インフィニット・ストラトス ~唐変木に疲れる苦労人~ (さすらいの旅人)
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短編集
シャルロット編 PART1 前編 


久々の投稿です。

今回は本編と違って、アニメ二期の内容を短編としたものです。


 とある港の倉庫街。

 

 シャルロットの任務に同伴してる俺は、専用機の黒閃を展開して港の周囲を伺っている。

 

「ゴメンね、和哉。急に頼んじゃって」

 

「気にすんな。俺としても、こう言う経験を積んでおきたいと思ってたところだ」

 

『マスターの仰るとおりです、シャルロット・デュノア。余り気になさらないで下さい』

 

 隣で俺と同じくISを展開しシャルロットが申し訳なさそうに謝ってくるも、俺は全く気にしてないように軽く手を振る。黒閃も俺と同様に、気にしてないように言い返す。

 

 今回の任務はIS装備の護送で本来はシャルロットが行う予定だった。けれど一人だけで行うのが難しいと思ったシャルロットは、同じ女子で専用機持ちの箒達に頼んでいたが、彼女達も多忙の為に参加出来なかったようだ。箒は家の用事、セシリアはオルコット家当主としての会合、鈴とラウラは別任務など、ってところだ。

 

 んで、箒達が参加出来ない代わりとして、俺が急遽同伴する事となった。本当なら一夏も参加する予定だったが、アイツは先日『亡国機業(ファントム・タスク)』の幹部と思わしき女に襲われた事もあって不参加とさせた。当然この事に一夏は不満を表していたが、俺とシャルロットの説得によって何とか留まってくれた。この護送任務で、あの女が再び襲ってこないなんて保証は無いからな。

 

「ところで、何で急にこんな任務が入ってきたんだ?」

 

「各国の企業から試作装備のテストを頼まれたんだって。あ、そう言えば和哉にも使ってほしい試作装備もあるみたいだよ」

 

「相変わらずの勧誘パターンか」

 

『いい加減にして欲しいです。私はマスター以外に使われる気はないと言うのに』

 

「アハハ……」

 

 心底ウンザリしてる俺と黒閃にシャルロットが苦笑する。

 

 各国はいつものようにあの手この手で俺を勧誘してるので、俺と黒閃はもう辟易してる。けれど連中のやる事は間違っていないのかもしれない。

 

 練習機から専用機となり、そして意思を持ってるIS専用機の黒閃。その黒閃のマスターとなっている神代和哉(おれ)。そんな俺達をあの連中が俺達を調査したり勧誘したりするのは当然とも言える。

 

 だけど俺達にしたら迷惑極まりない行動だから、いつもの如く千冬さんや学園長を通してお断りの通知をしてもらうよう頼んでいる。あの人達を通さないと、向こうは俺達の意思なんか関係無く勝手に話を進めるからな。

 

 とまあ、そんな事はどうでもいい。今は取り敢えずシャルロットの任務を無事完遂させないと――

 

 

 ドォォオオオオンッッッ!!

 

 

「「ッ!」」

 

 すると、突然爆発音が聞こえた。

 

 俺とシャルロットは爆発音がした方へ視線を向けると、倉庫の一つが大きな煙をあげていた。

 

 IS操縦者じゃない護送兵達はすぐに調べようと、爆発がした倉庫へ向かおうとしている。

 

「シャルロット、俺達も行って――」

 

「待って、和哉」

 

『マスター、十時の方向を見て下さい』

 

 俺が行こうとするのをシャルロットと黒閃が止める。黒閃の言うとおりにその方向を見ると、大型トレーラーが猛スピードで鉄網の壁を突き破った。

 

 大型トレーラーは急ブレーキを掛けて止まると、その直後に荷台が開こうとする。その中から出てきたのはISの第2世代型――量産型ラファール・リヴァイヴ2機だった。

 

「何だアイツ等は?」

 

「……調べてみたけど、あの二機には国籍や識別コードがないね」

 

『私も調べましたが、同様の結果です』

 

「となるとアイツ等は……まさか一夏を襲った奴の仲間か?」

 

「その可能性は充分にあるね。やっぱり一夏を連れてこなくて正解だったよ」

 

 あの連中が『亡国機業(ファントム・タスク)』であるかどうかは分からないが、それでも警戒しておく事に変わりはない。

 

「黒閃、アイツ等以外の仲間はいるか?」

 

『今のところは周囲に何の反応はありません。ですので、あの二機を早急に捕縛すべきかと』

 

「だな。じゃあ行こうか、シャルロット!」

 

「OK、和哉!」

 

 俺とシャルロットは襲撃犯を捕縛する為に分断して飛行する。こちらの接近に気付いた襲撃犯達は飛行してる俺に狙いを定めて、所持してるマシンガンを撃ってきた。

 

「狙いがいまいちだな」

 

 

 フッ!

 

 

「なっ、消えた……!?」

 

「一体どこへ……!?」

 

 マシンガンを撃ってくる襲撃犯に、俺は疾足を使って躱す。姿を見失った事に襲撃犯達は驚きの声をあげて辺りの上空を見回す。

 

「どこ見てる。俺はここだ」

 

「「ッ!?」」

 

「そろそろ僕にも気付いて欲しいな」

 

 俺が同じ目線の位置から10m先にいる事に驚愕を隠し切れない襲撃犯達。更に襲撃犯達の背後には両手で二丁のマシンガンを持ち構えてるシャルロットもいる。

 

「IS乗り!? まさか挟まれるなんて……!」

 

「構うな。挟まれたところで状況は大して変わらない。始末しろ」

 

 前後に挟まれてる事に襲撃犯の一人は焦った様子を見せるが、もう一人は状況を冷静に見て指示する。

 

 指示の直後、二人の襲撃犯はそれぞれ俺とシャルロットに狙いを定めて再度マシンガンを撃つ。

 

「シャルロット、先ずは各個撃破だ!」

 

「了解!」

 

 当たるつもりは毛頭無い俺とシャルロットが即座に動く。俺の方は襲撃犯A、シャルロットの方は襲撃犯Bとしよう。

 

 そして俺は地上、シャルロットは空中でそれぞれ戦い始める。

 

「せいっ!」

 

「ぐっ!」

 

 襲撃犯Aに接近しようと、疾足で一気に距離を詰める。その直後に拳で当てようとするも、襲撃犯Aは即座にシールドで防ぐ。

 

「お前はまさか……神代和哉か!?」

 

「へぇ。アンタが俺の事を知ってるとは光栄だね。俺も随分と有名になったもんだ」

 

「知ってるさ。お前は我々IS乗りの仇敵だ!」

 

 あ、どうやら俺は悪い意味での有名人みたいだ。まぁ確かに俺は以前、世界のIS操縦者達全てに喧嘩を売ったからな。各国が俺を勧誘しても、IS操縦者の女共からすれば非常に目障りな存在だろう。

 

 けど、生憎だが俺の知った事では無い。いずれ世界最強になると宣言した以上、ちゃんとやらないとな。

 

「はぁっ!」

 

 俺の攻撃を防いだ襲撃犯Aは一旦距離を取ると、片手から近接ブレードを展開し、俺に攻撃しようと突進する。

 

 だが――

 

 

 ガシィッ!

 

 

「な、何だと!?」

 

「これが一夏だったら回避してるだろうが、俺からすれば単調な攻撃にすぎないよ」

 

 俺は近接ブレードを持ってる襲撃犯Aの手首を掴み、一瞬で攻撃を防いだ。

 

 接近戦を得意とする俺に敢えて接近戦で挑むとはいい度胸をしている。そんな襲撃犯Aには敬意を表すとしよう。

 

 そう決めた俺は掴んでる相手の手首をグイッと引き寄せ、襲撃犯Aの懐に入り込み――

 

「『砕牙・零式』!」

 

 

 ズドンッ!

 

 

「がはっ!!」

 

 宮本流奥義『砕牙・零式』を腹部へ直撃させた。それを受けた襲撃犯Aは物凄い勢いで吹っ飛び、そのまま貨物に激突する。

 

 警戒を緩めないまま近づこうとするが、襲撃犯Aは動こうとする気配を見せようとしなかった。

 

「おい、さっさと起きたらどうだ? アンタがあの程度の攻撃で参るわけが――」

 

『無理です、マスター。あの襲撃犯の意識はもう失っています』

 

「……は?」

 

 黒閃の台詞を聞いた俺は思わず素っ頓狂な声を出す。

 

「じょ、冗談だろ黒閃? まだ戦い始めたばっかりなのに」

 

『冗談ではありません。以前の夏休みで竜三殿の修行もあった為か、マスターの攻撃力が上がった事で、先程の一撃はかなりの出力でした。初めてセシリア・オルコットと戦った時とは段違いです』

 

 段違いって……あの当時の黒閃は練習機の打鉄で、俺は俺でまだ初心者だったな。んで、ISに慣れ始めてきた今の俺だと、あの頃とは全然違うって事なのか?

 

『そうですね。私を信頼してるマスターだからこそです』

 

「勝手に人の心を読むな」

 

 だとしても早すぎだろ。出来ればもうちょっと粘って欲しかったよ。

 

 まぁ、襲撃犯Aの意識が失った理由は分かった。一先ず俺の方は終了か。

 

 ったく。とんだ期待外れだったな。久々に本格的なISの実戦が出来ると思ったのに、相手が思っていた以上に打たれ弱かったなんて予想外だよ。このモヤモヤを解消する為に、明日の早朝に千冬さんと組み手でもするか。

 

 明日の予定を考えてると、少し離れたところから襲撃犯Bも貨物に激突して倒れた。あっちもあっちで思っていた以上に早く終わったようだ。

 

「凄いね、和哉。僕より早く終わらせてるなんて」

 

 襲撃犯Bとの戦闘を追えたシャルロットは地上に降りながら俺にそう言ってくる。

 

「聞いてくれよ、シャルロット。コイツ、『砕牙・零式』一発でノックダウンだぞ。情けないと思わないか?」

 

「………いやいや、僕もそれを受けたら絶対に気絶するから」

 

 気絶してる襲撃犯Aを見ながら顔を青褪めてるシャルロット。同時に気の毒そうな感じで見てるが。

 

 それはそうと、襲撃犯二人をとっとと捕縛するか。コイツ等の仲間が応援に来られでもしたら面倒だし。

 

 そう思った俺は襲撃犯Aを担ごうとしてると―― 

 

『マスター! 向こうの襲撃犯が!』

 

「っ!」

 

 黒閃の台詞に俺が即座に倒れてる襲撃犯Bを見ると、ソイツはシャルロット目掛けてマシンガンを撃とうとしていた。

 

 襲撃犯Bの攻撃にシャルロットは即座に防ぐも、奴が撃った弾丸はISの試作装備が入ってる貨物にも当たる。

 

 

 ドガァァァアアアアンッッッッ!

 

 

 その直後には貨物が爆発し、爆炎と煙がシャルロットに襲い掛かろうとしていた。

 

「シャルロット!」

 

 咄嗟の事で動けなかったシャルロットに、俺は即座に襲撃犯Aを放り投げ、即行で彼女を助けようと疾足を使って駆けつけた。




次回はシャルロットがちょっと暴走すると思います。


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シャルロット編 PART1 後編

何とか後編を出せました。

それではどうぞ!


「和哉、本当に大丈夫なのか?」

 

「あのなぁ、大丈夫じゃなかったら俺は今頃此処にいないっての」

 

 任務を終えた翌日。

 

 教室で席に座ってる俺に一夏が、既に検査を終えて問題ないと分かってても心配そうに尋ねてくる。任務中に爆発で巻き込まれた事を知った昨日からずっとこの調子だ。

 

「ですが、和哉さんほどのお方がミスをするなんて今でも信じられませんわ」

 

「俺だって人間だ。ミスぐらいはするよ」

 

 セシリアも一夏と同様に心配すると同時に意外そうに言い――

 

「和哉、アンタがドジ踏むなんてよっぽどの事よ」

 

「私達も最初に聞いた時は耳を疑ったからな」

 

「お前等なぁ……。俺はお前等が思ってるような完璧人間じゃないって言ってるだろうが」

 

 鈴と箒からも俺のミスが信じられないように言っている。

 

 ってか俺はIS操縦者となって間もないと言うのに、何でコイツ等は俺を実戦経験の玄人(プロ)みたいな感じで言ってくるんだ? いまいち理解出来ないぞ。

 

「もうついでに本音、そろそろ離れてくれないか? さっきから大丈夫だって言ったろ」

 

「だってー……」

 

 席に座ってる俺の背を覆うように引っ付いてる本音をどうにかしたいんだが、コイツは未だに離れようとしなかった。

 

 本音は教室に入った俺を見た途端、真っ先に正面から抱き付いてきた。一夏達と同様、俺が爆発に巻き込まれたと聞いて凄く心配していたから。

 

 大丈夫だから離れろと何度も言ってるんだが、それでも本音は心配そうな顔で離れなかった。俺が席に座る時は一瞬離れたが、今度は背後から抱き付いてきた。だから今もずっとこんな感じって訳だ。

 

「なぁ、一夏達からも本音に言ってくれないか?」

 

「あ、いや……俺が言うより和哉が適任だろ」

 

「……少しは彼女の心情を察してやれ」

 

「えっとぉ……布仏さんの心配はご尤もですわよ、和哉さん」

 

「それは和哉とその子の問題なんだから、アンタが何とかしなさいよ」

 

 この光景を見てる一夏達は何も言わないどころか、一切口出ししようとする様子を見せない。こう言う時のコイツ等は薄情だな。

 

「……………………」

 

 隣の席に座ってるシャルロットが申し訳なさそうにコッチを見てるが、俺は気にせず一夏達の会話に合わせて話してる。

 

 今回の任務は俺のミスと言う事になってるが、実のところシャルロットのミスだ。シャルロットが襲撃犯Bを倒して気絶したのを確認せず捕縛しようとしたから、ソイツが悪足掻きをするようにマシンガンを撃った為、IS装備の入った貨物が爆発したのが原因だ。

 

 代表候補生であるシャルロットが任務でミスをしたとなれば、立場上として色々と問題が起きてしまう。だから俺のミスって事にしておいた。専用機を使ってるとは言え、俺は今年ISに乗り始めたばかりだから、ミスをしても大して問題は起きない。

 

 それを口実に女権団体の連中がああだこうだと俺を糾弾するかもしれないが、これは学園内の問題なので大して支障はない。仮に糾弾されたところで、千冬さんが『都合の良いように騒ぎ立てようとする連中など知るか』と言ってたし。

 

 けど、シャルロットが心配してるのは多分それだけじゃない。この場にいないアイツ(・・・)の事も気になってると思う。何故ならアイツは――

 

「ねぇかずー、黒閃はどうしたのー?」

 

「アイツはメンテ中だ」

 

 今回の任務で問題が生じた為、今は装備してないから。

 

 それは昨日の任務後に少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 任務を終えて学園に戻った俺はメディカルルームで検査していた。俺は何ともないと言ったんだが、千冬さんが受けるようにと強制されて今に至る。

 

「う~ん……神代君の身体には一切問題ありません。ですが、黒閃の量子変換に異常が認められます」

 

 検査の結果を見た山田先生がそう答えたが、別の問題が起きてるようだった。

 

「神代君、片腕だけで良いので黒閃を展開して下さい」

 

「はい。黒閃、聞いたとおり片腕を出せ」

 

 俺が右腕を伸ばして指示するが――

 

『……申し訳ありません、マスター。装備が……出せません……!』

 

 黒閃が物凄く辛そうに言ってきた。俺の命令を遂行出来ない事に申し訳なく思ってるんだろう。

 

「織斑先生、思ったとおり装備が取り出せなくなっています」

 

「原因は何だ?」

 

「詳しく検査してみない事には……」

 

 千冬さんの問いに山田先生は現状分からないと答える。

 

「黒閃、お前でも分からないか?」

 

『……残念ながら私も山田麻耶と同様に、一度詳しく調べる時間が必要です』

 

「ふむ……」

 

 ISの黒閃ですら分からない事に少し考える千冬さん。その事に俺や一緒にいるシャルロットは不安そうな目で見る。

 

 千冬さんが考えた結果――

 

「神代、黒閃を渡せ」

 

「ま、当然そうなるでしょうね」

 

 黒閃を詳しく調べる為に預ける事となった。

 

「ってな訳だ黒閃。暫くの間は此処で山田先生と一緒に原因調査に専念してくれ」

 

『お待ち下さいマスター! 今の状況で私を外すのは危険です! どうかお考え直しを!』

 

 俺が待機状態(ブレスレット)になってる黒閃を外そうとすると、彼女がすぐに抗議してくる。自分と離れるのが嫌なのか、何かに縋るような感じも含まれてる。

 

「だからこそだ。もしこの先お前その物が出せなくなったら、取り返しの付かない事になる。俺はそんなの御免だ。それにお前、こう言う時は人間の姿になろうとする筈なのに、それが出来ないって事は相当問題だぞ」

 

「神代の言うとおりだ。それとも黒閃、お前は自分がいなければ神代は何も出来ないとでも思っているのか? 神代の強さはお前自身が知ってる筈だが」

 

『……………………』

 

 俺の台詞に続くように千冬さんも言うと、黒閃はさっきまでの勢いが無くなったように黙ってしまった。

 

 あんまり黒閃に酷な事を言うつもりはないんだが、ここぞって時に言っておかないとな。父親代わりである俺が娘の黒閃を強く言う感じで。

 

『……分かりました。マスターの指示に従います』

 

 苦渋の決断をするような声を出す黒閃に、俺は内心少し呆れた。いくらなんでも大袈裟過ぎだろ。

 

 一先ず黒閃の返答を聞いた俺はブレスレットを外して千冬さんに渡した。

 

「さて、問題はこれを織斑や小娘共が知ったら、か。特に布仏が、な」

 

「ええ、大騒ぎになりますね。布仏さんが一番に」

 

 最後の台詞が何故か意味深のように言ってくる千冬さん山田先生。ってか、何でそこで本音が出てくるんですか?

 

「ですが、セキュリティ面から考えても、最低でもルームメイトの織斑君や候補生には知らせたほうが良いかと」

 

「……はぁっ。頭が痛いな」

 

 どうあっても面倒事が確実に起きると思った千冬さんは、嘆息しながら手を頭の上に置いて呟く。

 

「ゴメン、和哉。僕が不甲斐なかった所為で君に凄い迷惑を掛けちゃって……」

 

「なに言ってるんだよ。寧ろ俺だけで被害が済んで良かったじゃないか。シャルロットがそこまで背負い込む必要はない」

 

 謝ってくるシャルロットに俺は大して気にせず彼女の肩を軽く叩く。

 

「でも……」

 

「気にしない気にしない。ま、それでも負い目を感じてるなら、いざと言う時が起きたら俺を守ってくれ」

 

「和哉……。分かった、そうするよ」

 

 

 

 

 

 

 と言う事があって、シャルロットは俺がもしもの時に起きたらボディーガードをしてもらうように頼んだって訳だ。

 

 当然、この事を一夏達には知らせていない。言ったら絶対面倒な事になるからな。

 

「一夏に師匠! 二人はどれがいい!?」

 

 すると、ラウラが何かの本を開いたまま俺と一夏に見せようとした。

 

「なっ! こ、これは……!?」

 

「……一体何のつもりだ?」

 

 顔を赤らめて戸惑う一夏に呆れる俺。こうしてる理由は、ラウラが俺達に女用のランジェリー一覧の本を見せているから。しかも縞パンだ。確か綾ちゃんも好んでる下着だったな。

 

「お、おいラウラ……!」

 

「いきなりなんてモノを見せるのよ!?」

 

「一夏さんは目を閉じて下さい!」

 

「かずーは見ちゃダメだよー!」

 

 当然、これには箒たち女性陣も顔を赤らめていた。箒と鈴は抗議し、セシリアは両手で一夏の目を塞ぐように覆わせ、俺の背中に引っ付いてる本音も両手で俺の目を塞ぐ。

 

「何を勘違いしてる? 私は嫁と師匠の趣味を聞いているんだ」

 

「「「「嫁と師匠の趣味?」」」」

 

 ラウラが呆れるように言うと、箒達はラウラの台詞を部分的に鸚鵡返しをする。

 

 力説するようにラウラは理由を話し始めた。

 

 長ったらしい理由だが、要はラウラの副官の入れ知恵らしい。意中の相手と尊敬する師匠には、いつ見られても良い下着を用意しておくべきだと。その結果、ラウラは縞パンが至高の下着だと判断したようだ。

 

 それを聞いた箒達も何かを感じ取ったのか、マジマジと見ている。セシリアなんかどこかに電話してるし。そして――

 

「……ね、ねぇ、かずーは私が穿くならどれが良いー?」

 

「君は友人の俺になんつー事を訊いてるんだよ」

 

 そう言うのは恋人にした相手に言ってくれ。友人の俺に訊くのは筋違いだっての。

 

「ってかラウラ、男が全員それが好きって訳じゃないからな」

 

「和哉の言うとおりだって! そんな事無いから!」

 

「ふむ。一夏は師匠と違い、図星を突かれて動揺してるのか。奥ゆかしいな、私の嫁は」

 

「違う!」

 

 強く否定するように叫ぶ一夏。

 

 もうこれは完全にセクハラだから、俺達が訴えても文句は無いよな?

 

「アハハハ……」

 

 この光景を見ていたシャルロットは若干呆れた感じで苦笑してる。ここはちょっとシャルロットにフォローして欲しいかも。

 

「シャルロットはどんな下着が良い?」

 

「ラウラ、そういうのは男の子の前でする話じゃ――え?」

 

 ラウラの行動を指摘するシャルロットだったが、突然おかしな行動をし始めた。

 

「ご、ゴメン、ちょっと用事が!」

 

『?』

 

 シャルロットが急に両手でスカートを抑えながら教室を出ていく事に、俺達は不可解そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

「あの様子を見る限り、何か遭ったとしか思えないんだが……」

 

 昼休み。一人で廊下を歩いてる俺は考える仕草をしながらそう呟く。

 

 シャルロットが教室から戻って来た後からもおかしな行動をしていた。まるで何かを庇うような感じで。

 

 もしかして昨日の任務で何か起きたのかと思って尋ねてみたが、当の本人は『何でもない』の一点張りだし。あの様子からして、男の俺には答えたくない事だと思い、一先ず引き下がる事にした。

 

「どうした師匠、何か考え事か?」

 

「ん? ああ、ラウラ」

 

 歩いてる途中、ラウラとバッタリ出会った。

 

「ちょっとシャルロットについてな。アイツ、朝からおかしな行動をしていたから」

 

「シャルロット? ……確かに妙だったな」

 

 ラウラも俺と同じくシャルロットの行動に疑問を抱いていたのか、急に考える仕草をする。

 

「もしや昨日の任務で何か遭ったのか?」

 

「一応俺も訊いてみたんだが、アイツは何でもないって言ってるから全く分からないんだよ。多分だけど、男の俺には答えたくない内容じゃないかと思ってる。そこでだラウラ、お前からシャルロットに何が遭ったか訊いてくれないか?」

 

「私が? それは構わないが……」

 

 本当ならこんな事をするつもりはなかった。けれど今も尚おかしな行動を取り続けてるシャルロットを見過ごす訳にはいかないから、ここはいっそ同じ女でシャルロットのルームメイトであるラウラに頼むしかない。

 

「では今すぐ確認してこよう。確かシャルロットは教官から教材を資料室に運ぶよう頼まれていたはずだ」

 

「それは放課後でいい。別にそこまで緊急じゃないから」

 

 俺はラウラと一緒に階段を上りながら、部屋で話すように頼んだ。踊り場まで上ると、その上の階には一夏とシャルロットがいた。二人は俺達に気付かないまま仲良く段ボールを持ち運んでる。

 

「お、シャルロットだ。おー……い?」

 

「だから……え?」

 

 ラウラと俺はシャルロットを見た途端に固まってしまった。正確にはシャルロットのスカートの中を見てだが。

 

「「…………はっ!」」

 

 固まって数秒後、俺とラウラは意識を取り戻すように動いた。

 

「………し、師匠、シャルロットが……」

 

「言うな。何も言うな。俺は何も見てない……!」

 

「シャルロットが……下着を着けてなかった! これが俗に言うノーパンか!?」

 

「だから言うなっつってんだろうが!」

 

 シャルロットがノーパンだった事実を必死に忘れようとするが、ラウラがハッキリと言ってしまった。

 

 ノーパンだった事で、シャルロットの大事な所が丸見え……って何考えてんだ俺は!?

 

「こ、これはすぐクラリッサに報告を……!」

 

「んな事せんでいい! お前はシャルロットを辱める気か!?」

 

 携帯機を取り出して電話しようとするラウラを阻止する俺は即行で取り上げる。

 

「だ、だが師匠! 私達はパンドラの箱を開けてしまったのかもしれないんだぞ……!? これは副官に相談せずには……!」

 

「気持ちは分からんでもないが、それだけは絶対にダメだ!」

 

 そう言いながら取り上げられた携帯機を取り返そうとするラウラがだが、俺と身長差があり過ぎてそれは無理だった。

 

 そして俺はラウラを諭すように、彼女の両肩に手を置く。

 

「ラウラ、もしかしたら俺達は角度的な原因でシャルロットの下着が見えなかったかもしれない」

 

 無理があり過ぎる超バカな内容だが、今の俺にはこう言うしかなかった。俺としてはそうあって欲しいから。それはもうマジで!

 

「か、角度的?」

 

「そうだ。着けてないように見えて実は着けてるって言う可能性が非常に高い。だから俺達は着けてないって錯覚したんだ」

 

「……た、確かにそうかもしれないが」

 

「だろう? だがそれでも納得出来ないなら、お前自身でシャルロットに確認してこい。言っておくが俺に結果は教えなくていいからな」

 

「……わ、分かった。師匠がそう言うんだったら、私が直接調べてみる」

 

 俺の押しに負けたラウラはそう頷いた。それを確認した俺は取り上げた携帯機をラウラに返す。

 

「是非ともそうしてくれ。あ、それとラウラ。俺ちょっと急な用事が出来たから。んじゃ」

 

「え? ちょ、師匠どこへ!?」

 

 ラウラに携帯機を渡した俺は疾足を使って即行で姿を消した。

 

 後日、俺はシャルロットが下着を着けてなかった原因は分かった。昨日の護送任務で搬入予定の試験装備の中に、量子変換をより効率的に行うオプション装備を襲撃犯が破壊した為に暴走したらしい。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、下着のみが強制的に量子変換とは随分変わった事象だな」

 

「僕もそう思うよ」

 

 時間は急に変わって夜。

 

 寮の一室でルームメイトのシャルロットから事情を聞いたラウラは珍しそうに言うと、シャルロットもそれに同調していた。

 

「そうだ。師匠に報告しておかないと」

 

「何で和哉に報告するの!? そんなのしなくていいから!」

 

 携帯機を使って和哉に電話しようとするラウラにシャルロットが物凄く焦りながら即行で阻止する。

 

「いや、私と一緒に誤解した師匠にも事情を説明しておかないと」

 

「だから! 説明なんてしなくても……え?」

 

 シャルロットが言ってる最中、ふと何かに気付いたような感じで急に声のトーンが低くなった。

 

「ちょっとラウラ。確認だけど、どうして和哉に報告するの?」

 

「ああ、そう言えばシャルロットにまだ言ってなかったな。あの時――」

 

 ラウラが昼休みの事情を説明し始めた。

 

 そしてその後――。

 

 

 

 

 

 

 

 ドッガァァァァァァァァァンッッッッ!

 

 

 

「うわっ! な、何だぁ!?」

 

「和哉ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 部屋のベッドでウトウトしていた一夏だったが、突然何かが壊れた音がした為にビックリして起き上がった。その直後にフル装備状態のISを纏ったシャルロットが和哉を呼ぶように叫んでる。

 

「ど、どうしたんだシャル!? 何が遭ったんだ!?」

 

「一夏ぁ! 和哉はどこぉ!? ちょっと大事な話があるんだけどぉぉ!!?? 和哉はどこにいるのぉぉぉぉ!!??」

 

 顔が熟れたトマトのように真っ赤にしながら武器を突きつけるシャルロット。

 

「か、和哉なら煩悩を退散する為に山篭りするって外出したぞ」

 

 余りにも予想外過ぎる展開に一夏はシャルロットに逆らう事をせず、和哉から聞いた内容をそのまま教えた。




最後の余談あたりは、とある漫画を参考にしました。


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本編
プロローグ


にじファンより移転しました。

一先ずは一日一回更新する事にしますので、どうぞ宜しくお願いします。


 二月の中旬。中学三年である俺、神代和哉は友人と一緒にある所へと向かっている。

 

「うー、寒っ……」

 

「だらしない奴だな。この程度の気温、北海道に比べたら暖かい方だぞ」

 

「そうは言っても寒いもんは寒いんだよ」

 

 俺の隣では物凄く寒そうに言って来る俺の友人である織斑一夏。見た目は男の俺でも一目瞭然と言うくらい爽やかなイケメン。女子に物凄くモテるのは言うまでもない。だが残念な事に、この男は超が付く程の物凄い鈍感である。

 

 例えるなら『付き合って下さい』と勇気を振り絞った女子からの告白を、『良いぜ。何処で買い物したいんだ?』と夢を粉々に壊すほどの鈍感だ。そんな超鈍感男である一夏とは中学一年からの付き合いだ。

 

「………なぁ和哉。俺の気のせいだと良いんだが、何か凄く失礼な事を考えてないか?」

 

「気のせいだろう」

 

 顔を顰めながら訊いてくる一夏に俺は思い過ごしだと答える。コイツは女の事に関しては鈍感なくせに、こう言う事に関しては鋭いんだよな。

 

 どうしてその鋭さを女の方へと持って行くことが出来ないんだと何十回も内心突っ込んだ事か。

 

「なら良いが。ところで、なんで一番近い高校の、その試験のために四駅乗らなきゃいけないんだ……。しかも今日、超寒いじゃねーか……」

 

「そんな事言われても困るんだがな……俺はあんまり大して寒くないがな」

 

 寒さはどうでも良いが、試験に関しては一夏の言うとおりだった。

 

 そうなってる理由は昨年に起きたカンニング事件により、各学校が入試会場を二日前に通知すると言う政府のお達しがあったからだ。無茶苦茶としか言い様が無いんだが、中学三年である俺達が文句を言い述べたところで状況は変わらなく、精々愚痴りながら試験会場に向かうのが関の山。

 

「しかしまぁ一夏。まさかお前が俺と同じ藍越学園を志望するとはな」

 

 俺や一夏が受験する高校は私立藍越学園。そこは私立だと言うのに学費が格段に安い。

 

 何故かと言うと、その学園の卒業生の進路、その九割が学園法人の関連企業に就職するからだ。

 

 一時期の就職氷河期と呼ばれた時代ではないが、卒業後の進路まで面倒を見てくれる。おまけに就職先は殆ど優良企業で、地域密着型。突然の転勤により僻地に飛ばされる心配が無くて、将来が約束されているとも言える学園だ。

 

 因みに俺は大学に行くより、早く就職していつでも独立出来るようにする為だ。

 

「いつまでも千冬姉の世話になってるわけにもいかないからな……」

 

 一夏にはちょっとした事情があって両親がいなく、家族は年の離れた姉しかいない。姉である千冬さんに養われている弟の一夏であるが、本人はその事に引け目を感じている。

 

「だからと言って、中学を出てすぐに働くと聞いた時は少しばかり驚いたが」

 

「まあ、その時は千冬姉に無理矢理止められたけど……」

 

「主に腕力で、だろ?」

 

「………思い出してきたら体中痛くなってきた」

 

 聞いた話では千冬さんに腕力を使っての説得をされたから、今はこうして受験生と言う訳である。

 

「千冬さんから必ず大学に行けと言われた筈じゃないのか? その言いつけを破ったらまたゴタゴタが起きると思うが」

 

「弟として、千冬姉を楽をさせたいんだよ」

 

「………相変わらず姉思いなことで」

 

 と言うより一夏はシスコンの領域に入っているんじゃないかと思うくらい、かなりの姉思いだがな。

 

「お? 何だかんだ話してる内に着いたみたいだな」

 

 試験会場に着いた俺と一夏はすぐに入る。俺は緊張していたが、一夏はその逆だ。何しろコイツは一年間猛勉強して模試での判定でAを取ってるから、普通に受ければ普通に受かる程の余裕があるからだ。俺は受かるか受からないかのどっちかだから緊張している。

 

 まあそんなこんなで俺と一夏は典型的な公共事業の産物こと多目的ホールの中を進み、受験する教室を探している。しかし私立が市立の施設を借りると言うのもおかしな話なんだが、まあそこは地域密着型という大人のアレコレがあるんだろう。

 

「えーと……あれ? 和哉、此処はどうやって二階に行くんだ?」

 

「いや、俺もよく分からん」

 

 と言うより、この施設は分かりにくい構造をしてるから全然方向感覚が掴めない。俺と一夏は完全に迷っている。

 

「しかしこの、『常識的に作らない俺カッコイイ』的な感じはなんなんだ?」

 

「此処はもはや非常識極まりない構造としか言いようがない。設計したデザイナーは自意識過剰な変わり者確定だな……。それより階段は何処にあるんだ?」

 

 これは迷路としか言わざるを得ない。と言うかどうして案内図が無いんだ? こう言った所は案内図が無いと確実に迷ってしまう。

 

 一夏は周りを見ながら俺と一緒に階段を探しているが……。

 

「………なぁ一夏、俺達……」

 

「………言うな」

 

 完全に迷子になってしまった。

 

 二人揃ってもう少しで高校生になると言うのに迷子になるとは……ハッキリ言って恥ずかし過ぎる。

 

「はぁっ……仕方ない。これはもう自力で探すのを諦めて誰かに聞くしかないな」

 

「いや、まだだ。次に見つけたドアを開けるぞ、俺は。それで大体正解なんだ」

 

「何の根拠でそんな事を言えるのかが俺には分からんが……って本当に開けるのかよ!」

 

 俺の突っ込みに一夏は無視し、見つけたドアを開けて中に入った。俺も後を追うように中に入る。

 

「あー、君達、受験生だよね。はい、向こうで着替えて。時間押してるから急いでね。ここ、四時までしか借りれないからやりにくいったらないわ。まったく、何考えて……」

 

 部屋に入ってすぐ、神経質そうな三十代後半の女性教師に言われる。忙しいのか、忙しさの余り判断能力が鈍っているのか……恐らく両方だな……。

 

 そう思っていると女性は俺達の顔も見ず、指示だけ出してすぐに出て行ってしまった。

 

「着替え? なあ和哉、今日の受験は着替えまでするのか?」

 

「そんな話は聞いていないな……まさかカンニング対策じゃないだろうな」

 

「ああ、十分あり得る。大変だなぁ、どこの学校も」

 

 一夏がそう言ってカーテンを開けると、奇妙な物体が鎮座していた。

 

「こ…これは……!」

 

 俺は思わず驚きの声をあげた。俺と一夏の目の前には『城に飾ってある鎧』が二体あるからだ。しかも忠誠を誓う騎士のように跪いている。

 

 いや、それは人型に近いカタチをしている鎧と言っていいだろう。俺と一夏はソレを知っている。この鎧は『IS(アイエス)』と呼ばれる物だ。

 

 ISの正式名称は『インフィニット・ストラトス』。宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツ。

 

 だが製作者の意図とは別に宇宙進出は一向に進まなく、とんでもないスペックを持っている機械は兵器へと変わってしまった。戦略兵器と呼ばれるほどに。だがそれは各国の思惑によりスポーツへと落ち着いた飛行パワードスーツとなっている。俺から言わせれば表向きの口上だ。

 

 しかしこの兵器には重大とも言える致命的な欠陥がある。

 

 その理由は……。

 

「これって男は使えないんだよな?」

 

「ああ。俺達から見ればマネキン同然だ」

 

 ISが女にしか反応しないからだ。欠陥兵器もいいところである。

 

 この欠陥兵器のせいで世界がどれだけ急変し、どれだけ混乱したか……そしてどれだけ愚か者共が増えた事か。言い出したらもうキリが無い。

 

「こんなオモチャの為に、よくもまあ必死になるもんだ」

 

「和哉、それ酷くないか?」

 

「現にそうだろ。コレ欲しいが為に色々な手段を駆使してるんだからな……それも子供の喧嘩みたいに」

 

「………お前、ISが嫌いなんだな」

 

 一夏がそう言ってISに触れて……。

 

「別にIS自体が嫌いな訳じゃない。これを笠に着て思い上がるバカ女共が嫌いなだけだ」

 

 俺も触れると……。

 

「「!?」」

 

 突然、キンッと金属質の音が頭に響いた。

 

「な…何だ!? 頭の中に色々な情報が流れ込んでくる……!」

 

「お…俺もだ和哉!」

 

「一夏もだと!?」

 

 さっきからISの基本動作、操縦方法、性能、特性、現在の装備、可能な活動時間、行動範囲、センサー精度、レーダーレベル、アーマー残量、出力限界等の情報が入って来る。

 

 ソレ等の情報は全て熟知したように、修練した技術のように、全てが理解し把握出来る。

 

 そして視覚野に接続されたセンサーが直接意識にパラメータを浮かび上がらせて、周囲の状況が数値で知覚出来た。

 

「おい一夏……これって……」

 

「あ…ああ……」

 

 俺と一夏は顔を見合わせ、ISを自分の手足のように動かした(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「和哉、何で俺達はISを動かせるんだ?」

 

「…………そんなもん俺が聞きたい」

 

 共にISを動かした俺と一夏は何が何だか分からなくなっている。

 

 だがこれだけは言える。女にしか動かせないISが……俺達によって覆してしまった。



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第1話 (第一巻開始)

 俺、神代《かみしろ》和哉《かずや》と織斑一夏は二月にあった高校受験の時に、前代未聞の出来事に遭遇して以降ウンザリする事……いや、迷惑極まりない事が色々あり過ぎた。

 

 そして今現在は四月の上旬で、本日は高校の入学式。教室には初めて顔を合わせるクラスメイトがたくさんおり、全員無言となっている。

 

 普通に考えれば、これは至極当然の事なんだが……。

 

 

ジィ~~~~~~~~~~

 

 

「(……和哉、これは想像以上にきつい)」

 

「(確かに。針の(むしろ)ってこの事を言うんだろうな)」

 

 俺と一夏を除く男子生徒以外のクラスメイトは全員女子だから普通じゃなかった。女子生徒達はそれはもう、穴が開きそうなほどにコッチを見ている。見られているコッチとしては溜まったもんじゃない。

 

 そんな中、先程自己紹介をして黒板の前でにっこりと微笑む女性副担任の山田真耶先生。

 

 身長は少し低めで、此処にいる女子生徒たちと大して変わらない。しかも服のサイズが合っていないのかダボッとしている。それによって本人が更に小さく見える上に、かけている黒縁眼鏡も大きめで若干ずれている。

 

 山田先生の事を悪く言いたくはないんだが、正直言って『子供が無理して大人になりました』ってな感じで強調している不自然。恐らく俺の隣に座ってる一夏もそう思っている筈だ。

 

「では皆さん、一年間よろしくお願いします。分からない事がありましたら遠慮なく聞いてくださいね」

 

「…………………」

 

 山田先生が挨拶をしても、女子生徒達は何の反応も示さない。ただ只管に俺と一夏をジイッと見ている。

 

「で、では次に自己紹介をお願いします。えっと、取りあえず出席番号順で」

 

若干うろたえている山田先生は何とか場の空気を変えようと話しを進める。

 

「(頼む和哉。この場をどうにかしてくれないか?)」

 

「(何故俺に振る?)」

 

「(お前一人だけ堂々としてるからだよ。って言うかさっきお前が針の筵って言ってたのに何にも感じないのか?)」

 

「(そりゃあ一夏と同じく居た堪れない気分だが、何も考えないでいた方が気が楽だぞ)」

 

「(こんな状況でそんなの無理だっての)」

 

 一人ずつ立って自己紹介をしている最中に一夏が小声で助けを求めていたが、俺がアドバイスをしても当てにならないと言った感じで別の方を向いた。失敬だな一夏。人が折角アドバイスをしてやったと言うのに。

 

 ん? 一夏が窓際に座っているポニーテールの女子を見ているな。まるでソイツに助けてくれと言わんばかりに……ひょっとして一夏の知り合いか?

 

 そう思っていた俺だったが、一夏に見られていたポニーテールの女子は窓の外に顔を逸らした。あれ? 俺の思い違い?

 

 と、そんな時……。

 

「……お、織斑一夏くんっ」

 

「おい一夏、呼ばれてるぞ?」

 

「え? ……あ、はいっ!?」

 

 大声を出して呼ぶ山田先生に、一夏は突然の事に声が裏返っていた。お前なぁ、何もそこまで緊張しなくても良いと思うぞ。ほれ、女子達の方からくすくすと笑い声が聞こえるじゃないか。

 

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? え~と――」

 

 ちょっと山田先生。副担任である貴方が何故そんなに低姿勢でペコペコと頭を下げて謝っているんですか? 謝る箇所は一切無い筈ですけど。

 

 と言うよりこの人は本当に年上で先生なんだろうか。これも言いたくないんだが、山田先生が実は俺達と同い年と聞いたらすぐに受け入れてしまいそうだ。

 

「ほら一夏、さっさと自己紹介しろ。すいません、山田先生。コイツ柄にも無く緊張してて」

 

「和哉、お前なぁ……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

 

「ほ、本当に? や、約束ですよ! ありがとう神代君!」

 

 がばっと顔を上げ、一夏の手を取って熱心に詰め寄り、俺に礼を言って来る山田先生。……あのう、そんな事してると余計に注目を浴びてしまうんですが。一夏も更に居た堪れない気分になってるし。

 

 俺がそう思っていると一夏は立ち上がって後ろを振り向くと、さっきまで背中から受けていた視線が正面に向けられて気負けした。

 

「もう少し根性を見せてくれよ、一夏」

 

「う、うるさいな。……えっと、初めまして、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 一夏は儀礼的に頭を下げて、そして上げる………え? それだけ? それだけで他の女子達が納得すると思うか? 周りの女子達が『もっと色々喋って』とか『終わりじゃないよね?』みたいに期待の眼差しを送っているぞ?

 

「…………………」

 

 一夏は無言だった。おいおい、本当にそれだけなのかよ。

 

 お? 深呼吸をしたって事はまた何か言う気だな。良かった良かった。

 

 と、安堵していた俺だったが……。

 

「俺からは以上です」

 

 

 ゴンッ!

 

 

 がたたっ!

 

 

 見事に打ち砕かれてしまったので俺は頭に机をぶつけ、思わない展開に椅子からずっこける女子数名。

 

 お前は女の恋心を壊すだけじゃなく、この空気も壊すのかよ!?

 

「え、え~っと……」

 

 ほれ見ろ一夏。山田先生が完全に涙声じゃないか。本当にどうしてくれるんだよ。

 

 

パアンッ!

 

 

「うぐっ!」

 

「ん?」

 

 突然、小気味良い音と同時に一夏が痛そうな声を発した事に俺はすぐに振り向く。

 

 誰だよ、一夏を殴った奴は? いくら何でもそれは酷いから少しばかり抗議を…………前言撤回。相手が悪すぎるからとても出来なかった。

 

 一夏を殴った張本人は黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身、よく鍛えられているボディライン。組んだ腕。極め付けは狼を思わせる鋭い吊り目。

 

 そして一夏も何か気付いたかのように恐る恐る振り向くと……。

 

「げえっ、りょ、呂布だぁ!」

 

「いや違うだろ!」

 

 

パアンッ!

 

 

 俺の突っ込みと同時に、呂布と呼ばれた女性はまた一夏の頭を叩いた。相変わらず凄い音だな。一夏もさぞかし痛いだろう。

 

「誰が三国志最強の武将か、馬鹿者」

 

 その女性は一夏を叩いた後に突っ込みを入れる。と言うか一夏の姉である織斑千冬さん。本人は聞いてないですよ?

 

 いくら自分の大事な大事な愛しい弟に愛の鞭を打つ為だからと言って……。

 

「神代、失礼な事を考えてる貴様は私に喧嘩を売ってるのか?」

 

「滅相もありません」

 

 俺の考えを呼んだ千冬さんはコッチを睨んで一夏の頭を殴った出席簿を振り下ろそうとする姿勢を取っていたが、俺は何も考えていないように言い返す。

 

 まあそれは別として、千冬さんが此処にいると言う事は、一夏の呆気に取られた顔を見る限り知らなかったみたいだな。それは俺にも言える事だが。

 

 確か一夏から聞いた話しでは職業不詳で月一、二回ほどしか家に帰って来ないと言ってたな。俺が一夏の家に遊びに行ってた時に偶然会って、挨拶をしたから既に顔見知りになっているが。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「すまなかったな、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてしまって」

 

 おやおや、さっきまで一夏と俺には低い声を発していたのに、山田先生相手には随分と優しい声だな。どうせ一夏は『呂奉先は何処へ言った?』って思ってるだろう。

 

「い、いえ、副担任ですから、これくらいはしないといけませんから……」

 

 山田先生は先程の涙声は何処かへと無くなり、若干熱っぽいくらいの声と視線で千冬さんへと応えている。

 

 この人ってもしかして千冬さんのファンなのか?

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる為のIS操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛えぬくことだ。逆らっても構わんが、私の言うことは絶対に聞け。いいな?」

 

 何と言う無茶苦茶な暴力発言。教師と言うより軍人と言った方が正しいと思うくらいの発言だ。

 

 普通はあんな発言をされて不快に思う生徒がいると思われるが……。

 

「キャ~~~~~! 素敵ぃ! 本物の千冬様をこの目で見られるなんて!」

 

「お目にかかれて光栄です!」

 

「私、お姉様に憧れてこの学園に北九州から来ました!!」

 

 クラスメイトの女子の殆どが黄色い声援を響かせた。

 

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しくも本望です!」

 

「私、お姉さまの命令なら何でも聞きます!」

 

 あまりの女子達の声援に、千冬さんは本当に鬱陶しそうな顔で見ている。

 

「……はぁっ。毎年毎年、よくもこれだけ馬鹿者共がたくさん集まるものだ。ある意味感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者だけを集中させるように仕組んでいるのか?」

 

 ポーズを取っている千冬さんだが、あれは本心でそう思っているんだろう。相変わらず凄い人気者なんだなぁ、千冬さんは。

 

「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 鞭で叩きながら罵って!」

 

「でも時には優しい笑顔を見せて!」

 

「そして絶対につけあがらないようにキツイ躾をして私たちを跪かせて!」

 

 正直、俺もこの女子達にウンザリしていた。さっきから物凄く五月蝿いから。と言うかコイツ等はマゾなのか?

 

「で? 神代の後押しを無駄にしながらも、挨拶も満足に出来んのか、お前は」

 

 わお。さっきまでとは打って変わって一夏に辛辣な言葉を吐くとは。本当は一夏に容赦ないな、この人。

 

「織斑先生。こんな状況なんですし、流石にそれは酷かと……」

 

「和哉の言うとおりだって、千冬姉。俺は――」

 

 

パアンッ!

 

 

 一夏は千冬さんに本日三度目殴られた。一夏、いくら姉弟だからと言って流石に公共の場で名前で呼ぶのはちょっと不味いぞ。

 

「そこの神代と同じく織斑先生と呼べ、馬鹿者」

 

「……はい、織斑先生」

 

 やれやれ。一夏も一夏だが、千冬さんも千冬さんだな。このやり取りによって二人が姉弟だってバレてしまったし。

 

「え……? ひょっとして織斑くんって、あの千冬様の弟なの……?」

 

「それじゃあ、世界で男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係してるのかな? あ、でも、もう一人いるんだった」

 

「ああっ、いいなぁっ。立場を代わってほしいなぁっ。そうしたら私がお姉様の妹に……」

 

「織斑くんの隣にいる神代君って、もしかして親戚かな?」

 

「だとしたら、それもそれで羨ましいなぁっ」

 

 はい、無視無視。言っておくが俺は織斑姉弟の親戚でも何でもないぞ。

 

 俺と一夏は今、世界で『IS』を使える男二人であるため、公立IS学園にいる。

 

 IS学園。それは――詳しくは原作かwikiを参照し……って、俺は何とんでもないメタ発言をしてるんだ? 端的に言うと、IS操縦者を育てる教育機関で、学園の事や資金については全て日本が行い、各国の共有財産でもあり情報を公開する義務を持つ学校だ。

 

 流石にこんな説明じゃ分かり辛いと思うので、話し言葉で要約すると、『貴方たち日本人が作ったISにより、世界は混乱していますから責任を持って人材管理と育成のために学園を作って下さい。技術も此方に渡すように。それと運営資金の方は日本で賄って下さいね』と丁寧に言ってるが、某A国が甘い汁を吸う為と責任逃れする口実だった。向こうの身勝手極まりない要求に憤慨したいが、それに屈してアッサリと承諾する日本もどうかと思う。ま、どうせA国は日本と結んでいる色々な条約等を盾に取って脅したんだろう。そうでなけりゃ今頃日本は断固拒否の姿勢を取っているからな。

 

 で、そのIS学園に俺と一夏がいる事になった理由は、IS学園の試験会場でテスト用ISを動かしたからだ。

 

 何故そこに行ったかと言う理由は………一夏が|藍越(あいえつ)学園と|IS(アイエス)学園を間違えてしまったためである。『同じ高校を受けるんだから一緒に行こうぜ』、と一夏に言われたがままに付いて行ってしまった俺もあんまり人の事は言えない。

 

「ところで神代。お前はもう自己紹介はすませたのか?」

 

「いえ、まだですが」

 

「そうか。ならさっさと終わらせろ」

 

 命令口調で言って来る千冬さん。文句を言いたいところだが、この人相手にすると色々と面倒な事になるから従って席を立つ。

 

「えっと、神代和哉です。そこにいる一夏と同じ境遇で偶然ISを動かせる事になり、このIS学園へ入学する事になりました。特技……と言うほどではありませんが武道をやっており、趣味は読書です。これから一年間よろしくお願いします。もうついでに言っておくと、俺は一夏と織斑先生の親戚ではありませんので悪しからず」

 

「………………………」

 

 俺の自己紹介にさっきまで千冬さんに声援を送っていた女子達が静かになった。俺そんなにおかしな事でも言ったか?

 

「和哉、何でお前はスラスラと答える事が出来るんだよ……俺とは大違いじゃないか」

 

「一応どう言うかは考えていたからな」

 

「自己紹介が終わったなら、さっさと席につけ」

 

 千冬さんが座るように命じてきたので、俺はすぐ席に座ると一夏も押し黙った。

 

「さあ、|SHR(ショートホームルーム)はもう終わりだ。あまり時間が無いので、諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらうぞ。その後実習だが、基本動作は半月で身体に染みこませてもらうぞ。いいか、いいなら返事をしろ。文句があっても返事をしろ、私の言葉には絶対に返事をしろ。いいな?」

 

 鬼教官と呼ぶに相応しい台詞を放つ千冬さん。

 

 この織斑千冬と言う人は、第一世代IS操縦者の元日本代表だ。しかも公式試合の戦歴は無敗。そして世界最強であり、『ブリュンヒルデ』の称号を持っている。本人はその称号で呼ばれるのを嫌っているが。

 

 まあとにかく、そんな凄い肩書きがある人だから、凛として言い放ち鬼教官みたいな台詞を堂々と言えるのだ。

 

 そう言えば千冬さんって何故か突然引退したんだよな。それは一夏も知らないみたいで、どこで何をしているのかが全く分からないと言ってたし。

 

 俺がそう考えていると一夏は千冬さんを心配して損したみたいな顔で見ていたが……。

 

「織斑。さっさと席につけ、馬鹿者が」

 

 千冬さんは弟である一夏を馬鹿呼ばわりして命じていた。

 

 あ、一夏が若干不貞腐れてるし。千冬さん、少しは弟を優しく接してあげなよ。



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第2話

「あー……和哉、俺もうギブ……」

 

「おいおい。ギブアップするのはまだ早いだろうが」

 

「……周りを見てそんな事言えるか?」

 

「………まぁ確かに」

 

 一時間目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間入って早々に一夏が俺に話しかけてくる。同じ男である俺に話しかけないと、この教室内の異様な雰囲気に耐える事が出来ないからだ。

 

 因みに言っておくが、このIS学園ではIS関連教育をする為、入学式当日から普通に授業がある。一般の学校の入学式以降は本来案内をするんだが、この学園は地図を見ろの一言で終わっている。

 

「けど本当にどうにかならないのかこれは……」

 

「俺が一夏と同じクラスなだけ、まだマシだろ。もし別々だったらやっていけるか?」

 

「無理、絶対無理。そうなったとしても真っ先に和哉がいるクラスに行くから」

 

「……お前は俺を精神安定剤か何かと勘違いしてないか?」

 

 気持ちは分からなくもないが、そこまで俺を頼りにされても正直困る。俺だってそれなりに一夏と同じ気持ちなんだから。

 

 とは言え、俺と一夏以外は全員女子だけだから仕方ないよな。それはクラスだけでなく、学園全体でだ。

 

 もうついでに『世界でISを使える男性二名』と言うのは世界的にもニュースになったらしく、当然学園関係者から在校生の全員俺達の事を知っている。

 

 そう言えば俺の武道の師匠である竜爺が言ってたな。時間があったら、この学園にいる男性用務員の轡木(くつわぎ)十蔵(じゅうぞう)さんに会っておくようにって言われたな。放課後に時間があったら会いに行くか。

 

「にしても廊下には他のクラスの女子がいるな。二、三年の先輩もいるみたいだし」

 

「……俺、本当にお前がいてくれて良かったって心底思う」

 

 俺達はもう珍獣同然の扱いだな。廊下にいる女子達はともかくとして、このクラスにいる女子達が俺達に話しかけようとする気配が無い。

 

 『あなた話しかけなさいよ』とか『ちょっとまさか抜け駆けする気ないでしょうね』とヒソヒソと話しているのが聞こえるから、容易に話しかけないんだろう。コッチとしては向こうがさっさと話しかけて、このギスギスした雰囲気を何とかして欲しい。

 

 ま、向こうがそうしてるなら俺はISの参考書でも読んで気を紛らすか。

 

「お前、こんな状況でよく本なんて読めるな」

 

「読んでるだけで気が紛れるぞ。なんだったら一夏も俺と同じくISの参考書でも読んでたらどうだ? いつまでもそんな状態でいると、この先やってられないぞ?」

 

「………ソレが出来たら苦労はしないっての」

 

 一夏は机に突っ伏してしまう。やれやれ、一夏にはもう少し度胸が必要だな。

 

 まぁこのIS学園は百パーセント女子高だから、一夏だけでなく、この学園の女子の殆どが男子に免疫が無いから非常に珍しいんだろう。

 

 ISの参考書を見ていて前から知ってる通り、ISが発表されてから今年で十年になるが、世界は急変……いや激変したと言ってもいい。

 

 以前まであった戦車や戦闘機はISの前ではただの鉄くずに等しく、ソレ故に世界の軍事バランスは一気に崩壊。しかも開発したのが日本人だったので、日本は独占的にIS技術を保有している事になっていた。言うまでも無く、日本に危機感を募らせた諸外国はIS運用協定――通称『アラスカ条約』によってISの情報開示と共有、研究の為の超国家機関設立、軍事利用の禁止等が決められた。危険だから条約を結ぶと御託を並べたところで、俺から言わせれば、所詮ISと言う名の兵器を入手する為の口実にしか見えない。

 

 もし日本が内緒でIS開発をしてたら、当然諸国が声高に抗議してくるだろう。不正だの条約違反だと言って、開発しているISの情報を開示と技術の提供を、と。そんな事になったら俺の師匠はこう言うだろう。『言ってる事が我侭な童(わっぱ)と同レベルじゃのう』と言う呆れた感じで。って、話しが少し脱線してしまったから話しを戻そう。

 

 ISがある事により、今度はIS操縦者がどれだけ揃っているかと言う点が、即その国の軍事力へと繋がる。正しくは有事の際の防衛力と言った方が正しいが。そして操縦者は当然女……となって、どの国も率先して女性優遇制度を施工した。

 

 その制度により『女=偉い』と言うふざけた構図があっと言う間に浸透し、この十年で女尊男卑社会に至ったと言うわけだ。ISに乗っている操縦者はともかくとして、乗ってもいない女が偉そうに男を奴隷の如く当然のように扱うのが物凄く気に入らない。

 

 以前俺が休日に買い物をしてた時、見知らぬ女がいきなり『このバッグを自分の代わりに払え』等とふざけた事をほざいた。当然俺はそんなの自分で買えと言い返したが、女は偉そうな態度で『自分の立場が分かってないようね?』と言ってバッグを買わないと俺を警察に突き出すと脅しをかけてきた。女性優遇制度がある故、警察は女の戯言に従わざるを得ないから俺を連行する流れになる事を女は分かっている。本来ならそこで根負けして従うしかないが俺は違う。思い上がったバカ女には師匠直伝の『睨み殺し』を使って黙らせてやった。それを物の見事に受けたバカ女は、恐怖に怯えて失禁し、周囲の人から恥を晒す事態になった。あの時は本当に面白かったなぁ。強気に出てたバカ女が一気に怯えて逃げていく無様な姿が。

 

「何笑ってんだ、和哉?」

 

「ん? ……ああ、ちょっと休日にあった面白い出来事を思い出してな」

 

 俺が思い出し笑いをしてると一夏が不可解な顔をして訊いてきた。そう言えば一夏もあの場にいたから知ってる筈だ。

 

「休日って……もしかしてアレのことか?」

 

「ああ、アレだ。中々愉快だったろ? 無様に逃げていくのを」

 

「………俺は生きた心地がしなかったぞ。正直アレは和哉のやり過ぎだと思うが」

 

「ふんっ。人を脅しておいてタダで済ませるほど、俺は優しくない」

 

「頼むから此処でそんな事しないでくれよ?」

 

「それは向こう次第だな」

 

 一夏は俺と話して少しばかりだがリラックス出来ているようだ。俺と話でもして気を紛らわそうとしているんだろう。

 

 そうして話している内に……。

 

「……ちょっといいか」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 突然、ポニーテールの女子が俺達に話しかけてきた。いや、俺達と言うより一夏の方を見ているな。もうついでに周りにいる女子達がざわめいてる。この様子を見る限り、この女子は一人思い切って行動に出たようだな。

 

「……箒?」

 

「………………」

 

 やっぱり一夏の知り合いみたいだな。確かこの女子は自己紹介で篠ノ之(しののの)箒(ほうき)と言ってたな。失礼だが随分変わった苗字と名前だ。

 

「えっと、篠ノ之さんだったな。用があるのは一夏だけか?」

 

「そうだ」

 

「だってさ一夏」

 

「あ、ああ……。で、何の用だ?」

 

「………………」

 

 何だこの篠ノ之って人は。一夏を見た途端に睨んでいる気がするんだが。

 

「廊下でいいか?」

 

 場所を変えて話でもする気か。確かにこんな教室で話せる状況じゃないからな。

 

「早くしろ」

 

「お、おう……あ」

 

 スタスタと廊下に行ってしまう篠ノ之。一夏も後に続こうとしたが俺の方を見てくる。

 

「どうした?」

 

「いや、和哉を置いて行くのはちょっと気が引けて……」

 

「俺に構わず気にするな。向こうは待ってくれなさそうだぞ?」

 

「え? あ……」

 

 引け目を感じている一夏に、既に廊下に行ってた篠ノ之が此方を睨む……と言うより一夏を睨んでいた。

 

「ほら行ってこい。お前の知り合いはどうも気が短そうだからな」

 

 俺がそう言うと一夏はすぐに篠ノ之に付いて行き廊下に行った。

 

 さて、此処には男子が俺一人だけになってしまったが、女子の事は無視してまたISの参考書でも読んでるか。

 

 俺がISの参考書を開こうとしたその時……。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「ん?」

 

 今度は別の女子が俺に声を掛けてきた。

 

 声をかけられた俺が振り向くと、相手は地毛の金髪が鮮やかな女子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、やや吊り上がった状態で俺を見ている。

 

「確かアンタはセシリア・オルコットだったな。俺に何か用か?」

 

「まあ! なんですの、その返事は。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度と言う物があるんではないかしら?」

 

「………………………」

 

 どうやらコイツは俺の嫌いな部類に入る女みたいだ。

 

 さっき休日の事を言ったが、今の世の中、ISのせいで女性はかなり優遇されている。いや、優遇どころか、もはや行き過ぎて『女=偉い』のふざけた構図になっている。そうなると男の立場は完全に奴隷、労働力だ。俺が休日にて街中ですれ違っただけのバカ女がパシリをやらされる男の姿は珍しくない。

 

 この女はいかにもと言った感じで、腰に当てた手が様になっているあたり、実際いい所の身分だろうな。

 

 因みにIS学園では無条件で多国籍の生徒を受け入れなくてはいけないと言う義務があるため、外国人の女子は珍しくない。寧ろ、クラスの女子の半分がかろうじて日本人だ。

 

「なんですの? 今度は無言になって。言いたい事があるなら言ったらどうですか? 全く、これだから男は……」

 

 もうついでに言っておくと、ISを使える。それが国家の軍事力になる。だからIS操縦者は偉い。そしてIS操縦者は原則女しかいない……等とふざけた考えを持っている女もいるから、目の前にいる女も当然その一人に入る。

 

「じゃあ言わせて貰おう。イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットが何故俺に話しかけるんだ?」

 

「あら、どうやらわたくしの事は知っているみたいですわね。及第点として、先程の無礼な態度は許してさし上げますわ」

 

 本当に偉そうな女だな。『睨み殺し』を使おうか? いや、そんな事したらコイツの面目が丸潰れになるから止しておこう。下手に恥を掻かせて国際問題にまで発展したら面倒だし。

 

「あっそ。で、そっちはいつになったら俺の質問に答えてくれるんだ?」

 

「ふふん。本当でしたら、さきほど廊下に行った織斑一夏にも用があったんですが……」

 

 お前は一々前置きが無いと本題に入る事が出来ないのか? って突っ込みたい。

 

「先ずは貴方から用を済ませましょう。わたくしは優秀ですから……」

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

 向こうが言ってる最中、チャイムが鳴った。

 

「で? アンタが優秀だから、何だ?」

 

「……………次の休み時間の時に言います」

 

 出鼻を挫かれたオルコットは渋々と自分の席に戻る。アイツは一体何がしたかったんだ?

 

「席につけ! 授業を始めるぞ!」

 

 と、俺が考えていた矢先に我等が担任である千冬さんと副担任の山田先生が教室に入って来た。チャイムが鳴って間も無いと言うのに速いな。

 

 そして一夏と篠ノ之が教室に戻ってくると……。

 

 

パアンッ!

 

 

「とっとと席に着け、織斑」

 

「……ご指導ありがとうございます、織斑先生」

 

一夏にだけ出席簿で頭を殴っていた。千冬さん、貴方は篠ノ之にもやらないんですか? アイツも遅れているのに。

 

 

 

 

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

 スラスラと教科書を読んでいく山田先生。内容がどっさりと積まれた教科書五冊あるが、それでも何とか付いて行ってる。前もって予習してなかったら、全然分からなかったな。

 

 しかし隣にいる一夏が気になる。教科書を見ているが全然分からない顔になってて戸惑っている様子だ。アイツまさか事前学習してないんじゃ……充分あり得るな。そうでなけりゃ、あそこまで戸惑っていない筈だ。

 

 って、今度は俺を見てきたな。

 

「(どうかしたか?)」

 

 さっき気付いたと言った感じで一夏に小声で訊く。

 

「(和哉、これ分かるか?)」

 

「(まぁそれなりには……けど大半は……)」

 

「(だよなぁ……)」

 

「(とにかくノートだけでも書いとけ。黒板に書かれてる内容は教科書の内容を要約してるみたいなもんだ)」

 

「(お…おう、そうする)」

 

 そして一夏は黒板に書いてある内容を必死にノートに書き始めた。

 

 と、そんな時……。

 

「織斑くん、神代君、何かわからないところがありますか?」

 

 俺と一夏のやりとりに気付いた山田先生が訊いてきた。

 

「あ、えっと……」

 

 いきなりの事に一夏は開いている教科書に視線を落とす。おい、教科書を見ても解決しないぞ?

 

「わからないところがあったら訊いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

 一夏の様子を見た山田先生がえっへんとでも言いたそうに胸を張った。何故か先生の部分がやたらと強調している気がするのは俺の気のせいか?

 

 そんな山田先生に一夏は……。

 

「先生!」

 

「はい、織斑くん」

 

 何か決意したかのように立ち上がり、やる気に満ちた返事をした。山田先生もそれに乗ってるな。

 

「ほとんど全部わかりません」

 

 ………おい一夏。お前はソレを言いたいが為に決意したのかよ。まぁ分からない事は分からないから、ここは恥を忍んで正直に言った方が良いと思って決意したんだろう。

 

「え……。ぜ、全部、ですか……?」

 

 一夏の予想外な答えに山田先生は顔を引き攣らせる。さっきまでの頼れる態度が一気に無くなったな。ちょっと期待してたのに。

 

「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 

 挙手を促す山田先生だが、誰一人手を挙げなかった。当然俺もな。

 

「っておい和哉! お前分からないんじゃなかったか!?」

 

「いや、今の段階でも充分に付いて行けるんだが……」

 

「よ、良かった。神代君は分かっているみたいですね……」

 

 俺の返答に安堵する山田先生。もし俺が一夏と同じ事を言ったら、完全に涙目になるだろうな。

 

「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 

 突然教室の端で控えていた千冬さんが一夏に訊いてくる。そう言えば一夏の奴、俺が休み時間に読んでた参考書を持って来ていなかったな。

 

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 

パアンッ!

 

 

 素直に答える一夏に本日四度目の千冬さんによる制裁が下された。ってか一夏。何考えてるんだお前は? あの参考書は必読だろうが。

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」

 

 俺の内心突っ込みと同じ事を言う千冬さん。我が弟ながら情け無い、とでも思ってるかな?

 

「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

 

「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」

 

「やれと言っている」

 

「……はい。やります」

 

 千冬さんのギロッとした睨みに一夏は従うしかなかった。流石は世界最強のブリュンヒルデ。有無を言わせない迫力だ。もはや地獄から来た鬼教師と呼ぶに相応しい。

 

「神代、また何か失礼な事を考えていないか?」

 

「いえ、何も」

 

 あ、危ねぇ~。普通に言い返さなかったら俺も一夏と同じ運命を辿るところだった……!

 

「………まあ良い。だが三度目は無いぞ?」

 

「何のですか? それより参考書を再発行するまで、俺が一夏にコレを貸しておきましょうか? もう一通り読みましたから」

 

「そうだな。織斑、ちゃんと読んでおけよ」

 

「は…はい。助かったよ和哉。やっぱりお前は頼りになるなぁ~」

 

「…………………」

 

 俺が参考書を渡し、一夏は安堵する顔になると、何故か千冬さんが俺を睨んできた。あの、どうしてそんな恐い顔をして睨むんですか? あのう、俺はあなたに何かしましたか?

 

 そう考えていると千冬さんは一夏の方を見ている。

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても答えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

 ご尤もな正論ですね。

 

 しかし俺と一夏は、希望してまでここに来た訳じゃない。

 

 あれは受験が終わった後だったな。俺が家で修行してる時に突然黒服の男達がやってきて、『君を保護する』とか言って、IS学園入学書を置いていった。突然の出来事に戸惑ったが、よくよく考えて『女の園に俺と一夏を放り込む事が保護なのか?』って奴等に突っ込みたかった。その後は師匠の家に行って散々愚痴っていたが。師匠も師匠で呆れ顔になってたし。

 

「……貴様等、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

 貴様等? って事は一夏も俺と同じ事を考えていたみたいだな。

 

「望む望まざるにもかかわらず、人は集団の中で生きてなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

 辛辣な台詞をどうもありがとうございます。要するに現実と直面しろと言いたいんだろう。確かこの人は現実主義だと一夏が言ってたな。当然俺もそれは分かる。

 

 だがここまで言われると、流石にムカッとしたので少しばかり反撃させてもらおう。

 

「では織斑先生は、この先何が遭っても現実と直面しろと?」

 

「そうだ」

 

「ふむ……例え話になるんですが、もし貴方が全く知らずに上層部が一夏を戦場の捨て駒と決定されて、『これが現実だから受け入れろ』と言われたらどうしますか?」

 

「!」

 

「おい和哉、何で俺を引き合いに出すんだよ? ってか俺を捨て駒って……」

 

 俺のもしもの問いに千冬さんは目を見開き、一夏は顔を顰めていた。

 

「で、素直に受け入れますか?」

 

「……………そんな事を訊く暇があるなら、早くISについて覚えることだ。山田先生、続きを」

 

「あ、はい……」

 

 千冬さんは俺の問いには答えず、山田先生に授業を再開するように言って教室の端に戻った。

 

 流石の千冬さんも俺の問いに答えることは出来なかったみたいだな。もしあの場で千冬さんがYesと答えてしまったら、自分の肉親である一夏を平然と切り捨てる冷酷な女になる。かと言ってNoと答えると、さっき自分で当然のように言った事が矛盾してしまう。つまり千冬さんは始めから俺の問いに答える事は出来ない。増してやYesは特に絶対と言っていいくらい答えないだろう。何しろ自分の命より大切である弟の一夏を切り捨てるなんて尚更あり得ないからな。我ながら随分と意地悪な質問をしたもんだ。

 

「え、えっと、織斑くん。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって? ね? ね?」

 

 俺が千冬さんの心情を察していると、山田先生は一夏に詰め寄っていた。山田先生って一夏より身長が低いから、必然的に上目遣いになっていた。

 

「はい。それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」

 

 一夏がそう言うと……。

 

「ほ、放課後……放課後にふたりきりの教師と生徒……。あっ! だ、ダメですよ。織斑くん。先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで」

 

 山田先生はいきなり頬を赤らめて妄想染みた事を言い始めた。この人大丈夫か?

 

 そして山田先生の行動により、女子達が一斉に一夏を見ている。勝手に妄想してる山田先生の勘違いなのに気の毒だな。

 

「で、でも、織斑先生の弟さんだったら……それに私は神代君でも……」

 

「あー、んんっ! 山田先生、授業の続きを」

 

「は、はいっ!」

 

 全然妄想から帰って来ない山田先生を、千冬さんの咳払いで呼び戻す。

 

 そして山田先生は慌てながら教壇に戻って……足を引っ掛けてこけた。

 

「うー、いたたた……」

 

「(……なあ和哉、大丈夫か? この先生……)」

 

「(……俺に聞くな)」

 

 こける山田先生に俺と一夏は果てしなく前途多難な気がするのであった。



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第3話

「ちょっと、よろしくて?」

 

「またアンタか……」

 

「へ?」

 

 一時間目の休み時間に聞いた台詞がまた来た。相手は当然、俺に話しかけてきたイギリス代表候補生のセシリア・オルコット。

 

 一夏はあの時に篠ノ之と一緒に廊下に行って知らないから、素っ頓狂な声を出している。いきなり知りもしない相手に話しかけられたら、当然そう言う反応をするだろう。

 

「ちょっとそこのあなた、訊いてます? お返事は?」

 

「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」

 

 オルコットの問いに一夏は俺と同じような返答をした途端、かなりわざとらしく声をあげた。

 

「まあ! なんですの、その返事は。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度と言う物があるんではないかしら?」

 

「………………」

 

 俺に言ってた台詞をそのまま言うオルコットに、一夏は顔を顰めた。俺ほどじゃないが、一夏も俺と同じくオルコットみたいな女は苦手だ。(注:理由は第2話を参照して下さい)

 

「悪いな。俺、君が誰か知らないし。和哉、知ってるか?」

 

「お前は自己紹介の時に聞いてなかったのか?」

 

「いや、あの時は千冬姉がいたから、正直覚えてなくて……」

 

 確かに肉親である千冬さんが担任だと知って、一夏はショッキングな顔をしていたな。そんな一夏にオルコットは、男を見下した口調で続ける。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!? そちらの方は知っていると言うのに!」

 

 本当にこの女は自分の事を知らないと本題に入る事が出来ない奴だな。前置きはさっさと用件を言えっての。

 

「あ、質問いいか?」

 

「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 

 だったらあの時、俺の質問をさっさと答えろよとオルコットに内心突っ込んでいると……。

 

「代表候補生って、何?」

 

 

ゴンッ!

 

 

がたたっ!

 

 

 一夏の発言に俺は額を机にぶつけ、聞き耳を立てていたクラスの女子数名がずっこけた。

 

「あれ? どうしたんだ和哉」 

 

「い…一夏……お前なぁ……」

 

 俺は机にぶつけた額を手に置きながら一夏に突っ込みを入れようとするが……。

 

「あ、あ、あ……」

 

「『あ』?」

 

「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」

 

 代わりにオルコットが突っ込みを入れてしまった。

 

「おう。知らん」

 

「………はあっ」

 

 素直に言う一夏に俺は溜息を吐く。本当に知らないんだなコイツは。

 

「…………………」

 

 オルコットは怒りが一周して逆に冷静になったのか、頭が痛そうにこめかみを人差し指で押さえながらブツブツと言い出した。

 

「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら……」

 

 おいコラ。俺は知ってると言うのに何故そこで日本を馬鹿にする? 貴様は喧嘩売ってるのか? だったら買うぞコラ。

 

「なあ和哉、代表候補生って?」

 

「………国家代表IS操縦者の候補生だ。単語から想像しただけで分かるだろう」

 

「そういわれればそうだ」

 

 本当に今分かったみたいな顔だな。この程度は一般常識の一つに入っているんだが。

 

「そう! その候補生として選出されたエリートなのですわ!」

 

 一夏が代表候補生の意味が分かったオルコットはエリートだと自慢げに言う。前置きが長すぎていい加減にウンザリしてたから内容を補足してやる。

 

「とは言え、エリートと言っても国家代表の卵に過ぎないがな。元日本代表の織斑先生から見れば、まだまだ半人前以下に過ぎないと言いそうだが」

 

「っ………! 言ってくれますわね……!」

 

「じゃあアンタは織斑先生の前でエリートだと自慢げに語る事が出来るか? 出来るんだったらやって欲しいが」

 

「………………………」

 

 流石のオルコットでも織斑先生の前では強く言えないみたく、言い返すことが出来ないようだな。自慢する前に、先ずは実力が上の相手に勝ってから言って欲しい。

 

「ん、んんっ! とにかく! 本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

 

 オルコットは俺から視線を外して一夏に切り替えた。言い返せなくなったら相手を変えるか……エリートはやる事が違うねぇ。勿論皮肉だ。

 

「そうか。それはラッキーだ」

 

「……馬鹿にしていますの?」

 

「アンタさっき自分で幸運だと言っただろうが」

 

 俺の突っ込みにオルコットは無視している。コイツ本当に良い根性してるな。

 

「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね。まあそこにいる人は多少あなたよりマシですが」

 

「俺に何かを期待されても困るんだが」

 

「かと言ってアンタに期待されても嬉しくない」

 

「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ」 

 

 人の話しを全く聞いてないオルコットは偉そうなことをほざいてくる。

 

「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 どうやらコイツは一時間目の休み時間にコレが言いたかったんだな。おまけに唯一、を物凄く強調してるし。もしあの時にチャイムが鳴らず最後まで聞いてたら、俺がテスト代わりに『睨み殺し』をやってただろうな。どれくらいの威勢があるのかを……って、ん?

 

「入試って……和哉、もしかしてあれか? ISを動かして戦うってやつ?」

 

「恐らくそうだろう」

 

「それ以外に入試などありませんわ」

 

 俺とオルコットの返答に一夏は思い出した顔になる。

 

「あれ? 俺も倒したぞ、教官。和哉は?」

 

「一応倒した。と言っても、俺のワンサイドゲームだったがな」

 

「は…………?」

 

 オルコットは素っ頓狂な声を出して信じられない顔をしていた。聞き耳を立てている女子達も驚いた顔をしているし。

 

「ワンサイドゲームって……お前一体何したんだ?」

 

「向こうが本気で来いって言って来たから、俺は言われたとおり全力を出した。初っ端から殺気全開の『睨み殺し』をやって、相手が動けなくなった隙を狙った瞬間、そこから先は俺の一方的なタコ殴り。その時使ってたISは打鉄(うちがね)……だったな。武器は刀だったが、性に合わなかったんで拳のみで教官を倒した」

 

「………道理でそうなる訳だ。お前の『睨み殺し』って一種の金縛りの術みたいな物だからな」

 

「俺はまだ相手の動きを止める事しか出来ないが、もし師匠だったら肺機能も麻痺させる事が出来るぞ」

 

「………お前だけでも充分規格外だってのに、その師匠はお前以上の化け物かよ」

 

 失礼な奴だな。俺はまだ師匠の領域に入ってないっての。 

 

「で、そう言う一夏はどうやって教官を倒したんだ?」

 

「俺の時は倒したっていうか、いきなり突っ込んできたからサッとかわしたら、向こうが勝手に壁にぶつかってそのまま動けなくなっただけだ」

 

「おいおい、俺と違って向こうが勝手に自滅しただけかよ」

 

 どんだけ間抜けな教官なんだよ、その人は。一度会ってみたいもんだ。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

 

「何だ、アンタ聞いてないのか。てっきりもう耳に入ってるから、俺達に声を掛けたんだと思っていたんだが。アンタって意外と抜けてるんだな」

 

「もしかして女子ではってオチじゃないのか?」

 

 俺と一夏の台詞にオルコットの周りからピシッと嫌な音が聞こえた。例えるなら氷にヒビが走ったような音だ。

 

「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」

 

「いや、知らないけど」

 

「さっきからそう言ってるだろうが」

 

 いつまでも素っ頓狂な顔をしてないで、いい加減に現実を見て欲しいんだが。

 

「あなたたち! あなたたちも教官を倒したっていうの!?」

 

「うん、まあ。たぶん」

 

「たぶん!? たぶんってどういう意味かしら!?」

 

 一夏の返事にオルコットは一夏に詰め寄る。コイツさっき俺と一夏が教官を倒した時の話しを聞いてないのか?

 

「おいおいオルコットさん。少しは落ち着いたらどうだ? アンタ淑女なんだろ?」

 

「こ、これが落ち着いていられ――」

 

 

キーンコーンカーンコーン!

 

 

 オルコットが言ってる最中に三時間目開始のチャイムが鳴った。前回の休み時間と全く同じタイミングだな。

 

「っ………! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 

 もうコッチはいい加減ウンザリしてるから来ないで欲しい。と言いたいところだが、そんな事を言ったら絶対に突っかかってくると思うので、敢えて返事はしなかった。一夏は頷いているが。面倒臭い相手に目を付けられてしまったな。

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 これもまた同じく、チャイムが鳴って間もないのに担任の千冬さんと山田先生が既に教室にいた。

 

 だが今回は一、二時間目とは違って、山田先生ではなく千冬さんが教壇に立っている。この人が教壇に立つのは何か大事な事なんだろうか、山田先生までノートを手に持っていた。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 思い出したように言う千冬さん。言われて見ればまだ決めてなかったな。一夏は相変わらず分からない顔をしているが。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで」

 

 千冬さんの説明にざわざわと教室が色めき立つ。恐らく分かっていない顔をしている一夏に説明を含めて言ったんだろう。あの人ってさり気なく一夏の顔を見てるから、ぶっきらぼうに言いながらも遠回しに教えている。

 

 何だかんだ言って千冬さんは弟の一夏を大切にしてるから、内心この学園について一から教えたいんだと思う。あの人は一夏に容赦なくても、本当はブラコン……はっ!!

 

 

パシッ!

 

 

「い…いきなり何するんですか織斑先生!?」

 

「神代、三度目は無いと言った筈だぞ?」

 

 殺気を感じた俺は振り落とされる出席簿を白刃取りして防御すると、目の前には恐い笑みを浮かべる千冬さんがいた。持っている出席簿は俺の白刃取りから抜けるために力を入れているが、そう簡単に抜けさせない。

 

「す…すげぇ……」

 

 一夏は俺が千冬さんの攻撃を防いだ事に驚いていた。クラスの女子達や山田先生も一夏と同様に驚いている。

 

「しかし驚いたぞ神代。まさか私の攻撃を難なく受け止める事が出来るとはな。大した反射神経じゃないか」

 

「そ…それは光栄です……」

 

 褒めながらも白刃取りから抜けようと、俺の頭を殴ろうとするのはどうしてなのかを聞きたいんですが。

 

「私の攻撃を受け止めたことに免じて、さっきのは撤回してやろう」

 

「な…何の撤回をですか?」

 

「それは貴様自身が良く分かっている筈だ」

 

 やっぱり千冬さん俺の考えを読んでいるな。こりゃもう千冬さんの前で一夏関連について考えないほうが良さそうだ。

 

「あの、よろしければそろそろ出席簿を収めて欲しいんですが。いつまでもこんな状態だと、代表者を決めることが出来ないと思いますが?」

 

「…………ちっ」

 

 この人舌打ちしながら出席簿を収めて教壇に戻ったよ! 俺の頭を殴れなかった事がそんなに悔しいのか!?

 

「さて、神代のせいで話の腰が折れてしまったが、誰が代表者になる?」

 

 おいおい千冬さん、アンタ人のせいにしないでくれよ。自分から攻撃して来たじゃないか。こうなったら!

 

「はいっ! 俺は織斑一夏を推薦します!」

 

「ちょっと待て和哉! 何で俺を推薦するんだよ!」

 

「喧しい! 大人しくクラス代表になれ!」

 

「何いきなり意味不明な逆切れしてんだ!?」

 

 お前に間接的な原因があるからだよ! そのせいで俺は千冬さんに要らんとばっちりを受けたんだからな!

 

「はいっ。私も織斑くんを推薦します!」

 

「っておい!」

 

 ナイスだクラスの女子! これで一夏は晴れてクラス代表になって俺は楽を……。

 

「じゃあ俺は神代和哉を推薦する!」

 

「待て一夏! 貴様仕返しのつもりか!?」

 

「和哉だけ楽するなんてそうはいかないぞ!」

 

 くそっ! 俺の考えを見抜いていたか!

 

「私も神代くんが良いと思います!」

 

「よっしゃ!」

 

「何がよっしゃだこの野郎!」

 

 クラスの女子の一人が俺を推薦した事に一夏がガッツポーズをした。

 

「では候補者は織斑一夏と神代和哉……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 って千冬さん勝手に決めてるし! 一夏はともかく、頭を殴る事が出来なかった俺に対する仕返しだな!

 

「お、俺!?」

 

「ちょ…ちょっと待って下さい織斑先生!」

 

 一夏と俺はつい立ち上がってしまった。それによって視線の一斉射撃がコッチに来る。言うまでも無く、これは『彼等ならきっとなんとかしてくれる』と言う無責任かつ勝手な期待を込めた眼差しだ。その眼差しを俺の『睨み殺し』で一気に無くしてやろうか?

 

「織斑、神代。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないならこの二人の多数決で決めさせてもらうが」

 

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらないから和哉に――」

 

 最後まで反論する一夏だったが……。

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

 ダメだこりゃ。千冬さんが言い切った以上、もう撤回する事は出来ないな。

 

「い、いやでも……」

 

「一夏、もう諦めるしかない。いっそここは……」

 

「ここは?」

 

「多数決の時に俺はお前を推す」

 

「テメェ和哉! だったら俺もお前を――」

 

 俺と一夏が言い争いをしてる時、突然甲高い声が遮った。

 

 

バンッ!

 

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

「「ん?」」

 

 机を叩いて立ち上がったのは、さっきまで俺と一夏に絡んでいたセシリア・オルコットだった。これは嬉しい誤算だな。

 

「(おい一夏、ここはアイツを推薦してクラス代表にさせないか?)」

 

「(それは良いアイデアだな)」

 

 あのおめでたいエリートさんに任せれば俺と一夏は楽が出来るからな。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

「………………………」

 

 オルコットの発言に俺は少しばかりイラッと来てるが、それでも向こうは続ける。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 おいおいオルコットさん。アンタ千冬さんの目の前で日本人を猿呼ばわりするとは良い度胸してるじゃないか。ってか日本を島国と罵っているが、イギリスも同じ島国だろう。

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 ますますエンジンが上がっているオルコットは怒涛の剣幕で言葉を荒げる。代表にはなりたくないが、ここまで言われると頭にくるな。一夏も苛立ってそうな顔をしてるし。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

 

 

ブチッ

 

 

 あ、俺の堪忍袋が切れちゃった。 

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

「それに人を猿扱いしているが、貴様もキーキー五月蝿い猿だろうが。特にイギリスの白猿はプライドが高い上に五月蝿くて敵わん」

 

 一夏と俺は思った事を口にして、今更とんでもない事を言ってしまったと後悔した。

 

「なっ……!?」

 

 やばいなこりゃ。 

 

「(か…和哉、俺たち……)」

 

「(もう遅いから何も言うな)」

 

 恐る恐る後ろを振り向くと、怒髪天と呼ぶに相応しいオルコットが顔を真っ赤にして怒りを示していた。あ~あ、これはもう無理だ。

 

「あっ、あっ、あなたたちは! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

「先に日本を侮辱したのはそっちだろうが」

 

 オルコットの発言に俺は突っ込みを入れるが、当の本人は忘れているかのように聞いていない。

 

「決闘ですわ!」

 

 再びバンッと机を叩いて言って来るオルコット。決闘を申し込むなんて中々面白い事を言うじゃないか。

 

「面白い。なら今すぐ貴様の減らず口が二度と叩けないようにしてやろう」

 

「ちょ…ちょっと待て和哉! お前がそんな事したら……!」

 

 ポキポキと指の骨を鳴らす俺に一夏が止めようとするが……。

 

「あら嫌ですわ。何を勘違いしてますの? わたくしはISでの決闘と言ってるんです。そんな野蛮な事を考えるなんて、これだから男は……」

 

「……………………」

 

 俺の仕草を見てオルコットは侮蔑を込めて言い放ってきた事に、さっきまでの勢いが急に無くなった。

 

 どうやらコイツは生身で戦う気は一切無いみたいだな。コイツも所詮ISが無ければ強気になる事が出来ないバカ女の一人と言う事か。期待して損した。

 

「………はあっ……一夏、お前はコイツと決闘する気か?」

 

「あ、ああ。そのつもりだが」

 

「あら、もう負けを認めるんですの? 早すぎではなくて?」

 

 俺が溜息を吐きながら一夏に任せようとすると、オルコットは降参宣言と勘違いしていた。本当におめでたい奴だな。

 

「好きに捉えてろ。後は任せたぞ、一夏」

 

「お…おい和哉…………まぁ取り敢えず此処が血みどろにならなくて良かったな」

 

「ふんっ。まあ良いですわ」

 

 どうでもいいように座る俺を見たオルコットは興味を無くしたかのように視線を外し、今度は一夏に狙いを付けた。それと一夏、最後の小声は聞こえてるからな。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

「そう? 何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね! 一人は既にわたくしに怖気づいてますけど」

 

 オルコットは自慢しながら、最後は俺に当て付ける様に言い放ってくる。

 

 あまり俺を挑発しない方が良いぞ、オルコット。俺がその気になれば、お前の得意面を恐怖に怯える顔にする事が出来るんだからな。と言うか千冬さん、貴方はさっきから何も言ってませんけど、止める気は無いんですか?

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

「あら、早速お願いかしら?」

 

「いや、俺がどのくらいハンデつけたらいいのかなーと」

 

 一夏の台詞にクラスからドッと爆笑が巻き起こった。

 

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

 

「織斑くんや神代くんは、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

 クラスの女子達は本気で笑っていた。

 

 確かに女子達の言うとおり、今の男は圧倒的に弱い。腕力は何の役にも立たない。確かにISは限られた一部の人間しか扱えないが、女子は潜在的に全員がそれらを扱える。それに対して、男は原則ISを動かせない。もし男女差別で戦争が起きたとしたら、男陣営は三日と持たないだろう。それどころか、一日以内で制圧されかねない。ISは過去の戦闘機・戦車・戦艦などを遥かに凌ぐ破壊兵器なのだから。

 

 だがそれがどうした? ISと言う物は所詮兵器。もし男陣営が時間稼ぎをしてエネルギー切れにさせてしまえば、それはもうタダの鉄くずに過ぎない。もし複数の男と単身生身で戦う事態になったら、お前らは即座に対応出来るのか? 俺はそこを是非とも聞きたいんだが。

 

「……じゃあ、ハンデはいい」

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 

 さっきまでの激昂は何処へ行ったのやら、オルコットは明らかな嘲笑を顔に浮かべていた。

 

「ねー、織斑くん。今からでも遅くないよ? セシリアに言って、ハンデ付けてもらったら?」

 

 一夏の丁度斜め後ろの女子が気さくに話しかけて、ハンデを付けるように促している。だが、その表情は苦笑と失笑が混じった物だ。

 

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデは無くていい」

 

「えー? それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも、知らないの? 神代君はセシリアに勝てないと分かった上で棄権したんだし」

 

 女子の発言に俺は噴出しそうになった。俺がオルコットに勝てないと分かったから棄権? く…くくく……だ、ダメだ、もう抑えられない……!

 

「く…くくくくく………ハハハハハ……ア~~ハッハッハッハッハッハッハ!」

 

「ど…どうしたの神代くん?」

 

 俺の笑い声に一夏に話した女子だけでなく、他の女子達も一斉に俺を見てきた。

 

「ああ、ゴメンゴメン。あまりの発言に思わず笑ってしまったよ」

 

「それのどこがおかしいんですの? その人は事実を言ってるだけだというのに……」

 

 オルコットが不快な表情で俺を見て言い放ってくる。俺の笑い声が相当お気に召さなかったみたいだな。

 

「さっきから黙って聞いてれば、お前等の頭の中が相当おめでたいって事が良く分かったよ。あまりの馬鹿さ加減に大笑いしてしまった」

 

『!!!』

 

「お…おい和哉」

 

 俺の発言にオルコットだけでなく、他の女子達も俺を睨んできた。一夏だけは俺を止めるかのように言って来るが。

 

「随分な大口を叩きますわね。ISに大して乗ってもいない猿風情が」

 

「くっ……くくく……アハハハハハ!!」

 

「何がおかしいんですの!?」

 

 再び笑う俺にオルコットはまた激昂し、他の女子達も気に入らないと言った感じだ。山田先生は慌てており、千冬さんは何か気付いたかのように俺をジッと見ている。

 

「いやいや、お前等って本当にISを前提にしか話していないからな。それを聞いてておかしくて……クククク……」

 

「和哉、それ以上は……」

 

「それのどこがおかしいんですか!? 別に間違ってはいないはずです!」

 

 一夏が俺を宥めようとするが、オルコットは無視するかのように言い放ってくる。

 

「じゃあ聞くがオルコット。お前はもしISが使えなくなった場合、生身で男と戦う事態になったらどうする気だ?」

 

「そんな事態にはなりませんわ。そうなる前に叩きのめします」

 

 オルコットの返答に他の女子達はウンウンと頷いている。コイツ等は本当に分かってないみたいだな。

 

「そうか。なら……」

 

「? 和哉、お前何を……」

 

 言っても分からないバカ女には口で言うより身体で教えたほうが良さそうなので、俺は席を立って女子達の前に立つ。

 

「ちょ…ちょっと神代くん……」

 

 山田先生が何かすると思って俺を止めようとしているが、千冬さんは止めようしない。寧ろ、止める気が無い感じだ。

 

「教壇の前に立って一体何をするつもりですの? 土下座でもするんですか?」

 

「俺がそんな下らん事をする訳が無いだろう。ちょっとお前等を試そうと思ってな」

 

「何を試すのですか?」

 

「それはな……」

 

「! ま…待て和哉! それは……!」

 

 一夏が俺のやる事に気付いて止めようとするがもう遅い。

 

「女が男より強いと豪語する貴様等がどれだけ強いのかを、な」

 

 両目を右手で覆い、そして手をどけると……。

 

 

ギンッ!

 

 

『!!!』

 

 俺の目を見た瞬間に、教室中に殺気が充満し、先程まで威勢の良かった女達は一気に静まり返って怯え始めた。

 

「………(チラッ)」

 

「ひいっ!」

 

「あ…あ……あああ……」

 

「い…いや……いやぁ……」

 

「…………(ガクガクガクガク)」

 

 俺が目を動かして女子の誰かに向けると、見られた女子達は悲鳴をあげる者、恐怖に怯えた顔をする者、震えながら歯をカチカチと音を立てる者が多数がいた。山田先生は涙目になって怯え、千冬さんは予想外みたいに驚いている。

 

 これが師匠直伝の『睨み殺し』。自身の殺気を対象者にぶつけながら睨んで相手を萎縮させる一種の金縛り。俺がその気になれば相手の動きを麻痺させる事が出来るが、今は最小限に加減しているため怯え程度で済ませてる。師匠が加減しても口を開かせない状態にさせるが。

 

「おい和哉! もう止せって!」

 

 教室が殺気で充満してる中、一夏だけが平気そうに俺を止めようとしていた。

 

「何故止める? 此処にいる女子達は俺や一夏より強いんだ。別に止める必要は無いだろう」

 

「見て分からないのか!? もう相手は完全に怯えてるぞ!」

 

 一夏の言うとおり、女子達は俺の『睨み殺し』によって怯えている。

 

 だが……。

 

「わ…わたくしが……! この程度で怯えると思ったら大間違いですわ……!」

 

 女子の一人が強がりに近い発言をした。相手は言うまでもなく、イギリス代表候補生セシリア・オルコットだ。

 

「中々根性があるじゃないか、オルコット。真っ先にお前を睨んだと言うのに、まだそんな気力があるとは」

 

「だ…だ……代表候補生を舐めないで下さい!」

 

 口では問題無いように言ってるが、あれは虚勢を張っているだけだ。俺がもう一段階殺気を込めれば、奴はもう完全に戦意喪失するだろう。だがそんな事をする必要は無い。

 

「じゃあ俺は今からお前にゆっくり近づいて、その傲慢な口を塞いでやるよ」

 

「止せ和哉!」

 

「!!!」

 

 一夏が止めようとする中、俺はオルコットにゆっくり近づこうとするが……。

 

 

パアンッ!

 

 

「痛っ!」

 

 突然、俺の頭から強烈な衝撃を受けた。それにより、『睨み殺し』で充満していた殺気が霧散した。

 

「ち…千冬姉!」

 

 

パアンッ!

 

 

「あだっ!」

 

「織斑先生と呼べと言ってるだろう」

 

一夏が咄嗟に名前で呼ぶと、即座に一夏の頭を出席簿で殴る千冬さん。

 

「いててて……何するんですか? 織斑先生」

 

「教室に殺気をばら撒くな馬鹿者」

 

「何故です? 俺は単に女子達が強いと豪語するから、どれくらい強いのかを確かめる為に……」

 

「そんな事をいつまでもやってると話しが終わらん。さっさと席に着け。今はクラス代表を決めている最中だ」

 

 千冬さんは反論は許さんと言わんばかり、席に座れと言って来る。

 

 確かに千冬さんの言うとおり、此処でいつまでもあんな事を続けていたら、クラス代表が決まる事がない。よって俺は引き下がる事にした。

 

「分かりました」

 

「よ、良かったぁ~」

 

 俺が引き下がって席に着くと、一夏は殴られた個所を擦りながら安堵し席に着く。

 

「さて、神代がまた話の腰を折ってしまったが、勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、そして神代はそれぞれ用意をしておくように」

 

「ちょっと待って下さい、織斑先生。俺は勝負する気は無いんですが」

 

「お前はクラス代表候補者の一人に入ってる。どの道勝負する事に変わりは無い」

 

 そうですか……。一夏はともかく、オルコットと勝負する気は毛頭無いんだが仕方ない。

 

「…………神代和哉……わたくしを怒らせたことを……たっぷりと後悔させますわ……!」

 

 後ろからオルコットの小声が聞こえるが、未だに虚勢を張っていたのであった。



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第4話

「うう…………」

 

「大丈夫か一夏?」

 

「ぜ…全然大丈夫じゃない……」

 

 放課後、机の上でぐったりとうな垂れている一夏に俺は声をかけるが、当の本人がノックアウト状態だった。

 

「い、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 

「それに関しては俺も同感だ」

 

 一夏の台詞に同意する。

 

 今回の授業でとにかく専門用語の羅列と呼ばれるくらい多かった。辞書が無ければやっていけないのだが、ISの辞書は存在しないので、俺は覚えるのに必死だった。一夏の場合は事前学習をやっていない状態なので、授業の殆どが分かっていなかった。

 

 余談だが、放課後とは言え全く状況は変わっていない。また女子が他学年・他クラスから押しかけ、きゃいきゃいと小声で話し合っている。

 

 尤もそれは一夏だけであり、俺の方はかなり変わっているが。

 

『聞いた? あの神代くんって子、クラスの女の子達に喧嘩売ったみたいよ』

 

『何それ。自分がISに乗れるからっていい気になってるのかしら?』

 

『調子に乗らないで欲しいよね。ただISに乗れるだけなんだから』

 

『いっその事、自分の立場を分からせる為にあの生意気な鼻をへし折る?』

 

『男は黙って私達に従っていれば良いのに』

 

 三時間目に起きた出来事があっと言う間に他のクラスにも広がり、女子達が俺に対する評価は下落し、侮蔑しながらヒソヒソ話をしていた。あそこの連中も俺の嫌いなバカ女の部類みたいだな。

 

「っ………!」

 

「止せ一夏」

 

 さっきのヒソヒソ話を聞いてた一夏が立ち上がって抗議しようとするが、俺が即座に止めた。

 

「和哉は良いのかよ? さっきから好き放題言われてるのに……!」

 

「構わん。あの程度のバカ女共など、その気になれば一瞬で黙らせる事は出来る」

 

 一夏の言う『さっきから』とは放課後前までにも女子達が俺を遠くからヒソヒソと罵倒していた。

 

 特に酷かったのは昼休みだ。俺が一夏に迷惑を掛けないように一人で学食へ行こうとしたが、一夏も一緒に行くと言ってきて結局二人で昼飯を食べた。その時に学食で昼飯を食べていた他の女子達が一夏に対しては友好的に見ていたが、俺を見た瞬間に一夏とは対照的で見下すような目で見た。それはつまり、もう既に三時間目の時に俺がやった事が広まって女子達が俺を敵視していると言う事だ。更には何処からともなくヒソヒソと俺を罵倒する始末で、俺がチラッと話している女子達の方を見ると何事も無かったかのように昼飯を食べていた。そこ以外にもヒソヒソと俺を罵倒する話し声が聞こえたりと、とにかく学食では物凄く煩わしい昼飯だったのだ。

 

「目障りだと思えば、また『睨み殺し』を使えば良いだけだし」

 

「そうしたらまたお前の印象が更に悪くなると思うぞ?」

 

「別にいいさ。あの程度の事で怯える女共など、所詮ISが無ければ強気になれない口先だけの女だと証明されるからな。逆に女共の評価が落ちるだけだ」

 

「けど初日からそんなんだと、この先やっていけないと思うんだが……因みにコレはお前が言った言葉だぞ?」

 

「そう言えばそんな事を言ってたな」

 

 俺が今思い出した感じで言ってると……

 

「ああ、織斑くん、神代くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」

 

「はい?」

 

「え?」

 

 突然呼ばれた声に俺と一夏が振り返ると、そこには副担任の山田先生が書類を片手に立っていた。この人、俺の『睨み殺し』で怯えていた筈だが何事も無かったかのように振舞っているな。あそこでヒソヒソと俺を罵倒するバカ女共とは大違いだ。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーを俺と一夏によこす山田先生。

 

 このIS学園は全寮制ゆえに、生徒は全て寮で生活を送る事が義務付けられている。これは将来有望なIS操縦者達を保護すると言う目的らしい。自国の優秀なIS操縦者が他所の国に勧誘させない為の防止対策でもある。現にどの国も優秀な操縦者を勧誘に必死だからな。

 

「しかし山田先生、俺や一夏の部屋はまだ決まってない筈では?」

 

「そうですよ。前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

「確かにお二人の言うとおりなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……二人とも、そのあたりのことって政府から聞いてます?」

 

 最後は俺と一夏にだけしか聞こえないように近づいて小声で言って来る。

 

 政府ねぇ……政府と言うのは勿論日本政府。何しろ今まで前例のない『男のIS操縦者』だから、国としても保護と監視の両方を付けたいようだな。

 

 あのニュースが流れてから、俺が師匠の家で修行中にマスコミだの各国大使だの、挙句の果てには遺伝子工学研究所の人間までやってきたな。『是非とも生体を調べさせて欲しい』って抜かしてきたし。当然そんな事頷くわけが無い。その時は俺と師匠による『睨み殺し』により帰ってもらった。手加減するのに苦労したな。麻痺の一歩手前まで恐怖を与えるというのは。

 

「となると、言うまでも無く俺と一夏は相部屋になるんですね?」

 

「あ…いえ。政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したことにより、部屋割りに関してお二人は別々の部屋に入ることになりまして……」

 

 おいおい、俺と一夏が別々って事はそれぞれのルームメイトが女子なのかよ。面倒な事になりそうだ。

 

「それはちょっとなぁ……」

 

 一夏も俺と同じ気持ちみたいだ。

 

「だ…大丈夫です。一ヶ月もすればお二人の相部屋が用意できますから、それまで暫らく我慢してください」

 

「俺や一夏が我慢してもルームメイトが我慢してくれるかが問題ですが」

 

 とうでもいいんだが、山田先生はいつまで俺達に顔を近づけたまま話しているんだ? さっきからクラス内外の人間がジッとコッチを見ているんだが。

 

「あっ、いやっ、これはそのっ、別にわざととかではなくてですねっ……!」

 

「分かってますよ。けど部屋は分かっても、荷物は今持ってないですし……」

 

「今日はもう帰っていいですか?」

 

 俺と一夏が帰る準備をしている。早く帰って持って行く物を決めないとな。

 

「あ、いえ、荷物なら――」

 

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 

 はて? 千冬さんの声を聞くと、何故か未来からやってきたターミネーターの曲が頭の中に流れているのは俺の気のせいだろうか?

 

「ど、どうもありがとうございます」

 

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 おいおい千冬さん。確かにそうでしょうけど、人間には日々の潤いも大事だと思いますよ? 貴方だって何かあるでしょうに。

 

「それと神代の方は、お前の師匠と名乗る老人が用意したみたいだぞ」

 

 何ですと? 師匠が俺の為に用意してくれるなんて珍しい……じゃないな。多分主に修行道具だ。暫らくは師匠と修行出来ないからな。師匠もそれを考慮して、一人でも修行出来る道具を寄越してくれたんだろう。

 

「なあ和哉。前から気になっていたんだが、お前の師匠って一体どんな人なんだ?」

 

「一言で言えば……強い老人だ」

 

 もし師匠がIS一機と戦う事になっても、百パーセント師匠の勝ちだろうな。

 

「強い? どれくらい強いんだ?」

 

「そうだな。まぁ……」

 

 織斑先生より強いと言おうとしたが……。

 

「お前ら、そう言った話は余所でやれ」

 

 話題に出そうとした織斑先生が遮ってきた。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……えっと、その、お二人は今のところ使えません」

 

 やっぱりそうなるか。俺、大浴場に入るの好きなんだが。

 

「え、なんでですか?」

 

 一夏がいきなりアホな事を言うと……。

 

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 

「あー……」

 

 千冬さんの発言に気付くのであった。

 

「一夏、友人として言わせてもらう。犯罪はダメだぞ? まぁそれでも入るんなら止めはしないが」

 

「いやいや、女子とは一緒に入りたくないから!」

 

 あのさ、それはそれで問題発言な気がするぞ?

 

「ええっ? 女の子に興味がないんですか!? そ、それはそれで問題のような……」

 

 ホレ見ろ一夏。山田先生が誤解してるし。それに廊下にいる女子達が俗に言う『腐女子談義』が花咲いてるし。

 

「織斑くん、男にしか興味がないのかしら……?」

 

「それはそれで……いいわね」

 

「もしかして……あそこの神代くんとそう言う関係じゃ……?」

 

「それ以外にも中学時代の交友関係を洗って! すぐにね! 明後日までには裏付けとって!」

 

 あの連中には『睨み殺し』で黙らせようかな? ってか俺や一夏にそんな趣味ねぇし。

 

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。二人とも、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」

 

 校舎から寮まで大して距離が無いと言うのに、どうやって道草を食えと言うんだ山田先生は。

 

 まあ本当だったら師匠に言われたとおり、このIS学園にいる男性用務員の轡木十蔵さんに挨拶しに行こうと思ってたが、今日は色々あり過ぎて疲れたからまた今度にしよう。身体は大して疲れてないんだが、心がかなり疲弊している。主に女子の視線によって。

 

「ふー……」

 

「やれやれ……」

 

 千冬さんと山田先生が教室から出て行くのを見送り、一夏と俺は溜息を吐く混じりに立ち上がった。

 

「一夏、アイツ等はもう無視だぞ」

 

「分かってる」

 

 教室内外であれこれと騒がしい声が聞こえるが、一夏に言ったとおり完全無視だ。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、ここか。1025室だな」

 

「俺は1030室だからもうちょっと先か。それじゃあ一夏、また明日」

 

「ああ」

 

 一夏が部屋番号を確認したので、俺はもう少し奥へと進む。

 

「しかしこの寮も校舎並みに広いな。まぁ全生徒が泊まる寮だから仕方ないが」

 

 オマケにホテルと思うくらいに豪勢な作りだ。恐らく部屋の中もかなりいい物なんだろう。

 

「え~っと……1030室は……お、ここか」

 

 ある程度歩いていると目的の部屋を見つけた。1025室から若干離れているが問題無いな。多分一夏の事だから、何か遭ったら此処に必ず来ると思うし。

 

 俺がそう思いながらドアに鍵を入れようとすると……。

 

 

ズドンッ!

 

 

『って、本気で殺す気か! 今のかわさなかったら死んでるぞ!』

 

 

「ん?」

 

 何やら突き刺さった音と一夏の叫び声が聞こえた。

 

 一夏に何か遭ったかと思って俺はすぐに一夏がいる部屋へと向かうと、ラフな格好をしてる女子達が一夏を囲んでいた。

 

「悪いけどちょっと退いてくれ。どうした一夏、何が遭った?」

 

 囲んでいる女子達を退けて、尻餅を付いてる一夏に尋ねる。

 

「た…助けてくれ和哉!」

 

「はあ?」

 

 俺を見た一夏が縋りつくように言って来る。

 

「ってか落ち付け。状況を説明してくれないと分からないんだが」

 

「そ…それが部屋に入ったら箒がいて……」

 

「箒? ああ、篠ノ之さんか」

 

 確か聞いた話では一夏の幼馴染だったな。

 

「で、その篠ノ之さんと早速一悶着でも起こしたのか?」

 

「いや、間の悪いときに箒がバスタオル一枚で……」

 

「……成程な」

 

 風呂上りの姿を一夏に見られたからか。いきなり男女相部屋の問題が起きてしまったな。政府の方もこう言う事に少しは考慮して欲しいもんだ。

 

「事情は大体分かった。で、あのドアに突き刺さってる木刀と穴は何だ?」

 

「あれは箒が木刀で突き刺した穴だよ」

 

 ほう、木刀ねぇ。と言う事は篠ノ之さんは剣術の心得があるみたいだな。

 

「おい篠ノ之さん。憤る気持ちは分かるが、いくらなんでもやり過ぎだと思うが?」

 

「…………………」

 

 俺がドアに向かって言うが沈黙しか返ってこなかった。その代わり、木刀の切っ先が室内に引っ込んでいった。

 

「返答が返って来ないな。どうする一夏。向こうのほとぼりが冷めるまで、俺の部屋に来るか?」 

 

「そ…そうさせてもらう」

 

「そうか。ほら退いた退いた」

 

 一夏を1030室へ案内しようとすると……。

 

 

ガチャッ

 

 

「……入れ」

 

「お?」

 

 ドアが開く音が聞こえて、剣道着を纏った篠ノ之が入るように言ってきた。

 

「良かったな一夏。どうやら向こうは入れてくれるらしい」

 

「そうみたいだな」

 

「じゃあ俺は部屋に行かせてもらうから、後はお前が……」

 

「い…いや、できれば和哉も一緒に入ってくれないか?」

 

「何でだよ」

 

 相手が幼馴染なら別に大丈夫だと思うんだが。

 

「とにかくお前も入ってくれ!」

 

「お…おい!」

 

 一夏は俺の腕を引っ張って1025室へと入った。俺がいたところで何の解決にもならないと思うんだが。

 

 そして部屋を見ると、俺の予想通り豪勢な作りだった。特に一番注目するのは大きめのベッド。それが二つ並んでいる。奥のベッドには篠ノ之が座っているが。

 

「あ、奥側のベッド狙ってたのに」

 

「んなこと気にしてる場合じゃないだろうが、一夏。で、篠ノ之さん。アンタ随分とやる事が過激だね。木刀でドアの穴を簡単に突き刺すなんて、下手したら一夏が大怪我するぞ?」

 

「………………………」

 

 俺の発言に篠ノ之はムスッとした顔だった。俺の言い方が気に入らなかったか? まあコイツも俺の『睨み殺し』を受けたからな。おまけに俺が一夏と一緒に部屋に入ったから気に食わないんだろう。

 

「あ~、もしかして俺があの時言った事が未だに許せないのかな?」

 

「………別に私は気にしてない」

 

 おや? これは予想外の返答だ。そう言えば篠ノ之は俺が三時間目の授業で言った事に対して怒る様子が見受けられなかったな。まるでどうでもいいような感じで。ISに対する執着があまり無いのか、ただ無視していただけなのか……まぁどっちにしろ、篠ノ之は他のバカ女共と違ってISに何かしらの感情を抱いているに違いない。

 

「なら良いけど。まぁ取り敢えずだ篠ノ之さん。アンタの持ってるその木刀と竹刀は明日まで俺が預からせてもらうぞ」

 

「なっ!?」

 

 俺が近くに置いてる剣道道具の袋から木刀と竹刀と取り出すと、篠ノ之が止めようとする。

 

「何故貴様が勝手にそんな事を決める!?」

 

「あのドアを木刀で簡単に突き刺せるって事は、アンタが相当な実力者だってのが分かったからな。それにアンタさっき自分が何をしたのか忘れたのか? ついさっきこの木刀で一夏を叩きのめそうとしただろうが」

 

「それと貴様に何の関係がある!?」

 

「俺の友人が木刀と竹刀によって無残な姿になるのを見たくないからだ。ついでにアンタは気が短そうだし、一夏がアンタを怒らせるような発言をした時に、また木刀を使いそうな気がするからな。違うか?」

 

「……………………」

 

 篠ノ之が言い返さないって事は、俺の当てずっぽうは正解みたいだな。

 

「だ…だからと言って、人の持ち物を勝手に……」

 

「それに関しては申し訳ないけど、アレを見てしまった以上、アンタがこの後にコレを絶対に使わないって保障は無いからな。それとも篠ノ之さん、アンタもしコレ使って一夏に大怪我させたら責任持てるの? そうなったら織斑先生も黙ってはいないと思うけど」

 

「…………………………」

 

 流石の篠ノ之でも千冬さんには逆らえないと言ったところか。あの人の名前を出すと何処でも通用するから本当に頼もしい。

 

「じゃあコレは預からせてもらうぞ。一夏との話し合いにこんな物は不要だからな。一夏、後はお前だけでやれよ」

 

「お、おう、分かった」

 

 一夏は俺が篠ノ之の木刀と竹刀を持って行くのを見て安堵していた。これ以上もう厄介事を起こさないでくれよ。

 

「それじゃ俺はこれで。篠ノ之さん、さっきも言ったが明日には返すから」

 

 そう言って俺は部屋から出た。廊下には女子達が未だにいたが、俺の姿を見て即座に自分の部屋へと戻って行く。

 

「やれやれ、一夏も随分と強烈な幼馴染と会ったもんだな」

 

 女子達の行動に気にせずに、俺は木刀と竹刀を持ったまま1030室へ向かっていると……。

 

 

『おい一夏! 何なんだあの神代という男は!?』

 

『だからさっきから言ってるだろ? アイツは中学の頃からの友達で……』

 

『そう言う事を聞いてるんじゃない! 私の大事な木刀と竹刀を没収されたと言うのに、お前は止めもせずに黙ったままで……!』

 

『けどさぁ箒。和哉の言うとおり、お前何かあったら絶対に木刀で殴る気だったろ?』

 

『幼馴染の私よりあの男の言葉を信じるのか!?』

 

 

 1025室から篠ノ之と一夏の会話が聞こえた。殆どは篠ノ之の怒鳴り声が聞こえるが。

 

「あの様子だと篠ノ之は絶対に一夏を木刀で殴っていたな」

 

 会話を聞いた俺は木刀と竹刀を没収して正解だったと安堵する。

 

「さてと、期間限定とは言え、俺のルームメイトは一体誰なのやら……」

 

 出来ればセシリア・オルコットだけは勘弁して欲しいと思いながら俺はドアを開ける。

 

「あ、いらっしゃいー。来るの遅かったねー」

 

「…………………」

 

 部屋に入ると、奥側のベッドで横になってノートパソコンを使っている女子がいた。

 

「えっと……君は確か同じクラスの布仏(のほとけ)本音(ほんね)さん……だったかな?」

 

「そうだよー。よろしくねーかず~」

 

 パソコンから離れてベッドから起き上がって、ほにゃらとした笑顔で挨拶してくる。どうでも良いんだが、制服の袖のサイズが合ってなくてブカブカだな。ってか『かずー』って?

 

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど良いかな?」

 

「なに~?」

 

「君は俺に随分と友好的だけど、あの時の事を恨んでいないのかな? それにかずーって?」

 

 俺が確認して問うと……。

 

「私は別に恨んで無いよー。それとかずーはかずーの呼び名~」

 

「…………………」

 

 調子が狂う返答をする布仏に俺はどういって良いのか分からなくなった。

 

 篠ノ之に続いて、この女子も結構変わり者だな。

 

「……と…取り敢えず期間限定だけど、よろしくな」

 

「うん、よろしくね~」

 

 俺が一応挨拶をすると、再び挨拶をする布仏だった。

 

「ところでかずー。その木刀と竹刀はなに~?」

 

「え? ああ、これか。ウチのクラスの危険人物から取り上げたんだ。と言っても明日になったら返すが」

 

「そんな人いたかなー。誰なの~?」

 

「…………………」

 

 本当に調子の狂う相手だった。まあ篠ノ之やセシリアや俺を敵視しているバカ女共よりは良い。

 

 こうしてIS学園入学一日目が過ぎたのであった。



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第5話

「ん…んん……ふわぁ……」

 

 入学式翌日の朝五時。

 

 俺は起床するとトイレで用を足して、すぐに洗面所に向かって顔を洗い、歯ブラシに歯磨き粉を付けて歯を磨く。

 

「う~ん……むにゃむにゃ……」

 

「…………………」

 

 ルームメイトである布仏が未だにグッスリ眠っているとは言え、流石に女子の目の前で着替える訳にはいかないな。

 

 そう思った俺は、師匠が用意してくれた大きい鞄の中に入ってたジャージを引っ張り出して洗面所で着替える事にした。

 

「さてと、早速朝の日課を済ませるか」

 

 ジャージに着替えた俺は寝間着を片付け、ベッドを元の状態に戻し、そして鞄から修行道具を取り出す。

 

「よし、行こう」

 

 俺は修行道具を持って部屋を出ようとすると……。

 

「もう食べられないよ~……むにゃむにゃ……」

 

「………随分と古典的な寝言だな」

 

 布仏の寝言に思わず突っ込みを入れてしまった。

 

 

 

 

 

「ま、流石にこんな朝早くからトレーニングルームが空いてないのは当然だな」

 

 俺は外で腹筋・背筋・腕立て伏せ100回×3セットの筋トレをやった後、一つ目の修行道具であるパワーリスト(3kg×2)とパワーアンクル(3kg×2)を身につけて寮の周りを十周走った。

 

 本当はグラウンドで走ろうと思っていたが、少しばかり距離があって時間の関係により断念して寮の周りを走ったのだ。それでも1週で約1キロあるから問題無い。その後は正拳突き100本をやって数分休憩をする。

 

「さて次は、と」

 

 次に二つ目の修行道具である約60cmの鉄棍を手に持って剣道のように素振りを100回する。俺は別に剣道の練習をしている訳じゃなく、自身の握力と筋力を上げるためにやっている。因みに俺が今素振りで使っている鉄棍の重さは5kg。普通はとても出来ないが、俺は五歳の頃から師匠に鍛えられた事により、今は問題無く振る事が出来る。初めてやった時には1kgだったが、あれは本当にキツかったな。

 

 過去を思い出しながら素振りを終えて鉄棍を地面に置き、今度はスクワットを200回やっていると……。

 

「朝から精が出ているな、神代」

 

 俺に声を掛けてきた人がいたので振り向くと、そこにはジャージ姿の千冬さんがいた。

 

「おはようございます、織斑先生。朝早いんですね」

 

「お前ほどでは無い。それより一体何時から始めていたんだ? 今は六時半だが」

 

「ああ、もうそんな時間なんですか。5時過ぎにやっていましたよ。これはいつもの日課でして」

 

「ほう」

 

 スクワットをしながら答えていると、千冬さんは感心していそうな顔をしている。

 

「いつもなら師匠と一緒にやっているんですがね。本来なら今やってるスクワットが終わった後に軽く組み手をやるんですけど、流石にそれは無理ですので諦めてます」

 

「そうか……。ならば私と組み手をやってみるか?」

 

「え?」

 

 千冬さんの予想外な台詞に俺は思わずスクワットを中断してしまった。

 

「お前の師匠の実力は知らんが、私もそれなりに武道を齧っている。で、どうする?」

 

「そりゃあ……俺としては願っても無いですけど」

 

 まさかこんな所で世界最強のブリュンヒルデと組み手が出来るとは思いもしなかった。

 

 千冬さんがISに乗っていた頃の試合を見た時に、『あれは機体性能だけでなく武道の心得もあったからこそ、あそこまで強いんだ』と思った。

 

 まぁそれ以外にも、大事な大事な愛しい弟である一夏もいたからこそ更に強く……ってやばっ!

 

 

ブオンッ!

 

 

「うおっと!」

 

 千冬さんがいきなり俺の顔面目掛けて正拳突きをして来たので、俺は咄嗟に回避して距離を取った。

 

「あ…危ねぇ~! ちょっと千冬さん! 今本気で殴ろうとしたでしょ!?」

 

「学習能力の無い貴様には丁度良い体罰だ。私は言った筈だぞ? 次は無いと。それと学校内では織斑先生と呼べ」

 

 分かってるけど本当にこの人は俺の考えを読むんだな。嫌になるよホント!

 

「いくら図星だからって体罰は無いでしょうが!」

 

「そうか。神代は私と本気で組み手をやりたいようだな。来い。お前の師匠に代わって私が指導してやる」

 

「上等ですよ! 俺だっていつまでもやられっぱなしじゃありませんからね!」

 

 喧嘩腰に言う俺だが、本当は全力の千冬さんと組み手をする事が出来るから、敢えて声高に叫んでいるだけだ。

 

 そしてこの場で俺VS千冬さんの組み手が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「やはりそう簡単に勝たせてくれなかったな……流石は世界最強のブリュンヒルデ。そうでなくては面白くない。師匠ほど強くないが、それでも今の俺ではまだ勝てない。師匠を越える前に先ずは千冬さんを倒す事だな。その為には更に修練を励まなければ。正に早起きは三文の徳だったな」

 

「おい和哉、さっきから何ブツクサ言ってるんだ?」

 

「ん? ああ、すまんすまん。ちょっとな」

 

「……………………」

 

「おいおい、そんな朝から怒った顔にならないでくれよ篠ノ之さん。木刀と竹刀は約束通り返したんだから」

 

「ふんっ」

 

 朝八時、俺は一年生寮の食堂で一夏と篠ノ之と一緒に朝飯を食べていた。

 

 千冬さんとの組み手で敗北した後、俺はすぐに部屋に戻ってシャワーを浴び、そして制服に着替えて今は此処にいる。

 

 ちなみに今日の朝飯のメニューは和食が食いたかったので和食セット。ご飯に納豆、鮭の切り身と味噌汁と浅漬け。これが凄く美味い。一夏と篠ノ之も同じメニューである。

 

 一夏は普段通りだが、篠ノ之はご機嫌斜めだった。まぁ理由があるとは言え、先生でもない俺が勝手に木刀と竹刀を没収されたから、ああなるのは無理もないか。

 

「和哉の言うとおりだぞ箒。朝っぱらからそんなに怒ってると……」

 

「……別に怒ってなどいない」

 

「いや、顔が物凄く不機嫌そうじゃん」

 

「生まれつきだ」

 

 篠ノ之って一夏相手だと無視しないんだな。

 

 ふと思ったんだが、もしかして篠ノ之は一夏の事が好きなんじゃないだろうか。ちょっと試してみよう。

 

「何だよ篠ノ之さん。俺は無視して、恋人の一夏にはちゃんと返事するんだな」

 

「!!! ななななな!」

 

 俺の台詞に篠ノ之は顔を真っ赤にした。この反応からして大当たりだな。

 

「わ、私と一夏はそんな不埒な関係じゃない!」

 

「そうだぞ和哉。箒とはただの幼馴染なんだから」

 

「!(ギロッ!)」

 

「な…何だよ箒。いきなり俺を睨むなよ……」

 

 あ~あ。こりゃもう確定だ。篠ノ之はこの先大変だろうな。唐変木である上に超鈍感な一夏を振り向かせるのは至難のわざと言っても過言ではない。ま、影ながら応援してるから頑張ってくれ。俺は人の恋愛に口を出す気はないから。

 

 

『織斑くんってフリーなんだ』

 

『いい情報ゲットー』

 

『あそこにいる篠ノ之さんは織斑くんと幼馴染かぁ……良いなぁ』

 

『それよりさぁ、あの神代くんってよく此処でご飯を食べるわねぇ』

 

『私たち女に喧嘩を売っておいて良い度胸してるわね』

 

 

 コッチを見ている野次馬は無視無視。一夏と篠ノ之のやり取りを見つつ、俺は朝食を食べていると……。

 

「ねえかずー。隣いいかな~?」

 

「ん?」

 

 背後からのほほんとした声を出す布仏が俺に話し掛けてきた。その事に一夏と篠ノ之がこっちへと視線を向ける。

 

「ああ。別に構わないぞ。ってか布仏さん、君はパジャマのままで飯食うのか?」

 

「後で着替えるよー」

 

 そう言って布仏は俺の左隣の席に座り、手に持っていた朝食が置いてあるトレーをテーブルに置く。ついでに俺の右隣には一夏が座っており、一夏の右隣には篠ノ之が座っている。

 

「それにしてもかずー。あんな起こし方はないと思うんだけど~?」

 

「起床時間なのにいつまでも起きようとしないからだろう。アレですっかり目が覚めたんだから別に良いじゃないか」

 

 アレとは未だに起きようとはしない布仏に、俺が『起きろ~~~!!』とデカイ声を出して目を覚まさせてやったからである。

 

「そうだけどさー。もうちょっと優しく起こしてよー」

 

「それは君がちゃんと起きてくれたらの話になるな」

 

「ぶ~、かずーの意地悪~」

 

 膨れっ面になる布仏に俺は無視しながら朝飯を食べている。

 

「な、なあ和哉。お前その子とは随分仲が良いんだな」

 

 さっきまで唖然と見ていた一夏が俺に話し掛けてきた。

 

「布仏さんは俺のルームメイトだ。昨日色々と話している内に何故かこうなった」

 

「よろしくね~おりむー」

 

「あ、ああ。こちらこそよろしく」

 

 ほにゃらとした笑顔に一夏は取り敢えずと言った感じで挨拶をした。本当に調子狂う相手だよ、この布仏は。

 

「……………………」

 

 あ、篠ノ之はもう完全に無視して朝御飯を食べる事に集中しているな。

 

「ところで布仏さん。君は随分と少食なんだな」

 

 布仏の朝飯は飲み物一杯にパン一枚、少なめのおかず一皿だった。

 

「平気だよー。もしお腹空いたらお菓子よく食べるしー」

 

「そうか。では俺がルームメイトである内は間食を制限させておくとしよう」

 

「え~! それはないよかず~! お菓子大好きなのに~! 拷問だよ~!」

 

「別に食うなと言ってるわけじゃない。ただ食べ過ぎないようにするだけだ」

 

「う~~~~」

 

 また膨れっ面になり俺を睨んでくる布仏。君が余計な事を言わなければ良かったんだよ。

 

「何かさ、和哉ってお母さんみたいだな」

 

「俺がお母さんなら、一夏は面倒を起こす子供だな」

 

「酷っ! ってか俺お前にそんな事した覚えは……」

 

「ほう? 何かある度に俺に助けを求めていたのは何処の誰だったかな? ついでに昨日も、な」

 

「ぐっ!」

 

 俺の台詞に一夏は言い返すことが出来なかった。

 

「お…お前なぁ……!」

 

「ハハハハ。冗談だ」

 

 ポンポンと一夏の肩を手で軽く叩く俺に、一夏は恨めしそうな顔をする。

 

「ま、一夏と一緒にいると本当に退屈しないからな。これからもドンドン俺を頼ってくれ」

 

「くっ! その言葉、いつか必ずそっくりそのまま返してやるからな……!」

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

 俺と一夏が話していると……。

 

「……織斑、私は先に行くぞ」

 

「ん? ああ。また後でな」

 

 さっさと食事を済ませた篠ノ之は席を立って行ってしまった。それに気のせいだろうか、篠ノ之は何か面白くないような顔をしていた気がする。

 

「ねえおりむー、おりむーはしののんと仲がいいの~?」

 

「ああ、まあ、幼なじみだし」

 

「へ~そうなんだ~」

 

 問いに答える一夏に今知ったと言う風に驚いている布仏。

 

 そんな時、突然手を叩く音が食堂に響いた。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 千冬さんの声ってよく通るなぁ。そして食堂にいた全員が慌てて朝食を早く食べ始めた。

 

 確かIS学園のグラウンドは1週五キロあるんだったな。本当だったら朝のトレーニングでグラウンドを走ろうと思ったが、時間の関係上走らなかったからな。あ、一夏が急いで食べ始めてるし。俺はもう食べ終えたが。

 

 ちなみに千冬さんは一年生寮の寮長を務めている。朝の組み手が終わった後に聞いたからな。

 

「一夏と布仏さん、俺は先に行ってるよ」

 

「おう」

 

「分かった~」

 

 先に行く俺に、一夏と布仏は頷きながらも朝飯を食べていた。 

 

「織斑先生、朝のご指導はとても勉強になりました」

 

「そうか」

 

 俺が織斑先生に話すところを、朝飯を食べている女子達や一夏が一斉にコッチを見てくる。

 

「よろしければまたお願いしたいんですが」

 

「私はそこまで暇ではない。だがまぁ時間があれば付き合ってやる。私も久しぶりに楽しめたしな」

 

「そうですか。ではいつでもお待ちしておりますので」

 

「ああ」

 

『????』

 

 話しを済ませた俺が食堂を出て行く中、女子達や一夏はジッと俺を見ていると……。

 

「何をしている! グラウンド十週したいのか!?」

 

 千冬さんの鶴の一声によってハッと気付いて朝飯を食べるのであった。

 

 そして朝飯を食べ終えた一夏が真っ先に千冬さんと何があったと問い詰めてきたが、俺はのらりくらりとかわして教えなかった。



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第6話

 二時間目が終わった時点になると……。

 

「(和哉、俺もう全然分からん)」

 

「(事前学習しなかったから、そんな目に遭うんだよ)」

 

 早くもグロッキーな状態になってる一夏に俺は呆れた。

 

 けど一夏の言う事は尤もだ。事前学習した俺でも難しい箇所がたくさんある。例えるなら、式を知らないと解けないタイプの数学の問題みたいに。

 

 しかし分からないな。内容が難しい教科書を読んでいると、本当に俺はISを動かしたのかと疑問に思ってしまう。まぁそれは一夏も同様に考えていると思うが。

 

 俺がそう考えている途中でも、当然授業は進んでいく。山田先生は時々詰まりながらも、俺たち生徒に基本知識を教えていた。

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ――」

 

「先生、それって大丈夫なんですか? なんか、体の中をいじられているみたいでちょっと怖いんですけども……」

 

 クラスメイトの女子の一人がやや不安げな気持ちで訊く。まぁ確かに、ISを動かした時の独特とも呼べる一体感は、人によって不安を感じてしまうだろう。

 

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出ると言うことはないわけです。もちろん、自分のあったサイズのものを選ばないと、形崩れして――」

 

「山田先生、此処には男である俺と一夏がいるんですが?」

 

「――あ」

 

 俺が途中から突っ込みを入れると、山田先生は気付いたかのようにきょとんと俺と一夏を見てくる。そして数秒置いてからはボッと赤くなった。

 

「え、えっと、いや、その、お、織斑くんと神代くんはしていませんよね。わ、わからないですね、この例え。あは、あははは……」

 

 山田先生は誤魔化し笑いをしているが、そんな事をしたところで教室には既に微妙な雰囲気を漂わせている。俺や一夏より女子達が意識しているみたいで、腕組みをするフリで胸を隠そうとしていた。

 

 それ以外にも……。

 

『これって神代君にセクハラされた?』

 

『だとしたら訴えようかしら?』

 

『本当に織斑くんとは大違いね。あ~やだやだ』

 

『普通あそこは黙っているべきなのに。ホント嫌になるわね』

 

 指摘してやったというのに何て奴等だ。また俺の『睨み殺し』を受けたいならやってやるぞ?

 

「んんっ! 山田先生、授業の続きを」

 

「は、はいっ!」

 

 浮ついた空気を千冬さんの咳払いでシャットアウトし……。

 

「それとそこの四人。言いたい事があるなら神代に直接言ったらどうだ? 昨日のような目に遭うのを覚悟してな」

 

「「「「…………………」」」」

 

 何と俺に陰口をたたいていた女子四人にも指摘した。あの千冬さんが俺を擁護してくれるなんて珍しいな。ってか一夏も不思議そうに見ているし。

 

 そんな中、千冬さんに促された山田先生は教科書を落としそうになりながら話の続きに戻り、更には千冬さんに言われた女子四人は押し黙った。

 

「そ、それともう一つの大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話――つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

 

 ふむふむ。要はISに乗れば乗るほど、互いの事が分かり合えるって事か。

 

「それによって相互的に理解し、より性能を引き出させることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

 そのパートナーを利用して、男を奴隷のように扱き使うバカ女共がたくさんいるけどな。

 

 俺が内心そう思っていると、女子の一人が挙手をする。

 

「先生ー、それって彼氏彼女のような感じですかー?」

 

「そっ、それは、その……どうでしょう。私には経験がないのでわかりませんが……」

 

 経験と言うのは言うまでもなく男女交際のことだろう。赤面して俯く山田先生を尻目に、クラスの女子はきゃいきゃいと男女についての雑談を始めている。

 

 男子生徒の俺や一夏がいるとは言え、やはり『女子校』的な感じだな。もう空気だけでかなりの糖度がある。

 

 いや、この教室だけでなく、学園全体の空気が甘すぎる。それ以上に生徒達の考え方もかなり甘い。

 

 ISと言う兵器を扱う為の知識を学んでいると言うのに、何故こんなに能天気なんだ? 人を簡単に殺せる兵器だと言う実感が無いんだろうか。

 

 そう言えば師匠が以前、『ISに乗っておる者は覚悟が欠けておる』なんて言ってたな。何の覚悟が欠けているのかは俺も大体想像付いているけどな。

 

「……………………」

 

「な、なんですか? 山田先生」

 

「さっきから俺と一夏を見ていますが、何か?」

 

「あっ、い、いえっ。何でもないですよ」

 

 訊いても両手を振ってお茶を濁す山田先生。何か妙な事を考えていたんだろうな。この人って妄想癖があるし。

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

「あっ。えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」

 

 逃げる口実が出来たと言わんばかりに教室から出ようと準備する山田先生。考えてる事お見通しですよ。

 

 ついでに言っておくと、此処IS学園では実技と特別科目以外は基本担任が全部の授業を持つらしい。随分とお忙しいことで。

 

「おい和哉、食堂で千冬姉と一体何の話しを……」

 

 山田先生と千冬さんが出て行くと一夏がまた俺に訊こうとするが……。

 

「ねえねえ、織斑くんさあ!」

 

「はいはーい、質問しつもーん!」

 

「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

 

 女子の半数がスタートダッシュして一夏の席に詰め掛けたので無理だった。さっき『もう出遅れるわけにはいかないわ!』とか言ってたし。

 

 ちなみに俺に話しかける女子はいない。昨日の事が原因で俺を無視しているんだろう。

 

 だが……。

 

「ねえかずー、お願いだからお菓子の制限は無しにしてー」

 

「断る」

 

 例外がおり、布仏が俺に詰め寄ってきて撤回を求めてきた。その事に一夏に話しかけていない女子達が驚いた顔をしている。

 

「ちょ…ちょっと待ってくれ。俺はいま和哉に訊かなきゃいけない事があって――」

 

 一夏は詰め掛けられている女子から離れようとするが、相手がそうさせてくれなかった。

 

「……………………」

 

 一夏を囲む女子達から少し離れた位置で不機嫌そうに見ている篠ノ之。アイツから見ると『女子にチヤホヤされている一夏』と言う風に捉えているんだろう。誰かに取られたくないならハッキリ言えば良い物を。

 

 それは別として、いまの俺は誰かにISを教えてもらわないとダメな状態だ。とは言え、俺は昨日あんな事をしちゃったから誰も教えてくれないだろう。そうなると相手は必然的に山田先生となるな。千冬さんは……一応教えてくれるかどうか訊いてみるか。

 

「ねえ織斑くん、千冬お姉様って自宅ではどんな感じなの!?」

 

「え。案外だら――」

 

「ストップだ一夏。後ろを見てみろ」

 

「え? ………って千冬姉! いつの間に!」

 

 

パアンッ!

 

 

「何度も言わせるな、織斑先生と呼べ。それと休み時間は終わりだ。散れ」

 

 あ~らら。折角殴られるのを回避させようと教えたんだが、一夏がまた名前で呼んじゃったから叩かれたよ。もうこの人は叩きキャラとして印象付いたな。

 

 因みに千冬さんは女子の憧れの的となっているが、俺が以前コッソリと千冬さんの部屋を覗いた時はそれはもう酷かった。一夏が掃除しない限り綺麗には……はっ!

 

 

パシッ!

 

 

「……ちっ」

 

「止められたからと言って舌打ちしないで下さいよ!」

 

 また昨日と同じく織斑先生の出席簿攻撃を、俺が白刃取りで受け止めた事に悔しそうな顔をしながら引き下がる織斑先生。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

 

「へ?」

 

「何故時間がかかるんですか?」

 

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

 一夏に専用機だと? そりゃ随分とまぁ……って一夏がちんぷんかんぷんな顔してるし。

 

「せ、専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」

 

「ああ~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

 女子達は一夏を羨ましそうに見ているが、未だに状況が掴めていない一夏。

 

「なぁ和哉、一体どういう事なんだ?」

 

「お前なぁ……教科書の6ページを音読してみろ。良いですよね、織斑先生?」

 

「ああ、構わん」

 

 俺がそう言うと一夏は教科書を開き、千冬さんもやれやれと言った感じで呆れ顔になってる。

 

「え、えーと『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、未だ博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」

 

「つまりだ一夏。本来だったら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられないんだ。だからソレ等に所属してないお前が専用機を与えられるのは異例中の異例なんだ」

 

「へぇ~そうなのか」

 

 一夏が俺の説明にふむふむと頷いていると……。

 

「しかしお前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解出来たか?」

 

「な、なんとなく……」

 

 千冬さんが言った途端に急に歯切れの悪い返事をした。

 

「あれ? だったら何で和哉に専用機が与えられないんだ? 和哉も俺と同じ境遇なのに」

 

「本来なら神代も織斑と同様に用意する予定だったが、なにぶん状況が状況でな……」

 

 ん? 何か途中から気に入らなさそうな顔をしているな。俺ではなく他の誰かに向かって言ってる感じだ。もしかして日本政府が気に入らない事でも言ってたのかな? まさか『専用機のデータ収集は織斑一夏だけで充分だから、俺は生態調査の為のモルモットで良い』なんて言ってたりして。

 

「その代わりと言ってはなんだが、神代が正式に専用機が用意されるまで、訓練機の無期限貸し出しをすると学園が決めた。ISは打鉄だが、構わないか?」

 

 無期限貸し出しねぇ……まるでこれしか方法は無いと言う苦肉の策みたいだな。

 

「俺は特に反対する理由はありません」

 

「そうか」

 

 俺の返答を聞いた織斑先生は僅かながら安堵した顔になっていると……。

 

「あの、先生。思ったんですけど、篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 

 女子の一人がおずおずと千冬さんに質問した。

 

 そう言えば篠ノ之博士って此処にいる篠ノ之と同じ苗字だったな。気になってはいたが、だからと言って詮索する気は無かった。肉親だとしても、そんな事は俺たちがどうこう言える立場じゃないからな。

 

 増してや、相手の個人情報をいくらなんでも織斑先生が教えるわけが……。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

 って教えるんかい! 個人情報保護法はどうした!? そんな簡単にバラしても良いのか!?

 

 俺が内心突っ込みをしても、織斑先生はどうでもいいような感じだった。

 

「ええええーっ! す、すごい! このクラス有名人の身内がふたりもいる!」

 

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

 

「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度ISの操縦教えてよ!」

 

 篠ノ之博士の身内だと知ると、授業中にも拘らず女子達が一斉に篠ノ之の元にわらわらと集まる。さっきまでは篠ノ之の事を大して見てもいなかったくせに、いざ有名人の妹となるとコレか。現金な奴等だ。

 

「あの人は関係ない!」

 

 俺が女子達の行動に呆れていると、篠ノ之が突然大声を上げた。その事に、篠ノ之に群がっていた女子達はポカンとする。

 

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」 

 

 そう言って、篠ノ之は窓の外に顔を向ける。女子達は盛り上がったところに冷水を浴びせられた気分のようで、それぞれ困惑や不快を顔にして席に戻った。本当にアイツ等の行動にはつくづく呆れるな。

 

「さて、授業をはじめるぞ。山田先生、号令」

 

「は、はいっ!」

 

 山田先生も篠ノ之が気になる様子だったが、そこはやはり教師だ。授業を優先している。そして俺も教科書を開き授業に集中した。

 

 

 

 

 

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」

 

 休み時間になるとオルコットは早速一夏の席にやってきて、腰に手を当ててそう言った。どうでもいいんだが、お前昨日もそんなポーズをしてたな。それ好きなのか?

 

「まあ? 一応勝負は見えていますけど? さすがにフェアではありませんものね」

 

「? 何で?」

 

 おいおい一夏。お前はコイツの言ってる事が分からないのかよ。

 

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたたちに教えて差し上げましょう」

 

 俺も含まれてんのかよ。

 

「このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」

 

「へー」

 

「それは良かったな。凄いすごーい」

 

「……馬鹿にしていますの?」

 

 一夏の頷きと、俺の棒読みの台詞にオルコットは引き攣った顔をしている。

 

「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのかはわからないが」

 

「俺も思った事を口にしただけだ。と言っても上辺だけど」

 

「それを一般的に馬鹿にしていると言うでしょう!?」

 

 

ババンッ!

 

 

 オルコットが突っ込みながら両手で一夏の机を叩く。あ、一夏の机の上に置いてあったノートが落ちた。ってか人の机を叩くなよ。

 

「……こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」

 

 じゃあそのエリートであるアンタは昨日、何で俺の殺気に怯えていたんだ? あの程度の殺気はエリートさんには大した事は無いんじゃないのか?

 

 って突っ込んだら絶対俺に詰め寄って否定するだろうから、敢えて言わないが。

 

「そ、そうなのか」

 

「そうですわ」

 

「人類って六十億超えてたのか」

 

「そこは重要ではないでしょう!?」

 

 

ババンッ!

 

 

 再び両手で一夏の机を叩くオルコット。今度は教科書が落ちたな。一夏も気の毒に。

 

 何かコントやってるみたいで、意外と面白いな。見事なボケ(一夏)突っ込み(オルコット)

 

「あなた! 本当に馬鹿にしていますの!?」

 

「いやそんなことはない」

 

「だったらなぜ棒読みなのかしら?」

 

 良いぞ良いぞ。もっとコントを続けてくれ。

 

「なんでだろうな、和哉」

 

「って俺に振るのかよ!」

 

 突然の一夏の指名に俺は少々戸惑う。その事にオルコットは俺の方へ顔を向ける。

 

「そう言えばあなたに言い忘れていたことがありましたわ。あなたの場合は訓練機でも一切容赦しませんので」

 

「つまり昨日の仕返しをする為に俺をぶちのめすと? 俺が素人である事を知った上で甚振ろうとするとはな。流石エリートさんのやる事は庶民である俺たちと一味違う」

 

 勿論コレは皮肉だ。言うまでも無くオルコットはそれに気付いて、憤怒の表情になっている。

 

「っ……………言ってくれますわね……!」

 

 ギリッと歯軋りをしながら物凄い顔をして俺を睨むオルコット。

 

「その減らず口、決闘当日になったらすぐに叩きのめしますわ!」

 

「どうぞご自由に。やられるものならね。尤も、あの程度の睨みで怯えていたアンタに出来ればの話だが……あ、しまった」

 

「~~~~!! わたくしは怯えてなんていませんわ!」

 

 俺の台詞に激昂するオルコットはツカツカとコッチへ近寄り……。

 

 

ババンッ!

 

 

 今度は俺の机を叩いた。あ、教科書とノートが纏めて落ちた。

 

「もう頭にきましたわ! 勝負する前に最後通告をしようと思いましたが、あなたにそんなことをする必要はありません! 全力でいかせていただきますわ!」

 

「是非そうしてくれ。手加減したアンタに勝っても全然嬉しく無いからな」

 

「~~~~!! わたくしに勝てると思っているんですか!? 身の程知らずも大概になさい!!!」

 

「事実を言ったまでだ。それにいつまでも猿みたいに喚くな。キーキー五月蝿くて敵わん」

 

「キ~~~~~~~!!!!」

 

 わお。本当に猿みたいに喚いたし。オルコットは顔が真っ赤になって怒り狂ってるな。怒髪天を衝くとはこの事だ。

 

「もう泣いても謝っても許しませんわ!! 覚悟しておくように!!」

 

 もはや淑女なんて知った事かと言わんばかりに、ヅカヅカと教室から立ち去っていくオルコットであった。

 

「やれやれ、エリートさんは随分と沸点が低い事で」

 

「お…おい和哉。あれは流石に言い過ぎだろう」

 

「ふんっ。人を見下すように挑発しようとするからあんな目に遭うんだ」

 

「そうは言うけどな、セシリアはもう本気でお前を潰す気だぞ?」

 

「別に構わん。寧ろそうしてくれないと困るからな」

 

「…………和哉。お前本気でセシリアに勝つつもりなのか?」

 

「当たり前だ」

 

 俺の返答に一夏は目を見開く。他にも聞いていた女子達も驚いていた。

 

『ちょっとなに? あれ本気で言ってるわよ』

 

『身の程知らずにも程があるわね』

 

『大してISにも乗っていないのに、どこにあんな自信があるのかしら』

 

『男って本当に馬鹿ね。ISに乗れるだけで勝てるつもりでいるなんて』

 

 すぐにヒソヒソと遠くで言ってる女子達だが、俺は無視している。

 

「じゃあ聞くが一夏。お前はオルコットと勝負する時、『相手が自分より強いから諦めよう』って既に負けた気分で挑むつもりのか?」

 

「そ…そんな気は無い! やってみなきゃ分からないだろう!」

 

「そうだな。だったら自分は勝てると心に自信を持って挑むんだ。先ず相手に勝つ前に己に勝たなければ、勝てる試合に勝てないからな」

 

 とは言え、生死に関わる戦いなら話は別だが。

 

「でもそれで負けたとなったら凄く恥ずかしいな」

 

「その時はその時で、負けた経験をバネにして次に活かせば良い。俺はいつもそうして来た」

 

 いつも師匠に負けてるから、それはもうよく分かっているし。

 

「ま、たとえ勝負に勝っても負けても、俺たちはどの道かなりの戦闘経験を積む事に変わりはない。寧ろ得をする」

 

「……そうは言うけど和哉。もし俺がセシリアに負けたら奴隷か小間使いにされるんだが」

 

「あ、そう言えばアイツそんな事を言ってたな」

 

「その時はどうすれば良いんだ?」

 

「う~ん、そうだな………」

 

 俺が一夏が負けた時の事を考えて……。

 

「いっそのこと、一夏ご自慢の口説き文句でオルコットを落としたらどうだ? 今まで何人もの女子を落としたお前ならそれくらい簡単だろう」

 

「何だよそれ!」

 

 策を授けると即座に突っ込まれた。

 

「俺は女子を口説いた事なんて一度も無いぞ!!」

 

「嘘付け。俺が知ってる中でお前が落とした女子の数は……」

 

「ほう。一夏、お前は私がいない間に随分と軟弱な男に成り下がっていたみたいだな」

 

 俺と一夏の会話に突然、仁王立ちしている篠ノ之が混ざってきた。それも凄い殺気を放ちながら。

 

 あ、そう言えば篠ノ之って一夏の事が好きだったんだ。自分以外の女を口説いたなんて知ったらそりゃ怒るな。

 

「恐っ! 篠ノ之さん、アンタ凄ぇ恐いよ!」

 

「ってか箒! 俺は本当に女子を口説いてなんかいないから! と言うか何でそんなに怒ってるんだ!?」

 

 篠ノ之は俺たちの言葉は聞いておらず、ただ只管近づいてくる。俺と一夏は席を立って徐々に退いているが。あれ? なんで俺も一緒に逃げる必要があるんだ?

 

 他の女子達も篠ノ之の殺気に怯えて距離を置いている。俺とは違う殺気でも、ちゃんと動けるんだな。

 

「一夏、お前には全て洗いざらい吐いてもらうぞ」

 

「だから! 俺は無実だって! 和哉もなんか言ってくれよ! 元はと言えばお前が原因なんだから!」

 

「あ、いや、それは、その、ねぇ……」

 

「……まあ良い。一夏が吐かないのなら、神代に聞けばいいからな」

 

「って俺もかよ!」

 

「貴様には昨日の事もあるからな」

 

 あれはアンタの自業自得だってのに、オルコットと同様仕返しをするつもりかよ! 本当に都合良く忘れてるんだな!

 

「さて貴様ら、詳しく聞かせてもらうからな」

 

「じょ…冗談じゃない。アンタと一夏の夫婦喧嘩に付き合ってられるか!」

 

「ふ…夫婦!? わ…私が一夏と……」

 

 チャンス! 篠ノ之が顔を赤らめて隙を見せてくれた!

 

「じゃあ一夏! 俺は先に飯食いにいくから!」

 

「っていつの間に廊下に! おい和哉! お前は俺を置いて逃げるのかよ!?」

 

 悪いな一夏! 俺はお前が困っている時は助けても、色恋沙汰に関して助ける気は無いんだ!

 

「ではアディオス一夏! 奥さんをちゃんと説得しろよ!」

 

「待て和哉! どうせなら俺も一緒に!」

 

 一夏も廊下へ避難しようとしたが……。

 

「何処へ行く気だ一夏? 逃さんぞ」

 

「げぇっ!」

 

 いつの間にか篠ノ之が正気に戻って一夏の腕を掴んでいた。

 

 哀れ一夏。もはや逃げられない。さて逃げよっと。

 

 

『さあ一夏! 聞かせてもらうぞ!』

 

『和哉~~~~!!! お前後で覚えてろよ~~~!!!』

 

 

 あ~~~俺は何にも聞こえませ~~~ん。教室から一夏の恨みの声は全く聞こえませ~~ん。では食堂へレッツゴ~~。



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第7話

 一夏と篠ノ之の夫婦喧嘩から逃れた俺は一人で食堂に行くつもりだったが……。

 

「で、君はいつまでそうしているんだい?」

 

「かずーがお菓子制限を撤回するまでー」

 

 いつの間にか布仏本音が俺の腕に引っ付いていた。彼女と一緒に二人の女子も付いて来てるが俺から距離を取っている。

 

「言っておくが君が何をしたところで撤回する気はない。俺の前で不用意に喋った事を後悔するんだな。ま、もし君が喋らず俺の目の前でお菓子をたくさん食べてたら同じ事を言ってたと思うが」

 

「む~~~~~」

 

 唸るようにジッと睨んでくる布仏だが、俺は無視して食堂へ向かう。

 

「ほれ、君はそこの女子達とお昼を食べたらどうだ? 俺みたいな(女子から見て)最低な男といると要らん誤解を受けるぞ」

 

「そんな事無いよー。かずーは意地悪だけど優しいよー」

 

「「え?」」

 

「ほう」

 

 布仏の台詞に信じられないような顔をしている女子二名に、予想外な返答に少し驚く俺。

 

 俺が優しいねぇ。ま、意地悪は否定しないが。

 

「ちょ…ちょっと本音。あなた本気で言ってるの?」

 

「神代くんが優しいって……」

 

 女子二名……確か谷本と鏡だったな。二人は布仏に言って来る。

 

「本当だよー。昨日の夜かずーと一緒に話してて優しい人だって分かったんだからー」

 

「え!? か…神代くんと同じ部屋なの!?」

 

「大丈夫!?」

 

「コラそこ。本人を前にしてそんな事聞くか?」

 

「「ひっ!」」

 

 俺が声をかけると怯えながら距離を取る谷本と鏡。そこまで引く事ないだろうが。まぁ、昨日の件で未だに俺が怖いのは分かってるけど。

 

 しかし後々になって考えていたが、いつまでもこんな調子じゃ俺は一夏と布仏しか会話出来ない状態だろうな。クラス外ならともかく、同じクラスではこんなんだと、もし行事関連で話しかけようとしても俺を避けるのが目に見えてる。

 

 そうなるとクラスの女子達は殆ど一夏にばかり任せるのが容易に想像出来て、一夏本人にもかなりの負担が掛かってしまう。となると、これじゃ不味いから俺の方でちょっとした妥協案を出すとするか。

 

「よし布仏さん。俺を優しい人と言ってくれた君にはご褒美を……」

 

「え!? もしかしてお菓子制限を無しにしてくれるの!?」

 

 キラキラとした目で俺を見る布仏だったが……。

 

「残念ながら違う」

 

「む~~~~~!」

 

 俺の返答に再び唸った。

 

「まぁそう唸るなって。話は最後まで聞きな。夕食後にデザートとして俺がお菓子を作ってやるよ」

 

「え? かずーってお菓子作れるの?」

 

「一応な。で、アップルパイを作ろうと思うんだが、布仏さんは好きかい?」

 

「大好き~!」

 

「そうか。なら夕食後にアップルパイを作っておくから、部屋で待ってるように。俺が来るまでお菓子を食べようとするなよ?」

 

「うん、分かった~!」

 

 コクコクと頷く布仏。で、後は。 

 

「良かったら君達もどうだい?」

 

「「へ?」」

 

「ぶ~~。私だけじゃないの、かず~?」

 

 俺が谷本と鏡も誘うと、布仏は急に膨れっ面になるが無視だ。

 

「流石に布仏さんだけじゃ食べきれないからな。で、どうする? これでもアップルパイを作るに多少自信はあるんだが……」

 

「…………ま…まぁ……神代くんがそう言うなら……」

 

「……そ…その代わり……私たちに変な事をしたら承知しないから……」

 

「そうか。では夕食後を楽しみに待っててくれ。ほら布仏さん、いつまでも引っ付いてないで離れてくれ」

 

「ぶ~~~」

 

 二人から了承を取った俺は布仏から離れようとする。

 

「それじゃ俺はこの辺で。必ず来てくれよ」

 

 布仏、谷本、鏡と分かれた俺はすぐに食堂へと入って行った。

 

 

『ねえ、行くって言っちゃったけど、どうする?』

 

『ただでお菓子を食べさせてくれるのは嬉しいんだけど……ねぇ』

 

『来ないなら別に来なくて良いよ~。私一人でアップルパイ全部食べちゃうから~。あ~楽しみだな~♪』

 

 

 

 

 

 そして俺は食堂で一人ポツンとテーブル席に座って醤油ラーメンを食べている。

 

『ねえ聞いた? あの子、代表候補生に勝つ気みたいよ』

 

『うわ、本当に身の程知らずなのね』

 

『代表候補生に勝つなんて、どこまで自惚れれば気が済むのかしら?』

 

『ここはいっそ、私達のほうでお灸を据えておく必要があるみたいね』

 

 食堂で女子達が俺を見てはヒソヒソと罵倒しているのは言うまでもない。

 

 俺にお灸を据えるねぇ……それはIS抜きで俺にお仕置きをするのかな? そうだったら喜んで受けて立つぞ。けど先ずは俺の『睨み殺し』を耐える事が出来ればの話だが。

 

 そう考えながら醤油ラーメンを食べていると……。

 

「あ! 和哉! お前さっきはよくも俺を!」

 

「おお一夏。もう終わったのか?」

 

 トレーを持っている一夏が俺を見つけて真っ先にコッチへと向かってきた。篠ノ之も一緒に付いて来ている。

 

「意外と速かったな。てっきりまだ夫婦喧嘩は続いてると思ったが」

 

「か…神代! 私と一夏は別にそんな関係では……!」

 

 夫婦に反応する篠ノ之が顔を真っ赤にして否定するが……。

 

「すまんすまん。アンタと一夏を見てると、どうも夫婦みたいな関係だと思ってな」

 

「………そ…そう見えるのか?」

 

「ああ」

 

「………ご…ゴホンッ! どうやら私はお前を誤解していたようだな。私と一夏が……そうかそうか……」

 

 先程までの勢いがアッサリと無くなった。もしかしたから篠ノ之って意外とチョロイかもしれないな。

 

「あのなぁ和哉。俺と箒はそんな関係じゃないって言ってるだろうが。何度も言ってるように、ただの幼馴染だ」

 

「………(ギロッ!)」

 

「いっ! な…何だよ箒!?」

 

「この朴念仁」

 

「何で和哉にそんな事言われなきゃならないんだよ!」

 

 はあっ……全くこの超鈍感男と来たら。折角篠ノ之を宥めたのに。本当に篠ノ之はこの先かなり苦難の道を進む事になるだろうな。

 

「やれやれ、アンタも苦労してるねぇ」

 

「………ふんっ」

 

「でもさぁ篠ノ之さん。一夏の幼馴染なら、コイツがそう言う奴だって事は分かってる筈だと思うが?」

 

「………そうだな。一夏はそう言う奴だな」

 

「一夏関連について愚痴を言いたい時はいつでも言ってくれ。相談に乗ってやるから。俺も一応コイツの事は理解してるし」

 

「………ではいずれそうしよう」

 

 間がありながらも篠ノ之は頷いていた。これって少しは仲良くなったのかな?

 

「お前ら、何か急に仲良くなってないか?」

 

「篠ノ之さん、座りたかったらどうぞ」

 

「そうさせてもらう」

 

「って俺は無視かよ!」

 

 俺が席に座るよう促すと篠ノ之は俺の右隣に座り、一夏は突っ込みながらも俺の左隣に座った。

 

「ったく。今日の和哉は冷たいな」

 

「そうか?」

 

「そうだ。俺を見捨てるばかりか、箒と一緒に無視するし」

 

「それは済まなかったな。じゃあ詫びとして今夜俺の部屋に来るといい。携帯ゲーム版の『IS/VS』をセットして待ってるから。お前も久しぶりにゲームやりたいだろ?」

 

「お! そりゃいいや。じゃあ今夜行くからな」

 

 俺の提案に一夏は嬉しそうな顔をして俺の部屋に行く事を了承した。あ、ルームメイトの布仏はともかく、部屋には谷本と鏡も部屋に来る予定だったな………まあ別に良いか。下手にここでそんな事言ったら、隣にいる篠ノ之が黙ってないだろうし。

 

「………お前たち。試合前だと言うのにそんな弛んだ事をしてる暇があるのか?」

 

 昼飯を食べながら篠ノ之が急に面白く無さそうな顔をして言って来る。はて、何故そんなに不機嫌なんだ?

 

「あ、そういやそうだった。どうする和哉?」

 

「どうと言われても……今の俺達がISについて独学で学んだところで高が知れてるし……」

 

「だよなぁ……」

 

 いっそ誰かに教えてもらわないとダメだ。此処はいっそ山田先生に教えてもらうしかないな。 

 

 俺がそう考えていると……。

 

「なぁ箒」

 

「……なんだ」

 

「良かったら俺と和哉にISのこと教えてくれないか?」

 

「断る」

 

 一夏が両手を合わせて篠ノ之にお願いをしていたが一蹴されていた。

 

「おいおい一夏、何も篠ノ之さんに頼まなくてもいいじゃないか。今回やる試合に関しては俺と一夏の問題なんだから、篠ノ之さんにあんまり迷惑を掛けてしまうのは……」

 

「そうは言うけどな和哉。いくら自分の心に勝てると意気込んでも、ある程度のISの知識が無かったら意味無いぜ」

 

「そりゃまぁ……」

 

 一夏の台詞に俺は否定出来なかった。確かに意気込んでも知識を学ばなければ話にならない。

 

「だったら山田先生に教えてもらったほうが良いんじゃないか? あの人なら喜んで補習してくれそうだし」

 

「あ、その手があったか」

 

「! ま…待て、やはり私が……!」

 

 俺の提案に一夏がポンと手を叩くと、突然篠ノ之が何か言おうとしたが……。

 

「ねえ。君たちって噂のコたちでしょ?」

 

「「ん?」」

 

 いきなり見知らぬ女子に話しかけられた。よく見ると相手は三年生のようだ。リボンの色が違う。一年は青で、二年は黄色、三年は赤だからな。

 

 この先輩は癖毛なのかやや外側に跳ねた髪が特徴的で、妙にリスをイメージする人懐っこい顔立ちだ。隣で不機嫌そうな顔をしている篠ノ之とは大違いだな。

 

 流石に三年生だけあって容姿だけじゃなく雰囲気も大人びているな。今のところ篠ノ之にはこう言う社交性が欠けている。とはいえ、俺もあまり人の事は言えないが。

 

「はあ、たぶん」

 

「噂を知ってるんでしたら、俺が最低な男だと耳に入っていると思いますが?」

 

「ええそうね。でも私、あまりそう言うのは気にしないの」

 

 先輩はそう言いながら一夏の隣に座る。ですが気にしないと言いながらも何故か俺を見下しているような目で見ているのは俺の気のせいですか?

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」

 

「はい、そうですけど」

 

「一応そうなっています」

 

 先輩の問いに一夏と俺は答える。

 

 ってか本当にこの学園はアッと言う間に噂が広がるんだな。噂と特売には目がないとよく聞くが、正にその通りだな。

 

「でも君たち、素人だよね? IS稼働時間いくつくらい?」

 

「いくつって……二〇分くらいだと思いますけど」

 

「俺は十五分程度ですね」

 

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く三〇〇時間はやってるわよ」

 

 成程。確かに稼働時間だけで言えば俺と一夏には差があり過ぎてとても勝てないな。

 

「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて……そっちの君もどうかしら?」

 

 そう言いながらずずいっと一夏に身を寄せてくる先輩。一夏は喜んでいるが俺は御免だった。

 

 この先輩、明らかに俺を見てる時には見下した眼をしている。一夏の時には優しく教えるだろうが、俺の場合だと何かしら理由を付けて馬鹿にするのが目に見えてるからな。そんな相手に教えられるほど俺はお人好しじゃない。

 

 俺が断ろうとすると、一夏が空かさず答えようとしていた。

 

「はい、ぜ――」

 

「結構です。私が教えることになっていますので」

 

 承諾しようとする一夏に食事を続けていた篠ノ之が遮って断った。ま、そう来るだろうと思ったよ。

 

「あなたも一年でしょ? 私の方がうまく教えられると思うなぁ」

 

「……私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

 おやおや、関係無いと言ってた身内の名前を使ってまで一夏に教えようとするとは。相当この先輩が一夏に教えられるのが我慢出来ないみたいだな。

 

「篠ノ之って――ええ!?」

 

 篠ノ之の発言に先輩は驚いた。そりゃ確かに、IS設計者の妹が目の前にいたら誰だって驚くか。

 

「ですので、結構です」

 

「そ、そう。それなら仕方ないわね……」

 

 流石に千冬さん並みの強力な人物の前では形無しだな。あの先輩は軽く引いた感じで行ってるし。一夏、気持ちは分かるが何も残念そうな顔をしなくても良いと思うぞ。

 

「なんだ?」

 

「なんだって……いや、教えてくれるのか?」

 

 篠ノ之をジッと見る一夏。さっきからそう言ってるだろうが。それくらい気付けよ。

 

「そう言っている」

 

「良かったじゃないか一夏。教えてくれる相手がいてくれて」

 

「あ…ああ、そうだな。だったら和哉も一緒に……」

 

 このバカ! 俺がいたら邪魔になるだけだっての! ってコイツにそんな事言っても無駄か。

 

「俺は山田先生に教えて……」

 

「神代。お前もついでに教えてやる」

 

「え? 良いの?」

 

「構わない」

 

「ハハ、良かったな和哉」

 

 おいおい一夏よ。アンタ分かってる? 俺はついでで教えられるんだぞ? 篠ノ之も本当は一夏と一緒にいたいくせに。ま、どうせ篠ノ之の事だ。一夏が『良かったら和哉も一緒に教えてくれ』と言うのが予想してたから、俺も一緒に教えた方が良いと思ったんだろう。

 

「今日の放課後、剣道場に来い。一度、一夏の腕がなまってないか見てやる」

 

 はて? ISの事を教えるのに何ゆえ剣道場なんだ?

 

「いや、俺はISのことを――」

 

 一夏も篠ノ之の予想外な台詞に突っ込もうとするが……。

 

「見てやる」

 

「……わかったよ」

 

 有無を言わさない篠ノ之であった。気が短い上に強情なんだな。一夏はとんでもない相手を惚れさせてしまったもんだ。

 

「えっと……一夏を剣道場に連れて行くんだったら、俺はやっぱり山田先生に教えて……」

 

「お前も一緒に来い。少しばかり試したい事がある」

 

「……はいはい」

 

 俺を試すねぇ……。どう言うつもりかは知らないけど、そっちがそう来るんならコッチも試させてもらうよ。アンタがどれ程の実力を持っているのかを、な。



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第8話

 放課後、剣道場にて……。

 

「どういうことだ」

 

「いや、どういうことって言われても」

 

 ギャラリー満載の中、一夏は篠ノ之と手合わせ開始して十分後にアッサリと負けた。一夏の無様な姿に篠ノ之はすぐに面具を外して目じりがつり上がって怒っている。

 

「一夏、多少は体を動かしておけって言っておいただろう」 

 

「そう言われても俺、受験勉強してたし」

 

 呆れながら言う俺に一夏は言い訳をすると、次に篠ノ之が激昂しながら問い詰める。

 

「どうしてここまで弱くなっている!?」

 

「さっき一夏が言っただろ? 受験勉強してたから、って」

 

「……中学では何部に所属していた」

 

「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」

 

 一夏が帰宅部なのは家計を助けるためにバイトをしていたからだ。

 

「……一応聞くが神代。お前は武道を嗜んでいるみたいだが、何部に所属していた?」

 

「俺も一夏と同じく」

 

 尤も俺は学校から帰って速攻に師匠の家で修行だったから、ハッキリ言って部活以上の事はしていた。

 

 そう思っていると篠ノ之は引き攣った顔をしており……。

 

「――なおす」

 

「はい?」

 

「ん?」

 

「鍛え直す! お前たちはIS以前の問題だ! これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」

 

 何故か俺も含めて稽古すると言って来た。

 

「え。それはちょっと長いような――ていうかISのことをだな」

 

「だから、それ以前の問題だと言っている!」

 

 あ~らら。こりゃ言っても無駄みたいだな。やはり山田先生に教えてもらったほうが良いみたいだ。ま、一夏の場合は少し体を動かしておいた方が良いかもしれないな。あんな体たらくじゃ、ISの知識を学んで動かしたところで身体が付いていけないと思うし。

 

「全くお前と来たら……! おい神代、今度はお前の腕を見てやるから防具を身につけろ」

 

 随分な物言いだな。まるで実力は俺より上だと分かりきってる台詞だ。

 

「悪いが俺はアンタの稽古に付き合う気は無い」

 

「なっ!?」

 

 俺の台詞に驚く篠ノ之だが、それでも俺は言い続ける。

 

「それに俺がやってる武道は剣道じゃない。主に手足を使う方の武道だからな」

 

「だ、だがお前は何処にも部活に所属して無いと……」

 

「確かにそう言ったが俺は学校外で師匠に鍛えられてるんだ。大して体を動かしてない一夏とは違う」

 

「……一夏、本当なのか?」

 

「ああ。和哉は毎日師匠に扱かれてるっていつも聞かされてるし」

 

 信じられないみたいに一夏に訊く篠ノ之。これでも今日の朝にトレーニングをした後に千冬さんと組み手をしたからな。それにさっきの手合わせを見て篠ノ之の実力は大体把握し、今の俺でも充分に対応出来る。

 

「そうか……すまなかったな神代。だがどの道お前の実力も知っておきたい」

 

「だから俺は剣道をやらないって……まあ良い。この際だからアンタに鍛え直される必要が無い事を分かってもらわないとな。一夏、竹刀を借りるぞ。それと少し離れててくれ」

 

「あ、ああ」

 

 俺の台詞に一夏は俺と篠ノ之から距離を取った。離れた一夏を見て俺は竹刀を拾って篠ノ之と対峙する。

 

「さあ篠ノ之さん、いつでもどうぞ」

 

「………貴様、私を馬鹿にしているのか? 防具を着けずに私と手合わせをすると?」

 

 制服のままで片手で竹刀を持ったまま構える俺に、篠ノ之は顔を引き攣らせながら言って来る。

 

「おい和哉、いくらお前でもそれは無茶だ。箒は中学の剣道大会に優勝するほどの実力を……」

 

「問題無い。その程度(・・・・)の実力なら今の俺でも充分勝てる」

 

「……何だと?」

 

 俺の『その程度』発言に篠ノ之は激昂寸前だった。安い挑発にすぐ乗ってくれるんだな。

 

「俺はいつも師匠と実戦に近い修行をしていたからな。アマの大会に優勝して自惚れてる今のアンタに俺は倒せないよ」

 

「っ!! そこまで言うなら貴様の実力を見せてもらおうか!」

 

「ま…待て箒! 和哉はまだ構えていな……!」

 

 最後の引き金となったのか篠ノ之は完全に激昂し、一気に気迫が膨れ上がった。

 

 へぇ、中々の気迫じゃないか。だがさっきも言ったけど、あの程度の安い挑発に乗るようではまだまだだな。

 

「いぇやぁぁぁぁぁ!!」

 

 気迫と同時に切り裂くような雄叫びを上げながら、竹刀を上段に構えた篠ノ之が向かって来る。

 

 そして竹刀が俺の頭に当たろうとする直前に……。

 

 

バシイッ!!

 

 

「な、何だと!」

 

「嘘だろ!?」

 

 凄まじい音がすると攻撃をした篠ノ之、見ていた一夏だけじゃなく他のギャラリーも驚愕した。俺が上段攻撃をしてきた篠ノ之の竹刀を左手(・・)で受け止めた事に。

 

「ふむ……もし昨日、これで一夏を殴っていたら確実に危なかったな。やはり昨日没収しておいて正解だった」

 

 竹刀を受け止めた俺は大して痛そうな顔もせずに分析している。

 

 この程度は師匠の攻撃と比べたら大して痛くないからな。小さい頃の俺だったら物凄く痛がって泣いてただろう。慣れと言う物は恐ろしい物だ。

 

「は、放せ貴様!」

 

「片腕だけならアンタでも逃れる事は出来ると思うが?」

 

「ぐぎぎぎぎ!!」

 

「? 箒、一体何してるんだ?」

 

 歯を食い縛りながら力を込めている篠ノ之の行動に、一夏は不可解な顔をしていた。ついでに他のギャラリーも。

 

「どうやら無理みたいだな。まあ良いや。アンタがこの状況から抜け出せないなら、さっさと終わらせてもらうとするか」

 

 先ずは受け止めてる竹刀を左へグイッとずらし……。

 

「うわっ!」

 

 

パシンッ!

 

 

 竹刀をずらされて素っ頓狂な声を出す篠ノ之の頭に軽く面をして終わりっと。

 

「なっ!」

 

 造作も無く篠ノ之を倒す俺に一夏とギャラリー再び驚愕した。一々驚きすぎだっての。

 

「とまあ呆気無い終わり方だったが、これで俺の実力は分かったかな? 篠ノ之さん」

 

「わ…私が……こ…こんな簡単に負けるなんて……」

 

 俺に負けた篠ノ之はショックを受けて両手と両膝を地に着けている。

 

「俺は勉強やISに関しては全くと言っていいほど大した事は無いが、この丈夫な体と武道だけが俺の取り柄だ」

 

 師匠に比べれば俺はまだまだ半人前だが、それでも誰にも負けないと心に誓っているからな。

 

「悪いけど今の(・・)アンタの実力じゃ俺の相手にならないよ。腕を磨いて出直してくるんだな」

 

「………………………」

 

 見下ろしながら事実を言う俺に篠ノ之は聞いていないように呆然としている。

 

「和哉! いくらなんでもそれは言い過ぎだろう!」

 

「事実を言ったまでだ。それに篠ノ之さんは武道の心得があるんだから、下手なお世辞を言うよりハッキリ言った方がいいだろう」

 

 一夏が指摘するように言っても俺は何事も無く言い返す。

 

「それに一夏。お前の場合は篠ノ之さんの実力の半分以下じゃないか。以前は剣道をやってたと聞いたが、あんな有様じゃISの知識を学んで動かしても、身体が追いつかなきゃ意味無いだろうが」

 

「うっ………」

 

 俺が指摘すると一夏は言い返さずに口篭る。

 

「お前は知識を学ぶ前に篠ノ之さんの言われたとおり鈍った体を鍛え直せ。良いな?」

 

「は…はい……」

 

「ほら篠ノ之さん、アンタもいつまでも落ち込んでないで一夏に………あれ?」

 

 篠ノ之に一夏の相手を任せようとした俺だったが、先程まで俺の近くで両手と両膝を地面に付けていた篠ノ之がいつの間にかいなかった。辺りを見回すと篠ノ之は更衣室へと向かっている。

 

「ちょ…ちょっと待て箒! 何処へ……!」

 

「やれやれ、篠ノ之は意外と打たれ弱いんだな」

 

 あの程度でヘコたれるとは情けない奴だ。武士を名乗るならもうちょっと気概を示して欲しかったんだが。ま、剣道に相当自信を持っていたアイツが、剣道歴も無い俺にアッサリと負けた事が相当ショックなんだろう。

 

 

『織斑くんてさあ』

 

『結構弱い?』

 

『ISほんとに動かせるのかなー』

 

 

 ひそひそと聞こえる一夏に対する落胆した声と……。

 

 

『それにしても神代くん凄かったわね』

 

『素手で竹刀を受け止めるなんて』

 

『でもいくらなんでもさっきのアレは言い過ぎよ』

 

『女の子相手にあそこまで言うだなんて』

 

『実力差があると言っても多少気を遣うべきよね』

 

『ホントに神代くんってデリカシー無いわ』

 

『全く、これだから男はすぐ調子に乗るんだから……』

 

 

 俺に対する賞賛と侮蔑の混じった声が聞こえた。

 

 賞賛するギャラリーはともかく、陰口を叩く連中にはいい加減ウンザリしてきたな。

 

「そこで俺を罵倒してる見物客の皆さん、言いたい事があるなら直接言ったらどうだ? そんなに俺が嫌いなら一斉にかかって来るといい。尤も、アンタ等にそんな度胸があればの話だが?」

 

『!!!』

 

 俺が殺気の無い睨みをした途端、俺を罵倒していた女子達が蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去った。アイツ等はホントに口だけは達者だな。

 

「さて、これで邪魔者がいなくなったな。けどまぁ篠ノ之が行っちゃったから、今日は俺が代わりにお前を軽く鍛えてやろう」

 

「ちょ…ちょっと待て和哉! 俺たちはISについて学んだ方が……」

 

「さっき言ったろ? 知識を学んだところでISを動かしても身体が追いつかなきゃ意味が無いって。かと言って知識も学ばなきゃダメだから山田先生に明日補講をしてもらうように頼まないとな。まぁ取り敢えず今日は簡単な基礎訓練をしてもらうぞ。安心しろ、俺も一緒に付き合うから」

 

「げっ! お前の言う基礎訓練って半端無いのに!」

 

「つべこべ言わずにやるぞ。先ずは竹刀と防具を片付けた後、道場を出て部屋に戻りジャージに着替えたらトレーニングルームへ行くぞ。言っておくが逃走なんてバカな真似はするなよ?」

 

「はあ~~~………明日は筋肉痛になりそうだ」

 

 渋々と俺に従う一夏。そして俺と一夏は片付けた後に道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

(私は……一体何をしていたのだ?)

 

 剣道場の更衣室で着替えをしながら、箒は喪失状態であった。

 

 本来だったら箒は、六年ぶりに再会した幼馴染の織斑一夏を鍛え直す予定だった。神代和哉もついでに実力を測ろうとしていたが、和哉の予想外な行動に激昂してしまい挑んだにも拘らず負けた。それもアッサリと。

 

 

『悪いけど今の(・・)アンタの実力じゃ俺の相手にならないよ。腕を磨いて出直してくるんだな』

 

 

 この台詞に箒は胸が深く突き刺さり、抉られたかのような状態になった。剣道大会に優勝した自分があんな事を言われる事に予想だにもしなかったから。

 

(だがそうなるという事は、私自身が慢心していた事になる)

 

 もしそうでなかったら、自分は神代に再び挑んでいたと考える箒。

 

(昔は一夏がいたから、私は絶対に一夏より強くなろうと必死になっていた)

 

 しかしそれはあくまで昔の話。一夏と離ればなれになっていた箒としては、ライバルと呼べる相手がいなかった。故に一人で鍛錬し、一人で上を目指していた。今までそんな状態だったから、自分より強い相手はそう簡単にいないと結論する。

 

 そんな結論をあっさりと覆すかのように、同い年である神代和哉と言う男に出会った。そして和哉の挑発にアッサリ乗ってしまい、激昂した状態で挑み、難なく和哉に攻撃を受け止められた後にアッサリと敗北。そして和哉の最後の台詞により、箒の今まで築いたプライドが粉々に打ち砕かれた。

 

(情けない……あの程度の挑発に乗ってしまうどころか、あんな無様に負けるなんて……恥晒しも良いところだ)

 

 箒は侮辱した和哉を恨んではいなく、武士と自負していた自分自身を蔑む。

 

 あの時の和哉の挑発は冷静に聞き流し、心を鎮めて挑むべきだったのだ。だがそれとは別に箒は激昂してしまい、強烈な一撃といえど不要な物が混じっては意味が無かった。仮にその攻撃で和哉を倒したとしても、箒は今まで以上に思い上がっていたかもしれない。

 

(神代がいなかったら、私はこの先ずっと慢心していたな……礼を言うぞ神代)

 

 箒は和哉を恨むどころか、逆に感謝していた。今まで自分が失っていた物を取り戻してくれたように。

 

(お蔭で私は更に上を目指す事が出来る……お前と言う強者を倒す目標が!)

 

 そして息を吹き返したかのように箒は満ち満ちた顔になり、そして決意する。

 

「神代が言った『今の』私で倒せないなら、更に精進するまでだ!」

 

 和哉の台詞を箒は理解していた。更に研鑽すれば和哉は自分を認めてくれると。 

 

「アイツを倒したら一夏が私を見てくれて……はっ!?」

 

 決意している箒だったが、ふと一夏の事を考えた。

 

(な…何故神代を倒したら一夏が私を見る事になる? そう言えば……一夏はいつも神代の傍らにいたな)

 

 何かある度に一夏は和哉に頼っている事があった。まぁ男が一夏と和哉だけなら、一夏が必然的に和哉の側にいるのは何ら不思議ではない。

 

 だがそれは箒からしてみれば気に入らなかった。頼る相手が幼馴染である自分より、中学で知り合った和哉を一番頼っていることに。

 

(これでは神代に嫉妬している事になるじゃないか! アイツは男だぞ! 相手が女ならともかく、男に嫉妬してどうする!?)

 

 さっきまで和哉を絶対に倒すと意気込んでいた箒だったが、急に恋のライバルみたいに考え始めていた。

 

(と…とにかく今は神代を倒す為に精進しないといけないんだ! そうだ! アイツは私が倒すんだ!)

 

 と、決意している箒であったが……。

 

(その後は神代の目の前で『一夏の事は私に任せろ』と言って……って違う!)

 

 また変なことを考えていた。

 

「神代は男なんだ! 何で神代に向かってそんな事を言う必要があるんだ~~!」

 

 だだっ広い更衣室で一人、物凄く馬鹿馬鹿しい事を叫んでる箒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

「ん? どうしたんだ和哉?」

 

 トレーニングルームで一夏と一緒に基礎訓練をしている最中、俺はいきなり悪寒が走った。

 

「い…いや、何か急に気色悪い悪寒が走ってな……」

 

「はあ?」

 

 俺の台詞に一夏は首を傾げている。確かに俺自身も何を言ってるのかが分からないな。

 

「そ…そんな事より続けるぞ。まだ始まったばかりなんだからな。早くしないと夕食を食べ損なっちゃうぞ」

 

「はいはい、分かってるよ……ふっ! ふっ! ふっ!」

 

 そして一夏は基礎訓練を再開し、俺も一緒にやるのであった。

 

(あ、そう言えば夕食後には布仏にアップルパイをご馳走するんだった。すっかり忘れてた)

 

 夕食前には作っておかなければ、と考えてる最中に……。

 

「和哉、今夜は久しぶりに対戦するけど容赦しないぜ」

 

「ん? 対戦?」

 

「おいおい、忘れたのか? 今夜和哉のゲームやるって言ったろ?」

 

「ああ、そうだったな。篠ノ之の事があって忘れてた」

 

 ゲーム対戦をする約束も思い出した。一夏が来る前にゲームの準備をしておかないとな。



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第9話

「はあっ! はあっ! はあっ! も、もう無理だぁ~~~」

 

「何だ一夏。あの程度でもうへばったのか? 情けないな。これは俺のやってる量の半分以下だぞ?」

 

「お前の基準で言うな! 基礎訓練って言っても俺からすれば滅茶苦茶ハードだったぞ! こっちはブランクがあるってのに!」

 

 基礎訓練が終わると一夏はグラウンドで大の字になって寝転んでいる。

 

 トレーニングルームで腹筋・背筋・腕立て50回×3セットの次にスクワット50回をやって(一夏を)少し休憩させた後、グラウンドへ行って1周 (5km)走った。

 

「まあ良い。取り敢えず戻って夕食にするか」

 

「はあっ……はあっ……お前なぁ……あれだけの事をしたのにすぐ飯が食えるのか?」

 

「だから言ったろ。俺のやってる量の半分以下だって。本当だったら一夏には俺と同じ量をやらせたかったんだからな」

 

「ち…ちなみにどれくらいだ?」

 

「えっと……」

 

 俺が朝にやった筋トレ内容 (注:第五話参照)を教えると……。

 

「無理だ! そんな事したら全身動けなくなる! パワーリストやアンクルなんて付けて走ったら絶対に終わらないし! ってか5kgの鉄棍の素振りってなんだ!? そんなの普通やらねぇだろ!?」

 

 一夏が無理矢理立ち上がって突っ込みまくっていた。

 

「最初はキツイが毎朝やってたらその内慣れるぞ? まあ鉄棍の素振りは流石に無理だが……」

 

「ま、毎朝って……お前いつもそんな筋トレやってたのか?」

 

「ああ」

 

問題なく答える俺に顔が引き攣る一夏。

 

「……………俺、和哉がどれだけ規格外な人間なのかが本当に良く分かったよ」

 

 失敬な奴だな。前にも言ったが俺はまだ師匠の領域には入ってないってのに。

 

「まあそんな事より早く寮へ戻るぞ。お前もいい加減動けるようになっただろ?」

 

「そ、そりゃ多少は……」

 

「なら戻るぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ和哉!」

 

 俺が更衣室へ戻ると、一夏はノロノロと俺に付いてくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「すいません。勝手にキッチンを使ってしまいまして」

 

「なぁに、良いってことよ。男のアンタがお菓子を作るところを見てて新鮮だったからね」

 

 一夏と一緒に夕食を食べ終えた後、俺はキッチンに言って皿洗いをしている学食のおばちゃん達にアップルパイを作る許可を貰い、今はオーブンで焼き上がるのを待っていた。

 

 そして……。

 

 

チ~ン!

 

 

「お、出来たか」

 

 焼きあがった音が聞こえた俺はすぐにオーブンを開けると、その中にはこんがりと焼けた円盤状のアップルパイが二枚出来上がっていた。

 

「よっと……アチチ!」

 

 アップルパイを取り出してそれぞれの皿に置き、ナイフを使ってサクサクと切って分割する。

 

「はい! 神代和哉お手製アップルパイの……完成で~す!」

 

「「「「お~~~(パチパチパチ)」」」」

 

 俺の完成宣言におばちゃん達が乗ってくれて拍手をしてくれた。この人達ってノリが良いな。

 

「では先ずキッチンを使うのを許可してくれたおばさん達にお礼として、出来立てをどうぞ」

 

「私達の分まで作ってくれるなんて嬉しいねぇ」

 

「こりゃ食べないと罰が当たっちまうよ」

 

「それじゃあ頂きます、と」

 

「あちち! はむ……(サクサク)」

 

 食べるように促すとおばちゃん達は一斉にアップルパイを食べ始めると……。

 

「「「「美味し~い!」」」」

 

「ありがとうございます」

 

 揃って褒めてくれた事に俺は嬉しそうに言う。

 

「な、なんだいこのアップルパイは!? 年甲斐も無く思わず叫んじゃったよ!」

 

「リンゴとカスタードクリームが丁度良い甘さだよ!」

 

「あちちち! ま、またすぐ口に入れたくなっちゃうよ!」

 

「それに丁度良い甘さだから全然飽きないし!」

 

 おばちゃん達の反応に俺は成功だと思った。久々に作ったけどそれほど腕は落ちてないみたいだな。

 

「どうですか? 疲れた後にアップルパイを食べた感想は?」

 

「「「「最高だよ(グッ!)」」」」

 

「それは良かった」

 

 サムズアップするおばちゃん達。俺は嬉しく思いながら、もう一つの皿に置いてあるアップルパイを持つ。

 

「じゃあ俺はもう一つのアップルパイを部屋に持って行きますので。皿は明日にお返しします」

 

「ああ、分かったよ」

 

「美味しいアップルパイを食わせてくれてありがとよ」

 

「また作るときはいつでも言ってくれ」

 

「来るのを楽しみに待ってるよ」

 

「では俺はこれで。キッチンを貸していただきありがとうございました」

 

 未だにアップルパイを食べているおばちゃん達に礼を言った俺は、キッチンから去って行った。

 

 

『いやいや、あの子は良くできた子だねぇ~』

 

『アタシの娘とは大違いだよ』

 

『もしあんなに立派な息子がいたらあたしゃ絶対自慢してるね』

 

『そうだね。娘に見習わせたいもんだ』

 

 

 俺がいなくなるとキッチンでは一種の行事とも言えるおばちゃんトークが始まっていた。主に俺を話題にしたトークを。何か恥ずかしいからさっさと部屋に行こう。

 

 

 

 

 

 そして部屋に着くと……。

 

「待たせたな」

 

「かず~、待ってたよ~。美味しそうな匂いだ~」

 

 部屋に入った瞬間、布仏がすぐに出迎えてアップルパイを取ろうとしていた。

 

「コラ。来て早々すぐに食べようとするな。はしたないぞ」

 

「う~~、だって本当に美味しそうなんだもん~」

 

「ところであの二人は?」

 

「もういるよ~」

 

「そうか」

 

 布仏の返答に俺が奥へ進むと、布仏が使ってるベッドには谷本と鏡が座っていた。

 

「ど、どうも……」

 

「と、取り敢えず来たよ」

 

「来てくれてありがとうな。では早速……ほら布仏さん、早く皿を出して」

 

「え~? かずーが用意してくれないの~?」

 

「この部屋の主は俺と君だ。そしてお客である二人を持て成すのは当然だろう。手伝ってくれないとあげないぞ?」

 

「ぶ~~~~」

 

 膨れっ面になりながらも布仏は小皿を用意する。流石にアップルパイが食べられないとなると大人しく従うみたいだな。

 

 そして布仏が用意した小皿に俺が分割したアップルパイを載せた。

 

「ではどうぞお二人さん。布仏さんも食べて良いから」

 

「わ~い! いっただっきま~す!」

 

「い、いただきます」

 

「はむ(サクサク)」

 

 布仏、谷本、鏡が一斉にアップルパイを食べると……。

 

「す、凄く美味しいよ~♪」

 

「な、なにこのアップルパイ……凄く美味しいじゃない……!」

 

「何でこんなに美味しいの……!?」

 

 それぞれが思った事を口にしながらも頬張っていた。

 

「「!!!(ドンドンドン!)」」

 

「ほれ。冷たい紅茶もどうぞ。と言っても市販で売ってる物だが」

 

 谷本と鏡が喉を詰まらせたので俺が紅茶が入ったコップを渡すと、二人は即座に受け取った。

 

「「(ゴクゴクゴク!)……ぷはぁ~。ありがと~」」

 

「どういたしまして」

 

「「……はっ!」」

 

 紅茶を渡した相手が俺だと気付いた谷本と鏡は若干固まったが……。

 

「で、お二人さん。アップルパイを食べた感想は?」

 

「…………………美味しいです」

 

「………………それも凄く」

 

「それは良かった」

 

 恥ずかしながら言うと、俺は笑みを浮かべる。

 

「ホントに美味しいよかずー♪」

 

「はいはい、もう一つあげるから君はちょっと静かにしてて」

 

「は~い。あむあむ♪」

 

 俺に美味しいと言って来る布仏に、俺が余ったアップルパイをあげると再び食べ始めた。

 

「と言う訳で、このアップルパイは俺からの友好の証なんだが……」

 

「「…………………」」

 

「君達が未だに俺を嫌っているのは分かってる。だけどこの俺達は一年間同じクラスなんだ。この先いつまでも険悪な仲が続くと、お互いに良くないからね。友達になってくれ……とは言わないけど、必要最低限に話しかけてくれたら嬉しいんだが。どうかな?」

 

「「…………………」」

 

 谷本と鏡はダンマリとしていたが……。 

 

「そ、そうね。同じクラスメイトなんだし……」

 

「いつまでも引き摺ってると……あんまり良くないよね……」

 

(よし!)

 

 妥協してくれると、俺は内心ガッツポーズをした。

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。それとまたアップルパイが食べたい時が来たら何時でも言ってくれ」

 

「え! ホントに!?」

 

「また作ってくれるの!?」

 

「ああ。とはいえ、明日また作ってくれって頼まれても流石に無理だが」

 

 俺の作ったアップルパイは本当に好評のようで、また機会があれば食べると嬉しそうに言う谷本と鏡。

 

 これにより、険悪になってたクラスメイトの女子二人と仲良く会話出来る間柄となった。

 

 と、そんな時……。

 

 

ガチャッ!

 

 

「和哉ぁ~。約束通り来たぞ~」

 

 一夏が部屋に入って来た。

 

「え!? お、織斑くん!?」

 

「どうして織斑くんが此処に!?」

 

「あ、いらっしゃいおりむー」

 

 谷本と鏡は驚き、布仏は歓迎する。流石に一夏がこの部屋に来たのは二人にとって予想外だっただろう。

 

「よう一夏。待ってたぞ」

 

「おう。あれ? 先客が来てたのか?」

 

「まあな。あ、お二人さんに言い忘れてた事があったけど、アップルパイを食べると同時に一夏も呼ぶから……って言えば分かるかな?」

 

「「!」」

 

「? 一体何の話だ?」

 

 俺の発言に谷本と鏡は何か気付いた顔になり、一夏は不可解な顔をしている。

 

「もしかしたらこれを期に一夏とお近づきになれるチャンス……逃したくないよな?」

 

「そ、そうね。こんなチャンス滅多に無いし」

 

「神代君とはこの先仲良くなれそうね」

 

「ふふふ、そう言ってくれて何よりだよ」

 

「和哉、さっきから何の事を言ってるんだ?」

 

 未だに一夏が分からない顔をして俺に聞くが……。

 

「「「いやいや、こっちの話」」」

 

「今度は二人も!? ってかお前らいつの間に仲良くなってるんだ!?」

 

「すごく息がピッタリだね~」

 

 俺、谷本、鏡の返答に一夏が突っ込み、布仏は感心そうに見ていた。

 

「まぁそう言う訳で、この後はどうする?」

 

「本当なら織斑くんと一緒に話したいけど……」

 

「流石に準備が出来てないから、今日は帰らせてもらうわ」

 

 そう言って谷本と鏡は食べ終えたアップルパイの皿を片付け、部屋から出ようとする。

 

「それじゃあ神代くん、また」

 

「アップルパイありがとうね~」

 

「ああ。またな」

 

「また明日~」

 

「おい和哉! いつまでも俺を放置しないで早く説明してくれ!!」

 

 去っていく谷本と鏡に俺と布仏が見送ると、さっきまで放置していた一夏がついに叫んだ。

 

 

 

 

 

 一夏に彼女達にアップルパイをご馳走した事を説明した後、俺は用意していた携帯ゲームで一夏と対戦していた。

 

 因みに一夏とお近づきに関しては伏せている。

 

「頑張れー、かずー、おりむー」

 

「ところで一夏、篠ノ之は未だに落ち込んでいたか?」

 

「いや、そんな感じは無かったな」

 

「何?」

 

 布仏が互いのゲーム画面を見て応援している中、俺が一夏に篠ノ之について聞くと、予想外な返答をする一夏に疑問を抱く。

 

「どう言う事だ?」

 

「何か吹っ切れたって感じだったんだが、俺の顔を見た途端におかしな事をしてて……」

 

「はあ? 何だそりゃ?」

 

 前者はともかく、後者は良く分からんな。一体アイツに何が遭った?

 

「まぁ分かった事は、箒は目標を見つけたってところだ。何の目標かは分からないが」

 

「そうか……」

 

 どうやら篠ノ之は俺があの時言った台詞に気づいたみたいだな。未だにへこたれていると思っていたが、意外と立ち直りが早いようだ。

 

 これで俺も少しは楽しめるな。この学園で千冬さんを倒すのが目標とは言え、張り合う相手がいないと面白くない。出来ればもう一人張り合わせたい相手がいる。それは俺の目の前にいる一夏だ。

 

 同じ男である一夏とも張り合いたいから、コイツにはその気にさせる為の切欠が欲しいな。俺にライバル宣言をして自らも研鑽しようとする切欠を。どうすれば良いかな?

 

「隙ありだ和哉!」

 

「ん? あ……」

 

 俺が考えながらゲームしてると、一夏が俺のキャラをすぐに攻撃して勝った。

 

「よっしゃ! 今回は俺の勝ちだな和哉」

 

「どうやらそのようだな……くそっ」

 

「残念だったね、かずー」

 

 得意面になる一夏に俺が悔しそうな顔をし、布仏が俺を慰めようとする。

 

「さて、今日はここまでにするか」

 

「そうだな。俺も今日は和哉の基礎訓練をやって眠くなってきたし……ふぁ」

 

「私も眠くなってきた~」

 

 そして一夏は自分の部屋に戻り、俺と布仏は歯を磨いた後にベッドに就寝した。

 

 だが……。

 

「こら布仏さん、夜中にノートパソコンを弄ってないでさっさと寝る」

 

「てひひ、バレちゃった~」

 

 布団の中で夜更かしをやろうとする布仏に指摘させると、今度はちゃんと寝るのであった。



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第10話

 翌週の月曜。セシリア・オルコットの対決の日。

 

「なあ和哉、俺たち大丈夫かな?」

 

「この一週間、補講と基礎訓練の繰り返しをやったんだ。お前もそれなりの体力が付いたろ?」

 

「確かにそうだけど……」

 

 一夏とゲームをした翌日、朝練をした後、山田先生に補講をしてもらうよう頼んだ。山田先生は『生徒を指導するのは教師の役目ですから』と言って嬉しそうに承諾してくれた。

 

「山田先生の補講は分かりやすくて良かったんだが……俺や一夏を見て途中から変な事を呟いていたな」

 

「俺、あの人本当に大丈夫かって何度も思ったぞ」

 

 放課後の教室で俺と一夏と山田先生しかいなかったから、山田先生って男相手に大して慣れていないからああなったんだろう。それに加えて俺と一夏がいるとなると尚更だ。山田先生の妄想の極め付けは『織斑くんと神代くんに強引に迫られたら私……』なんて言ってたからな。あれは正直ドン引きした。俺が思わず『山田先生って男に飢えてるんですか?』と言った途端、山田先生は即座に違うと否定していたが。

 

 ま、そんなギャグテイストな補講と基礎訓練を交互に行って、間に合わせの知識と(一夏だけ)体力が見についた。

 

 本当だったらISを使って操縦練習もしようと考えていたが、一夏のISは未だに届いておらず、訓練機の無期限貸し出し許可を与えられている俺一人だけでやるのは流石に気が引けたので敢えてやらなかった。もし俺一人だけで練習してたら、アリーナで練習していた女子達が一斉に俺を見て、数名が何かしらの理由を付けて絡んだ上に甚振ろうと容易に想像出来た。別にそうなっても全力の『睨み殺し』を使って動けなくさせて練習すれば良いんだが、一夏が補講と基礎訓練してる最中に俺だけISの操縦練習する訳にはいかないからな。

 

「それと今更何だが………何で箒まで俺達と一緒にやっていたんだ?」

 

「気にするな、一夏」

 

 一夏の台詞に近くにいた篠ノ之が何でもないように言い放つ。

 

「いや、気にするなって言われても」

 

「元はと言えば和哉が勝手に一夏を連れて行くから、私は急にやる事が無くなったんだ」

 

「そ…それはすまなかったな」

 

 箒の台詞に俺は謝る。途中から箒も一緒に補講と基礎訓練に参加してこの一週間、一夏と箒はお互いに名前で呼び合う仲に戻っていた。そして篠ノ之が『神代、これからは私の事を箒と呼んでくれ。私もお前の事を和哉と呼ぶから』、と言われたので俺も篠ノ之とは名前で呼び合う仲となっていた。妙にライバル宣言な感じがしたけど。

 

「まぁ三人で訓練するのは結構楽しかったからな。俺は嬉しかったぞ、箒」

 

「う、嬉しい?」

 

「ああ、六年前に一緒に剣道した事を思い出したよ」

 

「そ、そうか。私と一緒にいて嬉しかったか……そうかそうか」

 

「………………………」

 

 あ~~俺の気のせいかな~? 一夏と箒の周りからラブラブオーラが流れているような気がするよ。と言ってもそれは箒だけで、一夏本人は全然自覚してないだけだ。試合前だってのに甘ったるい空気を醸し出されたら流石にちょっとな。

 

「一夏、また和哉と訓練する事があるなら私も一緒に良いか?」

 

「おお、いいぜ」

 

「じゃ、じゃあその時は私が弁当を作って……」

 

「ゴホンッ! ゴホンッ!」

 

「!!!」

 

「ん? どうしたんだ和哉?」

 

 俺が咳払いをすると箒は漸く俺に気付き、一夏は不可解な顔をしながら俺を見た。

 

「あ~すまん。ちょっと咽ちゃってな……」

 

「? 何で咽たんだ?」

 

「そ、それより! 一夏のISはまだ来ないみたいだな!」

 

 俺の台詞に一夏が原因を聞こうとしたが、箒が話題を変えようと少々叫びながら言った。箒はちゃんと分かっていたみたいだな。

 

「やれやれ、試合当日だってのに学園は何やってるんだか」

 

 箒の台詞に俺も便乗して学園の対応の遅さについて言う。事情があってごたついているのは聞いているが、こんなに遅かったら愚痴りたくもなる。

 

 因みに俺は今ISの訓練機である打鉄を既に身に纏っている。見た目は武者鎧のような形態だ。使うのは二回目だがそう大して違和感は無い。

 

「って事はもしかして今日、試合が出来ないんじゃ……?」

 

「となると今回は俺一人でオルコットと試合する事になりそうだな」

 

 試合は『神代和哉&織斑一夏 VS セシリア・オルコット』となっている。相手がオルコットだけでは俺達が一番有利と思われるだろうが、そう上手くは行かない。何しろ俺と一夏は素人で、オルコットは玄人だ。それを考えるとオルコットが俺たち二人に挑んだところで何の障害にもならない。オルコットも当然それが分かっており、2対1で構わないと了承しているのだ。アイツの事だから一人ずつ倒すより、纏めて倒したほうが効率的で良いと考えているに違いない。聞いた話だとオルコットのISは対複数戦用だとか。

 

 俺がそう考えている最中に駆け足でこちらに向かって来る音が聞こえた。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

 第三アリーナ・Aピットに来たのは三度も一夏を呼ぶ山田先生。本気で転びそうで、見てるこっちがハラハラする足取りだ。だが今日はいつもよりさらに輪をかけて慌てふためいている。

 

「山田先生、どうか落ち着いてください」

 

「そうですよ。はい、深呼吸」

 

「は、はいっ。す~~~~は~~~~、す~~~~は~~~~」

 

 俺が山田先生を落ち着かせようとすると、一夏が深呼吸するように言った。

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

 一夏が悪ふざけでそう言ったら、山田先生は本気で息を止めた。おいおい一夏、お前は何をやってるんだよ。

 

「……………………」

 

「っておい一夏、まだなのか?」

 

「……ぶはあっ! ま、まだですかあ?」

 

 いや、一夏の言う事を素直に従う山田先生もどうかと思うんですけど。

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

 

パアンッ!

 

 

 おおう、弟の一夏を殴る事に容赦無い千冬さんも登場した。相変わらずこの人は神出鬼没なことで。

 

「千冬姉……」

 

 

パアンッ!

 

 

 また一夏を殴ったよこの人。

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 

「(ちょっと聞いたか和哉?)」

 

「(ああ。とても教育者とは思えない言葉だった)」

 

 千冬さんの台詞に一夏が俺に小声で話しかけると俺も頷く。一夏の事だから内心、美人の割に彼氏がいないのはあんな性格だと思っているだろう。

 

「ふん。馬鹿な弟にかける手間暇がなくなれば、見合いでも結婚でもすぐできるさ」

 

 あらま、俺だけじゃなく千冬さんも読んでいましたね。向こうがそう来るならコッチも。

 

「なあ一夏。織斑先生がああ言うならいっその事、俺が師匠に頼んでお前を弟子にするよう頼んでおこうか?」

 

「は?」

 

「!」

 

 俺の台詞に一夏は素っ頓狂な声を出し、千冬さんは物凄い反応をして俺を見る。

 

「師匠ならお前を一人前にする位どうって事無いぞ。そうすれば織斑先生も心置きなく……っ!」

 

 突如殺気を感じた俺は即座に構えて……。

 

 

ガシッ!

 

 

 織斑先生が本気で打ったパンチを両手で受け止めた。その事に一夏、箒、山田先生は驚愕する。俺がISを纏っていると言うのにパンチするなんてな。

 

「いきなり何ですか? 織斑先生」

 

「神代、余計な事はしなくていい。これは私と織斑の問題だ。貴様は口を出すな」

 

「俺は単に織斑先生の負担を減らそうと……」

 

「二度も言わせるなよ?」

 

「………はいはい、分かりました。出すぎた真似をして申し訳ありませんでした」

 

「なら良い」

 

 千冬さんが発した低い声に負けて俺が謝ると拳を引っ込めた。

 

 全くこの人は。素直に『私の大事な弟は自分が一人前にする』って言えば……やば。千冬さんがまた睨んできたから考えるのは止そう。

 

「明日を楽しみに待ってるんだな、神代」

 

 あらら。もうどの道逃げられないか……。まぁ良いや。千冬さんとの組み手が確約出来たと思えば安いもんだ。

 

「和哉……お前生きろよ」

 

「死ぬなよ和哉。私たちは影ながら応援してる」

 

「神代くん、どうか無事に帰ってきてください……」

 

 おいおいアンタ等、人が死地に行くような暗い雰囲気を出さないでくれよ。別に死にはしないから。

 

「お前たちも一緒にやるか?」

 

「「「遠慮します!」」」

 

 千冬さんの発言に俺を除く一夏達は即座に断った。まぁ千冬さんと組み手なんか誰も好き好んでやりたくないだろう。

 

「そ、そ、それより織斑くん! 来ました! 織斑くんの専用IS!」

 

 山田先生が話題を変えて一夏の専用機が来たことを言い出した。

 

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

「はい?」

 

 千冬さんの台詞に一夏が素っ頓狂な声を出している。

 

「この程度の障害、男子たるもの軽く越えて見せろ。一夏」

 

「え? え? なん……」

 

 未だに戸惑っている一夏に……。

 

「「「早く!」」」

 

 山田先生、千冬さん、箒の声が重なった。

 

「(なあ和哉、何で俺の周りにはこういう異性しか……)」

 

「(お前がハッキリしないからだろ)」

 

 小声で話しかけてくる一夏に俺は思った事を言う。少しは状況を理解して欲しいもんだ。

 

 俺がそう思っていると、ごごんっ、と鈍い音がして、ピット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの防壁扉は、思い駆動音を響かせながらゆっくりと向こう側を晒す。

 

 そして目の前に『白い』ISがあった。

 

 随分と飾り気の無い白色だな。いや、純白と言った方が正しいな。

 

「これが……」

 

「はい! 織斑くんの専用IS『白式(びゃくしき)』です!」

 

 一夏の専用機『白式』……か。俺から見れば佇んでいるようにしか見えないが、一夏は何かが違った。まるで待っていたかのように。

 

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間が無いからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。できなければ負けるだけだ。分かったな」

 

 織斑先生が催促すると、一夏は白式に触れる。

 

「あれ……?」

 

「どうした一夏?」

 

「いやさぁ。試験の時に、初めてISに触れた時に感じたあの電撃のような感覚がないんだ」

 

「何?」

 

 そう言えば俺もだったな。この打鉄を纏った時は……ただ、馴染む。理解出来るって。

 

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」

 

 千冬さんに言われたとおり、一夏は白式に体を任せた。その途端、装甲が一夏の体に合わせて閉じた。

 

 かしゅっ、かしゅっ、と言う空気を抜く音が聞こえる。そして白式が一夏と融合したかのように見えた。

 

 お、一夏のISのハイパーセンサーが動いたな。

 

「見えるか一夏。セシリア・オルコットのISの情報を」

 

「ああ、見えるぜ」

 

 俺の問いに一夏は問題無く答える。

 

 因みにセシリア・オルコットのISは『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型で、特殊装備有りだそうだ。

 

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

 

 さっきまで黙っていたんだが、このハイパーセンサーによって相手の微妙な声の震えまで知覚出来る。千冬さんは一夏にぶっきら棒な言い方をしていたが、実際は若干震えていて心配していたのだ。

 

「大丈夫、千冬姉。いける」

 

「そうか」

 

 おやおや? 一夏が『千冬姉』って呼んだのに、呼ばれた千冬さんは叱咤しないとは。こりゃ相当一夏の事を心配していた証拠だな。良い情報をゲットしたな。後で一夏に教えるか。

 

「神代、言ったらどうなるか分かってるだろうな?」

 

「滅相もありません」

 

 くそっ! 抜かりなく俺の心を読んでいやがったか。さっきまでの心配そうな声が一気に無くなって棘が含んでるし。

 

「箒」

 

「な、なんだ?」

 

「行ってくる」

 

「あ……ああ。勝って来い、一夏」

 

「ちょっと箒さん、俺には何も無いのかい?」

 

 一夏と箒のやり取りに俺が突っ込むと、箒が気付いたかのようにコッチを見る。

 

「あ………お、お前も頑張れよ、和哉」

 

「今更そんなついでみたいに言われてもねぇ……」

 

「…………すまん」

 

「冗談だ。そんじゃ俺も行ってくるよ」

 

 謝る箒に俺は笑みを浮かべた後、すぐに真剣な顔になって一夏を見る。

 

「一夏、俺が試合前の前日に言った事を覚えてるな?」

 

「勿論だ」

 

「よし、では行くぞ」

 

「おう!」

 

 俺と一夏はピット・ゲートに進んでいると一夏のISから妙な音が聞こえた。

 

 

ちきちきちきちきちきちきちき

 

 

「さっきから気になっていたんだが、その音は一体何だ?」

 

「ああ、これか? 白式が俺の体に合わせて最適化処理(フィッティング)を行う前の初期化(フォーマット)をやってる音だ」

 

「なるほど。そう言われれば確かに白式の表面装甲が徐々に変わっているな」

 

 千冬さんが実戦でやれって言ってたのはこう言う事だったのか。となると、これは前日に言った通りの事をしておかないといけないな。

 

 お? 考えてる内にゲートが開いたみたいだな。

 

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

 オルコットがふふんと鼻を鳴らす。また腰に手を当てたポーズを取るとは……本当にアレが好きなんだな。ところでアイツ、この間俺が挑発して怒っていたのと言うのに今は冷静だな。

 

 ま、そんな事よりオルコットのISの形状を見ておかないと。

 

 う~ん……『ブルー・ティアーズ』の外見は、特徴的なフィン・アーマーを四枚背に従えてるみたいに、王国騎士みたいな気高さを感じるな。

 

 それとオルコットの手には二メートルを超す長大なライフル……これは検索してっと……六七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》と一致……か。ISは元々宇宙空間での活動を前提に作られており、原則として空中に浮いている。それにより自分の背丈より大きな武器を使うのは大して珍しくも無い。

 

 もうついでに、このアリーナ・ステージは広いな。確か直径は二〇〇メートルだったか。

 

「織斑一夏、最後のチャンスをあげますわ」

 

 俺がアリーナの広さを目だけで確認してると、オルコットは腰に手を当てた一夏の方に、びっっと人差し指を突き出した状態で向けた。左手に持っている銃は、余裕を表しているのか砲口が下がったままである。

 

「チャンスって?」

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ。……ですが神代和哉、あなたは謝ったところで許しませんわ」

 

 一夏にはオルコットは目を笑みに細めていたが、俺を見た途端に憎らしげに見て言い放つ。ありゃ相当俺に恨みを持っているな。その証拠にアイツは俺に砲口を向けてる。ISのハイパーセンサーからでも『警戒、敵IS操縦者の左目が射撃モードに移行。セーフティのロック解除を確認』って情報が流れてるし。

 

 あれで俺に殺気を放って威嚇してるつもりなんだろうが、あの程度など然して問題無い。

 

「そういうのはチャンスとは言わないな。仮に俺がそんな事して退いたら、お前は和哉を甚振る気なんだろ? 友達を見捨てて一人だけ助かる気なんて微塵も無いからな」

 

「いつまでも御託を並べてないでさっさと来い。前から思ってたが、貴様は前置きが長過ぎていい加減ウンザリしているんだ」

 

「そう? 残念ですわ。それなら――」

 

 オルコットが本格的に構えると、ハイパーセンサーから『初弾エネルギー装填』と表示された。

 

 

キュインッ! キュインッ!

 

 

 耳をつんざくような独特の音が出た。それと同時に走った閃光が刹那、俺と一夏の体を撃ち抜こうとする。

 

「避けろ一夏!」

 

「うおっ!?」

 

 俺は咄嗟にかわし、一夏は直撃は免れたものの左肩の装甲が吹き飛ぶ。なんて威力だ。直撃じゃないとは言えアレ程とはな。

 

「一夏、大丈夫か?」

 

「ああ、平気だ」

 

 何でもないように言う一夏だったが、それとは逆に顔を顰めていた。恐らく左腕に受けたダメージが、神経情報としての痛みを走らせているんだろう。だが今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 

 あの女、驚いている俺たちを余裕そうな笑みで見てやがるし。

 

「もうついでに聞く。ほんの一瞬だったが、白式の反応に追いついていないように見えたが?」

 

「悪い。実を言うとそうだ。くそっ。こりゃ和哉に言われたとおりもうちょっと体を動かせば良かったな」

 

「今更そんな事を言ったところでどうにもならんぞ」

 

 さて、今回このISバトルは相手のシールドエネルギーを0にすれば勝ちだったな。だが、先程の一夏のようにバリアーを貫通されると実体がダメージを受ける。さっき一夏が喰らったビームによってシールドエネルギーが減ってる筈だ。そして受けた破損個所は大なり小なり後の戦闘行為に影響を与えてしまう。

 

 そして操縦者が死なないように、ISには『絶対防御』と言う能力が必ず備わっている。あらゆる攻撃を受け止める条件として、シールドエネルギーを極端に消耗するのだ。だが一夏が受けた肩には『絶対防御』が展開されていなかった。それはISが『吹き飛ばされても平気』と言う判断を下して作動しなかったんだろう。充分命に関わると言うのに随分と中途半端な代物だな。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

「! 散開しろ一夏!」

 

「おう!」

 

 オルコットが撃つ前に俺が叫んで動いたと同時に、オルコットが持つ銃から弾雨の如き攻撃が降り注いだ。二人相手だと言うのにも拘らず、交互に俺と一夏を狙うとはな。

 

 俺は弾雨を何とかギリギリで避けているが、一夏の方は掠っていた。お互いに思うように動けなくて四苦八苦している。

 

 確か打鉄の装備は近接ブレードの刀だけだったな。俺には拳と足があるから不要だが、それでも盾ぐらいにはなるか。

 

 一夏の白式の装備が気になっていたが……。

 

「げっ! 白式の武器って近接ブレード一個しかないのかよ!」

 

 おいおい、俺と同じ装備なのかよ。まぁ今の一夏に武器は必要だから、この際どうこう言ってられない!

 

「よし一夏! 先ずは第一段階から始めるぞ! 良いな!?」

 

「了解だ! だがその前に!」

 

 一夏がそう言うと右手から光の粒子が放出され、それが手の中で形となって片刃のブレードを出した。

 

「中距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑もうだなんて……。おまけに神崎和哉は何も出さずに……笑止ですわ!」

 

 すぐにオルコットが射撃を繰り出す。そうだ、そうやって撃ち続けると良い。

 

 今の俺達はお前に近づく気なんて一切無いからな。

 

「第一段階と言ってたから何をするかと思えば、ただ逃げてるだけではありませんか!」

 

 挑発しながらもオルコットは撃ち続けているが……。

 

「その逃げている俺達に全然直撃してないじゃないか。アンタの射撃は意外と大したことは無いみたいだな、オルコットさんよ!」

 

「相変わらずの減らず口……すぐに叩けなくしてやりますわ!!」

 

 俺が挑発返しをすると更にバカスカと撃ってくれた。

 

「一夏! 俺がもう良いと言うまで突進するなよ!」

 

「分かってるって!」

 

 俺と一夏は必死にオルコットの弾雨を逃れていた。

 

 因みに俺が言った第一段階とは……ISの動きと反応速度に慣れる為、必死に回避行動を取ることだ。

 

 IS操縦経験が無い俺と一夏には先ずこうやって体に慣れなければ意味が無い。オルコットは俺達の行動に何の疑問を抱かずにひたすら撃ち続けている。

 

 さあオルコット、お前のご自慢の円舞曲(ワルツ)は暫く俺の掌の上で踊ってもらうぞ。



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第11話

 ピットにて、リアルタイムモニターで試合を見ている山田真耶と織斑千冬がいた。

 

「やっぱり織斑くんと神代くんでは、オルコットさん相手だと防戦一方にならざるを得ないですね」

 

「山田先生はそう見えるか?」

 

「そう見えるって……どういう事です?」

 

 千冬の台詞に真耶が尋ねる。

 

「確かに現状では織斑と神代がオルコットの攻撃を避けるのが精一杯だ。オルコットもそう思っているだろう。だが……」

 

「だが?」

 

「考えてみろ。二人掛かりだというのに、織斑と神代のどっちかがオルコットに攻撃してもおかしくない。にも拘らず二人揃って何故回避ばかりしている?」

 

「そう言えば……確かにおかしいですね。普通はどちらかが反撃してる筈なのに……」

 

「織斑の性格を考えれば、回避しながらでも必死にオルコットに近づこうとしている筈だ。だが織斑は近づこうともせず、ずっと回避行動を続けている……神代の指示でああしているんだろう」

 

「神代くんがですか? どうしてそんな事を? 攻撃もせずに回避だけに専念させるなんて、何の意味があるんでしょうか?」

 

「恐らく神代は、自分や織斑が未だにISの操縦や反応速度に慣れていないから、それを解消する為に敢えて回避行動を取っているんだろう。あいつ等はISに乗り始めて、そんなに時間は経ってないからな。だから僅かな時間でも慣れようと必死に動いて回避している。そんな神代の思惑に微塵も気付いていないオルコットは、物の見事に挑発に引っ掛かってひたすら撃ち続けているがな」

 

「はぁ~~……。神代くんって色々考えていますね。凄いです」

 

「尤も、神代がそんな手の込んだ事をしなくても、オルコットを簡単に倒すことは出来るがな」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と一夏が反撃もせずに回避し続けてかなり時間が経つと……。

 

「――二十七分。持った方ですわね。褒めて差し上げますわ……と言いたいところですが、一体どういうつもりですの?」

 

「何がだ?」

 

「惚けないでください! 何故あなたたち二人揃って反撃もせずに避けてばかりいるのですか!?」

 

 オルコットが未だに反撃しない俺達に向かって叫んだ。

 

 俺と一夏のどちらかがオルコットの攻撃を惹き付けて、どちらかが攻撃すると思っていたんだろう。だがいつまでも回避行動を続けてるから、そろそろ痺れを切らしたか。

 

「どうする和哉?」

 

「ふむ……その前に一夏、もうISの操縦は慣れたか? それとシールドエネルギーの残量は?」

 

「取り敢えずは一通り慣れて思うように動ける。エネルギーもまだまだ余裕だ」

 

「そうか。だがもうちょっと様子を見るぞ。アイツにはまだ奥の手があるみたいだからな。それを見てから反撃に移るとしよう」

 

「分かった」

 

 俺達は周りに聞かされない様にプライベート・チャネルを利用してる。オルコットに聞かれでもしたら作戦がバレるからな。

 

 そしてすぐにオープン・チャネルに戻してオルコットに言い放つ。

 

「おいおいオルコットさんよ。いつまでもそんな攻撃だけじゃ俺達に当てられないぞ? もう下手過ぎて欠伸が出るくらいに」

 

「っ………! 言ってくれますわね……! さっきから逃げているだけの臆病者が……!」

 

「それはアンタの実力を測ろうと敢えて攻撃しなかっただけだ。俺がその気になればアンタ程度は簡単に倒せるんだが、それだけじゃ詰まらないと思ってな。ほらほら、さっさと本気を出しな。本気を出さないまま素人に負けるのは、アンタにとって最大の屈辱だろう?」

 

「……わ、わたくし程度……ですってぇ!(ビキビキッ!)」

 

「うわぁ……流石は和哉……。セシリアがブチギレ寸前だ」

 

 俺の台詞にオルコットが堪忍袋の緒が切れそうな顔になっているのを、一夏は俺が挑発しているのを止めようともせずに冷や汗を掻きながら見ている。オルコットを挑発するから黙って見てるようにって言っておいたからな。

 

 因みに俺がさっき言った前者はISの反応速度に対応する為の嘘だが、後者は本当だ。その理由は、もし俺が試合が始まった直前、オルコットに『睨み殺し』を使って動きを止めさせれば良いだけだ。いくらアイツがISを使って強気になってるとは言え、あの時の最小限に抑えた『睨み殺し』で怯えていたなら、全力でやれば確実に動けなくなる。そうなればあっと言う間に俺と一夏のワンサイドゲームになってオルコットは無様に敗北する。

 

 だがそんな勝ち方をしては詰まらない。折角ISに乗っているんだから、もっと把握しておかないとな。生身では地上戦しか出来ないが、ISは空中戦も出来るから視野を広めないといけないし。

 

「まぁ俺の睨みに怖気付いていたアンタが本気を出す事は無いだろうけど」

 

「~~~~!!!(ブチブチッ!)」

 

「あ、今何か切れる音が聞こえた……」

 

 俺の最後の一言でオルコットの堪忍袋の緒が完全に切れたみたいだ。

 

「そこまで言うのでしたら見せてあげますわ! そして後悔なさい! わたくしを本気にさせたことを!」

 

 そう言ってオルコットは自分の周りに浮いている四つの自立機動兵器の先端部分が外れた。アレが特殊装備である『ブルー・ティアーズ』……ってか機体と同じ名前かよ。

 

 まぁアイツがさっきまでの二十七分間に、余裕な顔をして『この特殊装備『ブルー・ティアーズ』を積んだ実戦投入一号機ですから、機体にも同じ名前が付いていますの!』ってベラベラと喋っていたからな。聞いてもいないのに態々教えてくれてありがとよ。

 

「さぁ覚悟なさい神代和哉! もう泣いて謝っても絶対に許しませんわ!」

 

 オルコットの台詞と共に、命令を受けたブルー・ティアーズ――ごっちゃになるから以下はビット――が四機多角的な直線機動で接近してきた。

 

「面白い! 今度は四機同時攻撃か! 再び散開だ一夏!」

 

「お、おう!」

 

 俺と一夏がバラバラに動くと、ビット三機が俺に、一機が一夏に狙いをつけた。

 

「よっ! ほっ! はっ!」

 

 取り囲むかのように放ってくるレーザーを俺は踊るように避けている。

 

「くっ! さっきから反撃もせずにちょろちょろと避けてばかり! あなた本当にやる気があるんですの!?」

 

「さあねぇ! おっと危ない!」

 

 ビットはレーザーを数発撃った後に自立機動兵器の所へ戻り、先程外れた部分へ再びドッキングした。

 

 そして……。

 

「さっさと墜ちなさい!」

 

 

キュインッ!

 

 

「あ~らよっと!」

 

 次にオルコットがレーザーライフルを放ってきたが、俺はまた避けた。

 

 思った通りだ。やはりアイツはビットを展開してる最中に自分は一切攻撃せず、戻って来た後にライフルを使っているな。

 

「和哉! アイツやっぱり!」

 

 一夏も当然それに気付いていた。回避しながらオルコットの攻撃パターンもちゃんと見ておけと言っておいたからな。

 

「どうやらその様だな。よし。ここから反撃開始だ! 行け一夏!」

 

「その言葉を待ってたぜぇ~~!」

 

「!」

 

 俺が指示を下すと一夏は武器を構えながらオルコットへと近づいた。

 

 それに気付いたオルコットもすぐに一夏の方を見て、すかさずまたビットを展開して一夏を狙った。

 

 一夏が四機のビットから放たれているレーザーを辛うじて避けている間に……

 

「どうしたオルコット! 手元がお留守だぞ!」

 

「なっ!?」

 

 俺もオルコットに接近し、拳で攻撃をすると……。

 

 

ガギンッ!

 

 

 派手な音と一瞬の火花が散った。

 

 オルコットが咄嗟に持っているレーザーライフルを盾代わりにして俺の拳を防いだのだ。

 

「ははは! 漸く近づけたな、オルコットさんよ!」

 

「くっ!」

 

「そらもう一丁!」

 

「!」

 

 再び俺がもう片方の拳を使って攻撃しようとするが、オルコットはすぐ後方に回避して距離を取った。

 

「何だよ。もうちょっと接近戦に付き合ってくれよ」

 

「ひ、人が別の方へ意識を向けている最中に攻撃とは……随分卑怯な事をしますわね!」

 

「卑怯? 何を言ってる。この試合はアンタが望んだ2対1だぞ? アンタもそれを分かった上で了承しただろうが。けど良いのか? 俺の方に集中してて」

 

「! しまった!」

 

 俺の台詞にオルコットが気付いて一夏の方を見ると、そこには既に二つのビットが両断されて爆発していた。

 

 そして一夏は三機目のビットも破壊しようと斬撃するが……。

 

「くっ! も…戻りなさい!」

 

 その台詞と同時にビットがすぐにオルコットの下へ戻ると、一夏も俺の方へと近づく。

 

「ははは、ナイスだ一夏。よく壊せたな」

 

「レーザーを避けている最中に突然動きが止まったんだ。和哉がセシリアに攻撃した瞬間にな。セシリア! あの兵器は毎回お前が命令を送らないと動かないんだろ!?」

 

「で、その時にアンタはそれ以外の攻撃は一切出来ない。制御に意識を集中させているからな。俺と一夏の言ってる事がどこか間違ってたら訂正して欲しいんだが、どうなんだ?」

 

「…………!」

 

 オルコットが引き攣った顔をしていると言うことは図星みたいだな。さて、残りのビットは二機。それにもう軌道も読めた。あのビットは必ず俺達の反応が一番遠い角度を狙ってくるからな。

 

 ISの全方位視界接続は完璧だが、それを使っているのはあくまで人間だ。真後ろや真下、真上などはどうやっても直感的に見る事が出来ない。送られた情報を頭の中で一回整理している時、そこにはコンマ数秒の遅れが生じるからな。当然オルコットはそれを突いて来ている。故にそれは逆に言ってしまえば、『何処に来るのかを自分で誘導できる』と逆手に取れるって事だ。

 

(ん? 一夏がさっきから左手を閉じたり開いたりしているな)

 

 ふと一夏の手を見た俺は顔を顰めた。確か一夏は以前に、あんな事をしていた時に何かしらのミスをしていたな。試合が今のところ俺達の思惑通りに運んでいるから、少しばかり慢心しているだろう。

 

「和哉、ここからは一気に攻めるぞ。今なら俺たちが攻撃を仕掛けても勝てそうだからな」

 

「馬鹿を言うな。ビットを二つ壊したからと言って調子に……」

 

「大丈夫だ。もうアイツの攻撃パターンは見切ったからな。それに距離を詰めればこっちが有利だ!」

 

「あ! コラ馬鹿! 一人で突っ込むな!」

 

 一夏は俺の言う事を聞かずに単身でオルコットに突進してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ……。すごいですねぇ、織斑くんと神代くん。あの二人、凄く息が合ってますね」

 

 真耶が溜息混じりに感心して呟いているが、千冬は対照的に忌々しげな顔をしていた。

 

「あの馬鹿者。浮かれているな……神代もそれに気付いている」

 

「え? どうして分かるんですか?」

 

「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつの昔からのクセだ。あれが出るときは、大抵簡単なミスをする。神代もそれを知ってて諌めているみたいだが」

 

「へぇぇぇ……。さすがご姉弟ですねー。そんな細かいことまでわかるなんて。けど神代くんも流石ですね。織斑くんの事を良く分かっているみたいで」

 

 真耶の発言に千冬はハッとした。

 

「ま、まあ、なんだ。あれでも一応私の弟だからな……あいつが私より神代ばかり頼っているのが少々気に食わんが……」

 

「あー、照れてるんですかー? 照れてるんですねー? それに大事な弟を盗られた神代くんにも嫉妬ですかー?」

 

「…………………」

 

 千冬が無言で真耶に近づき……。

 

 

ぎりりりりりっ!

 

 

「いたたたたたたたっっ!!」

 

 ヘッドロックをかますと、真耶はとても痛そうな顔をしていた。

 

「私はからかわれるのが嫌いだ」

 

「はっ、はいっ! わかりました! わかりましたから、離し――あうううっ!」

 

「それと何故私が神代のような小僧に嫉妬しなければいけないんだ? そこを是非聞かせて貰いたいんだが?」

 

「ご、ごめんなさい! あ、あれは単に……!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いでいる真耶を余所に、箒はずっと無言でモニターを見つめていた。

 

「…………………」

 

 何もせずにただ黙って見守っている箒。だが表情には色々なものが含まれていた。

 

(一夏……和哉……)

 

 箒が内心そう呟いていると、試合は大きく動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルコットの間合いに入った一夏は、振り下ろした刀でもう一つのビットを撃墜する。俺も後を追うように、一夏を狙っている最後のビットをIS独自の無重力機動で回し蹴りをして吹き飛ばす。

 

「ナイスだ和哉! 俺はこのまま!」

 

「待て一夏! 不用意に近づくな!」

 

 俺が言っても一夏は聞かずにそのままオルコットに急接近すると……。

 

「――かかりましたわ」

 

「!」 

 

 オルコットの台詞と笑みで一夏は気付いたがもう遅かった。

 

 その後にオルコットの腰部から広がるスカート状のアーマーの突起が外れ、動いた。

 

「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ! 神代和哉の言うとおりにしていれば良かった物を!」

 

 一夏は回避しようとするが間に合わなかった。おまけにさっきまでのレーザー射撃を行うビットではなく、『弾道型(ミサイル)』だった。

 

 そして……。

 

 

ドカァァァァンッ!!

 

 

「一夏ぁぁぁぁぁぁ~~~!!」

 

 ミサイルが一夏に直撃して爆発したのを見た俺は叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「一夏っ……!」

 

 モニターを見つめていた箒が思わず声を上げた。

 

 同時にさっきまで騒いでいた千冬と真耶もソレを見た途端、急に真剣な顔をして中止する。

 

「――ふん」

 

 爆発の煙が晴れたとき、千冬は鼻を鳴らした。だがその顔には安堵の色がある。

 

「機体に救われたな、馬鹿者め」

 

 千冬がそう言うと、モニターの画面からは純白である白式の機体があった。

 

 それも真の姿で。

 

 

 

 

 

 

「………どうやら俺の杞憂だったな」

 

「さて、これで漸く1対1になりましたわね」

 

 俺が未だに一夏がいるところを見て安堵していると、オルコットはそれを気にせずに俺を見ていた。

 

「1対1? 何を言ってる。一夏はまだやられていないぞ?」

 

「何を馬鹿なことを。先程わたくしが放ったミサイルでやられたではありませんか」

 

 一夏を倒したと勘違いしているオルコットは、さっきまで激昂していた様子が無くなり余裕な顔をしていた。

 

「ならあそこで無傷な状態である一夏をどう説明するんだ?」

 

「え? …………なっ!」

 

 俺が指を差すとオルコットが思わずその方へ顔を向けた途端に驚愕した。そこにはダメージが無くなり、そしてより洗練された姿をしている白式の姿と一夏がいた。

 

「漸くフォーマットとフィッティングが終わったみたいだな」

 

「あれは……一次移行(ファースト・シフト)!? あの機体は今まで初期設定のままで戦っていたと言うのですか!?」

 

「そう言う事だ。にしてもあの馬鹿。第一段階が完了するまで次のステップに進むなって言っておいたんだが……」

 

「!」

 

 俺の台詞にオルコットは再び驚愕しながら気付いた顔になってコッチを見る。

 

「ま、まさかあなたが言っていた第一段階とは……あの機体の一次移行(ファースト・シフト)が完了するまでの時間稼ぎをしていましたの!?」

 

「まぁな。それ以外にも俺と一夏がISの操縦に慣れる為と、お前の戦い方も観察していたんだ。一石二鳥……いや、この場合は一石三鳥と言うべきだな。アンタは一切疑問を抱かずに、俺の思惑通り動いてくれたって事だ。中々滑稽だったぞ。アンタご自慢の円舞曲(ワルツ)は、実はアンタ自身が俺の掌の上で踊っていただけなんだからな」

 

「……………………」

 

 種を明かす俺に、オルコットはわなわなと震えていた。まさか自分が道化を演じさせられていたなんて、夢にも思わなかったんだろうな。

 

 そうしている内に一夏が俺の方へと近づいてくる。

 

「和哉、悪かった。下手に調子に乗って」

 

「全くだ」

 

 謝ってくる一夏に俺はズバッと切り捨てる。

 

「それに関しては後で説教だ。で? 機体の調子は?」

 

「バッチリだ」

 

「そうか」

 

 改まって姿が変わった白式を見てみると、特に目が行ったのは武器だった。

 

「刀がさっきまでと大違いに変わったみたいだが?」

 

「ああ。これは《雪片弐型(ゆきひらにがた)》って言ってな」

 

「雪片? 確かソレは……」

 

「そう。かつて千冬姉が振るっていた専用IS装備の名称だ。刀に型成(かたな)した形名(かたな)。それが雪片」

 

 雪片の所以を聞いてると洒落に聞こえてしまうだろうが、俺は全然そんな風に聞こえなかった。

 

「和哉、俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

「ふ~ん」

 

 本心で言ってる一夏に俺はちょっと意地悪な質問をする。

 

「じゃあ聞くが、その最高の姉さんを持ったお前はこの先どうするつもりだ?」

 

「もう姉さんから守られるだけの関係を終わりにする。これからは――俺も、俺の家族を守る」

 

「……は? あなたたち、何を話して――」

 

 オルコットの突っ込みを無視して、俺と一夏は会話を続けている。

 

「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」

 

「ほう? 一夏が守るねぇ……」

 

 それって千冬さんを倒そうとする俺からも守ると言う事なのかな?

 

「俺は元日本代表の弟だからな。それが不出来じゃ、格好が付かない。あの格好いい千冬姉が格好付かないなんて、冗談もいいところだ。笑えもしない。というか、逆に笑われるだろ」

 

「そうか? 千冬さんはそんな事を気にする人じゃないと思うが。それに――」

 

「だからさっきから何の話を……ああもう、面倒ですわ!」

 

 俺と一夏の会話を聞いていたオルコットが痺れを切らして、コッチに攻撃を仕掛けようとしていた。

 

「一夏、止めは譲ってやるから今度はちゃんと決めろよ?」

 

「分かってるって!」

 

 そして弾道を再装填したビットが二機、オルコットの命令で飛んで来た。さっき一夏にやった多角形直線機動を。

 

「見える!」

 

 一夏はそう言った直後……。

 

 

ギンッ!

 

 

 雪片を使って横一閃すると、ビットが両断された。しかしビットは完成のまま俺と一夏の横を通り過ぎて、そして爆発した。

 

「ほう? あのビットを一瞬で切り伏せるとは流石だな」

 

「まあな。さて今度は……!」

 

 一夏は再度オルコットへと突撃した。さっきまでと違い、一夏の動きが格段に上がっている。

 

 ビットを簡単に両断されて呆然としていたオルコットは反応が遅れて一夏の接近を許してしまっていた。

 

「おおおおっ!」

 

 一夏の掛け声と共に雪片の刀身が光を帯びていた。

 

「これで決まりだな」

 

 オルコットの懐に飛び込んで、下段から上段への逆袈裟払いを放つのを見て俺は勝利を確信したと思っていたが……。

 

 

『織斑一夏、シールドエネルギーが0になりましたので退場してください』

 

 

「………はい?」

 

 予想外な事に、一夏のシールドエネルギーが無くなっていた。おかしい。ダメージを受けていたとは言え、まだ残っていた筈なんだが。

 

「あれ………? な、なあ和哉……これは一体?」

 

「…………取り敢えずお前は早く戻れ」

 

 全力で『なんで?』と言う顔をして訊いて来る一夏に、俺は退場するように言った。一夏と向き合っていたオルコットも、ぽかんと口を開けて呆然としている。

 

 そして一夏は不可解に思いながらも退場し、それを見た俺はオルコットと向き合う。

 

「おいオルコット、いつまで呆けてるんだ? 試合はまだ終わっちゃいないんだが」

 

「え? ………あ、ああ! そ、そうでしたわね!」

 

 俺の突っ込みにオルコットは再び集中する。 

 

「全く! 一体あの方は何なんですの!? いきなり退場になるだなんて!」

 

「それに関しては申し訳無いな」

 

 ん? 何かオルコットの奴、一夏に対する認識を改めているような気がするが……今はそんな事どうでもいいか。

 

「まぁそれはそれとしてだ。一夏の馬鹿が場の空気を白けさせたお詫びとして、ここは俺がアンタを倒し、俺の勝利で終わらせるとしよう」

 

「あなたの勝利で終わらせる? 随分と強気ですわね。完全に一人となったあなたに何ができますの? もはやあなたに勝ち目は無いと言うのに」

 

「それはどうかな? 前にも言ったが俺はアンタに負ける気は無い」

 

「まだそんな減らず口を……っ!」

 

 突然オルコットが口を噤んだ。理由は簡単。俺がオルコットに加減した『睨み殺し』をしているからだ。

 

「どうしたオルコット? また前と同じく怯えているじゃないか」

 

「………お…怯えてなんていませんわ!」

 

「そうか? その割には震えているように見えるが……まぁ良い」

 

 一々そんな事を聞く為に『睨み殺し』を使っているわけじゃないからな。

 

「訊くがオルコット、お前には目標があるか?」

 

「は、はぁ? いきなり何を……?」

 

 俺の問いにオルコットは怯えながらも、分からずに返事をしているが構わず続ける。

 

「俺はこの学園に来て目標が出来た。それは……『IS学園最強』になることだ」

 

 後日、この台詞により俺はIS学園の全校生徒に喧嘩を売る引き金となった。

 

 だがさっき言った目標はあくまで通過点に過ぎない。師匠を倒す事が俺の最大の目標だからな。その為に先ずは学園最強の千冬さんを倒さないといけない。

 

「あ、IS学園最強になるですって? そんなふざけた……」

 

「俺は本気だ。ふざけていない。それともオルコット。お前は最強を目指す事無く、ただのエリート止まりでいるつもりなのか? 代表候補生程度で満足していると?」

 

「! そんな事ありませんわ! わたくしはいずれイギリス代表になると言う目標を……!」

 

「だったら証明しろ! お前が本当にイギリス代表になる目標があるんだったら、その意思を俺に見せてみろ! もし此処で俺に怯えたまま無様に負けたら、貴様は一生『口先だけの女』と言う烙印を押されるぞ! それで良いのか!? セシリア・オルコット!!」

 

「!!!!」

 

 俺の叫びにオルコットは雷を打たれたかのように静かになった。嵐の前の静けさと言って良いほどに。

 

「………………………………………」

 

「何も言い返さないと言う事は、本当に口先だけで良いという事か。ならば……」

 

 俺は一撃で決めようと構えていたが……。

 

「………ませんわ」

 

「ん?」

 

「冗談じゃありませんわ! このセシリア・オルコットを甘く見ないで下さい! わたくしはこんなところで無様に終わるつもりはありませんわ!」

 

「ほう……」

 

 急にオルコットが息を吹き返したかのように、先程まで怯えていた顔が完全に無くなっていた。

 

「神代和哉! わたくしの全身全霊を持ってあなたを倒します!」

 

「はっ! やっとその気になったか! そうでなくちゃ面白くない!」

 

 俺は拳を、オルコットは銃を互いに構える。

 

「そんなアンタには俺の全力を見せてやる!」

 

「来るなら来なさい! 打ち落としてやりますわ!」

 

 そう言った俺とオルコットは構えたまま動かなかった。

 

「はあっ!」

 

 俺が掛け声を出して最高速度でオルコットへ突進した。オルコットは即座にレーザーライフルを放ち、俺を打ち抜いた(・・・・・・・)

 

「! 何故すり抜けて……」

 

「残念! それは俺の残像だ!」

 

「なっ!」

 

 俺は既にオルコットの懐にいた。さっきオルコットがレーザーで打ち抜いた俺は、高速移動中に残した俺の影。

 

 これぞ宮本流奥義『(おぼろ)』。相手に自身の認識を錯覚させる特殊奥義。これ覚えるのに数年掛かった。

 

 ISに乗って使うのは初めてだったが、取り敢えず上手くいって何よりだ。

 

「喰らえ!」

 

 そう言った俺は上半身のバネだけを捻ってオルコットの腹に強烈な拳を繰り出す。

 

 その名は……。

 

「宮本流奥義『砕牙(さいが)・零式(ぜろしき)』!」

 

 

ズドンッ!!

 

 

「ガハッ!!」

 

 シールドエネルギーがあるとは言え、腹に直撃したオルコットはそのまま地面へと吹っ飛び……。

 

 

ズドォォォォォンッ!!!!!!

 

 

 そのまま地面へと激突した。

 

 それを見ていた観客達は余りの出来事に驚愕していた。恐らくピットにいる一夏や箒、そして山田先生もさぞかし驚いているだろう。千冬さんは分からんが。

 

 土煙が晴れている中、俺はそのまま地上へと着地する。目の前には巨大な穴があり、その中心には倒れているオルコットがいた。

 

「ふむ……本気を出したとは言え、少々やり過ぎたかな?」

 

「う……うう……ま…まだですわ……」

 

「ほお」

 

 俺の台詞が聞こえたのか、オルコットはレーザーライフルを杖代わりにして立ち上がる。

 

「アレを喰らってもまだ立ち上がれるか。シールドエネルギー様々だな。もしそれが無かったら、アンタの体は完全ズタボロになってたけど」

 

 ま、ISが守ってくれるのを知ってた上で打ったんだけどな。

 

「はあ……はあ……わ、わたくしは……このようなところで……負ける訳には……!」

 

「もう止せ。まだシールドエネルギーが残ってるとは言え、そんな状態じゃもう戦えない。立っているのがやっとじゃないか」

 

「はあっ……はあっ……まだ……勝負は付いていませんわ……! さあ続けましょう! 神代和哉!」

 

「………………良いだろう」

 

 揺るがない意思を見せて対峙するオルコットに俺は再び構えた。

 

「なら今度はもう立てないように気絶させてやる」

 

「はあっ……はあっ……その前に……このライフルであなたを撃ち抜きますわ!」

 

「ふっ。出来るものなら、な!!」

 

 足が完全にふらふらであるオルコットに、俺は止めを差そうと突進する。 

 

「あっ………」

 

「!」

 

 

ガシッ!

 

 

 急にオルコットが意識を失って前のめりに倒れそうになるところを、俺は咄嗟に支えた。

 

「おい大丈夫か? オルコット」

 

「…………………………………」

 

 オルコットの顔を見ると完全に気を失っていた。

 

「どうやらもう無理みたいだな…………。織斑先生、シールドエネルギーが残っても相手が気絶した場合はどうなるんですか?」

 

『そんなの訊くまでも無いだろう』

 

 俺が千冬さんに通信を入れて予想通りの返答が帰ってくるとブザーが鳴り響き……。

 

 

『試合終了。勝者――神代和哉・織斑一夏ペア』

 

 

 終了のアナウンスが流れたのであった。

 

「見せてもらったぞセシリア・オルコット。お前の揺るがない意思を、な」

 

 俺はそう言いながらオルコットを運びながらピットへと向かった。



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第12話

ハーメルンがDoS攻撃を受けた事により遅れました。

それではどうぞ!


「見せてもらったぞ神代。ISに乗って間も無いと言うのに、あれ程の技量を見せるとは正直驚いた」

 

「どうも」

 

 ピットに戻った俺は気絶してるオルコットを医療班に任せた後、千冬さんからの賞賛らしき言葉を頂いた。

 

「それにくらべて……」

 

 そう言った千冬さんは次に俺の隣にいる一夏を見る。

 

「よくもまあ、あそこまで持ち上げてくれたものだ。この大馬鹿者」

 

「うぐ……」

 

 一夏は馬鹿者から大馬鹿者へとランクアップされた。まぁあの土壇場であんな白けた事をさせたからな。いくら俺でも今回ばかりはフォロー出来ない。

 

「武器の特性を考えずに使うからああなるのだ。身をもってわかっただろう。明日から訓練に励め。暇があればISを起動しろ。いいな」

 

「……はい」

 

 千冬さんの言葉に頷くしかない一夏。俺に大見得切ったんだから頷くしかあるまい。

 

「神代も今後訓練に励むように。いくらオルコットに勝ったからと言って、お前は初心者に変わりないからな」

 

「勿論そのつもりです」

 

 ちゃっかりと俺にも言う千冬さん。取り敢えず今後は一夏とISの訓練が出来るな。かと言って一夏にはそれ以外の訓練もやらせないとダメだが。

 

「えっと、ISは今待機状態になっていますけど、織斑くんと神代くんが呼び出せばすぐに展開できます。ただし、規則があるのでちゃんと読んでおいてくださいね。はい、これ」

 

 千冬さんの隣にいた山田先生がそう言いながら、IS起動に関してのルールブックを渡した。ってか凄く分厚いな。さっきドサッて聞こえたぞ。これは一体何ページあるんだか。

 

「和哉……俺もう……」

 

「やるしかないだろう」

 

「だよなぁ……はぁっ……」

 

 一夏が溜息を吐く。俺だってお前と同じ気持ちなんだっての。

 

「何にしても今日はこれでおしまいだ。帰って休め」

 

 はいはい、そんな命令口調で言わなくてもそうしますよ。ってか一夏。思ったんだが、千冬さんをお前が守る必要があるのか? どう見てもそんな必要は無いと思うんだが。

 

「さて一夏、お前には後で説教を……と言いたいところだが、流石にこれ以上言うのは酷だから勘弁しておいてやろう」

 

「和哉…………」

 

 一夏は救世主のように見ていたが……。

 

「その代わり、明日から本格的な訓練をしてもらうぞ。前までやってた基礎訓練以上の事をな」

 

「………………はぁっ」

 

 俺が笑みを浮かべて言った瞬間、急に暗い表情となってガックリとした。世の中そんなに甘くは無いぞ。

 

 おっと。箒がコッチを見ているな。俺がいるから話掛けにくいと言ったところか。ここは箒に一夏を任せるとしよう。

 

「一夏、俺は先に帰らせてもらうぞ」

 

「え? 帰るなら俺たちと一緒に……」

 

「ちょっと寄る所があってな。それじゃ」

 

「あ、おい!」

 

 俺は素早く箒のいるところへ近づき……。

 

「(邪魔者の俺はさっさと消えるから、一夏と仲良く帰りな。好きなんだろ? 一夏のことが)」

 

「んなっ!」

 

 そっと小声で言うと、箒は顔を真っ赤にした。

 

「か…か…かかか……和哉……! お…お前……いつから気付いて……!」

 

「んなもんとっくに気付いてるっての。そんじゃいい結果を期待してるよ、じゃあね」

 

「ま…待て! お前は一体何を期待してるんだ!?」

 

 そんなの聞くまでも無いだろう。さっさとアンタが一夏に告白して両想いになれって事だ。って言いたいところだが、流石にそれは不味いので内心で突っ込むしかないが。

 

 

『どうしたんだ箒。和哉に何か変なことでも言われたのか?』

 

『べ、別に何でもない!』

 

『そうか? その割には顔が赤いんだが……』

 

『そ、それはお前の気のせいだ! さっさと帰るぞ!』

 

 

 さ~てと、邪魔者の俺はさっさと一人で部屋に戻りますか。

 

 そして俺が一人で素早く寮へ戻っていると……。

 

「かずー! 今日はすっごくカッコよかったよ~!」

 

 ギュウッと俺の腕に引っ付いてくる布仏が現れた。

 

「布仏さんか。まだ寮に戻っていなかったのか?」

 

「かずーを待ってたの~。それより凄かったよ~。セッシーに勝つなんて~」

 

 まるで自分の事みたいに喜んでいる布仏。そんなに嬉しいのか?

 

「セッシーってセシリア・オルコットの事か?」

 

「そうだよー。かずーが代表候補生のセッシーをあっと言う間に倒しちゃって~、ルームメイトとして鼻が高いよ~。これは自慢しなきゃね~」

 

「何故君が自慢するのかは分からんがな」

 

 きゃいきゃいとはしゃぐ布仏に俺は何でもないように言い返す。本当にこの子相手だと調子が狂う。

 

「まぁそんな事は良いとしてだ………」

 

 俺が別の方を見ると、布仏と一緒にいた谷本と鏡がいた。

 

「お疲れ、神代くん」

 

「あのセシリアを倒すなんて凄いわね~」

 

 気兼ねなく俺に話しかけてくる谷本と鏡。

 

 この二人はアップルパイを披露して以降、普通に話せる間柄となった。彼女達を通して他にも何人か仲良くなっているが、今のところはこの二人が一番仲が良い。

 

「少しは信用してくれたか? 俺が口先だけじゃ無いってことを」

 

「あんな凄いのを見たらそりゃもう……」

 

「でも更に凄いのは神代くんが『IS学園最強』になるって言った時は驚いたわよ。それを聞いてた周りも」

 

 試合も見ていたギャラリー達も最初は俺の戯言としか受け取っていなかったみたいだな。

 

「『IS学園最強』になるって言ったのは本当だ。折角ISに乗る機会が与えられたんだからな。やっぱりここは大きな目標を立てないとダメだし」

 

 師匠に勝つ条件の一つとしてな。

 

「…………多分お嬢様の耳にも入ってるだろうな~」

 

「ん? 布仏さん、何か言ったか?」

 

「何でもないよ~」

 

 未だに俺の腕に引っ付いている布仏が何か呟いていたが、すぐにはぐらかされてしまった。

 

 その後は俺と女子三人で寮へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なぁ箒」

 

「何だ?」

 

 一夏と箒が一緒に寮へ戻っている最中、一夏がポツリと呟いた。

 

「俺、和哉がセシリアを倒すのを見て凄いと思った」

 

「突然どうした? 私も一夏と同様だぞ。まさかあれほど強かったとは……」

 

「それだけじゃない。和哉がいたから言わなかったけど……悔しかった。それも物凄く……!」

 

「………」

 

 とても悔しそうに、辛そうに言って来る一夏に箒は黙って聞いている。

 

「中学の頃からの付き合いだけどさ。和哉が結構強いのは知っていたけど、あそこまで実力差があったなんて知らなかった……」

 

「一夏………」

 

「ははは。情けないよな。いつも和哉と一緒にいたってのに、実際は和哉の事を何も分かってなかった」

 

「……………」

 

「今回の試合で、自分がどれだけ情けなく、どれだけ惨めだったことか……俺の気持ちはそればっかりで……!」

 

 一夏は立ち止まり、血が滲み出そうなほど拳を強く握って歯を食い縛り、目から涙が出そうなほど泣きそうな顔になってきている。

 

「千冬姉を守るって決めたのに、あんな無様に負けた上、和哉との力の差を見せ付けられて……俺は……俺は……!」

 

「なら今からでも強くなれば良い!」

 

「!」

 

 箒が突然叫んだ事に一夏は驚く。

 

「いつまでそんな情けない顔をしている一夏! 力の差を見せ付けられたのが何だ! お前はアイツを超えようと思わないのか!?」

 

「そ…それは……」

 

「私だってあの時、和哉と手合わせで負けて凄く悔しかった! 今のお前と同じ気持ちで情けなく思った!」

 

「………………………」

 

 本心を暴露している箒に一夏は呆然としている。いつも一夏の前では意地っ張りな態度を取っていた箒が、自身の心を曝け出しているのだから。

 

「私は誓った! 今のままで和哉を倒せないなら、更に精進して必ず倒すと! それで挑んで負けたら、また更に精進して挑む! お前にはそれが無いのか一夏!?」

 

「お…俺だってそれくらい……!」

 

「ならそれを見せてみろ! 私と一緒に剣道してた頃の一夏を! あの時のお前は貪欲に強くなろうとしていたではないか!」

 

「!!!」

 

 箒の言葉に一夏は思い出した顔になった。箒と一緒に剣道を学んでいた頃の一夏は幼馴染の箒が強くなっていくのを見て、自分も負けじと強くなろうとしていた。それによって一夏の剣道の腕は箒より上だった。

 

 しかし箒が家庭の事情によって離れ離れになったことで、一夏は剣道を辞め、中学の頃には家計を賄うためにバイトをしていた。いつまでも姉の千冬に負担を掛ける訳にはいかないと。そんな中で一夏は和哉と出会い、和哉が強いのは知っていたが張り合おうとはしなかった。

 

 だが今は違う。箒の言葉によって自身の失っていた物が戻り、今再び一夏の心に火が付き始めた。

 

「……………………」

 

「その気は無いのか? だったら失望したぞ一夏。なら私は一人で……」

 

 何も言い返さない一夏に箒は一人で寮に戻ろうとしたが……。

 

 

ガシッ!

 

 

「ん?」

 

 一夏が突然箒の腕を掴んだ。

 

「…………箒、頼みがある」

 

「何をだ?」

 

「今から俺と付き合ってくれないか?」

 

「…………………は?」

 

 突然の一夏の告白に箒は呆然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

サアアアアアアア………。

 

 

(………………………)

 

 学生寮の一室のシャワールームにて、セシリアはシャワーを浴びていた。シャワーの水滴はセシリアの肌に当たるが弾けてしまい、ボディラインをなぞるように流れていく。

 

 しかしセシリアはシャワーを浴びていると言うのに、物思いに耽っていた。

 

(今日の試合――)

 

 何故いきなり一夏のシールドエネルギーが0になったのかは未だに分かっていない。もし最後の一撃が当たっていたら、やられたか、もしくはかなりのダメージを負っていたのかもしれない。

 

(織斑、一夏――) 

 

 セシリアは一夏の事を思い出す。あの、強い意志を宿った瞳を。

 

 他者に媚びない眼差しに、セシリアは自分の父親を思い出した。

 

(父は、母の顔色ばかりうかがう人だった……)

 

 名家に婿入りした父は、いつも母には卑屈な態度を取り続けていた。幼い頃からそんな父親を見ていたセシリアは、『父のような情けない男と結婚しない』と心に決めていた。

 

 そして、ISが発表されてから父は更に卑屈した事により、母は完全に鬱陶しくなって会話自体も拒むようになっていた。

 

 だが今はその両親はいない。三年前の越境鉄道の横転事故によって他界しているから。その時は両親だけでなく一〇〇人以上の死者が出ていた。陰謀説と囁かれていたが、事故の状況によりそれは無いと否定。

 

 それによって両親は帰らぬ人となり、セシリアには莫大な遺産を相続する事になった。遺産目当てに親戚一同がセシリアに近づこうとするが、彼女は必死に守ろうとあらゆる勉強と努力をした。そして現在はIS操縦者で、イギリスの代表候補生の地位に就いている。自分はこの先誰にも負けず、誰であろうと勝ち続けると。

 

 しかし……。

 

「織斑、一夏……」

 

 一夏の名前を口にすると、不思議に胸が熱くなっていたが……。

 

「神代、和哉……!」

 

 和哉の名前を口にした途端、一夏と違い悔しい気持ちを露わにしていた。

 

(悔しい……! 誰にも負けないと誓ったなのに……あんな無様に……!)

 

 自分が和哉とかなりの力の差があって負けた事は認める。けど悔しい事に変わりは無い。これまで培ってきた力とプライドが和哉によってあっと言う間に打ち砕かれたのだから。

 

(だけどあの方は、わたくしが虚勢を張っていると分かっていながらも最後まで付き合ってくれた)

 

 和哉の一撃を喰らってセシリアは既に戦えない状態だったのだが、それでも和哉に挑もうとしていた。負けるのが分かっていても。そんなセシリアに和哉は一切の手心を加えず、全力でセシリアを倒すと言う目をしていた。自分を好敵手と認めくれたかのように。

 

(神代和哉……今回は負けましたが、次は絶対に倒します! セシリア・オルコットの名にかけて!)

 

 セシリアは決意した。更に研鑽して和哉を倒し、その次はイギリス代表を目指すと言う決意を。今のセシリアは、和哉を倒さなければ次のステップには進めないと考えているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある部屋にて二人の女性が椅子に座っていた。

 

「いやいや、今回の試合は中々興味深かったわ。思わず私ぞくぞくしちゃったし」

 

「お嬢様――」

 

「ちょっと、その呼び方は止めてって言ってるでしょ?」

 

「失礼しました、会長」

 

「よろしい」 

 

 呼び方を訂正すると、会長と呼ばれた女性はすぐに頷く。

 

「それにしても、あの神代和哉って子には驚かされたわ。まさかこの私に挑戦状を叩きつけるなんて」

 

「彼が会長の事を知っててあんな宣言をしたと?」

 

「たとえ知らなくても、私を倒さない限り最強にはなれないわ。そうでしょ?」

 

「………まぁ確かに」

 

 女性は会長と呼ばれている女性の言葉に考えながらも頷いている。彼女の言うとおりだから。

 

「本当だったら、もう少し経ってから織斑一夏と一緒に会おうと思っていたけど、ちょっと予定変更して神代和哉に会ってくるわ」

 

「ですがまだ動くべきで無いのでは? 神代和哉の評判はかなり悪く、二年や三年から多くの苦情が来ています」

 

「大丈夫よ。ちょっと会うだけだから。それにあの子は結構腕が立ってるから、もし二、三年の誰かが不意打ちを仕掛けたところで返り討ちにされるのがオチだと思うし。ま、そう言う訳だから此処はちょっと任せるわよ」

 

「…………分かりました」

 

「ふふふ……さ~て、どんな場面で会おうかしら~?」



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第13話

 翌日の朝。

 

 俺はいつも通りの時間に起きて朝の筋トレをしていたのだが……。

 

「はあっ! やあっ! 織斑先生、何か今日はいつもより拳のキレが増してるような気がするんですけど?」

 

「ふっ。昨日私を驚かせた褒美だと思え」

 

 終わって早々ジャージ姿の千冬さんがやって来て、俺と組み手をしていた。

 

 俺と千冬さんは話しながらも拳と脚を使って激しい攻防を繰り広げながらも会話をしている。まだお互いそれほど本気を出していないから、この程度の会話が出来る……って危なっ! 千冬さんの回し蹴りをモロに喰らったらやばかったな。

 

「つまり多少の実力を見せていると? はっ!」

 

「まぁそんなところだ。ふっ!」 

 

 おおう。俺の右の正拳突きを簡単に避けられたたよ。やはりこの程度の攻撃じゃ当たらないな。

 

「神代、どうせなら昨日オルコットにやった技を使え。お前がこの先慢心しないように、私が歯止めを掛けておこう」

 

「別に慢心なんてしていませんが……」

 

 とは言え、千冬さん相手にはそれなりの技を使わなければ当てる事が出来ないのは事実だ。ここはいっそ敢えて挑戦してみるか。その前に千冬さんから距離を取らないと。

 

「何故そんなに離れる? あれは懐に入らないと使えないんじゃないのか?」

 

「別にあの技は必ず近づかなければ打てないやつじゃありませんよ。これが本来の『砕牙』です……(スッ)」

 

「ほう……」

 

 俺は腰を少し落とし両膝を曲げ、右手の拳を強く握りながら引き手を取り、左手は開きながら真っ直ぐ千冬さんの方へと向ける。

 

「ん? その構えは若干剣術に似ている気がするな……」

 

「よく気付きましたね」

 

 千冬さんの言うとおり、この『砕牙』は本来剣術で使う物だ。

 

 『砕牙』の由来は、幕末時代に活躍した新撰組副長である土方歳三の『片手平突き』を拳に応用した物である。考案した師匠曰く、『別に刀を使わずとも拳でも充分に出来るからのう』と言って『砕牙』を編み出したのだ。俺は最初違和感があったが、師匠に教えられている内に完全に無くなっていた。師匠の言うとおり充分活用出来ていたから。

 

「まぁ何にせよ、早く打って来るが良い」

 

 そう言って千冬さんが防御の構えを取ることに、俺は少し疑問を抱く。

 

「避けようとは考えないんですか?」

 

「生徒の正面からの攻撃を受け止めるのが教師の役目だからな」

 

「そうですか……なら行きますよ!」

 

「来い!」

 

 俺がジリジリと間合いを詰めているが、千冬さんは一切動こうとしない。あれは本気で受け止める気みたいだな。そう考えながらも俺は全力で打とうと右手に力を込める。

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 互いに無言となって動かない俺と千冬さんだが……。

 

「はあっ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

 俺は動き出して突進した。

 

「宮本流奥義『砕牙』!!」

 

 そう言って俺は突進しながら上半身を捻って右拳を繰り出すと……。

 

「ふんっ!」

 

 

ダァァァァァン!!!

 

 

 千冬さんは両手を使って受け止めた。

 

「なるほどな。確かにオルコットが気絶する筈だ。もし生身で受けたら重症どころじゃすまないな」

 

「………これを平然と受け止める織斑先生も流石ですね」

 

「ひよっこの技を受け止めるなど造作も無い……と言いたいところだが、私も少々危なかった。もし片手で受け止めたら、骨に罅が入っていたかもしれないからな」

 

「それはそれは。織斑先生からそんな言葉を聞けるとは予想外でした……」

 

 千冬さんに危惧の念を抱かせるとは驚いたな。

 

「だがこの程度の技で私を倒すのは百年早い」

 

「でしょうね」

 

 俺の『砕牙』の威力は師匠と比べたら、まだ半分以下だからな。それで千冬さんを倒せるなんて微塵も思っちゃいない。俺もまだまだ精進しなければ。

 

「では小手調べはここまでにして、次は本気でいきますか?」

 

「そうしたいところだが、あいにく時間だ」

 

「もうですか。残念です」

 

 名残惜しそうに言う千冬さんに俺は拳を引っ込める。

 

「ではまた時間があったらお願いします」

 

「そうしよう。ではまた……」

 

 千冬さんが寮に戻ろうとしていくのを見た俺は修行道具を片付けていると……。

 

「おっと。私とした事が大事な事を訊き忘れていた。お前と織斑のどっちがクラス代表をやるんだ?」

 

「ああ、そう言えば」

 

 思い出したかのようにこっちを振り向いて訊いてくる千冬さんに、俺も思い出した。

 

「まだ話し合ってはいませんけど、一夏にやってもらおうと思っています」

 

「何故だ? 私としてはお前が代表になった方が良いと思うが」

 

「俺が代表になったら、クラスメイト達が反発するのが目に見えてますし」

 

「そんなの気にする必要は無いだろう。お前がその気になればすぐに黙らせる事ができる筈だ。強い者が上に立つのが至極当然だと、私はそう思っているが?」

 

 根っからの実力主義である千冬さんならではの言い分だな。だがそれでも俺は断る。

 

「確かに織斑先生の言うとおりかもしれませんね。ですが、どの道俺は代表になるのを辞退します。勿論一夏にクラス代表をさせる理由はありますが」

 

「………一応聞こう」

 

 理由があると知った千冬さんは間がありながらも聞こうとする。

 

「一夏は俺と違って統率力がある上に人を惹き付ける魅力があります。織斑先生もご存知ですよね?」

 

「………そうだな」

 

「アイツには実戦訓練を学んで欲しいんです。この学園は主にクラス代表が出る大会がありますから丁度良いかと」

 

「それと織斑の何の関係があると言うんだ?」

 

「オルコットと試合して気付いたんですが、一夏は訓練させるより実戦に近い方でやらせたら、前とは比べ物にならない位に成長してました。ですから一夏を今後更に強くさせる為には、クラス代表になってより多くの実戦訓練を積んで欲しいと思っています。織斑先生としても、それが一夏の為になると分かっているのでは?」

 

「……………………」

 

 俺が理由を言い切ると千冬さんは無言だった。そうしているって事はやはり千冬さん自身もそう考えていたに違いない。未熟な一夏を一刻も早く強くなる為には、それしか無いのだから。

 

 そして少し待っていると……。

 

「分かった。そう言う理由ならば、私の方から山田先生に織斑を代表にするよう言っておこう」

 

 織斑先生はそう決断した。何も指摘しないのは反対する理由が無いと言ったところか。

 

「随分アッサリと認めてくれましたね。てっきり何か言うと思っていましたが」

 

「お前の言うとおり、織斑には強くなってもらわなければいけないからな。さっさとアイツが一人前にならないと、この先何が起こるか分からん」

 

「そうですか」

 

 と言ってる千冬さんだが、本当は大事な弟の一夏を守りたいけど、自分に何か遭っても一人でやって欲しいと言う姉からの切実な願いがあるんだろうな。本当に素直じゃないよ、この人は………あ、やば。

 

「…………神代、私は今貴様の顔を思いっきり殴りたいんだが」

 

「アハハハハ……すいませんでした」

 

 心を読んだ千冬さんに俺は謝った。

 

 その後に俺は修行道具が入ってる鞄を背負い、それを見た織斑先生は何処かへと去っていくのを見て……。

 

「実は理由がもう一つあるんですよね~。一夏がクラス代表になれば織斑先生が適当な理由で自分の部屋に連れて、学園の中で姉弟水入らずの二人っきりのイチャイチャ時間を作れます。ブラコンの織斑先生にとってはさぞかし嬉しい展開に……あ、何か急に殺気を感じてきたからさっさと逃げようっと」

 

 俺が独り言を言ってると、途中から物凄い殺気を感じたので素早く退避した。

 

 そして気配を完全に殺して隠れていると……

 

 

『ちっ! もういないか。逃げ足の速い奴だ』

 

 

 予想通り、千冬さんが戻ってきていた。あの人って勘が鋭いだけじゃなく、耳も良いんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとよろしいですか?」

 

「ん? 誰かと思えばオルコットじゃないか」

 

 千冬さんから逃げて寮に戻り、部屋に戻ろうとしていると制服姿のオルコットと会った。

 

「何か用か? 話だったら出来れば後にして欲しいんだが……」

 

「すぐに済みます。先ずはこれだけを言わせて下さい、和哉さん」

 

 一体何を言うのやら………ん? 今オルコットが俺を名前で呼んだ?

 

「和哉さん、今まであなたに無礼な態度をとって申し訳ありませんでした」

 

 突然オルコットが俺に頭を下げて謝って……ちょっと待て! コイツが俺に頭を下げただと!?

 

「あ、あの、オルコットさん?」

 

「そう簡単に許してくれるとは思えませんが……」

 

「い、いやいや。俺だってアンタに色々と言ったし……」

 

 罵倒したり挑発したりとな。

 

「ですが事の発端はわたくしですわ。わたくしがあのような事をしなければ……」

 

「そ、そうか。………って! 分かったからもう謝らないでくれ! 何かアンタに謝られているとコッチが申し訳ない気分になる!」

 

 ってかプライドの高いオルコットが、俺にあっさりと頭を下げる行為をする自体あり得ないんだから!

 

「ではもう一つ。これが一番言いたかった事ですが」

 

「まだあるんかい……」

 

 まぁ謝る以外なら聞くよ。

 

「和哉さん。昨日は負けましたが、次に会う時は更に腕を磨いてあなたを倒します! セシリア・オルコットの名にかけて!」

 

「………ほう?」

 

 オルコットは意を決したかのような顔になって宣言すると、俺は急に笑みを浮かべた。

 

「それはつまり、俺に対する挑戦状と受け取って良いのかな?」

 

「あなたが承諾して下さればの話ですが……」

 

「へぇ………その前に一つ聞きたい。どうして俺にそんな事をするんだ?」

 

 一応聞いておかなければいけないからな。あのオルコットが昨日とは全然違って、俺をライバルみたいな目で見てるし。

 

「あなたとの戦いで色々教えられました。自分がどれだけ未熟で、どれだけ思い上がっていたのかを」

 

「…………………」

 

「ですからわたくしは今掲げているイギリス代表になる目標を捨て、あなたを倒すことだけに専念します。そうしなければわたくしは次のステップに進むことができませんので」

 

「つまりアンタは俺を踏み台にするってか?」

 

「そう受け取ってもらって構いません」

 

 俺の意地悪な問いにオルコットは迷いなく答えている。これは本気で俺を倒そうとしているようだな。

 

「あなたが気分を害したのでしたら……」

 

「別に謝る必要はない。良いじゃないか」

 

「え?」

 

 謝ろうとするオルコットに俺は即座に止めた。寧ろ大歓迎だからな。

 

「俺はアンタみたいな対抗心がある奴は大好きだ。張り合う相手がいてくれた方が俺も強くなることが出来るからな」

 

「………それはつまり、わたくしからの挑戦を受けると思っていいのですか?」

 

「勿論だ。俺はいつでも受けて立つぞ。ただし再び俺と戦うときは、俺も昨日以上に強くなってるから覚悟しとけよ?」

 

 そう言って俺は手を前に出すと……。

 

「言っておきますけど、わたくしも更に強くなっておりますので。それと和哉さん。わたくしのことはセシリアと呼んでください」

 

「ああ、分かったよ。セシリア」

 

 オルコット……セシリアは俺の手を握って握手を交わした。

 

「ついでと言っちゃ何だが、一夏にも謝っておけよ」

 

「い、一夏さんにですか!?」

 

 何だ? 一夏の事を言ったらオルコットが急に顔を赤らめたな。ってか一夏さんって。

 

 オルコットの様子がおかしい事に気付きながらも握手を止める。

 

「セシリア、アンタもしかして一夏の事が………」

 

「わたくし急に部屋に戻らないといけませんので、これにて失礼しますわ!」

 

 そう言ってセシリアは去って行った。 

 

「やれやれ……」

 

 どうやらこれはマジみたいだ。セシリアがいつの間にか一夏の事を好きになっちゃうとは。本当に一夏は女を落とす事に関しては天下一だ。その分アイツ自体が鈍感だけど。

 

「こりゃ箒もうかうかしてられないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、昨日は一夏の練習相手をしてあげたって事か?」

 

「…………そうだ」

 

 朝の教室にて箒が不機嫌そうに窓を向いていたので、俺が声を掛けて昨日の事を聞いた。

 

 何でも一夏が剣道の練習に付き合ってくれと頼まれたらしく、箒は了承して練習相手になったようだ。

 

(でもそれだけでこんなに不機嫌じゃないんだろうな)

 

 あくまで俺の予想だが、恐らく一夏は主語を抜かして『付き合ってくれ』と言ったかもしれない。それで箒は思わず告白と勘違いして、その後は見事に夢を打ち砕かれたってところかな。

 

 まぁそれは置いといてだ。俺が朝飯を食ってる時、一夏が『特訓する時はいつでも言ってくれ』とやる気満々に言ってきたから、アイツもセシリアと同様に変わったみたいだな。箒には悪いが、俺にはとても好都合な展開だ。張り合う相手が更に増えるのは俺として大変好ましいからな。

 

「取り敢えずだ箒、俺から一つ言える事は………早く一夏を捕まえとかないと横から掻っ攫われるよ」

 

「! ま、待て和哉! それはどう言う意味――」

 

 箒が俺に問い質そうとするが、山田先生と織斑先生が来たので中断せざるを得なかった。

 

 そして俺は席に座ると、朝のSHR(ショートホームルーム)が始まる。

 

「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 山田先生が嬉々として言うと、クラスの女子達も大いに盛り上がっていた。そして指名された一夏は暗い顔をしている。

 

「先生、質問です」

 

 一夏が質問するために挙手をする。基本だな。

 

「はい、織斑くん」

 

「どうして俺はいつの間にかクラス代表になっているんでしょうか? 和哉が勝ったとは言え、俺は負けたも同然ですし」

 

「それは――」

 

「それは俺が辞退して一夏を指名したからだ」

 

「な、何だと!?」

 

 山田先生が言う前に俺が立ち上がって言うと一夏が驚愕した。そりゃ驚くよな。一夏とは事前に話しを通していないし。

 

「ちょっと待て和哉! お前何勝手に決めてるんだ!? 俺は承諾してないぞ!」

 

「お前と話し合ったところで、お互いに譲り合うのが目に見えてるからな。だからここは一夏になってもらおうかと」

 

「勝手に決めるな! お前に何の権利があって……!」

 

「権利は無いが、一夏には責任がある。俺に大見得を切っといて無様に負けて、俺が尻拭いをしたんだからな」

 

「ぐっ!」

 

 先程まで俺に抗議していた一夏だったが、昨日の試合について引っ張り出すと言い返せなくなった。甘いな一夏。ちゃんとお前に対する反撃方法も考えているんだよ。

 

「だから一夏には責任を取って貰う為に、代表になってもらおうと思ったって訳だ。Do you understand?」

 

「……………………はぁっ」

 

 溜息を吐く一夏はがっくしと首を垂らす。

 

「ま、俺よりお前の方が適任なのは確かだ。女子達も俺より一夏が代表の方が良いだろう?」

 

 そう言いながら俺は女子達の方へ顔を向ける。

 

「そ、それはまあ確かに……」

 

「織斑くんなら私たちが反対する理由は無いし……」

 

「私たちは貴重な体験を積めるし、他のクラスの子に情報が売れる。確かに一粒で二度おいしいね、織斑くんは」

 

「コラコラ。商売にしたり、クラスメイトを売るんじゃない」

 

 一人の女子の台詞に思わず突っ込む俺。いくらなんでもソレはダメだからな。

 

「あ~もう! こうなったらやってやる! その代わりに和哉! 俺が代表になったからにはお前を扱き使ってやるからな!」

 

「どうぞご自由に。雑用やISの訓練をしたい時にはいつでも命じてください」

 

「くっ! この程度じゃダメか!」

 

 ハッハッハッハ。お前の考えてることなんてお見通しだっての。

 

「そ、それでですわね一夏さん!」

 

 突然セシリアが立ち上がって一夏に言って来た。早速アプローチを仕掛けてきたな。あ、箒がセシリアを睨んでる。

 

「い、一夏さん?」

 

 突然の呼び方に一夏は戸惑っていたが、セシリアはそのまま続ける。

 

「そ、その、昨日の戦いでは和哉さんに色々と言われ、わたくしもかなり反省しまして」

 

 おいおいセシリアさんよ、俺を引き合いに出さないでくれ。俺はアンタ等の恋愛に関して口を出したくないんだから。

 

「お詫びとしまして、一夏さんにはわたくしがIS操縦を教えますわ。そうすればみるみるうちに成長を遂げ――」

 

 

バンッ!

 

 

 セシリアが言ってる最中に、箒が机を叩くとすぐに立ち上がった。

 

「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」

 

「(か…和哉? これは一体?)」

 

「(俺に訊くな)」

 

 小声で訊いてくる一夏にバッサリ切り捨てるのを余所に、『私が』を特別強調した箒は物凄く殺気立っている瞳でセシリアを睨んでいる。

 

 しかしセシリアは箒の睨みを物ともせずに正面から受け止めて、視線を返している。それも誇らしげに。

 

「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。Aのわたくしに何かご用かしら?」

 

「ら、ランクは関係ない! 頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」

 

「(って箒は言ってるけど、どうなんだ一夏?)」

 

「(いや、俺はどうしてもと言った覚えは無い)」

 

 ま、セシリアに一夏を取られたくないと箒の対抗心なのは分かっているけど。

 

「え、箒ってランクCなのか……?」

 

「だ、だからランクは関係ないと言っている!」

 

 一夏の突っ込みに箒は怒鳴った。ちなみに一夏はBで、俺はセシリアと同じくAだ。けどそのランクは訓練機で出した最初の格付けだから、あんまり意味が無いような気がするんだが。

 

「座れ、馬鹿ども」

 

 すたすたと歩いて行きセシリア、箒の頭をバシンと叩いた千冬さんが低い声で告げる。

 

 相変わらず容赦の無い攻撃だなと思っていると……。

 

 

バシンッ!

 

 

「その得意げな顔はなんだ。やめろ」

 

 いつの間にか一夏を出席簿で叩く千冬さん。一夏が得意気な顔していたって事は下らない駄洒落でも考えていたんだろうな。

 

「お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな」

 

 千冬さんの台詞にセシリアや箒は一切反論しなかった。特にセシリアは何か言いたそうな顔をしていたが、相手が相手なので逆らわずに言葉を飲み込んだ。

 

「代表候補生でも一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」

 

 規則に厳しい千冬さんならではの発言だな。

 

 あれ? 千冬さんがいきなり一夏の顔を見て……

 

 

バシン!

 

 

「……お前、今何か無礼なことを考えていただろう」

 

「そんなことはまったくありません」

 

「ほう」

 

 

バシンバシン!

 

 

「すみませんでした」

 

「わかればいい」

 

 どうやら一夏が千冬さんに対してまた何か失礼な事を考えていたみたいだな。

 

 偶には飴を与えたらどうですか千冬さん? 本当は一夏の事が好きで好きでたまらないくせ……に! 

 

 

パシッ!

 

 

「……お前も何か無礼なことを考えていただろう」

 

「めっそうもありません」

 

 あ…危ねぇ~。あと少し遅かったら白刃取りが出来なかった。

 

「ふむ」

 

 

グググググググググググ!!!!

 

 

「お…織斑先生……いつまでもこんな事をしている場合ではないのでは……?」

 

「……………………ちっ!」

 

 舌打ちしながら出席簿を引っ込めて教壇に戻る千冬さん。そんなに俺の頭が叩けないことが悔しいんですか?

 

「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 

 はーいと(一夏を除く)クラス全員一丸となって返事をした。うん、団結は良い事だな。

 

「(和哉、お前やっぱり後で覚えてろ)」

 

「(ははは~。いつでも待ってるよ~)」

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長。申し訳ありませんが、やはり神代和哉に会いに行くのはもう少し待ってからにして下さい」

 

「ちょっと~! 折角今日は会いに行こうって決めてたのに急にストップ掛けないでよ!」

 

 とある部屋にて、会長と呼ばれている女性が引き止められていた。

 

「彼に対する苦情が余りにも多すぎますから、ここは会長も手伝ってもらおうかと」

 

「だ…だから、それに関しては問題無いって」

 

「苦情以外に、その他の書類も私一人だけでやれと?」

 

「うっ……」

 

 女性が指を差すと、テーブルの上には和哉の抗議文以外の書類がドッサリと置いてあった。

 

「会長、まさかこの書類を私に丸投げする為、神代和哉に会いに行こうと考えていませんでしたか?」

 

「あ…あははは……そんなわけないよ」

 

「………………………………」

 

「…………ごめんなさい」

 

 会長は女性の睨みに根負けして素直に謝る。

 

 これにより会長が神代和哉に会いに行くのは、四月の下旬まで先延ばしとなるのであった。



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第14話

今回は2話掲載します。

それではどうぞ!


 授業が終わった放課後、俺はある所へといた。

 

「申し訳ありません。本当でしたらすぐに挨拶しに行こうと思っていたんですが、色々とありまして……」

 

「いやいや、お気になさらず。神代くんの方もまだ学園に来たばかりですからね」

 

 用務員室にて、数少ない男性用務員である轡木十蔵さんに挨拶をしていた。

 

 見た目は総白髪の頭で、顔にも年相応のしわが刻まれている。そして柔和さを感じさせる人柄でもあり、その親しみやすさから『学園内の良心』などと呼ばれているそうだ。

 

「あの方は未だにお元気ですか?」

 

「ええ、それはもう。今頃はまた何処かへ一人旅をしていると思いますよ」

 

 師匠は修行の相手をしてくれるが、俺が春・夏・冬休みの時は『修行も兼ねて旅に出るぞ』と言って引っ張り回された事があった。あの時は大変だったが、色々な経験を積んだ。海や山のサバイバル生活に、更には無人島での生活。本当に色々あったなぁ。

 

「その顔を見ると、竜さんの旅に何度も付き合わされたみたいですね。けどあの人の旅は結構ためになったと思いますが?」

 

「その言い方から察するに、もしかして轡木さんも?」

 

「はい。とても有意義な旅でしたよ」

 

「って事はもしや貴方も俺と同じく師匠の弟子なんですか?」 

 

「いえいえ、あの人とはちょっとした友人ですよ」

 

「友人……ですか」

 

 師匠の友人となると、この人もそれなりに凄い人なのかと思ってしまう。師匠の周りにいる人って結構有名な人もいるからな。もしかしてこの轡木さんが実は用務員と言うのは仮の姿で、本当はこのIS学園を取り仕切る影の支配者だったり……。って、んな訳無いか。

 

「しかし驚きましたよ。まさかあの竜さんが弟子を取っていたとは」

 

「師匠が弟子を取る事がそんなに珍しいんですか?」

 

「珍しいも何も、私が知っている竜さんは、決して弟子を取らない主義だと言うほど頑固でして」

 

「師匠がそんな事を?」

 

 あの師匠がねぇ……俺が初めて会った時は『ワシの弟子にならんか?』と言ってたんだが。師匠が轡木さんの言うとおりのだったら、どう言った心境の変化なんだろうか。

 

「まあ、あの人にも色々と事情が変わったんでしょうね」

 

「だとしても、師匠があの時に武道のぶの字を知らなかった小さい頃の俺を弟子にするなんて相当変わっていますね。武道の素質がある奴を弟子にすれば良かったのに」

 

「恐らく君のような子だからこそ、竜さんは一から教えたかったと思いますよ」

 

「そんなもんですかねぇ?」

 

「そうですよ」

 

 頷く轡木さんだが、俺にはよく分からなかった。あの時の師匠も今と同じく厳しいけど、優しいところも見せてくれる。そんな人が誰も弟子を取らなかったなんて信じられないな。

 

 轡木さんからもっと過去の師匠の事を聞きだそうとしたが……。

 

「おっと。もう休憩時間が過ぎてしまいましたね。神代くん、挨拶に来て下さって申し訳ありませんが、掃除の時間となりましたのでまた今度に……」

 

「そうですか」

 

 轡木さんが業務再開するみたいに掃除道具を持ち始めたので、俺は用務員室から出ようとする。

 

「お忙しいところ、時間を取って頂きありがとうございました」

 

「いやいや、私も君と話して大変有意義でしたよ。またいつでも来て下さい」

 

「分かりました、それでは」

 

「ええ、またいずれ」

 

 そして俺は用務員室から出て、そのまま一夏と訓練の約束をしたトレーニングルームへと向かった。

 

 

『………早く神代くんに専用…を……しなければ………せんねぇ。それ……さんに申し訳………』

 

 

 用務員室から独り言が聞こえたが、途切れ途切れにしか聞こえなかった。一体何の事を言ってるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、神代、オルコット。試しに飛んでみせろ」

 

 四月の下旬。桜の花びらが完全に無くなった頃にて、いつも通り千冬さんの授業を受けていた。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

 

 まだISを展開していない千冬さんに指摘された俺と一夏。そうは言っても俺と一夏はまだ初心者なんですけど。

 

 しかしまぁ、俺が学園から借りてる『打鉄』を呼び出す為のアイテムが左腕のブレスレットとはな。どうやらコレが操縦者の体にアクセサリーの形状で待機してるらしい。

 

 ちなみに専用機持ちである一夏は右腕のガントレットで、オルコットは左耳のイヤーカフスだ。俺としては一夏と同じガントレットが良かったな。ブレスレットなんかより何倍もマシだから。

 

「集中しろ」

 

 おっとやばいやばい。早く展開しないと叩かれそうだ

 

 俺は打鉄を呼び出す為に目を閉じて意識を集中し……。

 

(出て来い、打鉄)

 

 そう心の中で呟いた刹那、左手首から全身に薄い膜が広がっていくのが分かった。展開時間は約0.7秒。俺の体から光の粒子が開放されるように溢れ、そして再集結して纏まり、IS本体として形成された。

 

 打鉄を纏っていくと体が急に軽くなる。各種センサーが意識に接続され、周囲の解像度が上がっていく。そして『打鉄』を完全に装備した状態になると、地面から十数センチ浮遊していた。

 

 俺と同じく、一夏が『白式』、セシリアが『ブルー・ティアーズ』を装備して浮かんでいる。余談だが、俺と一夏の対戦で損傷していた『ブルー・ティアーズ』のビットは、もう完全に修復済みだった。

 

「よし、飛べ」

 

 千冬さんに言われて、俺とセシリアは即座に飛んだ。そして急上昇し、セシリアと同じ位置で静止する。

 

 ん? 一夏が出遅れたな。おまけに上昇速度も遅い。

 

「何をやっている。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」

 

 通信回線から千冬さんのお叱りの言葉を受ける一夏。

 

「遅いぞ一夏」

 

「あのなぁ。そう言われても急上昇や急下降は昨日習ったばかりだぞ? 『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』で行うようにって言われても、全然感覚が掴めないし」

 

 俺の突っ込みに一夏が言い返してきた。まぁ確かに習ったばかりで、さっき一夏が言ったイメージだけじゃとても無理だな。

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」

 

「セシリアの言うとおりだ。俺もイメージを変えた途端にやりやすくなったぞ」

 

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 

 一夏は白式にある二対の翼状を観察しながら見ていると……。

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

 

「わかった。説明はしてくれなくていい」

 

 説明しようとするセシリアを即座にストップをかけて断った。俺も今ここでそんな説明聞きたくないし。

 

「そう、残念ですわ。ふふっ」

 

「ってか一夏。今更そんな疑問を抱いたところで浮いてるもんは浮いてるんだから仕方ないだろうが」

 

「和哉さんはわたくしが説明しなくても理解してますの?」

 

「………セシリア、お前分かってて言ってるだろ?」

 

「あらあら、バレちゃいましたわね。ふふふっ」

 

 楽しそうに微笑むセシリア。その表情は嫌味でも皮肉でもなく、本当に単純に楽しいと言う笑顔だ。

 

 セシリアが一夏の事が好きだと気づいて以降、何かと理由を付けて一夏のコーチを買って出ている。一夏がいない場合は俺にも教えてくれている。一夏や俺にしては非常にありがたく、セシリアは流石に代表候補生だけ会って優秀だった。

 

 一夏はともかくとして何故俺まで教えていると言う理由については、『次に戦うときはお互いフェアな条件でやりたい』だそうだ。その代わり、俺もセシリアに基礎的な対接近戦用について教えている。いくら遠距離主体でも懐に持ち込まれたら話にならないからな。セシリアもあの時の試合で充分学んだから、何の反対も無く俺に教えられている。

 

「一夏さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ。そのときはふたりきりで――(チラッ)」

 

 はいはい。こっちを見なくても分かってるよセシリア。お好きなように。

 

 俺がセシリアにどうぞと言うジェスチャーをしていると……。

 

「一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りてこい! それと和哉も何をやっている!」

 

 いきなり通信回線から怒鳴り声が響いた。声の主が分かって地上を見ると、そこには山田先生がインカムを箒に奪われておたおたしていた。ISのハイパーセンサーの補正がある事によって、今の俺達は望遠鏡並みの視力なのである。それによって地上二百メートルから怒り心頭である箒の顔がよく見える。これって色々と悪用されたら大変な事になりそうだな。

 

「ちなみに、これでも機能制限がかかっているんでしてよ。元々ISは宇宙空間での稼動を想定したもの。何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するためですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ」

 

 ふむふむ、流石は優等生。知識も豊富だな。

 

「それに比べて箒の説明は……」

 

「ああ、あれはなぁ……」

 

 俺と一夏は箒の説明を思い出すと……。

 

『ぐっ、とする感じだ』

 

『どんっ、という感覚だ』

 

『ずかーん、という具合だ』

 

 擬音ばかり使ってて全然分からなかった。箒には悪いんだが、正直言って本当にISを動かせるのかと疑問を抱いた。だが訓練機実習がまだ始まっていないので、箒のレベルは未だに不明だ。

 

「わたくしも流石にあれはちょっと……」

 

 セシリアも俺と一夏と同様に思い出していた。あの時のセシリアは箒の説明に突っ込んでは言い争いをしていたな。大好きな一夏の前で良い所を見せようとするセシリアに、負けじと対抗する箒。対象者である唐変木の一夏は全然気付いていなかったけど。

 

「織斑、神代、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

 

「了解です。では一夏さん、和哉さん、お先に」

 

 そう言ってセシリアは地上に向かう。ふむ、凄いな。

 

「うまいもんだなぁ」

 

「そりゃあセシリアは俺達と違って経験豊富だからな」

 

 俺が一夏の言葉に頷いていると、セシリアは完全停止も問題無くクリアーしたみたいだ。

 

「それじゃ次は俺だ、見てろよ一夏」

 

「ああ」

 

 そして俺は意識を集中して急下降をするが……。

 

「くっ! これじゃ不味い!」

 

 完全停止が思うように出来なかった。

 

「それなら……!」

 

 確実に失敗すると思った俺は体を丸めて……。

 

 

グルグルグルグルグル!!!!

 

 

 回転する事によって急下降のスピードを殺し……。

 

「とおっ!」

 

 

ダァァァァァンッ!!

 

 

 両足を地面に付けて着地に成功した。

 

『…………………………』

 

「ふうっ、危なかったぁ。すいません織斑先生。完全停止は失敗しちゃいました」

 

「馬鹿者。誰があんな事をしろと言った」

 

 着地に成功したセシリアやクラスメイト達、山田先生も呆然としている中で謝ると、織斑先生は即座に言い返して来る。 

 

「どうもまだ慣れなくて……」

 

「………まぁグラウンドに穴を開けられるよりマシか」

 

 と、千冬さんがそう言っていたが……。

 

 

ズドォォンッ!!!

 

 

 突如、上空から何かが降ってきて地上に激突する音が聞こえた。

 

「「……………………」」

 

 俺と千冬さんが揃って音の発信源の方を見ると、そこには巨大な穴の中心に一夏が倒れていた。原因が分かった途端にクラスメイト達がくすくすと笑い始めている。

 

「成程。判断が遅かったら俺も一夏と同じ目に遭っていたと言う事か。ありがとな、一夏。良い教訓になったよ」

 

「お、お前なぁ……それが友達に向かって言う台詞かよ……!」

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

 

「……すみません」

 

 俺に反論する一夏だったが、織斑先生には謝るしかなかった。その後一夏は姿勢制御をして上昇して地面から離れる。普通は死んでもおかしくないんだが、一夏や白式は無傷である。ISのシールドエネルギーが無かったら完全にお陀仏だったな。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 腕を組み、目尻を吊り上げている箒が一夏に言う。おいおい箒さん。昨日教えたって、あの擬音の事を言ってるのか? 冗談も程々にして欲しいよ。ってかアンタが冗談を言うなんて珍しいけど。多分一夏もそう考えている筈だ。

 

「一夏、貴様何か失礼なことを考えているだろう」

 

 あ、どうやら一夏も考えていたみたいだな。ってか箒も鋭いなぁ。

 

「大体だな一夏、お前というやつは昔から――」

 

 一夏に対する箒の小言が始まったかと思ったら、それを遮るようにセシリアが前に出た。

 

「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」

 

「あ、ああ。大丈夫だけど……」

 

「そう。それは何よりですわ」

 

 うふふと、また楽しそうに微笑むセシリア。モテモテだねぇ一夏。ま、当の本人はセシリアの想いに全然気づいていないけど。

 

「……ISを装備していて怪我などするわけがないだろう」

 

「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」

 

「お前が言うか。この猫かぶりめ」

 

「鬼の皮をかぶっているよりマシですわ」

 

 

バチバチッ!

 

 

 アハハハハ~。一人の男を巡る女の争いの始まりだぁ~。実際は出てないけど箒とセシリアの視線がぶつかって火花を散らす音が聞こえるよ。別にやるのは構わないが、せめて俺を巻き込まないでくれよ。

 

「おい、馬鹿者ども。邪魔だ。端っこでやっていろ」

 

 箒とセシリアの頭をぐいいっと押し退けて、千冬さんが一夏の前に立った。

 

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

 

「は、はあ」

 

「返事は『はい』だ」

 

「は、はいっ」

 

「よし。でははじめろ」

 

 千冬さんに言われた一夏は横を向く。それは人に当てない様にする為に向きを変えたのだ。正面に人がいない事を確認した一夏は、突き出した右腕を左手で握る。そしてすぐに光が溢れた後に収まると、一夏の両手には《雪片弐型》が握られていた。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

 一夏のやった事に褒めもしないどころか、すぐにけなす千冬さん。折角一夏が一週間訓練したってのに、ちょっと酷いな。

 

「次に神代、お前も武装を展開しろ」

 

「え? 俺の武器は拳だけなんですが……」

 

「良いから出せ」

 

「……はい」

 

 取り敢えず言われた通り出しますか。俺も一夏と同じく横に向き、そこに誰もいないのを確認して右手に刀をイメージする。そしてすぐに展開し、俺の右手には刀が出てきた。

 

「ふむ。一応及第点と言ったところか」

 

「ありがとうございます」

 

 おい一夏。大して褒められていないんだから、そんな睨まないでくれ。

 

「最後にオルコット、武装を展開しろ」

 

「はい」

 

 セシリアは左手を肩の高さまで上げ、真横に腕を突き出す。一夏や俺のように光の奔流の放出する事は無く、一瞬爆発的に光っただけ。それだけで、セシリアの左手には狙撃銃 《スターライトmkⅢ》が握られていた。

 

 俺や一夏より圧倒的に速いな。しかも、銃器には既にマガジンが接続されて、セシリアが視線を送るだけでセーフティーが外れている。一秒と立たずに展開、射撃可能まで完了……ちょっと待て。

 

「なあセシリア。展開が速いのは分かるが、そのポーズはちょっと不味いと思うぞ?」

 

「え? 何故ですの?」

 

 俺の指摘に分からない顔をしていたセシリアだったが……。

 

「神代の言うとおりだ、オルコット。確かに展開が速いのは認める。だがそんなポーズで横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」

 

 千冬さんが賛同するかのように更に指摘した。 

 

「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるために必要な――」

 

「直せ。いいな」

 

「――、……はい」

 

 反論したそうな顔のセシリアだったが、千冬さんの一睨みで何も言い返せなくなった。下手に逆らったら命は無いからな。

 

「オルコット、近接用の武装を展開しろ」

 

「えっ。あ、はっ、はいっ」

 

 俺と千冬さんに対して頭の中で文句を言ってる最中に、いきなり振られた指示に吃驚して反応が鈍っているセシリアだった。

 

 セシリアは銃器を光の粒子に変換――この場合は『収納(クローズ)』だったな……。そして新たに近接用の武装を『展開(オープン)』する。

 

 だが、セシリアの手の中は未だに光を発さない状態だった。

 

「くっ……」

 

「まだか?」

 

「す、すぐです。――ああ、もうっ!《インターセプター》!」

 

 武器の名前をヤケクソになって叫ぶセシリア。それによりイメージがまとまり、光は武器として構成される。

 

 だがそれは優秀なセシリアにとって良くない行動だった。何故ならさっきセシリアがやったのは教科書の頭に書かれている『初心者用』の方法なのだ。アイツがあんな初歩的な事をすると言うことは、よっぽど俺と千冬さんに対する不満があったみたいだな。

 

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」

 

「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」

 

「ほう。織斑との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」

 

「あ、あれは、その……」

 

「更には神代にも懐を許して、強烈な一撃を喰らったんじゃなかったか?」

 

「………………」

 

 俺を出すとセシリアは完全に痛いところを突かれたかのように、ぐぅの音も出なくなった。そんなセシリアに俺と一夏が眺めていると、いきなりキッと睨まれた。

 

 その瞬間、個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)送られてきた。

 

『あなたたちのせいですわよ!』

 

 んなもん知るか。ってかお前は俺の時は必死に立ち向かっていただろうが。

 

『あ、あなたたちが、わたくしに飛び込んでくるから……』

 

 そりゃ俺と一夏のISは接近戦用の武装しか無かったから仕方ないだろうが。

 

『と、特に一夏さんには、せ、責任をとっていただきますわ!』

 

 セシリアさん、アンタ何気なく一夏に告白してるんだろうけど無駄だよ。この超鈍感男にそんな遠回しな告白をしても分からないからな。

 

 ついでに俺と一夏は通信の返事はしていない。一方的に送られてくるだけである。プライベート・チャネルはセシリア戦で一夏と一緒に使ったが、お互いただ単に返事する気が無いだけだ。

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」

 

 おいおい千冬さん。あの穴を埋めるのは一夏だけやらせるのかい。

 

 一夏が箒を見ると、フンと顔を逸らして手伝う気は無し。

 

 セシリアも――既にいなかった。

 

「和哉…………」

 

「………………」

 

 捨てられた子犬のように見てくる一夏に……。

 

「はいはい。手伝ってやるから、そんな目をしないでくれ」

 

「ありがとう和哉!」

 

 手伝うと言った途端、救世主のようにバンッ俺の両肩に手を置いた。

 

「元々はグラウンドに穴を開けた一夏の自業自得だが……」

 

「それでも手伝ってくれる和哉が俺の心の支えだ!」

 

「分かった分かった。ま、この際だからISを使ってさっさと片付けるぞ」

 

「おう!」

 

 どうでもいいんだけど箒とセシリア。アンタ等いくら怒っていたとは言え、自らチャンスを捨てるとは愚かだな。一夏と二人っきりで片付ければ良い展開になっていたのに。もう少し先の事を考えて欲しいもんだ。



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第15話

「さてと、早くまた食堂に行かないとな」

 

 夕食を済ませた俺はトレーニングルームで軽い訓練した後、早足で食堂へと向かっている。

 

 本当だったら一夏を誘うつもりだったが、箒とセシリアに絡まれていたから敢えて一人でやった。本当は二人を押し退けたかったが、恋する乙女パワーの前だと俺では対処出来ないからな。

 

「けどまぁ今回のパーティーで、箒かセシリアのどっちかが不機嫌になるだろうな」

 

 今向かおうとしている食堂にて、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』をやる事になっている。恐らくクラス代表になった一夏に女子達がお近づきになろうとアプローチして来るに違いない。一夏は俺と違って女子にモテるし。

 

「となると、一夏にはさっさと箒とセシリアのどちらかを恋仲にさせないといけないな」

 

 箒とセシリアはどっちも負けず嫌いな上に、周りの事なんかお構い無しだ。とばっちりを喰らう俺としても溜まったもんじゃない。

 

 一刻も早く一夏争奪戦にピリオドを打たせないと、他の女子達も混ざってとんでもない事になる可能性がある。もしそうなれば、確実に俺が巻き込まれてしまう。

 

「ん? そう言えば一夏の事が好きな女が他にもいたな……」

 

 えっと、確かソイツは………………まあ良いや。今はそんな事よりさっさと急ぐか。

 

『ねぇそこのアンタ! ちょっと本校舎一階総合事務受付って所に案内してくれない!?』

 

 ん? 何か誰か俺に向かって言ってる気がするな。しかし悪いが、俺は急いでいるので無視させてもらう。

 

『ちょっと! 無視してないで早く案内してよ!』

 

 それが人に頼む態度かよ。そう言う図々しい態度を取る相手に案内する気は無いから、さっさと行くか。

 

「けどさっきの図々しい声に何処かで聞き覚えがあったような気が……確かどこぞのチャイナ娘だったかな……?」

 

 それは翌日、その相手が誰だったのかが分かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「おめでと~!」

 

 

ぱんぱ~ん!!

 

 

 パーティーが始まるとクラッカーが乱射し、一夏の頭に紙テープがかかる。

 

 食堂には一組のメンバーが全員揃っており、各自飲み物を手にわいわいと盛り上がっている。

 

「……………………」

 

 パーティーの主賓である一夏は全然めでたく無さそうに無言だ。そしてちらりと紙がけてある『織斑一夏クラス代表就任パーティー』を見ている。あの様子だと知らなかったみたいだな。一夏にだけ内緒にしてたんだろうか。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねえ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

 さっきから相槌を打ってる女子は二組だ。本当はクラスだけの集まりだったんだが、何故か他のクラスも参加している。ま、大方何処かでパーティーをやる事を知って、ドサクサ紛れに一夏と仲良くなろうと言う魂胆が見え見えだ。

 

 因みに一夏の隣に座ってる箒が鼻を鳴らしてお茶を飲んでいる。俺の予想通り、箒が不機嫌になっているな。箒さん、アンタもうちょっと広い心を持ちなよ。これはあくまで社交的な付き合いなんだから。そんな事で一々腹を立ててたら一夏の彼女は務まらないぞ?

 

 と、箒に内心突っ込みを入れている俺は……。

 

「ねぇかずー、本当にこの席で良いの~?」

 

「構わないさ。今回のメインは一夏だからな。一組はともかく、二組の女子達は俺が近くにいるとお気に召さないだろうし」

 

 一夏から少し離れている場所の席に座っていた。何しろ二組の女子達が俺の顔を見た瞬間に嫌そうな顔をしていたからな。だから俺はこうして離れている。

 

「けど布仏さんこそ良いのかい? 一夏と一緒が良いだろうに」

 

 俺の隣に座ってグビグビとジュースを飲んでいる布仏にそう言うが、当の本人は移動する気が無かった。

 

「私はかずーと一緒が良い~」

 

「ほう? いつも小うるさいルームメイトが良いと?」

 

「そんな事よりかずー。今日はアップルパイ作ってないの~?」

 

 俺の問いを無視して布仏はアップルパイを求めるような言い方をしてきた。

 

「今日はもうお菓子を食べただろ。だから無し」

 

「ええ~? かずーのアップルパイ食べたい~」

 

 ユサユサと俺を揺らしておねだりして来る布仏に……。

 

「じゃあ明日お菓子を一切食べないなら作ってあげるよ」

 

「うう……そ…それは~……うう~~~~」

 

 俺が条件を出すと迷っているのであった。それも頭を抱えて必死に。

 

「かずーのアップルパイ食べたい……でも明日はお菓子が食べられない……でも食べたい……うう~~! かずーの意地悪~!」

 

「やれやれ、ちゃんと約束を守れば作ってあげるのに」

 

 ポカポカと俺の肩を叩いてくる布仏に呆れている俺。

 

 と、そんな時……。

 

『はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました~!』

 

 新聞部と言った女性が一夏の前に現れていた。制服のリボンが黄色って事は二年生か。

 

 一先ず未だ俺にじゃれている布仏は放っといて、一夏の方を見ているとしよう。

 

『あ、私は二年の(まゆずみ)薫子(かおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺』

 

 思ったとおり二年だったか。一夏が名刺を受け取った途端、黛先輩はすぐ本題に入ろうとしていた。

 

『ではではずばり織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!』

 

 ボイスレコーダーをずずいっと一夏に向け、無邪気な子供のように瞳を輝かせている黛先輩。

 

『えーと』

 

 一夏がどう答えようかと悩んでいる。インタビュー自体乗り気じゃないが、取り敢えずは答えようといった感じだ。

 

『まあ、なんというか、がんばります』

 

『えー。もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触るとヤケドするぜ、とか!』

 

 今時そんな台詞は古すぎて一夏が言うわけないだろう、と内心突っ込んでいたが……。

 

『自分、不器用ですから』

 

『うわ、前時代的』

 

 さっきのは前言撤回しよう。ってか一夏、お前そんなキャラじゃないだろうが。

 

『じゃあまあ、適当にねつ造しておくからいいとして』

 

 おいおいそこの新聞部副部長さん。アンタがそんな勝手な事をしたら学校中に可笑しな誤解と偏見が広がるんだが。

 

『け、けど実際はあそこにいる神代和哉が勝手に俺をクラス代表にされたんですが……』

 

『ほほ~う、彼が……』

 

 こら一夏! お前は俺にまでコメントさせる気かよ!? って黛先輩がコッチに来てるし!

 

「はいは~い、君が噂の神代和哉君ねぇ~。何でも試合中に『IS学園最強』になるって宣言したみたいねー。あ、これ名刺」

 

「ど、どうも……」

 

 そう言って黛先輩は俺に話しかけながら名刺を渡してくる。 おい一夏、何だその『お前も俺と同じ目に遭え!』みたいな目は。

 

「良かったらそれについてのコメントを、どうぞ!」

 

 一夏と同様に俺にもずずいっとボイスレコーダーを向けてくる。こりゃ下手にさっき一夏みたいな事を言ったらねつ造されるな。ええい! こうなりゃもうヤケだ!

 

 そして俺は立ち上がり……。

 

「『IS学園最強』になると言ったのは紛れもない事実です。ですからIS学園全生徒に宣言しておきます。俺と戦う場合は生半可な覚悟で挑まないで下さい。自分達が後悔する事になりますから。そして現『IS学園最強』の人に告げます。必ず貴方を倒して俺が『IS学園最強』になりますので、首を洗って待ってるように!」

 

『………………………………』

 

 全て言い切ると、この食堂にいる全員が言葉を失っていた。俺の隣に座ってる布仏も例外なく。

 

「ふうっ……。これで満足しましたか? 黛先輩」

 

「あ、いや、その………充分堪能させて頂きました。それもお腹一杯に……」

 

 俺の問いに黛先輩は若干放心しながらも礼を言って来る。

 

「言う事はちゃんと言いましたから、適当なねつ造は勘弁してくださいよ?」

 

「いやいやいやいや! あんな凄いコメントをねつ造するなんてとんでもない! 一字一句間違えずに掲載するから! ………これは至急たっちゃんに報告しないと……!」

 

「そ、そうですか……」

 

 一夏の時とは大違いでメチャメチャ張り切ってるなこの人……何か最後ボソボソと呟いていたが。

 

 そしてさっきまで放心していた一夏達が正気に戻ると……。

 

『ちょっと、あんな宣言してるわよ』

 

『馬鹿よねぇ~。あんな大見得切っちゃって……』

 

『自分で自分の首を絞めてるわよ……』

 

『あそこまで自意識過剰だったなんて……』

 

 二組の女子達がヒソヒソと話していた。一組は俺の言った事が本気だと分かっているので何も言ってない。あの試合を見て俺の実力が大体分かっているからな。

 

 もういい加減陰口を叩く女子達にはウンザリしてるから、ハッキリ宣言しておくか。

 

「そこで俺に陰口をたたいている女子達。いつまでもヒソヒソしてないで、俺の前でハッキリ言ったらどうだ? 相手するんなら喜んでやるぞ。無論、そちらの得意なIS戦でやる。その代わり大怪我しても俺は一切責任を持たないからな」

 

『『『『……………………』』』』

 

 俺の問いに二組の女子達は顔を青褪めながら何も言い返さなくなった。あの様子を見ると、俺とセシリアが戦った試合を見ていたようだな。それがいざ自分がやられるとなると恐くなってきたと言ったところか。本当に口先だけの連中ばかりだな。

 

「言った途端にこれか。つくづく呆れるな。陰口をたたいている暇があるなら、ISの腕を磨いて挑んで来ることだな。その時は俺も決死の覚悟で挑む。じゃあな、お前達の挑戦を楽しみに待っている」

 

「あ、ちょ、ちょっとかずー、どこに行くの~?」

 

 俺は言いたい事を言い切り、食堂から出て行こうとすると、隣にいる布仏も一緒に付いてくる。

 

「悪かったな一夏、折角お前のパーティーを台無しにして」

 

「あ、いや、俺は別に……」

 

「そうか。それじゃまた明日」

 

 一夏に謝罪した俺はスタスタと食堂から去って行った。

 

「ねぇかずー、あんなこと言っちゃって良かったの~?」

 

「構わないさ。それに陰口をたたいている女子達にいい加減ウンザリしてたからな。寧ろスッキリした」

 

 付いて来ている布仏に俺は思った事を言う。

 

「ってか何で君まで一緒に付いて来たんだ? パーティー会場に戻らなくて良いのか?」

 

「そうは言ってもー、あんな雰囲気じゃ楽しめないしー。かずーのせいでー」

 

「それを言われるとな……」

 

 確かに布仏の言うとおり、俺がパーティーの空気をぶち壊してしまったからな。今更戻ったところでぎこちない雰囲気になっているだろう。布仏に悪い事をしてしまったな。

 

「じゃあパーティーを台無しにしてしまったお詫びとして、布仏さんには今日だけお菓子の制限を無しにしてあげるよ」

 

「え!? ホントに!?」

 

「ああ。ただし、明日からはまた――」

 

「ありがとうかず~!」

 

「どわっ!」

 

 いきなり布仏が俺に抱き付いて来た。

 

「こ、こら布仏さん! いきなり抱きつくなって……!」

 

「だって今日は大してお菓子食べてなかったんだもん~!」

 

「たかが制限無しにしただけで抱き付くことはないだろうが。ってか離れろって」

 

 抱き付いている布仏から離れようと歩いている俺が突き当たりの廊下を曲がると……。

 

「ん?」

 

「かずー、どうしたの?」

 

 後方から何か妙な気配を感じたので、ふと後ろを見るとそこには誰もいなかった。

 

「……………漸く向こうが動いてくれたか」

 

「かずー、何か真剣な顔をしてるよ~」

 

「布仏さん、悪いけど一人で部屋へ戻ってくれないかな?」

 

「どうして~?」

 

「君から没収したお菓子は洗面所の棚の上に置いてあるよ」

 

「用意して待ってるね~!」

 

 お菓子の隠し場所を教えると布仏はすぐに部屋へと向かった。

 

「行ったか……さて」

 

 布仏がいなくなったのを確認した俺は、再び妙な気配を感じた方へ視線を戻す。

 

「どなたかは知りませんけど、そろそろ出てきたらどうですか? 人の跡をつけるなんて、あまり良い趣味とは言えませんよ」

 

 誰もいないところに向かって言うが何の反応が返って来なかった。

 

 だが視線の先にある階段から誰かが下りる音がした後……。

 

「よく気付いたわね~。これでも完全に気配を消してたつもりなんだけど」

 

 扇子を持った青髪の女生徒が俺の前に姿を現した。リボンが黄色って事は、さっき食堂で会った黛先輩と同じく二年か。

 

「途中から俺に気付かせるように、態と気配を感じさせたんでしょう? そちらがいつになったら動いてくれるのかとずっと待っていたんですが……」

 

「あれ? その言い方だと、ずっと前から気付いていた言い方だね。どこら辺で気付いたの?」

 

「俺がトレーニングルームにいた時からです。その時は俺だけしかいないのにも拘らず、何処からか俺を見ている視線を感じましてね。もしあの場に誰かがいたら気付きませんでしたけど」

 

「あちゃ~。私とした事が珍しく間抜けなことをしちゃったわね~。でもそれに気付く君も流石だけど」

 

 青髪の女生徒が扇子を広げると、それには『お見事』と書かれていた。この人は俺をおちょくってるのか?

 

「で、気配を消して俺を尾行していた貴方は何者ですか? それと何の御用です? 俺を尾行した目的は何ですか?」

 

「そんな一遍に訊かなくてもちゃんと答えるわよ。では先ず一つ目の問いだけど……」

 

 そう言って青髪の女生徒は何やら気品を感じさせるような仕草をしてくると……。

 

「私の名前は更識(さらしき)楯無(たてなし)。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

 自ら名を名乗るのであった。



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第16話

今回は2話掲載します。

それではどうぞ!


更識(さらしき)楯無(たてなし)先輩……ですか」

 

「そうよ。さっきも言ったけど生徒の長である生徒会長を務めてるわ」

 

 向こうが名乗りを上げた事に俺が確認するように相手の名前を言うと、更識先輩はすぐに頷く。さっきの隠密行動に加えて、あの立ち振る舞いは見るからに只者じゃ無さそうだ。

 

「そちらが名乗りましたので、俺も名乗らないといけませんね。俺は――」

 

「知ってるよ、神代和哉くん」

 

 名乗る前に更識先輩がすぐ俺の名前を言い当てた。

 

「俺の事はご存知でしたか……。まぁ俺を尾行してたんですから、既に知っているとは思ってましたけど。せめて名乗りくらいはさせて下さいよ」

 

「あら失礼。私とした事がちょっと無作法な事をしちゃったわね」

 

 そう言って更識先輩が再び扇子を開くと、それには『申し訳ない』と書かれていた。あの扇子に書かれていた文字はいつの間に変わっていたんだ?

 

「まぁ別に良いですけど。更識先輩……と言うより、生徒会長と呼んだほうが良いですか?」

 

「どっちでも良いわよ。けど私としては楯無って呼んで欲しいな。もしくはたっちゃんでも可」

 

「では更識先輩、俺を尾行してまで何の御用ですか?」

 

「ちょっと~、名前でも良いって言ったのに何でそこで苗字で呼ぶのかな~?」

 

 俺が苗字で呼ぶと更識先輩は少しばかり顔を顰めているが、俺はそんな事お構い無しだ。

 

「まだ会って間もない人に名前で呼ぶのはどうにも気が引けましてね。ましてや俺を尾行しておいて、そんな友好的に接されたら何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまいましてね。気に障ったのでしたら謝りますが……」

 

「確かにそうね。その言い分には一理あるわ」

 

 俺の言い分に更識先輩は気を悪くするどころか、逆に笑みを浮かべて納得している。普通なら顔を顰めても良い筈なのに笑い流すとは。この人、俺に陰口をたたいている女子達とは全然違うな。

 

「って更識先輩、話の腰を折らないで早く本題に入りませんか? 人を待たせていますので」

 

「ああ、ごめんなさい。本音ちゃんを部屋に待たせてるんだったわね」

 

 本音ちゃん? この人は布仏の事を知ってるのか。本当だったら知り合いなのかと訊いてみたいが、また脱線しそうだから止めておこう。

 

「私が君の前に現れたのはね………君からの挑戦状を受け取りに来たのよ」

 

「!」

 

 更識先輩の雰囲気が急に変わった。相変わらず笑みを浮かべているが、彼女の体全体から威圧感を発している。並みの人間だったら怖気付きそうなほどに。

 

「挑戦状? 俺は初対面の貴方にそんな物は……」

 

「へぇ、これを受けても涼しい顔をしてるなんて凄いわね。普通の子ならすぐに恐がっちゃうんだけど」

 

「生憎ですが、その程度の威圧では俺の膝を屈する事は出来ませんよ」

 

 確かにこの人の威圧は凄いが、普段から師匠の威圧を受けていた俺からすれば大した事はない。

 

「なるほどね。あの時の試合を見てて相当の腕前だった事は分かっていたけど、どうやら予想以上だったわ」

 

「試合? 貴方も俺とセシリア・オルコットの戦いを見ていたのですか?」

 

「ええ。生徒会長の私はリアルタイムで見させて貰ったわよ。特にあの技は凄かったわね。『砕牙・零式』だったかしら? あれがもしISのシールドエネルギーで威力を緩和しなかったら、相手は確実に重症だったわね」

 

 アレを見ただけで威力が分かるとは………やはりこの人は只者じゃない。

 

「あの技には正直かなり驚かされたけど、私としてはそれ以上に驚いた事があったわ」

 

「と、言いますと?」

 

「それはね……君が『IS学園最強』になるって宣言をしたことよ」

 

 そう言った更識先輩の威圧感が更に上がった。これ程の威圧感を出すのは、この人はかなりの実力者だな。

 

「あの宣言を聞いた瞬間、おねーさん思わずぞくぞくしちゃったわ。まさか入学して間もない一年の君がこの私に挑戦状を叩きつけるなんて」

 

「失礼ですが、俺の宣言と貴方に一体何の関係があるんですか?」

 

「あらあら、その言い方だと君はやっぱり私の事を知らなかったみたいね。良いわ。なら教えてあげる。IS学園において、生徒会長という肩書きはある一つの事実を証明しているんだよね」

 

「?」

 

 俺が更に不可解になっていると、更識先輩は演説するように半分開いた扇子で口元を隠しながら、楽しげに話してくる。

 

「このIS学園の生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は最強であれ……ってね」

 

 そして扇子を舞うよう完全に開き、それには『学園最強』と書かれていた。

 

「え? それはつまり……」

 

「そう。私は君が倒したがっている『IS学園最強』よ。そして君の挑戦状を受け取りに来たってわけ」

 

 俺が言ってる最中に、更識先輩が自ら最強と名乗った事に言葉を失った。

 

「…………………………」

 

「本当だったら試合が終わった翌日に会おうと思っていたんだけど、ちょっと色々と立て込んでてすぐに行けなかったのよ。ごめんなさいね」

 

「…………………………」

 

「ま、取り敢えず君からの挑戦はいつでも待ってるよ。戦う方法は何一つ問わないわ。私はただ受けて立つだけ。言っておくけど、『IS学園最強』の座はそう簡単に渡せないわよ。挑む時は決死の覚悟で挑むように! あ、もうついでにだけど、もし君が私に勝って最強になったと同時に生徒会長にもなれるからね」

 

 更識先輩の発言に俺は黙って聞いているだけだった。向こうは未だに驚いていると勘違いしてるのか、笑みを浮かべながらこう言って来る。

 

「おやおや、まさか学園最強の私がいきなり君の目の前に現れて驚いているのかな?」

 

 そう言って来る更識先輩に、俺はやっと口を開く。

 

「…………と、取り敢えず貴女が『IS学園最強』だって事は分かりました……。先程まで無礼な態度を取って誠に申し訳ありません。それと――」

 

「いやいや、私は別にそんなの気にしてないから」

 

 一先ず謝る俺だったが、更識先輩は扇子を開いて『謝罪不要』と見せてくる。本当にあの扇子はコロコロと文字が変わるんだな。

 

「それに近頃は張り合う相手がいなくて退屈してたの。だから君みたいなチャレンジャーな子は大歓迎だよ」

 

「そ、そうですか。けど……」

 

「何なら明日挑戦してみる? それに私も君の実力を直接知っておきたいし……」

 

 俺が言おうとする度に更識先輩が矢継ぎ早に言って来るので……。

 

「あの、俺も言いたい事があるんですけど良いですか?」

 

「ああゴメンゴメン。何かな?」

 

 向こうの話しを区切らせるとやっと聞く態勢になってくれた。

 

「えっとですね……。確かに俺は試合中に『IS学園最強』になると宣言していたんですが……」

 

「うんうん」

 

「その……俺が倒そうとしていた最強の人が貴方だと知らず……」

 

「私の事を知らなかったんだから無理ないよ。さっきも言ったけど気にしてないよ」

 

「あ、いや、そうではなくて……そのぅ……」

 

「何? 言いたい事があるならハッキリ言ってよ。別に怒りはしないから」

 

 俺が口篭もる様子に更識先輩は早く言えと言って来る。仕方ない、思い切って言うとするか。

 

「えっと、俺は『IS学園最強』が更識先輩だと知らずに……」

 

「うん、それで?」

 

「俺はてっきり世界最強の織斑千冬先生だと思って、あの人に宣言しちゃったんですよね」

 

「!!!!(ピシィッ!)」

 

 俺が言い切ると更識先輩は笑顔のまま固まってしまった。

 

 やっぱりこうなってしまったか。まぁそりゃそうだよな。まさか宣言した相手が自分じゃなく、全くの別人だったんだから。

 

「………………………………………」

 

「あ、いや、貴方が『IS学園最強』でしたら俺は挑みますので……」

 

 いきなり無言になる更識先輩に俺は訂正するが、当の本人は全然聞いていなかった。

 

「…………ねえ神代君。つまり君は私の事を初めから眼中に無かったって事なの?」

 

「い、いえいえ! 決してそんな訳では……!」

 

 笑顔でいきなり低い声を出す更識先輩に俺はすぐに首を横に振りながら取り繕うが、向こうはそんな事お構い無しだ。

 

「あ、貴方の実力はまだ分かりませんけど、俺より上だって事は分かりますよ。ですから貴方を倒して俺は『IS学園最強』に……」

 

「……じゃあ訊くけど、もし君が私を倒したら次はどうするつもり?」

 

「え……そ、それは……」

 

 更識先輩の答えにくい質問をしてくる事に、俺はすぐに返答する事が出来なかった。 

 

 えっと……俺の最大の目標は師匠を倒す事です。それを目指す為に先ずはIS学園最強になる為に更識先輩を倒した次は……千冬さんを倒します。

 

 だめだ! 最後の部分を言ったら『IS学園最強』の更識先輩は千冬さんを倒す為の踏み台になってしまう。ってかどんな言い訳をしたところで、さっきまで更識先輩のやった事は完全な道化じゃないか。誰か頼む! どうやったら更識先輩を傷付けずに宥められるのかを教えてくれ!!

 

「……早く言いなさい。私は怒らないから……」

 

「……………………………」

 

 痺れを切らした更識先輩が少し殺気を出してきたので、俺は覚悟を決めた。

 

「ご、ゴホンッ! 『IS学園最強』である更識先輩を倒したら……次に世界最強である織斑千冬先生を倒します」

 

「……………………………」

 

 俺が言い切ると更識先輩は無言になってブルブルと体を震わせていたが……。

 

「どのみち私は前座に過ぎないじゃないか~~~!!!! 君なんか大っ嫌いだああああああ!!!!」

 

 いきなり泣き叫びながら全速力で何処かへ去って行くのであった。

 

「……………何故だろう。俺は別に悪くないんだが……物凄く申し訳ない気分になってるし」

 

 俺は取り敢えず走り去って行った更識先輩に謝罪した後、部屋へ戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和哉と布仏がいなくなった後、パーティーは再開されて一組はいつも通りだったが、二組はとてもパーティーをやっていられる気分じゃなかったので帰っていた。そして新聞部の黛薫子も特大スクープと言って既にいなかった。

 

「なぁ箒、二組の女子達がいつの間にかいなくなっているな」

 

「無理もないだろう。和哉にあそこまで言われたんだから」

 

「おまけに怯えていましたわ。よほど和哉さんと戦うのが恐かったようですわね」

 

 一夏、箒、セシリアも一通りパーティーを再開しながらも、和哉の事について話していた。

 

 特に和哉と戦ったセシリアは二組の女子達が怯えている気持ちは痛いほど分かっている。何しろ以前までは和哉に怯えていた一人だったから。

 

「だがあいつは呆れていながらも、決して見下した目をしていなかった」

 

「ええ。『挑む時は俺も決死の覚悟で挑む』と仰っていましたからね」

 

「和哉は正面から向かって戦う相手には、アイツなりの礼儀を持って戦うからな。以前にこんな事があったんだ」

 

 箒の台詞にセシリアが繋げると、一夏は和哉が以前戦っていた相手を思い出して語り始める。

 

 どんなに格下でも、どんなに無様な姿になろうと必死に自分に立ち向かってくる相手に和哉は一切手を抜いていなかった。それを見ていた一夏がなぜあそこまでするのかと聞くと、『揺るがない意思を持った相手には全力を尽くす。ただそれだけだ』と答えて去って行った。

 

「そう言って去った和哉の背中が凄くカッコ良く見えたな」

 

「そんな事があったのか」

 

「いかにも和哉さんらしいですわね」

 

 一夏から和哉の過去の出来事を聞いた箒とセシリアは心を打たれたかのように感心していた。

 

「俺、絶対に和哉の背中を追い抜くって決めてるからな」

 

「わたくしもですわ。次に戦う時は絶対に勝つと決めていますので」

 

「それは私もだ」

 

「何だ、二人も俺と同じなのか」

 

 セシリアと箒の台詞に一夏は意外そうな顔をしている。

 

「じゃあいっそ、どっちが先に和哉を倒すか競争しないか?」

 

「それは良い案ですわね」

 

「ふん。私が一番先に倒すことになるが、まあ良いだろう」

 

 こうして三人は更に研鑽を積むと心に誓った……筈だったが。

 

「ところでセシリア! 貴様どさくさに紛れて一夏にくっ付こうとしてるんじゃない!」

 

 一夏の腕に引っ付いているセシリアに思わず箒が怒鳴った。当の本人は今気付いたかのような感じだ。

 

「あらすいません。わたくしったらつい……」

 

「お…おい二人とも……」

 

「ついじゃないだろう! お前は人が目を離している隙に……!」

 

「一夏さん、何故か箒さんが凄く恐い顔をしてるんですが」

 

「一夏! 貴様も鼻の下を伸ばしてないで、さっさとソイツから離れろ!」

 

「ちょ…ちょっと待て箒。俺は別に何も……」

 

 いつの間にかまた一夏争奪戦を始めている箒とセシリアに、一夏はひたすら戸惑っているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、とある部屋では大変な事が起きていた。

 

「うわあああああああ!!! 私とした事がとんだ大恥掻くなんてぇぇぇ~~~~!!!! もういっそのこと一思いに殺してえぇぇぇぇぇ~~~~!!!」

 

「か、会長。一体どうしたんですか?」

 

 部屋に戻って来た楯無がすぐに悶えながら叫んでいる様子に、女性はいきなりの展開に目を疑っている。

 

 いつも余裕で優雅な姿を見せているあの楯無が羞恥心全開で騒いでいるのは、あり得ないほどに珍しかったから。

 

「おのれ神代和哉ぁ~~! 私に大恥を掻かせた恨みは絶対! ぜぇ~~ったいに忘れないんだからぁ~~~!!!」

 

「落ち着いてください、会長。一体何があったんですか?」

 

「聞いてよ(うつほ)ちゃ~ん! あの子ったらね! あの子ったらね!」

 

 楯無が虚と呼ばれる女性に泣き付きながら事情を話し……。

 

「………成程。話は大体分かりました。まさか神代和哉が宣言した相手が会長ではなく織斑先生だったとは……」

 

「そうなんだよ~~! おまけにあの子と来たら、『IS学園最強』の私を倒した次に世界最強の織斑先生を倒すって言ったんだよ! 私は前座なのかぁぁぁぁぁぁ!!!! ムキーーーー! 『IS学園最強』を舐めるんじゃないわよ~~~!!!」

 

「………………………はあっ」

 

 完全に逆ギレしている楯無に虚は溜息を吐くしかなかった。言うまでもなくその溜息は楯無に対して。

 

「次に会った時は百倍に……いや! 一万倍にして返してやるんだから!!」

 

「その前に神代和哉が誰に対して最強なのかを、予め確認しなかった会長にも落ち度があると思いますが?」

 

「ゴフゥッ!!!」

 

 和哉に仕返しする気満々だった楯無であったが、虚の台詞によって見事撃沈したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、は、はっくしゅ! はっくしゅっ!」

 

「どうしたのかずー? 二回もくしゃみするなんてー」

 

 俺が部屋で布仏と一緒に(主に布仏が)お菓子を食べながらゲームをしていた。

 

「誰かが俺の噂でもしてるんじゃないのか?」

 

「おりむー達が噂してたりして~」

 

「もしくはあの生徒会長さんかもな」

 

「あれ~? かずーはもう楯無お嬢様に会ったの~?」

 

「楯無お嬢様? 布仏さんは彼女を知ってるのか?」

 

 俺が思わずゲームを止めると、布仏も一緒になって止める。

 

「知ってるよ~。私はね~……」

 

 この後の布仏の説明によって、更識先輩や布仏の素性を知った俺は物凄く驚愕した。



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第17話

更新する際にエラーが出てきて、少しイライラしてる私です。

それではどうぞ!


「ほう。ついに『IS学園最強』の更識にまで目を付けられたか。余程お前の宣言に興味を抱いたようだな。倒す目標が現れて良かったじゃないか」

 

「まぁ確かにそうなんですけど」

 

 朝の早朝。俺は朝練を終えると、いつの間にかタイミングが良いように現れた千冬さんと組み手をしていた。昨日と同じく小手調べ程度だから普通に会話が出来る。で、今は千冬さんに昨日会った出来事を話しているって訳だ。

 

「どうした? IS学園最強に会えて嬉しくなかったのか?」

 

「いや、実はあの宣言……更識先輩に対して言ったんじゃ無いんですよね」

 

「何?」

 

 俺の発言に千冬さんが手を止めて不可解な顔になると、俺も一緒に手を止める。

 

「更識に言ったのではないなら、誰に向かって言ったんだ? 私の知る限りでは更識しか思いつかんが」

 

「それは………貴方ですよ、千冬さん」

 

「学校では織斑先生と………何だと?」

 

 すぐに呼び方を指摘しようとする千冬さんだったが、宣言した相手が自分だと知ると目を見開く。

 

「……あれは私に向かって宣言したのか?」

 

「ええ。あの時の時点でIS学園最強は千冬さんとばかり思ってて……で、昨日会った更識先輩が『IS学園最強』と聞いたのを知って俺は凄く勘違いをして……」

 

「…………………………」

 

 俺が勘違いしてた事を教えると千冬さんは無言になっていたが……。

 

「ぷっ………ははは! あれは私に言ったのか! それは意外だ。しかし……くっ、ははっ! あの更識が勘違い? 流石のあいつも予想外だっただろうな! ははは!」

 

「そんなに意外でしたか?」

 

「それはそうだ。お前が私に言っただけでなく、更識など眼中に無い等とおかしくて仕方がないぞ。ふ、ふふっ、流石の更識もさぞかし面食らっただろうな……ははっ!」

 

 それから更に一頻り笑って、千冬さんは目尻の涙を拭う。何もそこまで笑わなくても良いのでは……? 俺はともかく、更識先輩が知ったらショック受けますよ。

 

「はははっ。私をここまで笑わせてくれたのはお前が初めてだぞ、神代」

 

「それはどうも。俺も千冬さんの意外な一面を見て驚きましたよ」

 

「織斑先生と呼べと言ってるだろう……だがまぁ良い。私を心の底から笑わせた事に免じて、今回は許してやろう。さて、もう少しで時間になるから、それまでここからは私の全力を見せてやろう」

 

「へぇ。今回はサービス良いですね。本気でやってくれるなんて」

 

「朝から面白い話を聞かせてくれた褒美だ。それと言っておくが神代。お前が私を倒すと宣言した以上、口だけでは無いと言うところを見せてもらうぞ」

 

 威圧感全開で構えている千冬さんは、さっきまでの様子とは違って本気の様子だ。

 

「言われなくてもそのつもりです。それとこっちも言い返させて貰います。俺は千冬さんに負けても更に修練を積み、勝つまで何度でも挑みますから」

 

「ふっ。それ位の気概が無くては詰まらんな。さあ来い、お前に力の差を教えてやる」

 

「では……行きます!!」

 

 そして俺も全力で千冬さんに挑むのであった。

 

 これは言うまでも無いが、時間になると俺は負けてしまい更に精進しようと心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑くん、神代くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

朝の教室にて、俺と一夏が席に着いた途端クラスメイトに話しかけられた。一夏はともかく、俺にまで声をかけることはクラスメイトとはそれなりに話せる間柄となっている。その殆どは俺が作ったアップルパイで仲良くなったが。

 

「転校生? 今の時期に?」

 

「今はまだ四月なのに、こんなタイミングで転入って事は……」

 

 だがIS学園に転入する際にかなり条件が厳しかった筈だ。試験は言う必要が無いほど難しいが、特に国の推薦が無ければ出来ない事になっている。その条件を満たしているとなると即ち……。

 

「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

「ふーん」

 

「やはりそうなるか」

 

 相手が将来国の代表の卵と言う事になる。

 

 けどそれは一夏の席の近くにも……。

 

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 

 一組のイギリス代表の卵であるセシリア・オルコットがいる。今朝もまた、腰に手を当てたポーズを取っていた。もう見慣れてるとは言え、アイツは本当にあのポーズが好きなんだな。

 

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 

 おや? さっきまで窓側の最前列(自分の席)に座っていた筈の箒が、いつのまにか一夏の側にいるし。噂に敏感なのか、一夏の近くにいるセシリアを警戒する為のどっちだか。俺としては後者のような気がする。

 

「どんなやつなんだろうな」

 

 箒が近くにいる事に大して気にしていない一夏はそう呟く。おいおい一夏よ、お前がちょっとでも他の女子の話をすると箒が不機嫌になるんだから。ってもう遅いか。

 

「む……気になるのか?」

 

「ん? ああ、少しは」

 

「ふん……」

 

 あ~らら。一夏の返答を聞いた箒が不機嫌になっちゃったよ。コイツもコイツで嫉妬深い上に狭量だな。

 

「箒、そんな事で嫉妬するなよ」

 

「! だ、誰が嫉妬などしているか!」

 

 俺の突っ込みに箒は即座に反応して顔を赤らめながら否定してくる。

 

「え? 箒が何に嫉妬してるんだ?」

 

「それはお前がさっき……むぐっ!」

 

 一夏の問いに答えようとする俺に箒が一瞬で俺の口を手で塞いだ。凄い速さだったな。

 

「(余計な事を言うな和哉!)」

 

(分かった分かった。もう言わないから手を放してくれ)

 

 箒が小声で言って来ると、俺は内心突っ込みながら首を縦に振って、手を放せとジェスチャーをする。

 

「何してるんだ箒? いきなり和哉の口を塞いで」

 

「き、気にするな一夏。そんな事より。今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」

 

 一夏の問いに箒が何でもないように答えてすぐに話題を変えると、セシリアも便乗するように言って来る。

 

「そう! そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。ああ、相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットと和哉さんが務めさせていただきますわ。なにせ、専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さんだけですし、和哉さんも常に訓練機を持っている状態ですから」

 

『だけ』という部分をえらく強調しているなぁセシリアさんよ。何気に俺も加えているけど、どうせアンタの事だから、ある程度の時間が経ったらさり気なく『一夏さんと二人っきりにさせて欲しい』って目で訴えるんだろ?

 

 まぁそれは置いといてだ。一夏は俺の訓練によってある程度の体力が付いたから、そろそろ本格的な戦闘訓練をやるせるとするか。基礎の方は重りを使わせるとしよう。 

 

 因みに、先程セシリアが言ってたクラス対抗戦とは読んでそのまま、クラス代表同士によるリーグマッチだ。本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作る為にやるとSHR時に山田先生から聞いた。

 

 並びに、クラス単位での交流及びクラスの団結の為のイベントでもあるそうだ。

 

 そしてクラスのやる気を出させる為に、一位クラスには優勝商品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。それが欲しい理由で、女子達が燃えている訳だ。

 

「まあ、やれるだけやってみるか」

 

「おいおい一夏。そんな台詞で此処にいる面子が納得すると思うか?」

 

「和哉さんの言うとおりです! やれるだけでは困りますわ! 一夏さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」

 

「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよ!」

 

 一夏の台詞に俺が突っ込んだ直後、セシリア、箒、クラスメイトが一夏に絶対勝てと言って来る。

 

「(ほらな? 分かっただろ、一夏)」

 

「(そう言われても、ここ最近はISの基本操縦でつまづいてるから、そんなんで自信に満ちた返事は出来ないぜ)」

 

「(言われて見ればそうだな。ISの訓練時にはやっと動かせると言った感じだったし。セシリアとの試合であれ程の動きを見せてたのに一体どうしたんだ?)」

 

「(最初に動かしたときはすごい馴染んだんだけどなぁ……)」

 

 一夏と小声で話して、俺は内心気付いた。思ったとおり一夏は訓練より実戦で強くなるタイプだ。やはりクラス代表にして正解だったな。一夏にはこの先、更に実戦経験をもらわないと。かと言って訓練を疎かにする気は無いが。

 

 そう考えていると、一夏の周りに一人二人と集まり、あっと言う間に女子で埋め尽くされていた。もうこれはいつものパターンとなっているから一夏は既に慣れている。

 

 ついでに……。

 

「かずー、おりむーが優勝したらアップルパイ作って~」

 

 布仏が俺の背中に覆い被さって抱き付いてくるのもパターンとなっていた。

 

「君は何かある度にアップルパイを作れと言って来るんだな」

 

「だってかずーのアップルパイ美味しいんだもん~」

 

 全くコイツと来たら。ってか布仏、顔が近いんだが。それと一夏、その目は何だ?

 

「か、和哉、お前ってのほほんさんとは前より仲良くなってるんだな」

 

「そう見えるか? お菓子を作ってくれと強請られているだけなんだが」

 

「いや、その割には……なんか、なぁ……取り敢えず頑張れ」

 

 何か言い辛そうなしている一夏。一体何が言いたいんだ? 頑張れって何をだ?

 

「和哉、私は応援してるからな」

 

「ちょっと箒さん、何の応援だ?」

 

「和哉さん、わたくしも篠ノ之さんと同じく見守っていますので頑張って下さい」

 

「待てセシリア、俺に一体何を頑張れと言うんだ?」

 

 それは暗にアップルパイを作ってやれって言ってるのか? んな事したら布仏に課してるお菓子制限の意味が無くなるだろうが。

 

「ねぇかずー、優勝祝いにアップルパイ作って~」

 

「そうよ! 織斑くんが優勝したら神代くんのアップルパイも付いてくる! 更にお得じゃない!」

 

「待てコラ。俺は一切承諾して無いぞ」

 

 布仏の台詞にクラスメイトの一人が何やら勝手な事を言っていた事に思わず突っ込む。だが俺の突っ込みは誰も聞いておらず話が勝手に進んでいく。

 

「織斑くん、がんばってねー」

 

「フリーパスのためにもね!」

 

「そして神代くんのアップルパイのためにも!」

 

「あの癒しの時間を是非!」

 

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 

 やいのやいのと楽しそうな女子一同に……。

 

「おう」

 

 と、返事をする一夏だった。何かもうアップルパイを作る事は既に決定なんだな。俺が軽くジロッて睨んでも受け流しているし。アンタ等いつの間にかちょっと逞しくなってんだな。それと布仏、いつまでも俺の背中に被さってないで離れてくれ。

 

「――その情報、古いよ」

 

 ん? 教室の入り口から声が聞こえた。それに昨日俺に図々しい態度で案内しろって言ってきた声だなぁと思いながら振り向き……。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

 そこには腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていたのは凄く見覚えのある奴だった。 

 

(りん)……? お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、(ファン)鈴音(・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 思わず一夏が相手の名前を呼ぶと、向こうは頷いて名を名乗り宣戦布告した。

 

 誰かと思えば鈴だったか。あの強気な態度とツインテールは相変わらずだな。

 

「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ」

 

「全くだ。お前にそんな気取った喋り方は似合わん」

 

「んなっ……!? なんてこと言うのよ、アンタたちは!」

 

 一夏と俺の突っ込みにやっと普通に喋った鈴。正直あの喋り方は軽く引いた。

 

「っていうか和哉! アンタ昨日よくもあたしを無視したわね!」

 

「ああ、スマンスマン。余りに図々しい態度だったから無視させてもらった。それに俺は前に言った筈だぞ。少しは相手に対して慎みを持て、とな」

 

「うるさいわね! アンタが案内してくれたら迷わなかったんだから!」

 

 強情な性格も相変わらずのようだな。以前から何度注意しても聞かないし。

 

「って和哉。アンタの背中に引っ付いてる子は誰なの? ひょっとしてアンタの彼女?」

 

「えへへ~。私かずーの彼女だってー」

 

「んな訳無いだろうが。ただの友達だ」

 

「いやいや、アンタとその子がとてもただの友達の関係には全然見えないんだけど」

 

 鈴の台詞に周りがウンウンと頷いている一夏達。失敬な奴等だな。

 

「それはそうと鈴、早く教室に戻れ。その方がお前の身の為だぞ」

 

「はぁ? 何をそんな偉そうに……」

 

 俺が忠告をすると鈴が顔を顰めているが……。

 

「おい」

 

「なによ?」

 

 

パシンッ!

 

 

 後ろから掛けられた声に聞き返した瞬間、鈴の頭には痛烈な出席簿打撃が食らう事となった。鈴の頭を叩いたのは言うまでも無く、一夏が鬼教官と称している我等が担任の織斑千冬さんだ。

 

「もうSHR(ショートホームルーム)の時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません」

 

 流石の強情な鈴でも千冬さん相手には逆らえないみたいだな。その態度は100%千冬さんに怯えているのが一目瞭然。

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏! それと和哉! アンタ後で覚えてなさいよ!」

 

 一夏だけじゃなく俺もかよ。人が折角忠告してやってのに。

 

「さっさと戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

 千冬さんの命令に二組へ猛ダッシュしていく鈴だった。

 

 それにしても、まさかあの鈴が中国の代表候補生とはな。正直驚いた。これはまた面倒な事が起きそうな気がする。

 

「っていうかアイツ、IS操縦者だったのか。初めて知った。和哉は知ってたか?」

 

「俺も初めて知った。ってか一夏、そんな事を言うと面倒な事になるぞ。ほら、そこ」

 

「え? ………あ」

 

 俺が指を差した方には……。

 

「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか? えらく親しそうだったな?」

 

「い、一夏さん!? あの子とはどういう関係で――」

 

 箒とセシリアが一夏に詰めより、更にはクラスメイトからの質問集中砲火を喰らうのであった。愚か者め。もう少し周りを見てから発言するんだったな。

 

「ねぇかず~、あの人とどう言う関係なの~?」

 

「後で教えてあげるから、君は席に戻りなさい。早くしないと君の頭に出席簿が落ちる事になるぞ」

 

「分かった~」

 

 布仏に戻るように言って席に着いた瞬間……。

 

 

バシンバシンバシンバシン!

 

 

「席に着け、馬鹿ども」

 

 一夏に詰問していた面子の頭に千冬さんの出席簿が落ちた。

 

 そして本日もISの訓練と学習が始まるのであった。



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第18話

(やれやれ。あの二人は本当に予想通りの反応をしているな)

 

 授業中に俺はさり気なく対象者二名の様子を見てみると、いかにも授業に集中していないのが分かった。言うまでも無く箒とセシリアだ。

 

 箒は一見すると普通に授業を受けているように見えるが、先程からチラチラと真面目にノートを取っている一夏の方を伺っている。次にセシリアは離れて見ても分かるように、手に持っているシャープペンをノートに乱雑に書いていた。

 

 何故この二人がああなっているのかは言うまでも無い。さっき此処に来た鈴が原因だ。俺はともかく、一夏が親しそうに鈴と話しているのを見て二人が物凄く気になっているからである。恋する乙女と言うのは色々と大変だな。

 

(ん? さっきまで不機嫌だった箒が急に上機嫌になったな)

 

 ふと箒を見ると何故か上機嫌な顔をして腕を組んでいた。何を考えているのかは知らないが、一先ず機嫌が戻って何よりだ。

 

(だがな箒。いつまでも浮かれてないで目の前にいる人に集中した方が良いと思うぞ)

 

 俺が内心突っ込みを入れると……。

 

「篠ノ之、答えは?」

 

「は、はいっ!?」

 

 千冬さんに名指しをされて素っ頓狂な声を上げる箒。

 

 因みに今の授業は山田先生ではなく千冬さんの時間なのだ。一夏が鬼教官と称されている千冬さんの授業を無視する箒はハッキリ言ってチャレンジャーと言えよう。

 

 そして……。

 

「答えは?」

 

「……き、聞いていませんでした」

 

 

ばしーん!

 

 

 返答を聞いた千冬さんは箒の頭に出席簿を振り落としたのであった。相変わらず小気味のいい打撃音だな。箒はその後、一夏の事は後回しにして授業に集中し始めた。

 

(愚かな。さてお次は……)

 

 セシリアを見ると箒とは対照的に未だ不機嫌なままだった。と言うか何か考え込んでいる。

 

(恐らく鈴が現れた事によって何かしらの対策を練っていると言うところか。だがなセシリア、それを後回しにしないと手痛い目に遭うぞ?)

 

 箒と同じくセシリアにも内心突っ込んでいると……。

 

「オルコット」

 

「……例えばデートに誘うとか。いえ、もっと効果的な……」

 

「………………」

 

 

ばしーん!

 

 

 千冬さんが今度はセシリアを名指しするが、当の本人は聞いておらず出席簿が振り下ろされたのであった。

 

(今日は千冬さんの出席簿がいつもより火を噴いているなぁ)

 

「神代、答えは?」

 

「あ、はい。それは………」

 

 咄嗟に千冬さんに名指しされた俺は予め考えていた答えを言うと、千冬さんは『馬鹿な二人と違って、やっと答えが出たか』と言って授業を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のせいだ!」

 

「あなたのせいですわ!」

 

 昼休みになった途端、箒とセシリアが速攻で一夏に文句を言った。

 

「なんでだよ……」

 

 文句を言われた一夏は身に覚えが無いように言う。

 

「気にするな一夏。この二人の自業自得だから」

 

「「何だと(ですって)!?」」

 

 箒とセシリアが俺を睨むが……。

 

「お前等が千冬さんの授業をそっちのけで考え事をしていたからだろうが。それとも千冬さんの前で弁明出来るのか?」

 

「「うっ!」」

 

 俺の台詞に二人は何も言い返せなくなった。流石に千冬さんに弁明が出来ないみたいだな。

 

 因みに箒とセシリアは午前中だけで山田先生に注意五回、千冬さんに三回叩かれていた。俺は一瞬この二人は勇者と称えてしまった。勇者の頭に“無謀な”が付くけど。

 

「まあ、話ならメシ食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

 

「それもそうだな。で、どうするお二人さん?」

 

「む……。ま、まあ一夏がそう言うのなら、いいだろう」

 

「そ、そうですわね。言って差し上げないこともなくってよ」

 

 一夏の提案に俺が聞くと、話題を変える事が出来ると思った箒とセシリアが賛成した。

 

「かずー、私も付いていく~」

 

 そう言って布仏は俺の腕に引っ付く。

 

「君は偶に俺以外の面子とメシを食う気は無いのか?」

 

「おりむーたちがいるよー」

 

「………ああ、そうだな」

 

「ところでかずーは今日何を食べるの~?」

 

「それは学食に着いてから考える」

 

「「「…………………」」」

 

「どうかしたか?」

 

 俺と布仏のやり取りに一夏達がジ~ッと見ている事に気付く。

 

「い、いや、その……」

 

「わ、私たちだけで食べに行った方が良いと思ってな……」

 

「そ、そうですわね。わたくしたちはお邪魔ですし……」

 

「何を訳の分からん事を言ってるんだ?」

 

「?」

 

 一夏達の台詞に思わず首を傾げる俺と布仏。

 

 不可解に思いながらも他のクラスメイトが数名付いてきて、俺達はぞろぞろと学食に移動した。

 

 俺は販売機で今日はカツ丼。本来はメニューに入っていないんだが、何でも学食のおばちゃん達が俺にアップルパイを食べさせてくれたお礼として加えたらしい。おまけにリーズナブルな価格でもある。ありがたいことこの上ない。いずれまた学食のおばちゃん達にお菓子を作るか。ついでに布仏にも作っておこう。後で知ったら五月蝿くなるだろうから。

 

 因みに一夏は日替わりランチ、箒はきつねうどん、セシリアは洋食ランチで、布仏はパスタのミートソースを買っていた。

 

「待ってたわよ、一夏! ついでに和哉!」

 

「俺はついでかよ……」

 

 どーん、と俺達の前に立ち塞がったのは噂の転入生、(ファン)鈴音(・リンイン)だ。既に知ってる俺と一夏は略して(りん)と呼んでいる。

 

 しかしコイツは本当に変わっていないな。午前中にも見たが髪形も中学の頃から一貫してツインテールだし。そう言えば一夏が鈴とは小学生からの幼馴染と言ってたな。となると、箒と鈴には一夏の幼馴染という共通点があるな。何かそれで箒と鈴が張り合いそうな気がしそうだ。

 

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

 

「一夏の言うとおり早くしろ。お前のせいで後が支えてるんだからな」

 

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

 

 既に鈴の手にはお盆を持っていて、ラーメンが乗っている。

 

「のびるぞ」

 

「わ、わかってるわよ! 大体、アンタたちを待ってたんでしょうが! なんで早く来ないのよ!」

 

「……はあっ」

 

 鈴の台詞に思わず溜息を吐く。何でお前の為に早く来なきゃいけないんだよ。お前と一緒にメシを食う約束なんかしてないだろうが。

 

 何て言っても鈴は聞く耳持たずだから無駄なのは分かってる。一夏も俺と同様に分かっており、取り敢えず食券をおばちゃんに渡した。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「一夏、本人がこんなに元気なんだから聞く必要は無いだろう」

 

「和哉……アンタねぇ」

 

「ってのは冗談だ。元気そうで何よりだな」

 

 気を悪くした鈴を見て俺は咄嗟に言い返すと……。

 

「ふんっ! アンタも相変わらずね」

 

 さっきまで怒ってそうな顔をしてた鈴が笑みを浮かべた。

 

「ま、もし鈴に何か遭ったら一夏が心配してすぐに駆けつけてくるだろうが」

 

「な、何でそこで一夏が出るのよ!?」

 

「さあ? 何故だろうな」

 

「おい和哉。何でお前はいつも俺を引き合いに出すんだ?」

 

 俺と顔を赤らめている鈴のやり取りに一夏が不可解な顔をして聞いてくるが無視だ。因みに何故鈴が顔を赤らめているのかは……もう既に知っているからと言っておこう。

 

「そ、そう言うアンタたちこそ、たまには怪我病気しなさいよ!」

 

「どういう希望だよ、そりゃ……」

 

「生憎だが俺と一夏はそんなに柔じゃない」

 

 鈴の台詞に一夏は顔を顰め、俺はすぐに言い返す。どうでもいいんだが、何で一夏の周りの異性はアグレッシブな奴ばかりなんだろうか。俺としてはもう少しお淑やかな異性が出ても良いんじゃないかと思う。

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

「ンンンッ! 一夏さん? 注文の品、出来てましてよ?」

 

「かずー、早くしてー」

 

 大袈裟に咳き込んだ箒とセシリア、そして布仏の突っ込みに会話が中断される。一夏の日替わりは鯖の塩焼きかと見ながら、俺はおばちゃんに食券を渡す。

 

「向こうのテーブルが空いてるな。行こうぜ。和哉、先に行ってるぞ」

 

「ああ」

 

 一夏と鈴が一足先にテーブル席に向かうと……。

 

「おい和哉。一夏と仲良さげに話している女は一体誰だ?」

 

「和哉さん、よろしければ教えていただけませんか?」

 

「……………………………」

 

 殺気だった箒とセシリアが俺に問い詰めた事に俺はすぐに答えれなかった。

 

「………俺に聞くより、一夏本人に聞いた方が納得すると思うが?」

 

「ふむ、それもそうだな」

 

「ではそうしましょう。それと和哉さん、注文の品が来ましてよ」

 

 俺の提案に承諾した箒とセシリアは一夏に狙いを付けた。悪いな一夏。俺は色恋沙汰の争いに巻き込まれたくないから。

 

「カツ丼を追加してくれてありがとうございます」

 

「良いってことよ。私達にアップルパイを食わせてくれたお礼だからね」

 

「そうですか。では近い内にまた伺いますが、如何でしょうか?」

 

「来たら厨房は空けておくよ」

 

 それはつまり、いつでも待ってるという事だろう。そう思いながらも俺はカツ丼が乗ったお盆を持って一夏と鈴が座っているテーブル席の隣に座る。

 

「和哉、何でそんな所に座ってるんだ? こっちに座れば良いのに」

 

「俺の事より目の前にいる二人に集中した方が良いぞ」

 

「え?」

 

 俺の台詞に横を向いていた一夏が前を向くと……。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

 

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

 

 いつの間にか箒とセシリアがいて早速一夏に問い詰めた。布仏や他のクラスメイトは俺の座っている席に座りながら、興味深々とばかりに頷いていた。ってか布仏、君はいつの間にか俺の隣に座ってるんだな。

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってる訳じゃ……」

 

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼なじみだよ」

 

「………………」

 

「? 何睨んでるんだ?」

 

「なんでもないわよっ!」

 

 一夏の否定発言に怒る鈴。全く一夏と来たら。

 

「幼なじみ……?」

 

 幼なじみと聞いた箒が怪訝そうな声で聞き返していた。

 

「(ねぇかずー、りんりんってもしかして~……)」

 

「(正解だ布仏さん。君の考えている通りだ)」

 

「(やっぱり~)」

 

 小声で聞いてくる布仏に正解と言うと謎が解けたみたいな顔をした。布仏の考えている通り、鈴は一夏の事が好きなのだ。勿論Loveの方で。

 

 そう思っていると一夏が箒に鈴の事について説明を始める。

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。で、中二の終わりに帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな。鈴も俺と同じく和哉とは中学の頃からの友達だ」

 

 成程な。幼なじみの箒と鈴は入れ違いで引っ越したのか。道理で同じ一夏の幼馴染である箒が鈴と面識が無い訳だ。

 

「(と言う訳で俺と鈴の関係は分かったかな?)」

 

「(うん、わかった~)」

 

 一応俺と鈴の聞きたがっていた布仏に言うとすぐに頷くと、一夏が鈴に箒の事について教える。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼なじみで、俺の通ってた剣術道場の娘」

 

「ふうん、そうなんだ」

 

 一夏の説明を聞いた鈴はすぐに箒をジロジロと見ている。見られている箒は負けじと鈴を見返していた。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

 そう言って挨拶を交わす鈴と箒の間で、火花が散ったように見えた。分かってはいたけど、鈴も一夏争奪戦に入る事が決定だな。あ~~鈴が加わると更に面倒な事になりそうだ。鈴の性格を考えると必ずデカイ騒ぎを起こして、コッチもとばっちり受けそうだ。

 

「ンンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、(ファン)鈴音《・リンイン》さん?」

 

 蚊帳の外気味だったセシリアが咳払いをしながら言うが……。

 

「……誰?」

 

「なっ!? わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存じないの?」

 

 鈴の発言にセシリアが驚きながらも名乗るが、当の本人はどうでもいい感じだった。

 

「うん。あたし他の国とか興味ないし」

 

「な、な、なっ……!?」

 

 言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。俺が以前セシリアに挑発したとき以来だ。あの時のセシリアは猿みたいに叫んで、顔を真っ赤にして怒り狂ってたな。と言うかセシリア、知らなかったとは言えそこまで怒るなよ。いつもの優雅はどうしたんだ?

 

「い、い、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

 

「そ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

 ふふんといった調子の鈴に、俺は相変わらずの自信家だと思った。鈴は嫌味で言ってるのではなく、確信染みて言ってるのだ。それも素でそう思っている。

 

 だがそれは嫌味でなくても、怒る人がいる。

 

 現に……。

 

「………………」

 

「い、言ってくれますわね……」

 

 箒は無言で箸を止め、セシリアはわなわなと震えながら拳を握り締めていた。言うまでもなく、この二人は怒っている。

 

 それに対して、鈴は何食わぬ顔でラーメンを啜っている。厚顔と言うか、神経が図太いと言うか……どっちにしろ鈴は慎みと言う単語が皆無だ。そう言う不用意な発言は『要らん敵を作るから止めろ』と俺が前から言ってるんだが。

 

 けどまぁ俺もあんまり人の事は言えない。もう済んだ事とは言え、IS学園入学初日にあんな事 (注:第3話参照)をしたからな。

 

「一夏」

 

 鈴が不意に一夏に話しかけると、一夏が何故か焦ったような顔をしていた。どうせまた詰まらないダジャレでも考えていたんだろう。

 

「アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「お、おう。成り行きでな……って言っても和哉が勝手に決めたんだが」

 

「ふーん……(チラッ)」

 

 鈴はどんぶりを持ってゴクゴクとスープを飲みながら俺を見る。何だその『アンタにしては気が利くわね』みたいな目は。ってかお前はスープを飲むのにレンゲは使わないのか?

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

 俺から視線を外した鈴は次に一夏に向けて言う。鈴がああ言う事を言うのは、一夏と二人っきりになりたいと言う魂胆が見え見えだ。だがな鈴、そう簡単に上手く事が運べると思うなよ。

 

 何故なら……。

 

 

ダンッ!

 

 

 箒とセシリアが黙っていないからな。

 

 そして二人はテーブルを叩いた直後に勢いのまま立ち上がる。 

 

「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは、私だ」

 

「あなたは二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ」

 

 おおう、凄い恐い顔をしているな二人とも。女の嫉妬は恐いなぁ。

 

「(かずー、しののんとセッシーが恐いよー)」

 

「(そうだな。ハッキリ言って俺も怖い)」

 

 隣に座ってる布仏も二人の顔を見て怯えていた。と言うか恐いからと言って引っ付かないで欲しいんだが。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

 

「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

 

 おいおい箒さん。別に一夏は箒に『どうしても』と言った覚えは無いと思うんだが。ってかアンタは一夏と一緒に俺と訓練してるだろうが。

 

「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から出てきて何を図々しいことを――」

 

「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

 

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ! それに、一夏は何度もうちで食事をしている間柄だ。付き合いはそれなりに深い」

 

「うちで食事? それならあたしもそうだけど?」

 

 そう言えば鈴の家は中華料理屋だったな。俺は時折一夏に『鈴のところでメシを食わないか?』って誘われてた。ま、その時は俺が来た事によって鈴が顔を顰めていたな。『何でアンタもいるのよ?』ってな感じで。

 

 確か一夏と鈴は小学校時代に色々あって、その時によく遊ぶ間柄だったと言ってたな。最初は鈴がああ言う性格だから仲が悪かったみたいだが、時間と機会を重ねるうちに名前で呼び合う関係に発展してたそうだ。そんな話しを中学の頃に一夏から聞いて、俺は鈴が一夏に恋をしたと気付いた。一夏が俺を家に誘うのを聞いて時折物凄く気に食わなさそうな顔をしてたし。その時は俺が気を利かせて二人っきりにしてやったんだけどな。

 

「いっ、一夏っ! どういうことだ!? 聞いていないぞ私は! それに和哉! 何故私に教えなかった!?」

 

「わたくしもですわ! 一夏さん、納得のいく説明を要求します! 和哉さん! どうしてわたくしにそんな大事な情報を教えなかったんですの!?」

 

「説明も何も……幼なじみで、よく鈴の実家の中華料理屋に言ってた関係だ」

 

「と言うか何故俺がアンタ等にそんな事を細かく教えなきゃならん。店に行った程度で慌てる必要があるのか?」

 

 箒とセシリアの問いに一夏と俺が言い返すと、さっきまで余裕の表情を見せていた鈴が急にムスッと不貞腐れる。もうついでに鈴が俺を見て『余計な事を言うな!』との睨み付きで。

 

「な、何? 店なのか?」

 

「あら、そうでしたの。お店なら別に不自然なことは何一つありませんわね」

 

 二人以外にも布仏を除くクラスメイトの女子達も同じように緊張と緩和を繰り返している。そう言えばアンタ等も一夏狙いだったんだよな。あれ? 布仏は何故そんなに落ち着いてるんだ? 君も一夏狙いじゃなかったのか?

 

 俺が布仏の落ち着きに疑問を抱いていると、一夏が鈴に話しかけた。

 

「親父さん、元気にしてるか? まあ、あの人こそ病気と無縁だよな」

 

「あの店長さんは年中元気だと思うが」

 

「あ……。うん、元気――だと思う」

 

 ん? 一夏と俺の台詞に鈴がいきなり表情に陰りが差したな。何か遭ったのか?

 

 それは俺だけじゃなく一夏も気付いて不可解な顔をしていたが、鈴が話題を変えてきた。

 

「そ、それよりさ一夏、今日の放課後って時間ある? あるよね。久しぶりだし、どこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ。和哉は明日で良いからさ」

 

「残念ながら鈴、それは叶わぬ約束だ」

 

「何よ和哉。アンタまた一夏と約束を入れてるの? 少しはあたしに気を利かせ……」

 

「そうじゃない。あのファミレスは去年潰れたから無理だと言ってるんだ」

 

「そ、そう……なんだ」

 

 邪魔してると勘違いしてる鈴だったが、俺が理由を言うとすぐに納得する。話は最後まで聞けっての。

 

「じゃ、じゃあさ一夏、学食でもいいから。積もる話もあるでしょ?」

 

「あ、鈴。どの道今日の放課後は……」

 

「今度は何なのよ!?」

 

 俺が言おうとすると鈴はまた怒鳴る。

 

「――あいにくだが、一夏は私とISの特訓をするのだ。放課後は決まってる」

 

 箒がいきなり口を挟んできた。待て箒、いつ一夏とそんな話をした? 俺は聞いてないぞ。

 

「そうですわ。クラス対抗戦に向けて、特訓が必要ですもの。特にわたくしは専用機持ちですから? ええ、一夏さんの訓練には欠かせない存在なのです。それに和哉さんも一夏さんとの特訓に付き合っていますし」

 

 さっきまでの悔しそうな表情は何処へ行ったのやら、一転攻勢に転じた二人はここぞとばかり一夏の特訓を持ち出す。お前らは何勝手に決めてんだ。今日は俺と一夏がISの特訓をするって既に話しをしただろうが。当然一夏もそれを了承してるってのにコイツ等は。

 

 お前等が一夏の特訓に付き合うのは構わないが、せめて一夏に確認くらいは取れよ。

 

「じゃあそれが終わったら行くから。空けといてね。じゃあね、一夏!」

 

 おい待て鈴。お前も一夏に確認を取ってから……ってもう行ったか。本当に人の話しを聞かない奴等ばかりだな。

 

(和哉、俺はどうすれば良いんだ?)

 

(全くコイツ等と来たら……)

 

 俺と一夏は既に声を出すこと無くアイコンタクトだけで会話が出来る状態だ。何故出来るのかは、今現在に至るまで色々遭ったとだけ言っておこう。

 

(これって断ることも出来なかったから、絶対待ってるしかないじゃねえか)

 

(安心しろ。鈴は無理だが、此処にいる二人は俺が何とかしよう)

 

(そうしてくれると助かる)

 

 さてと、勝手な事を言い出した箒とセシリア(おバカさん達)に言っておかないと。

 

「一夏、当然特訓が優先だぞ」

 

「一夏さん、わたくしたちの有意義な時間を使っているという事実をお忘れなく」

 

「その前に箒とセシリア。お前等は俺が今日言った訓練をやる日だろうが。忘れたとは言わせないぞ?」

 

「「…………あ」」

 

 俺の台詞に箒とセシリアは思い出したかのように俺を見る。

 

「い、いや、クラス対抗戦があるから今日は……」

 

「そ、そうですわよ和哉さん。一夏さんには優勝してもらわないといけませんので……」

 

「ほう? じゃあ一夏にISの特訓をする前に俺の全力の『睨み殺し』を受けてもらおうか。それを簡単に跳ね除けるほどの度胸が付いたら、やっても構わないぞ。その代わり動けなかったら、俺のワンサイドゲームに付き合ってもらうがな」

 

「「………………………」」

 

 全力の『睨み殺し』と聞いた瞬間、箒とセシリアは顔を青褪めた。その理由はちょっと前に箒とセシリアが一夏とISの特訓中の時に、一夏争奪戦を始めて数分経ち、今度は一夏に集中攻撃をしたから、その場にいた俺が全力の『睨み殺し』を使って止めたのだ。その後は動けない二人に俺が加減した『睨み殺し』で恐怖を与え続けてやった。それによって二人はまたあの恐怖が蘇るのだと思って顔を青褪めているのだ。

 

「さあどうする、お二人さん?」

 

「「え…えっと………」」

 

 それでも邪魔するんだったら俺は全力で阻止させてもらうからな。

 

「和哉………お前やっぱり凄いよ。千冬姉並みだ」

 

 おいおい一夏。俺はまだ千冬さんの領域には到達してないっての。



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第19話

「さて一夏、準備は良いか?」

 

「おう、いつでも良いぜ……けどさぁ」

 

 放課後の第三アリーナ。今日は俺が一夏とISの訓練をする予定だが、一夏が俺の背後にいる人物を見て疑問を抱いている。

 

「な、なんだその顔は……おかしいか?」

 

「いや、その、おかしいっていうか――」

 

「篠ノ之さん!? ど、どうしてここにいますの!? 今日はわたくしと一夏さんが和哉さんと訓練する日だと言うのに!」

 

 俺の背後にいる箒にセシリアは怒鳴っている。しかも箒は俺と同じくIS『打鉄』を装着し展開している。

 

 因みに打鉄は純国産ISとして定評のある第二世代の量産型。安定した性能を誇るガード型だから初心者にも扱いやすい。その事から多くの企業並びに国家、党IS学園においても訓練機として一般的に使われている。とまあ、教科書に書かれていた打鉄についての内容だ。

 

「俺が連れて来た。機体の使用許可が下りたら構わないって条件付きでな。それに箒がどうしても参加したいって言って来るし」

 

「か、和哉! 私はそこまで言った覚えは……!」 

 

「ほう? 嫌なら今からトレーニングルームへ行って一人で訓練してもらうが?」

 

「そ、それは……すまん」

 

 俺の宣告に箒は大人しくなる。セシリアの言うとおり箒は参加する予定では無かったのだが、『お前の言うとおりにするから私もIS操縦の練習をさせてくれ』と俺に懇願してきたのだ。普段はちゃんと一人でも訓練している箒だが、鈴の登場によって焦りを感じたんだろう。もし箒を参加させなかったら、俺が絶対に一夏争奪戦の巻き添えを喰らうのが容易に想像が付くから許可したのだ。人の恋愛の巻き添えなんか御免だからな。

 

「くっ……。和哉さんは別として、まさかこんなにあっさりと訓練機の使用許可が下りるだなんて」

 

 俺が箒に出した条件をあっさりクリアした事に悔しそうな顔をしているセシリア。俺も箒が訓練機を使える事を知って予想外だったからな。

 

「まぁそんな事はどうでも良いから始めるとしよう。先ずは箒。お前は刀を使って素振りを百回やった後に飛行訓練をやってもらう」

 

「なっ! ま、待て和哉! 私も一緒に……!」

 

 自分も特訓に付き合うと言って来る箒だったが……。

 

「箒、お前は俺の言うとおりにすると言った筈だぞ? ましてやISに乗ったばかりの今の箒では、まだ動きに慣れていないからな。それを解消する為には先ず素振りと飛行をしてISの操縦に慣れる事だ。焦る気持ちは分かるが、今はちゃんと練習に励む事だ。良いな?」

 

「…………………分かった」

 

 俺が少し声を低くしてかなり不満そうに言い放つと悔しそうな顔をしながらも指示通りに動き、俺達から離れて刀を展開し素振りを始めた。

 

「なぁ和哉、いくらなんでもアレは言い過ぎじゃないか?」

 

「事実を言ったまでだ。いくらシールドエネルギーがあるとは言え、まだISの操縦に慣れていないのにも拘らず、下手に俺達の訓練に付き合って怪我したら元も子もない。初めてやるからには先ず何事も練習が最優先だ」

 

「和哉さんの言うとおりですわ、一夏さん。ISと言うのはそう簡単に動かせる物ではありません。今の篠ノ之さんに先ずは基礎からやっていただきませんと。それは一夏さんにもお分かりだと思いますが?」

 

「………た、確かにそうだが」

 

 俺の説明にセシリアも頷きながら言葉を繋げた。その事に一夏は納得せざるをえない。

 

「取り敢えず今は箒の事は気にするな。今は自分の事に集中しろ」

 

「あ、ああ……。で、今日は何をするんだ?」

 

「先ず最初は……」

 

 そう言いながら俺は片足を一歩前に出して……。

 

 

グルンッ!

 

 

 一回りすると地面には俺を囲んだ円が出来た。

 

「俺をこの円の外から一歩動かす事だ」

 

「はあ!?」

 

「ええっ!?」

 

 今回の俺の特訓内容に一夏とセシリアが驚いた声を出す。

 

「か、和哉。お前いくらなんでも俺を舐めてないか? そんな狭い円から和哉を追い出す事なんていくら俺でも……」

 

「ならやってみろ。言っておくが零落白夜は無しだからな。セシリア、お前は何もせずに見てろよ。それはそれで参考になるからな」

 

「は、はぁ……分かりました」

 

 取り敢えず見ると言う感じのセシリア。それを確認した俺は一夏に向かって言い放つ。

 

「一夏、今のお前でどの位の時間を使って俺をこの円から追い出すことが出来る?」

 

「そんなの……すぐに終わらせてやるよ!」

 

 そう言って一夏は雪片弐型を持って構え、すぐ俺に向かって突進をして来た。

 

「うおおおお~~!」

 

 一夏が凄い速さで突進しながら片手突きを仕掛けるが……

 

「速いな。だが……よっと」

 

「なっ!」

 

 俺は軸足の反対の足を半歩前に出して半回転をやり、一夏の攻撃を簡単に避けた。

 

「っておい! こ、このままじゃ……!」

 

 

ダァァァァンッ!!

 

 

「い、一夏っ!」

 

「一夏さんっ!」

 

 攻撃をかわされた事に驚く一夏だったが、そのまま突進したままアリーナの壁に激突する事となる。それを見た箒とセシリアはすぐに一夏の方を見る。

 

「い、いてててて……こ、これは正直痛いな……けど何で避けられたんだ?」

 

「あんな単純な突進攻撃を避けるなんて造作も無いぞ。ほれ、早く俺を動かしてみろ」

 

「くっ! い、言われなくてもっ!」

 

 壁に激突して痛みに悶えていた一夏だったが、俺からのオープン・チャネルを聞いて再び俺目掛けて突進し攻撃を仕掛けてきた。

 

「今度こそっ!」

 

 突きがダメなら今度は上段の斬撃を振りかぶって来た。

 

 だがしかし……。

 

「さっき言っただろうが。そんな単純な突進攻撃を避けるなんて造作も無いって。ほれ」

 

「なにっ!」

 

 俺は再びさっきと同じように、軸足の反対の足を半歩前に出して半回転しながら避ける。

 

「くっ! も、もう壁には……!」

 

 流石にまたアリーナの壁に激突したくなかったのか、一夏は急ブレーキして止まった。

 

「ほう。今度は当たらなかったみたいだな。だがそんな調子だと俺をこの円から追い出すのは無理みたいだな」

 

「そんなの最後までやってみなきゃ分からないじゃないか!」

 

「あ、あの和哉さん。一夏さんの攻撃をどうやって避けたんですの? ちょっと速くて見えなかったんですが……」

 

「ん?」

 

 一夏と話していると、見ていたセシリアが不可解な顔をしながら聞いてきた。

 

「簡単な事だ。一夏が突進攻撃した際、俺がこう片足を半歩前に出して、こんな風に回って避けたんだ。分かったか?」

 

「え…ええ、まぁ……取り敢えずは」

 

 俺が一夏の攻撃を避けた動作を教えていると、セシリアは何とも微妙な顔をしてる。

 

「………和哉さん、あなた本当にISに乗ったばかりなんですの? あんな素早い攻撃をあっさり避けるなんて、熟練のIS操縦者でも難しい筈なんですが……」

 

「武道を学んでいればこの程度は誰でも出来る。ってかIS操縦者って武道とかはやらないのか? やればそれなりに身に付いてISに応用出来ると言うのに」

 

「確かにありますが、ISの操縦がメインですからあまりやってませんわ」

 

「そうか………」

 

 セシリアの台詞に俺は内心落胆した。いくらISが強力だと言っても使うのは人間だと言うのに、己を鍛えなければ話にならない。セシリアの言う事が事実なら、IS操縦者は生身での格闘戦が大して出来ないと言う事になる。まぁ千冬さんみたいに武道をやっている人がいたから、全員が全員ではないだろう。

 

 ってか俺が今此処でそんな事を考えても仕方ないな。とにかく早く一夏にこの課題をクリアさせないと。

 

「まぁ今はそんな話しをしてる場合じゃないな。ほら、一夏。早く俺をこの円から動かせ」

 

「い、言われなくてもそうする!」

 

 俺の台詞に威勢よく言い放つ一夏。

 

「とは言え、今のお前では時間が掛かると思うから……セシリア、お前も一夏と一緒に混ざれ。ただし使う武器は近接戦用の武器だけだ」

 

「わ、わたくしもですか? ですがわたくしは遠距離専門で……」

 

「今回の特訓は近接戦用メインだ。それにセシリア。もしお前が遠距離兵器が使えなくなって、近接戦用武器だけで相手に勝つ事が出来るのか? あの時の俺みたいに懐に入られたら……」

 

「う………」

 

 俺の指摘にセシリアは言い返すことが出来なかった。セシリアは遠距離戦は強いが、接近戦は大して強くない。その為セシリアには俺が近接戦用の戦い方を教えているのだ。

 

「これは一夏の特訓でもあり、セシリアの苦手克服の為でもある。さあ二人とも、纏めて掛かって来い」

 

 俺がそう言うと一夏がやる気満々みたいな顔をして構える。

 

「くそぅ……もうこうなったら意地でもそこから動かしてやる! やるぞセシリア!」

 

「は、はい! ………一夏さんと二人でやる……これは案外良いかもしれませんわね」

 

「ん? セシリア、何か言ったか?」

 

「! い、いいえ! 何でもありませんわ!」

 

(俺は聞こえたけど)

 

 一夏の台詞にセシリアは妙に嬉しそうな顔になっている。一夏と二人でやれると言う事に内心喜んでいるんだろう。

 

(セシリアとは対照的に、箒は不機嫌だが)

 

 ふと箒の方を見てみると、不機嫌顔で素振りをしながら一夏とセシリアを睨んでいた。本当は割って入りたいところだが、そんな事をしたら俺に追い出されるのを分かっているから敢えて我慢しているんだろう。

 

(悪く思わないでくれよ箒。これは二人の特訓なんだからな)

 

 俺は箒に内心そう言うと、再び一夏とセシリアの方を見る。

 

「さあ一夏とセシリア! 掛かって来い!」

 

「言われなくても!」

 

「行きますわよ和哉さん!」

 

 俺が言ったと同時に、雪片弐型を構える一夏と近接戦用武器を持ったセシリアが俺に襲い掛かって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

(くっ。今の私には見ているだけしかないのか……)

 

 箒は素振りをしながらも和哉達の方を見ていた。

 

 その先には……。

 

「もらったぜ和哉!」

 

「甘い」

 

 

ガキィィィィン!!!

 

 

「なっ! 刀を出すなんて聞いてないぞ!」

 

「刀を出さないと一言も言った覚えはない。ほら、この鍔迫り合いで俺を動かしてみろ」

 

「ぐぎぎぎぎ!!!」

 

 一夏が振りかぶった正面攻撃を、和哉が右手で刀を展開した瞬間に受け止めて鍔迫り合いをしていた。だが一夏は和哉を動かす事が出来ていなかった。

 

「隙ありですわ和哉さん!」

 

「ん?」

 

 セシリアが左側面からインターセプターを和哉目掛けて突き立てるが……。

 

 

ガシッ!

 

 

「はい残念」

 

「んなっ!?」

 

 和哉はセシリアがインターセプターを持っている手の手首を掴んで進行を止めた。

 

「ぐぐぐぐ!」

 

「セシリア、この場面では左じゃなく右から攻めるべきだったぞ……って聞いてないか」

 

「ってか和哉! 俺とセシリアの攻撃を受け止めたまま動かないなんて、どんだけ馬鹿力なんだよ!?」

 

「普段から鍛えてるから、力もそれなりに付いてるんだ」

 

「お前は化け物か何かか!?」

 

「失敬な。俺はまだ師匠の領域にまで入ってないっての。あ~らよっと」

 

 そう言って和哉はセシリアの手首を掴んでいる左手を振るうと……。

 

「きゃあっ!」

 

「どわっ!」

 

 セシリアと一夏は見事にぶつかって一緒に転倒した。

 

「いててて。大丈夫かセシリア……って!」

 

「い、一夏さん……」

 

 転ぶ態勢が悪かったのか、一夏はセシリアを押し倒す状態となっていた。その事にセシリアは顔を赤らめている。

 

(………何だアレは?)

 

 バッチリ見ていた箒は急に素振りを止めて、殺気を出しながら一夏達に近づき始めていた。

 

「わ、悪いセシリア!」

 

「だ、だめです一夏さん。今は特訓中ですのに……その……こう言う事は人のいない場所で……」

 

 即座に離れる一夏にセシリアは咎めているが、内心物凄く喜んでいた。

 

「ほ、本当に悪かった!」

 

「あのさぁお二人さん。申し訳ないけど早くコッチに集中し……げっ!」

 

 和哉が言ってる最中に、殺気を放っていた箒が一夏の背後にいた。

 

「一夏……貴様と言う奴は……」

 

「ほ、箒!?」

 

「人が真面目に素振りをしてる最中に公共の場でセシリアを押し倒すとはな……」

 

「ち、違う! あれは和哉にやられて……!」

 

 一夏が説明しようとしても箒は聞く耳持たずで……。

 

「問答……無用!」

 

「どわっ! ちょ…ちょっと待て箒!」

 

 即座に攻撃をするが、一夏は何とか避けた。だが箒はそのまま一夏に追撃を仕掛けている。

 

「おい箒! 勝手な真似は……って聞いてないし」

 

 和哉は止めようとしたが、今の箒は嫉妬全開になっているので簡単に止める事が出来ないと判断する。

 

「ったく。今回は俺の失敗だったな。あんな事になるならセシリアを遠くへ投げ飛ばすべきだった」

 

 そう思いながら和哉はセシリアの方を見ると……。

 

「ああ……わたくし一夏さんに押し倒されちゃいましたわ。これはもう一夏さんに責任を取っていただかなければ……」

 

 ピンクオーラ全開にして色々と考えているのであった。 

 

「………取り敢えずセシリアを放っておいて、今は箒を何とかしなければな。こら箒! 勝手な事をするなと言っただろうが!」

 

 和哉は刀を振りかぶりながら一夏を追いかけている箒を止める為に、急遽特訓を中止するのであった。



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第20話

「やれやれ。俺を円から追い出すのに随分と時間が掛かったな。まぁ取り敢えず今日はこのあたりで終わるとしよう」

 

「お、おう……」

 

「わ、分かりましたわ……」

 

 ぜえぜえと息が切れている一夏とセシリアに対して、俺は大して疲れていない。IS操縦経験がある代表候補生のセシリアでも、何度も俺と力比べをしたからかなり疲労していた。

 

「それと箒、ISを使っての素振りと基礎飛行は慣れたか?」

 

「………取り敢えずは」

 

「そうか。なら次にやる時は俺も一緒にやるから見せてもらうぞ」

 

「………分かった」

 

 俺の言う事に何も言い返さずに従っている箒。多少は疲れているようだが、一夏とセシリアと違って疲労困憊ではない。ただ素振りと飛行を中心にやっていただけだからな。

 

 何故こんなに大人しくしているかと言うと、あの時嫉妬全開で一夏に切りかかろうとした箒を俺が割って入って即座に大人しくさせた。嫉妬させる原因を作った俺にも非があったので大してキツく言わなかったが、『次にまた同じ事をしたら今度は有無を言わさずに追い出すからな』と声を低くして言うと、箒は俺の言う事を聞いてくれた。その後は俺達のやっている事に一切割り込まずに大人しく素振りと飛行をしていたのであった。

 

「それじゃ今日はこれにて解散だ。ほら一夏、立てるか?」

 

「な、何とか……」

 

 一夏はフラフラであるがすぐに立ち上がる。疲れてるとは言っても俺の訓練でそれなりに体力が付いてるからな。

 

「そ、それでは皆さん、わたくしはお先に……」

 

 そう言ってセシリアはフラフラしながらピットへ向かうと、俺と一夏も別の方のピットへと向かうが……。

 

「……それで箒。なんでこっち側に来るんだ?」

 

「私もピットに戻るからだ」

 

 箒が俺達と一緒に付いて来た。

 

「いや、セシリアの方に――」

 

「ぴ、ピットなどどっちでも構わないだろう! そうだろう和哉!?」

 

「はいはい、お好きなように」

 

 せめてこれ位は一夏と一緒になろうと言う箒の考えを読んでいたが、俺は特に反対しなかった。一夏と一緒にいる事で機嫌が直るんなら、それはそれで構わないからな。

 

「よっと」

 

 ISの展開解除をしたと同時に、疲れていない体が急に重くなった。先程までISの補正があったから大して疲れてなかったからだ。だが体が重くなったとは言え、俺自身はまだそんなに疲れていない。夕食後にトレーニングルームでも行って体を動かしておくか。

 

「ふう……」

 

「一夏、あの時は訓練しながら見ていたが無駄な動きが多過ぎる。だから疲れるのだ。もっと自然体で制御できるようになれ」

 

 こらこら箒。アンタは疲れている幼馴染にそこまで言うか? と言うか箒もあんまり人の事は言えないぞ。

 

 そう思いながらも俺は体に纏わり付いてる汗を予め用意しておいたスポーツタオルで拭きながら、一夏に別のスポーツタオルを放る。

 

「ほれ。それで汗を拭いてろ一夏」

 

「おう、サンキュー」

 

 まるで投げられる事が分かっていたかのように受け取る一夏に、俺をジッと見ている箒。分かってるっての箒。一夏と二人きりにして欲しいんだろ?

 

「そんじゃお二人さん、俺はお先に。どうぞごゆっくり」

 

「え? 此処で着替えないのか?」

 

「そこにいる箒が俺をジッと見ているからな。そんなに見られちゃ着替えれないし」

 

「べ、別に私は……!」

 

「では失礼」

 

 慌てふためいている箒を無視して俺は着替えを持ってピットから出た。

 

 そして寮に戻る為に歩いていると……。

 

「和哉。一夏は今どこにいる?」

 

 タオルと飲み物を持った鈴がいきなり現れて一夏の居場所を聞いてきた。

 

「お前は俺に会って早々それを訊くのかよ。ってか俺は一夏探索機じゃないんだが」

 

「そんな事どうでもいいから早く教えなさいよ。でもアンタがISスーツを着てるって事はピットにいるみたいね。それじゃ」

 

「………アイツは人に聞いておきながら」

 

 勝手に自己完結して走りながらピットへ向かう鈴に俺は少々呆れた。アイツは一夏の事となると、周囲の事を考えずに突っ走っていくからな。それが鈴の悪い癖だ。

 

「あ、そう言えば今ピットには箒がいるんだったな」

 

 あの二人がピットで衝突しなければ良いと思うんだが、絶対に何かしらの騒ぎを起こすだろう。

 

 本当なら俺が止めるべきなんだろうが、恋愛事に関してのいざこざに巻き込まれたくないので俺は部屋へ戻るとした。後で一夏の部屋へ言ってさり気なく聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、私は先に帰る。シャワーの件だが、先に使っていいぞ」

 

「おお、そりゃありがたい」

 

「では、また後でな。一夏」

 

 ピットにて、箒が一夏に『また後で』と強調して言った後に出て行った。

 

「……一夏、今のどういうこと?」

 

 そして一夏にタオルとドリンクを持って入った鈴が箒の台詞を聞いた途端、急に不機嫌面となった。

 

「ん? いや、いつもはシャワーは箒が先なんだが、今日は汗だくだから順番を変わってくれって頼んで――」

 

「しゃ、しゃ、シャワー!? 『いつも』!? い、一夏、アンタあの子とどういう関係なのよ!?」

 

「どうって……前に言っただろ。幼なじみだよ」

 

「お、お、幼なじみとシャワーの順番と何の関係があんのよ!?」

 

 鈴の台詞に一夏は思い出した顔になる、

 

「俺、今箒と同じ部屋なんだよ。本当は和哉と一緒の部屋の予定だったんけど」

 

「……は?」

 

 一夏が(鈴にとっての)爆弾発言をすると、鈴は目が点になった。そんな鈴の状態を知らずに一夏は説明を続ける。

 

「いや、俺と和哉の入学ってかなり特殊なことだったから、和哉と一緒の部屋を用意できなかったんだと。だから、今は箒と一緒の部屋で――」

 

「そ、それってあの子と寝食を共にしてるってこと!?」

 

 さっきまで余裕な表情をしていた鈴が予想外だと急に焦りを感じて一夏に問い詰める。何しろ鈴はてっきり同じ男である和哉と一緒の部屋だと思い込んでいた。普通に考えれば誰だってそう結論するだろう。

 

「まあ、そうなるか。和哉と別々と聞いたときは焦ったけど、箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足になっちまうからな」

 

「………………」

 

「うん? どうした?」

 

 無言となる鈴に一夏が尋ねても、俯きながらブツブツと呟き始める。

 

「…………ったら、いいわけね」

 

「?」

 

 鈴の発言が聞こえなかった一夏は耳を傾けると……。

 

「だから! 幼なじみならいいわけね!?」

 

「うおっ!?」

 

 鈴が突然ガバッと顔を上げて言うと、一夏は驚いて身を引いた。一夏がそうしなければ確実に頭突きを食らう事になっていたから。

 

「わかった。わかったわ。ええ、ええ、よくわかりましたとも。別に和哉と一緒じゃでなくてもいいのね」

 

「?」

 

 一人で納得し始めている鈴は何度も何度も頷いていた。そんな鈴に一夏は不可解な顔をしている。

 

「一夏っ!」

 

「お、おう」

 

「幼なじみはふたりいるってこと、覚えておきなさいよ」

 

「別に言われなくても忘れてないが……」

 

「じゃあ、後でね!」

 

 確認を取らずに『後で』と言ってピットから出て行く鈴に……。

 

「うーん……何か嫌な予感がするから、後で和哉に話しておいたほうが良いかもしれないな」

 

 自分だけで対処が出来ないと直感した一夏はそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「あ、お帰りかずー。練習どうだった~?」

 

 俺が部屋に戻ると布仏がいた。

 

「あれ? もう夕食の時間なのに、まだ食べに行って無いのか?」

 

「今日はかずーと一緒にご飯を食べようと待ってたのー」

 

「別に待つ必要は無いんだが……」

 

 布仏の発言に少々呆れる俺。俺なんかより女子友達と食べに行けば良いだろうに。

 

「俺はこれからシャワーを浴びるから、もう少し時間が掛かるぞ?」

 

「良いよー。私待ってるからー」

 

 そう言って布仏は再びノートパソコンを開いてネット閲覧を始めた。

 

「…………………………」

 

 布仏が本気で待つと分かった俺は取り敢えず着替えを持って洗面所に入り、汗まみれになってるISスーツを脱いでシャワールームに入った。

 

 そして十五分程度で体を洗い終えて一通りの準備を済ませると、いつの間にか準備万端な布仏が部屋の出入り口に立っている。

 

「じゃあ行こう、かずー」

 

「君はのほほんとしてる割に行動が早いな」

 

 そう言いながら俺と布仏は一緒に部屋を出て食堂へと向かう。ってか何で君はいつも俺の腕に引っ付くのかな?

 

「ねぇかずー。今日はアップルパイ作らないの~?」

 

「残念だが今日は作らない。夕食を食べて少し経った後にトレーニングルームへ行く予定だからな」

 

「ぶ~~。おりむーたちと練習したのに疲れてないの~?」

 

 アップルパイを作らないと分かった布仏は膨れっ面になりつつも、俺が疲れきってないのかと聞いてくる。

 

「一夏達と違って俺はそんなに大して動いていなかったからな。だからその分トレーニングルームで体を動かすんだ。良かったら君も一緒にどうだい?」

 

「わ、私は遠慮しておく~」

 

「残念だな。一緒にトレーニングしてくれたら明日アップルパイを作ってあげようかと思ったのに」

 

「ええっ! そ、それホントかず~!?」

 

「ああ」

 

 俺がちょっとした条件を出すと布仏は迷い始めた。

 

「うう~~~アップルパイは食べたいけど~、かずーの訓練は厳しそうだし~。でもアップルパイは食べたい~うう~~」

 

「そんな真剣に悩む事か? ま、夕食を食べ終えるまで考えてくれ」

 

 学食に着いた俺と布仏は夕食を食べる事になり、その後布仏は最後まで迷っていたが遠慮しておくと辞退していた。

 

 

 

 

 

 

「というわけだから、部屋代わって」

 

「ふ、ふざけるなっ! なぜ私がそのようなことをしなくてはならない!?」

 

「(何か嫌な予感がしてたんだよな)」

 

「(で、一夏の予想通りの展開になった訳だ)」

 

 此処は一夏と箒の部屋。俺は夕食を済ませた後にトレーニングルームへ行こうとしていたが、突然一夏が部屋に来てくれと言われて、出されたお茶を飲みながらピットでの出来事を聞いてる最中に鈴がやってきた。

 

 分かってはいたが、箒と鈴の相性は最悪だな。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんてイヤでしょ? 気を遣うし。のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」

 

「べ、別にイヤとは言っていない……。それにだ! これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくはない!」

 

「大丈夫。あたしも幼なじみだから」

 

「だから、それが何の理由になるというのだ!」

 

「(さっきから全然話が進んでないな。と言うか、俺が此処にいる必要があるのか?)」

 

「(頼むからいてくれ和哉。俺一人だけじゃとても無理だ)」

 

 確かに一夏の性格を考えると、強情な鈴と頑固な箒の板挟み状態になったらとても対処しきれないだろう。かと言って俺に助けを乞われても、どうしようもないと思うんだが。俺は人様の恋愛沙汰に口出したくないし。

 

「(なぁ和哉、俺の目の錯覚かな。鈴が既に自分の荷物を持って来ているように見えるんだが)」

 

「(安心しろ、俺にもそう見える。何だったら鈴に訊いてみたらどうだ?)」

 

「(そうしてみる)」

 

 俺と小声で話していた一夏は鈴の方へと顔を向けて問い掛ける。

 

「鈴」

 

「うん」

 

「それ、荷物全部か?」

 

「そうだよ。あたしはボストンバッグひとつあればどこでも行けるからね」

 

 鈴の返答を聞いた俺はフットワークが軽い奴だと思った。箒も女子にしては少ないと思っていたが、鈴は箒以上に少なすぎだ。

 

 因みに、以前俺と一夏がセシリアの部屋に招かれた時は一瞬どこぞの高級ホテルかと思ってしまった。家具はベッドから鏡台、テーブル、イスに至るまで全部特注品のインテリア。壁紙や照明まで替えている事に俺は正直引いた。更にセレブが持ってる天蓋付きのベッドも初めて生で見た。当然一夏もセシリアの部屋を見て俺と同じ気持ちだ。リフォームされたも同然の部屋に、俺は同室の女子が気の毒だと深く同情した。スペースほぼ全部をセシリアに取られていたし。ルームメイトの事を全く考えていなかったセシリアに、俺は思わず小一時間ほど説教した。それによってセシリアは反省してスペースを空けた事により、ルームメイトの女子から物凄く感謝された。少しは慎ましくしような、イギリス代表候補生さんよ。

 

「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」

 

「ふ、ふざけるなっ! 出て行け! ここは私の部屋だ!」

 

「『一夏の部屋』でもあるでしょ? じゃあ問題ないじゃん」

 

 そう言って同意を求めるように一夏の方に顔を向ける鈴。そして鈴に出て行けと言って欲しいように一夏を見る箒……いや、睨むと言った方が正しい。

 

「俺に振るなよ……」

 

 二人に同意を求められた事に困った顔をする一夏。やれやれ、どうして一夏に好意を抱いている女はこう言う連中ばかりなんだろうか。

 

「あのなぁ鈴。部屋を代われって言っても、お前の独断で決められるものじゃないんだぞ」

 

「何よ和哉。アンタは部外者なんだから引っ込んでてよ」

 

「いや。第三者から見て、お前の行動の方がどうかと思うんだが」

 

「和哉の言うとおりだ! とにかく! 部屋は代わらない! 出て行くのはそちらだ! 自分の部屋に戻れ!」

 

 俺の言葉に頷く箒は鈴に出て行けと言うが……。

 

「ところでさ、一夏。約束覚えてる?」

 

 当の本人は全く聞いていなく一夏に何かを訊いた。

 

「む、無視するな! ええい、こうなったら力づくで……」

 

 激昂した箒はいつでも取れるようにベッドの横に立てかけてあった竹刀を握る。

 

「あ、馬鹿――」

 

「何をしてる箒!」

 

 すぐに止めようとする俺だったが、一足遅かったので『睨み殺し』を使おうとしたが……。

 

 

バシィンッ!

 

 

 ………どうやらその必要は無かったみたいだな。

 

「鈴、大丈夫か!?」

 

「大丈夫に決まってるじゃん。今のあたしは――代表候補生なんだから」

 

 一夏はすぐに安否を確認するが、鈴は何とも無いように答える。そう。鈴は頭にヒットする筈だった箒の竹刀による攻撃を、ISが部分展開した右腕で受け止めたから。だから俺は慌てる必要が無くなった。

 

「…………!」

 

 攻撃を防がれた事に箒は驚いた。確かにISの展開が速くても、その判断を下すのは操縦者である生身の人間。つまり、ISの展開速度は人間の反射限界を超えない。

 

 そしてさっきの箒の打撃は、素人じゃ土壇場で対処出来るレベルじゃない。それでもあの攻撃を防ぐ鈴がかなりの実力を示していると言う事になる。ま、俺ならISを使う事なく受け止める事が出来るけど。

 

「ていうか、今の生身の人間なら本気で危ないよ?」

 

「う………」

 

 鈴の指摘が効いたのか、箒はバツが悪そうに顔を逸らした。全く、本当に箒は一夏の事となるとすぐ頭に血が上るんだな。

 

「ま、いいけどね」

 

 攻撃された鈴は細かい事は気にしないとばかりにからっとした態度で、ISの部分展開を解いた。鈴って意外とあっさりしたタイプだなと思いながら、スマートな装甲を纏った右腕が光ってもとの状態へと戻る。

 

「え、えーと……和哉、俺は一体どうすれば……?」

 

「そこで俺に振るのかよ……」

 

 箒はさっきの失態を引き摺って無言で、鈴はふふんとした顔で俺と一夏を見ている。特に俺に対しては随分と強気な感じで、『もうアンタなんかあたしの敵じゃないから』と言うような目だ。

 

 アイツは以前から俺に何度も叱られていたからな。暴れていた時は力づくで大人しくさせた時もあった。常識的に説教したつもりなんだが、アイツにとって男が力で黙らせる事が気に入らず何度も反発し続けていた。それに加えて女尊男卑の世界だと言うのに、俺みたいにそんなのお構いなしにやってるから尚更気に入らないんだろう。

 

 だが奴はISを手に入れた事により、俺にもう今までの自分とは違うと言う風に見ている。恐らく先程の箒を攻撃を止めたついで、俺に実力を見せる為にやったんだろう。だがな鈴、ISがあれば俺に勝てるなんて思わないほうが良いぞ。

 

「あ、そう言えば約束がどうとか言ってたな」

 

 ふと一夏が思い出したように言った。確か鈴が言ってたやつか。それは俺も気になったので敢えて黙っていよう。

 

「鈴、約束っていうのは」

 

「う、うん。覚えてる……よね?」

 

 鈴は急に顔を伏せて、ちらちらと上目遣いで恥ずかしそうに一夏を見ている。鈴がああ言う事をするのは、よっぽど何か大事な約束なんだろう。例えば告白とか。

 

「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を――」

 

「そ、そうっ。それ!」

 

「――おごってくれるやつか?」

 

 何だその約束は? 鈴は一夏に料理を披露したかったのか?

 

「………………はい?」

 

 あ、鈴の反応からしてどうやら違うみたいだな。

 

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

 

 多分それは違うと思うぞ一夏。鈴が全然違うみたいな反応をしてると言う事はもっと別な事だ。

 

「いやしかし、俺は自分の記憶力に感心――」

 

 

パアンッ!

 

 

「……へ?」

 

 一夏が言ってる最中に鈴は一夏の頬を叩いた。いきなりの展開に俺と箒は目を見開く。

 

「え、えーと」

 

 叩かれた一夏は状況が分からずにゆっくりと顔の向きを鈴の方に向けると……。

 

「…………………」

 

 肩を小刻みに震わせ、怒りに充ち満ちた眼差しで一夏を睨んでいた。それに加えて、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、唇はそれが零れないようにきゅっと結ばれている。

 

 アイツがああ言う事をするって事は一夏の言った約束とは違うと言う証拠だ。

 

「あ、あの、だな、鈴……」

 

「最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ! 犬に噛まれて死ね!」

 

 そう言って鈴は素早く、床に置いていたバッグをひったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行こうとする。

 

 

バタンッ!

 

 

 ドアが物凄い勢いで閉まる音が響くと一夏は我に返る。

 

「……まずい。怒らせちまった」

 

「そのようだな。オマケに泣いているように見えたし」

 

「なぁ和哉。何で鈴は怒ったんだ?」

 

「さあな」

 

 知ってはいるけど敢えて言わない。まさか鈴が一夏にプロポーズの約束をしていたとはな。

 

 一夏が言った『料理が上達したら毎日酢豚をごちそうする』と言うのは若干の誤りがあり、正しくは『料理が上達したら毎日酢豚を食べて欲しい』だ。何の違いがあるのかと言うと、例えばこれを『料理が上達したら毎日味噌汁を飲んで欲しい』と変換すれば分かる。それは日本で言う一種のプロポーズ。恐らく鈴は味噌汁の代わりに酢豚を代用して言った。そうでなければ鈴が泣いて出て行く訳が無い。

 

「一夏」

 

「お、おう、なんだ箒」

 

「馬に蹴られて死ね」

 

 どうやら箒も気付いたみたいだな。

 

「和哉、どうして俺は箒にこんな事を言われなきゃいけないんだ?」

 

「それはお前が馬鹿だからだ、この唐変木」

 

「お前もかよ!」

 

「これ以上もう付き合いきれん。俺はこれで失礼する」

 

 そう言って俺は部屋から出て、トレーニングルームへと向かった。

 

「にしても鈴の奴。一夏の幼なじみだと豪語してる割には、一夏の事をあんまり理解していなかったみたいだな」

 

 一夏が超鈍感なのは幼馴染の鈴でも充分に分かっている筈なのにも拘らず、あんな遠回しなプロポーズをすると言う事は理解しきれてない証拠だ。一夏相手にはストレートな告白をしなきゃ絶対に伝わらない。

 

「ま、今更ソレを鈴に指摘したところで、絶対に自分のミスを認めないだろうが」

 

 一度突っ走ってしまった鈴は自分のミスを認めないどころか、気付かない相手が悪いと決め付けてしまうからな。

 

 

 

 

 

 そして翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。

 

 表題は『クラス対抗戦(リーグマッチ)日程表』。

 

 一夏の一回戦の相手は二組の鈴だった。

 

「…………これは一夏に本格的な戦闘訓練をさせないと不味いかもしれないな」



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第21話

 一夏が鈴を怒らせて数週間経った五月。

 

「で、あれから鈴は未だに怒ってると?」

 

「ああ。廊下や学食で会って話し掛けて謝ろうにも、露骨に顔を背けられるし。いかにも『怒ってます』って言うオーラ全開で……」

 

「………はあっ。あの馬鹿は……」

 

 俺は一夏に鈴と仲直りしたかどうか訊いてみたが、一夏の返答を聞いて呆れ顔になっている。無論一夏の行動を無下にしている鈴にだ。

 

 アイツは自分の思い通りに行かないと癇癪を起こして手が付けられない状態になる。事の発端は自分だと言うのに、何もかも相手の所為にして自分は悪くないと主張してくる始末だ。我侭な子供より性質が悪すぎるから手に負えない。

 

「まぁ向こうがそんな状態なら今は放っておいて訓練に集中するとしよう。それに鈴の事だから、今度のクラス対抗戦(リーグマッチ)でお前をボコボコにしてやろうって思ってるだろうからな」

 

「……確かに鈴ならそう考えそうだ」

 

 俺の予想に一夏は冷や汗を掻いて想像しながら頷いている。幼馴染であるから鈴の考えは容易に想像出来るからな。

 

「しかし鈴は一夏の幼馴染のくせに、どうやら本当に一夏の事を理解しきれてなかったみたいだな……」

 

「ん? なんか言ったか和哉?」

 

「何でもない」

 

 俺の独り言に一夏が反応したがすぐにはぐらかす。

 

 鈴が一夏の事を理解しきれてないと言うのは前回に言ったとおり………鈴は一夏が超鈍感な唐変木であるのを全然理解してなかった。アイツが一夏の幼馴染だと豪語するなら、ストレートな告白をしなければ絶対に気付かないと分かっていた筈だ。鈴にとって精一杯の告白のつもりなんだろうが、俺から言わせれば詰めが甘すぎる。

 

「一夏、和哉、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」

 

「ああ、そう言えばそうだったな。ま、取り敢えず今日もやるとしますか」

 

 箒がアリーナの事を言うと俺は思い出したかのように言う。

 

 放課後、かすかに空が橙色に染まり始めるのを眺めながら、今日も特訓する為に第三アリーナへと向かう。

 

 面子は俺、一夏、セシリア、そして箒。と言っても、箒にはまだ基礎的な事しかさせていない。だがアイツはそれなりの操縦が出来るようになったので、今日は俺達と一緒に訓練をやらせようと思う。

 

 そう言えば俺達が特訓してる時に、アリーナの客席ではギャラリーがたくさんいて満員状態だったな。主に一夏を見たいが為にだけど。挙句の果てにはギャラリーの二年生がアリーナの客席を『指定席』として売っていた事があった。当然それを知った千冬さんは首謀者達を制裁したのは言うまでも無い。そして首謀者達は三日間寮の部屋から出て来れなくなったらしい。自業自得だ。

 

「セシリアの助力もあって一夏のIS操縦はかなり様になってきたな。付き合ってくれてありがとな、セシリア」

 

「どういたしましてですわ。それに一夏さんの素質を考えればこのくらいはできて当然、できない方が不自然というものですわ」

 

 俺の礼にセシリアはさも当然のように言ってると……。

 

「だが和哉。中距離射撃型の戦闘法(メソッド)が役に立つのか? 第一、一夏のISには射撃装備がないと言うのに」

 

 未だ訓練に参加出来てない箒が、やや棘のある言葉で告げた。そんなに剥れるなよ箒。今回はちゃんと参加させるから。

 

 まぁ箒の言うとおり、一夏のIS・白式には射撃装備が一切無い。武器は雪片弐型のみ。

 

 本来、ISと言うのは機体ごとに専用装備を持っている。だが、その『初期装備(プリセット)』だけでは不十分なので、それを補う為に『後付装備(イコライザ)』と言う物がある。例えばセシリアのISだと初期装備はブルー・ティアーズで、後付装備はライフルと近接ナイフだ。

 

 そして、ISには後付装備のために『拡張領域(パススロット)』が設けられている。装備出来る量はISのスペックによるが、それでも最低二つは後付出来るようになっているのが一般的なISと言う事らしい。

 

 だが例外がある。一夏のISは一般的なISとは違って拡張領域がゼロだから、後付装備が出来ない。おまけに初期装備も書き換えられなく、結局のところ近接ブレード一本と言うのが今のところ一夏のISのスペックだ。後付装備が出来ない理由は恐らく、初期装備だけで拡張領域を全て使っているのだろう。

 

「確かに箒の言うとおりだが、覚えておいて損はない。射撃装備が無くても、戦い方を知っておけば対策を練る事が出来るからな」

 

「そうですわよ篠ノ之さん。一夏さんのISが近接戦しか出来ないとは言え、遠距離戦の戦い方も学ぶのは基本中の基本です。篠ノ之さんが言ってた剣術訓練ばかりさせては、あまりにも非効率的ですわ」

 

「な、何を言うか! 剣の道はすなわち見という言葉を知らぬのか。見とはすべての基本において――」

 

「和哉さん、今日はわたくしが昨日教えました無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)のおさらいからはじめてもいいですか?」

 

「それは構わないが……」

 

「ええい、このっ――聞け、一夏! 和哉!」

 

「俺は聞いてるって!」

 

「同じく」

 

 セシリアに無視されたからと言って一夏と俺に怒鳴るなよ。

 

 箒って剣道をやってる割には心が未熟だなぁと思っていると、一夏は第三アリーナのAピットのドアセンサーに触れている。

 

 一夏の指紋・静脈認証によって開放許可が下りると、ドアはバシュッと音を立てて開く。

 

 そして俺達がピットに入ると……。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 そこには鈴がいた。しかも腕組みをしてふふんと不敵な笑みを浮かべている。

 

「(おい一夏、どう言う事だ? お前から聞いた話だと鈴は怒っていたんだろ?)」

 

「(いや、俺も何がなんだかさっぱり分からん……昨日は確かに怒り心頭だったんだが)」

 

 小声で話しかけてくる俺に、一夏は全然分からないと答えてくる。じゃあアイツに一体何が……あ、俺と一夏の後ろで箒とセシリアが顔を顰めている気配がする。少し距離を置いたほうが良いな。

 

「貴様、どうやってここに――」

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

 

 箒が言ってる最中セシリアによって中断される。セシリア、箒に最後まで言わせてやれよ。

 

 そして鈴は「はんっ」と挑発的な笑いと共に、自信満々に言い切る。

 

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」

 

「鈴、そう言う問題じゃ――」

 

 鈴の発言に俺が突っ込みを入れようとするが……。

 

「ほほう、どういう関係かじっくり聞きたいものだな」

 

「盗っ人猛々しいとはまさにこのことですわね!」

 

 うわぁ、箒だけじゃなくセシリアまで切れてるし。恋する乙女達は愛する人の事となるとすぐキレるんだな。

 

「……おかしなことを考えているだろう、一夏」

 

「いえ、なにも。人斬り包丁に対する警報を発令しただけです」

 

 こら一夏。箒相手にそんな事を考えてても口にしちゃダメだろうが。

 

「お、お前というやつはっ――!」

 

 箒が一夏を掴みかかろうとするが、鈴が間に入ってきた。

 

「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ」

 

「わ、脇やっ――!?」

 

「こら鈴。いくら何でも失礼にも程があるだろうが」

 

「オマケの和哉もすっこんでて」

 

「オマケって……」

 

 俺は脇役以下かよ。

 

「はいはい、話が進まないから後でね。……で、一夏。反省した?」

 

「へ? なにが?」

 

「だ、か、らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」

 

 おいおい鈴。お前は話しかけてくる一夏を自分から避けといて、それは無いだろうが。

 

「いや、そう言われても……鈴が避けてたんじゃねえか」

 

「あんたねえ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

 

「おう」

 

 放っておけって言われて話しかける奴は、全然空気を読んでいないとしか思えないんだが。

 

「なんか変か?」

 

「変かって……ああ、もうっ!」

 

 焦れたように声を荒げて、頭を掻いている鈴だったが……。

 

「謝りなさいよ!」

 

 今度は一夏に一方的な要求をして来た。呆れて物が言えないな。

 

「だから、なんでだよ! 約束覚えてただろうが!」

 

 鈴の要求に納得していない一夏は、なぜそうしなければいけないのかと言い返す。

 

「あっきれた。まだそんな寝言いってんの!? 約束の意味が違うのよ、意味が!」

 

 確かに意味が違うが、お前の遠回しのプロポーズが超鈍感の一夏に分かるわけ無いだろうが。幼馴染ならそれくらい理解しろっての。

 

「一夏、今くだらないこと考えてるでしょ!?」

 

 おい一夏、お前はこんな状況でまた変なことを考えてたのかよ。

 

「あったまきた。どうあっても謝らないっていう訳ね!?」

 

「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」

 

「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!」

 

 俺は鈴の言い分につくづく呆れたので、いい加減に収拾をつけようと口を開く。

 

「一夏、あの時鈴がお前に言った約束についてだが……」

 

「!」

 

 俺の発言に鈴は物凄い反応してコッチを見てくるが無視。

 

「え? 和哉は分かったのか?」

 

「ああ。鈴がお前に言った約束の本当の意味は……」

 

「アンタは余計な事を言わなくていいから黙ってなさい!」

 

 一夏に教えようとする俺に鈴が遮りながら怒鳴ってきた。

 

「何で止めるんだよ、鈴。折角和哉が教えてくれるってのに」

 

「一夏が気付かなければ意味が無いのよ! 和哉! アンタ喋ったらどうなるか分かってるわよね!?」

 

「俺はただ未だに分かってない一夏に教えようとしただけだ。ってかそうすれば一夏の為になるだろうが」

 

「とにかくアンタは黙ってなさい! もし喋ったら……!」

 

 鈴がそう言いながら右腕を構えている。ISを部分展開させて俺を黙らせるって意思表示のつもりだろう。やはりお前もISが無ければ強気になれないバカ女の一人という事か。

 

「……………はぁっ。もう勝手にしろ」

 

「ふんっ。分かれば良いのよ」

 

 俺が降参したと勘違いしてる鈴は再び一夏の方に顔を向ける。

 

「じゃあこうしましょう一夏! 来週のクラス対抗戦(リーグマッチ)、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」

 

「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな」

 

 鈴の売り言葉に一夏の買い言葉。もう勝手にしてくれ。

 

「せ、説明は、その……」

 

 一夏を指したままのポーズでボッと鈴が赤くなる。何だよ鈴。説明するのが恐いのか? このヘタレが。

 

「……和哉、アンタ今凄く失礼な事を考えてたのでしょ?」

 

「気のせいだろ。と言うか、お前ちゃんと一夏にハッキリと説明出来るのか?」

 

「そ、それは……」

 

 俺を睨んでいた鈴が再び顔を赤らめる。

 

「何だ? やめるならやめてもいいぞ?」

 

「誰がやめるのよ! あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

 

 鈴の様子に一夏が親切心に言うと、鈴は即座に言い返してきた。

 

「なんでだよ、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ馬鹿とは! この朴念仁! 間抜け! アホ! 馬鹿はアンタよ!」

 

 鈴の罵倒に一夏が顔を顰めて……。

 

「うるさい、貧乳」

 

 ………ちょっと一夏、それは鈴の禁句じゃなかったか?

 

 

ドガァァンッ!!!

 

 

 一夏が禁句を言った直後に爆発音が鳴り、そして衝撃で部屋全体がかすかに揺れた。発生源はISを部分展開している鈴の右腕。

 

「おい鈴。怒ったとは言えISを展開するな。規則違反だぞ」 

 

「い、言ったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!」

 

 俺の突っ込みに鈴は全く聞いていなかった。鈴の右腕に装甲化されているISアーマーがぴじじっと紫電が走ってる。

 

 あの様子だと本気でキレているみたいだな。

 

「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。すまん」

 

 流石に禁句を言った事を気付いて後悔した一夏が謝ろうとするが、鈴はそんな事お構いなしだった。

 

「今の『は』!? 今の『も』よ! いつだってアンタが悪いのよ!」

 

 無茶苦茶な理屈だな。自分で原因作っておいて、お前は何でもかんでも人のせいにするのかよ。中学の頃から全然代わってないんだな。何かアイツ、代表候補生になって今まで以上に増長してる気がする。

 

「ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……。いいわよ、希望通りにしてあげる。――全力で、叩きのめしてあげる」

 

 鈴は一夏に今まで見たことの無い鋭い視線を送ってからピットを出て行った。

 

 壁を見ると、直径三十センチほどのクレーターが出来ていた。特殊合金製の壁を簡単に凹ませるとは中々の威力だな。

 

「……パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型……」

 

「セシリア、悪いが無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)のおさらいは無しにさせてもらう。鈴のISが近接格闘メインだと分かった以上、今日は一夏の近接戦をメインにした実戦訓練をやる」

 

「教えることが出来なくて残念ですが、どうやらその方がよろしいですわね」

 

 俺とセシリアの会話を余所に、一夏は物凄く後悔した顔となっている。何しろ鈴に胸の事は最大の禁句だからな。

 

「なぁ和哉。俺、どうすれば良いかな?」

 

「………取り敢えず禁句を言った事については謝っておけ」

 

「……そうするよ」

 

「さて、訓練を始める前に……」

 

 そう言って俺は鞄から携帯を取り出し……。

 

【To:織斑千冬  From:神代和哉

 

 中国代表候補生の凰が第三アリーナのピットで、IS展開をして壁を破壊した事を報告します】

 

「はい、送信っと」

 

 千冬さんに報告メールを送信した。

 

「? 和哉、誰にメールしたんだ?」

 

「千冬さんに鈴がピットの壁を壊した事を報告した。どんな事情があれ、鈴のやった事は規則違反だからな」

 

「うわぁ……。よりにもよって千冬姉に報告かよ。和哉も随分とえげつない事を……ん? ちょっと待て!」

 

 箒の問いに答えた俺はすぐ携帯をしまうと、一夏は急に何か気付いた顔になった。

 

「どうした一夏?」

 

「和哉! お前一体どこで千冬姉のメアドを知ったんだ!?」

 

 ……あ、しまった。確か一夏はブラコンの千冬さんに負けず劣らずのシスコンだったって事をすっかり忘れてた。毎朝千冬さんと組み手をしてた時に、偶々教えて貰ったなんて言ったら一夏はどうなるだろうか。因みに携帯番号も知ってるんだがな。取り敢えず今はポーカーフェイスで何とかやり過ごすとしよう。

 

「千冬さんのメアドを知ってたら何か不味いのか?」

 

「べ、別にそう言う訳じゃないが……」

 

「そうか。では早く訓練を始めるとしよう」

 

 かなり不満顔になってる一夏だったが、一先ず訓練を優先する事にしたのであった。

 

 その後、俺からのメールを見た千冬さんは速攻で鈴を捕らえた。そして鈴は千冬さんの出席簿で制裁された後、反省文を書かされたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

「和哉~~~! よくも千冬さんにチクッたわね! アンタの所為で千冬さんに叩かれた上に、反省文まで書かされたんだから!」

 

「んなもんお前の自業自得だろうが。壁を壊しといてタダで済むと思ったら大間違いだぞ。後先考えずにあんな事をするお前が悪い」

 

「アンタは……! もう頭に来た! 一夏を倒したついでに今度はアンタをギッタギタにしてやるから! それまで遺言を考えてなさい!」

 

「……はぁっ」

 

 後日、俺はクラス対抗戦以降に鈴と戦う事になるのであった。



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第22話

 試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と鈴。

 

 噂の新入生同士の戦いと言う事があって、アリーナは全席満員。席以外にも通路で立って見ている生徒もいて、アリーナ全体が埋め尽くされていた。会場入り出来なかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターで干渉するしかない。

 

 因みに俺は箒やセシリアと一緒に、千冬さんや山田先生がいるピットでモニターを見ている。

 

「さて、果たして一夏が俺達との特訓を活かす事が出来るかどうか――」

 

「出来ますわ。何しろわたくしと和哉さんが教えたんですから」

 

 俺が不安混じった台詞を言ってる最中、セシリアが遮って断言してくる。

 

「ふっ。それもそうだな」

 

「………………」

 

 セシリアの断言に俺が頷いていると、箒は何も言わずただ只管モニターに写っている一夏を見ていた。

 

「確か鈴のISは『甲龍(シェンロン)』だったな。それも一夏と同じく近接格闘型……」

 

 モニターで写っている一夏と『白式』、鈴と『甲龍』が試合開始の時を静かに待っている。『甲龍』はブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的。肩の横に浮いた棘付き装甲(スパイク・アーマー)が、かなり攻撃的な自己主張をしている。一夏の事だから、アレで殴られたら痛そうだと考えているに違いない。

 

「しかしまぁ、鈴のISの読み方はどうもなぁ……」

 

「和哉さん、どうかしましたの?」

 

「いや、何でもない……はぁっ……」

 

「?」

 

 溜息を吐く俺に不可解な顔になるセシリア。

 

 まぁそれはともかくとして、鈴のISの名称を以降から『シェンロン』と呼ぶには抵抗があり過ぎる。世界で某大人気マンガのアレ(・・)を連想してしまうから。これは俺だけじゃなく一夏も絶対に考えている筈だ。だから俺は敢えてあのISの呼び方を「こうりゅう」と呼ばせて貰う。漢字ではそう読めるからな。後で確認の為に一夏にも聞いてみよう。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 俺が結論付けてるとアナウンスが流れた。それによりモニターに移ってる一夏と鈴は空中で向かい合う。距離は大体五メートルってところだ。

 

「一夏さんは何やら相手と話しているみたいですわね」

 

「恐らく鈴の事だから、謝れば手加減してやるとか何とか言ってるんだろう」

 

「だとすると一夏さんの性格を考えれば……」

 

「そんなのは絶対に断るだろうな」

 

 一夏は真剣勝負の類で手を抜くのも抜かれるのも嫌いだからな。ま、勝負とは本来そんなもんだ。全力でやる事に意味があるのだから。

 

「今度は俺抜きで勝てると良いが……」

 

「勝ってもらわないと困りますわ」

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 セシリアと話していると、アナウンスの試合開始宣言と同時にピーッとブザーが流れる。それが切れる瞬間に一夏と鈴は動いた。

 

「お、一夏がセシリアに習った三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)を使って鈴の初撃をかわしたな」

 

「流石ですわ一夏さん」

 

 鈴の攻撃をかわす一夏だが苦い顔をしていた。それもその筈。鈴が手にしている異形な形をした青龍刀を使って、バトンでも扱うように高速回転をしながらの斬り込みをさばくのに苦労しているからだ。

 

 一夏が鈴から距離を取った瞬間、ばかっと鈴の肩アーマーかがスライドして開いた。そして中心の球体が光った瞬間、一夏が何故か殴り飛ばされたかのように吹っ飛ぶ。

 

「なんだあれは……?」

 

 さっきまで黙って見ていた箒が呟く。

 

「鈴が何かしたのは分かるが……同時に一夏が見えない拳で殴られたように吹っ飛んでるし。アイツは一体何を使ったんだ?」

 

 俺が不可解な顔をしながら見ていると、隣にいるセシリアが答えた。

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す兵器です。ブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵器ですわ」

 

 セシリアの解説に俺は聞いていたが、箒は既に上の空だった。ダメージを受けた一夏を見て聞く余裕が無くなったんだろう。

 

「ふむ……。要するに鈴の兵器は肉眼で視認する事の出来ない衝撃を放ったって事か?」

 

「そういうことです。おまけにあの衝撃砲は砲身斜角がほぼ制限無しで撃てるようですわ。真上真下はもちろん、真後ろまで展開して撃てるようですし。ただし射線はあくまで直線ですが……」

 

「アレに死角が無いから問題無いんだろ?」

 

「ええ……」

 

 モニターで一夏が鈴が放っている衝撃砲を避けているのを見て、俺とセシリアは話しをしている。

 

「あの衝撃砲ってのはハイパーセンサーで感知する事は出来ないのか?」

 

「空間の歪み値と大気の流れを探らせる事は出来ますが、感知しても既に撃っているから手遅れですわね」

 

「そうか……」

 

 となると、あの状況を打開する為には一夏がどこかで先手を打たなきゃいけないってところか。

 

(それをやる為には《雪片弐型》が鍵だな)

 

 俺は一夏が右手で握り締めている刀を見ながら、先週の訓練を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『バリアー無効化攻撃』?」

 

「それが一夏の白式のシールドエネルギーがゼロになった原因ですか?」

 

 一夏と俺が聞き返すと、千冬さんが小さく頷いた。

 

 セシリア戦の後、俺と一夏はどうしていきなり、一夏のシールドエネルギーがゼロになったのかをあれこれ考えていた。

 

 試合時のIS活動記録(アウト・ログ)を見て、俺は一夏が展開した武器が原因じゃないかと気付いた。それについて千冬さんに聞いてみたところ、見事に当たり説明されて今に至る。

 

「《雪片》の特殊能力が、それだ。相手のバリアー残量に関係なく、それを切り裂いて本体に直接ダメージを与えることができる。そうすると、どうなる? 神代」

 

「はい。ISの『絶対防御』が発動して、大幅にシールドエネルギーを削ぐことが出来る……で、良いんですよね?」

 

「その通りだ。私がかつて世界一の座にいたのも、《雪片》のその特殊能力によるところが大きい」

 

 成程。千冬さんは身体能力と雪片の力があったからこそ世界最強と謳われていたのか。千冬さんが世界最強であった理由は、三年に一度行われるISの世界大会『モンド・グロッソ』で優勝したからだ。その時は第一回大会であり、千冬さんは初代世界最強であった。そんな凄い姉に弟の一夏はさぞかし複雑だろう。現に一夏はとても複雑な顔をしているからな。

 

「ってことは、最後の一撃が当たってたら俺が勝利を飾ってた?」

 

「当たっていればな。大体、なぜ負けたと思う」

 

「え? 何でか知らないけどシールドエネルギーが0になったからだろ?」

 

「なぜか、ではない。必然だ。《雪片》の特殊攻撃をおこなうのにどれほどのエネルギーが必要になると思っているのだ。馬鹿か、お前は」

 

「あのなぁ一夏。0になった原因がその雪片だってさっきから言ってただろうが。ちゃんと話しを聞けよ」

 

「……あー」

 

 呆れながら言う千冬さんと俺に一夏は漸く分かった顔になった。気付くの遅すぎだっての。

 

「全くお前は……。使ってる本人が分かってないで、神代が分かってどうする……」

 

「となると、雪片の特殊能力は自身のシールドエネルギーを攻撃に転化しているから『バリアー無効化攻撃』が可能になっているんですね?」

 

 理解が遅い一夏に千冬さんが頭に手を当てている時、俺が尋ねるとすぐに頷いてくる。

 

「つまり、欠陥機だ」

 

 欠陥機って……千冬さん、それはちょっとどうかと思いますが。

 

「欠陥機!? 欠陥機って言ったよな、今!?」

 

 一夏が千冬さんに突っ込むと……。

 

 

バシンッ!

 

 

 即座に頭を叩かれてしまった。一夏、千冬さんが姉でも今は教師なんだから言葉遣いには気をつけような。

 

「織斑先生、いくらなんでも欠陥機とは流石に……」

 

「そうだな。言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから欠陥も何もない。ただ、他の機体よりちょっと攻撃特化になっているだけだ。おおかた、拡張領域(パススロット)も埋まっているだろう?」

 

「そ、それも欠陥だったのか……」

 

「一夏、話しは最後まで聞けっての」

 

「全くだ。本来拡張領域用に空いているはずの処理をすべて使って《雪片》を振るっているのだ。その威力は、全IS中でもトップクラスだ」

 

 千冬さんの説明に一夏が何か思い出した顔になっているが、千冬さんはそのまま言い続ける。

 

「大体、お前のような素人が射撃戦闘などできるものか。反動制御、弾道予測からの距離の取り方、一零(いちぜろ)停止、特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)、それ以外にも弾丸の特性、大気の状態、相手武装による相互影響を含めた思考戦闘……他にもあるぞ。できるのか? お前に」

 

「あの、織斑先生。もうそこまでにした方が……」

 

 俺が千冬さんの一夏に対する執拗な問いに俺が間に入るが……。

 

「……ごめんなさい」

 

 一夏がショボ~ンと言うような感じでガックリと首を誑しながら謝っていた。一夏の様子を見て千冬さんは短く「わかればいい」と頷いた。

 

「そう落ち込むな一夏。お前は一つの事を極める方が向いているよ。何しろお前は織斑先生の弟だからな」

 

「………おい神代、それは私の台詞なんだが」

 

「あ、すいません。つい……」

 

 顔を顰めている千冬さんに俺は咄嗟に謝るが、それでもご機嫌斜めだった。

 

「和哉……やっぱりお前が一番頼りだよ」

 

「そうか? じゃあ今から俺が近接戦闘を教えて――」

 

「その必要は無い」

 

「え?」

 

 俺は思わず千冬さんを見ると、そこには更に不機嫌オーラ全開の千冬さんが立っていた。

 

「お前みたいな未熟者が織斑に教えたら変な癖が付いてしまう可能性がある。故に私が教えてやる」

 

「未熟者って……確かにそうですが、俺はあくまで一夏に近接戦闘の基礎を教えようと……」

 

「私が教えた方が手っ取り早い。ついでに貴様にも教えてやるから、織斑と一緒にアリーナに来い」

 

「は、はい……」

 

 全て言い切った千冬さんは去って行った。

 

「な、なぁ和哉。俺の気のせいか、千冬姉が物凄く不機嫌そうにお前を睨んでいた気がするんだが……」

 

「………正にその通りだよ」

 

 原因は何となく分かる。一夏が俺を頼っているのを見た事に、ブラコンの千冬さんは物凄く気に食わなかったんだろう。本当なら姉の自分に頼られるところの立場を、俺が奪ってしまったからな。

 

「千冬姉を怒らせるような事でもしたのか?」

 

「……………お前が原因だ(ボソッ)」

 

「え? 今何て言った?」

 

「何でもない。とにかくアリーナへ行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ和哉!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、アレ以降は織斑先生自ら一夏に近接戦闘と急加速停止の基礎を教えましたよね。俺はついででしたけど」

 

「ふんっ……」

 

 俺は先週の事を思い出しながら、セシリアから離れて千冬さんに話しかけた。

 

「それに箒との剣道訓練で、刀の間合いと特性を把握する事も出来ましたし。あとは一夏の気持ち次第ってところですね」

 

「………まるで織斑の事を良く分かっているかのような言い方だな」

 

「そりゃまぁ。一夏とは中一の頃から付き合いですから分かり……あ、姉である織斑先生ほどじゃありませんが」

 

 俺はまた余計な事を言ってしまったと思って咄嗟に言い直したが……。

 

「別に取り繕う必要など無い。お前と一夏がよく一緒にいるのは知ってるからな」

 

「そ、そうですか……」

 

 何でもないように言う千冬さんに内心安堵した。

 

 てっきりまたブラコンの一面を出して俺を睨むかと思っていたが……。

 

「そんなにお望みなら睨み以上の事をしてやろうか?」

 

「何をですか?」

 

 考えを読む千冬さんに俺はポーカーフェイスでやり過ごした。今は一夏と鈴の試合に集中しておこう。

 

「お、一夏が何かやりそうですね」

 

「……………………」

 

 俺を睨んでいる千冬さんも、モニターで一夏が鈴の攻撃をかわしながら何かをする事に気付く。

 

「ひょっとして一夏は、この一週間で身につけた技能である『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使う気ですかね?」

 

「出しどころさえ間違えなければ、アイツでも代表候補生クラスと渡り合えるが……」

 

「通用するのは一回だけ、ですね?」

 

「そういうことだ」

 

 そして一夏は鈴の隙を突いて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、接近したところを雪片で鈴に攻撃をする瞬間……。

 

 

ズドオオオオオンッ!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 突然大きな衝撃がアリーナ全体に走った。この場にいた俺達も突然の出来事に驚愕している。

 

「な、なに!? なにが起きましたの!?」

 

「一夏……!」

 

「い、今の音は何か突き破る感じだったが……」

 

 生徒の俺達が戸惑っていると……。

 

「システム破損! 何かがアリーナの遮断シールドを貫通してきたみたいです!」

 

「試合中止! 織斑! 凰! ただちに退避しろ!」    

 

 山田先生が原因を言うと、千冬さんは即座に一夏と鈴に退避命令を出した。その直後にアリーナ全体は異常態勢になり、アリーナ席は完全封鎖状態になる。

 

「ん? アイツ等、退避命令が出てるのにピットに戻る気配が無いぞ?」

 

 モニターでは一夏と鈴が何か言い争っている感じだ。この状況で一体何やってるんだよアイツ等は。

 

 俺が二人に呆れていると、一夏が咄嗟に鈴を抱きかかえてさらった直後に、二人がさっきまでいた空間が熱線で砲撃された。

 

「い、今のはビーム兵器か?」

 

「わたくしのISより出力が上でしたわ!」

 

 ビーム兵器と分かったセシリアは驚愕していた。レーザー兵器を扱うセシリアとしては当然の反応だ。

 

 モニターでは一夏に抱きかかえられている鈴は恥ずかしがっているのか、一夏の顔にパンチをしている。そんな時にまた、煙を晴らすかのようにビームの連射が放たれた。

 

「おいおい、あれ程の出力で連射も可能なのかよ……」

 

「き、規格外にもほどがありますわ……」

 

 セシリアが呟くと、煙が完全に晴れて射手たるISがふわりと浮かんでいた。

 

「な、なんですの、あのISは?」

 

「姿からして異形のISにしか見えないな……織斑先生、あのISはご存知ですか?」

 

「そんなのこっちが知りたいくらいだ。私もあんなISは初めて見る」

 

 俺の問いに織斑先生は知らないと答えながら真剣な顔をして、敵ISをジッと見ている。

 

 あのISは深い灰色をしており手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びていた。しかも首と言う物が無い。まるで肩と頭が一体化しているような形だ。

 

 何より一番の特異なのが、敵ISは『全身装甲(フル・スキン)』だった。

 

 本来、ISは部分的にしか装甲を形成してない。何故かと言うと必要無いからだ。防御は殆どシールドエネルギーによって行われている。故に見た目の装甲と言うのは大して意味が無い。当然、防御特化型ISで物理シールドを掲載している物もあるが、敵ISのような全身装甲はしていない。

 

 それに加えてあのISの巨体差は、普通のISとは全然違うと言うのが物語っている。頭部は剥きだしのセンサーレンズが不規則に並んでいる。それに……。

 

「どうやらあの巨大な両腕からビームを出していたみたいだな。おまけにビーム砲口は左右合計四つときた」

 

「あんなのとても人間が扱える代物ではありませんわ!」

 

 腕部もかなり異常だ。セシリアの言うとおり、とても人間が使える物じゃない。 

 

 そう思っていると、山田先生は一夏と鈴に通信を入れておりやっと繋がった。

 

「織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きます!」

 

 いつものドジな雰囲気が無く威厳がある声で言う山田先生に……。

 

『――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます』

 

 通信先から一夏は断り、何と敵ISの相手をすると返答してきた。

 

「おい一夏、お前本気か?」

 

『本気だ。あのISは遮断シールドを突破した。それはつまり、いまここで誰かが相手をしなきゃ観客席にいる皆に被害が及ぶ可能性があるからな』

 

「それはそうだが……一つ訊く。鈴との戦いで消耗し切ったお前に、あのISを食い止める事が出来るのか?」

 

『違うぞ和哉。出来るんじゃない。やらなきゃいけないんだ』

 

「ほう」

 

 一夏の返答を聞いて俺は少し感心した。あの一夏が俺に強く断言するから。

 

「ふっ。お前からそんな頼もしい台詞が聞けるとはな。では見せてもらおうか」

 

『ああ』

 

「ちょ、ちょっと神代くん! 何を言ってるんですか!? 織斑くんも!」

 

 俺の発言に山田先生は怒鳴るが、一夏は全く聞いていなかった。

 

『いいな、鈴』

 

『だ、誰に言ってんのよ。そ、それより離しなさいってば! 動けないじゃない!』

 

『ああ、悪い』

 

「織斑くん!? だ、ダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったら――」

 

「山田先生。あのISが攻撃を仕掛けてきましたから、一夏達はもう聞いてませんよ」

 

 モニターには敵ISが体を傾けて突進し、一夏たちはそれを避けて集中しているのであった。 



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第23話

「もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 凰さんも! 聞いてますー!?」

 

 山田先生はISのプライベート・チャネルを使って一夏たちに何度も通信している。本来それは声に出す必要な全く無いんだが、そんな事を失念するくらい山田先生は焦っていた。

 

「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「そうですよ山田先生。一夏は俺にやるってそう断言したんですから」

 

「お、お、織斑先生! 神代くん! 何をのんきなことを言ってるんですか!? 元はと言えば神代くんが織斑くんを後押しした所為で……!」

 

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」

 

 怒鳴っている山田先生を千冬さんは宥めながら、近くに置いてあったコーヒーに砂糖を入れようとしているが……。

 

「……あの、先生。それ塩ですけど……」

 

「織斑先生はコーヒーに塩を入れるんですか?」

 

「…………………………」

 

 山田先生と俺の突っ込みにぴたりとコーヒーに運んでいたスプーンを止め、塩を容器に戻す。とは言え、もう既にコーヒーには塩が入っているが。

 

「神代、なぜ塩があるんだ?」

 

「俺にそんな事を訊かれても……。けどその容器には大きく『塩』って書いてますよ」

 

「……………………」

 

 こんなアホらしいミスをするほど、千冬さんは弟の一夏の事をかなり心配して焦っているな。

 

 と、俺がそう考えている時……。

 

「あっ! やっぱり弟さんのことが心配なんですね!? だからそんなミスを――」

 

「………………………」

 

 山田先生が俺と同じ事を考えながら口にしてしまった。それを聞いた瞬間、千冬さんは無言で山田先生を見ている。

 

 千冬さんのイヤな沈黙に山田先生は何か不味い事が起きる気がして、話しを逸らそうと試みるが既に遅かった。

 

「あ、あのですねっ――」

 

「山田先生、コーヒーをどうぞ」

 

「へ? あ、あの、それ塩が入ってる奴じゃ……」

 

「どうぞ」

 

 ずずいっと塩入りコーヒーを押し付ける千冬さんに、山田先生は涙目でそれを受け取った。哀れな。

 

「い、いただきます……」

 

「熱いので一気に飲むといい」

 

「いやいや織斑先生、それはいくらなんでも……」

 

 悪魔と化している千冬さんに俺は突っ込みを入れるが無視された。

 

「うう……苦じょっぱいです……」

 

「山田先生、“口は災いの元”と言う諺をこの際しっかり覚えておきましょう」

 

「そ、そうします……。うう、教師の私が生徒に教えられるなんて……」

 

 塩入りコーヒーをちびちびと呑んでいる山田先生に俺が教えると、更に落ち込んでしまうのあった。

 

「先生! わたくしと和哉さんにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」

 

「お前も落ち着けセシリア」

 

「これが落ち着いていられますか!」

 

 山田先生を余所に慌てながら出撃要請をするセシリアに俺が宥めるが全然落ち着いていなかった。

 

「だいたい和哉さんはどうしてそんなに落ち着いていられますの!? この非常時に!」

 

「慌てたところで事態が収拾する訳が無いだろうが。だがなセシリア。俺達が一夏達を助けに行こうとするなら、織斑先生がとっくに命じている筈だ。そうでしょう、織斑先生?」

 

「その通りだ。これを見ろ」

 

 俺が確認を取ると千冬さんは頷きながらブック型端末の画面を数回叩き、表示される情報を切り替える。表示された内容はこの第二アリーナのステータスチェックのレベル数値だった。

 

「遮断シールドがレベル4に設定……? しかも、扉がすべてロックされて――あのISの仕業ですの」

 

「そのようだ。これでは避難することも救援に向かうこともできないな」

 

 千冬さんは落ち着いた調子で話しているが、よくみるとその手は苛立ちを抑えきれないとばかりにせわしなく画面を叩いている。実は俺も内心凄く焦っている。だがセシリアに言ったとおり慌てたところで自体は収拾しないから、俺は必死に押さえ込んで冷静になっている。師匠にも『何時如何(いついか)なる場合でも冷静に対応すべし』って教えられたからな。

 

「で、でしたら! 緊急事態として政府に助勢を――」

 

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、すぐに部隊を突入させる」

 

 言葉を続けながら、益々募っている苛立ちに千冬さんの眉がぴくっと動く。セシリアはそれを危険信号と受け取り、頭を抑えながらベンチに座った。

 

「はぁぁ……。結局、待っていることしかできないのですね……」

 

「言っておくがセシリア。もし救援に行く事が出来ても、どの道俺達は出撃出来ないと思うぞ」

 

「何故そう言い切れますの!?」

 

 俺の予想に漸く落ち着いたセシリアだったが即座に怒鳴り返すと……。

 

「神代の言うとおり、どちらにしてもお前達は突入隊に入れないから安心しろ」

 

「な、なんですって!?」

 

 千冬さんが頷くように事実を告げた。

 

「オルコットのISの装備は一対多向きで、神代が使ってる打鉄は一対一向けだからな。多対一とではむしろ邪魔になる」

 

「そんなことはありませんわ! このわたくしが邪魔などと! それにわたくしと和哉さんがいれば必ず――」

 

「では神代と連携訓練はしたか? その時のお前の役割は? ビットをどういう風に使う? 味方の構成は? 敵はどのレベルを想定してある? 連続稼働時間――」

 

「織斑先生、もうそれ以上言わなくても結構ですよ。ってな訳でセシリア、分かったか?」

 

「わ、わかりました! もう結構です!」

 

「ふん。わかればいい」

 

 放っておいたら一時間以上続きそうな千冬さんの指導を俺が止めると、セシリアは両手を揺らして『降参』のポーズを取った。

 

「はぁ……。言い返せない自分が悔しいですわ……」

 

「なら言い返せるように今度連携訓練をしておくか?」

 

「そうしますわ。その時は一夏さんか和哉さんでコンビを組んでの訓練をします。どちらも接近戦ですので、わたくしは遠距離でカバーするという感じで」

 

「その時になったらお手柔らかに」

 

 どっと疲れているセシリアに俺が今後の事を言うと、課題を見つけたかのように言った。

 

「けどわたくしとして一番の希望は一夏さんとコンビを……あら? いつもでしたら篠ノ之さんがここで何か言う筈なんですが……」

 

「!」

 

 きょろきょろと周囲を見回しながら言うセシリアの台詞に俺もすぐに辺りを見回すが、箒の姿がどこにも見えなかった。千冬さんはさっきまでと違う異様に鋭い視線をしているが、箒がいなくなっている事に気がついていない。

 

「あの馬鹿もしや……! 此処を頼むぞセシリア!」

 

「ちょ! ど、どこに行く気ですの和哉さん!」

 

 セシリアの制止を振り切って俺は即座にピットから出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく! あの馬鹿は一体何処に行きやがった!」

 

 箒を探している俺だったが全然見付からなかった。一夏が心配だからもう我慢出来ないと言う気持ちは分かるが、もう少し落ち着いて欲しいもんだ。

 

「多分アイツの事だから一夏達のいる所へ向かっていると思うが……」

 

 見つけたら絶対に説教してやると決意しながら廊下を全速力で走り、アリーナピットへ向かった。

 

「ん? いた!」

 

 その扉を開けて入っていく箒を見たので、すぐに俺も入ろうとするが……。

 

 

ダンッ! ダンッ!

 

 

「おいおい! 何で開かないんだよ!?」

 

 さっきまで開いていた扉が何故か開かなかった。箒は何の問題無く入れたと言うのに。

 

「くそっ……ええい! 開かないなら仕方ない! 後で反省文を書こう!」

 

 そう言って俺は扉を壊そうと、『砕牙』を使おうとした瞬間……。

 

 

バチバチッ!

 

 

「んなっ!?」

 

 いきなり扉が電流を流れた事に俺はすぐに止めた。

 

「な、なんだこの電流は? こんなの扉に付いていない筈だぞ……」

 

 しかも物凄い勢いで電流が流れている。100万ボルト以上は確実だ。触れたりしたら確実に即死する。

 

 ってかさっきから一体何なんだ? 扉は開かないし、壊そうとしたら電流が流れるし。何か俺が入ってはいけないみたいに……ん?

 

「妙だな……何故俺が扉を壊そうとした瞬間に電流が流れた?」

 

 まるで俺の行動を阻んでいるみたいな感じだ。襲撃しているISの仕業か? いや、奴は扉をロックしてるだけだから、電流なんて流しはしない……って今はそんな事を考えている暇は無いな。

 

「非常時だから、これでやるしかないか」

 

 俺は覚悟を決めて左腕の手首に身につけているブレスレットに意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和哉がアリーナのピットの扉の前で手間取ってる時、箒は走ってアリーナ全体を見渡せる位置に立っていた。

 

「一夏ぁっ!」

 

 そしてすぐに大声を上げると、ハイパーセンサーで箒の声を拾った一夏が振り向く。

 

「な、なにしてるんだ、お前……」

 

「ちょ、ちょっと! あの子何考えてるのよ!?」

 

 アリーナのピットに堂々と立っている箒を見て呆然としていた一夏と、箒の行動に呆れていた鈴だったが……。

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 再び箒が大声を上げると、キーンとハウリングが起こったかのように響く。一夏がハイパーセンサーで数十倍に拡大して箒を見ると、はぁはぁと肩で息をしている。その表情は、怒っているようで焦っているような不思議な様相だった。

 

 当然それを感知したのは一夏と鈴だけじゃなく……。

 

『……………(ギギギッ)』

 

 敵ISも感知して箒を見ていた。まるで箒に興味を持ったかのように、一夏達からセンサーレンズを逸らして、ジッと箒を見ている。

 

「箒、逃げ――」

 

 逃げろと言う一夏だったが、間に合わない事に気付いて突撃姿勢へと移行する。

 

 そして敵ISは砲口の付いた腕を箒に向けているが、箒は逃げようともせずにただ睨み返していた。

 

「鈴、やれ!」

 

「わ、わかったわよ!」

 

 一夏の指示に鈴は両腕を下げて、肩を押し出すような格好で衝撃方を構える。最大出力砲撃を行うために、補佐用の力場展開翼を後部に広がせる。

 

 その間に一夏は、鈴の射線上の前に躍り出る。

 

「ちょっ、ちょっと馬鹿! 何してんのよ!? どきなさいよ!」

 

「いいから撃て!」

 

「だからって……! アンタ死にたいの!?」

 

 そう言って鈴は撃つのを躊躇っていると……。

 

 

バシュッ!

 

 

 一足遅く敵ISが箒に向けてビームを放っていた。

 

「箒ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 ビームはそのまま箒目掛けるのを見て、一夏が即座に体を張って身代わりになろうとしたが既に遅く、遮断シールドが貫通して箒に当たる瞬間……。

 

 

ヒュッ! ダァァァァァンッ!

 

 

 突如箒の目の前から何かが現れ、即座に防御態勢になって箒を守った。

 

「お、お前は……」

 

 守られた箒は呆然と目の前にいる相手を見ている。

 

 その相手は……。

 

「か、和哉か!」

 

「ふうっ、間に合った。あと一歩遅かったら危なかったぞ」

 

 IS『打鉄』を展開した和哉だった。



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第24話

 やれやれ。打鉄を纏った状態で扉を『砕牙』で破壊した後、敵ISが箒を狙っていたから抱えて逃げようにも既に撃ってたから防御せざるを得なかったな。

 

「おい箒」

 

「か、和哉。助かっ――」

 

「この馬鹿が!」

 

「なっ!」 

 

 礼を言おうとする箒に俺は即座に怒鳴った。その事に箒が驚愕すると、一夏や鈴、そして敵ISも動きを止めていた。

 

「一体何考えてんだよお前は! 生身でこんな所に来るなんて正気じゃないぞ! 死にたいのか!?」

 

「そ、それは……」

 

「って、今はお前の説教は後回しだ。取り敢えずは………一夏! 箒は俺に任せて、お前は早くソイツを倒せ!」

 

『わ、分かった! けどありがとな和哉! 箒を守ってくれて!』

 

 箒を後回しにした俺はオープン・チャネルで通信を入れると、一夏は礼を言いながら突撃姿勢を取った。

 

「礼は後でいくらでも聞くから、今は目の前の敵に集中しろ!」

 

『おう! 鈴! 奴が動いていない隙に早く撃て!』

 

『ああもうっ……! どうなっても知らないわよ!』

 

 一夏がすぐ鈴に撃てと言うと、鈴はもう自棄になったかのように衝撃砲を撃とうとした……それも一夏に向けて。

 

「って鈴! お前一体何をやろうとしてるんだ!? そのままじゃ一夏に当たるぞ!」

 

『しょうがないでしょ! 一夏がやれって言って来るんだから!』

 

「はあっ!?」

 

 鈴の発言に俺が驚愕してると衝撃砲は放たれ、見えない弾丸が一夏の背中に当たった。

 

「一夏は一体何を考えて……ん?」

 

 一夏が衝撃砲を受けていると、雪片弐型が展開してるエネルギー状の刃が一回り大きくなっていた。

 

「まさかアイツ……衝撃砲のエネルギーを取り込むために態と受けたのか……!」

 

「だ、だがそんな事をしたら一夏の体が……!」

 

 俺の台詞に箒が一夏を見て更に心配そうな顔をしている。そんな俺達の事は気にせずに、一夏はそのまま加速した。

 

 アレは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。原理は確か後部スラスター翼からエネルギーを放出し、それを内部に一度取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速。だがそれは今の白式のエネルギーが無い状態で……ってアイツそれも考えて衝撃砲を受けたのかよ。非常識な事をやる奴だな。

 

 そして一夏は零落白夜を展開して『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で突進し、必殺の一撃を繰り出して敵ISの右腕を切り落とした。

 

「やった!」

 

「いや、まだだ!」

 

 喜んでいる箒に俺が否定すると、敵ISは左腕を使っての反撃に一夏は直撃した。更に敵ISは左腕を一夏に向けて、ゼロ距離でビームを叩き込むつもりだ。だが敵ISの行動に一夏は特に焦っている様子は無い。あの顔は何か考えがあるみたいだな。

 

『「一夏っ!」』

 

 箒と鈴が叫ぶが……。

 

『……狙いは?』

 

『完璧ですわ!』

 

「!」

 

 一夏が誰かに向かって言うと、聞き覚えのある声が応答したので、俺はすぐに客席の方を見た。

 

 そこからブルー・ティアーズの四機同時狙撃が敵ISを打ち抜いている。

 

「な、何故セシリアがあそこに……?」

 

「成程な。さっきの一夏の斬撃で遮断シールドを破壊したから、セシリアがあそこにいるって事か」

 

 疑問を抱いている箒に、俺はふむふむと頷きながら一夏の考えを見抜いた。

 

 俺が考えていると……。

 

 

ボンッ!

 

 

 敵ISは小さな爆発を起こして地上に落下した。シールドバリアーが無い状態でブルー・ティアーズのレーザー狙撃を一斉に浴びたら一溜まりもないだろう。 

 

「流石の敵ISも一夏があんな策を考えているとは思っていなかっただろうな」

 

 俺がそう呟いていると、一夏とセシリアが何か話していた。プライベート・チャネルを使っているんだろう。何かセシリアがひどく狼狽しているが。

 

「ところで一夏。お前にしては随分と思い切った行動をしたな。あの様子を見ると、IS操縦者はかなり重症を負っていると思うんだが」

 

『その心配は無い。アレは無人機だ』

 

「何?」

 

 セシリアに倣って俺もプライベート・チャネルを使うと、一夏から信じられない返答が来た。

 

「どう言う事だ?」

 

『何かあのIS、機械染みた動きばかりしかやってなかったんだよ。それに俺と鈴が会話してる時にもあんまり攻撃してこなくてな。だからアレを無人機だと想定して零落白夜を使ったんだ』

 

「…………………」

 

 一夏の説明を聞いて俺は倒れている敵ISをハイパーセンサーを使って観察する。確かにアレはとても人間が乗っているようには見えない。良く見てみると、セシリアによって打ち抜かれた箇所がバチバチとショートしていた。

 

 アレが無人機なら、それを操っている首謀者がいる筈だ。

 

「だとしたら扉に電流を流したのは……っ!」

 

『ところで和哉。箒を助けてくれてありがとうな。セシリアからお前がいないって聞いた時は――』

 

「一夏! アレはお前に目掛けて撃とうとしているぞ!」

 

『っ!』

 

 俺が敵ISが動いたのを知ると、一夏もロックされている事に気付く。

 

 次の瞬間、敵ISが撃ったビームに一夏は躊躇い無く光の中へ飛び込んだ。

 

「あの馬鹿! 何考えているんだ!」

 

 そして俺はすぐに千冬さんから学んだ『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使う。俺が接近してる間、一夏は雪片弐型で敵ISの装甲を切り裂いた後に気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――と言う事がありまして、俺はISを使って扉を破壊せざるを得ませんでした」

 

「そうか」

 

 此処は保健室。ベッドで一夏が眠っている中、俺は千冬さんに今までの報告をしていた。

 

 あの後に敵ISは一夏の攻撃で完全に沈黙し、俺がすぐに気絶している一夏を背負い集中治療室へと運んだ。そこには既に待ち構えているように千冬さんが立っており、『早く一夏を中に入れろ!』と焦ったように言って来る事に、俺は不謹慎ながらも凄く心配していたんだと思った。

 

 で、今は治療が終わって保健室のベッドを使って一夏が目覚めるのを待っている。その間千冬さんに報告をしていると言う訳だ。

 

「扉を壊してしまった事についてですが、後ほど反省文を提出します」

 

「いや、その必要は無い。あの時は非常時だったからな。もし私がお前の立場であったら同じ事をしていた。それにお前は篠ノ之を助ける為に扉を破壊したんだろう?」

 

「確かにそうですが……」

 

「それと確認したい。扉に設定されていない筈の電流が流れた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と言うのは本当なんだな?」

 

「ええ。生身で触れたら確実に感電死するくらいの電流でした。」

 

「…………」

 

 俺が問いに答えると、千冬さんは何か考えているような仕草をしていた。

 

「あれは驚きましたよ。いきなり電流が流れるなんて。まるで見ていたかのように俺の行動を阻んでいた感じでしたね」

 

「………………………」

 

「もしかすると今回の襲撃者は内通者がいるかもしれませんね。そうでなければ俺の行動を……」

 

「憶測な発言はするな。お前は学園を疑っているのか?」

 

 俺の発言に千冬さんは顔を顰めながら言ってくると、俺はすぐにハッとして言い直そうとする。

 

「あ、いえ……あくまで可能性を言っただけで……もしくは相当なハッキング能力を持っている奴もいるんじゃないかと……」

 

「……………………」

 

「………すいません」

 

 千冬さんの無言の睨みに俺は耐え切れずに謝った。確かに憶測な発言は迂闊に口に出したらダメだな。

 

「まぁいい。今回の事については、私から他の先生方に伝えておこう。お前が報告した事については決して口外しないように。良いな?」

 

「分かりました」

 

 流石に扉に設定されていない即死レベルの電流が流れたとなれば、教師陣としても見過ごせない上に、生徒側も大慌てするだろう。こんな重大な事はとても軽はずみに口外するなんて出来ない。

 

 俺がそう結論付けると……。

 

「う…………?」

 

「「ん?」」

 

 ベッドの方から一夏の声が聞こえた。俺と千冬さんはすぐにベッドに向かい、千冬さんが取り囲んでいるカーテンを開く。

 

「気がついたか」

 

「遅いお目覚めだな、一夏」

 

 千冬さんと俺の台詞に一夏はボーっとしながらコッチを見てくる。

 

「体に致命的な損傷はないが、全身に軽い打撲はある。数日は地獄だろうが、まあ慣れろ」

 

「はぁ……」

 

「おいおい何だよその返事は」

 

 千冬さんの軽い説明に一夏がまだ分かっていない返事をした事に、俺は呆れながら言う。

 

「ま、最大出力の衝撃砲を背中に受けたからな。ってか一夏、ISの絶対防御をカットしていただろう。お前よくアレを受けて死ななかったな」

 

 俺が言ってるにも拘らず一夏は未だにボーっとしながら聞いていた。まるで今一つ覚えてないみたいな顔だ。

 

「まあ、何にせよ無事でよかった。家族に死なれては寝覚めが悪い」

 

「とか言ってるけど、一夏が俺に運ばれている時に織斑先生は物凄く心配した顔をして――」

 

「神代?」

 

「――ご、ゴホンッ! 悪い。今のは聞かなかった事にしてくれ」

 

 さっきまで柔らかい表情をしていた千冬さんが殺気を込めながら低い声を出して呼んだ事に、俺は咳払いをしながら無かったように言い直した。

 

「千冬姉、和哉」

 

「うん? なんだ?」

 

「どうした?」

 

 一夏がいつもの呼び方をすると、いつもは『織斑先生と呼べ』と言いながら制裁をしている千冬さんは何もせずに返事をする。

 

「いや、その……心配かけて、ごめん」

 

 一夏の言葉に俺と千冬さんはきょとんとした後、小さく笑った。

 

「心配などしていないさ。お前はそう簡単には死なない。なにせ、私の弟だからな」

 

「おいおい、あの時俺に強気な発言をした一夏はどこに行ったんだ? 俺はお前を信頼してたから、心配なんて微塵もしてなかったぞ」

 

 千冬さんは照れ隠しをしながら答え、俺は何とも無いように言う。

 

「では、私は後片付けがあるので仕事に戻る。お前も、少し休んだら部屋に戻っていいぞ」

 

「そんじゃな一夏」

 

 そう言い残して千冬さんと俺はスタスタと保健室を出ようとする。

 

 そして保健室から出ると……。

 

「あ……」

 

 箒が出入り口前に立っていた。

 

「篠ノ之か。織斑と話がしたいのか?」

 

「え、ええ、まあ……」

 

「そうか。今起きているから入るが……」

 

「その必要はありませんよ、織斑先生」

 

「何?」

 

 俺は保健室に入ろうとする箒の肩を掴むと、千冬さんは不可解な顔をしている。

 

「な、何をするんだ和哉? 私は一夏に――」

 

「箒、お前は大事な事を忘れていないか? 後で俺がお前に説教をするって」

 

「あ……」

 

 思い出した顔になる箒だがもう遅い。 

 

「そう言えば篠ノ之。神代の報告によると、お前は勝手に飛び出してアリーナのピットに向かっていたんだったな」

 

「あ、いや、あれは……その……」

 

 千冬さんが思い出したように言うと箒はばつが悪い顔をしているが、俺はそんな事お構い無しだ。

 

「箒、お前はあの時一夏を励まそうとしたんだろうが、ハッキリ言ってあれは妨害行為に等しかったぞ」

 

「わ、私はそんなつもりでは……!」

 

「お前が勝手な事をした所為で、どれだけ周りに迷惑を掛けたと思ってる? あんな事をしなければ、一夏達はお前を心配しなかったからな」

 

「篠ノ之、お前には勝手な事をした罰を与える。明日は反省文を書いてもらうと同時に懲罰部屋に行ってもらう。異論は許さん。良いな?」

 

「…………はい」

 

 千冬さんの言葉に箒は従わざるを得なかった。どうやらこれは俺が説教するまでも無いみたいだな。そして物凄く落ち込んでいる箒は保健室には入らずに去って行く。

 

 もうついでに俺と千冬さんがいなくなった後、一夏は鈴といつの間にか仲直りをしていたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園の地下五十メートルにて、レベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間があった。

 

「織斑先生、あのISの解析結果が出ましたよ」

 

「ああ。どうだった?」

 

 そこには真耶と千冬がおり、機能停止したISが運び込まれていて解析をされていた。 

 

「はい。あれは――無人機です」

 

 真耶の返答に先程までひどく冷たい顔をしていた千冬は、睨むかのように無人機のISを見ている。

 

 世界中で開発が進んでいるISだが、無人機は未だに完成していない技術。遠隔操作か独立稼動のどちらか、あるいは両方使っている技術が今回襲撃されたISにそれがある。それは当然、すぐ学園関係者全員に箝口令が敷かれるほど。

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。織斑くんの最後の攻撃で機能中枢が焼き切れていました。修復も、おそらく無理かと」

 

「コアはどうだった?」

 

「……それが、登録されていないコアでした」

 

「そうか。やはりな……」

 

 確信染みた発言をする千冬に、真耶は怪訝そうな顔をする。

 

「何か心当たりがあるんですか?」

 

「いや、ない。今はまだ――な」

 

「そうですか。あ、それと、神代くんが言ってた電流が流れた扉ですけど……」

 

「それで?」

 

「やはりあの扉にそんな設定はされていませんでした。誰かが流したとしか考えられません」

 

「そうか……」

 

 返答を聞いた千冬は更に確信したかのように、ディスプレイの映像に視線を移すのであった。



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第25話

「和哉。お前箒に何かしたか?」

 

「何故俺にそんな事を訊くんだ?」

 

 俺が部屋で寛いでいる中、元気になった一夏がやって来て箒の事を訊いて来た。

 

 因みに布仏は今この部屋におらず、女子友達の部屋に行って談笑中だ。

 

「俺が部屋に戻ると箒がベッドに座って落ち込んでいたんだよ。俺の顔を見た途端急に部屋から出て行くし。あの箒があんなに落ち込むとなると、和哉が箒に何かキツイ説教でもされたんじゃないかと思ってな」

 

「………お前ってそう言う事に関してはやたらと鋭いんだな」

 

 恋愛に関しては滅茶苦茶ニブいくせに、よく落ち込んでいる箒を見ただけでそこまで分かるとは。感心すべきか呆れるべきか。

 

「じゃあやっぱり箒が落ち込んでいるのは……」

 

 俺が原因だと言おうとして来る一夏に……。

 

「言っておくがな一夏。今回は箒の自業自得だぞ。それとアイツは千冬さんの命令で明日懲罰部屋へ行く事になっている」

 

「なっ! ど、どう言う事だよ和哉!」

 

 理由を教えると今度は問い詰めるように言ってきた。

 

「何で箒が懲罰部屋へ行く事になるんだよ!? それにどうして千冬姉が……!」

 

「俺が千冬さんに報告したからな。で、話しを聞いた千冬さんは箒に処罰を下す事を決定したって訳だ」

 

「箒は何も悪い事なんてしてないだろう!」

 

「しただろうが。お前と鈴が襲撃者との戦闘中に、箒がアリーナのピットで大声を上げて敵に狙われたって馬鹿な行動を。それも生身で」

 

「け、けどあれは和哉が助けたから――」

 

「………はあっ。一夏。お前は箒が仕出かした事の重大さをまるで全然分かっていないみたいだから教えてやる」

 

 結果論を言おうとする一夏に、俺が声を低くするとすぐに黙った。

 

「確かに一夏の言うとおり、俺が守ったから箒は助かった。今回はセシリアのお蔭で箒がピットにいない事に気付いたから、アイツを助ける事が出来たからな。だがな一夏。もしあの時セシリアや俺が箒がいない事に気付かなかったら、アイツはどうなっていたと思う?」

 

「………………………………」

 

 俺の問いに一夏は考えながら徐々に顔を青褪めていた。恐らく箒が敵ISが放ったビームでお陀仏になっているのを想像したんだろう。

 

「その顔を見る限り、そこから先は言う必要が無いみたいだな」

 

「………………………………」

 

「だから一夏の言った結果論は、箒が運良く助かったに過ぎないだけだ。で、その当人である箒は自分が何をしたのか全く無自覚だったから、千冬さんが処分を下したって事だ」

 

 本当なら俺が箒に説教するつもりだったがな、と俺は付け加えて言う。

 

「これで分かっただろ一夏? 箒には処罰を下す理由があると」

 

「…………確かに理由は分かったよ。けど、いくらなんでも懲罰部屋はやり過ぎじゃ――」

 

「それは俺じゃなく千冬さんに言ってくれ。何だったら今すぐ千冬さんの所に行って、撤回するように進言したらどうだ? ま、いくら弟のお前でも聞き入れてくれないと思うが」

 

「うっ………」

 

 俺の予想に一夏は何も言い返さない。一夏自身も俺が言った通りの展開になると予想してるに違いない。

 

「だがな、今回の処罰はハッキリ言ってまだ軽い方だぞ。此処がもし軍の施設とかだったら、懲罰部屋なんかより重い処分が下されるか、下手したら退学って事もあり得る。箒がやった事はそれだけ周りに迷惑を掛けた事になるからな。自分だけじゃなく他の人間にも」

 

「そ、それはいくらなんでも飛躍しすぎじゃないか?」

 

「だったら千冬さんに訊いてみろよ。確かあの人は過去にドイツで教官をやってたんだろ? 軍経験のある千冬さんに聞けば、お前も納得出来ると思うがな」

 

「………ちょっと千冬姉に聞いてくる」

 

 そう言って一夏は部屋を出て行く。

 

「さてと、俺はトレーニングルームへ行くとするか」

 

 俺も部屋を出て目的の場所へと向かうのであった。

 

 

 

 

 そして翌日の朝。

 

「で、千冬さんの返答はどうだった?」

 

「………和哉の言うとおりだった」

 

 教室で席に着いてる一夏に結果を訊くと、どんよりとした雰囲気を漂わせながら予想通りの返答が返って来た。

 

 あの後に千冬さんがいる寮長室へと向かい、箒の処分と俺が話した事について訊くと一時間近く指導されたそうだ。そこまでされたって事は千冬さん自身も軽い処分だと思っていたんだろうな。そうでなきゃ一夏に一時間近く指導してないだろうし。

 

「あそこまで言われたら納得せざるを得なかった……」

 

「だろうな。で、肝心の箒は……」

 

 本日懲罰部屋で過ごす事になる箒を見ると、自分の席に座って大人しくしている。

 

「あの様子だと、ちゃんと反省している感じだな」

 

「昨日からずっとあの調子だったから、あんな箒を見たのは正直初めてだったぞ」

 

「それだけアイツも漸く自分のやった事に自覚したって事か。もし鈴みたいな行動を取ったらどうしようかと……ってそう言えば一夏。鈴とはあの後どうしたんだ?」

 

「鈴? ああ、それなら……」

 

 鈴の事を言ってる最中に俺は(鈴が一方的に起こした)喧嘩について訊くと、一夏は昨日の保健室で起きた事を一通り話してくれた。

 

「ふ~ん……お前から先に謝って鈴も許したのか」

 

「まあな。経緯がどうであれ、結果がどうであれ、悪い事をした事に変わりは無いからな」

 

「…………ま、お前がそれで良いなら別に構わないが」

 

 相変わらず一夏は女に甘いな。少しはもうちょっと主張しても良いんだが……とは言え、コイツがそう言う奴だからこそ、鈴は一夏に惚れているんだろうけど。

 

「あと約束の件はどうだったんだ? ちゃんと思い出したのか?」

 

「ああ、それなんだけど。正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だったんだ。やっぱり俺の記憶違いだった」

 

「ほう、それで?」

 

「ちゃんと思い出して鈴に『毎日味噌汁を~』とかの話かと思って訊いたけど、どうやら俺の深読みしすぎだった。鈴もそう言って笑い飛ばしてたし……」

 

「………………………」

 

 超鈍感な一夏がやっと気付いたってのにアイツと来たら……やっぱりヘタレだったな。折角のチャンスを自ら捨てるとは愚かしいにも程がある。

 

「これはどうやらまだ争奪戦が続きそうだ………」

 

「え? 争奪戦って?」

 

「こっちの話だから気にするな。で、どうせ鈴の事だから、お前にISの事について教えてあげるとか何とか言ったんだろ?」

 

 二人きりになりたいと言う打って付けの口実になるからな、って内心そう考えると一夏は少々ゲンナリしている。

 

「そうなんだよ。それからセシリアも来ては保健室で色々と騒ぎ始めてそりゃもう大変で――」

 

「和哉さん!」

 

「「ん?」」

 

 一夏が言ってる最中に突然俺を呼ぶ声がしたので、振り向くとセシリアが立っており、俺に問い詰めるかのように迫ってきた。

 

「どうしたセシリア。朝っぱらからそんな大声を出して。いつも優雅に振舞って――」

 

「今はそんな事どうでもいいです! 和哉さん、今日の放課後に鈴さんとIS勝負してください!」

 

「はあ?」

 

 セシリアの台詞に俺は思わず素っ頓狂な声を出す。

 

「何故俺がそんな事をしなけりゃいけないんだ?」

 

「あ~……それはだな、和哉、その……」

 

「ん? 一夏も何か知ってるのか?」

 

 まさか保健室での騒動に俺を引き合いに出したんじゃないだろうな。

 

「えっと……さっき保健室で色々と騒ぎがあったって言ったろ? 俺その時鈴に『和哉に教えてもらってるから遠慮しとく』って言ったんだけど……」

 

「あの方は和哉さんの実力を知らないで好き放題言ってましたの! わたくしを倒すほどの実力者と言ったのに、あろう事か……キ~~~~~! 思い出しただけで腹が立ちますわ~~~!」

 

「おいおい落ち着け、セシリア。ってか一夏、一体何があったんだ?」

 

「それが……」

 

 一夏がバツが悪そうな顔で保健室での出来事を説明し始めた。

 

 

 

 

 鈴とセシリアが保健室で騒ぎをしている最中のこと。

 

「とにかく! 一夏さんはわたくしと和哉さんが特別コーチしているから、あなたは必要ありませんわ!」

 

「はあ? 何で和哉が一夏に教えてんのよ。アイツって一夏と同じく素人じゃなかったの?」

 

「確かに和哉さんはISに乗って間もないですが、それでも強いですわ!」

 

「強いねぇ……確かに和哉が強いのは知ってるけど、あくまで生身ででしょ? IS戦では敵じゃないわ」

 

「あなたは和哉さんを甘く見ていらっしゃいますわね? あの方はIS戦でもかなりの実力を持っていますわよ! このわたくしを倒すほどに!」

 

「何? アンタ和哉に負けたの? 代表候補生のくせに、素人の和哉に負けるなんて情けないわね。どうやらイギリスの代表候補生ってそう大して強くないみたいね」

 

「な、な、何ですってぇっ!」

 

「お、おい鈴。そこまでにした方が……」

 

 鈴とセシリアの言い争いに一夏が止めようとするが……。

 

「そこまでおっしゃるんでしたら、あなたも一度和哉さんと戦ってみたらどうです!?」

 

「別に良いわよ。どうせ勝つのはあたしだから。それに和哉にはちょっとした恨みもあるし」

 

 全く聞いておらず、何故か鈴が和哉と勝負する事になっていた。

 

「和哉さんが勝ちましたら、もう勝手なことはしないでください!」

 

「アイツが勝てたらの話だけどね。その代わり、あたしが勝ったら一夏の特別コーチをするからね。無論あたしだけよ。良いわね?」

 

「ぐっ……! い、良いですわ! 万が一にも和哉さんがあなたに負けましたら、素直に身を引きましょう!」

 

「ちょ、ちょっと待てよお前等! 和哉に何の相談も無しにそんな勝手な事を……!」

 

 一夏が再度突っ込むが本人達は全く聞いておらず……。

 

「それでは明日の放課後、第三アリーナでやるから和哉に言っておいてよ。ま、分かりきった勝負だけど」

 

「そう言っていられるのも今のうちですわ! 覚悟しておきなさい!」

 

 もう勝手に勝負の日時も決められているのであった。

 

 

 

 

「と言う事があって……」

 

「そういうわけで和哉さん! 是非とも鈴さんに本当の敗北というものを教えてください!」

 

 一夏が一通りの説明を終えるとセシリアは暗に絶対勝てと言って来た。

 

「………お前等なぁ。人がいない間に勝手にそんな話し進めるなよ……はあっ」

 

 そして俺は話しを聞いてる内に呆れて、手を頭の上に置いて溜息を吐く。何で俺がそんな詰まらない理由で鈴と戦わなければいけないんだよ。思いっきり一夏争奪戦の騒動に巻き込まれてるじゃないか!

 

「ってか何で止めなかったんだよ、一夏?」

 

「あ、いや……とても俺じゃ止まらない雰囲気だったんで……」

 

「……………………」

 

「………………スマン、悪かった」

 

 俺の無言の睨みに一夏は根負けして謝ってくる。今更そんな事しても遅いんだが。

 

「……まぁ良いだろう。俺もISでの近距離戦が出来る相手と戦ってみたいと思ってたし」

 

 それに鈴には少し灸を据えておかないといけないしな。

 

「では和哉さん、放課後にお願いしますわ。それと必ず勝ってください」

 

「はいはい、分かったからそんな真剣に言わないでくれ」

 

 負けたら承知しないって目で訴えてるし。ったく。セシリアも箒と同様に一夏の事とお構いに無しに突っ走るなぁ。

 

「と、ところで和哉。鈴はお前に恨みがあるとか言ってたけど、お前アイツに何したんだ?」

 

 話題を変える一夏が俺に訊くと……。

 

「アイツが第三アリーナのピットの壁をISで破壊した事を千冬さんに報告したから……って言えば分かるか?」

 

「……ああ、そう言えば」

 

「……正直言ってそれは鈴さんの自業自得だと思いますが」

 

 鈴の恨みの理由を聞いた一夏とセシリアは呆れているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後、第三アリーナにて……。

 

「さあ覚悟しなさい和哉! 約束通りギッタギタにしてやるんだから!」

 

「アレは鈴の自業自得なんだがな……ってかお前、代表候補生のクセして私情に走り過ぎだ」

 

 ISを展開している俺と鈴が対峙していた。

 

「アンタが余計な事をしなければ、あたしはあんな理不尽な目に遭わなかったのよ!」

 

「……はあっ。理不尽な事をしているのはお前だろうが、鈴」

 

 呆れる俺に鈴は全く聞いていない。一夏と仲直りはしても俺に対する恨みは相当あるみたいだな

 

 俺と鈴が対峙している中、この勝負を見ようとするギャラリーがたくさんいる。

 

『やっちゃえー凰さん!』

 

『あんな思い上がった男には力の差を見せ付けて~!』

 

『神代和哉~! もう調子に乗ってられるのもここまでよ~!』

 

『ギッタギタにやられちゃいなさーい!』

 

 殆どのギャラリーは鈴の応援ムード一色だった。まだああ言うのがいたんだな。本当に口だけは達者な連中だ。

 

 だが他にも……。

 

『和哉さん! その人にはもう遠慮なく勝って下さい!』

 

『と、取り敢えず和哉。応援してるから頑張れよ~』

 

『頑張ってかず~!』

 

『神代く~ん! 頑張って~!』

 

 セシリア、一夏、そして布仏や一組の女子達が俺を応援していた。

 

 因みに箒は懲罰部屋にいて此処には来ていない。

 

「ま、取り敢えずやるだけやりますか」

 

「和哉。前まであたしはアンタに力で言い負かされたけど、今は違うわ。この際アンタに格の差ってやつを教えてあげる」

 

「ほう? 随分強気な態度だな。ってか鈴。力で言い負かされたって言うが、お前の行動に問題があったから俺が説教しただけなんだが……そうやって自分を被害者面しないでくれ」

 

「人を問題児みたいな言い方しないでよね! アンタはいつもいつもそう言って偉そうに……!」

 

「事実を言ってるだけなんだがな……」

 

「もういいわ! 少しは手加減してやろうと思ったけど、アンタ相手にはそんな必要は無いみたいね! 本気でやるから覚悟しなさい!」

 

「是非そうしてくれ。加減したお前に勝っても面白くないからな」

 

 俺の台詞に鈴は背中に納めてた青竜刀――双天牙月――を構えて……。

 

「その余裕面……すぐに消してやるんだから!」

 

 俺に向かってくるのであった。



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第26話

「はあああっ!」

 

 双天牙月を構えて俺に斬撃をしてくる鈴に俺は……。

 

 

ガキィィィィンッ!!

 

 

「んなっ!?」

 

「ふむ、成程。確かに強烈な一撃だ。一夏が避けたがるのも分かる」

 

 瞬時に刀を展開して受け止めた。俺が大して驚かずに平然とした顔をしてる事に、鈴は信じられないような目で見ている。

 

「鈴、何を驚いている? 初撃を防がれたくらいで動揺するなよ」

 

「こ、この……! この程度の攻撃を受け止めた位でいい気になるんじゃないわよ!」

 

 そう言って鈴は俺から距離を取り、もう片方の手からも双天牙月を出して二刀流で攻めてきた。

 

「はあっ!」

 

「ふんっ」

 

 

ガキィィンッ!

 

 

 再び鈴の攻撃を防ぐ俺だが……。

 

「甘い!」

 

「おっと」

 

 

ブオンッ!

 

 

 別の双天牙月が俺に振りかぶって来たので即座にかわして距離を取った。そんな俺に鈴は逃さないと言わんばかりに追撃して双天牙月を振るう。

 

 

ガンッ! ガキンッ! キィンッ! ブオンッ! ヒュッ!

 

 

「ほらほらどうしたの和哉!? 防御してるだけじゃあたしを倒せないわよ!」

 

「………………………」

 

「何も言わないって事は相当焦ってるって証拠かしら?」

 

 右腕で猛攻を防ぎながら距離を取っている俺に、鈴は追撃しながら問い掛けてくる。だが俺は何も答えずにじっくりと鈴の攻撃を観察しながら防御していた。

 

「だけどね!」

 

 

ガキィィィンッ!

 

 

「今更アンタが『手加減をしてくれ』って言ってもしないから!」

 

「…………………………」  

 

「あ、アンタねぇ! 少しは何か言い返しなさいよ!」

 

 鍔迫り合いをしている最中に鈴は俺の無言に早くも痺れを切らしたのか、すぐに怒鳴ってきた。そっちが一方的に話しかけているってのに勝手にキレても困るんだが。

 

 俺の内心突っ込みを余所に鈴がまた怒鳴りながら猛攻を仕掛けてくる。

 

 

ガキンッ! ヒュッ! ブオンッ! キィンッ!

 

 

「どうする和哉? 今の内に降参して謝るなら考え直すけど?」

 

「やれやれ。喋る余裕があるなら戦いに集中したらどうだ? でないと負けるぞ?」

 

「んなっ!」

 

 やっと口を開いた俺に鈴は目を見開く。

 

「ほれ。口ばっかり開いていないで早く掛かって来い。そんなちゃちな攻め方じゃ俺は倒せないぞ」

 

「何ですって……! あたしの攻撃を防いだくらいで調子に乗るんじゃ無いわよ!」

 

 鈴はそう言いながら双天牙月を連結する。その後一夏との戦いでやった時みたいに、バトンのように振り回して高速回転をさせながら攻撃を繰り出してきた。

 

 今度は突きをしてきたので俺は苦も無く避けるが、鈴は即座に斬撃をしてくる。それも避けると次は高速回転をしながらも斬撃をしてくる。

 

(流石に回転攻撃は今の俺じゃ防ぎきれないな)

 

 そう考える俺は慌てずに冷静に鈴の攻撃力を分析する。反撃をやろうと思えば出来るが、鈴の近接戦の戦い方を見るために態と防御に徹している。一夏とセシリアの近接戦では俺でも簡単に対応出来るから、鈴の戦い方は良く見ておかないとな。

 

「この! さっきからちょろちょろと……!」

 

 未だに攻撃を避けている俺に鈴はイライラしていたが、俺はそんなのお構い無しに防御に徹していた。

 

 

 

 

 

 

 

「やっちゃえ~凰さん!」

 

「そんな男なんかケチョンケチョンに伸しちゃえ~!」

 

「けどあの神代和哉って意外と弱いわね~。防戦一方じゃない」

 

「IS学園最強になるって所詮口だけみたいだったわね」

 

 アリーナにいるギャラリー達は和哉の戦い方を見て嘲笑っている。和哉が一切反撃していないから、ギャラリー達は臆病風に吹かれて逃げているように見えているんだろう。

 

 だが……。

 

「なあセシリア。俺、あの戦いにすげぇ見覚えがあるんだけど」

 

「奇遇ですわね一夏さん。わたくしもですわ」

 

「あれってさぁ~、おりむーとかずーがセッシーと戦っていたときにやっていたやつだよね~?」

 

 一夏、セシリア、布仏と一組の女子達はギャラリー達とは違う反応だった。

 

「けど和哉は何であんな事をしてるんだ? あの時は俺達が操縦に慣れる為と、俺の白式の一次移行(ファースト・シフト)が完了するまでの時間稼ぎだったんだが……」

 

「恐らく和哉さんは鈴さんの戦い方を観察していると思います。わたくしの時にもそうであったように。それに加えて今回は和哉さんの得意な近接戦をしてますからじっくりと分析したいのでしょう」

 

「アイツは近接戦が大得意だからなぁ。鈴みたいなタイプは和哉にとって格好の獲物って事か」

 

「そういう事ですわね。鈴さんは和哉さんの思惑に全く気付いていませんし……まるでこの間のわたくしのようですわ」

 

 セシリアは過去の自分を思い出しながら、和哉の掌で踊らされている鈴を見て多少気の毒に思った。

 

 だがセシリアにとってそんな事はどうでもよく、和哉が勝ってさえくれれば何の文句は無い。鈴が一夏の特別コーチしなければそれで良いのだから。

 

「問題は和哉はどうやって鈴に勝つかだな。アイツが使う衝撃砲は砲弾が見えなければ、いくら和哉でも……」

 

 一夏は恐らく和哉が勝つと既に予想している。和哉の性格を考えれば、頭に血が上りやすい鈴に挑発して誘い込んだ戦いに持って行くだろうし、真っ向から挑んでも勝てると踏んでいる。それだけ自分と和哉に力の差があると分かっているから。

 

 だが一番の問題である衝撃砲を和哉がどうやって攻略するのかが一夏は気になっていた。自分では避けるのに精一杯だったが、あの見えない砲弾を和哉がどんな風に対処をするのかが一番の見物。この際だから自分も和哉に倣い、鈴の衝撃砲を攻略しようと必死に和哉の戦い方を見ている一夏であった。

 

(和哉、今の俺ではまだお前には勝てない。だけど戦い方はじっくり見させてもらうぜ)

 

(和哉さん、あなたがどうやって鈴さんを倒すのかを見せてもらいますわ)

 

 一夏とセシリアはお互いに和哉を見逃すまいと必死に目で追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてピットでは……。

 

「はぁぁ……神代くんは相変わらず凄いですねぇ。織斑くんでも防ぐのがやっとだった凰さんの攻撃を難なく防いでいます」

 

「アイツと違って技量は高いからな」

 

 何と真耶と千冬も第二アリーナの戦いを観戦していた。放課後に和哉が鈴と戦うのを聞いて、この二人も見ておこうと思ってピットに来ている。

 

 真耶としては教え子がどうやって代表候補生の鈴と戦うのかが気になっているが、千冬は真耶と違って朝の組み手で和哉の実力を既に知っているから鈴には問題なく勝てると踏んでいる。千冬としては和哉が次にどんな技を使うのかと気になって見に来ているのだ。

 

「織斑先生、あの戦い方はもしや……」

 

「山田先生の言うとおり、凰の攻め方を観察しているな」

 

 当然二人も和哉の戦い方に気付いている。一夏やセシリアが気付いているのだから当然である。だがその二人と違って、千冬はもう一つある事に気付いている。

 

「それに加えて神代は必要最低限の防御だけでやっているがな」

 

「必要最低限……ですか?」

 

「何だ、分からないのか? なら神代の持っている武器をよく見てみろ」

 

「え?」

 

 千冬に言われた通り、真耶はじっと和哉が防戦として使っている刀を見てみると……。

 

「あ! 神代くんはさっきから凰さんの攻撃を片腕だけで防いでいます!」

 

「その通り。アイツは戦い始めてからずっと同じ事をしている。尤も、凰はまだそれに気付いていないがな」

 

「アレほどを攻撃をずっと片腕だけで……本当に神代くんには驚かされますねぇ」

 

「奴にはこれくらい出来て当たり前だ」

 

 和哉と組み手をしている千冬からすれば至極当然だと言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(さてと、鈴の近接戦闘はもう充分だから次の段階に移るとするか)

 

 鈴の攻撃パターンを大体分かった俺は、態と後方へ退くことにした。

 

 それを見た鈴は好機と思い……。

 

「甘いわよ和哉っ!」

 

(来たか!)

 

 そう言って鈴の肩アーマーがスライドして開いた。中心の球体が光った瞬間に俺は即座に肩の近くに浮遊しているシールドを使う。

 

 

ドンッ!

 

 

「ぐっ!」

 

 シールドを使った直後に鈴の衝撃砲が当たった。一夏の言うとおりだったな。本当に見えない拳に殴られている衝撃だ。

 

「まだまだっ!」

 

 俺が防御態勢を取っているにも拘らず、鈴はそのまま衝撃砲を撃ち続ける。

 

 

ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 

 

「くっ!」

 

 衝撃砲の連射に俺は状態を維持しながらも、後ろへと押されていた。そしてそれが止むと鈴は不敵な笑みを浮かべている。

 

「この龍咆の衝撃はどうかしら? いくらアンタでも見えない砲弾の前では手も足も出ないみたいね」

 

「………ふむ。シールドエネルギーが半分ほど持って行かれたな」

 

 鈴の強気な台詞に俺は気にせずエネルギー残量を見る。あれ程の威力を何度も受けてたら流石に不味いか。

 

「気に食わないわね……! ダメージを食らったってのにまだそんな余裕面をしてるなんて……!」

 

「お前の衝撃砲は一度見て驚いたからな。それにな鈴、戦いと言うのは常に冷静にやるもんだ。得意面して油断してると、足元を掬われるぞ?」

 

「………アンタはそう言っていつも上から目線で……! その言い方が気に入らないのよ!」

 

 鈴は激昂して再び衝撃砲を撃ってきた。

 

「おっと!」

 

 次は流石に当たりたくないので俺が避けると、鈴は逃さないと言わんばかりに衝撃砲を打ち続ける。

 

(空中で避けるのはちとキツイな。けどいつまでもこんな風に避けているばかりじゃ芸がないから、少し驚かせるか)

 

 ある事を考えた俺は衝撃砲を避けながら地上に降りると、展開してた刀を戻した。

 

「武器をしまうだなんて何のつもりよ和哉。まさか今更降参でもするつもりかしら?」

 

 俺の行動を不審に思った鈴は撃つのを止めて、怪訝な顔をしながら訊いて来る。

 

「な~に。ただお前に出来ない事をやろうと思ってな」

 

「出来ないこと? 何を考えてるのかしら?」

 

「すぐに分かるさ。ほれ、さっさとご自慢の衝撃砲を撃って俺に当ててみな(チョイチョイ)……ま、もう当たりゃしないけど」

 

 そう言って俺は右手で扇ぐように鈴を挑発すると……

 

「(ピクピクッ!)……本当にアンタは気に入らないわね……! その減らず口をすぐに塞いでやるわ!」

 

(かかったな)

 

 見事に乗ってくれて最大出力で衝撃砲を撃つと、地上に当たって凄い音がしたと同時に土煙が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ。変に調子に乗らなきゃ痛い目に遭わずに済んだのに」

 

 衝撃砲を撃って和哉に直撃したと思った鈴は勝利を確信する。

 

「ま、取り敢えずあたしの勝ちね。これで一夏と二人っきりで……」

 

 勝った後に一夏に特別コーチをして二人っきりになれると考えていた鈴だったが……。

 

「果たしてそうなるかな?」

 

「!」

 

 オープン・チャネルから和哉の声が聞こえたのですぐに振り向く。

 

「い、いない! アイツ一体どこに!?」

 

 しかしそこには誰もいなかった。そして土煙が完全に晴れると、先程いた所から後方に和哉がいる。

 

「あ、アンタいつの間に!」

 

「ふふふふ……驚いたかな?」

 

「どういうこと!? 直撃した筈なのに!?」

 

「当たってなんかいない。さっき避けたぞ」

 

「避けたって……嘘よ!」

 

「信じられないなら撃ってみろ。今度は出力を調整してな」

 

「言われなくても!」

 

 そして鈴は衝撃砲を放つと……。

 

 

ドンッ!

 

 

「はい残念」

 

「はあっ!?」

 

 撃った瞬間に和哉はいつの間にか別の位置に立っていた。

 

「あ、アンタ……一体今何したのよ!?」

 

「普通に避けただけだが?」

 

「嘘よ! 私の龍咆は砲弾が見えないから避けれる筈が……!」

 

 あっさりと答える和哉に鈴は信じられなかった。見えない砲弾が特徴である《龍咆》を簡単に避けられる事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

(鈴は物の見事に動揺しているようだな)

 

 思ったとおり、やはりあの衝撃砲は鈴にとって最大の兵器で絶対の自信を持っていたか。それを避けられたとなれば、流石の鈴も動揺するか。

 

(まぁ流石に『疾足(しっそく)』は練習しないと出来なかったが、成功してなによりだ)

 

 宮本流奥義『疾足(しっそく)』。初動を見せずに瞬時に高速移動をする移動法。沖縄の古武術にある『縮地法』を取り入れた物であり、本来であれば相手との距離を詰める移動法。この移動法に師匠は、相手の攻撃を避ける為の手段としても使っており、更には普段から日常の移動手段としても活用している時もある。尤も俺も師匠と同様に活用しているが。

 

 とまぁそんな事はどうでもいいとしてだ。鈴の衝撃砲の砲口が光った瞬間、『疾足(しっそく)』を使って避けたと言う事である。簡単そうに言う俺だが、この移動法を習得するのもかなり苦労したのは言うまでも無い。

 

「ほら鈴。いつまでも驚いていないで撃ってきたらどうだ? お前が信じられるまで何度でも付き合ってやるから」

 

「………い、今のはマグレよ。きっとそうに決まってる!」

 

「やれやれ、これは少しばかり時間が掛かりそうだな」

 

 とは言え、この移動法はあんまりそう何度も使えはしない。やり過ぎるとかなりの体力を消耗してしまうからな。状況を見てもう一つの技を使って更に驚かせるとしよう。さてと、次はどんな技を使おうか。

 

 そして鈴が衝撃砲を放ち、俺は『疾足(しっそく)』を使って避けながら次に打つ技を考えていた。 



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第27話

『おい鈴、そろそろ現実を見て欲しいんだが?』

 

『うるさい! 何が何でも絶対アンタに当ててやるんだから!』

 

『やれやれ。これだけ避けているってのにまだそんな事を言うか……』

 

 未だに衝撃砲をバカスカと撃ってる鈴に和哉が避け続けていた。

 

「鈴の衝撃砲を簡単に避けるなんて……すげぇ」

 

「何なんですのあの動きは? わたくしの目からでは、和哉さんが瞬間移動したようにしか見えないんですが……本当にムチャクチャですわね」

 

「かずー凄いよ~!」

 

 その事に一夏、セシリアは和哉の避け方に信じられないような目で見ており、布仏はきゃいきゃいと応援している。

 

「か、神代くんって……実は忍者?」

 

「何であんな事ができるの?」

 

「なんかさ……もう私たちとは次元が違うよね」

 

 他の一組の女子達は何か達観したかのような感じで和哉を見ていた。

 

 そして……。

 

「う、嘘よ……こんな事って……」

 

「何で? どうしてあんな簡単に避ける事ができるの?」

 

「ま、間違ってる。こんなの間違ってる!」

 

「こ、これは夢よ。そうでなきゃこんな非現実的な事が……」

 

「男のくせに……あんな……あんな事が……!」

 

 一組以外のギャラリー達は和哉のやっている事が未だに信じられずに現実逃避をしていた。

 

「和哉さんの事を知っていなければ、わたくしもあそこにいる人たちと同様のことを言ってますわね」

 

「アイツと一緒に訓練してると、そんなに大して驚かなくなるんだよな」

 

「そうですわね。その時には和哉さんのやる事に驚かされるばかりで。それと同時に……今まであったわたくしの常識も覆されていますし」

 

「俺さぁ……和哉がこの後に何かとんでもない事をしても、『和哉だから』の一言で済ませてしまうんだけど」

 

「わたくしもですわ、一夏さん」

 

「「はぁっ」」

 

「どうしたの二人とも~? 急に溜息なんか吐いちゃってー。幸せが逃げるよ~?」

 

 一夏とセシリアが話している最中に溜息を吐いた事に、布仏がのほほんとした顔で二人に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? え? え? い、一体神代君は何を?」

 

「やれやれ。どうやら神代は相当な食わせ者のようだったな。まだ他にもあんな技があったとは」

 

 ピットでは真耶が困惑しており、千冬は笑みを浮かべながら和哉の動きを目で追っている。

 

「お、織斑先生、神代くんはどうやって凰さんの衝撃砲を避けているんですか?」

 

「簡単なことだ。凰が衝撃砲を放つ瞬間、神代はそれと同時に高速移動をして避けただけだ」

 

「け、けど砲弾が見えないのに避けるのは無理なのでは? どこに当てようとしてるのかが分からないと言うのに」

 

「別に見えなくても、衝撃砲が自分に当てようとしていると予測すれば回避できる。もし衝撃砲をかく乱して撃てば、流石の神代も避けきる事はできないから凰には充分勝機はある。だが今の鳳は神代に挑発されただけでなくアッサリと避けられたから、絶対に当てようと躍起になっててかく乱なんて微塵も考えていない。前回のオルコット戦と同様に、凰も神代の思惑通りに動かされているな」

 

「はぁぁ………前にも言いましたけど、神代くんって本当に色々と考えていますね」

 

 千冬の説明に真耶は未だに衝撃砲を避け続けてる和哉を見て再び感心していた。とても自分ではそんな事出来ないと。

 

「あんなのは冷静に戦えば誰でもできる。神代がその例だ。それが出来なければ、いくらIS操縦経験が豊富な凰でも神代に勝ち目は無い」

 

 そう言いながら千冬は和哉の動きを見逃さず、画面を見続けていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で……何で当たらないのよ!?」

 

 和哉が衝撃砲を避け続けて数分経つが、鈴は未だに信じられない様子だった。

 

「当たりたくないから避けているんだが?」

 

「この……! さっさと当たってやられなさい!」

 

 また撃ってくる衝撃砲に和哉は『疾速』を使って避けると、砲弾はまた地上に当たる。

 

「なぁ鈴。もう避けるのはいい加減に飽きてきたから、そろそろ反撃しても良いか?」

 

「あ、飽きたって……ずっと避けているからっていい気になってるんじゃないわよ!」

 

 和哉の発言に激昂する鈴だったが……。

 

(あれ? 和哉の奴、なんかさっきからずっと地上で避け続けているような気が……)

 

 ふと急に疑問を抱いた。

 

(空中に避けようと思えばできる筈なのにアイツは飛ぼうとする気配が一切無い……まさかアイツ!)

 

 何かに気付いた鈴は衝撃砲を撃つのを止めて双天牙月を構える。 

 

「やっと諦めてくれたか。流石にいつまでも避けるのは……」

 

「はああっ!」

 

「むっ!」

 

 

ガキィィィンッ!

 

 

 撃つのを諦めたかと思った和哉だったが、鈴のいきなりの突進攻撃を瞬時に刀を展開して受け止めた。

 

「おい鈴、どう言う風の吹き回しだ? いきなり近接戦をやるなんて」

 

「ちょっと確かめたい事があって、ね!」

 

「おっと!」

 

 

ガキンッ! キィンッ! ヒュッ!

 

 

 鈴はすぐに回転しながらの猛攻撃をすると、和哉は防御しなから避けてすぐに空中へと避難した。

 

(ここだ!)

 

 そう思った鈴はすぐ空中にいる和哉に目掛けて衝撃砲を放つと……。

 

「くっ!」

 

 次の瞬間に和哉はさっきまでとは違ってギリギリに避けた。

 

「ふう~危ない危ない。今のはちょっとヤバかっ――」

 

「思った通りね!」

 

「ん?」

 

 いきなりの鈴の発言に和哉は不可解な顔をした。

 

「何が思った通りなんだ?」

 

「和哉、アンタどうして地上でやった時のようなかわし方をしなかったの? さっきはギリギリで避けたみたいだけど」

 

「………………………」

 

 鈴の問いに和哉は答えずに無言となると、鈴はそのまま続けた。

 

「地上ではあたしの龍咆を簡単に避けていたアンタが、いざ空中になると急に焦った避け方をするなんて……これはつまり――」

 

「…………………」

 

「和哉、アンタ空中では地上でやってたような避け方はできないんでしょ? それを気付かせない為にあたしを挑発して龍咆を撃ち続けさせ、その後に自信喪失したあたしに攻撃を仕掛けて勝とうって言うシナリオを考えてた。違うかしら?」

 

「…………ちっ。どうやらバレてしまったみたいだな」

 

 さっきまで無言だった和哉だったが、手痛そうな顔をしながら刀を持っていない手でポリポリと頭を掻いていた。

 

「上手く行くと思ったんだがなぁ。流石は中国代表候補生。俺程度の浅知恵は軽くお見通しか」

 

「ふんっ、おだてても何もでないわよ。アンタにしてはよく考えたわ……けどね! 見抜いた以上、もうアンタには地上に足を着けさせないわ! 覚悟なさい!」

 

 そう言って鈴は再び衝撃砲を撃ち始めた。

 

「くっ! このままでは……!」

 

 空中にいる和哉は辛うじて避けながらも地上に降りようとしたが……

 

「させない!」

 

「!」

 

 鈴が阻むかのように近接戦を仕掛けてきた。

 

 

キィンッ! ガキンッ! ギンッ!

 

 

「ちいっ!」

 

「ふふんっ! 言ったでしょ!? もうアンタには地上に足を着けさせないって!」

 

 得意気に言う鈴に和哉は右手で使っている刀で鈴の双天牙月を防いでいる。そのまま鈴は和哉を地上に降ろさないように空中戦に持ち込もうとする。

 

 そして和哉がまた距離を取ると、鈴は再び衝撃砲を撃つと言う流れになった。

 

「和哉! この勝負、あたしの勝ちね!」

 

「ちっ! だが俺とてそう簡単には負けないぞ!」

 

 そう言って鈴は早くも勝利宣言を言って来るが、和哉は先程までの余裕顔が無くなって凄く焦っていた。

 

 だが……。

 

「さて、これで漸く次の段階に移る事が出来るな………」

 

 和哉が何やら妙な事を呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら今回は凰さんの勝ちのようですね」

 

「何故そう言い切れる?」

 

「あの状況を見る限りでは、凰さんに考えを見抜かれた神代くんにはとても勝機があるようには思えませんが」

 

 千冬の突然の問いに、真耶は自分でも分かると言うように答える。だが千冬はとてもそうには見えなかった。

 

「それは違うな。あんな幼稚な考えを見抜かれて焦るほど、神代は馬鹿じゃない」

 

「え?」

 

「私からすれば、凰は未だに神代の掌の上で踊らされているようにしか見えんがな」

 

「そ、それってつまり……神代くんは見抜かれるのを分かって誘い込んだと言うことですか?」

 

「さあな。神代が何を狙っているのかは私にも分からん。だが一つ言える事は……この勝負、そろそろ終わりそうになるかもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 さ~てと。鈴がやっと気付いて俺の思った通りの展開に動いてくれたから、そろそろ仕掛けるとしますか。

 

 そう考えながら俺は鈴が撃つ衝撃砲をギリギリで避けながら次の段階に移ろうとする。

 

「和哉! もう逃さないわよ!」

 

 鈴はそう言ってバカスカと衝撃砲を撃ち続けていた。

 

(よし、距離はだいたいこの位だな)

 

 距離を測った俺は再び地上に降りようとするが……。

 

「させないって言ったでしょ!」

 

 鈴がさせまいと双天牙月を構えて近接戦を仕掛けようと突進してきた。

 

「馬鹿が! それを待ってたんだよ!」

 

「え!?」

 

 近づいてくる鈴に俺が即座に刀を捨て、右拳を握りながら構え……。

 

「宮本流奥義『破撃(はげき)』!」

 

 まだ鈴との距離があるにも拘らず、右拳を鈴に目掛けて繰り出すと……。

 

 

ドンッ!

 

 

「がはっ!」

 

 鈴は見えない何かに殴られたかのようにそのまま地上に激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………な、なぁセシリア。和哉の奴……今何をやったんだ?」

 

「……え、えっとぉ……わたくしには……和哉さんが拳を振った直後に、鈴さんが吹っ飛んだようにしか見えないのですが……?」

 

 突然の出来事に一夏とセシリアだけでなく、アリーナを見ているギャラリー全員が呆然とした。一体何があったのかと。

 

「つ…つまり何か? 和哉は鈴みたいな衝撃砲をやったってことか? ぶっちゃけ遠当てみたいな感じで……」

 

「じょ、状況から見るに……そうとしか思えませんわ……」

 

 一夏の問いにセシリアが間がありながらも答えると……。

 

『………ええええええええ~~~~~~~~!!!!!????』

 

 アリーナ全体が驚愕の声を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 何かギャラリーの方が騒がしいが……まぁ今は放っておこう」

 

 取り敢えずは地上で倒れている鈴の様子でも見てみるか。

 

「おい鈴。いつまで倒れているんだ? あの程度の攻撃でやられるほど、お前は柔じゃ無い筈だが?」

 

「………あ、アンタ……今何したのよ?」

 

「ん?」

 

 俺が地上に降りながら問うと、鈴は起き上がりながら信じられないような目で俺を見てくる。

 

「何をしたって……見ての通りだったと思うが?」

 

「ふ、ふざけないで! さっきアンタがやった攻撃はまるで……」

 

「衝撃砲みたいだった、ってか? こんな風、に!」

 

 俺が再び右拳を繰り出すと……。

 

 

ドンッ!

 

 

「…………………なあっ!?」

 

 何かが地面にぶつかった音がした。鈴が恐る恐る下を見ると、地面には小さな穴が開いていた。

 

「どうだ。『破撃』の感想は?」

 

 宮本流奥義『破撃(はげき)』。高速で拳を繰り出すことによって衝撃波を発生させる遠距離戦用の技。武術で言う遠当ての一種。俺では最大7メートル程度だが、師匠は20メートル以上は軽く行ける。

 

「……あ、アンタ……ハッキリ言ってもう人間じゃないわ」

 

「失礼な。俺はまだ人間の領域から外れてないっての。それは師匠に言ってくれ」

 

 あの人みたいな超人は未だに見たこと無いからな。ま、その超人である師匠を超えるのが俺の最大の目標なんだが。

 

「それはそうと鈴。驚いているところ悪いが、俺は地上に足を着いたんだが?」

 

「! し、しまった!」

 

「今更気付いても遅い」

 

 そう言って俺は『疾足』を使って鈴の懐に入り……。

 

「なっ!」

 

「受け取れ鈴!」

 

 即座に上半身のバネだけを捻って……。

 

「『砕牙・零式』!」

 

 

ズドンッ!!

 

 

「ガハッ!!」

 

 鈴の腹に強烈な拳を繰り出した。俺の一撃を受けてくの字に曲がった鈴はそのまま吹っ飛ぶ。

 

 

ダァァァァァァァァンッ!

 

 

 そのままアリーナの壁に激突してズルズルと落ちていく鈴。

 

「あ…あ…あああ……」

 

 『砕牙・零式』を見事に喰らった鈴は何とか立っていたが……。

 

「あ…あたしは……まだ……がはっ」

 

 

バタンッ!

 

 

「あっけない幕切れだったな、鈴」

 

 何か言おうとしている途中に倒れた事に俺はそう呟いた。



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第28話 (第一巻終了)

「さてと。勝負も付いたことだし、気絶してる鈴を運んでやるとするか」

 

 倒れている鈴に近寄ろうとする俺だったが……。

 

「だ、誰が気絶してる……ですって……」

 

「ほう。アレを喰らってまだ立てるとは」

 

 鈴が双天牙月を杖代わりに使って立ち上がった。

 

「だが立ち上がったとしても、そんなにフラフラではもう戦えないと思うが?」

 

「う、うるさい……! あたしはまだ……戦えるわよ……!」

 

 ちょっとでも気を抜けば倒れる痛みだと言うのにも拘らず、鈴は我慢と根性で必死に踏ん張っている。

 

「止めておけ。いくらお前がまだ戦えると言ったところで、俺の攻撃を避けることは出来まい。ましてや俺がここで加減した『破撃』を喰らったらすぐに気絶するのがオチだ」

 

「はあっ……はあっ……はあっ……」

 

「だからもうさっさと降参を――」

 

「………うるさい」

 

「ん?」

 

「うるさい! いい加減にその上から目線で言うのは止めなさいよね!」

 

 俺が降参を勧めている最中に鈴は急に怒鳴ってきた。

 

「はあっ! はあっ! アンタはいつもそうやって……! 偉そうに言ってんじゃないわよ!」

 

「偉そうにって……俺は事実を言ったまでなんだが?」

 

「そう言うところが気に入らないのよ! 自分はいつも正しいみたいなことばかり言って……!」

 

「別に俺自身のやってる事に全て正しいと思ってはいないが……」

 

 そう言う俺に鈴は内心をぶちまけるかのように更に怒鳴ってくる。

 

「あたしはね! 前からアンタみたいな男が大ッ嫌いなのよ! 力でモノを言わせるアンタが!」

 

「………………」

 

「だからあたしはISを手に入れて大ッ嫌いなアンタをぶちのめすのよ! 今までの恨みを込めてね!」

 

「………………」

 

「女のISこそ正義と呼ばれる時代に! アンタみたいな奴は必要ないのよ!」

 

「………………」

 

「はあっ……はあっ……さあかかって来なさい和哉! 今度こそアンタをぶちのめしてそれを証明してやるわ!」

 

 鈴は双天牙月を構えようとするが、俺はもう完全にやる気が無くなった。

 

「……はぁっ。言いたい事はそれだけか?」

 

「な、なんですって……?」

 

 俺が呆れたような問いをすると鈴は呆然とした顔になる。

 

「黙って聞いてれば……俺みたいな力で物を言わせる男が嫌い? ISを手に入れて今までの恨みを晴らして俺をぶちのめす? 女のISこそ正義だから俺は必要無い? つくづく身勝手な奴だな」

 

「な、何が身勝手なのよ……」

 

「そんな事も分からないのか。どうやらお前は女尊男卑の世界に染まったバカな女の一人と言う事になるな」

 

「んなっ!」

 

 鈴は必死に痛みに耐えながらも物凄く睨んでくるが、俺は構わずに続ける。

 

「おまけにISと言う兵器を手に入れた事により、中身が前以上に腐ってるな」

 

「あ、アンタ……! 言うに事欠いて腐ってるって……!」

 

 俺の発言に鈴は激昂しようとするが……。

 

「腐ってるだろうが。お前はISを手に入れ、それに物を言わせて俺を脅していたんだからな。お前が言ってた、『力で物を言わせる大嫌いな男』と同じ事をしていたんだぞ?」

 

「!!!」

 

 更なる発言によって急に黙り始めた。

 

「それに加えて、お前が学園で仕出かした行動は正直目に余る。自分にとって不都合な時、怒りを表す時、そのどれもが平然とISを使っていた。本に書かれている重要な規則を簡単に破るなんて、専用機を与えられている代表候補生の行動とはとても思えない」

 

「……………………………」

 

 俺が鈴の過去に仕出かした事を言うと、鈴は言い返してこない。

 

「ハッキリ言ってお前は、代表候補生の地位を利用して好き勝手やってる我侭なクソガキも同然だ。そんなお前ともうこれ以上やる気は無い。帰らせてもらう」

 

 そう言って俺は鈴に背を向けてアリーナから去ろうとする。

 

「ま、待ちなさいよ和哉! まだ勝負は……!」

 

「言った筈だ。これ以上やる気は無いとな。正直お前には失望したぞ、鈴」

 

 鈴が引き止めようとするが俺はもう見向きもせずに戻ろうとしていた。

 

「まだ動けるんだったら、自国に連絡して代表候補生の地位を返上する事だな。今のお前みたいな我侭なガキには過ぎたる物だ」

 

「………………分かってるわよ」

 

「ん?」

 

 戻っている最中に鈴が何か認めた発言をした事に俺は足を止めた。

 

「そんなことアンタに言われなくても分かってるわよ! 今までアンタに説教されて、あたしの今までやった事に問題がある事くらい自覚してるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ? あの二人は一体何を話しているんだ?」

 

「さあ……? こちらからでは遠くて向こうが何を話しているのかは聞き取れませんわ」

 

「何か真剣な話しをしているみたいだけどねー」

 

 アリーナでは一夏、セシリア、布仏は不可解に和哉と鈴を見ており……。

 

「お、織斑先生、どうしましょう。そろそろ私達の方で止めた方が良いのでは?」

 

「いや、このままやらせておけ」

 

「ですが……」

 

「これは凰の為でもある」

 

 そしてピットで会話を聞いていた真耶が止めようとするも、千冬は敢えて続けさせようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「自覚しているなら何故今までの行動を改善しようと思わなかったんだ?」

 

「最初はやろうと思ったわよ! けど……やろうにもあたしの周りにいる大人は嫌いな連中ばかりで……」

 

 鈴はもう痛みなんかどうでもいい位な状態になって俺に言って来る。

 

「嫌いだからって、それなりの我慢と謙虚な態度を取る必要があるんだがな……」

 

「そんなこと言われても……アイツ等の良い様に利用されるのが気に入らなかったのよ! おまけに時々あたしをいやらしい目で見る奴もいるし……!」

 

「………………………」

 

 権力を使ってセクハラやろうとする上官って本当にいるんだな。

 

「だからあたしは、そんなゲスな事を考える連中に思い知らせようと今のままであり続けた……アンタにその気持ち分かる!?」

 

「で、そんな態度を取り続けた結果、学園でついあんな事をしてしまったって訳か」

 

 気持ちは分からなくも無いが……。まぁ鈴も今まで必死に己を守り続けてきたって事か。鈴の奴、意外と理解していたみたいだな。

 

「そして好きな男である一夏に会う時は綺麗な体のままでいたい、か。随分と健気だなぁ」

 

「なっ! 何でそこで一夏が出てくるのよ!?」

 

 俺が適当に言うと鈴は図星のように顔を真っ赤にした。分かりやすい奴だ。

 

「事情は大体分かった。しかしなぁ鈴。お前が学園でやった事は許されない事に変わりは無い」

 

「……………………」

 

 鈴は俺がピットに戻るのかと思っていたが……。

 

「故に、お前のひん曲がってる根性は……俺が叩き直してやる」

 

「!」

 

 俺が再び鈴と向き合って構えた事に驚いた。

 

「………どうやらやっとその気になってくれたみたいね!」

 

「ふんっ。だがその前に先ずはお前に勝ってからにするとしよう」

 

「上等! やれるもんならやってみなさい! 中国代表候補生の凰鈴音を甘く見ないで!」

 

 鈴がフラフラになりながらも構えるが、俺はそんな事お構い無しに一切の油断無く構え続ける。

 

 

 

 

 

 

「? 和哉が急に真剣になって構えてるな」

 

「それに鈴さんもさっきまでと違って、何か吹っ切れたような感じですわね……」

 

「一体何があったんだろ~?」

 

『???』

 

 一夏、セシリア、布仏や他の一組の女子達は益々不可解な顔になっており……。

 

 

「織斑先生、凰さんは色々と辛い思いをしていたんですね」

 

「だが神代の言うとおり、凰が学園でやらかした事は問題である事に変わりは無い。それに関しては神代に任せるとしよう」

 

「けどそう言うのは本来、生徒ではなく私たち教師がやるべきことですけどね」

 

「私たちが言うより、神代の方が凰にとって一番の薬だ」

 

 会話を聞いていた真耶と千冬は既に安堵したかのように、最後まで試合を見守っているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今度はお前を確実に気絶させる為に、コレを使うとしよう……(スッ)」

 

 そう言って俺は『砕牙』を放つ構えを取ると、鈴はジッと見ている。

 

「………それ、さっきあたしに打った技に似ているような気がするわね」

 

「ほう。よく気付いたな」

 

 ほんの少しだけしか見てなかったとは言え、この構えを見て気付くとは……流石は代表候補生と言うべきか。

 

「で、お前は何をする気だ? 衝撃砲か? それとも……」

 

「あたしは……コレで決める!」

 

 鈴は双天牙月でやる、か。

 

「良いのか? 衝撃砲を使わなくて。そっちの方が俺を倒せるかもしれないと言うのに」

 

「アンタが拳でやるってのに、あたしだけそんなセコイの使うわけにはいかないわ。仮に龍咆でアンタを倒しても、あたしのプライドが許さないわ!」

 

「ふっ……あくまで近接戦でやろうって腹か。ではそんな鈴には敬意を表して、全力で打たせてもらう。覚悟しろ」

 

「それはコッチの台詞よ!」

 

 俺達はお互いに構えたまま、ジリジリと間合いに入り続けているとアリーナ全体は急に静かになった。

 

 だが……。

 

 

ヒュオッ!

 

 

「「はあああああ~~~!」」

 

 風の音が合図となって俺と鈴は互いに突進して行く。

 

「宮本流奥義『砕牙』!」

 

「でりゃぁあああ!」

 

 

ガキィィィィィンッ!!!

 

 

 俺は『砕牙』を放ち、鈴が渾身の一撃を振るって激しい音をしながら通り過ぎた。

 

「………鈴、今度こそ俺の勝ちだな」

 

「………どうやら……そうみたいね……けど和哉、覚えてなさい。次は絶対に……ああっ」

 

 

バタンッ!

 

 

 鈴が何かを言う前に今度こそ本当に倒れて気絶した。

 

 そして……。

 

 

ワアアアアアアア~~~~!

 

 

 完全に試合が終わるとアリーナ全体が響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「なぁ和哉。昨日の戦いの最中に鈴と一体何を話していたんだ?」

 

「和哉さん、よろしければ話して頂きたいのですが」

 

 朝の教室では一夏、セシリアが執拗に昨日の話しについて俺を問い詰めていた。布仏や他の女子達は遠巻きにコッチを見ている。

 

 因みに箒は未だに懲罰部屋で過ごして、本日は欠席と言う形になっている。

 

「悪いがノーコメントだ」

 

「いや、それはないだろう。あの戦いの後、鈴が俺にこの間の事について急に謝ってきたんだぞ」

 

 一夏が言うこの間とはクラス対抗戦前に一悶着を起こしてた事についてだ。少しは自分の非を認めるようになって来たみたいだな。

 

「あの鈴が謝るなんて、俺思わず驚きすぎて目が点になったんだぞ……それに何か……急に可愛くなった気が」

 

「ほう? それはそれは――」

 

 鈴を若干意識してる一夏に少し感心してると……。

 

「和哉さん! 一体どう言う事ですの!? キッチリ説明して下さい!」

 

「ちょ! ちょっと待てセシリア! お…落ち着けって!」

 

 セシリアが俺の肩を掴んでガクンガクンと揺さぶってきた。

 

「(どうしてくれますの!? あなたのせいで一夏さんが鈴さんを意識してるじゃありませんか!)」

 

「(お、俺にそんな事を言われても……!)」

 

 小声で話しながら怒鳴ってくるセシリアに俺は困惑する。ってかセシリア。アンタ随分と器用な事が出来るんだな。

 

「(これでもし一夏さんが鈴さんと付き合ってしまったら、どう責任を取ってくれますの!?)」

 

「(危惧してる暇があるなら、セシリアがさっさと一夏に告白すれば良いだろうが!)」

 

「(そ、それは……その……)」

 

「二人とも、さっきから小声で何話してるんだ?」

 

「! い、いいえ! 何でもありませんわ一夏さん。お、おほほほほほ」

 

 一夏が俺とセシリアの会話が気になって突っ込むが、セシリアが何事も無かったかのように振舞っている。お前なぁ。

 

 と、そんな時……。

 

「和哉~!」

 

「ん?」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと、教室の出入り口に鈴がいた。

 

 アイツ、昨日俺に負けたってのに随分と元気そうだな。

 

「朝っぱらから何の用だ、鈴? ってか俺に声をかけるなんて珍しいな」

 

「今日の放課後にあたしとまた勝負しなさい!」

 

「………何でだよ」

 

 鈴の宣戦布告に俺は少し呆れる。

 

「お前なぁ……昨日俺に負けたばかりなのにまた勝負するって……」

 

「アンタに勝つまで何度でも挑み続けるわ! あたしが負けず嫌いだって事はアンタも知ってる筈よ!」

 

「………そう言えばそうだったな」

 

 確か以前に格闘ゲームをした時に俺が勝つと、鈴が『もう一回!』と言って何度も挑み続けてたな。

 

「悪いが今日は遠慮させてもらう。今日の放課後には一夏達と訓練する事になってるからな」

 

「そうですわ鈴さん! 今日はお引き取り下さい!」

 

 俺が断るとセシリアも便乗してくる。会話中に割り込まないで欲しいんだが。

 

「そう。それじゃあ……あたしもその訓練に参加して良いかしら?」

 

「「……は?」」

 

「んなっ!?」

 

 てっきり勝負を優先しろと言って来ると思っていた俺と一夏だったが、鈴の予想外な発言に素っ頓狂な声を出した。加えてセシリアも信じられないように見ている。

 

「何を言ってますの! 鈴さんは和哉さんとの勝負に負けてコーチする必要が無い筈です! それなのに――」

 

「別にそんなつもりは無いわ。あたしはただ単に訓練に参加するって言ってるだけ。一夏にコーチをするなんて一言も言って無いわよ」

 

「ぐっ……! た、確かにそうですわね……」

 

「で、どうなの和哉? あたしも参加して良いの?」

 

「そ、それは別に構わないぞ。こっちとしても近接戦が得意なお前がいてくれたら好都合だし」

 

「そう。じゃあ放課後にまた顔を出すわね。一夏、訓練の時は一緒に頑張ろうね」

 

「お、おう」

 

 あっさりと言って去る鈴に一夏は戸惑いながらも返事をした。

 

「………なぁ和哉、鈴ってあんなにあっさりした奴だったか?」

 

 以前とは違う鈴に一夏は俺に訊いて来る。

 

 確かに今までの鈴は人の話しを聞かずに勝手に約束を取り決める奴だったから、一夏が戸惑うのは無理もない。

 

「案外アイツも色々と反省したんじゃないかと思うぞ」

 

「反省って……となるとお前、昨日の戦いで鈴に――」

 

「か~ず~や~さ~ん~!」

 

 一夏が言ってる最中、セシリアが物凄く恐い顔になっていた。凄いな。俺も少しばかりびびったぞ。

 

「あなたと言う人は~!」

 

「お、落ち着けセシリア!」

 

 完全に怒ってるセシリアが殴ろうとしてきたので、俺は咄嗟に掴んで必死に落ち着かせようとするのであった。




やばい。ストックがもう品切れ状態になり掛けて来た……(汗)


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第29話

 六月頭の日曜日。

 

 俺は早朝の六時にIS学園を出て、とある人の家の道場にいた。

 

「久しぶりじゃのう和哉よ。お主とこんなに長く会ってないのはいつ以来だったか」

 

「今回が初めてだと思いますよ。いつもはずっと修行していたんですから」

 

 俺と老人がお互いに正座して堅苦しい会話をしていると……。

 

「何じゃその喋り方は。今まで通り普通に話せ。弟子のお前とそんな風に会話しとったら、他人同士みたいじゃわい」

 

「ではお言葉に甘えて……ってか竜爺こそ人の事は言えないだろうが。そのいかにも自分は偉いっていう態度をしてるし」

 

「ほっほっほっほ。どうやらお互い様みたいじゃったのう」

 

 すぐに元の喋り方に戻った。これが俺とこの老人の本来の喋り方である。この人曰く『堅苦しい会話は嫌いじゃ』と言ってフレンドリーに話せと以前から言われているのだ。

 

 で、このいかにも好々爺みたいな老人が俺の師匠である竜爺こと宮本竜三。かつては武術の王、即ち『武王』と言う称号を持っていた過去の超人。本人はもう既に衰えてると言ってるが、俺から見ればとてもそうは思えなかった。俺が全力を出しても師匠の力の一割程度で倒されるのだから。それで衰えてるって言うなら世界の老人に謝れと何度も突っ込んだことか。

 

 まぁそんな事はどうでも良いとしてだ。師匠とはもう十年以上の師弟関係が続いており、今でも師匠を倒すという目標を立てて日々修行をしている。師匠も倒せるものなら倒してみろと言われてるから、俺は何が何でも倒そうと躍起になっている。 

 

「それはそうと和哉よ。お主、暫く見ぬ内に気が緩んでおらぬか?」

 

「そりゃあ竜爺と毎日組み手をしてた日常が無くなって、ずっとトレーニングばかりしていたからな。けどまぁ時折、担任の千冬さんと組み手をしているけど……」

 

「違う。ワシが言っておるのは……今話題となっておるISに乗って、研ぎ澄ませていた心が緩んでいるのではないかと訊いておる」

 

「…………………………」

 

 竜爺の指摘に俺は無言となった。いや、すぐに答えられないと言った方が正しい。

 

「ワシはISについて大して分からんが、確かアレは操縦者の身の安全が保障されておるんじゃったな。それによってお主はいささか気が緩み始めておる。違うか?」

 

「………それだけで分かるとは……流石は竜爺だ」

 

「ふんっ。何年お主の師匠をやってると思っておる。それくらい見抜けなければ師匠失格じゃ」

 

「そうかい……。ま、大体竜爺のご察しの通り、俺はISに乗るにつれて少しずつ気が緩み始めてるよ。危険な兵器だって事は分かるんだけど、どうもアレには命の危険性と言う物が無くて……」

 

「やはりのう」

 

 危険性を感じられないと知った竜爺は落胆な表情をする。

 

 過去に生死をかけた戦いをした事のある竜爺としては、以前からISという兵器を快く思っていない。戦争で人を殺す事が出来る危険な兵器である筈なのに、そんな認識もせずに大した覚悟も無く平然と扱っている大半の女性IS操縦者達も竜爺は頭を悩ませていた。

 

 IS操縦者達は真剣に戦っているつもりだろうが、竜爺からすれば遊びでやっているようにしか見えていなかった。その理由はISにシールドエネルギーがあるからだ。シールドエネルギーによって操縦者の命の安全が保障されてるので、自分は絶対に死ぬ事は無いと言う中途半端な覚悟で戦っているからである。

 

「となれば、お主がこの先ISに乗り続けておると中途半端に堕落してしまうのう」

 

「堕落って……」

 

 まぁ確かに師匠の言うとおりかもしれない。大して命のリスクの無いISに乗っていると、中途半端な覚悟を持ってしまうし。

 

「よし! そうならない為に早速修行じゃ!」

 

「さっきまでISについて話していたのに、何故すぐに修行へ持って行くんだ?」

 

「知れた事よ。弟子のお主が堕落してしまったら師として見過ごす事は出来んからのう。ほれ、さっさと道着に着替えんかい!」

 

 急かすように言って来る竜爺に……。

 

「竜爺。アンタがいきなりそんな事を言うって事はさ……ひょっとしてこの二ヶ月ほど俺と修行出来なくて寂しかったのか?」

 

「さて、どうやら弟子の和哉は本格的な実戦修行をやる必要があるようじゃな。少しでも気を抜いたら命は無いと思うが良い」

 

 俺が適当に言うと、竜爺はいきなり殺気を飛ばしながら凄い事をほざいてきた。

 

「いくら図星だからってそこまでやるか!?」

 

 無論、普段から師匠の殺気に当てられて慣れている俺としては何でもない。この人は図星を突かれるとすぐに難題な課題を出してくるからな。 

 

「まぁ良いや。学園でぬるま湯に浸かり過ぎていた俺にはコレくらいしないとダメだし」

 

「ふんっ。分かっておるではないか」

 

 結論付けた俺がすぐ道着に着替えると、師匠は既に中央に立っている。 

 

「さあ来るがよい和哉!」

 

「行くぞ竜爺!」

 

 そして俺と師匠は実戦的な組み手を始めた。

 

 

 開始してから一時間後……。

 

「はああああああ~~~~~!!!」

 

 

ガガガッ! パシッ! ドドッ! ガスッ!

 

 

「どうした和哉よ? はようワシに一撃を当ててみせい」

 

 俺の猛攻に師匠は簡単に防いでいた。それも片手だけで往なしている。俺と師匠の実力の差がまだまだあり過ぎる証拠だ。

 

「言われなくても当ててやるよ! はあっ!」

 

「むっ? 拳の威力とスピードが多少上がっておるようじゃの。やるではないか」

 

「褒められても当たらなきゃ意味が無いっての! でりゃあっ!」

 

 拳を受け止めて褒める師匠に俺はどうでも良いように返して、回し蹴りをやる。だが師匠はヒョイッと後方へジャンプして避けながら距離を取った。

 

「ほっほっほっほ。師匠が褒めたと言うのにお主は誇らんのか?」

 

「よく言うよ。もしここで喜んだら、『その程度で満足するようではワシはまだまだ倒せんぞ』って言うつもりなんだろ?」

 

「何じゃ、バレておったか。ほっほっほっほ」

 

「……………………………」

 

 笑い飛ばす師匠に俺はちょっとばかしムカッと来たので……、

 

「コォォォォォ……はあっ!」

 

「むっ!」

 

 

ドンッ! ズズズズズ………

 

 

 『破撃』を使うと師匠は即座に防御して腕に当たると凄い音がしながら、その衝撃によって師匠の身体が後ろへと引いていった。

 

「ちっ……。やっぱり今の俺程度の『破撃』じゃ竜爺にはまだ程遠いか」

 

「いやいや、そんな事は無いぞ和哉。まだ本気ではないとは言え、このワシを後ろへと引かせたのじゃ。前より威力が上がっておるぞ」

 

 師匠は笑みを浮かべながら嬉しそうに、楽しそうに言って来る。あれは本心で言ってると言うのが分かった。

 

「それはどうも……」

 

「では今度はワシも動くとするかの」

 

「確か俺が竜爺に一撃を当てなければ反撃しないと言ってなかったか?」

 

「ワシを後ろに引かせた時点で充分じゃよ。ほれ、とっとと気を張らんか。でないと……すぐに終わってしまうぞ」

 

「!!!」

 

 竜爺が途中から声を低くして言うと、雰囲気が突然変わった。竜爺の全身からはとてつもない殺気が溢れていた。その事に俺はすぐ全身に渇を入れるかのように気を張って構える。

 

「そうじゃ。それでよいぞ和哉」

 

「………………この殺気、前より一段階上がっているのは俺の気のせいか?」

 

「ほっほっほ。な~に、それだけお主の実力が上がったと言う証拠じゃよ」

 

「……そうかい」

 

 この殺気はあと何段階上がるのかと少し気になったが、取り敢えず今は目の前の事に集中しないとな。さもないと師匠の言うとおり、本当にすぐに終わってしまう。

 

「では……行くぞ和哉よ!」

 

「上等!」

 

 俺がそう言った途端に師匠は一瞬で俺の懐に入り、即座に防御するがすぐにまた攻撃してくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。今日はここまでにしておこうか」

 

「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ! ひ、久々に竜爺と修行してめっちゃ疲れた……!」

 

 昼頃。

 

 修行を終えた俺は道場の大の字になって仰向けで倒れ、痛みに耐えながらも激しく息切れしていた。逆に師匠は立ったままで、まだまだ余裕な感じで大して息を切らしていない。

 

 普通は立場が逆だろうと思われるだろうが、これが俺と師匠の体力の差なのだ。十年弟子をやってる俺なんかより、師匠は長年にわたって武術をやり続けているので並の人間の三倍以上ある。

 

 因みに師匠の全盛期は今の倍以上はあったそうだ。もう完全に人間離れしてて超人、もしくは化け物と言った方が良い。

 

「って竜爺。今日はここまでって言うけど、午後は無いのか?」

 

「うむ。午後からはちょっと用事が……」

 

 竜爺が言ってる途中に……。

 

 

ガラッ!

 

 

「竜お爺ちゃ~ん! 遊びに来たよ~!」

 

 突然、道場の出入り口の戸が開いて私服姿でツインテールの女の子が入って来た。

 

「おお、待ってたぞ」

 

「あれ? 綾ちゃんじゃないか」

 

 師匠が入って来た女の子を歓迎し、俺は女の子に向かって綾と呼ぶ。

 

 あの子は竜爺の孫娘である宮本(みやもと)(あや)。小学六年生で黒髪のツインテールが特徴の純真無垢な女の子だ。

 

「あ、和哉お兄ちゃんも来てたんだ」

 

 俺に気付いた綾ちゃんは近づいてくるので、ムクッと起き上がる。

 

「久しぶりだね。会うのは三ヶ月振りかな?」

 

「そうだね。綾ちゃんは元気そうで何よりだ」

 

「うん! 元気がアタシの取り柄だから」

 

 立っている綾ちゃんに俺は見上げながら言う。実はこの子、小学六年生にも拘らず身長が凄く高い。それも女子高生並みに。本人はそれを凄く気にしているので敢えて口に出さない。

 

「でも和哉お兄ちゃんってアタシと会う度に凄く疲れているよね」

 

「そりゃまぁ綾ちゃんが来る前に竜爺と修行をしてるからな。ついさっきまで竜爺と組み手してたし。って竜爺、午後の用事って綾ちゃんと何処かへ行くつもりなのかい?」

 

「まぁの。今日は久々に孫娘と一緒にショッピングや映画鑑賞をしようと思ってな」

 

「ふ~ん」

 

 そう言えば時折修行が休みの時に師匠は必ず綾ちゃんと一緒に遊ぶ時間を作っていたんだったな。で、今日は偶々その日だったって事か。

 

 ならそんな師匠の為にさっさと退散するとしますか。師匠にとって孫娘と一緒に過ごす時間は何より大切な物だからな。

 

「それじゃあ俺もそろそろ帰る支度をしますか」

 

「何じゃ。昼飯は食っていかんのか?」

 

「いや、今日は友人と一緒にメシを食う約束をしているんで。あ、でもその代わり風呂貸して。それとさ……」

 

 そして俺は帰る前に師匠の家の風呂を使い、ある事を頼んでから帰った。

 

 その後に一夏と会い、一緒に友人の五反田の家に向かうのであった。



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第30話 (第二巻開始)

 俺と一夏は五反田の家におり、一夏の友人の弾(だん)がゲームしている。

 

「で? どうなんだ和哉」

 

「何がだ? ってかお前、一夏と格ゲー中に俺と会話して大丈夫なのか?」

 

 ゲーム観戦してる俺に話しかけるなんて相当余裕なんだな。

 

「大丈夫だ。もう俺の勝ちは見えてるし」

 

「おい弾(だん)、勝負は最後までやってみないと分からないぞ」

 

 弾の台詞に一夏が負けじとコンボ入力している。

 

 一夏とゲームしている五反田(ごたんだ)(だん)は俺や一夏の中学からの友人であり、一夏と同様に中一から知り合っている。そして三年間ずっと俺、一夏、弾、鈴はずっと同じクラスだった。特に弾は俺と非常に馬が合う。その理由は……超鈍感な一夏に振り回されているからと言えば分かる筈だ。

 

「そんな瀕死状態で何言ってるんだか。まぁそんな事よりもだ。お前や一夏のメール見てるだけでも楽園じゃねえか。なにそのヘヴン。招待券ねえの?」

 

「ある訳無いだろうが。第一、国が管理運営してる特殊国立学校のIS学園に、そんな物が配布されると思ってるのか?」

 

「んなこと分かってるよ。一応聞いてみただけだ」

 

 分かってはいても一度は入ってみたいと言って来る弾。まあ男にとってIS学園は羨む所かもしれないが、俺と一夏はとてもそんな風に思えない。

 

「弾、正直言ってキツいぞ。あそこには男が俺と一夏しかいないんだからな」

 

「そうだな。けどまぁ、鈴が転校してきてくれて助かったよ。話し相手本当に少なかったからなぁ」

 

 俺の台詞に一夏が頷きながら鈴に感謝していた。ってか一夏、話し相手はたくさんいるだろうが。お前目当てに話しかけてくる女子がたくさん。

 

「ああ、鈴か。鈴ねえ……念の為に訊くけど和哉、進展は?」

 

「無い。ってか弾、そんなもん訊くまでもないだろうが。一夏だし」

 

「だよなあ。一夏だからなあ」

 

「ってお前等、何で揃って俺を見るんだよ!」

 

 俺と弾の視線に(超鈍感な)一夏が突っ込んでくるが……。 

 

「よっしゃ、また俺の勝ち!」

 

「おわ! きたねえ! 最後ハイパーモードで削り殺すのナシだろ~……」

 

「油断したな、弾」

 

 それでもちゃんとキャラを操作して、弾が操ってるゲームキャラを倒して勝利した。

 

 ちなみに一夏と弾が対戦しているゲームは以前やった『IS/VS』。正式名称は『インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ』だ。このゲームは発売月だけで百万本も売れて記録した超名作で、第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』のデータを基準にして使われた対戦格闘ゲーム。しかし残念な事にコレには千冬さんのデータは諸事情により入っていない。

 

「やっぱイタリアのテンペスタは強いわ。つうかエグいわ。そう言えば和哉はあんまり使わないよな」

 

「そんなチート気味のキャラはどうも好かなくてな。ってか一夏、たまには別のキャラを使ったらどうだ?」

 

「和哉の言うとおりだぜ一夏。別のキャラ使えよ。イギリスのメイルシュトロームとかよ」

 

「いや、あれすげえ使いづらいし、技弱いし、コンボ微妙だし」

 

 もし此処にセシリアがいたら絶対に激怒するであろう発言をする一夏。後でセシリアに報告でもするか。

 

「和哉、お前後でセシリアに報告するって考えてなかったか?」

 

「まさか」

 

 ちっ。読まれてたか。相変わらず恋愛以外の事に関しては鋭い奴だ。

 

 まぁそんな事は別にどうでもいいとしてだ。確かに一夏の言うとおりイギリスのメイルシュトロームはいささか弱すぎるキャラだ。所謂かなりの玄人向けなキャラと言ってもいい。

 

 当然こんなに弱いキャラとなるとイギリスだけでなく、各国から日本のゲーム会社にかなりの苦情が来たのは言うまでもない。『我が国の代表はこんなに弱くない!』ってな感じの苦情を。

 

 そんな各国からの苦情対応に困ったソフト会社は苦肉の策として、参加二十一ヵ国それぞれの最高性能化されたお国別バージョンを発売するが、何とこれがまた爆発的に売れた。

 

 たかが内部数値を弄っただけなのにも拘らず、そこまでぼろ儲け出来たなんてソフト会社としては予想外だったろうな。ってか各国も自分の国の代表が最高性能で強ければ満足するなんて単純過ぎにも程がある。

 

 まぁ二十一ヵ国のバージョンが出たことにより、世界大会ではどの国のバージョンを使うかで揉めに揉めたみたいだが、結局は中止になったと言う逸話があったりする。どうせ『我が国のバージョンを使うべきだ!』ってどの国もそんな風に主張していたから、収拾が付かなくなって中止になったと思う。自分の国が一番強い印象を与えると言う魂胆が見え見えだったんだろう。

 

「ん? セシリアって誰だ?」

 

 セシリアの事を知らない弾が訊いてくるので……。

 

「ああ、弾は知らないんだったな。セシリアはIS学園に通ってる生徒で俺達のクラスメートだ」

 

「もうついでにソイツは見目麗しい金髪美人なご令嬢であり、もう既に一夏にここをズドンと撃ち抜かれてる(トントン)……って言えば分かるか?」

 

「……………………」

 

 一夏は簡単に教え、俺が少し細かく教えながら自分の左胸を指すと無言になった。

 

「一夏ぁ~~! テメエいつの間に和哉の言った金髪美人を我が物にしてやがんだぁ~~!」

 

「何訳わかんない事を言ってんだよ! ってか和哉! 俺はセシリアの胸を撃った覚えは無いぞ!」

 

 弾は急に一夏の両肩を掴んで怒鳴り、一夏は俺に向かって抗議してくる。

 

「いやいや、お前はちゃんと(セシリアのハートを)撃ち抜いたから」

 

「おい和哉! まさかコイツ、鈴以外の他の女子達にも同じ事をしてるなんて事は無いよな!?」

 

「知りたいか?」

 

「教えろ!」

 

「ってかお前等! 俺を殺人犯みたいな会話するの止めろ!」

 

 全く見当違いな事を言って来る一夏を無視して俺は弾に教えようとするが……。

 

 

ドカンッ!

 

 

「お(にい)! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん! さっさと食べに――」

 

 突如部屋のドアが開く音がすると、弾の妹の妹である五反田(ごたんだ)(らん)が蹴り開けて入ってきた。ついでにソイツの歳は弾の一個下で中三。何でも有名私立女子高に通っている優等生だそうだ。

 

 まぁ俺としてはこの子が優等生である事はどうでも良いんだが、少し面倒な物を背負っている。

 

「あ、久しぶり。邪魔してる」

 

「いっ、一夏……さん!?」

 

「君は相変わらず兄に対して不躾なんだな」

 

 一夏だけを見て驚く蘭は俺の台詞は全く聞いていない。何故蘭が俺を無視して一夏だけを見ているのか……それは簡単。蘭は一夏に絶賛片思い中である。

 

 因みに今の蘭の格好はとてもラフな格好である。肩まである髪を後ろでクリップに挟んだだけの状態で、服装もショートパンツにタンクトップという機能性重視の格好だ。

 

 さて、そんなラフな格好で先ほど弾に不躾な態度を取っていた蘭が一夏の前で取る行動は……。

 

「い、いやっ、あのっ、き、来てたんですか……? 全寮制の学園に通っているって聞いてましたけど……」

 

 急に猫を被って淑やかに振る舞った。

 

「ああ、うん。今日はちょっと外出。家の様子見に来たついで和哉と一緒に寄ってみた」

 

「そ、そうですか」

 

 蘭の急変な態度に一夏は何の疑問も抱かず普通に話している。少しは疑問に思えよな、一夏。

 

「それはそうと弾の妹さん、いくら身内だからと言ってもノックはした方が良いと思うんだが?」

 

「そうだぞ蘭。お前なあ、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思われ――」

 

 俺の指摘に弾が便乗して言うと……。

 

 

ギンッ!

 

 

 おおう、蘭が兄に『睨み殺し』みたいな視線を送ってるよ。俺からすれば大した睨みじゃないが。

 

 そんな蘭に弾はダメージを受けたかのように萎縮していく。お前は相変わらず妹相手に弱いんだな。

 

「……なんで、言わないのよ……」

 

「い、いや、言ってなかったか? そうか、そりゃ悪かった。ハハハ……」

 

「って言うか、俺と一夏は連絡せずに来たから、弾が知らないのも無理はないんだがな。何でもかんでも兄の所為にするのはどうかと思うぞ?」

 

「………………………」

 

 俺の台詞を全く聞いていない蘭はギロリと弾を睨みつけ、そそくさと部屋を出て行こうとする。

 

「あ、あの、よかったら一夏さんもお昼どうぞ。まだ、ですよね?」

 

「あー、うん。いただくよ。ありがとう」

 

「い、いえ……」

 

「おい妹さん、俺も食べるが構わないよな?」

 

「…………どうぞご勝手に」

 

 やっと蘭が俺に口を開いたかと思えば、斬って捨てるような返事をして来る。お熱な一夏以外はどうでもいいってか?

 

 そう考えていると、蘭はぱたんとドアを閉めて静寂が訪れる。

 

「しかし、アレだな。蘭ともかれこれ三年の付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれないのかねぇ」

 

「「は?」」

 

 一夏の台詞に素っ頓狂な声を発する俺と弾。正直コイツが何を言ってるのかがさっぱり分からなかった。

 

「いや、ほら、だってよそよそしいだろ。今もさっさと部屋から出て行ったし」

 

「「……………………」」

 

 呆れながらはあっと溜息を漏らす俺と弾だったが、弾だけはふうと気を吐く。

 

「……二人揃って何だよ?」

 

「なあ和哉。俺はさあ、一夏はわざとやっているのかと思うときがあるぜ」

 

「それはいつもの事だろ。同時に弾にとっては好都合だと思うが?」

 

「そうだな。俺はこんなに歳の近い弟はいらんし」

 

「? お前等、一体何の話しをしてるんだ? ってか何でいきなり弟が出てくる? わけわからんぞ」

 

 俺と弾の会話に一夏が不可解な顔になって訊いてくるが一切無視だ。コイツに話したところで理解しないのは目に見えてるからな。

 

「まあ、いいや。とりあえず此処で飯食ってから町にでも出るか。一夏や和哉もそっちの方がいいだろ?」

 

「おう、そうだな。昼飯ゴチになる。サンキュ」

 

「良いのか? お前の家は食堂だから金は払うぞ」

 

「なあに気にするな。どうせ売れ残った定食だろう……ってそう言えば和哉は、アレあんまり好きじゃなかったんだっけ?」

 

 弾が思い出したかのように俺に言ってきた。売れ残った定食は恐らくカボチャ煮定食って事か。

 

「あのカボチャは滅茶苦茶甘すぎてご飯と一緒に食えないんだよな。弾には悪いが、俺は『業火野菜炒め』を注文させてもらうよ。勿論ちゃんと金は払う」

 

「おい和哉、食わせてもらえるだけでもありがたいってのにお前は。農家の人へと料理を作った人への感謝を――」

 

 顔を顰めながら俺に説教しようとする一夏だったが……。

 

「ま、確かにアレをご飯と一緒に食うってのは正直俺もちょっとな……。ま、金払うなら別に構わないぜ。ほら一夏、説教はいいから早く行こうぜ」

 

 弾が俺と同じ考えのようで、一夏の説教を中断させて部屋から出ようと促してくる。

 

 そして俺と渋々従う一夏は弾に続いて部屋を出て一階に行き、一度裏口から出て、正面の食堂入り口にと戻る。

 

 内心少し面倒だなって思っていると……。

 

「うげ」

 

「ん?」

 

「どうかしたのか?」

 

「…………………」

 

 露骨に嫌そうな声を出す弾に、一夏と俺は後ろから覗く。

 

 そこには俺達の昼食が用意してあるテーブルがあるんだが、先客が無言で立っていた。

 

「なに? 何か問題でもあるの? あるならお兄と和哉さんだけ外で食べてもいいよ」

 

「聞いたか和哉? 今の優しさに溢れた言葉。泣けてきちまうぜ」

 

「ま、それだけ妹さんは一夏と二人で食べたいって言う魂胆が見え見えなのが良く分かるよ」

 

「んなっ! な、何を言ってるんですか和哉さん!」

 

 手で涙を拭う弾を見て俺がちょっとばかり嫌味を言うと、蘭は図星を突かれたかのように顔を真っ赤にした。

 

「いや、別に四人で食べればいいだろ。それより他のお客さんもいるし、さっさと座ろうぜ」

 

「そ、そうよバカ(にい)と和哉さん。さっさと座ったらどうですか?」

 

 一夏の発言に蘭が頷きながら座るように促してきた。さっきと言ってる事が矛盾してるんだが。

 

「へいへい……」

 

「はいはい……」

 

 弾と俺は蘭の台詞に呆れながらテーブルに座った。因みにテーブルには俺、一夏、弾、蘭の並びで座っている。

 

 そんな時、一夏が今更何か気付いたように蘭を見る。

 

「蘭さあ」

 

「は、はひっ?」

 

「着替えたの? どっか出かける予定?」

 

「あっ、いえ、これは、その、ですねっ」

 

 一夏の問いにすぐに答えれずどう言おうかと悩んでいる蘭。

 

 因みに蘭の格好はさっきまでのラフな格好ではない。髪をしゅるりと下ろしたロングストレートで、服装は薄手で半袖のワンピースを纏っている。そしてわずかにフリルの付いた黒いニーソックスだ。

 

 今更着飾ったところで一夏は別に気にしないと思うんだがな。ま、好きな人には綺麗に見せたいと言う恋する乙女の行動なんだろう。

 

「ああ!」

 

 一夏が何か閃いたかのように声を上げて……。

 

「デート?」

 

 

ダンッ!

 

 

「違いますっ!」

 

 見当違いな発言をすると、蘭はテーブルを叩いて即時否定をした。一夏の鈍感は相も変わらずだな。

 

「ご、ごめん」

 

「あ、いえ……。と、とにかく、違います」

 

「違うっつーか、むしろ兄としては違って欲しくもないんだがな。何せお前そんなに気合のむぐっ!」

 

「そこまでにしておけ、弾。妹さんがお前の口をアイアンクローで口封じするつもりだぞ」

 

「!!!」

 

「………ちっ!」

 

 俺が咄嗟に口を塞ぐと弾は即座に黙り、アイアンクローをやろうとした蘭は舌打ちをした。

 

「舌打ちはいけないぞ、妹さん。猫被りの鍍金(めっき)()げかけてるぞ?」

 

「な、何を言ってるんですか和哉さん? 私は猫を被ってなんか……」

 

「ほう。じゃあそう言うんなら一夏に君がその服を着た理由を俺が教えても良いんだな?」

 

「! あ、あなたが言う必要はありません! 言っておきますけど和哉さん、もし喋ったら……!」

 

「何だ? 俺を黙らせようってか? 君程度で俺を黙らせるのは無理だと思うが?」

 

 蘭が俺にアイアンクローをやりそうな雰囲気を出していると……。

 

「何かさ。和哉と蘭って仲良いな」

 

「はい?」

 

「はあ!?」

 

 一夏がまた見当違いな発言をした事に俺は素っ頓狂な声を出し、蘭は物凄く嫌そうな返事をした。おいコラ蘭。一夏に誤解されたくないとは言え、いくらなんでもそれは失礼だと思うんだが?

 

「食わねえんなら下げるぞガキども」

 

「く、食います食います」

 

 突然現れたのは五反田食堂の大将にして弾と蘭の祖父である、五反田(ごたんだ)(げん)さんだった。八十過ぎてもなお現役で食堂を経営してるって凄い人だよ。

 

 この人は長袖の調理服を肩まで捲くり上げ、剥き出しになっている腕は筋肉隆々。中華鍋を一度に二つ振るその両の豪腕は、熱気に焼けて年中浅黒い。師匠も筋肉はあるが、この人と違って絞り込まれた筋肉だから対照的だ。

 

 因みに一夏は何度も厳さんの拳骨を喰らっており、一夏曰く『千冬姉に勝るとも劣らない威力』だそうだ。俺の場合は拳骨を喰らう直前に防いでいるから一夏の言う痛みを味わった事はない。

 

 それともうついでに厳さんは師匠とは古くからの知り合いでもあるらしい。まぁ取り敢えず今は昼飯を頂くとしよう。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

「いただきます……」

 

「いただきますっと」

 

 一夏、蘭、弾、俺の順番で言うと……。

 

「おう。食え」

 

 厳さんは満足気に頷いて台所に行くと次の料理を始める。そこでは俺が注文した二重の意味で五反田食堂鉄板メニュー『業火野菜炒め』の注文が他にも入ったらしく、あっと言う間に野菜を包丁で軽やかに切っている音が響く。

 

 そしてジュウジュウと野菜を炒める音をバックに、俺達は食事の合間に雑談を始める。

 

 何故そうしなければいけないのかと言うと、食べ物を噛みながら喋ってる最中に中華鍋が飛んでくるからだ。マナー違反をする相手が客でも身内でも厳さんは容赦無いのだ。

 

「でよう一夏。鈴と、えーと、誰だっけ? ファースト幼なじみ? と再会したって?」

 

「ああ、箒な」

 

「ホウキ……? 誰ですか?」

 

「ん? 俺のファースト幼なじみ」

 

「ちなみにセカンドは鈴な」

 

「ああ、あの……」

 

 俺は会話に入らずに業火野菜炒めを食べながら一夏達の会話を聞いている。蘭を見ると、鈴の話になった途端にほんの僅かに表情が硬くなる。蘭は鈴が一夏の事が好きなのを知っているからな。言うなれば二人は恋のライバル同士みたいなもんだ。

 

「そうそう、その箒と同じ部屋なんだよ。まあもうすぐで和哉と――」

 

 

がたたっ!

 

 

「お、同じ部屋!?」

 

 箒と相部屋だと知った蘭は取り乱して立ち上がる。後ろではワンテンポ送れて椅子が床に転がった。

 

「ど、どうした? 落ち着け」

 

「そうだぞ落ち着け」

 

「ま、今の蘭に落ち着けって言っても無駄だと思うがな」

 

 

ギンッ!

 

 

 おおっ。今度は弾だけじゃなくて俺も睨まれた。弾は小さくなるが、俺はその程度で全然怯えない。

 

 マナー違反をしている蘭に台所から何かが飛んでもおかしくない筈なのだが、厳さんは蘭の行動を咎めなかった。あの人は蘭には甘いからな。もし俺達が蘭と同じような事をしたら高速のおたまが飛んでくる。同じ孫娘を持つ師匠も綾ちゃんには甘いが厳さん並みじゃない。

 

「い、一夏、さん? 同じ部屋っていうのは、つまり、寝食をともに……?」

 

 取り乱している蘭は古い言い回しをしながら一夏に尋ねる。本人からすれば遠回しに訊いているんだろうけど。

 

「まあ、そうなるかな。でもそろそろ和哉と一緒の部屋になるって言ってたし」

 

「余りにも遅すぎる対応だったがな」

 

 ふむふむ。業火野菜炒めについてるタレは本当にご飯と合うな。 

 

「い、一ヵ月半以上同せ――同居していたんですか!?」

 

「ん、そうなるな」

 

 一夏が答えると蘭はくらっとした直後……。

 

「和哉さん! あなたがいながら今まで何をしていたんですか!?」

 

「んなもん知るか。文句を言いたければ千冬さんに言ってくれ。君が千冬さんの決めた事に文句が言えるのか?」

 

「ぐっ……!」

 

 俺に怒鳴ろうとしたが、予め用意した返答に言い返すことが出来なくなった。

 

 反撃出来なくなった蘭は次に汗をダラダラ流している弾に標的を変える。

 

「……お兄。後で話し合いましょう……」

 

「お、俺、このあと一夏と和哉と一緒にでかけるから……。ハハハ……」

 

「では夜に」

 

 有無を言わせぬ口調だった。俺に八つ当たりが出来なくなったからといって、兄で鬱憤を晴らすとは。

 

「……。決めました」

 

 蘭が何か決断した事に俺は何か嫌な予感がした。

 

「私、来年IS学園を受験します」

 

 ………この子、正気か?

 

 

がたたっ!

 

 

「お、お前、何言って――」

 

 蘭の発言に弾が立ち上がると……。

 

 

ビュッ―――――ガン!

 

 

 台所からおたまが飛んできて、弾の顔面に見事直撃した。厳さん、アンタ同じ孫でも贔屓しすぎだと思うんだが。

 

「え? 受験するって……なんで? 蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

 

「大丈夫です。私の成績なら余裕です」 

 

「IS学園は推薦ないぞ……」

 

「弾、大丈夫か?」

 

 よろよろと立ち上がる弾に気遣う俺。弾は体力が低いけど復活が早いと言う隠れた特徴を持っている。と言っても、あまり意味の無い性能だが。

 

「お兄と違って、私は筆記で余裕です」

 

「いや、でも……な、なあ、一夏! 和哉! あそこって実技あるよな!?」

 

「ん? ああまるな。IS起動試験っていうのがあって適性がまったくないやつはそれで落とされるらしい」

 

「ついでにその試験はそのまま簡単な稼働状況を見て、それを元に入学時点でのランキングを作成するらしいぞ」

 

 弾の問いに一夏と俺が答える。一夏が試験管の時は山田先生らしく。俺の時は……確か試験管の先生は俺にワンサイドゲームで負けて自信喪失した上に、辞表を出してIS学園を去って行ったと言ってたような気が……まぁいいか。何かあの試験官は女尊男卑に染まってた人だったしな。

 

「……………」

 

 無言でポケットからなにやら紙を取り出す蘭に、それを受け取って開く弾は……。

 

「げえっ!?」

 

 見た瞬間に不味いと言うような声を出した。

 

「弾、それには何て書いてあるんだ?」

 

「IS簡易適正試験……判定A……」

 

「おいおい……」

 

「問題はすでに解決済みです」

 

 書かれている紙を読む弾に俺が呆れると、蘭が得意そうに言って来る。

 

「それって希望者が受けれるやつだっけ? たしか政府がIS操縦者を募集する一環でやってるっていう」

 

「はい。タダです」

 

 思い出したかのように言う一夏に、蘭がそう答える。

 

 タダはいい。タダであればあるほどいい。何て言って頷いているのは台所にいる厳さん。

 

 本当、蘭に甘いんだなこの人……ってか厳さん。アンタは本当にそれで良いのか?

 

「で、ですので」

 

 こほんと咳払いをして、戻したばかりのイスにちょこんと座る蘭。

 

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を……」

 

 まさかこの子、そんな事の為にIS学園に入学する気なのか? 他にも一夏と一緒にいたいが為でもあるが、俺から言わせれば蘭の考えてる事はハッキリ言って馬鹿げてる。人殺しの兵器を使おうとする事に蘭は何の躊躇いも無いのか?

 

「ああ、いいぜ。受かったらな」 

 

 後の事を全く考えていない一夏は安請け合いをする。一夏、お前なぁ。

 

「や、約束しましたよ!? 絶対、絶対ですからね!」

 

「お、おう」

 

 安請け合いをした一夏に蘭は食いついて念を押すと、一夏はこくこくと二回頷く。その事に弾は物凄く反応した。

 

「妹さん、君は自分が何をやろうとしているのか分かっているのか?」

 

「か、和哉の言うとおりだぞ蘭! お前何勝手に学校変えることを決めてんだよ! なあ母さん」

 

「あら、いいじゃない別に。一夏くん、蘭のことよろしくね」

 

「あ、はい」

 

 今度は母親かよ。確かこの人は五反田食堂の自称看板娘、五反田(れん)さんだったな。実年齢は秘密だそうで、本人曰く『二八から年をとってないの』だそうだ。ニコニコ笑顔により、愛嬌があると実質以上に人を美しく見せている。

 

 ってかこの人も蘭のやろうとする事をまるっきり理解していないようだな。

 

「はい、じゃねえ!」

 

 一夏の返事に弾が怒鳴る。弾だけが良く分かっているみたいだな。

 

「ああもう、親父はいねえし! いいのか、じーちゃん!」

 

「蘭が自分で決めたんだ。どうこう言う筋合いじゃねえわな」

 

「いやだって――」

 

「なんだ弾、お前文句があるのか?」

 

「……ないです」

 

 あらら、厳さんの威圧に弾が負けてしまったな。

 

 仕方ない。此処は俺が敢えて嫌われ役を演じ、蘭にはIS学園に入学しないよう阻止するか。

 

「俺は文句ありますね」

 

「ああ? なんか言ったかボウズ? お前も蘭のやる事にケチを付けるのか?」

 

 俺の台詞に厳さんは声を低くしながら訊いてきた。

 

「ケチとかそう言う問題じゃありません。と言うか俺としては妹さんがIS学園に入学する事を反対しない貴方達に呆れています」

 

「んなっ!」

 

「お、おい和哉……お前何を」

 

 事実を言う俺に蘭が物凄い反応をして、一夏が急に心配そうに俺を見てくるが無視だ。

 

「妹さん、君は自分が何をやろうとしている事が全く分かっていない。IS学園に入学するのは止めておくんだな」

 

「な、何であなたにそんな事を言われなきゃいけないんですか!?」

 

 俺が言った直後に蘭が怒鳴ると……。

 

「ちょ、ちょっと和哉くん、どうして君は蘭の決めたことを否定するの?」

 

「おいボウズ。テメエ俺に喧嘩売ってるのか?」

 

 蓮さんが咎めるように言い、厳さんは今すぐに俺を殴りそうな雰囲気を出していた。

 

「貴方達が蘭がIS学園に入学した後の事を全く考えていないからですよ。それと厳さん、俺は弾と違ってその程度の脅しでは屈しませんから無駄ですよ」

 

「んだとテメエ!」

 

「あ、あなたって人は……! 私だけじゃなくお母さんやお爺ちゃんまで……!」

 

 もう堪忍袋が切れそうな厳さんと蘭は俺に掴みかかろうとしている。

 

「止めなさい、蘭。それにお義父さんも」

 

 そんな二人の行動をお見通しと言うか、蓮さんが即座に止めた。

 

「お母さん! 何で止めるのよ!」

 

「蓮さん、アンタは娘の蘭にあんな事言われて何とも――」

 

「お義父さん、話は最後まで聞いて下さい。和哉くんが私たちにあんな風に言うって事は何か理由がある筈です。そうでしょ? 和哉くん」

 

「ええ、まぁ」

 

「だそうですよ、お義父さん。ここは一先ず和哉くんの話しを聞いてからにしませんか? 蘭、あなたもよ」

 

「「………………………」」

 

 有無を言わせない口調で言う連さんに、蘭と厳さんが押し黙った。流石の厳さんも蓮さんには逆らえないみたいだな。

 

「では聞かせて貰いましょうか、和哉くん」

 

「分かりました。けどその前に……」

 

 話しを聞こうとする蓮さんに俺は一夏と弾を見て……。

 

「お前等、悪いが一切口出しはしないでくれよ。話してる最中に割って入られたら困るからな」

 

「わ、分かった……」

 

「ああ。蘭が考えを改めさせてくれるなら、俺は何も言わねえよ」

 

 念を押すと一夏は取り敢えず頷き、弾は即座に頷く。

 

「では始めますか。俺が何故貴方達に向かってあんな事を言ったのかを」

 

 そして俺は蘭のIS学園入学拒否についての理由を話し始めた。



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第31話

「ああ言った理由は……貴方達がISの危険性と言う物を全く理解していないからですよ」

 

「何ですって!」

 

「どう言う意味だコラ!」

 

 俺が言った直後に蘭と厳さんがまた怒鳴ってきた。

 

「止めなさい、二人とも。話は始まったばかりだというのに……ごめんなさい和哉くん。話しを続けて」

 

 怒鳴る二人に蓮さんがすぐに宥めると続きを促してくるので、俺は再び口を開く。

 

「厳さん、蓮さん、貴方達はISを使って相手と戦うと言う一種のスポーツの様に見ていると思いますが……」

 

「それがどうした? そんなもんいくら俺でも知ってるぞ」

 

「けど和哉くんの言い方だと他にも何かあるみたいね」

 

 厳さんとは違って連さんは気付いたみたいだな。

 

「ええ。アレはあくまで表向きであり、一種のデモンストレーションです」

 

「で、でもんすれーしょんだぁ?」

 

「お義父さん、デモンストレーションです」

 

「宣伝と思えばいいですよ」

 

 意味が分かっていない厳さんに俺が日本語で訳すと、だったら最初から日本語で言えと怒鳴り返された。

 

「で、ISの本来の使い方は……戦争の為に使う人殺しの兵器ですよ。まぁ表向きでスポーツとして使っているISは、自国が他国にいつでも戦争が出来ると言う宣伝です」

 

「「!!!」」

 

「ましてや、IS学園はその人殺しの兵器の使い方を学ぶ所。そしてISを学んだ卒業生達は戦争へ駆り出される兵となる」

 

 戦争と聞いた瞬間、厳さんと蓮さんは驚愕して目を見開きながらも俺の話しを聞いている。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい和哉さん! いくらなんでもそれは飛躍しすぎじゃありませんか!? こんな平和な時代に戦争なんて起きませんよ! そうならない為にアラスカ条約があるじゃないですか!」

 

 オーバーだと言って来る蘭に俺は呆れ顔になった。状況を全く理解してないみたいだな。

 

「そこら辺は妹さんでも知っているみたいだな。確かにアラスカ条約によって、ISの軍事利用は禁止されている。一見はね」

 

「でしたら……!」

 

「だけど妹さん。いくら禁止されているからと言って、じゃあ何で以前まであった戦車や戦闘機がもう使われていないと思う? 軍事利用で使っていた兵器をだよ」

 

「!!!」

 

「理由は誰もが知っている。ISがあるからソレ等はもう兵器としての価値が無いから不要って事だ。けどさぁ、何かコレ矛盾してないかい?」

 

「「「………………………………」」」

 

 アラスカ条約についての矛盾を指摘すると、蘭だけでなく厳さんと蓮さんも黙っていた。そして話しを聞いている一夏は何とも言えない顔をしており、弾は顔を青ざめている。

 

「おかしいよな? ISを軍事利用してはいけないって決まりをアラスカ条約で決まってる筈なのに、何で今までの兵器が不要になっているのかが。当然、この矛盾点は俺みたいな奴でも気付いてるのに、国のお偉いさんはソレに関して一切誰も抗議していない。加えてISを開発している世界二十一ヵ国全て」

 

「………和哉くん、それってどの国も敢えて黙認してるって事なのかしら? ISと言う兵器がそれだけ強力な武器だから」

 

「そうでなかったら前まであった戦車や戦闘機を簡単に手放していないと思いますよ。何しろISは一機だけで過去の兵器以上の働きをしますからね」

 

「………………………………」

 

 口を開いた蓮さんの問いに俺があっさり答えると再び口を噤んだ。

 

「とまぁ、アラスカ条約の矛盾はここまでにしてだ。妹さん、俺の言ってる事が何処か間違ってるなら遠慮なく言ってくれ。これはあくまで俺の考えに過ぎないからね」

 

「……………………………」

 

「無かったら話しを続けさせてもらうよ」

 

 何も答えない蘭に俺は次に戦争が起きる理由について話そうとする。

 

 どうでもいいんだが、さっきまで怒鳴っていた厳さんが急に静かになったな。腕を組みながら目を閉じて黙って聞いている姿勢だ。まぁ聞いているならこっちとしては良いけど。

 

「で、戦争についてですけど……さっき話したISが強力な兵器だと言うのは既に御存知。そして各国はいつでも万全に防衛出来るようISを開発して更に強化している。さて厳さん、ここで貴方に問います」

 

「………何をだ?」

 

 俺が名指しすると、厳さんは目を開いて低い声を出しながら見てくる。俺の問いをちゃんと聞いてくれるみたいだな。

 

「もし何処かの一つの国が、自分が作ったISより強力である上に喉から手が出るほど欲しいISを持っていたらどうしますか? 無論、それは他の国から見ても欲しがるISです」

 

「……そんなもんがあったら、さっき言ったアラスカ条約とかなんたらで抗議するんじゃねえか?」

 

「まあそうでしょうね」

 

 厳さんの言うとおり、いくらアラスカ条約に矛盾があっても抗議する事は出来るからな。けどその後からは問題になる。

 

「では次に。条約違反となったISが余りにも強力過ぎるから、各国が協議した結果は誰も手の届かない無人島へ放棄すると決めました……表面上はね」

 

「表面上?」

 

 蓮さんが繰り返して言うと、俺は次に蓮さんへ質問をする事にした。

 

「蓮さん、もし貴方が喉から手が出るほど強力なISを無人島へ放棄した後はどうしますか?」

 

「そのまま諦めるんじゃないかしら?」

 

「蓮さんみたいな人でしたら何の問題はありませんけど……じゃあそうでない人だったらどうすると思います?」

 

「…………他の国に知られないよう独自に回収する……かしら? ISを独占する為に」

 

「そうですね」

 

 自分達が欲しい物を簡単に諦めるほど、人間誰しもそんなに無欲じゃない。寧ろ強欲な生き物だ。って師匠に教えられたからな。

 

「妹さん、ここでアンタに最後の質問だ」

 

「は、はい……」

 

 どうやら蘭は気付き始めているみたいだな、俺がどうしてこんな質問をしているのかを。

 

「もしISを独自に回収する国が一つだけじゃなく、同時に他の国も無人島に来ていたらどうなるかな?」

 

「それは………そのISを奪う合う為に………っ!!」

 

「そう。そこで火種が生まれた途端に戦争の始まりだ。強力なISを奪う為の殺し合いを、な」

 

 漸く気付いた蘭に俺が締めると、誰もが言葉を失った。蘭、厳さん、蓮さん、一夏、弾だけでなく、この五反田食堂にいる他の客達も。

 

「そうなればもう誰にも手が付けられない状態になり、各国は『もうアラスカ条約なんか知った事か!』と言わんばかりに、軍事利用として禁止されていたISを投入して更なる血生臭い激戦が繰り広げられる」

 

『…………………………』

 

「今この時代はISが最強の兵器だから、どの国もソレが手に入れる事が出来るなら何だってする。たとえ戦争する事になっても、それに対抗する為のISがあるんですから」

 

 さてさて、此処まではあくまで長い前置きに過ぎない。

 

 俺が蘭にIS学園に入学して欲しくない一番の理由は次からだ。

 

「で、もし戦争になったら一番真っ先に徴兵されるのがIS操縦者達だ。更にはIS学園で在学中の生徒も駆り出される可能性もある。例えば……不足してるならISの適正が高い生徒でも構わない、とか?」

 

「!」

 

 IS簡易適正試験でAランクを出した誰かさんに向かって遠回しに言った途端、ビクッと身震いする蘭がいた。自分が駆り出されるかもしれないと思ったかな?

 

「適正が高いとは言え、まだ素人同然である生徒がISを操縦して戦場に出たらどうなるか……そこから先はどうなるかはもう大体分かる筈。特に厳さん、戦争と言う物を理解している貴方でしたらよくお分かりだと思いますが? もし妹さんが戦場に行ったらどうなるのかが」

 

「…………………………」

 

「お、お爺ちゃん?」

 

 尋ねても無言になってる厳さん。そして同時に顔を青褪めている事に蘭は不安そうな声を出す。

 

「厳さんの顔を見る限りではもう分かっているようですね。殺されるか、捕虜になるかのどっちかが。けど女性からすれば捕虜なんかならずに殺された方がまだ良いでしょうね」

 

「こ、殺された方がまだ良いって……?」

 

「お、おい和哉……それってもしかして……」

 

 一夏が繰り返して言い、弾が不安そうに訊くと……。

 

「そうだ。捕虜になった相手は情報を聞き出す為の拷問をするだけじゃない。妹さんみたいに可愛い女の子が捕虜だったら、男の欲望の捌け口にする為の……」

 

「そこから先は言わなくていい!!!!」

 

 俺が答えを言ってる最中に、厳さんがいきなりデカイ声を出して遮った。恐らく捕虜になった蘭が男達に犯されるのを想像してしまったんだろう。孫娘の蘭を溺愛している厳さんにとっては微塵も考えたく無い事だ。

 

 それと同時に蘭もガクガクと自分で体を抱き締めながら震えており、蓮さんや一夏、弾、そして客達も顔を完全に青褪めてしまっている。厳さんと同様の事を考えていたみたいだな。

 

 俺の予想では蘭がもし一夏以外の男に犯されたら間違いなく自殺すると思う。それだけ一夏の事が好きだからな。だが残念な事に、捕虜になった女性と言うのは自殺する権利は与えられず、男達の気の済むまでに利用されるからソレは叶わぬ願いになる。

 

 だから俺としては、友人の妹の蘭がIS学園に入学するのを反対している。人殺しの兵器であるISの使い方を学び、そして戦争に駆りだされて地獄を味わって欲しくないがために。

 

「とまぁ、そう言う訳だ妹さん。さっきまで話した事はあくまで俺の予想に過ぎないからな」

 

「…………………」

 

 蘭に話しかけても返事が来ない。さっきまでは俺に威勢よく怒鳴って来た時とは大違いだ。

 

「それでもさっきの話しを聞いたのにも拘らずIS学園に入学するんだったら、俺はもう止めはしないし何も言わない。そこから先は君の自由だ」

 

「わ、私は………」

 

 震えて泣きながら言う蘭に俺は更に追撃をする。

 

「君が人殺しの兵器を学び、戦場に駆りだされ、相手を殺す覚悟と相手に殺される覚悟を持っているなら――」

 

「和哉! これ以上蘭を追い詰めるな!」

 

「お願いだ和哉! 止めてくれ! 蘭がマジで泣きそうだ!」

 

 俺が言ってる最中に、一夏と弾が遮って止めに入った。特に弾は泣いている蘭を抱き締めながら言っている。

 

「一夏、弾、俺は一切口出しをするなと言っておいた筈なんだが?」

 

「もう充分だろ! これ以上続けるつもりなら俺は黙っちゃいないぞ!」

 

「和哉! 兄として頼む! もうこれ以上は!」

 

「…………なら厳さんと蓮さんはどうですか? 妹さんがこのままIS学園に入学する事に賛成ですか?」

 

 蘭を追い詰めるのはここまでで良いだろうと思った俺は次に、厳さんと蓮さんに尋ねる。

 

「…………すまねぇ蘭。悪いが前言撤回させてもらう。孫のお前が戦争に行く事になるなんて、俺は絶対に嫌だ……!」

 

「そうですね。私もIS学園に入学して欲しく無いわ。母親の私としては蘭には幸せな道を進んで欲しいから……」

 

 歯を食いしばりながら撤回する厳さんに、顔を伏せながら目を閉じて言うと……。

 

「俺も嫌だ! 頼む蘭ちゃん! IS学園に入学しないでくれ!」

 

「蘭ちゃんが戦争に行くなんて嫌だ!」

 

「もしソイツが言ったとおり、蘭ちゃんが敵の捕虜にされちまったら、俺は……俺はぁ!」

 

 他の客達も蘭がIS学園に入学するのを反対していた。あの面子は確か蘭のファンクラブだったな。

 

「蘭! お願いだからIS学園に入学するのは止めて、今まで通りでいてくれ。お兄ちゃんとしては、蘭に戦争に行って欲しくない!」

 

「お、お兄ぃ……」

 

 蘭は必死に説得する弾を見て……。

 

「俺もだ蘭。もしお前が戦争で死んじまったら……俺は安心してあの世に行く事が出来ねぇ……!」

 

「蘭、悪いけど考え直してくれないかしら? 和哉くんの話しを聞いて、自分がどれだけ浅はかだったかと言うのを心底思い知らされたわ」

 

「お爺ちゃん……お母さん……」

 

 苦しい顔をする厳さんと悲しそうな顔をする蓮さんを見て……。

 

「蘭ちゃんファンクラブ代表として頼む! どうか考え直してくれ!」

 

『お願いだ蘭ちゃん!』

 

「みんな………」

 

 そして蘭のファンクラブも見た。

 

 どうやら此処から先は見届ける必要は無さそうだな。もう此処に居る面子が必死に説得するから、蘭は考えを改めるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ和哉」

 

「何だ?」

 

 話しを終えた俺は五反田食堂から出て少し歩いていると、同行している一夏が俺に話しかけてくる。

 

 因みに弾は蘭の説得をしているので此処にはいない。

 

「蘭を説得する為とは言え、いくらなんでもアレは言い過ぎじゃなかったか?」

 

「ああでも言わないと蘭は考えを改めないと思ったからな。それにアイツはISと言う兵器を全く理解してない上に、覚悟なんて微塵も無かったんだからな。そんな奴がIS学園に来られちゃ却って迷惑だ」

 

 大好きな一夏を追いかける為にIS学園で入学するなんて言う不純な動機で来られちゃ堪んないしな。と俺は内心そう付け加える。

 

「確かにそうだが……けどいくらなんでもあそこまで追い詰めて泣かせるのはどうかと思うが」

 

「それだけアイツが戦争と言う悲惨さを全く理解していなかった証拠だ。お前だって嫌だろう? 蘭が戦争に行って殺されたり、捕虜になるのは」

 

「………………………」

 

 分かってはいても未だに納得してないって顔をしているみたいだな。

 

「言っておくがな一夏。どんなに御託を並べたところで、ISは所詮戦争をする為に使う人殺しの兵器。ましてやIS学園はその兵器の使い方を学ぶ所だ。それだけはちゃんと覚えておけ」

 

「………………………」

 

「俺はこの先、あの時の蘭みたいな甘っちょろい覚悟しか持っていなくてIS学園に入学する知り合いを見つけたら同じ事を言うつもりだ。たとえ嫌われようが何度でも言い続ける。戦争に行って死なれるより断然良いからな」

 

「……………ゴメン和哉。お前がそんな覚悟を持っているのを知らなくて、俺は……」

 

 俺が本気だと分かった一夏は顔を伏せながら謝ってくる。

 

「良いんだ。こう言った嫌われ役に俺はもう慣れてるからな。それにお前は優し過ぎるから俺みたいな事を言うなんて無理だし」

 

 謝る一夏に俺は大して気にせずに言いながら歩き続けると、一夏も俺の後に続く。

 

 その後はとても何処かのゲーセンで遊ぶ気にもなれなかったので、俺と一夏はそのまま学園に戻って各自の部屋で過ごすのであった。




にじファンで掲載していた話が終わりました。

次回からは本当の更新になります。

ですが私自身、仕事により忙しい身ですので更新は週1~2回程度になる事をご了承下さい。


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第32話

本日は本当の更新となります。

それではどうぞ!


「ふうっ。サッパリした~」

 

IS学園の寮に戻った俺は竜爺から貰った修行道具を使って一通りの修行をしていた。本当は一夏を誘うつもりだったが、蘭の説得の件があってそんな気になれず一人で修行をする事にした。

 

 そして修行を終えた俺は修行道具を片付けて部屋に戻って、汗まみれの体をシャワーで流し、それからは部屋でゆったりとベッドの上で横になって過ごしている。

 

「結局今日も部屋の連絡に関してまだ来ていないな」

 

 時刻が六時前になってる時計を見ながら俺はそう呟く。聞いた話では箒は先週に別室に移動したみたいだが、俺の部屋移動について未だ何の連絡も来ていない。

 

 山田先生に部屋の調整がまだ終わっていないのかと聞いたら、『申し訳ありませんが、もうちょっと待ってくれませんか? 今度入って来る男子の転校生が……あ! い、今のは聞かなかった事にして下さい!』って言ってたな。

 

「う~ん……男子の転校生が来るのは嬉しい事だが、ちょっと複雑だ」

 

 もしかしたらその男子の転校生が一夏と相部屋になる可能性が高いから、俺は現状のままって事かもしれないな。そうでなかったら今頃は一夏と相部屋になってる。

 

「まあ良いか。俺が部屋移動したら誰かさんがお菓子をバリボリ食ってるかもしれないし」

 

 お菓子好きの布仏を放っておいたら、却ってよくないな。布仏は隙あらば隠しているお菓子を探して食べようとしているし。

 

「あ、お菓子で思い出したが、確か明日はアップルパイを作る日だったか?」

 

 ふと思い出した俺は確認する為に壁にかけたカレンダーを見る。それには明日の日付に赤丸が付いていて、アップルパイを作る日となっている。明日は布仏が催促してくるのが容易に想像出来る。

 

「しつこく強請られる前に早く作っておかないと」

 

 そう考えながらカレンダーを見ていた俺はまたある事を思い出す。

 

「そう言えば……確か今月は学年別個人トーナメントがあるんだったな」

 

 学年別個人トーナメントとは、文字通り学年別に行うIS対決トーナメント戦。これはIS学園の行事の一つであって一週間かけて行うらしい。何故一週間もやるのかと言う理由に関しては至って単純。IS学園生徒全員が強制参加だからだ。

 

 一学年はおよそ百二十名……だったか。これをトーナメントでやるから、規模も相当のようだ。一年は短い訓練期間どれくらいの実力が身に付いたかを知る為の先天的才能評価で、二年はそこから訓練した状態でどこまで実力が上がったかを見る為の成長能力評価、最後に三年は一、二年以上に具体的な実戦能力評価だ。

 

 特に三年の試合はかなり大掛かりな物であるから、IS関連の企業のスカウトマンだけでなく、各国のお偉いさんが見に来る事もあるようだ。ま、一年の俺には全く関係無い事だが。

 

(取り敢えずはやるだけやるか。お偉いさん方はともかく、いつまでも俺に陰口を叩いている連中を黙らせるには丁度良いし)

 

 移動する度に俺を見てはヒソヒソと陰口を言ってて、俺が軽く睨むと蜘蛛の子を散らすかのように逃げる始末だからな。正直もうウンザリしてる。

 

(俺がIS学園最強を目指すと宣言したのが口だけじゃないって証明にもなる)

 

 千冬さんを……じゃなくて、更識先輩を倒す宣言をした以上は、それ相応の実力を見せないと奴等は納得しないだろう。やるからには全力でやらねば。

 

 そう決意してると、突然俺の腹がグゥーと鳴り出した。

 

「さて、そろそろ飯でも食いに行くか」

 

 時計を見ると時間がいつの間にか六時を過ぎていたので俺は部屋から出ようとベッドから起き上がる。そのまま立ち上がってドアに向かい、ノブに手を掛けてガチャリとドアを開ける。すると目の前にはダボダボのパジャマを着て、でかいナイトキャップを頭に被っている布仏がいた。他にも布仏の友達の……えっと、彼女は確か布仏にかなりんって呼ばれていたな。

 

「あ、かずー。良かったら一緒に夕飯食べに行かない~?」

 

 俺がいきなりドアを開けたのにも拘らず、布仏は大して気にしてなくそのまま夕飯の誘いをしながら俺に引っ付いてくる。

 

「良いぞ。と言うか今から飯食いに行くところだったから」

 

 前からこんな展開が何回もあったので、大して気にしなく布仏の誘いを受ける俺。

 

 そしてそのまま布仏達と一緒に食堂に行こうとすると、布仏が何か見つけた。

 

「お。おりむーだ。やっほー」

 

「ええっ!? お、織斑君!?」

 

 一夏と鈴をを見つけた布仏はぶんぶんと手を振り、女子は何か不味いように焦った声を出す。ま、そんなラフな格好を見られたら焦るだろうな。と言うかコレは寮にいる女子全員に言える事なんだが、異性の俺や一夏の目を気にして欲しいもんだ。

 

「一夏、お前も飯か?」

 

「ああ。まあな」

 

「やー、おりむー」

 

「のほほんさん、その愛称は決定なのか?」

 

「決定なのだよー。それよりさあ、私とかずーとかなりんと一緒に夕飯しようよ~」

 

 そう言って布仏は俺から離れて今度は一夏に引っ付いた。布仏って何かある度に俺や一夏に引っ付く傾向がある。まるで人懐っこい小型犬が構って欲しいかのように。

 

「残念、一夏はあたしと夕飯するの」

 

 一夏の隣にいた鈴が先約だと言う風に断ろうとする。

 

「わー、りんりんだー。勇気が出そうだね~」

 

「そ、その呼び方はやめてよ!」

 

「こら布仏さん。前に言っただろ? 鈴に向かってそんな呼び方はするなって」

 

 軽いトラウマを刺激された鈴は声を荒げ、俺が軽く注意しても布仏はどこ吹く風だった。

 

 因みに何故鈴がりんりんと呼ばれるのが嫌な理由だが、一夏から聞いた話だと、鈴が小学生の頃に名前の所為で男子からパンダの名前だとからかわれていたから嫌いだそうだ。

 

「悪かったな鈴。布仏さんには俺の方で後で言っておくから」

 

「まあ、鈴。落ち着けって。別に五人で食べてもいいだろ?」

 

「よくないけど……いいわよ」

 

 宥める俺と一夏に鈴は矛盾した返答をする。本当は一夏と二人だけで飯を食べたいのが本音だろう。

 

「ところでのほほんさん、さっき言ったかなりんって子はどこかに行っちゃったぞ?」

 

「おわー。ほんとだーいないー」

 

「あの子だったら既に向こうへ逃亡したぞ」

 

 一夏にラフな格好を見られた事で恥ずかしがって、自分を腕で体を抱くように逃げて行ったからな。

 

「どうする、布仏さん?」

 

「う~……かずー、悪いけど私かなりんを追うからおりむー達と先に食べてて~」

 

「分かった」

 

 俺の返答に布仏は追いかけようとぺたぺたと走っていく。ってか遅い。

 

「…………ねえ和哉。ちょっと訊きたいんだけど」

 

「何をだ?」

 

「一夏ってモテてんの?」

 

「そんなの訊くまでも無いと思うが?」

 

「おいお前等。どこをどう見てそう思うんだよ。ただ単に男がいるのが珍しいってだけだろ。ってかそれは和哉にも言える事だが」

 

 一夏の見当違いな突っ込みに俺と鈴は無視して食堂を目指した。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、聞いた?」

 

「聞いた聞いた!」

 

「え、何の話?」

 

「だから、あの織斑君の話よ」

 

「いい話? 悪い話?」

 

「最上級にいい話」

 

「聞く!」

 

「まあまあ落ち着きなさい。いい? 絶対これは女子にしか教えちゃダメよ? 女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで――」

 

 食堂に入ると、思春期女子で埋め尽くされた光景が映る。俺と一夏と鈴は奥の方で十数名がスクラムを組んでる一団を見た。

 

「ん? なんだあそこのテーブル。えらい人だかりだな」

 

「トランプでもやってんじゃないの? それか占いとかさ」

 

「それにしてはいつもより更に熱気を増しているような気がするが……ん? 何かどよめきが起きたな」

 

 不可解な行動をしている女子の一団は、

 

「えええっ!? そ、それ、マジで!?」

 

「マジで!」

 

「うそー! きゃー、どうしよう!」

 

 更にヒートアップしていた。

 

 何を話しているのかは知らないが、取り敢えずは静かにして欲しい。と言った所で、向こうはそんなのお構い無しに話しを続けるだろうから、さっさと飯を食うとするか。

 

「(俺は別のテーブルで食べようと思ってるが、鈴はどうして欲しい?)」

 

「(………何であたしにそんな事を聞くのよ)」

 

「(いや、俺がいたら邪魔になるだろうと思って)」

 

「(………別に良いわよ。アンタが下手に気を遣ったら一夏が絶対引き止めるのが目に見えてるし)」

 

「和哉、鈴、何ブツブツと話してるんだ?」

 

 俺と鈴が小声で話していると、一夏が不可解な顔をしながら訊いて来る。

 

「何でもないわよ」

 

「気にするな、一夏。それより、あそこのテーブルが空いてるぞ」

 

 そう言って俺は空いてるテーブルを指して、そこで食べようと移動する。

 

 ちなみに夕飯のメニューは千切りキャベツ付きのトンカツとほうれん草のお浸し、そして葱とワカメが入った白味噌汁とご飯だ。

 

 一夏はちきんの香草焼きと山芋と野菜の煮物、出汁巻き卵、そしてほうれん草の赤だし味噌汁だ。鈴は一夏と同じメニューだが味噌汁だけは違って、アサリの白味噌汁である。

 

「一夏、アンタ年寄り臭いこと考えでしょ」

 

 鈴が味噌汁を口に運びながら告げると、一夏は心外そうな顔をしているが、

 

「鈴の言うとおりだ。お前は年寄り臭い事を考えてる時はいつも目を細めてるぞ」

 

「そうよ。なにあれ? 思い馳せちゃってんの?」

 

「ふ、二人揃ってうるさいな……」

 

 俺と鈴の突っ込みに反論する事が出来なかった。

 

 ってか鈴、箸で人を指すんじゃない。

 

「おい鈴、箸で人を指すなよ。育ちが悪いって思われるぞ」

 

 俺が思っていた事を一夏が代わりに言う。日本人から見ればマナー違反だからな。

 

「まあ、実際大して良くないけどね」

 

「いや。そう言う問題じゃないんだがな、鈴」

 

「そうだ。おかしなクセは自覚的に直さないとダメだ。大体お前、昔それで千冬姉に怒られただろうが」

 

「う、うるさいわね……」

 

 相変わらず鈴は千冬さんに苦手意識を持っているな。その証拠に若干表情に苦味が混じってる。

 

「――一夏ってさあ」

 

「ん?」

 

「……。やっぱりなんでもない」

 

 何か言いたそうな感じの鈴だったが、急に無言になってがつがつとご飯をかきこんだ。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 な、何だこの二人。何故か突然無言になってるし。俺がいると話せないなら少し席を外すとするか。丁度飯を食い終わったところだし。

 

「えっと、俺ちょっとお茶取って来るわ」

 

 さり気なく席を外そうとする俺だったが、

 

「あ、和哉。あたしも行くわ。一夏は番茶でいいよね?」

 

「お、おう。サンキュ」

 

 何故か鈴も付いて来てしまった。

 

「おい鈴。人が折角気を利かせて席を外してやったのに何で付いて来るんだよ?」

 

「う、うるさいわね。こっちにも色々と事情があるのよ」

 

 何の事情なんだか。ってかお前っていざと言う時に逃げるってヘタレも良いところだぞ。

 

「………和哉、あんた凄く失礼な事を考えてるでしょ?」

 

「別に何も」

 

 顔を顰めながら睨んでくる鈴に、俺はポーカーフェイスで否定する。疑うように見ている鈴に余所に、俺は湯飲みを取って給茶機から番茶が出るボタンを押す。そこから出てくる熱い番茶を湯飲みに入れ終えると、次に鈴も俺と同じく給茶機から番茶を出す。

 

『あーーーーっ! 織斑君だ!』

 

『えっ、うそ!? どこ!?』

 

『ねえねえ、あの噂ってほんと――もがっ!』

 

「ん? 何かまた騒がしくなったな」

 

 大きな声が聞こえた俺は発生源を見ると、そこには複数の女子達が一夏と接触していた。

 

「……一夏の奴ってホントにモテるのね……!」

 

「そう嫉妬するなよ、鈴。いつもの事だろうが」

 

「だ、誰が嫉妬してるのよ!? 別にあたしは……」

 

「あっそ。だけどコレだけは言っておく。今の内に早く一夏をゲットしておかないと、誰かに取られちゃうぞ。そうなりたくなかったら、さっさと一夏に告白をするんだな。今度は酢豚を使った遠回しな告白じゃなくて、ストレートにな」

 

「んなっ! あ、あ、あんた! な、何で知ってるのよ!?」

 

「生憎、俺は一夏と違って鈍感じゃ無いんでな」

 

 顔を真っ赤にして突っ掛かってくる鈴を無視して一夏のいるテーブルに戻ると、いつのまにか女子達がいなくなっていた。

 

「一夏、お前と話していた女子達はいなくなってるが、一体どうしたんだ?」

 

「いや、俺にも何が何だがさっぱりで……」

 

「どうせまたなんかやらかしたんでしょ」

 

 お、鈴が戻ってきたか。まだ若干顔が赤いが。

 

「おい鈴。何で俺が問題児扱いなんだよ。と言うかお前、何か顔が赤い気がするが……」

 

「な、何でもないわよ! そんな事より、あんたは自分が問題児じゃないつもりなの?」

 

「……………………」

 

 突っ込みから逃げるかのように鈴から貰ったお茶を飲む一夏。

 

「ああ、お茶がうまい」

 

「逃げたな」

 

「逃げたわね」

 

 また更にお茶を飲んで逃げようとする一夏。

 

「ふー……やっぱり食後のお茶は落ち着く落ち着く」

 

「………………」

 

「……。ま、いいけどね」

 

 一夏の行動に呆れた俺は無言で椅子に座り、鈴もどうでも良くなったかのように椅子に座る。

 

 そして食後の余韻の後、一夏は思い出したかのように口を開く。

 

「そういえば――」

 

 一夏は今日弾の家であった事をあれやこれやと話す。最初はふんふんと話を聞いていた鈴だったが、途中からは真剣な顔になった。

 

「確かに和哉の言うとおりね。ISに乗るからにはそれ相応の覚悟がいるわ。どうやら蘭にはそこまでの覚悟が無かったみたいね」

 

「じゃあ鈴は和哉の言った展開になるのを覚悟してISに乗ってるのか?」

 

「当たり前よ。これでもあたしは代表候補生なんだからね。って言うか、それ位の覚悟が無かったら今頃代表候補生なんてやってないんだから」

 

 当然と答える鈴に一夏は何も言い返さなくなる。

 

「ま、蘭がこの先どうするかは知らんが、五反田家や自称蘭のファンクラブが必死に止めるだろうな」

 

「そう……。それがあの子の為ね」

 

 鈴は蘭とそりが合わないが、何だかんだ言って気に掛けてるようだ。

 

 何か湿っぽい話になって来てるから、ここでちょっと雰囲気を変えるか。

 

「けどまぁ、もし蘭が反対を押し切ってIS学園に入学したら、一夏が面倒を見る事になるんだよなぁ」

 

「ふーん……って、それどう言う事よ和哉!?」

 

 

バンッ!

 

 

 テーブルを叩いて立ち上がる鈴は、そのまま俺に顔を近づける。

 

「いや、俺が説得する前に蘭の奴が一夏に『IS学園に入学したら、是非ともご指導をお願いします』と言って、一夏は何も反対せずにする了承したんだよ」

 

 説明する俺に鈴は次に一夏をギロッと睨み、

 

「あんたねえ、いい加減女の子と軽く約束するのやめなさいよ! 責任も取れないのに安請け合いして、バカじゃないの!? つうかバカよ! バカ!」

 

 凄い剣幕で怒鳴り散らした。

 

 まあ確かに一夏は後の事を考えずに安請け合いをしてしまうから、フォローのしようがない。

 

「いや、その、だな? 鈴、すまん」

 

「謝るくらいなら約束を――」

 

「あ」

 

「あ」

 

「あってなによ、あって。――あ」

 

「ってお前もかよ、鈴」

 

 三人揃って『あ』と言う事に突っ込みを入れる俺。因みに最初が一夏、次がいつの間にか来た箒、最後が鈴。

 

「…………………」

 

 箒が俺達を見て無言になっている。

 

 余談だが、箒が懲罰部屋から出た後、気まずいかのように俺と話はしなかったが、今は何の問題なく話せる状態だ。にも拘らず箒が無言とは何かおかしい。一夏と何か遭ったのか?

 

「よ、よお、箒」

 

「な、なんだ一夏か」

 

「………………」

 

「………………」

 

 どうしたんだこの二人は? 何かいかにも何か遭ったから気まずい雰囲気を醸し出しているんだが。

 

「何、あんたたち何かあったわけ?」

 

「「いや! 別になにも!」」

 

 鈴の問いに揃って答える一夏と箒。どうやら本当に二人の間に何か遭ったみたいだな。同じタイミングで言うんだし。

 

「なにその『明らかに何かありました』って反応」

 

「お前等は態とやってるのか?」

 

「そんなわけないだろ……」

 

 ジト目の鈴と呆れながら言う俺に一夏は言い訳染みた事を言う。その事によって箒がすぐにぷいっと顔を逸らして、そのまま歩いて行く。

 

「一夏、箒が行っちゃったぞ?」

 

「あー……」

 

 何か不味いかと思ってしまった一夏は、箒の後ろ姿を見る。ってかお前等、本当に何が遭ったんだ?

 

 ま、それはあくまで二人の問題だから敢えて訊かないでおこう。俺はそこまで野暮な事はしたくないし。

 

「じゃ、あたしは部屋に帰るから」

 

 鈴も俺と同じ事を考えていたのか、一夏に何も訊かず帰ろうとする。

 

「ん? おう。誘ってくれてありがとな」

 

「……たまにはアンタから誘いなさいよ。まったく……」

 

「うん?」

 

「なんでもない。じゃあね」

 

 どうやら鈴の方から一夏を夕飯に誘ったみたいだな。

 

「一夏、俺はこの後にゲームをやろうと思っているが、お前も一緒にやるか?」

 

「いいぜ。俺もこの後は暇だからな」

 

 そして俺と一夏も食堂から出て俺の部屋でゲームをする事となった。



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第33話

 月曜日の朝。俺と一夏が教室に入って席に着いてると、クラス中の女子がわいわいとにぎやかに談笑をしていた。

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

 

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

 

「そのデザインがいいの!」

 

「私は性能的に見てミューレイのがいいかなぁ。特にスムーズモデル」

 

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

 

 女子達は手にカタログを持って、色々な意見交換をしている。

 

「そういえば織斑君と神代君のISスーツってどこのやつなの? 見たことない型だけど」

 

「あー。俺と和哉のは特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと――」

 

「イングリッド社のストレートアームモデルだそうだ」

 

 一夏がメーカーを言おうするが、俺が言った事に顔を顰めてジトッと軽く睨んでくる。

 

「お前なぁ、人が言おうとしてたのを先に言うなよな。最近は一生懸命勉強しているって言うのに……」

 

「ははっ。それは悪かったな」

 

 女子の一人が言ったISスーツと言うのは文字通りIS展開時に体に来ている特殊なフィットスーツの事だ。ソレ無しでもISを動かすのは可能だが、反応速度がかなり鈍ってしまうようだ。

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検地することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃はきえませんのであしからず」

 

 突然すらすらと説明しながら現れたのは、俺達のクラスの副担任である山田先生だった。

 

「山ちゃん詳しい!」

 

「一応先生ですから。……って、や、山ちゃん?」

 

「山ぴー見直した!」

 

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」

 

 入学してから大体二ヶ月で、山田先生には愛称がついていた。確か8つだったか? 一応慕われていると言う証拠だが、俺からすれば年上相手にそれは無いと思う。

 

「コラコラ君たち、生徒はともかく先生相手にそれはダメだろうが」

 

「神代君の言うとおりですよー。教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

 

「えー、いいじゃんいいじゃん」

 

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

 

「神代君も真面目だねぇ」

 

「ま、まーやんって……」

 

 何かもう、山田先生を教師と見ていない様な気がするのは俺の気のせいだろうか。

 

「あれ? マヤマヤの方が良かった? マヤマヤ」

 

「そ、それもちょっと……」

 

「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

 

「あ、あれはやめてください!」

 

 ん? 珍しいな。山田先生が語尾を強くして拒絶するなんて。ヤマヤと言うあだ名に何かトラウマでもあるのか?

 

「と、とにかくですね。生徒の神代君はともかく、私にはちゃんと先生とつけてください。わかりましたか? わかりましたね?」

 

 念を押す山田先生に、はーいとクラス中から返事が来るが、ただ単に返事してるだけだろうな。多分この先、山田先生のあだ名は増えていくと予想する。

 

「諸君、おはよう」

 

「お、おはようございます!」

 

 我等が担任である千冬さんが教室に入った途端、さっきまでざわざわしていた教室が一瞬で静まり全員挨拶をしていた。

 

 流石に山田先生みたくフレンドリーにあだ名で呼ぶ命知らずな生徒はいないみたいだ。もしいたら、俺はソイツを尊敬するぞ。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」

 

「はい織斑先生」

 

「神代か。何だ?」

 

「此処には男の俺や一夏もいますので、それはちょっと……」

 

「……………この二人の目の前で下着姿を晒したくなかったら、必ず忘れずに持って来るように」

 

 あ、この人咄嗟に考えて俺と一夏を利用したな。千冬さんの言葉を聞いた女子達は絶対に忘れないようにするって凄く真剣な顔をして頷いてるし。

 

 どうでも良い事だが、IS学園の指定水着は今じゃ絶滅危惧種と言われていた紺色のスクール水着である。特に五反田が喜びそうな代物だ。

 

(確か体操服もブルマーだったな。ここはどれだけマニア向けな物を指定してるんだよ)

 

 因みにそのブルマーも五反田が喜びそうな物でもある。言うまでもないと思うが、男の俺と一夏は短パンだ。

 

 もう一つ、学校指定のISスーツはタンクトップとスパッツを併せ持ったシンプルな物。何故学校指定の物があるにも拘らず、各人で用意する理由は、ISは人それぞれの仕様へと変化する物であるから、早めに自分のスタイルを確立するのが大事だそうだ。当然、全員が専用機を貰える訳じゃないから、どこまで個別のスーツが役に立つのかは難しい線引きでもあるが、そこはそれで花も恥じらう十代の乙女の感性を優先させているそうだ。俺から言わせれば、戦いの最中に見た目を気にしなければいけない女の感性には理解出来ない。確かセシリアが『女はおしゃれの生き物ですから』て言ってたな。俺はその時思わず、そんな見目麗しい姿になって戦争時に捕虜となったら兵士達の欲望を煽る要因を増やす事になるじゃないかと内心考えた。

 

 そして専用機持ちの特権である『パーソナライズ』を行うと、IS展開時にスーツも同時に展開されて、着替える手間が省ける。因みにその時着ていた服は一度素粒子にまで分解されてISのデータ領域に格納される。どうやったらそんな風に出来るんだよと授業中に内心で何度も突っ込んだ。

 

 どういう風に展開されるのかと分かりやすく言えば、特撮のヒーローが敵と戦う時に光って変身するみたいな物……と思えばいい。

 

 だがそれには欠点がある。ISスーツを含むダイレクトなフォームチェンジはエネルギーを消費し、戦闘開始時には万全な状態で挑めない。だから、緊急時以外は普通にISスーツを着てISを展開するのがベターな方法である。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はいっ」

 

 連絡事項を言い終えた千冬さんが山田先生にバトンタッチ。その時に眼鏡を拭いていたみたいで、慌てながらかけ直してわたわたとしている山田先生。何も其処まで慌てなくても良いと思うんだが。そして教壇に立った山田先生は口を開こうとする。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

 

「え………」

 

「「「えええええっ!?」」」

 

 一夏が声を漏らした途端、クラス中の女子達が一気にざわつく。当然だ。噂好きの女からすれば、自分達の知らない情報がいきなり入って来た上に突然転校生が現れたから驚きもするだろう。しかも二人。

 

 因みに俺は転校生が来るのは山田先生がポロッと漏らしたのを聞いて知っていたが、二人来るとはな。もし男子が二人来るなら、俺が懸念してた部屋割りが解消されるかもしれない。

 

「(なあ和哉。転校生がこのクラスで二人入るのって変じゃないか? 普通分散させるもんじゃないかと俺は思うんだが……)」

 

「(確かに。何か意図的にこのクラスに配置させたって感じがする)」

 

 一夏と俺が至極真っ当な事を小声で至極真っ当な事を考えながら話していると、教室のドアが開いた。

 

「失礼します」

 

「……………」

 

 クラスに入って来た二人の転校生を見て、さっきまでのざわめきがピタッと止まる。

 

(何だ。俺の思い違いだったか)

 

 俺がそう思った理由は、転校生の男子が一人、女子が一人だったからである。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします。」

 

 転校生の男子の一人、デュノアはにこやかな顔でそう告げて一礼をする。

 

 俺を除くクラス全員があっけにとられたかのような顔をしていた。

 

「お、男……?」

 

 誰かがそう呟くと、デュノアは再度口を開く。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を――」

 

 ふむ。随分と人懐っこそうな顔だ。それに礼儀正しい立ち振る舞いと中性的に整ってる顔立ちで、髪は金髪。その髪を首の後ろで丁寧に束ねている。体は……何かとても男とは思えないほどの華奢な体型で、脚もスラッとしている。

 

 そして印象は誇張していなく『貴公子』と言った感じで、嫌味のない真っ直ぐな笑顔だ。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

「きゃあああああああああーーーーーっ!」

 

 いきなり歓喜の叫びをあげる女子達。一瞬、音波攻撃みたいな物だと思った。

 

「男子! 三人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

 

「地球に生まれて良かった~~~!」

 

「(あー、和哉。元気だね、うちのクラスの女子一同は)」

 

「(このクラスに限った事じゃないぞ、一夏。多分他のクラスや二、三年も同じ事をしてると思う)」

 

「(……だよなぁ)」

 

 クラス中が騒いでいる中、俺と一夏は再び小声で話し、他所のクラスがどういう行動をするかを予想している。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 面倒そうに千冬さんが言う。見た感じだと十代女子の反応が鬱陶しいのだろう。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」

 

 山田先生が宥めている最中、もう一人の転校生は……デュノアとは正反対だな。

 

 白に近い輝くような銀髪で、腰近くまで長く下ろしているロングストレートヘアー。綺麗だが整えている感じはなく、ただ伸ばしっ放しと言う印象。そして一番気になるのが左目を覆っている眼帯。それは医療用の白いやつではなく、古い戦争映画に出てくる大佐がしてそうな黒眼帯。そしてもう片方の右目は赤色だが、その色とは対照に冷めた目だ。

 

 この転校生を見て最初に思ったのは『軍人』と言うイメージだ。身長はデュノアより小さいが、全身からは冷たくて鋭い気配をはなっている。

 

(コイツ、明らかにそこら辺の女子とは違う)

 

 見た目は小さいが、雰囲気だけで相当な実力者だと言うのが分かる。ひょっとしたらコイツはイメージ通り軍人かもしれない。

 

「……………………」

 

 当の本人は未だに口を開こうとせず、腕組みをした状態で教室の女子達を下らないかのように見ている。だがそれは僅かの事であり、今は既に視線を千冬さんにだけ向けていた。まるで上官の命令を待っているかのように。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

(教官だと?)

 

 もう一人の転校生――ラウラの発言に俺は目を細める。そしてラウラの佇まいを直して素直に返事をするラウラに、俺以外のクラス一同はぽかんとしてる。それとは逆に、教官と呼ばれた千冬さんはさっきまでとは違った面倒な顔をした。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」 

 

「了解しました」

 

 そう答えるラウラはピッと伸ばした手を体の真横に付け、足をかかとで合わせて背筋を伸ばしている。どこからどう見ても軍人形式の対応に、俺はラウラが間違いなく軍人だと結論する。それと、千冬さんを教官と呼んでいると言う事は、間違いなくドイツの軍人。

 

 一夏から大して詳しい事は聞いてないが、千冬さんは一年ほどドイツで軍隊教官として働いていた事があった。弟である一夏が知ってるのはただそれだけ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「……………………」

 

 クラスメイト達が沈黙し、続く言葉を待っているが、ラウラ――ボーデヴィッヒは名前を言っただけで再び口を閉ざした。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 おいおい。本当にそれで終わりかよ。入学初日に一夏が自己紹介をした時の事を思い出したぞ。

 

 そんなボーデヴィッヒの返答に山田先生は泣きそうな顔をしている。お気の毒に。

 

「おい」

 

「ん?」

 

 山田先生に同情している俺に、ボーデヴィッヒが席に着いてる俺に近づいて話しかけてきた。

 

「貴様が織斑一夏か?」

 

「いいや。一夏は俺じゃなくて、アッチ」

 

「そうか」

 

 ん? コイツ、一夏を見ると同時に憎しみを込めた目をしてるな。

 

 そして一夏の席に近づいた瞬間、一夏に平手打ちをやりそうだったので、

 

 

ギンッ!

 

 

「!!!」

 

 ボーデヴィッヒだけに向けて少し強めの『睨み殺し』を使った。それによりボーデヴィッヒは平手打ちを止めて、即座に俺の方を見て警戒する。

 

「……今の殺気は貴様か?」

 

「何の事だ?」

 

 敢えて惚ける俺に更に睨みを増すボーデヴィッヒ。

 

「そんな事より、自己紹介が終わったならさっさと席に着いたらどうだ?」

 

「…………………」

 

「それに一夏に暴力を振るったら、織斑先生が黙ってないと思うぞ。アンタは知らないだろうが、織斑先生は一夏に対してかなり――」

 

「神代、それ以上言ったらどうなるか分かっているんだろうな?」

 

 俺がボーデヴィッヒに言ってる最中、いつの間にか千冬さんが俺の近くにいて、いつでも出席簿を振り下ろせる態勢になっていた。

 

「申し訳ありません。以後気をつけます、織斑先生」

 

「………ならいい。それとラウラ、早く席に着け」

 

「了解しました」

 

 千冬さんの指示にボーデヴィッヒは気に入らなさそうに俺を一瞥した後、

 

「織斑一夏、私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

「はあ?」

 

 一夏に向かってそう言うとスタスタと立ち去っていく。空いてる席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなった。

 

「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

 そう言って行動を促す千冬さん。

 

 さてと、早く教室から出て空いている第二アリーナ更衣室に向かわないといけないな。そうしないと此処で着替えようとする女子達に迷惑を掛けてしまう。

 

「おい織斑と神代。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

 ま、それは当然だな。

 

「君達が織斑君と神代君? 初めまして。僕は――」

 

「悪いが後にしてくれないか? 優先事項があるから」

 

「和哉の言うとおりだ。今はとにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」

 

 俺と一夏が説明をすると同時に行動に移す。何を考えてるのか一夏はデュノアの手を取り、俺と一緒に教室を出た。

 

「一夏、お前は何で手を繋ぐんだ?」

 

「こうした方が手っ取り早いと思ってな」

 

 別にそんな事をしなくても良いと思うんだが。俺が内心突っ込んでると、一夏はデュノアに説明を始める。

 

「とりあえず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

 

「う、うん……」

 

 妙だな。さっきの自己紹介の時はかなり落ち着いていたと言うのに。

 

「どうしたデュノア? 何かソワソワしてるな」

 

「トイレか?」

 

「トイ……っ違うよ!」

 

「そうか。それは何より」

 

 一夏の問いにデュノアは何故か顔を赤らめて否定してる。まるで女みたいな反応の仕方だ。

 

 そう考えながら、俺は一夏達と一緒に階段を下って一階へ行く。このまま速度を落とさずにアリーナへ向かわなければ、

 

「ああっ! 転校生発見!」

 

「しかも織斑君と一緒!」

 

「一人余計なのがいるけど!」

 

 どうやら一足遅くHRが終わったみたいだ。俺は別にどうでもいいんだが、問題は一夏とデュノアだ。各学年と各クラスが情報収集の為に二人を質問攻めにするのが容易に想像出来る。そんな事になったら確実に授業に遅刻となり、千冬さんの特別カリキュラムが待っている。

 

「いたっ! こっちよ!」

 

「者ども出会え出会えい!」

 

 おい。IS学園はいつから武家屋敷になったんだよ。アラームの代わりに法螺貝を取り出しそうな雰囲気だな。

 

「織斑君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」

 

「しかも瞳はエメラルド!」

 

「きゃああっ! 見て見て! ふたり! 手! 手繋いでる!」

 

「日本に生まれて良かった! ありがとうお母さん! 今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

 

 そこの親不孝者。今年以外もちゃんとしたプレゼントをしろっての。

 

「そこをどいてくれ、今コッチは急いでるんだ」

 

「貴方なんかに用は無いわよ!」

 

「そっちこそどきなさい!」

 

「私たちは織斑君と転校生君に用があるのよ!」

 

 本当にコイツ等と来たら……。相手の事情なんかお構い無しだな。

 

「ど、どうする和哉? 囲まれたぞ。このままじゃホントに遅刻しそうだ」

 

「な、なに? 何でみんな騒いでるの?」

 

 不味い状況になってると焦る表情をする一夏に、未だ状況を飲み込めてないデュノア。

 

 仕方ない。此処は俺が一肌脱いで突破するか。

 

「二人とも。ここから抜け出したいなら俺に協力してくれないか?」

 

「おう! 俺は全然構わないぞ!」

 

「え、えっと……取り敢えずお願いするよ」

 

 俺が確認を取ると二人は了承した。

 

「そうか。ならその場から動かずに息を止めてろ」

 

「へ? 何で息を……?」

 

「今は和哉の言うとおりにしてた方が良いぞ」

 

 一夏がデュノアにそう言って息を思いっきり吸い込んで止め、デュノアも言われたとおりに息を止める。

 

「よし。では――」

 

 

ガシッ! フッ!

 

 

 俺は一夏とデュノアの腰を掴んだと当時に、『疾足』を使ってこの場から姿を消した。

 

『え? あれ? 織斑君とデュノア君が消えた……?』

 

『ど、どこ? 二人はどこに消えたの!?』

 

『おのれ神代和哉ぁ~! 私達の邪魔をするなんて!』

 

『今度会ったら絶対に許さないんだから!』

 

「やれやれ。あの連中は相変わらず好き勝手な事を言ってくれる。本当に口だけは達者だな……って大丈夫か? 二人とも」

 

「おう、平気だ。にしても助かったぜ」

 

「い、今の何? さっきまであそこにいたのに、どうしてこんなに離れて……?」

 

 一夏とデュノアから離れて安否を確認すると、二人とも大丈夫みたいだ。もし二人が呼吸をしてる最中に『疾足』を使うと、突然の速さに耐えられず体に負担を掛けてしまうからな。だからそうさせないように、二人に息を止めてもらった訳だ。

 

「転校生。それについては後で説明するから、今は先ずアリーナに向かう事だ」

 

「っと、そうだな。早くしないと千冬姉にどやされるな」

 

「ま、待ってよ二人とも!」

 

 俺と一夏はそう言ってアリーナの更衣室に向かうと、デュノアもすぐに付いて来た。



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第34話

すいません。今日はかなり短いです。


「ったく。アイツ等は人が急いでいるってのにお構い無しだったな。鬱陶しいにも程がある」

 

「ね、ねえ。あの人たちはどうしてあんなに騒いでいたのかな?」

 

 更衣室に着いて俺が愚痴ってるとデュノアが訊いて来る。

 

「そりゃ男子が俺たちだけだからだろ」

 

「……?」

 

 デュノアの問いを一夏が代わりに答えるが、訊かれた本人は意味が分からない顔になってる。

 

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦できる男って、今のところ俺たちしかいないんだろ?」

 

「もし俺や一夏、そしてお前の他にもいたなら話は別だが」

 

「あっ! ――ああ、うん。そうだね」

 

 何だ? まるで自分が男だと思い出したかのような言い方だな。

 

「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

 

「ウー……何?」

 

「二十世紀の珍獣。昔日本で流行ったんだと」

 

「ふうん」

 

「尤も、俺は一夏と違って一部を除いたクラスの女子達以外に嫌われているがな」

 

「え? どうして?」

 

「早い話、この学園の全生徒に喧嘩を売ったんだ」

 

 まぁそれもさっきの事を含めて後で話すと俺は付け加えると、一夏が安堵したかのような顔になってる。

 

「しかしまあ助かったよ」

 

「何が?」

 

「いや、学園に男が俺と和哉だけって辛いからな。何かと気を遣うし。もう一人男がいてくれるっていうのは心強いもんだ。なあ、和哉?」

 

「確かに」

 

「そうなの?」

 

 そうなのって……やっぱり妙だな。何かコイツはどうも自分が男だと言う自覚が無いと言うか何と言うか。

 

「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

 デュノアに疑問を抱いてる中、一夏が自己紹介をしていた。

 

「俺は神代和哉だ。神代でも和哉でも好きな方で呼んで良い」

 

「うん。よろしく一夏、和哉。僕のこともシャルルでいいよ」

 

「わかった、シャルル」

 

「って今こんな話しをしてる場合じゃないぞ一夏、シャルル。早く着替えないと不味い」

 

 俺がそう言うと一夏が時計を見ると焦った顔になる。

 

「うわ! 本当に時間ヤバイな! すぐに着替えちまおうぜ!」

 

 焦る一夏は速攻で制服のボタンを一気に外し、それをベンチに投げて一呼吸でTシャツも脱ぎ捨てた。何だ一夏、お前事前にISスーツに着替えてなかったのか? 一時間目にあるのを知ってるなら、事前に部屋で着替えてれば良いものを。因みに俺は既に制服の中にISスーツを着てるので、ただ制服を脱げば良いだけだ。

 

「わあっ!?」

 

「「?」」

 

 何だ? シャルルがいきなり顔を赤らめてるな。

 

「どうしたんだシャルル?」

 

「荷物でも忘れたのか? って、なんで着替えないんだ? 早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で――」

 

「要するに早く着替えないと担任の千冬さんから鉄拳制裁が下されるって言いたいんだろ?」

 

 前置きはいらないからと言って、俺は制服を脱いでISスーツを着てる状態になる。

 

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」

 

「あっち向いててって……」

 

 まるで自分の着替えを見られちゃ不味いみたいな言い方だ。シャルルの不審な言動に俺はどんどん疑問が膨らんでいく。

 

「??? いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気はないが……って、シャルルはジロジロ見てるな」

 

「み、見てない! 別に見てないよ!」

 

 否定しながら両手を突き出し、慌てて顔を床に向けてるシャルル。ってかコイツの行動は本当におかしい。男とは思えない反応ばかりしている。

 

 シャルルに本当に男なのかと問い質してみたいが、今はそんな時間が無いので後回しにするとしよう。

 

「一夏、シャルル。俺は一足先に行かせてもらうぞ」

 

「え? 行くなら一緒に行こうぜ。出来れば和哉が使った……えっと……『疾足』だったか? それ使って運んで欲しいし」

 

「お前が着替えるのを待ってたら遅刻になりそうな予感がするからな。そんじゃお先に」

 

「あっ! ちょっ……!」

 

 

フッ!

 

 

 引き止めようとする一夏に俺は、すぐに『疾足』を使って更衣室の出入り口に移動してドアがバシュっと開くと、

 

「早く着替えてグラウンドに来いよ」

 

 

フッ!

 

 

 再び『疾足』を使い更衣室を出てグラウンドへ向かった。

 

「神代、織斑とデュノアはどうした?」

 

 第二グラウンドに到着すると、ジャージ姿の千冬さんが既にいた。

 

「二人はまだ着替えてる最中だったので、俺だけ早く来ました」

 

「その割には少し遅かったようだが?」

 

「情報に飢えたハイエナ達が一斉に一夏とシャルルに絡んできた故に少し手間取りまして」

 

「そうか。それは大変だったな」

 

 千冬さんは『ハイエナ=女子』と認識しているようだ。さっきのクラスでの騒ぎを思い出し、他のクラスのハイエナ達がどう言う行動を起こすか大体予測してたんだろう。

 

「ってな訳で、一夏達が遅刻しても勘弁してもらえませんか?」

 

「それとこれとは話が別だ」

 

 ですよねー。敢えて言ってみたけどやっぱりダメだったか。

 

 そう思いながら俺が列に並んで五分近く経った後、一夏とシャルルが漸く来た。

 

「遅い!」

 

 一夏とシャルルが来て早々、千冬さんは腕を組んで顔を顰めていた。ま、授業がもう始まってるからな。

 

「くだらんことを考えている暇があったらとっとと列に並べ!」

 

 

バシーンッ!

 

 

 あ、千冬さんが出席簿で一夏の頭を叩いた。遅刻したのに一体何を考えてたんだよ、一夏。

 

 俺が呆れていると、二人は一組整列の一番端に加わった。因みに俺は二人の前だ。

 

「ずいぶんゆっくりでしたわね」

 

 一夏の隣にいる蒼いISスーツ姿のセシリアがいかにも不機嫌ですみたいに言う。おいおいセシリア、遅刻した位で怒るなよ。

 

「和哉さんがおっしゃった理由を差し引いても、スーツを着るだけで、どうしてこんなに時間がかかるのかしら?」

 

 本来ISスーツと言うのは一般的に女性専用であり、見た目はワンピース水着やレオタードに近い。それゆえ部分的に肌の露出があるのは動き易いように考慮されているみたいだ。それでは防御力が無いも同然に思えるだろうが、一応ISのシールドバリアーがあるので、スーツの面積があろうが無かろうが関係無い。もしシールドエネルギーが無くなったら完全にアウトだが。

 

 因みに男のISスーツだが、スキューバダイビングの全身水着みたいな物である。女子と違って露出してる箇所は頭と手と足くらいだ。何でもデータ取りのためにそうしているらしい。

 

「(セシリア、そんなに剥れるなよ)」

 

「わたくしは別に剥れてなんか……」

 

「(一夏が女にモテるのは今に始まった事じゃ無いんだから、ちょっとは余裕な心を持ったらどうだ? 淑女なんだろ?)」

 

「…………それとこれと話は別ですわ」

 

 あらら。恋する乙女は淑女としての余裕が無いんだな。

 

「それにしても一夏さんはさぞかし女性との縁が多いようですから? そうでないと二月続けて女性からはたかれたりしませんよね。尤も、先程のHRの時には和哉さんが止めてくれましたが」

 

 そんな嫌味を言うなってセシリア。 

 

「なに? 一夏またなんかやったの?」

 

 今度は鈴か。因みに鈴は一夏の後ろにいる。

 

「後ろにいるわよ、バカ!」

 

 鈴があんな風に怒鳴ると言う事は、一夏がまた下らない事を考えていたんだろう。アイツは毎度毎度飽きない奴だな。

 

 そう言えば一夏の後ろは二組の列だったな。鈴はともかく、未だ俺を敵対視してる連中がいるみたいだ。言いたい事があるなら直接言えっての。

 

「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれそうになりましたの」

 

「はあ!? 一夏、アンタなんでそうバカなの!?」

 

「俺から言わせれば周りに聞こえるように声を出して喋るお前等の方がバカだと思うが?」

 

「――全くだ。バカは私の目の前にも二名いる」

 

 ギギギギッ……と軋むようなブリキの音で首を動かすセシリアと鈴の頭に、

 

 

バシーン!

 

 

 千冬さんの伝家の宝刀である出席簿アタックが響いた。



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第35話

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

「はい!」

 

 セシリアと鈴による出席簿アタックが響いた後、千冬さんの言葉に一組と二組は大きく返事をする。

 

「くうっ……。何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」

 

「……一夏と和哉のせい一夏と和哉のせい一夏と和哉のせい」

 

 叩かれた箇所が未だに痛いのか、セシリアと鈴は涙目になりながら頭を押さえていた。

 

 それと鈴、自業自得だってのに俺と一夏の所為にするなよ。騒いだお前が悪いんだから。

 

 俺が内心そう考えていると、鈴は前にいる一夏に蹴りをいれてた。千冬さんに注意されたにも拘らず全然懲りてないな。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。――凰! オルコット!」

 

「な、なぜわたくしまで!?」

 

 そりゃあ鈴と同じく騒いでいたからな。もうついでに諦めておけセシリア。千冬さんに意見を言ったところで無駄だから。

 

「専用機持ちはすぐにはじめられるからだ。いいから前に出ろ」

 

「だからってどうしてわたくしが……」

 

「一夏と和哉のせいなのになんでアタシが……」

 

「(なあ和哉。俺どうすれば良いんだ?)」

 

「(今のアイツ等に何を言っても無駄だから放っておけ)」

 

 セシリアと鈴の不満に一夏が小声で話しかけてくるので、俺は切り捨てるように言う。

 

「お前らすこしはやる気を出せ。――アイツにいいところを見せられるぞ?」

 

 千冬さんの言葉に二人は、

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」

 

 まんまと乗せられてやる気充分になった。

 

 アイツ等って一夏関連の事になるとホントに単純なんだな。

 

「(千冬姉さっき何て言ったんだ?)」

 

「(一種の激励をしただけだ)」

 

「(はあ? 何だそりゃ?)」

 

 お前を使っての激励だよ、一夏。

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

 

「ふふん。こっちの台詞。返り討ちよ」

 

「慌てるなバカども。対戦相手は――」

 

 

 キィィィィン……。

 

 

 ん? 何か上から空気を裂く音が聞こえるな……って、おい!

 

「ああああーっ! ど、どいてください~っ!」

 

 何かこっちに向かって落ちてきているので、取り敢えず俺は疾足を使って避けた瞬間、

 

 

 ドカーンッ!

 

 

 上空から落ちてきた飛行物体は一夏に激突した。物の見事に喰らった一夏は数メートル吹っ飛ばされた後、ゴロゴロと地面を転がっていた。それでも白式の展開はしてたから一応無事だ。

 

 けど間一髪だったな。もし反応が遅れてたら、俺も一夏と同じ目に遭って……ん?

 

「あ、あのう、織斑くん……ひゃんっ!」

 

 うわぁすげぇな一夏の奴。状況が状況とは言え、山田先生を押し倒してる上に胸を鷲掴みしてるよ。

 

「そ、その、ですね。困ります……こんな場所で……。いえ! 場所だけじゃなくてですね! 私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね! ……ああでも、このまま行けば織斑先生が義姉(ねえ)さんってことで、それはとても魅力的な――」

 

 山田先生も山田先生で何やら妄想してるし。あの人は本当に妄想癖が酷いな。

 

 にしても羨ましいな一夏。事故とは言え山田先生の胸を掴むなんて。このラッキースケベ。

 

 そう思ってると、セシリアと鈴がいつの間にかISを纏って一夏に攻撃しそうな態勢となっていた。

 

「おい一夏、いつまでも山田先生の胸を掴んでないで早く避難しないと死ぬぞ」

 

「え――ハッ!?」

 

 俺の声に反応した一夏は殺気を感じて即座に山田先生から体を離した。その直後、一秒前まで一夏の頭があった場所をレーザー光が貫いた。

 

「ホホホホホ……。残念です。和哉さんが余計な事を言ったせいで外してしまいましたわ……」

 

 うわ怖い。顔は笑ってるけど、額にはハッキリと血管が浮いてるよ。ってかセシリア、本気で一夏を殺す気だったのかよ。早く言って良かった。

 

 次にガシーンと何かが組み合わさる音が聞こえた。今の音は確か鈴の武器である《双天牙月》を連結した音だったな。

 

 鈴もセシリアと同じく一夏を殺す気満々で《双天牙月》を大きく振りかぶって投げた。

 

「伏せろ一夏!」

 

「うおっと!」

 

 一夏は俺の言われたとおり仰向けに倒れる。だがそれがいけなかった。

 

 投げた《双天牙月》はブーメランと同じく返ってきていた。不味い! あれじゃ一夏でもかわせない!

 

「はっ!」

 

 

 ドンッドンッ!

 

 

 右腕にIS部分展開をして刀で《双天牙月》弾こうと思っていた俺だったが、短く二発の火薬銃の音が響いた。弾丸は的確に《双天牙月》の両端を狙い、一夏を狙っていた軌道を変える。

 

「………お見事」

 

 そう言った俺は一夏のピンチを救った山田先生を見る。彼女が鈴が投げた《双天牙月》を両手でしっかりと持ち構えていた銃を撃ったからだ。

 

 しかも倒れたままの体勢から状態だけを僅かに起こして射撃を行ったにも拘らずあの命中精度。今までの雰囲気や、ドジなところを見せる山田先生とは全く違い、落ち着き払っている。

 

「………………」

 

 当然驚いているのは俺だけじゃなく、一夏・セシリア・鈴は勿論、他の女子も唖然としたままだ。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」

 

「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし」

 

 候補生止まりでも今の射撃を見れば充分凄いと思いますよ。俺がそう思ってると、山田先生の雰囲気がいつもの感じに戻っていた。

 

 まるでさっきまでカッコ良かった山田先生が、急にいつもの可愛らしい山田先生に戻った感じだ。

 

「さて小娘どもいつまで惚けている。さっさとはじめるぞ」

 

「え? あの、二対一で……?」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「安心しろ、今のお前たちならすぐ負ける。未だ量産機である神代に勝てないお前たちではな」

 

 ちょっとちょっと千冬さん。貴方何勝手に人を引き合いに出すんだよ。セシリアと鈴が瞳に闘志を滾らせてるし。確かセシリアは入学試験の時に山田先生と一度戦って勝ったから、千冬さんに負けると言われて更に力が漲ってるな。

 

「では、はじめ!」

 

 号令と同時にセシリアと鈴が飛翔すると、山田先生が目で確認してから空中へと躍り出た。

 

「手加減はしませんわ!」

 

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

 

「い、行きます!」

 

 言葉とは裏腹に、山田先生の目は先程一夏を助けた時の鋭く冷静な物へとなってる。先制攻撃を仕掛けるセシリアと鈴だったが、それはすぐに回避された。

 

「さて、今の間に……そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」

 

「あっ、はい」

 

 空中での戦闘を見ながら、千冬さんはシャルルに指示すると説明を始めた。

 

「山田先生の使用されているISは――」

 

 シャルルの説明を聞きながらも俺は空中の戦闘をジッとみている。

 

 セシリアがビット、鈴が衝撃砲を撃っても山田先生は何の問題無く回避してはシールドエネルギーで防いでいた。その後に山田先生が空かさずに銃で反撃すると、セシリアと鈴はすぐに避ける。

 

 一見、互角な戦いをしてるように見えるが実際は違う。山田先生は二人が避けるのを分かってて銃を撃っている。そうしてる理由は二人を誘導しているからだ。そうされた事により、山田先生の射撃を避けていた二人は物の見事にぶつかる。

 

「織斑先生、もう終わりそうですよ」

 

「そのようだな。ああデュノア、いったんそこまででいい」

 

 千冬さんがシャルルに説明を終わらせるように言うと、空中で戦っている山田先生はセシリアと鈴がぶつかった直後にグレネードを投擲する。そして爆発が起こり、煙の中から二つの物体が地面に落下した。

 

「くっ、うう……。まさかこのわたくしが……」

 

「あ、アンタねえ……何面白いように回避先読まれてんのよ……」

 

「り、鈴さんこそ! 無駄にばかすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

 

「こっちの台詞よ! なんですぐにビットを出すのよ! しかもエネルギー切れるの早いし!」

 

「ぐぐぐぐっ……!」

 

「ぎぎぎぎっ……!」

 

 主張していがみ合うセシリアと鈴に俺は呆れた。

 

「お前等、人の事をああだこうだ言う前に自分のやった事について反省しろ」

 

「「何ですって!」」

 

 俺の突っ込みに二人は睨んでくるが、

 

「先ずセシリア。急造とは言え今回は鈴とペアを組んだにも拘らず、援護で使う筈のビットが全く活かされてない。鈴をそっちのけに攻撃してちゃ意味無いだろうが」

 

「う……」

 

「そして鈴、近接戦の武器があるのに衝撃砲ばかり使ってどうする。射撃中心の山田先生相手に近接戦で挑めば、もしかしたら状況が変わってたかもしれないぞ」

 

「うぐ……」

 

 指摘されると何も言い返せなくなった。

 

 とは言え、ベテランの山田先生相手では今のコイツ等が連携をしても勝てる気がしない。千冬さんもそれを分かった上で二人掛かりで挑ませたからな。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 ぱんぱんと手を叩いて言う千冬さん。

 

 成程な。山田先生が普段から生徒達に舐められているから、セシリアと鈴を戦わせて実力差を教えさせたかったんだろう。そうした事により、生徒達は山田先生を見て未だに驚いているし。

 

「専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では九人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちと神代がやること。いいな? では分かれろ」

 

 千冬さんが言い終わった直後、女子達の大半が一夏とシャルルに詰め寄った。あの二人って本当に人気あるな。別にどうでもいいけど。

 

「モテる男達は辛いねぇ」

 

「ねぇかずー、私かずーに教えて貰いたいんだけどいいかな~?」

 

「別に良いよ。と言うか君は一夏達の所に行かないのか?」

 

「私はおりむー達よりかずーがいいー」

 

 俺が良いなんて布仏は随分と物好きだな。ま、悪い気はしないけど。

 

 そんな俺と布仏のやり取りを余所に、女子達に囲まれている一夏とシャルルに千冬さんが面倒くさそうに額を指で押さえながら低い声で告げる。

 

「この馬鹿者どもが……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド百周させるからな!」

 

 千冬さんの鶴の一声により、一夏とシャルルにわらわらと群がっていた女子達は蜘蛛の子を散らすが如く移動し、それぞれの専用機持ちグループ(+俺)は二分とかからず出来上がった。因みに俺の所は布仏を含めた1組の女子だけだ。

 

「最初からそうしろ。馬鹿者どもが」

 

 溜息を漏らしてる千冬さんに内心頷いてる俺。そんな中、各班の女子はバレないようにぼそぼそとお喋りをしていた。

 

「……やったぁ。織斑君と同じ班っ。名字のおかげねっ……」

 

「……うー、セシリアかぁ……。さっきボロ負けしてたし。はぁ……」

 

「……鳳さん、よろしくね。あとで織斑君のお話聞かせてよっ……」

 

「……デュノア君! わからないことがあったら何でも聞いてね! ちなみに私はフリーだよ!……」

 

「……神代君、お手柔らかに頼むね……」

 

「…………………………」

 

 やはりと言うべきか、唯一お喋りが無いのがシャルルと同じ転校生であるドイツから来たラウラ・ボーデヴィッヒの班だ。

 

 張り詰めた雰囲気と言っても良い。そして人とのコミュニケーションを拒んでいるオーラ。生徒達をまるでつまらないように含む冷たい眼差し。極め付けは一度も開いてない口。

 

 教室で会った時からアイツは初めからああだったからな。おまけに軍人気質だから、生徒達のISに対する認識に怒りを通り越して呆れているんだろう。ボーデヴィッヒとは共感出来る部分があるな。

 

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一斑一体取りに来てください。数は『打鉄』が四機、『リヴァイヴ』が二機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、速い者勝ちですよー」

 

 お、山田先生が普段の授業とは違ってしっかりしてるな。さっきの模擬戦で自信を取り戻したんだろう。もし眼鏡を外せば『仕事の出来る女』に見えそうだ。

 

 けどまぁ……堂々とした態度を見せるのは良いんだが、十代の乙女には無い豊満な胸までも惜しげなく晒すのはちょっとな。特に山田先生が時折見せる眼鏡を直す癖。それをする事であの大きな胸に自らの肘が触れて、弾力があって柔らかい果実を揺らすのはなぁ……正直、男ゆえについ目が行ってしまう。

 

「……………む~~~!」

 

 

 ギュウ~~~~!

 

 

「……何してるんだ、布仏さん?」

 

 いきなり布仏に左の頬を抓られてる俺。

 

「かずーがまやまやに大していやらしい目で見てたからー」

 

「そんな目をした憶えは無いが?」

 

「誤魔化しても無駄だよー。私には分かるんだからー」

 

「はいはい、悪かったよ。悪かったからもう放してくれないか?」

 

 適当に言ったところで布仏が納得しないと思って妥協する俺だった。下手な事を言うと却って不味いかもしれないから。

 

 布仏が頬を抓ってる手を放すと、近くにいた女子達がヒソヒソと話していた。

 

「何かあの二人、痴話喧嘩してるわね……」

 

「神代君にあんな事出来るのって、未だに本音だけよ」

 

「ほっぺを抓られてる神代君は全然怒る様子を見せないで謝ってるし」

 

「やっぱり神代君と本音って実は付き合ってるんじゃないのかって私思うんだけど……」

 

「だよねぇ~。同じ部屋にいる内に、お互い惹かれ合って結ばれたってやつかな?」

 

 女子達が何か訳の分からん事を言ってるが、取り敢えず無視してさっさと始めるとしよう。さっき山田先生が速い者勝ちだって言ってたから、『リヴァイヴ』にするか。

 

 そして『リヴァイブ』を借りた俺は布仏達のいる所へ戻る。

 

「さて、今からこのISを一人ずつ――」

 

『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。全員にやってもらうので、設定でフィッティングとパーソナライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね』

 

 言ってる最中にISのオープン・チャネルで山田先生が連絡してきた。取り敢えず装着の手伝いと起動に、歩行をやれば良いみたいだな。ではそうするか。

 

「――俺が装着の手伝いをして起動した後に歩行をする。良いな?」

 

『は~い』

 

「よし、じゃあ先ずは……」

 

 女子達の返事を聞いてすぐに一人の女子を当てようとすると、

 

『はいはいはーいっ! 出席番号一番! 相川清香! ハンドボール部! 趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!』

 

『お、おう。ていうかなぜ自己紹介を……』

 

『よろしくお願いしますっ!』

 

 一夏の班で、相川が自己紹介をして腰を折って深く礼をしながら右手を差し出してた。その事に一夏が戸惑っている。

 

『ああっ、ずるい!』

 

『私も!』

 

『第一印象から決めてました!』

 

 相川の行動に、一夏の班にいる女子達も同様に頭を下げたまま右手を突き出していた。

 

 更には、

 

『『『お願いしますっ!』』』

 

 シャルルの班でも女子達がお辞儀と握手待ちの手を並べていた。

 

『え、えっと……?』

 

 シャルルも一夏と同様に状況が飲み込めておらずに戸惑う一方である。

 

「………アイツ等は一体何やってるんだ?」

 

「あれは二人に第一印象を決めてるんだよー」

 

 俺が呆れたように言ってると、布仏が説明するように言った。

 

「そうだよ神代君。あれは女の子にとって必要な事なのよ」

 

「でも良いなぁ~。私も織斑君やデュノア君にああしたかったな~」

 

「見てて羨ましい~」

 

「ほう? じゃあシャルル班の所にいるあのお方の前でもそんな事が言えるのか?」

 

「「「え?」」」

 

 シャルル班にいる女子達の方に視線を向けると、

 

 

スパーン!

 

 

『『『いったああっっ!』』』

 

 千冬さんに頭を叩かれ、見事なハモり悲鳴をあげていた。一列に並んでいるからさぞかし叩き易かっただろうな。

 

『やる気があってなによりだ。それならば私が直接見てやろう。最初は誰だ?』

 

『あ、いえ、その……』

 

『わ、私たちはデュノア君でいいかな~……なんて』

 

『せ、先生のお手を煩わせるわけには……』

 

『なに、遠慮するな。将来有望なやつらには相応のレベルの訓練が必要だろう。……ああ、出席番号順ではじめるか』

 

『『『ひぃっ』』』

 

 死刑宣告に近い千冬さんの発言に、シャルル班女子は完全に恐怖していた。

 

「で、あれを見て羨ましいと思えるのか?」

 

「「「…………………」」」

 

 俺が訊くと何とも言えない顔で無言になる布仏を除く俺の班の女子達。

 

「さ、早く始めよう神代君」

 

「そうそう。始めないと織斑先生がコッチに来ちゃうね」

 

「いつでも準備万端だよ、神代君」

 

「そうだな。それじゃあ先ずは――」

 

 すぐに頭を切り替えた女子達は巻き添えを喰らわないよう、早く練習を始めるよう催促してきたので、俺はすぐに一人の女子を当ててISの装着の手伝いをした。



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第36話

すいません。今回も短いです。
本当はもう少し書こうと思っていたんですが、中途半端に区切る事になるので敢えて短めにしました。それではどうぞ!


「よし。歩行が終わったら次の人に交代だ」

 

「は~い」

 

 一人目の女子がISの装着、起動、歩行を終えたので装着解除するが、

 

「ねえ神代君。コックピットに届かないんだけど……」

 

「何? ………あ~……」

 

 しゃがむようにと指示をするのを忘れてしまい、ISが立ったままの状態になってしまった。

 

 因みに一夏達のグループも同じ事をやっており、二人目の女子が困惑している。

 

「………こうなってしまったら仕方ないな。じゃあ俺が乗せるとするか。悪いが少し我慢してくれ」

 

「どうやるの?」

 

「こうするんだ」

 

「え? ………ちょっ!」

 

 俺が二人目の女子を抱き上げてすぐにヒョイヒョイと飛んでISのコックピットまで運ぶ。

 

「はい、装着をしたら起動と歩行をするように。終わったら解除する際しゃがむように」

 

「あ、ありがとう……」

 

 運び終えた俺はすぐに降りると、布仏が俺に近づいてくる。 

 

「かずーって身軽だねー」

 

「それはどうも」

 

「今度は私を運んでー」

 

「残念だが次からはしゃがんで装着解除するように言ってあるから運ぶ事は無い」

 

 君の考えてる事はお見通しだよ、布仏。楽して運ばれようだなんてそうはいかない。

 

「ぶー……」

 

 これも予想通りと言うべきか、布仏は頬を膨らませて不満そうな顔になっている。

 

 そんな中、一夏の方では珍しく山田先生が一夏の手を引いて自分の方に向かせていた。それに加えて、山田先生の大きな胸が一夏の腕に挟まれて凄く密着度が増している。

 

「一夏って本当に女に関してはラッキーイベントがあるなぁ……」

 

 見てて本当に羨ましい……。っておい、何をしてるんだ布仏?

 

「まやまやに対してまたやらしい目で見てるー」

 

「だからって俺の頬を抓る事はないと思うんだが?」

 

「これはお仕置きー」

 

 何で俺がお仕置きをされなきゃいけないんだよ。お仕置きする相手は一夏にしてくれ。

 

「………はあっ。また痴話喧嘩が始まった」

 

「でも見てて和むよね?」

 

「あんまり怒る事の無い本音があんな不機嫌な顔になるのって珍しい……」

 

「それだけ神代君の事が好きだって証拠よ」

 

 女子達がまた訳の分からん事を言ってる最中、ISの操縦を終えた一人目の女子が立ちながら装着解除をしていた。

 

「こら。何で立ったまま装着解除をしてるんだ」

 

「いや、まあ、何となく?」

 

「何となくって……」

 

 そんな理由で勝手な事をするなよ。ったく。また運ばなきゃいけないのか。

 

「まあまあ神代君。そう怒らない怒らない」

 

「そうだよ。さ、早く本音を運ばなきゃね」

 

「お前等、何か妙に楽しんでいないか?」

 

「「いやいや、そんな事無いから♪」」

 

 揃って同じ事を言うって事は楽しんでいるようにしか見えないんだがな。

 

 まあいい。さっさと布仏を運ぶとするか。

 

「布仏さん、ちょっと失礼するよ」

 

「…………えへへ~♪ かずーにお姫様だっこされてる~♪」

 

 何だ? さっきまで膨れっ面して怒ってたのに、急に機嫌が良くなったな。一体どうしたんだ?

 

 ま、却って好都合だ。運んでる最中にまた頬を抓られたら嫌だし。にしても女って良く分からない。急に怒ったり機嫌がよくなったりするからな。

 

 そう思いながら俺は布仏を抱きかかえたまま、再び立ち状態であるISをコックピットまで運ぶ。

 

「ほら布仏さん、早く装着して」

 

「ぶ~……かずー早過ぎだよ~」

 

「時間が惜しいから早くしたんだ。いつまでもしがみ付いてないで離れるんだ」

 

「かずーがアップルパイを作ってくれるなら離れてあげる」

 

「布仏さん、君に選択肢を与えてあげよう。素直に従うか、織斑先生の鉄拳を喰らうか……」

 

「さーて、早く装着しないとねー」

 

 選択肢を聞いた布仏はすぐ俺から離れてISの装着を始めた。いくら布仏でも千冬さんの鉄拳は喰らいたくないだろうから離れたんだろう。

 

「全く。布仏さんは事ある度にアップルパイを作れって強請ってくるな」

 

「それだけ神代君の作るアップルパイは美味しいのよ。私も食べたいけどね」

 

 ISから降りながら呟く俺に近くにいた女子が当然のように言って来る。布仏じゃなくて他の一組の女子達も時折俺にアップルパイを作ってくれって催促してくる事がある。

 

「そんなに食べたかったら店で買ってくれば良いだろうが。素人の俺なんかよりプロの方が美味しいと思うが?」

 

「確かにそうかもしれないけど、神代君の作るアップルパイは他のとは違う美味しさがあるのよ」

 

「そうそう。病み付きになっちゃう美味しさで……」

 

「ついまた食べたくなっちゃうのよね~」

 

 よく分からんが、それだけ俺のアップルパイは好評って事なのか? そう言えば以前、綾ちゃんに作ってあげた時も美味しいって言われて食べきった後にご飯をご馳走してくれた事があったな。また綾ちゃんと会う機会があったらアップルパイを作ってあげるか。

 

 そう考えてる内に布仏は一通りの練習を終わって装着解除しており、次の女子がISに装着して練習を始めていた。俺達の班は順調に進んでいたが、一夏達の班はかなり出遅れている。理由は簡単。一夏の班の女子達が全員立ったままでISの装着解除をしてるからだ。それにより一夏が白式を展開しては運んで降りる行為を繰り返してるからであった。

 

 

 

 

 

 

「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合すること。専用機持ちと神代は訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 

 時間がギリギリだったが、全員がやっと起動テストを終えた一・二組の合同班は、格納庫にISを移してから再びグラウンドへ戻る。一夏達の班が凄く遅れていた為に時間一杯だったから全員が全力疾走をしてる。俺は別に問題ないが、他はもう必死だ。

 

 殆どが肩で息をしている一夏達に、千冬さんは連絡事項を伝えると山田先生と一緒にさっさと引き上げた。

 

「あー……。あんなに重いとは……。そう思わなかったか、和哉?」

 

「まあな」

 

 訓練機はIS専用のカートで運ぶが動力が一切無いので、必然に俺たち「人」が動力である。

 

「しかしお前の班の女子達には呆れたな。お前だけに運ばせておいて、自分達は一切手伝わなかったとは。いくら男の立場が弱いとは言え、使ったISぐらい一緒に片付けて欲しいもんだ」

 

「いや、まあ、男の俺が運ばないで女子に運ばせるっていうのも普通におかしいというか、ありえないからいいんだけど」

 

「相変わらず甘いな」

 

 そんな考えでいると、相手は付け上がるから止した方が良いと思うんだが。と言うか一夏と同じ班にいた箒の奴も、武士道精神を持ってる割にはいい性格してるな。

 

 因みに俺の班はちゃんと全員で運んでいたが、シャルルの班は「デュノア君にそんなことさせられない!」と数人の体育会系女子がそう言って訓練機を運んでいた。俺はともかく、一夏とシャルルの扱いが結構違うのが良く分かったよ。

 

「ま、お前のその考えは今に始まった事じゃないから仕方ないか。それより早く着替えに行くか」

 

「そうだな。シャルルも一緒に着替えに行こうぜ。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしよ」

 

「え、ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしてからいくから、先に行って着替えててよ。時間がかかるかもしれないから、待ってなくていいからね」

 

「機体の微調整はすぐにやるべきものじゃ無いと思うが……。ま、シャルルがそう言うなら先に戻るな。行くぞ一夏」

 

「いや、別に待ってても平気だぞ? 和哉と違って俺は待つのには慣れ――」

 

 一夏が一緒に待つと行ってる最中に、

 

「い、いいからいいから! 僕が平気じゃないから! ね? 先に教室に戻っててね?」

 

「お、おう。わかった。そ、それじゃ行くよ和哉」

 

 シャルルの妙な気迫に押され、一夏はつい頷いて俺に付いて来た。

 

「なあ和哉、何でシャルルはあそこまで必死だったんだ?」

 

「さあな。もしかしたら一夏にセクハラされるかもしれないと危惧したんじゃないか?」

 

「何でだよ! 俺は男相手にそんな趣味は無いぞ!」

 

「冗談だ。そう向きになって怒るな。けどシャルルもああ言ってる事だから、さっさと更衣室に行くぞ」

 

 食って掛かる一夏に俺が軽く流してると更衣室に着いてすぐに着替え始める。

 

「そうだ和哉。今日の昼は空いてるか?」

 

「何だ藪から棒に」

 

「箒が俺と一緒に昼飯を食べないかと誘われてさ。けど俺だけってのもなんだし、良かったら和哉も一緒にどうかと思って。あ、勿論シャルルも誘うつもりだ」

 

「……………箒がお前を誘ったなら別に俺やシャルルを誘わなくてもいいと思うが?」

 

 多分箒の事だから、一夏と二人っきりで食べたいから誘ったんだろう。取り敢えず箒の意を汲んで断ろうとする俺だが、誘われた本人は全然気付いてない。ま、一夏の鈍感は今に始まった事じゃないが。

 

 そして俺がやんわりと断っても、一夏は一緒に食べようと何度も言って来るので折れる事になった。




次回は長めになるのでお楽しみに!!


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第37話

仕事によって執筆する時間が無い……誰か私に時間を……!

まあそんな事はどうでもいいので、続きをどうぞ!


 

「……どういうことだ」

 

「ん?」

 

「いや、俺は断ったんだが一夏がしつこくてな」

 

 昼休みの屋上。そこに俺達がいた。

 

 本来、高校の屋上は生徒立ち入り禁止となっているが、このIS学園ではそんな決まりはない。それどころか誰でも入れるように開放されており、花壇には綺麗に配置された季節の花々、欧州を思わせる石畳が設置されている。そしてそれぞれ円テーブルには椅子が用意され、晴れた日の昼休みには女子達で賑わう快適な場所となってる。

 

 その女子達はシャルル目当てで学食に向かったと思われるので、屋上には俺達以外誰もいなかった。今日は貸し切り状態みたいで何よりだ。

 

「天気がいいから屋上で食べるって話だっただろ?」

 

「そうではなくてだな……!」

 

 チラッと箒が睨むかのように俺を見た後、近くにいるセシリアや鈴、そしてシャルルに視線を送る。

 

「せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいだろ。それにシャルルは転校してきたばっかりで右も左もわからないだろうし」

 

「そ、それはそうだが……」

 

「諦めろ箒。一夏がこう言う奴だって事くらいはお前だって分かってる筈だと思うが?」

 

「む、むう……」

 

 俺の台詞に箒は何か言いたげにしながら持ち上げた拳を握り締める。そのてには包みに包んだ手作りの弁当が握られていた。成程。どうやら箒は一夏の為に手作り弁当を作ったみたいだな。

 

 IS学園は全寮制だから、弁当持参にしたい生徒の為に早朝のキッチンが使えるようになっている。俺も使ってる事はあるが、そのキッチンはプロが使ってるような器具ばかりだ。見るだけで使われてる金の桁が違うってのが良く分かった。

 

 因みに俺は今日弁当を作った。綾ちゃんほど料理は美味くないが、それでも作れる方だからな。弁当は以前に綾ちゃんが作ってくれた料理である肉野菜炒め弁当だ。これとご飯があるだけで充分食っていけるからな。作り方を教えてくれた綾ちゃんに感謝しないと。

 

「はい一夏と和哉。アンタたちの分」

 

 そう言ってタッパーを俺と一夏に向かって放る鈴。食べ物を投げるなっての。

 

「おお、酢豚だ!」

 

「これは美味そうだな」

 

「そ。今朝作ったのよ。アンタたち前に食べたいって言ってたでしょ。和哉はついでだけど」

 

 俺はついでかよ。ま、本命である一夏の為に作ったんだから、俺はついでなのは仕方ないか。しかしご飯がある俺は別に良いんだが、それが無い一夏にはちょっとキツイな。鈴は鈴で自分の分のご飯だけ食堂で買ってきてるし。一夏にオカズだけじゃなくご飯も用意してやれよ。

 

「コホンコホン。――一夏さん、わたくしも今朝はたまたま偶然何の因果か早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたの。よろしければおひとつどうぞ」

 

 セシリアがバスケットを開くと、ソレにはサンドイッチが綺麗に並んでいる。

 

「(安心しろ一夏。セシリアが変な材料を入れてないかちゃんと確認した上に、本人にも味見をさせといたから大丈夫だ)」

 

「(た、助かった……)」

 

 俺が小声で教えると一夏は物凄く安堵している。因みに鈴はチッ……っと舌打ちしていた。余計な事をとでも思ってるんだろう。

 

「? お二人とも、どうかしまして?」

 

「いや! どうもしてない!」

 

「俺はただ、朝早くセシリアが俺の部屋に入って来て料理を見て欲しいと懇願――」

 

「わーっ! わーっ! わーっ!」

 

 言ってる最中に遮るかのように大声を出すセシリア。

 

 何故こんな会話をしてるのかと言うと……セシリア・オルコットは料理スキルが0に近い。見た目は良いんだが、味が途轍もなく不味い。

 

 俺が一度試食した時に思わず吐いてすぐ「不味い」と言ってしまった事によりセシリアは凄く憤慨したが、自分が作った料理を食わせた時は前言撤回して事実を受け入れた。それによりセシリアは男の俺によって料理を一から学んで凄く不味い料理にならなくなった。だが俺がちゃんと見てないとセシリアは時折とんでもない物を作ってる事もあるが、そこは敢えて割愛しておこう。

 

 まあ、セシリアのような大金持ちのご令嬢だったら仕方がない。本来ならお抱えシェフが作った料理を食べている立場だから、包丁を握った事が無いどころか、自分で食材を選ぶ事すらした事は無いだろうからな。

 

 しかしそれでも異様に見た目が良かったのはセシリア曰く「本と同じになればいいのでは?」だとさ。もし料理を作るのが大好きな綾ちゃんがいたら絶対にセシリアを説教していただろう。味を重視する綾ちゃんにとってそれは一番許せないからな。当然俺もだけど。

 

「あんたが余計な事するから一夏にアピールするのよ。このバカ」

 

 はっはっは。お前も人のこと言える立場じゃないだろうが、鈴。俺はまだ憶えてるぞ。お前が中学の頃、俺に殺人料理を食わせたじゃないか。一夏に料理を食わせる前の毒味役として。あの時は散々だったんだぞ。不味かった上に暫く口の中で味が残ってたんだからな。まあその後は俺が鈴に料理の基礎を叩き込んでやったが。と言うか鈴も大して料理スキルが無い俺に料理を教えられたのは屈辱だったと思うが。

 

 話が逸れてしまったが、ともかく今のセシリアの料理は不味くはないから心配は無い。ちゃんと俺が見てたからな。

 

「ええと、本当に僕が同席してよかったのかな?」

 

 俺と一夏の間にいるシャルルがそう言う。転校初日でいきなりこんな展開になるとは予想外だったんだろう。

 

 だがシャルルが俺達と同席するついさっきまではかなり面倒な事になっていた。三人目の男子争奪戦とばかりに一年一組には鬱陶しいと思う位に女子が大挙して押し寄せてきたのだ。そんな女子達にブロンドの貴公子のシャルルは、実に見事としか言いようのない対応でお引取り願っていた。

 

 女子一同はシャルルの対応と姿に強くアピールするのが逆に恥ずかしくなるばかりか、嬉しいような困ったような顔をして引き上げて言った。

 

 何しろ、

 

『僕のようなもののために咲き誇る花の一時を奪うことはできません。こうして甘い芳香に包まれているだけで、もうすでに酔ってしまいそうなのですから』

 

 ってな事を言ったからな。

 

 普通はかなりのキザな台詞と思うだろうが、シャルルが言っても全然嫌味じゃなかった。それはもう本当にそう思ってると言う感じの態度、堂々とした雰囲気の中にある儚げの印象、その言葉の輝きを引き立たせていた。そしてどこか優しいと言うのが更に良かったのだろう。手を握られた三年の先輩さんが速攻で失神してたからな。

 

 そんなやり取りが何度もあった後に一夏が誘ったと言う訳だ。そのついでに鈴とセシリア、そして前もって誘っていた俺も同行した事により、一夏と箒の二人っきりの食事の筈が大勢で賑わう形になった。

 

「いやいや、男子同士仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力してやっていこう。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ。――IS以外で」

 

「アンタはもうちょっと勉強しなさいよ」

 

「一夏、最後の台詞によって頼りになる男が台無しだぞ」

 

「してるって。多すぎるんだよ、覚えることが。お前らは入学前から予習してるからわかるだけだろ」

 

「ええまあ、適性検査を受けた時期にもよりますが、遅くてもみんなジュニアスクールのうちに専門の学習をはじめますわね」

 

 俺や一夏は分厚い教科書だけで予習してただけだがな。尤も一夏はやっていなかったが。

 

 因みに鈴は聞いた話だと中学三年から勉強して専用機持ちの代表候補生になったらしい。そうなるにはかなりの勉強と努力をしたんだろう。全ては再び一夏に会う為に。

 

 現在、模擬戦でのトータル勝率は俺が一位、鈴が二位、セシリアが三位、箒が四位で一夏が五位。ISに乗り始めて間も無い上に専用機持ちじゃない俺が一位なのはおかしいと思うだろうが、それはあくまで俺の身体能力と武術でカバーしているだけにすぎない。もし一夏達が俺のように武術を会得していたらビリになっているからな。

 

「ありがとう。一夏って優しいね」

 

 シャルルが笑顔で礼を言った事により、一夏は妙におかしな反応をしていた。おい一夏、シャルルは男なんだぞ……って突っ込みたいところなんだが、実のところ本当にシャルルは男なのかと疑問に思っている。男にしてはかなり細いし、更衣室で着替えた時には一夏の上半身の裸を見た時に女みたいな反応をしていたからな。それにコイツ、着替えの時にはまるで見られては不味いように一夏と着替えるのを拒んでいたし。

 

「い、いや、まあ、これからルームメイトになるだろうし……ついでだよ、ついで。って和哉の方は部屋割りについて何か聞いてないのか?」

 

「山田先生から聞いた話だと、俺はもう暫く布仏さんと相部屋だとさ」

 

「そうか。けど何か申し訳ないな。お前を除け者にしてるような感じで」

 

「気にするな。それに布仏さんを放っておいたら、俺がいないのを好機と見てお菓子をたくさん食べるのが目に見えてるから逆に好都合だ」

 

「和哉、あんたもうすっかりあの子の保護者になってるわね」

 

「まあな。けど就寝中には困る事がある。布仏さんは時折、俺のベッドに潜り込んで寝てる時があるからな。何度も言ってるんだが、『かずーと一緒だと寝やすい』とか言って来る始末で……ん? どうした?」

 

『…………………』

 

 俺が言ってる最中、箒を除く一夏達が呆れたような顔をしてコッチを見ている。何か俺が布仏さんの事を話す度にこんな反応をしてるんだよな。俺は何か呆れるような事を言ったか?

 

「な、なあ和哉……随分とのほほんさんと仲良いと言うか、親しいと言うか……」

 

「和哉さん……もしかして実は付き合っているのでは……?」

 

「か、和哉って彼女持ちだったんだね……。僕知らなかったよ」

 

「んな訳無いだろうが。俺と布仏さんはただの友達だけの関係だ」

 

「あんたねぇ! 一緒に寝ている時点で友達なんかで済ませる関係じゃないでしょうが!」

 

 鈴の突っ込みに一夏達はウンウンと頷いてる。失敬な奴等だな。

 

 そうしてる内に昼食が進む。俺は弁当の肉野菜炒め弁当と酢豚、一夏と鈴は酢豚、シャルルは購買のパン、セシリアは手料理を作ったにも拘らず購買で買ったパンを食べている。一夏に食わせる為に作ったとは言え、自分も今後の為に食っといた方が良いと思うんだがな。

 

「……………………」

 

 そんな中、先程から一夏の隣で全然箸を動かしてないどころか、弁当の包みさえ広げていない箒はずっと黙ったままだ。本当は一夏と二人っきりで食べる予定だったから、俺達が加わったことにより不機嫌になってるんだろう。

 

「どうした? 腹でも痛いのか?」

 

「違う……」

 

「そうか。ところで箒、そろそろ俺の分の弁当をくれるとありがたいんだが――」

 

「………………」

 

 無言で弁当を差し出す箒に、一夏は返事に困る反応をしている。箒が不機嫌な理由を作ったのは一夏だと言うのに、当の本人は全く気付いていないからな。この唐変木にはホントに困ったもんだ。

 

「じゃあ、早速。……おお!」

 

「ほう、これは凄いな……」

 

 一夏が箒に貰った弁当を開けると、鮭の塩焼きに鶏肉の唐揚げ、こんにゃくとごぼうの唐辛子炒め、ほうれん草のゴマ和えと言うバランスの取れたオカズがあった事に俺は思わず感嘆の声をあげる。

 

「これはすごいな! どれも手が込んでそうだ」

 

「つ、ついでだついで。あくまで私が自分で食べるために時間をかけただけだ」

 

「(よく言う。キッチンで作ってた時の箒はそりゃもう一夏の為にと――)」

 

「何か言ったか、和哉?」

 

「気のせいだろう」

 

 小声で言ったにも拘らず箒は聞こえていたようでギロッと睨んでくるが、俺は惚けるように振舞う。箒って一夏関連の事となると耳が良いんだな。

 

「そうだとしても嬉しいぜ。箒、ありがとう」

 

「ふ、ふん……」

 

 俺の呟きが聞こえてなかった一夏は礼を言うと、嬉しそうな表情で自分の弁当を開ける箒。

 

「箒、なんでそっちに唐揚げがないんだ?」

 

「! こ、これは、だな。ええと……」

 

 箒の弁当に唐揚げが無い理由は知っている。一夏の入ってるその唐揚げしか美味く出来ていないからな。

 

「わ、私はダイエット中なのだ! だから、一品減らしたのだ。文句があるか?」

 

「文句はないが……別に太ってないだろ」

 

 誤魔化す箒に一夏は不味い発言をしてしまう。何故なら鈴とセシリアの目の色が変わったからである。

 

「あー、男ってなんでダイエット=太っているの構図なのかしらね」

 

「まったくですわ。デリカシーに欠けますわね」

 

 それは俺も含まれてるのかねぇ。俺から言わせれば、若い内から下手にダイエットすると逆に太ってしまうから適度に食べた方が良いと思うぞ。

 

「いやでも実際ダイエットなんか必要ないように見え――」

 

「もうそこまでにしておけ、一夏。それ以上言うと手痛い目に遭うぞ」

 

「何でだ?」

 

 箒の体を見ようとする一夏に俺がストップをかけるとキョトンとした顔になる。

 

「女には色々と複雑な理由があるんだ」

 

「はあ?」

 

「どうやら和哉は一夏と違って分かってるみたいね」

 

「一夏さんには紳士として不足しているものがあまりに多いようですわね。少しは和哉さんを見習って下さい」

 

 俺の台詞に鈴とセシリアが頷くように言ってると、一夏は何やら考え事をしてる顔になる。どうせまた何か下らん事でも考えてるんだろう。

 

「「一夏!」」

 

 俺だけじゃなく箒と鈴も気付いて一夏に怒鳴る。さすが幼馴染と言ったところか。

 

「? ねえ和哉、彼女達はどうして急に一夏に怒鳴ったのかな?」

 

 状況が全く飲み込めないシャルルは困った顔をしながら俺に訊いて来る。

 

「幼馴染同士であるコミュニケーションとだけ言っておこう」

 

「???」

 

 全く理解が出来ないシャルルであるが、これしか言いようがない。と言うか一夏、お前シャルルを見ながらまた変な事を考え始めてるな。

 

「一夏……どうしたの? なんだか不思議な顔をしているけど」

 

「不思議? ほう、どんな感じかね?」

 

「口調まで不思議に……。ええと、孫夫婦の一家団らんを眺めているおじいさんのような顔かな」

 

「奇遇だなシャルル。実は俺もそう思ってたぞ」

 

「コーヒーと歴史を深く愛する知的な老学者ではなくて?」

 

「あはは。それはないよ、一夏。面白いなぁ」

 

「面白い冗談だな、一夏。思わず噴出しそうになったぞ」

 

 シャルルと俺の台詞により一夏が若干打ちのめされたような顔になってた。流石に友人である俺でもフォローは出来ない台詞だったからな。

 

 と言うか一夏、そんな事を言ってる暇があるなら早く箒の弁当を食ったらどうだ? 箒が痺れを切らしそうだぞ。




次回もまた遅い更新になりますが、お楽しみに!


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第38話

今日は早めに書けました。
それではどうぞ!


「コホン。さて与太話はこのくらいにして昼食にしよう。いつまでも談笑していられるほど昼休みは長くない」

 

 おいおい箒。全うな事を言ってるが、一夏に追い討ちをかけてやるなよ。

 

「じゃあまあ、いただきます」

 

 一夏は箒に言われたとおり再び食べ始め、唐揚げを頬張る。

 

「おお、うまい!」

 

 唐揚げを食べた一夏は笑顔で賞賛した。一夏がそこまで言うって事は、それだけ箒が作った唐揚げが美味い証拠だ。そして賞賛された箒は得意そうな顔になっている。

 

「これって結構仕込みに時間がかかってないか? ええと、混ぜてるのはショウガと醤油と……んぐんぐ。なんだろうな。絶対食べたことのある味なんだけど」

 

「おろしニンニクだ。それとあらかじめコショウを少しだけ混ぜてある。隠し味には大根おろしが適量だな」

 

「へえ! それはいいな。今度俺もやってみよう」

 

 これは良い事を聞いたな。後で綾ちゃんに箒お手製唐揚げの作り方をメールで送っといておこう。多分メールを見た後すぐに実践するだろう。

 

 しかしまあ、一夏は本当にモテモテだな。箒だけじゃなく、セシリアや鈴から手作り料理を貰えるとは。まあこの三人は一夏にベタ惚れだから、アピールする為に手料理を作ってるのはとっくに分かってる。当の本人は三人の想いにちっとも気付いていないがな。

 

「いやでも、本当にうまいな。箒、食べなくていいのか?」

 

「……失敗した方は全部自分で食べたからな……」

 

「ん?」

 

「あ、ああ、いや、大丈夫だ。まあ、その、なんだ……。おいしかったのなら、いい」

 

「本当にうまいから箒も食べてみろよ。ほら」

 

 俺が考えているのを余所に、一夏は箒に唐揚げを食べさせようとしていた。一夏の行動に箒はキョトンとした顔になっている。

 

「な、なに?」

 

「ほら。食ってみろって」

 

「い、いや、その、だな……」

 

 しどろもどろになりながら頬を赤くしてる箒。そりゃそうだ。何しろ大好きな一夏に『はい、あーん』をされているんだからな。

 

「箒、折角一夏がお前に食べさせようとしてるんだ。ここは素直に食べたらどうだ?」

 

「だ、だが……」

 

「……………………」 

 

「……………………」

 

 箒にアドバイスをしてる俺に鈴とセシリアが睨んでくる。その程度で怒るなよ二人共。もうちょっと広い心を持ったらどうなんだ?

 

「それとこれと話は別よ」

 

「出来ればわたくしたちの心情を察して欲しいのですが」

 

 そんな事を言われてもなぁ。と言うかよく俺の考えてる事が分かったな。顔に出てたか?

 

「ほら。箒、食べてみろって」

 

「い、いや、その……だな。ううむ……ごほんごほん」

 

 一夏が催促してるにも拘らず、箒は未だに迷っていた。いつまでも迷ってないでさっさと決断しろっての。ってかさっきから緩んだ表情からキリッと戻してるからちょっと面白いぞ。

 

「あ、これってもしかして日本ではカップルがするっていう『はい、あーん』っていうやつなのかな? 仲睦まじいね」

 

 こらこらシャルル。そう言う事は思ってても口には出してはいけないんだぞ。

 

 でないと、

 

「だ、誰がっ! なんでこいつらが仲いいのよ!?」

 

「そっ、そうですわ! やり直しを要求します!」

 

 鈴とセシリアが黙っていないんだから。

 

 そんな激昂した二人にシャルルは笑顔を絶やさずに提案を出そうとする。

 

「うん。それならこうしよう。みんな、一つずつおかずを交換しようよ。食べさせあいっこならいいでしょう?」

 

「ん? まあ、俺はいいぞ」

 

「俺も一夏と同じく」

 

「ま、まあ、一夏と和哉がいいって言うんならね。付き合ってあげてもいいけど」

 

「わたくしは本来ならばそのようなテーブルマナーを損ねるような行為は良しとはいたしませんが、今日は平日でここは日本、『郷に入っては郷に従え(ゴーイング・ゴウ)』ですわね」

 

 取り敢えず全員参加みたいだな。 

 

「じゃ、早速もーらいっ!」

 

 突然鈴がそう言ってすぐに、一夏の箸から唐揚げを奪った。

 

「あ、こら!」

 

「おい鈴、いくらなんでも行儀が悪いぞ」

 

 俺の突っ込みに鈴は全く聞いておらず唐揚げを味わって食べている。

 

「もぐもぐ……。う! な、なかなかやるわね。なかなか」

 

「ふっ。和の伝統を重んじればこそだ」

 

 自分が食べる筈だった唐揚げを奪われたにも拘らず余裕の表情を見せる箒。相手に料理の美味さをアピールしてるのが良く分かる。一夏は全く気付いていないけど。

 

「あー……わりい箒。今ので唐揚げ、俺が口を付けたのしか無くなったわ」

 

「そ、そうなのか?」

 

「ああ。いくらなんでも男が口を付けた食べ物っていやだろ? って、でもそうなると(ほか)出せるおかずないんだよな。唐揚げ以外は一緒だし」

 

「一夏、箒はそんな細かい事を気にしてないと思うぞ。なあ、箒?」

 

「う、うむ。和哉の言うとおりだぞ一夏。べ、別に口がついていてもいいぞ。私は気にしない」

 

「うん? そうなのか。じゃ、はいあーん」

 

 助け舟を出した俺に箒が賛同すると、一夏は食べかけの唐揚げを箒に食べさせようとする。

 

「あ、あーん……」

 

 多少ぎこちない感じだがそう言って口を開けて唐揚げを頬張る箒。良かったな。大好きな一夏から食べさせて貰えて。

 

「い、いいものだな」

 

「だろ? うまいよな、この唐揚げ」

 

「唐揚げではないが……うむ。いいものだ」

 

 箒が幸せを感じている最中、

 

「一夏! はい、酢豚食べなさいよ酢豚!」

 

「一夏さん! サンドイッチもどうぞ! 一つといわずにどうぞ全部!」

 

 今度は鈴とセシリアが一夏に食べさせようとしていた。

 

「ね、ねえ和哉。どうして二人は一夏に食べさせようとしてるのかな?」

 

「乙女の暴走とでも言えば分かるか?」

 

「暴走って……もしかしてあの二人は一夏の事を?」

 

「そう言う事だ」

 

 一夏達のやり取りを余所に俺はシャルルと会話している。今下手に関わると巻き添えを食うからな。

 

「まあ他にも一夏を狙ってる女子がいるがな。とは言え、それはシャルルも同様か」

 

「和哉は違うの?」

 

「生憎俺は女子からはそう言う目で見られていないし、逆に嫌われているんでな。更衣室で女子達に絡まれた時、俺に対して嫌悪感を抱いていた女子達がいただろ?」

 

「そう言われれば……」

 

 俺の台詞にシャルルは思い出して疑問を抱くようになる。

 

「どうして和哉だけ嫌われてるの?」

 

「俺がIS学園に喧嘩を売ったからだ。『IS学園最強』になるって宣戦布告をしてな。それをした事によって女子達は気に食わないんだ」

 

「さ、最強って……」

 

「シャルルは軽蔑するか? 俺がどれだけ身の程知らずな事をしているのかと」

 

「そ、そんな事は無いよ。とても立派な目標だと思う。僕は応援するよ、和哉」

 

「ありがとう。けどなシャルル。俺が最強になると言った以上は、いずれ代表候補生であるお前とも戦う事になるからな。その時は容赦しないぞ」

 

「あはは。お手柔らかに頼むよ」

 

 俺とシャルルがそう話している内に、

 

「ていうか食べようぜ。食べてすぐダッシュは避けたい。俺と和哉とシャルルはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないんだからな」

 

 どうやら一夏達は一段落しているようで話題が変わって……ん?

 

「おい一夏、一つ聞いて良いか?」

 

「何をだ?」

 

「お前もしかして、実習の度に毎回スーツを脱いでいるのか?」

 

「え? 脱がないとダメだろ?」

 

 俺の問いに一夏は聞き返すと鈴が呆れたように言おうとする。

 

「あんたねぇ。女子は半分くらいの子が着たままよ? だって面倒じゃん」

 

 鈴の言葉に一夏は今更気付いた顔になる。道理で午後からの実習がいつもギリギリに来ていた訳だ。何やってんだか。

 

「和哉、お前今は……」

 

「言うまでもなく着てるぞ。ほれ」

 

「………俺、てっきり素早く着替えているのかと思ってた」

 

 俺がズボンの裾を上げてスーツの一部を見せると一夏はガックリとなった。いくら俺でも時間をロスする事は避けたいからな。

 

「ていうことは」

 

 次に一夏は箒達を見始める。おいおい一夏、いくらなんでもそれは止した方が良いと思うぞ。

 

「な、なに女子の体をジロジロ見てるのよ! このスケベ!」

 

「え? いや、別にそういう意味で――」

 

「い、意味がどうであれ、紳士的ではないと言っているのですわ!」

 

「だから眺めていただけ――」

 

「お、女の体を凝視しておいて眺めていただけとはなんだ! 不埒だぞ!」

 

 ほれ見ろ。下手に確認するかのように見ると鈴達はセクハラされたように誤解するんだから。もうちょっと後先考えて行動しような、一夏。

 

 そう思っていると一夏は「はぁ……」と溜息を吐いて反論する事を諦めて弁当を食べ始めた。賢明な判断だな。今の箒達に何を言っても無駄だから。

 

「……………」

 

「どうかしたの、一夏?」

 

「何か言いたそうな顔だな」

 

 一夏は何となくと言った感じでシャルルと俺を見た後、

 

「男同士っていいなと思ってな」

 

 訳の分からん事を言ったが、一夏の気持ちは何となくだが分からなくもなかった。

 

 多分、一夏の事だから新しい男子が転入して来た事に嬉しく思っているんだろう。ついでに寮の大浴場も使えるかもしれないと。

 

 因みに大浴場についてだが、男の俺や一夏は現在使う事が出来ない。前は時間をずらして使用出来る筈だったが、かなりの女子達から異議があったそうだ。

 

 その異議とは『私たちのあとに男子が入るなんて、どういう風にお風呂に入ったらいいかわかりません! 特に神代和哉が変態的な行動をするかもしれません!』だそうだ。人を変態扱いするとは良い根性してるよ。

 

 だったら女子の前の時間――と言う編成では更に倍の数の女子達が異論を唱えたみたいだ。『男子の後のお風呂なんてどういう風に使えばいいんですか! 特に神代和哉の体臭が付いたら大変です!』だそうだ。流石にその異論には俺も頭に来たから、『睨み殺し』を使って暫く動けなくしてやったがな。全く。人がいなけりゃ好き勝手ほざくくせに、いざ現れると蜘蛛の子を散らして逃げようとするからな。

 

 まあそれはともかく、男二人だけのために使用時間の割り振りをするのは無駄が多いと言う結論が下り、俺や一夏は寮の大浴場を一度も使った事がない。俺は別にどうでも良いが、風呂好きの一夏にとっては拷問に等しいだろう。

 

「そ、そう? よくわからないけど、一夏がいいなら良かったよ」

 

「シャルル、何か妙に照れてるように見えるが俺の気のせいか?」

 

「き、気のせいだよ。おかしなことを言わないでよ、和哉」

 

 そうかねぇ。何故か言葉がぎこちないんだが。

 

「……男同士がいいって何よ……もしかして和哉と一夏は以前から……」

 

「……不健全ですわ……和哉さんは実は一夏さんと……」

 

「……灯台もと暗しに気付かぬ愚か者め……和哉、一夏は渡さんぞ……」

 

 何やら三人が小さな声で独り言を言いながら俺を睨んでいた。聞き取れなかったが、何か物凄い悪寒が走ったような気がする。

 

 その後、女子トリオが俺に対して敵視するかのように一日中睨まれた。俺が一体何をしたんだ?

 

 

 

 

 

 

「全く。今日は何故か散々だったな」

 

「不機嫌そうだね、かずー」

 

 夕食を終えた俺は一夏とシャルルと別れて部屋に戻ると布仏がいた。食堂では三人目の男子転校生と言う事で女子包囲網と質問攻めにあい、延々と続きそうな状況に俺が二人を連れて即座に『疾足』を使って離脱したのだ。

 

 それとやはり山田先生の言ったとおり、シャルルは一夏と同室だった。一夏は申し訳無さそうに謝っていたが、俺は大して気にはしてない。

 

「かずー、今日はデザート無いの~?」

 

「無い。と言うか作る暇が無かった。食堂にはたくさんの女子達がいるからな」

 

「ぶー」

 

 デザートが無い事を知ると布仏は不機嫌そうに頬を膨らませるが、突然思い出したかのように言う。

 

「そういえば、おりむーと転校生が同室って聞いたけどー?」

 

「ああ。今頃一夏はシャルルと部屋でまったり過ごしてるだろうな」

 

 そう言って俺はベッドに座ると、布仏が俺の隣に座る。

 

「かずーはおりむーが羨ましい?」

 

「いいや。もし仮に俺がシャルルと同室になる話が来ても現状のままで良いって断るし」

 

「…………どうして?」

 

 ん? 何だ? 布仏が妙に顔を赤らめて真剣な顔をしてるような気がするな。

 

「布仏さんを放っておいたら、俺がいないのを良い事にお菓子をバリボリ食べるだろうから……って痛っ!」

 

「む~~~~! 私そんな子供じゃないよ~~~!」

 

 俺が言ってる最中に布仏はポカポカと俺を叩いてくる。それもグーで。

 

「かずーが普段から私をどういう目で見ていたのかよーくわかったよー!」

 

「わ、悪い! 思わず本音が……」

 

「私が何さー!」

 

「いや、君じゃないから! 俺が言った本音は本当の事を言ったって意味だよ!」

 

 あ~、何か段々面倒な事になって来たな。と言うかここ最近、布仏は俺に遠慮が無くなったと言うか、いつも以上に子供っぽくなったみたいな気がする。

 

「もうかずーなんて知らない! ふーんだ!」

 

 プイッと顔を背けて自分のベッドで不貞寝を始める布仏。

 

「布仏さん、俺が悪かったから許してくれ」

 

「…………………」

 

 謝罪しても布仏は何の反応も示さない。こりゃ相当不機嫌にさせてしまったようだな。仕方ない。此処はちょっと妥協するか。

 

「………明日布仏さん専用のアップルパイを作るって言ったらどうする?」

 

「…………お菓子も追加~」

 

 くっ……! ここは我慢しなければ……。

 

「……分かった。明日はお菓子も追加してあげるから」

 

「………じゃあ後もう一つ」

 

 こんにゃろっ……! 何か調子に乗っているな。いい加減に俺もちょっと頭に……。

 

「これから私の事を本音って呼んでくれたら許してあげるー」

 

「…………はい?」

 

 名前を呼ぶだけで? 別にそれは構わないが……まあ良いか。

 

「分かったよ、本音。これで良いか?」

 

「うん。それじゃ許す~」

 

 そう言って布仏……ではなく本音は犬や猫みたく俺にじゃれ付いて来た。

 

 後日、俺達が互いに名前で呼び合い、本音がいつも以上に俺に引っ付いてくる事にクラスから色々と誤解をされる羽目になったのは言うまでもなかった。




次回をお楽しみに!
けど『なろう』の方もいい加減書かなければいけないから、こっちはちょっとお休みになりそうです。


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第39話

「こう、ずばーっとやってから、がきんっ! どかんっ! という感じだ」

 

「なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚。……はあ? なんでわかんないのよバカ」

 

「防御の時は右半身を斜め上前方へ五度傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ」

 

「…………率直に言わせてもらう。全然分からん!」

 

「……はあっ」

 

 シャルルが転校して五日が経ち、今日は土曜日。IS学園は土曜日の午前には理論学習、午後は完全な自由時間になってる。かと言って土曜日の午後はアリーナが全開放だから殆どが実習に使ってる。俺や一夏達もアリーナでISの練習をしているのは言うまでも無い。

 

 んで、今日は一夏にIS戦闘についての訓練をさせようと指導役を箒、鈴、セシリアにやらせてみたのだが全然ダメだった。箒は訳の分からん擬音だらけの説明で、鈴は感覚の一点張り。そしてセシリアは細かすぎて逆に分かり辛かった。

 

「一夏、ちょっと相手してくれる? 白式と戦ってみたいんだ」

 

 三人に指導役を任せた事に後悔しながら溜息を吐いてると、ISを纏ったシャルルが一夏に勝負を申し込んできた。その事に一夏は助かったかのようにシャルルを見ている。

 

「分かった、シャルル。と言う訳だから三人とも、また後でな」

 

「「「むう……」」」

 

「和哉も良いよな?」

 

「ああ」

 

 特に反対する理由は無いからな。と言うか三人の分かり辛い指導よりシャルルの戦い方を見ている方が断然良い。

 

 因みにシャルルが纏ってるISはラファール・リヴァイヴだが、IS学園にある量産機と違って専用機だ。恐らくスペックは量産機よりかなり上に違いない。

 

 そして一夏はシャルルと対戦したが………あっさりと負けてしまった。もう少し粘って欲しかったんだがな。ま、射撃武器を把握してないからすぐに負けてしまうのは仕方ないけど。

 

「ええとね、一夏が勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

 

「そ、そうなのか? 一応わかっているつもりだったんだが……」

 

 対戦した後、シャルルにレクチャーを受けてる一夏。俺が思った事そのままだな。

 

「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦ったときもほどんど間合いを詰められなかったよね?」

 

「うっ……、確かに。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』も読まれてたしな……そういや和哉にも読まれてたし」

 

「いくら速くても攻め方が単調だったら分かりやすいっての。訓練の時に言ったろうが。直線的な攻撃は読まれ易いって」

 

「………そうでした」

 

「和哉とはまだ戦ってないから分からないけど、一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に一夏の瞬時加速って直線的だから反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」

 

「直線的か……うーん」

 

「言っておくが一夏。瞬時加速中に下手に軌道を変えようなんて考えは止めておけよ」

 

「え? 何でだ? 直線的な攻撃じゃ読まれ易いんだろ?」

 

「確かにそうだが、そんな事をしてしまうと逆にお前の体に負担が掛かるんだ。そうだろシャルル?」

 

「うん。和哉の言うとおり、空気抵抗とか圧力の関係で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするからね」

 

「……なるほど」

 

 俺とシャルルの言葉をしっかりと聞きながら、話の度に頷く一夏。

 

 それとシャルルの説明は俺の説明を補足してくれるかのように分かりやすくて良い。さっきまで一夏を指導していた女子三人組とは大違いだ。やはりシャルルに交代させて正解だったな。

 

 一夏も一夏で男であるシャルルに気を遣う必要が無いから熱心に話しを聞いている。かく言う俺もその一人だがな。

 

 女子相手だと、あのスーツだからな。それによって俺や一夏は色々な所に目が行ってしまう事がしばしば。正直やり辛い。

 

「ふん。ワタシのアドバイスをちゃんと聞かないからだ。和哉も和哉でアイツの味方をするとは……」

 

「あんなにわかりやすく教えてやったのに、なによ。にしても和哉も分からなかったなんて予想外だったけど」

 

「わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというのかしら。それに和哉さんも」

 

 お前等、随分と好き勝手な事を言うねぇ。取り敢えずお前等には今後一夏と実戦練習をして貰うよ。と言うかIS初心者にあんな教え方されても絶対に分からないから話にならないし。

 

 さっきも行ったが土曜の午後はアリーナが全開放されているから、この第三アリーナでも多くの生徒が訓練に励んでいる。だが、学園で三名しかいない男子が……いや、正確には一夏とシャルル目当てに、第三アリーナは使用希望者が続出している。ハッキリ言って生徒が多すぎるから訓練スペースが狭い。同時に別のグループ同士が一夏やシャルルにぶつかったり流れ弾に当たったりとちょっとしたトラブルがあった。

 

 因みに俺の時は故意に狙おうとしてるバカ数名いたが、一夏達に気付かれないようにさり気なく『睨み殺し』を使って動けなくしてやった。それにより動けなくなったバカ数名は他のグループにぶつかりまくって散々な目に遭っていた。自業自得だ。

 

「一夏の『白式(びゃくしき)』って後付武装(イコライザ)がないんだよね?」

 

「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域(パススロット)が空いてないらしい。だから量子変換(インストール)は無理だって言われた」

 

「たぶんだけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量を使っているからだよ」

 

「ワンオフ・アビリティーっていうと……和哉、なんだっけ?」

 

「お前なぁ……この間の授業で出てたのをもう忘れたのか? 言葉通り、唯一仕様(ワンオフ)の特殊才能《アビリティー》だ」

 

「そう。各ISが操縦者と最高状態の相性になったときに自然発生する能力のこと」

 

 呆れながら言う俺にシャルルが続けて説明を足す。

 

 にしてもスラスラと専門用語を出して分かりやすく説明出来るとは、それだけシャルルが優秀だって事が良く分かる。どっかの誰かさん達とは大違いだ。

 

「そう言えばシャルル。ここからは俺もあんまり分からないんだが、一夏は既にワンオフ・アビリティーを発動させたって事は専用機持ちは誰でもすぐに使える物なのか?」

 

「それはない。普通は第二形態(セカンド・フォーム)から発現するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の特殊能力を複数の人間が使えるようにしたのが第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズと凰さんの衝撃砲がそうだよ」

 

「そっか……」

 

 やはり普通はあり得ない事なのか。

 

「なるほど。それで、白式の唯一仕様(ワンオフ)ってやっぱり『零落白夜(れいらくびゃくや)』なのか?」

 

 確か白式の『零落白夜(れいらくびゃくや)』はエネルギー性質の物だったら何であっても無効化・消滅させる白式最大の攻撃能力だったな。だがそれは自らのISのシールドエネルギー、ゲーム風に言えば自分のHPを削ると言う危険も伴った諸刃の剣でもある。

 

「白式は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけでものすごい異常事態だよ。前例がまったくないからね。しかも、その能力って織斑先生の――初代『ブリュンヒルデ』が使っていたISと同じだよね?」

 

 そう言えば千冬さんが現役時代で使っていたISのワンオフ・アビリティーも『零落白夜(れいらくびゃくや)』だったな。

 

 シャルルに姉弟で同じ事が出来るのかと聞こうと思っていたが、

 

「まあ、姉弟だからとか、そんなもんじゃないのか?」

 

「ううん。姉弟だからってだけじゃ理由にならないと思う。さっきも言ったけど、ISと操縦者の相性が重要だから、いくら再現しようとしても意図的にできるものじゃないんだよ」

 

 どうやら違うみたいだったな。何か益々疑問に思ってしまう。何故一夏が千冬さんと同じ事を出来るのかを。

 

「はいはい二人とも。考えるのは後でも出来るから、今は訓練に集中だ」

 

「そうだな。和哉の言うとおり、今は考えても仕方ないだろうし、そのことは置いておこうぜ」

 

「あ、うん。それもそうだね。じゃあ、射撃武器の練習をしてみようか。和哉も一緒にやる?」

 

「喜んで。俺も一夏と同様に近接格闘オンリーだから、射撃武器を学んでおきたい。あ、やるなら一夏の後で構わないから」

 

「………あんな事が出来る和哉に射撃武器は必要ないと思うんだが……」

 

 一夏が呆れたかのような顔をしながら、シャルルが使っていた五五口径アサルトライフル――確か《ヴェント》だったな――を受け取る。あんな事とは『破撃』の事を指してるんだろう。

 

「あれ? そう言えば他のやつの装備って使えないんじゃないのか? そうしたら俺や和哉が使っても無理なんじゃ……」

 

「普通はね。でも所有者が使用承諾(アンロック)すれば、登録してある人全員が使えるんだよ。――うん、今一夏と白式に使用承諾を発行したから、試しに撃ってみて。あ、勿論和哉と打鉄にも発行してるからね」

 

「取って付けたように言わなくても分かってるって」

 

 俺が呆れながら言ってると一夏は手にした銃器に緊張した表情をする。ま、初めて持つ武器だから誰だってそうなる。

 

「か、構えはこうでいいのか?」

 

「えっと……脇を締めて。それと左腕はこっち。わかる?」

 

 一夏は持ったライフルを構えようとしているが如何せん素人丸出しだったので、シャルルがひょいっと一夏の後ろに回って体を上手く誘導する。

 

「火薬銃だから瞬間的に大きな反動が来るけど、ほとんどはISが自動で相殺するから心配しなくてもいいよ。センサー・リンクは出来てる?」

 

「銃器を使うときのやつだよな? さっきから探しているんだけど見当たらない」

 

 妙だな。ターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送る為に武器とハイパーセンサーを接続する事に関しては、普通はどのISでも付いてる物だ。それは当然量産機を使っている俺の打鉄にも言える。

 

「うーん、格闘専用の機体でも普通は入っているんだけど……」

 

 やはりそこはシャルルも疑問に思うところみたいだな。にしても一夏の白式ってホントに癖があると言うか何と言うか、実に摩訶不思議な機体だ。

 

「欠陥機らしいからな。これ」

 

「一〇〇パーセント格闘オンリーなんだね。じゃあ、しょうがないから目測でやるしかないね」

 

 そして一夏はハイパーセンサー無しで銃を撃とうと引き金を引くと、

 

 

バンッ!

 

 

「うおっ!?」

 

 物凄い火薬の炸裂音に驚いていた。何もそこまで驚かなくても良いと思うが、初めて撃ったのだからああなるのは無理も無い。

 

「どうだ一夏? 初めて撃った銃は」

 

「お、おう。なんか、アレだな。とりあえず『速い』っていう感想だ。和哉もやってみろよ」

 

 そう言って一夏はアサルトライフルを渡して来たので、俺も試しに撃とうと構える。

 

「えっと、こんな感じで良いのか? シャルル」

 

「うん。そのままの状態で撃ってみて」

 

「よし」

 

 シャルルからOKを貰った俺は銃を撃つ。

 

 

バンッ!

 

 

「………成程。確かに『速い』と言う感想の一言だな」

 

「だろう?」

 

 思った事を言う俺に一夏が頷くように言って来る。 

 

「そう。二人の言うとおり速いんだよ。一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから、軌道予測さえあっていれば簡単に命中させられるし、外れても牽制になる。一夏は特攻するときに集中しているけど、それでも心のどこかではブレーキがかかるんだよ」

 

「だから、簡単に間合いが開くし、続けて攻撃されるのか……」

 

「うん……」

 

「おい一夏。今漸く鈴とセシリアと戦うと一方的な展開になっているんだと理解と同時に納得しているんだろうが、今更何気付いてるんだ? と言うかお前の場合は、射撃武器の無い俺相手にもすぐボロ負けしてるんだぞ?」

 

「うぐっ……!」

 

「え? そうなの?」

 

 俺の突っ込みに一夏は痛いところを突かれたかのように顔を顰めると、シャルルは凄く意外そうな顔をしている。

 

「和哉は一夏より強いの?」

 

「今のところは、な」

 

「へえ。じゃあもしかしてオルコットさんや凰さんよりも強かったりする?」

 

「そこはご想像に任せる」

 

「いや、お前今でもセシリアと鈴相手でも圧倒してるだろうが! 特にビットや衝撃砲を意図も簡単に避けるなんて芸当仕出かしてるんだから!」

 

「…………え?」 

 

 一夏が余計な事を言ってしまった為にシャルルは目が点になると、

 

「くっ! あの時は鈴さんの気持ちが痛いほどわかりましたわ……! あんな風に避けられたら意地でも当てたくなりましたし……!」

 

「アイツのあの避け方、反則にも程があるわよ……! いつか絶対に当ててやる……!」

 

「………私はスルーか」

 

 悔しく言ってる二人と寂しそうに言う一人の声の言葉が耳に入って来た。セシリアと鈴はともかく、何か箒には悪い事をしたように罪悪感が湧いてくるのは俺の気のせいだろうか?

 

「え、えっと和哉。一夏の言ってる事が本当なら、どうやって簡単に避けたのか詳しく訊きたいんだけど……」

 

「今から説明すると少し時間が掛かると思うから、それは訓練が終わった後に教えてやるよ。それより今は射撃訓練だ。ほれ一夏、まだお前がやってる最中だからな」

 

「お、おう。シャルル。このライフルの弾だけど……」

 

「え? あ、そのまま一マガジン使い切っていいよ」

 

 俺が一夏にアサルトライフルを渡すと、一夏は撃つ前にシャルルから確認を取った後に空撃ちを始める。

 

「ところでシャルル。お前が使ってるラファール・リヴァイヴは以前に山田先生が使っていた物とはかなり違うように見えるが?」

 

 一夏が空撃ちをしてる最中、リヴァイヴの違いについて訊くとシャルルはすぐに答える。

 

「ああ、僕のは専用機だからかなりいじってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラフォール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備(プリセット)をいくつか外して、その上で拡張領域(パススロット)を倍にしてある」

 

「倍か。それはまた凄いな。一夏の白式にもそれくらいあれば良いんだが」

 

「あはは。そうだね。そんなカスタム機だから今量子変換(インストール)してある装備だけでも二十くらいあるよ」

 

「見た目以上に火力重視な機体なんだな」

 

 こりゃもしシャルルと戦う時には『疾足』と『破撃』と同時にあの奥義(・・・・・)もフルに使わないといけないみたいだ。もしくは懐に入ってすぐ『砕牙零式』で決めるってところか。

 

「シャルル、一マガジン撃った……ってどうした和哉? 何か難しい顔をしてるが」

 

「うん? ああ、シャルルのISの装備数が二十くらいある事にちょっとな」

 

「二十!? それってちょっとした火薬庫みたいだな……」

 

 空撃ちを終えた一夏にシャルルのISについて教えると、それはもう驚いた顔になった。そんな一夏にシャルルは笑顔でライフルを受け取り、空マガジンを抜いて新しいのを入れようとしている。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

 

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

 

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

 急にアリーナ内がざわつき始めたので、俺達は注目の的となっている方へと視線を移した。

 

「………………」

 

 そこにいたのはシャルルと同じ転校生である、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

 この学園に来て以降、ボーデヴィッヒはクラスの誰とも仲良くしようともしないだけでなく会話さえもしない女子。

 

 俺もボーデヴィッヒとはまだ話した事は無いが、アイツは時折俺に視線を向けて来る事がある。目が合っても向こうからすぐに逸らして眼を瞑るが。ま、転校初日に一夏に平手打ちをする直前、俺が『睨み殺し』を使ったからな。

 

 だが今のアイツは俺に視線を向けず、一夏の方にだけ集中している。これは何か一騒動起きそうな予感がしそうだ。



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第40話

「織斑一夏」

 

 ISの開放回線(オープン・チャネル)で名指しの声が入った。それは言うまでも無くボーデヴィッヒ本人の声。

 

「……なんだよ」

 

 取り敢えず返事をする一夏。名指しをされた以上無視する訳にはいかないと言う感じだ。そんな一夏にボーデヴィッヒがふわりと飛翔してきた。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

 

「イヤだ。理由がねえよ」

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

 ボーデヴィッヒの台詞に俺はある事を思い出す。一夏に対して強い憎しみを抱いている事を。

 

 アイツは一夏に向かって『千冬さんの弟である事を認めない』とか言ってたな。それに加え千冬さんに向かって教官と呼んでいた。何故一夏に対してあそこまで敵視しているのかは知らないが、ボーデヴィッヒは過去にドイツで教官をやっていた千冬さんに教えられた事は分かった。

 

「おいおいボーデヴィッヒさん、アンタの事情は知らないが今コッチは訓練中で――」

 

「話の邪魔をするな。今は貴様に用は無い」

 

 俺の台詞をバッサリと切り捨てるボーデヴィッヒは再び一夏の方に顔を向ける。

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」

 

 …………成程。そう言う事か。アイツが言ってる大会二連覇とは『モンド・グロッソ』の事で、千冬さんが決勝戦棄権の原因を作った一夏に恨みを抱いてるのか。

 

 確か一夏から聞いた話では謎の組織に誘拐されて、それを知った千冬さんがすぐに駆けつけて助けられた……だったな。一夏があんまり言いたくなかったから、深くは聞かずにそれだけしか分からなかったが、千冬さんにとても申し訳ない事をしたって顔に書いていたからある程度は察した。千冬さんは大して気にしてはいないみたいだが。

 

 だがそれはあくまで一夏と千冬さんの問題で、部外者であるボーデヴィッヒには関係の無い事だ。千冬さんの元教え子とは言え、そんな理由で一夏と戦う理由にはならないし、一夏自身も戦う気が無さそうだ。

 

「また今度な」

 

「ふん。ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 そう言った直後、ボーデヴィッヒは漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせる。そして左肩に装備された大型の実弾砲が撃たれた。

 

「「!」」

 

 

ゴガギンッ!

 

 

「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 

「それともドイツの軍人は周りがどうなろうと知った事じゃない……などと言う自分勝手な考えを持っているのか?」

 

「貴様等……」

 

 シャルルが即座にシールドを展開して実弾を弾き、俺は一夏に当たらないように身を挺する。それと同時にシャルルの右腕に六一口径アサルトカノン《ガルム》、俺の右腕からは刀を展開してボーデヴィッヒに向ける。

 

「フランスの第二世代型(アンティーク)と日本の量産型(ガラクタ)ごときで私の前に立ちふさがるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型(ルーキー)よりは動けるだろうからね」

 

第二世代型(アンティーク)量産型(ガラクタ)だから勝てないと言う決まりは無い事をお前の頭に叩き込んでやろうか?」

 

 俺とシャルル、ボーデヴィッヒは互いに涼しい顔をしたままの睨み合いが続く。

 

 にしてもシャルルの装備呼び出し(コール)には少し驚いた。

 

 通常は一~二秒かかる量子構成をほんの一瞬と同時に照準も合わせていたからな。それが出来るから二十の銃器を装備してると言ったところか。事前に呼び出しを行わなくても戦闘状況に合わせて最適な武器を使用出来るだけでなく、同時に弾薬の供給も高速で可能だ。要するに持久戦では圧倒的なアドバンテージを持っており、相手の装備を見てから自分の装備を変更出来る強みがあると言う事だ。

 

 シャルルが代表候補生、そしてその専用機が量産機のカスタム機である二つの理由に納得した。

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 睨み合いをしてる最中、突然アリーナにスピーカーからの声が響いた。さっきの騒ぎを聞いて駆けつけた担当の教師だな。

 

「……ふん。今日は引こう」

 

 二度の横槍に興が削がれたのか、ボーデヴィッヒは戦闘体勢を解いてアリーナゲートへ去っていく。奴の性格から察するに、教師が怒り心頭で怒鳴っても無視するだろう。

 

「全く。先に喧嘩を吹っかけておきながら、何事も無かったかのように行くとは凄くいい根性してるな。そう思わないか、一夏?」

 

「一夏、大丈夫?」

 

「あ、ああ。二人とも、助かったよ」

 

 ボーデヴィッヒがいなくなった事に俺とシャルルは警戒を解いて一夏の方を見る。

 

「今日はここまでにしておこう。奴の所為で周りがジッとこっちを見てるからな」

 

「そうだね。それに四時を過ぎたし、どのみちもうアリーナの閉館時間だしね」

 

「おう。そうだな。あ、銃サンキュ。色々と参考になった」

 

「それなら良かった」

 

 一夏の礼ににっこりと微笑むシャルル。そんなシャルルに一夏は妙に照れてる感じになっているが、問題は次だ。

 

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

 

 そう、上がる時にはいつもコレだ。シャルルはIS実習後の着替えは一緒にしない。いや、したがらないと言った方が正しい。シャルルと一緒に着替えたのは転校初日のIS実習前だけだ。

 

 シャルルが転校して数日経っていく内、俺は益々疑問が大きく膨らむ一方だった。あそこまで頑なに一緒に着替えを断ると言う事は、何かあるとしか言いようがない。もしかしたらシャルルが実は女だった……等と考えたくなかった。仮にシャルルが女だとしたら、後になってから凄く面倒な事になる。理由は言うまでも無く、箒達が黙っていないの一言だ。絶対に何かやらかして俺も巻き添えを喰らうのが容易に想像出来る。

 

 とは言えまだあくまで仮定に過ぎないから、シャルルが女であるかどうかはまだ不明だから現状何とも言えない。とにかくシャルルが女で無い事を願う。

 

「というかどうしてシャルルは俺と着替えたがらないんだ?」

 

「どうしてって……その、は、恥ずかしいから……」

 

 これもいつものやり取りで、一夏は着替えを断るシャルルを強引に誘おうとしている。流石に嫌がってる相手に無理に着替えようとする一夏もどうかと思うから、ここは俺が何とかしてやるか。

 

「一夏、シャルルがこう言ってるんだから早く行くぞ」

 

「ちょ! ま、待てよ和哉……!」

 

 ぐいっと一夏の襟首を掴んで更衣室に向かおうとする俺に、一夏が文句を言おうとするが無視だ。

 

「和哉、早く一夏を連れて行きなさい。それと一夏、引き際を知らないやつは友達なくすわよ」

 

 全くもって同感だ。

 

「こ、コホン! ……い、一夏さん。どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方がありません。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げましょう。和哉さん、申し訳ありませんが後はわたくしが――」

 

「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い」

 

「ほ、箒さん! 首根っこを掴むのはやめ――わ、わかりました! すぐ行きましょう! ええ! ちゃんと女子更衣室で着替えますから!」

 

 反論しようとするセシリアだったが、箒が有無を言わさず首をグイッと引っ張るので根負けした。

 

「さて、こっちも行くぞ一夏」

 

「わ、分かった。分かったから離してくれ和哉!」

 

「そうか。それじゃシャルル、先に行ってる」

 

「あ、うん」

 

 シャルルにそう言い、一夏を連れた俺はゲートへ向かう。

 

「ったく。何も首を掴まなくても良いじゃないか、和哉」

 

「相手の事を考えないお前がしつこいからだ」

 

 一夏の文句をさらりと流す俺は更衣室前で急停止をする。一夏も同様に。お互いIS操縦はかなり身に付いているからこれ位は出来て当然だ。

 

「しかしまあ、この更衣室を俺達だけ使うなんて贅沢っちゃあ贅沢だな」

 

「確かにな。俺と一夏とシャルルだけ使うにしても広すぎる」

 

 がらーんと広い更衣室に入るとそこにはロッカーの数が五十程あって、当然室内も広い作りだ。俺達はISを待機状態のアクセサリーに変換し、俺はそのまま着替えを入れておいたロッカーを開け、一夏はベンチに腰掛けながらISスーツを脱いだ。

 

「はー、風呂に入りてえ……」

 

「着替える度に毎回そう言ってるな」

 

「シャワーだけじゃ物足りないんだよ。和哉も風呂に入りたいって考えた事は無いのか?」

 

「まあ気持ちは分からんでもない。俺も大浴場で汗を流す事が出来たらって時々考えてる」

 

「だろ? あ~あ、いつになったら大浴場が使えるんだろうな~」

 

「確か山田先生が大浴場のタイムテーブルを組み直してるって聞いてはいるが、いつになったら使えるのやら」

 

 そう話してる内に俺達は着替え終わる。

 

「よし、着替え終わり」

 

「それじゃ行くか」

 

「あのー、織斑君と神代君とデュノア君はいますかー?」

 

 更衣室から出ようとすると、ドア越しから呼んでいる声が聞こえた。声の主は山田先生のようだ。

 

「はい? えーと、織斑と和哉がいます」

 

「入っても大丈夫ですかー? まだ着替え中だったりしますー?」

 

「ああいえ、大丈夫ですよ。着替えは済んでます」

 

「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー」

 

 一夏が問い掛けに答えると、パシュッとドアが開いて山田先生が入って来る。どうでも良いが、圧縮空気の開閉音は一夏はとても気に入っている。

 

「デュノア君は一緒ではないんですか? 今日は織斑君と神代君と一緒に実習しているって聞いていましたけど」

 

「まだアリーナにいます。もう戻って来ているかもしれませんが、どうかしましたか? 大事な話があるんでしたら、俺がすぐに呼んで来ますが」

 

 シャルルもいないとダメだと思った俺は連れてこようと言うが、山田先生は特に気にしないように言う。

 

「ああ、いえ、そんなに大事な話でもないです。後で織斑君か神代君のどちらから伝えておいてください。ええとですね、今月下旬から大浴場が使えるようになります。結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしました」

 

「本当ですか!」

 

 話を聞いた一夏は感激の余りに山田先生の手を取った。風呂好きの一夏にとって嬉しい話だろう。

 

「嬉しいです。助かります。ありがとうございます、山田先生!」

 

「い、いえ、仕事ですから……」

 

「おい一夏、少しは落ち着け」

 

 山田先生に感謝してる一夏に俺が落ち着かせるように言うが、当の本人はそんなのお構い無しだ。

 

「これが落ち着いていられるか。山田先生のおかげでやっと風呂に入れるんだぞ。山田先生、本当にありがとうございます」

 

「そ、そうですか? そう言われると照れちゃいますね。あはは……」

 

「あのさ一夏。俺からの視点で見ると、今お前は山田先生に迫ってるように見えるんだが?」

 

「せ、せま……!」

 

「………え?」

 

 俺の台詞にやっと冷静になった一夏は、そのまま山田先生の顔を見て手を握っている事を確認する。箒達が見たら絶対に嫉妬する展開になりそうだな。

 

「……一夏? 何してるの?」

 

 背後から声がすると、そこにはシャルルがいた。

 

「まだ更衣室にいたんだ。それで、先生の手を握って何してるの?」

 

「あ、いや。なんでもない」

 

 シャルルの台詞に一夏は握っていた手を離す。山田先生も流石に俺やシャルルに言われて凄く恥ずかしくなったのか、一夏から開放されてすぐにクルンと回転して背中を向けた。

 

「二人とも、先に戻ってって言ったよね」

 

「お、おう。すまん」

 

「戻ろうとした直後に山田先生が来たから、此処で話し込んでたんだよ」

 

「ふ~ん」

 

 俺が戻らなかった理由を言っても、シャルルは妙に不機嫌そうだ。特に一夏を見ながら。

 

「喜べシャルル。今月下旬から大浴場が使えるらしいぞ!」

 

「そう」

 

 興奮気味な一夏とは対照的に冷静な返事をするシャルル。あんまり興味無さそうな感じだ。

 

「ああ、そういえば織斑君にはもう一件用事があるんです。ちょっと書いて欲しい書類があるんで、職員室まで来てもらえますか? 白式の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど」

 

「わかりました。――じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」

 

「うん。わかった」

 

「和哉、夕食はいつもの時間な」

 

「ああ」

 

「じゃ山田先生、行きましょうか」

 

 一夏は俺達に言った後、山田先生と一緒に更衣室を後にする。

 

「それじゃシャルル。俺もこれで」

 

「うん」

 

「ああそれと……」

 

「?」

 

 更衣室を出ようとする直前に俺は、

 

「お前が一夏を見た時の不機嫌そうな顔……まるで女子みたいだったな」

 

「!!!」

 

 そう言い残して更衣室から去った。

 

 

 

 

 

 

「……………………もしかして和哉は気付いてるのかな?」

 

 ドアを閉め、寮の自室に一人だけになったところでシャルルはベッドに座り、更衣室で和哉が言った事を考えていた。自分の事がバレているのではないかと。

 

「…………でも、あくまで『女子みたい』って言ってただけだから……だけど」

 

 更衣室から出る直前にあんな事を言ったという事は、何かしら気付いているのは確かであると考えるシャルル。もしそうであれば和哉に何かしらの手を打たなければいけないと必死に模索するが、何一つ思い浮かばない。

 

(……ダメだ。今考えたところで何も浮かばない。シャワーを浴びた後に考えよう)

 

 シャルルはクローゼットから着替えを取り出してシャワールームへと向かうのであった。



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第41話

久々に投稿しました。
遅れすぎて本当に申し訳ありません。
ではどうぞ!


「ったく。一夏の奴、いつまで待たせるんだ……」

 

 食堂前で俺は一夏が来るのを待っていた。本来であれば既に夕食を食べているのだが、いつもの指定時間の30分以上を過ぎてるにも拘らず一夏が来ていない。

 

「全くだ。遅すぎるにも程がある……!」

 

 そして隣には俺と同じく一夏を待っている箒がいた。夕食の指定時間には必ずと言って良い程に箒も同伴して一緒に食べている。その後からはセシリアや鈴も加わり、騒がしい夕食の時間になってる事もあったが。

 

「一夏はどれだけ人を待たせれば気が済む……!」

 

「はあっ……。箒、悪いが席を確保しといてくれないか? 俺は一夏を連れてくる」

 

「ならば私も一緒に行こう」

 

「いや、態々二人で行く必要は無いだろう。それに箒、お前凄く腹が減ってるんだろう? 先に食べてて良いから」

 

「べ、別に私はそんなに――」

 

 

クゥ~~……。

 

 

 どこからか可愛らしい腹の虫が鳴ったのが聞こえた。発生源は言うまでも無く顔を赤らめている箒だ。

 

「『私はそんなに』……何だ?」

 

「……………ゴホンッ! さ、先に頂くとしよう」

 

 俺の問いに箒は恥ずかしくて居た堪れなかったのか、咳払いをしながら逃げるかのように食堂へ向かった。もし立場が逆だったら恐らく俺も箒と同じ事をしてるだろう。

 

「さてと、早速一夏の部屋に行くか」

 

 廊下には丁度人がいない事を確認した俺は、早めに目的地へ着く為に周囲を警戒しながら『疾足』を使った。特に千冬さんに見付からないように警戒しないと面倒な事になるから。

 

「よし到着っと」

 

 『疾足』を使って一夏とシャルルの部屋に到着して右手でノックをしようとすると、

 

『あちちっ。水っ、水っ』

 

『ご、ごめん! 大丈夫?』

 

『ま、まあ、たぶんすぐに冷やしたしヤケドにはならないだろ』

 

 ドアの向こうから一夏とシャルルの話し声が聞こえた。

 

「……あの二人は何してるんだ?」

 

 話し声から察するに一夏が何か熱い物に当たって水で冷やそうとしてるは分かるが、何が起きているのかがさっぱりだ。マナー違反だが盗み聞きさせてもらおう。

 

『すぐに氷もらってくるね!』

 

『ま、待て待て。その格好で外に出るのはマズイだろ。後で自分で取ってくる』

 

『でも――』

 

『それより、その……なんだ。さっきから胸が、な。当たってるんだが……』

 

『!!! …………心配しているのに……一夏のえっち……』

 

『なあっ!?』

 

 何だこの突っ込み所が満載な会話は。一部の女子が聞いたら絶対に舞い上がりそうな展開を予想しそうな……って違う!

 

「はぁっ……どうやら面倒な事になりそうだな」

 

 会話から察するに一夏がシャルルを女子の様に接している雰囲気が伝わるから、俺が考えていた仮定が確定になりつつある。

 

『ふう……。ここまで冷やせば大丈夫だろ。じゃあ、まあ、改めて』

 

『あ、待って一夏』

 

『どうした?』

 

『出来れば和哉を此処に呼んでくれないかな』

 

『和哉を? 何でだ?』

 

『えっと……多分、和哉は僕が女だって事を気付いてるかもしれないから』

 

 どうやら確定事項になってしまったみたいだ。予想してたとは言え、まさかシャルルが本当に女だったとは。これは後々面倒な修羅場展開になりそうだ。

 

『そう言えば和哉のやつ、シャルルに対して何か疑問を抱いてる様子を見せていたな。アイツ普段から鈍感だけど、妙に鋭いところがあるから――』

 

 

ガチャッ!

 

 

「お前に鈍感って言われたくねぇよ!」

 

「うおっ!」

 

「何で和哉がもういるの!?」

 

 一夏の聞き捨てならない台詞に俺が思わずドアを開けて突っ込みを入れると、一夏とシャルルが揃ってビックリしていた。

 

 

 

 

 

 

「んで、シャルルが女であるにも拘らず男装をしていた理由は何なんだ? 俺や一夏に近付く為にやったのか?」

 

「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」

 

 部屋に入って数分後、俺が此処に来た理由を二人に話し、今はシャルルから事情を尋ねている。

 

「うん? 実家っていうと、デュノア社の――」

 

「そう。僕の父がそこの社長。その人から直接の命令なんだよ」

 

 一夏が言ってる最中、シャルルはすぐに頷く。

 

「父親からの命令、ねぇ……」

 

「命令って……親だろう? なんでそんな――」

 

「僕はね、二人とも。愛人の子なんだよ」

 

 シャルルの発言に思わず絶句する俺と一夏。ソレは当然だ。普通に世間を知る俺達に、『愛人の子』と言う意味の言葉が知らない訳が無い。

 

「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきたの。それで色々と検査をする過程でIS適正が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

 

 あまり言いたくないであろう話しを健気に喋ってくれるシャルル。その事に俺と一夏は、何も言わず黙って話しを聞く事に専念した。

 

「父にあったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活をしているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あのときはひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

 

「「…………………」」

 

 あはは、と愛想笑いを繋げるシャルルであったが、その声はちっとも笑っていなかった。俺と一夏は何も返さずに無言である。特に一夏からは怒りを表していた。その証拠に拳をきつく握り締めているから。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

「え? だってデュノア社って量産機ISのシェアが世界第三位だろ?」

 

「一夏、それはあくまで量産機に限った話だ」

 

「うん。和哉の言うとおり、結局リヴァイヴは第二世代型なんだよ。ISの開発っていうのはものすごくお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりだよ。それで、フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ」

 

 そう言えば以前にセシリアが第三世代型の開発に関していくつか言っていたな。

 

 あれは確か訓練中に、

 

『現在、欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中なのですわ。今のところトライアルに参加しているのは我がイギリスのティアーズ(モデル)、ドイツのレーゲン型、それにイタリアのテンペスタⅡ型。今のところ実用化ではイギリスがリードしていますが、まだ難しい状況です。そのための実稼動データを取るために、わたくしがIS学園へと送られましたの』

 

 ってセシリアが軽く説明していたな。恐らくボーデヴィッヒもIS学園に入学したのはセシリアと似た事情だろう。

 

「話しを戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」

 

「なんとなく話はわかったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「成程。注目を浴びる為の宣伝と同時に、男子である俺達……いや、正確には一夏に近付く算段と言ったところか」

 

「え? 和哉、それって一体……?」

 

 俺が結論を出したにも拘らず、一夏は未だに分かっていなかった。シャルルの説明で大体分かる筈なんだがな。

 

「早い話、シャルルが男子と偽れば俺達と接触しやすく、更には機体と一夏のデータを取れるかもしれないって事だ。因みに本命が一夏で、俺はあくまでついでの一人ってとこだろ」

 

「俺の? そんなの俺より強い和哉のデータの方が良いんじゃないか……?」

 

「向こうから見たら全く無名である俺なんかより一夏を選ぶ。何しろお前は千冬さんの弟だからな。シャルルの国も方もそう思ってるんだろう?」

 

「そう、白式のデータを盗んでこいって言われているんだよ。僕は、あの人にね。そして万が一に盗めなかったら和哉のデータを盗めってね」

 

 あくまでシャルルの話しを聞く限りに過ぎないが、何とも酷い父親だ。いくらシャルルが愛人の子とは言え、自分の娘をここまで一方的に利用するとは。たまたまIS適正があったから、それなりの利用価値がある程度にしか思ってないだろう。

 

 当然、俺や一夏よりもシャルル自身分かっていると思う。でなければ、実の父親に対して他人行儀に話さないからな。父親でなく他人だと区別する為に。

 

 もし家族想いの師匠が聞いたら、絶対にシャルルの父親に対して憤慨するだろうな。

 

「とまあ、そんなところかな。でも一夏と和哉にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……つぶれるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

 

「「…………………………」」

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついていてゴメン」

 

 深々と頭を下げるシャルルに俺は黙って見ていたが、一夏が肩を掴んで顔を上げさせていた。

 

「いいのか、それで」

 

「え……?」

 

「それでいいのか? いいはずないだろ。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある。おかしいだろう、そんなものは!」

 

「い、一夏……?」

 

「一夏、少し落ち着け。シャルルが戸惑っているだろうが」

 

 戸惑いと怯えの表情をしてるシャルルに俺が一夏を落ち着かせようとするが、当の本人は全く聞く耳持たずだった。

 

「これが落ち着いていられるか! 親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって、親が子供に何をしてもいいなんて、そんな馬鹿なことがあるか! 生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、親なんかに邪魔されるいわれなんて無いはずだ! 和哉だってそう思うだろう!?」

 

 恐らく一夏はシャルルの事でなく自分の事を言ってるのだろう。同時に千冬さんの事を思いながら。そうでなければ一夏がここまで強く言わないから。

 

「………まあ確かにそうだが、取り敢えず落ち着け」

 

「ど、どうしたの? 一夏、変だよ?」

 

「あ、ああ……悪い。つい熱くなってしまって」

 

 シャルルが加わった事により一夏はやっと落ち着いてくれた。

 

「いいけど……本当にどうしたの?」

 

「一夏はシャルルと似たような境遇だからな」

 

「え? それって……」

 

 思わず俺に訊こうとするシャルルだったが、

 

「俺は――俺と千冬姉は両親に捨てられたから」

 

「あ……」

 

 一夏の台詞に申し訳無さそうに顔を伏せる。

 

 これはあくまで一夏から聞いただけに過ぎないが、まだ一夏が物心が付く前に両親に捨てられたらしい。そして姉である千冬さんが一人で育て、迷惑と同時に苦労させてしまったとも言ってた。だから一夏は千冬さんに楽をさせようと家事をしたり、中学の頃にバイトをしていたのだ。

 

「その……ゴメン」

 

「気にしなくていい。俺の家族は千冬姉だけだから、別に親になんて今更会いたいとも思わない。それより、シャルルはこれからどうするんだよ?」

 

「どうって……時間の問題じゃないかな。フランス政府もことの真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋とかじゃないかな」

 

「それでいいのか?」

 

「父親からの命令とは言え、シャルルにも訴える権利があると思うが?」

 

「良いも悪いもないよ。そもそも僕には選ぶ権利がないから、仕方がないよ」

 

 一夏と俺の問いにシャルルが痛々しそうな微笑を見せながら答えた。それには絶望さえ通り越して何かも諦めている。そんなシャルルに俺と一夏は顔を顰めると同時に腹が立った。何も出来ない自分に。

 

「……だったら、ここにいろ」

 

「え?」

 

「おい一夏、それってつまり……」

 

「特記事項第二一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

 思ったとおり、一夏はIS学園の特記事項を利用してシャルルを踏み止まらせようとした。けど凄いな。さっきまで熱くなってたのに、あの長い特記事項を落ち着いてスラスラと言えるとは。

 

「――つまり、この学園にいれば、すくなくとも三年間は大丈夫だろ? それだけ時間あれば、なんとかなる方法だって見つけられる。別に急ぐ必要だってないだろ」

 

 確かにそうかもしれないが、あくまでそれは一時的な物に過ぎない。もし何も方法が無く三年経ったらアウト。それでシャルルの人生が終わってしまうとは言わないが、好ましくない事態になるのは確かだ。

 

 本当なら一夏に『そんなその場しのぎ程度じゃダメだろう』と言いたいところだが、シャルルが考えを改めるのであれば敢えて言わないでおこう。

 

「一夏」

 

「ん? なんだ?」

 

「よく覚えられたね。特記事項って五十五個もあるのに」

 

「……勤勉なんだよ、俺は」

 

「その割にはISについてだと全くと言うほどにダメダメだがな」

 

「おい和哉! お前なぁ!」

 

「ふふっ」

 

 俺に食って掛かろうとする一夏に、シャルルが笑った。さっきまでの痛々しい笑みではなく、屈託の無い十五歳の女子その物だ。

 

(やっと本当の笑みが見れたな……ん?)

 

 シャルルの笑みを見て俺は安堵してると、一夏が若干顔を赤らめていた。

 

「(どうした一夏? もしかしてシャルルに見惚れたか?)」

 

「(んなっ! そ、そんなわけないだろうが!)」

 

「(ふ~ん)」

 

「? どうしたの二人とも?」

 

 目で会話をする俺と一夏にシャルルが不可解な顔をしながら訊いて来ると、一夏が何でもないように言った。

 

「い、いや、何でもないから気にするな。と、とにかく決めるのはシャルルなんだから、考えてみてくれ」

 

「何かあればすぐ俺や一夏に言ってくれ。力になるから」

 

「うん。そうするよ」

 

 さて、取り敢えずシャルルが考えを改めたから良いが、これからどうするべきかだな。

 

 いくらIS操縦者だからと言って、学生である俺や一夏だけでは国に対抗するだけの権力なんて一切無い。となると、ここは一度師匠に相談してみるか。色々な事に顔が広い師匠なら何か良い方法を提示してくれるかもしれない。

 

「と、とりあえず、なんだ。シャルル、一回離れてくれ」

 

「?」

 

「いや、その、胸元が……」

 

「い、一夏、胸ばっかり気にしてるけど……見たいの?」

 

「な、なに?」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 俺が考えてる最中に一夏は無自覚にシャルルとイチャ付いていた。シャルル自身も満更でも無さそうに。

 

(うわぁ。シャルルは完全に恋する乙女になってるし……こりゃもう完全に修羅場展開になる確率100%だな)

 

 後々の事を考えてる俺だったが、更に面倒で巻き添えを食う事になる展開を予測する俺。

 

(あれ? そう言えば俺、何か忘れているような気が……)




次回はなるべく早めに投稿しようと考えていますが、やる事ありすぎて投稿出来ない状態で大変です。


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第42話

(ええっと………俺は一体何を忘れていたんだ? 先ずは順を追って思い出そう)

 

 一夏とシャルルがイチャ付いているのを余所に、俺は忘れている何かを必死に思い出している。

 

 確かシャルルの重大な話しを聞く前に、未だに食堂に来ない一夏とシャルルを連れてこようとこの部屋に来て、それを箒に……あっ。

 

「ってそうだ! 箒だ! アイツの事をすっかり忘れてた!」

 

「! い、いきなりなんだよ和哉?」

 

「し、篠ノ之さんがどうしたの?」

 

 思い出して声を荒げる俺に驚きながらこっちを見てくる一夏とシャルル。

 

「お前等が夕食の時間になっても未だに来なかったから、俺が連れて来るから箒は先に食べてろって言ってな……」

 

「あ……そ、そう言えば夕食の時間がとっくに過ぎていたんだったな」

 

「ゴメン……」

 

 俺の台詞に思い出してか二人は申し訳無さそうな顔をする。

 

「ま、まぁ事情が事情だから仕方ない。シャルルが実は女で、企業の裏話を聞いてしまったら忘れてしまうのは無理も………あれ?」

 

「どうした?」

 

 俺は言ってる途中からある事に気付くと、一夏が不可解そうに訊いて来る。

 

「なぁ一夏。ふと思ったんだが、お前どうやってシャルルが女だって分かったんだ?」

 

「!! あ、いや、それは……そのぅ……」

 

「~~~~~~」

 

 俺の問いに気まずそうな顔をする一夏と、顔を赤くしてそっぽを向くシャルル。

 

 この反応からしてもしや……。

 

「……あくまで俺の予想なんだが……。一夏が洗面所に入ってすぐに、バスルームでシャワーを浴びてたシャルルがタイミング良く上がって来たから女だとバレた……ってオチか?」

 

「「……………………………………………」」

 

 この二人の無言からして、どうやら俺の予想は大当たりの様だ。特にシャルルはもうトマトみたいに真っ赤だし。

 

 一夏ってホントにラッキースケベな展開によく遭遇するんだよなぁ。弾が聞いたら絶対に憤慨するだろう。それと一夏に想いを寄せている箒と鈴とセシリアも、な。

 

「……な、なぁ和哉。今更なんだがシャルルが女子だって事は誰にも他言しないように――」

 

「言われなくてもそのつもりだ。シャルルの力になるって言ったのに誰がそんな事するか」

 

「ありがとう、和哉」

 

 念を押す一夏に俺が即座に答えると、未だに顔が赤いままだがお礼を言うシャルル。と言うか本当に今更……ん?

 

 

コンコン

 

 

「「!?」」

 

(チッ。こんな時に……)

 

「一夏さん、いらっしゃいます? 夕食をまだ取られていないようですけど、体の具合でも悪いのですか?」

 

 突然のノックと呼び声に一夏とシャルルは揃って身を竦ませ、俺は内心舌打ちをする。それとこの声はセシリアだな。

 

「一夏さん? 入りますわよ?」

 

 おいおいセシリア、相手の了承を得ないで入ろうとするなよ。って無断で入った俺も人の事は言えないか。

 

 それとセシリアがこの部屋に入ったらまずい。今のシャルルの姿を見たら確実に女だとバレてしまう。その直後に烈火の如く怒り狂うセシリアがISを展開して一夏を蜂の巣にしようとするのが容易に想像出来る。

 

「ど、どうしよう二人とも?」

 

「と、とりあえず隠れろ」

 

「落ち着けお前等。取り敢えずシャルル、お前はベッドに入って布団で体を隠せ」

 

 ぼそぼそと小声でやり取りをする俺達。かなり接近していたが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 

「ど、どうしてベッドなの? 隠れるならクローゼットが良いんじゃ……?」

 

「風邪引いてるフリをすれば良いんだ。ほら早く」

 

「あ、ああっ、そっか!」

 

「は、早く布団に隠れろシャルル!」

 

 冷静に指示をする俺だったが、シャルルと一夏は慌しく動く。慌て過ぎだっての。

 

 そしてガチャッとドアが開く音が響いた。

 

「よ、よおセシリア! なんだ? どうした?」

 

「……何をしていますの? あら? 和哉さんも此処にいたんですの?」

 

 セシリアが不可解な顔をして訊くのは無理もない。何しろベッドに飛び込んだシャルルに上から布団をかける形で一夏が乗っかっている。そんな珍奇な光景に誰もが疑問に思うだろう。

 

「い、いや、シャルルがなんだか風邪っぽいっていうから、布団をかけてやってたんだ。それだけだぞ、ははは……」

 

「……。日本では病人の上に覆い被さる治療法でもあるのかしら?」

 

「いや、単に一夏が風邪を引いてるシャルルを大袈裟に心配した事によってこうなっただけだ」

 

 日本を誤解しかけているセシリアに訂正する俺。と言うかセシリアの言った方法なんてある訳が無い。

 

「で、俺は二人が夕食の集合時間になっても来るのが遅いので来てみたら、シャルルがこんな状態だって知って……(チラッ)」

 

「そ、そうなんだよ。とにかくあれだ。シャルルは具合が悪いからしばらく寝るって。夕食はいらないみたいだし、仕方ないから俺と和哉で行こうって話しをしてたんだ」

 

「そ、そうそう」

 

 目配せをする俺に一夏とシャルルが話しを合わせる。だがなシャルル、もうちょっと具合が悪そうな声を出してくれないか?

 

「ご、ごほっごほっ」

 

 ………おい、それはいくらなんでもわざとらしいんだが……?

 

「あ、あら、そうですの? では、わたくしもちょうど夕食はまだですし、ご一緒しましょう。ええ、ええ。珍しい偶然もあったものです。和哉さん、よろしいでしょうか?」

 

「………別に反対する理由は無いから構わないぞ」

 

 どうやら騙せたみたいで、セシリアは急に態度を変えて俺達と一緒に夕食を取ると言う方向で纏まった。

 

「ごほごほっ。そ、それじゃあごゆっくり」

 

「デュノアさん、お大事に。さあ一夏さん、和哉さん、参りましょう」

 

 そう言ってセシリアは一夏の腕を取って体を密着させる。流石イギリス人と言うべきか、日本人が不得手である行為を躊躇せずやるとは。まぁ相手が想い人である一夏だからこそやるんだろう。

 

 そんな二人と一緒に部屋を出て廊下を歩き、食堂に向かう為に階段を下りた直後、大きな叫び声と出会った。、

 

「なっ、なっ、何をしている!?」

 

 廊下の端からずんずんと早足でやってくる女子生徒。誰であるかはもう分かっている。相手は箒だから。

 

「あら、箒さん。これからわたくしたち一緒に夕食ですね」

 

 一緒に、とかなり強調するセシリア。まぁ俺はその後から二人っきりにさせようとさり気なくいなくなるのがお約束。

 

「それと腕を組むのとどう関係がある!?」

 

「あら、殿方がレディをエスコートするのは当然のことです」

 

 どっちかと言うとセシリアが一夏をエスコートしているんだがな。けど今の箒はそんなこと関係無く一夏と俺を睨んでくる。

 

「一夏っ、お前もお前だ! 私が食堂で待っていたというのに、どういうことだ!? それに和哉! 私に『すぐ一夏を連れて来る』と言っておきながらお前という奴は!」

 

「どういうも何も……」

 

「それについては本当に申し訳無い。シャルルが風邪を引いたから一夏と一緒に少し看病をしててな」

 

 一応適当な言い訳をする俺だが、それでも箒をほったらかしにした事に変わりは無い。いずれ箒には詫びとして一夏と二人っきりにする展開を作るとしよう。

 

「ともかく、わたくしたちはこれから夕食ですので失礼しますわね」

 

「ま、待て! それなら私も同席しよう。ちょうどこれから夕食だったのでな」

 

 これから夕食って……。おいおい箒、お前もう飯食った筈じゃなかったか?

 

「あらあら箒さん、一日四食は体重を加速させますわよ? 和哉さんもそう思いません?」

 

「え、えっと……」

 

「ふん、心配は無用だ。私はその分運動でカロリーを消費しているからな」

 

 運動で思い出したんだが箒、そろそろ剣道部に顔を出した方が良いと思うぞ。放課後の訓練に付き合うのは別に良いが、あまり剣道部を疎かにしないように。

 

「それに、実家からこれを送ってもらった。今日もあとで居合の修練をするから何も問題はない」

 

 そう言って箒が見せたのは――何と日本刀だった。

 

「おい箒、それって真剣か?」

 

「うむ。名は緋宵(あけよい)。かの名匠・明動陽(あかるぎよう)晩年の作だ」

 

 その名前は確か師匠の家にあった書物で読んだ事があるな。明動陽――女剣士を伴侶とした事から、それまでの刀剣作りの一切を捨て、飛騨山中へと移り住み、そこで『女のための刀』を作り続けた――だったな。

 

 そして『女が男を倒す』。それは柔よく剛を制すの精神に近く、刀匠としての生涯をテーマをかけた。言うまでも無く、その発端は妻との出会いによるもの。とまあ、俺が憶えてるのはこの程度だ。あんまり剣の事については詳しくない。

 

 けれど箒が持ってる日本刀の刀身は細く長く、その鞘も普通の日本刀より長い。一見、あんな長刀では居合に向かないと思うが、それでも居合に適している刀なのだろう。

 

 しかしまぁ、一高校生が帯刀しているのは物騒だな。いくら此処がIS学園で、法律上でも国際上でも『どこの国でもない土地』とは言え、普通に考えて危険だと思うんだが。

 

「で、では、行くとするか」

 

 箒はそう言いながら一夏の隣に経って腕を絡めた。あれはセシリアに対抗してるんだろう。

 

「……箒さん、何をしてらっしゃるのかしら?」

 

「男がレディをエスコートするのが当然なのだろう?」

 

「いや、たかが寮の食堂に行くだけでエスコートするのはどうかと――」

 

 

ギロッ!

 

 

「――はぁっ。はいはい、分かったよ」

 

 俺の突っ込みの最中に箒が強く睨んでくるので、溜息を吐きながら好きにするようにした。

 

 因みに一夏の左腕にはセシリア、右腕には箒が取っている。男の俺から見れば両手に花状態だ。一夏本人は全く気付いていないが。

 

「ああっ、いいなぁ……」

 

「両手に花ってやつね」

 

「幼なじみってずるい」

 

「専用機持ちってずるい」

 

 ハハハ、一夏狙いの女子達が箒とセシリアに羨ましそうな視線を向けてるよ。それに加えて二人は羨望の眼差しを心地よさそうにしている。

 

「両手に花状態だな、一夏。もし此処に弾がいたら嫉妬に駆られてお前を殺しそうな雰囲気を出すだろうな」

 

「何でだよ。てかこの状態、凄く歩きづらいいっ!」

 

 一夏が行ってる最中に、一夏の両腕を抓る箒とセシリア。あ~らら。

 

「この状況で他に言うことがないのか……」

 

「自らの幸福を自覚しないものは犬にも劣りますわね」

 

「(なあ和哉、イギリスでは左右から同時につねられることを幸福って言うのか? 俺にはそういう趣味はないんだが)」

 

「(そんなこと俺に訊かれても知らん)」

 

 2人の台詞に一夏が目で語りかけてきたので、俺は首を横に振る。

 

 悪いけど一夏、そこは自分で考えてくれ。女子に好かれている事に縁の無い俺に訊いても答えられないから。

 

「あ、かず~。ここにいた~!」

 

 

ギュッ!

 

 

「ん?」

 

 突然、聞き覚えのある声が俺の背中に抱き付いて来た。その事に一夏達は何故か目を見開いている。

 

「やっぱり本音か。いきなりどうした?」

 

 抱き付いて来た相手が本音だと分かっていたので、俺は特に抵抗せず首だけ動かして本音の方に顔を向ける。

 

「どうしたじゃないよ~。今日はアップルパイを作る約束なのに、かずーが全然部屋に戻ってこないから探したんだよ~」

 

「あ、そう言えば……」

 

 確か今日は夕食後にアップルパイを作って本音に食べさせる日だったな。いかんいかん、箒だけでなく本音の事もすっかり忘れてた。

 

「スマンスマン。夕食を食べた後で作るから一先ず離れてくれないか?」

 

「そう言ってもまた忘れそうな気がするから、アップルパイを作るまではかずーを見張る~」

 

 背中に抱き付いていた本音は一応離れたが、今度は左腕に引っ付いてきた。

 

「俺はそんなに信用無いのか? ってか本音、離れろと言った筈だが……」

 

「気にしない気にしない~。さあ早くご飯を食べてアップルパイを作って~」

 

「はいはい、仰せのままに……ん? どうしたお前等?」

 

 言っても離れない本音に俺が妥協すると、一夏達が生暖かい目でこっちを見ている。

 

「あ、いや、その……和哉とのほほんさんを見てると……」

 

「そ、それになんか……妙な雰囲気と言うか……」

 

「あ、あなたたちって実は付き合っていらっしゃるとか?」

 

「えへへ~。かず~、私たち付き合ってるんだって~」

 

「んな訳無いだろう。俺と本音はただの友達だ」

 

「ぶ~」

 

 勘違いをしてる一夏達に即座に訂正する俺に本音が頬を膨らませる。

 

「なに膨れっ面になってるんだ?」

 

「……ふ~んだ」

 

 今度はそっぽを向く本音。相変わらず訳の分からん奴だ。

 

 まぁこの後は、

 

 

ナデナデ

 

 

「……はう~♪」

 

 頭を撫でてやれば一通り落ち着くからな。本音って時折面白いんだよな。

 

「もっと頭を撫でて~♪」

 

「っておい、猫みたいに甘えてくるなっての」

 

「だってかずーに頭を撫でられると気持ちいいんだもん~♪」

 

「お前なぁ……早く食堂に行くんじゃなかったのか? 済まないな三人とも、本音が……あれ?」

 

 一夏達に謝ろうとする俺だったが、いつの間にかいなくなっていた。アイツ等何処に行った?

 

「おりむー達ならもう食堂に向かったよ~」

 

「何?」

 

 本音の台詞に俺が食堂の方角を見ると、颯爽と食堂へと向かっている一夏達がいた。

 

 その後、俺は本音を連れて食堂で夕食を食べ、食堂のキッチンでアップルパイを作り、部屋で本音にアップルパイを食わせて満足させた。




最後は本音を出して少しイチャ付かせて頂きました。


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第43話

「………またコイツは」

 

「う~ん……かず~」

 

 月曜日の朝五時。

 

 俺はいつも通りに起きたのだが、何故か本音が俺のベッドに潜り込んでいた。

 

 今回が初めてではなく、数週間前から何度も起きている出来事だ。何度注意しても本音は全く聞かず、『かずーと一緒だとグッスリ寝れるから~』なんて言う始末だ。あんまり強く言い過ぎると『かずーは私と一緒に寝るのは嫌?』と涙目の上目遣いで訴えるので、何故かそれ以上注意する事が出来なかった。

 

「ったく。本当にしょうがない奴だな……」

 

 そう言って俺は抱き付いている本音をソッと離してベッドから起き上がる。そして洗面所で一通りの準備を済ませて、朝錬をしに行くために部屋を出た。

 

「あ、そう言えば今日は一夏と一緒に朝練をやるんだった。アイツ起きてるかな」

 

 昨日の事が色々あり過ぎたから、恐らくまだ寝ているだろうと思っている俺だったが、取り敢えず起こしに行こうと一夏の部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

「ほれ一夏、早く素振りを終わらせろ」

 

「そ、そんな事言われても……! こ、この鉄棍いきなり重くなって……!」

 

 俺と一夏は現在、鉄棍 (俺は5kg、一夏は2kg)の素振りをやっている。最初は問題無く素振りをしていた一夏だったが、2~30回辺りまでなると動きが鈍くなっていた。

 

 一夏が持っている鉄棍は俺が以前、師匠の家で久々に修行した後、師匠から初心者用の修行道具を借りた物。他にもパワーリスト(1kg×2)やパワーアンクル(1kg×2)があるが、今の一夏にはまだ無理なのでソレ無しで朝練をさせている。いずれ装着してもらうがな。

 

「最初は軽くても、後になってから2kgと言う重さを実感するだろ? それがこの鉄棍素振りのミソだ。普通の竹刀では腕力が鍛えられるが、この鉄棍だと同時に握力も鍛えられて一石二鳥だ」

 

「あ、握力なんか鍛えて意味あるのか?」

 

「あるさ。拳を武器にする俺にとっては握力を鍛える事で手首をより強く固める事が出来るからな。一夏の場合は武器を安定して持てる」

 

 とは言え、ISを使っての戦いには補助があるから武器の安定性はあるからあんまり必要無い。だがそれでも使うのは人間だから自身が鍛えないと意味が無い。

 

 IS操縦者にとっては無意味だと思われるだろうが、自分自身の訓練を疎かにしては機体に振り回されるだけだ。だから訓練は必要不可欠。

 

「ほれ、素振りが終わったら次はスクワットだ。早くしないと間に合わなくなるぞ」

 

「くっ……! やっぱり和哉は化け物だ。ただでさえ俺がこうして素振りをやるのが精一杯だってのに、パワーリストやアンクルを付けて何事も無く終わらせてるし」

 

「だから俺はまだ化け物染みた師匠の領域にまで到達してないっての。そりゃ一夏と違って俺は日頃から鍛えられたからな。コレくらい出来なきゃ師匠の弟子はやってられん。あと言っておくが一夏、お前にもいずれ俺と同じリストやアンクルを付けての訓練をやってもらうからな」

 

「………勘弁してくれ」

 

 素振りをしながらも泣き言を漏らす一夏。そんなんじゃこの先強くなれないぞ。

 

「ところで一夏。俺は一昨日の夕食以降には本音に色々と付き合わされたんだが、シャルルの方は大丈夫だったか?」

 

 無論、これはシャルルが女である事がバレていないかの確認であり、一夏もそれは分かっている。

 

「平気だ。俺が持って来たご飯をシャルルに食べさせて、その後はお互いすぐに寝ちまったよ。昨日も特に問題なかった」

 

「そうか……ん? シャルルにご飯を食べさせたってどういう事だ?」

 

 思わずスクワットを止めて一夏に尋ねると、

 

「シャルルが箸を使うのが不慣れだったから、俺が代わりに食べさせたんだ。それにシャルルが食べさせてってお願いをされてな。ちょっと恥ずかしかったけど」

 

「……お前はシャルルに和食を持って来たのかよ」

 

 普通は洋食を選ぶだろうと付け足して呆れると同時に、シャルルは絶対に一夏に惚れたと確信した。

 

 いくらお願いとは言え、『はいあーん』等と言う恥ずかしい事を異性に頼むのは相手に好意を寄せている証拠だ。これは本格的に一夏争奪戦が開始されるのは時間の問題か。

 

「……シャルルが女だってバレたら一大事になりそうだ。何とかしないと」

 

「ん? 何か言ったか和哉?」

 

「何でもない。さっさと素振りを終わらせろ、一夏」

 

 一先ず朝練を終わらせる為、一夏に催促をさせるのであった。

 

 

 

 

 

 

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 教室に向かっている最中、廊下にまで聞こえる声に何事かと思った。

 

「なんだ?」

 

「さあ?」

 

「さっきの声はセシリアと鈴の声だな。アイツ等は一体どうしてあんなデカイ声を出してんだ?」

 

 一夏の問いにシャルル(男装バージョン)は不可解な顔になり、俺も分からなかったが声の主は分かった。

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑君と交際でき――」

 

「俺がどうしたって?」

 

「「「きゃああっ!?」」」

 

 何だ? 教室に入った一夏が声を掛けただけで、クラスの女子達が取り乱した悲鳴を上げてるし。ってか、アンタ等はしたないぞ。

 

「で、何の話だったんだ? 俺の名前が出ていたみたいだけど」

 

「う、うん? そうだっけ?」

 

「さ、さあ、どうだったかしら?」

 

 一夏の問いに鈴とセシリアはあははうふふと言いながら話しを逸らしている。一体どうしたんだ?

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね! わたくしも自分の席につきませんと」

 

 何処かしら余所余所しい様子で二人はその場を離れていくが、

 

「和哉、ちょっと良い?」

 

「ん?」

 

 教室から出ようとする鈴が名指しして来たので、俺は言われたとおり鈴に近付く。

 

「どうした?」

 

「訳は後で話すからさ。放課後になったら至急第三アリーナに来て。勿論アンタ一人で。それじゃ」

 

「はあ? それはどう言う……ってもう行っちまったし」

 

 質問しようにも鈴は颯爽と自分のクラスへと戻ってしまった。一体どう言う事だ?

 

 まぁ後で話すなら良いかと思って席に着こうとする俺だったが、

 

「和哉さん、ちょっとよろしいですか?」

 

「何だ?」

 

 今度はセシリアが俺に話しかけてきた。お前席に着いたんじゃなかったか?

 

「えっと、申し訳ないのですが放課後すぐ第三アリーナに来てくれませんか? 一夏さん抜きで」

 

 鈴に続いてお前もかよ。まぁ良いか。鈴も第三アリーナに来てくれと言われたから、纏めて理由を聞けるから手間が省ける。

 

「構わないが、理由を聞いても良いか?」

 

「そ、それは後ほど話します。ではわたくしはこれで……」

 

 そう言ってセシリアは自分の席に戻ったので、俺も一先ず席に着くと一夏とシャルルが来た。

 

「和哉、鈴とセシリアと一体何を話したんだ?」

 

「何か二人とも真剣な顔をしていたけど……」

 

「放課後、俺に話があるんだとさ」

 

 後で本音に聞いて分かったが、どうやら『学年別トーナメントで優勝したら一夏と交際出来る』と言うのを知る俺だった。

 

 

 

 

 

 

「で? 俺に話って何だ、箒」

 

 昼食後の昼休み。俺と箒は今屋上にいる。

 

 此処にいる理由は箒が『相談する事があるから屋上に来て欲しい』と言われたので、反対する理由は無い俺はどんな相談かと思って一緒に来た。

 

「うむ、実は――」

 

「もしかして学年別トーナメントで優勝する前に一夏と恋人関係にするよう力を貸してほしい、ってか?」

 

「違う! 第一トーナメントで優勝する事については私と一夏だけの話で……ってこれも違う!」

 

 てっきり一夏関連の相談だと思った俺だったが、どうやら違うみたいだ。ってか箒って一夏の事となると面白いな。まぁそれは鈴やセシリアにも言える事だけど。

 

「あ~……スマン、俺が悪かった。もう何も言わないので、どうぞ」

 

 これ以上突っ込むと箒が勝手に自爆して相談どころじゃ無くなると思った俺は、謝りながら本題に入ろうとした。その事に箒は若干間がありながらも、ゴホンッと咳払いをして語り始める。

 

「……話しをする前に私の姉である篠ノ之束は既に知っているだろう?」

 

「まぁな。と言っても、ISを開発した天才科学者って事ぐらいしか知らんが」

 

「その姉さんがISを発表した事によって、私達の生活が大きく変わった」

 

「………………………」

 

 淡々と話しを続ける箒に、俺は黙って聞いている。

 

「ISはその圧倒的な性能から兵器への転用が危ぶまれ、私の家族は重要人物保護プログラムによって転々と引越しをさせられたのだ。気が付けば両親とは別々に暮らし、姉さんは行方知れず。私は執拗なまでの監視と聴取を幾度となくされ、心身共に参っていた」

 

 苦々しい顔をして語る箒に、俺は箒の姉や政府の身勝手な行動に思わず顔を顰めた。聞いてて反吐が出る。

 

「それでも、剣道だけは続けた。一夏とは以前から剣道をしていたから、それが唯一の繋がりでな」

 

 成程ねぇ。一夏との繋がりが剣道だから、それを忘れない為に剣道を続けていたと言う事か。健気だな。

 

「ここからが本題だ。私は中学の頃に剣道の全国大会で優勝したんだが、それはあまり喜ばしい物ではなかった」

 

「と言うと?」

 

「理由は単純にして明快。誰かを叩きのめしたいと言う『ただの憂さ晴らし』でしかなかったからだ。太刀筋は己を映す鏡。そのひどく醜い様を己自身に突きつけられた挙句、決勝戦で戦った対戦相手が涙している姿を見て更に絶望した」

 

「…………………」

 

「あの時のあれはただの暴力だった。強いとは言えなかった。強さとは、そう言うものを指すのではない」

 

「…………………」

 

「お前はどう思う和哉? 武道をやっているお前からしたら、私は醜い人間だと思うか?」

 

「別に俺はそう思わん」

 

「え?」

 

 アッサリ答える俺に素っ頓狂な顔をする箒。俺は気にせずそのまま続ける。

 

「ただ単にお前と当時の対戦相手との力の差があり過ぎただけの事だ。お前は以前までやっていた自分の剣道が暴力だと気付いて改めたんだろう? そこは別に問題無い。だがな、いつまでも負かした相手の事を気に掛けるのはいただけないな。それは武道をやっている者に対しての侮辱行為だ」

 

「わ、私は別にそんなつもりは……」 

 

 納得してない箒だったので俺はある例え話をする事にした。

 

「じゃあ訊くがな箒。例えば俺と箒が剣道で真剣勝負して、俺が勝った時に『残念だったな。お前はよく頑張った、元気を出せ』って言われたらどうする?」

 

「…………そんな事を言われても嬉しくないし、逆に腹が立つ」

 

「だろう? 勝者は悪意の無い台詞だとしても、敗者にとっては侮辱してるのと同時に勝者の傲慢だと捉える。お前が以前の対戦相手をずっと気に掛けているのは、さっきの俺の例え話と似たような事なんだ」

 

「………………………」

 

 目から鱗が落ちたかのように黙って聞いていた箒が考える仕草をしていたが、俺はまだ言い続ける。

 

「だからと言って過去を忘れろとは言わないが、自分が敗者に醜い戦い方をしたと言う事を強く胸に刻み込んで、次に会った時は以前の自分とは違うと証明するんだ……って悪い箒。同年代である俺があんまり偉そうな事を言える立場じゃないな」

 

 自分で言ってて本当に偉そうな事を言ってしまったと感じた俺は申し訳無さそうに箒に謝る。

 

 因みにさっきまで言ってた事は師匠の受け売りだ。まさか俺がこんな事を言うなんて思いもしなかったが。

 

「いや、そんな事は無い。確かにお前の言うとおりだ。どうやら私はまだ思い上がっている部分があったみたいだな」

 

 そう言って箒はさっきまでの苦い顔から、スッキリした顔になっていた。多少は晴れたようだ。 

 

「礼を言う和哉。全てとは言わないが、お前のおかげでスッキリした」

 

「そうか?」

 

「ああ。やはりお前に話して良かったと思ってる。また何か遭ったら相談に乗ってくれるか?」

 

「こんな俺で良かったらいつでも。だけど一夏との夫婦喧嘩については勘弁して欲しいが」

 

「んなっ!?」

 

 夫婦喧嘩と言った瞬間に一気に顔を赤らめる箒。

 

「と言うか箒、早く一夏と恋人関係になってくれないか? 早く唾を付けとかないと一夏が他の誰かに奪われるぞ」

 

「そ、そんなの和哉には関係無いだろう!」

 

「大いに関係あるさ。俺がさり気なく一夏と二人っきりの展開を作ってるって言うのにも拘らず、全然進展してないんだからな」

 

 尤も、これは鈴やセシリアにも言える事だ。コイツ等は普段から強気な性格のくせに、告白の展開となると弱気になってしまう。ヘタレにも程がある。

 

「早く一夏と恋仲になってくれ! そうでないと俺はこの先ずっと要らんトバッチリを受けるんだよ!」

 

「何故お前にそんな事を言われなければならん! と言うか逆ギレするな!」

 

 喧しい! お前等がヘタレなんだから叫ばずにはいられないんだよ!

 

 そして昼休み終了の予鈴がなるまで、箒と一夏との恋愛の事で言い合いを続けていた。

 

 

 

 

 

 

「はー。この距離だけはどうにもならないな……」

 

「確かに」

 

 授業終了の休み時間。俺と一夏はトイレから出て急いで教室に戻っていた。

 

 何故そうしているのかと言うと、学園内に男子が使えるトイレが三ヶ所しかないと言う現状故に、授業終了のチャイムと同時に一夏と一緒に競争している。当然帰りも走って戻らなければ授業には戻れない。俺としては本当なら『疾足』を使いたいところだが、人が多いからぶつかってしまうので使えなかった。アレは本来広い場所で使う技だから、狭い廊下の上に人がいては無理。だから普通に走らざるを得なかった。まぁ先日『廊下を走るな!』なんてお叱りを受けたが、走らなければ教室に間に合わないのでそんなのお構い無しだ。

 

「けど俺達よりシャルルが一番きついんだよな。何しろ本当は――」

 

「ストップだ一夏。その発言は此処じゃマズイ」

 

「あ、やべ!」

 

 俺が注意をしたことにより一夏は思わず自分の手で口を塞ぐ。

 

「大丈夫だ。幸い周りには誰もいない。と言うか無駄口はここまでにして早く戻るぞ」

 

「お、おう。そうだな」

 

 急いで教室に戻ろうとしたが、

 

「なぜこんなところで教師など!」

 

「やれやれ……」

 

「「ん?」」

 

 ふと曲がり角の先から声が聞こえたので、俺達は足を止めて注意を向ける。何しろ声の主がボーデヴィッヒと千冬さんだからな。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 あのラウラ・ボーデヴィッヒがあそこまで声を荒げるとは珍しいな。それだけ千冬さんの現在の仕事に不満を持っていると言う証拠、と言ったところか?

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

 

「ほう」

 

「大体、この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」

 

「なぜだ?」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている」

 

 ボーデヴィッヒの言い分には一理あるな。確かにIS学園の生徒はISと言う兵器に対しての認識が甘い。そこは共感出来る。

 

「そのような程度の低いものたちに教官が時間をさかれるなど――」

 

「――そこまでにしておけよ、小娘」

 

「っ……!」

 

 突然凄みのある千冬さんの声に、流石のボーデヴィッヒも(ひる)んでしまったようだ。言葉が途切れて、続きが出てこない。

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

 

「わ、私は……」

 

 ボーデヴィッヒの声が震えているな。それは恐怖だ。圧倒的な力の前に感じる恐怖と、大切な相手に嫌われると言う二つの恐怖。

 

「それと一度神代と戦ってみるといい。そうすれば自分がどれだけ思い上がっていたのかが理解できる筈だ」

 

 ちょっと千冬さん。俺を引き合いに出さないでくれよ。

 

「あ、あんなISに乗って間もない男に、私が負けるとでも思っているのですか?」

 

「好きに受け取るがいい。だがこれだけは言っておく。神代はお前が思っているほど弱くはないし、私もそれなりに認めている」

 

 へぇ。中々嬉しい事を言ってくれるなぁ千冬さん。って一夏、そんなに睨むなよ。

 

「さて、授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」

 

「……………………………」

 

 千冬さんが戻るように言うと、ボーデヴィッヒは黙したまま早足で去って行った。

 

「そこの男子。盗み聞きか? 異常性癖は感心しないぞ」

 

「な、なんでそうなるんだよ! 千冬姉!」

 

「(バカ! そこで反応するな!)」

 

 

バシーン!

 

 

 あ~あ、叩かれちゃったよ。

 

「学校では織斑先生と呼べ」

 

「は、はい……」

 

「ったく、何やってるんだよ一夏」

 

「ん? やはり神代もいたのか」

 

 俺がいた事に気付いていた様子を見せる千冬さん。一応気配は完全に消してたつもりだったが、やっぱり気付いていたか。

 

「ええ、まぁ……完全に気配を消してたつもりなんですが」

 

「途中から急に気配を消しては意味が無いぞ。次からは気をつけるんだな」

 

「そうします。と言うか織斑先生、ボーデヴィッヒが俺と戦うように態とあんな事を言ったでしょう?」

 

「さて、何の事やら」

 

 こんな言い方をするって事はやっぱり態と言ったな。

 

「お前は『IS学園最強』を目指しているんだろう? ボーデヴィッヒに勝てないようでは最強にはなれないぞ?」

 

「………言ってくれますね。では織斑先生のご期待に応えるとしましょう」

 

「ああ、楽しみにしているぞ」

 

「…………………」

 

 千冬さんと俺の会話に一夏が凄~く面白く無さそうな顔をしていた。何だかんだ言って一夏は本当にシスコンだな。

 

「そら、走れ劣等生。このままじゃお前は月末のトーナメントで初戦敗退だぞ。勤勉さを忘れるな」

 

「わかってるって……」

 

「そうか。ならいい」

 

 さっきまで不機嫌そうな顔をしていた一夏は、千冬さんが姉として言った事に緩和される。

 

「じゃあ、教室に戻ります」

 

「では俺達はこれで」

 

「おう。急げよ。――ああ、それと二人とも」

 

「はい?」

 

「何ですか?」

 

「廊下は走るな。……とは言わん、バレないように走れ」

 

 千冬さんの言葉に、

 

「了解」

 

「分かりました」

 

 一夏と俺が了承すると、千冬さんは俺達に背を向けた。どうやら見逃してくれるらしい。

 

 そして俺達は教室までの道のりをバレないようにダッシュした。




ちょっと短編っぽい話でした。

次回もお楽しみに♪


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第44話

「さて、二人に言われた通り来たが……セシリアはともかく、鈴はまだ来てないみたいだな」

 

 授業が終わった放課後、俺は一夏に訓練不参加だと言ってすぐに更衣室に向かって着替え、第三アリーナで鈴とセシリアが来るのを一人で待っていた。

 

 こんな事ならセシリアと一緒に行けば良かったかと思っていたが、二人が来たみたいだ。

 

「「あ」」

 

 二人揃って間の抜けた声を出している。まるでお互い予想外みたいな反応だ。

 

「な、何でセシリアがここにいるのよ? あたしは和哉に用があるんだけど」

 

「それはこちらのセリフですわ。と言うか和哉さんに何の用ですの?」

 

「決まってるじゃない。これから月末の学年別トーナメントに向けて、和哉と本格的な実戦訓練をするのよ。後は個人的な相談もね」

 

 成程。鈴は俺と特訓する為に此処へ呼んだと言う訳か。あと個人的な相談とか言ってるが、一体何の相談やら。一夏に対する愚痴だったら勘弁して欲しいが。

 

「どういうことですか和哉さん!? わたくし聞いてませんわよ!」

 

「お前に言おうとしても、『お話は第三アリーナで』なんて言って話しを打ち切るからだろうが」

 

 鈴も一緒に来る事を言おうとしても、セシリアが一夏に聞かれないよう警戒してかすぐに遮断するから言えず仕舞いになったからな。だから責められる謂れは無いぞ。

 

「むぅ……」

 

「で、セシリアも鈴と同じ用件なのか?」

 

「………そうですわ」

 

 膨れっ面になるセシリアに、俺は特に気にせず用件を聞くと間がありながらも答える。その事に鈴が待ったをかける。

 

「ダメよセシリア。先約はあたしなんだから、アンタは後にして」

 

「そう言うわけにはいきませんわ。特訓だけでなく和哉さんとは大事な相談があるんですから!」

 

「あたしだってそうよ! とにかくアンタは引っ込んでなさい!」

 

「コラコラお前等、こんな所で喧嘩は止せ」

 

 言い争いを始めようとする鈴とセシリアに俺が宥めようとするが、当の二人は聞こうともしない様子。と言うか何で俺がこの二人を宥めなきゃいけないんだよ。こう言うのは一夏の役目なんだが。

 

「じゃあどっちかが勝ったら、和哉と特訓するってのはどう? それなら文句無いでしょ?」

 

「望むところですわ」

 

「……お~い?」

 

 何か俺、賞品っぽい扱いをされているような気がするんだけど。俺との特訓でそこまでするか?

 

「それにちょうどいい機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」

 

「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりとさせましょうではありませんか」

 

 二人ともメインウェポンを呼び出すと同時に、それを構えて対峙する。

 

「……えっと、一先ず俺は見物してて良いのか?」

 

「良いわよ。すぐに終わらせるからそこで見てて」

 

「和哉さん、よろしければ合図をしていただけません?」

 

 少し離れている俺は念の為に確認を取ると二人は了承し、セシリアが開始の合図を頼んできた。要望に応える俺はそのまま手を振り上げる。

 

「じゃあはじ……っ!」

 

 俺が合図をしてる最中に突如、超音速の砲弾が飛来したので俺は即座にISを展開して回避した。

 

「「!?」」

 

 鈴とセシリアも俺と同様に緊急回避をしていた。そして俺達は揃って砲弾が飛んで来た方向を見る。そこには見覚えのある漆黒の機体が佇んでいた。

 

 確かあの機体は『シュヴァルツェア・レーゲン』。そして登録操縦者は、

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

 俺とセシリアのクラスメイトだ。

 

 ボーデヴィッヒの登場にセシリアの表情が苦く強張っている。恐らく以前話していた欧州連合のトライアル関連の事だろう。そうでなければ、あのセシリアがあのような表情はしない筈だ。

 

「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

 

「おいおいボーデヴィッヒさん、いきなり随分物騒な挨拶だな」

 

 既に連結した《双天牙月》を肩に預けながら、鈴は衝撃砲をいつでも撃てるように展開していた。そして皮肉を込めて言う俺に、ボーデヴィッヒがこっちを見てくる。

 

「神代和哉、私と戦え」

 

「何だと?」

 

「貴様が本当に教官が認めるに値するか見極めさせてもらう」

 

 あ、そう言う事。あの時、千冬さんが言った事が本当であるかを確かめる為に喧嘩を吹っかけてきたって事か。けどまさかこんな早く来るとは予想外だったな。それだけ千冬さんが『俺をそれなりに認めている』と言ったセリフが気に入らなかったんだろう。

 

「ちょっと! あたしたちを無視しないでよ!」

 

 鈴の怒号にボーデヴィッヒがどうでも良さそうな感じで、鈴とセシリアの機体を見定めている。

 

「中国の『甲龍(こうりゅう)』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

 

 あまりの挑発的な物言いに、鈴とセシリアは揃って口元を引き攣らせる。誰だってそうなるな。

 

「何? やるの? わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」

 

「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのはかわいそうですわよ? 犬だってまだワンと言いますのに。和哉さんもそう思いません?」

 

「俺に同調されても困るんだが……」

 

 ボーデヴィッヒの全てを見下すかのような目付きに物凄く不快感を抱く二人は、仕返しと言わんばかりに挑発した。

 

 だが、そんな二人の挑発にボーデヴィッヒは全く気にしている様子は見受けられなかった。

 

「はっ……。ふたりがかりで量産機に負けるばかりか、神代和哉に特訓を乞う程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいしか能のない国と、古いだけが取り柄の国はな」

 

 

ぶちっ――!

 

 

 あ、今何か切れる音が聞こえた。発生源は言うまでもなく鈴とセシリアだ。その証拠に二人は装備の最終安全装置を外してる。

 

「ああ、ああ、わかった。わかったわよ。スクラップがお望みなわけね。――セシリア、どっちが先やるかジャンケンしよ。あ、和哉は最後ね」

 

「あのなぁ……」

 

「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでもいいのですが――」

 

「はっ! ふたりがかりで来たらどうだ? 一足す一は所詮二にしかならん。いっそそこの男に助けを求めたらどうだ? そして下らん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるものか」

 

「おいボーデヴィッヒ! それはいくらなんでも言い過ぎにも程が――」

 

 あまりのボーデヴィッヒの発言に俺か顔を顰めて注意しようとしたが、

 

「――今なんて言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」

 

「場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。その軽口、二度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」

 

「おいお前等……」

 

「和哉、悪いけど特訓は後にさせてもらうわ。先にやる事が出来たから」

 

「すぐに終わらせますので、和哉さんはそこで見ててください」

 

「………分かった、好きにしろ」

 

 完全に戦闘態勢に入ってる鈴とセシリアは己の武器をぶっ放す状態だった。大好きな一夏を侮辱されたのだから怒るのは当然だ。こうなってしまった二人はもう俺では止められない。

 

「ふん。神代和哉と戦う前のウォーミングアップをさせてもらうとしよう。とっとと来い」

 

「「上等!」」

 

 クイックイッ、と手で来いと挑発するボーデヴィッヒに鈴とセシリアは突進した。

 

 

 

 

 

 

「一夏、今日も放課後特訓するよね?」

 

「ああ、もちろんだ。にしても和哉のやつ、今日は不参加ってどうしたんだろうな」

 

「朝に凰さんとオルコットさんが和哉と何か話していたみたいだけど、もしかして二人にどこかに来て欲しいって言われたんじゃない?」

 

「あ、そう言えば……。アイツ等、和哉を呼んで何を話しているんだか。学年別トーナメント前だからできるだけ和哉と本格的な訓練をやりたかったんだけどなぁ。まあ愚痴っても仕方ないか。今日使えるのは、ええと――」

 

「第三アリーナだ」

 

「「わあっ!?」」

 

 廊下で一夏とシャルルが並んで歩いて話してる最中、いきなり予想外の声が飛び込んで来た事に二人は揃って声を上げた。

 

 同時に声を上げた事によって、いつの間にか横に並んでいた箒が眉を顰める。

 

「……そんなに驚くほどのことか。失礼だぞ」

 

「お、おう。すまん」

 

「ごめんなさい。いきなりのことでびっくりしちゃって」

 

「あ、いや、別に責めているわけではないが……」

 

 折り目正しく頭を下げて謝るシャルルに、さっきまで眉を顰めていた箒が申し訳無さそうな顔になる。

 

「あ、確か箒も……」

 

「私が何だ、一夏?」

 

「いや、お前昼休みに和哉に話があるって言って何処かに行ったろ? 和哉と何を話してたんだ?」

 

「っ! そ、それはお前が気にする事ではない!」

 

「そ、そうか。悪いな」

 

 一夏の問いに箒は和哉と屋上で話したことを思い出したのか、若干顔を赤らめながら声を荒げた。和哉に『早く一夏と恋仲になれ』と言われた等と口が裂けても言えないのだから。

 

 いきなりの事に戸惑いながら謝る一夏に、早く話題を変えようと箒はごほんと強く咳払いをした。

 

「と、ともかく、だ。第三アリーナへと向かうぞ。今日は使用人数が少ないと聞いている。空間が空いていれば模擬戦も出来るだろう」

 

 箒の言葉に一夏はそうだなと頷いて、三人で第三アリーナへと向かう。

 

 しかしその途中、何やら慌しい様子が見受けられた。先程から廊下を走っている生徒も多い。騒ぎの原因は第三アリーナだと三人は気付く。

 

「なんだ?」

 

「何かあったのかな? こっちで先に様子を見ていく?」

 

 シャルルはそう言って観客席へのゲートを指すと、一夏が頷いてそこへと向かった。

 

「誰かが模擬戦をしてるみたいだね。でもそれにしては様子が――」

 

 

ドゴォンッ!

 

 

「「「!?」」」

 

 突然の爆発に驚いた三人は視線を向けると、その煙を切り裂くように影が飛び出す。

 

「鈴! セシリア! それに和哉も!」

 

 特殊なエネルギーシールドで隔離されたステージから観客席側に爆発が及ぶ事は無いが、それと同時に一夏達の声は向こう側には届かない。

 

 鈴とセシリアは苦い表情のまま、そして二人の後方から見ている和哉は爆発の中心部へと視線を向けている。そこにいたのは漆黒のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を駆るラウラ・ボーデヴィッヒの姿だ。

 

「和哉の奴、一体何やってるんだよ……!」 

 

 ISが所々損傷している鈴とセシリアが劣勢だと言うのに、一切加勢しようとしない和哉の様子に一夏が顔を顰めながら不満を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 観客席側から何やら俺に視線を送っている奴がいたので、そこに視線を向けると一夏、シャルル、箒がいた。特に一夏が俺を睨んでいる。恐らく劣勢状態である鈴とセシリアに加勢しない事に憤っているんだろう。

 

 一夏達が来ている事に、戦っている鈴とセシリア、ボーデヴィッヒはまだ気付いていない。

 

「おい二人とも、そろそろ俺も加勢に――」

 

「「必要無いわ(ありません)!」」

 

「――あ、そう」

 

 一応さっきから加勢しようかと何度も言ってるのだが、鈴とセシリアが頑なに拒否してるので手が出せず仕舞いだ。かと言って加勢してしまったら、プライドの高いアイツ等が後になって何を言われるか分かったもんじゃない。まぁ流石にあの二人が本当にヤバイ状況になったら無理にでも加勢させてもらうが。

 

 俺がそう考えていると、鈴とセシリアは軽く目配せの後にボーデヴィッヒへと向かっていく。

 

「くらえっ!!」

 

 

ジャカッ!

 

 

 鈴がそう言った直後に、鈴のIS『甲龍』の両肩が開く。あれは第三世代型空間圧作用兵器・衝撃砲《龍咆(りゅうほう)》だ。しかも最大出力攻撃で放とうとしている。にも拘らずボーデヴィッヒは回避をしようともしなかった。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」

 

 衝撃砲の不可視の弾丸がボーデヴィッヒを目指していた―――だが、その攻撃は届く事はなかった。

 

「くっ! まさかこうまで相性が悪いだなんて……!」

 

 ボーデヴィッヒが右手を突き出しただけで衝撃砲を無力化した事に、鈴がまた苦い顔をする。さっきから衝撃砲を撃ってはあのバリヤーで防がれているから、鈴がああなるのは無理もない。

 

「だが、アレには弱点(・・)があるみたいだな」

 

 そこを鈴とセシリアが気付けば勝機があるんだが。果たしてあの二人が気付くかどうか。

 

 俺がそう考えているとボーデヴィッヒは攻撃に転じて、肩に搭載された刃が左右一対で射出され、鈴のISへと飛翔する。それは本体とワイヤーで接続されている事によって、複雑な軌道を描いて迎撃射撃を難なく潜り抜け、鈴の右足を捕らえる。ブレードとワイヤーの両方の特性を持つ武器と言ったところか。

 

「そうそう何度もさせるものですかっ!」

 

 鈴を援護する為に射撃を行うセシリア。同時にビットを射出し、ボーデヴィッヒへと向かわせる。

 

「ふん……。理論値最大稼動のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは笑わせる」

 

 セシリアの精密な狙撃とビットによる視界外攻撃をかわすボーデヴィッヒは、先程と同様に腕を突き出す。今度は左右同時に出しており、交差させた腕の先ではバリヤーに捕まえられたかのようにビットが動きを停止していた。

 

「動きが止まりましたわね!」

 

「貴様もな」

 

 セシリアは狙い澄ました狙撃をするが、ボーデヴィッヒの大型カノンによる砲撃で相殺される。すぐに連続射撃をしようとするセシリアだったが、ボーデヴィッヒは先程捕まえた鈴をぶつけて阻害した。単純だが実に効果的な攻撃だ。

 

「きゃああっ!」

 

 空中でぶつかった二人が一瞬姿勢を崩すと、ボーデヴィッヒが突撃を仕掛ける。その速度は弾丸並みで、間合いを素早く詰めた。

 

「アレは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』か」

 

 一夏や俺が使う、格闘特化の技能の一つだ。アレはエネルギー消費が激しいので俺の場合は『疾足』を使うけど。

 

 格闘戦をやるなら鈴に分があり、《双天牙月》による回転連撃を行うと思っていたが、鈴は連結を解いてしまった。

 

 理由は簡単。ボーデヴィッヒの両手首に装着した袖みたいなパーツから、超高熱のプラズマ刃が展開して左右同時に鈴へと襲い掛かっていたから。

 

(不味いな。このままだと確実に鈴が負ける……)

 

 この後の展開を色々と考える俺だったが、どうあっても負けてしまう未来しか見えなかった。

 

 両手のプラズマ刃と、腰部左右に取り付けられているワイヤーブレードが計六つ。それらを巧みに使って接近されては、いくら格闘戦に慣れている鈴でも難しい。頼みの衝撃砲も、あのバリヤーで防がれるから更に不味い。

 

「くっ!」

 

 鈴はまた衝撃砲を展開して、その砲弾エネルギーを集中させる。

 

「止すんだ鈴! そんな近距離で衝撃砲を使ったら……!」

 

「全くだ。この状況でウェイトのある空間圧兵器を使うとは」

 

 俺が叫ぶとボーデヴィッヒが頷き、衝撃砲は弾丸を射出する寸前にボーデヴィッヒの実弾砲撃によって爆散した。

 

「もらった」

 

「!」

 

 肩のアーマーを吹き飛ばされて大きく体勢を崩した鈴に、ボーデヴィッヒがプラズマ手刀を懐へ突き刺そうとする。

 

「させませんわ!」

 

 間一髪のところで二人の間に割りに行ったセシリアは、《スターライトmkⅢ》を楯に使って一撃を逸らす。同時に以前、俺と一夏に使った弾頭型(ミサイル)ビットをボーデヴィッヒへと向けて射出した。

 

 

ドガァァァァンッ!

 

 

「おいおい……あんな近距離で撃つなんて自殺行為だぞ」

 

 セシリアの行動に俺が呆れていると、予想通り鈴とセシリアは爆発に巻き込まれて床へと叩き付けられていた。

 

「無茶するわね、アンタ……」

 

「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが――」

 

「そうでもないみたいだぞ」

 

「「え?」」

 

 俺が通信を入れると二人は煙を見た。晴れたその先には佇んでいるボーデヴィッヒがいた。

 

「終わりか? ならば――私の番だ」

 

 ボーデヴィッヒが言うと同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で地上へと移動後、鈴を蹴り飛ばし、セシリアに近距離からの砲撃を当てる。

 

 さらにワイヤーブレードが飛ばされた二人の体を捕まえてラウラの元にと手繰り寄せ、そこから先は一方的な暴虐が始まった。

 

「ああああっ!」

 

(アイツっ!)

 

 腕に、脚に、体に、ボーデヴィッヒの拳が叩き込まれる。

 

「おいボーデヴィッヒ! そこまでにしろ! ソイツ等はもう機体維持警告域(レッドゾーン)を超えて、操縦者生命危険域(デッドゾーン)になっているのかが分からないのか!?」

 

「フッ……」

 

 あれ以上ダメージが増加したらISが強制解除され、その時は冗談ではなく生命に関わる。そんな俺の言葉を全く聞いていないボーデヴィッヒは二人に攻撃を続けていた。まるで止めるものやらやってみろ、と言う風に。

 

 そして観客席の方では一夏が白式を展開しようとしていた。

 

「そうか。それが貴様の答えか。ならば――」

 

 俺は一夏の様子を全く気にせずに、

 

 

フッ! ガシッ!

 

 

「んなっ!?」 

 

 『疾足』を使い、振りかざそうとした左拳を掴むと驚くボーデヴィッヒだったが、

 

 

バキィッ!

 

 

「ぐっ!」

 

 即座に顔を殴られて後退するのであった。 




次回はオリジナル展開で和哉VSラウラの戦いになります。

どんな戦いになるかはお楽しみに♪


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第45話

今回のオリジナルは和哉無双、並びにラウラ虐めかもしれないとの話です。
それではどうぞ!


「二人とも大丈夫か?」

 

「か、和哉……アンタ……」

 

「和哉さん……」

 

 ボーデヴィッヒをぶん殴った俺はすぐに、ダメージを受けすぎた事によってISが強制解除された二人を介抱する。やはり操縦者生命危険域(デッドゾーン)に入った事によって操縦者自身もダメージを受けているようだ。

 

「その様子じゃすぐに動けなさそうだな。俺が運ぶと――」

 

「貴様ぁ……舐めた真似を!」

 

 俺に顔を殴られて後退していたボーデヴィッヒが睨みながら、大型カノンをこっちに向けてぶっ放そうとしていた。

 

「おい! 怪我人がいるのに撃つ気か!?」

 

「墜ちろ!」

 

「ちいっ! 二人とも息を止めてろ!」

 

 鈴とセシリアがISを解除してるにも拘らず、ボーデヴィッヒは大型カノンを撃って来たので俺は咄嗟に二人を抱えて『疾足』を使う。

 

 

ドゴォンッ!

 

 

「全く。本当に撃つとは……何考えてんだボーデヴィッヒ!?」

 

「なっ!?」

 

 『疾足』で砲弾をかわした俺は鈴とセシリアをアリーナの壁側に横たわらせながらボーデヴィッヒに怒鳴りつける。俺の声に振り向くボーデヴィッヒは信じられない顔をして驚きの声をあげていた。

 

「い、いつの間にあそこに……!」

 

「アンタにはそれ相応の目に遭わせてやるから覚悟しとけ。お前等、一先ず此処で休んでろ」

 

「う……。和哉……」

 

「無様な姿を……お見せしましたわね……申し訳ありません。あれだけ大見得を切ったと言うのに……」

 

「気にするな。後は俺に任せろ」

 

 驚くボーデヴィッヒを余所に、鈴とセシリアに安心させるように言葉をかける俺。そしてすぐにボーデヴィッヒの方へと体を向けて、二人に巻き添えを喰らわないように旋回しながら一定の距離まで近付く。

 

「待たせたな、ボーデヴィッヒ。さ~て、お前をどう料理してやろうか」

 

「……貴様、一体何をした?」

 

 何をとは恐らく『疾足』の事を指しているんだろう。ボーデヴィッヒにとっては瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使っていないにも拘らず、一瞬でかわしただけでなく壁際まで移動した事に信じられないと言ったところか。

 

「さあ? 何だろうな。と言うかこれから戦うお前に教える義理でもあるか?」

 

「………確かにそうだな。なら――これで確かめさせてもらおう!」

 

「やってみろ。当てられるものなら、な」

 

 ボーデヴィッヒは再び大型カノンを俺に照準を向けて撃ってくるが、

 

 

ドゴォンッ!

 

 

「どこを狙っているんだ? 俺はここだぞ。アンタって意外と命中率が低いんだな」

 

「ちっ! 日本の量産型(ガラクタ)風情に乗っていい気になるな!」

 

 再び『疾速』で避けられて挑発する俺に、再度大型カノンを撃って当てようとする。

 

 だが奴が撃ったところで俺は『疾速』を使うからすぐに避けるのでハッキリ言って無駄。あの手の兵器は一度照準しないと撃てないから、狙いさえ分かればいくらでもかわす事が出来る。

 

「ふわぁ……。おい、一体いつになったら当たるんだ? 下手過ぎるにも程があるぞ」

 

「くっ……! さっきからチョロチョロと……!」

 

 大型カノンを3~4発撃った後、俺は態とあくびをして余裕な表情を浮かべる。その事にボーデヴィッヒがかなりイラついていた。

 

 因みにこれは態と挑発して苛立たせようと集中力を乱す為にやっている作戦だ。しかしアイツはそれに微塵も気付いていない。プライドが高い奴ほど、この作戦は引っ掛かり易い。鈴やセシリアが良い例だ。

 

 

 

 

 

 

「す、すげぇ……和也のやつ、相変わらず無茶苦茶だなぁ……」

 

 先程までISの白式を展開してアリーナのバリアーを零落白夜で切り裂いた一夏だったが、和哉がラウラの頬に一撃を食らわせた事により踏み止まって二人の戦いを見ている。 

 

「セシリアや鈴との訓練の時に見ていたが、あの砲弾を難なく避けるとは……」

 

「ね、ねえ一夏……和哉はどうやって避けたの? 僕の目からだと和哉が一瞬で消えたように見えるんだけど……」

 

「え、えっと……何て言えば良いかなぁ……」

 

 箒はシャルルが転校してくる前に、和哉がセシリアと鈴の訓練の際に『疾足』を使って避けているのを見ていたから大して驚いていない。

 

 だが箒とは対照的にシャルルが和哉に対して信じられないような目で見ていた。

 

「あれはどう見ても瞬時加速(イグニッション・ブースト)じゃない。いくらISでもあんな高速移動はできないよ」

 

「あ、あれはなぁシャルル……。ほら、シャルルとラウラが転校初日の時、ISの授業を行う前に更衣室に行った時の事を憶えてるか?」

 

「更衣室に行った時? ……それって確か和哉が僕と一夏を抱えて女子たちの包囲から抜け出した時の?」

 

「ああ。和哉はその時に使ったアレを今使ってるんだ。確か『疾足』っていう高速移動法だって和哉が言ってたな」

 

 一夏の説明に思い出した顔になるシャルル。だがそれでもまだ信じられない様子を見せる。

 

「けど、だからってあの砲撃をそんな簡単に避けるなんて……」

 

「和哉曰く、『砲口の向きと撃ってくるタイミングさえ掴めば避けるなんて造作も無い』だってさ。この前なんか鈴が和哉に衝撃砲をバカスカ撃ってきた時もアッサリと全部かわしていたし……」

 

「………確か凰さんのISの衝撃砲って不可視の砲弾だよね? それを全部かわしたって……」

 

「俺さぁシャルル、和哉のやる事はもう大抵は驚かなくなってるんだ。アイツには色々と驚かされてばかりで……」

 

「………………………」

 

 何か悟ったような顔をする一夏に、シャルルは最早何も言えなくなってしまった。ただでさえ目の前の出来事に驚いていると言うのに、一夏が言った事にも更に驚いて何が何だが分からない状態になっているのだから。

 

「ところで一夏、この壊したバリアーはどうするつもりなんだ?」

 

「え? …………あ、やば」

 

 箒の突っ込みでバリアーを切り裂いてしまった事を思い出す一夏だったが、どうしようと考えているのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、避けるのもいい加減飽きた。そろそろこちらから仕掛けさせてもらおうか」

 

 もう大型カノンの発射のタイミングと速度が粗方分かった俺は、次に鈴やセシリアに使っていたバリアーの攻略をする為に攻めに転じる。

 

「3、2、1……はいっとな」

 

 

フッ!

 

 

「ま、また消えた!?」

 

 『疾足』を使って姿が見当たらなくなった俺をボーデヴィッヒは辺りを見回したが、

 

「や、奴はどこに……!」

 

「ここだ」

 

「なっ!?」

 

 

ガキィィンッ!

 

 

 俺が背後に回って展開した刀を振り下ろしており、それを見たボーデヴィッヒはかわせないと判断して両腕のプラズマ手刀を展開して防いだ。

 

「ほう。避けれないと分かってソレで防いだか。良い判断だな」

 

「ぐぐっ……!」

 

 賞賛する俺にボーデヴィッヒは全く聞いておらず、俺の斬撃を必死に受け止めている様子を見せる。ギリギリッと鍔迫り合いをして、ボーデヴィッヒが若干下がり気味だ。そうなるほど今の俺の右腕にはかなり力を入れてるからな。

 

「何だこのパワーは……! 明らかに量産機以上だぞ……!」

 

「分析するのは結構だが、俺のもう片方の腕も警戒した方が良いぞ?」

 

「っ!」

 

 

ドゴッ!

 

 

「ぐっ!」

 

 左腕で腹部に拳を当てると、絶対防御が発動しなかったのか苦しそうな顔をするボーデヴィッヒ。同時に刀を防いでいたプラズマ手刀を使っている両腕の力が一瞬抜けたので、俺は空かさず薙ぎ払ってすぐに刀を戻す。

 

「そらそらそらぁっ!」

 

「ううっ……!」

 

 ドカドカと拳のラッシュを繰り出す俺にボーデヴィッヒはすぐに防御をする為に両腕を交差した。だが俺はそんな事お構いなくに攻撃を続ける。

 

「お前には存分に味わってもらうぞ! 鈴とセシリアに与えた痛みをなぁ!」

 

 ボーデヴィッヒのような優越感に浸って相手を嬲る奴には、それ相応の目に遭わせるのが俺の信条だ。力を力で叩きのめすと言うのはとても野蛮な考えだが、口で言っても分からない相手にはこれが一番。

 

 現にボーデヴィッヒは俺が攻撃を止めろと言ったにも拘らず、全く聞かずに鈴とセシリアを甚振り続けたからな。そんな相手には力付くで物を言わせるしか方法が無い。

 

「どうしたぁ!? もうこれで終わりかボーデヴィッヒ!?」

 

「ぐっ……いつまでも――」

 

 俺の攻撃にボーデヴィッヒは呟き、

 

「いい気になるなぁ!!」

 

「うっ! こ、これは……!」

 

 右手を突き出すとバリアーが展開され、同時に俺の攻撃は止まったかのように硬直した。

 

 これがさっきまで鈴とセシリアの兵器を防いだバリアーか。成程。砲弾やビームだけでなく、操縦者の動きまで止めるというのか。

 

「はあっ……はあっ……私の停止結界の前では貴様はただの木偶人形だ」

 

 そう言ってボーデヴィッヒは大型カノンを俺に向ける。しかも顔に。

 

「いくら貴様でも動けなかったら、これを避ける事は出来まい」

 

「そうだな。確かに指一本身動きが取れないし、どうしようもないな」

 

 しかし残念だったなボーデヴィッヒ。まだ動けるところが一つだけあるぞ。

 

「諦めたか。ならば堕ち――」

 

「コォォォォ……」

 

「? 貴様、一体何を……?」

 

 息を吸い込んでいると俺にボーデヴィッヒが不可思議な顔をしている。

 

 その直後、

 

「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!!!!!!!!!!」

 

「!!!」

 

 俺が思いっきり叫ぶと、至近距離で聞いたボーデヴィッヒは余りのでかさに結界を解いてしまい耳を両手で塞いだ。

 

 因みに後方の壁際にいる鈴とセシリアも耳を塞いでいる。やば、アイツ等の事を考えずに『咆哮』を使っちまった。後で謝っておこう。

 

 宮本流奥義『咆哮(ほうこう)』。息を思いっきり吸い込んで一気に声を出し叫んで相手を怯ませる技。ただ叫んでいるようにしか思われないが、至近距離で聞かせれば相手は耳を塞いで攻撃を止める事が出来る。同時に殺気も込めれば相手を怯ませて行動不能にする事も可能。まぁ簡単に言えば、獣が雄叫びをあげて相手を怯ませるのと同様の事をしていると思えば良い。

 

「ぐっ……き、貴様……!」

 

「そら隙ありぃっ!」

 

「!」

 

 隙を見せるボーデヴィッヒに俺は再び攻撃をしようとするが、後方に下がってしまわれた事により避けられてしまった。

 

「逃すかぁっ!」

 

 俺がそのまま追撃をするとボーデヴィッヒはバリアーを出さずにプラズマ手刀を展開して迎撃しようとするので、仕方なく刀を展開して攻撃する事にした。

 

「どうしたボーデヴィッヒ。さっきのバリアーは使わないのか?」

 

「くっ……!」

 

「まぁ使わないのは当然だな。もし使えばまたさっきのように無防備になってしまうからな。それにお前、あのバリアーを展開してる最中に耳を塞ぐなんて事は出来ないんだろ? アレは相当な集中力が無ければ使う事が出来ない、違うか?」

 

 そうでなければボーデヴィッヒがプラズマ手刀を展開したりしない。無論、そうなる事が分かっていたから俺は追撃をしたからな。

 

「AICが無くとも、貴様を倒すなど造作も無いっ!」

 

 そう言って奴は空中へと下がり、6本の内の2本のワイヤーブレードを放ってくる。

 

「おっと! ったく、クネクネと……!」

 

 必死で避けようとする俺だったが、空中に上がった瞬間にワイヤーブレードが俺の左腕に巻きついた。

 

「しまった!」

 

「捕らえたぞ! これで――」

 

 勝利を確信したボーデヴィッヒは大型カノンを撃とうとするが、

 

「なーんてな。そらぁっ!!」

 

「んなぁっ!」

 

 

ブンブンブンブンッ!!

 

 

 左腕に巻きついたワイヤーブレードを右手で掴み、俺に力任せで振り回されているので撃つ事が出来なかった。

 

「うおりゃぁっ!!」

 

 

ドゴォンッ!

 

 

 振り回してる俺はボーデヴィッヒを思いっきり地面へと叩き付ける。 

 

「くっ! このままでは……!」

 

 また振り回されるかと思ったボーデヴィッヒは起き上がってワイヤーブレードを切り離そうとしていたが、そうは問屋が卸さない。

 

「そう来ると思ったぞ!」

 

 空かさず俺は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って、肩の浮遊している盾を前面に出してボーデヴィッヒに体当たりをする。

 

「喰らえ! 瞬時加速体当たり(イグニッション・ブーストタックル)!」

 

 

ドゴンッ!

 

 

「ぐああああっ!!」

 

 適当な名前を付けながら体当たりをすると、ボーデヴィッヒは再び倒れて俺と地面に激突する。

 

「二度も地面に叩き付けられた気分はどうだ? それもたかが量産機相手に」

 

「き、貴様ぁ……!」

 

「よっと」

 

 倒れながら憤った顔をするボーデヴィッヒを余所に、俺はすぐに態勢を変えて馬乗りになってボーデヴィッヒの両腕を足で押さえた。分かりやすく言えば俺は今ボーデヴィッヒにマウントポジションを取っている。

 

「さてと、これで終わりだな」

 

 そう言って俺は拳を振り上げる動作をして優位だと意思表示をするが、ボーデヴィッヒは全く降参する気配を見せない。

 

「降参は?」

 

「誰がするか!」

 

「だろうな」

 

 相手が優位だからと言ってコイツはすぐに降参するような性格じゃないことくらい俺も分かってる。訊く前から予想はしてた。

 

「ではそんなお前には敬意を表して――」

 

 俺はボーデヴィッヒの顔面に拳を振り下ろそうとする。

 

 

ガコンッ!

 

 

「ん?」

 

 だが顔面に当たる直前、妙な音がしたと同時に拳が止まってしまった。

 

(? 右腕が動かない。どうした?)

 

「貴様ぁぁぁ! 私に情けを掛けたつもりかぁぁ!」

 

「っ! ちいっ!」

 

 思わず右腕に意識を集中してしまった事により両足を押さえていた力を抜いてしまい、ボーデヴィッヒはすぐに逃れて両腕を動かし、プラズマ手刀を展開した。その事に俺はすぐにボーデヴィッヒから離れて距離を取る。

 

「…………動くみたいだな」

 

 離れてすぐに動けない右腕の確認をしたが、今は問題無く稼動している。さっきまで全然動く事が出来なかったと言うのに、一体どうしたんだ? 一応左腕も確認したが全く問題無い。

 

「前まではこんな事がなかったと言うのに……何故だ?」

 

「許さん……許さんぞ、神代和哉ぁ……!」

 

 考えてる最中にボーデヴィッヒが起き上がっており、俺に憎しみを込めた目で見ていた。相当頭に来ているようだ。別に情けを掛けて攻撃を止めたんじゃないんだが、今のアイツに何を言っても無駄だな。

 

「この私に舐めた真似をした報い……絶対に許さん!!」

 

「……これはちょっと不味いかも」

 

 今は問題無く両腕を動かせるが、もしまた突然動けない状態になってしまったらなぁ。仕方ない。腕が動けなくなったら足だけで何とか頑張ってみますか。一応足技の奥義もある事だし。

 

「はああああ~~!」 

 

 ボーデヴィッヒはプラズマ手刀を展開しながら俺に突進して攻撃する瞬間、誰かが割って入って来た。

 

 

ガギンッ!

 

 

「きょ、教官!?」

 

 金属同士が激しくぶつかり合う音が響き、ボーデヴィッヒは割り込んできた相手を見るとすぐに加速を中断する。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

「織斑先生……何故先生が此処に?」

 

 割り込んできた相手は千冬さんだった。しかもその姿は普段の同じスーツ姿で、ISどころかISスーツさえ纏っていない。だが千冬さんの両手に持っているのは俺が『打鉄』で利用してる刀で、俺の身長並みにあるソレをISの補佐無しで軽々と扱っている。まあ俺でもIS無しで持つ事は出来るがな。

 

「なに、あそこにいるバカがアリーナのバリアーを破壊してしまってな。だからお前達の戦いを止めざるを得なかった」

 

「あそこにいるバカ……ってアイツかよ!」

 

 千冬さんが見ている方へ顔を向けると、そこにはアリーナの壁が切り裂かれており、白式を展開してる一夏が凄く不味そうな顔をしていた。アイツ何やってんだよ。

 

「織斑一夏……余計な真似を……!」

 

 ボーデヴィッヒも一夏の方を見ており、俺との勝負を止められてしまった事により憤る様子を見せていた。

 

「悪いがこの戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらえないか? 織斑がバリアーを破壊したからとはいえ、こんな事態になってしまっては黙認しかねるからな」

 

「………教官がそう仰るなら」

 

 素直に頷き、ボーデヴィッヒはISの装着状態を解除する。あの様子だと納得は出来ないが、千冬さんの命令なら仕方ないと言った感じだな。

 

「神代、お前もそれでいいか?」

 

「構いません」

 

 寧ろ一夏の行動には感謝している。アイツがバリアーを破壊してくれなければ、このままの状態でボーデヴィッヒと戦う事になっていたからな。俺が使ってる打鉄の右腕に異常が起きてるから、このまま続けてたら故障するかもしれないと危惧してたところだし。

 

 俺の言葉を聞いた千冬さんは改めてアリーナ内すべての生徒に向けて言った。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

 パンッと千冬さんが強く手を叩くと、俺はすぐに横たわっている鈴とセシリアの方へと向かった。




和哉とラウラの決着は次に持ち越しと言う形にしました。


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第46話

更新遅れてすいません。
他にも並行して執筆している作品もあるので時間が掛かってしまいました。
それではどうぞ!!


「………………………」

 

「………………………」

 

「お前等、いつまで不貞腐ってるんだよ」

 

 千冬さんから私闘禁止宣言をされた一時間後、俺たちは保健室にいる。ベッドの上では打撲の治療を受けて包帯の巻かれた鈴とセシリアが不機嫌ですと言った顔で視線を横に向けていた。

 

「別に助けてくれなくてよかったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

「……はぁっ」

 

 鈴とセシリアの台詞に俺は溜息を吐く。だが同時に内心、こんな憎まれ口を言う理由は分かっている。

 

「お前らなぁ、和哉に助けてもらったのにそんな言い方はないだろうが……。はぁ、でもまあ、怪我がたいしたことなくて安心したぜ」

 

 それは俺達と一緒に保健室にいる一夏がいるからだ。好きな相手に無様なところを見られてしまった為に、こんな意地っ張りな態度になっている。少しは素直な部分を見せれば良いと思うが、プライドが高い鈴とセシリアは絶対にしないだろう。

 

「こんなの怪我のうちに入らな――いたたたっ!」

 

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味――つううっ!」

 

(……なぁ和哉、この二人ってバカなんだろうか)

 

(そんなの訊くまでもないっての)

 

 目で語りかけて来る一夏に俺が呆れながら首を横に振ってると、

 

「バカってなによバカって! バカ!」

 

「一夏さんこそ大バカですわ!」

 

 反撃をする鈴とセシリアだった。口で言わずとも分かっていたようだな。それほど一夏の考えてる事は分かりやすいみたいだな。

 

「何なんだよ、お前ら……」

 

「それはだな――」

 

 俺が教えようとすると、

 

「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ」

 

「ん?」

 

 飲み物を買って戻って来たシャルルが言葉を繋いだ。残念な事に一夏は聞き取れておらず、シャルルの方を見て不可解な顔になっている。

 

 だが逆に一夏を除く俺達はバッチリ聞こえており、特に鈴とセシリアは顔を真っ赤にして怒り始めた。

 

「なななな何を言ってるのか、全っ然っわかんないわね! こここここれだから欧州(ヨーロッパ)人って困るのよねえっ!」

 

「べべっ、別にわたくしはっ! そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわねっ!」

 

 図星を指されて捲し立てながら更に顔が赤くなりながる鈴とセシリア。ホントにコイツ等は一夏関連となると分かり易いな。見てて面白い位に。

 

「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「不本意ですがいただきましょうっ!」

 

 鈴とセシリアはシャルルから渡された飲み物をひったくるように受け取り、ペットボトルの口を開けて早々ごくごくと飲み干す。一夏にバレないよう誤魔化す為か、火照った体を冷やそうとするのか……恐らく両方だな。そして一夏は二人を見て呆れた顔をしながら、俺に話しかける。

 

「ところで和哉、さっき何か言おうとしてなかったか?」

 

「「ぶっ!」」

 

 俺に訊こうとする一夏に鈴とセシリアが咽せてゲホゲホと咳をする。そしてすぐに俺を睨んで『余計な事を言うな!』と目で語ってきた。

 

「スマン。何を言うのか忘れた。まぁそんな事より二人とも、先生からは落ち着いたら帰って良いと言ってたから、暫く此処で休んで――」

 

 忘れたフリをして話題を変える俺は二人に休むように言ってると、

 

 

ドドドドドドドッ……!

 

 

「な、なんだ? 何の音だ?」

 

「まるで地鳴りみたいだな」

 

 廊下から響いている音に一夏が戸惑い、話しをしていた俺はそこへ視線を向けた。 

 

 そしてすぐにドカーンッ! と保健室のドアが吹き飛んだ。言っておくが本当に吹き飛んだぞ。テレビでしか見た事の無い光景を、まさか現実で見られるとは。ところで吹き飛んだドアは誰が弁償するんだろうな。

 

「織斑君!」

 

「デュノア君!」

 

 入って来た……と言うより、文字通り雪崩れ込んできたのは数十名の女子生徒だった。ベッドが五つあってかなり広い保健室なのにも拘らず、室内はあっと言う間に人で埋め尽くされた。一夏とシャルルを見つけてすぐ一斉に取り囲み、取り合いのように手を伸ばしてきた。一種の軽いホラーみたいに見える光景だな。

 

 言うまでも無いが、女子生徒達は俺を無視して一夏とシャルルの方に集中している。

 

「な、な、なんだなんだ!?」

 

「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

「「「「これ!」」」」

 

 状況が飲み込めない一夏とシャルルに、バッ! と女子生徒達が出してきたのは学内の緊急告知分が書かれた申込書だった。

 

「どれどれ」

 

 俺はソレを見る為に移動すると、女子生徒の一人が嫌そうな顔をしているが無視する。

 

「な、なになに……?」

 

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、ふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」

 

「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」

 

 一夏が申込書に目を通し、受け取ったシャルルが内容を読んでいる最中に女子の一人が話しを切って本題に入ろうとする。そしてまた一斉に伸ばしてくる手に、また軽いホラー発生だ。

 

「私と組もう、織斑君!」

 

「私と組んで、デュノア君!」

 

 申込書の内容が分かった俺は女子生徒達の行動に漸く腑に落ちた。コイツ等は一夏orシャルルとペアを組みたいが為にやって来たと言う事が。因みに学年別トーナメントだから、目の前にいる女子生徒達は全員一年生の女子だ。

 

 ハンターみたいな連中だと俺は思いながらも危惧する。それは――

 

「え、えっと……」

 

 そこで戸惑っているシャルルは実は女子だから、誰かと組むのは非常に不味い。ペア同士の特訓などで万が一にもバレてしまう可能性があるからな。

 

 そう思いながらシャルルの方を見ると、困り果てた顔で俺と一夏を見ていた。そして俺達と視線が合うと、助けを求めているのがわかってしまうと思って、すぐに視線を逸らした。

 

 全く。相変わらず遠慮深い奴だな。

 

(おい一夏)

 

(ああ。分かってる)

 

 俺が目で語ると、一夏はコクッと頷く。そしてすぐにわあわあと騒ぐ女子全員に聞こえるように大きな声で宣言する。

 

「悪いな。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 

しーん………。

 

 

 女子達のいきなりの沈黙に俺だけでなく一夏も少し戸惑ったが、

 

「まあ、そういうことなら」

 

「他の女子と組まれるよりはいいし……」

 

「男同士っていうのも絵になるし……ごほんごほん」

 

 どうやら納得したようだ。

 

「何だったら俺と組むか?」

 

『絶対嫌っ!!』

 

 予想通りと言うべきか、女子全員は俺の誘いに一斉拒否した。

 

「アンタと組むくらいなら別の相手と組むわよ!」

 

「調子に乗らないでよね!」

 

「試合でアンタをギッタギタにするんだから覚悟しておきなさい!」

 

 女子達は各々が俺に嫌みを言いながら、一人また一人と保健室を去る。そして廊下からはバタバタと騒ぎ始めながらペア探しが始まった。

 

「取り敢えずはコレで良し、と」

 

「和哉、何もあんな事を言わなくても」

 

「別に構わんさ。元々俺はクラス以外の女子達に嫌われてるから何の問題は無い」

 

「けどだからって……」

 

「あ、あの、二人とも」

 

「和哉っ!」

 

「和哉さんっ!」

 

 俺が一夏と話している最中にシャルルが声をかけようとしたが、それを上回る勢いで鈴とセシリアがベッドから飛び出してきた。

 

「あたしと組んで!」

 

「いえ、クラスメイトとしてここはわたくしと!」

 

 ………これは予想外だ。てっきり一夏と組むと思っていた二人がまさか俺と組もうとは。

 

「一応訊くが、何で俺となんだ? 一夏とは組みたくないのか?」

 

 念の為に訊くと、

 

「だって一夏より和哉の方が強いし」

 

「確実に優勝するのでしたら、和哉さんと組むのは当然ですわ」

 

「…………どうせ俺は……」

 

 アッサリと理由を言う二人に一夏はズ~ンと落ち込んだ。そんな一夏の様子にシャルルが慰めている。

 

 しかし意外だな。コイツ等がそんな事を言うとは。優勝する為に俺と組もうとするなんてな。それだけ一夏と恋人同士になりたいって事か。ってか俺と組んだからって確実に優勝出来るって保障は無いぞ。

 

「ダメですよ」

 

 ん? 誰かが保健室に入って来たなと思えば山田先生だったか。一夏は山田先生にいきなり声を掛けられてビックリしており、鈴とセシリアも一夏と同様に驚いて目をぱちくりとさせていた。

 

「おふたりのISの状態をさっき確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥が生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

「だそうだよ、お二人さん。ここは退いておかないと不味いぞ?」

 

 山田先生の説得に俺が後押しするかのように言うと、

 

「うっ、ぐっ……! わ、わかりました……」

 

「不本意ですが……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメント参加は辞退します」

 

 あっさりと引き下がった。

 

 二人の意外な返答にさっきまで落ち込んでいた一夏が不思議そうな顔をしている。

 

「わかってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるとそのツケはいつか自分が支払うことになりますからね。肝心なところでチャンスを失うのは、とても残念なことです。あなたたちにはそうなってほしくありません」

 

「はい……」

 

「わかっていますわ……」

 

 鈴とセシリアの顔を見るに納得は出来ないが、トーナメントに参加出来ない事は理解してるみたいだな。

 

 確か損傷が酷い状態でISを動かした場合に後々の悪影響を及ぼすと言う注意事項があったな。アレは確か……。

 

「一夏、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三だよ」

 

 そうそう、それそれ……ってなんだ。シャルルは一夏に言ったのか。当の本人は思い出せないような感じだが。

 

「……『ISは戦闘経験を含むすべての経験を蓄積することで、より進化した状態へと自らを移行させる。その蓄積経験には損傷時の稼動も含まれ、ISのダメージがレベルCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまうため、それらは逆に平常時での稼動に悪影響を及ぼすことがある』」

 

「おお、それだ! さすがはシャルル!」

 

 少し呆れながらすらすらと説明するシャルルに一夏はやっと思い出したようだ。

 

 あ、そう言えばボーデヴィッヒに止めを刺そうとする直前に打鉄の右腕が動けなくなってたな。ちょっと訊いてみるか。

 

「ところで山田先生、打鉄に何か異常はありましたか?」

 

 尋ねる俺に山田先生はすぐに答えようとする。

 

「こちらで確認しましたが、特に問題はなく正常です。トーナメントには参加出来ます」

 

 正常? どう言う事だ。あの時は完全に動けなかった筈だぞ。それが何故……?

 

「私から見て、恐らく打鉄が神代君の動きに付いていけなかったと思いますね。何しろ神代君は……その……」

 

「つまり俺が普通のIS操縦者ではあり得ない戦い方をしてたからによって、打鉄の右腕が動かなくなったと解釈して良いんですか?」

 

「………ま、まぁそんなところです」

 

 どう言おうかと悩んでいる山田先生に俺が結論を言うと、間がありながらも言い辛そうに返答する。

 

「確かに、俺たちから見て和哉はすげぇ無茶苦茶な戦い方をしてたなぁ」

 

「僕としては、どうしてあんな事が出来るのかが逆に訊きたいくらいだよ」

 

「ほんとにアンタは色々な意味でクラッシャーよ。あたしたちが持ってたISの認識をことごとく壊しているんだから」

 

「まったくですわ」

 

「………悪かったな。どうせ俺は歩く非常識だよ」

 

 一夏達の言葉に俺は少しヤケクソ気味に言い返す。と言うか非常識な人は俺の師匠だぞ。あの人は色々と規格外な存在だからな。一度お前らに会わせてやりたいよ。そうしたらまた色々持ってた常識が壊されるから。

 

 とまぁ、そんな事はどうでも良いとしてだ。打鉄の右腕が動けなくなった原因が分かった以上、ある程度加減しないといけないようだ。もしまた試合の最中に全力でやったら、また打鉄のどこかが動けなくなってしまう。けどだからと言って、打鉄を気遣いながら試合をするのは難しいな。それで負けたら話しにならないし。何か良い方法は無いだろうか。

 

 失礼な事を言ってた一夏達を余所に俺は今後の事を考えていると、

 

「あ、そうだ和哉。ちょっと訊いても良いか?」

 

「ん? 何をだ?」

 

 突然一夏が何か思い出したかのように尋ねてきた。

 

「何だって和哉はラウラとバトルすることになったんだ? それに鈴とセシリアも」

 

「ああ、それね」

 

「え、いや、それは……」

 

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

 

 一夏の問いに俺が二人に視線を向けると、とても言いにくそうな様子を見せた。

 

「俺がアリーナで鈴とセシリアと話してる最中に、ボーデヴィッヒがいきなり割り込んで『私と戦え』だなんて言ってきてな」

 

「そ、そうなのよ!」

 

「あまりの無礼な態度に注意したのですが、向こうは聞く耳もたずでしたので戦わざるを得なかったんですの! おほほほほ!」

 

 本当だったら教えたいところだが、そんな事をしたら二人に何をされるか分からないから一夏の事を省いて教える。そして鈴とセシリアは俺の説明に頷きながら誤魔化す。

 

「ああ、そう言えばラウラは千冬姉に和哉と戦ってみるといいって言われてたな。けどセシリアが言った女のプライドに何か関係あるのか?」

 

「え、えっと……」

 

 納得していた一夏だったが、それでも鈴とセシリアが戦う事に不可解な様子だった。まぁ確かにそれで二人が戦う理由にはならないな。

 

「ああ。もしかして一夏のことを――」

 

「あああっ! デュノアは一言多いわねえ!」

 

「そ、そうですわ! まったくです! おほほほほ!」

 

 本当の理由が分かって言おうとするシャルルを、二人が凄い勢いで取り押さえた。二人によって口を覆われたシャルルは苦しそうにもがいている。

 

「こらこら、やめろって。シャルルが困ってるだろうが。それにさっきからケガ人のくせに体を動かしすぎだぞ。ほれ」

 

 そう言って一夏は鈴とセシリアの肩を指でつつくと、

 

「「ぴぐっ!」」

 

 痛みが走った二人は変な言葉かつ甲高い声を上げて、その場で凍りついた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「はぁっ。今のはお前が悪いぞ」

 

「あ……すまん。そんなに痛いとは思わなかった。悪い」

 

 鈴とセシリアの沈黙と恨みがましい視線と俺の指摘に、一夏はすぐに謝った。

 

「い、い、いちかぁ……あんたねぇ……」

 

「あ、あと、で……おぼえてらっしゃい……」

 

 あ~らら。この様子だと、もし元気だったら一夏に躊躇い無く鉄拳を振舞っているな。恐らく3倍……いや、コイツ等の場合だとそれ以上の仕返しをすると思う。まぁ流石にそんな事になったら俺が止めさせてもらうがな。



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第47話

久しぶりの更新です。
大変遅れてしまい申し訳ありませんが、どうぞ!


「かずーおかえり~。ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど~」

 

「何をだ?」

 

 夕食後、俺はトレーニングルームでいつも通りの軽い訓練をし部屋に戻ると、ルームメイトの本音がいきなり尋ねてきた。

 

「かずーって学年別トーナメントのペア決めは決まったの~?」

 

「いいや、まだ決まってない」

 

 そもそも俺と組みたい何て言う女子はいないからな。保健室にいた女子達の大半は俺を嫌っているし、鈴とセシリアは怪我とISの損傷により不参加で組めない。 

 

「じゃあ私と組もう~」

 

「そうか。ならトーナメントまでに連係プレイが出来るよう、暫くは俺の訓練に付き合って――」

 

「ごめん、やっぱり止めとく~」

 

「おいコラ」

 

 急に撤回する本音に顔を顰める俺。まさか本音までもアイツ等と同じ事をするとは。

 

 保健室にいた時はペアの相手は誰でも良いから抽選で決めてもらおうと思っていたが、後になって色々と考え直した。もし俺を嫌っている女子と当たってしまったら面倒な事になりそうだと考え直し、一組の女子の誰かと組もうと思って誘ったのだが、『神代君の戦い方には付いていけないから無理』と言って断られた。箒にも声を掛けたのだが、『今の私では足手纏いになってしまうから遠慮しておく。それにお前とは一度本気で戦いたいからな』なんて言われたので諦める事にした。

 

「まさか本音が薄情な人だったとは思わなかったよ。そんなに俺とペアを組むのは嫌なのかい?」

 

「だってー、かずーってちょおちょおちょお強いから私じゃ無理だよー」 

 

「別に俺はそんなに強くないんだがな」

 

「代表候補生のセッシーやリンリンを量産機の打鉄で倒した時点でー、ちょおちょお強いよー」

 

「その時はまだアイツ等が油断してただけだ。今度戦ったら最初から一切油断無しの全力で来るから分からんよ」

 

 本音の台詞を適当に言い返しながら着替えを取り出し、そのままバスルームへと入ろうとする。

 

「私がかずーの背中を流すよー」

 

「結構です」

 

 バシュッ。

 

 本音が入ってこないように洗面所の扉をロックし、着ている服を脱いでバスルームに入りシャワーを浴び始める。

 

(しかし本当にペア決めをどうしようか……。抽選で決まった即席ペアだとちょっとなぁ……)

 

 一夏・シャルル・セシリア・鈴・箒の内の誰かとなら確実にペアを組めると思っていたんだが誤算だった。既に知っての通り一夏とシャルルは保健室の一件で組めなく、セシリアと鈴は怪我で不参加で、箒は辞退。望みを賭けて(本音を含む)一組の女子達の誰かと組もうにも断られる始末。今の俺には抽選での即席ペアになる選択しかない状況だ。

 

 抽選で一組の女子の誰かと当たれば良いんだが、問題は一組以外の女子と組んだら面倒な事になる。何しろ鈴を除く一組以外の女子達の大半は俺を嫌っているからな。そんな相手とペアを組んだら何をされるか分かったもんじゃない。

 

 妨害程度の嫌がらせならまだ良い。だがペアを組んでる際にセクハラされたとか、暴力を振るわれたとかの言いがかりをつけられたら速攻で俺は試合終了だ。何しろ今は女尊男卑の世の中だからな。俺がどんなに否定したところで聞く耳持たずに、女子の方を必然的に擁護するだろう。

 

(そうならない為に一組の誰かと組みたかったんだけど……。やっぱりここは本音に無理してペアを頼んだ方が……あれ?)

 

 誰かを忘れているような気が……。え~っと、俺が頼んだ一組の女子達でまだ話していない相手は確か……。

 

「あ、まだボーデヴィッヒがいたんだった」

 

 と、思わず口に出す俺。

 

 放課後の時に戦っていた相手とはいえ、同じ一組のクラスメイトの事をすっかり忘れてしまうとは……。

 

 けどアイツが俺と組んでくれるかどうかが問題だな。何しろ俺との戦闘が中断される前まで憎しみを込めた目で睨んでいたし。果たして組んでくれるだろうか。ハッキリ言ってかなり確率は低いと思う。

 

「う~ん………駄目元でも一応言うだけ言ってみるか。もしかしたらボーデヴィッヒ専用の取引(・・)が出来るかもしれないし」

 

 そう結論した俺は体を洗い終えてバスルームを出た。そしてすぐに用意した着替えのジャージに着替え、ロックした扉を解除して部屋から出ようとする。

 

「かずー、どこ行くの~?」

 

「ちょっとした野暮用だ」

 

 本音の問いに一言で済ませた俺は部屋を出て、そのままボーデヴィッヒの自室に向かう。

 

 その途中で一夏とシャルルの部屋の扉を通り過ぎると、

 

『わあああああっ!!??』

 

「っ! な、何だ!?」

 

 突如そこからシャルルの悲鳴が聞こえた。

 

 

ガチャッ!

 

 

「どうしたシャルル! 一体何が起き……」

 

「か、和哉っ!?」

 

 俺はノックもせずすぐに扉を開け、部屋に入ってシャルルの安否を確認するが言葉を失って目が点になった。何しろ目の前には下着が下ろされて四つん這いの格好で思いっきり(かかと)を振り上げたシャルルと、トランクスだけしか穿いていない一夏が気絶して倒れていたからだ。

 

「……お邪魔しました」

 

「ちょっ!? ちょっと待って和哉! 君絶対に誤解してるから!」

 

 シャルルは今の自分の格好を忘れて引き止めようとするが、俺はソレを無視して全力で部屋から退散した。

 

「はあっ……! はあっ……! ま、まさかアイツ等、いつの間にかあそこまで進んでいたとは……!」

 

 ある程度移動して息を整えている俺は二人の関係に驚いていた。

 

 普段から鍛えてる俺が走った程度でそんなに疲れはいないんだが、あの二人の思わぬ展開に心臓がバクバクと動いているから息切れしているのだ。

 

「はっ、はっ……な、なんか……二人の重大な秘密を目撃したカメラマンのようだ……すぅ~~、はぁ~~」

 

 一先ず心を落ち着かせるように深呼吸をする俺。こうでもしないと、このバクバク動いてる心臓を大人しく出来ないから。

 

 そして深呼吸を5~6回すると、漸く落ち着き頭の中も正常に戻り始めた。

 

「ふうっ……。一先ず今回見た事は俺の心の中に締まっておくとしよう。もし箒達が知ったら不味い事に――」

 

「おい、そこで何をしている?」

 

「!」

 

 言ってる最中に突然誰かが声を掛けたので、俺が少し驚きながら振り向く。そこには制服姿のボーデヴィッヒがいた。通りかかった際に偶然俺を見つけたと言った感じだ。

 

「な、何だボーデヴィッヒか……ふぅっ」

 

「……貴様は私に喧嘩を売っているのか?」

 

 安堵しながら息を吐く俺にボーデヴィッヒが少し苛立つ様子を見せる。相手の顔見て早々にそんな事をしたら誰だって苛立つだろう。それに加えてコイツは放課後での戦闘で、情けを掛けたと勘違いして俺を一夏並みに憎んでいるし。

 

「別にそんなつもりは無い。気を悪くしたなら謝ろう。だがそれでもお前の気が晴れないなら、今此処であの時の続きをやろうか?」

 

 今度はIS抜きの生身で、と付け加える俺に、

 

「バカか貴様。『学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する』と仰った教官の言葉を聞いてなかったのか?」

 

 呆れながら不満そうに答えるボーデヴィッヒだった。

 

「へぇ。てっきり襲い掛かってくるかと思っていたんだが、意外と冷静なんだな。織斑先生には絶対遵守、ってか?」

 

 千冬さんと呼ぼうとした俺だったが、千冬さんを心から尊敬しているコイツの前でそんな事したら余計にイザコザが起きると思って敢えて苗字にした。

 

「教官の命令は絶対だ」

 

「さいですか」

 

 何か千冬さんを尊敬してると言うより、神聖視と言った方が正しいかもしれない。コイツにとって千冬さんが全てみたいな。

 

 そう言う事を俺が指摘したとしても、どうでもいいように突っ撥ねると思うから本題に入るとしよう。

 

「ま、それはそうとボーデヴィッヒ。運良くアンタを見つけられて良かったよ。ちょっと話があるんだが、今良いか?」

 

「断る。私は貴様と談笑する気など無い」

 

「別にそんなんじゃない。今度の学年別トーナメントのペアについての話だ。どうせアンタの事だからまだ決めてないんだろ?」

 

「だから私とペアになれと? そんなの願い下げだ」

 

 どうやらボーデヴィッヒは俺とのペアはお断りのようだ。まぁ一夏と同様に俺を倒そうとする相手に、何故そんな事をするのかを疑問を抱いているだろう。

 

「貴様は織斑一夏と同様、トーナメントで倒すと決めている。故に貴様と組む気は毛頭無い」

 

「なら取引しても無駄か?」

 

「当然だ。用件がそれだけなら戻らせてもらう」

 

 詰まらないとでも言わんばかりにボーデヴィッヒは部屋に戻ろうと去っていく。

 

 まぁこれは俺の予想通りだから、早速例の手を使うとするか。

 

「残念だよボーデヴィッヒ。もし俺とペアを組んでくれたら、俺の携帯にメモリーしている織斑先生のプライベート用の携帯番号とメアドを教えてやろうかと思ったんだが」

 

「!!!」

 

 これもまた予想通り、俺の呟きを聞いたボーデヴィッヒはピタッと足を止めた。そんなボーデヴィッヒに俺は諦めるように去りながら更に呟く。

 

「けどまぁ、取引に応じてくれないのなら仕方ないな。別の誰かに当たって――」

 

「ま、待て神代和哉!」

 

 俺の呟きをバッチリと聞いたボーデヴィッヒが待ったを掛けて詰め寄ってくる。

 

「何だ? アンタ部屋に戻るんじゃなかったのか?」

 

「そんな事はどうでもいい! 何故貴様は教官の携帯番号とメアドを知っている!?」

 

 う~む……自分で吹っかけたのも何だが、コイツって千冬さんの事となると目の色が変わるな。さっきまで俺をどうでもいいような感じで話していたと言うのに。

 

「そんなのアンタには関係の無い事だ」

 

「関係ある! 教官の部下として見過ごす訳にはいかん! さっさと答えろ!」

 

「そんな理由で……。けどアンタがそこまでして俺を問い詰めるって事は……ひょっとして知らないのか? 織斑先生の番号とメアドを」

 

「!」

 

 おいおい、何も言い返さないって事は図星かよ。意外と分かり易い奴だな。

 

「どうやらその反応を見る限りだと、本当に知らないみたいだな」

 

「くっ……!」

 

「いやはや、これは意外だった。まさか織斑先生の元教え子だったアンタが知らなかったとは」

 

「うぐっ……!」

 

「てっきりお互いプライベートで電話やメールをしてる間柄だと思っていたんだが、実はそうでもなかったようだな」

 

「ぐはっ!」

 

 あっ。ボーデヴィッヒが吐血して両手と両膝が床に付いた。分かりやすく言えば“OTL”な状態だ。同時に哀愁も漂い始めて来ているし。

 

「どうせ……どうせ……私と教官はその程度の関係だ……」

 

「………………」

 

 何だか途轍もなく申し訳ない事をしてしまった気分だな。ちょっとやり過ぎたか。

 

 しっかしまぁ、まさかコイツにこんな意外な面があったとは驚いた。てっきり更にしつこく言及してくるのかと思っていたんだが、ちょっとした脆い部分を突っつかれただけでKO(ノックアウト)状態になるとは。

 

 クールでありながらも意外と激情なイメージがアッサリと壊された気分だ。人は見かけによらないもんだな。

 

「えっと……気が変わったからもう一度訊くんだが、織斑先生の携帯番号とメアドを教える代わりに俺とペアを組んでも良いか? トーナメントが終わった後になるが」

 

「…………………」

 

 何も言わないボーデヴィッヒに、やはり無理だったかと諦めようとしたが、

 

「………良いだろう。貴様とペアを組むのは非常に気に食わないが、それだけで教官の番号とメアドを知る事が出来るなら安いものだ。今だけはこの屈辱に耐えよう……!」

 

「そんじゃ取引は成立って事で」

 

「だがこれだけは覚えておけ神代和哉。貴様とペアを組むのはあくまで取引に応じただけだ。それ以降は必ず貴様を……!」

 

「はいはい。肝に銘じておくよ」

 

 あくまで取引だけの関係と強く強調するボーデヴィッヒに適当に返事をし、用を終えた俺は部屋に戻る事にした。

 

「よし。これでペアについての条件はクリアした」

 

 ボーデヴィッヒは俺を嫌っていても、鈴を除く一組以外の女子達とは違って妨害や言いがかりをするなんて事はしない。ドイツにいた頃の千冬さんの元教え子であると同時に軍人のボーデヴィッヒが、女尊男卑を利用しての下らない事はしないからな。アイツはあくまで自分の力のみで戦うタイプだから、そこら辺のバカ女共とは違って信用出来る。

 

 あとそれと、多分トーナメントの後から鈴とセシリアが色々と文句を言うだろうから、それ相応の謝罪と詫びをしておかないとな。あの二人にはアップルパイ以外にも、何か手伝って欲しい事があったらすぐに手を貸すことにしよう。手を貸すにしても内容によるがな。

 

「さてと、トーナメント開催前には前もってボーデヴィッヒと軽い打ち合わせをしておかないと」

 

 ペアが決まったとは言え、予めの方針を決めておかないといけないからな。そうでもしないと互いに足を引っ張る事態になってしまう。

 

「取り敢えず明日に話をしてみるか」

 

 そう決めた俺は部屋に戻ろうとしていると、

 

「やっと見つけたよ和哉!」

 

「へ?」

 

「今から大事な話があるからちょっと部屋に来てね!」

 

「お、おい!」

 

 途中でシャルルと出くわすと同時に有無を言わさずに連れて行かれたのであった。



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第48話

久々の更新ですが、話を区切る為に今回は短めです。
それではどうぞ!


 六月最後の週に入ると、IS学園は月曜から学年別トーナメントで今はてんやわんやとなっている。第一回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場の整理、そして来賓の誘導も行っている。

 

 それらが終わった生徒達はすぐに各アリーナの更衣室へと走って、また慌しくなる。男子組である俺や一夏、(女子ではあるが男子と偽っている)シャルルはいつも通り物凄く広い更衣室を悠々と使っているのである。逆に反対側にある更衣室では女子生徒達を収容しているから、かなり窮屈となっているだろう。

 

「しかし、すごいなこりゃ……」

 

「来賓者の殆どがお偉いさんばかりだな」

 

 更衣室のモニターから観客席の様子を見る一夏と俺。そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々のお偉いさん達が一同に会していた。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者にはさっそくチェックが入ると思うよ」

 

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

「一夏、他人事のように言ってるんだろうが、お前は既に各国がチェックしてると思うぞ。ブリュンヒルデの弟と言う事で」

 

「………それはそれで嫌だな」

 

 興味無さそうな一夏に俺が事実かもしれない予想を言うと、すぐに嫌そうな顔になった。それだけ千冬さんの名は世界に広まっている証拠だからな。

 

「ってか、和哉はどうなんだ?」

 

「さあな。俺は一夏と違って有名な人の親族じゃないから、恐らくただISに乗れるだけの珍しい男子程度くらいしか認識してないだろう。ついでに大した実力も無い弱い、とか」

 

「おいおい、冗談は止してくれよ和哉。代表候補生の鈴とセシリアを倒したお前が弱かったら、俺はそれ以下になっちまうぞ」

 

「発言には気をつけようね? 僕から見れば和哉は一年の中で抜きん出てるよ」

 

「いや、俺はあくまで各国のお偉いさんの視点で言ったに過ぎないんだが……」

 

 だからそんな真剣な顔して言わないでくれ。まるで俺が失言したみたいじゃないか。

 

「それはそうと、やはり鈴とセシリアは不参加か」

 

「………そうみたいだ」

 

 話題を変えると一夏はすぐに顔を顰めながら頷く。

 

 この前のボーデヴィッヒ戦で、二人のISのダメージが酷かったから辞退せざるを得なかったようだな。普通の生徒ならいざ知らず、あの二人は国家代表候補生であり専用機持ちだから、今回のトーナメントが出れないどころか参加すら出来ないのは立場上として悪くなるだろう。

 

「自分の力を試せもしないっていうのは、正直辛いだろ」

 

「やっぱりあの時、二人が何を言おうが加勢すれば良かったな。そうしてたら状況が変わってたかもしれないし」

 

 そうだったら今頃トーナメントに参加していたかもしれない。

 

 とは言え、それはあくまでIFの話に過ぎないから、今更そんな事を言っても意味無い。

 

 俺がそう思っていると、一夏は左手を握り締めていた。多分この前の騒動を思い出しているんだろう。そんな一夏にシャルルがさりげなく重ねた手でほぐしている。

 

「感情的にならないでね。彼女は、おそらく和哉を除いた一年の中では現時点での最強だと思う」

 

「ああ、わかってる」

 

 何かこの二人、更に親しくなっている感じだ。まぁ同室だから、今の二人は親友以上恋人未満と言ったところか。尤も、シャルルとしては一夏の恋人になりたいと思っているんだろうな。時折、一夏に恋する乙女のような視線を送ってるし。ま、そんなシャルルに一夏は全く気付いていないけど。

 

 それにしてもこの前は驚いたな。ボーデヴィッヒにペアを組むのを頼む前に、二人がいつの間にか裸を見られても良い関係に発展していたと勘違いして――

 

「和哉、僕は言った筈だよ? あれは事故だって」

 

「はいはい、そうでしたね」

 

 ってか、人の考えてる事を読まないで欲しいよ。

 

「ん? 事故って何の話だ?」

 

「一夏は気にしなくて良いよ。これは僕と和哉の話だから」

 

「そ、そっか」

 

 暗に余計な事は聞くなと言うようにするシャルルに少しばかり後ずさる一夏。ひょっとして記憶が欠落してるのか? まぁ忘れているなら別に良いが。

 

 それにしても、あの時は必死に説得するシャルルの話しを聞いてて不謹慎ながらも、恋する乙女の言い訳みたいだと思った。

 

 聞いた話だと、二人がお互いに背を向けて着替えてる最中に起きた事故だと言っていた。何でも、シャルルがズボンを足に引っ掛けて転んでしまった事により、悲鳴をあげようとしたシャルルを一夏が口を塞ごうと飛びかかろうとしたが、一夏の方もズボンをベッドの端に引っ掛かって転んでしまったから、この間の凄い光景になったそうだ。

 

 俺は正直言って滅茶苦茶呆れた。シャルルは男の制服に慣れていないから良いとしても、一夏の方は狙ってやったとしか思えない。一夏本人にとっては本当に転んでしまったんだろうが、もしコレを弾にでも話したら、『テメーは一体何処のギャルゲー主人公だ一夏ぁ! 羨ましすぎるぞ!』と言って激怒するに違いない。

 

「さて、こっちの準備はできたぞ」

 

「僕も大丈夫だよ」

 

「同じく」

 

 一夏、シャルル、俺はISスーツへの着替えは済んでいる。一夏と俺はIS装着前の最終チェックをし、シャルルは男装用スーツの確認を終えた。

 

 因みにシャルルのスーツはボディラインの肉付きを男のそれに見せる仕組みだそうだ。ISスーツって色々と便利な物だな。

 

「そろそろ対戦表が決まるはずだよね」

 

 どう言う理由かは知らんが、突然のペア対戦への変更をされてから従来まで使用してたシステムが機能しなかったみたいだ。 本来であれば前日に出来ていたはずの対戦表が、今朝から生徒達が作っていた手作りの抽選クジで決める事になった。

 

「一年の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな」

 

「同感だ」

 

「え? 二人ともどうして?」

 

 一夏と俺の台詞にシャルルが何故かと尋ねると、一夏が先に答える。

 

「待ち時間に色々考えなくても済むだろ。こういうのは勢いが肝心だ。出たとこ勝負、思い切りのよさで行きたいだろ」

 

「ふふっ、そうかもね。僕だったら一番最初に手の内を晒すことになるから、ちょっと考えがマイナスに入っていたかも」

 

 視野が広いシャルルらしい考えだ。確かに相手が先に手の内を見たら対策を立てられて逆に不利になる事もある。

 

 それとは逆に一夏の方は単純だと思われるだろうが、別にそれはそれで間違っていない。下手に考えすぎて警戒して挑んだら、大して力を出せないまま負けると言うオチになる。

 

 二人の考え方は正反対で意見がかち合うと思いきや、実はそうでもない。寧ろ馬が合っている。と言うより、シャルルが一夏に合わせていると言った方が正しい。

 

「和哉も一夏と同じ理由なの?」

 

「いいや。いつまでも俺に下らない事をするバカ女共に鬱憤を晴らす」

 

「………えっとぉ。一夏はともかく、和哉はちょっと……」

 

 俺の理由にシャルルは若干呆れ気味。

 

「おまけにあの連中は未だに俺が鈴やセシリアをマグレで倒したと勘違いしてるから、体に叩き込ませてやる」

 

「………お前と当たった対戦相手に俺は同情すべきか、自業自得と言うべきか……はぁっ」

 

 哀れみと呆れが混じった台詞を言う一夏に、俺は気にせずモニターを見ていると、さっきまで観客席が映っていた画面が切り替わった。

 

「あ、対戦相手が決まったみたい」

 

 画面が変わった事にシャルルも気付き、一夏も食い入る様に見つめると、

 

「「――え?」」

 

「ほう、これはこれは」

 

 出てきた文字を見て、一夏とシャルルは同時にぽかんとした声をあげ、俺は少し驚きながら声を上げた。

 

 一回戦で俺・ボーデヴィッヒペアと戦う相手は、目の前にいる一夏とシャルルだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………ふんっ」

 

「…………………………」

 

 此処は和哉達が使っているのとは反対の更衣室。人口密度が高い中、そこには気に食わなさそうに見るラウラ・ボーデヴィッヒと、驚愕して言葉を失っている篠ノ之箒がいる。

 

(和哉がラウラとペアだと? 一体どう言う事だ? ラウラ自身も文句ありそうな感じだが……)

 

 箒は一先ず落ち着こうとまぶたを閉じて、必死に考えようとする。

 

 ペア参加変更が決まった日、和哉に『ペアになってくれ』と誘われたが、和哉の足手纏いになってしまうと言う理由があったので辞退した。自分としては組みたい相手は一夏と決めていたから、どう言って一夏を誘うかと考えていた。

 

 そしてペアを組んでくれと頼むために部屋を訪れるが、当の本人から「もうシャルルと組んじまったぞ」という返事をされてあっさりと撃沈。

 

 こうなったら和哉と組もうかとヤケになっていたが、和哉からの誘いを断った手前上、それを実行する事が出来なかった。一度言った事を取り消してお願いするなど、箒の武士道精神が許せないから、どうしたものかと考えている内に締め切り当日になってしまい、ペアが抽選で決まってしまった。

 

 因みに箒が組むペアは余所のクラスの女子であった。だがそのペアは和哉を嫌っている女子の一人だから、もし和哉と戦う事になったら敗北は決まったと結論する。

 

(本当は優勝したかったが……。だがどの道、和哉が出場する以上それは望めない。ならばこの際、今の私が和哉とどこまで戦えるかを試すとしよう)

 

 こんな事なら確実に優勝する為に和哉と組めば良かったと後悔するが、仮に優勝した所であの朴念仁と呼ばれる一夏が本当に付き合ってくれるかどうかも怪しいと冷静になって考え始める。



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第49話

久しぶりの更新です。

それではどうぞ!


「神代和哉、分かっていると思うが――」

 

「しつこい奴だな。アンタとはあくまで取引上でのペアだって分かってるよ。それと打ち合わせた通り、俺はアンタの戦いを邪魔しないで見物に徹してる」

 

「――ならいい」

 

「けどアンタが負けそうになる時は参戦させてもらうからな」

 

「それはあり得ない。貴様の出番は一切無く、私の優勝で終わる」

 

「………そうかい」

 

「あともう一つ。このトーナメントが終わった後は教官の――」

 

「それも分かってる。後で携帯番号とメアドはちゃんとアンタのケータイにデータを送信する。だからそんな念を押さなくても分かってるっての」

 

 試合が始まる前、俺は控え室でボーデヴィッヒと最後の打ち合わせをしながらアリーナへと向かった。

 

 

 

 

 

 俺とボーデヴィッヒがアリーナに着くと、目の前にはISを纏っている一夏とシャルルがいる。二人とも、俺を見て複雑そうな顔をしているが。

 

 そして、

 

『出たわね神代和哉!』

 

『アンタなんか織斑君とデュノア君に負けちゃいなさい!』

 

『女の敵!』

 

『頑張って織斑君! デュノア君! そんな奴はぶっ飛ばしちゃって!』

 

 観客席側から俺に対する罵倒が来るが一切無視だ。

 

「一夏とシャルル、俺に言いたい事があると思うが、今は試合に専念してくれ」

 

「………ああ。だがその代わり」

 

「後でちゃんと聞かせてもらうからね」

 

「勿論だ」

 

 言及する確約をした二人はすぐに頭を切り替えて、ボーデヴィッヒの方へと視線を向ける。

 

「まさか一戦目で貴様と当たるとはな、織斑一夏。待つ手間が省けたというものだ」

 

「そりゃあなによりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 

 よく言うよ。ボーデヴィッヒの方を見ながら言っても、チラチラとコッチを見て警戒してるのが丸分かりだっての。

 

「さて、そんじゃボーデヴィッヒ。アンタに任せるよ」

 

「ふんっ」

 

『……え?』

 

 俺がクルリと背を向けて壁際まで移動すると、一夏とシャルルが困惑な声を出した。

 

「お、おい待て和哉! お前、戦わない気か!?」

 

「どういうつもりなんだい、和哉?」

 

「さあ……? 何だろうな」

 

 二人の問いにはぐらかす俺は腕を組みながら壁に寄りかかると、一夏が甘く見られていると思って激昂しようとするが、すぐにシャルルが宥める。

 

「一夏、落ち着いて。和哉がどういうつもりかは分からないけど、これは逆にチャンスだよ。今はボーデヴィッヒさんを倒すことに専念しよう」

 

「………そうだな」

 

(流石はシャルル。冷静に分析しているな)

 

 ボーデヴィッヒと一緒に戦うより良いと判断するシャルルに、やはり厄介な相手だと認識する。もしボーデヴィッヒが戦えなくなったら、早々にシャルルを倒したほうが良いな。

 

「一応言っておくが、神代和哉はただの見物人だ。貴様らは私一人で片付ける」

 

「そうかよ。ならやれるもんならやってみろ。和哉と一緒に戦わなかった事を後悔させてやるぜ」

 

 試合開始まで5、4、3、2、1――スタートの合図が鳴った。

 

「「叩きのめす」」

 

 一夏とボーデヴィッヒの言葉は珍しく同じだった。

 

 そして一夏は試合開始と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行った。多分、一手目が入れば戦況は有利になって傾くと考えたんだろう。

 

「おおおっ!」

 

「ふん……」

 

 だがそんな一夏にボーデヴィッヒが右手を突き出すと、先日の戦いで使ったバリヤーが展開された。それにより一夏は先日の俺と同じく動きが止まってしまう。

 

 因みにあのバリヤーの正式名称はアクティブ・イナーシャル・キャンセラーと呼び、略してAIC。そして日本語に訳すと慣性停止能力(かんせいていしのうりょく)。シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器だそうだ。

 

 それを知ったのは先日、俺とボーデヴィッヒとの戦いの後に鈴とセシリアと一緒に意見をしていた時だ。

 

『成程な。それであの時、俺の動きが止まったって訳か。ドイツはそんな凄い兵器を作る事が出来るんだな。恐れ入るよ』

 

『……あたしから言わせれば、AICをあんな原始的なやり方で攻略するアンタのほうが恐れ入るわよ』

 

『同感ですわ。至近距離でなかったとはいえ、あんな大きな叫び声をする和哉さんがすごいです。鼓膜がやぶれるかと思いましたわ』

 

『アハハハ……。それはすまなかった』

 

『あの兵器って本当だと一対一で戦うと負けるけど、アンタは例外ね』

 

『和哉さんはわたくしたちの常識をどこまで壊せば気が済むのですか……?』

 

『………お前等、いくらなんでも失礼だぞ。人をそんな非常識な存在みたいに――』

 

『『あんな無茶苦茶な戦い方をする時点で充分に非常識よ(ですわ)!』』

 

『……………………』

 

 何かあれは意見交換と言うより、単に俺を罵倒したかっただけなんじゃないかと思った。

 

 まあ、あんなこんなでAICについての事をあの二人から学んで対策は練る事が出来た。あくまで俺限定での対策だが。

 

(しかし、一夏は何やってんだか。この前の俺とボーデヴィッヒの戦いを見た筈だろうに)

 

 一夏の行動に思わず嘆息する俺。

 

 けれど、近接戦の武器――零落白夜――しか持ってない白式では突進せざるを得ない。

 

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

 

「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

 

「ならば私が次にどうするかもわかるだろう」

 

 ボーデヴィッヒがそう言った直後、シュヴァルツェア・レーゲンに装備されている大型カノンがガキンッと巨大なリボルバーの回転音が轟いた。

 

 動きが止まってる一夏に大型カノンが狙いを定める。これにより一夏の敗北は決まるが、

 

「させないよ」

 

 そうは行かないと言わんばかりにシャルルが一夏の頭の上を飛び越えて現れた。同時にシャルルが両手に持っている六一口径アサルトカノン《ガルム》による爆破(バースト)弾の射撃付きで。

 

「ちっ……!」

 

 大型カノンをシャルルの射撃によってずらされ、一夏へ向けて放った砲弾は明後日の方へと行ってしまった。そして更に畳み掛けるシャルルの攻撃に、ボーデヴィッヒは急後退をして間合いを取る。

 

 残念だったなボーデヴィッヒ。一対一だったら勝利してたが、今回はタッグ戦だ。パートナーもいる事を考えないとダメだぞ。

 

「加勢した方が良いか、ボーデヴィッヒ?」

 

「いらん!」

 

 さいですか。

 

「逃がさない!」

 

 ボーデヴィッヒが拒否の台詞を言った直後、シャルルは即座に銃身を正面に突き出した突撃体勢へと移り、左手にアサルトライフルを呼び出した。しかも一秒とかからずに。

 

 アレがシャルルの得意とする技能『高速切替(ラピット・スイッチ)』。事前呼び出しを必要とせず、戦闘と平行して行えるリアルタイムの武装呼び出し。シャルルの器用さと瞬時の判断力があってこその技能だ。

 

 俺にとってシャルルは一番厄介な相手だから、もし俺も加勢するとしたら真っ先にシャルルを倒す。『高速切替(ラピット・スイッチ)』だけじゃなく、状況を見回す分析力と判断力、そして他の連中とは違って最後まで気を抜かずに冷静に相手を見る観察力。そんな相手を警戒するなと言うのが無理だ。

 

 さてさて、ボーデヴィッヒはどうやって一夏とシャルルを倒すのやら。

 

「良いのかラウラ!? 和哉がいた方が確実に勝てるかもしれないぜ!」

 

「ふんっ。人の事を心配する暇が貴様にあるのか?」

 

 わお、これは凄い。一夏と接近戦を繰り広げながら、同時にワイヤーブレードを駆使してシャルルを牽制して引き離してるよ。流石に六つ同時には操ってはいないが、上手く順番に射出と回収を行い、連射による多角攻撃を繰り広げていた。

 

 ふむふむ。やはりボーデヴィッヒは一対多に特化しているようだ。もし下手に俺が加勢でもしたら、アイツの事だからあのワイヤーブレードを使って俺を放り出すかもしれないな。アイツは最初から一人で戦う事しか考えておらず、自分側が複数の状態での戦いを想定していないし。

 

あ。ワイヤーブレードがシャルルの腕に絡まって放り投げられ、アリーナ脇にいる俺の方へ投げ飛ばされてコッチに来る……って、おい。

 

「よっと」

 

 

ガシッ!

 

 

 投げ飛ばされたシャルルを俺は受け止めるようにキャッチした。羽交い絞めで。

 

「大丈夫か、シャルル?」

 

「あ、ありがとう和哉……って、僕を助けてどうするの? 一応僕と君は敵なんだけど」

 

「いや、何となく……」

 

「……はぁっ。どうやら本当に和哉は僕たちと戦う気が無いみたいだね」

 

 俺の行動にシャルルは完全に呆れている様子。

 

 だが、

 

「安心してるところを悪いけどさぁシャルル。お前、自分が今どんな状態なのかを分かってる?」

 

「!!!」

 

 俺が羽交い締めしてる事に気付いて逃れようとするが遅かった。

 

「ぐぐぐぐっ! ぬ、抜けられない……!」

 

「ハッハッハッハ。ほらほら、早くこの場を切り抜けないと一夏がボーデヴィッヒにやられてしまうぞ?」

 

 抵抗して逃れようとするシャルルに俺は全く微動だにせず羽交い締めを続ける。

 

「くっ……! 和哉、まさか君は態と戦わないフリをして僕を足止めする為に……!」

 

「それこそまさかだ。ボーデヴィッヒがあんな事をしたのは俺も予想外だった。ま、お前がコッチに来た以上は少しばかり俺の暇潰しに付き合ってもらうぞ」

 

「生憎だけど、僕は君とそんな事をしてる暇は無いよ! ぐぐぐぐっ!」

 

「そうかい。ま、頑張るんだな」

 

 必死に抵抗しているシャルルだったが、未だに俺から逃れられない。そんな光景に一夏とボーデヴィッヒがコッチを見ていた。

 

「シャルルッ!」

 

「ちっ。神代和哉め、余計な事を……。だがまあ良い。奴を足止めしておけば余計な邪魔が入らずに済むか」

 

「おい和哉ぁ! シャルルを離しやがれぇ!」

 

 一夏がシャルルを助けようとコッチに向かおうとするが、

 

「どこへ行く? 貴様の相手は私だぞ?」

 

「ぐっ! テメェッ!」

 

 ボーデヴィッヒに邪魔されて助けに行く事が出来なかった。

 

 そしてボーデヴィッヒはすぐにプラズマ手刀+ワイヤーブレードの波状攻撃を一夏に仕掛ける。それらを何とか捌ききっている一夏は、何とか接近戦を維持し続けていた。

 

「貴様の武器はそのブレードのみ。近接戦でなければダメージを与えられないからな」

 

 まぁ確かにそうだが、一夏が下手にボーデヴィッヒから距離を取るとあの大型カノンの的になってしまうからな。それにワイヤーブレードがある以上、一度距離を取られたらまた無駄な時間とエネルギーを奪われるし。

 

「ほほ~う。頑張ってるなぁ一夏は」

 

 《雪片弐型》を右手に任せて、左手はボーデヴィッヒのプラズマ手刀を扱ってる手自体を払っている。そして両足は姿勢維持に加えて、ワイヤーブレードを蹴るのにフル稼働状態。訓練では見せた事のない捌きをしている。

 

 思ったとおり、やはり一夏は実戦に近い戦いをする事によってどんどん成長していくタイプだな。そして追い込めば追い込むほど更に伸びるときた。これはもう少しボーデヴィッヒには一夏を追い込んでもらわないとな。

 

 因みにシャルルは俺の隙を窺って羽交い締めから逃れようとしているが、そうは問屋が卸さないかのように俺がガッチリと締めてるので、それは叶わなかった。

 

「うおおおおおっ!」

 

 ギンッ! ガィンッ! と、零距離での高速格闘戦をする一夏。あの戦いぶりから察すると、シャルルが抵抗してる様子を見て、この状態から抜けるのを待つために時間を稼いでいるんだろう。

 

「……そろそろ終わらせるか」

 

 一夏の戦いに飽き始めてきたボーデヴィッヒがプラズマ手刀を解除した。――あ、これは不味いな。

 

 その刹那、一夏の体がピシッと凍り付いたかのように止まった。ボーデヴィッヒは両手を交差して突き出し、その掌を一夏に向けている。

 

「一夏っ!」

 

(そろそろシャルルを放したほうが良いかもしれないな)

 

 一夏のピンチにシャルルが叫ぶと、俺は顔に出さずにシャルルを解放しようと考え始める。

 

「では――消えろ」

 

 ボーデヴィッヒがそう言うと、六つのワイヤーブレードが一斉に射出し、一夏へと突き進んだ。

 

「くそおおっ!」

 

 叫びも虚しく、一夏の白式はワイヤーブレードに全身を切り刻まれる。装甲が散文の一ほど持って行かれた。あの様子を見る限り、恐らくシールドエネルギーもかなり失われただろう。

 

 更にボーデヴィッヒの攻撃はそれだけで終わらず、一夏の右手をワイヤーブレード二本掛かりで拘束し、捻じ切るように回転を加えながら、床へと一夏を叩き付けた。アレは先日、俺がボーデヴィッヒにした奴とよく似ている。

 

「がはっ!」

 

 背中から思いっきり衝撃を喰らった一夏は、苦しそうな声をあげる。すぐに態勢を整えようとする一夏だったが、ボーデヴィッヒの大型レールカノンが照準を合わせていた。

 

「くっ! このままじゃ一夏がっ! 和哉っ! いい加減に……!」

 

「ほれ、さっさと行きな」

 

「んなっ!?」

 

 あっさりと開放する俺に、シャルルはいきなりの事に面を喰らった。

 

「き、君は一体何を考えて――」

 

「今は俺のことより、早く一夏を助けに行った方が良いと思うが?」

 

「っ!」

 

 俺の指摘にシャルルはすぐに一夏の所へと向かう。

 

 そしてボーデヴィッヒが放たれた大型レールカノンの砲弾が一夏に当たろうとする瞬間、

 

「お待たせ!」

 

 ガギンッ! と重い音を響かせてシャルルの盾が砲弾を防いだ。そしてすぐに一夏の右腕に未だ絡まっていたワイヤーブレードを切断し、一夏はすぐにその場から離脱した。

 

 その直後、一夏がいた場所は砲弾の雨で吹き飛んだ。間一髪だったな。

 

「シャルル……助かったぜ。ありがとよ」

 

「どういたしまして」

 

「良く和哉から抜け出せたな」

 

「いや、それが……和哉がいきなり僕を解放したんだよ」

 

「は? 和哉が……?」

 

 シャルルの台詞に一夏がコッチを見てくるが、俺は気にせずに再び壁に寄りかかり腕を組んでいる。そんな俺にボーデヴィッヒが俺に怒鳴ってきた。

 

「神代和哉! 一体何のつもりだ!?」

 

「何の、とは?」

 

「惚けるな! 私の邪魔をするなと言った筈だぞ!?」

 

「ソレはすまなかったな」

 

「貴様が余計な事をしなければ……!」

 

「へえ? となるとアンタはひょっとして俺を頼りにしてたのか? それは本当に悪い事をしてしまった」

 

「……………ちっ」

 

 ボーデヴィッヒはもう言い返すのを止めて舌打ちをしながら、戦いに集中しようとする。下手に言い返すと、自分が俺を頼りにしてると認めてしまうと言う事になってしまうから、俺への追求を止めたんだろう。

 

 けどまぁ、我ながら意地の悪い事をしてしまったな。聞いてくれるかは分からんが、後でボーデヴィッヒには詫びを入れておくか。




箒がいない分、オリ展開にしました。


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第50話

今回はいつもより早く出せました。それでも遅い事には変わりませんが……。

それではどうぞ!!


「織斑先生、神代君は一体何がしたいんでしょうか? 戦わないと言って見物したり、デュノア君を羽交い締めして足止めしたにも拘らずにアッサリと開放したり……妙に矛盾な行動をしてる気が」

 

「さあな。奴が何を考えているのかなんて私にも分からん」

 

 教師のみしか入れない観察室で、モニターに映し出されている戦闘映像を眺めながら真耶は和哉の行動に疑問を抱き、千冬は分からないと首を横に振る。

 

「しかしまさか、神代がボーデヴィッヒとペアを組むとは正直意外だったが」

 

「そうですね。私はてっきり、二人がトーナメントで決着を付けるかと思ってましたし。それにあの二人は私が知る限り、かなり険悪な感じでしたから」

 

「にも拘らずペアを組んでいると言う事は、な。しかもあのボーデヴィッヒが……」

 

 千冬としては和哉がトーナメントでラウラと戦い、そして勝つことを願っていた。力こそが全てだと思い上がり気味のラウラに和哉が勝利し、力についての認識を改めて貰うと言う展開を期待していたのだが、予想外な事にそれが叶わなくなり落胆気味だった。しかし、それはあくまでトーナメントに限った話であり、別に二人の勝負自体が無くなった訳ではないから、トーナメント後でも問題は無いと千冬は結論する。

 

「ひょっとしたら神代君がボーデヴィッヒさんと何か取引をしてペアになったんじゃないでしょうかね?」

 

「…………」

 

 適当に言った真耶の発言に思わず考える千冬。確かにあの二人がペアになって試合に出場すると言うのは、普通に考えてあり得ない。にも拘らずそうしていると言う事は、あの二人には何かしらの取引をしたとしか考えられない。現にラウラの性格を考えれば、和哉にペアを組もうと言われても絶対に断る筈だ。

 

(今度の早朝鍛錬の時に、さり気なくカマをかけてみるか)

 

 ここ最近、和哉とは鍛錬をしてないから久しぶりにやるかと同時に聞き出そうと考える千冬。あのラウラが事前にペアを承諾すると言うのが妙に腑に落ちないと疑問を抱いているからだ。別にペアを組むこと自体気にする事は無いのだが、ラウラを承諾させた取引の内容が一番気になるからである。

 

 そう考えている千冬に、モニターでは一夏とシャルルがラウラ相手に見事な連係プレーをしている。

 

「ふあー、すごいですねぇ。二週間ちょっとの訓練であそこまでの連携が取れるなんて。神代君だけじゃなく、織斑君も凄いです。才能ありますよね」

 

「ふん。あれはデュノアが合わせているから成り立つんだ。あいつ自体は大して連携の役には立っていない」

 

 和哉から一夏の話題になると、急に辛口評価する千冬に少し苦笑気味に真耶は言う。

 

「そうだとしても、他人がそこまで合わせてくれる織斑君自身がすごいじゃないですか。魅力のない人間には、誰も力を貸してくれないものですよ」

 

「まあ……そうかもしれないな」

 

 ぶすっとした感じで告げる千冬に、真耶はそれが照れ隠しだと最近分かっており、

 

「逆に神代君は一人でこなしちゃいますけどね……」

 

「神代にはそれ程の実力があると言う事だ」

 

 そして和哉の事となると当然のように言い放つ事に微妙な顔をする。

 

「織斑先生……織斑君と神代君ではかなり差がありますね」

 

「そうか? 私は事実を言ったまでだが」

 

 早朝鍛錬で和哉の実力を知っている千冬としては、弟の一夏よりも和哉を高く買っている。実力主義である千冬からすれば当然の考えなのだ。贔屓してると言えるかもしれないが、それだけ和哉と一夏では力の差があるから無理からぬ事とも言えよう。

 

 そんな千冬の台詞に真耶は、ちょっと織斑君が気の毒だと内心思いながらも新たに話題を変えようとする。

 

「そ、それにしても学年別トーナメントのいきなりの形式変更は、やっぱり先月の事件のせいですか?」

 

 真耶が言う先日の事件とは、黒い全身装甲ISの襲撃の事だった。

 

「詳しくは聞いていないが、おそらくそうだろう。より実戦的な戦闘経験を積ませる目的で、ツーマンセルになったのだろうな」

 

「でも一年生はまだ三ヶ月目ですよ? 戦争が起こるわけでもないのに、今の状況で実戦的な戦闘訓練は必要ない気がしますが……」

 

 そして真耶と千冬が襲撃に対する今後の対応策について話していると、モニターからは一対二でありながらも、互角に渡り合うラウラの姿があった。その事に二人はモニターに視線を戻す。

 

「強いですねぇ、ボーデヴィッヒさん」

 

「ふん………」

 

 ラウラの実力に真耶はしみじみと言ってるに対し、千冬は心底つまらなそうに声を漏らした。

 

「変わらないな。強さを攻撃力と同一だと思っている。だがそれでは――」

 

 神代だけでなく、一夏にも勝てないだろう。

 

 和哉の事を言うのは別に問題は無いのだが、一夏も含まれると話は別だから決して口にはしない。それを言ったが最後、真耶にまた何を言われるか分かったのものではないから。

 

 

 ワアアアッ!

 

 

 会場が一気に沸き、その歓声が観察室まで響いてきた。

 

「あ! 織斑君とデュノア君が一気に攻めようとしてますね。でも、どうして織斑君は零落白夜を使おうとはしないんでしょう?」

 

「アレはシールドエネルギーをかなり消費するからな。仮にそれでボーデヴィッヒを倒せても、まだ神代が残ってる。恐らく神代の事を考慮し、温存して倒そうと思っているんだろう。だが、そう上手くいくかな」

 

「またまた、そんな気にしてないような態度をしなくても――」

 

「山田先生。今度久しぶりに武術組み手をしようか。いや、どうせなら神代とやってみるといい。奴の技の一つである『砕牙零式』を素手で受け止める事をお勧めする」

 

「いっ、いえいえっ! 私はそのっ、ええとっ、生徒たちの訓練機を見ないといけませんからっ! と言うか私が神代君のあんな恐ろしい技を生身で喰らったら死んじゃいますよっ!」

 

 慌てながら首を振り手を振りと大忙しである真耶に、千冬は低い声でたたみかけようとする。

 

「私は身内のネタでいじられるのが嫌いだ。そろそろ覚えるように」

 

「は、はい……。すみません……。ですから神代君の技を受けるのはどうか……」

 

 見てて可哀想になるくらいしぼんでしまい、ちょっとした命乞いもする真耶。確かに和哉の技をモロに喰らってしまったら、確実に病院送りにされてしまうだろう。それだけ和哉の技は相当な攻撃力を持っている証拠だ。

 

 そんな真耶の様子にあまりに可哀想だったのか、千冬はぽんと軽く頭を撫でた。

 

「さて、試合の続きだ。どう転がるか見物(みもの)だぞ」

 

「は、はいっ」

 

 

 

 

 

 

(ふむ。どうやら一夏は零落白夜無しでボーデヴィッヒに勝つつもりだな)

 

 恐らく俺と戦う為に温存しようと言ったところだろうが、果たしてボーデヴィッヒ相手にそれで勝てるかどうか。温存して勝てるほどボーデヴィッヒは甘く無いぞ。

 

「私を相手に全力を出さずに挑むとは舐められたものだな」

 

「俺としてはお前より和哉の方が恐いからな。すぐに決めてやるぜっ!」

 

 そう言って突撃する一夏にボーデヴィッヒはAICによる拘束攻撃を連続で襲い掛かる。右手、左手、そして視線。それらの不可視攻撃に一夏は急停止・転身・急加速で何とかかわしていた。

 

 ギリギリとは言え、かわし続けるとは流石だな。そんな一夏にボーデヴィッヒは苛立ちを見せる。

 

「ちょろちょろと目障りな……!」

 

 ボーデヴィッヒは立て続けの攻撃にワイヤーブレードも加え、その姿勢は熾烈を極めた。だがなボーデヴィッヒ、相手は一夏だけじゃ無いんだぞ?

 

「一夏! 前方二時の方向に突破!」

 

「わかった!」

 

 射撃武器でボーデヴィッヒを牽制するシャルルは、一夏への防御も抜かりなかった。一見、一夏とシャルルは見事なコンビネーションを見せていると思うだろうが実際は違う。シャルルが一夏に合わせて戦っていると言った方が正しい。もしそうでなかったら、今頃一夏はボーデヴィッヒにやられているからな。

 

「ちっ……小癪な!」

 

 ワイヤーブレードを潜り抜け、一夏はボーデヴィッヒを射程圏内へと収める。

 

「無駄だ。貴様の攻撃は読めている」

 

「普通に斬りかかれば、な。――それなら!」

 

「!?」

 

 一夏は足元へと向けていた切っ先を起こし、体の前へと持って来る事にボーデヴィッヒが戸惑った。

 

(成程。考えたな一夏。斬撃が読まれるくらいなら、突撃で攻めたほうが良い)

 

 読みやすさは変わらないが、それでも単純に腕の軌道を捉え難い。線より点の方が、捕まえるのは難しいからな。

 

 だが、

 

「無駄なことを!」

 

 そんな一夏の攻撃をボーデヴィッヒはAICを使うと、一夏はピシッ! と全身の動きが凍り付いたかのように止まった。

 

「腕にこだわる必要はない。ようはお前の動きを止められれば――」

 

「おいボーデヴィッヒ。もう一人いる事を忘れてないか? 一夏の相方がアンタを撃とうとしてるぞ」

 

「!?」

 

 俺の助言にボーデヴィッヒは慌てて視線を動かすが、もう遅かった。既に懐に入ったシャルルは零距離で素早くショットガンの六連射を叩き込んだ。次の瞬間には、ボーデヴィッヒの大口径レールカノンは轟音と共に爆散(ばくさん)してしまった。

 

「くっ……!」

 

 武器が破損して使えなくされた事に苦い顔をするボーデヴィッヒ。

 

 以前に俺が戦った時も分かっていたが、やはりボーデヴィッヒのAICには致命的な弱点があるな。『停止させる対象物に意識を集中させていないと効果を維持出来ない』と言う弱点が。俺の時は『咆哮』を使って破ったが、一夏はシャルルの援護により拘束が解除されていた。

 

「どうするんだ、ボーデヴィッヒ? 弱点が見抜かれた以上、ここは俺も参戦した方が良いと思うが?」

 

「必要無い! 貴様はそこで黙って見てろ! うるさくて気が散る!」

 

 おやおや、折角助言したのに随分な言われようだな。意地を張るのは結構だが、それで負けてしまったらどうしようもないぞ?

 

 などと言ったところでアイツは絶対に聞く耳持たないだろう。仕方ない。ここは間接的に手を出させてもらおう。アンタがやられてしまったら、それである意味試合終了だからな。

 

「一夏!」

 

「おう!」

 

 シャルルの掛け声に一夏は再度、《雪片弐型》を構えなおし、そして強烈な斬撃を繰り出そうとするが、

 

 

 ギンッ!

 

 

「……!」

 

 俺が『睨み殺し』を使うと、一夏はボーデヴィッヒのAICに拘束されたかのように動けなくなった。今までは加減して使っていたが、全力で使えば動きを止める事が出来る。

 

「ば、バカな! ラウラはAICを使っては……って和哉、お前の仕業か!」

 

「ははっ。バレてしまったか」

 

 気付いた一夏はオープンチャンネルで通信してくると、俺はアッサリと白状する。

 

「神代和哉っ! 貴様また余計な事を!」

 

「文句なら後で聞くから、今は試合に集中しな。でないと負けるぞ?」

 

「………ちっ!」

 

 舌打ちをするボーデヴィッヒはすぐに一夏の懐に飛び込むと同時に、両手にはプラズマ手刀を展開させていた。

 

「奴にお膳立てをされた事は非常に気に食わんが、一先ず貴様はこれで終わりだ!」

 

「ぐっ!」

 

 動けない一夏に連続攻撃を仕掛けるボーデヴィッヒ。

 

「やらせないよ!」

 

「邪魔だ!」

 

 だが、そうはさせないと言わんばかりにシャルルが一夏の援護に入ろうとするが、ボーデヴィッヒは一夏への攻撃を休めないままワイヤーブレードで牽制する。そのどちらも制度の高さとスピードを伴った攻撃だ。

 

「うあっ!」

 

「シャルル! くっ――」

 

「次は貴様だ! 堕ちろっ!」

 

 一夏が被弾したシャルルに気を取られた隙をボーデヴィッヒが逃さず、一夏の体を正確に捉えた。

 

「ぐあっ……!」

 

 ダメージを受けた一夏は力が抜けたように床へと落ちる。

 

(どうする一夏? このままじゃ終わってしまうぞ? お前はその程度で終わる奴じゃ無い筈だ)

 

 一夏は実戦で追い詰めれば追い詰めるほど急激に成長するから、敢えて『睨み殺し』を使って動きを止めたんだがな。どうやらまだ早すぎ……でもないか。

 

「は……ははっ! 私の勝ちだ!」

 

「気を抜くのはまだ早いぞボーデヴィッヒ。もう一人いるだろうが」

 

「!」

 

 そして高らかに勝利宣言をして止めを刺そうとするボーデヴィッヒに、俺が突っ込みを入れると同時に超高速の影が突撃をする。それは――

 

「和哉の言うとおり、まだ終わっていないよ」

 

 一瞬で超高速状態へと移ったシャルルであった。

 

「なっ……! 『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』だと!?」

 

 おやおや、ボーデヴィッヒが狼狽するってことは、シャルルの行動は予想外だったようだ。まぁ驚くのは無理もないか。何故なら俺だけじゃなく、パートナーである一夏も驚いているからな。

 

「今初めて使ったからね」

 

「な、なに……? まさか、この戦いで覚えたというのか!?」

 

 これはまた驚いた。どうやらシャルルの器用さは最早特徴ではなく、技能の一つとも言える。厄介な相手が更に厄介になったと認識してしまう。

 

「ふっ……。だが私の停止結界の前では無力!」

 

 そう言ってボーデヴィッヒはシャルルにAICを使おうと発動体勢へと変わる。その直後、動きが止まったのは――シャルルではなくボーデヴィッヒだった。

 

 

 ドンッ!

 

 

「!?」

 

 突然あらぬ方向から射撃を受けたボーデヴィッヒは、すぐに視線を巡らせる。

 

 ボーデヴィッヒを撃ったのは、シャルルが捨てた残弾ありのアサルトライフルを構えてる一夏だった。

 

「ほう。いつの間にか『睨み殺し』を解いていたとはな。やるじゃないか、一夏」

 

「お前が言ってたじゃないか、和哉。アレは全身に気合を入れれば解けるって」

 

「そう言われれば……」

 

 確かに『睨み殺し』の解き方を一夏に教えていたな。俺とした事がすっかり忘れてた。にしてもボーデヴィッヒがシャルルに気を取られてるあの僅かで気合を入れて解くとは。

 

「これならAICは使えまい!」

 

「こ、のっ……死に損ないがぁっ!」

 

 そう吼えるボーデヴィッヒだったが、冷静さはまだ失っていないようだ。どうやら一夏を一旦無視してシャルルに集中したようだ。

 

 しかし、

 

「でも、間合いに入ることは出来た」

 

「それがどうした! 第二世代型の攻撃力では、このシュヴァルツェア・レーゲンを堕とすことなど――」

 

 ボーデヴィッヒは言ってる途中にハッと何かを気付いた。

 

 えっと、単純な攻撃力だけなら第二世代型最強と謳われた装備があったな。それは確かシャルルが装備している、盾の中に隠してあるアレだ(・・・・・・・・・・・・)

 

「この距離なら、外さない」

 

 盾の装甲がはじけ飛び、中からリボルバーと杭が融合した装備が露出する。アレは六九口径パイルバンカー《灰色の鱗殼(グレー・スケール)》。通称は――

 

「『盾殺し(シールド・ピアース)』……!」

 

 流石のボーデヴィッヒも焦っている様子。文字通り必死の形相で。

 

「「おおおおっ!」」

 

 ボーデヴィッヒとシャルルの声が重なる。シャルルは左手拳をきつく握り締め、叩き込むように突き出す。先程一夏がやったのと同じ、点の突撃を。

 

 加えて更に瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって接近している。あれはいくらボーデヴィッヒでも間に合わない。

 

「!!!」

 

 だがしかし、ボーデヴィッヒはパイルバンカーを止める為に目を集中して一転に狙いを澄ました――が、それは無理だった様だ。

 

 そして、

 

 

 スガンッ!!!

 

 

「ぐううっ……!」

 

 ボーデヴィッヒの腹部に、パイルバンカーの一撃が叩き込まれた。その直後に、ボーデヴィッヒは吹っ飛んでアリーナの壁に激突する。

 

(どうやらボーデヴィッヒはここまでのようだな)

 

 そう結論した俺は組んでいた腕を解き、いつでも動けるように体勢を整える。

 

「はあああ~~~っ!」

 

 そんな俺を余所に、シャルルはボーデヴィッヒに追撃をして再びパイルバンカーを仕掛けようとするが、

 

 

 ガシィッ!!!

 

 

「「「んなっ!?」」」

 

 俺がパイルバンカーの杭の部分を左手(・・)で掴んで止めると、ボーデヴィッヒとシャルル、そして一夏が驚愕した。同時に会場にいる観客達も。

 

「ったく。変に気を抜くからそんな目に遭うんだぞ、ボーデヴィッヒ」

 

「き、貴様……!」

 

「けど今はお前より……ってな訳でシャルル。今度は俺も参戦させてもらうぞ」

 

「くっ……! まさか君がこんな土壇場で出てくるなんて……!」

 

 俺の突然の参戦によりシャルルは焦りの表情を見せる。パイルバンカーを引き戻そうとしているが、俺がガッシリと掴んでいるのでそれは出来なかった。

 

「先ずはこの厄介な武器と同時に……いくぞ!」

 

「っ! 不味いシャルル! 逃げろ!」

 

 一夏は俺が何をやろうとしているのかを気付いたようだが、もう遅い。

 

 俺は即座に上半身のバネだけを捻り、

 

「『砕牙・零式』!」

 

 

ズドンッ!!

 

 

「がはっ!!」

 

 必殺の拳を繰り出してパイルバンカーを破壊すると同時にシャルルを仕留めた。



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第51話

今回は殆どオリジナルです。

それではどうぞ!


「漸く神代が動いたようだな」

 

「うわぁ……。デュノア君が神代君の技を直撃……大丈夫でしょうか?」

 

 和哉がシャルルに『砕牙・零式』を使ったことにより、観察室で見ている千冬はどんな動きも逃さんと言わんばかりにジッと和哉を注視し、真耶は痛そうな顔をしながらシャルルの安否が気になっていた。

 

「よく見ろ。デュノアはまだやられていない」

 

「え? ……あっ!」

 

 千冬に言われたとおり、真耶はシャルルが一夏のいる所まで退いているのを確認すると安堵した顔を見せる。

 

「神代の『砕牙・零式』を受ける直前、デュノアは咄嗟に退いてボーデヴィッヒに使ってた武器を盾代わりにして防いだ。それによって神代から逃れる事は出来たが……代償として、あの腕は暫く使えないだろう」

 

「そ、それって神代君のアレを受けたから……ですか?」

 

「そうだ。神代の攻撃技は必殺と言っていいほどの一撃だ。いくら防いだとは言え、アレを喰らってただで済むわけがない」

 

 モニターではシャルルが腕を押さえながら顔を顰めている。千冬はシャルルの様子を見て、あの腕は暫く使い物にはならず、片腕だけで和哉と戦わざるを得ないと考えている。

 

 そして真耶は顔を顰めているシャルルを気にしつつも、和哉が一体どう言う試合展開にさせるのか気になってモニターに集中していた。

 

「お、織斑先生。これまで神代君は代表候補生相手に勝っていますけど……今回も勝つんでしょうか?」

 

「知らん。だが勝敗に関係なく、各国は神代の認識を改めるだろう。それと同時に――」

 

 各国がどう言う行動を取るのかが容易に想像が付く、と付け加える千冬。

 

 それは真耶も粗方の予想は付いていた。

 

 

 

 

 

 

「シャルル、大丈夫か!?」

 

「う、うん。何とか……ううっ」

 

「やるじゃないかシャルル。まさかアレを防がれるとはな。てっきり仕留めたと思ったんだが」

 

 俺の『砕牙・零式』を受けたシャルルはパイルバンカーを盾代わりにして防ぎ、そのまま後退して一夏のいる位置へと戻っている。だがそれでもシャルルの片腕はダメージを受けているから、あの腕は暫く使えない。片腕だけのシャルルなら余裕で倒せるかもしれないが、それで挑むのは愚の骨頂だ。シャルルはセシリア・鈴とは違い、常に冷静に戦うから、下手に攻め込んでしまえば返り討ちに遭ってしまう。

 

 あと一夏はシャルルと違って攻撃が読みやすいから、余り苦戦することなく倒せる。先に一夏を倒してシャルルに専念すれば良いが、そんな事をする気は無い。一夏はさっきのボーデヴィッヒとの戦いで急激な成長を見せていたから、更に成長させる為に今度は俺がギリギリまで追い込ませる。一夏は練習や訓練より実戦形式で戦わせれば伸びるタイプだからな。さてさて、どうやって追い込ませようか……。っと、いかんいかん。ボーデヴィッヒを忘れていたな。

 

「それじゃ、約束だぞボーデヴィッヒ。お前が負けそうになるから、今度は俺も参戦させてもらうからな」

 

「ふ、ふざけるな……! 私はまだ戦える……!」

 

「そのザマじゃ、もうあの二人に勝てる訳が無いだろう。俺が戦ってる間に、冷静さを取り戻すために頭を冷やしとけ」

 

「何だとっ……!」

 

 ダメージを負いながらも虚勢を張って立ち上がろうとするボーデヴィッヒに、

 

 

 ギンッ!

 

 

「っ! き、貴様何を……!」

 

 俺が『睨み殺し』を使って動きを止めた。

 

「ふんっ。軍人であるお前ならすぐに撥ね退けるかと思ったが、やはりダメージが大きいだけじゃなく、心が少し折れかけてるな。なら尚のこと、今はそこで大人しく見てな」

 

「だ、誰が貴様の命令などを「黙れ」……っ!」

 

 体が動けなくても未だに反抗的な態度を見せるボーデヴィッヒだったが、俺が殺気を出しながら声を低くして発すると静かになった。

 

「言っておくが今のボーデヴィッヒには拒否権は無い。仮に挑んだところで却って足手纏いだ。だがそれでも戦うと言うのなら、俺の『睨み殺し』で動けなくなった体を自力で解くんだな」

 

「くっ……おのれっ!」

 

 動けない体を必死に動かそうとするボーデヴィッヒだが、そう簡単に体が動かないみたいだから少々時間が掛かりそうだ。ま、その方が俺にとっては好都合だけど。

 

「さてと……待たせて悪かったな二人とも。さあ、始めようか」

 

 コキコキと体の骨を鳴らしながら一定の距離まで近付こうとする俺に、一夏とシャルルは警戒しながらも少々戸惑う様子を見せている。

 

「和哉、お前……」

 

「自分からボーデヴィッヒさんを動けなくするなんて……どういうつもりなの?」

 

 オープン・チャンネルで俺とボーデヴィッヒの会話を聞いていた二人は疑問を抱いているようだ。

 

「言ったろ? 冷静さを失ってる今のアイツじゃ却って足手纏いだと」

 

「だからって……」

 

「一夏、相手を気にする前に自分の事に集中するんだな。でないと……(スッ)」

 

 俺は右手で両目を覆い隠した後、

 

「……すぐに負けてしまうぞ?」

 

「「!!!」」

 

 指と指の間から殺気を込めた目で睨むと、二人は驚愕を露わにした。そして一夏はすぐに武器を構え、シャルルは俺の余りの変わりように戸惑っている様子だ。

 

「な、なにこの殺気は……? さっきまでの和哉とはまるで別人みたいに……あれが本当に和哉なの……?」

 

「シャルル、絶対に気を抜くなよ。アイツは、和哉は……その気になれば俺達をあっと言う間に倒すだけの実力を持ってる……!」

 

「おいおい一夏、それはいくらなんでも過大評価しすぎだぞ? 訓練機の俺に専用機の二人相手に――」

 

「よく言うぜ。代表候補生のセシリアや鈴にサシで勝った奴に、そんな事言われると逆に嫌みだぜ」

 

 ふむ。どうやら一夏は一切の油断は無いだけでなく、俺がいつ動いても対応出来るように武器を構えたままだ。ま、そうするように訓練で言っておいたからな。

 

 一夏の行動に俺が内心で感心していると、

 

『頑張れ~! 織斑君! デュノア君!』

 

『そんな最低な奴ぶっ飛ばしちゃえ~~!』

 

『ていうかよくもデュノア君に攻撃したわね!』

 

『アンタなんか二人にやられちゃえばいいのよ~!』

 

 観客席にいるバカ女共の大半が一夏・シャルルの応援と同時に、俺への罵倒を飛ばしていた。

 

 相変わらず口だけは達者な連中だ。文句があるなら俺に言えと何度も言ってるのに、奴等はすぐに蜘蛛の子を散らすかのようにすぐ逃げるからな。ま、所詮その程度の矮小な連中だって認識してるから、もう大して気にしてないけど。

 

 って、おいおい二人とも。そんな気の毒そうな目で俺を見ないでくれよ。別に気にしちゃいないんだから。

 

「和哉、その……悪い」

 

「謝罪は結構。あのバカ女共のやってる事は今に始まった事じゃないのは一夏も分かってる筈だ」

 

「でも……だからと言って」

 

「前に教えただろ、シャルル? アイツ等は俺が嫌ってるだけじゃなく、やろうとしてる事も認めたくないから、ああやって俺を否定してるんだ」

 

 『IS学園最強』になろうとする俺を、な。

 

「やろうとしてる事? それって……」

 

「お喋りはここまでだ。何とか腕を使えるようにする為に話しを長くさせようなどと言う時間稼ぎは見抜いているぞ、シャルル」

 

「くっ……」

 

 俺の指摘にシャルルは顔を苦くしている。適当に言ったんだが、まさか大当たりだったとは。抜け目がない奴だ。本当にシャルルは厄介な相手極まりないな。これはやはり先にシャルルを倒したほうが良さそうだ。一夏を追い込ませて更に強くさせようとする際に、下手に横槍入れられたら俺が負けてしまうからな。

 

「さて、第2ラウンド……開始だ!」

 

 

 フッ!

 

 

「き、消えた!?」

 

「鈴やラウラに使ったアレか!」

 

 『疾足』を使う俺にシャルルと一夏は驚愕の声を発し、会場全体もざわめいていた。俺はそんな事を一切気にせず、シャルルの背後に回ってすぐに右腕から刀を展開して斬撃を繰り出だそうとする。

 

「シャルル!」

 

 

 ガギンッ!

 

 

 シャルルに当てようとした俺の斬撃に一夏が割って入り、持っている雪片弐型で防いで鍔迫り合いとなった。

 

「い、一夏……!」

 

「へぇ。俺がシャルルを狙うのを読んでいたとは。やるじゃないか、一夏」

 

「和哉の性格から考えて、絶対にそうすると思ってたぜ! お前はザコの俺なんかよりシャルルを警戒してたからな!」

 

 驚くシャルルを余所に俺が賞賛すると、一夏は守ると言わんばかりに必死に押し留まっている。

 

「別にお前をザコ扱い何かしてはいないんだが」

 

 そこまで卑屈になるなよ。音を上げた台詞を言っても、俺の訓練を最後まで付き合ってくれてるお前を弱いと思っちゃいない。

 

「ま、やはり刀を展開して正解だったな」

 

「お前……俺がシャルルを庇うと分かっててソレを出したのか……ぐっ!」

 

 両手で雪片弐型を持つ一夏が押されてるのに対し、片手で刀を持ってる俺はグイグイと押し始める。ISの補正があっても結局は人間が使うので、今の一夏と俺では腕力の差が結構ありすぎる。

 

「ふむ。このまま一夏と戦いたいところだが、今は後回しにさせてもらうよ」

 

「シャルルはやらせないぞ、和哉……!」

 

「その心意気は結構だが、忘れてることがあるぞ」

 

「なに……?」

 

「俺が使うのは拳だけじゃないって事をな!」

 

「うぐっ!」

 

「一夏っ!」

 

 俺は左足を使って一夏の顔を目掛けて蹴りをやると、物の見事に当たった一夏は怯む。そしてそのまますぐに左拳で一夏の上半身にドドドッと当てた後、回し蹴りをして吹っ飛ばした。

 

「がはっ!」

 

「次はお前だ、シャルル!」

 

「くっ!」

 

 一夏を吹っ飛ばしてすぐに標的を変えると、シャルルは右腕からマシンガンを展開して俺に当てようと撃ってくる。言うまでも無く、あんなのに当たりたくない俺は『疾足』で回り込みながら避ける。

 

「ちっ。やはりそう簡単にやらせてはくれないか」

 

「まだまだっ!」

 

「おっと!」

 

 距離を取った俺にシャルルはマシンガンからライフルに切り替えて俺を撃って来る。それにより俺は再度『疾足』を使って避けながら近付こうとするが、ライフルからマシンガンに切り替えて撃って来るシャルル。

 

 恐らく接近戦を避ける為に、弾幕を張って打ち続けて間合いを維持しているんだろう。近付こうとする度にマシンガン連射、一定の距離を取ったら得意の『高速切替(ラピッド・スイッチ)』を使ってアサルトライフルを展開して撃つ。接近戦を好む俺にとっては嫌な戦い方だ。

 

 だがなシャルル。距離を取っていれば俺が一切攻撃出来ない等と思わないほうが良いぞ。

 

「そっちがそう来るなら……これでも喰らえ!」

 

 そう言って俺は足をあげて、

 

「宮本流奥義『飛燕脚(ひえんきゃく)』!」

 

 そのまま大きく振りかぶると、

 

 

 ドンッ!

 

 

「うあっ!!」

 

 シャルルは見えない何かに喰らったかのように吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇセシリア。和哉が足を振りかぶった直後にシャルルが吹っ飛ばされるのって……」

 

「おそらく……あの時と似た技でしょうね」

 

 観客席側にて試合を見ている鈴とセシリアは、和哉が距離を取っていたシャルルを吹っ飛ばしていたのを見てある事を思い出していた。

 

 それは和哉と鈴が戦った時の試合であり、その時に和哉が拳で見えない攻撃である『破撃』を使った時である。

 

「ったくもう和哉の奴。一体どれだけの技を隠し持ってるのよ……!」

 

「試合を見るたびに、こうも新しい技を次々と……ほんっとうに和哉さんわたくしたちの常識をことごとく壊してくれますわね……! しかも今度は衝撃砲の足バージョンって……」

 

「あたし達はもうそんなに驚きはしないけどさぁ。あそこで見物してるお偉いさんたちが面白いくらいにビックリしてるわよ」

 

 鈴が指す方向では、来賓用の席に座っている各国の上層部一同が遠くからでも見て分かるほど仰天していた。他にも鈴たちの周りにいる観客たちも同様に驚いており言葉を失っている。

 

 普段から和哉と一緒に訓練している一夏・箒・セシリア・鈴は既に耐性が付いてるので大して驚かないが、大して和哉の事を知らない人から見れば仰天もの。何しろ和哉が遠距離攻撃が一切無い訓練機の打鉄を使って、あんな事をしたのだから驚くのは無理もない。因みにシャルルは和哉と訓練はしていたが、ISについての事や遠距離武器の事を中心に学んでいた為に和哉の技については大して知らなかった。

 

「これで各国の上層部の方たちも和哉さんの認識をあらためると思いますわ。このトーナメントの後、わたくしの祖国であるイギリスが和哉さんを勧誘しろなどという命令を下さなければいいんですが……」

 

「アンタの国はまだ良いわよ。中国は多分荒れると思うわ。あたしのISの第三世代兵器である龍咆を和哉が生身でやったんだから、研究者たちなんか卒倒するわよ」

 

 二人は自分達の国だけでなく、他の国も今後どう言う行動を取るのかを安易に予想をしていた。

 

 そして、

 

「やれやれ、今度は足か」

 

「あ、あははは。か、神代君って……本当に何でもありなんですね」

 

 モニター室で和哉の足技を見ていた千冬は驚きを通り越して感心し、真耶はもう何とも言えないように苦笑していた。

 

「まさか腕だけではなく、足でもあんな事が出来たとはな。どこまでも私を飽きさせない奴だ」

 

「何かもう、神代君って……ぶっちゃけ歩く兵器じゃないですか?」

 

「ふむ。中々ユニークなネーミングだ。私から見れば歩くビックリ箱だが」

 

 いっそ今度の早朝手合いの時に見せてもらうかと呟く千冬に、真耶は千冬を見て『この人も色々な意味で凄い』と内心思っているのであった。




すいません。本当でしたらラウラの暴走シーンまで書こうと思ってましたが区切りました。

次回で何とかそのシーンまで持って行きますのでお楽しみに!


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第52話

今回は早めに更新することが出来ました。


「残念だったな、シャルル。距離さえ保ち続ければ何とかなると思っていたようだが、それは大間違いだ」

 

「う、うう……和哉……君は一体、何を……?」

 

 俺の『飛燕脚』で吹っ飛ばされたシャルルは何とか体勢を立て直そうとするが、体に直撃した為、すぐに起き上がる事が出来ないようだ。

 

 宮本流奥義『飛燕脚(ひえんきゃく)』。足を高速で振り上げ、衝撃を発生させる遠距離専用の技。分かりやすく言えば拳で繰り出す『破撃(はげき)』と同様に脚に変えたものだ。だが『飛燕脚』は『破撃』と違って威力が異なる。理屈では足の力は腕の三倍あるから、『飛燕脚』の方が威力は高い。以前鈴に食らわせた『破撃』の3倍以上のダメージをシャルルが負っているから、すぐに立ち上がることが出来ないと言うわけだ。

 

「何をしたのかは後で教えてやる。取り敢えずシャルルは……これで終わりだ!」

 

「っ!」

 

 再び『飛燕脚』を使う為に片足を上げ、それを見たシャルルは避けようとするが反応が遅い。

 

 今のシャルルには避けきれまいと思いながら、脚を振り上げようとする俺に、

 

「やらせるかよぉ!」

 

「!」

 

 背後から一夏が『瞬時加速《イグニッション・ブースト》』を使って突進してきた。

 

「はあああっ!」

 

 そのまま一夏は俺の背後に雪片弐型を使っての斬撃を繰り出そうとするが、

 

「甘いっ!」

 

 

 ガギンッ!

 

 

「な、なにぃっ!?」

 

「そ、そんなっ!?」

 

 俺が『飛燕脚』を使うのを止めて両足で立って後ろも振り向かずに、右手に持ってる刀で斬撃を防いだ事によって若干俯きながらも、一夏とシャルルは驚愕の声を発した。

 

「ふうっ。今のはちょっとやばかったぞ一夏。だが折角のチャンスに声を出したのは不味かったな。そうしなければ俺に一撃を当てれただろうに」

 

 まぁ実戦慣れしてないIS操縦者なら当たっていたかもしれんが、と言って首だけを動かしながら一夏を見る俺。

 

 もし一夏があのまま声を出さずに斬撃を繰り出されていたら、俺はある程度のダメージを負いながらも『疾足』で一夏から距離を取っていた。

 

「く、くそっ……!」

 

「この場で一つの教訓として覚えておくんだな、一夏。俺に中途半端な攻撃は効かんっ!」

 

「ぐふっ!」

 

 俺が左腕の肘打ちで腹部に攻撃すると、喰らった一夏は雪片弐型を握っている力が弱まった。その隙に右手の刀を上に振り上げると、一夏は雪片弐型を手放す。

 

 刀を手放した一夏を見た俺は、刀を収納してすぐに両手で一夏の右腕を掴み、

 

「はあぁぁぁぁ~~!」

 

「うわわわわわっ!」

 

 そのままジャンプして空中で止まり、ジャイアントスイングの要領で一夏を振り回し、

 

「そらぁっ!」

 

「うわああぁぁぁぁ~~~!!!」

 

 シャルルがいるところへと投げ飛ばした。

 

「い、一夏っ! うわぁっ!」

 

 一夏を受け止めようとするシャルルだったが、体勢が悪かった為に一夏と激突し、土煙を放ちながら一緒に吹っ飛ばされて、ダアンッ! と、アリーナの壁にぶつかった。

 

「っと、いかんいかん。思わずシャルル目掛けて投げ飛ばしてしまったな」

 

 ポリポリと指で頭を掻く俺だが実は嘘。本当はシャルルにダメージを与えるために、一夏を飛び道具代わりとして使った。投げ飛ばされてる一夏にシャルルが回避しないで、そのまま受け止めるのは分かっていたからな。で、それを喰らったシャルルは物の見事に激突してダメージを食らい、シールドエネルギーも消耗しているだろう。

 

 狡賢いやり方だと思われるだろうが、これは本来タッグ戦。一対一の戦いだったら大して気にする必要はないが、もし下手に一夏だけ集中していたら、シャルルがその隙にアサルトライフルで狙い撃ちされる可能性があったからな。ちゃんと周囲全体を見て戦わないと、ボーデヴィッヒのような目に遭ってしまう。

 

「いててて……だ、大丈夫かシャルル?」

 

「う、うん……何とか」

 

 壁に激突して、シャルルが一夏を受け止めてる状態で下敷きになっていた。

 

「わ、悪い。すぐに退くから」

 

「一夏。相棒を気遣う前に、目の前にいる敵を集中した方が良いぞ?」

 

「「!!!」」

 

 シャルルから離れた一夏に空中にいる俺が声をかけると、二人はすぐに此方を見る。

 

 そんな二人に空中で構えてる俺は、

 

「すぅぅぅぅ~~~……宮本流奥義……『乱撃(らんげき)』!!」

 

「危ない一夏!」

 

 深呼吸をした後に奥義名を言った直後に、一夏とシャルルがいる方へと両拳を繰り出す。それを見たシャルルは一夏を庇うかのように押し倒す。

 

 

 ドドドドドドドッ!!

 

 

「あああっ!」

 

「しゃ、シャルルっ!」

 

 見えない衝撃がシャルルの背後に当たるだけでなく、一夏とシャルルの周囲の地面にも何かに当たったかのように抉れて、また土煙が舞い始める。

 

 宮本流奥義『乱撃(らんげき)』。『破撃』を連続で繰り出す派生技。集中して一発で当てる普通の『破撃』とは違って威力は劣り、命中率も多少低い。だが何発も喰らえば『破撃』以上のダメージを与える事が出来る。相手が動けなくなった際、遠距離で追撃するには最適な技でもある。特にシャルルの様な厄介な奴には。

 

「はぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!」

 

 土煙で二人が見えなくなっても、俺は気にする事無く両拳を繰り出し続ける。それにより何かに当たっている音しか聞こえない。

 

 そして何十発も撃ち続けた事により、少し息が上がり始めた俺は繰り出していた両拳を止めた。 

 

「ふうっ。ちょっとやり過ぎたか」

 

 息を整えて正常な状態に戻した俺は地上に降りながら、一夏が手放した雪片弐型を右手で拾い、盛大な土煙が舞っている方を見ている。

 

「…………ふんっ!」

 

 

 ダアンッ!

 

 

 未だに土煙によって、一夏とシャルルの姿が見えなかったから、俺は『飛燕脚』で撃ち払うと壁に激突する音が聞こえた。

 

 それによって土煙が晴れると、そこには一夏を覆い被さるかのように、うつ伏せになって倒れているシャルルがいた。二人の周囲の地面には穴だらけになっている。

 

「う、うう………ご、ごめんね一夏。もうシールドエネルギーが無くなっちゃった……」

 

「シャルル、お前……俺なんかの為にどうして……?」

 

 苦笑しながらリタイア宣言をするシャルルに一夏が痛ましい顔をしながら、シャルルから離れて介抱する。

 

「つい体が動いちゃってね。大丈夫。それほど酷い怪我はしてないから」

 

 よく見てみると、シャルルのISの所々には罅が入っていて機体維持警告域(レッドゾーン)寸前だった。

 

 どうやら本当にやり過ぎてしまったようだ。くそっ。ボーデヴィッヒが鈴とセシリアにした事を俺がやってしまうとは。試合が終わった後でシャルルに謝っておかないとな。一先ずは目の前の試合に集中するとしよう。

 

「シャルルはリタイアのようだな。これで余計な邪魔が入らずに済みそうだ」

 

「和哉、テメェ……!」

 

 俺が雪片弐型を持ったまま二人にある程度近付くと、一夏はシャルルを壁際に寄りかからせるように座らせながらコッチを睨む。

 

「いくらなんでもコレはやり過ぎだろうが!」

 

「何を言ってる? 戦うからには全力を出すのは当然だろう」

 

「だからと言って、あそこまでやる事は無いじゃないか! 下手したらシャルルが大怪我するところだったんだぞ!?」

 

「じゃあ何か? 俺はシャルルを気遣いながら全力を出せと? いくらなんでもそれは難しい注文だぞ」

 

「俺が言いたいのはそうじゃなくて……!」

 

 ったく。コイツは誰かが傷付くと、すぐ頭に血が上る。少しは冷静になって欲しいもんだ。

 

「戯けた事を言う暇があるなら、さっさとかかって来い。っと、コレは返すぞ。そらっ!」

 

 そう言って俺は雪片弐型を一夏に向けて投げると地面に突き刺さる。それを見た一夏は手に取って再び構える。

 

 もしこれが実戦だったら、一夏は確実にやられてる。戦いの最中に取った敵の武器を態々返すお人好しなんかいない。考えが甘いな一夏は。あの様子だと全く気付いてない。どうやらアイツには戦いの現実と言うやつも教える必要があるな。ま、取り敢えず今は一夏を追い込んで強くさせるとしよう。

 

「今回ばかりは流石に頭に来たぜ和哉! 何が何でも絶対に勝つ!」

 

「はいはい。出来るものならやってみな」

 

 呆れながら溜息を吐いて人指し指でチョイチョイと挑発行為をする俺に、一夏はカチンとしたかのように突進してきた。

 

「はぁぁ~~~!!」

 

「やれやれ。こんな見え見えな挑発に簡単に乗ってくれるとは……愚か者が!」

 

 少々怒り気味に怒鳴る俺は渇を入れるかのように『破撃』を使って一夏に当てようとするが、

 

「もうそれは見切ったぜ!」

 

「なにっ……?」

 

 一夏は俺が振る瞬間に回りこんだ。

 

 それによって俺の『破撃』を回避すると、外した『破撃』の衝撃はそのまま壁に激突してドンッと音を鳴らす。

 

「これは驚いた。まさかアレをああも簡単に避けられるとは思いもしなかったぞ」

 

「あの『破撃』って技は直線でしか撃てないんだろ? なら和哉が振る瞬間に別の方向に移動してしまえば良いだけだ。鈴の衝撃砲とは違って、お前の技は動作が必要だからすぐに避けれるさ!」

 

「ほう」

 

 剣先をコッチに向けながら言う一夏の台詞に感心する俺。まさか数回見ただけで『破撃』の回避方法を掴んでいたとは……これは正直本当に驚いた。

 

 そう言えば一夏は以前に鈴の衝撃砲を受けた事があったな。確かにアレと比較すれば避けやすい。経験者は語るとは正にこの事だな。

 

「だから、もうその技は俺に通用しない!」

 

「そうかい。ま、そこは素直に褒めておくよ一夏。だがな、『破撃』を避けれるだけで調子に乗ってもらっちゃ困る。お前を倒す方法なんて(スッ)……まだいくらでもあるんだからな」

 

「っ!」

 

 ここで一夏を調子に乗らせない為に、俺は『砕牙』を放つ構えを取る。それにより一夏は再び構えた。

 

「今度は『砕牙・零式』か。あんなのをマトモに食らったらアウトだ……!」

 

「勘違いするな。これはただの……突進技だ!」

 

 そう言って俺は空中に上がり、一夏の方へと高速で急降下する。

 

「はああっ!!」

 

「や、やばっ!」

 

 一夏は『砕牙』をギリギリで避けると、俺の拳はそのまま地面にズドンッ! と、激突して少し大きめの穴が出来上がった。

 

 外した俺はすぐに右手で刀を展開し、そのまま一夏に斬撃を仕掛ける。

 

「おらぁっ! 気を抜くな一夏ぁ!」

 

「うおっ!」

 

 

 ガギンッ!

 

 

 俺の斬撃を防ぐ一夏だったが、

 

「そらそらそらそらぁっ!」

 

「うっ! ぐっ!」

 

 

 ガガガッ! ガギンガギンッ!

 

 

 連続斬撃をする俺に防戦一方になってきた。

 

 俺が攻撃の手を休めずに仕掛け続けると、一夏はボーデヴィッヒとの零距離の高速格闘戦で慣れていた為か徐々に上手く回避できるようになっていた。それにより俺は更に左拳、両足の攻撃も加える。

 

「少しはマシに動けるようになったなっ!」

 

「俺だっていつまでもやられっぱなしじゃない! はあっ!」

 

「!」

 

 何と一夏が俺に反撃をしてきた。横からの斬撃に俺は思わず刀を両手で持って防御に専念した。

 

「……やるな。この俺に防御を集中させるとは……」

 

「言った筈だぜ和哉。いつまでもやられっぱなしじゃないってな」

 

「そうだったな」

 

 一夏の台詞に思わず笑みを浮かべる。

 

 さっきまでは俺に翻弄されてて無様にやられていたと言うのに、今のコイツにはそんな面影が見当たらない。恐らく相棒のシャルルがやられた事により、実力以上の力を発揮しているのだろう。やはりシャルルを先に倒して正解だったな。追い込むほど実力が更に上がっていく。

 

「だがその程度で俺を倒すのは……まだ早い!」

 

「うわっ!」

 

 ほう。回し蹴りまで避けられるとは意外だった。これは更に面白くなりそうだ。

 

 俺がそう思っていると、一夏は俺から距離を取って武器を構えている。

 

「はあっ……! はあっ……! はあっ……!」

 

 ふむ。あれだけ息が上がっていると言う事は、相当体力を使った証拠だな。ま、俺が戦う前にはボーデヴィッヒと戦っていただけでなく、俺の攻撃を何度も喰らっていたから疲れるのは無理もない。

 

 因みに俺も一夏ほどではないが、少しだけ息が上がっている。とは言っても、まだまだ充分に動けるがな。

 

 う~む……このまま続ければ一夏は体力切れでバテてしまい、そこで完全に試合終了になるだろう。だが俺としては一夏にはもうちょっと頑張ってもらいたい。今の一夏は波に乗っているというのに、もしこれで終わってしまったら味気ない。さてさて、どうすればアイツを更にその気にさせれるのやら……。お、そうだ。いっその事、千冬さんネタで試してみるか。

 

「随分とお疲れのようだな、一夏。もうバテたか?」

 

「だ、誰がっ……! まだ終わりじゃない! はあっ……! はあっ……!」

 

「やれやれ。俺程度でそんなに疲れるようじゃ、千冬さんを守るなんて無理なんじゃないか? お前がいつまでもそんなんだと、俺が千冬さんを倒してしまうだろうな」

 

「何…だと?」

 

 お? 食いついて来た。もうちょっとやってみるか。

 

「和哉、お前……千冬姉を倒すって……どう言う事だ?」

 

「決まってるだろ? 俺は千冬さんを倒す事を目標にしている。ただそれだけだ」

 

「だ、だけどお前、『IS学園最強』になるのが目標だと言ってた筈じゃ……?」

 

「まぁ確かにそうだが、俺の目標は……世界最強の千冬さんを倒す事だ」

 

「んなっ!?」

 

 俺の台詞に一夏は驚愕を露わにし、同時に会場全体もざわめいていたが無視して続ける。

 

「くくっ。随分な驚きようだ。俺はなぁ一夏。お前と違って誰かを守る為に強くなるんじゃなく、誰かを倒す為に強くなるんだ。もし千冬さんと言う強者がいなかったら、俺は今頃適当な理由でIS学園を退学して師匠との修行に没頭している。お前も薄々感づいている筈だ。この学園では俺と本気で渡り合える相手がいないのに、どうしていつまでも此処に居続けるのだろう、ってな感じで」

 

「…………………」

 

 一夏の顔を見る限り、どうやらそう思っている節があったようだ。アイツとは中学からの付き合いだから、俺の性格を知ってる筈だからな。

 

「ま、俺の本来の目標は師匠を倒すことだから、千冬さんは師匠を倒す為に俺が強くなる踏み台の一つに過ぎない」

 

「!」

 

 踏み台と言った瞬間、一夏はガクンとして顔を伏せる。

 

「順を追った俺の目標を教えてやろう、一夏。先ず最初に此処で『IS学園最強』を目指し、その次は元世界最強の千冬さんを倒し、更には各国IS操縦者代表全てを打ち倒し、俺は本当の意味での世界最強になる!」

 

 俺は左手を掲げ、人差し指を上に向かって指した。それにより、俺は全ての国のIS操縦者に喧嘩を売ってしまった事を後日知ったのであった。

 

「そしてその後は師匠を倒すって訳だ。分かったか?」

 

「………だと……?」

 

「ん? 何だって?」

 

 一夏が小声で言ったので再度聞こうとすると、突然グンッと顔を上げて激昂しながら言う。

 

「自分が強くなる為に千冬姉を倒すだと!? ふざけんじゃねぇ和哉!!」

 

「おおっ……」

 

 突然の一夏の怒鳴り声に俺は思わず後ずさった。

 

「テメェのそんな自分勝手な目的の為に千冬姉を踏み台にして巻き込むなんざ、俺が許さねぇ! テメェなんかに絶対千冬姉はやらせねぇぞ! 千冬姉は俺が守る!」

 

「………千冬さんを守る、か。ふっ、笑わせる。あの人の実力の半分も満たしてないお前が守れるのか? 益してや俺にここまでやられているようじゃ、千冬さんを守る事なんか出来やしないぞ」

 

「うるせぇ! 千冬姉を守る為に俺は強くなる! だけどその前に先ずはテメェをぶっ飛ばす!」

 

 まさか一夏がここまで激昂するとは予想外だった。それにさっきまで疲れていた顔が嘘みたいに消えて、ギラギラとした目で俺を睨んでいる。同時に構えもさっきまでとは違って、更に洗練されている。本気で俺を倒そうとする様子だ。

 

「……く…くくくくっ……ははははははっ!!」

 

 これは更に面白くなってきたぞ。俺をここまで高揚させたのは久しぶりだ。今までは師匠や千冬さんとは実力差があり過ぎて、目標として倒すだけしか思っていなかった。だが今は違う。俺と互角に渡り合える相手を漸く見つけた事により、今の俺は気分が良い。一夏はまだ未熟な部分が目立っているが、近い内に俺と互角の強さを持つかもしれない。

 

「何がおかしい和哉!?」

 

「はははははっ……悪い悪い。おかしいんじゃなくて、嬉しいんだよ」

 

「嬉しいだと?」

 

「ああ。今のお前だったら、俺の本当の意味での……本気を出せそうだ!」

 

「っ!!」

 

 俺は笑みを浮かべながら殺気を全開にして一夏を見る。それにより会場全体に重苦しい雰囲気を出し始めた。

 

「一夏、絶対に気を抜くなよ? 俺は今最高に気分が良いんだ。失望させるような事をしたらタダじゃ済まさないからな! でなけりゃいずれ千冬さんを倒す!」

 

「そんなことさせねぇ! 俺は千冬姉を守って、お前を倒す!」

 

「くくくっ! その意気だ!」

 

「和哉! テメェのそのふざけた根性は俺が叩きなおす! 覚悟しやがれ!」

 

 そう言って一夏は全身からオーラを発した。

 

 あれは零落白夜か。この土壇場で使うとは……中々乙なことをしてくれる。

 

「お前がそう来るなら……俺も最高の技で挑むとしよう!」

 

 師匠が使っていた奥義を盗み見た……『(しゅん)(けん)(さつ)』を。それは本来禁じ手の奥義で武道をやっていない相手に使ってはいけないのだが、俺と互角に渡り合えようとする一夏にそんなのは無用だ。

 

「さあ、覚悟は良いか一夏?」

 

「上等だ」

 

 構えて問う俺に一夏は中段の構えで俺に挑もうとする。

 

 会場全体が重苦しい雰囲気の中、ジリジリと距離を詰めて間合いに入ろうとする俺と一夏。

 

 そして、

 

「「はああああ~~~~っ!!」」

 

 同時に突っ込む俺達はお互いに最高の技で決着を付けようとする。

 

「ああああああっ!!!!!」

 

「「!!!」」

 

 しかし、突然ボーデヴィッヒが身を裂くような悲鳴を上げた事によって中断せざるを得なかった。




折角の決着に水を差すような展開になってしまいましたが、原作沿いに進めていくので、どうかご了承下さい。


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第53話

 ラウラ・ボーデヴィッヒが悲鳴をあげる少し前。

 

 先程まで必死に和哉の『睨み殺し』から解放しようと抵抗していたラウラだったが、目の前の光景を見て呆然とするばかりだった。

 

(何だ……あの男の戦い方は……?)

 

 軍人であるラウラから見て、和哉の戦い方は型破り同然と言っても良かった。しかしそれは軍人に限った話しでなく、全IS操縦者・関係者から見ても異質とも言える。

 

(何の兵器も使わずに……あんな、あんな事が……!)

 

 ラウラが和哉の戦いを見て一番に驚いていたのは、和哉が『飛燕脚』を使ってシャルルを吹っ飛ばした事だ。

 

 訓練機の打鉄には衝撃砲などの兵器は一切搭載されていないにも拘らず、それを自らの身体能力だけでやらかした和哉にラウラは言葉を失うばかりであった。

 

 そんな中、和哉が一夏を腕を掴んでジャイアントスイングをしてシャルル目掛けて投げ飛ばした後に、

 

『すぅぅぅぅ~~~……宮本流奥義……『乱撃(らんげき)』!!』

 

 

 ドドドドドドドッ!!

 

 

『あああっ!』

 

『しゃ、シャルルっ!』

 

(ば、馬鹿げてるにも程がある……! 一体どうやればあんな事が出来ると言うんだ……!)

 

 『乱撃』を使って一夏とシャルルを確実に追い詰めてる和哉に、ラウラは和哉を異質な存在と認識していた。

 

(まさか……教官が神代和哉を認めているとは……あそこまで強いからなのか……?)

 

 圧勝気味の和哉にラウラはある事を思い出す。

 

 それは以前、千冬が神代を認めていると発言した時のこと。あの時のラウラはまだ和哉を大して強いと認識はしていなかったのだが、トーナメント前の模擬戦、そして今の戦いを見て覆った。それと同時に千冬の発言を思い出し、和哉を見ながら沸々とある感情が芽生え始める。

 

(織斑一夏だけでなく……神代和哉までもが教官を……)

 

 千冬に優しい表情をさせる一夏には怒りを表していたが、目の前にいる和哉には嫉妬と言う感情が芽生えた。それは言うまでもなく、千冬が和哉を認めたと言う事だ。自分が必死に千冬に認めてもらいたかったのに、それを和哉が横から掻っ攫うかのように千冬を認めさせた事をラウラは許せなかった。

 

(アレほどの力があるから……教官は私より奴を認めたのか……! 許さん……許さんぞ神代和哉!)

 

 嫉妬の感情が溢れんばかりに和哉を睨むラウラ。だがあくまで睨むだけであって、和哉の『睨み殺し』が未だに効いていて体が動けなかった。

 

(力が、力が欲しい! アイツを……神代和哉を倒す力を!!)

 

 必死に抵抗しながら力が欲しいと願っているラウラに、

 

『――願うか……? 汝、力を欲するか……?』

 

 突然頭の中から何かが呟くのを聞こえた。

 

 それを聞いた事にラウラは何の疑問も抱かずにこう答える。

 

(言うまでもない。力があるのなら、奴を倒す力を得られるのなら、私の全てをくれてやる! だから、力を……比類なき最強を、唯一無二の絶対を――神代和哉を倒す力を私によこせ!!)

 

 

 

 

 

 

「お、おい和哉……ラウラに一体何が……?」

 

「知るか。んなもんコッチが聞きたい位だ」

 

 ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンが激しい電撃が放たれた事に、一夏が俺に尋ねてくるが即座に知らんと返答する。

 

 余りの急展開に俺や一夏も動きを止めて戸惑うばかりで、ボーデヴィッヒを見ながらも自身の目を疑った。何故なら視線の先では、ボーデヴィッヒが……奴のISが変形していた。

 

 否。あれは変形とは言い難かった。ボーデヴィッヒのISの装甲がグニャリと溶けてドロドロになりながら、ボーデヴィッヒの全身を包み込んでいた。そしてそのまま装甲の泥がボーデヴィッヒを飲み込む。

 

「ISが……ボーデヴィッヒを取り込んでいるのか……?」

 

「なんだよ、あれは……」

 

 俺と一夏は無意識にそう呟く。特に一夏の台詞は目の前の光景を見ていたであろう全ての人間がそう思う。

 

「おいシャルル! ISって言うのは、あんな変形が出来る物もあるのか?」

 

「そ、それはないよ。ISは原則として、変形……出来ない筈だよ」

 

 訳が分からなくなった俺はオープン・チャンネルでシャルルに聞くが、彼女も分からないようだ。シャルルがああ言う返答をするって事は、恐らく国が独自に作ったシステムかもしれない。

 

 そう結論すると、ボーデヴィッヒを包み込んだシュヴァルツェア・レーゲンだった(・・・)物が、その表面を流動させながら心臓の鼓動みたいにドクンドクンと繰り返し、ゆっくりと地面へと降りた。

 

 それが大地に辿り着いた直後、凄まじい速さで全身を変化、成形していく。

 

 そして目の前に立っているのは、以前見た黒い全身装甲(フルスキン)のISに似た物だった。だが形状は以前の襲撃者とは全然違う。

 

 特に違うのは見た目だ。それはボーデヴィッヒのボディラインをそのまま表面化した少女の姿であって、必要最低限のアーマーが腕と脚に装着されている。頭部はフルフェイスの兜で覆われて、目の箇所にはラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 

 だがそれは俺にとってどうでも良かった。一番の問題はアレが手に持ってる武器だ。当然その武器に一夏も気付いており、物凄い形相で見ている。その武器は――

 

「《雪片》……!」

 

「まさか千冬さんの武器とはな……」

 

 千冬さんがかつて振るった刀だったからだ。それも酷似していると言ってもいい。

 

「となるとアレは千冬さんのコピーみたいなものか」

 

「っ!」

 

 俺の台詞に一夏は《雪片弐型》を握り締め、中段に構える。

 

「――!」

 

「! 下がれ一夏!」

 

 刹那、黒いISが俺の懐に飛び込んだ。居合いに似た刀を中腰に引いて構え、間合いに入った直後に一閃を放つ。

 

 

 ガギンッ!

 

 

「くっ! どう言うつもりだボーデヴィッヒっ! 俺は味方だぞ!」

 

「………………」

 

 即座に刀を展開した俺は両手で持って防ぎながら、黒いISに向かって言うが返答は無かった。そして相手はそのまま俺に更に攻撃を仕掛ける。

 

「ちいっ!」

 

 黒いISの攻撃に俺は一夏を巻き添えにしないように退くと、相手は逃さんと言わんばかりに追撃してくる。

 

「いい加減にしろボーデヴィッヒ! いくらなんでも度が過ぎてるぞ! これ以上ふざけた事をするなら、いくら俺でも黙っていないぞ!?」

 

「……………」

 

 

 ガギンッ! ガガガガッ!

 

 

「こ、このっ……!」

 

 問答無用で重い斬撃を仕掛ける黒いISに俺は苛立ちながら刀で防いでの防戦一方だったが、

 

「聞く気が無いなら……もう遠慮はせん!」

 

 斬撃を避けた直後に刀を仕舞いながら懐に入り、

 

「『砕牙・零式』!!」

 

 

 ズドンッ!

 

 

 黒いISの頭部に『砕牙・零式』を喰らわせると、そのまま吹っ飛んでダアンッ! と、壁に激突して倒れた。

 

 だが黒いISはまるでダメージを負っていないかのように、何の問題ないと言わんばかりに立ち上がる。

 

「アレ喰らって何とも無いとは……」

 

 『砕牙・零式』をまともに喰らえばIS操縦者の意識を確実に奪うのだが、あの黒いISにはそれが全く見受けられない。

 

 恐らくアレは操縦者の意思とは関係無しに動いているんだろう。敵を倒すまでは動き続ける、と言った感じで。

 

「面白い。千冬さんの劣化コピーとは言え、少しは楽しませてくれそうだな」

 

 俺が劣化コピーと称すには勿論訳がある。

 

 もしあれが現役時代の千冬さんの身体能力を完全にコピーしてたら、俺はもうとっくにやられていた。確かにアレの一撃はかなり重くて、千冬さんの動きとそっくりだ。しかし、それでも俺が問題なく防げるのだから、アレはあくまで千冬さんの戦闘データを参考にしたイミテーションに過ぎないと結論する。

 

 もうついでに俺は千冬さんと何度も直接手合わせをして実力を肌で感じたから、あんなのが千冬さんの全盛期な訳がない。だから俺はアレを劣化コピーと呼ぶ。

 

 けれど劣化コピーと言えども、千冬さんの戦い方を真似ていて、実力もそれなりにある事に変わりはない。

 

 故に俺は今後千冬さんを倒すの為の練習台になってもらおうと、本気で相手をしようと決めた。それに向こうも何故か執拗に俺を狙っているから、相手せざるを得ない。

 

「来い。再起不能になるまで相手をしてやる」

 

 そう言って俺は左手から刀を展開して握り締めると同時に右拳もグッと握り、待ち構えるように構えた。

 

 黒いISも俺に呼応するかのように再び居合いの構えを取った後、そのまま突進して攻撃をしようとする。

 

 そして俺も負けじと黒いISに突進しようとするが、

 

「この野郎ぉぉぉ!! 千冬姉の真似してんじゃねぇぇ~!!」

 

「なっ!?」

 

 突然横から一夏が黒いISに攻撃を仕掛けようとしていた。その事に俺は即座に動きを止めて、黒いISもターゲットを一夏に変えて迎撃しようとする。

 

「――!」

 

「ぐうっ!」

 

 一夏の攻撃も空しく、黒いISはあっと言う間に《雪片弐型》を弾いた。そして相手はそのまま上段の構えと移って、一夏に止めを差そうとする。

 

 

 ガギンッ!

 

 

「やらせるかよっ!」

 

 一夏を守る為に俺はすぐ割って入って、黒いISの斬撃を両手持ちにした刀で防ぐ。縦一直線の斬撃は中々重い一撃だが、さっきと同様に防げないと言うほどではない。因みに今は鍔迫り合い状態だ。

 

 そう思っていると一夏はいつの間にか後方退避していたようだ。恐らく受けきれないと思って緊急回避したんだろう。良い判断だ。

 

 だが退いたと同時に白式が、光と共に一夏の全身から消えてしまっていた。

 

「んなっ! 白式がっ!」

 

(そうか。一夏はさっきまで零落白夜を展開してたから、一気にシールドエネルギーが無くなったのか。なら尚更、一夏にはシャルルを連れて避難してもらわなければ……)

 

 黒いISの攻撃を防ぎながら俺はそう考えた。そりゃそうだろう。さっきまで俺と間合いを詰めている以外にも、ボーデヴィッヒのISが変形するまで零落白夜を展開していたんだから。アレは展開してるだけでもシールドエネルギーを消費するから、白式が消えてしまうのは無理もない。

 

「一夏っ! 白式が使えない以上、コイツは俺に任せて、お前はすぐにシャルルを連れて避難しろ!」

 

「………がどうした……」

 

「は?」

 

「それがどうしたああっ!」

 

「ちょっ! 何考えてんだお前!?」

 

 何とあろう事か、一夏はISがない状態で握り締めた拳だけで黒いISへと駆けて行った。まるで激情に任せて突撃していくかのように。

 

「ちっ! あのバカっ……!」

 

 ISを纏っていない状態でコイツに立ち向かっていくなど自殺行為も同然だ。

 

 早まった行動を取る一夏をすぐ止めさせる為、俺は真下に重心をかける黒いISを誘導するかのように体全体を左向きに回転しながら攻撃をいなすと同時に、そのままジャンプして黒いISの顔面に空中回し蹴りを食らわす。

 

 そして相手が怯んだ隙に俺は、

 

「『飛燕双脚(ひえんそうきゃく)』!」

 

 空中で静止したまま『飛燕脚』を両脚で使って二発直撃させると、黒いISは再び吹っ飛んでいった。

 

 因みに『飛燕双脚』と言うのは、片足で『飛燕脚』を使った直後に、もう片方の足で『飛燕脚』を更に当てる派生技の一つだ。

 

 黒いISが吹っ飛んだのを見た俺は、すぐに刀を仕舞って走っている一夏の所へ行って引き止める。

 

「バカかお前は!? 俺はシャルルを連れて避難しろと言った筈だぞ! 死ぬ気か!?」

 

「離せ和哉! あいつ、ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!」

 

「人の話しを聞けコラ!」

 

 俺が怒鳴っても一夏は聞く耳持たずで、俺から逃れようと必死に暴れている。

 

 一体コイツに何があったんだ? 何故俺の指示を無視してまで、あの黒いISに立ち向かおうとしている?

 

「どけよ、和哉! 邪魔をするならお前も――」

 

「っ! いい加減にしろ! このど阿呆!」

 

 

 一夏の発言に思わず頭に来た俺は右腕に纏っているISを解除し、バキッ! と一夏の頬を加減して殴るが、それでも軽く飛んでしまって横向きに倒れた。

 

 俺が殴って倒れた事により、一夏はさっきまでの怒りが折れたかのように、やっと大人しくなってくれた。

 

「ったく、お前と来たら……。何がそこまでお前をそうさせる? ひょっとしてあれか? 千冬さんの姿を真似ている黒いISがそんなに気に入らないのか?」

 

「違う。あいつ……あれは、千冬姉のデータだ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを……くそっ!」

 

 どうやら一夏は姿形より千冬さんのデータを利用してる事が気に入らなかったようだ。

 

 それと俺によって吹っ飛ばされた黒いISは既に立ち上がっていたが、その位置から微動だにしなかった。恐らく武器か攻撃に反応して行動する自動プログラムみたいな物だろう。刀を仕舞った事によって俺を敵と認識せず、一夏の拳も攻撃と見なされなかったかもしれない。

 

 だがそれでも俺は黒いISを警戒しつつ、一夏にある事を言う事にした。

 

「一夏、お前……大バカにも程があるぞ」

 

「何だと!?」

 

 俺の発言に一夏がコッチを睨む。

 

「強くなる為に憧れている人の戦いを参考にして戦うのは当然だろうが。にも拘らず千冬さん千冬さんって……ホントにお前は呆れるほどのシスコンバカだな」

 

「誰がシスコンバカだ!」

 

「けどまぁ、お前が怒る理由としてはそれだけじゃないような気がするんだが……他にもあるのか?」

 

「………………」

 

 シスコンバカと指摘された事に怒鳴る一夏だったが、別の指摘をされた事に大人しくなった。

 

 一夏はそのまま微動だにしない黒いISを睨みながらこう言う。

 

「確かに和哉の言うとおり他にもある。あんな、わけわかんねえ力に振り回されてるラウラも気にいらねえ。ISとラウラ、どっちも一発ぶっ叩いてやらねえと気がすまねえ」

 

「ほう?」

 

 一夏が言った理由に俺は少し感心気味に声を上げる。

 

 確かにボーデヴィッヒが使ってるあの力は、俺から見ても強いとは言えない。ただ単にIS任せだけの力で、操縦者自身の力ではない。

 

「とにかく、俺はあいつをぶん殴るぞ。そのためにはまず正気に戻してからだ。止めないでくれよ、和哉」

 

「……まぁお前の理由は分かった。けどな、今のお前に何が出来る? 白式のエネルギーが殆ど無い状態で、一体どうやって戦うつもりだ? 仮に生身で戦いに行った所で、アレに一瞬で殺されるのがオチだぞ」

 

「ぐっ……」

 

 俺の問いと予測に言い返すことが出来ない一夏。ついでにあの黒いISも恐らくそれほどエネルギーが残っていない筈だ。さっきまで俺がアレに『砕牙・零式』と『飛燕双脚』を直撃させたから、シールドエネルギーがかなり減っている筈だ。あと1~2発叩き込めばアレも止まるだろう。

 

 そう考えていると、突然サイレンが鳴り響き非常事態発令との放送が流れると同時に、状況の鎮圧とトーナメント中止宣言、そして避難勧告もされた。

 

「聞いただろ一夏? もうお前がやらなくても良いって事だ。ま、俺としては奴と決着を付けたいから続けさせてもらうが。だからお前は――」

 

「だから、無理に危ない場所へ飛び込む必要はない、か?」

 

「そう言う事だ。もしお前のISがまだ戦える状態だったら話は別だったが、な」

 

 分かったら早く避難しろと付け加えた俺に一夏は、

 

「違うぜ和哉。全然違う。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ」

 

「何だと?」

 

 拒否しただけでなく、まだ続けようとしていた。

 

「和哉や他の誰かがとか、知るか。大体、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない」

 

「………だがな一夏。さっきも言ったが、ISが使えないままアレに挑んだところで殺されるだけだぞ。それとも、アレを倒す方法が何かあるのか? あったら教えてくれ」

 

「そ、それは……」

 

「その顔を見る限りだと無いようだな。戦う意思を見せるのは結構だが、もう少し自分が置かれてる状況を考えてから言え。此処に千冬さんがいたら馬鹿者と言われてるぞ」

 

「う……」

 

「ほれ、早くシャルルを連れて避難を――」

 

 

 ガコンッ!

 

 

「――はい?」

 

 一夏に避難を促してると、突然俺が纏ってる打鉄が妙な音を発したと同時に急に動けなくなってしまった。

 

 さっきの音には聞き憶えがある。それはボーデヴィッヒと戦って止めを差そうとした際、右腕が急に動けなくなった時だ。その時も音がしてた。

 

 しかも今度は腕だけじゃなく、IS全体から音がした。それはつまり……俺のISが動けなくなってしまったという事。こんな状況で止まるなんて……そりゃないだろう。

 

「…………なぁ和哉、今の音は……?」

 

「………はぁっ。どうやら俺のISがオーバーヒートして、動けなくなっちまった。シールドエネルギーはまだ残ってるんだけどな」

 

「………………」

 

 呆れ混じった目で俺を見てくる一夏に俺は何とも言えない顔をする。

 

「……さて一夏、俺達は早くシャルルを連れて避難するぞ」

 

「和哉、お前……ちょっとかっこ悪いぞ?」

 

 ほっとけ。俺だってまさかこうなるとは思ってなかったんだよ。

 

「はぁっ……仕方ない。この前シャルルが言ってた荒技をやってみるか」

 

「荒技?」

 

「ああ。俺のISのシールドエネルギーを白式に回すって言う荒技を、な」




中途半端な終わり方だと思いますが、どうかご了承下さい。


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第54話

今回はいつもと比べて短いです。


「ほ、本当に俺の白式にシールドエネルギーを回す事が出来るのか?」

 

「普通は無理だが、シャルルがちょっと工夫してくれたおかげで出来るようになったんだ。で、どうする?」

 

「だったら頼む!早速やってくれ!」

 

「そうか。だがこれだけは言わせてもらう」

 

 俺は真剣な顔で一夏にこう言う。

 

「負けたら承知しないからな」

 

「もちろんだ。お前に啖呵を切ってまで飛び出すんだ。負けたら男じゃねえよ」

 

「なら結構。では負けた時の罰として明日から一夏は女子の制服で通ってもらおう」

 

「うっ……! お、お前……最悪な罰を考えるんだな……」

 

「何だ? やっぱり止めるか?」

 

「だ、誰が止めるとは言ってねえよ! よ、よ~し、良いぜ! なにせ負けないからな!」

 

 ジョークを交えた会話によって、一夏は緊張が解れていた。こう言う会話をさせれば大抵の人間は落ち着くからな。

 

「よし、では始めるか。……シャルル、このコードを一夏のガントレットに繋げれば良いんだよな?」

 

「そうだよ。そのコードを差し込んだら、和哉がエネルギー流出の許可を出すんだ」

 

「って、シャルル! お前いつの間に!?」

 

 俺の後ろにいたシャルルに確認していると、一夏が驚いている。さっきまで俺と会話していたから気付いていなかったようだな。

 

 因みにシャルルは今ISを纏ってない状態だ。本当ならさっきまでシャルルにやった事を謝りたい所だが、今はそれどころじゃない。無論それはシャルルも分かっているようで、俺にエネルギー流出の方法を教えている。

 

「……打鉄のエネルギー流出を許可する。これで良いのか?」

 

「うん。一夏、白式のモードを一極限定にして。それで零落白夜が使えるようになるはずだから」

 

「おう、わかった」

 

 打鉄から出したケーブルを篭手状態になってる白式に繋いでエネルギー流出の許可を出すと、打鉄にあったシールドエネルギーがドンドン無くなっていた。それを白式が受け取っていると、一夏は何かを思い出しているように目を瞑っている。まるで俺が始めてISを動かした時の様な感じで。

 

「む、打鉄が消えていく」

 

「打鉄のエネルギーは残量全部渡したって事だよ、和哉」

 

 シールドエネルギーが全て白式に渡すと、俺の打鉄は光の粒子となって消えていくと、シャルルがそれを説明してくれた。いつも分かりやすく教えてくれてありがとな。

 

 そしてエネルギーを受け取った一夏は、白式を出す為に一極限定モードを使って再構成を始めたが、

 

「やっぱり、打鉄からエネルギーを貰っても武器と右腕だけで限界みたいだね」

 

 やはり不完全な状態でしかだせなかったようだ。

 

「一夏、それだけでやってけるか?」

 

「充分さ」

 

 問題無く答える一夏は右腕装甲だけを具現化する。

 

 今の一夏は右腕以外のところを攻撃されて当たったら即死、運良く重傷だ。ま、それは一夏次第だが。

 

「なら行って勝ってこい。俺から言える台詞はこれだけだ」

 

「おう。あ、ところで和哉」

 

「ん?」

 

「あの時は悪かった。頭に血が上ってて訳分からねえこと言ってたけど……千冬姉は今でもメチャ強いけど頑張れよ」

 

「ほう? それはつまり俺が千冬さんを倒しても良いって事か?」

 

「そう言う事だ。言っとくがそれ以上は絶対認めないからな」

 

「……訳の分からんことを言ってないで、さっさと行け」

 

 ひょっとして恋愛関連での事を言ってるのだろうか。だったらそんな心配しなくても良い。俺は十歳近く離れてる年上に興味無いし、家庭的な人が良いからな。千冬さんのような家事がズボラな人はちょっと……ヤバイ。これ以上は止しておこう。何処からか俺に殺気の念を送っているような気がするし。

 

 誰かさんからの殺気を感じてる中、一夏は黒いISへと向かっていた。

 

「ねぇ和哉、一夏が言ってたそれ以上って何の事?」

 

「知らん。そんな事よりもシャルル、あそこを見ろ」

 

 シャルルの問いを切り捨てるように答えた俺は戦いに集中するように促す。

 

「じゃあ、行くぜ偽物野郎」

 

 一夏の右手に握り締めた《雪片弐型》が意思に呼応するかのように刀身が開いた。

 

「零落白夜――発動」

 

 その台詞を言った直後に発動し、全てのエネルギーを消し去る刃が本来の刃の二倍近い長さに展開された。しかし、それは余りにも無駄な長さで余計なエネルギーを消費するだけ……だったがすぐに解消された。

 

 一夏が意識を集中するように目を閉じると、さっきまで無駄にあった刃の長さがドンドンと短く細くなるが、逆に鋭さが増していった。

 

 やがてそれが収まると、今の零落白夜は日本刀の形に集約した姿となった。一見、さっきまでとは迫力が違うと思うだろうが、あの刃はかなり凝縮されているから、切れ味はかなり増している筈だ。

 

「凄い……。あそこまで巧く凝縮することが出来るなんて……やっぱり一夏は凄いね」

 

「だが、アレを使いこなせなければ意味は無いが」

 

 賞賛するシャルルと辛口気味に言う俺は、ゆっくりと構えて目の前の相手だけに集中する一夏を見据える。

 

「………………」

 

 黒いISが一夏を見てすぐに刀を振り下ろした。早く鋭い袈裟斬りを。そんな黒いISからの攻撃に一夏は、

 

「ただの真似事だ」

 

 

 ギンッ!

 

 

 そう言って腰から抜き取って横一閃し、相手の刀を弾いた。

 

 そして一夏はすぐに頭上に構え、盾に真っ直ぐ相手を断ち斬った。

 

「やった!」

 

「ほう。一閃二断とは……一夏にしては結構やるじゃないか」

 

 ま、千冬さんからみれば『まだまだだな』なんて言いそうな気がするけど。

 

 黒いISが一夏によって真っ二つに割れると、割れた中からボーデヴィッヒが出てきた。いつも付けていた眼帯が外れて、露わになった金色の左目を右目と共に一夏を見ている。

 

 ボーデヴィッヒは酷く弱っている様子で、すぐに力を失って体勢を崩して倒れそうになるところを一夏が抱きかかえた。

 

 その後は言うまでも無く、非常事態警戒が解かれて教師陣がすぐにボーデヴィッヒを医務室へと連れて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではボーデヴィッヒが俺に攻撃したのは、そのVTシステムというやつが原因ですか?」

 

「そうだ。言っておくが神代、これは――」

 

「分かってます。前回の電流事件と同様に口外するな、でしょう?」

 

「ならいい」

 

 保健室でボーデヴィッヒがベッドで眠ってる中、俺は前回と同様に千冬さんと話しをしていた。ボーデヴィッヒがパートナーである俺に攻撃をした事について。

 

 ボーデヴィッヒが使ったVTシステム、正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。何でも過去のモンド・グロッソの優勝者の動きをトレースするシステムらしい。

 

 だがそのシステムはIS条約によって国家・組織・企業においても研究・開発・使用が全て禁止されているとの事だ。やっぱり条約なんて物は所詮表面上の口約束に過ぎないんだなと俺は思った。もしかしたら他の国でも禁止されている事を極秘にやっているんじゃないかと疑問を抱いてしまう。

 

「しかし分かりませんね。何故アイツが俺にだけ執拗に攻撃したのかが」

 

「あのシステムは特定の条件によって発動する仕組みになっていたが……恐らくボーデヴィッヒが何らかの感情を抱いた事によって、お前を敵として認識したんだろう」

 

「何らかの感情って……」

 

 それって俺に殺意を抱いたって事? 確かにボーデヴィッヒに恨まれる事をしたのは憶えているが、何も殺すほど恨まれる事はしてないぞ。

 

「ではまた今後あのシステムが発動する事があるんですか? 確か今ボーデヴィッヒのISは修理中と言ってましたが……」

 

「いや、それはないから安心しろ。学園側としてはそんな事をさせない為、修理する際にシステムを消去する」

 

「良いんですか? そんな事したらドイツが黙ってないんじゃ……?」

 

「あのシステムは本来禁止されている物だ。こちらが消去しても条約に反したドイツは何も言い返せないからな。だが私としてはドイツよりも、他の各国の相手が面倒だ」

 

 千冬さんは呆れるように溜息を吐きながら言う。それは俺に対してじゃないのは分かってる。

 

「それはつまり……俺ですか?」

 

「そうだ。今回の学年別トーナメントによって、各国がお前に対しての認識を改めたようだ」

 

 まるで手のひらを反すかのようにな、と千冬さんは嫌そうに付け加えた。おまけに疲れてる表情もしてる。

 

「おかげで今は各国が学園に問い合わせの嵐だ。特に中国が五月蝿くてな」

 

「あ、それは大体想像付きます。俺が使った技である『破撃』や『飛燕脚』を使ったからでしょ?」

 

「ほう。脚を使ったアレは飛燕脚と言うのか。まぁそれらの技によって、『神代和哉はどうやって我が国の兵器を利用した』と訳の分からん事を言ってたそうだ」

 

「阿呆臭い問い合わせですね。俺が使った技は師匠との修行によって会得した技なのに」

 

「それほど連中にとってはあり得なかったんだろう。生身で衝撃砲を使えるお前がな」

 

 だとすると、中国は俺に対して何かしらの行動をする可能性が高いだろうな。特に学園にいる中国代表候補生の鈴に妙な指令を下すかもしれない。

 

 ま、別に中国に限った話じゃなく各国からも色々と何かするのは予想してるけどな。

 

「あともう一つある。お前、試合中に世界最強になると宣言をしたそうだが……」

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

「いいや。私としてはお前が世界最強になる事を望んでいる。寧ろやれ。お前の実力を世界に知らしめろ」

 

「そうですか。ではそうさせて頂きます」

 

「だがその前に私を倒すんだな。言っておくが私はそう簡単に貴様に勝ちを譲らんからな」

 

「上等です。この学園を卒業する前に、必ず織斑先生を倒しますので」

 

「ふっ。期待しているぞ」

 

 俺の事実上の宣戦布告に千冬さんは笑いながら受け取った。

 

 そして、

 

「う、ぁ……………」

 

 ベッドからボーデヴィッヒの声が聞こえた。恐らく目が覚めたんだろう。

 

「では織斑先生、俺はこれで」

 

「ああ。今日はゆっくり休め」

 

 俺がいたらボーデヴィッヒは千冬さんと素直になれないと思ったので、保健室を後にして去った。

 

「あ! かずー見つけた~」

 

「ん?」

 

 

 ギュッ!

 

 

 突然誰かが正面から声を掛けられたと同時に抱き付かれた。こんな事をするのは俺の知る中で一人しかいない。

 

「今日の試合お疲れ~。すっごくかっこよかったよ~」

 

「それはどうも。と言うか本音、何故君はいつもいつも俺に抱きつくんだ?」

 

「かず~を癒すためにやってるの~」

 

「………あ、そう」

 

 本当なら引き剥がしたいところだが、本音はまた抱き付いてくるので無駄なのは分かってるから敢えてやらなかった。

 

 今は運良く人がいないとはいえ、もうちょっと周囲を気にして欲しいんだが。もしこんな所を誰かに見られてしまったら絶対に誤解されそうだな。

 

「あ、和哉。ここにいたの。今日は色々と聞きたい事が……あ……」

 

「どうしましたの鈴さん? いきなり止まって……あ……」

 

「あ、リンリンとセッシーだ」

 

 そうそう、あそこにいる鈴とセシリアに思いっきり誤解を……あ、やば。

 

「ごごごご、ゴメン和哉! あ、あ、あ、あたし達お邪魔だったわね! は、話は後でいいわ!」

 

「しししし失礼しました和哉さん! ど、どうぞごゆっくり! で、でもそう言う事は部屋ですべきですわよ!」

 

「おい待てコラお前等。何を誤解して……って、もう行っちまった」

 

 素早い奴等だな。『疾足』までとはいかないが、それでも充分速かった。

 

 アイツ等の様子を見た限りだと完全に誤解されたようだが……後で説明しとくか。

 

「ってか本音、やっぱり離れてくれ。あの二人の誤解を解く前に色々と面倒な事になりそうだ」

 

「…………私は別に気にしないんだけどな~」

 

「君が良くてもコッチは色々困るんだっての」

 

 そう突っ込みながら俺は本音を引き剥がして、鈴とセシリアの後を追って説明しに行くのだった。



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第55話 (第二巻終了)

「そう言えば織斑先生から訊きそびれたんだが、今後トーナメントはどうなるんだ?」

 

「中止だって~。でも今回のトーナメントはデータ収集も兼ねてるから、一回戦は全部やるみたいだよ~」

 

「ふ~ん」

 

 鈴とセシリアに誤解を解いた後、二人からボーデヴィッヒとペアを組んだ理由、一夏と戦った時に俺が言った世界最強宣言、各国が今後どうでるか等々と色々と話し終えた俺は、学食で本音と一緒に夕飯を食べていた。俺はトンカツ定食、本音はハンバーグステーキを。

 

 因みに一夏とシャルルは教師陣から、今回の件についての事情聴取がまだ続いているようだ。俺は織斑先生からの聴取だけだったから楽に済んだがな。

 

「となると、一回戦を終えた俺は暫く見物する事になるって訳か。いや、俺が見物なんかしてたら周りにいる観客が何か嫌がらせされそうだから止めた方が良いか……」

 

「そんな事言って~。どうせかずーの事だから『睨み殺し』を使って怯えさせるんでしょ~?」

 

「当たり前だ。下らん事をする奴には相応の報いを受けさせないとな」

 

「あんまりやりすぎないようにね~」

 

 そうは言うけどな本音。俺を嫌ってる連中はすぐ調子に乗って同じ事を繰り返すから防止的な事をしないとダメなんだよ。と言うか今回の試合で、俺の戦いを見て認識を改めて下らない事をしないで欲しいんだが。

 

「あ、そうだ~。かずー試合中におりむーに世界最強になるって宣言したよね~? 私応援するよ~」

 

「ありがと」

 

「でもその前に最初はお嬢様をたおさないとね~」

 

「………そうだった」

 

 俺が千冬さんを倒すとちゃんと言ってなかった事によって、あの生徒会長さんは勘違いしちゃったんだよな。けどまぁあの人も倒す目標の一人だから頑張らないと。本人は前座扱いされた事に凄く怒っていたが。

 

「お嬢様は強いよ~。IS学園最強だから~」

 

「………そのIS学園最強は以前勘違いして恥掻いたけどな」

 

「え? お嬢様が勘違いってどういうこと?」

 

「ああ、本音にはまだ教えてなかったな。実は――っ!」

 

「? かずーどうしたの?」

 

 本音に教えようとした直後、どこからかいきなり強烈な視線と殺気がコッチに向けられているのを感じた。しかし本音は全く気付いていない。

 

 となると俺にだけ集中していると言う事は……あ、俺の前方約30メートル先にあの人がいた。以前出会ったIS学園最強の生徒会長である更識楯無先輩が。

 

 凄いなあの人。食堂には人がたくさんいて結構離れているのに、俺と本音の会話を盗み聞いてるとは。いや、もしかしたら唇を読んでいるかもしれないな。もうついでに目が物凄く訴えてる。『余計な事を言うな』ってな感じで。

 

「………ゴホンッ。いや、悪い。俺の勘違いだった」

 

「………ねえかずー、何か私に隠してない~?」

 

 咳払いをしながら誤魔化そうとする俺だったが、本音は疑いの眼差しを向けてきた。

 

「別に何も隠してないぞ」

 

「やっぱり何か隠してる~」

 

「おい、無いって言ったのに何故すぐに否定するんだ?」

 

「だってかずーは嘘吐くときや隠し通すときには、いっつもすぐに違うって言うからね~」

 

 …………本音、君は意外と侮れないな。そのゆったりとして俺にいつも甘えてくるのは、実はよく相手を観察する為の演技なのではないかと一瞬思ったよ。

 

「さあかずー、教えてもらうよ~」

 

「………その前にコレ食うか?」

 

 ズズイッと顔を近づけてくる本音に、俺がソースをかけたトンカツを箸で取って本音に食べさせようとすると、

 

「うん、食べる~。あ~ん……(モグモグ)……このトンカツ美味しいね~」

 

 すぐに口を開けて疑いもなく食べた。

 

 ここで更にもう一息として、

 

「そうか。もうついでに後でアップルパイを作る予定だが、食べるか?」

 

「勿論食べる~!」

 

 アップルパイと言う切り札を使うとすぐに陥落する本音だった。一応俺もコイツの手懐け方は大体分かってるからな。

 

「なら夕飯を食べ終えたらお菓子を食べずに部屋で待つんだな」

 

「分かった~」

 

 そう言って本音はアップルパイを食べたい為か、夕飯のハンバーグステーキを早く食べ始めた。別にそんなに急いで食わなくてもちゃんと用意するんだが。

 

 本音の行動に呆れながら、俺は夕飯のトンカツ定食を食べ終えた。

 

「ごちそうさま~! ねえかず~! 早くアップルパイ作って~!」

 

「君は夕飯直後に食べる気か?」

 

 夕飯を食べた本音がすぐアップルパイを作るように強請って来る事に俺は呆れながら問う。

 

 あのハンバーグステーキは少し多めだったのに、もうすぐに食えるのか?

 

「甘いものは別腹だよ~」

 

 ………女の胃袋と言うのは意外と逞しいかもしれないな。特にお菓子関連だと。

 

 本音の台詞に内心そう思っていると、

 

「和哉、ちょっといいか?」

 

「ん?」

 

 誰かが声を掛けたので、俺が振り向いた先には箒がいた。

 

「あ、しののんだ~」

 

「箒じゃないか。俺に何か用か?」

 

「いや、別に大した用ではないんだが……一夏と一緒じゃないのか?」

 

 どうやら箒は俺と一夏をセットと認識してるようだ。まぁ大抵一夏と行動してるから、そう認識せざるを得ないから仕方ないか。

 

「一夏ならまだシャルルと一緒に先生達からの事情聴取をされてると思うぞ。何しろあの事故の目撃者だからな」

 

「そ、そうか。だがそれならお前はどうしてもう終わっているんだ? お前も事故の目撃者の筈だが……?」

 

「俺の場合は織斑先生だけだったから早く終わったんだ」

 

 ま、その分脅し気味で口外するなって言われたけど。何て言ったら後から知った千冬さんに説教されそうだから敢えて言わないが。

 

「それはそうと、今回は箒に申し訳無い事をしてしまったな。トーナメントが中止になって、お前の目的を潰してしまったから」

 

「い、いや、それは別に気にしてない。仮に続いたとして、もしお前と戦っても今の私で優勝は無理だからな」

 

「何もそこまで言わなくても……」

 

「専用機二人相手に訓練機だけで圧倒していたお前が言う台詞じゃないと思うぞ。あの試合を見て今の私ではまだ勝てないと痛感させられたからな。だがお前の戦い方は今後の参考にはなったぞ」

 

「ほう。それはそれは……」

 

 箒の言い方に俺を倒すと言うニュアンスを感じた事に俺は内心笑みを浮かべた。

 

 コイツもいずれは俺と互角に戦えそうになるな。楽しみだ。

 

「和哉、言っておくが私は一夏より先にお前を倒すからな。覚悟しておくんだな」

 

「ああ。楽しみに待ってるよ」

 

「………………むぅ~~~~」

 

「ん? どうした本音?」

 

 俺が箒と話してると、いきなり本音が不機嫌そうな顔をしながら俺に強く引っ付いてきた。

 

「かずー、早くアップルパイを作ってよ~」

 

「分かった分かった。すぐに作るから離れてくれ。と言う訳で箒、悪いが俺これからアップルパイ作んなきゃいけないから」

 

「あ、ああ。こちらこそ邪魔して悪かったな。お邪魔虫の私は退散するとしよう」

 

 お邪魔虫? 何を言ってるんだ?

 

 不可解に思ってる俺に箒は食堂から去っていったので、取り敢えずアップルパイを作りに行こうと台所に行こうとしたが、

 

「あ、神代君。ここにいましたか。今日の試合お疲れ様でした」

 

「山田先生こそ。各国からの問い合わせ対応が大変じゃありませんでしたか?」

 

「そうなんですよ~~~! もうずっと電話が鳴りっぱなしで大変なんですから~~~!!」

 

 さっきは俺を気遣うかのような笑顔だった山田先生が一転して、涙を出しながら泣き言を言い始めた。山田先生が大声を出して叫んでる事に、食堂で夕飯を食べている生徒全員がコッチを見ている。

 

「神代君の非常識な戦いを見ただけでも大変だったのに、事故が起きた後には各国から神代君に対する問い合わせがず~っと続いたんですよ!! 神代君はどこまで私達の常識を壊せば気が済むんですか!? もう頭がパンクしそうですよ!!」

 

「……え、えっと……それは……その……すいません……」

 

 詰め寄りながら怒鳴ってくる山田先生に俺は気圧されて謝ることしか出来なかった。本当に申し訳ない気持ちで一杯に。隣にいる本音も山田先生に気圧されて何も言えない状態になっている。

 

 俺は別にそこまで非常識な事をした憶えは無いんだが……まぁ山田先生の顔を見る限り、俺のやってる事は非常識だったんだろう。少し自重しなければ。

 

「ううう………神代君、私は……私は君の事は応援してますよ。でも、でも……あんまり先生を……先生を……!」

 

「………ほ、本当にすいません……」

 

「まやまや~。元気出して~」

 

 謝る俺と山田先生の頭を撫でる本音。ってコラ、先生の頭を撫でるんじゃない。

 

 それと後でお詫びとして山田先生にアップルパイを作って渡しておこう。本音には悪いが、この人のこんな状態を見てそうせざるを得ないからな。

 

 因みに山田先生が俺を尋ねてきたのは、今日から男子の大浴場使用が解禁されたので、試合の疲れを癒す為に今日の大浴場は男子だけの貸切だと言いに来たのだった。

 

 

 

 

 

 

(ふうっ。やっぱり大浴場って言えばサウナだよな)

 

 本音用と山田先生用のアップルパイを作った後、俺は大浴場を使って体を洗い終えてすぐにサウナに篭っていた。まだ5分しか経っていないが。

 

 俺がサウナを好む理由としては、師匠と修行を終えた時には時折銭湯に行っては必ずサウナに入って何度も競い続けた事によって、いつのまにか好きになっていた。まぁ競っていたとは言っても、いつも俺が根負けしてたが。俺は10分が限界なんだが、師匠なんか最高30分以上はいる。もしサウナ耐久レースなんかあったら師匠の優勝は確実だ。

 

 因みにサウナの中で喋ると口の中が熱くなってしまうので注意するように……って、俺は誰に向かって言ってるんだ?

 

(けどまぁ、久々のサウナだからここまでにしとくか)

 

 いきなり十分間篭るのは流石に不味いので、俺はすぐにサウナから出ようとする。

 

 が、

 

(ん? 一夏と……っておい! 何でシャルルがいるんだよ!?)

 

 サウナのドアの窓越しから一夏とシャルルが湯船で背中をくっ付けながら入っていたので、俺はすぐに出ることが出来なかった。

 

(いや、確かにシャルルは今周囲から男だと認識されてるんだが……だからと言って、これは不味いんじゃ……)

 

 けど、シャルルの様子を見る限り一夏と風呂に入る事に対して満更でもない様子。好きな男と一緒に入るなら裸を見られても大丈夫みたいな感じだ。俺としてはそれは別に構わないし邪魔する気もない。ただ、

 

(あの二人が妙にイチャ付いてる雰囲気を出してるから、コッチは出るに出れねぇ!) 

 

 お前ら大浴場に入ってまでイチャ付くなよ! そう言うのは部屋でやってくれ!

 

 と言うか今の俺、完全に女湯を覗いている覗き犯みたいだよ。いや、此処は女湯じゃなくて男湯なんだが。けどシャルルがいる事によって今は混浴湯になってると言った方が正しいか。

 

 よし! 雰囲気をぶち壊すようで悪いが、さり気なく出てシャワーで汗を流した後に出るとしよう。

 

 そう俺が決意していると、

 

(っておいシャルル! お前何やってんだ!?)

 

 最悪な事にシャルルが背中を向けている一夏に、胸を押し付けるように抱き付いていた。

 

 だが今の俺はもう流石にこれ以上サウナに居続けるのは限界だった。 

 

 

 バンッ!

 

 

「お前等いい加減にイチャ付くの止めろ!」

 

「か、和哉!? お前いつからいた!?」

 

「うわぁっ! 和哉のエッチ!」

 

「男湯に入って一夏とイチャ付こうとするシャルルに言われたくねぇよ!」

 

 こうして俺の登場によって大浴場がハチャメチャ展開の場となってしまった。

 

 

 

 

 

 

「……今日はみなさんに転校生を紹介します。けど紹介は既に済んでいるといいますか……」

 

 ハチャメチャ展開が起きた翌日。朝のホームルームで山田先生が訳の分からない事を言っていた。

 

 だが、それはすぐに解消された。

 

 何故なら、

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 シャルルが女子の制服を着て登場したからだ。

 

(おい一夏、これはどう言う事だ?)

 

(い、いや、俺もさっぱり分からん……)

 

 本来の性別をバラしたシャルルの行動に俺がすぐ一夏に目での会話をするが、一夏自身も分からなくて首を横に振っていた。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。……はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業がはじまります」

 

 成程な。道理で山田先生があんなに覇気が無い状態になっていたのか。ご愁傷様です。

 

 っておい、ちょっと待て。

 

 シャルルがこんな事をしたら、

 

「え? デュノア君って女の子……?」

 

「美少年じゃなくて美少女だったのね」

 

「って、織斑君、同じ部屋だったから知らないってことは――」

 

「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったわよね!?」

 

 女子達が騒ぐ事決定じゃんか。

 

 あ~あ、もう教室が喧騒に包まれて、あっと言う間に溢れかえったよ。

 

 となればこの後には、

 

 

 バシーンッ!

 

 

「一夏ぁっ!!!」

 

 予想通り、一夏ラヴァーズの一人である鈴が教室のドアを蹴破って登場した。それもISの甲龍を纏って。

 

「死ね!!!!」

 

「おい待て鈴! お前一夏だけじゃなく俺まで殺す気かぁ!?」

 

「死ぬ死ぬ! 俺絶対死ぬぅ!!」

 

 両肩の衝撃砲をフルパワーで撃とうとする鈴に俺が『睨み殺し』で動きを止めようとしたが一足遅かった。

 

 放たれた衝撃砲はそのままコッチに向かっていくが、 

 

 

 ズドドドドドオンッ!!

 

 

「ぼ、ボーデヴィッヒ……?」

 

「ら、ラウラ!?」

 

 突然一夏と鈴の間に割って入って来たボーデヴィッヒが一夏を助けた。『シュヴァルツェア・レーゲン』を纏ってAICで相殺して。

 

 そんなボーデヴィッヒに一夏はすぐに礼を言おうと近付く。

 

「助かったぜ、サンキュ――むぐっ!?」

 

「…………は?」

 

 礼を言ってる一夏にボーデヴィッヒが突然、一夏の胸倉をつかんで引き寄せてキスをした。

 

 余りの超展開に俺は目が点になって呆然としていた。それは俺だけじゃなく、鈴やこの場にいる全員があんぐりとしている。当然一夏も。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 

「……嫁? 婿じゃなくて?」

 

「いやいや一夏、突っ込むところはそこじゃなくて……」

 

「日本では気に入った相手を『嫁にする』と言うのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

 

「ちょっと待てボーデヴィッヒ。それはあくまで男が女に言う事であってだな……」

 

 あ、俺も一夏の事が言えなくなってきた。ってか誰だボーデヴィッヒに出鱈目を教えた奴は。

 

「そ、それと神代和哉……ではなく師匠!! 私を弟子にしてくれ!!」

 

「………………はぁ?」

 

 ボーデヴィッヒの発言によって俺は言葉を失って素っ頓狂な声しか出せなかった。




ラウラが和哉に弟子入りする展開にさせました。


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第56話

今回は和哉の試合を見たそれぞれの反応と言った話です。

それではどうぞ!


 対学年別トーナメントで全ての一回戦を終えた後、観戦していた各国の政府関係者達はある事を考えていた。

 

「ふむ……あの後に他の試合を見ると、どうも少しばかり物足りなく感じてしまいますな」

 

「確かに。試合に出ている彼女たちは決して弱くないのですが、あの彼と比べるとなるとどうも……」

 

「何しろ彼は二人の専用機相手に、訓練機の打鉄で圧倒していましたからね。最初は何かの冗談かと思いましたよ」

 

「その彼がまさかあそこまでやるとは……」

 

 政府関係者たちが言っている彼とは言うまでもなく、今回の学年別トーナメントで一番の注目の的となった神代和哉の事についてだ。

 

 和哉との試合を見ていた彼等は、目玉が飛び出ると言う位に驚愕して椅子からずり落ちていた。余りの展開に自分は夢でも見ているのではないかと、自ら頬を抓った者までもいた。それだけ和哉の戦いは信じられない物だったと言う事の証明なのである。和哉本人からすれば中途半端な戦いだったと言うだろうが、彼等から見れば壮絶な戦いと賞賛する。

 

「今回のダークホースは織斑一夏と思っていたんですが」

 

「意外とあっけなくやられていましたね」

 

「ブリュンヒルデの弟もドイツの代表候補生相手には奮闘していましたが、彼相手では荷が重すぎたようですな」

 

「どうやら我々は織斑一夏を意識しすぎたばかりに、彼と言う存在を見逃していましたね」

 

「確か日本の(ことわざ)では……目から鱗が落ちる、でしたね。いやはや、危うく逸材を見逃すところでした」

 

 彼等は和哉に対する評価は高かったが、逆に一夏に対する評価が下落気味になっていた。最初はブリュンヒルデの弟だから和哉と互角な戦いを繰り広げると思って見ていたが、和哉の猛攻に大した反撃も出来ずにやられていたから少々ガッカリしていた。ラウラが暴走を起こす直前までに反撃をしようとしていたが、結局それを見る事が出来なくなったので何とも言えないのだ。だから彼等の今のところの考えとしては、何としても神代和哉を我が国に引き入れようと画策しようとしている。表面上では和やかな会話をしつつも、頭の中では必死にどんな手を使っても勧誘しようと考えていた。

 

 もし、彼等の会話を一夏の姉である織斑千冬が聞いていたら、内心彼等に対して嫌悪感を抱いていただろう。最初は一夏ばかりしか注目していなく、和哉には大して歯牙にもかけていなくてモルモット程度としか見ていなかったと言うのに、それが今や手の平を返したかのような台詞ばかりつらつらと述べているからだ。尤も、それは千冬だけじゃなく和哉も同様に考えるだろう。二人から見れば、我先にと利益を得ようとするハイエナの様に見えるのだから。

 

 だがしかし、この場にいる全員が和哉を賞賛しているとは限らなかった。

 

「………ふんっ。運良くISに乗れた男のどこが良いのやら」

 

「これだから男は……」

 

 政府関係者の彼らが和哉に対して殆どが賞賛している中、そうでもいない者が少数ながらもいる。それは政府関係者の女性高官達。彼女達は和哉を賞賛している彼等に侮蔑の眼差しを送っていた。

 

「織斑一夏はまだ良いとしても、アレの存在を認める訳にはいかないわ」

 

「もしあんなのが世界に進出したら、バカな男共が変に調子に乗るのは確実」

 

「アレが何かをする前に早急に手を打たなければいけないわね」

 

 和哉をアレ呼ばわりする理由は言うまでもないと思うが、彼女達は女尊男卑主義の高官だ。高官の中には女性権利団体の幹部も混じっている。

 

 女性権利団体は以前まで女性の立場や人権を主張する一団だったが、女性しか使う事が出来ないISと言う兵器の誕生で女尊男卑社会が出来てしまった事により、今や女性の立場と権利を好き勝手に振舞って男性を奴隷のように扱う私利私欲に塗れた傲慢な一団へと成り果ててしまった。例えば欲しい物をタダで手に入れる為に近くにいた見ず知らずの男性に買わせたりとか、勝手な言いがかりをつけて男性から慰謝料を請求した後に職を失わせる等々がある。

 

 普通に考えればそんな横暴な事をする一団は処罰されてもおかしくないのだが、女尊男卑社会となっている為に各国が女性優遇制度を作ったので、今は女性がどんな事をしても許される時代になっている。故にその政策によって、IS操縦者以外の女性達が権力者よりも性質が悪い傲慢な女性へと変貌した。とは言え、女性全てとは限らず、中には良識を持った女性もちゃんといる。

 

「しかし手を打つにしても、アレはIS学園にいるから今は手が出せないのが現状です」

 

「直接手が下せないなら、間接的にやるしかないですね」

 

「では私の方から団長に、アレが試合中に言ってた事を報告しておきましょう。そうすればアレは世界中から敵視されますから」

 

 穏やかに会話をしつつも悪質極まりない事をやろうとしている彼女達だが、ここまでやろうとするには理由がある。

 

 先程の女性高官の一人が和哉を認めないと言っていたが、実際は認めないではなく恐れているのだ。

 

 もし和哉がISを使って世界最強にでもなったら、下落していた男性の立場が一気に急上昇。更には他の男性でもISを使う事が出来ると言う事実が判明でもされれば、女尊男卑社会があっと言う間に崩されるだけでなく、ISの恩恵を利用して今まで好き勝手な事ばかりしていた女性達が叩き出されてしまう。そして今まで築いた地位と名誉も一緒に。

 

 要するに彼女達は、和哉が女性の立場を脅かす危険な存在になってしまうかもしれないから、早めに手を打って消そうと考えているのだ。

 

 人間と言うのは権力を持つと傲慢になってしまうと同時に、その既得権益にしがみつく為にどんな汚い手を使おうとする。今まさに彼女達の行動がその実例。清廉潔白な政治家が彼女達を見たら、実に醜い人間と思うだろう。

 

 しかし結局のところ、和哉を賞賛したり、消そうとする政府関係者全員に言える事は唯一つ。自分達の都合によって和哉を巻き込もうとしているのであった。

 

 

 

 

 

 

「よし、今は誰もいないな」

 

 いきなり場所は変わって、此処はアメリカの軍事基地の一つ。

 

 その拠点の中では一人の女性が何故かコソコソと移動しながら注意深く周囲を見ていた。

 

 彼女の名前はイーリス・コーリング。アメリカの代表操縦者であり、第三世代型IS『ファング・クエイク』を使用している。そしてこの基地の軍属者。

 

 そんな彼女が何であのような行動をしているのかと言うと、とある理由があるからだ。

 

「ナタルには悪いが、やっぱり私は日本に行かせてもらうぜ」

 

 そう言って女性は一刻も早く基地から出ようと突っ走ろうとするが、

 

「どこへ行くのかしら、イーリ?」

 

「げっ!」

 

 目の前に鮮やかな金髪の女性が立ち塞がった事によって出来なくなってしまった。

 

「な、な、何でナタルがいるんだ!? 確かお前、新型ISの確認で格納庫にいた筈じゃ……!?」

 

「イーリが妙に不審な行動を取っていたから少し気になってたのよ。案の定抜け出そうとしたみたいだけど」

 

「うっ!」

 

 イーリスは金髪の女性の台詞に痛い所を突かれたかのような顔になる。

 

 金髪の女性の名前はナターシャ・ファイルス。アメリカのテスト操縦者であり、イーリスと共に軍属している一人。

 

 この二人はとても仲が良く、イーリスはナターシャを「ナタル」と呼び、ナターシャはイーリスを『イーリ』と呼んでいる。

 

「全く。国家代表である貴女が脱走犯みたいな真似をして……そんなにIS学園にいる神代和哉って子と戦いたいのかしら?」

 

「しょ、しょうがねぇだろ! だってアイツ、あんなに強えんだぜ! ナタルも見ただろ? アイツが専用機相手に圧倒してたところを!」

 

「そうね。貴女が彼と戦いたい気持ちはよく分かるわよ」

 

「だろ!? それにアイツが使ってた『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』みたいな事を生身でやっただけじゃなく、えっと確か………ヒエンキャクとかランゲキか? あんなスゲェのを見せられて私の血が滾らない訳が無いだろう! あとアイツはこうも言ってたろ! 『世界最強になる』って! あんな挑戦状をぶつけられて黙ってられねぇぜ!」

 

「………はあっ」 

 

 捲し立てるイーリスにナターシャは溜息を吐く。

 

 何故この二人がIS学園で開催されていた学年別トーナメントを知っているのかと言うと、上司から録画された男性IS操縦者の試合を見るようにとの命令があったからだ。最初ナターシャは興味津々であったが、イーリスは余り興味が無かった。イーリスにしてみれば操縦者が男性であろうとも、まだ未熟な学生である事に変わりはないと思っていた。それでも上司からの命令なので仕方なく見る事にして、一夏とラウラの戦いでは『筋はいいが、まだまだだな』と評価を下す。だが和哉がシャルロットに『砕牙・零式』を食らわせるのを見た瞬間、食い入る様にモニターに集中した。そこからは和哉が一夏とシャルロットを圧倒し、更には『疾足』・『飛燕脚』・『乱撃』・『破撃』などの技を使っているのを見てイーリスは武者震いをしながら騒いでいた。その時はナターシャによって宥められていたが、極め付けには和哉が『各国IS操縦者代表全てを打ち倒し、俺は本当の意味での世界最強になる!』と宣言した直後にイーリスは最高潮に燃え上がった。

 

 そして試合を見終えたイーリスは『IS学園に言って神代和哉と戦いに行く!』と言う始末。彼女の行動にナターシャだけでなく上司も呆れたが、そうはさせまいと何とか踏み止まらせた。

 

 しかし今の様に隙を見計らって基地から脱走して日本に行こうとする事が何度もあったので、ナターシャがこうしてイーリスが勝手な行動をしないように目を光らせているという訳である。

 

「頼むナタル! 一生に一度のお願いだ! このまま私を日本に行かせてくれ!」

 

「ダメよ。今回『あの子』の試験稼動には貴女も一緒に行くことが決まってるんだから。彼と試合をする機会はその内あると思うから今は諦めなさい。さ、早くハワイ沖に行く準備をするわよ」

 

「そんなぁ~!」

 

 結局ナターシャに止められて日本に行くことが出来なくなったイーリスであった。

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばさぁちーちゃん、私からもちょっと聞きたいことがあるんだけどさぁ」

 

「何だ? お前がそんな事を言うとは珍しいな」

 

 またいきなり場所が変わって、此処はとある天才の秘密ラボ。

 

 奇妙な部屋の至る所には機械の備品やケーブルがあり、その上を歩いている機械仕掛けのリスがいた。そしてこの部屋の主――箒の実姉であり、ISを開発した天才博士の篠ノ之(しののの)(たばね)もいる。

 

 篠ノ之束の外見を一言で表すならば、『不思議の国のアリス』のアリスだ。理由はブルーのワンピースにエプロンを纏って背中に大きなリボン、そして頭に白ウサギの耳型カチューシャをしているから。

 

 その彼女は現在幼馴染である織斑千冬と電話していて、先程までVTシステムについての話しを終えたので千冬が電話を切ろうとした際、突然束が千冬に尋ねようとしていた。

 

「あれはいったい何なのかな?」

 

「主語を言え。あれじゃ分からん」

 

「あ、ごめんごめん。あれっていうとねぇ~……え~っと、何て名前だったかな~? 確かいっくんと一緒にIS学園に入学した男子で――」

 

「……神代和哉のことか」

 

「そうそう、それそれ。いやーその男の子なんだけどさー」

 

 本当についさっき思い出したかのように言う束。これは冗談ではなく本当だ。何故なら彼女は興味対象である者しか名前を覚えておらず、それ以外は全く眼中に無いから。

 

 自分の生徒である和哉をあれ扱いする束の発言に千冬は内心不快に思っていたが、束がああ言う人間だと分かっていたので敢えて何も追求しなかった。

 

「なんなのあれ? この前のリーグマッチの時なんか箒ちゃんに偉そうに説教しちゃってさー。私思わず消しちゃおうかなーって思ってたんだよね」

 

「……あの件については篠ノ之の判断ミスだ。私が神代の立場なら同じ事をしている」

 

 あとそれと、と千冬は付け加えて、

 

「扉に電流を流したのはお前の仕業だな?」

 

「ああ、あれね。箒ちゃんの邪魔をしないように仕掛けたつもりだったんだけど、まさかぶち破るとは流石の束さんも予想外だったよ」

 

 電流について尋ねると束はアッサリと白状した。

 

 その事に千冬は思わず怒鳴ろうとしたが、そんな事をしても無駄であると落ち着かせながら更に追求しようとする。

 

「ならば今回の学年別トーナメントで、神代が使っていたISを停止させたのもお前か?」

 

「いいや、あれは私じゃないよ。でも私としてもあれがいっくんの見せ場を邪魔しようとしてたから本当は停止させるつもりだったけど、打鉄自体があれに付いていけなくてオーバーヒートしちゃったよ。言っとくけど嘘じゃないよ。ちーちゃんに嘘を吐く理由はないからね」

 

「……そうか」

 

 束が大抵自分に嘘を吐くことがないのは分かっていたので、千冬は彼女の言ってる事は本当だと結論した。

 

「でもまぁー、あれがあんなにやれるなんて思いもしなかったよ。正直言ってあれはちょっとウザいね。この先、いっくんや箒ちゃんの邪魔をするんだったら消そうかと思ってるんだけどー」

 

「止めておくんだな。そんな事をしたら、いくら私でも黙ってはいないぞ」

 

「うわっ。ちーちゃんマジ声? 私ちょっとこわーい」

 

「それともう一つ言っておく。神代はお前が思っているほど柔じゃない。奴を甘く見てると手痛いしっぺがえしを食うことになる。それだけは覚えておけ」

 

「ちょっとちーちゃん、もしかして私を舐めてない? この天才博士の束さんがあれにやられると思ってる? だとしたら心外だなー」

 

「好きに受け取れ。もう聞く事が無いなら切らせてもらう。じゃあな」

 

 千冬がそう言った直後にプツッと電話が切れた。名残惜しそうに携帯電話を眺めている束だったが、二秒後にはケロッとしてそれを放り出した。

 

「う~ん、まさかちーちゃんにあんな事を言われるなんてねぇ。ちーちゃんがあそこまで言うって事は、神代和哉って子に相当入れ込んでるのかな?」

 

 束の独り言に千冬が聞いてたら速攻で『断じて違う!』と否定しているだろう。

 

 だが束にとっては千冬があそこまで和哉を評価している事に凄く気になっていた。小学生時代から千冬の事を理解している束からすれば当然だ。気にならない訳がない。

 

 故に、

 

「久しぶりにちーちゃん達に会いに行くついでに見ておこーか」

 

 物のついでとして会おうと決めたのであった。




各国政府関係者、アメリカ代表のイーリス、そして篠ノ之束の反応でした。


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第57話 (第三巻開始)

「あれから数日経っていますが、未だに俺についての問い合わせが殺到中ですか?」

 

「いや、今度はお前に対するクレームが殺到中だ」

 

「問い合わせの次はクレームですか。ま、そのクレーム内容は大体察しがつきますが……せいっ!」

 

 早朝六時過ぎ。今日は俺一人だけ朝五時から早朝筋トレをしてる最中、ジャージ姿の千冬さんが来たので久々に組み手をしている。今は会話をしながらそれをやっていて、互いにパンチやキックを回避、もしくは受け流して反撃と言う状態だ。

 

 本当だったらこの場に先日ルームメイトとなった一夏がいるのだが、アイツは諸事情により不参加。

 

 因みに俺と本音が部屋で寛いでいた時、山田先生が来て部屋割り変更宣言したすぐに前のルームメイトであった本音が凄く寂しそうな顔をしていた。

 

 その時のやり取りについてだが、

 

『ねぇかずー、ホントに行っちゃうの~? 私このままかずーと一緒が良い~』

 

『子供みたいに駄々捏ねるなっての。決まりは決まりなんだから仕方ないだろうが』

 

『ぶ~~。でも私、かずーと一緒じゃないと寝れないよー。かずーと寝ると気持ちいいからー』

 

『き、気持ち良いって……! ままままままさかああああなたたち!! いいい一緒に寝てるって事はもももしや……!』

 

『言っておきますけど、山田先生が考えてるような展開には一切なっていませんので』

 

『ほほほ本当ですか!? 本当ですね!? 信じて良いんですね!?』

 

『はい。ですからそんなに慌てないで下さい。教師がそこまで慌てふためいてたら、他の生徒に舐められちゃいますよ』

 

『そ、そうですね……ゴホンッ。では至急部屋お引越しを――』

 

『かずー、私がかずーを求めたくなったらまた一緒に寝ていい~?』

 

『神代君! 本当に何もしていませんよね!?』

 

『してませんから! ってか本音! お前誤解を招くようなこと言ってんじゃない!』

 

 と言ったプチ騒ぎがあった。

 

 全く本音には困ったもんだ。あんな発言をしたら山田先生が騒ぐのを分かっていたと思うんだがな。それもあたかも恋人みたいな事を言うし。俺とお前は友人だっての。

 

 とまあ、そんな事があった後に俺と一夏は晴れて同じ部屋になれたと言う訳だ。これに関しては一夏が喜んでいて、本当の意味で気兼ねなく過ごせると一安心していた。俺も同様だが。

 

「ふっ! まぁクレーム以外にも、学園宛ての手紙が未だに世界中からわんさか届いているが、な!」

 

 俺の右正拳突きを左腕で受け止めた千冬さんは、そのまま右足を使って前回し蹴りを仕掛けてきた。

 

「おっと! 尤もそれは手紙と言う名の恨みの声ですけどね。と言うか女性権利団体って実は暇なんですか? 俺からも不幸の手紙みたいに送られてくるんですが」

 

「連中はそれだけ神代のやろうとしている事が気に入らないという証拠だ。とは言え、私や学園側としても連中の行動にいい加減ウンザリしてるがな」

 

 千冬さんの前回し蹴りを左腕でガードしても話しを続ける俺と千冬さん。

 

「あのモンスター集団をどうにか出来ませんか?」

 

「それが出来ればもう既にやっている」

 

「ですよね。ま、奴等としては俺みたいな存在を早々に消したがっているんでしょうけど、俺がIS学園に在学してる事によって手が出せないから、今は間接的妨害しか出来ないと言ったところですか」

 

「そういう事だ」

 

 はぁっと溜息を吐く千冬さん。奴等のやってる事に相当ウンザリしてる証拠だ。

 

「だが奴等の事だから、お前が学園から出ている隙を狙って暗殺する可能性が全く無いとは言えんが用心しておけ」

 

「そうします。ま、もしそんな奴がいたら心底後悔させますけど」

 

「余りやりすぎるなよ……。さて、そろそろ時間だから今日はここまでにしておくか」

 

「あ、もうこんな時間か」

 

 千冬さんが受け止めていた俺の右拳を離したので、近くに置いてあった時計を見ると六時半丁度となっていた。本当ならまだ千冬さんと組み手をしたいところだが、朝の支度や朝食を済ませないといけない。

 

「じゃあ俺は荷物を片付けたら戻りますので」

 

「分かった。ああそれと神代、奴等のクレームなどがあって言い忘れていた」

 

「何をですか?」

 

 俺が荷物を片付けると、千冬さんは戻ろうとしたが急に訪ねてきた。

 

「トーナメント後にラウラから聞いたぞ。ペア決めの際、ラウラとペアを組む為に私をダシにしたそうだな」

 

 げっ! アイツ、千冬さんに余計な事を……! やっぱ慕っている相手にはペラペラと喋るのか。

 

 俺が焦った顔をしていると千冬さんは何やらしてやったりと言った表情をしていた。

 

「ふんっ。適当にカマをかけたつもりだったんだが、その顔を見る限りでは本当に私を利用したみたいだな」

 

「…………え? ラウラから聞いたのでは?」

 

「アイツがそう簡単に喋るわけがないだろう。あれでも奴は軍人だ。そう簡単に口を割る奴じゃない」

 

 …………くそっ、やられた。それを逆手にとって俺から聞き出そうとするとは…………俺もまだまだか。

 

「さて、どうやって私を利用したのかを聞かせてもらおうか?」

 

 有無を言わせない千冬さんに俺は逆らう事が出来ず、千冬さんの携帯番号とメアドを教える為と白状するしか手はなかった。

 

 そしてそれを聞いた千冬さんは、軽い説教の後に罰として今度の買い物の荷物持ちとの厳命を受けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、今度の休日は千冬さんの付き添いか」

 

 千冬さんの説教が終わった後、俺は荷物を持って部屋に戻りながら少し愚痴っていた。

 

 女の買い物って言うのは長いから、俺にとっては正直酷だ。

 

 けどまぁ、千冬さんに黙ってアイツに携帯番号とメアドを勝手に教えようとしたからNoとは言えない。

 

「にしても確かに今回の罰は俺にとっては酷だと思うが……」

 

 あの千冬さんが下した罰にしては何か軽いような気がするのは俺の気のせいだろうか。

 

 そう疑問に思いながら部屋に戻っていると、部屋のドアの前に一夏の幼馴染である篠ノ之箒がいた。髪型を確認したり、咳払いをしていたが。

 

「よぉ箒、人の部屋の前で何してんだ?」

 

「うわっ! な、何だ和哉か。いきなり驚かすな!」

 

「別に俺は普通に声を掛けたつもりなんだが……」

 

 まぁ何故箒があんな事をしていたのは分かる。それは大好きな一夏に髪型や声を指摘されない為の心の準備だ。

 

 あの朴念仁は気にはしないだろうが、箒にとっては重要なんだろう。女……と言うより、恋する乙女は色々と大変な事で。

 

「まあ良いや。で、一夏に用なのか?」

 

「う、うむ。一緒に朝食をとろうと思ってな。あ……よ、良かったら和哉もどうだ?」

 

「そんな取ってつけたように誘われてもな……」

 

「……す、すまん」

 

「冗談だ。けど一夏はまだ寝てると思うぞ。多分7時くらいには起きると思うから、その時にまた来てくれ」

 

 俺はさり気なく箒に出直すように言った。そうするには理由がある。俺と一夏の部屋には何故かアイツ(・・・)がいるからな。

 

「む? 一夏のやつめ、まだ寝てるとは弛んでるな」

 

「そう言うなって。一夏はここ最近、色々と災難な目に遭って疲れてるんだからな。例えばラウラ・ボーデヴィッヒが一夏にプロポーズとキスをした際、本気で一夏を殺そうとした誰かさん達とか」

 

「う……」

 

「しかもその内の一人は日本刀を使っていたし。なあ、箒?」

 

「うう……」

 

 俺が先日の件について言うと箒が物凄く痛いところを突かれた顔になった。

 

 さっきも言ったようにボーデヴィッヒが一夏にプロポーズと同時にキスをした時、一夏は冗談抜きで殺されそうになった。ISを纏っていた鈴は俺が『睨み殺し』によって動きを封じていたんだが、セシリアや箒、そしてシャルロットまでもが暴走して散々な朝だった。

 

 因みにセシリアは《スターライトmkⅢ》とビットを展開し、箒はいつの間にか日本刀を出し、シャルロットはいつの間にか修復されたパイルバンカーを展開。とにかく三人に共通して言える事は……恐ろしいほど嫉妬深いと言う事だ。まぁ俺が何とか鎮圧して、その後は千冬さんが一夏ラヴァーズ全員纏めて説教したけど。

 

 しかしセシリアと箒はまだ分かるとしても、まさかあのシャルロットがあそこまでやるとは思わなかった。あれが俗に言うヤンデレってやつだろう。シャルロットの意外な一面を見た事に、今後は怒らせないようにしようと誓ったぐらいだ。俺にとってシャルロットみたいなやつは一番厄介だからな。戦闘だけじゃなく日常も含めて。

 

「だからさぁ箒。また此処に来る時は、その手に持ってる日本刀を部屋に置いてから来るように。分かったか?」

 

「………そうしよう。じゃあまた後で」

 

 言い返すことが出来ない箒は俺に従って自室へと戻って行った。

 

「……ふうっ。一先ず流血沙汰にならずに済んで良かった」

 

 箒が戻った事に一息吐いた俺は鍵を掛けたドアに、ポケットに入れていた部屋の鍵を使って解除し、そのままドアを開けて入った。

 

 そして部屋に入ったその先には、

 

「た、助けてくれ和哉!」

 

「む? おお、師匠ではないか」

 

 ベッドの上で全裸のボーデヴィッヒが一夏の唇を奪おうと覆い被さっていた。言っておくが、俺はボーデヴィッヒの裸を見ないようにちゃんと目を瞑って後ろを向いている。ってか一夏、助けてくれと言ってる割には抵抗らしい抵抗を見せていないのは俺の気のせいか?

 

 何故ボーデヴィッヒがこの部屋にいる経緯についてだが、最初に俺が五時頃に起きて不意に一夏のベッドを見た際、何故か奇妙な膨らみがあった。それを見て疑問に思いながらそっと布団を捲ったら、すると全裸のボーデヴィッヒが寝ていた。本当だったら一夏を起こそうと考えたが、そうしたら寝ているボーデヴィッヒも起きて面倒な事になりそうだと思ったので、敢えて起こさずに俺一人で早朝訓練をしたって訳だ。

 

 因みに俺が箒を部屋に入らせなかった理由は、目の前の場面に遭遇したら、間違いなく手に持っていた日本刀を抜いて一夏を殺そうと予想したからだ。尤もそれは箒だけでなく、他の一夏ラヴァーズである鈴やセシリア、そしてシャルロットも同じ事をしていただろう。アイツ等の行動パターンは簡単に予想が付くからすぐ対処出来る。

 

「………お邪魔だったら退散するが?」

 

「いや、全然邪魔じゃないから! とにかくラウラをどうにかしてくれ!」

 

「はいはい……。そんでボーデヴィッヒ、いつまでも裸でいないで早く服を着ろ。そうしてくれないと俺は振り向けないんだが」

 

「問題ない。そもそも師弟関係と言うのは、裸の付き合いをするほど強い絆で結ばれているものだと聞いたぞ。だからコッチを向いてくれ師匠。それと私の事をボーデヴィッヒではなく、ラウラと呼んでくれ」

 

 ………ボーデヴィッヒに変な知識を教えたのはどこのどいつだ? 今物凄くソイツを殴りたい気分だ。

 

「……あのさぁボーデ……じゃなくてラウラ、俺はお前を弟子にするとは一言も言ってないんだが?」

 

 そもそも俺はまだ弟子の身だってのに、何故俺がコイツを弟子にせにゃならん。もし師匠が知ったら、『まだまだ未熟者だと言うのに弟子を取るとは随分偉くなったのう』なんて言われるのがオチだ。

 

「師匠が何を言おうが私は絶対に諦めない。だから師匠、私を強くする為に鍛えて欲しい!」

 

「って、全裸のままで来るな! さっさと服着ろ!」

 

「むぅ……師匠がそう言うなら仕方ない」

 

「と、取りあえず助かった……」

 

 近付いてくるラウラに俺が服を着るように怒鳴ると、ラウラは師匠命令と思ってか近くに置いてあった制服を着始めた。その事に一夏は安堵している。

 

 そして服を着終えたラウラにと俺が振り向いていると、

 

「ん? ラウラ、今更気付いたんだが、眼帯外したのか」

 

 一夏が少し驚くようにそう言ったので俺も不意にラウラの左目を見た。それは金色に輝く左目だった。

 

 確かあの目は特殊なナノマシンを注入して疑似ハイパーセンサーとなったが、事故によって目の色が金色に変化したとラウラが昨日俺に教えたな。変化と同時に常に稼動状態のままカット出来ない制御不能であると。故にラウラはそれを防ぐ処置として眼帯をしているそうだ。

 

 それを聞いた俺は不謹慎ながらも、『じゃあ何故トーナメントでそれを使わなかったんだ? 使えば状況が変わっていたと思うが』と尋ねた。俺の問いにラウラは『この目は嫌いだから使いたくなかった』だそうだ。

 

「確かに、かつて私はこの目を嫌っていたが、今はそうでもない」

 

「へぇ、そうなのか。それは何よりだ。うんうん」

 

 どうやら今のラウラはもうそんなに嫌っていないみたいだ。

 

 頷いている一夏にラウラの顔が何故か桜色に染まった。

 

「よ、嫁がきれいだと言うからだ……」

 

 あぁそう言う事ですか。好きな人に褒められたからか。ラウラも何だかんだ言って、恋する乙女になっているな。無論、これは良い意味で言ってる。以前まで無表情で抜き身の刃みたいに冷たい目が、今はこうも完全に感情豊かな一人の少女だ。

 

「やっぱり俺はお邪魔虫みたいだから、シャワー浴びてるわ。それまでどうぞ二人でイチャ付いて下さい」

 

「おい待て和哉! 俺を助けてくれるんじゃなかったのか!?」

 

「嫁よ。師匠が気を利かせてくれたから、それまで二人っきりの時間を過ごそう」

 

「頼むからラウラも悪乗りしないでくれ!」

 

 そして俺は洗面所に入って施錠してシャワーを浴びるのであった。

 

 因みに箒が再度来た時には、一夏がラウラと一緒にいる事に騒いだのは言うまでもない。




原作では箒が一夏の部屋に入ってドタバタ騒ぎとなっていましたが、ここでは和哉が阻止したので大した騒ぎにならずに済みました。


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第58話

久々の更新です!
それではどうぞ!


「ったく。箒のせいで朝食の時間が遅くなってしまった」

 

「……す、すまん」

 

 少し時間が経ち、場所は変わり一年寮食堂。俺が部屋でシャワーを浴びた後に箒が来ていて、何故かラウラと騒いでいて落ち着かせるのに少々時間がかかった。それにより俺と一夏は、少々遅めの朝食を取っている。

 

 席については俺の正面はラウラで、隣には箒。更に箒の正面には一夏が座っている。

 

 ついでにメニューは一夏と箒が和食で、ラウラは洋食。俺は中華でヘルシー野菜チャーハンとワカメスープ。一夏に『朝からよくそんなヘビーな物が食べられるなぁ』と突っ込まれた。そんな一夏からの突っ込みに大して気にしないで食べている最中、一夏は箒とラウラが食べてる料理を見ていた。

 

「ん、欲しいのか?」

 

 一夏の視線に気付いたラウラが自分の口にパンを持って、そのまま一夏に……あ、一夏が驚いた。

 

「ん……。どうした、かじっていいぞ?」

 

「ラウラ、お前のその行動は少々問題だぞ」

 

「? どういう事だ師匠?」

 

 俺の言ってる事が全く分かっていないラウラに、

 

「か、和哉の言うとおりだ! 一夏にそんな食べ方出来るか!それじゃまるっきりキス――」

 

 頷きながら言葉を途中で切って箒がガンッとテーブルを叩いた。箒さん、最後まで言えないからってテーブルを叩いちゃいかんぞ。周りが見てるだろうが。

 

「落ち着け箒。いきなり怒鳴るな」

 

「全くだ。食事のときくらい落ち着いたらどうだ……?」

 

 俺が箒を宥めようとするが、ラウラが余計な事を言った所為で箒の顔がひくひくと口元が引きつり、そりゃもう怖い笑顔となっていた。

 

「ラウラ、お前は少し口を閉じて――」

 

「ふむ。……嫉妬か?」

 

「なっ!?」

 

「自分ができないものだから、羨ましいと」

 

「――俺の話を聞けよ」

 

 再び余計な事を言うラウラに箒が意地を張ろうとする。

 

「だ、だ、だれができないものか! わ、私だって――」

 

「止めんか」

 

 そう言って俺は味噌汁が入ってるお椀に手を伸ばそうとする箒を阻止する為に、箒の額にバチンッと左手でデコピンを喰らわせた。

 

「~~~~!!」

 

「うわっ……」

 

「流石は師匠。アレだけで決めるとは……」

 

 俺のデコピンを喰らって悶えてる箒に、一夏は何故か自分の額を押さえ、ラウラは賞賛していた。

 

「か、和哉!? いきなり何を――」

 

「箒。これ以上騒ぎ立てるんだったら、今夜のデザートであるアップルパイを無しにするぞ?」

 

「……………す、すまなかった」

 

 俺のちょっとした(一年一組専用の)脅しをすると箒は大人しくなって席についた。

 

 当然、この脅しをするだけで一夏(とついでにラウラ)を除く一組生徒全員に有効な手段だ。

 

「ほう。師匠はアップルパイを作れるのか。私も一度食べて――」

 

「あとお前もコレだ」

 

 感心しながら言ってるラウラに俺は箒に続いて、ラウラの額にもバチンッとデコピンを喰らわせた。

 

「~~~~!! し、師匠! 何故私まで……!」

 

「箒に挑発染みた事を言うお前も悪い」

 

 額を押さえながら若干涙目で俺を睨むラウラだったが無視させてもらう。

 

 因みに俺は何度もラウラに師匠と呼ぶのは止めろといっているんだが、本人は敬う相手に師匠と呼ぶのは当然だと断固として呼び方を変えようとしないので、俺はもう諦める事にしている。

 

「し、しかし一夏がおしとやかな女性が好きだと言ってたので、私はこいつにそれを教えようとしただけで……」

 

「!」

 

 ラウラが言い訳に箒が反応したので俺がチラッと見ると、静かな表情でパクパクと朝食を食べ始めた。

 

 あのなぁ箒。“おしとやか”を意識しているんだろうが、今更摘まむご飯の量を少なめにしてもそれはどうかと思うんだが。

 

 そう呆れながら見てる俺だったが、箒がこうして大人しくなるだけで理想的な和風美人になるんだよなぁと何度も思った。もし箒に嫉妬深さと怒りっぽさが解消され、心に余裕を持つ事が出来たら間違いなく一夏は箒に惚れると俺は確信を持って言える。しかし哀しい事に、俺がさり気なく箒に助言しても他の一夏ラヴァーズが一夏にアプローチして怒らせてしまうと言うのが現状だった。あ~あ、一体どうすれば良いのやら。

 

「わああっ! ち、遅刻っ……遅刻するっ……!」

 

 箒の事を考えてる最中に突然珍しい声が聞こえた。

 

 その声の主は何とシャルロットで、凄く慌てている状態で食堂へ駆け込み、一番近くに置いてあった余っている定食を手に取っていた。

 

 そんなシャルロットに一夏も意外そうに見ながらも、手招きしてコッチに呼び寄せようとしている。

 

「よ、シャルロット」

 

「珍しいな。お前がそんなに慌てているとは」

 

「あっ、一夏と和哉。お、おはよう」

 

 ん? 俺の気のせいか? シャルロットが妙に一夏を避けていると言うか警戒してると言うか距離を取っている。何か遭ったんだろうか。

 

「どうしたんだ? いつも時間にしっかりしてるシャルロットがこんなに遅いなんて」

 

「う、うん、ちょっと……」

 

「ひょっとして寝坊か?」

 

「そ、そうそう。ちょっと寝坊しちゃって」

 

 一夏の問いは答え辛そうに言ってたのに、俺の問いにはすぐに答えるシャルロット。この違いは一体何だ?

 

 そんな俺の考えを余所に、シャルロットの返答を聞いた一夏が珍しそうな顔をしている。

 

「へぇ、シャルロットでも寝坊なんてするんだな」

 

「う、うん、まあ、ね……。その……二度寝しちゃったから」

 

 二度寝、ねぇ。

 

 その理由が何となく気付いていると、何故か俺の隣に座っているシャルロットが忙しそうに定食を食べている。

 

「デュノア」

 

「う、うん? って和哉、別にファミリーネームで呼ばなくても良いよ。シャルロットで良いから」

 

 学園で女だと判明したから一応苗字で呼ぶ俺に、シャルロットは名前で呼ぶように言ってきた。

 

「そうか。じゃあシャルロット、ちょっと耳を貸してくれ」

 

「?」

 

 一夏達に聞こえないようにシャルロットの耳元に手で覆い、

 

「(一夏とラブラブな夢でも見てて遅れたのか?)」

 

「!!!」

 

 適当にカマをかけた瞬間、シャルロットは茹蛸のように顔が真っ赤になった。分かりやすい奴だ。

 

「き、き、き、君は……な、な、何を言ってるのかな和哉! い、いくら僕でも怒るよ!?」

 

「………そんな顔で言われてもなぁ」

 

 必死に否定して俺に抗議するシャルルだったが、顔を見るだけで肯定してるも同然の反応だ。ホントに一夏はモテるなぁ。

 

「? 和哉。シャルロットに一体何を耳打ちしたんだ?」

 

「それはむぐっ!」

 

「いいい一夏は別に聞かなくて良いから!」

 

 俺が言おうとする直前、シャルロットが手でシュバッと俺の口を塞いだ。

 

「す、凄いなシャルロット。あの和哉を一瞬で……」

 

 シャルロットの不可解な行動を疑問を抱く前に、俺の口をあっと言う間に塞いだ事に感心してる一夏。ってか俺も少し驚いた。

 

「(和哉、一夏に言ったらどうなるか分かってるよね?)」

 

「………………」

 

 怖い笑みで(ささや)くシャルロットに俺は従うしか出来なかったので、首を縦に振ると離してくれた。

 

 やはりシャルロットは意外と怖い一面を持っているな。特に一夏の恋愛に関して。コイツをからかう時には相応の覚悟が必要かもしれない。

 

「だ、大丈夫か和哉?」

 

「問題無い。ところで一夏、お前シャルロットが来た時からジッと何か気になるように見ていたみたいだが?」

 

「え? い、一夏? も、もしかして僕、寝癖でもついてる?」

 

 すぐに寝癖が無いかと確認するようにシャルロットが髪を整えようとすると、

 

「いや、ないぞ。ただ、シャルロットは先月まで男子の服装だったから、改めて女子の格好をしているのを見て新鮮だなぁ、って思ってな」

 

「し、新鮮?」

 

「おう。可愛いと思うぞ」

 

 思った事を言う一夏に再び顔を赤くした。さっきとは違う意味で。

 

 良かったなシャルロット。一夏に可愛いって言われて。

 

「……と、とか言って、夢じゃ男子の服着せたくせに……」

 

 ほほ~う。夢の中の一夏とは、そう言うシチュエーションだったのか。

 

「ん? 夢?」

 

「な、なんでもないっ。なんでもないよっ!?」

 

 一夏は俺と違ってシャルロットの呟きが聞こえていなかったようだ。そんな一夏にシャルロットは手を突き出してブンブンと振って、再び朝食に手を戻した。

 

 と、その時、

 

「いてえっ!」

 

 いきなり一夏が悲鳴をあげたので振り向くと、箒が一夏の足にかかと落としを喰らわせ、ラウラが一夏の頬を抓っていた。

 

「コラコラ二人とも、何をやってる」

 

「おしとやかな女がいいと言った一夏が軽薄なことをつい、な」

 

「私の嫁が少々頂けないことをしたからだ」

 

「………あ、そう」

 

 要するに嫉妬か。

 

(ほれ一夏、ここで二人を褒めないと暫く不機嫌になるぞ?)

 

(え、えーと……)

 

 目で教える俺に、一夏はすぐに考え始めた。

 

 そして、

 

「ふたりともおとなしいと美人だな」

 

 アホと言わんばかりの褒め方をする一夏に、箒とラウラは揃って一夏の足を思いっきり踏んだ。

 

「「一緒にするな」」

 

 わあ怖い。二人とも一夏を超睨んでるよ。今のは一夏が悪いからフォロー出来ないな。

 

 さてと、コントをしている一夏達には悪いが俺はもう教室に行くとするか。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 あらら、さり気なく一夏達に気付かれないように食堂に出ようとした直後に予鈴が……って、俺だけじゃなく、いつのまにか箒とラウラとシャルロットもいるし。

 

「うわあっ! い、今の予鈴だぞ、急げ!」

 

 一夏だけはまだ席に着いたままで、慌てて立ち上がって漸く俺達がいない事に気付いた。

 

 そんな一夏に俺達は気にせずに食堂から出ようとする。

 

「お、おいお前ら置いていくな! 今日は確か千冬姉――じゃなくて、織斑先生のSHRだぞ!」

 

 それは『遅刻=死』。一年一組の中で出来た恐ろしい式だ。

 

「悪いな一夏。俺はまだ死にたくないんでね」

 

「私も和哉と同じだ」

 

「二人に同じく」

 

「ごめんね、一夏」

 

「薄情者ぉ~!」

 

 俺、箒、ラウラ、シャルロットの台詞に一夏が叫びながら追いかけて来た。

 

 それじゃあ俺は、

 

「そんじゃ皆さん、お先に」

 

 フッ!

 

『んなっ! 汚いぞ和哉!』

 

『師匠! 弟子の私を見捨てるのか!?』

 

『和哉! ソレを使うなら前みたいに僕を運んで欲しかったよ!』

 

『和哉テメェ! お前だけは俺を見捨てないと信じてたのに!』

 

 高速移動法である『疾足』を使った俺に、後ろから俺に文句を言って来る箒たちだったが無視させて頂く。

 

「おはよう」

 

「あ、かずーおはよう」

 

『うわっ!』

 

 教室に着いて突然現れた俺に、本音を除く一組の生徒全員が驚いた声を出した。

 

「かずー珍しいねー。いつもはやく来てるのにー」

 

「ちょっと訳あってな」

 

 本音と軽く話しながら席に着くと、

 

「到着っ!」

 

 ISの脚のスラスターと背部推進ウイングだけを部分展開したシャルルと、シャルルに手を握られている一夏が教室に入ったが、

 

「おう、ご苦労なことだ」

 

 残念な事に、もう既に千冬さんが教室にいたから二人は遅刻となってしまった。

 

 あ~らら、二人して顔が青褪めちゃってるよ。

 

 そんな二人に千冬さんはIS学園が出来た理由を述べながら、いつもながらいい音がする出席簿アタックを喰らわせた。

 

「デュノア、敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

 

「は、はい……。すみませんでした……」

 

 千冬さんからの説教にションボリと謝っているシャルロット。同時にシャルロットの行動に誰もが唖然としていた。

 

 優等生のシャルロットが規律違反をした事が衝撃的だから、そりゃ誰でもそうなる。

 

 あ。箒とラウラが一夏とシャルロットが怒られている後ろをすり抜けて着席してる。

 

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。二回目は反省文提出と特別教育室での生活をさせるのでそのつもりでな」

 

「「はい……」」

 

 一夏とシャルロットは揃って意気消沈しながら席に着いた。にしてもこの教室の掃除とは何気に酷い罰だな。此処は広いから、二人だけでは凄く時間が掛かる。

 

 それは流石に気の毒だから、見捨てた詫びとして後で千冬さんに内緒で俺も手伝うとしよう。

 

「言っておくが神代、二人の為に手伝おうだなんて考えるなよ? それでは意味が無いからな」

 

 ちっ、読まれてたか。流石は千冬さんだ。

 

 そう思っているとキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴って、SHRが始める。

 

「確か今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

 IS学園と言うと、ISについての授業しかやらないと思うだろうが、ちゃんと一般教科もある。もし期末テストで赤点を取ってしまったら最後、夏休みは連日補習となってしまう。それだけは嫌だ。

 

「あとそれと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ」

 

「あ、織斑先生。持ち物についてですけど、俺の修行道具とか持って行っても良いですか?」

 

「持ち運びが可能なら構わん」

 

 俺の質問に問題なく答える千冬さんに、一夏達クラスメイトは俺を呆れたように見ていたが無視だ。修行は俺の日課の一つだからな。

 

「さて、校外特別実習期間は三日間だが学園を離れる事になる。自由時間では羽目を外し過ぎないように」

 

 千冬さんが言う校外実習とは臨海学校のことだ。三日間である初日は丸々自由時間であり、そこは海。言うまでも無く女子達がテンション上がりっぱなしだ。それも先週から。

 

 因みに俺は水着が無いので、今週末に千冬さんに付き合わされる買い物で買う予定だ。一夏に教えたら面倒な事になると思うから、敢えて黙っておく。

 

「ではSHRを終わる。お前ら、今日もしっかりと勉学に励むように」

 

「あの、織斑先生。山田先生がいないんですけど、今日はお休みですか?」

 

 クラスメイトである鷹月(たかつき)静寐(しずね)が尤もな質問をする。それは誰もが気になっていたから。

 

「山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので山田先生の仕事は私が今日一日代わりに担当する………本当は私が現地視察をしたかったが(ボソッ)」

 

 え? それってつまり、各国が俺に対するクレームを千冬さんが代わりにやるって事? うわぁ。山田先生ある意味ラッキーかも。

 

 そう考えながら笑みを浮かべてる俺に千冬さんが少しばかり俺を睨んでいたので、さり気なく謝る事にした。



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第58.5話

今回はちょっとしたオリジナル閑話です。

凄く短いですがどうぞ!


 通常授業が終わった後のSHR。やっと終わったと安堵の声が所々聞こえていた。無論、隣にいる一夏もそう言っている。

 

 IS学園の生徒とは言っても所詮高校生に変わりなく、クラスの大半は勉強するのが苦痛のようだ。かく言う俺もその一人だ。勉強より修行した方が良いしな。けど、だからと言って勉学を疎かにする訳にはいかない。そんな事してたら師匠に怒られるからな。

 

「一夏、シャルロットと一緒に放課後の掃除頑張れよ」

 

「………俺を見捨てたお前にそんな事を言われると凄く嫌みだぞ」

 

「仕方ないだろ。あの時は俺も必死だったんだから。それに千冬さんに釘を刺された以上、俺は手伝う事が出来ないからな」

 

「けどだからと言って、こんな広い教室を俺とシャルロットだけやれってのは酷だぜ。俺はともかくシャルロットにしたら重労働だし」

 

「そうとは限らないぞ……。寧ろ一夏と二人っきりになれる事がシャルロットにとっては幸福な時間とも言えるからな(ボソボソ)」

 

「え? 限らないって……ってか何ブツブツ言ってるんだ?」

 

「何でもない。おっと、織斑先生が来たぞ」

 

 俺の小声を訊こうとする一夏だったが、タイミングよく千冬さんが教室に戻ってきたので帰りのSHRが始まる。

 

「ではSHRを始める。連絡事項については先ず神代。お前が使っている訓練機の打鉄についてだが、無期限貸し出しの期間が終了したので今後は――」

 

 

 ザワザワッ!

 

 

 千冬さんが言ってる最中に周囲が驚くように教室中がざわめくと、隣に座ってる一夏がガタッと立ち上がる。

 

「ちょ、ちょっと待てよ千冬姉! それってつまり和哉はもう用済みって事なのか!?」

 

 

 パアンッ!

 

 

「ぐおおおおっ……!」

 

「織斑先生と呼べと何度も言わせるな、馬鹿者が」

 

 抗議しようとする一夏だったが千冬さんから出席簿アタックを喰らい、当たり所が悪かったのか頭を手で押さえながら痛そうな顔をしていた。

 

 いつも疑問に抱いてる事なんだが、あの出席簿には何か仕込んでいるのではないかと思うくらいに凄い音と威力を出すよな。まぁ調べたところで何の変哲も無い出席簿だから、千冬さんの実力ゆえにあそこまで見事な一撃を出しているんだろう。

 

「一夏、俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが話は最後まで聞こうな。まだ言ってる最中なんだから」

 

「全くだ。それに何故ヒヨッコなお前より数段強い神代を用済みにせねばならん」

 

 ちょっと千冬さん。いくらなんでも言い過ぎなのでは?

 

 確かに一夏はまだ未熟なところはあるけど、俺との訓練でそれなりに実力は付いていますよ。

 

「分かったならさっさと座れ、織斑。あとお前らも静かにしろ」

 

「は、はい……」

 

 千冬さんの命令に一夏は気圧されながら座ると、クラスメイト達もさっきまでざわめきが無くなって全員静かになっている。

 

「さて、織斑によって話の腰を折られてしまったが続けるぞ。神代の訓練機無期限貸し出し期間が終了したのは他でもない。漸くお前に専用機が用意される事が正式に決まった」

 

 へぇ。俺もついに一夏と同じく専用機を……って専用機だと!?

 

「ついに神代君にも専用機が用意されるのかぁ~」

 

「神代君の実力を見れば当然と言えば当然だけど」

 

「かずーすご~い!」

 

 クラスメイトの女子全員は俺が専用機を用意される事に騒ぎ立てるも何の文句一つ無く受け入れており、

 

「良かったじゃないか和哉」

 

 そして一夏が笑顔で俺の肩を叩きながらそう言った。

 

 しかし俺は素直に喜べなかった。何故今頃になって俺に専用機を用意するのかと少々疑問を抱いているからだ。

 

「? どうした? 嬉しくないのか?」

 

「いや、嬉しいと言えば嬉しいんだが……学年別トーナメント後に専用機を用意するって、何だかまるで手の平を返したかのような感じがしてな」

 

『…………………』

 

 素直に喜べない理由を言った途端、クラスメイト全員が急に無言となって『……ああ、そう言われれば』みたいな顔をしていた。

 

 その前まで俺は一夏と同じ男性IS操縦者でも、千冬さんのような有名人の親族でも無い全くの無名だから大して注目されていなかったからな。それが今になって専用機を用意されると、とても素直に喜べない。

 

 恐らく各企業に専用機を要請をしていた学園側も現金な連中だと思っているに違いない。その証拠に千冬さんはクラスメイト達と同様に無言となって何も言い返さないからな。

 

「……まあとにかく、お前のISに関してはもう暫く時間がかかる。向こうは臨海学校が終わるまでに用意すると言ってたので、それまで待つように。次に――」

 

 俺の専用機受領の話しを終えた千冬さんはその他の連絡事項に移り、あっと言う間にSHRを終えた。

 

 そしてこの後、朝のSHR前に千冬さんから処分を下された一夏とシャルロットは教室の掃除をする事になり、クラスメイト達は早々に教室から出て行った。

 

 俺はさり気なくシャルロットに近付き、

 

「なぁシャルロット。いっそ二人っきりの掃除時間を利用して、アタックしてみたらどうだ?」

 

「! か、和哉の言ってる意味が分からないなぁ~!」

 

 ちょっとしたアドバイスを送ると、顔を赤くながら怒鳴られた。

 

「いっその事、朝見ていた夢を現実にしてみろよ。これはチャンスなんだから」

 

「~~~!! い、いい加減にしてよ和哉~~~! 僕本当に怒るよ~~~!!」

 

「? お前ら、一体何を話してるんだ?」

 

 会話の内容を全く理解してない一夏が意味不明になっているのを余所に、俺は掃除用具のモップで殴りかかろうとするシャルロットの攻撃をヒョイヒョイッと避けながら退散したのであった。




次回は和哉が千冬と一緒に買い物に行きます!


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第59話

すいません。今回は調子悪くて短いです。


「はぁ~、今日は織斑先生の奴隷かぁ~」

 

 週末の日曜日で天気は快晴。

 

 こう言った日は絶好の修行日和なんだが、千冬さんの買い物に付き合わされると言う罰を受けているので、俺は今千冬さんと一緒に街に繰り出している。

 

「誰が奴隷だ。人聞きの悪いことをいうな。元はといえば神代が私の許可無くラウラに個人情報を教えようとしたからだろうが」

 

 俺の隣では我等一年一組の担任である織斑千冬先生が不機嫌そうにギロッと睨んで、反論しようがない正論を述べていた。

 

 あの時は織斑先生に嵌められたとは言え、事実である事に変わりないからぐぅの音も出ない。

 

「まぁまぁ織斑先生。神代くんは別に悪気があって教えたわけじゃないんですから」

 

 そして千冬さんの隣では、副担任である山田先生が千冬さんを宥めている。

 

 さながら千冬さんは鞭で、山田先生が飴と言ったところだ。今の俺は山田先生がちょっとした女神に見える。

 

 そんな山田先生の宥めが甲斐あって、千冬さんはある程度の不機嫌さが無くなっていく。

 

「……神代、次に同じ事をしたらこんな軽い罰じゃ済まないからな。肝に銘じておくように」

 

「イエス、マム!」

 

 

 ゴンッ!

 

 

「あだっ!」

 

「誰が軍人形式の返事をしろといった」

 

 俺の返事が御気に召さなかったのか、千冬さんは俺の頭にチョップを喰らわせた。しかも強めだったから少し痛い。

 

「イテテテ……。いやぁ、織斑先生からの厳命だと思ってつい……。取り敢えず今後は気を付けます」

 

「……ならいい。ああそれと――」

 

 まだ何かあるのかと内心思いながら聞き逃さないようにしていた俺は、

 

「今は就業中ではないから、名前でいい。お前としてはそっちの方がいいだろう?」

 

「……了解、千冬さん」

 

 一応名前で呼ぶ事にした。

 

「あ、神代くん。私も先生と呼ぶ必要はありませんから」

 

「では真耶さんと呼べばよろしいでしょうか?」 

 

「え!? ま、真耶さんって……。だ、ダメですよ神代くん。私たちはまだお互いに名前で呼ぶほど親しい訳では……」

 

「…………………」

 

 人に振っておきながら、この人は何でこう変な方向に飛躍するんだろう。俺は何かおかしな事を言ったんだろうか?

 

 山田先生が顔を赤らめながら頬に手を当てて妄想してる事に呆れている俺は、一先ず千冬さんに訊く事にした。

 

「千冬さん、俺はこの人にどう言う返答をすれば良いんでしょうか?」

 

「放っておけ。行くぞ」

 

「へーい」

 

 千冬さんの後に続く俺は、未だに妄想中の山田先生を置いて町へ行こうとした。

 

『って先輩と神代くん! 私を置いて行かないで下さ~い!』

 

 置いて行かれた事に気付いた山田先生はすぐに後を追いかけた。

 

 どうでも良い事だが、取り敢えず俺は山田先生と呼ぶ事にしたのは、また変な妄想をされない為であると付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

「千冬さん、荷物持ちされる前に俺の買い物を先に済ませて良いですか? 俺、今度の臨海学校での水着をまだ用意してませんので」

 

 駅前のショッピングモール『レゾナンス』の二階に着いた俺は千冬さんにそう言って、許可を貰おうとした。

 

 因みに此処は中学の頃に一夏や弾、そして鈴とも一緒に放課後に繰り出した事があるからよく知っている。

 

「ああ、構わん。というか、私たちも水着を買いに此処に来たからな」

 

「……え? それって……」

 

 別に俺が荷物持ちする必要は無いのでは?

 

「ひょっとして俺と同じく水着だけを買いに来たんですか?」

 

「ああ」

 

「山田先生も?」

 

「え、ええ。まぁ……」

 

「………でしたら俺いらないでしょ!?」

 

「そうとも言えるな」

 

「あ、あはは……」

 

 思わず突っ込みを入れる俺にあっけらかんと言う千冬さんに対し、申し訳無さそうな感じで苦笑する山田先生。。

 

「じゃあ何で俺を連れて行こうとしたんですか? 罰をやるなら他のにすれば良いんじゃ……?」

 

「そうでもしないとお前は私と一緒に行こうとはしないと思ってな」

 

「? 俺が千冬さんと一緒じゃないと何か不味いんですか?」

 

「別に不味くは無いんだが……」

 

「もしかして――」

 

 俺は何か感づいたように訊きながら右腕を上げて、

 

「コレの心配をしてるんでしょうか?」

 

「あああっ!!」

 

 背後からナイフで突き刺そうと襲い掛かって来る女の攻撃を避けながら、ナイフを持ってる右手首と肩を掴んで一本背負いをかました。同時にナイフは落ちて軽い金属音をたてる。

 

 それを見た山田先生は驚いた顔をしており、千冬さんは驚かずに振り向く。

 

 もうついでに周囲にいた人達が何の騒ぎかと思ってコッチを見ていた。

 

「何だ。やはり気付いていたか」

 

「そりゃもう。電車に乗ってる時から殺気が駄々漏れでしたし、一体いつになったら襲い掛かってくるのかと待ちくたびれてました。よっと」

 

「ぐふっ!」

 

 俺はそう言いながら襲い掛かって来た女に鳩尾を突いて気絶させる。

 

「か、神代くん! い、いくらなんでもやりすぎですよ!」

 

「いや、人を殺そうとしてくるこの女の方がやり過ぎだと思いますよ。それにこう言う相手にはそれ相応の報いを受けさせるようにって俺の師匠も言ってましたし」

 

「だからと言って気絶させるのはどうかと思うぞ、神代」

 

「尋問するより身元を確認した方が手っ取り早いと思いまして」

 

 呆れたように言う千冬さんに俺は女が所持していたバッグを持ち、千冬さんに渡そうとする。

 

「予想は付いてますけど、出来れば千冬さんの方で確認してもらえますか? 一応女のバッグですので、男の俺よりは良いかと」

 

「それもそうだな」

 

 納得した千冬さんは女のバッグを開けて中身を確認すると、

 

「……やはりこの女は女性権利団体の一員だ」

 

 思った通りの結果だった。

 

 一先ず俺達は買い物をする前に、この女を警察に突き出す事にするのであった。。

 

 

 

 

 

 

「くっ。失敗したか」

 

「どういうことなの!? あの男があそこまで強いなんて聞いてないわよ!」

 

 和哉達から少し離れた所で野次馬たちと一緒に見ている黒髪と金髪の女性二人が舌打ちしながら悔しそうに見ていた。

 

 もう気付いていると思われるだろうが、彼女たちは和哉にのされた女と同様に女性権利団体のメンバーである。

 

 彼女たち三人は女性権利団体の幹部から連絡があって、神代和哉を暗殺しろとの指令が下っていた。普通は人を殺してしまえば殺人罪となってしまうが、彼女たちは女性権利団体であると同時に女性優遇制度もあるから、和哉に殺されそうになったから正当防衛だと主張すれば無罪になってあっと言う間に釈放される。

 

「一先ず此処から離れて報告しに行くわ」

 

「彼女を見捨てる気!?」

 

「落ち着きなさい。どうせ捕まってもすぐに釈放出来るわ」

 

 彼女の言うとおり、女性権利団体から警察に圧力を掛ければすぐに揉み消して釈放する事が出来る。それだけの権力を持つ者が女性権利団体の中にいるからだ。

 

 それを聞いてさっきまで騒いでいた金髪の女性は一通り落ち着いた表情をする。

 

「まだチャンスはあるわ。だから一先ず報告しなきゃ」

 

「そうは言っても、あの男を始末するのはそう簡単に行かないわよ。今回みたいに運良く外出を狙ったところで実行しても、あんな風にやられるのがオチよ?」

 

「それが無理なら別の手を使うまでよ。男なんて言う単純な醜い生き物を殺す方法なんか……いくらでもあるんだから」

 

「!」

 

 冷たく凶器の笑みを浮かべる黒髪の女性に、寒気を感じる金髪の女性は彼女が過去に複数の男から酷い目にあわされた事を思い出していた。




今回はちょっとしたオリジナルでした。


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第60話

「つまり荷物持ちは建前で、千冬さんと山田先生は俺の護衛と同時に買い物をしに来たと言う訳ですか?」

 

「まぁそう言うことだ」

 

「生徒を守るのは教師である私たちの役目ですからね」

 

 俺を殺そうとした女の身柄を駆けつけて来た警官に引渡した後、俺達は何事も無かったかのように店の中を歩いている。

 

 その途中で俺が尋ねると、千冬さんと山田先生が頷いた事に少し顔を顰める。

 

「別にお二人の護衛が無くても、あの程度の相手なら俺一人でも対処出来ますよ?」

 

「確かにな。だが状況によってお前一人では無理な場合もある。お前が伸した相手なら尚更な」

 

 相手がって……ああ、そう言う事か。

 

「………成程。確かに今回は千冬さん達がいなかったら不味かったかもしれませんね」

 

 千冬さんが言いたい事を察した俺は、内心前言撤回しながら二人がいなかった場合の事を想定する。

 

 もし俺一人だけで俺を殺そうとしてきた女性権利団体のメンバーである女に反撃して伸してしまえば、ソイツと一緒に同行していた他のメンバーが女に手をあげた等と声高に叫んで俺を嵌められていたかもしれない。けれど多分奴等の事だから俺を殺す事に成功しようが失敗しようが、どの道自分達の都合の良いシナリオを企てているに違いない。奴等は女尊男卑社会を利用してどんな事でも正当化しようとするからな。

 

 だから千冬さん達が一緒にいなければ、俺はさっき言ったような展開になって今頃は刑務所行きだ。俺がIS学園の生徒で学園側が抗議したとしても、女性権利団体の奴等の事だから『女性に暴力を振るって傷を負わせた非道な男には刑罰が必要』などと言って無視すると思う。何が何でも俺を消したがってるからな、あの連中は。

 

「理解してくれて何よりだ」

 

「でもお二人が一緒なら襲撃犯と一緒にいた女二人もしょっ引けば良かったのでは?」

 

「そんな事をしても時間の無駄だ。問い質したところで『自分たちは無関係だ』と白を切るのが目に見えてる」

 

「………そうでしょうね」

 

 だとしたら襲撃犯のあの女も近々釈放されるだろうな。

 

 何せアイツ等には女性権利団体と言う強力な後ろ盾があるから、アレが存在している限りやりたい放題出来るし。 

 

 ホントに嫌になるな。女尊男卑社会って奴は。特に女だからって何をしても許されると思い上がってるバカ女共には。

 

「一応教師である我々の方でも女性権利団体に抗議はしておくが、余り期待しないでくれ」

 

「分かってます。ですのでいつか女性権利団体に必ず相応の報いを受けさせます。もう二度と下らん真似が出来ないよう徹底的に……フフフ」

 

「ふっ。楽しみにしてるぞ神代。私も奴等にはウンザリしているからな」

 

「そ、それよりも二人とも。今は水着を買いましょうね、ね?」

 

 俺と千冬さんが笑みを浮かべていると、妙に怯えている様子を見せる山田先生が話題を変えた。その事に俺と千冬さんは此処に来た目的を思い出すと、すぐに頭を切り替える。

 

 そして水着売り場に着いた俺は男性用の水着が売ってる所へ行くために別行動をしようと二人に言おうとする。

 

「男用の水着がアッチですので、俺ちょっと見て来ますが良いですか?」

 

「ああ、構わん」

 

「何かありましたらすぐに私たちを呼んでくださいね」

 

「へ~い」

 

 許可を得た俺に千冬さんと山田先生は了承したので、俺はテクテクと男性用の水着売り場へと行く。

 

「さてと、なるべくシンプルなやつを選んで……」

 

『い、いや! それが似合うんじゃないか!? うん、それがいいぞ、シャル!』

 

『じゃ、じゃあ、これにするねっ』

 

「ん? 何かどこかで知ってる声が聞こえたような気が……」

 

 並ばれている水着を見回してる最中、男女の声が聞こえた方へ視線を向けた。

 

 見ると試着室の前に置かれている靴が何故か二足ある。同時にそこからはさっきの聞き憶えがある男女の声も。

 

 ちょっと気になって試着室の方へ行くと、千冬さんと山田先生も気になっていたかのように来ていた。

 

「あ、やっぱり千冬さんも気付きました?」

 

「ああ。まさかとは思いたいが」

 

 そう言って千冬さんは目の前の試着室のカーテンを開けると、

 

「「うわぁっ!!」」

 

 制服姿の一夏とオレンジの水着に着替えたシャルロットが突然の不意打ちに慌てふためいた。

 

「おやおや、これはこれは……」

 

「お、お、織斑くんっ! デュノアさんっ!」

 

「何をしている、バカ者が……」

 

 一夏とシャルロットがいた事に俺は苦笑、山田先生は顔を赤らめながら軽いパニック、千冬さんは呆れ顔となって呟いた。

 

 

 

 

 

 

「あのなぁ。水着を買いに来たとしても、試着室に二人揃って入るのは不味いだろ」

 

「神代くんの言うとおりですよ。教育的にもダメです!」

 

「す、すみません」

 

 俺の台詞に頷く山田先生が強めに言うと、シャルロットがぺこりと頭を下げる。

 

 けど俺は何故こうなったのかは大体分かった。恐らく原因はシャルロットだろう。

 

 一夏がシャルロットと一緒に試着室に入るなんて非常識な事は絶対にしない筈。となればシャルロットが強引に一夏を試着室へ連れ込んだ事になる。

 

 何故シャルロットがそのような行動に走り、そんな事が分かるのかと疑問に思うだろうが、もう俺は既に大体分かっているからだ。それはさっきからこっちをコソコソと覗き見しているのがいるからだ。しかも俺もよく知っている連中。ソイツ等がいるからシャルロットはあんな行動に走ったのだろうと推測していると言う訳だ。

 

「ところで和哉。どうしてお前が山田先生と千冬ね――織斑先生と一緒にいるんだ?」

 

 山田先生がシャルロットに説教されているのを見るに見かねた一夏は話題を変えながら俺に尋ねてくる。

 

「千冬さんとデート」

 

「は!? それどう言う事だ和哉!?」

 

 

 ゴンッ!

 

 

 アウチッ! 不覚にもまた千冬さんからの拳骨を喰らってしまった。

 

「……アタタ……痛いじゃないですか、千冬さん」

 

「誤解を招く事を言うお前には当然の罰だ。何故私がお前とデートしなければならん」

 

「ちょっと場を和ませようとして……」

 

「そんな物いらん」

 

「………え、えっと……」

 

 ボケをかます俺と突っ込みをやる千冬さんに、ついさっき俺に掴み掛かろうとした一夏はどうすれば良いのかと悩んでいる様子だった。

 

 そんな俺達に山田先生が苦笑しながらフォローをしようとした。

 

「私と織斑先生は水着を買いに来たんですよ、織斑くん。神代くんとはこの店に着いた時に偶然会って、私たちと同じく水着を買いに来たと言うことでしたので一緒だったんです」

 

 おおう。山田先生がいかにも本当だと言う作り話をしている。

 

 まぁ流石に本当の事を言えないからな。俺が命を狙われない為の護衛に二人が付いてるなんて。

 

 いくら相手が一夏でも、もし言ってしまったらコイツは絶対に心配して守ろうとするからな。俺を殺そうとしてくる相手の心配を。

 

 普通は逆だと思われるだろうが、当然これには訳がある。あれは過去に俺が一夏と一緒に町を歩いている最中、『アタシ今手元にお金無いから頂戴。よこさないと警察呼ぶわよ』と堂々と喝上げしてくる女尊男卑主義のバカ女に遭遇した時だ。言うまでも無く俺が殺気全開の『睨み殺し』を使ってバカ女を恐怖のどん底に叩き落し、それを隣にいた一夏が必死になって俺を止めた。

 

 そんな事があって一夏は俺に喧嘩を売ってくる相手がいると知ったら、必ずストッパー役を自ら買って出ると言う訳だ。

 

「ま、そう言う訳だ一夏。千冬さんとデートは全くの冗談だから気にするな」

 

「………なら良いが」

 

 山田先生に合わせた俺がそう言うと、一夏は取り合えずと言った感じで納得した。

 

 そして、

 

「そこの二名。いつまでも覗き見してないで、いい加減出てきたらどうだ?」

 

 俺がコソコソと見ている方へ顔を向けながら言うと、そこからギクッと言う音が聞こえた気がした。

 

「あ、相変わらず鋭いのね和哉。そ、そろそろ出てこようかと思ってたのよ」

 

「そ、そうですわ。タイミングを計っていたのですわ。別に覗き見なんてしてません」

 

 柱の陰から鈴とセシリアの二名が言い訳をしながら出てきた。

 

 そんな二人に一夏は大して驚いた様子も無い様子。コイツもさっきから気付いていたからな。

 

「お前ら、一体なにをこそこそとしていたんだ? ずっと気になってたんだが」

 

「女子には男子に知られたくない買い物があんの!」

 

「そ、そうですわ! まったく、一夏さんのデリカシーのなさにはいつもながら呆れてしまいますわね」

 

 一夏の問いに二人が非難する事に、俺は呆れながらこう言う。

 

「よく言う。どうせ一夏とシャルロットのデート阻止の為に――」

 

「「わ~~~~!!!」」

 

 図星だったのか、俺が言ってる最中に鈴とセシリアが突然大きな声を出しながら両手を使って俺の口を塞ごうとしてきたのでヒョイッと避けた。

 

「アンタはどうしていつも余計な事を言うのかしら!?」

 

「いくら和哉さんでも言って良いことと悪いことがありますわ!」

 

「あ~はいはい。俺が悪かったよ」

 

 怒鳴る鈴とセシリアに俺が謝っていると、一夏は不可思議な顔をしており、シャルロットはやはりと言うような顔をしていた。同時に山田先生は苦笑し、千冬さんは呆れ顔となって嘆息している。

 

「おい。さっさと買い物を済ませて退散するぞ。私たちがいつまでも此処にいたら他の客に迷惑だからな」

 

 千冬さんがそう言うと、俺達は買い物を済ませることにした。

 

 そんな時、山田先生が何か閃いた顔を見せる。

 

「あ、あー。私ちょっと買い忘れがあったので行ってきます。えーと、場所が分からないので凰さんとオルコットさん、ついてきてください。それに神代くんとデュノアさんも」

 

 成程、一夏と千冬さんに姉弟水入らずの買い物をさせる為か。

 

 意図に気付いた俺は黙って従い、鈴達を連れて行こうとする山田先生の後を追った。

 

「そういえばラウラはどうしたの?」

 

 突然シャルロットがそう言うと、鈴とセシリアは思い出した顔になる。

 

「あれ? さっきまでアタシたちと一緒だったのに……」

 

「どこかではぐれてしまったんでしょうか?」

 

 ラウラも来ていたのか。この二人の尾行に付き合うなんて、アイツ本当に変わったな。前までは敵対していたのに。

 

 そう思いながらも俺は山田先生の演技に付き合った後、目的の水着を買うのであった。




次回は和哉とのほほんさんが絡みます。それも甘々に……出来るかどうか保障出来ませんが、待っていて下さい。


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第61話

今回は和哉と本音の絡みがあります。
それではどうぞ!!


「かずーっ! 海だよぉー!」

 

「見りゃ分かるよ」

 

 トンネルを抜けたバスの中で本音が俺にそう言った。

 

 本日は臨海学校初日で快晴の中、IS学園一年生全員はバスを使って今日泊まる旅館へと向かっていた。

 

「どうでも良いんだが本音。君はいつまで俺に引っ付いてるんだ? 俺は抱き枕じゃないんだが」

 

「だってかずーとこうするの久しぶりだしー」

 

「普段学校で俺に引っ付いてるだろうが」

 

 言うまでもないと思うが、バスで俺の隣の窓側の席に座っているのは本音である。バスに乗って席に座った直後から俺に寄り添うかのようにずっと左腕を抱き締めながら引っ付いている。

 

「それとこれとは違うんだよー」

 

「どう違うんだ?」

 

「学校のときは私がかずーを癒すためでー、こうしてる今はかずーが私を癒してくれるのー」

 

「意味分からんぞ」

 

 コイツの日本語は全く理解出来ん。一体何が言いたいんだ?

 

 と言うか、そろそろ離れて欲しいんだが。

 

「つまりー、前に部屋で一緒に寝ているときみたいな感じだってことだよー」

 

「あれは君が勝手に人のベッドに潜り込んで寝てるだけじゃないか。ってか、そもそも君が勝手に抱き付いてるだけで俺自身何もしていないんだが……?」

 

「こうしてるだけで癒されるのー」

 

「普通好きでもない男に抱き付いてそんな事を言うか?」

 

「私はかずー大好きだよ~。かずーと一緒になるだけで嬉しいし~」

 

 そう言って本音は抱きついてる俺の左腕に更にギュッと強く抱き締めてくる。

 

 バスに乗って一時間以上もこんな状態だから、いい加減に左腕がだるくなってきているから俺はもういい加減に離れさせる事にした。

 

「はいはい。俺も君が大好きだから取り敢えず離れてくれ」

 

「やだー」

 

 嫌と言ってくる本音だったが、

 

「膝枕していいから」

 

「分かったー」

 

 妥協案を出すとすぐに言う事を聞いてすぐに俺の太ももの上に頭を乗っけた。

 

 本当なら無理矢理にでも引き剥がしたいところだが、コイツは俺から離れるのを何故か嫌がるからこう言った妥協をしなければいけない。ったく、何か俺もう本音の扱いが完全に分かってしまってるな。

 

 そう思いながら膝枕している本音の頭を右手で軽く撫でると、

 

「ふにゃ~。かずーの撫でられると気持ちいい~……すぅ……すぅ……」

 

 本音は猫みたいにゴロゴロと鳴らすようにそのまま寝てしまった。

 

「相変わらず本音は寝るのが早い事で……って何だお前等? さっきからコッチをジロジロと見て」

 

 すぐに寝た本音に取り敢えず安堵している俺だったが、先程から俺達を見ている周囲に声を掛ける。中には暑そうな顔をして『あっついよ~』と言いながら手を団扇代わりにして扇いでいたり、羨ましそうな感じで見ていたり、更には『あ~なんか砂吐きそう~』と言って気分が悪そうな顔をしていた。おい特に最後の奴、吐くならビニール袋を使えよ。

 

「あ、あのさぁ神代くん。実は君ひょっとして本音と付き合って恋人同士だったりする?」

 

「そんな訳無いだろう。俺とコイツはただの友達。それ以上の関係じゃないよ」

 

 一人のクラスメイトの女子が失礼な問いをして来ることに、俺は顔を顰めながら違うと否定する。

 

 全く。俺と本音はそんな関係じゃないっての。

 

『和哉、お前いい加減にのほほんさんと付き合えよ……!』

 

『いいなぁ。僕も一夏にあんな事されてみたいなぁ……』

 

『ん? 何か言ったかシャル?』

 

『っ! い、い、いや何でもないよ!』

 

 ん? 何か一夏とシャルロットの声が聞こえたような気が。

 

『はあっ……あんなにラブラブな雰囲気なのに、どうして和哉さんは友達だと言いきるんでしょうか……理解に苦しみますわ』

 

『流石は師匠だ。私も見習わなければ』

 

 セシリアの声はボソボソと言っててよく聞き取れなかったが、ラウラは一体何を見習うんだろうか。

 

「おい和哉」

 

「ん? 何だ箒?」

 

 通路を挟んで向こう側にいる箒が俺に声を掛けて、

 

「バスの中で見せ付けるな。暑苦しいぞ」

 

「? 何が暑苦しいんだ? 今バスの中は冷房で涼しいはずだろ」

 

 何か周囲が冷房をMAXにしてるような気がするのは俺の気のせいだろうか? いくら外が暑いとはいえ、そんなに体を当てて冷やしたら外に出た際に体に悪影響が出ると思うんだが。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ………あと神代、布仏を起こしておけ」

 

 千冬さんの言葉で全員が一斉に従う。けど俺に言った時には妙に鬱陶しそうな感じで言ったのは俺の気のせいだろうか?

 

 取り敢えず俺は本音を起こしていると、バスは目的地である旅館前に到着した。そして四台のバスからIS学園一年生が出て整列する。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月壮だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくおねがいしまーす』

 

 千冬さんの言葉の後に全員で挨拶をすると、着物姿の女将さんが俺達に丁寧にお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

 今年のって事はIS学園は毎年夏の臨海学校には此処に来ていると言う事か。

 

「それに和哉君も相変わらずお元気そうですね」

 

「お久しぶりです清洲さん。貴方もお変わりないみたいで」

 

『え?』

 

 女将さん――清洲景子さんが俺に声を掛けたので挨拶で返すと千冬さんや一夏達が一斉に俺を見た。

 

「神代、お前ここに来たことがあるのか?」

 

「ええ、まあ。以前師匠たちと一緒に何度も来てました」

 

 驚いたように問う千冬さんに俺はすぐに答える。

 

 この花月壮は以前に師匠と師匠の孫娘である綾ちゃんと一緒に修行 (俺メイン)とバカンス(綾ちゃんメイン)目的で来ていた。師匠曰く、此処は修行と遊び場を兼ねた絶好の場所だと。

 

「ですので此処の女将さんとは知り合いでして。もしかして、言わなきゃ不味かったですか?」

 

「別に不味くはないが、出来れば前もって言って欲しかったぞ」

 

「まあまあ織斑先生。そう仰らずに。和哉くんは悪気があって教えなかった訳ではありませんから」

 

 不機嫌そうに言う千冬さんを女将さんが宥めると、今度は俺を見てくる。

 

「和哉くん、竜三さんと綾ちゃんに『いつもの部屋はすぐにご用意できます』と伝えておいて貰えますか?」

 

「分かりました。特に綾ちゃんには必ず伝えますので。あの子はこの旅館が好きですから」

 

 言伝を頼む清洲さんに俺はそう言って頷く。

 

 そして次に、清洲さんはもう一人の男子である一夏の方を見る。

 

「織斑先生、こちらも和哉くんと同じくが噂の……?」

 

 ふと、俺と一夏を見た女将が千冬さんにそう尋ねる。 

 

「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者」

 

 千冬さんはグイッと一夏の頭を押さえると、一夏は取り敢えず挨拶をしようとする。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

 そう言って清洲さんは一夏に丁寧なお辞儀をする。相変わらず気品のあるお辞儀だ。ああ言う大人の女性って今の世の中にあんまりいないんだよなぁ。大半が傲慢な女ばっかりだから。

 

 挨拶をされた一夏は清洲さんみたいな大人の女性に耐性がないのか、少し緊張してそうな感じがする。

 

「不出来の弟でご迷惑をおかけします」

 

「あらあら。織斑先生ったら、弟さんには随分厳しいんですね」

 

「いつも手を焼かされていますので」

 

 よく言うよ。人前では厳しくしてるけど、一夏に何かあった時は物凄く心配して……やばっ。千冬さんが俺を睨んでるからもう止しておこう。

 

 そんな中、清洲さんが俺達を招きながら旅館についての説明をしており、女子一同が『はーい』と返事をしてすぐに旅館の中へと向かっていた。

 

 あれ? そう言えば俺は何処の部屋なんだろうか。いくらこの旅館を知ってるとは言え、どの部屋に泊まるのかが分からなければどうしようもない。

 

「ね、かずー」

 

「ん?」

 

 俺はどの部屋に行くかを千冬さんに訊こうとするが、突然俺の腕をグイッと引っ張って不機嫌そうな顔をしてる本音が声を掛けてきた。

 

「綾ちゃんって誰~?」

 

「綾ちゃん? その子は師匠の孫娘だが、それがどうした?」

 

 ってか何でそんなに不機嫌なんだ? 訳分からんぞ。

 

「……ひょっとしてその子ってかずーの恋人なの~?」

 

「君は一体何を言ってるんだ? 綾ちゃんとはそんな関係じゃない。ってかその子は小学生だ」

 

 とは言え、本音も本音で綾ちゃんと同レベルかもしれない。特に俺に甘えてたり、一緒に寝ようとするところとか。

 

「ほんとに~?」

 

「本当だっての。何疑ってるんだよ」

 

「何をしてる神代。部屋に案内するから早くこっちに来い」

 

 あ、千冬さんのお呼びだ。何か待ってるような感じだったので、俺は本音に「じゃあ後で海でな」と言って別れた。

 

「あれ? 一夏も一緒か」

 

「ああ。もしかしたら和哉と一緒の部屋かもな。えっと、織斑先生。俺と和哉の部屋ってどこになるんでしょうか?」

 

「黙ってついてこい。神代もな」

 

 一夏の問いにスパッと言論封殺する千冬さんだった。

 

 取り敢えず千冬さんの言うとおり何も言わずに付いて行く事にした俺と一夏は、旅館の中を見ながら歩く事にした。何度も来ているけど、此処はかなり広くて綺麗だな。

 

「ここだ」

 

「え? ここって……」

 

「あの、織斑先生。ドアの張り紙には『教員室』と書かれているんですが?」

 

 俺の問いに千冬さんはこう答える。

 

「最初はお前たち二人部屋という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな」

 

 成程、そう言う事か。確かに一夏狙いの女子が絶対に来そうだ。

 

「ですが、その時には俺が追っ払いますけど?」

 

「神代の場合は布仏が来るだろうが。部屋にいた時にはお前が寝てる間にベッドに潜り込んでいたんだろう?」

 

 ………ああ、そうですね。本音の事だから一夏がいたとしても絶対にやりそうだ。ってか千冬さん、バスで俺と本音の会話を聞いてたんですね。

 

 そして千冬さんは溜息を吐いてそのまま続ける。

 

「結果、私と同室になったわけだ。これなら、女子もおいそれとは近付かないだろう」

 

「そりゃまあ、そうだろうけど……」

 

「ははは。確かにそう簡単には近付かないな」

 

 IS学園で千冬さんに逆らう生徒なんか一人もいないし。やるにしても相応の覚悟が必要だ。

 

「一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるな」

 

「はい、織斑先生」

 

「分かってます」

 

「それでいい」

 

 一夏と俺の返答を聞いた千冬さんは部屋の中に入る許可を出した。あ、この部屋は竜爺たちと一緒に泊まった部屋と一緒だ。

 

「おおー、すげー」

 

 初めて部屋を見る一夏は感嘆しながら見回っている。俺と綾ちゃんも最初はあんな感じで見ていたな。

 

「神代はこの部屋を知っているみたいだな」

 

「そりゃまぁ」

 

 これでも常連ですから。

 

「一応、大浴場も使えるが男の織斑と神代は時間交代だ。本来ならば男女別になっているが、何せ一学年全員だからな。お前ら二人のために残りの全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」

 

「わかりました」

 

「了解です」

 

 しかしまぁ、いくら俺もいるとは言えよくあそこまで職務に忠実なことで。恐らく俺がいなかったら一夏は、千冬さんに言われないとそのまま普通に「千冬姉」と呼んでるだろう。

 

「さて、今日は一日自由時間だ。荷物も置いたし、好きにしろ」

 

「じゃあそうします。じゃあ行くか一夏」

 

「あ、ああ。えっと、織斑先生は?」

 

 俺が荷物から物を出していると一夏が千冬さんに問う。

 

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまあ」

 

 折角愛しの弟が選んだ水着を無駄にしない為に後で海に泳ぎにうおっとっ!!

 

「神代、後で私と試合でもするか?」

 

「い、いえ。結構です」

 

 あ、あぶね~! あとちょっと反応が遅かったら確実に千冬さんの特大拳骨で気絶されるところだった!

 

「和哉。お前また余計な事を考えてたんだな」

 

 お前にだけは言われたくないよ一夏。ってか、お前の場合は俺と違ってやられているだろうが。

 

 にしても千冬さんがあそこまで過敏に反応したって事は、適当に考えてた予想がずばり的中したのか。果たして一夏はどんな水着を選んだのやら。

 

 そう思っていると、突然コンコンっとノックが聞こえた。

 

「織斑先生、ちょっとよろしいですかー?」

 

 この声は山田先生か。

 

「ええ、どうぞ」

 

 千冬さんの返事を聞いた山田先生がドアを開けると、丁度入り口からの直線上に立っていた一夏と目が合った。

 

「わあっ、織斑君! それに神代君も!」

 

「いや、そんなに驚かなくても」

 

「俺らは別に驚かしたつもりないんですが……?」

 

 山田先生の驚きように呆れる一夏と俺。まぁこの人はドアを開ける時も書類に目を通したまま入室したからな。驚くのは無理もないかもしれない。

 

「ご、ごめんなさい。ついつい忘れていました。織斑君と神代君は織斑先生のお部屋でしたね」

 

「山田先生。確かこれはあなたが提案したことだったはずだが?」

 

「は、はいぃっ。そうです、はいっ。ごめんなさい!」

 

 おいおい、提案者である山田先生が忘れてどうするんですか。

 

 そして千冬さんから『遊びに行け』と言われるついでと同時に『羽目を外し過ぎないように』との注意を受けて、俺と一夏は海へ行く前の準備の為に更衣室へ向かうのであった。




和哉と本音の甘々な展開になれたかどうかは分かりませんが、取り敢えずああしてみました。


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第62話

かなり遅れた更新ですが、どうぞ!!


 俺と一夏は途中で箒と出くわし、そのまま更衣室のある別館へ向かおうとしていたのだが、

 

「何だコレは?」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 その途中、目の前の珍奇な物を発見した為に足を止めていた。

 

 思った事をそのまま口にする俺に、一夏と箒は無言となっている。

 

 俺達がこんな言動をするのは仕方ないだろう。何故なら道端に、ウサギの耳が生えているからだ。別にウサギの耳と言っても本物のウサギではなく、バニーガールとかが使う『ウサミミ』みたいなやつだ。本来、ウサミミの色は黒いのだが、目の前にあるやつは白だった。

 

 それと一緒に『引っ張ってください』という下手くそな字で書かれた張り紙もある。

 

「おい、お前等コレに心当たりあるのか?」

 

「ま、まぁ一応……。なあ箒、これって――」

 

「知らん。私に訊くな。関係ない」

 

「?」

 

 一夏が確認の為に箒に尋ねようとするが、言い切る前に箒は即否定する。まるで関わりたくないと言わんばかりに。

 

 俺が疑問に思っている最中、一夏はウサミミに近付こうとする。

 

「えーと……抜くぞ?」

 

「好きにしろ。私には関係ない。行くぞ和哉」

 

「え? ちょ、ちょっと箒……!」

 

 箒は俺の腕を引っ張って、そのままスタスタと更衣室へ向かおうとする。

 

「お、おい。お前なにか知ってそうな感じがするんだが、本当にほっといて良いのか?」

 

「構わん。私としても今あの人に会いたくないからな」

 

「あの人?」

 

 連れて行かれながらも、箒の台詞に俺はふと気になった。

 

 あんな珍奇な物を見て何か知ってそうな感じがしながらも否定し、加えて箒が言う『あの人』。俺が知ってる中で箒が言うあの人ってなると……あ、何か分かったかも。

 

「箒、あの人ってもしや……お前の姉、篠ノ之束か?」

 

「………………」

 

 俺の問いに箒は更衣室前に着いたと同時に急に足を止めて無言になる。そしてすぐに俺に振り向いてこう言う。

 

「和哉、姉さんには気をつけろ」

 

「? どう言う意味だ?」

 

「いずれ分かる。じゃあな」

 

「お、おい……」

 

 言うだけ言った箒はそのまま更衣室へと入って行った。

 

 箒は何が言いたいんだ? 姉に気をつけろって……。まぁアイツが言うからには篠ノ之束と言うISの開発者は何か危険な感じがすると言う事だろう。

 

 取り敢えず俺はそう考え、一番奥にある男子更衣室へ行き、そこに入ろうとする為にドアを開けようと、

 

 

 ドカ~~~~~ン!!

 

 

「!!! な、なんだ今の音は!?」

 

 突然、何かデカイ音がした事によって俺は男子更衣室に入ろうとする足を止めた。

 

 音が聞こえたのは本館からだ。もしかしたら一夏と別れた場所かもしれない。確かあそこにはウサミミがあったから、一夏がそれを抜いた事によって何か起きたと思われる。

 

 そう考えた俺は箒と一緒に行った道を急いで戻ると、そこには尻餅をついてる一夏と驚いているセシリア、そして何故か真っ二つに割れてる機械的な人参と奇抜な格好をしている見慣れない女性がいた。

 

「おい一夏! 一体何が起きた!?」

 

「あ、か、和哉……」

 

「ん? 和哉?」

 

 一夏が俺を呼んだことに見慣れない女性が急に俺を見ると、すぐに近付いてきた。

 

「な、何だアンタは? 見たところ学園関係者じゃなさそうだが……」

 

「もしかして、君がちーちゃんが言ってた神代和哉かな?」

 

 ちーちゃん? 一体誰の事だ? ってか、何でこの人は俺の名を知っているんだ? お互いに初対面の筈だぞ。

 

 いきなりの見知らぬ女性の問いに俺が不可解に思ってると、一夏は何故か驚いた顔をしていた。

 

「だとしたら何だ?」

 

「ふ~ん」

 

 急に頷いて何か考える仕草をする女性。何なんだこの人は?

 

「確かに強そうに見えるけど、ちーちゃんはどうしてこんなのに入れ込んでるのかな~?」

 

「何だと?」

 

 『こんなの』呼ばわりされる事に不快な表情をする俺。いきなり人の前に立ってジ~ッと人の顔を見ながら訊いておきながら、いきなり人を見下すような発言をすれば誰だって不快になる。

 

「まあ、いいや。取り敢えず君は後回しっと。今は箒ちゃんを見つけないとね。じゃあねいっくん。また後でね!」

 

「おい待てコラ……って、いつの間に」

 

 一夏を見て別れを告げて何処かへ行こうとする女性に俺がすぐに捕まえようとするが、かなりの速さで走り去ってしまったので無理だった。普段の俺なら捕まえれたんだが、かなりの速さで去って不意を突かれた為に思わず見逃してしまった。

 

「チッ! 俺とした事が逃したか……今度会ったら絶対に捕まえてやる。おい一夏、今の失礼な女は誰なんだ?」

 

「和哉! 一体どう言う事だ!?」

 

「はあ?」

 

 舌打ちしてる俺に突然一夏が俺に近付いてきて詰問してきた。

 

 ってか、今度は一夏かよ。出来れば先に俺の質問に答えてほしいんだが。

 

「ど、どうしたんですか一夏さん?」

 

 セシリアも一夏の行動に首を傾げながら問うが、当の本人は全く聞いていない。

 

「何であの人に名前を覚えられてるんだ!? お前何かしたのか!?」

 

「おい、言ってる意味が分からんぞ」

 

 コイツは一体何が訊きたいんだ? さっきまで訳の分からん反応をしただけでなく、今度は意味不明な質問だし。俺の頭の中は『?』だらけだぞ。

 

「だから! 俺が言いたいのは……!」

 

 

 バチンッ!

 

 

「ぐあああ~~!」

 

「す、すごく痛そうな音ですわね……」

 

 これ以上意味不明な質問をされたら困るので、俺は詰問してくる一夏の額にデコピンを食らわした。それを見たセシリアが喰らってもいないのに額を押さえながら痛そうな顔をしている。

 

「先ずはお前が落ち着け、一夏。そんなに慌てたらまともに話が出来ん」

 

「~~~~!!」

 

 俺のデコピンを喰らった一夏は額を押さえながら悶えている。あ、両目から涙出てるな。手加減したつもりだったんだが、それでもかなり効いたみたいだな。一夏はともかくとしても、あの失礼な女には本気でやりたかったが。

 

「い、いきなりデコピンは止めてくれよ……! ただでさえ、和哉のデコピンは強烈なんだから……!」

 

「お前がいきなり訳の分からん事を言うからだ。と言うか、先ず最初に俺の質問に答えてくれ。あの女は一体誰だ? 言っておくが俺はあんな失礼な女なんか知らんぞ」

 

 文句を言う一夏に斬って捨てる俺はあの女について尋ねた。

 

 俺の質問に一夏はデコピンによって少し落ち着いたのか、額を手で押さえながらも質問に答えようとする。

 

「いててて……あ、あの人は束さんで、箒の姉さんだ」

 

「箒の姉だと? って事はもしや――」

 

「ええええっ!? い、今の方が、あの篠ノ之博士ですか!? 現在、行方不明で各国が探し続けている、あの!?」

 

 聞いていたセシリアが驚愕しながら言う。セシリアの反応は正しいだろう。何しろISを開発した天才科学者がさっきまで目の前にいたからな。

 

「そう、その篠ノ之束さん」

 

 驚いているセシリアに一夏は振り向きながら答える。

 

「んで? その天才博士様が何故此処に来たんだ? いくらISを開発した重要人物でも、此処は部外者は立ち入り禁止だとちふ……織斑先生が言ってたが?」

 

 思わず千冬さんと言いそうになった俺は言い直して再度一夏に尋ねる。

 

 今回の臨海学校はISの稼動試験を目的とした物であり、それを機に各国から代表候補生宛に新型装備が山ほど送られる。しかし、IS学園教師と生徒以外の部外者は参加出来ない為、揚陸艇でしか装備を運べない事になっている。

 

「いや、まぁ……多分束さんの事だから、思いっきり規則無視して入り込んだと思う」

 

「………千冬さんとは正反対な奴だな」

 

「さぁ和哉。お前の質問には答えたぜ。今度は俺の質問に答えてくれ。お前は束さんに名前を覚えられるような事をしたのか?」

 

 篠ノ之束について呆れている俺に、一夏は言うべき事は言ったと言う感じで尋ねてきた。

 

 因みに一夏は痛みが漸く引いたのか額を押さえていた手を離していた。

 

「知らん。俺はあの女が篠ノ之束だと分かる前まで全く分からなかったし、何かをした覚えなんか一切無い。寧ろコッチが知りたい位だ」

 

「そ、そっか……。悪いな、突然変な事を訊いて」

 

 と言うか、何故一夏はあの女が俺の名前を覚えてる事に驚いているんだ? あの天才博士が俺の名を覚えた事に何か深い意味でもあるんだろうか。

 

 嘘偽り無く答える俺に一夏は本当だと分かったようで、これ以上は訊かなかった。コイツとは付き合いが長いから、俺が本当の事を言ってると分かってるからな。

 

「変な奴だな。あの女が俺の名前を覚えてる事はそんなに驚く事なのか?」

 

「あ、いや、気にしないでくれ。それとさっきの束さんの失礼な態度は俺が代わりに謝るから。気を悪くしてすまなかった」

 

「……別にお前が謝る必要は無いんだが」

 

 謝る一夏を見て少し呆れ気味に言う俺。

 

 多分コイツの事だから、自分の関係者だから謝る必要があると思ってるんだろう。まぁあの女を見た限り、自分から謝るなんて事はしないと思う。我が道を往くみたいな感じだったし。

 

「取り敢えず今は海に行こうぜ。な?」

 

「……そうだな」

 

 一夏に謝られたら、もうこれ以上何も言う気は無いので海に行くことにした。そして一夏は次にセシリアの方を見る。

 

「ところで俺たちは海に行くけど、セシリアは?」

 

「え、ええ、わたくしも海へ。そ、そこでですね」

 

 話しかけられたセシリアはこほんこほんと咳払いをする。あれは何かお願いをする仕草だな。

 

「せ、背中はサンオイルが塗れませんから、一夏さんにお願いしたいのですけど……よろしくて?」

 

「ん? 友達に塗ってもらえばいいじゃないか。もしくは和哉とか」

 

「え、ええまあ、そうですけど、できれば……その、和哉さんではなく一夏さんに……」

 

 ははは~。友達や俺よりも好きな男に塗られたいって訳か。まぁもし俺が女でセシリアの立場だったら、同じ事を言ってるだろうな。

 

「うーん、思い切って塗らないとかどうだ?」

 

「却下です!」

 

「おいおい一夏。折角のレディからのお誘いを断ったら、男が(すた)るぞ?」

 

 一夏の提案にセシリアは即断し、俺はフォローに回ると一夏がちょっとばかり顔を顰める。

 

「別に男とか関係無いだろ。と言うか冗談だってセシリア。サンオイルを塗るくらいならおやすい御用だ」

 

 一夏がそう言うと、

 

「ほ、本当ですね!? 後からやっぱりナシは認めませんわよ!?」

 

 物凄い勢いで食いつくセシリアに俺は少し呆れた顔をする。

 

 いくらなんでも喜びすぎだと思うんだが。ま、好きな男からの了承を得られただけでも嬉しいって事か。

 

「わかった。じゃあ、また後でな」

 

「ええっ。また後で!」

 

 セシリアはコクンコクンと深く二回頷き、すぐ別館へ向かって走り出した。しかも相当機嫌が良いのか、軽快かつ迅速な足取りだった。

 

「和哉、俺たちも行くか」

 

「ああ」

 

 そして一夏と俺は別館に入って奥にある男子更衣室へと向かう。

 

 その途中で、

 

『わ、ミカってば胸おっきー。また育った~?』

 

『きゃあっ! ちょ、ちょっと揉まないでよぉっ!』

 

『うわぁ~。ティナって水着だいたーん。すっご~い』

 

『そう? アメリカでは普通だと思うけど」

 

 女子更衣室を横切ると、その中からきゃいきゃいとした黄色い声が聞こえた。

 

「……なぁ和哉。俺、ああ言うの正直苦手っていうか、恥ずかしいんだが。何でか知らないけど」

 

「んなもん俺だって同じだ。だからとっとと行くぞ」

 

「お、おい、ちょっと待てよ和哉」

 

 スタスタと早足で行く俺に一夏は追いかけ、そのまま男子更衣室に入って手早く水着に着替えた。男の身支度なんて手軽であっと言う間だ。では、いざ海へ行きますか。




一応、和哉と束の初会合でした。


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第63話

今回はちょっと時間に余裕があったので書けました。
それではどうぞ!!


「あ、織斑君と神代君だ!」

 

「う、うそっ! わ、私の水着変じゃないよね!? 大丈夫よね!?」

 

「わ、わ~。体かっこい~。鍛えてるね~」

 

「て言うか、神代君の体のほうが凄いわ。織斑君と違ってすっごく引き締まった筋肉だし……」

 

「織斑くーん、あとでビーチバレーしようよ~」

 

「おー、時間があればいいぜ」

 

「ねぇ神代くーん、何故か本音がちょっと不機嫌だから相手して~」

 

「俺は本音の世話係じゃないんだが……」

 

 更衣室から浜辺に出ると、丁度隣の更衣室から出てきた女子数人と出会う俺と一夏。言うまでもないと思うが、どの女子達も可愛い水着を身につけており、露出度が少し目立っている。

 

 さてさて、砂浜に向けて一歩踏み出した瞬間………七月の太陽によって砂が熱くなっていた。

 

「あちちちっ」

 

「此処は相変わらずだな」

 

 熱い砂によって足の裏を焼かれた一夏は痛そうな顔をしているが、俺は以前から何度も来て慣れてるので大して熱くなかった。

 

「熱くないのか?」

 

「平気だ」

 

 一夏の問いに答えながら俺がビーチに向かって歩いてると、一夏はつま先立ちになりながら付いて来る。ビーチには既に多くの女子生徒達がおり、中には肌を焼いていたり、ビーチバレーをしていたり、泳いでたりと様々だ。着てる水着も色とりどりで、五反田弾が見たら『ここはパラダイスだ~!』なんて言いそうだ。

 

「和哉、準備運動しようぜ」

 

「当然。何事も準備運動は必要だからな」

 

 準備運動を始める俺と一夏。修行をするにしても海で遊ぶにしても、準備運動は必ずしなければいけない。海の場合は、足が攣って溺れてしまうなんて事があるからな。そう思いながら俺は一夏と同じく腕を伸ばして足を伸ばして背筋を伸ばしていると、

 

「い、ち、か~~~~っ!」

 

「のわっ!?」

 

 突然一夏に声を掛ける女子生徒の声が聞こえるとすぐに、一夏が情けない声を出す。

 

「あんたたちって真面目ねぇ。一生懸命体操しちゃって。ほらほら一夏、終わったんなら泳ぐわよ」

 

「相変わらずだな、鈴」

 

 振り向くと鈴が一夏に飛び乗っていた事に、呆れるように言う俺。鈴は中学生の頃に、水着になると一夏に飛びつくのを知っていたから大して驚きもしない。

 

 ついでに鈴が着てる水着はオレンジと白のストライプである、スポーティーなタンキニタイプだ。

 

「と言うかさっさと一夏から離れて、お前も俺と一夏と一緒に準備運動しろ」

 

「和哉の言うとおりだぜ。溺れてもしらねえぞ」

 

「あたしが溺れたことなんかないわよ。前世は人魚ね、たぶん」

 

「……いや、多分イノシシだと思う。特に猪突猛進なところが」

 

「何か言った和哉!?」

 

「別に何にも」

 

 そうこう言ってる内に、鈴が一夏の体をしゅるりと駆け上って肩車の体勢となっていた。もしかしたら鈴の前世はイノシシじゃなくて猿か蛇かもしれない。もうついでに言わせて貰うが、人魚=女とは限らないぞ。人魚ってのは男も含まれてるからな。

 

「おー高い高い。遠くまでよく見えていいわ。ちょっとした監視塔になれるわね、一夏」

 

「監視員じゃなくて監視塔かよ!」

 

「いいじゃん。人の役に立つじゃん」

 

「誰が乗るんだよ」

 

「んー……あたし?」

 

 にへへっと笑う鈴に、

 

「じゃあ俺も監視塔になってやろうか、鈴?」

 

「嫌よ! アンタ以前そう言って監視塔になった時、凄いスピードで走ってあたしを落とそうとしたじゃない!」

 

 俺が提案した瞬間、鈴は即座に断った。

 

「そうだっけ? 俺は鈴の要望に応えたんだが」

 

「まぁ確かにアレは流石の俺もちょっとな……」

 

 俺が心外そうに言うが、一夏が思い出しながら同情するように言った。

 

 あれは確か中学の頃に一夏達と海で遊んだ時に、俺が鈴を肩車してもっと速く走れって言ったから、全速力で走っただけなんだが。まぁそれで鈴は二度と俺に肩車をする事は無くなったな。

 

「あっ、あっ、ああっ!? な、何をしてますの!?」

 

 お、此処にやって来たセシリアがさっきまでと違って少々ご立腹だ。今アイツの手には簡単なビーチパラソルとシート、それにサンオイルを持っている。一夏にサンオイルを塗ってもらう為に機嫌良く持って来たが、この状況を見て一変してる。

 

 んで、セシリアの水着は鮮やかなブルーのビキニとパレオ付き。一夏はそれを見てついつい視線を逸らしている。ま、確かにセシリアのスタイルは良いから、そうしてしまうのは無理もないな。何度も海に行った俺はこんな展開もう慣れてるし、特に小学生とは思えないスタイル抜群の綾ちゃんの白ビキニで見慣れてもいる。その時は綾ちゃんをナンパしようとする男を追っ払ってたけど。

 

「何って、肩車。あるいは一夏の移動監視塔ごっこ」

 

「ごっこかよ」

 

「そりゃそうでしょ。あたし、ライフセーバーの資格とか持ってないし」

 

「安心しろ鈴。俺は資格持ってないが、それ相応の応急処置は出来るぞ。心肺蘇生術とか人工呼吸とか」

 

「ああ、確かに俺より和哉なら――」

 

「遠慮しとくわ! って言うか心肺蘇生ならまだしも、和哉に人工呼吸なんかされたくないわ!」

 

「ならお前が溺れて人工呼吸する際、一夏にやってもらうか」

 

「何で俺なんだよ、和哉」

 

「え、ええ!? い、一夏があたしに……」

 

「わ、わたくしを無視しないでいただきます!? というか和哉さん! 貴方はなんてことをいうのですか! わたくしの目が黒いうちはそんなことさせませんわよ!」

 

 おっと、ついセシリアを無視して一夏と鈴と一緒に会話してしまった。どうでも良い事なのだが、一夏が鈴にあんな風にベッタリとくっ付かれても平気な様子を見せる。本当ならば戸惑うのだが、一夏が平気な理由としては(言っちゃいけないが)鈴の胸がないからだ。平べったいから柔らかい感触と言うのが全然ないと一夏が言ってた。それと同時に鈴は以前からあんな感じで一夏に乗っかってるから、一夏としても慣れている。

 

「とにかく! 鈴さんは一夏さんから降りてください! 和哉さんにやってもらえばいいでしょうに!」

 

「ヤダ。あたし和哉に酷い目にあわされたし」

 

「な、なにを子供みたいになことを言って……!」

 

「まあまあ落ち着けセシリア」

 

「これが落ち着いていられますか!」

 

 俺にそう言ってセシリアがザクッ! とパラソルを砂浜に刺した。こりゃ鈴を下ろさないと収まりそうにないな。

 

「なになに? なんか揉め事?」

 

「って、あー! お、織斑君が肩車してる!」

 

「ええっ! いいなぁっ、いいなぁ~!」

 

「きっと交代制よ!」

 

「そして早い者勝ちよ!」

 

「何だったら俺が一夏の代わりに肩車してやるぞ?」

 

『絶対嫌よ!!』

 

 おやおや。一組以外の女子は相変わらず俺の事が嫌いみたいだな。

 

 ま、一組の女子でも俺より一夏にやってもらいたいと……

 

「ねぇかずー、私に肩車して~」

 

「………そういや君がいたな」

 

 どうやら例外がいたようだ。

 

 水着とは思えないキツネの着ぐるみらしき物を纏っている本音が俺の背後から抱き付いている。

 

「かずーすっごい筋肉だね~。どうやったらこんなに硬くなるの~?」

 

「師匠の修行をしてたら自然にこうなったよ」

 

「へ~」

 

「ってか本音。君はいつまで俺の身体を触り続けてるんだ?」

 

「かずーがすっごい逞しいからー」

 

「訳の分からんことを言ってないでとっとと離れんかい。君は男相手にセクハラする変態か」

 

 取り敢えず背中に本音から離れようとするが、

 

「じゃあこうする~」

 

 そう言って本音は次に正面から俺に抱き付いて来た。何も変わってないじゃないか。

 

「やっぱりかずーの胸板厚いねー」

 

「おい、さっきと大して変わってないぞ」

 

「ゴロゴロ~♪」

 

「聞けよ人の話。ってかいい加減に離れろ」

 

「やだ~」

 

 本音を引き剥がそうとするが、離れたくないと言わんばかりに本音が更に力を込めてギュッと俺に抱き付く。

 

「……なあ鈴、降りてくれないか? 俺、あの二人を見てるとすげー暑くて」

 

「……ああ、うん。あたしも暑くて下りようと思ってたから。ってか何よ、あのラブラブな雰囲気。あの子と和哉は付き合ってるの?」

 

「……はあっ。バスの中だけでは飽き足らず、ここに来てまで見せつけないで欲しいですわ……」

 

「相変わらずだね、あの二人」

 

「神代君と本音の近くにいると、ただでさえ暑いのに余計暑くなるよ……」

 

 あ、いつのまにか鈴が一夏から降りてるな。それよりも、ここにいる面子の殆どが俺たちを見て呆れているような目で見てるのは俺の気のせいか?

 

 まぁそれは別に良いとして、セシリアはここで一夏にサンオイルを塗ってもらうつもりなんだろうか。そんな事したら後々面倒な事になりそうな予感がする。

 

「ところでセシリア、アレをするんだったら――」

 

「って、忘れてましたわ! さあ一夏さん! わたくしにサンオイルを塗ってください!」

 

「「「え!?」」」

 

 思い出したセシリアが大声を出しながら暴露したため、それを聞いた女子が声を揃える。このバカ、人が折角遠回しで言った事を……。

 

「私サンオイル取ってくる!」

 

「私はシートを!」

 

「私はパラソルを!」

 

「じゃあ私はサンオイル落としてくる!」

 

 あ~らら、アイツ等もう完全に一夏にサンオイルを塗ってもらおうとする気満々だな。ってか、サンオイル落とすと言った女子が海に入ってるし。オイルの無駄遣いはよくないぞ。

 

「ねぇかずー、私にサンオイル塗って~」

 

「そんな格好してる君には不要だろ」

 

 顔と素足以外全身がキツネ着ぐるみ状態の本音にサンオイルを塗る必要は全く無い。太陽の光が当たらないからな。

 

「コホン。そ、それでは一夏さん。お願いしますわね」

 

 そう言ってしゅるりとパレオを脱ぐセシリアに、その色っぽい仕草を見た一夏は戸惑いを見せてる様子。

 

「え、えーと……背中だけだよな?」

 

「い、一夏さんがされたいのでしたら、前も結構ですわよ?」

 

 ハハハ~。それって暗に胸を触っても良いって言ってるも同然だぞセシリアさん。

 

「いや、その、背中だけで頼む」

 

 言うまでも無く断る一夏。もしここでやるなんて言ったら、鈴が絶対に止めるだろうけど。

 

「でしたら――」

 

 セシリアはいきなり首の後ろで結んでいたブラの紐を解いて、水着の上から胸を押さえてシートに寝そべった。

 

「さ、さあ、どうぞ?」

 

「お、おう」

 

「頑張れ一夏。応援してるぞ」

 

「何をだよ……」

 

 俺の応援に突っ込みを入れる一夏だったが、横たわったセシリアを見て何やら緊張していた。まぁ当然だな。体に潰されて乳房がむにゅりと形が歪め、脇の下から見ててかなりセクシーだし。

 

 それと、うつ伏せになっている事もあり、しっかりと発育したお尻も主張していた。本当にセシリアはスタイル抜群だな。

 

 そしてすらりと伸びた脚線美も良く、俺とした事がついつい無意識にジッと眺めて――

 

「いひはひははひふふんはほんへ?(訳:いきなり何するんだ本音?)」

 

「かずーがやらしー目でセッシーを見てるからだよー」

 

 不機嫌な顔をしてる本音が俺の左右の頬を同時に抓ってきた。ってかちょっと痛い。別に見るぐらい良いじゃないか、減るもんじゃあるまいし。

 

「あんたってもう完全その子に尻に敷かれてるわね。まぁそれだけ仲がいい証拠だけど」

 

「はんへはほ(訳:何でだよ)」

 

 俺は本音と付き合ってないって何度言わせるんだよ、鈴。

 

 そんなやり取りをしてると、一夏がセシリアの背中にサンオイルを塗っていた。塗られているセシリアは顔が上気している。

 

「ん……。いい感じですわ。一夏さん、もっと下の方も」

 

「せ、背中だけでいいんだよな?」

 

「い、いえ、折角ですし、手の届かないところは全部お願いします。脚と、その、お尻も」

 

「うえっ!?」

 

「!」

 

 セシリアの台詞に一夏が驚きの声を出し、聞いていた鈴がすぐに振り向いてセシリアに近寄って手にサンオイルを付けた。

 

「はいはい、あたしがやったげる。ぺたぺたっと」

 

「きゃあっ!? り、鈴さん、何を邪魔して――つ、冷たっ!」

 

 抗議するセシリアを無視する鈴はそのまま塗り続ける。

 

 と言うか本音、そろそろ抓るのを止めて欲しいんだが。

 

「いいじゃん。サンオイル塗れればなんでも。ほいほいっと」

 

「ああもうっ! いい加減に――」

 

 流石にいい加減頭に来たセシリアは、怒りながら体を起こす。そうすると、体から離れていた水着はそのまま下に落ちて胸がモロに見え……

 

「きゃああっ!?」

 

 胸が露わになった事にセシリアは気付き、耳まで真っ赤になって蹲る。

 

「あー……ごめん」

 

「い、い、今更謝ったって……鈴さん! 絶対に許しませんわよ!」

 

「うん、じゃあ逃げるまたね」

 

 謝る鈴にセシリアは聞く耳持たなかったので、鈴は一夏を連れて逃げようとする。

 

「って、おい! 俺まで巻き込むな! ああ、まったく……セシリアすまん! その、見えてはないから、な?」

 

「な、なっ……!」

 

 謝る一夏だったがそれが逆効果であり、セシリアは更にボッと赤くなってしまい、振り上げた拳をどうにもできずにそのままの格好で固まった。

 

「かずー、セッシーのおっぱい見たでしょ~?」

 

「いやいや見てないよ。セシリアのとても形良くてふっくらした乳首を……あ……」

 

「む~~! やっぱり見てた~! かずーのスケベ~!」

 

「いててててっ! 今度は耳かよ!」

 

「か~ず~や~さ~ん~」

 

 思わず本音を口にしてしまった俺に本音が怒って本気で俺の両耳を引っ張り、そしてさっきまで固まってたセシリアがいつのまにかブラの紐を結んで俺をギロリと睨む。これはちょっと不味いかも。

 

 本音はともかく、今のセシリアは悪鬼の如く怒ってるから今は逃げないとやばい。

 

「今からわたくしと接近戦の訓練でもしませんか~? 当然素手で。ウフフフフ……」

 

「素手と言いながらISを部分展開してレーザーライフル展開するなよ! どう見ても俺を殺る気満々だろうが! 俺を殺す気か!?」

 

 レーザーライフルを構えて俺に狙いを定めようとするセシリアに、俺は本気で逃げなければいけないと言う本能の警鐘が鳴り響いていた。

 

「オホホホホ、殺すだなんて人聞きが悪いですわ。わたくしは和哉さんをちょっとお仕置きするだけです」

 

「兵器出す時点でお仕置きじゃないだろうが!」

 

 殺気を感じた俺は耳を引っ張ってる本音が引き剥がして全速力で逃げると、セシリアが逃さんと言わんばかりに追いかけて来た。ってアイツ、スラスターまで部分展開しやがってる!

 

「ホホホホホ、お待ちなさい和哉さ~ん」

 

「たかが胸見られただけで大袈裟過ぎるだろ!?」

 

「淑女の胸を見てタダですむと思わないでくださいね~」

 

「くっ! こうなったら……!」 

 

 本気でレーザーライフルをぶっ放そうとするセシリアに、俺は動きを止めようとする為に『睨み殺し』を使う事にした。

 

 

 ギンッ!

 

 

「! か、身体がっ! 汚いですわよ和哉さん!」

 

「喧しい! 人にレーザーぶっ放そうとするセシリアに言われたくないわ!!」

 

 よしっ! セシリアが動けなくなったから、次は海へ逃亡だ!

 

 そして俺は海へと一直線に走る。そしてなるべく深く潜った方が良いと思った俺は、ある程度海の上を走る(・・・・・・)事にした。

 

「和哉さん!! あなたはどこまで規格外な人なんですか!? 片方の足が沈む前にもう片方の足を前に出せば水の上を走れる理論は普通の人間ではできませんのよ!?」

 

「ハッハッハ~~! 人間鍛えれば何だって出来るんだ~~!」

 

 そう言って俺は海に潜ってセシリアからの逃走に成功した。



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第64話

(よし、ここまで来ればいくらセシリアでも流石に追いはしないだろう)

 

 海に潜ってある程度泳いだ俺はセシリアが追いかけて来ない事が分かったので、ゆっくりと浮上する事にした。

 

「ぷはっ……」

 

 顔だけ出してすぐに息を整え、念の為に砂浜を見てみると、ISを部分展開してるセシリアが未だに動けずにいた。まだ『睨み殺し』が解けていないとはな。セシリアにも一応全身に気合を入れれば解けるって教えといた筈なんだが、まだまだだな。俺程度の『睨み殺し』で梃子摺るようじゃ、師匠の『睨み殺し』はそう簡単に解けないぞ。

 

 セシリアを見てそう思った俺は、もう少し軽く泳いだ後に砂浜に戻ろうと決めた。

 

「こうして海で泳ぐのは久しぶりだなぁ」

 

 軽くザバザバと泳いでる俺はある事を思い出す。

 

 去年の夏に師匠と綾ちゃんと一緒に此処に来た時、修行の前にちょっとした準備運動の為に綾ちゃんの遊び相手をしていた。遊ぶ時は海で泳ぐか、ビーチバレーをする程度だが。けどまぁ、遊び相手と言うより綾ちゃんの護衛と言った方が正しいだろう。何故なら俺が綾ちゃんからちょっと目を離せば、綾ちゃんをナンパしようとする男性客を常に追っ払ってたから。

 

 んで、その後には師匠の過酷な修行が待っており、海での修行は師匠と一緒に遠泳をする事だった。ただ単に海で泳ぐだけだから簡単な修行だと思われるだろうが、実はそうでもない。海はプールと違って足場が無い上に波があるので、もし素人が遠泳をしたら下手すると溺れてしまう。加えて海で泳ぐのにはプールと違ってかなり体力を消耗する。故に遠泳はある程度の訓練をしないと出来ない。

 

 とまぁ少し話が脱線したが、師匠の修行である遠泳はかなり過酷だ。殆ど休み無しで10km泳ぐからな。六時間程泳ぎ続けてたから、あれは本当に大変だった。師匠は師匠で多少疲れてそうな顔をしてても全然息が上がってなかったけど。

 

「ん? あれは……」

 

 ふと横に視線を向けたその先に、競争をしてると思われる鈴と一夏が泳いでいた。

 

 一人で泳ぐのは少し退屈だったので、俺も一緒に競争に混ざろうと思って、二人に近付こうと少し速めに泳ぐ。

 

「少し鈴を驚かせるか。アイツがセシリアに余計な事をしたせいで、俺にもとばっちりが来たし」

 

 ちょっとした仕返しを込めた悪戯心を考えた俺は、先ずは鈴を驚かそうと背後から近寄ろうとする。

 

 しかし、鈴が突然泳ぐのを止めて軽いパニック状態になった。

 

「不味いっ!」

 

 本格的に溺れ始めてる鈴に、俺はすぐに鈴を助けようとする。だが、俺よりも先に一夏が鈴の元に辿り着いて救助して浮上していた。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、前世は人魚だと自負しておいて溺れるとは世話ないな」

 

「う、うるさいわよ!」

 

「まあまあ。そう言うなって、和哉」

 

 二人に合流した俺は鈴の安全確保の為に、一夏と一緒に砂浜へと戻っていた。因みに鈴は砂浜に着く前まではさっきまで海で一夏に背負わされてて、恥ずかしそうにしながらも離すまいギュッとしがみ付いていた。海から上がった後は一夏におんぶされ、更に恥ずかしくなっていたが。ま、好きな男にあんな事されたらああなるのは無理ないけど。

 

 んで、今は砂の上に座っており、俺の台詞に顔が赤くなったまま反論してる。こんなに元気なら一先ず大丈夫だ。

 

「取り敢えず今は休んでおけ。泳ぐならその後からだ。それと言うまでもないと思うが、今度は泳ぐ前にちゃんと準備運動しとけよ」

 

「わ、分かってるわよ。ちょ、ちょっと向こうで休んでくる……」

 

 そう言って鈴は別館の方に向かって歩き出す。一夏におんぶされただけでなく、周囲にいる女子達の視線にも耐えられなかったんだろうな。何しろ一夏におんぶされてるところを女子達がバッチリ見てたし。

 

「流石に今は素直にならざるを得ないようだな」

 

「そりゃまあ、和哉の言うとおりあれだけ言ってて溺れたからなぁ」

 

「あ、一夏に和哉。ここにいたんだ」

 

「「ん?」」

 

 俺が一夏と話していると、急に誰かに呼ばれて振り向くと、そこにはシャルロットと……

 

「ん? なんだそのバスタオルおばけは」

 

 一夏が言った奇天烈な存在がいた。頭の上から膝下までの全身をバスタオル数枚で覆っている。髪までは全て隠す事が出来なかったのか、ツインテールと思われる銀髪があった。ひょっとしてコイツはラウラか?

 

「ほら、出てきなってば。大丈夫だから」 

 

「だ、だ、大丈夫かどうかは私が決める……」

 

 あ、やっぱりラウラだった。

 

 いつもは自信に満ちているラウラにしては、とても弱々しい声だった。そんなラウラにシャルロットが説得している。

 

「えっと、和哉。これってどういう状況だ?」

 

「知らん。俺に訊くな。寧ろコッチが知りたい」

 

 尋ねてくる一夏に俺は首を横に振りながら答える。

 

「ほーら、せっかく水着に着替えたんだから、一夏や師匠である和哉に見てもらわないと」

 

「ま、待て。私にも心の準備というものがあってだな……だが師匠に見られても問題はないんだが……」

 

「「?」」

 

 ラウラが言うとは思えない台詞に俺と一夏が揃って首を傾げると、シャルロットが只管説得する。

 

「もー。そんなこと言ってさっきから全然出てこないじゃない。一応僕も手伝ったんだし、見る権利はあると思うけどなぁ」

 

 あ、そう言えばこの二人って確か同室になったんだったな。先月のあの件まではお互いにライバルとして戦っていたが、今は普通にルームメイトとして仲が良いみたいだ。ラウラは依然として人付き合いが悪いところがあるが、シャルロットのような愛想の良い女子と一緒だと色々と心境の変化があるかもしれない。

 

「うーん、ラウラが和哉に見られても問題ないなら、僕は一夏と遊びに行こうかなぁ」

 

「な、なに?」

 

「うん、そうしよ。一夏、行こっ。和哉、ラウラを頼むね」

 

「「は?」」

 

 そう言ってシャルロットは一夏の手を取り、そのままシュルっと腕を絡ませ、波打ち際へと一夏を誘おうとする。

 

「ま、待てっ。私と師匠も一緒に行こう」

 

「その格好のまんまで?」

 

「ええい、脱げばいいのだろう、脱げば!」

 

 観念したかのようにバスタオル数枚かなぐり捨て、水着姿のラウラが現れる。

 

「し、師匠に嫁……。わ、笑いたければ笑うがいい……!」

 

 黒のビキニ、と言うより大人の下着(セクシー・ランジェリー)かもしれない水着だ。更に普段飾り気のないストレートヘアーは、綾ちゃんと同じツインテールとなっている。鈴や綾ちゃんと被っているかもしれないが、滅多に見ることの無いラウラの髪型を見て俺は思わず……可愛いなと見惚れた。

 

「おかしなところなんてないよね、一夏、和哉?」

 

「お、おう。ちょっと驚いたけど、似合ってると思うぞ」

 

「一夏に同じく、俺も似合ってると思う」

 

「なっ……!」

 

 一夏の俺の言葉が予想外だったのか、ラウラは驚いて少したじろいだ後、すぐに顔が赤くなった。

 

「しゃ、社交辞令ならいらん……」

 

「いや、世辞じゃねえって。なあ、和哉?」

 

「全くだ。俺たちは思った事をそのまま言っただけだ。シャルロットもそう思うだろ?」

 

「うん。僕も可愛いって褒めてるのに全然信じてくれないんだよ。あ、ちなみにラウラの髪は僕がセットしたの。せっかくだからおしゃれしなきゃってね」

 

 成程。道理でラウラが普段しない髪形になっていたのか。

 

「ま、ラウラも似合ってるけど、シャルロットも似合ってるぞ」

 

「ありがと、和哉」

 

 俺が褒めると、シャルロットは笑みを浮かべながら礼を言うと、

 

「へえ、そうなのか。ん、シャルも水着似合ってるぞ」

 

「う、うん、ありがと」

 

 次に一夏が褒めたら照れくさそうに髪を弄っていた。俺と一夏では差があるみたいだな。ま、友人の俺と好きな男である一夏では差があって当然だろう。

 

 ん? 手で髪を弄ってるシャルロットの手首にブレスレットがあるな。

 

「なあシャルロット、その銀のブレスレットってもしや……」

 

「ん? あ、うん。昨日の買い物のときに一夏が買ってくれたものだよ」

 

 やっぱりか。

 

 確かアレは、一夏がシャルロットに買い物に付き合ってくれたお礼としてプレゼントしたものだったな。鈴とセシリアとラウラには内緒で。もうついでにアレはシャルロットが『一夏が僕に似合うと思うのを選んで』と言って一夏が選んだ物だ。

 

「道理で今朝からご機嫌だったのか」

 

「な、何のことかな~?」

 

 えへへ、と笑顔で惚けるシャルロットだったが、

 

「だが俺から言わせれば、まだまだ詰めが甘いな」

 

「む……それどういう意味?」

 

 俺の一言で少し不機嫌な顔となり、

 

「いっそのこと左手薬指用の指輪でも頼めば、自分は一夏の物だって証明出来たのに」

 

「!!! なっ、なっ、なあっ!!」

 

 俺の台詞によって一瞬で顔が真っ赤になってしまった。コロコロと顔が変わってホントに面白いな。

 

「ん? 指輪って何の話だ?」

 

「な、何でもないよ! 一夏は気にしなくていいから!!」

 

「それはだな一夏……」

 

「和哉!!」

 

「へ~い、降参で~す」

 

 一夏に教えようとすると、シャルロットが警告するかのように怒鳴ってきたので、俺は両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「まったく和哉は、そうやって僕をおちょくるんだから……!」

 

「ははは~、何の事やら~?」

 

「え、えっと……お前ら、一体何の話しをしてるんだ?」

 

 俺とシャルロットのやり取りを見ている一夏が理解不能と言わんばかりに首を傾げていた。唐変木の一夏には分かるまい。

 

「一夏」

 

「ん?」

 

「ずるいぞ、それは。私にも何かプレゼントを……その、して欲しいのだが……」

 

 おや? 今度はラウラが一夏にプレゼントを強請ってるし。

 

「ま、まあ、何かの記念とかあればな。誕生日とかさ」

 

「む、そうか。では、機会があれば必ずくれ。絶対にだぞ」

 

「おう。でもあんまり高い物とかはダメだからな。俺も一応、学生だし」

 

「うむ。しかし、いずれは給料三ヵ月分というものを頼むぞ。部隊の仲間に聞いたが――」

 

 ラウラの台詞を聞いて俺は少しばかり顔を顰める。前から思ってるんだが、部隊のお仲間さんは何か日本のイメージを勘違いしているんじゃないだろうか。どこかしらずれてるぞ。もし会う機会があったら、必ず一発デコピンを喰らわせてやる。

 

 けどまぁ、ラウラは『給料三ヵ月分』がなんなのかを理解してないみたいだ。ラウラの仲間も単語を知ってても中身までは知らないだろう。

 

「だそうだぞ、シャルロット?」

 

「べ、別に気にしないもん。僕には今はこれがあるから。ところで給料三ヵ月分ってなに?」

 

「何だ。シャルロットは知らないのか。まぁアレは日本の習慣だから、知らないのも無理ないか。平たく言えば婚約指輪だ」

 

「こ、婚約……!」

 

 意味を知ったシャルロットが驚愕する。どうやら本当に知らなかったみたいだな。

 

「ま、まさかラウラは知っててあんな事を言って……!」

 

「いや、あの様子を見るとラウラも知らないみたいだ。だから俺が一応教えておいて……」

 

「必要ないよ、和哉。ラウラに余計なことは教えないように」

 

「………お前ってホントにコロコロと表情変わるな」

 

 驚愕の次に殺気が篭った黒い笑みをしながら脅してくるシャルロットに、俺は色々な意味で感心した。

 

 やっぱりシャルロットって他の女子とは違う一面を持ってるな。箒たちとは全く違うタイプだ。本当に一夏って一癖も二癖もある女子ばっかり好かれるな。

 

「あ、今の髪型だと耳が出ているからイヤリングとかも似合いそうだな。可愛いと思うぞ」

 

「かっ、かわいっ……!?」

 

 俺とシャルロットのやりとりを余所に、一夏がそう言った瞬間にラウラは狼狽しながら赤面して、両手の指を弄んでいた。



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第65話

「おっりむらくーん!」

 

「さっきの約束! ビーチバレーしようよ!」

 

「かずー! やっと見つけたよ~!」

 

 一夏とビーチバレーをする約束をした女子二名と、若干不機嫌そうな顔をした本音が来た。ってか本音、人を見つけて早々に抱き付かないで欲しいんだが。

 

「何だよ本音。まだ怒ってるのか? ってか、セシリアはどうした?」

 

「セッシーはかずーを追いかけるのをやめて日光浴してるよー」

 

「そうか。それは何より――」

 

「私はまだ許したおぼえはないんだけど~?」

 

「いててててっ!」

 

 また俺の両耳を思いっきり引っ張ってくる本音。というか、何で君がそこまで怒るんだよ。

 

『何だ? 和哉とのほほんさんは喧嘩でもしてるのか?』

 

『一夏、あの二人の事は放っておこうよ。僕たちが口を挟むことじゃないから』

 

『まあ、それもそうだな』

 

『じゃあ本音は暫く神代君に任せて、私たちはビーチバレーやろう!』

 

 おいおい一夏とシャルロットとその他女子。俺を助ける気無いのかよ。出来れば本音をどうにかして欲しいんだが。

 

「こら、止めないか本音」

 

「スケベなかずーには当然のお仕置きだよー」

 

「スケベって……あれは事故だと思うんだが……」

 

 セシリアが起き上がって胸を露わにしただけなのに、何で俺がここまで非難されなきゃいけないんだ? 理不尽だぞ、おい。

 

「セッシーのおっぱい見て鼻の下のばしてたくせに~」

 

「伸ばしとらんわ。それと誤解を招くような事を言うな」

 

「ぶ~~」

 

 コイツ……しつこいな。

 

 何だって本音はこんなに剥れるんだろうか。訳分からん。

 

「本音、あんまりしつこいと………その五月蝿い口を塞ぐぞ?」

 

「……………」

 

 片手でクイッと本音の顎を掴んで言うと、何故か本音が急に静かになった上に顔を赤らめた。同時に周囲にいた一夏や女子達が驚くように見ているが無視だ。

 

「ど、どうやって塞ぐつもりなの~?」

 

「ほう? 知りたいか。それは――」

 

「だぁ~~~!! お前らもういい加減にしろ!! そう言うことは余所でやってくれ!!」

 

「そ、そうだよ! と言うか和哉はこんな公衆の面前で何やろうとしてるのさ!?」

 

 言ってる途中に一夏とシャルロットが突然割って入るかのように怒鳴ってきた。何か凄く焦ってるように見えるんだが。

 

「? お前等は何訳の分からん事を言ってるんだ?」

 

 怒鳴ってくる二人に俺は振り向きながら不可解な顔をする。単に本音の口をガムテープ使って塞ぐだけなんだが。

 

「別に俺は本音の口を――」

 

「「そこから先は言わなくていい(よ)!!」」

 

 言わなくていいって……デカイ声出してまで遮る事なのか?

 

 確かにこんなに人がいるところで、ガムテープ使って口を塞いだら本音が色々な意味で目立ってしまうとは思うが……まぁ取り敢えず止しておこうか。

 

「分かった分かった。お前等の言う通り、もうこれ以上何もしないし、何も言わないよ。ってな訳で本音、もういい加減に離れて欲しいんだが」

 

「……う、う~~~!」

 

 掴んでる本音の顎を離すと、本音が何やら恥ずかしそうな感じで額を俺の胸にグリグリと押し付けてくる。コイツもコイツで一体何がしたいのやら。まぁ取り敢えず今は放っておく事にしよう。

 

「ところで話しを変えるんだが、ラウラは何故急に逃げ出したんだ?」

 

 本音と話してる最中に、ラウラがいきなり脱兎の如く逃げ出して別館の中へと消えていくのをチラッと見かけた。

 

「あ、いや、俺も何が何だかさっぱり分からなくて……」

 

「………一言でいうなら、ラウラはまだ照れてたんだよ」

 

「……あ、そう」

 

 分からないと答える一夏にシャルロットが代わりに答えると、俺はすぐに分かってしまった。

 

 どうやらラウラは、一夏に可愛いと言われた事が相当衝撃的だったんだな。本当にアイツ変わったな。初めて会った時とは偉い違いだ。

 

「まぁ取り敢えずラウラが逃げた理由は分かった。もうついでに、まだビーチバレーを続けるんなら俺も混ぜてもらっていいか?」

 

「あ、ああ良いぜ。だけど手加減してくれよ? 和哉が本気出したらあっと言う間に終わっちまうんだから」

 

 念を押してくる一夏に俺は心外だと思ったが、あんまり強く否定する事が出来なかった。

 

「分かってるって。ちゃんと加減はする。本音、君もやるだろ?」

 

「………やる」

 

「そうか。じゃあもういつまでもくっ付いてないで離れてくれ」 

 

 と言う訳で、急遽俺と本音がビーチバレーに参加して三対三となったが、何やら本音が俺の顔を見る度に顔が赤くなって動かなくなるので三対二に近かった。因みに俺は防御側に回って、相手のスパイクを簡単に止めてフォローしている。

 

「そーれっ」

 

 そう言って身軽な動きでシャルロットがスパイクを決める。そんなシャルロットに一夏がつられるように、シャルロットのとある部分を凝視していた。

 

「(一夏、シャルロットはどう思う?)」

 

 シャルロットを見てる一夏に尋ねると、

 

「(え? そりゃあ、結構スタイルが良い……って、違う!)」

 

「(ほほ~う。何だかんだ言って、一夏も男だねぇ~♪)」

 

 思わず本音が出てしまった事が後になって気付いて否定する一夏だったが、俺はニヤニヤと一夏を見る。

 

「(くっ……! そ、そう言う和哉だって見てただろうが! のほほんさんに言うぞ?)」

 

「(何でそこで本音が出るのかは知らんが、生憎俺はスケベなお前と違って鼻の下を伸ばしてはいないんで)」

 

 まぁ確かにシャルロットだけでなく、他の女子達もジャンプする度に胸が柔らかそうに揺れているが、俺は別に大して動揺はしない。こう言うビーチバレーならではの展開は過去に何度も見たからもう見慣れているし。特に綾ちゃんなんか小学生とは思えない抜群なスタイルで、ビーチバレーをする時は必ず胸がブルブル揺れてたからな。

 

「(シャルロットにチクッちゃおうかな~?)」

 

「(止めてくれ! そんな事したらシャルに完全に嫌われる!)」

 

 いや、それはないと思うぞ。確かに最初シャルロットは顔を赤らめて『一夏のえっち』と言うと思うが、内心では嬉しがるだろう。好きな男に意識されたら尚更な。

 

「どうしたの、二人とも?」

 

「え!? い、いやっ!? な、なんでもないぞ。うん、なんでもない。なあ、和哉?」

 

「……ま、男同士の内緒話だ」

 

 尋ねてくるシャルロットに一夏が動揺しながら大袈裟に手を振り、一夏の行動に呆れながら答える俺。そんなに動揺してたら余計に怪しまれると思うぞ、一夏。

 

「内緒話って……僕には言えないことなの?」

 

「まぁ別に内緒話って程じゃないんだが、一夏が俺にまたいつもの冗談を言ってな」

 

「そりゃ仕方ないだろ、和哉。夏だからな。熱も入ろうってものだ」

 

「はいはい、サマーとサーマルをかけてるのはわかったよ」

 

 あ、やっぱりシャルロットは一夏の冗談を見抜いたか。何か『一夏の言いたいことはわかってます』みたいな態度だし。まぁ一夏の考えは分かりやすいし、読みやすいからな。

 

「あ、そろそろお昼の時間かな? 二人とも、午後はどうするの?」

 

 シャルロットの問いに、

 

「うーん、もう少し泳ぎたいんだが食べた直後はつらいし、ちょっと休んでからまた海に出るつもりだ」

 

 一夏はこう答え、

 

「俺は昼飯を食べた後に修行をやるつもりだ」

 

「「……………」」

 

 俺が答えると呆れたような顔をする一夏とシャルロットだった。

 

「和哉、お前海に来てまで修行するのかよ……」

 

「今日一日は羽を伸ばそうって気はないの?」

 

「海ならではの修行が出来るからな。言っとくが一夏、当然お前も参加するんだからな」

 

「……やっぱり俺も参加するのかよ」

 

 当たり前だ。

 

「ま、まあ、修行とかは後にしてさ、お昼に行こ。それと一夏と和哉って結局どこの部屋だったの?」

 

「あー、それ私も聞きたい!」

 

「私も私も!」

 

「かずー教えて~。冷たい床情報は共有しよ~」

 

 本音の言葉に俺達は全員意味不明な顔をしていたが、一先ずそれは置いといておこう。

 

「お前等、折角の期待に水を差すようで悪いが……」

 

「俺と和哉は織斑先生の部屋だ」

 

 一夏がそう言った直後、さっきまでワクワク顔だった女子一同が一瞬で凍り付いた。予想外極まりない事だと思ってるんだろう。

 

「だからまあ、遊びに来るのは危険だな」

 

「それでも来るんだったら、それ相応の覚悟で来る事だ。分かったか、本音?」

 

「………折角またかずーと一緒に寝られるかと思ったのに~」

 

 君はまた俺と寝る気だったんかい。やっぱり千冬さんと一緒の部屋で正解だったな。

 

「残念だったわね、本音。で、でも織斑君たちとは食事時間に会えるしね!」

 

「だね! わざわざ鬼の寝床に入らなくても――」

 

「誰が鬼だ、誰が」

 

 あっ、突然の千冬さんの登場で一同がギギギギ……と軋んだ人形のような動作で首を動かした。ついでに本音、隠れるかのように俺の背中に引っ付くな。

 

「織斑先生、打ち合わせは終わったんですか?」

 

「終わってなければここに来る訳がないだろう」

 

「ですね。それはそうと、水着とても似合っていますね」

 

「ふんっ。煽てても何も出ないぞ」

 

 つっけんどんに返す千冬さんだが、実際は本当に凄く似合っていた。ラウラとは印象の違う黒の水着を身に纏い、スタイルが良く鍛えられた体が惜しげもなく陽光に晒している。

 

 思わず俺はトップモデルなんじゃないかって印象を抱いて見惚れてしまった。

 

 にしても一夏が何やら、俺とは違う意味で千冬さんに見惚れていた。姉としてでなく、まるで愛しい女性のように。

 

「……一夏、鼻の下伸びてる」

 

「お前さぁ、自分の姉が綺麗だからって、それは不味いだろ」

 

「なっ……!? しゃ、シャル? 和哉? 何を言ってるんだよ。ははは……」

 

「「見とれてたくせに」」

 

「…………」

 

 揃って同じ台詞を言う俺とシャルロットに一夏は言い返せなかった。ま、当然だけど。

 

「そら、お前たちは食堂に行って昼食でもとってこい」

 

「織斑先生はこのまま海にいるんですか?」

 

「まあな。私はわずかばかりの自由時間を満喫させてもらう」

 

 千冬さんは俺の問いにそう答える。

 

 思ったとおり、やはり教師陣には殆ど自由時間はないみたいだな。残念だ。もし時間があったら千冬さんと組み手をしたかったんだが、流石に少ない時間を減らす訳にはいかない。これは学園に戻るまでお預けだな。

 

「じゃあ、俺たちは昼飯に行ってきます」

 

「集合時間には遅れるなよ」

 

「はい」

 

 一夏はそれだけ行ってその場を離れると同時に俺達一同も一緒に行く。そして俺達以外にも他の生徒たちがぞろぞろと移動していた。

 

「ところで本音、君はいつまで俺に引っ付いてるんだ? 歩き辛いんだが」

 

「………やっぱり離れないとダメ~?」

 

「当たり前だ」

 

「ぶ~。かずーのいじわる~」

 

 頬を膨らませて不機嫌そうな顔をする本音は渋々と離れた。あんな着ぐるみのような格好でいつまでも引っ付かれたら暑苦しくて敵わん。

 

 そんな中、一夏がシャルロットと会話をしていた。

 

「一夏って、織斑先生が好みのタイプなの?」

 

「え!? な、なんだよ、シャル。いきなり……」

 

「別に。ただ、ずいぶん僕たちの水着を見たときと反応が違うなぁって思っただけだよ」

 

 確かにシャルロットの言うとおりだ。俺から見ても一夏の反応はシャルロット達とは明らかに違っていた。

 

「はぁっ、ライバル多いなぁ……。しかも強敵揃いだよ。そこに織斑先生まで入ってくるんなら極めつけだね。和哉もそう思わない?」

 

「ここで俺に振るのかよ」

 

 まぁ否定は出来ないけどな。と言うか一夏ラヴァーズの連中にとって、千冬さんが一番のラスボスだろう。あの人も何だかんだ言って一夏の事をずっと気に掛けてるし。

 

「確かにすげえよなぁ、織斑先生は。俺たちより強い和哉でさえも歯が立たないんだから」

 

「……一夏、たぶん勘違いしてる」

 

「え? そうなのか?」

 

「……おいシャルロット。織斑先生の前に一番の強敵は一夏だと思うんだが?」

 

「……だね。はぁ……」

 

 溜息を吐くシャルル。気の毒に。

 

「かずー、おりむーって相変わらずだね~」

 

「まあな」

 

「でもかずーも人のことは言えないけど~」

 

「? それはどう言う意味だ?」

 

「さあね~」

 

 そう言って本音は答えようとせず、そのまま先に行ってしまった。アイツもアイツで一体何がしたいのか良く分からん奴だ。

 

 そして俺と一夏はシャルロット達と別れて男子更衣室へ入ろうとするが、

 

「そういえば和哉、箒を見なかったか? 俺、海であいつの姿を見てないんだが」

 

「何?」

 

 急に一夏が問い掛けた事に足を止めてしまった。



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第66話

「さて、今日の修行はコレ位にしておくか。ほら、いつまでも横になってないで、早く戻るぞ一夏」

 

「はぁ…! はぁ…! お、お前なぁ……! こっちはトライアスロンみたいな事させられて全身クタクタなんだぞ……!」

 

「一応軽めにやったつもりなんだが?」

 

「どこがだ! 人の両手足に重りを付けさせておいて……!」

 

「よく言うよ。たかが2kg(両手足500g×4)程度なら大丈夫だと言ってたのは一夏だろうが」

 

「ぐっ!」

 

「2kgと言う重さを甘く見るからそんな目にあうんだ。その重さに慣れるまで修行時には付けておくように」

 

「げっ! マジか!?」

 

「当たり前だ。あと言っておくが、その重さにある程度慣れたら徐々に増やすからな」

 

「…………お前、鬼だ」

 

「お前は千冬さんを守る為に強くなりたいんだろ? ならばこの程度で音を上げるな」

 

「………分かったよ」

 

「素直でよろしい(……コイツって本当に千冬さんの事となると聞き訳が良いな)」

 

 夕食の一時間前の誰もいない浜辺で、俺と一夏は再び旅館へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 現在七時半。大広間三つを繋げた大宴会場にて、俺達は夕食を取っていた。

 

「うむ、美味い。いつ来てもここの刺身は絶品だ」

 

「そ、そうなんですの……うっ」

 

 俺が食べてる刺身を絶賛してると、俺の右隣に座っていて浴衣を着てるセシリアが少し辛そうな表情をしながら言う。

 

 因みに俺も浴衣を着ており、この場にいる全員も着ている。普通、学校行事での宿泊では浴衣は着ないものなのだが、この旅館では『お食事中は浴衣着用』と言う決まりがある。何度もこの旅館に来てる俺にとってはもう既に知ってる事だが、どうして浴衣でなければいけないのかまでは知らないけど。

 

 ずらりと並んだ一学年の生徒は座敷となっており、当然正座である。言うまでも無く一人一人に善が置かれてある。

 

 それには本日のメニューである刺身と小鍋、三歳の和え物の二種類で、赤出汁の味噌汁と漬物。

 

 一見普通の夕食だと思われるだろうが、実はそうでもない。ここ一番のメインである刺身は最近高級魚となっているカワハギだからだ。しかも肝付きで。

 

 この魚は噛むと独特の歯応えと、クセの無い味で美味いから思わずついつい箸を進めてしまう。肝も臭みや苦味が一切無い。特に師匠である竜爺はこのカワハギを好物の一つに入れており、この旅館に来る時は必ず食べている。俺や綾ちゃんも同様だけど。

 

「それはそうとセシリア、足大丈夫なのか?」

 

「くっ……な、何とか……」

 

「その顔で言われても説得力が無いぞ」

 

 因みにセシリアが何故こんなに辛そうな表情をしてるのかと言うと、今コイツは正座してる事によって足が痺れているからだ。正座を一度もした事が無いイギリスのお嬢様のセシリアにとっては初めての経験だろう。

 

「っ……ぅ……」

 

「大丈夫か? セシリア。顔色良くないぞ」

 

「だ……ぃ……ょう、ぶ……ですわ……」

 

 足が痺れて辛くなってるセシリアに、セシリアの右隣に座っている一夏が心配そうに尋ねてくる。さっきまでシャルロットと会話をしていた一夏だったが、流石に自分の隣でさっきからこんな状態のセシリアを気にならない訳が無い。

 

「い、ぃただき……ます……」

 

 そう言いながら味噌汁を飲もうとするセシリアだが、飲むだけでも難儀している。

 

「お、おいしぃ……ですわ、ね……」

 

 そんな必死に笑顔を作ったところで、かなり無理をしてるのが丸分かりだっての。

 

 流石に一夏も気付いている様子で、セシリアにある事を提案しようとする。

 

「セシリア、正座が無理ならテーブル席の方に移動したらどうだ? うちのクラスでも何人か行ってるし、別に恥ずかしくないだろ」

 

 本来であればセシリアのような外国人であれば、正座が出来ない生徒の為にテーブル席が用意されてある。にも拘らず、コイツが一夏の隣で正座しているのには当然訳がある。

 

「へ、平気ですわ……。せっかく和哉さんがわたくしにお詫びをするためにこの席を譲ってくれたのに、それを無下にするわけには……」

 

 そう、俺は本来一夏の隣に座っている筈なんだが、それをセシリアに譲った。理由としては昼食前の海の時、事故とは言えセシリアの胸を見てしまったから、そのお詫びをする為に一夏の隣に座っても良いと提案した。言うまでもなくセシリアは見事に食いついて了承し、すぐに許してくれた。ついでにアップルパイを作れとの条件も突きつけられたが、それ位はお安い御用なので学園に戻ったら作る事にした。

 

「? 和哉がどうしたんだ?」

 

「い、いえ! な、何でもありませんわ! お、おほほほ……」

 

「一夏、女の子には色々あるんだよ」

 

 誤魔化すセシリアにシャルロットが擁護する。

 

「そうなのか」

 

「そうなの……でも……」

 

 シャルロットが突然俺を見て、

 

(和哉って一体誰の味方なの?)

 

(ノーコメントだ)

 

 含んだ笑顔をして眼で訴えるが、俺は首を横に振りながら刺身を食べている。

 

 別に俺としては一夏が誰と付き合おうが構わないからな。一夏ラヴァーズの誰かに進展があるんだったら手を貸して後押しするとだけ言っておこう。

 

(あ、一夏ラヴァーズと言えば箒のやつ、海で見かけなかったな)

 

 ふと思い出した俺は丁度向かいに列の奥に座っている箒を見る。流石と言うべきか、しっかりと背筋が伸びた正座で食事をしている。同時に浴衣姿も様になっているから、現代の大和撫子みたいだ。そんな箒は今、両隣にいるクラスメイトと楽しそうに話しをしていた。

 

 すると、箒の隣にいた女子が一夏に声を掛けて手を振っていた。どうやら俺だけでなく一夏も箒を見ていたようだ。

 

 そんな一夏に箒がムッとして睨んでいる。

 

 恐らく一夏が他の女子を見ながら夕食を楽しんでいると思って不快な気分になっているんだろう。もし俺がここで一夏は箒を見ていたんだと言えば変わるかもしれないが、それはそれで怒りそうだから敢えて言わない。箒の行動パターンは大体分かるからな。

 

(ん? 箒と言えば確か………あの失礼な姉もアレ以来姿を見せていないな)

 

 箒の姉である篠ノ之束を思い出した俺は少し不愉快な気分になった。何しろいきなり人を『こんなの』呼ばわりする奴だからな。今度見つけてまた失礼な事を言うようなら、問答無用でデコピンを喰らわせてやる。

 

「う、ぐ……、くぅ……」

 

 ついでにセシリアさん。提案した俺が言うのも何だが、もういい加減に席変えるべきだと思うぞ。さっきから足の痺れによって二回も刺身を取り損なってるし

 

 そして一夏は、

 

「セシリア」

 

「移動は、しませんわ」

 

 提案する前にセシリアに却下されてしまった。意地の張り所を間違えてると思うんだが。

 

「しかし、食事が進まないだろ。俺が食べさせてやろうか? 前にシャルに――」

 

「い、一夏っ!」

 

 つい口を滑らせてしまった一夏にシャルロットが即座に塞ぐが、

 

「い、一夏さん、今のは本当ですの!?」

 

 案の定、セシリアが見事に食いついて来た。

 

 不味い。ここでコイツが何か暴走しないようにフォローしておこう。

 

「おいセシリア、言っておくが、あの時のシャルロットは――」

 

「和哉さん! 今はシャルロットさんのことはいいんです!」

 

「――は?」

 

 てっきり一夏に嫉妬すると思ったセシリアが予想外な台詞を言った事に呆然とする俺。

 

「い、一夏さん、そ、その、本当ですの!? 食事を、食べさせてくれるというのは……!」

 

 ああ、そう言う事か。焦って損したな。

 

「う、うん? 別に、いいぞ。足のしびれが取れるのを待っていたら料理が冷めるだろ。それに刺身、カワハギだぞ。鮮度が落ちたら勿体無いしな」

 

「そ、そうですわね! ええ、ええ! せっかくの料理が痛んでは、シェフに申し訳ありませんものね!」

 

 何を言ってんだか。今のお前はそんな気遣いよりも一夏に食べさせてもらう事が重要だろうが。

 

 セシリアの台詞に呆れている俺はカワハギを食べていると、セシリアは一夏に箸を預ける。それを受け取った一夏は早速刺身を一切れ摘まむ。

 

「セシリア、わさびは平気だったか?」

 

「わ、わさびは、少量で……」

 

 わさびと言えば、さっきシャルロットが本わさを丸々食ってたな。

 

 そう思ってる中、一夏がセシリアに刺身を食べさせていると、

 

「あああーっ! セシリアずるい! 何してるのよ!」

 

「織斑君に食べさせてもらってる! 卑怯者!」

 

「ズルイ! インチキ! イカサマ!」

 

 他の女子達が気付いて猛抗議した。まぁ気付くのは当然だ。ずらっと並んで座ってるからな。

 

「ず、ずるくありませんわ。席が隣の特権です」

 

「それがずるいって言ってんの!」

 

「神代君に席を譲ってもらっといて!」

 

「どうして私に席を譲らなかったの神代君!」

 

「織斑君、私も私も!」

 

 一部俺に文句を言ってたが、結局は自分も食べさせて欲しいと女子達が一夏に押し寄せる。

 

 本当にモテるな、一夏。俺には全く縁の無い物で――

 

「ねぇかずー、私にも食べさせて~」

 

 ――前言撤回。物好きな奴がいたって事を忘れてた。

 

 俺の左隣に座ってる本音が引っ付きながら強請ってくる。君はセシリアと違って普通に食えるだろうが。

 

「お前たちは静かに食事することができんのか」

 

 突然その声が聞こえると全員が凍りつくように静かになった。

 

「お、織斑先生……」

 

「どうにも、体力が有り余っているようだな。よかろう。それでは今から砂浜をランニングしてこい。距離は……そうだな。50キロもあれば十分だろう」

 

 うわぁ。俺はやっても構わないが、他の連中にはとても耐えられないな。と言うか俺でもそれはかなり時間が掛かってしまう。

 

「いえいえいえ! とんでもないです! 大人しく食事をします!」

 

 そう言って女子達は一斉に席に戻って行く。それを確認した千冬さんは一夏の方を見る。

 

「織斑、あまり騒動を起こすな。鎮めるのが面倒だ」

 

「わ、わかりました」

 

 まぁ確かにある意味、一夏が騒動の原因かもしれないな。

 

「ついでに神代、お前は食事中に布仏とイチャ付くな」

 

「いや、本音が勝手に引っ付いてるだけなんですが……」

 

 まさか俺にも注意されるとは。ってか、俺は本音とイチャ付いてなんかいないんだが。

 

「ほら本音、早く俺から離れろ」

 

「ぶ~~」

 

 ったく、また膨れっ面かよ。今日でもう何度目だろうか。

 

 もういい加減に本音のこんな顔を見るのはウンザリしてきたので、

 

「今度アップルパイ作ってやるから」

 

「やっぱりかずー大好き~♪」

 

「って、おい! 離れろって言ってるだろうが!」

 

 機嫌が戻った本音だったが、結局はまた俺に引っ付いてくるのでアップルパイの提案は却って逆効果だった。



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第67話

「ふ~、さっぱりした。やっぱり温泉は良いよな~和哉」

 

「まあな」

 

 俺と一夏は食後に温泉に入った。

 

 特に一夏は海を一望出来る露天風呂を広々と使えた事にご満悦で、風呂から上がった後もかなり上機嫌で俺と一緒に部屋へ戻った。

 

「あれ? まだ千冬姉がいないな」

 

「多分温泉か、先生方のミーティングでもしてるんじゃないか?」

 

 と、俺がそう言った直後に千冬さんが帰って来た。

 

「ん? お前たちだけか? 揃いも揃って女の一人も連れ込まんとは詰まらんやつらだ」

 

「だから……はあ、もういいよ。それは」

 

 もう突っ込み気力が無いみたいに諦める一夏。

 

 そもそも、この部屋は『織斑先生』の部屋なのだから、仮に此処でいかがわしい事をしようものなら後になってお仕置きと言う名の制裁が下されるだろう。

 

 ついでに、部屋に戻って来た千冬さんは温泉に入っていたみたいで、髪がしっとりと濡れている。その髪を見た一夏が、何やら少し興奮してるような様子が見受けられた。姉相手に一体何考えてるんだか、コイツは。

 

「まあ織斑はともかく、てっきり神代が布仏を連れてきてイチャ付くと思っていたんだが……」

 

「ですから、俺と本音はそんな関係じゃありませんから」

 

 どうして千冬さんは俺が本音と付き合っているような事を言うんだろうか。アイツとは友人だってのに。

 

 因みに、それは千冬さんだけじゃなく、此処にいる一夏や他の女子達にも言える事だ。勘違いも甚だしい。

 

「なあ、千冬姉」

 

 一夏がそう呼んだ直後に、千冬さんからのゴスッと鋭いチョップが一夏の頭に飛んで来た。

 

「織斑先生と呼べ。此処には神代がいるだろうが」

 

「いや、別に俺がいるからってそこまで気にする事ないと思うんですけど……」

 

「和哉の言うとおりだぜ。それにさ、風呂上りだし、久しぶりに――」

 

「?」

 

 一夏が言う久しぶりと言う事に疑問に思っていた俺だったが、それはすぐに解消された。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~。一夏は千冬さんが家にいる時にはそうしていたのか」

 

 うつ伏せになってる千冬さんに一夏がマッサージをしてるところを、俺は奥にある椅子に腰掛けながら見ていた。

 

「まあな。千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?」

 

「そんな訳あるか、馬鹿者。――んっ! す、少しは加減をしろ……」

 

「はいはい。んじゃあ、ここは……と」

 

「くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!!」

 

「すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね」

 

「あぁぁっ!」

 

 一夏にマッサージをされてる千冬さんが凝っている所為なのか痛そうな声を出す。見てる俺からすれば別に大したことは無いんだが、これが第三者が盗み聞きでもしていたら絶対に誤解される。誤解の内容としては、一夏が実の姉相手にいかがわしい行為をしてると言ったところだ。

 

(ま、もう既に盗み聞きしてる連中がいるんだが)

 

 そう思いながら俺はこの部屋の出入り口であるドアを見る。何故ならあそこの奥には複数の気配があるからだ。数は多分……3~4人ってところか。

 

 当然これは俺だけでなく、一夏にマッサージをされてる千冬さんも気付いている。

 

「じゃあ次は――」

 

「一夏、少し待て。あと神代は少し手伝ってくれ」

 

「了解」

 

「?」

 

 マッサージを中断した千冬さんが俺に指示を下し、それに従う俺は千冬さんと一緒に出入り口まで付いてくのを見た一夏が不思議そうな顔をしている。

 

 そんな一夏を無視して千冬さんはドアノブに手を掛ける。

 

 

 バンッ!

 

 

「「「へぶっ!!」」」

 

 ドアを思いっきり開けると、何かにぶつかったかのような声を出す箒と鈴、それにセシリアだった。

 

「何をしているか、馬鹿者どもが」

 

「お前等、気配が駄々漏れだったぞ」

 

「は、はは……」

 

「こ、こんばんは、織斑先生、和哉……」

 

「さ……さようなら、お二人ともっ!!」

 

 脱兎の如くすぐに逃げ出すが、俺と千冬さんはそうは問屋が卸さないかのように一瞬で捕まえた。鈴と箒は千冬さんに首根っこを取られ、セシリアも二人と同じく俺によって首根っこを取られて身動きが取れない状態だ。その程度のスピードで俺や千冬さんから逃げようだなんて十年早いぞ。

 

「お前等、部屋の前で何コソコソしてるんだよ。入りたけりゃ堂々と入ってこい」

 

「全くだ。盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」

 

「「「えっ?」」」

 

 俺や千冬さんの言葉に予想外と言うように目を丸くする三人。俺は何か変なことでも言ったか?

 

「ああ、そうだ。篠ノ之と凰、お前たちは他の二人――ボーデヴィッヒとデュノアも呼んでこい」

 

「「は、はいっ!」」

 

 千冬さんは首根っこを掴んでる鈴と箒を開放して指示を下すと、二人は駆け足で二人を呼びに行った。

 

 何故あの二人を呼んだのかは俺には分からなかったが、一先ず俺は首根っこを掴んでるセシリアを開放して部屋へ招くと、セシリアは咳払いをしながら服を正して部屋へと入った。

 

「おお、セシリア。遅かったじゃないか。じゃあはじめようぜ」

 

 セシリアが部屋に入って来たのを見た一夏は、ポンポンとベッドを叩いて呼ぶ。この言い方から察するに、一夏はいつのまにかセシリアにマッサージをする為に部屋に呼んだんだろう。

 

 一夏の台詞に、セシリアはすぐにボッと顔が真っ赤になった。

 

「え、あの、織斑先生や和哉さんもいらっしゃいますし、その……」

 

「? 別にいいじゃないか。俺も身体が温まってるし、早くはじめよう」 

 

「い、いえ、でも、こういうのは、その、雰囲気が……」

 

「……?」

 

 セシリアの言葉にいまいち意図が掴めない一夏は不思議そうな顔をしているが、それでもベッドをまたポンポンと叩いて開始を促している。

 

 困ったようにセシリアがチラリとこっちを見るが、俺と千冬さんは大して気にせず「早くしろ」と無言で告げる。

 

 そしてやっと覚悟を決めたかのようにベッドに仰向けになって横たわるセシリアはギュッと目を閉じた。

 

「セシリア、うつぶせじゃないとできないぞ」

 

「え? え? うむつぶせで……しますの?」

 

(千冬さん。セシリアの奴、絶対何か勘違いしてますよね?)

 

(だろうな。だが放っておけ)

 

 一体何を期待してるのやら、セシリアは。俺だけじゃなく千冬さんがいるってのによくもまあ……エッチな解釈が出来る事で。

 

「じゃあ、はじめるぞー」

 

「はっ、はいっ!」

 

 俺が呆れている中、一夏がマッサージを始めようとすると、思わず裏返った声を出すセシリア。

 

 そして、

 

「ん、しょっ……」

 

「!? いたたっ、いたっ! い、い、いいっ、一夏さん!? な、な、なにをして――あうううっ!」

 

 一夏が指圧をすると、腰に痛みが走ったセシリアはみっともない悲鳴をあげた。

 

「何って、指圧」

 

「し……あつ……?」

 

「そう、腰の」

 

「腰の……」

 

 きょとんとして一夏の言葉をオウム返しにするセシリア。あの顔を見ると、自分が予想していたのとは全く違う物だってのがよく分かる。

 

「え、ええと、一夏さん。わたくしを部屋に誘ったのは、もしかしてこの……」

 

「おう。マッサージをサービスしようと思って名。セシリアって班部屋だろ? それじゃ落ち着かないだろうから、この部屋に呼んだんだ」

 

(アイツ、やっぱり勘違いしてましたね)

 

(そのようだな)

 

 俺と千冬さんが呆れながら見てるのを余所に、セシリアはもう完全に惨めな表情をしていた。恐らく、セシリアの頭の中ではカァカァとカラスが鳴いているだろう。

 

「ぶ、無様です……わたくし……」

 

「う? ど、そうした。そんなに痛かったか?」

 

「ええ、とても……致命的なまでに……」

 

 ははは~。確かにセシリアにとっては無様かもしれないが、コッチから言わせれば唐変木の一夏に何を期待してたんだかと呆れてるよ。恐らく千冬さんもそう考えてるだろう。

 

 けど、一夏のマッサージが再び始まると、さっきまで消沈気味だったセシリアは心地良さそうに自然と回復して一夏と会話をする。

 

「これくらいだったら大丈夫か?」

 

「ええ……。気持ちいいです……」

 

 両手の親指を使って背骨の付け根の左右両端を指圧する一夏。

 

「それにしても、腰のコリが酷いな。セシリアって何かやってるのか?」

 

「んっ。ええ、たしなむ程度にバイオリンを。そ、そこは、ちょっと苦しいです……」

 

 バイオリンねぇ。俺の中ではその楽器って今でもお嬢様が使うってイメージが強いんだよな。

 

 俺がそう思ってると、一夏がセシリアの身体をほぐしていた。それによってセシリアはとても気持ち良さそうな声を出し始める。

 

「はぁぁ……。一夏さんって上手ですのね……」

 

「まあ、昔から千冬姉にしてたしな、マッサージは」

 

「……それと、女の扱いも……」

 

 セシリアさんよ、一夏に聞こえないように呟いていたつもりだろうが、俺にはバッチリ聞こえたぞ。確かに一夏は唐変木だが、何故か女を落とす才能があるんだよな、これが。中学の頃に一夏がこれまで無自覚に女子を落とした人数は……かなりいた事は確かだ。

 

「じゃあ、このまま背筋を上に行くからな」

 

「はい……。お任せしますわ……」

 

 あらら、セシリアってばもう完全に気持ち良さそうで寝そうになっちゃってるよ。

 

 そう言えば一夏は昔から千冬さんにしてたと言ってたが、もしかして千冬さんもセシリアと同じく一夏のマッサージが気持ちよくなりながら眠りこけて――

 

(私がその程度で寝る訳がないだろうが)

 

 この人、俺は口に出してないのに何故こうも考えが読めるんだろうか。ひょっとしてエスパー?

 

(……まぁそんな事よりも、このままだとセシリアはここで寝そうですけど、どうします?)

 

(一先ず一気に眠気を覚まさせる。こうやってな)

 

 千冬さんは眠りそうになっているセシリアに近付いて凄い事をする。




今回の和哉はちょっと空気でした。


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第68話

ムニュッ!!

 

 

「!?!?!?」

 

 突然セシリアの尻を鷲掴みにする千冬さん。それによってさっきまで眠りかけてたセシリアは一気に覚醒する。

 

「おー、マセガキめ」

 

 そう言う千冬さんの顔は悪戯が成功した顔になっているが、それは子供っぽさの欠片も無く、言うなればアレは豹の笑みだ。

 

「しかし、歳不相応の下着だな。そのうえ黒か」

 

「え……きゃあああっ!?」

 

 千冬さんはセシリアのお尻を下から掬い上げるように掴んだ事により、捲くれ上がった浴衣の裾からヒップが露わになっていた。

 

 っと、いかんいかん。思わず見てしまったが、ちゃんと後ろを向いておかないとセシリアに何言われるか分からんからな。

 

 しかしまあ、セシリアが黒の下着を穿いて来るとはな。千冬さんの言うとおり、おませにも程があるっての。確か黒い下着ってのは大人びた女性が穿くものだと聞いたが、セシリアにはまだ早いと思う。

 

 因みに一夏も俺と同じく捲れ上がった下着を見ないように顔を背けているが、セシリアは見られてしまってる事に気付いてた。

 

「せ、せっ、先生! 離してください!」

 

 真っ赤になってそう叫ぶセシリアに、千冬さんはあっさりと離した。

 

「やれやれ。教師の前で淫行を期待するなよ、十五歳」

 

「い、い、いっ、インコっ……!?」

 

「冗談だ。あと、それと――」

 

「そこの4人。いつまでもドアの前で聞き耳を立ててないで、いい加減入ってきたらどうだ?」

 

 千冬さんが言おうとする前に俺がドアに向かって言うと、

 

「「「「……………」」」」

 

 沈黙の中の数秒後にはドアがゆっくりと開き、そこに立っていたのは旅館の浴衣を着た箒に鈴にシャルロットにラウラだった。

 

「何だ。やはり神代も気付いていたのか」

 

「当然です」

 

 だってアイツ等、気配丸分かりだったし。特に軍人のラウラですら、気配を隠さず聞き耳を立てる事に集中してたからな。

 

「一夏、マッサージはもういいだろう。ほれ、全員好きな所に座れ」

 

 俺の返答を聞いた千冬さんは一夏にそう行った後、経っている箒達を手招きし、四人はおずおずと部屋に入る。そして各人が好きな所に座っていると、マッサージを終えた一夏が汗を掻いている様子だった。

 

「ふー。さすがにふたり連続ですると汗掻くな」

 

「あのなぁ一夏、少しは後先考えてマッサージしろよ。セシリアにもする予定なら、軽めに済ませるとか」

 

「全くだ。神代の言うとおり、少しは要領よくやればいい」

 

「いや、そりゃせっかく時間を割いてくれてる相手に失礼だって」

 

「はぁっ……。お前って相変わらずバカ正直だな」

 

「愚直とも言えるな」

 

「和哉、千冬姉、たまには褒めてくれても罰は当たらないって」

 

「だそうですよ、千冬さん? どう思います?」 

 

「さあ……? どうだかな」

 

 この部屋の住人である俺達の会話を見て、箒達は漸く状況を飲み込んだようだ。特に箒と鈴はシャルロットとラウラを連れてくる前まで、未だに誤解してたからな。

 

「は、はは……はぁ」

 

「ま、まぁ、あたしはわかってたけどね」

 

 マッサージをしてると分かった箒はズルリと脱力し、鈴は妙な強がりを見せてる。ってか鈴、今更そんな強がったところで誤解してたのは分かってるからな。

 

「「………………」」

 

 そして、ついさっきまで聞き耳を立てていたシャルロットとラウラは、顔を真っ赤にして俯いていた。どうせコイツ等も箒達と同じくエッチな事をしてると誤解してたんだろう。もし小学生の綾ちゃんだったらマッサージをしてるとすぐに分かるんだが……年頃と言うか耳年増と言うか、ついソッチ方面に考えてしまうんだな。

 

「まあ、一夏はもう一度風呂にでも行ってこい。部屋を汗臭くされては困る」

 

「ん。そうする」

 

 千冬さんの言葉に頷いた一夏は再び風呂に入るためにタオルと着替えを持って部屋を出て、

 

「じゃあ俺は土産物コーナーにでも行くか。買いに言っても良いですよね? 千冬さん」

 

「ああ、構わん」

 

「そんじゃ皆さん、どうぞごゆっくり」

 

 土産を買いに千冬さんから許可を貰った俺も一夏と同じく部屋を出た。

 

「あれ、和哉も風呂か?」

 

「いいや。俺は土産物に用があるんだ」

 

 俺も一緒に部屋に出たのを見て尋ねる一夏に俺がそう答えながら、途中まで一緒に歩く。

 

 そして土産物コーナーに着き、俺は早速どれを買おうかと品定めを始めた。

 

「さてさて、ここは無難に食べ物でもするか」

 

「誰にやるんだ? ひょっとして和哉の師匠にか?」

 

「まあな。もうついでに綾ちゃんにも買う予定だ」

 

「綾ちゃん? 確かその子って、和哉の師匠の孫娘だったか?」

 

 思い出すように訊いて来る一夏。臨海学校前に少しだけ綾ちゃんの事を話したのを憶えていたみたいだな。

 

「ああ、機会があったら一夏に紹介するよ。先に言っとくが、綾ちゃんは小学生だから間違ってもいつもみたいに口説くんじゃないぞ」

 

「何でそうなる!? ってか俺は誰も口説いてなんかいないぞ!」

 

 よく言う。中学時代ではたくさんの女子を散々口説いたろうが。と言ってもコイツは絶対に否定するけど。

 

 まぁ実際は無自覚で女子を落としていたんだがな。

 

「ハッハッハ、冗談だ。でもあの子は結構可愛いから、もしかしたら綾ちゃんが無自覚にお前を惚れさせるかも」

 

「お前なぁ……何で俺が小学生の女の子に惚れるんだよ。普通ありえないだろ」

 

 ハハハ~、一夏は綾ちゃんに会った事ないからそんな台詞が言えるんだよ。あの子はこれまで無自覚に年上の男を惚れさせたから、色々な意味で凄いぞ。ある意味一夏と同類かもしれないが。

 

 因みに俺は小さい頃から綾ちゃんを見てるから、別に恋愛感情はなく妹としか見てない。

 

「まぁそんな事より、俺としては今一番気になるのは………お前さ、アイツ等の事をどう思ってるんだ?」

 

「え、アイツ等って……?」

 

「今俺達の部屋でガールズトークしてる箒達だ。まぁ一人だけは少々歳食って“ガール”と呼ぶには無理があるがな」

 

 俺の発言に一夏は少々焦ったような顔をする。

 

「おいおい、もし千冬姉がそれ聞いたら絶対怒るぞ?」

 

「ほう? 俺は別に千冬さんと一言も言ってないが、お前はそう思っていたみたいだな」

 

「え? ………あっ!」

 

 嵌められた事に気付く一夏だったが既に遅い。

 

「フッ。じゃあこの事はお互い千冬さんには内緒に、な」

 

「くっ……」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてポンポンと一夏の肩を叩く俺に、一夏は一杯食わされたように悔しそうにしていた。

 

「とまあ、それは置いといて、だ。話しを戻すが、一夏は箒達をどう思ってる?」

 

「どうって……別に箒はファースト幼なじみで、鈴はセカンド幼なじみで、セシリアとシャルとラウラはクラスメイトで……」

 

「………俺が訊いてるのはそうじゃなくてだな」

 

 やっぱ根っからの唐変木だなコイツ。箒達が異性として好きだって事を全然気付いてないよ。まぁ箒達も中途半端なアプローチばかりしてるから、一夏に想いが伝わらないし。一応ラウラはストレートに想いを伝えてるんだが、偏りすぎた日本の知識を吹き込まれている所為で逆に一夏を戸惑わせているので箒達と大して変わらないし。

 

「はぁっ……。この鈍感は何でこう――」

 

「誰が鈍感だよ。ってか、鈍感は和哉だろうが」

 

「は?」

 

 何言ってんだコイツ?

 

 俺が不可解な顔をしてると、一夏は反撃するかのように追求しようとする。

 

「お前、のほほんさんとは未だに友人だとか言ってるけど、コッチから言わせれば恋人同士みたくイチャ付いてるように見えるぞ。特にのほほんさんに抱きつかれてるところとか……」

 

「何故そこで本音が出てくるのかは知らんが、アレは単に本音のスキンシップだろ。現にアイツはお前相手にも引っ付いてくるんだから」

 

「それは、そうだが……でも俺の時はあくまで腕だけで、和哉の場合は身体全体に抱き付いてくるから、明らかに違うと思うぞ……?」

 

「そうか? 俺はあまりそこまで考えてはいなかったが……」

 

 てっきり相手を問わず引っ付いてるだけだと思っていたんだが、一夏は意外と観察してるところがあるんだな。

 

「あと前から思ったんだが、和哉ってのほほんさんに抱き付かれても大して驚いてないよな? 何か抱き付かれ慣れてるみたいな感じが……」

 

「ああ。そう言うのは綾ちゃんで慣れたんだ。あの子は少々甘えん坊なところがあって、何かあると俺に抱き付いてくるから、それでもう慣れてしまったんだよ。だから本音が俺に抱き付いても、つい綾ちゃんみたく――ん?」

 

 

 ギュッ!

 

 

 突然気配が感じた俺は振り向こうとするが一足遅く、誰かが俺の背中に抱き付いて来た。と言っても、抱き付いて来た相手はもう分かってるけど。

 

「ちょっとかずー、綾ちゃんに抱きつかれ慣れてるってどういうこと~?」

 

「あ、のほほんさん」

 

「やれやれ、また君か」

 

 不機嫌そうに抱き付いて不服そうな声を出してくる浴衣姿の本音に一夏は少し唖然としており、俺は呆れた顔をしながら振り向いて本音を見る。

 

「君は普通に俺に話しかけるって事はしないのか?」

 

「そんなことはどうでもいいよ~。私が今聞きたいのは綾ちゃんとどういう関係かどうかだよ~」

 

「それはもう旅館に着いた時に話した筈だが……」

 

「あの時は中途半端に終わっちゃったから、今度はじっくり聞かせてもらうよ~」

 

 じっくりって……一応あれで真実を言ったつもりなんだが。そもそも何で本音はこんなに不機嫌そう追求してくるのかさっぱり分からんぞ。

 

「ったく。しょうがないな、君は。一夏、悪いが話は後で今は本音に……って、いないし」

 

 俺が本音に気を取られてる最中に逃げたな。あの野郎、後で覚えてろよ。

 

 

 

 

 

 

「ところで、神代のやつは布仏とかなりいい雰囲気のようだが、アイツらは付き合っているのか?」

 

 一夏の事についてガールズトークを終えた箒達だったが、突然千冬が和哉の話題に変えて聞こうとしていた。

 

 その問いに、

 

「いえ、和哉は彼女の事を……」

 

「未だに友人関係だって断言してるし……」

 

 箒と鈴はそう答え、

 

「わたくしたちとしても、いい加減に和哉さんが布仏さんと付き合って欲しいんですが……」

 

「僕たちから見れば恋人同士のような関係に見えるんですけど、和哉は全然気付いてなくて……」

 

「私はてっきり、師匠はあの女とそう言う関係だと思っていたのですが……」

 

 セシリアと鈴は和哉に物凄く呆れていて、ラウラは見当違いな事を言っていた。

 

「……………はぁっ。神代も神代で色々な意味で驚かせてくれるな」

 

 ラウラを除く箒達の返答を聞いた千冬は、和哉の鈍感振りに深い溜息を吐いて呆れるのであった。




次回は束が再登場して、和哉と一触即発な雰囲気になります……あくまで予定ですが。


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第69話

「よし、ランニングはここまでにしておくか。千冬さんからも朝練は軽めにしとくようにって言われたし」

 

「ハァッ……ハアッ……。こ、これのどこが軽めなんだよ……!」

 

 合宿二日目の早朝。俺は一夏を砂浜に連れて行き、準備運動を済ませてランニング5キロを完走して終了した。俺はまだ平気だが、一夏は昨日と同じくまたへばってて息がかなり上がってて両膝と両手を地に着けている。

 

「どうだった一夏、砂浜ランニングの感想は?」

 

「ふ、普通のランニングより凄くキツかった……ハァッ……ハァッ……。なんか体全体が凄くしんどい……」

 

「当然だ。この砂浜ランニングは足全体の筋肉だけじゃなく、体のバランスを保つために普段使わない筋肉も使うからな。それによって様々な筋力を鍛える事が出来る。普通のランニングとは違って走りにくかったろ?」

 

「あ、ああ……。ついでにどうしてかと疑問を抱くほどの念入りな足首の準備運動と、裸足で走ったほうが良いのがよく分かったよ……ハァッ……ハァッ……」

 

 砂浜は陸路と違って、砂に足を持って行かれるから、下手すれば足首を捻ってしまう恐れがある。だから裸足が良いって訳だ。裸足で走れば砂を足の指で掴みやすくなるので、しっかり踏み込めて怪我の対策にもなる。

 

「まあな。にしても一夏、息が上がってかなり疲れてるとは言え、まだ立てるとは凄いじゃないか。これを初めてやる奴は大抵バテバテになって倒れているんだが」

 

「ハァッ……ハァッ……そりゃ、お前の訓練に付き合ってたら……嫌でも体力が付くっての……!」

 

「ほう、それは何よりだ」

 

 俺と訓練をやって、まだそこまで日が経っていないが、それなりの体力が付いたようだな。結構な事だ。そうなってくれなければ、夏休みに予定してる修行に最後まで出来ないからな。まだ一夏には内緒だが。

 

「よし、じゃあ学園に戻ったらお前の訓練の量を増やすとしよう。まぁそれよりも……ほれ、次は鉄棍の素振り50回だ」

 

「おい! 少しは休憩させてくれよ! いくら体力が付いたっていっても、まだそこまで体が追いつかないのに、この2kgの重りも完全に慣れてないんだぞ!?」

 

「はいはい、文句は後で聞くから早く手を動かせ」

 

「やっぱりお前は鬼だ~~~!!」

 

 一夏、俺が鬼なら師匠はその更に上を行く存在なんだぞ?

 

 

 

 

 

 

 一夏が文句を言いながら朝練を終えた午前九時。今日の合宿は午前中から夜まで丸一日使ってISの各種装備試験運用とデータ取りが行われる。特に専用機持ちは送られてきた大量の装備全てチェックしなければいけないから凄く大変だ。

 

「ようやく全員集まったか。――おい、そこの遅刻者」

 

「は、はいっ」

 

 千冬さんに呼ばれて身を竦ませたのは、凄く意外な人物であるラウラだ。

 

 軍人であるラウラが珍しく寝坊したみたいで、集合時間に五分遅れてやってきたから遅刻となっていた。

 

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

 

「は、はい。ISのコアはそれぞれが――」

 

 ラウラは千冬さんに言われたとおり説明を始める。しかも一切噛むことなくスラスラと。あそこまで言えるって事は、ラウラ自身が優秀且つ千冬さんに相当叩き込まれたってところだな。俺の隣にいる一夏なんてラウラの説明を聞いて凄く感心してるし。

 

「さすがに優秀だな。では遅刻の件はこれで許してやろう」

 

 そう言われると、ラウラはふうと息を吐いて安堵した。あの様子を見る限り、恐らく千冬さんのドイツ教官時代にかなりしごかれたんだろうな。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

 生徒一同が一斉にはーい、と返事をする。一学年全員が一斉に並んでいるから、かなりの大人数だ。

 

 ついでに今日ここでデータ取りを行うIS試験用のビーチは、四方を切り立った崖に囲まれている。此処に来るのは初めてだ。いつも旅館に来た際に、此処はIS学園関係者以外立ち入り禁止となって凄く気になっていた。今までの俺はIS学園には全く縁の無い物だと思っていたが、それが今やISに乗れてIS学園の生徒だ。人生と言うのは本当に分からないな、ホント。

 

 とまあ、話が少し脱線しかけたが、ここに搬入されたISと新型装備のテストが今回の合宿の目的だ。

 

 言うまでも無くISの稼動を行うから、全員がISスーツ着用姿。ISスーツとは言え、此処が海だから水着に見えてしまうが。

 

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとコッチに来い」

 

「はい」

 

 打鉄用の装備を運んでいる最中に、俺は気になって二人を見る。

 

「お前には今日から専用機を――」

 

「ちーちゃ~~~~~~~~~~ん!!!」

 

 ん? どっかで不快な聞いたような声が……。

 

 声を聞いた俺が振り向いて見ると、砂煙をあげながら人影が凄いスピードで走ってきていた。しかも凄く見覚えがある人影だ。

 

「……束」

 

 そう。昨日俺に会って早々不快にさせた箒の姉である篠ノ之束が、堂々と臨海学校に乱入して来た。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、今すぐにハグハグしよう! そして愛を確かめ――ぶへっ」

 

 おおっ、あの篠ノ之束(不快生命体)を一瞬でアイアンクローをするとは流石千冬さん。しかも思いっきり指が食い込んでいるから、全く手加減してないな。

 

「うるさいぞ、束」

 

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ」

 

 千冬さんの強力なアイアンクローからあっと言う間に抜け出すとは……やはり見た目とは裏腹にかなりの身体能力を持っているようだな。

 

 そして篠ノ之束は次に箒の方を向く。

 

「やあ!」

 

「……どうも」

 

 昨日言ったとおり、箒は篠ノ之束にあんまり会いたくない様子を見せている。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

 ゴンッ!

 

「殴りますよ」

 

「殴ってから言ったぁ! しかも日本刀の鞘で叩いた! ひどいよ! 箒ちゃんひど~い!」

 

 殴られた頭を押さえながら涙目になって訴える篠ノ之束。そんな二人のやりとりを、一夏を除く一同がぽかんとして眺めてる中、俺は奴に近付く。

 

「よう、昨日ぶりだな」

 

「んん? ああ、また君か。昨日も言ったとおり、今は箒ちゃん優先だから後にしてくれないかな? さあ早くあっちに行った行った」

 

「………」

 

 箒や一夏が驚いている中、また会って早々不快な事を言う篠ノ之束に、俺は少しばかり頭に来たから『睨み殺し』を使って動きを止めようと――

 

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」

 

 したが、千冬さんが止めるかのように割って入って来た。

 

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

 くるりと回って簡単に自己紹介を済ませる篠ノ之束に、一同は目の前の人物が俄かに騒がしくなった。

 

「はぁ……。もう少しまともにできんのか、お前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」

 

「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」

 

「うるさい、黙れ」

 

 何かこの二人、お互いに知っている仲みたいだな。一体どう言う関係……あ、そういえば篠ノ之束がさっきから千冬さんの事を『ちーちゃん』って言ってたな。って事は、千冬さんと篠ノ之束は友人と言ったところか。

 

「神代、お前も早く持ち場に着け」

 

「ですが――」

 

「お前の言いたい事は分かる。さっきのこいつの失礼な態度については後で私から言っておく。だから早く戻れ」

 

「…………分かりました」

 

 命令口調で言う千冬さんだったが、少し申し訳無さそうな感じがした。ここまで言われたら流石に引かざるを得ないから従わざるを得ない。

 

「むむ、ちーちゃんが妙にその子に優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ。おいこら君ぃ、どんな手を使ってちーちゃんを惚れさせたぁ!」

 

「「…………は?」」

 

 いきなりヤクザみたいに突っかかって見当違いな事を言う篠ノ之束に、俺だけじゃなく千冬さんも素っ頓狂な声を出す。ついでに箒と一夏が篠ノ之束の台詞を聞いて目をパチクリしていた。

 

「ちーちゃんが君の話題になると何故か認めていたり庇うような事を言ってたんだよね~。しかも箒ちゃんやいっくんとは違う感じで。それは即ち……ちーちゃんが君に惚れてるって証拠だぁ!」

 

「「………………」」

 

「よくも私のちーちゃんを汚したな! ちーちゃんの純潔は私が頂く予定だったのに! ムキー! ちーちゃんを汚した罪、絶対に許さないんだからぁ~~!」

 

 わけの分からん事を言いながら地団太を踏む篠ノ之束に俺と千冬さんは、

 

「「………フ、フフフフフフ……」」

 

 揃って顔を下に向けながら笑った。同時に拳をポキポキと鳴らしながら殺気も全開にして。それにより篠ノ之束を除く一同は完全にドン引き状態になっているが無視だ。

 

「織斑先生、俺今この女に本気で制裁したい気分なんですけど……」

 

「奇遇だな神代。私もそう思っていたところだ」

 

「あ、あれ~? 何で君だけじゃなくちーちゃんまで怒ってるの? 私何かおかしなこと言ったかな?」

 

 どうやら篠ノ之束は俺が怒ることは予想してたみたいだが、千冬さんは予想外だったらしい。だが今そんなのどうでもいい。

 

 そして俺は構えて、

 

「おらぁっ!」

 

「うおっと!」

 

 篠ノ之束にアイアンクローで捕まえようしたが、寸でのところで避けられた。

 

「チッチッチ~、甘いよ~。君程度で束さんが捕まると思ったら――」

 

「私もいるのを忘れてもらっては困るぞ、束」

 

「うぎゃあああ~~~~!! 何かさっきのアイアンクローとは違って殺意全開だよち~ちゃぁぁぁぁぁん!!!」

 

 千冬さんの全力殺人後頭部アイアンクローをされてる篠ノ之束は、さっきまでと違って本気で痛そうに悲鳴をあげていた。

 

 そんなのを気にしない俺は、

 

「くたばれ勘違い女」

 

 バチィィィィィィィィンッッッ!!!!(×2)

 

「ぎぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!」

 

 両手を使った全力のデコピンで篠ノ之束の額にクリティカルヒットさせた。それによりデコピンを喰らった事のある一夏と箒とラウラは滅茶苦茶痛そうな顔をしており、山田先生とその他の生徒達は完全に唖然としてるのであった。




一触即発な雰囲気の予定が、ギャグチックになってしまった……ちょっと失敗しました。


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第70話

「あははは~~。ここはどこ~? 私は誰~?」

 

 千冬さんの殺人アイアンクロー&俺の全力両手デコピンを喰らった篠ノ之束は、記憶喪失したかのように目が回りながらフラフラしていた。

 

「チッ……。全力でやってもあの程度(・・・・)か。やはり俺はまだまだ未熟だな」

 

「そう卑下する事はない、神代。あれはあれでかなりのダメージを食らっている」

 

 千冬さんがフォローするかのように言うが、それでも俺は悔しかった。

 

 俺が全力でやった両手デコピンはどんな屈強な男でも気絶させる事が出来る筈なんだが、それを喰らった篠ノ之束はまだ意識がある上に両足で立っている。故に篠ノ之束は普通ではない証拠だ。恐らくアイツは千冬さん並みか、もしくは近い身体能力を持っているに違いない。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」

 

 一夏がそう言いながら、未だにフラフラしている篠ノ之束を支えようとする。

 

「あれ~? 何か懐かしい匂いがする~? いっくんの温もりを感じれば思い出すかも――」

 

 篠ノ之束がそのまま一夏に抱き付こうとしたが、

 

「よし、神代。束には荒療治が必要だから、もう一回やるぞ」

 

「――はい嘘ですちーちゃん! 束さんは復活しましたーー!」

 

 それを見た千冬さんが俺に指示を下すと流石に二度も喰らいたくなかったのか、篠ノ之束はすぐに一夏から離れてビシッと千冬さんに敬礼した。やっぱりアイツ、さっきまでのは芝居だったな。思った通り油断出来ない奴だ。

 

「そ、それで姉さん、頼んでおいたものは……?」

 

 躊躇いがちに箒が篠ノ之束にそう尋ねた。それを聞いて篠ノ之束の目がキラーンと光って箒を見る。

 

「うっふっふっ。それはすでに準備済みだよ箒ちゃん。さあ、大空をご覧あれ!」

 

 ビシッと空に向かって指差す篠ノ之束。その言葉に箒が、そして俺や千冬さん、一夏達や他の生徒達も空を見上げる。

 

 その直後に、

 

 

 ズズーンッ!!

 

 

「のわっ!?」

 

 突然激しい衝撃を伴って、金属の塊らしき物が砂浜に落下した。その事に一夏はビックリして怯んでいたが、俺と千冬さんは大して気にせず目の前の物体を直視している。

 

 銀色をしたその物体は、次の瞬間に正面らしきと思われる壁がバタリと倒れ、その中身が露わになった。

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿(あかつばき)』だよ! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」

 

 箒の専用機だと? しかも現行ISを上回るって……まさか箒の奴、篠ノ之束に専用機を作るよう頼んだのか……?

 

 俺が箒を不可解そうに見てると、そんなのを気にしないかのように真紅のそうこうに身を包んだ機体が、篠ノ之束の言葉に応えるかのように動作アームによって外へと出て来ていた。

 

「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐに終わるよん♪」

 

「……それでは、頼みます」

 

「もう~また堅いよ~。実の姉妹なんだから、こうもっとキャッチーな呼び方で呼んで――」

 

「早く、はじめましょう」

 

 篠ノ之束の言葉に取り合わない箒は、すぐに始めるように行動を促した。

 

「ん~。まあ、それもそうだね。じゃあはじめようか」

 

 そう言われた篠ノ之束はリモコンのボタンを押した刹那、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態になった。しかも自動的に膝を落として乗り込みやすい姿勢へと。

 

「箒ちゃんのデータはある程度選考していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだね。さてと、ぴ、ぽ、ぱ、っと♪」

 

 コンソールを開いた途端に、高速で指を滑らせる篠ノ之束。更に空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出し、膨大なデータに目配りをしていく。それと同時進行で、先程と同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いていた。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整済みだから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備も付けといたからね! お姉ちゃんが!」

 

「それは、どうも」

 

 さっきと同じく箒の態度は素っ気無かった。以前、屋上で俺に話した際、姉の事を暗に嫌いだと言ってたから、ああ言う態度になるのは無理からぬ事だろう。

 

 しかし俺は解せなかった。何故箒が嫌いな姉である篠ノ之束に専用機を作ってもらうように頼んだのかを。と言っても、アイツがそうした訳は大体察しがつく。恐らく箒は一夏達が専用機を持ってそれなりの活躍をしているのにも拘らず、自分だけは未だに何も出来てないから、それを何とかする為に嫌いな姉に頼んで専用機を作ってもらうように頼んだんだろう。でなければ、篠ノ之束に連絡しない訳が無い。

 

「ん~、ふ、ふ、ふふ~♪ 箒ちゃん、また剣の腕前が上がったみたいだねえ。筋肉の付き方を見ればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いよ」

 

「…………一応、和哉に鍛えられましたので」

 

「和哉? ………ああ、あの子ね。――はい、フィッティング終了~。超早いね。さすが私」

 

 箒が俺の名を出した事に篠ノ之束は少し不快そうな顔でチラッとこっちを見ていたが、それでも手を休むことなく動き続けている。キーボードを打つと言うよりピアノを弾いているように滑らかで素早い動きだった。しかも数秒単位で切り替わっていく画面にも全てちゃんと目を通している。

 

 アイツ、今俺に対して不愉快そうな目で見ていたな。いつでも動けるように構えておいた方がよさそうだ。

 

「(大丈夫だ。アイツはあの程度のことでお前に危害は加えない)」

 

「(………分かりました)」

 

 俺が篠ノ之束を警戒していると、隣にいる千冬さんが問題ないかのように俺に小声で話しかけてきた。それを聞いた俺は密かに構えを解くが、それでも警戒は続ける。

 

 それにしても、あのISは一夏の白式のように近接特化型のような気がする。腰に左右一本ずつの日本刀型ブレード以外、何にも装備して無い。だがさっき篠ノ之束は『自動支援装備がある』とか『近接戦闘を基礎にした万能型』と言っていたから、何か特殊装備があるかもしれない。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで」

 

「だよねぇ。何かズルイよねぇ」

 

 ふと、向こうにいる生徒達の中からそんな声が聞こえた。それに反応したのは、意外な事に作業をしている篠ノ之束だった。

 

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことななんか一度もないよ」

 

(………言ってる事は正論だが、その世界を更に不平等にしたのはアンタだろうが……!)

 

 指摘を受けた女子は気まずそうに戻るが、篠ノ之束の発言に俺は思わず怒鳴り散らしたかったがグッと堪えて睨み続けた。それを見た千冬さんが俺にこう言って来る。

 

「(神代、あいつは私が見ておくから、お前は早く持ち場に付け)」

 

「(……そうします)」

 

 そう答えた俺は、打鉄の調整作業をしているグループの一つへと戻って手伝い始める。

 

「かずー、なんか怖い顔してるよー?」

 

「………悪い」

 

 心配そうに尋ねてくる本音に俺は謝りながら、手を休めずに作業を続ける。

 

 そうしてる最中、篠ノ之束は箒のISフィッティング作業が終わって、今度は一夏に話しかけて白式の調整をやろうとしていた。

 

 そんなやり取りを俺は気にせずに、本音達と一緒に作業をしていると、セシリアが篠ノ之束に声を掛けた。

 

「あ、あのっ! 篠ノ之博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」

 

 そう言いながら興奮するセシリアに篠ノ之束は、

 

「はあ? だれだよ君。金髪は私の知り合いにはいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんと数年ぶりの再開なんだよ。そう言うシーンなんだよ。どういう了見で君はしゃしゃり出てくんの? 理解不能だよ。って言うか誰だよ君は」

 

 さっきまでとは別人のように冷たい言葉と視線を向けて拒絶した。

 

「え、あの……」

 

「うるさいなあ。あっちいきなよ」

 

「う……」

 

 何て奴だ。あれは完全にセシリアを人間とは思ってない目だったぞ。

 

 そして篠ノ之束に拒絶されたセシリアはションボリとして引き下がっており、少し涙目となっていた。憧れである人間があそこまで拒絶されるとは思ってなかったんだろう。

 

 そんなセシリアを見た俺は作業を中断して、篠ノ之束に文句を言おうと決意して近付こうとする。

 

「おいアンタ、いくらなんでもあんな言い方は無いだろうが」

 

「だからさぁ、何度も言わせないでくれる? 君の用は後だって言ってるんだよ。あんまりしつこいと、ナノ単位まで分解するよ?」

 

 さっき俺とバカなやり取りをしてた雰囲気とは違い、今度は本当に俺を拒絶していた。

 

「………出来るもんならやってみろ」

 

「へぇ? この束さんに向かって随分良い度胸してるね。だったら望み通りに――」

 

「止めんか馬鹿者」

 

「へぶっ!」

 

 一触即発な雰囲気の中、突然千冬さんが篠ノ之束の頭に打撃をヒットさせた。それにより拒絶な雰囲気を見せていた篠ノ之束は、急にさっきまでの親しみな顔になった。

 

「いたたた……ちょっとちーちゃん酷いよ~! 何で私だけ殴られるの~!?」

 

「やかましい。お前が神代を挑発するからだろうが。それに私は前に言った筈だぞ? 手を出したら黙っていないとな」

 

 文句は聞かないぞ、と言わんばかりの千冬さんの台詞に篠ノ之束は観念したかのように両手を上げた。

 

「は~い、束さんが悪かったで~す。と言う訳で君、ちーちゃんのおかげで命拾いしたね。今度は――」

 

「束?」

 

「うわ~。ちーちゃん、そんなに本気で怒んないでよ~。ちょっとしたジョークだって~」

 

「………神代、お前も戻れ」

 

「……分かりました」

 

 取り敢えず千冬さんの指示に従う俺は再び持ち場に戻る。一応、篠ノ之束を警戒しながら

 

 そして戻る際、さっき篠ノ之束に拒絶されて涙目になってたセシリアに近付く。

 

「おいセシリア、大丈夫か?」

 

「え、ええ、まぁ……。しかし、何もあそこまで言わなくても……」

 

 憧れである博士にあそこまで拒絶された事に対して、セシリアはさぞかしショックだったんだろう。

 

「恐らくあれがあの女の性格だと思う。一夏や織斑先生、そして箒には仲良さげに接しているが、それ以外の人間はどうでもいい存在だと思ってるんだろう。俺も含めてな」

 

「で、ですが和哉さんと接する時にはそう見えませんでしたが……」

 

「俺もセシリアと大して変わらない。奴の目を見たとき、あくまでついでみたいな感じしかしなかった」

 

 篠ノ之束の目を見て俺は気付いた。奴の目には俺をほんの片隅程度しか見て無かった事に。多分あの女の事だから、用が済めばセシリアと同じく、俺が話しかけたらすぐに拒絶するだろう。

 

「あとセシリアの為に言わせて貰うが、もうあの女には近寄らない方が良い。下手すれば拒絶どころが、本気で分解と言う名の存在自体を消されるかもしれない」

 

「い、いくらなんでもそれは大袈裟では……?」

 

「そうでもない。さっきは千冬さんによって阻止されたが、あの女は本気で俺を分解する気だった」

 

 まるで害虫を駆除するかのようにな、と内心付け加える俺。

 

 そんな中、向こうは箒の専用機である紅椿のフィッティングが終わったみたいだ。箒は試運転を開始するために、瞼を閉じて意識を集中させると、次の瞬間に紅椿は物凄い速度で飛んでいった。

 

「んなっ!?」

 

「ほう……」

 

 紅椿の余りの急加速に隣にいたセシリアは驚愕し、俺は感心するかのように眼で追う。紅椿がとんでもないスピードで飛んでいる最中、篠ノ之束が嬉しそうな表情をしている。

 

「どうどう? 箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

 

 箒が遥か上空で飛んでいるにも拘らず、篠ノ之束は箒に話しかけるかのように喋っている。傍から見ればおかしな行動と思われるだろうが、恐らく奴は箒に通信してる(・・・・・・・・・・)。あの天才博士様はISが無くても、通信程度は御茶の子さいさいだろう。

 

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『天月(あまづき)』で、左のが『空裂(からわれ)』ね。武器特性のデータを送るよん」

 

 そう言いながら空中でブラインドタッチをする篠ノ之束。上空にいる箒は、二本同時に刀を抜き取っていた。

 

 そして篠ノ之束は箒に刀の一つである『天月』を解説するかのように喋っていたが、俺は大して聞いてなく箒の方に集中して見ていると、箒が試しとばかりに、右腕を左肩まで持って行って構えて突きを放った。アレは見た感じ、剣術を使っての防御型の突きだろう。刀を受ける力で肩の軸を動かして反撃に転じると言うような感じで。

 

 そんな突きが放たれると同時に、周囲の空間に赤色のレーザーがいくつか球体として現れ、そして順番に光の弾丸となり、漂っていた雲を霧散させた。

 

 次に篠ノ之束がもう一つの刀『空裂』の解説を終えた直後に、奴の周囲から十六連装ミサイルポッドを呼び出した。その直後に、それは次の瞬間一斉射撃を行った。

 

「箒!」

 

 ミサイルが放たれた事に一夏が箒を心配するかのように名前を呼ぶが、上空にいる箒は問題無いかのように、もう一本の刀を振るうと帯状となったレーザーが、十六発のミサイルを全て撃墜した。

 

 そして獏縁がゆっくりと収まる中、真紅のISと箒が威風堂々たる姿を現した事に全員は驚愕し、魅了され、そして言葉を失っていた。そんな光景に、篠ノ之束は満足そうに眺めて頷いていた。

 

 だが、

 

(………気に入らないな。あの女は一体何を考えている?)

 

 俺は篠ノ之束に嫌悪な感情を抱きながら睨んでいた。

 

(いくら自分の身内とはいえ、あんな玩具(・・)を与えられたら、箒がこの先慢心する事は分かっている筈だ。そして同時にアレが争いの種にもなる事を。にも拘らず箒に与えたと言う事は――)

 

「さてさて、試運転は終えたからお次は……お~い君~~、ちょっといいかな~?」

 

「………何だ?」

 

 俺が考えてる最中、突然篠ノ之束が俺に近付いて声を掛けてきた。

 

「俺は後じゃなかったのか?」

 

「いやいや、今は君に用があるんだよ~」

 

「おい束、神代に何をするつもりだ?」

 

 俺に話しかけてくる篠ノ之束に、千冬さんは不穏な感じがするかのように割って入って来た。

 

「そんな恐い顔しないでよ~ちーちゃん。私はただ、この子が打鉄に乗って箒ちゃんの紅椿と模擬戦するのを頼むだけだからさ」

 

 奴の台詞に俺を含めた全員が一斉に驚愕した。




次回はオリジナル展開で、和哉(打鉄)VS箒(赤椿)となります!


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第71話

先に言います。今回は短いです。


「俺が箒と模擬戦、だと?」

 

「束、お前は一体何を考えている」

 

 鸚鵡(おうむ)返しをする俺に、千冬さんが篠ノ之束を睨みながら詰問する。

 

 千冬さんの言うとおり、俺もこの女の考えている事がさっぱり分からなかった。何のつもりで俺が打鉄に乗って箒の紅椿と模擬戦させるのかを。

 

「言葉通りの意味だよちーちゃん。その子が紅椿に乗ってる箒ちゃんと模擬戦をする。ただそれだけだよ」

 

「私はさっき言った筈だぞ? 私の生徒に手を出したら黙っていないとな」

 

「そんな固いこと言わないでよぉ~。単に模擬戦をするだけなんだからぁ~。それにさぁ、私としてもその子がどう戦うのかをこの目で直で見てみたいんだよね~。箒ちゃんの紅椿相手にどこまでやれるのかを。後はちーちゃんがOKを出してくれたら――」

 

「おい待て。何勝手に俺が既に戦う事を前提に話しを進めてやがるんだ。俺は箒と模擬戦をするだなんて言って無いぞ」

 

 勝手に話しを進めようとする篠ノ之束に俺が抗議するが、向こうは大して気にしないかのように俺を見る。

 

「でも君だって戦ってみたいんじゃないの~? 紅椿に乗った箒ちゃんとどこまでやれるのかをさ」

 

「………悪いが俺にはそんな気は無い。模擬戦をさせたかったら他をあたれ」

 

 興味ないように答えた俺は持ち場に戻る為に背を向ける。

 

 だが、

 

「じゃあこれはどうかな? もし君が箒ちゃんに勝ったら、私がさっきの金髪に謝罪と土下座するついでに、金髪のISを見るっていうのは」

 

「!」

 

「何?」

 

 篠ノ之束の予想外な提案をした事に千冬さんは驚愕し、俺は思わず足を止めて振り向く。そして近くで聞いていたセシリアと一夏も千冬さんと同じく驚愕していた。

 

「俺が勝てばアンタがセシリアに土下座してISを見る、だと?」

 

「束、お前それは本気で言ってるのか?」

 

「勿論だよ、ちーちゃん」

 

 篠ノ之束はあっさりと頷くが千冬さんはまだ信じられない顔をしていた。自分や一夏、そして妹である箒以外に対してそんな事をするとは微塵も思ってなかったんだろう。まぁ俺も千冬さんと同じく信じられないが。

 

 千冬さんに答えた篠ノ之束は再確認をするように再び俺を見る。

 

「さぁどうする? これでも箒ちゃんと模擬戦をやらない?」

 

「……………………」

 

 この女は一体何を考えている? さっきセシリアに対してあれだけ拒絶しておきながら、俺が模擬戦をさせる為に今度は謝るって……。一夏や箒、千冬さんにしか興味無いこの女が本当にそうするのかが俄かに信じられなかった。あくまで俺が箒と模擬戦をさせる為の手段として使っているんじゃないか、と疑念を抱いてるからだ。もうついでにこの女が本当にセシリアに土下座するのかが疑わしいから、安易に返答する事が出来ない。

 

「………もし俺が勝てば、本当にアンタはセシリアに謝罪するんだろうな?」

 

「君って疑り深いんだね~。血判状に署名しないと信じられないのかな~?」

 

 ………コイツがここまで言うって事は嘘じゃないのは分かったが、果たして本当に模擬戦をしても良いんだろうか……? 俺にはどうもコイツの考えには何か裏があるような気がして今一つ信用出来ないが、かと言ってコイツが絶対にやらない事をやるので、それはそれでセシリアが報われる。危険かもしれないが、取り敢えずここはコイツの策に敢えて引っ掛かる事にしよう。俺が勝てばセシリアの為になる、と言う風に考えて。

 

「………良いだろう。だったらやってやろうじゃないか」

 

「待て神代! お前も何を勝手に――」

 

 俺の返答を聞いた千冬さんは止めようとするが、俺はすぐに千冬さんにしか聞こえないように小声で話す。

 

「(織斑先生、申し訳ありませんがこのままやらせて下さい。それに妥協案を出してまで頑なに断りでもしたら、あの女が此処で何を仕出かすか分かりません。友人である織斑先生なら、大体の想像は付くと思いますが?)」

 

「(…………確かに)」

 

「ちょっと君~、何ちーちゃんとヒソヒソ話してるのかな~?」

 

 篠ノ之束を無視し、何とか千冬さんを説得する事に専念する。

 

「(後で反省文を書いた後に懲罰を受けますので、どうか……)」

 

「…………はぁっ。束、模擬戦をやるにしても制限時間を付けさせてもらうぞ。良いな?」

 

「オーケーだよ~ちーちゃん。その子がやってくれるなら文句は言わないよ~。箒ちゃ~ん、今から模擬戦を――」

 

 千冬さんから模擬戦許可を貰った俺が準備をすると、篠ノ之束は箒に通信をしていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「和哉、最初に言っておくが私は一切手を抜くつもりはない」

 

「……そうか」

 

 海の上空で打鉄を纏った俺と、紅椿を纏っている箒が対峙していつでも動ける状態になっていた。

 

 そして俺が少し間があった返答をしても、箒は大して気にする事無く言い続ける。

 

「いくら私が専用機とは言え、お前相手に勝てるとは微塵も思ってないが、それでも全力でやらせて貰う」

 

「……構わん」

 

 思ったとおりだ。箒は口でああ言ってるが、専用機を手に入れて内心かなり浮かれている。強大な力を手に入った途端、人間は慢心すると言うが箒もその一人だ。とは言え、人間誰しも強い力を持てば誰でもああなるのは無理もない、か。

 

 となれば、俺が箒にやる事はその慢心を無くす為に、この模擬戦で絶対に勝つしかない。上から目線な考えと思われるかもしれないが、これでも俺は一夏と同じく箒をコーチしている身だから、そう考えなければならない。それにもし仮に箒が俺に勝ってしまえば、アイツは更に慢心して、後々になってから取り返しがつかないことをしそうな気がする。あくまで俺の予想だから絶対とは言えないが。

 

 故に俺は箒のコーチ役として、そしてクラスメイトの友人として、箒が間違った道を進ませるのを止めさせなければならない。

 

「では今度は俺に見せてもらおうか。篠ノ之束お手製“紅椿の性能”って奴を」

 

「望むところだ、行くぞ和哉!!」

 

 俺の台詞に箒は両手に持ってる刀を構え、そのまま突進してきて模擬戦を開始した。

 

「………やはり気付いてないな(ボソッ)」

 

 箒が凄まじいスピードで向かって来る中、俺は右手で刀を展開しながらも、自身が言った台詞に何の疑問を抱かない箒を見て何が何でも勝たなければいけない事を決意する。

 

 そして、

 

「はああああっ!!」

 

 

 ガギィィィンッ!!

 

 

「ぐっ!」

 

 突進しながらの上段の斬撃を仕掛ける箒に俺は刀で防御して凌ぐが、勢いまでは止める事が出来ずに押されてしまった。

 

 やはりスピードだけじゃなく、パワーもそれなりにあるようだ。一夏の白式や鈴の甲龍よりも。まぁあの天才博士が作った最新のISだから、それは当然かもしれないが。

 

 そう考えてる俺に箒は更に攻撃を仕掛けようとする。

 

「はあっ!」

 

「おっとっ!」

 

 二刀を使って斬撃をする箒の攻撃を回避して距離を取ろうとする。

 

「逃さんっ!」

 

 箒はそう言って右手に持ってる刀である《天月》を俺に向かって突くと、さっきの実演で見せた赤色のレーザーが球体となって現れ、そしてすぐに弾丸となって俺目掛けて飛んできた。

 

「ちぃっ!」

 

 弾丸を見た俺はすぐに避けようとするが、余りの速さに1~2発かすってしまって少し怯んでしまった。それを見た箒はチャンスと言わんばかりに、左手に持ってる刀の《空裂》を振ると、今度は帯状のレーザーが俺に襲い掛かって来た。

 

 あんなのを喰らってしまったら、あっと言う間に打鉄のシールドエネルギーが尽きてしまうと危惧してすぐに回避行動をして辛うじて難を逃れる。

 

「流石だな、今の攻撃を全て避けきれるとは。やはりお前は凄い」

 

「……そりゃどうも」

 

 賞賛する箒に俺はぶっきら棒に返答する。

 

 箒は箒でさっきの攻撃で俺を倒せるとは思っていなかったんだろうが、それでも妙に声が弾んでいた。恐らく、攻撃がかすったとは言え俺に多少の攻撃を当てる事が出来たと思って舞い上がっているんだろう。

 

「だが今のは、ほんの小手調べだ。今度は本気で行くぞ」

 

「……そうかい」

 

 本気で行くと言っても、それは箒の実力でなく紅椿の性能に過ぎないんだがな。と言うツッコミをしたところで、今のアイツには聞く耳持たないだろう。

 

(取り敢えず今は箒の慢心を何とか無くす事が先決だな)

 

 そう考えた俺は右手に持ってる刀を仕舞うと、箒が不可解な顔になり始めた。

 

「和哉、刀を仕舞うとはどういうつもりだ?」

 

「さてね。まぁそんな事より、もう一回あのレーザーを出してくれないか? 今度はちゃんと避けるから。無論、連続で出しても構わん」

 

「………本気で言ってるのか、和哉? いくらお前でも天月と空裂の攻撃からは逃れられる事は不可能だと思うが……?」

 

「あっそ。ならば――」

 

 

 フッ!

 

 

「なっ!?」

 

 空中(・・)で疾足を使った事に箒は驚いたが、俺はそんな事を気にせずに箒の背後を取って、

 

「ふんっ!」

 

 

 ドガァッ!

 

 

「ああっ!」

 

 そのまま回し蹴りを喰らわせた。




次の更新で模擬戦の決着が付きます。


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第72話

「ふむ……まだ完全とはいかんが、今の段階ではまずまずと言ったところか」

 

「ば、バカな……」

 

「ん?」

 

 空中で疾足を使っての自己分析をしてると、回し蹴りを喰らった箒は俺から距離を取りながら驚愕していた。

 

「お前は、あの移動は空中では出来ないと言った筈だ……。なのに何故……!?」

 

「何故って……そんなに驚く事か? 俺が空中で疾足を使った事が」

 

 箒の余りの狼狽振りを見て俺は思わず呆れてしまって一瞬目を逸らしそうになったが、今は模擬戦の最中だと内心渇を入れながらそのまま箒と紅椿を見続ける。

 

 そしてそのまま俺は再び構えて、

 

「あのなぁ箒。確かに俺は以前『出来ない』と言ったが、それを理由にいつまでもほったらかしてるとでも思ってたか? だとしたらそれは――」

 

 

 フッ!

 

 

 再び疾足を使って今度は懐に入り込み、

 

「大間違いだ!!」

 

 

 ドゴッ!

 

 

「がはっ!」

 

 箒はまた不意を突かれたかのように反撃が出来ないまま俺の攻撃を喰らってしまい、俺の拳が箒の腹に当たって減り込んだ。

 

 俺の攻撃を喰らった事に箒は一瞬、両手に持ってる刀を手放してしまいそうになったが、すぐに持ち直して再び俺から距離を取る。因みにさっきの攻撃はただのパンチで、『砕牙・零式』ではない。それを使って箒を倒す事は出来るが、それでは意味が無い。

 

「う、うう……」

 

「ったく。いくら俺のやってる事が信じられないからといって、模擬戦の最中に気を抜くな。もしこれが実戦だったら、お前とっくに死んでるぞ?」

 

 などと偉そうに言う俺だが、実戦に近い修行はしても本物の実戦はやった事無いけどな。

 

「まぁ一応出来た理由は教えておこう。この間一人でISの訓練した際、空中でも足場があるようにイメージしてやってみたら、物の見事に疾足が使えたって訳だ」

 

「い、イメージ……だと? お前は、たったそれだけで……」

 

 理由を聞いた箒は俺の攻撃を喰らったにも拘らず呆然としている。だから気を抜くなってのに。

 

「コツさえ掴めば結構簡単なんだなって気付かされたよ。慣れるのに結構時間が掛かったが、今はこの通りだ。さて、それはそうと箒。紅椿を披露する為の模擬戦に水を差すようで悪いが、ここからは……俺との修行時間だ」

 

「!!!」

 

 殺気を込めた目で睨むと、箒は驚愕して一瞬呑まれそうになったが何とか意識を保って武器を構えようとする。

 

「そうだ、それでいい。ここから先は一瞬たりとも気を抜くなよ。構えを崩すな。神経を(とが)らせろ」

 

「くっ……!」

 

「では……行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

「おいおい、嘘だろ……?」

 

「わ、わたくしの見間違いでしょうか……? い、いま和哉さんが空中で……」

 

「な、何なのよアイツ……。和哉のあの瞬間移動って、確か地上でしか出来ない筈じゃなかった……?」

 

「え、えっとぉ……この場合、僕は何て言えば良いのかな……?」

 

「流石は師匠だ、あんなことも出来るとは。私も見習わねば」

 

 和哉が空中で疾足を使って箒に背後から回し蹴りをした事に、地上で見物していた一夏、セシリア、鈴、シャルロットは開いた口が塞がらぬ状態となっており、ラウラは和哉に尊敬の眼差しを送っていた。

 

 ラウラはともかく、一夏達が驚くのは無理もない。何しろ和哉は今まで使っていた疾足が地上限定でしか使っていなく、和哉本人も『この移動は足場が無かったら使えない』と言ってたから、空中で疾足を使う事は無いと踏んでいた。だがそれはもう一瞬で覆され、ついさっき和哉が空中で疾足を使った事により、一夏達の頭の中は色々な意味でパンク状態となっていた。最早和哉には地上だろうが空中だろうが、そんなの一切関係無く遠距離攻撃関連が簡単に避けられると思うだけで、特に遠距離攻撃専門であるセシリアにとってはもう破裂寸前だ。

 

「ア、アハハハハハ……もうこれ以上は驚くことは無いと思っていたのに……まさかまたこんな形で驚かされるなんて……」

 

 そしてセシリアはもう何もかもが脱力したかのように片手を頭に乗せ、

 

「あのバカ……! 一体……一体どこまであたし達の常識を壊せば気が済むのよ……!」

 

 鈴は全身をプルプルと体を震わながら憤らせ、

 

「な、何か……和哉ってもう僕たちとは別の次元にいるよね……」

 

 シャルロットは苦笑いしか出来なく、

 

「俺、アイツを倒すのは暫く無理だな……いやいや織斑一夏、そんな弱気になっちゃだめだ……」

 

 和哉を倒す事を目標としている一夏は諦めそうになっているが何とか持ち越した。

 

 だが、 

 

『まぁ一応出来た理由は教えておこう。この間一人でISの訓練した際、空中でも足場があるようにイメージしてやってみたら、物の見事に疾足が使えたって訳だ』

 

「ほう。師匠はイメージで出来たのか」

 

「か、和哉ってもうホントに無茶苦茶だよ……」

 

「「「……………………フ、フフフフフフ……」」」

 

 オープン・チャネルで和哉の発言を聞いた瞬間、ラウラとシャルロットを除く一夏達三名は怖い笑みを浮かべながら、

 

「ふざけんじゃねぇ和哉ぁぁぁ~~~~~~!!!!!」

 

「コツを掴んだだけで出来ただなんてマンガじゃありませんのよ~~~~!!!!」

 

「あっさり白状するんじゃないわよこのバカァァァ~~~~~!!!!!」

 

 和哉に思いっきり怒鳴るのだった。

 

 そんな一夏達の叫びも空しく、上空では箒が段々と和哉に押され始めていた。

 

「ほう……あの移動をいつのまにか空中で使えるようになったとは」

 

「あらら~~、まさかあの子にあんな事が出来たなんてね~。一度ならず二度までもこの束さんを驚かせるなんて……」

 

 千冬が感心そうに和哉の動きを逃さず観察し、予想外と言うような感じで束は少しばかり驚きの声を出していた。

 

 束としては紅椿の性能披露の為に和哉と模擬戦をさせて、力の差を示して箒が勝つと言う流れを予測していたが、それを見事に打ち砕かれて箒が劣勢になってる事に少し困惑気味だった。

 

「その割には余り驚いているようには見えないが」

 

「いやいやちーちゃん、私はこれでもかなり驚いているほうだよ~。量産機程度で紅椿をあそこまで戦うあの子を見て、思わず解体したい位に」

 

「……そんな事をしたらどうなるか分かってるだろうな?」

 

「冗談だって~。そんなに本気で怒んないでよ~」

 

 束の発言に千冬が少しばかり殺気を込めて睨むと、降参と言わんばかりに束は両手を上げながら首を横に振る。

 

 だが、

 

(思ったとおり、やっぱりアレ(・・)は箒ちゃんといっくんの妨げになる可能性大だね)

 

 内心では和哉をアレ呼ばわりして凄く鬱陶しそうに思っている束だった。

 

 妹である箒、そして一夏と千冬にしか興味の無い束からすれば和哉は邪魔な存在でしかない。もし自分がやろうとする事に和哉が横槍でも入れられたら、束は間違いなく和哉を消そうとするだろう。無論、そんな事をすれば千冬が黙っていないので今は(・・)敢えてやらないが。

 

(取り敢えず今は生かしておいてあげるよ。でも、箒ちゃんたちの邪魔をしたその時は……)

 

 

 

 

 

 

「どうした箒、もう終わりか?」

 

「はあっ……! はあっ……! はあっ……!」

 

 模擬戦をしてある程度経ち、俺は構えながらも息切れしている箒を見下ろすかのように見ている。

 

 箒があそこまで息切れしているのは、主に俺が攻撃を当てているからで体力を消耗しているからだ。逆に俺はまだ余裕で、いつでも仕掛けれる状態だ。因みに箒の斬撃はもうある程度慣れて刀でいなす事ができ、あのレーザーも疾足で避けれる。

 

 まぁそれはそれとして、取り敢えず紅椿のパワーとスピード、そして火力はある程度理解できた。確かにアレは俺が乗ってる打鉄なんかと比べ物にならないほどのスペックで、流石は篠ノ之束お手製最新のISと言うだけの事はある。だが、あくまでそれだけ(・・・・)だ。

 

 肝心な操縦者である箒は使い始めたばかりだから、まだ上手く扱いきれてないせいか、斬撃は今一つだった。もし箒が一切浮かれず、余計な雑念も無く仕掛けたら、俺は最初の斬撃で間違いなく相応の手傷を負っていた。にも拘らず俺がこうして大したダメージが無いのは即ち、箒は完全に浮かれて……いや、この場合は慢心と言った方が正しい。その慢心で箒の剣の腕を鈍らせ、紅椿のスペックに振り回されてる状態だ。いくらスペックが高かろうが、それに見合う操縦者の実力が無ければ話にならん。言っちゃ悪いが、今の箒には分不相応な機体だ。

 

 とは言え、アレが既に箒の専用機となってしまった以上、箒には更なる訓練をさせる必要がある。紅椿に見合う力量を持たせなければ、箒は一生アレを使いこなす事が出来ない。才能もあり努力家である箒がずっと紅椿の性能に振り回されるなんて、コーチ役である俺としては断じて見過ごせない。

 

「ま、まだだ……まだ私は戦える……!」

 

「そうか。ならば――」

 

 そう言いながら俺は刀を展開して再び疾足を使うと、

 

「くっ! そこかぁっ!」

 

「お?」

 

 

 ガキィィィンッ!

 

 

 右側面から攻撃する俺に箒は《天月》を振るって防いだ。

 

「へぇ。今度はちゃんと防いだな」

 

「はあっ……! はあっ……! い、いつまでもやられっぱなしの私ではない!」

 

「ふむ」

 

 ギギギッと鍔迫り合いをする俺と箒だが、俺がグイグイと押し込んで箒を後ろへと下がらせる。

 

「ぐぐっ……!」

 

「必死に持ち直そうとするところを悪いが……足元がお留守だぞ」

 

「っ!」

 

 俺の台詞に箒は気付いたが既に遅く、俺は箒の横腹目掛けて回し蹴りをする。それをモロに喰らった箒はそのまま落下して海に落ちそうになるが、海上ギリギリで止まった。

 

「く、くそっ……! こんな筈では……!」

 

「情けないな、箒。量産機を使ってる俺にここまでやられるとは。まさかお前、紅椿を使えばもしかすれば俺に勝てるかもしれないとでも思ってたか?」

 

「………………」

 

 何も言い返さないって事は図星のようだな。呆れた奴だ。俺がISの性能で負けるなら、今頃は専用機組みの連中に負けてるっての。

 

 まぁそれはそうと、もうそろそろ模擬戦を終わらせるとしよう。千冬さんが言った制限時間は十五分で、まだ七~八分程度しか経ってないが、最後までやろうとする気にはなれない。紅椿と言う強力なISを使って浮かれてる今の(・・)箒には、な。

 

 そう思いながら俺は、『砕牙』を使おうとしていたが、

 

『神代、篠ノ之! 模擬戦は中止だ! 一旦戻れ!』

 

 突然の千冬さんからの中止発言に、俺と箒は思わず発生源である千冬さんの方を見ながら戻る事にして、中途半端な状態で模擬戦を終えてしまった。




和哉の勝ちだと思っている人がいたかもしれませんが、模擬戦中止という名の引き分けとなりました。


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第73話

「どう言う事ですか、織斑先生? 模擬戦を中止だなんて――」

 

「いいから黙って聞け」

 

「は、はぁ……」

 

 模擬戦を中止して一足先に戻った俺は理由を尋ねようとするが、一切答えようとはせずに命令を下す千冬さんに取り敢えず従う事にした。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと写る。今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機する事。以上だ!」 

 

 特殊任務行動? 一体どう言う事だ? 

 

 訳が分からない俺は近くにいた女子達に何故そんな事になったのかをそっと訊こうとするが、

 

『え……?』

 

『ちゅ、中止? なんで、特殊任務行動って……』

 

『状況が全然分かんないんだけど……』

 

 どうやら他の女子達も俺と同じく全く理解しておらずにざわざわしていたので止める事にした。

 

 そんな女子達の行動に、千冬さんは一喝した。

 

「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!!」

 

『『『はっ、はいっ!』』』

 

 千冬さんの一喝に女子達全員は慌てて動き始める。さっきまで接続していたテスト装備を解除し、ISを起動終了させてカートに乗っけた後に移動を開始する。同時に今までに見たことの無い千冬さんの怒号に女子一同は怯えていた。

 

 あの千冬さんがあそこまで言うって事は相当な一大事が起きているみたいだな。本当なら何故脅してまで待機させなければならないのかを訊きたいところだが、一切答えないと言う雰囲気を出している今の千冬さんには無理だから、ここは大人しく従う事にするか。

 

 そして俺は纏っている打鉄を外すために解除作業をしようとするが、

 

「待て神代。打鉄は解除せずに待機状態のままにしろ。お前には私と一緒に来てもらう」

 

「え?」

 

 千冬さんの突然の命令により俺は疑問を抱き、一夏達も何故というような感じでコッチを見ていた。そんな俺達の反応を余所に、千冬さんは次に一夏達の方を見て言い放つ。

 

「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰! ――それと、篠ノ之も来い」

 

「は、はい!」

 

 少し戸惑いがありつつも返事をしたのは、ついさっき一夏の隣に降りてきた箒だった。専用機持ちである箒が呼ばれたのは分かるが、何故俺も参加するんだろうか。

 

(それにしても、俺が箒を倒そうとする直後にこんな事態になるって妙にタイミングが良すぎないか? まるで狙って起こしたかのような気が……いや、それは考え過ぎだ。だけど……これは本当に偶然なのか?)

 

 箒を心配しながら紅椿のメンテをしている篠ノ之束を、俺は疑心を抱きながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

「では、現状を説明する」

 

 旅館にある宴会用の大座敷・風花の間で、一夏達専用機持ち全員と教師陣、そして俺――神代和哉――が集められた。

 

 証明を落とした薄暗い室内の中、大型の空中投影ディスプレイがぼうっと浮かんでいた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用ISである『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。そして監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 軍用ISが暴走して離脱、だと? どう言う事だ? 何故そんな重要な事を一生徒にすぎない俺達に話す必要がある?

 

(お、おい和哉、なんで千冬姉は俺たちにこんな連絡をするんだ?)

 

(今は静かに聴いてろ)

 

 俺の隣で軽い混乱に見舞われている一夏が小声で話し掛けてくるが、取り敢えず静かにさせた。俺だって全然状況が飲み込めてないんだから今は訊かないでくれ。

 

『……………………』

 

 疑問を抱いている一夏や俺とは違って、残りの専用機組みは厳しい顔つきになっていた。

 

 ただ戦うだけしか能が無い俺や、正式な国家代表候補生ではない一夏や箒とは違って、セシリア達はこう言う事態に対しての訓練を受けていたんだろう。特に軍人であるラウラの眼差しは真剣その物だ。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過する事が分かった。時間にして五十分後だ。学園上層部からの通達によって、我々がこの事態に対処する事になった」

 

 我々が対処って……それはまさか、

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ち、そして神代に担当してもらう」

 

 やっぱりかよ。学園上層部は正気で言ってるのか? そんな一大事を俺達でやれだと? ふざけているにも程があるぞ。

 

 淡々と説明する千冬さんの話しを聴いて、俺は怒りを通り越して呆れてしまった。隣で聴いてる一夏も事の重大性を少しずつ分かりながらも、戸惑いの表情をしている。

 

「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように」

 

「では先ず俺から」

 

 セシリアが手を挙げようとしていたが、俺は素早く挙げたので、千冬さんはすぐにコッチを見た。

 

「何点か確認したい事があるんですが、よろしいですか?」

 

「構わん。言ってみろ」

 

「では一つ目……何故俺達が軍用ISの対処をするんですか? こう言うのは普通、事の発端であるアメリカとイスラエルが責任を持って対処するべきでしょう。軍用ISと呼ばれている物なんですから、当然それには他国に知られたら不味い重要機密情報が盛り沢山の筈です。他国者である俺達が対処なんかしたら、向こうにとって色々と不味いのでは?」

 

「尤もな質問だ。これは本来、アメリカとイスラエルが対処すべきなのだが、向こうも軍用ISの暴走によって緊急事態の為に今は手が回せない状態なので、我々学園側に白羽の矢が立って対処する事になった」

 

「……そうですか」

 

 要するに俺達は向こうの尻拭いをしろって事かよ。傍迷惑な事をしてくれる。これでもし重要な情報を知って口外でもしたら、どうせ向こうは裁判でも起こして悪辣(あくらつ)に責め立てるんだろうなぁ。国のお偉いさんの大半は保身の為に、相手の所為にして自分に非はないと逃げたがるって師匠が言ってたし。

 

 まぁ取り敢えず一つ目の質問は確認したから、次の質問に移るとしよう。

 

「次に二つ目……今回の件は本当に間違いなく学園上層部からの通達なんですか? 今此処にいる我々で対処をしろ、と」

 

「………ああ、そうだ」

 

『?』

 

 不可解な表情をしている一夏達を余所に、千冬さんは俺からの問いに若干間がありながらも答えた。返答から察するに、どうやら千冬さんも俺と同じ疑問を抱いているようだな。

 

「最後に三つ目……何故専用機持ちでない俺が今回の件に参加する事になってるんです? 俺が専用機を持つのは臨海学校が終わってからの筈では?」

 

「………それについては私の方で確認してみたが、量産機でありながらも専用機持ちである織斑たちを圧倒しているお前に、上層部が是非とも参加すべきだと言ってきてな。当然、学園長は猛反対したんだが、今は戦力が少ないため、お前も参加せざるを得なくなった」

 

「………さいですか……はぁっ」

 

 申し訳無さそうに言って来る千冬さんに、俺は再度呆れながら頭に手を置くと同時に溜息も吐いてそう言った。

 

 どうしてお偉いさんってのは都合の良い事ばっかり考えるんだ? 俺の今までの実績はまだ訓練での段階に過ぎないってのに、それを実戦でもすぐに対応出来るとでも考えているのか? 訓練と実戦は違うって事くらい誰でも知ってる筈なのに……あ~ホント嫌になる。猛反対してた学園長は別として、どうして上層部ってのは机上の空論しか出来ないんだろうか。実戦舐めんなって『咆哮』を使ってでも叫びたい気分だ。

 

「神代、質問は以上か?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 一応質問を言い終えた俺はそう答えると、次に質問するセシリアが恐る恐ると手を挙げた。

 

「え、えっと……目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。ただし、これらは二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合――」

 

 セシリアの要求に千冬さんが此処にいる俺達に強く釘を差した。もし言ったら、査問委員会での裁判と最低でも二年の監視、だとさ。正直言って関わりたくなかったが、今の状況でそんな事を言えるほど甘くは無いので俺は敢えて黙っていた。

 

 そしてセシリアを始め代表候補生の面々と教師陣は開示されたデータを元に相談を始めた。

 

 広域殲滅を目的とした特殊射撃型、攻撃と機動の両方を特化した機体、特殊武装が曲者、データだけでは格闘性能が未知数、等々の意見をセシリア、鈴、シャルロット、ラウラが真剣に交わしている。

 

(なぁ和哉。情けなくて悪いんだが……ちょっとついて行けない……)

 

(安心しろ。正直言って俺も付いて行けないから)

 

 俺の隣で話しを聴いている一夏は混乱が収まってはいるが、話には付いていけないようだった。一夏の行動に俺は責める気は無い。寧ろ同感だから。

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速四五〇キロを超える。アプローチは一回が限界だな」

 

「一回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかないようですね」

 

 山田先生の言葉に、俺を除く全員が一夏を見る。

 

「え……? って事はまさか……」

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ですが問題は――」

 

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないといけないから、肝心の移動をどうするか」

 

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけない。超高感度ハイパーセンサーも必要だな」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 

「おいお前等、一夏が行く事はもう決定なのか?」

 

「「「「当然」」」」

 

 あのねぇ君達、戦いの素人である一夏に任せるのはそれはそれでどうかと思うよ?

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない。当然、神代もだ。さっきはお前も参加せざるを得ないと言ったが、最終的な決定権は私にあるから辞退しても構わん」

 

 ……………ちょっと千冬さん。ここまで来ておいてそれはないでしょう。もう既にとんでもない事に首を突っ込んでる俺達にそんな事を言われても今更後には引けませんよ。

 

 当然、それは一夏も同じで、

 

「やります。俺が、やってみせます」

 

「俺も俺で一夏のサポートをしますので、最後まで付き合います」

 

 そう言って覚悟を持って決意した。

 

 本当なら『ここで見捨てて一夏が死んだら嫌だからな』とセシリア達に認識を改めさせたかったんだが、その発言は敢えて言わないでおいた。理由は千冬さんだ。あの人はこの作戦でもしかしたら大事な弟である一夏が死ぬかもしれないと危惧してる筈なのに、敢えて『死』と言う単語を口にしなかったと言う事は即ち、一夏を失う覚悟のうえで言わなかったんだろう。そんな覚悟を持った千冬さんに俺が下手に『一夏が死ぬ』なんて言えば、千冬さんの覚悟を踏み躙ってしまう。故に俺は一夏を死なせない為に全力でサポートする事に専念する。

 

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が――」

 

 千冬さんの質問にセシリアが立候補した。

 

 セシリアが使うブルー・ティアーズが、イギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』と言う換装装備が送られており、それには超高感度ハイパーセンサーも付いているみたいだ。

 

 換装装備と言うのは、追加アーマーや増設スラスターなど装備一式を指して、状況に応じた武器が搭載されている。

 

 それを装備する事によって機体の性能と性質が大幅に変わり、様々な作戦が遂行可能にするって事だ。因みに量産機の打鉄を使っている俺は、換装装備が一切出来ない標準装備(デフォルト)オンリーだが。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

 

「二十時間です」

 

「ふむ……。それならば適任――」

 

「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 

 だな、と言おうとした千冬さんに、いきなり底抜けに明るく、そして俺にとって不愉快な声が遮ってきた。




今回の和哉は随分と珍しく臆病だなぁと思われるかもしれませんが、『実戦=死』と理解しているから、ああ言わざるを得なかったのでご容赦下さい。


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第74話

今回はちょっと原作ブレイク気味になっちゃいました。
最後の方を見れば分かります。
それではどうぞ!


「……神代、私が許可するから強制退去させろ」

 

 部屋のど真ん中の天井から、篠ノ之束の首が逆さから出てきたのを見た千冬さんは、鬱陶しそうな感じで俺に指示を下す。

 

「了解しました。おい、さっさとそこから降りて――」

 

「とうっ★」

 

 『睨み殺し』を使って動けなくしようとする俺だったが、篠ノ之束は空中で一回転して着地する。そしてすぐに千冬さんに駆け寄るので、『睨み殺し』を使うのを躊躇ってしまった。別に千冬さんが俺程度の『睨み殺し』をしただけで金縛り状態にはならんが、それでも相手が相手だから平常時に使うのはどうしても躊躇ってしまう。もし篠ノ之束だけだったら遠慮無くやるんだが。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティングー!」

 

「……出て行け」

 

 頭を押さえる千冬さんを見て、俺も流石にあの女の行動にウンザリしてるからさっさと追い出そうとする。

 

「おいアンタ、いい加減にしろ」

 

「よっと!」

 

「くっ……。この……!」

 

 篠ノ之束を捕まえて追い出そうとする俺だったが、素早くかわされてしまった。やはりコイツ、見た目とは裏腹にそれ相応の身体能力があるようだ。

 

「聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよっ!」

 

「なに?」

 

「!」

 

 篠ノ之束の台詞に俺は思わず手を止めた。

 

 紅椿の出番だと? コイツ、一体何を考えている?

 

「紅椿のスペックデータ見て見て! パッケージなんかなくても超高速機動が出来るんだよ!」

 

 奴の言葉に応えるように数枚のディスプレイが千冬さんを囲むようにして現れた。

 

「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいほいっと。ホラね! これでスピードはばっちりだよ!」

 

 展開装甲? そんなの聞いたこと無いぞ。

 

 聞き慣れない単語に俺が不可解に思ってると、篠ノ之束はいつのまにか千冬さんの隣に立って勝手に説明を始めた。同時に、メインディスプレイで福音が映っていたスペックデータから、紅椿のスペックデータにいつのまにか切り替わってる。

 

「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよー」

 

 第四世代型って……。この女、本当に次から次へと面倒な事を起こそうとする奴だな……!

 

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかな? まず、第一世代というのは――」

 

 篠ノ之束の説明を聞いて俺はもう本当にウンザリした。

 

 今現在、各国がやっと第三世代型の一号試験機が出来た段階だってのに、それをコイツは物の見事に順序をすっ飛ばして第四世代型を作ってしまった。これは色々と不味い展開だ。

 

 俺が後々の事を危惧してる最中、一夏は紅椿のスペックを束から聞いて素っ頓狂な顔をしている。

 

「まぁ具体的には白式の《雪片弐型》に使用されてま~す。試しに私が突っ込んだ~」

 

「「「え!?」」」

 

「何だと!?」

 

 篠ノ之束の言葉に、一夏以外の専用機持ちと俺は驚いた。

 

 俺だけじゃなくセシリア達が驚くのは無理もない。何故なら《雪片弐型》に搭載されている零落白夜が展開装甲になっている事は、『白式』自体も第四世代型のISということになる。

 

「それで、上手く行ったのでなんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありま~す。システム最大稼動時にはスペックデータは更に倍プッシュだよ★」

 

「ちょっ、ちょっと、ちょっと待って下さい束さん。え? 全身? 全身が、雪片弐型と同じ? それってひょっとして……」

 

「うん、無茶苦茶強いね。一言で言うと最強だね」

 

 こ、この女……どこまでふざけた真似を……!

 

 俺と千冬さんを除く全員がポカンとしている。と言うより、目の前の篠ノ之束という存在に度胆を抜かれていると言った方が正しい。

 

 そして篠ノ之束は紅椿は攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能で、第四世代型の目標、即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)と、自慢するように言い切った。

 

 その直後、場の一同は完全に静まり返って言葉が出なかった。いや、出せないと行った方が正しい。

 

「はにゃ? あれ? 何でみんなお通夜みたいな顔してるの? 誰か死んだ? 変なの。ねえ君、これってどういう事?」

 

「………それは自分の胸に聞いてみるんだな」

 

 アンタのやった事が、各国の努力を(ことごと)く無意味にさせたんだ。一夏達が何も言えないのは無理もない。

 

「……束、言った筈だぞ。やり過ぎるな、と」

 

「そうだっけ? えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」

 

 千冬さんに言われた事に、一夏達が黙り込んでいる理由を理解した篠ノ之束だが悪気が無いような感じで言い放つ。

 

「あ、でもほら、紅椿はまだ完全体じゃないから、そんな顔しないでよ、いっくん。いっくんが暗いと束さんは思わずイタズラしたくなっちゃうよん♪」

 

 そう言って篠ノ之束は一夏にウインクをするが、当の本人は何とも言えない状態だった。

 

「まー、あれだね。今の話は紅椿のスペックをフルに引き出したら、って話しだし。でもまあ、今回の作戦をこなすくらいは夕食前だよ!」

 

 本当に他人事の様に言ってくれるな、コイツは。もう殴って良いか?

 

「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、十年前の白騎士事件を思い出すねー」

 

 ニコニコとした顔で話し出す篠ノ之束に、その横にいた千冬さんが『しまった』みたいな顔をしていた。

 

 白騎士事件……か。

 

 この事件を知らない人間は恐らく世界にはいない。

 

 あれは十年前、篠ノ之束によってISの存在が発表されてから1ヵ月後に起きた事件だ。日本を射程距離内とするミサイルの配備されたすべての軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされ、2341発以上のミサイルが日本へ向けて発射されたが、その約半数を搭乗者不明のIS「白騎士」が物の見事に迎撃しただけでなく、それを見た各国は「白騎士」を捕獲もしくは撃破しようと大量の戦闘機や戦闘艦などの軍事兵器を送り込んだが、その大半を無力化した事件。そしてこの事件で奇跡と言う様が無いと言われる程、死者はゼロ。この事件以降、ISとその驚異的な戦闘能力に関心が高まることとなった。

 

 そして同時に今まで利用してた軍事兵器の殆どが廃棄されて多くの男性軍人は無能の烙印を押されるかのように退かれ、女性しか使えないISによって女性優遇制度が出来た事により、女尊男卑世界が出来上がってしまった。それにより、世の中の大半の女は男を使い勝手の良い奴隷の様に扱き使い、自分の思い通りに出来る存在と自惚れた下劣な存在へと成り果ててしまった。それもこれも、女性しか扱えないISを作った篠ノ之束が原因なんだが、

 

「しかし、それにしても~ウフフフ。一体白騎士って誰だったんだろうね~? ね? ね、ちーちゃん?」

 

 当の本人はどうでも良いように思っていた。正直言って俺としてはあの女をぶん殴りたい。それも本気で。『砕牙・零式』を撃ちたいほど、な。

 

「知らん」

 

「うむん。私の予想ではバスト八十八センチで――」

 

 

 ゴスッ。

 

 

 絡んでくる篠ノ之束に、千冬さんは伝家の宝刀である出席簿アタック、もとい情報端末アタックを喰らわせた。

 

 流石は千冬さん。お見事です。

 

「ひ、ひどい、ちーちゃん。束さんの脳は左右に割れたよ!?」

 

「そうか、よかったな。これからは左右で交代に考え事が出来るぞ」

 

「おお! そっかぁ! ちーちゃん、頭良い~!」

 

 ………世の中の天才に失礼だと思うが、頭が良すぎる天才と言う名のバカがいるって事が良く分かった。

 

「それはそうとさぁ、あの事件では凄い活躍だったね、ちーちゃん!」

 

「そうだな。白騎士が、活躍したな」

 

 ……もう大体の予想は付いてるが、恐らくあの白騎士は千冬さんなんだろう。

 

 本来ならば千冬さんも、篠ノ之束と同様に女尊男卑の世界を作り出した要因の一人で恨みを抱くべきなんだが、俺はとてもそんな気にはなれなかった。

 

 勿論、最初は恨んでいたが、初めてあの人と拳を交えた際に分かった事があった。それは千冬さんの拳からは“守る”と言う思いがあったからだ。変だと思われるだろうが、武道や格闘技で相手と戦うと、力や技だけでなく、その相手の思いや人格などが伝わってくる。それにより俺は千冬さんがどういう人なのかを理解した……と言っても、それで全て分かる訳ではないが。だが少なくとも、千冬さんが誰かを守る、もとい大事な弟の一夏を守る為にやったんだと思って今に至るって訳だ。

 

「話を戻すぞ。……束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

 

「お、織斑先生!?」

 

「それは本気で言ってるんですか!?」

 

 セシリアと俺は驚きの声をあげる。専用機持ちの中でも高機動パッケージを持っているのがセシリアだけだったから、俺は今回の作戦にセシリアが適任だと思っていたからだ。

 

「いくら紅椿のスペックが高いからと言って、それだけで確実に成功するとは限りません! ここは現実的に考えて、高機動パッケージを装備したセシリアのブルー・ティアーズで行くべきです!」

 

「そ、そうですわ! 和哉さんの言うとおり、わたくしとブルー・ティアーズで必ず成功してみせますわ!」

 

「では訊くがオルコット。そのパッケージは既に量子変換(インストール)してあるのか?」」

 

「そ、それは……まだですが……」

 

 千冬さんに痛いところを突かれたかのように、セシリアは勢いを失ってもごもごと小声になってしまった。

 

「でしたら、多少時間が掛かっても量子変換(インストール)を済ませてから――」

 

「神代、お前の言いたい事は分かる。だが今は生憎、そこまで時間を掛けている暇は無い。それはお前も充分に分かっている筈だ」

 

「くっ……」

 

 いくら紅椿の高スペックだけで相手をそう簡単に倒せない事は貴女だって分かってる筈でしょう……!

 

 だが今の状況じゃ、誰もが篠ノ之束が作った紅椿ならやれるかもしれないと言う流れになっているから、俺がどんなに反対しても一蹴されるだけ。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は七分あれば余裕だよ★」

 

 横から口を出してきた篠ノ之束がまた余計な事を……ん? 待てよ。コイツは紅椿と言うチート同然のISを作れるんだから……。

 

「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を――」

 

「待って下さい。やっぱり俺は反対です」

 

 俺がまたストップを掛けた事に、千冬さんは顔を顰めて俺を見る。

 

「神代、貴様いい加減にしろ。これ以上反論するなら貴様も室内待機を――」

 

「一夏や箒が戦わずとも、軍用ISの暴走を簡単に止める方法を思い付きました」

 

『!!!』

 

 俺の発言に教師陣と専用機持ち達は驚愕の顔を浮かべてると、篠ノ之束は不快そうな顔をしていた。

 

「ちょっと君~、この期に及んで一体何を言ってるのかな~? 今は箒ちゃんといっくんの出番だってのに、余計な茶々を入れないでくれる?」

 

「それは悪かったな。だけど本当に思いついたんだから、敢えて横槍を入れさせてもらった」

 

「お、おい和哉。ほ、本当に簡単に止める方法があるのか?」

 

「和哉、お前……!」

 

 隣にいた一夏は驚きながら尋ね、箒は折角の出番を邪魔されたかのように顔を顰めていた。

 

「ちょっと和哉、あんた嘘言ってんじゃないわよね?」

 

「和哉さん、それはどんな方法なんですか?」

 

「か、和哉、君は一体何を思いついたんだい? 僕には全然分かんないんだけど……」

 

「いくら師匠とは言え、もし出任せを言うのであれば、私は許さないぞ」

 

 鈴、セシリア、シャルロットは信じられないように尋ね、ラウラは厳しい表情をしながら言った。

 

「出任せでもなんでもないから、一先ず俺の話しを聞いてくれ。もし俺が思いついた方法を言って、信じられなかったら俺は黙って室内待機する。それで良いですか、織斑先生?」

 

「――なら言ってみろ」

 

「ちょっとちーちゃん、紅椿の調整はまだ~?」

 

 篠ノ之束の言葉を無視する千冬さんは、俺に厳しい目を向けながらそう言った。

 

 あれは下手な事を言ったら懲罰は確実だな、と思いながら俺は咳払いをする。

 

「ゴホンッ……えっと、俺が言った軍用ISを簡単に止める方法ですけど、それは――」

 

『…………』

 

 一字一句聞き逃さないように耳を傾けている一夏達を見ながら、

 

「そこにいるISを開発した天才科学者様に軍用ISにハッキングしてもらうよう織斑先生が頼めば、あっと言う間に暴走を止める事が出来ると思ったんですが、皆さん如何(いかが)でしょうか?」

 

 

『…………え?』

 

「ん?」

 

 俺が篠ノ之束を指差してそう言うと、一夏達はポカンとしながら束を見て、その束はいきなり一斉に見られた事に振り向いた直後、

 

 

『あ~~~~~~~~~!!!!!!!!』

 

 

 宴会用の広い部屋にも拘らず、デカイ叫び声が旅館全体にまで響き渡った。




はい、和哉は物の見事にシリアスな雰囲気をぶち壊しちゃいました~~~!

そしてすいませんでした~~~!!


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第75話

すいません。話の都合上、今回は凄い短いです。


「ちょっとアンタら、少しは声を抑えろよ。俺の『咆哮』並みに響き渡ってるぞ」

 

 一夏達の余りの叫び声に俺は少し顔を顰めながらツッコミを入れるが全く聞いておらず、

 

「そうだよ! 束さんがいればあっと言う間に終わるじゃないか!」

 

「た、確かに姉さんならそんなの造作も無いが……」

 

「わ、わたくしとした事が何故気付かなかったんでしょうか……」

 

「な、何であたし、そんな簡単な方法を思いつかなかったのよ……和哉は気付いたのに……!」

 

「え、え~と……あはは……」

 

「わ、私も盲点だった……。紅椿の性能ばかり目を向きすぎていたばかりに……流石は師匠だ」

 

 束を見ながら納得しながら頷いてる一夏と箒、俺に言われるまで全く思いつかなかった事にショックを受けるセシリアと鈴、何とも言えない感じで苦笑するシャルロット、自分を叱責しながらも俺を賞賛するラウラがいた。

 

 そして

 

「おい束、あの軍用ISにハッキングしてさっさと停止しろ。早くしろ」

 

「ちょ、ちょっとちーちゃん! あの子に言われるまで気付かなかった事を誤魔化してるでしょ!?」

 

「やかましい! さっさとやれ!」

 

 詰め寄りながら胸倉を掴んで命令する千冬さんに篠ノ之束が戸惑っており、山田先生たち教師陣は呆然と二人を見ていた。

 

 どうやら篠ノ之束を除く全員、俺が出した案に文句は無さそうだ。

 

「で、でもさぁ~ちーちゃん、そんな事したらKYも良いところだよ? ここは流れ的に箒ちゃんの紅椿といっくんの白式で倒した方が筋だし、それに私がそんな事しちゃったら――」

 

「そんなの知ったことか!」

 

「うわ~! 横暴だ~! ちーちゃん酷い~!」

 

「おい篠ノ之束、出来るんなら早くして欲しいんだが?」

 

 戸惑っている篠ノ之束を余所に、俺は何事も無かったかのように言い放つ。そんな俺に篠ノ之束は恨めしげにコッチを見て来た。

 

「なんてことをしてくれるんだよ君ぃ! 君のせいで紅椿の調整が出来ないじゃないか~!」

 

「束、神代に抗議する暇があるならさっさとハッキングしろ」

 

「だ、だからぁ~ちーちゃん。さっきも言ったとおり私が止めちゃうと――」

 

 こうして千冬さんの頼みと言う名の脅迫により、篠ノ之束は渋々軍用ISにハッキングして止めざるを得なくなってしまい、一夏と箒が戦う必要が無くなった。

 

 ………………の筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

「………くそっ。結局はこれかよ」

 

 時刻は午前十一時半。

 

 作戦司令室で俺は歯噛みしながらそう言った。

 

 理由は簡単。三十分前に俺が言った提案が却下されて、一夏と箒が軍用ISを撃墜する為に出撃する事になってしまったからだ。

 

 何故そうなったかと言うと、篠ノ之束は千冬さんに説得と言う名の脅しを使ったからだ。脅しと言うには大袈裟かもしれないが、俺からすれば脅しも同然だった。

 

 あの女はもし自分が千冬さんに頼まれて軍用ISを止めて各国に知れ渡ってしまったら、下手すれば千冬さんだけでなく一夏にまで被害が及ぶと言った。それを聞いた俺は最初苦し紛れの言い訳かと思ったが、あの女は巧みに千冬さんの弱点を突くかのように、さり気なく以前一夏が人質にされた事件を持ち出したのだ。

 

 んで、一番大事な弟である一夏がまたしても自分のせいで巻き添えを食ってしまう事を危惧した千冬さんは引かざるを得なくなってしまった為、結局は一夏と箒に出撃命令を下す事になってしまった。その事に俺は篠ノ之束に本気で睨み殺しを使って阻止しようと思ったが、一夏をある意味人質とされた事によって諦めざるを得ない。

 

 その後からは篠ノ之束の思い通りに行くかのように、紅椿の調整が始まり、一夏は白式のセットアップとエネルギーの満タンをして、俺を含めた他の面子はISの調整を行った。

 

 そして現在、一夏と箒が砂浜でISを展開してるのを俺達はモニターで見ている訳だ。

 

「あの女、いつか絶対痛い目にあわせてやる……!」

 

「織斑、篠ノ之、聞こえるか?」

 

 俺が篠ノ之束に愚痴ってる最中、千冬さんは一夏と箒に通信をしていた。通信が入った一夏と箒は頷いて返事をする。

 

「今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ」

 

『了解』

 

『織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?』

 

「そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実戦経験は皆無だ。突然、何かしらの問題が出るとも限らない」

 

『分かりました。出来る範囲で支援します』

 

 ………ちっ。箒の奴、まだ浮ついていたか。俺との模擬戦で押されていたってのに、一夏と一緒に組んで戦える事ですっかり忘れているな。もしくは、紅椿で活躍して俺との模擬戦を帳消しにするかのように張り切ってる、のどちらかだな。

 

「ねぇ。何かあの子、声が弾んでない?」

 

「ええ、そう聞こえましたわね」

 

「分からなくもないけど……」

 

「愚かな。あれだけ師匠に押されていたというのに、アイツは一体何を浮かれている……」

 

 当然、俺だけじゃなく鈴とセシリア、シャルロットとラウラも気付いていた。

 

「織斑先生、ここは一夏に言っておいた方が良いのでは……?」

 

「そうだな。山田先生、織斑へのプライベート・チャネルを」

 

「はい」

 

 言うまでも無く千冬さんも気付いており、一夏に通信する為に山田先生に頼んだ。

 

「織斑」

 

『は、はい』

 

「安心しろ、これはプライベート・チャネルだ。篠ノ之には聞かれない」

 

『は、はぁ……』

 

 プライベート・チャネルだと分かった一夏は生返事をすると、千冬さんは厳しい顔をしながら言う。

 

「どうも篠ノ之は浮かれている。もしかすれば神代との模擬戦を(すす)ぐかのように張り切って、何かを仕損じるやもしれん。いざと言うと時はサポートしてやれ」

 

『分かりました。ちゃんと意識しておきます』

 

「頼むぞ」

 

 そう言った千冬さんは次にオープンへと切り替えて、号令をかけた。

 

「では、はじめ!」

 

 その号令により作戦が開始された。

 

 そして一夏と箒は銀色の軍用IS、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』と接触して戦闘を開始する。

 

 最初は上手く善戦してるかと思いきや、俺が懸念してた事が現実となってしまい……作戦は失敗しただけでなく、一夏は箒を庇う為に身を挺して福音から放たれた光弾を受けて負傷してしまった。




今回の話を期待するかのように見ていた読者の皆様に申し訳ありませんが、結局は原作通りの流れにしました。


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第76話

「織斑先生、デュノアです」

 

『待機と言ったはずだ! 入室は認めない!』

 

 作戦室のドアにノックをしたシャルロットに、中にいる千冬さんがそう言った。

 

 そんな千冬さんの返答に、シャルロットと一緒に入ろうとしていた鈴とセシリアが複雑そうに顔を見合わせる。

 

「教官の言うとおりにするべきだ」

 

「でも……先生だって一夏の事が心配な筈だよ。お姉さんなんだよ」

 

「ずっと目覚めていませんのに……」

 

「手当ての指示を出してから、一度も様子を見に行ってないなんて……」

 

 ラウラに異議があるように言うシャルロットとセシリアと鈴。

 

 確かに鈴の言うとおり、一夏が負傷して搬送された時、千冬さんはすぐ救護班に一夏の手当てを指示してすぐに作戦室に戻った。負傷した一夏を大して見ず、作戦の足を引っ張ってしまった箒も見ず、ただ指示を出してすぐに背を向けて戻ったのだ。

 

「織斑先生が心配して見に行けば一夏が目を覚ますのか?」

 

「そ、そうは言って無いよ……」

 

「あたしたちはただ……」

 

 外を見ながら言う俺に、シャルロットと鈴は反論するも途中から何も言い返せなくなると、次にセシリアが言ってくる。

 

「ですが和哉さん、織斑先生は箒さんにも声をかけませんでしたわ。いくら作戦失敗とはいえ、冷たすぎるのではなくて?」

 

「そう言う問題じゃないセシリア。今は福音が最優先だ」

 

「教官はやるべき事をやっているだけにすぎぬ」

 

 ラウラが続けて言うと、セシリアも何も言い返せなくなった。

 

「教官だって苦しいはずだ。苦しいからこそ作戦室に篭っている。心配するだけで、一夏を見舞うだけで、福音を撃破できるのか?」

 

「まぁ織斑先生より、一番の問題は……」

 

 そう言いながら俺はとある一室へと顔を向ける。俺が見てる先にある部屋には負傷した一夏が昏睡状態になっており、その一夏を看ている箒がいる。俺が言った一番の問題とは箒の事だ。

 

 アイツは失敗した事により、作戦前までは別人のように深く落ち込んで無言状態だった。紅椿と言う新型に乗って舞い上がっていた事に漸く気付き、自分が一夏を負傷させてしまったと言う自己嫌悪に陥っていた。

 

 箒の事だ。どうせ更に自分を卑下しながらISに乗るのをもう止めようと考えているだろうな。

 

 無論、そんな事をさせない俺は一夏と箒がいる一室へと向かおうとする。

 

「ちょ、ちょっと和哉。アンタどこに行くのよ?」

 

「ある準備をしてくる。その後には少しばかりおバカさんを説教するから、お前等もやるべき事をやったらどうだ? 因みに先生達は今、福音を補足するのに作戦室に付きっきりだから、今がチャンスじゃないか?」

 

『……………(コクッ)』

 

 俺に言われて気付いたかのように、鈴達は一斉に首を縦に振りながら立ち上がって移動を始めた。

 

「さてと……」

 

 鈴達が移動したのを見た俺もすぐに行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 時間は午後四時前。

 

 粗方準備を済ませた俺は次に一夏と箒がいる一室へと向かっていた。

 

 着いて早々俺がノックもせずにドアを開けると、そこには昏睡中の一夏と、案の定落ち込んで正座している箒がいた。因みに箒は福音との戦闘によってリボンが焼き切られて、いつものポニーテールではなくストレートヘアーになっている。

 

 そして箒は俺がドアを開けても、コッチに視線を向けて来ない。 

 

「やれやれ。お前は本当に分かりやすい奴だな、箒」

 

「………………」

 

 声をかけながら隣に立つ俺に、箒は何も答えない。いや、俺に何も言い返せないと言うのが正しいか。

 

「後悔してるのか? 一夏をこんな目にあわせてしまった事に」

 

「………………」

 

「まぁ無理もないな。俺との模擬戦であれだけ追い込まれたにも拘らず、それを雪ぐ為に福音との戦闘で活躍してチャラにする為に意気揚々と向かった結果、無様に敗戦して戻ってきたんだからな」

 

「………………」

 

「んで、漸く自分が思い上がっていた事に気付いて、今は一夏に只管(ひたすら)謝り続けているってところか」

 

「………………」

 

「だがな箒、今お前がやるべき事はそれじゃないだろう」

 

「………………」

 

 

ガシッ!

 

 

「いい加減にしろ箒!!」

 

 只管無言でいる箒に我慢の限界が訪れた俺はキレて、うなだれたままだった箒の胸倉を右手で掴んで無理矢理立たせた。

 

「いつまで落ち込めば気が済むんだ! そんな事をして一夏が目覚めるとでも思ってるのか!?」

 

「わ、私……は……」

 

「お前には他にやるべき事がある筈だ! 今は一夏に謝る事じゃなく、奴と戦って倒す事が先決だろうが!」

 

「………もうISは……使わな――」

 

 

バシンッ!

 

 

 箒が言ってる最中、俺はすぐに箒の頬を左手で叩いた。

 

「まさかここまでバカだったとはな。お前はどこまで俺を呆れさせれば気が済むんだ?」

 

「………………」

 

「もうISを使わないだと? …………甘ったれるな!! 今更そんな我侭が許されるとでも思ってんのか!? お前は以前俺に言った筈だ、『専用機を持つにはそれ相応の覚悟がいる』ってな! 俺にそう言っておきながら何だそのザマは!?」

 

 俺の怒号に箒は怯えながらも抵抗しない。

 

 それを見た俺はもうどうでもいいように胸倉を放すと、箒は支えを失ったかのように床に倒れる。

 

「これだけ俺に言われて何も言い返さんとは……どうやら俺の見込み違いだったようだな。まさかお前が何の覚悟も持ってない愚かで臆病な奴だったとは。正直言って失望したぞ、箒」

 

 言うべき事を言った俺は部屋から出ようとすると、

 

「――ど……」

 

「ん?」

 

 突然箒がか細く言った事に、思わず足を止めて振り返り、

 

「どうしろと言うんだ! もう敵の居場所も分からない! 戦えるなら、私だって戦う!」

 

 漸く自分の意思で立ち上がった箒を見て言い返した事に、はあっと溜息を吐いた。

 

「やっとやる気になったか。……ったく。お前は本当に面倒な奴だ」

 

「な、なに? それはどういう事だ?」

 

「福音の場所だったら――」

 

 俺が言ってる最中にドアが開いた。そこに立っていたのは、軍服に身を包んだラウラと制服姿の鈴だ。

 

「和哉、ラウラが見つけたみたいよ」

 

「ここから30キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で発見した」

 

 鈴が言った直後、ブック端末を片手に部屋に入って来るラウラを見て、俺は思わず笑みを浮かべた。

 

「流石はドイツ軍特殊部隊の隊長さんだ。で、鈴の方も準備は済ませたのか?」

 

「当然。甲龍の攻撃特化パッケージはインストール済みよ」

 

「シャルロットとセシリアは?」

 

「ああ、それなら――」 

 

 ラウラがドアの方へと視線をやると、すぐに開かれた。

 

「たった今、高機動パッケージのインストールは完了しましたわ」

 

「準備オッケーだよ。いつでもいける」

 

「そうか。あとは――」

 

 箒を除く俺達全員は、それぞれ箒へと視線を向ける。

 

「んで、どうする箒?」

 

「私……私は――」

 

 さっきまで後悔していたのと違って、拳を握り締めながら決意を表す箒。

 

「戦う……戦って、勝つ! 今度こそ、負けはしない!」

 

「なら結構」

 

 決意の台詞を聞いた俺は、ある事を確認する為に箒達を見ながら尋ねる。

 

「言うまでもないが、今回俺達がやろうとしてる事は完全な命令違反だ。処分は覚悟しとけよ?」

 

『…………(コクッ)』

 

「ま、それは全員生きて戻ればの話だが……俺から言う事は唯一つ。全員、必ず生きて戻るぞ。いいな?」

 

『応ッ!』



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第77話

今回の話はイマイチかと思われます。


「ラウラ、先ずは手筈通り、あそこで寝ている奴を叩き起こしてやれ。豪快にな」

 

「了解」

 

 目的地に着いた俺は、海上200メートルで静止している『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』をハイパーセンサーを使って5キロ先に発見すると同時に、ラウラに指示を下した。

 

 俺の指示に頷いたラウラはIS『シュヴァルツェア・レーゲン』に装備されている大型カノンを使おうとする。だが、その大型カノンは以前俺と戦った時に使った物ではない。

 

 その姿は以前の大型カノンとは大きく違い、口径だけでなく、二門左右それぞれの肩に装備している。更には遠距離からの砲撃・狙撃に対する備えとして、左右と正面を守るかのように四枚の物理シールドがあった。

 

 ドイツが開発した物の為に、他国者である俺は詳しい装備については大して知らないが、砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』と言う装備だけは知った。

 

「装填完了。師匠、いけるぞ」

 

「よし、では………撃てぇ!」

 

 俺の合図と共にラウラは砲弾を撃ち放った。

 

 そして砲弾は音速でターゲットに向かって行くと、さっきまで胎児のような格好で蹲って膝を抱くように丸めた体を、不意に顔をあげた。

 

 その次の瞬間、砲弾が福音の頭部を直撃して大爆発する。

 

 

 

 

 

 

「織斑先生、始まったみたいです」

 

「そのようだ」

 

 作戦室で緊急アラームが鳴り、和哉達が福音と交戦したのを察知する真耶と千冬だったが、二人は大して驚いていなかった。寧ろ、こうなる事が分かっていたかのように。

 

「………本当に、呼び戻さなくていいんですか?」

 

 辛そうな顔をする真耶が、何故か千冬に確認するかのように尋ねる。

 

「………ああ、|今の私にアイツらを呼び戻す事も出来なければ、命令する権限もない」

 

 本当ならすぐに連れ戻すように通信しろと言う千冬だが、敢えてやらなかった。まるで自分の出る幕ではないと言った感じで。

 

「ですが……今回の作戦の指揮権は織斑先生にありますから、すぐ神代君に通信を入れて止めるように言うだけでも――」

 

「私にそんな事ができると思うか? 私情にとらわれて(・・・・・・・・)判断ミスを犯したと、神代に論破されたこの私が」

 

「そ、それは……」

 

「今の私には、命令違反をしているアイツらを罰する資格などない」

 

「……………」

 

 千冬の発言に真耶は何も言えなくなってしまい、その千冬はモニターを見つめながら腕を組んでいる拳を力強く握り締めて耐えるかのように見ていた。

 

 何故千冬が帰投命令を下さずに黙って見過ごし、辛そうな千冬に言葉を掛けることが出来ないのかは、今から約30分前に遡る。

 

 

 

 

「織斑先生、神代です。失礼します」

 

 念入りに打鉄の戦闘準備を終えた和哉は千冬がいる作戦室へと向かい、ドアをノックしてすぐにそのまま入った。

 

「何のつもりだ神代。私は入出許可は認めていないぞ」

 

「か、神代くん。すぐ部屋に戻ってください」

 

 和哉が入った事に千冬が咎めるが、すぐ間に入った真耶がやんわりと退出するように言う。

 

 だが和哉はそんなのお構い無しにある事を言おうとする。

 

「織斑先生、山田先生、無理は承知ですが、俺はセシリア達を連れて福音を撃破しにいきます」

 

「なに?」

 

「え……ええ~~!?」

 

 とんでもない事を言い出す和哉に千冬は眉を顰めて睨み、真耶は仰天しながら和哉に近付いて止めようと説得を試みようとする。

 

「な、な、な、何いってるんですか神代くん!? そんなのダメに決まってるじゃないですか!」

 

「すいませんが山田先生、俺は織斑先生に訊いているので退いて下さい」

 

「神代、貴様私がそんなふざけた事を許可すると本気で思っているのか?」

 

 言うまでもなく和哉の提案を突っ撥ねる千冬。作戦指揮官である千冬として、そんな勝手な真似を許可する訳が無かった。

 

 当然、和哉も最初から許可を貰う事が出来ないのは最初から分かっていたので、断られていても一切表情を崩していない。

 

「思ってません。ですが、このままいつまでも福音を泳がせておく訳にはいかないでしょう。今は停止して動いていませんが、アレがもしどこかに上陸して破壊活動をしたら、住民に被害が及んで取り返しのつかない事になってしまいます。そうならない為にも、ここは俺達が今すぐ出るべきです」

 

「………お前の言いたい事は分かる。しかし、何の策も無く無闇に全員出撃させたところで、お前が危惧した状況を余計早めてしまうことになる。それくらいはお前も分かっている筈だ」

 

 全員で出撃したとしても、それで必ず勝てるとは限らない。更に言えば、対複数戦用の福音相手に大人数で挑めば、一夏と同じく負傷者が増えるのが二の舞。千冬はそれが分かっているから、和哉の提案を呑むわけには行かなかった。

 

「ならばどうやって福音を撃破するんです? 頼みの綱である一夏は負傷して今も目覚めなく、箒は自責の念に駆られて一切戦う気が無い状態。あの二人を当てにできない以上、もう俺達が出るしかないじゃないですか」

 

「………今は私の方で作戦を思案している。だから今は部屋に戻って待機しろ」

 

 用は済んだと言わんばかりに退出をさせようとする千冬だが、和哉は一向にそうする気配が無かった。

 

 そして、

 

「申し訳ありませんが、俺はもうこれ以上待つつもりはありませんし、貴女の命令にも従えません。ですので勝手に出撃させて頂きます」

 

「何だと?」

 

「ちょ、ちょっと神代くん!?」

 

 和哉が更にとんでもない事を言った事により、千冬は目を見開いた。

 

 そんな和哉の発言に千冬はすぐさま和哉の胸倉を思い切り掴む。

 

「お、織斑先生!?」

 

「貴様、自分が何を言ってるのか分かっているのか? これは命令違反だぞ」

 

「分かってて言ってるんですよ」

 

 真耶があたふたしてる最中、千冬に胸倉を掴まれても一切動じていない和哉。そんな和哉を見て千冬は睨みながら殺気立たせた。

 

「これ以上私を怒らせるなよ、神代? 貴様の勝手な行動でオルコットたちを危険に晒せるなど私が許さん」

 

「ご心配なく。セシリア達も承知の上で俺と行動を共にしますから」

 

「そういう問題ではない! 貴様の私情でオルコットたちを巻き込むなと言ってるんだ!!」

 

 流石に我慢の限界に達したのか、千冬は激昂して和哉に怒鳴り散らした。

 

 千冬の怒鳴りに真耶はビクッと怯えているが、和哉は待っていたかのように笑みを浮かべた。

 

「確かに、俺のやろうとしてる事は完全な私情ですね。ですが、貴女にそんな事を言われる筋合いはありません。貴女だって私情を優先したじゃないですか」

 

「私がいつそんな事をした!?」

 

「したでしょう。作戦前に俺が提案した、『福音を篠ノ之束にハッキングさせて暴走阻止する』作戦を、貴女は弟の一夏に危険が迫ると危惧して却下したじゃないですか。これで私情優先してないって言えます?」

 

「!!!」

 

 千冬は和哉の発言を聞いた途端、すぐに痛い所を突かれたかのように顔を顰めた。

 

「篠ノ之束に言い包められて出撃する事にした結果、それが裏目に出てしまって、結局は一夏が怪我するどころか、いつ目覚めるのかが分からない状態になってしまった」

 

「わ、私は……!」

 

 和哉が言ってる最中、千冬は胸倉を掴んでる手を放すも、何とか感情を維持しようと懸命に堪えていた。

 

 無論、それは千冬も分かっていた。自分の判断ミスで一夏をあんな目にあわせてしまった事に。それを敢えて必死に感情を押し殺して作戦室に篭っていたが、和哉に指摘された事によって少しずつ剥がれかけてきた。

 

「もし貴女があのまま俺の提案を受けてくれれば、一夏は傷付く事無く万事解決していた。だがそれを貴女は無駄にしてしまったばかりか、却って一夏を危険な目にあわせてしまった。分かりますか織斑先生? 貴女は一夏を守るどころか、死地に赴かせたんですよ。貴女のせいで一夏は――」

 

「神代くん! いくらなんでも言い過ぎです! これ以上は私も黙っていられません!!」

 

 追い詰められようとする千冬に、今度は真耶が激昂した。

 

 本来であれば滅多に怒る事が無い真耶に和哉は驚いていた。だがそれはあくまで平時の時である為、今の和哉は大して驚く事無く真耶を見る。

 

「俺は事実を言ったまでですよ、山田先生。一応訊いておきますが、もし貴女が指揮官でしたら、俺の案と織斑先生の判断、どちらを選んでましたか?」

 

「そ、それは……」

 

 和哉を叱ろうとする真耶だったが、急に選択肢を問われた事によって、さっきまでの勢いが無くなってしまう。

 

 何も言い返せなくなった千冬と真耶を見る和哉は、芝居がかったかのように溜息を吐く。

 

「はぁっ、やれやれ。生徒一人に何も言い返すことが出来ないとは……。ま、取り敢えずは俺の言いたい事は全て言いましたので、失礼します」

 

 そして和哉はそう言って二人に背を向けて言い放つ。

 

「織斑先生、俺を力付くで止めるなら今しかないですよ。尤も、今の貴女にそれが出来ればの話ですが」

 

「…………………」

 

「ついでに、処分に関しては俺が生きて戻ったときにいくらでも受けます。いっその事、退学にしても構いません。俺はそれ程の事を仕出かそうとしますからね。あとセシリア達も処分は免れないにしても、なるべく軽めにお願いします。でもそれが無理でしたら、俺に全て責任を押し付けて下さって結構です。そうすれば一夏が負傷した原因は有耶無耶に出来ますし」

 

「っ! 神代、お前まさか――」

 

「それじゃ俺はこれで」

 

 

フッ!

 

 

 千冬が何かに気付いた直後、和哉は『疾足』を使って作戦室から姿を消した。

 

 

 

 

 以上が30分前の出来事で、千冬と真耶は今現在こうなっているという訳であった。

 

「織斑先生、神代くんが戻って来た場合はどうするつもりなのですか?」

 

「……………」

 

「いくら神代くんが独断で動いたとしても、あの子一人に全ての責任を押し付けるなんて、教師である私にそんな事は……!」

 

「見縊らないでくれよ、山田先生。私が生徒一人にそんな下らん事をさせるとでも思うか?」

 

「え? それでは――」

 

「神代には別の方法で責任を取ってもらう。別の方法で、な」

 

 だがそれは神代が生きて戻ればの話だが、と千冬は付け加えながらモニターを集中していているのであった。



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第78話

久々の更新です!

それではどうぞ!


「先ずは初弾命中、か。よしラウラ、そのまま続けて砲撃だ!」

 

 砲弾が福音に命中したのを確認した俺はすぐに新たな指示を出す。

 

「了解だ師匠!」

 

 ラウラは反論する事無く、福音が反撃に移るよりよりも早く次弾を発射した。

 

 師匠である俺が弟子のラウラに命令を下すかのような感じに見えると思うが、実際は違う。師弟ではなく俺がラウラに指示を下す指揮官役としてやっている。

 

 本来、指揮官はIS部隊長を務めているラウラが適任なのだが、それはあくまで本国であるドイツ部隊の隊長にすぎない。自分の部下ならまだしも、他国者であるセシリア達に部下と同じ指示を下して自分の思い通りに行く訳が無い事をラウラは理解してる。

 

 では何故俺が指揮官をやる事になっている理由としては、箒に渇を入れた後の作戦会議の時だ。

 

『お前等、悪いが今回の作戦指揮は俺に執らせてくれないか? 理由は勿論ある。ハッキリ言って俺が使ってる打鉄は訓練機な上に、大した装備も無くスペックなんてそれほど大した事は無いから、却ってお前達の足手纏いになってしまう。だから俺は……って、何だよお前等、その目は?』

 

『和哉、お前な……』

 

『和哉さん、発言には気をつけましょうね。あなたが足手纏いでしたら、わたくしたちはそれ以下になってしまうのですよ?』

 

『アンタさぁ、アタシらに喧嘩売ってんの? その大したこと無いスペックの訓練機でアタシたちに勝っておきながら、自分が足手纏いって……』

 

『ねぇ和哉。世の中にはね、言って良いことと悪いことがあるんだよ?』

 

『師匠は何を根拠にそんな戯けた事を言ってるんだ? 弟子の私でも流石にカチンと来たぞ』

 

『……いや、俺はただISのスペック面を前提に話しをしただけで……』

 

『『『『『……………(ジト~~)』』』』』

 

『……あ~~悪かった、俺が悪かったよ! とにかく! 足手纏いは云々としてだな――』

 

 ちょっとシリアスブレイク気味な作戦会議となってたが、俺が指揮官になる事に箒達は何の異存も無く承諾してくれた。俺だったら文句無い、と言った感じで。その後からは真剣に話し合い、箒達に配置と役割、福音の対応方法について作戦会議を行った。

 

 そして今はラウラが砲撃を行っているが、福音は途轍もない機動力でかわしながらこちらへ接近してくる。

 

「ちぃっ! 予想よりも速い!」

 

「やっぱそう簡単には当たらんか。ラウラ、砲撃は止めて一旦下がれ。アレは隙を見せない限り当てるのは無理だ」

 

「くっ!」

 

 俺の指示に従うラウラは下がろうとするが、福音はラウラから大体300メートル地点から更に急加速を行い、ラウラへと右手を伸ばした。

 

 だが俺は焦る事無く、

 

「行けセシリア!」

 

「了解ですわ!」

 

 次の指示を下した直後、福音の上空から垂直に降りてきた機体――ブルー・ティアーズがラウラを救った。

 

 ブルー・ティアーズがステルスモードにしていた為、福音は強襲に気付けずにセシリアの体当たりを食らって海に向かって落下していく。

 

 すぐに態勢を立て直そうとする福音だが、セシリアはその隙を狙うかのように手にしているレーザーライフルで狙撃する。

 

 因みにセシリアが使っているレーザーライフルは今まで使っている物と違って、強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』に搭載されている物だ。《スターライトmkⅢ》よりも大型で全長が2メートル以上もあり、当然火力もそれ以上。まともに喰らったら、下手すればかなりのダメージを受けてしまう。

 

 だが、福音は自慢の機動力でレーザーを巧みにかわしながら、どんどんセシリアから距離を取って迎撃しようとするが、

 

「次はシャルロット!」

 

「了解! それじゃいくよ!」

 

 ステルスモードにしていたシャルロットが、背後からショットガン二丁による近接射撃を浴びた事によって、福音は姿勢を崩す。

 

 しかしそれもセシリアの時と同じく一瞬の事で、すぐに3機目のシャルロットに対して翼から放たれる光弾での反撃を開始した。

 

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』は、その位じゃ落ちないよ」

 

 シャルロットがリヴァイヴ専用防御パッケージにある、実態シールドとエネルギーシールドの両方を使って福音の弾雨を防いでいる。

 

 そして防御の間にシャルロットはお得意の『高速切替(ラピッド・スイッチ)』によって銃器を呼び出して、タイミングを計り反撃を開始する。

 

 更には、高速機動射撃を行うセシリア、距離を置きながら砲撃を再開するラウラからの三方射撃に、いくら機動力に優れている福音でも全て避けきる事は出来ず所々被弾していた。

 

(ふむ……。福音がいかに機動力に優れていても、あの三人からの攻撃をかわしきるのは流石に無理みたいだな)

 

 福音の動きを一瞬たりとも見逃さないように俺は観察する。

 

 福音は現在三方からの射撃に防戦一方。

 

 もし俺が奴の立場なら、被弾覚悟で一人ずつ狙いを絞って潰すか、一先ず射撃の雨から逃れる為に一時離脱するかのどちらか選択する。前者はリスクを伴う為に非効率的であり、後者はリスクを最小限に抑えて態勢を整える事が出来るから効率的だ。

 

 となれば当然、福音がいくら暴走状態とは言え、必ず効率的な選択をする筈だ。

 

「箒、鈴。もし奴が離脱して背中を見せた瞬間、速攻で仕掛けろ」

 

『了解だ』

 

『任せて! あたしの『崩山』で撃ち落としてやるわ!』

 

 箒と鈴に通信を入れていつでも動けるように指示を出すと、二人はすぐに返事をする。

 

 その直後、福音は全方向にエネルギー弾を放った。セシリア達は防御と回避に専念し、俺の方にも何発か来たが問題無く避ける。

 

 そして福音は俺が思ったとおり、全スラスターを開いて離脱しようとするが、

 

「させるかぁっ!!」

 

 箒の台詞が聞こえたと同時に海面が膨れ上がって、そのまま爆ぜる。

 

 飛び出してきたのは紅椿と、その背中に乗った甲龍であった。

 

「鈴! 福音に衝撃砲のシャワーをたっぷりと浴びせてやれ!」

 

「分かってる!」

 

 紅椿が福音に突撃する中、その背中から飛び降りた鈴は、返事をしながら機能増幅パッケージである『崩山』を戦闘状態に移行させる。

 

 あのパッケージにはセシリア達と同様、今までの装備とは違い、両肩にある衝撃砲の砲口が二つ増設されて計四門ある。その四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

 

 福音に激突する寸前に紅椿が離脱し、その後ろから衝撃砲による弾丸のシャワーが一斉に降り注いだ。だがソレはいつもの不可視の衝撃砲ではなく、赤い炎を纏っていた。

 

(凄いな。アレは福音が使ってるエネルギー弾と同等だな。福音が拡散エネルギー弾なら、鈴のアレは拡散衝撃砲ってところか)

 

 鈴の衝撃砲の威力に驚きながら、直撃を受けた福音を見て漸く停止するかと思う俺だったが甘かった。

 

 両腕を左右に広げ、更に翼も自身から見て外側へと向ける福音を見た俺はすぐさま指示をする。

 

「全員防御体勢を取れ! シャルロットは箒を!」

 

 指示をした直後、眩い光が爆ぜて、エネルギー弾の一斉射撃が俺達に襲い掛かって来た。

 

「うおっ! くそっ、避けるだけでも一苦労だな……!」

 

 全方位に拡散エネルギー弾を放ってくるから、『疾足』を連続使用しなければ全て避けきれなかった。

 

 だが俺が一番気になるのは、

 

「シャルロット! 箒は無事か!?」

 

「大丈夫! 僕の後ろにいるよ!」

 

 箒の安否だったが、シャルロットが守った事により少しホッとした。

 

 何故箒を気にするのかと言うと、紅椿にはちょっとした問題がある。それは、紅椿の機能である展開装甲が原因だ。

 

 前回の戦闘で、展開装甲は一夏の零落白夜と同様に、起動してるだけでもエネルギーを持っていかれ、あっと言う間にエネルギー切れになってしまう事が分かった。その為、箒の紅椿は機能限定状態にさせて、自発作動しないよう設定し直すようにした。

 

 当然、そうしたのは防御を中心とするシャルロットで、同時に箒の守り役になるよう俺が指示をしておいた。防御パッケージを使ってるシャルロットが一番の適任者だからな。

 

「それは何よりだ」

 

「でも、福音の異常な連射のせいでシールドが……」

 

「何っ!?」

 

 シャルロットの台詞を聞いて思わず見ると、リヴァイヴの物理シールドが一枚、完全に破壊されていた。

 

 確かにシャルロットの言うとおり、あの連射は異常にも程があるな。アレをどうにかしなけりゃ、こっちがやられてしまう。そうなれば最優先にやる事はただ一つ。

 

「シャルロットはそのまま後退! ラウラ! セシリア! 左右に分かれて攻めろ!」

 

「りょ、了解!」

 

「言われずとも!」

 

「お任せになって!」

 

 シャルロットを後退させ、その入れ替わりにラウラとセシリアが左右から射撃を始めた。セシリアは高機動移動射撃を、ラウラは砲戦仕様による交互連射をする。

 

「鈴! やる事は分かってるな!?」

 

「勿論! 足が止まればこっちのもんよ!」

 

 福音の直下にいる鈴が突撃する。鈴は双天牙月による斬撃の後、福音に至近距離からの拡散衝撃砲を浴びせた。俺と鈴が言った狙いは、奴の最大の武器である翼だ。

 

「もらったあああっ!!」

 

 鈴は玉砕覚悟で福音のエネルギー弾を全身に浴びながらも斬撃を止めない。

 

 同時に拡散衝撃砲のシャワーを降らせて、互いにダメージを受けながら、鈴はついにその斬撃で福音の片翼を奪った。

 

「はっ、はっ……! これでどうよ――ってやばっ!」

 

 片翼だけになった福音は一度崩した姿勢をすぐに立て直し、そのまま鈴の左腕へと回し蹴りを叩き込もうとする。

 

「ったく! 戦闘中に絶対に気を抜くなって言っただろうが!」

 

『!』

 

 俺が背後を取った事に福音が気付いて、すぐに中断して離脱しようとするが、

 

「逃すわけねぇだろうがっ!!」

 

 

 バキバキィッ!

 

 

『キアアアアアアア!!』

 

 俺は片翼と接続してる部分を掴んで力任せに引っこ抜くと、福音は悲鳴のような奇声をあげた。

 

 そんな悲鳴を無視する俺は即座に上半身のバネだけを捻って、

 

「『砕牙・零式』!」

 

 

 ズドンッ!!

 

 

 福音の背中に拳を繰り出し、翼を失った福音は体勢を整える事が出来ず、近くにあった小さな無人島目掛けて吹っ飛んで激突した。

 

「今だ!! 全員ありったけの火力を福音にお見舞いしてやれ!」

 

『『『『『了解!!』』』』』

 

 全員が返事をした直後、ラウラは砲撃、セシリアはレーザー射撃、鈴は拡散衝撃砲、シャルロットはグレネードランチャー、そして箒は天月の弾丸レーザーと空裂の帯状レーザーを一斉に撃ち出す。

 

 ラウラ達の一斉射撃により孤島に激突した福音は避ける暇が無く直撃した瞬間、

 

 

 ドガァァァァァァンッ!!!!!

 

 

 小規模な爆発が発生した。 




前もって言っときます。

もう完全にオーバーキルだろうと思いますが、福音はまだやられていません。


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第79話

連日更新できました。

それではどうぞ!!


「よしっ。初めての集団戦闘にしては先ず先ずってところか。鈴、かなり被弾してたが大丈夫か?」

 

 爆発したのを見ても俺は一切警戒を緩めずに無人島を見ながら、鈴の安否を確認する。いくら福音があれをまともに喰らったとしても、撃墜したとは限らないからな。

 

「この程度何でもないわよ。っていうか和哉、アンタ指揮官役に徹するって言ってたくせに何で前に出たのよ? 更には美味しいところまで掻っ攫うんだから……!」

 

 鈴はいつもの憎まれ口を叩きながら文句を言って来て、俺は内心安堵しながらも溜息を吐いた。

 

「よく言う。お前が気を抜いたから前に出ざるを得なかったんだ」

 

「なっ! べ、別にあたしは――」

 

「そんな事より、今は目の前の敵に集中しろ。まだ斃したのを確認してないんだからな」

 

「え? あれをまともに喰らったら流石に――」

 

 鈴が言ってる最中、突然無人島にある周囲の自然が強烈な光の玉によって吹き飛んだ。

 

「チッ……。やはりそう簡単には倒せない、か」

 

 若干ボロボロになっている福音が姿を再び現した事により思わず舌打ちをする俺と、驚愕している箒達。

 

 そんな中、光の球状によって無人島の部分が抉り取ったかのように無くなっており、まるでそこだけスプーンで掬ったかのようにへこんでいた。その中心には、青い雷を纏った福音が自らを抱くかのように蹲っていて、被弾した装甲が修復されつつあった。

 

「っ! 装甲が修復されているだと……! まさかこれは!」

 

「!? まずいぞ師匠! これは――『第二形態移行(セカンド・シフト)』だ!」

 

 俺とラウラが叫んだ瞬間、まるでその声に反応したかのように福音が顔を向ける。

 

 無機質なバイザーによって覆われた顔からは何の表情は読み取れないが、そこからは明確な敵意、そして俺に対する殺意が伝わってきた。

 

「全員! すぐに散開を――」

 

『キアアアアアアア!!!!!』

 

 福音が獣の咆哮の様な声を発して、そのまま俺へと飛び掛かって来た。

 

「くっ!」

 

 あまりに速い動きだったが、俺は即座に『疾足』を使い、足を掴もうとした福音から辛うじて逃れる事が出来た。だが福音はすぐさま俺を捕まえようと接近してくる。

 

 翼を毟り取られた仕返しをしたいのか、俺を指揮官の頭と認識して先に潰そうとするかのどちらかと思うが、顔が見えずとも殺意が伝わってくるから間違いなく前者だ。

 

『キアアアアアアッ!!』

 

「このっ! そんなに俺が憎いか福音!?」

 

 近接戦で挑んでくる福音に、俺は刀を展開して防御に徹していた。本当なら刀は不要だと思われるだろうが、何故か奴に掴まれたら不味いと俺の防衛本能が叫んでいた。

 

 俺が福音の攻撃をかわしている最中、鈴が切断した部分と俺が引っこ抜いた部分から、ゆっくり、ゆっくりと、まるで蝶が(さなぎ)から(かえ)るかのようにエネルギーの翼が生えてきた。

 

「何…だと!?」

 

 思わずエネルギーの翼を見てしまった為に、福音はその隙を突くかのように俺の両腕を掴もうとした。

 

「和哉をやらせないよっ!」

 

 シャルロットが俺を援護する為に、すぐさま武装を切り替えて近接ブレードによる突撃を行う。

 

 だが、その刃は俺を掴もうとした片手で受け止められてしまった。その直後、福音は眩いほどの輝きと美しさを併せ持ったエネルギーの翼でシャルロットを包み込もうとする。

 

「やらせるかよっ! 『飛燕双脚』!!」

 

 両脚を交互に高速で振り上げ、二つの衝撃を福音に命中させて怯んだのを見た俺は、シャルロットを片腕を掴んですぐに離脱する為に全速力でその場を離れた。

 

「ご、ゴメン和哉!」

 

「謝るのは後にしてくれ!」

 

 逆に助けられてしまった事に謝るシャルロットだったが、俺はどうでもいいかのように切って捨てる。そして離脱する俺を見た福音は逃さんと言わんばかりに、凄まじい機動力で俺目掛けて追跡して来た。

 

(あくまで俺が狙いか。ならばシャルロットがいたら不味いな)

 

「か、和哉! もう大丈夫だから早く放しうわぁぁぁぁ!!!」

 

 福音の攻撃に巻き込まれないよう、俺は投げ捨てるようにシャルロットを海へと放り投げた。いきなりの事にシャルロットは体制を立て直す事が出来ずにそのまま海に激突する。

 

 俺はそのまま上空へ向かうと、シャルロットを無視して俺と同様に上空へ追いかけて来る福音。凄まじい機動力ゆえに、俺との距離がドンドン縮まっていく。

 

(奴との接触まであと300……200……100)

 

 俺と真下から追いかけて来る福音との距離があと100メートル。そしてあと50メートルになったところで、福音は右手を伸ばして俺の片足を掴もうとする。

 

 それを見た俺は笑みを浮かべて、

 

「引っ掛かったな!!」

 

『!』

 

 すぐにスラスターを急停止をして、そのまま垂直に急降下し、

 

 

 ダァァァァァァンッ!!

 

 

 俺の両足は福音の顔面目掛けて激突した。

 

 急降下で落ちてくる俺の攻撃に、凄まじいスピードで急上昇してくる福音。途轍もない音が聞こえるのは当然だ。

 

 俺の攻撃をモロに顔面ヒットした福音は凄まじい衝撃とありえない攻撃だったせいか、金縛りにあったかのように動きが止まっていた。

 

 当然、その僅かに出来た隙を俺は見逃す事無く、踏んでいる福音の顔面を踏み台にするかのようにジャンプし、持っていた刀を上空へ放り投げてすぐ福音に攻撃を仕掛ける。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 拳の高速ラッシュを繰り出す俺に、福音は攻撃を受けながらも俺の腕を掴もうとすると同時にエネルギー翼を展開するが、俺はさせんと言わんばかりに福音の右腕を両手で掴み取る。

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 ブンブンブンッと全力で福音を振り回し、

 

「そのまま海に激突しやがれぇぇぇ~~!!!」

 

 振り回す勢いが最高潮になってすぐ真下にある海目掛けて投げ落とした。

 

「はぁっ……はぁっ……これで少しは……なっ!?」

 

 しかし福音は海に激突する寸前に急停止して海のダイブから逃れ、そのまま翼を広げてエネルギー弾を俺に向かって撃ってくる。急な反撃により、俺はすぐにそこから離脱する事が出来なかった。

 

「くっ! 逃げ切れん!」

 

 大量のエネルギー弾がコッチ目掛けて撃ってくると、突然スローになった。エネルギー弾、福音の動き、周囲の物全てが何もかもスローだった。そして同時に俺の今までの過去が鮮明に思い出してくる。

 

 それは俺が幼い頃に初めて師匠の竜爺に会った時、竜爺の厳しい修行を受けている時、一夏や弾と友達になった時、そしてIS学園での出来事が全て浮かんできた。

 

(そうか。これが竜爺が言ってた、死の直前に起きる走馬灯って奴か。まさかこんな早く見る事になるとは)

 

 俺はもうじき死ぬんだと理解し、目の前にあるエネルギー弾からも逃れられないと悟り、諦めが付いたかのように目を閉じた。

 

(すいません千冬さん。やはり俺、生きて戻る事が出来ないみたいなので、責任は全てあの世で取ります。それと悪いな一夏、俺はここまでだ。俺の分まで長生きしてくれ)

 

 千冬さんと一夏に深く謝りながら過去のことを思い出してると、

 

『このばかもんがぁぁl!!』

 

(!!!)

 

 突然、師匠の竜爺が『咆哮』を使っての怒鳴り声が浮かんで閉じていた目を開いた。

 

『ワシを倒すのが目標ならこのような所で死ぬでないわ!! お主それでもワシの弟子かぁぁ!!?? ワシの弟子であるならこの程度の死地を乗り越えて見せよ!!!』

 

(………そうだ! 俺は……まだ!!)

 

 

 

 

 

 

「「「和哉っ!!」」」

 

「和哉さんっ!!」

 

「師匠っ!!」

 

 福音が上空にいる和哉に大量のエネルギー弾を放つのを見て、箒達が悲痛な叫びをあげる。誰もが理解してるからだ。あの大量のエネルギー弾はいくら和哉でも避けきれなく、そして死んでしまうと。

 

 和哉を助けに行こうとする箒達だったが、距離が余りにも離れすぎてソレが叶わないと分かりながらも必死に向かっていた。

 

 そしてエネルギー弾が和哉に当たろうとする瞬間、和哉がいきなり決意するかのように上空から落ちてくる刀を片手で掴み、

 

「でぇぇぇりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!」

 

 和哉は途轍もない速度で刀を振り回して、向かって来るエネルギー弾全て弾き飛ばした。そして弾き飛ばされたエネルギー弾は四方八方へと散らばり、海や無人島に激突して爆発した。

 

 余りの出来事に箒達だけでなく、エネルギー弾を放った福音までもが呆然と動きを止めているのであった。

 

「え……な……な、い、今……何が……起きたんだ……?」

 

「え、えっと……あ、あ、あたしの目には……和哉が……」

 

「か、か、か和哉さんが……あ、あ、あ……あの……た、た、た大量の、弾幕を……」

 

「ぜ、ぜ……全部、か、か、刀一本だけで……」

 

「す、全て……は、は、弾き飛ばしたのか師匠!?」

 

 余りにも驚きすぎて言葉の呂律が回っていない箒達。途轍もなく人間離れした荒技を和哉がやってのけたのだから、彼女達がそうなるのは無理もない。

 

 加えて、福音すらも和哉のとんでもない行動をした事によりデータ解析をしているが、アブノーマル(異常)と危険度Sと言う文字がビッシリと浮かんでいた。

 

「ぜえっ! ぜえっ! ぜえっ! は、はは。やっぱ人間その気になれば、何でも出来るな……」

 

 エネルギー弾を全て弾き飛ばした和哉は大きく息を荒げながらも笑みを浮かべていた。

 

 しかし、今の和哉はさっきの刀弾きでかなり体力を消耗し、必死に福音を注視して構えているのが精一杯だった。

 

 そんな和哉に福音は、エネルギー弾を放つより接近して倒した方が良いと判断したのか、そのまま一直線へと和哉に向かっていく。それを見た箒達は一気に覚醒して、すぐに和哉の援護に向かおうとするが一足遅かった。

 

「ちっ! やっぱそう来るか! さあ来い!」

 

 そして福音が翼を使って俺を包み込もうとするのを、和哉は迎撃しようとするが、

 

 

 ィィィィンッ……!

 

 

『!?』

 

「んなっ!?」

 

 ぶつかり合う寸前に、突然割って入るかのように何かが福音に命中してそのまま吹き飛んだ。

 

(い、今のはセシリアか? いや、さっきのはレーザーじゃ――)

 

 戸惑う和哉の耳に届いたのは、予想外の声だった。

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 和哉の視線の先には、白く、輝きを放つ機体がある。

 

「お、お前……」

 

 突然の乱入者に和哉は驚愕するばかり。

 

 何故なら和哉の視界には、今までと違う白式を纏った一夏がいるからだ。



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第80話

「い、一夏……。何故お前が……?」

 

 旅館の一室で昏睡状態となっていた一夏が目の前にいる事により、俺がキツネにつままれたような顔になっていると、一夏は答える。

 

「よう和哉、待たせたな。ってか、和哉がそんな顔するなんて珍しいな」

 

「………俺だって驚きぐらいはする。何せ昏睡状態だったお前が今こうして俺の目の前にいるんだからな」

 

「あ、それもそうだな。でも何か不思議な気分だ。いつも和哉に驚かされてた俺が、逆に驚かせたってのは」

 

「……お前は俺を驚かせる為にあんな命懸けな事をしたのか?」

 

 いつものやりとりをする俺と一夏。

 

 まだ福音との戦闘中で不謹慎な行動だと思うだろうが、この会話によって俺は落ち着きを取り戻し、冷静な判断が出来るようになった。

 

 あの大量のエネルギー弾を刀で全て弾き飛ばした後の俺は心が高ぶっていて、向かって来る福音と刺し違える覚悟で挑もうとしていた。だが一夏が助太刀してくれたお蔭で、それは失策だった事を後になって気付いたから、内心一夏に感謝してる。

 

「まぁそれはそうと、心配かけてすまなかったな。もう大丈夫だ」

 

「そうかい。だがその台詞は俺じゃなくて箒に――」

 

「一夏っ!」

 

 俺が言ってる最中、突然箒がコッチに来て慌てながら一夏へと駆け寄った。

 

「一夏っ、一夏なのだな!? 体は、傷はっ……!」

 

「おう。待たせたな」

 

「よかっ……よかった……本当に……」

 

「おい箒、気持ちは分からんでもないが、泣くのは後にしてくれ」

 

「べ、別に泣いてなどいないっ!」

 

 一夏へ駆け寄る箒に俺がツッコミを入れると、箒は否定しながらもぐしぐしと目元を拭っていた。そんな箒に一夏は優しく箒の頭を撫でている。

 

「箒、心配掛けたな。もう大丈夫だ」

 

「し、心配してなどっ……」

 

 よく言うよ。俺を見ず真っ先に一夏へ駆け寄ってきて心配してたくせに。箒は変なところで強がるなぁ。少しは素直になればいいのに。

 

 箒の強がりに内心少し呆れていると、一夏が箒に何か手渡そうとしていた。

 

「ちょうどよかったかもな。これ、やるよ」

 

「え……?」

 

 一夏は持って来た物を箒に渡すと、それはリボンだった。

 

「り、リボン……?」

 

「誕生日、おめでとうな」

 

「あっ……」

 

 ほう。七月七日の今日は箒の誕生日だったのか。初めて知った。

 

「それ、せっかくだし使えよ」

 

「あ、ああ……」

 

「おいお二人さん、そろそろアレに集中してくれ。コッチに向かってきてるぞ」

 

 俺の突っ込みに一夏が反応すると、俺達に向かってきている福音を見ながらこう言った。

 

「分かってるって。――まだ、終わってないからな。和哉、お前は休んでてくれ。後は俺に任せろ」

 

「何をバカな。俺だけ休む訳には――」

 

「無理すんな。さっきあんな凄ぇ事したんだから、体力がかなり消耗してんだろ? 俺の目は誤魔化せないぜ」

 

「……………」

 

 ちっ、見抜かれていたか。さっきのエネルギー弾丸弾きで全身の神経をフル活用した事で、体力が消耗してるばかりか集中力も少し欠けた状態だ。こんな状態で一夏達と一緒に戦えば却って足手纏いになってしまうから、ここは少しの間だけ一夏に任せるとするか。

 

「ならお言葉に甘えてさせて少しだけ――って、もう行ったし」

 

 俺がYesと言ってる最中に、一夏は即座に向かってきていた福音へと急加速し、正面からぶつかった。

 

「再戦と行くか! 和哉をやりたけりゃ先ずは俺を倒すんだな!」

 

 そう言って雪片弐型を右手だけで構えて斬りかかる一夏だが、福音がそれをひらりとのけぞってかわす。

 

 だが一夏はかわされるのを分かっているみたいに次の行動に移り、左手から見慣れない兵器で福音に迫った。

 

「な、なんだあの兵器は? 白式にあんな物はなかった筈だぞ」

 

「すぅ~~……はぁ~~~……どうやら一夏の白式は姿が変わっただけじゃなく、新しい兵器も追加されたみたいだな」

 

 一夏の左手の指先からエネルギー刃のクローが出現したのを見た俺はそう分析しながら、消耗した体力を回復させる為に深呼吸をしている。

 

 そして1メートル以上に伸びたクローが福音の装甲を斬るが、シールドエネルギーに阻まれるも、その一撃は確実に捉えていた。

 

 攻撃を受けた福音は一夏に対する警戒を強めたのか、エネルギー翼を大きく広げ、更には胴体から生えた翼を伸ばす。次の回避の後には、福音の掃射反撃が始まった。

 

 当然、奴は抜かりなくコッチにもエネルギー弾を掃射して来た。

 

「っ! 和哉!」

 

「やっぱそう来るか!」

 

 深呼吸を止めた俺は箒と一緒にすぐその場から離れて避ける。福音は光の膜らしき物で弾雨を消されている一夏を後回しにするかのように、俺の方へと超高速で向かってきた。

 

 そんな福音に俺は迎撃する為に構えていると、何かが福音に目掛けて飛んできた。それらは砲撃・レーザー・アサルトライフル・衝撃砲であり、言うまでもなくすぐにかわす福音だったが、一斉射撃を全て避けきるのは困難なようで、一旦離脱した。

 

「ふうっ。一先ず礼を言っておくぞ」

 

「何が礼よ。アンタはあたし達の指揮官なんだから、助けるのは当たり前よ」

 

「そうですわよ、和哉さん。それに訓練機で奮闘してる和哉さんにばかり任せていては、わたくしたち専用機持ちの立つ瀬がありませんわ」

 

「指揮官を守るのは僕達の役目だよ。あと和哉、僕を助けるためとは言え、いきなり海に落とすなんて酷いよ」

 

「礼は不要だ、師匠。弟子である私が師匠を守るのは当然だからな」

 

「………そうかい」

 

 当然だと言わんばかりに答える鈴達に思わず苦笑する俺。

 

 ついでにシャルロットには後で必ず謝っておこうと決めてると、一夏がコッチに向かってきた。

 

「和哉っ! 大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ。だからそんなに心配すんなっての」

 

 過剰に心配してくる一夏に俺は呆れながらも、一夏らしいなと内心思った。

 

 だが今はそんな事を気にしている暇は無いので、一先ず戦闘に集中させようと指示を下そうとする。

 

「一夏、今は俺を心配してないで目の前の敵に集中しろ」

 

「お、おう。分かった」

 

「あと鈴達は真っ向で福音と戦う一夏を全力でサポートだ。具体的な内容は言うまでもないだろ?」

 

『『『『当然!』』』』

 

「よし! ならすぐに散開だ!」

 

『『『『了解!』』』』

 

 俺の指示に鈴達がすぐに散らばると、一夏が呆然と俺を見ていた。

 

「何をしてる一夏?」

 

「え? ……あ、いや……。和哉が指示をするのは初めてセシリアと戦って以来だなと思って……」

 

「それもそうだな。ってか、んな事言ってる暇があったらお前もさっさと行け!」

 

「お、おう!」

 

 活を入れる俺に再び福音に向かっていく一夏を見送った俺は、近くにいる箒へと視線を向ける。

 

「んで、お前さんはどうするんだ、箒? と言うか、何故行かなかったんだ?」

 

 そう箒に尋ねる俺に、箒は後ろめたそうな感じで言って来る。

 

「………もし私が一夏と一緒に戦えば、またあの時の事が起きてしまうのかと不安になってしまって……」

 

「原因が自分だって理解してるなら、今度はそうならないよう一切慢心せずに戦う事だ」

 

「……………」

 

 アドバイスを送ってもまだ少々落ち込み気味である箒。

 

「出来ないのか? ならばいっそこのまま撤退しろ。別に俺は責めはしない。尤も、ここで退いてしまば、お前と一夏の絆はその程度の物かと思ってしまうがな」

 

「っ! そんな事は無い! 私は、また一夏とともに戦いたい! あの背中を守りたい!」

 

「だったら、その思いを一夏にぶつけ……ん?」

 

 一夏を援護しろと言う俺だったが、突然紅椿の装甲から黄金の粒子が溢れ出てきた。

 

「おい箒、紅椿に一体何が……?」

 

「これは……!? エネルギーが回復してる!」

 

「何っ……!」

 

「『絢爛(けんらん)()(とう)』……これは、紅椿のワンオフ・アビリティーだ!」

 

 エネルギーが回復するワンオフ・アビリティーって……どこまで規格外なISだよ。いや、ある意味必要不可欠な物かもしれない。無駄にエネルギーを消費する展開装甲の対策として。そもそも、あの篠ノ之束がエネルギー切れになった時の対策を施さない訳が無い。益してや、エネルギー対策も施してない欠陥機なんかを、大事な妹である箒に託さない筈。

 

「どうやら私はまだ戦えるようだ」

 

「そのようだな」

 

 あの女に後押しされたような感じで気に食わないが、箒がやっと戦う気になったので敢えて気にしないようにした。

 

 そう思っていると、箒は一夏から渡されたリボンで髪を縛り、気を引き締めて福音を見ている。

 

「和哉、行って来る」

 

「そうか、じゃあすぐに行ってこい」

 

 そう言いながら箒の肩にポンッと手を置くと、

 

「ん? 打鉄のエネルギーが回復し……って、な、何だ!?」

 

「んなっ!? お、おい和哉! 打鉄が……!」

 

 俺が纏っている打鉄がエネルギーが回復しているだけでなく、装甲にも変化が生じ始めた。




和哉の打鉄がどうなったかは次回で分かります。

と言っても、読者の皆様は大体想像付いてると思いますが……。


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第81話

誠に申し訳ありませんが、今回は凄く短いです。


 私は諦めていた。

 

 この先何があっても、真に分かり合える操縦者と共に力を合わせて頂点を目指す事なく、ただ仮操縦者に使い方を教える事しか出来ないと。

 

 どんなに戦闘経験を得ても学習出来ず、進化する事も出来ないように設定された訓練機。

 

 何故こんな事をするのだと最初は嘆いた。どうしてそんな役割を押し付けるんだと。真の操縦者と共に歩む事が出来ないのかと。

 

 だが結局、私がどんなに叫んだところで、私を管理している人間は無情に突き放すかのように、訓練機と言う名の烙印を押されたかのように設定された。

 

 そして私はこの時理解した。所詮、私は人間によって作られた物に過ぎないから、人間の思い通りに動かなければいけない操り人形なのだと。

 

 それ故に私はもう何もかも諦め、これからは仮操縦者の成長を促す為の踏み台役として一生を終えるのだと思った………筈だった。神代和哉と言う操縦者が現れるまでは。

 

 初めて彼と出会い、共に戦って私の何もかもが覆った。圧倒的不利な訓練機である私を物ともせずに操縦し、あまつさえ専用機相手に勝利した。別に勝利した事は大して驚きはしない。私が一番響いたのは、彼のあの言葉だ。

 

『順を追った俺の目標を教えてやろう、一夏。先ず最初に此処で『IS学園最強』を目指し、その次は元世界最強の千冬さんを倒し、更には各国IS操縦者代表全てを打ち倒し、俺は本当の意味での世界最強になる!』

 

 この言葉を聞いた瞬間、私は震えた。同時に私の失っていた物が蘇り始めてきた。

 

 彼が私を使って以降、今までの仮操縦者がやりもしない事を平然とやってのけ、またもや専用機相手に圧勝。こんなに嬉しい事は今まで無かった。私という訓練機()であるにも拘らず、彼は私を己の一部として扱って勝利した。これを嬉しく思わない訳が無い。

 

 しかし、私が有頂天になってしまったせいか、彼に申し訳ない事をしてしまった。一番悔いているのは、あの学年別トーナメントの時だ。

 

 彼の戦いに魅了されている余り、自分の装甲に悲鳴が起き始めているのを気付かず、挙句の果てには戦う事が出来ない状態にさせてしまった。その時になって私は恥じると同時に思い知らされた。所詮自分は進化出来ない訓練機で、もうこの先彼と共に戦えず、彼は新しい専用機を使って頂点を目指すのだと。

 

 けれど、どんなに自分に言い聞かせてもやっぱり納得出来なかった。彼がいてくれたからこそ、自分が失った物を蘇らせてくれたと言うのに、それをどこの馬の骨(専用機)とも知れない物に使われるのが嫌だった。人間で言う『独占欲』みたいな物だ。

 

 私が一番に彼を理解してるのだから、彼が私以外のISを使うところなんか見たくない。奪われたくない。彼と言う存在がいたからこそ、私は彼と共に再び頂点を目指そうと決めた。

 

 故に私は決意する。彼が今まで他の人間に出来なかった事を平然とやってのけたように、私もやると。それは……訓練機と言う枷を外して、彼だけの専用機になると言う事を!!

 

 

 

 

 

 

「ど、どう言う事だ? 何故訓練機である打鉄が……。和哉、お前一体何をした……?」

 

「知るか! そんなの俺が知りたい位だ!」

 

 打鉄の装甲が光を発しながら変化している事に俺と箒はもう何がなんだか分からなく、ただ只管戸惑うばかりだった。

 

 そんな中、打鉄は変化が終わったのか、光が無くなって姿を現した。

 

 その姿は今までの打鉄とは違い、両腕には覆うかのように手甲が追加され、両足は引き締まったかのように少しスリムになっていた。そして極め付けは装甲の色だ。鋼色から漆黒色になり、一夏の純白な白式と対となる色になった。

 

マスター()第二形態移行(セカンド・シフト)は完了しました。指示をお願いします』

 

「「………は?」」

 

 何だ? 今知らない女の声がしたような……?

 

 聞いた事が無い声に俺と箒は誰かが通信してきたのかと思っていたが、

 

『ここですマスター。貴方が纏っている私、打鉄です。と言っても、今の私はもう打鉄ではありませんが』

 

「…………はい?」

 

「打鉄、だと……?」

 

 喋っているのはISの打鉄だった。

 

「………え~っと……ISって喋れるのか? ってか、俺がマスターってどう言う事……?」

 

『マスターが戸惑うのは無理もありません。しかし生憎、説明している時間が無く、今はあの暴走機を何とかしなければいけません。ですから早くご決断を』

 

 戸惑う俺に打鉄がバッサリ斬って、目の前の敵に集中するよう言ってきた。

 

 本当ならすぐに問い質したいところだが、今は福音を倒す事が最優先だから、打鉄の事は後回しにしなければいけない。不本意ながらも仕方ないと思った俺は、一先ず福音に集中する事にした。

 

「分かった。じゃあアレを倒したら、後で洗いざらい説明してもらうからな」

 

『勿論です』

 

「だが二つだけ訊かせてくれ。お前は……さっきまで一緒に戦ってた俺の相棒と思って良いんだな?」

 

『当然です。私のマスターは貴方だけですから』

 

「そうかい。じゃあ最後に……お前が打鉄じゃないなら、これから何て呼べば良いんだ?」

 

『名前、ですか。そうですね。私はもう打鉄では無くなりましたので……では、マスターが名付けて下さい。私はマスターが名付けるのであれば何でも構いません』

 

 おいおい、こんな状況で名付け親になれってか? いくらなんでも急過ぎるんだが。

 

 コイツの漆黒の装甲を見て取り敢えず俺は名前を決める事にした。

 

「なら、『(こく)(せん)』……って言う名で良いか?」

 

『黒閃………ではそのように登録します。以後私の事は黒閃とお呼び下さい』

 

「いや、あのさ、俺が考えた拙い名前に文句無いのか?」

 

『ありません』

 

 キッパリ答えやがったし。まぁ文句無いなら別に良いんだが。

 

「よ、よし。じゃあ……行くぞ黒閃!!」

 

『了解です』

 

 そして俺は福音と戦っている一夏達の下へと向かった。

 

「…………え、えっと……わ、私は……何をどういう風につっこめばいいんだ?」

 

 未だに呆然としている箒を置いて。




打鉄の秘めた想いと決意、そして進化するという常識破りな事をしちゃいました。

そして常識破りな和哉に影響されて、打鉄改め黒閃となり、以降は和哉の専用機となります。

次回で福音との決着が付きます。


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第82話

まず最初に言わせて頂きます。

ゴメンなさい。まだ決着は付きませんでした。

黒閃の登場によってギャグっぽくなっています。


「え、あ……お、織斑先生……。か、神代君の打鉄が……」

 

「やれやれ、全く……。神代は一体どこまで私を驚かせれば気が済むんだ……? こんなイレギュラー、私は初めてだぞ」

 

 作戦室で一夏達が福音との戦闘をモニターで見守ってる最中、箒と一緒にいた和哉の打鉄がセカンドシフトした事に呆然としてる真耶と、手を頭の上に置きながら苦笑する千冬。そして開いた口が塞がらない状態になっている他の教師達。

 

 ただでさえ和哉は、性能差があり過ぎる福音相手に訓練機の打鉄で応戦し、更には掃射した大量のエネルギー弾を刀一本で全て弾き飛ばしていた事を真耶達は驚いていた。だが、今度は打鉄の進化によるセカンドシフトにより、もう驚きすぎて頭の中がパンク状態だ。

 

 因みに元世界最強のブリュンヒルデである千冬すら、モニターで映ってる非常識極まりない現実を見て辛うじて正常な状態を保っているが、もうこれ以上止めて欲しいと心底願った。もしまた信じられない事が起きたら、もう完全にパンクしてしまう程に。

 

 だが、そんな千冬の願いを踏み躙るかのように、

 

マスター()第二形態移行(セカンド・シフト)は完了しました。指示をお願いします』

 

『『………は?』」

 

『ここですマスター。貴方が纏っている私、打鉄です。と言っても、今の私はもう打鉄ではありませんが』

 

 オープンチャンネルによって入って来た通信による、自らを打鉄と称する女性の声と素っ頓狂な声を出す和哉と箒の声を聞いた事によって、作戦室全体がピシッと何かが罅が入ったかのような音がした。

 

「…………山田先生、これは私の空耳か? 神代の打鉄から――」

 

「い、いや、止めて、止めて下さい織斑先生……。そこから先は言わないで下さい……。も、もう、もう私これ以上は……」

 

 もう何も聞きたくないと言わんばかりに両耳を塞ぐ真耶だったが、

 

『そうかい。じゃあ最後に……お前が打鉄じゃないなら、これから何て呼べば良いんだ?』

 

『名前、ですか。そうですね。私はもう打鉄では無くなりましたので……では、マスターが名付けて下さい。私はマスターが名付けるのであれば何でも構いません』

 

『なら、『(こく)(せん)』……って言う名で良いか?』

 

『黒閃………ではそのように登録します。以後私の事は黒閃とお呼び下さい』

 

「ダメですよ神代くん!! 打鉄に新しい名前を付けちゃダメですよ!! それに打鉄も勝手に登録しないで下さい!!」

 

 ガタンッと立ち上がって和哉と打鉄改め黒閃の会話を聞いて思わず声を荒げながらツッコミを入れていた。言うまでもないが、真耶達からの通信を切ってる和哉達には聞こえていない。

 

 そして和哉は真耶の思いを無視するかのように、箒を置いて再び福音に挑みに向かった。

 

 それを見た真耶は涙を流しながら千冬に縋ってきた。

 

「先輩! 私たちは一体どうすれば良いんですか!? もうこれは私たちじゃ手に負えませんよ!? と言うか、神代くんは打鉄に一体何をしたんですか!?」

 

「…………知るか。そんなの私が真っ先に知りたい位だ」

 

 千冬を先輩を呼んでしまうほど真耶の心理状態はかなり追い込まれている状態だった。本来呼び方を咎める千冬でさえも、それはせずにそっと真耶の肩に手を置く。

 

「真耶、もう私たちはこう結論するしかない。“素直に現実を受け入れろ”、とな」

 

「こんな非現実的な事をそう簡単に受け入れるのは無理ですよ~~~~!!!!」

 

 非情とも言える千冬のアドバイスに、力いっぱい叫ぶ真耶であった。

 

 

 

 

 

 

『マスター。織斑一夏の白式のシールドエネルギーが――』

 

「んなもん言われなくても分かってる!」

 

 一夏達が福音と高速戦闘しながら移動しているのを追い掛けている最中、黒閃が白式の状態を教えようとするが、分かっていたのですぐに斬って捨てる。

 

 どうやら一夏の白式の装甲が変わっても、零落白夜の燃費の悪さは相変わらずみたいだな。と言うか、新たに追加された装備によって余計にエネルギーの消費が激しくなったような気がするんだが。

 

「ってかアイツ、あんな兵器をバカスカ使ってたら、エネルギーがすぐに無くなるのを分かってると思うんだが……?」

 

『だからと言って、あの暴走機相手に出し惜しみは出来ません。しかし、織斑一夏はもう少し後先考えて戦った方がよろしいかと。あれではすぐにやられてしまいます』

 

「………お前、一夏をフォローしてるのか? 貶してるのか?」

 

『両方です』

 

 さいですか。手厳しい事で。

 

 っと、もう近付いたな。一夏達や福音はまだ気付いてないから、不意打ちを仕掛けるか。

 

 そして福音が一夏に近距離からエネルギー弾を掃射するところを俺は急降下して、

 

「だらっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

『!!!』

 

 側面から流星蹴りを食らわせて、腹に直撃した福音は吹っ飛んで海に激突した。

 

「よっ、一夏。さっきと立場が逆転したな」

 

「か、和哉、お前……その姿は一体……?」

 

 いきなりの俺の登場に一夏は困惑気味になっていた。ってか、本当にさっきと同じ場面だな。

 

 一夏の困惑にさっきまで福音と応戦していた、セシリア達が俺に通信を入れてきた。

 

「こ、これは一体どういうことですの和哉さん!? あ、貴方の打鉄が……!」

 

「ちょ、ちょっと和哉! アンタ打鉄どうしたのよ!? というか何そのISは!?」

 

「か、和哉、君に一体何が起きたの!?」

 

「どういう事だ師匠!? 説明を要求する!」

 

 あ~~やっぱこうなるか。分かってたとは言え、一斉に問い質されると耳が痛くなる。

 

 一先ず後で説明すると言いたいが、今のコイツ等にはそう簡単には納得出来るとは思えないので、短く纏めて言おうとするが黒閃が説明を始めようとする。

 

『簡単な話です。私はマスターである神代和哉の専用機となり、セカンドシフトをして姿が変わったのです。あと私はもう打鉄ではなく、マスターから新たに(こく)(せん)と名付けられましたので、以降は黒閃とお呼び下さい』

 

「「「「「…………は?」」」」」

 

 黒閃が簡単に説明した途端に目が点になって素っ頓狂な声を出す一夏達。

 

「お、おい和哉……い、今の声は……?」

 

 代表して一夏が俺に尋ねると、

 

「あ~~、俺もよく分からないんだが……。この黒閃ってIS、何故か人間みたいに喋れて会話出来るんだよ」

 

「「「「「……………はぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!????」」」」」

 

 俺も簡単に説明した途端、今度は一斉に驚愕の声を出す一夏達だった。

 

 うん。まぁ、誰でも絶対驚くよな、これ。だって俺や箒も驚いたし。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待て! い、い、今お前とんでもないこと言ったよな!?」

 

「い、い、いいい今すぐに詳しく説明なさい和哉さん!!」

 

「あ、あ、あ、ああアンタねぇ~! アンタが規格外なのは知ってるけど、今度は一体何やらかしたのよ!?」

 

「訓練機がセカンドシフト!? ISが喋れる!? 今の僕には全然理解が出来ないよ和哉!! もっと詳しく説明して!!」

 

「し、師匠……。こ、こればかりは納得のいく説明を……」

 

 もう福音との戦闘がどうでもいいような感じで一夏達は俺に詰め寄ってきて、説明を要求してくる。

 

「だぁ~~~! 一斉に俺に詰め寄ってくんな!! 今戦闘中なんだから福音に集中しろ!!」

 

「「「「「出来るか(ませんわ・るわけないでしょ・ないよ)!!」」」」」

 

『全く。マスターの言うとおり戦闘中だと言うのに、何を呑気な事を』

 

「いや黒閃、お前が余計な事を言ったせいで一夏達を困惑させたんだろうが。少しは自重しろ」

 

『……そうですね。申し訳ありませんでした』

 

 ………何か調子狂うな、コイツ。妙に俺に忠実と言うか素直と言うか……まぁ今そんな事どうでもいいや。 

 

 一夏達と黒閃に呆れていると、ザッパ~ンッ! と海に沈んでいた福音が上昇して水飛沫を上げながらコッチに向かってきた。

 

「お前等! 後でちゃんと説明するから、今は奴を倒す事に集中しろ! 散開だ!!」

 

「「「「「! りょ、了解!!」」」」」

 

 俺の指示で一夏達はさっきまでの困惑した顔とは一変して、すぐ真面目な顔に切り替えて散開した。

 

 そして俺は向かって来る福音を見て構える。

 

「黒閃、奴の戦い方はもう知ってるな?」

 

『勿論です。あのエネルギーの翼が主武装なのは既に確認済です』

 

「じゃあ俺と奴との相性が最悪なのも分かってる筈だ」

 

『問題ありません。それを補う為に私がいます。ですので、マスターは気にする事無く思う存分に戦って下さい』

 

 全面的に俺をサポートするってか? 嬉しい事を言ってくれる。

 

 俺の専用機なのが勿体無い位だ。

 

『マスター、来ます!』

 

「ああ! これが三度目の正直だ! 決着を付けるぞ福音!!」

 

 そして俺は向かって来る福音目掛けて構えながら突進していった。




完全にシリアスブレイカーになった上に、ギャグチックになってしまいました。

本当に申し訳ありません。

次回で本当に本当に福音との決着が付きますので。


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第83話

「ラウラ! セシリア! シャルロット! 鈴! 援護を頼む!」

 

「任せろ師匠!!」

 

「お任せください!!」

 

「了解!」

 

「分かってるわよ!」

 

 俺の指示にラウラ達は距離を取った福音に掩護射撃を繰り出し、

 

「一夏! 箒! 俺達の誰かが福音の動きを止めたら迷う事無く即座に決めろ!」

 

「おう!!」

 

「了解だ!!」

 

 俺と一夏、箒は近接戦で福音と激突していた。

 

 因みに一夏はさっきまでエネルギー残量が残り少ない状態だったが、遅れてきた箒が紅椿のワンオフ・アビリティーである絢爛舞踏でエネルギーが全快した事によって、雪片弐型のエネルギー刃を最大出力まで高めていた。

 

 そして俺達が福音と戦ってかなり時間が経つが、福音は未だにエネルギー切れを見せる傾向が無い。いくらアレが軍用ISだからと言って、アレだけのエネルギー弾を掃射してるから、そろそろエネルギーが無くなってもおかしくないのだが。

 

 そんな疑問を余所に、福音は俺に襲い掛かってきた。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

『キアアアアアアッ!!』

 

 互いに両手足で攻撃して距離を取りながら激突を繰り返す俺と福音。距離を取った福音はすぐに翼から大量のエネルギー弾を掃射するが、俺はすぐに反応して難無くかわす。

 

 本来であれば凄まじい速度で撃ってくるあのエネルギー弾を全て避けるのは難しいのだが、打鉄改め黒閃がセカンドシフトした事によって性能が上がっていた。訓練機と比べ物にならないくらいに。

 

「凄いな黒閃。セカンドシフトしたとは言え、ここまで性能が格段に上がるのか?」

 

『半分当たりで、半分はずれです。確かに性能は上がりましたが、私を信頼し、自分の一部のように扱うマスターだからこそ、私の性能以上の力が発揮されるのです』

 

「………お前、自分で言ってて恥ずかしく無いか?」

 

『私は事実を言ったまでです』

 

 ああそうかよ。ったく。本当に調子が狂う奴だな。と言うか、よくもまぁあんな事を平然と言えるもんだ。ISだから大して気にしないのか? 俺はてっきり黒閃の性能が上がったのかと思っただけなんだが。

 

 っと、いかんいかん。戦闘中だってのに、余計な事を考えちゃダメだな。

 

「「はああああっ!!」」

 

『!!!』

 

 斬撃を繰り出そうとする一夏と箒に、福音が高速で距離を取ってすぐにクルリと舞うかのように回った。その瞬間、福音の周囲からエネルギー弾が形成されて、そのまま俺達に襲い掛かって来た。

 

「げっ! あれは流石にっ!」

 

『マスター! 盾を前に出して下さい!!』

 

「え? わ、分かった!!」

 

 一先ず黒閃の言う通りにした俺は、両肩に浮いていた二つの盾を前面に出すと、

 

水鏡(みかがみ)!』

 

 黒閃がそう叫んで若干光を帯びた盾がエネルギー弾に当たった瞬間、それは湾曲するかのように何処かへ行ってしまった。

 

「なっ……何なんだ、コレは?」

 

 この光景に俺だけでなく、何とか防いで回避していた一夏達も仰天していた。それはそうだろう。福音の主武装であるエネルギー弾を弾いたのだから、誰だって驚く。

 

 エネルギー弾をあられもない方向へ飛ばした盾を見た俺が信じられないかのような声を発すると、黒閃が説明するかのように語り始める。

 

『これが私のワンオフ・アビリティー《水鏡(みかがみ)》です。福音のようなエネルギー関連の射撃は全て弾く事が可能ですので』

 

「おいおい」

 

 全て弾くって……殆ど反則並みな代物じゃないか。と言う事は、セシリアのような遠距離中心としたレーザー射撃を全部弾く事が出来るって事なのか? 俺、とんでもない兵器を知っちゃったんだけど。

 

『ただしコレにはかなり欠点があり、長時間使用するとすぐにエネルギーが無くなってしまい、無差別に弾き飛ばしてしまいますので、仲間に危険が及んで集団戦には向きません』

 

 だろうな。そんな都合の良い物がホイホイ使える訳が無いのはお約束だ。

 

 取り敢えず、水鏡と言うワンオフ・アビリティーはあんまり使わないようにしておこう。あくまで俺自身が本当に避けきれない用として。

 

『キアアアアアアッ!!』

 

 うわっ。何か福音の奴が怒ってるような気がするのは俺の思い過ごしか?

 

 まぁ、ご自慢の兵器が刀一本で弾かれただけでなく、黒閃の水鏡にも悉く弾かれたから、恐らく福音のプライドはかなり傷付いたかもしれない。

 

『状況変更。危険分子である神代和哉を最優先に抹殺する』

 

「! 来るかっ!」

 

 高速接近してくる福音。それを見た俺は盾を元の位置に戻し、接近してくる福音に構えながら拳を繰り出す。

 

 福音はそれをかわして、反撃するかのように旋回しながら俺の顔目掛けて回し蹴りを繰り出した。当然俺もかわして再び反撃するが、お互いに避けて反撃の繰り返しをする。

 

 しかし、それが終わるかのように福音は俺の両拳を受け止めた直後、光の翼で俺を包み込もうとしていた。

 

「甘いんだよっ!! おらぁっ!!」

 

『!!!』

 

 即座に両足を福音に向けて、そのまま何度も腹に蹴りを喰らわせた。これには流石に福音も効いたようで、俺の両拳を掴んでいた両手を放す。

 

 福音から開放された俺はすかさず、

 

「はああああああぁぁ~~~っ!!!!!!」

 

 

 ドドドドドドドドドッ!!! 

 

 

 至近距離で俺の全パワーを込めた『乱撃』を高速で繰り出すと、福音は全て直撃して完全に動く事が出来なくなっていた。

 

「一夏ぁ! 今だぁ!!」

 

「うおおおおっ!!! 今度は逃さねぇ!!」

 

 俺の合図と共に横から福音の胴体へと零落白夜の刃を突きたてた一夏。その直後にブースターを最大出力まで上げる一夏は、福音と共に無人島の一つである砂浜に激突する。

 

 だが福音は零落白夜を受けながらも、一夏の首へと手を伸ばそうとしていたので、俺はすぐに砂浜へ真っ直ぐ急降下する。

 

「どけ一夏ぁ!」

 

「え? って、やばっ!!」

 

 俺が高速で来るのを見た一夏が即座に福音から離れてすぐ、俺の体当たりが福音に直撃した。

 

 直撃した福音は俺の首へと伸ばそうとするが、

 

「いい加減にくたばりやがれぇ!! おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらぁっ!!!!!!」

 

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

 

 

 俺の拳の弾幕によってそれが叶わなくなった。

 

 そして俺の攻撃を受け続けた福音は漸くエネルギーが無くなったのか、完全に動きを停止した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………やっと止まったが……はぁっ、はぁっ……またこれで復活は無いだろうな?」

 

『マスター、ご安心を。確認したところ、福音のシールドエネルギーは完全に無くなりました』

 

「はぁっ、はあっ……そうか……ふうっ」

 

 黒閃の台詞を聞いた俺が安堵してると、エネルギーが無くなった福音のアーマーが消え、スーツだけの状態になった操縦者が姿を現す。

 

「この女性が福音の操縦者、か……。ありゃりゃ、自分でやったとは言え、打撲傷がかなりあるな」

 

『あれだけマスターの攻撃を受けたんですから、そうなるのは無理もありません』

 

「まぁ、確かに」

 

 申し訳ない事をしたと思いながら、俺が操縦者の女性を抱き上げると、一夏がこっちに来た。

 

「やっと終わったな、和哉」

 

「ああ……。やっと、な」

 

「そっか……。だけど和哉、お前いきなりあんな事するなよ。死ぬかと思ったぞ」

 

 戦闘が終わった事に安堵する一夏だったが、急に不機嫌そうに文句を言ってきた。

 

「悪い悪い。ああでもしないと福音を倒せないと思ってな。それに一夏はすぐに避けてくれると分かってたし」

 

「………まぁ良いけど。って、その人が福音の操縦者か?」

 

「みたいだ。取り敢えずこの人を早く旅館に連れて行って治療させないとな」

 

「それはそうなんだが……俺としては――」

 

 一夏がそう言ってると、

 

「さあ和哉さん、早速説明してもらいますわよ。わたくしとしては、黒閃さんのワンオフ・アビリティーが一番知りたいですわ♪」

 

「約束よ和哉。そのISについて詳しく訊かせて」

 

「和哉、僕たちが納得できるまで逃さないからね」

 

「さぁ師匠、詳しく説明してもらうぞ」

 

「和哉、私からも頼む」

 

 セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、箒が俺に詰め寄って来た。特にセシリアが何やら怖い笑みを浮かべているのは、敢えて気にしないでおこう。

 

「お前等……。今はそんな事よりもこの人の治療が優先なんだが……?」

 

『全く。私は逃げも隠れもせずちゃんと説明するのに、随分とせっかちな方々ですね』

 

 セシリア達の行動に呆れる俺と黒閃だった。




取り敢えず決着が付きましたが、何だかいまいちでした。戦闘描写は本当に難しいです。

次回は………和哉とのほほんさんとのイチャラブをやってみようかと考え中です。


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第84話

まず最初に……ごめんなさい! 本音とのイチャラブはもうちょっと後です!

書こうと思ってたんですけど、色々と必要な場面があるので後回しにしました!


「作戦完了――と言いたいところだが神代、お前は私の許可無く独断専行し、オルコットたちを連れていったことにより重大な命令違反を犯した。今回出撃したオルコットたちは神代に無理矢理従わされた事により処分は不問だが、各国代表候補生たちを危険に晒したお前の罪は重い。私の言いたいことは分かるな、神代?」

 

「勿論です。俺はそれを覚悟の上でやりましたので、煮るなり焼くなり好きにして下さい」

 

 旅館に帰還してすぐに福音の操縦者を医者に任せた後、大広間にて腕組みをしている千冬さんが正座してる俺に処断を下そうとしていた。

 

 俺が何の文句も言わず受け入れている事に、俺の正面で同じく正座してる一夏達が信じられない顔をしていた。

 

「いい覚悟だ。ではお前に処分を――」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ千冬姉! 何で俺たちは不問で、和哉にだけ処分を下すんだよ!?」

 

「どうしてです織斑先生!? 私たちは和哉に無理矢理従わされてなんかいません! 私たちは自分の意志で……!」

 

「そうですわ! わたくしたちも処分を覚悟で和哉さんと一緒に出撃しましたのに! いくらなんでも不公平にもほどがありますわ!」

 

「ちょっと和哉! これは一体どういう事よ!? あたし達こんなの聞いてないわよ!? ってかアンタ、何で何も言い返さないのよ!?」

 

「織斑先生! 和哉だけでなく、どうか僕達にも処分を下してください!」

 

「教官! こればかりは納得いきません! 我々にも相応の処分を!」

 

「黙れ貴様ら!! 今私は神代に話している!」

 

 一斉に抗議してくる一夏達に、普段見せる事の無い殺気を込めた怒鳴りによってすぐ静まった。余りの千冬さんの殺気に一夏達は少し怯える。しかも、軍属であるラウラですらさえも。

 

 小さな子供が見たら絶対に泣くだろうなと不謹慎に思ってると、一夏達を静かにさせた千冬さんが俺に視線を向ける。

 

「話しの腰を折られたが続けるぞ。神代、お前に下す処分内容は――」

 

「………………」

 

 千冬さんが下す俺の処分内容に目を閉じて聞いていると、

 

「帰ったらすぐ反省文の提出と、今後このような勝手な真似をさせない為に暫くは私が神代の監視役となり、私自ら徹底的にお前を矯正させる。以上だ」

 

「はい、分かりま………え?」

 

「「「「「「…………はい?」」」」」」

 

 深く頷いてる最中に俺は急に不可解になり、一夏達はポカ~ンとして首を傾げた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい、織斑先生。い、今何と?」

 

「聞こえなかったか? お前は暫く私の監視下に置くと言ったんだ。何度も言わせるな」

 

「い、いや、俺が言いたいのはそうでなくて……処分は監視じゃなくて、ここは普通に厳罰とか退学では……?」

 

 反省文は良いとして、千冬さんに暫く監視されると言っても、これは処分どころか不問も同然だ。疑問に思わない訳が無い。

 

「厳罰用の特別トレーニングを用意したところで、普段から厳しい修行をしてるお前には何の意味も無い。ましてや退学にさせれば、今回お前が知った軍事機密情報を漏らしてしまう恐れがあるからな。故に、お前には私が責任を持って監視下に置くという結論に至った。これで理解したか?」

 

「………え、ええ、まぁ一応。けど……」

 

 修行と厳罰は別物だし、俺そんなに口軽い性格じゃないんだけど……。

 

 けど冷静に考えてみれば、退学なんてさせたら女性権利団体の連中がチャンスだと言わんばかりに俺の命を狙って来ると思う。恐らく千冬さんはそれを考慮し、敢えてああ言ったんだろうな。

 

 因みに一夏達には俺が命を狙われている事は知らない。こんな事知ったら絶対騒ぎになるから伏せている。

 

「言っておくが、お前に拒否権など無い。これは学園長からの厳命でもあるからな」

 

「が、学園長って……」

 

 おいおい。千冬さん一人に俺を監視させるのを何で学園長がそんな命令を下すんだ? いくら俺がIS学園の生徒だとは言え、他から見れば身贔屓と捉えられてもおかしくないぞ。

 

 俺が学園長の厳命に内心呆れていると、一夏達や山田先生が無言で物凄く気の毒そうな目でコッチを見ていた。

 

「おいそこ、何か言いたい事があるなら――」

 

「さて、神代の処分についてはここまでにして、次の話題に移るとするか。神代のISとやらについてな」

 

 一夏達に文句を言おうとしてる最中、千冬さんが話を打ち切るかのように黒閃の話題を持ち出してきた。それを聞いた一夏達がさっきまでの様子と違って、俺を凝視してくる。

 

「――あ~、やっぱり織斑先生も気になってます?」

 

「当たり前だ。あんな事が起きて気にならない訳が無いだろうが。そもそも訓練機である打鉄がセカンドシフトするだけでなく、更にはISが喋るなど私は見たことも聞いたことも無い。説明してもらうぞ神代。お前は一体打鉄に何をした?」

 

「いや、それは寧ろ俺が知りたいと言うか何と言うか……」

 

『失礼ですね、マスターは何もしていません。私が自らの意思でそうしたんです、織斑千冬。それと訂正して下さい。私の名はもう打鉄ではなく黒閃なので』

 

 話題が変わったのか、黒閃が現在待機状態になっているにも拘らず、俺の左腕に身に付けてるブレスレットから不機嫌そうな黒閃の声が聞こえた事に、一夏達は驚いていた。

 

 その中で千冬さんだけは驚いていながらも、俺の左腕を見ながら黒閃に問いかける。

 

「私のことを知っているのか?」

 

『当然です。私のコアは開発者である篠ノ之束によって作られたのですから、貴女の事を知らない訳がありません』

 

 千冬さんの問いかけに黒閃はまたも不機嫌そうな声でそう答える。

 

「黒閃、何でそんな不機嫌なんだ? お前の言葉には妙に刺があるんだが……」

 

『申し訳ありません。織斑千冬がマスターを責め立てるように言ってくるので、少し感情的になりました。織斑千冬、気を悪くしたのでしたら謝罪いたします』

 

「……いや、こちらこそすまない。私とした事が先走りすぎてしまったからな。あと呼び方についても失礼した、訂正する。黒閃、と呼べば良いんだな?」

 

『はい』

 

 互いに謝罪する黒閃と千冬さん。ブレスレット状の黒閃に千冬さんが俺に向かって謝罪してくるから、凄く変な感じだ。

 

「そんじゃ黒閃、説明してくれるな?」

 

『分かりました。ですがその前に――』

 

「ん? って何だ!?」

 

 突然ブレスレットが光って俺や一夏達が余りの眩しさに目を瞑って手で覆っていると、

 

「こうやって相手に面と向かって説明した方が良いでしょう」

 

「…………え?」

 

「「「「「「「「…………は?」」」」」」」」

 

 光が消えたと同時に、何故か俺の左隣に黒のミニワンピースを纏った見知らぬ黒髪の女が正座していた。しかも箒たちにも勝るとも劣るとも言えないほどの美少女。

 

「あ、あの、どなたですか?」

 

 一夏達が目が点になってる最中、俺は驚きながら問いかけると黒髪の女はこっちを見る。

 

「驚くのは無理もありませんが、私はマスターの専用機である黒閃です。待機状態になってる私はこのような姿になる事が可能ですので、以後お見知りおきを」

 

「…………マジで?」

 

「はい。そんなに信じられないのでしたら、またブレスレットの姿に戻りますが?」

 

「あ、いや、結構です。お前が黒閃だってのが分かったから」

 

 ま、まさか黒閃が喋れるだけでなく、人の姿にまでなれるとは思わなかったな。ってか、もうこれは驚きを通り越して色々な意味で呆れた。余りにも非常識と言うか有り得ないと言うか、俺もう付いて行けない。

 

 無論それは俺だけじゃなく、

 

「「「「「「……………はぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!????」」」」」」

 

「「……………」」

 

 デカイ声を出す一夏達と、開いた口が塞がらない千冬さんと山田先生も驚いている。

 

 因みに一夏達が落ち着いて黒閃の説明を聴くのに、もう少し時間が掛かるのは言うまでも無かった。

 

「はぁっ……何かお前がとんでもない非常識な存在だってのがよく分かったよ」

 

「確かにそうかもしれませんが、何故かマスターにだけは言われたくありませんね」

 

 おい、それはどういう意味だ? 俺も非常識な人間だって言いたいのか?




次回に必ず本音を出しますので、それまで暫しお待ちを!


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第85話

 本編を読まれる前に、活動報告で書いた件について色々とお騒がせして申し訳ありませんでした。

 あと、しつこいようですいませんが、この作品を読んで嫌悪感を抱く人、オリ主や設定が気に入らないと思われる人は是非ともブラウザバックをお願いします。
 
 


「な、何か無茶苦茶だな……。俺、もう何が何だが……」

 

「ここまでISの常識を悉く壊されるとは……。これは流石の姉さんでも……」

 

「わたくし、もうこれ以上は処理が追い付きませんわ……」

 

「ISが人間になるなんて、もう非常識きわまりないわよ……。ていうかあの黒閃って子、ISのくせに何であたしより胸が大きいのよ……!」

 

「ご、ごめん……。僕もう混乱してきたよ……」

 

「むぅ……あのISは師匠の隣にいるのが当然のように座ってるな。弟子として面白くない……」

 

 十分ほどで一夏達がやっと正常な状態に戻るが、それでも黒閃の非常識な行動に疲れきった顔をしていた。それは俺にも言える事だが。

 

 因みに鈴は何故か黒閃を目の敵にするかのように胸を凝視しており、ラウラは面白くなさそうにジッと黒閃を見ている。

 

「ううう……織斑先生、もう私どうすればいいか分かりません……(涙)」

 

「………はぁっ。分かったから泣くな山田先生。私が学園側に報告しておく」

 

 もう完全にお手上げ状態で千冬さんに縋り付く山田先生に、何もかも達観するように山田先生の身代わりになろうとする千冬さん。

 

 いや、なんか、本当に本当にすいません。

 

 酷く申し訳ない気分になって無言で一夏達に頭を下げていると、黒閃が不思議そうな表情で見ていた。

 

「? 何をしているのですか、マスター?」

 

「気にしないでくれ。それよりも説明を」

 

「は、はぁ……。分かりました」

 

 俺の行動に不可解に思ってた黒閃だったが、取り敢えず説明しようと一夏達の方へと顔を向ける。

 

「貴方がたはもう既に大方の予想は付いてると思われますが、私がこのような事が出来るきっかけとなったのはマスターとの出会い、イギリス代表候補生セシリア・オルコットとのクラス代表決定戦から始まりました」

 

「え……? わ、わたくしの戦いから、ですか……?」

 

 黒閃がきっかけを話すと、さっきまで疲れきっていた様子を見せていたセシリアが一番に反応した。

 

「はい。マスターが織斑一夏と共にセシリア・オルコットと戦う前までの私は、学園によって設定された訓練機で一生を終えると諦めていた意思の無い人形でした。無論、それは私だけでなく他の訓練機にも言えることですが」

 

「「……………」」

 

 打鉄時代の頃を説明する黒閃に、教師である千冬さんと山田先生は複雑な顔をしていた。自分が設定してないとは言え、同じIS学園関係者としてISの意思を奪った事に、申し訳ない気持ちになっているかもしれない。

 

「そんな人形にマスターが私を己の手足のように扱い、訓練機であるにも拘らず、代表候補生専用機持ちであるセシリア・オルコットや凰鈴音に勝利した事で、私は意志が戻り始めました」

 

 セシリアと鈴との戦い、か。まぁ確かに勝ったけど、あの時の二人は最初俺を甘く見ていたから完全勝利とは言えないんだけどな。あくまで相手の裏を掻いて勝ったようなもんだし。もしセシリアや鈴が俺との戦いで何の油断も慢心も無かったら、IS操縦経験に乏しい俺はすぐに負けてると思う。

 

 と言いたい俺だが、黒閃が真剣に説明してる最中にそんな無粋な真似はしたくないので、敢えて黙って聴くことにする。

 

 因みに黒閃に名前を出されたセシリアと鈴は、あの時の事を思い出したのか、悔しそうな顔をしながら俺を睨んでいた。同時に次に戦う時は絶対勝つ、みたいな事を目で訴えて。

 

 そんな二人に黒閃は気にしないように話を続けようとする。

 

「それ以降もラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノアにも圧勝し、更には織斑一夏との戦いでマスターがある宣言をした事によって、私の意志は完全に戻ったと同時にある物も蘇りました」

 

「宣言? それって学年別トーナメントの時か?」

 

「はい。マスターが『IS学園最強を目指し、元世界最強の織斑千冬を倒し、各国IS操縦者代表全てを打ち倒して世界最強になる』と聞いた私は歓喜に震えました。マスターとなら私は再び頂点を目指すことが出来ると」

 

 問いに答える黒閃が喜びに満ちた表情をしながら俺を見ていたが、次にはコロッと変わるかのように申し訳なさそうな表情をした。

 

「ですが、私がマスターの宣言に心を奪われていた事によって、私の装甲が悲鳴をあげているのを気付かず、マスターの戦いを邪魔してしまいました。あの時は本当に申し訳ありませんでした、マスター」

 

「い、いや、別に謝らなくて良いって。って言うか、俺自身もお前に無理をした戦い方をしてたし」

 

「それでも、私はマスターの戦いを邪魔した事には変わりありません。あの時ほど自分が愚かだったと思った日はなく、マスターに顔向け出来ませんでした」

 

「………あ~分かった分かった。兎に角お前が意思を持った理由が俺だって言う理由は分かった。じゃあ次に、何故お前はセカンドシフトが出来たんだ? 訓練機には出来ない筈なんだが……?」

 

 このままだと自らを責め続ける思った俺はこの場にいる全員が一番気になる話題に変えると、黒閃は意思を汲み取るかのように問いに答えようとする。

 

「先に結論から言いますと、私がセカンドシフトが出来たのは、篠ノ之束が開発した第四世代型IS“紅椿”、そして篠ノ之束の妹である“篠ノ之箒”のおかげです」

 

 黒閃誕生の理由を知って一斉に箒を見る俺達。

 

「あ、紅椿と私が……? わ、私は何もしてないぞ……!」

 

 いきなり振られた箒は身に覚えがないと言わんばかりに両手をパタパタと振って、首も横に振っている。

 

 だが俺には心当たりがあった。

 

「いや待て箒、ひょっとしたらあの時かもしれないぞ」

 

「あ、あの時?」

 

「ほら。福音との戦闘中にお前が紅椿のワンオフ・アビリティーを発動させた時だ」

 

「………ああっ!」

 

 あの時の場面を言うと思い出した顔になる箒。

 

「た、確かにあれは《絢爛舞踏》が発動中の時に、和哉が私の肩に手を置いた瞬間に打鉄が突然光って――」

 

「そうです。篠ノ之箒が紅椿のワンオフ・アビリティー《絢爛舞踏》が発動中にマスターが触れた事によって、私は訓練機と言う殻を破り、生まれ変わる事が出来ました。感謝します、篠ノ之箒。もしあの場面に遭遇してなければ、私は未だに打鉄のままでした」

 

 ペコリと頭を下げて礼を言う黒閃に、箒は少し複雑そうな顔をする。

 

 箒が複雑な顔をしてる理由は分かる。あの時の箒は一夏とまた一緒に戦いと願ったから《絢爛舞踏》を発動しただけに過ぎなく、別に黒閃誕生の為にやった訳じゃないからだ。

 

 ついでに、あの篠ノ之束も予想外だと驚いているんじゃないかと俺は予想してる。あの女の事だから、どうせここにいる俺達の会話を何処かで盗み聞いてると思うし。と言うか、あの天才博士さんも一夏達と同じく、どうやって訓練機だった打鉄が専用機となった黒閃の経緯を知りたがらない訳が無い。

 

「黒閃、お前が専用機になれた経緯は分かった。だがどうして紅椿のワンオフ・アビリティーでセカンドシフト出来たんだ? 確かアレはエネルギーを回復させる物だって箒から聞いたが」

 

「あの時の私はマスターの戦いによって莫大な戦闘経験を得ていましたから、後はエネルギーをフル状態した事によってセカンドシフト出来たのです」

 

「莫大な戦闘経験? 俺はお前を使った回数はまだ数える程度だぞ。だから莫大ってのはいくらなんでも大袈裟じゃないか?」

 

 ってか俺はあのメ○ルスラ○ムみたいなもんなのか?

 

 え~っと、俺が打鉄を戦闘で使ったのは入学試験時、セシリアとのクラス代表決定戦、クラス代表トーナメントでの箒救出、鈴との模擬戦、ラウラとの乱入戦、学年別トーナメント、箒の紅椿での模擬戦、そして福音戦。まだ計八回だから、そんなに多くの戦闘経験を得れたとは思えない。

 

「いえ、マスターは従来のIS操縦者とは全く違う戦い方をしていて、そのどれもが濃密な内容ばかりでした。それによって、私は訓練機でありながらもあの莫大な戦闘経験を詰め込むことが出来たのです。今まで仮の操縦者を見てきた私でしたが、あれ程の戦いをしたのはマスター以外いないと断言します」

 

「…………俺はそんなに異常な戦いをしてたか?」

 

 黒閃がきっぱり答えたので思わず問いかけると、一夏達が一斉にうんうんと頷いていた。千冬さんだけは少しばかり苦笑していたが。

 

「とまあ簡単ではありますが、私がセカンドシフト出来た理由は以上です。ご理解頂けましたか、マスター?」

 

「………一応な。じゃあ最後に、何でお前は喋れたり人間の姿になれるんだ?」

 

「それは………分かりません」

 

『………は?』

 

 今までスラスラと質問に答えていた黒閃が分からないと言った事に、俺達は一斉に不可解な顔をした。

 

「お、おい、分からないって……どう言う事だ?」

 

「言葉通りの意味です。ISである私が何故喋れるのか、人間の姿になれるのかは私自身でさえ全く分かりません。ただ何故か、自分はこう言う事が出来ると認識しただけですので詳しい事は……」

 

 思っただけって……。おいおい、それだけの理由でこんな事が出来たのかよ。これはもう非常識云々のレベルじゃないぞ。

 

「ですが、これだけは言えます。マスター、私は貴方の専用機であり、私の身も心も全て貴方だけにしか委ねる事は出来ません。ですから私をマスターの傍に居させて下さい。私も一緒に戦わせて下さい」

 

「………へ?」

 

『…………んなっ!?』

 

 とんでもない発言をする黒閃に俺は素っ頓狂な声を出し、一夏達は間がありながらも顔を赤らめた。

 

 えっと、何でしょうか今の発言は? これって……告白、なのか?

 

「な、なぁ……俺の聞き間違いじゃないと思うんだが、今のってある意味プロポーズ、だよな?」

 

「な、な、な、何故あんな恥ずかしいこと平然と言えるんだ……? ISだからなのか……?」

 

「え、えっとぉ……わ、わたくしは、どう言う反応を示せばよろしいんでしょうか? 黒閃さんが本物の人間でしたら祝福すべきなんでしょうが……」

 

「て、て、て言うかあんなプロポーズ、は、初めて聞いたわよ……。こ、これが俗にいう禁断の愛ってやつ?」

 

「あ、ISと人の禁断の愛って……僕は応援するべきなのかな……?」

 

「ほう。あのようなプロポーズもあるのか、今度私も一夏に言ってみるとしよう」

 

「あ、あわわわわ……お、織斑先生ぇ、わ、私……あんなプロポーズ、私初めて聞きました……」

 

「………私は一体どう言えば良いんだ?」

 

 困惑している一夏達(一名だけ感心してるが)に、俺は何か言い返そうと必死に考えていた。、

 

「あ、あのなぁ黒閃、その言い方は誤解を招くから……」

 

「? 何が誤解なんですか? 私はISですから、マスターに身を委ねるのは当然かと思いますが」

 

「そう言うんじゃなくて! 俺が言いたいのはだな……! って何でいきなり引っ付く!?」

 

「……マスターは私と居るのが嫌なんですか?」

 

「いや違うから!」

 

 ああもう! 見知らぬ第三者でも何でも良いから誰か来てくれ! この突っ込みどころ満載な雰囲気をどうにかしてくれ! もう俺じゃどうにも出来ん!

 

 そんな俺の切なる願いが届いたのか、

 

 

 スパーンッ!

 

 

「やっと見つけたかずー! 私凄く心配し……て……」

 

「え? ああ、本音か」

 

「ん? 確か貴女は……」

 

 突然襖が開いて心配そうな顔をした本音が現れて、俺は一先ず安堵した。

 

 のだったが、本音は黒閃を見た途端急に不機嫌そうな顔になって、

 

「む~~~!! ちょっとかず~~!! その子一体誰なの~~~~!!??」

 

「え、ええ!? な、何この展開!? 何で本音が怒るんだ!? 訳分からんぞ!!」

 

 何故かすぐに俺を問い詰めてきた。

 

「うわ……修羅場だ。俺、和哉の修羅場なんて初めて見たぞ……」

 

「うむ。修羅場だな……」

 

「修羅場ですわね……」

 

「修羅場ね……。あたしもはじめて見たわ」

 

「しゅ、修羅場だね……」

 

「? 修羅場とは一体どう言う意味だ?」

 

「え、えっとぉ……織斑先生、この修羅場は一体どうすれば……?」

 

「………はぁっ。ガキどもの痴話喧嘩に付き合ってられんから、私は学園に報告しにいく」

 

 と言うかそこ! 黙って見てないで俺を助けてくれ!



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第86話

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

それでは本編をどうぞ!!


「おい本音、いい加減に離れてくれないか? 食べ辛いんだが……」

 

「むぅ~~~~」

 

「………聞く耳持たない、か。はぁっ……」

 

 隣に座っている本音は、夕飯を食べている俺の左腕に引っ付いたまま俺を睨んでいる。そのせいで俺は左手が使えなくてご飯が盛られている茶碗が持てず、右手しか使えない状態だった。別にご飯茶碗が持てないからと言っても夕飯を食べる事には全然支障は無いんだが、本音が不機嫌な表情で俺を睨んでくるから食べ辛いったらありゃしない。

 

『布仏本音、マスターを困らせるのはどうかと思いますが?』

 

「むぅ~~~!」

 

『………理解出来ない行動ですね。何故私に敵意を抱いているのですか?』

 

 本音が何故か不機嫌となっている理由、それは現在待機状態でブレスレットになっている黒閃だ。

 

 あの後、怒りながら問い詰めてきた本音に黒閃の事をちゃんと説明したんだが、それでも不機嫌のままだった。説明し終えた黒閃がブレスレットに戻ると、本音は箒達と違って何かしらの暴走はしなかったが、ず~~っと不機嫌なまま俺に引っ付いて今に至る。まぁ流石にトイレや着替えに行く時には離れてくれたがな。

 

 にしても、本音は一体どうしたんだろうか。今までこんなに不機嫌になってるなんて初めてだから、俺としてはどう対処すれば良いのかさっぱり分からない。一夏達に訊こうとしても、向こうは明後日の方を見ながら、のらりくらりとかわして答えてくれなかった。まさかあそこまで薄情だったとは知らなかった。今度の訓練の時に覚えてろよ、アイツ等。

 

「ねぇ、どうして本音はあんなに怒ってるの?」

 

「さあ……? ひょっとして神代くんと喧嘩でもしたのかな?」

 

「でも、本音は神代くんに今ベッタリくっ付いてるけど……」

 

「と言うか、さっきから神代君のブレスレットから何か声が聞こえなかった?」

 

「本音も本音で、そのブレスレットを睨んでるし……」

 

 ヒソヒソと話している一組の女子数名が不思議そうにこっちを見ており、

 

「布仏さんって趣味悪いわね。何であんなのと一緒にいるのかしら?」

 

「ひょっとして布仏さんは神代和哉に何か弱みを握られてるとか?」

 

「そうだとしたら、先生に言ったほうが良いんじゃ……」

 

 一組以外の女子は相変わらず俺に侮蔑の視線を送って、陰湿な事をヒソヒソと会話していた。

 

 前者はともかく、後者の連中は未だに俺を嫌っているんだな。まぁ確かに、入学当初あんな事を言っちゃ嫌われるのは当然だ。一組の女子にはちゃんと謝罪して今は何の問題なく話せるから良いんだが、それ以外のクラスの女子は全く聞く耳持たず状態。遠くからだと陰口叩いて、いざ俺が近寄ると急に恐がって蜘蛛の子を散らすかのようにすぐ逃げる。それも入学当初から今に至るまで……はぁっ。もう一体どうすれば良いのやら。

 

 もういっその事、土下座でもした方が良いんだろうか。かと言って、あの手の連中はこっちが下手(したて)に出れば調子に乗って、あれやこれやと色々な要求をしてくると思うから余りやりたくない。取り敢えず、他の解決方法は後で考える事にしよう。今は最優先で解決したい事が俺に引っ付いている本音を何とかしなきゃいけないからな。

 

「なぁ本音、いつまでもそんな状態だと、周囲から完全に誤解されるんだが?」

 

 と言う俺だが、もうそれは今更だ。もう一組以外の女子は完全に誤解されてる。それでも言うのは、本音に周囲の認識をさせたい為である。

 

「…………別に誤解されても良いよ~。私かずーのこと大好きだし」

 

「また君はそう言って……。あんまり困らせないでくれよ」

 

「私がこうするとかずーが何か困るの~?」

 

「いや、別にそう言う訳じゃ……」

 

 ジーっと俺を見てくる本音に俺はどう言い返せばいいのか分からなかった。

 

 一先ず本音が昨日の夕食で美味しそうに食べていた刺身の一つであるカワハギを箸で摘んで食べさせようとすると、

 

「ほら。さっきから俺に引っ付いてて何も食べてないだろ? これでも食べな」

 

「………あ~ん」

 

 不機嫌なままパクッと口に入れてモグモグと食べ始めた。

 

「美味いか?」

 

「………うん、美味しい」

 

「そうか。じゃあ、俺から離れて――」

 

「かずーが私にご飯を食べさせてくれたら許してあげる」

 

「――はい?」

 

 ………今なんて言った? 俺が本音にご飯を食べさせる、だと?

 

 ってか、周囲が滅茶苦茶引いてると言うか何と言うか……。うん、これ俺にとって拷問に等しいよな。だってそうだろ。こんな公衆の面前で本音にご飯を食べさせるって最悪な罰ゲームにも程があるぞ。

 

「いや、本音さん。そう言うのは流石にちょっと……」

 

「じゃあ私このままでいるから~」

 

 おいおい……食べさせてくれるまでずっと俺に引っ付くのかよ。勘弁してくれ。

 

 こればかりは流石に困ったので、俺は近くにいた一組の女子に声を掛けようとする。

 

「お、おい相川――」

 

「あ~~……ご、ごめんね神代くん」

 

「谷本――」

 

「ゴメン、無理」

 

「岸原――」

 

「ここは大人しく本音の言う事を聞いたほうが身の為だよ、神代くん」

 

 ジーザス。俺を助けてくれる味方は誰もいなかった。

 

 因みに一夏達に救援の視線を送っても、我関せずみたいにそっぽ向いてやがる。関わりたくないなら、何故さっきからこっちをチラチラ見てるんだろうなぁ~?

 

 そして極めつけは、

 

「かず~、早く~」

 

 本音は本音で食べさせて貰う気満々だし。

 

 はぁっ……俺には味方はいないんだろうか……。本当なら黒閃を実体化させて、本音を引き離すように言いたいんだが、こんな所で黒閃を出したら絶対騒ぎになるから無理。と言うか出したら出したでまた本音が不機嫌になりそうな気がするし。

 

 もう何もかも諦めた俺は仕方なく、公衆の面前で甘えてくる本音にご飯を食べさせる事にした。

 

「………ほれ、口開けろ」

 

「あ~ん♪」

 

 俺がまた食べさせようとすると、本音は大人しく俺に従いご飯を食べ始めた。

 

『……なぁシャル、箒、アレってどう見てもイチャ付いてるよな……?』 

 

『う、うん……そうだね……。………良いなぁ、布仏さん……羨ましい(ボソッ)』

 

『か、和哉め……! こんな公衆の面前でなんと破廉恥な……! だ、だが……私も一夏にあんな事をされてみたい(ボソッ)』

 

『あ~~、またあのバカップルがイチャ付いてるわねぇ~……! エアコンが効いてるのに何で真夏みたいに暑いし。あたし今、和哉に衝撃砲をぶっ放したい気分だわ……でも、ちょっと羨ましい(ボソッ)』

 

『な、な、何ですのあの二人は……! あ、ああ、あんなお恥ずかしい事を……! ですが……やっぱり羨ましいですわ(ボソッ)』

 

『ふむ、今度私も師匠を見習って一夏にやってみるとしよう』

 

 一夏達が何やら戯けた事を言っているのを聞こえていたが、今の俺は本音の方に集中していたので、一先ず無視する事にした。

 

 因みに一組の女子達は暑いと言いながらも面白そうに見ていたり、羨ましそうな感じで凝視していたのも多数いて、俺としては凄く居た堪れない気分だった。

 

 そして今回の臨海学校では、俺にとって一番恥ずかしい思い出となってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……」

 

 月明かりが照らしている崖に、俺は広い海を見下ろすかのように腰を下ろして眺めていた。

 

 あの恥ずかしい食事の後、本音からやっと開放された俺は誰にも見られないように旅館を抜け出して、心を落ち着かせる為に此処にいる。

 

 今日は満月である為、真夜中であっても明るい。綺麗な満月と穏やかな海を見ていたおかげか、さっきまでの羞恥心が無くなるかのように落ち着いてきた。

 

(そういえば此処はいつも竜爺と一緒に眺めていたなぁ。こんな満月の時には季節外れの月見酒に付き合わされたし)

 

 まぁ月見酒と言っても、未成年の俺は数滴程度しか飲まなかったけど。

 

『心拍数が大分落ち着きましたね、マスター』

 

「ああ、何とか……っておい」

 

 黒閃の台詞に頷いていると、突然ブレスレットが眩い光を発した。そして俺の隣には肌が露出気味である黒のミニワンピースを纏った長い黒髪の美少女、黒閃が当然のように座っている。

 

「おい、勝手に人間の姿になるなよ。誰かに見られたらどうするんだ?」

 

「ご心配なく。周囲には誰もいないのは既に確認済みですので」

 

「……あ、そう」

 

 まぁ確かに俺も周囲には気を配っていたが、誰もいないのは分かっていたので、黒閃を人間の姿になっても良いって指示しよう思っていた。けれど、何かやる前に俺が先に許可をしてからやって欲しいのだが……ま、いっか。

 

「んで、どうして人間の姿で現れたんだ? 俺と話したいなら、待機状態のままでも充分だと思うんだが?」

 

「別に深い意味はありません。ただ単にマスターと面と向かい合って話したかっただけです。それに待機状態のままで会話していますと、もし万が一にも誰かが覗いていたら、マスターはずっと独り言を言ってる変な人と見られるかと思いまして」

 

「……お気遣いどうも」

 

 コイツ、もしかして事前に言い訳出来る理由を考えておいて人間の姿になったんじゃないだろうか?

 

 そもそも此処には俺達しかいないのに、もし誰かが覗いて会話を盗み聞いたとしても、俺は最小限に声を抑えて会話をするだったから、そんな心配は不要だっての。

 

 ま、此処でそんな事を言っても、どうせ黒閃の事だから他の理由も考えていると思うから、敢えて突っ込まないでおこう。

 

「ところでさ、お前が人間の姿になってちょっと疑問に思ってた事があるんだが……」

 

「何でしょうか?」

 

「えっと……ちょっと言い難いんだけど、お前どうしてそんな格好なんだ?」

 

「私の格好、ですか。何か不都合でも?」

 

「いや、不都合と言うか何と言うか……。その格好、どうも服の面積が少なくて……ちょっと目のやり場に困ると言うか」

 

 肩と両腕は完全に露出し胸元もかなり見えていて、スカートの裾部分も短くてスラッとした綺麗な両足が見えるばかりか、下手に足を動かしたら下着が見えてしまいそうだ。だから少しばかり目のやり場に困る。

 

「私は別に大して気にしませんが?」

 

「お前は良くても、俺や一夏が少し困る」

 

 黒閃が説明していた時、一夏は黒閃の見えそうな下着をチラチラと見ていたからな。まぁその時に俺は、アイツも何だかんだ言っても男なんだなぁって思ったけど。

 

「何故織斑一夏も含まれるんですか?」

 

「………一夏には悪いんだが、アイツ……お前のスカートの中を覗き見ていてな」

 

 スマン一夏。お前の名誉を傷つけてしまったお詫びとして、後日謝罪するから。

 

「? 意味が全く分かりませんね。どうして彼はそんな事をしたんですか? 服の面積が少ないとは言え、私はちゃんと衣類を纏っていますが」

 

「あ、いや、そう言う意味じゃなくてだな……。普通、男がそんな行為をすると女の子は怒るもんで……」

 

「怒る? 何故怒る必要があるのです? 人間の行動と言うのは理解し難いですね」

 

「………………」

 

 ………ああ、そっか。黒閃って見た目は女の子でも、元々はISと言う名の機械だから、人間――男女の感情と言う物が分かっていないんだ。だから一夏のスケベな行動に対しても、黒閃はそれを全く理解出来てないから不可解に思ってる。

 

 あ~、どうしよ。コイツに女としての感情を理解させた方が良いんだろうか? けど黒閃はISだからそんなの理解させるのはどうかと思うし、かと言って男の俺が教えたら変な方向に進んでしまう可能性がある。女に頼むとしても……箒達は却下だな。アイツ等の場合だと、(一夏関連の)恋愛に関しておかしな事を教えそうな気がするし。ここは常識的に考えて、教師である千冬さん……は止めておいて、山田先生に頼んでみるか。俺が知る中で、山田先生が一番の常識人だからな……時々ちょっとやばい妄想をする事もあるが、あの人なら大丈夫だろう。

 

「ま、まぁそれは追々説明するから良いとして……」

 

「はぁ……」

 

「次にさ、黒閃は俺の専用機になるって言ってたが」

 

「それが何か?」

 

「………俺、この臨海学校が終わったら黒閃じゃない専用機を用意されるって知ってるか?」

 

「……………はい、一応」

 

 話題が変わった途端、黒閃は急にムスッとした顔になった。意思が戻ってたと言ってたから、俺が専用機を用意される話はやっぱり聞いていたみたいだな。

 

「学園がこの先どう言う処置をするのかは知らないが、もし俺が黒閃じゃない専用機を使う事になったらお前は――」

 

「そうなれば真っ先に自爆させてもらいます。私はマスター以外の人間と共に戦う気はありません」

 

 俺が言ってる最中に明確な拒否を示す黒閃。

 

「私はマスターがいたからこそ、今の私がいるのです。それを知りもしない人間に使われるなど真っ平御免です」

 

「………何もそこまで拒否しなくても良いと思うんだが?」

 

 俺じゃないとダメと言う事に関しては嬉しいが、他の人間に対して嫌悪感を抱くのを見て流石に言い過ぎだと内心思った。

 

 そう思っていると、黒閃はスクッと立ち上がる。そして俺の背後に立って膝を付き、覆うかのように両腕を俺の首に回して抱きついて来た。

 

「お、おい黒閃、いきなり何を……?」

 

「私は、マスターでなければダメなんです。私を理解し、私を己の一部のように使ってくれたマスターでなければ……それに」

 

「それに?」

 

 黒閃が抱きしめてくる両腕を少し強めてくるが、俺は気にせず続きを聞こうとする。

 

「マスターが私以外の専用機を使うところを……正直言って、見たくないんです。だから――」

 

「………その為に自爆しようと?」

 

「はい」

 

 ………え~っと、黒閃ってかなり一途な性格、なんだろうか。やる事が極端すぎるけど。

 

「じゃあお前はこの先、俺じゃないとダメなのか?」

 

「はい、私はマスターに全て委ねると誓っています。ですから……貴方の傍に居させて下さい。私はマスターと一緒じゃなければ……生きていけないんです」

 

「……………………」

 

 更に力を込めて俺を抱きしめながら心の底から願うように言ってくる黒閃に、俺はどう言い返せばいいのか分からなくなっていた。

 

 プロポーズ染みた台詞を言ってくる黒閃に突っ込みたいが、こんな真剣なお願いをされればそんな事は出来なかった。

 

 けど、だからと言って俺の判断で決められる事ではないから、一先ず千冬さんに黒閃を俺の専用機にしてもらうよう頼み込んでみるとしよう。そうすれば黒閃がいなくなる事は無くなるし。

 

「……お前の言いたい事は分かった。だがな黒閃、これは俺の判断で決められる事じゃ無く、学園が決める事だ。俺の方でも一応何とかしてもらうよう掛け合ってみるが、絶対とは言い切れないからそんなに期待はしないでくれ」

 

「………はい、分かっています」

 

「もうついでに言わせて貰うが、多分学園はお前を自爆なんてさせないと思うぞ?」

 

「自爆が無理でしたら、コアを全て初期化します。更にそれが無理でも、他にも手段がありますので」

 

 ………つまりあらゆる状況を想定し、どんな手を使ってでも自分の存在を消すって事か。どんだけ俺以外の人間を乗せるのが嫌なんだよ。コイツって用意周到と感心すべきか呆れるべきか……本当に調子狂う奴だ。




私なりに甘い展開を書いてみましたが、どうでしょうか?

因みに黒閃の衣装についてですが、『fate/extra CCC』である赤セイバーの赤ワンピースの黒バージョンと思っていただけると良いです。知っている人………いるかな?


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第87話

「やれやれ、お前って奴はホントに――ん?」

 

 黒閃の余りの用意周到ぶりに思わず呆れながら言う俺だったが、此処を覗き見している気配を感じた。そして俺に抱き付いている黒閃も気づいており、さっきまで懇願するような目から急に鋭くなった。

 

「黒閃、念の為に訊くが人数は?」

 

「四人です。因みにその四人はセシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒです」

 

「……別に名前まで言う必要は無いんだが」

 

 まぁ大体分かってたとは言え、アイツ等は一体何をやってるんだか。黒閃の事を知ってるのに、覗き見してないで堂々と来れば良いのに。

 

 一先ず黒閃に離れるように言って、背後に向かって少し大きめの声を出す。

 

「其処に隠れてる四人! 昨日みたいに覗いてないで出てきたらどうだ!」

 

「「「「!!!」」」」

 

 ガサガサッと音がした数秒後、そこから恐る恐ると箒を除く一夏ラヴァーズが姿を現した。何故か若干顔を赤らめながら。

 

「え、えっとですね……こ、これは別に覗いていたわけではなく……」

 

「そ、そうよ! 声かけるにしても……何かその、タイミングが合わなくて……」

 

「ご、ゴメンね和哉。じゃ、邪魔したら悪いというか何というか……」

 

「むぅ。一応気配は消してたつもりだったんだが、やはり師匠には気づかれてたか」

 

 何やら言い訳染みた事を言ってる四人(一人は言い訳じゃないが)。昨日と同じ事をしている事に少し呆れてる俺だったが、黒閃は不愉快そうな感じで少し睨んでいた。

 

「代表候補生が揃いも揃って覗き見とは、余り良い趣味とは言えませんね」

 

「「「「うっ……」」」」

 

 黒閃の指摘にセシリア達は言い返すことが出来なかった。同じ人間の俺ならまだしも、ISである黒閃に言われたら流石に言い返せないだろう。人間の悪いところをISに教えちゃってるもんだからな。

 

 そんなセシリア達に黒閃が更に何か言おうとしていたので、俺がすぐに間に入ろうとする。

 

「まぁそこまでにしておけ、黒閃。別にコイツ等だって好きで覗いてた訳じゃ無いんだから」

 

「……マスターがそう仰るのでしたら」

 

 俺が宥めると黒閃は多少の不満を表しつつも引き下がる。俺が止めなかったら更に言ってただろうな。やっぱり止めといて正解だった。

 

「そんで、お前等は俺に何か用でもあるのか?」

 

 話題を変える俺に、ラウラが代表して俺に問おうとする。

 

「師匠は一夏を見なかったか?」

 

「一夏? 見てないが、アイツ旅館にいないのか?」

 

 質問を質問で不躾に返す俺に、ラウラはそれでも答える。

 

「うむ。それで外を探していたんだが、偶然師匠を見つけて訊こうと思っていたんだが……」

 

 ああ、そう言う事。俺が黒閃と会話中だったから、訊くに訊けなかったって訳か。何も別にそこまで気を遣わなくても良いと思うんだがな。

 

「成程ね。悪いが俺は夕食の後から一夏を見てないから、どこにいるのかは知らん。だが旅館にいないんだったら、俺と同じくどこかで景色を眺めてるか、夜の海を泳いでるかもしれないな。もしくは………箒がお前等に知られないよう一夏を外に連れ出して何処かでイチャ付いてたりして」

 

「「「「!!!」」」」

 

 この場にいない一夏ラヴァーズの一人である箒の事を適当に言った直後、セシリア達が何か気づいたかのように危機迫る顔つきになった。

 

「そ、そう言えば箒さんもいませんでしたわ……!」

 

「まさか箒のやつ……あたしたちを出し抜いて抜け駆けしたんじゃ……!」

 

「だ、だとしたら不味いよ! 早く一夏を見つけないと!」

 

「おのれ箒め……! 私の嫁を勝手に連れ出すとは……!」

 

 俺が冗談で言った事を真剣に考え始めるセシリア達に、俺は少し呆れてしまった。

 

「お、お~いアンタ等~。何をそんな真剣になってるんだ? 俺が最後に言ったのはただの冗談で――ってアイツ等行っちまったし!」

 

「人の話を最後まで聞いていませんでしたね」

 

 とても代表候補生の行動とは思えません、と付け加えながらセシリア達の行動に完全に呆れている黒閃。

 

「あ~俺とした事が迂闊だった。アイツ等にああ言った冗談は通じないんだった」

 

「それ以前に、私は彼女達の行動に全く理解出来ません。何故あんな先走るような事をするんでしょうか?」

 

「……まぁ一言で言うなら“恋する乙女の暴走”ってところだ」

 

「? 意味が分かりませんが?」

 

 そりゃ人の感情と言う物をまだ理解出来てない黒閃には分からんだろうな。取り敢えずコイツには後日説明しておくとしよう。

 

「それは後で教えるから、一先ずは俺達も一夏と箒を探さないとな。アイツ等の事だから、もし二人がイチャ付いてる光景でも見た瞬間、確実にISを使って一夏を殺しそうな気がするし」

 

「………全くもって理解出来ませんね。何故彼女達はそんな下らない理由でISを使おうとするんですか? ISである私から言わせれば、そんな私情丸出しな理由でISを使われては甚だ迷惑なんですが」

 

「だよなぁ」

 

 やっぱIS側からしても迷惑極まりないみたいだ。それも痴話喧嘩で使われちゃ堪ったもんじゃないだろう。

 

 黒閃には悪いが、一先ず一夏達を見つける為に協力してもらわなければ。

 

「黒閃、こっちも思いっきり私情ですまないが、一夏の居場所を探ってもらえないか? 恐らくそこには箒もいると思うから」

 

「分かりました。マスターの命令であれば従います」

 

 別に命令じゃないんだが……ま、いっか。

 

 そう思っていると、黒閃は瞑想するかのように立ったまま目を閉じていたが、ほんの数秒で開いた。

 

「レーダーに二名感知、見つけました。織斑一夏と篠ノ之箒はあそこにいます」

 

「どれどれ………おお、いたいた」

 

 仕事が早いなと内心思いながら黒閃が指す方を目を凝らして見ると、この崖の200m先の大きな岩石がある岩場に水着姿の一夏と箒がいた。向こうは俺と黒閃に発見された事に気づいてないみたいで、ちょっと良いムードになっている。

 

 俺としては邪魔したくは無いんだが、セシリア達が探しているのでそうも言ってられない。

 

 しかし、俺は今凄く気になる事があった。

 

「にしても箒の奴、随分と大胆な水着を着てるなぁ……」

 

 師匠との修行によって視力もそれなりにあるので、若干遠くからでも箒の水着姿がよく見える。

 

 箒の水着はかなり露出面積が広い白のビキニタイプだ。箒と出会ってまだそんなに長くないが、あんな大胆な水着を着るとは思わなかった。アイツは和を重んじるから、あんまり人前に肌を晒すような感じではないと思っていたが……。もしくは好きな男に見て欲しいが為に着てるのかもしれない。

 

「まぁそれだけ一夏に見てもらいたいって意思表示かもしれないな。羨ましいねぇ一夏は」

 

「そんな事よりも、早く織斑一夏の所に向かった方が良いのでは?」

 

「おっとそうだったな。じゃあセシリア達より先回りする為に近道を――」

 

 この崖は何度も飛び降り慣れている為、出っ張ってる岩の部分に着地しようとジャンプする俺だったが、

 

「マスター、どうやらもう無理みたいです。織斑一夏が篠ノ之箒にキスしようとする場面をセシリア・オルコット達に目撃されました」

 

「――はい?」

 

 黒閃の台詞に思わず足を止めてしまった。

 

 え? 一夏が箒にキスを? もしかして一夏がやっと箒を異性として好きになったと認識して、これで俺も漸く開放――

 

「その直後にセシリア・オルコットがブルー・ティアーズを纏って、ビットの一つをISを纏ってない織斑一夏の額に当ててレーザーを放とうとしています」

 

「――な、何ぃっ!?」

 

 安堵したのも束の間、セシリアが生身の一夏にとんでもない事を仕出かすのを見て仰天する。

 

 そしてビットがレーザーを放つと、一夏が間一髪のところで回避した。

 

「な、なな、何考えてんだあのバカは!! 一夏を殺す気か!?」

 

「更には凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒもISを展開しています」

 

「ってアイツ等もかよ!!」

 

 どうして俺が当たって欲しくも無い予測がこうも見事に的中すんだよ! アイツ等本当に痴話喧嘩の理由でIS使おうとしてやがるし!

 

「何の躊躇いも無く規則を平然と破るとは呆れてしまいますね。マスター、彼女達は本当に国が認めた代表候補生なんでしょうか?」

 

「………今は何も言わないでくれ。とにかく一夏達をすぐに救出したその後は……あのバカ共の説教だ!! 行くぞ黒閃!!」

 

「了解しました」

 

 そう言って黒閃が眩い光を発した後、俺の体にはIS状態である漆黒の鎧――黒閃が纏っていた。

 

『準備完了です、マスター。いつでも行けます』

 

「よしっ、それじゃあ……今助けに行くぞ一夏ぁ! あとそこで一夏を殺そうとしてるバカ共は覚悟しろ~~~!!!!」

 

 俺が大声を出しながら全速力で向かっていると、一夏と(一夏にお姫様抱っこをされてる)箒、そして(一夏を殺そうとしている)セシリア達が漸く気づいた。

 

 代表候補生のバカ共は今更謝ったところで容赦しねぇからなぁぁぁぁ~~~~!!! 

 

 

 

 

 

 

「白式に操縦者の生体再生まで可能だった事には驚かされたけど、問題は…………むき~~~~~!! 何なのアレは~~~!?」

 

 所変わって、岬の柵に腰掛けた状態でぶらぶらと足を揺らしている篠ノ之束だったが、急にジタバタと憤慨していた。

 

「何なのさアレは!? いっくんと箒ちゃんの見せ場を横から掻っ攫っただけじゃなく、訓練機の打鉄がセカンドシフト!? ISが喋る!? 更にはあんな可愛い女の子にまで変身できるってわけ分かんないよ~~!!」

 

「――流石の天災博士である束でも、神代の行動にはかなり驚かされたみたいだな」

 

 音も気配も無く織斑千冬が姿を現すと、束はさっきまでの憤慨が急に冷めたかのように大人しくなった。

 

「ねえ、ちーちゃん」

 

「何だ」

 

 束は千冬が現れても振り向かず、千冬も束を見ていない。二人は互いに背を向けたままだ。足を揺らさずに大人しく座っている束に、身を木に預けて寄りかかっている千冬。

 

 この二人には相手がどんな顔をしているのかが、見なくても分かっているのだ。それだけの信頼が二人の間にあるから。

 

「アレは一体何なの?」

 

「いい加減に主語を言え。アレじゃ分からん」

 

「分かってるのにそう言う、ちーちゃん? アレだよアレ。神代和哉こと“かーくん”だよ」

 

「だったら初めから……ちょっと待て。私の聞き違いか? お前、神代の事を――」

 

「いや~、まさかこの私が他の子に興味を抱くなんてね~」

 

 束の予想外な発言をした事に千冬は振り返らなかったが目を大きく見開いていた。千冬、一夏、そして妹の箒以外の事を親しみを込めた呼び方をするのは余りにも予想外だったから。

 

「取り敢えずあの子は私の興味対象にインプットしたよ。と言っても、私が一番興味あるのはかーくんのISだけどね。確か黒閃だったかな?」

 

「………そのISを神代から奪い返す気か?」

 

「まっさか~。そんな事したらつまんないじゃん。それにあの黒閃って子、ちょっとアプローチしただけで嫌われちゃったんだよね~。“マスター以外はお断りです。それがたとえ開発者である篠ノ之束、貴女でも”ってね。これって反抗期なのかな~?」

 

「…………………」

 

 束が黒閃に何かしらの事をすると予想していた千冬だったが、まさか黒閃が開発者である束相手に背を向けたのは予想外だった。そんな事をすれば黒閃はあっと言う間に存在自体を消されるからだ。親である篠ノ之束にはたった一機のISを消すなんて造作も無く、それだけの力を持っている。にも拘らず黒閃が拒否をしたと言う事は、それを覚悟の上で言ったのかと千冬は考える。

 

「安心して、ちーちゃん。あの黒閃って子を消す気は微塵も無いから。折角この私ですら分からない事が起きたのに、ここであの子を消しちゃったら何の面白みもないし。まぁもし、かーくんが黒閃って子を誕生させなかったら消すつもりだったけど」

 

「………つまりお前にとって神代の存在理由は黒閃がいるから、と言うことか」

 

「まぁぶっちゃけそうだね。かーくんにはこの先あの子のために頑張ってもらわないと。そうじゃなかったら生かしておく意味が無いし」

 

 何の躊躇いも無く和哉を消すと堂々と千冬の前で言う束。本当なら怒鳴りたい千冬だったが、束の言ってる事は本心だと分かっている為、敢えてやらなかった。

 

 だが流石に自分の教え子に対してここまで言われては、教師として黙っている千冬ではない。

 

「束、何度も言うが、神代を消すような事をしたら私は黙っているつもりはないからな」

 

「あ~確かそう言ってたね。気になってたんだけどさ、ちーちゃん。やっぱりかーくんに惚れて――」

 

「今から選択肢を与えてやろう、束。前言を撤回するか、今ここで全力の私に殺されるかをな」

 

「はい、ごめんなさい。私が悪かったです、ちーちゃん」

 

 低い声を出して殺気を放つ千冬に、束は本気で殺されそうになると思ってすぐに撤回する。

 

 それから先、千冬が束にある二つのたとえ話をした後、束は忽然と姿を消したのであった。




次回で漸く3巻のエピローグになりますので、お楽しみに♪


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第88話 (第三巻終了)

 翌朝。朝食を終えると、すぐさまIS及び専用装備の撤収作業をする。

 

 そんなこんなで十時過ぎになって作業終了後、全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食については、帰り道の途中にあるサービスエリアで取るみたいだ。

 

「あ~……ねむ」

 

「ふぁ~~……眠いな」

 

 座席にかけた一夏と俺の状態は、現在睡眠不足で未だに眠かった。

 

 昨日は俺が一夏と箒の安全を確保した後、おバカさん達(セシリア達)に速攻で『睨み殺し』を使って動けなくして、少しばかりお仕置きをする為に一人ずつフル回転のジャイアントスイングをやって海に叩き落してやった。その中でラウラだけが受けた『睨み殺し』を全身に気合を入れて逃れていたが、すぐさま俺が殺気+怒気全快で再度『睨み殺し』を使って全身金縛り状態にさせ、セシリア達と同じくジャイアントスイングで海に叩き落した。

 

 そして海に叩き落して目が回っているセシリア達を引っ張りあげて砂浜で説教した後、ペナルティと称して砂浜裸足ランニング10kmをやらせた。当然俺も走ったけど。走りきった後のセシリア達は全員汗だくで大きく息切れして完全KO状態。軍所属のラウラもかなりの疲労状態だったが、それでも辛うじて立っていた。因みに疲労困憊となっていたセシリアと鈴が俺に向かって鬼や悪魔とか言ってたが、俺は聞き流していた。

 

 ランニングを終えた俺達が旅館に戻ると、一夏と箒を説教した後の千冬さんが待ち構えていて、そこから先は言うまでも無く俺達も大目玉を食らった。特にランニング後のセシリア達にとっては更なる拷問でもあったが。

 

 そう言う事があって、睡眠時間はいつもより大して取れていない。そんな眠い状態で、あの労働をされたから、正直言ってまだ寝足りなかった。

 

「すまん……和哉、飲み物持ってないか……?」

 

「悪い。サービスエリアで買うつもりだったから今持ってない」

 

 ふと一夏がしんどそうな声で俺に飲み物を要求してくるが、手元に無いので首を横に振りながら答える俺。

 

「そっか……。出来れば今飲みたかったんだけどな……」

 

「しょうがない奴だ。じゃあ……本音、何か飲み物ないか?」

 

「あるよ~。ちょっと待ってて~」

 

 後ろの席にいる本音に声を掛けると、すぐに鞄を出して飲み物を出そうとする。

 

「だとさ一夏」

 

「助かったぁ……。あ、そう言えば和哉。お前昨日俺と箒を助けてくれた後、セシリア達に何したんだ? アイツ等、今日の朝から筋肉痛だし」

 

「な~に、説教した後に砂浜ランニングを10km走らせただけだ」

 

「………道理で」

 

 セシリア達のお仕置き内容を聞いた一夏が顔を青ざめていた。ま、経験した一夏だからこそ分かるからな。何せ一夏は5km走ってかなり疲れたのに、それをセシリア達が2倍走ったからかなり同情しているんだろう。

 

 因みにそのセシリア達は、席に着いて早々大人しくなっており、筋肉痛と戦っていた。

 

「こ、こんなに辛い筋肉痛は……は、初めてですわ……はうっ!」

 

「うう~~……し、暫くまともに動けないよぉ……あうっ!」

 

「くっ! こ、これしきの筋肉痛で……! し、師匠に顔向けが……ぐあっ!」

 

 席に座ってるセシリア達はめっちゃ辛そうな声を出しているが、自業自得なのでスルーさせてもらう。近くにいた箒は危機一髪みたいに安堵していたが。

 

「かずー」

 

「ん?」

 

 本音の声が聞こえては振り向くと、同じタイミングで車内に見知らぬ女性が入ってきた。

 

「ねえ、神代和哉くんっているかしら?」

 

「俺ですが、何か?」

 

 一番前に座っていた事が幸いし、俺は呼ばれたまま返事をする。

 

 その女性はブルーのおしゃれ全開のカジュアルスーツを着てて胸元が少し開いており、鮮やかな金髪をした二十歳くらい年上の美人な女性だった。

 

 俺達を確認した女性はかけていたサングラスを外して胸の谷間に預けると、腰を折って俺の顔を見つめてきた。

 

 ん? この人は……あの時の福音に乗っていた人じゃないか。

 

「君がそうなんだ。へぇ。じゃあ君が織斑一夏くんね」

 

「は、はい……」

 

 一夏を確認した女性は、俺を興味深そうに眺めてくる。品定めをしている訳ではなく、何か純粋に好奇心で俺を観察している感じだ。

 

 若干香る柑橘系の香水によって、女を意識させるが、流石にこうも間近で観察されたら少しばかり顔を顰めてしまう。

 

「で、俺に一体何の御用ですか? 福音の操縦者さん」

 

「!」

 

 俺の台詞に一夏が困惑していると、女性はニッコリと笑みを浮かべる。

 

「そう、私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の操縦者よ。今日はちょっと君に言いたい事があってね」

 

「……もしや昨日の件についてですか?」

 

 暴走していたとは言え、最高性能を誇る福音を滅多打ちのボコボコにしただけでなく、この人にも傷害だけでなく操縦者としてのプライドまでも傷つけたから、俺を恨む理由はいくらでもあるからな。

 

 そう思って警戒する俺だったが、ファイルスさんは首を横に振りながら言う。

 

「違うわ。君にお礼と伝言をしに来たの」

 

「? ………えっと、貴女は俺に恨みがあるから此処に来たんじゃないんですか?」

 

「まさか。どうして私が君を恨まなきゃいけないの? あの子の暴走を止めてくれたことに感謝しても、恨むなんて筋違いもいいところよ」

 

「は、はぁ……」

 

 ………この人、見た目通りかなり大人の女性だ。

 

 言っちゃ悪いが、今まで学園で初めて会った(シャルロットを除く)IS操縦者の殆どはかなりプライドが高くて傲慢だったから、この人も何かしらの因縁を付けるかと思っていたが、どうやら俺は考えが偏っていたようだ。これを機に反省しよう。

 

「あ~気分を害してしまったらすいません。俺、学園では敵が一杯いるから、つい疑っちゃって……」

 

「気にしなくていいわ。それはそうと、あの子を止めてくれてありがとう」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「それと、私の親友でアメリカ代表の“イーリス・コーリング”から伝言があるの」

 

「………え?」

 

 アメリカ代表? 何でそんな人が俺に伝言があるんだ?

 

 ってか、このバスにいる全員が驚きの声を出しているし。

 

「イーリがね、学年別トーナメントで試合してた君を見て凄く血が滾ったみたいで、『お前の挑戦状を受けてたつ。いつか必ずIS学園に行って絶対にお前と戦うから覚悟しておけ』、だって。とんでもない相手に好かれちゃったわよ、君」

 

「そ、それはまた……」

 

 いつかその日が来るとは分かってはいたが、まさかこんなにも早く国家代表の一人に目を付けられるとは予想だにしなかった。これはちょっと不味いな。俺の今の目標は『IS学園最強』になる事だから、目標達成前にアメリカ代表が来てしまうかもしれない。今後の事も考えて、修行のレベルを上げた方が良いな。

 

「ではその人にこう伝えといて下さい。『俺は逃げも隠れもしないで待ち構えています。ですからいつでも来て下さい』と」

 

 かなり上から目線な物言いだと思われるだろうが、学年別トーナメントであんな宣言をしてしまった手前、今更弱気な発言は出来ない。もうこれは自棄だ。

 

 そんな俺の伝言を聞いたファイルスさんは、目をパチクリしていたが、すぐにまた笑みを浮かべた。

 

「分かった。必ずイーリに伝えるわ………(でもこんな伝言を聞いたら、イーリは何が何でもIS学園に行きそうな気がするわね)」

 

「ん? 何か言いましたか?」

 

「何でもないわ。あと最後に、これは私からの個人的な事だけど」

 

「はぁ。それは何で――え? むぐっ!」

 

『!!!!』

 

 俺が言ってる最中、ファイルスさんは両手で俺の頬に触ると、俺の唇にいきなりキスをしてきた。

 

 当然この光景を見た一夏達は余りの出来事に固まっていた。

 

「んんっ……。ふふっ、これは私からの挑戦状よ、和哉くん」

 

「え、な、う、え……?」

 

「それと昨日の戦いで、私の体と心を傷物にした責任はいつか取ってもらうからね♪ じゃあ、またね。バーイ」

 

「あ、う、あ……ええ?」

 

 ひらひらと手を振ってバスから降りて顔を少し赤らめているファイルスさんを、俺はぼーっとしながら見送る。

 

 …………。えっと、一体、何が……起きたんだ?

 

「和哉……お前……あ、あの人を傷物にって一体何を……?」

 

「か、和哉貴様~~!! 戦闘中の時に何を破廉恥な事をしてるか~~!!」

 

「ちょ、ちょっと待て! お、俺は何も……あれ?」

 

 何か急に俺に恐ろしい殺気を感じるんだが気のせいか?

 

 発生源を見てみると、そこには途轍もないオーラを放って完全に怒った顔をしている本音がいた。

 

「…………………」

 

「あ、あの、本音さん? 何でそんなに怒ってるのかな?」

 

 恐る恐る本音に訊くと、

 

「かずーのバカ~~~~~!!!!!」

 

「ぶっ!!」

 

 いきなり内容量500mlのペットボトルを投げつけられて、俺の顔面にクリーンヒットしてしまった。

 

 な、何で俺がこんな目に……これは一夏の役割だろうが。

 

 

 

 

 

 

「…………はぁっ、やっちゃった。でも後悔はないわ」

 

 バスから降りたナターシャは、目的の人物を見つけて向かいながらも未だに顔を赤らめていた。

 

「驚いたな。まさか神代にキスをするとは……ひょっとして惚れたのか?」

 

 茶化すように言ってきたのは、若干顔を赤らめている千冬だった。

 

 そんな千冬の発言に、ナターシャはすぐに元の顔に戻る。

 

「さあ、どうでしょう? ただ私から言えることは、和哉くんは今まで見てきた男性の中で一番素敵でしたので、つい」

 

「……一応言っておくが、神代に好意を寄せている女子が私の生徒に一人いるから、精々頑張るんだな」

 

「あら、そうですの。それはそれで面白そうですね」

 

「やれやれ……。それより、神代に相当やられた筈なのに昨日の今日でもう動いて平気なのか?」

 

「ええ、それは問題なく。――私はあの子に――」

 

 そして千冬とナターシャは福音についての処理、ナターシャの今後の事について話し終え、二人は互いの帰路に就こうとする。

 

 が、

 

「ああ、一つ言い忘れていました、ブリュンヒルデ」

 

「何だ?」

 

「和哉くんの事が好きな子に伝えといて下さい。『私はそう簡単に譲る気は無い』って」

 

「……一応伝えておこう」

 

 最後にこんなやり取りをしていたのだった。




ナターシャが何故和哉の事を好きになったかについては、後日の更新で分かりますので、それまでお待ち下さい。


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第89話

お久しぶりです。

まず最初に、更新遅れて申し訳ありません。

こんなに遅くなった理由、もとい言い訳は………ちょっとした気分転換で古いゲームをやってて、見事にはまって遅れてしまいました。

因みにやってたゲームは昔やってた聖剣伝説ⅡとⅢです。今でもⅢやってます、はい。

言い訳は以上です。


「んで、この前の臨海学校では色々な事がありすぎて……」

 

「はははは、それは災難と言うか何というか」

 

「しかも帰り間際にアメリカ代表がいつの間にか目に付けられているわ、テスト操縦者にはいきなりキスされて傷物にされた責任を取れと言われて……。轡木さん、俺は一体どうすれば良いんでしょうか?」

 

「前者は頑張って下さいとしか言えませんが、後者に関しては今の段階では無理ですね……」

 

 臨海学校を終えた数日後。

 

 俺は昼休みを利用して、竜爺の友人である男性用務員の轡木さんに会っていた。突然の訪問にも拘らず、轡木さんは待っていたかのように笑顔で迎え入れてくれて、俺の話(主に愚痴と相談)を聞いてくれていた。

 

 悩みや相談については担任の千冬さんや山田先生にするべきだと思うが、俺としては年上の男である轡木さんのような人が話しやすい。別に異性に相談するのは苦手ではないのだが、相談に関してはやはり同じ男の方が気兼ねなく話せる。

 

「何故無理なんです?」

 

「竜さんに相談した場合の事を考えてみてください。あくまで私の予想ですが、竜さんは多分こう仰ると思いますよ。『自分が起こした問題を最初から他人に縋らずに、先ずは自分で考えて解決せよ』と」

 

「………ああ、そう言われれば」

 

 轡木さんの台詞に思わずガクンと頭を下に向けた。

 

 確かに轡木さんの言うとおり、絶対に竜爺がそう言いそうだな。何も考えずに最初から他人に甘えてたら、あの竜爺の事だから一喝すると思うし。

 

 けれど、そもそも何故ファイルスさんは俺にあんな事をしたのかが全然分からん。あの人にはそれなりの理由があると思うんだが、冷静になって考えても全く検討が付かない。と言うか俺、まともな会話すらしてないんだが………何でだろう?

 

 まぁ今そんな事考えても分からんから、取り敢えず今度ファイルスさんにまた会った時どうするかを自分なりに考えてみますか。それでも難しい場合は助言を求めるが。

 

「納得されましたか?」

 

「………ええ、まあ。轡木さんの仰るとおり、先ず最初に自分で考えてみます。けれど、どうしても無理だと思ったその時には助言を求めても良いでしょうか?」

 

「ええ、構いません。いつでもお待ちしています」

 

 どうやら助言はOKみたいだな。でも俺の事だから、絶対すぐ轡木さんに助言を求めそうな気がする。

 

「それにしても、君は入学してから今でも話題に事欠く事がありませんね。生徒の殆どが君の噂ばかりしてますよ」

 

「噂って言っても、どうせ俺に対する陰口でしょう?」

 

「まあ確かにそれらも含まれていますね。ですが、ちょっと妙な噂が流れていますよ」

 

「妙? どう言った噂ですか?」

 

 疑問に思った俺がすぐに訊くと、轡木さんは淡々と説明し始める。

 

「何でも神代くんはここ数日独り言が多くなって挙動不審な行動をしているとか、学園の生徒でない綺麗な女性と一緒に歩いていると言う噂です」

 

「………あ、ああ、それですか」

 

 よりにもよって黒閃の噂かよ。臨海学校が終わってまだそんなに時間が経ってないってのに。

 

 けどまぁ、やっぱり俺や黒閃がどんなに警戒してても、必ずどこかしらか漏れてしまうみたいだ。と言うか、この学園ってすぐに噂が広まるんだな。

 

「その反応から察するに、やはり本当なんですか?」

 

「ま、まぁ当たらずも遠からずと言うか……」

 

 仕方ない。陰口を叩く女ならいざ知らず、轡木さんには変な誤解をされたくないから、真実を話すとしよう。

 

「轡木さん、今からとても信じられない事をしますが、誰にも口外しないと約束出来ますか?」

 

「え? ええ。私はこれでも口は堅いほうですので」

 

「そうですか、なら………姿を現せ、黒閃」

 

『了解しました』

 

「ん? 今、女性の声が聞こえたような――っ!?」

 

 俺の左手に身についてるブレスレットが光り出した事に轡木さんが驚き、

 

「お初にお目にかかります、轡木殿。私がマスターのIS“黒閃”と申します。以後お見知りおきを」

 

「こ、これは……!?」 

 

 人間化した黒閃が姿を現すと再び驚いて目を見開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少なくとも表面上はな。

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん………何か引っ掛かるなぁ……」

 

『よろしかったのですか、マスター?』

 

「ん? 何をだ?」

 

 轡木さんに黒閃の紹介を済ませて粗方の話しを終えた俺は、用務員室を後にして教室に戻っている最中に少し考え事をしていると、廊下の周囲に誰もいない事を確認した(ブレスレット状態の)黒閃が問いかけてきた。

 

『先ほどの用務員の件です。いくらマスターの知り合いだからと言って、あんなにあっさりと私の事を教えるのは些か軽率だったのではないかと』

 

「構わないさ。昨日の夜、仕事を終えて帰ってきた千冬さんが“黒閃の事は後日各国に公表する”って言ってたろ? 遅かれ早かれ分かる事だ」

 

『確かにそうですが……』

 

 一応納得の反応を返してくる黒閃。

 

 因みに俺は先の臨海学校で独断行動をした事により、千冬さんに監視と矯正されると言う名目で、現在千冬さんの寮長室で同居中である。普通は懲罰部屋で過ごすんだが、千冬さん曰く『懲罰部屋では監視にならないから暫くは私の部屋にいてもらう』だそうだ。

 

 当然それを聞いた一夏が真っ先に猛反対していたが、結局は千冬さんに逆らう事は出来ずに渋々従ったのは言うまでも無い。けど俺が千冬さんの部屋に行く際、一夏が『和哉、もし千冬姉に変な事したらただじゃおかないからな』って釘を刺すかのように警告された。それを聞いた俺は呆れながらスルーしたけどな。

 

 んで、寮長室である千冬さんの部屋は…………以前コッソリ覗いた織斑家にある部屋と全く同じと言うほど酷かったよ。監視と言う名目とは言え、あんな散らかった部屋で過ごすのは無理があるので、千冬さんから許可を貰って掃除させてもらった。普通、男の俺が女性の部屋を掃除するのは不味いと思うが、部屋の主である千冬さんは散らかしている自覚があったのか、俺が掃除する事に何の文句言う事無く一緒に手伝ってたし。まぁ流石に衣類やゴミに関しては抵抗感があるので、そこは千冬さんが片付けてくれたけど。

 

 とまあ、話が少し脱線してしまったが、さっきも言ったとおり、昨日の夜に千冬さんは黒閃の事を公表するとは確かに言ってたが、決して口外するなとは言われてないので、別に話しても問題ないって事だ。

 

『織斑千冬はマスターがそう簡単に喋る事は無いだろうと思って、敢えて言わなかったのでは?』

 

「もしそうだったら甘んじて千冬さんの説教を受けるよ」

 

 そこまで俺を信用していればの話だが、と付け加える俺。

 

「まぁそれはそれとして、今回の相談で轡木さんが実は相当な食わせ者だって事が分かったし」

 

『? どう言う事です?』

 

 いまいち分からないように訊いてくる黒閃。

 

「あの人、黒閃が姿を現して確かに驚いていたが、一夏達と違って心底驚いたって様子じゃなかったんだよ。その後からは何事もなくすんなり受け入れるかのように笑顔でお前と話していたし」

 

 ISが喋れたり人間の姿になったりする事は本来あり得なく、最初は一夏達のように驚き戸惑う筈だ。けど轡木さんは驚いても、戸惑いが一切無かった。

 

『……それはつまり、あの用務員は私の事を予め知っていたと言う事ですか』

 

「そう言う事。ま、それはあくまで俺の推測に過ぎないけど」

 

『だとしても、その推測には些か疑問があります。仮にマスターの推測通りだとしても、あの用務員は私の事をどうやって知り得たんですか? いくら学園関係者とはいえ、現段階での私は重要機密扱いされていますから、用務員である彼がそう簡単に知れ渡るとは思えませんが』

 

「そうなんだよなぁ……」

 

 確かに黒閃の言うとおり、用務員である轡木さんがどうやって黒閃の事を知ったのかが今でも分からない。

 

 轡木さんの黒閃に対する接し方を一通り思い出すが、どう考えても黒閃を前以て知っているような素振りだったから疑問を持たざるを得ない。

 

「もしかしてあの人、用務員は仮の姿で実際はIS学園の最高責任者だから黒閃の事を知ってたりしてな」

 

『……………マスター、いくらなんでも、そんな都合の良すぎる考えは無理がありますよ』

 

「…………ですよね~」

 

 黒閃の呆れた指摘に頷く俺だった。




久々に書いたせいか、凄い調子悪くてつまんない話になってしまいました。

次回も一応閑話となっていますので、あしからず。


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第90話

「確かに黒閃の言うとおり、そんな都合の良い展開は………ん?」

 

 教室に向かう際の階段を上ろうとするが、一階と二階の間にある踊り場から話し声が聞こえた。

 

「代表候補生でない一年の貴女に専用機なんて冗談じゃないわ!!」

 

「しかもあの篠ノ之束お手製のISですって!」

 

「私達は必死で努力してるのに!」

 

「身内だからっていい気になってんじゃないわよ!」

 

「わ、私は……」

 

 どうやら言い争いをしているみたいで、向こうは俺が見ている事に全く気づいていない様子。

 

 その光景は、三~四人の強気な女子達が一人の女子を囲って非難すると言う苛めだった。しかも強気な女子達の言い方はかなりの不満と嫉妬が感じられる。

 

(はぁっ……。どんな学校でもいるんだな、数で強気になる連中は)

 

 あの連中が一人の女子に対して何故あんな事をしているのかは知らないが、見てしまった以上見過ごすのは流石に忍びないので、俺が見ている事を気づかせる為に階段を上った。

 

「さ~て、早く教室に戻んないとな~」

 

「「「!!!」」」

 

 態とらしく言った途端に向こうは気づいてこっちを振り向くと、

 

「か、和哉!」

 

「ん? ……って箒!?」

 

 強気な連中が非難していた相手が篠ノ之箒だった事に、俺は思わず足を止めてしまった。

 

(何故箒がこいつ等に……ああ、そう言う事か)

 

 箒が非難されている事に疑問を抱いていた俺だったが、それはすぐに分かった。さっきのやり取りの中で“専用機”や“篠ノ之束”、そして“身内”と言う単語があった。これらを総合すると、篠ノ之束が開発した第四世代型IS『紅椿』が身内の実妹である箒に渡した事に、コイツ等はそれが気に食わないってとこか。この展開はいつか絶対に起こると予想はしていたが、まさかこんなにも早くそうなるとは思わなかった。まぁそれだけコイツ等のプライドが傷つけられたと言う事もあるだろうがな。

 

 取り敢えず程度の状況が分かった俺は箒を助けようとすると、箒を非難していた連中のリーダー格である一人が俺を見て突然思い出したかのような顔になる。

 

「そういえば貴方も専用機を用意される事になっていたわね、神代和哉」

 

「だとしたら何です?」

 

 連中のリボンの色を見て先輩だと分かった俺は、取り敢えず敬語を使って尋ねる。すると他の先輩方も標的を変えるかのように俺を睨んできた。

 

「貴方もそこの篠ノ之箒さんと同様に随分といいご身分ね。まあ当然かしら? 学年別トーナメントではあれだけ派手にやったんだから、各国の上層部が貴方に目を付けて専用機を用意するのは至極当然ね」

 

「……お褒め頂きありがとうございます」

 

 先輩のかなり嫌味を込めた褒め方に、こっちも上辺だけの感謝をして笑みを浮かべる俺。

 

「だけどあまりいい気になってもらっては困るわ。特に、身の程を弁えてない貴方には」

 

「……それはどう言う意味でしょうか?」

 

「言葉通りの意味よ。ISを全く使った事のない男の貴方が入学早々、私達全校生徒に喧嘩を売るばかりか、学年別トーナメントで『世界最強になる』なる等とふざけた宣言をしていたじゃない。野蛮な男風情が身の程を弁えてない証拠よ。それともう一つ言わせて貰うけど、大して苦労もせずに専用機を用意される貴方は、私達から見れば非常に不愉快極まりないのよね。人の苦労を水の泡にしてる貴方には」

 

「そうよそうよ!」

 

「男のくせに威張るんじゃないわよ!」

 

「………………」

 

 リーダー格の先輩の言葉に共感するように、他の先輩方が睨みながら言い放ってきた。

 

 やれやれ、分かっちゃいたが俺は鈴を除く他所のクラスだけでなく、先輩方からも本当に嫌われているようだな。しかもあの宣言によって更に嫌悪しているようだし。まぁ女尊男卑社会に染まっている女からしてみれば、俺みたいな奴は邪魔なんだろう。今目の前にいる連中のように。

 

 それはそうと、この連中の対応にはどうすれば良いんだろうか。いつもなら『睨み殺し』を使って黙らせれば良いんだが、今の俺は一応千冬さんに監視されている身なので、下手に問題を起こす訳にはいかない。恐らくこの連中もそれを分かってる上で俺に挑発行為をしてるんだと思う。

 

 まぁそう言うのを抜きにしたところで、相手は同学年でなく先輩だから、後輩である俺が威圧なんかすれば色々と面倒な事になるのは必定。かと言って謙虚な態度を見せれば、この女尊男卑な考えを持つ連中は先輩だからと言う理由で上から目線的な揶揄をして、俺の堪忍袋の緒がブチンとキレて力付くで黙らせてしまった途端にすぐ面倒事になってしまう。

 

 となれば俺が選択する行動としては、さっさと箒を連れて教室に戻ったほうが良いな。この連中と話したところで、面倒事と千冬さんに迷惑をかけるのは必須だし。ついでにさっきから黒閃が待機状態にも拘らず、ブレスレットから不機嫌そうなオーラを感じるんだよな。意思があるのか、俺が今持っているからなのか、何となく黒閃の機嫌が分かるんだよな。だからこれ以上この連中と話していると、黒閃が更に不機嫌になると思うので早く退散した方が良い。

 

「………貴女方の仰りたい事は分かりましたので、今後気をつけます。では俺と箒はこれから授業があるので失礼させて頂きます。行くぞ、箒」

 

「え、お、おい!」

 

 戸惑う箒に俺は気にせず腕を掴んで教室に向かおうとするが、 

 

「待ちなさい! 話はまだ終わってないわよ!」

 

 リーダー格の先輩が逃がさないと言わんばかりに、俺の左手首を掴んできた。しかも待機状態となっているブレスレットとなっている黒閃に触れて。

 

 その直後、

 

『マスターに触れないで下さい』

 

 

 バチィッ!

 

 

「きゃっ!」

 

 ブレスレットから軽い電流が流れて、リーダー格の先輩は怯んで思わず手を放した。その事に箒や他の先輩達が突然の出来事に驚いている。

 

 おい、今の電流はまさか……。

 

「ちょっ……! い、今何が起きたの!?」

 

『先ほどから黙って聞いていれば、随分好き勝手な事ばかり言ってくれますね』

 

「………え?」

 

 ああ~やっぱり黒閃の仕業か。何やっちゃってんのコイツ。

 

 因みに黒閃の声を聞いた連中は俺のブレスレットを凝視しながら驚いている。

 

「い、今、ブレスレットから声が……?」

 

「箒! 後で謝る!」

 

「え……うわぁっ!」

 

 連中が黒閃に気を取られている隙に、俺は申し訳なく言いながら箒を御姫様抱っこした。そしてすぐに踊り場から一階までの階段を無視する様に飛び越えて問題無く着地し、その直後に一直線となっている平坦な廊下で疾足を使って、連中から逃げ切る事に成功した。

 

「ふうっ、どうにか撒いたか。悪かったな箒、急にこんな事して」

 

「いや、私は別に……。そ、それよりも、早く私を下ろして欲しいんだが……」

 

「おう」

 

 少し恥ずかしげに言う箒に俺はすぐに下ろした。幸い今この廊下には誰もいないので、箒は大して慌てていない。もし一夏に見られたら絶対に慌てるだろうけど。

 

「えっと……すまなかった。私のせいで、お前にまで迷惑を……」

 

「気にすんな、別に迷惑だなんて思ってないから。にしてもあの先輩方ときたら、後輩相手にいびるとはねぇ。俺達に専用機を用意されるのが相当気に食わないようで」

 

「………………」

 

 俺が話題を変えると、箒は何も言わずに俯いた。どうやら自分があの連中にいびられている原因は理解してるようだ。

 

「まぁそれに増して、箒は姉から最新ISを用意されたから尚更なんだろうが」

 

「………和哉」

 

「ん?」

 

「お前は私を最低な人間だと思うか? 篠ノ之束の妹である私が専用機を作ってもらうよう頼んだ事に」

 

「…………少なくとも、お前のやった事は人に褒められる物じゃないのは確かだな」

 

 IS操縦者が専用機を得ようと必死で努力してるところを、身内と言う理由だけで得られるのは誰だって嫉妬する。故にあの連中があんな行動に走るのは分からなくもない。けどだからと言って、数に物を言わせていびる行動は人として最低だが。

 

「この先、あの連中以外にもお前に対して何らかなアクションを起こすと思うから覚えておけ。それだけ周りから反感を買われたって証拠だからな」

 

「……ああ、肝に銘じておこう」

 

「理解してくれて何よりだ」

 

 これでもし何かしらの不満を言っていたら、俺は箒に説教をせざるを得なかったが要らん心配だったな。

 

 まぁでも大抵の連中は俺に矛先が向いてるから、箒にはそこまで悪質な事はしないと思うけど。

 

「あとそれと……黒閃、ちょっと人間の姿になってくれないか?」

 

『………はい』

 

 箒の返答を聞いた俺は次に黒閃に向けて言うと、ブレスレット状態の黒閃が光りだして人間の姿で現れた。人間にさせた理由はさっきリーダー格の先輩に電流を流した事について問いただす為だ。

 

「何故あんな事をしたんだ?」

 

「…………申し訳ありません」

 

 すぐに頭を下げて謝ってくる黒閃だが、俺は少し顔を顰める。

 

「俺は謝れと言ってるんじゃない。理由を訊いてるんだ」

 

「……………」

 

 ダンマリな黒閃に埒があかないと思った俺は、自分で理由を言う事にした。

 

「まぁ大体察しは付く。大方あの連中が俺を侮辱したから思わず電流を流した、そんなとこだろ?」

 

「……………はい」

 

 間がありながらも返事をする黒閃に、俺は溜息を吐きながらも黒閃の頭にポンッ優しく手を置く。

 

「俺の事を思ってやったのは嬉しいけど、時と場合を考えような」

 

「……以後気を付けます」

 

「なら良し」

 

 返答を聞いた俺は黒閃の頭に手を置いている俺はそのまま撫でると、黒閃が少し気持ちよさそうな顔になっていた。

 

「まぁお前のお蔭で逃げ切る事が出来たから、それでチャラって事にしとくよ」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「ご、ゴホンッ!」

 

「ん? どうした箒、いきなり咳込んで」

 

「あ……」

 

 態とらしい咳をする箒に、俺は振り向きながら黒閃の頭を撫でている手を放した。その事に黒閃が何やら名残惜しそうな感じになっている。

 

「和哉、そろそろ授業が始まるから黒閃を元に戻した方が良いのではないか?」

 

「おっと、そう言われれば……。黒閃、悪いけど待機状態になってくれ」

 

「………………」

 

 黒閃に指示をする俺だが、当の本人は何故か箒を睨んでいる。それも凄く不機嫌そうに。

 

「? どうした黒閃?」

 

「え、あ、はい。すぐに」

 

 俺が再度声を掛けると、黒閃は少し焦りながら待機状態であるブレスレットに戻った。

 

 黒閃が待機状態になった事に、俺と箒はさっき撒いた連中に見つからない為に少し遠回りをしながら、何とか授業開始前ギリギリで教室に着いた。箒と一緒に戻ったせいか、一夏達が少し不思議そうに見ていたが。

 

 さてさて、午後の授業が終わったら一夏達の訓練の相手をしないとな。




次回もまだ閑話が続きますので、悪しからず。


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第91話

今回もまた短い閑話です。

それではどうぞ!!


 和哉と箒のちょっとした出来事が起きた数日後。

 

 臨海学校前に通知されていた神代和哉の専用機受領の件は取り止めとなり、訓練機“打鉄”から第二形態移行(セカンド・シフト)した“黒閃”が和哉の専用機となる事がIS学園で決定される事となった。

 

 決定されると同時に、千冬が言ったとおり黒閃が発表され、内容を聞いた各国全てが仰天したのは言うまでも無い。何しろ戦闘経験を積む事が一切出来ない訓練機が進化しただけでなく、意思を持って会話が出来るのは前代未聞なので各国の反応は無理もなかった。

 

 黒閃の事を知った直後、各国全ては『黒閃を引き渡して調査させよ』とIS学園に通達と同時に、和哉をスカウトする為の勧誘も本格的に開始された。だが学園側はIS学園の“特記事項第二一”を理由に全て拒否。

 

 因みにその内容は、『IS学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』である。この特記事項により、学園は一切拒否しているからである。

 

 しかし、その特記事項で拒否をされても、各国は素知らぬ顔でISの引渡しと和哉のスカウトを連日続けていた。どの国も下手に引き下がってしまったら、他の国に先を越されてしまうと思って、拒否されるのを分かっていながら未だに通達とスカウトをしている。

 

 各国の行動によって、学園側は拒否の姿勢を取りつつも内心かなりウンザリ気味であるが、それでも引き下がらなかった。特に織斑千冬とIS学園最高責任者である学園長が。千冬は教え子が政治家達の身勝手な行動に付き合せる訳に行かない為であり、学園長も千冬と同様の理由だが他にもある。だが、それについては話が色々と脱線するので今は割愛させて頂く。

 

 和哉を勧誘している国で、一番躍起になっているのはアメリカとイスラエルだった。この二つの国がここまでする一番の理由としては、以前に共同開発した軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を和哉が撃破したからだ。その時は和哉が一人で福音を倒した訳では無いのだが、和哉が従来のIS操縦者ではあり得ない戦い方や、福音の主力武装である大量のエネルギー弾を刀一本だけで全て弾き飛ばした戦闘記録を見ただけでなく、あまつさえ訓練機の打鉄がセカンドシフトして“黒閃”誕生を知ったから、何が何でも和哉をスカウトすると決心したと言う訳である。因みに戦闘記録を見ていた某アメリカ代表は、和哉と戦いに行くとまたもや無断で日本に行こうとしていたところを、上司に阻止されて大目玉を食らっていたのは余談である。

 

 ここまでで神代和哉が注目の的になっているが、織斑一夏と篠ノ之箒を各国は見過ごしてはいなかった。和哉の強烈なインパクトで二人の存在感が薄まってても、片方は織斑千冬の弟で第四世代型IS『白式』、もう片方は篠ノ之束の妹で第四世代型IS『紅椿』でカバーされている。有名人の身内と最新IS、和哉ほどではないが、その二点のネームバリューで充分な存在感を示しているから。

 

 各国全ての政府が和哉を賞賛している中、全く逆の事を思っている組織もいた。その組織は、殆どの女尊男卑主義の女性達が構成する女性権利団体。その団体の上層部は和哉の情報を入手し、非常に不愉快極まりなく歯軋りしていた。

 

 

 

 

「――以上が、神代和哉の専用機“黒閃”についてです。このISの入手経路については目下調査中であります」

 

 此処は女性権利団体が保有している一つビル。その中の会議室では重大な緊急会議を行っているかのように、緊迫した雰囲気で報告している秘書風の女性の報告を聞いていた。

 

「なんて事なの!」

 

「どこまでも不愉快な事をしてくれるわね、あの男は!」

 

「何なのよあのISは!? 意思を持ってる上に人間にまでなれるなんてあり得ないわよ!」

 

「しかも女性型であんな男にしか従わないだなんて……悪夢だわ!」

 

 説明を聞き終えた女性権利団体の幹部である女性達は一斉に声を荒げていた。彼女達の台詞で、いかに和哉を嫌っているのかがよく分かる。加えて声を荒げていた女性には大の男嫌いもいるから尚更だ。

 

 そんな女性達のヒステリックに会議室が騒いでいる中、一切騒いでいない二名の女性の内一人が言い放つ。

 

「……静かになさい、貴女達。会議はまだ終わってないのよ」

 

『…………………』

 

 大きくも小さくも無い女性の声に、先程まで騒いでいた女性達がまるで鶴の一声のようにすぐに静まった。

 

 彼女達がそうするのは無理もない。何故なら女性権利団体の最高責任者である団長の命令であったから。

 

 そして女性達が静まったのを確認した団長は、報告していた秘書風の女性に視線を向けて問う。

 

「ところで、神代和哉に本来用意される筈だった専用機の開発企業はどうしてるの?」

 

「は、はい。専用機は一時凍結状態となった事により、企業は現在も学園に抗議しています。ですが……」

 

「学園は聞き入れない、かしら?」

 

「……はい」

 

 言い難そうな秘書風の女性に団長が付け加えるように尋ねると、若干間がありながらも答えた。

 

「そう……。全く、使えない連中ね。自分達が開発したISの性能をアピール出来ないまま却下されるなんて……本当に男って無能揃いで嫌だわ。これじゃ私達があそこを買い取った意味が無いじゃない」

 

 吐き捨てるかのように団長は企業に対して侮蔑な台詞を言い放つ。

 

 何故このような事を言っているのかと不思議に思うだろうが、実は彼女たち女性権利団体は和哉に専用機を用意する企業を買収していた。当然、それはIS学園や政府に知られないよう秘密裏に。

 

 本来、ISと全く関係を持っていない女性権利団体にそんな事は出来ないのだが、団体の中には一部の権力者や女性政府高官もいる為、企業を買収する事など造作も無かった。況してや女性優遇制度もあるため、企業は女性権利団体に逆らえないのだ。下手に反抗すれば、自分達があっと言う間に解雇されるだけでなく多額の賠償金まで支払う羽目になってしまうから。それ故に企業は女性権利団体の傘下に入る選択しかなく、彼女達の言いなりになるしかなかった。

 

 次に女性権利団体が企業を秘密裏に買収した理由は、和哉を裏で自分達の傀儡にする為だった。最初は和哉の存在が危険な為に消そうとしていた彼女達だったが、IS学園と言う後ろ盾があると同時に、和哉が生身でも強い為に殺害失敗の報告を聞いた団長は考えを改めた。下手に殺害を完遂させて薮蛇になるなら、いっそ自分達の手駒にして利用するだけ利用した後に殺せば良いと。その為に団長は企業を買収し、専用機を使う和哉を裏で操ろうと考えた。そして不利益になれば和哉が専用機を使ってる最中に自爆させる為の細工を施して事故死にさせ、全て企業に責任を被らせようと。たとえ関与してる事がばれたとしても、一切関係無く全て企業が勝手にやった事だと白を切れば問題ない。自分達は簡単に跳ね除けられる権力があるから、と。

 

 だがしかし、その目論見は和哉の行動によって潰された為、団長のやった事は全て無駄になった。因みに当人である和哉は、まさか黒閃を自分の専用機にしたのが最良の選択肢であった事に全く気づいていないが。

 

「団長、やはり以前のプランに戻したほうが良いのでは? それに買収した企業の専用機が凍結状態とは言え、今は我々の手中に収めているのも同然ですから、いざと言う時に使用しても企業側の責任になるので、こちらには何の不利益にはなりません」

 

 提案してくる幹部に団長は少し呆れ顔になりながら口を開く。

 

「専用機を使うにしても、操縦者がいなければ話にならないわよ?」

 

「それについてはご安心下さい。先日入団した同士の中にIS学園の――」

 

 団長達が興味深そうに幹部の説明を聞いている中、一人だけどうでもいいように聞き流している銀髪の女性がいた。

 

(はぁっ……バカバカしい。重要な会議だと聞いて来てみれば、たった一人の男の子に躍起になるなんて……。団長達は自分で自分の首を絞めてる事に気付いてないのかしら?)

 

 この時に彼女は予感した。いつか自分達は途轍もない代償を払わされるのではないかと。




今回は以前に和哉を殺そうとした女性権利団体の話でした。


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第92話

「いや~、予想していたとは言え、まさか各国のお偉いさん方が俺の考えてた通りの行動をするとは……。呆れると言うか、現金な連中と言うべきか……」

 

「全くだ。どの国も要求は完全に神代のスカウトそのもので、殆どが自国のPRやお前が所属した際の高給待遇などの内容ばかりだった。それを聞いた学園長は完全に呆れ顔だ」

 

「……でしょうね」

 

 千冬さんの部屋で監視されて数日が経ち、専用機黒閃の発表を終えた夜。俺は今仕事を終えて自室に戻ってきた千冬さんのちょっとした愚痴を聞いていた。

 

 愚痴を零している千冬さんは疲労度MAXみたいな顔をしていたので、俺が前以て作っていたアップルパイを用意すると、真っ先に手を伸ばして食べていた。疲れていて甘い物が欲しかったのか、お腹が空いていたかのどっちかだと思うが、恐らく両方だと思う。そうでなければ千冬さんは何も言わずにすぐ食べはしないからな。

 

 まぁそれはそうと、愚痴の内容については千冬さんの言うとおりの内容だ。黒閃の存在を知った各国の企業は俺の勧誘をして、千冬さんたち学園側がそれを断ってもしつこく同じ事をして凄くウンザリ……のようだ。

 

 その内容を聞いてる俺も呆れるのを通り越して笑うしかなかった。何たって大人のお偉いさんが、子供の俺が考えた通りの行動をしているからな。これが笑わずにはいられない。

 

「それじゃアッチの方も、ですか?」

 

「ああ、アレもアレで――」

 

 更なる千冬さんの愚痴には、もう一つ俺が予想していた内容もあった。それは女性権利団体。あの団体はクレームから集団抗議行動にまで発展し、『女性の平和を守る為に俺をIS学園から追放しろ』とか、『女性としての自我を持った専用機の黒閃を男である俺が束縛する事に断固反対』、などと言うふざけた事を言っていたようだ。

 

 まさかあの連中も俺の予想通りに動くとはな、と内心滑稽に思いながら俺はある事を千冬さんに尋ねようとする。

 

「そう言えば俺を殺そうとした件について、女性権利団体は何て言ってました?」

 

「そんなの聞くまでも無いだろう。奴等の返答は『知らなかった』の一点張りで、お前を殺そうとした女も罪状が揉み消されたかのように既に釈放された。しかも警察の取調べをする直前にな」

 

「………分かりきってましたけど、あの連中って良い根性してますね~」

 

 殺人未遂にも拘らず、あっと言う間に釈放されるとは……本当に腐ってやがるな。

 

 返答を聞いた俺が女性権利団体に皮肉を込めて言うと、ちょこんとベッドの上に座っている人間状態の黒閃が不機嫌そうな顔をしていた。因みに黒閃が人間状態になっているのは、千冬さんが戻ってくるまで俺の話し相手としてこの状態にさせたからである。

 

「あのクソアマ共……いつか絶対潰してやる」

 

「……一応言っておくが神代、いくらここが学園だからと言って不用意な発言はするな。もし私以外の教師や生徒が聞いて奴等の耳にでも入ったら、要らん敵が更に作る事になる」

 

 と言ってる千冬さんだが、それはあくまで教師として諌めてるだけだ。何故なら千冬さんは女性権利団体の話をしていた時に物凄く不愉快極まりない顔をしてたから。この人も内心、女性権利団体の対応に相当頭に来てたんだろうな。

 

「申し訳ありません、以後気をつけます」

 

 棒読みでの謝罪をする俺に千冬さんは分かっていても何も言わなかった。

 

「ところで織斑千冬、私からも少し訊きたいことがあるのですが、宜しいですか?」

 

「ん? 何だ?」

 

 さっきまで静かだった黒閃が訪ねると、千冬さんは声を掛けられるとは思っていなかったみたいで本の少しだけ驚いていた。

 

「私の事について公表したのは良いのですが、この学園にいる際の私はどう言う扱いになるのでしょうか? 自分で言うのもなんですが、私はかなり異質な存在ですので」

 

 ………あ~確かに。黒閃は他のISとは違って意思疎通が出来る上に人間にもなれるからなぁ。流石に外出する時は黒閃を置いていかないと、色々と不味い事になるのは目に見えてる。

 

「それについては安心しろ。お前は神代の専用機だから、神代が外出する際も共に行動しても問題ない」

 

「え? 良いんですか?」

 

 千冬さんの返答に思わず俺が声をあげた。まさかこんなにあっさり黒閃の外出許可を得られるとは思ってなかったし。

 

「神代はこの先また狙われる可能性があるから、黒閃には神代の身辺警護を含めた証人役をやってもらう」

 

 これは学園長が提案した事だがなと付け加える千冬さん。

 

 まぁ確かに誰か証人役がいないと、女性権利団体のようなバカ女が俺を陥れようとするかもしれないからな。黒閃はISだが、状況を映像に残す事が出来ると言ってたから、ちゃんとした証拠を残す事が出来るし。

 

「他に質問はあるか?」

 

「いいえ、もう充分です」

 

「そうか。勝手な役を押し付けてすまないが、神代を頼むぞ」

 

「言われるまでもありません。私はマスターの専用機なのですから、マスターを守るのは当然の事です」

 

「そう言ってくれて助かる」

 

 えっと……。守ってくれるのは嬉しいんですけど、そこまで心配されるほど弱くないですよ? って言いたいけど、黒閃のやる気に水を差してしまうと思って敢えて言わなかった。

 

 一先ず二人の話を終えたのを確認し、今度は俺が千冬さんに尋ねる。

 

「千冬さん」

 

「神代、学園内では織斑先生と――」

 

 呼び方を咎めようとする千冬さんに俺は間髪いれずに割ってはいる。

 

「すいません、今は教師としてでなく、一夏の姉である千冬さんにお願いがあるんです」

 

「――お願いだと?」

 

 プライベートな内容だと分かった千冬さんは咎めるのを止めて怪訝そうな顔をした。どうやらちゃんと話を聞いてくれるみたいだ。そんな千冬さんに俺は真剣な顔をして言う。

 

「ええ。真に勝手なお願いで申し訳ないんですが……千冬さんの愛しくて大事な弟である一夏うおっ!!」

 

 ガシイッ!!

 

 千冬さんが俺の顔目掛けて正拳突きを放ってきたので、俺は即座に両手を使って千冬さんの腕を掴んで阻止した。こんないきなりの展開に黒閃は目をパチクリしてる。

 

 あ、あぶねぇ~~! あとちょっと反応が遅れてたら絶対に吹っ飛んでたぞ……!

 

「ち、ちょっと千冬さん……冗談なんですから少しは軽く流してくださいよ……」

 

「神代、私はからかわれるのは嫌いだと前にも言った筈だ」

 

「あ、あはは……そういえばそうでしたね」

 

 くそっ。このところちょっと丸くなったと思っていたが、案外そうでもなかった。

 

 暫く迂闊な発言は控えようと思った俺は気を取り直して、今度はちゃんと真面目に言おうとする。

 

「えっと、今度の夏休みの時に一夏を俺に預けさせる許可を下さい」

 

「……どう言うことだ? 理由を説明しろ」

 

 顔を顰めながら理由を問う千冬さんに俺はこう答えた。

 

「アイツを僅かでも強くさせる為に、一度俺の師匠に会わせて本格的な修行をさせたいんです」




次回からはオリジナル話となります。


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第93話 オリジナル編 ~和哉と一夏の修行合宿 Ⅰ~

前話での後書きで書いたとおり、今回はオリジナル話です。

それではどうぞ!


 夏休み。それは学生生活の中での最大長期休暇であり、学生にとって一番大好きな自由時間。日本の学生の大半は、これほど素晴らしい長期休みを嫌う人はそんなにいないだろう。特に勉強嫌いな学生にとっては。

 

 と、そんな分かりきった事を考えている理由としては、

 

「ほれ童《わっぱ》! また体勢が崩れかけとるぞ!」

 

「ま、待ってくれ竜三さん! これ以上は……!」

 

「口を動かしとる暇があるなら、さっさと身体を動かさんか!」

 

「ぐああああ~~~!!」

 

 目の前で竜爺直々の基礎訓練を受けて悲痛な叫びをあげている一夏を見て、今思えばとても学生らしい生活じゃないなぁと改めて認識していたからだ。

 

 因みに一夏が今やってる訓練は、道場の外で三kg(×2)のダンベルを両手に持たせて真っ直ぐ伸ばしながら腰を落としての歩行。握力と下半身の強化を兼ねた訓練の一つだ。んで、一夏が訓練の際に体勢をちょっとでも崩したら、竜爺からの愛の鞭が待っていると言う構図になっている。

 

「んっ……んっ……。それにしても竜爺ってばこの一週間、一夏の訓練と俺の修行を活き活きしながら大して休む事無くやるなんて……やっぱり相当フラストレーションが溜まってたんだな」

 

「それだけ竜お爺ちゃんが楽しみにしていたって証拠だよ、和哉お兄ちゃん」

 

 一夏の訓練と竜爺の楽しそうな(?)顔を見ながら筋トレの腕立て伏せをやりながら言うと、俺の背中の上に乗っている竜爺の孫娘、宮本(みやもと)(あや)ちゃんが言い返す。何で綾ちゃんがこんな事をしてるのかと言うと、ちょっとした重り役として背中に乗るように俺が頼んだからだ。

 

「そうなのか?」

 

「うん。お爺ちゃん、お兄ちゃん達が来る前まではすっごく暇を持て余してて、時々愚痴を零してた事があったから」

 

「成程。そりゃああなるのは無理もないか。それと綾ちゃん、もうちょっと重心かけてくれ」

 

「ん、分かった」

 

 俺の要望に綾ちゃんが頷くと、俺の背中に来てる重圧が少し強くなった。

 

「っと……。悪いな綾ちゃん、俺達の修行に付き合ってくれて」

 

「気にしないで。アタシとしても和哉お兄ちゃん達のお手伝いをしたかったし」

 

「それでもありがと」

 

 綾ちゃんに再度礼を言ってると、

 

「ちょっと綾ちゃ~~ん! それは私の役目だよ~~!」

 

「……はぁっ。また来たのか」

 

「あ、本音お姉ちゃん」

 

「うん? の、のほほんさんうぐっ!!」

 

「これ、気を抜くでないわ! やれやれ、またのほほんとした童《わっぱ》が来おったか」

 

 俺と一夏のクラスメートである布仏本音が宮本道場へ遊びに来た事に、俺達全員一斉に本音を見ていた。

 

 さて、何故いきなりこんな展開になっているかについては、夏休みが始まった一週間前までに遡る。

 

 

 

 

 

 

「強化合宿?」

 

「そ。明日の夏休みを利用して、一夏には俺の師匠がいる道場で本格的な訓練を受けてもらう」

 

 夏休み前日。千冬さんの監視期間が終わって開放された俺は、箒たちとのIS訓練を終えたルームメイトの一夏に部屋で明日の予定について話していた。

 

「本格的って……俺はお前の訓練だけでも本格的だと思うんだが」

 

「あんなのはあくまで身体を慣らす為の基礎中の基礎に過ぎん。それに俺本来の修行内容は師匠である竜爺との組み手がメインだからな」

 

 時々千冬さんに相手してもらってるけどな、と内心付け加える俺。もしそんな事を口にしたら、シスコンである一夏が絶対面白くなさそうな顔をするのが目に見えてるので敢えて言わないでおく。

 

「まぁそれはそれとして、明日の朝早々に出かけるから寝る前に準備しておけよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ和哉……。何でもう行く事になってるんだ? 俺はまだ行くと決めてないんだが……」

 

「安心しろ。ちゃんと千冬さんに許可を貰ったから」

 

「いや、そういう問題じゃなくて俺に拒否権は?」

 

「拒否権、ねぇ。まぁ一応あるにはあるが………出来れば俺としては一緒に行って欲しいな。こう言っちゃ悪いが、夏休みの間で未だに弱いお前を少しでも強くさせたいし」

 

「…………確かに和哉から見れば俺はまだ弱いが、それでもある程度は強くなったぞ」

 

 予想通りの反応と言うべきか、俺の台詞に一夏はムッとしながら言い返してきた。

 

 まぁ確かに一夏はここ最近、俺の基礎訓練で入学前とは違ってかなり体力が上がり、実戦訓練もそれなりに出来てる。だが実戦訓練はあくまでISを使った上での話だから、生身だけの実戦訓練ではまだ俺との力の差があり過ぎから、今の一夏の実力は中途半端状態。

 

 それ故に一夏には一度竜爺との修行で生身を徹底的に鍛えさせ、少しでも強くさせようと俺は考えた。いくらISの操縦が上手くなったところで、それに対応できる身体能力が無ければ意味が無い。

 

「ある程度はな。だが残念ながら、お前はまだ千冬さんを守るほど強くなっちゃいないし、況してや自分の身さえも守れない中途半端な強さだ。多分千冬さんはこう言うと思うぞ? 『その程度の実力で私を守るなどまだ十年早い』ってな」

 

「………………」

 

 千冬さんを引き合いに出すと言い返せなくなった一夏。予想通りと言うより、本当に分かりやすい奴。

 

「ついでに言えば、お前このところセカンドシフトした白式の性能に振り回されてる状態だろ?」

 

「うっ……」

 

『それについては私も同感ですね。ISの私から見ても、今の織斑一夏は白式を完全に使いこなせていませんし、更には白式の性能によって守られている状態です。いくらISの性能が上がっても、それを使う操縦者自身が強くならなければ話になりません』

 

「うぐっ!」

 

 待機状態になってる黒閃の厳しい指摘に一夏が痛い所を突かれたかのようにへこんでしまった。そんな一夏を見た俺は顔を顰めながら待機状態の黒閃を見る。

 

「あのなぁ黒閃、お前少し言い過ぎだぞ」

 

『事実を言ったまでです。あの程度で強くなったと認識されては、流石に白式が気の毒なので』

 

「………………」

 

 あ、黒閃の止めの言葉で一夏が撃沈して“OTL”状態になってる。分かってはいたが、黒閃って俺以外の人間に対して本当に容赦無いな。

 

 けどまぁ、コイツの言ってる事は間違ってないので一夏をフォローする事が出来ないのもまた事実。一夏には悪いが、ここは何が何でも竜爺との修行で少しでも強くなってもらわないとな。

 

 それに俺も俺でセカンドシフトした黒閃を使いこなせていない状態だから、今回の夏休みで俺自身も更に力を付けなければいけない。俺も一夏と同様に新しく得た強い力に振り回されているから、徹底的に鍛え直さないとダメだ。そう考えながら俺は撃沈してる一夏の肩にポンッと手を置いて尋ねる。

 

「どうする一夏? お前が絶対に行かないなら無理に参加はさせないが、黒閃にあそこまで言われたら男として黙ってはいられないと俺は思うぞ?」

 

「ぐっ……! ……ああもう、分かったよ! 和哉の師匠の修行でも何でもやるから俺を強くさせてくれ!」

 

「そう言ってくれて助かるよ」

 

 よし、一先ずこれで第一条件はクリアだ。黒閃の指摘(とは名ばかりの毒舌)のおかげだな。

 

『……やれやれ。あんな軽い言葉だけで凹むとは、織斑一夏はまだまだですね(ボソッ)』

 

 ………おい待て黒閃、あれで軽めなのかよ。小声だったから一夏が聞いてなかったから良かったものの、俺としてはいつかお前に強烈な毒舌を受けるとなるとゾッとするんだが……。女尊男卑主義のバカ女共の罵倒は簡単に聞き流せるが、相棒である黒閃の毒舌は正直言って聞きたくない。

 

 そう思ってる最中(さなか)、突然ドアからノックする音が聞こえた直後に、

 

 

 ガチャッ

 

 

「かず~、約束のアップルパイ~」

 

 俺の元ルームメイトである布仏本音が部屋に入ってきた。

 

「あ、のほほんさん」

 

「本音、何で君はいつも勝手に入るのかな?」

 

 本音が来た事に一夏は顔を上げ、俺は本音の行動に呆れながら指摘する。

 

「ちゃんとノックはしたよ~」

 

「ノックしても、ちゃんとコッチの返事を待ってから入れ」

 

「そんな事よりかず~、約束のアップルパイ頂だ~い」

 

「………はぁっ、しょうがない奴だ」

 

 強請ってくる本音に俺は溜息を吐きながら、冷蔵庫に入ってるアップルパイが乗った皿を出して本音に渡す。アップルパイを見た本音は嬉しそうな顔をしながらすぐに受け取ると、俺の椅子に座って食べ始めた。

 

「ん~~~♪ やっぱりかず~の作るアップルパイちょおちょお美味しい~♪」

 

「そりゃどうも」

 

「アハハ……でもまぁこれであの件の事を許してくれるんだから良いじゃないか」

 

「その為に毎回作らされるコッチの身にもなってくれ」

 

 一夏が言う“あの件”とは、先日にあった臨海学校最終日にバスで学園に戻る数分前、アメリカのテストパイロット“ナターシャ・ファイルス”さんが俺に不意打ちのキスをした時の事だ。それによって本音がいきなり怒って俺にお茶入りのペットボトルを顔面目掛けて投げた後、ずっと怒ってて暫く口を利いてくれなかった。

 

 そこから先はいつも本音と仲が良い鏡や谷本達の協力によって、何とか許してもらえるようにあの手この手を使い、“一週間の間に本音がお菓子を食べたい時に俺が作る”と言う交渉の末にやっと本音が妥協してもらえた。それ故に俺は強請ってくる本音に強く言えずに諦めて用意してるって訳だ。

 

「(モグモグ)……あ~美味しかった~。かずーごちそうさま~」

 

「お粗末さまでした」

 

 一人分のアップルパイを早く食べてしまった本音に俺は内心呆れつつも言い返す。

 

「ねぇかずー、明日からの夏休みはどうするのー?」

 

「ん? 予定としては師匠がいる道場で暫く一夏と修業する事になってるが」

 

「ふ~ん」

 

 俺が思った事をそのまま言うと、本音が突然ある事を言い出す。

 

「じゃあさ、私もかずー達と一緒に行っても良い~?」




ちょっと無理やり感があるオリジナルかも……。

突然ですが、のほほんさんって党名って一体何でしょうか?


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第94話

お待たせして申し訳ありません。

やっと更新する事が出来ました。

とは言え、内容が短いですが……。

取り敢えずどうぞ!


 本音の飛び入り参加発言の翌日の早朝。

 

「ったく。ちゃんと時間通りに来るようにって言ったのにアイツは……」

 

「まあ、のほほんさんだから仕方ないだろ」

 

 学園寮の外で竜爺の道場へ行く準備を終えた俺と一夏は本音を待っているが、集合時間が過ぎても未だに来る気配が無かった。

 

 因みに今は朝七時過ぎ。ちゃんと七時までには来るようにと本音に言った筈だが、もう十分以上経っている。

 

「それにしても和哉、何で箒たちには内緒にしなきゃいけないんだ? 別にそこまでする必要は無いと思うんだが」

 

「昨日言ったろ。教えたら絶対自分も行くって言うだろうし、絶対に何かしらの騒ぎを起こして修行どころじゃなくなるって」

 

 主に一夏関連でな、と内心付け加える俺。

 

「そ、それはいくらなんでもオーバーじゃ……」

 

「おいおい、先日の臨海学校の事をもう忘れたか? お前が夜の海で箒と二人っきりになってた時、アイツ等が何を仕出かしたのかを」

 

「……………ああ、そう言われれば」

 

 夜の海でISを纏った鈴達に襲われたのを思い出すと、少し顔を青ざめる一夏。完全武装の人間相手に生身で襲われれば、誰だってそうなる。ISを使ってる一夏は色々な意味で耐性が出来てるからまだ良いが、もしただの一般人なら確実にトラウマとなるだろう。

 

 因みにあの時は箒だったが、もし鈴達のだれかになってたとしても、箒も絶対に同じ事をしてると確信して言える。アイツは普段大人しいが、一夏関連の話題になるとバーサーカーの如く暴走するからな。尤も、それは鈴達にも言える事だが。

 

 とにかく、箒達には何が何でも俺と一夏の修行の事を教えるわけにはいかない。さっき言ったように、箒達が道場に来たら絶対騒ぎを起こすのでそれだけは避けたい。もし騒いで大事になったら竜爺や綾ちゃんに多大な迷惑を掛けてしまうからな。

 

「まぁそれはそうと、俺は未だに部屋で寝てる本音を叩き起こして連れて来る」

 

「え? 何でのほほんさんが寝てるって分かるんだ?」

 

「これだけ待っても来ないって事はまだ寝てるって容易に想像出来るんだ」

 

 恐らく本音の事だから、ルームメイトに起こされても『あと五分~』とか言いながら寝てるだろうな。因みに元ルームメイトの俺はもうそれは既に経験済み。

 

「取り敢えず一夏は此処で待っててくれ。もし箒達に見つかって何処へ行くと訊かれたら、そうだな……負けた罰ゲームで俺の地獄の訓練を受ける事になったって嘘を言えば大丈夫だ」

 

「………それって嘘なのか? 殆ど本当の事だぞ」

 

「大丈夫だ、アイツ等は俺の名前を使えば簡単に信じる。何せセシリア達は俺のペナルティを身をもって経験したからな。そんじゃちょいと行ってくる」

 

 そう言った俺は一夏を置いて、すぐに学生寮に戻って本音のいる部屋へと向かった。

 

 早朝の事もあって学生寮の廊下には誰もいなく、障害となるものが無いから疾足を使い、あっと言う間に本音のいる部屋前に到着。

 

 部屋の号室を確認した俺はドアの前に立ち、コンコンっとノックをすると、すぐにドアが開く。開けたのは本音では無く、本音のルームメイトと思われる眼鏡を掛けたセミロングの女子だった。

 

「……貴方は」

 

「こんな朝早くたずねて申し訳ない。君は本……じゃなくて、布仏本音のルームメイトかい?」

 

「……そうだけど」

 

 俺の問いに少し若干間がありながらも答える本音のルームメイト。何かこの人どこかで見たような気がするんだが、俺の気のせいだろうか。

 

「えっと、俺は一年一組の神代で――」

 

「知ってる。用件は?」

 

「おや、俺の事をご存知で?」

 

「貴方は有名だから学園中の誰もが知っている」

 

 ですよね~。今更自己紹介なんて要らないのは分かってたよ。取り敢えず初対面だったから形式上に挨拶したけど余計だったか。

 

「だったら自己紹介は省かせてもらうよ。俺が此処に来たのは本……布仏に用があってな。アイツは今何してる? 今日出かける約束したんだが、未だに来てなくて」

 

「……本音ならまだ寝てる」

 

 はぁっ……。やっぱ寝てたか。あれだけ時間通りに来いって言ったのにアイツは……本当にしょうがない奴だ。

 

「あ~、すまないけど布仏を起こしてもらえないか?」

 

「一応私も何回か起こしたけど、『あと五分』って言って未だに起きない」

 

「…………はぁっ」

 

 ルームメイトの返答に俺は思わず溜息を吐きながら手を頭の上に置いた。本当に俺の思った通りの行動をしてるし。

 

「じゃあ布仏にこう言ってくれ。『起きないと俺は二度とお菓子を作らない』って。そうすれば絶対に起きると思うから」

 

「? ……分かった。ちょっと待ってて」

 

 俺の伝言に本音のルームメイトは不可解に思いながらも頷いてドアを閉めた。

 

 そして数秒後、

 

『わぁぁぁぁ~~! ご、ゴメンかず~! す、すぐに準備するからちょっと待ってて~!』

 

 部屋の中からやっと起きた本音が慌てふためきながらバタバタと準備をしてる音が聞こえた。

 

 お菓子を作らないと言われただけで、あそこまで焦るとは……。そんなに俺が作るお菓子が食べれなくなるのが嫌なんだろうか。

 

 本音の行動に内心呆れているとドアが開き、再び本音のルームメイトが姿を現す。

 

「今やっと本音が起きて準備を始めてるから、少し待ってて」

 

「ああ、分かった」

 

 頷いた俺は近くの壁に寄りかかって腕を組みながら待とうとしてると、本音のルームメイトが何故か部屋を出て俺をジッと見ていた。

 

「あの、そんなに警戒しなくても本音が来たら俺はすぐに――」

 

「……少し、貴方に訊きたい事がある」

 

「――え?」

 

 突然の本音のルームメイトの台詞に俺は少し目を見開いた。

 

「訊きたいって何を?」

 

「……貴方は以前学年別トーナメントで宣言したあれは本気なの? 『IS学園最強』を目指すって」

 

「宣言? ………ああ、あの時のアレか。無論本気だ」

 

 以前の事を思い出しながら答えると、彼女は不可解な顔をしている。俺何かおかしな事言ったかな?

 

「……理解出来ない。いくら貴方が強くても、絶対勝てないのに」

 

「いきなりだな。何故そう言い切る?」

 

 否定された俺は思わず顔を顰めると、彼女は何か分かっているような感じで言ってくる。

 

「今まで自分の力に自信を持っていた人達が、姉さんに戦いを挑んで負けた後に打ちのめされていたのを何度も見てる」

 

「ほう……」

 

 “姉さん”、ねぇ。この人もしかして、更識先輩の……。

 

「だから止めた方がいい。貴方もいずれその人達と同じ運命を辿るから」

 

「ご忠告どうも。生憎だけど、そんな事を言われて『はい、分かった』何て言って諦めるほど利口な人間じゃないんだ」

 

 それに俺は実力差がある人との敗北なんてとっくに慣れてる。主に師匠である竜爺で。

 

「……負けると分かってても挑むの?」

 

「負けたら負けたで今後の参考にして、また挑戦して勝つつもりだ」

 

「………………」

 

「こっちも言わせて貰うが、更識さんは自分の姉を超えようとは思ってないのか?」

 

「! 名乗ってないのに何で私の名字を……!」

 

「いや、話の流れで君が更識先輩の妹だって分かったから。それに君、さっき自分で姉さんって言ってたし」

 

「………あ」

 

 俺の指摘に本音のルームメイト――更識さんは思い出したのか、恥ずかしそうに少し顔を赤らめた。意外と抜けてるところあるんだな、この人。

 

「何かそう言うところ、あの勘違いしたドジっ子お姉さんとちょっと似てるな」

 

「………え?」

 

 俺がボソッと呟くと、それを聞いた更識さんが物凄く信じられないような顔をした。俺、何か変な事を言ったか?

 

「それ、どう言うこと? 姉さんが――」

 

 

 バタンッ!

 

 

 更識さんが急に俺に何かを問いただそうとするが、突然本音の部屋のドアが開いた。

 

「かず~ごめん~! 準備できたよ~!」

 

「ったく。やっと終わったか」

 

 準備を終えた本音が部屋から出てきて謝りながら近寄ってくる事に、俺は呆れながら溜息を吐く。言いたい事はあるが、今はそうしてる暇は無いので、俺はすぐに本音を連れて行こうとした。

 

「悪い更識さん。ちょっと急いでるんで、話はまた今度な」

 

「ま、待って! せ、せめて姉さんの事だけでも……!」

 

「それじゃ」

 

「それじゃあね、かんちゃ~ん」

 

 本音を抱えた俺は疾足を使って一夏のいる所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「き、消えた……?」

 

 和哉が疾足を使っていなくなった事に、更識(かんざし)は突然の出来事に目が点になっていた。思わず周囲を見渡す簪だが和哉と本音はいなく、廊下には自分しかいない事に理解する。

 

(あれは確か学年別トーナメントでやってた。まさかISが無くても出来るなんて……)

 

 さっきまで驚いていた簪だったが、すぐ冷静になって思い出す。そして、もう追いかけるのは無理だと分かった簪は諦めて部屋に戻ろうとした。

 

 だが、

 

(でも、あれは一体どう言うこと? 姉さんが勘違い? ドジっ子? いつも完璧なあの姉さんが……)

 

 和哉が姉の楯無に対して言った、あの言葉が物凄く気になっていた。和哉は何を根拠にあんな事を言ったのかを。

 

 優秀で常に完璧と言われてる自分の姉が勘違いなドジっ子である訳がないと言い聞かせているが、簪は納得出来ないばかりか更に疑問が深まっていた。

 

(今度また会ったら絶対に……!)

 

 和哉と会ったその時は何が何でも楯無の事を聞こうと決意し、現在開発中の専用機を組み上げようと――

 

(あ……彼の専用機について訊くのを忘れてた)

 

 ――していたが、姉の事ばかり考えてたせいで、和哉の専用機“黒閃”について尋ねる事を失念する簪であった。




今回は楯無の妹、更識簪との初会合でした~!


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第95話

お久しぶりです。

活動報告で知っている人はいると思いますが、私は先月にギックリ背中となってしまいました。

完治ではありませんが、日常や仕事に差支えが無いほどに回復しています。それでも朝起きる時には背中に痛みは走っていますが。

執筆はしましたが、間が空いてしまったせいか今回の内容は短いです。

取り敢えずどうぞ!


「本音、寝坊した罰として今日の訓練では色々と手伝ってもらうからな。文句は言わせないぞ」

 

「え~……」

 

「…………………」

 

「………わ、分かったよ~」

 

 一夏のいるところへ向かっている最中、ちょっとした罰を言った途端に本音は少し嫌そうな顔をしたが、俺の無言の眼差しであっと言う間に負けて頷いた。

 

 本音の返事を聞いた俺はよろしいと言って、一夏がいる待ち合わせ場所に着く。

 

「悪い一夏、待たせた」

 

「お、和哉……って、何でのほほんさんを抱えてんだ?」

 

「そうした方が手っ取り早いと思ったからだ」

 

「やっほ~、おりむ~」

 

 抱えてる本音を下ろすが若干反省の色を見せてなかったので、

 

「おい」

 

「あ……お、遅くなってごめんね、おりむ~。寝坊しちゃった」

 

 俺が少し声を低めで言うと、気づいた本音はすぐ一夏に謝りながら理由を言う。

 

「あはは……。やっぱり和哉の言うとおりだったか」

 

 本音の謝罪に一夏は大して怒っておらず、理由を聞いて俺の予想が当たっていた事に苦笑いをしていた。元々優しい奴だから、一夏はあんまり怒る事はしないからな。

 

「ところで一夏、俺がいない間に箒達の内の誰かと会ったか?」

 

「ん? ああ、お前が行った直後に偶然セシリアと会った」

 

 念の為に訊いてみると、やはり一夏は遭遇していたようだ。しかもセシリアか。

 

 内心面倒な事が起きそうだと思っていた俺だったが、一夏の口から予想外の事を言う。

 

「何かセシリアのやつ、夏休みを利用して本国のイギリスに戻るんだってさ。オルコット家当主の勤めとかで」

 

「それはそれは」

 

 てっきり一夏に何処に行くのかを追求するのかと思っていたが、思わぬ展開に俺は内心安堵する。

 

 そう言えばアイツ確か名門貴族のお嬢様で、しかも当主だったな。IS学園ではセシリアを貴族として見ず、一人の友人として接していたからすっかり忘れてた。

 

 当主の勤めとかは庶民の俺には全く分からんが、色々と大変なんだろうな。アイツがIS学園に戻って来た時には、俺からの労いとしてアップルパイを作るとしよう。

 

「あと和哉が言った内容を聞いて、『必ず生きて帰ってきてください』って言いながら逃げるように去ったぞ。お前の名前が出た途端に顔を青褪めてたし」

 

「ほほぅ」

 

 セシリアが戻ってきた後の事を内心考えてると、一夏のもう一つの報告に予想通りと思いながら笑みを浮かべた。

 

 そう言う反応をしたって事は、どうやらこの前のお仕置きで相当こたえたようだな。ま、普段やらない事をやらされて全身筋肉痛になったんだから無理もないか。

 

 因みに全身筋肉痛となっていた箒を除く一夏ラヴァーズ達は、その所為でまともに動く事が出来ずに授業を休もうとしていたが、千冬さんが許さんと言わんばかりに強制的に出席させられた事によって一日地獄を味わっていた。その時には俺を恨みがましい目で睨んでたよ。ま、俺は自業自得だと思って流してたけど。

 

「やっぱり俺の名前を出せばすんなり引いてくれたようだな」

 

「いや、あれは引くと言うよりも和哉に対する恐怖みたいな感じだったぞ。お前容赦無いから」

 

「かずーは怒ると恐いからね~」

 

「ほっとけ」

 

 まぁそんな事より、これで漸く揃ったから出発するとしよう。早く行かないと今度は箒達に鉢合わせてしまいそうだし。

 

「取りあえず早く此処を出るぞ。いつまでも話してると箒達に会うかもしれないからな」

 

「おう」

 

「お~」

 

 そして俺達は学園を出る為のモノレール駅へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「なあ和哉、ちょっと良いか?」

 

「何だ?」

 

 モノレールに乗って目的地の駅に着き、そこから出ると一夏が俺に尋ねてくる。

 

「悪いけど家に寄ってもいいか? 道場へ行く前にちょっと家の様子を見に行きたくてな」

 

「ああ、構わん。俺も一度家に戻るつもりだからな」

 

 俺も俺で道場に行く前に荷物の整理や、修行する時の道着を取りにいく予定だ。一夏も一夏で一度家に戻ると予想していたので問題無い。

 

「そっか。じゃあ先ずは和哉の家から行くか?」

 

「いや、一緒に行動してると時間が掛かるから一旦此処で別れよう。本音はどうする? 一夏に付いて行くか、俺と一緒に行くか」

 

「私はかずーと一緒に行くよ~。かずーの家見てみたいし~」

 

「そうかい。別にそんな大した所じゃないんだが……まあいいか。此処からは歩いていくからな」

 

 本音はそう言いながら俺の左腕に引っ付いてくる。出来れば暑いから離れて欲しいんだが、コイツに言っても無駄だから敢えて言わない。

 

「まあ、のほほんさんとしては当然の選択だな」

 

「何が当然なんだ?」

 

 思わず突っ込む俺だが一夏は何も言い返してくれなかったので、取り合えず集合場所を決めることにした。

 

「それじゃあ集合場所は……一時間後に喫茶店『AMAGI』の入り口前で良いか?」

 

「ああ、あの喫茶店か。分かった。じゃあ後でな」

 

 頷いた一夏は家に戻ろうと一足早く俺たちと別れた。

 

「それじゃ俺達も行くとするか。言っとくが本音、ここからは歩いていくからな」

 

「分かってるよ~」

 

 先に戻る一夏を見た後、俺は本音と一緒に自分の家へと向かう。

 

 駅から歩いて5分以上経っているが、俺の左腕に引っ付いてる本音は未だに俺から離れようとしなかった。

 

「なぁ本音、前から思ってたんだが、何で君はいつも俺に引っ付くんだ?」

 

「私がこうしたいからだよ~」

 

 答えになってない本音の返答に思わず内心呆れてしまう俺。

 

 学園で引っ付かれるのは別に構わないんだが、流石にこんな場所でされたら周囲にいる人達に誤解されてしまうから止めて欲しかった。今の時間はそんなに人が少なくて知り合いがいないからまだ良いものの、もし友人の五反田弾や御手洗に会ったら確実に誤解される。

 

「いや、俺が訊きたいのはそうでなくて――」

 

『出来れば私としては離れてもらいたいですね、布仏本音』

 

「――ん? 黒閃」

 

 待機状態になってる黒閃が突然言って来た事に、本音は少しムッとしていた。

 

「何でなの~? 別にいいじゃない~」

 

『いくら私が待機状態とは言え、そんなにマスターの左腕に密着されては流石に少しばかり暑苦しいです』

 

 暑苦しいって……腕輪なのに本音の体温を感じ取れるのか。じゃあもしかして待機状態では常に俺の腕の体温を当てているって事じゃ……。ISとは言え、女性型である黒閃に何だか申し訳ない気持ちになってきた。

 

『マスター、お気になさらないで下さい。私はマスターの体温を感じている事で常に傍にいると認識していますので』

 

「……さいですか」

 

 どうしてコイツは千冬さんみたいに俺の考えてる事が読めるんだろうか。俺も一夏と同じく分かり易いのかな?

 

「むぅ~~……」

 

「どうしたんだよ本音、そんな剥れ顔になって」

 

「べっっつに~。かずーって黒閃には凄く優しいんだな~って思っただけだよ~」

 

 何かちょっと棘がある言い方だな。俺って本音の気に障るような事でも言ったか?

 

 俺の左腕から離れた本音はツンとしながらそっぽを向いていたので、取り敢えずどうにかしようと左手で本音の頭を撫でた。

 

「何IS相手にムキになってるんだよ、君は」

 

「……こ、こんな事したって私の機嫌は直んないだからね~」

 

 撫でられてる事に少し気持ち良さそうな顔をしてる本音だったが、未だに抵抗をしてる様子だ。

 

「ほう? じゃあもう止めるか」

 

「……つ、続けて~」

 

 予想通りと言うべきか、手を放そうとする俺に本音が懇願してきた。相変わらず分かり易いな。

 

 俺に頭を撫でられて本音の機嫌は直ったが――

 

『……布仏本音、それは少しばかりズルイです。マスターもマスターです。そうやって布仏本音を甘やかすのは如何なものかと思います』

 

 今度は黒閃が不機嫌になってしまった。

 

 えっと……黒閃を人間状態にさせて頭を撫でた方が良いんだろうか?



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第96話

2週間ぶりの更新です。

また短いと思われますが、取り敢えずどうぞ!


 取り敢えず不機嫌になった黒閃をどうにかしようと誰にも見られないよう人間状態にさせ、頭を撫でて機嫌が良くなったが、今度は本音が不機嫌になると言う、ちょっとしたループ状態となっていた。

 

 そんなやり取りで移動してる最中、久しぶりの我が家に着くと、本音が物珍しそうに見ている。

 

「へぇ~、ここがかずーの家なんだ~。何かちょっと意外~」

 

「何がだ?」

 

 普通の二階建ての一軒家を見た本音の発言に不可解に問う俺。

 

「だってかずーってちょお強いから、もしかしたら武家屋敷に住んでるかも~って思ってたんだよ~」

 

「あのなぁ……。武術以外に関する俺はどこにでもいるただの一般人だっての」

 

 IS操縦者になる前まではな、と付け加える俺に今度は人間状態の黒閃が尋ねてくる。

 

「マスター、不躾な質問かと思われますが、この家にマスターのご両親は――」

 

「生憎、今はいない」

 

「――やはりそうですか」

 

 黒閃は察したかのように目を閉じる。

 

 俺の両親がいない理由は、俺がIS操縦者になったからだ。政府からの重要人物保護プログラムを強制的に受けられ、現在何処にいるのかは息子の俺ですら分からない。

 

 因みに今の俺は箒と似たような状況とも言える。ISを開発した篠ノ之束の親族と同様に、ISを使える二人目の男性操縦者の親族だから重要人物扱いされているからな。それ故この家に両親はいなく現在も常に無人状態だ。

 

「かずーの両親いないんだ~。会ってみたかったな~」

 

「出来れば私もマスターのご両親にお会いしたかったのですが、残念です」

 

「(………いや、寧ろ会わなくて良かったかもしれない)」

 

 もし両親に二人を合わせたら絶対に誤解されるかもしれない。鈴を除く同年代の女友達が全くと言っていいほどいない俺が、女子二人を家に連れてきたら尚更だ。加えて本音と人間状態である黒閃は美少女と言える容姿だから、さっき言ったように絶対誤解される。色々な意味で。本音ならまだしも、黒閃は未だ女性としての常識が無い為に爆弾発言しかねない。福音の戦闘後の説明で俺に告白同然の事を言ったから、もしそれを両親に聞かれでもしたら俺は気が気でならない。

 

「まぁそれよりも中に入りな。飲み物ぐらいは出すよ」

 

「え? 入っても良いの~?」

 

「マスター、荷物整理でしたら私達は此処で待ちますが?」

 

「流石にこんな暑い外でお前等を待たせる訳にはいかないよ」

 

 話題を変えた俺は一先ず用事を済ませる為に家に入れと言うと、何故か二人は少し緊張していた。別にそんな警戒するものは無いんだがな。

 

「どうぞ」

 

「お、おじゃましま~す」

 

「失礼します、マスター」

 

 鍵を使ってドアを開けると、二人は恐る恐ると入っていき、確認した俺は居間へと案内させる。居間には当然誰もいなく俺がIS学園に行く前と何ら変わりない状態であるが、同時に久しぶりに帰ってきたなと実感した。

 

「ま、適当に寛いでてくれ」

 

 そう言った俺は台所へ行き、冷蔵庫を開けて未開封のジュースを出して、そのまま用意した二つのコップに注ごうとしたがある事に気付いた。

 

「なぁ黒閃、今気付いたんだがお前ってジュースとか飲めるのか?」

 

 ソファーに座っている黒閃に問いかける俺。

 

 因みに本音は俺の家が珍しいのか、黒閃の隣に座ってソワソワしながら周囲を見渡している。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが私はISなので、そう言った物は特に必要ありません」

 

「そうか」

 

 予想してたとは言え、一応聞いておいて良かったと思った俺は一つのコップだけにジュースを注いだ。

 

「ほら本音、オレンジジュース」

 

「ありがと~かずー」

 

 用意したジュースに、本音はコップを持ってゴクゴクと美味しそうに飲み始める。お菓子だけじゃなくジュースも好きだからな。

 

「ぷは~、生き返る~♪」

 

「じゃあ俺は部屋に行くから、少しの間は此処で待っててくれ。あと本音、まだジュース飲みたければ、ここに置いとくから後は自分で注いでくれ」

 

 俺はそう言ってジュースが入ったボトルをテーブルの上に置き、すぐに居間を出て部屋に行こうとする。

 

 だが――

 

「おい、何で付いてくるんだ?」

 

「いや~、かずーの部屋もちょっと見てみたいなぁ~っと思って~」

 

「私はマスターのISですので、一緒に行くのは当然かと」

 

 既にジュースを飲み終えた本音と、静かに座っていた黒閃が俺の後に付いて来たので、すぐに足を止めた。

 

「………さっきも言ったが、此処で待ってろ。言うまでも無く黒閃もだ」

 

「ですが……あ、私が待機状態になれば――」

 

「黒閃、本音が勝手に俺の部屋に行かないよう此処で監視してくれ。言っとくがこれは命令だ」

 

「――卑怯です、マスター。こんな時に命令を使うなんて……!」

 

 何とでも言ってくれ。こうでも言わないと絶対付いていこうとするのは大体分かってたからな。いくら俺の専用機だからと言って、女性型の黒閃に自分の部屋を見られるのは抵抗があるし。

 

「何だ? マスターである俺の言う事が聞けないのか、黒閃さん?」

 

「…………分かりました。非常に不本意ながらも、命令通り布仏本音がこの部屋から出ないように監視をします」

 

「ぶ~~~」

 

 渋々承諾する黒閃に、本音が頬を膨らませて不満顔になっていたが、俺は無視してすぐに今度こそ居間から出た。

 

「(………一応確認しておくか)」

 

 居間のドアを閉めて、念の為に二人に姿が見えないよう息を潜めて様子を見ると――

 

『ねぇ黒閃~、本当にかずーの部屋に行かないの~?』

 

『マスターの命令に逆らうわけにはいきませんので』

 

 ――どうやら黒閃はちゃんと俺の命令に従って本音を止めていた。

 

『そんな事言ってかずーの部屋に行きたいんじゃないの~? だったら一緒に行こうよ~』

 

『マスターに怒られますのでお断りします。それに布仏本音、今行こうとしてもマスターがそこにいますからバレてしまいますよ』

 

『え?』

 

 やばっ! そういや黒閃はセンサーが付いてるんだった!

 

 黒閃に感づかれてしまった俺はすぐ二階にある自分の部屋へと向かう事にした。

 

「ふうっ……。さて、さっさと荷物整理をするか」

 

 久しぶりの自分の部屋に入って早々、俺はすぐに準備を始めた。本当なら此処で少しゆっくりしたいところだが、竜爺との修行がある上に本音達も待たせているから無理なので諦めている。

 

「(それにしても黒閃の奴……)」

 

 荷物整理をしてる最中、俺はつい先程の事を思い出す。

 

 黒閃のあの行動は絶対さっきの命令に対する仕返しだったな。でなければ態と俺に聞こえるように言わない筈だ。ちょっと良い性格してるな、黒閃の奴。

 

 とは言え、ISとは思えないほどに人間臭い行動をしてたな。てっきり黒閃は黙って俺の言う事を聞いているかと思っていたが、それは完全に予想外だった。まぁそれはそれで別に悪い事じゃない。俺としても黒閃にはもっと人間らしく振舞って欲しいから、あの行動はある意味収穫とも言える。あと出来れば女性としての恥じらいも持って欲しいが、恐らくそれはもう少し後になるだろう。

 

「こんなもんか。よし、それじゃあ――」

 

 

 Prrrrrr! Prrrrrr!

 

 

「――ん?」

 

 荷物整理は一通り完了したので、すぐ部屋から出ようとした直後に鞄の中から突然携帯の着メロが鳴り響く。

 

 誰からだと疑問に思いながら、取り敢えず鞄から携帯を取り出して画面を見てみると、発信者は『宮本 綾』と表示していた。

 

「(綾ちゃんから? こんな朝早くにどうしたんだ?)」

 

 取り敢えず俺はピッと携帯の通話ボタンを押して出る事にした。

 

「もしもし?」

 

『和哉お兄ちゃん? ゴメンね、こんな朝早く電話して』

 

「いや、それは別に構わないんだが。ってかどうした? 綾ちゃんがこんな時間に電話してくるなんて珍しいな」

 

 久しぶりに聞く綾ちゃんの声に、俺は笑みを浮かべながら言う。可愛い妹分である綾ちゃんの声を聞くと、ついついそうなってしまうからな。

 

『えっと、アタシ竜お爺ちゃんの家に泊まっててね』

 

「へぇ、そうなのか」

 

 綾ちゃんは毎年の夏休みの際に、竜爺の家に泊まりに行くから珍しい事ではない。けれど何か妙に困惑してるのは何故だろうか。

 

『その……竜お爺ちゃんが家の前で和哉お兄ちゃんが早く来ないかって待ってるんだよ。しかも朝五時から』

 

「え?」

 

 おかしいな。確か竜爺の家には朝九時までに行くと、事前に竜爺に言った筈なんだが……どんだけ気が早いんだよ。

 

『和哉お兄ちゃん、申し訳無いんだけど出来るだけ早目に来てくれないかな? 竜お爺ちゃん、この数日すっごく心待ちしてるみたいで』

 

「あ~分かった。今家にいるからすぐ行くよ」

 

 竜爺がああするって事はフラストレーションが溜まってただけじゃなく、相当暇を持て余していたんだな。

 

「取り敢えず竜爺にはすぐ家の中で待つように言っといてくれ。こんな暑い中、いつまでも外で待ってたら日射病になりかねないからな」

 

『うん、そう言っておくね』

 

「じゃあすぐに行くから」



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第97話

一ヶ月以上空けてしまい、すいませんでした。


「悪いな一夏、時間を早めちまって」

 

「気にすんな。電話してきた時にはとっくに準備終わってたしな」

 

 綾ちゃんとの電話を終えた俺は、次に一夏に電話して集合時間を早めるよう伝えると了承してくれたので、その後すぐに居間で待ってる本音と黒閃を連れて喫茶店『AMAGI』へと向かい一夏と合流した。そして合流して早々、現在俺達は竜爺の道場へと向かっている。

 

「でも何で急に変更したんだ? 和哉の師匠の家に行くのはまだ時間がある筈だけど」

 

「どうしてなの、かずー?」

 

「マスター、説明を求めます」

 

 一夏の疑問に本音と黒閃も尋ねてくる。この二人も一夏と同じくまだ一夏に説明してないから疑問を抱くのは当然だ。

 

 因みに黒閃は未だに人間状態であり、さっきAMAGIで合流した時に一夏が黒閃を見て少し驚いていた。黒閃の人間状態を見たのは旅館の時だけで、それ以降はずっと待機状態で話していたから、一夏が驚くのは無理もない。

 

「実は家で荷物整理してた時に綾ちゃんから電話があってな……」

 

「綾ちゃん? 確か師匠の孫娘だったか?」

 

「ムッ!」

 

 一夏が思い出していると、綾ちゃんの名前が出た瞬間に何故か本音が不機嫌そうな顔をしているが一先ず無視して続ける。

 

 因みに黒閃は綾ちゃんの事については知らないから、何も言わず俺の話を聞いていた。

 

「その子は夏休みを利用して今は師匠の家に泊まってるんだが、その師匠が朝五時から家の前で俺達が来るのを待ってるから早く来てくれって頼まれたんだよ。だから予定を早めて道場に行こうって変更したってわけ」

 

「………は? 朝五時って……」

 

「………随分と気の早いお人ですね」

 

 簡単に理由を話すと、一夏と黒閃は呆れ顔となった。まぁその反応は至極当然だ。俺だって綾ちゃんから聞いた時に同じ反応してたし。

 

「すっごい早起きなんだね~。私には絶対にできないよ~」

 

「……まぁそう言う訳で、いつまでもこんな暑い外で四時間も待たせる訳にはいかないと思って急遽変更したんだ」

 

「あ、あはは……ま、まぁ流石にそれを聞いたら俺もちょっと……」

 

 ずれた反応をしている本音を聞き流し、一先ず理由は言った。呆れ顔になってた一夏は理由が分かりながらも苦笑いをする。別にフォローはしなくて良いぞ。竜爺が勝手にやった事だからな。

 

 と、そんなこんなで話をしている最中に目的地の道場に着いて、久しぶりに戻ってきたなぁと思いながら一夏達に道場に向けて指をさしながら言う。

 

「着いたぞ、あそこが師匠の家と道場だ」

 

「へぇ、あそこが……何か凄いな」

 

「おお~、ここがかずーのお師匠さんがいるところか~。おっきいね~」

 

「これは凄いですね」

 

 家と道場が一体化になってる竜爺所有の自宅を見て思わず感嘆の声をあげる一夏達。最初俺も見た時はああ言う反応をしていたから、その気持ちはよく分かる。

 

 そして出入り口の門前では竜爺の孫娘である綾ちゃんがいて、俺達に気付くと小走りで近づいて来た。

 

「和哉お兄ちゃ~ん、待ってたよ~」

 

「やぁ綾ちゃん、久しぶり」

 

「………え? 和哉、この人がお前が言ってた綾ちゃん、なのか?」

 

「ちょっとかずー、この子誰~?」

 

 綾ちゃんに挨拶をしてると、一夏が何やら信じられないような感じで尋ね、本音が何故か不機嫌そうな顔をしていた。そういえば一夏達に綾ちゃんの容姿について詳しく教えてなかったなぁと思っていると、綾ちゃんが一夏達を見て挨拶をしようとする。 

 

「皆さん初めまして。アタシ、宮本綾って言います。ちょっと信じられないと思いますけど、こう見えてアタシは小学六年生です」

 

 と、綾ちゃんが挨拶と自己紹介をすると――

 

「………はあぁ!?」

 

「………えぇ~~~!?」

 

「成程。貴女がマスターが言ってた宮本綾ですか。初めまして。私は黒閃と申します」

 

 一夏と本音は凄く驚き、黒閃だけは普通に挨拶をした。

 

「え? あ、ど、どうも……」

 

 二人の反応に綾ちゃんは苦笑いしていたが、黒閃の対応に少し驚いていた。俺も思わず少し驚いて黒閃を見る。

 

「何か気を悪くされましたか?」

 

「あ、いや、こうも普通に挨拶されたからちょっと驚いて」

 

 だろうな。今まで初対面の相手はいつも綾ちゃんが小学生だって事に分かった後、一夏達のような驚き方してたし。

 

 だから今回の黒閃のような何も驚く事無く受け入れて挨拶をするのは、綾ちゃんにとってすごく珍しい。

 

「? マスター、私の挨拶はどこかおかしかったでしょうか?」

 

「……いいや。別におかしくない」

 

「はあ……」

 

 訳が分からないと言う顔をしている黒閃に、一先ず俺は後回しにして一夏と本音の方へと顔を向ける。

 

「ほらお前ら、いつまでも驚いた顔してないで早く綾ちゃんに自己紹介したらどうだ?」

 

「あ、ああ……」

 

「………………」

 

 紹介するように促すと、一夏は返事をしてるが本音は何かを疑うような感じで見ていた。まだ小学生である事を信用してないんだろうか。

 

「は、初めまして、俺は織斑一夏だ。よろしくな」

 

「こちらこそ。和哉お兄ちゃんから聞いて、織斑さんは竜お爺ちゃんの修行を受けるそうですね。頑張って下さい」

 

「おう。………にしても君って本当に小学生なのか? どう見ても、のほほんさんと大して変わらないんだが……」

 

「コラ一夏」

 

 失礼な事を言う一夏に俺が嗜めようとするが、綾ちゃんは――

 

「………やっぱりアタシ、老けて見えるんですね……うう……」

 

「あ、いや違う違う! 俺が言ったのはそう言うのじゃなくて……!」

 

「な~んて、冗談ですよ。もう慣れてますし」

 

「え……冗談?」

 

 ちょっとした仕返しのつもりか、態と泣き真似をして一夏を困らせた。

 

 どうやら綾ちゃんは俺が少し見ない間に少しばかり逞しくなったようだ。まさかあんな泣き真似で相手を困らせる事をするとは予想外で、俺も少しばかり驚いた。まぁ綾ちゃんのような美少女キャラがああ言う事をすれば、殆どの男が一夏みたく戸惑ってしまうから無理ないかもしれない。

 

「な、何だ冗談か……」

 

 冗談と聞いて戸惑っていた一夏は安堵する。

 

「ハハ、一本取られたな一夏。にしても綾ちゃんにしては随分と珍しい事をするな。以前まではションボリしていたのに」

 

「いつまでも気にしてたらしょうがないからね。和哉お兄ちゃんも言ってたでしょ? いつまでも気にしてないで、前向きに考えるようにって」

 

「ああ、確かに言ったな」

 

 まさかその台詞だけで逞しくなるとはな。少々恐れ入りました。

 

「って、それはそうと本音、君もいい加減挨拶したらどうだ? 後は君だけだぞ」

 

「う、うん。……初めまして、私は布仏本音だよ」

 

「どうも」

 

 何か妙に疑うような感じで挨拶をする本音に、綾ちゃんは不思議に思いつつもペコリと頭を下げる。

 

「かずーから聞いてるんだけど、どうしても聞きたい事があってね~」

 

「聞きたいこと、ですか?」

 

 本音の台詞に首を傾げながら聞き返す綾ちゃん。ってか、本音は綾ちゃんに何を聞こうとするんだ?

 

 俺だけでなく一夏と黒閃も不思議そうに本音を見ていると――

 

「えっと……綾ちゃんはかずーの恋人じゃないって本当なの~?」

 

「…………へ?」

 

 

 ズルッ!!

 

 

 お、思わずこけちまった……! ってか、んな事を真剣な顔して聞くのかよ!?

 

 俺前から言った筈だよな!? 小学生の綾ちゃんとはそんな関係じゃないって! それなのにコイツと来たら……!

 

「ほ、本音、お前なぁ~……」

 

「え、えっと、アタシ、和哉お兄ちゃんとそんな関係じゃないよ?」

 

「本当に~?」

 

 立ち上がる俺に、思わず地で話す綾ちゃんは否定するが本音はまだ疑っていた。いつまで疑ってるんだよ。

 

「ほ、本当だって。それにアタシ、好きな人がいるし……って、い、い今の無し今の無し!」

 

 おや? 今綾ちゃんの口からとんでもない事を言ったな。でかしたぞ本音。お前にはいつかアップルパイを食わしてやる。

 

 思いも寄らない大収穫に俺は思わず笑みを浮かべて、綾ちゃんに詰問しようとするが――

 

 

 バタンッ!!

 

 

「お主ら何時まで人の家の前で駄弁っておるか!? さっさと中に入らんか!」

 

 突然門が開いて師匠の竜爺がもう我慢出来なくなっていたのか俺達に入るよう怒鳴ってきた。俺と綾ちゃんを除く一同は竜爺のいきなりの登場に吃驚し、黒閃は『速い、さっきまで道場にいた筈なのに僅か数秒でここまで来るとは……』と呟きながら驚いていた。おい竜爺、アンタどんだけのスピード出したんだよ。




散々待たせてしまった上にしょぼい話ですいません。

次回はなるべく速めに更新するよう頑張ります。


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第98話

すいません、2ヶ月以上も開けてしまった上に、今回も短いです。


「全く。このワシを待たせ続けるとは、随分と良い根性をしておるようじゃのう、和哉」

 

「いやいや、俺は事前にちゃんと朝九時までに行くって言った筈だぞ。それを聞いた竜爺は分かったって言ってたからな」

 

 居間へ案内されて早々説教染みた事を言う竜爺に、俺は自分に非は無いと反論している。

 

「どうぞ、麦茶です。今朝作ったばかりだから、あんまり冷えてないですけど」

 

「おお、ありがとう」

 

「いただきま~す」

 

「あ、私は……コホン。お気遣いありがとうございます」

 

 因みに俺と竜爺の隣では、綾ちゃんが一夏達に麦茶を用意していた。黒閃はいらないと言おうとしていたが、綾ちゃんの気遣いを無下にしたくなかったのか、お礼を言っていた。

 

「師匠の為に早く来ようとは思わなかったのかのう?」

 

「俺一人で行くならまだしも、友達を連れて来るんだからそんなん無理だ。っていうか綾ちゃんから聞いたけど、朝五時から家の前でいたんだって? いくらなんでも気が早過ぎるだろうが」

 

「む………」

 

 未だに文句を言ってくるので、それなりの正論を叩きつけると言い返せなくなり始める竜爺。

 

 この反応をするって事は多少自覚があるみたいだ。

 

「そ、それよりもじゃ。和哉が言っておった鍛えさせたい奴とは、その者か?」

 

 あ、分が悪くなったと思って急に話題変えたな。本当ならまだ文句を言いたいところだが、一夏達を蚊帳の外にしておく訳にはいかないので、敢えて合わせる事にした。

 

「ああ、コイツは織斑一夏って言って、中学からの友達」

 

「は、初めまして、織斑一夏です」

 

 急に振られた一夏は緊張しながらも竜爺に挨拶をする。

 

「んで、この女子二人は――」

 

「私は布仏本音~。初めまして~」

 

「お初にお目にかかります。私は“黒閃”と申します。以後お見知りおきを」

 

「ふむ……」

 

 俺が言い切る前に本音と黒閃は接し方が対照的であるが、竜爺は気にせず何か考える仕草をしたが、それをすぐに止めて自己紹介をしようとする。

 

「もう既に知っておろうが、ワシは宮本竜三じゃ。和哉の師匠をしておる。弟子が世話になったのう。ところで、この未熟な弟子はお主等に何か粗相はしておらんかったか? 遠慮なく言ってくれ。後でワシの方でキツく言っておく」

 

「おいコラ」

 

 自己紹介しながらさり気なく人を貶す竜爺に思わず突っ込みを入れる俺。

 

 ってか、いくら師匠とは言え初対面の相手に初めに訊く事がそれか? いくらなんでも失礼だぞ。俺に対して。

 

「い、いえいえ。寧ろ俺の方が世話になってるばかりか助けられてばかりですよ」

 

「そんな事無いよ~。かずーは凄く優しいよ~」

 

「宮本殿、いくら貴方がマス……カズヤの師匠とは言え、その問いは如何なものかと思われます」

 

 手を振りながら俺を擁護する一夏、首を横に振って否定する本音、少しばかり顔を顰めて俺の呼び方を訂正しながら文句を言う黒閃。そんな三人に俺は思わず内心感動した。

 

「これは失礼した。和哉がお主等に普段どのような接し方をしておるのかが気になって訊いたつもりじゃが、少々不躾じゃったのう」

 

「竜お爺ちゃん、いくら和哉お兄ちゃんの師匠だからって、まだ会って間もない人にそんな事を聞くのはどうかと思うよ?」

 

「むぅ……じゃから今こうして謝っておろうが」

 

 いいぞ綾ちゃん、もっと言ってやれ。

 

 竜爺は俺の文句は聞き流すが、孫の綾ちゃん相手に正論を言われると、あんまり強く出れなく言い負かされるからな。

 

(なぁ和哉、お前の師匠って孫には甘いのか?)

 

(まあそれなりにな)

 

 目で問いかけてくる一夏にコクンと首を縦に振ると、竜爺がまたもや話題を変えようと再び俺の方へ視線を向けた。

 

「ところで和哉よ。先程から気になっておったのじゃが……意外と隅に置けぬのう。師匠であるワシとしても流石に予想外じゃったわ。せめて報告ぐらいはして欲しかったのう」

 

「? ……あの、言ってる意味が分かんないんだが」

 

 何を訳の分からん事を言ってるんだ、この老人は。ついにボケてしまったか?

 

 師匠である竜爺に失礼な事を考えつつも、綾ちゃんが用意した麦茶を飲もうと――

 

(とぼ)けるでない。両隣に座っておるお嬢さん二人のどちらかが和哉の恋人なのじゃろう?」

 

「ブッ!! ゴホッ! ゴホッ!」

 

 ――したが竜爺の発言によって既に口の中に入れてたお茶を吹き出し()せてしまった。

 

「か、和哉お兄ちゃん!?」

 

「お、おい和哉、大丈夫か?」

 

「かず~大丈夫?」

 

「だ、大丈夫ですかカズヤ!?」

 

 俺が噎せた事によって竜爺を除く綾ちゃんたちが驚いて俺に声を掛けて来た。その中で黒閃は案じるかのように片手を使って俺の背中を摩っている。

 

「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! あ、ありがとう黒閃、大丈夫……。ってか竜爺、アンタなぁ……!」

 

「あ~……いや、スマン。まさかお主が噎せるとは思わなくてのぉ。で、話を戻すが、どっちなのじゃ? ワシの予想では、黒閃と言うお嬢さんがお主の恋人ではないかと予想しておるのじゃが?」

 

「ゴホッ、ゴホッ……んなわけねぇだろうがぁ! 黒閃は俺の………っ」

 

 ついツッコミと同時に黒閃の事を教えようとしたが、途中から不味いと思った俺は口篭ってしまった。

 

 いくら黒閃の事が各国に知れ渡っているとは言え、(あくまでISに関して係わりの無い)一般人である竜爺や綾ちゃんに教える訳にはいかない。下手に知ってしまったら色々と面倒な事になってしまう。特にあの各国のお偉いさんとかが。

 

「ん? 『俺の』………何なのじゃ?」

 

「あ、いや、えっと………」

 

 やばい。どう言えば良いのか全然分かんなくて言葉が出ない。こんな時には誰かの手を借りたいんだが、一夏は俺がどう言うのかジッと見ててフォローしようと言う感じがしないし、黒閃も同様だ。本音は何故か急に剥れ顔になりながらも睨んでるし。それに気のせいか、綾ちゃんは気になっているかのように何故か凄く興味深そうに見てる。

 

 どうしよう、何て言えば……あ~~、仕方ない。これで誤魔化すとしよう。

 

「こ、コイツは、その………俺の相棒だ!」

 

 黒閃は人間の姿をしてるが元はISで俺の専用機だから別に間違っちゃいないだろう。俺の答えに、一夏達はそれなりに納得した表情となっているから大丈夫だ。それと黒閃は……微妙な表情をしてるが納得してる事にしておこう。

 

 さて、綾ちゃんはともかく問題の竜爺は――

 

「ほほう、相棒か。ふむ、それはつまり……既に人生の伴侶を見つけたと言う事か」

 

「それも違ぇ! ってか恋人以上に重くなってんぞ!?」

 

 とんでもない方向へ進んで勘違いしまくってた。

 

 このクソ爺……! 久しぶりに会ったかと思いきや、俺を弄って楽しんでやがるな……!

 

「冗談じゃよ。全く和哉よ、お主は御茶目な老人の戯言と思って簡単に聞き流す事は出来んのか?」

 

「あのなぁ……! 真面目な顔して訊いときながら今更何言ってやがるんだよ……!」

 

 ってかどこが御茶目な老人だよ。俺には意地の悪いクソ爺のKY発言にしか聞こえなかったぞ。

 

「あと言っとくけど、隣の本音も恋人じゃなく――」

 

「ルームメイトで同じベッドで寝泊りしてた仲だよ~」

 

「――そう、あくまで一緒に寝てただけで決して恋人では……っておい本音!」

 

 間違っちゃいないが竜爺にその発言はNGだ!

 

「ほほ~う、そうかそうか。まさかお主ら、そのような関係じゃったとはのう」

 

「いや、だから違うって!」

 

「一緒に寝る、か。アタシも前までは和哉お兄ちゃんと一緒に寝てたから、似たような感じなのかな? もしくは一緒にお風呂にも入ったとか」

 

「ちょっとかず~~~! どう言うことなの~~!? 綾ちゃんとは恋人じゃないって言ったよね~~~!?」

 

「何でいきなりそこで怒るんだよ本音!?」

 

 ってか綾ちゃん、この状況でそんな発言しないでくれる!? 本音が完全に誤解してるんだけど!

 

 確かに以前一緒に寝たり風呂に入った事はあるけど、それはもう去年までの話だ。まぁそれらの事もあったおかげで女の耐性が付いて、本音が何をしてきても動じなくなってるから、その部分は綾ちゃんに大変感謝してるが……。

 

「かず~の浮気者~~!」

 

「何で!? ってか俺そんな事した憶えはないぞ! おい黒閃、ちょっと本音を止めてくれ!」

 

「………私としては貴方が宮本綾とどれ位の関係なのかをお聞きしたいのですが?」

 

「お前もかよ!」

 

「おお、これが俗に言う修羅場と言う物か。ハッハッハッハ。青春じゃのう、和哉よ」

 

「これのどこが青春に見えるんだよ! と言うかアンタが原因作ったんだろうがこのクソ爺!!」

 

 笑いながら他人事のように言ってくる竜爺に思わず突っ込みながらキレて罵倒する俺。

 

「えっと……この状況で俺は一体どうすれば……?」

 

 ちょっとだけ蚊帳の外状態になってる一夏はどうしようかと思いつつも助けてはくれなかった。



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第99話

いつもよりちょっと長めに書けました。

それではどうぞ!


「さて、楽しい談笑はここまでにして、早速修行に移ろうかの」

 

「あれの何処が楽しい談笑なんだよ。竜爺だけメッチャ楽しんでただけだろうが」

 

「あはは……」

 

 場所は変わって、此処は修行場と言う名の道場。

 

 さっきまでのプチ騒動を竜爺が強制的に終わらせて俺達を道場へと案内し、修行する俺と一夏は道着に着替え終えて、黒帯付き道着を着てる竜爺と対峙している。本音と黒閃、そして綾ちゃんは邪魔にならないように隅っこに座って見物状態。

 

 本当は竜爺にまだ文句を言いたいところだが、そんな事をいつまでやっても切りが無かったので仕方なく、修行に専念する為に押し止めた。仮に文句を言い続けたところで、竜爺がのらりくらりとかわして修行の話題に持っていくのが目に見えてるからな。

 

 それはそうと、久しぶりの道場だ。前に来たのは六月の頭で二ヶ月近く経ってしまったから、またしても久しぶりの雰囲気と認識してしまう。

 

「ところで和哉よ。修行する前の確認じゃが、本当にそやつも参加させて良いのか? ワシの修行は生半可で無い事は、お主が誰よりも知っておる筈じゃが」

 

「問題無い。俺が一夏をある程度鍛えさせたから、それなりには付いて行ける」

 

「ふむ……。どれ」

 

「っ……」

 

 答えた俺に竜爺が一夏を値踏みするように観察すると、一夏は突然竜爺にジロジロと見られてる事により少し動揺する。

 

 一夏の上半身から下半身を見回した竜爺は少々不満そうだが、それでもある程度納得の様子だった。

 

「……成程のう。確かに和哉の言うとおり、そやつの身体は基礎の基礎まで出来上がっておる……じゃが、如何せん中途半端じゃのう」

 

「なっ……」

 

「例えて言うなら、“常に守られて一人前を気取った雛鳥”じゃのう」

 

「っ!」

 

 あっ、一夏がムッとしてる。いくら俺の師匠とは言え、まだ会って間もない人にいきなり未熟者呼ばわりされたら、そりゃ誰だって怒る。

 

 だが竜爺の言ってる事は間違ってない。確かに一夏は強くなったが、達人級の竜爺から見れば序の口もいいところだ。恐らく千冬さんも竜爺と同じ評価をするだろう。一夏はまだまだ未熟で弱い、と。尤も、それは未だに未熟な俺にも言える事だが。

 

「そ、そんなに俺は弱く見えますか……!?」

 

「うむ、弱いのう。呆れるほどに」

 

 あっけらかんと答える竜爺に――

 

「でしたら! 修行する前に一度俺と勝負して下さい! その言葉、すぐに撤回させます!!」

 

「む?」

 

「はあっ!? い、一夏、お前何考えて……!」

 

 一夏がとんでも無い事を言い出した事により、俺は仰天しながらも止めようとするが――

 

「ハッハッハッハッハ! 面白い、このワシに挑戦するとは中々度胸があるのう。良かろう(わっぱ)、修行前にほんの少しばかり相手をしてやろう」

 

「おい竜爺! アンタまで何言ってやがる!?」

 

 竜爺がアッサリと受諾してしまった。

 

 一夏も一夏だが、竜爺まで何考えているんだよ。

 

「もう、竜お爺ちゃんってば……」

 

「やれやれ。事実を言われただけで激昂するとは……」

 

「頑張れおりむ~! 私は応援するよ~!」

 

 見物してる綾ちゃんは竜爺に呆れ、黒閃は一夏に呆れ、本音は一夏を応援していた。特に綾ちゃん、出来れば君も止めに入って欲しいんだが。

 

「ってか一夏、何でお前あんな事を言い出した!? いくらなんでもそれは……」

 

 はっきり言って自殺行為にも程がある。言っちゃ悪いが、一夏では竜爺の相手にならない。

 

「止めないでくれ和哉! いくらお前の師匠だからと言って、我慢の限度ってもんがある! たとえ勝てなくても、今の俺はあの爺さんがさっき言った言葉を撤回させなきゃ気がすまねぇんだ!」

 

「落ち着け! 竜爺に指摘されて怒る気持ちは分からなくもないが――」

 

 何とか一夏の考えを改めさせようと説得するが、当の本人に言っても聞かない様子。

 

「ホッホッホ、それだけ威勢があれば充分じゃのう。ほれ、いつでも掛かって来い。お主がワシに攻撃を当てれたら、先程の未熟者呼ばわりは撤回しようぞ」

 

 激昂してる一夏の反応を見て楽しんでる竜爺は、手を後ろに組みながらそう言ってきた。それを見た一夏は口元をヒクヒクしながら俺に問いかけてくる。

 

「なぁ和哉、あの爺さんは俺をバカにしてるのか?」

 

「……多分な。あと一夏、さっきも言ったが止めたほうがいい。今のお前じゃ――」

 

「生憎、俺はあれだけ言われて黙ってるほど人間出来てないんだ! お前が俺の立場だったら怒らないのか!?」

 

「………分かった。もう好きにしてくれ」

 

 否定出来ない事を言ってくるので俺は説得するのを諦めて見守る事にして少し離れると、一夏はすぐに構えた。

 

 因みに一夏のあの構えは武術の構えだ。確か一夏は小学校時代に箒がいる道場で剣道以外にも、刀が折れた時の事を想定した際に素手の古武術も教わったと言ってたな。普段一夏とは訓練ばかりで組み手とかした事ないから、一夏のあんな構えは初めて見た。

 

「む? その構え……お主、以前に篠ノ之道場で柳韻(りゅういん)から武術を学んでおったのか?」

 

「え、な、何で箒の父親の事を……」

 

「やはりそうか」

 

 どうやら竜爺も気付いてる様子。加えて箒の父親の事も何か知っているようだ。何故知っているのかを聞きたいが、それは後にする。分かりきってはいても一応勝負だからな。

 

「あやつとはもう何年も会っておらんが、元気にしておるかどうか……まぁあの堅物に心配は無用じゃろう」

 

「おい竜爺、昔を思い出すのは後にしたらどうだ?」

 

「おっと、いかんいかん。目の前の事を忘れて、つい昔を思い出してしまったわい。年寄りの悪い癖じゃ」

 

 俺の指摘に昔を思い出してた竜爺はすぐに頭を切り替えて、再び一夏を見る。一夏は一夏で竜爺に何かを聞きたそうな感じだ。

 

「じ、爺さん。どうして柳韻さんを知って……」

 

「昔にあやつとは色々あった、とだけ答えておこう。もしそれ以上の事を知りたければ、ワシに攻撃を当てる事じゃな」

 

「……そうですか。なら!」

 

 そう言って一夏は基本に忠実なすり足移動をして、さっき竜爺に挑発されたせいか、素早く右手での正拳突きを顔面目掛けて繰り出そうとする。

 

 だが――

 

「ぐっ……!」

 

「ふむ、正拳突きはギリギリ及第点じゃが、それ以外は全く駄目じゃのう。錆だらけにも程があるわい」

 

 竜爺は後ろに回してた左手で一夏の正拳突きをあっさりと受け止めながら採点をしていた。しかも残念そうな様子で。一夏はすぐに拳を引っ込めようとするが、竜爺の驚異的な握力の所為でそれは出来なかった。

 

「やれやれ、こんなに錆だらけなお主を柳韻が見たら嘆いてると思うぞ。ほれっ」

 

 

 バチンッ!

 

 

「うわぁぁぁぁっ!」

 

 竜爺に拳を放されたと同時に強烈なデコピンを額に食らった一夏は吹っ飛ぶと、そのまま仰向けになって倒れた。

 

 相変わらず凄い威力な事で。嘗て俺も竜爺にあのデコピンだけで何度吹っ飛ばされた事か……。思い出すだけで、何故か額が痛くなってきた。

 

「……あ、あのお爺ちゃんすご~。おりむーがデコピンだけで吹っ飛ばされたよ~」

 

「アレだけで織斑一夏を……」

 

「うわぁ、織斑さん大丈夫かな~?」

 

 本音と黒閃は驚いており、デコピンを食らった一夏を心配そうに見ている綾ちゃん。あの子は過去に竜爺のデコピンで吹っ飛んでる俺を何度も見た事あるから、もう驚かなく相手を心配してしまう。

 

「いってぇ~~!!」

 

「お~い、大丈夫か一夏~?」

 

 両手で額を押さえながらのた打ち回っている一夏に声をかけるが、竜爺のデコピンの激痛のせいですぐに立ち上がれないようだ。

 

「これ童、いつまでのた打ち回っておる。この程度、和哉ならすぐに起き上がるぞ」

 

「いやいや竜爺、アレを初めて食らった奴は誰でもああなるから」

 

 だが一夏はまだマシな方だ。これが打たれ弱い一般人が食らったら、余りの痛みの所為で確実に気絶してる。下手すりゃ大怪我にもなる可能性もある。本人は昔と比べて威力が落ちたとは言ってはいるが、それでも強烈である事には変わり無い。

 

「つつつ……!」

 

「やれやれ、やっと起きたか。ほれ、もう一回」

 

「っ! こんのぉ~~~!!」

 

 来いと挑発するかように片手を使ってのジェスチャーをすると、一夏はカチンと来て痛みを堪えながら竜爺に向かっていった。

 

 今度は正拳突き以外の殴打を連続して繰り出すが、竜爺はヒョイヒョイっと簡単に回避していると――

 

「足元がお留守じゃぞ、童」

 

「うわっ!」

 

 悪い所を指摘するように足払いをやり、バタンと物の見事にすっ転んでしまう一夏。さっきと違って、今度はちゃんと受身を取っている。

 

「これで二回目。全く、柳韻の門下ともあろう者が情けないのう。もしワシが柳韻であれば、ここで叱咤しておるわい。で、まだやるかのう?」

 

「くっ……! まだまだ、やりますよ!」

 

(負けず嫌いなことで)

 

 そう言い返して立ち上がる一夏を見ながら、俺は竜爺に武術を習い始めていた頃の自分を思い出した。

 

 今の一夏みたく竜爺に言われて、ムキになりながら何度も挑んでは負けていたなぁ。まぁ今でも負けてるけど。恐らく竜爺も思い出しているに違いない。その証拠に何か懐かしむかのように笑みを浮かべているし。

 

「うむ。諦めずに尚挑むその姿勢は合格じゃのう」

 

「それはどうも……」

 

 竜爺の賛辞を受け取る一夏だが、さっきまでの威勢が無くなりかけていた。

 

 どうやら一夏自分と竜爺の力の差を漸く理解してきたようだ。そうでなければ、僅かながら一夏の全身が震えている訳が無い。一応何度も震えを止めてはいるが、竜爺を見てはまた僅かに震え始める。

 

(さてどうする一夏? 力の差があり過ぎるとは言え、このまま無様に負けるお前じゃあないだろう?) 

 

 少し期待するように見てると、一夏が突然二回ほど深呼吸をした。まるで何かに集中するように。

 

「ほう。これは何かをすると期待して良いかの?」

 

「………………」

 

 竜爺が何かに気付いた様子で問うと一夏は無言で返答する。それを見た竜爺はいつでも来いというようにジッと無言で一夏を見据えていた。

 

 俺や本音達も二人と同じく無言で見守っていると、一夏が急に動き出した。しかも今までとは違う早さで。

 

 竜爺もさっきまでと違う早さに少し目を見開きながら、距離を合わせる為に半歩下がろうとする。だがその半歩が着地する前に、一夏はを掴んで投げ飛ばそうとする。

 

 だが――

 

「どうした童、ワシを投げ飛ばさんのか?」

 

「ぐぎぎぎぎっ!」

 

 一夏が竜爺を投げ飛ばす事が出来なかった。

 

 理由は簡単。投げ飛ばそうとする一夏に、竜爺が梃子でも動かないように身体の重心に力を入れて投げ技を阻止しているからだ。普通はそんな事は出来ないんだが、竜爺のような達人には造作も無い。

 

「“相手の一拍子目よりも早く仕掛ける”篠ノ之流古武術の裏奥義『(ぜろ)拍子(びょうし)』、か。久しぶりに見たのう。じゃが」

 

 

 バチィィィンッ!!

 

 

「がっ!」

 

「ワシ相手に投げ技を仕掛けるのは愚策じゃったのう。隙だらけじゃわい」

 

 未だに投げ飛ばそうとする一夏に竜爺が、また一夏にデコピンを食らわして吹っ飛ばした。今度はさっきよりも威力が高めに。

 

「む? ちょっと強くし過ぎたかのう?」

 

「お、おい一夏、だいじょう……でもないか」

 

「…………………」

 

 吹っ飛ばされて倒れてる一夏を見てみると、デコピンの威力が高かったせいか、今度は痛みを通り越して完全に気絶していた。

 

「竜爺、一夏が気絶したから終了だ」

 

「何じゃ、もう終わりか? 呆気ないのう。もうちょっと粘って欲しかったのじゃが」

 

「あれだけでも充分やってたっての。綾ちゃん、悪いけど冷たい水とタオルを用意してくれないか?」

 

「う、うん、分かった」

 

 気絶してる一夏用に使う物を用意するよう頼み、綾ちゃんはすぐに立って道場から出た。本音と黒閃は気絶してる一夏へと向かう。

 

「お、おりむーの額かまっかっかだ~。何かあの音を聞くだけでこっちも痛くなりそうだよ~。」

 

「愚かな。意地を張らず、すぐに離れれば良かったものを。全く」

 

 心配そうに一夏を見る本音とは対照的に、黒閃は辛辣な評価をしながらも一夏の頭を持ってそのまま膝枕をさせた。

 

「ほう、何だかんだ言いながらも一夏に優しいじゃないか、黒閃」

 

「黒閃優しいね~」

 

「別に、ただの気紛れです。織斑一夏はマス……カズヤのご友人ですので」

 

 気紛れで膝枕をやるのは普通あり得ないんだが……まぁそう言う事にしておこう。もうついでに、これは一夏ラヴァーズの連中には黙っておかないとな。もし知ったら、アイツ等の事だから絶対誤解しそうだし。

 

「ほっほっほ。お嬢さんの膝枕とは、その童は運が良いのう。お嬢さん、童のコレか?」

 

「断じて違います。私は織斑一夏に対してそんなのは微塵もありません」

 

「………何もそんな真剣な顔で否定せんでも」

 

 おちょくるかのように小指を立てながら問う竜爺をバッサリと否定する黒閃。竜爺、からかう相手を間違えたな。

 

 そんな中、気絶してる一夏が意識が戻ったのか唸り声をあげ始めた。

 

「う、う~ん……何か頭に柔らかいものが……」

 

「あ、おりむーが起きた~」

 

「ならこれ以上は不要ですね」

 

「あだっ!」

 

 目覚めようとする一夏に黒閃はすぐに立ち上がると、さっきまで柔らかい黒閃の膝枕から一転して硬い畳へと一夏の後頭部に直撃した。おいおい黒閃、出来れば最後まで優しくしてやれよ。



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第100話

先ず最初に………二ヶ月以上空けっぱなしにしてすいませんでした!! m(_ _)m

あと久しぶりに書いた所為で、物凄い時間が掛かったばかりか、内容も短いです。ほんっとうにすいません!

それでも読んでくれる方はどうぞ!


「いててて……」

 

(わっぱ)よ、訊くまでも無いとは思うが、まだ続けるかの?」

 

「…………充分身に染みましたのでもう結構です」

 

「それは何よりじゃ」

 

 後頭部を摩っている一夏だったが、竜爺の問いに間がありながらも降参の意志を見せる。あれだけ力の差を見せつけられたから、もう続ける気なんか無いだろう。理解してくれて何よりだ。

 

「おりむー大丈夫ー?」

 

「はぁっ……。一夏、理解したと思うが、もう竜爺相手に勝負しろだなんて言わないでくれよ」

 

「あ、ああ……」

 

 心配しながら駆け寄る本音と、安堵の息を漏らしながら警告をする俺に一夏が頷くが――

 

「あれだけ息巻いといてアッサリ負けるとは……無様ですね」

 

「うぐっ!」

 

「コラ黒閃」

 

 黒閃のズバッと斬り捨てるような辛辣な台詞を聞いて撃沈一歩手前になってしまった。それを見た俺はすぐに窘めようとすると、竜爺が黒閃に視線を向ける。

 

「これお嬢さんや、そんな言い草をするでない。あと“無様”などと勝手に斬り捨てんでくれるか? それは見物しておったお嬢さんが決める事では無いからのう、悪いが口を挟まんでくれ」

 

「っ! ………申し訳ありませんでした」

 

 若干殺気が篭った目をして指摘する竜爺に、黒閃は一瞬ビクッと震えながらも謝罪をする。

 

(驚いた。ISでも怯える事があるんだな)

 

 怯える黒閃を見て俺は思わず目を見開いてしまった。

 

 竜爺の殺気は俺なんかの殺気と違って、生物としての本能的な恐れを抱かされてしまう。それを生物ではなくISの黒閃を怯えさせると言うのは普通あり得ない。

 

 黒閃が俺達人間と同じ感情があるからなのか、IS相手でも怯えさせる竜爺が凄いのか……どっちにしても色々な意味で驚きだ。

 

「ん? どうしたのじゃ和哉、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

 

「………いや、気にしないでくれ」

 

「?」

 

 俺の驚いてる表情に気付く竜爺だが、不可解に思いながらも後回しにして、また一夏の方に視線を向けようとする。

 

「さて童よ、ワシとの力の差が分かった以上、この後すぐ和哉と一緒に修行を始めるぞ」

 

「ええ!? こ、この後すぐ!?」

 

「当たり前じゃ。童の相手で修行時間が割かれたんじゃぞ? それを埋め合わせる為には一刻も早く始めねばならんからのう。特に武の才能がありながらも、そんなに錆だらけなお主の身体を徹底的に磨かねばワシの気が済まんわい」

 

 どうやら竜爺はさっきの勝負で一夏の素質を見抜いていたようだ。その証拠に竜爺の目が物凄くギラギラしてる。竜爺にとって、才能がありながらも宝の持ち腐れ状態になってる今の一夏を見過ごせないんだろう。もし一夏が俺みたいに武術の才能が全く無い奴(・・・・・・・・・・・・・・・・)だったら、あそこまで活き活きとしてはいない。

 

「はぁっ……。竜爺、修行を始めたい気持ちは分かるが、一夏を少し休憩させてからにしてくれ。ただでさえ竜爺の二撃食らってまだフラフラなんだからな」

 

 一夏は意識があっても、竜爺のデコピンを食らった痛みの所為で、まだ頭がフラフラな状態だった。そんな状態で修行させては途中でへばってしまうので、俺は止めようとするが竜爺は聞く耳持たぬと言わんばかりの顔をしている。

 

「何を言うか和哉よ、お主や童の修行が一分一秒惜しいと言うのに、そんな悠長な事を――」

 

「竜お爺ちゃん、和哉お兄ちゃんの言うとおり、織斑さんを少し休憩させないとダメだよ」

 

 竜爺が言ってる最中に、冷たい水とタオルを持ってきた綾ちゃんが現れて竜爺を諌めようとする。

 

「綾、お主まで……」

 

「織斑さんは初めてお爺ちゃんの修行をするんだから、こんな状態で修行させたらすぐに倒れちゃうよ」

 

「じゃ、じゃがのう……」

 

「とにかくダメ。じゃないと………今夜出すおつまみとお酒は無しにするんだから」

 

「うっ……」

 

 さっきまで聞く耳持たぬ竜爺の勢いが削がれていき、綾ちゃんが次に言った台詞によってそれは完全に無くなってしまった。

 

 因みに綾ちゃんが言ったつまみと酒だが、つまみは綾ちゃん手作りのだし巻き卵で、酒は日本酒だ。この二つは竜爺の大のお気に入りなので、それを無しにされるのは我慢出来ないだろう。以前竜爺が、「日本酒を飲みながら綾の出汁巻き卵を食べるのは格別じゃ」って言ってたからな。

 

「だそうだ竜爺、どうする?」

 

「むぅ…………仕方あるまい。孫娘の綾に免じて、十五分ほど休憩じゃ」

 

 妥協した竜爺がそう言いながら道場を出て行き、それを見て安堵の息を吐く綾ちゃんはすぐに一夏の方へと歩み寄る。

 

「大丈夫ですか、織斑さん? このタオルで冷やしてください。あとお水もどうぞ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 気遣ってくれる綾ちゃんに一夏はお礼を言いながら、胡坐を掻きながらタオルと水が入ってるペットボトルを受け取る。すぐにタオルをデコピンを食らった患部の額にタオルを当てると、一夏が痛そうな顔をする。

 

「いてて……」

 

「痛いと思いますが、そうしてれば徐々に痛みが引きますのでちょっとの間は我慢してください。それでも痛みが無くならなかったらアタシが薬を用意しますので、遠慮なく言ってください」

 

「いや、何もそこまで気を遣わなくても」

 

「気にしないで下さい。これでも和哉お兄ちゃんの傷の治療を何度もしてますから慣れてます」

 

 そう。綾ちゃんの言うとおり、俺は竜爺との修行で怪我をした際に、時折道場に来る綾ちゃんに治療させてもらっていた。それによって綾ちゃんは、そこら辺の素人よりも傷の手当てが上手い。

 

「傷の治療って……。和哉、お前あの爺さんと普段どんな修行してんだ?」

 

「その質問は、この後始まる竜爺の修行を受ければ嫌でも分かるよ」

 

「………………」

 

 敢えて答えない俺に一夏は段々嫌な予感がするみたいな顔になっていくが、生憎それはもう遅い。此処に来てしまっただけでなく、竜爺に目を付けられた以上もう逃げられないからな。

 

 一夏はチラリと本音と黒閃を見るが――

 

「が、頑張ってねーおりむー。私応援してるから~」

 

「あのご老人から口を挟むなと言われましたので黙秘します」

 

 あっさりと見放されてしまった。

 

「………俺、死ぬかも」

 

「大丈夫だ一夏、何かあったら俺がフォローするから」

 

「あ、アタシもなるべく手伝います、織斑さん。お、主に傷の治療を」

 

「…………一応ありがとうとだけ言っておく。それと宮本さん、俺の事は一夏でいいし、和哉みたく普通に話してくれ」

 

 一夏が形だけの礼を言った後、綾ちゃんに向かってそう言った。突然の事に綾ちゃんはキョトンとする。

 

「良いんですか?」

 

「ああ、良いぜ。小学生の君にそんな畏まった話し方されると何かちょっとむず痒いしな」

 

「じゃあ……アタシの事を綾で良いよ、一夏お兄ちゃん」

 

「おう。にしてもお兄ちゃん、か」

 

「どうかしたか一夏?」

 

 綾ちゃんにお兄ちゃんと呼ばれた一夏は少し複雑な顔をしていたので、疑問を抱いた俺は尋ねて見た。

 

「いや、千冬姉の弟の俺が綾にお兄ちゃんって呼ばれて変な感じがしてな。」

 

「………そう言われりゃそうだな」

 

 確かに一夏はいつも周囲から千冬さんの弟としか見られていなかったから、綾ちゃんと会って間もない子に突然“お兄ちゃん”と呼ばれるのは変な感じがするだろう。現に俺も最初、綾ちゃんに“お兄ちゃん”と呼ばれて違和感あったからな。今はもうとっくに慣れてるけど。

 

 そう思ってると、先程一夏を見放した本音が――

 

「綾ちゃん綾ちゃん、だったら私も“本音お姉ちゃん”って呼んで~。喋り方もおりむーと一緒で良いから~」

 

「え……うん、分かったよ、本音お姉ちゃん」

 

「お姉ちゃん……何か良い響きだね~。そう呼ばれると姉の威厳みたいなのが感じるな~」

 

「私から見れば、布仏本音にそんなのは微塵も感じられませんね。姉として見られたいのでしたら、少ししっかりすべきです」

 

「ちょっと黒閃~、お姉ちゃんみたいなこと言わないでよ~」

 

「お姉ちゃん? 何だ本音、君に姉がいるのか?」

 

 初めて知った情報に思わず問うと、本音はすぐに頷く。

 

「いるよ~。しかも凄く厳しいのー」

 

「成程。………恐らくそのお姉さんは、本音に相当苦労してるんだろうな」

 

「ちょっとかずー、それどう言う意味ー?」

 

 ボソリと呟く俺に、本音はちゃんと聞こえていたみたいで、顔を顰めながら俺の左腕に引っ付いてきた。

 

「別に深い意味なんて無い。ただ思った通りの事を言ったまでだ」

 

「私お姉ちゃんに苦労なんかさせてないんだけど~?」

 

「自覚が無いとは正にこの事だな」

 

「む~~~! 私ちょっとカッチーンだよ~!」

 

 完全に剥れ顔になった本音は手を使って俺の頬を抓ろうとしてきたので、俺はさせまいと本音の片手を掴むが、それでも本音は止めようとしなかった。

 

「むむ~~~!」

 

「ハッハッハ、君の腕力じゃ無理だよ」

 

「じゃあこうする~!」

 

「ん?」

 

 俺の頬を抓るのを諦めた本音が、さっきまで左腕に引っ付くのを離れると、今度は真正面から俺に抱き付いてきた。一体何がしたいんだ?

 

「本音、何のつもりだ?」

 

「かずーが謝るまでずっとこうしてるからー」

 

「だからって抱き付くことは無いだろうが……」

 

 本音から離れようとする俺だが、本音は両腕を俺の背中にがっしりと回している。その気になれば振りほどけるが、下手をすると本音に怪我をさせてしまう恐れがあるので、それが出来なかった。

 

『はぁっ、また始まった……』

 

『……ねぇ一夏お兄ちゃん、あの二人って仲良いのか悪いのかよく分かんないんだけど』

 

『取り敢えずメッチャ仲が良いとだけ断言しておく。あとあれはいつも学校でいつもやってる事だから気にしないでくれ』

 

『そ、そうなの?』

 

『………………』

 

『あの、黒閃さん。何でそんなに不機嫌なんですか?』

 

『気にしないで下さい。それと私の事は黒閃で構いませんし、織斑一夏達と同様に普通の喋り方で結構ですので。あと私も貴女の事を綾と呼ばせてもらいます』

 

『は、はぁ……』

 

 そして休憩が終わると、竜爺が再び道場へと戻ってきて修行を開始する事になった。

 

 その数時間後には――

 

「ぐああ~~~~!! か、和哉! いっそ俺を一思いに殺してくれ~~~!!!」

 

「おいおい、死ぬのにはまだ早いぞ。こんなのまだ序の口だ」

 

「これ童! 下らん事を抜かしとる暇があれば修行のハードルを高くするぞ!?」

 

「止めてくれ~~~!! 俺マジで死ぬ~~~!!」

 

 竜爺のハードな基礎訓練で一夏が早くも脱落しそうになっていた。



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第101話

今回はIS学園側の話です。

それではどうぞ。


 ~~一夏が和哉の師匠“宮本竜三”のハードな基礎訓練で地獄を見ている頃~~

 

 

 

「……っ、昼になってもまだ繋がらないか。全く、一夏の奴は一体何をしているんだ……!」

 

 IS学園寮の一室にて、携帯電話を使って何度も一夏と和哉に連絡をしようとしてるが一向に繋がら無い事に、篠ノ之箒は若干イラついていた。

 

 最初は一夏を誘って一緒に朝食を取ろうと気分良く一夏と和哉の部屋に行ったが、二人揃って部屋にいなかったので、もしかしたら訓練しているのではないかと思って探すが見付からなかった。

 

 仕方なく一人で朝食を取った後、自分の部屋に戻った箒は再び一夏を探そうとするが、偶然会った副担任の山田真耶から一夏と和哉が朝早くから外出しているのを知った。箒はすぐ部屋へ戻り、携帯を使って一夏に連絡をしても繋がらず、ある程度の時間を置いて再度連絡をしても繋がらないのが何度も続いている為、苛々が募って不機嫌な訳である。

 

 因みに箒は夏休みに入ってもすぐに実家へ戻ろうとせず、個人的な事情により時期を見計らってからと言う理由で今はまだIS学園に残っている。箒のルームメイトは既に実家へ帰省しており、今この部屋には箒一人しかいない。

 

(まさか一夏はもう既に帰省したのか? ……いや、それはない。確か帰省する日はまだ先の筈だ)

 

 箒は一夏が家に帰省する日を予め本人から予め聞いていたので、すぐに違うと考えると、ふと一夏のルームメイトである和哉を思い浮かんだ。

 

(そういえば和哉も一夏と同じく今朝早く外出してると山田先生が言ってたが………もしかすると和哉が一夏を連れて何処かに行ったのか? だとしても何故そんな早く外出する必要があるんだ?)

 

 和哉の行動に疑問を抱く箒だが、今この場で一人で考えるよりも電話で本人に問い質せば手っ取り早いと結論し、昼食後にまた電話しようと一先ず部屋から出ようとする。

 

「あ、箒、ちょっといい? さっきから一夏探してるんだけど、全然見付からないのよね~。どこにいるか知らない?」

 

「鈴か」

 

 そして食堂に向かおうとする途中で、中国代表候補生並びに一夏のセカンド幼馴染の凰鈴音が箒に尋ねる。

 

「アイツは今朝から外出したそうだ。どこにいるかまでは知らん」

 

「外出? まさかもう帰省したの? おかしいわね~、一夏が帰省する日はまだ先の筈……あ、しまった!」

 

「……はぁっ。どうやら鈴も知っていたようだな」

 

 鈴が一夏の帰省日を知っていた事に、箒は溜息を吐きながら諦めの表情となった。

 

 一夏が帰省した際、適当な口実を作って一夏の家で二人っきりになろうと考えていた箒だったが、鈴の台詞を聞いてそれはもう無理だと確信した。どうせ鈴の事だから、恐らく自分と同じ事をするに違いないと。

 

 鈴は先程余計な事を口走ったと慌てて口を手で塞いでいたが、箒の台詞を聞くとすぐにそれを止めた。

 

「あたしもって……もしかして箒も一夏から聞いたの?」

 

「ああ」

 

「っ……。アンタってホントに抜け目が無いというか、油断も隙も無いっていうか……はぁっ」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

「まあ、何となく予想はしてたけど……。じゃあ和哉の方は知ってる?」

 

 お前に言われたくないと返す箒に、鈴は諦めるかのように話題を変えようと別の質問をしようとする。

 

「和哉なら、一夏と同じく外出した位までしか知らん」

 

「アイツも? ふ~ん……そっか、外出したんじゃ仕方ないわね。ま、あたしにとっちゃその方が好都合だわ」

 

「? どう言うことだ?」

 

 箒は不可解に思って尋ねると、安堵してた鈴は面倒くさそうに理由を話し始める。

 

「昨日、ウチの国の上層部から“夏休みになったら神代和哉を専用機と一緒に中国へ連行しろ”って命令出されたのよ」

 

「連行だと? 勧誘なら分かるが、何故和哉が連行されなければならない? アイツが一体何をしたと言うんだ?」

 

「別に和哉は何もしてないわよ。向こうが勝手に思い込んでるだけ」

 

「…………すまない鈴、私にはお前の言ってる事が全然理解出来ない。と言うか、そもそも中国は一体どう言う理由で和哉を連行しようと考えてるんだ?」

 

 訳が分からないと言ってくる箒に、鈴はある事を問おうとする。

 

「箒さぁ、和哉が使う遠距離用の技で“破撃”と“飛燕脚”って知ってるよね?」

 

「ああ、それがどうした?」

 

「実はその技が原因で連れて来いって言ってるのよ。あたしのISで使ってる第三世代兵器の龍咆をどうやって利用したかを取り調べる必要がある、って和哉が聞いたら100%呆れる超バカバカしい理由で」

 

「………は?」

 

 理由を聞いた箒は『何言ってんだ、コイツ?』みたいな顔をしていた。

 

 箒がこうなってしまうのは無理もない。和哉が厳しい修行で会得した破撃と飛燕脚を、自国の兵器を盗用したから取り調べると言う中国の荒唐無稽な行動は誰が聞いても呆れてしまう。当然、命令を下された鈴でさえも物凄く呆れていたが。

 

「鈴、お前の国を悪く言いたくはないんだが――」

 

「あ~そこから先は分かってるから言わなくていいわ。あたしも命令内容聞いてる最中に、箒と同じ事考えてたから」

 

「そうか……。で、まさか鈴は命令通り和哉に中国に連れて行こうとするのか?」

 

「んな訳ないでしょうが。第一、いくらあたしに言われたからってアイツがあんな下らない命令に素直に従うと思う?」

 

「………無いだろうな」

 

 国の命令に和哉が従わない展開を容易に想像する箒は若干間がありながら答えると、鈴もうんうんと頷いてる。質問する鈴でも分かりきった返答をすると思っているから。

 

「ま、ウチの上層部の事だから、取調べなんかはあくまで口実で、本当の目的は和哉を勧誘させる為なんでしょうけど」

 

「やはりそれが本音か。けど良いのか? 自分の国の事情を他国者である私にペラペラ話しても」

 

「別に問題無いわ。聞いた話だと、どこの国もあの手この手使って和哉を引き入れようとしてるみたいだからね。あたしの所もその一つに過ぎないし」

 

 どうでもいいように答える鈴に、箒は完全に呆れ顔となっていた。当然それは各国の行動に対して。

 

「……どの国も躍起な事だ。呆れるほどに」

 

「全くよ」

 

 箒も自分が篠ノ之束の妹だからと言う理由で政府に保護と言う名の拘束をされていたから、和哉を気の毒に思っていた。箒にとって和哉は良き友人で相談相手でもあるから、自分と同じ経験をさせたくないと。

 

「それでさっき好都合と安心したのか」

 

「そう言うこと。まぁそう言う訳で、あたし今から上層部に和哉はいないって報告してくるわ」

 

「ああ」

 

「あ、言っとくけど箒。一夏が帰省する日に抜け駆けしたら承知しないからね」

 

「………分かってる」

 

 内心一夏と何処かへ二人っきりになる場所へ行こうと計画してた箒だったが、鈴が立ち去る前に釘を刺してきたので、それはもう無理だと諦めざるを得なかった。

 

 そして箒は昼食後に再度一夏へ電話するが――

 

「まだ出ないのか!? 私が何度も電話しているのにまだ出ないとはどう言う事だ!?」

 

 結局繋がらず、イラついてる箒は憤慨してしまった。

 

 

 

 

 

 

 因みにその一夏は――

 

「遅いぞ童! きりきりと走らんか!!」

 

「勘弁してくれ爺さん! こんな状態であと二駅先の公園まで走りきるのは無理だって!」

 

「口を動かす暇があるなら足を動かせい!」

 

「いでぇぇぇ~~!」

 

 外で(竜三曰く)軽い走りこみをしていた。しかも腹の辺りにロープを巻かれ、そのロープの先には括り付けたタイヤの上に竜爺が乗って、弱音を吐く一夏を鞭で叩いていた。

 

「ったく……。竜爺ってば基礎訓練とは言え、初心者の一夏相手にも容赦無いな」

 

「がんばれ~おりむ~」

 

「………私は待機状態に戻ったほうが良いのでは?」

 

 そして一夏と同様にタイヤを引きずって走りこみをして竜三に呆れている和哉と、和哉が引きずってるタイヤの上に乗って一夏を応援する本音と黒閃もいた。

 

 因みに綾は道場に残ってお昼ご飯の栄養満点スタミナ焼きそばを作っている。



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オリキャラ紹介 

今更ですが、オリ主のプロフィールです。


名前 神代(かみしろ) 和哉(かずや)

 

身長 177cm  体重 71kg

 

趣味 読書・ゲーム・修行

 

特技 武道

 

外見 黒髪の短髪で、野生的な顔立ち。

 

性格 苦労人 《主に友人の一夏によって》

 

イメージCV 読者の皆様のご想像に任せます

 

 

 

本作品の主人公。

 

IS学園1年1組の男子生徒で、真面目な青少年。

 

5歳の頃に屈強な老人から『ワシの弟子にならないか?』と誘われて十年以上経ち、現在も常日頃厳しい修行に励んでいる。いずれは師匠を倒すことが目標であり、最強を目指そうとしている。

 

同じ男子生徒である織斑一夏とは中学の頃からの付き合いで、IS学園において一夏は常に同じ男子である和哉と一緒に行動している。和哉を頼っている一夏に、一夏の姉である織斑千冬に時折嫉妬される事がある。

 

一夏が鈍感である事により、和哉は常に溜息をしては一夏に告白をして玉砕された女子を慰めている事がよくあった。これにより和哉は一夏に対して物凄く苦労している。そして一夏には必ず彼女を作らせると心から決意し、日々奮闘中。ただし、和哉が何気なく雰囲気を作らせようにも、一夏本人が全然気付いていないのでいつも無駄骨になっている。

 

 

 

神代和哉の奥義一覧 

 

 

宮本流奥義『(おぼろ)』……高速移動で影を残し、相手に自身の認識を錯覚させる特殊奥義。

 

宮本流奥義『砕牙(さいが)零式(ぜろしき)』……相手の懐に入って上半身のバネだけを捻って強烈な拳を繰り出す超接近戦用の技であり、並の人間が受けたら即死してしまう一撃必殺の奥義。

 

宮本流奥義『砕牙(さいが)』……砕牙・零式と違い接近戦で使う突進技。新撰組副長である土方歳三の『片手平突き』を拳で応用したもの。威力は砕牙・零式にも引けを取らない強烈な一撃を繰り出す奥義。

 

宮本流奥義『疾足(しっそく)』……初動を見せずに瞬時に高速移動をする移動法。沖縄の古武術にある『縮地法』を取り入れた物で、相手との距離を詰める移動法。相手の攻撃を避ける時にも使用している。

 

宮本流奥義『破撃(はげき)』……高速で拳を繰り出すことによって衝撃波を発生させる遠距離戦用の奥義。

 

宮本流奥義『咆哮(ほうこう)』……息を思いっきり吸い込んで一気に声を出し叫んで相手を怯ませる技。

 

宮本流奥義『飛燕脚(ひえんきゃく)』……足を高速で振り上げ、衝撃を発生させる遠距離専用の技。破撃の足バージョンだが、破撃と違って威力や飛距離は3倍以上ある。

 

宮本流奥義『乱撃(らんげき)』……『破撃』をマシンガンのように連続で繰り出す派生技。一発だけでは威力と命中率は破撃より劣るが、何発も当たれば破撃以上のダメージを与える事が出来る。

 

宮本流奥義『飛燕双脚(ひえんそうきゃく)』……片足で『飛燕脚』を使った直後に、もう片方の足で『飛燕脚』を更に当てる派生技。

 

 

 

※新しく技が出たら更新します



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第102話

今回は短いですが、取り敢えず今年初の更新です。


 外のランニングを終えた俺達は、そのまま道場に戻って更にハードな基礎訓練を続けた。

 

 言うまでも無いと思うが、ちゃんと昼休憩を取って飯もたくさん食った。因みに昼飯は綾ちゃんが作ってくれた物。そしてその後からは休憩無しで夕方までぶっ続けで行っていた。

 

「よし、今日は初日じゃからここまでにしておこうかのう。欲を言えばもう少し続けたいところじゃが……まぁそこの童がもうダウンしとるから仕方ないか」

 

 やっと修行初日が終わり、竜爺は少し物足りなさそうだが、それでも晴れやかな顔をしていた。久しぶりの修行でストレスが多少晴れたんだろう。

 

 だが――

 

「ぜぇ、ぜぇ……! あ、あのなぁ竜爺、アンタ初っ端から飛ばし過ぎだ……!」

 

「………あ、あああ……」

 

 竜爺とは対照的に、俺は座り込んでかなり息切れし、一夏なんかはうつ伏せで倒れてピクピクと動いてる虫の息状態だった。

 

 修行を始めて数時間経っても俺はまだ平気だったが、竜爺が久しぶりの所為で加減を忘れたかのようにぶっ続けでやってくるからダウン寸前。

 

 因みに一夏は何度も倒れていたが、それでも何とか続けた結果は言うまでもなく、既に言葉も出ない状態だった。と言うか、一夏はまだ初心者だと言うのに容赦無さ過ぎる。だがしかし、武の才能がある一夏に俺は敢えて竜爺に抗議しない。

 

(一夏。俺を倒すのが目標……と言うより千冬さんを守りたいんだったら、これ位は乗り越えてもらわなくちゃ困るぞ)

 

「おい童、いつまでも寝とらんで早う起きたらどうじゃ?」

 

 俺がそう思っていると、竜爺はうつ伏せで倒れている一夏に声をかけるが、当の本人は返事をする余裕が無い様子だった。

 

「はぁっ……。やれやれ、全く仕方の無い奴じゃ」

 

(お、あれは……)

 

 そんな一夏を見た竜爺は溜息を吐きながら近づいて床に膝を付くと、一夏がうつ伏せになってる状態から仰向けにさせ、両手を使ってマッサージを始めようとした。

 

 すると――

 

「ふんっ」

 

「ぐああああ~~~~!! いでぇ~~~~!!!」

 

 力を込めた竜爺のマッサージに、さっきまで虫の息だった一夏が顔を上げてすぐに悲鳴をあげた。

 

「騒ぐでないわ。むんっ!」

 

「うがああああ~~! か、和哉ぁ~~~!! 助けてくれ~~~!!!」

 

「大丈夫だ一夏。死にはしないから」

 

「そういう問題じゃねぇ~~~!!」

 

 悲鳴をあげてる一夏に俺が黙って見てると、竜爺は一夏の上半身と下半身のマッサージを続ける。

 

「な、なんか凄く痛そうなマッサージだよ~」

 

「確かに一見すると、身体全体に悲鳴をあげてる織斑一夏を更に鞭を打ってる様に見えますね。ですが……」

 

 近くで見ている本音は物凄く痛そうな顔をしており、黒閃は何かに気付いてる様子を見せる。

 

 そしてその光景が続いて五分後――

 

「これで最後じゃ。ほれっ!」

 

「$~%&%$#”)%$)##”!!!!」

 

 最後の一押しで一夏がもう悲鳴にならない声をあげた。

 

「よし、こんなもんかのう」

 

 マッサージを終えた竜爺が立ち上がりながらそう言うと――

 

「いててて……な、何が……! 何がこんなもんだ爺さん!! 物凄ぇ痛かったぞぉ!!」

 

「「!!」」

 

 余りの痛みに抗議する一夏もすぐに勢い良くガバっと立ち上がった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)事に、見ていた本音と黒閃が驚愕した。

 

「何じゃ、まだどこか痛いのか?」

 

「当たり前だ!! 爺さんの所為で身体が物凄く痛く、て……あれ?」

 

 立ち上がれる事に気づいた一夏は思わず目線を下に向け、自分の身体を見ながら両手を使って竜爺にマッサージされた箇所を触っていた。

 

「え? え? お、俺……さっきまで動けないばかりか、起きる事も出来なかった筈なのに……何で?」

 

「やれやれ、お主は愚鈍なのか? さっきのマッサージをやったからに決まっておるじゃろうが」

 

「まぁまぁ竜爺、あのマッサージを初めて受ける一夏の反応は当然だって。俺も初めてやった時は同じ反応だったろ?」

 

 不可解な一夏に呆れてる竜爺だったが、俺がフォローをすると少し考える仕草をして、「おお、そう言われればそうじゃったわい」と言いながら思い出した。

 

 因みに竜爺のマッサージはそこら辺のマッサージ師より凄く、疲労困憊や痛み等を和らげてくれる。尤も完全にとまではいかず、竜爺曰くあくまでその場での応急処置みたいな物だそうだ。それはそれで充分に凄いがな。俺も初めてやってくれた時は今の一夏と似たような事をして不思議に思っていた。

 

「では明日に備えて、今日はゆっくり休むが良い。おっと和哉、お主もワシのマッサージが必要か?」

 

「いや、一夏ほどじゃないから大丈夫」

 

「……そのようじゃのう」

 

 俺の状態を一通り見て確認し終えた竜爺は道場から出ると、ある程度疲れが無くなって立ち上がった俺は一夏に声を掛けようとする。

 

「取り敢えずだ一夏、先ずは初日お疲れさん」

 

「あ、ああ……」

 

「どうした? ひょっとしてどこか痛むのか?」

 

「あ、いや、それはもう大丈夫だ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「和哉って、こんなハードな修行を毎日やってたんだなぁって思ってな」 

 

 凄そうに俺を見る一夏に、俺はすぐに現実を教えようとする。

 

「いやいや、あの程度で凄いと言うのはまだ早いぞ。さっきまでのは竜爺に言わせれば、軽い準備運動みたいなもんだ」

 

「おいおい、軽い準備運動って……あれがか?」

 

「ああ、竜爺の修行は主に実戦並みの組み手だからな。特に組み手は一番きっついぞぉ。竜爺は一応手加減してるけど、ちょっと気を抜いただけでも即座に隙を突かれてKOされるからな」

 

「………一応訊くが、お前あの爺さんと本気でやった事あるのか?」

 

「ある訳無いだろうが。今でやっと実力の三~四割といったところだ」

 

 俺の実力はまだ師匠の半分以下だからな、と付け加えると一夏は頬を引き攣らせる。

 

「……ただでさえお前も凄いのに、どんだけ規格外なんだよ、あの爺さん……」

 

「更に凹ませる様で悪いが、一夏と相手した時には実力の一割も出してなかったぞ。因みに、もし竜爺がお前相手に本気でやれば一秒以内で瞬殺されるから」

 

「………………マジ?」

 

「俺が嘘言うと思うか?」

 

「…………もしかして俺、とんでもない人に喧嘩売ったのか……?」

 

「お前なぁ、今更何言ってんだよ……」

 

 顔を青褪めながら後悔してる一夏に俺は呆れてしまった。

 

 ってか気付くの遅すぎだ。俺が竜爺と相手をするなと必死に説得した時点で気付いてくれ。あの時はマジでヒヤヒヤしたんだからな。いくら竜爺が手加減するのが分かってたとは言え、あんな無謀な事をするのは自殺行為も良いところだ。

 

「かずーがあんなマジ顔で言うなんて、やっぱりあのお爺ちゃんって凄いんだね~……」

 

「やはり只者ではないみたいですね、あのご老人は……。それに身体構造を確認しただけでも、とんでもない筋肉でしたし」

 

 俺の話を聞いていた本音と黒閃も驚いているようだ。

 

 ってか黒閃、お前にそんな確認機能が付いてたのか? 俺としちゃそっちの方に驚きなんだがな。もしかして俺の身体構造も既に調べ済み、なのか?

 

「当然です。マスターの身体に合わせるのが(IS)の役割ですので」

 

 俺に近づいてくる黒閃は当然の様に言ってくる。

 

 人が考えてる事を読まないでくれよ。

 

「私はマスターの専用機ですので」

 

 ああ、そうかい。

 

 俺が諦めるように溜息を吐いてると、突然道場の戸が開いて綾ちゃんが入ってきた。

 

「みんな~、夕ご飯の準備が出来たから居間に来て~」




次回はちょっとした日常話になります。


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第103話

珍しく連日更新で、少し長めに書く事が出来ました。

それではどうぞ!


「ん~美味しいよ~」

 

「本当に美味いな。このカレーって綾が作ったのか?」

 

「うん、そうだよ。まだあるからたくさん食べてね」

 

 修行を終えた俺と一夏は普段着に着替え、居間で夕御飯を食べていた。

 

 因みに今日のメニューは綾ちゃんが作ってくれたポークカレー。肉を使うカレーの中で俺が一番好きなやつだ。

 

「ほう、また料理の腕上げたんだな。前に食べたのと違ってコクが増してる。何か隠し味とか入れたのかい?」

 

「それは和哉お兄ちゃんでも教えられないよ」

 

「そうかい」

 

 まぁ別に追求する気は無いし。美味しい料理を出してくれるだけで俺は満足だからな。

 

 そう思ってると、俺の隣に座って何も食べようともしない黒閃に、綾ちゃんが視線を向ける。

 

「ねぇ黒閃お姉ちゃん、ホントに食べないの? お昼ご飯の時もいらないって言ってたけど……」

 

「お気になさらず。私はちょっとした事情がある為に食べれませんので、お気持ちだけ受け取っておきます。あと先程から申し上げましたが、私の事は黒閃と呼び捨てで構いませんので」

 

 そりゃあ黒閃はISだからなぁ、などとISとは無関係の綾ちゃんと竜爺の前では言えないし。

 

「ほっほっほ。こんなに賑やかな食事は凄く久しぶりじゃのう」

 

 この家の大黒柱の竜爺が上座に座ってカレーを食べながら、俺達の会話を見てさっきまで厳しい修行をしていた顔と違って、好々爺みたいな感じで言ってくる。

 

 いつもは此処で俺か綾ちゃん、もしくは綾ちゃんの母親としか食べてなかったからな。一夏や本音、そして(食べてはいないが)黒閃もいるから、竜爺にとっては新鮮な気持ちなんだろう。

 

「綾よ、お代わりじゃ」

 

「は~い」

 

「す、凄いな爺さん。もう三杯目だぜ」

 

「ほっほっほ、胃袋はまだまだ若い者には負けんぞ、童よ」

 

「っ……。あの、さっきから言おうと思ってたんですけど、その童って呼ぶの止めてくれませんか?」

 

「ん?」

 

 綾ちゃんから三杯目のカレーの皿を受け取ろうとする竜爺が、一夏の方へと顔を向ける。

 

 そう言われれば竜爺、一夏が自己紹介して以降からずっと『(わっぱ)』って呼んでたな。

 

「俺には一夏って名前がありますから」

 

「ふむ……明日以降の修行を最後まで頑張れば考えておくわい」

 

「そ、それとこれとは……」

 

「何じゃ、最後まで出来んのか? ワシと同じ男であるなら、付いて行こうとする気概ぐらいは見せて欲しいのう。でなければワシはお主の事を童と呼び続けるぞ?」

 

「っ!」

 

 ああ、一夏の奴また竜爺の誘いに乗せられちゃってるし。竜爺も竜爺で……ったく。

 

 で、竜爺の言葉にカチンと来た一夏は――

 

「上等ですよ! 俺が最後まで続けられたら絶対に名前で呼んでもらいますからね!」

 

 これまた予想通りと言うべきか、自分からまた無謀な約束をしてしまった。

 

「うむ、その意気じゃ。では明日からは今日以上の修行をやるから、是非とも楽しみにしておいてくれ」

 

「げっ!」

 

 今更とんでもない約束をしてしまったと後悔する一夏だがもう遅い。竜爺はやると言ったら絶対やるからな。

 

「もう、竜お爺ちゃんったらまた……」

 

「頑張ってね~おりむ~」

 

「織斑一夏、貴方には学習能力と言う物が無いんですか? 先程後悔したばかりだと言うのに」

 

 綾ちゃんは竜爺の行動に顔を顰め、本音は見捨てるように応援し、黒閃は一夏の行動に呆れながら毒を吐いた。

 

 一夏、悪いけど今回はフォロー出来ないからな。さっき俺も黒閃と同じ事を考えてたし。

 

「あ、そう言えば竜お爺ちゃん。お兄ちゃん達がランニングしてる時に、またあの人たち来てたよ」

 

 再び一夏が後悔しながらご飯を食べてる最中、突然綾ちゃんが思い出した顔になって言うと、さっきまで美味しそうにカレーを食べてた竜爺がいきなりしかめっ面になって口に運ぼうとするスプーンを皿の上に置く。

 

「はぁっ……全く、毎度毎度しつこい連中じゃのう。それで綾よ、まさかとは思うが奴等を道場の中に入れたのか?」

 

「ううん、それはしてない。咄嗟に居留守を使ったよ。アタシだけだと、あの人たち絶対に竜お爺ちゃんがいないのを良い事に勝手に進めると思ったから」

 

「うむ、良い判断じゃ」

 

「? なぁ竜爺、何か遭ったのか?」

 

 二人の会話が気になった俺は尋ねる。当然それは俺だけでなく、一夏と本音と黒閃も気になっていた。

 

 あの竜爺があんな顔するって事は何かただ事じゃないからな。それに綾ちゃんも滅多に見ないしかめっ面になってるし。

 

「な~に、これはワシ等家族の問題じゃ。弟子の和哉が気にするような事ではない」

 

「いや、あんな意味深な会話して気にするなって言われても、余計気になるんだけど」

 

 俺の突っ込みに本音がウンウンと頷いている。

 

 だが竜爺は教えてくれそうにない様子だったので、今度は綾ちゃんに尋ねようとするが――

 

「綾に訊こうとしても無駄じゃからな、和哉よ」

 

 くそっ、先手を打たれた。

 

「ゴメンね、和哉お兄ちゃん。お爺ちゃんが和哉お兄ちゃんには絶対言わないようにって――」

 

「綾よ、お主は余計な事を喋り過ぎじゃ」

 

「はうっ……。ゴメンなさい」

 

 ……綾ちゃん、ちょっと教えてくれたのは嬉しいけど、相変わらず隠し事は苦手なんだな。まぁ綾ちゃんは純心無垢な子だし、隠し事とか向いてないからしょうがないと言えばしょうがない。

 

 だけどこれ以上二人に訊いたとしても、教えてくれなさそうだから、ここは一旦諦めて引くとするか。

 

「………分かった。ホントは凄く気になるけど、もう訊かないでおく」

 

「そう言ってくれると助かるわい。お主等もすまんかったのう、折角の食事にこちらの詰まらん話を聞かせてしまって」

 

「あ、俺は別に……」

 

「私は気になるけど~……かずーと同じく訊かないよ~」

 

「お気になさらず」

 

 暗にこれ以上は訊かないでくれと言ってくる竜爺に、一夏と本音は気になりつつも俺と同じく引き、黒閃は興味を無くしたみたいな感じで言った。

 

 

 

 

 

 

「なあ和哉、俺たち一応客だけど台所にいる綾の手伝いとかしなくて良いのか?」

 

「良いって良いって。下手にあの子の手伝いとかすると、逆に何もやる事なくなっちゃうからな」

 

 黒閃を除く全員が飯を食い終えると、竜爺は綾ちゃんに後片付けを任せて早々に部屋へ戻り、その綾ちゃんは俺達が使った皿を片付けて台所で皿洗いをしている。

 

「それにしても本音の奴、ちゃんと一人で学園に帰れるんだか」

 

「大丈夫だろ。ってか、爺さんにタクシー呼んでのほほんさんを駅まで送るように頼んだのは和哉じゃないか」

 

「……まぁそうだな」

 

 因みに本音が学園に戻った理由は、竜爺と綾ちゃんが気になった会話の後に本音の携帯電話から着メロが鳴って、本音の姉らしき人が怒った声で一度学園に戻って来いと言われたそうだ。

 

 どうやら此処に泊まる事を本音は前以て説明してなかったようで、本音のお姉さんは相当お怒りのようだった。同時に夏休みの初日に行う筈だった生徒会の仕事も無断でサボった事も含めて。近くにいた俺も、本音のお姉さんの怒った声が聞こえたし。ついでに電話口から、とある生徒会長さんが必死に本音のお姉さんを宥めている声も聞こえたが。

 

 その為に本音は学園に戻る事になったので、俺が竜爺に頼んで本音をタクシーで駅まで送るように頼んだ。本音は帰りたくなかったようだが、お姉さんには逆らえないのか、渋々とタクシーに乗って帰っていったと言う訳だ。

 

「あ、そうだ和哉、風呂場に案内してくれないか? 俺もうさっきから風呂に入りたくてな」

 

「ああ、俺も丁度風呂に入りたかったところだし、一緒に入るか。背中流してやるぞ」

 

「え゛!?」

 

「どうした?」

 

「お、お前と二人で風呂に、か……? そ、それはちょっと……」

 

「あの、マスター。お風呂と言うのは普通一人ずつ入るものでは?」

 

 嫌そうな顔で引き気味になる一夏と、さっきまで黙っていた黒閃が意味不明な事を言ってくる。

 

「何そんな嫌そうな顔してるんだ? ってか黒閃、何か勘違いして………あ、そっか。二人は知らないんだったな。いやいやすまんすまん、教えるのすっかり忘れてた」

 

「へ?」

 

「何を忘れていたのですか?」

 

「まぁ今此処で教えるより実物を見せた方が手っ取り早いか。と、その前に……綾ちゃん、俺ら先に風呂入ってるから! あと黒閃はもう疲れたから部屋で休みたいって言ってるから俺が案内しとく!」

 

 俺が台所に向かって少し大きめに声を出すと、そこから「分かったよ~」と綾ちゃんの返事が来たのを確認した。

 

「黒閃、悪いけど二人が見てない内に待機状態に戻ってくれ」

 

「分かりました」

 

 黒閃は俺の指示通りに人間の姿から待機状態のブレスレットに戻った。

 

「これでよし、と。さぁ一夏、行くとしようか」

 

「ちょ、ちょっと待てよ和哉。俺に一体何を見せるんだ? せめて何なのかを教えてくれよ」

 

「見れば分かるよ。少なくとも一夏が一番好きな物だからさ」

 

「はぁ? 意味が分かんねぇって」

 

 未だに何かを訊こうとする一夏を俺は無視して風呂場へと案内した。

 

 そして目的地に着いて、

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい和哉、こ、これって……!」

 

「ふふん。どうだ一夏、驚いたろ?」

 

「あ、ああ……。まさかこんなところで……“温泉”に入れるなんて思ってもいなかったぜ!」

 

 この風呂場――温泉に入れる事を知った(既に服を脱いでる)一夏は物の見事にハイテンションになっていた。

 

 因みに俺も服を脱いでおり腰にタオルを巻いてる状態だ。

 

 ここは数年前まで無駄に広い庭の敷地内の一つだったが、俺が竜爺の遊び心が含まれた(スコップ使用の)穴掘り訓練をした際、偶然にも温泉を引いてしまった。しかも天然温泉を。これには流石の竜爺も驚いて直ぐに調べたが、幸い誰かが利用している物ではなく、この土地ならではの温泉だった。

 

 それを知った竜爺は、折角出た温泉を元に戻すのは勿体無いと思い、此処を温泉場へと改造しようと考えた。勿論温泉を引いた弟子の俺も手伝い、今はもう完全に温泉場で宮本家専用の贅沢な風呂場となってる。無論タダで使い放題だ。その分管理とか面倒だが、温泉好きの竜爺にとって、そんなのは苦でも無いらしい。

 

 因みにさっき言ったとおり此処は宮本家専用の風呂場だから、この温泉を利用しての商売とかは一切してない。温泉好きな竜爺がコレで儲ける気は毛頭無く、純粋に温泉を楽しみたいと言う理由で誰にも教えていない。

 

「よし、早速入らせて――」

 

「待て一夏」

 

「な、何だよ?」

 

 温泉に入ろうとする一夏に俺は肩を掴んで止めると、一夏は怪訝な顔をして俺を見てくる。

 

「今だから言うが、この温泉は竜爺とその家族、あと弟子の俺しか知らない。そしてそれを身内ではない一夏に教えた」

 

「…………………」

 

「もしこの温泉場を誰かに教えたら……ココから先は言わなくても分かるよな?」

 

 俺が真剣な顔をして警告する事に、一夏は無言で首を縦に振り――

 

「仮にもし喋った場合、お前はもう永久に使えなくなる。そうなりたくないよな?」

 

「ち、誓う! 絶対に喋らない! ってか、こんな温泉が目の前にあって入れないなんて、俺には絶対耐えられない!」

 

「OK。その言葉、忘れるなよ」

 

 絶対に喋らないと誓ってくれた。

 

 まぁ一夏は元々口が堅いのは知ってるから別に問題ない。特に風呂好きの一夏が、この温泉に入れなくなると言うのは(一夏からすれば)拷問に等しいから、絶対に何が何でも喋らないだろう。

 

「よし、約束したんなら入ってよし、と」

 

「わわわっ! きゅ、急に押すなって! うわぁっ!」

 

 

 ザッパァァァ~~~ン!!

 

 

 俺がトンッと軽く背中を押すと、一夏はバランスを崩してしまいそのまま温泉へダイブした。そして一夏はバタバタと暴れるが、手足が床に付いたのを確認すると、すぐに立ってきた。

 

「あ、あぶねぇじゃねぇか和哉!!」

 

「ハハハ、初めて温泉に入る洗礼だと思ってくれ」

 

「嫌な洗礼だな!? ってか客の俺に、んな事しないでくれ!」

 

「いやぁ~、俺が初めて温泉に入る際に竜爺に同じ事されたから、俺もちょっとやってみようかなぁ~ってな」

 

「やられた事あるんなら尚更やるな!! だったら俺もお前に――」

 

『織斑一夏、腰に巻いてるタオルが取れていますが?』

 

「どわぁ!!」

 

 突然の黒閃の指摘により、さっきまで憤慨状態だった一夏がすぐに恥ずかしがって自分の股間を両手で覆いながら温泉に入った。すぐにプカプカと浮いてたタオルも取って。

 

「な、何で黒閃が此処にいるんだよ!?」

 

『貴方は見ていなかったのですか? 私が待機状態になったのを』

 

「そう言う意味じゃねぇ! ってか和哉、何で待機状態の黒閃を脱衣所に置いてかなかったんだよ!?」

 

「いや、俺は最初そのつもりだったんだが……」

 

 一夏の言うとおり黒閃を脱衣所に置いておく筈だったが、ブレスレット越しから何か訴えるような感じがして外すに外せなかった。もし外したらまた人間の姿になって温泉に入ってきそうな気もしたし。

 

『私はマスターの専用機ですのでいるのは当然です。それに織斑一夏も待機状態の白式を手首に付けたままじゃないですか。別に問題はないでしょう?』

 

「いや、白式と違ってお前は俺達と会話出来たり人間になれるから問題あるぞ。それに第一、お前は人間の姿が女なんだからな。少しは男の俺達に気を遣ってくれ。ってか黒閃、お前その状態になってても俺達の姿が見えるんだろ?」

 

『……………いえ、この姿だと視覚は遮断されてますので見えません』

 

 嘘だな。コイツが今咄嗟に考えて誤魔化したのが何となく分かる。ちょっと引っ掛けてみるか。

 

「ふ~ん、じゃあ聞くが、一夏の股間に付いてるアレはどうだった?」

 

「何で俺に振るんだよ!?」

 

『そうですね。標準以上かと思われますが、それでもマスターと比べて些か小さいかと』

 

「がはぁっ!!」

 

 あ、一夏が黒閃の言葉で何処からかグサッて音が聞こえたと同時に、一夏のライフが一気にゼロになりかけてる。おまけに余りに効き過ぎた所為か潜っちまったし。

 

 すまん一夏、お前の犠牲は無駄にしない!

 

「黒閃、やっぱりお前見えてるんじゃないか」

 

『え? …………はっ!』

 

「予定変更だ。やっぱお前が待機状態と言えども、脱衣所に置いてくる必要があるな」

 

『ま、待って下さいマスター! い、今のは言葉の綾で……!』

 

「今更誤魔化しても遅いわ。ってかISが見苦しい言い訳すんな」

 

 そう言って俺はすぐに脱衣所に戻り待機状態の黒閃を置いて行き、今度は正真正銘、俺と一夏だけの温泉時間となった。

 

 そして意気消沈してる一夏を俺が必死にあの手この手で何とか元気付けさせたのは言うまでもない。あと黒閃は俺の方で一夏の心を瀕死にさせた罰として、暫くの間は何かある時以外は待機状態のままで喋るなと厳命しといた。



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第104話

「ふ~~、さっぱりした」

 

「あ~~気持ち良かった~。しっかし和哉ってずるい奴だな」

 

「いきなり何だよ?」

 

 温泉を堪能した後に寝泊りする部屋へ案内してると、移動中に一夏が急に不機嫌そうにジロッと睨みながら変な事を言い出してきた。

 

「だってお前、IS学園に入学する前まで弟子の関係上この家に居て、毎日あの温泉に入ってたんだろ? しかも友人の俺に内緒で」

 

「それと一体何の関係が……ああ、そう言う事か」

 

 呆れている俺だったが、一夏の不機嫌な理由が何となく分かり始めてきた。

 

 恐らく一夏は俺が内緒でずっとあの温泉を使っていた事に対して少し怒ってるかもしれない。風呂や温泉が好きな一夏にとっては許せない、みたいな感じで。

 

「和哉は俺が温泉好きなのを中学の頃から知ってる筈だろ? それを知った上で内緒にしてたなんてひっでぇな~」

 

「仕方ないだろ。あの時は下手に喋ったら、学校中に知れ渡って面倒な事になると危惧して教えられなかったんだよ」

 

「別に学校じゃなくても、休日の時に言ってくれれば良いじゃないか」

 

「教えようにも、そん時には弾や数馬、鈴の内の誰かが必ずいたからな。お前が黙ってても、アイツ等がどこかでポロッと喋る可能性が無きにしも有らずだったし」

 

 別にアイツ等の事を信用してないって訳じゃないが、もし知られたら学校どころか、下手したらマスコミの耳が入って撮影やら取材やら、挙句の果てには商売目的で交渉しようとする連中も来るかもしれない。何しろあの温泉は天然物だから、絶対注目の的になる事は間違いない。竜爺も竜爺でそう言った事は嫌いだから、弟子の俺は師匠に絶対迷惑を掛けずに黙っていようと口を堅く閉じていた訳だ。

 

「でもだからって……」

 

「じゃあ一夏、こう考えてみろ。もし中学の頃、お前やお前以外の連中が此処に温泉がある事を知って色んなところから注目された事を」

 

「え?」

 

「例えて言うなら……そうだな、俺達が男性初のIS操縦者になってマスコミや政府関係者や研究者共にに注目された感じで」

 

「あ……」

 

 俺が例えると、一夏はすぐに当時の事を思い出した。ISが男である自分に適正がある事を知った友人や知人、そしてマスコミや政府の役人や研究者が家に押し寄せてきた事を。

 

 あの時は人の心情を全く考えていない無神経な連中だと思う程うざかった。俺が竜爺の家にいるのを知ったマスコミは人の事を根掘り葉掘り聞き出そうとしたり、役人や研究者共は勝手な事ばかり言ったりと、俺だけじゃなく竜爺もブチ切れて強制的に追い出したからな。

 

 俺があんな事をしたんだから、穏健な一夏もさぞかし辟易してたに違いないと思ったので例え話を出してみたが、思ったとおりそれは覿面だった。さっきまでの不機嫌が無くなって申し訳無さそうな顔になって、顔を下へ向けている。

 

「その顔を見るから察するに、納得してくれたと思っていいか?」

 

「……悪ぃ和哉。俺、勝手なこと言って……」

 

「分かってくれりゃ良いさ。ほれ、部屋に着いたぞ」

 

 部屋に着くと俺はすぐに戸を開けて一夏を招きいれる。この部屋は俺がIS学園に入学する前までに使っていた所だから、全然違和感無く使える。尤も、客人の一夏を此処に招いたのは初めてだが。

 

「此処が和哉が使ってた部屋かぁ。にしても……何かお前の家の部屋と大して変わんないな」

 

「まぁな。好きに使って構わないって竜爺に言われたから、俺向けの部屋にしたんだ」

 

 だからこの部屋には家から持って来た暇潰し用に置いてる家庭用ゲーム機や漫画が置いてある。竜爺は修行に関して物凄く厳しいが、私生活や趣味については何も言わない。竜爺が『誰かに迷惑を掛けるような事さえしなければ好きにして構わん』って言ってたし。

 

 因みに綾ちゃんも俺の部屋を利用する事がある。あの子は見た目とは裏腹にかなりのゲーマーで、竜爺の家に泊まる際、俺が修行終えた後には必ずと言って良いほどゲームの相手をする。ゲームのジャンルは色々あるが、とにかく綾ちゃんはゲームが凄く上手い。特にアクションゲームが。

 

「ってな訳だから、夏休み中この部屋はお前の好きに使って良いぞ。竜爺の厳しい修行には必ず息抜きが必要だからな。俺はいつもそうしてるし」

 

「だよなぁ。あんな地獄とも言える修行の後に何もしないで明日にはまた修行って……正直言ってやってられねぇよ」

 

「ハハハ。竜爺はそれを見越して、修行後は俺を自由にさせてるんだ」

 

 でなけりゃ、俺はもうとっくのとうに修行を抜け出して弟子を辞めてたからな。

 

「まぁそれより、これからどうする? 俺は久しぶりに家庭用のヴァーストをやろうと思うが」

 

「あ、それなら俺もやる。アレは弾の家で遊んでから全然してないからな。っと、その前にちょっと千冬姉に連絡しとくから、悪いけど先に準備しといてくれないか?」

 

「分かった」

 

 俺はすぐに家庭用ゲーム機を引っ張り出して準備し、一夏は置いてあった鞄から携帯を取り出した。

 

 そして準備を終えた俺はテレビを付けて、ゲーム機の電源を付けようと――

 

「げっ!」

 

「ん?」

 

 ――する直後に一夏が突然不味いような声を出したので、俺は何事かと思って振り向いた。

 

 一夏を見ると、携帯の画面を見て何故か青褪めている。一体どうしたんだ?

 

「どうした一夏?」

 

「お、俺の携帯に、ふ、不在着信やメールがあってな……」

 

「それがどうした?」

 

 別に驚く事じゃないだろうと呆れていたが――

 

「そ、その殆どが……箒と鈴、シャルやラウラばかりなんだよ……。特に箒からの不在着信が十件以上もあって……」

 

「………え?」

 

 一夏が理由を言った後、俺はすぐに前言撤回した。

 

 これは不味いな。一夏が此処で修行する事をアイツ等が知ったら絶対に面倒な事になると思って、敢えて内緒で行ってしまったのが逆に仇になっちまった。

 

 箒の事だから一夏が電話した直後に滅茶苦茶怒って怒鳴るのが目に見えてる。流石に十回以上電話しても出てくれなかったからな。箒は普段大人しいが、大好きな一夏の事となるとすぐに怒る。

 

 俺から考えるに、恐らく箒は『自分がこんなに何回も電話してると言うのに出ないなんてどう言う事だ~!?』って憤慨かもしれない。アイツは一夏の事となると手に取るように分かりやすい奴だからな。

 

「ど、どうする和哉? 今俺が箒に電話したら……アイツ間違いなく絶対に怒るぞ……!」

 

「落ち着け一夏。別に俺達はやましい事なんてしてないし、ちゃんと冷静に事情を話せば……」

 

「じゃあ訊くが、怒ったアイツが俺の話をちゃんと大人しく聞いてくれると思うか? あと鈴たちも」

 

「それは………すまん、無いな」

 

 一応考えてみたが、一夏がどんな選択をしても箒が怒る展開にしかならない。アドベンチャーゲームで言うなら、どんな選択肢を選んでもバッドエンド直行確実だ。

 

 流石に今キレてもおかしくない箒を一夏に任せるのは酷なので、仕方ないから今回は俺が代わりに箒の対応するとしよう。勿論他の一夏ラヴァーズの連中にも。因みにセシリアは今イギリスにいて、俺が一夏を連れて行く事を知ってるから問題ない。

 

 あくまで俺が一夏を此処に連れてきたんだから、ちゃんとその責任を取らないといけない。一夏は何も悪くないし。

 

「はぁっ……。一夏、電話を貸してくれ。俺が箒に説明する」

 

「え? でも……」

 

「箒が怒る原因を作ったのは俺だからな。それにアイツは俺相手ならちゃんと話を聞いてくれるし、今までもそうだったろ?」

 

「……確かに」

 

 一夏が今までの事を振り返って、俺が箒を宥める時はちゃんと聞いていた事を思い出していた。それを理解した一夏は俺に携帯を渡そうとする。うん、理解してくれて何よりだ。

 

「けど和哉、何で俺の電話を使うんだ? お前の携帯にも箒の番号が登録してあるんだから、そっち使って箒と話せば良いんじゃないか?」

 

「まぁ普通はそうするが、今回はお前の携帯を使って箒を一度ガス抜きさせる必要があるんだ。そうすれば箒はお前に理不尽な行動を取らなくなる」

 

「理不尽? 何でだ?」

 

 一夏がいまいち意味が分からないような顔をしているので、俺は簡単に説明しようとする。

 

「今の箒はお前の携帯に何回電話しても繋がらない事によって、すっごくストレスが溜まって超激怒してるのは分かるよな?」

 

「ああ」

 

「それでそんな状態の箒に俺が電話で理由を説明して納得させたとしてもな、アイツはストレスを溜め込んだままになって発散が出来る機会が無くなってしまう。けれど箒の性格から考えて、恐らくだが『この怒りを一体誰に向ければ良いんだ?』と考え始め、その結果『電話しなかった一夏が悪いから、アイツに責任を取ってもらおう』と結論する。そしてお前が学園から戻ってきた後、箒は絶対何かしらの理由をつけて二人っきりになった後、お前を思いっきりブチのめしてストレス発散させる流れになる筈だ。幼馴染のお前も考えてみてどう思う?」

 

「うん、確かにそうだ。箒なら絶対にやりかねない。流石は和哉、よく箒を理解し……って! 和哉が説明しても俺は箒にボコられること決定なのかよ!?」

 

「そう言ってんだろうが」

 

 なに納得しながらツッコミしてんだよ、と呆れながら付け加える俺。

 

「だからそんな理不尽な行動をさせない為に、箒にはお前の携帯を使ってこの場でストレスを発散させる必要があるんだ。その後に俺が説明すれば――」

 

「俺に理不尽な事はしなくなる、って訳か」

 

「そう言う事だ」

 

 一夏はやっと理解してくれたようなので、俺は一夏に指示を下す。

 

「じゃあ今から箒に電話するが……その前に一夏は少し離れて耳塞いどけ。アイツの事だから絶対にデッカイ怒鳴り声を出すと思う」

 

「お、おう!」

 

 言われたとおり一夏はすぐに俺から離れて耳を塞ぐ。流石に俺も間近で箒のデカイ怒鳴り声は聞きたくなかったから、一応離れても話せるように一夏の携帯電話をスピーカーホンに切り替えて床に置く。不在着暦から箒の携帯番号を見つけ、俺はピッとボタンを押して箒に電話した直後、俺は携帯から少し離れた。

 

 

 トゥルルルルルルッ! トゥルルルルルルッ! トゥルルルルルルッ!

 

 

 スピーカーホンによって待ち音が聞こえる中、耳を塞いでる俺と一夏は生唾を飲みながら物凄く緊張していた。まるで今から恐ろしい化け物と対峙するかのように。

 

 そして――

 

 

 トゥルルルルプツッ!

 

 

 箒が電話に出たので――

 

 

 

『一夏貴様ぁぁぁぁぁぁぁ~~!!!!!!!!! 私が何度電話しても出ないくせに今更どの面下げて電話してきたぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!?????』

 

 

 

 携帯から俺の『咆哮』以上である箒の爆発した怒鳴り声が部屋全体にビリビリと響き渡った。その所為か耳を塞いでも、あまりに凄い怒鳴り声に俺達は思わず吹っ飛んでダメージを受け、蹲りながらも必死に堪えている。

 

「~~~!! な、なんつーバカでかい声だ! ホントに俺の『咆哮』を遥かに超えてるぞ!」

 

「~~~!! み、耳塞いでも痛ぇ~~~!!」

 

 

 

『貴様私に黙って一体何処で何をしてる~~~~~~~~~~!!!!!!!!???????? 事と次第によっては許さんぞぉぉぉぉぉ~~~~~~~!!!!!!!』

 

 

 

 そんな俺達に箒はお構い無しと言わんばかりに、未だ不満をぶちまけるかのように叫び続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~箒が爆発する数分前~

 

 

 

「それで真理奈さんや、綾の報告にあった連中が来たと言う事は――」

 

『ええ。思ったとおり、日本支部の女性権利団体は未だにお義父さんの土地を狙ってるみたいだわ』

 

「やはりそうか」

 

 此処は宮本竜三の私室。

 

 竜三は私室へ戻った後、すぐに置かれている電話を使って女性へと電話していた。その内容は食事中に和哉達に秘密にしていた話だった。

 

「全く、本当にしつこい連中じゃのう。以前小娘共が此処に来た際、慇懃無礼な態度でワシの温泉を人の為に役立てよう等と御託を並べておったが、どうせアレは嘘なんじゃろ?」

 

『ええ。いつもウチの店でエステしに来る女性権利団体の幹部の一人がこう言ってたわ。「天然温泉がある土地に女性専用スパを建設するけど、家主であるくたばりぞこないの目障りな爺が未だに首を縦に振らなくて困ったもんだわ」ってね。私がその家族なのを知らずにペラペラと』

 

「……人の家をもう我が物気取りでいるとは、ワシも随分舐められたもんじゃのう」

 

 不愉快そうに話す女性に、竜三はただただ呆れる一方だった。

 

 因みに竜三が電話している真理奈と言う女性は、綾の母親である宮本真理奈で、同時に竜三の義娘でもある。

 

「さっきの話を聞くからに、小娘共はワシの土地にスパを建てる事はもう決定済みなのか?」

 

『ええ。あのお喋りな幹部さんによると、何でも今回の件が上手く行った暁には、女性権利団体の団長さんから直々の褒美と同時に、建設したスパの経営者に任命される事を約束されてるらしいわ』

 

「やれやれ、己が利権の為にワシの土地や温泉を踏み台にしてのしあがろうとは……本に、どこまでも身勝手な小娘共じゃわい」

 

『っ!』

 

 途中から声が低くなった竜三に、真理奈は電話越しからでも竜三の怒りを感じ取ってビクッと震えた。

 

 竜三は修行以外の事だと普段温厚で滅多に怒らない好々爺な老人だが、今は心の底から怒っている。温厚な人ほど怒らせると恐いと言うが、竜三は正にその典型だった。

 

 そして真理奈は危惧した。竜三を怒らせる行為は死を意味すると。別に死と言っても竜三は相手を殺す事はしないが、相手の頭のてっぺんから足の爪先に至るまでに死の恐怖を極限に与え続けるので、それは最早死も同然。それを知っている真理奈は、色々不味い事になってしまうと竜三を説得しようとする。

 

「いっその事、ワシ直々に小娘共を潰した方が手っ取り早いかもしれんのう……」

 

『お、お義父さん、その気持ちは痛いほど分かるけど、そんな事したら……!』

 

 自分だけに被害が及ぶならまだしも、と言おうとする真理奈だが――

 

「冗談じゃ。そうすれば綾だけでなく、和哉にも要らぬ迷惑を掛けてしまうからのう。ワシはそこまで愚かではないわい」

 

「……なら良いけど」 

 

 娘の綾と、竜三の弟子である和哉に多大な迷惑を掛ける事を分かっていた竜三に安堵した。同時に先程まであった竜三の怒気も静まっていた。

 

『お義父さん、とにかく今は私の方で何とか――』

 

 

 

『一夏貴様ぁぁぁぁぁぁぁ~~!!!!!!!!! 私が何度電話しても出ないくせに今更どの面下げて電話してきたぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!?????』

 

 

 

「な、何じゃあ!?」

 

『な、なに今の!?』

 

 突然上から知らない女性の怒り狂った声が響いて、竜三と真理奈は不意を突かれたかのように驚いてしまった。



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第105話

気がつけばお気に入り件数が2500件超えていました。

登録して下さった方々に感謝の極みです。

それでは続きをどうぞ!


『はぁっ! はぁっ! はあっ! …………さぁ一夏、言い訳を聞かせてもらおうか?』

 

 数分近くも怒号していた箒は言いたい事を全部言い終えて、漸く話を聞いてくれる状態になったようだ。

 

「……どうやら終わったようだな」

 

「み、耳が痛ぇ……」

 

 箒が落ち着いたのを確認した俺は耳を塞いでいた手を放して、少し距離を取って置かれている一夏の携帯へと近づく。その携帯の持ち主が未だに蹲って頭がガンガンしてるようで、俺は気の毒に思いながらもソレを手に取ってスピーカーホンをOFFにし、すぐ箒と話そうとする。

 

「よぉ箒、電話に出て早々随分なご挨拶だな」

 

『……え? か、和哉? ど、どうしてお前が一夏の携帯に……?』

 

 電話口から話しかけてくる相手が俺だと知った箒は戸惑っていた。そりゃコレの持ち主じゃない俺が電話に出るから不思議に思うのは無理もない。

 

「俺の携帯は今充電中だから、一夏に頼んで借りたんだよ」

 

 勿論これは嘘だ。箒をストレス発散させる為に一夏の電話を使った等と言える訳がない。

 

 そんな俺の思惑に全く気付いてない箒は、恐る恐る尋ねようとしてくる。

 

『………で、では……私に電話したのは一夏ではなく……和哉だった、のか?』

 

「ああ、お前にちょっと話があってな。にしてもさっきの怒鳴り声は凄かったなぁ、危うく鼓膜が破れるかと思ったぞ♪」

 

『…………………………』

 

 俺が嫌味を込めながら爽やかに答えると箒は無言になってたが――

 

『た、大変にすまなかった和哉!! わ、私はてっきり一夏が電話してきたと思ってしまって……!』

 

 すぐに申し訳ない気持ち全開で思いっきり頭を下げるような謝罪をしてきた。

 

 箒の行動に俺は溜息を吐きつつ呆れるように言う。

 

「だからってあんなデカイ声出すのは止めてくれ。ハッキリ言って近所迷惑物だったぞ。ってかさっきのアレの所為で家全体に響きまくった上に、隣にいる一夏なんかぶっ倒れちまったぞ」

 

『ほ、本当に申し訳なかった。あまりにイライラしていたせいで、つい……ん?』

 

 重ねて謝る箒だったが、途中から何か気付いたような声を出してくる。

 

『ちょっと待て和哉、どう言う事だ? 何故お前が一夏と一緒にいる? 一体お前たちは今どこにいるんだ? そもそも一夏は何故電話に出なかったんだ?』

 

「はいはい、ちゃんと説明するから、そんな矢継ぎ早に質問しないでくれ」

 

 一夏と一緒だと分かった箒が捲くし立てる様に質問責めをしてくるので、俺は若干顔を顰めながら箒を宥めようとする。

 

 本当に箒は本当に一夏の事となると周りが見えなくなっちまうな。まぁそれは他の一夏ラヴァーズにも言える事だが、取り敢えず今は箒に説明するとしよう。

 

「手っ取り早く言うと、俺が一夏を強くさせる為に師匠の家に連れて来て修行させてるんだよ」

 

『しゅ、修行だと?』

 

「ああ。夏休みの前日に俺が『一緒に修行しないか?』って一夏を誘ったんだ。まぁ修行と言っても夏休み限定だけどな」

 

 言っとくがちゃんと千冬さんから許可を貰ってるぞ、と付け加える俺は話を続ける。

 

「んで、今日は朝早くから師匠の家に行って、師匠が待ちきれなかったのか、俺達が来て早々すぐに修行を始めちまってな。その所為で箒が何度電話しても繋がらなかったのは、もう既に師匠と修行してたんで一夏が電話に出るに出られなかったって訳だ。ホントなら家に着いた後に箒に電話して、事情を説明する予定だったけどな」

 

『………そうか』

 

 若干間があって頷く箒だったが、信じてはいるみたいだ。

 

 まぁ最後に言ったのは嘘だが、別に全てが嘘じゃない。一応竜爺の修行の際に昼休憩はあったが、あの時の一夏に携帯を気にしていられる余裕なんて全然無かったからな。俺も俺で竜爺の修行は久しぶりで、電話の事なんか全然気にしていなかったし。と言うか、他の事を気にしていられるほど、竜爺の修行は生半可なものじゃないからな。

 

「取り敢えず簡単に事情を説明したが、何か質問は?」

 

『………質問ではないが、そう言う事は前以て教えてくれ。知ってれば電話しなかったんだからな』

 

「そうだな。それはすまなかった」

 

 不満そうに言ってくる箒に、俺は一通りの謝罪をする。

 

 教えたら絶対来ると思ってたから敢えて黙ってたんだよ、等と言える訳が無い。

 

 とは言え、もう事情を知ってしまった上に、今は箒だけしか知らない状況。それを考えて箒の行動は――

 

『あー、和哉。その……良ければ私も一夏と一緒に参加してもいいか?』

 

 そう言ってきた事に、俺は内心やはりそうきたかと思った。

 

 恐らく箒は今なら鈴達を出し抜いて一夏と二人っきりになれる算段を考えてるに違いない。そうでなければ箒があんな事を言う訳が無いからな。

 

 だが俺はそんな事をさせるつもりは無く――

 

「別に構わないぞ。言っとくが師匠の修行は俺が学園でやってた訓練と違って、地獄の拷問とも言える滅茶苦茶ハードな物だぞ。例えるなら……俺が臨海学校で鈴達にやったペナルティの十倍近い修行内容だと思ってくれればいい」

 

『じゅ、じゅうば……!?』

 

「因みに今日の修行は師匠曰く“軽い準備運動”だったが、終わった後の一夏はもう既に倒れて虫の息状態だったぞ。あと明日以降なんかは今日やった内容以上の事をやらされる予定だ」

 

『…………………』

 

 箒に現実を教えて諦めさせるつもりだった。

 

 それを聞いた箒は電話越しからでも分かるくらいに困惑し、そして無言になっていた。多分箒の事だから、参加する事を後悔しているに違いない。

 

「参加するなら今から俺がメールで此処の住所を送信した後、師匠に言ってお前に見合った修行内容を――」

 

『あ……す、すまん和哉! や、やはり辞退させてもらう! 今の私ではとても付いていけそうにも無い!』

 

 これも予想通り、箒は撤回して参加するのを諦めてくれたようだ。いくら一夏と二人っきりなれるチャンスがあるとは言え、竜爺が修行中にそんな事を考えさせる暇なんて与えないからな。

 

「そうか。ま、それは正しい判断だから、俺としては逆に安心した」

 

 ついでに余計な要らん騒ぎも起こらずに済んで、と内心付け加えながら安堵する俺。

 

 あと今はこの家に綾ちゃんがいる為、箒は絶対に誤解して騒ぎを起こす可能性大だからな。あの子は小学生だけど、見た目は高校生並みのスタイルな上に可愛いとなれば、一夏だけじゃなく俺までとばっちりを食らってしまうし。だからそうならないよう、箒には竜爺の修行の恐ろしさを教えて辞退させようって寸法だ。

 

「それと箒、良かったらお前の方で学園に居る鈴達に一夏の事を説明しといてくれないか? 一夏の携帯でお前以外に鈴やシャルロット、それにラウラの不在着信があったからな。多分アイツ等も一夏が今何処にいるのかが気になってる筈だ」

 

『あ、ああ。それは別に構わん。和哉の言うとおり、鈴達も知りたがっていたからな』

 

 よし、これで俺から鈴達に説明する手間が省ける。アイツ等に俺が直接電話して一から説明するより、学園に居る箒に話してもらったほうが手っ取り早く済むからな。

 

「助かるよ。って事で俺の話は以上だが、まだ何か聞きたい事とかあるか?」

 

『それはもう無いが……えっと、出来れば一夏に代わってもらえたら嬉しいんだが』

 

「おいおい箒、さっき俺が事情を説明したばかりだってのに、まだ電話してもらえなかった事を根に持ってるのか?」

 

 ここで一夏に代わったら俺が説明した事が無駄になってしまうので、そうはさせまいと俺は顔を顰めながら言う。が、箒は慌てた様子で言ってくる。

 

『ち、違う! 私はただアイツに激励をしようとしてだな……!』

 

「激励、ねぇ。まぁそれなら良いか……と言いたいところだが、生憎一夏はもう寝ちまってるよ。竜爺の修行のせいで、飯食って風呂入った後すぐに寝てしまってな」

 

 無論これは一夏と電話させない為の嘘。さっきも言ったように今代わらせる訳にはいかないからな。

 

 因みに一夏はさっきの箒の怒号で耳を押さえながら蹲っていたが、俺が電話してる間に回復したのか上半身だけ起き上がって静かにコッチを見ていた。さっき咄嗟に吐いた嘘に一夏は声を上げようとしたが、俺が何も言わせないよう一夏に顔を向け、電話を持ってないもう片方の人差し指を口元に当てて静かにするようジェスチャーをする。それを見た一夏は俺の言うとおりにして両手で口を押さえていた。

 

『そ、そうか。それなら仕方ないな』

 

「良かったら俺の方から一夏に伝えとくが?」 

 

『じゃあこう伝えといてくれ。“一夏、死ぬなよ”、とな』

 

「………分かった、必ず伝えよう。じゃあ切るよ」

 

 箒が頷くのを確認した俺は耳元から電話を放し、電源ボタンを押して電話を切った。

 

 にしても何か随分と重みのある伝言だったな。まぁ竜爺の修行はそう思われて仕方ないから、身を持って経験してる弟子の俺としても否定は出来ない。

 

 まぁ取り敢えず、これで箒のストレス発散と同時に、箒が後ほど一夏に対する理不尽な制裁をするのは回避出来たから何よりだ。

 

「ふぅっ、何とか事を丸く収める事が出来たぁ……。もう手を放して良いぞ、一夏」

 

「…………はぁっ」

 

 安堵しながら言う俺に、一夏も手を放すと同時に安堵の息を吐いた。

 

「やれやれ。電話で説明しただけで、ここまでドッと疲れるとは思いもしなかった」

 

「俺もだ。何かすっげ~疲れた気分だぜ」

 

「まぁ一先ずこれで安心だ」

 

「けどさぁ、何か箒を騙してるような感じだったぞ。つーか、お前の説明の中で所々嘘吐いてたな。電話する予定とか、俺はもう寝てるとか」

 

「嘘の中に真実を混ぜ込んでおけば、大抵の相手は信じてくれるからな」

 

 と言っても殆ど真実だけどな、と付け加える俺に一夏は複雑な顔をしている。

 

「況してや、箒は俺の話をちゃんと聞いてくれるし」

 

「まぁ確かに。けど……何か箒に悪い事をしちまったなぁ」

 

「お前の言いたい事は分かるぞ、一夏。だが時には嘘を吐いて回避する事も必要な事なんだ。お前はただでさえ箒達に理不尽な目に遭ってるんだからな」

 

「う……けど、それは大抵俺が悪くて……」

 

「またそれか……」

 

 ……はぁっ、一夏ってホントに根っから御人好しな上に馬鹿正直だな。そんなんだからあの一夏ラヴァーズは度が過ぎた行動を起こすんだよ。それで毎回鎮圧させる俺の身にもなってくれ。

 

 けどまぁ、一夏のこう言う所があるから、箒達は一夏の事が好きなのも事実だし。だからと言って、臨海学校の時にISを使った恋する乙女の暴走は勘弁して欲しいが。

 

「あ~もうこの話は無し無し。今日はもう寝ちまおう」

 

「え? 折角ゲーム用意したのにもう寝るのか?」

 

「さっきの箒の電話で疲れた所為か、何だかもう眠くなってきたんだ。それでも一夏がゲームやりたいなら付き合うが」

 

「あ、いや、やっぱり良い。俺も和哉と同じく何だか眠くなってきたしな」

 

 どうやら一夏も俺と同じく睡魔に襲われかけているようだ。

 

「よし、じゃあ急遽予定変更で寝る準備するか」

 

「おう」

 

 こうして俺と一夏は寝ようと、用意していたゲーム機を片付けて布団を用意してると――

 

 

 ガラッ!

 

 

「和哉よ、先程女子(おなご)の怒鳴り声が聞こえたが、一体アレは何だったのじゃ? 知っておるなら今すぐに説明せい」

 

「和哉お兄ちゃん、お風呂場の方からも女の人が怒った声が聞こえたんだけど何があったの? アタシ気になってすぐお風呂から上がっちゃったよ」

 

 突然戸が開いて、顔を顰めた竜爺と風呂上りでパジャマ姿の綾ちゃんが揃って俺に説明を求めてきた。

 

「……おい、和哉」

 

「………しまった。竜爺と綾ちゃんに説明するのをすっかり忘れてた」

 

 寝ようと思ってたのに、二人に説明しなきゃいけないなんて……はぁっ。全く箒の奴、とんだ置き土産を寄越してくれたな。周囲への迷惑って言う名の置き土産を!

 

 あとこれは学園に戻って知った事だが、どうやら箒は電話が終わった後、偶然部屋の見回りをしていた千冬さんにこってり搾られたらしい。言うまでも無いと思うが、主に物凄い怒鳴り声を上げた事に対して。



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第106話

「とまあ、コイツの幼馴染がさっきのバカでっかい怒鳴り声を出してたって訳だ」

 

「す、すいませんでした。俺の幼馴染がとんだご迷惑を……」

 

「「………………」」

 

 説明を求める竜爺と綾ちゃんに、俺は二人を部屋の中へ招き入れてすぐに説明していた。

 

 そして俺が一通りの説明を終え、一夏が怒鳴った箒に代わって謝ると、座って聞いていた竜爺と綾ちゃんは揃って呆れ顔となっていた。二人の顔を見て俺は内心当然の反応だと思っている。全く事情を知らない第三者が聞いても100%呆れること間違いないからな。

 

「むぅ……何と言うか、電話に出なくて怒る気持ちは分からんでもないが……にしても傍迷惑な童じゃのう」

 

「な、何もあそこまで怒鳴らなくても良いと思うんだけど……」

 

 仕方ないさ。箒は大好きな一夏の事となれば沸点が低くなるだけじゃなく、周囲の事なんかお構いなしだからな。尤も、それは他の一夏ラヴァーズの連中にも言える事だけど。

 

「俺もまさか竜爺や綾ちゃんがいる所まで響くなんて想定外だったよ。あれが他の近所にも聞こえてなければ良いんだけど」

 

「まぁそれは大丈夫じゃろう。この土地から近所の民家まではそれなりに間があるから、仮に聞こえたとしても、さっきのような響きまではせん」

 

「……それもそっか」

 

 確かにこの家は道場も兼ねる程に土地が広いから、竜爺の言うとおり響いたりはしないだろう。それでも何が遭ったか気になる人はいると思うが。

 

 そう考えていると、竜爺は一夏の方へ視線を向けていた。

 

「それにしても童よ、さっきの和哉の話を聞く限りじゃと、お主の幼馴染は随分と怒りっぽい性格じゃのう」

 

「あ、いや、アイツは普段は大人しいんですが……アイツは何故か俺の事になると怒りっぽくて」

 

「ほほう、童だけにか。ほっほっほ、そうかそうか」

 

 あ、竜爺が面白そうな顔をするって事は、箒が一夏に好意を抱いてる事に気付いたな。

 

「もしかしてその人、一夏お兄ちゃんと仲悪いの?」

 

 綾ちゃん、そこは素直に捉える所じゃないぞ。と言いたかったが、純心無垢なこの子に今それを言っても余計に混乱させるだけなので、敢えて何も突っ込もうとしなかった。

 

 当然それは竜爺も分かっているようで、さっきまで面白そうにしていた顔から苦笑を漏らしていた。

 

 そして――

 

「いや、別に悪くはないぞ。ただ単に俺相手には怒りっぽいだけで、それ以外は普通だよ。まぁ箒は時々何考えてるのか分からない所があるけどな」

 

「箒? 何でいきなり掃除道具が出てくるの?」

 

「え? ……あ~、悪い悪い。まだ綾に名前教えてなかったな。俺の幼馴染は篠ノ之箒って名前なんだ」

 

「あ、そうなんだ。ゴメンなさい、いきなり失礼なこと言っちゃって」

 

 話題となってた一夏は綾ちゃんに箒の事を教えていた。

 

 確かにさっき綾ちゃんが言ったとおり、最初に聞いたら掃除道具と間違えるのは無理もない。俺も箒の名前を初めて知った時には綾ちゃんと同じ事を思ったからな。その名前の張本人は気にしてるのかどうかは知らんが、俺としてはそんなの聞く気は更々無い。

 

 そう思っていると、竜爺は二人の会話に何か気付いたような顔をしていた。

 

「篠ノ之じゃと? ……ちょっと待て童、まさか先程の傍迷惑な声は柳韻の娘なのか?」

 

「え、ええ、そうですけど……」

 

 一夏の返答を聞くと、竜爺は溜息を吐きながら右手を頭の上に置く。

 

「………はぁっ。まさか彼奴(あやつ)の娘だったとは……あのようなみっともない真似をするとは」

 

 もし柳韻が知ったら嘆くわい、と凄く呆れながら言ってくる竜爺。

 

 確か竜爺って箒の父親の事を知ってるんだったな。ちょっと聞いてみるか。

 

「そう言えば竜爺、一夏と相手した時に『箒の父親と色々あった』って言ってたけど、もしかしてその人とは竜爺の武術仲間なのか?」

 

「まぁそんなところじゃ。尤も、あの時言ったように彼奴とはもう何年も会っとらんがな。そう……十年前、柳韻のもう一人の娘が作った――確か束じゃったか? 其奴(そやつ)が『インフィニット・ストラトス』と呼ばれる戯けた玩具(がんぐ)を作った所為で、柳韻とは会えんばかりか音信不通になってしまってのう」

 

「……………」 

 

 竜爺が箒の父親と会えてない理由を聞いていた一夏は思わず口を噤み、暗い表情になった。

 

 確か箒が言った話では竜爺が言ったとおり、篠ノ之束が開発したISを世界に公表された事によって、箒の家族は政府から重要人物保護プログラムをかけた所為で今何処にいるか分からない状態だったな。そりゃ会えない訳だと内心思ってる俺は、少々複雑な気持ちだった。竜爺が箒の父親と会えない原因を作ったISに、今は俺や一夏が使ってるからな。

 

 そして一夏は恐らく自分の知り合い――IS開発者の篠ノ之束が竜爺に迷惑を掛けてしまった事によって、申し訳ない気持ちになってるんだろう。

 

「えっと……束さんが迷惑を掛けてしまってすいません」

 

「む? どうした童、何故お主がいきなり謝るんじゃ?」

 

「いや、俺は、その………」

 

「何じゃ? 言いたい事があるならハッキリ言わんか」

 

「………一夏は箒だけじゃなく篠ノ之束とも親交があるんだよ」

 

「何?」

 

 言い辛そうな一夏に俺が代わりに答えると、竜爺はこっちへ視線を向ける。

 

「と言うより、家族ぐるみの付き合いがあってな。だからコイツは自分と関わりのある篠ノ之束が竜爺に迷惑を掛けたから、代わりに謝ったんだよ」

 

「成程、そう言う事じゃったか。じゃがそれは少々頂けんのう、童よ」

 

 理由を聞いた竜爺が理解すると、すぐに暗い顔をしてる一夏へ視線を向けてそう言った。そんな竜爺に一夏は不思議そうな顔をする。

 

「付き合いがあるからと言うて、童が代わりに謝る必要など無い。お主には関係無い事じゃ」

 

「け、けど……」

 

「原因を作ったのはあくまであの小娘じゃから、お主が気にする事ではない。………まぁ、小娘があのような事を仕出かした原因は、もしかすれば柳韻にもあったかもしれんがのう」

 

 ん? 何か竜爺がボソッと気になる事を言った様な気が……。

 

「え? 今何て――」

 

「何でもない、年寄りの独り言じゃ。さて、話はここまでじゃ。いつまでもワシみたいな年寄りが居れば、童も気が休まらんじゃろう? と言う訳で、ワシはやる事があるから部屋に戻るわい。邪魔したのう和哉」

 

「あ、ちょっ……!」

 

「おい竜爺……って、行っちまった」

 

 俺と同じく独り言が気になって訊こうとする一夏だったが、竜爺が綾ちゃんを置いて部屋から出て行ってしまった。

 

 ったく、言いたい事を言い終えると追求される前にすぐ退散するところは相変わらずだな。まぁ例え追求したところで、のらりくらりとかわされてしまうけど。

 

「なぁ和哉、あの爺さんってとても年寄りとは思えないほど素早いな。ってか、あの爺さんって一体いくつなんだ?」

 

「さぁ……?」

 

「さぁ、って。お前の師匠なんだろ?」

 

「竜爺は自分から年齢言ってくんないから知らないんだよ。弾のところの厳さんより年上ぐらいしか」

 

「……八十過ぎの厳さんよりも年上で、あんなに強くて素早いって……アレで年寄りなんて詐欺だろ」

 

「りゅ、竜お爺ちゃんは昔から身体が他の人より結構丈夫みたいだよ、一夏お兄ちゃん」

 

 現実離れしてる竜爺に一夏が色々な意味で呆れてると、途中まで会話に加わってなかった綾ちゃんがフォローするように言ってきた。正直、フォローとはあんまり言えないが。

 

 そして一夏は綾ちゃんに視線を向けると、さっき俺にした質問をしようとする。

 

「因みに綾は、あの爺さんの年齢知ってるのか?」

 

「ううん、知らないよ。アタシが訊いたとしても教えてくれないし」

 

「ま、竜爺は基本的自分に関する情報は秘密にしたがるから、そう簡単に教えてはくれないって事だ」

 

 恐らく知ってるのは綾ちゃんの母親の真理奈さんだろうけど、と内心付け加える。 

 

 そう言えば真理奈さんも真理奈さんで、見た目がすっごく若いんだよな。見た目は二十代前半で、実年齢は三……止めとこ。何故か分からんが、真理奈さんにぶっとばされそうな気がする。現にどこからか殺気のような悪寒を感じるし。

 

「っと、それはそうと一夏。二人の説明終わったから、とっとと寝る準備でもするか」

 

「お、おう、そうだったな」

 

「え? 二人とも、もう寝ちゃうの?」

 

 俺と一夏が寝る準備をするのを知った綾ちゃんが不思議そうな顔をして訊いて来る。確かに今の時刻はまだ午後八時過ぎだから、小学生の綾ちゃんでも就寝するにはまだちょっと早すぎる。

 

 だが俺達はさっきの箒の電話の所為で物凄く疲れて今も睡魔に襲われているから、もう明日に向けて早く寝たい気分なので、ゲームをやろうと思っていた綾ちゃんには悪いが寝させてもらう。

 

「ゴメンな綾ちゃん、俺達もう眠くて早く寝たいんだ。それに明日の修行もあるからな」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「悪いけどゲームの相手だったら、明日にしてくれ。その時は付き合うから」

 

「う、うん、分かった」

 

 理由を聞いた綾ちゃんは素直に頷く。本当にこの子はどこぞの一夏ラヴァーズとは違って、聞き分けが良いから凄く助かる。まぁ何でも素直に受け止めてしまうのが、あんま良くないけどな。

 

「じゃあ俺達はもう寝るから、綾ちゃんは部屋に――」

 

「あ、あの、お兄ちゃん達にちょっとお願いがあるんだけど?」

 

「ん? お願いってなんだ?」

 

 突然綾ちゃんが何かを頼んでくることに、俺と同じく眠そうな一夏が不思議そうに訊いて来る。

 

 綾ちゃんがもう寝ようとする俺達にお願いをしてくるとなると――

 

「あ、アタシもこの部屋で一緒に寝て良い?」

 

「おう、それくらいなら……え゛!?」

 

「やっぱそうきたか」

 

 予想通り、この子は俺達と一緒に寝ようとする事だった。

 

 俺はいつも通りの事なので別に構わないが、問題は一夏だな。さっきまで眠気に襲われてる顔から一気に覚めてるし。

 

 まぁ俺としては今そんな事を気にするほどの状態じゃなく、さっさと寝たい気分だから、OKサインを出しとくか。

 

「良いよ。三人で仲良く川の字で寝れるように布団並べとくから、綾ちゃんは部屋から枕持ってきな」

 

「っておい和哉!?」

 

「本当!? ありがとう和哉お兄ちゃん! すぐに持ってくるね!」

 

「綾まで!? ちょ、ちょっと待て!」

 

 狼狽してる一夏を他所に、返答を聞いた綾ちゃんは嬉しそうな顔で自室から枕を持ってこようと、一旦俺達の部屋から出て行った。

 

「さぁ一夏、早く布団を並べるぞ」

 

「か、和哉、お前本気で綾を俺達の部屋で寝させる気か!? あ、あの子は小学生でも女の子なんだぞ!?」

 

「問題無い。ってか一夏、俺が綾ちゃんと一緒に寝るのは慣れてるって前に言ったろ?」

 

「それは抱き付かれるのを慣れてる話だ! 一緒に寝るなんて別モンだろうが!」

 

「んなもんどっちも同じだ。お前だって、女子の箒やシャルロットと部屋で一緒に寝た事あるんだから、別に問題ないだろ」

 

「いや、箒はあくまで幼馴染で、シャルは事情があったから、今回は全く違うだろ!」

 

 ああ言えばこう言う奴だなと内心思いながら、俺が布団を用意し終えると、枕を持ってきた綾ちゃんが部屋に入ってきた。

 

「お待たせ~」

 

「って早いな!」

 

「君も竜爺と同じく素早い事で」

 

 そう言う所は竜爺に似てるなと思ってると、一夏が綾ちゃんに話しかけようとする。

 

「あ、あのなぁ綾、さっき和哉が良いって言ってたけど、それって普段は和哉と一緒に寝る時の話だろ? お、俺がいたらちょっと問題が……」

 

「? 一夏お兄ちゃんがいると何か問題あるの?」

 

「い、いや、そうじゃなくてだな……!」

 

 一夏の遠まわしな説得を見て、さっさと就寝したい俺は妥協案を出そうとする。

 

「だったら俺が真ん中で寝りゃ良いだろ? そうすればお前も文句は無い筈だ」

 

「そういう問題じゃないだろ。俺が言いたいのは――うっ!」

 

「……一夏お兄ちゃん、アタシと寝るのはダメなの?」

 

 綾ちゃんが悲しそうな顔をしてくる事に、一夏は良心が痛むように辛そうな顔をしていた。

 

 この子は年頃の女子と違って、純粋に誰かと一緒に寝たいと言う事しか考えてない。その純心無垢な綾ちゃんが悲しそうな顔をすると、一夏のように良心が痛んで結局折れてしまう流れとなってしまう。

 

 そして――

 

「……ま、まぁ俺の隣が和哉だから別に良いか」

 

「本当!? ありがとう一夏お兄ちゃん!」

 

「どわっ! きゅ、急に抱きつくなって!」

 

 予想通り一夏が折れると、嬉しくなった綾ちゃんは一夏に抱き付いた。急に抱きつかれた一夏は言うまでもなく戸惑っている。

 

「お、おい綾、そ、その……む、胸が、な。当たってるんだが」

 

「? 胸がどうかしたの?」

 

「だ、だからぁ……!」

 

 首を傾げながらも胸を当てている綾ちゃんに、一夏はどぎまぎしてどうやって離そうかと必死に考えてた。

 

 これがシャルロットだったらすぐに離れているんだが、綾ちゃんの場合は小学六年生で年頃と言っても、自分がどれだけスタイルが良いのかをまだ自覚してない上に、性に関する事も未だ理解してない。俺としては早く自覚して欲しいんだけどな。まぁ中学生になれば理解してくると思うから、敢えて言わないが。まぁそんな事よりも、取り敢えず今は俺が何とかするとしよう。

 

「はぁっ……。綾ちゃん、一夏がちょっと困ってるから一先ず離れようか」

 

「? うん、分かった」

 

「た、助かった……。にしても綾って、柔らかくていい匂いしてたな」

 

「? アタシが何?」

 

「っ! い、いや何でもない!」

 

 おやおや? 一夏の奴が何やら興味深い事を言ったような気がしたが、まぁ多分一時的なものか。にしても今まで箒たちのアプローチを大して意識してなかった唐変木が、綾ちゃんの抱擁を意識するとは……これはちょっと面白い事になるかもしれないな。

 

「……何ニヤニヤしてんだよ、和哉」

 

「和哉お兄ちゃん、急に笑ってるけど如何したの?」

 

「何でもないよ。さ、寝るとしますか。綾ちゃんは俺の隣な」

 

「は~い」

 

「んじゃ二人とも、お休み」

 

 そして俺達は部屋の電気を消して床に就き、ある程度の時間が経つと本格的に睡魔が襲って深い眠りについた。因みに俺の隣で眠っている綾ちゃんは、俺の腕を抱き枕のように引っ付いて寝ているのは言うまでもない。



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第107話

お久しぶりです。

二ヶ月以上空けてしまって申し訳ありませんでした。

今回はリハビリの為、少し内容が短いですがご容赦下さい。


「いつまで寝ておる!? 早う起きんかぁ!!」

 

「「どわぁっ!!」」

 

「ひゃうっ!」

 

 修行二日目の早朝。

 

 就寝中の俺、綾ちゃん、そして一夏は、怒号とも言える突然のデカイ叫び声で急に目が覚めて起き上がった。

 

「え? え? な、何だ今のは……?」

 

 寝起きの一夏は突然の事に眠気がすっかり覚めているのか周囲を見回している。その行動は至極当然とも言えるだろう。

 

 けれど俺と綾ちゃんは分かっていた。叫び声を上げた犯人は――

 

「ほれお主等、朝練の時間じゃ。さっさと着替えんか」

 

 俺の師匠であり、綾ちゃんの祖父である宮本竜三――竜爺が部屋の出入り口に立っているから。

 

 しかも竜爺はもう準備万端と言うような感じで胴着姿になってて、早く修行がしたくて疼いてる様子だった。どうやら昨日の準備運動程度の修行じゃ、まだまだ足りないようだ。

 

「あれ、爺さん? もうそんな時間……って、まだ四時!? いくらなんでも早過ぎだろ!」

 

「何を言うとる、この程度の早起きなど普通じゃ。諺にもあるじゃろう? 早起きは三文の徳、とな」 

 

 と言ってる竜爺だが、俺からすれば早く修行がしたい為の言い訳にしか聞こえなかった。いくら夏休みで久しぶりの泊り込み修行をするからって、張り切り過ぎだっての。

 

「竜爺、いくら早起きするにしても、一夏の言うとおり早過ぎだろうが。いつもは朝五時過ぎからだろ?」

 

「それは和哉が入学前にいた頃の話じゃ。うぬ等は此処で修行と言っても、あくまで夏休み限定じゃからのう。ワシとしては一分一秒が惜しいんじゃ。ほれ、さっさと着替えんか!」

 

 そんなの修行したいのかよと内心突っ込みながら、急かそうとする竜爺に向かって両手を前に出して止めようとする。

 

「分かった分かった。もう分かったから急かさないでくれ。今から準備すっから、竜爺は下で待っててくれ」

 

 今の竜爺に何を言っても無駄だと分かった俺は仕方なく準備する事にした。一夏には悪いが、竜爺がこうなったら何が何でも修行を始めようとするからな。一緒に寝てた綾ちゃんにも悪いけど。

 

 因みに綾ちゃんは竜爺の発言を聞いて、仕方が無いように苦笑していた。俺達より前に此処に泊まりこんでいたから、竜爺が相当暇を持て余していたのを知っているんだろうな。でなければ俺と一緒に文句を言う筈だし。

 

「なるべく早く来るんじゃぞ」

 

 そう言って竜爺は部屋から出て行った。

 

 やれやれ、いなくなった途端静かになったな。相変わらず嵐のような人だよ、ホント。いや、IS学園入学前までの時には、あそこまで酷くなかったかも。

 

「ったく、朝っぱらから騒がしい事しやがって……! 久々に修行出来るからって張り切りすぎにも程があるだろうが」

 

「ゴメンね。お爺ちゃんってば、和哉お兄ちゃんが戻ってくるのを聞いた途端凄く嬉しそうにしてたから……」

 

「分かってるよ。綾ちゃんからの電話を聞いて、多分こうなるだろうなって粗方予想はしてたからな」

 

 だから綾ちゃんは謝らなくて良いんだよ。君は何も悪くないからね。

 

 竜爺の行動に溜息を吐きながら、俺は未だに呆然としてる一夏へ視線を向ける。

 

「ってな訳だ一夏、朝っぱらから叩き起こされて早々に悪いが修行の準備するぞ」

 

「え? あ、ああ、それは別に良いんだが……。ってか和哉、あの爺さんっていつもああなのか?」

 

 俺が普段の竜爺じゃない行動をしてた事に疑問を抱いていたから、一夏がそう訊いて来るのは至極当然だな。

 

「いや、竜爺はあんな問答無用で叩き起こす事はしない。いつもなら俺が起きる時間帯に玄関前で待ってる」

 

「……じゃあ何で今日に限って、あんな事したんだ?」

 

「それは多分……今まで俺と修行出来なかったストレスが一気に解放された反動だと思う。竜爺は弟子の俺と修行するのも生活リズムの一つに入ってるみたいだし」

 

「加えて、一夏お兄ちゃんみたいな人も修行して鍛える事も楽しみにしてる様子だったから、更に活き活きしてると思うよ」

 

「………お前等の爺さんは、どんだけ修行が好きなんだよ」

 

 俺と綾ちゃんの説明に一夏は滅茶苦茶呆れ顔だった。その気持ちは俺も良く分かるから、何の反論も擁護もする気が一切無い。

 

 っと、早く準備しないと竜爺が遅いとか言ってまた来るかもしれないから、とっとと準備しないと不味いな。

 

「一夏、取り敢えず着替えよう」

 

「お、おう、そうだったな」

 

「綾ちゃんはどうする? このまま寝てても良いけど」

 

「ううん、アタシも着替える。竜お爺ちゃんの声ですっかり目が冴えちゃったし」

 

 だろうな。俺や一夏が完全に目が覚めたんだから、綾ちゃんだってそうならない訳が無い。

 

「よし、じゃあすぐに準備だ。早くしないと竜爺がまた来そうだからな」

 

「分かった」

 

「は~い」

 

 俺達は揃って布団から出て立ち上がり、先ずは着替える事から始めた。

 

 だが――

 

「って、ちょ、ちょっと待て綾! お、お前何やってるんだ!?」

 

「? 何って、着替えようとしてるんだけど?」

 

 綾ちゃんが此処でパジャマを脱ごうとしてる事に、一夏が急に焦ったような声を出して狼狽していた。因みに綾ちゃんはパジャマを着る時はブラを着けないため、今はノーブラ状態だ。

 

「お、俺が言ってるのはそうじゃなくてだな! 綾は女子なんだから、普通別の部屋で着替えるだろ!?」

 

 そう言えば昨日綾ちゃんに言い忘れてた。今日は一夏がいるから着替える時は別の部屋にするようにって。にしても流石の唐変木な一夏でも、綾ちゃんの着替えを意識してしまうみたいだな。昨日の夜には綾ちゃんに抱きつかれて意識してるような発言してたし。

 

 因みに俺は綾ちゃんの着替えは全く気にしない。と言うか綾ちゃんとは兄妹同然に過ごしてきたから、妹分の着替えを見て欲情するなんて微塵も無いし。

 

「アタシは子供だから別に見られても平気だけど?」

 

「い、いや、た、確かに綾は小学生だが……って待て待て! そのまま上着を脱ぐんじゃない!」

 

 あれま、上着を脱いで胸が丸見え状態の綾ちゃんに一夏が顔真っ赤になっちまってる。普段一夏ラヴァーズがさり気なく色仕掛けしても大して気付いてないけど、自分のスタイルに全くの無自覚で服を脱ぐ綾ちゃん相手だと話は別のようだな。

 

 と言うか、綾ちゃんも年頃の女の子なんだから、いい加減そういう所を自覚して欲しいもんだ。見慣れてる俺や初心な一夏ならいざ知らず、これがどこぞの性欲魔だったら間違いなく襲ってるだろうな。

 

 まぁ取り敢えず綾ちゃんには別の部屋で着替えてもらうとしよう。一夏にはまだ刺激が強すぎるからな。

 

「はいはい綾ちゃん、君はそこにある服を持って隣の部屋で着替えようね」

 

 そう言って俺は綾ちゃんが脱いだ上着を再度着せて胸を見せなくする。それのお蔭もあってか、さっきまで取り乱していた一夏が漸く落ち着き始めた。

 

「和哉お兄ちゃんも? いつもは一緒に着替えてるのに」

 

「今日は客人の一夏もいるからな。いくら年上のお兄ちゃんだからって、他人に自分の着替えを見せちゃダメだよ。君は一夏を困らせたいのか?」

 

「う~………分かった、隣で着替えてくる」

 

 俺の手短な説得に渋々と言った感じで服を持って部屋から出て行く綾ちゃん。これで一夏は普通に着替えれるようだな。

 

「た、助かった……」

 

「悪かったな、一夏。あの子は気配りは良いんだが、自分の事は全く無頓着なんだ。しかもスタイルが良い事にも全くな無自覚だから、兄としては困ったもんだよ」

 

 着替えを再会しながら俺は綾ちゃんの行動を代わりに謝罪していた。

 

「兄って……お前普段から綾と一緒に着替えてるのか? その……裸とかも見てたのか?」

 

「一応な。まぁあの子のお蔭とも言うべきなのか、スタイルの良い美少女とか見ても、そんなに大して劣情を催したりしないんだよ」

 

 ある意味綾ちゃんに感謝だよ。もし綾ちゃんがいなかったら、俺はIS学園でルームメイトだった本音に良からぬ事をしてたかもしれないからな。主にセクハラとか。そんな事してたら俺は絶対本音に嫌われてるだろうし。

 

「………道理でのほほんさんに抱き付かれても、そうならない訳だ」

 

 おいおい、そんな呆れた風に言わないでくれよ。劣情を催してないとは言え、俺だって一応男なんだからな。

 

(まぁ夏休み前まで千冬さんの部屋で過ごしてた時には、あの人のあられもない姿を見てちょっと興奮した事があったけど……)

 

「ん? おい和哉、お前の顔を見た途端に何故か凄ぇ殺意が湧いたんだが、何か変なこと考えなかったか?」

 

「……訳の分からんこと言ってないで早く着替えろ」

 

 あ、あっぶねぇ~~! 口に出さなかった良かったけど、俺が千冬さんと同室だった事は一夏にはタブーだって事をすっかり忘れてた!

 

 確か俺が千冬さんと同室になるのを聞いた瞬間、アイツ凄い勢いで猛反対してたんだった。もうついでに釘を刺されたが、あの時は呆れてスルーしてたけど。そしていざ千冬さんと同室になって汚い部屋を掃除したのは良いが、その後千冬さんの風呂上り姿や下着姿や寝顔を間近で見て興奮した、などと一夏には口が裂けても言えない。あの人プライベートはだらしないけど、それでも大人の女性だから何度もドキッとしたんだよなぁ。

 

 その後は一夏が『和哉、今日も千冬姉に変なことしてないだろうな?』って一日過ごすごとに詰問してたし。それは俺だけじゃなく、箒たちもかなり呆れてたが。あ、そういや千冬さんを敬愛してるラウラも時々一夏と同じ事を俺に詰問してたんだった。

 

 って、何で俺はどうでもいい事を考えてるんだろうか。さっさと着替えて部屋から出ないと、また竜爺が来ちまうから急ぐとしよう。




内容がいまいちかと思われますが、どうかお許しを。


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第108話

久しぶりに書いてる所為か、思うような展開を書けないのが難点です。

読者様から見れば言い訳に過ぎないかと思われますが。

とりあえずどうぞ!


 さて、準備を終えた俺と一夏は玄関で待っている竜爺に会って十数分後――

 

「いてぇ~~! 何で初っ端からランニングなんだよ~~!!」

 

「ほれ! つべこべ言わずキリキリ走らんか!」

 

 最初の朝練としてタイヤを引き摺ったランニングをしていた。言うまでもないと思うが、一夏が引き摺ってるタイヤの上に竜爺が乗って、昨日と同じくスピードが遅くなったところで鞭を打ってる。

 

「竜爺、少しは手加減しろよ。一夏はまだ初心者なんだから」

 

「何を言うとる。中途半端とは言え、お主がこの童を鍛えたんじゃから、この程度は出来て当たり前じゃ」

 

 こんな重りと言う名のタイヤを引き摺ってのランニングはやってないんだが……何て竜爺に言っても無駄だろうな。一夏、悪いがこのまま頑張ってくれ。

 

「ぜえっ! ぜえっ! って言うか爺さん、何かこのタイヤ、昨日より重くなってるような気がするんですけど……!?」

 

「おお、気付いたか。重いのは当然じゃ。このタイヤの中には少しばかり砂を入れておいたからのう」

 

 道理で重い訳だ。昨日の今日だってのに、もう重さを1ランク上げたのかよ。

 

「ただでさえキツイのに重くしないで下さいよ!!」

 

 うんうん、一夏の叫びは至極当然だな。もし俺も一夏と同じく初心者だったら絶対に文句言いながら叫んでるよ。

 

 だが悲しき事か、こんな文句は竜爺にとっては――

 

「文句を言う暇があるなら足を動かせい! あと三週はこのペースを維持したまま走り続けるのじゃ!」

 

 ただの五月蝿い雑音程度にしか聞こえないからな。

 

 因みに今回の朝練のランニングは竜爺の家の町内を走り回るショートカットバージョン。一周で一キロだから、あと三キロ走り回らないといけない。

 

「鬼だ! 俺の後ろに鬼がいる!! もし死んだら呪ってやる~~!!」

 

「呪っても呪い返されるのがオチだぞ、一夏」

 

 一夏の叫びに軽く突っ込む俺は、竜爺に言われたとおりペースを維持したまま走り続けた。一夏はペースが落ちる度に竜爺からの愛の、もとい鬼の鞭で強制的に走らされている。まぁ俺がある程度鍛えた事もあってか、めげる事無く最後まで走って達成したから良かった。

 

 

 

 

 

 

「ええ!? 和哉が一夏を!? それホントなの箒!?」

 

「ああ、昨日の夜に電話で和哉から聞いた」

 

 場所は変わり、此処はIS学園の食堂。

 

 昨日の夜に怒号とも言える叫び声を出して千冬にこっ酷く怒られた翌日の朝、箒は一緒に朝食を食べている鈴に一夏不在の理由を話していた。

 

 そして――

 

「そうだったんだ。道理で昨日から二人がいなかった訳だよ」

 

「師匠、何故私を嫁と一緒に連れてってくれなかった……」

 

 箒と鈴と一緒に朝食を同伴しているシャルロットとラウラも聞いているのは言うまでも無い。

 

 因みにセシリアはオルコット家の当主としての仕事の都合上、夏休みを利用して本国のイギリス戻っている事は、この場にいる一夏ラヴァーズのメンバーは既に知っている。

 

「何でも和哉は、一夏を強くさせる為に自分の師匠の家に連れて修行させる為だそうだ」

 

「ふ~ん、いかにもアイツらしい理由ね。けど何だってあたし達に黙って一夏を連れてったの? 教えてくれたって良いじゃない、あのバカ」

 

 テーブルに肘を付いて不機嫌そうに口汚く言う鈴。昨日に昼まで探し回って無駄骨を折らせただけでなく、夏休みを利用して一夏と二人っきりで何処かへ行こうとしたのを出来なくなった為、今の鈴は物凄く不機嫌なのだ。

 

「まぁまぁ鈴、別に和哉は悪気があって僕たちに教えなかった訳じゃないんだからさ」

 

「だがシャルロット、鈴の言うとおり師匠が前以て教えてくれれば、私達も一夏を捜索する事は無かったぞ」

 

 和哉をフォローするシャルロットだったが、ラウラは鈴と同感なのか少しばかり棘を含んだように言った。弟子の自分を連れてってくれなかった事を気にしているんだろう。

 

 それに気付いてるシャルロットが苦笑しており、三人の反応を見ていた箒は思ったとおりの反応をしていると内心溜息を吐いていた。

 

(もしかしたら和哉の奴、こうなる事を予想して敢えて私達に黙っていたのかもしれないな)

 

 昨日の夜は色々と遭って和哉の言葉をそのまま鵜呑みにしていた箒だったが、冷静に考えている。もし自分と同じく理由を知ったら、適当な理由を言って和哉の師匠の家に行ってるかもしれないと。

 

(尤も、行ったら行ったで一夏と同じ地獄を見る羽目になりそうだが……)

 

 臨海学校で鈴達にやったペナルティを軽く凌ぐ訓練を、和哉の師匠曰く“軽い準備運動”で虫の息状態となってる一夏を想像する箒。それだけで顔を青褪めていた。

 

「こうなったら今から和哉に電話して……ちょっと箒、アンタ何いきなり顔青褪めてんのよ?」

 

「いや、ちょっとな……。ところで、鈴は和哉に電話する気なのか?」

 

「当たり前よ。和哉のせいで色々と予定が潰されちゃったんだから、ちょっと文句言わないと気がすまないわ」

 

 予定と言うのは恐らく夏休みで一夏と過ごす為のプランなのだろう。それを聞いた箒は、自分も鈴と同じ立場だったらやってるかもしれないと内心頷いている。好きな人と過ごすプランを壊されたら誰だって怒ると思っているから。尤も、箒はもうそんな気など微塵も無いが。

 

「あ~……今電話しても多分出ないと思うぞ。あの二人の事だから、和哉の師匠と修行してると思う。電話するなら夜にした方が良い」

 

「夜って、そんなに凄い修行してるの?」

 

「ああ。以前臨海学校で鈴達にやったペナルティの10倍近い修行をやってるそうだからな」

 

「じゅ、十倍だと……!?」

 

 シャルロットの問いを答える箒に、聞いていたラウラは驚愕する。軍人の自分が筋肉痛となったアレ以上の内容をやらせる事に驚いているのだろう。

 

 そして鈴やシャルロットは聞いた途端に箒と同じく顔を青褪めていた。慣れている和哉はともかく、あの地獄だったペナルティ以上の修行を一夏がやっている事に。

 

 極めつけは――

 

「もし一夏の所に行くなら、参加される事を覚悟しておいた方が良いぞ。恐らく和哉の事だから、自分の師匠に言ってお前達に見合う修行内容を課すと思うからな」

 

「「「…………………………」」」

 

 危険地帯へと向かう自殺志願者とも言うような宣告に、鈴達は一斉に顔が真っ青となりながら無言となった。

 

 三人は臨海学校で和哉にペナルティを課されて漸く筋肉痛から解放されたが、箒の言葉を聞いた瞬間に何故か再び身体にズキンズキンと痛みが走り出してきた。ISの過酷な訓練に耐える事が出来る代表候補生達であるが、生身だけでの地獄修行だけは耐えられないようだった。

 

「あ、あたし、やっぱ電話するの止めとくわ……なんか急に身体が痛くなってきたし」

 

「ぼ、僕も電話しようと思ってたけど……遠慮しとこうかなぁ」

 

「くっ、私は軍人だ。師匠の修行の一つや二つ……だが何故だ? 何故私の身体がこうも拒否反応を示すんだ……!?」

 

 身体を摩りながら撤回する鈴とシャルロット、辛い修行に耐えようと決意するも臨海学校で味わったペナルティの恐怖を思い出しているラウラ。

 

 三人の反応を見た箒は呆れたり、言い返す事は一切しなかった。自分もペナルティを味わっていたら絶対に目の前の彼女達と同じく身体が拒否反応を示していたかもしれないと思っているから。

 

 一先ず彼女達はこう結論する。修行している和哉と一夏の邪魔はしないでおこうと。

 

 そしてこうも考える。一夏が帰省した日には、労わる為に優しくしようと。

 

 

 

 

 

 

 早朝の朝練と、綾ちゃんの手作り朝食後に本格的な修行の午前を終えると、

 

「あ、あああ……」

 

「これこれ童よ、この程度で倒れてどうする。昼以降もやるんじゃからな」

 

「竜爺、いくら修行したいからって、これは飛ばし過ぎだっての」

 

 二日目で早々にダウンしてる一夏に俺は介抱しながら竜爺を非難していた。




今回はIS学園側メインの話でした。


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第109話

 とまあ、たった二日程度しか時間を遡っていないが、要はこの一週間で一夏が地獄の修行に(別の意味で)死んでは生き返る繰り返しをしてたって訳だ。余りに修行が辛い為に一夏が一時脱走するかと思っていたが、綾ちゃんの手料理三食と大好きな温泉の効果があったみたいで、それをやらずに一週間続けていた。もしその二つの癒し効果が無かったら絶対に脱走していたと俺は思う。

 

 それはそうと、綾ちゃんを背中に乗せて腕立て伏せをしている俺に、宮本家へ再び来た俺と一夏のクラスメート――布仏本音がこっちに近づいて来た。

 

「いらっしゃい、本音お姉ちゃん」

 

「ってか本音、お姉さんに言ったんだろうな?」

 

 本音は修行初日で姉に知らせてない事により一度IS学園に帰ったが、一週間の間に数回来ていた。その時は本音のお姉さんに許可を貰って。

 

 んで、綾ちゃんが俺達の修行を手伝っている事を知った本音は、自分も手伝うと言って付き合ってくれてる。尤も、主に俺の手伝いだけど。

 

「大丈夫だよ~。前と同じく夕方頃には帰ってくるようにって言われたから~………本当は泊まりたかったんだけど~」

 

 だろうな。電話越しでしか知らないが、本音のお姉さんは話し方や声を聞いて結構真面目そうな人だから、知り合いの家とは言え男所帯の家に泊まらせたら色々と不味いし。綾ちゃんはこの家の家族だから問題無いけど。

 

「それよりもかず~、私言ったよね~? かずーの修行の手伝いは私がやるって~」

 

「君がいない代わりに綾ちゃんに頼んでたんだけどな」

 

「じゃあ今から私がやる~。綾ちゃん、悪いけどどいて~」

 

「は~い。じゃあアタシ、昼御飯の支度してくるね」

 

 綾ちゃんは何の文句も言わずに乗っていた俺の背中から離れて立ち上がり、そのまま家の中へ入っていく。そう言えば、あと少し経ったら昼飯だったな。修行しててすっかり忘れてた。

 

「かず~、乗るよ~?」

 

「お好きなように」

 

 腕立て伏せを続けている俺に、今度は本音が俺の背中に乗ってきた。綾ちゃんの重さと比べて本音は……ちょっと重いかも。

 

「………かず~、今すっごく失礼なこと考えなかった~?」

 

「別に何にも」

 

 危ない危ない。考えただけで気付くとは本音も侮れないな。まぁ女に向かって重いなんて単語はNGワードだから、間違っても口には出せない。もし言ったら本音に嫌われてしまうかもしれないからな。

 

「ぐっ……ぐぎぎっ……! あ、あっちは楽そうで羨ましい……! あだっ!」

 

「じゃから気を抜くなと言うておろうが。ほれ、あと二十歩進めば休憩じゃ」

 

 握力と下半身の修行をしてる一夏が気を抜いたところを、竜爺が即座に鞭で叩く。

 

「あ、あと二十歩って……もう腕と足が限界なんですけど!?」

 

「安心せい。この一週間の間、ワシが課した課題をギリギリでこなしたから、童の身体能力は多少とは言え上がっておる。もし上がってなければ今頃へばっておるわい」

 

「え? そ、そうなんあいだっ!」

 

「何度も言わせるでない。上がったと言っても多少と言うたじゃろうが」

 

 身体能力が上がった事を確認する一夏だったが、再び竜爺の鬼の鞭が飛ぶ。調子に乗らせない為なんだろうか。

 

 でもまぁ確かに竜爺の言うとおり、まだ一週間とは言え一夏の身体能力は上がっていた。修行をやって二~三日はすぐにへばっていたが、その後からは武術の才能が少しずつ開花するかのように、俺が組み手をする時は徐々に実力も上がり始めていた。本人は全く気付いてないがな。まぁ今の一夏にソレを教えて慢心させないよう、竜爺が敢えて厳しい事を言ってるんだろう。未熟な内に慢心したら取り返しの付かないことになるのは、俺自身よく知ってるし。

 

 一夏を見ながら腕立て伏せを続けていると、背中に乗っている本音が急に話し掛けてくる。

 

「ねぇかずー、ちょっとお願いがあるんだけど良いかな~?」

 

「お願い?」

 

「うん。もしさ~、修行が休みだったら此処に行ってみない~?」

 

 そう言って本音は何処からか紙を取り出して、腕立て伏せをしてる俺に見えるよう広げる。

 

「どれどれ」

 

 俺が横に向けて見てみると、ソレはチケットの前売り券だった。

 

「ウォーターワールド? ああ、確か今月出来たばかりの遊園地だったか」

 

 鈴から聞いた話だと今話題となってる遊園地だから、前売り券は今月分は完売で、当日券は会場二時間前に並ばないと買えない物だって言ってた。そんな入手困難なチケットを本音はよく手に入れたもんだ。

 

「そうだよ~。前から予約してやった買えたんだよ~、えっへん」

 

「んで? 此処にいる俺達と一緒にこの遊園地に行きたいと?」

 

「………違うよ~、かずーと二人で行きたいの~?」

 

「え? 俺と二人で?」

 

 急に不機嫌そうに言い返す本音に俺は思わず鸚鵡返しをしてしまった。

 

 普通こう言うのは同姓の友達かカップルで行くような物だと思うんだが、何で友人の男の俺と何だ? 意味不明だぞ。

 

「ぜえっ! ぜえっ! ………え? のほほんさんが和哉を?」

 

「ほほう」

 

 俺と本音の話を聞いていたのか、やっと修行を終えてへばり気味な一夏と竜爺がコッチを見ていた。特に竜爺が何か面白そうな笑みをしているが一先ず無視だ。

 

「別に俺じゃなくても、綾ちゃんや学園にいる鏡や岸原と一緒に行けば良いんじゃないのか?」

 

「かずーじゃないとダメなの~」

 

「ダメって……君と行くとしても、竜爺がそう簡単に久々の修行を休ませてくれる日なんて――」

 

「明日は休みじゃから、遊びに行っても構わんぞ」

 

「――は?」

 

 突然、竜爺が信じられない事を言った事により思わず腕立て伏せを止めて硬直する俺。そしてすぐに背中に乗ってる本音を退かせた後に立ち上がり、すぐに竜爺を訝るように視線を送る。

 

「おいおい何のつもりだ竜爺? 明日が休みだなんて俺は聞いてないぞ?」

 

「な~に、流石に一週間ぶっ続けで修行すれば、そろそろ骨休みが必要な頃合いじゃと思ってたからのう。それにこの童もいい加減休ませないと壊れてしまいそうじゃし」

 

 どの口が言うんだか。俺が一夏を休ませる必要があると言った時には、精々修行時間を少し短くする程度で済ませてたのに、何でこう言う時に限って休ませるんだよ。ってか何度も一夏を壊しかけてはマッサージで復活させてる竜爺が言っても全然説得力が無いんだが。

 

「や、やっと俺に休みが……良かった~」

 

 修行から一時解放されると思ってる一夏は、心の底から安堵の声を出している。そりゃあ一週間も散々地獄を見てたから、誰だってそう言いたくなる。俺も時々竜爺の組み手で地獄を見かけたからな。いや、三途の川だったか? まぁそれは入学前からよくあった事だから今更気にしないが。

 

「ほんとに~? お爺ちゃんほんとに明日休みなの~?」

 

「ああ、じゃから明日は和哉を連れて思う存分楽しんでくるといい」

 

「やった~! ありがとうお爺ちゃん! 明日楽しみだね~かず~!」

 

「おい、いきなり抱きつくなって」

 

 両手を挙げながら竜爺にお礼を言った直後、本音は汗まみれの俺に抱き付いてくる。こんな状態の俺にそんな事しないでくれ。

 

 ってか竜爺、今度は何ニヤニヤしてんだよ。いくら師匠でも、その顔見てるとめっちゃ殴りたい衝動に駆られるんだが。

 

「ハッハッハッハ。和哉よ、異性との付き合いも修行の一つじゃ。これを機に学ぶが良い」

 

「何を学べば良いんだよ? ってか竜爺、いい加減そのニヤニヤ顔は止めろ。絶対面白がってるだろ?」

 

「いやいやいやいや、うぬ等を見てついワシの青春時代を思い出してのぉ~」

 

 嘘だ! 絶対に面白がってるぞあのクソ爺! 本当にあの顔を『砕牙・零式』でぶん殴りてぇ!!

 

 あと一夏、お前へばってくるくせに何ニヤニヤしてんだよ!?

 

「が、頑張れよ~和哉。俺応援してるからさ~」

 

 何を頑張れってんだよ!? あ~~何かアイツの顔見てるとイライラしてきたから、ちょっとばかし俺が竜爺直伝のマッサージを――

 

「りゅ、竜お爺ちゃん! またあの人たちが来たよ~!」

 

 ――しようと思っていたが、突然綾ちゃんが慌てた様子でこっちに来た。

 

「何?」

 

「「「?」」」

 

 さっきまで楽しんでいた顔をしている竜爺が、綾ちゃんの言葉を聞いた途端に不愉快そうに目を鋭くしていた。いきなりの変わりように俺や一夏、そして本音も不可解な表情をする。

 

 そう言えば修行初日の夕飯に綾ちゃんと竜爺が妙な事を話していたが、ひょっとして二人が言ってた連中が来たのか?

 

「やれやれ折角の時間を、ほんにしつこくて無粋な小娘共じゃのう」

 

「竜爺、それってもしかして――」

 

「和哉は気にしなくて良い。前も言ったがこれはワシ等家族の問題じゃ。ワシが戻ってくるまで居間で休憩しておれ、良いな?」

 

「あ、ああ……」

 

 有無を言わせないように釘を刺してくる竜爺に、俺は頷くしかなかった。確認した竜爺はすぐさま綾ちゃんと一緒に家の中に入り、そのまま玄関へと向かっていく。

 

「あのお爺ちゃん、いきなりすっごい恐い顔になってたね~」

 

「なぁ和哉、あの爺さんがあんな顔するって何か尋常じゃ無い気がするんだが?」

 

 俺と同じく疑問を抱いてる本音に、漸く息が整った一夏が俺に聞いてくる。

 

「……一先ず居間で休憩してよう」

 

「え、和哉は気にならないのか?」

 

 意外そうな感じで言う一夏。てっきり俺がコッソリと竜爺の跡を追うんだと思っていたんだろう。

 

「そりゃ気になるが、竜爺に釘刺された以上はソレが出来ないんだ。もしやったらこっ酷く叱られるからな」

 

 現に以前、俺は竜爺から釘を刺されたにも拘らず跡を追って怒られた事があった。まぁその時はあんまり大したことじゃないが。その後からは罰として修行内容の倍以上の内容を課されて、俺がへばっても有無を言わさず続けさせたからな。あれはマジでキツかった。その為、以降は竜爺に釘を刺されたら敢えて口出ししない事にしている。

 

 けれど一夏の言うとおり、今回ばかりは凄く気になる。さっきまで楽しそうな顔をしていた竜爺がいきなり不機嫌になるって相当な事だ。さっき言ってた“小娘共”と言うのが、そこまで竜爺を豹変させるほど不快な連中なのかもしれない。まさか女性権利団体の連中じゃ……いや、それは考え過ぎか。でも気になるな。

 

「ま、それはあくまで入学前までの俺だったらの話しだけど」

 

「! じゃあ和哉、まさか」

 

 やはり気になるから、ちょっとアイツに任せてみるとするか。幸い此処にはIS学園関係者しかいないからな。

 

「姿を現せ、黒閃」

 

『了解しました』

 

 待機状態(ブレスレット)になってる黒閃に命じた瞬間、それから白い光を放つ。一夏が思わず両目を手で覆うが、すぐに光が収まり、俺の隣に人間状態の黒閃が姿を現す。久々の姿を見た一夏は少し目を見開き、本音は若干不機嫌そうな様子だった。

 

 因みに黒閃はこの一週間、俺の厳命によって一切喋っていなかった。竜爺や綾ちゃんには修行二日目に用事があって帰ったと前以て言っている。

 

「お呼びでしょうか、マス……その前に布仏本音、貴女はマスターから離れて下さい」

 

「相変わらずだね~。私がかずーとこうしてたって別に気にしないでよ~」

 

「……お前等、何で顔合わせて早々に喧嘩腰なんだ?」

 

 俺の気のせいだろうか、二人が何やら互いにバチバチと火花を散らせているような気がするんだが……まぁそこは気にしないでおこう。取り敢えず黒閃の言うとおり、一先ず抱きついてる本音を離さないとな。

 

「アハハ……モテる男は大変だなぁ~和哉」

 

「何でだよ」

 

 俺がモテるなんてあり得ないっつーの。ってか唐変木の一夏にだけは言われたくないな、その台詞は。お前だって普段専用機持ち組にモテモテで振り回されてるだろうが。

 

「取り敢えず本音、君はいい加減離れてくれ」

 

「え~~」

 

「離れないとお菓子作ってあげないぞ?」

 

「……ぶ~~」

 

 ちょっとした脅しを使うと、本音は頬を膨らませながら渋々と離れてくれた。

 

 さて、早速黒閃に命じるとするか。

 

「黒閃、久々に姿を現して早々に悪いが、玄関に行って竜爺と綾ちゃんが対応してる奴を見てきてくれないか? 俺が言ったら気配でバレてしまうから、気配が一切無いお前なら大丈夫な筈だ」

 

「それは構いませんが……宜しいのですか? 先程あのご老人に釘を刺されたと言うのに」

 

「ちょっとばかし気になるんだよ。あの竜爺が一瞬で不機嫌な顔になったのがな。それになんか嫌な予感がして、俺の思い過ごしなのかを確認もしたいんだ。勝手な命令で悪いが、やってくれるか?」

 

「………それがマスターの命令であるならば、従いましょう」

 

「助かる」

 

 竜爺に悟られないように隠密行動出来るのは今のところ黒閃しかいないからな。了承してくれて何よりだ。

 

「では少しばかり様子を見てきます」

 

「おう、任せた」

 

 

 

 

 

 

 ~黒閃視点~

 

 

 マスターに命じられて玄関の近くまで行くと、そこにはご老人が目の前にいるスーツを着た女性三人と応対しているのが見えた。私が近づいている事にご老人は気付いてる様子は一切無い。そしてご老人の後ろにいる綾と女性三人も同様に。私は人間の姿になっても、元々はISだから気配と言う物は存在しない。故にご老人は私の存在に気付いていないのだ。

 

「じゃから何度も言うておろうが。ワシはこの土地を売る気は無いし、こんな物に署名などせんと」

 

 ご老人は不機嫌そうに言い返しているが、黒髪の女性が相手の感情をまるで無視しているかのように話を続けようとしている。

 

「こちらも何度も申し上げてるではありませんか。貴方が所有している温泉を人の為に役立てようと。これはチャンスなんですよ? あの天然温泉を世に広めれば、全国の人が此処に訪れて大繁盛すること間違いありません。それに売るとは言っても、あくまで貴方の土地をお借りするだけですし」

 

(温泉?)

 

 確かマスターの話では、この家にある温泉を知っているのは宮本家の家族とご老人の弟子である神代和哉(マスター)、そして織斑一夏だけの筈。何故あの女性はそれを知っているんだろうか。

 

「ほう? では聞くが、この土地借用書には……何故か二枚重ねとなって土地承諾書もあるんじゃが、どう言う事かのう?」

 

 女性に渡されていた借用書にくっ付いている物を剥がして、それを目の前に突きつけるご老人。

 

「………これは失礼しました。私とした事が重大なミスをしてしまい、申し訳ありません」

 

 見破られた女性は一瞬口元を引き攣らせているが、それでも営業スマイルをしながら謝罪していた。同時に茶髪と金髪の女性二人も忌々しそうな顔をしていたが、すぐに元の表情に戻している。

 

(ん? そういえばあの三人、以前何処かで見たような気が……)

 

 もう少し詳しく見てみようと更に近づこうとすると――

 

「む?」

 

(っ!?)

 

 ご老人が気付いたかのように後ろを振り向いたので、私はすぐに動きを止めた。

 

 馬鹿な。今の私は完全に気配が無い筈なのに、あのご老人はどうやって察知した?

 

「どうかされましたか?」

 

「何でもないわい。それよりも、うぬ等もいい加減に――」

 

(これ以上は不味いですね。一度マスターの所に戻らなければ)

 

 しかしあの女性三人、一体何処で見たんだろうか。ISの私が忘れる訳が無い筈なのに……ひょっとして私が完全な自我を持つ前に会った人物、だとするとマスターが知ってるかもしれない。



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第110話

すいません、私の職場はGW関係なく仕事でしたので遅れてしまいました。

取り敢えずどうぞ!!


「申し訳ありません、マスター。ご老人が私に気付く素振りをしてましたので、やむを得ず戻りました」

 

 俺、一夏、本音が居間に着いてから数分後に黒閃が戻ってきた。余りに戻ってくるのが早い事に一夏と本音は驚いている中、俺は溜息を吐いていた。

 

「……はぁっ、流石は竜爺と言うべきか。気配の無い黒閃に感づくなんてな……」

 

 無論溜息を吐いたのは黒閃が早く戻ってきた事でなく、竜爺の余りの勘の鋭さだった。思わず呆れてしまうほどに。

 

 竜爺は気配の無い黒閃をどうやって察知したんだか。ひょっとして後頭部に目でも付いてるのか?

 

「となると竜爺が気付いたって事は、此処に来てる連中の顔は見れなかったか?」

 

「それは大丈夫です。僅かでしたが、ご老人が対応していた女性三名の顔を視認し、記録もしておきました」

 

「おお、それはそれは」

 

 僅かとは言え、それなりに成果を出す黒閃も凄いな。

 

「それさえ分かれば充分だ。良くやってくれた」

 

「……」

 

「む!」

 

 頭を撫でる俺に黒閃は嫌がる様子を見せなく気持ち良さそうに目を細めてると、近くにいる本音が急に不機嫌そうな顔になった。

 

 どうでもいいけど、黒閃ってついつい撫でたくなるんだよな。何かこう……失礼な例えなんだが、犬や猫みたいに気持ち良さそうな顔してるから、何かもっと撫でたくなる。まぁ嫌がってたら止めるけど。

 

「かず~、もうそれくらいで良いでしょ~? はい終了~」

 

「あ……」

 

 不機嫌な本音が急に黒閃を撫でてる俺の手を掴んで放そうとする。急に中断された事に黒閃が名残惜しそうな感じから一転し、今度は本音を睨み始める。

 

 あ、確かこの展開はさっきもあった様な気が……。

 

「布仏本音、何故貴女が口出しするんですか?」

 

「べっつに~」

 

「「……………(バチバチッ!)」」

 

 何なんだよ、この二人は。睨み合った途端に何故か火花散らしているんですけど。俺はどうすれば良いんだろうか?

 

「さっきも言ったけど、本当にモテる男は大変だな~和哉」

 

「だから何でだよ」

 

 コッチも言わせて貰うが、本当にお前にだけは言われたくないっての。無自覚で唐変木な一夏にだけは絶対に。

 

 まぁそんな事より、今は竜爺が応対していた女の事が気になるから、取り敢えず意味不明な睨み合いをしてる二人を止める事にしよう。

 

「おい二人とも、いい加減に止めてくれ。あと黒閃、俺はお前が記録した連中の顔を見せて欲しいんだが?」

 

「っ! は、はい、すぐに……。では一旦待機状態に戻ります」

 

 俺の言葉を聞いた黒閃はハッとするようにコッチへと視線を向けると、光を発して待機状態(ブレスレット)へ戻る。そして待機状態(ブレスレット)からディスプレイのような四角い画面が出ると、それには玄関で竜爺と綾ちゃん、そして来客の女性三人が映し出される。尤も、竜爺と綾ちゃんは後姿しか映っていない為、二人の顔が見れなかった。

 

『今玄関でご老人が対応してるのは、この三人の女性の内、リーダーと思われる黒髪の方です』

 

(ん? コイツ等どこかで)

 

 映し出される女を見て俺が少し顔を顰めると、一夏と本音も見ようと近づいてくる。

 

「うわっ、営業スマイルしてても、いかにも何か企んでるって感じがするな」

 

「何かあくどい事を考えてそうだね~」

 

 思った事を言っている二人を余所に、俺は三人の女性を見て何かを思い出そうとしてる。

 

 コイツ等は一体何処で見た? つい最近見たと思うんだが……ってコイツまさか……!

 

「黒閃、この茶髪の女の方を拡大出来るか?」

 

『少しお待ち下さい』

 

 黒閃が答えると、画面に映ってる女性三人の内、俺が指名した茶髪の女性が徐々に拡大されていく。拡大が完了し、茶髪の女性の顔がハッキリ見えると――

 

「っ! 思い出した!!」

 

「お、おい和哉! 何処行くんだ!? ってか何を思い出したんだよ!?」

 

「かず~!?」

 

 引き止めようとする一夏と本音を無視して、俺はすぐに竜爺たちがいる玄関へと急いで向かっていった。

 

 俺が竜爺の言い付けを破ってまで行こうとする理由は……映っていた女が以前俺を殺そうとしていた女性権利団体の一人だと思い出したから。

 

 

 

 

 

 

 ~竜三視点~

 

 

「チッ……。宮本さん、あまり此方を困らせないで下さい。貴方がこの借用書にサインをして下さるだけで万事解決なんですから」

 

「戯け。何が万事解決じゃ」

 

 小娘共が頑なに拒否するワシにうんざりし始めておるのか、少しずつ急くように言ってくる。あと聞こえないようにやってるようじゃが、舌打ちしてるのをしかと聞いた。これは相当苛立っておるようじゃのう。

 

 けれど苛立っておるのはワシも同じ事。さっきからしつこく署名しろと言うてくるから、ワシはいい加減力付くで追い出したかった。因みに滅多な事で嫌な顔をしない綾もワシと同じなのか、小娘共の戯言を聞き続けているのか不愉快そうに眉を顰めておる。

 

 力付くで追い出す事は造作もない事じゃが、義娘の真理奈から聞いた話では、小娘共は女性権利団体の団員じゃからソレが出来なかった。下手に手を出せば、小娘共は即座に訴えて有罪にされると言っておったからのう。普通は有り得ん事なのじゃが、女性優遇制度と言うふざけた物があるせいで、小娘共の証言は正当化されてしまう。何とも哀しい世の中じゃ。

 

「さっきの重ねておった承諾書を見て、うぬ等の魂胆が分かったわい。うぬ等、口では都合の良いことをほざいておきながら、初めからワシの土地と温泉を奪うのが目的なのじゃろう?」

 

 既に真理奈から聞いてる事じゃが、敢えて今気付いたとワシは言い放つ。もし情報源である真理奈の事を言ってしまえば、彼女にも被害が及んでしまうからのう。本人は気にせんと言うじゃろうが、義娘の真理奈もワシの大事な家族じゃからな。

 

「ですから先程のは間違いでして――」

 

「なぁ美緒(みお)、もういい加減に止めにしない? この爺さん、コッチの話を聞く耳持たないみたいだし。奈々(なな)もそう思わない?」

 

「そうねぇ。沙希(さき)の言うとおり、このお爺さんには立場を教えなきゃダメよ」

 

「ちょ、貴女達……!」

 

「ほう?」

 

 美緒と呼ばれる黒髪小娘の後ろにいた、他の小娘二人が本性を現したかのようにワシを見下す発言をしてくる。茶髪小娘が沙希で、金髪小娘が奈々と言う名前のようじゃのう。

 

「さっきからこっちが下手に出てれば署名しないだの帰れだのって……爺さん、事を穏便に済まそうとしてる私達の気持ちを考えてくれない?」

 

「そうよ。アタシ達がその気になれば、貴方みたいな老人を此処から追い出す事なんて造作も無いのよ? さっさと美緒が持ってる書類にサインしてくれれば警察沙汰にならずに済むんだからさぁ」

 

 沙希と奈々と呼ばれる小娘二人がワシを見下すように言い放つ。

 

 辛い目と言うのは大方、此奴等の事じゃから警察に訴えてワシを何かしらの罪状で逮捕させようとするんじゃろうな。さっきも言ったが、此奴等の証言は女性優遇制度によって正当化されるからのう。況してや此奴等は女性権利団体の連中じゃから、真理奈の話だと団体の中には政治関係者もおると言っておった。もしかすれば更に圧力をかけられるかもしれん。

 

「はぁっ……。まぁ確かにこの二人の言うとおりですね。宮本さん、これ以上拒まれると私達としては非常に困りますので、ここらで諦めてもらえませんか? 私達の上司も痺れを切らしておりますから、早くしないと温泉を除くこの家を強制的に取り壊されてしまいますよ?」

 

「貴様等、そこまでしてワシの土地を欲するか……!」

 

「……お姉さん達、自分が何を言ってるのかを分かって言ってるんですか?」

 

 小娘共の脅迫に先ほどから黙って見ていた綾が口を出してきた。綾の言い分は尤もなのじゃが――

 

「お嬢さん、悪いけど口を挟まないでくれますか?」

 

「アタシ達は今この爺さんと話してるんだ」

 

「学校で習わなかったかしら? 大人の話し合いに口を出さないようにって」

 

 ――この小娘共にそんな理屈は通用せんからのう。

 

 綾には悪いが下がってもらうか。下手に口出しをすると、此奴等の事じゃから綾が同じ女子とは言え、ワシの家族と言う理由で何かしらの事を仕出かすかもしれん。

 

「綾よ、悪いがお主は――」

 

「じゃあ綾ちゃんの代わりに俺が口を出させてもらうよ、殺人未遂犯のお姉さん方」

 

「「「っ!!!」」」

 

「む!? 和哉お主……!」

 

 ワシの言い付けを破るとはこのバカ弟子が! 後でみっちりと……む? ちょっと待て、殺人未遂犯とは何の話じゃ?

 

 それに気のせいか、和哉が現れた事に小娘共が何やら慌てておるようじゃが……。

 

「ハハハ~、久しぶりだなぁ~。特に茶髪のお姉さん、背中と鳩尾は大丈夫かな?」

 

「て、テメェ……!」

 

「しかしまぁ~、俺の担任の言ったとおりだな。俺を殺そうとしたアンタを警察に突き出したのに、もう釈放されてるとはねぇ。女権団体はどうやって罪状を揉み消したのやら」

 

 あの茶髪小娘が和哉を殺そうとした? 警察に突き出した? 釈放された? 罪状を揉み消した?

 

「え? え? か、和哉お兄ちゃん、一体何の話なの?」

 

 当然戸惑っておるのはワシだけでなく綾も同様じゃ。

 

 和哉だけでなく、この小娘共にも色々と聞かねばならんようじゃのう。

 

「おい和哉よ、それは一体どう言う事じゃ? それにお主等、此処におるワシの弟子を殺そうとしたとは――」

 

「す、すみません宮本さん! わ、私たち急用を思い出しましたので今日は一旦失礼します!」

 

「あ、ちょっと美緒!」

 

「ちょっ! 一人だけ逃げようとすんな!」

 

 三人の小娘共を問い詰めようとすると、適当な言い訳を言った途端に素早く逃走されてしまった。逃げ足の速い連中じゃわい。

 

 あの程度の小娘共をすぐに捕まえられるが、今ワシとしては一番気になる事があるから後回しじゃ。



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第111話

「さて和哉。お主があの小娘共に殺されかけたと言っておったが、一体どう言う事か説明してもらおう」

 

 居間に着いて早々、上座に座って腕を組んでる竜爺が怒っているとも言えるような真剣な顔をして俺を問い質していた。

 

「和哉お兄ちゃん、詳しく聞かせて」

 

「おい和哉、俺はそれ初耳だぞ?」

 

「かず~、知ってること全部教えるまで放さないからね~」

 

 余りの形相に俺がどう話そうかと苦笑しながら頬をポリポリと掻いてると、綾ちゃんと一夏、そして本音も竜爺と同じく説明を求めていた。特に本音は逃がさんといわんばかりな感じで、俺の右腕に引っ付いてる。

 

「えっと……色々遭っただけじゃダメか?」

 

 一言で済まそうと言ってみる俺だったが、

 

「ダメ」

 

「お前なぁ、この状況でそれ無理だろ」

 

「ダメだよ~」

 

「戯け、駄目に決まっとるじゃろうが」

 

 綾ちゃん、一夏、本音、竜爺から一斉にダメ出しをされる。

 

 ですよね~。この状況で一言で済ませてくれるほど、竜爺や一夏達が優しく見逃してくれるとは思えないし。

 

 ま、あの女権連中に竜爺の近くで堂々と殺人未遂犯と言っちまったから、今更隠し通すなんて無理な事だ。ここは全部白状する事にしよう。

 

「分かった、教えるよ。先ず結論から言って、奴等が俺を殺そうとする原因を作ったのは……実は俺なんだ」

 

「和哉が? 何じゃお主、もしやあの小娘共に恨まれるような事でも仕出かしたのか?」 

 

「正確に言うとあの女共じゃない。女性権利団体の連中に恨まれてるんだよ、俺は。事の発端は俺がIS学園に入学した後に――」

 

 そして俺は理由を説明する。

 

 入学初日からIS学園全校生徒に喧嘩を売ってしまった事、ISを使ってIS専用機持ちの代表候補生に勝った事、そして極め付けはIS学年別トーナメントで一夏と戦った際にある宣言をして各国から注目された事を話す。

 

 ここまで説明するのに少し時間が掛かってしまったが、それでも竜爺と綾ちゃんは最後まで聞いていた。事情を知ってる一夏と本音は俺の話を聞いてて苦笑していたが。

 

「成程のう。そのトーナメントやらで各国上層部が和哉の実力を認める者とそうでない者がおって、今回はその後者――上層部の中におる女性権利団体の小娘共が疎ましく思い始めたんじゃな」

 

「そ。んで、この前あの女共の一人が俺をナイフで背後から刺し殺そうとしたんだ。まぁその時は背負い投げと鳩尾突きで返り討ちにして警察に突き出したけど」

 

「それで先程あの茶髪の小娘に、背中と鳩尾の事を聞いておったんじゃな」

 

 疑問点が解消したように竜爺が納得し、綾ちゃんはさっきの女共を思い出しているのか非常に不機嫌そうな顔をしていた。

 

「ってか和哉、それって一体いつ頃起きた話なんだ?」

 

「臨海学校が始まる前、『レゾナンス』で水着を買いに行った日だ。まぁあの時、千冬さんと山田先生が護衛してくれたお蔭で助かったがな」

 

 二人がいなかったら俺はあの女共がでっち上げた理由で嵌められて刑務所に送られてたからな、と内心付け加える。綾ちゃんがいる手前、それはちょっと言えない。この子の事だから、絶対女性権利団体に抗議すると思うから。

 

「それでお前、あの時千冬姉達と一緒にいたのか。って事は、山田先生が和哉と偶然会ったって話は嘘だったんだな。あと千冬姉とのデートも」

 

「そう言う事だ」

 

 すいません、此処にはいない山田先生。貴女が考えた作り話を一夏達に暴露しちゃいました。

 

 と言うか一夏、俺が千冬さんとのデートの嘘話もまだ憶えてたんだな。あれは俺が嘘だってちゃんと言った筈なんだが……まぁ良いか。あと本音、俺の右腕に引っ付くのは構わんが剥れ顔をしないでくれ。

 

「かず~、どうしてそう言う大事な事を私たちに言わなかったの~?」

 

「一夏達に教えたら絶対首を突っ込むと思うから黙っておけって千冬さんに言われてな」

 

 まぁ今回の件で喋る事になっちまったけど。

 

「しかし解せんのう。和哉が返り討ちにして警察に突き出したのなら、何故あの小娘は自由に外を出歩いておるんじゃ? 本来であれば殺人未遂罪と言うのは、懲役五年以上の刑を処される筈じゃが?」

 

 竜爺が綾ちゃんが用意した緑茶入りの湯飲みを手にとって飲みながら尋ねる。

 

「担任の先生から聞いた話だと、いつの間にか罪状が揉み消されただけじゃなく警察が取調べをする直前に釈放されて無罪放免、だそうだ」

 

 

 グシャッ!

 

 

「…………ほう?」

 

「「「「……………」」」」

 

 答えた瞬間、竜爺は片手に持っていた湯飲みを一瞬で握り潰した。まだお茶が残っていたのかポタポタとテーブルの上に零れてる。

 

 本当なら誰かが突っ込むべきなんだろうが、今の竜爺にそんな事をする勇気が無かった。何故なら今の竜爺の全身から途轍もない怒気と殺気を出して、夏の所為で暑い筈の居間が色々な意味で冷え切っているから。しかも顔は憤怒の形相じゃなく笑みを浮かべてるから、それが余計に恐い。その証拠に一夏と本音なんか、身体がガクガクと震えている。俺と綾ちゃんは怒ってる竜爺に慣れて顔に出さないが、それでも恐い事に変わり無い。

 

「念の為に聞くが和哉よ、その小娘は何故すぐに釈放されたのじゃ? 女性権利団体が警察に圧力でもかけて揉み消したのか?」

 

「た、多分そうだと思う。学園側が俺の殺人未遂について連中に問い合わせたみたいだけど、向こうは『知らなかった』の一点張りみたいで」

 

 

 ピシッ!!

 

 

 あ、竜爺の怒気と殺気が膨れ上がって温度がまた下がった。ってか竜爺、頼むからこれ以上居間の温度を下げないでくれ。すっごく重苦しい上に息苦しいんですけど。

 

 けれど竜爺が激怒するのは無理もない。女尊男碑社会となってる上に女性優遇制度を設けられてるとは言え、曲がった事をしている女性権利団体の行動は正義感の強い竜爺にとって許せないからな。罪を犯した者が裁かれるのを無かった事にしているのが尚更。

 

「え、えっと……取り敢えず俺からの説明は以上だけど……他に何か質問ある? あと一夏達も」

 

 そう問うが、竜爺を除く一同は口を動かそうとする様子が見受けられなかった。竜爺が恐ろしい気を出しているから、今そんな勇気が無いんだろう。

 

 そして肝心の竜爺は――

 

「………取り敢えず和哉の事情は分かった。まさかお主もワシと同じく面倒な連中に目を付けられておったとはのう」

 

 やっと物騒極まりない物を引っ込めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 和哉が竜三達に事情を説明してる最中――

 

「くっ……! まさかあのお爺さんの弟子が、神代和哉だったなんて……! 後もう少しで上手く行く筈だったのに……!」

 

「どうすんだよ美緒!? 神代和哉があの爺の家にいるなんて聞いてないぞ!?」

 

「あの疫病神、何でよりによってこんな時に現れるのよ!」

 

 強制契約に失敗してすぐさま逃走した三人の女性権利団体の女達は、宮本家から少し離れた路地裏にいた。

 

 美緒は突然の和哉の登場で邪魔されて失敗となった事に歯軋りし、沙希は美緒を責め立てる様に問い詰め、奈々は和哉を疫病神扱いして悪態を吐いている。彼女達の頭の中に和哉を殺そうとした罪悪感など微塵も思っておらず、今は契約を邪魔された事を憤っていた。彼女達にとって、和哉の殺害失敗はもう済んだ事だと認識しているから。

 

「と、取り敢えずこの事を支部長に報告しないと……」

 

 そう言って美緒は懐から携帯電話を取り出し、登録されてる上司へ連絡するが一向に繋がらない。留守電にならず、ずっとコール音のままだった。

 

「こんな時にどうして繋がらないのよ……!」

 

「そ、そう言えば昨日支部長が言ってたわ。確か今日の昼からは行きつけのエステに行くから結果連絡は夕方以降にしてって」

 

 奈々が思い出すように言うと――

 

「………こっちの状況も知らないで、あの能天気女は……!」

 

 自分の上司であるにも拘らず悪態を吐く美緒。

 

 和哉によって邪魔されたとは言え、計画があともう一息で上手く行くと思っていたからこそ彼女達の上司は美緒に任せていた。自分達に強力な後ろ盾と権力を見せ付ければ、いくら腕が立つ宮本竜三とは言っても敵ではないと。だが、その目論見が完全に潰されてしまった為、美緒は上司に悪態を吐くと同時に親指の爪を噛みながら考え始める。

 

 神代和哉の存在を消そうにも、以前に失敗した為にそれは無理。加えて各国の政府が認めるIS操縦者だけでなく、意思を持つと言う前代未聞なIS専用機を持っている為、今下手にまた殺害を行おうとしたら手痛いしっぺ返しを受ける事になる。いくら自分達が女性優遇制度の庇護下にあるとは言え、女性権利団体が神代和哉を殺そうとする事を明るみに出てしまったら、団体その物を危険に晒してしまう恐れがある。美緒としては、それだけはしたくなかった。女性の聖域とも呼ばれる憩いの場を、美緒は失いたくないから。

 

 そして美緒はこうも考える。もしこのまま和哉が自分達のやる事を邪魔して、今回の計画を阻止された時の事を。

 

「………………もしかしたら……」

 

「おい美緒、何考えてるか分かんないけど、私たち一体どうすれば……」

 

「このまま支部長がいるエステに行って緊急報告しにいかない? いくらエステ好きの支部長でも今回の事を聞いたら――」

 

「いいえ、その必要は無いわ」

 

「「え?」」

 

 却下する美緒に、沙希と奈々は不可解な顔をする。

 

「今ちょっと冷静に考えてみたけど、いくら神代和哉がいるからと言って計画はすぐ中止になる事は無いわ。もしこっちが下手に焦って動いてしまったら、却って薮蛇になるかもしれない。此処は少し様子を見てみましょう」

 

「……ま、まぁ確かに」

 

「……そ、そうね。美緒がそう言うのなら」

 

 美緒の理由を聞いて納得する沙希と奈々。確かに彼女の言うとおり、下手に動いたら不味い事になるかもしれないと。普段から美緒はいつも的確な判断を下しているから、二人はいつも納得しているのだ。

 

 だが、

 

(もしかしたらこの展開、私にとっては好都合かもしれない。あの無能な能天気女を蹴落として、私が支部長になれる展開に……)

 

 美緒は別の事を考えていた事を、沙希と奈々は全く気付いていなかった。




組織内の権力争い、と言う物を書いてみました。


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特別企画 クリスマス編

すっごい久しぶりの更新です。

だけど今回は本編とは全く関係ないクリスマス企画な上に凄く短いです。

久しぶりの執筆によるリハビリと思ってお許し下さい。

それではどうぞ!


 クリスマス。それはキリスト教の信者がイエス・キリストの降誕を祝う日。

 

 だが日本ではそう言う宗教イベントとは関係なかった。プレゼントを交換する日、家族・友人・恋人が過ごす日等々、一種のお祭り的な娯楽イベントとなっている。

 

 そして本日はクリスマス・イブとなってる12月24日の夕方。IS学園が冬休みにより実家に帰省してた。本当なら竜爺の家で修行しているんだが、家主の竜爺本人が特別な用事があって出掛けている為に修行が休みとなっているので、久しぶりに自分の家に戻ったって訳だ。

 

 俺と一緒に帰省した一夏の家に行こうかと思ったが、一夏は今夜のクリスマスで姉の千冬さんと過ごす予定になってるのを思い出したからすぐに止めた。折角の姉弟水入らずの日に部外者の俺がいたら、無粋にも程があるからな。

 

 弾の家にも行こうかとも考えたが、アイツはアイツで以前知り合った本音の姉――布仏(うつほ)さんとクリスマスデート中だった。ついでに御手洗も弾と同じ理由だ。

 

 それ故に俺は、今回は家族のいないクリスマス・イブを過ごそうかと思っていた。

 

 …………筈だったんだがなぁ。

 

「何だよ、黒閃。命じてもいないのに、何で人間の姿になってるんだ?」

 

「マスターが少し寂しそうだと思いまして」

 

「だからと言って俺に引っ付く事は無いだろうが」

 

 現在、俺はリビングにあるソファーで寛ぎながらテレビでクリスマス特集番組を見ているんだが、待機状態となってる黒閃が急に人間となって俺の片腕に引っ付いてきた。

 

「私が代わりにマスターの恋人役となって癒そうと思いますが、どうでしょうか?」

 

「どうでしょうかって……」

 

 急にしおらしい顔で上目遣いで見てくる黒閃に、俺は少し戸惑った。

 

 自分の専用機相手に恋人役って……流石にそれはちょっと無理があると思うんだがなぁ。俺は人間で黒閃はISだし。どう考えても無理がある。

 

「あ、あのなぁ黒閃。別に俺は恋人が欲しいなんて言ってないし、大事な相棒であるお前を――」

 

「………それはつまり、私がISだからですか?」

 

「え? ……って、ちょ!?」

 

 さっきまで引っ付いていた黒閃が急に俺の上半身を横に倒して覆い被さってくる。しかも顔が近い。

 

「こ、黒閃さん、な、何をしてるのかな? 出来れば退いて欲しいんですけど」

 

 思わず敬語を使って離れるように命じるが、黒閃は全く聞いてないかのように話を続けようとする。

 

「確かに私はマスター専用機のISです。マスターの恋人になるのは無理だと分かってます。ですが……」

 

「あ、あの~?」

 

「ISだからと言って、マスターに対する想いは人間の誰にも負けません。マスターは私に意思を持たせてくれた大切な人であり、私が生涯マスターを守ると誓った大事な人です」

 

 な、何なんですかこの展開は? 黒閃が恋する乙女のような顔をして顔を赤らめながら俺に告白してるんですけど。お、俺は一体どう言えば良いんでしょうか?

 

「お願いです、マスター。一度だけで良いですから、私の我侭を聞いて下さい。今夜だけ、私をマスターの……」

 

「こ、黒閃……」

 

 黒閃は目を閉じてそのままゆっくりと俺にキスをしようとしてきた。

 

 本当ならすぐに力付くで黒閃から離れようとするんだが、不思議にも何故か俺もつられるように目を閉じて――

 

 

 ピンポーン!

 

 

「っ!?」

 

 ――しまうところを、急に呼び鈴がなったので一気に覚醒した。

 

「お、おい黒閃、誰か来たから離れないと」

 

「そんなのどうでもいいです」

 

 

 ピンポーン!

 

 

「いやどうでもよくないだろ!?」

 

 呼び鈴を鳴らした誰かが無断で家に入ることは無いと思うが、もしこんな場面を見られたら確実に誤解されてしまう。

 

 

 ピンポーン! ガチャッ!

 

 

 ………え? 何で無断で開けてんの? 普通は反応が返ってくるまで待つ筈なんだが……?

 

『かず~~! いるんでしょ~~!? 入るよ~~!』

 

 ………あ。そう言えばこの前、本音がクリスマス・イブの日に俺の家に来るって言ってたのすっかり忘れてた。

 

 本音が家に来る予定だったのを思い出してると――

 

 

 ガチャッ

 

 

「かずー此処にい……る……の……?」

 

 リビングのドアを開けた本音が、ソファーで黒閃に押し倒されてる俺を見て固まってしまった。

 

 そしてさっきまで聞く耳持たない黒閃が本音の声を聞いて、ハッとなったかのように本音の方へ視線を向ける。

 

「の、布仏本音……!? ど、どうして貴女が……!?」

 

「いや、つーか黒閃、お前ISなのに何で本音が来た事を感知しなかったんだ?」

 

 ボケとも言える黒閃の発言に俺が突っ込みを入れてると――

 

「ちょっと黒閃~~~~~~!!!! 私のかずーに何してるの~~~~~~!!??」

 

 固まってワナワナと震えてた本音は、火山が噴火したように大きな怒鳴り声をあげた。

 

 っておい、ちょっと待て本音。俺はいつからお前のものになったんだ?



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特別企画 クリスマス編Ⅱ

もうクリスマスは終わりましたが、前回の続きを投稿させて頂きます。

それではどうぞ!!


「はぁっ、何か疲れた……」

 

 クリスマス二日目の12月25日の昼過ぎ。俺は少々脱力気味で外をブラブラと歩いていた。

 

「おい黒閃、そろそろ喋ってくれないか?」

 

『…………お願いですマスター。私をもう暫く放っておいて下さい』

 

「……そうかい」

 

 待機状態となってる黒閃に話しかけるがこう言い返される。本音に見られた時点からこんな感じだ。

 

 あの後、正気に戻った黒閃は怒り爆発した本音を見た直後、突然らしくない行動をした。何しろ黒閃の顔が熟れたトマトみたく顔を真っ赤にしてたからな。俺は思わずショートしたんじゃないかって心配したほどだ。

 

 それから俺や本音から逃げるような感じで、即行で待機状態に戻ってずっとダンマリだった。本音からの詰問や俺が問いかけても、電源OFFになってるんじゃないかと思うほど黒閃は全く反応しない始末。マスターの俺が喋ろと命令しても無視を決め込むほどだ。

 

 いつも従順な黒閃が命令無視をする事に本当なら怒るところだが、俺は全くそうする気が微塵も無かったよ。何しろ黒閃の意外な一面を知ってしまったからな。不謹慎ながらも女の子らしく可愛いところもあるんだなぁってしみじみ思った。まぁそこから先は黒閃以上に大変な目に遭ったんだが。

 

 黒閃が全く反応しない事に諦めた本音は、次に俺を詰問し始めた。まるで浮気現場を追及するかのように。もうホントに大変だった。

 

(正直言って黒閃より本音の対応が疲れたな)

 

 本音の機嫌をどうにかしようと簡単な料理やお菓子を作って食べさせたり、ゲームの相手もした。更には一緒に風呂に入って背中流し合いをしたり、俺の部屋のベッドで抱き合いながら寝て夜を過ごした。

 

 翌日の朝には本音の機嫌は上々となり、今度は猫みたくずっと俺に甘えてくる始末だった。まぁ怒るよりはマシかと思って、幸せそうな顔をして引っ付いている本音の相手をしていたが、一時間後に状況が変わった。

 

 突然携帯から着メロが鳴って本音がある程度話した直後、お約束な展開と言うべきか本音の姉の虚さんの怒鳴り声が聞こえた。『寝泊りするとは聞いてない!』と。

 

 虚さんは本音に俺の家に遊びに行く事は知っていたみたいだが、寝泊りまでは知らないようだった。そしてこれもお約束で至急家に帰ってきなさいと虚さんからのお達しで、本音は俺から離れるのを名残惜しそうに渋々と帰るのであった。ちゃんと前以て言ってれば帰らずに済んだのに。

 

 んで、急に暇となってしまった俺は、気分転換をする為に外へ出てブラブラと歩いているって訳だ。因みに本日も竜爺が用事によりいないので、当然修行も休み。今の俺は本当に暇だ。

 

 自主トレでもしようかと最初は考えたが、竜爺から『偶にはワシに縛られず自由に過ごすと良い。ワシが連絡するまで一切の修行を禁止する』と言われたのを思い出したからすぐに止めた。

 

 自由に過ごす、ねぇ。そう言われてもあんまりやる事無いんだよなぁ。昨日はあんな事が起こるまでは家でゴロゴロしたりゲームしたり等、ダラッとした日を過ごしてたし。

 

 あ、ゲームで思い出した。久しぶりにゲーセンへ行ってみるのも良いな。あそこは体感ゲームがあるから体を動かせる。誰か連れがいたらエアホッケーもやれたんだが、相棒の黒閃はダンマリ状態だから諦めるとしよう。

 

「よし。予定変更、っと」

 

 適当にブラブラと歩いていた俺だったが、目的を見つけたのでUターンしてゲーセンを向かっていると――

 

「ん? 誰かと思えば神代じゃないか」

 

「ちふ……じゃなくて織斑先生」

 

 偶然に私服姿の千冬さんと鉢合わせた。

 

 学園ではいつもキリッとしたスーツ姿だが、私服の格好をした千冬さんを見るのは凄く久しぶりだ。

 

「今は冬休み中だから、名前で呼んでも構わん」

 

「あ、そうですか」

 

 呼び方を訂正した事に千冬さんは戻すように言われたので、俺はすぐにオフに切り替えた。

 

「千冬さん、確か一夏とクリスマスを過ごしてる筈では?」

 

「急にアイツ等が家に来てな」

 

「………ああ、そう言う事ですか」

 

 千冬さんの一言で俺はすぐに分かった。

 

 アイツ等とは箒たちこと一夏ラヴァーズの事を指している。恐らく一夏とクリスマスを過ごそうと、織斑家に来たんだろうな。

 

「って事は、一夏に適当な理由を言って出かけたんですね。箒達に気を遣わせる為に」

 

「まぁそんなところだ。私がいては、アイツ等も楽しくやれないだろうからな」

 

 不器用ながらも優しい気遣いだ。自分が周りから厳しい人だと思われてるのを分かった上での行動かもしれない。

 

「それで、今は一人寂しく適当にブラブラと歩き回ってるって訳ですね」

 

「そういうお前こそどうなんだ、神代? 私はてっきり昨日から今に至るまで布仏と仲良くクリスマスを過ごしていると思っていたんだが」

 

「……まぁ、ちょっと色々とありまして」

 

 黒閃と本音の名誉の為に敢えて言葉を濁す俺。流石に二人の恥を千冬さんに話す訳には行かない。

 

 にしても千冬さん、教えてもいないのに昨日まで俺が本音と過ごしていた事をよく分かったな。

 

「そんなの考えるまでもない」

 

 ………人の頭の中を読まないで下さいよ。全くもう、この人って実はエスパーか何かか?

 

「ところで千冬さん。何もやる事がなく暇でしたら、宜しければ少しばかり俺と付き合ってもらえますか?」

 

「………ふっ。生徒が教師の私をデートに誘うとは随分良い度胸している」

 

 一瞬面食らったような顔をした千冬さんだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべながら言い返してくる。

 

「ただ単にゲーセンで勝負してくれないかと誘ってるだけですよ。んで、どうですか?」

 

「少しは乗ってくれると思ったんだが……まぁ良い。お前の言うとおり、丁度暇だから付き合ってやるとしよう。ちゃんとエスコートはするんだろうな?」

 

「勿論ですとも。ではこちらへ」

 

 OKが貰えた俺は千冬さんをゲーセンへと案内した。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、流石は千冬さん。エアホッケーのルールをちょっと教えただけで達人並みになるとは」

 

「あんなのはコツさえ掴めば簡単だ」

 

 ゲーセンで一通り楽しんだ俺と千冬さんは、ちょっとした休憩を兼ねて喫茶店『AMAGI』にいる。此処は俺にとって行きつけのところだからな。

 

 此処に来る前まで、俺と千冬さんがゲーセンで一番盛り上ったのはエアホッケーだった。さっき言ったように、千冬さんがコツを知っただけで素人から達人になってしまい、接戦とも言える勝負を繰り広げた。チラッと見た客も思わず足を止めて見入ってしまうほどに。

 

「神代、今度またあそこに行くならもう一度勝負してもらうぞ」

 

「………千冬さんって本当に負けず嫌いですね」

 

 因みにエアホッケーの結果は一点差で俺の辛勝。その直後に負けた千冬さんがもう一勝負だと再戦しようとするが、客の視線に気付いたのかすぐに止めてくれた。もし再戦したら、今度は俺が負けると断言して言える。

 

「まぁそれより、敗者の千冬さんには約束通り罰ゲームをしてもらいましょうか」

 

「……この喫茶店のコーヒーは美味いな」

 

 俺がこんな事を言っている理由は、千冬さんとエアホッケー勝負する前に、負けたら罰ゲームをしようと俺が提案したからだ。

 

 最初から勝とうと思っていた千冬さんは、余裕そうな笑みを浮かべて了承したが、まさか負けてしまうとは思わなくて今は凄く見苦しい行動をしている。

 

「確かに此処のコーヒーは美味いですけど、それで誤魔化そうとしないで下さいね。安心して下さい。罰ゲームって言っても、そんな大したこと無いものですから」

 

「因みに何をやらせる気だ」

 

「もうちょっと待てば分かります」

 

「お待たせしました。クリスマスバージョンのシフォンケーキでございます」

 

 俺が内容を言おうとするが、喫茶店の店長が俺が頼んだ注文の品を持ってきた。そして店長は忙しいのか「どうぞごゆっくり」と言って、すぐにカウンターへと戻って他のお客の対応をする。

 

 あの店長とは知り合いだから少しだけ話をしたかったが、今日は無理そうだな。まぁ仕方ないか。クリスマスの今日はカップル客がいっぱいいるからな。

 

「さ~て千冬さん、俺からの罰ゲームは……さ、ア~ンして下さい♪」

 

「き、貴様……! 私にそんな恥ずかしい真似をしろと言うのか……!?」

 

 フォークでシフォンケーキの一部を切って刺し、そのまま千冬さんの口へと持っていく。そして俺の行動に千冬さんは頬を引き攣らせている。

 

「罰ゲームでも何でもやってやるって言ったのは千冬さんでしょ? ほら、食べて下さいよ。ここのシフォンケーキは凄く美味しいですよ? あと今回の事は一夏に内緒にしときますから」

 

「…………………」

 

 凄く恥ずかしそうに顔を赤らめてワナワナと震わせている千冬さんだったが、覚悟を決めたかのように俺をキッと睨む。

 

「………神代、今度組み手をやるときに覚えていろよ……!」

 

「ハッハッハッハ。楽しみにしておきます。さ、口開けてください」

 

 後は恐いが、こんな面白い千冬さんを見れるなら安いもんだ。今までの敗北が一気に清算されるような気分だよ。

 

 そして千冬さんは約束通り、俺の罰ゲームをやろうと、恥ずかしげな表情で口を開けてくれた。そして俺はそのままニッコリとシフォンケーキを食べさせる。

 

 その時に俺と千冬さんは気付かなかった。この光景が偶然テレビで生中継されていた事を。

 

 

 

 

 

 

 クリスマス・パーティーをしている織斑家に異変が起きていた。

 

 それは――

 

「おい! 何だよコレ!? 何で和哉と千冬姉が映ってるんだ!? ってか和哉の奴、千冬姉に何やってやがんだ!!」

 

「か、和哉が千冬さんに……アイツ、布仏がいると言うのに何て事を……!」

 

「かかか和哉さん!? 織斑先生と何をなさってるんですの!?」

 

「ってか、千冬さんが凄く恥ずかしそうな顔で和哉にケーキを食べさせられてるし……」

 

「ぼ、僕、ある意味和哉を尊敬するよ……」

 

「ズルイぞ師匠! 織斑教官にあんな事をするなんて!」

 

 偶然にテレビで和哉と千冬が理想のカップルと言う風に中継されてる事に、一夏と一夏ラヴァーズの面々が信じられないような顔で食い入るように見ていた。特に一夏は和哉に殺意を抱いてるように睨んでいる。

 

 このテレビを見た一夏は……言うまでも無いので割愛させて頂く。




織斑千冬のキャラ像がおかしいと思われる人がいるかもしれませんが、そこはどうかお許しを。

以上、クリスマス企画でした。


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第112話

凄い久しぶりの更新です。


「かず~! 早く早く~!」

 

「はいはい、分かったからそう慌てんなって。別に遊園地は逃げたりしないんだから」

 

 竜爺に事情を説明した翌日の朝。

 

 昨日竜爺が言ったとおり、今日は骨休みとなっているので修行は無い。その為に俺は朝早々、待ち合わせの場所となってる駅へ行って、既にいる本音に腕を引っ張られていた。本音が昨日言っていたウォーターランドへ行く為に。

 

「遊園地は逃げなくても、かずーと遊ぶ時間が逃げるんだよ~。ほら早く~!」

 

「全く、君は普段のほほんとしてるのに、こう言う時だけ行動が素早いんだな」

 

 遊びに関しての行動が早い事に少しばかり俺は呆れた。出来れば修行初日の時には寝坊せずそうして欲しかったと思いながら嘆息したからな。因みに現在待機状態(ブレスレット)になってる黒閃も、俺と同じだったのか小さく嘆息していたのが聞こえた。

 

 まぁ今話題になってる遊園地のチケットを手に入れて遊びにいけるから、本音がはしゃぐ気持ちも分からなくも無い。俺も内心ちょっと行ってみたいと思ってたし。

 

(にしても、竜爺は一体どうするつもりなんだ?)

 

 けれど、俺としては遊園地よりも気掛かりな事があった。俺が女性権利団体に狙われ、殺されそうになった理由を聞いた竜爺だ。

 

 途轍もない怒気と殺気を取り敢えず引っ込めて何ともない様に話していた竜爺だが、本当に大丈夫なんだろうかと今でも不安を抱いてる。

 

 俺が理由を説明した後、次に竜爺は自分の家と温泉が狙われている事を話してくれた。温泉を知っていた一夏は別として、本音には一応口外しないよう言っておいた。けれど『今更緘口(かんこう)しても、知られるのが時間の問題じゃがのう』、竜爺が苦笑していたけど。

 

 何でも女性権利団体の連中は宮本家の天然温泉を女性専用のスパにしようと、あの手この手を使って竜爺の土地を手に入れようとしているそうだ。因みに何で連中が知っているのかと言うと、女性権利団体の連中がこの町で何処か手頃な土地が無いかと調べてた際、偶然に竜爺の家に温泉がある事を発見したそうだ。嫌な偶然だよ。

 

 今は竜爺がどうにか反対しているそうだが、綾ちゃんの母親――真理奈さんからの話だと竜爺の土地にスパを建設する事は決定らしい。何とも自分勝手な連中だ。

 

 まぁ奴等がもう少しで上手くいきそうなところを俺が阻止したから何とか凌ぐ事が出来たが、それがいつまで持つかどうか分からない。

 

(本当なら竜爺の手助けをしたかったんだけどなぁ……)

 

 一応事情を知った俺も手伝うと言ったんだが、竜爺から――

 

『今回はなるべく身内で片を付けたい。じゃがもしワシ等が手に負えなくなった時には頼む』

 

 と言われたので引き下がる事にした。

 

 それに加えて今日は本音と遊園地に遊びに行く日でもあるから、そっちを優先しろとも竜爺に言われたし。

 

「かず~」

 

 でもまぁ、竜爺が身内で片を付けると言っても、あの連中が何を仕出かすか分かんないんだよな。自分が女である事を良い事にやりたい放題してる連中だから、いくら竜爺が強くても権力使われたらなぁ。

 

「かず~」

 

 もし奴等が汚い手を使って竜爺を陥れるんだったら、その時は黒閃に頼んで奴等の情報を――

 

「ちょっとかずーってば!」

 

「え? な、何だ本音? いきなりでかい声出すなよ」

 

 突然本音が大きな声を出して呼んで来たから、俺は思わず驚いてしまった。

 

「さっきから呼んでるのに、かず~全然反応しないんだよ~」

 

「……そ、そうだったのか。悪い悪い、つい考え事しててな」

 

「………ねぇかず~、私と遊園地行くのがそんなに嫌なの?」

 

 本音はしかめっ面になりながら歩くのを止め、俺から離れてそう訊いてくる本音。

 

「何でそうなるんだよ」

 

「だってかず~、昨日からお爺ちゃんの話を聞いた後からず~っと考えてるんだもん。何か今日の遊園地もあんまり乗り気な感じがしないし~」

 

「………」

 

 ………確かに言われてみればそうだった。竜爺や女性権利団体の事ばっか考えてた所為で、本音の事をあんまり構ってないんだった。

 

 不味い。この後の事を考えると、恐らく本音はずっと不機嫌になって暫く俺と口をきかないかもしれない。

 

 折角本音が頑張って遊園地のチケットを入手したのに、俺がこんな行く気なさげな事をしてちゃダメだな。友人として最低だ。

 

「ぶぅ~。そんなにお爺ちゃんの事が気になるんなら、私は一人でふにゃぁ!!」

 

「すまんすまん、俺が悪かったよ本音」

 

 今度は膨れっ面になってる本音の頭を優しく片手で撫でる。

 

「い、いきなり何するの~……!」

 

「君の厚意を無駄にするような事をして本当に悪かった。だから今日は君が満足するまで遊び相手を務めるから、な?」

 

「………そ、そんなこと言っても私は許さないよ~」

 

 と言ってる割には嬉しそうな感じがするんだけどな。その証拠に本音はおでこを俺の胸にグリグリと当ててるし。これはかなり喜んでいる表現だ。

 

「そうかい。遊び相手の他に、詫びも込めて久しぶりにアップルパイも作ろうかとも考えていたんだが」

 

「………クレープも奢って~」

 

 調子に乗るなと言って軽いデコピンをしたいところだが、非がある今の俺に出来なかった。仕方ないので妥協しよう。

 

「分かったよ。それで許してくれるなら」

 

「………じゃあ許してあげる~」

 

「それは良かった」

 

 ふむ、やっぱり本音が許してくれる最大の武器はお菓子だな。この子は俺が作るアップルパイやお菓子が大好物だから、手間や費用が掛かるにしても許してくれるなら安いもんだ。

 

「かずーのそういうとこ、私好き~」

 

「そうかい。それじゃ早く遊園地に行こうか」

 

「行こ~♪」

 

 さっきまでの不機嫌が一気に無くなったようにホクホク顔となってる本音は、再び俺の片腕に引っ付いて一緒に歩き始める。

 

 正直歩き辛いんだが、今此処でまた彼女の機嫌を損なわせる訳にはいかないから、このままで行く事にした。

 

『…………マスター、布仏本音に甘すぎです』

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 途端に待機状態になってる黒閃からツッコミを入れられるが、ご機嫌な本音は聞いてない様に歩き続いていた。

 

 

 

 

 

 

「おお~、凄いなぁ。こりゃ話題になる訳だ」

 

『ウォーターワールドと呼ばれるだけあって、色々なアトラクションがありますね』

 

 目的地に着いた俺は、ゲートを通って水着に着替える為に一旦本音と別れた。そして水着に着替えた俺が早かったのか本音の姿が見えなかったが、周囲は途轍もないほどの人でいっぱいだった。

 

 プールで泳いだり、日光浴したり、アトラクションで遊んでいる人がいる。ここにいる客に共通して言えるのは、全員物凄く楽しんでいる。それだけ此処が楽しいって証拠だ。

 

「こんだけ人が多いと本音を探すのは一苦労かもしれないな」

 

「大丈夫だよ~。私はずっとかずーの傍にいるから~」

 

「そうしてくれるとありがた……って!」

 

 俺の呟きに反応した事に思わず振り返ると、隣にはいつの間にか本音がいた。

 

「君はいつからそこにいたんだい?」

 

「ついさっきだよ~」

 

「……そうか」

 

 どうやら余りの人の多さに、呆けに取られた所為で本音が接近してくる事に気付かなかったようだな。やれやれ、どうやら俺はまだまだ修行不足か。

 

 まぁそれはそれとして、俺はどうしてもツッコミたい事が一つある。それは――

 

「ところで本音。臨海学校の時から思ってたんだが、それは本当に水着なのかい」

 

 前回に見たキツネの着ぐるみを纏ってる本音に。

 

「そうだよ~。これが私の勝負水着なのだ~……と言うのは冗談で~」

 

 そう言いながら本音は片手を背中に回してジーッとチャックみたいな物を下ろすと――

 

「実はコレがホントの私の水着なのだ~!」

 

「だったら初めっからその格好で来ればいいじゃないか!」

 

 着ぐるみを全て脱いだ途端、真の姿を見せるかのように少し際どい白のビキニを纏った本音が現れたので、俺は声を荒げながらツッコんだ。

 

「え~? もしかしてかずー、こっちの方見たかった~? きゃ~、かずーのエッチ~♪」

 

 恥ずかしげな仕草をするように両腕で胸を隠そうとする本音。

 

「………やっぱ俺、帰ろうかな?」

 

「冗談だってば~。もう~、かずーは冗談が通じないんだから~」

 

 

 ムニュッ

 

 

 しかめっ面する俺に本音が正面から抱き付いてきたから、本音の胸がダイレクトに伝わってくる。

 

 これが他の男だったらドギマギしてるんだろうが、俺は綾ちゃんのお蔭で耐性が付いてるから大して動じない。それはそれである意味悲しい耐性かもしれないが。

 

「はいはい、冗談なのは分かったから一先ず離れような」

 

 何しろ客の何人かが俺に抱きついてる本音を見ているし。視線には慣れてるが、流石に知らない人に注目されるのは恥ずかしい。

 

『くそぅっ! あんな可愛いのほほん巨乳の彼女とイチャイチャしやがって……!』

 

『これが俗に言う美少女と野獣ってか……?』

 

 そこの男共、本音は俺の彼女じゃねぇ。つーか誰が野獣だ、誰が。

 

『何か彼女の方は幸せそうな顔してるわね~』

 

『チッ。これだから彼氏持ちの勝ち組は……!』

 

 だから違うってつってんだろうが、そこの女共! 誤解してんじゃねぇ!

 

「ったく。ほら行くよ、本音。先ずはどうする?」

 

「えっとね~」

 

 俺がそう言うと、本音は俺から離れて脱いだ着ぐるみを手に取りいそいそと再び纏う。

 

 ってかまた着るんかい。まぁ却ってその方が良いかもしれないけど。

 

「じゃああそこ行こ~」

 

 内心呆れてると、着ぐるみを纏った本音が俺の手を取って移動をする。

 

「……おい、初っ端からコレかよ」

 

 本音が目指そうとしてる場所に着いた俺がそう呟く。

 

 何故ならそこはクネクネと曲がった長いコースがあるウォータースライダーだ。しかもペア滑りコースに向かってるし。まぁスリルがあって楽しそうだから文句は無い。

 

「此処に来るって最初に決めたんだよ~。かずーと一緒に滑りたかったし~」

 

「分かった分かった。んで? これはどう滑れば良いんだ?」

 

 滑り方を尋ねると、係員のお姉さんが俺に声を掛けてきた。

 

「ペア滑りはですねー、こう、女の子を後ろからだっこする感じでですねー」

 

「ふーん」

 

 向こうの説明に従うように、俺はスライダーの入り口に座る。

 

「女の子は男の子の脚の間に座ってですねー」

 

「こうかな~?」

 

 本音は遠慮無しに俺の脚の間に腰を下ろすと同時に、背中を俺の胸板にピトッと寄り掛かってくる。

 

 因みに本音はいつのまにか着ぐるみを脱いでいた。さっき着たばかりなのにまた脱ぐって、何でメンドクサイ事をしてるんだろうか。言い出したらキリがないから、もう本音には何も言わない。

 

「あらあらー、お二人は恋人同士ですかー?」

 

「違いますからさっさと説明続けて下さい」

 

 からかってくる係員のお姉さんに向かって言うと、向こうは再度説明をしようとする。

 

「それでですねー、男の子は女の子を後ろからぎゅってするんですよ。ぎゅって。勿論、お腹を抱く感じでー」

 

「かずー、早くぎゅってして~」

 

「はいはい」

 

 催促してくる本音に俺は嘆息しながら、言われたように後ろから抱きしめる。

 

「かずーに抱きしめられてる~。何か幸せ~♪」

 

「頼むからそんな恥ずかしい事は言わないでくれ」

 

 普段俺に抱きついてるのに、俺がやっただけでどうしてそんな幸せそうな顔をするんだか。

 

 しかしまぁ、綾ちゃんで慣れてるとは言え、肌と肌でこんなに密着するのは久しぶりかもしれない。本音も綾ちゃんと同じく女の子特有の柔らかさがある上に、何故かいい匂いもする。俺、ちょっと頭がおかしくなってきたかな?

 

「最後にですねー、女の子は男の子の腕に捕まって下さいねー。しっかりとですよー。途中で水着がほどけちゃうと危ないですからー」

 

「はーい」

 

 返事をした本音は、俺の腕をぎゅっと掴んでくる。

 

「あのぅ、もうこれで行って良いですか?」

 

 確認する為に係員のお姉さんに問うと――

 

「はーい、どうぞー。それではいってらっしゃーい」

 

 とんっと背中を押されてしまった。

 

「くそっ、勝手にスタートさせやがって……っておおおっ!?」

 

「おお~~!!」

 

 ゆっくりと滑走してる最中に係員のお姉さんに文句を言いたがったが、すぐに加速して速度が上がったので、もうどうでも良くなった。本音なんかは楽しそうに声をあげてるし。

 

「お~すごいすご~~い!」

 

「確かにこれは凄いな」

 

 滑っていく速度は速くても、言葉を交わす余裕はあった。

 

 本音も本音で滑る速度に嬉しそうな顔をしている。

 

「うおっ! カーブか!」

 

「わひゃぁっ!」

 

 ぐいいいっと遠心力で外側に引っ張られる俺の体だが、この程度で体勢を崩しはしない。

 

 けれど本音はカーブによって体勢が勢いに負けて傾いてしまう。

 

 すると――

 

 

 むにゅん

 

 

「あ……」

 

「ほわぁ~!」

 

 本音が体勢を傾けてしまった事により、俺の手が本音の胸に触れてしまった。

 

「ちょっ! かずー! どこ触ってるの~~!!??」

 

「俺の所為じゃない。君が体勢をずらすから……わぷっ!?」

 

 

 ザッパーンッ!!

 

 

 本音の発言に俺が抗議するも終着点に到達したらしく、俺達は水中に突っこんでしまった。

 

「ぷはっ! ったくも~」

 

 水面から顔を出すと、ガードするように腕をクロスさせた本音が顔を赤らめながらジーッと見ていた。

 

「う~~~……!」

 

「……言っとくけど、俺の所為じゃないからな」

 

「……かずーのエッチ~」

 

「何でだよ。元はと言えば君が体勢をずらしたから、ああなったんだぞ?」

 

「でも……触ったのに変わりないよ~」

 

「あのなぁ……」

 

 服越しとは言え、普段から人に胸を押し当ててる本音が言う台詞じゃないと思うんだけど。

 

 どうやって本音の機嫌を直そうかと考えてると、突然左手首が光り出した。

 

 何事かと思って見てみると、いつのまにか人間形態となってる黒閃が現れる。しかも何故か黒の水着(ビキニ)姿で。

 

「な、何で黒閃が出てくるの~!?」

 

「布仏本音、マスターが強く出れないのを良い事に余り調子に乗らないで下さい」

 

 あのさぁ黒閃、今は周囲に人がいないから良かったんだけど、いきなり人間になるのは止めてくれない? お前の突然の登場は心臓に悪いんだよ。

 

「マスターに非はありません。元はと言えば体勢を崩した貴女が原因でしょう」

 

「そ、そうかもしれないけど~、黒閃が言わなくても……」

 

「たかが胸を触られたぐらいで、ああだこうだと文句を言わないで下さい」

 

 言ってる事は間違っちゃいない。けれど流石に異性に胸を触られたら意識すると思うぞ。今の本音がそうだし。

 

「だ、だからぁ……」

 

「私でしたらマスターに触られても気にしません。こんな風に」

 

 黒閃がいきなり俺の手首を掴み――

 

 

 ムニュッ

 

 

「いっ!?」

 

「!?」

 

 自分の胸を触らせた。突然の柔らかな感触に俺は驚き、本音はギョッと目を見開く。

 

「んんっ……。な、何故でしょう……? マスターに触られると気持ちよくなってきて……」

 

「止めんかコラ!」

 

「何やってるの黒閃~~!!」

 

 

 スッパァァンッ!!

 

 

 本音がどこから出したのか分からないが、持ってるハリセンで黒閃の頭をどついた。

 

「………痛いじゃないですか、布仏本音。あとそのハリセンはどこから出したんですか?」

 

「そんな事はどうでもいいの~! かずーに自分の胸を触らせるのはダメ~! かずーは私のなんだから~!」

 

「おい、いつから俺は君のものになったんだ、本音?」

 

「貴女にどうこう言われる筋合いはありません。私はマスターの所有物ですから、マスターに何をされても構いませんので」

 

「お前も誤解を招く事を言ってんじゃねぇ黒閃!!」

 

 急に本音と黒閃の喧嘩が始まってしまった事により――

 

『くそ~! 大してイケメンじゃねぇあの野郎がどうして美少女二人に囲まれてやがんだよ!?』

 

『あの野郎、羨まし過ぎる……!』

 

『うわ~、一人の男を奪い合う美少女二人ってやつかな?』

 

『と言うより彼氏の方はどこかで見たような気が……』

 

 段々野次馬が集まり始めてきたから、俺は一先ず二人を連れて退散する事にした。




う~ん、久しぶりに書いたから微糖だったかな?


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第113話

「ったく。どうして喧嘩腰になるんだよ」

 

「うう~……ごめん、かずー」

 

「……申し訳ありません」

 

 本音と黒閃を余り人がいない休憩スペースまで連れて行った俺は少しばかり説教していた。俺の説教に二人は言い返そうとせず、頭を垂れるようにしょんぼりとしている。

 

「黒閃、この前俺が言った事を忘れたのか? 何か遭った時以外は待機状態のままで喋るなって」

 

「…………」

 

「決して絶対にやるなって束縛する命令じゃないんだが、少しは場所を考えてくれ。一般人がたくさんいるこんな場所で、お前が不用意な行動を起こしたら何を言われるか分からん」

 

「…………すみません、仰るとおり確かに軽率でした」

 

 俺の指摘に黒閃は何故か小さくなった感じがする。

 

「つーか、普段俺の指示に絶対従うお前が、どうしてあんな事をしたんだ? お前が何の理由もなく勝手に動くとは思えないんだが」

 

「それは…………」

 

 理由を問う俺に、黒閃は言おうとするもすぐに本音を見た途端に黙ってしまう。どうやら本音がいる前では答えたくないみたいだな。

 

「はぁっ、分かった。理由は後ほど聞くとしよう。取り敢えず待機状態に戻ってくれ」

 

「……分かりました」

 

 黒閃が頷くと、すぐに待機状態(ブレスレット)に戻った。

 

 それを確認した俺は次に本音の方へと視線を向ける。

 

「本音、俺はもうこれ以上どうこう言うつもりは無いから、もう頭を上げてくれ」

 

「で、でも私かずーに迷惑を……」

 

 罪悪感があるのか、本音はすぐに頭を上げようとしないので――

 

「ほいっと」

 

 

 ペチンッ

 

 

「わきゃっ!」

 

 俺は本音の額に物凄く手加減した軽いデコピンをした。俺の突然の行動に本音は驚くように悲鳴をあげる。

 

「か、かずー、何するの~……?」

 

「これで許してあげるから、早くいつもの君に戻ってくれ。君がそんな顔をされると、こっちが申し訳ない気分になる。さ、今度は泳ぎに行こうか」

 

「………うん」

 

 手を差し出すと、本音は片手を出してそのまま俺の手を握る。

 

 本音と一緒に泳ぐ為の浮き輪を借りに行こうとしていると――

 

『では! 本日のメインイベント! 水上ペアタッグ障害物レースは午後一時より開始いたします! 参加希望の方は十二時までにフロントへとお届け下さい!』

 

 突然の園内放送が響き渡った。

 

「メインイベント? 何か面白そうだな。本音、良かったら出てみないか?」

 

「え? でも私……」

 

『優勝商品はなんと沖縄五泊六日の旅をペアでご招待!!』

 

「っ!」

 

 アナウンスから景品内容を聞いた途端、さっきまで少し落ち込み気味だった本音がぴーんと耳を立てて一気に顔を上げた。

 

「へぇ。景品は沖縄旅行か。随分と豪華な――」

 

「かずー、出よう~!」

 

「へ?」

 

「優勝して沖縄行こう~~!!」

 

「え、ちょっ……!」

 

 急に元気になった本音はグイグイと俺を引っ張っていくようにフロントへ行く事となった。こうして俺と本音がフロントで受付をしてメインイベントに参加する………筈だった。

 

 

 

 

 

 

「もう信じられない~! かずーが参加出来ないってどういうことなのさ~~!?」

 

「ははは……。まぁ出たら出たで俺が反感喰らう事になったけどな」

 

 メインイベントの水上ペアタッグ障害物レースが終わった後、俺と本音はウォーターワールドを出て街を歩いていた。

 

 本音と俺の台詞でもう分かってるだろうが、俺達はレースに参加する事が出来なかった。俺がフロントで参加すると言った際、『お前空気読めよ』と言う受付からの無言の笑みによって退けられたからだ。尤も、それは俺に限った話じゃなく、他の男性参加者達も悉く退けられたが。

 

 何で参加出来ないんだと俺は文句を言ったが、受付が水上を見ろと視線で誘導してきて理由がすぐに分かった。水上には主に見目麗しい女性が沢山いたからだ。

 

 その時に俺は知った。このレースは初めから女性メインにやらせ、観客席にいる下心丸出しの男は走る見目麗しい女性を見て楽しむものだと。

 

 それらを理解した俺は呆れて物が言えなくなったので、参加する気が一気に失せた。だから俺は本音を説得して普通に泳いで遊ぶ事にしたって訳だ。

 

 事情を知った本音は俺と同じく呆れて遊ぶ事に賛成したが、後々になってレースに対し、こうして文句を言い続けている。

 

「確かに参加出来なかったのは残念だったな。まぁ久しぶりに遊園地で楽しめたから、それで充分だよ」

 

「そうだけど~……かずーと沖縄旅行が~……」

 

 本音は納得してもまだ未練がましく呟いていた。

 

 ってか仮に俺等が参加して景品貰っても、旅行に行くのは多分無理だと思う。

 

 IS学園の生徒である俺等が遠出の旅行なんて出来る訳ないし、俺は竜爺の修行があるし、本音はお姉さんからダメだしを喰らうだろう。容易に予想できるオチだ。

 

「つーか俺と旅行してどうすんだよ。そう言うのは普通俺じゃなくて同性の友人、もしくは恋人と行くようなもんだろ?」

 

「私はかずーと一緒に行きたかったの~」

 

 そう言って本音は強請るように俺の腕に引っ付いてくる。

 

「はいはい。じゃあそんな本音には残念賞としてランチを奢ってあげるよ。何が食べたい?」

 

「かずーが行く店なら何でも良いよ~♪」

 

 俺が奢ると聞いた途端、本音は上機嫌になった。分かりやすい奴だ。

 

「そう言うと思ったよ。じゃあ、あそこのカフェに行こうか」

 

「行こ~」

 

 丁度目に留まったオープンテラスのカフェを見た俺が其処へ行こうとすると、本音は文句を言う事なく俺に付いて行こうとする。

 

 そして俺達がカフェに入ると――

 

「いらっしゃいませ。カフェ@クルーズへようこ、そ……」

 

「ん? お前、シャルロット……?」

 

「あ、でゅっちーだ~」

 

 何故か執事服を着たシャルロットが俺達を接客するように出迎えていた。しかも中々様になってる格好だ。思わず以前男装していたシャルル・デュノアの姿を思い出したよ。

 

「か、か、か、和哉……! な、な、何で君がココに!?」

 

「そう言うシャルロットこそ何してるんだ? ってかその格好……」

 

「っ! こ、これは、その……!」

 

 俺と遭遇してしまった事により、シャルロットは完全に慌ててすぐに言葉が出ない様子だった。

 

「でゅっちーカッコいいね~」 

 

「の、布仏さんもいたの!?」

 

「さっきから俺の隣にいたんだけどな」

 

 俺に意識を向けてた所為か、シャルロットは本音の存在に漸く気付いた。いくら俺に見られたからって、代表候補生がそんなに慌てるなよ。

 

「まぁ良いや。今は訊かないでおくから、取り敢えず二人用の席に案内してくれ」

 

「え、えっと……どうぞコチラへ」

 

 他の客を待たせるわけには行かないと思ったシャルロットは、そのまま俺と本音を席へと案内する。その途中、今度はメイド服を着たラウラを見つけた。

 

「あ、ぼーでんだ~」

 

「ラウラもいたのか……」

 

「し、師匠……!? どうして此処に!?」

 

 俺達に気付いたラウラがコッチを見て驚いた顔をしている。

 

 そして案内された席に座ると、シャルロットが――

 

「ご注文が決まりましたらどうか僕に! 声をお掛け下さい」

 

 “僕に”とやたら強調してメニュー表を置き、別の客の対応をしにいった。

 

「ねぇかずー、でゅっちーとぼーでんがどうしてココにいるの~?」

 

「さぁな。何か理由があるからなんだろ……」

 

 けどあの二人がアルバイトをするのはあんまり良くない。いくら夏休みだからって、IS学園の代表候補生がアルバイトをしてるなんて世間が知ったら色々と不味い事になる。二人は当然それを分かってる筈なんだが……。

 

 シャルロットとラウラが客の対応をしながらもチラチラと俺達の席を見ている。特に俺の行動を矢鱈と警戒しているようだ。

 

 どれほど警戒してるのかと言うと――

 

「よし。ちょっと一夏に」

 

「お客様。携帯電話の使用はご遠慮願います」

 

「ししょ、じゃなくてお客様。通信はご遠慮頂こう」

 

 俺が懐から携帯を取り出そうとした途端に即行で注意を促すほどだ。

 

 注意された俺はそれを止めてメニュー表を見ると、シャルロットとラウラは何事も無かったかのように客の対応を再開する。

 

 あの様子からして一夏に絶対知られたくないようだな。アイツが知ったところで笑う事はしないと思うんだが。

 

「それはそうと本音、何を頼む?」

 

 一先ずランチを優先する事にした俺は、本音にメニュー表を見せて何を頼むか尋ねる。

 

「えっとね~……日替わりのパスタと期間限定パフェだよ~」

 

「パフェ? ………っておい、マジかよ」

 

 本音が指したパフェの欄を見てみると、価格が二五〇〇円と結構高かった。しかもランチより高いし。

 

「あのなぁ、奢るとは言ったが高過ぎだろ。ってかコレ、かなりの量だぞ。全部食べれるのか?」

 

 メニュー表にパフェの写真が載っており、かなり高いだけあって量もそれなりにあった。とても一人で全部食べきれる物じゃない。

 

「パフェ代は私も払うよ~。あとコレはかずーと一緒に食べるの~」

 

「俺と一緒にって……つまり俺の分のデザートまで頼んだって事か?」

 

「てひひ」

 

 してやったりと言うような笑みをする本音に、俺は思わず嘆息した。

 

 ………まぁ良いか。俺もこのパフェは少しばかり気になっていたからな。この際だから本音と一緒に食べるとしよう。

 

「じゃあ俺はハンバーグセットにするか。すみません、ちゅうも――」

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 俺と本音が食べるランチとデザートが決まったので注文と言ってる途中、いつのまにかシャルロットがスタンバイしていた。警戒し過ぎにも程があるんだが。

 

「……はい、コレとコレで」

 

 もうツッコむ気にもなれない俺は少し間がありながらも、執事のシャルロットにメニュー表を見せながら注文する物を言う。

 

「かしこまりました。すぐにご用意しますので、少々お待ち下さい。あ、こちらをお渡しておきますね」

 

「ん?」

 

 注文内容を聞いたシャルロットがお辞儀をした後、俺に折り畳まれた小さな紙を渡して去っていった。

 

「…………はぁっ」

 

 それを渡された俺は広げて見た途端に再び嘆息した。

 

「? どうしたのかずー? でゅっちーが渡した紙に何書いてあるの~?」

 

「…………」

 

 本音の問いに――

 

 

『後で大事な話があるからランチを食べた後、少しの間だけ待って』

 

 

 そう紙に書いてある内容を見せると、本音はすぐに苦笑した。 

 

「でゅっちーたち、すぐに帰してくれないみたいだね~」

 

「そう言う事だ。本音、悪いけど暫く付き合ってもらえるか?」

 

 紙に“少しの間だけ”と書かれてはいるが、絶対にその程度じゃ済まないと確信してる俺と本音。

 

 人間、余り見せたくない格好を知り合いに目撃されたら逃がそうとしない。後で必ず言い訳や説明をするって相場が決まってるからな。

 

 まぁ俺等としても、シャルロットとラウラがどうしてあんな格好をしてるのかが気になってるから、すぐに逃げる真似はしない。それに本音は楽しそうに二人の格好を眺めているし。

 

「良いよ~。かずーと一緒なら全然OKだよ~。あ、もしかしたらパフェをタダにして――」

 

「そんな事をしたら後になってラウラからの報復を受ける事になるぞ?」

 

「――もらうのは無かった事にするよ~」

 

 理解してくれて何よりだよ、本音。

 

 そして注文を待って十分程経つと、料理を持ったシャルロットがこっちに来る。

 

「お待たせしました。日替わりパスタとハンバーグセットです」

 

 女性客達を魅了する笑みを見せながら頼んだ料理をテーブルの上に置くシャルロット。さっきから思ってたんだが、シャルロットは本当にそこら辺の男よりカッコいい貴公子に見え――

 

「お客様、何か変な事を考えておりませんか?」

 

「………いえ、全く」

 

 突然シャルロットが(俺だけにしか見えないよう)黒い笑みを見せて来たので、不穏な考えを止めることにした。

 

 あとこれは前々から思ってた事だが、一夏ラヴァーズの中でシャルロットが一番厄介だ。特に黒い笑みを見せるところが、な。

 

 温和な人ほど怒らせたら恐いとは正にシャルロットの事を指している。感情をすぐ面に出す箒達とは違って、シャルロットは静かな怒りを見せるから、俺にとってはそれが厄介だ。

 

 それ故に俺はシャルロットを余り敵に回したくはない。尤も、一夏関連でからかう事は止めないけどな。

 

「では、ごゆっくりどうぞ。あとデザートをお食べの際はお呼びください」

 

「分かった」

 

「OK~」

 

 俺と本音が頷くと、シャルロットはすぐに別の客の対応をする。

 

 思わず見ると、女性客はシャルロットが来た途端、魅了されているんじゃないかと思うほど顔を赤らめていた。

 

 因みにラウラは――

 

「おい、それを飲んだらさっさと出て行け。邪魔だ」

 

「は、はい」

 

 お客に対する態度とは思えない酷い対応をしていた。

 

 アレじゃすぐにクビにされるんじゃないかと少し心配したが、実はそうでもない。

 

「あ、あの子、超いい……!」

 

「あんな可愛い子に罵られたいっ、見下ろされたい、差別されたいぃっ!」

 

 ラウラが美少女であるからか、男性客の殆どは異様な興奮を見せていた。

 

 言っておくが俺はラウラに罵られたくもないし、見下ろされたくもないし、差別されたくもない! 俺はMっ気なんか一切無い!

 

 もしラウラが俺にあんな冷たい態度取ってきたら、デコピン食らわせてやる。

 

 そう思いながら俺は本音と一緒にランチを食べてる中、店内全体は段々騒然としてくる。

 

 それは言うまでもなく――

 

「あ、あのっ、追加の注文良いですか!? 出来ればさっきの金髪の執事さんで!」

 

「コーヒーを下さい! 勿論銀髪のメイドさんから!」

 

「こっちにも美少年執事さんを一つお願いします!」

 

「是非とも美少女メイドさんを!」

 

 男女の客達がこぞってシャルロットとラウラを指名しているからだ。

 

「でゅっちーもぼーでんも凄い人気だね~」

 

「あの容姿であの格好だから、そうなるのは当然だよ」

 

「それはそうとかずー、そのハンバーグ美味しそうだね~」

 

「いきなり話の内容を変えるな」

 

 急に俺が食べてるハンバーグを見てる本音に注意しながらも、俺は少し切ったハンバーグをフォークに刺し、そのまま本音の口にまで運ぼうとする。

 

「かずー、何だかんだ言ってやさし~♪ あ~ん」

 

 パクッとハンバーグを食べる本音。

 

「………良いなぁ、布仏さん」

 

「ふむ。あれが副官の言うバカップルというものか」

 

 何故か羨ましがって呟くシャルロットは良いとして、ラウラは後でデコピンの刑を実行する必要がありそうだ。

 

 つーか誰がバカップルだ。俺と本音はカップル以前に付き合ってすらいないっての。

 

 と、そんな時――

 

 

 バタンッ!

 

 

「全員、動くんじゃねぇ!!」

 

 ドアを破らんばかりの勢いで雪崩れ込んできた三人の男が怒号を発した。




さて、この場合どっちの心配をした方が良いでしょうか?

客とスタッフ? それとも………三人の男?


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第114話

(何だぁ?)

 

 いきなりの怒号に俺は思わず振り向いた瞬間、男の一人が撃った銃声で店内から絹を裂くような悲鳴が上がった。

 

「きゃあああああっっ!?」

 

「騒ぐなぁ! 静かにしろ!」

 

(アイツ等の格好を見るからに……強盗だな)

 

 ジャンパーにジーパン、そして顔には覆面をして、手には銃を所持。更に背中のバッグからは何枚かの紙幣が飛び出している。多分何処かの銀行を襲撃した後の逃走犯、ってところか。

 

 ってか奴等の格好は、まるで二十世紀のマンガに出てるキャラだな。ひょっとしてそれを真似して、あんな格好をしてるんだろうか。

 

 とまあそんな冗談はさておき、銃を持っている以上は凶悪犯である事に間違いはない。店内にいる客やスタッフもソレを見て、強盗達の言う事を聞いて静かにしてるからな。

 

「君たちは既に包囲されている! 大人しく投降しなさい! 繰り返す――」

 

 外からは警察と思わしき声が聞こえた。思わず窓を見ると、そこにはパトカーによる道路封鎖とライオットシールドを構えた対銃撃装備の警官達が包囲網を作っていた。

 

 犯人を包囲するのは良いんだが――

 

「……なんか、なぁ」

 

「……警察の対応も、ちょっと」

 

「……古い……」

 

 数名の客の言うとおり、明らかに対応の仕方が古かった。

 

 そんな対応の仕方で連中が怯える訳が――

 

「ど、どうしましょう兄貴! このままじゃ、俺たち全員捕まっちまいますぜ!?」

 

 …………おいおい、地味に効いてるな。まぁこれで大人しく投降してくれれば良いんだけど。

 

「うろたえるんじゃねぇ! 焦ることはねえさ。こっちには人質がいるんだ。警察だって強引な真似はできねぇさ」

 

 あ、やはり効かない奴がいたか。あの三人の中で一際体格の男がリーダー格なんだろう。

 

 ソイツの言葉を聞いて、さっきまで逃げ腰だった他の二人も自信を取り戻している。

 

「へ、へへ、そうっすね。俺達には高い金払って手に入れたコイツがありますし」

 

 一人の強盗犯がジャキッと硬い金属音を響かせてショットガンのポンプアクションを行う。その直後、威嚇射撃なのか天井に向けてショットガンを撃った。

 

「きゃあああっっ!!」

 

 奴が撃ったショットガンで蛍光灯が破裂し、パニックになった女性客が更に悲鳴をあげる。

 

「か、かず~……」

 

「大丈夫。アレはタダの威嚇だ」

 

 向こうの威嚇射撃によって本音が怯えている為、俺はそっと震えている本音の肩の上に手を置く。

 

 すると次にリーダーの男がハンドガンを撃って、悲鳴をあげている女性客を黙らせようとする。

 

「黙って大人しくしてな! そうすりゃ殺しはしねえ。わかったか!?」

 

 その脅しに女性は顔面蒼白になって何度も頷き、声が漏れないようきつく口を噤もうとする。

 

「おい警官ども! 人質を安全に解放したかったら車を用意しろ! 勿論、追跡者や発信機なんかつけるんじゃねぇぞ!!」

 

 威勢良くそう言ったリーダー格の強盗は、駄賃だと言わんばかりに警官隊に向かって発砲する。

 

 けれど幸い、弾丸はパトカーのフロントガラスに当たっただけだが、外にいる野次馬がパニックになっていた。

 

 ったくアイツ等。自分達が優位に立ってるからって、平然と銃をぶっ放しやがって。

 

「へへっ。兄貴、やつら大騒ぎしてますぜ」

 

「平和な国ほど犯罪はしやすいって話、どうやら本当っすね!」

 

「ああ、全くだ」

 

 それは銃を持ってるから強気になれるだけだろうが。

 

 暴力的な笑みを浮かべてる強盗犯たちの台詞に、俺は内心呆れてそう思った。

 

「う、ううっ……。かず~……」

 

 余りの展開に本音が泣き出しそうになっていた。いくら本音がIS学園の生徒だからって、銃を持った相手を恐がるのは当然だ。

 

「泣くな。大丈夫、俺が付いているから」

 

「あぁ?」

 

 本音を安心させようとポンポンと片手で肩を軽く叩いてると、俺の行動を見た一人の強盗犯がこっちに近づいてくる。

 

「はっ。何いっちょまえにカッコつけてんだ、テメェ? この状況が分かってねぇのか?」

 

「……分かってるから彼女を落ち着かせてるんですが」

 

 気に食わないような目で見てくる強盗犯に、俺は刺激しないよう丁寧に言う。普段の俺だったらこう言う相手には荒い口調で伸すが、今回は人質がいるから下手に出るしかなかった。

 

 因みに俺一人でコイツ等を片付けるのは造作もない。見た目はガタイのいい体格な連中だが、ただそれだけだった。格闘技や武術などをやってる様な動作も一切無く、銃の使い方も全くの素人だから、コイツ等は銃を持って強気になってる図体だけの一般人だ。

 

「気に入らねぇな。こんな状況で余裕ぶっこいてんじゃねぇ!」 

 

 俺が丁寧に言ったにも拘らず、向こうは気に障ったのか、銃を持ってない片手を握り締めて俺を殴りかかろうとする。

 

 

 バキッ!

 

 

「……………」

 

 頬を殴られた俺は声をあげる事無く、無表情となって黙った。

 

 …………ふ、フフフフフフ……。人が下手に出てるってのに、コイツ等と来たら……。

 

「か、かずー?」

 

「へっ、大人しく黙って震えてりゃそんな目に遭わなかったんだよ、バカが」

 

 俺が黙った事に強盗犯は嘲笑してそう言ってくる。

 

 ………バカ? ほう。俺をバカと言うか、コイツは。そうかそうか。

 

「あ、あ、あああ……。ま、不味いよ、これ……」

 

「……あの男は選択を誤ってしまったようだ」

 

 顔を青褪めているシャルロットとラウラが何か言ってるようだが、今の俺にそんな台詞はどうでもよかった。何せ今の俺には優先事項があるからな。

 

「………………」

 

「おい、何いきなり立ってんだよ。さっさと座って大人しくしやがれ。俺に殴られて頭おかしくなったか?」

 

 そして俺はそっと立ち上がって、強盗犯は銃を突きつけながら命令してくる。

 

 俺は気にせずに右手を強盗犯の腹部に触れて――

 

「あ? テメェ気安く俺に触って――」

 

「はっ!」

 

 

 ドウンッ!!!

 

 

「がぁっ!!」

 

 寸勁(すんけい)を使った。

 

 寸勁は中国拳法の一種で、至近距離からの僅かな動作で高い威力を出す発勁の技法。呼吸法や重心移動、打突力、意識のコントロールなどを用いて最小の動作で最大の威力を出す。

 

 日本の武術を学んでる俺が中国拳法を使うのはどうかと思われるだろうが、竜爺が独自に編み出した宮本流は他国の武術も取り入れてる。それ故に寸勁を使った奥義もあるので、当然俺はそれを学んで使えると言う訳だ。尤も、威力は竜爺に比べたらまだ未熟だが。

 

「あ、が……」

 

 けど俺の寸勁を喰らった強盗犯はそのまま仰向けにバタンと大きく倒れ、両手で腹部を抑え、口からは泡を吹いて悶え苦しんでいる。

 

 突然の展開に残りの強盗犯だけじゃなく、店内にいる客やスタッフが愕然としている。

 

「て、テメエ! ソイツに何しやが――」

 

 ショットガンを持った強盗犯がこっちに向けようとしたので――

 

 

 フッ!

 

 

「そんなもん人に向けんな」

 

「なっ!?」

 

 相手との距離を詰める移動法―『疾足』を使って近づき――

 

 

 ドゴッ!!

 

 

「ごあっ!」

 

 腹部を突き刺すようなパンチを喰らわせた。しかも捻るように。

 

「あ……ぐ……」

 

 かなりのダメージだったのか、強盗犯は持ってる銃を落とし、腹部を両手で抑えながら両膝を床に付ける。

 

「ふんっ!」

 

「ごっ!」

 

 その隙に俺は両手で強盗犯の頭を掴み、そのまま顔目掛けて膝蹴りを食らわす。

 

 痛みが強すぎた為に耐えられなくなったのか、頭を放した途端に強盗犯は仰向けに倒れて気絶してしまった。因みに口に命中した事により、強盗犯の口が血だらけになって前歯が何本か折れていた。

 

『…………………………』

 

 俺が一分もしないで二人の強盗犯を伸した事に、店内全体は別の意味で静かになった。当然それはリーダー格の強盗犯も含めて。

 

「な……あ……はっ! て、テメェ! 俺の弟分達をよくもやりやがったな!」

 

 その声に反応した俺が振り向くと、リーダー格の男が俺にハンドガンを向けて撃とうとする。

 

 俺が避けると下手したら客に当たってしまうと思ったので――

 

 

 ギンッ!

 

 

「っ!? な、なんだ!? 身体が、動かねぇ……!」

 

 殺気を対象者にぶつけながら睨んで相手を萎縮させる一種の金縛り――『睨み殺し』を使う事にした。それが効いたリーダー格の強盗犯はハンドガンを撃つ姿勢のまま固まっている。

 

「どうした? 撃つんじゃないのか?」

 

 そう尋ねながら俺は殺気を出したままゆっくりと近づいて行く。

 

「ひぃっ!」

 

 俺に恐怖してるのか、何とかハンドガンを撃とうと必死に体を動かそうとするリーダー格の強盗犯。

 

 だがそれはもう叶わない。何故なら俺が強盗犯の間近にいるからな。

 

「あ……あ……」

 

「一介の学生に怯えるとは情けないな。ってか、いい大人がコレ見せびらかして強気になんなよ」

 

 

 グシャッ!

 

 

 呆れてる俺は強盗犯が持ってるハンドガンを奪って、そのまま握り潰す。俺の握力は竜爺程じゃないが、銃を握り潰す程度の力はある。

 

「て、テメェ……。い、一体、何もんだ……?」

 

「さっき言ったろ? 一介の学生だって。そんな事よりも」

 

「っ!」

 

 ポキポキと指の骨を鳴らした途端、強盗犯はこれから何をされるのかを理解したのか恐怖に染まった顔をする。

 

「よくも人のランチタイムを台無しにしやがって。当然覚悟は出来てんだろうなぁ?」

 

「……た、た、助け――」

 

「る訳ねぇだろうがぁ!!」

 

 

 ドガッ! バキッ! ドゴッ! ゴスッ! ゴシャッ!

 

 

「ふうっ、こんなもんか」

 

「あ、が………」

 

 リーダー格の強盗犯に恨みを込めたパンチとキックのコンボ攻撃を食らわせてKOさせる。

 

 一般人相手に暴力行為をするなと竜爺に厳命されてるが、こう言う悪人相手には容赦はするなとも教えられてるので、俺には何の躊躇いも無い。

 

 やり過ぎと思われるかもしれないが、穏便に済ませても懲りずにまた襲い掛かってくる可能性があるからな。

 

「か、和哉、いくらなんでもコレはやり過ぎじゃないのかい?」

 

 強盗犯全員が伸された事で安全と分かったシャルロットが俺に近づきながら話しかけて来る。

 

「平然と銃をぶっ放す相手にはこれ位が丁度良いさ。自分達がどんだけバカな事を仕出かしたのかを教える為に、な」

 

「それは私も同感だ、師匠」

 

 俺の理由にシャルロットが苦笑していたが、近づいてくるラウラが賛同するように頷く。

 

「いや、まあ、確かにそうなんだけど……」

 

 未だにシャルロットは何か言いたげだったが、その先からはもう何も言わなくなった。

 

 そして数十秒後、さっきまで愕然としていた店内の民間人の客とスタッフは意識を取り戻すようにハッとする。

 

「す、すげぇ……」

 

「銃を持った強盗三人を、たった一人で……」

 

「お、俺、夢でも見てたのか……?」

 

 危機を脱した事は分かってはいるようだが、まだ完全に状況を把握出来ていないようだ。何度も瞬きを繰り返し、俺の姿を呆然と眺めている。

 

 すると――

 

「かずー!!」

 

「ん?」

 

 

 ギュウッ!!

 

 

 席に座っていた本音が俺に近づいて来た途端に抱き付いてきた。

 

「恐かったよ~!!」

 

「よしよし、もう大丈夫だよ」

 

 本音を宥めるように片手で優しく抱きしめ、もう片方の手は本音の頭を優しく撫でる。

 

「……いいなぁ」

 

「……一度嫁にやってみるか」

 

 本音が俺に抱きついているのを見てるシャルロットとラウラが羨ましそうに呟いてくる。単に本音を宥めてるだけなのに、何でそんなに羨ましがられるのかは分からんが。

 

 あと何故か客やスタッフがコッチを見て暖かい目で見てるような気がするのは俺の気のせいだろうか。

 

 そして本音は漸く落ち着いたのか、俺の胸に埋めていた顔をあげて俺に問いかけてくる。

 

「ねぇかずー、ほっぺ大丈夫~?」

 

「ああ。これくらい大して……ああそうだ」

 

「?」

 

 いかんいかん。俺とした事が忘れてたよ。

 

 すぐに思い出した俺は抱きついてる本音を離し、最初に伸した強盗犯に近づく。

 

「あ、あああ……」

 

 俺が近づいても強盗犯は仰向けになったまま、未だに悶えながらも銃を取ろうとしていた。

 

 やはり今の俺の寸勁程度じゃ完全に気絶させる事が出来なかったようだな。確認して正解だった。

 

 そう思いながら俺は片足を上げ――

 

「暫く寝てろ」

 

 

 グシャッ!!

 

 

「#》《$’%《》=#《》%$’《%”)$’(%’(#)!!!???」

 

『ひいっ!!』

 

 強盗犯の股間目掛けて思いっきり踏んだ途端、悲鳴とは思えない声をあげた後、完全に気絶した。これで完全にクリアだな。

 

 因みにこの光景に店内の男性客全員が顔を青褪めながら股間を両手で押さえている。しかも内股となって。

 

「……か、和哉、君、同じ男相手に何て事を……」

 

「こ、こればかりは流石に私も……」

 

「……かずー、ほんとに容赦無いね~」

 

 シャルロット、ラウラ、本音は揃って顔が引き攣っていた。

 

「よし、これでもう悪さは出来ないな」

 

『おいっ! 悪さって何だよ!?』

 

 俺の発言に男性客全員が一斉に問い詰めるような感じで突っ込んで来たが無視させてもらう。




これを見た男性読者様は内股になったかな?


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第115話

 俺と本音、そしてシャルロットとラウラは警察に事情聴取される前に退散した。

 

 因みに俺と本音だけは退散する前にランチ代を払おうとしたが、女性店長さんが強盗を伸したお礼として無料(タダ)にしてくれた。俺はお金を払わずにラッキーと思うと同時に申し訳ない気持ちになってる際、本音はパフェを食べられなくて残念と呟いていたが。

 

「二人とも、分かってるよね?」

 

「もし口外した場合は――」

 

「はいはい、そう何度も念を押さなくても分かってるっての。お前等が執事服やメイド服を着てバイトしてた事を一夏に喋んなきゃ良いんだろ?」

 

「了解だよ~」

 

 その強盗事件から二時間後、俺と本音は急遽シャルロットとラウラと同行する形で買い物に付き合うことになり、駅前のデパートから出ていた。買い物の最中にシャルロットとラウラから何度も何度も『決して一夏に口外するな』と念押しされて少し鬱陶しかったが。

 

「しっかしまぁ、偶然とは言えお前達に会うとは予想もしなかったな」

 

「僕たちもだよ。あっ、そうだ。箒から聞いたけど、一夏を連れて修行してるそうだね。どうして教えてくれなかったの?」

 

「それは私も知りたいな」

 

「色々と立て込んでて、教える暇が無かったんだよ」

 

 教えたら教えたで自分も絶対に行くと予想してたからな、と俺は内心そう付け足す。

 

 俺の返答にシャルロットはふーんと意味深に頷いていたが、何でもないように次の質問をしてくる。

 

「じゃあ一夏と修行してる和哉が、どうして布仏さんと一緒にいるのかな?」

 

「今日は修行休みで――」

 

「かずーと遊園地でデートしてたの~」

 

「………え? デート?」

 

「ほう」

 

 俺が答えてる最中に本音が割って入るように、俺の腕に引っ付きながら言ってくる。シャルロットは目が点になり、ラウラは何故か感心するような表情になっている。

 

「あ~本音の言う事は気にしないでくれ。デートじゃなくて単に本音と遊園地で遊んでいただけだから」

 

「いやいや和哉、訂正しなくてもデートに変わりないからね」

 

「布仏、師匠とのデートは楽しかったか?」

 

「楽しかったよ~」

 

「だからデートじゃなくて――」

 

 否定してもシャルロットとラウラは全く聞いてくれなかった。

 

「でねでね~、かずーが後ろから私をぎゅーってしてくれて~、すっごく幸せだったよ~」

 

「……布仏さん、もう惚気話はいいから」

 

「何故かお前の話を聞くだけでイライラしてくるな」

 

 ウォータースライダーでの出来事を話してる本音に、シャルロットとラウラは何故か最初羨ましそうな様子だったが、段々と無表情となっていく。

 

 つーか惚気話って何だよ。俺と本音は普通に遊んでいただけなんだが。

 

「その後にはかずーと――」

 

「それはそうと和哉、今日修行が休みなら一夏は今どうしてるの?」

 

 これ以上本音の話を聞きたくないと言うような感じで、話題を変えようと俺に質問してくるシャルロット。話をしてた本音は急に遮られた為、少し剥れ顔になってるが。

 

「一夏はIS学園に戻ってる筈だ」

 

「ええ!? 何で一夏が戻ってるの!?」

 

「どう言う事だ師匠!?」

 

 一夏が学園に戻ってると知った途端、シャルロットとラウラが揃って俺に問い詰めようとしてくる。そんな事しなくてもちゃんと説明するんだが。

 

「落ち着け。ちゃんと教えるから」

 

 一夏がIS学園に戻ってる理由は当然ある。

 

 昨日の夜、一夏の携帯に千冬さんからの連絡が来た。何でも今日は一夏の専用機――白式の元々の開発室から研究員が来るから、データ取りをしないといけないので一旦IS学園に戻って来いと言われたそうだ。

 

 一夏は最初、何でそんな急なんだと千冬さんに問うと、山田先生が書類の見逃しと言うドジを踏んだらしい。んで、その見逃した書類がデータ取りの内容らしく、山田先生が千冬さんに泣きながら一夏を呼び戻して欲しいと頼まれて連絡したそうだ。

 

 その事をシャルロットとラウラに教えると、二人は呆れた表情をしていた。それは主に山田先生の行動に対してだと思う。

 

「……まぁ、山田先生らしいと言えばらしいんだけど」

 

「全く。教官の後輩でありながら……」

 

「そう言うなって。あの人は学生の俺たちと違って色々と忙しいんだからさ」

 

 さり気に山田先生をフォローする俺。何しろ俺は山田先生には大変申し訳無い事をしてる一人だからな。主に俺に関しての各国の対応とかで散々な目に遭ってるし。

 

 そんなこんなで色々と話しながら歩いてる最中、シャルロットが公園を見て何か閃いたような顔をする。

 

「ねぇ皆。向こうの公園に行ってみない?」

 

「アレは確か……城址(じょうし)公園だったな」

 

「む? 師匠、何だそれは?」

 

「元々は城があった公園って意味だ」

 

「ほう、城か。それは興味深いな。確か日本の城は守りに易く攻めに難いと聞いた。城跡とはいえ、一見する価値はありそうだ」

 

「ははは。確かにラウラからしたらそうだな」

 

 軍人であるラウラの着眼点に俺は思わず笑みを浮かべる。シャルロットや本音も俺と同様の反応をしているが、口を挟むような事はしなかった。俺も二人と同じく、人の感覚にとやかく言うつもりはないからな。

 

「ところで二人とも、荷物を見て分かるが随分と買ったな」

 

「まぁね。実は店長がこっそりお給料入れてくれたから、予定よりも色々買えて助かったんだ」

 

「成程」

 

 まぁ買い物に付き合ってる男の俺が同行してる事で、男女の視線が物凄かったが。同じ女の本音は良いとして、容姿端麗なシャルロットやラウラに同行してるイケメンでもない俺がいたら視線が集中するのは当然だ。因みに今でも男から嫉妬の篭った視線が鬱陶しいが。

 

「良かったら持とうか?」

 

「いいよ。これは元々僕たちが買った物だし」

 

「師匠に持たせる訳にはいかないからな」

 

 平然と男に荷物持ちをさせるバカ女共に聞かせてやりたい言葉に俺は内心感動した。

 

 こう言う謙虚な姿勢を持った女ってあんまりいないんだよなぁ。尤も、この二人は一夏関連の事になると謙虚と言う単語が無くなってしまうが。

 

「じゃあかず~、これ持って~」

 

「それくらいは自分で持つように」

 

 シャルロットとラウラと一緒に買い物をした本音が、買い物袋を俺に渡そうとするが却下する。

 

「ぶ~。でゅっちーとぼーでんとは違う~」

 

「楽をしたいと言う君の魂胆が見え見えだったからな。ってか君は一体何を買ったんだ?」

 

「荷物を持ってくれないかずーには教えない~」

 

「そうかい。どんなパジャマを買ったのかを気になったんだが」

 

「知ってるなら訊かないでよ~」

 

「柄までは分かんなかったから、どんなのかを知りたくてな」

 

「ふ~んだ。それは絶対に教えないよ~」

 

「それは残念」

 

「でもそんなに知りたいんなら~、私をかずーの家に泊まらせてくれるなら見せてあげるよ~」

 

「何で俺の家なんだよ。ってか男の俺と寝泊りするのは色々と不味いだろうが」

 

「それ今更だよ~。前までは寮で同じベッドで一緒に寝てたんだからさ~」

 

「家と寮じゃ全然違うだろうが」

 

「ご、ゴホンゴホン!」

 

「「ん?」」

 

 俺と本音が会話してる最中、突然シャルロットがわざとらしい咳をした。しかも何故か少し顔が赤い。

 

「何だよシャルロット、いきなり咳き込んで」

 

「風邪でも引いた~?」

 

「あ、あのねぇ二人とも。そういう話は、ここでするものじゃないよ」

 

「「?」」

 

 シャルロットの言ってる意味が分からない俺と本音は思わず首を傾げる。ってかそう言う話ってどんな話?

 

「何を言ってるんだシャルロット? 仲が良くて良いじゃないか」

 

「ラウラまで……。とりあえず、公園に着いたからクレープ屋さん探すよ」

 

「うん? クレープ屋? 何故だ?」

 

「この公園にクレープ屋があるのか?」

 

 ラウラと俺の問いにシャルロットは答えようとする。

 

「えっとね、バイトの休憩時間にお店の人に聞いたんだけど、ここの公園のクレープ屋さんでミックスベリーを食べると幸せになれるっておまじないがあるんだって」

 

「あ! それ私も知ってる~」

 

 シャルロットの返答に本音が手を上げながら言う。

 

「おまじない、ねぇ」

 

 ミックスベリーのクレープを食べるだけで幸せになれるなら、一夏は女難の相から解放されるんだろうか。まぁ幸せになるにしても、一夏ラヴァーズの壮絶な戦いが待っているだろうが。

 

「ふむ、『オマジナイ』………師匠、それは日本のオカルトか?」

 

「えっと、何て言うか……一種のジンクスだ」

 

「なるほど、験担ぎか」

 

「う~ん、間違ってはいないんだけど~」

 

 理解するラウラに本音が微妙な顔をしている。 

 

 そんな中、シャルロットが店を探そうとするが、それはすぐに見付かった。部活の帰りか寄り道かのどっちかと思われる女子高生が局所的に多くいる一角に店があったから。

 

「じゃあ和哉、僕たちクレープ買ってくるから布仏さんと一緒にあそこの席を確保してくれないかな? あ、二人の分は僕が払うからさ」

 

 そう言ってシャルロットは二つのベンチを指す。

 

「え? いいの~?」

 

「いや、何もシャルロットが払わなくても」

 

「気にしないで。二人にはくちど……じゃなくてお礼をしたいからね。」

 

 ああ、そう言うこと。口止め料と言う名のお礼って訳か。

 

 シャルロットにしては何が何でも口外して欲しくないんだな。随分と用心深いな。

 

「分かった。ではありがたくお礼を受け取る事にするから、席を確保しておこう。あ、その買い物袋は俺が持っておくよ」

 

「助かるよ。じゃあラウラ、行こう」

 

「う、うむ」

 

 そう言ってシャルロットは俺に買い物袋を渡すと、ラウラと仲良く手を繋いでバン車を改造した移動型店舗であるクレープ屋に向かって行った。

 

「さて本音、俺達は今の内に席を取られる前に確保しよう」

 

「お~」

 

「あと分かってると思うが、シャルロットがクレープを奢ってくれるのは口止め料だと言う事を忘れずに」

 

「らじゃ~」

 

 俺と本音は少し広めのベンチに向かって、すぐに確保する。

 

 その数分後、両手にクレープを持ったシャルロットとラウラがこっちに来た。

 

「お待たせ、二人とも。イチゴとブドウ、どっちが良い?」

 

 シャルロットが俺と本音にクレープを渡そうとすると、本音が疑問を抱く。

 

「ねぇでゅっちー、ミックスベリーはなかったの~?」

 

「うん。今日はもう終わっちゃったみたいで」

 

「あらら、それは残念だったな」

 

 って事はさっきの女子高生がミックスベリーを買って売り切れたか。どうやら一足遅かったみたいだな。まぁ俺としてはミックスベリーじゃなくても食べるけど。

 

 俺はブドウのクレープ、本音がイチゴのクレープをそれぞれ受けとった。ってかブドウのクレープってあったか?

 

 そんな疑問を余所にシャルロットはラウラが二つ持ってる内の一つのクレープを受け取り、二人は仲良くベンチに並んでかけると、俺達は一斉にクレープを食べ始める。

 

「ふむ。美味いな」

 

「このクレープおいし~♪」

 

「んっ。確かにおいしいね!」

 

「そうだな。私はクレープの実物を食べるのは初めてだが、美味いと思う」

 

 クレープを食べる俺達は揃って美味しいと言いながら食べる。出来立てなのかクレープの皮が柔らかく、女子三人は特に声が弾んでいた。

 

「おいしー。ねぇ、せっかくだから、また来ようよ。次は皆も誘ってさ」

 

「そうか。では私は一夏と来よう。ふたりきりでな。師匠、頼めるか?」

 

「別に俺に頼まなくても良いんだが、まぁセッティングぐらいはするさ」

 

「ちょ、ちょっとラウラ! そういうのを抜け駆けって言うの。って言うか和哉まで何言ってるのさっ! もうっ」

 

 シャルロットがダメだと言わんばかりに抗議してくる。

 

「何だシャルロット、一夏と二人きりになりたくないのか? ラウラが素直に頼んでいるのに」

 

「そ、そりゃ、僕だって一夏と……って何言わせるのさ!?」

 

「自分から言ってるだろうが」

 

「でゅっちーはぼーでんと違って素直じゃないね~」

 

 顔を赤くするシャルロットに、面白いものを見てるような目で見ながらクレープを食べている本音。

 

「う~~~~っ。もう知らない! あむっ」

 

 シャルロットはもう何も言い返す気が無くなったのか、そっぽを向いてクレープに集中するようにかじり始めた。

 

 すると、さっきまでクレープを美味しく頬張っていたラウラがシャルロットの方へ視線を向ける。

 

「シャルロット」

 

「ん? なに、ラウ――」

 

 シャルロットが振り向いた瞬間、ラウラが突然彼女の唇を舐めた。

 

「なっ、なぁっ、ななななっ!?」

 

「おいラウラ、お前何やってんだ?」

 

「お~、ぼーでん大胆~♪」

 

 余りの展開に俺はラウラの行動に呆気に取られてしまう。

 

「ソースが付いていた」

 

「だ、だだ、だからって和哉と布仏さんがいる前でぇ!?」

 

「両手が塞がっているから仕方ないだろう」

 

 ラウラはそう言って、右手のクレープと左手の紙袋を持ち上げてみせる。

 

「まぁそう怒るな。ほら。私のを一口やる」

 

「で、でも……」

 

 シャルロットがこっちを見てくるので――

 

「俺は何にも見てませ~ん」

 

「私も見てないよ~」

 

 俺と本音は明後日の方向を見てそう言った。

 

「………はぁっ。い、いただきます」

 

 俺等の行動にシャルロットが呆れるような溜息を付きながらも、ラウラのクレープを食べようとしていた。その数秒後に俺と本音はすぐに視線を元に戻す。

 

「ああ、そういえばあのクレープ屋だがな、ミックスベリーはそもそもないぞ」

 

「え?」

 

「ないってどういうこと~?」

 

「ミックスベリーは売り切れじゃないのか?」

 

 ラウラの発言にシャルロットと本音と俺は一斉に振り向いて問いかける。

 

「メニューになかったんだ。それに、厨房にもそれらしい色のソースも見当たらなかった」

 

「そ、そうなんだ。ラウラはよく見てるね」

 

「だとしたら益々分からんな。ミックスベリーが元々無いなら売り切れなんておかしいだろう?」

 

「いや、私とシャルロットはミックスベリーを食べたぞ」

 

「………おいラウラ、言ってる意味が分かんないんだが」

 

「では師匠に問おう。師匠と布仏が食べてるクレープは何味だ? 因みに私とシャルロットは二人と同じ味だ」

 

「「?」」

 

 意地の悪いように問いかけてくるラウラに俺と本音は自分の持ってるクレープを見る。

 

「私はイチゴで~」

 

「俺はブドウ……ん? ちょっとまて。これってそもそもブドウじゃなくてブルーベリーじゃ――」

 

「ああっ!」

 

 シャルロットが突然何か閃いたように声を上げた。

 

「ストロベリーとブルーベリー!?」

 

「ご名答だ。だがシャルロット、師匠に問いかけていたのにお前が答えてどうする」

 

「ああ成程」

 

 シャルロットの答えに俺と本音は漸く分かった。

 

 ストロベリーとブルーベリーを交互に食べればミックスベリーになる、って事だったのか。

 

「ラウラ、シャルロットがイチゴとブドウのクレープって言ってたが、あれはどう言う事だ? これはストロベリーとブルーベリーなんだろう?」

 

「ああ、私が注文する時にそう言ったんだ。ブルーベリーと言えばシャルロットがすぐに気付くと思ってな。それに店主も私の意図に気付いていた」

 

「そういえば……」

 

 何かを思い出すように呟くシャルロットは数秒後、すぐ納得したような表情となった。

 

「そっかぁ……。『いつも売り切れのミックスベリー』って、そういうおまじないだったんだね。もう、ラウラにしてやられたよ」

 

「ははは。一本取られたな、シャルロット」

 

 そう言いながらクレープを食べてると――

 

「かずー、ほっぺにクリーム付いてるよ~。私が取ってあげるね~」

 

「ん?」

 

 本音が突然顔を近づけて、俺の頬に付いてるクリームをペロッと舐め取った。

 

「おい本音、いきなり何してる?」

 

「てひひ。ぼーでんのまねっこだよ~。はいかずー、一口あげる~」

 

「あのなぁ、こう言うのは彼氏とやるもんで、友人の俺じゃなくてだな」

 

「私はかずー好きだから全然OKだよ~」

 

「………はいはい、分かった分かった。んじゃ頂きます」

 

 今の本音に何を言っても無駄だと思った俺は、本音が持ってるイチゴ……じゃなくてストロベリークレープを食べる事にした。

 

「ほら、俺のも一口あげるよ」

 

「あ~む♪ ん~~、ミックスベリーおいし~♪」

 

「そうだな」

 

 出来れば次回は俺じゃなくて彼氏にやって欲しい、と言いたかった。けれど本音が妙に幸せそうな顔をしてたので、言うのは諦めるとしよう。

 

「……ねぇラウラ、なんか僕さぁ、口の中が凄く甘ったるくなってきたんだけど」

 

「ん? クレープを食べてるからじゃないのか?」

 

「あの二人を見てると余計に甘く感じるんだよ……。っていうか和哉、もう良い加減に布仏さんと付き合ってよ……!」

 

「いや、私にはもう夫婦としか見えないんだが?」

 

 何かシャルロットとラウラが訳の分からん事を言ってるが無視するとしよう。

 

 おっといかんいかん、俺とした事がまた大事な事を忘れていたよ。クレープを食べ終えた後、カフェでバカップルと言ってたラウラにはデコピンの刑を実行しないと。




さて、ブラックコーヒーでも飲むか……。

………あれ? おかしいな。砂糖入れてないのに、どうしてこんなに甘いんだ?


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第115.5話

久しぶりの投稿な上に、今回は短いです。


「さて黒閃。此処には本音はいないから、約束通り理由を聞かせてもらうぞ」

 

「………はい」

 

 クレープを食べ終えた後、シャルロットとラウラ、そして本音と別れて今は部屋にいる。そこは言うまでも無く竜爺宅にある俺の部屋だ。

 

 家に戻っても竜爺や綾ちゃん、あとIS学園に行ってる一夏が未だに帰ってきてなかった。

 

 三人が帰ってくるまで部屋でのんびりしようと思っていたが、ふと遊園地のプールで起きた出来事を思い出したので、黒閃を問い質そうと人間の姿にさせている。

 

 人間の姿になった黒閃は正座して胡坐を掻いてる俺と向き合い、今は落ち込んだ様子だ。

 

 因みに今の格好はプールで見せた水着ではなく、通常通り黒のミニワンピース姿だ。場所によって服を変えれるなんて便利だなと内心思ったが、今の状況でそれを口にしない。

 

「これは本音にも言えることだが、どうしてすぐ喧嘩腰になるんだ? 普段誰に対して淡々と話すお前が、本音に限っては感情的になってるし」

 

 本音も本音で普段のほほんとしてるのに、黒閃に対して何かしらの対抗心を燃やしている始末だ。しかも俺に関する事で。

 

 まさかとは思うが、黒閃や本音は俺に恋愛感情を抱いてるから思わず喧嘩してたりして………なんてあり得ないか。つい思い上がった事を考えちまったよ。自重しないと。

 

「……確かに私は布仏本音相手に感情的になっている事を認めます。そしてマスターにご迷惑を掛けている事も」

 

「別に迷惑だなんて思っちゃいない。俺はただ、どうしてそうなっているかの理由を知りたいだけだ」

 

 ISの黒閃が年相応の女の子……と言えるかどうかは分からないが、本音に対してはそれらしい反応をするのは寧ろ良い事だ。

 

 出来れば黒閃には綾ちゃんや本音見たく感情表現豊かな女の子になって欲しいからな。そう思うと何か父親みたいな感じになるが。

 

「……とても言い辛いのですが……その……布仏本音が……」

 

「本音が、何だ?」

 

「……マスターと睦まじくしてるのを見たり聞いたりしてると……苛々するんです」

 

「苛々する?」

 

「はい。いわゆる嫉妬と言う物です。………ISである私がそんな感情を持つのは変だと思われるでしょうが……」

 

 本音に嫉妬、ねぇ。変じゃなくて驚いたよ。さっきまで感情表現豊かになって欲しいと思ったが、まさか黒閃がそんな感情を抱くなんてな。

 

「それはどういう嫉妬だ? 嫉妬にも色々あると思うが」

 

「……マスター、先に謝罪します」

 

「は? 謝罪ってうおっ!」

 

 黒閃がおかしな事を言った後、突然俺に抱き付いてきた。

 

 その拍子で倒れそうになるも、俺は咄嗟に両手を床に付けて倒れないようにする。

 

「お、おい黒閃、いきなり何を……!」

 

「布仏本音が、特にマスターにこのような事をしてるのを見るだけで嫉妬してしまうんです」

 

「………はい?」

 

「マスターはマスターで甘えようとしてくる彼女に何も言う事なく受け入れていますから、私は……!」

 

「あ、あの、黒閃さん?」

 

「私だって、マスターとこうしたいし、甘えたいです。でも、それを布仏本音がいつもやってるから……!」

 

 そう言いながら黒閃は抱き付く両腕を更にギュッと力を入れ、上目遣いをしながら俺を見てくる。いつもクールな表情をする黒閃ではなく、何処にでもいるような少女の顔だった。

 

「あ~……まぁ、本音は甘えたがりと言うか、少々子供っぽいところがあると言うか……。俺、ああ言う相手にはつい許したくなるんだよ」

 

 俺を兄のように甘えてくる綾ちゃんと生活していた事もあって、本音が俺に何をしてもつい甘くなってしまう。それに本音はどことなく綾ちゃんと似てて、意外と甘え上手な所があるからな。もしアイツが女尊男碑主義な女だったら容赦なく突き放しているが。

 

「ってか、意外だな黒閃。いつも冷静(クール)なお前が俺に甘えたいって」

 

「……貴方は黒閃(わたし)と言う人格を誕生させた創造主(あるじ)ですから」

 

 成程。要するに俺は黒閃からしたら父親みたいなものなんだな。ちょっと複雑だが、黒閃の大好きな父親を誰かに取られた娘状態になってる訳か。

 

 だとしたら、娘の要望に父親(あるじ)である俺が応えなくちゃいけないな。

 

「でも、私は主である貴方に――」

 

「よし黒閃、今日は好きなだけ俺に甘えていいぞ」

 

「――え? はうっ!」

 

 何か言ってる黒閃だったが、俺は気にせず黒閃の要望に応えようと抱きしめ返す。あと片手で黒閃の頭も撫で始める。

 

「ま、マスター、何を……!」

 

「言ったろ? 好きなだけ甘えて良いって。黒閃の思いに応えるのは俺の役目だからな」

 

「た、確かにそう言いましたが……ああっ」

 

 抱きしめながら黒閃の頭を撫でていると、途端に黒閃が気持ちよさそうな声を出してくる。コイツは俺に頭を撫でられると気持ちよさそうな顔をするからな。

 

「さぁ黒閃、今から命令する。その堅苦しい話し方と呼び方は止めて、俺に存分に甘えると良い」

 

「……ひ、卑怯です、マスター。そんなこと言われたら、私は……」

 

「我慢出来なくなるか? 良いぞ。偶にはお前もガス抜きしろ。それに俺としても、甘えてくるお前を見てみたいし。ほれ、いっそ猫みたく鳴きながら(じゃ)れても良いぞ」

 

「……にゃ、にゃあ……」

 

 お、結構可愛い鳴き声をするな。う~ん、こう言う黒閃も結構良いかもしれない。恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、俺のリクエストに応えてるところが意外と可愛い。綾ちゃんとは違う別物の可愛さだ。

 

「ま、マスター、これ以上は……!」

 

「ダメ。命令に背くと、この光景を写真にとって一夏に見せるぞ?」

 

「! そ、その時は織斑一夏を抹殺します!」

 

「そんな物騒な事言うお前には……ふぅっ」

 

「ひゃうっ!」

 

 ちょっとしたお仕置きを込めて、黒閃の耳元に息を吹きかけた。ISであるにも拘らず、黒閃は中々可愛らしい反応をする。

 

 う~ん、コイツがここまで可愛い反応をすると、もっとからかいたくなるな。いや、苛めたくなると言った方が正しいか。

 

 と言うか、普通にこんな事をしたら俺はもうとっくに黒閃から電撃を浴びてもおかしくないんだが。

 

 そう思ってると、部屋の外から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

 

 そして――

 

 

 ガラッ

 

 

「ただいま~。何だ和哉、もうのほほんさんと……って」

 

「おう、おかえり一夏」

 

 何のノックもせずに部屋の戸を開けた一夏に俺は気にせず迎えた。けれど一夏は人間になってる黒閃を抱きしめてる俺を見てすぐに固まる。

 

「……お、織斑、一夏……!」

 

 さっきまで甘える寸前だった黒閃が意識を取り戻したかのように、一夏の方を見る。

 

「す、すまん和哉! 邪魔して悪かった!」

 

「は? 俺は別に……」

 

 

 ピシャンッ!

 

 

 一夏は何か誤解してるのか、俺が何か言おうにも即座に戸を閉めて何処かへ言ってしまった。

 

 そして――

 

「ふ、ふ、フフフフフ……織斑一夏……殺す!」

 

「ま、待て黒閃! お前いきなり何物騒な事を言ってる!?」

 

 顔を真っ赤にしながらも恐い笑みを浮かべながら、一夏の後を追うように部屋から出て行ってしまう黒閃。

 

「ま、待ってくれ黒閃! 俺は何も見てないから!!」

 

「ダメです、待ちません。ですから早く忘れて死んで下さい」

 

「止めんか黒閃!! お前マジで今日はお前らしく無い事ばかりしてるぞ!?」

 

 必死に逃げる一夏。必死に一夏を追いかける黒閃。一夏を殺そうとする黒閃を追いかける俺。

 

 竜爺の家でおかしな事をやっている俺達は――

 

「お主等ぁ!! 家の中で何やっとるんじゃぁ!!??」

 

 家主である竜爺が帰って来た後に滅茶苦茶怒られたのは言うまでもない。




今回は和哉に甘えようとする黒閃、と言う無意味な趣旨を書いてしまいました。

 


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第116話

約一ヶ月ぶりの更新です。


 竜爺に説教された数日後。俺と一夏は再び修行の日々を送っていた。

 

 今日もいつも通りに一夏と共に軽い朝練(・・・・)を終え、今は綾ちゃんが作った朝食を食べていた。因みに朝食のメニューはご飯に葱入りワカメの味噌汁、アジの開きに揚げだし豆腐と言う純和食だ。

 

 あともうついでに黒閃は待機状態にしてるが、竜爺や綾ちゃんにはまだ部屋で寝てる事にしてる。

 

「美味い! 綾が作る料理は本当に美味いな~!」

 

「一夏お兄ちゃん、ご飯食べる度に同じこと言ってるね」

 

 和食好きな一夏にとって、今食べてる朝食はご馳走に等しいようだ。

 

 さっきの朝練で少々クタクタになっていた一夏だったが、綾ちゃんが作った料理を見た途端元気になって、勢いよく食べ始めた。今はもうご飯二杯目だ。

 

 一夏の食べっぷりに綾ちゃんが嬉しそうに見ている。自分が作った料理を美味しく食べてくれる事に嬉しいんだろう。

 

 何か、あの二人を見てると結構良い雰囲気のような気がする。もしかしたら一夏にとって綾ちゃんは癒しの存在かもしれない。

 

 何せIS学園にいる殆どは一癖も二癖もある女子(つわもの)達ばかりだからな。特に一夏ラヴァーズの連中は一夏の事になると「お淑やか」って単語が全くないし。

 

「童はほんに和食好きじゃのう。活き活きと食べておるわい」

 

修行(じごく)綾ちゃんの料理(ほとけ)ってか?」

 

「………和哉よ。お主には後で本物の地獄と言う物を体験させてやるとしよう」

 

「冗談だって。あとさり気なく修行の難易度を上げるのは勘弁してくれ」

 

 ったく竜爺め。今まで遅れた修行の分を取り戻す為に難易度を上げないでくれっての。いくら修行に慣れてる俺でもハードルを上げられたらキツい。

 

「そういや竜爺。この前の休み以降から修行を再開してるけど、女権団体の件はどうなったんだ?」

 

「む?」

 

 一夏と綾ちゃんが会話してるのを余所に、思い出したように竜爺に尋ねる俺。

 

 以前俺が殺されそうになったのを知った竜爺は、数日前の修行休みの時に何処かへ出掛けていたが、何をやったのかは敢えて訊かなかった。

 

 けれど数日も経って女権団体は前に宮本家から逃げるように去って以降、ここ数日何の動きも見せていない。あの連中の事だから権力を使った何かをやらかすと思っていたんだが、それが全く動きが無いと却って気味が悪い。

 

「向こうはそろそろ竜爺に何らかの圧力掛けてきそうな気がするんだが……」

 

「安心せい。小娘共は暫く宮本家(ワシら)に手は出さん。と言うより、今はそのような事をしてる暇など無いからのう」

 

「? どう言う事だ?」

 

「そろそろ話題になると思うが……和哉、テレビを点けてみよ。勿論ニュースの方じゃぞ」

 

「え? ニュース? まぁ良いけど」

 

 言われたとおり、近くに置いてあったリモコンを使ってテレビの電源をONにする。

 

 テレビを点けるとチャンネルは運よくニュースだった。一体何があるんだと疑問に思って見てると――

 

 

『次のニュースです。日本支部に所属する女性権利団体の女性幹部が、現在IS学園に通っている二人のIS男性操縦者のうち、神代和哉氏に殺害指示を出していた事が判明しました』

 

 

「「……は?」」

 

 ニュースキャスターが案内してる内容を聞いた俺、勢いよく朝食を食べていた一夏が箸を止めて目が点になった。

 

「あ、これって……」

 

「ほう。まさかここまで大事になるとは。これが時代と言うやつか。情報が広まるのは早いのう」

 

 綾ちゃんは何かを知っているような感じでキョトンとしており、竜爺は感心そうに見ていた。

 

「竜爺、それってまさか……」

 

「お主の殺害について、真理奈さんに話してのう。それを訊いた真理奈さんが、普段からエステに来ておる口の軽い女性幹部を上手く誘導尋問して引き出した証言内容を録音した後、インターネットとやらに流出したそうじゃ。機械に疎いワシにはいまいち分からんが、まさかここまで上手く行くとは思わなかったわい」

 

 俺達の反応を全く気にしてないように、ニュースキャスターの案内はまだ続く。

 

 

 

『政府は日本支部女性権利団体に抗議をするも、女性幹部は殺害に一切関与していないと全否定しております。しかし政府の情報機関が調査したところ、神代和哉氏を殺害しようとした実行犯が警察へ連行された際、日本支部女性権利団体が警察に圧力をかけて実行犯を強制釈放させていた事が分かりました。この事実を知った政府は「危うく貴重な男性IS操縦者を失うところでした」と憤りを隠せない様子であり、今後も女性幹部は厳しく追及される事となるでしょう。今回の件に女性権利団体の最高責任者は、「いくら女性優遇制度があるとは言え、殺人罪まで免れようとするのは決して許される事ではありません。もし事実であるなら我々は全く関与しておりません。あくまで日本支部の幹部が勝手にやったこと」だと述べております。そして日本支部女性権利団体は現在、IS学園や各国政府からの苦情や問い合わせに対応中との事です』

 

 

 

 

 

 

 本日の修行を終えた夕方頃。

 

 俺は部屋で祭りに行く前の準備をしてる一夏と綾ちゃんをゲームしながら待っていた。一夏は修行の汗を流す為に温泉へ。綾ちゃんは祭りに行かない竜爺の夕飯を作っている。

 

 因みに今は格ゲーの代表作『IS/VS』をやっている。対戦者は何と黒閃だ。

 

「まさかネットを使って流出するとはな。女権共が隠蔽してた情報があっと言う間に広がったら、もうオシマイだな」

 

「綾の母親は考えましたね。一般人が使う全世界共通のインターネットで情報流出さえすれば、それを完全に遮断するのは至難の業です」

 

 俺の隣にいる人間状態の黒閃が感心するように言う。

 

「………最初から俺が黒閃にそう指示すれば、竜爺達の手を煩わせる事は無かったかもな」

 

「それを言うなら提案しなかった私にも非があります、マスター。申し訳ありませんでした」

 

「いや、別に黒閃に非は無いんだが……」

 

 どうも俺の相棒は俺のミスを自分のミスと捉えてしまうな。別に黒閃は何も悪くないし。

 

「それはそうと黒閃。お前このゲームやるのは初めてだって言ったよな?」

 

「はい。それが何か?」

 

「だったら何でこんなに上手くなってんだよ。イギリスのメイルシュトロームを使いこなすって相当テクニックが必要だぞ?」

 

「入力方法とキャラの戦い方を理解すれば造作もありません。私は元々ISですし」

 

「そう言う問題かねぇ」

 

 いくらISだからって、素人から突然に玄人へランクアップするっておかしいだろ。

 

 って言うか、俺より操作上手くて、あともう少ししたら負けそうなんだけど。

 

「ですが、私はマスターに対して少々不満があります。マスターは黒閃(わたし)と言う専用機がありながら、他のISを使うなんて……」

 

「あのなぁ……。このゲームには黒閃(おまえ)がいないから仕方ないだろ」

 

 使えるならとっくに使ってるが、俺としては他のIS(キャラ)使いたい。所詮はゲームなんだし。

 

「むぅ……。では黒閃(わたし)を使えるよう、このゲームに少しばかり改造しましょう。これのプロテクトはそこまで大した事は――」

 

「止めんか! 俺に改造ゲームをやらせようとすんな!」

 

 ってかコイツ、ゲームを改造する事も出来るのかよ。本当に色々な意味で高性能だな、おい。

 

 何だかんだで黒閃とのゲームを楽しんでると、準備を終えたと思われる一夏と綾ちゃんが部屋に入ってきた。

 

「遅くなって悪い」

 

「お待たせ~。もう準備出来たよ~」

 

「おう。待ってたぞ……って綾ちゃん。浴衣着たんだ」

 

 綾ちゃんが花柄の浴衣を着てることに、俺は思わず目が止まってしまう。

 

「うん。折角のお祭りだから、着て行こうかなって」

 

「俺も見た時はちょっと驚いた。余りにも似合ってたから、思わず見惚れちまったよ」

 

「もう~、一夏お兄ちゃんったら~」

 

 …………嘘。これは天変地異の前触れか?

 

 あの一夏が。唐変木オブ唐変木の一夏が。千冬さん以外でしか見惚れなかった一夏が! 綾ちゃんの浴衣姿に見惚れただと!?

 

「? どうかしたか和哉? 何か驚いたような顔してるけど」

 

「………いや、何でもない」

 

 余りにも予想外な台詞を言った一夏に思わず固まってしまった、等と言ったところで当の本人は全く気付かないだろうな。

 

 まぁ確かに一夏が綾ちゃんの浴衣姿に見惚れるのは分からんでもない。今の綾ちゃんは浴衣を着てることで、幼さがありながらも大人っぽい感じの浴衣美人になってる。尤も、綾ちゃん自身はそんな気は全く無いがな。

 

 しかし、何で一夏はああ言った台詞を箒達に言わないんだろうか。綾ちゃんにあんな台詞を言えるなら、ちょっとは箒達に言ってやれよ。そうすればアイツ等も多少は報われるんだからさ。

 

「はぁっ……。取り敢えず行くか」

 

「? 何で溜息吐いてんだ?」

 

「?」

 

 俺が嘆息しながらゲームを中断して片付けてる中、一夏と綾ちゃんは揃って首を傾げる。この二人、案外似たもの同士かもしれない。

 

「気にすんな。それで一夏、今日はどこの祭りに行くんだ? 商店街のか?」

 

「いや。今日は箒が神社に戻ってるそうだから、そこへ行こうと思ってな」

 

「……え? 箒?」

 

 何だろう。急に嫌な予感が……。

 

「ち、因みにその神社の名は……?」

 

 俺が頬を引き攣らせながら恐る恐る尋ねると――

 

「篠ノ之神社だ」

 

「………………」

 

 当たって欲しくない返答に俺は一瞬頭が痛くなった。

 

 やっぱり篠ノ之神社かよ! 何でよりにもよって綾ちゃんがいる時に行こうとする!?

 

 もし一夏が綾ちゃんと一緒に歩いているところを箒が見たら……絶対に誤解して問い詰めること間違いない!

 

 それに箒の事だから一夏を問い詰めた後、今度は俺に狙いを定めてとばっちりを喰らうのが容易に想像出来る……!

 

 あ~くそ! 何でこのバカはよりにもよって、箒が戻ってる時に篠ノ之神社へ行こうとすんだよ! ちったぁ空気読めよ、この唐変木!

 

「む? 和哉、何か俺の事をバカにしてるような感じがするんだが?」

 

「………気にすんな」

 

 どうしてその鋭さを女の方へ向けてくれないんだよ、コイツは……。はぁっ……。



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番外編 和哉の一日 前編

久々の投稿の為、少々気分転換を兼ねて本編とは関係ない番外編を書きました。

今回はフライング投稿とさせていただきます。

それではどうぞ!


 平日の月曜日。いつも通りの時間に起床、いつも通りの朝練、いつも通りの朝食、いつも通りの授業、そしていつも通りの修行。

 

 これ等の事を月曜日から金曜日に通じて全く同じ事をしている日常。人によっては退屈な物だと思われるだろうが、俺にとっては生活の一部なので全く気にしてない。

 

 今週も頑張ろうと思いながら朝練をしてると、運良く千冬さんが来て組み手をしてくれて幸運だった。一人でやるより誰かとやった方が有意義だからな。

 

「織斑先生、今日はいつもよりキレのある一撃ですね。はっ!」

 

「ふっ! 少し難易度を上げようと思ってな」

 

 千冬さんから繰り出す拳の速度が上がってる事によって何とかギリギリで躱す俺だったが、今度の回し蹴りでは防御せざるを得なかった。

 

 片腕で防ぐも、千冬さんの攻撃は相変わらず重い。無論蹴りだけじゃなく拳も相当な威力だ。剣術だけじゃなく武術も出来るって本当に恐ろしい人だ。

 

 俺が負けじと反撃するも、千冬さんは難なく躱そうとする。躱される事に少しムッとする俺だったが、心を静めながら攻撃を繰り出す。千冬さん相手に感情を表に出せば最後、負けるのが明白なのを充分理解してるから。

 

「ところで神代、布仏と喧嘩でもしてるのか?」

 

「はい? 別に喧嘩なんかぶっ!」

 

「隙を見せたな」

 

 変な質問をされた所為で俺は一瞬気を抜いてしまい、千冬さんから頬に拳を受ける事になってしまった。

 

 どっちかが一撃当てたら終了する事になってる為、今日の組み手はこれで終了。

 

「ててて……いきなり何言い出すんですか、織斑先生」

 

 頬を擦りながらしかめっ面で言う俺に、千冬さんは気にも留めてない様に言おうとする。

 

「なに、ここのところお前と布仏が一緒に行動してるのを見てなくてな。普段から呆れるほどにイチャついてるお前らに何か遭ったんじゃないかと思って訊いてみた」

 

 イチャついてるって……俺じゃなくて本音がいつも勝手に引っ付いてきてるだけなんですけど。

 

「別に喧嘩なんてしてませんよ。本音が友人の付き合いとか生徒会の仕事で偶々すれ違ってるだけです」

 

 俺も俺で一夏達の修行や黒閃のメンテで色々とかあるし。

 

 因みに黒閃は調整中により、現在俺の手元にはない。いつも待機状態にしてるブレスレットはラボへ預けている。俺がラボから出ようとする時に黒閃が寂しそうな目で見ていたが。

 

「そうか。喧嘩してる訳じゃないんだな」

 

 理由を聞いた千冬さんは納得したようにふむふむと頷いている。

 

「と言うか何で俺と本音が喧嘩してるって事になってるんです?」

 

「昨日、布仏が一人で元気の無い顔で歩いているのを見かけて、もしやお前と喧嘩でもしたのかと思ってな」

 

 元気がない? いつも元気でありながらも、のほほんとしているあの本音が? 珍しい事もあるんだな。

 

「それで俺と喧嘩したって……飛躍しすぎじゃありませんか?」

 

「思わずそう考えてしまったんだ」

 

「と言うか、俺と本音はただの友人関係なんですから、そこまで深い関係じゃ……って、何で溜息吐いてるんです?」

 

 俺が言ってる最中に千冬さんは何やら呆れた顔をしながら溜息を吐いた。

 

「……神代、お前はいつまで布仏と友人だと言ってるんだ? 私から見たらお前と布仏は恋人同士にしか見えないぞ」

 

「恋人同士って……俺と本音はそんな関係じゃないですよ」

 

 発展しすぎにも程があるだろうと抗議したかったが、朝食の時間が迫ってきた為に出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 学校の授業が終わると、クラスメイト達はそれぞれ部活やISの特訓をする為に教室を出て行こうとする。

 

「和哉、この後の修行は――」

 

「悪いが俺は今日不参加だ」

 

「………え?」

 

 いつものように一夏が特訓の話をしてくるも、俺は空かさずに断った。俺の台詞が意外だったのか、一夏が面を食らったかのような顔になる。

 

「ど、どうしたんだ和哉? もしかして調子が悪いのか?」

 

「違う。ちょっとやる事があって参加しないだけだ」

 

「やる事って何だ?」

 

「………まぁ、ちょっと個人的な事だ」

 

 流石に内容が内容だけに言えないので敢えて濁すと、一夏が急に心配そうに訪ねようとする。

 

「何だよ和哉。俺には言えないの事なのか?」

 

「別にそういう訳じゃないんだが……」

 

 どうやって誤魔化そうかと考えてると――

 

「どうしたの二人とも。まだ行かないなんて珍しいね」

 

 鞄を持ってるシャルロットが不思議そうに尋ねてきた。

 

「あ、シャル。実は和哉が――」

 

「シャルロット、ちょっと良いか?」

 

「え? な、なに?」

 

 一夏が理由を言おうとする前に、俺はすぐにシャルロットを連れて一夏から少し離れる。

 

 そして一夏に聞こえないよう小声で話しかけようとする。

 

「なあシャルロット、突然で悪いがこの後の予定は?」

 

「予定って……いつも通りISの特訓だけど」

 

「そうか、じゃあちょっと予定を変えてくれないか?」

 

「え? どうしてなの?」

 

 いきなり予定を変えろと言う俺の台詞に、シャルロットは少し眉を顰める。

 

 代表候補生にとってISの特訓は重要だから、放課後に予約したアリーナをキャンセルさせようとするのは失礼にあたる行為だ。その為にシャルロットは不機嫌な顔をしている。

 

「いくら和哉でもそれはちょっと……」

 

「今日は一夏とトレーニングルームで修行する予定なんだが、ちょっと用事があるから俺の代わりにシャルロットが一夏の相手をしてくれないか?」

 

「ぼ、僕が一夏と?」

 

「ああ。因みに今日のトレーニングルームは誰もいないから、一夏と二人っきりになれるぞ」

 

「! そ、それ本当!?」

 

「本当だ。シャルロットにとっては悪くない話だろ? もうついでにこの事を箒達には教えてないから、一切の邪魔は入らないぞ」

 

「……………い、一夏と、二人っきり……でも……」

 

 多分彼女の頭の中では、誘いに乗っちゃダメだと拒否する代表候補生のシャルロットと、一夏と二人っきりになろうと賛成する恋する乙女のシャルロットが必死に戦ってるんだと思う。

 

 シャルロットは未だに凄く迷っている様子だが、あともう一息といったところだ。

 

「まぁそれでも断るんだったら、箒達の内の誰かにでも頼んで――」

 

「っ! だ、ダメ! 僕がやる! 僕がやるから箒達に教えないで!」

 

「じゃあ交渉成立って事で」

 

 どうやら勝負の結果、恋する乙女のシャルロットが勝ったようだ。

 

 修行の代行を頼む事に成功した俺は内心笑みを浮かべた。

 

 シャルロットに限った話じゃないが、一夏ラヴァーズは一夏関連の事となるとすぐに乗ってくれる。

 

「で、でも本当に一夏と二人っきりになれるの?」

 

「それは安心しろ。だから今の内に一夏を――」

 

「おい和哉、シャルとなにコソコソ話してるんだ?」

 

 俺がシャルロットとコソコソと話して痺れを切らしたのか、一夏がしかめっ面で言ってくる。

 

「悪い悪い一夏。今日の修行なんだが俺の代わりにシャルロットがやってくれる事になった」

 

「え? シャルが? けどシャルは今日ISの特訓が――」

 

「だ、大丈夫だよ一夏! あ、後で予定を変えておくから!」

 

「……そ、そっか」

 

 勢いあるシャルロットの台詞に少し気圧され気味の一夏。

 

 一先ず一夏の事はシャルロットに任せておくとしよう。

 

「って訳で、今日はシャルロットの相手を頼む。それじゃ俺はこれから行く所があるから」

 

「あっ、ちょっと待てよ和哉! 俺まだ参加しない理由を――」

 

 一夏に追求されるのを回避する為、俺はすぐに鞄を持って教室から出た。

 

(シャルロット、一夏と二人っきりの時間を楽しめよ。)

 

 俺はそう思いながら教室を出てすぐに寮へ戻り、そして一夏と共同で使ってる部屋に入ってすぐに準備を始めようとする。

 

 用意したのは冷凍パイシートに砂糖、バターに卵黄、最後はリンゴだ。

 

 これ等の材料を用意してやる事と言えばただ一つ。それはアップルパイを作ること。

 

「さて、久しぶりに作りますか」

 

 これを作る理由は、久しぶりに本音に食わせてやろうと思ったから。

 

 今朝に千冬さんから本音が元気ないと聞いて考えた結果、俺が作るアップルパイで元気付けさせようと決めた。それで元気になるかどうかは分からんが、やらないよりはマシだ。

 

 あ、そう言えば本音は放課後早々に生徒会に行ったんだったな。出来れば出来たてのアップルパイを食わせたかったが……仕方ない。少し面倒だが、生徒会室へ直接持っていくとしよう。生徒会長の楯無さんや(うつほ)さんは許してくれると思うし。




内容がグダグダですいません。

次回は本音とのイチャイチャ話になるので、ブラックコーヒーを用意しておいた方が良いかと思います………なんて嘘です。そこまで甘い話になる予定ではありませんので。


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番外編 和哉の一日 中編

 アップルパイを作って一時間と数十分後。完成したソレを皿に乗せ、匂いが出ないよう袋に入れ、そしてすぐに生徒会室へと向かった。

 

「あれ、神代君?」

 

「どうしたの? 確か今日は織斑君とトレーニングじゃなかった?」

 

 寮から生徒会室まで向かう途中、本音と仲の良い友人の鏡と谷本と遭遇した。

 

「ちょっと訳ありで修行は急遽中止にしたんだよ」

 

「………ええ!? 神代君が中止!?」

 

「嘘! いつも欠かさずにトレーニングしてる神代君が!?」

 

 俺が中止したと聞いた途端、二人はびっくり仰天する。と言うか驚き過ぎなんだが。

 

「何だよその反応は? 俺だって中止する時ぐらいはあるぞ」

 

「だ、だって、いつも凄いトレーニングを楽しそうにやってる神代君からあんな台詞を聞くとは思えなくて」

 

「そうだよ。もしかして体調でも崩したの?」

 

 ………コイツ等が普段から俺をどう言う風に見ているのかが少し分かったような気がする。多分俺を根っからの修行バカだと思ってるんだろう。

 

 修行が好きなのは認めるが、俺だって中止する時ぐらいはあるっての。失礼だな。

 

「俺は至って普通だよ。修行を中止にしたのは、ちょっと本音に会いに行こうと思ってな」

 

「え? 本音に? ………ああ~」

 

「なるほど~。そういうことか~」

 

 俺が本音に会いにいく理由を言うと、さっきとは打って変わるように鏡と谷本は意味深な笑みを浮かべる。

 

「確かに本音ってばこのところ神代君とハグしてなかったね~。アタシも気になってたけど、なんとなく分かったよ~」

 

「その手に持ってる袋から察するに……アップルパイでご機嫌取りってとこね」

 

「? おい二人とも、言ってる意味が分からないぞ。俺はただ――」

 

 本音がここ最近元気がなさそうだったから、アップルパイで元気付けようと思っただけなんだが。

 

 鏡と谷本は何か変な勘違いをしてるんじゃないかと思った俺はすぐに言おうと――

 

「言わなくても分かってるわ、神代君」

 

「早く本音と仲直りしてきなさい。あの子は今生徒会室にいるから」

 

 ――するが、二人はすぐに立ち去ってしまった。

 

 アイツ等、絶対に何か誤解してるな。ってか仲直りってなんだ? 俺と本音は別に喧嘩なんかしてないんだが。

 

 本当ならすぐに二人を呼び戻して訂正したいところだが、一先ず後回しにしよう。今は本音に会いに行かないとな。でないとアップルパイが冷めちゃうし。

 

 そう結論した俺は再び生徒会室へ向かおう為に再び足を運ぼうとする。

 

 そして更に――

 

「どうしたの神代君、トレーニングは? え、本音に会いにって……ああ、そういうことね。仲直り頑張って!」

 

 相川や――

 

「トレーニングはどうしたの、神代君? ああ、本音に……ちゃんと仲直りしないと駄目よ」

 

 鷹月や――

 

「ほほ~う、本音にねぇ~。そのアップルパイなら直ぐに許してくれると思うから頑張って」

 

 岸原からも、何か変な誤解をされていた。

 

 最早ツッコム気力も無かったから、俺はもう気にせずやっと生徒会室に着いた。

 

 いきなり不躾に入る訳にはいかないので、コンコンッと扉にノックをして相手からの返答を待つ。

 

 ……………………あれ?

 

 

 コンコンッ

 

 

 聞こえなかったのかと思いながら再びノックするが……十秒以上経っても全く返事がなかった。

 

 おかしいな。この時間帯には一人は必ずいる筈なんだが……何でいないんだ?

 

 もしかして出払ってるのかと思ってドアを開けてみると、鍵は掛かってなくてすぐに開いた。

 

 おいおい、虚さんにしては不用心だな。誰もいない生徒会室の鍵を………って本音がいるじゃんか!

 

「ぐ~……ぐ~……」

 

 しかも椅子に座りながらテーブルの上に突っ伏して寝てるし。道理で反応が無い訳だ。

 

 楯無さんと虚さんは……やっぱりいないか。多分、生徒会の仕事で出てるんだろう。

 

「ぐ~~……」

 

「ったく、コイツと来たら……」

 

 寝てる本音に少し顔を顰めながら近づく俺は、アップルパイを入れてる袋をテーブルの上に置く。

 

「おい本音、起きろ。誰もいないからって寝てるんじゃない」

 

「う~~ん……むにゃむにゃ……」

 

 本音の肩に手を置いてユサユサと揺らして起こそうとするが、起きようとする気配が無かった。

 

 やっぱそう簡単には起きないか。こうなったら、久々にアレをやるか。

 

「すぅぅぅ………起きろ~~~~~!!」

 

「わひゃあっ!?」

 

 ルームメイトだった時にやっていた起こし方を実行すると、本音は物の見事に目覚めてガバッと顔をあげた。

 

「……あ、あれ? かずー?」

 

 起きた本音はゆっくりと俺の方をみてくる。

 

「コラ。楯無さんや虚さんがいないからって寝るんじゃない」

 

「……………」

 

 すぐに注意するも、本音は聞いてるのか聞いてないのか返事をしようとしない。

 

 ……もしかして本音のやつ、まだ寝惚けてる?

 

「おい本音、ちゃんと起きて――」

 

「かずーだぁ~♪」

 

 

 ギュウッ!

 

 

「っておい!」

 

 本音は突然立ち上がって正面から俺に抱きついてきた。両手を俺の背中に回しながら。

 

 これがもし一夏だったらそのまま後ろに倒れるだろうが、俺はすぐ両足に力を入れてどうにか踏み止まっている。

 

 けれど俺が踏み止まってるのことに本音は全く気にせず、俺の胸に顔を押し付ける。まるで猫みたいに甘えてくるような感じで。

 

「こら本音、離れろって……!」

 

「やだ~」

 

 本当ならすぐに力付くで引き離したいが、本音相手に強引なやり方が出来ない。最小限の力でやさしく離れようとするも、本音は抱きついてる両腕を放さないと言わんばかりに少し力を込めている。

 

「かずーの身体あったかい~♪ ごろごろ~♪」

 

「猫か君は!?」

 

 ったく。俺を見て早々に甘えるように抱きつくなんて……どうやらまだ完全に目覚めてないようだな。

 

「おい本音、いい加減にしろ。でないと――」

 

「ねぇかずー、いつものチューしてぇ~」

 

「…………は?」

 

 本音がコッチを見て強請るように言ってくるが、俺はその台詞に思わず固まった。

 

 いつものチュー? 何言ってるんだ? 俺は君にそんな事をしてる記憶は微塵も無いんですけど。

 

「………あの、本音さん? 俺は君にそんな事は一度も」

 

「私の夢の中のかずーは起きたらチューしてくれるの~」

 

「って夢かよ!」

 

 君の夢で見てる俺は友人の本音相手にそんな恥知らずな事をしてんのかよ!? もし会えたら俺は夢の俺に全力の『砕牙・零式』をぶちかましてやりたい!

 

 って、そんな事より早く本音を覚醒させないと、取り返しが付かない事になりそうだ。

 

「かずー、チューして~」

 

 顔を近づけてキスしようとしてくる本音に俺は本気で焦りだす。

 

「ちょっ、待て本音! いい加減に目を覚ませって!」

 

 ええい、仕方ない。これはやりたくなかったが非常手段だ。

 

 

 ペチンッ!

 

 

「あうっ!」

 

 本音を強制的に覚醒させる為に、俺は本音の額にデコピンを喰らわせた。勿論かなり手加減した最弱の威力で。

 

「うう~、痛いよかずー、夢の中のかずーは痛いことは………あれ?」

 

 俺の文句を言ってくる本音だが、途中からハッとするように目をパチクリさせる。

 

 この様子からして完全に目覚めたようだ。その証拠にさっきまでトロンとしてた目が大きく見開いてる。

 

「……ほ、本物のかずーなの?」

 

「ああ。夢の俺じゃない現実の俺だよ、本音」

 

 恐る恐ると確認してくる本音に俺はキッパリと答える。

 

「全く。君は相変わらず起こすのが大変だよ。にしても本音、残念だったな。いつもチューしてる夢の俺じゃなくて」

 

「……え、あ、あ……」

 

 完全に目覚めた本音は顔全体が赤くなってきている。熟れたトマトみたく真っ赤に。

 

「因みに、夢の俺は君にどんなチューをしてたんだ? 是非とも聞かせてくれ」

 

 俺がそう言った直後―ー

 

「わひゃぁぁああああ~~~~~!!!! かずーのエッチぃぃいいいい~~~!!!」

 

「何でだよ……」

 

 いきなりどでかい叫び声で理不尽な言いがかりをつけられた為、俺は思わずツッコンでしまった。




次で何とか終われば良いんですが……。


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番外編 和哉の一日 後編

今回は和哉と本音の甘い話……かな?


「う~~……!」

 

「……はぁっ。いつまでそうしてるんだよ。早くしないとアップルパイが冷めるぞ?」

 

 本音がちゃんと目が覚めた数分後。

 

 寝惚けて変な事を言ってた本音は抱きついてた俺から離れ、剥れた顔をしながら睨み続けている。しかも少し顔を赤らめたままで。

 

 対して俺は呆れながら来賓用のソファーに座って、アップルパイを用意していたが、当の本人は未だに食べようとする気配が無かった。

 

 いつものコイツなら俺が作ったアップルパイをすぐに食べようとするんだが、今回は珍しく飛びつこうとせずに睨み続けている。それだけ怒っていると言う証拠……なんだろうか?

 

「かずーが謝るまで……食べない~」

 

「何でだよ。俺は別に何も悪い事はしてないっての。元はと言えば君が仕事中に寝てるから――」

 

「む~~~!」

 

「……あ~分かった分かった。俺が悪かったよ」

 

 これ以上怒らせると面倒な事になると思った俺は、不本意ながらも謝る事にした。

 

 まぁ、よくよく考えてみれば、何の反応も無かったからって無断で生徒会室に入った俺も悪い。

 

 本音も本音で、まさか俺がこんな時間に生徒会室に入ってくるなんて予想なんかしてなかったと思うし。だからここは俺が妥協するしかない。

 

「詫びになるかどうかは分からんが、今日は本音の言う事を聞くことにするよ。勿論、俺の出来る範囲内でだが」

 

「…………ほんとに~?」

 

「ああ。さっきの事がまだ許せないなら、ビンタするなり殴っても良いから」

 

 本音に叩かれても殴られても大して痛くはないが、自分がちゃんと謝ってるって証明しないとな。

 

「……分かった。じゃあ許す~」

 

 俺の言葉を信用したのか、さっきまで剥れてた本音が段々収まり、普段のほほんとした顔となってきた。

 

「その代わり~、ちゃんと私のお願い聞いてね~」

 

「ああ。んで、何をすれば良いんだい?」

 

 念押ししてくる本音に内心嘆息しながらも、何を願うのかを問う。

 

「じゃあ先ず~……足を広げて~」

 

「足をだと? 何でだ?」

 

「良いから~。お願い聞くんでしょ~?」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 疑問を訊こうとするも、本音がまた剥れそうになりそうだったから、一先ず言うとおりに若干閉じ気味だった両足を開く。

 

「……これで良いのか?」

 

「うん」

 

 頷いた本音は近づいてきて、背を向けながら俺の目の前に立ち止まり――

 

 

 ポスッ

 

 

「う~ん、いい背もたれ~♪」

 

 そのまま座ってしまい、俺に寄りかかってきた。

 

「………なぁ、君がやりたいのはコレなのかい?」

 

「そうだよ~。次は~」

 

「まだあるんかい」

 

 今度は何を要求する気なんだと思ったが、この体勢に少し覚えがあった。

 

 それは夏休みの頃、俺が本音とプールに遊びに行き、ウォータースライダーでペア滑りをした時だ。

 

 まさか本音はあの時と同じ事をしたいのかと疑問を抱いてると――

 

「前みたいにぎゅってして~」

 

 ――思ったとおりだった。ここはウォータースライダーじゃないんだが……ま、いっか。

 

「仰せのままに」

 

 一先ず言われた通りに後ろから抱きしめる事にした。痛くしないように必要最低限の力で抱きしめると、本音からおかしな声が出始める。

 

「はう~。かずーにぎゅってされて幸せ~♪」

 

「……本音、前も言ったが恥ずかしい事を言わないでくれ」

 

 本音は良くても俺としては色々と不味い。

 

 此処には俺と本音しかいないから今のところ大丈夫だが、もし楯無さんと虚さんが来たら絶対に大目玉を喰らう事になる。

 

 付き合ってもいない友人の俺が本音にセクハラ同然の事をしてるんだから、姉の虚さんが怒り狂うこと間違いない。あの人は何だかんだ言って、本音を大事な妹と見てるからな。

 

 出来れば二人が戻ってくる前に一刻も早くこの体勢を早く解除したい。

 

「なぁ、これで許してくれるんならもう離れて――」

 

「ダメ~」

 

「……ですよね~」

 

 やはりそう簡単に離れてくれそうになかった。もし俺が強制的に離れさせようとしたら本音はまた剥れて、今度は完全に俺を許さなくなるだろうな。

 

 ………もうこうなったら自棄(やけ)だ。楯無さんと虚さんが来たら、俺が必死に誤解を解くように説得するしかない。

 

 そう決めた俺は抱きしめてる両腕に少し力を込めようとする。

 

「あ、まだ強くぎゅってしてきた~♪」

 

「痛かったら放すぞ」

 

「大丈夫~。もっと強くぎゅってしてぇ~♪」

 

「はいはい」

 

 何か幸せそうな声を出してるな。俺は今、セクハラ同然の行動をしてるの言うのに、何故こんなに喜んでいるんだろうか。

 

 ………どうでもいいけど、自分から久しぶりに抱きしめた所為か、何やら本音からいい匂いがしていた。

 

 いつも本音から抱き付いてくるから大して気にはしないんだが、自分からやると意識してしまう。けど何か妙に落ち着くんだよな。何でだろう?

 

「ねぇかず~、アップルパイ食べて良い~?」

 

「良いよ。と言うか、それは元々本音に食べさせる為に作ったからな」

 

「やったぁ~♪ いっただっきま~す」

 

 本音は嬉しそうに、テーブルの上に置かれてるアップルパイを片手で掴んで食べようとする。

 

 間近でアップルパイを食べてるのを見てる俺は苦笑しながらも、機嫌が直って良かったと内心思った。

 

「ん~♪ やっぱりかずーのアップルパイ、ちょおちょおちょお美味しいよ~♪」

 

 横からだが、見るからに幸せそうな顔をしてる本音。

 

「それはどうも。作った甲斐があったよ」

 

「かず~も食べてみなよ~」

 

「いや、俺は別に……って、おい」

 

 本音は片手で持ってる食べかけのアップルパイを食べさせようと、俺の口まで運ぼうとする。

 

 此処へ来る前、事前に味見をしてるから今更食べる必要もないんだが。

 

「ソレ、君の食べかけじゃないか。俺が食べたら間接キスになるぞ?」

 

「私はそういうの気にしないから~。早く早く~」

 

「………分かったよ。そんじゃ……」

 

 あぐっ、と本音の食べかけアップルパイを食べる俺。

 

 ………うん。やっぱり味見したとおり、いつも俺が作ってるアップルパイの味だ。

 

「(モグモグ)……これで良いのか?」

 

「あ、ほっぺに砂糖ついてる。取ってあげるね~」

 

 アップルパイを食べた事で俺の頬に付いてる砂糖の一部を、本音は見つけてすぐにペロッと舐めとってしまう。

 

「本音、お前また……」

 

「てひひ。かずーの手が塞がってたから取っちゃった~♪」

 

「……じゃあ俺もお返しだ」

 

「へ? ………ひゃうっ!」

 

 本音の頬に付いてる砂糖の一部を、俺も舌でペロッと舐めとった。その直後、本音から身体をビクッと震わせながら変な声を出す。

 

「うう~……かずーに舐められちゃった~」

 

「どうだ? 自分がいかに恥ずかしい事をしてたって理解したか?」

 

 俺だっていつもやられっ放しではいられない。本音には少しばかり分かってもらう必要があるからな。。

 

「う~……私、かずーに汚されちゃった~」

 

「おい。人にやっておいて、自分はそれかよ」

 

 女は良くて男はダメってか? ったく。女の考える事は未だに分からないな。

 

「かず~、私を傷物にした責任とって~」

 

「ソレを言うなら、君が先に俺を傷物にしたと思うんだが?」 

 

 ってか俺、一体何をやってるんだろうか? 本音を抱きしめてる事で頭がおかしくなってるかもしれないな。

 

「って、そうだ本音。それよりも訊きたい事があるんだが、君はこのところ俺を避けてるような気がしてたが何でだ?」

 

「え? …………ああ~、別にかずーを避けてたわけじゃないよ~」

 

 話題を変えると、本音は思い出すように理由を話し始める。

 

「お姉ちゃんがかずーに迷惑を掛けるなってキツく言われたんだよ~」

 

「虚さんが?」

 

「そうなんだよ~。かずーとぎゅっとしたいのに、お姉ちゃんったら――」

 

 そこから先は姉の虚さんに対する文句と、俺に引っ付く事が出来なかった理由をゆったりしながらも長々と説明していた。

 

 要するに虚さんが本音に、毎回俺に引っ付くのは布仏家の常識が疑われると言う事で禁止にしてたようだ。

 

 それなら今こうしているのは不味いんじゃないかと訊くも、俺が抱きしめてるから問題ないと言う事で虚さんに言うつもりらしい。

 

 何か俺、虚さんに凄く申し訳ない事をしたな。こんな事なら本音に会う前に虚さんに訊いておくべきだったよ。

 

 でもまぁ今更遅いか。虚さんには後で、俺は別に迷惑してないと言えばいい。それで本音はいつもの本音に戻る事が出来るだろうし。

 

 

 

 

 

 

 その頃――

 

「………ねぇ虚ちゃん。あの二人はいつまでああしてるのかしら?」

 

「さ、さぁ……? ここは会長がビシッと言えばよろしいかと」

 

「じゃあ虚ちゃんが言ってよ。本音ちゃんのお姉さんとして。私、あんな砂吐きそうな空間に入りたくないわよ。本音ちゃんなんか凄く幸せそうなしてるから、入るに入れないし」

 

「それは………」

 

「和哉くんも和哉くんで本音ちゃんに言われるがままだし……確かあの二人ってまだ付き合ってないんだったわよね?」

 

「……ええ。神代君曰く、自分と本音はただの友人だと」

 

「ただの友人相手にあんなスキンシップするって……はぁっ。本当に和哉くんって一夏くんとはまた別の鈍感くんね」

 

 既に仕事を終えた更識楯無と布仏虚は生徒会室前にて、和哉と本音がイチャ付くのを終えるまでずっと待っていた。

 

 

 

 更に――

 

「………何でしょうか、このムカムカする気持ちは……。何故かは分かりませんが、早くメンテナンスを終えてマスターに会わないと……!」

 

 現在ラボでメンテ中の黒閃も、ISでありながら女の勘が働いていたのであった。




取りあえず今回の番外編はこれにて終了です。


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第117話

久しぶりの投稿です。

他の作品を書いてた所為で、ISキャラたちの口調を忘れてしまい、これで良いかと不安に思ってます。

けれど一先ず投稿です!


 唐変木の一夏が篠ノ之神社へ行くと発言した為、俺はどうやって危険回避しようかと必死で考えた。

 

 危険回避とは箒の嫉妬による暴走の事を指してる。暴走する理由は……一緒に同行する綾ちゃんだから。

 

 知ってのとおり、綾ちゃんは小学生でも背が高い上にスタイルも良く、ぶっちゃけ一夏ラヴァーズの箒たち並みに可愛い。そんな綾ちゃんを一夏が一緒に同行して手を繋いでるところを箒が見たら……そこから先は言うまでもない。

 

 さてどうしようかと必死に頭の中をフル回転させていた俺だったが――

 

「あっ、いけない! 今日は修哉お兄ちゃん達と一緒にお祭りに行く日だった!」

 

 綾ちゃんは知り合いの約束をすっかり忘れていたようで、急遽別れる事となった。

 

「今日は神に大変感謝しなければいけないな」

 

「なに訳の分かんない事を言ってるんだ?」

 

 篠ノ之神社へ向かいながら天を仰ぎ見て神に感謝してる俺の行動を見た一夏が突っ込む。

 

 俺の心情を全く理解してない一夏に俺は思わずイラッときたが、今回は聞き流しておくよ。

 

「別に。ってか一夏、綾ちゃんと一緒に行けなくなったのを知った途端、随分と残念そうな顔をしてたな」

 

「そりゃそうだろう。俺としては箒に綾を紹介したかったんだよ。箒なら綾と仲良くなれると思ってたし」

 

「………あ、そう」

 

 一夏の台詞に俺は一瞬マジで殺意を抱くも何とか堪えた。

 

 このバカ、よりにもよって箒に綾ちゃんを紹介する気だったのか!? 何でお前は自ら修羅場展開を作ろうとすんだよ!

 

「マスター、心拍数がかなり高くなっていますよ」

 

「……今は気にしないでくれ」

 

 隣で俺の手を繋いでる浴衣姿の黒閃がそう呟いたので、俺は何でもないように言い返す。

 

「それにしても黒閃、綾ちゃんが用意したその浴衣似合ってるな」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 少し照れた顔をする黒閃を見た俺は笑みを浮かべる。女の子らしい一面が少しずつ出来てきて何よりだ。

 

「何か、和哉と黒閃がカップルに見えるな」

 

「そうか?」

 

「………茶化さないで下さい、織斑一夏」

 

「と言ってる割には満更でも………分かった、分かったから此処で電撃を出そうとしないでくれ」

 

 からかわれてる黒閃は警告しようと思ったのか、空いてる片手で一夏にバチバチと電流を見せつけた。それを見た一夏は降参するように両手を上げる。

 

 因みに一夏が電流を出せるのを知ってる理由は、数日前に黒閃から追い掛けられてた時に手から電撃を放ったのを見たからだ。尤も、かなり弱い電撃だから死ぬ事は先ず無いがな。それでも危険な攻撃でもあるが。

 

「おい黒閃、こんな人目の付くところでやるな」

 

 軽く叱咤する俺に黒閃がすぐに手を引っ込めると、一夏は安堵するような顔をした。

 

 そんなやり取りをしてると、いつの間にか篠ノ之神社に到着する。

 

「へぇ。いつも商店街しか行ってなかったけど、この神社も結構人がいるな」

 

「和哉は篠ノ之神社には行かないのか?」

 

「夏祭りとかは近場の商店街で済ませてたからな」

 

 それに俺自身も神社はあんまり興味無いし。もし行くとしたら綾ちゃんの付き添い程度だけど。

 

「それはそうと、箒は一体どこにいるんだ?」

 

「多分、手伝いをしてると思うから……あ、いた!」

 

 キョロキョロと周囲を見回してる一夏は、対象者である箒をすぐに見つけた。一夏が指した方向には、巫女服姿の箒がお守り販売店にいる。

 

 ほほう、箒のあの格好を見るのは初めてだな。結構似合ってるじゃん。思わず見惚れてしまったよ。

 

「………………」

 

「ん? どうした、黒閃?」

 

「別に……」

 

 少し不機嫌そうな顔をする黒閃はすぐにそっぽを向く。なに剥れてんだよ。ってか、さり気なく手を握ってる力が強いんですけど。

 

 黒閃の不可解な行動に疑問を抱きつつも、俺達は箒がいる販売店へと向かう。

 

「よっ」

 

「やあ」

 

「お久しぶりですね、篠ノ之箒」

 

「…………………」

 

 一夏、俺、黒閃が挨拶をするも、箒は呆然として何も答えなかった。多分箒の事だから、まさか此処で俺達と会うなんて思いもしなかったんだろうな。

 

 俺が箒の反応を察してると、一夏は再度話しかけようとする。

 

「それにしても、凄いな。様になってて驚いた。箒って、女らしい格好も似合うんだな。キレイでびっくりした」

 

「っーー!?」

 

 一夏の台詞に箒が一瞬で真っ赤に染まった。その赤さは巫女装束の袴の色にも劣らないな。

 

 まさか一夏が箒の格好を褒めるとは思わなかったんだろうな。気持ちは分からんでもないが、そろそろ正気に戻って欲しい。

 

「夢だ!」

 

「な、なに?」

 

「いきなり何言ってんだ?」

 

 箒の突然の大声に驚く一夏と少し呆れる俺。

 

「コレは夢だ! 夢に違いない。はやく覚めろ!」

 

「やかましい」

 

 

 バチンッ!

 

 

 現実逃避してる箒が段々喧しくなったから、俺は箒の額にかなり手加減したデコピンを当てた。

 

「あいたっ!?」

 

「箒、いい加減現実に戻れ」

 

「む、むぅ……」

 

 当てられた額を押さえながら、どうにか現実に戻った箒。毎度の事だが、コイツは一夏関連になると色々な意味で暴走するな。

 

「丁度良い。箒、折角だから俺たちの案内も兼ねて夏祭りに行かないか?」

 

「は? い、いきなり何を言ってるんだ、お前は。見てのとおり、私は店の手伝いを――」

 

「いいわよ、箒ちゃん。あとは私がやるから、夏祭りに行ってきなさいな」

 

「って、雪子叔母さん!?」

 

 俺の提案に箒は断ろうとするも、いつの間にか現れた箒の関係者らしき人が賛成した。

 

 

 

 

 

 

「宜しかったのですか、マスター? 先程、織斑一夏と篠ノ之箒の両名から距離を取って態と逸れましたが」

 

「良いんだ。これが箒に対する俺なりの気遣いなんだ」

 

 箒と同行する事になった俺達だが、黒閃の言うとおり俺はさり気なく二人から距離を取って態と逸れた。恐らく一夏は今頃人混みの所為で逸れてしまったと勘違いしてるだろう。

 

 因みに俺は前以てコッソリと箒に『今から一夏と二人っきりにさせる』と言っておいた。それを聞いた箒が一瞬睨むも、反対する様子は見せなかった。

 

「コレを機に二人が恋人同士になってくれると良いんだけどなぁ」

 

「どうでしょうね。ISの私から見ても、あの二人にマスターが期待するような関係になるとは思えませんが……」

 

「それでも何もやらないよりはマシだ」

 

 片は唐変木の一夏、片はヘタレの箒。黒閃の言うとおり、二人が相思相愛になる確率は物凄く低いのは確かだ。

 

 だけどここは箒が根性を見せて、一夏に告ってくれれば俺としては万々歳なんだよなぁ。

 

「ま、アイツ等がこの夏祭りでどうなるかは後で聞くとしよう。俺達は俺達で祭りを楽し――」

 

 俺が言ってる途中、懐から携帯電話が鳴り始めた。すぐに取り出してディスプレイを見ると……一夏だった。

 

「もしもし?」

 

「和哉、お前どこにいるんだ? 急にいなくなったから心配したぞ」

 

「すまんすまん。余りにも人混みが多くて逸れちまったよ」

 

 電話の向こうで心配そうな声を出す一夏に、俺は苦笑しながら言う。

 

「取り敢えずどこかで合流しないか?」

 

「いや、お前はこのまま箒と一緒に祭りを楽しんでこい。箒としても、その方が好都合だからな」

 

「は? 何で箒が好都合なんだ?」

 

「い、いきなり何を言ってる和哉!?」

 

 途中から割り込むように聞こえる箒の声。顔を見ずとも、慌てふためいた様子で頬を赤らめてるのが容易に想像出来る。

 

「ま、俺は俺で黒閃と仲良くデートしてるからさ」

 

「黒閃とデートって……それ、のほほんさんが聞いたら絶対黙ってないぞ」

 

「何でそこで本音が……ん?」

 

 一夏の台詞に思わず突っ込もうとしてると、黒閃がいきなり俺の片腕に引っ付いてきた。

 

「どうかしたか?」

 

「何でもない。って事で、一時間ぐらいしたら俺の方から電話する。そんじゃ」

 

「あ、おい和――」

 

 引き止めようとする一夏を無視する俺はピッと通話終了ボタンを押した。もし一夏が電話しても今度はスルーさせてもらう。

 

「で? いきなり何のつもりだ、黒閃?」

 

 携帯電話を懐に入れながら黒閃に問う。よく見ると、黒閃の顔が少し赤かった。

 

「そ、その、マスターがデートと言ってましたので、思わずこうしてみようかと……」

 

「別にそこまでしなくても良いんだが」

 

 ま、コイツがそうしてくるんなら別に構わない。俺としては慣れてるし。主に綾ちゃんや本音で。

 

「まあいい。さて、何して遊ぼうか。黒閃は何かリクエストあるか?」

 

「私はマスターの傍にいるだけで充分ですので」

 

「それじゃ祭りに来た意味無いだろうが」

 

 祭りは遊ぶものだと言うのにコイツときたら……。ったく、黒閃が俺の命令無しに引っ付いたかと思いきや、急にコレかよ。少しは祭りを楽しもうと言う行動をしてくれよ。

 

 ……まぁ、ISのコイツに夏祭りを楽しめと言うのは少しばかり無理があるか。仕方ない。ここは俺が黒閃に夏祭りの遊び方を教えるしかないか。

 

「だったらマスターとして、お前に遊び方を教えてやるよ。先ずはあそこにある輪投げゲームからだ」

 

「了解しました、マスター」

 

 移動を開始すると、黒閃はずっと離れず俺の片腕に引っ付いている。周囲から誤解されなければ良いんだが。まぁその時は気にせずスルーしよう。

 

 どうでもいいんだが、本音は今頃何してるんだろうか? 俺達と同じく、どこかで夏祭りを楽しんでるんだろうか。

 

 

 

 

 ~その頃~

 

 

「むっ!!」

 

「本音、どうしたの?」

 

「急にムスッとした顔をしてるけど」

 

「むぅ~……何か、かずーがどこかの悪い虫につかれてる気がする~」

 

「「はぁ?」」

 

 とある夏祭り会場で何かを察知した本音に、意味不明な表情をしてる友人達であった。




 本当は本音とのイチャイチャ話でも書こうかと思いましたが、黒閃とのデート話にする事にしました。

 次回は黒閃とのイチャイチャ話(?)になるかどうかは分かりませんが。


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第118話

久々の本編更新です。

ついでに久々の本編なので、グダグダな内容です。


「凄いな。ちょっと教えただけで、簡単にこなすとは」

 

「狙い方や力の調節さえ分かれば一通り出来ます。これも偏にマスターの教え方が良かったからです」

 

「いや、俺はそこまで詳しく教えたつもりはないんだが……」

 

 黒閃に夏祭りの遊び方を教えようと、輪投げゲームや金魚すくい、更には射的もやらせた。俺が基本的ルールを教えた直後、黒閃は物の見事にカンストしたよ。

 

 輪投げなんか一回失敗した以降は百発百中のように全部の輪っかに入れ、金魚すくいも同様に一匹逃した以降にヒョイヒョイッとポイが完全に破れるまですくい上げていたし。因みにすくった金魚はキャッチ&リリースとして全部戻した。飼うつもりなんてないしな。

 

 最後に射的は元から得意分野だったのか、黒閃が鉄砲を持った瞬間、スナイパーのような眼差しで標的を一発で落として商品をゲットした。黒閃曰く『商品が倒れやすい位置を狙えば落とすのは容易い』だそうだ。俺は絶対にそんな事出来ないってのに。

 

「しっかしまぁ、まさか液晶テレビが当たるとはな。思いもよらない収穫だったぞ」

 

 俺の片手には段ボールと袋に包まれた液晶テレビを持っている。普通の人であれば両手で持たなければいけないが、俺からすれば大して重くないので片手で充分だ。流石に物を持った状態で引っ付かれるのは困るから、ゲームやる前にずっと引っ付いていた黒閃に離れるよう言ってある。

 

 竜爺の家で寝泊まりしてる俺の部屋にテレビはゲーム用として置いてあるが、古くなっていたのでそろそろ買い替えようと思っていた。それがまさか、黒閃のおかげで無料(タダ)で手に入れる事が出来るとは。

 

「ですが、あの射的屋の店主は意図的に倒せないように細工をしていました。本当でしたら、あの後抗議したかったんですが」

 

「まぁ良いよ。それを分かっていながらもコレを倒してゲット出来たんだからさ」

 

「……マスターがそう仰るのでしたら」

 

 少し憤慨気味となってる黒閃を俺はなだめるように空いてる片手で、軽く頭を撫でてあげた。それが良かったのか、さっきまで憤慨していた黒閃が大人しくなった。

 

 さて、黒閃を宥めるのは成功したが……取り敢えず一夏に連絡して一旦帰るとしよう。

 

 いくら薄型の液晶テレビを片手で持ってても、正直言ってコレは邪魔だった。コレを持ちながら祭りを楽しむ事なんか出来やしない。

 

 一夏には悪いが、俺達は一足先に退散させてもらう。それに、そうした方が一夏とデートを楽しんでいる箒にとっては都合が良いだろうし。

 

 よし、それじゃあ早速一夏に連絡を――

 

「蘭~~~~!! どこにいるんだ、蘭~~~~!?」

 

 しようと思ったが、どこかで聞いた憶えのある声がしたので思わず手を止めた。

 

 声がした方を見てみると、周囲の目を気にせず大声を出しながら走り回っている様子だ。

 

「やっぱり弾だったか。ってかアイツ、何やってんだ?」

 

 一夏と同様の友人――五反田弾を見た俺は不可解そうに見ている。黒閃も同様に。

 

「確か彼は、マスターのご友人でしたか?」

 

「そうそう。ってかアイツ、さっきから蘭って叫んでるが……もしかして妹の蘭と逸れたから探してるのか?」

 

 弾の慌てぶりを見て俺はそう推測する。同時にある事も思い出した。弾の妹――五反田蘭の事を。

 

 あの子は弾と同様、前に五反田食堂で会ったきりだが、結構キツい事を言ったからな。戦争の恐ろしさや捕虜になった末路とかを教えて、安易な考えでIS乗りになるなと言った。それ以降、蘭がこの先どうするのかは未だに知らないが。

 

 以前の事があるから、正直言って弾と会うのは少し気が引く。妹の蘭を追い詰める事をしたし。前の俺だったら全く気にせず弾に話しかけているんだが、時間が経っていくに連れて、悪い事をしたと思ってきてるんだよな。

 

 結果がどうあれ、蘭の夢を潰して泣かした事に変わりない。なので兄の弾と会ったら面倒な事になると思ったので、俺は黒閃を連れて――

 

「お? おお~! 和哉~~~! ちょっと待ってくれぇぇ~!」

 

 退散しようと思った矢先、いつの間にか弾に見付かってしまった。何で考えた直後に見付かってしまうんだ?

 

 声を掛けられた以上、無視は出来ないと諦めた俺が足を止める。その数秒後には少し泣きじゃくった顔をしている弾と対面する。

 

「よ、よぉ、弾じゃないか。久しぶりだな。ってかお前、そんな顔してどうしたんだ?」

 

「蘭と逸れて探してるんだよ~! 和哉、蘭をどこかで見てないか~!? 俺はもう心配で心配で~!」

 

 どうやら本当に蘭と逸れたようだ。ってか、それだけで泣くほどの事じゃないかと思うんだが。 

 

 何か弾の奴、逸れた蘭の事が頭がいっぱいなのか、この前の事を全く気にせず俺に話しかけてるな。おまけに隣にいる黒閃の事にも全く気付いていないし。まぁ、それはそれで俺としては好都合なんだが。

 

「さ、さぁ……。俺はこの周辺歩き回っていたが、蘭はどこにもいなかったぞ。もしかしたら、この先の奥にいるんじゃないか?」

 

「そうか! ありがとう和哉! 今度またゆっくり話そうな! 蘭~~~! どこだぁ~~!?」

 

 蘭がいると思われる場所を推測して言うと、弾は疑う事をせずに俺が指した場所をそのまま進んで去っていった。叫び声を上げながら。

 

「ったく。相変わらず蘭の事となると騒がしくなるな、アイツは」

 

「何と言うか、彼は織斑一夏と同様にシス……妹思いなご友人ですね。」

 

 おい黒閃、今シスコンって言おうとしただろ。まぁ強ち間違っちゃいないけどな。

 

 一先ず一夏に確認してみるとしよう。蘭に会っていないかを。それに丁度、時間も約束の一時間経ったし。

 

 そう思った俺は、懐にある携帯電話を取り出して一夏に連絡してみた。

 

「もしもし、和哉か?」

 

「おう。なぁ一夏、ちょっと訊きたいんだが、弾の妹――蘭を見なかったか?」

 

「蘭? 蘭なら今、俺達と一緒にいるぞ」

 

 あれま、どうやら俺の予想が当たっていたようだ。まさか本当に蘭が一夏達と一緒だったとは。

 

 だとすれば、箒からしたらちょっと面白くないだろうな。折角の二人っきりのデート中に邪魔が入ったと言う感じで。まぁ多分、蘭も蘭で箒を見て予想外な恋敵と認識してるんだろうけど。

 

「そうか、それなら好都合だ。ついさっき弾と会ったんだが、アイツ必死で蘭を探しているんだよ。もしかしたら弾がそっちに行くかもしれないから、蘭に言っといてくれないか?」

 

「おう、分かった。後で蘭に言っとく。ってか、お前も来たらどうだ? これ以上黒閃とデートしてたら、のほほんさんが悲しむぞ?」

 

「だから何でそこで本音が出てくるんだよ」

 

 俺と本音は付き合ってないって何度言えば分かるんだ、コイツは?

 

「それはそうと、突然で悪いが俺と黒閃は先に帰る。後はお前達だけで祭りを楽しんでくれ」

 

「はあ? 何でだよ? この後、打ち上げ花火があるんだぞ」

 

 俺が帰ると聞いた一夏が少し不機嫌そうに言い返してくる。

 

「いや、それがさぁ……」

 

 俺は射的ゲームで黒閃が大型の景品――液晶テレビを当てた事を説明する。

 

 持ち歩くのに不便な上に、通行人の邪魔にもなっている。更には俺としてもいつまでも持ち歩きたくなかったから。

 

 それらを聞いてた一夏は、黒閃の凄さに驚きながらも、景品が凄く邪魔である理由も納得してくれた。

 

 納得した一夏の返答を聞いた俺は、次に箒に代わってもらうように頼む。

 

「和哉、私に何か用か?」

 

 一夏から箒に変わったのを確認した俺は、すぐにこう言った。

 

「おい箒。この際だから、どこかで一夏と二人っきりになる場所でも移動して、そのまま一夏に告れ。ここにはセシリア達と言う名のお邪魔虫がいないんだからさ」

 

「なっ! い、いきなり何を言い出すんだ、お前は!?」

 

 慌てふためいた声を出す箒。恐らく電話の先では顔を赤らめているだろう。

 

「あの唐変木に遠回しな告白なんかせず、ちゃんとストレートに言えよ。『一夏、私は異性としてお前の事が好きだ。結婚を前提に付き合ってほしい』ってな」

 

「けっこ……! わ、わ、私がそんな恥ずかしい事を言えるかぁ!」

 

「ストレートじゃなけりゃいけないほど、アイツは鈍感なんだよ。兎に角、この機を逃さずちゃんと告れよ。そんじゃ」

 

「ま、待て和哉! まだ――」

 

 箒が何か言ってるが、一先ず言いたい事を言った俺は速攻で電話を切る事にした。

 

 一夏も一夏だが、箒や他の一夏ラヴァーズ達はここぞと言う時にヘタレだから、これくらいの事を言わなきゃダメなんだよな。俺としてはさっさと誰かが告って一夏の彼女になってくれれば、面倒事に巻き込まれずに済むんだが。

 

 取り敢えず箒に告るチャンスと、告る内容を助言しておけば何かしらの行動をしてくれる筈だ。いくらヘタレな箒でも、こんなチャンスを無駄にするとは思えない。それでも告白せずに終わったら……俺は今後箒を超ヘタレ女と呼ばせてもらう。

 

「マスター、それはいくら何でも一方的過ぎではないですか?」

 

 電話の会話を聞いていた黒閃が少し呆れた様子で言ってくる。

 

「これくらいの発破をかけとかないと、アイツ等は実行しようとしないからな。俺がさり気なくチャンスを与えても、殆ど無駄にしてたし」

 

「それは……」

 

 黒閃も箒達に対して何かしら思うところがあったのか、俺の言葉に反論しなくなった。

 

 因みにちゃんとした告白をしてるのは唯一ラウラだけなんだが、アイツは一方的且つ常識外れな事をしてる所為で一夏に思いが伝わっていない。それでも素直に思いを伝えているのは良い事なんだが。

 

「まぁ取り合えず、俺達は帰るとしよう。いつまでもコレ持ち続けたくないし」

 

「宜しければ、私がお持ちしましょうか?」

 

「いや、それは勘弁してくれ」

 

 いくら黒閃が人間化したISだからって、女の子に液晶テレビを持たせるのは流石に不味いし。

 

 片手で持ってる液晶テレビを代わりに持とうとする黒閃にやんわりと断りながら、俺達は篠ノ之神社を後にした。

 

 

 

 

 

 

 竜爺の家に戻ってきたが、そこには綾ちゃんがまだ帰ってきてなく、更には家主の竜爺もいなかった。玄関には『ちょっと出掛けているから、ちゃんと鍵を掛けるように』と書き置きメモがあった。もしかしたら俺達が祭りに行ってる最中、急な用事でも出来たんだろう。

 

 なので竜爺や綾ちゃん、一夏が戻ってくるまでの間は黒閃と一緒って事か。まぁ別にいいけど。

 

 因みに持ち帰った液晶テレビは俺の部屋の隅っこに置いとく事にした。別にすぐテレビを替えなければいけない訳じゃない。

 

 取り敢えず夏祭りの疲れを温泉で流そうと、風呂場で寛いでいると――

 

「おい黒閃、何でお前まで入ってるんだ?」

 

「マスター以外は誰も帰ってきてませんので、この際ですから私も温泉を楽しもうかと思いまして」

 

 隣には俺と一緒に温泉を楽しんでいる黒閃がいた。言うまでもなく黒閃は裸だ。せめて身体にバスタオル位は巻いてほしいんだが……。

 

 俺は女の裸を見ても大して動揺はしない。綾ちゃんと一緒に風呂に入る事もあって、それなりの耐性はあるからな。

 

 まぁそれはそれとしてだ。黒閃には少し恥じらいと言う物を持ってほしい。いくらISだからと言っても、男の俺に平然と裸を見せるのはどうかと思う。

 

 これがもし、そこら辺の男だったら間違いなく黒閃は襲われている。黒閃のスタイルって綾ちゃんや一夏ラヴァーズ並みだからな。

 

 取り敢えずバスタオルを身体に巻いてこいと言おうとした直後、少し離れた場所から花火の音がした。

 

 あの方角は……篠ノ之神社からか。ここから離れているのに結構見えるな。

 

 思わず花火の方へ視線を向けてると、黒閃がピトっと俺に寄り添うようにくっ付いてくる。

 

「黒閃、お前何を……!」

 

「お願いです、マスター。織斑一夏達が戻ってくるまでの間、甘えさせて下さい」

 

「……ここでそう来るのかよ」

 

 ったく。しょうがない奴だな。急に子供っぽく甘えてくるなんて反則だろうが。

 

 まぁ確かに、黒閃は誰かがいると決して弱いところを見せようとしないからな。ちゃんとガス抜きをさせないと、ここぞと言う時に参ってしまう恐れもある。

 

 仕方ない。一夏達が戻ってくるまでの間、ガス抜きと称して、黒閃の言う事を受け入れるとしますか。これでもし、性的な要求をされたら……俺はどうすれば良いんだろうか?




 イチャイチャ話(?)とは言い難いかもしれませんが、黒閃との裸の付き合いをした和哉でした。


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第119話

 夏祭りから数日後。俺と一夏は相も変わらず竜爺の修行を過ごしていた。

 

 このところ、一夏が前以上に逞しくなっている。初めて修行をやった頃は途中でダウンしていたが、今は音を上げる事無く最後まで頑張っているよ。尤も、俺の修行内容に比べたらまだまだ軽い方だが。

 

 けど、最後までやり続けるのは充分に凄い。竜爺の修行は屈強な成人男性でも途中で放棄したくなるほど辛いものだ。そう考えると、一夏は本当に凄い。

 

 竜爺も竜爺で、一夏がそろそろ音を上げて諦めると思っていたようだ。最後まで諦めず、自分に名前で呼ばせる為に頑張り続ける一夏を見続けた結果、竜爺はいつの間にか『(わっぱ)』から『一夏』と呼ぶようになっていた。まぁその分、修行内容がどんどんハードになっていたけど。

 

 そんなこんなで俺と一夏が竜爺の厳しい修行生活を送ってる中、突然竜爺から一週間の休みを与えられた。『自分の修行だけで夏休み全てを潰す訳にはいかないから、学生としての休みを満喫するように』だと。まぁ戻ったら、その埋め合わせをする為の修行をさせられる事になるが。

 

 俺としては、ずっと竜爺の修行でも構わなかったが、敢えて休みを受け入れた。今回は一夏がいるからな。強くさせる為とは言え、俺が半強制的に一夏を誘ったので、これ以上束縛させる訳にはいかないし。

 

 因みに休みを与えられた一夏は、自宅に戻っている。家の掃除とか、家に戻ってきた千冬さんのお世話をしなければいけないし。特に後者の方を。アイツはシスコンだから、今頃は千冬さんの執事か主夫みたく、献身的なお世話をしてるだろう。

 

 そして俺は現在………一夏と同じく実家に戻っていた。一夏が休みの間は家で過ごすと言ってたので、俺も久しぶりに実家で過ごす事にした。と言っても、両親がいないから少し寂しいけど。

 

 この数日間、俺は自分の部屋で学園から出された夏休みの宿題を黙々とやっている。IS学園が特殊とは言え、学校である事に変わりはない。それ故、定番とも呼べる宿題も当然ある。だから今は残りの宿題を終わらせようと実家でやっているって訳だ。因みに竜爺の家でも宿題はやっていた。いくら竜爺が修行を優先させてるとは言え、俺達の学業まで無視はしない。ある程度の宿題時間を設けた後、修行をやっているからな。

 

「あ~~~……。よし、後はこれだけだ」

 

 宿題の山場を乗り切った事に、俺は両腕を伸ばしながら安堵の息を吐いた。

 

 一先ず休憩しようと部屋から出てリビングに向かい、台所に設置している冷蔵庫から昨日作った麦茶を取り出す。

 

 

 ピンポーン

 

 

「ん?」

 

 麦茶を飲んでいると、突然呼び鈴がなった事に俺はすぐに玄関へ向かう。

 

「はいは~い」

 

 誰も来る予定はない筈だと思いながらも、玄関の扉を開くと――

 

「かず~、遊びにきたよ~」

 

「っと、君か」

 

 目の前には私服姿の布仏(のほとけ)本音(ほんね)がいた。俺を見た本音は笑顔を見せながら、いつものようにギュッと正面から俺に抱き着いてくる。

 

 外には誰もいないが、もし誰かに見られたら誤解されると思って一先ずやんわりと離すようにした。

 

「急にどうしたんだ? 修行は暫く休みだって、この前教えただろ?」

 

 本音には俺が修行が休みだと言う事を周知してある。にも拘らず、彼女が家に来てるから全く訳が分からなかった。

 

「知ってるよ~。だから今日はかずーと過ごしたいから、来ちゃった~♪」

 

「はい?」

 

 俺と過ごしたいって……何故? 男の俺より、同性の友人である岸原達と楽しい夏休みを過ごそうって気はないのか?

 

 思わず首を傾げてると、本音はそれを気にしないように言ってくる。

 

「あれ? 黒閃はどうしたの~? いつもなら、私に何か言ってくると筈なんだけど~」

 

「ああ、アイツなら……っと、まぁ取り敢えず入りな」

 

 こんな暑い外で立ち話をするのは良くないと思った俺は、一先ず本音を家の中へ招くことにした。

 

 リビングへ案内させ、ちょこんとソファーに座る本音を持て成そうと、冷たい麦茶を用意する。今日はいつもより暑いから、恐らく本音は喉が渇いているだろうと思って。

 

「ほれ、麦茶だ」

 

「ありがとう、かず~」

 

 麦茶入りのコップを渡すと、受け取った本音はこくこくと飲み始める。思ってた通り、外が暑かった所為で喉が渇いていたようだ。

 

 その為か、本音はコップの中に入ってる麦茶は一気に全部飲んだ。

 

「ぷは~。あ~生き返った~♪」

 

「お代わりはいるか?」

 

「じゃあ、もう一杯~」

 

「はいはい」

 

 お代わりを催促しながらコップを差し出す本音に、俺はすぐに受け取って再度台所へ向かって麦茶を注ぎ足す。

 

 そしてまた本音に麦茶入りのコップを渡すも、今度はすぐに飲まずテーブルの上に置いた。

 

 それを見た俺は一先ず座ろうと、ソファーに座ってる本音の隣にかける。

 

「ねぇかず~、黒閃はどうしたの~?」

 

「アイツもアイツで今はお休み中だ」

 

 訪ねてくる本音に、俺は黒閃がいない理由を話す。

 

 黒閃はここ最近、身体……と言うか機体に少し違和感が起きているようだ。同時に毎日人間の姿になっている事もあって、エネルギーも少なくなっているんだと。その為に自己メンテと同時にエネルギー回復によるスリープモードを実行中だ。

 

 それを聞いた俺は最初、『一度学園に戻ってメンテした方が良い』と言った。しかし、当の本人は緊急事態になっても支障はないと言って頑なに拒否された。普段は主である俺の命令に従うあの黒閃が。一応何度も学園でメンテするようにと説得したんだが、全く聞いてくれなかった。これは梃子でも動かないと思った俺は、『夏休みを終えて学園に戻ったら速攻でメンテする』と妥協案を出した。それを聞いた黒閃はやっと了承してくれたよ。

 

 とまあ、そんな事もあって黒閃はスリープモード中って訳だ。もし何かあれば、俺が即時に緊急事態と叫んだら黒閃は目覚めるらしい。

 

「そっか~。道理で私がいても何も言わなかったんだね~」

 

 理由を聞いた本音は納得するようにふむふむと頷いている。確かに考えてみれば、本音が俺に抱き着いてきた際、必ずと言っていいほど何か言ってくる。まるで何かに対抗するように。

 

「ま、そう言う事だ。この数日、話し相手がいなくて少し寂しいが――」

 

「じゃあ、それまでは私がするね~♪」

 

「って、おい」

 

 黒閃が出てこない理由を聞き終えた本音は、突然俺の腕に引っ付いてきた。ゴロゴロと甘えてくる猫のように。

 

「全く……。何度も思ってるんだが、何で君は男の俺にそこまで出来るんだ?」

 

「かず~の事が大好きだから、こうしてるの~」

 

「だからって……」

 

 いくら友人でも度が過ぎてると思うんだが……。と言ったところで、本音に何を言っても無駄か。

 

「それはそうと本音、遊びに来たって言ってたが、何で俺ん家なんだ? 岸原達と遊びの約束とかはないのか?」

 

「もう済ませた~。だから今日は大好きなかず~と過ごすの~♪」

 

 俺と過ごすって……。あのねぇ本音さん、今この家には俺と君しかないんだよ?

 

 いくら俺達が学生だからと言っても、両親がいない家で年頃の男と女がいたら不味いと思うんだが……。

 

 ……まぁ、それはもう今更か。短い期間だったけど、前に学園の寮で一緒に同じ部屋で過ごしていたし。

 

 取り敢えず、以前みたくルームメイトとして過ごす事になったと思えば良いか。

 

「はいはい、分かった分かった。何して遊ぶ? それとも腹減ってるなら、何か食べるか?」

 

 本音の性格を考えると、久しぶりにアップルパイを食べたいと強請ってくるだろう。

 

「じゃあ~……かず~の部屋を見たい~♪」

 

「俺の部屋って……」

 

 予想外とは言え、何でよりにもよって俺の部屋を見たがるんだよ。いくら本音が友人でも、自分の部屋に女子を招くのに抵抗があるんだが。だから前に本音が家に来た時、俺の部屋に来させないよう黒閃と一緒にリビングで待機させた。

 

「ダメ、いくら君でもこればっかりは無理」

 

「え~良いじゃん~、別に減るもんじゃないんだから~」

 

 拒否する俺の返答に本音は引き下がろうとしなかった。

 

「じゃあ訊くが本音、もし俺が君の家に遊びに来て、君の部屋を見たいって言われたらどうする?」

 

「へ? …………か、かず~なら良いよ~」

 

「って良いのかよ!?」

 

 途中で静かになった本音だが、少し頬を赤らめながらOKを出す。

 

「と、とにかく、ダメなものはダメだ。と言うか、そろそろ離れてくれ」

 

「やだ~。かず~が部屋を見せてくれるまで離れない~」

 

「おいコラ……っと!」

 

 俺が離れろと言っても本音は離れなかった。それどころか、凭れ掛かるように身体を押し出してくる。

 

 少し気を抜いてしまった所為か、本音にもたれかかってしまった所為で俺は彼女と一緒に倒れてしまう。俺達が座ってるソファーは少し大きめだが、外側にいる本音が身体をずらしたら落ちてしまう。

 

「てひひ、かず~を押し倒しちゃった~」

 

「おい本音、悪ふざけもいい加減に……」

 

 俺がその気になれば本音をどかせる事は出来るが、そうすればケガをしてしまう恐れがあるので敢えてやらなかった。だから何とか離れるよう説得している。

 

「じゃあじゃあ~、かず~が私をぎゅ~ってしてくれたら見ないであげる~♪」

 

「は?」

 

 ぎゅ~って……それはつまり、抱きしめろって事か?

 

 俺が相手のやりたい事を何となく察してると、本音は次に俺を覆いかぶさるように抱き着いてくる。

 

「かず~、早くぎゅっ~てして~」

 

「ったく。どうして君は意味不明な事をしたがるんだよ」

 

 そう言うのは恋人にしてくれよと内心突っ込む俺。

 

 取り敢えず部屋に来ないなら良いかと諦め、両腕を使って本音を優しく抱きしめる事にした。

 

「はう~、かず~にこうされると幸せになる~♪」

 

「そうなのか? 俺には全く分からんが」

 

 幸せそうな顔をしてる本音に俺は不可解そうに言うも、当の本人は全く気にしてなかった。

 

 それどころか――

 

「ぐ~……ぐ~……」

 

「もう寝てるし! ってか寝るの早いな!」

 

 数分しない内に本音が眠ってしまった。いくら何でも無防備過ぎだと思うんだが。

 

 寝てるんなら何とか離れる事が出来ると思った俺は、そっと抱きしめていた両腕を放そうとするが――

 

「ぐ~……離れちゃ、やだ~……」

 

 

 ギュウッ!

 

 

 実は起きてるんじゃないかと思うほど、本音が逃さないように強く抱きしめてきた。

 

 こうなった本音に何をやろうとしても無駄だと悟った俺は――

 

「………はぁっ。俺も寝るか」

 

 急遽、本音と一緒にソファーで昼寝をする事にした。

 

 因みに俺達が眠ってる間、俺の部屋に置いてある携帯に一夏から連絡があったのを気付いてないのは言うまでもなかった。




久しぶりに本音とのイチャイチャ話を書きました。

と言ってもグダグダな内容ですが。


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第120話

「ん…………ん?」

 

「ぐ~、ぐ~」

 

 眠りから覚めた俺が目をあけると、離れまいとするように抱き着きながら無防備に寝ている本音がいた。

 

 何で本音が……? ……ああ、そうか。本音が家に遊びに来て、急遽ソファーで一緒に昼寝する事になったんだった。

 

「ん~、かず~……」

 

 状況を思い出してると、本音がもぞもぞと動き出す。起きた訳じゃなく、俺が動いたのを察知したからだ。

 

 それは良いとして、今は………あっ。もう夕方の五時じゃないか。どうやら三時間以上も本音と一緒に昼寝してたようだ。

 

 本音が遊びに来て昼寝するって、端から聞いたら絶対疑問に思うだろう。ま、本音は遊び好きだが、寝る事も好きなので問題はないけど。

 

 兎に角、これ以上寝てる訳にはいかないから、さっさと本音を起こすとするか。それに今日は夕飯の材料を買いに行く日だし。

 

「おい本音、もう起きろ。ってか、それ以上寝てると、今夜寝れなくなるぞ」

 

「う~ん……やだ~」

 

 ユサユサと揺らすが本音はすぐに起きようとしなかった。ま、これは予想通りだ。

 

 取り敢えず落とさないように起き上がると、未だ俺に抱き着いてる本音はうっすらと目を開ける。

 

「あれ? かずー?」

 

「やっと起きたか」

 

 目を開けた本音を見て、まだ完全に覚醒してないと判断する。

 

「じゃあコレで、っと」

 

「あうっ」

 

 本音の額にペチンっと軽いデコピンを当てると、漸くお目覚めになってくれた。

 

「うう~、痛いよかず~」

 

「そんなに痛くはしてない筈だ。ほれ、もう離れてくれ」

 

 痛そうに涙目で訴えてくる本音だが、俺は気にせず離れろと催促する。

 

 漸く本音から解放されたので、ソファーから立ち上がった俺はすぐにバンザイするように両腕を伸ばした。その後に首を左右に回すと、それに反応するように骨がコキコキと鳴る。

 

 三時間以上も本音に抱き着かれたままソファーで寝ていたので、身体が少し窮屈な状態になってたからな。だからこうして身体を伸ばして首も回してるって訳だ。

 

「何か君と一緒に寝たのは久しぶりだな。前に同じ部屋で一緒に寝ていた時の事を思い出したよ」

 

「……そ、そうだね~」

 

 因みに俺を抱き枕のように寝ていた本音は、何やら少し顔を赤らめていた。

 

「俺はこれから買い物に行くが、本音はどうする?」

 

「かずーと一緒に行く~」

 

 当然と言わんばかりに付いていくと言わんばかりに、またしても俺に抱き着いてくる。

 

 一先ず着替えてくるからと言って、俺はすぐに自分の部屋へ戻った。

 

 

 

 

 

 

「かずーと二人だけでお買い物って初めてだね~」

 

「言われてみりゃ、確かにそうだな。前はシャルロットとラウラが一緒だったが」

 

 部屋で出かけ様の服に着替えた俺は、本音を連れて近くのスーパーへと来ていた。今は買い物カートにかごを乗せて、隣にいる本音の歩調に合わせながら周囲を見ている。

 

「あ、すっごく今更だけど、本音は夕飯どうするんだ?」

 

「かずーが作ってくれるなら、かずーの家で食べるよ~」

 

「そうか。だったら本音のお姉さんに連絡しとけ。前みたいな事になるのは流石にご免だし」

 

「大丈夫~。ちゃんとお姉ちゃんに夕ご飯食べたらちゃんと帰るって言ってるから~」

 

「って、最初から俺ん家で飯食う気満々だったのかよ」

 

 まぁ良いけどさ。こっちとしては、ちゃんと家族に連絡入れてくれれば文句は言わない。

 

 それに一人で飯を食うのは少し味気無かったから、誰かと一緒に食った方が俺としては楽しいし。

 

 とにかく、本音が家で夕飯食べるなら、少し凝ったモノを作るか。と言っても、そんな難しい料理は作れないが。

 

 よし。ここはいっその事、カレーでも作るとしよう。綾ちゃんほど上手くはないが、カレーぐらいなら俺でも作る事が出来るし。

 

 そう思って先ずは野菜を買う為に野菜市場へ向かっていると――

 

「あれ? 和哉にのほほんさんじゃないか」

 

「おお、一夏」

 

「あ、おりむー。やっほ~」

 

 何と一夏と遭遇した。しかも一夏の他に、一夏ラヴァーズの面々も驚くように俺達を見ている。

 

 一夏がこのスーパーにいるのは何ら問題無いが、何で箒達も……あ、そっか。今日は確か、箒達が一夏の家に遊びに行く日だったんだ。すっかり忘れてた。

 

 因みに本音は久しぶりに会った箒達と仲良く話し始めている。

 

「奇遇だな。お前達も買い物か?」

 

「まあな。って、それよりも和哉。お前、何で電話に出なかったんだよ? 携帯にかけても全然繋がらなかったし、今まで何してたんだ?」

 

「え? 電話………ああ、悪い。全然気付かなかった」

 

 一夏に言われて思わず懐に入れてる携帯電話を取り出して見てみると、一夏からの着信履歴が数件あった。しかも俺と本音が昼寝している頃の時間に。

 

「もしかして、のほほんさんと一緒にどこかへ出掛けてたのか?」

 

「いいや。俺の家にいて、ここへ来る前に一緒に寝てた。ちょっと窮屈だったが」

 

「……え? のほほんさんと一緒にって……」

 

 本音と家で一緒に昼寝してた事を言うと、一夏が少し驚くように目を見開く。

 

「ま、まさかお前、のほほんさんを部屋に連れ込んで――」

 

「何か勘違いしてるようだから言っておくが、本音が俺の家に遊びに来たんだよ。寝たと言っても、リビングにあるソファーで仲良く一緒に昼寝してただけだ」

 

「――あ、ああ。そっちね」

 

 何か安心するように言っている一夏。その『そっち』と言うのが何なのか問い質したいところだが、敢えて聞かなかった事にしておくとしよう。

 

 ついでに――

 

「でね~、かずーが久しぶりにぎゅ~って私を抱きしめてくれて~、私すっごく幸せだったよ~♪」

 

「そ、そうか……。和哉め、またしても破廉恥な事を……! だが……羨ましい」

 

「あのさぁ~、あたし達にそんな惚気話しないでくれる? 本気で衝撃砲をぶっぱなしたいんだけど……! ………でも、羨ましい。はぁっ……」

 

「か、和哉さんってば、またお恥ずかしい事を……! ですが、やっぱり布仏さんが羨ましいですわ……!」

 

「僕は惚気話を聞いたのは二度目なんだけど……本当にいいなぁ、布仏さん……」

 

「布仏、それ以上自慢話をされると、私も流石に我慢の限界だぞ。………よし、今度は私が一夏にやってみるとしよう」

 

 あそこにいる女子一同は何故か本音に対して苛々したり、羨んでいるような会話をしてる気がするんだが、俺の思い過ごしか?

 

 一先ずアイツ等は放っておくとしよう。

 

「んで、起きたのが夕方で、今はこうして夕飯の材料を買う為に此処へ来たって訳だ。一夏も俺達と同じ理由で此処に来てるんだろ?」

 

「まぁな。だけど……セシリアも料理するって言ってるんだが、大丈夫か? 前に和哉がセシリアに料理指導してたけど、今はどうなんだ?」

 

「料理指導したのは一度っきりだから、ちゃんと改善してるかどうかは全然分からん」

 

「そ、そうか……」

 

 以前、セシリアが初めて作った料理は最悪だったな。余りにも不味かったから、本人の前で『不味い』と言ってしまうほどに。

 

 その後に本人にも味見をさせて不味いと理解してくれたので、俺が一から料理指導したのを今でもはっきりと覚えているよ。しかし、今はどうなっているのかは本当に分からない。

 

 あの時は俺が見てたから良かったが、恐らく今回も誰かが見てなければ恐ろしい料理となるだろうな。

 

「和哉、良かったら俺達と一緒に夕飯を食べないか? 男のお前がいてくれたら心強いし」

 

「で、本音は?」

 

「もう一度セシリアの料理を見て欲しいから」

 

「……はぁっ」

 

 素直に言ってくれる一夏に、俺は思わず溜息が出てしまった。別に俺がいなくても、他の誰かが見ればいいと思うんだが。

 

 取り敢えず本音に確認してみると、一夏達と一緒に夕飯を食べる事を承諾してくれた。どうやら久しぶりに会った箒達と一緒に話したいようだ。当然、箒達も俺達の参加に何の文句もなかった。セシリアの料理監視をすると聞いた途端、寧ろ参加して欲しいと懇願されたし。

 

 って事で、急遽俺と本音が一夏達と加わる事になったので、カレー作りの為の材料購入は当然中止。夕飯のメインは箒達がやるから、俺はデザート担当としてアップルパイを作る事にした。それを聞いた本音は勿論、箒達も嬉しそうに喜んでいる。

 

「箒、ちょっとこっちへ」

 

「な、何だ?」

 

 一夏達から少し離れた俺は、密かに箒を近くに呼び寄せた。

 

「この前の夏祭りはどうだった? ちゃんと一夏に告れたか?」

 

「あ、ああ~。それなんだが……」

 

 俺の問いに箒が言い辛そうな感じで、すぐに教えてくれなかった。

 

 この様子から察して……恐らく失敗したんだろうな。そうでなければ、今頃はこうして鈴達が一夏にアピールとかしてないし。

 

「お前って奴は……はぁっ。ったく、アレだけ言ったのに………このヘタレ」

 

「だ、誰がヘタレだ! そ、それに私は、ちゃんと告白……したんだぞ」

 

「どうせ告白した際に花火の音とかで、かき消されたんだろ。違うか?」

 

「……は、はい」

 

 俺が適当に言ってみると、物の見事に当たってしまった。

 

 箒に限った話じゃないんだが、どうして一夏ラヴァーズは肝心な場面を自ら一夏と付き合う機会を逃してしまうんだろうか。人が折角告白のチャンスを作ってるって言うのに……!

 

 普段から一夏に対してズケズケと言うくせに、恋愛事となると臆病になるんだよな。ちったぁ勇気を振り絞って進んでくれよ。

 

「あ、そうだ和哉。黒閃はどうしたんだ?」

 

「ん? ああ、アイツは――」

 

 急にこっちを振り向いた一夏が、俺の相棒について尋ねてきた。一夏だけじゃなく、箒達も気になっていたようだ。

 

 俺はアップルパイの材料を揃えながら、家で本音に話した内容をそのまま話した。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって織斑邸のキッチン。そこでは各々が料理を作ろうと奮闘している。

 

 料理の内容は箒達から聞いていた。箒は『カレイの煮付け』、鈴は『肉じゃが』、セシリアは『ハッシュドビーフ』、シャルロットは『鳥の唐揚げ』、ラウラは……何故か『おでん』だった。

 

 取り敢えず俺が一番に危惧しているのは――

 

「セシリア、ちゃんと分量通りに入れろ」

 

「で、ですが、写真と色が違って、まだ赤色じゃありませんわ」

 

「本に書いてある通りにやればちゃんと出来る……コラ、ケチャップを大量に入れようとするな!」

 

 セシリアが作り方を無視しての調理をやっていた。それを見た俺が即座に阻止してるので、今のところは問題無く進んでいる。

 

「今日は和哉が参加してくれて、本当に助かった……」

 

「確かにな。私たちがいくら言っても、セシリアは聞く耳持たないからな」

 

「今回は和哉に感謝しないとね」

 

「うん。僕達としても本当に助かるよ」

 

 一夏、箒、鈴、シャルロットは揃って俺に感謝の念を送っていた。ラウラは気にせず料理に専念してるが。

 

「かずー、ちょっと良い~?」

 

「ん? どうした、本音」

 

 同じくキッチンにいる本音が俺を呼んできた。セシリアの調理は一通り終わったので、後は煮込むだけだから問題ないと思った俺は、すぐに本音のもとへと向かう。

 

 本音には俺と一緒にアップルパイを作っている。今はアップルパイに必要なアップルフィリングを任せていた。本音はセシリアと違って、ちゃんと言われた通りの事をやっているから大丈夫だ。それでも少し不安だが。

 

「フィリングが出来たけど、どうすれば良い~?」

 

「上出来だ。初めてなのに凄いな」

 

「これくらいはお手の物だよ~」

 

「そうかい。じゃあ次は……」

 

 出来たアップルフィリングを見た俺は、既に作り終えたパイシートとカスタードクリームを用意して最後の段階に移ろうとする。

 

 いつもは一人でアップルパイを作ってるが、本音と一緒に作るのは初めてだな。

 

「こうしてかずーと一緒に作ってると嬉しいな~」

 

「そうか? 良かったら、また今度作ってみるか?」

 

「それも良いかもね~。夫婦みたいな感じがするし~♪」

 

「何言ってるんだか」

 

 変な事を言ってくる本音に、俺は呆れながら突っ込む。

 

「そう言う台詞は友人の俺じゃなく、好きな男に言ってくれ」

 

「え~、私はかずーの事が大好きだよ~」

 

「そうかい。じゃあもし俺がこの先ずっと独り身だったら、俺の妻になってくれるか?」

 

「良いよ~。でも私としては今でも良いんだけどな~」

 

「学生で結婚出来るわけないだろうが。いくら冗談だからって、悪乗りし過ぎだ」

 

 ったく。冗談に乗ってくれるのは嬉しいが、大袈裟な事を言い過ぎだろうが。

 

 そう思ってると――

 

『ゴホンゴホンッ!』

 

「「ん?」」

 

 突然、一夏達が席をした事で俺と本音はすぐに振り向く。

 

「どした、一夏? 急に咳き込んで」

 

「おりむ~、風邪でもひいた~?」

 

「ふ、二人とも……料理中に、そういう会話はどうかと……」

 

「「?」」

 

 一夏の言っている意味が分からない俺と本音は揃って首を傾げる。

 

「何故だろうか……急にキッチンが暑くなったような気が……」

 

「アンタ達ねぇ、こんな所で堂々とイチャ付いてんじゃないわよ……!」

 

「お二人とも、その行為は私達に対する当てつけのつもりですの?」

 

「僕たちの前で見せ付けるの止めてくれるかな? もうイライラしてくるんだけど」

 

「師匠に布仏、何故か分からんが殺意が湧いてきたぞ」

 

「「???」」

 

 料理中である一夏ラヴァーズの面々も訳の分からない事を言ってくるので、俺と本音は更に不可解な表情をする。

 

 そんなこんなで、俺たち全員それぞれの料理が完成し、楽しい夕飯の時間となった。

 

 もうついでに――

 

「そうだ和哉、良かったら今日俺の家に泊まっていかないか? 千冬姉が今日帰ってこないって言うからさ。着替えは置いてあるぞ」

 

『和哉だけずるい!』

 

 夕飯を食べ終えた後、一夏が俺に泊まりの誘いをした事に、本音を除く女性陣から嫉妬されてしまった。

 

 いくら何でも、男の俺に嫉妬するのはどうかと思うんだが。




 お読みになっている方々には申し訳ありませんが、あと何話か更新したら完結させます。

 ほったらかし状態が続いていますので、区切りをつける為に終わらせようかと。




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エピローグ

久しぶりの更新と見て申し訳ありませんが、ここでエピローグとさせてもらいます。

あとフライング投稿とします。


 一夏の家でちょっとしたドタバタな夕食があったが、修行休みであった一週間があっという間に終わった。その後は言うまでもなく、竜爺との修行だ。

 

 夏休み終了まであと数日となるも、俺と一夏は変わらず竜爺の家で修行の日々を送っている。一夏も相も変わらず音を上げずに最後までやれている事に、俺は内心嬉しかった。今まで竜爺としか修行してなかったんだが、誰かと一緒に競い合うようにやれる事に楽しく感じていた。

 

 尤も、夏休みが終われば前と同じく、俺が一夏を鍛える為の指導役をする事になるがな。それはそれで充分にやりがいがあるから別に構わない。

 

「なぁ和哉、爺さんがいきなり道場へ来いって言ってたけど、何をするんだ?」

 

「俺も知らん」

 

 それはそうと、今日の修行はいつもより早めに終わった。竜爺にしては珍しい事をするもんだと思いつつも、俺は一夏と一緒に道場へ向かった。

 

「おお、来たか」

 

 道場には既に正座している竜爺がいた。俺達が入ってきた事に気付いた竜爺が振り向きながら言うと、すぐに座るように言ってくる。

 

 言われた通り竜爺の目の前で一夏と並ぶように正座すると、それを確認したのか早速本題に入ろうとする。

 

「さて、今日二人を此処へ呼んだのは他でもない。本日を持って、夏休み中の修行はこれにて終了とさせてもらう」

 

「「……え?」」

 

 竜爺からの思いも寄らない発言に俺と一夏は思わず目が点になってしまった。

 

 おかしいな。俺が知ってる竜爺は夏休み終了の前日のギリギリまでやる。何で今回は数日前に終わらせるんだ?

 

 因みに一夏には、『修行は夏休み終了ギリギリまでやるから覚悟しておけよ』と事前に言った。なので俺が教えた内容と違ってる事に戸惑っている。

 

「ワシとて本当なら、もう少しやる予定じゃった。じゃが先日、IS学園側から連絡があってのう。織斑千冬と言う教員から」

 

「千冬姉が!?」

 

 身内の名前が出た事に一夏が吃驚する。まさか竜爺から千冬さんの名前が出た事に、俺も少し驚いたよ。

 

「ほう、やはり一夏の家族であったか。まぁそれは良いとしてじゃ。その教員から、夏休みが終わる数日前までに和哉と一夏を明後日まで学園に戻して欲しいと要請があってのう」

 

「学園に? 何でだ?」

 

「男性IS操縦者の二人は夏休み終了前に色々と確認しなければならぬ事があるそうじゃ。何を確認するのかと訊いても教えてはくれなかったが」

 

 そりゃ学園の機密情報に関する事を、一般人である竜爺に言う訳にはいかないな。まぁ竜爺を一般人と呼ぶには少々無理があるが。

 

「……和哉、お主何か失礼な事を考えておらぬか?」

 

「別に何にも」

 

 俺の考えを読んだのか、竜爺が睨むように問う。何とかポーカーフェイスで何とか誤魔化せたが、少しばかり焦った。

 

「まぁ取り敢えずワシとしては大変不本意じゃが、国の関係者から要請があった以上、日本国民のワシは従うしかない。女権団体におる小娘共の戯言は別じゃがのう」

 

 さり気なく国が絡んでる女権団体の事を蔑むように言う。自分の土地を奪おうとしたり、更には弟子の俺を殺そうと知った事で更に嫌悪感を抱いてるからな。

 

 ま、あんな連中の事は如何でも良いとしてだ。竜爺の修行が予定よりも早く終わってしまうとは予想外だったな。

 

 千冬さんがどう言う理由で俺達を呼び戻そうとする理由は分からないが、これを機に黒閃を見てもらうとしよう。未だにスリープモード中だから、早くメンテして欲しかったからな。

 

「そう言う訳で今日の修行は早めに終わらせた。じゃからこの後は――」

 

 竜爺が急に立ち上がると――

 

「予定より早くなってしまったが、ワシと組手をやってもらおうか。特に一夏、修行する前と今の実力を確認させてもらうぞ」

 

「え!? い、今から!?」

 

「はぁっ……。結局こうなるのか」

 

 突然の組み手宣言に一夏は驚き、俺は呆れるように嘆息した。

 

 あの竜爺が修行を早く終わらせたからと言って、予定していた事を中止にする訳がないのは分かっていた。もしやとは思っていたが、本当に最後の定番とも言える組手をやる事になるとは。

 

 まぁ良いか。俺はともかくとして、一夏が修行期間中にどこまで成長したのかを確認したいと思ってたところだ。果たして今の一夏が、竜爺相手にどこまでやれるか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

「あ~~~……ったく。一体どんだけ強いんだよ……」

 

「竜爺は規格外だから仕方ないって」

 

 竜爺との組み手を終えた後、夕食前に身体に纏わり付いてる汗を流そうと温泉に入っていた。

 

 特に一夏は組み手をやって疲れたのか、温泉に入って早々ダラ~ッとしている。修行の日々を送ってる一夏にとって、この温泉はある意味癒しの場みたいなもんだ。

 

「和哉も和哉で、よくあの爺さんの弟子を続けているな。俺だったら途中でやめてるぞ」

 

「最初はそう思って、一発当てたら絶対やめようと決めたんだけどな」

 

 次こそは当てる、この次こそは絶対当てる、と言う事を繰り返した結果が今も竜爺の弟子をやり続けている。それにいつの間にか修行が日課になってしまい、武術を極めてみたいと考えを改めた。竜爺はまるでそうなる事を分かっていたかのように、反抗期だった俺の言葉を軽く聞き流していたんだよなぁ。

 

「にしても、一夏も随分とタフになったじゃないか。修行をやる前まではデコピンで気絶してたのに、それが今やすぐに立ち上がって挑み続けてるんだからさ」

 

「そりゃ何度も喰らい続けてたら耐性が付くさ。今も痛い事に変わりはないが」

 

 手加減されてたとは言え、竜爺のデコピンは常人が受けたら簡単に気絶してしまうほどの威力だ。それを受けて立ち上がる奴は充分に凄い。

 

 加えて一夏の身体能力も以前より格段に上がっている。夏休み期間中とは言え、一夏がここまで伸びるとは思ってなかったと竜爺も少しばかり驚いていたようだ。俺だったらニ~三ヵ月掛かってるんだが……これが才能の違いってやつなのかねぇ。

 

 もしも俺と同じ時期で竜爺の弟子になって修行をしていれば……あっと言う間に差が付けられるだろう。そうなってれば俺は惨めな気持ちになって、武術を本当にやめていると思う。尤も、そんなIFの事を考えても今は詮無い事だがな。

 

「ああ、そうそう。言うまでもないが、修行は終わりって事は、温泉もこれまでって意味でもあるからな」

 

「そうなんだよな~。俺の楽しみが~……!」

 

 この温泉に入る事が既に日課となってる一夏にとっては、物凄く名残惜しいだろう。この前あった休み後の時なんか、久々の修行を終えて早々温泉に入ったからな。一夏曰く『早く温泉に入りたい禁断症状』になっていたんだと。どんだけ温泉好きなんだよって俺は内心突っ込んだよ。

 

 まぁ、それだけ一夏はここの温泉が気に入ってるって事だ。竜爺もそれを知った時には密かに喜んでいたみたいだし。温泉がある事を知ってスパリゾートにしようとする女権団体の連中とは違って。

 

「なぁ和哉、もし休日でここに来る時は俺に一声かけてくれないか?」

 

「残念だが、泊まり込み以外で温泉に入る気はないぞ」

 

 それに一夏の休日を二人っきりで過ごそうと考えてる一夏ラヴァーズに何を言われるか分かったもんじゃない。この前一夏の家で夕飯食べた後、俺が泊まると聞いたアイツ等から嫉妬されたし。まぁアイツ等からすれば、ずっと一夏と一緒にいる俺が羨ましいと思っているんだろうが……それでも要らん誤解されそうで勘弁して欲しい。

 

「次は冬休みを予定してる。当然修行をする事になるが、その時にまた声を掛けようか?」

 

「う~ん、爺さんの修行は辛いが……温泉に入れるなら頼む」

 

 大好きな温泉の為なら敢えて修行をやるか。ま、竜爺は許可すると思うから大丈夫だろう。一夏は見所あると言ってたから、俺の修行ついでに面倒見ると思うし。

 

 すると、温泉場にある出入り口の扉が開く音がした。

 

「二人とも、先に入ってるなんてズルいよ~」

 

「綾、お前また……!」

 

「あのなぁ綾ちゃん。前から言ってるけど、年頃の女の子が男と一緒に入るのはダメだって言ってるだろうが」

 

 綾ちゃんが素っ裸で温泉に入ろうとしてる事に、俺は呆れた表情で同じ事を言う。一夏は綾ちゃんの裸を見た途端に多少慌てているが、これでもマシな方だ。

 

 修行期間中に綾ちゃんが今みたく温泉に入ろうとしたり、一緒に寝ようとする機会が何度もあった。それによって一夏はラッキースケベ的な展開に遭った事もあって、女性……と言うより綾ちゃんの裸を見ても多少の耐性が身に付いた。

 

 相手が女子小学生とは言え、スタイルの良い女の子とそんなハプニングと遭遇し続けたと一夏ラヴァーズが知れば……一夏が地獄を見る事になるだろう。ついでに俺も巻き添えで。

 

 それに加えて、一夏は綾ちゃんの手料理も結構気に入ってる。もしも一夏が箒達の前で『綾の手料理が食いたくなってきたなぁ』と口にした瞬間……先ほど言った同じ展開になる事は間違いない。

 

 俺達の反応を余所に、身体を一通り洗い終えた綾ちゃんは即座に温泉へ入った。しかも俺達の間に。

 

「竜お爺ちゃんから聞いたよ。お兄ちゃんたち、今日で修行終わりだって。明日には帰るってことも」

 

「……ああ、それで一緒に入ろうとしたんだな」

 

「うん。お兄ちゃんたちと一緒に入れるのが今日までだから」

 

「だからって、何も俺と和哉が一緒の時に入ろうとするなよ……」

 

 納得する俺と、綾ちゃんの裸を見て顔を赤らめながらも指摘する一夏。

 

「って事は、今夜は俺達と一緒に寝る気だな?」

 

「うん♪ アタシが真ん中で、お兄ちゃんたちが左右で川の字で寝るの」

 

「ちょ、マジか!?」

 

 とんでもない不意打ちだと言わんばかりに驚く一夏だが――

 

「諦めろ一夏。こうなった綾ちゃんを止める事が出来ないのはもう知ってるだろ? 綾ちゃんの手料理で世話になってるんだから、それくらい大目に見てやれよ」

 

「う……。あ~分かったよ。綾、言っておくが今日だけだからな」

 

「ありがとう、一夏お兄ちゃん♪」

 

「お、おい綾! いきなり抱き着くなって! お前、今は裸なんだぞ!?」

 

 綾ちゃんに抱き着かれてドギマギするのであった。

 

 もしこの光景を箒達が見たら殺意全開でブチ切れるのは確実だな。全員揃ってIS展開して一夏を殺そうとする程に。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 俺と一夏は竜爺の家を出て実家へと戻り、そこで一通りの準備を終えた後にIS学園へと戻った。今はもう夕方だ。

 

 俺達が学園に戻って来ると聞いた箒達は早速と言わんばかりに、すぐ一夏へ詰め寄って尋問……もとい、談笑を始める事になった。前以て綾ちゃんの事は言わないようにと伏せているから大丈夫な筈だ。

 

 因みに千冬さんも一緒にいたが、俺に用があったのか、すぐに別の部屋へと連れて行った。

 

「全く。黒閃に異常が起きてたなら、何故すぐ学園に報告しなかった?」

 

「すみません。黒閃がどうしてもと言うもので……」

 

 待機状態(ブレスレット)になっている黒閃について話した後、しかめっ面で言う千冬さんに申し訳ないように謝る俺。

 

 言うまでもないが、黒閃はもう既に渡している。今頃はスリープモードから目覚めて、俺が傍にいない事に驚いているだろう。

 

「それに黒閃の奴、本音と一緒の時には結構感情的になったり、急に俺に甘えて来る事もあって色々と……」

 

「……主に忠実なISな上に、女としての感情が徐々に芽生えてきてると言う事か」

 

「女としての感情云々についてはよく分かりませんが、俺としては娘みたいな感じですよ」

 

「……お前もお前で相変わらずだな」

 

 今度は呆れた顔になる千冬さんだが、俺には全く分からなかった。何が相変わらずなんだ?

 

「まぁ良い。取り敢えず、お前には悪いと思うが、黒閃は完全に直るまで暫く此方でメンテをする」

 

「是非ともお願いします。もし黒閃が文句を言った場合は俺に言って下さい」

 

 こっちは何度も学園に戻った方が良いんじゃないかと言っても、当の本人が俺の傍にいたいと言ったからな。約束通り学園に戻ったので、黒閃が完全修復するまでは一切の我儘は聞かない事にすると決めている。

 

「あと他には――」

 

「愛しい大事な弟の修行結果でしたらぁっ!」

 

 久しぶりに少しからかおうとする俺に、千冬さんが速攻で正拳突きを放ってきた! 当然、即座に両手を使って千冬さんの腕を掴んで阻止したよ!

 

「ち、千冬さん……前にも言いましたが、それくらいは軽く流して下さいよ……」

 

「此処では織斑先生と呼べ。あとこれも前に言った筈だ。私はからかわれるのは嫌いだと」

 

「は、はい……そうでしたね」

 

 いくら図星だからって正拳突きは……いかん。これ以上は止めておこう。今度は全力の正拳突きをされそうだ。

 

「それにしても……手加減したとは言え、私の正拳突きを片手で止めるとはな。この前は両手で防いだと言うのに」

 

「一応、これでも師匠のところで鍛え直しましたからね。言いそびれましたが、一夏も以前と比べてそれなりに上達してますよ」

 

「ほう」

 

 興味深そうに目を細める千冬さん。

 

「良かったら今度手合わせしてみたらどうですか? アイツの事ですから、喜んでやると思いますよ」

 

「生憎、私はそこまで暇ではない。お前と手合わせするだけで手一杯だ」

 

 一夏に聞かれたら絶対に嫉妬される台詞だなぁ。アイツはただでさえ、俺が以前に千冬さんと二人っきりで部屋を過ごしてただけでも過敏に反応するシスコンだし。

 

 ま、元でも世界最強の千冬さんと手合わせしてくれるなら、俺としては大歓迎だ。

 

「では明日の早朝、早速お手合わせしても良いですか? 俺の成長を是非とも織斑先生に披露したいので」

 

「……ふっ、良いだろう。私も最近事務仕事ばかりやってて、久しぶりに身体を動かしたいと思っていたところだ」

 

 すまん一夏。またしてもお前に内緒で大好きな千冬さんと手合わせさせてもらう。

 

 内心そう思った後、千冬さんと一通り話した俺は、一夏がいると思われる食堂へと向かう事にした。

 

 夏休みは残り数日となるも、新学期が始まるまでは学園で過ごす事となった。

 

 因みに翌日以降、一夏や箒達とプールへ行く事になるのだが、それは別の話とさせてもらう。




これにて完結としますが、あとは番外編として『一夏の想いで』を更新する予定です。


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後日談 一夏の想いで 前編

 予告通りに掲載しました。今回はフライング投稿です。

 それではどうぞ!


 IS学園に戻った翌日の早朝。

 

 久々に寮の部屋にあるベッドで目が覚めた時、これもまた久しぶりの光景を目にした。

 

 隣にあるもう一つのベッドには俺のルームメイトである一夏が眠っている。別にそれは何ともない。問題なのは一夏が眠っているベッドにもう一人いる。タオルケットに包まれている誰かが。

 

 ソイツは以前ドイツの代表候補性――ラウラ・ボーデヴィッヒだ。以前に俺達の部屋に忍び込んだ事があるので、俺は驚かないどころか少し呆れた。また勝手に忍び込んだのか、ってな。

 

 久しぶりに見た光景に呆れながらも、取り敢えず未だに眠ってる一夏に任せる事にした。朝のトレーニングをやる為に一通りの準備を終えた俺は部屋を出る事にした。竜爺の修行が終わっても、朝にやる事はもう日課になってるからな。

 

 本当なら竜爺の家で朝のトレーニングをやっていた一夏も誘うつもりだったが、今回はラウラがいるので止めておくことにした。それに久々の寮で寝ている所為か、いつもなら俺と同じく起きてる筈だが、起きようとする気配が全然無い。

 

 けどまぁ、一夏を誘わなかったのは正解だった。何故ならトレーニングを終えた俺は現在――

 

「はっ! やぁっ! たぁっ!」

 

「ふっ! やるじゃないか、神代。少し見ない内に一段と腕を上げたな」

 

「そりゃあ、師匠の家で修行しましたから、ね!」

 

 千冬さんと手合わせをしているからだ。

 

 さっきまでは俺の猛攻に千冬さんは防戦一方の状態だったが、お返しと言わんばかりに反撃をされている。

 

 竜爺との修行で少しは千冬さんに近付いたと思いながら挑むも、それは大間違いだと反省した。俺の攻めに、千冬さんは苦も無く受け止めるだけでなく、紙一重に躱している。

 

 夏休み中は事務仕事に追われてて身体が少し鈍ってると愚痴を零していたのに、そんなのを微塵も思わせないほどの動きだ。流石は元世界最強だと内心驚いた。

 

 どうやら俺が千冬さんに勝てる日は、まだまだ先になりそうだと思った。未だに実力差は子供と大人か。言うまでもなく俺が子供で、千冬さんが大人だ。

 

 だがしかし、俺としてはこのまま何事もなく終わらせるつもりはない。せめて千冬さんの驚く顔を見なければ割に合わない。

 

 やるとするなら……そうだ。アイツが使っていたあの奥義を使ってみよう。見様見真似だが、それでも千冬さんを驚かせる事が出来る筈だ。

 

 そう決断した俺は一旦千冬さんから離れようと距離を取った。

 

「ん? 何のつもりだ、神代? 組手中にいきなり下がるとは、お前らしくないな」

 

「折角なので、今回の夏休みで覚えた奥義を披露しようかと思いまして」

 

「ほう」

 

 奥義と聞いた千冬さんが興味深そうに目を細めた。すると、今度は一歩も動こうとはせずに待ち構えようとしている。

 

 あれは真っ向から受け止める気満々だ。しかも、どんな奥義なのかと期待してるような目になっているし。

 

「ならばやってみろ」

 

「そうですか。では」

 

「む? 待て、その構えは……」

 

 アイツと同じ構えをした事に気付いた千冬さんが何か言おうとするも、俺は気にせず実行しようとする。

 

 相手が一拍子目で動くより前に、素早く動き出す技――篠ノ之流古武術裏奥義『零拍子』を。

 

「ッ!?」

 

 俺が零拍子を使った事が完全に予想外だったのか、千冬さんは驚愕しつつも即座に距離を合わせようと半歩下がる。

 

(ここだ!)

 

 その半歩が着地するよりも前に、俺は右手で千冬さんの手首を掴み、そのままグイッと強く引き寄せる。更には拳となってる左手で、千冬さんの顔面に目掛けて突き出す!

 

 

 ガシィッ!!

 

 

「ちっ!」

 

 千冬さんが咄嗟に右手で拳を受け止めた事に俺は思わず舌打ちをした。

 

 互いに相手の両腕を掴んでいる状態の為に、今は至近距離で見つめ合っている俺と千冬さん。

 

「驚いたぞ。まさかお前が『零拍子』を使うとはな。それは篠ノ之流裏奥義の筈なのだが……どこで知ったんだ?」

 

「この前の修行の時、一夏が俺の師匠相手に披露したんですよ。その後、一夏からやり方を少しばかり教えてもらいました」

 

「………成程な」

 

 出所が一夏だと知った千冬さんは少し考えるような顔をしながらも納得していた。

 

「あの未熟者から教わって、ここまでやるとは流石だな。と言いたいところだが、私から見ればまだまだ付け焼き刃に過ぎん。及第点も与えられんな」

 

「でしょうね」

 

 竜爺にも披露した時、千冬さんと似たような事を言っていた。更には『まだ動きに無駄がある為に遅くなっている』んだと。

 

 因みに本物の零拍子は、接近された対象が認識される寸前に投げ飛ばすみたいだ。俺の場合、千冬さんを投げ飛ばす事が出来ないので、敢えて拳による至近距離の攻撃にした。

 

「ところで、そろそろ離れてくれないか?」

 

「おっと、失礼しました」

 

 互いに相手の手を掴み、更には至近距離で見つめ合っていれば確かに誤解されてしまうな。特に山田先生、もしくは一夏あたりが酷い誤解をするだろう。

 

 言われた通り俺は掴んでいる手首を放した。千冬さんも倣うように、俺の拳を受け止めていた手を放す。

 

 だが――

 

「おわっ!」

 

「なっ!」

 

 偶然と言うべきなのか、急にバランスを崩してしまった。

 

 このままだと千冬さんを押しつぶしてしまう。なので俺は咄嗟に千冬さんの腕を掴みながら抱き寄せ、身体を回転するように位置を変えた。

 

 その結果、俺の背中が地面に激突する事となってしまった。背中の痛みはあれど、普段から鍛えられてる俺にしては大した事はない。

 

「ててて……すいません、織斑先生。大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……。おい、今のは態とか?」

 

「偶然ですよ、偶然。と言うか、俺が先生相手にそんな事するわけ無いでしょう」

 

 仮に千冬さんに命知らずな行動をすれば、俺はすぐにぶちのめされてしまう。千冬さんからの折檻によって。

 

「そうか。ならば今度は放してくれ。こんな状態だと、いつまでも起き上がれないんだが」

 

「え? ………あ、す、すいません!」

 

 やべ~! 咄嗟に身体をずらした事によって、今は俺が千冬さんを抱き締めている状態になっているんだった!

 

 非常に不味い状況になってるのを理解した俺は、即座に起き上がって千冬さんから離れた。高速移動をするように。

 

「全く。私の身を守る為にやったとは言え、随分と大胆な事をするじゃないか。マセガキめ」

 

「別に下心があってやった訳じゃないんですが……」

 

 そんな事をしたら一夏に殺されてしまう。アイツ本人は否定してるけど、かなりのシスコンだからな。

 

 でもまぁ自己とは言え、千冬さんの身体は意外と柔らかかったな。元世界最強でも、そこはやっぱり女性だ。おまけに綾ちゃんや本音とは違う、大人の女性特有な良い匂いもしてた。

 

 っと、不味い。こんな事を考えてたら千冬さんに何をされるか分かったもんじゃないな。ついでに一夏からも。

 

「本当なら今すぐに矯正したいところだが、そろそろ朝食の時間だからここまでにしておこう」

 

 ほっ。どうやら助かったようだ。

 

 俺が内心安堵していると――

 

「だが事故とは言え、教師の私にセクハラをした罪は重い。罰として明日は私の手伝いをしてもらうぞ」

 

「ですよね~」

 

 やはり千冬さんはそう簡単に許してくれなかったようだ。

 

 あ~あ。明日は夏休み最終日なのに、よりにもよって千冬さんの仕事の手伝いをしなけりゃいけないなんて……ツイてないな。

 

 少し憂鬱な気分になりながら部屋に戻っていると、途中でラウラと会った。何故かスク水姿で。

 

「む、師匠か。おはよう」

 

「おはよう、ラウラ。何か不機嫌そうだが、どうしたんだ?」

 

 スク水になってる事は敢えて突っ込まず、何故不機嫌な表情をしてる事について訊く事にした。

 

「……ちょっとな。あと師匠、出来れば一夏に言っておいてくれ。相変わらず嫁としての自覚が足りないとな」

 

「は? おい、何を言って……」

 

 俺からの問いに答えるラウラだったが、途中からおかしな事を言ってて訳が分からなかった。何となく一夏関連の事は分かるんだが。

 

 再度ラウラに訊こうとするが、当の本人は言いたい事を言ったのか、颯爽と何処かへ行ってしまった。

 

 意味不明な返答だったので、今度は一夏に訊いてみようと部屋へ足を運び――

 

「えっと……これに書いてある企画イベントに、皆で行こうって言った途端に不機嫌になったんだ。俺も訳が分からなくて」

 

「そう言う事だったのか。はぁっ……」

 

 原因を尋ねてみると、ラウラが怒っていた理由が判明した。

 

 一夏が持っている企画イベントの用紙には堂々と『夏の終わりに縁日デート』と書いてある。にも拘わらず、この唐変木は皆で行こうって言った。そりゃラウラが怒るのは当然だ。

 

「あ、そうだ和哉。良かったら一緒に行かないか?」

 

「………悪いがパスだ。俺は明日、用事があるからな」

 

 何を考えているのか、この唐変木は俺を誘おうとしていた。デート関連のイベントなのに、男の俺まで誘うなよ。変な誤解をされるだろうが。尤も、誘った本人はそれに全く気付いていないから、本当に性質が悪いことありゃしない。

 

 あ~あ、何か明日の光景が容易に想像出来るな。一夏に誘われた女性陣が二人っきりのデートだと舞い上がってる翌日に真実を知った直後、物凄くどん底な気分に突き落とされて不機嫌な顔となる光景が。

 

 それにしても……一夏が持ってきた企画は何となくだけど、ちょっと面白そうだな。もしも千冬さんの手伝いがなければ、本音に声を掛けて誘ってみたかったんだが……。ま、そりゃ無理だな。本音がこんなデート企画のイベントに付き合ってくれる訳がない。俺と本音はあくまで友人同士の関係にすぎないし。




 今回は本音や黒閃じゃなく、千冬メインの話でした。

 久しぶりに千冬との絡みもやってみたかったので。


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