本当に怖いものは… (warlus)
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本当に怖いものは…

カツンカツンと、ランスロットの歩く音だけが廊下に響く。

カルデアは膨大な研究施設だ。本来であれば、48人のマスターと数百人にも及ぶ研究者達による活動が想定された施設は、現在20数名のスタッフと一人のマスターによってまかなわれている。

新しくサーバント達が召喚された事で、多少なりとも(本当に『多少』で済むかは、大いに議論されるところだが)賑やかになったが、それでも持て余してるフロアは数多くある。

ランスロットが歩いているのはそういったフロアのうちの一つだった。

ひと1人おらず閑散とした空間を、外の吹雪を窓越しに見るともなく見ながら歩いく。すると、ランスロットの足音に呼応する様に、向こう側からも足音が響いてきた。

どうやら音の主は、廊下の向こう側からこちらに歩いてきている様だ。やがて、無機質な空間にはそぐわぬ紺と藍色の艶やかな和装が目に入る。

4本の刀を腰に下げた可憐な少女で、手に抱えた袋から芋を取り出し、食べ歩きしていた。

この清潔な空間において、彼女は一輪の花の様であった。

(確か彼女は武蔵殿、と言ったか。マスターの母国で剣豪として名を馳せていたのだったな)

ランスロットがそんな風に思い返しているうちに、お互いの距離が3メートル程まで近づく。お互いの目の色まで見える距離だ。

さすがにここまで来ると、芋を食べていた武蔵もランスロットに気づいた様で、モグモグやっていた口を止め、不思議そうな顔でランスロットのことを見る。

当のランスロットも、紳士としてあるまじき事ではあったが、足を止め彼女に見入ってしまっていた。彼女の目の、その奥に燻る光に魅入られてしまっていたのだ。

(この女性、なんという目をするのだ。どれほどの修羅を潜り抜け、死線を交わせば、これ程鈍色のひかりを目に宿すというのかー)

ランスロットが武蔵について思案していると、当の武蔵は、何を思ったか廊下の端に寄り、腰を屈める様な姿勢をとった。

突然の行動に虚を突かれたランスロットであったが、やや遅れて、彼女が道を譲ってくれているのだと思い至り、衝撃を受ける。

(な、なんという謙虚さかっ!これがYAMATONADESIKOというものかー!

あまりにも可憐だ。是非叶うならばお茶に…)

その彼女の可憐さに、感極まったランスロットではあったが、その思考は唐突に断絶する。彼の顔に、何か柔らかいものがぶつかったのだ。

そして、それがさっきまで彼女が抱えていた、芋の入った袋だと気づくのと、

 

二本の刃がランスロットに襲いかかるのは同時だった。

 

「…!」

驚きは、しかしランスロットでは無く武蔵のものだった。

完全に腑抜けて油断した表情を浮かべていたこの男に、芋の袋を投げつける事で視界を防ぎ、左右両側からの同時の斬り付け。

そしてその一刀は、苛烈にして流麗。

現代の一流程度の剣士では、例え刀を構え相対していたとしても、見切る事すら叶わないだろう、神速のふた振り。

その一撃を目の前の男は、視界の塞がった不意打ちの状態から受け止めてみせたのだ。

左回りから腰を狙った刀は、自分の剣で防ぎ。

右回りから首を斬り落とす刀は、手の甲の鎧で軌道を上にずらしていた。

どちらか片方を防ぐならば、まだ納得のいく話だ。だがその両方。左右から同時に襲い来る刃を両とも防ぎきるとは、一体どういう離れ業だというのか。

「レ、レディ?これは一体どうした事でしょうか?」

それをやってのけたランスロットは、当惑の表情を浮かべていても、驚きはしていない。

まるで、武蔵の剣など驚くに値しないとでも言うようではないか。

そう思ったとき、武蔵の心の中に、僅かばかり湧き上がるものがあった。

「……」

「失礼、レディ。そろそろこの刀を下げてはくれないだろうか。」

彼の言葉を受けて、武蔵も振り抜いた腕を脱力し、ふた振りの刀を鞘に収める。

カチンという刀に鞘が収まった小気味のいい音が響き、空気がやや弛緩する。

「あ、いやーごめんごめん!つい目の前から強そうな剣士さんが歩いてきたものだから、つい試したくなっちゃってさー!」

努めて明るい声で朗らかに喋る武蔵に、ランスロットもホッと一息吐く。

「そういうことでしたか、レディ。見ると貴女も随分と振るわれる様だ。目の前に強そうな者が居ると、斬り合いたくなる気持ちはよくわかります」

「でしょでしょー、ごめんなさいね。でも私と同郷の沖田って侍が話してたんだけど、貴方確か、乱素人って言う腕利きの剣士さんなんでしょう?」

「ええ、腕利きの剣士と言われると面映ゆいですが、ランスロットと言う名です。貴女はマスターの母国で剣豪として轟いた武蔵殿ですね。」

「まあ、厳密には違うんだけどそうみたいねー。いや有名人だから、最初はマスターに驚かれたもんよー。『え、宮本武蔵が女!?またですか』ってね」

「貴女もでしたか。我が王も、召喚された際にはマスターに大変驚かれたそうですよ。かのアーサー王が女性だったなんてと。」

はははと二人で朗らかに笑いあうと、二人の間に和やかな空気が流れる。先ほどまでの逼迫した空気が嘘のようであった。

それゆえだろう、ランスロットはつい口がいつもより回ってしまった。

「いやしかし、これがちょっとした戯れで良かった。あれ以上続けば貴女を傷つける事となっていた。いくら剣士とはいえ、女性を傷つけたとあっては騎士失格ですからな。」

瞬間、空気がガラリと豹変した。

「…へえ、それはつまり戦おうと思えば、私なんか簡単に下せると、そう言いたいのかしら?」

「え、いや…」

しまった、という表情を浮かべるランスロットに対して、武蔵は鋭利な笑みを浮かべる。

「じゃあ、実際に試してみようじゃないの。私の刀と貴方の剣、どちらが上かしら。」

言いながら、スラリと腰に帯びた刀を抜く武蔵に対し、ランスロットは待ってほしいとばかりに両手を広げる。

「武蔵殿、わたしはその様なつもりで言ったのでは無くてですね、女性を傷つける様な事は騎士にとって恥であるが故に戦えぬと…」

「ほう、つまり女は傷つけずとも侍としての誇りは穢しても良いと?」

「……」

武蔵の刺すように返した言葉に、ランスロットもこれ以上反論は返せない。否、言葉で解決するつもりなど、武蔵には元から無いのだ。

「さあ、剣をとれ乱素人。同じ得物を持つものとして、侍を辱めるな。」

ランスロットは彼女のその眼差しを受け止めると、やがて観念した様に剣を構えた。

「…ふう。一合だけ、お付き合いしましょう」

武蔵は両の手に一本ずつ刀を握ると、腕を肩の幅ほどに広げ、力み過ぎないゆったりとした力の入れ具合で、気持ち前傾姿勢を取る。

ランスロットは剣を両の手でガッシリと握り締め、体の前に出すと、右足だけ半歩前へと出し、体に一本芯が通った様な真っ直ぐな姿勢を維持した。

冷たい空気が、見えない刃のようにお互いの間を錯綜する。

常人であれば堪えきれずに行動を起こしてしまう緊張感の中、2人はそれぞれ戦闘態勢を取りつつ、お互いの事を冷静に観察する。

 

まるで豹の様だ、とランスロットは思う。

両の手を大きく広げ、左足を半歩前に出して前傾姿勢を維持するその姿は、獲物に襲いかからんとする獣を、ランスロットに想起させたのだ。

(まるで違う戦闘スタイルだ、鎧を着込まず、あの様な細い剣を2本持つとは。力で押すのではなく、速さで切り抜くタイプか。

しかし、それでは肩幅まで広げた腕に説明がつかない。それでは初動が遅くなるだろうに。)

あまりに分の悪い戦いだ、とランスロットは思う。

見知らぬ構え、見知らぬ武器、見知らぬスタイル。それを相手にして尚、決着を無傷で決めなければならない。

そう、ランスロットはこの期に及んでなお、女性を傷つけないという騎士の誇りに殉じようとしているのだ。それはもはや、矜恃と呼ぶにはあまりに堅固な騎士の体現そのものだった。

(ゆえに、それを理由にしてはならぬ。相手を傷つけられぬのであれば、そこまで含めて私の実力と言うだけの話。ならば私のやる事は何も変わらない。この見知らぬ戦闘スタイルをうけとめ、いついかなる時も冷静にさばくだけのこと!)

ランスロットは誇りを糺すと、待ちの姿勢をより強固なものにした。

 

やり辛いわね、と武蔵は直感した。

速さと上手さは自分の方が上だという確信はある。

だが問題は、お互いの体格差とあの明け透けな構えだ。

両の手でしっかり支えた分厚い剣を前に置き、ほどほどの幅で前後に足を開き、どっしりと構える。馬鹿みたいにハッキリとした待ちの姿勢である。

それは根の張り付いた巨木、もしくは苔むした巌の様に堅固に思えた。

(そしてあの体格差と隙のない鎧と来ましたよ。なんであれで満足に動けるのよあのおっさん!根本的な膂力が違うじゃない)

今までの戦いとはあまりに毛色の違う相手に、うがーっと髪を掻きたくなる。

この場で目の前の男に勝てるとしたら、それはたった一つ。この腕の上手さだけである。

(なら、上等!とことんまで速さと上手さで飜弄して、態勢が崩れたところでそっ首跳ね落としてやる!)

武蔵は覚悟を決めると、更に前へと体を傾けた。

二人の間で空気が更に切り詰めていく。今にも爆発しそうな緊張感の中で、二人の呼吸のリズムが合うのを待つ。この瞬間二人は良き理解者であった。

武蔵はランスロットを知り、ランスロットは武蔵を理解した。

この場、この世界において存在するのは二人のみで、お互いは相手の事以外の一切を遮断していた。

それゆえー

 

そう、それゆえ気づかなかったのだ。

ランスロットの背後から駆け寄ってくる、一人の少女の存在に。

 

「って、カルデア内での私闘は厳禁だと言ってるでしょう、穀潰し卿!!」

「キャメロット!?」

背後から駆け寄った、マシュのシールドバッシュがランスロットの頭に炸裂し、ランスロットは思わず素っ頓狂な悲鳴をあげる。

「ランスロット卿!いつまで経っても定例円卓会議に出てこないから、何かあったのかと迎えに来てみれば、またですか!

カルデア内での私闘は、トレーニングルームでのシミュレーションのみとするってこの前説明したでしょう!」

普段のマシュからは、あまりに想像のつかない苛烈さに、少々気圧されながらもランスロットは何とか和解を求めようとする。

「い、いやマシュ、聞きたまえ。これには理由が…」

「だまらっしゃい!」

「「だまらっしゃい!?」」

何故かハモる武蔵とランスロット。

「ランスロット卿はこの前沖田さんと立会いをしていた時にも、そう言っていたでしょう。立ち会いを頼まれたら、断るかトレーニングルームへ移動する。何故それが出来ないのですか!」

尚もランスロットに激昂するマシュを、呆然と見ていた武蔵だったが、何か思いついた様な顔をすると、親子(?)喧嘩に口を挟んだ。

「いや~マシュごめんね、ついこちらのダンディなおじ様に誘われちゃってさ。素敵な方だから断れなかったのよー。そっかー、ここでの私闘はダメなのかー。わかった次からは気をつけるね。」

「むむむ、武蔵殿!?」

さも、勉強になりましたと言った風に腕を組んで頷く武蔵。

ギョッとした顔でランスロットは武蔵の方を振り向くが、時すでに遅し。隣でお怒りオーラが膨れ上がっていくのは、止められないのである。

「おーとーおーさーんー?」

「いや、これはだね…」

尚も説得に掛かるランスロットを、マシュは問答無用とばかりに遮って連行する。

「いーえ、もう聞く耳持ちません。この後の円卓会議はアルトリアさんに頼んで急遽内容を変更して貰います!内容は他の女性サーバントの皆さんにうつつを抜かす騎士をどう処罰するかですっ!」

「いたた、こら離しなさい。耳を引っ張るんじゃないマシュ!」

マシュに耳を引っ張られながら連行されてくランスロットを、武蔵は笑顔で手を振りながら見送る。

真剣での果たし合いの勝敗は、腕の優劣が決めるのではない。どの様な手を使ってでも、その場に最後まで立っていた者が勝者なのだ。

此度の戦い、新免武蔵守藤原玄信対円卓の騎士ランスロット。

ランスロットの最大の弱点を突いた、武蔵の一本勝ちである。



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