この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか? (風鳴刹影)
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act1 牛は要らない

  これは、英雄ではなく雑兵の物語。

 

 

 ふと青年は考えてしまう。自分は、場違いなのではないかと……。

「――っ! そっちに一匹行った!」

 気をつけてと、白髪赤目の少年が叫ぶ。少年の脇を抜けて来るのは、一匹の……二足歩行をする犬――一般的にはコボルトと呼ばれる亜人タイプのモンスターだ。

「っ!」

 注意を促された青年は、鋭く舌打ちをすると手に持った機械弓の弦を引く。迫り来るコボルトへと照準を合わせ……、

「キャウン!?」

 打ち放たれた矢が、コボルトの胴を貫いて絶命させた。

「ナイス!」

「……ベル、まだ終わってないぞ?」

 少年――ベル・クラネルに褒められた事に嬉しさを感じるが、同時にまだ少年はもう一匹のコボルトを相手にしている現状に、青年はそんな余裕があるのかと呆れてしまう。更に言えば、視界の隅に敵――モンスターの影が映っていた。

 青年は、余計なことを考えている場合じゃなかったと頭を振って切り替える。手にした機械弓に矢を番え、前方で戦っているベルへと奇襲を仕掛けようとしたコボルトへ撃ち放った。

「ヒィ!?」

 放たれた矢は、コボルトの眉間を射抜いていた。射抜いてくれたのだが、その矢はベルの顔の直ぐ横を通過して突き刺さったのだ。その為か、ベルは小さく悲鳴を上げて青年に抗議の目を向ける。器用にも、コボルトと戦闘をしながらだ。

「……大丈夫だ。滅多に当たらない……はずだ」

「はずだって、もうちょっとズレてたら当たってたよね!?」

 再度当たっていたよねと抗議の声を上げるベルに、青年は余所見をしている余裕があるのかと呆れ……。再度やって来た増援のコボルトに、コントのように蹴り飛ばされたベルを見て考えるのを止めた。

 兎に角片付けよう。

 機械弓を引き絞り、追加されてくるモンスター達を順に射殺していく。

「やけにモンスターが多いな……」

 上層はモンスターの沸きが緩い筈なのだが、今日はどうにもダンジョンの機嫌が悪い様だ。

「うん、でもコボルトやゴブリンだけだから何とか……」

 だが、沸いて出てくるモンスターに慌てる事無く、二人は武器を振るう。

 矢の残りが半分を過ぎた辺りで、青年は青白い光と共に一抱えほどの鉄箱を足元に放り投げた。空に成りかけていた青年の矢筒に、何処からとも無く矢が補充される。矢の工面に苦労する冒険者が見たら目を疑うような光景を、青年は当たり前のように流して矢を番えて射続けた。

 暫くして、二人の周囲には無数のモンスターの死骸が転がるだけと成った。その場で動くモノは、二人以外に何もいない。

「こ、これで全部……?」

「……ああ、反応は消えた」

 今の所は安全だと青年がいうと、ベルは長い息を吐いて緊張を解く。次いで青年もその場にへたり込んだ。

 ベルは、冒険者としてダンジョンに潜ってもう直ぐ一ヶ月になる。それなりに慣れてきたと思っていたが、この様な長時間の連戦は通常避けており――つまり慣れない事をしたせいか普段よりも疲弊していた。なら、自分よりも冒険者としての日が浅い彼には、精神的にも肉体的にも堪えた事だろう。

 ……いや、モンスターを倒した数が自分よりも多いのも原因の一つだとベルは見ていた。転がるモンスターの死体は、ナイフで切られたものよりも、矢で射抜かれたものの方が圧倒的に多い。

「……とりあえず、魔石を回収するぞ」

 青年の提案に同意し、ベル達は疲れた身体に鞭を打ってモンスターから核となる魔石を抜き取りにかかる。日々の糧を得る為に、

「……まったく、小さすぎて見落としそうだ」

「でも、上の階層の魔石よりも大きいよ!」

 そう言ってベルは、比較対象となる魔石を取り出して見せてみる。だが、ソレを見た青年の脳裏にはドングリの背比べと言う単語が通り過ぎてしうまう。

「あ、あぁ……そうだな」

 思った事を口に出す前に飲み込み、歯切れ悪くテキトウに返事を返す青年。だが、青年のそんな態度に気分を悪くしたのか、ベルはちゃんと見てくれと言って怒り出す始末だ。ベルが本気では怒っていないのは分かるが、どう対処すればと青年は白髪混じりの黒髪を掻き毟って……魔石の切り出しに戻るのだった。

 そして――。

 そんなやり取りがあってからまだそう時間が経っていない頃、

「わあああああ!?」

「ついてねぇ……!」

 二人は、荒れ狂う牛人――ミノタウロスに追い掛け回されていた。

 

 

 なんでこんな事に成ったのかと、青年――ケンは仄暗いダンジョンの中を全力で走りながら考えていた。

 ……そうだ。自分をココに飛ばした神様(自称)とか言う“本”のせいだ。

「ケン、もっと早く逃げて!」

 あの“本”に、

『ボク達と契約して、君の人生をハッピーなモノに変えないかい?』

 などと、某魔法少女のマスコットキャラの皮を被った詐欺師紛いの提案に乗ってしまったからだ。あんな提案に乗ってしまったから、こんな事に成ってしまったのだ。

「ヤバイ、ヤバイ! 追いつかれる!」

 青白い閃光が僅かに灯る。青年は、手に持った円筒からピンを引き抜き、その場に投げ捨て……一拍を置いて閃光と爆音が背後から響いた。

「ぶもぉ!?」

 その閃光と爆音をモロに受けたミノタウロスが、悲鳴を上げながら床につんのめる様にして倒れた。すぐさま立ち上がろうとするも、前後左右の感覚が狂ったのか、よたよたと――それでもスゴイ速度で壁や床にぶつかって行った。

 その隙を逃す二人ではない。わき目も振らずに逃げていく……が、必死に逃げているベルと比べて彼の表情は何処か虚ろだ。いや、耳を澄ませば何かブツブツと呟いているのが判る。

「……刺激的な生活に憧れてなんて言うが、それを現実の世界に求めるのは良くないな」

 そう言うのは、茶の間で見る娯楽映画やゲームで満足しておけば良かった。

 いや、例え剣と魔法とダンジョンでファンタジックな世界だとしても、わざわざ命の危険と隣り合わせの冒険者――それもダンジョン探索専門になどなる必要なんて、

「うぁあぁぁぁぁ!」

 ソコまで考えて彼は頭を振った。飲食店、宿屋、雑貨屋、農家などなど、このオラリアの街でもそういった求人は確かにある。一瞬だが彼は、主神の神友が営んでいる青の薬屋で働いている自分を夢想する。だが、それは無いと改めて強く否定した。そんな事をしていたら、ストレスで胃に穴が開いていただろうと、彼は薄ら笑った。

 突然だが彼は、“本”と契約してこの世界にやって来る際に“特典(ギフト)”を貰った。貰ったといったが、“特典(ギフト)”の内容は不明。彼には選べない。“本”曰く、

『ギフトは、簡単に言うと運試し。これから行く世界に在る、魔導書(グリモア)と言う本と大体似たような事をするだけだ。

 大抵、一つか二つ程度。ソレが武器なのか、それとも魔法や特別なスキルなのか、はたまた君にとって有利な場所からの始まりなのか……君の運しだいだ』

 だから彼は、この世界で生きていく為の第一関門が――ファミリア探しが、ヘスティア・ファミリアのフォームに墜落すると言う形で“特典(ギフト)”が消化されたと考えた。

「分かれ道!? み、右に逃げるよ!」

 ベルの声に、彼は一瞬だけ現実逃避を止めてダンジョンの分かれ道を右折する。直ぐ後ろから、ミノタウロスが曲がりきれずに壁に激突した音がしたが確認している暇は無い。一目散に逃げ続ける。

「ったく、出口は何処だ!?」

「わかんないよ!」

「ブモォォォ!!」

 二人の悲鳴とミノタウロスの雄叫びが、薄暗いダンジョンの中を木霊していく。

 なんでこんな事にと、彼は再び現実逃避を始める。何処からだったか? ……そうだ。消化したと考えた所だったと一人肯く。ついでに足元にフラッシュ・バンを投げ落としておいた。

 ヘスティア・ファミリア唯一の団員だったベル・クラネル曰く、自分もヘスティア様と出会うまで幾つものファミリアを訪れ、その事如くファミリアへの入団を断られたそうだ。

 異世界へと放り出され、日銭にすら苦労する彼がそんな事になっていたらと考えるだけでゾッとした。しかも、彼はあまり人と接するのが得意ではない。

 コミュ症を自称しているが、人見知りとも言える。

 ハードルが高いだろと、ベルから聞かされた情報に黄昏ていた所、二人に誘われてしまった。

 ヘスティア・ファミリアに入らないか、と……。

 だから彼は、この道しか考えられなかった。

 だから彼は、冒険者になったのだ。

 ――それもダンジョン探索専門。

 幼女神の家族に。

 ……しかしだ。現代社会なら――例えファンタジーな世界であろうと、人々の営みや善悪がそう変わらないのなら色々と疑うべきではなかったのかとも言える。現に即答されたヘスティアも、念を推して確認したくらいだ。

『こんな右も左も判らない世界の、それもダンジョンの中や街中に放り出されるよりは何倍もマシだ』

 彼のこの答えにヘスティアはとても微妙な顔をしていたが、それはこの様な――某考古学者顔負けの逃走劇を幻視しての事だったのだろうか?

「何時まで逃げればいい!?」

「兎に角逃げてぇぇぇぇ!!」

 二人の悲鳴が、虚しくダンジョンの中を駆け巡る。道中で他の冒険者と出会わないのは、ある意味で幸いであり、ある意味で不運だった。

 ダンジョンの浅い階層に居る冒険者は、基本的にレベルの低い冒険者だ。高レベルの冒険者にとって上層部分は通路であり、都合よく何かしらの酔狂な理由で留まっているようなモノは居ない。よしんばこの状況で誰かと出会う事ができても、ソレは十中八九で低レベルの冒険者であり……現実問題として金銭的人命的その他もろもろのファミリア間や個人的私怨によるトラブルがドミノ倒し的に発生する事は想像に難かった。

 最善は、自力でこの状況を振り切ること。次点で、偶然にも救いのヒーローと出会うこと。最悪は、怪物進呈(パスパレード)になる。

 この状況をどうにか出来るだろう“力”はある……はず。ケンは、自身が今運用できる最大火力が何処まで通用するか不安を募らせるが、それ以前にミノタウロスがソレを使用させてくれるだけの隙を与えてくれるかが問題だった。

「ま、三十六計逃げるが勝ちと……」

 選択は、とりあえずは逃亡。問題解決の先送りだ。

 彼が右手に意識を集中させると、手の周囲に青白い光で出来たカードの様なモノ達が回りだした。

「落ち着け、落ち着け……」

 このような状況でミスをしでかさないよう、慎重に目的のカードを選択する。僅かな発光の後、彼の手の中には、先ほどまで投げていたフラッシュ・バンとはまた別の円筒が握られていた。

「ベル! 次の分かれ道で撒くぞ!」

「ど、どうやって!」

「兎に角走れ!」

 ベルに禄に説明もせず、タイミングよく前方に現れた十字路に向かって、彼は安全ピンを引き抜いた円筒を投擲する。カランッと言う地面に落ちた音の後、噴出音と共に十字路の中が白い煙で埋め尽くされた。

「突っ込め!」

 濃い煙幕の中へと駆け込み、更に円筒――スモーク・グレネードを追加で投げ落として左右にある枝道へと逃げ込んだ。

 息を潜め、床に伏せ、災厄が過ぎ去るのを待つ。最悪を想定し、先端に赤い物体のついた杖の様な物を取り出して肩に担いだ。

「……」

 ブモオオオオオオォォォォ………!

 完全に視界が切れたようで、ミノタウロスの声がドンドン遠くなっていく。視界の端にあるレーダーを確認し、ミノタウロスを示す赤点が離れていくのを確認する。

 一瞬、何か凄く早いモノが通過したのか、ソレの出す風に巻き込まれて煙幕が晴れてしまった。

 目をパチクリしながら、彼は辺りを見渡して、

「逃げ切れた、か?」

 そう発言して、こういう時にその様な発言はフラグだと慌てて口を噤んだ。彼はすぐに身体を起こすと、前後左右に武器を構え警戒する。だが、一向にミノタウロスどころかゴブリンの一体すら現れる気配がしない。レーダーを見るも、ソコにはもなんの影も映らない。どうにも大丈夫なようだと安堵して、彼はそこではじめて異常がある事に気がついた。

「ベル?」

 ベルが居ない。

 今彼が居る通路にも、反対側の通路にも見当たらない。

「まさか……」

 逃げそこなった。一番考えられうる事象に、彼は急いでミノタウロスが走り去っていった通路へと……今度はミノタウロスを追う形で走り始めた。

 そして、暫くダンジョンの中を進むと金色長髪の少女剣士が、

「あ、その……」

 物言わぬベルを抱きかかえていた。

 

 

 ソレを目に入れて一瞬、彼は自身の顔が強張ったのが分かった。

 次いで、地面に転がっているミノタウロスの死体から、彼女がここに居る理由も理解できた。

 礼を言うべきだろう。

 だが、今はそんな事をしている時間は無い。まだ間に合う。

「あの、君、この子の……」

 少女が何か言っているが、彼は聞き流す。スキルを発動させ、ソレを呼び出し、合掌する。

 僅かなチャージ音。

 ピィー……ピ、ピ!

 完了を報せる電子音が鳴るまでしっかりと溜め……事切れたベルへと押し当てた。

 ドクン!

「え?」

 ……それはまるで、使い古された物語の序章の様だったらしい。

 とても怖い場所に居たような気がすると、後にベルは語っていた。

 ミノタウロスに追われ、追い詰められ、気がついたらそのとても怖い場所に居たような気がして、気がついたら……。

 「……生きて、る?」

 彼女に抱きしめられていた。

 まるでソレは、ベルが求める英雄に助けられた女の子――配置が逆ではあったが、理想の構図だった。

「は、い……生きてま……」

 大丈夫だと答えようとして、ハッと気がついた。

 その娘は、とても美人だったのだ。精巧に作られたお人形さんみたいだと、そんな言葉がとても合いそうな女の子。その美少女に抱きかかえられている事に気がついたベルは、

「ホアァァァァァアア!?」

 血で濡れて真っ赤になった顔を更に赤くさせながら、奇声を上げて逃げていってしまった。

「あ、おいベル!」

 すぐ側にた彼も声をかけたが、ベルは止まる事無く走り去っていく。彼はため息を零すと、

「ありがとう、助かった」

 素っ気無く少女に言って、急ぎ足でその場を後にする。

「……???」

 後には、状況についていけず呆けてしまっている少女剣士が残されていた。

 ………………

 …………

 ……

 それからベルを追いかけ、ダンジョン内を走り始めた彼だが、

「……結局、ギルドにまで追いかけてきちまったぞ?」

 昼とも夕刻ともいえない中途半端な空の下、彼は深く息を吐きながら愚痴を零した。

 世界で唯一ダンジョンを抱える迷宮都市オラリオの主要通りを、血まみれなったベルをダンジョンから追いかけて来てたどり着いたのが、この街に在る重要施設の一つ、パルテノン神殿を思わせる建物――冒険者ギルドだった。

「エイナさーん! アイズ・ヴァレンシュタインさんの事を教えてください!!」

「あら、べ……ベル君!?」

 丁度表に出て来たギルドの人気受け付け嬢の一人、ハーフエルフのエイナ・チェール氏が、返り血などで赤黒く染まったベルを見て悲鳴を上げる。次いで、すぐさま彼女にお風呂へ行くように促されギルドの中へと二人が入っていった。

 ソレを遠目で確認した彼は、もう急いで走る必要はないとその場で足を止めて荒くなった呼吸を整えていく。他の通行人などが迷惑そうに彼を見るが、下手に冒険者(ゴロツキ)に関わると碌な事がないと距離を置く。それに気がついたのか、息が楽に成った彼はゆっくりとした足取りでギルドの方へと移動した。

「あれ? 今日はどうされました?」

 早いですねと、たまたまギルドから出て来た受け付け嬢――エイナ氏とよく一緒に見かける人に声をかけられた。名前は……生憎と覚えていない。

「あの……?」

「あ、ああ。さっき仲間のベルが……先に入って行って、な。血まみれで。だから……」

 もっと要領を得た話し方は出来ないのかと彼は憤るが、受け付け嬢の彼女はああと肯くと、

「では、此方でお待ちください。エイナも直ぐ戻ってくると思います」

 彼を適当な待合スペースへと案内した。

 暫くすると、和気藹々としたベルとエイナ氏がやって来て、

「あ」

 ヤバイ、と言う様な表情になるベル。対するケンは、ジト目で出されたお茶を啜りながら手をヒラヒラとさせていた。

 そんな二人を交互に見たエイナ氏は、事態を理解して目頭を押さえながら深いため息をつき、

「ベル君! ま、さ、か、だけど、パーティメンバーを忘れて一人で帰ってきた……なんて事は無いわよね?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 情けない悲鳴を上げるベル。そんなベルを見て、エイナ氏はしょうがないなと肩を落としたのだった。



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act2 じゃが丸くんで晩餐を

「ホントゴメン!」

 ダンジョン探索を終えて帰路に着く冒険者が多数見かけられる大通りで、対面を気にする事無く謝罪の言葉が響く。なんだ、なんだと通行人や露天の店員が顔を向ければ、道すがら前を行くサポーターバッグを担いだ黒髪の青年に、軽装鎧を着けた白髪赤目でどこかウサギの様な印象を受ける冒険者の少年――ベル・クラネルが必死に謝っていた。

「ああ、もう分かってる」

 ケンは、これで何度目か分からない返事とため息を吐く。ギルドからの――エイナ氏と一緒に戻ってきた時からずっとこの調子なのだ。……ただし、ベルの目的であるアイズ・ヴァレンシュタイン氏についてはちゃっかり聞いて来ていたりする。

 ちなみに外野から、

「サポーター相手に情けねーぞー!」

 などと野次を飛ばされている事から、周囲の人々からどういう風に見られているのか少しは考えて欲しいとため息を吐いた。いや、吐き続ける。ついでに言うなら、空腹感に面倒臭さが加算され、吐き出すため息の量も増えていった。

 ため息ばかり吐いていると幸せが逃げていくと言うが、彼曰く、

『腹の中のイヤなモノを吐き出してるんだよ』

 との事だ。吐き出すのはいいが、幸せはどうなるのだろうか? ……考えるだけ無駄だろう。

「……ほら」

「え? わ、わ!?」

 道中で買出しした食材の袋を、後ろ手謝り続けるベルに投げ渡す。ソレを持っていれば謝らなくなるだろうと言う処置だった。彼をサポーター呼ばわりしていた人から、なにやら声が強く飛んできているが、彼の耳には届かない。

 サポーター? 正しいが正しくは無い。彼は、サポートであり、メディックとメカニックを兼任し、そしてリコンである。あと、コマンダーは退席中(コーヒーブレイク)である。

「ふたりとも、大丈夫かい!?」

 いつの間にか、ファミリアのホームとして使っている廃教会の前まで来ていたようだ。

 元気よく……いや、血相を変えて出迎えてくれたのは、幼い容姿とは明らかに不釣合いな果実を二つ――胸部でバルンバルンと暴れさせている女神様だ。

 ケンは、相変わらず目の毒――眼福であると、ラッピングテープよろしく二つの果実に巻かれたリボンによって変形するソレを凝視しながら生返事を返す。対するベルは、心配する彼女――ヘスティアに今日の出来事を報告しながらどこかに怪我をしていないかと心配されていた。

「勘弁してくれよ? ふたりにもしもの事があったら、ボクは路頭に迷ってしまうじゃないか」

「大丈夫ですよ神様! 神様を路頭に迷わせたりなんて絶対にしませんから」

 だよね? そう同意を求めるベルに、ケンはいつの間にか身体チェックを始めた女神様の柔らかい感触に、天井を見上げながら同意した。

 それから三人は、ヘスティアがバイト先から貰ってきた大量のじゃが丸くん――ジャガイモを丸揚げしたオラリオ名物と対峙する。

「今夜は寝かさないぜ」

 と、言うヘスティアに普通に乗っかって返事を返すベル。そんなふたりを見て、彼は無駄にテンションが高いなと苦笑した。

「あー! ま~た死んだ目をしているぞケン君!」

「ん? そうか?」

 ヘスティアの指摘に、彼はいつもと変わらないぞと首を傾げる。だだヘスティアには、そのいつもと言うのもいただけない事だった。

「キミは、もっと、も~っと生き生きとしなきゃダメだぞ!」

 ダメな子を諭すように言うと、ヘスティアはじゃが丸くんを彼に差し出す。チラリと視線を向けた皿の上には、文字通り山盛りのじゃが丸くんが待機していた。

「……そんな装備で大丈夫か?」

 塩だけではキツイ。買い置きのソース類は足りるだろうか? パンも買ってあるから挟むか? だが、これだけだとバランスが悪い。スープ類も欲しくなるが、水物は量を食べる時には大敵……。などなどと色々考えながら、最初の一個をヘスティアから受け取る。

「大丈夫さ。問題ないぜ!」

 ゴトゴトと、テーブルの上に並べられる付け合わせのソース類。それと口直しにも使えるスープと、貧乏ファミリアにしては大盤振る舞いの食卓だ。

 ……正確には、もう痛みそうな残り物の一斉処分なのだが、言わないのが華だろう。

 最終的に、テーブルの上に乗せられたソレ等はキレイに食べつくされ――彼個人だけでも二桁のじゃが丸くんを食べたと、その日の彼の日記には記されるのだった。

 

 

「さてふたりとも、これからステータスの更新をするよ!」

 まずはベル君からだと、ヘスティアはベッドの上を叩いてベルを呼ぶ。ソレを見て、実に楽しそうだとケンは苦笑した。

「それじゃ神様、お願いします」

 上着だけを脱いだベルが、ベッドにうつ伏せに寝転がる。その上にヘスティアが跨ると、いとおしそうに何度もベルの背中を――ベルの背中に刻まれた神聖文字を撫でた。

 ヘスティアは自身の指に針を一刺しし、ベルの背中に神血(イコル)を一滴垂らす。

「ほぉ……」

 ベルの背中から、光と共に浮かび上がる複雑な紋様。彼がこの光景を見るのは初めてではないが、それでもその不思議な――神秘的な光景に思わず声を漏らしてしまう。ありきたりに言ってファンタジー的な、一見してSFじみた光景を見てどう上手く言い表せばいいのか――月並みで言う所、彼はワクワクした気持ちになっていた。

「……ッ!?」

 ステータスの更新をしていたヘスティアが、その最中に目に見えて動揺を示した。

「?」

「どうしました神様?」

「な、なんでも無いよ! ほ、ほら、コレで終了だベル君!」

 明らかに何か在ったかのような慌て様を見せたヘスティアは、急いで神聖語から共通語に翻訳したステータスを紙に写し、起き上がったベルへと手渡した。その様子に、ケンはヘスティアを訝しく見つめるが、ベルは受け取ったステータスの写しの方に夢中になっている。

「わぁ! ステータスが軒並みすっごく伸びてる!

 あれ? 神様、このスキルの欄は……」

「ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り、空欄だよベル君」

 ヘスティアの申告に、スキルの発現を期待していたベルはガックシと肩を落とした。だが、直ぐに気を持ち直してケンにベッドを譲る。

「伸びが良かったんだな?」

「うん! ミノタウロスに追いかけられたからかな? 敏捷と……それになぜか耐久の伸びが凄く良かったんだ!」

 嬉しそうに話すベルに苦笑して、ケンも同じように上着を脱いでベッドの上に横になった。横になりながら彼は、自身もベルと同様にステータスが大きく伸びているのではと期待し、直ぐにそうはならないだろう頭を振って否定する。ソレは憶測ではなく、半ば確信めいたものなのだが、

「もう、ケン君! そんなに否定的にならない!」

 そう言いながらヘスティアは、何度も何度も、必要以上に彼の背中をなぞってくる。彼女の細い指先が背中をなぞる度に、ゾワゾワとくずぐったい感触が走り思わず身悶えてしまう。

「う~む、相も変わらず、君は感じやすい」

 どこか楽しんでいるような声音を出すヘスティア。指でなぞるだけでは飽き足らないのか、手の平を両脇腹に伸ばしてきた。

「あ、あの、ヘスティア、様?」

「ん、なんだいケン君?」

 ステータスの更新は? 身悶えながらもそう問いかける彼に、当のヘスティアは焦らない焦らないと返す。焦っているわけではないが、彼自身そろそろ限界なのだ。くすぐられているのが辛いのもそうだが、ヘスティアの持つ独特な軟らかさとか香だとかを受けて、色々と困った事に成ってきている部位が出て来ているのだ。

「べ、ベル……」

 ベルに止めてもらおうと声をかけるが、赤面して紙に――ステータスを写したソレに顔を埋めて反応が無かった。使えないと、内心舌打ちする。いい加減振りほどこうかとも考えたが、ヘスティアのこの行為は彼の為に善意でやってくれているのもあり無下に扱えない。

「……さて、始めるよ?」

 暫くして満足したような表情を浮かべたヘスティアは、ベッドの上でビクビクと身悶えるケンの背中に神血(イコル)を垂らしてステータスの更新を開始した。

 それから暫くの間、彼の背中からヘスティアの気難しい呻り声が続き、

「……よし! 終わったよケン君!」

 渾身の出来だと額の汗を拭い、いつもの更新よりも明るい顔をしたヘスティアが、彼のステータスを写した紙を手渡してくる。コレは期待できるか? 淡い期待を抱きつつ、彼はヘスティアからソレを受け取ると内容を確認した。

 

ケン・ツワモノ

Lv:1

力:I=38→I=40

耐久:I=8→I=9

器用:I=97→H=111

敏捷:I=73→H=106

魔力:I=99→H=104

 

《スキル》

【戦場遊戯(バトルフィールド)】

・任意発動。

・かの戦場を駆け抜けた武器、道具、兵器、技術などを召喚および行使。

・召喚物は、基本的に召喚者以外使用不能。

・召喚物を破棄した場合、一定時間で消滅。

・召喚には一定の魔力を消費。

・再召喚に一定の冷却時間を必要。

・召喚物は召喚者の成長により強化。

 

【劣色心界(モノクローム)】

・心の活力が褪せる度に発動。

・成長が停滞する。

・負荷が一定以上を越えると、一時的な減衰を受ける。

・色褪せが続くほど、深く停滞、または減衰する。

 

《魔法》

【――】

・――――

 

「……今回は、結構伸びたな」

 通常の戦闘に加え、恐らく格上のモンスターのミノタウロスに追い掛け回されたのが原因だろうか? 特に器用と敏捷の伸びが順調な事に、思わず口角が緩んでしまう。力も地味に上がっている。問題はまったく成長しなかった耐久だけだが、これは遠距離職の宿命だと彼は半ば諦めていた。

 次いで彼は《スキル》の欄を流し見し、特に変わりがない事を確認して……最後の《魔法》の項目に目を通す。ソコには、一番最初にステータスを刻んだ時から在る書き間違いの跡が残されており、ソレを見て彼は思わず苦笑してしまった。

 流石にコレは無い。そう苦笑する彼だが、ヘスティアは別に捉えたようだ。

「トータル50オーバーなんて快挙じゃないか!

 いや~、ダンジョンに潜り始めて早三週間。スキルの所為でステータスの伸びに心配があったけど、ちゃんとステータスが伸びてくれてボクも一安心だよ!」

 うんうんと、彼の順調な成長に喜び肯くヘスティア。心なしか目尻に光るものが見えていた。

 スキルとは、ヘスティア曰く一種の隠し味の様なモノらしい。大抵のスキルが、恩恵を与えた眷族の願望や欲求などを色濃く反映していたりして……。例えで言えば、特定の状況下でステータスに補正が発生する。勘が鋭くなって先読みが出来るようになる。周囲の状況が明確に理解できる様になる……など多種多様だ。

 そして、ソレ等のスキルはほぼ例外なく使用者に何らかのメリットを与える。例えスキルにデメリットがついている場合でも、それはスキルのメリットに対しての過負荷の代償だ。時と場合によっては、そのデメリットすら利用できるという風にするのも冒険者なのだが……。

 【劣色心界(モノクローム)】。彼に発現したこのスキルは、ほぼ完全にデメリットでしかない悪化系スキルだった。

 ステータスの成長を阻害するこのスキルの所為か、ほぼ同時期に冒険者になったベルと比べても著しくステータスの成長がよろしくなかった。

 例としては、恩恵を貰ってはじめてのダンジョンアタックだろう。

 ベル――ゴブリン一匹狩って、嬉しさのあまり帰ってきた――と言う前例もあったのでヘスティアはあまり期待はしていなかった。と言うより、無事に帰ってきてくれればそれで十分だったりもした。だが、いざ蓋をあけてみればケンは、細々と切り詰めれば一週間分にもなるヴァリスを稼いで来たのだ。

 ちなみにこの稼ぎ、ベルはほとんど協力してはいない。

 ゴブリンの感知圏外から矢を撃ち放ち、ほぼ一撃で無力化し続けた彼の功績である。ベルがやった事は、あくまで簡単なアドバイスと魔石の回収を手伝ったくらいだ。

 問題が起きたのはその後だ。初日でコレだけのモンスターを倒せば、前例のベルと比べて大幅なステータスの上昇が見込める訳だったのだが……。結果は、ピクリともステータスが伸びなかったと言う惨憺たるモノだった。

 その時の情景は、何とも言い難い。こんなものなのかと、よくよく常識の分からないケン。顔を青くして頭を抱えるヘスティアと、目を点にしながら何かの冗談なのかと幼女神に確認するベル。――この時になってはじめて、ヘスティアは彼にバッドスキルの事を教えた。

 ケンが発現していたスキル――所謂レアスキルを羨ましがっていたベルは、明かされたバッドスキルとその効果に戦々恐々して青ざめ。ヘスティアは、新しい我が子にどうフォローを入れば良いかとてんてこ舞い。

 救いなのは、当の本人がそれほど重く受け止めておらず、

『環境が変わって、色々と疲れていたからな……』

 と、どこか悟ったような雰囲気であった事だ。その後、日を重ねるごとにステータスの伸びが増えてきているのも幸いだった。もっとも、

『……こんなものか』

 と、彼が呟く度に、ヘスティアの中では、何かがガリガリと削られていく様な気がして居た堪れなかったとか……。



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act3 彼の日常

 まだ朝日が顔を出すには気が早い時刻。

「ケン……?」

 ヘスティア・ファミリアのホーム、廃教会内の一角に張られたボロテントを覗き込む影が一人――ベル・クラネルがいた。

 そして、このテントの住人はヘスティア・ファミリアのもう一人の構成員である青年――ケン。隠し部屋が狭いという理由で、彼が不器用ながら作ったのがこのボロテントだ。中で寝ているケンは、毛布を深く被り直して丸くなっている。

「はぁ……」

 あの様子ではまだまだ目を覚ましそうにないと、ベルはため息をついてトボトボとダンジョンへと出発した。

 神ヘスティアやアドバイザーのエイナ氏には、ケンと一緒にダンジョンに探索に出るように言われているのだが……彼と自分の生活リズムの違いに悩まされていた。

 もちろん彼を早起きさせられなくもない、が……。

 早く起こした所為か、すこぶる機嫌が悪い。

 注意力が下がるのか、うっかりミスを頻発したりする。

 頻発したミスの所為で気分が滅入り、その日のステータスの伸びも悪くなる。

 ……見事な悪害トリプルコンボだった。

『ベル君は、ケン君と比べてちょっと朝が早すぎるだけさ。

 ……そうだベル君! ベル君も、ちょ~っと朝の時間をずらさないかい? ずらしてくれたら……(モニョモニョ)』

 前向きな提案をしてくれた――なぜか顔を赤面してモニョモニョしたヘスティアの言葉が思い出される。だがしかし、自身のみすぼらしい格好を見直して顔を顰めてしまうのも一つ。……とりあえずベルは、今日も一人でダンジョンに向かう事にしたのだった。

 それから暫くして、朝日が十分に顔を覗かせた頃――だいたい7時から8時くらいだろうか? まだ寝ぼけたケンが、モゾモゾと自身の塒――ボロテントから這い出て来た。

「おはようケン君!」

「……おはよう、ございます」

 互いに挨拶を交わし食卓に着く。彼は、欠伸を噛み殺しながら時計を……確認できずに頭を掻き毟った。

「時間かい? まだ大丈夫な頃合さ」

 朝は弱いねと笑うヘスティア。それに相槌を返して、ベルが用意してくれていた朝食をふたりで手を付けていく。ベーコンエッグに固焼きパンと塩野菜スープと言う簡素なモノだったが、用意してくれていただけでもありがたかった。

「オレも、もうちょっと、料理の腕、磨かないと……な」

 文明の利器――出来合い調味料があればいいのだが、生憎とここオラリオでは手に入らない。いや、似た様なモノは在るが、生憎と貧乏ファミリアではおいそれと手が出せない。

「ケン君は、味付けが苦手……なんだっけ?」

「まぁ……精進が必要」

 切るのも、煮るのも、焼くのも、それほど難しい調理じゃない。火加減も、魔石式コンロのおかげで調整が容易だ。だが、限られた調味料と食材だけで美味しい料理を作るのは、出来合い調味料での大味料理しか作れない彼にとっては困難な事だった。

「ご馳走様……。それじゃボクは、バイトに行って来るよ」

 朝食を終えて、ヘスティアはじゃが丸くん屋台のバイトへと出て行く。彼もまた、冒険の道具を身に着けてダンジョンへと向かった。

 ケンは個人的な――少し朝が弱い為、ベルと一緒にダンジョンに潜る事は少ない。ダンジョンの途中や入り口で合流できる事もあるが、そうでない時はソロでの活動になる。ギルドのアドバイザー――エイナ氏からは、単独で行動しないよう口を酸っぱくして言われているが……彼曰く、ソロの方が都合がいい事もあった。

 ベルは、スキルや魔法に特別な憧れを持っている。ステータスの更新毎に発現しないかとドキドキしているし、最初からスキルを持っていた彼の事も羨ましがっていた。

  ヘスティア曰く、技能と装備を合わせた召喚系魔法がなぜかスキル化しているレアスキル――【戦場遊戯(バトルフィールド)】。彼女からは、むやみやたらに使わないようにと念を推され――珍しいもの好きな神々とベルに配慮して、普段はこのオラリオで使用しても違和感が少ないと思われる弓矢(ファントム・ボウ)と各種ナイフを主体に使っている。ベルへの説明も、武器と消耗品の矢代が浮く程度としか説明していない。

 だがしかし、このスキルで呼び出せるのはソレだけではない。むしろ、弓矢(ファントム・ボウ)よりも強力な――むしろこちらの方が主戦力である凶悪な銃火器を呼び出す事ができる。

 ちなみに、ベルと一緒にダンジョンに潜っている時よりも、ソロで活動している時の方が収入が多かったりする。周囲に気取られないように銃火器等を使用しているからだ。

 ただこのスキル、一つだけ誤算があった。

 ダンジョン内で初期アサルトライフル――AK-12を試射した際、反動と発砲音に思わずその場に尻餅をついて鉛玉を周囲に撒き散らし、肝を冷やす羽目になった事があった。

 ……スキルを持ってしても“慣れ”だけは得られなかったのだ。

 技能の召喚で、銃火器の使い方は分かる。だがしかし、武器を使う事には慣れていないという状況の為……いざと言う時の為にも訓練を兼ねて状況が許す限り銃火器を使用している。ヘスティアの言いつけを破っているわけではない。

 最初はハンドガンから始めて、サブマシンガン、アサルトやカービン、軽機関銃と順に銃を発砲するという事に慣れていく。ファミリアのホームに射撃演習場が在ればいいのだが、あのボロ教会にソレを求めるのは酷である。

 幸いな事に、ダンジョンの壁や床は頑丈で破損しても直ぐに修復されるので、対戦車ロケット砲の類を気兼ねなく使用できる。主要な狩場と外れた場所でやっている為、神々の目も気にせずに練習できる。ダンジョンは、とても都合が良い場所だった。

 だがしかし、

『ベル君にも言ったけど、最近浅い階層で鉄の芋虫みたいなモンスターが確認されてるの。ギルドも新種を疑って調査してるんだけど……ふたりとも気をつけてね?』

 と、ギルドのエイナ氏から言われ、思わず視線を泳がせてしまった。いくら都合が良くても、目立つには目立つのだ。兵器類の使用には、もう少し周囲に気を配らねばならないようだ。

 閑話休題。

 話を戻すが、ケンはソロで活動する際に殺傷力の高い銃火器を使用して狩りをしている。その方が倒せるモンスターの数も多く、気分的にも楽な戦闘になる。

「……気付いていないな?」

 とは言え、普段の彼は弓矢(ファントム・ボウ)を主力としている。それの扱いが下手では元もこうもない為、ソロでも一日の半分は弓矢を構えて狩りをしていた。

 気付かれないようにモンスター――ゴブリンの背後を取り、距離を見定めて照準をゴブリンの頭へと合わせ……放つ。着弾箇所は胴体だったが、ゴブリンはそのまま倒れて動かなくなった。

「……狙いが甘いな」

 倒せたから良いが、できるだけヘッドショットを決めたい。彼は愚痴を零しながら、倒したモンスターの魔石を回収するためにナイフを突き立てた。

 

 

 街並みが、キレイに赤らみ始めた夕焼け時。

「お願いしま~す」

 ダンジョンから帰ってきた彼は、バックパックから袋一杯のドロップ品をギルドの換金窓口に流し込む。ダンジョンの上に建っている塔――バベルでもドロップ品の換金は出来るが、ギルドの換金所の方が割りと空いていて換金がしやすい。だがしかし、どうにも今日は厄日な様だ。

「なんであの量の魔石で、これっぽっちのヴァリス何だよ!?」

「ですから、魔石の相場は……」

 換金所の窓口の一つで、どこかの冒険者と受け付けが言い争っていた。

 争いの理由を聞いて分からなくは無いと、彼はその光景を眺めながら思った。魔石の価値は、その質とサイズが評価基準になる……らしい。もちろん需要と供給のバランスによっても変化する。ソレ等を甘味して、ギルドは魔石をヴァリスに交換するのだが……魔石の交換レートが冒険者に分かり辛いのだ。

 おおよそこれ位の魔石を持って来れば~と言う感じでしかない。

 彼自身、最初は魔石の交換レート表が何処かにないかとギルド内を見渡したが終ぞ見つけられなかった。エイナ氏に質問した事もあったが……結果は察して欲しい。

「終わったよ」

 換金が終わり、払い出し口からヴァリスの詰まった袋が出てくる。幸いな事と言っていいのか、トラブルが起きていたのは彼が並んでいる換金窓口の隣。このまま何事もなく帰れれば、もっと幸いだった。

「……」

「……」

 たまたま一瞬、お互いの目が交差した。いや、正確には互いの視線は交差していない。

「……(杯、ゴブレットか?)」

 彼は、クレームを入れていた冒険者が付けていたファミリア・エンブレムを……。件の冒険者は、彼が手に持つヴァリスの詰まった袋を見ていた。次いでその冒険者は彼の身なりを見て、

「なんでオマエみたいな、見た目駆け出しのサポーター風情が、そんな大金持ってんだよ!」

 突然ふざけるなとわめき出した。

 そんな冒険者に、彼はメンドウな事になったとため息を吐く。その仕草がさらに癪に障ったのか、件の冒険者は顔を赤らめて彼の胸倉を……掴もうとした所でふたりの間にギルド職員が止めに入った。

「ケン君、こっち!」

 呆然としていた彼の手を引っ張り、相談用個室へと別のギルド職員が――エイナ氏が避難させてくれた。

「大丈夫だった?」

「はい……すいません」

 大丈夫だとエイナ氏に伝え、迷惑をかけた事を謝罪する。そんな彼に、

「もう、君が謝る必要なんてこれっぽっちもないんですよ?

 あのファミリアの冒険者、ちょくちょくトラブルを起こしててこっちとしても良い迷惑だったんだから」

 そうなのかと、ケンはエイナ氏の発言にため息を付く。そんな彼に何処となく表情が暗いとエイナ氏は感じたが、彼は早く帰らなければ色々と心配されると、部屋の外の様子を窺い始めていた。

 半開きにしたドアの隙間からは、未だに件の冒険者がわめき散らしているのが確認できた。ギルドの職員達が必死になだめているが、現状は良くはなりそうにない。

「……まだ当分かかりそうね?」

 眉間に皴を寄せて見ていた彼は、突然横に出現したエイナ氏に驚いて飛び退き、その先に在ったテーブルやイスと言った家具にぶつかって苦悶する。それを見たエイナ氏は、思わず噴出して笑ってしまった。

「ゴ、ゴメンなさい。悪気はないの」

「あ、ああ……。

 所で……あの冒険者、一体何処のファミリアなんです?」

 ぶつけた痛みを堪えつつ、話題を変えるべく笑っているエイナ氏に質問する。彼女は暫し考えた後に小さく肯くと、

「中堅のソーマ・ファミリアよ。

 ケン君、キミは……なんって言うのかな? ああ言うタイプの人にからまれ易そうな雰囲気してるのよ。だから十分に注意してね?

 あ、あと変な事は考えちゃメだよ?」

 絶対にと、微笑みながら念を押して来るエイナ氏に、彼はタジタジとした面持ちで肯く。彼女の仕草は、どこか狙っているのかと思うほど乙女だった。

 それから、件の冒険者が居なくなるまで個室に篭城する事になった。

 ちなみにエイナ氏は、多忙なようなのでギルドの仕事に戻り……別の職員が安全を報せてくれた。どこかで見た事のある職員だったが、生憎と彼の記憶には印象に残っていなかった様だ。

 ギルドを出ると、もう太陽が沈んでしまっていて月が顔を出していた。

「……夕食、どうするかな?」

 買出しをして帰ろうにも、時間的に露天の類は畳まれている。備蓄がどの様な物だったか思い出そうとするも、

「……芋にニンジン……玉ねぎと肉……」

 少なくとも碌な食材しか思い出せなかった。カレールーの類が手元に無いのが悔やまれるが、そもそも料理をしている時間も食材の量も足りないだろう。それに第一、ヘスティア・ファミリアには米が無い。

 ジャラリと、今日の稼ぎの入ったヴァリス袋を見つめる。稼ぎはこの所の平均と言った所だ。

「……外食にでもするかな?」

 もうメンドウだとため息をついて、彼はそのままホームへと足を向ける。買い物はしない。もしかしたら、ベルが何か買っているかもしれないとも考えられる。

 最悪、残り物で何とかすればいいか……それが、いかにも貧乏ファミリアらしい。

「あ、お帰りケン!」

 タイミングが良かったのか、ホームの廃教会の前でベルと合流した。

「ああ、ただいま」

 テキトウに返事を返し、下手な日曜大工で取り付けたドアを軋ませて、彼は廃教会の中へと入っていく。ベルの様子を見る限り、夕食の食材は買っていないようだ。

「そうだ。ケン、これから外食に行こうと思うんだけど……」

「外食?」

 お前もかと、彼は少々驚いたように聞き返す。偶然にしても、意見が一致してくれているのは話が進めやすい。

「そうか……オレも外食にしようかって考えていたんだ」

「ホント!?」

 無邪気に喜ぶベル。神様も誘って三人で食べに行こうとはしゃぐが……数分後にそのテンションは急降下する羽目になった。

「ふたりで楽しんで来たらいいよ! ボクは、バイト先の打ち上げがあるからね!」

 怒った様に、もっと分かりやすく言えば拗ねた様にしてクローゼットの中から外套を取り出し着込むヘスティア。

 ソレを見ながらオロオロとするベル。

 ため息を吐いて呆れるケン。

 事態の遂行を見ていた彼としては、成るべくして成った結末だった。

 掻い摘んで説明すると、ベルが外食をする理由――今朝方、そのお店の店員(美少女)に外食をお願いされたから。しかも落とした魔石を届けてくれたお礼らしい。

「えっと、なんで神様、怒ったの?」

 ベル、オマエはハンカチを落とした女の子か? そう言うナンパ方法が実際に使われていると知って、彼は何とも言えない気持ちになったのは……とりあえず横に置いておこう。

「ねぇ、なんで怒ってたの?」

 その店員がよほど可愛かったのだろう。嬉しそうに説明するベルに、ヘスティアが反応して眉を吊り上げていくのが見て取れた。ココまで来れば、後はどうなるかは……簡単に察せられた。

「ケ、ケン?」

 ハーレムを目指すなら、ベルは彼女の好意に気が付くべきだろう。ワザとそうしているなら分かる。ヘスティアは、ちょっと意地悪したくなる妹系キャラだ。だが、ベルのアレは違う。分かっていなくて素でやっている。

「お、お~い」

 そして、ヘスティアもヘスティアだ。そう言う独占欲があるなら、コレは自分のモノだとその店員に釘を刺しに行くべきだろう。決して、癇癪を起こしてどこかへ逃げると言う選択をするべきではない……と思う。

 恥ずかしいのは分かるし、他の神々に妙な話題を提供したくないと言うのも分かるが……。

「……答えてよぉ!」

 なんで神様怒ってたのと、ベルはさめざめと泣く。問いかけた同僚も上の空で、反応してくれないのが少年の心に追い討ちをかけた。

 ……知らぬは当人だけ。そんな言葉があったようなと、彼は天井の染みを数えながら現実逃避する。もっとも、あまり時間をかけてはいられない。ベルの心が沈みすぎて、彼の力ではサルベージ不可能になってしまう。

 焦った末に彼は、

「……きっと、アノ日なんだろう」

 と、ついつい言ってしまった。某竜を跨ぐ美少女魔法使いでも使われた便利な言葉――アノ日である。

「アノ日?」

 首を傾げ、今度はアノ日とは何かと頭を悩ませ始めるベル。ソレを見て、コレは不味いパターンだと判断した彼は、ため息を吐きながら悩むベルの背中を押すようにして強引にホームから出立した。

「え、ちょ、ケ、ケン!?」

「ほら、ホラ! さっさと飯食いにいくぞ!」

「い、いや、その、アノ日ってなに!?」

「アノ日は、アノ日だ! それ以上、深く考えるな!」

 良いな? そう念を押してベルを……今度は引きずって行く。暫くして、そう言えば何処のお店で食事をするのか聞いていなかった事に気が付いた彼は、引きずっていたベルを開放するのだった。



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act4 食事は、楽しく終わりたい

「ベル、本当にココか?」

「う、うん」

 問いかけに、やや遠慮がちに言うベル。気圧されている様だった。

 メインストリートに面したかなり立派な看板を掲げたお店――豊穣の女主人。店の佇まいを一見して、色々と高そうだと感じたケンは、小銭入れを確認する。

 小銭入れには、ずっしりとお金が入っていた。

 だが、コレで足りるだろうか?

 この小銭入れの中身だけでは足りないかもしれないと、彼はバックパックの中身を確認し始めた。

 別口の財布は……問題なく入っている。この店の値段がどれだけ高いのか分からないが、せめて良心的範囲内で収まって欲しい。そう彼が思っていると、

「あ、ベルさん!」

 来てくれたんですねと、やや癖のついた短めの髪を揺らして一人の女の子が出て来た。

「は、はい! 約束通り、来ちゃいました」

 顔を赤らめて言うベルに、はにかむ少女。身に着けている緑と白のエプロンドレス姿を見て、なるほどと彼は肯いた。

 確かにコレは可愛い。

 この世界に来てからケンは、ギルドのエイナ氏や青の薬屋のナァーザ氏を筆頭に――どうにもレベルの高い女子ばかりを見てきていた。もちろん神様だって、神様だからこそレベルが高い。そんな人達を見てきた彼だが、この目の前に居る少女は、なんと言うか花が在る様に感じられた。

 そう、華ではなく、花だ。何気なしに置いておいても良いと思えるような、そんな雰囲気を感じられる……。

「えっと、大丈夫ですか?」

「ん? あ、ああ……っ!?」

 女の子――シル・フローヴァの顔が直ぐ目の前まで迫っていたのに気が付いたケンは、驚いて数歩後ずさり大丈夫だと告げる。それが面白かったのか、彼女はクスクスと笑うと、

「フフ、驚かせちゃってすみません。

 それじゃ、二名様ご案内しま~す!」

 店の入り口を元気良く抜けて、新しい来客――自分達の事を店内の従業員達に伝える。それに元気良く返事を返すのは、彼女に負けじと可愛い女の子達。右を見ても左を見ても、働いている従業員は目見の良い女性だけ。男性の従業員が一人も見当たらないが、野郎の冒険者が和気藹々と酒を煽っていた。

 そのままカウンター席に通されたベル達は、この店――豊穣の女主人の女将に歓迎され……ドンッ! と、大ジョッキのエールが目の前に置かれた。

「いらっしゃい、シルから聞いたよ?

 アンタ、すっごい大食いなんだってね? 連れの子も居るみたいだし、そっちも沢山食べていっておくれよ!」

 期待しているよと言って下がって行く女将。ベルは、シルに皆にどういう紹介をしたのかと慌てて問いただす。ケンはと言うと、まだ頼んでもいないんだがなと、目の前に置かれたエールの大ジョッキを見つめていた。

 駆けつけ一杯と言うやつだろうか?

 それともウェルカム・ミルクならぬ、ウェルカム・エール?

 お品書きの値段をチラリと見た彼は、意を決してエールに口をつけ……一気に半分まで飲み干した。

「……プハァ。

 ああ、明日も仕事なんだがなぁ……」

 明日は午後からでも良いか? 最悪臨時休業にしてしまおうと、エールのジョッキを下ろしてお品書きに目を通していく。通常このオラリオにおいて、腹を満たす程度出あれば一食50ヴァリス程度出せば十分なモノにありつける。だがこの店は、ソコから桁一つは高い値段を一品の掲げていた。

 正直に言うと高い。いつもの食事に掛ける金銭を軽く上まっている。

 高いが……それでも一応良心的範囲内の金額設定だった。

「た、高い……」

 隣で値段の高さに冷や汗を流すベル。それを横目にケンは、たまたま通りかかった店員に注文良いかと訊ねた。

「はい、大丈夫です!」

「え、もう決めちゃったの?」

「ん? ベルは未だだったのか? なら、ベルが決めてからでも……」

 決め手からでも良いぞと言おうとした彼の前に、ドン! ドン! と、大皿のパスタが置かれた。

「あいよ! ミートボールパスタ二人前お待ち!」

 熱々のパスタの上に、ゴツゴツと大量に盛られたミートボールが実に暴力的な一品だ。……ではなく、いや、まだ頼んでいないんだが? そう抗議の視線を女将に送ると、逆にウィンクを返され、

「食い盛りだろ? コイツもたーんとお食べな!」

 更にドン! 湯通しした薄切り肉と千切りキャベツが沢山乗ったサラダボールが二人の間に置かれた。しかも、コレもかなりの大盛りである。

「えっと、ケン……」

「大丈夫だ。問題ない」

 丁度コレを注文するつもりだったと、心配そうにしてくるベルに返す。

 それにしてもと、ケンは女将を見ながら、彼女はもしかして神の類なのかと首をかしげた。女将からは神威が感じられなかったが、料理の出てくるタイミングといい、注文したかった料理を先回りして用意するといい、彼からすれば何かに抓まれた様な気になってしまっていたのだ。

 そんな所にいつの間にかやって来ていたシルに、ケンは先ほどの疑問を投げかける。それで彼女からの答えだが、即座に違いますと笑顔で返された。

「違いますよ。

 でも、ミアお母さんってすっごいんですよ? 初めて来店されたお客さんでも、何を注文されるのかとかだいたい勘で分かるって言っていました。

 あ、しかもですよ? そのお客さんの懐具合も勘でだいたい分かるとかも……」

「と、とんでもない女将さんだな」

 一種の職人の業と言うモノだろうか? 少々引き気味に返す彼に、シルは満面の笑みでソレを肯定する。その笑顔が眩しすぎて、見ていて辛くなるほどだった。

 そして話題を変える事も出来ず、しょうがなくケンは目の前に出されたパスタに手を付け始める。ベルの方も、そんなシルの笑顔に赤面してパスタへと手を伸ばし始めた。

 ハーレムを目指しているのにソレで良いのかとは思ったが、この小動物系男子がガッツリ肉食系な行動をするのが想像できない。

 だが何故だろう? その姿を想像すると、ゆっくりして行ってねと言うベルがボートに乗って消えていく姿が幻視できてしまう。

「……ところで」

「なんですかベルさん?」

「い、いや、あの、その、シルさんはお店の方、手伝わなくっていいのかなって?」

 思い出したかのように指摘するベルに、彼もまたそう言えばそうだと、口にパスタを含みながら彼女に視線を向ける。

 もしや、食事のメニューよりも可愛い女性店員が同伴してくれる事がメインのお店なのだろうか? 彼は一瞬そんな事を考えたが、店内の他の席の様子を窺ってみてソレは違うと否定する。確かにこのお店の店員達は全員可愛い女の子ばかりだ。だが、どの娘もテーブルとテーブルの間を、料理を持って行ったりオーダーを取ったりしているだけ……。

「まだそんなに忙しくないから大丈夫ですよ? それに、ちゃんとミアお母さんに許可も貰っていますから」

 許可を貰っている。そうあっけらかんと言うシルに、ケンは彼女の役職がどれ位なのかを考え始め……直ぐに止めた。それが不毛な事もそうだが、

「私のお給料の為に、遠慮せずバンバン食べちゃってくださいね!」

 まぁ、そう言う事なのだろうと彼は思わず呆れてしまった。

「そうだな……。じゃあ、コイツを追加で頼む」

 呆れたついでにと、シルに追加の注文を頼む。それを嬉しそうに受け取ると、彼女はミア女将に元気良く追加のオーダーを上げてくれた。

「ちょ、ケン!? ……お、お金大丈夫なの?」

「……安心しろベル。オレの懐は、おそらくオマエさんが考えているよりも暖かい」

 心配するベルを他所に、ケンは大盛りのサラダ皿から自分が食べる分を取り分けて口に運ぶ。それから暫く、冒険者とのお話がしたいと言うシルとベルが世間話に華を咲かせ、時折思い出したように彼にも振られた話題を適当に相槌を打ったりしての応答が続いた。

 すると一人の店員が、

「予約の団体様、ご来店ニャー!」

 そう言うや否や、ゾロゾロと大量の客が――冒険者が一斉に入って来る。あんな大所帯も受け入れられるのかと、彼は少々どうでも良い様な事を呟きつつ、彼らがどの様な団体なのかと視線を巡らした。

 小さいのから大きいのまで、獣耳から妖精耳も居て、種族も年齢もバラバラでかなりの人数のファミリアだという事は分かる。だが生憎と彼には、相手の実力を見ただけで理解できるほどの実力も経験も備わっていなかった。

「ロキ・ファミリアの皆さんですね。

 神ロキがこのお店を凄く気に入られていて、ファミリアの遠征帰りなんかの打ち上げに、結構な頻度で利用されるんですよ?」

「へぇ……」

 彼の疑問に、シルが親切に答えを出してくれた。

 しかし、ロキか……。彼の記憶では、ロキはイタズラ好きの神で、それが祟って神々の楽園を追放された神だったと覚えている。コレだけの規模の宴会なら、主神のロキも居るだろう。それらしい男の神様を探すが、居るのは目見良い女性ばかり。あと男性が少々。だが、その中にトリックスターと呼べるような神物は見当たらない。それっぽい小人は居たが、あれはおそらく違うと彼は何となく思った。

「おい、アレって……」

 剣姫だ。

 店内の誰かが行ったその言葉に反応したベルが、金髪の姫を見つけて身を縮ませる。恥ずかしいのだろうか? 紅潮した様子のベルに、ケンとシルがどうしたのかといぶかしんだ。

「それじゃ皆、遠征ご苦労さん! 今夜は好きなだけ飲んでぇな!」

 パーッと行こうパーッと! そう言って音頭を取る……男だろうか? 声音は女性にも聞こえるが、その体型は女性的かと言えば……彼ならば、オネエ系だろうと答えただろう。どういう意味を持ってそう答えるのかはあえて追求はしない。

「あの方が神ロキです。で、あちらの小人族の方が……」

 そして、その周りに座っているのはロキ・ファミリアの幹部達だというシル。一人一人の二つ名と名前を言いながら、彼らがどの様な活躍をして来たのか楽しそうに説明してくれた。

 彼女の説明にテキトウに相槌を返しながら、彼は縮こまってしまったベルが大丈夫なのかと心配する。顔を真っ赤にして気恥ずかしそうにしているベルの様子は、とりわけ心配するようなモノではなさそうだが、別の意味で大丈夫なのかと心配になってしまうモノだった。

「よーし、アノ話しようぜ!」

 そんな事をしていると、酔っ払ったのか矢鱈とテンションの高い狼人――凶狼のベート・ローガが大声で喋り出した。その声は喧騒の響く店内でも聞きづらいという事はなく、離れていた彼らにも届いてくる。それだけデカくて通りの良い声で語り出したのは、遠征帰りに遭遇した大量のミノタウロスの暴走逃避行だった。

「あぁ、あのミノタウロスか……」

「?」

「いや、5層でオレたち二人、そのミノタウロスの一匹に追いかけられたんだよ」

 それを言うと、シルがよく無事だったと驚いていた。

 話を戻すが、ダンジョン中層から上層まで続いたミノタウロスの暴走逃避行は、第一級冒険者と呼ばれる彼ららしからぬミス。酒の席と言うのもあり、自分達の失態を笑い話にしてしまおうと言う魂胆かもしれない。ついでに、こんな異常な事があったから他のヤツラも気をつけろと注意を飛ばしているのかもしれない。

 そして、先日のミノタウロスと遭遇した理由が知れて納得も出来た彼だが、酒が回りすぎたベートの次の発現に眉間に皴を寄せる事になった。

「――で、居たんだよ! 血で真っ赤になっちまったトマト野郎がさ!

 追い詰められたウサギみてぇでよ、ミノタウロスの攻撃にビビッて気絶までしやがんのよ!!」

「ふむふむ……。で、その冒険者はどないしたん?」

 そう言ったベートに、ロキはその冒険者がどうなったかを尋ねる。まさか犠牲者を出したりしていないよなと、ロキはその細い目を更に細めるが、今しがた笑い話として喋っている以上そんな事はないなと次を促す。

「ああ、アイズがよ、間一髪でミノタウロスを細切れにして助けてやったぜ? な、アイズ?」

「……」

 話を振られた金髪の少女は、普段から変化の少ない表情を僅かだが不快そうに顰めた。

 ……いや、それだけじゃない。

 彼女は、誰にも聞こえないような声でソレを否定していた。

 ロキ・ファミリアから伝わってくる雰囲気に、鈍い彼でも場の空気が妙なモノになったと感じられた。そして、先ほどと違って顔を青くしながら縮こまり震えるベルの肩を軽く叩き、

「ベル、気分が悪いなら、少し外の空気でも吸って……」

「――ウチの姫様、助けた相手に逃げられてやんのよ!」

 吸って来いと彼が言い切る前に、ベートの発言により酒場内に“嘲笑”が溢れた。ソレが誰を笑ったかなど関係ない。ソレを浴びせられていると感じてしまったのが、運悪くこの場に居合わせた当事者だっただけなのだ。

「ベルさん。あの、大丈夫ですか?

 良かったらミアお母さんに休める場所を……」

 隣に座るシルも、流石に顔を青くするベルが心配になってきた。ミア女将に休める部屋を用意してもらおうかと聞くも、ベルは大丈夫だとだけ返す。とてもじゃないが、二人からはベルのその様子はどう見ても大丈夫には見えなかった。

 ベルは、今にも泣き出しそうだった。

 そう感じた彼は、ミア女将に手拭きをもらえないかと尋ねようとして、

「――雑魚じゃ、アイズ・ヴァレンシュタインとは釣りあわねぇんだよ!」

「ッ!」

 ガタン! イスが押し倒され、ベルが走り出した。……店の外へ。

「ベルさん!?」

「ベル!」

 狼人の言った言葉に耐えかねたのか、二人の制止も聞かずに店を飛び出していってしまったベル。その後をシルが急いで追うが、全力で走り去る冒険者の足に恩恵のない一般人が追いつけるわけもない。暫くしなくとも、トボトボとした足取りで彼女は戻ってきた。

「参ったな……」

 そう言いながら肩をすくませるケンの耳には、スワ食い逃げかと言う声がそこかしこから聞こえてくる。

「……」

 色々と、不愉快になった。

 飯って言うのは、なんと言うかこう……楽しいモノなんだ。楽しくやって、楽しく終わらなきゃダメなんだ……。

 ケンは、眉間に皴を寄せながら足元に置いて置いたバックパックからヴァリスの詰まった袋を取り出し……ガシャンと、カウンターの上にワザと乱暴に音を立てて置いた。

「女将、勘定はマトメてコレで」

「確かに足りるだろうけど……良いのかい?」

 そう確認してくるミア女将。彼女は、ベルの飲み食いした代金は別で取ると暗に言っている。だがケンは、そんな事を気付けるほど頭が良い訳ではない。ただ、ぎこちなく笑うと、

「今日はさ、良い気分なんだ。

 いや、良い気分だったんだ。

 ああ、いや、いい気分で終わりたいんだ。だから……」

 だから気前良く、アイツの分まで奢らせてくれ。

 酔っているからなのか、何度も何度も繰り返すように言ったケンは、ヴァリスの詰まった袋を前に押す。それに対しミア女将は、本当にソレでいいのかと、先ほどとはまた別の意味で彼を見つめた。

「荒事は……する気はないみたいだね?」

 せめて文句の一つでも言わないのかいと、女将は彼に問いかける。だが、

「……オレにできる事は、コレくらいだからな」

 とだけ返した。

 ああ、そうだ。

 雑魚で、臆病者……。

 そんなヤツにできる事なんざ、精々コレ位だ。

 笑う強者を背に、ケンは誰にも聞こえない呟きを零しながら、残った料理を腹の中へと仕舞っていく。だがしかし、コレで構わないと思うほど、なぜか彼は目尻が熱くなっていくのを感じてしまう。

「……ご馳走様。また来ます」

 粗方皿の上を片付け、彼は席を立つ。

「あいよ。

 ……だけど、今度はもっと美味そうに食い終わっておくれよ?」

 女将のかけてくれた声に応えず、振り返らず、誰も見ず、暗い夜空を見上げて……。

「待って」

 だが、金髪の少女に止められた。

 振り返れば、剣姫――アイズ・ヴァレンシュタインが立っている。そして、酒場の視線が彼に集中しているのが見て取れた。ロキ・ファミリアの方からも、なにやら熱い視線が……ついでに声も飛んできている。

 正直に言って、勘弁して欲しかった。こういう状況は嫌いだ。

「……」

 用件はなんだろうか? 彼女からなにか言ってくれるのを待つが、一向に次の言葉が来ない。詰まったような空気だったが、

「支払いなら、済ませたぞ?」

「ち、ちが……っ!」

 そう言うと彼は、踵を返して再び岐路へと足を進めた。

 その後、何度も制止を呼びかける声が聞こえたが、それは自分じゃないと言い聞かせ……その場から逃げた。

 その場に取り残された少女――アイズは、トボトボと宴の席に戻る。その表情は、いつもと変わらない様に見えるが……。

「どうしたんだいアイズ?」

 団長――フィンの問いかけに、彼女はなんでもないと返す。他の団員や神ロキもそんな彼女の様子に心配していた。

「……にしても、アイズたんを無視して逃げるかぁ。あのガキ、ちょいっと〆たらあかんかなぁ?」

 ニシシと笑うロキに、酔っているのかとあきれるファミリアのメンバー達。ソレをたしなめるように言うのは、皆のお母さんことリヴェリア氏。それに、

「……あの人、ミノタウロスに追いかけられてたパーティのメンバー」

 謝れなかったと、アイズのこの発言で色々察したのか、以後この宴で彼らの事は話題に上がらなかった。



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act5 夜のダンジョン

 ホームに帰ってきたケンは、隠し部屋の中を見渡して彼女しか居ない事にため息を吐いた。

「……ベルは、帰っていないか」

「あ、お帰りケン君!」

 ケンを出迎えてくれたのは、外出から帰ってきていたヘスティア。深いため息を吐く眷族を見て、怪訝そうに顔を傾けた彼女は、彼と一緒に帰ってくるはずのもう一人の眷属が居ない事に気がついた。

「あれ? ベル君とは一緒に帰ってこなかったのかい?」

「ああ、ちょっと店で色々あって……」

 ケンは、どう説明すればいいのかと頭を掻き毟るが、そんな事はお構いなしにヘスティアは何があったのか話すようにと促す。彼は、上手く説明できないがと前置きするが、

「ケン君。キミは、余計な気まわしが多すぎる。

 ……言葉を選ばなくていい。あった事をそのまま教えて欲しいんだ」

 真っ直ぐ見つめてくるヘスティア。彼は判ったと返すと、自分達が豊穣の女主人で何があったかを淡々と話していった。

「……そして、オレ一人で帰ってきた。ココまでだ」

「……なるほどね」

 ソレで一緒に帰ってこなかったのかと、困った様にして肩をすくめるヘスティア。そして、どこか悪い事をしたかのように表情を暗くしているケンを見て、

「まったく、キミは何て顔をしているんだい?

 ケン君は、キミができる事をやってくれたじゃないか! それだけでも、ボクは十分嬉しいよ!」

 子供をあやすように、彼を抱きしめて背中を摩ってあげた。

 この子は後悔している。仲間の為に怒りを示せなかった事に、弱くとも立ち上がらなかった事に……。だがソレでもいいと、ヘスティアは内心安堵していた。

 確かに、家族の為に行動して欲しいとは思う。

 だが、その相手はレベル5の第一級冒険者。レベル1の駆け出し冒険者では、絶対とまで言うほど勝つ事ができない力量差だ。もし彼が下手な事をしていれば、その命が危険に晒されていただろう。

 ……そんな事になるなど、ヘスティア自身望んではいない。

「とりあえず、このままベル君が無事に帰ってきてくれれば良いんだけど……」

 そう願うが、もしかしたら真っ直ぐ帰ってこないかもしれない。念のためにと、ヘスティアは知り合いの神友や心当たりのある場所を尋ねてみることにした。

 いそいそと外出の支度を始めるヘスティアを他所に、ケンは壁に掛けられたベルの冒険者道具一式を見つめていた。

 ……それは、只の勘ではあった。

 だが、

 おそらく、

 たぶん、

 そんな曖昧な言葉でしか言えないが、ベルはアノ場所に居る様な気がした。

「それじゃケン君、ベル君が戻って来ても良い様にお留守番を……って、いきなりどうしたんだい!?」

「食後の腹ごなし……ついでにベルを迎えに行く」

 ベルの冒険道具一式を担ぎ、自身も支度をする為に穴倉へと上がって行く。

「迎えにって、ベル君の居場所が分かるのかい?」

「おそらく、たぶん……だが、確率は何処よりも高い」

 ダンジョンだと言う彼の指摘に、ヘスティアは天を仰いで呻いた。

「ケン君、本当にベル君の向かった先はダンジョンだって言うのかい?」

 信じられないと言うヘスティア。無理もない。ベルが今持っているだろう装備は、護身用のボロナイフ一本だけ。防具どころかポーションの一本すら持ち合わせていない。そんな装備でダンジョンに挑むなど、只の自殺行為なのだ。

「たぶん、たぶんだ」

 そう、たぶんでしかない。だが、どうしてもその確率が高いように感じられた。

 ふと、その根拠は何かと考る。そして、ここ数日ベルと一緒に過ごした中で、彼なりにベルならそう言う事をするのではないか? そう感じさせられていたのだと、ヘスティアに説明した。つまるところ、

「意地があるんですよ。男の子って生き物には」

 雑魚とは釣り合わない! ……あの狼人の言葉に、ベルは憧れを諦めるだろうか? 否だ。ベルは、ただ夢を語って満足するようなバカではない。

 クククと、彼は引きつった様に笑った。

 ダンジョンで窮地に陥った少女を救う?

 たまたま仲間になった少女と、幾多の苦難を乗り越える?

 王道だ。

 物語の主人公が歩みそうな、典型的な王道だ。

 そんな王道をベルは――赤面しながらも確りと語り、出会った少女達とのハーレムを夢想した。

 なら、自身の窮地を助けてくれた――自分よりも遥か上位の実力を持つ少女に並び立とうとするのもまた王道! ソイツを目指すモノに、この道を通らないなどと言う道理は無い。もしココで、ただ泣き散らし、無様に夢を諦める様なら、

「そんな夢、さっさと、諦めろ」

 今、手の中に有る夢で我慢しろ! ……そう思う彼の気持ちとは裏腹に、握り締めた拳は別の怒りに震えていた。

 諦めたくないから、ウジウジしていたとしても、どれだけ無様で情けなくとも、その夢を手放せないんだろ? 違うのかと、もはや誰に言い聞かせているのか分からない独白を吐きながら、支度を終えて穴倉の中から出て行く。

「ウッ……!」

 飲みすぎたのか、酷く頭がクラクラとする。かなり酔いが回ってきているようだ。

「待つんだケン君!」

 ふらつく彼をヘスティアが止める。どうしたんだと問いかける間もなく、ヘスティアに手を引っ張られて……水を被せられた。

「まったく……こんなベロンベロンに酔っちゃって、そんな状態でダンジョンに潜る気だったのかい!?」

 キミだって危ないじゃないかと怒るヘスティアに、彼は苦笑して頬をかく。確かに彼女の言うとおり、このまま行ってとしてもミイラ取りがミイラになるだけだ。

「とりあえず、コレを飲んで水分を補給したほうがいい」

 少しは酔いが楽になると、ミアハ製の薬とボールに入った水を渡された。良く冷えているが……コップではない。それに苦笑しつつも、彼はヘスティアに礼を言って一思いにボールの中身と薬を飲み干した。

「あと、途中で飲む用に水筒を二つ。

 ……なるべく早く、二人して帰って来るんだよ?」

「……ン……ン……プハぁ。……ああ、なるべく早く帰ってきます」

 そう言うと彼は、ボールと水筒を交換してバベルへと急いだ。

 

 

 夜のダンジョン。

 もともとそんなに人の気配がしない場所だが、今は時間が時間でもありココに訪れる冒険者など特別な理由を持ったモノ意外は皆無だろう。

「取りこぼし……じゃないな」

 そんな場所で、今さっきまで人が居たと言う痕跡が――回収される事なく放置された魔石やドロップアイテムが、ダンジョンの通路に点々と続いていた。

 上級の冒険者が、下層に向かう際に倒して行った名残か? ケンは最初こそそう考えたが、落ちている魔石の量が余りにも多すぎた。

 それはまるで、出会ったモンスターを手当たり次第に倒して回った様にも見える。マナーの有る冒険者はこんな事はしない。するとすれば、性質の悪い輩か……拾う暇すら考えないバカか、

「……拾わないわけには、いかないか」

 急いではいたが、彼は床に散らばっているドロップ類を拾っていく。他人の獲物の横取りかもしれないが、このまま魔石を放置する訳にもいかない。

 エイナ氏からの説明曰く、モンスターが魔石を食べてると強化種と呼ばれるモノに変異するらしい。

 彼らは、まだその強化種とは出会ったことは無い。だが、通常の冒険者では手が付けられないほどの強さを持つモンスターだと言われている。

 ゲームで言うところ、ネームドモンスターと言うヤツだろう。彼は、そう考え……そんなのが初心者ダンジョンの入り口付近を闊歩する姿を想像して目を遠くした。

 このままドロップ類を放置していても、ダンジョンの修復能力で地面に飲み込まれるだけだろうが……万が一も有る。餌を撒き散らしておくわけにもいかない。ギルドから注意勧告を受けたり、最悪どこかのファミリアから抗争を吹きかけられる可能性も出てくる。

 拾うしかない。

 散らばったドロップ品をバックパックへと仕舞いながら、慎重にダンジョン内を進んでいく。

「まだ、潜るのか?」

 その点々と続くドロップ品の糸を手繰り、道中ポップしたモンスターとの戦闘も挟みながら、普段はソロでは潜らない階層まで下っていく。

 現在、彼の立っている場所は、五層から六層へと続く階段の前……。

 そう。つい先日、初めて土を付けたばかりの階層をもう下ろうとしていた。

 ……いや、落ちている魔石を目で追うと、それは下の階層へと続いているのが見て取れる。もう、降りてしまったのだろう。ベルの装備は、碌な防御力も無い普通の服に護身用のボロナイフだけ。そんな装備だけで新層攻略をやってしまうバカに、彼は最大限の敬意を込めて、バカ野郎と謗る。

「迎えに行く身にもなれ……」

 愚痴を零しながら、自身のやっている事には目を瞑る事にした。

 バカをやっているのは、なにもベルだけではない。彼は、ソロでは二層までしか潜った事が無い……。パーティで潜った事があるとはいえ、ソロで新層開拓をしている彼も同じ穴のバカだった。

 手に持った弓矢――ファントムを見つめた彼は、流石にこれ以上はこの装備でソロはキツイと感じ始めていた。出現するモンスターの耐久力は、ファントムの一撃で十分に対処できるものだった。だが、いかんせん高い敏捷性が狙いを付けづらくさせてくる。

 そして、悠長に狙っていれば殺される。

 だが一撃で仕留められなければ、次の矢を射るまでの時間で殺されてしまう。

「……」

 無言で、腰のホルスターに仕舞われているソレを撫でる。元々いざと言う時の備えだったが、今日に限って既に何度となくコレに助けられていた。

 そんな装備で大丈夫か?

 何処からか死亡フラグめいた幻聴が聞こえてくるが、一番良い装備だからと言ってどうにかなるわけでもないのがダンジョンと言う場所。

 大丈夫ではない。大問題だ……。だが、コレでいくしかない。

「ベルが、羨ましがるからなぁ……」

 現状でも羨ましがられているのに、これ以上羨ましがられ、それが軋轢にでもなったら一大事だと、彼は苦笑しながら肩を落とした。

 不安は有る。

 だが、ソレとはまた別に杞憂に成る事を再確認した彼の顔には、仕方が無いかと言う雰囲気がにじみ出ていた。

「……行きますか」

 そして、彼は第六層へと降りて行った。



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act6 夜を越えて

 ただただ悔しくて、

「ハァ、ハァ、ハァ……っ!」

 ただただ惨めで、

「クッ!? この!」

 それでも僕は、そんな自分なままのを認められなかった。

 酒場から逃げだした後、僕はいつの間にかダンジョンに居る事に気が付いた。

 どうしてココに来たのか……考える必要も無い。僕は、目の前に現れるモンスター達を護身用のナイフで切り裂きながら、ダンジョンの奥へと足を進めて行く。

『雑魚とアイズ・ヴァレンシュタインは釣りあわねぇんだよ!』

 モンスターを切り裂くたびに、ダンジョンの奥へと進むたびに、酒場で言われたあの言葉が頭の中に何度も何度も響いてくる。

「……ッ!」

 ソレを振り切るように頭を振り、モンスターを倒しながら先へ先へと進んだ。

 ……そして、ソレと出くわした。

 新人冒険者が、ダンジョンで最初にぶち当たる壁。

 別名、新人殺し――ウォーシャドウ。

 第六層から出現するこのモンスターは、暗い人影のような姿をしていて、その攻撃手段は両の手にある鋭利な三本の爪。耐久力こそ高くはないが、敏捷性が今までのモンスターよりも――新人冒険者では対処できないほどの強敵だ。

『証明して見せろ。お前の可能性を……』

 ソイツと初めて相対した時、僕の中に先ほどまでとは明確に違う――ケンが偶に口ずさむソレが木霊した。ケンの言葉ではないと言っていたソレが、あの狼人の声と共に聞こえてくるそれは妙に心地よいもので……。

「ああ、そうだ! 証明する! ボクは……ッ!」

 彼女に並び立つんだ! その決意を叫びながら、襲い掛かってきたウォーシャドウの鋭利な爪をナイフを使っていなす。一回、二回と爪の攻撃を避け続け、その動きを目で追って……。

 行ける!

 ウォーシャドウの動きについて行けている。

 そう確信した僕は、守備から攻撃へと転じ……最初の一体をその魔石を両断する事で打ち倒した。

「ハァ、ハァ、ハァ……やった?」

 灰になって崩れ落ちるウォーシャドウに、頬を伝う血を拭うのすら忘れてしまう。

 ピキッ、ピキピキッ……!

 だけど、その勝利の余韻を味わってる余裕を味わっていられるほど、ダンジョンは優しくはなかった。

 音を立てダンジョンの壁が崩れ、ソコから新たなモンスターが生れ落ちてくる。それも複数――ウォーシャドウばかりがゆっくりとダンジョン内に降り立ち、僕の方へとその両手の爪を向けた。

「ハァ、ハァ……やって、やる!」

 ナイフを握り直してウォーシャドウ達へと向かっていく。一体目をすれ違い様に、二体目はぶつかるように懐に潜り込んで……。

 それから何体のウォーシャドウを倒したのか、途中から数える事を止めた。

 手にしていたナイフは最初の数体で半ばから折れ、今はウォーシャドウからドロップした黒い尖爪をナイフの代わりにして戦っている。

 なりふりなど構わない。

 ただただ、目指すべき憧れを抱き、我武者羅に突き進む……。

 ……突き進む者と、迎えに来た者。両者が合流するまで、そう時間は掛からなかった。

「こういう時、熱くなれねえってのはよ……」

 心底、格好悪るいんだ。

 そう言って撃ち放たれた矢が、背面から僕を襲おうとしたウォーシャドウを貫いて霧散させた。矢を撃った当人は、当てた余韻に浸る暇も作らず、次の矢を番え……。

「ハァァァ!」

 ケンが次の矢を放つより早く、僕は残ったウォーシャドウ達を灰にした。

 

 

「ケン、どうし……わぷ!?」

 突然現れたケンに、何故と疑問を口にしようとしたベル。だがソレよりも先に、彼はベルの装備一式を投げ渡した。

「さっさと身に着けろ!」

 碌な装備もつけずになにやってるんだと、ベルに罵声を当てる。次いでベルの状態を見た彼は、医療パックを――装備品を頭の上から被ったベルに向けて放り投げた。

医療パックの効果で、ベルの怪我が塞がっていく。

ただ疲労までは回復しないのか、意識が多少朦朧としていたベルには、体が僅かに軽くなった程度にしか認識できていなかった。

「ありがとう、ケン。

 ……ボクを連れ戻しにきたの?」

 装備一式を身に着けたベルは、彼に連れ戻しに来たのかと訊ねる。そのベルの表情は、まだ帰るつもりなんかこれっぽっちも無いと語っていた。

 そんなベルを見てケンは、

「好きにしろ。気が済むまでやれ」

 男には意地があるんだろ? ケンはそう言って――やや呆れながらも口角を上げて笑って見せた。

 一瞬ポカンと成るも、ベルも精一杯に笑い返す。そのまま互いに背中を合わせあうと、周囲に湧き出て来たウォーシャドウに向かってそれぞれの武器を構えた。

「そうだ。ボクにだって意地がある!」

「ああ、そうだ!

 ぅんで、こっちは心底ムカついてるんだ。

 クタクタになるまで頑張って、美味い飯食えて、酒まで飲んで、それで今日は終わりかと思ったらあの駄犬。メンドウな事してくれてよ!」

 おかげで残業だ! そう悪態を付きながら彼は、次々にウォーシャドウを射抜いて行く。

「それって、ボクの所為!?」

 勝手に来たのはケンでしょ!? ドロップした爪とナイフを両手に構え、なんちゃって二刀流で駆け抜けるベル。

「だぁほ! オマエがはじめた事だろ!」

 懐まで迫ってきたウォーシャドウを、持ち替えたサバイバルナイフで突き刺して引き抜く。刀身には、砕けずに引っ付いた状態の魔石が一つ。後には、魔石を抜かれて灰に変えるウォーシャドウだけ。

「ケンがココに居るのは、ケンの所為でしょ!」

 ボクの理由じゃないと返すベルに、彼はそんな事知った事かと声を荒げる。完全に自分を棚に上げた彼は、

「オレは、腹ごなしで来てるだけだ! そんで、ついつい潜りすぎちまったんだよ!」

 一匹を射殺し、次の矢をつがえるのが間あわないと判断してサイドアーム――REXで射殺する。咄嗟の事とは言え、ケンは激しく舌打ちするが、

「ついついで、新層開拓しないでよ!」

 ある意味で極度の興奮状態がそうさせたのか、はたまた此方に質問をぶつける暇すらないのか、ベルは戦いに集中していた。REXをホルスターに戻し、再度ファントムを構えて射る。

「雑魚なんざ狩っても、腹ごなしにはならねぇんだよ!」

 互いに口喧嘩をしながら、新人殺しと恐れられるウォーシャドウを次々狩る新米冒険者二名。ギルドの職員が見たら卒倒しそうなソレは……オラリオの夜が明けて太陽が顔を出すまで続いたのだった。

 

 

 太陽がオラリオの夜を払い始めた頃、

「二人とも、ボクをこんなに心配させて!

 ケン君、速く帰って来るって言ったじゃないか?!」

 神の一柱が、自身の子供二人に説教をしていた。

 廃教会の前で迎えてくれたヘスティアは、それはもう心配していたんだと二人に言う。そんな彼女を見て、ケンはバツが悪そうに頬を掻くと、

「いやぁ、道が(モンスターで)込んでいて……」

 大渋滞だったんだと弁明するが、そんな言い訳でヘスティアが納得するわけもない。

「このバカチンがー!」

 思いっきり飛び上がったヘスティアは、ケンのその頭に拳骨を叩き込む。アイタと、彼は叩かれた頭を押さえつけながら苦笑し、そのまま地面にへたり込んだ。流石に夜通し戦い続けていた所為か、彼の足腰が悲鳴をあげていたのだ。

 笑う足を大の字に広げ、ケンは参った参ったと頭を掻く。

「神様……」

 ほんとに困った子だねと呆れるヘスティアに、ベルがふらつきながら歩み寄り、

「どうしたんだいベルく……っ!?」

 ベルも立っている事が出来ず、ヘスティアに寄りかかる様にして倒れこんだ。

 偶然受け止める形となったヘスティアは、先ほどとはまた別の意味で赤面してしまう。

「べ、ベル君!? えっと、その、こっちも心の準備が……」

「神様……強く、なりたいです」

 あたふたとするヘスティアとは裏腹に、意識が途切れてしまいそうなベルは、ただ強くなりたいと言って、そのまま眠るように気絶してしまった。

「ベル……君?」

 安らかに寝息をたてるベルを見て、ヘスティアはその白い髪を優しく撫でる。

「ほんと、ボクの子供達は……」

 みんな問題児ばかりだ。

 カラカラと音がしそうな笑みを浮かべた幼女神は、次いで往来のど真ん中で寝転がっているもう一人の眷属を見て、

「先にベル君を運んじゃうから、ケン君はソコでちょっと待っておくれ」

 了解と、だらしなくその場に倒れた彼は、手をプラプラと振って答えて……そのまま意識を手放した。

 ……。

 …………。

 ………………。

 どれくらい経ったのだろう。

 気だるい瞼を擦りながら起き上がると、ケンはいつもの塒ではなくソファーの上で寝ているのだと気が付いた。はっきりとしない意識のまま辺りを見渡せば、ココが教会の隠し部屋だというのに気がつく。部屋の中心に設置してあるベッドでは、ベルとヘスティアが仲睦まじそうに寄り添って寝ているのが確認できた。

 ついでに言うなら……ヘスティアは、その重厚な胸部装甲をベルに押し当てて至極ご満悦な表情で眠っている。ベルもベルで、抱きついて来る幼女神を邪険にする事無く、と言うかベッドから落ちないように抱きとめていた。

「あ”~……」

 色々とご馳走様です。砂糖を吐きそうな二人の邪魔をしないよう、彼は静かにソファーから抜け出すとそのまま外へと出て行った。

「これからどうしよう……?」

 考えるも、頭がやけにズキズキと痛み、次いで妙な胸焼けのような不快感に苛まれてしまう。ケンは、仕方なく外で顔を洗ってさっぱりして、次いで適当に水分を補給しながら……どうしようもなく手持ち無沙汰となった。お腹は空腹を訴えかけてくるが、生憎とキッチンも食材も全てベル達が寝ている隠し部屋の中なのだ。

「じゃが丸くんの屋台でも近くにねぇかなぁ?」

 ホームの廃教会の有る場所は、オラリオで比較的そういった家屋が多い区画。流石にこの廃墟街にまで屋台を出す店はそうないかとボヤキながら、冒険用の保存食でもないかと塒の中を漁ってみたが……。彼は、保存食ではなくじゃが丸くんを頬張る事となった。

 恩恵によって高められた冒険者の能力(?)により、たまたまこの近くに来ていた屋台のソレを嗅ぎ付けたのだ。

「……もうそろっと起きた頃合かな?」

 ムシャムシャと咀嚼しながら、隠し扉の向こうがドタドタと騒がしい音が聞こえてくる。大方、ベルとヘスティアが漫才でもしているのだろう。そう当たりを付けた彼は、数は買ってあるから大丈夫だろうと袋に入ったじゃが丸くんを抱え、

「おーら二人とも! 飯だぞ!」

「ケ、ケン君、一体何処に行っていたんだい?! 心配しちゃったじゃないか!」

 丸一日寝込んでいたんだよと心配するヘスティアに、彼はそんなに寝てたのかとのんきに驚いて、

「この、バカチンが!」

「アイタ!?」

 ヘスティアによって、再び制裁を脳天に落とされたのだった。



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act7 成果の清算

 ベルとケン、二人の恩恵の更新を終えたヘスティアは、両者にそれぞれ別のベクトルを持った驚きを――つまるところ驚愕していた。

「神様、どうしたんですか?」

「う、ううん、なんでもないよベル君!」

 それにケン君もと、ヘスティアはワザとらしいほどになんでもないとその場を取り繕う。ベルはソレを何の疑いもなく了承し、ケンはと言うと、

『あーはいはい、なんか色々と有ったんですね? 分かります』

 とでも言いたげに了承したのだった。

 もっともソレを見た当のヘスティアが、何が分かってるんだと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのは然もあらん。その結果、どうかしたのかとベルに頭を傾がれてしまった。

「ォホン! ン、ン……あ~二人とも、今回はステータスを口頭で教えるからね」

 それからヘスティアは、何度か咳払いをして仕切りなおすと二人に当たり障りのない偽りのステータスを教えていく。

 ベルは、ブースト系スキル【憧憬一途(リファレスファーゼ)】の所為で上がりすぎてしまったが為に、適度に低くして……。

 そしてケンはと言うと、なぜかステータスが下がってしまっていた。

 

ケン・ツワモノ

Lv:1

力:I=40→I=35(45)

耐久:I=9→I=2(10)

器用:I=111→H=89(119)

敏捷:I=106→H=67(112)

魔力:I=104→H=89(109)

 

 ……いや、上がってはいたが、下がっていたのだ。

 その事にヘスティアは頭痛を覚えつつも、スキル【劣色心界(モノクローム)】の影響で余り伸びなかった結果を教える事にした。流石に下がったなんて教えたら、【劣色心界(モノクローム)】の影響で更にステータスが下がりかねない。

「えっと、その……ケン君」

 ベルには成長期だからと言えたヘスティアも、同じようにウォーシャドウと戦って大量の経験値を稼いだ筈のケンにはどう声をかけるべきなのか声に詰まってしまう。ベルもベルで、流石に自分とのステータスの成長の違いに――まったくと言っていいほど上がっていなかったケンにどう声をかけるべきなのかと、何とも言えない顔を浮かべながらヘスティアへと視線を向けた。

 こっちに振らないでくれ。そんな風に眉を顰めるヘスティアを見たベルは、ではどうしろと? と言う様に互いに視線で会話を飛ばしあう。

「ん~……」

 そんな二人を他所に、暫し天井を仰ぎながら呻ったケンは、まぁこんなものかと言うと凝った身体を解きほぐしていく。

「いや、こんなものって……」

「……残念って言えば、残念だけど、さ!

 下手に目立つのも、ね!」

 身体を捻るたびにギシギシと、ケンの体とベッドが軋む。あまり乱暴には出来んなと苦笑しながら、彼は二人を見る。

「金は稼げてるんだ。今は、それでいい」

 良い訳がない。ケンは嘘を言っている。神に嘘は通用しないんだよと、ヘスティアは口には出さない代わりに彼を後ろから抱きしめた。

「……ケン君、君はもっと欲を持って良いんだ。

 現状に納得せずに、もっと自分の心を自由にして……」

「結構、自由だと思うんですけどね……」

 耳元で囁くヘスティア。それに苦笑しながら返していると、ベルが慌てたようにして立ち上がった。

 どうしたんだと、彼とヘスティアが顔を向けると、

「酒場のお金、払ってなかったのすっかり忘れてた!」

 ベルは顔を青くしながら、ヴァリスをかき集めていく。その様子に、ケンはもう払ったと言うべきか迷ったが、今回はあえて言わない事にした。そちらの方が、何となく面白そうだからと言う理由でだが……。

「ちょっと出かけてきます!」

 そうこうしているうちに、ベルはホームから出て行ってしまう。ヘスティアは、ベルを見送るとケンに飲み代は払ったんじゃないのかと聞いてきた。

「まとめて払ったぞ? まぁ、一度ベルが顔を出した方が良いんじゃないかって考えてな」

 ベルを追って出て行ったシルの件もある。一度顔を出して安心させた方がいいし、女将に謝ってきた方がいい。でないと、今後アノ店を利用できなくなってしまうかもしれない。

「それよりも……」

 このままヘスティアの軟らかさを堪能するのも悪くはないが、ケンには質問しなければいけない事があった。

「なんで今回だけ口頭なんですかね?」

 紙なら十分にあるのに。そう言ってケンは、ヘスティアへと向ける目を細めた。

 それに対してヘスティアは、誤魔化すように今回はこうしたかったんだと言う。もっとも、それで彼が納得するわけでもない。

「ステータス……上がったわけじゃないんですよね?」

「ど、どういう意味なのかなぁ? ケ、ケン君、君のステータスはさっきも言ったとおり……」

「う~ん、まぁ、今回はそう言う事にしておきます」

 Need not to know ――世の中には知る必要のない事もある。上がそう判断したのなら、下は下手に詮索せずに下がる事も必要。動揺してしどろもどろしているヘスティアに、ケンはこれ以上は追求しないと言ってベッドから立ち上がった。

「あ……」

  ヘスティアの手が、ケンからするりと抜け落ちてそのまま宙に取り残される。これからどうするかと、これからの予定を思案する彼の背中に伸ばされたヘスティアの手。そのまま彼がどこかへ消えていきそうで、自分はそれを止めようと手を伸ばしているような錯覚を感じさせた。

 ファミリアの主神として、なにより家族としてこんなのはダメだと、ヘスティアは己が手を振り上げると……。

 バシン!

 気合を入れるようにして両の頬を叩いた。

「きゅ、急にどうしたんだ?」

「だ、大丈夫。ちょっと気合を入れただけさ!」

 ちょっと力加減を間違えて赤く腫れてしまったが、今の自分にはこれ位が丁度いいとヘスティアは強がって見せる。そんなヘスティアを……ケンはどこか呆れたようにして見ていたが、彼女は気にしない事にした。

「たしかアレはあそこに仕舞った筈……」

 それからヘスティアは、収納棚の一つを漁って目当ての物がないかと探す。幸いな事なのかは別として、物の少ない現状でそれほど手間もかからず目的の物が見つかった。

「ケン君! ボクは、これから所用で三日ほどホームを空ける。その間の留守をベル君と一緒に任せたよ!

 ……あ、そうそうケン君! 君はボクが帰ってくるまで、正確にはステータスを更新するまでダンジョンに極力潜らないように! でも、どうしても潜るんだったら慎重にかつ今まで通りに一階と二階だけにするんだ! いいね?」

 有無を言わせない様に念押ししたヘスティアは、一枚の封書を手に持ってホームから出て行った。

「りょ、了解……」

 もう居ないヘスティアにやっと返答したケン。暫くして、ではどうしようかと再びベッドに倒れこんだのだった。

 

 

「このお馬鹿ぁ!」

「アイタ!?」

 それなりに広い冒険者ギルドの受付ロビーに、スパーンッと言う小気味良い音と女性の怒号が木霊する。なんだなんだと目を向けた冒険者や他のギルド職員が目にしたのは、あのエイナが珍しく周囲の事などお構いナシに怒っているところだった。何処から取り出したのか、紙を折り曲げて作った鈍器モドキ――ハリセンで彼女を怒らせた下手人の頭を叩いている。

「うわぁ……」

 普段の彼女からは到底想像できない……と言うより、何をどうすれば彼女をあそこまで怒り狂わせる事ができるのか、その怒りを受けている下手人にも自然と視線が集まるのは仕方がない事だった。

 見たところまだ駆け出しの冒険者だろう。ギルド支給のボロ防具を身に付け、同じくボロのコートを着ている。武器は、奇妙な形――目的不明の車輪やら何やら付属品がゴテゴテと付いた弓。ソレが矢筒と共に足元の大き目なサポータバッグと共に置かれていた。

「サポーターか?」

 駆け出しの装備で大き目のサポーターバッグ。おまけに弓を使うとなるとサポーター(弱者)か見習いだろうと当たりをつけ、ムチャしたパーティメンバーの尻拭いでもしているのだろうと、何人かが興味を失い去っていった。

「で、アイツ……と言うかアイツの仲間か? 一体何をしたんだ?」

 それでも興味が尽きないモノはいる。冒険者然り、暇を持て余した神然り。そして、ギルドの職員然りだ。相変わらず周囲を気にせず説教をするエイナの後ろで、聞き耳を立てていた職員が数人。それらを適当に呼びつけ、アノ駆け出し冒険者が何をしたのかを聞き出す人が多数。噂は本人も知らぬうちに広がっていく。

「えっとねぇ……ゴニョゴニュ」

「……はぁ? 酒に酔った勢いで普段は二層までしか潜らない所を、一気に七層までぶち抜いただぁ?!」

「初遭遇なのにウォーシャドウの大群をばったばった倒したって……そいつら酒の飲みすぎじゃないか?」

 ウォーシャドウと言えば、新人殺しと悪名高い最初の難問。ソレを初遭遇で、それも大群を相手に酒で酔ったい状態で生き残ったなど……。

「ただのホラ話じゃねぇか?」

 一匹や二匹なら分かる。新人だけだとしても、それなりの人数がいれば――死人が出るかもしれないだろうが、酔っていても倒せるかもしれないだろう。ソレが酔っ払って記憶が変になり、大群を倒したなどと誇張されて記憶されたんだろう。

「ま、どちらにせよ褒められた事じゃないけどね?」

 そう言ってギルドの職員は肩を竦めた。

 ダンジョンを侮ってはいけない。一瞬の油断が死に繋がる場所。そんな場所に、酔っ払ってドンチャン騒ぎをするかのように潜るような場所では決してない。

「……そうか。まぁ、酒の席のネタには成るな」

 酒に酔ってダンジョン攻略をした駆け出し冒険者、ギルド受付け嬢エイナ氏が大激怒。そんな見出しで飾れそうな噂を片手に、野次馬達はそれぞれが帰る場所へと帰っていく。ただ、一部の暇を持て余した神や冒険者などは、引き続き件の二人の観察に勤めていた。

 そして、そんな事など知らない二人はと言うと、

「まったく、どれだけ捌いたっていうのよ!?」

 バックパック一杯のドロップアイテムに魔石を見て頭を抱えるエイナに、反省はしているがすごいでしょ? 褒めて褒めてとはにかむ男――ヘスティア・ファミリアのケン。スキル【戦場遊戯(バトルフィールド)】の効果の一つで、少し長めの短剣までなら魔石を問答無用で剥ぎ取る事ができる――通称“本体(タグ)置いてけ”のお陰だ。発動条件が“ナイフ系装備で魔石のすぐ近くまで刃を届かせる”と言う限定的で曖昧な難点があるのだが、対象は“死体の状態でも構わない”と言う緩さもあった。お陰でケンは、モンスターの解体作業がほぼ一瞬で終わると重宝している。

 エイナは、机の上に並べられたドロップ品――ウォーシャドウの爪の山を見て、先ほどの発言が誇張されたモノではないと頭を悩ませている。後ろで見聞きしていた他の職員も同様だ。

「まぁ、ベルが居たからコレだけ取れたんだ。あいつがいなきゃ、こうはいかないな」

「ベル君……!」

 後でベルにもキツク説教しなければと決意するエイナ氏。その後ろにいた職員達は、彼の口から出て来たベルと言う冒険者に興味の対象が移っていた。

「ベルって言うと、エイナの担当に成ってる……あの返り血で真っ赤になってギルドにやって来た男の子だよね?」

「あの子と同じヘスティア・ファミリアだからたぶんね」

「そのベルって子、エイナの注意も聞かずにドンドン攻略階層を増やして行ってるんだよ? お陰でエイナが心配しまくりで……」

「たしか件の二人、冒険者になってまだ一月程度だったかな? スゴイよね。もう七層まで潜れるようになるなんて」

「でも、エイナに説教されているあの子。そんなに強そうには見えないんだけど……シューターじゃなくて、やっぱりサポーター? ベルって子がメインで倒したのかな?」

 だとしたらすごいねと、姦しく噂話に花を咲かせる職員達。暫くしなくとも背後から咳払いで注意され、ばつの悪そうな顔でそれぞれの持ち場へと散っていく。勿論、エイナ氏の近くが持ち場の職員に続報よろしくと言うのは忘れていない。

 結局、途中からやって来たベルと一緒に個室で特別授業をする羽目となった二人は、クタクタになりながらもドロップ品の山を換金して帰路に――神様も不在なので、途中で豊穣の女主人に打ち上げに向かってからホームへと帰る事にした。

 ちゃっかり昼間の一件が笑い話になっていたのは御愛嬌。ベルが再び顔を赤らめて縮こまったが、流石に連続でバカをやらかすような事はなく……代わりに沢山焼け食いした。今は二人とも寝床の上で呻っている。



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act8 今日の仕事は午後からに

 ガネーシャ・ファミリアのホームを見た者は、おおよそほぼ同じような感想を抱くらしい。

「ガネーシャ様パネェ」

 と、

「股間から入るのか」

 の二つだ。

 胡坐をかいた主神ガネーシャの巨像。その股間が入り口となっているホームを前にして、ヘスティアもまた似たような感想を浮かべていた。

「いったいガネーシャは、どういう神経でこんなモノを建てたんだろうね? こんな場所が入り口なんてさ」

 そう独り言を零しながら、そう言えばココを潜ると何か新しい境地に目覚めるなどと言う真偽不明の噂を思い出す。それがどんな新境地かなど想像したくもないし、たどり着きたいとも思わないヘスティアだが……今夜の目的はここで行なわれる神の宴なのだ。

「……よし」

 ココまで来て怖気づくわけにもいかない。怖気づく理由もならない。

 これからやろうとしている事を考えれば、その程度の噂などどうしたものか!

 ヘスティアは今一度気合を入れて足を踏み出す。

 そう、ただ門を潜るだけ……。

 なのに大げさなと……。

 すると門を潜っていたヘスティアに、ファミリアのちょっと冴えない眷属の声が聞こえた気がした。

『ガネーシャが女だったらもっとパネェんだが……』

「……は?」

 目が点に成るとはこの事か。女、入り口が……そう関連がつけられたヘスティアは、ツインテールを激しく振りながら、

「そう言う事を思いついちゃダメだよケン君!」

 思わず、ここにはいない筈の眷族に向かって叱咤する。その奇行に周りの視線が集まるが、彼女は咳払いをして顔を赤らめさせながら奥へと進んでいった。

「大体キミは、自分を偽り過ぎだ! ベル君に遠慮するのは分かるけど、もっとバンバンやって欲求を……!」

 ……勿論、道中そんな事をさせた空耳に愚痴を零すのは忘れない。

 そして、

「オレがガネーシャだ! 今宵は皆、オレの呼びかけに集まってくれて有難う!

 例年道り怪物祭(モンスターフィリア)を間近に控え……」

 神の宴の会場。その壇上で象の仮面を着けた神が、参加した他の神々から無視されながらも熱心に演説を続けていた。

 別段冷たくあしらわれている訳ではなく、あくまでコレが普通なのだとか……。ガネーシャ本人もそんな事は気にせず、とにかく集まってくれた皆に宴を楽しんで欲しいと繰り返していた。

 ……なら、その言葉に甘えるとしよう。

 目的の神はまだ来ていないみたいだしと、ヘスティアは手ごろなテーブルへと足を運ぶ。テーブルの上には、貧乏な自分たちが普段目にする事がないような豪華な料理が並んでいた。

「む、届かない。

 ……そこの給仕君、台座を用意したまへ!」

 フロアスタッフをしていたガネーシャ・ファミリアの一人に台座を用意するように言うヘスティア。小さい身体に不釣合いなほど豊満な胸部の果実から、ロリ巨乳と呼ばれてある層から人気の高い彼女。だが、こういう場合でどうしても損をしてしまう。

「ど、どうぞ!」

「うん、ちょうどいい高さだ」

 改めて用意された台座に乗って料理に手を伸ばした彼女は……。

「あ、あの……」

 サッ、サッ、パク、サツ、サッ、パク……。

「いやぁ美味い、美味い」

 さすがガネーシャだと褒め称えながら、料理の大半を何処からか持ち出した保存用タッパーへと詰め替えていく。勿論、料理を食べる事も忘れてはいない。そして勿論、

「む、あっちのテーブルの料理も美味しそうだ!」

 他のテーブルを回る事も忘れてはいなかった。

 浅く、広く、彼女は決して取りつくさずに色々な料理を物色していく。ガネーシャ・ファミリアのフロアスタッフも、そんな彼女に――と言うより、好き勝手する神々に一々言っても疲れるだけと同僚によって後ろへと下げられた。

 周りで彼女の行いを見て笑う神達が居るが、そんな事はヘスティアには……貧乏ファミリアには関係ない。関係ないのだが、

「ヘスティア、アンタ何やってるのよ?」

「んぁ? へはぁいすとす!」

 眼帯を着けたこの女神だけは別であった。

 

 

「それじゃケン、行ってくるね!」

「おう、ちゃんと帰って来いよ」

 いつもよりも遅い時間。ベルは、ケンに見送られてダンジョンへと出発していった。

 ヘスティアが留守にしている件は、既に昨日豊穣の女主人に向かう前に伝えてある。ついでにベルには、酒の所為で今日は午後からダンジョンの探索に向かうかもと言っておいたのだが……ケンを待っていた訳ではなく、珍しく寝坊したのだ。

「午前中はどうするかねぇ……」

 二日酔いでガンガンと痛む頭を抱えながら、今の時刻を確認する。朝食にはもう遅い時間で、かといってお昼にするにはまだ大分早い時間帯だろう。

 さて、半日とはいえ――冒険者の休日ともなると、その過ごし方は人それぞれ様々ある……らしい。大抵は酒場に飲みに行ったりするくらいなのだろうが、人それぞれ様々だ。だがしかし、この世界に来てまだ日の浅いケンにとって、どの様に休日を過ごせばいいか少々扱いかねていた。

 コレが元の世界なら、テレビゲームをするなり2525動画を漁るなり、漫画を読んで寛いだり出来るのだが……。

「中途半端な時間なんだよなぁ。

 教会の修理にしても、これ以上は素人の手に余るし……夕方頃まで、そこらの店をぶらつくか?

 いや、でも……」

 ベルには午後からダンジョンに潜ると言ったが、ヘスティアからの忠告の件もある。だが、絶対に潜ってはいけないと言われていない。

「ちょっとだけ潜って、更新したステの感覚を確かめるだけはしておくか」

 そう決めると、ケンはそのままダンジョンに行ける様に支度をして街へと出る事にした。

 ボロで中古の装備とは言え普段着代わりに着るには重過ぎるそれらだが、恩恵によるステータスの成長で苦にはならない。決して碌な服が無いからではない。中学生や高校生が、用も無いのに一日中学生服やジャージを着ていたりするソレとは絶対に違う……と、ケンはどこか遠い目で現実から目を反らす。

「……先に服屋でも回るか?」

 丁度良い機会かもしれない。

 防具を付け終え……ただし、サポーターパックは置いていく。今日は、ダンジョンにはあくまで感覚を見るだけに潜る。10体程度モンスターを狩って帰る予定にして、魔石などのドロップ品を入れておくサイドポーチだけ付けていく事にした。

 それからへんな引っかかりがないかとか、緩んでいないかとか、いつもと変わらないかを確かめるが、

「? なんか、重い……」

 妙に重い。

 金具やベルトが変になったのだろうかと、防具の調子を再度確認して見るが……あまり変化は無い。バックパックを背負ってもいないのにと、ケンはその変化に不安を募らせる。もしかして連日の不摂生で風邪でも引いたのだろうかと考えが過ぎた。

 常備薬の備蓄分を確認するが、どうにもその量が心もとない。

「……青の薬屋にも寄って行くか?」

 行き先を更に追加し……ソコで彼のお腹がグーと自己主張を始める。

「そう言えば、朝飯もまだだったな」

 だが昼までは時間がある……いや、そもそも何を食う? じゃが丸くん……いや、甘味処に行ってみようか? どうにも甘いものが食べたいと、彼の口中がザワついていた。

 やる事は、とりあえず決まった。

 教会から出たケンは、まずは食事に向かう。青の薬屋はその後で……。で、肝心の食事を何処で取るかは……決めていなかった。

「屋台は……パスだな」

 じゃが丸くんなどの屋台を見て、それはないと頭を振る。普通にテーブルに着いて食事をしたい。

「え~と、甘いモノが食えて、腹も膨れる店は……」

 ケンは、オラリオに着てから立ち寄った飲食店を候補にあげていく。

 休日の過ごし方として、ケンは食べ歩きをしていた。先ほども述べたが、この街に来て彼が思いつくお金の使い道――道楽が、今の所“食事”しかなかったと言える。

「しかし……」

 最近、外食のし過ぎ無きがする。一昨日と昨晩の二夜連続、高級店で外食をして散財していたのを思い出した。

 出費が嵩んでいる。貯蓄に今の所不安はないが、やはり倹約すべきなのだろう。その事から、手ごろな値段と味を提供してくれくれそうな場所にしようと決めた。もっとも、彼が立ち寄った事の有る飲食店は――屋台を除けば片手で数えられる程度だが、

「……はいよ。お待ちどうさん!」

 ……昨夜に続きまたココに来てしまったと、ケンは豊穣の女主人のカウンター席で軽食を受け取った。

 夜はお酒を提供するお食事どころの豊穣の女主人だが、昼間は軽食やお茶などを提供する喫茶店へと様変わりする。ソレを知って、ついつい足が動いてしまった。お値段が高いのは承知の上でだが、軽食とデザートを平らげ、食後のお茶を楽しむ彼には後悔の念はない。

「……ふぅ」

「お茶の御代わり、どうですか?」

「あ……お願いします」

 ついでにコレもと、追加でスイーツを注文して出てくるまでの間、彼は店の中に目を向けた。こういう店に独りで入るのはなかなか敷居が高く感じていたが、知っている店だとそれも感じないのかもしれない。

 こういう顔もあるのかと、酒臭くなく清涼な雰囲気を出す店内をなんとなしに見渡し、

「怪物祭(モンスターフィリア)?」

 壁にデカデカと貼られたポスターが目に入った。

 アレは? と、追加の注文を持ってきてくれたウェイトレスに聞く。

「あ、アレですか?

 一年に一度、ガネーシャ・ファミリアが主催するお祭り。怪物祭(モンスターフィリア)です」

 知らないんですかと驚かれるが、ケンはつい最近ココに来たからそう言う行事に疎いんだと説明した。

 それからケンは、祭りの事を掻い摘んで教えてもらった。なんでも、コロッセオで大衆に見られながらダンジョンのモンスターをテイムするイベントらしい。凶暴なモンスターを華麗に翻弄しながら、時に追い詰められたりと観客を賑わせ、最後には従わせる。

 それを聞いたケンは、以前テレビで見た某スペインの闘牛の様なモノかと想像した。

「お祭り最中は出店も沢山出るし、オラリオの外からイベントを観戦しようとお客さんが大勢やってくる。まさに一大イベントさ」

 カウンターの中から出て来たミア女将がそう言うと、客商売には嬉しい限りだよと笑う。それから話し込んでいたウェイトレスに指示を出し、アンタも参加するんだろうと問いかけた。

「どうするかな……?」

 悩む。お祭りなんていつ以来だろう? 子供の頃は、近所のちいさな縁日に無性にはしゃいだ記憶はあった。

 だけど成長するにつれ、お祭りの出店で売られているモノにワクワクを感じられなくなった。

 お祭りの賑わいから、どこか浮いている様に感じるようになった。

 最近では、近所でお祭りが在っても感心を示さない。

 一年に数度、ただ過ぎていく季節を知らせるナニカでしか……。

「ケンさんも怪物祭(モンスターフィリア)に行かれるんですか?」

「ッ!?」

 突然覗き込まれたシルの顔に驚き、後ろに距離を取るように下がる。が、ケンはイスから極自然にコントのように床に転げ落ちてしまった。

「ケ、ケンさん!?」

「アンタ、大丈夫かい?」

 大丈夫と、打ち付けた尻をさすりつつイスに座りなおす。下手人の店員――シルを見てみると、申し訳なさそうに頭を下げているが、チロっと舌をだしている。そんな彼女に何となく小悪魔と言う単語が浮かび、思わずジトっとした目でため息を吐いてしまう。

「まぁ、特に用事がなければ祭りに行くかな?」

 この世界にはテレビゲームもインターネットも無いし、とは彼も流石に言わない。別に隠している訳ではないが、異世界からやって来たなんてアイデンティティで暇を持て余した神に目を付けられるのは避けたいと考えている。レアスキル持ってるだろと指摘されるが、彼自身このスキルは矢代などが浮く程度だと説明している。

 疑ってくるヤツは――冒険者や神を問わず居るが、詳しい詮索はルール違反。神に嘘は通用しないが、嘘は言っていない。

 もっとも、質問のされ方と応答によってはボロが出る。これは時間の問題かもしれないが、全部を隠していく事は難しい。エイナ氏から注意をされた鉄の芋虫――兵器の件もある。

 なら、その程度と言って興味を逸らさせ――ケン自身の身なりもサポーターに見える程度に抑えている。ある程度、彼やファミリアに実力が付くまでの遅延行為だ。

 何処まで持つかは……ケン自身、正直分からない。

 だが彼に、このスキルを使わないと言う選択肢はなかった。

 このスキル――【戦場遊戯(バトルフィールド)】がなければ、彼はろくに冒険なんてできていなかっただろう。それ位に、ココに来た時の彼は使い物にならないロクデナシだった。

 ……いや、今もか? そう自称して彼は笑う。

「な、なんだかスゴイため息ですね?」

「……いや、単に深呼吸だ」

 そう、ため息なんかついてないとケンは言って、残った甘味をパクついた。



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act9 防犯ブザー代わりに

『怪物祭(モンスターフィリア)の開催期間中、冒険者ギルドも祭りの対応に追われて魔石の換金所を閉めちゃうんですよ』

 気をつけてくださいねと、豊穣の女主人から出る際にシルから注意を受けた。

「ダンジョンに潜っても祭りの間は換金できない、か……」

 その事に、ケンは頭を悩ませてしまう。

 別に祭りの間にもダンジョンに潜って構わない。祭りが終わってから、ギルドにドロップ品を持ち込めばいい――換金できない魔石やドロップを大量に抱え込む事になるだけだ。

 だが、

『ケン君、態々こんな日にダンジョンに潜らなくても……』

 と、呆れた声を上げる幼女神様とエイナ氏を幻視してしまい……ケンは苦笑した。

「そうだな、そう言う日くらいはイベントを楽しむか……あ」

 そうなると祭りを楽しむための軍資金が必要になる。だがしかし、連日の外食で懐がだいぶ寂しくなってきていたのを思い出してしまった。

 今後の事も考えると、早急に金の補充を行ったほうがいいだろう。

「当日、金が無くて寂しい思いはしたくないしな」

 どこかに居るであろうヘスティアに謝りつつ――ダンジョンの入り口、天を貫く塔――バベルの真下にある“始まりの道”の階段を一階層へと向かって下りていく。調子は相変わらず悪いが、食事を取って幾許かは良くなった様に感じられていた。

 とりあえずは具合の確認をしよう。そう言ってケンは、背負った弓矢――ファントムを取り出すと矢を番えた。

 ………。

 ……………。

 …………………。

 暫くダンジョンの一階層を徘徊し、ケンは自分に気づいていないモンスターの頭に矢をプレゼントする作業に没頭する。一射ごとに心臓の高鳴りが止まらないが、射抜くたびに思わず口角が上がるのも分かった。

 確かに調子は悪い。

 だがしかし、その言葉に反して今日は調子がいい。

 有り体に言うと、矢が良く当たる。

 ケンの命中率は――二本に一本は外すのが普段だ。だが、今日に限っては八割以上がモンスターの頭部に命中。胴体や他の部位も含めれば、ほぼ十割と言っていい。

「フッ!」

 矢が刺さり、地面に倒れたゴブリンにナイフを突き立て――“本体置いてけ”で一瞬で魔石を抜き去ると、モンスターは灰になって崩壊する。時折ドロップアイテムも引っ付いてくるので、魔石と一緒にサポーターバッグへと放り込んでいく。

「悪くないが……多少ラグっぽいな」

 ポンコツサーバー特有の巻き戻しがかかるような不快感ではない。そうではないが、じゃっかん反応が鈍く感じてしまう。ファントムを構える仕草に、矢を引き照準を合わせるまでの時間の違い。なんとも言えない歯がゆさを感じてしまう不快感だ。

「コレさえなきゃなぁ……」

 贅沢なのだろうかと、ケンは腰を低くしてダンジョンの中を進んでいく。

「……なぁ、アイツ今膝立ちしながら横に水平移動してなかったか?」

「モルダー、アナタ憑かれてるのよ」

 背後で妙なやり取りがなされていた気がするが、ケンは黙々と狩りを続けていく。彼の通った後には、無数のモンスターの死体(灰)。腰に下げられている魔石入れも、それなりに膨らんで来ていた。

「さて、どうするか……」

 現在位置は、二階層と三階層との接続地点。このまま三階層に降りるかどうかを決めかねている所だ。

 一応は、単独で六階層まで潜れた。

 酒の勢いや、ベルが露払いしていたからソコまで単独で潜れたのだろう。だからか、三階層か四階層までならソロでも大丈夫だとケンには思えていた。

 しかし、なぜか今日は調子が悪い。いや、良くもあるが、あえて言うなら悪いのだろう。

 潜って大丈夫だろうか? そう不安が脳裏を過ぎる。

「……ヘスティアも、潜るなって言ってたからな」

 最低限の忠告は、素直に従うべきだろう。そうして彼は、踵を返して来た道を戻っていく事にした。

 稼ぎは悪いが、今日の所はコレで上がろう。

 はじまりの回廊を登り、ギルドの換金所に足を運ぶ。採れた魔石とドロップアイテムをギルドの換金口へと入れ、代わりにヴァリスの詰まった袋を受け取った。

「ヒーフーミー……五千くらいか?」

 終始妙な調子だったが、それでもそれなりの稼ぎを得られたようだ。

 手に持つ貨幣が詰まった袋の重さが、いつもの半分……よりも軽く感じられた。

 だが待って欲しい。レベル1の冒険者四人パーティの稼ぎがおおよそ四万ヴァリスと言われている。そんな中で、駆け出し一ヶ月目の冒険者が単独で――それも浅い階層かつ短時間の狩だけでコレほど稼げると異様と言えるのだが……この男にはそんな常識は欠落していた。

「やっぱ、調子悪いなぁ……」

 だからか、どうにも調子の悪さに悪態をついてしまう。決して悪い稼ぎではないのだが、周りからは駆け出しが何言ってるんだと言う視線を向けられていた。

 もっとも、本人はそんな視線に気が付かずにギルドを後にする。

「危険なのは、ダンジョンだけじゃない」

「街の中だって、十分注意しないとなぁ」

「そうだな。危険だって注意してやらないとな」

 その後を、ゲスな考えをした何人かがゆっくりとつけて行く。

 生意気なサポーターに世間の厳しさを教育し、ちょっと授業料を徴収するだけだと……男達は目の前のカモを見て薄ら笑った。

 対象は、今は市場で買い物をしているのが窺えた。

 ドンクサイのか、懐から財布を取り出すさいにボールの様なモノを落として――周囲に無警戒のまま拾おうと屈んでいる。

 スリをするなら絶好の機会。仲間の一人に目配せし……、

「おっと、ゴメンよ!」

 彼にワザとぶつかる。強めに、手に持った財布を落とすようにブツかって……走り去る。ソレに合わせて、目配せしていた仲間の一人が、彼の落としたモノを拾って走り去っていった。

「あんた。大丈夫か?」

「……あぁ、怪我はしていないみたいだ。

 だが……」

 スられた。そう、心配して声をかけてきた店主に返す。幸いな事に、スられたのは彼が普段使っている小物入れで……今日の稼ぎは無事であった。

 ……そろそろだろうなと、ケンはため息をつきながら両耳を塞ぎ目を硬く閉じる。なんでそんな事をと店主はいぶかしむが、彼は頭が痛いと言い訳をして誤魔化すした。

 うまく行ったと笑いを堪える男達だが、周囲の一般人を巻き込んで閃光と高音で倒れたのはその一瞬後だった。

「……あ~あ」

 やっちまったとケンは天を仰ぐ。やってしまった事は仕方がない。それに、下手人は奴らだと論理武装をして精神を落ち着かせた。

 そして振り返ってみれば――小物入れに入っていたフラッシュ・バンの爆音と閃光に巻き込まれ――スリを働いた三人を中心に、何人もの一般市民が路上に倒れ込んでいるのが見て取れた。爆心地から少し離れれば、多少ふらつきながらも気絶せずにいられたモノもいる。

 現場は阿鼻叫喚の地獄絵図……と言うべきだろう。死者負傷者が出てないのは幸いだ。後は……バカな冒険者が、たまたまマジックアイテムを街中で暴発させたという風にギルドが処理してくれば御の字である。

「小銭は……回収できそうにないな」

 小物入れに放り込んでいたヴァリスは、小額とは言え惜しい。小物入れには、一応名前を刺繍してある。もしかしたら後日ギルドで回収できるかもしれない。

 とりあえず露店主に支払いを押し付け、呻き声を揚げてのたうつ人々に同情しつつ、ケンは騒ぎを聞きつけてギルドの職員がやってくる前にその場から退散する事にしたのだった。

 

 

 適当に歩くたび、手に持ったモーションボールと弾薬パックを地面に転がす。

 敵対を示す赤点が、レーダーの端にちらちらと映っているのが見え、彼はいい加減にしてくれとため息を吐いた。

「さっきのスリ連中の仲間か? それとも別か……」

 ホームに戻らず街の中をグルグルと回り、現在は日もとっぷりと沈んでしまっていた。

 先ほどから定期的に、モーションボールと弾薬パックをワザとらしく落としているのに尾行を続ける対象に、彼はさてどうするかと頭を悩ませてしまう。

 いっその事コチラから出向くか?

 相手は、レーダーを見る限り一人のようだ。

 制圧――C4やフラググレネード等で――しようと思えばできるだろうが、レーダーに映っていない敵が居た場合の対処が……。何より、コレが敵とは限らない訳で……。

「神だったらメンドウなんだよなぁ」

 誤って殺してしまいました……ではすまないだろう。深いため息を吐きながら、補充されたモーションボールを手元で弄ぶ。すると、視界の端に映るレーダーの赤点が遠ざかっていくのが見えた。

 やっと諦めてくれたようだ。安堵のため息を吐きながら、念のためにMAVを……、

「こんばんは、ケン君」

 準備しようとして、その声の御仁に目を向けた。

 第一印象は、どこか色が薄くて貧相。ただ、貧しいというよりも清楚といい直すべき姿の神様。この目の前に立つ――無害系男子な神の名前を一瞬ど忘れしかけたが、

「ミ、ミアハ様、こんばんは」

 多少どもるったが普通に挨拶を返す。何処もおかしくない。そう言う風に装ってみるが、人当たりがいいと評判の神ミアハには杞憂だったようだ。

「ダンジョンからの帰りかい? ずいぶん遅くまで頑張ってたんだね」

「いや、まぁ……ダンジョンは夕方頃に上がったんですけど」

 歯切れの悪い言い方だなと思いつつ、適当な理由を探す。正直に話すと色々とメンドウな事をやってしまったので、別の理由を……ついさっきまで誰かにずっと尾行されていた事を話した。

「ついさっき、やっと諦めてくれたみたいで……」

「それは、その、災難だったね?」

 災難で済ましていいのだろうかと思ったが、ケンもそれは口にせずに苦笑して肩をすくめて見せた。

「っと、そうだ。前に君が提案してくれたポーションが、とうとう形に成ってね……」

 何かを思い出したようにして神ミアハは、懐から二本の試験管を取り出してケンに手渡した。それには、普段は液体のポーション類が入れられているモノだが、

「あ、完成したんですか? ポーショングミ……いや、飴?」

 この試験管に入っていた中身は、複数の固形物だった。

「グミタイプと飴タイプ、両方を試してみたんだ。

 まだまだ改良が必要な試作品だけど……」

 ナァーザが頑張ったんだと自慢するミアハに、ケンは思わず親馬鹿と言う言葉が浮かんだ。だが……たった一人しか残らなかった眷族なのだからしょうがないのだろう。詳しい事情は知らないが、聞かず語らず……。ただ、膨大な借金が在るという事だけは、借金取りにやってくる某神を見て知ったくらいだ。

「それで、効果なんだが……どうしたんだい?」

「あ、いえ……コレが早く売れるようになればいいなと」

 神に嘘はつけないのだが、神ミアハは特に気にする事も無く任せろと胸を張る。

 その後、試作ポーションの効果を説明してもらい。試作品とは言え、タダで貰うわけには行かないと今日の稼ぎを代金……ではないと言って神ミアハに強引に押し付けた。

「偶にはそれで、ナァーザさんと美味しい物食べてください」

「そ、そうかい? う~む、確かに貧困してはいるが、君はテスターで代価は……」

「だったら、それは投資です。いい薬、作ってくださいよミ・ア・ハ・様!」

 余裕はそんなに無いが、切羽詰っているわけではない。

 祭りの軍資金が減ったが、そんなものはまた稼げばいい。

 例えちっぽけでどうしようもない自己満足でも、それでも……。

 



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act10 怪物祭に散弾を

「――それで、ケンって子の方はどうするんだい?」

「う~ん、それなんだけどね……」

うんうんと悩むヘスティアに、ヘファイストスもまた頭を悩ませていた。

 事の始まりは、ガネーシャ主催の神の宴。ヘスティアが、土下座してこの鍛冶の女神にオーダーメイドの武器を用意して欲しいと訴えた事からだ。

 このオラリオにおいて、ヘファイストス・ファミリアの武器がどれだけの価値が在るのか、一時期彼女の脛をかじってグウタラしていたヘスティアも十分に理解している。もちろん彼女が、鍛冶師としてだけではなく商売人としても厳しい事もだ。

 故に、宴から抜けても。ヘファイストスが自分のホームに帰っても。延々と追いかけてきて頼み込んでくるヘスティアに、ヘファイストスは頑として首を縦には振らなかったのだ。

 振らなかったのだが……この神友が余りにうっとおしかった事と、

『ボクは、ベル君とケン君の為に自分がやれる事をしたいんだ!

 待っているだけじゃ、イヤなんだ……』

 と、脛をかじってグウタラしていた頃には見る事のなかったヘスティアの本気に当てられ、自身が打つと言って折れてしまった。もちろん代金は、何百年でも何千年かかってでもキッチリ払わせると言質を取ってだ。

 一瞬、ヘスティアの背後に死んだ様な目をした彼女の子供の一人を幻視したが……ヘファイストスは気のせいだろうと頭を振った。

 閑話休題。

 さて、ココで問題となったのは、どの武器をヘファイストスに打ってもらうかだ。ベルは、普段から使っている主力武器のナイフと決まった。もう一人の眷属――ケンは、

「ケン君の武器は、弓矢だよ」

 一応ねと、念を押すように言うヘスティア。それに多少いぶかしみながらも、ヘファイストスは考える。

「弓……鍛冶じゃなくて木工職人を頼るべきね。

 私でも、金属製の物なら弓矢一式作れなくはないけど……」

「それだと、ケン君の腕力じゃ扱いきれないよ。何より、ケン君のスキルで出す矢は弓とセットなんだ。別の弓じゃ使えない制限もかかっているみたいだし……」

 それではケンの利点を潰す事になると言うヘスティアに、ヘファイストスは米神を押さえてため息を吐く。スキルの内容の開示は子の神とは言えご法度だが、ヘスティアがヘファイストスを信じている事と……予めケンから、ココまでは教えておいて構わないと言う範囲しか教えていない。

「面白いスキルだけど、厄介ね……」

 さて、そうなると主力武器以外の物にならざるをえないが、

「ケン君には、武器よりも防具の方がいいかもしれない」

 ヘスティアのその呟きに、ヘファイストスは暫し考え……それはやめておいた方が良いと返した。

「何でだい? ケン君は、その……耐久力が恐ろしく低いんだ。少しでも防御力を上げないと……」

「防具だけ頑丈でも、着ている本人が脆かったら……」

 防具だけ残して、ミンチよりも酷い事になる。そう言われてヘスティアは、キレイに防具だけ残して死んでいる自身の眷属を想像してしまい――必死に首を振ってそれを吹き飛ばした。

「そうね……彼、遠距離主体でサポーター紛いな事もしてるのよね? なら、戦闘だけじゃなくて作業用も兼ねた短剣が無難そうね」

 ヘファイストスの提案に、ヘスティアはその考えはなかったと納得して頷く。これで打つべき物は決まった。

「……さて、駆け出し冒険者用の一流武器を二振り」

 それも片方は武器と言うよりは作業用具……。

 どの様に打ち上げようかと、ヘファイストスは炉に鉄塊をくべた。

 

 

 幾日か経ち……怪物祭(モンスターフィリア)当日がやって来た。

 ギルドは閉店状態だというのに、ベルはいつもの様に身支度をしてホームを出て行く。

 あいつは知らないのだろうか? ケンはそう思いつつも、ベルは既に声をかけるには遠い。

「……まぁ、いいか」

 もうポツンとしか見えないベル後姿を見送りながら、ケンもゆっくりと身支度を始める。寝巻きを脱ぎ、普段着……と言う名の冒険者装備一式を身に着ける。いい加減これ以外もそろえるべきなのだが、彼はため息をついて結論を先延ばしする事にした。

 うん、きっと買わない。

 新しい防具と交換するまで買わない。

 朝から晩までたぶんずっとこのカッコ。

 そう、これはジャージみたいなものなんだ。

 そんな情けなくてズボラな予定を立てつつ、ベルの後を追うようにホームを後にした。

 サポーターバッグは背負わない。今日はダンジョンに潜るわけではなく、祭りに参加するのだ。武器も――普段背負っているファントムも持っていない。身に着けているのは、最低限の護身用としてサヴァイバル・ナイフが一本に、拳銃のREXだけだ。

「流石に、今日くらいは尾行しないでくれたらいいんだが……」

 ここ数日、どうにも着けられている。先日のスリの仲間なのか、それとも別のなのかは判らないが、用心するに越した事はない。

 ……まぁ、最悪の場合はスキルを全力で使ってでも逃げよう。

 そう決めたケンの頭の中では、AC-130にフルトン回収してもらってオラリオから離脱するプランが練られていた。

 脱出後、ヘスティアやベルには、手紙を出して安否を知らせればいい。エイナさんには厳重注意を受けるかもしれないが、状況が状況なら背に腹は変えられない。

「……」

 ソコまで考えて、何でオレがそんな事しなければいけないんだと、ショットガン――SPAS-12のポンプをスライドさせた。

 ジャコンと言う音と共に初弾を装填、そのまま次の弾を流し込んでいく。

 大丈夫、散弾だから流れ弾が沢山だ。

 大丈夫、フルチョークで絞ってるから殺傷力は高いよ。

 大丈夫、一発(複数)だけなら誤射かもしれない。

 だから、たまたま流れ弾で手足が吹っ飛んでも、お腹に大穴が空いてもぜんぜん不思議じゃない。

 連日のストーキングと、止せばいいのになんども狙ってくる馬鹿なスリ共に、流石のケンもいい感じに頭が茹って来ていた。余りにも不吉で不謹慎な事案を羅列しながら彼は、着々と祭りへと出発する準備を進めていく。

「光学サイトにレーザー系も外して、後は……」

 余計なアタッチメントを取り外し、ストックを折りたたんで布を巻く。コレでこのショットガンは、傍目にはただの棒にしか見えない。ケンはソレを背負うと、祭りでにぎわうオラリオの街へと繰り出していった。

 その後姿は、客観的に見ると――ただ祭りの中で散弾銃を乱射しようとするテロリストに見えなくも無い。だが、それを指摘し咎めてくれる愛しの幼女神は、生憎とここには居なかったのだった。

 閑話休題。

 大衆の神ガネーシャ・ファミリア主催の一大イベントだからなのか、普段は出店していない珍しい屋台がオラリオの街並みに所狭しと並んでいた。

 さて、祭りの出店といえば何が思い浮かぶのだろう?

「お、そこの兄ちゃん! 出来立て、買っていかないか?」

「……ん、一つもらうよ」

 定番と言えばたこ焼きにクレープ、

「おっちゃん、ソレを一つ!」

「あいよ!」

 あとは焼きソバに綿アメ、

「たくさん買うね~お兄さんや」

 お好み焼きとかシシケバブに、

「ああ、自分で稼げるようになったからね」

 アイスクリームやコロッケ、イカの姿焼きに冷やしたパインも棄てがたい。

 全部食い物ばかりじゃないかって?

 ……いいんだよ。

 射的屋は的が倒れない。

 金魚すくいはポイがすぐ破ける。

 型取りは簡単に砕ける。

 クジ系は当たるなんて事はまず無い。

 ついでに言うと、遊戯系は値段が高すぎる。

 玩具を売ってる出店も、大型スーパーや専門店が充実してきて食指が伸びない。

「……擦れてるなぁ」

 そうぼやくケンは、両手に持った食い物を頬張りながら、街角の広場で腰を落ち着けた。

 彼の周りには誰も居ない。

 いや、いるにはいるが、それぞれが仲間内で集まっている。和気藹々とした雰囲気を出す他者を見ながら、独りで祭りを楽しむのはちょっと辛いと感じていた。

 そんな彼がする事と言ったら、ただ食べるだけ……。

 食い倒れるまで屋台巡りをするのもまた一興なのだろう。祭りと言う行事に久しぶりに参加したは良いが、これだけでも楽しもうと思えば楽しめるはずだ。

「金なら、沢山あるしな」

 アブク銭とも言えるが、子供の頃からすると考えられない位の大金。本来、駆け出しの冒険者なら防具なり武器なりを揃える為に使うべきなのだろう。だが、ケンに関してはそんなに気にする必要が無い。基本、武器はスキルで用意できる。防具は、ステータス的にまだ買い揃える時期ではない。買うとしたら、六階層以降にソロで普通に潜るようになってからだろう。

「はぁ……」

「ん?」

 やけに暗いため息が耳に入ったので気になって見てみると、どこかで見た事のあるようなクセ毛の女の子が塞ぎ込んでいた。

 誰だっけ? ココ最近見た事がある気がするのだが、肝心の名前が思い出せない。顔を見れば思い出せるかもしれないが、抱え込んだ膝に顔を埋めていて見る事も……、

「……」

「……」

 目と目が合う。彼女の羨ましそうに見つめてくる視線に、ケンは思わずジトッとした目を返し、

「……シルさん、どうしたんです?」

 諦めた様に問いかけた。

「お財布、無くしちゃいました……」

「……ああ、スリか」

 人で賑わう祭りゆえか、そこによからぬ考えを持ってやってくるヤツも引き寄せられる。彼女はその被害者なのだろう。さっそくコイツの出番かと思っていると、

「あ、いえ、無くしたというか……忘れた?」

「取りに戻れ」

 シルの訂正に、優しさのない即答を返すケン。哀れに思った事すらおかしく、彼は鼻で笑いながら肩をすくませた。その仕草に傷ついたのか、涙目で非難の声を上げる。

「酷いですよケンさん! 女の子が困ってるのに、鼻で笑うなんて……」

「う……」

 彼女の訴えに、確かにそうかもしれないとそのまま閉口するケン。彼が元来そう言う気が回るような性格なら、そもそも鼻で笑うなどと言う事もなかっただろう。ここで無理やり会話を打ち切る事もできたが……シルの視線が、物欲しそうにケンの口元に注がれていた。もっと言うと、今も口に運ばれている屋台の食べ物に……、

「……食べるか?」

 そう言ってケンは、未だ手を着けていないフランクフルトや大判焼きを彼女の前に差し出す。すると暗かったシルの顔が一変してパァッと明るくなり、

「ありがとうございますケンさん!」

 礼を言いながら受け取ると、ハム、ハムと、いかにも可愛らしい効果音を響かせながら受け取った品を食べていく。

 ……なんだろう? 彼女の行動は極普通なのに、ケンはどこかアザトイと感じてしまう。一つ一つの仕草がまるで計算されているかのように見えてしまうのだ。

 ブン、ブン……。

 演技のように感じてしまうのは、自分が擦れているからかもしれないと頭を振る。もし演技だとしても、酷く騙されている訳ではないなら別に構わない……かもしれない。などと、彼は良く分からない問答を頭の中で繰り広げながら、彼女が食べている姿を堪能した。

「……ん、でも良いんですか?」

 食べてから言うのもなんだがと、シルは申し訳なさそうに言う。だがケンは、

「いや、まだまだ沢山あるし……。

 それに、これからもっと買うから」

 ホレと、シルに追加の食べ物を与える。それを嬉しそうに頬張るシルをみながら、彼は餌付けしているみたいだと笑う。

「え、餌付けって……ケンさん!」

 私は犬や猫じゃないと抗議するシルに、ケンは尻尾はムリだが着け耳くらいは売ってないかと屋台の方に目を向ける。お面の類はよく目に入るが、着け耳を扱っている屋台は……無いわけではなかった。

「分かってるじゃないか」

 ケモミミや尻尾の仮装具を扱っている屋台。店番しているのは……驚くことに神だ。いたいけな少女たちにケモミミと尻尾を装着させ、彼の神の眷属が一瞬でその姿をスケッチしていく。ソレも二枚。出来上がりも写真並みだ。

「ありがと~」

「うむ、やはりケモミミ少女はすばらしい!」

 色々と業が濃いなあの神様。それにうなずく眷属もだが。

「な、なんだか、楽しそうですね」

 なにが楽しそうなのかはあえて聞かない。さて、気を取り直してシルにはドレが似合うだろう? やはり定番の猫耳だろうか? いや、確かに彼女は猫っぽいが、犬耳の方が似合いそうだ。

「ほう、犬耳か……」

「ああ、それもピンっと立っている耳じゃなくて垂れているのが良い」

「分かっているではないか子供よ」

 などと、意味不明な会話キャッチボールをしながらニヤつくケンと――いつの間にか参加していた名も知らぬ神。

「もう、からかわないでください!」

 そう言って怒るシルだが、その頭にはすでに彼の神の眷属がイヌミミを装着させ終えていたのだった。

 

 

 所変わって豊穣の女主人、そこで白兎が一人途方に暮れていた。

「にゃー、だから判らんのかニャー?」

 ニャーニャーと鳴く猫人の店員の言う事がまったく分からない。彼女には、言うべき事をまったく言ってくれない事を指摘すべきなのだろう。だが、生憎と初心なベルに女の子にそう言う指摘をする事も難しい。

「アーニャ、それでは説明不足でクラネルさんも困ってます」

 助け舟を出してくれたのは、猫人の同僚のエルフ。丹精な顔立ちや佇まいに目を奪われるが、彼女はベルに一礼して詳しい訳を補足してくれた。

「――と、言うわけです」

「そう言うわけですか……判りました!」

 怪物祭に向かった同僚のシルが忘れたガマグチ財布。コレを彼女に届けるお遣い(クエスト)を受けたベルは、祭りで賑わうコロッセオまで走っていった。だが……、

「み、見つからない」

 再び途方に暮れてしまう。

 右を見ても左を見ても、後ろも前も人! ヒト! 亜人! ついでに神! 普段もヒトが多いが、祭りのせいで人口密集度が普段の倍以上に膨れ上がったオラリオ。ベルはその中で溺れてしまっていた。

 思い返せば、オラリオに来る前に住んでいた村ではこんな事を経験した事はなかったなと、ベルは現実逃避する。そしてよくよく考えてみれば、シルがどの様なカッコをしているのかを聞いていない。お店の制服でお祭りに……などという事は無いだろう。

「顔だけで、見つけられるかな?」

 帽子とか被ってなければ……あと、いつもの髪型ならあるいはと、不安げに辺りを探すベル。そんな彼を見つけたのは、

「べ~ル君!」

「か、神様!?」

 愛すべき紐幼女神だった。

 ベルの腕に抱きつき、その豊満すぎる果実を押し付け、フニフニと形を変えさせて甘えてくる。そんな女神の行動に、ベルは湯だったタコのように顔を赤くして硬直した。

 ただの三日とは言え、ベルから離れ離れとなってしまった事でベル君成分が不足――さらに過酷な三徹までやった為に枯渇していた。ソレを補給するためにか、ヘスティアはベル君ベル君と何度も彼を呼びながらその肢体をベルへと擦り付けていく。

「すまん、甘すぎる……」

「おい、苦い茶ねぇか……?」

「なんかこう、来るモノが在るな」

 周囲で彼女らを見ていた通行人が、その気に当てられて一斉に砂糖を吐きながら苦いものを求めて歩き出す。中には、そんなロリ神を見て前屈みになるモノも……。

「――っと、今日はお祭りだ! 一緒に回ろうじゃないか!」

「え、でも、ボク、ヒトを探してるんですけど……」

「なら、祭りを回りながら探せば良いじゃないか!」

 正気に戻ったヘスティアが、ベルの手を引いて歩き始める。祭りを楽しもうと言うヘスティアにベルは、ちゃんとヒトを探しながらですよと言いながら引っ張られていく。……もっとも、屋台を数件回る頃には探し人の事をちゃっかり忘れてしまうのだが、ソレは致し方ない。

「――ん? ベルに、ヘスティアか?」

「え、クラネルさん? え、どこですか?」

「ん~、もう見えなくなった。気のせいかもな」

 すれ違うのもいたし方がない。

 何せ今日は、お祭りなのだから。



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act11 屋上でGの真似

 本当に偶然だった。

 初めてその子を見た時、あの無垢な魂の色に引かれた。

 最初は遠くで見ているだけで我慢していたけど、もう我慢できそうにない。

「だからね……」

 ちいさな私を追いかけて――。

 甘い声を、目の前の檻に捕らわれたモンスターに吹きかける。

 あの少年の魂が、輝くのを見たい。どんな風に輝くのか、どんな風に煌くのか……。

「あぁ、そうね。邪魔が入らない様にもしないといけなかったわね」

 あの無垢な子の隣に偶に居る、色あせて何の色なのか判らなくなった――どこにでも居そうで居ない、だけど一片の興味も湧かなかった魂の子が邪魔をしないように……。

 数分後、異常に気が付いたガネーシャ・ファミリアのメンバーが駆けつけ、捕獲したモンスターが逃げ出した事を主神へと報告を上げたのだった。

 

 

 普段よりも人の増えたオラリオの街並みで、ケンはなんでこうなったんだろうなと、じゃっかん頬を引きつらせながら自問した。

「楽しいですねケンさん!」

「あ、ああ……」

 目の前で――何処かのファミリアが出していた出店で買った――ウサ耳をピョコピョコ揺らすシルにぎこちなく応対する。シルにそんなに緊張しなくても良いと言われたが、女の子と二人っきりで……所詮デートと呼ばれるモノに近い事をしていると意識しない訳にも行かない。とは言え、やる事といえば彼女のお財布代わりなのだが……。

 振り回されて、買い物して、遊んで、特にエスコートするなどと言う事はしない。する必要もないと言うくらい、ケンは彼女に振り回されていた。

「ま、こう言うのも悪くないか?」

「美味しいですねコレ!」

 ヨーグルトソースのかかったケバブをパクつきながら、噛み合っているようで噛み合っていない会話を成立させる。

 ほんと、偶にはこういうのも……。

「――ん?」

 遠くから、祭りの喧騒じゃない何かが聞こえて来た気がして思わず足を止めて辺りを見渡す。

「どうしたんですかケンさん?」

「いや、どうも妙な感じに騒がしくなったからな」

 喧嘩でもあったのかもしれないと、ケンは不審がるシルに説明する。近づかなければ大丈夫だろうと、二人はそのまま祭りに戻ろうとすると、

「モ、モンスターだ!」

「――は?」

 突然あがったその声に、彼は思わず呆けてしまう。

 仮装とかSAN値直葬な容姿の人をモンスターと見間違ったんじゃないか? ほら、今日はお祭りだし? そうケンが考えていると、混乱しながらも人混みが左右に割れてその間から一匹の――どう見ても仮装とかじゃない――大型の人型モンスターが走ってくるのが見て取れた。

「おい、おい、マジかよ……!?」

 真っ直ぐこっちに向かって来るモンスターを見て、咄嗟にシルの前に飛び出し背中に回していたSPASを腰ダメに構え……、

「っ!?」

 撃てなかった。射線上には、モンスターだけじゃなく多数の祭りの参加者までいたのだ。こんな所でバックショット弾の鉄片をばら撒けばどんな事になるか……ココに来て武器の選択を間違っていた事に気づいた彼だが、件のモンスターはわき目も振らずに一直線に……目と鼻の先まで迫ってきていた。

 ナイフに持ち替えるか? いや、正面から近接白兵戦を仕掛けて勝てる見込みが……、

「って、言ってる場合か!」

「ケンさん!?」

 そう言って彼は、全力でSPASをモンスターに向けて振りぬいた。

 次の瞬間、ドンッと言う破裂音が街中に響く。殴られたモンスターは、その音に驚いたのか後方に距離を取るように後ずさった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「……」

 対する彼は、殴った反動なのかSPASを手放して地面に倒れてしまっていた。

「――さん! しっかりしてください!」

 ほら起きてと、シルに引っ張り上げられる。我に返ったケンは、大丈夫だと自分の足で立ち上がり……散弾が飛んでいったであろう方に目を向ける。幸いなのか、飛び散った散弾は、誰も居ない地面や屋台を一部を吹き飛ばすだけに留まっていた。

 改めて確認するが、人的被害は……無い。

 心臓に悪い。そう愚痴を零しながら、改めて目の前にいるモンスターへと目を向ける。禿げ上がった頭にのっぺりとした顔、苔生しったかのような緑色の肌をしてデップリと太った巨漢の様なモンスターだ。

 10階層以降に出てくるオークとか言うモンスターか? 姿絵や資料でしか見た事がないが、おおよそその特徴が酷似していた。

「シル、この祭りでテイムするモンスターって、中層とか下層のヤツは……」

「そ、そこまではちょっと……」

 そうだよなと呟くと、ケンは踵を返しシルを――俗に言うお姫様抱っこで抱え上げ一目散に走り出した。

「倒さないのかよ!? アンタ冒険者だろ!」

 と言う無責任な声が聞こえた気がしたが、

「無茶言うな! こちとら駆け出しだ!」

 全員逃げろ!! あらん限りの声で叫び、スモーク・グレネードをばら撒いた。

 冒険者は冒険しない。似ているからと言ってアレが上層のオークなのか分からない。いや、例えオークだとしてもステータスがやっと三桁に成り始めた自分では真っ向からでは太刀打ちできない。

「ケ、ケンさん!? いったい何処に……」

「とにかく逃げるんだよ!」

 困惑するシルに月並みな返事を返し、ケンは【戦場遊戯(バトルフィールド】の青いパネルを宙に浮かせた。選択するのは、バトルピックアップ。手元に現れず、地面にトランクに納められて出現したのは……大きな釣り針の様な物が付いた銃――アンカーガン。上に登るための通路を作る道具なのだが、下に降りるダンジョンではまず使わないと思っていた。だが、今回ばかりは役に立つ。

 煙幕で隠れている隙にと、手ごろな屋根へとアンカーを打ち込み自動巻き上げ機でシルを抱き上げたまま屋上へと……、

「危ない!」

 ついさっきまで足があった場所を、何かが物凄い勢いで通り抜けていくのが分かった。と言うより、すぐ下で倒壊していく家屋の壁とその中から這い出て来るモノを見て思わず生唾を飲んでしまう。

 なんとか屋根の上に避難したのは良いが、恐怖で脚がもつれてしまっていた。

「こ、ここに上がれば暫くは安全か?」

「そ、そうですね?」

 二人してそう確認しあうが……他人、ソレをフラグと言う。

 下からバキバキと、何かを壊す音が聞こえてくる。なにかと言うか、具体的には狭い家の中を無理矢理進んできているような……。そう思っていると、突然屋根から緑色をした野太い腕が生えてきた。

「ヒッ!?」

「オイ、オイ、マジかよ? 逃げるぞ!」

 そう言うや否や、ケンは足元に横に長い長方形の箱を設置し、再びシルを抱きかかえて屋根の上を走り始めた。

「なんで追いかけて来るんだよ!」

「知りません!」

「だよな!」

 屋内から這い出て来たオークが、設置した箱から延びたワイヤーに触れる。次の瞬間、箱が破裂して無数の鉄球がオークへと殺到した。クレイモア――只の字で表現される事のある対人地雷。本来ならほぼ一撃で対象を沈黙させられる殺傷力が有るのだが……。

「グルル……」

 分厚い脂肪に阻まれたのか、飛び散ったベアリング弾はオークの体表を僅かに削り取っただけに終わった。その事に舌打ちつつ、彼はシルを抱きかかえたまま屋根の上を全力で走る。

「ケンさん! お、追いかけてきます!」

「分かってる! ソレより、舌噛むなよ?」

 足場は悪いが、ソレはアチラも同じ。いや、むしろオークの方が分が悪い。足場の屋根は斜めに傾斜のかかっているせいで走りにくく、しかも本来はオークのような重量物が追いかけっこ出きるようには作られていない。

 ベキ、バキ、ベキと、時折オークの重さに耐え切れなくなった屋根を踏み抜きながら必死に追いかけてくる。アレだ。積もったばかりの雪の上を歩くような状態だ。

 軽快に走る抜ける彼は、オークとの距離をドンドン離していく。

 いつまで経っても追いつけない事に業を煮やしたのか、オークはその場で地団駄を――脚が嵌ったまま両腕で周囲を出鱈目に叩く。只でさえ踏み抜いてしまうほどなのにそんな事をすれば、

「グォ?!」

 オークは片足どころか、屋根が抜けて全身が嵌ってしまった。

「頭カラッポで助かった!」

 コレを好機と見て、シルの安全を確保する為に彼は全力でその場から退避する。

 そして、

「ココまで来れば大丈夫だな?」

「はい、ココなら大丈夫です!」

 屋根の上を必死に逃げ回り、二人がたどり着いたのは……豊穣の女主人だった。

「おやシル? もう帰ってきたのかい??」

 男に抱きかかえられてと、呆れたようなからかう様な感じでミア女将が出迎えてくれた。

 女将は、息が上がり肩で息をしている二人を見て、何か飲むかと聞く。

「お、お水を、ミアお母さん……!」

「と、とりあえず、冷たい飲み物を……!」

「あいよ、ちょっと待ってな。……っと、ソレよりも二人とも入り口でへたってちゃ他のお客さんに迷惑になっちまう」

 ほら立った立ったと、ミア女将にはやし立てられて店の入り口でグッタリとへたり込んだ彼は、了解と応えて立ち上がる。勿論、シルを抱きかかえて。別にシルが足首を挫いたりなどしていた訳ではないが、ほぼ無意識で彼女を抱え上げて適当に空いている席へと座らせる。

「シルが男に抱きかかえられてるニャ」

「嫌がってないけど……」

「あんまり良い男じゃないね?」

「冴えない……」

「なにくっちゃべってんだいアンタら? 6番と9番のテーブルで客が待ってるよ!」

「は、はーい! ただいま!」

 なにやらウェイトレスの女の子達がかしましいが、ミア女将の一喝でチリジリに散っていく。

「まったくあの娘達は……。はいよお待ちどうさん」

 そう言って、グラスで水と黄色い飲み物を置いたミア女将は、

「で、二人ともどうしたんだい? そんなに泥だらけでボロボロになって……」

 と、二人に質問してくる。出された飲み物を一気に喉に流し込んだ二人は、そろってお祭りで起きたアクシデントを話した。

「モンスターに追い掛け回されてきたんです!」

「闘技場から逃げ出して来たんじゃねぇかな? ありゃ」

 屋根の上に逃げ。それでも追って来るオークから逃げ。屋根から飛び降りたり、路地の出っ張りを利用して別の屋根に上って。また飛び降りて……。スモークグレネードも、スタングレネードもありったけ撒きまくった。

「……で、やっとアイツを撒いて、ココに逃げ込んだんだ」

 シルがココなら安全だと、ケンはミア女将にココまでのあらましを語る。で、聞き終えた女将はジトっとした目でシルを見ると。ハァとため息を付いた。

「ココは避難所じゃないんだけどねぇ……」

 そう言うのは今度からギルドに頼りなと、シルに釘を刺すミア女将。でもと、シルは言うと、

「リューやミアお母さんなら、大抵のモンスターなんて倒せちゃうでしょ?」

「無茶を言うじゃないかい。あたしゃ引退したんだ。それに、リューがいつも居るとは限らないんだよ?」

 そう言われてシルは店の中を見渡し、ホントだ居ないと、気まずそうに呟く。ケンは、引退したと言う女将の事も気にはなっただが、シルが頼りにしていたというリューと言う人の事も興味を示した。と言うよりこの店、冒険者やモンスターと普通に戦える(?)店員が居ると言う事になのだが……。

「あれ? あれって……」

 モンスターじゃないか? 唐突に客の誰かがそう言った。ソレを聞いたケンは、まさかと思いつつ店の外へと顔を出して確認する。

「うげ……」

「おやまぁ」

 しつこ過ぎるだろと、ケンは悪態をつきながらコレからどうするかと思案を巡らす。一緒に店の外に顔を出したミア女将は、頼りのリューと言う店員が居ないのにとても落ち着いていた。

「アレは、オークだね。坊やの実力は……」

「この前、ウォーシャドウ倒したばかりの駆け出しだ。

 遠距離主体だから、近接系とのタイマンは遠慮したい。ついでに言うと、周りに人が居すぎて誤射しないように戦えそうに無い」

 アサルトやサブマシンガン、カービンに軽機関銃と言った連射可能な火器は言わずもがな、一般人が逃げ惑う市街地では、スナイパーライフルの様な単発式ですら外すと不味い。恩恵を貰っていない一般人には、一発でもカスれば致命傷になりえる。

「状況さえ何とかなれば戦えるかもしれないんだが……」

 いかんせん人が多いのが……。そう思っていると、肩を叩かれ周りを見るようにとミア女将に言われる。

「通行人なら、みんな避難したみだいだよ?」

 モンスターが立つメインストリートには、ミア女将が言うように人っ子一人居ない。と言うより、みんな何処かしらの店や家屋の中へ――豊穣の女主人も例にもれず逃げ込んでいた。

「……流れ弾の心配をしなくて済みそうだな」

 オークは何かを探しているのか、周囲を見渡しながら肩を怒らせ――何処からか調達したのか、家の柱と思われる太い角材を棍棒よろしく握っている。

 恐らく……と言うより、憶測だが、どういう訳かあのモンスターは自分達に用があるようだ。

 なら、このままこの店にいるとアイツが踏み込んでくるかもしれない。

「店に被害が出ると困るんだけどねぇ……。

 修理代、払えるかい?」

「金額を想像したくないな……」

 そう言って苦笑しながら、彼は【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させる。

 MBT(戦車)を呼べば問答無用で勝てるかもしれないが、主砲の砲撃での被害が酷すぎる。ならLAV(高機動戦闘車両)を……だがやはり、兵器はまだ秘匿しておきたい。銃火器よりも悪目立ちするうえ、ギルドで鉄の芋虫などと呼ばれて警戒されている。……と言うより、ココで出したら店が壊れてしまうだろう。

 オークが、ノシノシとこちらに向かって歩いてくる。それも柱を振り回しながら……。あまり考えている時間も無いようだ。歩兵で運用可能な火器で応戦するしかない。使える手が多いのも困ったものだと、バトルピックアップを――何時でもソレを呼び出せるようにセットする。ファントム・ボウは……あのモンスターに効くかどうか分からないため却下した。

「っと、ミア女将」

「なんだい? やっぱり無理だったかね?」

 アンタならやれるんじゃないかと言う女将に、彼は状況さえ揃えば可能と答えた。

「自分は、遠距離(シューター)だからね。格上相手に真っ向勝負仕掛けるのは得策じゃない。

 ……ところで、この店の屋根の上にはどうやって登ればいい?」

「屋根の上……。なら、裏口から梯子で登るっきゃないよ」

 梯子は何処に置いたっけねぇと、仕舞った場所を思い出そうとするミア女将にケンは此方で何とかすると応えた。

 とりあえず裏口から素早く外に出ると、アンカーガンを呼び出し、豊穣の女主人の屋根の上へとよじ登る。オークの位置が良く分からないが、ヘタに頭を出してオークに気づかれると不味い。MAVを呼び出し気づかれないように位置を探る。

 オークは、ストリートの真ん中にいた。

 条件は悪くない。が、とりあえずMAVをオークの前に飛ばす。

「ブモ?」

 ソレに気を取られたオークが、対岸の店先に着地させたMAVへと近づいていく。上手くいった。

「あとは、それなりの装甲にも対応できて、弾をばら撒かず、射程が長く、それでも連射が出来る……」

 【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させ、足元にバトルピックアップの収められたトランクケースを出現させる。そしてその蓋を開き、そこに収められていたソレを持ち上げた。

 M82A3――バレット・アンチマテリアルライフル。

 50口径――12.7mm弾を使用し、1km先にいる人間を切断可能な対物狙撃銃。そして、通常の銃火器ではダメージを通す事の出来ない兵器の一部にも有効打を与える事の出来る武装だ。

 ふぅと、ゆっくりと息を吐く。屋根の上から身体を――銃身を露出させ、バイポッドを展開。8倍率スコープの中に眼下のオークを捕らえさせる。

 オークはMAVに夢中なのか、まだ此方には気づいていない。

 0インは……必要なし。直接照準でいける。

 レティクルの中心を頭部……ではなく、胴体で絞り込む。頭部を狙いたかったが、MAVを見ていてなのか胴体に隠れしまっていたのだ。

 それに、初弾は確実に当てたい。

 下手に外せば、オークは此方に向かって来る。

 一撃で仕留められれば、御の字……。

「はぁ、ハァ、……ッ!」

 息を止め、銃のブレを止める。そこでオークが此方に振り向き……。

 ドン! 重い発砲音が響いた。

 



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act12 祭りの終わりに

「……地味、だったな」

 ボソリと呟いたソレが、喧騒に沸く酒場に埋もれて消える。

 時刻は夜。場所は、豊穣の女主人。そのカウンター席でケンは、一人酒と料理を煽っていた。

 豊穣の女主人では、今日のモンスター大脱走に関わったロキ・ファミリアのメンバーや他のファミリアのメンバーもかなり居て騒いでいる。賑わっている話題も、逃げ出したモンスターの事。特に、シルバーバックと言う大ザル相手に大立ち回りを演じて見せた白髪赤目の新米冒険者――ベルの活躍が良く聞こえてくる。

 いや、訂正する。剣姫達の活躍の方が多い様だ。何でも見たことも無い新種の植物系モンスターと戦ったとか……。

 そして、ケンの活躍だが……一切話題に上がらない。逃げ出したモンスターの一体がこの店の前まで来ていたという事は偶に聞こえてくるが、ソレを誰が倒したのかと言うと話題に上がらない。上がると上がったで色々と面倒なのだが、やった事が誰にも見つからないように狙撃をしただけだ。

 対するベルは、路地裏で格上のシルバーバック相手にタイマンのガチンコ勝負をして見せた。

 立ち回りゆえ仕方ないが、やはり比較してしまうのが人間の性だ。

「はぁ……」

「ほら、なにふて腐れてるんだい!」

 ゴトっと、目の前に追加の料理が置かれる。

「……アンタがオークを仕留めたのは、ちゃんと分かってるから安心おし」

 そしてミア女将は、ケンにだけ聞こえるように言うとカウンターの奥へと引っ込んでいった。

 変に話を広めないでくれと、ミア女将を含めてこの店の店員には言ってある。暇を持て余した神対策と言うヤツだ。その所為だけとは言えないが、面白いほど話題に上がらない。

「隣、失礼するで?」

「ん?」

 別に断らなくてもと、隣に座った人に目を向ける。そこに居たのは、体の線が良く見えるぴっちりとした服を来た短い赤毛の……、

「なんや兄ちゃん、辛気臭い雰囲気だしとるな? 酒はこう、パーッと楽しく飲まんと!」

「いや、これでも楽しんでるんだけどなぁ」

「嘘言うたらあかんで。ワイにはめっちゃ分かるんや。

 あ、こっちにエール二つ追加で!」

 ほらおごりやと、エールのジョッキを寄越される。

「あぁ、ありがとう兄ちゃん」

「お、ね、え、さ、ん、や! だれが男や、だれが!」

 今笑ったやつ後でシバクと、その女神――ロキは激をとばす。それに反応したのか、酒場のそこかしこで笑いが上がった。ロキが性別と胸で弄られるのは、ある種の予定調和なのだろう。

「ああ、すまん。どうにも男前だったからな」

 間違えたと、悪びれもせずに返すケン。酒が回ってるのか、顔も若干にやけていた。

「いい度胸しとるなワレ?」

 とは言え、ソレをロキが許すのは親しいモノだけ。それに許すと言ってもお仕置きが無くなる訳ではない。ちょっと手心加えようかと言う感じだ。

「生憎、小心者なんだ。いい度胸なんかしてない。

 ……それで、天下のロキ・ファミリアの主神が何用で?」

「……そやなぁ。ん、率直に聞くで?

 ドチビは、アルカナムをつこうてへんか?」

 神に嘘はつけへんでと、ロキはイツキに念を押す。だがケンは、ロキがどう言う了見でそんな質問をして来たのか分からないと首を傾げる。

「あ~、ミアお母さんから聞いたんやけどな……」

 そう言って前置きしたロキは、ケンにだけ聞こえるように聞いてきた。

「あんさんら、冒険者になってまだ一月やろ?

 せやけど二人とも、駆け出し冒険者が一人で相手するんのは辛いモンスター一人で倒したって聞いたからな?」

「あぁ……」

 なるほどと、ロキの懸念に肯く。確かに冒険者に成り立ての駆け出し二人が、単独でシルバーバックやオークといった十層以降に出現するモンスターを倒せたなど普通はありえない。……それこそ主神のヘスティアが、何かしらの不正――神の力=アルカナムを使用したのではないかとロキは疑っているのだ。

「……って、言ってもまぁ、白髪の坊主の方は死力尽くした上に、なんやエライ武器使ったから何とかなった見たいやけどな?

 アンサンは……」

 そう言って、ジロリとケンを見定めるロキ。確かにボロボロのベルと比べて、ケンはダメージらしいダメージは無い。しかも、格上を一撃で倒したとなると……コレは怪しいのではないかと言う話だ。

 ケンはエールを煽りながら考えると、

「ステータスは勿論、スキルや魔法の開示はする気は無いんだが……。まぁ、少々使いづらいがアレをどうにかできるだけの火力を出せる……いや、出せたモノを持っているだけだ」

 その応えに、ロキはフーンとだけ、まだ足りないと言うばかりに覗き込んでくる。

「言っておくが、オレの知る限りヘスティアはアルカナムを使っていないぞ?」

 これで満足かと、残ったエールを飲み干して追加を注文した。ソレを聞いたロキは、一瞬キョトンとしたが、すぐに納得したように肯いてミア女将に追加注文を出す。なぜか彼の分も含めて。

「いやぁ、気ぃ悪くさせてまったな。お詫びの印にチョイ奢ったる!」

 そういう訳にはとケンは断ろうとしたが、次いでロキは彼のスキル――普段使っている弓矢を取り出すソレなどについて聞いてきた。

「やっぱ気になるやん! 見せてぇな! な?」

「見世物じゃないんだが……」

 しょうがないと言って、ケンはロキにファントム・ボウを取り出したり仕舞ったりして見せる。

「はぁ~。ええなぁソレ。何処でも好きなだけ矢撃ち放題やん」

 これ女の子じゃないのが残念やんとか、なんでこの子今までウチの耳に入らんかったんやとか、ロキは心底残念そうに言う。

 しかし、もし女の子だったらどうだというのだろうか? ケンは疑問に思うが口にせず、只の手品――宴会芸程度だと言って酒を煽る。

 そして、喧しくも夜は更けて行った。

 

 

 怪物祭(モンスターフィリア)から数日、

「ベル! アリの追加、数三!」

「分かった!」

 ダンジョン7階層で、ケンとベルはキラーアントと戦っていた。

 呆れるほどの成長速度を見せてくれるベルに引っ張られ――半ば強引に連れられたケンは、この階層で探索をしている。本来はステータス不足の所為で彼はほぼ戦力外。ベルもステータスこそ高いが、従来の支給品ナイフではまともに戦えない……筈なのだが、

「インフェルノ、投げるぞ!」

 巻き込まれるなよと、ケンが投擲した円筒はキラーアント達の中で弾けた。弱点でもある強力な炎がキラーアントを纏めて焼いていき、

「ハア!」

 ベルの振るった黒塗りのナイフが、キラーアントの硬い甲殻を何の抵抗もなく易々と切り裂いていく。ダンジョンの壁から補充されたキラーアントには、ケンが炸裂ボルトを容赦なく撃ち込んでダメージを与える。爆発でボロボロに成ったキラーアント達は、ろくに動けない所にナタを突き立てられ――体内の魔石を“本体置いてけ”で引き抜かれて灰へと変えられた。

 漸くアリの沸きが収まった所で、二人は一息つきながら魔石をモンスターから回収していく。

「にしても、とんでもない切れ味だな?」

「うん! 神様、ありがとうございます!」

 二人が手に持った――刀身に神聖文字の浮かぶ得物。ベルのはヘスティアナイフ(神の短剣)。彼のはヘスティアマチェット(神の鉈)と言う銘で、それぞれにどこかで見た事のある赤い刻印がなされていた。

 どうやってコレを手に入れたんだと、ケンはプレゼントしてくれた時に驚きと呆れが混ざったような目を思わずヘスティアに向けてしまた。ソレに気づいたヘスティアは、

『いいかい? 君たちが気にする事なんて何一つないんだ!』

 と、更に念を推して詮索するなと説得された。まぁ、純粋に喜んでいるベルを見て、ヘタに水を挿すような事をする気も失せてしまったのも有るが……。とにもかくにも、新しい武器を手にした事もあってダンジョンの新層探索がはかどっている。

 前回は、この近くまで潜ってウォーシャドウ相手に死に物狂いで戦ったが、現在はそれほど――ベルはだが――苦戦せずに通過する事ができた。早いもんだと彼は感心したが、同時に大丈夫なのかと不安も感じている。主に防御力が、だ。

「キラーアントで七階層!?」

「ひゃい!?」

 まぁ、不安に感じる理由は他にも色々とあるが……。現在ケンは、冒険者ギルドの窓口で絶叫を上げるアドバイザーのエイナ氏からどんなお叱りを受けるかで憂鬱になっていた。

 前は、丸一日の説教と冒険者の心得と言うありがたい授業を受ける事になった。今回はどうなるかと、どこか他人事の様に黄昏ていると、

「コラ! ケン君も他人事の様にしてない!」

「ああ、すんません」

 平謝りではどうする事もできない。ベルがムチャをしない様に引き止めてくれと言われるが、ベルがそう言う事を聞くタマなのだろうか? いや、聞かない。単独で潜らなかっただけでも行幸だろう。そう説明するとエイナ氏は、頭を抱えながら呻ってしまう。たった一ヶ月程度とは言え、ベルの行動力――ムチャを毎日のように報告されれば……納得も出来るが認められないのだろう。

「で、でもエイナさん! ボク、最近ステータスの伸びが良くて……」

「伸びが良いって言っても、まだ君はどう見てもH程度。良くてG止まりでしょ?」

 ここで止せば良いのに、ベルは自身のステータスがEに成っていると言ってしまう。結果、

「は、恥ずかしいので……」

「う、うん。すぐ終わらせるね?」

 ステータスの確認がしたいと申し出たエイナ氏に、上半身裸で蹲っているベル。エイナ氏は、信じられないと言うように何度も何度もステータスを確認している。しかし、比較対象が居ない為にベルの成長速度が異常なのか……いや、ヘスティアの驚きようからしてかなりの伸びを見せているのだろう。

 そして、次にケンの方を確認したエイナ氏は――ベルとは別の意味で驚愕。それから、何度も何度も自身の目や頭が可笑しくなっていないか、ステイタスの書き間違えではないかと食い入るように確認してくる。妙にくすぐったいから止めて欲しいというケンの抗議に、もう大丈夫だからと慌てたようにして彼女は離れた。

「ベル君は分かったけど、ケン君は何で0……え、一ヶ月よね? どうして?」

 それからエイナ氏は何かを考えるようにした後、

「二人とも、明日は暇かな?」



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act13 冒険者の買い物へ 

 翌日、時刻は午前を半ば過ぎた頃。

「ちょっと早く来ちゃったかな?」

「いや、男ならこれ位で丁度言い時間だ」

 メインストリートにある噴水前で男二人――ケンとベルがベンチに腰を落ち着けていた。

 落ち着き無くあどけない少年と、どこか老けて見える青年。ここに来る途中で買ったじゃが丸くんを食べているツーショットはなんとも絵にならない……。などとは口には出さないものの、ケンは苦笑しながら自分の分のじゃが丸くんを齧り……目を細めた。

「……小豆クリーム味。冒険するもんじゃないな」

「あ、アハハ……」

 苦笑するベルに、ケンは眉をしかめながらじゃが丸くん小豆クリーム味をかじって行いく。

「二人ともお待たせ!」

 そして最後の一欠けらを処理しきる頃に、待ち人のエイナ氏が――普段のギルドの制服ではなく、可憐な私服姿でやって来た。いつも掛けているメガネも外しており、心なしか顔立ちも違って見える。

 唯一言える事は、

「……乙女だ」

 どこの小熊だと、ケンは自身に突っ込みを入れ、ベルと一緒にそんなに待っていないとエイナ氏に返した。

「まぁ、ケン君は感想を言ってくれたから良いとして……。ベル君、私を見て何か感想は?」

「うん、すっごく若く見えます!」

「そうそう……って、普段の私は老けて見えるのかな? カナ?」

 私はまだ十九だと、エイナ氏の自爆を聞かなかった事にしつつ、あらぶる彼女をドウドウと諌める。いや、馬ではないが……。

「ムゥ~」

 プックリと膨らました怒り顔も可愛い。美人は、よほどの事がないと可愛い事に変わりがない様だ。周りのギャラリーも、ギルドの看板受け付け嬢とのデートに羨ましさと妬みを、そして普段は見れない彼女の一面にいいもの見れたとなんとも言えない視線を送る者。他にも色々とあるが、これ以上は不味いかなとケンは一つ提案する。

「エイナさん、後で甘いモノ奢りますから機嫌直してください」

「私、そんなに安っぽいかな?」

 そう言ってそっぽを向くが、

「豊穣の女主人のスペシャルローズケーキ」

 ポツリと言ったソレを、ベルも聞き逃す事はなかった。満面の笑みを浮かべながら、エイナ氏が注文したケーキをご馳走すると約束した。

「はぁ、そんなに約束しなくても……」

「エイナさんだから奢りたいんです!」

 なんの躊躇もなく言ってみせるベルに、思わず赤面してみせるエイナ氏。周りからの嫉妬の視線が増したような気がしたが、ケンは気のせいだと無視し、二人はそんな事には気づかないようだった。

「っと、そう言えば二人とも、今日の軍資金はどのくらい?」

 結構大事な事だと言うエイナ氏に、二人は素直に財布の中身を教える。

「えっと、ボクは九千八百ヴァリス」

「オレは……とりあえず五万だな」

「「えぇぇ!?」」

 二人から驚かれたケンは、なにをそんなに驚いているんだと首を傾げた。嘘じゃないと、一万ヴァリスずつ入った五つの財布を見せるとなおの事驚かれてしまったが、

「いつの間にそんなに……」

「いや、貯まると思うが……」

 なぜ貯まらないのかと不思議そうに言うケンに、ベルとエイナ氏が半ば呆れたようにして肩を落とす。それでも彼女は気を取り直すと、

「そ、それじゃ、二人とも行きましょう?」

「はい!」

 ……そう言えば、どこへ?

 二人とも何処に行くか聞いていなかったがエイナ氏は、

「着いてからのお楽しみだよ?」

 と言って詳しく教えてはくれない。

 それから案内されたのは、オラリオの中心――バベルだった。

 地下に広がるダンジョンを蓋するようにその上に築かれたこの塔には、天界から降りてきた神々が住んでいる。ただし、住んでいるのは上層部分であり、下層にはギルド関連の施設が。中層には各商業系ファミリアへと貸し出されている……と、エイナ氏が説明してくれた。

 魔石の換金所や簡易食堂、シャワールームや医療施設と言ったモノが有るのは知っていたが――いつも利用者で溢れていて使う気にはなれなかったが、さらに上の階に冒険者向けの商店が有ったと言うのは初耳だった。

「うぁ……」

 透明なシリンダー状の中を移動するエレベーターに驚くベル。確かに見た目こそファンタジーかSFチックなモノだが、文明の利器で溢れた世界から来たケンからすると驚く事なのかと疑問を抱いてしまう。

「ケン君って、こう言うの見ても全然驚かないんだね?」

「いや、それなりに驚いてるんだけどな……」

 こういう技術品が在ると言う事にだったが、わざわざ口にする事でもないと彼は発言を飲み込む。代わりに、魔石でこういうモノが作れるのかと装置の方に興味を示した。コレか回転動力があれば、ファンタジー的な空飛ぶ乗り物も建造できるかもしれない。いや、いっその事作ってしまうのも……そう考えて、

「やっぱ、高いんだろうな……」

 かかる費用に目を細め、

「そうね。中層でもこのオラリオの街を一瞥できる程の高さなの」

 後で外の風景を見てみないかと、エイナ氏に誘われる。高いの意味が違うが、二人は彼女の意見に賛成した。

「っと、まだ目的の階は上なんだけど……」

 この階のモノも参考の為に見ていこうか? そう言って降りた階に並んている武器や防具は、上級冒険者達御用達の一級品ばかり。どの品物にも――自分達がヘスティアに送ってもらった得物と同じヘファイストスの刻印が記されている。

 ベルが、ヘファイストス・ファミリアで買い物なんてとあたふたしている。適当に値段を流し見てみるが、

「い、一千万ヴァリス、か……」

 比較的安そうな武器の値段を見ながら、自分達に送られたプレゼントの値段に思わず黄昏てしまう。つまり、自分達に送られた獲物はおおよそコレほどの値段なんだぞと……。

 いったいどんなムチャな金策をやったのだとケンが嘆いていると、

「いらっしゃいませ! 本日はどの様なモノをご所望でしょうか?」

 背丈こそ低いが、ハキハキとした少女の店員が顔を出してきた。黒い髪を左右でお下げにした彼女は、いつもの薄手で超神秘的な紐と言ういでたちではなく、赤いヘファイストス・ファミリアの制服を身に着けて……。

「か、神様!?」

「べ、ベル君!? それにケン君も!?」

 我らが紐神様ことヘスティア氏。どうやらじゃが丸くんの屋台だけではなく、ヘファイストス・ファミリアでもバイトを始めたようだった。

 彼女が、ココでバイトをしている理由は何となく察せられる。ベルはみっともないからやめてくれと言うが、ヘスティアは君たちは何も見なかったんだと言って逃げた。それでもベルは食い下がるが、他の店員に呼ばれコレ幸いとヘスティアは逃げて行ってしまった。

「面白いお方ね?」

「神様~」

 哀愁が漂うベルに、ケンは何とかほろおを入れようと考え……。結果、一つの言い訳が浮かんだ。

「ベル」

「ケン?」

「ヘスティア様って、ファミリアを作る前はかなりグウタラだったらしいじゃないか? で、今は追い出されたのが切欠とは言え自分で働いてファミリアまで持つようになった」

 上手くまとめられず、ケンは一旦ここで切ると何とか搾り出すようにして続けた。

「え~っと、つまりだ。ヘスティア様は、いま働くって事に燃えてるんだ」

「そ、そうなのかな?」

「まぁ、手始めに色々とお世話になったヘファイストスに恩返ししてるんじゃないか?」

 憶測だがと付け加えると、ベルは暫く悩んだが納得してくれた。

 それから再びエレベーターに乗り、目的の階へと移動する。

「ここからの階層もヘファイストス・ファミリアなんだけど……」

 値段を見てみてと言われ、棚に置かれたナイフの値段を確認する。そのお値段、ヘファイストス・ファミリアで売られているのに五千ヴァリス程度のモノだった。

「あ、安い」

「だな……」

 この他にも、良心的な値段の剣や盾などが所狭しに並べられている。視野を広げてみれば、この階層は下の階層と比べて煌びやかこそ足りないが、多数の店員とココを利用している冒険者の熱に溢れていた。

「いや、熱って言うか……人が多いのか」

 熱心に売り込みをしているのは、店員と言うか職人だろうか? それに冒険者の数も多い。

「――ヘファイストス・ファミリアの凄い所はね、一級の職人の作品じゃなくてもこんな風にどんどんお店に出しちゃうところなんだ。そうやって職人と冒険者の繋がりが――」

 なるほどと、耳に入ったエイナ氏の説明に納得する。職人の自主性と成長を重視した経営方針に、修行時代から専属となってくれる冒険者探し。専属になった冒険者は、職人から専用に調整された武器や防具が安定して入手できる。それで冒険者が活躍すれば更に職人の知名度が上がり……と、好循環を生み出していく仕組みに感心した。

 ……まぁ、その和に入れない職人や、上に行けずに下がり続けてしまう職人も中には居るのだろう。そんな事を思いつつ、手にした鈍らと思われる剣を品定めしてみる。

「……コレならソードメイスとかの鈍器にした方がまだマシじゃないか?」

 妙な重心と刃のつき方をした剣だと、ソレを棚に戻す。

「冒険者の方も、自分の装備をちゃんと見極める必要があるの。だからここでその目を養って行ったりもするのよ?」

 確かにその技能――鑑定眼は冒険者にとって必須と言っていい。とは言ったものの、武器や防具を実際に選んだ事は生まれてこの方一度もない。ホームセンターで農具を選んだ事は無いわけではないが、元の世界で刃物の良し悪しを見分けるなんて技能は一般人には特に必要ないモノだった。

「まぁ、使って行きながら覚えるしかないか……」

 ケンはそう呟くと、ベルと別れて武器や防具が雑多に置かれた店内を歩いていく。

 正直に言って武器の類は【戦場遊戯(バトルフィールド)】で現状は十分だろう。試してはいないが、魔法を無力化する黒曜石のモンスター――およびソレに類する状況にも、ヘスティアマチェットのお陰で最悪対処できる様になった。……と言うより、その様な事態に成ったら逃げの一手を切る以外に選択肢は無いだろう。そうでなければ、ただ無様に犬死するだけだ。

「さて、必要なのは防具か……」

 そう言いながら並べらた防具を見るが、彼が立ち寄ったコーナーが悪かったのか、どう見ても近接職用のフルプレートメイル系ばかりが陳列されていた。いや、そうではないのも在ったが、どう見ても女の子用の軽装鎧だ。

 防御力が上がるならと、試しに適当な胴鎧を手に取ってみる。意外にも軽い事に驚きつつも、コレを着てファントムを使う自分を想像したが、

「まともに動けそうにないな……」

 意外にと言っても、それなりに重量がある。関節部の自由度も、弓を使うのには不自由するかもしれない。何より、どうにもこの鎧はピンと来ないのだ。

 鎧を元の場所に戻すと、彼がいつも着ている軽装の鎧が置かれているコーナーを探して歩き出す。

「……この辺りかな?」

 ソレっぽい鎧……と言うより、パーツと言った方がいいのだろうか? 手甲だけだったり、脚甲だけだったりといった部位だけが置かれた棚の前に来ていた。ふと周りを見てみると、この棚の周囲には鎧の一部だけが置かれたコーナーに成っている。

「あれ? ケン君、こっちでよかったの?」

「エイナさん?」

 突然声をかけられて驚いたが、声をかけてきた人物を見てホッとする。なんでホッとしたのかは分からないが……。

 それでエイナ氏曰く、此方のコーナーは鎧の特定の部位だけを作る――または作れない職人達の作品専門らしく、初心者向けではないらしい。初心者は、一式でセットになっているモノを買った方が安全な買い物が出来るとエイナ氏は教えてくれた。

 そんなエイナ氏だが、いかにも高級そうなエメラルド色の篭手を手にしている。

「あ、これ? ……ベル君にプレゼント。ホントはこんな事しちゃだめなんだけどね」

 冒険者は死に易い。昨日まで、ほんのついさっきまで生きていたのになんて事は日常茶飯事だ。

 だからなのか、誰も彼もが冒険者が居なくなった事に関心がない。

 だが冒険者ギルドのアドバイザーは、担当している冒険者の死を誰よりも確実に知る事になる。その冒険者に深入りすればするほど、失った時の傷も大きく広がってしまう。

 ソコまで聞いてケンは、

「絶対に帰って来いって言ったヤツが居たな」

「……ケン君?」

 妖精時空から戦友の帰りを待つ男を思い浮かべ、

「勝手に死ぬなって言ったヤツが居たな」

 どこまでも素直に成れなかった歴代最強のオペレーターを思い浮かべ、

「ベルは、きっと世界に愛されてんだろう。バカみたいに成長が早くて……だからなのかな? 祭りの時みたいに厄介事に巻き込まれたりもする」

 世界に愛されてしまった飛行機バカ達を思い浮かべ、苦笑した。そんな愛は要らないよなとケンは内心毒を吐きつつ、上手く言いたい事をまとめようとするが……なかなかに難しい。

「……ああそうだ。

 そんな面倒事を呼び寄せる厄介なモノより、エイナさんみたいにしてくれた方が何倍も助かる……と言うより、そっちの方がベルも喜ぶだろうな」

 何せベルはハーレムを夢見ているから……。流石の彼も、ココでコレは口にはしなかった。だが、エイナ氏には通じたようだった。

「……そっか、うん。そうだね」

 ありがとうと言って去って行くエイナ氏の背中を見ながら、ケンはオレのキャラじゃねぇと、天井を見ながら激しく後悔したのだった。



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act14 帰り道にはご用心

 それからベルは、店の隅で埃を被っていたヴェルフ・クロッゾ作の軽装鎧一式を手持ちのほぼ全額を出して購入。対するケンは――気に入った鎧一式が見つからず――単品コーナーから皮製のハーネスを中心に、金属製の胸当てや弓篭手に脚鎧。それから各種アイテムを入れておくためのサイドパック類を選択した。

 その事にエイナ氏は白目を向いて――すぐさま再起動してケンに考え直せ! こっちの皮鎧一式なら射撃手用だから! などなど最初こそ説得しようとしたが、どれも無銘ながらそれなりに品質のよい物を引き当てていたようで、

「もう……次からは、こんなムチャな選び方はしちゃだめだよ?」

 今回は一応だが許してもらえた。

 だが、余りこの人の胃にダイレクトアタックするような事は控えたほうがいい。只でさえ彼女には負担をかけているのだからと、その後にエイナ氏を精神的に労うため沢山間食を提供した。

 ベルはスッカンピンなので、主にケンのお財布で……。

 そして夕刻。

 エイナ氏からエメラルド色の篭手をプレゼントされたベルは、ケンと共に今日の戦利品を手に持ちホームへの帰路についているのだが……、

「待ちやがれ!」

「?」

 殺してやるとか言う物騒な声が聞こえてくる方に目を向けると、走ってくる人影が二人。どうにもこうにも自分達は、トラブルに巻き込まれる星の下に居る様だった。

 そのまま先頭を走っていた女の子とベルがぶつかり、追いかけてきた若い男が抜き身の刃物を……。

「っ!? なにしやがるテメェ!」

 咄嗟に二人の間に立つベル。振り下ろされた男の刃は、鞘に収まったままのヘスティアナイフで受け止められた。

 ケンはと言うと、ため息をつきながら自分達とぶつかって倒れた小柄な――最初は子供かと思ったが、ベルが小人(パルゥム)だと訂正してくれた。彼女を起こし、怪我は無いかと質問しながら確認する。派手に転んだ様に見えたが、幸いな事に膝や手の平を擦りむくなどと言う事もなく、多少顔が汚れているくらいだ。

「お、落ち着いてください。ね?」

「テメェら……ソイツの仲間か?」

「いや、初対面なんです、けど……」

「なら、なんでソイツの味方するんだ?」

「お、女の子、だから?」

 そこで何故疑問系になるんだと、思わずため息を吐いてしまうケン。ガナリ立てる男を呆れたように見ながら、

「刃物振り回して、殺してやるなんて言いながら追いかけてる男と……」

 次いで立たせた女の子を見て、

「追いかけられてた女の子見て、どっちに味方するかなんて……」

 分かりきった事だろ? その問いの、男は赤面しながら五月蝿いとわめき散らした。

 この男が、小人の女の子を追いかける理由は分からない。だが、このままこの男が私刑を執行していくのを見てみぬ振りをするわけにも行かないだろう。

 男は見たところ冒険者のようだ。

 小人の女の子はどうなのだろうか?

 おなじく冒険者なら……、

「トラブルって言うなら、殺すじゃなくて――」

「うるせぇ!」

 ギルドに連れて行けと言い終わる前に、男が駆け込んでくる。突然の事に、ベルも反応できずにすり抜けられ、ケンの……いや、少女の方へと迫る。だが、

「ガフッ!?」

 今度は、ケンが間に立った。

 【戦場遊戯(バトルフィールド)】で呼び出した盾――バリスティックシールドで、男が振り下ろした剣を弾き飛ばし、そのまま男の顔目掛けてシールドバッシュをお見舞いする。

「テ、テメェ!」

 ぶっ殺してやると、痛む鼻頭を押さえながら睨みつけてくる。男は完全に切れてしまったようだ。

 まったくとため息をついたケンは、物理的に説教をかましてギルドに突き出してやろうかと、腰のサイドアームに手をかけた所で、

「おやめなさい」

 夕暮れ時に現れた、通りすがりのウェイトレスによってこの場は納められた。

 なんと言えばいいのだろうか? 言い表すとすればそう、リューが如くだった。喧嘩バトルこそなかったが、ほぼ一喝で男を退散させたあの威圧感は只者でなかったとだけ言える。

「まじパネェっす。リューさん」

「でしょ? リューってスゴいんですよ!」

 後日、豊穣の女主人で今日の件を話題に出し、件のエルフのウェイトレスが困った様にしていたのは別の話だ。

 余談だが、助け起こした女の子はリューの登場に目を奪われていた隙に居なくなってしまっていた。事情を聞ければよかったのだが……後でエイナ氏に連絡しておこうと決め、その日はホームへと帰った。

 明くる翌日、

「それじゃ、行って来るな」

「うん、ちゃんと帰って来るんだよ?」

 新装備を身に着けたケンは、ヘスティアに見送られてホームを後にした。

 いつもどうりだが、早起きのベルは既にダンジョンへと行っている。しかしケンが遅いのではなく、元農家――ベルの朝が早すぎるのだ。だがしかし、あの怪物祭(モンスターフィリア)での出来事もあってなのかは知らないが……、

「あ、ケン! こっちこっち!」

 おおよそケンがバベルへと到着する頃に、決まってベルが地上の入り口で堂々と待っているようになっていた。他の冒険者と一緒に――他と比べて自分の装備とかが恥ずかしくて――ダンジョンへと下りれなかったベルが、だ。

 ベルの呼びかけに、手を上げて返答を返すケン。それにしてもと、目を細めながら今日は妙なモノと一緒に居ると思案した。それは、ベルの身の丈を越える、呆れるほどデカイバックパックだ。

「あの方が、ベル様の言っていた同僚の冒険者様ですか?」

「うん、そうだよリリ!」

 バックパックばかりに気を取られていたが、ソレを背負っている――やけにちいさな人に気がついた。フードで顔が隠れているが、体型からして子供……ダボダボのローブ越しでも分かる体型からして女の子だろうか? ケンは膝を曲げ、自分の背丈の半分くらいの少女と目を合わせられるようにする。

「あ、すいません冒険者様。態々そんな……と、自分はサポーターのリリルカ・アーデです!」

 初めましてと、フードを上げて挨拶してくれた彼女の顔を見て、ケンは一瞬いぶかしんだ。いや、不快に感じたわけではなく……、

「昨日の女の子?」

「……ベル様もおっしゃられていましたが、リリはお二方とは初対面ですよ?」

 そう言いながら、リリはフードの隙間から動物の――犬の耳と尻尾をパタパタと動かしている。青の薬屋の店員、ナァーザと同じ犬人(シアンスロープ)。昨日ぶつかった女の子は小人(パルゥム)。獣耳や尻尾など生えていなかった。

 ベルは、種族が違うからまったくの別人だと言う。だがしかし、

「……姉妹とか親戚?」

 可能性はある。

 若干記憶が曖昧だが、この少女と昨日の少女は恐ろしく似ている気がする。もしかしたら、並べたら鏡写しと言えるかも知れないほどだろう。親戚はともかく、混血の双子なら或いは……。

「はい?」

 ケンの発した言葉に、リリはなにを言っているのか分からず頭を傾げてしまう。そして、姉妹は存在せず冒険者だった両親とは死別したと何ともない様にして言う。

「……なんと言うか、スマン」

「いえいえ、気にしないでください」

 どうにも場が気まずくなった様な気がする。

 その後、あたふたするベルが場を取り直してくれて……改めて仕切り直した。

「では改めまして……リリをよろしくお願いします。ベル様、ケン様!」

「本当は、ケンと相談してからの方が良かったんだろうけど……」

 新たにパーティメンバーに加えられたリリルカ――改めリリは、ペコリとその大きなバックパックごとお辞儀をしてくる。バランスを崩したりせず、中身が飛び出ないなどと、いったいどうなっているんだとケンは感心が費えない。

「それは、まぁ、大丈夫だ」

 それほど積極的にパーティを組んでいる訳ではない……とは、さすがのケンも言葉を飲み込んだ。ソレを好意的に受け取ったのか、ベルはリリとうれしそうにしている。

「……しかし、いいのか?」

 サポーターのリリを誘った事ではなく、自分も一緒に居てと言う意味でベルに質問する。彼女は、子供とは言えもう少し成長すれば十分女性。個人的にリリの顔立ちはいい。服の上からでも発育の良さが分かり、将来有望であろうケモ耳少女と二人っきりに成れるチャンス。ハーレムを目指すベルとしては、気まぐれにしかパーティを組まないケンの事など気にする必要ないのではないのだろうか? と言うより、二人でダンジョンでしっぽりと探索(デート)するべきじゃないのだろうか?

「え? なんで?」

 だがベルは、ベルの中では、ケンはパーティの固定メンバーの様だった。逆にへんな事を聞くと、ベルに真顔で返されてしまう。

 ケンはまいったなと頭を掻き毟ると、今日だけだと心の中で決めてダンジョンへと潜っていった。

 

 

 ダンジョンの壁や床、天井からドンドン湧き出すモンスター達。

「よ~し、次のキラーアント来るぞ!」

「リリ、ペースが速いけど大丈夫?」

「はい、ベル様! リリは大丈夫です!

 ……あ、ケン様! 引き抜いた魔石はリリがお持ちします!」

 サポーターのリリが加わった事で、モンスタードロップなどを背負う負担がなくなったベルとケンの動きは、普段のそれよりも数段軽く鋭くなっていた。今も湧き出てくるモンスター――キラーアントを手にしたヘスティアナイフで切り裂き、ファントム・ボウが撃ち貫いていく。

 快進撃を続ける二人だが、ケンはついついいつもの調子で魔石を引き抜いていた。

 モンスターを解体する必要なく、ほぼ一突きで魔石を回収できてしまう“本体置いてけ”。今日は外部の人をパーティメンバーに加えているからと、潜る前に気をつけるように決めていたのだが……ついついいつもの調子で使用してしまった。

 最初こそリリに驚かれたが、冒険者のルール――相手のスキルやステータスを詮索しないで通した。……ただ、リリも自身のスキルのさわり程度を教えてくれたので、スキルの中の“本体置いてけ”だけを教えた。リリの言葉を借りるなら、そんな大したスキルではないから。精々、魔石狙いで攻撃して砕いてしまう心配が無い程度、と言うのがケンの認識だった。

「ベル様、危ない!」

 ゴウ! っと言う音と共に、紅蓮の塊がベルの死角から襲い掛かって来たキラーアントを焼き払う。火炎放射……ではない。火の魔法? 多才だなと思わず漏らしたケンに、ベルがリリの手に持ったナイフともショートソードとも言えないモノを見て目をキラキラさせた。

「魔剣!? リリ、そんなすごいの持ってたの?」

「え、あ、はい。そんなに回数は使えませんが……」

 魔剣と言うどうにも気になる単語が出て来たが、ソレよりも先に彼は視界の端に有るソレに目が行った。

「っ!? リリ、その壁から離れろ!」

 レーダーに反応。リリのすぐ横の壁からだ。

「へ?」

 間の抜けた声を出して壁の方を見るリリ。そのタイミングで壁が音を立てて砕け、キラーアントが湧き出て来る。

「リリ!」

 壁から湧き出て来たキラーアントに、咄嗟にファントムを構えるが……。いつの間にかリリの前に立っていたベルが、一薙ぎでキラーアントを屠ってしまった。先ほどまでかなり前に居た筈なのだが、

「早いな……」

 と、思わず零してしまう程の早業だった。

 そう言えばとケンは、ベルは敏捷の上がり方が特に凄いんだったなと思い出す。

 ……あの速さを捕らえられるだろうか?

 思わずファントムに目をやるケン。そして、すぐにムリだと頭を振った。ココよりも下層に行けば行くほど、あのベルよりも早いモンスターが出てくるのかと、考えるだけで彼の頭は痛くなってきた。

「ベル様、ありがとうございます!」

 なんか、ベルとリリがイチャイチャ(?)している気がする。本当はそんなんじゃないんだが、何となくリア充爆発しろと言いたくなった。だがしかし、二人を本当にC4で吹き飛ばすわけには行かないので、

「それじゃ、さっさと解体……」

 ザクッ!

「あ……」

 壁に半ば埋まったまま絶命していたキラーアントに、ヘスティアマチェットを突き立てて魔石を一瞬で引き抜く。後ろから、リリに渡された採取用ナイフとヘスティアナイフを持ったベルの間の抜けた声が聞こえたが、ケンは気にしないでリリに採取した魔石を投げ渡した。

 ……なんだかな。固まってしまった二人を見て、なんと声をかけるべきなのか分からない。それでもやっと出たのは、

「……次、来たぞ」

 だけだった。

 ケンはその後、とにかくキラーアントにこの何とも言えないやるせなさをぶつけまくったのだった。



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act15 甘いひと時

そして夕刻……。

今日の稼ぎを換金する冒険者で溢れるギルドの一角で、ベル、リリ、ケンの三人はテーブルに積まれたヴァリスの詰まった袋を前に沈黙していた。

 稼げなかった訳ではなく……稼げ過ぎたのだ。

 ベルとリリは、嬉しさのあまりにはしゃぎ回り。ケンは、詰まれたヴァリスの山を見ながら思わず口笛を吹いてしまう。テーブルに着いた各人の前に詰まれたヴァリス袋の中身は、レベル1の冒険者五人パーティが一日に稼ぐ平均額よりも遥かに上。具体的には、その平均的な五人の稼ぎの三倍以上のヴァリスがテーブルの上に乗っていた。

 それから今日の稼ぎの分配になったのだが、

「ほ、本当に等分配でいいんですか?」

 自分は殆ど何もしなかったのにと、リリは少し疑う様に質問してくる。この世界の常識からすると、サポーターの報酬としては破格の条件なのだから疑いたくなるのも無理はない。

「そいつは、リリの正当な報酬だ。

 ……正直、アレだけのドロップ類を持ち帰るのは、オレたち二人じゃムリだったな」

「うん、リリのお陰でいつもより自由に動き回れたし、モンスターも沢山倒せたんだよ!」

 ケンもベルも、素直にリリのサポーターとしての力量――ただし彼は、主にリリの腕力の凄さに感謝していた。あの量の魔石を持ちながら戦うのも、魔石をモンスターから剥ぎ取るのも本来は重労働。モンスターにいつ襲われるか分からないダンジョンで、ソレを丸一日中やるのは神経を想像以上に消耗する。それが、リリと言うサポーターが加わっただけで劇的に改善されたのだ。

「で、ですが、流石にこの額は……」

 リリが恐縮し懐疑的に成っているのも分かるが、コレは真っ当な仕事の報酬だ。それに、

「子供だろうが、真っ当に働いたんだ。貰えないなんて道理はない。

 それに、金に困ってるんだろ?」

「うん、リリはお金に困ってるでしょ? ケンもこう言ってるし、受け取ってくれないかな?」

 そう言われて、暫し考えるようにヴァリス袋を見つめた後、彼女は自身のバックパックに大事に仕舞い込んだ。なんと言うか、一瞬だがそんな彼女から必死さと言うかそれに近い何かを彼は感じたが、すぐにそんな様子もなかった様にリリは営業笑顔を浮かべ直す。

「……そうだ! 今日は、神様も誘ってパーッと打ち上げしよう!」

 と、ベルが提案する。その提案に、勿論ケンに異論はない。ベルはリリにも誘いをかけるが、遠慮がちに断られてしまう。報酬を盗られると思われたのだろうか? コイツにそんな魂胆があるなら、世の中信じられるヤツが居なくなると、彼は思わず苦笑する。

「リリ……ベルはな、女の子と仲良くしたくてココに来て冒険者始めたんだ。だから、まぁ……今日はベルに奢らせてやってくれないか?」

「ちょ、ケン!?」

 違わないだろと、赤面して慌てるベルをジトっと見ながら笑い、ついでにリリに軽く頭を下げる。コレでだめなら、まだ彼女を誘うだけの好感度が稼げてないだけだ。繰り返しイベントをクリアして、地道に好感度を上げるしかない。そんな風にケンがベルとリリを見ていると、

「で、では、お言葉に甘えまして……」

「……良かったなベル」

「え、あ、う、うん!」

 少々幼いが、女の子と仲良くなれたベル。この後、豊穣の女主人でヘスティア様とシルに白い目で見られる白兎が居たとだけ追記しておく。

 

 

「……へんな人達」

 自身が寝泊りしている部屋のベッドの上で、リリは仄かに赤らんだ顔を擦りながら、今日パーティを組んだヘスティア・ファミリアの二人の事を思い出していた。

 最初は、彼らを只の獲物――分不相応の装備を持っているどう見ても駆け出し程度の冒険者としてしか見ていなかった。だが、いざ蓋を開けてみれば、二人は駆け出しとはとても言えない程の成果を自分に見せてくれた。

「……」

 チラリと、テーブルの上に積まれた今日の稼ぎの山に目をやる。今までサポーターをやって来て……いや、今まで生きてきてコレだけ纏まった稼ぎを――真っ当に手にできた事があっただろうか? いや、例え稼げていたとしても、ここに運び込む前にアイツラに奪われるだけ……。

『ケン君、彼女一人で夜道は危険だ。途中まで送ってやってくれないかい?』

 それも、彼らの主神が気を回してボディーガード役に彼――ケン様を付けてくれたおかげで姿を現す事はなかった。気配はしたが、彼も気が付いていたのか途中で回り道をしながらだが無事に帰ってくる事ができた。

「尾行した時もそうですが、ケン様は妙に勘がいいんですよね……」

 いや、時折投げるあの球体が関係しているのかもしれない。尾行してた時も投げてたし……。

 それにしても、彼らの主神は自分達の主神と比べて天と地の差ほどだったな。あんなに明るくて、騒がしくて、三人とも仲が良くて……部外者のリリの事も心配してくれてた。

「あ、あれ?」

 何で泣いてるんだろう? 悲しいわけでもないのに、ポロポロと零れてくる涙を拭う。理由は恐らく、あのファミリアだ。

 リリもあの様なファミリアに居たかった。

 あんな酒に狂ったファミリアじゃなくて、リリに優しいファミリアが良かった。

「……お酒のせいです。涙もろく成っちゃったのは、お酒のせいです」

 グシグシと乱暴に顔を拭い、水差しから水を汲み取り煽る。多少は酔いが薄れて気がするが、どうにも飲みすぎたようだ。ついでに食べ過ぎてしまった。お二人の奢りで、お腹が十分に膨れるまで……いや、今まで食べられなかった分まで食べた気がする。

 本当に幸福で、

 幸福で、

 コウフクで……、

「へへ、今日はタンマリ持ってるんだな」

「……」

 冷たい地面の感触。

 投げ捨てられ、頬がすれて痛む。

「おぉ、すんげぇ額じゃねぇか」

 リリから奪ったヴァリス袋の中身を、カヌゥたちは喜々として確認している。

 ホント、冒険者なんて……。

 ッシュン!

「ぎゃぁぁ!?」

 何かが鋭く風を切る様な音がして、カヌゥが手に持っていたヴァリス袋が盛大に破裂し、周囲に金貨が飛び散っていく。その飛沫をもろに受けたカヌゥ達三人は、悲鳴を上げて転げまわった。良く見ると、あいつ等の身体中には金色の――ヴァリス金貨が突き刺さっていた。

 痛そうだが、いい気味だと思わず笑ってしまう。

 次にカロンッと言う音がしたかと思うと、路地裏一帯を煙幕が覆っていった。

 なにコレ? ……よくは分からないが、逃げるなら今だろう。お金は……派手に飛び散っていて十分に回収できそうにない。

「とりあえず、コレだけ……」

 手元近くに転がっていたヴァリスを少し、たったコレだけを拾い集めてその場から逃げ出した。

 それから何処をどう逃げたかは分からない。ただ、気が付いたら自身の寝泊りしている宿の前に居て、そのまま宿の部屋に転がるように入っていた。

「……ほんと、冒険者なんて最低な生き物です」

 翌朝。妙に重く感じたドアの前に、なぜかヴァリスの詰まった袋が置かれていた。



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act16 苦いひと時

 薄暗いダンジョンの一階層。

 ケンはただ一人、バリスティックシールドを構えながらゴブリンと対峙していた。

 ベルとリリだが、今日は二人だけで潜ってもらっている。所詮、デート(探索)と言う状況に持っていったのだが……。ベルが何度も一緒に探索しようと誘ってくるのを、何とかリリと二人だけで潜って来いと何度も説得して……。最終的にケンは、自身のステータス不足を理由に個人修行の名目で押し通す事に成功。

「ま、がんばって良い所見せて来い」

「う、うん!」

 ベルを説得するのには、本当に一苦労させられた。

「ケン君! ベル君とサポーター君だけで行動させるのは危険だ!」

 ついでに荒ぶるヘスティアを静めるのにも苦労させられた。

 ベルがダンジョンでデートと聞いて、何でケン君が一緒に居てくれないんだと責められてしまった。こちらも、ステータスを盾にしたが……。ヘスティアは、主神としての立場でお願いまでしてきた。

「神の勘がそう言っているんだ! だからケン君、ステータスが厳しいのは重々理解しているが……頼む!」

 流石にソレはズルイと反論するも、ああも懇願されると断りきれない。折中案として、とりあえず一回だけ二人で潜らせるよう折れてもらった。

「だけど、もしその一回でナニか在ったら……」

「……その時は、ヘスティア様が身体を張って、ベルを染め直せば良いんでは?」

「ば、バカ言っちゃいけないよ! ボクはしょ、処女神なんだよ? その、ベル君と……でも……」

 赤面しながらモジモジとするヘスティア。たわわに実った果実が、彼女のモジモジと共にグニグニと変形して目の遣り所に困る。

「あ、なら、発想を逆転しましょう」

「ぎゃ、逆転?」

 そう、ヘスティアが処女を捧げるという発想だからダメなんだ。

「ベルが処女を捧げればいいですよ」

「は?」

 ケンの発言に、意図がつかめないといったようにヘスティアは首を傾げる。

「いや、ベル君は男だ。捧げる処女は……」

「いや、男にも後ろに……」

「ケン君、それ以上はいけない」

「……了解(うい)」

 ヘスティアは、何とも言えない迫力――神威を僅かに放出させてまでケンの発言を止めたのだった。

 閑話休題。

 バリスティックシールドを構え、一階層のゴブリン相手にサンドバッグを演じているのは、単順に一番ステータスの伸びが悪い耐久の強化の為。ココよりも下の階層の方が、良質な経験値を得られるだろう。だが、ステータスが――耐久が紙装甲しかないケンでは、ヘタに一撃でも食らえば致命傷になりかねない。

「……やっぱ、白兵戦は、苦手、だ!」

 稼ぎこそ悪いものの、ケンは延々とゴブリン相手に防御のステータス上げを続ける。常に一対一を心がけ、別のゴブリンが絡んできたら、すぐに手元のショットガン――UTS-15で吹き飛ばしてリセットする。魔石の回収は忘れない。

 水平二連チューブに散弾を補充し、辺りを見渡してモンスターが存在しない事を確認したケンは、水筒の水を煽って火照った身体を冷ます。

「キッツゥ……」

 相手を倒すではなく、攻撃をひたすら受け続ける。まだ二・三時間程度しかやっていないが、精神的にはいつもよりも辛い。ついつい出会い頭に倒してしまう事もあれば、モンスターからの攻撃を受けられても、余裕を持って受け止められるのは精精一発二発の精一杯だ。

「これで、ステータス上がらなかったら、泣くぞ……」

 誰にとも言わず、ケンは愚痴を零し続けながら修行を続ける。

 正直、こんな事は――実戦よりも模擬戦とかでやるべきだったかと後悔していた。だが、ベルに付き合わせるわけにも行かない。

 そして……ダンジョンから戻ったのは、街並みを夕焼けに染まる頃だった。

「……どうぞ」

 ジャラッ……!

 交換窓口から、ヴァリスの詰まった袋を持ち上げる。持ち上げた袋は、いつもと比べて自己主張が乏しいモノだったが、無いよりはマシ。いや、ケンと同程度の冒険者なら通常の稼ぎだ。

「特に買うものは……」

 買わなければいけないモノは特に無かったはず。晩御飯は有り合わせで十分だろう。一旦路地裏へ行き、屋根へとアンカーガンで登る。ストーカーやスリ対策だ。わざわざ屋根の上を散歩するなんて……いや、チラホラソレをやっている冒険者が見えた。

 迷惑になっていないだろうか?

 自身の足元を見ながら、できるだけ静かに脚を進めていく。もっとも、そのままホームの廃教会へは行けないので、少々遠回りする必要があるが……。

「……ん?」

 視界の隅に妙なものが映った。

 フードを被った子供? そいつが荒くれ共に囲まれていて……アレはカツアゲか? 子供を投げ捨てて、奪った袋の中身――恐らくヴァリス金貨――をジャラジャラさせて下種に笑っていた。

「……」

 不快だ。

 何処までも、不快だった。

 だが、オレにはどうする事もできない。

 あの冒険者がどの程度の実力なのかは、駆け出しの自分には見た目だけじゃ分からない。もしレベル2以上だったら……いや、レベル1であろうと此方よりもステータスが高かったら? それに、下手したらファミリア同士の紛争になるかもしれない。

『誰かを助けるのに理由が要るのかい?』

 ……そんな事を平然と言えるほど、やれるほど、オレは力も心も強くない。

『コレは、オマエの物語だ』

 誰もが、あんた等みたいに主人公に成れるわけじゃ……っ!

 投げ飛ばされて横になった子供。フードが外れ、現れた顔は……リリルカ・アーデだった。いや、獣耳が無い。別人? 分からない。分からないが……。

 ズシリ……。

 右腕に、先ほどまでそこに無かったスナイパーライフル――サプレッサーが装着されたL115が握られていた。

 呼び出した覚えは、無い。

 だが、身体はソレが当たり前のように動き始める。

 ジャ、キャンッ……! 撃鉄ボルトを引き、マガジンから初弾を流し込んだ。

 ……やろう。

 【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させる。取り出したのは、一枚の仮面。

『強盗がなんで覆面しているか知っているか?』

 ……自分が誰だか判らないから、何処までも残酷な事ができるようになる。

 オレに今出来る事がどれだけあるかは分からない。

 最善策もあったかもしれない。

 だけど、

『引き金くらい、自分のエゴで引け!』

 屋根越しに構え、スコープを覗く。目に付いたのは、奴らのエンブレム――酒を湛えるゴブレットだ。だが目標は……奴らが持つヴァリスが詰まった袋。照準倍率を絞り、照準一杯に袋を捕らえる。鼓動がいつにも増して激しい。だが、

「ッ!」

 呼吸を止め、引き金を落とした。

「ギャァァ!?」

 音を殺された弾丸は、寸分違わずヴァリス袋を打ち抜き、その中身を四散させ……至近距離に居た荒くれ共にその飛沫を浴びせた。

「はぁ、ハァ、ハァ……」

 動悸が激しい。成功した事もそうだが、こういう事をしてしまったという事も一因となっていた。だが、このままじゃダメだ。今は混乱しているが、正気に戻ったアイツらがなにをするか……あの子供に八つ当たり位はするだろう。

 なら、ここは見られているぞと警告するだけ。

 ありったけのスモークグレネードを投げ込み、弾薬箱を置いて追加も用意する。得物もスナイパーライフルからサイレンサーを付けたカービンライフル――AK5Cへと持ち替えた。

 いつでもアソコに突撃できる。

 後は、あの子供がどうするか……。だが、そう時間をかけずに子供が煙幕の中から這い出て、その場を後にした。煙の中からは、未だに荒くれ共の悲鳴が聞こえてくる。

 アレは……もういい。

 よけいな装備を消し、ケンはその場から離れていく子供を追って行った。

 ……

 …………

 ………………

「……ただいま」

「ど、どうしたんだいケン君!? そんなに落ち込んで……」

 なんでもない。

「……嘘だね」

 ああ、嘘だ。

「……話してくれないのかい?」

 上手く、話せない。

「なら、ゆっくりでいいから、教えておくれよ。ボクは、君の……」

 家族なんだから。

 ……それから、今日在った事を、やった事を彼女に打ち明けた。

 できた事なんて結局何も無い。

 お金を置いてきたのも、ただの自己満足だ。



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act17 進むと言う事

 塒の中でケンは、ヘスティアに膝枕をされながら……今日あった事を、自分がした事を静かに打ち明けた。

「……ケン君」

 最後まで黙って聞き終えたヘスティアが、優しく呼びかけてくる。

「君は悪い子だよ。僕達に相談もしないで勝手に行動してさ」

 ファミリア同士の闘争になったらどうする気だい? と、どこかイタズラっぽく笑う彼女は、怒っているようで、それでいてケンを優しくあやしてくれる。

「でも、もし君がそのままその子を見てみぬ振りをして帰ってきたのなら……」

 君はもっと悪い子だったよ?

「……どっちも悪い子だな」

 ヘスティアの言うことに苦笑するケン。どっちにしたって悪い子じゃないかと、困ったように抗議した。

「でも、君は自分で選んだんだ。自分の意思で」

「……どちらにせよ後悔する選択だった」

 やっても、やらなくても。どちらを選んでも、結局は後悔する。自分で選んだから後悔しない? 嘘をつけ! 後悔するんだよ! 吐き出したい思いは、硬く口を噤んで……代わりにただただ彼の表情を曇らせた。

「それは違うよケン君。それは……受け止められるか、受け止められないかなんだ」

 君は受け止められてない。ヘスティアの指摘に、どうにも返す言葉が無い。心が深く沈んでいくような錯覚を覚えてしまう。

「ケン君、君はまだまだ子供だ。

 ……あ、身体じゃなくて心がだよ? まぁ、僕達からすると君たち全員が子供になるんだけど……って、話が逸れたね」

「……大人になれって事を言いたいのか?」

「性急過ぎるよケン君! まったく、それは君の悪い癖だぞ?

 僕が言いたいのは……成長するのを止めないでくれ。ただそれだけなんだ」

 膝枕を解かれ、そのままうつ伏せに変えられる。ヘスティアは、ケンの上着を剥ぎ取るとそのまま背中に跨った。

「恩恵(ファルナ)はね、ただ君たちの腕っ節を強くするだけじゃない。

 君達の……ありたいていに言うと、自身の在り方を、引き出してくれるモノなんだ」

 憧れや希望、それに欲望などなど……。ベルのように英雄に憧れる者も居れば、ただただ金を得たいと欲望に無心する者も居る。娯楽に飢えた神々が望むように、そう言う子供が出て来やすい様な仕組みになっている。いや、恩恵がもたらす力がそうさせると言うべきなのか?

 背中から光が溢れ、ファルナが更新されていく。

「ちょっとずつでいい。

 僅かでもいい。

 ……でも、決して成長するのを諦めないでくれ!」

 励ましてくれている。激励してくれている。ソレは理解できるのだが、グヌヌヌと、背中からヘスティアの難しい呻り声が聞こえてくるのはどういう事なのだろうか?

「だぁぁ!」

 更新が終わったようだ。

 いつもの様に紙にステータスを書き写したヘスティアだが、ソレをケンに渡す事無く細切れになるまでビリビリに破き去ってしまった。

 ご乱心!? 神がご乱心とか洒落にならんぞ? とにかくなだめようと決めたが、ケンが起き上がるよりも先にヘスティアが背中に覆いかぶさるようにして抱きついてきた。

「もう、僕にはどうにもできそうにもないよ!」

「いや、いきなりそう言われても……」

 なにがどうにも出来ないのかが分からない。とりあえず、背中でその凶器をバルンバルンさせるのをやめて欲しい……いや、もうちょっと堪能するか? そんな煩悩と脳内で格闘していると、

「神様? こっちにいたんで……」

「あ……」

「……」

 塒を覗き込んだ姿勢で固まるベル、顔を赤くしたかと思うと失礼しましたと言って逃げて行った。それを見て慌ててケンの背中から飛び降りたヘスティアは、

「ご、誤解だベル君!」

 と、同じく顔を赤らめながらベルの後を追って塒から出て行ってしまった。

 ……なんともまぁ、助かったといえば助かった。だが、

「この紙くず、誰が掃除するんだか……」

 オレだよなと、ケンは深いため息を付きながら細切れの紙くずを拾い集めていく。

「しかし、諦めるなか……」

 ケンが拾い集めた紙切れには、ゼロと言う数字が多く書かれていた。

 

 

「エイナさん、オレ……どうすれば良いと思いますか?」

「……ケン君、相談にせよ何にせよ、まずは要点を加えて話す所から始めましょうか?」

 とりあえず個室行く? そう言うエイナ氏は、どこか疲れたような風に確認してきた。……まぁ、いかにも厄介事を持って来ましたと言う体でやって来れば、流石の彼女もそうなってしまうのは致し方ない。

 彼女の提案に静かに肯き、ケンはそのまま誰も使っていない個室へと通された。

「で、何をしたの?」

 正直に言いなさい。事としだいによっては……と言う風に、どこか刑事物の様な事を言うエイナ氏。その行動は、間違っていないが間違っている。

「何処から言うべきかなんだが……」

 とりあえず、何をしたのかから訂正していこう。

「とりあえず、犯罪を犯したと言うわけじゃないんです」

「そ、そうなの? よかった~」

 安堵したのか、一気に肩の力を抜くエイナ氏。そんなに何かやらかす様に見えたのだろうかと、思わずには居られないが……今回の用件の方が優先事項だ。

「それから……コレから相談する事、まだエイナさん個人の中に仕舞っておいてくれませんか?」

「それは……」

 どういう意味なのかと、意図を測りかねるエイナ氏。こっちだって、どう言えば齟齬無く理解してもらえるかどうか必死に考えている。

「どうにも、オレもベルもメンドウな事に足を突っ込んでしまったみたいなんだ」

 始まり……と言うより、中心か? 恐らくこの件の中心にいる人物――リリルカ・アーデ。そして、見覚えのあるゴブレットのエンブレム――ソーマ・ファミリアの三人。それに、前日に出くわした路地裏での騒動。一つ一つ上げながら、それぞれが繋がるように説明していく。上手く伝えられるように、絵も書いた。

「まだ、事件っていう事件には発展していないんだが……」

 どうにもキナ臭い。

 それも、起きたらもう手遅れとか、そんな感じで……。

 エイナ氏は、口元に手を当てて難しそうに――ケンが描いたあまり上手くない関係図を見つめている。描かれているのは、中心に二人の――小人(パルーム)のリリルカ・アーデ(?)と、犬人(シアンスロープ)のリリルカ・アーデ。二人の間には?と=のマークが描いてある。彼女達の上には、ソーマ・ファミリアの荒くれ三人。下には、自分とベルのパーティ。小人の方のすぐ横に、路地裏であった冒険者の男……。そこに、エイナ氏は新たに子供のサポータを書き加えた。

「それは……?」

「最近……というより、結構前から上がってくるのよ」

 フリーのサポータを入れたパーティが、金銭や魔石、装備を盗まれるって言う事件。被害にあった冒険者の証言は、種族も性別も全部バラバラ。でも、一つだけ共通しているのは、どれもそのサポーターが子供と言う事。

 冒険者に成れなくて、仕方なくサポータをしている人は――子供は珍しくない。

「だから、一応冒険者とサポーター両方に注意は呼びかけてはいたけど……」

 サポーター盗賊と小人リリの間に、?と=のマークが描かれる。なるほど、

「身体変化形、認識阻害の魔法かスキル。マジックアイテムの類でもいい。度合いによるが、そんなのを使えば誰にだって一瞬で変装できる」

「可能性としては高いわね。ちょっと、彼女について……特に種族と性別についてすぐ調べてくるわ」

 そう言ってエイナ氏は席を立つ。幾許もせずに戻ってきた彼女は、いの一番でソーマ・ファミリアの所属しているリリルカ・アーデは小人の女性だったと教えてくれた。

 そして、オレとエイナ氏の二人は頭を抱えてしまった。

「何処をどう突っつけばいいかは……簡単だ」

 どうにも黒いリリを突けばいい。証拠は不十分だが、状況証拠から参考人か、事情聴取位には運べる。だがしかし、コレでリリをサポーター盗賊として捕まえたとしても……。

 トントンと、上に描かれた荒くれ三人を指で叩く。

「どうみても、リリがトカゲの尻尾になる」

 ケンの指摘に、エイナ氏は表情を曇らせた。

「彼らが、彼女にそう指示しているのか、そうせざるおえなくしているのか、それとも彼女の犯罪を知っていて……」

 どうすれば一番ベスト……いや、ベターなんだろうか? この三人が更に尻尾で、本丸は未だゴブレットの中に隠れているとかなら、コレは本当に洒落にならない事態だ。

「ギルドは基本的に中立。冒険者同士のトラブルは、基本的に当事者の冒険者同士で解決するのが決まりなんだけど……」

 今回のような場合はどうだったかと、頭を悩ませるエイナ氏。だがしかし、ケンにとって最大の問題は、リリがベルに気に入られているという事なのだ。

「とりあえず、リリの件について調べてくれてありがとうございます」

「えぇ……とりあえず、この件は私の方で一旦止めておくわね? 証拠が足りないし……」

 一礼して個室を後にするケンに、残された関係図の紙を懐に仕舞うエイナ氏。今回の事件で、個人的に調べていたソーマ・ファミリアと言う共通点まで出て来てしまった。その事に彼女は、更に頭を痛ませるのだった。



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act18 それを成す理由

「……と、言うわけなんだ」

「なるほどね……うん、事件はかなりややこしい方向に向かっているみたいだね?」

 ギルドから戻ったケンは、ヘスティアにエイナ氏との相談結果を伝えた。一人で解決せず、年長者の知恵も借りる為に……。

「うんうん。年長者である僕にアドバイスを求めるなんて、いや~君は見込みがあるよ。

 ……ところでケン君、アドバイスをする前に一つ聞きたいんだ」

「?」

「ケン君は、リリをどうしたいんだい?」

 コレはとても重要な事なんだと言うヘスティアの表情は、いつものソレと比べてとても真剣なモノに感じられた。

「オレ、が?」

「そう、ベル君がどうとかじゃなくて、ケン君自身がどうしたいかだ」

 自分がどうしたいか……。ケンは改めて考えて、思わず口に手を当ててしまった。

 何も無い。

 思い当たるものが、特に何も無いのだ。

「……それが、君の答えみたいだね?」

 どうしても助けたいと思っているわけでもない。

 信じているとかそう言うのでもない。

 ただ、そこに居ただけ。

 ……本当に?

 リリ自身に思う事が何も……無いのか?

「ボクが君に出来る助言は、まず君がリリをどうしたいかを君自身が決める事だ」

 ソレが何よりも必要な事だと、ヘスティアはケンに言った。

 翌日、

「じゃ、一緒にダンジョンを探索しよう!」

「あ、あぁ……」

 ぎこちなく返してしまったが、ベルは特に気にした様子もなくダンジョンへと潜って行く。後から来ていたリリは、そんなケンを見て一瞬いぶかしむ。だが、すぐにフードを深く被り直してベルの後を追っていった。

 そんな後姿を見ながら、昨日のヘスティアの問いかけが思い出される。

「オレが、どうしたいか……か」

「? どうされたんですかケン様?」

 振り返るリリになんでもないと返し、ファントムを持って二人の後に続いて行くケン。そのままリリを追い越し、ベルの隣に並んだら何時もの立ち位置だ。

「今日は何処まで潜る?」

「う~ん、またキラーアントかな? ケンには、あの階層のモンスターに慣れてもらいたいし」

 そう言って蟻狩りを提案するベル。確かに俊敏なウォーシャドウと比べれば、キラーアントは射抜きやすい。厄介なのは仲間を呼ぶフェロモンだが、一つ一つ確実に始末していけば大丈夫だ。さらに火に弱いと言う特性から、インフェルノや炸裂ボルトを使えばまとめて倒せる。

「……よし、蟻狩りだ」

 暫くダンジョンを進み、道中に出会ったモンスターを難なく倒していく。大した怪我も無く目的の階層まで下りたのは良いが、

「どうしたんですケン様?」

 全然集中できていませんよと、リリが心配してくる。ケンは大丈夫と返すが、どうにもこうにも大丈夫には見えない。放った矢は半分以上が明後日の方向に飛んで行き、敵の接近にすら気づくのが遅れてしまっている。

 チラチラと視界に入るリリを追って……尚且つ考えてしまう。

 彼女を、オレはどうしたい?

 スカっと、また放った矢が外れて虚しく地面や壁に突き刺さる。その事に鋭く舌打ちしながら次の矢を番え、

「ケ、ケン! か、数が!?」

 どうにも、蟻を集めすぎたらしい。ワラワラと湧いてくるキラーアントを見て、思わず強く舌打ちしてしまう。

「ベル! 一気に燃やすぞ!」

 インフェルノの安全ピンを引き抜き、固まっている場所目掛けて投げる。さらに、ファントムの矢を炸裂ボルトに変更して乱れ打つ。炎に巻かれてもがき苦しんでいるアリの群れは、炸裂ボルトの爆風に巻き込まれてドンドン粉々に成っていった。

「……魔石、回収できそうか?」

 爆風でシッチャカメッチャカに成ってしまったが……リリの方を見れば、ちょっと目を見開き口元を引きつらせながら、

「大丈夫です! ……たぶん」

 大丈夫とリリは言うが、後半部分が尻すぼみに小さく聞こえてしまった。

「うん、拾えるだけで良いよ」

「ああ、無理なく拾える分だけでいい」

 ムリに全部回収しようとして時間を無駄にするより、別モンスターから魔石を回収したほうがいい。それによく見れば、まだ息のあるキラーアントもチラホラと確認できた。

「ベル、仲間を呼ばれる前に全部息の根止めるぞ!」

「うん!」

 兎に角、少しでも動いているヤツを見かけたらマチェットを胴体部分に突き刺していく。反対側では、ベルとリリが一緒に瀕死のキラーアントを解体していた。

「……」

 何だろうなと、ケンは自分の隣を見て、誰もいない事に思わずため息が零れてしまった。

 何なんだろうな。コイツは……。

「……今日は本当に変だよ、ケン?」

「……すまん」

 心配してくれるベルに、あんまりにも素っ気無い返事を返してしまう。ダメだなと頭を振り、一度肺の中の空気を全部吐き出す。

「大丈夫だ。調子が悪いなら、調子が悪いなりにやる」

 そう、調子が悪かろうがやらなければならないなら、やれるだけやるだけだ。

 そんなケンの姿を見て、ベルはどこかやるせなさそうに顔をしかめた。

 そして夕刻、

「今日は……あんまり稼げなかったね?」

「いえいえベル様! 初日よりちょっと少ないくらいじゃないですか!」

 残念そうに言うベルに、何を言っていやがると訂正するリリ。そんなやり取りを、ケンはやはりなんともいえない気持ちで見つめてしまう。これはこれで悪い感じではない、が……。

「もう、ケン様も笑っていないでベル様に言ってあげてください! おふた方は、一般的なの冒険者様方よりも、はるかに大金を稼いでいるんだって!」

 笑っている……か、

「そうだな。不足していないんなら、十分稼げているんだ。

 それに、冒険者の収入は出来高だろ? これ位の、多少のムラは在るさ」

「うん、だけど……」

 ココにもっと沢山ヴァリスを乗っけてみたくない? と、どこかイタズラっぽく言うベル。その提案に、ケンは暫し顎に手を当てて、更に回りをチラッと見渡して……言いたい事が何となく分かった。リリも分かったようだが、口には出さずに少々ジトッとした目で明後日を見ている。

 言っても良いんだぞ? ……いや、言えないか。サポーターと言うのは、どうにも周りを気にしなきゃいけないらしい。ケンは肩を竦めながら、ベルに言い聞かせる。

「ベル、お金ってのは矢鱈と見せびらかすもんじゃないぞ?」

 ソレもこんなところでと、トントンとバベルの換金所近くに設置されたテーブルを叩く。この街には、冒険者のスリだっているし、強盗だっている。今この瞬間……は無いと思うが、帰る途中でスリやカツアゲに出くわす可能性だってある。

「う、うん……」

 そう言って俯くベル。

 しかし、なんでコイツは急にそんな事を……。あ、アレか? 自分は順調に成長してますってアピールしたいってヤツか?

「な、なんでソコで盛大にため息つくのさ!」

「いや、確かに稼ぎは一種のバロメーターに成るが……」

 アピールする相手が、第一級冒険者の剣姫では……並大抵のものではダメだろう。気付いてもらえるようになるまで、いったいどれだけ金貨の山をココに築けばいいんだろうか? 下手をしたら、金を積み上げるのが目的になりかねない。ハーレムを築くと目標を掲げるベルはそうは成らないだろう。だが、長く低い場所で燻っているとそうだとは言い切れないのが恐ろしい。

「こんなんよりも、手っ取り早くレベルを上げた方が何倍も話題に成るぞ?」

「レベルアップ、か……」

 なにやら考え出したベルに呆れつつ、適当に報酬を等分配して渡す。リリは、相も変わらず気まずそうにしているた。面倒なヤツだと、ケンはリリの頭を押さえつけると、

「な、なにをなさ……!」

「オマエさんは仕事をしたんだ。正当な報酬を貰って、何を遠慮してるんだ?」

「そ、そう言うわけじゃ……」

「だったら胸を張れ。コレは、お前の仕事の成果だ」

 後ろめたい事も、疚しがる事も何も無いと言い聞かせる。

 それからリリは、納得したのか最初に報酬を分配した時の様にバックパックに大事に仕舞い込んだ。

 その後の帰り際、リリが明日は休ませて欲しいと言ってきた。

 特に思う事も無く、それぞれに事情があるならそっちを優先してくれと……オレたちは彼女と分かれた。分かれてしまった。

 異変に気がついたのは、たまたま道中で豊穣の女主人で働いている二人――リューとシルに出会った時。リューが、空になった鞘を指摘して初めて気がついた。

「た、大変だ!」

 どこかに落としたのかもしれないと、ベルは顔を青くして元来た道を慌てて駆け戻る。ケンはと言うと、思わず空を仰いでしまっていた。

 やってしまったと言うより、やられたと言うべきか……。

「……心当たりが、ありそうですね?」

 ボソリと、リューに耳元で言われた。

「なんで、そう思うんで……」

 そこまで言って口を閉じる。代わりに、

「……無い」

「……嘘が下手ですね?」

 違う。確信が持てないだけ……だが、こういう時に嫌な勘は当たると相場が決まっていたりする。

「アナタも探さないんですか?」

「……オレは、オレの心当たりを探してみる」

 そう言ってケンは、ベルとは別の方向へと走っていく。

 ……このスキル【戦場遊戯(バトルフィールド)】は、本当に便利なものだ。向かうべき場所は、彼女の居る場所はもう分かっていた。

 その後、ケンがホームに帰ってきたのは夜もだいぶ更けてからだった。



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act19 彼女の理由

 視界の隅に映るレーダーの青い光点。そこに向かってケンは屋根の上を疾駆する。

 彼女は、隠れ家に戻らずそのまま行方を暗ますかもしれない。

『明日は来れない』

 別れ際の言葉から、その可能性は十分にあった。

 後でギルド経由で苦情が来そうだが、今は速度を優先する。人混みと入り組んだ路地で方向感覚を失うよりはマシと判断させてもらった。

「……ッ!」

 レーダーの光点の示す方向。そこには、人気の少ない路地を歩く見覚えのある少女の後姿……。識別をさらに意識すれば、その頭上に青いシンボルが彼女の頭上にポップする。

「……ビンゴ!」

 静かに呟き、屋根の上から彼女を追いかける。気づかれない様に距離をとって尾行し続けると、一軒の家屋の中へと彼女は消えていった。

「質屋……じゃないよな?」

 それらしい看板は見えないが、そう言う訳有りの品物専門の店かもしれない。もし取引をされれば……、

「強盗なんて、やりたくねぇぞ」

 どこぞの高校生軍曹なら内部を瞬時に制圧し、目標の物品を押収。その後、闇店舗は跡を残さず爆発四散させてしまうのだろうが……。生憎とケンにそれ程技量は無い。やれそうな事は、覆面をして強盗の真似事をする位だ。

「……ん?」

 何か違和感を感じ、よくよく彼女が入っていった家屋を見つめる。どこかで見たような気がすると記憶をめぐらせば、

「……焦りすぎだな」

 そこが、先日訪れた彼女の隠れ家だった事を思い出した。

 自分が相当焦っていた様だと自覚し、深呼吸して脈拍を整える。

 とりあえずは、まだ状況的に大丈夫であろう。そう判断したケンは、“特殊部隊”が選択されていることを確認してから静かに屋根の上を伝って目的の家屋へ。そこから屋根裏にもぐりこむと、天井裏から彼女の部屋の中を窺った。

 タイミングが良かったのか、トボトボと帰ってきたリリが、力なく自分のベッドに倒れ込むのが見えた。見た限り、大金を手に入れて喜んでいると言う風には見えない。むしろ、仕事に失敗した様な時のソレを彼女から感じられた。

 ヘファイストスの印が入ったナイフを盗めたのなら、大金が手に入るともっと嬉しがるかと思ったが――ついでに、足が着く前にココを引き払う様なそぶりを見せるかと思ったが、そんな様子は見受けられない。

 勘違いだったのだろうか? そう考えがよぎったが、もう少し様子を見てみる事にした。手にした大金に、現実味が欠落している状態なだけかも知れないからだ。

 そして、暫く様子を見て分かったのは……やはり彼女が――リリが黒だったという事。ナイフは、換金できずにベルの手元に戻ったという事。次は、ヘファイストスの印が掘られた鞘ごと狙うという事だった。

 どうしようもないヤツだと、一度失敗してまだ狙うのかと、ケンは思った。

 確かに二人は駆け出しで、分不相応な一級品の装備を持っているのだろう。ヘファイストス製装備の相場は最低でも一千万は軽く越える。しかも買えないから奪うではなく、金が欲しいから盗んで売る。

 ……金が、欲しい?

 強い武器が欲しいではなく、売った後の金が?

 その理由はなんだ? 報酬は十分に渡している筈だ。金銭的に困るような……借金を抱えているのか? それとも、ソーマ・ファミリアへの上納金……は、考えられるな。先日のカツアゲの件もある。

 しかし、可能性は高そうだが確証はない。だが、それだけだろうか?

「……直接、聞いてみるか?」

 さすがにソレは無茶だと頭を振る。直接聞いたところで答えてくれる筈もないし、第一にそのタイミングも……。

 ベキッ!

「げ……」

「結局、彼らの善意も碌な事に……ぇ?」

 ソレはなんと言う事もない不注意だった。体重を掛け間違えて天板が割れる。しかも、そのまま全身で天井板を抜いて、ケンは身体ごと部屋の中へと落下してしまった。

 運がよかったのは、彼女がちょうどベッドから起きて落下地点に後ろを向けていた事。そのせいでリリは反応が遅れ、彼女が完全に振り向くよりも早くベッドにうつ伏せに押し付けて拘束する事に成功した。

「ム、ムゥー!?」

「う、動くな!」

 体重を乗せて動けないようにしたつもりだが、彼女は重量物を軽く出来るスキルがある。安心は出来ない。ジタバタ暴れるリリの顔が、わずかばかり此方を向いて、息を飲んだ。

「ケン、さま?」

 そして、乾いた笑いを零すリリ。ココに来た理由は分かるだろうと問いかけると、何の事だかとしらばっくれられた。

「へフェイストスのナイフ。次は鞘ごと」

「っ!?」

「……全部、聞いていたぞ?」

 そう言うと、リリは観念したかのように力を抜いて暴れるのも止めてしまった。大人しく成ってくれて助かる。ついでに言えば、今の彼女は変装を解いている。犬人のリリではなく、小人のリリだ。人違いととぼけられたかも知れないが、頭が回らない程混乱しているのだろう。それはケンも同じなのだが……。

 しかし、期せずしてこのような状況。仕方ないと、腹に力を入れて彼女に問いただす事にした。

「……オレの質問に答えろ」

「……」

「何で、金が必要なんだ?」

「……」

「答えられないのか?」

 いや、体勢的に応答しにくいのか? 少々乱暴にだがリリを仰向けにし、答えやすい様にしてやった。一応、ひっくり返す前に両手は後ろで縛らせてもらったが、

「……」

 それでもリリは答えない。彼女の目は落ち窪み、体は完全に脱力して無抵抗。どうしたんだといぶかしんだが、もしかして誰かがリリを操っているのかと思い、その場から一旦飛び退いて部屋の中を見渡した。

「……?」

「……?」

 特にソレらしい兆しも無い事に頭を傾げ、リリのほうも此方を見て何をしているのだと頭を傾げている。杞憂だったか?

「……リリをどうするんですか?」

 やっと答えてソレか……。ケンは、ため息を吐きながら、此方の質問に答えろとだけ返す。

「口、塞がなくていいんですか? 今リリが叫べば……」

 不利なのはケン様ですよ? そう暗に言うリリに、ケンは【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させサプレッサーを付けた拳銃――FN57を呼び出した。

「やる気も無いのに、そんなブラフをするな」

「どうでしょう……?」

 リリはおどけたように言う。

 レーザーサイトの緑点が、自身の額からベッドにあるクッションの上へと踊る。ソレが何か分からないリリは、首を傾げながらソコへと目を向けた。

 引き金を何度か落とす。

 パシュッ! パシュ! パシュ……!

 サプレッサーで圧殺された音と共に、FN57の銃口から数発の鉛玉が放たれクッションをボロボロに変貌させた。

「ヒィッ!?」

 ゆっくりとレーザーサイトをリリへと向ける。

「リリが叫ぶより、コイツが火を噴くのが早いぞ?

 ……もう一度言う。そんな気が無いならブラフでもするな」

 こういう事をするメンドウが増える。

「もう一度聞くぞ?

 正直に答えろ。……どうして金が必要なんだ?」

「それは、はじめに言ったとおりココの宿代で……」

「嘘だな」

 即座に否定する。

 百歩譲ってだが、馬鹿みたいに宿代を滞納しているのなら在りえる。だがしかし、その金額がヘファイストス製の装備の売値ほどだろうか? ここ数日、数えるほどしかリリとは探索に出かけてはいない。だが、その都度報酬としてその日の稼ぎを等分配して彼女に支払っている。その分配額も、一人頭平均的なレベル1の冒険者四人分の稼ぎ以上だ。

 嘘で取り繕う事もできず、リリは押し黙る。

「もう一度だけ聞く。コレでオレでも分かる嘘を付くなら、今度はヘスティアも同伴で尋問するぞ?」

 別の銃――テイザーガンを取り出してリリに向ける。

 態々殺すために得物を変える必要はない。それを見たリリは、ならそれは自分を殺さずに無力化できるモノだと判断し……観念したように答えてくれた。

「……大金が、必要なんです。ソーマ・ファミリアを、抜けるために」

 押し殺すように言われたソレ。同じファミリアの構成員から、稼ぎを巻き上げられるような状況……大体は状況が察せられる。

 ケンは、懐から適当な金銭が入った袋をリリに投げ渡した。

「お情け、ですか?」

「壊した天井と、寝具代だ」

「……ふざけてるんですか?」

「要らんのなら、明後日にでも付き返しに来い」

 そう言って縛っていた手を開放する。

 最初こそ自虐的に笑っていたリリだが、投げ渡された金を抱き込んだまま俯いて……此方を――ケンを睨んできた。

 不愉快なんだろう。

 ああ、それでもいい。

 リリの不幸なんてオレは知らない。だがしかし、ろくでもない人生を歩いてきたんじゃないか? ソレに比べて、オレは只のわがままだ。逃げ出して、与えられた力でダラダラ生きて……このまま、腐っていくのか?

 頭を振る。

 ……妙な思考になったな。

 気分が憂鬱に成る。

 速く、帰ろう。

 そしてケンは、リリの部屋を後にしてホームへと帰路についた。



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act20 彼女を取り巻く事情

 頭上から降り注ぐ日の光。それを浴び続けるケンは、軽い眩暈を覚えていた。

 何度も頭を振るも、状態は一向に回復しない。

 帰るのが夜遅くになってしまったのが、コンディションが悪い原因の一つだろう。それだけと言えないのは、やはり彼女とのやり取りが頭を離れないから……。

 詳細は、昨日のうちにヘスティアに簡素にだが伝えた。

 だがケン自身は、自分がどうするかを結局の所まだ決めかねている。

「オレが、どうしたいか……」

 やりたい事も、口から吐き出す言葉も、すでに何時でも切れると手札にそろえている。

 助ける――たったそれだけなのだ。

 だがしかし、それが自分の言動なのか、そう言う雰囲気だからやろうと言う安易なモノなのか……。ヘスティアに指摘されてから、意識し始めてから自信が持てなくなっていた。

 いや、もともと意識してなどやっていなかったのだろう。そう言うものだからと、深く考えず……いや、自分の考えも持たずに行動していただけ。先の事も考えず、場当たり的に、脊髄反射的に……。

 そこまで考えて、今日何度目か分からないため息を吐いた。

 これ以上は、いったん切り上げよう。このまま憂鬱に成るのは、色々とよろしくない。主にステータスに影響が出てくる。

 そう、昨日はステータスの更新をしていない。ヘスティア曰く、気分が憂鬱な時に更新をしてもいい結果に成らないとか何とか。……要するに、一日置いて気分を落ち着かせてから更新すると言う事らしい。

 鬱蒼とした気分を変えるため、手ごろな露天で食べ物――甘味の類を手に入れ、腹の中に落としていく。

「……ふぅ」

 甘味が効いたのか、少しだけ落ち着いた気がする。これから向かう場所に、そんなに陰鬱な顔で行くわけにはいかない。

 それから目的の場所、冒険者ギルドへと足を運ばせた。

「あら? ケン君、いらっしゃい。

 ……顔色が悪いけど大丈夫?」

「おはようございますエイナさん。

 ……少し寝不足なだけです。それより……」

 この前の件で軽く進捗があったとエイナ氏に言うと、真剣な面持ちで個室へと促された。一応、わざわざ個室で話すほどではないとは説明した。説明したが、念のためにと個室に押し込まれる。

「……で、なにがあったの?」

 問いかけるエイナ氏に、昨日あった事を簡素に伝えた。

 ベルが持つ特注ナイフが盗まれた事。その犯人がリリだった事。そして、彼女の目的と、再度狙っている事も……。

 リリの部屋に押し入ったのは……黙っておいた。言うと、色々と不味い事に成りそうな予感がしたからだ。

「ソーマ・ファミリアから抜け出したい、か……」

 説明を聞き終えたエイナ氏は難しい顔をする。改宗(コンバージョン)と言うのは、そんなにメンドウなものなのだろうか?

「うん、改宗はとても大変な事よ? その冒険者がファミリアの主戦力とかだったら、最悪の場合ファミリア同士の戦争にもなる位にね」

 戦争と言う物騒な単語が出てくるほど、改宗はメンドウが付きまとうらしい。いや、そうなのだろう。向こうでも、優秀な人材の引き抜きとかで会社同士の抗争があったりなかったりした。

 だがしかし、リリはそれに当てはまるのだろうか?

「だが、ただのサポーターの改宗がそんな事になるのか? と言うより、ソコまで金が必要になるのか?」

「えっとね、一概には言えないけど……」

 改宗にはソレ相応の示談金が必要らしい。示談金の相場がどれ位かは分からないが、リリがソーマ・ファミリアを抜けるための金額は……主戦力の冒険者のソレよりも遥かに少ない筈だそうだ。そう、

「ソーマ・ファミリアが、普通のファミリアなら、ね」

 エイナ氏自身も、独自にソーマ・ファミリアについて調査していたらしい。勿論、盗賊サポーターの件とは別で……。ソーマ・ファミリアは、換金所などでのトラブルが多すぎるからだそうだ。

「そう言えば、オレも絡まれたな」

 あの時エイナさんに助けてもらっていなかったらどうなっていた事やら、

「わかった事はあまりないけど、ソーマ・ファミリアの構成員は全員、ある事情の為にお金を必死になってかき集めているの。それも、ファミリア全体じゃなくて個人でどれだけ……仲間内で奪い合うなんてのもあったわね」

 酷いな。金が必要なのはリリも一緒だが、ファミリア全体で、さらに個人個人が兎に角必要とは……。その現状に、知らず知らずため息がこぼれてしまう。

「そんなにソーマ・ファミリアから抜けたいんすかね?」

 だとしたらどれほど笑い話になるかと思ったが、エイナ氏はその逆だろうと言う。

「直接見たわけじゃないけど、そんなに大勢が抜け出したいならもうファミリアとしてやっていけない。主神の事なんてお構いナシで、冒険者の皆は好き勝手何処かへ行っちゃうもの」

 例として、諸事情で借金塗れになった商業系ファミリアの事を上げられた。全員、借金を作った主神とその原因になった冒険者を見限って改宗したとか……。

 閑話休題。

「ソーマ・ファミリアの冒険者達が、兎に角お金をかき集める理由ってのは、結局の所なんなんですかね?」

 単に、主神が壊滅的に金遣いが荒いならば分かりやすい。だが、ソレだと態々そんな神の元に居る意味が分からない。洗脳とかだろうか? そうだとすると、リリがそうなっていないのが分からない。

「それについては、神ロキから教えてもらったわ」

 そう言ってエイナ氏は、先日神ロキから聞いた事を教えてくれた。

 ソーマ・ファミリアの主神、ソーマと同じ名の神酒(ソーマ)。神界に居た頃から神々の間でも話題に暇がなく、地上に降りてからもその酒を求めて全財産を投げ出そうとする神が後を絶たない。また、極一部の劣化品以外絶対に市場に出回らない至高の酒だ。

 そして、ロキ曰くただの人が飲めばその味に狂うと言う。つまり……、

「それが、金の行く先?」

 コクリと肯くエイナ氏に、ケンは思わず頭を抱えてあきれ返った。

 最悪だ。

 もし想像どうりなら、人を狂わせる酒に毒された――ヤク中ファミリアって事じゃないか。いつだったか、どこかファミリアというモノが“マ”か“ヤ”の付く自由業みたいだと笑った事もあったが、コレじゃ全然笑えない。

「……兎に角、今日は色々ありがとうございました」

 ここまで親身に調べてくれたエイナ氏にお礼を述べる。頭を悩ませる事も一杯聞けたが、欠けていたリリを取り巻く諸事情が聞けたのは大きな収穫だった。

 コレからどうするか、ホームに帰ってベルと相談しよう。

「それで、アーデさんの処遇はどうするの?」

 退室間際の問いかけ。不安そうにするエイナ氏に、ケンは暫し考えてから少しはにかんで返答する。

「……ベルに丸投げかな?」

 そう、オレが悩む必要は無い。

 ここはベルに全て任せよう。

 あの純粋バカならどうにかしてしまう気がする。

 脱退金を溜めたいなら、リリはこのままベルに寄生して稼げばいい。

 そう、コレは水商売の女に大金を貢ぐようなものだ。

 手に入らないと分かっていても、その一時の夢に踊らされて我を忘れて散財してしまう。結果として尻の毛まで毟られようと、ベルはきっとあの屈託のない笑いで済ますだろう。

 大丈夫、どんな状況でも家に帰れば革命レベルの巨乳幼女神が癒してくれるさ……。

 ……あれほど悩んでいたのに、今度はすらすらと考えが出てくる。その事に、考えている事に自身が薄っぺらく感じられてしまった。

「ケン君は、ベル君を助けてくれないの?」

「いや、助けるが……飯やらなんやらを工面してやるだけだ」

 正直、ベルはとてつもない速度で成長してる。ソロの場合、もうケンよりもベルの方が稼ぎがいい。ベルだけでも、レベル1冒険者4人分の稼ぎくらい平気で出せるだろう。そんななのに助ける必要があるのかと言えば……たぶんない。

「ま、適任はオレよりもヘスティア様だな」

 腕力が必要ならこっちが適任だろうと、ケンは力こぶしを作って見せる。だがエイナ氏には、その姿は頼りなさで煤けて見えたのだった。



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act21 女の涙が最優先だ

 異様な空気に支配されたホームに着いたのは、日も暮れ始めた夕方だった。

 ベルが魔法を発現した。

 それそのものは本来喜ぶべき事なんだが、

「どうしよう、コレ?」

 テーブルの上に乗せられた白紙の本――使用済みの魔導書を、顔を青白くしながら訊ねるベル。同じく頭を抱えるヘスティアを見て、

「……ベル」

 葛藤があった。心の中でせめぎ会う良心の葛藤が。そして、答えは出た。良心を訴える拳が何度も硬く閉ざしたドアを叩く。そう、これで良いんだ。

 ケンは、ベルの肩に手を置いてまっさらな表情で言った。

「見なかった事にしよう」

「成るかー!」

 直後ヘスティア様から強烈なチョップを貰ってしまう。

 いや、だがしかしだな。だからと言ってそうでもしないとダメだろ?

「ま、魔導書っていったどれ位の価値が……」

「ヘファイストス製第一級装備一式を、オーダーメイドで揃えられる金額だよベル君」

 推定一億ヴァリス以上……。

 それを聞いた瞬間、ベルは吐血して倒れてしまった。第一級冒険者でもない、吹き溜まりの底辺冒険者でしかない自分達にはとてもじゃないが賠償できる金額ではなかった。

 どうしようもない。そう、どうしようもないんだ。

「ヘスティア様」

「なんだいケン君? 急に改まって……」

「南の島でバカンスしませんか? 期間は……100年位?」

 ケンの提案に、しなくてよろしいとヘスティアは突っ込みを入れる。そもそも何処に、どうやって逃げる気だいと問われれば、

「赤道辺りの地図にも載っていない島かな? 移動手段は有るし……」

 そう、有るのだ。超長距離移動できる切符が……。ソレを聞いたヘスティアは、何処か遠い目をして――ベルは目を点にしていた。

 次の瞬間、ガシッと両肩を捕まれ、

「ケン君。君のスキルの詳細、もっと詳しく深く説明してくれないかい? ん?」

 そう凄んで来るヘスティアに、ケンは自分でも把握しきれていないと返してこの場を濁した。

 しかしまぁ、呆れる程にこのファミリアには金の問題が絡んでくる。そりゃ冒険の動機付けとして、膨大な借金の返済はある意味王道だけど……。

「とりあえず、潜る階層を増やすか?」

 あと、武器の限定解除も考えておこう。ベルも魔法を覚えたみたいだし、何より稼ぎも良い。もうベルに遠慮する必要はない……かな? そうケンが考えていると、

「いや、できれば今まで通りに自重してくれたまえケン君」

 下手をするとバカ神々のオモチャにされかねないと、ヘスティアに改めて忠告された。

 

 

 そして翌朝……の前。ベルが昨晩、一人でホームを抜け出していた。

 珍しく寝不足気味に起きて来たベルは何でもないと隠していたが、

「まったく、いくら早く使いたくたってな……」

「な、何の事かな?」

 とぼけるベルにからは、存外にナニか在りましたと言う雰囲気が漂ってくる。真新しい埃に塗れた装備が隠しきれていない。ただ興奮して寝れなかったのなら、なんで身体中が土埃で汚れているのだろうか? そう指摘すると、

「いや、コレはベッドから落ちて……」

 目がすっごく泳いでるベルに、ケンはため息を漏らしながらそう言う事にしておく事にした。特に大事に至るような事もなく無事に帰って来たのは良かったとしか言いようが無い。

 朝食を取り終え、珍しくベルと二人で早朝のダンジョンへと向かう。

 道中、本の事を謝りに行ったベルは、豊穣の女主人の女将にケンと同じような対応を――つまり見なかった事にされて困惑したのだった。

「……早く行こうケン!」

 リリが待っているからと、肩の荷が下りたベルが先を急がせる。

 リリは来るだろうか?

 ……来ないかもしれない。

 来なかったら、ベルはどうするだろうか?

 オレは、どうするだろうか?

 オレは、どう思うだろうか?

 自問すれど、昨日出したはずの答えが出てこない。

 いつの間にか、待ち合わせを指定したバベル前の広場に着いていた。

「リリは……まだ着てないみたいだね?」

「……あぁ」

 いつもより若干遅い時間だが、辺りにはダンジョンへと向かう冒険者の姿がチラホラと見える。大きなサポーターバッグを背負ったサポーターもポツポツ見られるが、リリの様な桁外れな対比の――まるで家財道具一式を背負っているようなサポーターは見当たらない。

「……早く着すぎたか?」

 ベルに来ないかもしれないとは言えず、ケンは適当に当たり障りのない言葉を選んで口にする。なんでこんな事してるんだろうと、一瞬ため息を零してしまうが……。

「あ、アレってリリじゃないかな?」

 そう言ってベルが示した先は、広場の端に設けられた林の中。木々に隠れていて見落としていたが、なるほど確かにフードを被った小柄な人と、矢鱈と巨大なサポーターバッグもそこに見て取れる。ついでに、その人物と言い争っているどこかで見た事のある大男もだ。

「はぁ……」

 零れたため息のデカさに自身でも驚いてしまう。トラブルか。またトラブルか。それもアノ大男、リリからカツアゲしていたヤツだ。恐らく、彼女から現金を徴収する為にやって来たのだろう。

 ……まずは、あんな後でもちゃんと来てくれた事に喜ぶべきだろうか?

「リリ!」

 そんな事は露知らずと言うのか、ベルが遠くのリリを呼ぶように前へと……。

「おっと、ちょいと待ちな」

 出るのを遮るように、これまたどこかで見た事のある男が立ちはだかった。誰だっけ? どこかで見た覚えがあるのだが、ケンは思い出す事ができない。印象が薄かったのか、それとも他の誰かと混同しているのか……。

「まぁ、どうでもいいか……」

「な、何の用ですか?」

 そう、どうでもいい。特にコイツに興味が湧かない。薄っぺらい影絵の様だ。

「お前ら、あのガキのサポーターとパーティ組んでるんだな?」

「そうですが……」

「話ってのは、オレたちと組んであのガキを嵌めないか?

 あのサポーターはな、組んだパーティの装備なり金品をくすめて、その金をバカみたいに蓄えていやがるんだ」

 それを巻き上げてオレたちで山分けにしないかと、目の前の男はそう提案してきた。

 だがしかし、どうにもこうにもそんな話に食指が動かない。

 チラリと、林の中から出て来たリリが目に入った。

 その顔はどこか無理矢理取り繕った能面の様に笑って……、

「やらない!」

 ベルの拒絶の声に、男に意識を戻す。ベルの発言に、苛立った様に吐き棄てた男はケンを見てお前はどうだと聞いてきた。

 ……ああそうだな、答えなんて決まっている。いや、はじめからそう決めていた。

「面白い話だ」

「え?」

 オレの答えに、ベルは絶望したように、男はオマエは話が分かると笑いながらケンに近づいて来る。馴れ馴れしいヤツだ。そして、とんだ勘違い野郎だ。

 シャキンと、鞘から抜いたマチェットの切っ先を勘違い野朗に向ける。

「あ”?」

「だが、クソみてぇな話だ」

 失せろドグサレ。

「ケン!」

「な、テメェもバカの一員かよ! たかがサポーターだろうが!」

「サポーター? んな事はどうでもいい」

 女の涙が最優先だ。

 脳裏に浮かぶのは、昨晩のリリルカ・アーデ。偽善? 義憤? 薄っぺらい考え? そんな下らない事を言う口は、そのバカな頭ごとショットガンで吹き飛ばしてやろう。それで不十分なら対戦車ロケット砲だ。

 武器を構えるケンに習うように、ベルもまた同じようにしてヘスティアナイフを抜いて構えた。どこか顔をが高揚している様だが、大丈夫か?

「オイオイ、こんな所で騒ぎを起こして只で済むと思ってるのか?」

「ククク……」

 確かに男の言うとおり、こんな場所で白昼(?)堂々と騒ぎを起こせば只では済まない。ファミリア同士の抗争もそうだが、被害によってはギルドからのペナルティも課せられるかも知れない。だがしかしだ。

「……なにが可笑しい?」

「いや、ココはオラリオだ。

 冒険者同士のイザコザ、騒動なんざ日常の一つだろう?」

 違うのかと問いかければ、向こうもニィっと笑みを深くする。

「お前ら揃って、トコトン頭がバカなんだな?

 ……後で後悔してもしらねぇぞ?」

 そう言って、男は踵を返して何処かへ去って行く。とりあえずここでは何もしない様だ。

 抜き身の得物を鞘に戻してベルの方を見ると、なぜか顔を高揚させて目をキラキラさせている。ケンも釣られて口角を上げるが、何もしていないのに妙に疲れてしまった。

 もうやりたくねぇ……。

 ……ダンジョンに潜ったわけでもないのにドッと疲れた。

「ケン、ボクすっごく感動しちゃった!」

「ハシャグナ……」

 こっちまで恥ずかしくなると、そっぽを向くケン。まんざらでもないが、流石に心労がキツイ。そう何度もやりたいと思わないと思っていると、

「お、おはようございます! ベル様」

「あ、おはようリリ!」

 いつの間にかリリが、林から広場の真ん中に居る自分達の元に来ていた。心なしかリリの顔色は悪い。やはり、盗みがばれている状況で顔を出すのは辛いか。だが、その事実はベルは知らない。魔道書の件で、結局教えそこなったのだ。

「……ところで、先ほどの冒険者様はどうされたのですか?」

「ううん、なんでもないよリリ!」

「ああ、ただのドグサレ野郎だっただけだ」

 オレたち二人の対応に、不振そうにするリリ。だがそれも一瞬で、すぐに何時もの営業スマイルになる。仕事人だな。ベルの後ろに着いて行こうとする彼女に、その肩にケンそっとは手を置く。

「ヒッ!?」

 ビクリと、少々オーバー気味に驚くリリ。大丈夫かと思ったが、そう言えば昨晩寝込みを襲ったんだったなと、原因の一端が自分に在った事を思い出し呆れてしまう。

「な、何でしょうかケ、ケン、様?」

「いや……」

 つい歯切れが悪くなってしまった。聞くべき事や、言うべき事は山ほどあるだろ? その為にリリの肩に手を置いたんだろ? 自身に問いかけるが、先ほどの様にスラスラとは出てきてくれない。それはさながら錆付いた蝶番の様で、

「……?」

「ああ、その、なんだ……」

「リリ! ケン! 二人とも早く!」

 奇妙に凝り固まった場の空気を破ったのは、明るいベルの呼び声。すぐ行きますと、リリはベルの方へと走っていく。ただ、途中でチラッと此方へ目を向けたりもした。

「……ああ、すぐ行く」

 そして彼らは、今日もダンジョンへと潜って行った。



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act22 悪意と霧

「それじゃリリ、また明日!」

「は、はいベル様!」

「……」

 特に問題らしい問題も無くダンジョン探索を終えた三人は、夕暮れに焼けるオラリオをそれぞれの帰路に着いて行く。

「今日もすっごく稼げたね?

 この調子なら、ステータスもガンガン上がっちゃうかな?」

「ああ、かなり上がるだろうな」

 フルとガシャリ、ガシャリと重い音を立てるヴァリス袋。階層のモンスターに対して、ステータスが適正値に追いついた――いや、追い抜いたのだろう。日に日に収入が僅かずつ増えていっていた。

「ファイアボルトで、大量のモンスターも楽に倒せるようになったし、もっと深い階層に挑戦できちゃうかも!」

 ダンジョンでの出来事を思い出し、何時も以上にはしゃぐベル。こういう場合、釘を刺しておかないと大怪我するのが王道……。なのだが、下手な釘を打つとポッキリと言うか、ボッキリと言う感じに調子が落ち込んだりする王道的展開もある。

 ベルはどちらだろうか? 釣り合いが読めないのに、目の前に迫って来ている厄介事とベルと天秤に載せて思案する。

「ベル……」

 ホームの敷居をくぐりながら、ケンは眉間に皺を寄せて呼びかけた。

「え、あ、な、なに?」

 自分でもはしゃぎ過ぎたと自覚したのか、ベルは赤面しながら急にしおらしくなった。別にケンは咎めている訳ではない。嬉しいなら、素直に喜んでいい。もちろん、時と場所を弁えてだが……。

「ああ、リリの件だ」

 そう言うと、ベルの顔は一瞬で真剣なモノへと変わった。

 真面目な話をするぞと前置きをして、エイナ氏から聞いた事と今朝の事、これから起こるであろう事を確認する。

「……で、十中八九、リリは襲われる。

 しかもアイツは、“オレたち”って言った。“オレ”ではなくな」

「うん、言った。……って事は、複数の人がリリを狙ってるって事?」

 そう、アイツ一人警戒したってどうにもならない。と言うより、ケンの見立てであの男は捨て駒とかに使われそうな臭いがプンプンして来ている。なんでだろうか?

「しかも、アイツは……恐らくだが、オレたちを誘ったように別の誰かから誘われたって口じゃないかと考えている」

「え、な、なんで?」

「理由は、簡単なんだが……」

 誘ったのは、恐らくソーマ・ファミリアの奴らが一番確率が高い。リリから金をカツアゲしていた三人組。コイツらが、あの男が掴んでいる情報すら手にしていないと言うのは……考えにくい。と言うより、盗みをしているのもバレているみたいだから最悪……、

「証拠隠滅だろうな(ボソ」

「え?」

「いや、なんでもない。……オレがそう思うのは、単なる憶測だ」

 深い意味は無いと誤魔化す。ベルは、それを疑いもせずに納得する。純粋で助かったが、そんなベル見てケンは、コイツ詐欺に嵌りやすいタイプじゃないか? と心底心配になってしまった。願わくば、ファミリアが潰れる様な借金等を作らないで欲しいが……。

 閑話休題。

「……それで、ベル。オマエは……リリをどうしたい?」

 あの男が言ったとおりならと言う意味で聞くと、ベルは一切の迷い無く真っ直ぐに言って見せた。

「助けるよ! 理由なんて……お、女の子の涙で十分だ!」

 真剣な眼差しで、しっかりと手を握って宣言するベル。その様相に、ケンは思わずポカンとしてしまる。次いで笑ってしまった。

「……笑うなんて酷いよ」

 肩を落とし、ベルが抗議を上げる。

「悪い、悪い。

 そうだな。まっすぐなお前なら、リリも助けられるかもしれん。

 オレには、到底、無理だろうが……」

 ケンに悪気は無い。ただ、本当に真っ直ぐなんだと、納得してしまっただけなのだ。

「もう……ところで、ケンはリリの事どう思ってるの?」

 どう、か……。どう思っているんだろうな。ヘスティア様にも聞かれたが、こんな状況になっても何も無い。いや、本当にそう言い切れるのか?

 ……。

「……保留だ」

「はい?」

「保留だよ、保留!」

 どうとも思っていない。だが、あの男に向けたように、興味が無いなんては思ってはいない。ああ、いや、一つだけ有るとすれば……ムカつくだけだ。

 

 

 奴らがナニカを仕掛けて来るとしたら、いったい何時頃だろうか?

 冒険者の大半は、ギルドの受け付けスタッフ全会一致で脳筋と評価されている。教育機関が不足していると言う事情は……この際抜きにしてだが、単純にモンスターを腕力で黙らせて金を稼ぐと言う安直な蛮勇に魅入られたバカが冒険者をやりに来ている。コレは、エイナ氏の個人レッスンから意訳したものだ。

 ちなみに、学が無い者が大半だが、バカみたいに悪知恵が働く輩が多いとも教えられた。

 大抵は、そう言う悪知恵の働く神が子に教え、それが人づてに更にちょっと頭の回るヤツにと……。騒ぎが大きくなるとギルドや、一部の有志ファミリアが対処に出て来たりするらしい。ギルドからペナルティを付けられたり、上位のファミリアに制圧されたくなかったらよく注意してねと言っていたエイナ氏からは、なんともいえないモノが発せられていた。

 閑話休題。

 パターンの一つとして、自分達三人ごとリリを襲う。

 攻略している階層よりも下の階から、層怪物進呈を仕掛けてくるのが有力だろう。此方は、あの男に一度悪巧みに誘われてそれを断っている。リリに対しての計画を知っている部外者を、態々生かしてリスクを抱える理由は無いだろう。

 だがしかし、零細のヘスティア・ファミリアのレベル1程度ならどうとでもなると考えるかもしれない。

 そうなると、リリ単独時に襲撃する可能性の方が高いかも知れない。

 どちらにせよ、襲うとしたら十中八九ダンジョン内だろう。オラリオ市内で事に及べば、多数の目撃者が出る可能性が高い。それに死体の処理も手間がかかる。その点、ダンジョンなら死体はモンスターの腹の中へと消えていく……。

「今日は、とうとう10層ですねベル様!」

「だ、大丈夫かな?」

「はい! リリの経験から言いますと、ベル様の実力ならもうこの層のモンスターに十分に通用する筈です」

 そう言ってベルを煽てるリリ。アレから彼女は、どうにもケンの事を口にして呼ぶ事も、視界に入れる事も避けるようにしていた。それで居てケンに警戒を向けてくると言う器用な真似をしてくる辺り、やはり何かしようと機会をうかがっているのが察せられる。

 ベルを煽てるリリに過大評価だと言いたいが、盛り上がっている二人に水を差すのも悪いと思い、ケンは口を閉じて黙っておく事にした。

「僭越ながらベル様。ベル様の装備では、10層に居るオークの分厚い脂肪を抜くのに苦労すると思いまして……」

 そう言ってリリが取り出したのは、ヘスティアナイフよりも刃渡りの長い短剣――バゼラード。ベルは嬉しそうに受け取るが……ケンはそれを見て目を細めてしまう。いや、正確には無防備に腰のホルスターに仕舞われたヘスティアナイフに、だ。

 先日の様に、簡単に盗まれそうだと言う考えがよぎる。……やるのだろうか?

「よし、じゃぁ行こうか!」

 ベルの号令に肯き、三人は10層へと降りていく。そこは、深い濃霧が立ち込める一面の……草原か? 背の低い草が生え広がり、所々に白い枯れ木の様な陰が点在している。

「広いな……」

 今までのダンジョンの構造とはまた違う様子に感嘆する。そう言えばと、エイナ氏が説明してくれたダンジョンの情報ではもっと凄まじい光景が広がっているとか……。

「下まで付きぬけたら、そのまま地下世界になんて展開はないよな?」

 行き過ぎた想像が、ケンに地殻の裏側に広がる世界を幻視させる。そんな事はありえないだろうが、このダンジョンは未だ誰も最下層に辿り着いていない。ファンタジーな世界である以上、完全に否定も出来ず夢があるなと笑うしかない。

 そんなケンを尻目に、ベルとリリは真剣な眼差しで白い枯れ木へ近づいていく。

「ベル様!」

「うん、天然武器庫(ランドフォーム)だね。

 出来るだけ処理しておきたいけど……」

 時間はなさそうだ。そうベルが言うや否や、霧の向こうから怪物祭(モンスターフィリア)で一度見た事のある怪物――オークが姿を現した。

 オークは、手近な白い枯れ木に手を伸ばすとそれを握って……。バキバキと言う音と共に、枯れ木のようなソレは長大な棍棒へと姿を変えた。枯れ木を棍棒として使うのではない。余計な部位が剥がれ落ち、枯れ木が棍棒へと変貌したのだ。

「アレが天然武器庫(ランドフォーム)ね……」

 ベルも初めて目にするが、ケンはなかなかに厄介そうなギミックだと愚痴を零した。オーク以外にも、霧の中からちいさな人型モンスターが姿を現し始める。アレは……。

「インプに……バットパットも飛んでいます。お二人とも注意してください!」

「ベル、行けそうか?」

 数が多い。横のベルに聞くと、既に抜いていたバゼラードを構えて応えた。それを見て、こちらもファントムに矢を番える。

「行くよ!」

 掛け声と共に白兎が走る。狙いは、一番大物のオーク。バゼラードの一撃が、オークの分厚い脂肪を切り裂いて鮮血を飛ばす。なるほど、切れ味はなかなかの様だ。

「ベル、当たるなよ!」

 引ききった弦が弾ける僅かな音と共に、一切の風切り音をさせずファントムの矢がオークの頭部へと突き刺さる。矢が突き刺さったオークは、どういう事か重い身体を宙に浮かせて真上へと吹き飛んでいった

「お、お見事です!」

 いや、ただ単に物理エンジンが荒ぶっただけだから……。い、いや、そんな荒ぶるエンジンなんか存在しない。コレは現実だ。SAN値がやばくなりそうな情景に頬を引きつらせながら、ケンはもう一度矢を放つ。

 トスンッ! 頭部を射抜かれたオークは、今度は大人しくその場で倒れてくれた。

「……さっきのは見なかった事にしておこう」

 そう、ちょっと疲れていただけだ。次の矢を番え、ベルが注意を引きつけているモンスターへと矢を射る。また一体、今度は空中のバットパットを射抜いた。

「キュゥ!?」

 一撃か……。

 足元に弾薬箱を呼び出し、減っていく矢を補充する。次いで、敵の位置情報を知る為に“竹の子”を植えた。

「にしても、視界が悪いな……」

 最初に来た時よりも霧が濃くなってきた気がする。実際にはそんなに変化はしていないんだろうが……やはりモンスターが視認しにくい。時折、ベルとモンスターの判別がつかなくなる様な濃霧が射線を塞ぎ何度も舌打ちする。

「チッ! こうも視認しにくいとやり辛い……ん?」

 レーダーを見て気がついたが、いつの間にか敵を示す赤点の点滅が自分たちの周囲を囲んでいた。

「不味いな…。ベル! 囲まれてるぞ!」

「う、うん! リリ、僕達から離れないで! ……リリ?」

「ん? リリ? 何処だ!?」

 リリが居ないことに気がつき、辺りに目をやる二人。霧はより濃く、レーダーに映る赤点はその数を増やしていく。そして、

「なんか、妙な臭いが……」

 嗅ぎ慣れない異臭が、自分達の周りに漂っているのに気がついた。こんな異臭を出すモンスター、この階層に出現しただろうか? エイナ氏から教わったダンジョンの情報を思い出すが、そんな特徴を持つモンスターは出てこない。なら、コレは……。

「ち、血肉!」

「血肉?」

 ベルが言ったそれを、ケンは口の中で反芻して……思い出した。モンスターを呼び寄せるトラップアイテム。エイナ氏曰く、使われ方としてはあまり褒められたモノではないが……対立するファミリアの冒険者を罠に嵌める為に良く使われたりするアイテムだとか。

「キシャー!」

「ッ!?」

 霧の中から、ショートソードを持った小型モンスターのインプが飛び出してくる。ケンは咄嗟にファントムで射抜き、ベルは身を翻して避けた。

 不味い。分断された!

 複数のモンスターが、お互いの間に立ちふさがり威嚇してくる。

「こりゃ、本格的にヤバイな……」

 ケン自身の耐久力は、文字通りの紙ステータスだ。この階層のモンスターでは、カスッただけでも致命傷になりかねない。それなのに、自身を守ってくれる前衛(ベル)と分断されてしまった。

「あ!」

「どうしたベル!?」

 なにかあったのか、声を上げるベル。すると、

「ベル様にケン様、申し訳ありません。リリとはココまでです」

「リリ!?」

「ベル様は、本当にお人好しです。もう少し疑う事を覚えた方がいいですよ?

 ……ケン様もそうです。あそこまで追い込んで、リリを見逃してくれるなんて底抜けの大バカのやる事です」

 それ以上リリは何も言わない。ただただモンスターの奇声と、リリを呼ぶベルの声が10層の濃霧の中に響いていく。

「ベル!大丈夫か?」

「う、うん。でも、神様から貰ったナイフが!」

「……バカが」

 本当にバカだ。そう言う選択しか出来なかったのかと毒づき、【戦場遊戯(バトルフィールド)】からショットガン――UTS-15を取り出す。

「邪魔だ」

 初弾を、襲い掛かって来たインプに向かって撃ち放つ。ズドンと言う重い破裂音が響き、襲い掛かって来たインプの頭部を、モブチョークバレルで絞られた無数の金属球――バックショット弾が一瞬で消し飛ばした。

「い、今の音何!? 大丈夫なのケン!」

 ポンプを引き、次の弾を装填。今度はバカデカイオークが立ちふさがるが、手に持った棍棒を振り下ろす前に片方の足を吹き飛ばして転倒させる。

「ベル、こっちは問題ない!」

 片足を吹き飛ばされて悲鳴を上げるオークの頭部に、散弾を二・三浴びせて沈黙させる。コイツはポンプ・アクションが少々遅いのがキズだが、その分他のショットガンと比べて大量に撃てるのがこいつの強みだ。だがコイツの特徴であるダブルチューブ、これを利用して二種類の弾頭を使い分けられないのが実に悔やまれる。

「ケン! リリを追って!」

「何言ってる!?

 それはオマエの役割だろ!」

「うん、だけど……まずケンが離脱しないと!」

 そう言ってくるベルの声音に余裕が感じられない。ステータスの低いケンと言う存在が、ベルの精神的な重荷になっているのだろう。

 後衛が下がらなければ、前衛も下がれない。

 全滅を覚悟したら、後衛はその後のリカバリーに勤めなければいけない。

 ……いや、それは、ゲームでの話だ。

 だが、オレを気遣っている状態じゃベルは満足に戦えないのは事実だ。

「……分かった。

 だがなベル! オマエも後から必ず来い!」

 あのバカ姫を助けるのはヒーローの役割だ。雑兵の仕事じゃない。

 踵を返し、九層へと繋がる通路へと走る。勿論、周囲はモンスターが包囲していて無事に抜けるのも困難だ。

「邪魔なんだよ!」

 立ちふさがったオークを、再度その足を吹き飛ばす事で行動不能にする。群がってくるインプには、サブのG18を使用して弾幕を張って牽制。たった18発しか撃てない機関拳銃から放たれた弾丸は、インプ達には掠りもせずに霧の中へと消えて行く。

 だがそれで構わない。

 発砲音と飛来物に警戒したインプ達が、軒並み足を止めて威嚇の声を上げた。

「どけ!」

 強引にその間を駆け抜け、擦れ違い様、振り向き様に腰ダメでUTS-15の散弾を一番近いモンスター目掛けて浴びせる。

「ギィ!?」

 散弾の雨に削り取られるインプ。そのまま後ろへ後ずさるようにして、追いかけて来るモンスターを撃ち貫いて行った。



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act23 悪意を焼く鋼蟲

 バクバクと早鐘を打つ心臓に急かされる様に、リリはダンジョンの中を上へ上へと走っていた。

 トラブルはあったが、あの二人が両方ともオオバカで助かった。弓使いの男――ケン様は、リリが盗んだ事を感づいて自宅まで押し込んで来たのにリリを見逃した。

 短剣使いの少年――ベル様は、コレももっと酷いお人好しだった。ケン様から注意を受けていただろう。なのに、リリの事をまったく、これっぽっちも疑う事無く接して来た。

 ……本当にバカだ。

 おかげで、ヘファイストス製のナイフと鞘を手に入れる事が出来た。コレで、このナイフを売ったお金で自由に成れる。ソーマ・ファミリアから抜けられる!

 ……でも、本当にコレで良かったのか? そんな考えを頭を振って追い払う。あの少年も、リリがダイッキライな冒険者だ。どうなった所で……。

「よう、クソ小人」

「ぐ、ぁ!?」

 突然襲った鈍痛。地面の上を転がって、やっと自分が蹴り飛ばされたんだと理解した。そして、

「よう、リリルカ・アーデ」

 一番合いたくないヤツラと出会ってしまった。

 ……

 …………

 ………………

 愚者が笑っていた。

 醜く太ったバカが、それに着いて廻る三下どもが、不愉快に……リリを嬲って、笑っていた。

 悔しかった。

 惨めだった。

 何故? どうして?

 神様は、リリが嫌いなんですか?

 なんでリリを、リリの自由を自由にしてくれないんですか?

「――旦那ぁ。さっそくで悪いんだけど、大人しくそいつを全部こっちに渡してくれねぇか?」

「あ? 何言ってやがる? って、おい、それ!」

「ッ!?」

 リリの側に投げ込まれたソレを見て、思わず息を止めてしまった。

 ガチガチと歯を軋ませる、死に掛けのキラーアント。サポーターをやっているうちに、嫌でも覚えてしまったモンスターの特徴が警笛を鳴らす。瀕死のキラーアントは、助かろうとする本能から仲間を引き寄せるフェロモンを出す。ソレは、10層でベル様たちに使った血肉よりも強力な……天然のダンジョントラップ!

「畜生が!」

 リリから奪ったモノをその場に棄て、一目散に逃げる冒険者。だがしかし、既に遅かったのだ。

 最初に悲鳴が聞こえ、次に血で濡れたキラーアントが顔を見せる。

「ひっ!?」

 通路の先から、おぞましい程のキラーアントの群れが溢れて来る。リリ一人ではどう頑張っても生き残れない程の量。でも、どうにかして生き残ろうと手足に力を入れて、ソーマ・ファミリアの冒険者――カヌゥに無理矢理つかみ上げられた。

「そうだリリルカ。オマエ、サポーターだったよな? なら……」

 最後に囮に成ってくれよと、リリはキラーアントの群れの中へと投げ込まれた。

 そんな事しなくとも、お前達なら脱出できるだろうと考え、そうじゃないと気付いた。

 一瞬、投擲物に警戒してキラーアント達はリリから距離を取ったが、脅威が無いと分かれば……先ほど餌食となった冒険者の後を追う事になるだろう。

 そう、あの冒険者と同じく、リリは消される。

 もう、笑うしかなかった。

「じゃぁな、リリルカ」

 本当に笑うしかなかった。

 それなら、最初から捨てる気なら、リリになんて構わないでいて欲しかった!

『待てや、ド畜生共が!』

 仄暗いダンジョンを強烈な光が照らす。突然注がれた強烈な光に、キラーアント達がそれから逃げるように散らばり、光の発信源へとキーキーと言う鳴き声を放つ。カヌゥ達も、突然の光に警戒して身構えた。

「カ、カヌゥの旦那。ど、どうします?」

「見たこと無ぇモンスター……なのか? キラーアントに釣られて出て来たのか?」

「おめぇら、ずらかるぞ! アイツの相手もリリルカに任せればいい!」

 そう言って遠ざかっていく三人に、ソレはけたたましい咆哮(?)を上げた。リリが聞いた事のあるどのモンスターとも違う、その咆哮に思わず耳を塞ぎ、見開いた目に飛び込んできたのは……細長い鼻の様な場所から何かを打ち出した姿だった。

「散れ!」

「ひぃ!?」

「どあ!?」

 閃光と破裂音がルーム内に木霊する。着弾地点から破裂し、大小さまざまな礫片がカヌゥ達三人を襲う。直撃を食らった一人――ケイだったかが、そのままキラーアントの群れの中へと転がり込んで行った。

「ひ、ひぃ!? た、助けてくれカヌゥ!」

「それぐれぇ自分でどうにかしろ!」

 キラーアントに群がられているヤツには興味が無くなったのか、ソレは別の目標へとその鼻先を向け、ルームの中へとその巨体を入れてくる。

 ……本当におかしなモンスターだ。

 影だけ見れば芋虫に辛うじて見える。だが、蟲系のモンスターの様な複数の足を動かしたり、身体を伸縮させて移動すると言った動きがまったく見られない。

「ちっ! コレでも喰らえ!」

 カヌゥがリリから奪った魔剣を振るい、炎の弾をあのモンスターへと撃ち放つ。それに対してモンスターは、とび来る火炎を避けもせず、着弾して燃え上がった。

「……なんだ。効くじゃねぇか」

「は、ハハ、ただのこけおどしかよ!」

 舐めた真似してくれてと、二人は武器を片手に近づいていく。悠長にも、どっちが止めを刺すか言い合いながら……。

 未確認のモンスター相手だというのになんてのん気な……。

 そして、燃えるモンスターを前にさっさと止めを刺せと、カヌゥがはやし立てた。

「はいはい、ちゃっちゃと……」

 炎が消え、死に体であろうモンスターに止めを刺そうと近づいたは、それ故に気付くのが遅れた。異変に気がついたカヌゥは、いち早く離れろと声を飛ばしていたが、それも意味を成さないだろう。

 再びの咆哮(?)。次いで、地面を激しく削りながらそのモンスターは、近づいて来た彼――レイダーだったか? を巻き込んで壁へと突進した。

「グッ!?」

 ドスンっと、重量物が壁に追突した音がルーム内に響き渡る。

「ち、っくしょう! 出られねぇ!」

 壁とモンスターの巨体に挟まれながらもまだ生きている事に驚くが、それは恩恵を受けた冒険者だからと納得できてしてしまう。どれだけ神が憎くても、その力は驚異的だ。

 ……もっとも、今回ばかりは彼に同情を禁じえない。あのまま死んでいれば、もっと楽に死ねたのに。

 モンスターが後退し拘束から開放されるも、全身に受けたダメージが酷く痛む。直ぐには立ち上がれず、そのままその場に倒れてしまった。

「た、助け……」

 そこに、ソレが投げ込まれた。

 頭と思われる部位の上。ソコから円筒状の何かが打ち出され、着弾と共に彼の身を炎で包んだ。

「ギャァァァ!?」

 炎に巻かれ、悲鳴を上げながら追突の痛みを忘れて地面の上をのた打ち回る。そして、炎が燃え終わった頃には、キラーアントたちが黒焦げとなったソレに次々と群がっていった。

「ヒィ!?」

 ゆっくりとその頭の先がカヌゥを捉える。

 畜生と、再び魔剣を振るった。火球が、先ほどのようにモンスターを包む。

「もういっちょ!」

 完全に燃やし尽くそうと、カヌゥは何度も魔剣を振るう。あんな使い方をしたら、もうあの魔剣はダメだろう。……ほら、使い切って砕けてしまった。

「は、はは! どうだ!」

 燃え盛るモンスターを前に高笑う。アレだけ浴びせれば、この階層のモンスターなら大抵は葬れるだろう。だが、

「は?」

 アイツは、その大抵には含まれないようだ。

 燃え盛っていた炎が一瞬にして鎮火させられ、お返しにとその長鼻が火を噴いた。

 呆けていたカヌゥに容赦なく、浴びせられる攻撃。鼻が撃ちつくしたのなら次はコレだと、持ち上げられた両耳から大量の何かが浴びせられ……ブクブクと太ったカヌゥの身体を、まるで落ち葉の様に吹き飛ばしてしまった。

 それでも生きているのは、ほんとに凄く……そして悲惨だった。

「た、助けてくれカヌゥ!」

「は、放せ!」

 飛んで落ちた先は、キラーアントの群れの中。それも、最初にキラーアントの群れの中に落ちたヤツのすぐ近く。ソイツに抱きつかれ、引き剥がそうと必死になったカヌゥは、そのまま二人仲良くアリたちの胃袋へと収まって行った。

 そして、

「次は、リリの番ですか?」

 向けられたモンスターの顔からは何も窺えない。ただ、最後にあのにくったらしいカヌゥ達の無様な最後を見れただけでもよしとしよう。

 ……自分は、どう殺されるのだろうか?

 あの爆発物でなぶり殺しにされるのだろうか?

 それともあの巨体で押し潰されるのだろうか?

 いや、焼き殺すのだろうか?

 そうでもなく……このままキラーアントに食い殺される?

 どれにしろ、やっと楽に成れる。

 ……できれば、苦しまずに死ねればいい。

 ろくでもない人生だった。

 なんでこんな人生だったんですか?

 神様は、リリの事が嫌いなんですか?

 涙が溢れる。嬉しいからではない、悲しいから。悔しいから。辛いから。

 だから、

『勝手に死ぬな。色々と無駄になる』

 聞こえる筈もない人の声と、

「ファイアボルト!」

 今一番聞きたくなかった人の声が、リリの下へと届いた。



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act24 もう一度一緒に

「ファイアボルト!」

 ベルの放った無数の炎雷が、ダンジョンの広間で蠢くモンスター達――キラーアントを次々と飲み込んでいく。

「ファイアボルト!!」

 右に走る蟻の群れを屠ったら、今度は左に走る蟻の群れを焼き尽くす。

「ファイアボルト!!!」

 そして、最後にルームの中心に鎮座する未知のモンスターへと向かって炎雷を放つ……が、

「き、効いてない!?」

 10層のオークすら一瞬で焼き殺したベルの魔法は、ソイツを焼き尽くす事はなかった。ソイツは、業火に焼かれながら顔をゆっくりと此方に向けてくる。

「っ!」

 殺される。そう感じたベルは、更に魔法を放つ。だが、三発目が命中した所で燃え上がった業火は突如として鎮火した。後には、まるで何も無かったかのようにソイツが鎮座している。

 その事にベルは思わず後ずさってしまう。だが、そのモンスターのすぐ側に倒れるリリを見て、一歩前へと踏み出した。

 引けない。

 引いちゃいけない!

 そんなのは英雄じゃない!!

 バゼラードを構え、いつでも魔法を撃てる様に呼吸を整……モンスターが動いた。

「っ!?」

 一歩早く動かれたベルは、咄嗟に身構える。だがモンスターは、ベル達に興味を失ったかのようにルームの外へと出て行ってしまった。

「にげ……た?」

 遠ざかっていくモンスターの気配。ルーム内に他の気配が感じられず静寂が下りる。アレは逃げたわけじゃない。そう感じるも、今は見逃してくれた事に感謝する。

 だが、次は負けない。

 拳を握り締め、鋭い眼差しをソイツの消えた暗闇へと注いだ。

「……っと、リリ!」

「ベル、様?」

 ……

 …………

 ………………

 仄暗いルームの中で向かい合って座る二人。

 今まで溜め込んだリリの鬱憤が、関を切ったかのようにベルに浴びせられる。ベルはただソレを、困った様にして……それでも、いやな顔もせずに受け止めた。

「――なんで、なんでなんですか!?」

「……リリだから」

 そう、リリだから。ベルは彼女の問いにそう答え……その光景を陰ながら見ていたケンは、何故アレが自然に出来るんだと目を細めて呆れていた。

 嗚咽しながら、ポカポカと音が聞こえそうなリリのコブシを受けるベル。なんともいい雰囲気に見えるのはきっと気のせいではない。

 ……とりあえずケンは、空気を読んで静かにルームの中へ。ソロリソロリと、点在している蘇生ポイントへと足を進めた。

 ズリズリと、すでに蘇生させたバカ一人を引きずりながら助細動機をソコへと押し当てる。

「な、なにが……ハニャァ!?」

 静かにしろと、ケンは蘇ったばかりのバカにテイザーガンを撃ち込んで無力化する。ソレを繰り返すこと計四回。バカ共4人を縄で縛り上げても、ベルとリリはまだ二人だけの世界に浸っていた。

 ……正直、砂糖を吐きそうである。

「しょうがない……」

 手持ち無沙汰になったケンは、辺りを見て回収されていない魔石を拾い始める。今の状況の二人に入っていくだけの気力は……流石に長く続くようなら考えなくもなかった。

「って、ケン、居たの!?」

 数が多いとは言え、いずれは拾い終わる。その時になって、やっと気がついたベルが顔を真っ赤にして驚いていた。

「ああ、道に迷って出遅れちまった」

 そう言って魔石の詰まった袋を仕舞うと、ケンはリリの元へと近づいた。

「ケン、様?」

 身を強張らせ、ベルにキツク抱きつくリリ。別に乱暴をするわけじゃないと、ケンはベルとアイコンタクトをとる。そのまま片手をリリに伸ばし、

「イタ、イタイ、です。ケン、様ぁ……」

 グシャグシャと、乱暴に彼女の髪と頭をかき回していく。涙目で抗議してくるリリに、色々と言いたい事はあったが、どうにも口から出てこない。

 どうしてなんだろうか? 自問すれど、その答えは出てこない。

 そして、オロオロとするベルを尻目に、ケンは気が済むまでリリの頭をもみくちゃにして、

「……勝手に死ぬな。色々と無駄になる」

「……え?」

 やっと出た言葉がなんでコレだったんだろうなと、ケンは不思議そうにするリリの頭を更にもみくちゃにしていくのだった。

 

 

 翌朝、ベルとケンは改めてリリをパーティに誘った。

 所在無さげに、不安一杯に待つリリ。そんな彼女を見たベルは、芝居がかった口調で彼女と出合った時のソレを立ち位置を変えて再演した。

「サポーターさん、サポーターさん。冒険者はいかがですか?」

 こういう演技は苦手だと、ケンは頭を掻きながら……意外と演技力の高いベルと、それに乗るリリを見届ける。舞台の上で、演技をする他の役者達の横で、何をするでもなく突っ立っている様な……思わず、黒子の被り物が欲しくなった。

 いや、親切な黒子が舞台袖にでも引っ込めてくれないだろうか?

「ほら、ケンも!」

「ん? ……あぁ」

 どうやら黒子はやってこないらしい。

 ベルに促されて舞台の中央――リリの前に立ったケンに、リリも何を言われるかと不安そうにしている。しょうがないと、彼は再び彼女の頭に手を伸ばそうとして……ベルに止められた。

 フルフルと、静かに首を横に振ってソレはダメだと訴えてくるベルに、ケンは溜め息を吐きながら降参の意を伝える。そんな彼にリリが問いかけた。

「あ、あの……ケン様もリリが一緒でよろしいのでしょうか?」

「……そう、だな」

 自分はベルの様な演技は出来ない。だが、演技する必要など何処にも無い。シンプルに、ただ一言を言えばいい。

「リリ、オレ達と戦ってくれないか?」

 ちょっと芝居がかっていただろうか? いや、ちゃんと言えただろうか? そう思っていると、

「え……え、ええ!?」

「ちょ、ケン!?」

 驚く二人を見て、ケンはどうしたんだと首を傾げる。

「わ、私じゃケン様にも勝てません!」

「ケン! リリと戦うって……!」

 二人がそこまで言って、ケンはなんで驚かれたのかを理解し、笑った。確かにこの言い方では――“一緒に”を抜けばそうも勘違いされる。だが、このセリフはコレでいいのだ。ただ偶然に思い出したこのセリフだったが、存外悪くないと彼は笑う。

「この言い回しは、ある舞台の主人公とヒロインが最初に出会った時と、離れ離れになってから再会した時に言ったモノで……」

 それからケンは、このセリフの出てくる千の剣の物語を掻い摘んで説明した。

「ほぁ……なんだか、ロマンチックなお話ですね」

「う、うん。

 ケンのお話って、僕らが聞いた事の無い不思議なのが多いんだよね」

 ソレはそうだろうと、ケンは口には出さないが苦笑してみせた。

 それから二人は、ヘスティアにリリを連れて一度戻って来いと言われていた事を思い出し、ホームの廃教会へ向かう。その道すがらケンが考えるのは、これからのソーマ・ファミリアへの対処だった。

 先日の下手人4名は、すでにギルドのエイナ氏の下へと引き渡してある。ソーマとの取引材料として、ヘスティア・ファミリアで彼ら4名を監禁するという手もあったが、あのボロ教会に安全に監禁しておける場所は無い。ヘスティアにも神友が何柱かいるが、今回の件で無関係の他ファミリアを頼るのは論外。泣く泣くギルドへ引き渡す流れとなった。

 補足だが、リリがカヌゥ達が生きていた事に酷く顔を青くして驚いていた。

 閑話休題。

「……はい! リリは、このままベル様に着いて行きます。

 リリから金銭を巻き上げていたのは、ギルドで拘留されているカヌゥ達だけです。姿を変えてやり過ごせば、リリはどこかへ消えたか、死んだと思ってくれるはずです」

 その隙に脱退金を用意する。リリは活力に満ちた眼差しで、不安そうに問いかけるベルに今後のプランを説明する。

 しかし、上手くいくだろうか? リリの目論見に疑問を投げかける。確かに主神のソーマは眷属に対して無関心だ。だが、それでも聞かれればリリの生死を答える可能性はあるだろう。リリの失踪にしてもそうだ。直前までパーティを組んでいた二人が、以前と変わらず巨大なバックパックを背負った子供のサポーターを連れているなど、有る意味分かりやすい。

「なら、どうするお積りですか?」

 拗ねたように言うリリに、ケンはとりあえず絶縁状を送りつけるかと提案した。

「同じファミリアのメンバーに、全財産身包み剝がされたあげく、モンスターの群れの中に投げ入れられて殺されそうになった」

 十分に絶縁状を叩きつけるに足る事案だろう。ただし、突きつけるのはファミリアの団長ではなく、主神のソーマ本神にだ。ファミリアを私物化しているらしい団長では、絶縁状を叩きつけても破かれて相手にされない。無関心なソーマなら、それこそどうでもいいと了承する可能性が高い……と言うのが、ケンの見立てだった。

「……改めて聞くと、酷すぎるよね」

「神酒で利害が一致しているだけの集団だからな」

 家族の一員なのにと、ベルは表情を暗くする。次いでリリに、これからはボク達と頑張っていこうと笑顔を向ける。リリもそんなベルに尻尾を振りながら肯定した。

「……まぁ、ケン君の懸念はもっともだね。サポーター君」

 ホームに着いて、ヘスティア様とリリの話し合い――もといリリの誓いを終えて、改めてケンはソーマ・ファミリアとリリの縁をどうにかして切る必要があると申告した。それほど急ぐ理由は無いが、こう言う事は急ぐ理由が出来てからでは対処が後手に回る事が多々ある。

「……オレ達は、最近稼ぎがいいからな。

 リリは必要ないが、リリが金銭を引き出す鍵に成るなら口実にはできる。どうにかしてでも金が欲しいなら、無い袖だろうと剥ぎ取りに来るだろうな」

 大義名分を掲げて他所のファミリアを襲う。ギルドは、冒険者同士のトラブルなので介入しない。そうなれば、対処は自力でやらねばならない。ソコまで考えてケンは、衝突するならダンジョンよりも地上の方が助かるかもと考えていた。

 主に、AC-130や巡航ミサイル的な意味で……。

「いや、ダンジョン内でもMBTの120mmキャノンなら……」

「……なにやらケン君が不穏な事を考えているみたいだけど、確かにボクの方でソーマと直接話が出来ないか動いてみるよ」

 任せておけと、零れんばかりの胸を張るヘスティア。その姿に頼もしさは……ケンには余り感じられなかったが、それでも彼女はやる時はやる神様だ。結果はともかく、何とかしてでも話をしてくれるだろう。

「あ! エイナさんにリリの事を報告しなきゃ!」

「待てベル。オレ達も一緒に行く」



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act25 それぞれの考え

 オラリオの中心、ダンジョンに蓋をする様にして聳え立つバベルの塔。その最上階で、一柱の女神が熱に浮かされた様に眼下の街へと視線を送っていた。

「……オッタル?」

「ここに」

 女神の呼びかけに応じて、部屋の影から巨大な質量を伴った巨漢が現れた。いや、彼は最初からこの部屋にいたが、部屋の主に配慮して存在感を道端の小石程度にしていたのだ。

「私ね、我慢したけど……我慢しきれないみたいなの」

 あの子の為に用意してくれない? 熱に浮かれ表情でお願いする彼女に、オッタルと呼ばれた巨漢は女神の要望に答える為に部屋を……、

「あ、そうそう」

 出る前に、女神は思い出したようにして追加のオーダーを言う。その表情には、先ほどまでの熱に浮かされたモノはない。

「アレは邪魔ね。ついでにお願いできる?」

「……どの様になされますか?」

「そうね……」

 顎に指を当て悩むように考える女神。あの子の為にさっさと排除したいが、ただ排除するのはあまりにも面白くない。それなら、ショーの前座にでも利用した方がいいだろう。だが、

「要らないのに盗っちゃうのは、ヘスティアに悪いわ。

 ……そうね。とりあえず事が終わるまで、適当にあの子と距離を置かせなさい」

 邪魔をさせないようにね? 女神のお願いに、オッタルは静かに部屋を後にした。

 

 

 リリを伴ってギルドへ……最近、胃の心配をしたほうがいいかもしれないエイナ氏に厄介事――ソーマ・ファミリアの件で色々と報告しに来た。来たのだが、

「アレは……」

 エイナ氏に先客が居た。

 生来麗人の多いエルフの血を引く彼女の容姿もあるが、彼女のアドバイザーとしての手腕や親身な気配りなども合わさって連日利用者が押し寄せる。今までは丁度彼女を利用する人が居ないという幸運に恵まれていたが、今回は待たなければ成らない。

「ちょっと待つ……って、ベル?」

「あ、ベル君?」

 ケンが、コソコソと腰を低くして逃げようとするベルを呼ぶのと、エイナ氏がベルに気がつくのはほぼ一緒だった。

 ビクッと驚いたベルが一瞬だけ振り向き、そのまま逃げようとしてほぼ全裸の筋肉モリモリマッチョのお兄さんにぶつかる。何をやってるんだとケンが呆れていると、何かが自分達の頭上を飛び越えていった。

「?」

 一瞬それに気を取られるが、直ぐに目の前で起きた事に……同行して来たリリも一緒に成って目を細くする。ケン達を飛び越えた影、もとい金髪の少女の臀部にベルが顔面を突っ込んでいたのだ。

 何をどうすればそうなると、赤面して慌てふためくベルに冷たい視線を飛ばす二人。とりあえずと、ケンはリリに“アレもだから”とだけ小声で教えておいた。それに対しリリは、

「強敵ですね……」

 グッと身構えたのだった。

 安心しろリリ。彼女は、お前さんのポジとは被っていない。彼女のポジは、窮地を救った先輩だからな。そうケンが思っていると、彼女――ヴァレン某が此方に気がつき、

「……この子、借りてって良い?」

「……がんばれベル」

 彼女の質問に、ケンはベルへ激励を送って返答する。ベルは、そのまま引きずられるようにしてギルドの談話スペースへと運ばれていった。

「さてリリ、とりあえず……こっちも用事を済ませよう」

「……そうですね」

 案内を終えて手の空いたエイナ氏に挨拶し、三人は個室へと足を運ぶ。

 それから色々と喋った。

 リリがしてきた事を、されてきた事を、そしてソーマ・ファミリアの内情を……。本来は軽々しく話せない事も――リリの窃盗などはオフレコと言うか冒険者同士のトラブルとして内々に処理するらしい。そう言ってエイナ氏は、一度ペンを置いた。

 主犯のリリは一旦置いておくとして、おそらくこの事を把握しておきながら放置していたファミリアのメンバー達。彼女が盗んできた金銭を巻き上げていたカヌゥ達三人からの証言が押さえられれば、ギルドからそれなりに重いペナルティーが彼ら3名(+1名)とファミリア両方に科せられると言う。

 だがしかし、これだけではリリを自由にしてやれない。

「……でも、一般市民への暴行、店舗の破壊等々でも、それなりに罰則はつくから」

 そう言ってフォローを入れてくれるが、結局の所何の解決にもなっていない。

 とりあえず、ソーマ・ファミリアには色々と対処しなければいけないので罰則などは直ぐに出さないようエイナ氏にお願いしておく。

 ギルドは中立が基本だ。

 だから何処まで出来るか分からないが、それでも手札が多い事に越した事はない。

「どうすれば、一番丸く収まるかな……」

 泣き寝入りはしない。確実に向こうが損害を受け、此方はほぼ損失なしの利益を得る。なおかつ、向こうが此方の事を根に持たない。

 そんな理想的な終わり方は無理……。

「……いや、有る、か?」

 出来るかは判らない。だが、手は思いついた。しかし、コレを実現させるには色々とやらなければいけない。何より、ギルドが協力してくれるか……。

「? 何か思いつかれたのですかケン様?」

「思いついたが……ギルドがな」

 それにヘスティアにも相談しないと……。そう言って苦い顔をしていると、

「う~ん、一応参考までに聞かせてもらえないかしら?」

 どんな悪巧みをしているのかと、エイナ氏が完璧なスマイルで問いかけてきている。本来、常人なら彼女のこの笑顔はやばいものだと理解するのだが、生憎ケンにはソレを察するだけのモノは持ち合わせていなかった。

「あぁ……簡単に言うと“戦争”だな」

 そう言うや否や、ケンの脳天にエイナ氏から書類の束が無言で叩きつけられたのだった。

 閑話休題。

 それから暫くして、

「あ、ケン! 終わった……って、ソレどうしたの?」

 用件を終えたベルが、同じく用件を終えたケンと合流し……頭に作ったたんこぶを摩る彼を見て怪訝な表情を浮かべる。

 エイナさんに怒られて出来たものだろうが、リリの事を話すだけで何故? チラリと、彼の横に立つリリに目を向けるが、

「大丈夫ですよベル様? ただただ、ケン様のおつむが悪かっただけですから。

 ……えぇそうです。いくらなんでも、ケン様の提案にはムチャがあるんです。実現させるのにギルドとソーマ、イベント運営の得意なガネーシャにその他複数のファミリアからの協力……。資本なしで、一体全体幾つのファミリアが賛同してくれるんですかね?」

 ペチペチと、可愛そうなモノを見るような眼差しを向けながらケンを小突くリリ。彼女に小突かれているケンは、悪くない案だと思ったんだがと苦笑していた。

「え、えっと……リリ?」

「はい、なんでしょうベル様?」

 ちょっと影が落ちたリリの表情に、思わずなんでもないと答えてしまうベル。それから直ぐ頭を振ってソレを取り消しすと、これから数日間ダンジョンに潜る前にアイズ・ヴァレンシュタイン氏から特訓を受ける旨を伝えた。

「……だから、ダンジョンに潜る時間を少し遅らせたいんだけど、良いかな?」

「はい、リリはベル様に合わせます。

 ……ケン様は、まぁ適当に合流するでしょう」

 ベルとケンでは扱いが違うリリの対応に苦笑するベル。何故か彼女は、ケンに対して畏まる事無く……砕けたというよりツンケンとした様な対応をする事が多くなった。

 何故だろうか?

 疑問に思い考える。ケンが嫌われている……という事はたぶん無い。

 リリはサポーターだから冒険者に敬語を使うけど、ケンはサポーターよりだからそう言う事を気にする必要が無い?

「……どうされましたかベル様?」

「うん、リリとケンは……なんていうか、仲が良いのかな?」

 リリも全然気を使ってないしと言うベルの指摘に、リリは真顔でソレはないと首を振る。ケンはと言うと、いつもと変わらないぞと首を捻っていた。



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act26 それぞれの愚行

 オッタル団長から委任されていた件について報告します。

 ケン・ツワモノへの対処は、正直に言って芳しくありません。

 初日――。

 夜間に飲食店で一人、飲食をしていた件の冒険者を発見。何とか酔い潰し、予め監禁する為に用意していた特注部屋へ、誰にも怪しまれずに運び込む事にも成功しました。

 翌日――。

 早朝には、確かに部屋の中で寝ていたのを確認しました。ですが、昼頃に確認すると部屋の中から忽然と姿を消していました。

 扉が開けられた形跡はありません。

 用意した部屋は、居住用ではなく堅牢な倉庫です。壁床天上はダンジョン深層の鉱石が使われていて、並みのレベル1冒険者に突破できるシロモノではありません。

 もちろん、出入り口は内部から開ける事は出来ない仕組みになっています。扉の下に食事の類を出し入れする為の小窓を設けましたが、人が――例え小人(パルゥム)の子供でも通れない程の狭さです。

 脱出に利用される可能性も考え、水周り――トイレの類は特殊な臭い消し効果の有る壷を用意しました。そう言った場所から穴を開けて脱出なんて出来ません。

 三日目――。

 周囲に警戒を向けながら行動する件の冒険者を発見しました。

 どうにか確保しようと尾行しましたが、ベル・クラネルとそのサポーターと合流し探索を始めたため断念。夕刻にはダンジョンから戻るとバベル前で解散。その後、ファミリアのホームまで尾行し様子を窺う事にしました。

 翌日早朝――。

 此方を警戒してか、なかなか就寝しなかった件の冒険者が眠ったのを確認。

 ベル・クラネルと鉢合わせに成りそうになりましたが、無事に件の冒険者を再度確保する事に成功。

 同日夕刻――。

 件の冒険者が監禁場所から逃亡。

 先日同様、逃亡方法の一切が不明。つい先ほどまで室内で寝ていたのを確認しましたが、再度確認した時には既に室内はもぬけの殻でした。

 この事から、なにかしらの魔法かスキルを使用して脱出していると推測されます。対魔法、対スキル用拘束具の類を用意する必要がでてきました。

「――以上が、今日までの報告っス。

 ……ところでフレイヤ様。壁をすり抜ける魔法なんて、流石にないっスよね?」

「有ったとしても、あそこに使われている素材には黒曜石も含まれているわよ?」

 魔法では壁を抜ける前にそれにぶつかると、フレイヤは報告に来た自身の眷族に言う。彼の報告に、件の冒険者――ケン・ツワモノの監禁が予想以上に手こずっている事を知ったフレイヤは、

「面倒ね……」

 目を細めながら、言葉とは反対に心なしか口角を持ち上げた。

 何の価値もない、只の消し炭の様な魂の色をした子供。だから捕まえて監禁しておくのも容易いと思っていたが、なかなかどうして面白い事をしてくれる。

「なら、スキル対策用の拘束具を……」

「そうね……。でも、流石に三度目は向こうも警戒してくるかも知れないわよ?」

 大丈夫っスと、胸を張って出て行った彼だが……。

 明ける翌朝――。

「た、ただいまッス……」

「あらあら……」

 着ていた装備は至る所がススで汚れ、明らかに撃退されたという風貌で帰ってきたのだ。そして何があったのかを聞けば、

「ヤツの塒に忍び込んだら、左右から飛礫の雨を食らわされて、教会の一角ごと吹き飛ばされたッス」

 自分達の家の被害を考えずに吹き飛ばすなんてと、報告を聞いたフレイヤはクスクスと笑いながら、今頃大変な事に成っているであろうヘスティアに少なからず同情したのだった。

 

 

 日が昇り、その光が一部変貌してしまったヘスティア・ファミリアのホームを照らし出す。その光景は、元々廃墟ぜんとした教会であっても凄惨な様だと言えた。

「で、ケン君、なにか言う事は有るかい?」

 この教会の主であるヘスティアは、ケンが吹き飛ばして風通しの良くなった出入り口を交互に見ながら、その端麗な米神をピクピクと痙攣させていた。その表情は、事情は判っているがコレはやりすぎだろうと暗に語っている。

「……すみません。もう少し、穏便に済ませるべきでした」

 頭を下げるケンは、本心で謝っている。ソレこそ最初は、大量のC4爆薬を使用して襲撃者を撃退しようと考えた。だがその威力を考えて、この廃教会が持たないかも知れないと予想し、彼は自重した。

 そう、自重して、クレイモア地雷のみを塒に仕掛けたのだ。

 そして、それだけで無力化できない可能性も考え――事実出来なかった為にRPG-7を襲撃者に打ち込んだのだ。本来は人に向けて使用するモノではないが、冒険者やモンスターの耐久力は並みのモノではない。だからと言うわけではないが、この場はセーフと言う事にしておく。

 閑話休題。

 話を戻すが、ケンが撃ち放ったRPG-7は襲撃者には当たらず、彼の塒と教会の正面の一部を崩落させるだけに終わった。

 ガラガラと瓦礫の山を掻き分けながら、賊の手がかりが何も残っていない事を確認。当たった手応えは有ったのでまったくの無傷と言う訳ではないだろうが、血痕や肉片の類が見られない事から損傷は軽微なのだろう。

「はぁ……。もう、どうするんだいコレ」

 開いた大穴と瓦礫の山を前に、今にもさめざめと泣き出しそうなヘスティア。どうするのかとケンに問いかけるが、彼には片付ける以外の答えはない。開いた穴も塞ぐ以外答えがない。

「木の板で……」

「ケン君、雨漏りを塞ぐんじゃないんだ。

 流石にこの大きさの穴……と言うよりこの場合、崩落しかけてる教会の正面全部を直す必要があるよ」

 そう言うヘスティアに釣られて見上げれば、教会正面の壁面は至る所に亀裂が入り、少しでも衝撃が加われば崩落してしまいそうな様相をしていた。

 流石の彼も、石造りの教会の外壁を修理した事などない。補修しようにも、その範囲もバカにならない状況だ。

「……一度、キレイに壊して立て直した方がいいかな?」

 もう数発RPG-7を打ち込めば、キレイに崩れてくれるだろう。その後の瓦礫をどうするかと現実逃避をする。

「そんなお金、ぼく達には無いんだよケン君?」

 その横では、ガックシと地面に手を付くヘスティア。そして、

「コレは……。一体全体どういう事なんですかベル様?」

「あ~、うん。ボクにも、良く分からないんだ」

 ダンジョンに向かった筈のベルとリリが、片や目を丸くして、片やどう説明すればと頬を掻いていた。どうして居るのかと問いかければ、やっぱり心配になって戻ってきたと……。

 ありがたいが、現状どうしようもない。

「このザマは……襲撃者を撃退したのは良いんだが、周りの被害を抑えられなかったからだ」

「な、なるほど……」

 ガックシと頭を垂らしながら、ケンはリリに簡単に説明する。その両肩からは哀愁が漂っていた。

 それから気分を切り替え、とりあえずシーツの類を被せて雨風だえでも防げるようにすると告げる。本格的な修理は、本業の大工に一度見積もってもらうしかない。

 見積もり無料か格安の大工など、このオラリオに居るのだろうか? 生憎とケンは、この街については殆ど知らない。ほぼ同じ時期にこの街にやって来たベルも然りだ。

 ならヘスティアの知り合いに、その様な神は……ヘファイストスの伝は使えるだろうか?

 いや、ここは冒険者ギルドの窓口に行って、エイナ氏にそう言うファミリアを紹介してもらえるか頼むべきか?

「ハァ……」

 ペチペチと壊れかけた壁を触りながら、深いため息を零す。なぜ対戦車ロケット砲なんて打ち込んだのだろうか? ショットガンのフラグ弾……いや、バックショット弾でも使用しておけば、この様な大惨事にはならなかっただろう。

「……兵器みたいに、コイツで直ってくれればな」

 取り出したガスバーナーで壁をなんとなしに燻る。兵器どころか、木製の橋すら直すミラクルバーナーでも只の家屋は……、

「ケ、ケン君!? いったい何をやっているんだい!?」

「え……あ」

 ヘスティアの指摘に、自分がやっていた事を再認識する。いくら現実逃避しているからと言って家をガスバーナーで燻るなど……。ソコまで来て、彼は違和感を感じた。

 バチバチと、なぜか火花を上げる石の壁。

 ガラガラと重力を無視して駆け上がっていく瓦礫。

 石膏などを塗ってもいないのに、壁面に広がった亀裂は塞がっていく。

「……」

 ケンは無言になり、更にガスバーナーを押し当てる。暫くして、火花も、瓦礫の音もしなくなった。

 目を丸くして、口をパクパクとさせる者が2人に1柱。目の前には、何事も無かったかのように佇む無傷の廃教会。

「あぁ……」

 頭を掻き毟り、ケンは伸ばした指をクルクルと回す。ハッとしてそこに居る三名に顔を上げると、

「何も無かった。見なかった。良いね?」

「良くない!」

 最高の解決策だと満足げにするケンの脳天に、ヘスティアの容赦ない手刀が叩き込まれたのだった。




 とりあえず、自ブログで載せた場所までの転載は完了。
 これから先は現在、執筆中


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act27 愚者は繰り返す

 街の暗がりや死角、人混みの中……。そこ彼処に潜む彼らは、俯いて歩く目標の様子を伺っていた。

 状況は、芳しくない。連日の誘拐で、件の冒険者――ケン・ツワモノやその主神の警戒が強くなっている。

 ……いや、ケン・ツワモノに対して誘拐、監禁を行う事自体は容易いのだ。

 しかし、ケン・ツワモノの保有しているスキル、または魔法の性質が分からない以上、拘束用魔法具を使用しなければどれだけ監禁しようと逃走される。

 確実に遂行するなら、使わなければ成らない。だが、

『それじゃ面白くないでしょ?』

 フレイヤ様より、それらのアイテムの使用を禁じられてしまっている。

 そう……フレイヤ様は、件の冒険者だけでなく我々も試されているのだ。ならば、ソレに全身全霊で応えねばならない。

 そして、我々に残された時間は僅か……。

『……で、どうする?』

『ケン・ツワモノの排除……は、フレイヤ様はまだ所望されておられないのだな?』

『ああ、そうだ』

『ソレも踏まえて、成し遂げなければ成らないだろう』

『だが、捕まえても逃げられる……』

『なら、遠くに離してしまえばいい』

 遠く、それも事が終わるまで絶対に帰って来れない様な場所が好ましい。その案を採用し、その為の準備に各自が奔走している。

 暗がりから様子を伺う彼は、件の冒険者を見張りながら他の準備が整うのをじっと待っていた。

 そして、

「馬車の準備が完了した」

「……では、はじめよう」

「了解。仕込みを動かすぞ」

 いつの間にか潜んでいた陰の一人が、そう言って消える。

 警戒を解かないケン・ツワモノに対し、少々強硬手段をとる事にしたのだ。

 ドン!

「いってぇなぁ、オイ!」

「……ん?」

 荒くれの冒険者数人が、ケン・ツワモノとぶつかり……そのまま色々と因縁をつけて路地裏へと連れ込んでいく。

 ソレを助けようとするモノはいない。一般人が恩恵を受けた冒険者にかなう道理が無いからだ。……が、誰かが治安維持を請け負っているガネーシャ・ファミリアを呼ぶだろう。奴らが到着する前に事を進めなければ成らない。

 路地裏から、ドカボカと鈍い打撃音が聞こえてくる。屋根の上から覗き見れば、荒くれ共がケン・ツワモノを殴打していた。

「グッ!?」

「オラ! 立てやサポーター野郎!」

 気が立っているのか、なぶる様に殴打を繰り返す荒くれ共。さっさと気絶させてくれれば手間が省けるが……この調子では先にガネーシャ・ファミリアの到着が早い。

「仕方ない、ケン・ツワモノを確保しろ」

「もとより、有象無象に期待してはいない」

 荒くれは所詮レベル1の冒険者。トップファミリアに所属し、日々美の女神に認められるために研鑽を積む彼らの相手ではない。

 ただ一人で路地裏に降り立つと、

「ガァ!?」

 地面に、

「ギィ!?」

 壁にと頭を打ち付けられ、

「グフェ!?」

 投げ飛ばされた荒くれ共は、ただうめき声を上げるだけとなった。

 しばらくすれば目を覚ますだろう。

 パンッパンッとホコリを掃うと、

「彼は、自分が運びます。

 一般人の皆さんは、危ないのでガネーシャ・ファミリアの方々が到着するまで荒くれ共に近づかないでください」

 そう言って、こちらの様子を遠巻きに伺っている街の人々を安心させる。ただこれだけで、ガネーシャ・ファミリアの追求を遠のける事ができる。後は、

「……助かった」

 ありがとうと、いつの間にか回復したケン・ツワモノが此方に礼を言ってきた。不思議な事に、怪我らしい怪我が見当たらない。遠めに見ても痣が出来るほどなぶられていた様だが……。

 ……詮索は後だ。

「念のため、診療施設まで連れて行こう」

「いや、自力で……」

 ソコまで言って、ケン・ツワモノはガクリと膝を折って地面に……倒れる前に抱きかかえられる。

「さ、素直に来て貰おうか……」

「……」

 返答の無いまま、ケン・ツワモノは運ばれていく。その後姿を見て、いぶかしむ者は誰もいなかった。

 

 

 計画は、順調に進行していた。

 冒険者の放出に厳しいオラリオだが、事前に面倒な書類手続きを踏めば足止めされる事はない。輸送クエストを装い、何食わぬ顔でオラリオの外へとケン・ツワモノを運び出す事にも成功した。

 天井に有った太陽が沈み、代わりに月が天井に昇って……沈んでいく。

 その間、一切休む事無く荷馬車を走らせ続け、オラリオから距離を稼いだ。

 途中、荷車の中で件の冒険者が目を覚ましたのは感知できたが、比較的大人しかったと記憶している。

 順調だった。そう、何一つ疑いようがなく順調だったのだ。

 ……異変に気がついたのは早朝。朝日が顔を出しきった辺りだった。

 荷車に積んでいた木箱――偽装の中の様子を確認してみると、そこに居なければいけない筈のケン・ツワモノの姿が見当たらなくなっていたのだ。

「クソ!」

 木箱の中に残されていたのは、件の冒険者を縛っていた鎖だけ……。

 鎖を止めていた錠前が外されていない事から、何らかの手段を持って簀巻きの状態から脱出した事になる。

「見張りを一人つけるべきだったか……」

 たかがレベル1の新米冒険者。自分ひとりで事足りると、うぬぼれていたのかも知れない。

 いや、今はそれを追及するべきではない。

 問題は、何時、何処で脱出されたかだ。

 道中、荷車からモノが転げ落ちる様な気配は無かった。気配などを消すスキルが有るのかも知れないが、件の冒険者のレベルは1。此方とのレベル差から、例えスキルが有ったとしても察知できないなど考えられない。

 荷馬車を走らせて来たルートも、比較的見渡しの良い場所を選んで走っていた。

 勿論、道中に街や家屋などが在るルートは外した。

 だが、件の冒険者は何処にも見当たらない。忽然と姿を消してしまったとしか言えない状況だった。

 

 

 オラリオの中心に聳え立つバベル。その一室にて、美の女神は眷属達に問いかけた。

「首尾はどうかしら?」

「上々です。

 件の冒険者――ケン・ツワモノは、無事にオラリオの外へ運び出すことに成功。当分の間この街に戻っては来れないでしょう」

 自信を持って応える眷族達に、フレイヤは目を細める。面白い――いや、面白くないモノを見つけたように微笑を浮かべながら。

「ふ~ん、それじゃぁ……」

 アレは何かしら?

 そう言って女神が窓の外――オラリオの中心であり最も高い建造物であるバベルの最上階。その窓の向こうには、

「な!?」

 無数の紐に繋がれた巨大な布で――パラシュートで滑空してるケン・ツワモノが居たのだ。

 窓から身を乗り出し、信じられないと我が目を疑うフレイヤの眷属たち。

「あらあら……」

 フレイヤは、困ったような、それでいて面白い獲物を見つけたような深い笑みを顔に刻んでいる。

「申し訳ありませんフレイヤ様。早急に対処を……」

「いいえ、ソレはもう良いわ」

 そう、もういい。冷たく言い放たれた言葉に、もはや慈悲は感じられない。

 せっかく無事でいられたのに……。アレはその機会を不意にした。

「しかし、それでは……」

「私ね……どっちも、見たくなっちゃったの」

 お願いできる?

「……御意!」

「フフフ……」

 あんなどうでも良さそうな魂なのに、どうしてこうも私の神経を逆撫でるのだろうか?

 良いでしょう。

 何処までできるのか、何処まで楽しませてくれるのか……。

 彼女の中で、暇を持て余した神の好奇心が鎌首をもたげ始める。

 そう、知りたくなったのだ。

 ヘスティアの子供の“力”がどの様なものか。どれだけの価値があるものか……。

「どんな魔法?

 それともスキルかしら?」

 弓矢を出す程度と(うそぶ)いているらしいが、それで私たち神を欺ききれるなんて思っていないでしょう?

「貴方には、責任を取って……全て見せてもらうわよ?」

 眼下に小さくなっていく影を見送りながら、女神は細く微笑んだのだった。



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act28 壁の上の道化

 迷宮都市オラリオは、その外円を巨大な防壁がぐるりと囲んでいる。

 外壁上面はそれなりの広さがあり、もしもの時――ダンジョンからモンスターが溢れるなどした時に、大多数の冒険者が活動できるような造りになっている。通常は、見張りをしているガネーシャ・ファミリアの人たちがチラホラいたりするのだが、日が昇ったばかり早朝の今は閑散としていた。

 そんな外壁上面の一角に、珍しく三人もの影が固まっている。

 一人は、ロキ・ファミリアの第一級冒険者、剣姫――アイズ・ヴァレンシュタイン。

 一人は、ヘスティア・ファミリアの新米冒険者――ベル・クラネル。

 一柱は、ベルの主神――女神ヘスティア。

 ベル・クラネルはここ数日の間、早朝この場所でアイズ・ヴァレンシュタイン氏から個人的な訓練を受けていた。

 もちろんだが、ベルは神様にはこの事を報告していない。

 やましい理由や、後ろめたいモノがあった訳ではない。ただ、この特訓の事を言うと絶対反対されるだろうなぁ……と、言われるから言わなかっただけだ。だが昨日、ホームにしている廃教会を破壊してしまった件で説教を受けていたケンが、うっかりヘスティアに教えてしまった。

『ケン君、教えてくれてありがとう。

 ベル君、今すぐヴァレン某とのデー……じゃなかった。訓練を止めるんだ!』

 もちろんその後、ヘスティアから直ぐにアイズとの特訓を止めるように言われた。だが、明日一日で訓練は最後だからと、ベルは必死に――ついうっかり教えてしまったケンも一緒になってヘスティアを説得した。その結果、ヘスティア同伴での訓練という事で、しぶしぶながら了承を得たのだった。

 そんな二人――アイズとベルが真剣に打ち合うのを、ヘスティアもまた真剣に見届けていた。

 アイズの振るう剣の鞘が、鋭い軌跡を残してベルに刻まれる。

「うぁ!?」

「っ!」

「……大丈夫? 今日は、集中できてないみたいだよ?」

「はぁ、はぁ……。すいませんアイズさん」

 個人訓練最終日。この一日は、可能な限り全部の時間をこの訓練に当てると、前々からアイズと取り決めていた。だがベルは、そんな大切な特訓に集中できずにいた。

 それは、同伴して見学している主神のヘスティアも……。

 その理由は、ここに居ないケンの安否だ。

 連日連夜、ケンは誘拐され続け……とうとう昨晩も彼は帰ってくる事はなかった。

「彼の捜索は、ガネーシャ・ファミリアがやってくれてる。

 それに……」

 彼を信頼しているんだよね? 彼女の言葉には、ベルの代わりにヘスティアが肯き返す。それに続くようにベルも肯き返した。

 だが、ベルには不安が有った。

 ヘスティアが、ケンは大丈夫だと言ってくれた。どんな事になっても、彼は帰ってくると……。だがヘスティアが険しい表情で告げるソレは、純粋に安心できるモノではなかったのだ。

 ソレに拍車をかけかけているのは、訓練が始まってからソワソワと所在無さげにしているヘステイアだ。

 真剣な表情で二人の訓練を見ている彼女なのだが、その華奢な手足の状態を見るに落ち着けていない。ガタガタとか、ザワザワと言う擬音が可視化しそうなほど、彼女の身体は顔と別行動を取っている。

 どっしりと構えて欲しい。

 その様子を見かねたアイズが、普段はしないような注意をヘスティアに送る。

「あ……。すまなない、ヴァレン某。

 ベル君の主神であるボクがこんなんじゃ、ベル君も不安になって訓練に集中できないのは当たり前じゃないか」

 そう言うとヘスティアは、ケンに与えた恩恵が消えていない事を確認し、自身を落ち着かせるように深呼吸。背筋を伸ばしてベル君の方に向き直る。

 それを見て、ベルはバゼラードを、アイズは剣の鞘を持ち直し、

「それじゃ、もう一度……っ?」

「はい! ……っ?」

 仕切りなおして構えた二人をナニカの影が覆い隠す。冒険者で溢れかえるオラリオと言えど――滅多にある事ではないが、外界から飛行型モンスターが飛んで来ないわけではない。

 外界のモンスターが弱いと言う訳ではない。だが恩恵を受けていない一般人にとっては、ダンジョンの中だろうと外だろうとモンスターと言うのは恐ろしい存在だ。

 だが、

「モンスター?」

「じゃ、ないですね」

 上を見上げた三人は――正確には二人は、空から降りてくるその影を見てホッと胸を撫で下ろす。

「お~い、ケンく~ん!」

 ヘスティアは、両手を広げてピョンピョンと跳ねながら自身の眷属の無事を喜んでいる。ベルも、ヘスティアに続いて彼に手を振って無事を喜んだ。

 巨大な布を広げ、ソレに吊るされる様にして滑空してくるケン。両手に握った紐で舵を取っている様で、呼びかけてくるヘスティアとベルに返礼は出来ないが心なしかその表情が明るくなったように見えた。

「無事でよかったね」

「はい!」

 元気に応えるベルに、もう先ほどのような憂いは無い。

 そして、ケンは三人のいる外壁の上にゆっくりと……降り立てなかった。

「あ……」

「れ?」

 スカッと言う音が出ていたかも知れない。パラシュート降下をしていたケンの足が、縁まであと少しの所で空を切り、

「どわー!?」

「ケ、ケンく~ん!?」

 そのまま外壁の下へと、壁面に身体を擦り付けながら落下して行ったのだった。

 

 

「ケン君! ボクは、と~ても心配していたんだよ!」

 無事でよかったよと、ヘスティアはケンに抱きついて怪我などがないか確認して回る。

 一応女の子なのに、ヘスティアには一切の躊躇がない。いい香りがするし、柔らかいしで、触られているケンは色々と困ってしまっていた。

「うん、無事で何より……」

 壁面に擦り付けられながら滑落したようだが、怪我らしい怪我は……かすり傷の一つすら見られない。さすがボクの与えた恩恵だとヘスティアが奮起していると、

「いえ、私が見つけた時は血まみれでしたよ?」

 ケンと一緒にやって来た――たまたまケンの落下地点に居たエルフの少女がソレを否定する。骨折までしてましたしと言うエルフの少女――レフィーヤの指摘に、ヘスティアは顔を青くして何処が折れたのかともう一度探し始めた。

「ど、何処が折れてたんだいエルフ君!」

「いや、全部治癒したから……」

 そう言って救急パックを取り出して見せるケン。これ一つ有れば下手なポーションを持つ必要性が感じられない治癒力――前に死に掛けていた冒険者で実験したが、骨折どころか欠損部位すら完全に修復して見せた。

 ……まぁ、あのゲームでもどんな致命傷からでも全快にしてみせたのだからコレ位出来て……良いのだろうか?

「いいんだけど、良くないよ、ケン君!

 いいかいケン君、ポーションと言うのはね……」

 ヘスティアは、すっごく怖い顔をしながら、ケンのソレがどれだけ異常なのかを説いていく。

 ヘスティアの説教を抜粋すると、負傷だけとは言え欠損部位の完全回復までしてしまうソレは、もはやエリクサー並みの治癒力を持っている事になる。そんなモノを低コストでポンポン出せるなど他の神々に知られたら……。ヘスティア・ファミリアどころか、オラリオの全ファミリアを巻き込んだ“戦争”に成りかねない。

 それを必死になって説明し終えたヘスティアは、器用に顔だけ後ろにいるロキ・ファミリアの二人に向け、

「“治癒”が出来る子供がどれだけ貴重かは、ロキの所にいる君たち二人には話さなくてもイヤと言うほど理解できるよね?」

 その問いかけに、アイズとレフィーヤの二人はコクリと肯く。ただ、その視線の先には、ケンの手の中から文字道理ポンポンと飛び出してくる救急パックや医療バッグに向けられていた。

 本当に、ポンポン、ポンポンと出てくる。

 無駄遣いじゃないかと思ったが、ソレを出している本人からは一切の負担が無いように見受けられた。本来、それだけの治癒力のあるモノなら、想像を絶するような魔力なり何なりの消耗を強いられるはずなのだが……。

「全然、消耗しない?」

「あぁ、恐ろしくコスパがいい」

 アイズの指摘に肯くケン。ついでに弾薬箱と弾薬パックもポンポン出し始め……ソレ等を使ってお手玉をはじめた。特にひねりのない簡単なお手玉だが、数を増やしてみたり、各種ナイフの類を加えるなどしてアイズの目を引き付けている。

「い、今私、とんでもないモノを見てしまっている気がするのですが……」

「ケ、ケン君。も、もうチョット自重しようよぉ……」

「あ、アハハ……」

 そんな光景に、ヘスティアとベル、レフィーヤが頬を引き攣らせた。

 それに対してケンの表情は、どこか考える事を放棄したように虚ろ。その姿や立ち振る舞いは、オラリオという爆弾をいつ何処で起爆しても可笑しくない存在――道化に見えた。

「エ、エルフ君……」

「ひゃい!?

 な、何でしょうか神ヘスティア?」

「この事は、他言無用にして欲しい……。

 僕たち“も”まだ平穏に暮らしていたいんだ」

 もちろん分かってくれるよね?

 その問いかけに、彼女は激しく……それはもう激しく頷くしかなかった。

 そして、二人の世界(?)に入っているケンとアイズは、

「動物も出せるの?」

「あぁ、コレが本当に動物かどうかは疑問だが……」

 何処から取り出したのか、籠の中のハトを眺めていたのだった。



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act29 焦燥に焼かれて

 溢れかえる人々で活気付くオラリオの往来。

 ケンは、未だ頭上で輝く太陽の光に目を細めながら人垣を掻き分けて歩いて行く。

 つい先ほどまで、ヘスティアたちと共にオラリオの防壁上でベルとアイズの訓練を見学していた彼だが、腹の音とギルドへの顔出しを理由に中抜けしてきていた。

 エイナさんに顔を見せて安心させよう。そう思うと、自然と足が速くなる。

 ……いや、そうじゃない。

 正直に言おう。二人の熾烈な訓練を目にして、自分はいったい今までなにをしていたんだと居たたまれなくなり、その場からソレを悟られぬように逃げだした。

 本当に、自分は何をしていた?

 暇を持て余した神々へのスキルの隠匿を理由に、スキルに憧れを持つベルへの配慮を理由にして、何をしていた?

「ちょっと、待ちなさい!」

 いや、ベルが修行を始めたココ数日だけでもいい。……襲撃に誘拐、監禁といった嬉しくないイベントに立て続けに襲われていた。今も視界の端にあるレーダーには、常時敵対反応が灯っていて気が気でない。

 いい加減、諦めてくれればいいものを……。

「待ちなさいって……!」

「オレが逃げ出した事に気付いた?」

 いや、そんなわけは無い……いや、あるか? 異変がないか、積荷の中身を途中で確認するだろう。だが、居なくなった事を知らせるのにかなりの時間がかかるはず。この光点が誘拐犯の可能性は……。

「……楽観的過ぎか?」

 何かしら、遠距離の連絡手段があるのかもしれない。恩恵なしでは碌に魔法が使用できなくとも、曲がりなりにもファンタジーな世界だ。そう言う魔法具の一つや二つ、在ると仮定しなくては……。

「チッ!」

 ケンは鋭く舌打ちすると、ほぼ無意識に手首を振るった。その動作だけで虚空から偵察兵の幅広帽子――ブーニーハットを取り出すと、ソレを目深に被って顔を隠す。

 ……コレで無いよりはマシだろう。

「待ちなさ……!」

 相手が誰だか分からないのも問題だ。

 最初こそソーマ・ファミリアを疑ったが――先ほどヘスティアから聞いたが、人質をとってから交渉事が何一つ無かったのは可笑しい。考えられるとしたら、それ以外の神々……。はっきり言って、オラリオには該当の神様が多すぎる。

『とうとう、ケン君の“スキル”がバカ共の目に留まったみたいだね……』

 誘拐される日々、色々と悟ったような顔で遠くを見つめるヘスティアに、申し訳ないと言う気持ちになったのは間違いではない。だが、このスキルが無ければ、今ココに自分が立っていたかどうか怪しいのも事実だ。

 “特典(ギフト)”に“恩恵(ファルナ)”と、おんぶに抱っこまでしてもらっているのに……。

 自信が無い。

 自分を信用しきれない。

 自分に確たる芯がない。

 未だにケンは、自身の足元がしっかりとした気分に成らないでいたのだ。

 そう、漠然と冒険者として生きていながらも、胸を熱く焦がすようなモノが……。

「待ちなさいって、言ってるでしょ! って、わわわ!?」

「ゲフ!?」

 後ろから走ってきたエルフの少女に、勢い余ってひき潰された。

 

 

「……ごめんなさい」

「いや、こっちも、全然気がつかなかった」

 エルフの少女――レフィーヤからの謝罪を受け取りながら、ケンは出店で購入したじゃが丸くんに噛り付く。レベル3の先達に対し色々と無遠慮な彼の態度だが、昨日の朝から碌に食事を取っていない事情から理解をもらっている。

 レフィーヤがケンに着いて来ている理由は、彼の身を案じたヘスティアが頼んだからだ。レフィーヤ自身、眷属でもないヘスティアからの頼みを聞く義理は無いのだが……敬愛しているアイズ氏からの頼みもあって今ここに居る事となった。

 正直に言ってアイズ氏の側に居たかったレフィーヤだが、他でもないアイズ氏の頼みである。受けるしかなかった。こんな冴えないやつれた男の護衛だとしても!

 フンス! と、でも聞こえてきそうな彼女の雰囲気に、ケンは目を細めながらチョットだけ距離を開けた。

 そう時間もかからず、二人は冒険者ギルドに辿り着き中へと入っていく。道中の襲撃は無かったが、レーダーに反応がチラホラと映るのを見るたびに顔を顰めてしまう。

 レーダーが――敵味方識別が敵だと言っているからといって、躊躇無く撃てるわけではない。

「ハァ……」

「……だらしない」

 ギルドの中に入り安全を確認すると、腹の中に溜まった鬱憤を吐き散らす。口の中が極彩色な味に染まっているのを堪えながら、ケンは受付窓口に足を進める。レフィーヤは、ここで待っていると言いソファーに腰を据えた。

「はい、次の……って、ケン君!?

 無事だったのね。よかった~」

 受付をしていたエイナ氏が、やって来たケンの姿を見て驚き、その無事な姿に安堵する。ヘスティアから何者かに浚われたと一報を受けてからというもの、まさか闇派閥の残党の仕業か? だとか、活動自粛令を出しているソーマ・ファミリアが仕返しに!? などと――現に昨日、街中で暴行騒ぎを起こしてあのファミリアのメンバー達が捕まったのだから気が気でなかった。

「犯人が誰だか、心当たりは?」

「いや、ない。顔も、ローブで覆い隠していて見えなかった」

 ケンがそう言うと、エイナ氏は肩を落とし目に見えて落胆する。それでもすぐに気を取り直すと、捜索願の取り消しや、事件についての簡単な調書を作成。そして、

「ソーマの?」

「そ、正式なペナルティが決まるまで、ソーマ・ファミリアには活動自粛令を出していたんだけど……」

 街中で暴行騒ぎを起こしたソーマ・ファミリアに対し、ギルドも過去の一般市民への暴行や度重なるギルドでの迷惑行為などで正式に罰則が――ダンジョンの一定期間利用禁止が発令されたと、エイナ氏はケンに少し申し訳なさそうに伝えた。

「そう、ですか……」

 ちょっとまずい事になるかもなと、ケンは口元を押さえながら顔を顰めさせる。神酒を得るためにダンジョンに――正確にはヴァリスをかき集めていた連中が、ソレが出来なくなったとなればどうなるか……。彼らを薬物依存症のソレと考えると、ヴァリスを得るために何をしだすか分からない。原因の一端であるリリにも害が及ぶ可能性があるし、彼女のコンバーションにも支障が出てくるかも……と、そこまで考えた所で気になったのだ。リリの扱いに。

「リリは、どうなりますか?」

 エイナ氏だけに聞こえるように、現在ソーマ・ファミリアに所属しているリリの処遇について尋ねた。内々に処理してもらっているが、彼女の所属は今もソーマなのだ。罰則の適用はどうなるのだろうか?

「その点は大丈夫……。だけど、もし何か有ったらヘスティア・ファミリアの責任に成るから、その点だけは注意して」

 ヘスティア・ファミリアの責任……。その発言で、大体どの様な事になっているかは予想がついた。我らが紐女神――ヘスティアが頑張ってくれたのだろう。

「……分かりました。リリにもそう伝えておきます」

 それから一言二言話したケンは、踵を返すと受付を後にした。

 とりあえずの用は済ました。後は……。

「さ、用事が終わったなら……って!?」

「……」

 アイズ達が訓練をしている外壁に戻ろう。そう言おうとしたレフィーヤの横を、ケンはそのまま素通りしていく。

「ま、待ちなさい!」

 すぐさまケンの前に回りこんで立ちふさがるレフィーヤ。捕まえて止めるのは、エルフの慣習からして憚られた。

「ぁ……すみません」

「っ」

 何処を見ているか分からない眼。レフィーヤを見ていたケンのソレは、どこか虚ろだった。そこには、先ほどまでエイナ氏と楽しそうに会話をしていたと言う面影が感じられない。だが、それも直ぐに消えてしまう。

「あの、それで、何の用……ですか?」

「……これから、貴方はどうされるんですか?」

 質問に質問で返すレフィーヤに、ケンはとりあえず暫くしてからホームに戻ると答えた。色々と言い合う気力が湧かないケンは、彼女にもうベルたちの元へと戻っても大丈夫だと告げる。

「大丈夫……には、見えませんよ?」

 レフィーヤの指摘に、ケンは苦笑いを浮かべながら大丈夫だと返した。襲撃者の問題は残っているが、ここから直接ホームに跳べば道中での問題は解決する。だがソレは説明しない。スキルに関することでもあるし、なおかつ彼女は別のファミリアだから……。

 もっとも、それでは納得できないレフィーヤなのだが、改めて自分がそこまで心配する必要があるのかと言う自問に言葉を噤んだ。ヘスティアから頼まれていた事も、ギルドまでの彼の安全。故にこれ以上、彼に付き合う必要も無い。

「そう、ですね。そうなんですよね。分かりました。それじゃ、私はコレで!」

 失礼しますと一礼し、レフィーヤはその場を後にした。

 ケンはソレを見届ける事無く、適当な椅子に座るとバッグからヴァリスの詰まった袋を掴み出す。小さくジャラリと音を立てる財布。手にかかる重さは、最初に求めていたモノだ。

 ……だが、コレではまるでダメだ。

 足りない。

 まるで足りない。

 達成感が足りない。

 焦燥に駆られながら、なんとなしにギルドの掲示板に足を運ぶ。そこには、オラリオ中から集まった様々な冒険者依頼が張り出されていた。

「ドロップ品や、採集品の依頼……」

 上層でも集められそうな依頼は、それなりに量があるのが確認できる。それだけ大量に消費されるという事なのだろう。小口での依頼ながら、随時募集していたりもした。

 まだ冒険者に成って一ヶ月程度。やっていない事や知らない事の方が多い。

「手に入る場所が分かればな……」

 こういう時に限って、文明の利器がない事を悔やんでしまう。いや、ギルドの図書館にでも行けば、モンスターのドロップや各種植物や鉱石などの採集地点がある程度は分かるかもしれない。

「……できれば、モンスタードロップの方がいいな」

 植物や鉱石に関しては、それなりに判別する知識が必要だ。ドロップ品もそうだと言えばそうだが、目当ての品を入手する先は植物や鉱石よりも分かり易いモンスターだ。その点で言えば、ドロップ品の納入クエストなどはやり易いだろう。

「ん?」

 その時、ふと視界の隅に入った一枚の張り出しが目に留まった。それは、ボスクラスなどの要注意モンスター達の出現を報せるものだった。そしてその周りには、モンスター達が落とすドロップ品を求める張り出しが張られている。

「……」

 そのうちの一枚。上層で出現するモンスターのドロップ品を求めるソレを見ながら目を細め、

『現状に納得せず、自分の心をもっと自由に……』

 そう言ってくれたヘスティアの言葉を思い出し、ベルの成長を思い浮かべ……。そして、最近のトラブルから来る鬱葱としたモノを振り払うように薄く笑う。

「そうだな……」

 もっと自由にやってみよう。

 現状に納得などしていない。

 だから、もっと、もっと高みへ。

 もっと、もっと深き底へ。

 邪魔者も何もかも振り切って……!

「……まったく、何処に行く気なのよ?」

 ギルドから出てバベルへと向かうケンの後ろを、戻ったはずのレフィーヤが追いかけた。




 早くミノタウロスと戦わせたい。でも我慢。


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act30 食い散らかすモノ

 オラリオの中心、バベル。

 その大広間にぽっかりと明いた大穴――ダンジョンの入り口に、ケンはわき目も振らずに走って……飛び降りた。

「飛び降りないでくださーい! 下に居る……!」

 後ろから――おそらくギルドの職員から注意が飛んでくる。一階までそれほどの高さがないので、ある程度ステータスがあれば地上から飛び降りたほうが早い。そんな事を言う極一部の冒険者に対し、ギルドは危険だからと止めろと注意を呼びかけていた。効果があるかは不明だが。

 バサッ! パラシュートを開き落下速度を抑え、誰も居ない地面に着地。多少勢いを消しきれず負傷するが、この程度の負傷は救急パック程度で全快する。放っておいてもスキルの効果で全快になるが、痛いのはさっさと消す事にした。

 【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させ装備を選択。

 目的地まで走り抜けるのに、腰だめで使用できる装備のほうがいい。呼び出すのはPDW‐R……いや、P90にしよう。50発の大容量マガジンのプルパップ方式PDW。同じ50発マガジンの“釘打ち機(CBJ‐MS)”と比べ、発射レートが高く遠距離での集弾性が悪いが、プルパップ方式の特性で移動時と腰撃ち時の射撃精度が高い。

 サプレッサーを取り付け、サイトは倍率1のホロを。レーザーなどのアクセサリーは……外す事にした。ゲームでもそうだったが、前方にマウントレールを延ばすソレが、オレはどうにも好きになれなかった。なぜこっちでも横に装着できないのか……。

 ……いや、今はそんな事はどうでもいい。

 P90を構え、ダンジョンの中を走り出す。目的地は11階層。普段ソロで潜る階層よりも遥かに深い。道中の階にいるモンスターに用は無い。

 暫くダンジョン内を進むと、進行方向に複数のモンスターが居た。

 まだ此方に気がついていない。

 パススス……!

 気の抜けた音と共に、P90の5.7mm弾を道中に居たモンスター達に降り注がせる。

 迂回する気はない。目的の階層までのルートを一直線に突き進む。

 ゴブリンやコボルトと言った浅い階層に出現するモンスター達は、既にソロでの活動で何度も撃ち殺している。問題なく処理しながら奥へと進む。

 6階層に出現するウォーシャドウも、早いだけで防御が薄い。以前の様にREXを使わなくとも、P90で弾幕を張れば……。むしろ、慎重に狙わなくて良い分こちらの方が倒しやすい。ダンジョンリザードやフロッグシューターといったヤツラは、舌の射程が長かったり天井に張り付いて攻撃してきたりと厄介だが、ファントムで射抜ける程度の防御力だ。こちらももこの装備で対処できないモンスターではない。射程を延ばす必要がある時にだけ、ハンドガンに持ち替えて対処する。

 蟻は、焼くに限る。一々撃っていてはキリが無い。……と言うよりも、赤いアレと自身の装備――P90を見て、どうにも直接戦いたくない気分に駆られる。高速で突っ込んでくるヤツとか、横から要撃してくるヤツが居ないのが幸いだ。

 ……後ろから緑の――友軍の光点が着いて来ているが、此方が止まっても一定の距離を保ってそれ以上近づいてこない。不気味だなと、道中に見かける負傷者に応急医療パックを配りながら走り続ける。

 そして10階層。

 PTでは何度も潜っていたが、ソロでここまで潜った事は無いなと、ケンは少々感深くなりながら目の前の草原を見つめた。ココからは霧が立ち込めていて視界が悪く、近距離にならないとモンスターを視認し難くなる。そうなると、自然と交戦距離が近くなってしまう。ソレは、色々と面白くない。

「コイツを、試してみるか……」

 そう言ってケンは、ベル達と一緒の時には使わなかったガジェット――単発式の拳銃を空に向かって撃ち放つ。初めて使うが、さて、どうなる?

「……OK」

 撃ち上がった光源――照明弾が、次々とモンスターの位置を特定し、その位置をレーダーに映し出していく。モーションセンサーボールよりも使い勝手が良さそうだが、白煙の尾を引く発光弾は地上だと悪目立ちするな。あと、発射音も地味に大きい。照明弾に惹かれて、モンスター達が此方に向かってきているのがレーダーから窺えた。

「“デコイ”の機能は無かった筈なんだが……」

 “弾薬箱”に“竹の子(T‐UGS)”を地面に突き刺しながら、向かって来るモンスターの数の多さにげんなりする。

 ……まぁ、いいか。全部食い散らかせば良い。

 プギャァー……だろうか?

 鼻の詰まったような鳴き声を先頭に、様々なモンスター達の鳴き声が霧の向こうから木霊してくる。

 この階層から出現するオークは、以前のようにバトルピックアップのアンチマテリアルライフル系でなくとも――ポンプ式ショットガンのバックショット弾で手足を吹き飛ばせる。オークの胴体は、分厚い脂肪が天然の防弾チョッキ代わりに成っているのか散弾ではダメージが薄かったので狙わない方がいい。だが、足元を撃って姿勢を崩させれば、一番の急所である頭部に大量の鉛玉を叩き込んで絶命させられる。

 小型のインプ? ゴブリンやコボルトとそう変わらない。

 カキンッ!

「ッ!」

 撃ちすぎてマガジンが空に成る。少々、撃ちすぎた。

 すぐさまスタングレネードの安全ピンを引き抜き、モンスター達の前に投げつけ自身の目を被い隠す。

 爆発した瞬間、音が消えた。

「キャァ!?」

 ……後ろの方で悲鳴が上がった気がするが、おそらく気のせいだろう。

 破裂したスタングレネードの閃光と高音にモンスター達が怯んでいる隙に、空に成りかけたP90のマガジンを交換。空のマガジンを棄て、新しいマガジンを叩き込み、コッキングレバーを引く。下手に我流でやるより、“スキル”のアシストに身を任せてマグチェンジをすれば――時間がかかるし身体が勝手に動いて気持ち悪いが――ミスは無い。

 再装填を終えたケンは、P90の銃口を未だスタングレネードで朦朧としているモンスター達に向けて、トリガーを落とす。

 パススッ! パススス……ッ!

 ゲームの時からだが、ケンは残弾管理が下手だった。特に小型マガジンの武器がソレで、しっかりと指切りしているつもりなのだが、どうにも弾を撃ち切ってしまう。

 ゲームの時のように1マグ、1キルなんてやっていたら、命がいくら有っても足りない。

 修正するか、仲間からカバーしてもらうしかないが……。それを考えるのも、今は後回しだ。

 パススス……ッ!

 カラン、カランと、撃ち終えた空のマガジンと薬莢が地面に落ち、霞となって消えていく。後に残るのは、穴だらけになったモンスターの死骸だけ。

 ひとしきりやって来たモンスター達を撃ち殺し終えたケンは、死骸にナタを突き立てて手早く魔石を回収――“本体置いてけ”。

「……これ以上来る前に、さっさと進むか」

 目的はここじゃない。

 新しいマガジンに交換し、目的地――もう一つ下の11階層へと向けて足を進めた。

 

 

 なぜこんな事をしているのか、正直に言うと自分でも分かりません。

 ……いえ、正直に言いましょう。冒険者としてあの男が持つ“力”への好奇心と、このままアイズさんの元に戻る事に後ろ髪を引かれたからです。

「それにしても、どう言うつもり?」

 襲撃者に狙われているというのに、あの男――ケン・ツワモノはバベルへとまっすぐ足を進めていく。

「バベルに何の用が?」

 買い物だろうか?

 バベルの中へと入っていくケン。見失わないように急いでその後を――コソコソと追いかける。一度帰った手前、堂々と後をつけるのに抵抗を感じてしまうのは仕方ない。

「あの男は……って!?」

「飛び降りないでください! 下に……!」

 何を考えているのか分からない。

 上のお店に用事があったんじゃ!?

 なんでダンジョンに潜って行くんですか!?

 暫くしたらホームに帰るんじゃなかったんですか!?

「あ~もう!」

 アナタ、襲撃者に狙われてるんじゃないんですか!?

 色々と叫びたくなるのを必死に堪え、私もダンジョンへと降りていく。もちろん飛び降りない。本当は遠征の直前なのでダンジョンに潜るべきではないのですが、こんな状況ではそうも言っていられません。

 急いで、それでいて気づかれないようにコソコソと……。

 ろくな準備もしていないままダンジョンの中へと入っていく。それは向こうも同じはず……だったはず。いつの間にかあの男は、小型のクロスボウの様な物を手に持ちモンスターと戦っていました。

 いったいいつの間に!? 私が憶えている限り、あの男が装備していたのは大型のナイフ……と言うよりマチェットだけだったはず。なら、あの武器は何処からやってきたの? いや、それよりも……。

 パススス……!

 気の抜けたような音が連なって聞こえる。

 ギャァァァァ!

 モンスターの悲鳴も聞こえてくる。

「……」

 だけどあの男は、ただ無言で手に持ったクロスボウモドキから何かを撃ち出し続けるだけ……。

 その異様な光景に、私は思わず見入ってしまった。

 まず連射力が違いすぎる。弓でもクロスボウでも、一回撃つたびに矢を番えなければいけないのに、あの男はまったくその様なそぶりを見せない。

 ……いえ、中にはそう言う事が出来るモノもあるのは知っています。

 ですが、

「いくらなんでも、アレは小さすぎます」

 大きさは腕の中に納まる程度。内蔵されているのか、発射するための弓の部分が見当たらない。だというのに、その威力は信じられないほどに高い。

 ゴブリンやコボルトの類はまだ納得できた。コレ等は、恩恵なしでも大の大人が必死に戦えば倒せるほど弱い。だから何とか成ったのだろうと……。

 だけど、ダンジョンリザードやフロッグ・シューター、ウォーシャドウと言った上層でも強力な部類のモンスターが、ものの一瞬で穴だらけになり絶命させられている。

 射程距離だって可笑しい。あんなに早く撃っていれば、モンスターに届かない矢も出てくるはずなのにそれが一切出ないなんて……。

「……熟練した使い手?」

 考えられる。けど、どう見てもあのクロスボウモドキが異彩を放っている。やっぱり、アレが怪しい……。

 それからもう一つ。

「解体方法もめちゃくちゃです……」

 ザクッと、モンスターに一突き入れるだけ。たったそれだけで魔石が回収されていく様子は実に恐ろしく……いえ、羨ましいとも言えます。一切の解体時間を短縮したソレは、他のサポーターからしたら喉から手が出るほどのモノ。おそらくスキルでしょう。

「いったい、どれだけの事ができるのよ!?」

 小さく、それはもう小さく悲鳴を上げてしまった。

 はしたないかも知れないが、あの男からはなんと言うか私と似たような何か――自信の無さとか――を感じていました。いえ、エリクサークラスの何かを湯水の如く出す男と自身に何か親近感を感じるのは……。先ほどから目にしないようにしていましたが、アノ小袋――エリクサークラスの何かをポイポイ投げています。負傷者を見つけるたびに、それはもう気軽にポンポンと……。

「神ヘスティアの気持ちが、少しだけ分かった気がします」

 あの男の行動には、色々とおなかを痛めさせられます。

 閑話休題。

 気がつけば、もう10階層に来ていた。

 どう言えばいいか……。迫りくるモンスター達を、まるでそっちから来るのが分かっている様に迎え撃ち、一方的に倒していく。

 あぁ、もう、眼と耳が痛い……。

 なんてモノ使うのよ!

 クラクラする頭を抑えながら、後で文句を言ってやろうと睨みつけてやった。

 そして、全部終わったのか、あの男は魔石を剥ぎ取りそのまま先へと進んでいく。

 いったい何処まで潜る気なのよ……。

 げんなりしながらも、私はあの男の後を追って……。11階層まで潜った所で、さすがにあの男を止めた。

 

 

 11階層に辿り着き、目的のモンスターを探そうかとしたところで、今まで着けて来ていた誰かに静止を呼びかけられた。

 振り返って見れば、そこに居たのはギルドで分かれたエルフの……。

「アンタは……」

「アンタではありません。レフィーヤです!」

 そう言って拗ねる彼女に、ケンは頬をかきながらどうしたものかと考える。帰ったんじゃなかったのか?

「心配になったので後を着けてきました。

 そうしたら、案の定ダンジョンの……しかもこんな階層まで潜って!」

 どういう考えで何をする積りなのかと、レフィーヤは問い質す。その迫力に半歩後退したケンは、何をしに来たのかを彼女に話した。

「……インファント・ドラゴンの討伐? アナタは、ふざけているんですか!?」

 ケンの口から出てきたのは、上層に出現する事実上の階層主。駆け出しの冒険者が挑むなど無謀極まりないと言うレフィーヤに、

「別にヤれないわけじゃないと思うんだが……」

 と、ケンは首を傾げる。対物ライフルに対戦車ロケット砲。最悪、戦車を出せば……とは、頭に浮かべるもさすがに口にはしなかった。

「ッ!」

 ……本人にはそんな気はないのだが、その仕草がレフィーヤの癇に障ったようだ。彼女は目じりを吊り上げると、

「ダメです。帰りますよ!

 帰らないなら……神ヘスティアに、全部報告します!」

 ヘスティアに報告する。そういい終えるとレフィーヤは、踵を返してもと来た道を戻り始めた。

「それは……ずるいんじゃないか?」

「だったら、戻りますよ!」

 顔だけをケンに向けて言うレフィーヤは、もう知らないと言う風に歩いて行く。好きにしろと言う事なのだろうが、ケンはこのままヘスティアに報告された未来を思い浮かべる。

 そこには、満面の笑みを浮かべる幼女神が居た。だが、

『ケ、ン、く~ん! キミは、一体全体何を考えているんだい!?』

 ……どう考えても、説教地獄しか思いつかない。しかも、思い浮かべられるのがゆるい説教までで、ここから何処まで酷くなるか……。それを思い浮かべたケンは、肩を落としながらレフィーヤの後ろを追う。そのまま地上へと戻ると、ギルドのエイナ氏に引き渡された。ドロップ品の換金だけのつもりだったのだが、レフィーヤが気を利かせて彼女を呼んで来たのだ。

 そして、

「何を、考えて、いるのかな? キミは!」

 月が顔を出すまでエイナ氏にたっぷりと叱られ、

「あ、アハ、アハハ……。うん、もう、気にしない」

 帰宅後、いつもの様にステータスの更新を行ったヘスティアが、悟ったように目を遠のかせてステータスの更新を一旦止める。明日の朝に改めてステータスの更新をしなおすと言う彼女の煤けた後姿を見て、

「ままならんな……」

 ケンは、一層気を落とすのだった。




 レフィーヤ視点、主人公視点と書いて、レフィーヤ視点を削るか考えて、結局載せる事にしました。

 レフィーヤは、主人公とは他派閥なので注意したり、止めたりする義理はありません。
 普通の駆け出し一ヶ月目の冒険者は、11階層にソロで潜れません。ドラゴンになんて勝てません。
 主人公も、11階層に潜るには明らかにステータスが不足しています。武器が強いだけです。
 彼女が主人公を止めたのは、純粋に最低限の善意からです。エイナさんに引き渡したのも善意です。

 ……そして、彼女は主人公の【劣色心界】の事を知らなかっただけです。


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act31 忘れモノ

 筆も進まず、気がついたらもうこんなに時間が過ぎていたorz


 翌朝――。

 教会の隠し部屋のベッドの上で、改めてステータスの更新をするケンとヘスティアの二人。

「……で、昨日は一体どうしたんだい?」

 そう問いかけるヘスティアの声は、心なしか明るく軽いものだった。

 一晩寝たのが効いたのだろう。ケンのステータスは、スキルによる低下が収まった正常な値で更新されていく。その事に気分をよくしたヘスティアは、どうしてこのような事になったのかを知るため彼に問いかけた。

 暫く考えた素振りをしたケンは、観念したようにヘスティアに説明した。なんと言うか、今の彼女なら色々と許してくれそうだったから……。

「う~ん……。

 ……何がと言うか、出鼻を挫かれた?」

 単独でダンジョンの11層へと大物退治に向かい、途中でレフィーヤに連れ戻され、帰りにギルドのアドバイザーであるエイナ氏に説教を貰ったと……。

「うんうん、大体分かった。

 ケン君は、インファントドラゴンに挑もうと、11階層まで一人で潜って行ったんだね。で、アドバイザー君にその事で叱られて、落ち込んでいたと……」

 そこまで言って、ヘスティアはケンの顔を覗き込むと、

「まぁ、アドバイザー君の言う事は普通なら正しいさ。

 ボクから見ても、今のケン君のステータスじゃウォーシャドウに挑むのすら無理だろうね。ソレを可能にしているのが、キミのスキル――【戦場遊戯(バトルフィールド)】のおかげなわけだ」

 ステータスの開示は、よほどの事がない限り行われない。以前エイナ氏に基本ステータスだけとは言え見せたのは、例外中の例外だ。

 スキルの内容にいたっては、ソレこそ冒険者の生命線に直結する。そこにはスキルの強みはもちろん、弱みや性質が書き記されている。予定調和が取られ、何度でも繰り返せる――やり直せるゲームの世界ではない。一度きりでやり直せない現実では、ニンゲン同士の妬み、嫉み、ひがみ、恨みといった複雑な思惑がぶつかり合い、それこそ命の取り合いにすら発展する。

「ケン君の“事情”は、ボクからアドバイザー君にそれとなく伝えておくよ。

 また下が……落ち込まれても困るからね」

「すみません……」

 謝る事じゃないとヘスティアは言うが、自分でエイナ氏に説明――説得できそうにないケンからすれば感謝きしれない。

「……アドバイザー君にこってり絞られたみたいだから、ボクはこれ以上強くは言わない。だけど、ボクからもコレだけは言わせてもらうね。

 ケン君はここ数日、何処の誰とも知れないヤツラに誘拐されたり、監禁されたりしたんだ。

 そしてケン君は、何度もそいつ等から逃げ出せた。

 だけど、相手だってバカじゃない。

 次は、もう逃げ出せないかもしれな……。いや、ケン君ならボク達の予想を超えて帰って来そうな予感がするよ。どうしてだい?」

 チョット頬を引き攣らせながら笑うヘスティア。彼女が言いたい事は、なんとなく分かる。いや、分かった。

「だからと言うわけじゃないどさ、出来ればベル君たちと一緒に行動して欲しい。

 ……さ、これで終わりだ!」

 ステータスの更新が終わり、ペチンと、ケンのむき出しの背中に紙が叩かれた。ヘスティアはいつもの様に置いたつもりなのだが、思った以上に力強く置かれた紙は高い音を響かせてしまった。鳴り響いた反射的に彼女は驚くが、直ぐに体裁を整え、

「ん、ん! コレがキミの今のステータスだ。順調に……とは言えないけど、一歩一歩前に進めているよ」

 そう言ってくれるヘスティアを横に、ケンは微弱な上昇を見せているステータスに僅かに眉を顰めてしまう。それを見た彼女は、すこし不安そうに彼に寄り添い、

「……確かにベル君の成長は早い。レアスキルのお陰で先行していたケン君を、あっという間に置いて行くくらいに早いよ。

 でもね、それでケン君が焦って、無謀な事して死んじゃったら……ボクはイヤだよ?」

 女神の言葉に、ケンは大きく息を吐きながら分かったと返す。ただなと、彼は言うと、

「……オレは、ベルの成長がどうこうで大物の討伐をやろうとした訳じゃない。

 下駄履かせてもらって、おんぶに抱っこまでしてもらって……。オレは、自分に自信が持てないのが辛いんだ」

 だから……足掻くしかない。

 いや、足掻き方すら覚束ない有様だ。

 果たして、アレを倒せたとしてソレが手に入るなどと言う保障は……一度ではムリだろう。

 何度も何度も挑み、

 何度も何度も倒し、

 そして、

 ――屍の……――

 ザワっと、一瞬だがケンの背中に妙な感覚が走った。ヘスティアが何かしらイタズラしたのかと、彼女の方に――後ろに首だけを向ける。だが、

「……分かった。

 ケン君の辛さは、焦燥感は、ステータスを見てきたボクには、イヤになるほど理解できるよ。

 だから、約束してくれ。

 無茶はしてもいい。

 だけど、無謀な事はしない。

 そして、必ず帰ってくるんだ」

 真剣な表情で言う彼女からは、そんなイタズラをした様な雰囲気は感じられなかった。

「……正直、オレの攻撃が通用するかは分からない。

 ただ、例え攻撃が通用しなくとも、オレ一人ならソコから絶対に逃げ出せる算段はある」

 だから絶対に帰ってくると、ケンはヘスティアに約束した。

「……それからケン君、キミは大切な事を忘れているよ?」

 ベッドから出て、支度をするケンにヘスティアは言う。何を忘れているのかと首を傾げるが、思い当たる事は……ない。一応ド忘れしていなかとメモ帳を確認するが、

「はぁ、キミって子は……」

 ヘスティアは、そう言って盛大にため息を吐いた。次いで、外に行けば忘れているモノが分かると教えてくれる。

 外に? いまいち要領がつかめないケンに対し、ヘスティアは早く行くように促した。

「あ~、行って来ます?」

 そう言って隠し部屋から出て来たものの、寂れた教会内は昨晩と変わりない。掃除や修繕の予定も……特に入れていなかったはずだ。

「ケン様! 何時までもたついているんですか!」

 教会の出入り口に、何時ものように巨大なバックパックを背負ったリリが、ベルもその横に立っていた。

「リリ? それにベルも? 二人とも、もうダンジョンに行ったんじゃ……」

「ケン様が、昨日あんなムチャをしたからですよ!」

「エイナさんから、危なっかしいから一人にさせるなって……」

 ……そうかと、ケンはため息をつく。

 エイナ氏もそうだが、オレはそんなに信用ならないのだろうか? いや、自分がそうだから周りからもそうなのだろう。ケンが、ため息を吐きながら二人もとまで行くと、リリが一歩前に出てその小さな身体で進路を塞ぐ。

「ケン様に聞きます。

 ケン様、ケン様は、リリ達の事が信用できませんか?」

 ムスッとしたような顔をするリリは、ジトッとケンを睨みつけてくる。

「……確かにリリは、ソーマ・ファミリアの所属。ベル様と違って、ヘスティア・ファミリアの一員ではありません。

 ステータスやスキルの詮索は、例え同じファミリア内でもご法度。ケン様が、自身のスキルを秘密にしたいのは理解できますが……昨日のアレは流石にいただけません」

 昨日のアレ……ケンが普段はしない単独での10階層までの走破。いくらパーティで何度かそこまで潜った事があるとはいえ、ケンのステータスは、ベルのソレと比べれば雲泥の差と言っていい程に離れている。尚且つ、彼が単独で挑もうとしていたのは、その中でも遥かに格上のモンスターだった。

 エイナ氏からも散々説教されたが、ソレは自殺行為に他ならない。

 何故ケンが急にそんな事をしようとしたのか……。いや、それ以前にケン一人でやろうとしたのかがベルとリリには理解できなかった。

「信じられない……か」

 やるせないように言うケンに、リリもベルも怪訝そうに顔を顰める。どうしてそんな事をしたのか、再度ベルが問いかけると、

「……オレが、オレ自身を信じきれないからだ」

 ヘスティアに言ったように、ケンはベル達に答えた。

「信じられる様に成るために、足掻く。

 それにうってつけなのが、もう直ぐ丁度11層に湧く。だから探しにいったんだ」

 自分ひとりなら、絶対に生きて帰ってこれる。

 おかしな話だが、“あの本”がくれた“ギフト”の力を信じているから。ヘスティアの与えてくれた“恩恵”は……正直に言うと良く分からない。バッドスキル――【劣色心界(モノクローム)】の所為だけではないと思うが、ステータスの上昇が実感として感じられないからだろうか?

「……ソレは、ボク達と一緒じゃダメな事なの?」

 悲しそうに問いかけるベルにケンは、

「……ヘスティアにも言ったが、オレ一人なら逃げられる。

 ベルやリリが一緒だと、逃げるに逃げられなくなる」

 ただ、冷たく答えた。

 暫しの沈黙が、場に流れる。

 ケンは、一緒じゃ駄目だとは言っていない。ただ、自分だけの方が都合が良いと言った。だが、ソレを聞いた二人には、彼の答えは拒絶にも聞こえていた。

 どうするかは、ケンだけが決められる。

 ベルが止める事もできるが、個人でどう行動するかはケンの自由だ。ソレを止められるのは、ヘスティアくらいだが、

「神様はなんて?」

「……必ず帰って来い。そう約束した」

 頼みの綱が断たれた。二人の表情はそう言っている様に見えた。だから、

「行くぞ、二人とも」

 ケンは、当たり前のように二人に言う。

 忘れモノ、か……。たしかに、忘れモノなんだろう。

 一人では戦えない。そう言う根本的な……。

「……え?」

「え、じゃない。ダンジョンだよ。ダンジョン!

 その為に、態々迎えに来てくれたんだろ?」

 ドラゴン狩りの予定は少し先送りにしよう。

「そ、そうですけど……ケン様? ケン様はそれで……」

 ソレでいいのかと問いかけるリリに、ケンは彼女の頭に手を置いてグリグリとかき回す。抗議の声を上げるリリに、ケンは苦笑しながらすまないと謝罪した。そしてベルを見て、

「一先ずは、先送りだ。

 だが代わりに……今まで自重してきた分、色々と羽目を外させてもらうぞ?」

 それに、もしかしたらベルと居れば、それ以上のモノと戦えるかも知れない。いや、本当に求めているモノに手が届くかも知れない。そんな気がしたのだ。

「う、うん! じゃ、行こう、ダンジョンに!」

 嬉しそうにケンの手を引っ張るベル。ケンは苦笑しながらそれに続き、リリも乱れた身だしなみを整えて後を追った。

 コレが、彼らの日常――冒険者の日々。

 今日はどうしようかと、彼らはダンジョンへと歩いてく。その後姿を見送りながら、ヘスティアはコレなら大丈夫だと安堵する。

 そして、書き損じたステータスを見ながら、そこに記されているはずの魔法をなぞった。

「ケン君、キミに黙っている……教えていないモノがあるんだ。

 この魔法は、今までのキミにとってあまりにも良くない。

 でも、キミがちゃんと仲間を、掛け替えのない仲間を手に入れられたのなら……」

 この魔法は、キミを独りにはしないはずだよ。

 そして、彼女もまたいつもの様に日常へと戻っていく。

『さぁ、見せなさい。あなた達の全てを……』

 ダンジョンで待つ悪意を知らずに――。




 オリ主が、ベルと一緒にミノと戦っている姿がまとまらず、遅々として筆が進まない。
 一緒に戦うのがらしい、らしくないと言う考えがグチャグチャしてるようなしだいです。


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act32 仕組まれた運命

*11/30
 最後がなんかしっくり来なかったので、少し加筆しました。


 薄暗いダンジョンの9層を、ケン達三人は進んでいた。

 彼らの靴音だけが、薄暗いダンジョン内にコツコツと木霊する。

 他の音は何もしない。

 異様なほどの静けさだった。

「モンスターが、一匹も見当たりませんねベル様?」

 耐えかねたリリが口を開く。彼女の発言に、ベルは相槌を返し、ケンはレーダーを確認しながら……耳が痛くなるような無音のダンジョンの奥を睨み付けた。

 このまま行けば、もう直ぐ10階層への入り口に辿り着くだろう。だが、この9階層に入ってからモンスターの気配が一向に感じられない。

「ロキ・ファミリアが、遠征のついでに道中のモンスターを狩りつくした……」

「リリたちがダンジョンに潜る時、まだロキ・ファミリアの皆様は出発式の最中でしたよ?」

 ケンの考えを、リリが冷静に否定する。それは、自分たちよりも先にロキ・ファミリアが遠征に出発していたならありえたでしょうと……。

 リリのジトッとした指摘に、ケンは居心地悪そう頬を掻き毟る。

「……あの日も、こんな感じだった気がする」

「ん?」

 ベルがポツリと零した言葉に、ケンは首を傾げた。

「あの日、あの日、あの日……?」

「うん、ミノタウロスと遭遇したあの日みたいだなって……」

「……あぁ、確かにこんな感じだったな」

 一ヶ月ほど前、ダンジョンの5階層に初めて降りたあの日。直前までモンスターの気配で溢れていたダンジョンが、あの一時だけ異様なまでに静かになっていた。

 ……現状を較べると、確かに酷似している。

 チラリと、視界の隅に映るレーダーに視線を落とす。

 敵を示す光点は……ない。

「レーダーに感無し……。

 ……だがまぁ、注意するに越した事はないな」

 そう言ってケンは、この階層に入ってから持ち始めたアサルトライフル――M16A4を構え直す。銃火器の初のパーティでの運用。フルオートで下手に鉛玉をばら撒くよりも、3点バーストが出来るコレなら大丈夫だろうと選択した。

 ……相変わらずアイアンサイトが邪魔だが、外すに外せないのがもどかしい。オフセットアイアンを付ければ横にずれてくれるかと思えば、もう一個増えるのだから意味が分からない。

 分かったと返すベルとリリ。だが、ケンが構え直した異様なソレに度々眼を向けてしまう。未だにモンスターと遭遇していないため、その銃口が一度も火を吹いた事はないが、その異様さだけはヒシヒシと伝わってきていた。

「ケ、ケン様……。その、今の今まで質問しませんでしたが、手に持っているソレは……」

「飛び道具だ。

 少し音が五月蝿いが、威力は保障する」

 ケンはそう説明するが、色々と端折り過ぎていて二人には理解しきれていない。少々険しそうな顔で二人は頷いていた。

 ケンの持つソレは見慣れない装備だったが、ベルとリリはモンスターと遭遇すれば直ぐにどの様なものか分かるだろう。そんな風に考えて、今の今まで質問を放置していたのだ。もっと早くに聞いておくべきだったと後悔するも、ココまで来てしまっていては悠長に説明してもらう時間も無い。

 しょうがないと、ケンの簡素な説明で頷くしかない二人だったが、

「見た目は、クロス・ボウ系の飛び道具……だな」

 無い……はずだ。

 通常なら……。

「構えて引き金を引けば、目標に目掛けて鉛弾が飛び出す。

 コイツは少し特殊で、一回の引き金で3発ずつ発射される。最大連続発射数は、弾倉(マガジン)の中身30発分に薬室内の1発を加えた31発」

 そう言うとケンは、誰も居ない通路の向こうへとライフルを構え、不用意にトリガーを落とした。

 ダダダッ! ダダダッ!!

「ひゃぁ!?」

 悲鳴を上げて耳を塞ぐリリ。モンスターが出てこないのを良い事に、ケンはM16A4を試し撃ちしながら説明する。

「最大射程は……飛ばそうと思えば900mは飛ぶんだったかな?

 ただ、実用的な距離は、たしか200mくらいだったか……」

 その様子に……と言うより、その説明の仕方にベルとリリが口を魚のようにパクパクとさせる。そこにはもちろん、突然の発砲にも驚かされた事もあるが、開示された現実味の無い数値。そして、そこまで教えてくれるのかと言うのもあった。

「え、えっとケン様。その遠距離武器(クロスボウ・モドキ)は、本当に900mも飛ばせるのですか?」

 とてもそうは見えないと言うリリに、ケンは頬をかきながらすまなそうに言う。

「実際に900mも先まで撃った事はないから、そこまで飛ぶのかは判らない。ダンジョンの外で撃てば目立つし、ダンジョンの内はそこまで広くない。好きに試し撃ちしたくても出来ないって言う事情がね……」

「確かに……。音もそうですけど、ソレは色々と悪目立ちしそうです」

 リリの指摘通り、コレは悪目立ちするだろう。

 ケンが探した限り、自分の使うような武器――自動小銃はオラリオでは見かけられなかった。一部の商店で拳銃に似たモノを見つけた事はあるが、ソレは単発式の信号弾(スポットフレア)だった。射程も短く、弾速も遅く、もちろん連射も効かない代物だ。

 もしかしたら、探せば魔石式のラッパ銃位は在るかもしれない。ダンジョンのモンスターに有効かは別にしてだが……。

「……射程が凄いのは分かりました。

 ですが、その音はどうにかなりませんか?」

 耳が痛いですと、リリは手で塞いで抗議をする。

「出来なくはないが、反動特性が変わるからなぁ……」

 ケンは、まぁしょうがないと言いながらM16A4のバレルをヘビーからサイレンサーに変更した。反動特性が変わってしまうが、音が五月蝿いのだからしょうがない。

「コレで音は大丈夫だと思うぞ?」

 だいぶ小さくなると、取り付けたサイレンサーで長くなったライフルを構えて見せる。

 さすがに今度は撃たない。

 ちらりと暗い通路の奥を見る。

 ……何も居ない。

 相変わらず、レーダーに敵の気配は表示されない。

 銃の発砲音はかなり大きく、モンスター達を引き付けるには十分なのだが……。

「静か、ですね……」

「……うん」

 ベルにリリも、さすがにこの異常事態に生唾を飲み込む。ケンもまた、肩を落としてため息を吐き出した。

 出るなら出るで、さっさと出てきてくれたほうが気が楽なんだが……。銃声が止んだダンジョンは、ただ静かにほの暗い口を開いていた。

「どうする?

 こうまで異常なら、引き返してもいいぞ?」

 長生きするのは、勇敢な者よりも臆病者だ。

 冒険者は冒険しない。エイナ氏の忠告を反芻しながら問いかけるケン。それにベルは、

「……行こう」

 ベルは、真っすぐダンジョンの奥を見据えて言った。

「その心は?」

「僕が、リリとケンを信じているから……じゃ、ダメかな?」

 まぶしいな。ベルのその真直ぐな言葉に、ケンはライフルを構えて応えた。ソレはリリも同じだ。

「じゃぁ、行こう!」

 そして、三人は10階層へと向かって歩いて行く。そんな光景を映し出した鏡を、美の女神がうっとりとした眼差しで見つめていた。

「いいわね。まるで英雄叙事詩の主人公みたい」

 鏡に映るベルを優しくなぞりながら、フレイアは熱い吐息を零す。

「それで、ちゃんと用意してくれたのかしら?」

『はい、追加の仕込みは行いました。ですが……』

「そんな事をする必要があるのか、かしら?」

 フフフと、不満を抱くオッタルにフレイアは微笑みながら答えた。

「そうね。あのどうでも良かった子には、それだけをする価値は無いかも知れない。いえ、無いでしょうね」

 でも……と、フレイアは続ける。

「本当に何も無いのか、確かめてみたくなったの。

 それに……」

 アレなら死んでしまっても惜しくない。

 

 

 僕たち三人は、無音の9階層を進む。

 コツコツコツと、僕たちの靴音だけが嫌に響く。モンスターの気配のない静か過ぎるダンジョンは、あの日を――ミノタウロスに追いかけられたあの日をイヤでも彷彿させてくる。

 あの時を思い出す度に、息が苦しくなり、手足の震えが止まらなくなる。でも、

「ここ、最後のルームか……?」

「はい。ですが、何も居ないようです。

 このまま10階層に……」

 でも、ケンとリリが居る。僕は一人ではない。そう思うと、震えが不思議と和らいでくれる。

 大丈夫。だから、

「じゃ、このまま10階層に……」

 ヴォォォオォッ!

「今のは……?」

 そんな時、音が――いや、咆哮が聞こえた。

 その咆哮に、ドクンと、心臓が強く脈打ったのが分かった。

 今さっき通ってきた通路の方から、ドッドッドッと重い足音が、気配が、圧力が、最初は小さく、だけどどんどん膨らんで来る。

「ちょ、ちょっとヤバイのでは……?」

「かもな……ッ!」

 反転したケンは、手に持った武器(クロスボウ・モドキ)を元来た通路の奥へと向けて構える。武器の上部に取り付けられている筒――照準器を兼ねた小型の望遠鏡を覗き込んだ。

「ッ!?」

 次の瞬間、ケンは躊躇せずにその引き金を引く。何度も何度も、その引き金を引いた。

 パススス! パスススッ……!

「ケン!?」

「ケン様!?」

「走れ!」

 驚く僕たちを他所に、ケンは走れと怒鳴り声を上げる。そして、マガジンと呼んでいたモノを交換してさらに引き金を引き続けた。

 ヴォオォォッ!

 ダンジョンにモンスターの咆哮が轟く。

 ケンの突然の行動に理解が追いつかなかった。いや、僕は通路の向こうから迫ってくるアノモンスターの叫び声に身体を強張らせていた。

 ナンデ、ドウシテ……。

 喉がカラカラに渇き、心臓の鼓動が早鐘を打ってくる。

「ベル!? 走れ、走るんだ!!」

 ケンの叱咤が飛ぶ。

 ダンジョンの硬い地面に、金属が跳ねる軽い音が木霊している。

「ベル様!?」

 リリが叫んで……。

 ……そうだ。

 動かなければ、

 走らなければ、

 逃げなければ……!

 ヴォォォォッ!

 再び、響くモンスターの咆哮。いや、もう目の前に奴は居たのだ。

「あ、あ……!」

 目の前を埋め尽くすその影に、姿に、足が竦んで動かな……ッ!

 ドッと、小さな誰か――リリに突き飛ばされた。

 モンスターが――ミノタウロスが振り下ろした巨剣が、リリの後ろを通り過ぎていく。そこは、さっきまで僕が立っていた場所で……。

 ゴゥッ!

 巨剣が地面に突き刺さった。

「キャァ!?」

「クッ!?」

 撃ちつけられた剣の衝撃だけで、僕たちは簡単に吹き飛ばされ、ダンジョンの硬い地面に身体を叩きつけられる。叩きつけられた痛みが全身に走る中、僕は僅かに動く頭を持ち上げ仲間を――リリとケンを探す。

「リ、リリ!?」

 リリは、僕の直ぐ後ろ――手を伸ばせば届く所に倒れていた。気を失っていて頭から出血もしてるが、それ以外の外傷は見られない。

 呼吸はちゃんとしている。

 たぶん、リリは大丈夫だ。

 ならケンは? 吹き飛ばされる直前の光景では、ケンはミノタウロスの振るった巨剣の向こう側に居た。たぶん攻撃は当たっていない。

「ケ……ッ!?」

 その光景に、僕は思わず眼を見開いた。

「ベル! リリ! 返事をしろ!」

 ケンも、僕と同じように吹き飛ばされて地面に叩きつけられた筈なのに……。なのにケンは、武器を持って立っていた。

 ……いや、

「クソ、コイツは戦車か!? 鎧まで着て、硬すぎ……ッ!」

「ヴォォォォ!!!」

 ケンは、ミノタウロスと戦っていた。

 ミノタウロスの剣戟から距離を置き、簡単には近づけないようヤツの頭部に攻撃を集中させながら、必死に戦っていた。

 ……いや、今はそんな事どうでもいい。

 なんで僕はただ見ているんだ? ……立てよ! ケンがピンチじゃないか!

「クッ……!?」

 震える腕と足に力を込めて立ち上がる。

『ウサギみたいに震えてやがったんだよ!』

 怖いよ! だけど、

『ベル! お前の爺さんが……』

 もう失いたくない!

『……ボクを一人にしないでおくれ?』

 失わせない!

『うん、キミはそれでいい』

 ここに居ないはずのアイズさんの声が聞こえた気がした。




 戦車砲の至近弾食らっても、死んでなければ戦闘継続するのが兵士だ(対戦車兵装下さい

 どんな感じにミノタウロス戦を進めて終わらせるかは決まったので、コツコツ書いていきます。

*11/30
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