおちょくっているときの七草先輩と同じような小悪魔の目になっていた。色気のレベルが全く違うが。しかし俺はその程度で揺るがない。

 

「そうですね。その時は散々こき使わせてもらいますよ」

 

「え、ええ。そうしてもらっても構わないわ…。何か間違ったかしらね…。もしかしてもう枯れてるとか…?」

 

 思っていた答えと違ったことに動揺したのか、たどたどしい答えが返ってくる。最後に何か小言でつぶやいていたが聞こえなかったのでなかったことにする。そのことを気にせずに端末を取り出してプライベートナンバーを交換する。交換を終え、そう考えると、この端末もだいぶにぎやかになってきた。以前は閣下くらいしか入っていなかったんだがな。そう感傷に浸りながら、部屋を退出する。最後に閣下は「今度は閉会式後のパーティで話そう」といっていた。今度は一体何の話をするのだろうか。そう考えながら、あくびをし、部屋へ向かって歩き始める。さっきまでは見せないようにしていたが、そろそろ眠気も限界だ。早く部屋に戻って寝たい。俺の出番は四日目なので三日目の朝までは寝れるかな、と思いながら部屋に戻っていると、途中で珍しいやつと遭遇した。

 

「ん?」

 

「あら?」

 

「確か……、一色愛梨だったか?」

 

 三校の一色愛梨が曲がり角から顔を出す。これから観戦にでも行くのだろうか。

 

「これはこれは。一校の一般の園達さんでしたか」

 

一般を強調する必要はないだろう。相変わらず嫌みったらしい奴だな。

 

「それでこれからどうするおつもりですか?」

 

顔に不敵な笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

「これから部屋に戻って寝るつもりだが?」

 

「あら、やはり一般の方ですわね。それでは私はこのあたりで失礼させてもらいますわ。」

 

ロングヘアーを翻しながら、俺の前から消えていく。それにしても奴は一般を馬鹿にしなければ気が済まないのだろうか。数字付きに文句を言うつもりはないが。それに俺も会話に時間を使うくらいなら早く部屋に戻って休みたい。

 

一色と別れた後、足早に部屋に戻る。さすがに観戦に行く人が多い影響か、廊下を歩いている人が少ない。これなら気兼ねなく、と思い、小走りになり、部屋へと戻る。部屋の近くまで来た時、部屋の前に人影を確認した。いったい誰だと思いながら速度を落として、再び歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、錬君」

 

「どうしたんだ。雫」

 

部屋の前に立っていたのは雫。俺を見つけて駆け寄ってくる。

 

「開会式の後から姿が見えなくなったから」

 

「朝食をとっていたんだ。朝はちょっと時間が無くてな」

 

「そう。…これから会長のスピード・シューティングを見に行くんだけど…、一緒に行かない?」

 

 約十秒ほどためを作ってから、言葉を発する。

 

「誘ってもらったのはうれしいんだが、これから一日寝ようと思っていてな。悪いが、付き合えそうにない」

 

「そう…、残念」

 

 雫の顔が少し悲しそうな顔になる。なぜそんな顔をするのかはわからないが、一応何かしらのフォローを入れておこう。

 

「まあ、四日目には俺の出番だから、雫の競技は見に行くよ。もちろん、アイス・ピラーズ・ブレイクも」

 

「うん、わかった」

 

 悲しそうな顔が少し嬉しそうに変化する。前に思った印象としては無表情、という感じだったのだが、少し印象が変わった。こんなにころころと表情が変わるとは。

 

 雫と別れた後は部屋に入り、ベットに倒れこむ。その後は極めて迅速で十秒かからずに意識は深い底に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ふむ、やはりこの二人の相性が一番いいか。)

 

(……今までこの二人の組み合わせ以外で何度か実験を行ってきましたが、すべて失敗ですからね。どちらも貴重ですが、この際そんなことは考えていられません)

 

(ふむ、そうか。ではどちらを残す?)

 

(それはもちろん……)

 

 

 

 

 

 

「……なんて夢で起きるんだ、俺は…」

 

 最低の目覚めだ。すっかり冴えきってしまった頭と寝ぼけ眼で枕元に置いてある時計を見ると、まだ二日目の夜だった。さして眠ることができていない。これはもう一度どこかで睡眠をとる必要があるな。まずは汗をかいているみたいだし、シャワーでも浴びよう。そう思い、浴室へと向かい、手早く済ませる。脱衣所から出て発散系統の魔法を発動。身体を乾かし、制服に着替える。俺の通信端末を確認すると、七草先輩やら渡辺先輩からメールが届いていた。内容に関してはあたりさわりのないことだったので省略する。その後、何をしようか迷ったので端末をいじって朝まで遊んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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九校戦編 第五話 

投稿は最後だといったな。あれは嘘だ。

はい、というわけで頑張って書きました。そのため少し文がふらふらしています。

それではお楽しみください。





 九校戦、二日目をすっ飛ばして三日目。今日はアイス・ピラーズ・ブレイクとバトルボードの本選の各決勝が行われる。そのため、顔出しに行った本部では渡辺先輩と達也がせわしなく動いていた。軽く挨拶をしたのち、雫たち観戦メンバーと合流した。二日姿を見なかったことを不思議に思ったものもいたらしいが、達也から説明を軽く聞いていたらしく、詳しくは言及してこなかった。合流した後はまずはアイス・ピラーズ・ブレイク女子決勝を見に行くことになった。女子の本選選手、千代田花音先輩が「地雷原」という地面を振動させる魔法を使用し、自分の氷もろとも相手の氷をすべて破壊し、見事優勝していた。

 

 千代田先輩の優勝を見届けた後は、バトル・ボード女子準決勝、渡辺先輩の試合を見に来た。かなり見やすい場所の場所取りができたと少しホッとしていたところ、もう少しでスタートの時間になり、走ってきた達也と合流した。合流した直後に達也と会話をする時間もなく、ブザーが鳴り響き、スタートが告げられた。渡辺先輩が先頭、その後ろに七校、少し遅れて三番手の三校。前の二人は去年の決勝カードらしく、三番手を置き去りにしながら、二人でつばぜり合いをしていた。戦闘の二人がコーナーに差し掛かり、これからはモニターからの観戦になると、観客がモニターに視線を向けたところで、その場の全員が異常に気付き、観客の一人が悲鳴を上げた。

 

「オーバースピード!?」

 

 本来減速しなければならない地点で七校がさらに速度を上げたのだ。さらに驚いたことに反応を見るに七校の選手はそれに対応出来ていないのだ。このままではフェンスに激突してしまう。フェンスに激突してしまえば大怪我は免れないだろう。そして最悪の場合…、と考えたところで渡辺先輩が動いた。魔法を駆使して180ターンをし、七高の選手を受けとめようと試みたのだ。このまま行けば受け止められる。そう気づいた観客がほっと息をついたその時、更なる事件が重ねて起こった。渡辺先輩の下の水面が不自然に沈んだのだ。その影響で渡辺先輩は、態勢を崩し、安全に受け止められたはずの七高の選手諸共、フェンスにつっこんていった。周りからは悲鳴が起こり、達也が皆を制止して渡辺先輩の元へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、七高の選手どうしちゃったのかな?」

 

隣に立っている雫が心配そうな声を上げる。バトル・ボードの事故により、優勝候補の一角の七高は失格となった。しかしその一方、同じく優勝候補の一角であった渡辺先輩も怪我で敗退となってしまった。そのため一高は得点源の一つ、いやふたつを失った。渡辺先輩はミラージ・バッドの本線メンバーでもあったため、このままでは、一校の優勝すら絶望的な状況に陥っていた。

 

「単なるミス、ではないよね…」

 

 本部待機をしている俺の隣にいる雫が勘のいいことを話し始める。今回のこの事件。確実に単なる事故ではないだろう。オーバースピード、水面陥没、いずれにしろ、何かしらの勢力による妨害であることには変わりないだろう。そのことに関して自分の考えを少しぼかしながら伝える。

 

「少なくとも技術的な面による事故ではないだろうな。もっと人為的な何かだ」

 

「…九校戦、中止になったりしないよね」

 

「それを決めるのは俺たちじゃないが、恐らく中止にはならないと思うぞ」

 

 この九校戦、いろいろなスポンサーの支援によって成り立っている。大会委員は中止にしたくてもスポンサーがそれを許さないだろう。そう雫に告げるが、その言葉を聞いている雫の身体は少し震えている。妨害が自分に向くのではないか、ということにおびえているのだろう。

 

「バトル・ボードはともかく、スピード・シューティングはおそらく妨害される心配ないと思うぞ?」

 

「なんで?」

 

「新人戦は本選より点数が低い。新人戦の妨害をする労力を本選の妨害に向けた方が点数を奪い取りやすい。それにスピード・シューティングは妨害をする意味が薄いからな」

 

 バトル・ボードはルール上禁止されているが、魔法が最悪の場合、選手に届き怪我をさせられることのできる競技だ。そのため今回のこのような事故が起こったといえる。しかし、スピード・シューティングは競争形式の競技ではあるが、その魔法が相手の魔法師に対して届くことはない。だから事故も起こりにくいといえる。だからおそらく妨害がなされることはないだろう。俺はそう考えている。

 

「…錬君って少し犯罪者の才能あるよね…」

 

 なぜそこなのか。確かに犯罪者の気質はあるだろうが、今そこに触れる時ではないだろう。そう思っていると、雫がクスリと笑った。

 

「でもなんか楽になった。ありがとう、錬君」

 

 まあ、雫の気晴らし程度にはなったようなので良しとしよう。このままだと俺の犯罪者気質の話が進みそうなので何とか話を変えるために明日の話題を出す。

 

「そういえば明日か。俺たちの競技は」

 

「うん。一緒に頑張ろう」

 

「まあ、恥かかない程度には頑張るか」

 

 明日に向けて二人で気を引き締めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦四日目。今日から一部例外はあるが、主に二、三年のが出場する本選ではなく、一年の出場する新人戦が始まる。今日の競技はスピード・シューティングとバトル・ボードの予選が行われる。一度選手に集合がかけられ、注意事項の説明が市原先輩からなされた。このごに及んで自分の首を絞めようというものはいないとは思うが、一応念のためなのだろう。説明がなされ、解散となった後、スピード・シューティングのトップバッターである雫は達也とともにCADのチェックをしていた。

 

「なにか違和感はないか?」

 

「ううん、大丈夫。何なら自分のよりも快適。」

 

 表情こそ乏しい雫だが、内心その完成度には驚いていた。雫のCADを調節しているのは国内でも五指に入る魔工師。かなり巧みに調整しており、一般的な魔法師であれば、その完成度に感嘆の意を示すであろう。しかし、達也はそれに勝るとも劣らない仕上がりに調整して見せた。それは雫の特徴、癖、弱点、合わせて的確に調整されていた。しかし、それは雫にとっては達也にすべてを見透かされているような気がして少し怖く感じた。 

 

「…達也さん、調整の仕方教えてくれない」

 

「…雫のことだから、雇うくらいは言いそうだと思っていたが」

 

「今は目標があるから」

 

 その目標が一体だれかは何も言わなかった。そして達也も聞かなかった。今は二人とも競技に集中するべきだと思ったからだ。

 

「よし、頑張ってこい」

 

「いってくる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「錬さん、お隣は空いていますか?」

 

「アラ、深雪。空いてるわよ。どーぞドーゾ」

 

「聞かれたのは俺のはずなんだが…」

 

 エリカが軽い口調で俺への質問を深雪に答える。理不尽さを感じながらも隣に座った深雪に一瞬目を向け、すぐに競技場の方に視線を戻す。すると、隣の深雪が俺に向かって口を開いた。

 

「珍しいですね、錬さん。あなたの事であれば、自分のCADを調整していると思いましたが」

 

「…雫と約束していたからな」

 

「律儀だね~。錬君のことだから反故にしそうだと思ってた」

 

 すぐ近くで聞き耳を立てていたエリカが俺の言葉に反応する。俺はそこまで外道にはならないぞ。

 

「そこまで俺はひどくはないぞ。ほら雫が出てきたぞ」

 

俺の言葉にその場の全員が反応し、口を閉ざす。ステージでCADを構える。静寂に包みこまれた会場に鳴り響くカウント。カウントのランプが全て点った瞬間、クレーが射出された。クレーが得点有効エリアに飛び込んだ瞬間、激しい音とともに砕けた。次はエリアの両端で、二つ同時に破砕された。

 

「うわっ。豪快」

 

その光景を見たエリカが感嘆の声を上げる。それに続いて美月、ほのかが声を上げる。

 

「もしかして有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているんですか?」

 

「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に疎密波を与える魔法で標的を砕いているんです。急過熱と急冷却を繰り返すと硬い岩でも脆くなって崩れてしまうのとおなじですね」

 

「より正確に、得点有効エリア内にいくつか震源を設定して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接標的そのものを振動させるのではなく、標的に振動波を与える事象改変の領域を作り出しているの。震源から球形に広がった波動に標的が触れると、仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって標的を崩壊させるという仕組みよ」

 

「ふうん」

 

 深雪からの追っかけ説明が入ったところで美月がうんうんと唸り、俺は感嘆の声を上げる。何とも使いやすそうな魔法だな。雫はその魔法を使ってクレーを破壊し、射出が終わったところ時点で

雫の点数はフルスコア。予選通過は目に見えたものとなっていた。

 

「そういえば午後はどうするんだ?時間的に光井の試合と錬の試合がかぶっちまうだろ?」

 

「そういえばレオに言っていなかったね。光井さんの試合には達也と深雪さんが見に行くんだ。僕たちはスピード・シューティングの観戦だよ」

 

「わざわざ俺の試合を見る必要はないと思うぞ」

 

 レオの質問に幹比古が答え、俺が自分の率直な気持ちを答える。すると、その言葉にほのかが反応する。

 

「私が提案したんです。私の試合は予選ですから」

 

「それに入試成績一位の人の戦いぶりも見てみたいじゃない!」

 

 そんなに見たいかね、とも思ったが、ほのかの気遣いに泥を塗るわけにはいかないのでその気持ちをありがたくもらっておくことにする。

 

「その代わりに私の試合は見に来てくださいね!」

 

「ああ、約束するよ」

 

 雫の競技後、雫と同じくスピード・シューティングに出場していたエイミィと雫が合流した。その後、何人かの選手が観戦した。そして時間は進み、スピード・シューティング予選B組。徐々に観客が増えていく。恐らく原因は三校の十七夜栞。前評判の高い選手らしい。CADを構え、開始を待っている。ライトがすべて点灯され競技が開始される。クレーが射出されるとともに、クレーが破壊される。が注目されたのはそこではなかった。一つ目のクレーの破壊された破片が次のクレーにあたり、破壊された。その一連の流れが次々に起こり、クレーがどんどんと破壊されていく。そして射出が終了し、たたき出した点数はフルスコア。雫と同じ点数だった。これは前評判が高いだけの実力だ。彼女特有の魔法、数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)は普通であればかなり強力になると思う。雫と当たった時にはかなりの名勝負になるだろう。俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人戦女子スピード・シューティング準決勝。四名で決勝への切符を争う戦いになる。その四名のうち、三人は雫を含めた一校選手、最後の一人が三校の十七夜選手だった。最初の試合は十七夜選手と雫の試合。かなりの熱戦になることは間違いないだろう。俺の近くにいる美月も興奮し、昂っている。すでに二名の選手はステージ上に立っており、観客は今か今かと開始を待ち望んでいる。静寂に包まれている会場に設置されているランプがとうとう点灯し、すべて点灯した瞬間、クレーの射出が開始され、観客から歓声巻き起こった。

 

 雫は予選から使っている達也開発の魔法、能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)と収束魔法の()()()()、十七夜選手は数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)を巧みに使い、点数を伸ばしている。しかし、現在点数をリードしているのは十七夜選手。このままいけば雫の敗北、準決勝で敗退かと思われたが、そんなことを許す達也ではなかった。準々決勝から雫が使っているのは特化型に見せた汎用型。特化型では対応しきれるものではない。そのため、十七夜選手は見るからに疲労してきており、外れることが出始めている。今は何とかつないでいる状態だが、現在の十七夜選手はテニスコートの端から端を全力で走らされているような状態。限界が訪れるのも時間の問題だ。雫が点数を重ねているうちに、とうとう限界が来たのか連鎖がつながらなくなってきている。こうして試合終了時に表示されていたスコアは九十六対九十二。雫が勝利し、決勝進出を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局新人戦女子スピード・シューティングは一校女子の上位独占により幕を閉じた。午前の競技が終わり、今は午後。さて次は俺の番だ。背中越しに見ている観客を迎えながら、CADの調整をしていた。

 

「しかし、すごい速さね」

 

「達也君以外に完全マニュアル調整ができる人がいるとはね…」

 

 俺の調整を見ている五十里啓先輩、千代田花音先輩。厳密にいえば技術者は五十里先輩のみだが、今更一人二人増えたくらいで集中は途切れない。

 

「なんでそんな腕があるのに、エンジニアの方に行かなかったの?選手の方はなんかごねてたって渡辺先輩に聞いてるけど」

 

 調整を終え、CADを持ち上げて感触を確かめる。そしてもう少しで出番だというところで質問に答える。

 

「聞かれなかったからですよ」

 

 時間になり、ステージに向かう。天幕を越えステージに向かう時、最後に見たのは千代田先輩の唖然とした顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、錬が出てきたぜ」

 

 午後になり、レオたちは少し場所を変えたところで競技を観戦していた。深雪がほのかの観戦に行き、代わりに雫とエイミィが合流していた。男子の競技を何人か終え、やってきた連の登場にレオが声を上げる。

 

「ユニフォーム、似合っているわね」

 

「私もそう思う」

 

 エリカの声に雫が賛同する。魔法力の高さに顔は比例するとは言うが、錬はかなりのイケメンである。そして少し昔にはイケメンはなに着ても似合う。とも言われていた。そして錬はその言葉を体現するようにとてつもなく似合っていた。(死ねばいいのに)。CADを構え、会場が静寂に包まれる。無機質なブザーとともにランプがすべて点灯し、試合開始を告げる。

 

「うわ、シンプルね」

 

「よく使われる収束系統の魔法を使った戦い方ですね」

 

 錬が今使っているのは、収束系統の魔法を使いクレーとクレーをぶつけて破砕する、かなりオーソドックスな戦い方だった。シンプルゆえにミスも少なく、フルスコアで予選を突破した。そして雫は少しがっかりしていた。派手な魔法が見られなかったことに対して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピード・シューティング男子準準決勝。レオたちはその場から動くことなく、楽勝で予選を突破した錬が出てくるのを待っていた。そしてそれはしれっとレオたちの前に座った、七草、渡辺、市原の三年生トリオの同様だった。

 

「おっ、ついに来たな」

 

 錬が出てくると同時に摩利が声を上げる。そして全員が注目する。

 

「前回は収束魔法を使ったシンプルなものだったからな。安全ではあるが正直面白みはなかったな」

 

「面白みをとるよりかは、勝つことを考えてくれる方が私としては喜ばしいです」

 

「二人とも静かにして。始まるわよ」

 

 摩利の話に鈴音が皮肉じみた口調で答える。がすぐに真由美の注意に口を噤んだ。準々決勝からは一対一の対戦形式。二人が並び立ち、開始を待っている。ランプが点灯し、すべて点灯して競技が開始される。錬が狙うのは赤。クレーが進むスピードは本選と同じ、ましてや相手からの妨害が入る準準決勝。新人戦では半分ほど取り逃すことも珍しくはないようだ。しかし錬はそんなことを意にも介さず、有効エリアに入った途端、クレーを粉々にした。

 

「…え?」

 

「会長の戦い方と同じ?」

 

 方々から声が上がる。錬が使っている魔法はドライアイスを使ってクレーを打ち抜く七草真由美を同じ戦法。錬が飛来するすべてのクレーを打ち抜き、フルスコアで勝利し、歓声が上がるかと思われたが、何も起こらず、訪れたのは不気味な静かさだった。そして準決勝でも同じ勝ち方を披露し、錬を疑う声は強くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が七草会長のCADとバイザーを使っているねえ…」

 

「あまり気にしなくてもいいと思うわよ。根拠もあいまいだし、そんなこと言えるのは錬君の魔法力を知らないからでしょうし。」

 

千代田先輩の慰めを聞きながら、CADのチェックをする。

 

「まあ、今はそんなことどうでもいいです。問題なのは…」

 

「決勝戦の相手、だね」

 

 少し外に出ていた五十里先輩からその言葉が告げられる。その言葉を聞いた後、モニターに視線を移す。今モニター越しに行われているのは、準決勝第二試合。森崎と吉祥寺真紅郎の試合だ。森崎がかなり押され、吉祥寺の勝利はもはやゆるぎないものとなっている。

 

「これはかなりのスピード勝負になりそうだね…」

 

「何か策はあるの?」

 

「彼が使っているのは大体不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)ですからね。これを封殺することができればほぼ封殺出来たも同然でしょう。封じる手も一応ありますから、多分大丈夫でしょう」

 

根拠のない自説を述べながら、さっきまで調節していたCADの感触を確かめる。

 

「でもそれをやるにはこっちのCADを使わなければならないので決勝の登録はこちらでお願いします」

 

「ん?こっちのライフル型はともかく、この汎用型もかい?」

 

「ええ、お願いします」

 

 五十里先輩は俺の返答を聞くとCADを受け取り、また外へと出ていった。すると手持無沙汰になったのか千代田先輩が口を開く

 

「心配はしていないけど…、あのCADで勝てるの?」

 

 そういう顔は少し不安そうにも見える。その不安を吹き飛ばすように少し自信があるようにして答える。

 

「勝てますよ。きっと」

 

 




 いかがでしたでしょうか。正真正銘最後の投稿です。来年も頑張っていきたいと思いますので、これからも応援よろしくお願いします。

それではよいお年を。次回の投稿もお楽しみに。

 あと評価ご感想お待ちしています。




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九校戦編 第六話 


 お久しぶりです。あまり執筆の時間が取れず、投稿が遅くなりました。オリジナルの方が書きたかったのですが、リハビリ程度にこちらを書くことにしました。リハビリで書いたため、少し文体が安定していません。

それではお楽しみください。





 

 新人戦男子スピードシューティング決勝戦。その会場は超満員であり、立ち見の観客もいるほどだ。さてこれほどまでに観客が集まっているのはおそらく一人の選手が注目されているからだろう。その答えは園達錬。十師族七草真由美と同じ勝ち方を二回続けてしているのだ。このことを、錬が高い魔法力を持っているからという前向きな考えを持っているものと、七草先輩のCADとバイザーを使っているからと、後ろ向きにとらえる者に二分されていた。そのため今回錬はいい意味でも悪い意味でも注目を浴びていた。さてその超満員の中、一校の制服を着た集団が錬が出てくるのを心待ちにしてい人物たちがいた。言うまでもなく達也たちの集団である。そこには女子の方で優勝を決めた雫や新人戦バトル・ボード本選出場を決めたほのかたちが座っていた。

 

「しかし随分と観客が多いな。完全に会場のキャパを越えているぞ」

 

「それほど錬君が注目を浴びているということでしょう。それがいい意味でか悪い意味でかは分かりませんが」

 

 摩利が口を開き、鈴音が答える。その後ろで錬の登場を心待ちにしている雫やレオは少しそわそわしている。

 

「そういえば、錬君はどのような魔法を使うのでしょうか?」

 

 美月が近くにいた達也の方を向きながら、問いかける。がしかしまったく知らない達也は問いに対して首を横に振ることで答える。すると、美月の問いに反応した真由美が代弁するように、参謀である鈴音に質問をする。すると、真由美たちからすれば意外な答えが返ってきた。

 

「それが、全く教えてくれなかったのです。CADに関しても魔法に関しても」

 

その言葉にその場のほとんどが反応する。あらかたが苦笑し、一人だけは頭を抱えている。

 

「あいつ、また勝手なことを…」

 

「錬君のことですから、何か作戦があるのでしょうが、その意見にはおおむね同意です。こちらの作戦が立てられませんから」

 

「あっ、錬君が出てきましたよ」

 

 二人の会話を切るようにほのかが声を上げる。それと同時に一旦会話が打ち切られ、視線が錬に集中する。すると、準決勝との違いに気づいたエリカが声を上げる。

 

「あれっ、準決勝までのCADとは形が違うわよ」

 

 エリカがCADを指さしながら、口を開く。確かに錬が持っているのは準決勝までで使っていた小銃形態のCADではなく、少し大きめの銃型のCAD。雫の使っていたCADとは違い、CAD部分だけなく全体が大きくなっている。その違いに気付いた幹比古が続いて声を上げる。

 

「ほんとだ。北山さんが使っていたセントールシリーズと同じ汎用型なのかな?でも錬の担当エンジニアは達也じゃないよね」

 

 何か知っているのか?という視線が達也に向けられ、達也に注目が集まるが、何も知らないといった顔で達也が首を横に振る。

 

「まあそれに関しては後で本人に聞けばいいじゃない。それよりも今は競技を見ましょう」

 

 真由美の一声で全員の視線が再び連に集中する。視線が集まるシューティングレンジでは二人が並び立ち、開始を今か今かと待っている。会場が静寂に包まれ、ランプが点灯していく。ランプがすべて点灯し、無機質なブザーが決勝戦開始を告げ、二人の指が跳ねるように引き金を引く。吉祥寺は自身の得意魔法、不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)を、錬は仮想領域を展開する。吉祥寺真紅郎が三、四個程クレーを壊したところで得点有効エリアに異変が起こった。クレーが周囲と同化するように透明になっていくのだ。

 

「光学迷彩!?」

 

 錬が発動した魔法が分かった誰かが大きく声を上げる。錬が使っているのは光学迷彩を施す魔法。仮想領域内に入ったクレーを認識し、その物体に対して光学迷彩を施す魔法をかけるといったものだ。これにより、普通の人間はクレーが見えなくなる。見えていなければ発動できない不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)封じとして錬が用意した魔法だ。この対策がよほど効いたらしく、錬の隣に立っている吉祥寺真紅郎はただうろたえている。錬はバイザーに対策をし、見えるようにしているため、その間錬はマルチ・キャストで発動したドライ・ブリザードと収束系魔法でクレーを打ち抜き続けていた。観客が錬の魔法に沸く中、一校軍団は錬のやっていることに感嘆の声を上げていた。

 

「随分と器用なことをするな、あいつは」

 

「あんなことまでできちゃうのね。ちょっとうらやましくなってきたわ」

 

「光学迷彩の仮想領域と収束系魔法の併用。北山さんと同じ汎用型であることは間違いないようですね。」

 

三年生三人組が声を上げて各々の思ったことを口に出す。

 

「でもこのままいったら、錬君普通に勝っちゃうよね。少し拍子抜けかも」

 

「このままいったらそうかもしれないが、何事にも油断は厳禁だ。何があるかわからないからな」

 

 エリカの言葉に達也が反応する。確かに油断をすると、足元をすくわれることがあるかもしれない。それに前例から言って、どんな()()があるかもわからない。そういう観点で見た時に達也の考え方は正しいだろう。しかし、それでも錬の勝利はほぼ確実なものだろうと、会場のほぼ全員が思った時、事件が起こった。

 

「あれ…、園達選手の魔法が消えてくぞ…」

 

 異変に気付いた観客が声を上げ、会場がどよめく。一校の幹部連中は錬に起きた異常にすぐに気付いた。錬はCADを見ながら、軽くたたいている(精密機械をたたいてはいけません)。どう見ても意図して消えたものではないのだろう。ただその中で行動を起こした者がいた。吉祥寺真紅郎は魔法が消えたのを見逃さず、すかさず自身の魔法を発動し、今まで壊せなかった分を取り返すかのようにクレーを打ち抜いていく。全員の視線が吉祥寺真紅郎に向く。八、九、十。どんどんクレーが破壊され、今まで圧倒的だった点数が縮まっていく。そしてもう少しで逆転だというところで試合がまた動いた。さっきまで破壊されるだけだったクレーが再び姿を消したのだ。一校の面々が錬に視線を向けると、CADを構えなおしている錬の姿が映った。再び視認できなくなったクレーに吉祥寺真紅郎はどうすることもできず、錬にリードされたまま、試合が終了し、七十六対三十八の、例年に比べてかなり点数の少ない試合内容で、錬が優勝し、異例といえる結果で新人戦男子スピード・シューティングの幕が下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優勝おめでとうございます錬君!ところで…そのCADについておしえてもらってもいいですか!」

 

 競技が終了し、一校のテントに戻ると、真っ先に俺を出迎えてくれたのは中条先輩だった。どうやら俺のCADに興味津々のようだ。中条先輩に詰め寄られていると、遅れてやってきた七草先輩たちが入ってきた。

 

「錬君、何で一回魔法を切ったんですか?」

 

 市原先輩が俺に質問をしてくる。周囲を見渡してみると、ほぼ全員が気になるような顔をしている。

 

「消してはいませんよ。勝手に消えたんですよ」

 

あまり大したことではないかのような雰囲気を出しながら、答える。

 

「ということは妨害、ということですか」

 

「恐らくそうでしょうね。確定事項ではありませんが」

 

 すました顔で答えると、その場の全員が驚いた表情になる。恐らく妨害をなんてことなく言ったことに驚いているのだろう。

 

「だが、錬。一度妨害を受けたCADでどうやって魔法を発動したんだ?」

 

 後ろの方で話を聞いていた達也が質問してくる。その話題が出てきたことで少しの間鳴りを潜めていた中条先輩が再び息を吹き返す。

 

「ああ、そのことか。今中条先輩にも説明しようと思っていたんだが…」

 

 そういうと、七草先輩と渡辺先輩がまたかという視線を送る。しかし、中条先輩はその視線に全く気付いておらず、俺からの説明を餌を心待ちにする小鳥のように待っている。待たせすぎるのもよくないと思うので、説明を始める。

 

「標準補助と汎用型を一体化したデバイスのことに関しては知っていますよね?」

 

「そりゃ北山君が使っていたからな。あのあと少しは調べたよ」

 

 俺の質問に渡辺先輩が答える。他の皆も同様のようで首を軽く縦に振る。

 

「これはその技術を使ったものです。達也が用意したものとは少し違いますが」

 

「じゃあどこがちがうんですか?」

 

 俺の言葉に反応した中条先輩が質問をしてくる。それに答えるためにポケットから汎用型CADを取り出ながら話し始める。

 

「このCADは試合で使っていたCADです」

 

 そう告げると、見ていた達也たちが驚く。まあ、最初に使っていたCADと全く違うのだから当然だろうが。

 

「これがか?試合で使っていたのは 小銃形態のそっちのCADだろう?」

 

 俺が小脇に抱えて持っている銃型のデバイスを指さしながら、疑問の声を上げる。

 

「試合中に取り換えたんですよ」

 

「…すまない。言っていることの意味が分からないんだが」

 

それはその場の全員が同じのようでよくわからないといった顔をしている。

 

「これは照準機能を搭載したデバイスを、対応したCADのストラップとして利用し、CADと同期することでCADに後付けで照準機能を搭載するといったものです。だからこのCADは二つに分かれるんですよ」

 

 ほらといいながら、後ろについているスイッチを押すと、後ろが跳ね上がり、汎用型CADが現れる。その一連の動作に中条先輩はきらきらとしたオーラを放ち、他の面々は驚いていた。すると、疑問が浮かんだのか、七草先輩が質問をしてくる。

 

「ということはCADはユニラ製かしら?」

 

「一応そうですが、しっかりレギュレーションには合わせていますから」

 

「じゃあもう一つ。何でCADを二つ用意していたの?」

 

「一応念のためですよ。妨害があった以上どんな可能性でも一応準備しておくべきだと思ったからですよ」

 

七草先輩たちが唖然とした表情をする。

 

「でもよかったじゃない、優勝出来て。これで男子女子ともに新人戦スピード・シューティングは優勝よ」

 

 隣にいつの間にか立っていた雫と顔を見合わせてから、お辞儀をする。こうして新人戦一日目の競技が終了した。この結果に一校を率いている幹部たちは畏敬と安堵を覚えた。この生徒たちがいるのであれば、私たちがいなくなった後でも安泰だと。女子優勝者はやはりこの人はすごい、と。男子優勝者はああ、また目立ってしまった、と思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦五日目。新人戦二日目。今日の日程はアイス・ピラーズ・ブレイクの予選とクラウド・ボールだ。今日はどうしようかと考えながら、朝食をとっていると、前に座っていた雫が声をかけてくる。

 

「錬君。約束忘れていないよね?」

 

「もちろんだ」

 

 初日に約束した観戦しに行くという約束はもちろん忘れていない。だが、雫の試合を見に行くとしても席取りのために一時間早く入るにしてもそれ以外は競技もないので割と暇なのだ。その時間をどうしようかと朝食を口に運びながら、考える。とはいってもいちいちあっちに行ったり、こっちに行ったりするのは面倒なので、ずっとアイス・ピラーズブレイクの会場にいることにしよう。そう決めて朝食を終え、会場を後にする。

 

 

 

 女子アイス・ピラーズ・ブレイクの試合会場。錬は一人で試合観戦をしていた。その周りは前後左右二席ずつ開いており、この仕打ちにはさすがの錬も少し落ち込んでいた。少し落ち込みながらも雫の雄姿をこの目に収め、帰ろうと席を立ち上ろうとすると、横から聞き覚えの声がした。

 

「錬さん、隣よろしいですか」

 

ほのかが一校の生徒ではない女性を引き連れて立っていた。

 

「構わないぞ」

 

「それじゃあ、遠慮なく座らせてもらうぞ!」

 

 すると、答えた途端赤色の制服、三校の生徒が俺の隣に座ってくる。その女子が見覚えのある人物だったので確認をとる。

 

「確か…、四十九院沓子、だったか?」

 

「その通りじゃ。そういうおぬしは園達錬じゃな。」

 

「その通りだ。しかしどういう経緯で二人で観戦することになったんだ?」

 

 ほのかの方を向きながら、問いかけると、ほのかが苦笑いを浮かべながら、小声で話しかけてくる。

 

「実は押し切られてしまって…」

 

気の弱めのほのからしい答えだ。

 

「何じゃ?何の話をしてるんじゃ?」

 

「何でもない。ほら三校の選手の試合が始まるぞ」

 

 既にステージに立っている選手の方を向いて試合を見ることに集中する。出ている選手は三校、スピード・シューティングで雫と戦った十七夜 栞だ。彼女は共振破壊で相手選手の氷を次々と砕き、相手に何も抵抗させること無く勝利を収めていた。

 

「そういえば愛梨が何やらぼやいておったが、どうやら園達は初日に朝から寝ていたらしいのう」

 

否定をする気もないのでだんまりを決めていると、気を使ってくれたほのかが説明をしてくれた。

 

「そうじゃったのか。難儀な体質じゃのう」

 

「もう慣れっこだから気にしてはいないんだがな」

 

 その後の試合は深雪が圧倒的な実力を見せつけること以外は特になんてこともなく、深雪、雫、エイミィの三人は予選を軽々と通過し、五日目の日程がすべて終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルに戻り、夕食の時間。俺は達也とともに夕食をとりながら、談話に勤しんでいた。

 

「錬が使っていたあのCADはかなり使い勝手がよさそうだな」

 

「まあそうだな。CADに接続する外側のデバイスを変えたら、いろいろな状況に対応できるからな。そういう点で言えば達也の作った武装一体型デバイスと同じだな」

 

「使いやすさで言えばそうかもしれないが、汎用性ではこちらのほうが圧倒的に劣っているだろう。さすがはユニラ・ケテルといったところだな」

 

「それを俺に言われても困るんだが…まあその言葉は本人に伝えておく」

 

 話を別の話題に切り替えて、続けようとしたところで横やりが入ってくる。

 

「おーい、司波君。みんながお礼を言いたいって」

 

 スバルが女子の面々を引き連れて、達也のもとに向かってくる。俺がいては達也に近づきづらいだろうと判断したため、いったん達也と離れる。すると、雫が俺の隣に近づいてくる。

 

「錬君。応援来てくれた?」

 

「ああ、いったよ。証人はほのかだ。一緒に観戦していたからな」

 

そう伝えると、雫が少し不機嫌そうな顔になる。

 

「どうしたんだ?」

 

「…何でもない」

 

 雫が顔をそらして、ほのかや深雪たちの方へ行ってしまう。一人になってしまったのでもう部屋に戻ることにし、ホールから出て自室へと歩き出す。部屋まであと少しといったところで変わった人物と会った。

 

「あら、あなたは…」

 

 一色愛梨だ。この大会で二度目の再会だ。次は何を言われるのかと思い、身構えていると、意外な言葉が発せられた。

 

「あなたにお詫び申し上げます。先日の侮蔑をするような発言に関して。一般であるからと実力を見誤り、蔑むようなことを言ってしまい申し訳ありませんでした」

 

俺の前に立ち、頭を下げてくる。

 

「少し意外だな。謝罪をしてくるとは思わなかった」

 

「私の認識が間違っていたことは事実。このことは司波深雪さんにも謝罪したいと考えています」

 

「そうか。好きにすればいい」

 

「それと睡眠に関しても謝罪します」

 

どこから聞いたかは察しが付くが、一応聞いておくことにしよう。

 

「どこで知った?」

 

「沓子に聞きました。あなたの体質であるにもかかわらず、不躾なことを言ってしまい申し訳ありません」

 

「謝罪は結構だ。別に気にしていない」

 

「いいえ、謝罪させていただきます。そうさせてもらわないと私の気がすみません」

 

「それなら受け取っておくことにしよう」

 

軽く会話をしていると、一色を呼ぶように端末が鳴り響いた。

 

「こんな時間ですか。それでは失礼いたします」

 

 踵を返して歩いて行ってしまう。俺も部屋に戻り、窓の外を見る。雲一つない夜空を視界に入れ、端末の前に座る。これからは普通であれば寝るだけであるが、深まっていく夜も自分の時間。夜とともに集中力も深まっていった。

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。FLTの完全思考型CADのようにデバイスからデバイスへの干渉もできるようなので今回のCADも無理がないとは思っています。

 ちなみに見た目はデカレンジャーのスワットモードのディーリボルバーがスリムになったものが私のイメージです。ですが、イメージは皆様方にお任せします。

それでは次回の投稿までお楽しみに。あと評価ご感想お待ちしております。





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九校戦編 第七話 



〈錬成と星々の本棚(アストロ・ライブラリ)の併用について〉

 錬成と星々の本棚は相性がよく、現代でも生成が難しい物質の生成を容易にする。また、本棚を使うことで、素材の性質をそのままに、新しい能力を付与することも可能。(魔法による干渉を受けない、自動的に大気中のサイオンを吸収するなど)。これは人体に対しても有効であるが、付与できる能力の限界がどこであるかなどは一切不明。

 本棚にはありとあらゆる知識が詰まっているため、実質的に作れないものなどほとんどない。錬はスクラップに無限の可能性を与えることができる。

なんか最近こっちが多い気がする。まあ、書きやすいしょうがないね。

それではお楽しみください。あと評価ご感想お待ちしています。

p.s 星々の本棚(アストロ・ライブラリ)の内容を少し変更しました(詳しくは九校戦編第一話へ)自分の中でのイメージがやっと固まりました。以前感想で仮面ライダーWのフィリップの能力がイメージといいましたが、能力自体はフィリップの能力が三校になっているので、見た目の変化はお許しください。星々と言っているのでこっちのイメージがしっくりきました。




 

 九校戦六日目。新人戦三日目。行われる競技はアイス・ピラーズ・ブレイクとバトル・ボード。まさかの雫の競技とほのかの競技がかぶったのだ。雫の競技を申し訳ないが一試合だけに絞るにしても雫の実力であれば、決勝進出は確定的。ほのかの競技とそれでもかぶってしまう。この時ほど錬が日程を確認しなかったことで後悔した時はなかった。それでも約束はたがえるわけにはいかないので、どうにかして間に合わせようと心に決めたのだった。今日の日程を簡単に決めたところで、まずはほのかの競技、バトル・ボードの観戦だ。達也たちの二科生メンバー(周知のとおりだろうが侮蔑の意味ではない)と一緒にバトル・ボード会場に来ていた。いつものメンバー六人で固まり、席に座ってスタートの合図を待っていた。

 

「でもさー、それにしてもなかなか見ない光景よね。選手が全員サングラスかけてるなんて」

 

「ほのかさん対策のつもりなんだろうね。達也相手に同じ対策をするのは愚策のような気がするけど」

 

 エリカ、幹比古の順で言葉を発し、紡がれ終わったところで全員の視線が達也に集まる。しかし、その達也は悪いことはしていないぞ、と言わんばかりのあっけらかんとした表所を浮かべ、身をすくめている。そのあくどさにその場の全員が呆れかえる。すると、こんなことをしている間にそろそろスタートという時間になっていた。

 

(さて、どんな戦いをするのか…)

 

 ほのかの戦いに少しだけ錬は心をおどろせていた。ほのかの試合を見るのはこれが初めてのため、どんな戦いをするのか、興味があったのだ。

 

 スタートが切られたレース。今のほのかは二番手で最初のコーナーへと突入した。

 

「えっ?」

 

 誰かが驚きの声を上げる。戦闘にいた選手が大きく減速して中央を進むという中途半端なコース取りをしたことに対するものだろう。

 

「何だ、今のは?」

 

「…コースに影が落ちたような気がしたけど」

 

レオが、エリカが各々の思ったことを口に出す。

 

 この場で現在この現象のタネが分かっているものは発案者の達也を除いて錬と幹比古。その幹比古はほのかの使った魔法に感嘆し、達也とともに自分の世界に入り込んでいる。まだわかっていない連中を置き去りにするわけにはいかないので、仕方なさそうに錬が口を開いて説明を始める。

 

「達也の作戦は至ってシンプルだ。光波振動系で、水路に明暗を作る。色の濃いゴーグルの影響で水路の境目が分かりづらくなって、暗い面に入らなくなる。境目が分からない状態では内側は精神的に攻めづらいからな」

 

錬の説明にレオたち三人は声を上げてうなづく。

 

「でもよ、それじゃ光井も同じ状態なんじゃないのか?」

 

 新たな疑問が浮かんだらしいレオが声を上げる。ほのかの練習に関しては知らない錬はこの答えを達也に丸投げしようと、達也の方を向こうとすると、美月が話し始める。

 

「ほのかさんは放課後に達也さんと一緒に練習していたようですから、身体が覚えているんじゃないでしょうか」

 

 美月が話し終わるとともにほのかがゴールしたことに対する歓声が上がる。その順位はぶっちぎりの一位だった。

 

 

 

 午前の競技がすべて終わり、現在の一校のテントはお祭り騒ぎだった。ほのかが決勝進出したというのもあるだろうが、おおもとの理由は別にある。アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝を深雪、雫、エイミィの三人が独占したのだ。これにより、アイス・ピラーズ・ブレイクの点数は総取り確定になり、七草先輩から大会委員から決勝リーグを行わず、同率優勝にしてはどうか、という提案が成されたことが告げられた。しかしそこに待ったをかけたものがいた。雫だ。深雪と戦いたいという明確な意思を纏った視線を七草先輩に向ける。すると、その雫と戦う提案を深雪が飲み、深雪と雫による決勝戦が行われることが決定した。

 

 

 

 

 深雪と雫の決勝戦が行われることが決定したところで、まずはバトルボード女子決勝、ほのか対四十九院沓子の戦いだ。錬は観客席につき、スタートを今か今かと待ちわびていた。四十九院沓子は古式魔法、水の精霊魔法の使い手であり、この競技に関しての最適性ともいえる魔法を使ってくる。その魔法をフル活用し、コース上に波を発生させ、他の選手を進ませないようにしていたのは圧巻の一言だった。その魔法をほのかがどのようにして攻略していくのか、そのことを考え、錬は少し心躍っていた。そんなことを考えていると、スタート直前になっていた。スタートを知らせるランプが青く点灯し、競技の開始を告げる。それと同時に二人は飛び出していく。

 

 ほのかが水面に対して鏡面化魔法を発動して事象改変を受け付けないようにし、序盤の攻防を制した。がしかし、おとなしく黙っているわけもなく四十九院沓子はほのかの鏡面化魔法の切れるあたりに、渦巻いた水面を設置している。このまま進めば、巻き込まれて、スピードダウンは間違いないだろうと錬が思った瞬間、ほのかが行動に移った。水面ぎりぎりを水平に跳躍し、波の影響を受けないように進んでいる。ここまでの高度な対決に観客たちは大きく歓声を上げている。だが、四十九院沓子も黙っていない。精霊魔法を設置するような動作をする。がほのかも設置されているところが分かっているのか、そこに対して的確に消波を叩きこんでいる。このままほのかがリードして一週目は終了かと思われたが、滝の頂上に着いたあたりからほのかの様子が少しおかしくなった。少し動揺したような動きを見せながら、消波を撃っている。

 

 しかし落ち着きを取り戻したほのかはそのまま進み、一周終了寸前のループに突入したところで出口で大きく陥没した渦が出現した。ほのかは何とか対処したが、その間に追いついてきていた四十九院沓子に追い抜かれてしまった。そして追い抜いた四十九院沓子は現代魔法のCADを使い、移動系魔法でほのかを突き放した。その間にも精霊魔法はさく裂し続け、ほのかと四十九院沓子の差はどんどん開いていっている。このまま四十九院沓子の優勝で決着かと誰もが思ったが、ここで誰もが予想しなかったことが起きた。ほのかが息を吹き返すように波に乗ってぐんぐんスピードを上げはじめたのだ。ボードを使ったアクロバットを披露しながら、スピードを上げ、どんどん四十九院沓子との距離を詰めている。しかし、四十九院沓子も黙ってみてはいない。大技投下といわんばかりの大波が巻き起こる。しかしほのかはその波にもめげず、確実に距離を詰める。ここで二人の差がほぼなくなり、壮絶なデッドヒートになる。しかし、前にいるのは四十九院沓子。このまま勝利かと思われたが、ほのかが四十九院沓子を抜き去った。コースを見てみると、イン側に影が落ちている。どうやらほのかはこの土壇場で影を濃くして境目を分かりにくくする魔法を発動し、インを大きくとったらしい。そしてそのままゴールイン。

 

 こうしてバトル・ボード女子新人戦はほのかの優勝で幕を下ろした。 

 

 

 さてこのままほのかに対して拍手を送り続けたくもあるが、錬の場合はそうもいかない。この後すぐに行われるアイス・ピラーズ・ブレイク決勝に向かわなければならない。錬は会場に向かって走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…間に合ったか」

 

 達也が視線を向けた方向には息を切らした錬が立っていた。達也の隣に座っていた真由美が念のために取っていた席を指さしながら、手招きする。とっていた席は摩利の隣。そこに錬が座り、息を整えるように呼吸をする。  

 

「しかし、良く間に合ったな。どうやったんだ?」

 

「頑張って走って来た」

 

「でもそれでも間に合わないわよね。ここからバトル・ボードの会場って遠からずとも近からず、って距離だし」

 

「今はそんなことは良いだろう。試合が始まるぞ」

 

 無駄話が摩利の一喝により止められる。競技用のステージに立つ二人、深雪は髪を下ろし、相対する雫は今まで使っていたタスキを外し、袖を下ろしている。そして両者の目からは全力でぶつかり合うという意思が見て取れた。カウントが張り詰めた会場に鳴り響く。その明かりの最後のライトが輝いたとき、張り詰めた弦が切れ弾けるように、二人はCADを操作し始め、戦いが始まった。

 

 二人から発動される魔法。深雪からは氷炎地獄(インフェルノ)、雫からは共振破壊が互いの氷を壊そうと、両陣営の氷に牙をむいた。だが、それをさせまいと両者ともに対策の魔法を放つ。雫は情報強化で氷の温度改変を防ごうとしているが、物理的な熱伝導は防げず、少しずつではあるが、氷に水滴が付着し始めていた。雫もなんとか攻勢に出ようとするが、深雪の振動と運動を抑えるエリア魔法がそれを阻む。それを見た観客はこのまま雫の氷がじわじわとなぶられて終わりかと思った。がしかしここで雫が切り札ともいえる戦法に出た。雫が袖口に手を入れ、拳銃型のデバイスを取り出す。そしてそのCADで新たな起動式を展開し、魔法を発動する。

 

「フォノンメーザーっ!?」 

 

 真由美が驚いた声を上げる。それとほぼ同時に観客からも歓声が上がる。それが同時に二つのCADを操作したことに対するものか、はたまたA級魔法を発動させたものに対するものかは分からないものかはわからないが、それが雫の行動を褒め称える歓声であるのは間違いない。現に雫の放った熱線は今まで誰も手が届かなかった深雪の氷柱に傷をつけ、白い蒸気を上げさせた。雫の切った切り札は戦況を再び拮抗させたように見えた。

 

 しかし、深雪もその行為を黙ってみているほどお人よしではなく、深雪も今まで隠していた手札を切った。

 

「…ニブルヘイム…だと?」

 

 今度は摩利が驚きの声を上げる。深雪の展開した魔法は『ニブルヘイム』。領域内の物質を比熱、(フェーズ)に関わらず均質に冷却する高難易度冷却魔法。それによって発生した白霧が雫陣地に届き、氷柱を包み込み始めている。雫も情報強化を強くし、対処しようとするが、冷気である霧に対し、誘拐を妨げる情報強化は効果がない。そうこうしているうちに白霧が雫の陣地を通り過ぎ、消え去った。そして雫の氷柱の根元に水たまりを作った。この液体の正体は液体窒素。それに気づいたものが声を上げる前に深雪が氷炎地獄(インフェルノ)へと魔法を切り替える。その熱によって一気に気化した液体窒素によって爆発が起き、雫の氷柱は轟音を立て崩れ落ちた。観客の興奮冷め止まぬうちに試合終了が告げられ、深雪の勝利で幕が下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は達也たちと別れ、ホテルの廊下を歩いていた。向かっている先は雫の部屋。実際には雫とほのかの部屋であったが、雫のもとに向かっていることは確かであるため、今はそこは詮のないことだろう。向かっている理由としては正直に言うとわからないの一言に尽きるだろう。理由もなしに今から来てくれとだけ言われたのだ。なぜ呼ばれたのかについて頭をひねりながら歩き続けると、雫の部屋の前に着く。ノックをし部屋に入るとベットに座っている雫が目に映った。

 

「あ…、来てくれたんだ」

 

「呼ばれたからな。それにしても…残念だったな」

 

 月並みの言葉ではあるが、雫に慰めの言葉をかける。

 

「うん、ありがとう…。…ほのかはどうだった?」

 

「素晴らしい試合をしていたぞ。さすがといえる内容だった」

 

「そう…、私の試合は?」

 

「誰から見ても素晴らしい試合内容だった。中でも雫のCAD二台もちには驚かされたな」

 

「そう…」

 

 そういうと雫が立ち上がり、こちらに近づいてくる。錬はその様子を微動だにせずにじっと見ている。

 

「…ねえ、錬君。あっち向いてくれない?」

 

 雫に扉の方を向くように促される。その意図を読むことができずに困惑するが、言われたとおりにの向きを反転させる。すると、背中に何かが背中に密着してくる感覚があった。錬の目の前にはこの部屋唯一の扉。この部屋には現在二人しかいない。ということは背中に張り付いているのは誰かは容易に予想できる。

 

「……悔しかったか?」

 

「うん…」

 

 錬の背中に張り付いたまま雫が答える。その声は震えており、涙ながらに答えているのが想像できた。

 

「最初から勝てるとは思わなかった。でも、手も足も出なかった…。……悔しいよ」

 

「…俺には月並みなことしか言えないが…、今回、負けてよかったと思うぞ」

 

「……」

 

雫は何も言わない。俺は言葉を続ける。

 

「今回負けたからって、何を失ったわけじゃない。得たものの方が多いはずだ。それにこの先でも負け続けるって決まったわけじゃないんだ。いつか勝てるって思いながら自分を磨ければ、自分のためになるんじゃないか?魔法師は想像を現実に塗り固めるものだからな」

 

 錬は自分の考えを臆することなく伝えきる。月並みではあるし、下手かもしれないが、俺が錬にできる精いっぱいのかけてやれる言葉だった。

 

「……うん。そうだよね。まだこれからだもんね…」

 

すると雫に慰めが伝わったのか、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。少し制服を引っ張る力が強くなる。

 

「ありがとう、少し楽になった」

 

「そうか。だったらそろそろ離れてくれないか?」

 

「ごめん、もう少しだけ」

 

 そういうと、雫は錬の制服に顔をうずめる。錬はその行動を何も言わず受け入れた。そして部屋に沈黙が訪れた

 

 

 

 それから数分経ち、そろそろいいんじゃないか、と錬が思い始めたところに部屋に来客がきた。いや正確にはもとの部屋の主が返ってきたの方が正しいが。

 

「あの~、わたしお邪魔ですか?」

 

 開いた扉からほのかが苦い顔を見せながら顔をのぞかせている。すると、雫が跳ね飛ぶように錬の背中から離れる。雫の方を向くと、ほんのりと顔が赤くなっている。

 

「あー、ほのか、優勝おめでとう」

 

ほのかの優勝を祝う言葉は少しだけ上ずっている。

 

「ありがとう、雫は残念だったね」

 

そういいながらほのかは雫に近づき、手を取る。そして雫に提案をする。

 

「ねえ雫。お茶に行かない?少しお腹が空いちゃったの。錬さんも誘って。いかがですか?」

 

 ほのかは錬の方を向きながら、誘いをかける。雫も錬の方を向きその答えを心待ちにするような顔で錬の方を見る。

 

「誘ってもらってうれしいが、遠慮させてもらうよ」

 

「そう…」

 

「そう、ですか。わかりました。それじゃあ雫、いこう?」

 

 ほのかは雫の手を引きながら、部屋を出ようとする。その前に錬は部屋を出て、扉からほのかたちが出やすいように扉を抑える。雫たちは部屋から出てカフェへ向かって歩いていく。別れた錬は自室へ向かって歩いていく。自室に戻ってこのまま部屋で遊んでいようかとも思ったが、夜の分の飲み物等を買っておこうと思い、売店へと向かう。すると、その道中、またまたある人物と遭遇した。

 

「あら…?」

 

「あっ」

 

 またまた一色愛梨。一体どれだけこの人物と会うのだろうか?こんなにあっても話すことはないので今あっても割と困るのだが、話をしないわけにはいかず、どうにか絞り出しそうとする。すると、先にあちらが口を開いた。

 

「そういえば、言い忘れていました。スピード・シューティング優勝おめでとうございます」

 

 二日も前の事ではあるが、祝いの言葉をもらったので錬も返すために言葉を紡ぐ。一色も同じくクラウド・ボールの優勝者であるため、都合がいい。

 

「そっちこそクラウド・ボール優勝おめでとう」

 

 互いに優勝を祝う言葉をかけあったところで簡単に会話をする。

 

「そういえばこちらのブレーンが言っていましたよ。なぜ魔法を一度止めたのちにまた発動させたのか、その意図が分からない、と」

 

 あれは止めたのではなく、妨害のせいで勝手に止まったの方が正しい。が妨害を受けたことは隠すべきだと判断したのでそのことを包み隠してこれから話すことにする。

 

「あれはCADのせいだな」

 

「…?どういうことですか?」

 

 一色が首を傾げ、理解ができないといった顔をする。本来この反応が正しいのだろう。この反応をしなかった達也がおかしいんだろう。不思議そうな顔をしている一色に錬は使っていたCADの説明をする。あのCAD自体は別に秘密にするものでもないだろうし、話してしまっても構わないだろうと錬が判断したからだ。

 

「まあ、随分とすごいデバイスですね」

 

 一色が少し驚いた顔をする。しかし、表面上は普通を保っているが、言葉の端からも驚きが読み取れることから、結構驚いているのだろう。驚きが復活した一色が気になってことがあったのか、質問をしてくる。

 

「ということはCADを途中で変えたということは何か変えざるを得ない状況があったということですか」

 

錬は一色の鋭さに驚いていた。さすが師補二十八家の一員なだけある。が、妨害の事は伏せておいた方がいい。そこを隠しながら、答えを考える。

 

「実はCADの調整に失敗したところがあってな。不具合があって故障してしまったんだ」

 

「あら?CADの調整はご自分で?」

 

「まあな。志望は魔工師だからな」

 

「その魔法力でですか?」

 

「魔法力が高くて魔工師になっちゃいけないわけじゃないからな。それを言ったら、そっちのカーディナル・ジョージだって似たようなものだろう?」

 

「まあそうですね。しかしうらやましいですね。それほどの魔法力、全魔法師がのどから手が出るほど欲しいでしょうね」

 

「………まあそうだろうな」

 

「あらもうこんな時間。それでは私はこのあたりで失礼します」

 

「そうか。それじゃあな」

 

 錬は一色の隣を通り抜けながら、その場を後にする。そしてある程度進んだあたりで錬の口から言葉が漏れ出す。

 

「…好きで手に入れたんじゃないんだよ」

 

 誰にも聞こえないであろう小さなつぶやきは、ホテルの廊下に響くこともなく消え去った。その意味を知るものはこの場には一人しかいなかった。

 

 

 







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九校戦編 第八話 



 お久しぶりです。投稿できず申し訳ありませんでした。なかなか書く時間をとれずそのままずるずると…。こんなことがこれからのたびたびあるかもしれませんが暖かく見守ってください。


 それではお楽しみください。

P.S.ツイッター始めました。マイページにリンク張っておきます。




 

 

 九校戦七日目。新人戦四日目。今日行われる競技はミラージ・バット。性別的に男である錬にとっては全く意味のない日といえる。やることといえば試合観戦、あとはその他諸々といったところだろうか。そのため、錬は今日やることがほとんどなく、何をしようかというなかなかの難題に頭を悩ませながら、一人朝食をとっていた。頭を悩ませながら、食物を口に運び、もう少しで食べ終わろうかというところで後ろから声をかけられた。

 

「錬君」

 

 先の食事シーンからもわかるように錬に話しかけてくる人物は少ない(口数が少なく目の下のクマも作用し、入試成績一位というネームバリューが強いため。決して嫌われているわけではない)。その中で声をかけてくる人物というのは限られてくる。声の主をすぐに理解し、振り返りながら返事をする。

 

「どうしたんだ?雫」

 

 食事を終え、声をかけてきたであろう後ろに雫がいた。いつもと違うのはいつも一緒にいるほのかがいないことか。

 

「今日、予定ある?」

 

「無いにはないが…、どうしたんだ?」

 

「だったら、一緒にミラージ・バットの観戦しない?」

 

「ほのかは………、ミラージ・バットの選手か」

 

 ほのかはどうしたんだと聞こうとしたが、ミラージ・バットの選手に選ばれていることを思い出し、言葉の途中で言い換える。

 

「そう。だから一緒にどう?」

 

「喜んでいかせてもらおう。一人で見るっていうのも味気ないからな」

 

「分かった。それじゃああとで合流しよう」

 

 そういうと雫は錬に背中を向け、食事会場から出ていく。その時の足取りが少し軽く見えたのはきっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の時間も終わり、錬は雫と合流し、ミラージ・バットの会場に来ていた。二人で隣で座れる席を探しながら二人で歩いていると、錬たちの前方に手を振る赤髪の人物が現れた。だれかと思いながら確認すると、エリカが錬たちを呼ぶように手を振っていた。どうやら錬たちの分の席を確保しているらしい。

 

「錬君、雫。こっちこっち!」

 

 声を上げながら錬と雫を呼んでいる。断る理由も錬にはないので、近づいていき、空いている席に座る。

 

「よう錬。どうしたんだ。随分とゆっくりだったな。何かあったのか?」

 

前に座っているレオがいつものように錬に気さくに話しかける。

 

「いいや。単にゆっくり来ただけだ。雫と待ち合わせていたというのもあるだろうが」

 

 錬が返答すると、その場の全員の視線が雫に向く。その真意は錬には読めなかったが、さすがに全員が向いたのが気になったため、雫に視線を向ける。すると不機嫌そうにむくれている雫が目に映った。何か不機嫌にしてしまうようなことをしてしまったのかと少し不安に思い、錬は雫に問いかける。

 

「どうしたんだ?雫」

 

「…別に。大丈夫だよ」

 

 どう見たって大丈夫ではないだろうが、本人に大丈夫と言われた時点で錬にできることは何もなくなってしまった。このことを察知した錬は黙り込むことしかできなくなってしまった。周りの連中は少しこちらを見てざわざわしていた。特にエリカはにやにやしていた。

 

 

 

 観客席での悶着も終わり、ミラージ・バットの試合が始まった。達也が調整しているCADを使って負けられる選手などよほどの技量不足くらいのものだろう。九校戦にそんな選手が選ばれるわけがないので、選手のスバルとほのかは他の追随を許さない実力で予選を突破した。

 

 

 

 錬、雫、深雪の選手組はミラージ・バットの観戦を終え、エリカたちと別れ、一高テントに来ていた。今からはモノリス・コードの一校の第二試合。ここまで最下位、四校との試合だった。錬たちはその試合を観戦しに、テントに来ていた。なぜ会場に行かなかったのかというと単に、試合会場と一校のテントとの距離を比べた時に、こちらの方が近かったからである。

 

こうしてモニターが見える位置に三人で三人で立ち話をしていた。

 

「森崎君たちは大丈夫でしょうか」

 

「森崎たちは成績上位者だし、対戦相手も現在最下位の四校だ。何かしらが起こらない限り足元をすくわれるということはないだろう」

 

「成績優秀を言うんだったら、錬君も同じ」

 

 錬は思った通りのことを告げ、雫も思った通りのことを言う。人間性云々はともかくとしても森崎は学期末試験で十位以内に入るほどの成績の持ち主、他の二人も同じように成績優秀者だ。現在最下位の四校に不覚をとるようなことはないだろう。がしかし、錬の言葉の別の部分に引っかかりを覚えた人物がいた。

 

「……錬さん。その言い方ですと何かしらが起こるかもしれないということですか?」

 

「正直絶対にないとは言い切れないだろう。現に一度事故が起こってしまっている。可能性はゼロじゃない。縁起でもないからあまり口にするべきじゃないんだけどな」

 

「そうですね」

 

 これ以上縁起でもない話を続けるべきではないと三人は雰囲気で察したので、錬は話題を変えるために会話の口火を切ろうとする。が別の人物がスタートを切った。

 

「そういえば錬君は何でメンバー入り断っちゃったの?」

 

「あぁ、メンバーの一人が森崎だと知ったからだな。あっちはあっち、こっちはこっちで印象良くないからな」

 

 錬は嘘の話をでっちあげる。森崎に悪い印象を与えてしまうかもしれないかもしれないが、錬は森崎に慈悲の心というものを一グラムも持っていないため、錬に躊躇というものは少しもなかった。がこのままこの話を続けるのはあまり精神的によろしくない。そのため錬は話を切り替える。

 

「そういえば達也はどうしたんだ。ミラージ・バットは終わったはずだし、姿を見せてもおかしくないと思うが?」

 

「お兄様は夜に向けて休息をとられています」

 

 急速な話題転換は成功したようで、その後は競技開始まで話題が悪い方向に進むことはなかった。話をそらされた雫は少し不満そうだったが。

 

 競技開始の時刻になり、スピーカーからサイレンが鳴る。するとその直後、森崎たちが待機しているビルが突如崩壊を始めた。予想外の出来事に一高テントに緊張が走る。が生徒会の面々はすぐに冷静になり、一校の面々に指示を出し始め、行動を始める。その行動に看過され、他の生徒たちも続々と動き始める。真由美は的確に続々と指示を出していく。そしてある人物にも指示を出そうと、踵を返し、その人物に向かって足を踏み出した。

 

「ちょっと錬君……、ってあら?錬君はどこに行ったのかしら」

 

 錬と一緒にいたはずの雫と深雪に声をかける。きょろきょろと首を振り周りを見渡しながら、深雪が答える。

 

「…いつの間にかどこかに行ってしまわれたようですね。私たちも全く気付きませんでした」

 

「全くもう…、こんな忙しいのに…。まあいいわ。」

 

 頭を抱えながら、真由美は森崎たちが搬送された病院に向かうために天幕の外へと出ていった。そして深雪は深雪と雫はいつの間にかいなくなっていた錬の行動の真意をつかもうと頭を回転させながら、一校のテントで待機することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ、いち早く行動し一校の天幕から抜け出していた錬は部屋に戻り、自前のコンピュータを操作し、通信をとっていた。

 

「アストラ、起きてるか」

 

「何でございましょうか、錬様」

 

「こちらでトラブルだ。今すぐ九校戦のCADチェックの人員のリストを洗ってこちらに送れ」

 

「お耳に挟んでおります。モノリス・コードでの事故関連でございますね」

 

「俺も妨害を受けたからな。他人事じゃない。いつか復讐しようと思っていたから、これはいい口実になる」

 

「そうですか。大会委員の怪しい人物をリストアップしてその人物の端末のGPS情報を送りましょうか?」

 

「それもデータと一緒に送ってくれ。こちらでも照らし合わせる。GPS情報はこちらが指示してから送ってくれ」

 

「了解しました。三十分ほどお待ちください」

 

「分かった」

 

 錬はアストラと会話を交わし、暗躍のための前準備を始める。今回の事態。怪我をしたのは錬ではないが、妨害を行った勢力が錬の妨害を行った勢力と同じである場合、他人ごとではない。そして錬のモットーはやられたらやり返す、千倍返し。しっかりと復讐をしなければならない。錬は通信を終え、スピード・シューティングの際、妨害を受けた自前のCADの調査を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局モノリス・コード新人戦は中止になることはなく、四校の失格という形で続行ということになった。一校はどうなるのかと思うだろうが、現在十文字会頭が大会委員と折衝中であり、本来は認められないメンバーの変更を認めさせようとしているところである。だがその最中でも大会は進み、新人戦ミラージ・バット決勝戦が行われていた。一校の二人は決勝戦でも力を発揮し、着々と点数を重ねている。その姿を達也はエンジニアとしてエリカや深雪、雫たちは観客として歓声を送りながら、見ていた。しかし、雫は少し落ち着かない様子だった。理由としては錬が会場に応援に来ていなかったからだろう。事故の時以来顔を見ていないせいか、雫はなぜか少し不安に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、ほぼこいつで確定だな。アストラ、こいつの端末情報を送ってくれ」

 

「了解しました。しかしどのようにして抑えるのですか。現場がないのであれば、学生の戯言としかとられないように思いますが…」

 

「考えはある。協力してくれるかはまだ分からないが、まあなくてもどうにかしてみせる」

 

「そうでございますか。ではご武運を。ご成功を心からお祈りしております」

 

 アストラがそういうと、通信が切れコンピュータのモニターが一度暗転し、本来の画面へと戻る。その動作を傍目で見送った錬は携帯端末を取り出し、操作すると、今回の鍵となる人物へと顔に仮面をつけながら、連絡を取り始めた。

 

 九校戦での錬の暗躍がこれから始まろうとしていた。雫の心配をよそに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新人戦ミラージ・バットは一校のワンツーフィニッシュで幕を下ろし、その優勝の立役者である達也は優勝の喜びを分かち合う暇もなく、ミーティングルームに呼び出されていた。達也がミーティングルームに入ると、生徒会の面々や摩利、克人といった幹部連中、桐原や五十里といった面々もそろっていた。その中には妙な緊張感が漂っており、その表情は完全に固まりきっている。

その中で真由美が最初に口を開き、他愛もない、別の話の導入のような話をする。しかし、達也は無駄話をするつもりはないらしく、その話を切るように話を切り出す。

 

「それで、用件は何でしょうか」

 

その言葉で思考がやっとまとまったのか、真由美が本題を話し始める。

 

「達也君、あなたには森崎君たちの代わりにモノリス・コードに出てもらいたいと考えています」

 

「選手は負傷しても交代は禁止されているはずですが?」

 

「大会委員との協議の結果、特例として認められた」

 

真由美の代わりに克人が話す。二人とも顔色を変えない。

 

「なぜ自分なのでしょうか?ほかに一競技しか出ていない選手は何人も残っているはずですが?例えば…」

 

 例えば、と達也が言ったところで真由美と摩利の顔が歪む。また克人も表情こそ変わらなかったが、意図を察したような顔をする。

 

「確かに園達にも頼もうと思っていた。しかし、園達と連絡がつかないのだ。連絡がつくまでの間、まずはお前の説得をしておこうと思い、お前を呼び出したといったところだ」

 

 克人は隠すことなく、達也に考えを伝える。達也はその間、錬のことを考えていた。一つはおそらく頼まれても錬は受けないだろうなということ、もう一つは錬が今一体何をしているのかということ、前者に関しては達也は深く考えていなかった。錬が一度やりたがらなかったことはほとんどの確率で曲がらないことは短い付き合いながらも分かっている。問題は後者だ。連絡がつかないということは錬は今恐らく何か表沙汰にできない、あるいは知られてはならないことをしているのだろうと達也は考える。なぜ連絡がつかなかったのか、そのことに関して追求する必要があると達也は深く心に刻んだ。

 

さてそんなことは置いておくとしてまずは質問の返答しなければならない。

 

「自分は選手ではありません。そんな自分が一科生を差し置いて選手になるのは一科生にとっては不愉快な話だと思いますが?」

 

 達也は自分の考えをそのまま告げる。一科生には自分の実力に自信とプライドを持っているものが多く、これが通ってしまえば一科生と二科生との軋轢はさらに広がることになり、達也個人としてもよろしくないことになってしまう。それを避けるために達也はこの考えを伝えた。しかし、帰ってきた答えは達也にとって予想外の答えとなった。

 

「甘えるな、司波」

 

 達也の中でずっしりとした言葉が反芻される。

 

「お前はすでに、代表チームの一員だ。選手であるとかスタッフであるとかに関わりなく、お前は一年生二百人の中から選ばれた二十一人の中の一人。そして、今回の非常事態に際し、チームリーダーである七草は、お前を代役として選んだ。チームの一員である以上、その務めを受諾した以上、メンバーとしての義務を果たせ」

 

 克人の言葉が達也にむけてはっきりと伝えられる。その重い言葉は達也の意思を揺らがせ、首を縦に振らせる決意をさせた。

 

「分かりました。メンバーとして義務を果たします」

 

 達也の言葉に真由美と摩利の表情は安堵に包まれ、克人はしっかりとうなずいた。すると、ミーティングルームの扉が開き、なぜか室内にいなかったあずさが入ってくる。少し息を切らしながら入ってきたあずさに真由美が声をかける。

 

「あーちゃん、どうだったかしら」

 

「ダメです。連絡もつきませんし、自室にもいませんでした」

 

あずさの返答を聞き、真由美と摩利は頭を抱える。

 

「あいつ…、なぜ毎度肝心な時にあいつはいないんだ……」

 

「摩利、ちゃんと後輩の教育はしなきゃダメじゃない」

 

真由美と摩利の会話を半分に聞きながら、達也は気になっていたことを克人に伝える。

 

「それで俺以外のメンバーは誰なんでしょうか」

 

「お前が決めろ」

 

「本当に決めてしまってもいいのですか?」

 

「構わん。一名絶望的ともいえる人物がいるがそれ以外であれば、だれでも構わん。例外を重ねに重ねた状況だ。今更一つや二つ増えたところで大した問題ではない」

 

「では、E組の吉田幹比古と西城レオンハルトを」

 

「いいだろう。中条、その二人をここに呼んできてくれ」

 

「は、はいっ」

 

 こういった場面で最も優秀であろう人物を引き込めなかったことをその場の全員が思い残しながら、明日のモノリス・コードの作戦会議は夜更けとともに進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦関係者が止まっているホテルの一区画。薄暗い一角である男が端末で会話をしていた。

 

「……はい、ばれた様子もなく妨害工作は順調です。しかし一校がモノリス・コードに代役を立てまして…、…はい、…はい、わかりました。それでは失礼します。」

 

 会話の内容からもわかるようにこの男、今回のCADチェックを行っていた人物であり、今回の事故の原因となった妨害工作を行った人物である。この男は今回の黒幕、無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)に取り込まれており、今回の妨害工作を行うためのものを持っている。先ほどの会話は御上へ定時連絡であり、情報の伝達が主なものだった。そしてその連絡も終わり、緊張から解放されたことからほっと溜息をつく。そしてこれからの妨害工作の計画を練ろうと自室に戻ろうと思った時、異常事態が発生した。

 

「動くと殺す」

 

 男の頭に拳銃らしきものが突き付けられる。この意味が分からないものはこの世の中にほとんどおらず、すでに男の生殺与奪は握られている。が、男もいわれもなく命を握られるつもりもなく、抵抗しようと、胸元に手を入れCADを取り出そうとすると、また拳銃を突き付けている男から言葉が紡がれた。

 

「魔法を使おうとしても殺す。声を出しても殺す。理解出来たらゆっくりと右手を上げろ」

 

 この時点で男にできることはなくなり、ゆっくりと右手を上げることしかできなかった。ゆっくりと右腕を上げる。その後の行動を震えながら待つ。

 

「オーケー」

 

 すると、男の身体に電流走る。比喩的な話ではなく、物理的に流れた。突然訪れた衝撃に男は抗うことが許されず、何の抵抗もなく意識を手放した。男に銃を突き付けていた人物は目の部分に傷が入った見た目の仮面をつけ、全身黒づくめの恰好、そして仮面の向こうから聞こえる声は人間のものとは思えないほど機械的であった。仮面の人物はうつぶせに気絶している男を仰向けにする。そして男の胸元に手を入れ、少しの間探っていると目的のものが見つかったのか、男の胸元から手を引き抜いた。仮面の人物の手には魔法的封印の施された電子端末が握られていた。

 

(なるほど、これが…)

 

「どうしたのかね」

 

 すると、夜の闇の中から仮面の人物に問いかけるような声が響く。仮面の人物が振り返ると、九島烈と、大会委員長と思しき人物が立っていた。その姿を確認した仮面の人物は電子端末を九島閣下に投げつける。九十歳近いとは思えない反射神経で端末をとり、まじまじと見つめ始める。

 

「ふむ、これはずいぶんと見覚えのあるものが込められているようだ。私が現役だったころ、東シナ海諸島部戦域で広東軍の魔法師が使っておった電子金蚕だ。今回の事故の原因はどうやらこれのようだ」

 

 その言葉に大会委員長は声の出ない驚きに包まれる。今まで全く不明であった事故の原因があっさりと判明したのだから。そして幹部の思考は次の段階に移る。一体だれ、正確にはどちらがそれを持っていたのか。倒れ伏し、胸元を少し乱れさせている大会委員。仮面をつけ、黒づくめで立っている謎の人物。どう見ても仮面の人物が怪しく見えることは明白であった。がしかし、閣下の言葉でその考えが一時的に否定される。

 

「ふむこれはそちらの気絶している委員が持っていたと考えていいのだね?」

 

 そういいながら閣下は仮面の人物に視線を送る。仮面の人物は声を出さず、首を縦に動かすことでその問いに答える。そして一度会釈をすると、仮面の人物はその場から、闇に溶け込むように消えていった。

 

「な…!?よろしいのですか。あの人物が犯人である可能性のありますよ?」

 

「犯人が現場にあれほどまでに長くとどまり、挙句に証拠となる物を渡すと思うかね?」

 

「それはそうですが…」

 

「彼がだれかというのはこの際関係のないことだ。九校戦で起こってしまい、挙句にも続いてしまった事故の原因が分かった。素直に喜ぶべきだろう」

 

その言葉を聞いた大会委員長はほっと一度息をつく。が次の烈の言葉で安心できるタイミングなど一ミリもないということが分かってしまった

 

「さて、それはそれとして。運営委員の中に不正工作を行うものが紛れ込んでいたなど、事故以上のかつてない不祥事。言い訳は後でゆっくりと聞かせてもらおう」

 

 血の気が一気に引き、今にも卒倒しそうな顔色でなんとか返答をする大会委員長。彼にとっては烈の言葉は死神の鎌のように聞こえていただろう。足を震わせながら、再び歩き始める烈についていく。

 

こうして九校戦で発生した事故をめぐる一連の流れは幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 





 ~錬と烈の端末での会話~

「なに、妨害工作を行っている人物が分かった?」

「まだ、確定ではありませんが、ほぼ確実といえるでしょう。そこでお願いがあるのですが」

「何かね?」

「これからその人物を洗うのですが、その時に大会委員の幹部を連れて歩いてきて、その場に偶然居合わせたような演技をしてください」

「なるほど、君が不審物を見つけて提出したところで信ぴょう性がかなり薄い。そこで私が発言することで、効力が強くなるということか」

「おおむねその通りです。ご協力願えますか?」

「もちろんだとも。これ以上事故が起こるのは防がなければならない。そのためであれば喜んで協力しよう」

「よろしくお願いします」










「ちなみにどうやって見つけたんだい」

「大会委員の中の怪しい人物全員の三か月前までの行動をすべてすり合わせました」

「化け物じみているね」






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九校戦編 第九話 

 九校戦八日目。新人戦五日目。

 

 深夜に起こったとある事件により解決した九校戦の事故。その原因が関係者に発表された。原因が大会委員ということで驚きは波紋のように広がり、原因の追及がなされた。しかし、大会委員はスパイとして潜入していた委員にすべての責任を押し付け、自分たちは悪くないというスタンスをとった。(無論だが、委員長はあの後、烈にこってりと絞られ責任をとることとなった。哀れなり)そして学校側もとりあえずは納得し、これからは事故のことを考えずに済むという安心感に身を委ねるのだった。そして事件解決に一役買った仮面の男(マスカレイダ)、もとい園達錬は現在、一校のテント、モニター前にて正座をさせられていた。

 

「いい、錬君?昨日何をしていたかは知らないけれど、連絡にはしっかり出なきゃだめよ?これ社会の常識よ」

 

「おかげで君をモノリス・コードの選手に仕立て上げることができなかったからな」

 

 錬をモニターの前に座らせた張本人である真由美が諭し、摩利がそれに乗っかる。錬の前で映像を流しているモニターにはモノリス・コードの映像が流されており、映る森林ステージには一校の選手、達也、幹比古、レオが映っていた。その見た目は幹比古は一般的なプロテクション・スーツであるが、達也は二丁拳銃に加えて、ブレスレット型のCADと一般的には考えられないほどのCADをつけている。これは達也のCAD複数操作という能力をいかんなく発揮するためであろう。そしてレオ。彼は直接打撃禁止のモノリス・コードであるにもかかわらず、腰には剣を下げていた。これが武装一体型のCADであることを見抜けた者は一校内でも少なかった。このように一校選手は異彩を放っており、モニター前の一校生徒も彼らの戦いぶりが楽しみだといわんばかりにモニターに視線を集中させていた。

 

 そんな中でも真由美は錬に説教をしており、その意図が本当に錬を心配したものか、日々のうっぷん晴らしかはわからないが、摩利がちらちらと視線をモニターに向ける中、真由美は錬から視線を一切ずらすことなく見つめていた。

 

「まあ、もういいじゃないか。今は試合に集中するべきだと思うぞ」

 

「いいの摩利?あなただっていつも引っ掻き回されているでしょ?」

 

「今は忘れることにする。それに私は錬が出場しなければ勝てないほど彼らはひ弱ではないと思っているぞ?」

 

「むう…」

 

 年甲斐もなく頬を膨らませ、不満そうな表情を浮かべる真由美。

 

「まあいいわ。あとでしっかりと言わせてもらうからね」

 

 不満そうにしながらも、モニターに視線を向ける真由美。モニターの向こうでは試合が始まろうとしており、達也たちはポジションについていた。

 

「八校相手に森林ステージか…」 

 

「不利よね…普通なら」

 

 試合観戦に集中し始めた真由美と摩利がぽつりとつぶやく。八校は野外実習に力を入れている高校であり、普通であれば一校不利と考えるのが普通であろう。しかし、一高幹部陣はそんなことは考えておらず、錬を含んだその他の生徒も同様であった。さて話を試合に戻すがモニター内ではすでにオフェンスの達也は八校モノリス近くに迫っており、もう少しで接敵というところまで来ていた。達也が物凄い速さで八校モノリスに接敵する。その速さに八校ディフェンスはついていけておらず達也の攻撃を食らってしまう。が達也の攻撃では決定打にならず、片膝をつく程度に終わってしまう。が体勢を崩すには十分だったようで、達也は横を抜け、モノリスにどんどん近づいている。だが八校ディフェンダーも黙っておらず、ショートタイプの特化型CADを向け魔法を放とうとする。それに対し、達也は右手に握ったCADを向けていた。その直後、八校ディフェンダーが展開していた起動式が破壊された。

 

「今のは…あれは…」

 

「術式解体か………もしかしたら、と思ったけど、達也君、使えたんだね…」

 

「真由美、今のが何か、知っているのか?」

 

 摩利は真由美につかみかからん勢いで問いかける。その問いに対して真由美は錬の方を一度ちらっと見て、モニターに視線を再び戻す。錬は鼻で大きく一息ついてから話し始める

 

「術式解体は…」

 

 話し始めた錬に視線を向け、モニターに視線を向けつつも錬の言葉に集中する摩利。

 

「圧縮したサイオン粒子の塊をイデアを経由せずに対象物にぶつけて爆発させ、そこに付け加えられた起動式や魔法式などの、魔法情報を記録した想子情報体を吹き飛ばす対抗魔法です。事象改変のための魔法式としての構造をもたないために情報強化、領域干渉どちらにも影響されませんし、砲弾自体の圧力がキャスト・ジャミングの影響も跳ね返してしまいます。作用を一切持たないがために障害物等で防ぐことも敵わない、射程が短い以外の欠点らしい欠点の無い対抗魔法です」

 

「そ、そうなのか…」

 

 錬のあまりに完璧な回答におもわずたじたじとなってしまう摩利。

 

「ちなみに真由美。お前は…」

 

「もちろん無理。術式を乱すんじゃなくて吹き飛ばすような圧力なんて私のサイオン保有量じゃ作り出せないから」

 

「そうか」

 

そういうと摩利は錬の方に視線を向ける。その視線に錬は言葉で答える。

 

「今は試合を見ることに集中するべきでは?……といいたいところですが」

 

 モニターの向こうでは八校ディフェンダーがまたまた森林内で膝をついており、動けなくなっている。その少し後には試合終了のブザーが鳴り響く。一校の初戦は華々しい勝利で終わる。その後も摩利、果てには真由美までもが視線を送り始め、答えざるを得ない状況になる。

 

「……先輩方は一体俺に何を期待しているんですか?」

 

「ということは使えないのかい?」

 

「使えますよ。一応は」

 

「やっぱり使えるんじゃないの!」

 

 錬のあまりにあっけらかんとした回答に声を荒げる真由美。

 

「さすがにあそこまできれいに当てることはできませんが」

 

 手を銃の形にし、打つ真似をする錬。その様子を見て呆れる摩利と真由美。

 

「しかしさすがに優秀だな。まさか術式解体まで使えるとはな。ということは…」

 

「摩利、恐らくその考えは見当違いだと思うわよ。錬君その時寝てたみたいだし。でもあの時の少なくとも十人以上の重ね掛けされた魔法式を、一撃で消し飛ばしてしまうなんて…いったいどれほどの想子保有量なのかしら…。案外達也君ってパワーファイターだったのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も一校チームは危なげなく進み続け、その戦いは決勝戦へと突入した。その対戦相手は三校。一条将輝や吉祥寺真紅郎を擁する優勝候補である。戦いの舞台は草原ステージ。その中に立つ達也たちは注目を浴びていた。主にレオと幹比古にだが。その理由はその服装にあった。スーツの上にレオはマント、幹比古はローブを羽織っており、どこかの誰かが見たら、大笑いしそうな仮装のような格好になっていた。そして錬はそれを一高テントでもなく、観客席でもないところから見ていた。

 

「さて改めて、先日のあの件は楽しませてもらったよ」

 

「お言葉ですが不謹慎です。一応負傷者も出た事態の犯人確保のための行動だったんですから」

 

 錬は烈が観戦のためにやってきていた来賓室に来ていた。おそらくここにいたであろう大会委員はいなくなっており、この部屋には烈と錬の二人きりとなっていた。

 

「君が奴を捕まえたことで国際犯罪シンジゲート『無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)』の情報が集まりつつある。このままいけば奴らの本拠地もつかめるかもしれない。」

 

「それはよかった。ぜひ俺の手を使わずに済めば助かるんですが」

 

「なに、心配は無用だ。今回これ以上は君の手を借りるつもりはないよ。もっとも君が自分から関わるというならば話は別だがね」

 

 この言葉から、まだ何か起こるかもしれないが、巻き込まれるかもしれないということを示しているように錬は読み取り、何か起こるかもしれないという事態に頭を抱えそうになった。

 

「それであればいいです。っと、そろそろ始まるようです」

 

 錬は烈に背中を向け、部屋から退出しようとする。がしかし烈はそんな錬を見て引き留める。

 

「まあ待ちたまえ。ここでも試合は見れる。ここで見ていくといい。」

 

「………ではそうさせていただきます」

 

錬は少し考えるようなそぶりをした後、了承し烈の斜め後ろに立つ。

 

「座っても構わないんだが?」

 

「いえ、ここで結構です」

 

 この言葉が始まりの合図だったかのように新人戦モノリス・コード決勝戦の幕が上がった。最後に立っているのは果たしてどちらか。どちらに軍配が上がるか、それが楽しみなように烈は口の端を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果を伝えると、新人戦モノリス・コードは大方の予想を覆し、一校の優勝で幕を閉じた。達也が将輝を、幹比古が吉祥寺を、レオがもう一人を倒すといった活躍をした。達也たちがモノリス・コードで優勝したことにより一校の新人戦優勝が確定した。新人戦優勝はともかくとしても、モノリス・コード優勝は予想していなかったらしく、一高は大いに盛り上がっていた。しかし、達也たちの都合により、新人戦優勝パーティは後日に持ち越しということになり、その後は各自解散ということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦九日目。今日から新人戦から本選へと戻り、行われていなかったミラージ・バットとモノリス・コードが行われる。本日はミラージ・バットが行われる。天候はあいにくの曇天。しかし、競技の特性上、ミラージ・バット日和であるといえる。深雪が出場するため、達也は今日も忙しなく走り回っていた。一方錬は観戦のためにミラージ・バットの会場に足を運んでいた。その隣にはなぜか三校の沓子と栞が座っていた。

 

「……いいのか?一校生徒と一緒にいて」

 

「むう?なぜじゃ?わしがだれと一緒に見ていようと関係なかろう?」

 

「私は沓子の付き添いですから」

 

「お前たちがいいのならそれでいいが…」

 

 沓子に向けていた視線をステージに向けなおし、ちらちらとむけられる視線を気にしないようにする。既にステージ上には選手たちがそろっており、その中には三校の愛梨と、一校の小早川がいた。観客の視線がステージ上に集中し注目する中、始まりを告げるチャイムが鳴った。空中にホログラムの投射され、選手が一斉にホログラムに飛び込もうとCADを操作する。そして跳び上がろうとするが、その動きは視界に映った光景に中断されてしまう。目に映りこんだのはすでに跳びあがっている愛梨の姿だった。その速さは周りの選手など比にならないほどの速さであっさりと得点してしまう。競技終了までこのペースは維持され、愛梨は他の選手に大差をつけ予選を突破した。小早川は張り切っていたようだったが、惜しくも予選敗退してしまった。しかし、本来の歴史のように事故が起こって魔法を失いようなことがなかっただけでも百倍ましである。その隣で一校生徒がいるにもかかわらず喜んでいる沓子が騒いでおり、栞が申し訳なさそうな表情をしている。周りは本当に一年が本選で活躍できることに驚きの声が上がっている。

 

「しかし、一色はずいぶんと早かったな。さすがは稲妻と呼ばれるだけはあるな」

 

「ふふん、そうじゃろ。これで今回の優勝はもらったもんじゃな」

 

「そうでもないかもしれんぞ。こっちにもいい選手がいるからな」

 

そこで注目を浴びるのはもう一人の一年生。

 

「ほう、あの司波という選手か?」

 

「アイス・ピラーズ・ブレイクでも圧倒的な力を見せているし…、強い魔法力を持っているのは確実ね。そこまですごいのかしら?」

 

「伊達に入試成績二位じゃないとだけ言っておこう」

 

 少しの間、二人と世間話をしているうちに第二試合が始まろうとしていた。ステージに立つ選手たちの中でも深雪は特に注目を集めており、生来の美貌に加えて、妖精を模した服装も相まってもはや神々しい雰囲気すら感じられる。試合開始のチャイムが鳴り、選手たちが一斉に跳び出す。がさすがは九校戦。深雪の独壇場とはならず、二校の選手と深雪の接戦となり、第一、第二ピリオドと熱戦を繰り広げていた。第二ピリオドも終わり、第三ピリオドに突入しようとしたところで三人が深雪の変化に気付いた。

 

「CADが変わっている?」

 

 栞が変化の内容を口に出し、視線を錬に向ける。

 

「あいにくだが、あれが何かの正確な情報は知らないぞ。大体の見当はつくがな」

 

「本当か!わしに教えてくれ!」

 

 沓子が錬の腕をつかみ、振り回すようにゆする。錬の身体はほとんど動いていないがうっとうしそうな表情をしている。

 

「黙ってみていろ。見ているうちにわかる」

 

「むう。もったいぶらずともよいのじゃが…」

 

 全員が視線を集中させたところで第三ピリオドが開始される。深雪含めた選手たちが跳びあがる。最初の得点は二校の選手。二校の選手は満足そうな表情をしながら降りるための足場を探す。が、深雪は足場を探すことなく、そのまま水平に移動しホログラム向かってスティックを振り下ろしていく。その回数が五回を超えたあたりで誰かが小さくつぶやく。

 

「飛行魔法…?」

 

 誰かがつぶやいた言葉を皮切りに言葉の波紋が広がっていき、連鎖するように言葉が発せられる。

 

「トーラス・シルバーの……?」

「そんなバカな…」

「先月発表されたばかりだぞ…」

「だがあれは…」

「まぎれもなく、飛行魔法…」

 

 観客たちの疑問の声は大きくなり、視線は深雪から離れることなく見つめ続けていた。錬の隣に座る二人は驚愕の表情を浮かべ、言葉を発することができなくなっている。試合終了の合図が鳴り、深雪が退場しようとしたところで疑問の声は驚愕と歓喜の声へと変わり、同時に発せられた拍手とともに会場を包み込んだ。優雅なしぐさに目を話せるものなどほとんどおらず視線は深雪の一点に集中していた。そのため、メッセージに見入っている男の気づくものなどほとんどいなかった。

 

「いやー、しかし司波の飛行魔法はすごかったのう!」

 

 第二試合の興奮冷めやらぬうちに沓子が席を立ちあがり伸びをする。

 

「圧倒的だったからな。あれを見せられちゃ驚くだろう」

 

錬は席を立ち、どこかへと向かおうとする。

 

「おと、どこに行くんじゃ?」

 

「腹減った」

 

 錬は一言で今から何をしに行くかを伝え、錬は外の屋台へ向かおうとする。が沓子が何か言いたそうな視線をしており、その意味に気付いた錬は小さくため息をつく。

 

「何が欲しい」

 

「ハンバーガー!」

 

 年齢に似合わない屈託のない満足そうな笑顔を浮かべながら、食べたいものを錬に伝える。その笑顔を見た後、栞にも視線を送る。

 

「私はクレープでお願いします」

 

 その言葉を聞き終えると、錬は会場から出ようとする。歩いている最中、錬は制服の袖をまくり上げ、ブレスレット型のCADが見えるようになる。一歩歩くごとにCADのスイッチを押し、魔法の発動一歩手前の状態まで持っていく。そのまま歩き続け、スタンドの外へ続く通路の手前までやってくる。通路にはいろうとしたその瞬間、無表情、いや表情が消えうせた大男が鉤爪のような指で首を掻き切ろうと、腕を振り下ろしてくる。しかし魔法待機状態にしていた錬にスキはなく、待機状態だった魔法をコンマ一秒で発動する。発動する魔法は移動系魔法。大男の振り下ろした腕をそのままつかみ取り、そのまま移動系魔法とともにスタンドの外へ投げ飛ばす。そして錬も跳びあがり追撃のドロップキックを叩き込む。大男は吹き飛びながら、重力に従い落ちていく。大男は慣性中和の魔法で、錬は移動系魔法で安全に着地する。

 

「流石に効いていないな。組織の兵器、ジェネレーターか」

 

 ジェネレーターは錬の言葉を聞き終える前に、錬の息の根を止めるために走り始める。自己加速術式で錬の喉をえぐり取ろうとする。が、錬も甘くはない。同じく自己加速術式で回避し、距離を取る。

 

(あの硬さということは俺の物理攻撃では効き目は薄いか。動きを止めてあとは軍の人間に任せるのが一番手っ取り早いな)

 

 錬はCADを操作し、魔法発動のための準備をする。その後、手を地面につき、魔法発動のための準備をする。ジェネレーターは錬に向かって一直線に走り始める。錬は後ろに跳び、立っていた場所を離れる。そして待機させていた魔法を発動する。発動するのは加重系魔法、摩利との対戦時に使ったものよりもさらに強力なものだ。しかし、ジェネレーターは気にすることなく突っ込む。あと数メートルといったところでジェネレーターの動きに異変が起こる。地面にまるで飲み込まれるように沈んでいく。ジェネレーターもなんとか抜け出そうとするが加重系魔法でますます沈み込み、太もも付近まで沈み込み一人ではどうしようもないほどに沈んでしまい、地面は途端に固まってしまう。ジェネレーターが見ると錬は地面に手をついている。その手は閃光に包まれており、その閃光は地面を伝わり、ジェネレーターの付近を照らしている。

 

「やっと捕まえた」

 

 錬は小走りでジェネレーター付近へと近づき、後ろに回る。そして、移動系魔法を発動し、それを前蹴りとともに、背中にぶつける。すると、ジェネレーターはその衝撃に耐え切れず、前に倒れ手をついてしまう。すると、手が地面に沈み込み、手首まで入ったところで流動性のあった地面が固まる。これでジェネレーターは四つん這いのような状態になり、全く身動きが取れなくなる。錬は動きが取れなくなったのを確認すると、懐からスタンガンを二本取り出す。今回のは少々強めのタイプ。一般人は少し当てただけで昏倒。運が悪いと絶命するレベルのものだ。錬はそのスタンガンをジェネレーターに二本とも充てる。すると、その威力にさしものジェネレーターも耐え切れずに意識を手放す。錬はそれを見ると、何事もなかったかのようにその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いったい何があったんだ」

 

 このホテルに宿泊していた独立魔法大隊の柳と真田は眼前に広がる状況に困惑を覚えずにいられなかった。地面に四肢を埋め込み、完全に気絶しているジェネレーター。これを不自然と言わずに一体何といえばいいのか。

 

「仕事が減ったのは良いことだけど、別の仕事が増えそうだね。この人物を掘り出すこととか」

 

「これをやった人物を見つけるとかか?」

 

「そうだねえ。とりあえずはこの人物を速いところ連行しちゃおうか」

 

 柳はジェネレーターの首に手を当て、脈があることを確認する。そして真田はジェネレーターを顎で指す。この一連の光景を後ろの方で見ていた藤林はある人物に対して深く驚いていた。藤林にはこの状況を作り出せる人物に心当たりがあった。あの時話した少年。確証こそないものの、もしこれをやったのが彼であるのならば、と考えた時、体が震えた。齢十七歳にもならないような少年が国際犯罪シンジゲートの構成員を暴き、ジェネレーターと単身で発見されないように戦闘を行った。これは同じく独立魔法大隊の司波達也と並ぶレベルの力であると。これを今は同僚に話すわけにはいかないと、一度この思考は飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、やっと帰って来たか」

 

「屋台が混んでいたんだ。ほら、ハンバーガーだ」

 

「お、すまんのう」

 

 沓子はハンバーガーを受け取り、うれしそうな顔でハンバーガーを頬張る。

 

「ほら、クレープだ」

 

錬は栞に頼まれたクレープを手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

「そういえば制服が汚れておるが、何かあったのかのう?」

 

「いや、特になんでもないぞ」

 

「そうか」

 

 三人は各々の食事を並んで頬張り続けていた。

 

 

 

 

 



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九校戦編 第十話 

 

 九校戦九日目夜。ミラージ・バット本選決勝。

 天候は午前中とは違い、雲一つない快晴であった。上弦の月が選手たちがこれから舞い踊るステージを明るく照らし、選手たちを包み込んでいる。これから行われるのは妖精たちが優雅に舞い踊る舞踏会。観客たちはいかなる舞が行われるのであろうと胸を高鳴らせ、心を躍らせていた。舞踏会の参加者は一校、二校、三校、五校、六校、九校から一名ずつ。その中で園達錬は一校一年の面々と深雪の活躍を目に収めようと観戦にやってきていた。

 

(メンツから見て…、深雪と一色の一騎打ちになるのは間違いないだろうな。深雪が優勝するのはほぼ間違いないだろうが)

 

 錬の見立てはほぼ正解に近いものだった。正規の歴史では深雪が優勝しているのは周知の事実であるが、一色というイレギュラーが入ってもその強さは揺るがない。それほどに深雪の力は高くまとまったものである。その証拠に深雪はその美貌だけでなく、余すことなくあらわにされた可憐さやその身に似つかわしくない覇気を纏って観客の注目を集めていた。そのオーラに選手ですら一命を残し一歩引かせるレベルのものだった。頭の片隅でそのようなことを考えていた錬の思考を停止させたのは、隣に座る少女であった。

 

「錬君、優勝するのはやっぱり深雪かな?」

 

 隣に座っているのは北山雫である。疑問を問うそのトーンは純粋な疑問ではなく、どこか確認と一体とがこもっているように感じられた。

 

「十中八九、深雪だろうな。予選と同じ戦いをしてきたら、飛行魔法を扱う深雪には勝てないだろうし、もし他校も飛行魔法を使ってきたら、深雪ほどは使いこなせないから勝つことは難しいだろうしな」

 

その言葉とともに、開始の合図のチャイムが鳴り響き、妖精たちは飛び上がった。

 

「ほら」

 

「錬君の言う通り」

 

 二人は二人の間で納得する。やはりどの高校も飛行魔法を使っており、どの選手も地面に降りることはない。だがこうなってしまうともはや思うつぼ。どんな使い方をしても深雪に飛行魔法の使い方で勝てる者は選手の中にはおらず、想子を使い切るのがオチである。

 

 錬の推測通り、選手たちは一人、また一人と脱落していき、最終ピリオドでは三人しか残っていなかった。現在のポイントは一位が深雪、その後ろに一色がなんとか食らいついている。三位の選手は最終ピリオドが始まってすぐに限界が訪れ、湖上の足場で荒々しく息を吐いていた。現在のステージで踊っているのは深雪と一色。だが、一色の胸中はかなり苦々しいものであった。

 

(司波深雪…、私と同じペースで同じ時間飛び続けているにもかかわらず、疲れた表情一つ見せないなんて…、いったいどんなサイオン量をしているの…。私が認めた相手なのだからそのくらいはしてもらわなければならないけれど…、さすがに、負けるのは、悔しいわね…)

 

 息絶え絶えの状態で空を飛びまわっていた一色が目の前に現れたホログラムを取ろうと、手を伸ばしたとき、飛行魔法の安全装置が作動し、ゆっくりと舞踏会のステージから降ろされる。しかし、その顔は悔しそうではあるが、どこかすがすがしそうな表情であった。一色が足場で膝をつくことはなく、立ったまま、深雪の舞を見続けていた。 

 

 こうして深雪は大差をつけて優勝し、ミラージ・バット本選で一年生ながら優勝という快挙を成し遂げた。

 

 

 

 

 

 

 競技終了後、一校の面々はミーティングルームに集まり、プレ祝賀会の名を借りたお茶会が催されており深雪を中心にほのか、雫、レオ、幹比古、果てにはエリカや美月といった一年の面々、他には真由美や鈴音がいた。がその中に影の一校優勝の立役者、達也や九校戦で暗躍し続けた狙撃手(スナイパー)錬は、その場にはいなかった。達也は並々ならぬ理由の上でこの場にいなかったが、錬の理由は並々ならぬなどつけるもおこがましいほどの平凡なもので、単に面倒であったからという理由でその場にいなかった。

 

(達也は一体何をしてるのかね…)

 

 そう部屋で考えた錬は、目をつぶりじっとすることで休息を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦十日目、最終日。本日の日程はモノリス・コード本選。錬は部屋でコンピュータをいじりながら知識欲を満たしていた。錬が観戦に行かなかった理由としては、単に面倒だったというのもあるが、それと同等にあったのが暇つぶしにもならないからというものだった。十師族の名は絶大なもので、それこそ錬でも知っているほど名を轟かせている。その党首候補が出てくる時点でほぼ勝利は確定しているものである。事実ファランクスを使った十文字克人は攻守ともに学生レベルでは太刀打ちできないほどになり、チームとなればさらに強力になる。そのため、錬は一校の優勝は火を見るより明らかだと思っており、それを見るよりかだったらアーカイブでも見るなどの暇つぶしをしている方がましと判断したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十日間という短くない期間の激闘を終え、選手の多くはパーティー会場でフレンドリーに会話を繰り広げていた。それの例外に当たる人物たち、達也と錬はホールの端で会話をしていた。その服装は達也はサイズの合わないブレザー、錬は十二日間の中で一度しかつけなかった眼鏡をつけていた。二人に話しかけようと、機会を伺い、ちらちらと待っていた連中はいたが、錬たちが繰り広げていた会話の圧倒的内容に聞き耳を立てていただけでも頭が痛くなり、リタイアするものが大半であった。

 

 常人であれば絶対に理解できないであろう内容の会話を繰り広げていた錬のもとに一通のメールが届く。それを送ってきた人物はとても知った人物であり、その要望にすぐに応じることとした。

 

「悪い。少し外す」

 

「急用か?」

 

「まあ、そんなもんだ」

 

そういいながら、錬は達也に背中を向けて会場から外の庭園へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ、うっとうしい取り巻きをあしらい、錬を探していた人物たちがいた。三校のエースの女子たち、一色、四十九院、十七夜であった。三人が探している理由としては単に長く話をする機会がなかったため、話がしたいと理由であり、他の男子たちと話をするよりましであるとの判断もあった。もう片方は、雫。その目的はこれから行われるダンスの相手を確保しようというものだった。ほのかは確実に達也を誘いに行き、達也はそれを了承するであろう。ならば私も、と思い、まず真っ先に思い付いた人物である錬を探していた。この二組、どちらが先に見つけるのであろうか。それは神のみぞ知るといったところであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園に呼び出しを受けた錬はある人物がいる場所までやってきていた。呼び出しをした人物は九島烈。もはや定番と化し始めている。烈はそこにあったベンチに腰掛けており、いつもとは違った雰囲気を醸し出している。烈は錬の姿を確認すると、微笑み、声をかける

 

「来たね。まあ、まずはかけたまえ」

 

その言葉に錬は素直に応じ、烈の隣に腰を下ろす。

 

「それで?今回はどのようなご用件で?」

 

「単刀直入に言おう。やはり私の理想に力を貸してくれんかね」

 

「何度も言ったはずです。俺の力をそのように使うつもりはないと。この力は使用者である俺の良心のみに従って行使します。それがこの力を持った者の宿命と使命ですから」

 

 二人の間に緊張が走る。一触即発とは言えないが、独特の緊張感が漂い、火を入れると爆発しそうなほど広がっていく。

 

「……ふっ、やはり君は優しいな」

 

「目の前の人物、命の恩人の頼みを断った直後にその言葉は皮肉にしか聞こえませんよ」

 

「本心だとも。その強力な力を自制するなど常人には難しい」

 

「自分のためには使っているので自制しているとは言えませんよ」

 

「ともかく、今回は諦めることにしよう。気が変わったらいつでも話してくれたまえ」

 

「気が変わったらですがね」

 

 烈はベンチから立ち上がり、振り返らずにその場から立ち去る。残された錬は自分の力を自分の良心だけで扱うことを改めて心に固く決める。そして緊張感から解放された心を休めようとしたところである人物に妨害された。

 

「あなた、何でこんなところにいるのよ…」

 

 目の前に立っていたのは一色愛梨。息こそ切らしていないが雰囲気や挙動から少々走ったことが見て取れる。

 

「そっちこそなんでこんなところに?」

 

「私はただの散歩よ」

 

「俺は人酔いしてな」

 

 一色は錬の座っているベンチの隣に座る。その行動を間近に見た錬は少々座っている位置からずれ、一色から遠ざかる。二人の間に静寂が流れ、耳に入る音は会場から聞こえてくる音楽のみであった。その不思議な感覚にしびれを切らした一色は一分ほど黙った後いきなり立ち上がり、錬の前に仁王立ちする。

 

「踊ってもらっていいかしら」

 

 一色は踊ってほしいことをアピールするように手を差し出す。その行動を見た錬は露骨にいやそうな顔をし、一色にあることを問いかける。

 

「選択肢とかあるか?」

 

 その問いを聞いた一色は勝ち誇ったような顔をしながらその問いに簡潔に答える。

 

「イエスかはいよ。それ以外はないわ」

 

 答えを発した一色は満足そうに微笑み、答えを聞いた錬は溜息を一度大きくはいた後、一色の前に手を差し出す。その差し出された手を一色は優しくつかみ、掴まれたことを確認した錬はゆっくりと立ち上がる。そしてダンスの体制をとるように一色に近づいていく。そして二人は小さく聞こえる音楽をBGMにダンスを踊り始めた。その最中、二人は他愛もない世間話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンスを踊り終えた二人は会場に戻ってきた。ホールに入ると新たな曲が始まり、多くの生徒が新たにダンスを踊り始める。一色は錬が目を話は少しの間にいなくなってしまい、代わりに雫が近づいていた。

 

「ずいぶん、仲いいんだね」

 

 一色と歩いていたのを見ていたのか、ジト目で二人の関係性を問うような言葉を投げかける。この状態の雫にうそを言っても火に油を注ぐだけだと判断した錬は素直に話すことにした。

 

「外に出ていたら、たまたま会ってな。音楽も聞こえていたし、ちょうどいいってことでそこで踊っていたんだ」

 

「…どっちから誘ったの?」

 

「俺から誘えると思うか?」

 

その言葉を聞いた雫は何か思いついたように少し口の端を上げ、錬の方を向き口を開く。

 

「……踊ってくれる?」

 

 雫はその小さな手を錬の前に差し出し、握られることを心待ちにしている。一色の手を握ってしまってため、雫の手を握らないわけにはいかず、錬は下げていた手をゆっくりと上げる。

 

「喜んで」

 

 か細く小さな手を握り、二人は踊り始める。二人の踊る姿は、王家の王女と、角の生えた悪魔のような幻覚がうっすらと見えたという。

 

 ちなみにその姿を見られた錬はその後、真由美や摩利、エイミィなどの女子にもダンスをせがまれ、最後の曲まで踊ることになったとのこと。

 

 

 

 

 





 これで九校戦編終了になります。次は夏休み編に入ります。しかし海回はやるか正直検討中です。正直やらない可能性もあります。やるにしろやらないにしろ、五話以内に簡潔にまとめたいと思っています。投稿は一か月以内を目指したいと思います。

それでは次回までゆるゆるお待ちください。




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夏休み編
夏休み編 第一話


 
 夏休み編はビーチの話は書かないことにしました。錬がほとんど動かないので。

代わりに三校女子の二人がたくさん出るので許してください。

それではお楽しみください。


 

 九校戦も終わり、魔法科高校の生徒は本格的な夏休みに突入していた。あるものは海へ行きと夏の淡い思い出を作ったり、あるものはテーマパークで友達とはしゃいだり、あるものは知らず知らずのうちに日本を救っていたりと、多種多様な過ごし方、楽しみ方をしていた。かくいう錬も楽しんでいる者の一人であり、表情にこそ全くでないものの、大変有意義に夏休みを満喫していた。錬自身精神的に安定しているためか、いつもより睡眠が一時間ほど長く取れ、錬としても喜ばしく思っていた。が、この時の錬は知らなかった。この後平穏を脅かす、強大な台風がやってくるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………」

 

「だいぶお強くなられましたね、安定感も増しておられますし、技の切れも増しております。このままでは私が敗北を期すのは時間の問題かと」

 

 二年間も慈悲もなくぼこぼこにしておきながら何を言っているんだと思いながら地面にうつぶせで倒れ伏す錬。その前には運動用ロボットに入ったアストラが立っている。錬はいつもの肉弾戦闘訓練をしていた。朝早くに行われたそれ。結果はいつものように惨敗。いつものように地面とキスをすることになってしまっており、地面の冷たさを額で味わっていた。地面に寝転がりながら、今日の訓練の反省をしていると、近くに置いてあった連絡用の端末が鳴り響く。相手の確認をするために、手を上げ、アストラに見えるように、持って来い、という意味を込めた動きをする。すると、アストラは無駄のない動きで端末を持ち上げ、錬のところへ迅速に持ってくる。受け取った錬がディスプレイ上に表示された相手の名前を確認すると、良く見知った名前が書かれていた。このやり取りも何度めか、と思いながら、連絡してきた相手とつなぐ。

 

「どうされましたか。閣下」

 

「今日のところは少々頼みがあって連絡をさせてもらったよ。忙しかったかい?」

 

「いえ、別に忙しくはありませんが…、それより頼みとは何でしょうか。例の件ならばお受けしませんよ」

 

「いや、今回はそれとは別件だ。光宣のCADの製作をお願いしたのだ」

 

「それは構いませんが…。料金はいただきますよ」

 

「もちろんだ。かのユニラ・ケテルにただ働きをさせるわけにはいかないからね」

 

「分かりました。料金はこれから話し合いで決めましょう」

 

「そのことなんだが、明日君の家にうかがわせてもらってもいいかね?」

 

「何故でしょうか。電話越しではいけない理由でもあるのでしょうか?電話越しの方が光宣とも直接話せるのでこちらとしてもその方がいいのですが

 

 錬としてはオートクチュール性を売りにしているため、本人の要望をしっかりと聞いて満足のいくものを作りたいというのが本心であり、烈のこの要望は錬のケテルとしての心構えを知っている錬としてはかなり不可解なものであった。

 

「聞かれたくないからそちらに向かわせてもらうんだよ。光宣に気付かれてしまう可能性がある」

 

「サプライズ、ということですか」

 

「端的に言ってしまうとそうだね」

 

 相変わらず少年趣味の爺さんだなと思いながらも孫思いのいい人だと錬は感心する。ケテル個人としてはしっかりとこだわりたいところであるが、サプライズとなれば仕方がない。

 

「光宣はそんなに鋭くはないと思いますがね」

 

「ああ見えても自分のことに関しては割と敏感な子だ。自分の境遇のせいでね」

 

烈の声のトーンが少し落ちる。まずいことを言ってしまったと思い、すぐに謝罪をする。

 

「すみません。失礼なことを言ってしまって」

 

「気にしなくてもいい。君であるならば光宣も許すだろう・君が光宣の辛さを知っているように光宣も君の辛さを知っているからね」

 

「そうですか。話を戻しますが、明日は特に用はないので来られても大丈夫ですよ」

 

「そうかね。であれば伺わせてもらおう」

 

「分かりました。それでは失礼します」

 

 そう告げると、通話を終了し、端末から手を放す。仰向けに直るとアストラがいつもの家事用ロボットに入って覗き込むようにして話しかける。

 

「どのようなご用件で?」

 

「明日閣下が家に来る。家の前を掃除しておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 そう告げると、アストラは錬に背を向け、部屋から出て行ってしまう。錬も行動を再開し、ゆっくりと体の調子を確認しながら、立ち上がる。ゆっくりと伸びをし、体をべたつかせている汗を流すためにシャワーを浴びに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 汗を流し終わり、服を着ていたところで端末に着信を伝えるメロディーが鳴り響く。誰かと思い、ディスプレイを確認すると、着信では初めての相手だった。面倒ごとに巻き込めれるような予感を肌で感じつつ、着信の相手に出る。

 

「…もしもし」

 

「おお!やっと出たのう!わしじゃ」

 

 声、口調から電話の相手が一体だれかが即座に脳が理解する。今端末越しに錬に話しかけているのは、四十九院沓子。九校戦で顔見知りになった人物だ。その人物がなぜ一色愛梨にしか教えていない自身の端末の連絡先を知っているのかを疑問に思いながら、平静を保ち通話を続ける。

 

「どうしたのかを、簡潔に伝えてくれ」

 

「わしらいま、遊ぶために東京に向かっておるんじゃがのう。東京に来るのは久しぶりでのう。少々不安じゃから案内役が欲しくてのう」

 

「早く用件を伝えろ」

 

「案内役やってくれんかのう?」「断る」

 

 電話越しの人物が三十秒間黙りこくってしまう程にきっぱりと、錬は拒否の反応を見せる。

 

「ええい、何でじゃ。どうせ暇じゃろ?」

 

「暇じゃない。明日やることがある。だから暇じゃない」

 

「ということは今日は暇ということじゃな!ということは案内できるな!じゃあ案内してくれ。決定じゃ!それじゃあ頼むぞ!必ず来るんじゃぞ!」

 

 まくしたてるように話を勝手に終わらせると、一方的に通話を終了させてしまう。その振る舞い方に錬は呆れてしまい、頭を抱えながら、どうするかを考える。

 

「……」

 

 錬は部屋に向かい、家用の部屋着から外出用の服装に着替え、身だしなみを整える。財布や端末を服のポケットに入れ、玄関に向かう。

 

「お出かけですか?」

 

「急用ができた。帰ってくるのは夕方になると思う」

 

「分かりました。お気をつけて」

 

 アストラに送り出され家を後にする。駅に向かうため、キャビネット乗り場へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いたぞ~」

 

 東京に着いた沓子と一色は電車から降り、狭苦しい車内のから解放された肉体をいやすように大きく伸びをする。身体を元に戻すと同時にきょろきょろと周囲を見回している沓子に向かって一色が話し始める。

 

「というか本当にくるんでしょうね?」

 

「当り前じゃろう。約束したからのう」

 

「あんなに一方的じゃ約束とは言わないわよ。あれは強制っていうのよ」

 

「細かいことは気にせんでもいいじゃろ」

 

そう沓子が告げると同時に一色の持っている端末が鳴り響く。その相手は噂の人物だった。

 

「はい、もしもし」

 

「俺だ。そもそもどの駅にいるか聞いてなかったんで教えてほしいんだが」

 

「そういえばそうね」

 

 隣でうれしそうに一色の会話を見ている沓子に恨めしそうな視線を送り、現在地である駅の名前を告げる。すると、錬が向かっている駅だったらしくあと五分もあればつくとのことらしい。それだけ伝えると、錬はすぐに通話を切ってしまう。

 

「あと少しで着くらしいわよ」

 

「ほら、やっぱり来たじゃろ。わしの言う通りじゃったじゃろ」

 

 二人が会話を繰り広げているうちに五分という短い時間はあっという間に過ぎ、約束の時間になる。また一色の端末が鳴り、到着を告げる。

 

「いまどのあたりにいる?」

 

「ちょうど駅の昇降口の前よ」

 

「分かった…、見つけた」

 

 錬が見つけたということは視界内にいるであろうと、判断した一色は周囲を見渡し、錬の姿を探すと、形容しがたい人物が悠然と近づいてくるのが確認できた。その様相に楽観的な沓子ですら唖然としていた。

 

「あ、あなた、その恰好でここまでやってきたの…」

 

「そうだが…何か変か」

 

「変も何も……」

 

「「ダサい」」

 

 錬の恰好は上下ともにジャージであり、明らかに女性をエスコートするような恰好ではなかった。学校では完全無欠のように見られている錬ではあるが、芸術的なセンスはかけらほどもない。絵を描かせれば、公園を書いたはずなのにミミズがのたうち回る殺人現場が出来上がり、歌を歌わせれば、ボイストレーナーが全力で白旗を上げるほどの卑声を響き渡らせる。なぜこんな奴からデザイン性の高いユグドラ・シリーズ等が出来上がるのか甚だ疑問である。

 

「少なくともこれから女性を引き連れて街を歩こうという男の恰好ではないのう」

 

「もはやあり得ないほどの感性だわ」

 

「そういわれてもなあ。外用の服なんぞほとんど持ってないからなあ」

 

 頭を掻き、二人から向けられている侮蔑の視線をさらりと流す錬。その表情には反省の色は全く見られなかった。

 

「私たちが目いっぱい遊ぶ予定だったけれど、少し予定を変更しましょう」

 

「わしも賛成じゃ。ちゃんと着飾ればどんな感じになるのか気になるからのう」

 

「俺の服を買いに行くっていう話なら遠慮する」

 

「そういうわけにもいかないわよ。今度いつだれかと外出するかもわからないんだから、外出用のちゃんとした服装くらい持っておかなきゃだめよ」

 

「………」

 

 実際問題その通りであるが、錬としては必要最低限しか外に出たくないため、そもそも外用の服が要らないと思っている。そのため、買ったところでお飾りになってしまうと思っているのだ。

 

「とりあえずお飾りでもいいから買いましょ。なくて困ることはあってもあって困ることはないんだから」

 

 そう告げた一色は端末を触りながら、さっさと四人乗りキャビネット乗り場へと向かってしまう。続いて沓子も行ってしまい、後ろ姿を見ることとなった錬は頭を掻きながら、止めることを諦め、足早に二人のもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?」

 

 錬は一色と沓子が選んだ服を着用して試着室から出る。錬が着ているのは長袖のシャツに男物のカーディガンを羽織り、ベージュのパンツをはいていた。さてここで問題である。錬は高い魔法力を擁した魔法師であり、その実力は並の魔法師を寄せ付けないレベルである。そして優れた魔法師は優れた容姿をしていることが多い。錬は今まで服装に気を遣うことがなかった。今日の服装がまさにそうである。その錬がしっかりとした服装をするとどうなるか。想像に難くないのは明らかである。試着室の前にいた二人は感嘆の声を上げ、店員は小さく悲鳴のような声を上げた。

 

「流石の魔法力なだけあるのう。モデルが霞んで見えるほどじゃ」

 

「やっぱりあなた容姿は良いんだから、ちゃんと着飾ればいいじゃない」

 

 それでもやはり目の下のクマが気になったのか、一色はすぐそばにあった伊達メガネを手に取る。そして錬のもとに近づくと、錬の顔にそれを添えるようにかける。かけた後手持ち無沙汰になった手は錬の頭に行き、着替えの際に乱れた髪を軽く直す。すべて終え、一色が改めて距離を取り、全体像を確認すると、満足そうにうなずく。

 

「うん、いいんじゃないかしら」

 

「そうか」

 

「それじゃ、次のに着替えるわよ」

 

「……まだやるのか?」

 

「当り前よ。せめて二セットよ」

 

 今の錬は自分の顔が容易に想像できたであろう。その顔を確認したのであろう沓子がゆっくりと近づく。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、問題はない」

 

「そうか。それじゃあわしも選んでくるかのう」

 

 そういうと、沓子は一色に続いて立ち去ってしまう。一人取り残された錬は試着室で先ほどまで来ていた服を脱ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十回ほど着替えを行い、一色と沓子、そして錬が気に入った計三セットを購入することとなった。比較的高級店の部類である店に連れてこられたため、合計金額は少々高めではあるが、天下のユニラ・ケテルとして稼いでいる錬にしてみればそこまで痛い金額ではなかった。会計を済ませ、カーディガンのセットを着て帰ることとなった錬たち一行は店を後にした。

 

「さて、次は私たちに付き合ってもらうわよ」

 

「仰せのままに」

 

「それじゃあいくかの」

 

 三人はそろって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 錬たちは今、若い女性向けのファッションビルに来ていた。文字通り女性向けの店舗ばかりが入っており、下手な目的がない限り男のみで入ることはなく、ビルの中を歩いているのは恋人のご機嫌を取りたい男を含んだカップルか女性単体というものが大半であった。しかし、錬たちは例外に当てはまる。世間一般から見て美しいといえる容姿の女性を二人引き連れている。この光景は端から見ればかわいらしい女子を二人侍らせているようにしか見えないため、男性からも女性からも非難を込めた視線が浴びせられていた。さすがの錬もその視線のあまりの量に流すことができなくなり気になり始めていた。幾度となく顔を上げ周囲を確認する錬に流石に気になり始めたのか、一色も沓子も気にかけ始めていた。

 

「大丈夫?休んだ方がいいかしら」

 

「いや大丈夫だ」

 

「気にするでないぞ」

 

 その会話を続けている間も二人は歩みを止めることなくウインドウショッピングを楽しんでいた。そうしているうちに二人は一軒の店に入り、商品を手に取り始める。その様子は年齢に見合ったものであり、楽しそうな姿は年齢に見合わない大人びた様子を忘れさせるものだった。錬は店内から出て外で待つことにし、携帯端末でニュースを確認していると、向かいの店のある商品が目に入った。歩みを止めることなく惹かれるようにしてその商品の前までやって来ていた。

 

「どうしたんじゃ?…っといいペンダントじゃな、これ」

 

 錬の見ていたものに気づいた沓子が声を発する。その声には意外という意味がこもっているように錬は感じられた。

 

「意外か?」

 

「そうじゃのう。あんなファッションセンスの人間が選ぶ目が結構よかったということに驚きじゃ」

 

 失礼なことを言いながらも別の部分に視線を向ける。すると、一色も買い物を終えたようでペンダントを見ていた錬たちの背後に立ち同様に興味を持つ。

 

「あら、いいペンダントね。意外。これに興味があるの」

 

 沓子が言ったことと全く同じことを告げる。一つ違うところといえばなぜこれを見ていたのかということを聞いてきたことだろう。

 

「昔、同じようなものを見たことがあってな。懐かしくなって、つい。といったところだ」

 

「確かにこれいいわね。買おうかしら」

 

 そう言った一色は悩んだように手を顎に当て考え始める。そしてARアプリで値段を確認した一色はその端正な顔を驚きの表情へと変えた。端末を覗き込むようにして覗き込んだ沓子も同じように顔をしかめた。

 

「高いわね。これ」

 

 一色は錬に端末を差し出し値段を確認するように促す。錬はそれを覗き込み、端末上に書かれた数字を確認する。確かにその値段は高く、二本で五桁を越える値段である。少なくとも学生が手を出せる値段ではない。しかし錬はケテルとして活動しており、その収入も暇つぶしのCAD製作でも一般的なサラリーマンの収入をはるかに超えている。家の光熱費等も家では事情によりかからないため、現在、金は入ってくるがなかなか使わないという状況であった。そのため、貯蓄はかなりのもので一般家庭が預金を見たら、目が飛び出るほどの貯蓄がある。そのため、正直これもそこまで痛いとは感じなかった。

 

 錬は一色の差し出した端末を一瞥する後、ペンダントを展示していた店内へと入っていってしまう。途中、一色は確認を取ろうと止めようとしたが、錬は気にも留めていなかった。一色が何もすることができず、店内に入っていくのを確認して数分。店内から出てきた錬の手には一つの紙袋が握られていた。

 

「買っちゃったの?あれ」

 

 錬はその問いに首を一度縦に振ることで答える。その答えに沓子は感嘆の声を上げ、一色は呆れかえるような表情をする。その姿を見たチラリと視線を紙袋に移し、中をごそごそと探る。そして取り出したペンダントの一つを一色に差し出す。

 

「え、ええっ!?」

 

「欲しかったんじゃないのか?」

 

「確かに欲しかったけれど別にあなたからもらおうとは思ってないわよ!」

 

「俺はもう一つの赤の方が欲しかったんだ。別にこっちは必要ない。だから服選びの礼ということで受け取ってくれ。それともこんなところで渡すのはマナー違反だったりするか?」

 

 錬の手に置かれている白のペンダントはビルの明かりを反射して輝いている。一色は少々悩んでおり、顎に手を当てそっぽを向いている。すると思考が定まったのか、再び連の方に向き直る。

 

「いいわ。それじゃあお言葉に甘えていただくことにするわ」

 

 一色は錬の手からペンダントを受け取る。そして受け取ったペンダントをつけようと首の後ろに手を回す。錬はその姿を確認しながら錬のことを楽しみそうに見つめている沓子の方を向く。その姿を見た錬は紙袋からブレスレットを取り出す。

 

「これはブレスレットか。ペンダントの二、三個隣にあった奴じゃのう。しかしこういったのもののセンスはあるんじゃのう」

 

「失礼だな。これでもセンスはある方だと思っている」

 

「その変わらない表情で言われても、冗談だか、本気だか分からんな」

 

 苦笑いを浮かべながら、満足そうにブレスレットを装着する沓子。その姿を横目で見ながら一色の方に視線を向けると、ペンダントをつけるのに苦戦していた。一色はつけられないことにイライラし始めているのか、少々表情が怒りに染まりつつあった。一色は一度手を首から元に戻し、顔を上げたその先で錬と目が合ってしまった。痴態を見られてしまったと勘違いをした一色は顔を赤くし、それは耳まで到達した。照れ隠しのためか、赤い顔のまま錬へと近づきペンダントを手渡す。そして一度大きく深呼吸をすると、錬にあることを頼む。

 

「つけてもらってもいいかしら?」

 

 この言葉が錬には、混乱し、思考が崩壊した脳で考え、何も考えずに発した言葉であると考えていた。あのプライドが高い一色がこんな冷静さを欠いた行動をすることはないだろうと錬は思っている。現に一色の行動を見た沓子はにやにやと笑っている。恐らく今までにこんな冷静さを欠いた行動を見たことがないのだろう。視線を一色に戻すと、錬に背中を向け、髪をかき上げ、うなじが見えるように待機している。顔の赤みはすでに首元まで来ており、プルプルと震えていた。ここで錬が断ってしまえば、一色は完全に恥をかいてしまうこととなり、これから先の良好な関係は確実になくなるだろう。錬にとってはそれでもいいかもしれないが、一色家は数字付き。下手な言いがかりをつけられてしまっては錬には百害あっても一利なしである。というわけで錬には了承する以外の答えは存在していなかった。大きくため息ををつき、了承するという意思を伝える。

 

「仰せのままに」

 

 ペンダントを一色の身体の前に持っていき、金具部分を首の後ろに回す。そのまま何が起こることもなく、金具を取り付け、ペンダントをつけることに成功する。

 

「終わったぞ」

 

「そう…、ありがとう」

 

「ゴホン!そろそろ別の店に行ってもいいかのう?」

 

 二人の間に妙な雰囲気が流れるが沓子の一言で霧散する。沓子を先頭にして別の店に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物等も終わり、周囲は夏といえどめっきり暗くなっていた。日帰りで来ていた一色たち二人は

帰りの電車に乗るために駅へと向かっていた。

 

「すまなかったのう。突然呼び出して付き合わせて」

 

「別に構わない。有意義でなかったわけではないからな」

 

「それはよかった。こちらもプレゼントは大切にさせてもらうからのう。っとついたみたいじゃのう」

 

 キャビネットを降り、三人はたがいに別れを告げる。一色と沓子は駅構内へと消え、錬も家に帰ろうと駅を後にしようと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬と別れた一色たちは駅の中で足止めを食らっていた。

 

「は?電車が止まっておるじゃと」

 

「どうやら故障したらしくて私たちの帰る方向の電車が動いていないらしいの」

 

「じゃあ今日はここで一泊か?ホテルを取らんといけないということか」

 

「親に連絡しておいた方がいいわね。復旧はお昼過ぎ辺りになるらしいから、もう少しくらい遊べるわね。どうする」

 

 一色が沓子に明日について提案すると、沓子の表情筋が面白いこと思いついた、と言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

「…園達のやつをつけよう」「は?」

 

「これから園達のやつを尾行て、家を特定して明日サプライズで押し掛けるんじゃ」

 

「彼、明日用事なんでしょ。迷惑になるでしょう」

 

「ちょっとの間だけじゃから大丈夫じゃろ。それじゃいくぞ!」

 

 沓子は一色の制止を振り切り、キャビネット乗り場へと走っていってしまう。その行動を見てストッパーとして動かなければという使命感が働き、沓子についていってしまった。興味がないといえばウソだろうが、その時はそのことで頭がいっぱいだった。

 

 

 




 今回は細かくファッションについて書いてみましたが、ファッションって難しいんですね…。調べていて少し頭痛くなりそうでした…。でも細かく書いているのは楽しかったので次は女性ものも書いてみたいものです。

 それでは次回までお楽しみに。





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夏休み編 第二話

 今回の話はちょっと焦って書いたため、出来があまりよくありません。
(え?今までも別によくないって?知ってるけどどうしようもないんだよ!) 

 これで夏休み編は終了です。次からは横浜騒乱編に入ります。


 一色たちと別れ、帰宅しようと自宅に向かって歩いていた錬。しかし、錬の頭は別の部分に向いていた。錬の思考は背後から向けられる不躾な視線に向けられていた。素人であることは錬自身分かっていたが、いつ襲撃をかけられるかわかったものではないため、気が気ではなかった。しかし、いまだに手を出していないため、錬もそこまで危険性のない相手だと判断した。しかし視線を向けられ続けるのは気に食わなかった錬は視線を振り切るために走り出した。しばらく走り続けていると、錬の感じていた視線は消え、ようやく落ち着ける状況が出来上がった。再び歩き始めた錬は家に向かって歩き始めた。こうして家に着くと、錬の身体には今までに感じたことの無い疲れが溜まっていた。その日はCAD製作もせずに部屋で眠ってしまった。

 

 普段と違い、二、三時間という短い時間ではなく、四時間眠ることのできた錬はすこぶる体調がよかった。烈は午前十時ころには錬の家を訪れることになっている。そのため、錬が起きた午前一時からはかなりの時間があった。その時間は特にすることがなかったため、CAD製作にあてていた。こうして午前九時十分頃までCAD製作をしていた。その後、シャワーを浴び、CAD製作に戻ろうとしたところで家のインターフォンが鳴り響いた。錬は烈が来たのかと思ったが、烈が約束の時間を違えたことはなく、こんな時間に来客の予定もなかったため、首をかしげた。リビングの玄関モニターを覗き込むとそこには頭を抱えるような光景が広がっていた。沓子が錬宅のインターフォンカメラを覗き込んでいた。その後ろには困ったような、ワクワクしたような顔をした一色が後ろに立っていた。錬はその時前日の視線の正体に気が付いた。あの時、錬をつけていたのはこの二人であり、素人臭さが出ていたのは、以前の雫たちのような下手なくせにうまくやろうとするが故の現象であった。錬は烈が来る前に沓子たちがノーアポで家に来たことに頭を抱える。

 

「おーい。おらんのかー?」

 

 沓子がとうとうしびれを切らして大声でインターフォンに大声で話し始めたことに焦りだす錬と一色。このままでは近所に迷惑になってしまうと判断した錬は、インターフォンでの応対をなくし、一直線に玄関へと走りだし、玄関のドアに手をかけ、勢いよく引いた。

 

「とりあえず、入れ」

 

 玄関を開けた先で、満面の笑みを浮かべる沓子に軽い殺意を覚える錬。一色と沓子を家の中に招き入れ、玄関のドアを閉める。

 

「とりあえず聞くが、何で来た?」

 

「なんとなく気になった方じゃのう」

 

 その答えに表情こそ変わらなかった錬であったが、内心かなり腹が立っていた。それが雰囲気に出てしまったのか、一色の表情がひきつる。が沓子は気づいているのか、気づいていないのか、リビングのソファーに座り込む。

 

「まあ、いいではないか。用事の時間までには帰るから」

 

 あけすけとした口調で話す沓子。錬としては来客自体は悪いことではない。しかし来るのであれば、アポイントを取ってくれというのが内心であった。が、家に上げてしまった以上、もてなしをしなければならず、このまま帰れと言うことはできなかった。

 

「………紅茶でいいか」

 

「ええ」

 

 五秒ほど沈黙した後、錬がキッチンへと向かい、ケトルのスイッチを入れる。一色は簡潔に答え、沓子は座ったまま無言で手を振る。その姿が錬には妙に憎たらしく感じる。ケトルでお湯を沸かして紅茶を入れる。それを茶菓子とともに、一色質の座るソファーの前のテーブルの前に持っていく。それに向けて一色は遠慮がちに、沓子はいつものように手を伸ばす。

 

「改めて聞くが、何でうちに来た?出来る限り詳しく話せ」

 

「えっと…、昨日帰ろうとしたら、電車が止まってしまっていてのう。それでこっちで一泊泊まったんじゃが、その時にサプライズで家を訪ねようという話になって」

 

「それじゃあ、昨日俺の事を尾行ていたのもお前たちか?」

 

「そうじゃ」

 

 錬から発せられるオーラが徐々に黒くなっていく。その変化を敏感に感じ取った一色は顔を青くしていく。が錬は決して鈍感な人間ではない。その様子を見て、無意識のうちに出ていた黒いオーラを引っ込める。錬は頭を抱え、ソファーによりかかる。

 

「…もういい。大体わかった」

 

「迷惑だったかのう?」

 

 その言葉に今まで楽しそうだった沓子の表情が陰りを見せる。その言葉に錬は正直に対応する。

 

「隠さずいえばそうだな。電話の一つでも入れてから来てくれ」

 

「ということは電話すれば来ていいということか?」

 

「当日に電話して、家に来るとかだったら話は別だからな」

 

 こうして話している内に、九時四十五分になっていた。約束の十五分前になっていたため、そろそろ一色たちを帰さねばならないと思い、錬は立ち上がる。その瞬間、家のインターフォンが鳴り響く。これに対して錬は今までに見せたことの無いような反応を示し、まさかと思いながら、モニター前に駆け寄る。そしてモニターでドアの前に立っている人物を確認し、モニターを暗転させた。

 

「……二人とも一旦部屋の外に出て俺の部屋にいてくれ」

 

「来客が来たのね。わかったわ」

 

 一色と沓子は頷きながら、部屋から出て、錬の部屋に案内される。が錬は後々省みて、なぜその場で帰してしまうという発想に至らなかったという後悔を抱いた。

 

 一色たちを部屋に移し、リビングにあったお茶と一色たちの靴を片付ける。そして玄関の扉を開け、来客を迎え入れる。

 

「お待たせしてしまって申し訳ありません。閣下」

 

「構わないさ。もともと約束の時間より早くやってきたのはこっちだ」

 

 錬は烈を家に上げ、リビングに案内する。そして錬は烈にコーヒーを淹れ、目の前に持っていく。ここまでの一連の流れで、烈は違和感を感じ取っていた。

 

「ふむ、私の前に来客が来ていたのかね?」

 

「何故でしょうか?」

 

「部屋の中にかすかにだが紅茶の香りがしている。それにお湯が沸くのが速すぎる。普段紅茶などをめったに飲まない君がお湯を常備しているとは考えにくい」

 

「流石ですね。ええ、来ていましたよ」

 

「そうかい」

 

 推理を言い終え錬の賛辞を聞くと、烈は目の前に差し出されたコーヒーを啜る。

 

「それにしても、閣下はサプライズがお好きですね」

 

「そうかね。このくらいであれば普通であると思うが」

 

「サプライズというのは相手の意見というものが聞けませんからね。少なくとも私は嫌い、というか苦手ですね」

 

「そうかい。それではお客さんにも意見を聞いてみようか」

 

 烈と錬は一瞬のアイコンタクトでお互いの考えていることを理解し、錬はリビングの扉の前に音を立てずに近づき、開け放つ。

 

「なにしているんだ。お前たちは」

 

 扉の向こうには沓子と一色が聞き耳を立てていた。リビングの扉が開け放たれ、リビングに座る人物がいったい誰であるかを確認した二人は壊れたロボットのようになった。

 

「君たちは、一色家と四十九院家のご令嬢だね」

 

「「は、はい、そうです」」

 

 沓子と一色は目の前に現れた余りの大物に動揺を隠せず、普段流暢に話している日本語がどうにもたどたどしくなっている。

 

「来客というのは君たちの事だったのか。どれ、君たちもこっちに来て一緒に話をしないか」

 

 その言葉に烈以外の三人が驚く。三人は共通して何言ってんだ、と反射的に思った。錬としては大した問題ではないが、二人からしてみれば、日本の魔法師界の頂点である烈の前に座り、その上、話をするなど、光栄なことではあるが、神経をすり減らすことであるのには間違いない。その思考が真っ先に働き、驚きから帰って来た一色が口を開いた。

 

「い、いえ。お二人のお話のお邪魔をするわけにはいきませんので、一度失礼させていただきます!」

 

 一色は九十度になろうかという深々とした礼をすると、さっさと部屋に戻ってしまう。一拍おくれて意識を取り戻した沓子が同じように礼をして部屋に戻ってしまう。いなくなってしまった二人を見送り、錬は扉を閉める。

 

「ふむ、寂しいものだね。地位が高いというものは」

 

扉付近にいる錬の向かって、烈が話しかける。

 

「軍の関係者、十師族レベルであるならばまだしも高校生、しかも不意打ちであればああなってしまうのも当然でしょう」

 

 烈の言葉に当然であるように答え、溜息を吐く錬。錬はソファーに座り、改めて話し始める。

 

「話を戻しますが、CAD製作の件ですよね」

 

「そうだね。よろしく頼むよ」

 

「形状は腕輪型ということですが、デザインや色はどうしましょうか?」

 

「君に任せることにしよう。光宣も君のデザインを気に行っていたからね」

 

「ありがとうございます。それでは承らせていただきます。製作費は…このくらいで」

 

 錬は値段の書いた紙を烈の手元に差し出す。

 

「ふむ、市場に出回っているものより少々安いようだが」

 

「あれは勝手に値段が吊り上がっていっているだけです。本来の値段はこんなものですよ。まあ多少普段お世話になっている分引いていますが」

 

「それでは君の好意を受け取らせてもらおう。代金は後日振り込ませてもらおう」

 

 そういうと烈は胸元に紙を入れる。そして用事の終わった烈はすぐに錬の家から帰るために玄関の前に行く。

 

「今度は年の瀬辺りにまた来させてもらおう」

 

「機会があれば、と言わせてもらいます」

 

 烈は玄関の前につけていた車に乗って去っていく。錬はその姿を見届けながら、家の中に戻り、一色たちがいる部屋の扉をノックする。すると、三回目のノックで扉が勢いよく開き、二人が飛び出す。

 

「どういうこと!何であんたの家に九島閣下がいるのよ!」

 

「緊張のし過ぎで死ぬかと思ったわ!」

 

「単に俺はユニラ・ケテルと交流があってな。閣下がお孫さんにCADを作りたいらしいから俺のところにわざわざアポまで取ってお越しになられたってことだ」

 

「そ、そうなの…、でも本当に寿命が縮むかと思ったわよ」

 

「しかし、ユニラ・ケテルと知り合いとはのう。どういう経緯で知り合ったんじゃ?」

 

「守秘義務ってものがあるからな。秘密だ」

 

「そうか、残念じゃの」

 

 会話をする三人は、リビングに戻り改めて用意した紅茶を飲み始める。しかし、一色たちは先ほどの光景があまりにも衝撃的だったのか、落ち着かない様子だった。会話もなく、ただ紅茶を啜る音がリビングに響き渡る。すると、一色に目を向けた錬は気になったことを見つけ、何も考えずに発言する。

 

「そういえば、一色。お前昨日あげたペンダントつけているんだな」

 

「え、ええ当り前じゃない。わざわざもらったものを一日で外すほど人でなしではないわよ」

 

「外したら人でなし、とは思えないがな」

 

「ちなみにわしもつけておるからな」

 

 この会話から会話が広がり、一色たちが帰るまで会話が途切れることはなかった。そうしていると電車が復旧する時間になり、一色たちは帰ることとなった。

 

「それじゃあな。もう今回みたいなことは勘弁だ」

 

「今度はアポ取ってくるからの~」

 

 小さく礼をしながら家を後にする一色。元気そうに声を上げながら、家を後にする沓子。すると、一色は何を思ったのか、振り返り錬のもとに戻る。沓子はその行動に不可解そうに首を傾げ、その場に立ち止まる。

 

「そういえば、何で私のことは苗字で呼ぶのかしら」

 

「特に理由などない。単に名前呼びはなれなれしいと思ったからだ」

 

「沓子は名前で呼んでなかったかしら?」

 

「流石に四十九院は長いからな」

 

「別に私のことも名前でいいわ。というか呼んでちょうだい」

 

「そっちがそういうなら別に構わない」

 

「それならいいわ。じゃあね」

 

 何かに納得したような愛梨は、手を振りながら小走りで沓子のもとに戻っていく。その後ろ姿を見送った錬は名前呼びを頼んだ理由に見当がつかず、頭を抱えながら家の中へと戻っていった。

 

 

 




 沓子が礼儀知らずのようにかいていますが、単に作者が話が動かしやすいように少し破天荒もどきに書いているだけです。好きな人がいたらごめんなさい。




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横浜騒乱編
横浜騒乱編 第一話








 

 楽しい楽しい夏休みも終了し、一校では新生徒会が発足した。会長中条あずさ、副会長司波深雪、書記光井ほのか、会計五十里啓となり、新風紀委員長には、アイス・ピラーズ・ブレイクにて優勝を果たした千代田花音が就任し、風紀委員の引き継ぎも錬が作成した書類のおかげで滞ることなく終了した。当初、達也が生徒会に移籍するという話がもあったが、新委員長である花音やほかの風紀委員の必死の抵抗により、それは阻止された。では、なぜそこまで抵抗したのか。その理由は説明すると長くなるため、省略するが、結論から言えば、実務をしない人物の代わりとしての実働部隊の確保である。その理由の根拠は自身で考えてほしい。こうして達也は今年度中は風紀委員に残留することとなった。

 

 

 

 その問題の人物は現在、図書館地下二階資料室で調べ物をしていた。調べ物に夢中になっていた達也は背後から近づいてくる人物に気付いていなかった。その人物から達也に柔らかな声がかけられた。

 

「お兄様、調べものですか?」

 

 深雪は達也の隣に立ち、達也に視線を向けたまま、訊ねる。

 

「『エメラルド・タブレット』に関する文献だ」

 

「最近ずっと錬金術関係の文献を調べておいでのようですが……?」

 

「知りたいのは錬金術そのものではなく、『賢者の石』の性質と製法なんだけどね。もっとも賢者の石の精製こそ錬金術の目的と説く文献もあるんだが」

 

「物質変換…に挑戦するおつもりではありませんよね?」

 

「そうじゃないよ。『賢者の石』は卑金属を貴金属に変換する魔法に作用に作用する触媒だ。触媒というからにはそれ自体が材料となる物ではなく、術式に発動させるための道具だろう」

 

 達也は深雪に賢者の石について丁寧な説明をし、深雪はそれに対して納得したように頷く。

 

「卑金属を貴金属に変換する魔法は、材料に『賢者の石』を作用させることにより貴金属を作り出すと伝えられている。他に魔法的なプロセスを必要とせず、石を使うだけで物質変換魔法が使えるのであれば、『賢者の石』は魔法式を保存する機能を有していると考えられる

 

「魔法式を保存、ですか?」

 

 深雪は大きく目を開きながら、驚きの声を上げる。

 

「変数を少しずつ変更しながら重力制御魔法を連続発動するノウハウは飛行魔法の実現によって収集できた。これで重力制御核融合を維持する方法については目処がついた。だが魔法師がずっとついていて絶えず魔法をかけていなければならないのでは意味がない。これでは魔法師の役割が兵器から部品に変わるだけだ。動かすのに魔法師が不可欠。しかし同時に魔法師を縛り付けるようなシステムではあってはいけない。そのためには魔法の持続時間を必須単位に引き延ばすか、魔法式を一時的に保存して魔法師がいなくても魔法を発動できる仕組みを作り上げるか。どちらも手探りの状態だが、安全性を考えれば後者の方が望ましい」

 

「それで『賢者の石』について調べられているのですね」

 

 達也は虚空を見つめながら、夢のようなシステムについて愛する妹に語り、深雪はその言葉を微塵も疑わず、頷く。深々と頷くその姿に達也は少し気恥しくなる。

 

「まあ、その『賢者の石』を作れそうな人物がいるんだけどね」

 

「そういえばそうでしたね。ご協力を仰げればいいのですが…」

 

 しかし、この世界では達也の発言は夢ではない。叶えられないことではない。一人の協力で確実に実現できることだった。

 

「難しいだろうね。もし協力してくれたとしても法外な金額を取られそうだ」

 

「傍若無人といいますか……、自由な人ですからね。あの人は」

 

 深雪は苦笑いを浮かべながら、噂の人物の顔を頭に思い浮かべる。達也も深雪の表情を見るのと同時にその人物を思い浮かべ、同様に苦笑いを上げる。すると、深雪がここに来た本来の目的を思い出したような表情に変わる

 

「そういえばお兄様。市原先輩がお探しでした。なんでも、来月の論文コンペのことでお兄様にご相談だとか」

 

「どこでだ?」

 

「魔法幾何学準備室です。廿楽先生のデスクでお待ちになっていらっしゃると」

 

「分かった。深雪、すまないがここの鍵を返しておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 達也は深雪にカードキーを渡すと、急いで魔法幾何学準備室に向かう。鍵を受け取った深雪の姿は、子犬のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が呼び出されているその一方、錬は風紀委員本部に呼び出されていた。正確には本部にいた錬のもとにその人物が訪れたの方が正しいが、そこに対した意味はない。問題なのは、訪れた人物とその理由にあった。

 

「ごめんなさいね。急に訪ねてしまって」

 

「久しぶりだな。ここに来るのは」

 

 訪れたのは真由美と摩利。デスクに座って事務作業をしていた錬の隣に立ち、摩利に至っては肩に手をかけ、逃げられないようにしている。その行動に錬は一抹の不安を覚え、今にも逃げ出したくなった。

 

「……どのような御用でしょうか。忙しいので大した用でないなら帰っていただきたいのですが」

 

「ごめんなさい。結構大事な用で。すぐに帰ることにはいかないのよ。話だけでも聞いてくれないかしら」

 

「…お話は聞きましょう」

 

 その言葉に真由美は喜色満面を体現したような顔になり、摩利に至っては小さくガッツポーズをする。その姿に呆れながら、錬は席を立ち、二人分のコーヒーと自分の分のミルクティーを準備する。整理されたテーブルの前の椅子に座った二人の前にコーヒーを差しだす。

 

「で、お話というのは?」

 

「あなたには正式に論文コンペの警備部隊に参加してほしいのよ」

 

「……続けてください」

 

 話を聞く姿勢を取った錬に手ごたえを感じた真由美は口角を小さく上げ、話の続きをする。

 

「あなたの魔法力と戦闘技術を、今回の論文コンペの警備に生かしてほしいのよ。こちらもそれなりの人材を集めているけれど、それでもまだまだ足りない部分が多いわ。だからあなたに足りない部分を補ってほしいのよ」

 

 ここで真由美が一度口を噤み、代わりに摩利が話し始める。

 

「君の戦闘能力は言わずもがなだ。それに知識も豊富だから、何かが起こった時の対応策を考えることができるだろうからな。経験に関しては問題ない。これからさんざん訓練をするからな」

 

 摩利の話は、錬には経験が不足しているのかのような話しぶりであるが、経験であればそこらの魔法師以上にあることは内緒である。

 

「一つ二つ聞いてもいいですか」

 

「どうぞ」

 

「なぜお二人が頼みに来たのでしょうか。本来であれば、服部会頭のような人物が来ると思われるのですが」

 

「私たちが説得するってはんぞーくんに頼んだのよ。それにはんぞー君が来たら話すら聞かなかったでしょ?」

 

「…否定はしません」

 

 真由美の持ってくる話には必ず面倒事が絡みついていると錬は思っている。しかし、服部と真由美では付き合いが長い関係上、真由美の方が話を聞こうという気にはなる。そのため、今回の話を聞こうとも思った。

 

「もう一つなんですが、俺が警備担当につくと聞いて、反対した人たちはいなかったんですか?風紀委員で一度も実務をしたことの無い俺が」

 

 摩利が口を開き、話し始める。

 

「反対する人物がいなかったわけではないが、君が私に模擬戦で勝ったことを伝えると、風紀委員の面々は納得してくれたよ。風紀委員は君の仕事の真面目さに関しては知っているからな。納得していなかった人物たちも説得したら、納得してくれたよ。定期考査で一位を取っているというもの大きかっただろうな」

 

「じゃあ、最後に一つ。それを引き受けて俺にメリットはあるんですか」

 

「無いわ」

 

 あけすけと言い放つ真由美の言葉にさすがの錬も驚いてしまう。

 

「正直な話、このお願いも半ば十文字君からの強制みたいなものだしね。それでどう?引き受けてくれるかしら?」

 

 錬は少しの間黙り込み、考えるようにして真由美たちから目線をそらす。その姿に真由美と摩利は大きく手ごたえを感じていた。そして数瞬の後、錬は真由美たちの方に向き直る。

 

「…分かりました。お受けしましょう」

 

「ありがとう!」

 

「でも意外だな。強制といっても正直引き受けるとは思わなかったよ」

 

「ただの気まぐれですよ」

 

「それでも私はうれしいよ。君が引き受けてくれると、実力が数段引き上げられるからね」

 

「俺は一介の魔法師でしかありませんから、そこまでの力はありませんよ」

 

「とりあえず一旦はその話を終わりましょう。引き受けてくれるということでいいのね?」

 

「ええ」

 

 錬は首を縦に振りながら、真由美の問いに答える。 

 

「それじゃあはんぞー君たちに伝えておくから、明日合流して頂戴ね」

 

「心配だったら、沢木たちを頼るといいさ。もちろん私たちもだが」

 

「それじゃあ頑張って頂戴ね」

 

 そういうと、二人は本部から出て行ってしまう。その後ろ姿を見届けた錬は自分の前に置かれているすっかり冷めてしまったミルクティーを一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は、錬たちはいつもの喫茶店に集まり、ささやかな茶会を楽しんでいた。その中で飲み物に口をつけていた幹比古が達也の話したことに驚きの声を上げる。

 

「えっ、達也、論文コンペの代表に選ばれたんだ?」

 

「正確にはコンペのメンバーの補佐だけどな。正式なメンバーではない」

 

「でもかなり深いポジションでの補佐なんですよね。それってやっぱり達也さんの実力が認められたってことですよね」

 

 美月が達也に向かって話し始める。その声色には技術者としての尊敬が込められていた。

 

「でもやっぱりすごいことだよ。あの大会の優勝論文は『スーパーネイチャー』で毎年取り上げられているし、二位以下でも注目論文が掲載されることも珍しくないくらいだから」

 

「でも確かもうあまり日がないんじゃなかったですか?」

 

 また幹比古の次に美月が話し始める。この二人の間で会話が成立しており、その様相はさながら夫婦漫才のようだった。

 

「学校への提出まで、あと九日だな」

 

「そんな!本当にもうすぐじゃないですか!」

 

「大丈夫だよ。俺はあくまでもサブだし、執筆自体は夏休み前から進められていたんだから」

 

 顔色を変え、驚きの声を上げるほのかに対して、達也は皆に対して丁寧に説明をする。その姿に「それもそうか」と一同は安堵の息を漏らしながら頷く。すると、話を変えるためか思い出したように話し始める。

 

「そういえば錬。風紀委員会本部に七草先輩と渡辺先輩が来ていたようだが、何かあったのか?」

 

「ああ、今回の論文コンペに警備担当として参加することになった、その頼みで来ていたんだ」

 

「それはそれですごいな。それって戦闘能力が前会長たちに認められてるって事だろ」

 

 錬が言った内容に生粋の肉体派であるレオが感嘆の声を上げる。

 

「渡辺先輩と戦って、勝っているから当然と言えば当然」

 

 レオの発言に雫が反応する。その声は少し得意げだった。

 

「でも意外ね。錬君のことだから、あの女の頼みなんて聞かないと思った」

 

 エリカが錬に向かって摩利と同じことを言う。あの女というのがいったい誰のことを指しているかは全員把握しているため、何も言わず、苦笑いを浮かべており、錬は内心摩利のことを嫌っているくせにこういうところでは息が合うのかと思っていた。が、口に出せば、エリカが不機嫌になってしまうことは間違いないため、口には出さなかった。

 

「でも大丈夫なのか?風紀委員としての事務作業もあるんだろう?」

 

 達也が錬に話しかける。しかしその表情は心配の色は見えない。どうやら単に話をつなげるためのただの口実だった。錬はそれに気づいていながらもしっかりと答える。

 

「心配ない。できないときには出来る限り千代田先輩にやらせる。仕事を覚えてもらうのにもうってつけだ。ちょうどいいから論文コンペまでは仕事をしないでほかの人たちにやらせるっているのも手かもな」

 

「やめてやれ。先輩方が絶叫するぞ」

 

 顎に手を当てながら、さらりとえげつないことを言う錬に達也は苦笑し、つられて一同も苦笑し始める。一同はその後も喫茶店で楽しく会話を楽しんだ。今日は平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅後の錬は、その日の出来事をアストラに話しながら、CADの組み立て作業をしていた。

 

「そうですか。重力制御魔法式熱核融合炉ですか。学生でありながら、加重系魔法の三大難問に挑戦されているとは、錬様のご友人は優秀な方が多いようで」

 

 アストラが本心か、それとも話の流れで行ったかもわからないような感嘆の声を上げる。その薄っぺらい言葉に内心ため息をつきながら、錬は手を動かす。

 

「ところで、錬様は誘われなかったのですか?錬様の成績であれば、選ばれてもおかしくはないと思いますが?」

 

「誘われなかったよ。上の方で話し合って俺を警備担当にしたんだろう。もし来たとしても断っていただろうな」

 

「エネルギー面は錬様の興味の範囲外ですからね。至極当然の事かと」

 

 錬は動かしていた手を止め、地下室の一角へ移動する。そこにはきらびやかに光る一つの物体がその後ろには一本のコードが伸びており、一部分から大量に枝分かれしている。その分岐したコードは家中に張り巡らされていた。

 

「これだけでうちの電力まかなえてるからな。おまけに半永久ものときたもんだ」

 

「しかし、一般化できないのも事実。その装置の重要部品は錬様にしか作れませんから」

 

「そもそも一般化なんてするつもりはないさ。こんな小さな装置から原発二基分の電力が供給できるなんて知れたら、戦争の引き金になりかねんぞ。それにこれを作るために奴隷のような生活もさせられたくないからな」

 

「承知しております。そのために私たちはあなた様をお守りするという使命がありますから」

 

「それは本心か?それともシステム上の返答か?」

 

「本心ですよ。あなた様に作られて一度も揺らいだことはありません。そしてこれからも」

 

「そりゃよかった」

 

 錬はリアクターの前から作業台の前に戻り、椅子に腰かける。そのまま作業に戻らず、机の傍らに置いてある金属を手に取る。

 

「しかし、これどうするかね。ノリで作ったはいいが、活用方法が全く思いつかん」

 

「……ご意見してもよろしいですか?」

 

「言ってみろ」

 

 錬は働かなくなり、固まってしまった能を再び動かすためにアストラの意見に耳を傾ける。

 

「はい。その案というものが……」

 

 

 

 

 

 

「……いいなそれ。よし採用だ」

 

「恐縮です」

 

 錬は作業台の方に向き直り、一般人離れした速度で設計図を書き始める。その姿を後ろから見ていたアストラは、その行動力に心の中で感嘆の声を上げながら、錬が作業していたCADと組み立てを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は野外演習場にて、一人の生徒、服部と向かい合っていた。服部は手に何も持っておらず、左手には腕輪型のCADをつけている。向かい合う二人は開始の合図もなしに同時にCADに手を伸ばす。錬は拳銃型特化型CADを操作し、加重系魔法を二回を放つが、服部は巧みな魔法発動技術で錬の展開速度に汎用型CADで追いつき、回避する。しかし、錬はこの魔法を当てる気などさらさらないため、動揺することなく、左手に巻いた汎用型CADを操作する。発動するのは、気流操作の魔法。地面を這わせるように発動し、地面の砂を巻き上げる。服部は舞い上がった砂煙を対処するためにCADを操作しようとするが、突然体にかかる重圧に冷静さを失い、CADの操作を中断してしまうと同時に錬の姿を見失ってしまう。発動したのは錬のお家芸である時間差魔法発動。服部は首を回して錬を探すが、舞い上がった砂煙の中では、見つけるのは困難を極める。服部はCADを操作し、再度砂煙を吹き飛ばそうとするが、すでに手遅れだった。錬は服部の腕を取り、投げ飛ばし、関節を極め、抑え込んだ。

 

「いてっ!園達、ギブアップだ」

 

 錬は極めていた服部の手を放し立ち上がる。服部の方は大丈夫のようで、極められていた手を抑えているが、大事には至っていない。服部は手を抑えながら錬に近づいて話しかける。

 

「いてて…、しかし、技能もそうだが、まさか体術までできるとは…。少し油断したか…」

 

「二発目の加重系魔法が発動した時点で、俺の崩しは完成していましたから、あまり気にする必要はないと思いますよ」

 

「しかし、一校の中でも五本の指に入る実力者であるお前がこうも簡単に崩されるとは、俺たちもまだまだってことだな」

 

 いつの間にか服部の背中に近づいていた沢木は、服部の背中をバシバシと叩きながら、声をかける沢木。服部の顔は背中の痛みと敗北の悔しさで歪んでいる。服部が沢木と話している間、もう一人の取り巻きである十三束が錬に話しかける。

 

「しかし、二回目の加重系魔法はどうやったんだい?汎用型で発動したのは気流操作の魔法だろう?」

 

 錬のテクニックを知らない十三束のために錬は丁寧に説明する。

 

「あれは同じ魔法を発動時間を変えて、同じ座標に発動したんだ。時間差発動というやつだ」

 

「そんなテクニックがあったのか。盲点だったな…。近接発動の魔法に応用したりできるかな?」

 

「やりよう次第だろうが…、今は思いつかないな」

 

「いや、あんなテクニックを見せてもらっただけでも、こっちが礼を言いたいくらいだよ」

 

 十三束は錬に向かって小さく会釈する。錬はその動きを横目で見届ける。すると、服部と会話していたはずの沢木が錬の肩を叩く。

 

「よし、園達。次は俺と勝負だ!」

 

 沢木は笑いながら、錬に勝負の提案をする。その言葉を聞き届けた錬は溜息をつきながらも沢木との戦いのため、距離を取り、CADを構えた。この試合形式の訓練は呼び止められるまで、続いた。

 

 

 

 




 
 いかがでしたでしょうか。

 やっと錬がサブカルチャーからインスパイアしたものを出せました。錬の家が電気代が一切かからない理由はこれです。機会があればまだまだどんどん出していきたいと思います。私が知っているものしか出せないことはご了承ください。







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横浜騒乱編 第二話

 


 錬が警備部隊に配属されてから数日たち、錬の実力を疑うものは誰一人としていなくなった。服部や沢木を圧倒した試合内容を見たものは認めざるを得なくなり、それでもなお突っかかったものは完膚なきまでに叩きのめされた。中には一度も魔法を発動することなく、圧倒されたものもいるほどで、その実力に大きく頼もしさを覚えるものも少なくなかった。今では錬は警備部隊でもトップの実力者として台頭していた。さて話を本筋に戻すが、錬は今、いつものように風紀委員会本部で事務仕事を行っていた。達也とその前に座る五十里の会話を聞きながら。達也たちの会話の内容は達也の家のサーバーがクラッキングを受けたという内容で、心配そうにしている五十里を他所に達也は平然としていた。錬は書類仕事に集中しているというのと、さして興味がないというのも相まって話に混ざろうという気はなかった。すると、話している二人の間に花音と摩利が入り込み、四人で会話を続けていた。すると、摩利は会話のタネとするために、花音の生徒会での働きぶりについて聞き始めた。その問いに花音は大きく慌てる。

 

「そうですね。整理整頓はきちんとやっていただいています。特に捨てるのがご上手ですね。時々、思い切りが良すぎると感じることもありますが」

 

 達也は真面目な表情のまま、皮肉めいた口調で二人に向かって告げると、二人は居心地悪そうな表情をする。しかし、ここにはもう一人花音の部下がいる。達也はその人物からも意見を聞こうと、その人物の方に振り向いた。 

 

「錬、お前はどうだ」

 

 その言葉に反応した錬は作業中だったデスクから達也たちの方に視線を向ける。達也が錬に聞くという一連の行動で摩利の顔はゲッと言わんばかりの表情になる。花音はまだまだ付き合いが短いため知らないが、摩利はこの男が包み隠すというものを知らない男だということを知っている。そのため、達也のように皮肉めいた口調で告げてくるのではなく、ズバッと直球で告げてくるだろうと予想ができていたためだ。そのため、摩利は花音以上に錬から告げられる言葉に対して体をこわばらせた。

 

「そうですね、いくつか言いたいことはありますが…、まず必要な書類まで捨てるのはどうかご勘弁ください。今までに大変なことになりそうなことが何度かあったので。あと、会長自らがやらないといけない書類まで俺に押し付けないでください。ここまでは前委員長と大体同じでいいのですが、一番に、俺を巡回に出そうとするのはやめてください」

 

 錬の容赦のない言葉の暴力に身構えていなかった花音は完全に身じろぎ、備えていた摩利は何とか踏みとどまった。隣に座る五十里は身じろいでいる花音を苦笑しながら見ている。しかし早くも立ち直った花音が弁明だと言わんばかりに口を開く。

 

「で、でも摩利さんに勝てるだけの実力があるんだったら、別に巡回に出ても実力不足ではないでしょう。噂では服部や沢木にも勝ったらしいし!」

 

 花音の正鵠を射ていながらも苦し紛れの反論に、錬は溜息をつきながら反論する。

 

「俺は巡回よほどでない限りしないという約束で、風紀委員に入りましたから。それに別に戦闘がしたくてしてる訳ではありませんし、戦闘狂集まる風紀委員の方々は実力者ぞろいですから俺が出る必要はありません」

 

 その言葉に花音は何か言いたそうにしながらも黙り込んでしまう。風紀委員が全員戦闘狂であるというのはいささか偏見であるが、前会長の摩利は実践型の魔法師である。その部下の沢木もマジック・マーシャル・アーツ部のエースであり、錬に試合を吹っ掛けるような生粋の武闘派である。ここにいる達也も温和そうに見えて、深雪のためであれば、生徒会副会長に喧嘩を吹っ掛けるような人物である。このように風紀委員に戦闘狂が多いのも否定できない事実である。まあ、達也の場合は条件発動型の狂戦士(バーサーカー)の方が正しいだろうが。だが錬のことを何言ってんだというような視線で見つめている者がいた。まるでその視線は「わざわざ自分から敵本拠地に乗り込んで壊滅させるような男が何言ってんだ」と言わんばかりだった

 

 それはそれとして、むくれてしまった花音を諭すようにして五十里が話しかけ始める。

 

「……錬君の言うように花音も少しは自分で事務処理をしないとだめだよ?委員長がやらなきゃいけない書類まで押し付けているっていうのはさすがに見過ごせないよ」

 

「で、でも前委員長と同じってことは摩利さんも押し付けてたってことですよね!それを片付けてったことは本人も納得してるってことですよね」

 

 「違う、そうじゃない」という言いたそうな五十里と「痛いところをつくな」と言いたげな摩利を他所に花音は独自の理論を展開する。確かに錬は別に不満があるわけではなく、自分の仕事だからと納得している。ただ、もう少し会長としての責任を持ってほしいという意味を込めていったのだ。すると、この話しに飽きたのか、達也が本題に入るように促す。

 

「実は、論文コンペの警備の相談なんだが」

 

「まさか俺に警備も担当しろ、とは言いませんよね」

 

「私もそこまで外道ではないよ。今回は君の警備に関してだ。…といいたいところなんだが、君に警備は肉壁程度にしかならなかったな」

 

「個人にも警備がつくのですか?」

 

「そうだ。コンペの参加メンバーは産学スパイの標的になることがしばしばあるからね。そのため、個人にも警備をつける必要があるんだよ。市原には服部と桐原が、五十里には…」

 

「当然、私です!」

 

 ここで花音が五十里に抱き着きながら、口を挟む。ここで誰にも相談していないことに苦笑するが、本人も納得しているようなのでその方針で進むこととなった。

 

「ここで問題なのが、平河なんだが…、警備の方でも相談して、錬君がいいという方針になったんだが……」

 

 摩利は作業中の錬の方に視線を向けるが、どこ吹く風といった表情で作業を続けていた。この行動が拒否であることは達也と摩利には明白であった。その行動に摩利はううむ、と唸り声を上げる。その姿を見た花音は何を思ったのか、五十里に絡みつかせていた腕を外すと立ち上がると、近くにあったノートを丸めながら、錬のもとへと近づく。その行動の意図が読めずに三人が首をかしげていると、花音は錬の頭にノートを振り下ろした。合計で三回ほど振り下ろしたのち、反応した錬に花音は話しかける。

 

「摩利さんに必要以上に迷惑かけるんじゃないの。平河先輩の護衛を快く受けなさい。委員長の命令よ」

 

 職権濫用だと三人は思いながら、頭を叩かれた錬の動向を注意深く観察する。すると、錬は溜息を吐く。その後の行動に三人が冷や汗をかきながら、見ていると、錬は口を開く。

 

「分かりましたよ。平河先輩の護衛受けさせていただきます」

 

 錬の発した言葉に驚きながら、摩利はそのことを報告しようと軽く錬に説明した後、部屋から足早に出て行ってしまう。五十里、達也、花音の三人は論文の作業を再開するために、どこかへ行ってしまう。本部に残っているのは錬のみ。作業を終えた錬は、モニターから視線を天井に移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 摩利から平河の護衛を言い渡された錬は、その日のうちに顔を合わせるために、市原たちが作業している場所へ向かっていた。入室の許可を得るために、市原たちが準備をしている部屋のドアをノックする。

 

「園達です」

 

「お話は聞いています。どうぞ」

 

「失礼します」

 

 市原の凛とした声に呼応するように錬はドアを開ける。

 

「平河さんの護衛の件ですね。よく来てくれました」

 

「こんにちは園達君。私が平河小春です。護衛を引き受けてくれてありがとね。噂は何度か聞いていたから、園達君に護衛されるとなると心強いわ。服部君たちにも勝ったらしいからね」

 

「恐縮です。しかし期待成されても人並みの活躍しかできませんが」

 

「一校の三巨頭の一人を下し、二年のトップツーを倒せる実力者を人並みとは言いませんよ」

 

 錬の言葉に市原から正確なツッコミが入る。

 

「九校戦の活躍も見させてもらったからね。あの一戦は今じゃ『世紀の凡戦』って言われているからね」

 

「褒められているようには聞こえないんですが…。話を戻しますが、護衛というものの確認をしておきたいんですが」

 

「そうね。護衛は登校、帰宅の時をお願いします。朝は早いし、遅くまで学校に残ることになるけれど、お願いね?」

 

「問題ありません」

 

 平河の説明に錬は短く言葉を返す。その言葉に平河は安心したような顔をする。

 

「よかった。それじゃあ連絡先を交換してもらえるかな?連絡がつかないと不便だからね」

 

「分かりました」

 

 錬はポケットから端末を取り出し、連絡先の交換をする。すると、終わった直後に錬の端末が鳴り響く。相手を確認すると、通話の相手は達也だった。許可を取り、錬は部屋を出て通話のボタンをタップする。

 

「どうした?達也。珍しいこともあるもんだ」

 

「少し問題が起きてな。護衛であるお前にも伝えておこうと思ってな」

 

「続けて」

 

「俺たちのことを監視しようとしていた奴がいた。俺たちが監視に気付いたことが分かった途端に逃げ出した」

 

「捕まえようとはしたんだろう?」

 

「ああ。だが用意周到に閃光弾と逃走用のスクーターを用意していた。スクーターに五十里先輩が放出系魔法をかけて逃亡を阻止しようとしたんだが…、ロケットブースターで無理やり脱出して逃げてしまった」

 

「ロケットブースター?随分といい趣味をしているんだな」

 

「それは冗談か?それとも本心か?」

 

「話を戻すが、その監視をしていた相手はわかったのか?」

 

「顔は見ていないが、一校の制服を着ていた」

 

「それじゃあてにはならないかもしれないが…、市原先輩と平河先輩には俺から伝えておく」

 

「頼む。わかったことがあったら伝えてくれ」

 

 そのまま無言で錬は通話を切る。端末を再びポケットにしまい、振り返ると、そこには市原と平河が不安そうな顔をして立っていた。

 

「ずいぶんと物騒な内容でしたが」

 

「どうやら当校の研究が気になるスパイがいるようで。スクーターにブースターもつけていたようですから何者かの支援もあると考えてもいいでしょうね。お二人も油断されないようにお気を付けください」

 

「分かりました。園達君は今まで以上に平河さんの警護をお願いします。私も服部君と桐原君にお願いしておきます」

 

「お願いね」 

 

 平河が不安そうな表情で錬に頼む。錬はその頼みに一度頷くことで答える。

 

「今日は五十里君が戻ってきたら、軽く確認をして解散にしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬が平河の警護を開始して幾日か立ち、今日の一校では論文コンペで実際に使われる模型を組み立てるために多くの生徒が校内を行き来していた。論文コンペというのは表向きの代表の人数では

九校戦と比べるまでもないが、魔法装置の設計、術式補助システムの製作、それを制御するためのソフトなどなど上げ始めればきりがないほどにやることがある。そのため、技術系クラブや美術系クラブなど多くの人材が関わるのだ。その準備期間には午後には授業がなくなり、その時間は準備に充てられていた。

 

 今日はプレゼン用の常温プラズマ発生装置の組み立てをしており、付近では市原や五十里、平河がせわしなく動いており、その傍らでは達也がプログラムの制御のためかコンピュータの前に鎮座していた。錬はそのそばで警護のために付近を警戒しながら、模型を見ていた。市原が付近の大型CADにサイオンを流し込み、複雑な工程の魔法式を発動させる。すると、模型の中のプラズマが光を放つ。その光景を見たほかの面々は「やった!」「第一段階クリアだ!などの大きな声を上げ、成功を喜んでいる。光が模型内から消え去り、興奮の波も一区切りというように引いていく。その最中を終始観察していた錬は光が沈み興奮が収まると同時に、お下げ髪の女子生徒を追いかける桐原たちを目撃した。が、錬はその人物に対して四人も追いかけていったのを目撃して、任せることにし、平河たちのもとを離れることはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 錬が一度平河たちのもとを離れ、風紀委員の仕事を終わらせ戻ると、平河はいなくなっており、市原の警護役であった桐原もいなくなっていた。その光景を不思議に思った錬は市原に状況を説明してもらおうと、問いかける。

 

「平河先輩はどうしたんですか?」

 

「何やら妹さんが問題を起こしたようでその対応に向かっています。桐原君も当事者として同行しています」

 

「彼女が達也たちを監視していた人物でしょうかね」

 

「はっきりとは言い切れませんが、その可能性は高いでしょうね」

 

 錬は一瞬何ともいえない不安を覚えたが、護衛としての任務を果たすために、すぐにその不安を胸を奥にしまい、平河先輩のもとへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は帰宅するために平河とともに四人乗りのキャビネットに乗っていた。その車内は重苦しい雰囲気に包まれており、平河は暗い表情をしていた。平河にとっては妹が未遂だったとはいえ、犯罪行為に手を染めようとしていたということとそれに気づくことができなかったということは相当ショックなことであったため、暗い気持ちになってしまうのは仕方のないことであった。しかし、錬には人を慰められるような気づかいのスキルを持っていないため、この車内の空気をどうすることもできなかった。錬は車内で外の代わり映えしない風景を眺めながら周囲を警戒していた。すると、その空気にとうとう耐えかねたのか、平河が口を開く。

 

「…錬君私どうすればいいかな?」

 

「妹さんの事でしょうか?」

 

「うん…」

 

 平河はその言葉を最後に黙り込んでしまう。恐らく自分の気持ちに整理がつけられず、言葉にすることができないのだろうと、錬は見当をつけた。しかし、錬は二人の間のこの問題にはそこまで悩む必要はないと答えを出した。錬の考えたありきたりな答えを平河に伝えるために錬は口を開く。

 

「まあ、犯罪行為云々は取り合えず放っておくとしても、とりあえず妹さんに謝ればいいんではないでしょうか。お二人は複雑な関係ではなく、姉妹という単純な関係なんですから」

 

 錬の発言を平河はかみ砕くようにして心の中で反芻する。すると、数分の間考えたように黙り込むと、ゆっくりと納得したようにつぶやき始める。

 

「……うん、そうだよね。まずは謝らなきゃだよね」

 

 平河はぽつりぽつりと言葉を零す。それを錬は視線を平河で固定しながら聞き続ける。

 

「ありがとうね。わざわざ私の個人的なことまで聞いてもらっちゃって」

 

 錬は視線を下げ、軽く会釈をする。平河の顔の暗さが少々晴れ、明るさが戻る。すると、平河の家の最寄り駅に着き、二人はキャビネットを降り、平河の家を目指して歩き始める。黙々と歩く二人はすぐに平河宅に着き、玄関先で別れの挨拶をする。

 

「それじゃあ、明日もよろしくね」

 

「分かりました。それでは失礼します」

 

 錬は一度礼をして自分の家に向かって歩き始めた。その足取りはいつもの通りで何も心配することがないように見えた。しかし、錬は内心不安だった。ああ、これから面倒になるだろうな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 品川のとある料亭の個室にて二人のコンビと一人の青年が向き合い、話し合っていた。

 

「例の少女がしくじったようですが」

 

「陳閣下のご懸念は理解しているつもりです。しかし、彼女にはこちらの素性を一切伝えていませんので、情報漏洩の危険性はないと思われます」

 

「……周先生がそういうのであれば大丈夫なのでしょう。しかし、『万が一』がないように願いますぞ」

 

 四十そこらの男は、目の前に座る青年に気味悪そうな視線を送りながら、相槌を返す。

 

「ええ、心得ています。近日中に様子を見てまいりましょう」

 

 青年は丁寧に一礼するのを、目の前の男は満足そうに眺めている。その隣の男は青年に向かって鋭い視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年がいなくなり、料亭の個室には二人が残っていた。

 

「呂上尉」

 

 四十代の男、陳祥山(チェンシャンシェン)は隣にいる呂剛虎(リュウカンフゥ)に対して命令を下した。

 

「小娘を消せ」

 

 その命令は平河千秋にとっての残酷な死刑宣告であった。

 

 

 

 

 

 

 



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横浜騒乱編 第三話


 〈アークリアクター〉 

 皆様おなじみのあれ。すでにヴィブラニウム型。錬の家の全電力を賄っており、一家に一台あればこの世界のエネルギー問題は解決する。しかし、悪用されると、オ〇ディアのような人物が増えると考えた錬は、この技術を秘匿とし、自分だけで使うことを決意。後々たぶん活躍する。外側も出るかもしれない。
 
 ちなみに作るに至った経緯は「面白そうだったから」。


 今日は土曜日。魔法科高校は週休二日制ではないため、本日も平常通り作業中である。そのため、錬も学校に来ていた。しかし、錬は作業中の平河のそばにはおらず、別の場所にいた。錬がいるのは野外演習場。警護を行う生徒がここでトラブルに備えた訓練をしており、錬もその一人であった。錬は息を殺して、木の陰から吹き飛ばされていく上級生を伺い見ていた。上級生を吹き飛ばしている張本人は開けた空き地にその姿をさらしている。その雰囲気はとても高校生を思えないほど強いものである。十文字克人は得意魔法であるファランクスを駆使し、三十分で七名をリタイアさせていた。克人は奇襲に対応できるように警戒しながら、悠然と歩いている。

 

(どうすればいいのやら……)

 

 錬の脳裏には勝てるビジョンというものがほとんど浮かんでいなかった。もちろん実践ですべてを使えば勝つことは容易いだろう。しかし、今は実践ではなく訓練、殺傷性の高い魔法を使うわけにはいかない。それを踏まえたうえで錬には単独で攻略する方法が思いついていなかった。克人の斜め後ろに身を潜め、追走しながら、様子を窺う。一片の隙もないその姿から放出されるプレッシャーは錬に冷や汗をかかせるものだった。

 

 すると、状況が一気に動いた。克人の足元が突然陥没するとともに砂煙が克人を覆った。これがリタイアしていない幹比古の起こしたものだと理解した錬は克人が完全に覆われるとともに行動を開始した。CADを操作し、エア・ブリットを発動し、三方向に時間差で三発発動するように設置する。そして自身も砂煙の中に突入していく。しかし、克人もそれに気づかないほど馬鹿ではなく、錬の方にファランクスを設置する。しかし、それを察知した錬は足を止め、反転しながら、特化型を引き抜き、振動系統である閃光魔法を発動し、周囲をまばゆい閃光で包み込む。しかし、それすらもエア・ブリットとともに防いでしまう。

 

 三連発のエア・ブリットと閃光魔法を防ぎ切った克人は今度は攻撃に転ずるため、ファランクスを攻撃型に変更して発動する。すると、錬の姿が一瞬にして消える。これが自己加速術式による高速移動だと判断した克人は、首を振り、周囲を見回す。すると、見まわしていた克人の背筋に冷たいものが走り、反射的に、展開していたファランクスを防御型に即座に変更し直し、頭上に展開する。

 

 その判断は当たりだったようで、克人の頭上に雷光が鳴り響き、雷撃魔法、『雷童子』が襲い掛かる。魔法の発動されたであろう方向に克人が振り向くと幹比古が呪符を持ち、立っていた。克人は即座に反撃の判断をし、攻撃用ファランクスを展開する。そしてその一撃が幹比古を捕らえようとしたところで、克人の視界の端に人影が映る。視界をその方向に向けると錬が拳を形作り、克人の顔に狙いをつけていた。錬の拳は克人がファランクスを展開する前に克人の顔面に届こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かしら?」

 

 手首にテーピングを巻く錬を心配そうに見つめる真由美。その近くには克人や摩利も立っている。

 

「しかし、吉田君との連携は即興とは思えないほどしっかりとしていたな。十文字も守りも崩されそうになっていたしな」

 

 摩利が十文字の肩に手を置きながら、悪そうな笑みを浮かべながら話しかける。克人はその笑みから視線をそらしながら、息を吐きだす。錬の突き出した拳はとっさに発動した克人の硬化魔法に阻まれ、効果的なダメージを与えることができず、その後も克人の防御を崩そうとしたが克人の防御を貫くことができず、幹比古が戦闘不能になった時点で錬は逃げの一手に走り、戦闘から離脱した。

 

「それじゃあそろそろ平河先輩の警護に戻ります」

 

「お疲れ様」

 

 錬は自らの手当てを終え、救護室から出ていく。救護室に残された三人のうち、真由美は残りの二人に視線を送る。

 

「それにしても錬君。魔法力だけじゃなくて戦闘能力まであそこまで高いとは思わなかったわ…」

 

「確かに驚いたな。つい本気で魔法を発動しそうになってしまった」

 

 十師族の二人の会話に摩利は首を縦に振り、うんうんと唸る。すると、真由美はごくりとつばを飲み込み、本題に入る。

 

「彼、数字付きなんじゃないかしら…」

 

 真由美は真剣な表情で二人に問いかける。すると、二人は少し迷ったような表情になる。

 

「その可能性は捨てきれないが…、そうともいえないぞ」

 

「でもそうじゃないと実力の説明ができないのよ。戦闘技術はどこかで訓練しているんじゃないかってくらい高いし」

 

「数字付きでなくても優秀な奴はいる。渡辺や服部、司波兄弟がそうだ」

 

 摩利や克人の言葉に自分の考え過ぎであるだろうかと考える。確かに今年の一年は二科生にしろ一科生にしろ、優秀な人材がそろっていた。その中でも秀でていた錬を真由美がそう思ってしまうのも無理はなかったと言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾日かの時間が経ち、錬は平河の警護として国立魔法大学付属立川病院に来ていた。その目的の平河千秋のお見舞い、を小春がすることだ。

 

「妹さんはどの病室に入院しているんですか?」

 

「四階よ。ごめんね付き合ってもらっちゃって」

 

「護衛ですから。気が済むまでお付き合いさせてもらいます」

 

「ありがとう。午後からは論文コンペの準備があるから、それまでいるわ」

 

 錬は首を縦に振り、応答する。病室の前に着いた小春はスライド式の扉を開け、病室の中に入る。

 

「お見舞いに来たわ。千秋」

 

「お姉ちゃんと…、成績一位の…」

 

「平河先輩の護衛です。悪しからず」

 

 錬は短く言葉を伝えると、すぐに部屋の隅に行き、二人の会話の邪魔にならないようにする。小春は千秋の方に向き直り、会話を始める。

 

「具合はどう?」

 

「別に…、元からどこも悪くないし…」

 

「そう…、それでね千秋。まずは…ごめんなさい」

 

「お姉ちゃん?」

 

「私、姉なのにあなたのことが見えていなかったわ。あなたが努力しているのが見えていなかった。魔法工学の成績は錬君、司波君に続いて三位、しかも九十二点なんて高得点。こんな点数私にだって取れないわ」

 

「お姉ちゃん…」

 

 千秋の目にうっすらと涙が浮かび始める。小春の言葉に心打たれたのかは本人にしかわからないが、小春の願いはかなり高い確率で叶えられようとしていた。

 

「だから…ごめんなさい」

 

「私も…ごめんなさい」

 

 二人の謝罪が完了し、仲直りが完了する。中の良い姉妹に戻った二人の様子を見ていた錬は思うところがあり、その姿を見られなくなり、病室から出ることにした。病室の扉の前に立ち、ポケットからチョコレートを取り出し、口の中に放り込む。口の中のチョコを溶かしながら、周囲を見張っていると、横からとてつもないほどの殺気を感じ取り、そちらにゆっくりと振り向く。振り向いた方向には大柄でガタイのいい男が立っていた。しかし、その様相は明らかにお見舞いといった雰囲気ではなく、錬の警戒心が高まる。そして錬は本棚に入り、すぐさまこの男が人食い虎、呂だとわかり、CADの電源を入れ、すぐにも魔法を発動できるようサイオンを入れる。

 

「何のようでしょうか?」

 

 呂は答えない。しかし、呂から発せられる殺気が高まる。その殺気はそれだけで人を圧殺できそうなほどだった。

 

「悪いがこっちも仕事だから、手を出させるわけにはいかない」

 

 錬は特化型CADを腰から引き抜く。すると呂は錬の命を刈り取るために自己加速術式を使って接近する。錬は片手に握ったチョコレートを顔に投げつける。すると、呂は顔に物が飛んできたため、反射的に払ってしまう。錬はその隙を突き、自身も自己加速術式を使用し、呂の攻撃を躱す。

 

 この一連の動きを見て、呂はこの少年が自分と同じタイプの人間であると察知し、気を引き締めなおすように自身の後ろに渡った錬の喉をえぐり取ろうと、手を鉤爪状にして襲い掛かる。錬はそれらを含めた連撃を紙一重でかわし続ける。

 

 錬も特化型CADで空気弾を発動し、呂に攻撃を仕掛けるが、呂の魔法、鋼気功ガンシゴンによってことごとく防がれてしまっており、決め手がない状況であった。汎用型に強力な魔法はあるが、操作している時間はなく手詰まりの状態であった。

 

 しかし、追い詰めている理由は他にもあった。錬は接近戦の腕も高い。客観的に見れば、一流といえるほどの実力はある。しかし、目の前で対峙している呂は世界で対人接近戦闘であれば十本の指に入るほどの実力者。行ってしまえば超一流である。一般の魔法師より実力が近いとはいえ、その実力は埋めがたいものがあり、徐々に錬の身体には傷ができ始めていた。

 

 その連撃に錬の集中力が落ち始めてきたとき、病院内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。その音に二人は一瞬行動止める。呂が音源を確かめようと視線を錬から外す。その瞬間、錬は汎用型CADを操作し、魔法を発動しようとする。すると、呂の目が錬の方に向き直り、口角が上がる。

 

 その瞬間、呂の腕が錬の腹部に伸びる。その瞬間、錬は悟った。つられたのだと。だが錬のCADの操作は完了していたが、このままでは呂の方が速い。錬は魔法式を破棄し、汎用型で新たな魔法を発動する。そして硬化魔法を発動し、攻撃に備える。呂の攻撃があたり、錬は廊下の端まで吹き飛ばされる。正確には当たる瞬間、錬は後ろに跳びながら受けたのだが、距離ができたことには変わらない。

 

 錬は体に伝わった痛みをこらえながら、汎用型CADを操作し、魔法を発動しようとする。その挙動をみた呂は即座に距離を詰めようと、走り出す。しかし、後方に不審な気配を感じた呂は反射的に回避行動をとる。その攻撃は病院の廊下にへこませるものだった。攻撃の正体は錬が時間差で放った空気弾。攻撃を回避しつつ設置していたものだ。

 

 この技能を知らない呂は不意に後ろに襲ってきた攻撃に驚き、錬に向かって進めていた足を一瞬止めてしまう。錬はその間に操作を完了させる。発動させた魔法は加重系魔法、だが今回はなったものは摩利たちに放ったものとはわけが違った。食らった時にかかる重さは十G。普通の人間はとてもではないが動けなくなってしまう重さであった。現にさすがの呂も動きが止まってしまう。しかし、その重力の中でも呂は再び歩き始め、錬の命を刈り取ろうと突き進む。その執念に錬は敵ながら称賛を送りたくなってしまう。

 

 しかし、呂が十倍重力のエリアから抜けてしまい、それどころではなくなってしまう。錬は錬成の魔法を待機させ、CADを操作し、錬に向かって猛然と突き進む呂を待ち構える。CADで発動させた加重系魔法は発動の兆候があったため、避けられ、呂は壁を伝ってさらに錬に迫る。しかし錬は壁に手をつき、錬成を発動させる。すると、壁がとたんに流動性を帯び、走っていた呂の足が壁に埋まってしまう。このあり得ない現象で呂は廊下に水平に近い形で止まってしまう。何とか足を引き抜くために力を込め、片足を引き抜くが、引き抜いた瞬間、壁が再び元の硬さを取り戻す。その間に錬は呂に迫っていた。呂も迎撃しようと手を振り下ろすが、よけられてしまう。

 

 そして錬は錬成を帯びた手刀を呂の下を通り過ぎながら、左わき腹に振り下ろす。錬の手刀は錬成の分解効果によって、まるで豆腐を切るかのようにするりと入り、そして抜けた。呂のわき腹からは大量の血が流れており、大きく顔をゆがめていることから、痛みも相当のモノだろう。しかし背後に回った錬も油断することなく、手刀で切り裂こうと、呂は無理な体制ながら迎撃しようとお互いの方向を向く。すると、そこで二人の横から大きく声が上がる。

 

「人食い虎、呂剛虎!それに園達」

 

 その声を聴いてこのままでは二対一になってしまうと判断した呂は無理やり足を壁から抜き放つ。そして両足がフリーになると同時に廊下から飛び出し、エントランスの方へ飛び降りていった。錬を巻き込みながら。巻き込まれた錬は四階の高さから地面に激突することを避けようと、CADを操作した。加重系統の魔法を発動しようとした。しかし魔法を発動させる必要はすぐになくなった。階段付近にいた千葉修次が錬の腕をつかんでいたからだ。錬は腕をつかまれながら、エントランスを見下ろす。そこにはもう呂はおらず、ただただあわただしいロビーがあるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬はぶら下げられた状態から千葉修次に引き上げてもらう。その時に肩に大きな痛みを感じるが今はそれを気にしている状態ではなかった。錬を引き上げた修次は驚きの表情をしながら、錬の安否を心配する。

 

「大丈夫かい?」

 

「大丈夫ではないですね。戦闘の最中で左手の人差し指を折りました。それに引っ張ってもらった時、肩が外れました。それに攻撃を受けた腹が…」

 

 修次の後ろから摩利が、そして病室から出てきた小春が心配そうな表情で駆け寄る。

 

「大丈夫?」「大丈夫かい?」

 

「大丈夫ではありません」 

 

 簡潔に返答した錬は腕を引っ張り、肩をはめなおした。その行動を見た三人は唖然としている。

 

「それよりなんで渡辺先輩はいるんですか?」

 

「私は平河千秋の事情聴取だが…って今はそんな場合じゃない!あの暴対警報はお前が鳴らしたものか?」

 

「俺じゃありませんよ。誰かは知りませんが、俺はそれどころじゃありませんでしたから」

 

 錬は懐からチョコレートを取り出し、口に放り込む。そんなのんきな錬を他所に摩利は隣に立っていた修次に尋ねる。

 

「しかし、あの男は何者だ?ただものではなさそうだが」

 

「奴の名は呂剛虎、大亜連合本国特殊工作部隊の魔法師だ」

 

「呂剛虎…、あれが…」

 

「それはそうとやはり大丈夫かい?腹部を強打して、指を折ってしまったんだろう?」

 

「腹部の方は骨もおれているわけではありませんし、指も固定しておけば問題ありません。人間には二百十五本の骨がありますから、一本くらい折れてもなんとも…」

 

「そういうわけにはいかないよ。万が一があっては困るのは君だけじゃない。幸いここは病院だ」

 

「渡辺さん。わたし午後は錬君に治療を受けてもらってもらいたいんですけど」

 

「本人もこう言っていることだし、甘えたらどうだ?仕事に関しては君が戻ってくるまでは私がつこう」

 

「…でしたら、このまま治療を受けさせてもらいます」

 

 錬は腹部を抑え、ゆっくりと立ち上がると下の階におり始める。それを平河は肩を貸すようにして支える。その姿を見ていた摩利と修次は言葉を零す。

 

「摩利、彼は呂剛虎と戦闘を行って敵対した。くれぐれも一人にしてはしてはいけないよ。ましてや、単独戦闘など厳禁だ」

 

「任せてほしい。私としても優秀な人材を失いたくはないから」

 

「しかし、彼どんな実力しているんだい?学生魔法師があの程度で済むような相手じゃないんだけど」

 

「実際魔法のみの戦闘で私は負けているが、まさか体術もできるとは私も知らなかった。いったいどこでどんな訓練をしているのやら…」

 

 真由美の発した錬が数字付きという言葉が摩利の中で信ぴょう性を増し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬が病院で治療を受けているその一方、錬に敗北を喫した呂剛虎は周の運転する黒塗り車の助手席にいた。

 

「それにしても驚きました。呂大人が手傷を、ましてや学生につけられるとは」

 

 普通に聞けば侮蔑に聞こえるであろうこのセリフに呂は眉一つ動かさない。ましてや仕方ないと自分を納得させようとしていた。体術のレベル、動きの読み、魔法力、どれをとってもとても学生のものではなかった。そして最後に使った壁の性質を変化させた魔法。こればかりは見逃せないと呂は上司に報告する内容を頭にまとめ始めた。その隣で運転している周は錬のことを考えていた。

 

「あれは…人間ならざる力を感じましたね…私個人の野望としても是非お近づきになりたいものです」

 

 口角を小さく釣り上げている青年は年相応の表情になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巣穴に帰還した呂はすぐに自身の上司に今回の顛末を報告した。手傷を負った呂に陳は愕然としたが、その責任を問うことはなかった。それ以上に優先度の高い問題に集中させるためであった。

 

「第一高校における我々の協力者である関本勲が任務に失敗し当局の手に落ちた。収容先は八王子特殊鑑別所だ。関本勲を処分せよ」

 

「是」

 

 より困難度の上がった任務にも平然と了解し、陳のもとを立ち去る呂。その表情には錬から受けた傷などもはやないかのようだった。呂が立ち去り、デスクの前に座る陳は口角を上げながら、呂の報告を思い出していた。

 

「まさかこんなところに上から聞いていた星雲の錬金術師(アストラ・ウロボロス)がいるとは…。これを本国に持ち帰ることができれば作戦以上の成果になるな」

 

 関本勲だけでなく錬までもが実質的な死刑宣告を受けることとなってしまった。本棚で調べ物をしていた錬は悪寒を感じ、かなり深く眠ってしまい、学校に遅刻してしまい、花音にこっぴどく叱られてしまうのだった。

 

 

 




 横浜騒乱編もだいぶ進んできました。さて今日だけでこのあばれよう、いったい気を遣わずに魔法を放てる論文コンペ当日は一体どうなることやら…。

 錬のあばれぶりをお楽しみに!



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横浜騒乱編 第四話

 
 最近文が安定しない……


 

 本日は論文コンペ当日。錬は平河の警護とともに会場警備として横浜へ向かおうとしていた。しかし、会場に向かう前に自宅で錬は妙な胸騒ぎを感じ、家で頭を悩ませていた。

 

「うーん?」

 

「どうされましたか?」

 

 作業場の机の前に座る錬の後ろからアストラは背中越しに声をかける。その前には、普段のCADより大型のCADが置かれており、それが通常のCADとは違った性能をしているということは技術者が見れば一目瞭然であった。

 

「いや、一応こいつを持っていこうかと思ってな」

 

「お荷物になるのでは?」

 

「病院のこともあるし、このまま事件が終わるとは思えないんだよな。実地テストも含めて、使えるんだったら、御の字なんだよな」

 

「明確なビジョンがあるのであれば、私はお止めしません」

 

「だったら持っていくことにしよう」

 

 錬は目の前のCADをケースの中に入れる。それに合わせて自分の装備を整え始める。

 

「そういえば、いやな予感がするからお前たちも横浜に待機していてくれ。これを着用してな」

 

 錬はそういうと、黒のローブと仮面を手渡す。それは以前錬が身につけ、克人たちの目を欺いた服装であった。

 

「よろしいのですか。あのままの車体では、目立つように思いますが」

 

「黄色は確かに目立つからな。目立たないような車体と色に変えておいてくれ。あいつがごねたら、最悪そのままでいいが」

 

「了解いたしました。すぐさま準備いたします」

 

 アストラは運動用ロボットに入った状態でいそいそとローブを着始める。その姿を見ながら、錬も自身の装備を整えていく。そして準備を終えると、横浜に向けて自宅を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場に着き、錬は共同会場警備隊総隊長である克人のもとへ向かった。そこには各校から選抜された警備隊の面々が集まっており、そこには一条将輝や十三束、沢木の姿もあった。そこで克人から警備の担当を伝えられ、解散する。こんな状況であるにもかかわらず、錬はやはり一人であった。

 

 そのことがいまいち疑問であった錬は克人に直接理由を聞いたところ、「以前の訓練でとっさに連携を合わせられることから、単体で誰とでも連携を行えるようにして、自由に動かした方がいいと判断したため」とのことだった。

 

 錬は解散後に会場警備のために付近を歩き始めた。すると、警護中にエリカやレオたちに遭遇した。

 

「やっほー、錬君。会場警備のお仕事?」

 

「そういうエリカたちは達也に言われて警備の手伝いか?」

 

「ええそうよ。ここでこいつをしごいた成果を見せるんだから」

 

 エリカはレオの背中をバシバシと叩きながら、悪そうな笑顔で錬に話しかける。すると、レオは叩くのが強かったのか、痛そうに顔をゆがめる。すると、どこから聞きつけてきたのか、その場に花音が介入してくる。この二人が遭遇した時点で嫌な予感がした錬は、面倒事を避けるため、二人に軽く挨拶をして立ち去った。その場から立ち去る錬が最後に聞いたのは引き留めようとするエリカの悲痛な声だった。

 

 エリカたちと別れ、警備のために巡回をしていると、次には三校の愛梨たち三人と出会った。

 

「あら奇遇ね。お久しぶり」

 

「久しぶりじゃのう」

 

 愛梨は片手を上げ軽く微笑みながら、沓子は錬に近づいて、栞は何もしゃべらずに会釈をして、錬との再会を喜ぶ。

 

「会場の警護かしら?」

 

「その通りだ。それはそうとそっちは何でここにいるんだ?」

 

「あら、同じ三校生徒の発表を聞きに来たらいけないかしら?」

 

「滅相もない」

 

 愛梨は錬の言葉を聞くと満足そうに微笑む。その表情には勝ち誇ったというより、目の前の男に持ち上げられたように返された喜びの意味がこもっていた。

 

「わしらが来た理由に関してはいいんじゃが、何で主一人なんじゃ?一条も二人一組で組んどったぞ」

 

「それは成り行きだ。特に深い理由はない」

 

「成り行きにしろ、一人で任されるというのもなかなかすごいことじゃと思うぞ」

 

 沓子の褒めの言葉を表情に出さないが、素直に受け取る錬。ふと愛梨を見ると愛梨の首元にはきらりと光る、白のペンダントがついていた。そのことを無意識に口に出す。

 

「そのペンダント、まだつけていたんだな」

 

その言葉の意味に気付いた愛梨は錬の方に視線を向けながら、手でペンダントを弄ぶ。

 

「ええ、デザイン性もいいし、軽くて邪魔にもならないから、気に入ってるわ」

 

「もし気に入っていなかったら、捨ててもいい、と思っていたが、その必要がないみたいでよかった」

 

「あなたは女心を学ぶ必要がありそうね。これほどのモノをもらってうれしくない女性はいないわ」

 

 錬はその言葉に信ぴょう性を得るため、二人の方に無言で視線を向ける。すると、二人は無言のまま、首を縦に振る。沓子は制服を軽くまくり、ブレスレットを見せるというおまけつきだった。

 

「それじゃあ私たちはそろそろ行くわね」

 

 愛梨は手を振りながら、他の二人を先導するように、その場から立ち去る。その姿を見送った錬は警備を再開しようと、歩き始めると、不意に後ろから声をかけられ、脚を止める。

 

「ずいぶん仲良さそうだったね」

 

「…雫か」

 

 錬が振り返ると、雫が一人で立っていた。その表情は少し不機嫌そうであり、どことなく雰囲気もいつもとは違っていた。

 

「何の話してたの?」

 

「他愛もないただの世間話だ」

 

「…ペンダントがどうとか言ってたように聞こえたけど」

 

 雫は一体どこから聞いていたのか、と思いながら事の顛末の説明を始める。その間の雫は目に見えて取れるほど不機嫌になっており、表情をむくれさせていた。

 

「……ふーん」

 

 説明を終えた後の雫は今までに見たことがないほど不機嫌になっていた。この場に美月がいたら、確実にいつもとの違いで引いていただろう。

 

「……楽しかった?」

 

「少なくともつまらなくはなかったな。服も選んでもらえたからこちらとしても得があった」

 

「服を選んでもらった?」

 

 雫の視線がギラリと光り、錬を睨みつける。錬は何故睨みつけられなければならないのかが分からず、思わずその眼光にたじろいでしまう。

 

「あ、ああ。まともに着るものがなかったからな」

 

「……じゃあ、次は私が選ぶ」

 

「…なんでだ?」

 

「いいから」

 

「まあ、機会があったらな」

 

 錬の言葉に雫の表情が少々和らぐ。その表情を見て錬はすこしほっとする。

 

「わかった。それじゃあね」

 

 雫は錬のもとから離れていく。錬はその姿を見送り、完全に見えなくなると、なぜか振り回されたような感覚に陥り、どっと心労が出た。が、これから長くなる警備にそれを持ち込むわけにはいかないため、気持ちを切り替えて、警備のために再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 論文コンペはつつがなく進み、錬は昼食をとっていた。昼食を半分ほど取っていたところで、無線から克人の声が聞こえてくる。

 

「各員に告ぐ。午後からの警備は防弾チョッキを着用。繰り返す。午後からは防弾チョッキを着用せよ」

 

 錬のいやな予感が徐々に現実のものになろうとしていた。克人も錬と同じように感じるところがあるのか、何かを感じ取っているのだろう。錬は昼食もそこそこに防弾チョッキを着始める。そして万が一を考え、持ってきていたCADを装着した。

 

 着用して会場警備を再開すると、達也と遭遇する。その時の達也の面持ちはどうにも複雑な表情であった。声かけたくないような、かけたいような、そんな面持ちであった。そんな達也の代わりに錬から声をかける。

 

「よう、達也。装置の方は良いのか?」

 

「ああ、今は市原先輩たちが見ている。それに七草先輩もいる。俺が特に心配する必要はないからな」

 

 達也の口ぶりから三年生三人組がいるのだろうと読み取った錬は、次の話題に移ろうとする。すると、次は達也の方が先に口を開く。その内容は錬と同じものだった。

 

「突然だが、敵は来ると思うか?」

 

「来るな。それも百パーセントだ」

 

「やはりお前もそう思うか…。何が目的だと思う」

 

「魔法協会の貴重な資料、論文コンペの研究内容。あるいは俺の身柄だろう。病院の件で俺の身元はあっちにばれただろうからな」

 

 錬はあけすけと自分が狙われていることを口に出す。もちろんこれは根拠があって言っているわけではない。しかし、錬は推理と、持ち前の勘で自身が狙われていることを察知していた。すると、その言葉を聞いた達也は急激に神妙な面持ちへと変化する。

 

「………なあ。お前が敵側に狙われるにしろ、なぜ敵側が錬の能力を知っているんだ?どこが来るかもわからないはずだろう?」

 

「いろいろあるんだよ。調べたかったら調べて別に構わない。どうせ何も出ないだろうからな」

 

「…一応言質として受け取っておくぞ」

 

 曇る錬の顔を気にしていないかのように達也は返す。これは達也がいつも通りに接した方が回復が速いであろうと判断したためだ。

 

「話は変わるが、何やらまた新しいCADを持ち込んでいるらしいな」

 

「ああ、ケテルの依頼で実地演習を頼まれてな」

 

「…ケテルも戦闘があることを想定しているのか」

 

「ケテルは実験バカのリアリストだから、戦闘が起こりそうならデータを取っておきたいんだろう実践なんて貴重だからな」

 

「また以前のように変わっているのか?」

 

 達也は九校戦の時のCADを頭に思い浮かべながら、錬に問いかける。実際、達也の頭には特化型と汎用型を組み合わせることはあっても、あのような発想はなかった。達也はユニラ・ケテルの技術力だけでなく、そのような発想力にも一目を置いていた。(目の前の人物がケテルであるんじゃないか、と内心思っているのは秘密である)

 

「ああ、ある種の変態CADといえるだろうな」

 

「中条先輩が喜んで食いつきそうだな。実際是非お目にかかりたいものだな」

 

「機会があったらな」

 

 達也は少し微笑むと錬に背中を向け会話の終了を告げながら、その場を立ち去る。今日はいやに見送ることが多いな、と内心思いながら、錬も巡回を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後三時になり、第一高校のプレゼンテーションが始まった。一校の研究は加重系魔法の技術的三大難問の一つという超高校級の内容であるため、かなり注目を集めていた。

 

「核融合発電を拒む主たる問題は、プラズマ化された原子核の電気的斥力に逆らって融合反応が起こる時間、原子核同士を接触させることにあります」

 

 この電気的斥力に対して先人たちは強い圧力をかけることによって対抗しようとした。しかし、格納容器の耐久の問題、燃料の補充の問題など様々な問題によって安定した核融合を生み出すことはできなかった。

 

 鈴音は説明をするとともに、その背後でスイングを切り返す実験機器の隣に立つ。ヘッドセットをつけると、アクセスパネルに手を付ける。すると、スイングを続けていた電磁石が突然その動きを止め、轟音を轟かせる。

 

「しかし、電気的斥力は魔法によって低減させることが可能です。今回私たちは、限定された空間内における見かけ上のクーロン力を十万分の一に低下させる魔法式を開発しました」

 

 鈴音の言葉を聞き、会場がどよめきに包まれる。その間にエリカが電球と称したデモ機が舞台下からせりあがってくる。鈴音はそのデモ機を使っての説明を始める。

 

 装置内では放出系魔法によって水素をプラズマ化、重力制御魔法とクーロン制御魔法を使い、プラズマによって核融合を起こす。その後、振動系魔法で急速に冷却、冷却された水素ガスを熱交換用の水槽に送り込む、これの繰り返しによって断続的に核融合を起こすというのが市原の考えだった。

 

「現時点では、この実験機を動かし続けるために高ランクの魔法師が必要ですが、エネルギー回収効率の向上と設置型魔法による代替で、いずれは点検に魔法師を必要とするだけの重力制御魔法式核融合炉が実現できると確信します」

 

 市原が締めくくるとともに会場から割れんばかりの拍手が起こる。これが実現すれば、魔法師が戦闘だけでなく、産業面でも役に立てるということが立証でき、世間からの魔法師への視線もだいぶ変わるだろう。これを見越した鈴音のアイデアは素晴らしいの一言に尽きるもので、聴衆からは惜しみない拍手が送られた。

 

 一校代表がステージから降り、三校生徒が準備を始める。一校の発表の興奮冷めやらぬ中、会場の外で轟音が鳴り響いた。この事件は人類史の転換点となり、後に『灼熱のハロウィン』と呼ばれる事件となった。

 

 現在時刻、西暦二〇九五年十月三十日午後三時三〇分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の外で鳴り響いた轟音は会場と聴衆の心を大きく揺るがした。その音に聴衆はどよめき始める。その中でも特に冷静さを貫いていたうちの一人は最も重要とする人物の名を呼んだ。

 

「深雪!」

 

「お兄様!」

 

 司波兄妹はお互いに名前を呼びあって駆け寄りあう。達也の口調はいつも通りであるが、深雪はかなり動揺した口調であり、表情も少々強張っていた。

 

「正面出入り口付近で擲弾が爆発したのだろう」

 

「グレネード!?先輩方は大丈夫でしょうか」

 

 深雪は心配そうな声を上げる。が、この論文コンペには学生の警護だけではなく、プロの実戦経験のある魔法師も警護についている。しかし、藤林からもらったデータカードや錬の言葉もあったため、少々悪い予感がしていた。

 

 すると、しばらく銃声が聞こえたのち、靴音とともにライフルを持った集団が会場内に乱入してきた。その光景に達也は心の中で悪態をつく。

 

 まず最初に行動を始めたのは三校生徒。CADを操作し、乱入者に魔法を発動しようとするが、突段放たれた凶弾によってCADの操作が止められる。程なくして警備の生徒とともに会場の生徒は制圧され、身動きの取れない状態になる。そしてステージ前に立っていた達也にもその指示は下される。

 

「オイ、お前もだ」

 

 達也に向けて銃口を突き付け、慎重な足取りで近づく乱入者。その侵入者を達也は冷ややかな視線で観察する。その視線は乱入者の一挙手一投足のつぶさに観察していた(厳密には別のところも見ていたのだが)

 

 すると、乱入者を見ていた達也の視界で変化が起こる。近づいてくる乱入者の後ろに立っていた男の足元に魔法式が浮かび上がるとともに、いきなり入ってきた出入り口から出て行ってしまったのだ。正確には引っ張られていったの方が正しいであろうが、この場からいなくなったことには変わりない。その光景を見ていた全員が驚き固まっていると、その出入り口から新たに乱入者が入ってくる。その人物は白の一校制服を着ており、両手には完全に気絶した、乱入者と同じ服装をした男を引きずっていた。達也の目に映っていたのは紛れもなく錬であり、先ほどの現象が錬によって起こされたのが、達也にははっきりとわかった。

 

 錬は会場に入ると、引きずっていた男を一人投げ捨てる。すると、錬が同胞を引きずっていたのがよほど感に触ったのか、達也に近づいていた男は警告もなしに錬に向かって発砲する。ハイパワーライフルから放たれる弾丸は通常の銃の何倍もある威力を誇っており、あたってしまえば重大な障碍になってしまうのは明確だった。次に起こりうるであろう光景が予想できた聴衆は思わず声にならない悲鳴を上げそうになる。しかし、そのような光景は何時まで経っても訪れなかった。

 

 男の前に立つ錬は片腕を上げており、その体に一片の傷もなかった。何が起こったのかが分からない目の前の男は頭に血が上り、さらにトリガーを引こうとする。しかし、それは敵わなかった。錬がもう片方の手に持っていた男を自身の前に掲げたからだ。これでは必然的に男も撃ってしまうことになるため、男はトリガーを引くことをためらってしまう。しかし、そのためらいが仇となり、音もなく背後に回っていた達也に意識を刈り取られるのだった。

 

 目の前で起こった光景に思考が止まっていた警備の生徒は錬が向けた視線によって、即座に回復し、乱入者の取り押さえにかかった。程なくして乱入者は全員制圧され会場には一抹の安堵が訪れた。拘束のきっかけとなった男は片手に握っていた男を興味なさげに投げ捨てると、達也のもとに近づいていく。それとともに二人の男に声がかけられる。

 

「達也君!」

 

「錬君!」

 

 二人を呼ぶエリカと雫の声は完全にそろってしまう。二人は心配ないようなそぶりを見せる。達也はほぼ何もしていないし、錬は打たれた弾丸を「錬成」で分解しただけなので、怪我をするはずがなかった。それでも雫は心配そうに錬の手を取り、見つめている。すると、エリカがそんな二人を他所に達也に向かって質問する。

 

「それにしても随分と大変なことになってるけど…これからどうするの?」

 

「逃げ出すにしろ、追い返すにしろ、まずは正面入り口の敵を片付けないとな。錬、今の状況はわかるか?」

 

「詳しいことはわからないが、今戦闘が行われているのは正面入り口のみだ。そこさえ制圧してしまえば、とりあえずは安全だ」

 

「そうか」

 

 達也が短く返答すると、エリカは目を輝かせながら達也に問いかける。

 

「まさか待ってろなんて言わないよね?」

 

「別行動で突撃されるよりましか」

 

 その言葉に肉体派であるエリカやレオのみならず、ほのか、挙句には雫や美月も喜色を浮かべる。その表情を見た錬は先行するために一足先に会場を後にする。吉祥寺は聞きたいことがあるのか、錬に詰め寄ろうとするが、錬のよどみない素早い行動に口が追い付かず、聞けずじまいで言葉をぶつける場所がなくなってしまった。錬の動きを見届けた達也たち一行は、真由美やあずさに忠告を残すと、足早に会場を後にした。

 

 

 




 
 新しいCADの性能は次回明らかになります。ただちょっと怪しい部分があるので、その時はごめんなさい。



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横浜騒乱編 第五話

 達也たちは一足先に出ていった錬の後を追って、正面玄関に向かって走っていた。その道中には十人近くの男たちが倒れていた。脈はあるため、死んではいない。この光景を見て、錬がやったのだと気づいた達也たちは表情を引き攣らせ、再度錬の能力の高さを認識した。

 

 廊下に倒れる男たちに何度も視線を送りながら、廊下をひた走っているとようやく錬に追いつき、駆け寄る。達也は状況を確認するために、錬に話しかけようとするが、錬は達也たちが迫っていることに気付かずに敵に向かって飛び出していく。その左手の汎用型CADは起動式が読み込まれていた。 

 

 猛然と飛び出した錬は敵にとっては絶好の標的に見えたことだろう。敵の銃口はプロの魔法師から、錬へと移り、その銃口から一斉に弾丸が放たれる。しかしその銃弾が錬に届くことはなかった。

 

 錬の前には対物障壁が二重に張られており、一枚目の対物障壁が弾丸を防いだのだ。しかし敵側はそれに怯まずに弾丸を打ち続ける。そして数秒のうち、対物障壁が砕かれ、二枚目へと到達する。すると二枚目が弾丸の侵入を防いでいる間にもう一度対物障壁が展開される。再び障壁が砕かれるが、再度張りなおされる。

 

 こうして弾丸を受け続けている間に錬は敵勢力の人数を確認した。確認した後、錬は特化型CADを操作して、魔法を放つ。発動した魔法はエア・ブリット。だが、その威力は学校の訓練で加減していた時の比ではない。空気弾が敵に直撃すると、敵は数メートル吹き飛び、意識を失う。その光景に絶句した男たちはさらに殺気を高め、再び錬に弾丸を放つが、対物障壁に防がれ、錬に傷一つ与えることができない。錬は再び空気弾を放ち、一人の意識を刈り取った。

 

 紙のように吹き飛ばされていく仲間たちを見て、うろたえ始めた男たちが錬に意識を集中させていたところ、その後ろから二発の弾丸が男たちに向かって駆け寄る。その人物に銃口を向け、対処しようとするが、目を離した錬から空気弾が放たれ、二人の男が吹き飛ばされる。再び連に意識が向くが、それこそ錬の思うつぼ。二発の弾丸は素早く確実に、錬と協力して侵入者を無力化していった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出る幕がなかったぜ…」

 

 錬と達也、エリカの三人が、侵入者を制圧した後、レオが後ろから出てきて不満を零す。残念そうにしているレオを見て、エリカは肩を叩きながらなだめる。レオの後ろからやってくる深雪と幹比古はいつも通りであるが他の三人は刺激の強い光景に少々顔をゆがめている。しかし、達也が気遣うような視線を送ると、普段の、とは言えないが、笑顔を見せる。すると、雫は錬に近づき、戦闘の最中の出来事を質問する。

 

「ねえ、なんで二つのCADの同時操作ができたの?発動していた魔法は別系統だった。別系統の魔法を同時に発動することは理論上できないはず」

 

 この疑問は雫一人のものではなかった。達也も同じことを考えていたが、聞けるような状況ではなかったため、雫に内心感謝していた。

 

「ああ、それはこのCADの力だな」

 

 錬は左手につけたCADを袖をまくり上げ露出させ、雫たちに見せる。そのCADはレオのそれと同じくらい大型であり、手の甲側には刃渡り三十センチの模擬刀、手のひら側には細身の銃口にあたる部分とタッチパネルが存在していた。

 

 このCADは達也が開発した小通連の改良版、特化型CAD、汎用型CADの三つが備えられており、状況に合わせた対応のできるCADとなっていた。だが、同時にCADを操作し、魔法を放つという疑問の解決にはなっていない。

 

 さて、なぜ魔法が発動できるのかというと、CADに組み込まれた素材による効果だった。そもそも同時に魔法が発動できない理由としては混信による干渉波によって、発動障害が起こるためである。そこで錬が作り上げた素材は干渉波が生じる前に素材から発せられる波動により、干渉する前の波を打ち消すという特性をもったものだった。八種の魔法に対応した素材それぞれがCADの外装として使われているため、どの魔法にも対応できる。

 

 このCADは同時に発動できる魔法の数にこそ限界はあるものの、それ以外であればいわゆる万能型と呼ばれるCADへと仕上がっていた。 

 

 しかしこのことを伝えてしまうと、錬がユニラ・ケテルであることが達也にばれてしまう(実際は達也にならばれても問題ないと思っている。伝えない理由としては勘のいい誰かがケテルの正体に気付くのを恐れているため)と判断した錬はそのことを誤魔化すことにした。

 

「今はそれどころじゃないから、説明は後ででいいか」

 

「本当?絶対に後で説明してね?」

 

「あ、ああ」

 

 普段の雫にはない気迫につい錬は確約するような返事をしてしまう。これで説明することは免れなくなってしまった。早計な返事をしてしまったことを後悔しながら、達也に今後の計画の提案を促す。促された達也は冷静に今後の計画を話し始める。達也は現在の状況を知りたがっており、そのための方法を模索しているようだった。すると、達也の言葉に耳を傾けていた雫が提言する。

 

「VIP会議室を使ったら?」

 

「VIP会議室?」

 

 雫の言葉に達也は珍しく疑問の声を上げる。雫によると、そこは閣僚級の政治家などの使用する部屋のため、たいていの情報は傍受できるとのこと。その言葉に何故達也ですら知らなかったのかの理由がはっきりとした錬は小さく納得するように頷いた。情報収集のあてができた達也はそこに案内するように雫に頼み、雫はそれを了解したこうして一行はVIP会議室へと向かった。

 

 

 

 会議室内で受信した警察のマップデータがモニターに映ると、全員がその情報を見て顔をしかめる。データによると、横浜はどこもかしこも危険地帯になっており、敵は少なくとも数百人以上の規模を誇っていることを表していた。このデータから次の行動を模索していた達也はシェルターに避難することを進める。

 

「じゃ、地下通路だね」

 

 エリカの言葉に達也は否定するように首を横に振る。

 

「いや、地下はやめた方がいい。上を行こう」

 

 その言葉の少し後にエリカはその意図に気付いたように納得顔を見せる。その少し後に錬もその意図に気付く。ほのかや雫はまだ気づいていないようだったが。そして避難を開始しようとする面々に達也は待ったをかける。

 

「今のうちにデモ機のデータを処分しておきたい」

 

「あっ、そうだねそれが敵の目的かもしれないしね」

 

 納得したように幹比古は相槌を打つ。確かにそのとおりであり、敵の目的かもしれないデモ機を壊さずにこの場から逃げ出すのは完全なミスになってしまう。それを防ぐために達也は時間をもらってまで破壊することを選択したのだろう。全員でデモ機のあるステージ裏に移動する最中、一行は克人に声をかけられ、引き留められる。

 

「お前たちは先に避難したのではなかったのか」

 

「念のため、デモ機のデータが盗まれないように消去に向かうところです。彼女たちは、その、ばらばらに行動するよりはよいかと思いまして」

 

「しかし他の生徒は地下通路に向かったぞ」

 

 その言葉に達也は眉を顰める。その表情の変化に気が付いた沢木がその理由を達也に聞く。すると、達也は地下通路では敵部隊との遭遇戦になるかもしれないという意図を伝える。すると、服部はその状況を想定していなかったためか大きく驚く。克人はそれを聞き、服部と沢木に中条の後を追うように伝える。後を追って駆け出した沢木たちを見届けた達也たち一行はデモ機のもとへと急いだ。

 

 デモ機のおかれたステージ裏に到着すると、そこでは市原、五十里、平河がデモ機をいじっており、その周りを真由美、摩利、花音、桐原、壬生が取り囲んでいた。どうやら市原たちも同じ意図だったらしく、デモ機のデータを一心不乱に消していた。五十里たちに指示され達也たちは他校の機材を破壊しに行動し始める。その最中、摩利は錬を引き留める。

 

「しかし、君が侵入者を撃退して、会場内に入ってきたときには驚いたよ。あの光景を見た時には少し体が震えたよ」

 

 摩利は錬の肩に手を回し、笑いながら錬に話しかける。しかし肩にかけられた手は気づかない程度であるが、震えていた。摩利もまさかここまでも事態になるとは思っていなかったようで、無意識化で緊張しているのだろう。が、摩利も実力者だ。自分で気持ちの区切りをつけるであろうと、錬は納得して何も言うことはなかった。錬は達也たちの後を追うように機材の破壊に向かった。

 

 

 

 控室に全員が集まり、これからどうするかの作戦会議が始まる。全員の敵の目的の推測はおおむね同じであり、魔法協会にある資料、あるいは論文コンペに集まった研究者というのが、主であった。狙いの推測を終え、これからどうやって脱出するかの相談に移る。

 

 避難船は、避難民に対してキャパがここにいるものが使うという案は却下された。三年生を皮切りに、それぞれの案が出される。二年生も意思を伝え、ついに一年となった時、そのリーダー格である達也の視線は、摩利たちの方ではなく、全く別の方向に向いていた。

 

 達也は壁に向かって銀色のCADを構える。その行動に驚いた真由美がマルチ・スコープを発動し、壁を、壁の向こう側を見始めた。壁の向こう側の正面入り口方向から装甲版に覆われたトラックが特攻してくるのを見て、真由美は驚愕した。

 

 達也はトラックを消去するために、自身の魔法、分解でトラックを消去するためにCADにサイオンを注ぎ込む。自身に視線が集中していることは今は気にしている場合ではなかった。いざ、魔法を放とうと引き金を引こうとした瞬間、トラックが謎の横からの力を受けて、横転した。そのままトラックは慣性に従い、横滑りを起こし、階段にあたり、一、二段乗り上げることで停止した。

 

 目の前で起こった光景の原因を探るため、達也は攻撃の方向にあてを付け、そちらに視線を移動する。すると、そこには車から身を乗り出し、ランチャーを構えた人物がいた。その人物が攻撃をしたことによってトラックが横転したということが状況から読み取れた。がしかし、気になるところはそこではなかった。達也にとってはその人物の服装と、乗っている車体には見覚えがあった。

 

 服装は黒いローブにペストマスク。車体は黄色のスポーツカータイプ。まさしく今近くにいるはずの錬のモノだった。そのことにさしもの達也も驚きを隠せず、錬の方を向いていまう。しかし、それは驚きを隠しきれず、声に出してしまった真由美によって気づかれることはなかった。

 

「何、今のは!?」

 

「落ち着け、何があったのか説明しろ」

 

 摩利に促され、真由美は落ち着くように一息つくと、壁の向こうで起こった出来事を話し始める。その間、達也は錬の隣に移動する。

 

「トラックがここに突っ込んで来ていたんだけど…、それを第三者がランチャーで吹き飛ばして、止めたのよ」

 

「第三者?何者なんだそいつは?」

 

「顔はわからないわ。けど黒いローブを着て、変なマスクをつけて、黄色いスポーツカーに乗っていたわ」

 

「ん?どこかで聞き覚えが……」

 

 真由美の説明に心当たりのある一年生二人顔を見合わせながら、摩利の声を遮って話し始める。

 

「それって!」

 

「ブランシュ事件の時のあいつだな!」

 

「そうか、思い出した。ブランシュを単独でつぶしたというあいつか!」

 

 摩利の言葉に室内がどよめく。達也は錬の隣に立っていた。

 

「しかし、あれの犯人は甲司によれば錬君だとか言っていたそうじゃないか。その張本人は目の前にいるぞ?」

 

 摩利の言葉に反応して、全員の視線が錬に集中する。一方渦中の錬は携帯端末に視線を向けており、何かを一心不乱に見ていた。その行動にその場の全員が「ああ、いつも通りだな」と思ってしまう。

 

「正直、そこも気になるけど、今はどうでもいいわよ」

 

 真由美が話を切り替える。その一方、真由美たちが会話している間、達也と錬は別の会話をしていた。

 

「錬、あれはお前の車だよな」

 

「ああ」

 

 錬は端末に視線を送りながら、短く返答する。

 

「じゃあ、ランチャーを打ったのは、いったい誰なんだ?」

 

「あれは俺の優秀な部下だ。これは貸しだと思っておいてくれ」

 

「自分のためでもあるから、なしでいいんじゃないか?」

 

 達也はその言葉の意味が一瞬分からなかったが、すぐに理解する。錬の部下がトラックを止めたことにより、達也の分解が少なくとも真由美に露見することはなかった。これが達也のメリット。では錬のメリットは何かというと、ここで錬以外の人物が事件の際に現場に会った車に乗って、行動したことでブランシュ事件の犯人が錬であるという疑いが完全になくなった(別にばれても構わないとは思っているが、ばれるとそれはそれで面倒なことになりそうだと思い隠している)。達也はこんな状況であるにもかかわらず、変わらない錬の性格に苦笑する。

 

 話を戻すが、話しながらも視線は正面玄関に固定していた真由美の視線は、ミサイルが飛んでくるの捉える。達也は再度、CADを構えようとするが、端末を見ていた錬に引き留められる。すると、ミサイルは横から飛来したソニック・ブームによって阻止され、爆砕した。爆発するとともにスポーツカーはその場から離脱する。

 

 真由美と達也は視線を元に戻すと、それを見計らったかのように、一人の女性、藤林が入ってくる。その恰好は軍服に身を包んでいる。藤林は入ってくるとともに真由美ににこやかに微笑みながら、挨拶をする。すると藤林の後ろから少佐の階級章をつけた壮年の男性が入ってくる。その男性は困惑している達也の前に立つ。横に並び立った藤林は、達也に向かってきっぱりと呼びかける。

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています」

 

 この言葉で達也は困惑から立ち直り、姿勢を正すと、その言葉に対して敬礼で答える。その一連の行動を見た錬と深雪以外の面々は、驚きの表情を浮かべ、達也を見つめていた。達也が見つめられている間に目の前に立つ少佐から自己紹介がされる。その間、錬は本棚でその少佐についての詳しい情報を探っていた。名前は風間玄信、達也の上官にあたる人物だった。

 

 すると、藤林から現在の状況が話される。現在の状況は陸軍が侵攻軍と交戦中。魔法協会関東支部の義勇軍は自衛中。とても優勢といえる状況でなかった。

 

「さて、特尉。現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった和形芋防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる」

 

 この言葉に真由美と摩利は疑問を解消しようと、口を開きかけるが、風間は視線のみで二人を制する。

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」

 

 厳めしい単語、重々しい口調、そして視線の力でその場の全員を制する。情報統制をするためにはやむを得ないことだろう。(もっとも錬に関していえば、この場の全員の情報が筒抜けであるというのは内緒である)

 

 達也は指示に従ってその場を後にしようとする。その一連の流れが圧倒的に衝撃的であったためか、誰も達也のことを止めることができない。が、達也を引き留める人物がいた。

 

「お待ちください、お兄様」

 

 深雪は達也を引き留める。その表情を見た達也は、これから深雪が何をしようとしているのかを察し、深雪の前に跪く。そして深雪は達也の頬に手を当て、目をつぶった達也の額に唇を落とす。

 

 すると、周りに劇的な変化が訪れる。光の粒子が達也の身体から沸き上がり、目を焼きかねないほどに活性化したサイオンが、達也を取り巻く。渦巻くサイオンに皆が圧倒される中深雪は達也に向かって、膝を折り、一言告げる。

 

「お気をつけて」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真由美たちは藤林とともにこれからどうするかを話し合っていた。自動車はあるが、それは弾薬を運ぶものであった。人が乗るものではなかった。そもそも全員が乗れるキャパはない。藤林に話かけられた真由美は状況を確認しながら、迷いを含んだ口調で提案をする。

 

「えっと…予定通り、駅のシェルターに避難した方がいいと思うんだけど」

 

 真由美は隣に立つ克人に視線を向ける。

 

「そうだな。それがいいだろう」

 

 克人は真由美の提案に即座に頷く。それに真由美がほっとすると、克人は車の貸し出しを要求する。藤林が理由を聞くと、十師族としての責務を果たすために魔法協会支部に向かうためのものだった。それに対して藤林は了承し、二台のうちの一台を貸しだした。

 

 話し合っている最中、雫は今の状況に違和感を感じていた。達也のあの衝撃を受け止めるのに時間がかかっていたというのも相まってその違和感を見つけることができていなかった。ぼーっと真由美たちの会話を見ているうちにその違和感を徐々につかみ始める。首を振り、周囲を見回し、違和感を確信に変える。真由美たちが移動しようという時にその違和感をまずはほのかに伝える。

 

「ねえ、錬君は?」

 

 ほのかはぎょっとした表情になり、雫と同じようにきょろきょろと見渡す。その行動で徐々に周囲にその驚きは広がっていく。全員がそれに気づいた時、真由美はマルチ・スコープで周囲を観察するが、真由美の視覚圏内にはすでにいなかった。いつ消えたのだろうか、などの疑問が沸々とわいてくるが、今は行動をとらなければならない。が、錬を置き去りにするわけにはいかない。板挟みになった真由美は意見を求めた。

 

「今はシェルターに向かうべきだろう。心配無用、とは言えないだろうが、今は行動しなければ私たちも危ない」

 

 摩利は顎で残りの十三人を差しながら、真由美に言葉をかける。藤林にも意見を求めるが、同様の考えだったのか、無言のまま、首を縦に振る。二人の意見を聞き、真由美は自身の考えを述べ始める。

 

「今は仕方ないわ。錬君と合流できることを祈って、今はシェルターに向かいましょう」

 

 真由美の指示に従って、全員が車の先導に従って、シェルターに向かい始めた。

 

 





 CADの見た目は龍騎のドラグバイザーの龍のモチーフを取り払って、そこに模擬刀をつけ、手の甲部分に、タッチパネルをつけた感じです。





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横浜騒乱編 第六話



 今回は錬が大暴れです。なんか無双ゲーみたいになった。あとゴールデンウィーク中にもう二本くらい投稿したいな…



〈補遺〉

 錬が今回装着しているCADは手の甲側にタッチパネル型の汎用型を装備。
 特化型は安定のために握りこんでいるグリップ部分に仕込まれたスイッチを握りこむことによって、魔法を発動、人差し指、中指、薬指、小指の組み合わせで最大九種類まで発動できます。
 改小通連は、親指部分についているスイッチを押し込んでいる間離れ、離すと戻る。またCADの側面に着いたスイッチにより、発射時に移動魔法を使うかの選択ができる。模擬刀の重さは五キロ。
 また、手のひら側は装甲を厚くしているため、攻撃の防御に使うことも可能。





 

 光学迷彩の魔法を使い、真由美たちのもとを離れた錬は、端末を使い、アストラから情報を受け取っていた。受け取った警察のマップデータは、赤く染まり、付近にもたくさんの敵が潜伏していることが確認できた。

 

「アストラ、今どこにいる?」

 

「ただいま会場近くの裏路地にて待機しております」

 

「今横浜には陸軍が出張っている。ばれるとまずい。だからお前たちは帰投しながら、その道中の敵を殲滅しろ。車体を変更し続けることを忘れるなと言っておけ。それと逐次情報を渡してくれ」

 

「了解いたしました。ご武運を」

 

 アストラがそういうと端末の通信が切れる。錬は端末を制服の内ポケットにしまうと、近くに落ちていた傘を手に取り、転がっている自動車に柄の部分のみを当てる。そして錬成を自動車に向かって発動しながら、傘の柄の部分を一気に引き抜くように自動車から離す。すると傘の柄の部分に集まるようにして剣が形成される。その細身の剣は、鋭く鋼色に光っている。軽く一振りして感触を確かめた錬は、まずは近場からだ、と左腕のCADを操作すると、疾風の矢の如く的に向かって走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵を発見した錬は、即座に左手のCADにサイオンを注ぎながら、敵ゲリラに向かって剣を構える。その速度に敵ゲリラは一度動揺するが、すぐさま立て直し、錬に向かって銃を撃ち始める。錬はその速度のまま、ゲリラ兵の行動を振り切り、背後に回る。ゲリラ兵もすぐさま反転し、錬の姿を捉えようとするが、ゲリラ兵の眼は、錬の速さを捉えることは出来ず、まずは三人が錬の凶刃の餌食となった。

 

 仲間が切られたことに激しい怒りを覚えたゲリラ兵は錬をハチの巣にしようと銃を向けるが、銃を向けた瞬間、錬の姿がゲリラ兵の前から消え去った。ゲリラ兵が突然消えた錬を探している間、錬はゲリラ兵の頭上で剣を構え、自由落下を始めていた。。

 

 錬が使った魔法は疑似瞬間移動。物体の慣性を消し、その周りに空気の繭を作り、繭よりも一回り大きい真空のチューブを作り、その中を移動するという魔法だ。この魔法には移動先が察知されるという弱点があるものの、錬はこの魔法を発動する前に、乱流を発動させていたため、空気の流れは大荒れとなっている。そのためゲリラ兵は錬の移動先を察知することができなかった。

 

 自由落下を始めた錬はゲリラ兵の上に着地しながら、脳天を突き刺して絶命させる。消えたと思ったら、再び現れた錬に大きく動揺したゲリラ兵はもはや混乱して叫ぶことしかできない。錬はその間、近くにいたゲリラ兵を二人切り殺す。

 

 活動を再開し、銃口を向けようとしたゲリラ兵に対し、錬は左腕の小通連部分の移動魔法を発動し、模擬刀を二百キロ近い速さで打ち出す。ゲリラ兵はその威力に耐え切れずに脳漿を散らしながら絶命する。錬は左腕を横になぎ、打ち出した模擬刀で、近くにいたゲリラ兵二名の頭を殴打し、典型的な脳震盪の症状を作り出す。平衡感覚を失ったゲリラ兵は悠然と近づく錬に銃を向けることすらできない。錬はそのまま倒れたゲリラ兵を切り殺し、その場にいたゲリラ兵の殲滅を終えた。これにかかった時間は一分ほど。まあまあだと感じながら、錬は端末で再び敵の位置を確認し、そこに向かって走り始めた。

 

 ちなみにだが、錬がここまでやってくるのに使った魔法は自己加速術式ではない。使ったのは、気流を操作して、周囲に乱流を発生させ、その乱流で自身を押すことで高速移動を実現するものだ。インデックスにこの魔法はないため、仮にスピード・オブ・Fと名付けることにする。

 

 この魔法のメリットとしては高速移動とともに風が軽度の障壁になるという点だ。弾丸などの飛来物を風の力でいなすことができる。先ほどはこれによってゲリラ兵の弾丸を回避した。

 

 しかし、今はメリットよりもデメリットの方が多い。第一に体を鍛えていないものでなければまったく使うことができないのだ。まだ改良中であるため、明言は出来ないが、体にかかる負担は自己加速術式の比ではない。それだけでも安全マージンを多くとる現代では自己加速術式の利便性の上は取れない。そのため錬はこの魔法を公表するつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は再びゲリラ兵を見つけたが、一度足を止め、物陰に隠れることを決めた。ゲリラ兵に二機の自立戦車がついていたためだ。自立戦車は一機あたり八トンもの重量になり、今の錬の武装ではそれを倒すのはかなり心もとなかった。重火器の雨に身をさらしながら特攻するのは、スピード・オブ・Fの防御力があるにしても負担が大きかった。そのため、自身の安全を確保しながら、自立戦車を破壊するための策を考え始めた。

 

 策を考え付いた錬は左腕のCADを操作し、疑似瞬間移動の起動式を読み込む。そして、陰から自立戦車の様子を窺うと、疑似瞬間移動を()()()()に向かって発動した。自立戦車の一機に魔法式が広がり、その輝きに包まれる。疑似瞬間移動の効果によって、自立戦車の一機はもう一方の自立戦車の真上に向かって目にもとまらぬ速度で移動する。

 

 付近にいたゲリラ兵も、もう一方の自立戦車も、突然自立戦車が飛び上がったことに動揺を隠せずにいた。しかし、パイロットは優秀だったようで、現状にいち早く気付き、自立戦車をすぐさま回避行動に移させようとするが、時すでに遅し。

 

 ものすごい速度で自由落下を始めていた自立戦車は、もう一方が回避する前に、もう一方を挟み込みながら地面へと激突した。八トンの重みに耐えきれなかった自立戦車は潰れ、もう一方は上方からたたきつけられたことにより、脚部分が壊れ、行動不能になった。パイロットは衝撃で絶命していた。

 

 目の前で起こった現象にゲリラ兵が呆気に取られているうちに錬は特化型CADから魔法、エア・ブリットを放つ。放った総数は全部で十一発。ゲリラ兵の数と同じだった。ゲリラ兵はうろたえるだけでどうすることもできず、空気弾の直撃を受け、絶命した。

 

 錬は近くに敵がいないことを確認すると、自立戦車に向かって近づいていく。自立戦車のチェーンソー部分の根元に触れ、錬成を発動すると、触れている部分が水のように溶け落ち、消え、チェーンソーは重力に従って落ち始める。錬は落ちたチェーンソーを受け止めると左手のCADから模擬刀を取り外し、錬成を発動する。模擬刀とチェーンソーの根元を当てると、その二つを融合させた。そして、自身の使いやすい長さに調整し、そのまま手を離すと、CADに模擬刀が戻っていく。

 

 左右のウエイトバランスが変化したため、錬の動きは少しぎこちなさを覚えるが、錬にとってはそれも許容範囲内。感覚を慣らし、動きを確認すると、錬は再び横浜にはびこるゲリラ兵を掃討するためにスピード・オブ・Fを使って走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、敵側、大亜連合の侵攻部隊の総司令のもとに一本の連絡が届いていた。

 

「第三部隊より報告。ウロボロスを確認。現在単独でゲリラを殲滅しているようです。報告してきた第三部隊も既に連絡が途絶えております」

 

「そうか。全部隊に通達!シェルター、人質の確保を最優先に、ウロボロスを発見した際は、そいつの確保を最優先に行動せよ!多少は傷つけても構わん!」

 

 総司令より、侵攻部隊に対して告げられたのは錬が狙われるという指示。通信兵は何故ここまで一人の人物に上が執着するかが分かっていなかった。

 

「あの…なぜそこまで一人の人物に固執するのでしょうか?大量の人質を捉えた方が効率が良いように思えますが…」

 

「お前が知る必要はない!さっさと作業を続けろ!」

 

 突っぱねるようにして放たれた言葉に質問をした通信兵は自身の仕事に戻る。イスに深く座りなおした総司令の口元はほころんでおり、錬を捉えた後の、自身の今後を考えているのが一目瞭然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 独立魔法大隊に合流して戦闘に参加していた達也は、新開発のムーバル・スーツを着込み、空を飛行していた。空に無人偵察機を発見した達也は、自由落下しながら雲散霧消を発動し、偵察機を消滅させ、再び飛行した。

 

 同僚である柳のもとに合流した達也は、目の前で横たわる兵士の治療にあたる。達也が魔法を放つと、負傷兵の身体から弾痕がなくなり、傷そのものがなかったかのようになる。治療を終えると達也は柳たちとともに掃討を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げ遅れた市民のために、輸送ヘリを呼んだ真由美たち一校生徒組は、輸送用ヘリが安全を確保できるように二班に分かれ、周囲の警戒に当たっていた。警戒班は鈴音の予想した侵攻ルートの都合により、二班に分かれ、警戒に当たっていた。一つの班が深雪、レオ、エリカ、幹比古の一年生組、もう一方が、五十里、花音、桐原、壬生、千葉寿和、そして加勢にやってきた摩利で構成されていた。残りの真由美、鈴音、美月、ほのか、雫、小春は駅前広場にて、ヘリコプターの到着を待っていた。

 

 深雪たちのグループは幹比古の的確な援護、エリカとレオの突撃部隊、深雪の大火力範囲魔法により、大きく苦戦することなく、侵攻軍を撃退していた。摩利たちのグループは、花音の地雷原、桐原、寿和の剣劇、壬生の投剣術によるサポートによってこちらもさほど苦戦してはいなかった。

 

 がしかし、ここで幹比古が異変に気付く。自立戦車の動きが妙に人間臭いということに気付いたのだ。この戦車を動かしているのは、剪紙成兵術という古式の技術の一つである。紙を人の形に切り取り、雑霊を宿して、兵となす術。このことから敵が大亜連合であることが分かった幹比古は、あることを頼むために真由美へと連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 独立魔装大隊の面々と掃討を行っていた達也は、一団でこれからどうするかの相談をしていた。偽装艦を沈没させようという意見が上がるが、港湾への影響が大きいため却下。乗り込んで制圧という意見も上がったが、それを後回しにし、駅前広場に向かっている輸送用ヘリの脱出援護という方針に決まった。

 

 達也は勇気ある民間人がいたものだと感心しながら、上官の言葉の続きに耳を傾ける。

 

「なお、ヘリを呼んだ民間人の氏名は七草真由美、及び北山雫だ。両人から要請があった場合は、助力惜しまぬよう全員に徹底してくれ」

 

 聞き覚えがたっぷりある名前が耳から入ってきて、達也は思わずせき込みそうになった。

 

「ちなみにもう一つ補足だが、現在横浜市内で高校生と思われる少年が単独で侵攻軍を撃滅しているようだ。白い制服を着ていることから一校生徒と思われる。発見した場合、援護するように徹底してくれ」

 

 達也は誰が、いったい何をしているのかをはっきりと理解した瞬間、反射的にせき込んでしまう。

 

「どうした特尉。まさか風邪というわけでもあるまい」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 全力で横浜の街を疾駆している友人の姿を思い出し、なぜそのようなことをしているのかが理解できた達也は、もし発見したら、全力で援護しようと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、噂の渦中にいた錬は横浜の街を縦横無尽に疾駆していた。しかし、少しずつ、着実に錬の移動する速度は落ちてきていた。落ちてきたといってもその速度は微々たるものであり、単独で陸軍の兵士より多く討伐していることは称賛に値するだろう。しかし、移動が落ちた原因は他にある。ゲリラ兵が多く錬のもとにやってきては攻撃を仕掛けているのだ。錬はスピード・オブFや他物障壁を使いながら、必死に攻撃を仕掛けていたが、その数に流石に辟易し始めていた。

 

「鬱陶しい…」

 

 不満を零すようにぽつりとつぶやく。今まで不満一つ零さず、斬り続けていた錬が不満を零したことで、どれほどイライラしているかがわかるだろう(もっとも錬がやりたくてやっていることのためゲリラ兵を責めることはできないが) 

 

 範囲魔法で一掃しようかとCADに手を伸ばしたその時、錬に攻撃を仕掛けていた自立戦車が次々と消滅する。その現象にその場の全員が驚いていると、中空に黒い影が差す。上空を見上げると特殊なスーツを着込んだ黒服の一団が空中で銃口を、侵攻軍に向けていた。

 

 それに対抗しようと、ゲリラ兵も銃口を向けるが、錬から目を離したことにより、錬の攻勢が再開する。身体に乱流を纏って走り出し、上空からの銃弾を器用に躱しながら、敵兵を確実に切り刻んでいく。すべての銃声がやむころには、地に足をつけているものは錬以外にいなかった。

 

 一団の一人が地面にゆっくりと降り立ち、錬に向かって歩き始める。錬は剣を下ろしつつ、不測の事態に対応できるようにして、その人物と向かい合う。バイザーが開き、その向こう側に会った顔は達也のものだった。

 

「無事か?」

 

「一応は」

 

 錬の短い返答に達也は苦笑しながら、再び真剣な表情に戻る。

 

「まだやるのか?」

 

 達也は短いながらも意味をはっきりととらえられる言葉を錬に向かって投げかける。この言葉は純粋な気遣いから出た言葉である。自身を深雪たちのもとから離しておきたいというのが錬の心情であるというのは、達也も理解していた。しかしその前に錬が死んでしまっては悲しむ者もいる。その事態を避けるために真由美たちと合流するのが、一番だと達也は考えていた。

 

 そして錬も達也の思考を理解していた。そのうえで錬は返答する。

 

「ああ、まだ続けなくちゃならない」

 

 錬はきっぱりと告げる。錬の意思は変わることはない。まだ真由美たちと合流するわけにはいかなかった。その答えを聞き、達也は一瞬表情を曇らせるが、すぐに元に戻り、宙に浮かびながら、返答する。

 

「そうか。それならそれで気をつけろよ」

 

 達也は再び一団に戻り、どこかへ飛び去ってしまう。それを見届けた錬は、不意に空腹を感じ、近くのコンビニに窃盗に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

「いいのか。友人だったのだろう?」

 

 達也と一緒に空を飛んでいた柳は先ほどの行動について言及する。同じ一校生徒であれば、引き留め、避難させるのが常識だと自分の中で思っていた柳は先ほどの達也の行動に疑問を禁じえなかった。

 

「止めようと思って止められる人物ではありませんから。それに彼も引き際はわかっていると思っているので」

 

「信用しているんだな」

 

「ええ」

 

 柳の冷やかすような言葉に達也は短く簡潔に返答する。その答えを聞いた柳は滞空しているヘリを遠目で確認すると、飛行速度を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫は着陸しようとしているヘリに群がるイナゴを焼き尽くすことに必死になっていた。しかし数が多いために、ループ・キャストのフォノン・メーザーでも焼却が間に合っていなかった。次第に処理が追い付かなくなり、いよいよヘリに群れの一部がヘリに迫ったその時、黒雲となっていたイナゴの群れはまるでもともと存在していなかったかのように消え去った。

 

「達也さん…?」

 

 上空を仰ぎながらつぶやいたのはほのかだった。その間、黒服の集団がヘリを守るように取り囲む。その間、達也はイナゴ、もとい化成体を操っていた術者を探し、その人物を分解していた。

 

 無事にヘリが着陸し、住民、雫、稲垣を乗せ、ヘリが再び飛び立つ。その少し後に真由美の要請したヘリがやってくる。そのローター音に残されていた市民はほっと安堵する。

 

 真由美はもう一機のヘリに乗ってきた自身のボディーガードである名倉とやり取りを終えると、ほのかたちが協力して進めていた市民の収容を手伝おうと、鈴音に声をかける。それに応え、鈴音が振り返った時、事件が起こった。

 

「動くな!」

 

 二人のゲリラ兵が後ろから鈴音と、その近くにいた小春の首に手を巻き、ナイフを突きつける。その直後、他の男が現れ、手りゅう弾を持った腕を見せつける。

 

「……なるほど、このための布石だったのですか」

 

「頭の回転が速いな」

 

 ぽつりとつぶやいた鈴音の言葉はまるで囚われていないかのような声色だった。冷静さを孕み、恐怖を全く感じさせなかった。(隣の小春は完全に恐怖しているというのにのんきなものである)

 

 侵攻軍の目的は、機動部隊で戦力を前方にひきつけ、そのうえでターゲットを捕獲するというものであり、前方の迎撃部隊に多く戦力が集中していた(もっとも錬が暴れまわっているせいで思った以上に敵が迎撃部隊に向っていなかった)のは、まさにこの作戦のためだった。

 

 さて、鈴音が今回ターゲットになった理由としては、論文コンペで重力制御型熱核融合炉の発表を行い、なおかつ真由美の友人であることである。千春が狙われたのは、アシスタントとして発表に協力したというのと、たまたま近くにいたというものである。

 

 真由美は後ろ手にCADを操作し、二人を救出しようとするが、すぐにゲリラ兵にばれてしまい、鈴音の首元に当てられているナイフのきらめきによって真由美の動作が止められてしまう。

 

「お前が人質になれば、七草家が放ってはおかない。娘の友人を人質に取られることの方が、娘を人質に取られるより効果があるだろうからな」

 

「確かに。真由美さんは甘い人ですからね」

 

 鈴音はしれっとこんな状況であるにもかかわらず、真由美を非難するような言葉を発する。その緊張感のない言葉を聞いてか、動揺していた小春は少しばかり落ち着きを取り戻す。

 

「その後は、私たちを本国に拉致する手はずですか」

 

「そうだ。こちらの予定ではもう一人拉致する予定ではあるがな」

 

「その人物がだれかはともかくとして、それでは人質交換にならないのでは?」

 

「それは……、おまえ、何をした?」

 

 ゲリラ兵はやっと自身の身体が動かなくなっていることを認識する。鈴音は小春に目配せをしながら、目の前に突き付けられていたナイフをどけ、拘束から逃れる。小春も同様だ。今回鈴音を狙ったのは、ターゲットが悪かった。鈴音は媒体を使わない魔法発動、人体に直接干渉する魔法のスペシャリストであった。

 

 

 

 

 

 鈴音の活躍によって、二人が逃れたことによって三人はほっと安堵し、ヘリに乗り込もうとする。このような心の隙間ができてしまったのは学生、戦闘のスペシャリストでないものにとってはごく自然なことであった。しかし、今回はそれが仇となった。鈴音の行動は敵の意表を突くものだった。しかし、今回は敵の方が一枚上手であった。

 

 付近に隠れていたもう一人のゲリラ兵が真由美たちに向けてハイパワーライフルを向ける。それに気づいた三人は回避行動をとろうとするが、CADの操作も間に合わず、突然の状況に驚き、緊張した身体を動かすことができなかった。まず銃口が向けられたのは、最も近くにいた小春。その銃口から弾丸が放たれ、小春の心臓を穿とうと迫る。真由美たちの必死の抵抗も間に合わず、大声で声をかけることすら間に合わなかった。

 

 小春はこれから起こる現実から目を背けるためにぎゅっと目をつぶった。思い出したのは最近仲直りをした妹の事。このまま残して死んでしまうのかと思うとやりきれない気持ちでいっぱいだった。そのようなことを考えていると、目の前で、ガキンと、障壁で防がれたような音がした。恐る恐る目を開けると、目の前に対物障壁が張られており、ゲリラ兵には剣が刺さっていた。

 

 何が起こったのかの理解に苦しんでいると、ゲリラ兵を中心に突風が吹き荒れた。三人はとっさに顔を覆い、飛んでくる砂などを防ぐ。風が収まったため、三人は目を開けるとそこには三人が見知った人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

「錬君!」

 

 声を上げたのは真由美。心配そうに錬に駆け寄り、ペタペタとさわり身体の安全を確認する。

 

「さっきの障壁は……錬君が?」

 

「ええ、間に合ってよかったです」

 

 小春の質問に簡潔に答える錬はゲリラ兵から剣を引き抜く。引き抜かれたゲリラ兵の身体から血が噴き出す。このようなことに慣れていない小春がその光景を見て、顔を青くする。

 

「それより早く避難するわよ。ここに留まっているのは危険だわ」

 

 真由美は逃げ出すように促しながら、錬の手を引き、ヘリの方に誘導する。錬はそのまま手を引かれ、ヘリに向かって歩き始めた。

 

 小春と鈴音が輸送用ヘリに乗り込む。錬、ほのか、真由美はその姿を見届ける。いよいよ飛び立とうというところで、小春が顔をのぞかせる。

 

「錬君、ありがとうね」

 

 微笑むような笑顔を向けて、錬に感謝を伝える小春。その直後、ヘリはローターを回転させ、空へ舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ私たちもいきましょうか」

 

 真由美の指示に従い、ほのかは真由美とともにもう一方のヘリへと向かい始める。錬は黙って足を止めたままだ。その行動に何か嫌なものを感じた真由美は恐る恐る声をかける。

 

「えっと、どうしたの?」

 

 錬は無言のまま、CADの付いた左腕を持ち上げ、手のひら側に着いたタッチパネルを操作する。その行動の意図に気付いた真由美とほのかは同様にCADを操作し、錬の行動を止めようとするが、遅かった。

 

 CADの入力途中で錬の魔法が発動し、突風が吹き荒れ、二人は入力途中で手で顔を覆ってしまう。次にはっきりと付近を視認した時には錬はいなくなっていた。あまりの早業に呆気に取られていた二人の意識を引き戻したのは、ヘリのパイロットである名倉の声だった。

 

「お嬢様!お早く!」

 

 意識を取り戻した真由美はほのかを促し、ヘリに乗り込む。あとでたっぷり説教をしてやろう、と心に決めて。すると、乗り込もうとする真由美の視線に黒服の一団のうちの一人が目に入った。銀色のCADを持ったその人物を見た真由美は、目の前で逃げられたフラストレーションを晴らすためにこっそりとその人物に『あかんべえ』をした。された本人は理不尽だと溜息を吐いた。

 

 

 

 

 





 剣の形はハンターハンターのフェイタンのやつです。刀身はアダマンチウムです。硬いです。CADの装甲部分はヴィブラニウムです。やばいです。


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横浜騒乱編 第七話

 もう少しで横浜騒乱編が終わる…。そしたらやっと錬の過去とかが書ける…。

 というわけで頑張って書いていきますよー!ゴールデンウィーク中にもう一本は出したいと思います。応援よろしくお願いします。

 ご意見ご感想お待ちしております(ボコボコにいうのはご遠慮ください)。

p.s 今更ながら総合評価二千越えありがとうございます。これも皆様のおかげです。これからも精進していきたいと思います。



 真由美たちから逃げ出した錬は、目的地もなく横浜の街を走っていた。とりあえず真由美たちから離れるために。巻き込まないように。別に善意ではなかった。しかし錬がどれほど他人に対して関心が希薄な人間であったとしても罪悪感などの感情は残っている。そのため、自分のせいで周りの人間が傷つくことを良しとしていなかった。そのため、錬は走っていた。

 

 しかし、どこに行こうとはっきり決めて走っていたわけではなかったため、錬自身ここがどこであるかわかっていなかった。かなりの距離を走りぬいたところで、錬は足を止め、端末を取り出して現在地を確認し始めた。盗んだレーションを頬張りながら。

 

 錬が歩いている場所は、横浜中華街近辺。アストラの傍受した情報では今も義勇軍とゲリラ兵との戦闘が行われているところだった。錬が端末で情報を確認し、顔を上げると付近に高い壁がそびえたち、それに囲まれた地域、中華街があった。耳を澄ませると付近では戦闘音が轟き、道には戦闘の痕跡である死体や自立戦車の残骸が転がっていた。それらを横目に見ながら、錬は徐々に戦闘地帯の方に近づいていく。

 

 頬張っていたレーションの最後の一口を口にほおりこみ、曲がり角を曲がったところでいよいよ戦闘地帯に突入した。ゲリラ兵の一人が錬に気付くと、大声を上げ、仲間内に何かを伝える。それを聞いたゲリラ兵だが、ほとんどは錬の方を向かず、もともと相手をしていた連中の相手し続ける。しかし、士気自体は目に見えて上がっている。自分を捕えたら、何か報酬でも出るのだろうか、と余計な推測をしながら、錬は相対した三人のゲリラ兵、恐らく一人は魔法師と向き合う。

 

 錬はハイパワーライフル用の対物障壁を発動しながら、右手に持って剣を構える。ゲリラ兵側の魔法師は、拳銃型CADの引き金をひき、古式魔法の一種である幻影を召喚する。ゲリラ兵側の魔法師はさらに幻影を増やそうとするが、錬がそれを許すはずがない。

 

 錬は対物障壁を展開しながら、魔法師に向かって走り出す。すると残りの二人が広角的に位置を取りながら、錬に向かってハイパワーライフルを打ち出す。錬はその銃撃に対物障壁を広げざるを得なくなり、脚を止めて対物障壁を広げて、弾丸の侵入を阻止する。  

 その間もゲリラ兵の攻撃は止まらない。ゲリラ兵の映弾丸に混じって、魔法師の出した幻影が錬に向かって近づいてくる。今、錬の出している障壁は対物障壁、物理的攻撃に対しては強いが、魔法的攻撃に対しては無力なものだ。幻影は魔法によって構成されたものだ。幻影は錬の障壁は乗り越え、錬に向かって持っている剣を振り下ろした。

 

 錬はその凶刃を剣でガードしようとするが、幻影の剣は錬の剣をすり抜ける。それを見た錬はとっさに後ろに跳び退り、剣を回避する。幻影を物理的に対処ができないと判断した錬は、幻影を魔法的に消し飛ばすために、汎用型CADを操作し、幻影に向かって領域干渉を発動し、干渉波を投射する。すると、幻影はもとより何もなかったかのように霧散する。

 

 早急に魔法師を対処しなければと思った錬は、魔法師に向かって走り出そうとするが、側面から銃撃を放つゲリラ兵に妨害される。しかも、その二人は対角線に立っており、一方を相手取ると、もう一方に集中攻撃を食らってしまう位置取りをしていた。

 

 銃撃を防ぎながら、埒が明かない、と思い始めていた錬は、幻影の凶刃を躱し、銃弾を防ぎながら、どう対処するかを考えていた。対処法を大まかに考えた錬は、思考を頭に集中し、本棚から魔法式を魔法演算領域に直接送り込む。これが錬の奥の手。図書館から魔法式を直接魔法演算領域に送り込むことで、CADを経由せずに魔法を発動するといったものだ。これはフラッシュ・キャストと同等、あるいはそれ以上の速度で、CAD以上の数の魔法を発動できるというまさに錬の切り札だった。同時発動、複数発動、遅延発動も思いのままで、かつ本棚からの発動のため、秘匿とされている魔法の発動も可能である。

 

 しかし、こんな万能と思われるような、この技能にも弱点はある。本棚をフル活用して使うために極端に頭を使うのだ。その負担は尋常ではなく、それに合わせてカロリーもかなり消費してしまう。その量、一時間で七千キロカロリー(水泳のクロールを一時間でおおよそ千キロカロリーを消費する)。そのため、錬はこの技能を日常的に使うのが好きでなく、CADでの戦闘を好んでいた。 

 

 錬は三人のゲリラ兵に向けて、いや付近の空間に対して、魔法を発動する。発動した魔法は加重系統の魔法。半径十五メートルのすべての物体を錬の方向に向けて、引き寄せるものだ。(もちろん錬に激突しないように五十センチメートル手前で停止するようになっている)。魔法によって一定の距離を取っていた三人のゲリラ兵は抵抗を許さず、錬に向かって飛翔する。その間に錬は左手の模擬刀、いや自立戦車からもぎ取ったチェーンソーを振りかざす。   

 

 三人が同時に五十センチメートル地点で停止した瞬間、移動魔法を発動。錬は円を描くようにして回転しながら、移動魔法が付随したチェーンソーを振りかざす。その円状にいた三人のゲリラ兵はその一撃に耐えられず、三人まとめて、吹き飛んでいく。恐らく死んではいないが、行動停止に持ち込んだため、もはや錬が手を下す必要性はなかった。

 

 三人が敗北したことと、錬の近くで戦っていた一条将輝が叫喚地獄で一般兵を屠り、魔法師を倒したことで、ゲリラ兵が中華街に逃げ込んでいく。一条将輝は追撃のために、中華街の開門を要求する。錬はその間、光学迷彩の魔法を使い、視認されないようにして、付近のビルの上からその一連の様子を注意深く観察していた。

 

 すると、呼びかけのすぐ後に門が軋みを上げながら、開いていく。出てきたのは貴公子的な雰囲気を纏った青年。その後ろに何人かの黒服集団。彼らは拘束した侵攻軍兵士を連れている。錬はその青年の第一声、そしてその後の言葉に聴覚を集中させる。

 

「周公瑾と申します」

 

「……周公瑾?」

 

 一条が疑問の声を上げるのも無理はなかった。周公瑾とは三国志に登場する軍師の名前。それと同名であれば、驚いてしまうだろう。しかし、その青年は慣れているのか淀みなく返答する。

 

「本名ですよ」

 

「失礼した。一条将輝だ」

 

 それを聞いて一条も名乗る。その直後、錬の身体がびくりと震えた。周公瑾の眼が錬の方を向き、錬の眼とあったのだ。

 

 だが、錬はびくりと震えた身体を抑えると、隣のビルに移り、本当に見えているのかの確認をする。隣のビルに移ってもなお、周公瑾の眼は錬から離れることがなかった。最終確認をするために、錬はCADを周公瑾に向ける。すると、今度は周公瑾の身体が小さく揺れる。これで確実に錬のことをみえていると確信した錬は、その場を一条に任せ、逃げるようにしてその場から離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたか」

 

「いえ、問題ありません」

 

 一条と相対していた周は体が小さく揺れたことを一条に心配される。しかし、一条もなぜ、周が不自然に揺れたかの理由は分からなかったらしく、深く考えずに元の会話に戻った。周は低姿勢で一条に接し、ゲリラ兵を一条に差し出す。

 

「私たちは侵略者と関係していません。むしろ、私たちも被害者です。そのことをご理解いただくために、協力させていただきました」

 

 一条はその主張にいまいち腑に落ちないと言いたげな表情ではあるが、ゲリラ兵の受け渡しに応じる。しかし一方の周はその最中も、そのことなどすでに頭になく、別のことが頭を占めていた。

 

(あれが話に聞いていた少年ですか。彼の力を借りることができれば、私個人の目的に近づくことができそうですね…どうにかコンタクトを取れるといいのですが…」

 

 周の頭の中はすでに錬とどのようにしてコンタクトを取るかでいっぱいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、我が軍が後退を始めました」

 

「そうか」

 

 部隊の部下の報告を聞き、陳祥山は頷く。今回の作戦の目的である機密文書の奪取。その実行部隊の隊長である陳は、魔法協会関東支部に部下たちと向かっていた。

 

「我々はこれより作戦案二号を実行する。呂上尉。個人的に思うところはあるかもしれんが、報復は考えるな。価値の定かでない聖遺物にこだわったのがそもそもの間違いだったのだ」

 

「分かっています」

 

 呂は完全に自制のきいた声で上官に答えた。しかし、呂の内心は湧き上がっており、出来ることならばもう一度戦いたいと思っていた。今ならば勝てる。本来の装備を付けた今ならば勝てる。そうも思っていた。

 

 その呂の内心を知ってか、はたまた知らずか、陳は呂に対してもう一つ指令を下す。

 

「また、ウロボロスが暴れまわっているという情報が入っている。魔法協会支部に現れた時には……、呂上尉、君に任せよう。殺さなければ何をしてもかまわない」

 

 思わぬ合法的な復讐の機会を得た呂は、大きく広角を上げて、歓喜を孕んだ声で陳の指令に答える。

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!」

 

「美月、どうしたの?」

 

 ヘリに乗ってから、率先して見張り役を務めていた水木が声を上げた直後に深雪が問いかける。それによってヘリを包んでいた重苦しい雰囲気が霧散する。

 

「えっと、ベイヒルズタワーのあたりで、野獣のようなオーラが見えた気がして…」

 

「野獣のような?好戦的で狂暴な、という意味?」

 

 幹比古が呪符を取り出し、術を発動し、ベイヒルズタワーを視る。

 

「敵襲!?」

 

 驚愕の声を上げる。

 

「確かなの?」

 

「でも敵は義勇軍が押し返しているはずよ」

 

 エリカと花音が続けざまに問いかけるが、敵が少数精鋭であること、敵の一人がとてつもない強敵であることを伝えると、ヘリに通信が入る。その間も幹比古は敵の動向を術で見続ける。

 

「あれ…、おかしいな」

 

「どうしたのよ」

 

 エリカの問いに幹比古は戸惑いながら答える。

 

「いや…恐らく一番の実力者だと思う敵がいきなり反転して、ベイヒルズタワーとは逆の方向に走り出したんだ」 

 

「はあ?」

 

 あまりにみょうちきりんな言葉に全員が疑問を孕んだ溜息を吐く。幹比古しか現場を見ることができていないため、他の皆は全くイメージできていなかった。

 

「ちなみにどんな男よ」

 

「やたらとごつくて、変な鎧とトンファーを装備してる。……あっ、今度は何もないところに攻撃し始めた」

 

「おそらくその男、呂剛虎よ。兄上から聞かされたことがあるわ」

 

「誰だ?そいつ」

 

 エリカの言葉にレオが反応する。その言葉にエリカは興奮した様子で答える。

 

「強敵よ」

 

 短く答えたエリカの言葉にレオは全くひるまず、どう猛さを含んだ笑みを浮かべる。

 

「でもそんな実力者が何であんなことを…」

 

 だが、幹比古の上げた声で二人は現実に戻される。確かにエリカの兄、修次と同等レベルの人物がそんな意味のない行動をとるのは解せなかった。すると、そこに真由美が戻ってきて指示を出し始める。

 

「とにかくあの敵は私たちで迎撃しましょう。深雪さん支部のフロアを守って。責任を押しつけるみたいだけど、最後の砦を任せられるのは深雪さんしかいないわ」 

 

 ここで全員一度に対処できるのに、と思った深雪であったが、おとなしく指示に従うことに決めた。

 

「壬生さんと桐原君、光井さん、そして平河さんはヘリと柴田さん、そして深雪さんの護衛を。五十里君、花音ちゃん、吉田君は白い鎧以外の敵兵を抑えてもらえるかしら」

 

 真由美の有無を言わさない、覇気のある声に皆は頷く。そして真由美は摩利の方を向く。

 

「摩利」

 

「ああ。言われなくても、あの男は私たちで倒す。エリカ、西城、お前たちにも手伝ってもらうぞ」

 

「いわれなくても」

 

 エリカは短く答え、レオは黙ってうなずく。こうして全員の役割が決まり、いざ出陣といったところで、ヘリが大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呂は任務のために暴れて敵の目を引き付けるとともに、錬の到着を心待ちにしていた。呂は軍人である以上に武人である。錬に対して復讐したいと腹の中で強く思っていた。特別鑑別所でも一度敗北していたが、その時は三人が相手であった。呂自身、負けの原因を人数のせいにするつもりはなかったが、数で押し切られた感はなかったとは言えなかった。しかし、錬の時はどうか。たった一人の、なおかつ学生に手傷を負わされた。そのショックは呂の中でくすぶっていた。そのため一度体とプライドに傷をつけた少年。その少年に自分の強さという刃を突き立てるため、呂は錬を探していた。

 

 魔法協会の職員が打つ機関砲を鋼気功で受けながら、バリケードの装甲車を弾き飛ばしていく。その本来の装備は白虎甲だけであったが、今回はトンファーも装備していた。これは錬の錬成を想定してのものだった。錬の錬成が素手でしか扱えないと推測した呂は、素手以上の間合いが出せ、自身の動きに会った武器、トンファーを選択し、今回の戦闘に持ち込んでいた。その先端には刃がついており、全体は強固で軽い合金で作られていた。   

 すると、呂は本能的に察知し、しゃがみ込む。すると、呂の上を空気弾が通っていき、破壊した装甲車に着弾する。装甲車の状態から威力こそ高くないが、それが自身を狙ったものであることを察した呂は攻撃の方向を向く。そこには何もなかったが、動物的本能で知覚系魔法を使用し、そこをもう一度見ると、そこには片手を地面と水平に上げた錬が立っていた。錬は呂に向かって指を三回曲げ、挑発をする。因縁の相手に再会した呂は、これ以上にないほど口角を上げて、錬に向かって自己加速術式を使い、突っ込んでいく。

 

 錬は突撃してきた呂のトンファーを右手の剣で受け止める。しかし、その一撃は想像以上に重く、錬は大きく吹き飛ばされる。がしかし、錬は空中で体勢を立て直し、何事もなかったかのように着地する。

 

 呂は錬が着地すると同時に、距離を詰めなおし、全身を使った息つく暇もないほどの連撃を繰り出す。錬はそれを剣やチェーンソーで受け止め、合間を縫うように躱していく。こうして全力の呂を躱せるだけ、やはり錬も大概であるということだろう。

 

 錬もタダで受け続けるつもりはなかった。錬は持ち手、傘の柄の部分で呂の腕を引き寄せるようにしてひっかけ、もう一方のチェーンソーを振り下ろす。しかし大きすぎたためか、呂に簡単に受け止められ、距離を取られてしまう。大型機械には向いていたチェーンソーだが、呂の素早い動きにはあまりに向かないと判断した錬は、形状を変えようと、錬成を発動しようとする。しかし呂の素早い動きの前にそれはキャンセルせざるを得なくなる。

 

 呂のアッパー気味の攻撃を見切った錬は、呂の手首付近を踏みつけるようにして回避しようとする。しかし、その攻撃は錬が思っていた以上に強かった。恐らく呂がサイオンでブーストをかけていたのだろう。

 

 錬はその攻撃の余波で空中に投げ出される。その高さはおおよそ三十メートル。いったいどれほどブーストをかけていたんだ、と悪態をつきながら錬は体勢を立て直す。が、呂は空中にとどまっている錬を待っているほど、のんきな性分ではなかった。呂も空中に身を飛ばし、錬に追撃をくらわそうとする。

 

 しかし、今回は余裕のある錬は本棚から、スピード・オブ・Fと足の裏に小さく対物障壁をを展開する。今回の障壁は小さい代わりに対物防御であればファランクス並みに防御力を上げている。飛んでくる呂のアッパーに対して、踏みつけるようにして防御する。すると両者はその余波で、攻撃とは逆の方向に吹き飛んでいく。

 

 上空に打ち上げられた錬は、スピード・オブ・Fの影響もあり、かなりの高さまで打ち上げられる(この間、ずっと光学迷彩の魔法を展開し続けている)。チャンスだと思い、錬は錬成を発動する。その瞬間、錬は嫌なものを背中に感じ、後ろを確認する。すると、進行方向にヘリが飛んでいた。このままではもろに激突すると判断した錬は、スピード・オブ・Fでそのヘリの側面に着地できるような体制になる。そして錬はそのまま、ヘリの側面に着地した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあ!何が起こったの!?」

 

 突然の揺れに驚いた真由美は反射的に声を上げてしまう。ヘリに攻撃を受けたと思った幹比古はおおよその地点を確認する。しかし、そこには傷一つなく、きれいなままであった。そのことを疑問に思い、頭をひねっていると、次に現れた光景に驚愕する。戦闘にすべてのキャパシティを割くことに決めた錬が光学迷彩を解き、幹比古たちの前に姿を現したのだ。

 

「錬!」

 

 幹比古の言葉に全員が何かしらの反応を見せる。その多くは驚きを孕んでいた。すると、摩利が飛行中であるにもかかわらず、ヘリのドアを開ける。風がヘリの内部に入り込み、全員の恰好が乱れるが、そんなことを気にするものはここにはいなかった。摩利がドアの向こうに体を乗り出してヘリの側面を見ると、錬がヘリの側面に()()()()()。(小通連改の合化魔法を錬自身に使用しているため)

 

「錬君!いったい何をやっているんだ。呂剛虎と戦っていたのは君か!?」

 

 摩利は錬に問いかけるが、戦闘に集中している錬の耳には全く届いていなかった。

 

 続々とドアから顔をのぞかせて錬の動向を見る面々。その間も錬は呂との戦闘のことを考えていた。

 

(少なくともこのチェーンソーはもういらないな。盾にでも作り変えるか)

 

 錬は錬成を再び発動させ、チェーンソーを撫でる。すると、チェーンソーが溶けるように流動し、すぐさま意思を持ったように形を変えていく。チェーンソーの無骨な見た目は見る影もなくなり、代わりに薄く、小さいながらも頑強さが目に見えて見える盾、(その中でも目を引くのはこのような機能美重視の盾には似つかわしくないように盾がX状の造形になっていることだろうか)に変化した。

 

 錬がヘリに立ちながら行っていた行動はもちろん摩利たちに見られており、錬の行動は摩利たちを唖然とさせてしまうこととなった。その中でも錬はさらに自身の装備を変化させていく。余ったチェーンソーの部品は錬の剣の持ち手を保護する装甲へと生まれ変わった。

 

「おい錬君!君は一体これからどうするつもりだい!」

 

「あの呂剛虎を倒すんだったら、連携して攻撃した方がいいわよ!」

 

「というか何だ今の!」

 

 摩利、エリカ、レオの必死の呼びかけによって、やっと錬は一校の面々のヘリであることに気付く。錬は摩利たちの方を向くと軽く手を振る。

 

「おいまさか!ここ地上から百メートルだぞ!錬君!」

 

 錬は合化魔法を解除。すぐさまスピード・オブ・Fを展開して、地上百メートルからの自由落下を始める。およそ数秒で地面に到達し、今まで小さくしか見えていなかったろの姿がはっきりと見えるようになる。

 

 錬は風を使って安全に着地する。その間、呂には動きは無し。待っているだけなのか、いつでも屠れるという気持ちの表れなのかは本人にしかわからない。しかし錬にとってそれは好都合である。すると、呂は錬に向かって話しかける。

 

「待っていたぞ。貴様に借りを返せるこの時をっ!」

 

「貸した覚えもないし、返される覚えもないからぜひとも帰ってくれ」

 

 一度簡単に会話を終えた二人は、同時に動き出す。錬は特化型CADを操作し、エア・ブリットを放つ。呂は自己加速術式を使い、錬に突進する。錬の空気弾が呂の突進を防ごうと呂に向かうが、呂の強固な守りによって防がれてしまう。両者の距離が三メートルになり、呂がトンファーで錬の右腕を砕こうと振りぬくが、錬はスピード・オブ・Fの速度を活かし、攻撃を回避する。

 

「ひとっ走り、付き合えよ」

 

 錬はそう呟くと走り出す。その速度は自己加速術式に並ぶ、あるいはそれ以上の速度であり、今日一番の速度をたたき出した。その速度を活かし、錬は呂にヒットアンドアウェイの攻撃を放っていた。その攻撃の速度は呂でもとらえきれず、アダマンチウムの剣もあり、徐々に呂にダメージを蓄積していた。

 

 が、ここでピンチが訪れる。一つ目が錬の身体にかなりの負担が溜まりつつあること。そもそも二百キロ以上の速度は人間の出していい速度ではない。合化魔法で誤魔化してはいたが、それもそろそろ限界に近づいていた。さらには呂にダメージを与えられていないという心理的要素もそれを加速させていた。確かに小さな傷は与えられているが、効果的にはなっていなかった。アダマンチウムの剣であるというのにだ。ここには錬も敵ながら純粋な尊敬の念を抱いていた。

 

 それでも錬は走ることをやめずに攻撃を続けていた。が、攻撃を受け続けていた呂に変化が生じ始める。次第に連の動きに慣れ始め、反撃をしてくるようになったのだ。回数こそ少ないものの、徐々に攻撃が深くなっていく。錬も盾を使って防御するが、呂の攻撃が徐々に、盾をすり抜けるような、盾の無い部分を的確にとらえる攻撃になっていた。このままではまずいと判断した錬は、攻撃方法の変更を選択した。スピード・オブ・Fをそのままに一度距離を取り、遠距離での攻撃をメインとする作戦へと切り替えることにした。

 

 が、ここで錬は驚きで身が固まりそうになった。見てはいけないものを見てしまった。そんな感覚だった。攻撃を受け続けていた呂がいきなり口角を上げたのだ。錬の動揺を察したかのように、呂は右腕のトンファーを手放して、近づいた錬の右手に握る剣をつかんだ。錬はそのことに驚愕するが、このまま掴んでいるのは危険だと判断し、剣を手放して呂から距離を取る。

 

 呂は掴んだ錬の剣を放り投げると、勝利を確信したかのような顔で錬に接近して波状攻撃を仕掛ける。剣を失った錬は盾を使用しながら、防御することしかできない。また、錬の身体にはかなりの疲労がたまっており、動きはかなり鈍くなっていた。呂の攻撃が錬のガードをすり抜け、錬の身体を傷つけ始める。トンファーの刃にまだ当たっていないのが不幸中の幸いであったが、そのレベルのことが不幸中の幸いだと言わざるを得ないほど、状況はひっ迫していた。錬はCADを操作できず、本棚で攻撃用の魔法すら打てないほどの波状攻撃の前にもはや虫の息であった。

 

 錬はなんとか隙を作ろうと盾を使って殴りかかる。この一撃が呂の胴体にクリーンヒットし、錬は手ごたえを感じる。が、さすがの錬もここまでの戦闘で激しく消耗しており、これが誘いであることに気付くのがかなり遅れてしまった。そしてそのころには退避するのが不可能になってしまっていた。

 

 呂は錬のシールドバッシュを胴体で受けると、そのまま錬の盾をつかみ取る。錬もなんとか離れようとするが力が強く、離れようにも離れられなかった。また今回盾を模擬刀ではなくCADに直接つけているため、模擬刀だけを離して脱出という手段が取れずにいた。そのため、呂から離れることができずにいた。とっさに本棚から魔法を放とうとするが、錬が本棚に意識を持っていった時には呂は攻撃態勢に入っていた。

 

 下から降り上げた呂のトンファーの刃は、錬の肘部分に食い込む。その痛みに錬は苦悶の表情を浮かべ、本棚に向けていた意識をそらしてしまう。刃はまだ錬の腕に食い込んでおり、呂の一存でどうとでもなる状態にあった。錬はこのままでは勝ち目がなくなると判断し、なんとか離れようと掴まれた体制のまま、呂の顔面に蹴りを加えようと体を起こす。しかし呂が掴んだ左腕を軽く一振りすることで錬の体勢が崩れてしまい、蹴りの勢いが減速する

 

 とにかくこれ以上の腕の負傷を防ごうと、食い込んでいる刃から己が手を逃がそうと、行動しようとする。が、その思考をしている時点で遅かった。食い込んだ刃は呂が腕を引きながら振り上げることで、無残にも

 

   

 

 

 

 

 

 

    錬の腕を引き裂き、肘から先を地につけることになった。

 

 

 



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横浜騒乱編 第八話

 
 


 

 

 腕が切断された錬は、苦悶で表情をゆがめながらも、錬成を発動する。左腕につけていたCADを錬成で破壊し、なんとか呂の拘束から逃れる。呂の拘束から逃れた錬は、本棚から自己加速術式を発動して、呂との距離を取る。移動中にも視界に映る自身の右腕が否応もなく、集中力をそいでいく。

 

 ある程度距離を取り終え、錬は自身の腕の切断面を確認すると同時に、念のために持ってきていた特化型CADを腰から引き抜く。その間、呂は錬に追い打ちをかけることはなかった。それが勝利に近づいたものの余裕かはわからないが、腕を一本なくしたことによって、錬が圧倒的不利の状況に立たされたのは間違いなかった。錬は付近のバリケードからワイヤーを作ると、傷口付近をそれで縛り止血をする。

 

 片腕で縛り終えた錬が呂の方を見ると、呂は少しずつ錬に向かって歩みを進めていた。そして二、三歩歩いたところで呂が口を開き、言葉を紡ぐ。

 

「どうだ?ここらで降参しては。勝負はもう決まっている。私としても貴様にとどめを刺すわけにはいかない」

 

 呂は徐々に錬に近づきながら、拙い日本語で投降を促す。呂としては今すぐにもとどめを刺したいところであろうが、任務としては錬の回収は、かなり重要である。そのため、無力化して持ち帰るというのが呂の考えであった。しかし、錬はその要請に冷たく答える。

 

「笑わせるな。お前たちに捕まって利用されるくらいなら、死んだほうがましだ」

 

 錬の意志が揺らぐことはなく、拒否の意思を伝える。絶体絶命であるにも関わず、錬の眼はしっかりと呂のことを見据えていた。

 

「そうか、だったら力づくで連れて行かせてもらうぞ」

 

 呂が持っているトンファーとともに構えを取り、錬に近づこうと足に力を込める。

 

「それと勝負が決まっているって言ったか?確かに決まってるよ。俺の勝ちだ」

 

 その言葉に呂は反射的に「こいつは何を言っているんだ」状態になってしまい、力を抜いてしまう。その瞬間、錬は大きく息を吸い、呼吸を止めた。そして左腕で握ったCADを向ける。

 

 錬があげたCADを見て、呂は即座に力を込め直して、錬を気絶させるために接近しようとする。が次の瞬間、呂の身体が強烈な酩酊感に包まれた。対毒訓練を受けていた呂にとっては大した毒ではなかったかもしれない。がそれによって生まれてしまった一瞬の隙が、決定的な隙へと変化した。 

 

「はあああああ!」「せやあ!」

 

 虚空から響く声。それと同時に空中からはドライアイスの雨が降り注ぐ。それらの不可解な現象に困惑しながら、呂は防御のために鋼気功の出力を上げる。ドライアイスを受けながら、動物的本能で攻撃のくる方向を感じ取った呂は、自身の右を向き、両手を上げて防御の体勢を取る。上げた両手には少なくとも人間技ではないほどの圧力がかかり、呂は思わず呻き声を上げてしまう。

 

 しかし、呂もさすがであり、その攻撃を完全に受けきる。弾き飛ばし、知覚系魔法を発動し、攻撃の正体を確認する。目の前では大刀を持った少女が体を浮かせており、この少女が呂に攻撃を仕掛けたことは明白であった。

 

 反撃に出ようと力強く踏み込むが、その直後、背後から背中を切りつけられてしまう。鋼気功のおかげで傷こそ浅いことが分かったが、攻撃のために踏み込んでいた身体が崩れてしまう。またその間にも、ドライアイスは降り注いでおり、呂の身体に当たったものは小さく、着実にダメージを与えていた。

 

 これ以上のダメージを嫌った呂は鋼気功の性質を対物障壁魔法と同じ性質のものへと変更する。これにより、降り注いでいたドライアイスの雨は呂の身体に届く前に情報体に阻止され、霧散する。

 

 先ほどの言葉から、この現象の原因が錬であることを本能的に悟った呂は、元凶である錬をつぶすために、ほかの攻撃を無視して錬に向かって走り出す。傷つくことも恐れずに恐ろしい形相で走るその姿はまさに虎であり、()()()()()()()もその気迫に一瞬怯みそうになる。それ程の気迫を一身に受けていた錬だったが、ひるむことなく、呂に向かって、特化型CADの引き金を引いた。

 

 錬が発動した魔法は術式解体。達也が十八番としている無系統魔法。これは達也のみが使える魔法ではない。どちらかというと錬もこの魔法が得意な部類であった(苦手な魔法があるのかと言われれば考えざるを得なくなるが)

 

 錬の発動した術式解体のサイオンは、以前達也が放ったものよりも大きく、まるで津波のように呂の身体を包み込んだ。呂の身体を包んでいた障壁の鎧が吹き飛ばされ、呂が一瞬無防備な状態になる。

 

 しかし、呂はその手は以前見たと言わんばかりに、即座に障壁を張りなおそうとする。がしかし、錬が十分に引き付けて術式解体を打った時点ですでに雌雄が決している状態、いわば“詰み”の状態だった。

 

 呂が障壁の再展開を終了し終わらんという刹那の瞬間、呂の身体、ちょうど両肩の部分に何かが食い込み、血が噴き出させた。血を噴出した本人は悶絶するような痛みを防御魔法もなしに食らったことにより、声を無い悲鳴を上げながら意識を手放した。呂が最後に見たものは、ゆっくりを周りの景色との同化を解き、姿を現す忌まわしきもう一人の雪辱の相手だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は呂との戦闘中、剣を手放した直後あたりから、上空から降下してきていた摩利、真由美、エリカ、レオのことをしっかりと視認していた。そこで錬は攻撃を防ぎながら、本棚から光学迷彩の魔法を展開、四人にかけることで、呂に視認されないようにし、奇襲要員としての待機を言葉なく、静かに要請した。そしてその意図に気付いた摩利たちは待機することにした。そして呂を確実に仕留められるタイミングを見測り、錬が合図を出し、四人を戦闘に介入させた。これが錬が咄嗟に思い付いた作戦だった。

 

 そこからは理詰めの勝負だった。まず摩利が自身の得意技術である気流操作によるガス攻撃で隙を作る。その直後の一瞬で、レオが薄羽蜻蛉を、エリカが山津波を左右から同時に、真由美はドライブリザードを呂に叩き込み、呂が攻撃できる隙を作らない。錬が元凶であることに気付いた呂の意識が錬に向いた瞬間、錬は術式解体で障壁魔法を発動。障壁がなくなる瞬間を狙って、摩利が童子切を発動。というのが先ほどの流れだった。己ができる最大限を発揮し、うまくつなげた連携だった。

 

 しかし、先ほどの連携であるが、一つ穴のある部分がある。それは呂が、元凶が錬であるというのに気づく部分だ。うまくいったからまだいいものの、これが違っていたら、先ほどの流れは起こりえなかった。ではなぜできたのか。

 

 それは偏に錬が、呂の戦闘魔法師としての才覚を信じたためであった。もちろんただ無条件で信じたというわけではない。錬自身、この状況であれば、こいつが犯人である、と予想するだろうと自分をその立場に置いて考えていた。錬の意識操作(得てして行ったわけではないが)もうまくはまり、呂の行動を予測できたのだ。

 

 しかし、別に先の一連の流れができなくて困るものは錬以外にいなかった。別に綿密に計画立てて行った作戦ではないため、瓦解してしまった場合、アドリブで対処できた。それができる実力者が集まっていた。自分たちからしてみても、なぜできたのかというレベルの連携であったため、いい意味でもろかったのだ。そのうえでこの連携を成功させた。そんな彼らの技量には大きく拍手を送るべきだろう。

 

 まあ、唯一の誤算があるとすれば、この連携を成功させた代償が腕一本だったということだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「錬君!大丈夫か!?」

 

 戦闘を終え、錬は座り込むように体を落とし、そのまま寝転がる。その表情には痛みによる苦悶の色が浮かんでいた。その行動をみた、最も近くにいた摩利が錬に心配そうに声を上げる。実際問題、錬の切られた腕は痛々しい傷口をはっきりを見せており、近くに転がっている腕は置物のようにピクリとも動かないが、自身の腕から流れた血の中に沈んでいる。

 

 レオとエリカも心配そうな表情をして近づき、傷口を覗き込む。その表情には下心はなく純粋な心配の意のみがこもっていた。別の場所で戦闘が終わった花音たちは、摩利たちの声に気付き、声に気付いた花音たちも近づいてくる。片腕の無い錬の姿を見た途端、花音、五十里、幹比古は青い顔をし、錬に近づいて心配の声を上げる。錬は一校の面々に心配そうに囲まれながらも、何もないかのように無表情に戻す。

 

 真由美は錬に近づくことはなくどこかに連絡をしていた。いったいどこへ連絡しているのかは、その時の錬にはわからなかったが、錬を思ったものであるというのはさすがの錬でも理解できた。その姿を見た錬はゆっくりと起き上がり、一校の面々を掻き分けながら、自身の腕のもとへ歩いていく。

 

「あっ、やっとつながった!もしもし深雪さん!突然ごめんなさい!」

 

「会長、どうされましたか?」

 

 真由美の通話相手は深雪のようで、その口調からは焦りが見えた。その焦りの口調に端末の向こうの深雪も聞き返してしまう。しかし、その声は至って冷静なものだった。

 

「えっと、錬君が戦闘中に敵に腕を切り落とされちゃって…」

 

 真由美は終始申し訳なさそうなトーンで端末の向こうの深雪に話しかけている。その内容を聞く限り、真由美は深雪に達也を呼んでほしいようだ。真由美の言葉に聞き耳を立てていた錬は自身の腕を拾い上げるとともに、真由美のもとへ近づいていき、通話を変わるように申し立てる。

 

 端末を受け取り、錬は深雪との通話を始める。

 

「もしもし、深雪か?」

 

「ええ、深雪です。どうやらそちらは大変なようで。何やら腕を切断されてしまったとか」

 

 深雪は極めて冷静な口調で普段通りに錬に接し会話する。

 

「流石に察しが悪い訳ではないだろうから、さっきの七草先輩の言葉の意味を察しているだろう?」

 

「ええ。よろしければお呼びいたしましょうか?」

 

 深雪が錬を心配するように告げる。しかし、やはりというか深雪の言葉の隅にはとげがあり、達也を呼んでほしくないというのが、ありありと感じ取れた。

 

「いや、結構だ。この程度で達也の手を煩わせるわけにはいかない。忙しいだろうしな」

 

「そうですか」

 

 錬がそう告げると、深雪の声のトーンが一段階上がる。これを聞き取った錬は相変わらずのブラコンだな、と呆れるとともに感心もしてしまう。

 

 ここで錬が達也を呼ばなかったのは、再成の副作用を考慮したわけではない。本当に達也の手を借りる必要がないためだ。錬の固有魔法である錬成は便利なもので、構造さえ理解していれば人体にも干渉することができる。理解していなければという前提条件があるのがネックではあるが、錬は知識として医学知識をかじっていた。そのうえ錬には本棚がある。欠損した部分や部位を修復するというのならばともかく、ただ切断されただけであれば、錬にとって、それを修復するのは朝飯前であった。

 

 深雪もそれを知ってか、それ以上言及することはなかった(おそらく達也から錬の能力の推測を聞いていたのだろう)。

 

「では私は失礼させていただきます。またご用件があればご連絡ください」

 

 そう告げた深雪は通話を切ってしまう。通話が切れたことを確認した錬は端末を真由美に返却する。すると、真由美は血相を変えて錬に近づく。 

 

「ちょっと!何で切っちゃったの!?これじゃ達也君呼べないじゃないの!?」 

 

「別に呼ぶ必要性はないですよ。達也に直してもらわなくてもいいですから」

 

 錬はそう告げると、切れた右腕を切断面につけ、錬成を発動する。その間に摩利までもが血相を変えて錬を叱責する。 

 

「何を言っているんだ!君は腕を切断されたんだぞ。これから隻腕で生活するつもりか!?」

 

 上級生二人の叱責に流石の錬も動揺し、後ずさりをしてしまう(この間も錬成で錬の右腕は修復されている)。それに便乗するようにエリカ、レオたちの他の面々をまくしたてるように錬を諭す。

 

「心配してもらえるのはうれしいですが、自分から飛び込んでいったんですから、自分のケツは自分で拭きますよ」

 

 そういうと錬は切断面につけていた手から左手を外し、止血のためにつけていたワイヤーを外す。すると、すでに錬の腕は完全に元に戻っており、その傷口からは血の一滴も流れていなかった。この一連の行動、その結果を見た面々は、右腕がついていることに動揺を隠せず、唖然とした表情で錬の行動を観察している。

 

 錬は修復した腕を顔の前に上げ、握ったり開いたりして感触を確かめる。動きに違和感を感じなかった錬は正常に修復できたことを本棚でも確認し、内心でほっと溜息をつく。

 

 一方その行動を見ていた一校面々は、

 

「「「「「「「はあああああああああ!?」」」」」」

 

 錬の腕が修復されたことに驚き、あられもなく大声を上げ絶叫する。その見た目は切断前と全く変わらず、まるで切られていないかのように錬は腕を動かしていた、しかし、腕には切断時の生々しい傷が残っており、それが錬の腕がつい先ほどまで切れており、二つに分かれていたことを示していた。

 

「え、ええ?いったいどうやったの!?」

 

 最も近くにいた真由美が錬の肩を揺さぶりながら、問いかける。その隣に立っていた摩利は錬の腕を取り、不思議そうに見つめていた。残りの面々も同様の表情をしており、中でも達也の再成を聞き、実際に体験した五十里と、その恋人である花音は最も驚いていた。

 

「まあ、今は忙しいので、あとで話したいと思っています。それよりも今はこいつを拘束することが先でしょう?」

 

 地面に転がっている呂を指さしてそう答える。しかし、治療、拘束が先というのは錬の本心だが、錬がやったことを説明するつもりはほとんどなかった。この「思っている」という言葉は、思ってはいるが気持ちが変わるかもしれない、という意味合いである。要は、ただの時間稼ぎである。

 

 錬は止血をしていたワイヤーを使って呂の腕を縛り付ける。完全に気絶しているが、一応念のためだった。平然そうに一連の行動をした錬を見て、真由美たちは唖然として声すら出ない。

 

「い、いやそれはそうかもしれんが…、それでも気になるぞ…」

 

 声の出ない真由美の代わりのように摩利が代返する。

 

「ああー!もういいわよ、今は!その代わり後でみっちり説教よ!」

 

 混乱で頭がショートしそうになった真由美がその混乱を振り払うかのように頭を掻きむしりながら大声を上げる。その声にいつもとは違った気迫がこもっているのがその場の全員が読み取った。

 

「その時にあなたの魔法についても聞かせてもらうから覚悟しておいてね!」

 

 真由美はそう宣言する。説明が確約に変わった瞬間である。錬が説明しなければならないのか溜息を吐くと、真由美は錬に背中を向け、摩利はその後ろについていく。真由美の頭の髪は見るに堪えないほど乱れており、十師族の権威が落ちそうだな、と錬が自分のことを棚に上げて思ったのは内緒の話。レオやエリカ、幹比古は心配そうに、かつ錬の活躍をたたえるように気さくに近づき、五十里たちはなお錬の魔法を聞こうと詰め寄っていく。

 

 

 

「……どういう状況かしら?」

 

 ビルから降りてきた深雪はヘリから降りてきた、桐原、壬生、ほのか、美月たちと顔を見合わせて今の状況を計ろうとする。学友たちが入り乱れているカオスな状況は、深雪の頭でも理解に時間がかかってしまうものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風間、真田、藤林、達也の四人はベイヒルズタワーの屋上にやってきていた。現在時刻午後六時、タワーの屋上から見える水平線には夕日が沈みかけていた。 

 

「敵艦は相模灘を時速三十ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間です。撃沈しても問題ないと思われます」

 

 藤林は風間に向けてそう告げると、風間は真田に顔を向ける。

 

「サード・アイの封印を解除」

 

「了解」

 

 風間の指示によって、真田は厳重に鍵の施されたスーツケースの鍵を開ける。カードキー、静脈認証キー、暗証ワードと声紋照合の複合キーという厳重な関門を潜り抜けた末に、現れたのは大型ライフル型の特化型CAD、「サード・アイ」。そのCADを受け取った達也はストック部分からコードを引き出し、右手首のジョイントに差し込んだ。

 

「大黒特尉」

 

 風間がコードネームで達也に告げる。

 

「マテリアル・バーストを以て敵艦を撃沈せよ」

 

「了解」

 

 達也はサード・アイを敵艦が離脱していった方向に向けて掲げる。ヘルメットのバイザーには成層圏プラットホームから送られた赤外線映像が映っており、達也はそれを参考にして、敵艦の燃料タンクの直上に付着した水滴に狙いを定める。

 

「マテリアル・バースト、発動」

 

 達也はそう呟くと引き金を引いた。

 

 直後に敵艦の水滴は達也の魔法、分解によってエネルギーに分解される。それによって生み出された熱量はTNT換算一キロトン。その灼熱の地獄に包まれた大亜連合の船は、一瞬で完全燃焼され、灼熱の奔流に飲み込まれた。

 

「敵艦と同じ座標で爆発を確認。同時に発生した水蒸気により状況を確認できませんが、撃沈したものと推定されます」

 

「撃沈しました。これによる津波の心配はありません」

 

「約八十キロの距離で五十立法ミリメートルの水滴を精密照準……『サード・アイ』は所定の性能を発揮しました」

 

 真田が風間に対し、得意げに報告する。

 

「ご苦労だった」

 

「ハッ」

 

 敬礼で答えた達也に頷き、風間は作戦終了を宣言した。

 

 

 

 「灼熱のハロウィン」

 

 軍事史の転換点であり、歴史の転換点ともみなされたこの日。この日から魔法師という種族の、栄光と苦難の歴史が真に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 周公瑾は自らの主に船を消滅を教えてもらった。酒杯を傾け、その中身を啜る。今回の周の目的、いや主の目的は魔法師を戦闘に巻き込み、大勢戦死させることで国家の力を落とすというものだった。今回、日本は失敗したが、大亜連合は少なくない被害を受けた。

 

 そのうえ、周個人としても会いたいと思っていた。人物を確認することができた。周としては今回の作戦、大儲けといえるだろう。それに大亜連合はこれから戦略級魔法師を出動させようとしており、それに対して日本も出動することになるだろうと周は見ていた。この世界で遣り取りされるすべての情報を知りうる力をもつ彼の主が動いているため、ほぼ間違いない。酒杯を手にする周は邪悪に笑った。

 

 周に、その主に関して調べている人物のことを知らないままに。 

 

 

 

 

 

 

 





 後一話で横浜騒乱編終わりです。その後は錬の追憶偏を一、二話。その後閑話を一、二話ぶち込みたいと思います。

 来訪者では新キャラ追加や今まで出てきてはいたあいつもちゃんと登場します。中でも新キャラは結構登場の機会が多くなるかもしれません。しっかりとネタを混ぜ込んで登場させたいと思います。

 




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横浜騒乱編 第九話

 
 これで横浜騒乱編は終わりになります。

 今回の話は少しばかり独自解釈が入っているように思います。ご了承ください。





 

 横浜事変、灼熱のハロウィンが、日本軍の勝利で幕を下ろしてから数日ほど経った。この一件で大亜連合は大打撃を受け、対馬での達也のマテリアル・バーストによって大亜連合の戦略級魔法師、十三使徒、劉雲徳がその命を落とした。しかし劉雲徳が死んだというのは機密情報。これを知りえることができたのは大亜連合の上層部、フリズスキャルブのオペレーター、そして錬のみだった。

 

 一方、錬の身の回りはというと、特に大きな変化もなく学校生活を楽しんでいた。楽しんでいたという言葉は語弊があるかもしれないが、前と同じように学校生活を営んでいるのは変わらない。達也の秘密を知っているものも特に言及しようとはしなかった。

 

 事件の混乱も落ち着き、いつものように学校に通っていた錬は、その日、風紀委員としての仕事をすることなく、早急に帰宅していた。そして向かった場所は、横浜中華街。自家用車でなくキャビネットを使い、たどり着いたそこは、事件の舞台であったのにもかかわらずすでに営業を再開している。さすがに閉鎖的に開発が行われただけのことはあると、錬は感心した。

 

 

 

 さてここにやってきた目的を説明すると、今回大亜連合の舞台を引き入れた周公瑾と話をするためであった。とはいっても別に派手にドンパチを始めるつもりはなく、本当にただ話をするつもりで来たのである。今日ここに来るためにわざわざ本名で予約も取っている。これで周に錬が行くことが伝わっているだろう。それが予約を取った真の目的であるが。

 

 

 

 

 開け放たれた門から中華街の中に入り、事前に調べていた周が所有している店へと向かい始める。中華街に入ってから、錬には不躾な視線が向けられ続けていたが、今更そのような視線を気にするような錬ではなかった。その視線には、「あんな事件があった直後であるというのにのんきなものだな」というものも少なからず含まれていた。が、そのような視線で錬の行動を抑止できない。

 

 周の所有する店の前に着き営業中であることを確認すると、錬がその扉に手をかける。扉をあけ放つと、そこには応対用の従業員が二人立っていた。その従業員は錬の姿を見るなり、応対に走る。

 

「予約していた園達錬ですが」

 

「ご予約の方ですか。少々お待ちください」

 

 そういうと一人の従業員が奥に引っ込んでいく。その間、錬は端末をいじって暇つぶしでもしていようかとも思ったが、その前にもう一人の店員が錬に向かって話しかける。

 

「それにしても驚きました。ご予約のお客様がまさかこんなにもお若い方だとは」

 

 あちらも待っている間暇なのだろうと、錬は納得して会話をする。

 

「悪いですか?」

 

「いえ、滅相もありません。お一人だろうと、あなたが魔法師であろうと、私たちの仕事は料理を提供することですから」

 

 受付の男の言葉によって、二人の間に緊張が走る。

 

「何故分かった」

 

「以前あなたのご戦闘を拝見させていただきましたので」

 

 その言葉を聞き、錬は思い当たる節を頭の中から探し始める。錬はこのような人物とは会ったことがない。こっそりと、という線もあったが、錬も戦闘を見せるほど、うかつではない。どの場面かを考えていると驚くほど克明に思い当たる部分を思い出した。

 

「大亜連合が攻め込んだときか?」

 

「中華街の中からチラリと。素晴らしいお手前でした」

 

 あの戦闘が見られているということを聞いても別に驚きはなかった。しかし、錬が驚いたのは見られていたことではなく、この中華街の中から見ていたということだった。あの時、誰も塀の上にはいなかった。門の前など論外だ。ということは何かしらの魔法を使ってみていたということになる。決めつけるのは早計かもしれないが、錬にはそうとしか思えなかった。 

 

「魔法師か?」

 

「あなた様ほどのものではありません。少なくとも私にはあのような真似はとてもとても」 

 

 謙遜するように会釈をし、錬の質問に従業員は答える。が、その口調は錬を敬うようなものではないことが錬には読み取れた。敵意は感じなかったが、それでもその言葉は錬にとって不快なものだった。会話を続けようと錬が口を開こうとすると、奥に行っていた店員が戻ってくる。

 

「お待たせいたしました!ご案内いたします」

 

 その場にいた魔法師との会話を打ち切り、錬は案内に従って個室に向かい始める。その最中、従業員の一人は会釈をしながら、にやりと笑った。その意図は錬にはわからなかったが、少なくともいいものではないというのはわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された個室に入り、席に着くと、程なくして一人の青年が個室内に入ってくる。見た目は整っており、燕尾服に身を包むその姿はまさに眉目秀麗を体現していた。

 

「お初にお目にかかります。周公瑾と申します」

 

 深々と頭を下げ、錬に向かって手本のような挨拶をする。その挨拶に対し、自分も軽く頭を下げることで答える。そして頭を上げ、その青年の顔を見ると同時に錬は違和感を感じた。正確に言い表すことはできないが、フワフワとして上下左右があやふやになるような。そんな感触だった。周公瑾について調べている際、奇門遁甲について知った錬は、効力に関しては知っていたが、ここまでのものだとは思っておらず、思わず背中に冷や汗が流れてしまう。

 

 目の前に姿は見えているが、それが本体でないことを魔法師的な勘で悟った錬は首を振り、周囲を見回すことでその姿を見つけようとするが、錬は古式魔法が使えるわけでないため、やれることには限界があった。全体魔法をぶっ放して索敵するという手段もあったが、事件の直後に店をぶち壊すのはさすがの錬も気が引けた。

 

(………やむを得ないか)

 

 錬は頭に神経を集中させながら、腰に装備していたCADと胸元に装備していたスタンロッドに手をかける。このスタンロッドは警棒の大きさながらも通常のスタンガンと同等の性能を出すもので、携行には以前持っていたスタンガンよりも二、三段階高性能だった。

 

 限界まで集中力を高めていた錬は、それぞれの得物にかけていた手を抜き放ちながら、背後を向き、自身の背後一メートルのところに突き付けた。

 

「……驚きました。まさか古式使いでもないあなたに私の場所がばれてしまうとは…」

 

 空間が揺らいだかと思うと、背にしていたはずの扉が目の前に現れ、突き付けていたCADの目の前に周の姿が現れる。その顔には汗一つ浮かんでいなかったが、表情は驚きに包まれていた。

 

「一体どうなさったのかをぜひ教えていただきたいです」

 

「あんた俺の能力は知っているだろう?今回はそれを応用したに過ぎない」

 

 今回錬が行ったのは「本棚のリアルタイム更新」である。本来、本棚の更新は錬が就寝してから五分後に始まり、それから二、三時間ほどで更新が終了する。その後は錬の体調によるが、その直後意識が覚醒し、脳が活性化状態に入る。これが本棚更新のプロセスだ。

 

 しかし、今回錬が行ったのはこのプロセスを強引に進め、リアルタイムでの本棚の更新を行うというものだった。これによって特定の人物の位置情報など情報を知ることができる。しかしこれにもリスクがある。本棚での魔法発動と同様に脳に大きく負荷がかかるのだ。それにほぼノータイムとはいえ、直接情報に干渉しているわけではないため、即座に情報を得ることはできない。同様に情報を得ることのできる達也を基準とすると、ゼロコンマ一秒以下であるが、ラグが生じてしまうのも難点だ。恩恵も大きいが、その分のリスクも大きいのだ。

 

「万能な能力なのですね。……ところでそのCADを下ろしていただけますか。これでは話もできません」

 

「おっと、すまなかった」

 

 そういうと錬は警棒とCADを下ろし、元あった場所に戻す。すると、周は一度謝罪をするように小さく頭を下げる。

 

「改めてこのようなご無礼をお許しください。あなたが本物であるかを確かめたかったもので」

 

 錬は構わないというように首を横に振る。

 

「ところで今日はどのようなご用事でしょうか?」

 

「あんたと話をしに来ただけだ」

 

 周はその言葉が「おしゃべり」ではなく「OHANASHI」というニュアンスであるのが容易に聞き取れた。その言葉を聞き、周は身をこわばらせるが、錬は席に座りなおす。

 

「あんたが今回大亜連合の手引きをしたことに関しては、もはやどうでもいい。俺の周りに被害が結果的に及ばなければあんたの行動にも目をつぶろう。あんたが俺を利用したいように、俺もあんたを利用したいからな」

 

 周は錬のその言葉に不可解そうな表情をする。確かに仙人として昇華したい周は錬の本棚は魅力的だった。自分では調べられないことでも、錬であれば調べることができる。その点で周が錬を利用したいというのはあっていた。

 

「…あなたが私を利用したいというのはどういうことでしょうか」

 

 周は冷や汗を浮かべながら、錬に向かって問いかける。先ほどまでとは違う雰囲気に気圧され、周は額に汗を流す。すると、錬は周にとって予想外の言葉を発する。

 

「俺は仙術について知り、その一端でも習得したい。だから仙術が使えるあんたの教えを受けたい」

 

「……それはあなたも仙人になりたいということでしょうか?」

 

「勘違いするな。俺が求めるのは仙人になることじゃなく、魔法としての仙術の力だ。それにあんたの個人指導は必要ない。俺がここへ赴いて、あんたは俺の質問に答える。それだけの方がいい」

 

 その言葉のニュアンスは、「あんたが俺の身の回りに何かしたら、師であっても容赦はしない」という意味だが、それは周に伝わっただろうか。

 

「もちろんただじゃない。あんたが必要としている情報を、可能だと俺が判断したら引き渡そう」

 

 周はこの交渉が自分にとってかなり不利であることが理解できた。錬が可能かどうか判断する時点で、錬がノーと言ってしまえば、もはや情報を得ることができないことを表していた。なおかつ、それにこの少年に仙術を教えてしまって、その牙がもし自分に向いたとき、もはや手の付けられない化け物になってしまう。が、しかしただ口出しをするだけで、あの陰険な主に頼らずとも、情報を得ることができるというのは魅力的であった。その魅力はさっきほど上げたデメリットを上回るほど大きかった。

 

「……わかりました。詳しいお話はお食事をしながらでいかがでしょう?」

 

「それはありがたい。さっき頭を使ったおかげで腹が減っているもんでな」

 

「それではご用意させます」

 

 周はそのまま個室を後にする。錬は一人個室に残って、薄ら笑いを内心浮かべていた。これで目的に近づけるかもしれないと。それは周も同様だった。これで私の仙人になるための夢に近づいたと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚きました…。まさか十人前の中華料理をたった一人で平らげてしまうとは…」

 

 話し合いを終え、店先で会話をする二人の間に最初のような緊張感はない。しかし、ふたりが完全に打ち解けたわけではなく、いまだに二人はお互いに警戒心を持っていた。その方が二人にとっても都合がよいが。

 

「それでは今度お越しいただいた際には、こちらでご案内させていただきますので」

 

「すまないな」

 

 錬は店に背を向けて、帰宅しはじめる。気を抜いているが、油断しているわけではない錬の様子を見て、不躾な視線を送れるものは今の中華街にはいなかった。その後ろ姿を見て、魔法師でもある店員は無礼だと思いながらも周に話しかける。

 

「先生、いったいどのようなお話を?かなりの実力者であるように思いましたが」

 

「他愛もないような世間話だ。仕事に戻れ」

 

 周の言葉を聞き、その従業員は仕事に戻る。周は今回の錬との交渉で確かな手ごたえを感じてはいた。しかし、これからは行動をしっかりと考えて行う必要があるとも痛感していた。錬の機嫌を損ねないように。損ねてしまった時点で終わりなのだから。しかし、利用できるものはせいぜい利用させていただきますよ、と、周は唇を吊り上げながら、内心でそう思うのだった。

 

 

 



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追憶編
~追憶編~


 テスト週間でなかなか書く時間が取れずに遅れてしまいました。すみません。






 Xtreme corporation。

 

 五年前、中小企業程度の規模であるにもかかわらず、多くのスポンサーを持ち、魔法技術研究や、ロボット機械、金属精錬などで時代を築いた企業である。その規模の大きさによらず、注目度はFLTやマクシミリアン同等とされていた。

 

 この企業には、その研究開発に適した十個の研究室があり、その中でも最も注目度が高かった研究室は独自の魔法研究を行う研究所。その名もTEAM・MUSEUM。この研究室での研究がこの企業に最も大きく貢献していた。そのため与えられる研究費なども最も多く、会社が抱える離島を与えられ、そこに研究のための施設をそこでの研究は世界的に見ても有名であった。研究室のチームリーダーは園達冴彦、霧子の魔法師の夫婦である。

 

 この時点で気付いた人物も多いだろうが、この両名、園達錬の実の両親である。この二人は力の弱い魔法師の二人から生まれた強大な魔法適性を持つ錬を使って、表向きは魔法師の能力向上の研究をしていた。しかしその実態は錬の魔法師としての力を限界まで高め、その力を会社のため、二人の父であり、会社のCEOをしている園達琉蔵のため、そして自分の利益のために使おうと画策していた。

 

 この二人は強欲かつ、冷酷な人間であったため、会社で運営を行っていた孤児院から魔法師の子供を集め、その子供たちを使った人体実験を行っていた。それもすべては錬の育成のために、と思って行っていた研究であったが、父親である琉蔵が厳格かつ人情に厚い人物であったため、そのような実験を行っていることがばれてしまえば、研究の凍結、果てには会社からの追放が言い渡されると考えた二人はその研究内容を秘密にして研究を続けていた。

 

 

 

 さて、ここで園達夫婦が行っていた実験を紹介させていただこう。行っていた実験は二名の魔法演算領域を合成させるというもの。正式名称はもっと複雑なものだが、これでこの実験の要点は掴んでもらえたと思う。

 

 この実験は二名の魔法師の魔法演算領域を合成し、一名に集中、合成することによって魔法演算領域の大幅な拡大を行うといったものだ。これによって一人の魔法師の魔法力を人工的に上げることができる。いままで処理能力が足りずに発動できなかった魔法が発動できるようになるのだ。

 

 しかし、この実験には多くの問題が存在していた。まず、一人に魔法演算領域を集中するため、もう一人からは魔法演算領域が消失する。そして人工的に抜き取られてしまってしまい、魔法演算領域を失ったものは命を落としてしまう。つまり、その人物は魔法師でなくなる上に、命を落としてしまうのだ。

 

 二つ目に、これは本人たちの感覚的なものなのか、心理的に二人の仲が良くなければ確実に成功しない。二人とも命を落としてしまう。 

 

 そして、最後にして最大の問題として、魔法演算領域を合成される側の脳機能が相当強くなければ、魔法演算領域を受け継ぐことができないのだ。

 

 この実験は成功率がかなり低い。かなりの確率で実験の被験者は死んでしまう。このようなこともあって今までにこの実験は一度も成功したことがなかった。このような非人道的な実験が世界にばれてしまえばこの研究所は、確実に研究凍結されてしまうだろう。だからこの研究を琉蔵には伝えていなかった。

 

 だが、冴彦夫妻は研究内容と錬のことを伝え、研究のためのスポンサーを募り、スポンサーも資金援助をしていた。夫妻にとって、琉蔵に伝えることは百害あって一利なしだが、この双方の関係ではお互いにメリットがあった。夫妻は研究費を得られ、スポンサー側は錬の魔法によって精製された希少な金属や兵器を安価に得られる。そのため、スポンサーには大亜連合、UNSA、その他の民間組織と多くの国家、組織が秘密裏にスポンサーになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、小笠原諸島に属するとある孤島。ほとんど木々が生えていないその島には巨大な建物が立っており、その中ではせわしなく、多くの大人が働いていた。

 

「どう?錬の様子は」

 

 地下のとある一室に向かった霧子は大部屋の中をマジックミラー越しに覗き込む人物に向かって声をかける。霧子がラフな感じで声をかけているあたり、この二人はある程度親しい仲なのだろう。答える研究員の女性は、真顔で答える。

 

「精神的にも肉体的にも安定しています。与えた本もお気に入りのようですね」

 

 大部屋の中では五歳ほどの少年と、十四歳ほどの少女がおもちゃやぬいぐるみに囲まれた子供用の部屋の中央で本を読んでいた。仲良く本を読んでいる二人は、とても研究のための非道な実験を受けているとは思えないほどの明るい笑顔を浮かべていた。

 

「お姉ちゃん。これなんて読むの?」

 

「ん?これはね…」

 

 その二人を部屋の外から見ている二人の研究員はその光景を見て笑みを浮かべた。しかし、それは微笑ましい、というものではなく、ほくそ笑む、という感じのものの汚らしいものだった。

 

「やはりあの二人は仲がいいわね」

 

「ええ。他の子どもたちとも仲良さそうにしていますが、中でもあの子には特になついていますね」

 

 霧子はそれを手元の端末に打ち込んでいく。そこには彼女の細かなプロフィールが載っており、中でも目を引くのは得意魔法欄の精神干渉魔法という言葉だった。

 

 この少女の名前は葛城葵。事故によって両親を失い、孤児として孤児院に預けられた。九歳の時、この施設に半ば強引に引き取られ、この実験施設で、テスターとして働いている。そしてこの実験のキーとなる役割をしている。両親は有名ではなかったが、優秀な魔法師であった。そのため、その二人の血を引く葵も優秀な魔法力を持っている。得意魔法は精神干渉系魔法で誕生の際、突然変異によってこの力を手に入れた。このような状況であるにもかかわらず、明るく振舞える優しい性格のため、錬のみならずこの施設で生活している子供たち全員に好かれていた。

 

 霧子はデータを端末に打ち終わると同時に霧子は時計を確認して、部屋の前に設置されているマイクに声をかける。

 

「葵、そろそろ時間よ。部屋から出なさい」

 

 霧子から投げかけられた言葉によって葵は素直に立ち上がり、部屋から出てくる。その後ろ姿を見送った錬は物悲しそうな表情をしていたが、これがいつもの事なのか、引き留めることなく再び本を読み始める。

 

「お疲れ様。部屋に戻って頂戴」

 

「はい、分かりました」

 

 霧子は葵に気にかけるようにして声をかける。その言葉を聞いて、葵は頭を下げ、部屋に向かおうとする。その姿を見届けた霧子は入れ替わるように部屋に入っていく。

 

「錬」

 

 短く錬の名前を呼ぶ霧子を見た錬は、その姿を見て表情を変えず、視線を本から霧子に向ける。

 

「体調はどうかしら」

 

「元気だよ。前みたいに頭が痛くないし」

 

 霧子はその言葉を聞き、錬の頭を優しく撫でる。しかし、その気遣いは親としてのモノではなく、実験動物(モルモット)としてのモノであり、優しさはなかった。それほどまでにこの夫婦の心は汚れきっており、実子である錬のことですら、金の生る木としか思っていなかった。汚い笑顔で錬を見ていた霧子に錬は素朴な気持ちで問いかける。

 

「ねえ、お母さん」

 

「ん?何?」

 

「せーしんかんしょうけいまほうってなに?」

 

 その言葉を聞いて霧子は内心飛び上がりそうなほどに驚く。霧子たちはそのような単語を錬に教えたことはないし、錬にそのようなことを調べる技量もなければ、調べられるような環境ではない。錬の生活は他の子供以上に隔絶されており、錬が得ることのできる情報は、週に一度与えられる本のみである。そこで得ることができるような情報ではなかった。葵の発言は規制されており、霧子たちが不利益になるようなことを言えば、罰が与えられる。そのため、葵もそれを破ろうとはしていなかった。

 

「ど、どうやって知ったの?」

 

 錬に動揺を悟られないようにして逆に問いかける霧子。その問いかけに錬は快活に答える。

 

「えっとねえ。お姉ちゃんのことを調べてたら、そんなのが出てきて、調べててもよくわかんなかったからお母さんに聞いたの」

 

「どこで調べたの?」

 

「頭の中!」

 

「頭の中?」

 

 錬から発せられた聞き覚えの無い単語に霧子は首をかしげる。

 

「えっとね。頭の中に本がたくさんふわふわ浮いてて、知りたいなあ、って思うことを思い浮かべるとその本が飛んでくるの。でその中に知りたいことが書いてあるの」

 

 その説明に霧子は驚く。情報統制を無視して情報を得ることができるというのはほぼすべてがデジタル化されているこのご時世ではかなり優秀な能力になる。もしそのことが本当であれば、すでに分かっている錬成も含めて、相当の金の生る木になると考えた。霧子は高鳴る気持ちを抑えながら、錬に向かって質問をする。

 

「じゃあ、この研究所にいる人の人数はわかる?」

 

 その言葉を聞き、錬は集中するように目を閉じる。その姿をじっと観察しながら、錬を口を開くのを待つ霧子。その表情には本人すらわからないほどうっすら笑みが浮かんでいた。三十秒ほど経ち、錬は眼を開いて霧子の問いに答える。

 

「百十二人!」

 

 合っている。

 

「私たちの会社で販売している特化型CADのモデル名は?」

 

「プリズムシリーズ!」

 

 これも合っている。

 

「汎用型は?」

 

「エタリナルシリーズ!」

 

 三問出してすべて正解した。まだまだ検証の必要があるだろうが、ほぼ間違いなく錬に異能が宿っているのが霧子にはわかった。

 

「そう、ありがとうね」

 

 霧子は錬の頭を二、三度優しく撫でて部屋から退出する。錬に見えないようにしてそらした顔にはにやけた顔が映っている。しかし、その顔を見られたくないと思った霧子は出てすぐのところにあるガラスを使って表情を戻す。そして、足早に夫である冴彦のいる研究室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた」

 

「どうしたんだ霧子。ノックくらいしろ」

 

 霧子は冴彦のいる研究室に扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んでいく。入った先にいた冴彦は冴子の行動を見て眉をひそめながら、その行動を諫める。

 

「伝えたいことがあるの」

 

「言ってみろ」

 

 冴彦は持っていたコーヒーを啜りながら、霧子の言葉に耳を傾ける。

 

「錬にはまだ能力がある。恐らく情報を司るような能力が」

 

「……何?」

 

 霧子は錬の能力の推察を冴彦に伝える。すると、冴彦もそのことを聞いて口角を吊り上げる。

 

「そうか。もし、『錬成』と併用ができれば、この世には存在しないものが造れるかもしれないな」

 

「ええ。でもまずは、能力の限界値がどこまでかを確かめないと。能力が伸ばせるんだったらこの施設の全員使ってでも伸ばさないと」

 

「もとよりそのつもりだろう。今回発覚したのはついででしかない。ここにいるサンプルたちは王である錬の贄でしかないのだから」

 

「そうね。明日からはそのことを実験ではっきりさせていきましょう」

 

 研究室で口角を吊り上げて、話し合う二人。その二人の頭の中にはどのようにすれば錬を活用できるかしかなく、研究のために使われる子供たちのことなど全く頭になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日を境に錬への実験は厳しさを増していった。錬の本棚を限界まで使うために二十四時間本棚を使わせ続けたり、錬成との併用のために、錬は自身で本棚を使って存在しない素材を調べ、その素材を作り上げる。これを五日間連続して行ったりと、まだ十歳にも満たない幼気な子供には酷な実験をさせ続けた。

 

 また、できなかった場合、あるいはやらなかったりと命令に背いた場合は、拷問じみた行為で無理やりやらせたり、反抗した場合は薬物によって思考を鈍らせたりなどの強硬措置によって行ったりなどといった、非人道的な行為も行われた。

 

 子にとって親の存在とは自身のすべてである。それは錬に、特に幼少期のそれにとっても例外ではなく、実父母の命令は錬にとっての法となり、鎖となった。そして実験が始まって二年が経ちようとしたころ、錬は気づいた。自分に対する命令に背くのは愚行であると。自己防衛のために、命令に背かずに従っていた方が利口であると。

 

 錬にとって、錬への命令は行動原理の絶対へと変化していた。それは誰のものであっても同じであり、誰の命令であっても同じであり、五年間で錬は命令に従順な実験動物へと変貌していた。

 

 魔法力は実験の課程で成長していたが、肉体面では全くの成長を見せず、手足はシャープペンシルのように細く、目はクマで覆いつくされていた。大好きだった読書も今では全くしなく、いや、できなくなるほど疲弊しており、実験後はただ死んだように眠るのみとなっていた。

 

 しかし、そんな中でも錬が精神崩壊しなかったのは、なんとか心を支えていた精神的支柱があったからだ。それはやはり葵であった。錬が疲弊し、死人のようになっていく中、葵は錬を優しく包み込むように抱き留め、その腕の中で眠らせることもあった。やはり錬にとっても人肌というものは良いもので、その状況であれば、錬は熟睡することができた。錬にとってその優しさは癒しであり、親以上のモノへと変化していた。そしてそれは錬の中の命令と対となる絶対になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……技術の確立はほぼ完了か。これで葵のことも実験対象として回せるな」

 

「仲がいいから、やっぱり適合率は高いのかしら…」

 

「そこは検査をしてみなければわからないだろう。しかし、今現在残っている子供たちは錬と仲がいい子供たちだがやはり葵との仲がずば抜けていい。適合する確率は他のサンプルよりも高いだろうな」

 

 霧子は顎に手を当て、情報端末を眺めながらもう片方の手をコーヒーカップに伸ばす。冴彦は片手に情報端末を握りながら、冴子の情報端末を覗き込む。片手は霧子の肩に乗っている。二人の顔はかなり近くなっており、そのことに気付いた二人から甘い空気が流れ始める。徐々に顔が近づいていき、唇が接触しようかというところで部屋のインターホンが鳴り響いた。

 

 冴彦が明らかに不機嫌そうな表情をしながら、来客に入室の許可を出す。入ってきたのは葵。その顔には思いつめたような表情が浮かんでおり、その顔を見た冴彦はさらに不機嫌になった。

 

「何をしに来た。今貴様に用はないぞ」

 

 冴彦は言葉に「帰れ」というニュアンスを込めて葵に問いかける。しかし葵はその言葉にひるまずに二人に話しかける。

 

「……お願いがあります」

 

「お前に発言権はない。早く自室に帰れ」

 

「錬をもうちょっと休ませてあげてください!あのままじゃあの子死んじゃいます!」

 

「死なないようにこちらで管理している。お前が気にすることではない。用が済んだのならば部屋へ戻れ」

 

「でも…」

 

「聞こえなかったのか。戻れと言ったんだ」

 

「……はい、失礼しました」

 

 葵は冴彦に背中を向けて部屋から出ていく。その姿を見て冴彦は忌々し気な視線を向ける。

 

「ったく、余計な真似を」

 

「あの子、このままだと何しでかすかわからないわよ。早めに手を打っておいた方がいいんじゃないかしら」

 

「そうだな。明日にも検査をして実験に使ってしまおう。実験技術の確立はもう終わっている。だからもはやあいつは用済みだ」

 

 冴彦は無機質な声で霧子に伝え、霧子はそれを首を縦に振ることで肯定する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、やはりこの二人の相性が一番いいか」

 

「ええ、やはりこの二人の適合率がずば抜けて高いです」

 

 冴彦の隣に立つ研究員が興奮した口調で告げる。手に持った端末には検査結果が表示されており、今までに最も高い数値が表示されていた。

 

「今までに何度もこの実験をしてきましたが、すべて失敗ですからね。どちらも貴重ですが、もはやそんなことは言っていられません」

 

「ふむ、ではどちらを残す?」

 

 冴彦が抗いがたい圧を込めて研究員に告げる。その問いに研究員は淡々と答える。

 

「それはもちろんご子息です。葵の魔法が貴重なものとはいえ、ご子息の魔法には及びません。それに実験成功といったのは、錬様を媒体としたときの話ですから」

 

「それでは明日、この二人を使った実験を執り行う。実験開始は十一時だ」

 

 冴彦は手元の端末から全研究員に通達が出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定通りに検査が行われ、二人は過去最高の適合率をたたき出した。それは実験を行った場合、確実に成功するであろうと言わしめるほどのものだった。

 

 その夜、実験を明日に控えた葵と錬は二人で本を読んでいた。これをする機会というものがめっきり少なくなってしまっていたため、久しぶりにこれをやった錬は楽しんでいた。

 

 しかし錬は気づいていた。葵の顔は笑っていたが、心からの笑いではないことを。だが、このことを口に出してしまったら今の楽しい雰囲気が崩れてしまうと思った錬はそのことを口に出さなかった。

 

 そのまま本を読み続けること一時間ほど。そろそろ葵が出てしまうと考え、寂しくなった瞬間、葵は錬に声をかける。

 

「錬」

 

 錬は葵の方を向き笑いかけようとするが、葵が真剣な表情をしていたため、錬も表情を変え、葵の話に耳を傾ける。

 

「錬。私のこと好き?」

 

「うん、僕はお姉ちゃんのことが好き」

 

「ずっと忘れないでくれる?」

 

「もちろん」

 

 そのことを告げた瞬間、葵の顔がさらに強張る。緊張が顔に出てしまい、それを見た錬は顔だけでなく身体まで強張ってしまう。

 

 葵は大きく息を吸い込み、二、三度深呼吸をすると、口を開き、ゆっくりと言葉を紡ぎ出し始める。

 

「じゃあ私の最初で最後のお願い聞いてくれる?」

 

 錬にはその言葉の意味が全く分からなかった。なぜ最後のお願いなのか、その時は全く分からなかった。

思考が停止してしまっていた、無力な錬はただ黙ってうなずくことしかできなかった。錬は首を縦に振り、応答する。

 

「…うん」

 

「絶対に守ってくれる?」

 

 念を押すように葵は問いかける。それに対して錬は再び首を縦に振りつぶやく。

 

「わかった。絶対に守る」

 

「じゃあ私からのお願い。それはね、『私のこと絶対に忘れないで。そして私の事をきれいに忘れて』」

 

 そういうと葵は自分の首にかけているペンダントを錬にかける。一方の錬はその矛盾したお願いを聞いて許容量をオーバーし真っ白になってしまった。その直後、部屋の内部に無機質なアナウンスが流れる。

 

「葵さん、ご退出願います」

 

 そのアナウンスを聞き、葵は立ち上がって部屋から出ようと歩き出す。その姿を見て言いようもない違和感を感じた錬は葵を引き留めようと手を伸ばす。しかし、その手は虚空を切り、葵の手をつかみ取ることはできなかった。

 

 そのまま葵は部屋から出て行ってしまう。その姿を見送った錬は葵が言ったお願いを膝を抱えた態勢で考え続けることにした。しかしいくら考えてもその答えが出ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった!実験は成功だ!」

 

「葵と錬の二人の魔法演算領域が合成されているぞ」

 

 二人を使った実験後、研究員たちは声を上げて喜び合う。二人の魔法演算領域は完全な融合を果たしており、その大きさは歴史上例を見ない、それこそ常人には耐えることすらできないものへと変化していた。

 

 冴彦と霧子は体を寄せ合い、実験の成功を喜び合う。これで錬はおそらく現在存在しているどんな魔法であっても発動できるような体になったはずだ。そう考える二人は口角を吊り上げる。「ああ、これでようやく錬を商業的に利用出来る」と心の中でほくそ笑んでいた。

 

 研究員が奇声じみた声を上げていると、ベットに寝ていた錬が目を覚ます。錬は目覚めるとともに体中についているコードを抜き取っていく。そしてふらふらとした動きでベットから降り、どこかへ向かって歩き始める。

 

 その光景を見た研究員たちは錬を部屋に戻そうと部屋に付いたガス噴射装置を起動させる。そのガスを吸った錬はそのまま地面に倒れこむ。その光景を見た研究員が部屋に入り、錬を部屋へ戻すために抱え上げる。間近に見ていた二人はその光景を見ておかしいと思ったが特に気にすることもなく、研究室前の部屋から出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は自分の部屋で再び目を覚ます。そのそばには冴彦、霧子夫婦が立っており、錬のことを優しそうな目で見降ろしていた。しかし、その眼には優しさが少しも含まれていないということが意識の虚ろな錬でもわかった。

 

「気分はどうだ?」

 

「大丈夫…」

 

 錬は体の調子を確かめるように体を動かす。どこも動かなかったり、動きが悪いところはない。錬はベットから立ち上がり、部屋の中をふらふらと歩き始める。そして少しの間歩いた後できらりと光るものを見つける。それは葵からもらったペンダント。それを見て錬はあることを思いだす。

 

「ねえ、お姉ちゃんは?」 

 

 いつもであればもう来ていてもおかしくない時間であるのに来ていないことに違和感を覚え、そのことを冴彦に問いかける。すると、冴彦は顔をしかめ、口ごもる。

 

「お前に言う必要はない」

 

 冴彦に突っぱねられるが、錬はそれでも問いかけ続ける。それに腹が立ったのか、それともきりがないと判断したのか、冴彦は声を上げる

 

「死んだ!あいつは死んでしまった!実験で魔法演算領域がなくなってな!」

 

「死んだ…の?」

 

「ああ、もうあいつはこの世にいない。お前に魔法演算領域を映したからな」

 

「お父さんがやったの…?」

 

「ああ!そうだよ」

 

 そういった瞬間、錬の身体からサイオンがあふれ出していく。その行動に気圧され、二人は後ずさりをしてしまう。

 

「ああああああああ!」 

 

 錬は声を上げながら、本棚に入り、無作為に魔法式を選択する。そしてそのままその魔法式を読み込み、魔法を発動させた。

 

 部屋の外壁に入っている鉄筋がうなりを上げながらバチバチと光り始める。プラズマに分解された鉄筋は高熱を発してコンクリートを融解させる。地下から広がったプラズマはどんどん膨張していき、広がっていく。そしてその熱はとうとう地上に達した。そのエネルギーによって地上の建物も融解され、崩壊していく。そしてプラズマは観測できるほどまで広がった。

 

 この日、世界で初めての戦略級魔法、ヘビィ・メタル・バーストが使用され、研究所は面影もないほどに吹き飛んだ。錬が発動したヘビィ・メタル・バーストによって、研究所とその中の人間すべてが何もなかったかのように吹き飛んでしまった。そしてこの地に残ったのは錬のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのことは本土にある魔法協会にも通達がいった。

 

「一体どうなっている!?」

 

「分かりません!突如として小笠原半島周辺の島にて、原因不明の爆発が発生しました!」

 

「落ち着け。すぐに調査隊を派遣しろ」

 

 そこには十師族の重鎮、世界最巧の魔法師である九島列が立っていた。そのことに驚きつつも魔法協会の職員は、調査隊の派遣のための手続きを始める。そして烈はもう一つ職員に告げる。

 

「それと私も調査隊に同行させてもらおう。たまたま居合わせたとはいえ、他の十師族を招集するよりも私の方が速い。関東担当である十文字と七草には私から言っておく」

 

「わ、分かりました」

 

 そういうと烈は職員ひしめくモニタールームから出ていく。その背後には衛星より送られた爆心地の映像が映るモニターがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどいですね…。これは」

 

 烈達調査隊が島にたどり着くとそこは瓦礫が転がり、灰が舞う地獄と化していた。島の中心には巨大なクレーターができており、その深さは三十メートルになろうかというほどの深さであった。

 

 調査隊が周囲を調査する中、烈はクレーターの底へと降りていく。そこに着いたとき、烈はその中央を見て驚愕した。そこには一人の少年が膝を抱えて座っており、その周りには一片のがれきもなかった。その光景に驚きながら烈はその少年にゆっくりと近づいていく。そして声をかけようと、口を開いた瞬間烈よりも早く錬が口を開いた。

 

「名前はなんていうんですか」

 

 錬が話しかけたことにも動揺することなく烈は錬の質問に答える。

 

「九島烈だ」

 

 その後三十秒ほど沈黙が続く。そしてその沈黙に耐えかねた烈が話しかけようとしたところで錬が再び口を開く。

 

「強いんですね。世界最巧の魔法師と呼ばれてるくらいですから」

 

「それがどうしたのかね」

 

「お願いがあります」

 

 そういうと錬は烈の方に向き直る。

 

「僕を強くしてください。もう何も失わずに済むくらいに」

 

 その頼みを聞いた烈は理由を問い詰めることとした。

 

「どうしてかね?」

 

「僕は大切なものを失いました。それを失うまでそのことに気付かなかった。そして失って残ったのはただの辛さだけでした。もうそんな思いをするのは嫌です。だから俺を強くしてください」

 

 錬は烈を見据えて言葉を紡ぐ。その錬を、その瞳を見た烈はその目に真摯な意思が込められていることが分かった。自分が失ってしまった純粋さがあると思った烈はその思いに答えたくなってしまった。

 

「よかろう。だがその前にこの爆発の原因調査が終わってからだ」

 

 烈はそういうと錬に手を差し伸べる。錬は警戒しながらもその手をつかみ取り立ち上がる。こうして錬は新たな一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、Xtreme corporationは事故を起こした責任を追及され、社長である琉蔵は辞任に追い込まれた。そしてその後会社を引き継いだ人間もなぜか消えてしまったスポンサーに翻弄されてしまい、倒産してしまった。

 

 一方錬はというと烈の庇護下に入り、烈のもとで学問、魔法技術の向上に努め始めた。島で起こった事故は烈の尽力によってただの事故であるとして終結した。錬の存在は数字付きには秘密のままで、国防軍の機密事項となり、このことを知るのは軍の上層部と調査隊のメンバー、そして烈のみとなった。それによって錬はのびのびと烈にしごかれることができた。

 

 錬はみるみる実力を開花させていき、もとより興味を見せていた工学系で才能を特に開花させていった。こうして錬は高校入学までに並の高校生では得られないほどの知識、技術を手に入れた。その過程で世界最高のCADと呼ばれるようになるユグドラ・シリーズの製作をした。そして烈の口添えにより、ライセンスを手に入れた。その他にも様々なものを製作し、その都度、光宣に見せて遊んでいた。

 

 烈の権力等をうまく使って錬は最高クラスの力をわずか五年の月日で手に入れた。その速度に烈も驚きの声を上げざるを得なかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「閣下、今までありがとうございました」

 

「今生の別れというわけではないからそこまでかしこまる必要性はない。いつでもきたまえ」

 

「ええ、また光宣に会いに来ます。一か月もすれば高校入学なので忙しくなると思いますが」

 

 九島家の前で烈に向かって深々と礼をしてから背を向ける。その姿を烈はまるで孫を見るかのような目で見ていた。烈によって錬は一軒家をもらうことになっており、錬はそこに住むことになっている。烈の趣味や錬の要望が詰まったその家はまさに錬が望んだものだった。

 

 東京行の電車に乗るために駅へ向かった錬のその足取りは軽く、まさに錬の人生の新たな一歩となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……またずいぶんと懐かしい夢を見たな」

 

 錬は目を覚まし、うつぶせに体をつけていた地面から身体を離す。目の前には運動用ロボットに入ったアストラが立っており、訓練の最中に錬が落ちてしまっていたことが錬はすぐに判断した。携帯端末を見ると、その端末の時計は始業ぎりぎりの時間を差していた。

 

 その数字を見て錬は飛び上がり、準備をするために走り始める。まずはシャワーを浴びようとした錬は、下に転がっていた紙を踏みつけて思い切り転げまわってしまった。その光景は傍らで見ていたアストラにはとても滑稽に見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 もはや設定はがばがばでツッコミどころ満載なのでツッコミは無しでお願いします。
 

 


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来訪者編前 閑話
閑話 その一


 
 さてここから閑話二連です。多分今週中には書き終え、来訪者編に突入したいと思います。


 横浜事変から一か月ほど経ち、生徒たちもそのショックからほぼほぼ立ち直りつつあった。そんな中何時ものように授業を終えた錬は生徒会の本部に向かう。本部に入りいつものようにデスクに座り仕事を始めようとすると、勢いよく扉が開け放たれる。

 

 何事かと思った錬は、後ろを振り返るとそこには花音が立っていた。しかし、花音は真っ先に錬のことを見つけると近寄ってくる。

 

「錬君」

 

 錬の肩に手を置いた花音は錬に口を開く。

 

「今日の巡回お願いできない?」

 

「お断りします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受ける、受けないはともかくとしても理由を聞かせてください」

 

「確かに言葉足らずだったわね。実は今日部活やら何やらで、出れる風紀委員が司波君しかいないのよ。たった一人じゃ流石の司波君も厳しいでしょうから、出てもらいたいのよ。一応この状況は非常事態に入ると思うから、出てもらえる条件もそろってるんだけど」

 

「ちなみに千代田先輩はどうなんですか」

 

「私は今日家の用事で帰らなくちゃいけないのよ」

 

「……それならまあ、いいですよ」

 

 家の用事で帰宅する花音を引き留めることはできない。さすがの錬もそこは心得ている。

 

「ありがとう。それじゃあお願いね」

 

 そう告げた花音は足早に本部から出て行ってしまう。あのせっかちさ、五十里先輩が絡んでいるな、と考えた錬は軽くため息をつく。するとその直後、花音と入れ替わりになるように達也が本部に入ってくる。

 

「今日はやけに少ないな」

 

 達也が本部の中をぐるりと見まわして、錬に問いかけるようにしてつぶやく。

 

「今日は出られるのが俺とお前だけらしい。だから今日は俺も巡回に出ることになった」

 

「珍しいこともあるもんだな」

 

「仕方ないだろう。二人しかいないんだからな」

 

 そう言った錬は席から立ち上がり本部の外へ出る。達也もそれを見て錬の後ろに追従するようにして歩き始めた。

 

 歩き始めた錬はふと思い出したことを達也に質問することにし、達也の方に振り向いた。

 

「そういえば、巡回ルートはどうすればいいんだ?俺は一度も出たことがないからルートなんて知らないぞ?」

 

 すると達也のその問いに顎に手を当て少しの間考えたのち返答する。

 

「そうだな…、特にルートを決めずにふらついているだけでいいと思うぞ。風紀委員はいるだけでもそれなりの効力があるからな。ある程度校舎を見回っていれば問題ないと思う」

 

「武力行使については?」

 

「お前が危険だと判断したらやってくれ。お前には術式解体もあるし、通常の魔法であっても加減をして制圧することはお前にとって容易いだろう?」

 

「大体把握した。ある程度手さぐりになるだろうからフォローを頼む」

 

「分かった。それじゃあな」

 

 昇降口にたどり着いた二人は二手に分かれて巡回を始めた。達也は特別棟の方へ向かい、錬は部活動が行われている演習林方面へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふらふらと巡回という名の散歩を続ける錬。たびたびトラブルに巻き込まれたものの、即座に制圧、解決をし、特に大きなトラブルとなることはなかった。巡回を始めて一時間ほど経ち、錬は部活動の音を横目に演習林付近の巡回を続けていた。

 

「あれ、錬さんどうしたんですか?」

 

 演習林の方からほのかが顔を出す。その格好はユニフォーム姿であり、部活動中であるということがうかがえる。

 

「実はいろいろあって風紀委員の巡回中なんだ。初めてのな」

 

 錬は左腕につけた腕章を見せながら、ほのかの問いに対して返答する。

 

「そうなんですか。大変そうですね」

 

「そうでもない。ふらふら歩きまわっているだけだからな」

 

 錬がほのかと雑談を繰り広げていると、後ろから雫とSSボード・バイアスロン部の部長である五十嵐亜美が顔をのぞかせた。二人が雑談しているのを見て、雫は錬のもとへとずんずんと近づいていく。

 

「錬君、どうしたの?」

 

 錬は雫にもほのかに話した通りのことをそっくりそのまま説明する。

 

「そうなんだ。大変そうだね」

 

 またまたほのかと同じことを言った雫の言葉に錬は内心感嘆の声を漏らす。その一方で雫はジト目でほのかのことを見つめていた。少々の非難を込めて。その視線に充てられたほのかは少したじろいでしまうが、雫が目線をそらしたことにより、内心ほっと息をつく。

 

「そうか…、君が成績一位の園達君?初めて見たわね…」

 

 雫たちのやり取りを見ていた五十嵐がぽつりとつぶやく。その声を聴いた雫がふと思ったことがあるのか、錬に向かって問いかける。 

 

「錬君は部活動の勧誘を受けていなかったんだったよね?勧誘週間の時はどこにいたの?」

 

「俺はあの時風紀委員会の本部にこもりっきりだったんだ。書類もあの時期は多めで忙しかったっていうのもあるが」

 

「じゃあ、私たちの部活見てみない?」

 

「いきなりだな。俺は部活に入る気はないぞ」

 

「いいの。ただ見に来るだけでもいいから。それに少しでも見れば気も変わるかもしれないし」 

 

「そうよ!あの時いなかったんだからこの際一度勧誘だけでもどうかしら」

 

 雫の誘いに乗っかるようにして五十嵐も勧誘を始める。その目は獲物を狙う猛獣のようになっている。錬は部活動勧誘週間に捜索がかかるほどの注目株とされていた。それは今現在でも同様であり、いまだに錬を勧誘しようと部もある。しかし、錬と接触すること自体が難しいうえに錬の性格上、自分の利益にならないことはやらないため、いくつかの部活はすでに撃沈している。

 

 しかし、今回は違う。五十嵐は雫たちが錬の友人であることを知っていた。そして友人である雫が積極的に勧誘を行っている。この状況に乗っからないほど五十嵐は愚かではなかった。

 

「一度見学してみて!ね?」

 

 五十嵐は詰め寄らんばかりの勢いで錬に話しかける。このままでは埒が明かなくなるかもしれない。そう考えた錬は一つの結論を出した。

 

「……巡回にあまり穴をあけるわけにはいかないのであまり時間は取れませんが」

 

 間接的に肯定の意を示すと五十嵐と雫の表情がパッと明るくなる。

 

「ありがとう!ぞれじゃあこっちよ」

 

 五十嵐が先導するようにして歩き始め、錬たちはその後ろをついていくようにして歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬の目の前で雫がスケートボードに乗りながら標的を狙い打っていく。正確性はまだまだ未熟だが、スケートボードの速度は結構な速度が出ている。雫の動向を目で追っていると、雫はボードを手に持ちながら錬のもとへ帰っていく。

 

「どうだった?」

 

「命中精度こそまだまだだが、ボードの扱いはよかったと思うぞ」

 

「私の事じゃなくて部活の事」

 

 錬のずれた回答に雫は目を細める(雫自身この時顔が熱くなっていることには気づいていない)。そのことを指摘された錬は部活について話し始める。

 

「そうだな。部活の雰囲気自体もいいと思うし、魔法のマルチ・キャストの練習にもなりそうだな。それに協議競技自体も面白そうだ」

 

「じゃあ!」

 

「だが、家でやることや、風紀委員の仕事を考えるとやはり入りたいとは思えないな」

 

「そう……」

 

 雫は錬の回答に見るからに落ち込む。目を伏せ、先ほどの元気さが見る影もなくなってしまう。その姿を見た錬は、雫がなぜ落ち込んでいるのかわからなかった。

 

「ところで、さっき命中精度がまだまだって言ってたけど、錬君は当てられるの?」

 

 八つ当たりじみた雫の問いかけに答えるために、錬は腰元につけた特化型CADを抜き取る。そのCADを見た雫は問いかけるようにして錬に話しかける。

 

「それ、アズガルズ・シリーズ?」

 

 あずさ以来、誰にも言われなかったこのCADの名称がが他人の口から出たことにより、錬は少しだけ驚きを見せる。

 

「よく知っているな」

 

「前に九校戦のCAD展示で一回だけ見たことがあるから。その時はユグドラ・シリーズだったけど」

 

 九校戦ではそんなこともやっているのかと思っていると、雫がCADをまじまじと見つめている。雫にCADを見せるようにして動かした後、錬は最も遠くにある的に向けてCADを構える。

 

 錬はCADを構え、的を見据える。その距離はおおよそ七十メートル。肉眼で視認するのは容易いが、的に標準を定めて狙い打とうとすると難易度は非常に高くなる。的に標準を定めて息を一息吸い込んだ錬はCADの引き金を引いた。起動式が一秒もなく錬に吸い込まれ、振動系統の魔法が発動する。そして発動した魔法は正確に標準されていた的に干渉し、小さな音とともに振動を引き起こさせた。

 

「雫たちのように高速で動いていないから、あまり比較にはならないがな」

 

 雫に向かって話しながら、CADを腰のホルスターに戻す。雫は驚きの表情を錬に向けており、完全に固まっている。その姿を見た錬は再起動するのを待たずに巡回へと戻った。

 

 演習林を出て、再び巡回をしようと歩き始めると、また引き留められてしまい歩み始めていた足が止まる。

 

「錬君、今日は君が巡回かい?」

 

「沢木先輩、お疲れさまです。どうしたんですか。こんなところで」

 

「走り込みだ。体力は肝心だからな」」

 

 演習林沿いの街道を走る沢木に向かって、錬は小さく頭を下げる。 

 

「すまないな。慣れない巡回をさせてしまって」

 

「いえ、マジック・マーシャル・アーツ部で忙しいことは存じていますので」

 

「そういえば、なぜ演習林の方から出てきたんだ?そっちは巡回ルートではないだろう?」

 

「少々、SSボード・バイアスロン部の見学をさせていただいていたので」

 

「そうか。それならばうちの部にも見学に来てみないか。君は部活動には入っていないんだろう?」

 

「ありがたいお誘いですが、これ以上巡回を空けるともう一人に迷惑をかけてしまうので…」

 

「少しくらい抜けてしまっても今更だろう。それでどうだいこれから……」

 

 

 

「そうはさせないわ!」

 

 

 

 

 話していた二人の会話を切るようにして轟いた叫び声。その声の主は五十嵐であり、沢木とともに錬を挟み込むようなポジションを取る。

 

「彼はマジック・マーシャル・アーツ部には入れさせない!彼はSSボード・バイアスロン部に入るべき逸材よ!」」

 

 威圧するようにして沢木に話す五十嵐。しかし三年生である五十嵐にひるむことなく沢木も反論する。

 

「そんなことはありません。彼の体術は今の一年生を上回っています。だからその技術を伸ばすためにも彼はマジック・マーシャル・アーツ部に入るべきです」

 

 錬を置き去りにして部活動勧誘をする二人を見る錬はその場から逃げ出したくなってしまう。しかし、仮にも風紀委員として、口論をする二人を止めなければと思った錬は、落ち着かせるための努力を始める。

 

「とりあえず落ち着いてこの場を収めてください。これは警告です。聞けないのであれば風紀委員として実力行使に移りたいと思います」

 

 その言葉に二人が反応し、いったん口論を終息させる。

 

「今回は私が間接的な原因のため、不問とさせていただきますが、今後このようなことがありましたら、部活連に報告させていただきますので、ご理解ください」

 

 錬がそう告げると、沢木と五十嵐は申し訳なさそうな表情をする。

 

「そうだな。すまなかった錬君」

 

「ごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに…」

 

 二人が反省した面持ちになったのを見た錬は、事を荒げないようにしてその場から立ち去ろうとする。しかしその願いははかなく潰え、錬の気分はさらに重くなった。

 

「お?園達じゃねえか。何やってるんだ」

 

 剣術部の桐原が会話に混ざってくる。その時点で嫌な予感がしたのとまた同じ説明をしなければならないのとで気持ちが沈んだ。すると代弁するように沢木が桐原の問いに答える。

 

「錬君が巡回しているところを俺たちが部活動勧誘で引き留められてしまって、それを注意されていたところだ」

 

 沢木の説明に同意するようにして、五十嵐も首を縦に振る。その説明を聞いた桐原は納得した顔を見せると、その表情が何かを思い出したような表情に変わり、錬に向かって口を開く。

 

「じゃあ剣術部の見学に来ないか?多少は剣が使えるんだろ?」

 

「「おい!」」

 

 桐原の言葉が横浜事変のことを指しているのが錬にはすぐに分かったが、今はそんな状況ではない。桐原の言葉に反応して、五十嵐と沢木が怒声を上げる。

 

「なんで私たちが怒られたところでまた勧誘をするのよ!」

 

「そうだ!抜け駆けをするんじゃない!」

 

 再び口論を始めた三人と沢木の少しずれた言葉にため息をつきたくなるがそんなことをしている場合ではない。何とか止めようと、再び注意勧告をしようとするが、三人が止まることはない。武力行使に移ろうかと考えたが、水面を伝わる波紋のように騒ぎが大きくなってしまい、続々と他の部の連中が集まってくる。そして演習場脇の街道は錬一人では抑えられないほどの勧誘合戦場と化した。

 

「最っ悪だ…」

 

 これが嫌だったから巡回が嫌だったんだと悪態をつきながら、錬は部活動勧誘の引っ張り合いに身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日をまたぎ、騒動の翌日となったこの日。錬と沢木の二人は怒りに震え、青筋を浮かばせた花音の前で正座をさせられていた。その他には達也が無表情のまま事務作業をしており、服部が椅子に座っていた。

 

「さて、風紀委員であるあなたが大量の部活を巻き込んで騒動を起こしたことの言い訳を聞きましょうか?」

 

「いや、俺関係ないと思うんですが…」

 

「なに?」

 

 花音の威圧に耐えかね、錬は口を噤んでしまう。前日の騒動は駆けつけた達也とその騒動を見かねたほかの風紀委員によって制圧された。騒動の中心であった錬は渦の中心で疲れ切った顔で佇んでいるのを発見された。

 

「今回のことは、部活連と協力して錬君を勧誘したすべての部活に、錬君が見学に行くってことで話がついたから」

 

「いや、俺に話が通っていないんですけど…」

 

「行きなさい」

 

「はい」

 

 無機質な花音の命令によって錬は肯定の返事をせざるを得なくなってしまった。

 

「沢木君も!風紀委員が率先して問題を起こさないで!」

 

「すまなかった…」

 

 沢木は正座した体制のまま、深々と頭を下げる。沢木は頭を上げると次は服部に体を向ける。

 

「服部も迷惑をかけてしまってすまなかった」

 

「反省しているんだったらいい。これからはこんなこと起こさないでくれ」

 

 そういった服部は席から立ち、本部から出ていく。その姿を見送った花音は再び錬に視線を送る。

 

「ともかく明日から風紀委員の巡回がてら部活動の見学に行ってもらうから」

 

「巡回もするんですか…。効率がいいのは認めざるを得ませんが…」

 

「それじゃ、見学の日程表は達也君に作っておいてもらって、君の端末に送ってもらうから。ちなみに明日はSSボード・バイアスロン部だから」

 

 その言葉を聞き、次は達也がとんでもないとばっちりを食らったことに驚き、無表情のまま目を見開く。しかしそれを見なかったことにして花音の言葉に返答する。

 

「分かりました」

 

「それじゃあ、今日の巡回もよろしくね」

 

 錬は立ち上がり、しびれた脚に鞭を打ちながら本部を後にする。やらない前提で入った風紀委員の巡回をやり、早くもそれに順応している自分が嫌になりそうになりながら錬は巡回に向かった。

 

 

 

 

 




 部活動の代替わりの時期が分からん…。

 それはともかく、ちょっと聞きたいことがあるんですが、タブに「SCP」とか「仮面ライダー(ネタのみ)」のタブってつけた方がいいですかね?
 活動報告にページを作っておくので、ご意見をお願いします。


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閑話 その二





 

 錬の勧誘騒動後の見学も終わり(ちなみに勧誘を行っていた部活は二十以上もあったため、終わらせるのに一か月近くもの期間を要した。その間毎日のように巡回を行っていた錬はほぼ巡回ルートを暗記していた)、時期は冬真っただ中。現在の日時はクリスマスを目前に控えた十二月二十日、日曜日である。街がイルミネーションに包まれ、人々が浮かれ始めるこの時期に錬は画面越しの通話相手と楽しく会話を繰り広げていた。その相手は光宣。烈と同じように錬の秘密を知る数少ない人物であった。

 

「錬さん。改めてアズガルズ・シリーズありがとうございました」

 

「今度そっちに行ったときに調整してやるからその時まで待っていてくれ。何か問題が起こった時にはその都度呼び出してもらって構わないからな」

 

「ありがとうございます。それでは失礼させていただきます。今度は直に会いましょうね」

 

 そういうと画面越しに手を振る光宣が映るモニターがブラックアウトし、錬の家に再び静寂が訪れる。通話を終えた錬が席を立ちあがると、家事用ロボットに入ったアストラがミルクティーを持ちながら静かに近づく。錬がそれを受け取り、CADの製作を再開しようと部屋に戻る。

 

 部屋に戻った錬がデスクに座ると、傍らに置いてある携帯端末に通知が入っていることに気付く。端末を手に取りその相手を確認すると、相手は雫だった。なかなか珍しいな、と思いながら折り返しの電話を入れる。するとスリーコールで端末から雫の声が聞こえてくる。

 

「もしもし」

 

「もしもし錬君。明日何か予定ある?」

 

「唐突だな。明日は特に誰かと会うような予定はないが…」

 

「だったら明日、私と出かけない?」

 

「いきなりだな」

 

 錬の淡白な答えにも雫はひるまずに攻め続ける。

 

「でも論文コンペの時に約束した。それに今はちょうどいい時期だから」

 

「しかし俺に予定が一応あるんだが…」

 

「ずらしたりとかできない?」

 

「難しくないが…。しかし…」

 

 煮え切らない態度になってしまう錬。別に雫との買い物が嫌というわけではない。しかし、あまり買い物というものに時間をかけたくない性格の錬は、前回の買い物で女性の買い物がやたらと時間がかかるということを学んでいた。そのため、雫もそのようになってしまうのではないかと懸念を持っていた。そのため、雫の誘いにあまり乗り気でなかった。

 

 しかし、次の雫の言葉によって、状況は一変する。

 

 

 

「いいから来い」

 

「分かりました」

 

 

 

 錬の煮え切らない回答にしびれを切らした雫は檄を飛ばすようにドスのきいた制圧力のある声で錬に命令じみた誘いをかける。そして錬はそれに気圧されてしまい、肯定の返事をしてしまう。

 

「ありがとう。それじゃあ明日よろしくね」

 

 その直後、雫から電話を切られ、何かを伝えようとした錬の開いた口は空気を吐き出すだけのものとなってしまう。耳から話した端末に雫から位置情報が転送される。

 

 明日の予定が決まった錬は明日やる予定だった作業を今日中に終わらせるため、すぐさまデスクに着き作業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがいいんじゃないかな」

 

 手に持った服を錬に合わせてみる雫。その服を持って錬は試着室に入る。雫たちは夏と同じようにショッピングタワーにやってきていた。今は夏のように錬の冬物の服を選んでいた(ちなみに買い物をしている店は別の店である)。

 

「どうだ?」

 

 試着室から出てきた錬は、黒チェックのシャツと白のカットソーの上に黒のジャケットを羽織り、紺のデニムを履いている。靴もそれに合わせ、黒のスニーカーをセレクトしてもらっていた。

 

 容姿が優れている錬は、やはり服装さえ整えると見た目のレベルがぐっと上がる。試着室から出てきた錬を見た店の店員は感嘆の声を漏らし、雫は小さく拍手をしながら錬の問いに答える。

 

「うん、とてもよく似合ってる。それじゃあ次はこれね」

 

 感傷に浸る暇もなく、錬は雫から手渡された服を受け取り試着室に戻る。その奥では雫が別の服を選んでいるのが容易に感じ取れた。やはり買い物が長くなるのだろうか、と思いながら錬は来ていた服を脱ぎ始めた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫は端末に表示された服を見て、錬にどれが似合うかを考えながら錬の服を選んでいた。錬が先ほど試着室から出てきたときの姿はまるでモデルのようで、雫も一瞬目を奪われてしまっていた。雫にはほのかと買い物に来て服を選ぶ機会もあったが、錬の服を選ぶというのはそれとは違った新鮮さがあり、その時間は心地よい楽しさを生んでいた。

 

 端末を楽しそうに眺めながら、マネキンに合わせるようにして服を選んでいた雫の斜め前に店員が音もなく近づいていく。服を選ぶのに夢中になっていた雫は、店員が目の前まで近づいてくるまで気づかなかった。そのため、雫はぎょっとしてしまい、半歩後ずさりをしてしまう。

 

「何か?」

 

 冷静さを取り戻したような表情にしなおした雫はにこやかな笑顔を浮かべた店員に近づいてきた目的を尋ねる。

 

「お客様に少々ご相談があるのですが…、よろしいですか?」

 

「構いませんが…」

 

 服選びを中断させられてしまったためか、雫は少々いやそうな表情になる。が店員の話を拒む理由もなかったため、雫は店員の話に耳を傾ける。

 

「お連れ様が当店の服をお買い上げになっていただいた場合、お買い上げしていただいた洋服をそのままお召しになってはいただけませんでしょうか?」

 

 雫はなるほどと思いながら店員の話に耳を傾けていた。忘れがちであるが、錬は深雪と並ぶほどの美少年である。買い物に来る時には別の意味で目を引いた錬であるが、その錬が見た目に気を使って服装をすれば、確実に大勢の目を引く。その錬に店の服を着て歩いてもらえれば、まさに歩く広告塔である。それを狙ったものだというのを雫はすぐに理解した。 

 

 しかし、雫が決めることはできない。服を買うのは錬であって雫ではない。そもそも服を買うかもわからない以上、雫が了承するわけにはいかなかった。どうしようかと考えていると、錬が試着室から顔をのぞかせる。

 

「どうしたんだ?」

 

 錬は完全に着替えを終えていた。やはりその見た目は壮観であると言えるほどのモノであり、店員はその姿を見て満面の笑みを浮かべた。その笑みを見た錬はその笑顔にいやなものを感じ、目をいやそうに細める。その顔を見た雫は空気を戻そうとして店員からの要件を伝える。

 

「この店の服を買ったら、そのまま着て歩いてほしいんだって」

 

「そんなことだったら、構わない。どうせそのつもりだったからな」

 

 その錬の返答を聞いて、店員は表情筋が吊るのではないかと思う程に笑みをこぼす。現金だと思いながらも錬は雫から次の服を受け取り、試着室の中に戻っていく。

 

 雫が店員の方に向き直ると、店員は深々と礼をする。

 

「ありがとうございます。今回のお買い物ですが、お値段はお勉強させていただきたいと思います」

 

 双方の利害が一致し、会話が終了する。すると、店員が手持ち無沙汰になってしまったのか、雫に世間話をし始める。

 

「ところで、お連れ様は彼氏さんですか?」

 

 プライバシーにかかわるようなことを聞くのはタブーとなっている世の中であるが、男女が二人きりで歩いていたら、店員がそう思ってしまうのは不思議ではなかった。

 

 プライバシーにかかわることを聞かれた雫であるが、質問のパンチがあまりにも強烈であったため、顔が真っ赤になり言葉を紡ぐのが難しくなってしまう。会話を振られてしまった以上、無視をするわけにもいかなかったため、雫は最大限に頭を回転させて当たり障りのない答えを考える。

 

「ま、まだ…違います…」

 

 雫の返答が精いっぱい考えただというのが店員にははっきりと感じ取ることができた。視線を泳がせ、口をもごもごと動かす雫を見て、少女が少年にどのような感情を抱いているのかも読み取れた。

 

 しかし、自らの質問で妙な雰囲気が店内を包み込んでしまったことにも気づいていた。この雰囲気をどうにかしようと今度は店員が回転させ始める。そして当たり障りのない会話でなかったことにしようと、口を開きかけた時、試着室の扉が開き、錬が現れた。

 

「どうだ?雫」

 

 錬の言葉によって雫は再起動して、質問に答え始める。それとともに店内を覆っていた雰囲気は霧散し、店員はほっと息をついた。感想を述べ終えた雫は再び錬に服を手渡し、再び楽しそうに服を選び始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は最終的に三セットの冬物を選び、その店を後にした。値段は店員の宣言通り、勉強代によって、ある程度引かれていた。ちなみに店を出るときに来ていたのは最初に紹介したセットだ。

 

 錬の服を買い終え、錬と雫は二人ショッピングタワーの中を並んで歩いていた。クリスマス商戦の真っただ中であるショッピングタワーはイルミネーションがきらびやかに光輝き、人々の気持ちを高ぶらせる。しかし、この二人はそんなことを気にするタイプではない(店内に設置する程度のものでは目を引けないという話で決してイルミネーションに興味がないというわけではない)。

 

「そういえばもうすぐクリスマスか…」

 

「そう。あと少しで今年も終わり」

 

 思い出したように錬がつぶやいたのに雫が反応する。

 

(そういえばクリスマス会をやるとか何とか言っていたな…。プレゼントを考えておいた方がいいか?)

 

 しかし、錬の頭ではクリスマスに人に送るプレゼントの内容なぞ全く思いつかない。とは言え、クリスマスにプレゼントを贈らないというのもよくないだろうと考えた錬は、自分ではどうしようもないと判断し、雫にアドバイスをもらうことに決定した。

 

「雫、クリスマス会であいつらに送るプレゼントを選びたいんだが、何がいいと思うか意見を聞かせてくれないか?」

 

「私は値段を気にされない程度でアクセサリーとかの小物を送るつもり」

 

「俺は人の好みはわからないからなあ。利便性が高く、人の好みによらないものか…」

 

 ここで話しながらウインドウショッピングを楽しんでいた錬はふと横を向き、視界に入ったものを手に取った。

 

「それ、カタログ?」

 

 雫は錬の身体越しに錬の持っているものを覗き込む。

 

「みたいだな。これなら俺が考える必要が無くて済むな」

 

「でも結構な値段」

 

 しかし、錬は雫の忠告を聞くことなく、店内に入っていき女性用のカタログと男性用のカタログをそれぞれの趣味嗜好を考慮して購入した。七人分のカタログを郵送してもらった錬が店外に出ると、雫が不機嫌な表情で錬のことを待っていた。

 

「…待った」

 

「放置して済まなかった。ここで買っておいた方がいいと思ってな。お詫びといっては何だが、クリスマスプレゼントで何か欲しいものはあるか?明らかに不可能なものは渡せないが」

 

 そういった直後、雫の表情こそ変わらないが雰囲気が明らかに柔らかくなる。顎に手を当て雫は少しの間考える。そして顎から手を離し、口を開く。

 

「アズガルズ・シリーズのCAD」

 

 雫の口から放たれた要望は錬にとって予想外の代物だった。このビル内に存在するものから選ばれると思っていたため、ほぼ非売品といっても過言ではないアズガルズ・シリーズを要求されたのは予想の範疇の外側であった。

 

 しかし、錬はこのCADの製作者。正規品アズガルズ・シリーズのシリアルナンバーの一桁台は家で保存しており、ユグドラ・シリーズも何台かストックしているほどである。それを渡せば事足りてしまうため、錬は特に迷うことなく返答した。

 

「ああ、いいぞ。そうなるとこの後一度家に帰る必要があるから…、渡すのは後日でいいか?」

 

 しかし、雫は今日中に受け取りたいのか折れない。

 

「ダメ、今日中」

 

「…分かった。それじゃあここでも買い物が終わったら、一度俺の家に行こう」

 

「分かった」

 

 やり取りを終えた二人は再び歩き始めた。そして昼食時だったため、胃を満たすためにレストランに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが錬君の家?」

 

 ショッピングタワーで買い物を終えた二人は錬の家に向かった。一人で一軒家に住んでいることに驚いたのか、雫は疑問を孕んだ声を上げる。それに対し錬は首を縦に振りながら、自宅の鍵を開けることでこの家が自分の家であることを証明する。雫をリビングに案内した錬はリビングを後にしながら、振り返る。雫に声をかける。

 

「とりあえず持ってくるまではゆっくりしていてくれ」

 

 簡潔に伝えた錬はリビングを後にして自室へ向かう。パネルを操作し、錬は地下に向かう。

 

 リビングに置き去りにされた雫はリビングを探索し始める。しかし、錬はリビングには見られても困らないようなものしか置いていないため、雫は探索にすぐに飽きてしまう。

 

 するとリビングにある本棚の前で本を眺めていた雫の後ろでカチャンと音が鳴る。その音に驚き振り返ると、そこには紅茶が入ったティーカップを置いている3Hが立っていた。もちろんその中身はアストラであり、主である錬に置き去りにされてしまった雫が妙に不憫に見えたアストラが自分から紅茶を入れ、雫に出したのだ。

 

「ごゆっくり」

 

 アストラは雫に一言声をかけ、アストラはまた台所に下がる。3Hから自発的に声をかけられた驚きもあったが、それ以上にのどが渇いていた雫はリビングのソファーに再び座り、紅茶の入ったティーカップに口をつける。

 

 

 

 

 錬がリビングを離れて十分ほど経ち、ようやく錬がリビングに戻る。片手には腕輪型のCADを持っている。

 

 雫は錬のCADに興味を示し、錬に近づいてCADをまじまじと見つめ始める。全体として白を基調とし、手首の内側にボタンがついている。手首の内側にボタンがあるCADを愛用している雫にとってはうってつけの代物だった。

 

 その他の特徴としてはふちに電飾がついており、手首の外側には色彩調節用のダイアルとボタンがついている。もちろん完全防水だ。このCADの特徴としてはこれ以上にない、このCADのコンセプトがシンプルイズベストであったため、このようにまとまった。

 

「これがアズガルズ・シリーズ…」

 

 錬からCADを受け取った雫はそれを見まわすようにして、ぐるりと回す。その姿を見た錬は簡単にそのCADの説明を始める。

 

「アズガルズ・シリーズ、シリアルナンバーが五番のやつだ。本人曰く、色々見た目を盛るのをちょっと休憩して、限りなくシンプルにまとめようと思って作ったものらしい」

 

「ふーん」

 

 雫は錬の説明を聞きながら、CADを左の手首につける。電源を入れると、CADのふちがほのかに赤く光る。いきなり目の前で輝いた光に雫は目を細める。

 

「外側についているダイアルでし色彩調整、中央のスイッチで光り方の変更ができる。適当に試してくれ」

 

 雫はダイアルを回して、光の色を変えていく。最終的に雫は本体と同じ白を選択する。

 

「さて…、肝心なのがCADの調整だが。ここではできないし、留学前に明日学校の機器を借りてやることにしようか」

 

 留学に行く雫がこのCADを使うのであれば、早くに調整をしておいた方がいいと判断した錬は明日学校の調整機器を借りて調整することを選択する。地下の自前の調整機器を使うことができれば早いのだが、地下の施設を見せるわけにもいかないため、この選択をせざるを得なかった。

 

「うん、分かった。でも錬君、CADの調整できるの?」

 

「俺は魔工師志望だからな。CADの調整をすること位なら赤子の手をひねること位、簡単だ」

 

 錬のこのご時世でなかなかしない言い回しに軽く苦笑いを浮かべる雫。しかし、錬はこの言葉遣いの違和感に気付いていない。二人の間に微妙な雰囲気が流れる中、その元凶である錬はそれに気づいてか気付かずか、ジャケットの内ポケットから、小さな紙袋を取り出し、それを雫に差し出した。

 

「なにこれ?」

 

 錬が出した紙袋を指さしながら、その正体を訪ねる雫。その顔には疑問を含んだ表情が浮かんでいた。

 

「クリスマスプレゼントがCAD一つというのも味気ない感じがしてな。もう一つのクリスマスプレゼントとして受け取ってくれ」

 

 しかし味気ないというのは完全な錬の勘違いである。本来アズガルズ・シリーズというものは数が少ないため、CADの中では高価な部類に入る。ユグドラよりも数が多いとはいえ、その値段は高いものでは六桁後半行くことがある。その中でもシリアルナンバー一桁である雫へのプレゼントは、売りに出せば、下手をすれば七桁行くほどのプレミア品。マニアからすれば喉から手が出るほど欲しいものである。しかし製作者である錬はスクラップから製作しているため、その自覚がなく、アズガルズ・シリーズのみではCADだけでは味気ないと思っていた。

 

「そんな。もらえないよ。こんな高価なものをもらっておいて。本来これにもお金を払わないといけないくらいなのに」

 

 雫は紙袋を押し返すようにして錬につき返す。しかし、錬としてはアクセサリーが家にあってもしょうがないため、意地でも受け取らせようとする。

 

「いや、もう買ってしまって返品もできないからな。男の俺がこれを持っていても仕方がないし、できれば受け取ってほしいんだが…」

 

「じゃあせめてお金を出させてほしい。もらってばかりじゃ悪い気持ちになる」

 

「別に何かが欲しくて送っているわけではないから不要だ。ありがたく受け取ってくれ」

 

「…………分かった」

 

 三十秒ほど考えた雫はようやく折れ、錬の手から紙袋を受け取る。丁寧に包装をはがし中に手を入れると、中からはネックレスが現れる。金属製のチェーンは小さなリングを通っている。

 

「すごいおしゃれ。ありがとう」

 

「喜んでもらえて何よりだ」

 

 雫はその場で受け取ったネックレスをつける。雫は淀みない動きでネックレスを付け、三十秒ほどで作業を完了させる。

 

「どう?」

 

 雫は錬にネックレスをつけた自分を見せ、意見を求める。

 

「似合ってると思うぞ」

 

 それに対して錬は率直に思ったことを簡潔に答える。それを聞いた雫はうれしそうに微笑むのだった。

 

 

 

 





  これで本編に関係のない話は終了です。この次からは来訪者編を書いていきたいと思います。

 リーナと多く絡ませられるように頑張っていきたいと思います。そのための伏線も一応張れていますので、考えている中では決行できるような気もします。

 以前、予告していた新キャラもお楽しみに。面白いキャラに仕上がっていると思います。

 それでは次回をお楽しみに。




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来訪者編
来訪者編 第一話


 

 最近錬の性格が柔らかいとのご指摘を受けるので言い訳を。

 錬の性格を柔らかくしてやらないと、話をうまく進められないんです。このまま誰とも接触を拒み続けて、全く誰とも絡まない話を見ても、面白くないと思うのでそこらへんはご容赦ください。






(山王信仰と台密のところはよくわからないので間違っていたらご指摘ください) 

 

 

 定期試験も無事に終わり、今日は十二月二十四日、二学期最後の日であり、クリスマスイブの日でもある。この日錬や達也たち一行はアイネブリーゼに集まり、クリスマスパーティーもとい、雫の留学送別会を行っていた。錬は誘われ、特に断る理由もなかったため、やってきていた。

 

 錬たちの前には大きなクリスマスケーキが鎮座しており、その前に立つ錬たちの手には飲み物の入ったグラスが握られていた。全員がグラスを握ったところで達也がいつものような落ち着いた声で音頭を取り始める。

 

「飲み物は行き渡った?いささか送別会の趣旨とは異なるけどせっかくケーキも用意してもらったことだし、乾杯はこのフレーズにしようか……メリー・クリスマス」

 

「メリー・クリスマス!」

 

 錬は声こそ上げなかったが、その歓声にこたえるようにして手に持ったグラスを天に掲げるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねっ、留学先はアメリカのどこ?」

 

「バークレー」

 

 エリカからの質問に雫は短く場所のみを答える。すると、その答えに疑問を持った深雪が続けて尋ねる。

 

「ボストンじゃないのね」

 

 日本魔法師の中の常識として、アメリカの現代魔法研究の最先端はボストンという認識が強くあり、深雪の質問もその認識から来たものだった。

 

「東海岸は雰囲気が良くないらしくて」

 

 雫の穏やかならざる回答に幾人かが同調する。

 

「ああ、『人間主義者』が騒いでいるんだっけ」

 

 幹比古の言葉をきっかけにして話の中心は人間主義者に切り替わる。レオは人間主義者に向かって悪態をつき、達也はそれを宥めるようにしてフォローする。達也の解説が徐々に暗さ、というか犯罪さを増してきたところで、エリカが暗さを振り払うようにして話題を切り替える。

 

「そういえば雫。代わりに来る子のことはわかっているの?」

 

「代わり?」

 

 いまいちピンと来ていないような表情をしている雫に、深雪が補足するように問いかける。

 

「交換留学なのよね?」

 

 その言葉でようやっとピンと来たのか、理解したという表情に変わる。

 

「同い年の女の子らしいよ。それ以外のことは何も」

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

 一同のあまりに少ない情報量に驚いたがゆえに零れた声に雫は短く答える。

 

「……そうですよね。自分の代わりにどんな子が来るのか、いくら気になっても教えてくれる相手がいませんものね」

 

 美月がそう呟いたことによってこの話題はそれきりになった。

 

 その後はクリスマスプレゼント交換会が行われた。皆が渡しあっていたものは学生らしい質素過ぎず、かといって高価過ぎないものであった。しかし、やはりというかどれも三万円以上する錬のプレゼントは異彩を放っていた(ような気がする)。

 

「錬、これ高かったんじゃねえか?」

 

 アウトドア系のカタログを受け取ったレオが、その値段を気にするようにして錬に尋ねる。本来、贈り物の値段を気にするのは、マナー違反であるが、一人暮らしである一学生から高価なものがポンと送られたら、疑問が上がるのも不思議ではなかった。現にレオ以外の面々もレオの疑問に首を縦に振っている。

 

「そうでもなかったから心配するな。こっちにもいろいろとあって金は大量にあるんだ。あまり気後れされると、こっちも送りがいがなくなる」

 

「錬がいいんならいいんだけどよ…」

 

「あれ?でも錬君、雫に渡してないけどいいの?」

 

 レオが落ち着いたと思ったら、次はエリカが錬に尋ねる。すると、錬の代わりに雫がその問いに答える。

 

「私はもうもらってるから」

 

 そういった雫は見せつけるようにして腕を上げ、袖をまくり、左腕につけたCADを皆の前に曝す。すると、そのCADに興味を持った者たちが雫に群がっていく。

 

「わ、これってアズガルズ・シリーズの汎用型じゃないですか」

 

「あのユニラ・ケテルの?錬君良く手に入れたわね」

 

「ちょっとした伝手でな。アズガルズ・シリーズは結構持ってるぞ」

 

「しかもこれシリアルナンバー一桁代じゃないですか。これネットで売ったら、六桁は軽くいきますよ」

 

 雫のCADに興味津々になっている面々の目をかいくぐるようにして、達也が錬の隣に近づいてくる。

 

「なるほど、つい最近、学校の調整器具を借りたのは、このためか。ということはあのCADを調整したのはお前か?」

 

「ああ、雫がアズガルズ・シリーズが欲しいって言ったからあげたんだ。ハードウェア的にもちょうどよかったからな」

 

「世界に名だたるアズガルズ・シリーズを簡単にやれるのはお前くらいだろうな」

 

「道具は使ってなんぼだろう。家で腐らせておくよりもはるかにましだ」

 

「…あれ、雫、このネックレス何?この間まで着けてなかったよね」

 

 達也と錬が話していたところで、ほのかが雫の首にかかっているネックレスを目ざとく発見する。そして雫はそこで

 

「…秘密」

 

 意味深な返答してしまう。これによってどういう経緯で手に入れたのかを察したエリカが、おもちゃを手に入れた子供のように錬に近づいていく。レオはいまだにその意味に気付いておらず、幹比古と美月はその意味に気付き、顔を赤くしている。達也は錬を呆れるような視線で見ており、深雪は雫を見ながら、口元に手を当て微笑んでいる。いまだに気付いていなかった錬は、近づいてくるエリカを見てようやくいやな予感がすることを感じ取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 送別会という名を被ったクリスマスパーティーは和やかに終了し、錬は帰宅の途に就いた。しかし、その最中は、いやその前から頭の中は今回の一件の不審さ、というより意外さで埋め尽くされていた。

 

 優秀な魔法師は国家の財産として海外渡航を厳しく制限されている。雫やほのかといった優秀な人材は通常であれば、渡航が許されるはずもなく。錬や深雪などもってのほかだ。これほどまでに魔法師が海外に渡るというのは厳しいことなのだ。

 

 しかし今回、交換留学とはいえ魔法師の海外渡航が許された。この結論が出た時、やはりこの交換留学には裏があるとしか思えなかった。また横浜事変とは違った意味での面倒事が起きそうだと、錬の第六感がつぶやいた。 しかし、その元凶をつぶしたくても今回のことはもう政府によって決まってしまっていることであり、錬一人ではどうしようもなかった。

 

(今回はどうしようもないかな…)

 

 面倒なことにならなければいいな、と錬は願い、このことを頭から消そうと努力するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スターズ専用機であるクラスターファンで帰投したアンジー・シリウス事アンジェリーナ・シリウス少佐は制服のまま自室のベットにゴロリと寝転がった。同胞を処刑することにベットの上で心を痛めていると、部屋の呼び鈴が鳴り響く。いつものような部下の訪問にシリウス少佐は苦笑いを浮かべ、リモコン操作で鍵を開け、入室の許可を出す。

 

「失礼しますよ、総隊長」

 

 入ってきたのはシリウス少佐の予想通りの人物だった。ベンジャミン・カノープス少佐。スターズのナンバーツーであり、スターズ総隊長代行も務める第一部隊の隊長で会った

 

 カノープス少佐の差し入れであるハニーミルクを啜りながら、二人は和やかに会話をする。カノープス少佐が部屋の片隅に積みあがった個人用コンテナを発見し、話はシリウス少佐に与えられた任務についての話になる。

 

「しばらくは因果な任務のことを忘れます。ゆっくりと羽を伸ばしてください」

 

「休暇じゃなくて特別任務なんですけど…」

 

 カノープスの唆しにリーナは唇を尖らせる。その表情はスターズ隊長としてのモノではなく、十六歳の少女のものだった。

 

「むしろ憂鬱ですよ。ただでさえ潜入任務には不慣れなのに、向こうでやることが多すぎます。任務の一つをこなすだけでも大変だというのに、三つも任務を与えられるなんて。任務を私に集中させるくらいなら、もっと多くの隊員を派遣してくれてもいいのに…」

 

「魔法師の渡航には制限がありますから仕方のないことでしょう。そもそも成功が前提の任務ではありませんし」

 

 今回シリウス少佐に与えられた任務は三つ。一つ目は十月末に極東で観測された戦力級魔法によるものと思しき大爆発(グレート・ボム)の実行者、すなわち術者の正体を探ること。

 

 二つ目は数年前、同じく極東で観測された孤島焼失の一件の調査。研究班はあの時、その周辺、中心部からプラズマが観測されていたことから、あの爆発は戦略級魔法「ヘヴィ・メタル・バースト」ではないかと推測している。

 

 三つめの任務は極秘ではあるが、先の一件で焼失した島で研究対象となっていた、コードネーム、ウロボロスの発見、スカウトである。UNSAもあの実験のスポンサーであったため、あの事件が無ければ、恩恵を受けることができていた。しかし、事件により、研究所は焼失。当の本人もどこかへ姿をくらましてしまったため、アメリカとしては無駄な支出となってしまっていた。

 

 しかし、それを上層部が許すはずもなかった。情報部の調査によって生存していることが分かり、本名を情報として知っていたため、そういう名前の生徒が一校に入学してしていることも知っている。そのころのデータから逆算して、十六歳になっていると推測した軍上層部はシリウス少佐を送り込み、本人であるかの確認、及びスカウトをさせることに決定していた。 

 

 しかし、シリウス少佐は諜報に向くタイプではなく、本人もそのことは自覚していた。カノープスの慰めも効果を発揮せず、シリウス少佐は溜息を吐いた。その姿を見たカノープス少佐は別の言葉で慰めにかかる。 

 

「こう考えてはどうでしょう。総隊長の役目は、容疑者に接触して揺さぶりをかけることだと」

 

 カノープスの慰めにシリウス少佐は少し納得したような表情に変わる。一度切り替えるようにして大きくため息をつくと、シリウス少佐はカノープス少佐の前に立ち上がる。

 

「ベン、留守中のことはよろしくお願いします。脱走者の初段も終わっていないこの状況で、本来私が負うべき責務をあなたに負わせるのは心苦しいのですが……、私の代わりをお願いできるのは貴方しかいませんので」

 

「おまかせください、総隊長。まだ少し早いですが、行ってらっしゃい」

 

 カノープス少佐はリーナの敬礼に笑顔を浮かべた敬礼を答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって再び日本。錬は自宅で自室にこもり、大晦日が間近に控えているにも関わらず、作業に勤しんでいた。デスクのモニターには腕型のアーマーのようなものが映し出されており、最近完成した空間投影型タッチパネルには、それが映し出されていた。付属品もなく、丸いフォルムのアーマーに錬は物足りなさを感じており、さらなる追加デザインをディスプレイ上に描いていた。

 

「アストラ、これなら機能性とデザイン性を両立できるか?」 

 

「これであれば、機能を低下させずにさらなる機能の追加も望めるでしょう。こちらをサーバーに保存しますか?」

 

「頼んだ」

 

 短く答えた錬はデスクから立ち上がり、傍らにおいておるオレンジジュースを啜り始める。デスク前のペンダントを見つめながら、オレンジジュースを啜っていると、携帯端末が鳴り響いた。相手は久しぶりの達也であった。

 

「何だ」

 

「錬、大晦日と元旦は暇か?」

 

「大みそかは京都に行って鴨そば食べてくるつもりだが…、日帰りだから、夜からは暇だな」

 

「だったら初詣でも行かないか?ついでに話しておきたいこともあるんだ」

 

 錬は達也の問いに少し悩んだ表情を見せる。しかし、別に初詣に行くこと自体は悩んではいなかった。こういう機会に外に出ておかないと、三学期になるまで一歩も外に出ないであろうとわかっていた。そのため、行くこと自体はほぼ即決であった。

 

 悩んでいた、というより考えていたのは達也の話についてだった。錬のいやな予感も相まって、達也が持ちかけてくる話には、いやなオーラがまとわりついているのが錬にはすぐに分かった。が、錬には予知能力も心を読む能力もない。よって本人に聞いてみないことにはわからないのだった。

 

「分かった。どこに行けばいいんだ?」

 

「日枝神社に八時ごろで頼む」

 

「分かった」

 

 錬が短く言葉を返すと、通話が切れる。端末を手放し、再びオレンジジュースを啜り始め、ふとペンダントを手に持って眺め始める。それは錬の葵の唯一の形見、葵と最後に会話をしたあの時にもらったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らず知らずのうちに年を越した錬は約束通り日枝神社に来ていた。約束の十五分前だというのにも関わらず、大体のメンバーがそろっており、残すは司波兄弟のみとなっていた。

 

 司波兄弟を待っている間、錬たちは他愛もない雑談に身を興じていた。

 

「それが雫とのデートで買った服ですか?とてもよく似合ってますよ」

 

「デートかどうかはともかくとして、質問の答えはイエスだな」

 

「やっぱり錬は素材は良いんだな。やっぱり目の下のクマが問題だがよ…」

 

 ほのかの問いに錬が答える。その傍らではレオが錬を上から下へ食い入るように見ていた。錬が来ているのはあの時とは違うものだが、それでも似合っているのは変わらなかった。周囲の目をかなり引いていたが、深雪で同じような経験をしている面々はうろたえることはなかった。

 

 錬の服談義をしていると、約束の五分前に達也たちが到着する。達也は羽織袴、深雪は振袖であった(ちなみに錬はロングコート、レオはジャケット、ほのかは振袖、美月はファーコートだった)。

 

 レオたちが会話を繰り広げていると、そこで錬が見たことはない人物が現れた(厳密には見たことの無い人物は一名であったが)。

 

「ヤクザ者というより、与力か同心のイメージだね」

 

 一人は坊主であり、飄々としているが、錬の眼には隙を見つけることができず、油断のならない人物であった。もう一方は一校のカウンセラー、小野遥だった。以前、錬も無理やりお世話になった(正確にはお世話されただが)人物だ。

 

 錬が八雲のことを注意深く観察していると、何者かを知らない美月たちが達也に尋ねる。達也はその問いに答えた。

 

「九重寺住職、八雲和尚。俺たちにはもしかしたら忍術使い・九重八雲氏の方が通りがいいかな?俺の体術の先生だ」

 

 達也の紹介を聞いてほのかと美月は目を丸くし、レオはなるほど、というように首を縦に振る。

 

「なるほどだから日枝神社にしようって話になったんだな」

 

「だからって?」

 

 レオの言葉に遥は疑問の声を漏らす。実際このことは一般的な知識ではないのだから、遥が分からないのも当然だった。

 

「んっ?和尚ってことは天台宗の坊さんなんだろ?山王信仰と台密は切っても切れない関係じゃんか」

 

 レオの発した言葉にますます疑問符を頭に浮かばせたほのかと美月は助けを求めるように尋ね始める。

 

「錬さん、どういうことですか?」

 

「山王信仰は比叡山から生じた神道。比叡山を開いたのは最澄。台密の創始者も最澄だからじゃないか?この日枝神社は山王信仰で有名なところだからな」

 

「あっ、なるほど」

 

 ほのかと美月、ついでに聞き耳を立てていた遥が納得できたように頷く。すると、レオと会話をしていた八雲の視線と興味が錬に向く。

 

「へえ、君も知っているのかい?さすがは入試成績一位だ」

 

「なぜ俺のことを?」

 

「達也君から何度か聞いていたし、九校戦の試合も見ていたからね。世紀の凡戦、君の行ったスピード・シューティング決勝戦の異名だよ」

 

「流石は忍び、九重八雲氏ですね。()()()()()()()()初なのに凄みが伝わってくる」

 

 錬に言葉に反応して、八雲の眼が細目が開いていき、錬を観察するように注意深く見始める。どうやら錬の込めたニュアンスが伝ったようだ。周囲に少々よくない空気が流れ始めるが、達也の一言によって霧散していく。

 

「自己紹介も終えたところで、そろそろ行きましょう」

 

「そうだね。あまりここにいるのも迷惑だ」

 

 八人は本殿に向かって歩き始める。その直後八雲が錬に近づき、話しかけ始める。その目は好奇心にあふれていた。達也も近くによって聞き耳を立てる。

 

「いつから知っていたんだい?」

 

「入学してすぐのあたりからですかね。カメラに何度か映っていたもので」

 

「電子機器に移ってしまうとは、僕も年を取ったかなあ」

 

「気になさる必要はないと思います。うちのカメラは特別製ですから」

 

「達也君が言っていた、魔法が効かない物質、ってやつかい?」

 

 八雲の言葉に錬が驚くことはなかった。八雲は優秀な忍びだ。家の位置もばれている時点で素材のこともそのうちばれると思っていた。それに達也が話していることも想定していたため、特に驚くことはなかった。

 

「そのことは内密にお願いします。世間に出ると面倒なので」

 

「当然だ。それに僕は俗世に興味はない。ただ、君が手を出し始めているものには興味あるけどね」

 

 錬の身体がピクリと跳ねる。が、それに気づいたのは八雲と達也だけであった。すると達也は話を変えるように錬に話しかけ始める。

 

「USNAの魔法師集団、スターズがマテリアル・バーストのことを探っている。お前のことも例外ではない。お前も調査対象に入っているらしい。周囲には気を付けておけよ。それと四葉家当主である、四葉真夜がお前に興味を持ち始めた。そのことも注意しておいてくれ」

 

「分かった。ご忠告ありがとう」

 

 業務連絡じみた会話を終えた二人のことを八雲は面白そうに見ていた。

 

 二人が会話を終え、本殿に入ると、錬は不躾な視線を感じ取る。それは達也や八雲も同様のようで、達也は錬にチラリと視線を送った。

 

「司波君、心当たりは?」

 

「ありません」 

 

「俺もです」

 

「異人さんには達也君が珍しかったのかねえ」

 

 それだと錬が視線を向けられた理由にはならないが、さりげなさを装うためのものだとわかっていたため、錬はスルーした。八雲が異人といったようにその相手は金髪碧眼。日本人が想像する欧米人の様相そのものだった。

 

「錬、わかるか?」

 

「まさか。金髪碧眼なんてこの世界にごろごろといる。ましてや流行遅れなんてそもそも調べられない」

 

 達也の問いに錬は首をすくめるようにして答える。錬が称したように少女の服装は明らかな流行遅れであり、さすがの錬でもしない服装だった(ジャージ野郎が何を言っているのか)。これを他の誰かが見たら、見た目がいいのに服装がだめな『錬状態』と称するだろう。

 

 すると、達也の視線に気づいた深雪が達也の残影をたどり、達也の観測物を発見する。そして、達也に向けて平坦な声を零す。

 

「…綺麗な子ですね」

 

 深雪の声を聴いた達也はうろたえたように深雪を見る。達也とてそのようなことを考えて少女を観察していたのではない。しかし、深雪にはそんなことは関係ない。同じように見ていた二人だが、八雲はにやにやとした表情で笑みを浮かべており、錬は達也たちから視線を外していた。つまり達也は自らでこれを解決しなければならないのだった。

 

「お前ほどではないけどな」

 

「…いつもいつも、その手で誤魔化せると思わないでください」

 

「誤魔化してなどいないさ。俺は本心からそう思っているし、そういうつもりで彼女を見ていたわけでもない」

 

 二人がいつもの感じで甘い空気を出し始めたため、錬は完全に二人の存在を無視して、お参りに向かうこととしたその過程で少女の隣を通ることになってしまっていたが、錬は気にせず少女の横を通り過ぎる。

 

 そして通り過ぎようとしたところで。少女が一瞬ではあるが、錬を注意深く観察するようにして、視線を送った。その視線に気づいた錬は同じように視線を送り返そうとするが、錬が送り返す前に少女はその場を後にしてしまう。周囲を見回すと、強い意志のこもった視線を送る深雪が少女の方を見ていた。

 

 何かの火種にならなければいいが、と錬は不安そうに思いながら、本殿にお参りをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 山王信仰と台密のところはよくわからないので間違っていたらご指摘ください。





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来訪者編 第二話

 少々遅れました。申し訳ありません。

p.s お気に入り登録二千人ありがとうございます。





 冬休みも終わり、今日から三学期。A組には雫の代わりに転校生が来ることになっており、A組の教室、そして学校全体が目に見えるほどに浮ついていた。それはほのかにとっても例外ではないようで、教室に入ってきてからというものの目に見えてそわそわしていた。

 

 しかし、それに当てはまらない例外というものはやはりどこにでもいるようで、転校生が来ることに落ち着いていた人物が二名ほどいた。一人が錬、もう一人が深雪であった。二人は席に着いて端末を操作して新学期の情報を確認していた。

 

 転校生のことが気にならないのか、と思う人はいるだろうが、この二人、そういうことに淡白で、深雪は「転校生が来てもやることはいつもと変わらない」、錬に至っては「興味ない」である(ちなみにだがこの二人苗字の関係で席は隣同士である)。まあ、この方が転校生としては奇異の眼で見られないため良いのかもしれない。

 

 そうこうしていると、始業の時間になりそわそわとしていたクラスメイトが席に着く。担任教諭が教室に入ってきて、転校生の紹介を始める。

 

 教師に促され、転校生が教壇の前に立つ。その少女は金髪縦ロールの碧眼の少女であり、その可憐さは、タイプは違うが深雪と並ぶといっても差し支えないほどのものだった。現に男子生徒だけでなく女子生徒までが感嘆の息を漏らす。深雪はほとんど表情を変えなかったが、ほのかはその可憐さにため息をついていた。

 

 そして錬は、ほんの少し漏れ出した程度であるが、悲壮感が現れていた。表情こそ変わっていなかったが、雰囲気が明らかに淀んだ。錬にはその少女の姿はとても見覚えがあるものであり、ぜひとも起こってほしくないことであった。そしてこう思った。「ああ、やはり面倒事からは逃れられないのか…」と。 

 

 明らかに雰囲気が変わった錬のことを感じ取り、深雪が視線を送るが、錬はその視線に大丈夫であるという意味を込めて視線で答える。その視線を受け取った深雪は教壇に向き直る。錬は視線を窓の外に向け現実逃避に取り掛かった。が、それは敵わず、耳には転校生の自己紹介が飛び込んできた。

 

「アンジェリーナ=クドウ=シールズです。短い期間ですが、よろしくお願いします」

 

 少女の自己紹介の日本語が流暢であったことに驚きを隠せなかったのか、教室の人間からは数瞬おくれて拍手が送られる。

 

「それではシールズさん。司波さんの隣に座ってください」

 

「分かりました」

 

 担任に促されて、シールズは一礼すると深雪の隣の席に向かう(苗字の関係上、深雪、雫、錬は席が並んでいたため、シールズが深雪の隣に来るのは妥当である)。席に腰掛けたシールズは隣を向き、深雪に小さな声であいさつをする。それに対して深雪は微笑を浮かべながら、挨拶を返す。その光景を見たクラスメイトは二人のやり取りにまたため息を漏らす。その時錬は違った意味でため息を漏らしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前のカリキュラムを終え今は昼時。錬は弁当片手に一人で食堂へ向かっていた。錬が食堂に入ると目ざとく錬のことを見つけたエリカが錬を招くようにして手を振る。断る理由のなかった錬はその手招きに従ってエリカたちの集団に向かって歩いていく。

 

 向かっていく最中、達也たちの席に留学生と深雪が同席を求めていたが、そもそも二セットの席を使っているので錬の席の心配はなかった。達也たちの席にたどり着くとエリカの感嘆の声が錬の耳に入ってきた。

 

「あの二人が並ぶと迫力あるねえ~」 

 

「一校の綺麗処二人だから当然だろう」

 

「よう、錬」

 

「久しぶりだね」

 

 唐突に口を挟んできた錬に向かって、レオと幹比古が挨拶をする。それに対して錬は手を上げて答える。するとエリカはにやにやと笑みを浮かべて話しかける。

 

「錬君も取ってきたら?お皿」

 

「悪いな。俺は弁当派だ」

 

 錬は片手に持った弁当をテーブルの上に置く。すると、エリカは当てが外れたように顔をそらして不機嫌そうな表情を浮かべる。その表情を見た錬は美少女二人の中に錬を混ぜたかったのだろうとあてを付けた。すると、錬たちのやり取りを見ず、深雪たちの方を向いていたレオがポロリと言葉を零す。

 

「なあ、達也……、彼女、どっかで見たような気がすんだけど」

 

「うわっ、古い手口」

 

 レオのつぶやきにエリカが反応するが、レオの心当たりは当然のことだった。しかしそれ以上にあの不可思議な格好を覚えていないということの方が錬にとっては印象深かった。

 

 美月と幹比古が同様のやり取りを終えたところで深雪と転校生が戻ってきて、深雪たちが席に着くのに合わせて皆も席に着く。(ちなみに司波兄妹とほのか、シールズは四人掛け、二科生組と錬は六人掛けのテーブルだ)

 

皆が席に着いたところでほのかが転校生を二科生の面々に紹介し始める。 

 

「達也さん、ご紹介しますね。アンジェリーナ=クドウ=シールズさん。もうお聞きの事とは思いますけど今日からA組のクラスメイトになった留学生の方です」

 

 一人のみに対する紹介にほのかに対して、同じテーブルの付く三人には困惑の表情が浮かんだ。

 

「ホノカ、こちらの方だけでなく、他の皆さんにお紹介してほしいのだけど?」

 

「え、あっ、ごめんなさい!」

 

「……まあ、ほのかだしね」

 

「ほのかさんですしね」

 

エリカと美月に本心からの言葉を投げかけられ、ほのかは赤面し絶句した。

 

「では改めて。アメリカから来たアンジェリーナ=クドウ=シールズさんです」

 

「リーナと呼んでくださいね」

 

 深雪の二回目の紹介にリーナが金髪を揺らしながら頭を下げる。リーナが頭を上げると、達也たちが会釈を返し、自己紹介に入る。その様子を見ていた錬は、深雪に視線を送られる。その視線はまるで「一度も挨拶していないんだからお前も挨拶しろ」と言っているようだった。

 

 E組の面々が挨拶をし終わったところで全員の視線が錬に注がれる。視線を一身に浴びた錬は自己紹介せざるを得なくなり、ゆっくりと口を開く。

 

「園達錬だ。錬で構わない」

 

 錬の短い自己紹介を聞いた繰り返すようにして覚える。

 

「エリカ、ミヅキ、レオ、ミキヒコ、レンね。よろしく」

 

 自己紹介後の総勢九人による昼食はとても初対面とは思えないほど和やかに執り行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェリーナ=シールズはセンセーショナルなデビューを果たし、留学初日にもかかわらず全校生徒の知るところとなった。今まで深雪のモノであった「女王」の座が「双璧」となった。二人で行動していることが多いせいか、その美貌が強く印象付けられた。

 

 その二人の所属する一年A組はただいま実習中であり、リーナと深雪も実習に励んでいた。しかし、その他の生徒は全く実習に集中することができておらず、視線は深雪とリーナにくぎ付けになっていた。それは中に階に設置されている回廊状見学室にいる三年生も同様のようで、そこでは真由美や摩利も見学していた。

 

「ミユキ、行くわよ」

 

「いつでもどうぞ。カウントはリーナに任せるわ」

 

 二人は三メートルの距離で向かい合って立っており、その間には直径三十センチの金属球が細いポールの上に乗っている。

 

「司波に匹敵する魔法力、本当だと思うか?」

 

「ある意味、アメリカを代表して日本に来ているのだから、ありえないことじゃないと思うけど。でも、にわかには信じがたいわね。同じ年代で深雪さんと拮抗する魔法技能なんて」

 

「同感だな。百聞は一見に如かずというが、この目で見なければ信じられん」

 

「だからこうして確かめに来てるんだけどね」

 

 実習の内容は同時にCADを操作して中間地点に置かれた金属球を先に支配する、という魔法実習の中でもシンプルかつゲーム性の高いものだった。単純だからこそ力量がはっきりと表れるこの実習で深雪は新旧生徒会役員を全員負かしていた。クラスメイトも同様でこれでは実習にならないと教官が認めるほどだった。錬に相手をやらせると深雪を負かすことができるが、今度は八割ほどの確率で深雪が負けてしまうため、これでも実習になっていなかった。

 

「スリー、ツー、ワン」

 

 ワンのカウントと同時に二人が据え置き型パネル・インターフェイスに手をかざす。

 

「GO!」

 

 深雪の指がパネルに触れ、リーナの掌がパネルにたたきつけられる。その直後、まばゆいサイオンの光輝が二人を包み込み、金属球の座標に重なり合って爆ぜた。光輝は一瞬で消え、その後目に映ったのはリーナの方にころころと転がる金属球だった。

 

「あーっ、また負けた!」

 

「フフッ、これで二つ勝ち越しよ、リーナ」

 

 盛大に悔しがるリーナと、ほっとした感じの笑みを浮かべる深雪。その二人を見て二階席の真由美と摩利は感想を述べる。

 

「……全くの互角だったわね」

 

「術式の発動はむしろ、留学生の方がわずかに上回っていたんじゃないか」

 

 さすがに優秀な魔法師である二人は先ほどの攻防をしっかりととらえていた。確かに術式のリーナの方が速かった。しかし深雪が魔法が完成する前に制御を奪い取ったのだ。二人は一瞬の間に高度な攻防を繰り広げていたのだ。

 

「しかし二人ともやはりすごい魔法力だな。どちらも単純な魔法力じゃ私たちでは敵わない」

 

「お二人とも深雪に負けていますからね」

 

 心当たりのある声が突然乱入したことにより内心驚きそうになるが、視線をずらさずになぜか二階にいる人物に話しかける。

 

「馬鹿にしているのかは今は聞かん。それよりなぜここにいるんだい。錬君?」

 

 摩利たちの後ろに座っている錬は深雪たちの方を見て目をつむっている。錬は考え込むようにしてつむっていた目を開き摩利の質問に答える。

 

「普段は深雪とやっていたんですけど、今日はリーナとやっているようなので。暇になった俺は見やすいこっちに来ようかなと」

 

 錬の言葉を聞いた二人は呆れるようにして目を細め、ため息をつく。

 

「だったら転校生の相手をしてやればいいだろう。実習をさぼるのはさすがにいただけんぞ…」

 

「俺がやったら実習にならなくなると思うんですが……、まあちょうど終わったみたいなので少しはやってきましょう」

 

 そういった錬は席から立ち上がり、魔法を使用せずにそのまま二階席から飛び降りる。その様子を見た二人は血相を変えて錬の安否を確認にかかるが、錬は平気そうに立ち上がり、深雪たちの方に近づいていくのだった。

 

 自身のところに近づいてくる錬を発見した深雪は、自らからも近づいていき声が互いに届く距離まで近づいたところで深雪が錬に声をかける。

 

「錬さん、お手合わせお願いしてもよろしいですか?」

 

「喜んで」

 

 深雪のお誘いを承諾した錬は先ほどまで深雪たちが実習をしていた端末に近づいていく。すると、リーナが深雪の前に立ち塞がる。

 

「待ちなさい、ミユキ。レンとの対戦は私が先にもらうわよ」

 

 深雪は錬のことを見つめる。その意図に気付いた錬は自らリーナに対戦を申し込むためにリーナに話しかける。

 

「リーナ、対戦してもらってもいいか?」

 

「こちらこそ!」

 

 リーナは快活に応え、端末に向かって歩いていく。錬も同様に向かっていく途中で後ろから深雪に声をかけられる。

 

「やり過ぎないように」

 

 錬はそれに手を上げ、左右に振ることで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナは対面に立つ錬のことを鋭い視線で睨みつけていた。しかし、その視線には負の感情はこもっておらず、むしろ好奇の感情すら感じ取ることができた。

 

 今回のリーナの任務である大爆発(グレート・ボム)の術者の捜索の候補者には錬も含まれている(最初の呂剛虎戦で錬成を使った際に傍から見ると分解に見えたため)。達也や深雪はともかくとしても錬が人付き合いのいい方ではないことは、この何日間でわかっている。

 

 そのため、()()の場で錬の実力を見られるのは貴重だった。一校トップの魔法力がいったいどれほどのものかはリーナ個人としても気になっていた。深雪以上の実力者、勝てる可能性が低いというのも察していた。

 

 しかし、リーナも易々と負ける気はなかった。錬が深雪以上とはいえ、深雪と同等の自分であれば一矢報いることができるのではないのかと考えていた。現に深雪も錬には二割の確率で勝っているということをリーナは本人から聞いていた。

 

「カウント、どうぞ」

 

 錬にカウントを促されてリーナは改めて集中しなおす。目の前で無造作に手を下ろしている錬に視線を送りながら端末を見つめる。そして両者が準備したところでリーナがカウントダウンを始めた。

 

「スリー、ツー、ワン」

 

 錬とリーナは、ワンのカウントで同時に端末に手をかざす。

 

「GO!」

 

 リーナは手を端末にたたきつけ、錬は端末に五指を添えた。両者からサイオン光が爆ぜ、魔法式が展開された。

 

 リーナはこの日、世界の壁の高さというものを知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの食堂で達也たちはリーナたちと食事をとっていた。食事の最中、リーナはぼそりとつぶやく。

 

「でも、驚いたわ。これでも私、ステイツのハイスクールレベルだったら負け知らずだったんだけど。ミユキにはどうしても勝ち越せないし、ホノカには総合力では負けないけど、精密制御では勝てないし、レンに至ってはもはや勝てる気がしないわ…。さすがは魔法技術大国・日本よね」

 

 その場の全員がこの場にいない魔法力の悪魔の顔が脳裏をよぎる。そして、その人物が突っ掛かるリーナを相手に無双している状況も浮かぶのだった。その人物をひとしきり思い浮かべたところで

 

「リーナ、実習は実習で、試合じゃないわ。あんまり勝ち負けなんて考えない方がいいと思うけど」

 

 深雪が熱くなっているリーナをやんわりとたしなめるが、リーナは衝突を恐れずに真っ向から反論する。二人の視線が交錯したその時、達也が口を挟むことでその場は穏便に収まった。

 

 再び和やかな雰囲気が訪れたその時、達也が「大したことではない」と念を押したうえで口を挟むようにリーナに尋ねる。

 

「そういえばリーナ、大したことではないんだが…」

 

「何かしら」

 

「アンジェリーナの愛称は普通、『アンジー』だと思うんだが、俺の記憶違いかな?」

 

 達也の質問はとても動揺するような質問ではなかった。しかし、その場の全員に見て取れるほどリーナは狼狽していた。

 

「いえ、記憶違いじゃないわよ。でもリーナって略すのも珍しいって程じゃないの。エレメンタリー、っと、小学校の同じクラスにアンジェラって子がいて、その子がアンジーと呼ばれていたものだから」

 

「それでリーナは『アンジー』じゃなくて『リーナ』って呼ばれるようになったのか」

 

 達也はリーナの答えに納得したように見せて、つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、風紀委員本部。そこで錬と達也は仕事をしていた。他の風紀委員はすでに帰っており、この二人が本部から立ち去れば、今日の風紀委員の業務は終了だ。無言のままで仕事をしていた達也は急に本題に入るようにして話し始める。

 

「…リーナのことをどう思う」

 

「唐突だな」

 

 錬は目線を端末からそらさずに達也に言葉を返す。

 

「特に何を思うわけではないが…、しいて言うならば、深雪と近い魔法力だから俺の魔法実習の相手がいなくなったな。つまらん」

 

「そう言うことじゃない。リーナの正体に関してだ」

 

 達也は声色を強くして再度錬に問いかける。達也の言葉を聞いたところで、錬が初めて視線を端末から上げる。

 

「結論から言えば、あれの正体はスターズ隊長、アンジー・シリウスだ」

 

「やはりか…」

 

 達也は憂鬱そうな表情に変わり、視線を少々下に向ける。しかし、気持ちを切り替えるようにして錬に尋ねる。

 

「しかし、どうして何の見返りもなしに俺に情報を情報を渡してきたんだ?少尉に聞いたが、少尉には交換条件だったんだろ?」

 

 少尉というのが依然話した藤林であることを理解した錬は、少し間を開けて問いの答えを返す。

 

「今回の一件、俺にとっても無関係じゃないらしいからな。前に神社で情報をもらったからそれでチャラだ」

 

「あの程度でいいのか?」

 

「別に交換になっていれば何でもいいし、今は金も入り用ではないからな」

 

「お前がいいんであればいいが…」

 

 そう言った二人はほぼ同時に仕事を終わらせる。席から立ち上がり、達也は深雪を迎えに行くために直通通路へ、錬は直接帰宅するために入り口のドアへ向かい、別れて本部を後にした。

 

 帰宅のためにキャビネットに乗り込んでいる錬は、端末にアストラから送られてきた情報を確認していた。その中でも錬の目を引いたのは魔法師衰弱死の項目であった。

 

 

 

 

 




 ちなみにリーナと錬の実習の結果は十戦中、錬の十勝です。




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来訪者編 第三話


 こんなに書いたの久しぶりだ…。






 錬が達也にリーナの正体がアンジー・シリウスであると明かしてから数日経った。とはいってもやっていることは普段と変わらず、今日も錬は花音のもとで書類仕事に勤しんでいた。花音が年を越す前に少々書類関係で事件を起こし、花音が書類仕事を錬に禁止されてから、花音は巡回以外では生徒会室に籠もり気味であったが、今日は本部にやってきていた。その理由は隣にいる人物が関係していた。

 

「でもカノン。私が巡回の見学をするだけだったら、レンでもいいんじゃないの?」

 

 金髪を揺らしながら、花音に尋ねるリーナ。リーナがここにいる理由としては、先ほど本人が言ったとおりであるが、一校の風紀委員の活動を見学したいというもの。それが本心かはわからないが、とりあえず風紀委員会としては断る理由はなかった。

 

 事情を知らないリーナに尋ねられた花音は顔を少々ゆがめながらも質問に答える。

 

「錬君はちょっと活動内容が特殊でね…、今日は当番じゃないし、よっぽどのことがない限りは巡回には出ないのよ…」

 

「ふーん」

 

 リーナが先輩のケツを叩きながら書類仕事のやり方を教えている錬に目を向ける。先輩が後輩にどやされているこの状況を見て動揺しないあたり、順応性が高いといえるだろう(これが順応性で片づけていいものか)。

 

 リーナが納得したように頷いたところで達也が扉を開け、本部に入ってくる。それを見た花音は良い人物を見つけたという表情で準備をしている達也に近づいていく。一方のリーナはずっと錬に視線を向け続けていた。

 

 花音が元の位置に戻ってきたところでリーナが達也と一緒に本部から出ていく。それを見送った花音は指導を終えた錬に話しかける。

 

「ああは言ったけど、あなたがやってあげればよかったじゃない。クラス同じなんだから、司波君より一緒にいる時間は長いでしょ?」

 

「俺とリーナはあまり口を利きませんよ。せいぜい実習の時くらいです。だから話している時間であれば、達也の方が長いんじゃないですか?」

 

「仲良く交流をしようとは思わないの?」

 

「興味ないのでいいです」

 

「変わってるわね…」

 

「それじゃあ次は千代田先輩、あなたに教える番ですよ。また重要書類を捨てられちゃたまんないですからね」

 

「ええ!どうしてそうなるのよ。それにあの時のことは謝ったじゃない」

 

「部下が書類仕事ができるのに委員長ができないのは体裁が保てませんから」

 

 どうにも言い返せなくなった花音は他の委員に助けを求めようとするが、逃げるように本部から出て行ってしまう。本部にいるのはこれで花音と錬の二名。それでも花音は諦めず、生徒会室直通の通路から逃げようとするが、移動していた錬に道をふさがれてしまう。そして錬は花音の頭をわしづかみにして、デスクに座らせようとする。その時の花音は先輩の威厳はかけらもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週明けの一校は明らかに色めきだっていた。理由は日曜日に公開された吸血鬼事件である。血液の一割が身体から抜かれ、殺されたというものだ。

 

 錬はすでに知っていた情報であったが、魔法師絡みの事件かもしれないというのも相まって魔法科高校も世論も非常に盛り上がっていた。そんな中、リーナは早くも欠席していた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は今、渋谷に来ていた。都合がよすぎるんじゃないか、と思うものもいるだろうが、ちゃんとした理由があってここに来ている。目的はCADの精密部品である。

 

 今錬はアズガルズ・シリーズ、第二百十五弾として指輪型CADを製作している(ちなみにストレージは三十個、ボタン操作を必要とせず、装着した方の手で操作できる。振動系統のサイオン波の干渉を防ぐ素材を使った振動系統専用のCADである)。その部品が欲しくて渋谷に来ている。ほかの地域でなく、わざわざ渋谷なのは、その素材が()だからである

 

 自分で作れよ、と思う人物がいるだろうが、精密部品を家で作るのと、購入するのでは購入する方が安くできるのである。以上の理由で錬は渋谷に来ていた。

 

 買い物を終えた錬は予想以上に早く終わってしまい、時間を持て余していた。このまま近場のラーメン店に食事にでも行こうかと考えていたところで、なかなか妙な人物と遭遇する。

 

「ん?錬じゃねえか。何やってるんだ。こんなところで」

 

「所用だ。そっちこそ何をやってるんだ」

 

 錬が遭遇したのはレオであった。二人で会話をすることはなかったが、レオの気さくさによって気まずさはなかった。レオが錬の質問に歯切れの悪い返答を返す。

 

「あー……、ちょっと癖でな。街ん中をふらつくのが趣味なんだ」

 

 それだけか?と問いかけた錬の視線にレオは動揺してしまう。しかし、錬としても深く詮索する理由はないため、視線を緩めた。

 

「まあいい。それじゃあな」

 

「あ、ちょっと待ってくれ。もうちょっと話そうぜ。二人で話する機会なんてなかったから、この機会に話しておきたいんだ」

 

 確かにレオと話をするときにはエリカや達也が間に入っていたために二人で直接的に話をする機会がなかった。錬としてもいい機会であるため、歩きながら話を続けることにした。

 

 歩き続けて三十分ほど。レオは錬に向けて笑顔を浮かべていたが気持ちが全く違う方向を向いていた。レオはレオ個人の任務をこなすために周囲に注意を振りまいていた。そして、それに錬も気づいていた。

 

 すると、路地裏を進んでいたレオたちを濃密な戦闘の気配が包み込む。二人はほぼ同時に立ち止まり、戦闘の気配を探ろうとする。錬がレオの表情を伺うと、レオは緊張した面持ちで端末を取り出しており、錬はここでレオの目的がこれであることに気付いた。

 

 レオが端末に何かを打ち込んだところでレオが口を開く。

 

「ここはまずい気がする。早いところ退散しようぜ」

 

 レオが言ったその言葉に錬は耳を貸さずに錬はその付近の公園へと向かう。レオの制止を振り切り、たどり着いたそこにはぐったりと女性がベンチに倒れていた。別に錬には助ける義理はなかったが、やはり錬でも正義感というものは多少はあるため、女性に近づいていった。脈を確認すると、かすかではあるがまだ脈が残っていた。

 

 錬はレオに手ぶりで救急車を呼ぶように促す。それを見たレオは無言のまま端末を取り出して、救急車へコールしようとする。しかし、それは錬の声によって遮られてしまった。

 

「レオ、後ろだ!」

 

 レオが後ろを振り向いた瞬間、手に持っていた端末が吹き飛ばされ、粉々に砕かれた。レオの背後には伸縮警棒を振り切った何者かが立っていた。覆面の何物かを確認した錬は即座に胸元にしまってあった仮面をとりだし、装着する。

 

 すると突然、二人の中にノイズが走る。そのノイズに気を取られてしまったレオは一瞬で距離を詰められてしまう。硬化魔法を発動することなく、レオは伸縮警棒を受け止める。

 

 レオの腕と伸縮警棒の対決。勝利したのはレオだった。伸縮警棒は折れ曲がっており、もはや使い物にならなかった。

 

「痛えじゃねえか!」

 

 その言葉を皮切りに覆面とレオの格闘戦が始まる。錬はレオの頑丈さに驚きながらもレオの援護をするためにCADを操作し、魔法を発動した。圧縮空気弾を発動しようとしたその瞬間、反射的に錬は横に跳び退る。

 

 先ほどまで錬がいたところには手刀が振り下ろされており、同じように覆面をした何者かが立っていた。錬はこの人物の相手を余儀なくされ、レオの援護に手を回せなくなってしまった。

 

 錬がもう一人の怪人を相手にし始めた直後、錬のもとにレオが相手をしていたはずの怪人が吹き飛んでくる。吹き飛んできた方向を見ると、レオが膝をつき倒れていた。

 

 そのことに気を取られてしまい、錬が相手をしていた怪人の攻撃を胸に食らってしまう。その衝撃で後ろに下がった錬は追撃を防ぐために、怪人の直突きを躱しながら、怪人の胸を押し出すようにして蹴りを繰り出し、押し出すようにして距離を取る。

 

 体勢を立て直した錬はレオのもとに駆け寄ろうとするが、怪人の奇襲を気にかけており、まっすぐに向かうことができない。しかし、怪人はもう錬の方を向いていなかった。直後、公園に何者かが侵入してくるのを錬は視界の端で捉えた。

 

 赤髪、金瞳に仮面をつけたその人物は錬たちのことを見据えている。いや、正確には錬の後ろにいる怪人を見据えていた。怪人はその人物を確認するや否や、矢のように走り出す。そのことを確認した仮面の人物はすぐさま追いかけようとするが、仮面の人物には錬が怪人に見えたのか、錬に攻撃を仕掛け始める。

 

 仮面の人物は錬に向かってスローイングダガーを投げつけると同時に拳銃を突き付ける。それに反応した錬は対物障壁を展開し、胸元から特殊警棒を取り出しながら仮面の人物に突っ込んでいく。対物障壁に防がれたスローイングダガーは重力に従って地面に落ちる。スローイングダガーを防御した錬は障壁を消し自己加速術式を発動する。これらの光景を見た仮面の人物は突き付けた拳銃を下ろし、代わりにコンバットナイフを突きつけた。

 

 錬と仮面の人物の距離が五メートルのところまで近づいたとき、仮面の人物は斜め上から斜め上からコンバットナイフを振り下ろす。そのタイミングは錬が避けることもできずにナイフの刃に曝されるタイミングだった。それを見た錬はナイフを受け止めるために警棒を間に挟み込んだ。

 

 振り下ろされたナイフは警棒にあたってその動きを止めた。二人の得物がつばぜり合いの状態になる。その最中、仮面の人物が明らかに狼狽したのを錬は見逃さず、つばぜり合いの状態のまま、錬はわき腹に蹴りを叩き込んだ。仮面の人物は腕を挟み込んでいたが、よろめいてしまう。錬は追撃をするように前蹴りを放つが、ナイフを間に挟まれたため、止めることを余儀なくされ、そのまま後ろに跳び退る。

 

 両者の緊張感がまし、いよいよ魔法戦闘に突入しようとしたその時、パトカーのサイレンが鳴り響いた。二人はその音で戦闘中止を余儀なくされてしまい、仮面の人物はサイレンから逃げるようにその場から走り去る。それを見た錬は、仮面を取り外しレオのもとへ向かった。

 

 レオのもとに着いた錬はレオの容態を確認する。衰弱しており、意識はないが脈はある。とりあえずレオを移動させようと錬はレオを担ぎ上げた。

 

 そうこうしているうちに、二名の男性警官がレオのもとに駆け寄る。

 

「君、何をやっているんだ?」

 

「レオが倒れてしまったので、その介抱を、と思いまして」

 

「君は?」

 

「レオの友人です」

 

 軽く問答していると、後ろに控えている男が錬に気付き、上司である男に耳打ちする。

 

「彼、九校戦の新人戦スピード・シューティングで優勝した子ですよ。確か名前は園達錬」

 

「ああ、あの世紀の凡戦の…」

 

 つぶやきが錬の耳にも入り、非常に不本意な気持ちになる錬。その錬を他所に警官たちはさらに錬に問いかける。

 

「それより吸血鬼は?」

 

「逃げてしまいました」

 

 すると、警官は残念そうにため息をつく。それが今一つ気に食わなかった錬は、警官たちに恨みごとのように話しかける。

 

「それより、あの連中が吸血鬼の正体ですか」

 

「え、君はレオ君から聞いていなかったのかい?」

 

「たまたま巻き込まれただけですので」

 

「そうか…。すまない、申し遅れた。俺は千葉寿和だ。後ろのは稲垣。巻き込んでしまったようですまなかった」

 

「そういうのはレオとエリカに言った方がいいですよ。千葉ってことはエリカのお兄さんでしょう?」 

 

「そうだよな。一発はもらうだろうなあ…」

 

 頭を掻きながらため息をつく寿和。その様子を見る稲垣は複雑そうだった。そうこうしているうちに救急車が到着しレオとベンチでぐったりとしていた女性がストレッチャーに乗せられ、救急車に乗り込む。寿和が付き添いということで救急車に乗り込んだ。レンもその場から立ち去ろうとしたところで寿和に止められてしまう。

 

「君もだ、園達君。吸血鬼と交戦したということは君もレオ君と同様の状態のはずだ。普通そうに見えるが一応検査しておいた方がいい」

 

 錬としてはここで帰宅できないのは好ましくなかったが、それ以上にこのまま帰ってしまう方が好ましくないと判断した。素直に指示に従うことにし、錬は寿和と同じ救急車に乗り込むのだった。その後レオは入院、錬は検査入院ということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、達也たちのもとにレオと錬が吸血鬼に襲われたという連絡が入った。もちろん寿和の妹であるエリカにも例外なく届き、エリカは中野の病院に学校を休んでやってきた。

 

 病室の事務室の一部屋で聴取を受けていた錬のもとにけたたましいドアの開閉音を立ててエリカが入室する。その姿を見た寿和は明らかにいやそうな表情をする。エリカは寿和を発見すると同時に即座に寿和のもとへ移動する。

 

「バ・カ・兄・貴~!レオに何やらせてんのよ!」

 

 エリカは右手を振りかぶり、そのまま寿和の顔面に裏拳を振りかざした。その一撃を寿和は躱さなかった。躱せなかったのではなく、躱さなかった。レオを危険に巻き込んでしまった罪の意識があるのだろう。寿和を殴ったエリカは次に錬の方を向く。

 

「錬君もごめんなさい。巻き込んでしまって」

 

 エリカは軽く頭を下げて錬に謝罪する。錬はそれを見て言葉を返す。

 

「気にする必要はない。特に何があったわけじゃないからな」

 

「そういってくれるとありがたいわ」

 

 錬の言葉がうれしかったのか、エリカは笑みを浮かべる。がそれも一瞬の話ですぐに元に戻ってしまう。寿和の方を向くと、突き付けるように淡白に言葉を放つ。

 

「じゃ、あたしはレオのところに行ってくるから、ここは任せたわよ」

 

 そういったエリカは足早に事務室を後にする。沈黙に包まれた室内に錬の言葉が響き渡る。

 

「怖いですね」

 

 エリカに殴られた頬をさすりながら、寿和はつぶやく。

 

「嫌われてるからなあ……」

 

 稲垣が寿和の言葉を聞き苦笑を浮かべる。

 

「それでは聴取の続きをしましょうか」

 

 稲垣の助け舟によって沈黙による気まずさが晴れる。そして気持ちを切り替えるようにして全員聴取を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 克人や真由美がやってきたというサプライズがあったものの錬は平和に昼を越えた。そろそろ下校時刻だろうな、と錬が考えながらエリカとともにロビーで飲み物を飲んでいると、白服の集団が病院に入ってくる。その白服の集団は錬の姿を見るとともに声をかける。

 

「錬さん、大丈夫ですか?」

 

 真っ先に錬に心配そうな声をかけたのはほのかだった。その声に続いて他の面々も続々と声をかける。

 

「体に異常はないから、大丈夫だ。それよりも早いところレオに顔を見せに行った方がいいんじゃないか?」

 

「ん?まだレオのところに行ってないのかい?」

 

「俺はな。いろいろ聴取があったもんで」

 

「それじゃあ錬の言う通りにレオのところに行こうか」

 

 達也に促されて全員が一斉に動き出す。エレベーターに乗り込んでレオの病室に向かう。その中で美月は心配そうにレオの容態を尋ねる。

 

「それでエリカちゃん、レオ君は大丈夫なの?」

 

「大丈夫よ。命に別状はないわ」

 

 その質問に答えたエリカは病室の扉をノックする。病室の中から若い女性の声で入室許可が出される。病室内にいたのはレオの姉であった。その人物は花瓶を持って病室を出て行ってしまう。美月たちが感想を述べるとともに先陣を切って達也がレオに話しかける。

 

「ひどい目に遭ったな」

 

「みっともないとこ、見せちまったな」

 

 レオは照れくさそうに答える。その回答に皆が微笑んでいると、錬のことを見つけたレオは気まずそうに頭を軽く動かす。

 

「悪かったな錬。巻き込んじまってよ」

 

「気にしなくていい。レオと話している時点で気が別の部分にそれてる時点で何かあるとは思っていたからな」

 

「あの時点でばれてたのか…。なんかちょっと恥ずかしいな」

 

 レオが恥ずかしそうに頭をかく。その姿を見た面々は緊張がほどける。

 

 話を切り替えるように達也が問いかける。

 

「そういえばレオ、見たところ外傷はないようだが、いったいどこをやられたんだ?」

 

「それがよくわからねえんだよな……」

 

 レオは達也の質問に首をかしげながら答える。その表情は心底納得いっていないといった表情だった。

 

「殴り合っている最中に、急に力が抜けちまってさ。最後に一発いいのを入れたんだけどよ。立ってられなくなっちまってよ。錬に守ってもらわなかったら、やばかったぜ」

 

「毒を食らった、ってわけじゃないんだよな?」

 

「ああ、体にはどこも問題なかったぜ」

 

 話が進んでいく中で幹比古が普通では突拍子もないことを言い始める。

 

「何か心当たりがあるのか?」

 

「多分レオたちが遭遇したのはパラサイトだ」

 

寄生虫(パラサイト)?そのままの意味じゃないよね?」

 

 純粋な好奇心で尋ねたエリカに気をよくした幹比古が解説し始める。

 

 パラサイトとは様々な名称と呼ばれるモノたちの内、人に寄生して人を人間以外の存在に作り替える魔性のことを指す。その話の最中、幹比古がレオの幽体を調べようとする。ここで出た幽体は精神と肉体を繋ぐ霊質で作られた、肉体と同じ形状の情報体である。吸血鬼がこれを生命の糧としているというのが定説であるらしい。

 

 レオが襲われた責任を感じるように言葉を濁らせる幹比古であるが、レオの二重の許し幹比古は気を引き締めなおして幽体を見るための準備を始めた。

 

 幹比古は伝統呪法具を駆使してレオの幽体を観察する。すると、幹比古が驚きの表情でレオに尋ねる。

 

「何というか…レオ、君って本当に人間かい…?」

 

「おいおい、随分とご挨拶だな」

 

「いや、だってさ……、良く起きてられるね?これだけ精気を喰われていたら、並の術者なら昏倒して意識不明のままだよ」

 

「精気が何なのかはひとまず置いておくとして、失った量まで分かるのか?」

 

「幽体は肉体と同じ形状を取るからね。容れ物の大きさが決まっているから、もともとどれだけそれがどれだけ減っているかというのも、おおよそ見当がつくんだよ」

 

 幹比古はレオの肉体を褒め称えるようにして感想を述べる。レオの力が抜けた原因が、精気が吸われたことによるものだと大方予測をつけたところで幹比古の興味が錬に向く。

 

「次は錬の番だね」

 

「さっさと終わらせてくれ」

 

 幹比古は錬の幽体を観察し始める。その様子を達也たちは観察していたが、十数秒後、幹比古がハテナマークが頭上にあるかのような表情に変わる。

 

「錬、君本当にパラサイトと交戦したのかい?」

 

「それは失礼ってもんだぜ、幹比古。俺はこの目で錬とパラサイトが交戦しているのを見てたぜ」

 

 レオが顔を歪めながら、錬の代わりに反論する。すると、幹比古はうろたえながらも弁明する。

 

「いや、そんなつもりじゃなかったんだ。ただ錬の幽体が全く減っていなくて。パラサイトと交戦していたのならば確実に幽体を吸われるはず。それが全く減っていないというのはおかしな話なんだ」

 

「幹比古、もう一度見てみたらどうだ?」

 

 達也の助け舟に従って、幹比古はもう一度錬の幽体を観察し始める。すると、観察しながら言葉を漏らす。

 

「……いや、これは減っていないんじゃない…。密度がすごすぎるだけなんだ…」

 

「密度?」

 

 幹比古の言葉に反応した達也が疑問交じりの声を上げる。

 

「錬の幽体は人間ではありえないほどの精気が圧縮されて幽体に入っている。本来人間の幽体に入る精気の量は決まっているんだけど、錬は例外に当てはまるほどの精気の量だ。だから減っていないように見えたんだと思う」

 

「とにかく錬は異常だということか?」

 

「錬には悪いけどその解釈でいいと思う。レオに分け与える、なんてことができたらレオは今すぐにでも全快できるだろうね」

 

「でも、錬君が異常なんて今更だよね」

 

 エリカがにやけながら錬のことを覗き込む。それを見た錬はエリカから目をそらした。

 

「でもおかしいな。一体ここれだけの精気、いったいどこから送られてきてるんだろう…」

 

 幹比古の言葉を聞いた錬の身体はびくりと震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオの病室を後にした錬と達也は帰宅の最中に話し込んでいた。

 

「お前の幽体は人間離れしているらしいな」

 

「らしいな。今まで気にしたこともなかったが」

 

「異能の影響か?」

 

「多分な。あれは恐らく俺の精神世界の一種だ。巨大な精神世界があるからこそ、幽体の強度が尋常じゃなくて、大量の精気が送られてきているんだろう」

 

「精神世界によって、幽体は変わるということですか?」

 

「恐らくそうだろうな。おそらく達也も強度が高いと思うぞ」

 

「皮肉か?」

 

「いや」

 

「それはともかくとして、パラサイトの方はどうだった?」

 

「パラサイトは特に問題ない。ただ、その最中でリーナと交戦した」

 

「リーナと?どういうわけでしょうか?」

 

「訳はわからない。パラサイトと交戦していたら急にやって来ただけだからな。ただ。今回の騒動、USNAが絡んでいるだろうな」

 

「そうか。すまないな。今度何か奢ろう」

 

 錬は手を振ってその声に応え、達也たちと別れ、帰宅の途についた。その道中、錬は背後に何やらおかしな気配を感じ取る。胸元に手を伸ばしながら振り返る。

 

「いやいやすまない。姿を見せた方がよかったね」

 

 空間が揺らめくようにして何もなかったところから九重八雲が現れる。その姿を見て錬は胸元に入れていた腕を元に戻す。

 

「ずっと尾行ていたんですか?」

 

「いや、さっき来たばかりだよ。驚かせてみようと思ってね」

 

 茶目っ気のある八雲の言葉に錬は溜息を吐く。

 

「で、どのようなご用件でしょうか?」

 

「うーん、そうだね。個人的に聞きたいことはたくさんあるけどひとまずは三つでいいかな」

 

「パラサイトはどうだった?」

 

「特に問題になるようなものではありません。肉体が破壊できればあるいは」

 

「対処法はあるのかい?」

 

「俺の推察が正しければ」

 

 八雲はうっすらと目を開き、錬を見据える。だがその目はすぐに閉じ、次の質問に移る。

 

「仮面の人物、アンジー・シリウスはどうだった?」

 

「強いとは思いますよ。恐らくあなたほどではありませんが」

 

「おやおやお世辞かい?」

 

「本心ですよ」

 

「では、最後に」

 

「君、本当に何者なんだい?」

 

「君のことを調べなおしたんだが、本質的なことはわからなかった。でも新しいことも分かった。君が九島烈の庇護下にいるということ、貯金残高が九桁ほどあること。でも、それしかわからなかった。僕だってそれなりの使い手である自信はある。それでもわからなかった」

 

 錬はだんまりを決め込む。だんまりを決め込んだ錬を見て八雲はにこやかな笑みを浮かべて錬に話しかける。

 

「無理に話す必要はないよ。知りたがるのは僕の癖みたいなものだし、君にもプライバシーというものがあるからね」

 

「預金残高を明らかにしておいて何を言ってるんですか」

 

「そりゃそうだ」

 

「それにただより高いものはありませんよ」

 

「それは君の場合、お金じゃないんだろう」

 

「お金でも構いませんよ。言いませんが」

 

「まあ、君自身のことは話す必要はないよ。それでもご贔屓にさせてもらうかもしれないね。君の能力は有能だ」

 

「俺の能力は商業物じゃないですよ」

 

 錬がそういうと八雲が消えるようにして、錬の目の前から消える。それを見送った錬は再び歩き始める。そして十メートルほど歩いたところで無造作に振りかぶり、その手を横に薙ぎ払った。

 

「グエッ!」

 

 姿を消していた八雲からカエルが潰れたような声が漏れた。

 

 

 

 

 

 





 


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来訪者編 第四話


 いまだにここには何を書いたらいいのか分からない…。


 

 錬が退院して一日ほど経ち、錬はいつものように一校に登校していた。クラスの面々から心配そうな表情で見られたが、もともと仲のいい人物が少ないため、それも長くは続かなかった。こうしていつものように孤独な学校生活を楽しんでいた。

 

 放課後、風紀委員本部で仕事をしていた錬は千葉エリカの呼び出しを受けた。エリカに呼び出されるいわれなどなかった錬は頭をひねりながら、体育館裏へと向かう。たどり着いたそこにはエリカとともに幹比古もおり、エリカはかなり険しい表情をしており、錬にはそれを当てられている幹比古が不憫に見えてしまった。

 

「で、何の用だ。エリカ」

 

「…ちょっと協力してほしいことがあるの」

 

「一応聞こうか」

 

「今夜から私たち吸血鬼の捜索に出るの。錬君にはそれに混ざってほしいのよ」

 

 私たちというのが幹比古も込みであることを悟った錬は幹比古の方を向くと、幹比古は無言のまま首を縦に振る。

 

「それは千葉家としての依頼という判断でいいのか?」

 

「いいえ、千葉家として協力を求めたのは吉田家だけ。だから錬君への依頼は私個人としての依頼。私の弟子としてのレオがやられて黙っていられるわけがない。だから錬君に協力してほしい」

 

 エリカは錬に向かって深々を頭を下げる。優雅とも洗練されているとも言えず、学生のする礼の範疇から出ないものであったが、それでも最大限の礼節がこもっているというのが錬には感じ取れた。錬は目をつぶり考え込むようなしぐさを見せる。

 

「……こっちも用事がある。できないときには出来ないぞ」

 

 逆説的に「用事がないときには協力できる」という間接的な肯定を受け、エリカは顔を上げ、表情を明るくさせる。今回、錬も襲撃を受け当事者となってしまったため、目をそらすことができない現状にある。捜査をしたいというわけではないが、ここまで丁寧に頭を下げられては断れるものも断れなくなってしまった。

 

「ありがとう。錬君が捜索隊に入ってくれれば心強いわ」

 

「エリカ個人の依頼ということだから、ある程度自由に動かせてもらうがそれでもいいな?」

 

「それで構わないわ。もとより私は報復がしたいだけだもの。情報が手に入るんなら何でもいい」

 

 エリカは錬の申し出に頷く。

 

「でも、それで見つけられるの?錬君には十師族のような監視網やミキのような古式の技術はないでしょ?」

 

「問題ない。発見できる技術が俺にはある」

 

「ふーん。詳しくは聞かないわ。どうせ応えてくれないだろうし」

 

「助かる。ちなみに聞いておきたいんだが、何で俺だったんだ?達也もいるだろうに」

 

「錬君は体質が特殊らしいからパラサイトとの戦闘でも問題なさそうだったから」

 

「要は肉壁役になれってことだな」

 

 エリカは錬の言葉が図星だったのか、てへっ、という表情に変わる。それを見た幹比古はいつものように苦笑いを浮かべるが、すぐに真剣そうな表情に戻る。

 

「でもエリカ。あまり無茶をさせちゃダメだよ。いくら錬が体質的にパラサイトとの戦闘に強いとはいえ、どこが許容量かが分からない以上、長時間壁をやらせることは避けた方がいい」

 

「そんなこと百も承知よ。ミキはともかくとして錬君に倒れられたら、今度は私が馬鹿兄貴に怒られちゃうわ」

 

「僕の名前は幹比古だ」

 

 エリカの幹比古を軽視したような言葉に幹比古は決まり文句を不貞腐れたように返す。それを見た錬は少し淀んだ空気を変えるために、話を元に戻そうとする。

 

「少なくとも今日、明日は何もないから協力できるぞ」

 

「そ。じゃあ今日からお願いね。情報が手に入ったらよろしくね」

 

「それじゃ」

 

 錬はエリカたちのもとを立ち去っていく。その道中、錬は本棚の中に意識を集中した。とあることを調べるために。

 

 一方その姿を興味深そうにエリカは幹比古にも気を配らずに何か考え事をしているような表情をしていた。

 

「どうしたんだい?エリカ」

 

「ちょっと話しかけないで。考え事してるから」

 

 エリカのぶっきらぼうな返答に幹比古はむっとしてしまうのだが、いつものことと納得することにし、エリカが再起動するのを待つことにした。

 

「……ああ、思い出した。錬君の歩き方、次兄上とどことなく似てるんだわ」

 

「次、ってことは修次さんのかい?」

 

「正確には走り方に近い、だけど。二、三度見たことがある走り方とちょっと似てるんだわ」

 

「ふーん、錬君って実はインファイターなのかな?」

 

「横浜のこともあるから、実はそうなのかもね」

 

 エリカと幹比古は納得したように頷く。その考えが実は半分、的を得ていたことを二人は知らない。そして、事の本質を見逃していることも二人は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錬は怪人、もといパラサイトの捜索を始めて三日目となっていた。一日目、二日目はエリカ、幹比古とともに、三日目である今日は単独で行動していた。パラサイトの位置が本棚リアルタイム更新でわかる錬は、パラサイトに休憩を挟みながら徐々に近づいていた(脳を使うため休憩は不可欠)。

 

 そして、錬とパラサイトの距離が二百メートルほどまで近づいたとき、エリカからの通信が入った。錬は懐から通信端末を取り出し、走りながら応答した。

 

「錬君、そっちの様子は?」

 

「パラサイトに近づいている。あと一分以内に接敵する。位置情報を送るぞ」

 

「ありがとう。何とか逃がさないようにしてちょうだい」

 

 そう告げたエリカは一方的に通信を切る。通信の切れた端末を懐にしまい、錬はパラサイトにどんどん近づいていく。おおよそ三十メートルの距離まで近づいたとき、とうとう錬はパラサイトを視認した。

 

 パラサイトは錬に気付いていない。それに気づいた錬はわざわざ遠回りして死角に入るように移動した。そして、死角に入り込んだ錬はパラサイトに奇襲をかけた。

 

 パラサイトは突然現れた錬に明らかに動揺しており、錬が左手で振り下ろした警棒を受け止められず、肩で受けてしまう。その痛みが響いたのか、パラサイトは肩を抑えながら、離脱しようとするが、錬の発動した、いや備えていた空気弾によって背後をふさがれてしまう。これによってパラサイトは交戦を余儀なくされてしまう。

 

 錬と戦い始めたパラサイトは錬に苦戦を強いられていた。錬は幽体に内蔵されている精気の量が常人の比でない。よってレオのように疲弊させることができない。それにもとより魔法的能力が違い過ぎるのだ。魔法戦闘で確実に押されており、さらにパラサイトの脳内には開幕の空気弾奇襲が残っており、うかつに錬に集中をすべて割くことができなかった。よってパラサイトの現状は大苦戦と言わざるを得ない状況だった。

 

 一方錬はパラサイトに全力は注いでいなかった。錬の目的としてはすでに達成しているからだ。錬の目的はあくまでエリカたちが来るまでの足止め。殺すことが目的ではないため、手を抜くことができていた。

 

 錬はパラサイトの足に警棒を振り当てる。パラサイトの表情は仮面で伺えないが、明らかに苦悶したのが錬にはわかった。足の痛みでパラサイトの動きは確実に鈍くなる。このまま追い詰め拘束しようと、錬が距離を詰めるために駆け出すが、それは背後からの奇襲によって阻止されてしまった。

 

 錬が距離を取りながら、警棒を薙ぎ払うと、警棒とコンバットナイフがぶつかり合い、火花を上げる。そこに立っていたのは以前交戦した仮面の人物。錬の仮面姿を見てその人物は眼を見開く。その表情は読み取れないが、仮面から見える目からは錬への恨みの感情が読み取れた。

 

「貴様…」

 

 仮面の人物の忌々し気なつぶやきを錬はさらりと流し、再度パラサイトに攻撃を仕掛けようとする。が、再び仮面の魔法師に攻撃を阻止される。

 

「邪魔をするな!」

 

 ソプラノボイスを響かせた仮面の人物、もといリーナは錬に攻撃を仕掛け続ける。錬はコンバットナイフの斬撃を捌き、躱し、初動を抑えていく。錬の防御に苛立ちを覚えたのか、リーナは歯ぎしりを響かせる。自分への攻撃に嫌気がさした錬はリーナを前蹴りで吹き飛ばす。吹き飛ばした錬はリーナを諭すようにして、話しかける。

 

「狩るべき相手を見誤るな。攻撃するべきは俺じゃないはずだ」

 

「黙れ!」

 

 リーナは錬の言葉に耳を貸さず、再び錬に攻撃を始める。埒が明かないと判断した錬は空気弾で攻撃するが、リーナをすり抜けてしまう。その理由が分からず、行動が一瞬止まってしまった錬はリーナの投げたスローイングダガーを左腕にかすめてしまう。

 

 追撃を防ぐために対物障壁を張る錬。そこに二本目、三投目のスローイングダガーが襲来する。スローイングダガーを防御した錬は脳内に意識を割き、リーナの位置を正確に暴き出す。リーナの位置を暴いた錬は空気弾を三発、時間差で発動する。一発目の空気弾が放たれると何もないところに現れた対物障壁にあたり、ただの空気に戻る。

 

 リーナの位置を視認した錬は、振動系統、高周波ブレードもどきを警棒に展開し、リーナに突撃する。自身の位置がばれたことに驚いたリーナは回避行動をとることができず、対物障壁で受け止めることを選択した。しかし、リーナも自分の障壁には自信を持っており、この選択は間違っていないと思った。確かに普通であれば、間違いでなかった。

 

 しかし、この状況では正しくはなかった。錬が投擲した警棒はリーナが展開した対物障壁をすり抜け、肩部に衝突する。明らかに痛みの色がリーナの顔に広がる。がリーナは対物障壁を維持し、追撃の阻止に努める。それに構わず錬は空気弾を三十発、ゼロコンマ五秒ごとに発動するように設置した。これでリーナは十五秒、その場にくぎ付けになってしまう。

 

 錬は再びパラサイトの方を向くと、パラサイトはすでにその場にいなかった。錬は本棚でパラサイトの現在位置を確認すると、すでに遥か彼方に逃げてしまっており、もはや追撃は不可能なほど離れてしまっていた。そのことを伝えるために錬は通信端末でエリカに連絡を取る。

 

「エリカか?」

 

「ちょうどいいわ。こっちでパラサイトと交戦してる。応援に…って、キャア!」

 

 通話越しにエリカの悲鳴が聞こえる。錬がリーナに注意を払いながら、エリカの反応を伺う。

 

「エリカ?」

 

「……ごめん。逃げられちゃったわ。達也君にも来てもらったのに…」

 

「達也?なんでいるんだ?」

 

「分からないけど助けてくれたわ」

 

 ここで空気弾の攻撃が切れたリーナが拳銃を警棒を叩きつけられた方の腕で乱射する。すると、発砲とともに閃光が周囲を包み込む。錬はその眩しさにとっさに目を覆ってしまい、リーナの姿を視認することができなくなってしまう。閃光が晴れた時にはすでにリーナはおらず、その場に残っているのは錬のみになっていた。リーナを追跡する必要のない錬はエリカとの通話を再開した。

 

「錬君、どうしたの?」

 

「大したことじゃない。それよりも合流しよう。とりあえず状況報告だ」

 

「分かったわ」

 

 そういうとエリカはそのまま通話を切ってしまう。またか、と思いながら錬は端末をしまおうとすると、端末に位置情報が送られてくる。ここに来い、ということだと判断した錬はエネルギー補給をしながら、その地点に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「やっと来たわね」

 

 エリカがやっと合流した錬を見てぽつりと零す。エリカとともに達也と幹比古も立っており、皆錬を待っていたようだ(エネルギーの補給をしながら走ってきたため遅くなってしまった)。そんな三人を見て錬は謝ろうかと思うが、時間がもったいないと思う気持ちの方が強かったため、報告だけをさっさと終わらせることにした。

 

「報告だ。パラサイトと交戦した。白仮面のやつだ。あと一歩のところまで追いつめたんだが、第三者の妨害に会って取り逃がしてしまった。すまない」

 

「私たちが戦ったのも白仮面のやつよ。ちょうど逃げてきたところで遭遇したのね。それより第三者?」

 

「正体自体はわからない。ただかなりの手練れであることは確かだ。俺たちと同様にパラサイトが目的のようだ。一応これも報告だが、恐らく右鎖骨を痛めさせることに成功した」

 

 錬はほどほどに嘘を交えながらエリカに報告をする。

 

「分かったわ。というか錬君が攻撃されたのはその仮面が原因じゃない?見るからに怪しいわよ」

 

「ん?ああ」

 

 錬は外し忘れていた仮面を外し、懐にしまう。

 

「私たちの方は、パラサイトと交戦してたけど、放出系と光波振動系の魔法の組み合わせで逃げられちゃったわよ」

 

「そうか。そういえば達也は何で来たんだ?」

 

「幹比古に呼ばれてな」

 

 達也は幹比古に視線を送りながら錬の質問に答える。幹比古は達也の視線を浴び狼狽する。その狼狽の仕方から前にも一度言われたのだろう。すると、もうどうでもよさそうなエリカが報告を締める。

 

「分かったわ。それじゃあこれからもお願いね」

 

 そういったエリカは幹比古とともにその場を後にする。残されたのは達也と錬。二人はそのまま会話を始めた。

 

「リーナとやりあったんだろう。どうだった」

 

「正直、魔法頼みが強い節があるな。あれだったら理詰めで落とせる。アンチ・マジック・マテリアルを使っている俺の言えることではないが」

 

「USNAのトップの魔法師相手にそんなことを言えるのはお前くらいだろうな」

 

「それよりリーナはまだ推測の時点でしかないが、仮装行列(パレード)を使って来たぞ」

 

「仮装行列を?あれは九島家の秘術だろう」

 

「リーナは曲がりなりにも九島家の血を引いている。使えてもおかしくはないだろう」

 

「確かにそうだな」

 

「あとの情報収集は自分でやってくれ。これで報告は終わりだ」

 

「有益な情報をありがとう。それじゃあな」

 

 達也はそのままバイクで立ち去ってしまう。それを見送った錬は端末を操作し自家用車を呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、パラサイトの捜索をしている錬でも学校ではそれから解放される。いつも通りの学校生活を送るために錬は風紀委員本部へ向かっていた。すると、その道中でリーナと遭遇した。リーナはいつものようにふるまっていたが、錬のことを確認した瞬間、明らかにそのスカイブルーの眼に怒りの炎が燃え上がった。

 

 二人は関係は浅い方であるが、決してない訳ではない。少々話をすることもある仲であった。そのため、リーナは軽やかな足取りで錬に近づいていった。

 

「ハイ、レン。これから風紀委員のお仕事かしら」

 

「ああ、リーナは?」

 

「ちょっと生徒会室に呼び出されているんだけど、まだどこにあるのかを覚えて切れていなくて。案内してもらえるかしら?」

 

「構わないぞ。こっちだ」

 

 錬は生徒会室の方を指さしながら、リーナとともに歩き始める。このまま生徒会室から本部に向かえばいいや、などと錬が考えていると人気がなくなっていくにつれて、リーナの表情が明らかに穏やかなものではなくなっていく。

 

「…ねえレン?あなた昨日どこにいたかしら?」

 

「ちょうどエリカの協力でパラサイトの捜索中に仮面の人物と交戦していた」

 

「その最中に言った言葉は『狩るべき相手を見誤るな』よね?」

 

「ずいぶんと下手な勘繰りだな。もはや勘繰りにもなっていないぞ」

 

 錬がそう突き付けると、隣に立つリーナは錬に向かって裏拳を放つ。錬はそれを躱すが、リーナは間髪入れずに錬の顔面に掌底を放つ。錬はそれも躱し、足を払い体勢を崩しながら、手首をつかむとともに壁に押し付け、リーナの動きを封じる。しかし、リーナは錬の拘束を強引に振りほどき、錬と距離を取る。そして構えを解かずに錬に向かって口を開く。

 

「これが最後の警告よ。私の邪魔をしないで。聞けないというのなら私は貴方を処分しなければいけなくなる」

 

「聞けない相談だな。そっちにも事情はあるだろうが、こっちにだって事情がある。そっちに合わせて引くわけにはいかないな」

 

「死ぬよりつらい結末が待っているかもしれないわよ」

 

「俺をそんな状態に持ち込めると思っているのか?本気を出していない俺に押されるようなお前が」

 

「一人じゃないかもしれないわよ?」

 

「上等。何人でもかかってこい。それ相応の戦力を準備して臨もう」

 

「あなたの覚悟はわかったわ。首を洗って待っていなさい」

 

 昨今ではあまり使うことの無い言葉がリーナの口から出てきたことにより錬は気が抜けてしまう。

 

「とりあえず生徒会室に行くぞ。それがリーナの本来の目的だろう」

 

「そうね。行きましょうか」

 

 錬とリーナは再び肩を並べて歩き始める。その光景は、今の今まで殺気を振りまきながら戦っていた二人とは思えないものだった。しかし、二人の間の緊張感が消えたわけではない。今も緊張感は保たれている。

 

 数分もしないうちに生徒会室に着き、錬の任務は終了する。錬はリーナと別れ本部に向かうためにリーナの横を通り過ぎながら、リーナの肩を叩く。それとともに錬は小声でリーナに話しかける。

 

「…悪かったな」

 

 リーナはその意味がその時は分からず、ただ錬のことを見送って生徒会室に入る。中で待っていた深雪と対面すると、深雪の口から意外な言葉を突き付けられた。

 

「リーナ、随分と錬君と仲良くなったのね?」

 

「ど、どういうこと!?」

 

 リーナはあからさまに動揺してしまう。同じく生徒会室にいたほのかは深雪の言葉の意味が分からずきょとんとしている。

 

「だって、わざわざ案内してもらったんでしょう?端末の地図アプリを使うなり他にも方法はあったのに」

 

 リーナはもはや隠しきれていない動揺を隠すためにか、昨日の傷口が気になったのか、リーナは肩に手を回した。その時、違和感に気付いた。肩の傷が治癒魔法抜きでも完全に治っているのだ。その時、錬が肩口を触った真の意味が分かった。錬は何らかの方法を使ってリーナの方の傷を治したのだ。そしてあの時の謝罪は骨を折ってしまったことへの謝罪だと。

 

 リーナが考え事に没頭していると、深雪はリーナの意識をこちらに呼び戻した。

 

「リーナ?錬君の事でも考えていたのかしら?」

 

 深雪の言葉で考え事の世界から脱したリーナは、顔に真っ赤に染めて深雪に憤慨するように言葉を浴びせた。

 

「そ、それよりも早く用件を伝えなさいよ!早く帰りたいのよ!」

 

 リーナに怒声を浴びせられても深雪の微笑が崩れることはなかった。それどころか微笑にからかいの色まで混じり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一方、リーナと別れた錬は

 

「俺もぬるくなったかなあ……」

 

 リーナの傷を治したことを反省していた。錬の目的のためには他人との交流は避けた方がいい。それなのに学校生活を始めて少し甘くなったと自分を非難していた。本来それは悪いことではない。しかし錬にとっては好ましくないことなのだ。

 

「…まあいい。いざとなったら殺さず排除だ…」

 

 改めて自分に誓いを立て、錬は本部を向かうのだった。

 

 

 

 





 





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