流星のファイナライズ (ブラック)
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FM編 1 始まり
プロローグ


勢いでやってしまった…。


俺は今どこにいるんだろうか。

 

目は開いているが、暗すぎて何も見えない。

 

そもそもいつの間に俺はこんなところに来たんだろうか。

実は全くと言っていいほどに記憶がない。

 

俺が覚えているのは大好きなロックマンのゲームを買いにゲ◯まで行ったところなんだが…。

 

一体全体どうなっているのやら…。

 

《キミはその帰り道にトラックにはねられて死んだんだよ》

 

…声?

 

いきなり聞こえた声に対して俺は確かめるように口を開こうとしたが、口から声が出ることはなかった。

いや、聞こえた…というよりは頭に響いてきたという方が正しいかもしれない。

 

《キミはあの時あの場所で死ぬ運命ではなかった》

 

トラックにはねられたとか言ってたが…。

だけど死んだのならどうして俺はここにいる?

 

わかったぞ!

 

ー神は言っている、そこで死ぬ定めではないとー

 

つまりそういうことか!

 

《先程も言ったがキミはあの時死ぬ運命ではなかった。だから私がキミの魂を回収し、ここに置いたのさ》

 

再び頭に響いた声は予想した通りの答えが返ってくる。

 

そこで時間を巻き戻すんですね、わかります。

 

だが姿の見えない神様は楽しそうな口調で笑う。

 

《違う違う、選択をしてもらうんだよ》

 

選択?

 

《そうさ。キミが新たな世界でやり直すか、ここで消えて無くなるかのどちらかをね》

 

そんなの一択しかないじゃないか。

死ぬのなんてごめ…いや、もう死んでるのか。

 

《随分と冷静なんだね》

 

頭に響いた声はどことなく驚いているように聞こえたが、俺はいたって冷静というのは間違いではなかった。

むしろどうして驚いているのか聞きたいぐらいだ。

 

この感情は期待だ。

 

なんたって、起きてしまったことはどうしようもないからな。

死んでしまったならどうしようもない。

今更騒いだって元いた世界に生き返れはしないんだろう。

 

唯一の心残りは流星のロックマン3ができなくなったことくらいだ。

 

《うんうん、物分かりのいい子は好きだよ。気に入った! キミにはしっかりと特典をつけてあげるよ…と言っても、僕が選ぶんだけどね》

 

特典?

何か貰えるのか?

 

…お金?

 

《まあお金もちゃんと用意してあげるけど、それとは別の物だ。キミは流星のロックマンが好きだったんだろう? 》

 

もちろんだとも。

 

《確かキミがはねられる寸前に買ったのは流星のロックマン3だったかな》

 

この状態じゃもうできないけどね!!

 

《だから僕は流星のロックマン3に出てくるブラックエースの力と使用できるバトルカードの力全てをキミに与えようと思うんだ。そうだね、あとは裸眼で電波世界が見えるようにしとく?まあその代わり流星のロックマン3のストーリーは消えて無くなるけどね》

 

マジか!

だけど未経験の能力もらってもうまく使えないんじゃいか?

 

何度やっても口は開かないので、頭の中で念じるようにしているが、会話は成立している。

顔を見て話が出来ないことは少し残念だが、相手は神様。この際気にしない。

 

《その辺は大丈夫だよ!僕がプレイして必要な知識だけ送るから!それじゃ、流星のロックマンの世界へ行ってもらおう! いい人生を送れることを願うよ!》

 

おい待て待て。

流星のロックマンの世界に転生できるのはものすごく嬉しいんだが、3のストーリーはなくなって問題ないの?

 

というか俺の買った3はあなたがやるんですね…。

 

《大丈夫大丈夫、ちゃんと脅威のないメテオGを作ってアクセスできるようにするし。3がなくなるせいでストーリーに支障が出るみたいだけどそこの因果を繋げておくから。最初の事件も多分君が知らない結末になるんじゃないかな?》

 

メテオGってなんだ?

 

そしてストーリーに支障が出るっていうのがものすごく気になる!!

3なくなっちゃうの!?

 

そんなことを只管頭の中で騒いでいると、突然のごとく俺の身体に浮遊感がきた。

 

暗すぎて見えないが、どうやら足下に大きな穴が開いて落ちていってるらしい。

 

《それじゃ、逝ってらっしゃーい♪》

 

ニュアンスが違うんだけどッ!?

 

▼ ▼ ▼

 

目がさめるとそこは焼けるような光の中だった。まかさ転生した途端に御陀仏なんてことにならないとは思うが、この光の量は異常だと感じる。

 

しかも体がうまく動かせないときた。

 

早くも死亡フラグが立ってしまっている。

 

転生して数秒で死ぬとか、なにそれ斬新。

 

耳から聞こえてくるのは規則正しいリズムで鳴る機械音と、金属かなにかが落ちたような音。

 

これは明らかに人為的な音。間違いない、ここには人がいる!!

 

確信を持って意思を伝えるべく、口を開く。

 

「おお、奇跡だ! 安心してくださいお母さん、元気な男の子ですよ!」

 

え、まさかの赤ん坊ですか。

 

こうして俺の第2の人生が始まった。



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これまでの10年間

2話、3話まてオリジナルです。
原作スタートはそこからになりそう。


生まれてから5年。

俺の名前は明星黒夜(あけほしくろや)。キラキラネームと普通の名前の中間のような際どい名前である。キラキラネームまではいかなくても中二病には入りそうだ。

 

まだ中二ではないにしても成長して中二になったら『闇の炎に抱かれて消えな』なんてなんともキザなセリフを吐きそうで震える。

 

前世では中学なんてとっくに卒業しているし、今更中二病を拗らせらることはないと思うけどね。

 

この5年間なにをしていたかと言うと、特になにもしていない。まず5歳である。できることは限られている。裸眼で見える電波世界は最初こそ気持ち悪く感じられたし、普通に現実に存在する道だと思って壁にぶつかったりしたものだ。今ではそれなりに適応している。

それから母親におねだりして宇宙の本を買ってもらったり、カードショップによってバトルカードを眺めていることくらいしかしていない。

あとは後々ちゃんと戦闘ができるように剣道をやりたいと母親にせがみ続けていることか。

 

初めてバトルカードショップを見つけたときはびっくりした。

 

なにせ原作ではバトルカードというのは、FM星から送り出されていた。宇宙ステーション、キズナが消息を絶ってからではないと時間軸が合わないからだ。

 

さて、この世界のバトルスタンスについてだけど、ロックマンエグゼのようにネットバトルがあるわけでもないようでバトルカードはウィルスを退治するためだけにあるようだった。

 

なんでいろんな種類、いろんな威力のカードがあるのか疑問には思っていたが前世で言うウィルス◯スターと考えれば納得がいった。

 

さて今日も今日とて我が母親のお買い物についていくと見せかけてショッピングモールの中にあるカードショップを眺める。ふむふむキャノンが500Zでソードが450Zか。若干ソードの方が安いのはなんでか気になる。

カードショップにいる人の多くは男性。この時代、女性が機械に弱いわけではないがこういうセキュリティーに関することはやはり父親がくることが多いようだ。

じっとショーケースを眺めていると立っていた店員さんがニコリと微笑んで俺の目線までしゃがむ。

 

「ぼうや、いつもここに来るけどバトルカードが好きなのかい?」

 

「もちろん!」

 

店員さんに即答で答える。

 

だって将来お世話になるもんね。

だがしかし、神様から流星のロックマン3の内容を詰め込んでもらった俺にはわかる。

メテオGからトランサーにバトルカードは送られてくるので究極的には買う必要ないのである。

 

それでも電波変換せずにウィルスバスティングができるのはとても魅力的である。さすがにFM星人までは倒せそうにないけどね。

 

「そうかそうか! お兄さん気に入っちゃったぞ! よし、いつもきてくれるお礼にこれをやろう」

 

とてもお兄さんとは呼べない年齢であろう店員さんはポケットから何かを取り出すと俺の手に握らせた。

『内緒だぞ』と言って店員さんが去っていく。その背中を見送ってから掌を開くとそこには一枚のバトルカード。

 

クロヤはロングソードを手に入れた!

 

ショーケースを見てみるとロングソードは1200Z。5歳にしては高価すぎるものをもらってしまった。

 

「黒夜〜、帰るわよ〜」

 

「は〜い!」

 

これで俺もウィルスバスティングができるぞ!

 

▼ ▼ ▼

 

さらに5年が経ち、あれから10歳になった。

 

この5年で随分と俺を取り巻く環境は変わった。

 

父さんが事故に巻き込まれてこの世を去った。

 

暴走した自動運転の自動車から俺を守って死んだ。

それが今から1年前。

若干耐えられているものの、それは前世という荒波に揉まれて精神が異常に達観しているからだろう。もしもただの4歳児ならば間違いなく潰れてしまっていた。

それでも若干トラウマになっているので車はあまり好きではない。

 

乗り越えたわけではないが、止まっていては始まらない。

まずはなんとか頑張ってみることを決めた。

 

剣道はやめた。

経済的に厳しくなってくることを考えてのことだ。もう少ししたら実戦もあるし、頃合でもあった。

 

それから、コダマ小学校に入学した。

 

コダマ小学校に入学しビクビクしていたのももう昔。いまやそんなことは頭の隅に追いやって絶賛現実逃避中。スバルと同じクラスなんて聞いてない、見てない。

 

そんなことより、ウィルスバスティングが楽しいったらない。

 

今日は5年生になって初めての始業式だ。

児童たちは新しいクラスメイトとクラスそして先生が発表され、どこか浮かれた様子で自分の名前を見つけると早足にエレベーターの方へ走っていく。同じクラスになった友達と喜び合うのはどこの世界でも共通らしい。

 

さながら受験生が合格したような光景が眼前には広がっていた。

 

そんな俺はというと5-A組である。

 

まさか5年生になってスバルと同じクラスになるとは思わなかったね。当の本人は絶賛不登校中だけどね。さて、5年生になったということはこれからゲームやアニメであった内容が始まっていくということである。この世界がアニメとゲーム、どちらの世界軸なのかわからないのがもどかしい。もしかしたら両方なのかもしれない。

 

一番後ろの窓際の席をリアルラックで勝ち取った俺は育田先生の熱い自己紹介に遠い目をしてから窓の外を覗く。

そこから始まったのは新学年恒例の自己紹介タイム。コダマ小学校はマンモス校だ。どの学年にも一クラスに児童が30人前後は在籍しているこの学校では5年生にもなって知らない顔の人が多々いる。それでも数人程度ではあるが、やはり自己紹介というのは大事なものだ。

 

「白金ルナ!このクラスの学級委員長になる女よ。より良いクラス、生活にするために頑張りましょ。みなさん、これからよろしくね」

 

「牛島ゴン太だ。好きな食べ物は牛丼だ!よろしくな」

 

「最小院キザマロです。勉強が得意です。わからないことがあれば是非聞いてください」

 

お馴染みの3人が挨拶する。3人ともすでに知っている間柄ではあるものの、クラスが同じになるのは初めてだ。時折、議論するとルナと意見が衝突する程度には仲が良い。この3人はこの学校ではとても有名だ。カリスマを兼ね備えたルナは先生はもちろん、他の学年にまで知れ渡っている。事あるごとに集会などで前に立っているからだ。そしてゴン太とキザマロはその取り巻きとして有名だ。キザマロは全国模試で成績が良い事も有名である。

 

ゴン太に関しては…牛丼って美味しいよね。

 

その後も簡単な自己紹介が続いていき、次は俺の番である。

 

「明星黒夜です。好きなものはウィルスバスティング、それと宇宙関係のこと。嫌いなもの…というか苦手なものは車かな。よろしく!」

 

当たり障りのない自己紹介をして席に座る。

一番最後の俺の自己紹介が終わり席に着いたことを確認すると育田先生は二言ほど何か話して授業が始まる…はずだったのだが…。

 

「あの、先生」

 

「なんだ白金?」

 

突然ルナが手を高々と挙げる。

 

「一つ空いている席がありますが、誰ですか?」

 

「あぁ…。そこの席は星河スバルくんだよ。ちょうどいい、みんなよく聞いてくれ」

 

育田先生は開きかけていた教科書を閉じて教卓に置くと真剣な顔をして俺たちを見る。育田先生お馴染みの『勉強よりも大事なことがある』というやつだろう。

 

「星河スバルくんは諸々の事情で長い間学校に来れないでいる。だけど彼はとても真面目な私の教え子だ。この場にいない彼は自己紹介ができない。みんなとはほとんど認識がないと言っていい。いつになるかはわからない。だが、彼が登校してくれる日が来るかもしれない。少なくとも私はそう信じている。だから彼が来たときはどうか明るく迎えてあげてくれ」

 

育田先生の言葉が終わると静寂が訪れる。それを打ち破ったのは誰かの拍手。

 

ルナだ。

 

やがてその拍手はみんなへと広がっていき、拍手喝采となった。

 

「ぜんぜぇ! ぼく、ちょっと感動しちゃいました! グスッ…」

 

「うおぉぉ!当然だぜぇぇ!」

 

「5-A組の物語はここから始まるんだッ!」

 

熱いクラスなようでなによりである。

 

「ええ!わかりました!まずは星河くんをこのクラスへ迎えることを目標にしましょう」

 

「いや、白金それは…」

 

育田先生はルナを止めようとするが完全にテンションが上がったルナと熱いソウルメイトたちを止めることは何人たりとも叶わない。

 

「さぁ、みんなこれから頑張るわよーー!」

 

なるほどこうして原作につながるのね。さて、スバルくんはどうしているのかね。

授業が終わり、席を立つと不意にトランサーに通信が入る。どうやらメールが来たようだ。

 

母さんからかと思って開いてみると差出人はなんとコダマ小学校。

ちょうど授業が終わったのを見計らって送ってくるあたり、電波社会ってすごい。

 

『今週はトランサーについて勉強していきましょう。トランサーとはみなさんが腕につけている携帯端末のことです。みなさんも知っている通り、トランサーには様々な機能が備わっています』

 

内容はトランサーについてみたいだ。この程度の内容なら小学5年生でなくても知ってると思う。なにせこの電波社会だからね。

 

『セレクトボタンでトランサーの画面を切り替えることができ、パーソナルカード、ブラザーカード、ナビカードなどを表示することができます』

 

メタい!?と思うかもしれないけど、実はトランサーにはセレクトボタンがちゃんとある。

 

『ナビカードが出ているときはトランサーの中にナビがいるということです。ナビカードの力をうまく借りることで、彼らの力を引き出しましょう。なにせ、彼らはあなたのパートナーなのですから。Lボタンで話しかけたりして可愛がってあげましょう』

 

これもメタいと思うかもしれないけれどちゃんとLボタンがある。因みにLボタンを押すとナビを選択するショートコマンドになっていて、呼び出すことができるようになっている。

 

『最後に、全てのトランサーは宇宙に浮かぶ3つのサテライトに属しています。サテライトペガサス、サテライトレオ、サテライトドラゴン。これらのサテライトのおかげでトランサー同士の通信を可能にしています。自分がどのサテライトなのか確かめておくのも重要ですね』

 

懐かしい名前が出て来たけどこれが現実なんだもんな〜。

 

よくアイスペガサスで遊んだのだ。あ、因みに俺のトランサーはサテライトペガサスです。

 

『また、ブラザーバンドもサテライトの力があってこそなのです』

 

ブラザーバンド…ね。

 

実を言うと、俺にはブラザーがいない。幼稚園から小学校まで特に誰とも遊ばずにバトルカードショップに入り浸っていたらブラザーは誰1人としてできなかった。

 

コミュ障ではないから、友達はいるからね!?

 

これでメールは終わりらしい。

 

それにしても随分と長いメールだった。

 

▼ ▼ ▼

 

それは放課後に起きた。

 

「さぁ、早速星河くんの家に行ってみましょう!」

 

ルナがやる気満々で教室から出ていくのが目に入る。その後ろについていくのはゴン太とキザマロだ。会ったこともないスバルの家を知っているのは恐らく育田先生から聞いたからだろう。

 

それでいいのか育田先生…と思うが、実際良い刺激になればと思ってのことかもしれない。

それでも家を教えるのはまずいと思うんだけどね〜。

 

別段俺はスバルを連れ出す気はさらさらないので荷物を持つとそのままお気に入りのヤシブタウンへと移動する。ブラックエースに電波変換すれば文字通り光の速度で移動することも可能だが、FM星人が来ていない今、非常事態でもない限りは使っていない。

 

なぜ電波変換しないかというと、あまりのパワーに戦慄してしまったからだ。少しでも制御を間違えれば、そこに立っているだけで周りの電波体や電脳に影響を与えてしまうのである。練習をしているとはいえ、迂闊には扱えない代物だった。

 

電波変換できなくとも、俺の場合はウィルスバスティングでZをガポガポ稼いでいるのでそこまで困らない。

 

金遣いが荒くならないようにだけ注意をせねば…。

 

忠犬バチ公前を通り抜け、大通りを通ってショッピングモールの中へ入る。なにやら今日はいつもより人の出入りが多い気がする。なんかイベントでもやっているのだろうか。

中へ入ると特に迷うこともなく幼少の頃から通っているカードショップへと足を踏み入れる。

いつもどおり男性客が多くを占めているこのお店はショッピングモールという影響もあって繁盛しているようだ。

 

「お、黒夜くん今日も来たか」

 

「もちろんですよ」

 

この店員さんは田中さん。5歳の頃、ロングソードのバトルカードをくれた店員さんである。あれからも度々来ているので名前を覚えてくれたようでこうして来るたびに気前よく迎えてくれる。さすがにただ業務の邪魔をするのに気が引けた俺は何か恩返ししようと軽く業務を手伝ったところ、それがとてもめんどくさい内容だったようで驚かれたものだ。

それ以来、こうして来ては業務を手伝っている。バイト代といってはなんだがバトルカードをいただいている。さすがに悪いと断ってはいるものの納得してくれないあたりしっかりしているおじさんである。

 

「じゃあ今日もお願いしちゃおうかな」

 

手渡されたのは小さなダンボール箱。中を開けて見るといつものように小さな電子機器が大量に詰め込まれていた。この一つ一つがインターネットに接続することができる高度な精密機械であり、これがトランサーに内蔵されている。重要なパーツであり、核と言える。

俺の業務とはこれがウィルスに感染していないか確認することである。

 

移動のときと同じく、電波変換してウィルスバスティングすることは滅多にない。俺の手持ちにあるバトルカードで大体なんとかなるからである。

極々稀にバトルカードでも手に負えないようなウィルスが紛れ込んでいるが、製造会社は何をしているのか。結局、バトルカードももらってしまいウィルスハンティングでZも稼げてしまうので田中さんには頭が上がらない。

 

手早く電子機器を手に取り、トランサーで確認しつつ不具合がありそうな場合はバトルカードでウィルスバスティングを行う。これをひたすら繰り返すこと30分。

あと少しで終わろうかというかところだった。

 

遠くで歓声が聞こえた。

 

やはり何かイベントがあるようだが、この盛り上がりは中々例を見ない。相当有名な人を呼んでいるに違いない。

 

「やっぱり黒夜くんも気になる? 響ミソラの特別ライブ」

 

思考がピタリ止まる。響ミソラといえば今や知らない人はいないと言えるほど有名人。

 

それも俺と同じ歳でだ。

 

「うっそーん」

 

なぜこの街に彼女がいるのか。いや、正確にはなぜショッピングモールなんて場所でライブをしているのかだ。

響ミソラのマネージャーといえば金にしか目がないような下衆である。そんな奴がこんなショッピングモールでライブをするなんてにわかには信じられない。

 

「ふふ、君は店員じゃないんだし行っておいでよ」

 

「行って来ます」

 

即答してイベントを行っているショッピングモールの広場へと急ぐ。

すでに溢れるどころか通行人が通る場所もないほどに埋め尽くされた広場。後ろには食品売り場がるが、そこも観客で埋め尽くされていた。

 

その様子を遥か遠くから見る。

 

ミソラちゃんの歌声が聞こえるのが幸いだ。みんな熱狂したように歓声をあげる。だが、やはりミソラちゃんの歌はどこか憂いを帯びているような気がした。

 

「今日はありがとー!」

 

前世のゲームでの内容を知っているからこそ、そう思ってしまったのかもしれない。なんにしてもFM星人が地球にきていない今、とくに警戒する必要はないだろう。それにハープ・ノートは最初こそあれだが、とくに悪さをするわけでもない。

 

ミソラちゃんはライブが終わるとスタッフに連れられて姿を消して行った。



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響ミソラ

今日はここまでです。


気がつくと目の前に響ミソラがいた。

 

別に気が触れたわけでもなんでもない。若干現実逃避になりかけているのは目の前のミソラちゃんが可愛すぎるからに違いない。そうに違いない。

 

「お願い、私を匿って!」

 

サングラスをかけて変装しているものの、間違いなくミソラちゃんである。というかバレバレである。

 

変装なにそれほんとにしてる?

 

これに騙されるのはゴン太とキザマロくらいなものであろう。

 

「えっと…?」

 

話の内容が見えてこない俺は戸惑いはしたものの、直感が助けろと言うので勝手ではあるが店の奥へミソラちゃんを連れて行く。奥の事務室では田中さんが作業を行っていたが、事情を適当に捏造し、ミソラちゃんを匿うことに成功する。因みに、接客業は他の店員さんがやっているので田中さんがいなくても問題はない。

 

田中さんは5年前から随分と出世したとみた。

 

事務室のさらに奥にある休憩室に着くとミソラちゃんは大きく溜め息を吐くと安心したように椅子に座る。その動作を横で見ていた俺にはなんとなくミソラちゃんに溜まったストレスを感じることができた。

 

とりあえず、ミソラちゃん可愛い。

 

「それで? そんな変装までしてどうしたの響ミソラさん」

 

「!?」

 

机に突っ伏した顔を瞬時にあげ、『なぜバレた!?』とでも言いそうな表情で俺を見つめるミソラちゃんに思わず苦笑する。どうやらあの残念な変装でバレていないと思っていたようだ。

 

だからそれはゴン太とキザマry。

 

 

「バレバレでしたけど…」

 

「こ、この私の変装見破るとはた、只者ではないね!?」

 

開き直った!?

 

「で、どうしたんです? ストーカーですか?」

 

「あー、違うというか…んーでも当たらずとも遠からず…かな?」

 

やはりマネージャーさんとの衝突だろう。原作通りであればミソラちゃんの母親は今から1年前に他界している。心の奥底は消耗しきっていて歌を歌う余裕なんてないはずだ。

 

だがその反面、歌わないと(・・・・・)どうにかなってしまうような気がしてならないのだろう。矛盾したこの間を蝕んでいるのがミソラちゃんのマネージャーだ。

 

マネージャー(ストーカー)から逃げてきたんですか。大変でしたね」

 

「うん、私マネージャー(ストーカー)から逃げてきたの。本当にお金()にしか目がない人で…もうどうしようもないの」

 

若干ニュアンスが異なっているものの、大凡の予測は正解なはずである。

だがひとつ言わせておくれミソラさんや、そのニュアンスものすごく犯罪臭がするんだけど…。確かにストーカーは犯罪だけどね。

 

「警察には相談した?」

 

「うん、しようとは思ってるんだけどその人狡猾だから…」

 

お金に目がない人でしたねあの人…。

ミソラちゃんが逃げてることも『契約違反だ』なんて言って逆に反論してくること間違いなしだ。それにしたって私生活にまで手を出されたらプライベートなんてあったもんじゃないな。

 

今はともかく俺にできることはなにもない。してあげれそうなことといえば話し相手になってあげるくらいか。俺としてもミソラちゃんとブラ…話し相手になれるなら願ってもないことである。

 

「そっか、良ければ相談に乗りますよ?」

 

「ありがと。でもここまで助けてくれただけで十分だよ」

 

「乗りかかった船ってやつですよ。できる限りのことはします。それに響さんの助けになれたら嬉しいですし」

 

「…ミソラでいいよ。本当にありがとう。私は大丈夫だから」

 

ミソラちゃんは時間を確認すると休憩室から出ていく。俺もミソラちゃんに着いて行く。ミソラちゃんは田中さんに礼儀正しくお礼を言うと再びサングラスをかけて店の外へと出ていく。

 

「またね、ほんとにありがとう」

 

「?? あ、こちらこそ?」

 

戸惑ったのは『ありがとう』の言葉ではなく、『またね』の言葉。

こちらとしてはまた会う気まんまんだったのだが、まさか向こうから言われるとは思わなかった。

 

「ふふ、ほんとに感謝してるんだよ?」

 

「まあ、あれです。誰かの助けを求めることも忘れないでくださいね。一応、俺のアドレスです」

 

もちろん、自分のアドレスを教えておくことも忘れない。PCのメールアドレスだ。一応、下の方に申し訳なさげにトランサーへの連絡先も記しておく。

 

セキュリティって大事だしね!

 

助けを求めればそれでよし、助けを求めなければ致し方なし。さっきも言ったが、俺にできることなんてほとんどないけどね。

 

心の支えみたいものがあるのとないのでは大きな差があるだろう。

 

いつかその日を信じて待つとしよう。

 

ミソラちゃんはそのままショッピングモールの人混みの中へと入って行った。『その変装、まだいけると思ってるんだ』と内心思った俺は悪くない。

 

「黒夜くん!さっきのあの子、ミソラちゃんだよね!?」

 

因みに田中さんにはバレバレだった。

 

▼ ▼ ▼

 

時刻は19時30過ぎを回ったところ。いい加減家に帰らなければ母親に心配をかけてしまうことを思い出した俺はすぐさまこだまタウンへと帰ってきた。もちろん、電波変換はしていない。

通り道に多くなってきた仕事帰りのおじさんたちと同じように家を目指して歩く。

 

俺の家は公園の向かい側に建っている一軒家。

 

生前の父が苦労して稼いでくれた賜物だと母親は常に言っている。そんな父が亡くなったのは悲しいことだし、トラウマだ。自分はともかく、母親は相当なトラウマになっている。未だに立ち直ることはできていない。

 

それが理由となって、少し前に我が家の母親は星河スバルの母親…星河あかねさんとママ友になったようだ。

 

「ただいま」

 

「あら、遅かったわね。どうせ黒夜のことだからヤシブタウンに行ってたんでしょ?」

 

「うん、田中さんのお手伝いしてきたよ。あとは響ミソラのライブやってて見てきたんだ〜」

 

「…へぇ、黒夜が女の子に興味を持つなんて初めてなんじゃない?」

 

「いや、女の子じゃなくてライブだからね?」

 

確かに浮ついた話をすることなんて今まで一回もなかったけどね。それはほら、父さんが亡くなって母さんが落ち込んでいたからであってだな…。

 

別に、女の子に興味がないわけじゃないんだからね!

 

「わかってるわかってる。響ミソラちゃんといえば有名なシンガーよね。無料で観れるなんてラッキーね」

 

「まあ、人混みが凄すぎて声しか聞けなかったけどね」

 

嘘だ。

ライブどころか直接会って自分のメアドまで送りつけていることを母さんにはいえない。言ったらめちゃくちゃいじられるに決まってるからね。

 

「そういえば黒夜、あなたスバルくんと同じクラスになったんですってね」

 

「そういえば育田先生がそう言ってたよ。なんで知ってるの?」

 

「今日アカネさんのお宅であかねさんとお茶をしてたんだけど、そしたら育田先生がいらして少しお話したのよ」

 

流石育田先生、手回しがはやい。

ということは育田先生はスバルくんと少し話すことができたのだろうか。あとはルナトリオがどうなっているかの問題もある。どうせスバルくんのことだからどちらも何か言って引き篭もってしまったに違いない。

 

「スバルくんってどんな子なの?」

 

「そうね〜。アカネさんがいうには明るい子だったらしいわ。でも今は暗いわね。お父さんを亡くしているんだもの仕方ないわ。あなたもその気持ちはわかるでしょ?」

 

「うん」

 

亡くしたのではなくて行方不明だと訂正したいところではある。それは俺が理由を知ってるからだ。何も知らずに状況を聞かされれば誰でも亡くなったと思うだろう。

 

「そうだ。アカネさんが今度は黒夜も是非一緒にって言ってたわ」

 

「考えとくよ」

 

その前に学校に来ることになるだろうが、一度会っておいても損はない。ルナトリオはなかなか折れないからな〜。

 

ミソラちゃんの件を言うわけではないけれどこれがほんとのストーカーってね。

 

狙われたスバルくんには同情するが結果によっては感謝することに彼はなるかもしれない。

 

▼ ▼ ▼

 

ママが死んだのはちょうど一年前だった。

 

ママが死んでから私の生活は大きく変わった。引き篭もることも多くなった。暗闇の中でもがき苦しんでいる私。その中で見つけたママとの繋がり…それが歌だった。

思い出す。元気だったママが私の歌を褒める。調子に乗った私が踊りながら歌う。

 

そんな日がいつまでも続いたらよかったのにとどれほど願ったことか。

 

ようやく立ち直るきっかけを掴んだはずだった。だけどその日々も長くは続かなかった。優しかったマネージャーが豹変してしまったのだ。私の夢を馬鹿にしないで背中を押してくれたはずのその人は気づかない間に金の亡者となってしまった。

それからかというもの、私の音楽はマネージャーの金稼ぎの道具となってしまった。

 

私とママの唯一の繋がり、とても大切な思い出が、汚されていく気がした。

 

それでも音楽活動をしているときはまだ幸せだった。歌を歌うときには集まってくれるみんながいて、歌を作るときはママが側にいてくれるような気がしたからだ。ライブが終われば、またあのマネージャーのお金の話。

 

うんざりした私はとうとうライブが終わって、逃げ出した。

 

もともとこのショッピングモールでのライブはビジネスビジネスとうるさいあのマネージャーへの小さな抵抗だった。私にできるほんの些細な抵抗。マネージャーとはこのライブを巡り何度も衝突したが、スタッフさんからの支持もあって実現することができた。どこに行けばいいのかわからないまま私はショッピングモールの中を歩き回った。できる限り人気が少ない場所を歩き、とあるお店にたどり着いた。

 

カードショップ店だ。

 

偶然にも逃げ込んだそのお店で私はとある男の子と出会った。店員さんではないようだったけど、店員さんと仲がいいようで、頼み込むと私を匿ってくれた。

 

『相談にのるよ?』なんて言葉を聞いたのは久しぶりだった。どことなく不思議な雰囲気。それでいて少し大人っぽい口調をした男の子。真っ黒の髪に真っ黒の瞳。私より少し身長が高かったけど年齢的には同じくらいかもしれない。

 

『誰かの助けを求めることも忘れないでくださいね。一応、俺のアドレスです』

 

殴り書きで記されたアドレスの紙を開いてあの男の子のことを思い出す。結局あの後マネージャーに捕まってしまったけれど、暖かい人たちに出会うことができた。

私がだれかとブラザーバンドを組む日がくるかはわからない。けれど、誰かに頼ることを忘れないようにしよう。

 

響ミソラが音楽活動を止めることはまだ(・・)なかった。

 



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星河スバル

新学期が始まってから早くも1ヶ月が経った。

 

何かもかもが新しかった…なんとことは俺には何もないけれど、新しいクラスに溶け込んでいけるようになってきた。とは言っても初めて見る人などほぼいないので大して覚えるようなことはなかった。それは他のみんなも同じだったようでお祭り騒ぎまではいかないもののテンションが高く、育田先生が困っている様子だった。

 

結局授業を中断して『為になるお話』と題して話をしてくれるのだが、それでいいの?

 

いや、ほんとに為になるんだけどね?

 

育田先生が今日も今日とて教科書を閉じたのを見て小さく溜め息を吐くと、一つだけ未だに空いている席を見る。スバルくんは未だに塞ぎこもっているようで、登校してくることはない。ルナトリオが執拗に食い下がっているようだが、未だに学校に連れ出すまでは至っていない。

 

ルナが強硬手段を取っていない…だと!?

 

学校まで強制連行して連れてくるとふんでいたので内心驚愕である。いくら世界軸が違うとはいえ、ルナはルナ。いつかは必ず強硬手段をとるだろう。

 

大きく欠伸をすると机の上に突っ伏して考えることをやめた。

 

▼ ▼ ▼

 

小学校の通学路。

いつものように多くの人と児童が道を行く中、通学路の真ん中で互いの腕を引っ張り合う1組の少年少女がいた。通り過ぎる人はチラリと2人を見るが、『なんだ子どものじゃれあいか』とでも言うように温かい眼差しを向けて去って行く。

 

どこも微笑ましく感じないのは内容を知っているからだろうけどね。

 

学校の方向に向けて腕を引っ張っているのはお馴染みの金髪ドリルことルナ。キザマロとゴン太がいないあたり、今朝は1人で突撃したようだ。

 

さては、キザマロとゴン太め…寝坊したな!

 

対して嫌がっている少年は不登校少年こと星河スバル。初めてみたがあの髪型はどうなっているんだろうか、疑問である。

 

強硬手段をいつかとるとは思ったいたが、まさか次の日に敢行するとは思ってもみなかった。流石はルナである。

 

「離して、離せって!」

 

「いいから来なさい!」

 

身体が細くても流石は男の子。ルナから腕を無理矢理引き剥がすとルナを睨みつける。ルナは悔しそうにスバルを睨みつける。どうやら平和的解決の余地はなさそうだ。

 

スバルが逃げようとしたところを後ろからきたゴン太が腹で止める。

 

イ◯ズマイレブンの壁山くんはこんな感じでボールを止めるんだろう。偉業である。

 

スバルを見下ろすゴン太の隣にはキザマロが立っている。別段狙っていたわけではなさそうだがドヤ顔である。

そこからの展開はあっという間だった。スバルがゴン太に立ち向かっていき、呆気なく地面に抑えられた。

 

「お前ら、何やってんの?」

 

陰で見ているのもいいけれど、いい加減遅刻しそうになってきたので声をかける。ルナは苦虫を噛み潰したような表情を向ける。

 

「げっ、あなたは明星黒夜!?」

 

「ああ、おはようルナ元気そうでなによりだ」

 

「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでくれるかしら!!」

 

「すまない金髪ドリル」

 

「それは名前じゃないでしょ!!」

 

「わかったわかった。そんなことはいいとしてだな。ゴン太、まずはその柔道選手もびっくりするようなよくわからん固めかたをやめろ。怪我するから」

 

ゴン太の手がわずかに弱まった途端、スバルはゴン太を押し退けてその場から去って行った。別に全然良いんだけど、その体格でどうやってゴン太を宙に浮かせたのか教えて欲しい。

 

おのれ、生身でもロックマンは化け物か。

 

『ぐぬぬ…』となにやら呻いてこちらを睨みつけるルナにニヤリと不敵に返す。

ゴン太とキザマロはそんなルナの様子を見て一歩後ずさる。ルナがご機嫌ななめなことを悟ったんだろう。

 

「また私の邪魔をするというの、明星黒夜!」

 

「邪魔というかなんというかだな。もうちょっと穏便にだな…」

 

「ゴン太!あなたも何離しちゃってるのよ!」

 

「すまね…すいません!」

 

まさかの責任転換に思わず敬礼するゴン太。敬礼は違うよ、ゴン太。

 

「まったく、キザマロもキザマロで何ぼーっと突っ立ってるのよ!これだから…」

 

通学路のど真ん中で説教を始めるルナと背筋をピシッと伸ばして聞くゴン太とキザマロ。話しかけるとむしろ状態が悪化しそうだったので何もせずにそのままその場を去った。

 

因みにルナトリオはチャイムが鳴るギリギリ寸前で間に合った。

 

▼ ▼ ▼

 

ルナから色々と小言を言われたあと、スバルの家へと向かう。もちろん、スバルを学校へ連れ出す気は毛頭ない。今日は母さんと一緒にスバルの家に行くことになっていたからである。

 

まあ、スバルが俺と話してくれるかどうかはさておき、あかねさんとは会話できるはず。

 

今朝のこともあるし、スバルは間違いなく遠ざけるだろうな〜。

 

母さんとはスバルの家の近くで合流し、インターホンを鳴らす。すぐにでてきたのはスバルの母親ことあかねさん。後ろの髪の毛がツンツンしているのは同じらしい。めちゃくちゃ若い。

 

これでお母さんですか?

 

「いらっしゃい。黒夜くん、はじめまして星河あかねです」

 

「明星黒夜です」

 

軽く挨拶を交わして家の中に入る。家具が置いてあるところやドア、階段の位置はゲームやアニメの星河家と変わらないようだ。ただ、現実となると大きく見える。部屋にはスバルとアカネさんの写真や、父親であるダイゴさんとスバルの写真などが飾られている。

当然だが、成長したスバルとダイゴさんの写真はない。

 

ダイゴさんは今頃どうしてるのかな〜。

 

気になるのはそこだ。

メテオGについての知識も神様からしっかり送られてきたので知っている。ディーラーと呼ばれる集団がメテオGを悪用しようと企んでいることも含めてだ。メテオGに危険性がないということは地球に衝突することがない…ということを指しているのかわからない。

 

原作ではダイゴさんがメテオGにアクセスして1人で食い止めていたらしい。

 

おのれ…やはり星河家は生身でも化け物か。

 

もしもディーラーという組織自体ないのなら、本来ヨイリー博士が作り出しジョーカーはどうなったのか。脅威がないならダイゴさんはどこで何をしているのかと色々と疑問が残る。

 

3がなくなったということはその設定全てが消えたのかな?

 

俺得なメテオGがあるだけ?

なにそのチート。

 

スバルとダイゴさんの写真をじっと眺めていたからかアカネさんは二階に引きこもっているスバルを呼ぶ。そんなに時間もかからず返事が聞こえるとゆっくりと階段を降りてくる音が聞こえてくる。

 

「なに?母さん…」

 

アカネさんに何か言おうとするスバルだったが、俺の姿を視界に捉えた途端、驚いた顔をする。

その後、訝しむような表情をした。

 

これはこちらの出方が重要かな?

とりあえずはあたりさわりのないようにしないと。

 

「今朝ぶり…かな?」

 

「君も、僕を学校に連れ出しにきたの?」

 

軽く手を挙げてみるとスバルは一歩後ずさってこちらを警戒する。

う〜む…明らかに警戒されてしまっている。まあ、言葉を交わしてくれるだけいいとしよう。

 

「いやいや、違うよ。君が学校に来る来ないは君の自由だ。俺から言うことは特にないよ」

 

「……」

 

こちらを警戒したままだんまりとすると母さんに軽く会釈してから階段を上っていった。自分の部屋へと帰っていったんだろう。

 

どうやら相当傷は深いらしい。

ルナたちも悪気があってやったわけではない…と思いたい。まさかとは思うが点数稼ぎだなんてことはないよね?

 

「ごめんなさいね。あの子、3年前からずっとあの調子で」

 

「いえ、大丈夫ですよ。父親がいなくなったトラウマは中々消えるものじゃありませんよ」

 

「嫌なこと思い出させちゃってごめんなさい」

 

父さんが死んだ時のことを思い出させたと思ったのかアカネさんは申し訳なさそうな顔をして謝る。こちらこそ、アカネさんには嫌なことを思い出させてしまった。

 

暗い話は終わりにして、そこから先はたわいもない雑談だった。話の内容の多くは小学校のこと。どんな子がいて、今どんな授業をしているのかなどだ。

この日だけでアカネさんとは随分と交流を深めることができた。母親同士で少し話したいというのでお礼を言ってから先に家を出る。もう日は落ちていて空には綺麗な月が浮かんでいる。

 

空では既に戦いが始まっていることに俺はまったく気づかなかった。

 

▼ ▼ ▼

 

黒夜がいなくなったことを確認するとアカネさんと向かい合う。黒夜を連れてきたものの、スバルくんとはあまり話すことはできなかった。

 

「父親がいなくなったトラウマは中々消えるものじゃありません…か。大人なのね黒夜くん」

 

「…黒夜の口調が変わったのは、明人(あきと)さんが亡くなってから。黒夜は随分と変わったわ」

 

美夜(みや)ちゃん」

 

「私は、あのときあの子の側にいてやれなかった。目の前でアキトさんを…お父さんを失くしたあの子の気持ちを思うと…」

 

黒夜は随分とかわった。口調も急に大人っぽくなり、何かに憑かれたようにウィルスバスティングに明け暮れるようになった。夜遅くまでどこかに行くことも多くなった。なんでも、ウィルスを見つけては駆除しているのだとか。あの暴走した車の原因である電波ウィルスに怒りの矛先を向けることで心を保っていたのかもしれない。

 

どうやってウィルスを見つけているのかは勘らしい。

 

「スバルもいつか歩き始めてくれるかしら」

 

スバルくんとアカネさんの気持ちがよくわかる。自分の心にぽっかりと穴が空いたような感覚。何をするにしても虚無感が襲う。私も少し前まではそうだった。

 

「アカネさん。子どもはね、気づかないうちに成長しているものよ。守っているつもりが、いつの間にか守られてる。スバルくんもいつか殻から抜け出してくれるわ」

 

「そうね。そこまで支えるのが私たちの仕事だものね」

 

未だに時は止まったまま。

 

 



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モノレール事件

おはようございます。

一応原作スタートです。
これはアニメで起こった話ですね。ゲームではないのでご了承を。


夜になって、僕はお気に入りの展望台へと足を運んだ。この展望台からは多くの星がよく見える。光源が少ないため、夜空の星をよりたくさん見ることができるのだ。

僕の父さんは宇宙ステーションの事故にあって亡くなった。いや、父さんが死んだと決まったわけじゃない。行方不明なのだ。

 

星河ダイゴ…それが僕の父さんの名前だ。

 

あれからもう3年だ。

 

しかもその場所は宇宙。

僕の手では決して届かない、無限に広がる酸素のない世界だ。警察でさえ手が出せない場所をどうやって、誰が探すのか。

 

誰もが口を揃えて絶望的だと言っていた。

 

この展望台に来て星を眺めれば宇宙のどこかにいる父さんと繋がることができるかもしれない。そんな感情が僕をこの場所へと突き動かしていた。

 

今日は母さんの友達が家に来ていたみたいだけど、今朝あった彼までいるとは思わなかった。

僕を学校に連れ出そうとして来たわけではないんだろう。あの女の人は度々家へ来ていることを知っている。多分、彼は母さんの友達の息子さん。

 

そして、旦那さんを亡くしていることも聞いてしまった。つまり、あの子にとってはお父さん。

 

あの男の子も僕と同じなんだ…。

 

同族意識とでも呼べばいいのか、なんともいえない感情が僕の内の中で湧き上がる。

 

だけど、僕とあの子では決定的に違うことがある。

彼は元気に学校へ行っている。

 

それに対して僕は…。

 

ビジライザーをかける。

 

見えてくるのは電波の流れ。曖昧な形ではあるものの、電波が空を飛び交っているのが見える。

このビジライザーは父さんの形見。父さんがNAXAをやめるときに置いていったものだと、父さんの後輩である天地さんが言っていた。

 

何も考えずにただ空を見上げる。瞬く星と曖昧な形の電波が飛び交う中、高速で動く光を見つけた。2つの光だ。

 

あれは電波?

 

妙な電波だ。他の電波よりもはるかに高速で動き、互いにぶつかりあっている。

 

まるで…戦っているような…。

 

不意に一瞬だけ、白鳥のような姿が視界に入る。

2つの電波は何度もぶつかりながらこちらへと近づいてくる。それもすごい速さだ。

 

「どうして…」

 

ビジライザーをかけているからか電波の波に流されていくような感覚。

 

「どうして父さんからのアクセスシグナルがあの電波からするんだ!」

 

近づいてくる電波の流れに僕は思わず瞳を閉じた。

 

▼ ▼ ▼

 

あれから数日が経った。

 

未だにスバルは登校拒否をしているようで、学校には姿を見せていない。母さんとスバルの家を訪ねて行った日の夜にあまりに強大な電波を感じ取ったので恐らくウォーロックが地球へやってきたのだろう。

 

間違いなくFM星人という追手つきなんだけどね。

 

とうとうやってきました原作スタートです。

これによって、封印していたブラックエースを解禁しようと思います。

 

異議は認めん。

 

私は5年も、待ったのだ。

 

5年前に変身して五陽田刑事に追われたのは今はもう昔だ。ロックマンやFM星人が現れた今、どこでZ波が出ようと関係ない。

 

五陽田刑事さん、仕事増やしてごめんなさい。

 

赤黒いノイズが球体状に俺を包んで行く。

ノイズが消えたそこには全身が黒色の姿の自分がいた。

背中には大きく紅い翼。口元から上は赤色のバイザーで覆われており、頭から角のようなものがついている。

肩や脚にはノイズウェーブ・デバウアラと呼ばれる機能が搭載されており、周りに発生したノイズを吸収して自分の力にすることができる。

 

要は電波ウィルスが現れて破壊すればするほど、強くなることができるのだ。

 

厳密には紅くはないのだが、翼から放出されたノイズが視覚化して紅くみえている。

 

ブラックエース。

 

ノイズの力を自分の力へと変換するエースプログラムを持った電波災害に対して最強のナビだ。

この『電波』が世界各地に普及した時代において無類の力を発揮する形態だ。

本来ならば、ノイズ率が200%を変えなければ変身(ファイナライズ)できないはずなのだが、関係ないようだ。

 

まあ、200%を超えるということは相当電波世界が破壊されなければないことだ。

 

逆にデメリットといえば、ブラックエースから放たれるノイズが強烈すぎて周りにいるウィルスが暴走して強化されることがある。

 

ごめんよ、ロックマン。

もしかしたら君の行く手はハードモードになるかもしれない。

 

それにしても電波変換というよりはノイズ変換って言った方がいいよねこれ。

だがしかし俺は電波変換で貫き通す。

 

ウェーブロードに飛び立って高速で移動し、サーチアンドデストロイ。

ロックマンはウォーロックにバトルカードを食わせることで使用するが、ブラックエースはメテオGに封印されていた流星サーバーにアクセスすることでバトルカードをインストールする。

 

つまり手持ちのバトルカードを投げたりすることはないのである。

 

バトルカードにもクラスがあるのは知っているかな。スタンダードからメガクラス、ギガクラスとある。さらに細かく分けるとスタンダードやメガクラスにもクラス分けが存在するのだ。

 

例えば、グランドウェーブ1、2、3だ。

 

1はゆっくりで威力が低い。だが、数字が増えるにつれて速度と威力が強化されていく。

メガクラスについてもクラス分けがあるっちゃあるんだけど、この世界でどうやってメガクラスを再現するのかあまりに謎すぎて言及するのはやめておこう。

 

ちなみに、バトルカードショップには売っていなかった。

流星サーバーにアクセスするからあるんだろうけど、まだ使ったことはない。

 

因みに、ノイズ率200%のフォルダーのバトルカードはほとんどが3クラスだ。それ以上になればXになる。

 

チートだよ、完全にチートだよ…。

 

コダマタウンの電波にいるウィルスを片っ端からデリートしていく。あるときはバスター、あるときはバトルカードでデリートする。

肩慣らしを終えて大きく伸びをするとウェーブアウトする。時刻は午前の11時。休日ということもあってこの時間に関わらず人気は多い。みんな仕事が休みだから家族サービスとかしてるんだろうな〜。我が家はどこかへ出かけることはあまりないので勝手に遊びに行っても問題はない。

不意に機械音が俺の耳に届く。同時に腕に若干の振動が走った。

 

俺のトランサーからだ。

 

トランサーから通知が入るということはさては母さんだろう。今日のお昼ご飯のメニューかな?

今日のお昼はモッテリアかもしれないとウキウキしながらメールを見てみると見当違いすぎる内容に顔をしかめる。

 

『モノレール線路崩壊、電波ウィルスか』

 

差出人はニュース速報会社。恐らく全てのトランサーにこのメールを送りつけたのだろう。

ブラザーがいない俺なんかに届くのは母さん以外にそういったものしかない。

 

車の次はモノレールか〜。

 

1年前に亡くなった父さんを思い出す。

あのときは俺と父さんしかいなかった。今度はモノレールだ。その被害は尋常ではない。中に乗っている人も当然いるはず。

 

あのとき、何もできなかった俺。今度は何かを守れるだろうか。力があっても所詮それは力。決して何かを癒すことはできない。

 

どうやら、モッテリアを食べるのは一仕事してからになりそうだ。

 

▼ ▼ ▼

 

電波変換して向かった先はバスに乗って数駅ほどした場所に位置する栄えた街だ。本来ならばバスに揺られて15分ほどの場所だが、身体そのものが電波となった状態では移動する時間などあっという間だ。

 

まさに光の速さってやつさ。

 

到着した場所は悲惨だった。

モノレールのレールが崩壊し、一部が地上へと落ちている。さらに運が悪いことに、崩壊したレールに車体も巻き込まれたようで5列編成のモノレールの2両目までが宙吊りの状態。

それでも全ての車両が地上に落下していないのは奇跡と言える。さらに言えば怪我人が出ていないのも奇跡だ。

 

救急車が来ているのが見えるが誰かに応急処置をしている救急隊員の姿は見当たらない。

 

だが、よく見れば女の子がモノレールから落下しそうになっているのが見える。

金髪が特徴的で…ってあれはルナ?

 

え、ルナさんですか?

 

それによく見れば、落下しそうなルナに手を差し伸べるゴン太とキザマロの姿。

 

上から見下ろすと状況がよくわかる。

 

まずは身体を電波体から半分を実体へと変えよう。

ウェーブロードからモノレールの上へと飛び移ると半分を実体へと変化させる。

そんなとき、俺の目の前から前世で何度も見た青いヘルメットを被った細身の少年が現れた。

 

「スバル、新手だ!」

 

「ゲ…」

 

ご存知、ロックマンことスバルくんである。

ウォーロック、個人情報は慎重にね。君も電波だろうに…。

その前に君は宇宙人か。

 

「こいつ、周波数が乱れやがる…気持ち悪りぃ。やべえ、やべえぞスバル。FM星にこんな奴はいなかった」

 

「そりゃ、FM星から来たわけじゃないからね」

 

ウォーロックが俺を一目見て、その異常さに気づく。これだけ高密度なノイズが背部のウィングから放出されていれば嫌でも影響を与えるだろうね。

 

「そう構えないでよ。君と俺の目的は一致してるはずだよ」

 

「なに?」

 

「それにさ。言い合ってる時間もないよ」

 

ほら見てよ、目の前にいるウィルスの様子が…。

 

『ガァァァァッ!』

 

完全にノイズに当てられて凶暴化しちゃってるよ。ごめんね、スバル。やっぱ、君の物語はハードモード待った無しだ。

見た感じ、スバルは戦闘経験がロクになさそうだ。ウォーロックと出会ったときに暴走機関車イベントはあったと思うけど、あれもウォーロックのやらせみたいなもんだし。

 

それに慣れてないスバルに凶暴化したウィルスをぶつけたらデリート待った無し。今回は俺に譲ってもらおう。

 

「流星サーバー、アクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

特徴的な機械音声が聞こえると自分の右下あたりにバトルカードがインストールされる。ゲームの通り、フォルダーのうちの6枚がランダムで選出されているみたいだ。

頭の中で念じ、バトルカードを選択すると凶暴化したウィルスに向かって接近する。なにもなかったはずの左腕がシルバーが特徴的な砲身へと変わる。

トリガーを弾くのと同時に傘のようになっていた部分が開き、高出力の雷撃が稲妻のごとく飛び出した。

 

プラズマガン3だ。

 

命中したのはメットリオ。

流星シリーズのみならず、エグゼはロックマンから登場している愛らしいウィルスだ。見た目は愛らしいがやっぱりウィルス。いつもどこかに現れては電波世界を破壊している。

 

可愛いんだけどね!!

 

凶暴化しているとはいえメットリオはメットリオ。HPが目立って増えているわけではないので痺れたところをマシンガンのごとく乱射したロックバスターで確実にデリートする。

 

ロックバスターだと紛らわしいからエースバスターと命名しよう。目の前にロックマンもいるからね!

 

「というわけで君たち(・・・)はあそこで落ちそうになっている要救助者の救出を頼むよ」

 

右端に表示されていたカスタムゲージが溜まり切り、音がなったところで新しくバトルカードが補充される。全てが一新されるわけではなく、使った枚数だけ新しいバトルカードが補充されるのだ。

 

視界の端でスバルがモノレールの車両へと移動したのが見えた。ウォーロックに諭されてこの場を俺にあずけたとみていいだろう。

 

えーっと、エレキソードにコガラシにエリアイーター…ん?ダブルイーター?

 

エリアイーターは目の前の3×1マスを失くしてしまう効果がある。ロックマンエグゼ時代のエリアスチールの逆バージョン。ただ違うのはエリアスチールでは自分のマスを増やす。要はそのマスに移動できるようになる。対してエリアイーターはマスそのものを失くし、距離を縮める。

 

ダブルイーターはエリアイーターよりも範囲が広い3×2マス。

 

試しに大きく距離をあけ、目の前の地面に向けて左腕を薙ぎ払う。

 

距離的には40mほどか。

 

「ダブルイーター!」

 

ウェーブロードの一部25mほどが崩壊し、ほんの一瞬で断線した部分と結合する。

結果的にウィルスとの距離が縮んだ。

 

突然俺との距離が縮まったことに狼狽えるメットリオたちをあらかじめセットしていたエレキソードですれ違いざまに斬りつける。

プラズマガンよりも威力が高かったこともあってメットリオたちは見事にデリートされた。

 

え?

麻痺系がやけに多いって?

そんなことは流星サーバーさんにどうぞ。

 

ウィルスをあらかたデリートし終えたところでスバルを探す。どうやら無事にゴン太やキザマロ、そして落下しかけていたルナを救助できたらしい。

それにしてもあの状況で捕まってられるとかルナの握力は相当なものだね。

 

りんごは潰せないとは思うけど。

 

念のためトランサーを確認してみるとヘルプ信号が未だに発信されている。破損している車両にはすでに人はいない。他の車両に取り残されているか、はたまた運転している人のどちらか。

身体を電波化してモノレールの天井を通り抜けて実体へと変えるとまずは運転室へ移動する。

だがそこはもぬけの空でとくに誰もいない様子だった。場合によるが、無人による運転だったのかもしれない。

 

よくレールが崩壊して止まったな…。

 

他の車両へ1つずつ移動していく。まずはまだレールとつながっている5、4、3両目。続いてすでに地上へと落下しかけている2両目。

 

そこに、女の子が蹲っていた。

またしても…またしても見覚えのある髪の毛。顔立ち、身長。サングラスをかけて目を隠しているようだが、顔立ちで誰なのか判別がつく。

 

相変わらずおざなりの変装のミソラちゃんだった。

 

手すりに掴まって宙づりになっていたようだが、幸いにも落ちても座席がクッションとなったようだ。

その横にはスーツを着た男の姿。この人は見たことがある。前にミソラちゃんを探していたストー…マネージャーだ。

マネージャーは打ち所が悪かったようで完全に伸びてしまっている。

 

マネージャーはともかく、ミソラちゃんは目立った怪我もなく大丈夫そうだ。

 

「えっと、とりあえず大丈夫?」

 

「あなたは…?」

 

ボイスチェンジャーはもっていないので声はごまかせませんでした。どこか引っかかったような表情のミソラちゃんの問いには答えない。畳み掛けるようにミソラちゃんを持ち上げると開いている扉から外へ飛び出し、人気の少ない場所へと移動する。

ミソラちゃんを抱えた状態では電波化できないので身体能力のみだ。もちろん、尋常ではない身体能力のおかげで壁キックなんてお手の物。

 

辿り着いた先はビルとビルの隙間。もちろん道は大通りとつながっている。

 

「あ、ありがとう」

 

「だからその変装ばればれだって…」

 

ミソラちゃんの変装に毒づくと身体を電波化してその場を去る。ミソラちゃんは何か言いたげだったけどここにいると五陽田刑事がやってきそうなので無視してウェーブロードへ戻る。

 

え、マネージャーはどうしたって?

あの後ちゃんと助けました。

 

そのとき現れた五陽田刑事に『5年前の異常電波!?』と完全に犯人扱いされたので逃走してやった。

 

まったくもって遺憾である。

 

 




ということで初めての戦闘シーンでした。
戦闘シーンといいバトルカードといい難しい…。

ミソラちゃんが出てくるのはオリジナルです。


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FM編 2 オックス・ファイア
牛島ゴン太


ゴン太くん、荒ぶる。

バーサーカー・ゴン太にならないことを祈りましょう。


モノレール事件から1週間が経った。そろそろFM星人が本格的に行動を初めて誰かに取り憑くんじゃないかと思い始めたこの頃。

 

マークしているのはゴン太とミソラちゃん。あとスバルね。

 

ミソラちゃんからは相変わらず連絡はない。そこまで切羽詰まっていないようだけど、精神的にどうなっているかわかったもんじゃない。ゴン太はよく寝るし牛丼めっちゃ食うし元気一杯の小学5年生だ。

 

授業中も相変わらずの珍解答でクラスを笑わせていた。

 

だが、今日はそうでもなかった。

 

「あんなもやしっ子に負けるなんてどうかしてるわ!あなたのその大きな体は飾りかしら?」

 

ルナにこっ酷く叱られている様子のゴン太。キザマロは我関与せずと言った様子でルナの後ろにいる。どうやらゴン太だけ何かやらかしたようだ。

 

「私と一緒にいなきゃ、あなたなんて嫌われ者の役立たずなのよ!?わかってるのかしら。次星河スバルに負けたりしたらブラザーを切るから!!」

 

なるほど、どうやらまた俺の知らないところでルナトリオがスバルにつっかかっていたようだ。スバル本人にゴン太を倒すほどの力はない。多分ウォーロックが何かしたんだろうな〜。

 

こんな感じの展開確かにあったはず。

 

前回は俺が登場したことでルナの怒りの矛先はゴン太ではなく、俺に向いた。今回は俺が知らないところで起こったせいでゴン太を庇うことができない。

 

マークしてるとはいっても全員をいつも監視できるわけではないのさ…。

 

それにしてもそんなことでブラザー切るとか言うなら最初からブラザーなんて結ばなきゃいいんだよ。どんだけ実力主義なんだ…と言いたいところだけど、ルナのことだ。本心ではそんなこと思ってないんだろう。

 

ただの脅しと念押し。

 

それにしても言い過ぎだけどね。

 

なんたってツンデレのツンしかないからね!

デレが出てくるのはまだまだ先のはずさ。

 

打ちひしがれるゴン太を無視して早足にその場を去っていく。いかにも私怒ってますを態度で示している。キザマロはやっぱり触らぬ神に祟りなし精神を貫くようでルナに続いてそのまま去っていった。

 

「このままじゃ、また一人ぼっちになっちまう。次は…次は絶対に負けねぇ。星河スバル…!」

 

逆恨みもいいとこだ。

スバルに同情しつつ、ゴン太がFM星人に取り憑かれることを直感する。どうやらゲーム通りの展開になりそうだ。

そういえば、ウォーロックはアンドロメダの鍵をちゃんともっているのだろうか。

 

うーんこのままじゃゴン太がオックスに取り憑かれるのも待ったなしだな。

 

「おっす、ゴン太2人はどうしたさ?」

 

とりあえずこれからは、ゴン太の心のケアに勤しんでみるとしよう。

 

▼ ▼ ▼

 

小さい頃から他の子よりも大柄な俺は厄介者だった。遊べば力加減がわからないし!勉強は頭がかたくてまったくできなかった。そんな俺が小学校に入ってから笑われ者になるまでそう時間はかからなかった。

特に2年生からはそれを隠しもしないようになった。

 

そんな時に俺を拾ってくれたのが、委員長だ。

 

俺のこの身体を必要としてくれた。

初めて誰かに必要とされた。それが嬉しくて、委員長についていくことを誓った。

 

それがこんなことで…こんなことでお終いなんて認められない。

もう一人ぼっちは嫌だ。

 

「牛島ゴン太…貴様の孤独の周波数、このオックスが確かに聞き届けた」

 

「!?」

 

「そう構えるな。お前に必要なのは力だ。星河スバルさえ倒してしまえば、白金ルナはずっとお前のブラザーだ。そうずっとな」

 

星河スバル。

そうだ。俺の障害はあいつただ一人。あいつさえ、あいつさえいなければこんなことにはならなかった。委員長に従って素直に学校に来ていればこんなことにはならなかったんだ。

前回負けたのも何か小細工をしたに違いない。この俺があんなモヤシ野郎に負けるはずがないのだ。

 

力が欲しい。

星河スバルの小細工なんて意にも介さないような圧倒的な力が…欲しい!

 

「望んだな、俺の力を」

 

なんだが身長が高くなった気がするが、関係ねえ。

星河スバルをこんどこそ、ぶっ潰す。そうしたら委員長も俺を認めてくれるに違いない。

 

 

俺こそが委員長のブラザーにふさわしいことを証明してやる。

 

 

▼ ▼ ▼

 

『無差別破壊事件に移ります。コダマタウンでは2日ほど前から赤い…』

 

ゴン太がオックスに取り憑かれました。

 

あれから、何度かアプローチ…心のケアに励んでみたもののゴン太に回復の兆しはなかった。

最近に至っては会話すらしてくれない様子で、もう完全に思考回路がオックスに洗脳されてるよ…って感じだった。キザマロが話しかけてもほぼ無反応だったのだ。

ルナが話しかけると返事をするものの、今までのような活発さはなくなった。

 

結果、ルナの怒りメーターがさらに加速するという悪循環つき。

 

ストレス、良くないよ。

 

そうして夜になればこれだ。

 

やだもう、思考回路どころか身体までオックスさんじゃないですか〜。

 

言葉の通り、おそらくではあるが夜になると強制的に電波変換させられてオックス・ファイアになっているのだろう。

 

どこの狼人間だ。

 

さらに、事件のことを聞いてルナとキザマロが犯人探しに出ているようだ。まったくもって好ましくない。どうにかしてやめさせようとしているのだが、俺が話しかけても意味がない。

『また私の邪魔をするつもり明星黒夜!!』なんて言われて取り付く島もない。

 

お前らのお母さんは犯罪者に生身で戦わせるような教育はしてないでしょうに…。

 

ルナのお母さんが聞いたらむしろ転校させるとか真顔で言いそうだぞ。

 

あとは先生方に相談するくらいしかない。これも相手にされなかったら教育委員会に訴えてやるからな。

 

問題のゴン太をどうするかだけど、もう実力行使しかないだろう。高密度のノイズを叩き込んでもいいけど、それをするとゴン太にも影響が出そうだからできない。

下手するとオックスファイアがオックスファイアEXになるくらいのバフを与える可能性もある。

 

多分オックスの意識ももっていくとは思うけどね。

 

バーサーカー・オックスとかなにそれ怖い。

 

てっとり早いのはやはりサーチアンドデストロイなようだ。

流石にウォーロックもこの異常事態には気づいているだろう。自分とスバルのために身を潜めることを選ぶのか、はたまたスバルが正義感を発揮して立ち向かっていくのかのどちらかだ。

ウォーロックがFM星人の仕業だと言えばまずスバルは動く。スバルってばブラザーはいないくせに他人のことは気にするからね。

 

『赤の他人を助けようとするなんて俺には理解できないぜ』なんてウォーロックがアニメで言っていた気がする。

 

その通りでまったくお人好しなのである。

 

不意にトランサーが鳴る。

すでにこの流れは何度か経験したのでメール画面を開く。

 

差出人はいつものニュース速報。

タイトルは『赤いもの破壊事件』。

 

おい、無差別破壊事件という名前はどこに消えた。

 

『最近、コダマタウンを中心に赤いものが次々に壊される事件が多発しています。犯行時刻は夜だと推測されますので住民の方は夜の外出は控えるようにお願いします』

 

流石はオックスという名前だけあって赤いものには目がないようだ。俺も赤い服を着て行こうか迷うところである。

 

現在の時刻は22時。

 

電波変換してコダマタウンのウェーブロードから異変があるか見て回る。すると一軒家から外出する男の子が一人。

 

スバルだ。

 

ああ、この流れは知ってるぞ。

 

スバルは躊躇うことなく展望台へと向かっていく。展望台に向かっていくスバルを見つけたルナとキザマロがスバルを追う。

大方、この事件の犯人を探していて偶然スバルを発見したんだろう。

というか、ルナのことだから一人怪しい行動をしているスバルを犯人だと疑っているのではなかろうか。

ゴン太がいないことに気づいて展望台から離れて捜索してみるとトラックを運転しているところを目撃する。

 

道路交通法、この歳で運転できるってどうなってんのさ。

 

とりあえずここで手を出すとややこしくなりそうなのでウェーブロードから見守ることにする。

ここでオックスを倒したところで、ゴン太のスバルに対する感情は消えないからだ。

ないとは思うけれど、またゴン太が他のFM星人に取り憑かれる可能性も否めないからだ。

 

ここはスバルに任せてサポートに回ろう。

 

別段トラックで暴走する様子はない。ゴン太が運転するトラックはそのまま展望台の近くに幅寄せしたのと同時にルナとキザマロが展望台から歩いてくる。

 

どうやらスバルの尋問は終わったらしい。

 

『結構いいトラックじゃない。でかしたわゴン太』

 

『流石はゴン太くんです』

 

『……』

 

『やっぱり、どこか調子が悪いんですかねゴン太くん』

 

反応がないゴン太を心配するキザマロ。

 

それもそのはず、ゴン太の中では今まさにFM星人であるオックスからの悪魔のささやきによって揺れ動いているのだ。

標的である星河スバルは目と鼻の先。ここで力を示せば自分はルナに必要とされる。

 

スバルが展望台から出てきたのとゴン太に異変が起こったのは同時だった。

ゴン太の目にスバルの姿が映る。

 

『ああぁぁぁぁぁッ!?』

 

ゴン太が叫ぶ。ゴン太の身体をまばゆい光が覆っていく。

 

スーパー何人なんだ!

 

光が収まりそこに立っていたのは巨大な何か。

肩から燃える炎を吐き出す2つのツノを生やした怪物。今のゴン太は完全に化け物にしか見えない。

 

オックス・ファイアである。

 

電波変換をしたゴン太にルナとキザマロは言葉を失くし、スバルは驚きつつもその場から早足に立ち去る。

オックス・ファイアは逃げていくスバルをギロリと睨め付けると身体を実体から電波へと周波数を変えてトラックの中へ入っていく。

 

トラックの電脳へ入ったのかな?

ゲームでは確かスバルを追いかけ回してたな〜。スバルが暴走するトラックから避けずにコダマタウンを周回していて当時は爆笑したものだ。

 

とはいったものの、流石にこのままではまずい。

まずはルナとキザマロを救出する必要がある。

 

てっとり早くトラックへと近づき中に入った途端に周波数を変えて実体を持つ。急な速度の変化に身体がついて行かずトラックの壁に衝突したがそこまで大きなダメージではない。

 

普通に痛いけどね。

 

次いでトラックの壁を思いっきり殴り風穴をあける。

 

『今度はなに!?』

 

壁越しにルナの声が聞こえる。

 

だってアニメのやつでモノレール持ち上げてたんだもん。できると思いました。悪いとは思ってます、後悔はしていません。

 

これで退路は確保完了。

あとはルナとキザマロを担いで逃げるだけだ。

 

流石に今度は殴るようなことはせず、ちょっと力を入れて壁を破る。

これは子どものころ障子を破った感覚と似てるね。

 

「ひっ!?」

 

キザマロの短い悲鳴。

 

ルナとキザマロからしたら、ゴン太が怪物になったと思ったら壁から腕が伸びてきた…ってそれなんて怪談?

 

「おっす」

 

「怪物…ではないですね」

 

「どう見ても人だろ」

 

「鏡見てから言いなさいよ!」

 

「とにかく、ここから退避するのが先決だ。事故なんて起こしたらたまったもんじゃないだろ?」

 

外見を馬鹿にされたことはなんとも言えないが、なんとかルナを抑えることに成功した俺はキザマロとルナを片手で担いでトラックからジャンプする。

 

怪我するだろそれ…と思うかもしれないがアニメを見ていた俺は知ってる。ロックマンって電波変換するだけで超人になれるんだよ。

 

モノレールを両手で受け止められるくらいにはすごいんだよ…。

 

ルナがもっと優しくとかいってるけど敢えて無視してやった。

 

お姫様抱っこもできなかったわけじゃないけど、キザマロもいるしなんか癪だったのでやめた。

 

2人を安全な場所まで送り届けると元いたウェーブロードへ戻る。

 

「君は!!」

 

「ロックマンだっけ、またトラブルのようだね」

 

スバルは俺をみると戦闘態勢に入る。ウォーロックにいたっては完全に警戒してしまっている。こちらに敵意がないことを示すように両手を挙げる。

 

スバルは暴走するトラックと俺を見比べると戦闘態勢を解く。

 

優先事項は向こうだと直感したようだ。

 

「安心しろってルナとキザマロはちゃんと助けたから、あとはあの牛島ゴン太ってやつだけだろ?」

 

ついいつもの調子でルナとキザマロと言ってしまったがゴン太だけはフルネームで呼んでみる。

 

それにしてもモノレールの次はトラックか。

 

特に、暴走したのが車だというのが許せない。父さんを失ったあのときを思い出す。

 

「モノレールの次はトラックって乗り物大好きかな? …許さんぞ」

 

「どうすればいいの、ロック」

 

『暴走したトラックを止めるには電波変換したオックスを止めるしかねえ。トラックの電脳へ入り込むんだな』

 

「あんな速い物体にどうやって飛び込めっていうのさ!」

 

「勘違いしてるよ。俺たちは電波。速度は文字通り光の速度だ。暴走しているとはいえトラックなんぞに遅れをとることはないはずだ」

 

『そいつの言う通りだ。ツベコベ言わずやるしかねぇ』

 

ウォーロックがスバルの腕を引っ張ってトラックへ向けて突っ込んでいったのに続いて俺もトラックの電脳へウェーブインした。

 

 



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オックス・ファイア

もしかしたら明日明後日は更新ないかもです。

デンパくんに罪はない…。

すこし間が空きそうなんで後書きに次章予告を載せました。


「この感じ…間違いねえ。奥にFM星人の1人がいるはずだ。ヤバそうな匂いがプンプンするがどいつのことを指してんだか…」

 

チラリとこちらを見るウォーロック。

それにしてもウォーロックには警戒されっぱなしである。突然周波数がぐちゃぐちゃでノイズ撒き散らしてるような奴がやってきたらそりゃビビるか。

 

…帰ったらファブリーズしとこ。

 

「ここはすでにFM星人の支配下にあると言っていい。油断するなよ、スバル!」

 

「だからロック!!」

 

そうそう、プライバシーは大事だよウォーロック。

 

一通りのやりとりが終わったところで入り口付近にいる電波くんに話しかけると大まかな内容を話してくれた。

 

『ト◆ック ヲ セイギョスル コントロー◆システム ガガガガ ボウソウシテテテ…ビビッ!』

 

わけのわからない説明に絶句しながら俺とスバルは先へと進んでいく。どことなく様子がおかしかったな電波くん。

 

歩いていく十字路にたどり着く。

 

どうやらセキュリティが掛けられているようで進める場所へ進んでみるとまたもやデンパくん。

 

『ビ◆! コノサキニ コン◆ロールシスーー ヲ ソウサス◆ パネルノ ヒーツガ アーノデスガ、ウシプログーー ノッテイカナイト タドリツーーナイ ヨヨウデ◆』

 

…これはきっとオックスのせいだ。オックスが何かしたに違いない!

断じて俺のノイズドウィングバーニアのせいじゃないんだ!

 

オックスめこんな可愛らしいデンパくんを壊してしまうとは許さんぞぉぉぉッ!!

 

それにしてもロックマンは影響を受けていないのかな?

…いや、ロックマンにも影響はしっかり蓄積されていったはず。

確か、電波体によってキャパシティーがあるとかないとか…。

 

あ、ううん、僕悪くないから。

 

『ケッ、こんなプログラムで関連のあるFM星人といえばオックスしかいねえな。やはりあいつはオックスか』

 

実際に目の前にあるのをみると確かに牛だった。だけど悲しいかな。実はこの牛さんプログラムはオックスファイアがこの電脳を支配する前から存在している。

もともとは気性が穏やかで働きものだとか言ってた気がする。

 

試しに牛プログラムへ乗ってみるとそりゃもう暴れる暴れる。

 

背中についた取っ手に捕まりその場を耐えきる。どうやら一方通行のようで耐え切って入れば問題ないようだ。

乗りこなすことはできそうだが、物理的にものを言わせないと無理だろう。

 

あ、降りた少し先にミステリーウェーブ…700Zガッポリだ。

 

後ろにいるスバルとウォーロックが呆れ気味でこちらを見ている。お金って大事なんだぞ!

ショップでHPメモリが買えないのは全部Zのせいなんだ。

 

「これがコントロールパネルか」

 

やがて辿り着いた先にあったのは黄色の大きなプレート。真ん中にはメーターがあり、振り切れんばかりに傾いている。コントロールパネルにウォーロックがアクセス、操作をするとメーターがゆっくりと逆方向へ傾いていく。

 

無事に正常化したようだ。

 

『おいスバル、こんなものを見つけたぜ』

 

ウォーロックが口から吐き出したのは赤い鍵。決して汚いものではない。

多分これが最初のアクセスキーになっているんだろう。

 

帰りの牛プログラムは正常化したおかげか暴れることなくスムーズに帰ることができた。

暴走したときよりも速さが速くなっているのはどうしてなのか。

 

『レッドキーを確認しました。セキュリティを解除します』

 

無事にセキュリティウォールを解除して見えてきたのはまたしても牛プログラム。

 

「ロックマン、先に君からやってよ」

 

まずはスバルを先に行かせ、その様子を見守る。

 

あ、今姿勢の取り方絶対間違えたよ。振り落とされる寸前だったよ!?

落ちそうにはなったものの、なんだかんだ辿り着くと暴れ牛はこちらに戻ってきて俺が乗るのを待っている。

 

暴走している癖して健気なやつである。

 

俺も牛に跨って再びしがみつくことで難なく牛プログラムをクリア。若干俺のときだけ軌道がおかしいのはノイズのせいだと思いたい。途中で落ちそうになったので飛んでスバルのところに行ったらすごい責めるような顔をされた。

 

 

解せぬ。

 

 

その先にあったコントロールパネルも無事に正常化させると再びウォーロックの口から鍵が出てくる。

 

今度は青い鍵だ。

 

お、帰り側にミステリーウェーブ発見…ってガトリングガンか。

持ってるからスバルにあげといたらとても喜んでくれた。

先ほど同様、ブルーキーゾーンも手っ取り早くクリアしてコントロールパネルをウォーロックに操作してもらい正常に戻す。

 

暴れ牛が慣れてくるとだんだんと可愛く見えてしまうのはどうしてだろう。

因みに飛ぶとスバルとウォーロックが無言になるのでやめることにした。

 

『お前ら…だんだんと楽しんでねえか?』

 

「「そんなことはない」」

 

もしかしたら、楽しんでるかもしれない。

 

『ここに来るまでで確信したぜ、奴の名はオックス。牡牛のような突進力を持った凶暴なFM星人だ』

 

「そ、そんなこわいヤツが相手なの!?」

 

「落ち着いて考えてみろスバル。牡牛の特徴は猪突猛進。どうせ力は強くても直線的なんでしょ?」

 

「その通りだ。ヤツは力は強いが動きは直線的で単調。落ち着いてヒットアンドアウェイ戦法を取れば勝てねえ相手じゃねえ」

 

『なるほど』と相槌を打っていたスバルだが、何かに気がついたらしく俺の方をじっと見つめてくる。

 

「ところでどうして僕の名前…」

 

「だってさっきからウォーロック…だっけ、がスバル、スバルってずっと言ってるじゃん」

 

「ウォーロックーーーー!!」

 

愉快なコンビで何よりである。

 

 

▼ ▼ ▼

 

トラックの電脳2で必要なのは4つのテトラキーというものらしく、セキュリティウォールによって塞がれていたところに対応したテトラキーを示す必要がるようだ。

 

相変わらずの牛ゲーを難なくクリアして探索を行う。時折発見するミステリーウェーブを入手することも忘れない…あ、HPメモリ20!

 

「コントロールパネルを正常化させるよ」

 

調子づいてきた俺たちはみるみるうちに暴れ牛を乗りこなしコントロールパネルを正常化させていく。オックスからしたら面白くない展開だろうが、こちらからしたら結構楽しい。

何が楽しいっていく先々にミステリーウェーブが落ちているのがとても楽しいし、嬉しい。

 

今度は650Zね。

今日だけで結構ガッポリ稼げちゃうんじゃなかろうか。

 

4つのテトラキーが集まったところで元の場所へと戻りセキュリティウォールの前でテトラキーを示す。

 

『コココ◆ーーームコウニ、トラックノノノノノ…』

 

「何が言いたいのかわからないね…」

 

『こんなノイズの塊が目の前にいちゃこうもなる。俺だって気持ち悪りいんだよ。オラ、距離とれ、ノイズ移るだろうが』

 

「ほんとすみません」

 

デンパくんに罪はない。

 

心の中でデンパくんに土下座しながら先へ進む。

あとでノイズウェーブ・デバウアラでここら一体のノイズを全て吸収するので電脳自体は復活するだろう。

 

デンパくんは…誰かがなんとかしてくれるといいな〜。

 

4つのテトラキーをセキュリティウォールに示し、最後の扉を開く。

続いているのは細い道だ。ところどころ曲がり角があったが、もう暴れ牛はどこにもいない。

この電脳がノイズ(・・・)に侵食さえされていなければ正常であったといえよう。

とりあえずノイズウェーブ・デバウアラで粗方綺麗にしたはずだが、残存するノイズは残っているようだ。

 

さっきも言ったけど最後に全力で掃除しよう…。

 

「…このニオイは?」

 

「牛丼じゃないぞ、ゴン太!!」

 

「違え! このニオイはウォーロック、お前だな!」

 

なん…だと…。

ゴン太でありながら牛丼というワードに反応しなかっただと!?

どうやら本当にオックスに洗脳されてしまったようだなゴン太!

 

「へっ、今更気付きやがったか。地球に来ているFM星人はお前だけか?」

 

「そうだ、オレ様が一番乗りだ。だが、もうしばらくすれば次第にやつらも集まってくるだろうよ!!」

 

御丁寧にFM星人事情を教えてくれるあたり、オックスっぽい。

オックスはウォーロックとスバルが電波変換した姿をまじまじと見つめ嘲笑を込めて鼻で笑う。

 

「お前にしてはえらく貧弱なやつに取り憑いたものだな。どうやら洗脳しているわけでもないらしい。飼いならされたか?」

 

「うるせぇッ!!誰に取り憑こうがオレの勝手だろうが!」

 

「ちょ、ちょっとロック、こんなのと戦うの!?」

 

「おいおいオックス・ファイアのボディを見て怯えたのか?拍子抜けだぜ。それで…」

 

スバルに対して興味を失ったのかオックスは俺をまじまじと見つめる。

 

「気色の悪い周波数だ。なんだ貴様は…そうか、この電脳をノイズで乱したのも貴様の仕業か。思わず俺もノイズに当てられちまいそうになったぜ。ブルルルッ」

 

「悪いとは思ってますが、こればっかりはわざとじゃないんですごめんなさい」

 

とりあえずバーサーカー・ゴン太くんにならなかっただけ良かったとしよう。だって、なったらオックス・ファイアがオックス・ファイアEXになるくらいはレベル上がるよ?

 

「まあ、いい。とにかく俺はウォーロック…貴様からアンドロメダの鍵を取り返すだけだ」

 

「チッ、この星を破壊するのが目的か」

 

「それが王の命令ならな。まずはこのゴン太の身体を使って街を破壊する。それが地球破壊の第一歩だ。いくぞ!この俺…オックス・ファイアのパワーの前にひれ伏せ!」

 

「俺は…俺は委員長に認められるために!委員長には俺が必要なんだ!星河…星河スバルーーー!!ブルォォォォッ!!」

 

未だに狼狽えるスバルにオックス・ファイアが襲い掛かる。これはよく見る突進攻撃、オックスタックルだ。

ウォーロックに腕を引っ張られたことでなんとか回避に成功するもオックス・ファイアは続けざまにタックルの体勢をとる。

 

確実に俺が空気になっているのはオックス・ファイアが俺を気味悪がって攻撃してこないのか、すでに俺の存在を忘れているかの2択である。

 

オックスは頭の中1つのことしかなさそうだもん。

 

「バトルカード、プレデーショーン!」

 

スバルもようやく戦う意思を固めたのかウォーロックにバトルカードを食わせて腕の形状を変化させる。生で見たのは初めてだ。

カードの名前は多分ロングソード。普通のソードよりもリーチが長いから確かに戦いやすいかもしれない。

オックスはスバルに近づくとタックルではなく巨大な腕を振り下ろす。

スバルもロングソードで迎え撃とうとするが、パワーでオックス・ファイアに勝てるわけがない。こちら側へ飛ばされて来たスバルをキャッチするも、慌てて地面へ捨てる。

 

「ごめん、ノイズ移るでしょ?」

 

触っちゃったけどノイズの影響でてないよね?

大丈夫?

 

地面に転がったスバルとウォーロックが非難の視線を送ってくるが鋼のメンタルで堪える。

 

「スバル、協力しようじゃないか」

 

『…チッ、相変わらずイケスカねえ野郎だが、なりふり構ってられる状況じゃねえな』

 

「…今僕投げられたんだけど」

 

「ごめんて…流星サーバー、アクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

特徴的な機械音が耳に届いた途端、視界の右下に流星サーバーからダウンロードからバトルカードが表示される。

コガラシ3にソードファイター3、ウィンディーアタック3、ダブルイーターにシンクロフック3、エアスプレッド3か。

とりあえずオックス・ファイアのパワーに対抗するにはシンクロフック3でボクシングまがいのことをするしかないね。

もし炎で対抗して来たら今度はウィンディアタック3で降りかかる火の粉を払おう。

 

「俺の本来の戦闘スタイルは空中戦。だから俺は空から君たちをサポートするよ」

 

「わかった!」

 

「ブルルルッ! 作戦会議は終わったか?」

 

こちからが話している間は何もしないでいてくれるオックス優しい。

 

ノイズドウィングバーニアをより広範囲に広げて制空権を獲得する。

 

まず選択したのはエアスプレッド3。

 

広範囲に広がるこの拡散弾を横の動きに鈍いオックス・ファイアが避けられるはずがない。降り注ぐ拡散弾にオックス・ファイアは腕で顔を隠す。

両手をクロスさせて炎による攻撃を放ってくるが、その範囲よりもこちらが空を舞う方が圧倒的に速い。炎を気にすることなく、無傷で避けきる。

 

その隙を狙ってスバルが腕を振る。

すると地面から亀裂が走り、電波の波がオックス・ファイアに直撃する。

 

グランドウェーブ1だろう。

 

オックス・ファイアがよろけている間に腕の形状をスプレッドガンからシンクロフック3へと変える。

 

ボクシンググローブの形状をとった腕をブルンブルン回しオックス・ファイアに向かって突撃。

 

「!! 迎え撃つまで!」

 

「アーーン…」

 

距離が縮まる。

速度は降下する速度が相乗効果をなし、さらに突進する速度が上がる。いくらパワーに自信があろうが、これだけスピードがあればこちらが有利。

 

もしかしたら俺の腕が折れるかもしれないけど、そこはシンクロフック3を信じるしかない。

 

「○ーーーンチッ!!」

 

拳と拳がぶつかり合う。

スパークを起こしながらぶつかり合うその様はどこぞの戦闘民族アニメの戦闘シーンのように見えているかもしれない。

拮抗する力と力のぶつかり合いだが、一瞬にしてオックス・ファイアの拳が劣勢へと変わる。

その要因を作ったのはオックス・ファイアの背後で砲身へと変化させた腕を構えるスバルだ。

 

バトルカード、キャノンだ。

 

威力こそ40と少ないものの、汎用性の高いバトルカード。

 

そのまま推進力で押し切って殴り飛ばすと腕の形状を元に戻し、ウィンディアタック3を読み込む。

 

握りしめるのは巨大な扇子のようななにか。

 

それを思いっきり振りかぶり、振り抜くことで強力な突風を発生させオックス・ファイアをスバルの元へと運ぶ。

 

『来るぞ、スバル!!』

 

「う、うん!バトルカード、プレデーショーン!」

 

スバルの腕の形状が変わる。

ソードでありながら、尖端部分が横に広がっている。リーチはそこまで長くはない。

ソード系のバトルカード、ワイドソードだ。

 

スバルは迫り来るオックス・ファイアの体格を予測し、真横に入ってワイドソードを横薙ぎに振るう。

吹き飛ばされて来るオックス・ファイアの勢いを使った良い対処の仕方だ。

 

「バ、バカな!!」

 

身体が崩壊し始めるオックス・ファイア。

ゲームのように小刻みに爆発するのは仕様らしい。

 

「へっ、ザマアミロってんだ」

 

「オレ様を倒したからと言って…いい気になる…必ず…アンド…グォォォォッ!!」

 

小刻みな爆発が連鎖していき、やがてその巨体は幻だったかのように消えていった。

中身であったゴン太が心配だが、目立った傷跡はない。肉体的疲労で気絶しているのかもしれない。

 

もしかしたらどこかの骨が折れていることも考えられるけどね。

 

「か、勝っちゃった…」

 

「お疲れ様」

 

「助けてくれてありがとう。えっとそういえば君は?」

 

「あ、ああ〜。ブラックエースって呼んでよ」

 

断じて格好つけているわけじゃないからね。これ本当に名前だからね、厨二じゃないんだからね!!

 

「ありがとう、ブラックエース」

 

やめて、その何も知らない純粋さが眩しい!?

 

兎にも角にも、これで万事解決だ。

これから無差別破壊事件が起こることはないだろう。ゴン太も無事…とはいかないだろうけど助けたことだし。

そろそろ五陽田刑事が来そうだし、今回はこの辺りで帰らせてもらおう。

 

「とりあえず、後のことはスバルに任せるよ。展望台のところから覗かせてもらってたけど、スバルの友達なんだろ?」

 

「と、友達なんかじゃないよ!!」

 

「まあ、そう言わずに任せたよ。またね(・・・)

 

さて、これだけ儲かったんだし何か美味しいものでも買って帰ろ。

 

 




「で、でも僕は信じたかった。あ、天地さんは、そ、そんなことをする人じゃないって…」

「それでですね!星河スバルはどうやら明日天地研究所へ行くらしいんですよ!」

「彼は宇田海。ここの研究員で僕の助手だ」

「擬似宇宙ツアーに参加される方ですね。まず注意をしたいと思います」

「私はあなたに罰を与えに来ました。私を裏切ったこと、後悔するといいです」

「クエーー!!許せな〜〜〜い!! 俺たちはれっきとした白鳥だ!」

『早くしろ! 手遅れになるぞッ!!』

「ここは擬似宇宙の電脳。ブラックホールがあってもおかしくない。見せてあげるよブラックエース本来の力をね」

こんな感じで次章は進んでいきます。あっという間の白鳥編ですね。


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FM編 3 キグナス・ウィング
天地研究所


おはようございます。
まずは感謝と御礼を。ここ数日でたくさんの評価とお気に入り、感想をいただきました。
そして日刊ランキングにも載せられてもうびっくりです。

ありがとうございます!


あれから数日が経った。

 

ゴン太は特に怪我もなかったようで元気に学校へ通っている。もちろんキザマロやルナと一緒にだ。

そういえば、ルナだがアニメのようにロックマンにハートを奪われてしまったようだ。どのタイミングでスバルの姿を見たのか疑問だが、一部を見ていたのかもしれない。

 

あれ、助けたの俺だよね?

 

これからのことを思うと前途多難だがそこは恋する乙女…きっとどうにでもなるだろう。

 

どちらかと言うとむしろスバルがかわいそうになってくる。ルナが徐々に素直になってくれることを願うばかりだ。ルナは根はとてもいい子なのだが、なにかと一言多い。あとは家庭環境のせいで自分にプレッシャーをかけている。

そのせいで立ち振る舞いがあんな感じになってしまうのかもしれない。

 

「それでですね!星河スバルはどうやら明日天地研究所へ行くらしいんですよ!」

 

「なるほど、そこまで遠い距離じゃないわね。キザマロ、あなたの姿本人には見られてないわよね?」

 

「当たり前です。僕がそんなヘマをするわけがありません」

 

「よろしい。じゃあ明日はその天地研究所へ私たちも向かいましょう。名目はそうね…社会科見学の下見とでもいえば言いわ」

 

うん、良くはないよね。

それは先生の役目なのでは?

 

でもスバルの動向をつかんだキザマロにはナイスと言いたい。最近は星を見に行く以外に何もしない様子だったから全然スバルの動向を把握できてなかった。

ウィルスバスティングとかまったくしないんだよ、あの子。ウォーロックはさぞ暇そうだ。

 

天地研究所ってことは宇田海さんとキグナスのやつかな?

 

宇田海さんとは天地研究所の所長こと天地さんの後輩に当たる人物で過去のトラウマから人を信じることができなくなってしまっている。

確か、信用していたブラザーの上司に自分の発明を盗まれたんだったっけ。

 

キグナスは確か白鳥座のFM星人。

 

多分すでに宇田海さんはキグナスと出会っている。この時には確か天地さんとブラザーを結んでるはずだからね。

 

余談だが未だに俺のブラザーは0である。

 

「じゃあ明日の朝8時にバス停で待ち合わせましょう。ゴン太、遅刻は絶対ダメだからね!」

 

「き、気をつけるぜ…」

 

ついて行くのもいいと思うんだけど、そうするとまた面倒なことになりそうだ。特にルナが怒りそうなので今回は電波変換して天地研究所へ行こうかな。

 

時間もかからないしね。

 

▼ ▼ ▼

 

時刻は朝の8時15分。

今日もとても良い天候に恵まれ、本来ならば怠惰を貪るはずだったのだが…。

 

「あれほど遅刻はするなって言ったでしょ、ゴン太のバカ!!」

 

「ご、ごめんよ委員長〜」

 

「あ、バスが出るみたいですよ!」

 

「どうしてこうなった…」

 

ルナトリオとともにバス停に向かって走る俺。

 

思い返すのは昨日の放課後。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

『どうやら白金が社会科見学の下見に行くそうなんだ』

 

『はぁ』

 

『白金はとても優秀な子だが時折周りが見えなくなることがある。クラスの子もみんな彼女を信用しきっている節もあるから注意しないだろう。そこでだ。いつもなにかと衝突してる君に同行を頼もうかと思ってね』

 

『俺ですか?』

 

『委員長である白金がここに決めたと言ったら誰も反対しないだろう?悪いところだったら反対するが、うちの学校は自主性を重視している節もある。そこで本当に社会科見学にふさわしい場所かどうか君の意見も聞きたいのだよ。一応休日ってこともあるから白金を止めることもできないしな。頼まれてくれないか?』

 

『わかりました』

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

とまあこんな感じだ。

結局スバルが乗るはずだったバスに乗ることは叶わず、一本遅らせて天地研究所へと向かう。今日は休日ということもあって幸いバスはいつもよりも多かったようだ。

ルナはご機嫌ななめだったが、バイチュウあげたら機嫌を直してくれた。

 

現金なやつめ…あれ、でもちょっとかわいい?

 

バスに揺られて15分。

天地研究所はアマケンと呼ばれ地元の人に親しまれている。科学博物館のような場所で一般人向けに解放されていることや展示物やイベント…特に無重力体験装置はメディアにも取り上げられ最近非常に人気の場所だ。

バスから降りてみると見知った人物が入り口で職員の人と話をしている。

 

スバルだ。

とするとあの職員の男性は天地さんか。現実だと結構イケメンだ。若干小太りなのは御愛嬌。

 

「あら、奇遇ね」

 

「ゲ…」

 

これから中へ入ろうとするスバルにルナが声をかける。

対してスバルは『またこいつらか』と嫌な表情をする。どうやらその態度が気に食わなかったようでルナのひたいに青筋がピキリと浮かぶ。

 

「あなたも社会科見学の下見かしら?」

 

さっきの『ゲ』が結構癪に触ったらしいよスバル。

 

「スバルくん、友達かい?」

 

『友達』という言葉に反応したルナは目の前にいたスバルを押しのけて天地さんの前に立つ。友達なのに押しのけるってあまりに塩対応すぎない?

 

そこに痺れる憧れる!

 

「ええ、クラスメートですわおじさま。私は5年A組委員長の白金ルナ。よろしくお願い」

 

「そうか、そうか!スバルくんの友達か!なら一緒に案内しないわけにはいかないな!それに大勢の方が楽しいからね。よし、じゃあ行こうか」

 

「ぜひお願いします!」

 

上機嫌な天地さんはそのま中へと入って行く。後ろについていくルナトリオを見送って俺はガックリとしているスバルの肩をポンと叩く。

 

「君は確か…」

 

「明星黒夜。ルナは相当君にお熱らしいよ」

 

いろんな意味でね?

最近はロックマン様、ロックマン様ってちょっと度がすぎるからね。

 

「余計なお世話だよ」

 

「俺もそう思ってるよ。というか俺だって育田先生にルナのお目付役なんて頼まれなかったら寝てたさ…」

 

そんなことはないけどね。

多分電波変換して来ただろうけどね。

 

「君も大変なんだね」

 

なんかごめん。同情させちゃって、ほんとごめん。

 

若干心を痛めながら天地研究所の中へと入って行く。玄関はとても広く、チケット売り場や受付はもちろん、お土産やさんもここに集まっているようで多くの人で賑わっていた。

 

「どうだい、すごいだろ?」

 

「た、たくさん人がいます」

 

「はは、休日だからね」

 

キザマロの言葉に満足気に笑う天地さん。

 

「そんな休日の中でも今日は特別だ。君たちは無料で招待しよう」

天地さんの言葉に一同喜ぶ。

一同とは言ってもスバルを除いてだけど。

 

え、俺は宇宙好きだからとっても嬉しいです。

 

株主優待…みたいなものと捉えよう。

某遊園地も招待券とかあったしね。

 

「ん、あそこにいるのは…おーい宇田海、こっちへ来てくれ〜」

 

「な、なんですか…天地さん」

 

天地さんが呼んだのは細身の男性だった。話し方はよそよそしいというかぎこちなく、顔色は悪い。さらに深々とくまができている。

髪の毛はボサボサでさながら、徹夜をしていた研究員のような感じだ。

 

「彼は宇田海。ここの研究員で僕の助手だ」

 

「…こんにちは」

 

この男性こそが宇田海さん。今回のキーマンだ。宇田海さんは挨拶だけ済ますと一歩後ろに下がる。

 

「さて、こうのんびりしていては時間がなくなってしまうかな?後で僕の研究室も案内しよう。まだ未公開の発明があるんだ」

 

「「「未公開!?」」」

 

ルナトリオが興奮して声を上げる。キザマロなんてメガネがズレ落ちてリアクション芸人みたいになっている。

 

…ダッフンダァ…。

 

「……」

 

宇田海さんは楽しそうに話す天地さんをじっと見つめていた。

 

う〜ん、これはキグナスの誘惑待ったなしかな?

 

▼ ▼ ▼

 

まずは玄関にある展示物を見て回る。

とはいっても玄関にある展示物といえば現物の宇宙服だけなのだが…。

この宇宙服は実際に宇宙で活動したものらしい。どうやら有名な人が着用していたようだ。

 

「ふむ、君も宇宙に興味があるのかい?」

 

「はい。宇宙は好きなんですよ。特に天体観測ですね」

 

「ほー、それはいいことを聞いた。今日のプログラムには無重力体験装置があるからね。綺麗な星も見えるし面白いと思うよ」

 

そういえばそんな場所があったことを思い出す。確かそこで誰かが何かさせられていたような。

 

あれ?

宇田海さんが電波変換したとこだっけ?

 

そうだ、擬似宇宙空間だっけ。

やったぜ、めちゃくちゃテンション上がる!!

 

「遅いですよ黒夜く〜ん!」

 

「食堂は待ってくれないんだぞ黒夜!」

 

いつの間にか先にゲートへと行っていたゴン太とキザマロが俺を呼ぶ。ゴン太の側にはスバルもいる。

連行されているようにしか見えないのはなぜだろうか。

 

ルナの姿が見えないが、一人で行ってしまったのだろうか。

 

食堂は待ってくれるとか館内で大声出すなとか色々言いたいことはあるものの、ゆっくりとゲートへと向かう。

 

因みに食堂が早朝から空いてるかどうかは知らない。

 

ゲートに天地さんからもらったQRコードをかざすと扉が開く。室内の照明が暗くなっているのは宇宙の雰囲気を出すためだろうか。

あちらこちらにウェーブホールがあるあたり、ここらの展示物の多くは電波が通っているんだろう。

 

未だ見ぬミステリーウェーブがここに…。

 

電波変換して探索したくなる衝動を抑える。ゴン太とキザマロがハイテンションになって他の人に迷惑をかける前になだめつつ、スバルとコミュニケーションを取ろうと努力する。

 

そうしないとものすごく気まずい雰囲気になる。

スバルが原因であることは言うまでもない。

むしろこの3年間コミュニケーション取ってなかったことを考えるとこうもなるかな〜。

 

ゆっくり時間をかけてほぐしていく必要があるね。

 

話を振ったときに大事なのは口挟まないことだ。説明してくれる時はちゃんと聞く。決して話の途中でズバズバと質問するのはよろしくない。質問をするなら一通りの話が終わってからだ。それでいてYESやNoで終わる質問や、同じ内容を聞くのではなくて場を盛り上げるような質問をしていく。

いつの間にかゴン太は話に飽きて先へ行った。キザマロは話を聞きたそうな様子だったが、ゴン太に首の根っこを引っ張られて退場していった。

 

スバルが展示物の方を向いて説明している間に行ったので不快な気分は与えていない…と思う。

もともと質問をしていたのは俺だけだしね?

 

「ブラックホール発生装置って…人類はそんなことまでできるようになったのか」

 

「なんだよその口ぶり…故障中みたいだけどね」

 

「そうね。それで、いい加減終わったかしら?」

 

いつの間にか呆れた様子のルナが俺たちに声をかける。

 

「ええい、また俺の邪魔をするかルナ!」

 

「あ・な・た・が邪魔してるのよ!!まったく、私の計画がめちゃくちゃだわ」

 

「ほ〜う…してその計画とは?」

 

「もちろん社会科見学の下見の計画よ」

 

一瞬どもったものの、うっかり漏らすようなことはしないらしい。

スバルはルナと俺を交互に見つめて少し顔を赤くする。自分が夢中になっていたことを思い出したのかもしれない。

 

「というわけですまないスバル。どうやら有意義な時間は終わりらしい」

 

「…そう」

 

せっかくいい雰囲気になっていたところだったんだけどな〜。

 

時間にして40分くらいかな。

一室を回るにしては随分と長い時間をかけたのも事実。ここは素直にルナに従うとしよう。

 

さて、次はどこを回るのかな〜。

おっとその前にトイレに寄るふりをしてミステリーウェーブでも探索してこようかな?

 

あ、ブラックホール発生装置の故障の原因を探ってみるのもありだね。

 

▼ ▼ ▼

 

次に案内してもらった場所はなんと天地さんの研究室だった。

 

場所は先ほどの展示室から玄関に戻った先。職員専用ゲートを通り抜けるときのドキドキはしばらく忘れられないかも。

ゲートを通り抜けて二つのエレベーターを使って上がった先。そこが天地さんの研究室だった。

 

地面にはスパナやドライバー、設計図や模造紙が乱雑に散らばっていた。それが尚更、日頃から使っている研究室だということを物語っている。

 

こういうジャンクなのほんとに好き。

きっと価値あるものばかりに違いない。

 

お、あれは宇田海さんの未発表研究、フライングジャケットだ。

 

「ここが僕の仕事場だ。散らかっているのは許してくれ。近々未発表研究の公に出す予定でね。その準備をしているんだよ」

 

この中で未発表の研究といったら宇田海さんのフライングジャケットと後ろの大きな作業台に乗せられたロケットくらいかな。

 

そんなことを考えていると早速キザマロが目をつけたようだ。

 

おっと、このあたりからボイスレコーダーで音声拾っておかなきゃ。

 

「これってなんですか?」

 

「お、それこそまさに僕が今開発している未公開研究の一つロケットの設計図だよ。まだエネルギー効率の見通しが微妙なところで…って難しかったなごめん、ごめん」

 

はい、今どこかで宇田海さんが昇進してキグナスに洗脳されました。

 

「な、なるほどこんなに細かいんですね。ん?これはなんです?」

 

流石キザマロ、目の付け所が違う。

 

「それはさっき紹介した助手の宇田海が開発しているフライングジャケットというものだ。僕の目から見ても非常に完成度が高くてね。うかうかしてると賞を逃しそうだよ、ハッハッハ!」

 

天地さんは本当に気さくな人だな〜。

確かにフライングジャケットって相当すごい代物だよね。だって、今まで不可能だった個人での自立飛行を確立しちゃうようなものだもん。

まあ、これが出回った未来は道路交通法だけじゃなくて空路交通法とかもできそうだけどね。

 

「おっと、そろそろ擬似宇宙ツアーの時間だ」

 

「擬似宇宙?なんだそれ食べれんのか?」

 

食べられるわけないでしょうこのおばか。

ほら見ろ、ルナが拳を構えてるぞ。耳真っ赤で恥ずかしそうだぞ、逃げろゴン太!

 

「ハッハッハ!ゴン太くんは本当に食べるのが好きなんだね。残念だけど食べられないよ。黒夜くんには言ったんだけど、擬似的な無重力を味わうことができる。宇宙ツアーというからには宇宙服だって着れちゃうんだぞ〜」

 

天地さんの言葉にみんなの喜ぶ声があがる。このあとになにが起こるか知っている俺はほんのすこしだけ同情したくなった。

 

あと、ゴン太はすこし悲しそうだった。



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宇田海深祐

次もできてるんですが、文字数が多すぎて試行錯誤中…。


「あ、あのときと同じです…」

 

思い返すのは数年前の出来事。あの上司が僕の発明を盗み、裏切ったあのときのことだ。

今回も同じだ。僕はまた同じ手口で乗せられてしまったんだ。

 

「ほうら、だからボクは言っただろう」

 

それでも、天地さんだけは…。

 

「で、でも僕は信じたかった。あ、天地さんは、そ、そんなことをする人じゃないって…」

 

「それでも彼は裏切った。これでわかったろう?世の中の本質…それは裏切りさ。君のように信じるものは報われない」

 

そうだ。

それでも天地さんは僕を裏切った。

 

…信じていたのに!

 

「い、いやだ。ま、またあんなおもいを繰り返すなんて…そ、そんな、嫌だ!」

 

次はどこに行けばいい?

頼る人は誰もいない。頼りたくもない。けど研究ができなくなるのは嫌だ。

 

「そうだ。だから彼が発表する前に潰すんだ」

 

「つ、潰す?」

 

「君にはその権利がある。だってあれは、君の物じゃないか」

 

あぁ、そうです。

あれは私の物です。

 

「そ、そうです。あ、あれは、わ、私が開発したんです…でも…」

 

天地さんは本当に?

何かの間違いじゃないんですか?

いや、でも、彼は私を裏切った。

 

あれ、裏切った?

本当に?

 

「なにを躊躇っているんだい?あぁ、そうか。心配なんだね。安心してよ、ボクは君の理解者。力を貸してあげよう。絶対的な力をね…」

 

▼ ▼ ▼

「擬似宇宙ツアーに参加される方ですね。まず注意をしたいと思います」

 

擬似宇宙ツアーの受付でがっしりとした体型のお兄さんの言葉に耳をすます。それとゴン太が寝ないように輪ゴムを用意する。

 

「擬似宇宙体験ツアーでは実際に無重力、無酸素の空間で行います。そのためこの酸素ボンベと宇宙服を必ず着用することをお願いしています。もしも心臓に持病をお持ちの方や気分が優れない方がおりましたら参加しないようにお願いします」

 

そう言ってお兄さんは一人ひとり宇宙服を手渡していく。一人ひとり手渡すのは顔色を確かめる意味もあるのかもしれない。

宇宙服の着方をレクチャーしてもらうと、後ろからお姉さんが酸素ボンベをかけてくれる。

 

この重い酸素ボンベをあんな細身のお姉さんが持ち上げただと!?

 

天地さんの最終確認のもと、重たい扉を開けて細いトンネルのような道を潜っていく。

これまた面白いことに歩いていたはずが段々と地面から足が離れ、身体が軽くなっていく。進むとさらに身体が軽くなる。足は完全に宙に浮き、手すりを掴んで先へ進んでいく。

ちょっとでも空気が入ればこうはならないだろう。故に、この仕組みがとても気になるけれど、多分教えてくれないだろうな〜。

 

やがて星々が輝く場所…宇宙へとたどり着いた。

 

すでに身体は完全に浮いていて、バランスを取るだけで精一杯。

キザマロは辛うじて姿勢を保っているようだけど、ゴン太は身体が重いせいか一度バランスを崩してからそのまま回転している。

 

哀れ、ゴン太…。

 

ルナも結構テンパっているようで、時折くるくると縦に回っている。

 

あれ、意外とキザマロって優秀なのでは?

 

対するスバルだがこちらはまったく問題がないようで最初こそ踏ん張っていたものの、今は自由に星空を眺めている。

 

あ、木星の模様の部分にHPメモリ10み〜つけた。

 

「さて皆様、改めまして擬似宇宙へようこそ…って、天地所長も参加なさるんですか?」

 

「今日は子どもたちの付き添いでね。僕のことは気にせずいつも通り頼むよ」

 

いや、所長が実際に見ていて『気にしないで頼むよ』は無理だと思うよ天地さん…。

 

「さて、どうでしょうか。まずは移動の仕方からゆっくりと学んでいきましょう」

 

擬似宇宙ツアーが始まった。

まずは移動の仕方や上下に移動する方法、向きの変え方など丁寧にやる。そのあとゆっくりと移動するガイドさんについて行って各惑星、それから宙に瞬く星々の説明が始まった。

時折スバルが持ち前の宇宙知識を発揮してルナトリオを驚かせたりと楽しげに進んでいった。

 

「さて、次にお見せするのは…」

 

『白鳥の舞です』

 

「…え?」

 

その言葉は、一体誰が言ったものだったか。

 

俺は納得する。

 

そういえばこんな感じで始まったんだと。

 

「う、宇田海くん?」

 

宇田海さんは丸い機材の上に立っていた。擬似とはいえ、酸素も重量もない宇宙空間を生身でだ。異常なことは誰でも理解できる。立っているのは星々を投映している大きなプラネタリウムの機材だろうか。それとも擬似宇宙を作り出している機材かな?

 

「私は生まれ変わりました」

 

どうやら宇田海さんはどこぞの仮面野郎だったようだ。これはまさしく人間やめるぞ宣言に違いない。

 

直後、まばゆい光が擬似宇宙に広がる。誰もが瞳を閉じる。そして次の瞬間、そこには確かに生まれ変わった男の姿があった。

背中から生えているのは羽だ。それもとても綺麗な白鳥の羽。全身は白とグレーでカラーリングされており、頭部は可愛らしい白鳥の顔がある。

 

これこそ宇田海さんとFM星人キグナスが電波変換した姿…キグナス・ウィングだ。

 

とてもわかりやすく説明するとストレッ○マン。

 

そう…あれはストレッ○マンの色を白とグレーにして、顔が出ていない頭部を白鳥の顔にした容姿をしているのだ。

白鳥を模した顔から伸びる黒い嘴がなんとも可愛らしい。

 

「キャー!!」

 

「か、怪物ですーー!!」

 

あれを怪物と呼んでいいのか!?

確かに怪物と呼んでも間違ってはないんだけどね。だって背中から羽生えてるし、飛んでるし、顔黒いし。

 

けれどこうして見ると、オックス・ファイアの方が何倍も怪物だったな〜。

 

「…」

 

無言のスバル。今まさに間違いなくウォーロックと何か交信しているに違いない。

 

「天地さん。私はあなたに罰を与えに来ました。私を裏切ったこと、後悔するといいです」

 

俺の瞳がキグナスから何かを感じとる。

 

「目をそらせ!」

 

俺自身もしっかりと目を瞑る。ここで目を開いているとこの後動けなくなってしまう。

 

『きゃ、身体が勝手に!?』『うわぁぁぁ!!』『なんです!?』

 

この声はルナトリオか。

初見ならばどうやっても回避は不可能だろう。もう少し早く言えたら良かったのかもしれないが、タイミングまでは分からなかった。

 

すぐなんとかするから許しておくれ。

 

瞳を開く。

俺とスバルが踊りにかかっていないことは気づいていないらしい。

それほどまでに天地さんに夢中というわけだ。

 

「さあ、力尽きるまで踊り続けるがいい!!」

 

「な、なぜだ!宇田海くん、なぜこんなことを!」

 

「わかったんですよ…裏切りこそが世の中の本質だってね。じきに酸素ボンベも尽きるでしょう。それまでこの宇宙を漂ってください」

 

キグナス・ウィングの姿が消える。

次に姿を見せたのはプラネタリウムを投映している機材のモニター。

 

『ここから見学させてもらいます。死の踊り…をね』

 

▼ ▼ ▼

 

みんなが踊り狂っている中で俺とスバルは何か外へ出る手段がないか必死に探していた。

実はそれはあっという間に見つかって今は扉は開いている。

 

宇宙大好きの俺たちに宇宙のヒントを出したら暗証番号なんて関係ないね。

 

入り口の扉はガイドさんが閉めていたことを思い出したのだ。

ガイドのお姉さんの身体をちょっと触ったのはいい思い出だ…別に変なとこは触ってないんだからね!

 

「どこ行くの、スバル?」

 

「な、何かこれを止める方法を探しに行ってくる!」

 

「そ、それなら俺も一緒に…」

 

別にやる意味もない茶番。

今更だけどウォーロックにはバレそうな気しかしない。というかバレてるのでは?

 

だってまず俺がキグナスの踊りを回避した時点でおかしいし。さらに気がついたらいなくなっててブラックエースがいるってそれもう確信犯じゃないですか〜。

 

スバルはそのまま扉から外へと出て行った。

 

「待ってよ〜!」

 

棒読みだがこうして叫んでおくことに意味がある。これで俺はスバルを探しに行って迷子になった設定にしておこう!

 

バレたらバレたでどうにでもなればいいさ。

 

え、投げやりだって?

人生諦めも肝心だよ。

 

ルナたちに軽く外へ出て助けを呼んでくると一言告げると扉とは真逆の方向に進む。

 

そのまま奥へ奥へと進んでいき、ルナたちの姿が見えなくなったところで電波変換。

そのまま擬似宇宙のウェーブロードへ移動する。スバルも今頃はウェーブホールを見つけて電波変換しているだろうか。

 

ん?

どこかで強力なノイズの流れがある…これは擬似宇宙空間の外側。

そうか、スバルがブラックホール発生装置を起動させたのかな?

 

さっき探索ついでにブラックホール発生装置の故障は直しておいたのであとは起動させるだけだったはず。因みに原因はウィルスでした。

中からモニターで見ているキグナス・ウィングももう俺の存在に気づいてるはず。何かしらの対策はされているだろう。

 

それでもどうこうできるわけはないけどね。

 

「ブラックエース、どうしてここに!?」

 

『お前…』

 

「シャラップ、ウォーロック。そりゃもちろん、勘だよスバル」

 

ウォーロックもお馬鹿さんではなかったようだ。

 

人間の時の周波数はウォーロックにすでに感知されている。ノイズがかかっていて周波数が乱れているとはいえ、電波世界に影響を与えない程度の放出では完全には隠せない。

一度ウォーロックを黙らせて何か言われる前にウェーブイン。

 

広がっていたのは無限の星々。

それらの星々が線で結ばれ星座の形を作っている。ウェーブロードも特殊なようで月や星の形が散りばめられていた。こんな状況でなければ素直に見惚れていたに違いない。

 

「いつも通りだけど話はなし、白金ルナ含めたみんなを助けないとね」

 

『何を企んでるのか知らねえが、キグナスの野郎はこの奥だ。奴のことだ…今頃にやけた顔をして弱っていく様子を見物してるに決まってる』

 

「君の友達、性格悪いのね」

 

『と、友達なんかじゃねえ!』

 

「今のロック、なんかデジャヴ…」

 

それは多分君自身だよスバル…。

 

綺麗に彩られたウェーブロードを歩いているとどことなく前世のゲームを思い出す。流星のロックマンではなく、マリ○カート。その中のコースの一つ、レインボーロード。最新のものではなく昔のコースによく似ていた。

 

だが、このコースには欠点が存在していた。

 

巨大な星が道を塞いでいる。

 

「早く先に進みたいのに!」

 

『落ち着けスバル。何か方法があるはずだ』

 

「その通り、例えばエリアのボスみたいなのを倒さなきゃいけなかったりね」

 

にこりと微笑んで上空を指差す。

 

『なるほどな…』

 

「へ、うえ?」

 

前回のオックス・ファイアのときは電脳世界にばら撒かれた鍵を拾うことで先に進むことができた。今回も何かしらギミックがあると踏んでいたが、間違ってなかった。

 

上空に浮かんで…いや、飛んでいたのはヒヨコだった。

あれ、ヒヨコじゃない?

アヒル?

ん、身体黄色いけど顔黒いよ?

 

やっぱヒヨコだって。

 

「クエーー!! そこのお前、何者だ!」

 

「うわ、喋った!?」

 

「クエーー! 俺様たちはシタッパー! キグナス様の忠実なしもべだ!」

 

『思い出したぜ。キグナスの手下には妙なアヒルどもがいると…』

 

やめてよ、ウォーロックそれ地雷だから…。

 

ウォーロックの言葉が運悪く聞こえてしまったようで、空に浮かぶシタッパーは怒ったような表情を見せて固まる。

 

「…いま、アヒルと言ったのか?」

 

「ダメだぞ、ウォーロック。あれはアヒルじゃなくてヒヨコだ。よく見ろ身体が黄色いじゃないか」

 

「クエーー!!許せな〜〜〜い!! 俺たちはれっきとした白鳥だ!」

 

「どう見てもヒヨコだろ!? 鏡見てこい!!」

 

思わずつっこんでしまった俺は悪くない。だってスバルも頷いていたもんね。

ウォーロックは『やりやがったこいつ』みたいなことボソって言ったけど、元はと言えばお前のせいだからな!!

 

「気にしてることをよくも〜!!クエーー!!くらえ、星のダンス!」

 

シタッパーがくるりと回ったかと思うと、巨大な星が轟音とともに落ちる。ほぼ同じタイミングで落ちてくる星を回避する。回避した後も星が落ち続けるあたり、『星のダンス』という名前は伊達ではないようだ。

 

うん、やっぱり範囲はあるみたいだね。

 

どうやら降ってくるエリアと降ってこないエリアがあるようだ。今回のギミックは間違いなくこれだ。この電脳世界全体に視界を広げてみるとあちらこちらにロケットが見受けられる。

 

あれでシタッパーを撃退していくのだろう。

 

「絶対にお前らを星屑にしてやるーー! みんな配置につけー!!」

 

上空に浮いていた総勢9羽のシタッパーはそれぞれの方向へと飛び立って行った。

全員で来た方がまだ勝ち目があったとは言わないでおこう。

未だにこのエリアに残っているシタッパーは上空で未だに星を落とし続けている。

スバルはバトルカードをウォーロックに食わせて対抗しようとしたようだが、高度が高すぎるせいか有効なダメージは与えられないでいる。

 

やはり、あのロケットを使う必要があるらしい。

 

星のダンスをくぐり抜けるのは至って簡単だった。やはり、シタッパーが一羽で落とせる量には限りがあるようだ。

 

「クエーー!! 当てられるもんなら当ててみろ!」

 

『スバル、ロケットの側面にレバーがあるのはわかるな。そのレバーを引っ張ってアヒルめがけてタイミングよく放せ』

 

「うん、わかった!」

 

スバルがロケットの側面のレバーを引っ張るとゆっくりとロケットのエンジンが始動していく。やがてロケットが完全に点火し今にも飛び立ちそうなところをギリギリまで抑える。

シタッパーは自分に当たるはずがないと思っているのか、挑発するように時折真上を通る。

 

ゲームでどうして遠くへ逃げないのか不思議に思ってたけど、シタッパーってお調子者だったんだね…キグナスの部下にしてはちょっとおかしいね。

 

やがて放たれたロケットは寸分たがわずシタッパーへと直撃し、爆発する。

 

「ググ、こ、これじゃやきとりだぜ。キグナス様、バンザーーーーーーーイ!!」

 

そんなことを言い残してシタッパーは消えて行った。

 

あ、こんなところに800Z…ワンタッチの差でウォーロックに取られました。



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キグナス・ウィング

やってしまったとは思います…が、後悔はしていません。

年内は一応これで終わりにしようかと思います。
またしばらく書き溜め増やします!

みなさん良い年末をお過ごしください!

次章予告を追加しました。


迫り来る星々を華麗に避けながら、俺は考えていた。

 

今更だけど飛べるんだから倒しに行けばよくね…と。

 

擬似宇宙の電脳1も大詰めに来ている。時折出てくる電波ウィルスをデリートしながら迫り来る星々を回避するのは至難の技だ。星のダンスのエリアではないところでウィルスが出る分には問題ないけど、どうしてもエリア内だとしんどい。

俺がついブラックホール3でHP160以下のウィルス全て無に帰すくらいには鬱陶しい。

 

これをみてウォーロックとスバルは戦慄していた。どうやらスバルのHPは160以上あるのだろう。

これでブラックホールに呑まれていたら洒落にならなかった…。

 

『反省はしてるけど、後悔はしてない。だってうざかったんだもん』などと言ってしまった手前、スバルに『飛べるからあいつ倒してくるね』とは言えないな。

 

健気にロケットのレバーを必死に引いてシタッパーを狙っているスバルにそんなとこ…口が裂けても言えない。

 

あ、HPメモリ20ゲット。

 

背に腹は変えられないのでいずれはブチ切れてやってしまいそうだが、擬似宇宙の電脳2へ入ってからにしようと思う。もちろん、今度はシタッパーの数も増えているだろうから手分けをする。

 

「き、キグナス様ーー!!」

 

この電脳最後のシタッパーが先ほどの三下台詞を吐き捨てて爆散したのを見送って擬似宇宙の電脳2へ移動する。

擬似宇宙の電脳2でも相変わらずキグナス・ウィングの姿は見当たらず、その行く手は巨大な星で塞がれていた。

 

「スバルここからはシタッパーの数が随分と増えるみたいだ。そこで手分けをしようと思う」

 

「で、でも大丈夫?」

 

『確かに問題はなさそうだが…本当にお前何考えてんだ?』

 

「強いて言えば鬱憤ばらし。悪くいったら八つ当たりかな?」

 

「どっちもどっちだよ!?」

 

「はっはー! それじゃまた後でねスバル」

 

スバルとウォーロックに軽く手を振ってノイズド・ウィングバーニアを使って宙を舞う。それをみたウォーロックとスバルが『そういや飛べるじゃん』みたいな顔をしたのは見てない。断じて見てない。

一度空中に飛んでしまえば機動力は大幅に上がる。まず、ウェーブロードに縛られなくていいのが大きい。次に空中に浮いているウィルスに対して手段が増える。そして飛ばないウィルスに対して抵抗すらもさせない理不尽すぎる蹂躙が可能となる。

 

『Ryusei Server Access』

 

視界に入ったバトルカードからスプレッドガン3を2枚選択するとどこぞのモビル○ーツのように空中で大きく旋回してとにかく連射する。

一度砲身から放たれたスプレッドガンはウェーブロードの地面にたどり着くまでに何度も拡散して降り注ぐ。空中のウィルスに対してはバスターレベルMAXの力を見せつける。

 

そして、次のカスタムゲージが溜まる。

 

後ろでウィルスたちが断末魔をあげる中、選んだバトルカードはインビジブルとエレキブレード3。インビジブルを使うと自身の身体の周波数が特別なものへと変化したことを感じる。どうやらこれのおかげで敵の攻撃を通り抜けることができるようだ。

星のダンスをくぐり抜けて来たことに対して怯えの声を漏らすシタッパーをエレキブレードで斬りつけてデリートする。

 

三下台詞を吐かせることすらさせずにシタッパーを消すとすぐさま次のシタッパーの元へと向かう。

 

もはやルートやギミックはガン無視だった。

 

▼ ▼ ▼

 

「……」

 

『…』

 

「ねえ、ロック…最初から」

 

『言うなスバル』

 

二人が思い出したのはいつかのバトルの台詞だ。

 

『俺の本来の戦闘スタイルは空中戦。だから俺は空から君たちをサポートするよ』…確かに彼はそう言ったことを2人は思い出したのだ。

黒夜が飛び立っていた方向では、雷が轟き乾いた銃声がこだまし小さな爆発がいくつも起こっている。

 

ロボットアニメでよくあるあれである。あの爆発が遠くで起こっていた。

 

『気をつけろスバル、一番やべえのはやっぱあいつだ』

 

「きっと裏ボスなんだろうなぁ…」

 

スバルとウォーロックの本音を本人が聞くことはなかった。

 

▼ ▼ ▼

 

それから約10分後。

 

「覚悟しろ、キグナス・ウィング!!」

 

「……」

 

『……』

 

無言の視線が痛い。

あれから片方側全てのシタッパーに物理的にトドメを刺しミステリーウェーブも全て回収して戻ってきた。そんな俺を待っていたのは無言で立っているスバルと物申してきそうなウォーロックだった。スバルからは責めるような眼差しを向けられ、ウォーロックからも呆れと責めの眼差しを向けられた俺は無言で逆側のシタッパーにトドメを刺しミステリーウェーブを回収してきた。

 

当然、逆側のミステリーウェーブはスバルに無言で差し出した。

 

先へ進んだ擬似宇宙の電脳4でもスバルの視線に負けて俺はシタッパーを狩り続けた。もうこれはシタッパーハンターと呼んでもらうしかないね。

ちなみに今回はスバルが地上の敵を担当してくれた。はしゃぎ過ぎてウィルスがノイズに当てられ暴走してしまったようだがスバルはしっかり仕留めてくれた。スバル優しい、ほんとにごめんよ。

 

因みにウィルスたちが強化された原因についてはウォーロックがしっかり解説してくれた。

 

そうして無言の圧力は続くのである。

 

「こんなところに人間? この周波数…ずいぶんと気持ち悪い周波数をしてますねあなた、何者です」

 

やっぱり電波体からすると俺の周波数は相当気持ち悪いらしい。

 

『ケッ。気持ち悪い周波数をしてんのはキグナス、お前もだぜ』

 

ちゃっかり『お前も』って言うあたり、ウォーロックの辛辣さが身にしみてくるよ。ほんと、ごめんって…。

 

「まさか、ウォーロックかい? フフフ、驚いた。こんなところで会うなんて。君ともあろうものがそんな小さな子どもに取り憑くとはね」

 

『そいつはお互い様だぜ。お前もそんな青瓢箪を利用してるじゃねえか』

 

「そんなことはないさ。彼の周波数は僕とよく合う。そうだろ?」

 

「裏切られたんです。フライングジャケットは私が開発したものなんです。天地さんはそれを…自分の手柄にしようと!!」

 

キグナス・ウィングの口調が急に変わったのは人格がキグナスから宇田海さんへと変わったからだ。

 

「そ、それは誤解だ! 僕はそんなこと決してしない! 誓ってもいい!」

 

どこかからか声が響いた。

この声は…天地さん?

どうやら今の会話は現実世界にも聞こえていたようだ。もしかしたらキグナス・ウィングの背後にあるモニターから映像も入っていたかもしれない。

 

つまり、俺の姿もばっちり?

 

ブラックエースに俺の面影はあまりないから大丈夫だとは思う。バイザーもついてるしね。

後はみんな回転で目を回してくれていると信じよう。

 

「聞こえていたんですか天地さん。今更何を言いだすかと思えば」

 

「本当だとも。僕は決してそんなことはしない!」

 

「天地さん、わたしはあなたに感謝しているんですよ。あなたのおかげで気づけたんです。裏切りこそがこの世の中の本質だと!」

 

タイミングはここしかない!

 

俺はここぞとばかりにあの時…天地さんの研究室を訪ねたときの音声を流す。

 

『これってなんですか?』

 

『お、それこそまさに僕が今開発している未公開研究の一つロケットの設計図だよ。まだエネルギー効率の見通しが微妙なところで…って難しかったなごめん、ごめん』

 

『な、なるほどこんなに細かいんですね。ん?これはなんです?』

 

『それはさっき紹介した助手の宇田海が開発しているフライングジャケットというものだ。僕の目から見ても非常に完成度が高くてね。うかうかしてると賞を逃しそうだよ、ハッハッハ!』

 

「!?」

 

「宇田海さん。これが真実だよ。おそらくあなたが聞いた『ケット』という言葉の正体。それはフライングジャケット(・・・)ではなくロケット(・・・)の『ケット』だ」

 

「そ、そんな…ば、バカなことが」

 

『惑わされるなこれは奴らの策略だ! 何度信じてきた! 何度裏切られてきた! 裏切りこそが世の中の真実。狡猾な手に嵌ってはいけないよ。君の理解者はボクただ1人…そうだろう?』

 

「そ、そう。そうでした。危ない…また僕は騙されるところでした」

 

『チッ…聞く耳持たねえじゃねえか!』

 

俺に八つ当たりしないでよウォーロック!

なんとかなるかもとは思っていたけど流石FM星人、洗脳の仕方はプロフェッショナルだ。

 

「違うよ宇田海さん。それは違う」

 

裏切りこそが世の中の真実?

そんなことはないさ。

だって、今回裏切ったのは宇田海さん…あなただ。あなたは自分の心が弱いばっかりに手を差し伸べてくれた天地さんを裏切ったんだ。

 

それを天地さんのせいにして…。

 

『気を引き締めろスバル! やらなきゃやられるのは俺たちだ!』

 

「裏切られるくらいなら…私が、私から傷つけてやるんだ!」

 

「この…わからずやぁぁぁぁ!!」

 

感情の高ぶりで思わず普段は抑えている背部のノイズドウィングバーニアの出力をあげてしまう。

 

電脳に湧き出るようにノイズが溢れ始める。

 

『Ryusei Server Access』

 

普段ではありえないノイズの量に流星サーバーのアクセスレベルが更に引き上げられるのと同時に、擬似宇宙の電脳にノイズがさらに増えていく。

ノイズウェーブ・デバウアラでそのノイズを吸収してユニットの稼働率を底上げしていく。

 

『なんてノイズ出しやがるッ!!』

 

「ここは擬似宇宙の電脳。ブラックホールがあってもおかしくない。見せてあげるよブラックエース本来の力をね」

 

あらかたのノイズを吸収しきって自分の力へと変換する。

 

今回はどちらも羽を有している。完全に空中戦になる。スバルとウォーロックには悪いけど、とどめは俺にやらせてもらおう。

オックス・ファイアの時同様、どうやらこちらは眼中にない。

 

『呆けてんじゃねえ! あいつの狙いは俺たちだ!』

 

瞬時に我を取り戻したスバルが腕をキャノンに変えてキグナスめがけて連射するが、当たらない。

 

大きく旋回して放たれたのはキグナス・ウィングの羽だ。柔らかそうなイメージのある羽だが、あれは矢のように飛ばすことができるのだ。

スバルは羽をシールドで防ぐと、水でできた衝撃波のようなものを放つ。

 

ワイドウェーブ1。

 

ゲームでは真ん中で撃てば回避不可能の強カードだが、キグナス・ウィングのいる場所はゲームのマスではない。無限に広がる空中だ。当然、避けることは可能。

 

「スバル、ウォーロック」

 

「なに?」

 

「今回は俺があいつを空中から叩き落とす。スバルはそこを狙ってくれ」

 

「わかった!」

 

その間にもキグナス・ウィングはスバルを狙って羽を放つ。俺は空中に飛びあがり、スバルとキグナス・ウィングの間に入ると先ほどスバルがしたようにシールドを張る。

 

本当にスバルしか見ていない。

 

ならばまずは…。

 

「お前の視線を釘付けにする!!」

 

もちろん物理でね。

 

キグナス・ウィングに向けて思いっきり息を吸って笛を吹く。

 

甲高い音が鳴り響いた直後、キグナス・ウィングの身体がこちらへと吸い寄せられてくる。

 

これはバトルカードホイッスルの効果だ。

 

そして吸い寄せられたキグナス・ウィングをシンクロフックXで殴りつけて地面へ叩き落とす。

3よりもさらにランクの高いバトルカード…それがランクXだ。

キグナス・ウィングが落ちていく先に待ち受けるのはグレネードボムを構えたスバル。

 

まさにキグナス・ウィングが地面と激突する寸前に投げられたそれは盛大な爆発を起こす。

 

このターンのバトルカードは使い切っているので上からエースバスターを乱射する。

 

その様子をスバルが唖然としてみているが、同情の余地はない。

 

え?

死体蹴り…常識でしょ?

 

というのは嘘だ。

グレネードごときでくたばるわけがない。どころかピンピンしてるはずだ。

 

カスタムゲージが溜まるのを待つ。

すでに手持ちのバトルカードの中にはあのカードがあった。

 

初めてではないが、俺がブラックエースを封印した原因となったバトルカード。

 

「スバル。とどめのときは合図するからウェーブアウトした方がいいよ。ウォーロックだけじゃなくて人体にも影響するかもしれないからね。あぁ、インビジブルは意味ないから気をつけてね」

 

カスタムゲージが溜まったのを確認してバトルカードを選択する。

 

キグナス・ウィングのHPは数字にするとどれくらいだろうか。原作ではそこまで高くなかった。

 

キグナス・ウィングがゆっくりと立ち上がる。その瞳はスバルではなく、確実にこちらを射抜いている。

 

再び空中へと飛翔すると向こうもこちらを追ってくる。後ろを振り返り、腕を払うと竜巻が現れる。

 

竜巻は竜巻でもその風の威力はカマイタチ。

 

巻き起こる風がキグナス・ウィングを切り刻む。

 

さらにそこへスバルが凄まじいスピードで突っ込んでいく。どうやら動きが竜巻に取られているところを狙う算段のようだ。

 

スバル自身はインビジブルを使っているのだろう。

 

腕の形は先ほど俺が使っていたものと同じグローブ…あれはシンクロフック!?

 

スバル、いつの間にそんなバトルカードを!?

 

竜巻をすり抜けたスバルが振りかぶった腕をキグナス・ウィングのみぞおちへ繰り出す。顔面にやらないあたり性格が悪い…多分無自覚なんだろうなぁ…。

 

大きく吹き飛ばされるキグナス・ウィングを放置するようなことは決してしない。

 

肉薄しようと試みる。

 

キグナス・ウィングもやられっぱなしではいない。

 

接近する俺に対して体勢を立て直し、持てる全ての方法で俺を引き離そうとする。

 

キグナス・ウィングが放つ羽の弾丸を避け、魔法のように召喚されるシタッパーをバルカンのごときバスターで蹴散らしていき肉薄する。下からはスバルがキャノンで援護してくれているおかげで、全部のシタッパーに注意を向ける必要はない。

ダンスのように回転する攻撃に関してはバスターで応戦し、ダメだと思えば回避することで事なきを得る。

 

そしてその瞬間はやってきた。

 

「スバル、ウェーブアウト!」

 

バトルカードを使う。

 

ノイズの出力がさらに増加する。

擬似宇宙の電脳が乱れ、先ほどまでキグナス・ウィングが嘲笑を浮かべながら眺めていたモニターの映像がノイズで見えなくなる。

 

「ここまでノイズ率を上昇させたのはずいぶんと久しぶりなんだ。だから、もしも加減を間違えちゃったらごめんね」

 

右腕のクリムゾンレギュレーターからノイズを高圧縮して作り出した結晶…クリムゾンを作り出す。だがそれは結晶体と呼べる程の硬さや形を持っていない。

曖昧で今にも溶けてしまいそうな脆いクリムゾン。それにさらにノイズを集中させていく。

 

出来上がったのは禍々しい紅黒い光。

 

それを天高く掲げ、キグナス・ウィングに目掛けてゆっくりと放る。だが、放られた光はその動作とは似合わぬ異常な速さでまるで結界のように広がる。

 

『ッ!!! スバル!! ウェーブアウトだ!』

 

「ロック!?」

 

『早くしろ! 手遅れになるぞッ!!』

 

スバルがウォーロックに無理やりウェーブアウトさせられたのを横目で見送る。

 

直後に出来上がったのは簡易的なブラックホールの球体。もしもこの場にスバルがいたら間違いなくあの球体に呑み込まれていただろう。

キグナス・ウィングはすでにあのブラックホールの球体の中だ。身動き一つ取れない、暗闇の世界に彼は捕らわれている。

 

さらに同じ要領で右腕のクリムゾンレギュレーターがクリムゾンとノイズで出来上がった紅黒い剣を作り出す。半ブラックホールといえばいいのか…あの球体ほど不完全ではないため、剣は形を維持している。

 

「ブラックエンド」

 

剣を構え、ブラックホールの球体の真横をすり抜ける。すれ違いざまに紅黒い巨大な剣の刃を球体に当て斬り裂く。

 

この剣の効果はグラビティ。

重力効果によって動けなくなる。

 

まあ、それもHPが残っていればだけどね。

 

「ギャラクシー!!」

 

球体が斬り裂かれたことによって外部からの光が入り込み、まるで球体の中から光が溢れているように錯覚する。その光が球体全体を包んだ直後、ノイズでできていたクリムゾンが爆発する。

 

ノイズによるブラックホールの爆発。

 

その様はもはや、惑星の爆発と言っていい。

 

充満していくノイズをノイズウェーブ・デバウアラで吸収していく。

 

爆発が収まっても小さな爆発が起きているのはキグナス・ウィングが崩壊しているからだろう。

 

「聞こ◆て…、宇田海くん。も◆やめ…僕の話を聞いてく…」

 

徐々に通信が回復してきたのはノイズが薄くなったからか。この声は天地さんだ。

 

「宇田海くん。君は何か勘違いをしている」

 

「この、声は…地さん」

 

キグナス・ウィングの声が途切れ途切れなのは彼がもう電波変換を維持しているだけの力がほとんど残されていないから。

そして宇田海さん自身のHPがほとんど無くなっているからだ。

 

…ごめんなさい、オーバーキルでした。

 

「僕は人の発明を横取りなんてしない」

 

「さっきの…録音、やはり…」

 

「本当です!僕が聞いたんです!綺麗なロケットの図面が気になったんです!」

 

この声はキザマロ。

どうやら踊りは無事に解けたようだ。

 

「あんなに楽しそうに…嬉しそうにあなたの研究を私たちに話してくれたのわ、他でもないおじさまよ!!」

 

ルナも元気そうで何よりだ。ということはゴン太も元気になっているんだろう。あれだけ踊り続けてよく脳が麻痺しなかったものだ。

 

「それでも! わ…しは!天地さん…」

 

そう。

それでも人を信じることができない。

それが宇田海さんという人間に刻まれた心の傷。

 

「なんだい?」

 

「ヘル、メット…とってくだ…さい」

 

キグナス・ウィングにもう動くだけの力は残されていない。俺はキグナス・ウィングに目で訴えられてこの電脳に新しい機能を追加する。

すぐにプログラミングができるわけないと思っているかもしれないが、簡単な話だ。

 

この世界は電波社会。

小学生だって簡単なプログラミングができる時代だ。

 

酸素を充満させるプログラミングではなく、外の出入り口とこの空間の扉を開ける程度のプログラミングなら俺にだってできる。

両方の扉を開けて空気を通す。おそらくモニターの前にいる天地さんたちの位置からでは気づかないだろう。

 

「…わかった」

 

それでも、天地さんはヘルメットを取った。

 

「確かに酸素があるが、充満してるとは言えないな。というかこれは少なすぎだぞ。まだまだだな宇田海」

 

若干苦しそうな天地さん。

 

ごめんなさい、それをやったの俺です。ほんとに、ごめんなさい。

 

「あぁ…」

 

宇田海さんが、自身の間違いを悟る。

キグナス・ウィングが消滅していく。

 

『そんな、馬鹿…ぎゃぁぁぉぁぁッ!?』

 

キグナスを必要としなくなったのだ。宇田海という人間の心の穴が埋まりかけている今、孤独につけこむFM星人の洗脳は意味をなさない。

 

「宇田海。僕は君を信用している。だって、僕の知ってる宇田海くんは発明で人を死なすようなことはしない。そうだろ、君は誰の目からみても優秀な科学者なんだから」

 

さらに続けて天地さんは言葉を紡ぐ。

 

「今の世の中にブラザーバンドが必要とされる理由。それは…つながりこそがこの世の中の本質だからだ」

 

「!!!」

 

「どんなに失望しても、絶望したとしてもそれはこの世の中の全てじゃない。もっと、目を凝らしてみてごらん。今君の前にも広がってるだろう?この世界の明るい部分が!」

 

それ以上言葉はいらなかった。

 

▼ ▼ ▼

 

事件の後、僕は全てをウォーロックから聞いた。

 

「ロックから聞いたよ。君が、ブラックエースなんだね…黒夜くん」

 

「そうだよ、スバル」

 

『隠してたわりに随分とあっさりバラすじゃねえか』

 

あの正体不明の電波体…ブラックエースだと気付いたのはウォーロックが言ったからだ。確かにキグナス・ウィングと戦っている間、彼の姿はどこにも見えなかった。

 

それでも信じられなかった。

 

「まあ、いつかはバレると思ってたからね。その時はその時でよかったんだよウォーロック」

 

『お前…俺の声を』

 

「声だけじゃなくて姿もばっちり見えてるよ。スバルのようにビジライザーがなくても裸眼でね」

 

「ビジライザーのことまで」

 

ビジライザーのことを知っているのは天地さんと持ち主である父さんだけ。

もしかしたら黒夜も僕の父さんのことを…。

 

「まあ、そのことはスバルが学校に来たときにでも話そうか。今日は俺もスバルも疲れてるし、帰って寝よう。というか帰らせてくださいお願いします」

 

大きく伸びをした黒夜の様子からは疲れは全く見えない。それでも、今日はなにも話してはくれないんだろうと僕の勘が告げている。

 

この喋り方は、この逃げ方は父さんのことを質問したときのウォーロックと一緒だ。

 

『最後に一つだけ聞かせろ』

 

「ん?」

 

『お前は、俺たちの敵か?』

 

「いや、それはないんじゃないかな…またねスバル、ウォーロック」

 

敵じゃない。

今はそれだけわかれば十分だった。




「おいおいウォーロッくん、ヒョロイは君のとこのスバルも同じだろ?」

『ウォーロッくんはやめろ、虫唾が走る』

「お久しぶりです五陽田さん」

「ふふ、ありがとう。それと…ひさしぶりだね」

「…なんでやねん」

「黒夜が女の子…連れて来た」

「響ミソラというブランドはお前たちの想像を遥かに超えるところにまで来ているんだよ!!」

電波変換がなければ…俺は無力だ。

社会的には子どもだし、身長だって高くない、力は大人なんかには到底及ばない。

そんな俺が、彼女にしてあげられること。

それは……。

「とりあえず、目の前にいる君くらいなんとかするって」

次章、『結ばれる絆』


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FM編 4 結ばれる絆(ハープ・ノート)
再会


あけましておめでとうございます!

とうとう新年。どのような年末を過ごされたでしょうか?
わたしは来年のごとく人気番組のダウン○ウンのあれで年を明かしました。

さて、前置きはこれくらいにして…。

今年もよろしくお願いします!


明星黒夜。

 

お前たちの進む先には大いなる災いが訪れるであろう。

 

お前(・・)に与えられた未来は二つ。

 

災いを打ち破る力を手にしていながら自らが災いとなり破滅する未来。そしてもう一つは正しく力を振るい、友と共に歩む戦いの未来。

 

どちらの未来を選ぶかはお前次第。ノイズの力、正しく使ってみせろ。

 

いつも、お前たちを見ているぞ…。

 

 

▼ ▼ ▼

 

そんな夢を見ました。

 

AM星の三賢者さんたちですね、わかります。

 

「…」

 

なぜだ!! なぜ俺が目をつけられた!

おかしいぞ、ここはスバルくんが目をつけられてスターフォースの力がうんちゃらかんちゃらでどうこうって話だったはず!?

 

ベッドの上でのたうち回る俺は母さんに叩き起こされて起床しました。

 

 

あれから数日後。

 

宇田海さんの記憶は曖昧だったものの、事件は幕を引いた。五陽田刑事が俺たちの電波を嗅ぎつけて到着したようだが、意味はなかった。俺がスバルに早く帰ることを促したのは五陽田さんがやって来てめんどくさくなること間違いなしだからだ。

 

予想通り、それから事情聴取が始まったみたいだしね。

 

幸い、宇田海さんは罪に問われることがなかった。理由として原因が不明であることと、天地さんや職員の擁護によるものだ。

 

あんな変人コスプレイヤーを宇田海さんだとは思わないよね。だって肌の色何色さあれ。

 

『そりゃ、あんなヒョロイ奴が事件を起こせるとは思わねえからだろうな』

 

「おいおいウォーロッくん、ヒョロイは君のとこもスバルも同じだろ?」

 

『ウォーロッくんはやめろ、虫唾が走る』

 

とことん嫌われたようで何よりである。

さて、見てわかる通り、俺のトランサーの中にいるのはご存知ウォーロックである。

なんでも俺に聞きたいことがあってわざわざやって来たんだとか。それより俺のトランサー多分ノイズだらけだけどそこんとこ大丈夫?

 

『それより、教えろ。いい加減スバルが起きちまうだろうが』

 

「俺が何者でどうして電波変換ができて、どうして裸眼で電波体が見えて、どうしてノイズの影響を受けないかだっけ…長いわ!」

 

ウォーロックが聞きたかったのは俺の根底に関わることだった。それもそのはず、こんな馬鹿げているスーパー地球人がいたらおったまげるに決まっているのだ。

 

ぶっ壊れもいいとこである。

 

というかお前はスバルのお母さんか!?

 

「二度手間は嫌いなんだよ、そういうのはスバルが学校に来てから2人で訪ねたまえウォーロッくん」

 

『チッ、本当にくえない奴だぜ。まあいい、俺もまだやることがある。今日はこのくらいにしといてやるぜ』

 

ウォーロックは三下のような台詞を吐き捨てると俺のトランサーから出てウェーブロードをたどって去っていった。最後に僅かに手を振ってくれたのはギャップを狙ったのだろうか。

母さんが仕事に行ってから早くも40分ほどが経ったか。ウォーロックも結構粘った方だと思う。

 

今日は事件のこともあって大事をとって学校は休ませてもらっている。全然元気だし、むしろやりたい放題やっちゃったのだから悪い気しかしない。

 

母さんの圧力には勝てなかった。

 

そんなとき、インターホンが鳴った。

こんな時間に誰かと思って出てみればそこに立っていたのは頭にツノを生やしたおっさん。

 

見覚えがある。

 

断じてセ○トくんではない。

 

「相変わらずこの家は異常にZ波が高い。そしてノイズも少量だが見受けられる…」

 

明らかに家宅への不法侵入をしているが、この人は警察官だから…いや、警察官こそやっちゃいけないのでは?

なにはともあれ、この人こそがサテラポリスに勤めている五陽田刑事だ。

以前から度々家を調べにきては不法侵入するのでもう慣れてしまった。

 

「お久しぶりです五陽田さん」

 

「おお、黒夜くん。久しぶりだな。相変わらず君の身体はZ波が高いな。それにノイズもあるみたいだ。定期的に病院には通うんだぞ」

 

「大丈夫ですよ。で、今回もまた調査ですか?」

 

「ああ、君ももうニュースでみただろうがコダマタウンの無差別破壊事件と先日の天地研究所で起きた事件。どちらも異常なZ波を待つ電波体によるものだと本官はみていてな」

 

「さらにだな、モノレールの事件以降5年前の異常電波が活動を再開した。奴はZ波とともに異常なノイズを放つ危険電波だ。なんとかせねば…」

 

言えない…それ全部俺のせいですなんて絶対に言えない。

スバルと違って本当に電波世界に影響を与えちゃうなんて絶対に言えない。

 

「む、本官は次のポイントへ急行しなければではまたな黒夜くん。お母さんを泣かせるんじゃないぞ〜!」

 

五陽田刑事は俺の家から出ていくと奇妙な走り方をしながら去っていった。

 

根は良い人なんだけどな〜。

 

とりあえず今日はやることがない。母さんが仕事を終えて帰ってくるのも午後16時ごろ。それまではほぼ自由時間と言っていい。せっかく休むのだから精一杯楽しまなければ…。

電波変換してウィルスバスティングをしたり、適当に歩き回ったりしてのほほんと過ごすことを決めると早速外へ出る。

 

外はまだまだあったかいけれどブランケットを持って展望台を目指す。まず最初は展望台でお昼寝をすると決めたのだ。

 

え、お昼じゃない?

さっき起きたばかりだろって?

 

小さいことは気にしない。寝る子は育つ。寝すぎて頭が痛くなり始めるのは10代後半からだよ。

 

電波変換していくほどの距離でもないので歩いて展望台へと向かう。道中、公園でそろそろ再開する予定のバトルカードショップ専門店を発見したが帰りに寄ることにしてスルー。

田中さんに言ったらきっと『敵情視察だッ!!』なんて言って乗り込みそうだ。

 

「…あ」

 

「…なんでやねん」

 

展望台にたどり着くとそこには先客がいた。

ここ1ヶ月でこれだけ出会うことはそうそうないだろう。もはやお馴染みとなりはじめた有名美少女シンガー…響ミソラ、その人である。ミソラちゃんは鳩が豆鉄砲くらったような顔で俺をじっと見つめる。やがてニッコリと微笑んで彼女はギターを弾きながら歌いはじめた。

 

ここには俺以外に誰もいない。

 

なんというか、心地よい気分がする。曲調はバラードほどゆっくりではないものの、聞いている人に安らぎを与えてくれる。それでいて力強い歌詞。

 

前回は声しか聞こえなかったけど、本人を目の前にして聞くとこうも違うのか…そりゃファンが増えるわけだよ。

 

やがて歌詞を言い終えたミソラちゃんがギターを鳴らす。それが最後だったのだろう。ギターの音が余韻となって響いた後に残るのは静寂のみ。

 

「どうだった?」

 

「優しい歌だったと思うよ」

 

「そう? よかった…新しく作った曲なんだけどこの曲だったらママも喜んでくれるかな」

 

「その新しい曲はお母さんに?」

 

きっともう亡くなっているお母さんに向けたものなんだろう。

 

「私が歌をつくるのはママのため。ママ、私が新しい曲を聞かせるたびに喜んでくれるんだ。ママ、聞いてくれた? とってもいい曲ができたよ…」

 

ミソラちゃんは空の方を向いて祈るように呟く。その姿は今にも消えてしまいそうなほどに儚かった。

ミソラちゃんの母親は喜んでいるだろうか、それとも憂いているだろうか。

 

「きっと、喜んでるよ」

 

優しく微笑んでいるに違いない。

 

「ふふ、ありがとう。それと…ひさしぶりだね」

 

ひさしぶりと言う程でもないのはモノレールの時に会っているからだ。あのときは電波変換してたし気づかなくて当然だけどね。ミソラちゃんが声で勘付いたかもと思ったけど杞憂だったようだ。

その後、経過はどうだろうか。あれからも音楽活動は続けているようだった。

 

「それでちゃんと警察には相談した?」

 

「…ううん。でも私はマネージャー(ストーカー)には負けないよ。私は、あの人の言うお金()のためだけに歌を歌ってるわけじゃないから」

 

「そっか。でも助けを呼ぶのは重要だからね。自分の心に正直にね」

 

「…ほんと、君には助けられてばかりだね。そろそろ行かなきゃ、またね」

 

ミソラちゃんが話している間、彼女の表情は始終憂いを帯びていた。その顔に張り付いた笑みは今にも崩れそうな脆く儚い笑み。

 

う〜ん、どうにかしてあげたいけどできることなんてないんだよな〜。

 

ものすごく嫌なことではあるが、俺が何かするよりもミソラちゃんがハープに出会った方が救いになる気がしてならない。

 

さてそれよりもやるべきことがあるな。

ミソラちゃんと話している間に近くに感じた知っている気配。

 

…そこか!!

 

「で、スバル…隠れてないで出てこいって」

 

『なんでわかんだよ、化け物かお前』

 

化け物扱いするんじゃありません。

実際にスバルがいることを知っていた(・・・・・)のもこのタイミングで展望台にミソラちゃんがいたことを考えてだ。

 

断じて気配を感じたわけではない。

 

「おー、ロック今朝ぶりだな元気しとぉや!!」

 

「黒夜くん、今の子って…」

 

お。スバルから下の名前で呼ばれるようになった。これはいい進歩だ。今までは君だったからね。

そういえば、天地研究所の事件でも帰りはルナトリオと一緒に帰ってたっけ。

 

微笑ましいことに『待ってよ〜』なんて言ってたな。

 

「俺もスバルって呼んでるんだからくん(・・)はなしだよ、スバル。で、さっきの子は超有名美少女シンガー、響ミソラだよ」

 

「やっぱり…」

 

あれれ?

確か原作では知らなかったはずなんだけどな〜。

 

「知ってるのか」

 

「前に一度だけね」

 

スバルもそれなりにカルチャーに目覚めているようで何よりである。流石にライブに行ってる姿は想像できないけどね…というか有り得ないか。

 

ん?

 

もしかして会ったことがある?

 

「そっか。まあ、俺の場合、一方的に知ってるだけで向こうは俺の名前なんて知らないと思うけどね」

 

そういえば自己紹介はしてなかったな〜。

名前教えないで連絡先だけ渡すってそれどんなストーカー?

 

…ストーカーは俺だったということか!!

 

自分の思わぬ失態に心の中で羞恥しているとウォーロックがスバルのトランサーから出てきて俺の前に立つ。

 

『お前のことだ。気づいて接触してるんだろ?』

 

「ん?なにを?」

 

真面目な声だ。

これは何かあったか?

 

『あいつがFM星人を吸い寄せるよな強力な孤独の周波数を放ってることだ』

 

「え、マジですか」

 

どうやら宇田海さんのときと同じく、ミソラちゃんもハープと合体待ったなしまで追い詰められていたようだ。

ということは今朝方ウォーロックが言っていた『やることがある』というのは尋常ではない孤独の周波数を発していたミソラちゃんの監視だったようだ。

 

まだハープには取り憑かれていないが、それも時間の問題。あれ、そういえばミソラちゃんのライブは明日…マジですか?

 

こんなに立て続けに事件が起こるって…そりゃ五陽田刑事が忙しいわけだよ。

 

スバルに話を聞いてみるとミソラちゃんの詳しい事情はほとんど知らないようだった。前に展望台でさっきのように歌を聞かせてもらったらしい。

 

最近は時折来てたのかな?

 

それで表情が気になったと…ふむふむ。

 

スバルもどうせ巻き込まれる運命にあるのだ。情報は共有しておくべきだろう。

とりあえず大まかな事情をスバルに話しておく。

 

要は『お母さんとの繋がりである歌を悪いマネージャーのお金稼ぎの道具にされて非行に走りそうな美少女戦士なんだよ』とまあこんな感じである。

 

マネージャーのことを悪く言い過ぎな気がするが小学生を働かせすぎるのは良くないぞ。

 

「なんとなく似てるって思った?」

 

「…別に、僕はあの子とは違うよ」

 

本質はそっくりなんだけどね…。

 

ここが、スバルとミソラちゃんのファーストコンタクトだと思っていたのだけと…。

 

なにはともかく、スバルにはこのあたりでブラザーを作ってもらいたい。

 

あ、俺でもいいよ。大歓迎です。

 

さて、今度はキグナスの時のようには行かない。

あれはやりすぎた…キグナス・ウィングは犠牲になったのだ。

 

聞けば擬似宇宙の電脳もボロボロにしてしまったようで、事件後の規制がなくても損壊が激しすぎて動かないらしいじゃないか。

 

天地さんほんとごめんなさい。

 

そのあとルナトリオが合流してくるのは目に見えてたのでスバルに丸投げして逃げてやった。

 

 

『いきなりゼット波がなんだとか、あんなことまでされたらお嫁に行けないわ!!』

 

とか言っていたけど五陽田さんなにしたのさ。

 

 

 



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ヘルプシグナル

ちょくちょくランキングに載るようになって感激です!

評価や感想、お気に入りありがとうございます!

※ミソラちゃんのお母様の亡くなったのが1年前と原作と違いますが、仕様です


ミソラちゃんのライブ当日。

 

昨日の会話をウェーブロードから盗み聞きしてやったが、どうやらゴン太とキザマロも来るらしい。なんでも徹夜で並んで買ったんだとか。

 

おい、小学生が徹夜して並ぶとかなにしてるのさ。

 

そして原作通りゴン太とキザマロはミソラちゃんのファンクラブに入会しているようだ。

本人たちは『早く休んで体力温存』なんて言っていたが、どうせ楽しみで寝れなかったに違いない。

 

え、俺だけとかやめてよね。

 

因みに会場はなんとこのコダマタウン。

よくもまあこの小さい街でライブすることをあのマネージャーが許したものだ。あのマネージャーなら迷わずヤシブタウンを選びそうなんだけどな〜。

 

そんなとき我が家のインターホンがなる。

 

誰か来たようだ。こうしている間にもインターホンが鳴り響いている。随分とマナーがなっていない御客様である。

 

これでピンポンダッシュだったら流石にキレるよ?

 

念のためボイスレコーダーのスイッチをONにしてドアを開ける。

 

「ミソラ、ミソラはいないか!?」

 

入ってきたのは茶色のメガネをかけたスーツのおっさん。ミソラミソラと言いながら家の中を徘徊するその様子はまさしく不審者。

思わず玄関に置いてあった竹刀をとって斬りかかったが俺は悪くない。

 

もちろん寸止めしたよ?

 

「す、すまない! おじさん人を探していてだな…」

 

若干腰を抜かした男に竹刀の切っ先を突きつける。

 

…あれ、なんか俺が悪者みたいになってないかこれ。

 

「ミソラって、あの響ミソラ?」

 

「なんで私がミソラを探しているって知っているんだ!! まさか君が!!」

 

「あなた、ほんとに訴えますよ?」

 

録音しておいたボイスを流す。

当然その中にはおっさんが『ミソラミソラ』と言っている声が流れる。

 

「ほ、本当にすまない。知っているなら話が早い。君、その響ミソラを見なかったかい? 今日はライブだというのにどこかへ行ってしまったんだ」

 

速報です…とうとうミソラちゃんが逃げ出しました!!

 

「とにかく、響ミソラを見つけたら教えてくれ!」

 

おっさんはそう行って俺の家から出ていった。連絡先も知らないのにどうやって教えろというのか甚だ疑問である。

 

さて、うかうかしてはいられない。まずはトランサーのヘルプシグナルを確認する。

 

やっぱりヘルプシグナルが発信されている。方角は展望台がある方向だ。

 

十中八九ミソラちゃんだ。

 

そしてもう一つ。

送られてきた一通のメール。差出人は匿名。

 

『助けて』

 

たったこれだけ…簡潔な内容のメールだった。

 

あのとき、『助けを求めること』を教えといたのがようやく実を結んだのだと思いたい。

すぐに支度をして家を出る。さっきのおっさんにバレないように電波変換して展望台を目指す。

 

展望台に向かう姿さえ見られなければ俺のアリバイは成立する。

電波変換したら完全犯罪できちゃうよね…サテラポリスいるから流石にバレるけど。

そのままウェーブロードを高速で移動して展望台に着くと誰もいないことを確認してウェーブアウト。

 

展望台の目の前の広場に立つ。

 

「ほんとに、来てくれたんだ」

 

機関車の影から出て来たのは、やっぱりミソラちゃんだ。嬉しそうな、だけど悲しそうなミソラちゃんの様子に顔をしかめる。相当追い詰められていたようだ。

 

「さっきさ、茶色のメガネをしたスーツのおっさんが俺の家に不法侵入したんだ。『ミソラ、ミソラはいないか!?』ってね」

 

「…そっか」

 

ちょっと似てたんだろう。ミソラちゃんから微笑みが溢れる。

 

…尊い…。

 

「それでメールを確認したら『助けて』っていうだけのメール。ちゃんと助けを呼んでくれたんだ。これで行かなきゃ酷すぎるでしょ」

 

「ふふ、そうだね。その君の言うおっさんが、私のストーカー。マネージャーなんだ。あの人はお金にしか目がないの」

 

「まあ、薄々そうだろうとは思ってたけどね」

 

「ライブなんて中止になればいいんだ」

 

ミソラちゃんのその声は悲しみだけではない。怒りのような感情が混ざっていることに気づく。

 

彼女は歌でお金を稼ぐことが嫌なのだろう。

有名になることも望んでなかったのかもしれない。

 

全てはお母さんのためと。

 

「……」

 

ミソラちゃんの静かな心の叫びに思わず黙る。

 

「お願い、私帰りたくないの。どこか人目のつかないところに連れてって。私、歌いたくない…これ以上はダメなの」

 

ここでどうこうしていても仕方ない。ミソラちゃんを連れてどこかへ身を隠す必要がある。だが、どこへ隠れろというのか。スバルだったら天地研究所へ連れて行くだろう。だが、あそこは今日は休館日だ。

 

事情を言えば中に入れてくれそうだが、スバルのようにそこまで関係があるわけでもない。それに前回の事件での罪悪感もある。またしても巻き込むのは申し訳ない。

 

ヤシブタウンのカードショップはどうだろう。

 

いや、あのショッピングモールは人が多すぎる。ミソラちゃんのライブに惹かれて多くの人がコダマタウンに来ていて危険すぎる。

 

もうこうなったら俺の家にあげちゃうか?

 

母さんになんて言われるかわからないけど、悪いようにはしないだろう。

 

「俺の家でもいい?」

 

「…うん」

 

「それじゃ、急ぐよ」

 

事前に用意しておいたコートをミソラちゃんに渡し、羽織らせる。無理矢理手を繋いでミソラちゃんを引っ張る。軽い。ちゃんとご飯を食べているのだろうか。

 

これじゃあまるで誘拐犯だな。

…あながち間違ってもないか。

 

それにしても今まで浮ついた話どころかぼっち街道まっしぐらだった俺が女の子…それも有名人を連れていくことになるとは我が母はどんなリアクションをするだろうか。

 

すれ違いざまにキザマロとすれ違う。ジョギングでもしているのだろう。結構しんどそうな顔をしている。

 

目が合ったのはほんの一瞬。

 

キザマロは軽く俺に手を上げて走り去っていく。

 

「ぼ、僕、とんでもないスキャンダルを見てしまったのでは…」

 

キザマロの呟いた言葉を聞いたものは誰1人としていない。

 

▼ ▼ ▼

 

「黒夜が女の子…連れて来た」

 

「母さ〜ん戻ってこ〜い」

 

というわけで初めて女の子を連れてきたことが母さんのキャパを大きく超したようで母さんは絶賛現実逃避中だった。

 

小学5年生なんだから友達くらい連れてくることもあるって…え、ブラザー?いませんけどなにか?

 

母さんとて今日ミソラちゃんがライブをすることを知っていたようなので断られるかと思いきやそんなことはなかった。しかもお茶菓子とお茶を用意してのウェルカムモードである。

 

我が母ながらなんという準備の早さ…。

 

「ま、女の子にはいろいろあるのよ。黒夜、少し上に行ってなさい」

 

「…なんでさ」

 

「少しお話するから黒夜は上。女の子の話に入り込むのはダメよ」

 

「いや、なんでさ」

 

とりあえず自分の部屋に行ってしまうあたり、母さんの教育は行き届いていると言っていいだろう…とでも思っていたか。

 

甘いぞ我が母よ!

 

実体でダメなら電波体になって覗くまでよ!

 

自分の家のウェーブロードから事の成り行きを見守るべく座る。

もちろん正座だ。通り過ぎていく電波体たちがみんな不思議そうな顔をして通り過ぎていくが関係ないね。

 

しばらくの間、母さんはミソラちゃんをジッと見つめていた。

何を話すわけでもなく、せんべいをバリボリと齧りながら。

 

失礼でしょうに!?

 

「それで、どうしたの?」

 

茶を啜り終えた母さんが口を開いた。

 

「え?」

 

「え?じゃないわよ。あなたのライブが今日なことくらい知ってるわ。黒夜と大スキャンダルなんてことはないんで…え、まさか本当に?うそ、まさかあの子…」

 

おい、やめてよね。

それはもう大事件で日本中の男から狙われるはめになりかねないから。

 

我が母ながら演技がうまいな…。

 

「…彼、黒夜くんって言うんですね。こんなに助けてもらってるのに名前も知らなかったんです」

 

そんな飄々とした母さんにミソラちゃんは苦笑いを浮かべたあと、俯く。

 

「まあ、あなたの顔みれば何かあることはわかるわ」

 

そういえば、ミソラちゃんに名前は教えていなかったかもしれない。

毎度会う状況が忙しなかったからな〜。

 

「さて、好きなだけゆっくりとこの家にいてくれていいのよ」

 

「え?」

 

「わけありなんでしょ?それに、黒夜が初めてお友達(・・・)をつれてきたんだもの」

 

「…」

 

「ブラザーだけがお友達じゃないわ。そんなこと言ったら黒夜は一人もブラザーいないからね。ぼっちよ、ぼっち。理由はどうであれ、黒夜があなたを家に連れて来た。それだけで私には十分な理由よ」

 

母さんやめて!?

ミソラちゃんに息子がぼっちだって暴露するのやめて!?

 

ほら、すごい微妙な顔してるよミソラちゃん。

 

どうしてだろう。

ものすごく良いことを言っているはずなのにこの微妙な気持ちは。

 

「ありがとうございます」

 

「なんだったらあなたが黒夜のブラザー第1号になってくれてもいいのよ?」

 

「ふふ、考えておきます」

 

満更でもなさそうなミソラちゃんに母さんはニコリと笑う。母さんがもっと真面目な話で根掘り葉掘り聞くと思っていたので拍子抜けなところもあるが、安心した。

 

ところどころ茶化すような発言はよろしくないけどね。

 

「さて、そろそろ黒夜とも話してらっしゃいな。あの子の部屋は階段を上がって右の部屋よ」

 

ミソラちゃんがお母さんにお辞儀してリビングを出たのを見て、急いで自分の部屋へと戻る。そしてウェーブアウト。

部屋を見回してみると、ズボラな自分の生活がよくわかる。残された時間は少ないのでどうしても見られたくないものだけしまって何事もなかったように椅子に座る。

コンコンという軽い音とともにミソラちゃんの声が聞こえたので返事をして扉を開ける。

 

何事もなかったかのように振る舞うのがキモだ。

 

ミソラちゃんは相変わらず憂いを帯びた表情を浮かべたまま、俺の部屋の中へ入る。俺の部屋が汚かったから顔をしかめたわけではない…と思いたい。

 

あとで絶対掃除してやる。

 

俺が先ほどまで座っていた椅子にミソラちゃんを座らせると俺もベッドに腰を下ろす。

 

気まずいような空気が俺とミソラちゃんの間に流れる。それは別にお互いが嫌なんじゃなくて、どうやって話を切り出したらいいのかわからないからに他ならない。

 

「ねぇ、天国ってあるのかな」

 

しばらくの間流れていた沈黙を破ったのはミソラちゃんだった。

 

「天国?」

 

これはお母さんの話かな?

 

「私のママね、去年亡くなったんだ」

 

「…」

 

突然の告白。

ミソラちゃんは窓から見える空をぼんやりと眺めながら、憂いを帯びた声でゆっくりと語り始める。

 

俺はそれに対して、無言を貫く。

 

俺から何か言うのは無粋だ。今はただ、ミソラちゃんの話に耳を傾けよう。

 

「私、ママとずっと二人暮らしだったんだ。ママ、もともと病弱で寝込みがちで一年中何も変わらない部屋の中で過ごす生活。退屈なんじゃないかって思って、思いついたのが歌だったの。春に咲く桜の花、夏の海、秋の紅葉、冬の雪…私が感じた綺麗で楽しいこと全部歌にして聞かせてあげたの」

 

ミソラちゃんの声音が変わる。思い出し笑いのように小さく微笑みながら語る。本当に楽しかったんだろう。綺麗な歌もたくさん歌えば、バカバカしいような歌もたくさん歌ったんだろう。

 

言葉から気持ちが伝わってくる。

 

「…」

 

目を瞑ってミソラちゃんの言葉を聞く。

 

「ママ、ほんとに喜んでくれて…。それから一緒に歌を作って歌ったりしたな〜。だからね、歌はママを繋ぐ絆なの。そんなある日、テレビで歌手のオーディションをしてたんだ。ママが私に音楽の才能があるからチャレンジしてみたらどうかって」

 

きっと、ミソラちゃんのお母さんは自分がいなくなったときの心の支えを見つけてもらおうとしたのだろう。自分がいなくなっても歌があれば前を向いていける…そんなことを願って。

 

「本物の歌手になれば喜んでくれるに違いない。オーディションのためにギターまで買ってくれて、それで必死に練習してオーディションを受けたの」

 

ギターはほんの数日でできるような楽器ではないことを俺も知っている。だから、ほんの少しだけだけどミソラちゃんの気持ちがわかる。

 

「私はオーディションに合格してデビューした。ママ、とっても喜んでくれてね…それからもっと喜ばせようと思って必死に歌ってきたの」

 

『でも…』と一拍おいてから、ミソラちゃんの表情に影が落ちる。先ほどよりもさらに悲しそうで今にも泣きそうな顔。

 

「歌を聞かせたかったママはもういない。遠くの世界に行っちゃった」

 

「だから、天国?」

 

頷きは肯定の証。

 

「今から1年前にね。あの空の向こうに行っちゃった…。マネージャーはファンのために歌えっていうけど結局はお金儲けのため。これ以上、辛い思いまでして歌いたくないの。だから逃げてきた」

 

「そっか。人ってさ…」

 

やけに下が騒がしい。

これはもうこの場所がマネージャーに見つかったのかもしれない。それに、展望台ですれ違ったキザマロがミソラちゃんを見た可能性も捨てきれない。

 

『ちょ、ちょっと、なんなんですかあなたたちは!?』

 

更に聞こえてきた母さんの叫びに似た声。その喧騒は徐々に大きくなっていく。俺の部屋へ近づいてきているのだ。

 

竹刀は下の部屋。

武器は何もない。

 

まずい、母さん!!

 

やがて俺の部屋の扉が強引に開かれる。

入ってきたのは例のマネージャーと数人の男。その後ろには母さんの姿。

 

「ミソラ!! 大変なことをしてくれたな!!」

 

「…マネージャー」

 

マネージャーはズカズカとミソラちゃんへ近寄ると胸ぐらが掴んで怒声を放つ。

 

「お前のおかげでライブは中止だ! どれほどの損害が出たか…わかっているのかッ!!」

 

やはりこの男は金のことしか頭にないのかもしれない。中止になったときの損害のことしか頭にないようだ。

こういうときはファンの心境とかを語るべきだろうに…。

 

「嫌ッ!! これ以上私とママの歌を汚したくないの!お願い、連れてかないで!」

 

「放せよ」

 

ミソラちゃんを引っ張るマネージャの手を強く掴む。

 

「お前は今朝の…そうか、お前がミソラを隠していたんだな」

 

マネージャーこちらを見るなり憎悪するかのように俺を睨む。あのとき俺を問い詰めたとしてもそこにミソラちゃんはいなかったから意味はない。

 

「この手を放せ」

 

尚も俺は睨みつけながら手を強く掴む。

 

「黒夜くん…」

 

「放せって言ってるだろうが!!」

 

後ろの男たちが動き出す。合計で4人の男たちが俺を取り囲む。この程度の人数、どうってことはない。だが、対処するには今掴んでいるこの男の手を放さなくてはならない。

どうしようもないのでとりあえず4人の対処にあたるべく男を放置することに決める。背後の男が俺の両腕を塞ごうとするのに対して肘打ちを食らわせる。

左右の男たちはそれを見て怒ったのかこちらに向けて握り拳を振るう。

 

それを躱そうとして、失敗した。

 

自分が電波変換していたときの慣れ。それが生身の身体へと染み渡っていたのだろう。後ろにあったのはウェーブロード(・・・・・・・)の道ではなく小さく狭い俺の部屋の壁。次に襲ったのは鈍い痛み。二発もらったが、一発はみぞおちにクリーンヒットしたらしい。

 

痛みで思わずうずくまる。

 

だが、気絶するまでにはいたっていない。

 

「黒夜くん!!」

 

「あんた、息子になんてことするのよ!!」

 

母さんの声を聞きながら、ゆっくりと起き上がる。

立ち上がった途端に俺の両手を男たちによって拘束される。

 

マネージャーは母さんを睨めつけながら俺を指差す。

 

「先に手を出してきたのはこいつだ! それにな。わかってるんだろうな。こちらはミソラの保護者だ。保護者がミソラを取り返し(・・・・)に来たんだぞ。正当性はこちらにある」

 

「本人の意思も聞かずに!!」

 

「響ミソラというブランドはお前たちの想像を遥かに超えるところにまで来ているんだよ!!」

 

マネージャーの怒声が俺の部屋にこだまする。

 

「ミソラちゃんはお前の道具じゃないんだぞ!!」

 

「うるさい!! 行くぞミソラ、わかっているな」

 

マネージャーは俺が男たちに固められて動かないことをいいことにミソラちゃんの腕を無理矢理掴んで歩き始める。

ミソラちゃんは俺を横目で見て、抵抗する素振りを見せずについて行く。

 

「……お世話になりました」

 

母さんにお辞儀をしてドアの方へ去って行くミソラちゃんの後ろ姿を睨め付ける。

 

「行くなよ!!」

 

俺だってマネージャーの言ったことも理解できるのだ。

ミソラちゃんは有名人。だからそれなりの責務が存在する。ファンというものは大事にしなくちゃいけないとか、楽しませなきゃいけないとかいろいろあるだろう。

 

ましてやライブを中止にするなんてのは絶対にしてはいけないことだというのはわかってるさ。

 

たけど、このマネージャーはミソラちゃんのことを道具としか思っていない。

 

それでも、君は行くの?

 

「黒夜くん、ごめんね。ヘルプシグナル見つけてくれて、助けてくれて…嬉しかったよ」

 

背中越しにそれだけ言い残すと部屋から出て行く。

 

静寂に包まれ、扉が閉まる。

 

残されたのは悔しそうな顔で扉を睨む母さんと未だに男たちに取り押さえられた惨めな俺。

 

「そんな顔して笑うなよ…」

 

呟いた言葉は本人には届かない。




次の投稿日は日曜日か月曜日を予定してます。


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ハープ

その後、男たちは何事もなかったかのように去っていった。母さんは『無用な問題を起こさないためだ』と言っていたがその真意はわからない。

 

あのとき、男たちを倒していたらミソラちゃんは連れていかれなかったのだろうか。

それでも、まだ伝えきれてない言葉がある。

 

電波変換がなければ…俺は無力だ。

 

社会的には子どもだし、身長だって高くない、力は大人なんかには到底及ばない。

 

そんな俺が、彼女にしてあげられること。

 

それは……。

 

▼ ▼ ▼

 

 

「ミソラ!!」

 

マネージャーの声に身体が、心が震える。

車の中で、思わずうずくまる。

 

「本当にえらいことをしでかしてくれたな!この損害はきっちりお前の歌で稼いでもらうからな!」

 

「…お金のためなんかに歌いたくない。私の歌はママを喜ばせるために…」

 

「ふん、いつまでそんな夢を見ているんだ? お前の歌はな、デビューした時点で商品なんだよ。俺がお前をあれこれ助けたのも、お前に商品としての価値を見出したからだ!さあ、これからもまだまだ稼いでもらうぞ…歌え、歌え、歌えッ!!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

呪詛のような言葉に耳を抑えて車から飛び出す。走って走って…息が切れても走り続ける。このままあの声を聞いていたら私までおかしくなってしまいそう。

 

あの男から逃げなければ…けど、どこへ?

 

気がついたときには目の前には壁があった。左右も道はなく、戻ることしかできない。

いっそのこと、ここに隠れてしまうしかないのかもしれない。

 

「ママ…助けて、ママ…」

 

『ポロロン。お金儲けのために歌を歌わせるなんて酷い大人ね…』

 

声が聞こえた。女の人で少し色っぽい声だ。

 

「誰!?」

 

『ポロロン…こっちこっち。私はここ、あなたの後ろ』

 

後ろをゆっくりと振り返る。そこにいたのはピンク色の琴。ただの琴ではないことはすぐにわかった。

 

目が、ついているからだ。そして口もピンク色の炎のような何かがユラユラと揺らめいている。

 

そんな琴が小さな丸い腕を私へ向ける。

 

『ワタシはハープ。ミソラ、あなたのことずっと見てたわ。音楽を愛する者としてね。あなたは音楽を力に変えることのできる選ばれた人間。あなたの音楽はあなただけのもの』

 

「私だけの…」

 

もしかしたらこの琴は音楽の精霊様かなにかなのだろうか。それとも私もとうとう気がおかしくなってしまったのだろうか。

 

琴は混乱する私に怪しく微笑んでいる。

 

『そうよ。あなたに歌うことを強要し、あなたの歌をお金で穢すやつらをみんな始末してしまえば、大切なママとの思い出も美しいまま。でもそのためにはあなた自身が力を持たなきゃ』

 

私に力さえあれば、あんなマネージャーをものともしない力があればこんなことにはならなかった。何度も立ち向かおうとした。でもあいつは権力を振りかざして、立ち向かうものは全て切り捨てた。

 

「そんな力…あったらとっくにやってるよ!」

 

『ふふっ。良い答えね。じゃあ、私を受け入れなさい』

 

「あなたを受け入れる?」

 

『そうすればワタシが力を貸してあげるわ。あなたが望んだ通りの力をね』

 

「ミソラ!!」

 

遠くからマネージャーの声が聞こえてくる。もう迷ってる暇はない。

 

私は今まで散々苦しんできた。その影であいつは高笑いしながらお金を儲けてきた。

 

私を…音楽を道具として扱ってきた!

 

私に力があれば、黒夜くんだってあんな男たちに暴力を振るわれなかったはずだ。

 

マネージャーが私を見つけて近づいてくる。その顔に張り付いているのは私を嘲笑うような笑み。

 

許せない。

 

そうだ、今度はあいつらが苦しめばいいんだ。

 

みんなみんな…私とママの歌を穢すやつなんか…。

 

『さぁ、音楽の力を思い知らせてあげましょう』

 

「消えちゃえばいいんだッ!!」

 

私がハープを受け入れる決心をした途端、私の視界を光が包む。

冷たい光だ。

その光が収まったとき、私の姿は変わっていた。別段、そのことには驚かない。むしろ湧き上がるような喜びを感じている。

 

力が溢れてくる。

 

背中に背負っていたピンク色の楽器を構える。

 

「何のつもりかは知らんが、帰るぞミソラ!」

 

「…消えちゃえ!!」

 

弦を思いっきり掻き鳴らす。

 

さぁ、ここから私の復讐を始めるんだ。

 

 

▼ ▼ ▼

 

「黒夜くんと一緒にいたあの子は、ミソラちゃんなんじゃないですか!?」

 

「答えろ黒夜!」

 

「…」

 

外に出た俺を待っていたのは、待ち構えていたかのように立っていたキザマロとゴン太だった。ルナの姿は見当たらない。

 

「僕、見ちゃったんです。さっき、君がミソラちゃんに黒いコートを渡したところ」

 

キザマロとすれ違った時にはもうミソラちゃんはコートを被っていたから大丈夫だと思っていたが、その前から見られていたらしい。

 

「俺はスーツを着たやつらがお前の家になだれ込んで行く様子を見たぜ」

 

ゴン太が見たのはマネージャーと取り巻きの男たち。

 

「これが意味することは…黒夜くん、ミソラちゃんのライブが中止になったことに関係しているということです」

 

「キザマロ、ゴン太も言いたいことがあるのはわかる。だが、今は時間がないんだ」

 

「僕たちにとってもこれは重大すぎる問題ですよ黒夜くん」

 

キザマロも引き下がる様子はない。お互いに睨み合う。まさに一触即発だ。

ゴン太とキザマロに勝ち目がないことは本人たちが一番わかっているはずだ。それでも立ち向かってくるのはそれほどまでにミソラちゃんのライブを楽しみにしていたからに他ならない。

 

ミソラちゃん、こういう人がいるんだよ。

この街には、世界には君の歌を待っている人がいるんだよ。

 

そんな中、視界の端で何かを見つけた。

 

目の前は道路が広がっているのだから歩行者や車は当然ある。だが、俺の目に映ったのは現実のものではない、異質な何か。

ピンク色のボディーに黄色いバイザー、そしてすでに構えられた楽器。

 

色は体と同じピンク色。

その長さはギター。だが、その弦は琴のようにも見えた。

 

そいつの口元が動いたのと同時に俺もキザマロの前に立つ。

 

「逃げようたってそうはいきません!」

 

だが、俺の行動理由を知らないキザマロは勘違いし俺の行く手を遮るように立つ。

結果、キザマロが放たれた何かに当たって気絶したのは必然だった。

キザマロが倒れたことに驚く暇もなく、続いてゴン太が倒れる。

 

あの技は知っている。

 

ハープノートの必殺技の代名詞と言える技…ショックノート。

 

間違いない。

 

ミソラちゃんがFM星人であるハープと電波変換した姿。

 

それこそ目の前に立っている少女、ハープ・ノート。

 

『あのボウヤ、こっちが見えるみたいね』

 

「ミソラちゃん…」

 

ミソラちゃんをじっと見つめる。

 

ミソラちゃんは俺に何か言葉を返すわけでもなくこちらを見つめ返す。

そんなミソラちゃんの横に琴座のFM星人であるハープが姿をあらわす。

 

『かわいいボウヤ、あなたは何者かしら? 人間でありながら私たちが見えるはずないもの。それにあなたのその周波数…明らかに普通の人間とは違うわよ』

 

流石、琴座のFM星人という名前は伊達じゃないね。ウォーロックでも見抜けなかった細かい(・・・)ことに初見で気づいたよ。

 

それでも俺は人間だ。

 

「俺は人間だよ」

 

『まあいいわ。ハープ・ノート、あなたの知り合いかもしれないけれどこれもあなたのため。そしてあの子のため。今は眠ってもらいましょう』

 

「ダメだ、ミソラちゃん!」

 

「私の邪魔、しないで!!」

 

構えたギターから放たれた音符の波を横に飛んで回避する。ハープ・ノートの姿が見えているのは俺だけだから路上で突然転がりだした俺は変人認定されたに違いない。

 

背に腹は変えられないのさ!

 

だが、その歩いている人や車も流れ弾のショックノートに当たってやられて行く。

 

今頃ウォーロックたちも異変に気付いて行動を始めているに違いない。ただ今回はスバルの全く知らないところで起きていることもあって2人が動くかどうかは微妙だ。

 

「音波を操るFM星人、だったっけ!?」

 

飛んでくる様々な音波をドレッジロールを繰り返して回避し続ける。これは相当目が回る。

ハープ・ノートの攻撃が当たらないのは決して俺の回避が上手いからではない。ハープ・ノートとしてではなく、ミソラちゃんが俺を傷つけないようにしてるからだ。

 

そんなにミソラちゃんから大切に思われてるのはとっても嬉しいんだけどね!

 

身体能力がやけに高いのは剣道の賜物だろう。

 

「おねがい眠って! 君は傷つけたくないの!」

 

「攻撃しながらよく言うよ!」

 

ミソラちゃんがピックを持ち替える。

 

俺にはわかる!

あのピックの形、そして持ち方からしてあれは早弾きの構えだ!

 

幾ら何でも避けきれない…咄嗟にそのことに理解した俺は路地を曲がり壁に隠れる。

壁越しから伝わる音波の波をそのままやり過ごす。

 

『あのボウヤ…いいわ、ミソラ。あなたも彼を傷つけるのは不本意なようだし行きましょう』

 

「うん」

 

ボソボソと何かを言っているがこちらまで聞こえない。だが、命拾いしたことだけはわかった。壁から顔を出して確認したときにはミソラちゃんの姿はそこにはなかった。

ミソラちゃんは無差別に人を襲っているに違いない。スバルが止めていてくれれば良いんだけどスバルも今ハープ・ノートを追っているところだろう。

 

安全を確保したところで電波変換。そのままウェーブロードへ移動する。

そんなコダマタウンのウェーブロードにはもう見慣れている少年が1人。

 

『来たか!』

 

そんなスーパード○パッチみたいなこと言わないでよウォーロック。

 

「黒夜くん」

 

くんはやめて欲しかったのだが、なかなか抜けないようだ。というか素ならもうそれでいいですごめんなさい。

 

いつも通り真っ青なロックマンを見て、俺は考える。

 

このロックマン、強化しなくては!!…と。

 

俺がAM星の三賢者に目をつけられたのも力を振るったからだ。ならば、スバルも力を振るえばいい。

 

もちろん正しくね。

 

ゆくゆくは試練を突破してもらって三賢者から力を授からなければならない。

 

 

そのためには…。

 

「こんな時にあれだけどさ、スバルお金は持ってる?」

 

「最近のウィルスバスティングのおかげであるけど…」

 

「よし、HPメモリ買ってこい」

 

HPの底上げである。

スバルもそれなりにHPがあるとは思うが、それでも少し心もとない。俺がHPメモリを取っていることももちろんだが、スバルは言わなければショップなどで買おうとしないだろう。

 

もしかしたら、HPメモリの存在すらよくわかってないのでは?

 

光の速さでウェーブロードの上を移動し、HPメモリを買い終わると行動開始だ。

こんな時でもウィルスは空気をよまずに俺たちの前に姿を現わす。FM星から地球を破壊するべく送られてくるのは知っていたけど、やっぱりこいつらってハープの支配下にあるのかな?

 

スバルが腕をソードへと変えて斬りかかる。

 

スバルとの連携も随分慣れてきたものでなんとなくやろうとしていることが理解できるようになった。

スバルが突撃している間に空中からスバルの背後を狙うウィルスをバスターで牽制し、スバルを援護する。

 

そんなことを繰り返しながら十字路へ差し掛かった時、不意に甲高いギターの音が響き渡った。

 

ハープ・ノートのいる場所からここまで随分と距離がある。それでも音波を電波に変換しているとすればやってやれないことじゃない。

 

『気をつけろスバル! 何かくる!』

 

「バスターを構えろ! あれはハープ・ノートの音波攻撃だ!」

 

『なるほどな。撃ち落とせスバルッ!!」

 

「うん!」

 

スバルは地上から、そして俺は空中から迫り来る音波の波を撃ち落としていく。

バスターが命中した音波はそれぞれが何かしらの音を立てて消えていく。

 

俺たちが撃ち落としていく順番が正しかったのか、偶然か、はたまた意図したものなのかわからない。だが、確かに音波の波は歌だった。

 

聞いたことのない歌だ。

 

『よし、もう音波攻撃はこないな…先を急ぐぜ』

 

「行こう!」

 

スバルとウォーロックに促されて考えることをやめ、先へ進んでいく。

何度か繰り返しくる音波攻撃への対処は1回目の攻撃で慣れてしまったのもあってそこから先の音波攻撃を無事に潜り抜ける。

 

その度に足元にZやらHPメモリやらが落ちているので何かのゲームをしている気分になってくる。

 

一攫千金とはこのことてある。

 

もちろん、HPメモリはスバルにあげてます。お金は山分け…え、悪い人みたい?

 

いえ、合法です。

 

そしてハープ・ノートの前にたどり着く。

 

『その音色。おかしな人間だと思ったけどそういうことだったのねボウヤ』

 

「だから俺は人間だって」

 

確かに俺の生まれは特殊だが、人間は人間だ。

それを否定される謂れはどこにもない。

 

『ええ、それはもちろん』

 

ハープが満足気なのは俺の存在を看破したからスッキリしたのだろう。

 

「黒夜くん…なの?」

 

「さっきぶりだねミソラちゃん。やめなよ、こんなことしたって…」

 

「私はッ!! 私はハープ・ノート。邪魔、しないで。これ以上邪魔をするなら…たとえ黒夜くんでも容赦はしない」

 

それだけ行ってミソラちゃんは去っていった。

 

う〜ん、やっぱり年頃の子を説得するのは難しいな〜。



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ハープ・ノート

とりあえずハープ・ノート編はこれでおしまいです。

描くのって難しいですね…。

めちゃくちゃ長くなってしまいました笑
分ければよかったんですけどわける場所を見失い断念。

読みづらいかもしれません。

次章の執筆を進めるので少し間が空きます!


ミソラちゃんが去っていった場所で俺たちは立っていた。何をするわけでも、作戦会議をするわけでもなくそこにただ立っていた。

 

俺は、迷っていた。

 

もちろん、どうやって彼女を説得するかだ。

 

『おい、この先あの女を追うんなら甘さは捨てろ』

 

「…ロック!」

 

スバルがウォーロックを咎めるが、ウォーロックは間違っていない。あの場でハープ・ノートを仕留めていればそれで今回の事件はそれで終わりだったのだ。

 

それで街の人間はこれ以上音波攻撃に晒されずに済む。

 

『お前ならわかってるはずだぜ、明星黒夜。さっきの場面で2人がかりならここであの女を止めることはできた。そうしなかったんじゃねえ、できなかったんだろ』

 

「だからってそんな言い…」

 

「いいんだスバル」

 

そう…間違ってない。

 

スバルが黙る。

だか、少しの静寂の後、ゆっくりと口を開いた。

 

「…僕は君のことを良く知らない。響ミソラのこともよくは知らない」

 

「スバル?」

 

意外だった。

スバルが意見を述べることが。

 

その言葉に耳を傾ける。

その言葉に、今の俺を打開する何かが秘められている気がして。

 

「好きにしたらいいんじゃない? 本当は誰とも関わりたくない。だけど傷ついてる人は放っておけない。だから僕はここにいる」

 

思い出す。

何がしたかったのか。

何を伝えたかったのか。

どうしようと考えていたのか。

 

「ああ、ありがとう。そうだ…そうだったよスバル」

 

「??」

 

「今はそれでいいさ。いずれスバルにもわかる」

 

足を踏み出す。

続く先は展望台の電波。

 

この先にミソラちゃんがいる。

 

▼ ▼ ▼

 

『ギター ノ ヨウナ モノヲ モッタ デンパヲ ミマシタ アレハイッタイ…』

 

『デンパがちゃんと喋っただと!?』

 

おい、やめろよウォーロックそういうこと言うの。

ノイズ率が低ければちゃんと影響しないくらいに制御できるんだからね。

 

ウォーロックが精神的にダメージを与えくるのに耐えながら先へ進む。本当に嫌われているがそんなに心当たりは…あり過ぎた。でも仕方ないんだもんね!

 

現実逃避である。

 

展望台のウェーブロードは普通に移動しようとすると迷宮のように複雑になっている。

 

『バスターを構えろ、くるぞ!』

 

そうして再び音波攻撃がこちらを襲う。

その音波の数は先ほどよりも明らかに多い。ミソラちゃんが邪魔をするなら容赦しないと宣言した通りになっているようで何よりである。

しかしながらバスターレベルMAXを誇るブラックエースにそんなものは通用しない。

空中から回転しながらバスターを放つだけで全ての音波を撃ち落とすことができる。撃ち漏らしたとしても安心安全。スバルとウォーロックの精密射撃によって確実に撃ち落とす。

 

これが本当の二段構えってね。

 

「あれ、なにか落ちてる…」

 

スバルは700Zをゲットした。

 

HPメモリじゃないのは残念だが、お金が貯まればバトルカードもHPメモリも買える。さらにミステリーウェーブを見つけてはスバルに回収させてがっぽがっぽだ。

 

『サッキ オンナノコ ノヨウナ スガタヲ シタ デンパガ ムコウニ イキマシタ。 ケッコウ ワタシノ コノミノ タイプ デシタヨ ビビビッ!』

 

「デンパくんに好みなんてあるんだ…」

 

「デンパくんって何者さ」

 

『デンパはデンパだろ』

 

三者三様の感想を述べて先を急ぐ。時折ハープ・ノートの居場所を探すためにこうしてデンパくんに話しかけているのだが、みんな関係ない事を話してくれるのでついツッコミを入れてしまうのである。

やれ好みのデンパだの、やれ騒がしいだの、ギターがどうだの、お前ら危機感0か!?

 

実際、今回の事件は電波世界にはあまり関係ない珍しいタイプではあるが…。

 

今までの事件は現実世界に害していたのももちろんだが、電波世界をも大きく巻き込んだものだった。オックス・ファイアの時のセキュリティウォールやキグナス・ウィングのとき行く手を塞いでいた惑星やシタッパーがそうだ。

 

展望台の電波の一番奥。

その場所にハープ・ノートはいた。

後退する場所はもうない。ここで終わらせるしかない。

 

「お願い、もう私に構わないで!!」

 

「そういうわけにはいかないよ」

 

ハープ・ノートに戦闘態勢をとるスバル。

 

「君は…あのときの?」

 

「僕も…君と同じなんだ。だから僕も君の気持ちが痛いほどわかる」

 

ミソラちゃんはきっと止まらない。なにをいってもミソラちゃんの感情を無駄に昂らせるだけだ。

 

とにかくお話ができるくらいまでにO☆HA☆NA☆SIが必要かな?

 

スバルの言葉に『それに』と加えて俺は続ける。

 

「ミソラちゃんの気持ちはよくわかる。だけど、それ(・・)で人を傷つけるのは違うでしょうに」

 

音楽は人を傷つける武器じゃない。

それが君にとってなんだったのか、思い出してもらわねば。

 

「あなたたちに私の何がわかるっていうのよ!!わかるはずがないのよ!」

 

自分の周りにいくつものアンプを召喚したハープ・ノートがギターの弦を思いっきり掻き鳴らす。

それと同時に、全てのアンプから今までの比にならない量の音波が俺たちに放たれた。

 

ハープ・ノートの持っているギターと召喚したアンプは電波によって繋がっているようだ。

 

シールドがいらないアンプってなにさ!?

Bluetoothかな!?

 

大量の音波の波が俺たちの視界からミソラちゃんを隠す。

 

「なにもわかってないくせに!!」

 

さらに音波が増していく。

 

『スバル!!』

 

この量はバスターでは無理だと判断したのだろう。スバルはウォーロックに促されてバトルカードを消費して腕の形状を変化させる。

俺も流星サーバーにアクセスしバトルカードをダウンロードして、音波攻撃の元であるアンプの破壊を狙う。

 

想像以上の音波攻撃に少し足止めをくらった俺たち。

 

やがて何もなくなったそこにはハープ・ノートの姿はない。

 

『チッ、あの女逃げやがったか』

 

「でもどこに?」

 

周りを見渡す。

すると遥か彼方、空の上を飛んでいる飛行物体が一つ。

飛行機にしては珍しく、ドローンにしては小さすぎる。

 

あれは…。

 

「ミソラちゃん、君飛べるんかい」

 

音譜に乗ったハープ・ノートだった。

 

あの方向は天地研究所?

どうして天地研究所に?

 

疑問は尽きないがひとこと言わせて欲しい…音譜に乗って空を飛ぶってそれどんな魔法少女?

 

「ロック、僕らも飛べないの?」

 

『オレだけなら飛んでいけるがロックマンの状態では無理だな』

 

「俺は飛べるから飛んでいくけど、どうする?」

 

『そいつは無理だな。そんなノイズの塊みたいな奴に接触されたらオレの頭が狂っちまう。オレたちはウェーブロードをたどっていくから先へ行きな』

 

「直ぐに追いつくよ!」

 

「わかった。それじゃ、先行くな」

 

ノイズドウィングバーニアをより広く開いて空を駆ける。ウェーブロードがなくたって電波は光の速度で動くことができる。それは空を飛ぶことができる電波に限られる。

 

故にスバルをウェーブロードから行く方法を選んだ。

 

電波は世界のいたるところと繋がっている。ウェーブロードをたどっていけば世界にだっていけてしまうのだ。

まあ、その際は日本でいう高速道路みたいなところを通らなきゃいけないんだけどね。

 

あっという間に天地研究所へ辿り着く。

 

天地さん、またしても巻き込んでしまい本当に申し訳ありません。

まだキグナス・ウィングのときの傷跡が癒えていないのにこの始末である。

天地さんにも田中さん同様、頭が上がらなくなりそうだ。

 

ウェーブロードへと上がり先へ進む。

 

スバルも後少ししたら到着するだろう。俺が来たことを勘付いたのか音波攻撃が襲う。

 

「もうそれには飽きたんだよ!!」

 

エースバスターで迎えうちつつ、先ほど読み込ませておいたギガクラスカードを使用する。

 

腕には特に変化がない。

だが、俺の真横に四角いボックスのようなものが姿を現わす。その後、俺の手には長方形の小さなスイッチが現れた。

迫りくる音波をロックオンすると躊躇いもなくそのスイッチを押す。

 

途端、真横にあった四角いボックスから轟音とともに何かが飛び出していく。発射されたその数12。

それらはこちらへ向かってくる音波に向かって一直線。やがて衝突し爆発を起こす。

その爆発の爆風によって別の音波が巻き込まれて消えていく。連鎖による大爆発。

 

煙が消えて残ったものはなにもない。

 

ギガクラスバトルカード…デストロイミサイル。

 

威力50と低めなこのカードだが、広範囲のウィルスにダメージを与えられることから最初は重宝していたものである。

 

現実で見ると凄まじいけどね。

ゲームでこんなもの使ってたのか…恐ろしい。

 

『ほんと…恐ろしいわね』

 

先へ待ち構えていたハープ・ノート。

その隣には可視化したハープの姿。

 

ハープがそう言ったのは先ほどの光景を見ていたからだろう。あのミサイルが自分を狙っていたらと思うと、俺だって寒気がする。

 

「俺もちょうどそう思ってたとこだよ」

 

おちゃらけた様子の俺をハープ・ノートは深刻な顔をして見つめる。

 

「黒夜くん…君は一体…」

 

そりゃもうミソラちゃんからしたら人外みたいなもんですからね…えぇ、わかりますとも。

 

「黒夜くーん!」

 

後ろからはスバルが追いついてくる。音波攻撃はもうこないからここまで来るのは簡単だったろう。

 

「なんで…なんで君たちは私の邪魔をするの?」

 

「そりゃ、ミソラちゃんにそんなことして欲しくないからさ」

 

『ダメよハープ・ノート。彼の言葉に心を惑わされてはいけないわ。あのボウヤはあなたの心を惑わす悪い子。今ここでやっつけてしまわないと後悔することになる』

 

『ケッ、相変わらず取りいるのが上手いじゃねえかハープ』

 

スバルから分離するようにして姿を現したウォーロック。

 

こんな感じでジェミニって分離するだろうなぁ…。

 

初めてハープの前に姿を現したウォーロック。だがハープは全く動じなかった。むしろ、そんなことは最初から知っていたと知っていたかのようだ。

電波変換するためにはFM星人との融合が必須。一目ロックマンを見たときから予測していたのかもしれない。

 

あぁ、だから俺はものすごい警戒されてたのね。

 

『お久しぶりね、ロック。悪いけど私の邪魔はしないでもらえる? これからが楽しいところなんだから。ミソラを使って…音楽を使って地球を制圧する。これほど面白いことはないわ。あなたこそ、こんな星まできてなにを企んでるのかしら?』

 

どうやら周波数を変えて話しているようだ。見た感じ、スバルとミソラちゃんには全く聞こえていない。

俺が話を聞こえているのは色々と理由があるが、まあそれは置いておこう。

 

『オレの目的は一つ。FM王への復讐だけだ』

 

『どうりでみんながこぞってあなたを探しているわけね』

 

迷いのないウォーロックの言葉にハープは一瞬考える様子を見せると納得したように頷く。

 

『オレは女相手に本気で戦う趣味はねえ。他の奴らの情報を教えてこの場から消えれば命だけは助けてやるぜ』

 

それは悪役のセリフなのでは!?

ウォーロックは確かに悪役が似合いそうだけど…それって倒される人が言うやつだよね。

 

フラグかな?

 

『…優しいのね。だけど今回は私の趣味でやってることだから、邪魔はさせないわ。もちろん、そこのボウヤにもね』

 

「!?」

 

俺が盗み聞きしているのがバレているだと!?

 

『チッ…やるしかないか。オレの居場所を知った以上仕方ねえ』

 

『女と思って甘く見たら痛い目見るわよ…ハープ・ノート!』

 

ミソラちゃんが肩にかけていたギターを構える。逃げることはないようだ。ここで決着をつける。

 

「なにを話してたんだよ、ロック!?」

 

『うるせえお前らには関係ねえ!』

 

「スバルには後で教えてあげるよ」

 

『テメェ、やっぱ盗み聞きしやがったな!チッ…来るぜ、スバル!』

 

「まだ君には伝えきれてないことがある。まずは話を聞いてもらわないとね」

 

『ケッ、男なら拳で語りやがれ!!』

 

もちろん俺は抵抗…いや、それは暴力だよウォーロック!?

 

ハープ・ノートが再度ギターを構える。同時に現れるアンプを速攻でロックオンしソードファイター3で一掃する。

スバルも俺の行動を予測していたようでハープ・ノートへ向かってキャノンを放つ…が、ハープ・ノートは軽々と躱す。

別段特に今までとやり方を変える必要はない。ハープ・ノートの攻撃はいたってシンプルだ。

 

気をつけなければいけないのはハープ・ノートから伸ばされる琴線に捕らえられてしまうことくらいだ。

 

技の名をマシンガンストリングというらしい。

 

ハープ・ノートは一瞬でアンプを破壊されたことに戸惑っている様子。

 

「どうして邪魔するの、黒夜くん!!」

 

まずはアンプを召喚させなければいい。

 

「見てられないからさ!」

 

腕を大きく振るう。

 

それは以前見せたダブルイーターのような振り方だ。

直後、ハープ・ノートの目の前のウェーブロードに亀裂が走り、崩壊する。

 

さらに腕を振るう。

 

奥のウェーブロードが崩壊する。

 

また腕を振るう。

 

その奥のウェーブロードが崩壊する。

 

バトルカード、ディバイドライン。

 

これは目の前の3マスを穴パネルに変えるバトルカード。穴パネルの上にはアンプは置けなかったはず…というより現実では本当になにもないからどうしようもないね。

 

『なにやってんだ! 危ねえだろうが!』

 

ウォーロックから責められるが、ちゃんと安全性は考慮しているよ。スバルには害はない。

ちょっと移動がし辛くなるけどジャンプしてくれればいけるはず。

 

ウォーロックにニヤリと怪しく笑うともう一度腕を振るう。

 

崩壊したウェーブロードからスパークが走る。これはウェーブロードとウェーブロードが結合しようとするいわば修復プログラムの光だ。

これをほんのちょっとショートさせることで別の力へと生まれ変わる。

 

現れたのは合計で9つの球。

誰もバチバチとスパークが弾けている。

 

「これは…サンダーボール?」

 

その球がハープ・ノートめがけて飛んでいく。

 

「こんなもの、当たらなければ…」

 

どうということはないって?

 

サンダーボールの速度は決して速くはない。

むしろハープ・ノートがびっくりしているほどに遅い。

 

スバルの言った通り、これはサンダーボールだ。

 

バトルカード、サンダーオブアース3。

 

これは穴パネルの数だけサンダーボールを生み出すバトルカードだ。ゲームでは穴パネルの数だけだが、現実ではウェーブロード1箇所につき3つ生み出されるようだ。

 

こんなものに当たるはずがないだろうと誰もが思う。

 

それが、当たるんだな〜。

 

ミソラちゃんの動きに絡みつくようにして追尾するサンダーボール。それらの動きは一つ一つが違う。ほぼ全方位から迫り来るといっていいだろう。

ただでさえ頭に引っかかるこいつらに加えてさらにバトルカードを使用する。

 

現れたのはこれまた自立移動する四角い箱。その箱が回転しながらハープノートへと近づき、その文様を浮かび上がらせる。

直後放たれたのはその文様と同じ形の光線…ビームである。

 

バトルカード、ムーテクノロジー3。

 

これまたフィールドの穴パネルの数だけ威力が上がるという面白い仕様である。

 

ソロの目の前で使ったらブッコロ間違いなしだか、今ソロはいないし問題ない。

 

え、感知してこっちきたりしないよね?

 

『音楽には音楽で対抗してやれ、スバル!』

 

「バトルカード、クエイクソング!」

 

さらにタイミングを合わせてスバルがバトルカード、クエイクソングを使用する。

獅子舞のような生き物の頭の部分だけがスバルの隣に現れると突然大きな声で吠え始める。本人は歌っているつもりなのだろう…しかしあまりに音痴すぎて聞くに堪えん!!

 

クエイクソングの効果はグラビティ。

歌っている間は、対象にグラビティをかけることができるのだ。

 

あの獅子舞、元はウィルスだったんだけどね。

それとあれには色々と種類があったりする。

 

無敵とかもあって結構使ったものである。

 

まあ、ボス戦だと1ターンで破壊されちゃうんだけどね。

 

全方位攻撃なんてずるいよ!

 

そんなかんじでハープ・ノートの身体は完全に固まり、大きく目が見開かれる。大方、バトルカードなんかと縁がないミソラちゃんには効果なんて何もわからないだろうね。

 

襲いかかる9つのサンダボールとムーテクノロジー3のビーム。

 

全てを直撃したハープ・ノートを待っているのは長時間の麻痺効果…あれ、やっぱり麻痺カード多くない流星サーバーさん。

 

…麻痺は強いんだよ!?

 

「スバル!!」

 

「うん!!」

 

カスタムゲージが溜まったの見計らい、さらにそこへ追い打ちをかける。

 

俺はノイズドウィングバーニアをさらに広げて小さく旋回しながら空高くを飛翔し、エースバスターを連射する。スバルがブレイブソードへ腕の形状を変えたのに合わせてバトルカードを使用しガトリングガンをぶっ放す。

 

ようやく麻痺が解けそうなところでのガトリングガン。怯みは避けられない。

 

「ロック!!」

 

『ウォォォォォッ!!』

 

スバルの速度が異常なまでに加速する。

あれは流星のロックマンの代名詞システムとも言えるウォーロックアタックによる加速だ。

 

ハープ・ノートの意表をつく形で正面に躍り出たスバル。ハープ・ノートからしたら突然スバルが現れたように見えただろう。

 

そして、斬り抜ける。

 

ハープ・ノートの身体から小規模な爆発が起こり始める。ゲームでいうHPが0になった証だ。

だが、命をとるわけじゃなくてHPが0になるということは電波変換を維持できなくなるということだ。

 

故に、ハープ・ノートの姿からミソラちゃんへと姿が変わる。電波変換を維持できなくなる…ということはウェーブロードからの排除も意味される。

 

落下していくミソラちゃん。

 

結構な高さだ。

ここから落ちたらひとたまりもないだろう。

ウェーブロードから飛び立つ。

 

「もう、疲れたよ」

 

そんな声が聞こえた。

 

そうだ。

君はよくやったさ。

だだ、反抗の形を間違えてしまった。

 

君が守ろうとしているものを君自身で傷つけてしまう結果になった。

 

いろいろ悩んだだろう。これが、壊れそうな自分を『それでも』と言い続けて突き動かしてきた結果だ。

 

ミソラちゃんを抱える。

 

「君にとって必要だったのは、考える時間と助けを求める相手だったんじゃないか?」

 

そのまま安全な場所へとミソラちゃんを降ろす。

ミソラちゃんは何も話さない。ただ無言で俺を睨みつけている。

 

『…まさかここまでとはね…』

 

ハープも随分と消耗しているようでその表情はぐったりとしている。

 

「どうして…どうして私の邪魔をするのよ!!」

 

「さっきもいったけど俺たちはさ、ミソラちゃんの気持ちがよくわかるんだよ」

 

ようやく話を聞く気になったのか、ミソラちゃんは涙をこぼしながら唇を強く噛み締めた。

スバルにアイコンタクト。これは話していいかどうか聞くためだ。流石にスバルの個人的なことを本人の許可なしに話せない。

 

さっきのミソラちゃんのやつは事件解決のためとしてだな…。

 

「君の悲しそうな表情が…気になってたんだ」

 

口説き文句のように話し始めたスバル。次の言葉を待つべく黙って目を閉じる。

 

「黒夜くんから少し聞いたよ。僕は…3年前に父さんを失った」

 

「!!」

 

「だから、大好きな人がいなくなる辛さもよくわかるさ、嫌なことを無理矢理やらされる辛さもわかる。君は歌だろう。僕は、人と仲良くなるのが怖い。また失ってしまうかもしれない。また傷ついてしまうかもしれない」

 

スバルはそこで話をやめた。これ以上は話すことはないようだ。

原作と違ってそこまで親しいわけではないからね。

 

さて、2人に少しお話しよう。

 

「人ってさ、変わるのに時間がかかると思わないか?」

 

これはミソラちゃんが連れていかれたあの日、話すはずだった台詞。

 

「例えばこの不登校少年。父親を失って早3年。未だに心の整理がつかず、それがトラウマになって、動けずにいる」

 

「え?」

 

これはスバル。

 

「例えば母親を失っても歌い続けた君。片時も休むことを許されず、苦悩と疲労、それから孤独を1人抱えこんだ」

 

「…」

 

これはミソラちゃんだ。

 

「これはスバル、君も言えることだ。必要なのは整理する時間。考えてごらん、ミソラちゃんがどうして歌うのか。スバルがどうして星を見上げるのか。その原点をさ」

 

「…私が唄うのはママのため」

 

「僕は…父さんを探して…」

 

「そう。ミソラちゃんは今までお母さんしか考えられなかった。スバルはお父さんしか考えられなかった。同じなんだ。いなくなった人のことが頭から離れなくなって、他のことが考えらなくなる。目の前のことから逃げてしまう。そうして悪循環を起こす。目の前から大事な人がなくなるっていうのはそういうことなんだ」

 

決して割り切れるものではないだろう。

それでも人は…世界は前に進んでいく。

止まることもなければ、戻ることも決してない。

 

だんまりする2人の肩を軽くポンと叩く。

 

「ほら、周りを見てごらん。思い出してごらん。いるじゃないか? ミソラちゃんの歌を心待ちにしている人やスバルを常に温かく見守ってくれる人…2人を支えてくれる人がさ」

 

大事なのは目の前からいなくなった人に全てを捧ぐことじゃない。もちろん、いなくなった人を思うことも大事さ。

 

だけど今ある自分の世界にその人はいない。

 

…残酷だけどね。

 

「そんな、私を支えてくれる人なんて」

 

「だったら俺がなるよ」

 

俯くミソラちゃんに優しく声をかける。

 

「え?」

 

絶対にいないわけはないのだ。それはきっと本人が気づいていないだけであって、ミソラちゃんを支えてくれる人はたくさんいる。

 

「忘れた?君がヘルプシグナルを出して真っ先に駆けつけた少年のこと?」

 

涙を流した目を丸くしたミソラちゃんに茶化すように問いかける。

 

「そうだね…うん、そうだったね。ヤシブタウンから今の今までずっと君は見ていてくれたんだね」

 

見ていたっていうのには明らかに語弊があるけど、間違ってはない。

 

「それで1人で考えない。もちろん、1人で考えるのは大事なことだ。答えが出ないときもあるだろう」

 

『でもさ』と一度言葉を切ってミソラちゃんとスバルの2人の顔を見て、笑う。

 

「話してみろって…とりあえず、目の前にいる君くらいなんとかするって」

 

今ある世界を信じてみる。

 

大切な人は本当はいつもすぐ側にいるのだから。

 

▼ ▼ ▼

 

その後、泣き崩れるミソラちゃんをあたふたと慰めつつ事件は幕を閉じた。若干スバルも涙目だったのは言い過ぎたからではない。

 

…言い過ぎちゃったかな?

 

スバルは後のことは俺に任せてそのまま去っていった。ウォーロックはまたハープと一言二言話していたが、別段不穏な空気はなかった。

ハープはやはり、ミソラちゃん共存する道を選んだ。やっぱりミソラちゃんの周波数といい、音感といい気に入っているのだろう。

 

それにしても『言っただろうがよ…オレは女相手に本気で戦う趣味はねえよ』…とかカッコつけ過ぎなんじゃないかい、ウォーロックン。

 

言ったら殴られた解せぬ。

 

そうして響ミソラの引退宣言がされたのはそう日が立たないうちのことだった。

各メディアがこぞってミソラちゃんを取材するのはいい迷惑だが、本人は自分の引退を日本中に伝えられる良い機会だとまんざらでもないようだった。

 

とは言ってもこの引退は仮のもの。

 

いずれまた戻ってきてお母さんだけじゃなくてファンのためにも歌うのだとミソラちゃんは張り切っている。

 

そして事件から3日が経った今日。

響ミソラの引退ライブがコダマタウンの展望台で行われていた。

 

コダマタウンの展望台を埋め尽くす尋常ではない人の数。全てミソラちゃんの最後のライブを拝もうとこれまた尋常ではない倍率の抽選を勝ち抜いてきた猛者たちである。その中にはゴン太とキザマロの姿も…リアルラックすごいね、君たち。

 

俺の席はミソラちゃんの真ん前…ど真ん中の最前列に用意されていた。隣にはスバルの席もある。

 

来るかどうかは不安だったが、ちゃんと来てくれたようだ。

 

もともとミソラちゃんのことを知ってたしね。

 

…まさか貴様、隠れファンか!?

 

事件の最後、『とびっきりの、席、用意する』と顔をグシャグシャにしながら言っていたのは良い思い出である。この席がミソラちゃんからの贈り物だ。

 

あぁ、そういえば例のマネージャーだが首になった。

 

今までのミソラちゃんへの扱いとミソラちゃんを助けてきていた数名のスタッフのボイスレコーダーによって摘発され、処罰が下されたらしい。事が事なのでマスコミにはまだ話されていないが知られるのは時間の問題だろう。

 

大事なのは証言、はっきりわかんだね。

 

なぜ俺が知ってるかというと、直々に社長から電話があったからだ。もちろん、我が家に。

勝手に不法進入した件や暴力を振るったこと。

社長は申し訳なさそうにしていたが、ぶっちゃけミソラちゃんを匿ったこちらにも非はある。

 

というかむしろ非しかないので謝罪以外は全てお断りした。

 

やっぱりミソラちゃんは俺以外にも支えられていることがわかったので嬉しかった。

 

スタッフさんGJ!!!

 

「みんな、今日は来てくれてありがとう!!」

 

ミソラちゃんのライブはトラブルもなく進んでいく。観客のボルテージは最高潮。隣のスバルもリズムをとってしまうほどだ。

 

やはり、貴様隠れry。

 

ウォーロックはこの大音量と観客の声に精神的に耐えられなくなったようでスバルのトランサーから出て行ってしまった。

 

そして最後の曲がやってくる。

 

「次が最後の曲です! グッナイ ママ」

 

ゆっくりとギターを構えてストローク。ゆったりとしたメロディーはとても優しげ。そんな曲にミソラちゃんが歌詞を乗せていく。

 

聞いたことがあった。

 

この曲はミソラちゃんがハープに取り憑かれる前、この場所で歌っていた曲だ。

 

優しくて悲しくて、それでも前に踏み出そうとする女の子を主人公にした歌。

 

観客も今までのような馬鹿騒ぎをやめて、静かに歌を聴く。これが最後の曲であるとわかっているからだ。

 

涙を流している者も少なくない。

 

「みんな、今まで応援してくれて…ありがとう。勝手にライブを中止したりして、本当に、ごめんなさい。私の心が弱かったせいでみんなに迷惑をかけちゃったね」

 

ミソラちゃんの言葉に多くの観客が檄をとばす。ミソラちゃんはそれを見て泣きながら何度も強く頷いた。

 

「私は今日をもって引退します。けど、これは昨日までの弱い私からの卒業。私に必要なのは考える時間…自分と向き合う時間。みんなと向き合う時間。いつの日かこの場所に帰ってくるために、自分と、そして歌と向き合っていこうと思います」

 

「ミソラちゃんやめないでーー!」

 

「ウォォーーッ!! ミ・ゾ・ラァァッ!!」

 

涙を浮かべたミソラちゃんが観客に向かって深々とお辞儀をした後で、最前列の俺とスバルを見る。

 

そしてマイクを通さずに口パクでこう言った。

 

『ありがとう』

 

それは今までに見たことのない、晴れ晴れとした満面の笑みだった。

 



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結ばれる絆

日曜日から月曜日と言って起きながら結局全部投稿してしまった…。

今度こそ次は遅くなりそうです笑




ミソラちゃんのライブが終わってから2時間後。

 

「今日は来てくれてありがと黒夜くん、スバルくん」

 

「こちらこそ、ありがとう」

 

「いい歌だったね」

 

俺とスバル、そしてミソラちゃんはライブの後片付けが始まっているライブ会場で会っていた。もうあのマネージャーはいないからライブが終わった後は自由なんだとか。

 

『ポロロン…途中で退出した失礼な電波体もいるみたいだけどね』

 

『……』

 

ハープのウォーロックに対するあたりが強くて同情しそう。強く生きるんだぞ、ウォーロック。

ハープとウォーロックのやりとりに小さく笑うとミソラちゃんは改まってお辞儀をした。

 

「本当にありがとう。2人のおかげで前に歩き出せそうだよ」

 

「別に僕はなにも…」

 

「ううん。そんなことないよ。本当に大事だったものを狂気にしてしまった私を君も止めてくれた。そんなことをしても戻るものはなにもないって教えてくれた」

 

『ケッ、照れてんじゃねえ』

 

若干照れているスバルにツッコミをいれるウォーロック。ツッコミをいれるというかそれは殴っているのでは?

 

「黒夜くんも本当にありがとう。思えば、ヤシブタウンで会ったあのときから黒夜くんには助けられっぱなしだね」

 

『てめぇもなんだかんだでお人好しか? ほんとにくえねえ奴だ』

 

「こら、ロック!」

 

「はっはっは、いいのかウォーロック、ノイズばら撒くぞオラ」

 

もちろん冗談である。

 

会話はそれ以降あまり重い話もなく、軽快に進んでいく。俺はミソラちゃんとスバルがいつ出会っていたのか。スバルには俺とミソラちゃんの出会いを聞かせたり。

 

実際にわかったことを時系列に並べてみる。

 

ヤシブタウンで俺に出会う→音楽活動は続けるも精神ズタボロ→ストレス発散がてら人気の少なく開放的な展望台で練習→スバルに出会う→後日俺がやってきた…とまあこんな感じの時系列だったらしい。

スバルとは顔見知り程度のはずだったのに今回の事件で随分と仲が良くなったようだ。

スバルも会話なんてしないんじゃないかと思っていたが、杞憂だった。

 

昨日の事件で思うところがあったのかもしれない。

 

はたまた、境遇が少し似ているミソラちゃんとの間に仲間意識が芽生えてくれたのかもしれない。

 

なんにしてもスバルが一歩踏み出すきっかけとなったならば、俺からするとそれで十分だ。

 

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

気がつけば、日が落ちかけていた。あたりを暖かく照らしていた夕日が沈みかけ、徐々に夜へと変わっていく。

 

「さて、そろそろ行かなきゃ」

 

寂しそうな顔をしたミソラちゃん。名残おしいのはこちらも同じだが、いつまでもここに残っているわけにもいかない。

 

「これから私、頑張っていくから…あれ? おかしいな…もう泣かないって…2人の前では泣かないって、決めてたのに…」

 

「ど、どうしたの!?」

 

『あーぁ、泣かしちまったな! この間テレビで言ってたけど、地球じゃ女を泣かすってのは罪になるんだろ? 早くなんとかしねえと逮捕されちまうぜ!』

 

突然泣き始めたミソラちゃんに戸惑うスバルと茶々をいれるウォーロック。

そのテレビは多分あのドラマだ。えっと確か月曜日夜22時の『情熱の赤い薔薇』とかいうドロドロしたやつ。

 

子どもには刺激が強い?

残念精神的には大人ですから。

 

ちなみにウォーロック、逮捕はされないぞ。

スバルが寝てからテレビの電波で視聴しているあたり、地球のカルチャーに染まっていてなによりである。

 

「なんとかしろって言ったって…ミソラちゃんは契約も打ち切ってこれから1人で…」

 

そう。

スバルの言う通り、彼女はこれから社会的には孤独の道を歩む。今まで保護者であったマネージャーは消え、後ろ盾となっていた会社とも契約を打ち切った。

今手元に残っているのは自身が守り、そして傷つけてしまった母との絆とボロボロの身体。

 

だからこそ、精神的な支えは必要なのだ。

 

さて、ここらである偉人の力を借りよう。

 

「別に、1人じゃなくたっていいでしょ? スバル、君のお父さんはなんて言ってた?」

 

「1人じゃ解決できない問題も誰かと繋がれば、乗り越えられる…父さん…」

 

その偉人とは…ブラザーバンドシステムを確立させた男。星河大吾…スバルの父である。彼が実際にどんな言葉でスバルに語りかけたかはわからないが、それでもある程度の概要はわかる。

 

『てめぇ、大吾のことまで…』

 

「そうさ。人は決して1人では生きていけない。1人で生きていると思っても見えないところで誰かに支えられている。世界中の人がブラザーバンドで繋がって支えあえていけたら、サイコー…だろ?」

 

要は『世界みんな友達計画』なのだ。

 

もちろん、こういう時のウォーロックはガン無視する。

 

「黒夜くん…君は…」

 

どうやら過去の大吾さんの言葉にヒットするものがあったらしい。スバルの瞳が大きく見開かれる。

 

「さて、ミソラちゃん。君はどうしたい? 大事なのは一歩前に踏み出すことだ。心のままに、今ミソラちゃんがどうしたいか言葉にしでごらん」

 

何事も言葉にしなきゃ伝わらないからね。

 

お膳立てはこれくらいかな。

 

「…わた、私、一人は、嫌…もう、嫌だよ…一人に、しないで」

 

これがミソラちゃんの本当の心の叫び。

 

家族の死と小学生の歳ながらに社会の荒波に晒された少女の悲鳴。

 

こんなことを言われたら大人としてどうにかしないといけないと思わされる。

 

今は子どもだけどね。

 

スバルが俯いたまま掌を握りしめたり開いたりを繰り返しているのは、葛藤している証。

ブラザーを作る…つまり、自分と親しい人を作ることに対する気持ちとミソラちゃんと繋がりたいと思う気持ちのぶつかり合い。

 

そしてスバルを大きな声でお辞儀をする。

左腕を勢いよくミソラちゃんの前に出して…さながら好きな子に告白するかのように。

 

「ミソラちゃん…僕たち(・・・)とブラザーになってください!」

 

「……うん」

 

ちゃっかり俺も含まれていたのに気づいたのはスバルとミソラちゃんがブラザーバンドを結ぼうとトランサーを操作し始めたときだった。

 

ちなみにリンクアビリティの効果でファーストバリアがついてさらに鬼畜ファイナライズになりつつあることに気づいたウォーロックは遠い目をしていた。

 

最初からファイナライズ…ファイナライズってなにさ。




「脱ぼっちである!!」

「ようやく起きたかこのねぼすけ」

『気をつけろスバル、こいつら只者じゃねぇ!』

『やはり知っているか我らの存在を…。未知なる存在、明星黒夜』

「相変わらずのくるくるでなによりだよルナ」

「く、くるくるはやめなさい!」

「まあいい。貴様、ロックマンで間違いないな。そしてお前は…そうか、お前が要注意電波体か」

『星河スバル、そしてウォーロック…これよりお前たちには星の試練を受けてもらう!!』

『ならば力を示せ!これで終いにするぞ、明星黒夜!!』

見渡す限りの荒野だ。先ほどまで建ち並んでいた建造物がまるで嘘のだったかのように。
それが夢でも嘘でもないとわかるのは建造物の残骸と電子機器からスパークが漏れているからだ。

わずかでも一部が残っていれば、そこから微弱な電波が流れていればノイズは起こる。

「俺もあなたを俺の領域に招待するよ…覚悟はいいか管理者!!」

次章『スターフォース』


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FM編 5 スターフォース
来訪と襲撃


お久しぶりです!

ここ最近旅行やら蕁麻疹やらでろくに執筆できなかった作者です。ミソラちゃんの一件が終わり、ここからスターフォース編へと入っていきます。

毎度のことながら、誤字報告をしてくださった皆様に御礼を申し上げます。


その後ミソラちゃんは立ち直って帰っていった。子どもとはすぐに強くなるもので大人は毎度驚かされる。

 

…自分、子どもですけどね。

 

自分が一人でないことに気づき、音楽の力を知ったミソラちゃんはルンルンとしながら帰っていった。スバルも初めてのブラザーにまんざらでもない様子で帰っていった。

 

まさか俺ともブラザーバンド結んでくれるとは思わなかったけど。

 

とりあえず、報告しよう。

 

 

脱ぼっちであるっ!!!!

 

 

とうとう俺にもブラザーができました。しかもミソラちゃんとスバルである。これほど嬉しいことはない。

ブラザーバンドには秘密のコメントというのがある。ブラザーバンドを結ぶと公開されるのだが、どうしてみんな真面目に秘密を言ってしまうのだろう。

大事なことはトランサーにも載せるべきでないのでは?とか思った俺は悪くない。

 

スバルの秘密は『トランサーの中に宇宙人が居候している』でミソラちゃんの秘密は『実はFM星人のハープと合体して、ハープ・ノートに変身できるの!』…って貴様、いつの間にこの長文をトランサーに打ち込んだ!?

 

 

 

 

そうして今俺たち(・・・)は真っ白な空間に立っていた。

 

無論、こんな場所に来た覚えはない。むしろいい子である俺たちはちゃんとお家に帰って寝たはずである。断じて夜更かしなんてしてない。

 

俺だけではなく、スバルとウォーロックもいるので俺たちだ。

いるといっても目の前でグースカ寝ているが…。

 

この空間を俺は知っている。

知っているというか、なんというか…AM星人の三賢者様ですね、わかりますって感じだ。

スバルがここに連れてこられたということは三賢者様もスバルに目をつけたということ。

 

お目が高い。

 

片手でスバルの頬をツンツンしながらもう片方の手でウォーロックの頭を結構な力でグリグリする。

 

こいつの頭固いんだもん。

 

「あれ?ここは…どこ?」

 

『いってぇぇぇよ!? …なんだここは?』

 

「ようやく起きたかこのねぼすけ」

 

二人ともナイスな反応で何よりである。

 

『あたり一面真っ白じゃねえか。いつの間にこんなところに来ちまったんだ俺たち…まさか、テメェの仕業か?』

 

「むしろノイズの世界にご招待しようか?」

 

「あ、あはは…相変わらずだね黒夜くん」

 

俺が招待できるとすればノイズウェーブだ。二人が寝ている間にノイズウェーブの中に放り込めば出来上がりだ。

 

まあ、自力で出られるかどうかはわからないけどね。あそこのウィルス絶対強いからね。

 

『ここはお前たちの意識の中』

 

声が響いた。ドラゴ○ボールを7つ集めたときに現れる龍のような低い声だ。そして姿を現したそいつもまた、龍だった。

龍を真ん中にして左にライオン、右にペガサスとAM星人の三賢者が大集合したわけである。

しかし意識の中だからか、その全貌を見ることはかなわない。朧げな形に影のように真っ黒。目は星のごとくキラキラと瞬いている。

 

クオリティーの高い文化祭とかでありそうなやつである。

 

「スバル、ウォーロック…そして黒夜よ」

 

「な、なんで僕たちの名前を…」

 

『気をつけろスバル! こいつらも只者じゃねぇ…』

 

一瞬にして三賢者の脅威に気づいたウォーロックが戦闘態勢に入る。一瞬で戦闘能力の違いに気づいたのは流石戦闘狂と言える。

 

思い出したように俺の名前を呼んだドラゴン。

 

僕、おまけみたいなんで帰ってもいいですか!?

 

忘れられていたわけではないと思いたい。

 

次いで口を開いたのはライオン…レオ。

 

『我々はお前たちをずっと見守ってきた。そしてこれからも』

 

『我々はただ伝えるのみ。今はまだちっぽけだが…いつかお前たちの存在が地球の命運を左右することになる』

 

視界が光に包まれる。

やがて光が収まったそこに、スバルの姿はない。

あるのは俺と三賢者の姿のみ。

 

『スバルには席を外してもらった』

 

「三賢者兼サテライトの管理者がどうして俺を?」

 

『やはり知っているか我らの存在を…。未知なる存在、明星黒夜』

 

思わせぶりな口調だ。この世界に神がいたとしても三賢者がそういう存在ではないはずだ。だから俺が転生した存在だということは知られてはいないはず。

 

この三人?三匹?とて生命体に過ぎないのだ。

 

「思わせぶりな口調ですね。一応知ってはいましたけど…それでどうしたんです?」

 

『お前は我らの試練には相応しくない』

 

「???」

 

突然のカミングアウトに思わず疑問を浮かべる。

試練に心当たりは当然ある。あれだ、ロックマンがスターフォースを受け取るためのものだ。

 

最終的に自分のサテライトの管理者である誰かと戦うことになる。

本体ではなく分身体のようなものとではあるが、その強さは本物だ。

 

『我らの力とお前の力は、相反するもの。決して同時に扱いきれるものではない』

 

「ノイズですね」

 

『うむ。無論、お前の体質も関係はあるがな。故に今回は貴様の試練はない…が、その力を正しく使えているか見極めさせてもらう』

 

「俺のことはいいです。けどスバルが力を手にするかどうかはスバルにしか決められませんよ」

 

別に俺はこれ以上力は求めていない。

だが、スバルはどうだろう。戦うことを嫌うスバル。だがそれでもと言い戦い続けるスバル。

 

力は必要だ。

 

俺とてスバルには一緒に戦って欲しいし強くなって欲しい。

 

だがスターフォースを受け取るには覚悟が必要だ。

選ぶのはスバル自身だ。ここで身を引くと言うのなら何も言わないつもりだ。

 

スターフォースは強大だ。

これからの戦いを考えても必須なものだ。

 

スバルはきっと迷うだろう。

 

『…星河スバルの運命は既に見えている』

 

「それでもです」

 

『さらばだ明星黒夜よ』

 

再度光が視界いっぱいに広がる。

 

そしてゲームの展開通り目が覚める。

 

先ほどの見知らぬ天井ではならぬ、見知らぬ空間ではない。自分の部屋だ。

 

一体どういう原理なのか…。

 

電波の力で意識の中に紛れ込むってどういうことさ。あれかな、電波はいろいろと超越しちゃったテクノロジーなのかな?

 

三賢者さんたちのおかげで寝た気がしない。二度寝しようと思ったものの、時刻は既に9時30分を回っていた。

 

成長期って怖い。

 

とりあえず二度寝はやめて朝ごはんを食べに下へ降りる。母さんは既にどこかへ行ったようなので適当に朝ごはんを作る。

今日の行き先は学校。いや、まあ小学生なんだから当たり前なんだけどさ…。

 

さっさと食べて学校へ登校する。時間も時間、既に大遅刻だ。母さんが起こしてくれなかったのか、はたまた起こしても全く起きなかったのか。

 

今更だからどちらでもいいが、三賢者様のせいなんだからね!

 

と悪態をついておこう。

 

学校へ着く頃には1時間目が終わって休み時間…というか休み時間を狙って登校した。

バレないようにゆっくりと入る。だが、そこには待ち構えていたような仁王立ちをするルナの姿。

 

エスパーかな?

 

「あら、随分と重役出勤なのね…明星黒夜!」

 

シュバ○ィーンというSEをつけたくなるほどに俊敏かつピシッと俺を指差す。おかげでクラスのみんなが俺に気づく。

 

ルナだからルナ○ィーンか。

 

 

「相変わらずのくるくるでなによりだよルナ」

 

「く、くるくるはやめなさい!」

 

小学5年生が重役出勤だなんて言葉を使うんじゃありません。

 

みんなが注目しているのであえてからかってみるが、いつも通り反応がいい。

黒板の隣にある自分の机で雑務をこなしていた育田先生も俺に気づいて近寄ってくる。

 

久しぶりにみる育田先生は相変わらずのモジャモジャだ。

元気そうでなによりである。

 

「明星! もう体調はいいのか?」

 

「はい、もう大丈夫です」

 

「そうかそれは良かった。先生から頼んだことだし悪いことをしたな…」

 

「いえいえ、あれは本当に不運な事故でしたから」

 

育田先生の優しさが辛い。

育田先生が一通りの質問をして満足した後にやってきたのは不思議系真っ黒少年ツカサくんだ。

 

のほほんとしているように見えるがその内面は黒い。真っ黒過ぎて暗黒面だ。

暗黒面のツカサには名前がついていたんだけどあいにく覚えていない。

 

だが表の部分はとても綺麗。

学校にいるツカサは主に表だと言える。

 

「やあ、黒夜くん」

 

「今日も不思議オーラ全開だなツカサ」

 

これから先はツカサが関わってくることも多くなりそうだし、注意はしておかなきゃな〜。

それにツカサの暗黒面は未だに目にしたことがない。

 

こうして天地研究所からの事件以降、初めて学校に登校した。

 

 

▼ ▼ ▼

 

本日最後の授業が終わり、放課後。

 

ここ数日の話を聞いてみれば、なんでも学芸会の準備をしているとかなんとか。

 

場所は体育館だ。

小学生といえど侮るべからず。そのセットは予想以上に精密かつデカイ。

さて、なぜ俺が放課後帰らずに残っているかと言うと、ルナから『休んでいる間に決まった劇の内容とセット、チェックしておきなさいよね!』と言われたからだ。

 

なんでも俺には随分と重要な役をやらされるらしい。

 

 

それで演目は…ロックマン&ブラックヒーローvs牛男?

ははっ、随分と笑わせてくれるじゃないか。

 

…嘘だろおい、どうしてそうなった。

 

確かに見覚えのある衣装が用意されてるなって思ったよね!

 

これあれでしょ、後付け武装みたいになってるけどノイズドウィングバーニアでしょ!?

 

ブラックエース(笑)衣装の隣にはこれよりもはるかによく出来たロックマンの衣装があった。

そしてさらに、オックス・ファイア(笑)の衣装まである。ロックマン以外の衣装があまりに酷すぎるのは主役を引き立てるための策略だろう。

 

セットもよくみれば最近再開したバトルカードショップBIGWAVEやトラック、公園など馴染み深いものばかりではないか。間違いなくあの日の事件が題材だ。

 

ルナめ…小癪な真似を…。

 

どうせならかっこよく作って欲しかったが仕方あるまい。

 

あと、あんまりゴン太の傷を抉ってあげるな?

 

「く、黒夜くん!?」

 

既に何度も聞いた声だが、どうしてこういつも驚いた声ばかりなのだろう。ここは学校、不登校の君と違っているのはおかしくないのだが…。

 

「おっす、スバル」

 

後ろを振り返ればスバルとルナトリオの姿。

ウォーロックの姿が見えないあたり、トランサーに隠れているのだろう。

 

「明星黒夜も劇の内容は理解できたかしら?」

 

「まあ、うん、いろいろツッコミどころはあるけど大丈夫だよ」

 

「おいキザマロ、黒夜が遠い目してるぜ」

 

「これは委員長にバレずに修正する必要がありそうですね」

 

「ちょっと聞こえてるわよッ!」

 

相変わらず仲良しのようでなによりである。

 

「黒夜くん…」

 

スバルもセットと衣装を確認して大方の内容はわかったのだろう。ものすごい微妙な顔をこちらに向けてくる。

さらにスバルはブラックエースの衣装を手にとって俺と交互にみる。それもまさか…と言わんばかりの表情。

 

そのまさかである。

 

「それは明星黒夜の衣装よ。あなたはロックマンよ」

 

「や、やっぱり…」

 

そのやっぱりは一体どれについて言ったのか。

俺がブラックエースの役をすることについてか、はたまたこの衣装がロックマンとブラックエースを指していることについてか。

 

というかロックマンをやらされることに驚きたまえスバルくん。

君が主人公だよ?

 

…ツカサくんの役はどうなるんだろう。

 

「あらあなたロックマンを知っているの?なら話は早いわね」

 

スバルめ、墓穴を掘ったな。

 

「ロックマンは謎の人物でよ、俺たちがピンチの時に颯爽と現れて化け物を退治して風のように去っていく…俺の憧れの男なんだ!」

 

やったねスバル。

ゴン太くんの憧れだってさ。ウォーロックがトランサーから飛び出してきて腹を抱えて笑っている。

 

「そしてその黒いヒーローはロックマン様の…イソギンチャクのようなものかしら? ロックマン様がいるときは必ずそいつがいるのよ」

 

ルナの言葉につい吹き出してしまい口元を押さえる。ウォーロックはそれを聞いて床にうずくまって地面を叩いている。

 

笑い死ぬとはこういうことを言うんだろう。

 

やめろウォーロック、若干怪奇現象みたいに地面揺れてるから。

 

笑う俺たちに対してスバルは苦笑い。

 

「忘れもしないわ。私はロックマン様に危ないところを二度も助けてもらったの。一度目はトラック暴走事件。二度目は天地研究所。光の尾を引いて現れる姿はまさに流星…あぁ、ロックマン様…」

 

恍惚とロックマンに想いを馳せるルナ。恋する乙女とはほんとうに恐ろしい。目の前にその人物がいるというのに…熱狂的な信者なようでなによりである。

 

時にルナさんや、トラックから助けたの俺ですよね?

 

そして笑い転げるウォーロック、いい加減にしなさい。

 

「主演女優である私が謎の牛男に襲われ、そこに颯爽とロックマン様が現れて退治してくれるっていう感動のストーリーよ」

 

感動というかそれはもうホラーでしょ。ブラックエースは一体どこにいったのか。

トラックから助けたのはブラックエースだったような。

 

「いや、僕はロックマンじゃなくて黒いヒーローに助けられたような…」

 

「そんなことはないわ」

 

…ええ、もうそれでいいです。

 

さらにルナの熱狂的な話は進行していき、いつの間にかロックマン様はヒーローだ。

まあ、間違ってないのだがいい加減ウォーロックを笑かすのはやめてほしい。

 

そんな時だ。

 

「スバル! 後ろに避けろ!」

 

「え?」

 

照明器具が上から降ってきたのは。

 

ギリギリのところで回避に成功したスバルだったが、照明器具が落ちた衝撃で尻餅をつく。

 

どうやら無事のようだ。

 

「しょ、照明器具が…どうして…」

 

呆然とするルナと若干腰を抜かしているキザマロ。

 

ウォーロックに促されてスバルが瞬時にビジライザーをかける。俺も上空…ウェーブロードに立っている電波体に目を向け睨み付ける。

 

ジャミンガーだ。

 

 

「さて、俺は育田先生に宿題聞いてくるかな〜」

 

「ちょ、ちょっとあなた!」

 

「ほら、もう内容は知ったしいいでしょ〜」

 

ルナたちの目の前で電波変換すると瞬間移動したようになってしまうので、適当な理由をつけて体育館から出ていく。

 

スバルも何とか理由をつけて体育館から出ていくだろう。

 

さて悪者退治といきますか。




サテライトさんの言いたいことは「流星サーバーにアクセスしてるから重複してスターフォースなんて使えないよー」ってことです。


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Gタイプ

すみません間違って一つ先の話を投稿してしまいましたm(._.)m


早速ウェーブロードに上ってみると丁寧にジャミンガーがエリア移動せずに待っているではありませんか。

こちらを誘き出す狙いなのはバレバレだが、どうせ仕留めるのだ。対してどこだろうと変わらない。

とどめと言わんばかりにこちらわ見てニヤッと微笑む。決してイケメンスマイルなあれではない。

 

「黒夜くん!」

 

『ヤロウ、挑発してんのか?』

 

「挑発してるんでしょうね」

 

ルナをふりきってやってきたスバルとウォーロック。俺が来ても逃げなかったあたり、狙いはスバルとウォーロック…やっぱりFM星人絡みかな〜。

 

あ、ミステリーウェーブ…1、1360Zだと!?

 

途中でミステリーウェーブを見つけるのも忘れない。リカバリー80も見つけたのだが、流星サーバーさんからリカバリー200くらいもらえるのでスバルにあげた。

それに当たらなければどうということはないしね。不可能な場面でもインビジブルさえあれば乗り切れられるのがこの世界だ。

 

玄関のウェーブロードへ辿り着くとジャミンガーの姿はなかった。

 

どうやら目論見通りに誘き出されたらしい…とか思ってたら後ろにいた。

スバルはまだ気づいてないようだが、敢えて何も言わない。

 

こいつ、見た目のわりにキザなのか?

どうせ俺たちが『どこいったんだ?』とか言ったら『こっちだ』とか言うに決まってる。

 

「ちっ、感がいいのがいるな」

 

「!!」

 

後ろから声が聞こえたせいかスバルがウォーロックに引っ張られて大きく後退する。

 

「まあいい。貴様、ロックマンで間違いないな。そしてお前は…そうか、お前が要注意電波体か」

 

敵情視察はバッチリなようだ。いつから見ていたのかはわからないが、俺とスバルの連携についても知っているはず。

さらにいえば切り札であるブラックエンドギャラクシーのことも知っているかもしれない。

 

まあ、知っていたところで対処は不可能だけどね。

 

ブラックホールの本流から逃れられる術なんてないし、インビジブルだとしても貫通だし…チートですがなにか?

 

「こんな安っぽい挑発にのせられてノコノコやってくるとは…思ったより弱そうだ」

 

『んだと?』

 

「ロック!」

 

「並みいるFM星人を倒したその力、見せてもらおう!」

 

どこぞの格闘漫画のように大地が…ウェーブロードが震える。

 

俺にはわかる。

あいつの気がどんどん膨れ上がっている。

やがてジャミンガーはその体をさらに大きくさせていく。まるでピッコ○大魔王のようなその様に思わず感嘆の声を漏らす。

 

まさか巨人が実在していたなんて…。

 

これがゲームの中でいうGタイプなんだろう。

 

決してモビルスーツではない。

 

思い出すのは前世。

確か相手が無敵で勝てなかった記憶がある。

 

「流星サーバーアクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

まずは流星サーバーにアクセス。

 

バトルカードはカウントボム3、グランドウェーブ3、リカバリー150、エリアイーター、インビジブル。

 

とりあえずインビジブルとリカバリーを選択して様子を見よう。

 

リカバリーを選択しておくのはいざという時スバルを回復させるためだ。

 

ジャミンガーがウィルスとは比較できないほどの高速でスバルに接近すると同時に振りかぶっていた拳を振り下ろす。

どこからどう見てもどこかの格闘漫画だ。

 

いつものように俺はガン無視。

 

要注意と言っていたわりには自由にさせてくれる…それどんな優しい世界?

 

「こ、こいつ、速い!?」

 

スバルはシールドを出して防ごうとするが、音を立ててシールドが破れ拳が貫通、殴り飛ばされた。

 

防戦一方の様子にジャミンガーがニヤリと笑う。

 

だがそれを許す俺ではない。

 

背面からエースバスターを乱射してスバルを援護。さらにインビジブルを発動して周波数を変える。

 

無敵モードである。

 

そのままジャミンガーへと突撃し顔面にエースバスターを撃ち込んでやろうと思ったのだが、スバルの言ったように確かに速い。

 

数発は当たったようだが、ほとんどは避けられた。

 

ジャミンガーが後退するのと同時に俺も大きく後退。スバルの横に立つと用意しておいたリカバリ150を使用して回復させる。

 

いくらGタイプとは言え、一発で150も食らうことはないだろう。こいつ、ジャミンガーというだけあってノイズの耐性も高いようだ。

 

俺と肉薄しても動きを鈍らせない。

 

「君の攻撃もきいてないなんて」

 

『こいつ、マジで強いぞ!』

 

HPは回復したものの、スバルの劣勢は変わらない。カスタムゲージが溜まったのを見計らってバトルカードを補充する。

 

新しくきたのはベルセルクソード3とモアイフォール3。

 

どちらも強力なバトルカードだ。

 

「そんな程度か。くらえ!!」

 

「やらせないって!」

 

スバルに接近して首を掴もうとしていたジャミンガーの腕を斬り裂かんとベルセルクソード3を振るう。超高速の三連撃見舞う効果を持つベルセルクソード。その一撃目だったが、その脅威に気づいたジャミンガーはスバルを狙うのをやめて俺をバスターで牽制する。

 

だが、ベルセルクソードはゲームとは違う。

 

ゲームでは三連撃の撃ち切りだったが、現実では自分のタイミングで三連撃を放つことができる。超高速で三連撃をすることもできれば、分けることも可能なのだ。

 

対してダメージも受けない。片手で顔をガードして突っ込みそのまま振るう。

 

さらに肉薄し、バスターごと片腕を綺麗に切断したものの、最初の三撃目は当たらなかった。

 

こいつ…できる。

 

それでも片腕を失ったのはでかい。

 

「チッ…貴様がいてはとどめはさせんか。今日はこの辺りで失礼させてもらう」

 

蜃気楼のように揺らめいて消えていくジャミンガー。

 

「逃さない」

 

その頭上から巨大な丸い岩がいくつも降り注ぐ。

 

モアイフォール3だ。

 

突風が吹き荒れ、視界が塞がれる。

 

視界が晴れたそこにはジャミンガーの姿はない。

 

デリートできたわけでもないだろう。おそらくは逃げられた。

 

『一先ずは助かったな』

 

「う、うん」

 

「とりあえずウェーブアウトだ」

 

ウェーブアウトをした場所は体育館の外。児童の姿はどこにもないので問題はないだろう。

 

学校の中へ入る。

 

「あいつ…いったい何者だったんだ? 僕らのこと知ってたみたいだし」

 

『その時点で俺にはもうFM星人との繋がりしか考えられねえがな』

 

ぶっちゃけ『ジェミニさんの手下なんだろうなぁ〜』と思いながら学校を歩いていると購買の窓から外を眺めている少年が一人。

 

「ねぇ」

 

そして確信する。

 

「はい?」

 

「今日はとてもいい天気だね。毎日、こんな日が続けばいいのにね…。そうは思わないかい?」

 

「俺もそう思うよ…ツカサ」

 

あぁ、これもうジェミニさんの手下確定ですわ。

 

▼ ▼ ▼

 

ツカサがニコリとイケメンスマイルを浮かべてスバルに近寄っていく。正直、めちゃくちゃイケメンである。コダマ小学校イケメンランキングに載っているのは伊達じゃない。

 

それがうちのクラスにいるのだからなんとも言えない気持ちになる?

 

「君はスバルくんだろ?」

 

「僕を知ってるの?」

 

「僕は君のクラスメートだからね」

 

不登校の顔なんてわかるはずないと思うかもしれないが、実際わかる。教師がもっている児童の名簿には写真が載せられているからだ。

 

先生が机で出席簿を眺めているときなんかに話しかけてしまえば見放題だ。

 

「初めまして僕は双葉ツカサ」

 

「は、はじめまして。え、えっと…ツカサくん?」

 

初対面から下の名前で呼んだスバルに内心で感動する。今まで初対面で名前を呼んだことはなかったはず。

 

俺なんて『君』だったしね。

 

「ふふ、黒夜くんみたいにツカサでいいよ」

 

「でも初対面だし…」

 

いや、初対面なら『双葉くん』が正しいのでは…そんなことはないか。

 

ツカサのペースにハマるスバル。

 

不思議っ子め。

そういえばツカサのこと全然マークしてなかった。一番危なっかしい奴は近くにいた!?

 

学校で話せる程度には仲が良いけど、普段はルナたちと絡んでるからな〜。

 

それにほら、最近は休んでたし。

 

断じて現実逃避の言い訳ではない。

 

「呼び方は大事だよ。呼び方次第でその相手と親密になれたりすることもあるからね」

 

優しい笑みを浮かべるツカサ。

 

「ねぇ、知ってるかい? 毎朝出席をとるとき、先生は必ず君の名前を呼ぶんだ」

 

「……」

 

「それで君ってどんな人なんだろうって考えてたんだけど…。うん、君はとても良い人そうだ。君が来てくれればもっと学校が楽しくなる気がする。気の合う友達になれるかもしれない」

 

「友達…」

 

優しげに微笑んで去っていくツカサを呆然と見送るスバル。それにしても双葉ツカサと言えば中々強敵だったはず。

表のツカサくんは優しげだが、果たして彼はどうだか…。

 

その後体育館に戻るとカンカンのルナが待ち構えていた。ゴン太とキザマロはようやく俺たちが戻って来たことに安堵している様子。

 

一通り黙ってお説教を受けて今日のところは解散。

 

帰路へついた。

スバルはこれから行くところがあるようなので帰り道はぼっちだ。

 

「ねえ、黒夜くん」

 

「ん?」

 

校門を出るところでスバルに呼び止められる。隣にはウォーロックの姿。

ルナトリオは早々に帰っていったのですでにここにはいない。

 

「このペンダントのことなんだけど…」

 

掌に乗せて見せてきたのはスバルが普段から身につけているペンダント。

微弱ではあるが、確かに電波を放っている。

 

間違いなく通信機だ。

 

このペンダントはスバルのお父さんである星河ダイゴさんのものだ。今はスバルが形見として身につけている…だったけ。

 

「ん? ペンダント?」

 

「これのこと知ってたり…しないよね、あはは」

 

『そんなはずないよね』と言ってペンダントを掛け直して服の中へとしまうスバル。

ここはシラを切ってもいいけど、ある程度教えといても別段何もない。

 

どうせウォーロックはダイゴさんのことなにも喋ってないだろうし。

 

こんなことを聞くということはペンダントが光ったのだろう。

 

天地さんのところへ行くのもこれからだろうし。

 

あっれ〜おかしいな…なんでこんな言い訳ばかり言ってるの俺。

 

「光ったんでしょ、それ」

 

「え?」

 

『……』

 

時間が止まったように固まるスバル。ウォーロックは初めて会ったときのような警戒した表情。

 

「多分、いや、なんとなくだけどそういうものなんだろうなぁ〜って思ったんだよね」

 

『見ただけでわかったってのか?』

 

「わかったというかなんというか…そういうものというか。なにはともあれ、俺は専門家じゃないし天地さんにでも聞いてみれば?」

 

スバルは俺の言葉に頷くと走ってバス停の方向へ向かっていった。残っているのは俺とウォーロック。

すごい何か言いたそうな顔をしたウォーロック。君とてあの微弱な電波くらいわかってたでしょ?

 

え、知らなかった…なんでさ。

 

▼ ▼ ▼

 

僕は弱い。

 

今思えばそうだ。初めて電波変換したときから僕は黒夜くんに助けられてきた。

 

今回だって…。

 

手も足も出なかった。

見ていることしかできなかった。僕と黒夜くんの連携ができているのも、黒夜くんが僕に合わせているからだ。

 

結局、僕自身では何もできていない。

 

強く…なろう。



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星の試練

やってしまったことは仕方ない…ということで投稿することにしました。
もし読んでいた方がいたら申し訳ないです(T . T)


夕焼けが落ちようかという頃、とある場所の屋上で二人の少年と3つの黒い影が対峙していた。

 

『来たか…明星黒夜よ』

 

ご存知AM星人の三賢者様である。

わかったよ、もう俺が目をつけられているのはわかったさ。

 

それでも一言言わせて欲しい。

 

「だからなんでさ…」

 

▼ ▼ ▼

 

時は帰宅した後までさかのぼる。

 

家に着いてからしばらくは平穏なときを過ごしていた。ミソラちゃんとメールのやり取りをしているときがとても至福である。最近は元気にしているようで一から音楽を学んでいるんだとか。

 

なんというか…小学生で一から音楽を学び直すっていうのもよくわからないんだけどね?

 

どんな天才少女さ。

 

今度時間があればこっちに来るからよろしくとのことだ。

 

また騒動になるんじゃないかと苦笑いをしつつも返信の内容を考える。

今まさに返信を送ろうとしたその時、突然としてトランサーが振動する。

 

電話だ。

生まれて初めてブラザーから電話がかかってきた。そのことに感動しながら通話ボタンを押す。

 

『あ、もしもし黒夜くん?』

 

「スバル?どうした?」

 

かけてきたのはスバルだ。

天地さんのところでペンダントを解析してもらって何かわかったのだろうか。

 

『えっと、なんていえばいいのかなmdajem…』

 

スバルの声に突然ノイズが混じって聞こえなくなる。

 

電波変換していなければトランサーの不調ではない。故に断じて俺のせいではない。

やがてノイズが収まっていき静まった次の瞬間、野太く低い声が俺のトランサーから聞こえた。

 

『明星黒夜よ』

 

「…どういうことですか、これは」

 

『天地研究所の屋上で待っている。試練のときは来た』

 

勝手に電波を乗っといておいて勝手に切るなとか物申したいことは色々とあるが、とりあえず行かないことには始まらない。母さんには適当な理由をつけといて外出する旨を伝える。

 

いざアマケン目指してひとっ飛び。

 

電波変換をして文字通り光の速度で移動したその先に待っていたのはAM星人三賢者とスバルがいた。

 

そうして今に至るわけである。

 

『明星黒夜そしてスバルよ』

 

俺だけフルネームで呼ぶのには理由があるんだよね。ノイズ使うから嫌ってるわけじゃないよね。

 

…若干不安である。

 

『こいつも来たんだ、いい加減もったいぶるのをやめて教えやがれ!何が目的だ?』

 

「ウォ、ウォーロック!」

 

ウォーロックが痺れを切らして三賢者に問いかける。スバルがなだめようとするこの流れもなんというかもうテンプレである。

 

慣れたもんだよね。

 

「この電波体は3つのサテライト…ペガサス、レオ、ドラゴンのそれぞれを管理している。いわゆるサテライト管理者だよスバル」

 

「黒夜くん知ってるの!?」

 

「前に夢の中でちょっとね」

 

スバルが目を大きく開いて俺を見る。

ウォーロックは何やら考えている様子。俺と三賢者の繋がりでも考えているのだろうか。

もしかしたら夢の中での出来事を思い出してるのかもしれない。

 

『あの夢でそんなことあったか?』

 

『お前たちは先に返したのだ』

 

「そういうことだ」

 

『黒夜の言う通り、我らは3つのサテライトを管理する者…その影だ。サテライトペガサスの管理者、ペガサス・マジック』

 

『サテライトレオの管理者、レオ・キングダム』

 

『サテライトドラゴンの管理者、ドラゴン・スカイ』

 

それにしても随分と巨大な電波体だ。大きさもさながらだが、ひしひしと伝わってくるプレッシャーは只者ではない。スバルがビジライザーをかけないで見えている通り、常人でも見ることができる。

 

だが、俺からしてみればこいつらが異常に見えて仕方がない。

 

この電波体の力は…危険だ。

 

直感がそう告げているのだ。

 

『戦いの時が迫っている』

 

「戦いの時?」

 

『そのための準備をしに、我らはやって来た』

 

FM星人との戦いが本格的になってきたことが関係しているのだろう。FM王もようやく本腰を入れて地球を叩こうとしたいるわけだ。

 

そしてアンドロメダもまた…。

 

FM王もただ寂しくてかわいそうなだけなんだけどね。

 

『お前たちにも守るべき大事な絆が生まれた。ブラザーバンド…それが合図だった。我々は待っていた。お前たちにブラザーバンドができるのを』

 

ペガサスの言葉を引き継ぐようにレオが口を開く。

 

『人は守るものができた時、初めて本当の力を手に入れる。今、この星にかつてない脅威が迫っている。その脅威によってお前たちの大切な者は失われ、生まれたての絆もことごとく切り裂かれるだろう』

 

「かつてない脅威…」

 

「なるほど、それでその脅威に立ち向かえとそういうことですか?」

 

『それが星の命運。イレギュラーはあったがここまでは決まっていた(・・・・・・・・・・・)。そのペンダントがお前に渡ったときから確信していた』

 

チラリと俺を見るドラゴン。

スバルがダイゴの子として生まれたときから決まっていたとかゲームで言っていた気がする。

 

「父さんを知っているの!?」

 

『我々はお前の父親と協力してブラザーバンドを作り出した。絆を何よりも大切にする心優しき男…それこそが星河ダイゴ、お前の父親だ』

 

「…父さん」

 

『お前の持っているビジライザーとペンダントはお前の父親と我らが連絡をとっているときに使っていたものだ』

 

『星河ダイゴを中心に我らは運命の糸で結ばれていたのだ。スバル、ウォーロック、そして明星黒夜よ』

 

だからどうして俺だけフルネーム?

 

『この星の運命はお前たちにかかっている』

 

「ほ、星の運命って…いきなりそんなこと言われても!!」

 

『我らは戦うことはできん。打ち勝つことは決してできんのだ。脅威に打ち勝つにはスバルとウォーロックが融合したロックマンの力が必要だ。そして鍵となる未知なる存在…それこそが明星黒夜』

 

AM星がなくなったのはアンドロメダによるものだからね。三賢者ですら敵わなかった存在。

 

だからこそ、勝てないことを悟っているのだろう。

 

『来るべき決戦の日に備え、我々はお前に力を授けることにした。スターフォース。星の力を!』

 

『お前?こいつは関係ないのか?』

 

「明星黒夜の力と我らの力は決して重なることはない。様々な要因でな」

 

いわゆる大人の事情ってね。

俺の周波数が関係してるんだろうね。まぁ、生まれが生まれだから仕方がない。

多分、あの生まれがなければノイズを操るなんて芸当から常に電波が見えるなんてのもできなかったはずだ。

 

『さて、力を与える前にはっきりと言っておこう。お前たちは弱い』

 

『なんだと!?』

 

今日何度目ともわからない怒声を出す。だがそれでも三賢者たちは動じない。

むしろ、その反応こそが弱者の証だと言わんばかりに。

 

『我らは見ていたのだ。お前たちがあの黒いジャミンガーに無様にやられる様をな』

 

「…それは」

 

『明星黒夜との連携は確かに見事だ。阿吽の呼吸といってもいいだろう。だがそれでもロックマン、お前は弱い』

 

スバルを強化するのに手っ取り早いのはバトルカードを集めることやHPメモリを獲得すること。

だが、それをものともしないほどの強化を施すならばスターフォースの存在は欠かせない。

 

『星河スバル、そしてウォーロック…これよりお前たちには星の試練を受けてもらう!!』

 

星の試練が、今始まる。

 

▼ ▼ ▼

 

とうとう始まった『第1回、チキチキ!!星の試練!!』は金ピカのデンパくんこと5人の星の番人を全て倒すという内容だ。

ちなみに俺は口だし不要どころかこの場に残るように言われ、スバルとウォーロックはロックマンに電波変換して去っていった。

 

スバル本人の力を強化するので全然問題ないが、わざわざ家から駆り出されたのだからちょっと悲しい。ここで見ているだけというのもなんだか煮え切らないものがあるのだ。

 

電波変換を解いてあぐらをかいていた俺の視界が突然暗転する。

 

『さて、明星黒夜』

 

気がつくと、そこにはドラゴンしかいなかった。レオの姿もペガサスの姿もそこにはない。

 

周りの風景もまったく違う。

似ている風景で言えばヤシブタウン。大きなビルがいくつも建ち並び、ウェーブロードも随分と広範囲に広がっている。

 

バカな、本当にヤシブタウンに瞬間移動したとでもいうのか。

そんなことはあり得ない。

 

『ここは事前に我らが用意した特別な空間。ヤシブタウンではない。安心しろ』

 

「特別な空間って言われても…」

 

安心しろと言われて『はいそうですか』とは言えない。

ドラゴンのプレッシャーが先ほどとは比べものにならないほどに変わっている。

 

これは…この空気は…。

 

『行くぞ、明星黒夜!!!』

 

「ッ!! 流星サーバーーーーッ!!」

 

『Ryusei Server Access』

 

ドラゴンが猛々しく吠えてこちらに向かって突撃してくるのをすぐさま電波変換してノイズドウィングバーニアを使用して避ける。若干回避が遅れたせいかミソラちゃんのリンクアビリティであるファーストバリアが消える。

 

あのままならば確実にドラゴンの口の中に収まっていた。

 

飢えているわけでもあるまいし!!

 

「俺の試練はなかったんじゃありませんでしたっけ?」

 

『言ったであろう。見極めるとな!!』

 

「ちょッ!?」

 

俺の言葉など聞き届けてはくれないようで俺に向かって突撃してくる。ただの突撃ならば回避は容易い。だが、地面から鋭く尖った木を召喚してくるので面倒くさい。

 

しかも槍のごとく飛んでくるのだから余計にタチが悪い。

 

「そこ邪魔なんですけど!!」

 

腕を横薙ぎに振るって炎のリングを放つ。その炎のリングが下で発射されるのを今かと待ちわびている鋭く尖った木を焼いて行く。

 

モエリング3だ。

 

ゲームでは縦3マスという設定だったが、現実で使うとこのように広範囲を殲滅することができるのだ。

 

綺麗な弧を描いて俺の元へ戻ってきたリングが消える。

 

流星サーバーから送られてきて選んだバトルカードは当然モエリング3だけではない。

地の有利は一時的にだが、なくした次はこちらから仕掛けることができる。

 

高速で地面に降り立って左手を地面に叩きつける。

 

ドラゴンが放っていたものよりは遥かに細いが鋭く尖った竹が地面から飛び出してくる。

 

モジャランス3。

 

俺を追いかけて急降下してきたドラゴンはモジャランスに気づいて向きを変えようとしたが、すぐには止まらずにモジャランスが…刺さらなかった。

 

さすがにあの巨体を串刺しにしようとする考え方に無理があった。ドラゴンはモジャランスに当たったものの、モジャランスが折れてしまうという悲惨な結果に終わった。

 

火力が足りない。

 

『その程度か明星黒夜』

 

「……」

 

手がないわけではない。

やってやれないことはないのだ。

 

だが、それをするとどのような影響が出るのかわかったもんじゃない。

 

『その程度では守れるものも守れんぞ。あの少女に何もしてやれなかったようにな』

 

「わかってるさそんなことは!」

 

確かに俺はあの時何もできなかった。

本当の意味で心を助けることは俺だけでは決してできなかった。ハープとミソラちゃんが出会わなければどうしようもなかったことはわかっている。

 

『ようやくできた絆はすぐに壊される。お前の弱さ故に』

 

「そんなこと!」

 

『ならば力を示せ!これで終いにするぞ、明星黒夜!!』

 

ドラゴンが一際大きく咆哮を挙げると螺旋を描きながら空高く飛翔していく。

 

呼応するようにドラゴンの周りに集まっていく木の葉。螺旋を描くことで強大な風の役割を果たしているのだ。

 

まるで、木の葉を纏った巨大な竜巻。

 

「なりふり構ってる暇は…ないッ!!」

 

バトルカードを選択してできる限り遠ざかる。

ドラゴンは未だに飛翔し続けているが、いつこちらに向けて突撃してくるかわかったものじゃない。

 

大きく腕を振るいグランドウェーブ3で地面を抉る。狙う先なんてものはありはしない。

グランドウェーブが役に立つのは何かに当たっても止まることなく貫通するからだ。しかも3の速さは中々見所がある。

 

放たれたショックウェーブがいくつものビルを抉っていく。

 

さらに別の方向にグランドウェーブ3を放つ。

 

また別の方向のビルが傾く。

ダメ押しにモジャランス3を地面に向けて放つ。

 

全てを溜め終えたドラゴンがこちらへ向けて突撃してくる。その身はまさしく木の葉の台風…リーフストーム。

 

地面から飛び出してくる鋭く丈夫な竹に小さな物は壊れていく。

 

残念ながら手持ちにインビジブルはない。

こればっかりは運がなかった。

 

この攻撃を防ぎきれば勝機はある。

 

ドラゴン本体の直撃だけは避けなければならない。

なんとかドラゴン本体を回避することには成功したが、次に襲いくるのはドラゴンの周りを刃のように荒れ狂っている木の葉。

 

「防ぎ切れよ、シールドォォォッ!!」

 

全力で盾を支えつつ盾に隠れる。

轟音とともに木の葉が通り過ぎていく。木の葉が盾に突き刺さっていく衝撃が伝わってくる。

 

数が増していくにつれて重みが増していく。

 

そしてカスタムゲージが溜まる。

 

「スーパーバリアッ!!」

 

盾が破れるのと俺を黄色い炎のような膜が包んだのはほぼ同時だった。

そのままジェットアタックを使用して大きく竜巻から逸れる。

 

若干いくつかの木の葉が突き刺さったが致命傷には至っていない。

 

スーパーバリア。

これはバリアの上位カードであり、5回の攻撃から身を守ってくれるものだ。

インビジブルを引けなかったのは運がなかったが、なんとか耐えきることができた。

 

すでに先の攻防でこの場所にあった建造物はあらかた破壊されている。建造物が壊れれば中に入っていた電子機器も破壊されている。もちろん完全に破壊されてしまえば意味がない。

 

周りを見回す。

 

見渡す限りの荒野だ。先ほどまで建ち並んでいた建造物がまるで嘘のだったかのように。

それが夢でも嘘でもないとわかるのは建造物の残骸と電子機器からスパークが漏れているからだ。

 

わずかでも一部が残っていれば、そこから微弱な電波が流れていればノイズは起こる。

 

ノイズ率は…680%

 

「流星サーバー、アクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

一度流星サーバーとの接続を切り、もう一度つなぎ直す。

 

当然、バトルカードも一新される。

 

繋がれたのはメテオGのサーバー…今までよりも遥かに深いところにあるサーバー。

 

ここから先は決して自由にはさせない。

 

「大層な歓迎、ありがとう」

 

『今のを凌いだか…』

 

未だに力衰えないドラゴン。

優位だと思って俺に合わせて地面のすぐ近くまで降りたのは失敗だった。

 

これだけのノイズだ。

 

どれほどのノイズが集約されるか俺ですらわかったもんじゃない。

 

「俺もあなたを俺の領域に招待するよ…覚悟はいいか管理者!!」

 

『何を…ッ!?』

 

地面が避けるように、侵食するように黒い靄が広がっていく。

以上に気づいて飛び上ろうとするがそうはさせない

 

ホイッスルを使って俺の元へと引き戻す。

 

そして呑まれる。

 

まるで泥のように足を、身体を侵食していく。すっぽりと頭までも呑み込まれた途端、世界が変わった。

 

「見せてあげるよ、俺の本気をね」

 

見渡す限りの薄暗闇。

 

その名を…ノイズウェーブ。

 

▼ ▼ ▼

 

一方その頃スバルも奮闘していた。

 

星の証は無事に全て回収し終えたまではよかった。だが、そこから先はペガサス・マジックとの戦闘という予想外の展開が待っていたのだ。

僕は持てる全ての力を使って立ち向かった。

 

『力無くば、新しくできたその絆すら守ることはできん!!」

 

どれほどダメージを与えても底が見えない!!

 

足元にできた魔法陣のようなものから氷の刃が飛び出して来るのをインビジブルで回避する。

 

『くっそ、本当に同じ電波体か!?』

 

ウォーロックがこう言うのも頷ける。今までの誰よりもタフだ。見かけが大きいのは伊達じゃない!

 

だけどこの戦闘は唐突に終わりを告げた。

 

『ふむ…想像以上の強さだった』

 

『手を抜きやがって…化け物かよお前』

 

ウォーロックの言葉に耳を疑う。

 

今ので…手加減されてた?

あれだけダメージを与えて、こっちは満身創痍なのに?

 

強い。

今までの誰かとなんて比べものにならない。

 

無理だ。

ただでさえサテライトの管理者でも勝てないほどの敵に打ち勝つなんて。

 

『我らの目的はお前たちの潜在能力を測ること。やはり、素質は十分。もう片方は…』

 

ペガサスが呟いた途端、何もない空間から黒い靄のようなものが広がっていき、巨大な何かが大きく吹き飛ばされていった。

 

それが僕の隣へ大きな音を立てて落ちる。

 

ドラゴンだ。

サテライトの管理者のドラゴンが傷だらけになって飛ばされてきたのだ。

 

突然、呼吸が苦しくなる。

 

肺を押しつぶされたかのような感覚に思わず膝をつく。

これは…一体!?

 

『スバル、ウェーブアウトだ! 電波変換を解け!!』

 

ウォーロックに言われるがまま、電波変換を解く。今度は若干頭が痛くなったものの息苦しさからは解放された。

 

『これほどとは…』

 

未だにビジライザーがなくてもペガサスの姿は見えているがどことなく苦しそうだ。それに姿が掠れてきている。

 

ビジライザーをかける。

 

未だに黒い靄は健在でその中から誰かが出てくる。

 

赤いバイザーに黒を基調としたボディ、ノイズを撒き散らすように広げられた大きな羽。

 

ブラックエース。

 

黒夜くんだ。だけど僕の知っている黒夜くんではない。

 

あれは、あの力は怖い。

 

「満足した?サテライトの管理者」

 

『我らをも凌ぐその力、異常としか言えぬ。やはり、お前とスターフォースが重なることはない』

 

怒気を含んだ黒夜くんの声にペガサスは間を置いてから喋った。

 

「…ふぅ。それくらいわかってますよ。まず俺がスターフォースを手にしたところで力を発揮することさえ不可能でしょ」

 

黒夜くんからプレッシャーが消える。いつもの飄々とした黒夜くんだ。

 

「スバル」

 

不意に名前を呼ばれた。

 

「今なら、まだ引き返すことができる。ここでならまだその運命から逃れることはできるかもしれない」

 

『明星黒夜』

 

「運命だろうがなんだろうが、選択するのはお前自身だ」

 

ペガサスの言葉に臆せず、いつもとは違う口調で問いかけてくる黒夜くん。

サテライトの管理者から受け取る力がどんなものなのかは知らない。だけど、黒夜くんの口ぶりからその力が強大なものだということは理解できた。

 

きっと、黒夜くんはその力のことを知っているんだ。

 

僕は失うのが怖い。ミソラちゃんと黒夜くんとブラザーバンドを結んでもそれは変わらない。

 

力がなければ守るものも守れない。

 

「力があっても、守れないときもある。力があるから犠牲になるものだってある。それでも、スバル…お前は力を受け取るのか?」

 

どんなことを意味しているのだろう。

 

ミソラちゃんの時のように黒夜くんの全ての気持ちは黒夜くんにしかわからない。

これから何かが起こると知っていながら、わずかにでも力がありながら何もできないのは嫌だ。

 

ただ見ているだけで目の前で失うのはもっと嫌だ。

 

「それでも僕は守る力が欲しい。君と肩を並べて戦えるだけの、力が欲しい。」

 

黒夜くんはニコリと微笑むと大きくペガサスに向かって頷く。ペガサスも同意するように頷くと僕へ向き直る。

 

『さて、試練は終わった。ロックマン、お前にスターフォースを授ける!』

 

光の柱が僕を貫いた。

 



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一歩、二歩…


今回でスターフォースはお終いです。



どうしてみんな僕を放っておいてくれないんだろう。

ずっとそう思っていた。

 

どんなに冷たくあしらっても、どんなに無視しても僕に関わることをやめない人たちがいた。

 

『どう? そろそろ学校に行ってみない?』

 

いつも支えてくれる母さん。

『行きたくなったら行けばいい』と言われ続けているものの、その度に悲しそうにする母さんを僕は知っている。

 

『あなたにも出演して貰おうと思ってるのよ』

 

いつも僕に話しかけてくる3人の同級生。

もしも僕が劇に出なかったらどうするのか。

 

『相談したいことがあったらなんでも言ってくれ』

 

学校で会った僕のクラスの担任の先生。

 

『まあ、そのことはスバルが学校に来たときにでも話そうか』

 

そして黒夜くん。

天地研究所でははぐらかされてしまったけれど、もしも学校に行ったら話してくれるだろうか。

ブラザーになって秘密も見れるようになったけど、黒夜くんは未だに謎の人物。

 

その秘密だって…。

 

【大体パンツはトランクスです】

 

秘密だよ! 確かに秘密だけども!?

 

そのほとんどがベールに包まれている。

飄々としていてもいつもするりと逃げられる。

 

だけども根はとても優しい男の子。

 

『ほら、周りを見てごらん。思い出してごらん。いるじゃないか? ミソラちゃんの歌を心待ちにしている人やスバルを常に温かく見守ってくれる人…2人を支えてくれる人がさ』

 

ミソラちゃんの事件のあの日、黒夜くんはそう言った。

 

確かに僕に優しく接してくれる人はいる。暖かく見守ってくれる人もいる。

だけど、僕は誰かと繋がるのが怖い。また失ってしまうことが…とても怖いのだ。

 

ミソラちゃんと同じ。

もう一人は嫌だった。

 

だけど、一人が良かった。

 

でも…。

 

『いなくなった人のことが頭から離れなくなって、他のことが考えらなくなる。目の前のことから逃げてしまう。そうして悪循環を起こす。目の前から大事な人がなくなるっていうのはそういうことなんだ』

 

もう失くすことばかり考えるのは、失くしたことばかり考えるのはやめてもいいのかもしれない。

 

『運命だろうがなんだろうが、選択するのはお前自身』

 

そうだ。選ぶのは僕だ。

いや、選べるのは僕しかいない。

 

父さんでも母さんでもましてや先生やクラスメイト、黒夜くんでもない。

 

この先に進んでみよう。

彼の言うように視野を広くしてみよう。殻に閉じこもるのはお終いにするんだ。

 

前に…進もう。

 

 

▼ ▼ ▼

 

スバルは無事にスターフォースを手に入れることができた。

 

しかしながら都合よく効果が現れるはずもなく、実感もないまま帰路につくこととなった。ちなみに俺には何もありませんでした。相性が悪いことは知ってたけど、本当に何もないと悲しくなってくる。

 

その次の日あたりにスバルから『学校に行ってみようと思う』というメールが届いて飛び上がったのは記憶に新しい。

 

スバルの心境に変化があったらしい。

 

きっとミソラちゃんのおかげである。

流石である。

 

祝い、不登校卒業。

祝い、ぼっち卒業。

 

同じ元ぼっち仲間としてこれほど嬉しいことはない。

 

スバルに了承を得て、聞いたその日に育田先生へと連絡したところとても喜んでいた。

 

そうして今日はスバルが登校すると宣言した日だ。

 

星河家の前でスバルを待つこと5分。

 

「お待たせ黒夜くん」

 

「だからくん(・・)は…ってそれが素ならいいや。おはようスバル、元気しとぉや」

 

「お、おはよう黒夜くん。相変わらずだね…」

 

『どうでもいいが、遅刻するんじゃねえのか?」

 

ウォーロックの名前を呼ばなかったのはスバルの隣にアカネさんがいるからである。若干涙で俺たちのやりとりを暖かく見守っていた。

 

アカネさんからすれば3年越しの悲願である。息子の成長だ。これほど嬉しいことはないだろう。

これほど健気な奥さん…はやくダイゴさんに会わせてあげたいものだ。

 

ダイゴさんが今どこで何してるか知らないけどね!!

 

「黒夜くん、スバルのことお願いね」

 

「はい、わかりました。でもクラスにはすぐ馴染めると思いますよ。みんなちょっとハートが熱すぎるんで…」

 

「???」

 

スバルとアカネさんが首を傾げているが、気にしない。スバルに関してはすぐにわかることなんで説明は不要だ。アカネさんに挨拶を済ませると学校を目指す。

スバルの家から学校まではわずか10分程度。俺の家よりも近くて羨ましい限りだ。

 

たわいもない雑談をしながら歩いていればあっという間に校門が見えてくる。

 

大きな校門の前に仁王立ちしている人物が一人。

 

スバルがその人物を見て苦笑いしたのは触れないでおいた。

 

「来たわね、明星黒夜。そしてスバルくん。歓迎するわ」

 

どうやら彼女なりの歓迎らしいが仁王立ちはやめなさい。

どうしてもルナはがんばるベクトルの向きが違うんだよなぁ〜。

 

俺たちの内心などいざ知らず、ルナは続ける。

 

「ふふ、これも私の優しさのおかげよ、感謝しなさい。とりあえず、教室に行く前に先生へ挨拶してきたらどうかしら?」

 

「それもそうか。先生はいつも職員室の前で登校してくる児童を出迎えてるから会えるね。行こうかスバル。あ、ルナもうすぐ遅刻だぞ〜」

 

「し、知ってるわよ!! あなたたちが来るのを私だけ待ってたの、感謝しなさい!」

 

お、おう。

つまり、ゴン太とキザマロは俺たちが遅すぎて先に行ったと。

 

まあ、今日はいろいろとあるからね。

委員長、お勤めご苦労様です。

 

…本当は委員長という役職がなくてもルナは俺たちを待っていただろう。不器用だが、彼女はこういう性格なのだ。みんなに慕われる訳だよ。

 

ルナに敬礼したら『き、気持ち悪いわね、早く行きなさい!』と言われた。

 

本当にたまに理不尽だよね、君!!

 

職員室は正面玄関を通って左にあるためどの児童も必ず通る。だから朝の挨拶をするにはうってつけの場所とあって育田先生はいつもそこで立っている。

 

正面玄関で風紀委員の子に『あ、明星黒夜! 今日は風紀を乱すことしてないわよね?』と言われたが身に覚えがない。

 

確かに遅刻や居眠りはするけどね。

 

スバルに驚かないか聞いたところ『黒夜くんってそんな感じする』とのことだ。

 

…俺ってそんな真面目に見えない?

 

「おお、スバルくん! 話は君のお母さんとそこにいる明星から聞いているよ。君のクラスは2階にある5-Aだよ…って明星からいるから大丈夫だな」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

エレベーターで2階を選択する。スバルがどことなくソワソワしているあたり緊張しているようだ。

 

そんな緊張もどうせソウルメイトたちに会えば吹き飛ぶだろうが…。

 

教室の前まで来るとスバルの緊張は絶頂に達した。

直立不動。

決して動こうとしない。

 

「ク、クラスメイトの人たちってどんな人かな。ま、まさかみんな委員長みたいなのばっかりだったりして…」

 

宇田海さんみたいなことを言うんじゃないよ。

というかクラスのみんなルナみたいな性格してたら学級崩壊確定でしょ。

 

思わず声に出して吹き出してしまった俺をスバルがポコポコ叩いてくる。

 

こいつ、あざとい!?

 

「まあ、みてなって」

 

ゆっくりとドアが開く。

スバルと俺が中に入った途端、乾いた音が連続して鳴り響く。

 

『おかえり、星河スバルくん!!』

 

目をまん丸にするスバル。

 

スバルを待っていたのはクラスメイトたち全員からの祝福だった。みんなスバルのことは知らないだろうが、それでもと準備をしてくれた。

 

黒板には大きく『おかえりスバルくん』の文字が様々な色が用いられて書かれている。その周りにはスバルが好きな宇宙をイメージした絵や星々。

ペガサスが書かれているのは彼のトランサーのサテライトがペガサスだからだ。

 

事前に伝えておいた情報を上手く活用してくれたようで嬉しい限りだ。

 

「うぉぉぉぉぉ!! よく戻ってきた!」

 

「これからよろしく頼むぜ!!!」

 

「スバルくん、よろしくお願いします」

 

「いろいろあったけどよ、仲良くしようぜ」

 

「これだけ御膳たてしたんだもの。挨拶の一つ、してくれてもいいんじゃない?」

 

熱いソウルメイトたちである。

中にはゴン太やキザマロ、そしていつの間に俺たちより先に教室に来たのかルナの姿もある。

 

未だに困惑するスバルの肩を押す。

 

俺のことをちらりと見たスバルにサムズアップで返す。俺とて、この熱いソウルメイトたちの一員なのだ。

 

これだけやってくれたみんなを助けないわけがない。

 

なにより暗い底から一歩を踏み出そうとしているブラザーの肩を押さないはずがない。

 

「え、えっと…星河スバルです。あの…えっと…ありがとう。よろしくお願いします」

 

拍手が広がっていく。

それは友達の輪が…ブラザーバンドが広がっていくかのように。

 

隠していたカメラで写真を撮る。

 

「ほら、いい顔…できるじゃん」

 

カメラに映っていたゴン太と肩を組むスバルの顔は今まで見たことないほどに綺麗な笑顔だった。

 

言葉で言うのは簡単だ。

 

心で決めるのは簡単だ。

 

本当の覚悟とは…。

 

このスバルの覚悟がすぐに揺らぐことになることを誰も知らない。

 

もちろん、スバル本人でさえも。




さてさて、ハッピーで終わると思いきや不穏な感じ。

次回はリブラ・バランス編ですがスバルくんの成長が主題です!

「た、助けを呼ぶ声がある限り私は必ず現れる! あ、青き戦士…ろ、ロックマン参上!」

「ブフッ!!」

「カーーーット!!!」

「これが俗に言う…きちゃった♪ってやつかな」

「だからなんでさ…」

「あの劇ほんとに笑っちゃう件について」

『テメェと同じ、気持ち悪い電波をしてやがる』

「いや、俺のとは別物だろ。これはノイズじゃない」

『くるぞッ!! 構えろスバル!』

「ぼ、僕は…」

やっぱり黒夜くんは意地が悪い。
答えは決まってるじゃないか。

僕の周りを氷が包んでいく。そうして氷の礫が僕を呑み込んで球体を作る。

不思議とこの氷は冷たくない。むしろ、暖かい。
やがて氷の礫が弾けるように、光を発しながら球体が割れる。

「行くぞ!! もう僕は負けない。絶対にッ!!」

次章『一歩二歩、そして三歩へ』


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FM編 6 一歩二歩、そして三歩へ(リブラ・バランス)
何気ない毎日


短めです。
日常ってなんて平和なんだろう。


「シーン35。ロックマン登場! スタート!!」

 

総監督であるルナの声が静かな体育館に響く。体育館が静まりかえっているのは今が劇の練習の真っ最中だからである。

窓からは光がささないように暗幕が引かれ、照明はほとんど消されているので足元もおぼつかない。

 

「そこまでだ! 牛男!」

 

青一色のスーツに身をつつんだスバル。ご存知ロックマン先輩である。俺はその隣で真っ黒な衣装に身を包んでファイティングポーズをとる。

もともとロックマンの役はツカサがやるはずだったのだが、ツカサが辞退したことによって空いていたのだ。

 

そういうこともあってルナはスバルをなんとしても学校に連れ出そうと意気込んでいた。

 

それにしてもロックマンとブラックエースの衣装の精密さの違いときたら…泣けてくる。

 

「誰だ! お前は!?」

 

そしてオックス・ファイアの衣装に身をつつんだゴン太。さすが本人気迫が違うね。

 

それにしても…。

 

「た、助けを呼ぶ声がある限り私は必ず現れる! あ、青き戦士…ろ、ロックマン参上!」

 

「ブフッ!!」

 

こんな言葉を本人が言うのだから笑いを堪えるのがきつい。

スバルのたどたどしい口調と台詞に思わず吹き出す。

 

みんなには見えていないだろうが、ウォーロックも腹を抱えて笑い転げている。

 

「カーーーット!!!」

 

総監督ルナさんの怒声が響き渡る。

 

「明星黒夜!! この馬鹿星!! 何してるのよ! 仮にもロックマン様のサポート役?なんだから笑ってるんじゃないわよ!!」

 

「本当に黒夜くんはいつもこんな感じなんだけど…」

 

スバルがぼそりと言った言葉はルナには届かな…え、俺ってそんなに不真面目だったかスバルよ。

ガミガミと怒るルナを適当に弄りつつ流すと怒りの矛先はスバルへと変わっていった。

 

ロックマン本人だと知らずにロックマンになりきれというルナ。

 

またもや吹き出した俺は悪くない。

 

そして怒られる…解せぬッ!

 

「まあ、今日はこれくらいにしときましょう。明日もあるから各自準備を怠らないように!」

 

ようやく解放されたのが最終下校時刻になった頃。みんなが互いに挨拶をして帰っていく。もちろん総監督であるルナへの挨拶も怠らない。

 

ルナを慕っているのだ。

 

俺もルナに一言挨拶をしてスバルとともに正面玄関から帰路へつく。

 

「黒夜くん笑ったでしょ」

 

「いや、あんなん目の前で言われたら笑うでしょ。ウォーロックなんて爆笑だったよ」

 

「ろ、ロック!」

 

『あそこまで笑ったのは久しぶりだぜ。学校ってのは退屈だが時々おもしれえな』

 

スバルが学校に登校するようになって早2日。スバルもクラスに徐々に慣れ始め、劇の練習も本格的になってきた。

ここ2日はいたって平和で特に何事もなく過ごしている。噂程度で学習電波なるものが導入されていると騒がれているくらいか。

 

ミソラちゃんとのやりとりも健在で元気にしているとのことだ。

 

それからも劇についての笑い話や授業の雑談をしているうちに分かれ道にさしかかる。

そこから先は一直線に家を目指す。今日は俺の大好きなCoCo弐カレーが夕飯なのだ。

 

これほど楽しみなことはない。

 

夕飯の時間にはまだ早いだろうが早足に家に帰る。

 

「ただい…ま?」

 

「わわ、ふろや、ふぉはえり」

 

リビングに入って目に入ったのは頬をパンパンに膨らませた我が母とピンク色の服を着た女の子の姿。リビングを見渡してみればソファーに立てかけられたギターケース。

 

テーブルにはたくさんのお茶菓子と抹茶。

 

おそらく我が母はあれのうちの何かを口に含んでいて『ああ、黒夜、おかえり』と言ったに違いない。

 

「おかえりなさい、黒夜くん!」

 

「だからなんでさ…」

 

どうやらミソラちゃんと会うときは必ずこの台詞を言わなきゃいけないらしい。

 

▼ ▼ ▼

 

場所は変わって俺の部屋。

なんでも前にお世話になったお礼ということで我が家にお茶菓子を持ってきたらしい。

 

なんてできる子なんだ…。

 

流石は社会に出ているだけのことはある。いろいろとわかっている。

 

リビングでは今も変わらず母さんがお茶菓子を食べているんだろう。

 

俺の分、残しておいてよね!!

 

「まさか連絡なしに来るとは思わなかったよ」

 

「これが俗に言う…きちゃった♪ってやつかな」

 

そんなアナログな発言をミソラちゃんから聞くことになるとは思わなかった。とりあえずミソラちゃんの頭に軽くチョップをかます。『あいたっ』という可愛らしい声を挙げるミソラちゃん。

 

「め、迷惑だったかな」

 

「迷惑じゃないよ。ただ引退したといえミソラちゃんは有名人なんだから…」

 

言いかけて言葉を呑み込む。

そう、ミソラちゃんは引退した身。彼女を縛るものはなにもない。故に、プライベートを侵害することはよくない。

 

「ふふ、ありがと。やっぱり黒夜くんは優しいね。それで学校の方はどう?」

 

「ん? ああ、スバルも学校に来るようになって楽しく過ごしてるよ」

 

「そっかそっか! スバルくんも同じ学校に登校してるんだね。羨ましいな〜。私もコダマ小学校に引っ越したくなっちゃうよ」

 

引っ越す?

ああ、転校ね。

 

ミソラちゃんがコダマ小学校に住むのかと思ったよ。

 

スバルのこともミソラちゃんには話してある。ついうれしくなってスバルにもメールを送ってしまったとか言ってたのが懐かしい。

 

スバルとも時折連絡を取っているようで何よりだ。

 

「まあ、ミソラちゃんが来たらいろんな意味で忙しくなりそうだなぁ〜」

 

主にゴン太とキザマロを含めたミソラちゃんファンの興奮とルナの嫉妬で大変そうだ。

あとはFM星人の事件が起こったときにミソラちゃんが行動を起こしそうで怖い。

 

ミソラちゃんにも力があるとは言え、戦闘自体は素人そのもの。ジャミンガーGのような手練れが来たとき、最初に狙われるのはきっとミソラちゃんだ。

 

『ポロロン…それはFM星人のことも入ってるのかしら?』

 

む、鋭いなハープ。

周波数でも感知してバレたのかな?

 

ミソラちゃんを巻き込まないためにはコダマタウンから遠く離れた場所にいてもらうのがベストなのだ。

 

「さて、彼らの動きについてはわからないな〜」

 

『そうね。でも彼らもFM王からの命令を受けて動いているわけだし、そう簡単に引くことはないわ』

 

「そうだねー。これからコダマタウンやらいろんなところで…」

 

思わずポロリした言葉に冷や汗が流れる。目の前には恐ろしい笑顔をしたミソラちゃんが正座している。

 

「黒夜くん、隠し事はなしだからね♪」

 

ミソラちゃんの笑顔が怖い。しかし俺は折れない!

 

結局その後も尋問のようなやり取りが続いたのだが、ミソラちゃんの空いている日にヤシブタウンでショッピングするという約束で手を打ってもらった。

 

「それじゃ、私はこれで帰るね」

 

「今度来るときは連絡してね」

 

「うん! 今日はサプライズ大成功ってことで!」

 

「いつでも来なさいな。母はミソラちゃんのこといつでもどこでも大歓迎よ」

 

腕を突き出してピースをするミソラちゃんに頭を抱えたくなる一方で微笑みを浮かべる。

そしてミソラちゃんにサムズアップする我が母はお茶菓子でつられたに決まっている。

 

リビング降りたらお茶菓子なかったしね!!

 

ミソラちゃんが帰ってから母さんに茶化されたのは言うまでもない。

 

余談だが、劇についてうっかり漏らしたところ食いつかれて見に来ることを宣言された。

 

終わった…。



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ブラックエース急便

リブラバランスに本格的に入る前に投稿。
アニメ版のお話です。

日常コメディのようで真面目なお話。


ことの始まりは突然だった。

 

「俺に配達するのを手伝えって?」

 

「う、うん! 手伝って欲しいな〜なんて思ったり…」

 

スバルの怯えるような喋り方に思わずため息を吐く。

 

俺とスバルの目の前…正確にはスバルの家の目の前に置かれた大量の荷物。その様は聳え立つ山のように積み上がっている。よくもまあこれだけの荷物をいっぺんに、尚且つ、綺麗に人の家の前に積み上げたものである。

 

だが、よく見るとこの荷物、全て宛先がバラバラ。スバルの家に送られてくるはずの荷物はたった一つしか見当たらない。

 

どういうわけか、間違ってスバルの家に全部送られてきたらしい。

 

「そもそも、なんでこんなことになったさ」

 

「そ、それは…」

 

スバルが御丁寧に身振り手振りも踏まえて説明してくれたことはこうだ。

 

『それにしてもスターフォースとやらはなんだったんだ?』

 

『うーん、よくわからないね』

 

『電波ウィルスと戦ってみればわかるんじゃないか?』

 

『そうしよう…見て、ウォーロック! 配達管理センターがウィルスに襲われてる!』

 

『よっしゃ! いっちょ暴れてやるか!』

 

そんな具合にウィルスバスティングをしていたところ、誤ってウィルスを機材に当て壊してしまった。

 

今日になったら家の前がこうなってましたと。

 

「……」

 

スバルの縋るような目に又しても大きなため息を吐く。

 

ウィルスバスティング、大いに結構。戦闘狂のウォーロックには困ったもんだが、ウィルスバスティング自体は悪いことではない。問題はウィルスバスティングをすることによって自分から被害を出してしまうこと。

 

力は力だ。

 

ノイズの力を扱ってるが故にわかる。

強大な力は災いをもたらす可能性が高い。

 

…それでも俺のは特別かな。

 

とは言うものの、随分と前に感じる天地研究所での事件でやらかしてしまった手前、スバルにきつくは言えない。

 

困ったものだ。

 

「仕方ない、やるかスバル」

 

「ごめんね黒夜くん」

 

まあ、これが終わったら少しだけ話してみるのも良いだろう。

 

 

▼ ▼ ▼

 

配達するといっても『動かざること山の如し』と言わんばかりのあの荷物の山を生身で配達することは不可能。俺とスバルは電波変換して配達することになった。

 

もちろん、電化製品は全てスバル。ついでに生物もスバルに任せてある。

 

電化製品がノイズで壊れるのは怖い。生物は衛生的に怖いので丸投げしてやった。

 

ノイズの影響がどこまで来るかわかんないからな〜。

 

ロックマンのような完全な電波体は身体の一部だけ周波数を変えることができるようで、器用にも腕だけ実体化させて配達に行った。

 

なにそれホラーかな?

 

空いてる手が段ボール持ってるとか完全なホラーである。人の目を気にして空中にいることを祈るばかりだ…大丈夫だよね?

 

対する俺はと言うとスバルのような器用な真似はできないので全身を実体化させて空を飛んでいる。

もちろん飛行機ですら届かないようなめちゃくちゃ高い高度でだ。

 

サテライトさんには感知されるだろうが、どうせ三賢者にはバレているのでなんら問題はない。

 

スバルとはトランサーでいつでも連絡が取れるようにしてあるので何かあっても大丈夫。

 

ブラックエースが助けに行くよ!

 

さて、そんなこんなで絶賛空の旅を満喫してるわけだけど、流石に高すぎる高度からでは住所なんてわかったもんではないと思うだろう。

 

そこでトランサーの出番だ。

 

トランサーに搭載されているマップを展開し、サテライト先輩につながるだけで現在地がわかる。サテライト先輩様々だ。人目に付かなそうな森などを選んで地上におり、家へと配達していく。

 

電波変換を解くのも忘れない。もちろん、荷物は地面に置いて。

 

地面に置かなきゃ俺の腕が折れるからね。

 

「お届け物でーす」

 

「あら、坊やありがとう。でもどうして坊やが?」

 

「ああ、今学校の職業体験期間で頑張ってるんです! それじゃ次の配達がありますんで!」

 

「あらあら、もうすっかり様になってるじゃない。頑張ってね」

 

若妻さんが家の中に入った直後、再び電波変換。空中へと上がる。

 

ここからはダイジェストでお送りしよう。

 

40代の奥様。

 

『あら、ありがとう』

 

会社員のおっちゃん。

 

『会議で使う大事な資料だったんだ』

 

90近くのおばあちゃん。

 

『ありがとうね…ところで最近の子どもはそんな服が流行ってるのかい?』

 

80近くのおじいさん。

 

『トイザマスでその服孫に買ってやろうかのう』

 

途中から電波変換しっぱなしだったのは面倒だったからではない。断じてない。

そしてなんだかんだ受け入れられるブラックエース。

 

おいみんな、それでいいのか。

 

スバルもロックマンのまま配達しているのだろうか。渡す時くらいは電波変換をといてるかもしれない。

 

不意にトランサーに着信が入る。メールではなく通話だ。

もちろん相手は星河スバルだ。

 

『黒夜くん、調子はどう?』

 

「ん? スバルか。なんとかなりそうだ。あと2件で終わるかな」

 

『僕の方は委員長の家に届ければおしまいかな』

 

ロックマン様病のルナに配達するのは酷なのではないだろうか。主にスバルが。

 

ルナのことだから『キャー、ロックマン様!! お茶でもいかが!?』なんて言って中に連れ込むに違いない。

『いかが』と口にしながらも腕を掴んで強制的に連行するに決まってる。

 

俺の配達先は…。

 

明星美夜

 

響ミソラ

 

我が家とミソラちゃんの家のようだ。住所までしっかりと書かれている。ミソラちゃんの住所をまじまじと見つめるとトランサーのメモ画面を開いて書かれている住所を写していく。

 

俺の家だけ知られててミソラちゃんの家を知らないのは不公平。そう、不公平だ。故にこれは正当性が…ない。

 

配達物が悪い。反省はしている。

 

ここからの近さ的にミソラちゃんの家へと向かった方が速そうだ。住所通りの場所へ向かう。

 

俺やスバルのコダマタウンとなんら変わらない住宅街。

 

その中にミソラちゃんの家はあった。

 

「宅急便でーす」

 

インターホンを鳴らし、もう幾度となく口にした魔法の言葉を大きな声で棒読みする。むしろこの言葉を言わなければ奥様方は勧誘か何かかと思って出てきてくれないのである。たとえ二階にいたとしても『宅急便』と口にしただけで察知し、駆け下りてくる。

 

『宅急便でーす』は魔法の言葉だったのだ。

 

「はーい!」

 

例外もなく、ミソラちゃんも返事をしてドタバタと階段を降りるてくる。意外と家の中の物音というのは外に聞こえるものだ。

 

そうして出てきたミソラちゃんは…。

 

「お疲れさま、で…」

 

パジャマだった。

 

「……」

 

「……」

 

ものすごく微妙な空気が俺とミソラちゃんの間に流れる。例えるならそう、アニメの主人公がラッキースケベをしてしまったときのような。

 

あの凍った空間がここにあった。

 

一度深呼吸をしてミソラちゃんのパジャマをまじまじと見つめる。ミソラちゃんの身体よりも少し大きめに作られているようで、ダボダボだ。柄は音符と猫ちゃんとなんとも可愛らしいデザイン。

 

服の可愛らしさとミソラちゃんの顔の紅潮具合がマッチしてなんとも少女感を醸し出している。

 

「…ハンコ、おねがいしゃーす」

 

一陣の風が吹く。

それが、さらなる激闘の幕開けとなった。

 

「ショックノートッ!!」

 

「ノイズシールド!!」

 

飛ばされてきた音符をノイズを具現化した盾で塞ぐ。

 

『ポロロン…あなた、やるわね』

 

「我ながら良いものを見せてもらったと思う」

 

「良くない良くない良くなーーいッ!!」

 

ミソラちゃんとの攻防は15分ほど続いた。

 

 

▼ ▼ ▼

 

ミソラちゃんとの攻防の後、家に連れ込まれて事情説明。むくれたミソラちゃんに謝罪した。なんともシュールな光景だったとだけ言わせてもらう。

 

パジャマ姿を見られたことが相当恥ずかしかったらしい。あとは連絡しなかったことにむくれていたようだ。

 

『来るときは連絡してねって言ってたのに…』とブツブツと拗ねるミソラちゃんはとても可愛かった。

 

連絡しなかったのは悪かったが、パジャマで出て来るとは思わなかったじゃん?

 

…家に上がる気もなかったしね。

 

さて、ミソラちゃんをなだめたあとは我が家に戻るだけなので楽だ。来た道を戻って電波変換をとき、母さんに渡す。

スバルもすでに配達を終えたらしいが、わざわざ会いにいくのも面倒なので電話をかける。

 

「お疲れスバル」

 

『おつかれさま黒夜くん。ごめんね、巻き込んじゃって』

 

「まあ、巻き込まれ体質なのには自覚がある」

 

『あ、あはは…』

 

スバルが苦笑いしたのは、FM星人との戦いに俺が巻き込まれていることに対してだろう。

巻き込まれているというより自分で介入しているのでなんとも思っていないが。

 

「スバル」

 

『ん?』

 

少しだけ真面目な話をしよう。

 

「焦るなよスバル。スターフォースの力は強大だ。だからこそ、それに見合った何か(・・)が必ず必要になる」

 

『見合った何か?』

 

「そう。それを見つけることはスバルにしかできない。こればっかりは俺にはどうしようもない」

 

俺の場合は自身の死。神様にあったのも転生したのも、全てはあそこから始まった。

 

今でも流星のロックマン3を実際にできなかったのは心残りだ。

 

何事にも対価は必要だ。

 

『うん。頑張ってみる』

 

「…気持ちだけはしっかりと持つんだ。それが、一番スバルを助けてくれる力になる」

 

要は覚悟。

スターフォースを受け取ったときの覚悟。あの気持ちを持ち続けていれば、いずれスターフォースは覚醒するだろう。

 

スバルの覚悟をより強く自覚させるために、俺は邪魔者だ。あと少しすれば、スバルは1人で立ち向かってもらうことになる。

 

だからこそ、今できる限り力になってあげたい。

 

最後に大団円を迎えるために…。



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育田道徳

本日2回目の投稿。

たくさんのお気に入り、評価、ありがとうございます。ふと見てみたらお気に入りが800を超えててびっくりです。


「さあて、今日も早く帰って子どもたちと遊んでやるとするか…」

 

私の名前は育田道徳(いくたみちのり)。このコダマ小学校で教師をしているものだ。

子どもとは宝だ。どんなときも成長することをやめず、絶えず我々大人を驚かせてくれる。様々なことを教えるはずの教師が子どもたちから多くのことを教わっている。

 

だからこそ、今私には断固として反対しなければいけない事項がある。

 

「育田先生」

 

内心で『またか』と思って振り返る。振り返った先に立っていたのは目の細い青いスーツ姿の男。歳は私よりも遥かに上。そして身分も。

 

コダマ小学校の校長だ。

 

「少し話がある。ついてきなさい」

 

高圧的な態度でそう言ったのは私が例の件に断固として反対しているからに違いない。現に反対派だった教師たちも皆圧力に屈して立場を変えてしまった。

 

やがて到着した場所は放送室。

 

普段は児童が給食の時間などで使用しているが今は放課後。児童がいるはずもなく、私と校長先生のみ。

 

「君の授業は相変わらず、学校の用意したカリキュラムに従っていないようだな。再三の注意にも関わらず…だ」

 

『勉強よりも大切なことがある』…それが私のスタイルだ。勉強を教えないのは確かに問題だ。

だが、勉学だけを教えて果たしてなんだというのか。

 

勉学とは『人格の形成』を目指して行われる。そう示されたのは今より遥かに昔のことである。

 

「お言葉ですが、校長先生。私はあの偏差値を重んじるカリキュラムには賛成できません」

 

故に偏差値をのみを重視した教育過程など受け入れられるはずがなかった。

 

「だから学習電波の導入にも反対しているのかね?君も知っているだろう? 私が校長に就任するにあたって掲げた目標を」

 

学習電波。

この学習電波の電波は全ての教室に繋がっていて教室中に脳を活性化させる電波を発生させる。

 

この学校が進学校に生まれ変わるためのものと校長は言うが、私にはそうは思えなかった。

 

これはそう…もはや洗脳だ。断じて教育などではない。

 

「…このコダマ小学校を一流の進学校にすることでしたね」

 

確かに世の中の風潮が関係しているのもわかる。だが、私は『それでも』と声を大にして訴えたい。

特別の教科である道徳の削減、図画工作や音楽を含めた芸術教科の削減。それに伴って増加した国語、算数、理科、社会、英語の5教科。

 

これでは子どもたちが参ってしまう。

 

勉強が楽しいものだという考えすら身につける前に失わせてしまう。

 

それはいけない。

 

「偏差値が上がれば入学者が増える。結果として入学金も増える。一体何が不満なんだね」

 

この男は…。

思わず拳を握り締める。

 

「勉強よりも大事なことはこの世の中にはたくさんあります。教育の目的は人格の形成。勉強ができるだけの人間を育てても何の意味もありませんよ」

 

「それは理想だ。全ては結果として人格に繋がるのだ。児童の成績が下がってみろ。入学者は他の学校へ取られてしまう」

 

「しかしだからと言って!!」

 

「いいか育田くん。君のクラス以外は大きな成果をあげている。明日からは君のクラスも学習電波を使うように。さもなくばクビだ」

 

「ッ!?」

 

そんな横暴なことをしてまで!?

 

「君の代わりなどいくらでもいる。君といえど生活するために金が必要だ。7人の子どもを養わなければならない。これが現実だ。理想は捨てろ!」

 

吐き捨てるようにそう言って放送室を出て行く校長。その背中を追うことはできなかった。

 

私には子どもたちを洗脳するようなことはできない。例え安全性がわかっていたとしてもだ。

だが、私がクビになれば私の帰りを待つ我が子たちはどうなる。親としての責務がある。

 

だが…。

 

『悩めるものよ』

 

不意に、声が聞こえた。

 

辺りを見回すが、校長が去った放送室にいるのは私だけ。誰もいない。

とうとう頭までもおかしくなったのかもしれない。

 

『その悩み、我が天秤にかけてやろう』

 

それでも聞こえる声。

気がつくと目の前には私と同じ背丈の天秤がいた。ただの天秤ではない。目も、口もある。

 

体と天秤を支えているはずの身体が炎のように揺らめいている。

 

「な、なんだお前は!?」

 

『そんなことはどうでもよい。それよりもお前が抱えている悩みの方が大事であろう』

 

息を呑む。

何故それを知っているのかと。

 

天秤は怪しい笑みを浮かべて私を見下ろす。

 

『私にはなんでもお見通しなのだよ。理想と現実の狭間で葛藤する者よ。答えをやろう』

 

「答え…?」

 

『権力の側へ着くのだ。お前はすでにここでは周りから浮いた存在。お前は孤独だ』

 

天秤の言うことに間違いはない。私は疎まれていた。校長の言う理想を語る私は周りからすれば邪魔だったのかもしれない。

 

『そうしなければ子どもたちはどうする? 私の天秤は本質を測る。故に、真実を導く』

 

私は…。

 

 

▼ ▼ ▼

 

次の日の朝。

 

育田のことなど何も知らずにその日を過ごした児童たちがいつものように元気よく登校していく。無論、スバルや黒夜も例外ではなかった。

 

「あの劇ほんとに笑っちゃう件について」

 

「と、突然だね」

 

「スバル、お前もう台詞言うな。俺とウォーロックを笑い殺す気か?」

 

『違いねぇ、スバル台詞言うなよ』

 

「僕だって好きでやってるわけじゃないからね!?」

 

いつものようにスバルを揶揄いながら学校の正面玄関をくぐる。時間は割とギリギリだが、ここまでくれば問題はないだろう。

 

ちなみにウォーロックはここ数日で学校がどんな場所か把握したらしく、早くも飽き始めていた。毎日勉強ばっかしてればこうもなるさ。

登校する途中で2人の男の子が『その幽霊って孤独な人間ばかり狙うらしいぜ』『まじかよ〜』って話してたのは聞いてない。

 

どこから漏れた!?

 

2階に上がり、もうスバルも見慣れたであろう教室へ入る。中にいるのは熱いソウルメイトたち。

 

今日も今日とて今流行りのブラザーバンド戦隊ツナガルンジャーごっこを楽しんでいるようでなによりである。

 

「なにをしているんだ早く席へ着きなさい」

 

そこへ入ってきたのが、いつもとはどこか違う育田先生。姿が違うわけではない。相変わらずのモジャモジャも健在だ。

 

だけどどこか違う。

 

チャイムが鳴ったわけでもないのでみんな戸惑う。いつもなら笑ってくれる。むしろノリがいい育田先生は混ざってくれていた。

 

「なにをしている明星、早く席に着きなさい」

 

こんなに高圧的な態度をとる教師ではなかった。

 

故にみんなもなにか非常事態が起こったのだろうと考えたのか、反論せずに自分の席へと着く。

 

「さて、今日からうちのクラスも学習電波を導入することとなった」

 

育田先生のその言葉に動揺が走る。育田先生が学習電波に反対していることはすでに児童にまで知れ渡っていた。だからこそ、わからない。突然ここまで態度が変わったことも。学習電波を導入すると決めたことも。

 

「そこ、私語は慎みなさい」

 

『どうして急に?』と小声で呟いたルナを見過ごすことなく注意する。

 

「学習電波、オン・エア」

 

育田先生が学習電波を起動させる。どこかでファンが稼働するような音が響いた直後、頭の中に入り込むように浮かんでくる数式。頭上を見てみれば、教科書を開いたような形をした電波が俺の上に浮かんでいた。

そこから俺に向かって電波が流れ込んできている。

これは脳を活性化させるというより、無理やり記憶させようとねじ込んでいると言った方が正しい。

 

これは…まずいのでは?

 

『テメェと同じ、気持ち悪い電波をしてやがる』

 

「いや、俺のとは別物だろ。これはノイズじゃない」

 

そう。ウォーロックからすれば確かに気持ち悪い電波だろう。それもそのはずだ。学習電波は電波として完成していない(・・・・・・・)

 

電波そのものに不備がある。

 

だからこそ、違和感を感じる。気持ち悪さを感じるのだ。

 

こんなものを長時間毎日やられたりしたら…。

 

「どういうこと?」

 

「純粋に身体に悪いってことさ」

 

スバルの言葉に簡潔に返す。

育田先生はわずかに私語をした俺たちを叱るが気にしない。今のこの人は明らかにおかしい。タイミングしてからもリブラに取り憑かれている可能性も高い。

 

「こんなの、楽しくない」

 

周りのみんなが数式を呪文のように唱える中でボソリと呟いたのは誰だったか。

 

だが、確かに文句を口にした。

 

「誰だ!!」

 

いつもとはあまりに態度が違う育田先生が聞き逃すはずがなかった。一度学習電波を止めると文句を口にしただろう児童の席へと近づき、見下ろす。文句を口にしたのは小柄な男の子だった。

確かクラスの前に立って『今日も宿題忘れちゃった。二日連続だどうしよう…』と嘆いていた子に違いない。

 

「楽しくない…結構!! 授業は面白い必要などない!!」

 

昨日とは言っていることがあまりに違う育田先生に息を呑む。これはもう確実にリブラさんに取り憑かれている。どのタイミングで取り憑かれるのかわからないのが、これほど恨めしいことはない。

 

未来は見えているのに、止められない。

 

俺は一児童に過ぎない。

 

下校した後のことは監視しきれない。

 

「 大事なのは成績だ! もっと、成績を上げろッ! もっともっともっともっとぉぉぉッ!!」

 

壊れたように叫ぶ育田先生の身体が眩しい光を放つ。

 

「来るぞ、スバル」

 

「え?」

 

『…ッチ、そういうことかよ』

 

ついていけないスバルと事の顛末を察したウォーロック。その目の前で育田先生はその姿を大きく変えた。

 

もはや人間の身体ではない。胴体は細く、下肢は下に行くにつれて大きく…これぞ安産型。

腕は育田先生のそれではなく、細い。手らしきところに吊るされているのははかりだ。はかりの中で奇妙にも浮かんでいる炎と水は一体何を表しているのか。

 

リブラ・バランス。

 

「キャーーーー!?」

 

ルナの悲鳴がこだまする。前回の事件の当事者であったこともあってなんとなく理解しているのだろう。ゴン太は『ゲゲッ』と呟いた。

 

内心では『これ、あの時と同じやつ』と思っているに違いない。

 

『おいでなすった!』

 

「私は変わった。理想などなんの役にも立たない。大事なのはいかに世の中をうまく渡っていくかだ」

 

あながち間違ってもいないことではある。世の中、金が全てだと考える人が世の中結構いるのも事実だ。ミソラちゃんの事件だってそれが原因で引き起こされたものだ。

 

育田先生はお金なんてものに興味ないはずだ。葛藤の対象となったのは自分の子どもか、学校の児童…どちらを取るのか。

 

大方、学習電波やまともに授業をしない育田先生を見かねた校長が何か言ったんだろう。そしてそこをリブラに狙われた。

 

わかりやすい図式だ。

 

「学習電波…出力最大ッ!!」

 

リブラ・バランスがはかりを揺らした直後、学習電波を流していた機材からスパークが走る。同時に生まれるノイズ。

そもそも学習電波は人体に影響がある可能性が懸念されていた。そのせいもあって、どの学校においても出力を抑えることは当たり前だった。

 

故に…。

 

「ワワワワ!?」

 

「次から次へと頭に直接問題が!?」

 

「576÷6=96 36×9=324 96×324=31,104…あっ」

 

「ゴン太くんーーーーーーー!!」

 

どうやら脳がオーバーフローを起こしているようだ。人体の緊急措置として気絶させることで脳を保護している。だが気絶している間にも学習電波は流れている。

 

当然、気絶したゴン太は永遠と勉強させられる夢を見ているに違いない。

 

なにそれ拷問かな?

 

撃沈したゴン太と叫ぶキザマロを横目に見ながら対処方法を考える。

 

「……」

 

苦しむ俺たちを揺れる瞳で見つめるリブラ・バランス。まだ迷っている。

頭に数式や英文が浮かんでくる気持ち悪さに耐えながらゆっくりと口を開く。

 

思わず数式を口にしそうになる。

 

「育田先生、止めてください」

 

「明星…」

 

『おい』

 

「分かっている…私はもう迷わない」

 

リブラの奴、邪魔しやがってぇぇぇぇッ!!

 

リブラ・バランスは俺たちを一瞥するとゆっくりと教室から出ていった。

 

「ひさかたの〜 ひかりのどけき〜 はるのひに〜 しずこころなく〜 はなのちるらん〜」

 

スバルはスバルで学習電波にやられて呆然としながらブツブツ呟いている。その瞳に光はない。俺が大丈夫なのは常人と比べて生まれつきこういった電波に慣れているから(・・・・・・・)だろう。

 

すでにこの電波にもある程度は耐性ができた。

 

「なんとかしやがれウォーロック!」

 

『わーってるよ!! だが、スバルのやろう完全に意識持っていかれてやがる!』

 

「んなん知るか! 殴ってでも引き戻すくらいの勢いでだな…」

 

『よっしゃぁぁ!!』

 

「え?」

 

『歯食いしばりやがれッ! 左ストレートォォッ!』

 

『バギッ』と言う嫌な音がしたが聞こえてない。断じて俺には聞こえてない。

 

『先に殴れと言ったのはお前だからな』

 

ドヤ顔で罪をなすりつけたウォーロックには後でアイアンクローの刑にしよう。頭からノイズ流し込んでやるから覚悟しとけ。



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繋がる力、守る力

「おかしいな、なんか左の頬がすごい痛いんだけど…なにしてたんだっけな〜」

 

『気のせいだ気のせい』

 

「ほら、病気は気からって言うじゃない」

 

「う〜ん誰かに殴ら…」

 

「『殴ってない』」

 

こんなやりとりをかれこれ3分はしているか。スバルはウォーロックに殴られた左頬が痛くて仕方ないらしい。相当な力でやったようだな、ウォーロックン。

 

「…もしかしてロック」

 

『お、俺じゃねえぞ殴れって言ったのはこいつであってだな!』

 

「俺が殴るくらいの気合って言ったら急に喜んだのはお前だろ、このバーサーカーが!!」

 

「…」

 

スバルの無言と視線が痛い。

 

「さっきから2人でなにを喋ってるんだい?」

 

適当な言い訳を言って教室から外へ出ようとした時だった。スバルの隣の席の男子が落ち着いた様子で俺たちに語りかけた。

 

「…ツカサ」

 

「大変なことになったね。先生、どうしちゃったんだろう」

 

明らかに学習電波の影響を受けていないツカサ。ジェミニが関与している可能性が高い。だが、今のツカサはツカサ(・・・)だ。無意識の可能性も捨てきれない。

 

「き、君は大丈夫なの?」

 

「…うん、どうしてだろうね。それよりみんなが危険だ。早く学習電波を止めないと」

 

「そ、そんなこと言われたって」

 

「学習電波は放送室で制御されてるはず。多分、先生もそこに…」

 

「放送室か…」

 

そんなことまで知ってるのか。

不思議オーラが全開なツカサだが、事前に知識を持っていることもあって素直に鵜呑みはできない。

 

未だに姿を見せていないジェミニがここで関与してくる可能性は極めて低いだろうが、それでもだ。

 

「ツカサ、お前はどうするんだ?」

 

「僕はここに残ってできることをするよ」

 

「そうか。行くぞスバル」

 

ここから先、ツカサくんにも要注意だな〜。

 

▼ ▼ ▼

 

外に避難させる選択肢もあったが、そうしなかったのはエレベーターが誤作動を起こしているからだ。教室を出てみれば案の定、頭を抱えて苦しむ人たちがエレベーターに殺到していた。

 

今日この時間に体育のクラスは相当ラッキーだ。

 

放送室は5年生の教室と同じ階にあるため、行くのに苦労することはない。

 

人目を気にすることなく放送室へと向かう。その途中には数名の教師が力なく倒れていた。

 

無論、やったのはリブラ・バランスだろう。

 

放送室の中に入り、対峙する。

 

「せ、先生…」

 

スバルが狼狽えたのは優しい育田先生がこうも変わってしまったことに対して。

 

そんなスバルから目を離して俺を睨む。

 

「明星…やはりお前は問題児だな」

 

「わかりきったことじゃないですか、なにを今更」

 

「授業を抜け出す悪い子には罰を与えねば」

 

風紀委員会からもなぜか目をつけられる俺なのだ。これくらいなことはわけない。

炎のはかりを俺の目の前に突きつけるリブラ・バランス。しかし臆せずに飄々とした態度で嘲笑うように睨む。

 

「授業? 何言ってるんです? 控えめに言ってもあれは自習って言うんですよ先生(・・)

 

「ふむ。確かにそれもそうか。私とてやりたくてこんなことをしているわけではない」

 

「だったら!!」

 

「しかしなスバル。世の中には大人の事情というものがある。故に私はこの学校が進学校を目指すことに賛成している」

 

リブラ・バランスはこう言うが、育田先生は別だ。恐らく、まだ迷っている。葛藤している。

 

そこを揺さぶることで対話を試みる。

 

「そうですか。残念です。育田先生の言っていた『勉強よりも大事なことがある』。この言葉を聞いて教員を目指す児童も多かったでしょうに…」

 

「…何が言いたい」

 

「子どもは宝。先生はよくそう言ってました。先生、今やってることはなんです? これが教育ですか? あなたは今までの自分を全て否定しているんですよ。これを知った俺たちクラスメートはこれから先、あなたをどう思うでしょう」

 

今まで校長の圧力にも負けずに一人戦ってきた育田先生。そんな育田先生の言葉は俺たちの言葉に力強く響いていた。故に、『育田先生のようになりたい』と夢を語る児童も少なくはなかった。

 

それが原因で他の教師から白い目を向けられることもあったろう。

 

だが、児童から圧倒的な人気があったのは確かなのだ。

 

育田先生は今までの自分を、児童たちを否定している。

 

「そ、それは…」

 

『しっかりしろ』

 

またしてもリブラの邪魔が入る。一発殴りたいがリブラ自身が育田先生の中にこもっているので殴れない。一度でも実体化したら瞬時に電波変換して殴ってやる。

 

「ところでだ。どうして二人とも動ける。ん、あぁ…明星の健康調査表にあった電波障害児というのはそういうことか」

 

「電波障害児?」

 

「そのあたりはまあ、いろいろあったらしいよ?」

 

電波障害児。

俺のいた世界ではなかった概念。

 

全ては俺が生まれたときにまで遡ることになる。

 

後々、話すこともあるかもしれない。

 

「だとしてもスバルくんが動ける説明がつかないな。そうか。学習電波が弱かったか。だが、最大稼働しているな…ふむ、今度は内部から制御を奪って出力を上げるしかあるまい」

 

「そんなことしたら!?」

 

スバルが叫ぶ。

そんなことをすればみんなの脳が壊れる。今度こそ間違いなく、気絶では済まされない事態に陥る。

 

それだけは止めなければならない。

 

リブラ・バランスが学校の電波の内部へと消えていく。

 

『チッ、電脳の中に逃げやがった。スバル電波変換だ』

 

「う、うんでもウェーブホールが…」

 

「ウェーブホールはここにはないな。確か教室の中にあったはず、急いでスバル」

 

「黒夜くんは!?」

 

「悪いけど、俺の場合はちょっと特殊でね」

 

どうせ言葉で言ってもわからないだろうから、スバルの目の前で変身することにする。電波変換と言えば電波変換なんだが、俺の場合はノイズを使う。

 

赤黒いノイズが球体状に俺を包んで行く。

やがて赤黒い光とともに球体が割れ、現れたのはブラックエースの姿。

 

『なるほど、そういうことか』

 

「ど、どういうことロック」

 

変身を見ただけでどういうものか理解したウォーロック。FM星人はみんな初見で色々とわかってしまうらしい。

 

それにしたってハープの感知能力は異常だけどね。

 

「そんなことはいいから早く行きなって、俺は先に電脳の中入るから」

 

『絶対教えてね』と捨て台詞を吐いて走り去っていくスバル。

 

はっはっは、絶対なんて言葉はないのだ。

 

 

▼ ▼ ▼

 

放送室から勢い良く飛び出して目指す先はいつもの教室。最近になって登校するようになった僕。そんな僕に優しく接してくれたみんな。熱烈な感激は心に響いたし、育田先生の言葉には救われた。

 

そんな育田先生は今、リブラというFM星人に取り憑かれてしまっている。

 

本当は戦いたくなんてない。目立ちたくもない。できるなら静かに平和に暮らしていたい。だけど、スターフォースを受け取ってから僕は覚悟を決めた。

 

戦う時は、戦わなきゃいけないんだ。

 

手の届く誰かがいなくなるのは嫌だ。

 

教室に戻ってみれば未だにゴン太やキザマロが苦しんでいる様子が目に入る。内心で謝りながら教室の隅にあるウェーブホールで電波変換するとウェーブロードへと上がる。

 

放送室はそこまで遠くはない。

 

黒夜くんに遅れをとるわけにはいかない。

 

「まずは黒夜くんのところに急がなきゃ」

 

『そう上手くいくかな?』

 

「ッ!?」

 

この声を僕は知ってる。忘れもしない。僕が変わるきっかけともなった一戦を。

 

ジャミンガー。そしてGタイプと黒夜くんは言っていた。

 

「邪魔ものはいない。今度こそ逃さない」

 

『くるぞッ!! 構えろスバル!』

 

「ぼ、僕は…」

 

勝てるのか、僕に。

今ここに黒夜くんはいない。

 

あの時のようになったら今度こそ…。

 

だけど、スターフォースを受け取る時に僕は覚悟を決めたじゃないか。

 

怖い。

それでも怖い。

 

「残念だ」

 

いつの間にか目の前に移動したジャミンガーが僕の身体を掴む。締め付けられる。

 

あぁ、ダメだ。

僕はここで…。

 

▼ ▼ ▼

 

『スバルよ』

 

声が聞こえた。低い声だ。

 

『お前はここで朽ち果ててしまうのか?』

 

朽ち果てる?

 

『お前の力はこんなものじゃないはずだ』

 

違うよ。僕には力なんて持ってない。普通の男の子なんだ。ただ宇宙人が居候しているだけの普通の男の子。

 

地球に迫っている危機に立ち向かうなんていう大層な力なんて持ってない。

 

『お前にはあの声が聞こえないのか?』

 

景色が浮かぶ。

場所は教室。

 

さっきまで僕と黒夜くんが居たいつもの教室。そこには僕を歓迎してくれたみんなが今も尚苦しんでいる。

 

『助けて…助けて…ロックマン』

 

そんな中で一人救いを求める少女。

 

『今にスバルが…放送室に』

 

『頼むぜスバル…3×2…』

 

やめてよ。

僕なんかに期待しないでくれ。

 

僕は言葉だけの人間だ。いくら覚悟を決めたなんて言っても結局、目の前でいざ起こると怖くて仕方がない臆病者だ。

 

そんな僕を信じないでよ。

 

僕はヒーローなんかじゃない。

 

『スバル』

 

今度は別の声。

もう随分と聞き慣れた声だ。

 

「黒夜くん」

 

『悲しいけど、ルナが助けを求めてるのは俺じゃない』

 

そんなこと、関係ないじゃないか。黒夜くんは強いんだ。黒夜くんか頑張ればそれで終わりじゃないか。

 

『ルナから言わせれば、俺はイソギンチャクでロックマンがヒーローなんだとさ』

 

そんなことは委員長の勝手じゃないか。

僕はヒーローなんかじゃない。

 

僕はもう平和に…。

 

『平和ってなんだ? 平和なんて今あるのか?』

 

「でも!!」

 

わかってる。

地球に危機が迫っていることも。ここで身を引いてもあるのは猶予が付いた平和だということも。

 

『俺はお前の意思を尊重するよ。だけど、後悔だけはするな。もしもここで手を引くと言うのなら、もう二度とこっちの世界に入ってくるな』

 

「…それは」

 

それもまた、嫌だった。

 

嫌?

 

どうして?

 

あれほど巻き込まれるのは嫌だと言いながらどうして?

 

そうだ。

そうだよ。

 

僕は知ってしまった。知ってしまったからこそ、見逃すことはできなかった。

 

「君はずるいよ、黒夜くん」

 

『悪いな。俺、この学校じゃ風紀委員に目をつけられるくらいの悪ガキなんだ』

 

僕は、そんな君に憧れて。

 

『さて、それじゃ聞こうか。スバル、君はここで諦めるのか? あぁ、因みに俺はお前のこと…信じてるよ』

 

やっぱり黒夜くんは意地が悪い。

答えは決まってるじゃないか。

 

視界が晴れていく。まるで深い霧が心の中から消えていくかのように。

 

『忘れるな、お前は一人じゃないんだ。お前がどう思おうと、俺たちは…』

 

友達だ。

 

▼ ▼ ▼

 

ずるい、本当にずるいよ。

そんなこと言われたら断ろうにも断れないじゃないか。

 

これは確かに断ち切れそうにないや。

 

「そうだ。僕は…」

 

「??」

 

僕を信じて待っていてくれる委員長。言葉にして伝えてくれた黒夜くん。僕を歓迎してくれたクラスのみんな。

 

そして、今は取り憑かれてしまっている育田先生。

 

「守…い」

 

「とうとう頭がおかしくなったか?」

 

勝てるか勝てないかじゃない。

 

「守りたいんだ!!!」

 

身体の中で何かが大きく鼓動した。

 

視界が大きくブレた。

 

徐々に心臓の音と重なっていくその様は、まるで心臓の中に力が吸収されているような奇妙な感覚。

 

力が溢れてくる。

 

今までとは比べものにならないほどの、強大な力。

 

『ロックマン様…!』

 

『スバル!』

 

委員長の声から、クラスのみんなから、から力が送られて来ている。

 

そっか、これが信じるってことなんだ。

 

「なんだ!? 何が起こった!? 抑えきれんッ!?」

 

僕の周りを氷が包んでいく。そうして氷の礫が僕を呑み込んで球体を作る。

 

不思議とこの氷は冷たくない。むしろ、暖かい。

 

黒夜くんの変身体に似ている。

だけど、性質が違う。

 

やがて氷の礫が弾けるように、光を発しながら球体が割れる。

 

気がついた時には僕の姿は変わっていた。

 

身体は白と青を基調としたカラーに。背部には黒夜くんのブラックエースのようなウィングユニット。

 

もちろん、構造は全く違う。

 

僕のこの力は、氷を扱うためのものだ。

ノイズは操れない。

 

それでも…。

 

「これが、スターフォース」

 

やれる。

これだけの力があれば、僕は守りたいものが守れるかもしれない。

 

「行くぞ!! もう僕は負けない。絶対にッ!!」

 

 

 

もう一つの翼が、今羽ばたく。

 

 




スバルくん覚醒回でした。

やっぱりいつ見ても原作のこのシーンは大好きですね〜。

主人公って感じ。


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リブラ・バランス

「さて、これでいいの? ペガサス」

 

『うむ。ここでしか、スバルの中の力を目覚めさせるタイミングはなかっただろう。先を急げ、明星黒夜』

 

「まったく…勝手なことばっか言って」

 

ペガサスの影が消えていったのを確認した直後、白い世界が消え去る。スバルはすでにスターフォースを覚醒させ、今頃アイスペガサスに変身しているに違いない。

 

アイスペガサスになったことでスバルの戦闘能力は大幅に上がった。俺と同等か、少し下くらいまでは到達しているはずだ。

 

スターフォースビッグバン。

 

それはサテライトの持つパワーを大爆発させて攻撃する必殺の一撃。

扱うためには相手の隙を作ることが必要だ。

 

ノイズフォースビッグバンと似ているのは、通信しているのが流星サーバーではなくサテライトだからだ。

 

形式上はほとんど同じなのだ。

 

まあ、流星サーバーはバトルカードも補ってくれるのでチートだけどね。

 

視界が元に戻ると見るだけで嫌気がさす辞典の足場…学校の電脳だ。

 

それにしても足場の全部が辞典ってほんとにどんな嫌がらせだ。溜め息を吐きたくなるに襲ってくるのはデータが実体化した問題たち。見た目はオバケだ。よく見れば『3+1』や『上手』などと書かれていたりする。

 

因みに答えを示すことで、データは役割を終えてデリートされる使用のようだ。

 

学習電波が使用された際に頭の中に問題や公式が浮かんでくるのは、こうして絶え間無く電波を送り込んでいるからだ。この問題たちを片付け続ければみんなに影響はないんだろうが、根本的な解決にはならない。

 

やはり学校の電脳の最奥に存在するコントロールパネルで停止させる必要がある。

 

「邪魔だよ、ほんとに!!」

 

迫り来る問題オバケたちから逃げるべく空に退避するとバスターを構えて問題オバケを作り出している学者らしき像を破壊する。下に残っている問題オバケたちが消えることはないが、空からゆっくりと答えを言ってあげると姿を消す。

 

こんな動作を繰り返してかれこれ数回。

 

結構めんどくさい。

 

やがて見えてきたセキュリティウォール。

 

ノイズの力で歪ませて通りたいのは山々だが、今回はみんなの脳と直接リンクしている。流石に危険要素が多すぎるのでノイズは使えない。

 

それはリブラ・バランスとの戦いでも同じことだ。

 

ノイズフォースビッグバンの使用だけはなしだ。ムーテクノロジーやノイズを引き起こしそうなバトルカードももちろん禁止。

縛りプレイである。

 

「邪魔だって…あ、君は64ね」

 

空から次の学習電波発生装置を見つけ、殲滅する。同時に現れる問題オバケくんたちを成仏させるのも忘れない。

 

実はこのオバケ、答えるまで待ってくれる。無論、時間制限はある。しかし、目の前まで押し寄せると一斉に停止。今か今かと目を光らせて俺が答えるのを待ってくれるその様に思わず愛着が湧いてくる。

 

そして答えがあっていたときの嬉しそうな顔である。

 

もうほんとに健気かお前ら。

 

「黒夜くん!」

 

学校の電脳2に差し当たった所でスバルが合流してくる。どうやらジャミンガーは無事に撃退できたようだ。スバルの身体をマジマジと見つめる。

 

薄い青色のボディーに背部に展開された白い翼。頭に印されたサテライトペガサスのマーク。間違いなくアイスペガサスだ。

 

「遅いぞスバル、アイス一本な」

 

アイスペガサスだけに。

 

「え、えぇ〜僕も頑張ったんだけど」

 

「はっはっは、世の中厳しいぜスバルくん」

 

『ケッ、相変わらず食えねえやろうだが、今回ばかりは礼を言うぜ』

 

珍しいウォーロックのお礼に目を丸くしたら殴られた。解せぬ。

 

さて、スバルを連れて向かう先は学校の電脳、その最奥。電脳2へ来てもやることは変わらない。スバルが飛べるようになったこともあって、効率は格段に良くなった。

 

ギミック?

ウェーブロードの迷路?

 

なにそれ関係ないね。

 

そうして全てを攻略して電脳2の装置を破壊した。

若干生まれたノイズをレギュレーターで回収して正常に戻す。同時に膨れ上がる俺のノイズ。

 

そろそろ頃合いだろう。

 

先に進もうとスバルの腕を掴む。

 

「さて、スバル」

 

「どうしたの?」

 

スバルはこちらを振り向いて首をかしげる。

 

若干心配ではあるが、スバルも十分に成長した。もう任せてもなんら問題はないだろう。

 

スバルは一人ではないのだから。

 

「ここから先、俺はいけない」

 

「どうして!?」

 

『いかない』のではなくて『いけない』。超えてはならない見えない壁が俺の前には立ちはだかっていた。

 

「これ以上奥に行けば、俺のノイズは学習電波に悪影響を及ぼす。俺が手伝えるのはここまでだ」

 

ブラックエースの纏う高密度なノイズ。ブラックエース自体はそれを無害なものに変換し戦うことができる。物が壊れればノイズは発生する。そうしてそれらを全てこの身に引き受けていれば、自身のノイズは強大になって行く。

 

俺にとっては力でも、他の電波からすればノイズはノイズ。

 

影響を与えるのは避けられない。

 

電脳3のコントロールパネルが暴走なんてことになったらシャレにならないしね。俺ではなくスバルが学習電波を破壊してみんなの脳に影響を与えることも避ける必要がある。

 

となると、一害あって一利なしの俺はここから先必要ない。

 

「そんな顔をするなって」

 

しょんぼりとしたスバルの頭を優しく2回叩く。

 

「お前はもう、一人じゃないんだろ」

 

正確に言うと、スバルは最初から一人ではない。ロックマンに変身したその時点で、ウォーロックという最高の友を持っていたのだ。

 

まあ、両方とも自覚してないみたいだけどね。

 

「俺はこれからエレベーターを解放しに行く。そうすればみんなは脱出できるし。俺は俺のやり方で、お前を援護する。期待して待っとけ」

 

ここまで学習電波を破壊したわけだから随分と送り込まれる電波の量は減っただろう。

多分、頭の中に浮かんではいるものの、日常的な会話はできるくらいだ。

 

脱出するなら今が好機。

 

確かゲームではエレベーターが誤作動を起こしていて脱出できなかったはずだ。

 

俺がいる限り、そんなことはさせん。

 

「わかった。僕、戦うよ」

 

「育田先生を頼んだよ。あぁ、ウォーロック。リブラはタコ殴りにしといてくれ。俺の分まで」

 

『お、おう任せとけ!』

 

「黒夜くん」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

一言だけ呟いて去っていったスバルの背中に俺はそっと微笑みかけた。

 

▼ ▼ ▼

 

『ケッ、あれだけ焚きつけられたんじゃ、やらないわけにはいかねぇな』

 

ウォーロックの言葉に内心で頷きながら、電脳3の装置を壊していく。

問題オバケが時折出てくるけれど、通信で随分と先まで勉強していた僕にとって解けない問題などありはしなかった。

 

「アイススラッシュ!」

 

問題オバケを退治していく間に襲ってくるウィルスも対応していく。脅威性は感じられない。むしろ、今までのウィルスよりも遥かに弱い?

 

それとも僕が強くなったのかな。

 

黒夜くんがいるときはもっとウィルスも凶暴だった気がするんだけど…。

 

『大方、あいつのノイズに当てられちまってたんだろうな』

 

「本当に、黒夜くんって何者なんだろう」

 

電波障害児。

リブラ・バランスは黒夜くんのことをそう言っていた。

 

『ハープに聞けばわかるんじゃねえか? あいつ、初対面で何かに気づいてたみたいだからな』

 

「ハープってことはミソラちゃんか。連絡、とってみようかな…その前に」

 

まずは、黒夜くんとの約束を守らないといけない。

 

「見つけましたよ、育田先生…いや、リブラ・バランス!」

 

「…おや? 君は何者だ」

 

ん??

もしかして、僕のことに気づいてない?

 

僕に気づいてることを前提にして言ったのに、これじゃ恥ずかしいだけなのでは!?

 

「ぼ、僕はえーっとロックマンだ!」

 

『よぉ、リブラ。殴りに来たぜ』

 

『その声…忌々しい逃亡者、ウォーロックではないか。まさかそちらから来てくれるとはな』

 

『なめるなよ。今の俺たちは敵なしだぜ』

 

「今すぐ、学習電波を止めるんだ!」

 

「そうはいかない。児童の成績を上げなければ、私はクビになってしまう」

 

く、クビだって!?

そうか、だから育田先生はこんなことを…。

 

先生には7人の子どもがいる。

 

そのためにはお金が必要。クビになったら…。

 

「だからって、これは間違ってるよ!!」

 

「そ、それは…だがッ!!」

 

『おい、何度言わせるつもりだ』

 

「わかっている。わかっているとも。何かを守るには何かを犠牲にしなくてはならない」

 

『そうだ。それでいい』

 

そんなの、悲しすぎる。

大人の事情なんて僕たちにはわからない。育田先生の言っていることが真実なのかもしれない。

 

だけど、それでも。

 

みんなを守るために何かを犠牲にするのは嫌だ。

 

「僕はどっちも守りたい。守ってみせる!」

 

黒夜くんならなんて言うだろう。そうだ、彼ならきっと…。

 

『とりあえず、俺はあなたを止めますよ』

 

飄々としながら、しかし決意した瞳でこんなことを言うに決まってる。

 

「私とて親の責務を果たさなければならない。乱暴なことは嫌いなのだが…仕方ないッ!!」

 

『くるぞスバル!!』

 

ウォーロックの声に合わせて戦闘態勢に入る。リブラ・バランスはどんな攻撃を仕掛けてくるのか。

一度距離を離れてバスターで牽制し、空へと舞い上がる。今までは黒夜くんの専売特許だったけれど僕にだってできる。

 

不意に、天秤を傾けた。

 

その動作に疑問を持ちつつも、油断することはしない。

 

全ての動作に意味がある。黒夜くんと一緒に戦う間に学んだことだ。どんな些細な動作も、それが攻撃や防御へと繋がることがある。

 

黒夜くんはいつもそうだった。

 

放たれたのは炎だった。ただの炎ではない。球体になっていながら目と口を持つ、オバケのような炎。

しかし僕がいる場所は空中だ。地上では避けられないかもしれないが、空中で避けられないなんてことはない。

 

空中を滑空しながらスプレッドガンを放つ。

 

砲弾から放たれた一つの弾が拡散して降り注ぐ。大きな図体に動きの遅いリブラ・バランスでは避けることもままならい。

 

だが、ダメージは少ないだろう。

 

図体が大きいってことはそういうこと。

 

「だったら…ロック!」

 

『おうよ!!』

 

ウォーロックが口を開け、氷の礫を集めていく。

やがて溜まりきったそれをリブラ・バランスに向けて放つ。

 

チャージショット…アイススラッシュ。

 

リブラ・バランスに着弾した途端に氷がリブラ・バランスの動きを封じる。その隙を逃さず、リュウエンザンをプレデーション。

 

急降下しながら斬りかかる。

 

「なめるな!!」

 

「ッ!?」

 

リブラ・バランスの周りを間欠泉のように吹き出した水柱が覆う。水柱の手前で急停止した僕に突然衝撃が襲う。

 

衝撃は頭上から。

 

そのまま身体を潰されそうになったところでインビジブル。周波数を変化させ、間一髪のところで回避する。

 

強い。

 

リブラ・バランスの特徴は攻撃力ではなく、自衛力にある。

 

駒のように回転しながらこちらに迫ってくるリブラ・バランスの天秤の間をくぐり抜け、プラズマガンプレデーション、放つ。プラズマガンを見た直後、リブラ・バランスの顔が強張るがもう遅い。雷を帯びた弾丸が放たれる。

 

反応を見るあたり、弱点は雷系統のバトルカード。

 

ワイドソードをプレデーションして横薙ぎに一線すると一度距離を置く。

 

「ぐぅッ!?」

 

それでもリブラ・バランスは立ち上がる。もう随分とダメージは与えたはずだ。

 

それでも立ち上がってくる。

 

「もうやめるんだ。育田先生、学習電波を止めて!!」

 

僕の本音。

これ以上、育田先生を傷つけたくはなかった。

 

育田先生にも育田先生の事情があることを知ってしまった。

 

「私が敗れれば…子どもたちがッ!!」

 

それでも僕は、みんなを守る。

その中にはもちろん、育田先生も含まれている。

 

「…これで終わりにするんだ」

 

一枚のバトルカードをウォーロックにプレデーションする。

 

翼をはためかせて空を舞う。

 

僕の周りを氷の礫が円を描きながら回っていく。集まっていく。

 

腕を伸ばす。

 

照準はリブラ・バランス。

 

僕を覆っていたはずの氷の礫が一斉にリブラ・バランスの足元に移動し、回り始める。

 

最初はゆっくり。

氷の礫が増えるたびに徐々に速く。

 

そうしていつの間にか、氷の礫が凄まじい速度で回り続けていた。

 

力一杯両手を前に出す。

 

「マジシャンズ・フリーズッ!!!」

 

直後、いくつもの巨大な氷の柱がリブラ・バランスの足元から姿をあらわす。

 

「ッ!?」

 

氷の柱は一瞬のうちにリブラ・バランスを呑み込み、氷の氷像が出来上がる。

凍りついたリブラ・バランスにはもう抵抗する力は残されていない。

 

横を通り抜け、急いで学習電波のコントロールパネルを使い、緊急停止させる。

 

『緊急停止します』

 

その声を聞いて安堵の息を漏らすスバル。リブラ・バランスはそんな僕に向けて苦悶の表情で手を伸ばす。

 

できるはずもない。

届くはずがない。

 

その身体は未だに氷に囚われている。

 

あぁ、この人も僕と同じだったんだ。

怖くて怖くて必死に見えない何かから逃げていたんだ。

 

だからこそ、この人にも届くはずだ。

 

「こ、こで…クビに…」

 

「もうやめてよ。聞こえないの育田先生?」

 

みんなの声が。

 

『せんせー』

 

「なんだ、この声は…」

 

声が聞こえた。

いや、ずっと聞こえていた。

 

戦ってる途中からずっと。

 

『明星黒夜! この私に嘘をついたわね!』

 

『さっきまでここにいたんだって〜。あっれ〜おかしいな〜。スバルもいないし。おーい、せーんせー、スーバールー』

 

演技力の欠けらもない棒読みに思わず微笑む。

 

うん。

僕の耳にはちゃんと聞こえてたよ。

 

君の声が。

 

『このアホ星!』

 

『うるせぇクルクル!』

 

「あ、明星…白金…」

 

リブラ・バランスの中の育田先生が目に見えて動揺している。

 

『ふ、二人とも喧嘩どころではないのでは!?』

 

『育田先生、どうせ変なものでも食べたんじゃないのか?やっぱ牛丼が一番だぜ』

 

「最小院、ゴン太…」

 

『それか熱だよ!そうじゃないと…』

 

『育田先生があんなこと言うはずないもんね』

 

『早く病気を治してもらわなくっちゃ。さて、また探すわよ!』

 

「お前たち…」

 

放送室から出て行ったのか、やがて声は消えていった。残ったのは僕とリブラ・バランスの間に残る静寂のみ。

 

「こんな、私を、まだ…」

 

「当たり前じゃないですか。みんなの担任は育田先生、あなたなんですから」

 

「…これじゃ、児童たち、に、顔向けできんな。子どもにも」

 

『おい、だが子どもは』

 

「もちろん、子どもだって、守ってみせる!!私は、教師を続…ける。私の哲学もこれからは決して曲げない。権力などに屈してなるものか!」

 

育田先生に…いや、僕たちに足りなかったのは覚悟。

自らを貫くために一番大事な強い心だった。

 

リブラ・バランスが崩壊を始める。

 

育田先生の心の中の孤独が、みんなに触れて埋まってきたのだ。

 

『そんなものはなんの意味にもならない!』

 

「何もしなければただの夢物語。だが、努力を続けることに意味があるのだ!!」

 

『クォォォォォッ!?』

 

苦悶の声を漏らしながらリブラ・バランスはその姿を消した。



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それぞれの3歩目

お待たせして申し訳ないです。
ジャミンガーのとこまで書き終わりました。




かくして、今回の事件は閉幕を迎えた。

 

時間後、サテラポリスを筆頭に事件の調査や原因究明が行われたものの、結局怪しい点は見つからず『育田道徳が学習電波の操作を誤った』と判断され捜査は終わった。

この事件を受けて、文部科学省は学習電波の使用基準やそれに関する法律を定めることとなるようだ。

 

現在も国会で議論されているに違いない。

 

そんなことがあって、事件の当校であるコダマ小学校は全面的に学習電波の使用を控えることとなった。

 

しかし良いことばかりではない。

 

育田先生は今回の騒動の責任を取ることとなり、この学校を去ることとなった。もちろん、校長の圧力だ。そんなことを見過ごすわけがないのが俺たち熱すぎるソウルメイト。

 

学校や地域の人たちからの署名を集め、校長に直談判することとなった。

 

もちろん、責任をとって辞任ということだったので最初は取り合ってもらえなかったが、後に校長が脅迫していたことが発覚し育田先生は戻ってくることとなった。

 

もちろん、校長はクビである。

 

脅迫行為は犯罪だからね。

ましてや『家族がどうなってもいいのか』みたいなことはアウトでしょ。

 

こうして育田先生は無事に帰ってきた。

 

 

めでたしめでたし…とはいかなかった。

今日は学芸会本番の日。

 

事件によって学校閉鎖された日のこともあって練習は不足気味。ルナ総監督からイメトレと自主練は言い渡されたものの、合わせるているのといないのでは少し違う。

 

『今日はしっかり2人のこと観に行くからね。もちろん最前列で観ちゃうからね』というミソラちゃんからのメッセージを見たときは身体が震えた。

 

ミソラちゃん…なんて恐ろしい子なんだろう。

 

しかも当日に配られた台本には新たにセリフが追加されているときた。まあ、それはスバルだけなんだけど…。

 

俺に至ってはセリフが削減されたんだけど!

 

解せぬ!

 

やはりロックマン様病のルナが総監督というのは間違いだったのでは…なんてことを考えたくなる様である。若干ふてくされたのだが、スバルから面白い提案をされて機嫌を直した。

 

そうして時は本番にまで進む。

 

「きゃー、助けてー!!」

 

「お、おとなしくしろ!!」

 

「いや!! 誰かーー!!」

 

劇は進み、牛男に囚われたルナ。

ルナの演技力は大したものだが、ゴン太に迫力がない。練習ではめちゃくちゃ迫力あった。セリフを噛んだりしているあたり、たくさんの観客を前にして緊張してしまったんだろう。

 

これだけたくさんいれば、緊張するよね。

 

舞台袖から見渡してみれば体育館を埋め尽くすほどの観客。事件のこともあってマスコミまでも駆けつけているようだ。

 

そのカメラがすでにノイズに侵されていてまともに使えないとも知らずに…。

 

さて、本来ならばここでロックマンが颯爽と登場し、臭いセリフを吐いて俺が爆笑するシーンである。

 

「て、停電!?」

 

「な、なに!?」

 

突然照明が落ちる。

もちろん、停電ではない。照明役であるキザマロにこのタイミングで照明を落とすようにスバルと俺から頼んでおいたのだ。

 

ルナにはバレないように。

 

「そこまでだ!」

 

そうして、照明が飛び出したスバルを照らす。

 

スバルが飛び出してバスターを構える。

だが、スバルのその姿は練習の時に使っていた衣装ではない。このリアリティーは実際に電波変換しないと出せない。

 

俺も電波変換してスバルの上からバスターを構える。

 

もちろん、空中から(・・・・)だ。

 

「あ、あの子浮いてるわよ…」

 

「最近の小学校の劇ってワイヤーアクションまでするのね〜」

 

「青い子カッコイイ!」

 

「う、うっそだ〜…」

 

最後に聞こえたのはミソラちゃんの声だった。チラリとその姿を探してみれば、宣言通り観客席の一番前に座っていた。

 

惚けた顔。

 

思わず爆笑しそうになるの堪えて視線を合わせバイザーの下から軽く微笑む。

 

「青き戦士ロックマン、参上!!」

 

ポカーンとしているルナに向かってセリフを口にするスバル。してやったりという顔だ。

 

「それ、毎回やってよ」

 

そんなスバルの隣に静かに降り立ち、いつものような雰囲気でこの舞台にいる人だけに聞こえるように喋りかける。

若干顔を赤くしながらも、スバルは劇の進行通りに次のセリフを言うべく口を開く。

 

「覚悟しろ、牛男!」

 

だがさらにここで照明が落ちる。

もちろん、これもキザマロに頼んである。

 

ルナには内緒だが、ワイヤーアクションをすることもキザマロには伝えてある。

 

やがて照明が元に戻ってそこにいたのは、元々の衣装に身を包んだ俺とスバル。

電波変換する前に2人して衣装を着ていたのだ。こうしとけば、電波変換を解いたとしてもバレることはない。

 

まあ、ミソラちゃんにはバレバレ…って爆笑してるよあの子…。

 

主に俺を見て。

というか御丁寧に指差して。

 

ハープまで笑ってやがる。

許さんぞ。

 

これだけロックマンとブラックエースの衣装に差があれば笑いたくもなるか。

 

又してもルナはあっけにとられた顔をしたが、ぶんぶんと勢いよく首を振るとゆっくりと口を開く。

 

「た、助けに来てくれたのね!」

 

「もちろん。君のことは守るよ、絶対に…」

 

そのセリフに思わず俺は吹き出しかけ、観客は大歓声を挙げた。

 

こうして学芸会は盛大な盛り上がりを見せ、閉幕したのだった。

 

余談だが、学芸会後、総監督であるルナに内緒でワイヤーアクションをしたことについてこってりしぼられた。

 

▼ ▼ ▼

 

「それで、スバルくんは?」

 

「ああ、もう元気に学校に通ってるよ。随分前の友達恐怖症が嘘みたいにね」

 

学芸会から数日過ぎた日曜日。

ミソラちゃんとのヤシブタウンでショッピングの約束は履行された。

 

最初の方は劇の衣装について馬鹿にされまくったものの、なんとか耐え切ってみせた。

 

「それは何よりだね。私もこうして新しい道を歩み始めたわけだし、絶好調だね」

 

ミソラちゃんは歌手に復帰するべく新しく活動し始めたのだとか。随分と展開が早い気がするが、そこは天才少女。音楽に限界なんてない系小学5年生なんだろう。

 

さて、ウォーロックやハープに俺の根本的なことがバレたこともある。いずれ俺について話さなきゃいけなくなる日がくるだろう。もちろん、転生について言及するかは迷う。だが、育田先生がカミングアウトした電波障害児については話してもいいだろう。

 

詳しく知ってるのは俺と母さん、それと精通している医者しか知らないだろう。

 

「黒夜くんってば!」

 

「ん、おお、ミソラちゃん元気してた?」

 

「3時間くらい一緒にいたよね!?」

 

「ナイスツッコミ」

 

平和な日はあっという間とよく人は言う。

 

危機が迫っていることを知らない人々は今日も何気ない毎日を過ごしている。そんな平和を守れるのは…地球を守れるのは俺とスバルしかいない。

 

だけど、今日くらいは。

 

「さぁ、次は何を見に行こっか」

 

「あ、私あれみたい! 電波ザムライっていう映画! こう、ズバッって電波斬るやつ!」

 

羽を伸ばしてもバチは当たらないだろう。

 

 

▼ ▼ ▼

コダマタウンに並び立つ住宅街。その一つの一軒家…星河家。

そんな星河家のテーブルを囲う2人の女性。

 

明星美夜と星河アカネ。

 

テーブルに置かれたお茶菓子を一口食べつつ、美夜はアカネの話に耳を傾けていた。とても嬉しそうに話しを続けるアカネに思わず美夜の口角も上がる。

 

「そう。あのスバルくんがね…」

 

「美夜ちゃんの言う通りだったわ。いつの間にあんなにも成長して…友達もできて。またあの子が元気に学校に行ってくれる日がくるなんて…」

 

途中から涙混じりに話すアカネの頭を優しく撫でる。美夜も僅かに涙目になっているのは当時の自分と重ねているからに違いない。

 

 

 

 

だが黒夜は…。

 

 

 

 

「これで終わりじゃないわよアカネさん。これからはより一層あの子たちを見守ってあげなくっちゃ!」

 

「そうね。頑張りましょう!」

 

ガッチリと固く握手を交わす2人。

 

「そういえば聞いてアカネさん。あの子ね、あの元国民的アイドルことミソラちゃんとね…」

 

「み、美夜ちゃんそれ、すごいことなんじゃない!? スバルのブラザーに響ミソラちゃんがいたのは黒夜くんが…」

 

「ちょ、私どうしよう…」

 

「ってことはスバルが2人の仲…」

 

この事件で新しい一歩を踏み出したのはスバルだけではない。彼を一番近くで見守ってきたアカネこそ一歩前へ踏み出すことができたのかもしれない。

 

 




アカネさんは本当に頑張ったと思う。1からでも少しずつ幸せになってほしい。

「そうだ。ゴン太〜、宿題の算数はいつになったら出すんだ〜。もう4日目だぞ〜。明日持ってこなかったら…」

ゴン太は助けを呼んだ。

「私は手伝わないわよ」

しかし、失敗した。

「お久しぶりです五陽田さん。調査ですか?」

「いいかね、スバルくん。驚かずに聞いてくれ。Z波の正体は宇宙人なのだ!!」

「宇宙人。間違いないですよ。育田先生がおかしくなったのはFM星人リブラの仕業です」

「あ、あなたブラザーがいるの!? さては明星黒夜ね!? なんて手回しが早い…」

「た、確かに黒夜くんだけど…」

『ケッケッケ、ピンチ到来だな! 星河スバル!』

「あなた1人なんて無理よ!?」

「鍵を閉めて。大丈夫、君は絶対…守るから」

ノイズウェーブ・デバウアラはノイズを吸収し、自身の力へと変換する機構を持つ。

故に、電波体だろうが人間だろうがノイズを吸い取ることが可能だ。

「流星サーバー、アクセス」

『Ryusei Server Access』

「そうだよね、私はギターで抵抗しようと思うんだけどどうかな!」

次章『ジャミンガー』


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FM編 7 ジャミンガー
事情聴取


今回からジャミンガーに入ります。ルナのと一緒にしてもよかったんだけどめちゃくちゃ長くなりそうだったので分けました。

毎度ながら誤字報告、ありがとうございます。


あの事件から2週間。

 

マスコミが学校にくることも度々あったものの、ようやく沈静化。普段通りの授業が展開されるようになった。辞任した校長先生の代わりの校長先生もやってきて、ようやく再スタートを切ることとなったコダマ小学校。

 

5-A組も普段通り、熱いクラスメートたちが盛り上がっていた。

 

「うっしゃ! 今日の僕の日直どうだった!?」

 

君の日直の号令はどうにかした方がいいと思う。

 

「うぅ〜。また宿題忘れちゃったよ…」

 

君は万年宿題忘れかな?

 

「さて、これで今日の学校はおしまいだが、くれぐれも寄り道しないで帰るんだぞ〜」

 

育田先生がこう言っているのにも関わらず、早速『おい、今日どこ行くよ』と囁き始めるクラスメートたち。

 

これが反抗期というやつか?

 

「そうだ。ゴン太〜、宿題の算数はいつになったら出すんだ〜。もう4日目だぞ〜。明日持ってこなかったら…」

 

「わ、わ、わかってます! けどそんなに一気に勉強したら頭がもたないぜ先生〜」

 

「おや、3日前にもう終わってるんじゃなかったか?」

 

「うげっ」

 

爆笑されるゴン太。そんなゴン太はチラチラと辺りを見回す。

 

ゴン太は助けを呼んだ。

 

「私は手伝わないわよ」

 

しかし、失敗した。

 

ゴン太は助けを呼んだ。

 

「ご、ゴン太くん、たまには自分でやってみたらどうでしょう」

 

しかし、失敗した。

 

「く、黒夜…」

 

ゴン太は助けを呼んだ。

 

「大丈夫だゴン太〜。どうせやっても明日持ってくるの忘れるから」

 

しかし、失敗した。

 

まあ今まで宿題やってこなかったゴン太が徹夜でやったとしても持ってくるのを忘れるのが関の山だろう。それに、先生はゴン太が別の人のを丸写ししていることに気づいているはずだしね。

 

「それと、明星と星河はこのあと放送室に来てくれんか? 外部の方から話があるみたいでな。説教するわけじゃないから安心して来てくれ」

 

そうしてホームルームは終わり、みんなが散り散りになって帰って行く。残って少しだけ勉強していく者。ダッシュで廊下を駆け抜けて風紀委員に捕まる者。教室の隅にゴン太とキザマロを立たせて説教するルナと様々である。

 

「なにタラタラしてるの…さっさと走る!」

 

こうしてみると、やっぱりゴン太とキザマロはルナの子分なんだな〜。

 

小学5年生から上下社会が出来上がっていて何よりである。

 

将来強く生きれることだろう。

 

あとは、走って風紀委員に捕まらないことを祈ろう。

 

「黒夜くん」

 

こちらに近づいてきたスバル。本当に表情も柔らかくなったものだ。初めてあったときの無表情とは比べものにならない。

 

「さて、行くかスバル」

 

「うん、話ってなんだろう」

 

「大方、前の事件のことだろうな〜」

 

大体の予想はついている。タイミング的にも五陽田さんがやってくるころだ。前の事件の調査とスバルと俺についてだろう。俺たちは巻き込まれたと同時に学習電波当時その場にいなかった人間。

 

疑われるのは無理もない。

 

若干びくびくしているスバルを連れて放送室の中に入る。

すでに中には育田先生と五陽田さんが待っていたので近づいて軽く会釈する。

スバルがその姿を見て『んげっ!?』と言ったのは気にしない。

 

きっと五陽田さんが苦手なんだろうな〜。

 

「やあ、黒夜くん。それとスバルくん…だったかな」

 

「お久しぶりです五陽田さん。調査ですか?」

 

「おや、お知り合いだったんですか?」

 

「ええ、黒夜くんとは何度か面会をしていましてね。先生もご存知だとは思いますが電波障害児の件です」

 

電波障害児と言う言葉に反応するスバル。余計なことを口走ってくれたと思いながら適当に返事をして流しておく。これはそのうち本当に根掘り葉掘り聞かれることになりそうだ。

 

「相変わらず異常な数値…まあいつものことか」

 

もう俺のZ波とノイズに唸る五陽田さんだが、ついに思考を放棄した。それはそれで悲しいものがある。

 

まるで人外判定である。

 

人間はやめたつもりはない。

 

「先日、この学校で起こった事件は君たちも覚えていると思う。それで調査していたんだが、非常に強い残留Z波とノイズが検知されたのだよ。つまり、先の事件にはZ波とノイズが関わっている可能性が高い」

 

言いたいことはなんとなくわかった。

 

「それでちょうど久しぶりに登校したスバルに目をつけたってことですか?」

 

確かにこのタイミングでスバルが登校したのは出来すぎている。もちろん、偶然に違いないのだが、疑うには十分な理由だろう。

 

「ちょっと待ってください。あの事件は私がおかしくなって起こしたものです。この子たちはむしろ被害者ですよ」

 

「私はこの子たちが犯人だとは疑っていません。ノイズに関しては黒夜くんが校内を歩いているだけで付着しますしね。ただ、この2人は私たちが知り得ない何かを知っているのではないかと睨んでいるのです」

 

じっと俺たち見つめる五陽田さん。スバルは若干たじろぐが、真っ直ぐとその瞳を見つめ返す。五陽田さんは知っていてもいいと思う。この人は正義感あふれる人だ。

なにも知らずに空回りされるよりもある程度知ってもらって協力してくれたほうがこちらとしても嬉しいのだ。

 

「なぁ、全く知らないことはないだろう?これまでZ波の絡んできた事件のほとんどには、スバルくんとノイズが関わっているのだから」

 

「そ、それでも僕は知りません」

 

「いいかね、スバルくん。驚かずに聞いてくれ。Z波の正体は宇宙人なのだ!!」

 

思わず身体を硬直させるスバルと俺。

宇宙人なんて非科学的な存在に対してどうやって核心まで辿り着いたのか。

スバルは無表情を保っているが、内心では相当焦っているに違いない。

 

「いいか、その宇宙人たちは人の目に見えない電波の身体を持ち、人間に近づき心に取り付く。そうして悪事を働くのだ。君も下手をすれば…」

 

残念ながらもう取り憑かれているとは口が裂けても言えないだろうな〜。

 

「いやいや、それはないでしょう! 電波の宇宙人ですと? ユニークな発想ですな」

 

事実ではあるが、笑い飛ばす育田先生。あなたもリブラをその目で見て、合体したはずなんだけど…。

それとも知っていてスバルを守るために嘘をついたのか。

 

「そ、そうですよ〜!」

 

スバルは好機と見たのかすぐにこれに合わせる。

 

「いや、これは本当で…」

 

「もういいでしょう。うちの児童は宇宙人なんて知りませんよ。2人とも、まあ帰っていいぞ」

 

「…わかりました。今日のところはこれくらいにしときましょう」

 

そうしてスバルは早足に放送室から出て行った。俺も一礼してから外へと出る。

さて、ここで少しだけ話しておいても損はないだろう。放送室の外で五陽田さんを待つ。しばらく待っていると放送室から五陽田さんが1人で出てくる。

 

どうやら育田先生は放送室の整備をするようでまだ中にいるようだ。

 

「おや、黒夜くん」

 

「五陽田さん。少し話しましょうか」

 

学校で話すのもなんなので、人気が少ないだろう展望台に場所を移す。予想通り人気は少なく、ここにいるのは俺と五陽田さんのみ。育田先生に寄り道はなしと言われたが、これは事情聴取ということにして許してもらおう。バレたらだけどね。

 

「五陽田さんの言ったことに間違いはありません」

 

「!! どういうことだね黒夜くん!!」

 

「宇宙人。間違いないですよ。育田先生がおかしくなったのはFM星人リブラと名乗った天秤のせいです」

 

間違ったことは言ってない。俺は確かに育田先生に取り憑いたリブラをこの目で見たのだから。

 

「天秤みたいな形で目と口があるオバケみたいな感じでした…というかあれほんとに宇宙人?」

 

「姿は確かにオバケのようだが、存在的に宇宙人で間違いない。ううむ…やはりそうだったか」

 

「スバルが錯乱してるのも無理ないですよ。宇宙人を見ただけでなく被害にあってるんですから。そりゃもう怖かったでしょう」

 

「本官は無神経なことを言ってしまったようだな。協力に感謝する黒夜くん。こうしちゃいられん。報告書をまとめなくては」

 

「調査頑張ってくださいね」

 

五陽田さんは綺麗に敬礼してからこの場を去るべく走り出す。夕日に向かって走るその様子はどこぞの刑事ドラマを見ているようだ。

 

ここでテロップが欲しい…。

 

だが突然何を思い出したのか後ろ向きで走りながらこちらに戻ってくる五陽田さん。ビデオテープなんてものはこのご時世にないが、今の五陽田さんは巻き戻ししているようで面白い。

 

「おっと、そうだ。相変わらずノイズ値が高いから定期的に病院に行くんだぞ〜」

 

「はーい」

 

今度こそ走り去っていった五陽田さん。

途中で転んだのは断じて見てない。

 

頑張れ、五陽田さん!

 

大きく伸びをするとトランサーを開き、いつの間にか来ていたメッセージを開く。3通来ているようだ。

 

『最近来てないけど、たまには顔出してくれよな。あと仕事手伝って…』

 

これはヤシブタウンの田中さんだ。そういえば最近はごたついてたから顔をだせてない。

 

最近はウィルスが増えていることもあって繁盛しているようだ。

 

『ヤッホー。この前は付き合ってくれてありがと! 今度はどこに行こっか! 今日これからそっちに向かう予定だから話そうよ!』

 

これはミソラちゃん。

前回ミソラちゃんと出かけた時に見た電波ザムライ。なんとも新鮮な映画だった。

 

言いたいことは色々あるが、そういうのは前日くらいに言いなさい。

 

最後のメッセージはどうやらスバルらしい。

 

『ゴン太とキザマロがジェミミミになっちゃった!?』

 

内容がまったく掴めない内容のメッセージ。

 

どうやらなにかが起こったようだ。



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襲撃再び

それは黒夜が五陽田と話をしている最中に起こった。

 

『あの五陽田ってやつ、俺たちの存在に気づいてやがったな』

 

「思わずヒヤリとしちゃったよ」

 

サテラポリスの技術も馬鹿にならないんだな〜。

 

まさか非科学的な宇宙人をこうもはっきり『いる』と宣言するとは思わなかった。これはますます五陽田さんには僕の正体が明かせなくなったんじゃないだろうか。

 

大きくため息をついて後ろの扉を振り返る。

 

黒夜くんはまだ中で話をしているのだろうか。ついつい好機だと思って逃げて来ちゃったけれど黒夜くんは大丈夫…だよね?

 

『あれだけ据わった肝してやがんだ。なんとかなんだろ。それより帰ろうぜ、もう懲り懲りだぜ』

 

まったくもってウォーロックは軽いやつだ。

 

腕が勝手に引っ張られるような感覚。ビジライザーをかけてみればわかると思うが、ウォーロックが僕の腕を引っ張っているのだ。本当に自分勝手なんだから。

そのままエレベーターに乗り、階を上がり、荷物が置いてあった教室へと入る。

 

放課後になってから随分経ったこともあって、教室の中には人は少ない。

 

いたのはたった1人。

 

特徴的な金髪の髪型に高価そうな青い服…みんなご存知の委員長だ。

 

委員長は僕に気づくとゆっくりと僕の方へ近寄ってくる。

 

「先生の話、なんだったの?」

 

「い、委員長には関係のないことだよ…」

 

流石に宇宙人だのサテラポリスだの不穏な話をするわけに行かずに言葉を濁す。もう随分と巻き込んでしまっていることもあって罪悪感に駆られる。

 

今までの時間では重要参考人としてサテラポリスから事情聴取をされていた。だけど今回は委員長やゴン太、キザマロたちは事件の核心に関係なしとしてサテラポリスから事情聴取されていない。

 

サテラポリスの話をすると機嫌悪くなるしね。

 

「あら、つれないわね〜。明星黒夜も呼ばれたあたり、説教かしら? でも育田先生は説教じゃないって言ってたわね」

 

黒夜くんと委員長ってどうしてこんなに仲が悪いんだろ。

あれ、仲が悪いわけじゃないのかな。

 

思い返してみれば憎まれ口を叩くことはあっても本気で喧嘩しているところは見たことがない。

 

むしろ、あれは…じゃれあってるようなもの?

 

『地球には喧嘩するほど仲が良いっていう言葉があるらしいな』

 

ウォーロックの言葉が心の中にストンと落ちた気がした。

 

君、そういう言葉どこで覚えてくるの?

 

「そんなことじゃ、いつまで経っても友達できないわよ。そうだ、かわいそうだから私のグループに入れてあげてもいいわよ?」

 

委員長がどんな人か知らない人がいれば、この言葉だけで嫌いになりそうだ。でも僕は委員長がどんな人かはある程度理解している。

 

この人はとことん不器用なだけだ。

 

黒夜くんとソリが合わないのはこれが原因なんだろう。

 

「ん? 僕にもブラザーいるよ?」

 

「!?」

 

委員長が固まる。そんなに僕にブラザーがいることがおかしかっただろうか。

 

僕には2人もブラザーがいるっていうのに…。

 

「あ、あなたブラザーがいるの!? さては明星黒夜ね!? なんて手回しが早い…」

 

「た、確かに黒夜くんだけど…」

 

『もう1人は女の子だよ』と言おうとして言葉を呑み込んだ。突然として勢い良くドアが開けられたからだ。その音の大きさに思わず声を呑み込んでしまった。

 

音とは反対に入って来た2人は酷くゆっくり、そして静かだ。

 

ゴン太とキザマロ。

 

委員長といつも一緒にいる2人。だが、どこか様子がおかしい。

 

『チッ、厄介なやつらが来やがった』

 

「…やっぱり?」

 

『ああ、どうやって対処するか…』

 

中に入って来たものの、だんまりとして動かないゴン太とキザマロに委員長が近寄って両手を腰へ当てる。あれは委員長が2人を叱る時のポーズ…いわば説教モードとクラスのみんなから呼ばれている。

 

「いきなり大きな音を立てるなんて、びっくりするじゃないの! ちゃんと宿題は終わったんでしょうね!?」

 

僕と黒夜くんが呼ばれてから20分ほどしか経っていない。

前々から出されていた宿題にプラスして今日でた宿題も取り組んでいたとするなら、いくらキザマロがいたとしてもこんなに早く終わるわけない。

 

「……」

 

「……」

「図星つかれたなにも言えないってわけ? そんなことしてる暇があったら…」

 

なにも気づくことなく説教を続ける委員長。そんな委員長にゴン太とキザマロは怪しく笑う。

 

その笑みに悪寒が走る。

 

「ダメだ、離れて委員長ッ!!」

 

直感的に僕が委員長の腕を掴んで引っ張るのとゴン太とキザマロが腕を振りかぶったのはほぼ同時だった。

委員長が立っていた場所に、ゴン太の剛腕が振るわれる。キザマロは…リーチが短いのでなんとかなったかもしれない。

 

「ジェミミミ…ミギャーーーッ!!」

 

「ミギャギャギャーーーッ!!」

 

まるで野生動物のように雄叫びを挙げるゴン太とキザマロの姿がほんの一瞬のうちに変わる。紫色の炎のようなものが揺らめいている。それに付随するように動く黒いモヤ。あれはウォーロックのような電波体と同じ…違う、あれは、あの黒いモヤは黒夜くんと同じ。

 

あれはまさか…ノイズ?

 

「ご、ゴン太とキザマロが怪物にっ!?」

 

思わず唇を噛む。

委員長を守りながら戦うなんて無理だ。ましてやロックマンの正体がバレてしまう。

 

こんなときに限って黒夜くんはいないし!?

 

よくよく席を見てみれば黒夜くんはバッグをもって放送室へ向かったらしい。そりゃ教室に帰ってこないわけだよ。

 

『ケッケッケ、ピンチ到来だな! 星河スバル!』

 

聞き覚えのある声が聞こえてビジライザーをかける。

視界に広がるウェーブロード。その端、教室の入り口付近に立つ茶色い電波体の姿。

 

ジャミンガー。

 

あいつは確かに前に倒したはず。まだデリートされていないなんて。

 

『そいつらは俺が作り出した電磁波人間。知能は低いが、そいつらの放つ電磁波に長時間当てられると人間でも御陀仏だぜ』

 

卑怯な真似を!!

 

『アンドロメダの鍵をこちらへ渡すのなら命だけは助けてやろう。拒むのなら、小娘ともども朽ち果てるがいい!!』

 

まずはここから離れることを先決に動いた方が良さそうだ。走りながらでもメッセージは送信できる。委員長の手を強く握りしめて強引に引っ張る。

 

後ろから驚いたような声が聞こえたが、今はそれどころじゃない。

 

走りながら片手でメッセージを打つ。

 

『ゴン太とキザマロがジェミミミになっちゃった!?』

 

我ながらわけのわからないメッセージだと思うけどきっと黒夜くんならわかってくれる。なにからなにまで知ってる黒夜くんのことだ。きっとこれだけでも伝わるだろう。

 

今はとにかく、学校の外へ!!

 

幸運なことにエレベーターに電波障害はなかったようで、一階へと降りることができた。だが、正面玄関に行ってみれば、そこには大量の電磁波人間の姿。

 

どうやらジャミンガーは僕たちを逃す気はないらしい。

 

「これからどうするの?」

 

「これは一旦戻って別の道を探すしかなさそうだ」

 

「あ、あなた真面目に言ってるの!? 上の階だってあいつらでいっぱいだったじゃない!?」

 

「だからって立ち止まるわけにはいかないよ。あれだけの数が正面玄関にいるんだ。ここよりは上の方が安全だよ」

 

委員長の声に耳を傾けずに無理矢理手を引っ張って安全な場所を探す。安全な場所なんてどこにもないと思うけれど…。

 

そのまま教室の中へ入り、電磁波人間がいないことを確認すると鍵をかける。

 

相手は電波体じゃない。

すり抜けてくることはできないだろう。

 

「こんな時に一緒にいるのがロックマン様だったら…」

 

ごめんね、ロックマンは目の前にいるんだ。

 

でも、ちゃんと君のことは守ってみせるから。

 

スターフォースを覚醒させたときの気持ちをもう一度思い返す。委員長やみんながいなかったら今の僕はない。あのとき、ジャミンガーに握りつぶされて終わっていた。

 

「なによ。ほんとになんなのよこれ。こんなんじゃ、遅かれ早かれ捕まっちゃうわ」

 

『そいつの言う通り、ジャミンガーをぶっ倒す必要があるぜ』

 

それしか方法はないみたいだね。

この教室なら鍵をかければ安全だろう。たとえ教室から出たところを見られたとしても、知能が低いあいつらは飛び出した僕を追うに違いない。

 

「委員長、僕がこの部屋を出たら鍵を閉めるんだ」

 

「ッ!? そんなことしたらあなた!?」

 

「僕がなんとかしてみるよ。委員長はしばらくの間、ここに隠れていて欲しいんだ」

 

「あなた1人なんて無理よ!?」

 

「どんな状況でも可能性があるなら行動を起こせ。父さんがよく言ってたんだ。だから、僕は行くよ。待ってて委員長」

 

「あ、ちょっと、待ちなさ…どうなっても知らないわよ!!」

 

扉を開いて飛び出した僕を待っていたのはこちら側へ巡回していた電磁波人間。

 

「鍵を閉めて。大丈夫、君は絶対…守るから」

 

少し間が空いて、後ろのドアからロックされた音を聞いたのと同時に走り出す。

 

場所は覚えている。

 

5-A組の教室のウェーブロード。ブラックボードとスピーカーがよく見える場所に立っていたはずだ。

 

先を急ぐ僕に追随するように黒い影が僕に迫る。

 

「スバル」

 

「黒夜くん!」

 

その正体はブラックエースに電波変換した黒夜くん。いつものごとく赤黒い光をウィングユニットから放出している。

 

「なんだあの意味不明なメッセージは。というかあれだけ文字打てるなら普通に打てたべ」

 

「あ、あはは…」

 

呆れているのか怒っているのか、目を細めてこちらを見る黒夜くん。そんな黒夜くんから視線を外して乾いた笑いをこぼす。

 

今思い返してみればその通りだ。

若干パニックを起こしていたせいでまともに文章が打てなかったと思いたい。

 

なにはともあれ、ジャミンガーを倒さなければ。



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ジャミンガー、しばくべし

タイトルが思いつかなかった…。
少し間が空きそうです。

毎度のことながら誤字報告ありがうございますm(._.)m


超特急で5-Aまでたどり着いた俺たちはそのまま中へ突入してバスターを構える。しかし、ウェーブロードのどこを見回してもジャミンガーの姿は見当たらない。

どうせあの悪役様のことだから、どこかに隠れていやらしい笑みを浮かべて覗いてるんだろう。

 

ところで、こんな時になんだけど、俺は何か忘れている気がしてならない。なにか、とてつもなく大事なことを忘れているような気がするのだ。

 

いや、人命救助以上に大事なことなんてないんだけどさ…モヤモヤする。

 

この気持ちは一体…。

 

「い、いない!?」

 

『これだけ時間を与えればそりゃ動くだろうが…』

 

どこか安心したように息を漏らすスバル。安心してる場合じゃないだろうに。

それにしてもここにいないとなるとあいつの目的は何なのか。

 

単なる足止め?

 

そんなとき、ウォーロックがハッとしたように小さく声を挙げた。

 

『チッ…なるほどな。今頃奴は、あの女のところにいるだろうな』

 

「あの女?」

 

「もしかして委員長のこと?」

 

「ッ!! ルナと一緒にいたのか!?」

 

奴の狙いはロックマンの中身…スバルの弱点である人命。つまり、人質。

 

『理解したか。俺たちはまんまと裏をかかれたわけだ』

 

思わず唇を噛む。

考えが足りなかった。ゴン太とキザマロ、そしてルナでハッピーセット。ゴン太とキザマロがいる時点でルナのことを忘れてたいた俺が馬鹿だった。

 

思い返してみれば今までルナが巻き込まれたことしかない。

 

スバルに賛同してもらい、全速力でルナがいる教室を目指す。スバルの話によれば、ルナは1-Bで待機しているらしい。

 

だが、奴らはウェーブロードを伝って教室内に侵入することが可能なのだ。

 

鍵を閉めようがどうしようが関係ない。

 

故に…。

 

「ろ、ロックマン様ー!!」

 

ルナを捕らえることなど造作もない。

 

4体の電磁波人間に囲まれ身動きが取れないでいるルナ。

 

電磁波人間とかいう名前は返上したほうがいい。

 

紫色の歪んだ電波体。胴体や顔はもちろんのこと、手と足までも、もはや人間ではない。どうして人間という名前をつけたのか。もうポケ◯ンの仲間入りできそうだよ。もちろん、ゴーストタイプで。

 

あれは普通に化け物だ。

 

よく見れば揺らめく炎のような部位がノイズに犯されている。あれは確実にノイズにやられている。かといって、俺のノイズに当てられた訳ではなさそうだ。

 

俺と同種なんじゃないか?

 

ノイズの塊みたいなもんだぞあれ。

 

あのノイズの塊に囲まれたルナも心配だが、先に倒さなければならない奴がいる。

 

「今助けるよ!!」

 

「退がれ、迂闊に出るんじゃない」

 

そんなルナを見たスバルが血相を変えて飛び出していく。呼び止める声に耳をかさない。

 

スバルに放たれるバスター。

 

ウォーロックが気づいたことでなんとか回避に成功する。

 

蜃気楼のように揺らめきながら実体を現したのは例の如くジャミンガー。相変わらずの頭のトンガリ具合に感服する。

 

「その娘はアンドロメダの鍵と交換だ」

 

『ケッ、渡すわけねえだろ』

 

「ならば力づくで奪わせてもらおうか。だが、お前らが2人揃っているとなるとこちらが劣勢。俺に手を出したら娘の命がないと思え」

 

「卑怯な!」

 

どこぞの茶番のような展開。

このジャミンガーの悪役っぷりには尊敬の念すら抱く。

 

「娘、ゆっくりそこで見ておけよ。お前の大好きなロックマン様がなす術もなく俺様にボコボコにされるところをな!!」

 

本当に悪役真っしぐらだなこいつは!?

 

内心でそう思いつつ、ノイズウェーブ・デバウアラを起動する。

 

スバルには悪いが、ここは少し殴られたいてもらおう。というか攻撃しなくてもガードする分には問題ないんじゃないか?

 

ジャミンガーが猛攻を仕掛ける。

 

攻撃方法は物理ばかりだが、避けようとするスバルに向かって巧みにバスターを放ってくる。予測射撃まで完璧である。スバルもスターフォースを使って空へ逃げようとするも『それを解かなきゃ娘の命はないぜ?』と言われてやむなく解いた。

 

ジャミンガー…ガキじゃないんだから…。

 

吸収率は50%といったところか。

 

電磁波人間の片腕が消滅するが、ジャミンガーはそれに気づかない。よほどスバルに御執心なようだ。

 

さて、どうして電磁波人間の片腕が消滅したのか。奴らの存在が俺と同じく、高密度なノイズに当てられて作られたものだからだ。ファイナライズほどではないが、人体に影響が出る程度の濃度。

 

それだけの濃度があれば、あそこまで暴走するのも頷ける。

 

ノイズウェーブ・デバウアラはノイズを吸収し、自身の力へと変換する機構を持つ。

 

故に、電波体だろうが人間だろうがノイズを吸い取ることが可能だ。

 

どうせ俺がノイズ電波体だということを見抜いてこの方法を思いついたんだろう。まあ、ノイズを吸収できることまでは知らなかったらしい。

 

加えて心外なのは俺が眼中にないこと。

 

どうして毎度毎度、俺はFM星人関係からガン無視されるのか。あれか、そんなにロックマン様大好きなのか。

 

ロックマン様しか眼中にないのか?

 

いやらしい嘲るような笑みを浮かべながらジャミンガーがスバルを殴りつける。

 

ロックマンがボコボコにされる様から逃避するように、やがてルナは気を失った。

 

「さて、お遊びは終わりだ。そろそろトドメを刺させてもらうぜ」

 

「ああ、そうだな。こっちも準備が整ったよ。辺りをよく見てみろよ」

 

俺に言われるがままにジャミンガーが辺りを見回す。ぐるりと一周、周りを見回そうかというとき、ルナが倒れている場所を見て固まった。

 

その場所にいたのは、気絶したルナのみ。

電磁波人間の姿はどこにもない。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

固まるジャミンガーに大きく一歩近づく。

 

「というわけで、ここからは俺たちも抵抗しようと思う…拳で」

 

「散々やってくれた借りは返さないとね」

 

むくりと立ち上がったスバルの瞳に、光はない。呆然としたような瞳で見つめながらジャミンガーに近づき、グーで作った拳を胸の前で握りしめる。

一歩足を踏み出したのをきっかけに、高速でジャミンガーに迫る。俺の頭上を飛ぶのはアイスペガサスへと変身を遂げたロックマン。出会った最初とは真逆の立場になったが、地上でボクシングをするのも悪くない。

 

「流星サーバー、アクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

特徴的な機械音声が耳に届いたのとバトルカードが送られてくるのはほぼ同時。その一瞬の間にバトルカードを選び終え、腕の形状を変化させる。

 

「動きを止めるよ!」

 

上空のスバルから放たれるのはアイスペガサスのチャージショット、アイススラッシュ。

 

氷の塊がジャミンガーの足元に向かって放たれ、動きを拘束する。

そこに腕の形状をボクシンググローブに変化させた俺が突っ込み、アッパー。

 

シンクロフックX。

 

3からXへと変化したのは大量のノイズを吸収したせいだ。

元々高威力であったシンクロフックがバグデータと化した威力は半端じゃない。

上空へ吹き飛んだジャミンガー。その先に待っているのは、腕の形状を俺と色違いのグローブへと変化させたスバル。

 

頭から殴り飛ばされたジャミンガーが地面へと叩きつけられる。

 

さらにそこへ細い弦のような何かがジャミンガーへ突き刺さり、音符が…弦? 音符?

 

そこで思い出す。

俺が一体、何を忘れていたのか。

 

「そうだよね、私はギターで抵抗しようと思うんだけどどうかな!」

 

そういえばミソラちゃん(この子)、また突然来ることになってたんだった。

 

▼ ▼ ▼

 

思わず頭を抱えたくなる状況っていうのはこういうのを言うのだと思う。

『ハープ・ノート登場! 間一髪…じゃなさそうだったけどセーフだよね!』などと訳のわからないことを口にした女の子。

 

紛れもなくハープ・ノート…ミソラちゃんである。

 

「ヘルプシグナルが鳴ったと思ったら2人がいるんだもん。びっくりしたよ」

 

ヘルプシグナル?

 

もし鳴っていたとするならば、スバルがボコボコにされているときに鳴ったのかもしれない。まったく気づかなかった。お礼を言うスバルの顔はにこやかだが、俺はそうもいかなかった。

 

「わたし、黒夜くんの家で待ってたんだけどなー」

 

ジト目でこっちを睨めつけるミソラちゃん。その瞳は笑っていない。

 

言えない…メッセージもらった直後に忘れましたなんて絶対に言えない。

 

「ご、ごめんハープ・ノート。ほら、人命救助って大事だよね」

 

ミソラちゃんはなにか言いかけたが、背後でジャミンガーが起き上がる気配を察知してギターを構える。

 

俺とスバルも例外ではなく、バスターを構える。

 

「…うぐぐ。よくも、やってくれたな小娘。電磁波人間、小娘を痛めつけ…」

 

そう言おうとして思い出したかのように口をつぐむ。

 

「電磁波人間?」

 

「あの人、たくさん殴ったから頭おかしくなったんだよ…」

 

なにも知らずに首をかしげるミソラちゃんに優しく語りかける。『なるほど!』と納得するあたり、ミソラちゃんは詐欺に気をつけた方がいい。

 

「残るはお前だけだ、ジャミンガー!」

 

そしてこういったやりとりに慣れた様子のスバル。

 

ガン無視は寂しいぞ。

 

「こ、こうなったら俺自ら貴様らをバラしてやるッ!!」

 

そこからはなんとも悲惨な戦いだった。いや、戦いとすら言えない蹂躙だった。

スバルが空から氷の礫を放ち、同じく上空からスプレッドガンXを放ち、ミソラちゃんが音符でジャミンガーの周りを包囲し爆発させる。更にスバルが使ったバトルカード…クエイクソングでグラビティ効果という鬼畜ぶりだった。

 

『餌にしてやろう』

 

大きく腕をふるってジャミンガーに向かって数多のピラニアがとびかかっていった。

ピラニアキッス3でジャミンガーにトドメを刺したときの2人の引いた目は今でも忘れられない。ウォーロックからはありがたいことに『鬼畜』の称号をいただいた。

 

ジェミニしばくべし、手下殺すべし。

 

後にミソラちゃんとスバルは当時のことをこう語る。

 

『なんていうか、弱肉強食って言葉の意味を実感したかな…』

 

『黒夜くんって時々恐ろしいよね…どっちが悪役かわかんなくなっちゃったよ』

 

▼ ▼ ▼

 

『ち、チクショウ…こんなはずじゃなかったのに…ジェミニ様バンザァァァァイ』と呟いてピラニアごと爆散していったジャミンガーに少し同情してしまった。

 

だが、後悔はしていない。

 

最後の最後でジェミニの名前を出したジャミンガー。

 

ジャミンガーがジェミニの手先であったことがウォーロックたちにも伝わる。それと同時に理解できるのは、ジェミニが既に手を打ってきていることだ。

 

俺たちが知らない間にジェミニの奴は動向を掴み、ジャミンガーを送りつけてきていた。学校でツカサと接しているときに不審な点はない。

 

どうやらツカサともうちょっと接触していく必要がありそうだ。

 

『なるほどな、裏で糸を引いてやがったのはジェミニの奴か』

 

「ジェミニってもしかして…」

 

『そう。FM星人の1人だ。俺が知ってる中で一番厄介なのは奴だな』

 

スバルとウォーロックの会話を聞きながら遠くで倒れているルナに目をやる。

 

相変わらず気絶しているようだ。

 

ノイズの影響が少し心配だが、一応ノイズは吸収し終えたから大丈夫だとは思う。

どうせ五陽田さんに取り調べされてノイズ値が高いと言われて病院送りにはなるとは思うけどね。

 

直後五陽田さんが、教室に現れ調査をし出したので俺たちはすぐさま撤退。

 

ルナはきちんとお家のベッドに寝かせておきました。

 

不法侵入だけど許してよね?

 



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予定

お久しぶりです。随分とお待たせしました。久しぶりに丸一日休むことができましたので投稿です。

またしばらく空くと思いますが気長にお待ちください!


場所は変わって俺の家。

 

いつものごとくお茶菓子をテーブルに広げ、お茶を飲みながら瞳を輝かせている我が母に溜め息をついて俺の部屋に入る。

 

「毎度ながらお茶菓子とか持ってこなくてもいいんだよ? いや、嬉しいけれどもね? 主に我が母がさ…」

 

毎度こうしてお茶菓子を持ってきてくれることはありがたいのだが、なんだか悪い。こちらからはなにも出してあげられないのもあるし、我が母が堕落していくのもどうかと思う。

 

「でもなにも持ってこないのも悪いし…」

 

それはわかる。

その気持ちはわかるさ。

 

でもこのお茶菓子、結構高いよね!?

小学生が買うようなものじゃないよね、カラムー◯ョくらいでいいんだよ!?

 

『スバルはいつも持ってきてねえじゃねえか』

 

そこへ話をややこしくするような発言をするウォーロック。ルナの家にとどまったスバルは放置のようだ。

 

それでいいのか。

 

もちろん、俺以外の視界には映っていない。俺を見るなり、バカにしたようにガハガハと笑う。

ウォーロックが飛び出してきたからハープまでもトランサーから飛び出してくるカオス仕様だ。

 

そして小さく溜め息。

 

『ポロロン…。相変わらず頭が悪いのねウォーロック。スバルくんは男の子でしょ』

 

『お前こそ頭が悪いんじゃねえのかハープ。お茶菓子なんて男でも食うだろうが』

 

「わかった、わかったから、俺が悪かったから。俺の視界で言い争いをするのはやめてくれ…」

 

別に男の子だの女の子だのそういう問題でもない。

 

ベッドに倒れこむように寝転がり、脱力する。今日は随分といろんなことがあったものだ。

学校は日常だからいいとして、五陽田さんの来訪にジャミンガーの強襲。加えてミソラちゃん参戦とかもうほんとなにさ。

 

こうやって話すのも失礼なのでミソラちゃんの正面にゆっくりと座る。

 

ちゃんとした姿勢で話さないと今日は怒られる気がしてならない。にっこりと笑っているミソラちゃんだが、背後にオーラのようなものが見えそうだ。

 

「なにはともあれ、ありがとうミソラちゃん。助かったよ」

 

「もちろんだよ! 水くさいな〜隠し事なんてなしだよね♪ 私たちブラザーだもんね♪ …あれ、でもブラザーなのに頼ってもらってない気がするな〜。私、スバルくんより連絡とってるのにな〜」

 

一番の問題は、ミソラちゃんが本格的に参戦しかけていること。

 

ミソラちゃんとて電波変換できるのだから戦えるわけだ。だけど俺としては戦ってもらいたくない。

 

誰が可愛い女の子を戦わせたいと思うのか。むしろこれ以上巻き込まないためにも平和に過ごしてほしいと願うばかり。とは言ったものの、一度巻き込んだ時点でどうしようもなかったのかもしれないのも事実。

 

2のラビリンスではミソラちゃんいないとあれだし…。

 

あの電波くんに出会ったらイラッとして殴りそうで怖い。

 

ところで話は変わるが、スバルは今頃ルナの家で事情説明をしている。

 

『僕が巻き込んだんだ。だから僕が話してみるよ』と言ってルナの家に残ることを選んだスバル。まあ、ルナの両親はルナのことをほっぽり出しているから問題はないだろう。

 

ルナからすれば問題しかないんだけどね。

本当に律儀なことだ。俺なら殴られることを見越して眠っている間に退散する。

 

目が覚めたそこにはスバルが…ってそれどんなラブコメ?

 

「おかしいよねハープ〜」

 

『ねーっ!』

 

こっちはこっちでガールズトーク?で盛り上がってるし。

 

ハープも面白そうだからって悪ノリするんじゃありません。

 

『チッ、すっかりこっちの暮らしになじんでやがる』

 

「そこは『お前もだ』とつっこませてもらおう」

 

多分ハープもウォーロックだけには言われたくないと思うんだけど…。

 

これ以上話を続けてもどうしようもない。まずはもともとの路線に戻す必要がある。

 

「はぁ…それで? 今度どこに出かけるか話すんじゃなかったっけ?」

 

もともとミソラちゃんが俺の家に来たのはこれを話すためだったはず。この話をするために俺の家に来るというのも変な話ではあるけどね。

 

「そうそう!! でさ、今度の日曜日って暇!?」

 

ミソラちゃんは『はっ』と何か思い出したように小さく息を呑むと小さなテーブルを叩いて身を乗り出す。俺との顔をの距離は10cm程度。

 

俺の後ろにベッドがあるせいか逃げ場がない。これで壁に手をつけられていたら間違いなく壁ドンだ。

 

殴られる…殴られるのか!?

 

「うん!? 空いてます!? ごめんなさい!?」

 

若干声が裏返ったのは今にも殴られそうだったから。予定を聞きながらも頭の上に掲げられた拳。振り下ろされそうで怖い。

 

この様にウォーロックは笑ってるし、ハープは怪しい顔でニヤけてるし。

 

お前らノイズの世界にご招待しようか?

 

「はっ!? ご、ごめん!?」

 

たっぷり数秒大きく瞳を見開いて俺を凝視していたが、またしても思い出したかのように短く息を呑み、身を引いた。

 

事件さえ起こらなければの話だけど。

 

「じゃあさ、お買い物に付き合ってくれないかな。連続になっちゃうんだけどヤシブタウンなんてどうかな〜…なんて?」

 

『どうして疑問文なのよ、はっきりしなさい!』

 

「や、ヤシブタウンと103デパートに私といきましょーー!」

 

「う、うん」

 

『これが地球でいう青春なのね!!』

 

『それ、食えんのか?』

 

『食えないわよお馬鹿!!』

 

ハープよ、お前はオカンか。

 



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FM編 8 オヒュカス・クイーン
白金ルナ


私はいつだって一人だった。

 

父も母も私なんて見向きもしなかった。そのくせ、英才教育だの、エリートコースを歩めだの言いたい放題。私だって、意思がある。自分で決めたいことだってある。

 

いつもこの気持ちを声にしたくて仕方なかった。

 

「ルナのことだが、またなにかトラブルに巻き込まれたらしいな。この忙しいときに…」

 

「やっぱりあんな公立の小学校に通わせたのが間違いだったのよ。育ちの悪い友達と一緒にいるとルナに悪い影響があるのかもしれないわね…」

 

久しぶりに家に帰って来たと思ったらこれだ。

 

部屋は違うが、それでも二人の会話はしっかりとここまで届いている。

 

本当は聞きたくもない。

 

育ちの悪い?

何も知らないくせに。

 

ゴン太は不器用だけど優しいし、キザマロや明星黒夜に至っては全国模試で上位を取るほど頭がいい。スバルくんなんてパパやママと違って私のことを守るって…あれはノーカンよノーカン。

 

私を守ってくれるのはいつだってロックマン様なんだから。

 

「このままコダマ小学校に通い続けてもおかしな事件に巻き込まれるだけ…か」

 

「ルナの経歴に傷をつけるわけにはいかないわ。早いうちに私立の小学校へ転校させたほうがいいかもしれないわね」

 

転校という言葉に思わず息を呑む。

 

「そうだな。来週の月曜にでも学校に行って転校の話をしよう。全寮制の躾の厳しい小学校がいい。私たちも安心してルナを預けることができる」

 

なにが『安心して預けられる』よ。今まで心配なんてしたことだってないくせに。私の話なんて、意見なんて、聞いたことすらないくせに。

 

「ルナにはエリートコースを歩んでもらわなくてな」

 

「そうね、いい学校に入って一流の企業に就職するのが幸せになるための最短ルートだものね。私は転校先の小学校を探してみるわ」

 

そんなこと、私は望んでいない。

エリートコースだとか、一流の企業だとか、私はなにも望んでいない。

 

「そういえば、今回の催しものなんだが…」

 

そこからはいつものように仕事の話。

 

私の話はそれっきり出てこなかった。

 

私の話がでてきたと思ったらこれなんだもの、嫌になっちゃうわ。

 

「…転校」

 

その言葉が、既にボロボロな私の心に突き刺さった。

 

 

▼ ▼ ▼

 

日曜日。

 

「さて今日はなにをして過ごそうかしら」

 

昨日の話は気が重い。だけど、ここで悩んだところでなにも変わらない。どうせ、あの人たちが勝手に決めてしまうのだから取り合ってところで意味はない。

来週になれば、全寮制の私立小学校に転校することになる。みんなとは当分…もしかしたらずっと会えないかもしれない。

 

ならば、気晴らしにゴン太やキザマロと遊ぶのが良い。

 

ホロリと溢れた涙を拭いてトランサーを操作して通話ボタンを押す。

 

『ふぁ〜。もしもし…委員長? どうしたんだよこんな朝早くから』

 

朝起きることが苦手なゴン太。相変わらずの声に苦笑。

 

私はこんなにも…眠れないほどに悩んでいたというのに。

 

「あなた、今日暇でしょ? キザマロを連れてうちに来なさいよ」

 

『ちょ、今日は無理だよ! 今日は母ちゃんと船上たこ焼きパーティーに行くんだ。ら、来週なんてどうかな…』

 

トランサーを通して聞こえてくるゴン太の声。申し訳なさそうな声をしていても、今の私には浮かれているようにしか聞こえない。

 

だからなのか、無性に腹が立ってくる。

 

「なによ船上たこ焼きパーティーって! もういいわよ、あなたには頼まないわよ! せいぜいたこ焼きを頬張ってなさい!」

 

なによ、船上たこ焼きパーティーって。

 

わざわざ船に乗ってまでたこ焼きを食べるなんてナンセンスじゃない!

海の幸でも食べてなさいよ、バカ!

 

『わかったわ、また来週にしましょ』…こんな言葉が言えたらどれだけ良かったか。もしもこの言葉が言えるなら、こんな状況にはなっていない。

 

私に、来週なんて言葉はない。

 

気を取り直してキザマロに電話をかける。

 

『もしもし…委員長。…え、今日これから委員長の家に? 申し訳ないんですが、今日はこれから身長伸び伸びセミナーに出席しますんで行けないです。ゴン太くんはどうでしょうか?』

 

「わかったわよ!! もう結構よ!! 背が伸びるといいわね!」

 

どうして今日に限ってそんなセミナーに出席する予定が入っているのか。私のことなんて何も知らない。ゴン太やキザマロが悪いわけじゃない。

 

突然、転校をすることに決まった私の家に非がある。

 

悪いのは…。

 

「なによ、どいつもこいつも。非常に癪ではあるけど明星黒夜でも誘ってみようかしら? あ、スバルくんをからかうのもいいわね」

 

思い浮かべたのは私がライバルと認めた飄々とした雰囲気の男の子と最近少し親しくなった元引き篭もりの男の子。

 

しかし彼らは私とブラザーではない。

 

電話番号もわからない。明星黒夜はメッセージを開くのが遅いと育田先生から定評があったりする。こんな日はゴン太のように怠惰を貪っているに違いない。

スバルくんに関して詳しいことは知らないが、あまりアクティブなイメージがない。

 

キザマロのようなガリ勉とまではいかなくとも、家でのんびりとしているに違いない。

直接家へ伺ってみれば断られることはないだろう。

 

近いのは公園の前にある明星黒夜の家。そこからもう少し歩いた場所にスバルくんの家があったはず。

 

髪を整え、服を着替え、外出用の荷物を持って外へ出る。

 

いい天気だ。

本来なら、こんなに憂鬱な気分で外出することなんてないだろう。それもこれも昨日の会話のせい。悩んだところで結果が変わらないのは理解しているものの、納得はいかない。

 

ゆっくりと歩く私の視界に、水色と白のシャツの上から黒いパーカーを羽織った男の子が映る。

 

「あれは…明星黒夜?」

 

間違いない、あの黒いパーカーには見覚えがある。向かっている先は…バス停?

 

「なによ、あいつも予定が入ってるっていうの?」

 

ならば、彼のブラザーであるスバルくんにも予定が入っているのではないか。

 

頭にそんな考えが過ぎる。

 

いや、それは早計だ。

 

もしも明星黒夜とスバルくんが同じ予定が入っているならば、彼らは一緒に出かけるはずだ。毎朝仲良く登校していることはクラスの者ならば誰でも知っている。

一人で向かっていたということは、別に用事があるはず。

 

明星黒夜の家に向かうのはやめて、直接スバルくんの家を目指す。

 

方向的にも違わないので、そんなにロスはないだろう。スバルくんの家には何度か伺ったことがあるし、おばさまとも顔見知り。しかし、いざインターホンを押そうとするとどうにも躊躇ってしまう自分がいた。

 

なぜ…なぜこうも緊張しているの白金ルナ!?

 

べつにやしいことなんてなにもない。いきなり押しかけておばさまとスバルくんに悪い気はするけど、直接来てみないと誘おうにも誘えないわけで!?

 

インターホンを押そうとして腕を引く動作をかれこれ何回やっただろうか。心なしか、通り過ぎる人の目が暖かいような気がする。

 

次こそ、次こそ押して見せるんだから!!

 

「押しちゃえば、待つだけ…押しちゃえば待つだけ…。押しちゃえばまつたけ!!」

 

目を瞑って勢い任せにインターホンを押そうとしたときだった。

 

「松茸??あら、ルナちゃんじゃない」

 

正面から声が聞こえた。

何度か聞いたことのある声だ。

 

「お、おばさま!?」

 

聞かれた!?

盛大に噛んだところまでちゃっかり聞かれた!?

 

恥ずかしさで顔が真っ赤になるのがわかる。きっと今の私は茹でタコのように真っ赤になっているのだろう。

 

熱い。

 

ここまで赤面したことが今までにあっただろうか。

 

「スバルに用事? リビングでゴロゴロしてるから呼んでくるわね」

 

「あ、ちょっ、お、おばさま!?」

 

そんな私にクスリと微笑むおばさま。ママと同じくらいの歳だと思うけれどおばさまはとても若々しく見える。

 

おばさまはそう言って家の中へと消えていった。

 

それから数秒、ドタバタと慌ただしい音が家の中でこだますると眠そうな顔のスバルくんが出てきた。

 

「っ」

 

保護欲を掻き立てられると言うのはこういう気持ちを言うのだろうか。

瞼をこすりながらこちらへ歩いてくるスバルくん。一度大きく欠伸をすると『どうしたの、委員長?』と声をかけてくる。

 

「や、やっぱり怠惰を貪っていたのね。いくら日曜日だからってこんな時間まで寝てたら人間ダメになっちゃうわよ?」

 

まったく、学校で私のことを守るなんて言ったときとは別人みたいだわ。

 

これが、いわゆるギャップというやつなのかしら?

 

「そうかな〜。日曜日だからこそ、寝溜めが必要なんだって黒夜くんが言ってたよ?」

 

あの馬鹿星、余計なことを教え込んでいるとみた。本当に憎たらしいほどに私の邪魔をする男ね。

 

考えてみたら、スバルくんって色々と明星黒夜に染まっているような…。

 

…非常に問題だわ、これは。

 

スバルくんがダメ人間になる前に、なんとかしなくては。

 

「まったく、私が来てあげて正解だったわ」

 

「…そのために家まで来たわけじゃないでしょう?」

 

訝しむ様子のスバルくん。こう見えて彼は時々鋭いときがある。

 

「も、もちろんよ! あなたのためを思ってのことではあるのだけれどね!?」

 

主に明星黒夜に洗脳されないために。

 

「それで、どうしたの?」

 

「あなたその様子からして、き、今日は暇なんじゃないかしら?」

 

「うん、まあ予定はないけど…」

 

「な、なら私に付き合いなさい!!」

 

「え、えぇ〜」

 

▼ ▼ ▼

 

 

「もう、本当に電話して正解だったよ〜」

 

忠犬バチ公の前で俺を見たミソラちゃんが最初に言った言葉がそれだった。

 

「いや、思わず二度寝するところだったね」

 

日曜日。

そう、世の中日曜日だ。

 

日曜日といえば、世の中のサラリーマン…社会人が怠惰を貪る休日と決まっている。

 

え、家族サービス?

大人じゃないのでわかりません。

 

スバルにも『日曜日は寝溜めする日だ』と教え込んでいたあたり、二度寝しかけた。

 

二度寝する寸前でミソラちゃんから電話がかかってきたおかげでこうして遅刻せずに間に合ったわけだ。

 

ほんと、電話ってすごいね。

 

向かう先は103デパート。今日は映画館ではなくショッピングを楽しむ予定になっている。未だに電波ザムライのPVが流れているが、あれはすごい映画だった…。

 

「それにしても、黒夜くんってこう…き、緊張したりしないんだね」

 

「ん? 緊張? なんでさ?」

 

「う、ううん。男の子っぽいな〜って」

 

「どうも男です」

 

「……」

 

「はい、ごめんなさい。すいませんでした。白い眼向ないでください」

 

小っ恥ずかしかったからギャグを入れてみたけど、素直に褒め言葉として受け取っていいのだろうかこれは。

確かにそこまで厳つい顔ではないけれど、中性っぽいわけでもないぞ。

 

それにしても今更ながら文明の進化とは凄いものだと感じさせられる。

 

マテリアルウェーブがまだ完全に完成していないことは時代の流れ…もとい、原作知識で知っていた。

 

ここはヤシブタウン。電波社会の最先端を行く街だ。

 

故に、試作品があった。

 

試しに座って見たが、これがまた中々に気持ちいい。座った途端は沈むのだが、直後ふわりと浮き上がるのだ。

 

これにシートベルトがついて高度があったらフリーフォールみたいになりそうだ。

 

目の前にある浮いているイスと同じく浮いているテーブルを見て前世の世界も後にこうなるのだろうかと考えさせられる。

 

「見て見て、素敵な服っ!! 私も大人になったらこんなの着たいなぁ…」

 

現在進行形でナイスファッションな小学生が一体何を言ってるのか。

ミソラちゃんの目に止まったのはピンク色のドレス。マネキンの首元には淡いピンク色のネックレスがかけられている。

 

大人になったミソラちゃんがこれを着ていると想像すると…破壊力は十分だ。

 

「…やっぱピンクだよなぁ…」

 

「ん?」

 

なんど想像しても、ミソラちゃんにはピンクが似合う。黄色は明るくて活発なイメージがあるけど、ミソラちゃんはピンクが良い。

 

あれ、これ願望?

 

「あ、見て見てこれなんてどうかなっ!」

 

歳相応にはしゃぐミソラちゃんを見て思わず笑みがこぼれる。あれからしばらく経ったが、こうして笑えている。

 

それが何よりも嬉しかった。

 

「さて、少しバトルカードショップに寄りたいんだけどいいかな?」

 

「あ、あのときの? そういえば、今思えば黒夜くんってあそこで働い…あれ、それいいの?」

 

「まあ、色々あったんだ。親の許可も出てたしね」

 

働いていたわけではないが、側から見たらそう見えるよね。初めてミソラちゃんの声を聞いた場所を通り抜け、エレベーターに乗った階を上がる。

 

エレベーターを降りてまっすぐにバトルカードショップを目指す。

 

『ね、ねぇ、何を見に来たの?』

 

『…あなた、ウィンドウショッピングも知らないの?』

 

「ん?」

 

ふと、右側のお店から見知った顔を見つけた。

 

あれはスバルと…ルナ?

 

なんとも面白い組み合わせで出かけているものだ。しかも、キザマロとゴン太の姿が見当たらない。

 

こちらに背を向けているルナは俺たちに気づいていないものの、スバルからは俺とミソラちゃんの姿がバッチリ見えている。

 

軽く手を挙げてそのまま通り過ぎる。

 

無論、ルナにミソラちゃんのことがバレないようにだ。

 

なんだかめんどくさいことになりそうだから。ルナのことだ。絶対敵対心をもつに決まってる。

 

スバルは驚いたようだが、俺とミソラちゃんを見て軽く微笑む。

 

『ちょっと、あなた人が教えてあげてるのに余所見とはいい度胸ね…!』

 

スバル、強く生きるんだぞ。



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人形

お祈りにやられて逃げてきました…ということで投稿です笑

息抜き、大事。


「く、黒夜くんじゃないか!? 何年ぶりだい!?」

 

久しぶりに会った最初の一言はボケボケだった。

 

「お久しぶりなことには変わりないですけど年単位じゃないですよ、田中さん」

 

「はっはっは、違いない。それにしても本当に久しぶりだね。最近はめっきり来なくなったからバトルカードに興味がなくなったのではないかと気が気じゃなかったよ」

 

豪快に笑う田中さんを見て俺は考える。

 

言えない…と。

 

『流星サーバさんからキチガイカードが無料で提供されるんで買うことないんです』とか言えない。まして、『ウィルスデータからドロップするんで…』なんて口が裂けても言えないのだ。

 

それにしても『店に興味がなくなった』のではなくて『バトルカードに興味がなくなった』心配する田中さんは相変わらずだ。ミソラちゃんを匿ったときといい、この人柄の良さも繁盛の理由の一端なのだろう。

 

一通り笑い終えた田中さんは俺から視線を外し、隣に立っていたミソラちゃんに視線を向ける。何か思い出すように唸っていたが、やがて思い出したように手を叩く。

 

「そうだそうだ思い出した。ミソラちゃん()も久しぶりだね。いろいろあったようだけど、元気そうで何よりだ」

 

「あの時は本当にお世話になりました」

 

ペコリとお辞儀をするミソラちゃんに暖かく微笑む。

 

「それにしても君達随分と親しいようだね。…え、黒夜くん、え??」

 

「その反応は見飽きたんでもういいです」

 

主に我が母で。

 

「や、やるな黒夜くん。ほんとにあの君が…予想外にも程がある…まさかスキャンダルとは」

 

そこから先はたわいもない話で盛り上がったりしたのだが、仕事中だったこともあって短い時間で区切りをつけた。何か手伝うことはないか尋ねたものの、『女性をエスコートする男にやらせるわけにはいかん』と断固拒否されてしまった。

 

まだやることがたくさんあることがわかったので今度は正式に手伝いに来ようと思う。

 

▼ ▼ ▼

 

「うぃんどうしょっぴんぐ?」

 

棒読みで私の言った言葉を繰り返すスバルくんに片手で頭を抑える。

引き篭もりだったことを忘れていたわけではないけれど、いざ目の前にするとなんとも言えなくなる。

 

ズバリ、流行から遅れてるのよ!!

 

「本当に知らないらしいわね。まったく、これが引き篭もりの弊害ね…」

 

「悪かったね」

 

拗ねるような態度をとるスバルくんを見て口元を緩める。保護欲をそそられるというか、もっと意地悪したくなるというか。

 

とても妙な気持ち。

 

今朝の暗い気持ちが嘘のような…。

 

そこまで来て今朝のことを思い出し、また気持ちが悪くなる。

 

考えるのはやめましょう。なんだったら今日はスバルくんで楽しみましょうか。

 

「委員長?」

 

「ッ!? なんでもないわ。いいこと、今日はあなたに最新の流行というものを教えてあげるわ!」

 

「お、おぉぉぉぉ!」

 

そんなとき、突然として私たちの真上からアナウンスが流れ始める。

 

『みなさまにお知らせいたします。ただ今、当店屋上にて、亜熱帯のジャングル展を開催しております』

 

聞いたことがある内容だ。

これはなんだったか…。

 

『ジャングルに生息するヘビがご覧いただけます。みなさまお誘い合わせのうえ、当店屋上のイベント会場にお越しくださいませ』

 

そうだ、確かパパとママが中心になって取り仕切っているイベントだったはず。

 

これはまずい。

非常にまずいわ。

 

こんなところをパパとママに見つかったら、何を言われるかわかったものじゃない。

 

「ジャングル展だって!! ちょっと面白そうじゃない? 行ってみようよ!」

 

遠くから聞こえる女の子の声。とても無邪気に誰かを誘っているようだ。

誰を誘っているのか知らないけれど、私としてもおすすめしたくはない。なにせ中心となって取り仕切っているのは私のパパとママ。娘一人満足に世話できない大人が主催なのだ。

 

心の中で薄黒い何かが増していく。

 

今日は気持ちを紛らすために来たのに、こんなところでもあの人たちは私を縛るといいの?

 

「いやいや、ジャングルだよ? 暑いよ? 亜熱帯なんだよ? 溶けちゃうんだけど?」

 

不意に聞こえた声に思わず振り返る。

聞いたことがある声だった。

 

この気怠げな声…聞き間違うはずがない。

 

それは忌々しく、同時にライバルとして認めた男の声。

 

「いいでしょ? ね?」

 

今朝バス停の方向に走って行った黒いパーカーを着た明星黒夜が響ミソラに手を引かれて通り去っていく姿だった。

 

▼ ▼ ▼

 

やって着ました、ジャングル展!!

気候はまさに亜熱帯!通りかかったときにお婆ちゃんがぼそりと口にしたように、むせかえる湿気と暑さに包まれている。

 

溶ける溶けると思っていたが、実際のところ気温は20度。湿度は30%なのでなんとか耐えられる。

 

「あっつい…」

 

それでも暑いのには変わりない。

 

「ほんとだねー! これがジャングル!」

 

ええい、なぜテンションがそうも高いのか!?

 

『ブラック・イグ・パイソン。真っ黒な身体をしており闇に隠れて獲物を襲うとても強い神経毒を持っている…』

 

いく先々にこれに似たようなプラカードが設置されており、これを見ながら鑑賞するような仕様になっている。まあ、別にこれは良い。なんていうかよくあるやつだ。

 

『…見つけられたかな?』

 

だが、最後の一言、貴様は許さん。

 

これはあれか?ウォー○ーを探せなのか?

闇に隠れて獲物を襲う蛇なのになぜこうも真っ暗な場所に設置したのか。

 

蛇の姿さえ、見つけることができない。

 

「あ、いた!」

 

「うっそぉ!?」

 

超感覚(ハイパーセンス)をいかんとなく発揮するミソラちゃんに茶々を入れつつ、俺たちは先へと進んでいく。おじさんが毒ヘビが逃げないか心配していたが、気持ちはわかる。

 

なぜ毒ヘビがいるにも関わらずバリケードやら強化ガラスなどで限らなかったのか。疑問である。

 

『アルビノツリーボア。記録によれば人を飲み込んだことがあるとされるヘビ。獰猛な性格をしており、とても攻撃的である』

 

『インドラスネーク。特殊な神経毒を持つヘビ。噛まれると雷で撃たれたような痺れに襲われる。雷神であるインドラから名前がついた』

 

『ヘビはみんな獰猛で危険ですので、触ったり餌をあげたりしないでください』

 

いやちゃんと遮ってよ…。

 

「これだけたくさんいると流石の私もちょっと怖いな…」

 

「その前に俺はここの安全性を責任者に問いただしたい」

 

「あはは、黒夜くんらしいね〜」

 

あたかも有り得ないとでも言うように笑うミソラちゃん。そうなったらここにはスバルもいるし、呼びつけて文字通り氷付けにしてもらおう。

 

▼ ▼ ▼

 

「ねぇ、辞めようよ…黒夜くんたちに悪いって」

 

スバルくんが私を引っ張るが、御構い無しに2人の跡をつけていく。

きっとゴンタやキザマロが一緒にいたらもっとややこしいことになっていたに違いない。

 

その点、感謝してほしいぐらいだわ。

 

『この近くにカフェがね…』

 

『それは興味深い。亜熱帯とかより心底興味深い。出よう。今出よう。すぐ出よう。フラペチーノが…』

 

「しっ! これは大スキャンダルなのよ!? あの響ミソラが、よりにもよってバカ星となんて…こっちに来る!?」

 

そうして後ろに下がったときだった。

明星黒夜と響ミソラの2人組ではない、別の2人組が、こちらへ近寄ってきていた。

 

とても、嫌な顔だ。

この顔に何度として屈してきただろう。

何度歯向かおうとしただろう。

 

「ここで何をしている」

 

咎めるような顔で私を見下ろすパパ。

 

「あの…そ、その…」

 

「どうしたの? はっきりおっしゃい? この子は誰?」

 

鋭い口調で逃げ道を塞ぐママ。

 

「えっと、こんにちは、星河スバルです。委員長…白金さんのクラスメイトです」

 

「クラスメイト? ああ、ルナの学校のか。失礼だが、ルナは転校することが決まってな。悪いが、もうルナとは関わらないでくれ」

 

スバルくんは何も悪くないのに、汚いゴミを払うようにパパはスバルくんに言う。

 

「て、転校!?」

 

驚くスバルくんに心がチクリと痛む。

 

…今日はこれっぽっちもそんなことを伝えるつもりはなかった。

 

何もかもが空回り。

 

「コダマ小学校でルナは多くの事件に巻き込まれてきたわ。それを踏まえての決定(・・)よ」

 

そう。

そこに私の意思はない。

全てこの人たちが勝手に決めたこと。

 

「お、スバルとルナじゃん」

 

「やっほースバルくん。さっきぶり!」

 

そこへ2人が来るのは当たり前だった。

2人にとっては帰り道の経路。ここで止まっていれば、嫌でも目につく。

 

「ミソラちゃんに黒夜くん!」

 

「明星黒夜…」

 

「この子たちもルナのクラスメイトか? ふん、小学生の癖に大人気取りでデートかね? 関心できんな…大人の真似事をする暇があるのならより優秀な大人になるためにもっと勉強するべきだと思うがね」

 

偶々居合わせただけの2人にそこまで言う必要がどこにあるのか。パパは2人を睨みつける。

だが、それでもあいつは怯みもしなかった。憐れむような瞳でパパを見て、口を開く。

 

「優秀な大人ですか」

 

「そうだ。君たちにはまだ早いと言っているんだ」

 

「わからなくもありませんね。子どもは子どもらしく公園で遊んでいるのも大事なことだと思います」

 

納得したように頷く明星黒夜。だが、その瞳は冷たい。決して納得した人間が浮かべるものではなかった。

 

「ですが、娘さんをほったらかしにして人形扱いするのが優秀な大人なのだとしたら自分は凡人で十分です」

 

「なに?」

 

人形という言葉に思わず息を呑む。

言い当てたのだ。

 

この家での私の在り方を。

 

「自身で自覚もしていないのなら、相当ですね…」

 

なんなのよ…なんなのよこいつ。

そうやっていつも私ができないことをやって。

 

ただの一つも文句が言えない私がバカみたいじゃない。

 

明星黒夜に習うかのように、スバルくんが私の前に出てパパと視線を合わせる。

 

「黒夜くんの言ってることはわかりません。だけど、子どもが両親の作った物を見にきてはいけないんですか? 委員長、ここに来るまで…」

 

「ふん、言い訳は結構!」

 

だけどパパの耳には届かない。

 

「こんな子たちが周りにいたのでは、ルナに悪い影響が出てしまうわ。私たちの決定は間違っていなかったかしら」

 

「ルナの輝かしい将来に傷をつけるわけにはいかん」

 

私の気持ちなど知りもしない癖に。

 

「何も知らない癖に…」

 

「駄々をこねるなルナ。お前はパパとママの言うことを聞いていればいいんだ」

 

明星黒夜の言う通りね、私…人形だわ。

 

嫌だ。

 

私は人形じゃない。

白金ルナっていうパパとママの娘なの。

 

嫌いだ。

 

「いや、人形なんかじゃない!! 私は私なの!!」

 

パパとママを押しのけて走る。

 

何もわかってくれない人たちなんて、嫌いだ!

 

走って走って、走り続けてどれくらい経っただろう。脇目もふらずに走り続けて、たどり着いた場所は屋上の隅だった。

 

「パパもママも嫌い」

 

いつからああなってしまったんだろう。

最初から?

私は最初からあの人たちの人形だった?

 

『両親の前では良く出来た娘を演じ、友達の前では虚勢を張る』

 

声が聞こえる。女性の声。

とうとう頭までおかしくなったのかしら。でも、もうそれでもいいかもしれない。

 

『本当のあなたはどこにいるのかしらね。それとも、本当は人形だった?』

 

私の目の前に姿を現したのは幽霊。

ところどころから紫色の焔を揺らめかせた幽霊が、私へ向かって腕を伸ばし、優しく包む。

 

『私はオヒュカス。お前をしがらみから解き放つための力を貸してあげるわ…』

 

「力?」

 

心の奥底で何かが叫んだ気がした。

 

それはダメだと。私はこの幽霊に似た存在を知っているはずだと。

 

『…私以外のFM星人にあったことがあるようだな。ならわかるだろう? あの力があれば、お前は両親を説得することができる』

 

「…説得? 転校しなくてすむ…?」

 

『そうだとも。見せてやるのさ、お前の意思を。人形ではない、白金ルナとしての明確な意思表示をしてやるんだ。さぁ、この手を握れ」

 

「私は…」

 

「ダメだ! 委員長!!」

 

遠くから聞こえる声。

 

スバルくん?

 

あぁ、でももう遅いの。この幽霊の言うことはあまりに甘い。

 

「そいつは委員長を利用しようとしているだけだ!」

 

「うるさい!!! もう、私は人形なんかじゃ!!」

 

そうして私は幽霊を受け入れた。



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脆さ

昨日の面接は圧迫でした。

毒にやられて倒れちゃう系ヒロ…イン?(活躍しないとは言ってない)

お気に入りが999件になりました!ありがとうございます!

良いことありそう。作者は少し幸せになった(ヨッシーストーリー感)


「アッタマきちゃう!!!」

 

『感じ悪いったらありゃしないわ!!』

 

「落ち着いてミソラちゃん。ハープも」

 

スバルがミソラちゃんとハープをなだめるのを横目に見つつ、考える。なるほど、スバルとルナが一緒にいることが不自然だとは思ったが。

 

 

やっぱ今日がこの日(・・・)だったか〜。

 

色々と納得がいってしまった反面、やはりあの2人には物申したくなってしまう。

つい言ってしまったが、まさか自覚がないとは思わなかった。

 

ワーカーホリックどもが…。

 

ルナが走り去って行った方向を見る。

 

俺がルナの両親に物申したときのルナの瞳を思い出す。

 

恨んでいるような瞳だった。子どもじみた癇癪と思っていたが、FM星人に取り憑かれてしまえば狂気と化すだろう。

 

そうなる前になんとかしなければならない。

 

だが、俺が行ったところで意味がないだろう。むしろ逆効果。ますます機嫌が悪くなるに決まっている。

 

「あんな張り詰めた顔をしてる委員長…見たことない」

 

「俺たちのことは気にしないで追いかけてやれスバル。男ってのはそういうもんだ」

 

「?? うん、わかった」

 

走り去るスバルの背中を見送り、尚も考える。

 

ウォーロックは気づいているだろう。

ルナの周りに孤独の周波数が出ているはずだ。

 

俺の瞳は確かに電波や周波数を映す。だが、それでも種類までは特定できない。孤独の周波数を特定することができるのもまた、一つの能力なのだ。

 

それは孤独の周波数を好むFM星人やFM星人として(・・・・・・)順応してきた者ではないとわからない。

 

恐らく…いや、間違いなくこのジャングル展が次の戦場と化す。その前にミソラちゃんには退避してもらわなければ困る。

 

毒ヘビに噛まれたとかシャレにならないからね。

 

「さてさて、今日はとんだお出かけになりそうだ」

 

ジャングル展がもっと安全対策してくれたらこんなことにはならないと思うけど…。

 

文明が進化してもこういうの大事だよね。

 

安全第一。

 

これが俗にいうフラグだったんだろう。

 

「ッ!!」

 

ミソラちゃんの背中を思い切り押す。

 

「そのまま出口まで走れッ!!」

 

俺の気迫に押されたのか、振り向かずに出口へ向けて全力疾走するミソラちゃん。

 

先ほどまでミソラちゃんが立っていた場所に飛来してくる何か。

 

そいつらは木でできた床に『ボトッ』という嫌な音をたてながら落ちてくる。

 

今の音からして結構な数だ。

 

毒ヘビだ。

 

「黒夜くんッ!!」

 

「俺は大丈夫! ミソラちゃんはスバルと合流してこの毒ヘビをなんとかして!」

 

まずは電波空間に逃げ込もう。次にウェーブロードから外へと退避すれば問題はない。

 

『おはしも』は破りっぱなしの俺だが、ウェーブロードに行ってしまえばこっちのものだ。

 

ミソラちゃんもそのことを知っていたからなのか、一度力強く頷くとそのまま扉から外へと出て行く。

 

ジリジリと詰め寄ってくる毒ヘビたち。

ここにいるだけで10匹。

 

奥に行けば、まだまだいるだろう。

 

「中にいる人に至急連絡ニョロ! 危ないからヘビに近寄っちゃいかんニョローー!」

 

この喋り方はヘビおじさんか。

おじさんの声に気を取られた俺を見て好機と思ったのが、ヘビたちが飛びついてくるが、俺は瞬時に電波変換しウェーブロードに逃れる。

 

文字通り光速となった俺はこの空間に流れているウェーブロードを移動し、全体の状況を把握する。

 

取り残された人数は約10人。

不幸中の幸いなのは、俺たちを除いた全てのお客さんがヘビ博士のもとに集まっていたことか。

 

ヘビ博士が説明会でもしていたんだろうが、タイミングとしてはナイスだ。

 

グッジョブ、博士。

 

中でも目を引いたのが、一番奥の巨大なヘビのレプリカがある場所に捕らわれた(・・・・・)男女。

 

ルナの両親だ。

 

巻きついているのは本物のヘビだろうか。相当大きなヘビなだけあって、力は十分。

 

このままでは命が危ない。

 

俺は一瞬で移動し、ウェーブロードから地上へと降りる。

 

「ぐ、た、助け…」

 

随分と苦しそうだ。

確かにルナの気持ちもわかるが、命まで奪ってしまってはおしまいだろうに。

 

本人は手加減しているつもりなんだろう。

 

「誰かは知らないけれど、邪魔はさせないわよ」

 

「知ってるか? 人間はな、脆いんだ」

 

「?」

 

そう、たった一度の何かで命を落とすように。

 

心が脆い。

 

身体が脆い。

 

人の弱さであり、強さだ。

 

「目を覚ますんだ委員長!!」

 

そこへ走って来たスバルとミソラちゃん。

来てくれたのは良い。

 

だが、問題は装備だ。

 

「アホ! どうして生身で来た!?」

 

そんな装備でだいじょばない!!

 

「私はオヒュカス・クイーン。それが生まれ変わった私! 人形じゃない、意思を持つ人間! そのことをこの人たちに分からせてやるのよ!!」

 

「だから、それで殺したら意味がないだろうが!!」

 

「お、まえ…ルナ?」

 

「は、はなしなさ…」

 

「あなたたちはいつも私のためだとなんでもかんでも勝手に決めてしまって。私の心を傷つけて。そのくせ毎日仕事で私には見向きもしない。そんなに仕事が大事なの? ならあなたたちに私は必要ない」

 

「委員長!!」

 

「心を縛られるのは身体を締め付けられるよりも苦しいのよ!!ヘビたちよ!!」

 

オヒュカス・クイーンの声とともに、両親を締め付ける力が増して行く。

 

一度なってはいけない音が鳴ると、2人は一際大きな悲鳴を挙げ、ガクリとうな垂れた。死んではいない。防衛本能として気絶しただけだ。

 

それも時間の問題だけどね。

 

「ダメだ! そんなことしちゃいけないよ委員長!」

 

「うるさい!! あなたであろうと私の邪魔は絶対にさせない!!」

 

『チッ…完全にオヒュカスに操られてやがる』

 

もちろん、オヒュカスに操られていることもある。だが、問題なのはそれにプラスしてルナが本当に罰を与えることを望んでいることだ。

 

甘い言葉に誘われたのは事実だろう。だが、ルナは自身の意思で受け入れたのだろう。だからこそ、ルナの怒りと嘆きが表立って現れている。

 

「毒ヘビたちよ!!」

 

スバルとミソラちゃんに向かって幾多もの毒ヘビが放たれる。

 

「バカッ!!」

 

ミソラちゃんを押しのけ、スバルを庇うように立つ。同時にスプレッドガンによる散弾を放ち、ヘビを蹴散らす。

 

蹴散らしたかに見えた。

 

ガードはしたものの、数が多すぎた。腕と顔は防ぐことができた。

 

一体だけ、スプレッドガンから逃れた個体がいたのだ。

 

「そりゃそうだよな…」

 

噛まれた箇所は足元。

なるほど、確かに足元はお留守だった。

 

電波体であろうと周波数を変えてしまえば人間の身体と同じ。特に、毒に対する耐性なんてものはない。

 

確かに周波数を変えればヘビたちは俺の身体をすり抜けて行って、俺は無傷だったろう。ただ毒を負うのが、後ろにいるスバルになっただけだ。

 

さらに上から毒ヘビたちが俺たちを囲うようにして落ちてくる。

 

「黒夜くん!!」

 

「いいか、よく聞けスバル! ヘビの弱点は急激な気温の変化だ。ここの空調、なんとかしやがれ! あと、ヘビ博士を頼れ。俺が死ぬ前にヘビ博士から解毒ざ…」

 

今ここで倒れて電波変換を解くわけにはいかない。だが、そんな気持ちと裏腹に眩暈がしてきて、足元もおぼつかない。

 

即効性の毒。

 

この際、バレてもいいか!?

だって、スバルくんどうせバレるんでしょ!?

 

ここからウェーブロードに退避して外に出るのは不可能。

 

ノイズウェーブに逃げ込むことも考えたが、誰も助けに来られないため毒で死ぬ。ノイズウェーブの出口がどこにつながるかわからないのも難点の一つだ。

 

緊急状態だ。

 

「いいか、ルナ、人は、もろ…よく、覚えて…」

 

電波変換が解ける。

ルナの瞳に映るのは赤黒い羽を有した謎の男ではなく、普段見ている真っ黒野郎だろう。

 

動揺しろ。

大いに動揺しろ。

 

少しでも悔やんだのなら、それでいい。

 

「黒夜くん!」

 

ところでさっきから名前連呼してるお前ら、身バレ防止って知ってるか…。

 

まあ、いっか。

 

ミソラちゃんの叫び声を最後に、俺の視界は暗転した。

 

▼ ▼ ▼

 

「黒夜くん!!!」

 

ぐったりとうなだれる黒夜くん。

そこにはいつもの飄々とした姿はなく、額に汗を浮かべ、ピクリとも動かない。

 

黒夜くんのこんな姿は初めてだ。

 

「そんな、明星黒夜? どうして? なんで?」

 

けど、黒夜くんに動揺している今しか、逃げる隙はない。

 

「あ、あ、私、黒夜くん」

 

「ミソラちゃん!!!」

 

呆然としているミソラちゃんの手を強引に引いてその場から逃げる。オヒュカス・クイーンが動揺しているせいか、毒ヘビたちが僕たちに向かってくることはない。

 

これではっきりわかった。

 

今、全ての毒ヘビたちの指揮はオヒュカス・クイーンが執っている。

 

ミソラちゃんは呆然としたままただ手を引かれているだけ。罪悪感を覚えつつも出口に向かって駆け抜ける。

 

思い出すの黒夜くんの言葉。

 

『アホ! どうして生身で来た!?』

 

甘かった。

 

一度電波変換を解いてしまえば、人前では変身することができない。

委員長に正体をバラしたくない一心だったけれど、そんなことを言ってる場合じゃなかった。

 

結果として、黒夜くんは僕とミソラちゃんを庇い倒れてしまった。

 

『落ち着きなさい!やることがあるでしょ、解毒剤よ!!』

 

「ッ」

 

ハープの言葉にミソラちゃんの身体が震える。ハープの言うことは正しい。

 

少し前の僕ならきっとただ呆然として、自分にはできないと決めつけて逃げ出したいただろう。

 

今度は僕の番だ。

 

僕が黒夜くんに変えてもらったように、僕が委員長を返る。そして黒夜くんも助けるんだ。

 



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臨死と幻

お気に入り4桁突入です!ありがとうございます!

みんなとの出会いもいつかまとめようかな。




「その子の言ったことは正しいニョロ。部屋の温度を一気に下げてしまえば、変温動物のヘビたちはみんな冬眠モードニョロ。ん? エンジニア? そういえば、中にいなかったニョロ。もしかしたらヘビが絶対に来ない場所にいるかもニョロ」

 

ヘビ博士はすでに多くの人を先導して外へと避難していた。毒ヘビたちは外にも逃げ出していたけど、流石はヘビ博士。ヘビたちを掌握して多くのお客さんを毒ヘビから守っていた。

 

その見た目とは裏腹にとても強いおじいちゃんだ。黒夜くんがいたら『見た目詐欺だっ!』とか言いそうだ。

 

「ヘビが来ない場所…」

 

「そういえば、委員長と回ったところに北極の展示があった! もしかしたら!」

 

「症状からして即効性の毒みたいニョロ。断定はできないけど、6時間…少なくとも3時間以内に解毒剤を打たなきゃいけないニョロ。行きたいのはやまやまだけどここに残ったみんなも守る必要があるニョロ」

 

「なら僕たちが行きます!」

 

当然、ヘビ博士には反対されたものの、誰かが必ず行かなきゃいけないと言い張って動き出す。確かにエレベーターは動いてないけれど問題はない。

口にして言えるではないけれど、電波変換してウェーブロードをたどっていけばヘビに遭遇することはない。

 

なにより、委員長をあのままにしておかない。

 

倒れた黒夜くんを見たときのあの顔は酷かった。そのおかげで逃げだせたわけだけど、それでも…。

 

「黒夜くんには言いたいこともあるしね!」

 

「うん、行こう!」

 

君にそんな顔は、絶対に似合わないと思うんだ。

 

▼ ▼ ▼

 

臨死というものをご存知だろうか。

 

死に臨むと書いて臨死。死に直面し、寝ているときの夢のような形で体験することだ。

 

真っ暗なトンネルの中だとか、三途の川が見えただとか著名な本で読んだことがある。

 

さて、ここで俺がいる場所を確認してみよう。

 

真っ暗だ。

いや、真っ暗というには語弊があるか。

 

暗闇の中に走る赤いライン。そしてグレーの靄。

 

ノイズ。

 

ここはノイズで満ちていた。

 

一瞬、ノイズウェーブにでも落ちたのかと思ったが、俺の姿は生身だし、記憶とも随分違うのでそれはないだろう。まあ、臨死じゃなくて本当に死んじゃった可能性も否めないけどね。

 

この世界で毒死とか笑えないんだけど…。

 

転生してからあっという間だった。生まれて、父さんと母さんと出会って、そして父さんと別れて。

 

幼少期に田中さんと出会った。

ビクビクしながらコダマ小学校に入学し、ルナトリオに出会った。

田中さんの店に逃げ込んできたミソラちゃんに出会った。

母さんとの繋がりからスバルとも出会った。

 

そういえばルナたちとの出会いは誰にも語ってなかったか。

 

『牛島ゴンタ! 好きなものは牛丼!』

 

『牛丼! 実は俺も大好きなんだ! ああ、もちろん汁だくで』

 

『わかってんじゃねえか!お前名前は?』

 

ゴンタは1年生の頃にクラスが違うものの、牛丼で仲良くなった。乱暴だった時期もあって肉体言語をする日もあったが、今となってはいい思い出だ。

 

え?

どうして体格の良いゴンタに勝てたかって?

 

…武器と地形は使いようってね。

 

『確か、明星黒夜くんでしたっけ。先生から聞きましたよ。頭いいんですね! ここ、教えてください!』

 

『いや、君の方が頭いいよね!?』

 

『あなたが、明星黒夜ね。この私、白金ルナが私のライバルとして認めてあげるわ! 光栄に思いなさい!』

 

キザマロとルナはほとんど同時期だった。ルナに至ってはほぼ初対面でライバル宣言をされた。

 

その原因は未だに謎だ。

 

一体いつから目をつけられていたのか。

 

これも今となってはいい思い出だ。

 

さて、なんだか妙に今までのことを思い出してきたが、父さんも事故の後は今の俺みたいな経験をしたのだろうか。

 

「もちろんしたさ」

 

「ッ!?」

 

懐かしい声に思わず振り返る。絶対にもう二度と聞くことはないと思っていた声だ。

 

「父…さん?」

 

振り返った先にはノイズまみれの世界の中で青く光る父さんの姿。俺が最期を見届けた。あの時の姿のまま。変わらない相で俺の前に立っていた。

 

「みんな大好き明人さんだ。まあ、そんなことは良いとして、まだこっちに来るのは早いわ。具体的には80年弱」

 

「どうして…」

 

不意に身体が持ち上げられたような感覚に陥る。だが、それは感覚ではなく事実だった。

俺の足元から一筋の光が俺を持ち上げていた。父さんが俺の頭を軽く叩く。

 

『母さんを頼んだ』

 

瞬きした時には既に父さんの姿はなかった。

 

▼ ▼ ▼

 

「もう目が覚めたニョロ!?」

 

「黒夜くんっ!!」

 

重たい瞼を懸命に持ち上げて、目を動かして周りを見る。

見知らぬ天井…ではないようだ。見覚えがある。ここはジャングル展のようだ。

 

俺たち(・・・)の上には毛布がかけられている。俺の両横にも同じように毛布をかけられた人がいることから、ここが今現在の安全地帯なのだろう。

 

ということはだ。

 

スバルはジャングル展の温度を下げることに成功し、ヘビ博士と協力してこの場所に集めたのだろう。

 

ゲーム内で放置されたミソラちゃんが助かった裏事情にはこんなことがあったからなのかもしれない。

 

「ミソラちゃん」

 

「うぅ〜…黒夜くんのバカバカバカ」

 

ポカポカと軽く叩くミソラちゃん。

 

解せぬ。

 

「解毒剤は打ったけどしばらく安静にするニョロ。力が入るようになっても走り回っちゃいけないニョロ」

 

「ありがとうございます」

 

ヘビ博士はサムズアップして力強く頷くと別の人の元へとパタパタと走って行った。

 

あれ、あの人毒ヘビに噛まれたってゲームで…。

 

ヘビ博士って!?

 

「スバルは?」

 

「オヒュカス・クイーンが逃げ込んだアナコンダロボの電脳の中だよ」

 

「そっか」

 

ここにいないということは大体予想はついていたが、やはりルナを助けに行ったようだ。

『助けに行く』と言うよりは『殴りに行く』が正しいか。

 

なんにせよ、あいつは一発殴らないと戻らないだろう。

 

頭かたいしね。

 

「とりあえず言いたいことは後で言うね。私もスバルくんの援護に行くね。黒夜くんはぜーーーったい、寝てなきゃダメなんだからねっ!!」

 

『ポロロン。お説教タイムまでそこで待ってなさい』

 

トランサーから出てきたハープがクスリと微笑む。その様子に冷や汗をかいたのは毒のせいではないだろう。

 

しかしそれはフラグというもの。もちろんわかっているとも。

 

リアクション芸人とおなじだ。

 

動くなよ!?

 

絶対にだからな!?

 

▼ ▼ ▼

 

ジャングルのように長い葉や木が生い茂った電脳。アナコンダの電脳にオヒュカス・クイーンは逃げ込んで行った。

 

「どうして、なんでそこまでするのさ」

 

毒ヘビたちを冬眠モードにしたことで物理的な攻撃オプションはオヒュカス・クイーンには残されていない。もちろん、彼女自身ができるとは思う。

 

でも、彼女はこの電脳へ逃げることを選択した。

自分の両親も一緒に。

 

もう大勢の人たちをいっぺんに襲うことはできない。黒夜くんはミソラちゃんが見ていてくれてるし、怪我をしたみんなもヘビ博士が解毒剤を注射してくれた。

 

そこまでして、君はご両親を…。

 

『ケッ。そんなことは本人に問いただすんだな。まずはこの気味の悪い電脳を突破するぞ』

 

「この先に委員長…オヒュカス・クイーンがいるんだね」

 

『そうだ。現実世界では冬眠モードに入ったが、電脳世界ではそうはいかねぇ。気を引き締めて行くぞ』

 

「うん」

 

ウォーロックの言う通り、現実世界では冬眠モードに入った毒ヘビだけれど、電脳世界では関係ない。毒ヘビは健在のようだ。その証拠に、ロックされたセキュリティーウォールの前にはデンパくんが倒れている。

 

「大丈夫!?」

 

『トビラヲヒラクニハ、ワタシノカラダガナオラナイト…』

 

「わかった! 解毒剤を探せばいいんだね!」

 

『ハイ、カナラズアリマスカラ…ウゥ…』

 

スターフォースを使い、アイスペガサスに変身すると宙に浮かんで全体を確認する。セキュリティウォールがそびえ立っているせいで先へは進めないけれど、セキュリティウォールまでの全体図は把握できる。

 

確かに毒ヘビたちがウヨウヨといるけれど、アイスペガサスの僕には相性が良い。

 

毒ヘビとは言うけれど、やはりウィルス。見た目は団子をくっつけてヘビの形にしたような…。

 

まあいいさ。

 

そして思い出す。

とあるゲームで黒夜くんから教わった裏技を。

 

「っ!! そうだ。わかったよ、黒夜くん、こういうことだね!」

 

ウォーロックの口に集まって行くのは氷の礫。周りの大気を氷に変えるようにして集まっていく礫はやがて一番近くにいる毒ヘビへとぶつかっていく。

 

上空に対する防御方法がない毒ヘビたちはみるみるうちに氷の塊へと変化する。

 

「よし!」

 

『おい、これじゃジリ貧だぜ。どうせ氷は…』

 

「え? 僕たちが通る時に安全なら大丈夫!」

 

ウォーロックの言う通り、さすがにこの温度じゃすぐに溶けるだろうけど、ぶっちゃけ僕が通る時に凍っていてくれれば問題はない。解ければまた動き始めるだろうけど、セキュリティウォールを解除したらデンパくんには避難して貰えばいいしね。

 

「前にゲームで遊んだ時、黒夜くんが言ってた!『真っ向から攻めるな、アンチを探せ、安全地帯から遠距離射撃だ』って!」

 

『……』

 

もちろん、一人用のゲームだからね?

 

あっという間に毒ヘビを凍結させた僕は急いで解毒剤のコードを入手する。空を飛べることがこれほど楽だと思ったことはない。

 

あっという間にやる事を遂げた僕は倒れたデンパくんに向かって解毒剤のコードを使用する。

 

『…ン?』

 

「ん?」

 

『オ、オ、オ、オオオオオオオ!キタキタキター!ワタシ、カンゼンフッカツデス!!』

 

突然飛び跳ねたように起き上がったデンパくん。勢い良く辺りを浮遊した後、思い出したように僕の前へと戻ってくる。

 

正直、こんなキャラだとは思っていなかったよ…。

 

「よ、よかったよ」

 

なにはともあれ、これでセキュリティウォールを解除してくれる。

 

『デハ…ムン!!』

 

「ありがとう。解毒したとはいえ、この電脳は危険だから外のウェーブロードに避難した方がいいよ」

 

デンパくんにそう言い残して先を急ぐ。後ろから『ヤブカラシカデナイノデ、ダイジョウブデス〜!』という声が聞こえたので振り返ってみると電脳の入り口あたりで待機しているデンパくんの姿が見える。

 

なるほど、毒ヘビはヤブがあるところ…木が生い茂っているオブジェクトからじゃないと出ないんだね。

 

これはいい情報をもらった。

 



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オヒュカス・クイーン

GWは就活が少し減りました。

毎日スーツじゃないとか、ありがたや…。

今日の一言『春ってどこいった?』


「スバ…ロックマン!」

 

「ハープ・ノート! 黒夜くんは?」

 

アナコンダロボの電脳2へ進んだところでミソラちゃんが追いついてきた。ミソラちゃんには毒で倒れた黒夜くんの介抱を頼んでいたが、この様子だとどうにかなったみたいだ。

 

「解毒剤が間に合ってよかったよ〜! 今は絶対安静にしてもらってる。ヘビ博士がいなかったらどうなってたか…」

 

そう。

全てはヘビ博士のおかげだ。

 

ジャングル展に取り残されたお客さんたちの先頭に立って毒ヘビから守り、毒にやられた人がいたら解毒剤を打ち、応急処置をしてくれた。

 

この非常自体にこれほどまで心強い人はそういない。

 

「…黒夜くんのことだから抜け出してきそうだけどね」

 

「そのときはそのときだね…少し、お話しなくちゃいけないかもね」

 

目が笑っていない。

絶対に抜け出してくるであろう黒夜くんに心の中で合掌する。

 

ミソラちゃんが来てくれたとしてもやることは別段変わらない。むしろ藪から出てくるとわかっているのだから藪ごと凍らせる。

 

きっと黒夜くんならこうしただろう。

 

アナコンダロボの電脳1のときと同じようにアンチを探して遠距離からシュートしたときのミソラちゃんは呆然としていた。

 

『なんというか、飛べるってずるいよね』とはミソラちゃんの言葉である。

 

倒れているデンパくんが複数体のときは藪を凍らせて安全を確保した後、二手に分かれて解毒剤を確保する。

アナコンダロボの電脳3に差し掛かるころには、もう完全にこの流れが鉄板だった。

 

無事に最後のデンパくんたちを毒から解放し、セキュリティウォールを解除してもらう。

 

「早く、委員長を止めなきゃ」

 

「そうだね。私はあの子のこと全然わからない。だけど、絶対に放ってはお

けない。失ってからじゃ遅いから…絶対後悔するから…」

 

僕と違って、ミソラちゃんに両親はいない。きっとミソラちゃんからしたら、例え仲が悪くても居て欲しいと思うのだろう。

 

どう声をかけていいのかわからず、口を閉じる。

 

「そういうことで、一発ブン殴らなきゃね」

 

そんなとき、聞き慣れた声が耳に届いた。

 

どうしてと思いながらも、やっぱりと思わせる声。

 

「黒夜くん!?」

 

黒夜くんだ。

翼から放出されたノイズのせいで彼の周りにある毒ヘビがいるであろう藪がノイズに侵食されている。

 

「うむ!助かったよ2人とも」

 

どうやら黒夜くんの毒も無事に解毒できたようで、元気そうだ。

だが、気のせいだろうか。黒夜くんの声を聞いた突如、寒気が…。

 

「ねぇ、黒夜くん? どうしてここにいるのかな? 知ってたよ、君がそういう人だって。」

 

厳密に言えば、ちょうど僕の真横。楽器状態のハープを構えて冷たい瞳でニコリと笑う少女。

 

体感にして3度は下がった。

 

「いや、フリだと思っゴフッ」

 

嫌な音が聞こえた気がしたので全てをシャットダウンして考える。

 

委員長は…この先だ。

 

▼ ▼ ▼

 

腹パンされた、解せぬ。

 

だが、どうやらオヒュカス戦には間に合ったようだ。

 

お腹を抑えながら最後のセキュリティウォールを突破しドクドクしいフィールドへ足を踏み込む。

 

今までの亜熱帯のフィールドとは打って変わって薄暗く、毒が辺りに散らされている。

 

まあ、亜熱帯と言えどスバルが何かしたのか少し凍ってはいたが…。

 

その真ん中で佇む大きなヘビの身体を持ったルナの姿。

 

その横で倒れる男女は、ルナの両親。

 

まだ息があることに安堵する。

もっとも、毒を受けているわけでもなく外傷だけのようだ。

 

 

命に別状はないが、病院送りは確定だろう。

 

「オヒュカス! 委員長の身体から出ていくんだ!」

 

『やはり現れたか、ウォーロック。この娘からはお前の匂いがプンプンしていたからねぇ…。この娘に目をつけて正解だったよ』

 

オヒュカスはスバルの言葉を嘲笑うように実態化すると右腕のウォーロックに向かって口元を歪める。

 

ルナに取り憑いたFM星人…オヒュカス。

 

『相変わらず気にくわねえヤツだぜ。オヒュカスよぉ! どうせやるんだろう? かかってこい、潰してやるぜ』

 

『血の気が多いのは変わらないねぇ…。まあ、落ちつきな、取り引きをしようじゃないか』

 

「取り引き?」

 

『人間、おまえに用はない。用があるのはウォーロックだけだ。ウォーロック、2人でこの星を支配しないか?』

 

『なに?』

 

確かに、その提案はあながち悪いものではない。

なにせ、ウォーロックがスバルに力を貸しているのは、自分の身をFM星人から守るため。

 

その前提が崩されてしまえば、ウォーロックはわざわざ逃げ隠れする必要はないのだ。

 

だがそれはないだろう。

 

地球の世俗に染まったウォーロックを思い出す。もうウォーロックは地球の世俗に染まっている。

 

よくよく思い出してみれば、月9なんていうドラマにハマってる電波体は君くらいだよ。

 

『お前の知っているだろう。アンドロメダの鍵だけではあれを動かすことそできない。もう一つ、コントロール装置が必要だ。お前さえ良ければ、コントロール装置は私が手に入れてやろう。どうだ、ウォーロック』

 

『なるほど…俺が取り合うとでも?残念ながらこの星を支配する気なんざサラサラねぇ! 俺の興味があることはお前らの全滅、それだけだッ!』

 

故に、ウォーロックが断ることは目に見えていた。

 

『ならば…力づくでいただくまでだ!』

 

「来るよ、ロックマン!」

 

「毒に気をつけて、ハープ・ノート!」

 

「流星サーバー、アクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

スバルは翼を羽ばたかせて上空へと飛翔し、アイススラッシュを放つ。流星サーバーに接続した俺も同じようにノイズの翼をはためかせて上空へ飛翔する。

 

ノイズ率は実際のところ200%もないだろう。ノイズウェーブデバウアラが調節しているものの、ノイズがない状態では少し身体が重い。

 

だがそんなことも言っていられない。

 

オヒュカス・クイーンが魔術のようにヘビを召喚する。だが、上空からの射撃が瞬く間に殲滅していく。同時にワザとまたを外したように、意図的にオブジェクトを破壊し、ノイズを吸収していく。

 

事後処理はエンジニアさんに丸投げである。

 

というか、流石にこんな事件になったら修復もクソもないと思うけどね。

 

地上ではシールドを繋がないキチガイアンプを召喚したミソラちゃんがショックノートでヒットアンドアウェイ。

 

Bluetoothって便利だね。

 

オヒュカス・クイーンの弱点はズバリ、機動力。残念ながら今までのFM星人と違って飛ぶことはおろか、ジャンプすることもままならない。

 

ガンダ○で言えばガ○タンクがお似合いだ。

 

砲台は黙って馳走ってね!

 

『チッ! 小賢しいハエね!』

 

「賢しくて悪いかぁぁッ!」

 

なんてメタイ言葉を吐きながら急上昇。

 

ミソラちゃんが飛ばした弦がオヒュカス・クイーンの動きを止めた隙に上空から一気に急降下。流星サーバーから送られてきたガトリングXを放つ。

一つ一つの威力は低いが、それでもランクXは伊達ではない。ガトリングとは思えない銃声と大きな弾丸がオヒュカス・クイーンを襲う。

 

続いてブレイクサーベル3に腕の形状を変化させ、ヒットアンドアウェイ。

 

「どうして! なんで邪魔をするの!?」

 

「もうやめよう、委員長! こんなことしたって何にもなりはしないよ!」

 

さらにオヒュカス・クイーンを取り囲むように音符が配置され、爆発する。

その爆発を丸まって防ぐと、素早く這うようにミソラちゃんへと突進していく。

 

3対1で戦っているというのに随分と立ち回りが上手い。

 

「ッ!?」

 

大きく吹き飛ばされたものの、しっかりと受け身はとったようだ。

 

「無理よ! 今までの痛み、苦しみはこんなものじゃないもの! それを知らないくせにッ!」

 

おかしなことを言う。

ミソラちゃんのときもそうだが、本人の気持ちは本人にしかわからない。

 

「知るわけないだろうに!」

 

「なにを!?」

 

「お前がスバルの苦しみを知らなかったようになッ!」

 

まして彼女はスバルが引きこもっていたとき、随分と酷い言葉を浴びせていたはずだ。

 

例え、その中に彼女なりの優しさがこもっていたとしても。

 

「ッ!! 明星黒夜ァァァァッ!!」

 

「黒夜くん!!」

 

オヒュカス・クイーンの眼から放たれる極太い光線を旋回して回避する。光線の種類は照射系。未だに極太い光線が俺を追いかけてくる。

 

照射系の光線は非常に強力だ。どのゲームでもそれは変わらない。だがしかし、弱点は多い。

 

オヒュカス・クイーンの周りに氷の刃が降り注ぐ。その数、6つ。さながら流星のように降り注ぐ氷の刃に、俺しか眼中にないオヒュカス・クイーンが避けれるはずもない。

 

スバルが放ったバトルカードは、アイスメテオ。

 

今のオヒュカス・クイーンのように直撃をするとたちまち凍結状態に陥り、身動きが取れなくなる。当たらなくとも、地面に氷が広がっていきまともな移動はままならない。

 

オヒュカス・クイーンの移動方法は這うことだけだ。故に、氷のフィールドになれば滑って目標に向かって突進することは難しいだろう。

 

正直言って、オヒュカス・クイーンに勝ち目はない。蓄積されたダメージも少なくない。

 

初めての電波変換。初めての戦闘、それに伴う初めての痛み。立っていられることに賞賛さえされよう。

 

それでもオヒュカス・クイーンの中のオヒュカスは諦めていない。

 

「これ以上はキミの身体が…!オヒュカス!!」

 

『誰が…出ていくか!!』

 

『チッ、往生際の悪いッ!!』

 

執念とも言える力を振り絞って、再び鋭い眼から光線を放とうとしたときだった。

 

『その通り、往生際が悪いのは美しくないね』

 

男の声が響いた。

随分と薄れた記憶だが、この流れを俺は覚えていた。

 

「スバル退がれッ!!」

 

急降下しスバルの首根っこを掴んで退避した直後、極大の雷が落ちる。

 

寸分違わず、オヒュカス・クイーンに直撃した。

 

『バカな…ジェ、ミ、ニ…ギャァァァァッ!?』

 

一際大きな断末魔を挙げながら小さな爆発を起こし、ルナの身体からオヒュカスが離れ、消滅した。

 

「委員長!!」

 

電波変換が解け、素体であったルナが崩れるように倒れる。

 

若干離れた場所だったのが、幸いのようで、ルナの両親は無事だ。感電している可能性は否めないが命に別状はなさそうだ。

 

直撃した本人も外傷は見当たらない。スバルを押しのけて心拍を確認する。心拍は安定しているあたり、気絶しているのは電波変換が強制解除されたことと雷によるショック。

 

時期に目を覚ますだろう。

 

それでも3人とも病院直行なのは確定だ。

 

『ウォーロック…いや、ロックマン。いずれキミとは直接戦うことになるだろう』

 

辺りを見回してみるが、ジェミニの姿は見当たらない。射程範囲にいることは確かだが、姿はどこにも見当たらない。

 

『ケッ、今すぐ叩きのめしてやってもいいんだぜ?』

 

『…アンドロメダの鍵、そのときまで大切に持っておくんだな』

 

ウォーロックの安い挑発に乗るジェミニではない。流石に3人の相手をするのは分が悪いと判断したようだ。

 

ジェミニが去って行ったことを認識した俺は辺りのノイズを吸収をし、スバルをチラリと見る。

 

すでに意識を取り戻しかけているルナ。小さく声を漏らしたのを聞いてミソラちゃんとともにルナの両親を抱え、電脳からウェーブアウトした。



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正体

GWが終わってまた就活が始まりました。

少し空くと思いますが、気長にお待ちください。


地面を揺らす大きな地響き。単なる地震なんかじゃない。だってここは、電脳世界の中だから。

 

このことが示しているのは…。

 

『まずいぜ、スバル! ここの電脳が崩壊するのも時間の問題だ。早いとこズラかったほうがいいんじゃねえか!?』

 

この電脳世界そのものが、消滅することを意味している。

 

電脳世界の消滅はその世界にあるものの強制退去。故に、絶対に巻き込まれないようにと以前ウォーロックが口を酸っぱくしていた。

 

黒夜くんとミソラちゃんにこのことを伝えようと辺りを見回すが、すでに2人の姿はない。

ついでというわけではないけれど、委員長の両親の姿も見当たらない。

 

『あの野郎ならとっくに俺たちを置いて先行きやがったぜ!お前が良い雰囲気なんか作ってるからだ!』

 

「そ、そんな!」

 

「ロックマン様…私、これからどうすればいいの!?」

 

委員長が僕の身体をしっかりと掴む。

 

『スバル!!』

 

ウォーロックの声が大きくなったのは小さな声では声が届かないからだ。すでに電脳世界の崩壊は修復不可能なところまで来ていたようで、眩い光が電脳世界を包み込んでいく。

 

当然、僕の視界も白く染められていく。

 

あまりにの眩しさに瞳を閉じる。

 

僕の身体にしがみついていた委員長の腕の力も一際強さが増す。一瞬の光が収まり身体を包んでいた力が消える。この感覚が消えたということは、僕の姿はもう電波体ではない。

 

ロックマンではなく、星河スバルという生身の人間。

 

「ロックマ…スバル…くん?」

 

「い、委員長…」

 

「嘘…そんな…あなた、だって…」

 

信じられないものを見たかなように目を見開く委員長。強く力を入れていた腕から力が抜ける。

だけどそれでも、委員長の腕は僕から離れていない。少し身長が小さいせいか、委員長が見上げるようにして僕を見つめる。

 

「え…?」

 

その言葉を発したのは、誰だったか。ウォーロックではない。もちろん僕でもない。しがみついている委員長でもない。

 

「…お邪魔しました」

 

黒いパーカーに身を包んだ黒夜くんが、紳士に一礼して脱兎の如く走り去って行った。

 

▼ ▼ ▼

 

「どうしよう、ミソラちゃん。スバルが大人の階段登ってた」

 

「え?」

 

ルナの両親が救急車で病院に運ばれる姿を見送りながら、ポツリとミソラちゃんに語りかける。

もともと、あの場所に行ったのはルナに両親の無事を伝えるために行ったのであって…断じてロマンティックブレイクをするつもりじゃなかった。

 

やってしまったとは思っている。

申し訳ない。

 

まさか、そんな急展開になっているとは思わなかった。

 

「…いや、だけどそんな展開になるはずだったっけ?正体がバレて…?」

 

ロックマンの正体がスバルだとルナにバレて、それからどうなるんだったか。

 

「よくわからないけど、黒夜くん」

 

思考の海を漂っていた俺の頬に突然冷たい手が添えられる。いや、掴まれた。がっしりと両頬を抑えられ、そのままミソラちゃんの顔の方へと無理矢理向けられる。

 

『ポロロン、お説教タイム』

 

「だよ、黒夜くん」

 

この世界に、神はいない。

 

 

▼ ▼ ▼

 

コダマタウンから離れた総合病院。パパとママは入院することになった。

 

面会を求められたのが昨日の夜。

 

正直なところ、怖かった。パパとママに酷いことをしてしまった。入院する原因を作った私を恨んでいるに違いない。

 

そう思っていた。

 

『ママたち夢を見ていたわ。ルナが泣いている夢…もっと私を見てって』

 

ママはあの事件のことを夢と言った。

あの痛みは現実でだからこそ病院へ入院までしているというのに。

 

『夢の中のルナに本心を聞かされてショックを受けたよ。生き方を縛られることは、身体を縛られるよりも苦しいことだと。私たちは今までお前を見えない鎖で縛っていたのかもしれない。すまなかった』

 

たった一言。この言葉だけで、私は救われた。

 

『転校の話も、白紙にもどしましょう。許してくれとは言わないわ。一から話し合いましょう』

 

『どうか、今更と思うかもしれないが聞かせてほしい。ルナがどう思っていて、どう生きていきたいのか』

 

『パパ…ママ…ごめんなさい』

 

あのとき、思わず涙がこぼれた。私の今までの頑張りに、意味があったのだとわかった。

 

人形だった私はようやく、この2人の子どもとして成長することができたのだと。

 

その後、パパとママが退院してから今回のイベントでの一件について謝罪が行われた。無論、安全面の根幹に関わる部分で配慮が足りなかったとしてだ。

 

ヘビ博士の助力もあり、なんとかこの一件は収束した。それでも被害にあった方への謝罪と補助をこれから行って行くと話していた。

 

「そっか。でも委員長の両親が無事で良かったよ」

 

目の前の男の子…スバルくんは事情を説明するや直ぐに満面の笑みを浮かべた。なぜか心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、言うべき言葉を頭の中で探す。

 

いつも当たり前にしているそんな動作すら、たどたどしくなってしまう。

 

「ええ。そ、その…助けてくれて、あ、ありがと。き、今日だけじゃないわ!! 暴走したトラックの時も、天地研究所のときも、いつもいつもあなたに助けてもらってたのね」

 

あの学校での事件のときの言葉は嘘じゃなかった。

 

私は、ロックマン(スバルくん)に守られていた。私だけじゃない。ゴン太やキザマロ、クラスメイトのみんなもだ。

 

そして、パパやママも。

 

「僕だけの力じゃないよ」

 

「…明星黒夜」

 

スバルくんの言葉に苦笑いしながら忌々しいライバルの姿はを想像する。

 

常に私よりも先を歩く姿。

 

小癪なことに私たちは彼にも助けられていたらしい。お礼を言いたい気持ちもあるが、からかわれるに決まっている。

 

『ツンツンが…デレた…だと』

 

どうせこんな感じに決まってる。

 

スバルくんのおまけ程度にお礼を言っておこう。

 

苦笑いして頷くスバルくんを見て、大きく息を吐く。

 

「本当に信じられないわ。あなたがロックマンで、バカ星が赤くて黒い奴だったなんて」

 

この場に呼びつけたかったのだけれど、当の本人は現在入院中(・・・)。検査入院らしいが、その原因は私。お見舞いにいきたいが、どんな顔をして会えばいいのか。

 

憎まれ口を叩かれそうだ。

そしてからかわれてイラっとしそうだ。

 

「僕も初めて知ったときはびっくりしたよ。敵なのか味方なのかもわからなかったしね」

 

「あいつらしいわね」

 

『敵なのか味方なのかわからない』。明星黒夜という人間を的確に表すとすれば、多くの人が同じようなことを言うだろう。

 

私にも経験がある。

 

私の意見や行動を支持したかと思えば、別の面で邪魔してくる。

 

明星黒夜というのはそういう人間だ。

 

だからこそ、私のライバルなのだけれど…。

 

「それで、なってくれるんでしょうね?」

 

「なるって…なにに?」

 

「私のブラザーによ! あなた、私の気持ち全部知ってるんでしょ!? 乙女の秘密を知ったのだから、責任とりなさいよね!」

 

「わ、わかったよ。僕の秘密も知られちゃったことだしね」

 

半ば強引ではあったけれどスバルくんとブラザーバンドを結ぶ。正直なところ、こうでもしないとスバルくんは私とブラザーバンドを結んでくれないだろう。

 

そしてもう一つ気になることが…。

 

「…明星黒夜ってあの響ミソラって子と付き合ってるの?」

 

突然の質問に目を何度か瞬きさせたスバルだった。

 




『あのお方はブラザーバンドを憎んでいる。だから壊す! わかりやすいだろ?』

『こんなもんで驚くんじゃないぞ。今に見てろ、この世界を覆っている欺瞞を暴いてやる。ブラザーバンドをな。覚えておけ、俺の名は…ヒカルだ』

「イッタイナニモノナンダー」

次章『ジェミニ・スパーク』


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FM編 9 ジェミニ・スパーク
ジャミンガー再び


どうもお久しぶりです。

今回からツ…ヒカルくん編に入っていきます。

あと少しだけ黒夜くんについても。


人体から鳴ってはいけない音が薄暗い路地裏で響く。そこにいるのは大柄の男と少年。

大柄の男が少年に向かって拳を振り上げる。だが、それよりも早く少年の拳が男のみぞおちへと入る。

 

おかしなことに、先ほどから一方的にやられているのは、少年ではなく大柄の男だった。

 

男は苦悶の表情を浮かべ、考える。

 

おかしい…と。

 

圧倒的な体格差。少年の年齢から考えて自分よりも筋力が強いはずもない。

 

ならばこの状況はなんだ。

 

バケモノ。

 

不吉な単語が脳裏をよぎる。

 

少年はうずくまりながら許しを請う男の頭を踏みつけ怪しく笑みを浮かべる。

 

男はさらに震えあがる。

 

ゆっくりと頭をあげて少年の顔を見ようとしたそのとき、男の意識は途絶えた。

 

▼ ▼ ▼

 

「あー、ひーまーだー」

 

なにもない部屋で俺は1人愚痴をこぼす。無機質な白い壁、白い天井。部屋にあるのはベッドだけで、周りには窓すらない。

 

総合病院の地下2階に存在するこの病室は、俺のような電波障害児のために作られたものだ。

 

もとい、他の患者を守るため(・・・・)作られた。

 

特に俺の場合は身体の中のノイズが関係してくる。

 

母さんが誰かに話したかは知らないが、俺の生まれは極めて異質だった。

 

医師からは『奇跡』とまで言われたらしい。

 

難産とか流産とか、そういう理由ではない。未熟児だったわけでもない。

 

母さんが生き残ったこと(・・・・・・・)こそが奇跡だった。

 

俺が体内にいたせいでノイズが医療機器のほとんどをおかしくしたらしい。しかも、母さんの痛みや苦しみに呼応するようにノイズ率が上がっていったらしい。

 

おかげで更に具合が悪化し、ノイズ率も上がるという負のスパイラル。

 

母さんの体力がなくなる前になんとか俺を出産。瀕死の母と比べて元気一杯に生まれてきた俺、ものすごく申し訳ない。

 

普通の病室に入院できないのは、俺から発せられているノイズが精密機械に影響を及ぼさないようにするため。なんでも、医療機器はほんの僅かなノイズでも影響がでる恐れがあるらしい。

 

こればっかりは仕方ない。

むしろ申し訳ない。

 

大きなため息を吐くのと同時に、たった一つしかない扉がスライドし、女の子が中に入ってくる。

 

「こうなったのも全部、黒夜くんが無理したからでしょ〜」

 

ジト目で睨んでくるミソラちゃんが両手で持ってきたお皿の上には、綺麗にカットされた林檎。

 

「だからそれはフリ…」

 

「ん?」

 

「なんでもありませんでした、はい」

 

「よろしい」

 

得意げな表情のミソラちゃんを横目で見て思う。

 

解せぬ。

 

検査入院とは言ったものの、結局動いたせいで解毒しきらなかったことで俺は数日入院することになった。

 

退院は明日の午前中。

 

スバルとルナからは呆れた視線を向けられ、ミソラちゃんからはお叱りの言葉を頂戴したのはいい思い出だ。

 

我が母に至っては号泣する始末。

改めて、自分が大切にされていることを実感した。

 

心配かけてごめんなさい。

 

だが、無茶をするなと言われてもしないわけにはいかない。なにせこれからが危険なのだ。地球の危機が本格的に迫ってきている。

 

今だってどうせジェミニがなんかしてるんだろうさ。

 

あれだ、みんな怒らせるやつ。

 

それにだ。

巻き込まれ体質な俺は事件に巻き込まれていくだろう。

 

え?

巻き込まれじゃなくて、巻きこみ体質?

 

否。断じて否。

 

「そういえばスバルくん、あのときの女の子とブラザーバンドを結んだみたいだよ」

 

「あ〜、ルナね。そっかそっか、それは良かった。新たな恋が始まる予感だね。いや、始まってるのか…?」

 

思い出すのはスバルとルナが見つめあって固まっていたあの現場。後々お見舞いに来た2人が勘違いだと言うことを懇切丁寧に説明してくれたが、まんざらじゃないご様子だった。

 

『やだ2人とも、その気じゃないですか〜』とからかったら頭叩かれた。

 

これも解せぬ。

 

どうせ今頃、緊張しながら話でもしているに違いない。そして鈍感スバルくんが気づかないだけさ。

 

「あとねあとね! ドリームアイランドっていうところ…」

 

ドリームアイランド…おっかしいな、聞いたことある気が…。

 

まあ、そんなことは忘れて、今はミソラちゃんとたあいもない話を楽しむとしよう。

 

そしてミソラちゃんが家に帰れば…。

 

▼ ▼ ▼

 

不吉な予感がしてすぐさま電波変換をし、ウェーブロードを駆け抜ける。

 

『星河スバル、お前がロックマンだということはわかっている。面白いものを見せてやる。ヤシブタウンに来い』

 

脅迫めいたメールをもらって向かった先はヤシブタウン。つい先日、事件が起きたばかりということもあって、ヤシブタウンの一部は封鎖。

 

人通りも少なくなっている。それでもコダマタウンより圧倒的に人は多い。

 

「あんた、ムカつくのよ!」

 

「私だって!!」

 

「なんじゃと!!」

 

「キー! このヨボヨボジジイ!」

 

そんな場所で、人々は喧嘩をしていた。

 

それも1グループじゃない。いくつも、様々な場所で喧嘩が勃発しているようだった。

喧嘩をしている本人たちをよく見てみると、妙なマークが付いていることに気づく。

 

喧嘩をしていない人たちには付いていないマーク。確実に電波のなにかだ。

 

「妙な電気を浴びてる…+?」

 

『なるほど、+と+、−と−の奴らが反発して喧嘩を起こしているようだぜ』

 

「つまり、人間同士を反発させてるってこと?」

 

+と+、−と−が反発することは理科の授業ですでに習った。ということは、+と−同士が出会ったら仲良くなるってことなのかな?

 

『キリがねえな。解決しながら原因をつくってるやつを探すぞ。予想通りなら、ジェミニ関係だ』

 

ウォーロックの言葉に頷くと、+と+で反発し合っていた大男たちの電気を取り除く。やり方は簡単だ。トランサーの中に入るときのように近づいて電気そのものを取り除く。

 

僕にチクリと電気が走るけど、冬場の静電気程度のもの。大した問題じゃない。そのまま電気を取り除き、再びウェーブロードに戻る。だが、いくら取り除いても別の人が喧嘩を始める。

 

やっぱり原因を止めないといけないみたいだけど、手が届く範囲で喧嘩を止めていく。

 

「見るからに怪しいやつ」

 

『キヒヒヒヒ…来たなロックマン』

 

そうしてたどり着いた先に待っていたのは、ジャミンガー。

 

「その妙な+−はお前の能力か?」

 

『これはあるお方からお借りした力。この力を使いブラザーの関係をぶち壊す。それが俺に与えられた司令だ』

 

つまり、さっきから喧嘩している人々はもともと、ブラザー。仲が良いブラザーだったようだ。

 

これを聞いたら黒夜くんはなんて言うだろうか。

 

『御丁寧に全部説明してくれてありがとう。それじゃあね』なんて言ってジャミンガーを瞬殺する気がする。

 

『あのお方はブラザーバンドを憎んでいる。だから壊す! わかりやすいだろ?』

 

ブラザーバンドを憎んでいる?

 

言葉の意味を理解しようとしたとき、ジャミンガーのすぐ後ろに影が現れた。

その影は突然赤黒い剣を振りかざし、ジャミンガーの胸部分に突き刺した。

 

『ギャァァァァッ!?』

 

意表をついた、完全な暗殺。

 

「御丁寧に全部説明してくれてありがとう。ぼっちは帰ってどうぞ」

 

「黒夜くん!?」

 

紅い翼を広げたブラックエース。

入院しているはずの黒夜くんが、予想通りのセリフでそこにいた。

 

小規模な爆発を繰り返しやがて完全に消滅したジャミンガー。主人を失ったことで+と−の電気たちも行き場を失い自然に消滅していく。

 

「あら?」

 

「なんかすごい怒ってた気がするんだけど…」

 

「…?」

 

「ばあさん、何をそんなに怒っておるのかの?」

 

それはすでにばら撒かれたものも同じだ。電気が取れたことでみんなが元に戻るけど、記憶が曖昧なようだ。

 

「これで一件落着…なんだけど、抜け出して来たの?」

 

「ミソラちゃんが帰ったところを見計らってな」

 

ドヤ顔でサムズアップする黒夜くん。今までで何度めかわからないため息を吐くとジト目で黒夜くんを睨む。

 

検査入院ということだし、もう数日経っていることもある。体調は万全なんだろう。

 

だけど抜け出すのは良くないのでは?

 

あとでミソラちゃんに連絡を入れておこう。

 

「それにしても…ジェミニはぼっち。はっきりわかんだね」

 

「さっきもロックが言ってたけどジェミニって」

 

「オヒュカス・クイーンにアンチから遠距離射撃したふたご座のFM星人だよ」

 

責めるように言う黒夜くん。しかし、その作戦を何度も実行して来ているのは黒夜くんも同じ。

 

思わず苦笑いをする。

 

そんなとき、僕のトランサーに突然着信が入る。番号はわからない。

 

『どうだ、楽しめたか? ブラザー同士の喧嘩は?』

 

声の主に思わず息を呑む。先ほどと同じ声。僕に脅迫めいた電話をしてきた相手に違いなかった。

その声音はとても楽しそう。だがしかし、憎悪するような低い声にも聞こえた。

 

尚もその声で相手は話す。

 

『こんなもんで驚くんじゃないぞ。今に見てろ、この世界を覆っている欺瞞を暴いてやる。ブラザーバンドをな。覚えておけ、俺の名は…ヒカルだ』

 

「き、切れた…」

 

嵐のように言いたいことだけ言ってぶちぎりしたヒカルと名乗る男。

 

「イッタイナニモノナンダー」

 

「……」

 

『……』

 

そうだ。その通りだ。一体何者なのか。全ての焦点はそのことだけに当てられる。

 

全く正体不明の犯人。

 

だけど一つだけわかったことがある。

 

「ねぇ、黒夜くん」

 

『テメェ…知ってるな?』

 

黒夜くんが犯人を知っているということだ。

 

▼ ▼ ▼

 

ミソラちゃんが病室から出ていったことで晴れて自由の身となった俺。

何やら妙な電波が見えたのでいざやってきてみれば、そこには怒り狂った人々とスバルにジャミンガー。内心で『やっぱり…』とは思っていたものの、いざ目の当たりにすると嫌なものだ。

 

ちょうど流暢にジャミンガーが語っていたところを暗殺してやったのは、イラっときたからだ。無論、後悔はない。吐かせるべきことは勝手に吐いてくれたのだから悔やむことはない。

 

素体となっていたのが人間かどうかはわからないが、命に関わりはしないだろう。

 

スバルの質問攻めを背中に聞きながら歩く。

 

だが、俺はとある人物が待ち構えているかのように立っているのを見て、立ち止まる。

 

「あれ、スバルくんに黒夜くん?」

 

「あれ…ツカサくん?」

 

「……」

 

疑問に疑問で返すスバルにツッコミたくなるのを我慢して無言でツカサを見つめる。

 

「買い物かい?」

 

何事もなかったかのように振る舞うツカサ。果たして演技なのか、そうではないのか。

 

なんにしても、スバルにヒカルの正体を聞かれてすぐに答えなかった理由はここだ。下手にヒカルの正体を教えてツカサに対して警戒を抱いて欲しくなかった。

 

「えっと、まぁ、そんなとこ?」

 

「俺を見て言うな」

 

「相変わらず仲がいいんだね」

 

「それで、ツカサは?」

 

「少し用事があってね。立ち話もなんだから、そこのカフェで話でもしていかないかい?」

 

まるで熟練した主婦のような立ち回り。実に巧妙である。ツカサが指差した先にあるのは、最近導入されたマテリアルウェーブの実験体を用いて作られたカフェ。

 

椅子やテーブル、置物の花などがリアルに再現されている。なによりも実体を持った電波として活用されているのがネックか。

 

普段は激混みのこのカフェだが、先ほどまで喧嘩していたせいで並んでいる人はいない。カップルや夫婦が並んでいたのだろう。喧嘩してそのままどこかへ行ったらし…え、ヒカルくんこれが狙いですか?

 

「お前…それはダメだろう…」

 

「ダ、ダメかな?」

 

上目遣いのツカサ。

 

知っているとも、少なくとも今の(・・)君に、害はないって…。

 



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双葉ツカサ

大変お待たせして申し訳ありません。
ちゃんと生きてますので…。

ちょこちょこ執筆しても4000文字いかないくらい。

次回はもうちょっとはやくあげられればと思います…。


フワフワと浮く椅子に腰をかけ、ストローを口につけてドリンクを飲む。チラリと横を見てみれば、嬉しそうな顔をしたスバルとツカサが会話を楽しんでいるご様子。

 

人には見えないだろうが、ウォーロックはトランサーから出てきてプカプカと浮いている。

 

欠伸をしている様子から非常に暇そうである。

 

周りのデンパたちがウォーロックをチラリとみて避けて行くのは彼の見た目がゴツいからだろうか。

 

君、おしゃれ空間には似合ってないってさ。

 

今ここでツカサのあれこれ暴露してしまってもいいんだが、この和やかな空気を壊すのは流石に気が引ける。空気が悪くなるというか…あれ、もしかしたら冗談だと思われるかな?

 

なにはともあれ、スバルにツカサが極悪人だと思わせるわけにもいなかないしね。

 

「それにしても、ここ最近表情が明るくなったよね」

 

「え? そうかな〜。自分じゃわからないけど友達が増えたから…なのかな?」

 

チラリとこちらを見てくるスバル。なんともキラキラした瞳である。

 

こっち見るんじゃありません。

 

「そのおかげで学校も楽しいと思えるようになったんだと思う。僕を連れ出してくれた委員長や黒夜くんがいなかったら、今も引きこもっていたよ」

 

『あはは』と苦笑いを浮かべるスバルにツカサは暖かいを笑みを浮かべていたが、すぐに真面目な顔に戻った。

 

それにしても、俺に対するスバルの信頼度が随分と高い件について。

 

「…差し支えなければなんだけれど、理由を聞いてもいいかな」

 

「ん?」

 

「今までキミが学校に来れなかった理由」

 

スバルはツカサの言葉をどう受け止めたのだろう。正直なところ、ツカサとスバルは大の仲良しというわけではない。仲良くなりはじめたところと言っても過言ではない。

 

何が言いたいかというと、『プライベートな部分に突っ込むのがはやくね?』ということである。

 

え?

ルナトリオ?

 

彼らはある意味爆弾だったのだ。

 

まあ、俺が言えたことじゃないか。

必要なことだったとはいえ、あれこれ挑発したのは申し訳ないと思ってます。

 

「父さんがね」

 

「うん」

 

「行方不明なんだ」

 

それでも言ってしまうのがスバルというのはわかっていた。

 

しかし、ここまで言えるようになったのはある程度ふっきれたからに違いない。生きている、死んでいると決めつけたわけでもないのだろう。

 

可能性を信じる。

 

言葉以上に難しいことだ。

 

「そっか…ごめん。聞いちゃいけないことだったよね」

 

「ううん、もう大丈夫。僕は今、元気だから」

 

チラリとこちらを見てくるスバルに小さくため息を吐く。

 

スバルが俺を見たことがツカサにもわかったのか、思い出したようにツカサが手を叩く。

 

「そうか。黒夜くん、キミも(・・・)だったね」

 

「ツカサと一緒というわけじゃないけどな」

 

「え?」

 

「僕もね、親がいないんだよ。黒夜くんのいう通り、一緒ではないけどね。僕には父親も母親もいないんだ」

 

「そんな…」

 

俺やスバルには母親が残っている。故に、愛情を一身に受けて育ってきた。

 

だが、もしも母親がいなかったら?

 

どうやって生きていけばいい?

誰が育てていけばいい?

 

幼い子ども一人で何ができるのか。

 

だが、それでもツカサは今日まで生きてきた。その苦しみは想像を絶するのだろう。

 

その原因が事故などでもなく、親の意思で捨てられたとあれば…。

 

親だけでなく、世界そのものを憎むことだって有り得た話だ。

 

「初めてキミを見たとき、そして黒夜くんを見たときに思ったんだ。僕たちは似ているって」

 

「黒夜くんとは少し仲良くなったと思う。スバルくん、キミともいろんな話がしたいと思ってる」

 

これはツカサの本心だろう。

自分と同じとまではいかなくても似た境遇の人間が、何を思い、どう生きてきたのか。

 

知りたいのだ。

 

「展望台から夜空を見上げるとさ、父さんを失った悲しみが和らいだんだ」

 

「スバルくんのお父さんは宇宙飛行士だったんだよね」

 

「うん。よく知ってたね」

 

「宇宙飛行士なんて、有名人だからね」

 

ん?

これは俺が大吾さんを知ってるのも誤魔化せそうな予感。

 

「最近じゃ、ニュースにも取り上げられるし、ドキュメンタリーもある。宇宙飛行士っていうのは密着取材とかもあるから情報は手に入りやすいんだよ?」

 

最後はまくし立てるように喋ったので語尾がおかしくなってしまったが、なんとかなるだろう。ウォーロックにはそう誤魔化しは効かなそうだが、スバルはいけそう。

 

スバルはチョロQ。

 

「そっか、そうなんだ」

 

「悲しみを癒す場所…黒夜くんは?」

 

「俺は原因がはっきりしていたからな〜。ひたすらウィルスを殲滅し続けてたよ。癒すというよりは暴走かな?」

 

あのときはただ荒れていた。

朝早くから家を出て、ひたすらに暴れまわりウィルスを殲滅し続け、夜遅くに帰る。

 

母さんには心配をかけてしまった。

俺だけが辛いわけではなかったのに。

 

俺の言葉にスバルが『うわぁ…』と声を漏らす。何を想像したのかは容易に予想がつくのでニッコリスマイルで黙らせる。

 

「ドリームアイランド。僕はそこによく行くんだ。なんと言えばいいんだろう…いや、実際に見てもらった方がいいかな」

 

「今から行くのか?」

 

「うん。バスを使えば遠くもないしね」

 

だが、きっとツカサが知りたいのはどうしてそうなったのかではない。

 

彼はきっと、未だに(・・・)もがき苦しんでいるのだから。

 

『今から行くのかよ…』なんてゲンナリした表情をしたウォーロックはガン無視しておいた。

 

気持ちはわかるけど、黙ってトランサーの中に入ってなさい。

 

▼ ▼ ▼

 

ドリームアイランド。

 

もともとは海しかなかったその場所を埋め立ててつくられた新たな土地。しかもゴミを捨てて埋め立てていくうちにできた敷地だ。

ゴミを海に捨てて偶然ではあるものの、土地を作った挙句、結局は娯楽施設でもなんでもないゴミ処理場を作って夢の島とはよく言ったものだ。

 

確かに公園は人気があるようで子どもにとっては夢の島なのかも知れないけどね。

 

ドリームアイランド…なんだろう。今日どこかで聞いた言葉だ。ツカサが言ってただけだったか?

妙に悪寒が走るのだが、これは後々の『スクラップにしてやるぜ』関連のせいだろうか。

 

覚えてないということは大したことではない。そう決めつけてバスから降りて歩く。

 

「この公園の奥に僕が連れて行きたい場所があるんだ」

 

公園にはたくさんの遊具が置かれているが、時間が時間なのでもう子どもの姿はほとんど見当たらない。

 

先へと進むに連れて見えてくるの花畑だろうか。いくつもの花が見える。しかし、一面の花畑というわけではなく、道の両脇に咲いているようだ。さらに奥へと進むと見えてきたのは、海が見える丘。

 

その丘から花を見下ろすようにツカサは立ち止まった。

 

「ここが僕の悲しみを癒してくれる場所」

 

「綺麗な場所だね」

 

潮風に吹かれた花々が揺れる姿はとても幻想的だった。

 

「次は公園の外に出よう。そこで僕の両親がいない理由を話そう」

 

「え、そんな無理しなくても…」

 

「いや、聞いて欲しいんだ。どうか話させて欲しい」

 

ツカサはそういうと一人公園の出口の方へ向かって歩いていく。その背中を見ながら俺はスバルの肩を軽く叩く。

 

「いいか、スバル」

 

「?」

 

「ツカサはツカサだ。これだけ、覚えておけ」

 

「???」

 

首を傾げるスバルの肩をもう一度叩き、ツカサを追いかける。後ろから小走りにスバルが駆け寄ってくるが、話すことはなかった。

 

PARKと描かれた大きな公園の出口を抜け、公園とは反対の方向へと進んでいく。

 

景色は大きく変わっていった。

 

ドリームアイランドができた経緯を知っていれば、納得もできようが、何も知らない人から見れば唖然とするだろう。現にスバルは鼻をつまみ、驚いた様子で俺の横を歩いている。

 

「この辺一帯のゴミの処理場。ここはそういう場所なんだ。僕は、ここで捨てられたんだ」

 

「え!?」

 

「驚いた? そう。僕は捨て子だったんだ。ほら、これが普通の反応だよ、黒夜くん」

 

「やめてよね、俺が異常みたいに言うの!?」

 

「キミは驚かないと思っていたけれど、やっぱり驚かないんだね」

 

「…両親がいない理由で考えられることなんて、そう多くない。あれかな、 俺は普通じゃないって言いたいのかな? こう見えて内心、びっくりしてるさ」

 

考えられるのは、事故死や行方不明などばかり。もしそうでなかったとしたら、育児放棄や失踪。こんなものだろう。

 

もとより知識として知っていたのが大きかったので、別段驚きはしなかった。

 

「10年前、赤ん坊だった僕はここに捨てられたんだ。発見したのは、ここで作業している分別ロボット。タオルに書かれていたツカサと言う文字から、僕はツカサと名付けられた。それが本当の名前かどうかは両親しかわからない。その後、僕は施設に送られた。そして今日に至る…というわけだよ」

 

ツカサはゆっくりとその場にしゃがみ、コンクリートでできた床に僅かに触れる。

 

「この話をしたのはキミたちが初めて。キミたちなら話してもいい。そう思ったんだ。さぁ、随分遅くなってしまったね」

 

ツカサはそのまま立ち上がると大きく伸びをして笑みを浮かべる。

 

「次は学校でたくさん話そう。委員長やゴン太がうるさいかもしれないけど」

 

「ふふ。そうだね。それじゃあ、僕はここで。黒夜くんも、またね」

 

ツカサはニコリと微笑んでその場を去っていった。

 

ここから先、起こることを朧げながらに覚えている俺は、ツカサを追いかけずに見送る。

ツカサが見えなくなって数分したあたりだったか、突然としてスバルと俺の電話が鳴り響く。

 

『よぉ、いい情報を教えてやるぜ』

 

「お前は…さっきの!!」

 

『スクラップに気をつけろよ…ククク』

 

スバルの方から聞こえてくるのは怪しげな男の声。一体何くんなんだ。

 

そして俺の方にかかってきた電話は…。

 

『…くーーろーーーやーーーーくーーーん???』

 

恐ろしい声で名前を呼ぶ、ミソラちゃんだった。



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ジェミニ

だいぶ早くあげられました。

まとまった時間って大事ですね。

次回は結構遅くなると思います…。


目が覚めたのは真上にあったはずの太陽が大分傾いた頃だった。人をダメにするクッションとはよく言ったもので、私は長い間眠ってしまっていたらしい。

 

まだ起きたくないと反抗する身体に言うことを聞かせて起き上がり、大きく伸びをする。

 

思い返してみれば、最近は暇があれば『お見舞い』と称して黒夜くんに会いに行っていた。だからだろうか、自分の時間というのは久しぶりな感じがする。

 

「まあ、お母さんから頼まれちゃったし…」

 

もちろん、無理に頼まれたわけではない。むしろ、その件については私自身も同意したい内容だったわけであって…。

 

『どうせ黒夜はなにか企むだろうから、いるときだけでいいからガンつけといてやって!』

 

黒夜くんのお母さんの言葉を思い出して口元を緩める。

『この親あって息子あり』とはまさに明星家のことを言うのではないだろうか。

 

こういうこともあって、黒夜くんへ会いに行くのに罪悪感は幾分か減った。

 

机の上に置かれていたトランサーが反応しているのを見つけた私は椅子に座ってトランサーを操作する。どうやら着信があったようだ。

 

「あれ? 黒夜くんのお母さん?」

 

どうやら黒夜くんのお母さんから電話が来ていたようだ。

 

…寝ていましたなんて恥ずかしくて言えない。

 

電話に出なかったからだろう。黒夜くんのお母さんからメールも届いているようだった。

 

電話に出ることができなかった謝罪の言葉を考えながらメールを開く。

 

「なになに…『ミソラちゃん。黒夜が病院から抜け出しました。いつの間にか、もぬけの殻になっていたそうなんだけど、何か知らないかな?』……」

 

まずは大きく息を吐き出す。こんな時はそう、鏡に向かってスマイルを浮かべる。

 

にっこりスマイル。

笑顔が一番。

 

「まずはお母さんに電話。それから黒夜くんに連絡を入れないと」

 

冷静に考えて、黒夜くんの病室から誰にも見つからず病室から出るなんてことは不可能だ。病室から電波変換で逃げ出すのも不可能。

 

ということは、病室から出て電波が通っているところで電波変換して逃げたと考えるのが妥当かな。

 

「あ、もしもし先ほどは出れなくてごめんなさい! はい、別段なにも…あ、でもすぐに見つけて…」

 

『ポロロン。ほんと、懲りない男なのね、あなた』

 

メールを見てから終始スマイルしか浮かべていないミソラをよそに、ハープはポツリと呟いた。

 

▼ ▼ ▼

 

そんなことがあって、電話がかかってきたらしい。

 

なるほど、ドリームアイランドの言葉はミソラちゃんから聞いたんだったか。なにはともあれ、長居をし続けてしまったのが仇となった。やってしまったと思っているし、後悔もしている。無論、母さんからのスーパーナックルは甘んじて受けよう。

 

ミソラちゃんからのショックノートは受けないけどね…!!

 

「とにかく、早く病院に戻りなさい!!」

 

有無を言わさない剣幕の声音が聞こえてくるが、あいにく、直面している現実は非情である。どこからもなく甲高いサイレンほ音と地面と何かが擦れる音が聞こえてくる。

 

音の大きさから、巨大な何かではなく、複数の個体から発せられるものだろう。

 

『フホウトウキ、ハッケン!』

 

『ショブンシマス!』

 

『フホウトウキ、タダチニ、ショブン!』

 

サイレンを鳴らしながら殺到してきたのは複数体の分別ロボ。遠くからもまだまだ音が聞こえる辺り、随分な数のお掃除ロボットがこちらへ押し寄せてきているようだ。

 

「く、黒夜くん!!」

 

『…スバルくん? スバルくんもそこにいるの? また私に内緒で事件に関わってる気配がする!!』

 

「話をしている暇はなさそうだな〜。じゃ、また後で!」

 

『あ、こら、話は終わってなーー』

 

こうして電話をぶち切りしたことによって、ミソラちゃんからのショックノート…いや、マシンガンストリングをおみまいされることは確定した。

 

勝っても負けても福はないらしい。

 

「とにかく、ウェーブホールを探せスバル!」

 

スバルにウェーブホールの方向を指差し、電波変換を行う。

ここら周辺のノイズ一体を吸い上げ、赤黒いノイズがいっきに俺を包み込む。ゴミ処理場というだけあって、意外とノイズが多かったようで結構な量のノイズが俺の力へと変換されていく。

 

それでもこれがゲームだったならばノイズ率は100%くらいだっただろう。

 

「う、うん! 黒夜くんは…そっか、関係ないんだもんね」

 

「おい、遠い目をするな。早く行け」

 

ビジライザーをかけ、ウェーブホールの方向に走っていくスバルを追いかけようと分別ロボットたちが動き始める。だが、そう簡単に思い通りにさせるわけにはいかない。

 

「流星サーバー、アクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

頭に浮かんできたバトルカードをすぐさまセットし、腕を横に大きく振る。別段、分別ロボットたちに何か起こったことはない。一瞬の静寂の後、姿を現したのは獅子舞の顔をした何か。手や足はなく、ただ地面に『ボトッ』という効果音を立てて姿をあらわす。

 

次の瞬間、大気を揺るがす轟音が響き渡る。

 

おかしなことに、分別ロボットたちは気が狂ったように目標である俺やスバルを見失い各々が奇妙な行動を取り始めた。

 

あるロボットは呆然と立ち尽くし、あるロボットは味方であるはずのロボットを解体しはじめ、あるロボットはサイレンを鳴らしながら明後日の方向へと去っていく。

 

これはバトルカード、トリップソングの効果である。

 

とあるウィルスの形をした機械が歌っている間、相手は混乱する効果を付与するバトルカード。

 

頭がおかしくなっていることを確認し、満足してウェーブロードへと上がる。

 

「お待たせ…うわぁ…」

 

ちょうど同時にウェーブロードに辿りついたらしい。スバルは地上の様子と俺を交互に見て、引き攣った顔を浮かべた。

『ノイズと相乗効果で気が狂いそうだぜ…』などと呟いているウォーロックのためにもあれは壊さなければならないだろう。

 

いや、もちろん、被害を出さないためにも上空からトリップソングを発生させているウィルス型の機械は破壊しないといけない。

 

バスターを連射し、破壊した後に残ったのは混乱から解放された分別ロボットたち。

 

だが、既にその場に俺とスバルはいない。

 

『原因はこの近くにあるに違いねぇ』

 

「ウォーロッくんのいう通り。やることはいつもと違いないよスバル」

 

ウォーロックの言うように、原因はまずこの近くにいる…またはあるだろう。まあ、わかりきったことではあるけどね。

 

「うん! サーチアンドデストロイだね!」

 

それにしてもスバル。引き篭もりだったときと比べ物にならないほど、随分と俗世に染まってきたようだ。

 

とにもかくにも探索…もとい、原因の捜索を始めた俺たちは、ついでにゴミ集積所の電波内のミステリーウェーブを根こそぎ拾っていく。リカバリー200やガトリング3などの有用性のあるバトルカードは全てスバルへと回す。

 

なにせこちらには流星サーバー先輩がついている。

 

X?

なにそれチートかな?

 

ここの電波にもともといるデンパたちは事の異常に気づいていないのか、はたまた狂っているのか慌ただしく自分の仕事をしているようだった。

話しかけようにも『ああ、終わらん終わらん!』と鬼気迫った様子で高速移動しているため話しかけられなかった。

 

途中にいたデンパショウニンからはHPメモリとスイゲツザンというバトルカードを購入。結構な額だったが、落ちているミステリーウェーブからゼニーも回収しているのでなんら問題はない。

 

HPメモリなんてはっきり言って無料と同じでした。

 

「ノイズ?」

 

随分と複雑に入りくんだ道を進んだ先にあったのは、集積したゴミを処分している建物。その一部から黒いモヤのようなものが発生しているのを見つける。

 

『確かにノイズだな。だが…』

 

クリムゾンが作れるような高濃度なものではなさそうだ。ウォーロックが言いたいのは、そこらに自然発生しているノイズと大差ないということだろう。

 

要は、人体や機械に大した影響はないということだ。

 

ここに来るまで、原因らしきものはなに一つなかった。もう随分と奥まで来ているといのに原因が見つからないということは、電脳の中に潜んでいる可能性も否定できない。

 

周波数を変えて電脳の中へと飛び込む。

 

中に入ってみれば、なにやら怪しげなデンパが3体。『ぐへへ』と言いながら密集している。まるで見つけてきたエロ本を集まって読んでいるような図に苦笑いを浮かべる。

 

こういう時は幸せなまま逝かせるのがいい。

 

「サーチアンドデストロイ!!」

 

スターフォースを使用し、アイスペガサスに変身を遂げたスバル。一瞬のうちに空へ飛び上がり、滑空して接近したスバルの左手から射出されるのは特大の氷の礫。

 

チャージショット、アイススラッシュ。

 

スバルもだいぶ戦いに慣れてきたようで、状態異常の重要さを理解し始めているようだ。

 

怪しげなデンパその1…ジャミンガAはそのまま妖しい笑みを浮かべたまま凍りつく。その余波に巻き込まれたジャミンガBとCも無事では済まない。

 

足元がガッチリと凍りつく。

 

「な!? ロ、ロックマン!?」

 

「なぜここがバレた!?」

 

相変わらず俺がガン無視なのはお決まりのようだ。もう慣れたけどね。

 

あと数発、叩き込んでこの件も終わり。そう思い込んだことこそが、フラグだった。

 

突然電脳の中に割り込んでくるデンパ。ただのデンパではない。目の前に突然とした現れたそのデンパは1つの電波体でありながら2つの顔を持っていた。

 

なりふり構っていられないと察知した俺は、流星サーバーから送られてきたバトルカードを確認する。しかし、毎度都合よく良いカードが送られてくるわけではない。

 

『この気配…!?』

 

「ッ!!」

 

舌打ちを一回して右腕を前方へ伸ばす。

 

ただのシールドでは一人分…俺しか守れない。多少電脳とデンパ体に影響が出るだろうが仕方ない。後でノイズを回収すればそれほどでもない。

 

「堪えろよ、スバル!!」

 

「えっ!?」

 

右腕のクリムゾンレギュレーターから高密度のノイズを発生、空間へと圧縮させてブラックホールに似た渦を作り上げる。

 

頭上から落ちてくる落雷は完成した渦の中へと轟音とともに閉じ込められた。

 

同じくクリムゾンレギュレーターで生成した紅黒い剣でそのブラックホールの渦を切り裂く。

 

擬似的なブラックエンドギャラクシー。

 

威力、ノイズ密度もともに、バトルカードで使うブラックエンドギャラクシーより明らかに低い。

 

それでもここらにいるデンパ体には悪影響に違いない。スバルとジャミンガーが片膝をつく。すぐにノイズウェーブ・デバウアラで一体のノイズを吸収する。

 

『チッ、楽にデリートしてやったものの』

 

「不意打ちなんて…やるじゃないかジェミニ」

 

『…化け物が』

 

人を化け物呼ばわりするんじゃありません。

 

「鏡を見てからどうぞ?」

 

顔が2つついたデンパ体…ジェミニに不敵な笑みを浮かべて睨め付ける。

 

『ジェ、ジェミニだと!? FM王の右腕と呼ばれる…雷神のジェミニ!?』

 

『貴様がアンドロメダの鍵を盗んだ大罪人、ウォーロック。こうして顔を合わせるのは始めてだな。いつまで動かないつもりだ。アンドロメダの鍵、奪ってみせろ!』

 

ジェミニから放たれた小さな落雷。その落雷の狙いは俺やスバルではなく、凍りついて動けないジャミンガー。その足元に落雷が直撃し、氷が砕ける。

直後襲いかかってくるジャミンガーBC。ジャミンガーAを砕いてもデリートされるだけだと判断したのだろう。

 

死体に鞭打つってほどじゃないけど、随分な上司である。

 

「スバル、一人一体! できるな!?」

 

「うん!!」

 

制空権はこちらにある。

ジャミンガーの物理攻撃が届かない高度まで一気に飛翔し、バトルカードをそれぞれ使用する。

 

使用するバトルカードはお互いスプレッドガン。

ただ、Xと3の差は歴然で弾を撃った直後の拡散量が桁違い。幾たびにも爆散する弾がジャミンガーを襲う。

 

自分で言っといて今更なんだけど、一人一体とは…。

 

ジャミンガーのバスターがこちらめがけて放たれるも、当たるはずもない。自由に空を飛び回り、難なく回避を繰り返す。

 

スバルはその間にジャミンガーたちの逃げ場をなくすべく、チャージショットを連射して逃げ場をなくしていく。

 

そうして出来上がるのが、氷パネル。

 

もっと、言ってしまえば、氷パネルに囲まれた(・・・・)ノーマルパネル。

 

「黒夜くん! とどめ!!」

 

いいですとも!!(・・・・・・・・)

 

スバルの掛け声に二人で大きく腕を振るう。

 

バトルカード…ホワイトメテオ、シルバーメテオ。

 

なにかが大気を揺るがした次の瞬間、岩の塊が俺たちの遥か上…宇宙からジャミンガーとジェミニに向かって容赦無く降り注ぐ。

 

ホワイトメテオ、シルバーメテオともに3×3マスに隕石を落とすバトルカード。だが、その落ちるマスはノーマルパネルのみ。だが、周りを極端に異常パネルで囲んで使用するとどうなるか。

 

答えは簡単だ。

 

ノーマルパネルにしか落ちないのだから、その場所のみに落ち続ける。

 

ジェミニは内心、『え、俺も?』と思っているに違いない。だってゲームでは電波変換してないから傍観しているだけだったもんね。

 

だが残念ながら、そこにいる君も射程範囲内だ。

 

砂の色と銀色の隕石が地上に向かって降り注ぐその様は、まさに世界崩壊の光景。

 

轟音が響いては電脳の一部が崩壊し、また轟音が響いては電脳の一部が崩壊する。もちろん、ジャミンガーとジェミニがいる範囲だ。

 

隕石が降り注いだその場所にいたであろうジャミンガーBCの姿は、もう見えない。その場にはデリートされてすらいないものの、傷を負ったジェミニの姿。

 

『な、なんて役に立たない連中だ』

 

『ケッ!! 人間と融合していない今のお前なんざ、ちっとも怖くないぜ』

 

『それもそうだな。ヒカルがいなければ、確かに不利。ここはおとなしく退くとしよう』

 

そうしてジェミニが去っていった。

デリートこそしなかったものの、ジェミニは手傷を負った。次に会うときは電波変換しているとはいえ、弱体しているに違いないだろう。



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双葉ヒカル

分別ロボットの機能を停止させ、外へ出た俺たちを待っているものは…とくに何もなかった。ジェミニの行方はさっぱり。ツカサはこの近くにいるだろうけどね。

 

これはまた違う案件だけど、ミソラちゃんが電波変換して鬼の形相で迫り来ると思っていた。

 

実際、そんなことなかったらしい。

 

「そっか、ミソラちゃんからだったんだ。連絡する手間が省けてよかったかな」

 

こんなことを言うスバルにはお仕置きが必要なようだ。

 

あとでゆっくりねっちょり考えておこう。

 

「おーーい!!」

 

そんなときに聞こえた声。遠くから手を振りながら走って来るその声の主は予想した通りの人物。どこに隠れていたのやら、息を切らした様子のツカサ。

 

「大丈夫だった!? まさか分別ロボットが暴走するなんて…」

 

「うん、びっくりしたけど大丈夫だったよ。ツカサくんこそ大丈夫だった?」

 

「僕は先にここから出て行ったからね。実際には分別ロボットは見てないんだ」

 

ツカサの言いたいことはつまり、あとで誰かから聞いた…ということだろう。

 

ジェミニは手傷を負ってるわけだし、今ここで何かするつもりはないだろう。このあとにヒカルが何かするだろうが、それは俺が釘を刺しておけばいいことだ。

 

こちらの力もある程度見せつけた。

行動は計画的に、慎重になるに違いない。

 

ツカサも今度は先に行くようなこともなく、足並みを揃えてバス停へ向かう。話す内容は学校のことばかり。宿題がどうとか先生がどうとか。

 

スバルは別段、ツカサに対して警戒心を抱いていないようだ。

 

今はこれでいい。最初からいろいろバラしてしまっていたなら、こうはならなかっただろう。

 

尚も相槌を打ちながら、2人を観察する。

 

「ねえ、ツカサくん」

 

「なんだい?」

 

スバルの声音がだいぶ下がる。それだけで、明るい話題から別の話題にしようとしているのが感じられる。それを感じたからだろう。ツカサも少し間をおいてゆっくりと、いつも通りに返事を返した。

 

「ツカサくんの話を聞いてからずっと考えてたんだけど…ぼ、僕とブラザーにならない?」

 

「ぶ、ブラザー!?」

 

「僕たちは境遇が似てるし、きっと分かり合えると思うんだ。過去の悲しみも今のことも…」

 

「…ありがとう、スバルくん。うれしい、うれしいよ。でも、僕は今まで誰ともブラザーなんて結んだことはなかったんだ。だからこそ、考えさせてほしい」

 

それだけではない。

ヒカルのことも、ジェミニのこともある。

 

「それに、僕には捨て子のことだけじゃないんだ。もっと大事な秘密もあるんだ」

 

「大事な秘密?」

 

「その秘密は僕にとってとても深刻なことで、ブラザーになるためには君に教えなくちゃいけない。でも、僕は怖い。君や黒夜くんに嫌われてしまうことが、とてつもなく怖い」

 

「ツカサくん…」

 

ダメだ。

こんな話を実際に(・・・)聞いてしまっては、話せない。確かに、ここでスバルにヒカルの正体を何もかも教えてしまえば、事前の対策だってなんでもできる。

 

だが、真にツカサとブラザーと呼べる関係を2人が結ぶならば、そんな情報は邪魔だ。本人から聞いた方がいいに決まってる。第三者…IFの世界とはいえ、結末すらも知っている邪魔者は不要だ。

 

気がつけばもうバス停は目の前。バスもすでに停車しているようで、ツカサはそのバスへと乗り込んで行く。俺とスバルの乗るバスとは方向が違う。

 

今日はここでお別れらしい。

 

バスのステップに登ったツカサが不意にこちらを振り返る。

 

「もちろん、2人を信用していないわけじゃないんだ。捨て子のことを話せるくらいだもん。ただ、まだ勇気がでない。1日だけ時間をくれないかな」

 

笑っていた。だが、その笑みは嬉しさとなにかの間で葛藤しているような、儚くも見える笑みだった。

 

 

▼ ▼ ▼

 

そう…僕には秘密がある。

 

誰にも話せない秘密。話そうとすら思わなかった秘密。だけどなぜか、彼らになら話してもいいと思える自分がいる。

 

スバルくんは素直で優しい。きっと僕が秘密を曝け出したって受けいれてくれるだろう。

 

黒夜くんはつかみどころのない人柄だ。なんというか、いつも飄々としている。優等生かと思いきや、授業をサボったり宿題を忘れたりする。そんな彼だからこそ、僕の秘密を知ったところで『だから?』と返してきそうだ。

 

捨て子だったと告白しても驚かなかった。

 

きっと受けいれてくれるだろう。

 

「でも、本当に?」

 

もしも受け入れてもらえなかったら。その『もしも』を想像してしまうのが怖い。現実になってしまうのが怖い。

 

『受け入れられるわけねえよ』

 

ああ、いつもの声だ。

 

「わからないじゃないか」

 

『いいや、俺にはわかるね』

 

君に彼らの何がわかるっていうんだ。

 

「おい、ここは立ち入り禁止だぞ!!」

 

突然大きな手が僕の肩を強引に引っ張る。

 

白く特徴的なマークが肩についた作業服。ここで働いている人だろう。

 

「まったく、近ごろはルールの守れないガキが多過ぎないか? 親の顔が見てみたいよ、まったく。ほら、帰った帰った」

 

その言葉に、僕の何かが切れた。

 

「親? 親だって?」

 

「どうせまともな教育を受けてないんだろ?」

 

そうさ。

教育なんてもの、受けてこなかった。

 

いなかった。

僕には誰もいなかった。

 

「その親ってやつが、いなかったもんでねぇ!!!」

 

まずは鳩尾に一発。

体格が違えど、人体ってのは狙えば確実にボロが出る。

 

蹲った男の顔面に膝蹴り。

 

「言いたい放題言いやがって。テメェでテメェを守れない雑魚のくせによ」

 

這いつくばった男の頭を足で踏みつけ、嘲笑う。

 

だが、全身の毛が逆立つような感覚に後ずさる。

 

「そこまでにしとけ、ヒカル」

 

「ッ!?」

 

知っている声だ。いや、()が知っているわけじゃねぇ。だが、それでも、俺もこいつを知っている。

 

明星黒夜。

 

時折現れる謎の電波体の正体。ノイズと呼ばれる異常な力の持ち主。さすがにそこまでのことをツカサは知らないが、俺は知っている。

 

「あー、こりゃまた随分とボッコボッコにしたご様子で…」

 

「ケッ、正義の味方のつもりか?」

 

記憶通り、真面目でありながらも軽いノリで奴は男の頬を細い木の枝でペチペチと叩き、気絶していることを確認している。

 

「まあ、お前もあいつだからな。その顔で暴力のオンパレードだとツカサに罪がいくわけだからな」

 

「…テメェ、どうして」

 

「知っている。ただそれだけだ。お前がジェミニ先輩と繋がって俺のことをよく知っているように、俺もお前らのことをよく知っているとも」

 

知られている。

(ツカサ)がこのことを話すわけがねえ。

 

いや、話すことなど何もないはず。

 

どこかで見られたとしか考えようがねえか。

「ツカサを出せ」

 

舌打ちをして意識をツカサへ譲るべく。目を閉じる。幸いここでことを構えるつもりは奴にはないようだ。その証拠に電波変換すらしない。

 

それに、ツカサがこいつと縁を切るためには秘密を知られたと絶望させる方が良い。

 

「…はっ」

 

あれ、何してたんだっけ。膝と指が痛いな。

 

立ったまま寝ていた?

そんなに疲れることしたっけ?

 

「ツカサだな」

 

不意にかけられた声に顔をあげる。

 

「黒夜くん…ッ!!」

 

そこにいたのは、とっくに帰ったはずの黒夜くん。

その足元には、気絶した男の姿。

 

見覚えがある。

 

そうだ、僕はこの人に怒られたんだった。

 

それでそのあと…そのあと?

 

「あ、あ、あぁ…またやったのか」

 

「俺が来たときにはそりゃもうボッコボコだった」

 

「これは、ち、違うんだ」

 

知られた。

知られてしまった。

 

よりにもよって現場を見られてしまった。

 

『ちがくねぇ。これはお前の身体がやったんだ』

 

頭の中に響く声。

この現場を作った、暴力を振るった張本人。

 

「そうだけど!?」

 

『お前が俺に主導権を渡したんだろうが』

 

「そんなことしてない!?」

 

黒夜くんには独り言を呟いてるようにしか見えない。

 

あぁ、知られてしまった。

 

「よく聞けツカサ」

 

頭を抑えていた腕が強引に掴まれる。

 

「ッ」

 

息を呑む。

どんな言葉を言われるだろうか。まずは警察かな。怒られるどころか、もうこれから関わってもくれないかもしれない。

 

そうさ、僕はとんでもなく狂った…。

 

怖い。

黒夜くんに嫌われるのが…黒夜くんを通じてスバルくんに嫌われるのが。

 

ようやく見つけた弱く細い繋がりが、切れてしまうのが。

 

「それでも、ツカサはツカサだ。だけどヒカルもお前(ツカサ)だ。ヒカルの気持ちもわからなくはない。言っとくが、スバルはお人好しだぞ? ヒカルだろうと更生しようと考える程度にはな」

 

「…」

 

「あとは、自分がどうしたいのか。お前の勇気次第だ」

 

黒夜くんは一言だけ、そういうと男を担いで消えた。

 

「ッ!?」

 

『チッ。気に食わねえ野郎だ。ウェーブホールなんて必要なしってか』

 

受け入れてくれた?

本当に?

 

『惑わされんなツカサ。所詮ただの言葉だ。お前が勇気を出したところで俺たちが受け入れられるはずねえんだ』

 

でも、それでも。

もしも本当に黒夜くんが受け入れてくれたのなら。

 

『忘れたとは言わせねえぞ。俺たちにとって、絆って言葉がどれほど憎いものなのか』

 

「忘れてない。もちろん、忘れてないよ。それでも、もしも2人が受け入れてくれるのなら…。本当に僕の勇気だけが足りないのなら…」

 

『…いいだろう。好きにすればいい』

 

「ありがとう、ヒカル」

 

勇気を…出してみよう。

 

▼ ▼ ▼

 

これでいい。

ヒカルの暴行こそ間に合わなかったが、結果としてツカサの背中を押すことができた。あとは企てられたヒカルの計画を頓挫させ、ジェミニをどうにかするだけだ。

 

気絶した作業員のおじさんはゴミ処理施設の作業室の隅…いかにもサボってそうな場所に処置を全て済ませておいてきた。

 

どこか痛いだろうが、目立った外傷もないしちょっと無理があるけど夢オチで決まりさ。

 

『いや、やっぱちょっと無理か』内心で何度も頷いて遠くの空に視線をむける。

 

…なんか、影の立役者になった気分だ。

 

まあ、これでスバルとツカサが無事にブラザーを結んでくれるのならこれほど嬉しいことない。

 

さぁ、あとはひっそりと病室に入り込むだけだ。

いや、むしろこっちの方が難しい。

 

最難関ミッションと言えるだろう。

 

巨大な病院の中をひっそりと移動し、何食わぬ顔でエレベーターに乗り、地下の病室へと入り込もう。

 

そう、問題は電波が遮断されているため、電波変換して忍び込めないことだ。

 

ここはしっかりとウェーブロードで対策を練ってからだな…。

 

「みーつけた」

 

「……」

 

背中を駆け巡るゾワリとした感覚。

 

聞き慣れた声。

 

肩に置かれた手。

 

ゆっくりと振り返…。

 

「ってやだーミソラちゃんじゃないですかー。なんだオバケかと思ったよ」

 

その言葉に目の前の女の子の血管に青筋が立った…ような気がした。むしろ、切れたかもしれない。

 

擬音で表すなら、『ブチッ』という音が実によく合うだろう。

 

「くーろーやーくーん? 今日という今日は許さないんだからね」

 

にっこりスマイルを浮かべている。どうやら怒り心頭らしい。

 

まずは頭を冷やすことが第一。

無言で冷却プログラムを起動させ、ミソラちゃん…ハープ・ノートの頭へと使用する。

 

『謝るつもりが煽ってしまった』と内心で反省したのも束の間。いつの間にか攻撃体制のハープ&ミソラちゃんの前にノイズシールドを展開。

 

「それじゃ!」

 

そして逃げる。

無論、攻撃だけ防いでノイズは全て回収。

 

「逃さないよーーー!!!」

 

しばらくとあるウェーブロードで音符とノイズが飛び交い、サテラポリスが随分慌ただしかったらしい。

 

だが、なぜか事件は起きていないそうな。



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2つの人格

ジェミニ編、これで半分くらいかな?

随分と長くなってしまいました。早くアンドロメダまで進めたい…。


『改めて言わせてほしい。僕と…ブラザーになってほしい』

 

「ほ、ほんとに!?」

 

飛び上がりそうな感情を声に出さないように抑えているスバルの様子を見ながら、欠伸をする。随分とまあツカサってやつと気があうらしい。

 

…だが、俺はそこまで奴を信用しちゃいねぇ。

 

ツカサってやつに限った話じゃねぇ。

 

明星黒夜もまた、俺にとってはある意味危険人物だ。

 

キグナスの一件で敵ではないことがわかったのは確かだが、奴のベールは未だに健在だ。

 

「うん…」

 

「嬉しいよ、ツカサくん!!」

 

「ありがとうスバルくん」

 

「じゃあ、早速これから会おうよ! どこで待ち合わせしよっか?」

 

「そうだね…ヤシブタウンはどう?」

 

「うん、わかった!」

 

『それにしても、随分と積極的じゃねえか』

 

「そうだね。僕も随分成長したってことかな。黒夜くんやみんなのおかげだよ。父さん、喜んでくれるかな…」

 

依然として黒夜の野郎は謎だらけ。

 

万に1つでも奴が敵に回れば、勝てるかどうか。

 

あのツカサってやつも妙な電波を感じる。

 

チッ…嫌な予感がビンビンするぜ。

 

▼ ▼ ▼

 

恐怖の逃亡(ケイドロ)の後、ミソラちゃんに現行犯逮捕された俺はいろいろな方からお説教をいただき、窓一つない無機質な部屋に投獄された。

 

敢えて言おう、精神的にフルボッコにされたと。

 

その後、何があったか根掘り葉掘りミソラちゃんに取り調べ(拷問)された。ミソラちゃんは始終ニッコリスマイルで『それで?』と先を促す姿がとても怖かった。

 

『もうやめて…もう黒夜くんのライフは0よ…』なんて言った際には無言でグーパンが来そうだった。

 

そんなことがあったのが、昨日。

 

退院が数日遅れるかと思ったものの、身体的に異常がなさそうなのと脱出する元気があるのならばと退院の許可がでた。

 

今日の昼前には退院できるだろう。

 

スバルに何か事が起こったら連絡するようにとは昨日の時点で連絡をしておいたので問題はないだろう。唯一気がかりなのは、現実であるが故に犯行時刻がわからないことだ。

 

スバルと共に行動していたならば、出くわすタイミングというものがある程度わかる。スバルにいちいち報告させると変人扱いされそうだし、なによりウォーロックが警戒するからね。

 

それにしても…。

 

「ようやくこの暇すぎる生活とおさらばか」

 

「暇だからって抜け出す奴があるか」

 

「みんな心配したんだからね」

 

「ぅ、大変ご迷惑をおかけしました」

 

母さんのチョップが直撃した頭をさすりながら謝る。ミソラちゃんは昨日たくさん怒ったからか、随分落ちついているようだ。

 

母さんの機嫌はしばらく治らないだろう。

 

「なにはともあれ! 退院おめでと、黒夜くん」

 

「まだ退院してないけどね」

「あ、そっか。じゃあまた後で言うね!」

 

ミソラちゃんの笑顔が眩しい。怖くない。

 

▼ ▼ ▼

 

時刻は10時24分。

連絡を受けて待ち合わせたバチ公前には休日というだけあって随分と多くの人が集まっていた。ヤシブタウンは入り組んでいる上に広いから待ち合わせるときは大体の人がここで待ち合わせをするらしい。

 

黒夜くんは今頃検査でもしている頃だろうか。

 

黒夜くんからは『ジェミニの件で何かあったらすぐに連絡をよこすこと』とあったけれど、昨日の今日で手を出してくることはないと僕は思う。

 

僕にとっては4人目のブラザーだ。

 

ブラザーバンドを結んだらどこに行こうと考えながら口元を緩める。

 

「ごめん、待たせちゃったかな?」

 

「ううん、僕も今来たところだよ」

 

ツカサくんは『そっか』と呟くて人差し指で頬を掻く。

 

「ブラザーなんて生まれて初めてだから僕、緊張してるんだ」

 

「初めてではないけど、僕も緊張してるみたい。すぐ結んじゃおっか、ブラザーバンド。でも、本当に大丈夫?」

 

ブラザーバンドを結ぶということはお互いの秘密を共有するということ。

 

教えられない秘密があると、昨日のツカサくんは言った。

 

『大丈夫?』という言葉の意図を察したツカサくんが、ゆっくりと頷く。昨日僕がブラザーバントの提案をしたときに見せた葛藤しているような表情はもうなかった。

 

「決めたんだ。君には僕のこと、もっと知ってほしい。だから大丈夫…うっ!」

 

「ツカサくん?」

 

「いや、なんでもない。さぁ、ブラザーになろうぜ、スバルくん」

 

「ッ!!」

 

違和感。

とてつもない違和感をツカサくんから感じる。口調が違う。目の前にいるのはツカサくんのはずなのに、ツカサくんではない別人な気がしてしまう。

 

『そいつから離れろ!! すぐに!!』

 

声とともにトランサーをつけている腕が急に僕を後ろへと引っ張る。もちろん、腕が勝手に後ろへいったわけではない。ウォーロックがトランサーから飛び出して僕を強引に引っ張ったのだ。

 

ビジライザーをかけ、ウォーロックに抗議しようとするが、ウォーロックはツカサくんを睨んで放さない。何かイタズラをしたわけではない。

 

真面目な表情だ。

 

『気をつけろスバル。あいつ、FM星人が取り憑きそうな人間と同じ臭いがしやがる』

 

「FM星人だって!?」

 

大きな声をあげてしまった口を思わず両手で塞ぐが、もうすでに遅い。僕の言葉は確かにツカサくんへと届いてしまった。

 

だがツカサくんは首をかしげるわけでも、疑問を口にするわけでもなく、ただニヤリと口元を怪しく歪めた。

違う、こいつはツカサくんじゃない。ツカサくんはこんな笑みを浮かべない。もっと穏やかで優しくて、それでいて少し寂しげな笑みを浮かべていたはずだ。

 

だけど、ツカサくんは目の前にいる。顔が似ているだけとかそんなレベルではない。同一人物なのは間違いない。

 

「もうでてきていいぞ、ジェミニ」

 

『待ちくたびれたぜ』

 

『ジェミニ!!』

 

ツカサくの横に姿を現したジェミニを見て、さらに戸惑う。ツカサくんはジェミニに操られているわけではない。

 

『どうやら、お前は明星黒夜と違ってこいつが多重人格ってことを知らないらしいな』

 

「た、多重人格?」

 

『チッ…あいつの言っていたことはそういうことか』

 

「どういうこと?」

 

『1人の人間に複数の人格があるってことだ。スバル、覚えてるか?黒夜の奴がドリームアイランドでお前に覚えておけ(・・・・・)と言ったことがあっただろうが』

 

ドリームアイランドで黒夜くんが僕に言った言葉。

 

ドリームアイランドの公園、その一番奥。綺麗な花畑の通路がある丘。

 

『いいか、スバル。ツカサはツカサだ。これだけ、覚えておけ』

 

黒夜くんは確かそう言った。

 

『こいつに複数の人格があるが、別の人格とツカサは別だってことを言いたかったんじゃねぇか?』

 

「わからないよね!?」

 

言葉足らずというか、もはやヒントですらないというか…。きっと黒夜くんクイズとかでヒント言うの苦手なタイプだ。

 

でもようやくわかった。

 

前のヤシブタウンでの騒動。あの犯人はジェミニの手下のジャミンガーだった。そして、電話してきた怪しい人物の名前はヒカル。

 

黒夜くんはヒカルという人物の正体を知っていた。だから、僕には言わなかった。

 

あのとき、ツカサくんはヤシブタウンにいた。

 

黒夜くんは言った。

『ツカサはツカサだ』と。

 

ツカサくんが悪者なわけじゃない。それだけは覚えておいてくれ。そんなことを言いたかったんじゃないだろうか。

 

「君がヒカルなんだね」

 

「ようやく、気づいたか。そこそこ頭はできるみたいだな」

 

『ケッ! 大方、俺の持っているアンドロメダの鍵を手に入れるためにツカサがお前に好感を持っていることを利用したんだろうよ』

 

大丈夫。

ツカサくんが、僕とブラザーになりたいと言ったのは決して嘘じゃないんだ。なら、僕にできることをやる。

 

「アンドロメダの鍵、それさえあれば俺たちの復讐が…まだ、甘いこと言ってんのかお前は!? そうだ。それしかないんだよ! 俺たちを捨てた親に復讐するんだろ!?」

 

まるで誰かと会話しているかのように口にするヒカル。頭を抑え、苦しみながらも忌々し気に僕を睨めつけてくる。会話をしているのは、僕たちではない。ヒカルの裏で出てこれないツカサくんがヒカルと対話しているのかもしれない。

 

「ダメだツカサくん! そんなこと!」

 

「テメェに何がわかるってんだ! 捨てられたわけでもなく愛されたテメェが俺たちを止めるんじゃねぇ!! そうだろツカサ。ああ、そうさ。やってやろうぜ。こい、ジェミニ!」

 

『電波変換』その言葉とともに、電気を帯びたように光が弾ける。全身を包んでいる光は分身するかのように二つに分かれていく。

 

光がおさまったその場所には2人の電波体の姿。

まるでそれぞれが別人かのように白と黒に分かれた電波体。片方だけがオレンジ色をしており、その腕からはバチバチとスパークが弾けている。

 

「ツカサくんなの?」

 

「ごめんねスバルくん」

 

小さくそう呟くて黒と白のそれぞれの体から+と−の粒子が散布されていく。

 

その光景を僕は知っている。何が起こるかも予想ができてしまった。

故に行動を取るのは素早かった。すぐに電波変換を実行し、ロックマンの姿となってこれ以上はやらせないという意思をもって2人の前に立ちはだかる。

 

『邪魔するんじゃないよ! そのチケットはあたしのもんだ!』

 

『うるせぇ! そのチケットは俺のなんだよ!』

 

『ぶっ飛ばされてぇのか!?』

 

『あなたこそ、そこに正座しなさいよ!!』

 

ブラザー同士による争い。ジェミニが散布した+と+、−と−の粒子が反発しあい強制的に争いを引き起こしている。広範囲に散布されたせいで、前回と同様に様々な場所で喧嘩が勃発しているようだった。

 

「今度の+電気と−電気は前回のとはわけが違う。俺たちを倒さない限り、奴らから電気の粒子が剥がれることはない」

 

ならばやることは簡単だ。こんな時、黒夜くんならばきっと話をしているうちに攻撃するに決まっている。

 

バトルカードをプレデーションする隙はない。

 

『チッ! ならすぐにでもぶっとばしてやるよ!』

 

ウォーロックの掛け声とともに腕の形状をロックバスターに変化させて撃つ。しかし2人は掌を翳し雷の盾を出してバスターを防ぐ。

 

「焦るなよ。戦う場所はここじゃない。アンドロメダの鍵をもってドリームアイランドの廃棄物置き場まで来い」

 

2人の姿が光に呑まれるようにゆっくりと消えていく。その間にもバスターを撃ってみるものの、もうすでに周波数が僕たちのものとは違うのかすり抜けるように命中することはなかった。

 

『おい、どうすんだ、迷ってる暇はねえぞ!』

 

「……」

 

眼前には多くの人が言い合いや殴り合いをしている。この惨状を放っておくことはできない。だけど、今この場で解決することは不可能だとヒカルらしき電波体はいった。

 

『おい、スバル!! まずは黒夜の野郎に…』

 

「…それはダメだ。もうこれ以上、黒夜くんに負担をかけるわけにはいかない」

 

『んなこと言ってる場合かよ!?』

 

確かに黒夜くんは連絡しろと言った。だけど、これ以上黒夜くんに負担をかけるわけにはいかない。

 

まだ入院している身なんだ。

たとえすぐに退院できるのだとしても、黒夜くんには自分の身を大切にしてもらわないと困る。

 

「僕が…僕たちで止めるんだ。こんなの間違ってる。ツカサくんも、ヒカルも止めなきゃ」

 

それに…ツカサくんの初めてのブラザーになるのは僕なのだから。



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自分の力で


お気に入りが1200を突破しました!
ありがとうございます!

ゆっくりですが、頑張ります!


『次のニュースです。ヤシブタウンにおいて、再びブラザー同士が争いを起こす事件が発生しています。すでにサテラポリスが派遣されているものの、事態は…』

 

そんなニュースを見たのは時計の針が12時を回ろうかという頃だった。

 

病院から退院し、家でニュースをつけてみればこれだ。

 

どうやら事件はすでに起こったらしいが、なぜかスバルからの連絡が来ない。スバルに電話をかけてみるものの、あの野郎電話に出ない。すぐに電波変換してヤシブタウンに向かいたいのはやまやまなのだが、俺の腕を楽器少女(ミソラちゃん)が掴んで離さない。

 

「さすがに放っておくわけにはいかない。離してよ」

 

「スバルくんから黒夜くんに一人で行かせないようにって言われたんだもん」

 

あのお人好しが…!!

 

なるほど、理解したぞ。これ以上俺に無理させないようにだとかどうしようもないお人好しを発揮したんだな。

 

1人でなんとかできる問題じゃないだろうに。

 

ジェミニの力は強大だ。FM王ケフェウスの右腕と呼ばれているのは伊達ではない。

 

「だから私は黒夜くんを行かせません」

 

全くもって、梃子でも動かないとはこのことか。なんとか腕を引き剥がそうとするが、顔を真っ赤にして離さない。

 

「それでもこの惨状を放っては置けないでしょうって…」

 

さすがに口を荒げようとしたその時、言わせないとばかりに俺の口元に人差し指を立てて止める。

 

「スバルくんは一人で(・・・)行かせちゃダメって言ってたんだよね〜」

 

「……」

 

ようやくミソラちゃんの言いたいことが理解できた俺はジト目で彼女を睨みながら溜め息を吐く。

 

言いたいことはわかるが、なんとも強かというか…。

 

「それで〜? 何か言いたいことはないかね、黒夜くん」

 

わざとらしくウィンクする様子にもう一度溜め息を吐く。

しかし、こうもスバルとミソラちゃんの思い通りに扱われるのもシャクな気がしてきたので、どこか遠くを見つめながら棒読みで呟く。

 

「…あ〜、この騒ぎを止めたいんだけど一人じゃ無理だな〜。どこかに手伝ってくれるハープ・ノートはいないかな〜」

 

「もーー! 素直じゃないんだからーー!!」

 

その後、美夜が買い物から帰って帰ってきた頃には2人の姿はなかった。

 

▼ ▼ ▼

 

ミソラちゃんに黒夜くんのことをお願いし、ドリームアイランドに向かって全速力で移動する。黒夜くんは確かに無謀無茶をしでかすけれど、ミソラちゃんという抑止力(ストッパー)がいるなら少しは安心できる。

 

ウェーブロードを伝っていけば、ドリームアイランドまでそう時間はかからない。

 

すぐに電波変換を解除して廃棄物置き場の奥に向かう。公園側には多くの人が集まっているようだけれど、ゴミ集積所や廃棄物置き場の方向に向かっていく人はいない。

 

ジェミニの件抜きにしても、こっち側はそうなのだろう。

 

奥へ奥へと進んでいくと道がなくなっていた。あるにはあるのだろう。だけど僕の体では動かすことなどできそうにもないショベルカーが道をすっぽりと塞いでいるようだ。

 

このショベルカーをどうにかしない限り、先には進めない。

 

黒夜くんならこのショベルカーごと壊してしまいそうだけど、さすがにそれはやってはいけないと心のどこかが警鐘を鳴らす。

 

「確かこの辺だと思うんだけど…」

 

昨日ツカサくんと話した場所まで移動してみると、作業服を着た男性がルーペを駆使して何かを探しているのが目にとまる。

 

「あの…ショベルカーが邪魔で通れないんですけど」

 

「え? あ、ああ、ショベルカーね。僕も今そのショベルカーを動かすカードキーを探しているんだ。見つからないとあれは動かせないようになっててね」

 

なんとも面倒な仕組みだ。

 

一緒になって探すこと10分程度か。他のショベルカーのショベルの下に落ちているカードのようなものを見つけると男性は『ちょっと忙しくてね。君が動かしといてくれるかい』と押し付けて去っていった。

 

職務放棄とはまさにこのことだな…などと思いつつ、カードキーと呼ばれたものをトランサーにスキャンする。

 

「ショベルカード…カードイン!」

 

拾ったショベルカードをトランサーで使用すると、道を塞いでいたショベルカーの上に黄色い電波体が姿を現わす。

 

『ドガガガガカッ!! 邪魔なものは俺のショベルがどかしてみせるぜ!! さぁ、レバーを動かすといい! ドガガガ!』

 

なんとも特徴的な喋り方をする電波体の言うとおりトランサーでレバーを操作してみると、レバーの動きに合わせてショベルカーが移動していく。

 

無事にショベルカーを移動させると役割を終えた電波体は消えていった。

 

『ズズズ…』という重い何かが引きずられてくるような音を聞いたのは、廃棄物置き場に足を踏み込んだ時だった。

 

『スバル、止まれ!!』

 

ウォーロックの声に走っていた足を急停止させる。僕の行くはずだった道には大きな音ともに、トラックに使われている大きなタイヤが崩れ落ちてきた。どのタイヤもボロボロだが、切っ先に巻き込まれれば流血沙汰になっていたに違いない。

 

またしても障害物ができてしまったが、今回ばかりはどうしようもない。

 

『スバル、ウェーブロードだ。微弱ではあるが、確かに電波が奥に綱がってやがる。電波世界から乗り込むぞ』

 

ウォーロックの言うとおり、ビジライザーをかけてみると途切れ途切れではあるもののウェーブロードが奥まで続いている。後ろを振り返ってみればウェーブホールも確かに見える。

 

しかもカードトレーダーSPがあるのも見える。最近溜まりに溜まっていたバトルカードを新しいものと交換するのも1つの手だ。

 

黒夜くんに嫌というほど渡されたスプレッドガン1もここで新しいバトルカードに生まれ変わるのならば文句はないはず…!

 

『あいつ、本当にそのバトルカード好きだよな…』

 

「精密射撃が嫌いだから、弾が別れてくれるのが嬉しいんじゃないかな」

 

随分と都合がいいとは思うけれど、あるものは使わなければ…。

 

その後カードトレーダーSPに取り憑いたトレードマンSPと名乗るデンパにカードを40枚ほど渡し、4枚のカードを手に入れた。

 

見送ってくれるトレードマンSPに手を振り返し、ウェーブホールから電波変換。

 

道が途切れている部分はアイスペガサスでも空を通り抜けることができないらしく、直しながら進んでいくしかなさそうだ。早速廃棄物の電脳へと入っていくと、なにやら怪しげに機械をいじくっているジャミンガーの姿。

 

どうやら廃棄物にジャミンガーが細工をしているせいでウェーブロードが不安定になっているらしい。

 

しかし、ここでも巨大なセキュリティウォールが邪魔をしてジャミンガーまでは辿り着けそうにない。

 

『タ、タイヘンデス〜!? ブルドーザープログラム ガ アバレダシマシター。ナカマ ノ チカラ サエ アレバ…』

 

「わかった、君の仲間を見つけてくればいいんだね?」

 

『オネガイシマス。コレヲ ドウゾ』

 

渡されたプログラムをインストールしてみると、トランサーの画面に《レスキューソナー》という名前と三角形の上に丸がついたアンテナが表示される。

デンパくんによれば、このアンテナが青く光るところにはなにもなし。黄色く光った場合には何かが埋まっているかもしれない。赤く光った場合は確実に何かが近くに埋まっているとのこと。

 

やることは簡単だ。

 

掘って掘って掘りまくる…!!

 

時折暴走したブルドーザーがこちらめがけてくるものの、ただ猪突猛進してくるだけ。スターフォースを使い、空を飛んで難なく回避する。ブルドーザーが通り過ぎたのを見計らってレスキューソナーを起動させデンパくんの居場所を探す。

 

どうやらミステリーウェーブにも反応するようなので、反応があった場所から手当たり次第にウインドウダンスでゴミを巻き上げ、掘り出していく。

 

1人はボロボロの車の近く、もう1人は画面が砕けたテレビの側からデンパくんを救出する。

 

3人が揃ったことによってブルドーザーの制御も元に戻った。あとはジャミンガーをどうにかすればこの不安定なウェーブロードもどうにかできるだろう。

 

言葉など不要。

 

サーチアンドデストロイの心情に基づいて空から一方的にジャミンガーを殲滅する。使用するバトルカードはレーダーミサイルとモアイファール。

 

未だに気づいていないジャミンガーに高い電子音と共にロックオンした巨大なミサイルがジャミンガーに向かって射出される。

 

『な、ロ、ロックマン!?』

 

こちらに迫り来る轟音にようやく気づいたジャミンガーだが、もう遅い。避ける暇もなくミサイルが直撃したのを確認して更に腕を振るう。

 

頭の上空から流星の如く落ちてくるのは丸いモアイの石像。重量は相当なものでウィルスだろうと電波体だろうと容赦なく押しつぶす。

 

「どうしてだろう…身体が軽い」

 

いつもより明らかに身体の調子が良い。いつもが悪いというわけではない。だが、いつもより間違いなく全ての威力が高い。

それに加えて、時折現れるウィルスやジャミンガーの攻撃がいつもよりはるかに弱く感じる。

 

潰されたジャミンガーに急降下して近づき至近距離からチャージショットを命中させ氷の氷像へと変える。

 

 

 

だが僕は知っている。

これは慢心だと。

 

『やるなら徹底的に』…黒夜くんの言葉忘れるわけにはいかない。

 

 

 

「前の僕とはもう違うんだ! ロック!」

 

『おうよッ!!』

 

空高く飛翔し、手の部分についているウォーロックを前に突き出し、猛スピードで氷の氷像(ジャミンガー)にむかって突進していく。

 

バトルカード…ジェットアタック2。

 

氷漬けにされて動けるはずもないジャミンガーをウォーロックの顔面(正義の拳)がいとも容易く貫く。バラバラに砕け散ったジャミンガーの破片が小さなプログラムの破片となって消えていく。

 

「ふぅ…」

 

息を吐いて腕で汗を拭う。

 

もうこの電脳に脅威はないだろう。

 

流れるような動きでジャミンガーを完全に消滅させた後はジャミンガーが弄っていた機械を元に戻してウェーブアウト。思った通り、バラバラになっていたはずのウェーブロードは完全に綱がり通ることができそうだ。

 

念のため空を飛んで移動してしまうのは黒夜くんの空飛ぶ姿をずっと見てきたからだろうか。

 

「先は随分長そうだね」

 

先へと進んでいくとまたしても道が途切れたウェーブロード。視界が明瞭なので先を見てみれば、どうやらまだ道が途切れたウェーブロードは控えているみたいだ。

 

待っててツカサくん。

全速力で突破してみせる!



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孤独を知る心 認める心

お久しぶりです。
黒夜くん抜きだとコメディ路線はあり得なかった…。

兎にも角にも、難産でした。

お待たせして申し訳ない。


廃棄物置き場の奥。

ウェーブロードを伝ってようやく辿り着いたその場所には先ほどとは比べ物にならない量の廃棄物があった。人が歩くこともできる足場さえ探さなければいけないほどだ。

 

だが、なぜか廃棄物が置かれていない一本の道がある。しっかりと整えられているわけではなく、小さな廃棄物などは道の上に無造作に置いてある。つい先ほどまでこの道も廃棄物で溢れていたはずだ。

 

まるでこの道を通ってこいと挑発されているかのよう。

 

電波変換したジェミニ・スパークは更に奥…階段を上った先に立っていた。

先ほどの口調から考えるに黒い方がヒカル、白い方がツカサくんなのだろう。

 

「ツカサくん…」

 

「ごめんねスバルくん。君とブラザーになりたかったのは本当なんだ。でもそれ以上に僕は両親が憎い」

 

憂いを帯びた表情で白い電波体が言う。間違いない。こっちがツカサくんだ。

 

「ぜんぜん理解できないよ!」

 

「君に理解してくれとは言わないよ。もう決めたことなんだ」

 

「僕は理解したい。君のこと、もっと理解したいよ。これから、もっと仲良くなれると思っていたのに…。こんなの間違ってる」

 

もう話すことなど何もないと言わんばかりに2人はその場に浮き上がると後ろに聳え立つように立っている電波塔の中へと消えていく。

 

ビジライザーをかけてみると電波塔のアンテナから、ヤシブタウンのときのように+と−の電子の粒子が拡散されるように飛んでいくのが見える。

あの電波塔もすでにボロボロ。廃棄物に違いないだろうが、無理矢理にでも電波塔としての役割は果たせるらしい。

 

『やべえぞスバル。あの電波塔を使ってあの妙な電気を拡散するのが奴らの狙いだ』

 

「くっ、急ごう!」

 

ウェーブホールから電波変換、電波塔の電脳へ入ろうとしたときトランサーが鳴り響く。

 

こんなときに…。

 

『あ、スバルくん!? た、大変よ…あ、ちょっと…』

 

電話をかけてきたのはミソラちゃん。

大きく向こう側で機械が揺れる音が響く。

 

『ようやく出やがったなこのスカポンタン!!』

 

気迫のある声に思わず息を呑む。この声は黒夜くんだろうか。いつものようなふざけてる声ではなく、どこか焦った様子がうかがえる。僕が勝手に行動を起こしたことを起こっているだろうか。

 

いや、今はそれどころじゃない。

早く電波塔を止めないと。

 

この声音は、どう考えても御立腹だろう。

 

『状況は最悪だ。ジェミニのやろう電波塔を使いやがったな!どこもかしこも喧嘩だらけ! 終いにゃ興奮した警察が銃を撃つなんてこともあり得る。最悪、死人が出るぞ』

 

こちらの情報を既に掴んでいるあたり、流石黒夜くん。小さくギターの音とバスターの音が聞こえるのは、彼らが戦闘中だからに他ならない。

 

「そんな!?」

 

『いいか、よく聞け。俺たちができる範囲で電波を抑える。ジェミニはお前がなんとかしろ。ツカサの野郎を一回ブン殴って、ついでにジェミニを氷漬けにして帰ってこい』

 

「っ…うん! 任せて!」

 

再度ガサゴソと何か擦れるような音。

 

『とにかーく!無理だけはしちゃダメだけど、勝たないわけにもいかないね! 任せたよ、スバルくん。次のトランサーに行くよ、黒夜くん!』

 

主導権を取り戻したミソラちゃんの声を最後に電話は切れた。

 

無理はしちゃいけない。

しかし、勝たないわけにもいかない。

 

言葉の中にそれとなく圧力があるように思えてならない。

 

…大丈夫、必ず止めてみせる。

 

◆ ◆ ◆

 

廃棄物の電脳の中は、やはり荒れていた。ただでさえ廃棄物で溢れていただろう電脳の中で縦横無尽に荒らしていくブルドーザー。ブルドーザーに巻き込まれて埋もれてしまったデンパくんを探しながら先へ進む。

 

だけど、いつもの例のごとくセキュリティーウォールに阻まれた。このセキュリティーウォールを突破するためにはどうしても仲間のデンパくんたちを探さなければいけないらしかった。

その奥にいるジェミニ・スパークの姿が見える。こちらを気にするそぶりなど見せずにジェミニ・スパークが機械に+と−の電子を放っている。

 

その姿が、とても気に入らなかった。

 

「ロック!」

 

『おうよッ!』

 

レスキュソナーでデンパくんが埋まっていそうなある程度の位置を把握し、ウォーロックにバトルカードをプレデーション。

 

「バトルカード、タイフーンダンス!! ウィンディアタック!!」

 

タイフーンダンスで廃棄物を撒き散らす。地面を抉るほどの回転とその遠心力を用いて放たれるカマイタチに似た突風。宙に浮いたデンパくんたちを確認して、アイスペガサスに変身し、一斉に救出する。

 

そのままデンパくんたちを仲間たちの元へと運び、セキュリティーウォールを解除してもらう。

 

ジェミニ・スパークの元に辿り着くのは一瞬だった。

 

「そこまでだよ、ツカサくん!」

 

「スバルくん…」

 

悲しげな表情で白いジェミニ・スパークが僕を見る。ツカサくん自身、自分が何をしているのか理解している。自分がやっていることによって、不幸になる人が出るかもしれない。

 

「だめだよ。こんなこと、君がやっちゃいけないんだ」

 

だからこそ、ツカサくんがこんなことをすることが気に入らなかった。

ロックバスターを構えて、ジェミニ・スパークを睨む。黒いジェミニ・スパークと白いジェミニ・スパーク。1対2で戦わなければいけないことは大きい。

 

だけど、僕は負けるわけにはいかない。

 

僕を信じて任せてくれた黒夜くんやミソラちゃんたちの分まで、戦わなければならない。

 

「僕は…僕のことを捨てた親が憎い。消えないんだ。どれだけ生活しても、どれだけ時が経とうとも、この憎しみは絶対に」

 

その気持ちがわかるとは、口が裂けても言えない。言ってはいけない。

僕がバスターを構えたように白いジェミニ・スパークも腕の形状を剣に変化させる。バチバチと弾ける音ともに伸びたその剣は、おそらく電気を帯びているのだろう。

 

天然のエレキソードってことか。

 

「その通りだツカサ。俺たちは許しちゃいけねえ。必ず復讐を成し遂げる。そのために、お前の持つアンドロメダの鍵が必要だ」

 

「僕は決めたんだ。復讐のためなら、君ですら利用してみせるって。立ちはだかるなら、容赦はしないッ!!」

 

君が決めたように、僕も決めた。

 

「僕も決めたよ、ツカサくん」

 

「いい加減、お喋りはやめようぜッ!!」

 

白いジェミニ・スパークの腕がロケットのように飛ばされてくるのをシールドで防ぐ。だが、次の瞬間、とてつもない殺気を感じて感覚を頼りに大きく右へジャンプする。

 

空中で身体をよじって元いた場所を振り返ってみれば、エレキソードを振り切った状態で黒いジェミニ・スパークが立っている。さらに追撃せんと、白いジェミニ・スパークもジャンプした僕に向かってエレキソードを振り上げる。

 

「空中だからといって回避できないわけじゃない!」

 

エレキソードをアイスペガサスの翼をはためかせて回避し、バスターを連射する。

 

だが、2人とも雷のシールドで阻むためダメージは入らない。

 

あのシールドを破れるだけの威力を出すには、力を溜めるしかない。

 

地上に降りれば、2人のコンビネーションでねじ伏せられてしまう。2人の息はぴったり。無言であれだけの動きをされてはたまったものではない。

 

ならば、空中から一方的に攻め続けるしかない。

 

チャージショットを溜めつつ、2人から飛ばされてくる腕を回避し、気を窺う。

 

「僕は、君とブラザーになりたいんだッ!!」

 

「そんな人と人の薄っぺらい関係!」

 

「ブラザーバンドは薄っぺらい関係なんかじゃない!!」

 

アイスショットは相手を凍らせる効果がついている。当たらなくても相手の動きを阻害することができる。ジェミニ・スパークが避けたとしてもその後ろには操られていた機械がある。

 

あれさえ、壊してしまえば、電波塔の役割を果たせなくなって各地で起こっている騒動も終息する。

ジェミニ・スパークが2人同時に腕をこちらは飛ばしてきたのをしっかりと避けて、バスターに溜められていた氷の礫を最大出力で発射する。

 

何度も僕の戦いを見ているジェミニ・スパークは、動きを止める効果があるのを知っている。予想通り、2人とも左に避け、後ろにあった電波塔の装置が文字通り氷の氷像と化し、動きを止める。

 

さらに2枚のバトルカードをウォーロックにプレデーションした、その時だった。

 

轟音。

大地を揺らすような轟音の後、気がつけば僕は落下していた。身体は…動かない。

 

何が起きたのか、理解はできる。雷に撃たれたのだ。避けたはずのジェミニ・スパークの腕が、戻ってくる時、二つの掌から強力な雷が僕の背中に直撃した。

 

ジェミニ・スパークが動揺しなかったことが理解できなかった。だが、地面に衝突してようやく理解する。

 

誘われたのはこちらだったのだと。

 

肩から腕をぴったりとくっつけて空へと伸ばしている2人の身体から、今まで見たことがない出力の電気が弾けているのが見える。おそらく、ああして2人で身体をくっつけることで起動するタイプ。

 

「ペチャクチャ喚いた挙句、こんなガラクタ壊したくらいでいい気になりやがって、バカが」

 

「アンドロメダの鍵さえ手に入れば、こんなもの必要ないんだよスバルくん」

 

飛ばした腕が2人の元へと戻っていき、何事もなかったかのようにくっつく。ゆっくりと近寄ってくる2人。黒いジェミニ・スパークは嘲笑うように口元を歪め、白いジェミニ・スパークは倒れ臥す僕に向かってエレキソードを振り上げる。

 

「教えてよ、ツカサくん」

 

「なんだい?」

 

エレキソードをふりおろそうとした白いジェミニ・スパークの動きが、止まる。

 

「どうして裏切るはずの僕に秘密を話したの?」

 

「……」

 

「裏切るつもりなんて、なかったんでしょ。本当の最初は、ブラザーになりたかったんだよね」

 

「……」

 

「沈黙は肯定の証だ…黒夜くんがそう言ってた。だったら、尚更、僕は今ここで引き下がるわけにはいかない。諦めないよ、ツカサくん」

 

僕を見つめる白いジェミニ・スパーク。

 

だが、この瞬間、わかってしまった。

 

瞳を閉じる。

 

「やれ、ツカサ」

 

頭上にあげられていたエレキソードが勢い良く振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

「何をしている…ツカサ」

 

だが、止まった。

 

「どうして…どうして君はッ!!」

 

目を見た途端、わかってしまった。ツカサくんは、まだ僕を斬る覚悟ができていない。彼は僕を斬ることができない。

 

復讐ってなんだろう。

 

「どうして? 決まってるじゃないか。僕は、君のブラザーになる男だ」

 

ツカサくんの母親に対する復讐は一体なんなんだろう。ツカサくんが僕に打ち明けてから、ずっと考えていた。

 

復讐なんて決していいことじゃない。なんとなくそれはわかる。特に、見ず知らずの誰かを害することは復讐にならない。なぜなら、関係ないから。

 

だからこそ、今君がしている復讐の形が違うと思った。

 

「ツカサくん。君が両親を憎むことを僕は止めない」

 

君の気持ちは君だけのものだ。

 

「僕は…」

 

「ミソラちゃんの時もそうだった。憎い人はこの世界の全ての人じゃないんだ。誰だって、必ず側で笑ってくれる人がいる。最初は僕だって1人だった。けど、今では側で笑ってくれるみんながいる」

 

こんな僕に、黒夜くんや委員長、ゴンタ、キザマロ…みんなが寄り添ってくれた。何度も突っぱねたのに、鬱陶しいくらいつきまとってきた。

 

いつの間にか、僕は笑っていた。

 

ブラザーなんて薄っぺらい存在だと思っていた僕が、ブラザーバンドに頼るようになっていった。

 

「僕は…僕にはッ!!」

 

確かに、学校に行くようになってから感じてはいた。ツカサくんが誰かと話をしているところをあまりみないって。黒夜くんと時折話すくらいだろう。

 

ただ君が無口なわけじゃない。

 

言いたいことはわかる。

君にはいないと言うんだろう?

 

「いないなら!!!」

 

「ッ」

 

「さっきから言ってるよ。僕がなるって。両親を憎む君で構わない。君が一歩を踏み出す、その力になるブラザーに!!」

 

麻痺が完全に解けたのを確認し、思いっきり足に力を込めて立ち上がる。頭上には、白いジェミニ・スパークの頭。頭突きの要領で思いっきり頭をぶつけ、悶えつつも翼をはためかせる。

 

使用するのは、雷を直撃する前にあらかじめプレデーションしておいたバトルカード。

 

「行かせるか!!」

 

黒いジェミニ・スパークがエレキソードを振るうが、ギリギリ僕が空に飛び立つ方が速かった。

 

ダメ押しの一撃にと考えてプレデーションしたはずなのに、なんだかかっこ悪い。

 

だけど、それでいい。

 

螺旋を描き、回転しながら遥か上へと登っていく。

 

「今の僕の全力全開。今こそ君にぶつけるよ、ツカサくんッ!!」

 

狙いは外さない。絶対に外せない。

 

特徴的な魔法陣が、浮かび上がる。

 

全ての力を四肢に込め、大きく全身を仰け反らせる。僕の周りを氷の礫が円を描きながら集まっていく。氷の礫が一斉にジェミニ・スパークの足元に移動し、回り始める。氷の礫の量は、とどまることを知らずに増え続けていく。

 

「バカな、こんなことが!?」

 

脱出をしようと試みているようたが、それは不可能だ。たとえどれだけの電撃をあびせようが、礫を壊そうが、空いた穴わ即座に新しい礫がカバーする。

やがて氷の礫でジェミニ・スパークを完全に包囲し、溜め込んだ全ての力を解放するように左手以外(・・・・)の腕と足を放つ。

 

「マジシャンズ・フリーズッ!!!」

 

途端、世界が変わった。

 

美しくも儚い、白銀の世界。

 

氷の礫と氷の礫が、結合し、突き出すように氷の表情が姿を現し、ジェミニ・スパークを閉じ込める。

 

だが、まだ終わらない。

今回のダメ押しの一撃は二段構え。

 

「うぉぉぉぉぉぉ…」

 

まだだ。

まだ僕の左手が残っている。

 

今こそ、解き放つ時。

 

「メテオライトバレッジッ!!!」

 

流星の如く放たれた強大な青いエネルギー弾。ロックバスターの射出口から放たれたエネルギー弾は、発射された途端に8つほどに分裂し氷像となったジェミニ・スパークの分厚い氷を削る。1つ、2つ、3つと直撃するごとに削られていき、遂にはジェミニ・スパークの上半身の部分だけが氷からあらわになる。

 

「明星黒夜さえ、貴様から遠ざければ…こんなはずではなかった!!」

 

白いジェミニ・スパークはすでに意識が飛んでいるようだが、黒いジェミニ・スパークは未だにどうにか抜け出そうともがいている。しかし、やはり抜け出すことは叶わない。

 

氷を削っても尚、降り注ぐエネルギーの弾が、ジェミニ・スパークの身体を撃ち抜いた。

 

◆ ◆ ◆

 

ジェミニ・スパークの電波変換が解けたとき、そこにはツカサくんの姿だけだった。やはり、ヒカルは電波変換したことによって思いのままに動かせる身体を得たようだ。

目を覚ましたツカサくんの顔は、憑き物が取れたように清々しいものだった。

 

「ヒカルは今、かつてないほどに弱ってる。完全に力を使い果たしたみたい」

 

「そっか」

 

「ありがとうスバルくん。こんな僕に、君を裏切ったはずの僕に、もう一度ブラザーになろうと言ってくれて」

 

ツカサくんに裏切られたとき、正直、疑心暗鬼にはなった。

 

けれど、不思議と僕の心は折れなかった。

 

「その口ぶりじゃ、やっぱりブラザーにはなってくれないんだね」

 

問いかけた言葉にツカサくんは目を閉じて頷く。

 

「うん。今はまだ」

 

「そっか」

 

「僕は、君を裏切った自分自身が許せない」

 

だが、決して悲観的な眼差しをしてはいなかった。僕を裏切ったときの決意をした目とも、また違う。

 

「だから、待っていてほしい。僕が、自分の心と、ヒカルと決着をつけるときまで。それで…決着がついたら、僕からもう一度言わせてほしい」

 

それは願いだった。

 

決意ではない。

 

ツカサは今日という日を忘れることはないだろう。

 

自身が絆を結ぶ相手を裏切ると決意をして尚、斬ることができなかったこの日。

 

裏切って尚、もう一度絆を結ぼうと口にされたこの日。

 

これから彼は何度も揺れ動くだろう。両親を憎み、世界に対して手を挙げることもあるかもしれない。

だが、彼は『だけど、それでも…』と彼は踏みとどまることができるだろう。

 

 

 

 

 

『僕と、ブラザーになってくれませんか…ってね』

 

 

 

いつか本当の親友となる友と絆を結ぶ、その日のために。




「起動しろ、アンドロメダ」

対峙して、恐怖を感じた。明らかに次元の違う存在。敵対したくないとさえ思えてくる。

「これが、今回の一連の事件のラストだ」

「行こう、黒夜くん」

「君が帰ってくるの、待ってるから、ずっと」

重力を無視して全てを紅黒い光が包み込んでいく。宇宙ステーションにあるすべてのノイズが宙に浮かぶ1人の少年の掌、その上の小さな球体へと吸収されていく。

「生き残る、必ず。ここでお別れなんてわけないからな」

黒を彩る瞬く星。地球からは決して見ることのできない小さな星。こうして今流れる紅黒い光も地球から見ることは叶わないのだろう。

次章
FM編最終章『そして流星は流れる』


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FM編 最終章 そして流星は流れる
戦いへの序章


おそらくこの章が、一番長くなるかと思います。

FM編最終章、スタートです。


オックス、キグナス、ハープ、リブラ、オヒュカス、ジェミニ。

 

自身が送り込んできた戦士たちがついに全滅したことに表情を険しくする。ハープに至っては、地球が気に入ったなどと戯言をほざいて寝返る始末。

 

「やはり、信頼できるのは余のみか」

 

今に見ているがいい。

ウォーロック、地球人ども。

 

余自らの手で葬られること、光栄に思うが良い。

AMプラネットの時と同様、死の星に変えてくれよう。

 

「だが、時はまだ満ちぬ。アンドロメダよ…もう一度その力を振るうがいい」

 

地球から遠く離れた電脳世界でFM王は静かに牙を研ぐ。

 

◆ ◆ ◆

 

ツカサの一件から一週間もの時が経った。

 

ツカサは忽然と姿を消した。

スバルから話を聞いた限り、お互いスッキリとした別れができたらしい。その結果なのか、原作のようにスバルが病むことはなかった。今日もきっと元気に学校へいっているのだろう。

 

俺とミソラちゃんはヤシブタウンにて暴徒と化していた人々の+と−の電子を取り除き続け、なんとか死者を出さずに事なきを得た。あと少しスバルがジェミニを倒すのが遅ければ、誰かが包丁で刺されてもおかしくなかった。

 

というか、誰がいつどこで死者となってもおかしくはなかった。

 

現場のサテラポリスは俺とハープ・ノートことミソラちゃんが事件の首謀者だと勘違いして攻撃してくるし、取り除いても電波塔からどんどん電子が飛んでくるし、なんかもうてんやわんやだった。

 

家に帰ったら我が母の熱烈なお説教が俺の生気を限りなく0に削ったのは、未だに記憶に新しい。

 

そんな心の傷を癒すために、俺は優雅にブレックファーストを楽しんでいる。楽しんでいるのだが…。

 

「ところで、君はどうして俺の元にいるんだウォーロックン」

 

青い怪獣みたいな電波体が目の前で真面目な顔でガン見していれば、気分も変わる。

スバルが病まなかったことによって、ウォーロックが壮大な家出をすることもなかった。2人とも元気そうで本当になによりである。

 

『だからウォーロックンはやめろと…ケッ、まあいい。近々、この星に何か異変が起こるかもしれねぇ」

 

穏やかならぬ雰囲気に、口をつけようとしていたティーカップを置く。

 

「…暇人ではなく、真面目な方だったか。アンドロメダが目覚めるのか? だが、あれには鍵が必要だろう」

 

アンドロメダ。

FM王の最終兵器と言わしめる電波生命体。

それは正しく規格外の化け物。

 

『失礼な奴だぜ。だが、やっぱ知ってやがったな。どこまで知ってやがる』

 

「アンドロメダという名前と姿形、データ上の実力…といったところまでだな」

 

ゲーム内での話だが…。

 

『そんだけ知ってれば、奴の脅威が十分わかるだろう。まだ事が起こるわけじゃねえが、注意を促すに早いも遅いもねぇからな』

 

ウォーロックの言葉は十分理解できる。注意喚起に早いも遅いもない。

だからこそ、俺もこの一週間、大義名分をもってして学校をさぼ…打てる手を打っておいた。

 

断じて学校が面倒臭いとかそんなことはない。

 

「安心しろ…とは言えないが、打てる手は既に打ったさ」

 

そんな時、俺のトランサーから甲高い音が鳴り響く。この着信音は、電話機能だ。

 

「なるほど、理解した…っと、すまん電話だ」

 

既にジェミニ・スパークの一件から一週間。タイミングとしてはこれくらいだろう。ミソラちゃんがこの時間に電話をかけてくることなんてないし、思い当たるのは1人だけだ。

 

『黒夜くん…だったかな』

 

天地研究所の主任、天地さんだ。

俺はジェミニ・スパークの一件の後、天地さんに予言に似た言葉を送っていた。

 

「ああ、天地さん。どうもです。この電話が鳴ったということは、来ましたか」

 

『宇多海に張り付かせていたんだが。君の言う通り、電波を受信した。宇宙ステーション絆…大吾先輩が乗っていた宇宙ステーションの電波だ』

 

まあ、覚えていたことを言っただけだ。

 

狙いは一つ。

 

いつ事が起こるかをできる限り把握するため。

 

いつかスバルやミソラちゃんに今までのことを説明する時が来るだろう。

 

その時はなんで答えよう。

 

転生しましたじゃ笑われるか?

パラレルワールドの結末…まあ、間違ってはいないかな。

 

「了解しました。その事が聞けただけで十分です。ええ、はい明日ですね。スバルにも…はい、お願いします。失礼します」

 

いよいよ、本格的に動き始めるに違いない。ゆっくりと目を閉じて、目を開く。

 

さて、ウォーロックにも少しだけ話をしておく必要があるだろう。

 

目の前にいるウォーロックが不思議そうな顔で俺を見ているのを見て、口を開く。

 

さしあたって、まずはやはり、単刀直入に言っておこう。

 

「動き出すぞ。これが最後の戦いだ」

 

黒夜が生まれ、ミソラと出会い、スバルと出会い、ウォーロック、ゴンタ、キザマロ、ツカサ…多くの人と出会った一連の物語がついに終わりを迎えようとしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

『君に伝えたいことがある。明日、天地研究所へ来て欲しい』

 

随分と仰々しい内容のメールを僕のトランサーが受信したのは昨日のことだ。学校をサボりにサボる黒夜くんへの愚痴を委員長から聞いてる最中、天地さんから送られて来た。内容について返信をしても、『とにかく来て欲しい』の一点張り。

 

いつもこういう内容の時は『それは来てからのお楽しみだ』みたいな茶目っ気がある言い方をする天地さんが、ここまで素っ気ない返事を返すのは何かある。

 

どちらかと言えばいいニュースではなく、悪いニュース。

 

そんな予感がして僕は天地研究所にいる天地さんの元へと向かった。

 

「来たか、スバル」

 

「よく来たね、スバルくん」

 

辿りついた天地さんの部屋にいたのは、天地さんとサテラポリスの五陽田さん。そして、黒夜くん。

 

「黒夜くん? 黒夜くんがどうしてここに?それに五陽田さんまで」

 

僕の質問に黒夜くんは答えない。黒夜くんが天地さんをチラリと見る。天地さんはゆっくりと頷いて口を開く。

 

「順を追って話そう。ちょうど一週間前、黒夜くんから電話がかかってきたことが始まりだ。内容は、これからしばらく絶対にレーダーを切らず、厳戒態勢で確認して欲しいというものだ」

 

「もちろん、意味がなく言ったものじゃない」

 

「まさか、僕もこうなるとは夢にも思っていなかった。黒夜くんは僕にこう言ったんだ。『宇宙ステーションきずなから認識シグナルが送られてくる。来たら電話してくれってね』」

 

「それって!?」

 

驚愕して黒夜くんを見る。

今まで、いろいろおかしいとは思っていた。どうして父さんのことをそんなに知っているのか。どうしてFM星人たちを見ても何も驚かないのか。いつもいつも事件に対して先回りすることができているのか。

 

今回の件で確信した。

 

これは異常だと。

 

黒夜くんには秘密がある。

間違いなく、誰にも言っていない彼の奥底に封じ込められている秘密が。

 

「そうだ。君のお父さん…星河大吾先輩が乗っていた宇宙ステーションだ。そして、その信号が徐々に地球に近づいて来ていることも確認されている」

 

「じゃあ、父さんは!!」

 

生きているんじゃないか。

 

その言葉を最後まで言うことはできなかった。

 

「すまないが、スバルくん。それは考えにくい。そして、今地球は危機に瀕している」

 

「…そんな」

 

「今やあのステーションは巨大なゼット波のカタマリ。地球に衝突すれば、間違いなく電脳社会は崩壊するだろう。極め付けは…天地さん」

 

五陽田さんの言葉に頷いて、天地さんがレーダーの機械を操作し始める。ノイズが混じったようなザーザーとした音が、徐々にクリアになっていく。

 

『地球人たちに告ぐ』

 

やがて聞こえて来たのは、声だった。

 

『余は、FMプラネット王。地球は余の手によって滅ぼすことにした。誇りに思うが良い。貴様たち地球人は王たる余によって滅ぼされるのだかーーーー』

 

FM王。

すなわち、今まで戦って来たFM星人たちの長。

 

「これは明らかな宣戦布告なのだよ、スバルくん」

 

「FMプラネットと言えば、大吾さんがブラザーバンドを結ぼうとコンタクトをとった星。すべては繋がっていたんだ、スバル」

 

黒夜くんが何かを悟ったように言った途端、轟音とともに大地を何かが揺らす。ガラガラと棚から機器が崩れ落ち、スパークするように電気が弾ける。一部の蛍光灯が割れ、部屋から明かりは消えた。

 

途端、身体に変化を感じた。

 

「黒夜くんの言う通り、ゼット波が異常なまでにこちらに集まっている。本官はこれより、アンチゼット波エネルギーの充電にとりかかる。少しばかり苦しいと思うが耐えてくれ!!」

 

暗闇の中で五陽田さんはそういうとトランサーを操作する。

 

身体の変化は徐々に強くなっていく。割れていない蛍光灯に再び光が灯ったころには、黒夜くん以外のみんなが苦しみ始めていた。無論、そこには僕も含まれている。

 

しかし、この感覚には覚えがある。

 

黒夜くんの高濃度ノイズを浴びたときの息苦しい感じ。そのときのものとよく似ていた。

 

『当たり前だ! 身体の構造を無理矢理電波体に変えようとしてやがる…!』

 

足が地面から離れる。

 

身体が重力という地球の法則から外れようとしている。生きとし生けるものもの、全てに干渉する地球の法則から外れるということは、既に人間という存在から逸脱しはじめた証明に他ならない。

 

そして、とうとう世界が変わる。

 

正確に言うならば、僕たちが普段生活している世界にもう一つの世界が付け足されていた。

 

即ち、電波の世界…ウェーブロード。

 

「ビジライザーをかけていないのに!?」

 

「こ、これは!?」

 

「ゼット波が測定不能だと…こんなことは始めてだ。本官は急ぎ戻ります!」

 

ただ、唯一変化がない黒夜くん。

 

「わかっただろ。ウォーロック、お前は一旦…」

 

『…なるほど、ハープが知っているお前の秘密の一端はこれか』

 

「いや、初見で気づく方がおかしいんだよ。何度も言うが、俺は人間だ」

 

『ケッ、まあいい。お前の言う通り、騒ぎになる前に俺は出ていく。スバルを頼むぞ』

 

「ああ」

 

トランサーからウォーロックが去っていったのを感じ、苦しいながらも黒夜くんを見る。だが、黒夜くんは首を振るのみ。つまり、この現状を彼にはどうしようもないのだ。

 

「ぜ、っと波、イレイザー…!!!」

 

苦しそうな表情ながらもトランサーを天高く掲げる。五陽田さんのトランサーから眩い光が放たれる。視界は真っ白く塗りつぶされ、浮いていた身体が急に重力に押し潰され、地面に衝突する。

 

光が収まり、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 

視界に捉えていたはずのウェーブロードは消え、元どおりの研究室。どうやらなんとか事態は収集したらしい。けれど、そう簡単にいくはずもない。

レーダーを確認して見ると地図上にいくつもの光る点が存在している。

 

日本では1つ。

 

日本以外では4つ。

 

「天地さん、日本の他の場所はどこですか」

 

「一番近くだとヤシブタウンだ。この研究所も全力を挙げて対処にかかる。黒夜くん、ありがとう!」

 

ヤシブタウンと聞いて、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

颯爽と去っていった天地さんと五陽田さんの背中を見送り、黒夜くんを見る。

 

黒夜くんは無表情のまま、どこか遠くを見つめた後、僕を見る。

 

「ヤシブタウンのことは心配するな」

 

『心配するな』と言われても、無理な話だった。

 

「心配するなって言われても母さんが!! 黒夜くんのお母さんだって!!」

 

ヤシブタウンには、母さんが出かけているのだ。母さんだけじゃない。今朝、母さんは言った。

 

『今日は深夜ちゃんとヤシブタウンにショッピングなの。楽しみだわ』

 

黒夜くんのお母さんだって、ヤシブタウンにいるはずなのだ。

 

それなのに、落ち着いた顔で黒夜くんは口を開く。

 

「大丈夫だ。もう終わるはずだ」

 

「終わる? 黒夜くん、何をいって…」

 

「来るか。屋上に行くぞ、スバル」

 

何も言わずに天地さんの部屋から出て行く黒夜くんを追っていく。こんな時に、ウォーロックは一体何をしているのだろう。さっきの口ぶりからして、黒夜くんが事前にウォーロックに何か話をしていたのかもしれない。

 

黒夜くんが学校をサボっていたのも、何か必要なことがあって…?

 

屋上に辿り着く。

 

3つの巨大な影が屋上に足を踏み込んだ僕たちを見下ろしていた。サテライトの管理者と呼ばれる、ドラゴン、ペガサス、レオが、まるで僕たちが来ることを知っていたかのように笑みを浮かべた気がした。

 

そして黒夜くんもまた、サテライトの管理者をそれぞれ見やり、笑みを浮かべた。

 

いや、もしかしたら、知らなかったのは僕だけなのかもしれない。

 

『来たか、明星黒夜。そして星河スバル』

 

「久しぶりだな管理者」

 

今日、この日、この時が、最後の戦いへの序章だった。




「明星黒夜!!あっっっのサボり魔、 今回という今回は本当に許さないんだから!!」

「い、委員長落ち着いてください! 真っ向から黒夜くんに言っても無駄です! また軽くあしらわれてしまいますよ!」

「〜〜ッ!! スバルくん、あなたもなにか手伝いなさい!! 私のブラザーでしょう!」

「スバルは黒夜のブラザーでもあるんだぜ委員長」

「お黙りゴン太!!」

こんな一週間を過ごしたルナのストレスはマッハだった。


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急変する事態

ブラザーカットの下りは削除なので早いです。


「〜〜♪」

 

響ミソラの朝は早い。

朝起きて、ハミングをしながら朝食を作る。目玉焼きに一切れのパンにコーンのスープ。どこの家庭にもありそうな朝食をほうばり、軽く家事を行う。

 

それからボイストレーニングをし、展望台に向かう。

 

昼には、日課となっているランニングを行うのだ。

 

『あの青いの…』

 

 

空を飛ぶ青い電波体の姿をハープが見かけたこの時から、響ミソラの今日の日課が大きく変わることとなる。

 

 

 

ミソラは急に思った。

どうしてそう思ったのか、わからない。だが、確かにミソラは感じたのだ。

 

 

「む、私、除け者にされてる予感!!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

眼前の3つの巨大な影。

その姿を見つめ、俺は内心で安堵する。

 

『星河スバルよ。案ずるな。すでにヤシブタウンの件は我らが制圧した』

 

いかにも自分が首謀者とでも言いそうな勢いのペガサスにツッコミを入れたくなる。

 

正しくは解決である。

断じて制圧ではない。

 

言い方!?

言い方を考えて!?

 

『この星にかつてない危機が迫っている。立ち向かう事ができるのは、星河スバルとウォーロック。そして明星黒夜だけだ』

 

「危機? それって」

 

スバルに発言することを許さない三賢者の目が強く光る。

 

スバルに喋らせたくないわけではない。おそらく、ここにとどまっていられるだけの余裕がないのだろう。

 

『星河スバルにこれを授けよう』

 

空から2枚のバトルカードがスバルの元へと降ってくる。

 

この世界にメガクラスカードの存在はない。

 

故に、渡されたのはゲームで言うSFB(スターフォースビックバン)の力が込められた2枚のバトルカードだった。

 

アトミックブレイザーとエレメンタルサイクロン。スバルは既にマジシャンズフリーズは持っているので、これで3枚揃ったことになる。

 

『これで、お前は我ら三賢者全ての変身が行えるようになるであろう』

 

ただそれだけを告げて、三賢者の影は消えていった。

『後はわかっているな』とでも言いたいのか、三賢者はゲームのように長々と話をすることはなかった。

 

つまり、スバルくんは相手に合わせて3種類の変身が可能になったということ。

いや、それとも『俺は、後2回変身を残している』とでもいうのか!?

 

星河スバルは化け物か!?

 

「そうだ! ロック…ウォーロックはどこに行ったの!? 知っているんでしょ、黒夜くん!」

 

ウォーロックと事前に話をつけておいた内容は今日起こるここまで(・・・・)だけだ。

宇宙ステーションきずなから電波を受信し、研究所に異常ゼット波が襲い、五陽田さんがこれを無力化する。ここまでの流れを昨日伝えた。

 

要は、ウォーロックに退避してほしいと頼んだ。

 

もっと言うならば、『同じ場所にいるとウォーロックの姿がみんなにバレて要らぬ疑いがかかるので、天地研究所のバス停辺りまで離れて待っててよ』と、俺はそういった。

 

ウォーロックは胡散臭そうに話を聞いていたが、従ってくれた。

 

ウォーロックはきっと、俺の言ったシナリオが『出来すぎている』と思ったのだろう。

 

「そりゃそうだ。ああ、そうさ。このシナリオは、俺が作ったものじゃない」

 

結局、この世界は流星のロックマンという大まかなシナリオに沿って進んでいるのだ。

 

俺がどう勝手しようと、なんだかんだ事件は起こる。

 

起きてしまう。

 

少し違うのは、ウォーロックが家出しなかったり、スバルがツカサと喧嘩別れしなかったこと。

 

「…黒夜くん?」

 

縋るような目で俺を見つめるスバルの肩を軽く叩く。

 

「大丈夫だ。ウォーロックにはすぐに戻ってくるように伝えている」

 

「君は僕に…いや、ミソラちゃんにも、みんなに何かを隠してる」

 

真っ直ぐに俺の瞳を射るように見つめるスバル。出会った頃からは考えられない真っ直ぐな瞳。

 

スバルは大きく成長した。

 

スバルが口を開こうとした時、俺の視界に青い何かがこちらに向かってくるのが見えた。

十中八九、ウォーロックだろう。だが、様子がおかしい。あの動きはこちらへ向かって移動しているようには見えなかった。

 

文字通り、飛ばされてきた(・・・・・・・)かのような動きだ。いや、飛ばされた勢いを使って逃げてきたのか。

 

そんなことはどうだっていい。

 

今はとにかく避ける他ない。

 

「スバルッ!!」

 

「え? えぶっ!?」

 

気づいていないスバルの回避は間に合わない。ラリアットの要領でスバルを倒すようにして横飛びする。

 

直後、天地研究所の屋上に轟音とともに小さなクレーターが出来上がった。

 

煙を上げながら立ち上がる青い電波体。

 

ウォーロックだ。

だが、その姿は見るに耐えない。

 

青い身体に幾多もの傷が入り、まさに満身創痍なウォーロックがそこにいた。

 

そして俺を見ると、焦った顔で口を開く。

 

『すまねえッ、取られちまったッ』

 

時が、止まった。

 

ウォーロックの言葉の意味することはたった一つ。

 

それすなわち、アンドロメダの鍵がFM星人たちの手に渡ったということである。

 

「まじ?」

 

『マジ』

 

「冗談じゃなくて?」

 

『それと、ハープの野郎が…』

 

続きを聞いた時、俺の中で何かが切れた気がした。

 

◆ ◆ ◆

 

『ふん、バカな奴だぜ。FM王から新たに命を与えられた俺たちに、電波変換せずに単身で挑んでくるとは』

 

『しかもだ。裏切り者のハープをも連れてきてくれるとはな。まさに鴨が葱をしょって来たようなものだ!』

 

『しかし、ウォーロックはどうする? 奴も裏切り者の1人。処刑せぬわけにもいくまい』

 

『ほうっておけ。あの身体では所詮逃げるくらいしかできん。アンドロメダの鍵は既に我らの手の中にあるのだからな』

 

どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 

動かない身体に喝を入れようにも、力が入らない。はじまりは、ランニングでハープがウォーロックくんを発見したことだった。次に、黒夜くんのお母さんに連絡を入れて、スバルくんと2人で天地研究所に呼び出されたことを聞いた。

 

その時、なんとなく私のレーダーが反応した。

 

『私、また除け者にされてる!』と。

 

別に、遊びに誘ってもらえなかったとか、そういうことじゃない。私には、またFM星人関係に手を出しているという確信めいた予感があった。

 

だからこそ、電波変換をしてハープ・ノートとなり、ウォーロックくんから話を聞くべく追いかけて行った。

 

確かに、奇妙だとは思った。

 

どうしてウォーロックくんが1人だけで行動しているのか。何よりも疑問だったのが、『手傷を負っている』と言っていたことだ。

 

しばらくの間、探し続けてようやく見つけた頃にはウォーロックくんの身体はボロボロだった。その場にいたのは、牛の電波体、白鳥の電波体、2つの顔を持った電波体、天秤の電波体、そしてルナちゃんに取り憑いたオヒュカス。

 

おそらく、どの電波体もFM星人なんだろう。そして、その予感は的中し、私たちの戦いが開戦した。

 

結果はこの通り、惨敗だ。

 

1人でこれだけの電波体を相手にするのは無理があった。

 

ウォーロックくんの身体の中から鍵の形の何かが抜きとられ、空高く飛んで行った。あれがなんなのか、私にはわからない。けれど、間違いなく良くないものだということはわかった。

 

隙をついてウォーロックくんを逃がすのは簡単なことだった。

 

FM星人たちはどこか浮かれた様子で、倒れた私たちにはまるで無関心だったのだ。だから、最後の力を振り絞って、ウォーロックくんを逃した。

 

私に残された力は、もうない。

 

電波変換は既に解けた。

響ミソラという生身の人間が倒れているだけ。

 

ウォーロックくんが逃げたからどれくらい経っただろうか。

 

『まずはこの女だ。ウォーロックなど、その後にしたところでどうとでもなる』

 

『その女は私にやらせてもらおう。個人的に怨みもあるのでな』

 

半分も開いていない瞼で近づいてくる電波体を睨めつける。蛇遣い座のFM星人オヒュカス。

 

何匹もの電波体のヘビを引き連れて、私の目の前に立つ。

 

個人的な怨みというのは、ヤシブタウンでのことに違いない。

 

一方的にやられるのはわかってる。それでも、私は精一杯オヒュカスを睨め付ける。

 

それこそが私にできる唯一の抵抗なのだから。

 

毒ヘビに黒い靄がかかって見える。もう、睨め付ける力も残っていないらしい。

 

毒ヘビだけじゃない。

 

視界のあらゆるところで靄がかかったように黒く塗りつぶされいる。

 

瞳を閉じる。

 

しかし、いつになっても身体に痛みが走ることはなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

『バカな!? なぜ貴様がここにいる!』

 

『まさか、ウォーロックか!』

 

抱えたミソラちゃんの脈を確認しながら、安堵と怒りの情のが渦巻く。あと一歩遅かったらそう思わずにはいられなかった。

 

だが、結果として間に合った。間に合うことができた。

 

あと一歩早ければと、後悔することにはならなかった。

 

拳を強く握りしめて、背部のノイズドウィングバーニアの出力を上げる。

 

「お前ら、もう一度死ぬ覚悟はできているんだろうな」

 

「…黒夜くん?」

 

ゆっくりと目を開けたミソラちゃん。瞳は半分ほどしか開いていない。毒ヘビに噛まれた後は見られないから問題はないのだろう。

 

どうやら、力を使い果たしたらしい。

 

ハープに至っては、反応もない。

 

「ごめんな、ミソラちゃん。遅くなった」

 

「…そっか。やっぱり、来てくれた…うん、安心した」

 

小さく微笑んで意識を手放したミソラちゃんを見て、下唇を噛みしめる。

 

ゆっくりとミソラちゃんを地面に寝かせ、ミソラちゃんの前に立つ。

 

紅黒く輝くノイズの本流が翼状に放出されるのと同時に、世界をノイズが侵食していく。ノイズの侵食は、電波体にとって害悪でしかない。

 

確かに、少量ならば狂化することもある。

 

だが、一定量を超えた途端、狂化は消え、身体の異常のみが残り、身体が崩壊を始める。要は手持ちの要領を全てノイズに食われればおしまいなのだ。

 

毒ヘビたちはノイズに呑まれてバグと化し、自壊し、FM星人たちは皆揃って地面に倒れ臥す。ジェミニがこの場から周波数を変えて逃げようと試みているのがわかる。ジェミニだけではない。ここにいる全員が既に逃げの一手に出ていることなど筒抜けだった。

 

ついでに言えば、俺の背後でバスターを構えているジャミンガーGの動きも筒抜けだった。

 

「流星サーバ、アクセス」

 

『Ryusei Server Access』

 

特徴的な機械音の後、頭部のBAアナライザーがメテオGから送られてくる電波受信、解析を完了させる。

 

1枚のバトルカードを選択して、無造作に左腕を振るう。

 

刹那、背後から絶叫が聞こえた。

 

選択したカードは、ダンシングブレードX。

 

本来ならばブライが操るはずのラプラスによる攻撃をバトルカードにしたものである。ゲームでは、フィールドを斜め横に回転しながら横断するものだった。

 

その威力210。

 

ジャミンガーの視覚の外からラプラスに似たなにかが刃となって牙を剥いた。攻撃に集中していたジャミンガーに避けられるはずもない。

 

忘れてはならないのが、今の行為がカウンターに該当することだ。

 

当然、BAウェーブアナライザーがバトルカードを流星サーバーから追加で入手する。

 

視界には未だに逃げようともがくFM星人たちの姿。特に、ジェミニに至ってはあと1分もあれば脱出も可能な抵抗をみせていた。

 

「逃がすわけねえだろ」

 

故に、右腕を伸ばした。

 

FM星人たちの誤算は、ここに明星黒夜という異常な人間が現れた事。

 

なにより、その逆鱗に触れてしまった事。

 

 

 

 

慈悲などあるはずもなかった。

 

 

 

 

右腕のクリムゾンレギュレーターからノイズを高圧縮してクリムゾンを作り出す。放出されていた靄状のノイズを宝石を作るように、緻密かつ迅速に作り上げていく。

ノイズウェーブ・デバウアラで吐き出したノイズを吸収し出力を上げ、クリムゾンをさらに調整していく。ありったけのノイズを一つの球体へと注ぎ込む。

 

そうして出来上がったのは、荒々しいノイズでできた重力の本流を押しとどめた球体だった。

 

それを天高く掲げ、地に這い蹲るFM星人たちへと放る。

 

放り投げられた紅黒い球体に閉じ込められた重力の本流が一斉に解放され、ブラックホールを作り出す。

 

ブラックホールから逃れる術はない。球体から解放された重力の本流をどうにかできるなら話はべつだが…。

本来ならば光すら逃れることはできない超高密度の重力の本流だ。たかだか、電波体…電変換すらしていないFM星人如きにどうにかできるはずもない。

FM星人たちはおろか、もれなくジャミンガーまでも吸い込まれていく様子を見ながら、クリムゾンレギュレーターを使って巨大な剣を作る。

 

球体を作るときと同じようにして作ったその剣は、紅黒いノイズを瘴気のように放出し、揺らめく。

 

「そういや、お前ら新しく身体もらったばっかなんだっけ? 3度目があるといいな」

 

その日以降、ドリームアイランドのゴミ処理場の電波はしばらくの間使用不可能になることとなる。

 

◆ ◆ ◆

 

あんな顔をした黒夜くんを僕は見たことがなかった。

 

表情がなくなった黒夜くんに思わず背中に冷や汗をかいた。そこには、喜怒哀楽どれもなかった。まるで、感情を失ったかのような無表情。

そして『次に狙われるのはコダマタウン…ルナたちだ。頼んだぞスバル』とだけ言い残してノイズとともに姿を消した。

 

この感覚、僕には覚えがある。

 

『満足した?サテライトの管理者』

 

スターフォースの試練の時の黒夜くん。三賢者の1人であるドラゴンを一方的に叩きのめした、あの時の黒夜くんと似ていた。

 

あの時、思わず身を震わせた。あの黒夜くんは怖い、あの異常な力が怖いと。

 

今回は、あれよりも怖いかもしれない。

 

黒夜くんを追うことはせずに、コダマタウンへと急ぐ。あのまま追ってしまっていたら、黒夜くんの矛先は僕に向いていたかもしれない。

 

僕がたどり着いたときには既に、轟音とともに地震が起き、コダマタウンには電波世界が顕現している状態だった。誰もが異常事態であることを察知し、行動していた。

 

多くの人がコダマ小学校に集まっているのを確認し、委員長たちを探す。多くのクラスメイトと顔見知りが避難しているようだが、委員長たちの姿はない。

先生にも確認を取り、学校に避難していないことを確認した僕は、それぞれの家へと向かう。

 

委員長の家はもぬけの殻だった。

 

ゴン太の家も誰もいない。

 

そして、キザマロの家に行ったとき、ようやく3人を見つけた。

 

『ゲヒヒ…人間がノコノコやって来やがったぜ』

 

「離せ、離せってば!!」

 

「だ、だれか、助けてください〜!!」

 

「この、離しなさいってば!!」

 

キザマロの家の屋根の上。3人はそこに立っていた。周りには3体のジャミンガーの姿。それぞれが3人を掴んでおり、身動きが取れていない。下手に動けば、落ちてしまうことを3人とも理解しているのだろう。

 

「ゴン太、キザマロ、待ってて、今いく!!」

 

躊躇う気持ちなど微塵にもなかった。

 

既に、委員長には僕がロックマンだと知られている。今更ゴン太とキザマロに隠していたところで、問題などないのだ。

 

もう逃げない。

 

間違えもしない。

 

守るために戦うことなんて、とっくの前に決心しているのだから。

 

「電波変換、星河スバル、オン・エア!!」

 

青き戦士が、躍動する。



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