僕が響になったから (灯火011)
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halo world

2xxx年。僕は響に包まれた。


 僕の仕事は土方で、起床時間は朝の5時30分。寝汗を流し、朝食を食べ、仕事の準備をして、家を出るのは6時30分。そして朝の8時から夜の17時まで働き、また22時には寝床に入る。

 夜の間には趣味であるロードバイクのローラーを回し、それが終われば艦隊これくしょんや花騎士といったソシャゲを齧るのが日課だ。

 

 そんな僕は、今日もいつもと同じように朝、5時30分に起床した。

 

 寝ぼけ眼で天井を見れば、いつもの白い壁紙だ。僕にかぶさっている布団はニトリの羽毛布団で、ほどよい暖かさを醸し出している。実に2度寝を誘う温かさだけれど、2度寝をしてしまっては仕事に間に合わない。

 

 眠気を切り離すように、むくりと上半身を跳ね上げる。案外2度寝対策というのは気合が大切だ。

 

 といったところで、ふと違和感を感じていた。何かいつもより視線が低い。普段であれば机に置いてある植木よりも視線が高いはずだが、今は植木の半分ぐらいのところにしか視線がない。テレビも同様だし、よくよくみればベッドのスケールもおかしい。

 

 さらになぜか寝間着のサイズがおかしい。裾が手足ともにだいぶ余っている。176センチの僕に合わせて買ったものだから、こんな風に余るわけがないのだけれど。

 

 悩んでいても仕方がないので、とりあえずベッドを降りる。と、ここでさらに異常さが際立ってきた。明らかに目線が低い。そして寝た時よりも明らかに髪が長い。僕は仕事柄ほぼ坊主だ。シャンプーも楽だし何も気にしなくていい。だが、髪の毛を触ってみれば肩口よりも髪が長くなっている。いよいよこれはおかしい。

 

 とりあえず、と、現状を確認するために洗面所へと向かう。何もなくて、ただ寝ぼけているのであれば水で顔を洗えばいいのだし。そう思って洗面所の鏡の前に立ち、電気のスイッチをカチリと入れた。

 

 そして、その鏡に映っていたのは

 

「…誰だこれ、すごいじゃないか。…声まできれいになってやがる」

 

 身長にして150に届かないくらい。銀髪の美少女が鏡の前に立っていた。

 

 

 不思議なことに遭遇すると人間一周回って落ち着くもので、とりあえずラインで『声が出ないほどの風邪にかかったから休む』と仲間に連絡をいれて家で引きこもり、現状を何度も確認。

 

 まず確認したのは僕の妄想があふれ出てしまって僕の脳が僕を女の子とみていないか、というところだ。これは近所のコンビニで試してみたのだが、店員さんに商品を聞くふりをしてその反応を見ていたのだが

 

「かわいい女の子ね!銀髪に青い目なんて、どこの国からきたのかしら!わからないことがあったらなんでも聞いてね!」

 

 と、パートのおばちゃんに言われたのでどうやら僕は少なくとも、今は女の子ではあるらしい。そして銀髪というのも僕の妄想ではないようだった。なお、服はフリースを折りまくってなんとかしている。

 

 その次に確認したのは、下世話ながら下半身だ。ついてるかついてないか。これはすごく単純でついてない。そして排泄関係もすべて女性と化している。女性機能としては不明といったところ。

 

 最後に確認したのは、もしかして僕がもう一人いるのでは?という可能性。だが、ラインを見るに僕はしっかりと今日休みということになっている。さっきの10時の休憩時間に『大丈夫か?明日も休むなら休んでいいぞ』と送られてきているからだ。

 

 というところから導き出した結論は『僕はなぜか銀髪青目の美少女になってしまった』といったところだ。わけがわからない。

 

 

 さて、現実を受け入れるのはまだ時間がかかりそうだけど、時間は待ってくれない。呆然としている間にも時間は12時だ。おなかもすくし、対策をする…何を対策するのかまったく予想ができないが、そういう時間がどんどん減ってくる。

 さっきから考えているのは『昨日何かやったっけ?』だ。こういうことが起こるときは、小説とかでは何かをしていたということが多い。だが、僕は特になにもやっていない。毎日のルーチンワークのゲームをやって寝たぐらいだ。

 だが、考えられるのはそのぐらいだろうか?何か手掛かりがないだろうか?そういう期待を込めてまずは花騎士を起動させてみる。秘書はクロユリだ。だが、特に何もなし。ログインアイテムがもらえたぐらいだ。

 次に起動したのは艦隊これくしょん。秘書として響(ヴェールヌイ)を置いている。のだが、特に何もなし。いつもの『ひび…Верныйだ。信頼できると言う意味の名なんだ』というログインの台詞を聞いただけで、特に何もなかった。…手掛かりは何もなかった。

 

 だが、響を見てちょっと思ったことがある。銀髪青目。美少女。これに当てはまるのって僕の中では、艦隊これくしょんの響、もしくはヴェールヌイぐらいしかない。

 

 つまりこの状況は、現実世界で響になれたということでは?いや、僕、疲れているな。そんなことあるわけない。

 

 

 僕は今日の出来事で、本当に疲れているんだと思う。

 

 艦隊これくしょんの響になった。そんな妄想を15時ぐらいまで続けているぐらいには疲れている。いや、本当は大の大人の男が部屋で引きこもっているだけなんだ、と思いたいが、鏡に映るのは相も変わらず美少女だ。さて、そして僕が自分で疲れているなと思っているのは、風呂に水を貯めているからだ。別に15時から風呂に入ろうというわけではない。もし、艦隊これくしょんの響なら、水の上に立てるだろう?という安易な考えだ。笑えるね。

 ということで、貯まった風呂の水の上に恐る恐る足をつける。すると、簡単に…水の上に立てた。え、この体は冗談じゃなくて響?というか僕、人間じゃなくなっているって事?

 ええと、うん。今日は寝ることとしよう。明日になれば戻っているかもしれないし。

 

 戻っていなかったら、仕方ない。また何か考えよう。




艦娘の世界に転生ではなく、艦娘の肉体が提督に憑依、というありそうでなかったので少しだけ妄想をしてみました。
 ここで大切なのは現代をどのように艦娘の体を持った人間が、現代をどう生き抜いていくのかなどと考えてみたりしております。なお、響の意識は一切肉体に宿っていません。


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halo work(1)

 一晩経ってわかったことと言えば、今の現象は悪い夢ではなく、悪い現実だったようだ。どこからどう見ても僕は銀髪青目の美少女だし、意識さえすれば水の上に立てる。男だった僕の体は、完全にこの響似の女の子の体に入れ替わってしまったようだ。

 

 …いつまでも事実を受け入れないというのはやめよう。納得はいかなくてもこれが現実みたいだ。同僚にはまたラインで休むと連絡を入れておいて、今日の予定をいくつか立てる。というのも結局、いくつか解決しなければならない問題があるんだ。

 

 まず1つ目は衣類だ。僕は今180近い男が着る服しかもっていない。唯一似合いそうなのはB3ジャケットだけれど、あれは汎用性がない。それはおいておいて、購入する方法としてはインターネットが一番安心だけど、サイズのはかり方とかが一切わからないので、結局は女の子専門店にいってそろえてもらうしかない。

 ただ、一つ懸念があるとすれば『女の子の服を着ているときに男に戻る』という現象が起きないかということだ。元の体に戻れるのであればうれしいけれど、女の子の服装でそれは勘弁してもらいたい。

 

 2つ目は収入源。今の貯蓄を切り詰めれば半年ぐらいは持つけれど、それが切れた後の家賃と水道料金、あと食糧を支えるぐらいの稼ぎは得ないといけない。僕は仕事もあるし身内もいるのだけれど、この体での知り合いなんて誰もいない。今までの職場で働くなんてことは絶対に無理だ。友人や身内を頼るわけにもいかない。

 普通に考えると貴方の友達が、同僚が、息子が、兄弟が、孫が『女の子になっちゃいました!』といって誰が信じるだろうか?少なくとも僕は信じない。

 ということで、身寄りも何もない、というか名前もない女の子ができることは何かと考えると、アルバイトくらいだろう。たしか履歴書だけあればいいはずだから、手あたり次第応募して採用してくれた場所に行って身銭を稼ぐしかない。

 

 3つ目は美容。男だった僕でさえ最低限の身だしなみは行っていた。女の子のこの体であればより一層そういう面に気を付けなければいけないはずだ。ただ、もし響、つまり艦娘であった場合はそれが必要なのかという話も出てくる。

 

 あとはこの体の寿命や、この体の食糧が何になるのかというのが気になるところだけれど、今のところ今まで食べていたもので調子が良いので現状維持だ。

 

 

 両手いっぱいの服を抱えて僕は街を歩いている。どうしてこうなったのだろう。僕は服を買いに女性向けのショップに行っただけのはずなのだけど、気づけば店員さんの着せ替え人形になっていたような気がする。

 

「あぁあかわいい!あ、こっちのシャツワンピも合いますね!レギンスと合わせちゃったり…」

「いえ、そんなにお金ありませんし…」

「何を言っているんですか!お客様はかわいいので何でも合うんですから、いろいろお試しにならないと!そんなフリースではもったいないですから!」

 

 などと付き合っていたら、丸々一日使い切ってしまった。そして結局は店員に勧められるがまま、ほぼすべてをお買い上げしてしまった。まぁ、今後この服を普段着として着ていくのだから仕方ない出費ということで納得しよう。

 

 なお、今はスカジャンに黒のスカート、それに黒の厚手のタイツに白と青の迷彩キャップと茶色のハイカットブーツという恰好だ。まぁ、我ながら多少は見れたものだと思う。

 

 なお、美容に関しても少々アドバイスをいただいた。そういうことに慣れていないのであれば、洗顔料、化粧水、保湿液をそろえて、しっかり洗顔をして化粧水で潤いを与えた後に保湿液で保湿をしてやればいいらしい。なお、化粧は無理にしなくてもいいということだ。

 他にも髪の毛はしっかりとトリートメントをするといいとのこと。うーん、女の子というのはめんどくさい。

 

 そして、銀髪青眼の僕が物珍しいのか、道行く人々がちらちらとこちらを見てくる。多分僕も街中で銀髪青眼の子が歩いていたらちらちらと視線を送る。なるほど、注目される人というのはこういう視線を受けているのか。今度からは物珍しい人がいても視線を送らないようにしようと思う。

 

 

 家に戻り、服をある程度片づけた僕はバイト雑誌で情報集めていた。今までの職場である土方はだめだ、女性を採用する場所がまず少ない。

 

 見た目が中学生、よくて高校生の女の子の資金源として、妥当なものと考えると、やっぱり接客業かなと思う。見た目は美少女であるし、社会人経験のある僕が中身であるから最低限の礼儀はある。だけど、どうしても時給が安めで、現在であれば半年持つ貯金を1年持つぐらいにしか引き延ばせない。いや、それだけあれば十分かな?

 

 それはそれとしておいて、他はとみていくとやはり短時間高額なのは…夜のお店。だけど見た目的に中高校生だし、なによりもそこまでしてお金を稼ぐほど切迫してはいない。あとは引っ越し業者などの力仕事のバイトがあるけれど、おそらく見た目で敬遠されそうだ。

 

 となるとやはり最初に見ていた接客業に手あたり次第応募するしかないと思う。

 

 その接客業の中でいくつか候補を立ててみるとする。まずはファミレス。制服もあるし賄いも出るから条件は良い。次が個人営業の喫茶店。こちらも制服もあるし賄いがある。ただファミレスに比べると時給が安い。だけど、一般的に見て個人営業店のほうが採用はされやすいはず、ということで第一目標緒は個人営業の喫茶店、次点にファミレスとしよう。

 あとめんどくさいのは、条例だ。僕の住んでいる町では未成年は10時以降の外出は禁止となっている。見つかったら補導の対象だから今は絶対に避けたい。補導されても身分がないから詰みだ。

 

 そうなると昼間、開店から8時間働いたとしてファミレスは時給が900円で一日7200円、個人営業は850円で一日6800円稼げる計算だ。そうなると月に20日働くとすればファミレスで14万と4千円、個人営業で13万と6千円。計算してみると、意外と一日8時間で月20日働けば生活は出来そうだ。ただ、今までの土方が日当2万と3千円だったことに比べるとかなり少ない。生活の仕方を見直さないとお金なんてすぐになくなってしまう。

 

 何はともあれ履歴書だ。…名前はどうしようか。今までの名前は絶対に使えない。バリバリ男の名前であるから違和感がすごい。となると偽名を使うということになるわけだが、これが難しい。

 何せ見た目は銀髪青眼の美少女だ。日本人ではない。だから漢字の名なんて使ってしまっては違和感が半端ない。となると外国の名前を使いたいわけだけど、土方の僕にそんなおしゃれな知識はない。そうなるとこの体の見た目から名前を考えるしかないけれど、やはり昨日の響の印象が強くて「デカブリスト」「ヴェールヌイ」としか浮かばない。もし相手が艦これを知っていたら駄目な名前だ。

 

 うん、考えても仕方ない。ここはストレートに響としよう。苗字は…そうだな、響の歴代艦長の中から拝借するとしよう。ええと、確か僕が好きだった艦長がいたはずだ。雷の艦長も務めた…そう、工藤俊作。ということで履歴書には「工藤 響」と名前を書くことにしよう。

 年齢については、18歳未満だと年齢を確認できる書類を役所に取りにいかなければならないため、満18歳としておく。面接に通らなかったらそのバイト先はあきらめるしかない。

 履歴は僕の高校までの履歴をそのまま書き写すことにする。幸いにして共学であるし、もし学校の話を振られてもすぐに対応できるからだ。

 あとは生年月日だけど、18歳ということで年は逆算で記入する。月日は響の進水日から頂いて6月16日としておいた。

 

 ということで、ここに「工藤 響、満18歳、xx年6月16日生まれ」の女の子が爆誕したわけだ。これからしばらくはこの設定でこの社会で生きていかなければならいので、よく暗記をしておくこととする。

 

 

 水の上に立てるこの体なのだけれど、どうやらお風呂には浸かれるらしい。

 

 履歴書を書いた後にとりあえず今日の汚れを落とそうとお風呂のお湯を張ったところで『あれ、この体お風呂入れなくないか?』と思ったのは杞憂に終わった。どうやらこの体は『水に立つ』と思ってなければ水に沈むようだ。おかげさまで暖かいお風呂に浸かってゆっくりと疲れを抜くことが出来ている。

 ただ長い髪がうっとうしい。水を含んで肌に張り付くし、シャンプーも大量に使う。そしてトリートメントをしなければぼっさぼさになるという話なので、しっかりとトリートメントをつけておいた。

 なるほど、長い髪の女性が洗髪後に頭をタオルで覆っていた理由がわかる。長い髪の毛は邪魔だ。明日までに長いタオルを購入しておこうと思う。

 

 体に関してだが、まぁ、慎ましい。不思議と自分の体で興奮ということはできないもので、淡々と体を洗う。そこで気づいたのは年齢的な所なのか、艦娘的な所なのかはわからないけれどこの体はすごい水はじきが良い。泡を流せば水滴がすべて滑り落ちていく。ちょっと前までの男の体ではなかった事だ。

 

 と、まぁ、この短い間にいろいろ問題や発見があったけれど、湯船に浸かっていると少し落ち着ける。とりあえず履歴書も書いたし、今日は寝るとしよう。明日になったら元の体に戻っているかもしれないし。戻っていなかったら履歴書を片手に面接に行ってみよう。



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halo work(2)

 朝目覚めて思ったことは、僕はやっぱり銀髪青目の美少女であるし、かといってここは僕の部屋である。つまり『やはり僕は美少女である』という事は覆らないという事実だった。

 

 流石に3日変化がないということは僕はもうこのまま女の子の体なのだろう。

 

 若干ショックではあるが、仕方ない。昨日決めたように今日はアルバイトの面接に応募しようと思う。既にアタリは付けていて、面接と採用決定は即日と書いてある個人営業の喫茶店を2~3ピックアップ済みだ。今は朝の6時。お店の営業時間が10時ごろスタートということなので、そのぐらいに電話をしてみようと思う。

 

 とりあえずは昨日買った服の中から、そこそこカジュアルでそこそこ清潔感のあるものを選ぶ。上はベージュのフリル入りのシャツに黒のカーディガン、下はカーキのフレアスカートとニーソックスという服を選ぶ。…まぁ、正直僕の好みというだけだ。美少女が自分の好みの服装をするというのは少し楽しい。

 

 髪型については、僕は女性の髪形の知識などないし、長いままでは邪魔という観点からポニーテールにしてある。うん、我ながら似合っていると思う。

 

 あとは化粧はしないけれど、男ほどではないがうっすらと産毛が顔に生えているので軽く剃刀を当てておく。そして洗顔と保湿を行い、それなりの身だしなみを整える。

 

 これらを決めるだけで2時間ほど時間がかかってしまった。なるほど、女性というのは時間がかかる生き物だ。

 

 あとは忘れずに男の体の時の仕事であった土方仲間に、もし男の体に戻れた時の保険という意味もかねて『医者いったら入院って言われた。しばらくは無理だわ。声だせないからラインで申し訳ない』とラインを送っておく。

 実際問題、土方なんてのは日雇いの仕事なので一人ぐらい消えたって実は現場は進む。『わかった。元請けにも伝えておく。復帰するときまた連絡くれー!お大事にな!』とラインの返信も来た。

 

 これでしばらくは安泰だ。

 

 ある程度の身だしなみが出来たところで、朝食の準備をする。幸いにして味覚の変化は特に無かったから、冷蔵庫の物をそのまま調理して食べている。

 

 今日の朝食は白米、みそ汁、めかぶ、納豆といった具合だ。ほっかほかのごはんは凄く美味しい。ただ、この体になってから食べる量が明らかに増えているのが気になる点だ。水の上に立てるという時点で色々勝手が違う体なのだろうか。もしかすると燃料である重油が必要なのだろうか。と色々気になるところはあるものの、どれをとっても不明で解決策が特に無いので、調子が悪くなったり、問題があるまでは放置しようと思う。

 

 うん、ほら、今日もごはん2合をペロリだ。今までの男の体でも朝は1合食えれば御の字だったのに、この変化はなかなかの物だと思う。そういえば艦隊これくしょんのアニメとかでは結構皆食事をたらふく食べていたので、艦娘という存在は食料を大量に必要とするのかもしれない。

 

 

 9時30分になったので一度喫茶店に連絡を入れてみたところ、朝のうちはまだ暇だということで、10時すぎから快く面接を行ってくれる運びになった。電話口でのマスターは少し初老の男性というイメージだったが、実際に店舗に足を運んでみるとイメージ通りの老紳士がカウンターに立っていた。

 

「初めまして、先ほど連絡を入れました工藤響と申します」

「これはこれは、可愛らしい。とりあえずコーヒーをどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 喫茶店のマスターは私をカウンターに座らせると、コーヒーを淹れてくれた。うん、苦みというより深みと香りが立っているコーヒーだ。値段を見ると一杯500円とあるが、これなら十分安いと思う。

 

「コーヒーはいかがでしたか?」

「すごく美味しかったです」

「それは良かった。もう一杯如何ですか?」

「…頂けるなら」

「ええ、喜んで」

 

 しばらくコーヒーを楽しむ。その際にぽつぽつと世間話をされていた。

 

「工藤さんは見たところ外国人のようですが」

「よく言われます。ですけど名前の通り日本で生まれて日本育ちです」

「なるほど、それで日本語がお上手なわけですね」

 

 今の世の中、こういう人も珍しくないというカバーストーリーだ。

 

「それにしてもなぜうちの喫茶店を仕事先として選んだんでしょうか?」

「制服ありというところと賄いありというところに惹かれました」

「はは、正直ですね。アルバイトのご経験は?」

「少しだけ。力仕事と接客業を経験したことがあります」

「接客業はともかく、力仕事ですか」

「驚かれました?」

「少しばかり。見た目からは想像もつきません。あとここで仕事はホールと洗い物となりますが、問題ありませんか?」

「大丈夫です」

「頼もしいですね」

 

 マスターは終始にこやかだ。僕もつられて笑みを浮かべてしまう。そして更に世間話を続けながら3杯目のコーヒーを頂いた時だ。

 

「それでは工藤さん、履歴書を見せていただけますか?」

「はい。どうぞ」

 

 ついに本格的な面接が始まる。そう身構えた。マスターは少し目を細めて履歴書を見ていたが、束の間、ふっと笑みを浮かべていた。

 

「何も問題なさそうですね。良いです。工藤さん、採用いたしましょう」

「…良いのですか?まともに面接もされていないと思うのですが」

「こちらも人手不足ですし、なによりコーヒーを美味しそうに飲んで頂きましたからね。それと、工藤さんの希望のシフトなどはありますか?」

「出来れば開店の10時から閉店の6時までで、平日をと思っていたのですが…」

「それで構いません。土地柄平日の昼食時から夕方5時頃までが混雑しますので、その時間にいていただくとこちらも非常に助かります」

 

 これはなかなかトントン拍子に話が進む。ほぼ僕の理想通りだ。平日限定の8時間労働。これさえ確保できれば最低限の生活費は確保できる。

 

「では工藤さん。後日、制服の採寸をしますので追って連絡します。制服が出来次第仕事に入ってもらうことになりますので、これからよろしくお願いします」

「判りました。こちらこそよろしくお願い致します」

 

 僕はそう言うと席を立ち、お辞儀を行う。そしてコーヒーの代金を払おうと思ったところ代金を拒否されてしまった。『今回は私のおごりです。これからよろしく頼みます』とのことで、有難い限りだ。

 

 

 仕事が決まったということは非常に喜ばしい事だと思う。これでしばらくは生活の心配はしなくていいということだ。

 

 ただ、今現在、ハンバーガーショップで一息をついているけれど、これは失敗だったかもしれない。微妙に注目されている。遠くの席では『モデルさんかなぁ』などと呟いている声が聞こえるし、男子学生のグループの席では『声かけてみろよ!』などの会話が聞こえる。確かに僕も銀髪青眼の美少女がいたらそういう会話をすると思う。

 

 そして、そういう人がいたらこういう風に声を掛ける場合もある。

 

「あの、すいません。どこかでモデルとかやってる人ですか?」

 

 年齢にして20代前半であろう女性が私に声をかけてきたのだ。

 

「…私ですか?」

「はい!」

「いえ、特には」

「ええっ!?そんなに可愛いのに!あの、ご迷惑じゃなければ一緒に写真、よろしいですか?」

「え、ええ」

 

 ぐいぐい来る。信じられないほどぐいぐい来る。私もそこまできっぱり断れる性格ではないので、ついつい応じてしまっていた。

 

「ありがとう!」

 

 ご満悦!といった顔で女性は私の席から離れていった。…こういう風景を確かに僕も見たことはある。ただ、当事者となってしまうと話は別で、どうしても慣れないし少し不快だ。女性が立ち去った後に思わず眉間に皴がよってしまうも、とりあえずハンバーガーをほおばって気を紛らわすとする。

 

 うん、美味しい。

 

 

 今日は一日非常に疲れたと言わざるをえない。面接は成功したものの、そのあとがきつかった。他人の僕への視線がものすごいことになっている。原因は十中八九この体であることは間違いない。特に銀髪青眼という点が目立つ要因だと思う。

 染めるかな?とも考えたけれど、大変そうなので却下。なによりこういうものは慣れればなんとかなると思うので、今のままでいこうと思う。

 

 それにしてもやっぱり風呂は最高だ。熱めのお湯につかれば一日の疲れが流れ出る。ただ、本来の僕はぬるめのお湯が好みだったのだけれど、この体になって熱めのお湯が好みになっている。少しずつ前の体との相違点が判ってきているのだけど、だからといってとれる対策はないわけで、お風呂から出たら大人しく寝ようと思う。

 

 明日は特に何も予定がないので、視線になれるためにも街中をプラプラと散策しようと思う。

 

 

 

 本日、面接を受けに来た女性は美少女と言って過言ではなかった。外国人のような銀髪青眼、よくとおる声に、凛とした佇まい。年老いた私でも魅力的に感じる女性だ。

 履歴を見るに何も問題はないし、会話した感じでも全く仕事に差し支えはないであろうことが想像できる。

 

「制服ありというところと賄いありというところに惹かれました」

 

 という正直なところもまた飾らずに良い性格だと私は思う。彼女と仕事を行うのが、年甲斐もなく楽しみだ。



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Talk a walk(1)

 着飾っていざ外出となったときにはかなりの決心が必要だと思う。着飾るといってもきれいになるとかいうわけではなくて、初めてのファッションジャンルに手を出した後とか、ロードバイクのサイクルジャージを初めて着た時とか、外出するのに『似合ってるのかなー、恥ずかしくないかなー』と考えてしまう。

 

 僕が今まさにその葛藤の最中で、なんというか、響(仮称)かわいいやったーという状態だ。

 

 この体になってから4日目となると、落ち着きと余裕が少し出てくる。そうなると改めてこの体の可愛さに気づくこととなった。

 そして偽名ではあるけれど、既に工藤響とこの体を名付けたわけであって、僕の中では艦隊これくしょんの響になった、つまり僕が響だ、というわけのわからない状態になっている。そんな僕が先日購入した服を、僕の好みで、自分の体である響に着させているわけで、それがもうドストレートに好みの服装が出来るわけだ。

 ただ、銀髪青眼の美少女であったことなどないので、この格好で外に出て散歩などして変に注目されないか、と外出に二の足を踏んでいる。

 

 恰好としては黒インナーに水色を基調としたスカジャンにキャップ、それに赤っぽいフレアスカートと黒タイツに茶色の編み上げブーツといった服装だ。様々な意見があると思うけれど、鏡の前でコーディネートした結果今日の僕にはこの格好が一番似合うと踏んだ。

 髪型はポニーテールではなく、そのままのストレートで決めている。うん、響かわいいやったー!だ。

 

 さて、まぁ、いろいろ考えてはいるけれど、そろそろ散歩に出発しないと時間がもったいない。幸いにしてアルバイトの件は2~3日連絡は来ないとのことだし、今のうちに他人の視線や、会話といった日常生活に慣れておこうと思う。

 

 

 クレープを頬張りながら、目的地が特に決まっていない散歩とはなかなかに大変だなと実感していた。思い付きでふらふらとしているけれど、その都度その都度昨日のハンバーガーショップのように声を掛けられるし、中にはスカウトの話も数件あったりもした。モデルになりませんか?という奴だ。もちろん、身分も何も無いのでもれなくお断り。

 

 そんな感じで既に散歩開始から2時間。流石に小腹がすいてクレープを頬張っている次第だ。

 

「外国の方ですか?」

「いえ、よく間違われますが日本人ですよ。ええと、バナナクレープを一つお願いします」

「かしこまりました。失礼しました、銀髪だったもので、つい」

「大丈夫です。私自身も外国人っぽいなーって思ってますから」

「あはは。そういえばどこかでモデルさんでもされています?」

「いえ、特にはしてません。…歩いてると結構声かけられるんですが、恰好とか妙ですかね?」

「あ、いえいえ。はー、モデルさんではないんですねー。お客さん、すごく可愛いので、街中で見かけたらどこかのモデルさんかなーと思っちゃいますよ」

「あはは、ありがとうございます。お世辞でもうれしいです」

 

 などと、軽くクレープショップの店員さんと違和感なく話せたりしているので、好奇の視線などには慣れてきているのかなと思う。それはともかくとしてクレープがものすごく美味しい。勝手に笑みが出るぐらい美味しい。うん、ここのクレープ屋さんは今後贔屓にするとしよう。

 

 

 クレ―プを食べた後、気持ちに余裕が出てきたので、ちょっと自分に合うフレームサイズを探そうと、ロードバイクを見るためにスポーツバイク専門の個人店へと足を運んでいた。というのも、女性になって更に背が縮んだから今までのフレームが全く使い物にならないからだ。なお、ここは前から趣味であったロードバイクでよくお世話になっていたお店で、店員の質も、品物の質もかなり良い。

 

「ロードバイクの経験はあるんですか?」

「はい。ロングライドとかは昔から。クリテリウムとヒルクライムレースも数回参加しています」

「なるほど。材質とかコンポの拘りってあります?」

「固いカーボンが良いです。コンポはシマノの105でホイールはフルクラムあたりが好みです」

「固いカーボンですか。となるとー、お値段抑え目だとGustoかスペシャライズドがおすすめですね例えば…」

 

 僕が男の時に乗っていたのはスペシャライズドだ。黄色のターマックの54。それと同じようなものがあるだろうか。

 

「GUSTO RCR TE EliteのSサイズにして、ステムとコラムを調整して合わせるか、あとはスペシャライズドのAmira sportsの44ですかね。今お使いの自転車はどこのメーカーのを?」

「今はスペシャのターマックを使ってます」

「あー、それでしたらAmiraがいいですよ。女性用のターマックと言われてますから」

「なるほど。ええと、お値段はどのぐらいなんですか?」

「105で税込みで定価22万ほどですね。ただ会員になっていただくと7%、現金一括の購入で更に5%割引をさせていただきますので、税込みで19万ほどです」

 

 19万。以前の僕であれば即決だった金額だ。だけど、今は前と違い安定した職がないのでポンとは払えない。もし使ってしまった場合は、貯蓄を切り詰めて4か月ぐらいしか持たなくなる。

 

「19万ですかー」

「ええ、更にフルクラムのレーゼロを入れようと思うと+10万ほどですね」

 

 これは無理だ。うん、お断りするとしよう。

 

「そうですかー。うーん、考えさせてください」

「ええ、構いませんよ。高い買い物ですから十分に考えてから購入なさってください」

「はい。お時間とらせてしまって申し訳ありません」

「大丈夫ですよ」

 

 ロードバイクの夢が破れた。実際はこれにウェアなども新丁しないといけないので、実際は40万近い出費になってしまうだろう。そうすると生活が成り立たない。仕方ないので一礼をしてショップを後にした。

 

 ただ、アルバイトが始まってお金が貯まったら買うとしよう。ロードバイクはやっぱり捨てがたい趣味だ。

 

 

 気づいたら子供たちのちょっとしたヒーローになっていた。

 

 スポーツバイクショップから出て暫く歩いた時、子供たちが橋の上から川の中の何かをずーっと見ていた。何だろうかと近寄ったところ、川、といっても用水路の中に猫が取り残されていた。擁壁の凸凹になんとか体をひっかけている状態で、あと少しで水流に流されそうな有様だ。

 

 話を聞くと、大人を呼びには行ったらしい。だけど、もう30分ぐらいは誰も来ていないとのこと。まぁ確かに、猫ぐらいじゃあ動く大人は少ないだろう。うーん、何とか助けてあげたいけれど、僕じゃ何もできない。何より用水路の流れが速い。これではレスキューや警察をいれるしかないだろう。

 

「お姉ちゃんなんとかできないの!?」

 

 そういわれても。水の上に立てるわけじゃないし…と、僕はふと思い出した。この体、響(仮称)は水の上に立てるじゃないか。

 

「あぁあ!流されちゃう!」

 

 そして猫は今にも流されそう。ちらりと周囲を見渡すと、大人はいない。子供たちだけだ。それなら…ちょっとだけ目立つことをしようと思う。

 

「お姉ちゃん…?」

 

 不思議そうな子供を尻目に、私は欄干の上へと登る。

 

「今から猫を助けるよ。でも、ここで見たことは内緒だよ」

 

 僕はそういうと、欄干の上から用水路の水面へと跳んだ。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 子供たちの悲鳴が聞こえるけれど、関係ない。だって、この体は水の上に立てるのだから。

 

「水に浮いてる…!?」

「すげぇ…!」

 

 橋の上から驚きの声が聞こえるけれど、無視して猫のもとへと向かう。ちょっと不安だったけれど、水の上の移動もお手の物だ。まるでスケートをしているように、足がスムーズに進む。あっという間に猫のもとにたどり着き、両手で猫をつかみ上げると、一番近い梯子へと移動して、何事もなかったように子供たちの元へと戻る。

 

「はい。猫だよ」

 

 子供たちは呆気に取られていた。まぁ、僕も同じことをされたら呆気にとられるだろう。

 

「…わぁあ!お姉ちゃんすごい!すごい!」

「何、今の何!どうやったの!」

「普通に水の上に立っただけだよ」

「わあ!やり方教えて!」

「秘密。それと、今見たことは内緒だよ」

 

 私は猫を子供たちに渡しながら笑顔を作る。

 

「うん!内緒にする!」

「いい子だ。じゃあ、私は行くよ。またね」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「お姉ちゃんありがとう!ヒーローみたい!」

 

 私は右手を上げると子供たちに背を向けて歩き出していた。うん、子供たちのヒーローというのも悪くないね。

 

 

「お母さんお母さん!今日すごいひとがいたよ!水の上をすいーって、すいーって!猫を助けてくれたの!」

「へぇー。すごい人がいるのね。どんな人だったの?」

「うん!銀色の髪の毛の綺麗な女の人だった!」




情報開示①
響(ベールヌイ)ボディの能力
・水上歩行:艦娘の能力、水の上を好きに進める
・怪力:艦娘の能力、響ボディに1tは軽い方
・幸運:他人より良い方向に話が進む
・容姿端麗:戦闘艦の機能美がそのまま反映されている


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Talk a walk(2)

 響(仮称)の体は便利だ。水上移動が出来るし、何より綺麗なのでみんなからの印象が良い。

 

 子供たちのちょっとしたヒーローになった後、更に散策を続けていたら荷物を大量に持ったおばあちゃんがいた。腰なんかは90度に曲がっている。うん、これは手助けせねばと声を掛け、重そうな荷物を持った。その時に、おばあちゃんが手押し車で運んでいた荷物が片手で軽々と持てた事に驚いた。どうやらこの体は力も結構あるらしい。

 

 しばらく世間話をしながら荷物持ちをしていたけれど、どうやらおばあちゃんはお琴の先生らしい。この荷物は生徒さんの差し入れ用の飲み物と和菓子なのだとか。それは重い。

 

「生徒さんに運ぶのを少し手伝ってもらっては?」

「いーのいーの。私の趣味だから」

 

 とのことで、おばあちゃんは笑顔を浮かべていた。かっこいいおばあちゃんだ。そんなこんなでお琴の教室の前についた段階でおばあちゃんとは別れる。そのころには生徒さんもおばあちゃんを迎えに来ていて、荷物は生徒さんが持ってくれていた。

 

「ありがとうございます。師範にはいつも連絡を下さいと言っているのですが…」

「かっこいい先生だと思います」

「あはは…こちらからすると頑固なだけなんだけどね」

 

 と、苦笑を浮かべつつも尊敬のまなざしを向けていた生徒さんもちょっとかっこよかった。うん、こうやってちょっとづつ人助けをするのも楽しいね。

 

 何やら今週は神社の例大祭らしく、道沿いに屋台が出ていたので、せっかくだしとそのなかから型抜きを選んで行っていた。ここの型抜きは珍しく船なんてものがあったので、それに挑戦している。

 

「おお、上手いな!」

 

 的屋のお兄さんが覗き込んでくる。今のところ船の形の半分を削り取った所だ。

 

「細かい作業は得意なんです…」

「頑張ってね。出来上がったら2000円だからね」

 

 そう、そして船は2000円と高額だ。この2000円を元手にたこ焼きとお好み焼きを食べる算段だ。節約できるところでしなくちゃ。

 

 型抜きのコツは大胆に、かつ繊細に。大きく削れるところは楊枝を刺すように、細かいところは溝を楊枝でつけつつ削り取るように。かなり神経を使う作業だけれど、ゆっくり行えば問題ない。

 

 そして、パリッパリッと砕く音、シャリシャリと削る音をさせながら楊枝を操る事数分。手元には見事に船にくりぬかれた型抜きが鎮座していた。

 

「おお、お嬢ちゃん。すごいじゃないか。ほら、景品の2000円だ!」

「ありがとう」

「お嬢ちゃん、可愛いなぁ!お嬢ちゃんだったらもっとあげたいくらいだ!」

「ふふ。じゃあまた来るよ。またね」

「あいよ!毎度!」

 

 僕はどや顔で景品を受け取る。ふふ。これでたこ焼きとお好み焼きを頂ける。ということでその足で2軒隣のたこ焼き屋と、更に1軒となりのお好み焼きを頂く。たこ焼きが8個入り600円、お好み焼きが500円。型抜きが400円だったので元手プラス500円の計算だ。ということで飲み物も追加で200円のラムネを買う。

 

 そして屋台の少し外れにイートインのコーナーがあったので戦利品を広げ、味わう。

 

 たこ焼きは大きめで、そして中の蛸も非常に大きい。さらに言えば外カリカリ中とろとろの熱々だ。はふはふと口に含めばちょっと辛めのソースと桜エビ、紅ショウガと粉海苔がマッチしてもう一個、もう一個と楊枝が進む。

 お好み焼きはキャベツに豚肉、そして焼きそばが入って上に卵が乗っているものだ。それにこれでもかとソースとマヨネーズが塗られている。一口口に含めばほっくほく。ほっくほくだ。このような屋台のお好み焼きは味が薄いが、このお好み焼きは味が濃く飽きない。それが500円で食べれるなんてすばらしい。

 それらに合わせて買ったラムネもまた美味しい。濃いソースできつくなった味覚に、ラムネがやさしく爽やかな味をもたらしてくれる。

 

 うん、おなかも膨れたし、ちょっとお小遣いも稼げたし。屋台に寄って正解だ。

 

 

「そうそう!笑顔笑顔!いいね、はい!」

「こ、こうかな?」

「そうそう!いいよいいよ、いやぁ、君みたいな女の子を撮れるなんて幸運だよ!」

 

 僕は今、街中のファッションスナップという奴をやっている。声を掛けられた時はスカウトか何かと思ったけれど、雑誌の取材で一枚掲載する写真が欲しいとのことだった。僕としては別に構わないし、かわいいこの体になったのだから、そして、こういうものはめったに体験できるものでもないから、良いですよと返答したんだ。

 

「…うん!よし、ええと、ちょっとまってね」

 

 そういうとカメラマンはタブレットを取り出して写真を一枚見せてきた。

 

「良い感じにとれたから、これを掲載したいんだけどいいかな?」

 

 帽子を押さえてちょっと斜に構えた私服の響、といった感じの写真だ。笑顔が我ながら素敵だ。

 

「ええ、かまいませんよ」

「ありがとう!ええと、お名前と年齢をもう一度聞いていいかな?」

「工藤響。18歳です」

「うん、ありがとう!ええと、写真は〇〇の〇月号に乗る予定だから楽しみにしてね!じゃ、また!」

「こちらこそありがとうございました」

 

 カメラマンはそういうと足早に次のターゲットを探しに行ってしまった。いや、なんか撮られるというのは気分が悪くない。というか響(仮称)かわいいやったー感がすごい。うん、モデルか、モデルかぁ。

 

 

 ファッションスナップの後、すこし鼻高々に街中を歩いていた。ああいうプロのお眼鏡にかかるというのは、個人的に少しうれしい。何より僕の理想の姿がほかの人にも評価されるのは嬉しい。

 

 といったところで、ほっつき歩いていたらここらへんで一番大きいゲームセンターの前へと出ていた。昔からここでクレーンゲームをやったりしている。ちょっとお小遣いも出来たし、時間つぶしにちょうど良いので、軽く肩慣らしをしてみようと思う。

 

 ゲーセンの中へ入ると、いのいちばんに見えたのが大きなポテチのクレーンゲームだ。500グラム越えだ。よしじゃあやろう。この手の大きな景品は素直に真ん中をつかんでも取ることはできない。じゃあどうするのかというと、端っこをひっかけるように持ち上げて、場所を少しづつずらすのだ。うまくいけば100円で落とすことが出来る。…一回目は少し場所がずれただけだ。だけど、多分、もう一回やれば…ほら、落ちた。

 

 うん、200円でこの大きさのポテチが取れたのならいいだろう。次だ。

 

 次は小さなマスコットのキーホルダー。これはストラップの部分をうまくつかむか、アームのばねの強さによっては直でつかんだほうが取れる。ということで試しに一回直でつかんでみる。と、すぐに落ちる。うん、アームが弱く設定されている。であれば…ストラップの部分にアームをつっこますようにすれば…取れた。上々、上々だ。

 

 そしていくつかクレーンゲームを回っていた時に、ふと目の端にプリクラの機械が目に入った。そういえば最近のプリクラは凄いと聞く。せっかく女の子になったことだし、一度撮影をしてみようと思う。

 

 プリクラのコーナーに入ってみると、これはまた何種類も機械があった。メイクを自動で合成するもの、肌がきれいにうつるもの、カメラの角度を変えられるもの。様々だ。正直どれを使えばいいかわからない。

 

「何してるのー?」

 

 立往生していた時に、おそらく中学生であろうか、女の子の集団に声をかけられた。僕がプリクラが初めてでよくわからないんだと言うと、女の子たちは目をキラキラと光らせて僕の腕を引っ張った。

 

「じゃあ教えてあげる!ええっと、これが一番人気の奴だよ!一緒に撮ろう!」

「う、うん。どうすればいいのかな?」

「えーっと、ここにお金を入れて、好きな背景を選んでカメラを見れば大丈夫。そのあとに落書きとかメイクアップが出来るよ!」

「わ、わかった」

 

 戸惑いながらもお金を入れて、背景を選ぶ。普通の背景からフレームのようなものもある。お勧めはフレームタイプらしい。フレームからちょこっと飛び出るのがポイントらしい。じゃあ、ということで選ぶ。そして写真撮影に進んだとき、女の子たちからアドバイスが飛ぶ。

 

「かわいいんだからそんな顔じゃなくて、こう!」

「ちょっと唇を出してみて!そうそう、ちょっと目線を上に、そう!で、指をほっぺに…そう!」

「恥ずかしいな…」

 

 そこでフラッシュがたかれて写真撮影が終わる。そして落書きタイムと相成ったのだけど、もうここからは女の子たちの独壇場だ。気づけばプリクラのシールを分け合って女の子たちと別れていた。なんというか、彼女たちは嵐だった。若さには勝てないな。

 

 手元を見てみれば、キラキラとした可愛い響があざとい表情を作ったプリクラが一枚。自分がこの表情をしたのかと思うと、思わず耳が熱くなる。まぁ、でも、悪くないかな。

 

 

「さっきの子すごく可愛かったねー!」

「うん、見てみて!プリクラもすっごくかわいいよ!」

「だよね!明日みんなに自慢しよう!」



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Talk a walk(3)

おばちゃんの手伝いをしたり、プリクラを撮ったりしていたら日が傾いていた。真っ赤な良い夕日だ。これならば明日も晴れだろう。公園の椅子に座りながら、夕日をぼけっと見ていたら猫が頭に乗ってきた。にゃーとか鳴いているけれどいきなりはびっくりする。

 

 猫を両手でつかんで目の前に持ってくると一つ気づく。この猫は今日助けた猫じゃないか。

 

 膝の上に猫を乗せて頭をなでると、頭を手に押し付けてきた。うん、人懐っこいね。ものすごくかわいい。だけど持っては帰れないし、今のうちによく撫でて楽しんでおこうと思う。

 

「ふふふ」

 

 川に流されそうになっていた割には元気だし、非常に触り心地が良い。ふかふかだ。思わず笑みが出てしまう。

 

「可愛い猫ですねー。貴女の飼い猫?」

 

 などと油断していたら、OLっぽい女の人から声を掛けられていた。猫を撫でていた手を止めて女の人へと顔を向ける。

 

「あ、いえ。野良なんですけれど、なつかれてしまって」

「そうなんですねー。少し撫でても構いません?」

「いいですよ」

 

 僕はそういって女の人へ猫を差し出す。猫は暴れもせずに、女の人の手の中に収まっていた。

 

「大人しいですね。あ、ふっかふかだ」

「うん。すごくふっかふかなんです」

 

 女の人の手の中で気持ちよく撫でられている猫。うん、猫と女の人は絵になるね。

 

「あ、すいません、私はそろそろ家に帰りますので」

「あ、はいー!猫ちゃんはどうします?」

「お姉さんの好きになさってください」

「あは。判りました。それじゃあ!」

「はい。それじゃあ、またどこかで」

 

 さて、じゃあ、補導とか職質とかされちゃたまらないし、日が暮れる前に我が家に帰るとしようか。

 

 

 スーパーで食材を買って帰宅した僕は、邪魔な髪の毛を後ろ手に纏めて夕飯を作りながら、今日一日の出来事を振りかえっていた。クレープ屋から始まり子供たちのちょっとした人気者になり、なぜかカメラに写り、プリクラを撮り、と結構充実していたのではないだろうか。

 

 うん、今日一日ほっつき歩いて、かなり人の目には慣れたと思う。バイト先からの連絡はまだであるし、明日もまたこの体に慣れるためにほっつき歩くとしよう。ただそうなると明日の服をどうしようかな。今日と同じような服装だとつまらないし、明日は少し雰囲気を変えてみようと思ったりもする。

 

 まぁ、それはそうとして何はともあれ夕飯だ。とはいっても普段はコンビニ弁当で済ましていた僕が作れるものは少ない。ということで今日のメニューはソーセージと大葉を使った和風パスタだ。味付けは僕の好みにしてあるので当然美味しい。ただ、我ながら食べる量が半端ない。昨日よりも多いんじゃないだろうか?

 

 うーん、昨日と変わった行動をした覚えは無いんだけどな。やっぱり歩いた分おなかが減るのだろう、ということで納得しておく。

 

 そしてご飯が終わればお風呂の時間だ。今日は帰り際に長いタオルを購入してきたので、髪の毛を洗い、トリートメントを行った後に髪の毛をアップにしておく。そうすると湯船に浸かっても髪の毛は水に浸からないという寸法だ。体に関しては泡の出る網で作ったふわふわの泡で撫でるように洗う。ちょっと調べたらこするのは女の子の肌にとっては悪いらしい。

 それらが終わったら肩までお湯につかってリラックス。うん、やっぱり慣れてきたとはいっても他人の視線やいままでなかった会話などで疲れているらしい。体が温まってくるとどんどん眠気が増してくる。

 

「ふぁー」

 

 思わず、可愛いあくびが出る。うん、一人になるとこの体の可愛さが目立つ。声も可愛いし見た目も可愛い。聞いてよし見ても良しとはこのことだ。体臭に関しては自分ではわからないけれど、いい香りがしていると信じたいところだ。

 

 風呂から出た後は水気をぽんぽんとタオルを押し当てるようにふき取り、髪の毛を入念に乾かしてからフリースを着ようと思ったけれど、裸のままで鏡の前に立つ。

 

 うん、改めてみても銀髪青眼の美少女だ。スタイルも…豊満ではないけれど整っている。うん。何度見ても可愛い。興が乗ったので、明日の服合わせもしてみよう。ええと、とりあえず下着から見てみよう。とりあえずはパンツとブラジャーをつける。そして、今日はニーソだったので黒のストッキングを装着。…一部のフェチに人気そうな格好になってしまった。

 まぁ、それはいいとしてここからだ。まずは上のシャツを何にするか。うーん…そうだな、ベージュのフリルシャツにワークキャップを合わせて、下は…ミニの黒のフリルスカートでどうだろう。あ、まずいわこれ。僕が持たない。ミニスカートのこの姿で人の眼前に向かうのはすごく、恥ずかしい。ただ、すごく僕の好みだ。うん。僕の語学力が無いのが口惜しい。うーん、でもせっかくの女の子であるわけだし、こういう恰好もありだから、いずれ慣れておかなくちゃならないはずだ。

 

 よし、ま、いい!この格好で明日は外出してみることにする。ということでフリースに着替えて布団に入る。色々問題は残っているけれど、ともかくとして今日はよく眠れそうだ。

 

 

「ほー、お前ずいぶんかわいい娘を撮ってきたな」

「ええ。これでモデルでもなんでもないっていうんですから驚きでしたよ」

「名前はなんていうんだ?」

「工藤響と言っていました。18歳だそうです」

「ほー。いいな。掲載決定だ。ページを丸々1枚使っていいぞ」

「おお!ありがとうございます。気合入れてページ作りますよ!」

 

 

「いやぁ、さっきの女の子かわいかったなー。しかしまったく、型抜きの最中に鼻の下伸ばしやがって」

「ははは、お宅こそ、たこ焼き渡すときに鼻の下がんがんに伸びてたじゃねぇか」

「そりゃ、なぁ。しかしえらい別嬪さんだったよなぁ」

「ええ、食べてる姿もかわいかったし、笑顔もかわいかった」

「「「「もう一回来ねぇかなぁ」」」」

 

 

「わー、やっぱり猫ちゃん可愛いわー。結局家に持って帰ってきちゃったけど…あの女の子の名前聞くのわすれちゃたなー」

「にゃー」

「ふふ、ま、どこかで会うでしょ。その時に名前を聞こう!それはそうとして、猫ちゃん、今日からよろしくね」

「にゃー」



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Talk a stroll(1)

 -本日の天気は晴れ、最高気温は…-

 

つけっぱなしのテレビをBGMにたっぷりの泡で顔を洗う。そして泡をぬるま湯できれいに洗い流し、保湿を行う。うん、朝からすごく心地が良い。

 

 さて、あとは今日の朝食だけれど、幸いそこまで空腹ではないからヨーグルトとサンドイッチという軽食を食べる。そして朝食が終わった後は、昨日のコーデであるミニのフリルスカートとフリルシャツ、それにワークキャップをかぶり、黒のタイツを合わせる。そして靴はパンプスという出で立ちで玄関の扉を開ける。

 

 扉を開けた瞬間、光の圧力すら感じる朝日が全身を覆う。

 

「よしっ!」

 

 僕は気合を入れると、足を一歩外へと踏み出す。女の子の体になってから初めて、戸惑いの一つもなく足を踏み出せた。

 

 

 昨日よりも少し早く出たからか、街に人が少ない。そしてお店もそんなにやっていないというありさまだ。だけど、空気が澄んでいて気持ちが良い。柄にもなくスキップをしてしまいそうだ。

 

「おはようございます」

 

 歩いていたら挨拶をされた。誰かと思ったら昨日のお琴の先生であるおばあちゃんだ。

 

「おはようございます」

 

 僕も挨拶を返していた。うん、自然に言葉が出るあたり、ほぼ僕の体に慣れているということだろう。しかし、まさか昨日知り合った人とまた会うとは思わなかった。僕は笑顔を作り、世間話をちょっとだけ行ってみる。

 

「お早いですね」

「えぇ、教室の準備がありますから。お嬢さんも早いですね」

「今日は早く起きれたものですから。せっかくの天気ですし、部屋にこもってるのも勿体ないなぁって思いまして」

「元気でよろしいですね。今日も一日、お気をつけて」

「はい!そちらも!」

 

 僕はそういうとおばあちゃんと別れる。うん、なんというか朝から幸先の良いことが起こった。ということで、今日も一日散策をして、人々と交流をしてみようと思う。

 

 

 さて、散策をするといっても特に目標がないので、あてもなくプラプラと街を歩く。ミニスカートについては、家を出て最初の30分ぐらいはどうもスースーして慣れなかったけれど、慣れると案外動きやすいものだった。それになにより、お店の窓ガラスに映る僕の姿がすごく良い。可愛い。響(仮称)かわいい。一回転してみたりしてるけどやっぱり可愛い。

 

 なるほど、可愛い女の子は何を着ても可愛いということが良く判った。…判ったからと言って特に何があるわけでもないけどね。

 

 などとやっていたらクスクスと笑い声が耳に入った。そっちに顔を向けてみると、僕の姿を見てなにやら苦笑い…というわけでもなく、微笑ましく笑っているようだった。…うん、傍から見ればガラスを前に一回転したりポーズをとったりしている女の子だ。何も知らなければ微笑ましいなーとか思って僕も笑ってしまうかもしれない。いや、これはちょっと恥ずかしい。ということで足早にお店のガラスの前から移動する。

 

 それにしてもちょっと時間が変わるだけで街中の雰囲気というのはこんなに変わるものだろうか。少ない人通りに澄んだ空気、行き交う人々の顔もまた昨日と違う。仕事へと向かう気の入った顔の人々、疲れた顔をしながら歩く人々は夜勤明けだろうか、笑顔の人々はこれから遊びに行くのだろうか。前の僕では気づかなかったちょっとしたことが、この体になってから新鮮に気づくことが出来ている。

 

 などと人間観察をつづけていたところ、鼻の奥をくすぐる良い香りが漂ってきていた。この香りは恐らくパンだと思う。香りのする方向に足を向けてみれば『モーニング カフェセット お好きなパン2つとコーヒーで500円』と看板を出している店にたどり着いた。朝食は食べたけれど、この香りには勝てないのでお店の敷居をまたぐ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 元気の良い店員さんだ。店の中はといえば、イートインのコーナーと普通のパン屋のコーナーに別れていた。なるほど、パン屋のほうで品物を選んで、会計の時にイートインで食べる場合に飲み物を頼むスタイルの様だ。僕は店員さんに会釈をするとおぼんとトングを片手に持ち、パンをさっそく選ぶ。

 まず目に飛び込んできたのはあげぱんだ。黒々とした黒糖あげぱん。甘くておいしいのだけれど、食べるのが大変なのでスルー。次に来たのが小さいもっちもちのドーナツというやつだ。米粉を使っていて本当にもっちもっちする。だけど小さいのでこれもスルー。その次に飛び込んできたのはメロンパン。うん、焼き立てって書いてあるからこれは即決だ。ということで一つ目のパンはメロンパンと相成った。

 2つ目のパンは…ええと、主食を目指そうと思う。ということで総菜パンやハンバーガーが良いだろう。このお店にあるのはソースたっぷりエビカツバーガーと豚カツバーガー。あとは定番ながらの焼きそばパンにホットドッグ、それに加えてサンドイッチ系もある。サンドイッチは朝食で食べたので除外するとして、一番今食欲を刺激しているのは出来立て!と銘打ってあるエビカツバーガーだ。うん。これにしよう。

 

 ということでちょっとばかし時間がかかってしまったが、おぼんを会計にもっていく。

 

「メロンパンとエビカツですねー。只今のお時間ですとカフェセットでコーヒーお付けして500円となりますが、いかがいたしましょう?」

「それでお願いします」

「はい!それではお会計が税込み500円となります。横にずれてお待ちください」

 

 言われたとおりに横にずれてコーヒーを待つ。うん、コーヒーを淹れる香りが心地よい。そしてコーヒーを受け取った僕は窓際の席を確保する。

 

 さて、ではまずコーヒーから頂こう。…うん、美味しい。香ばしいコーヒーだ。判ってるね。砂糖とミルクは不要なほど香り高い。だけど、アルバイト先の喫茶店よりはちょっと苦いかな。口が湿ったところでエビカツバーガーの包みを解き、両手で口へと運ぶ。うん、間違いなかった。ふわふわのパンにさっくさくのカツ、そしてエビのぷりぷりとした食感だけで楽しいのに、クリーム系の味付けをされたカツがすごく美味しい。コーヒーと合わせれば止まらない美味しさだ。気づけば一気に食べつくしていた。

 次はメロンパンだ。外はカリカリ、中はふわふわといった王道も王道のメロンパン。それにコーヒーに合うようにちょっと甘めなのもポイントが高い。これも気づけば手元から消えていた。

 

 うん、こういう間食も悪くないね。美味しいものを食べると自然と笑みが出てしまうし、気持ちが高揚する。なんてことを考えていたら、お店が何かすごく混んできた。僕は食べ終わったわけだし、そろそろ店を後にしよう。さて、このあとはどこにいこうかな。

 

 

 普段混まないお店が混むという事態は時折起きる。例えばそれは新メニューが出来た時であったり、ちょっとSNSなどで有名になったときであったり、有名人が立ち寄ったりだとか、そういう時に起きやすい。

 

 そしてその現象は、普段はそんなに混んでいないパン屋でも起きていた。

 

 原因はただ一つ。銀髪青眼の美少女が、窓際の席ですごく美味しそうにコーヒーとパンを食べていたからだ。一口パンをかみしめるたびに満面の笑みを浮かべ、コーヒーを飲むとほうっととろけるような表情を浮かべる。そんな彼女を見て、道行く人々は足を止めてしまう。

 

「あの子可愛いなー。ちょっと寄ってみるか?」

「いいね!隣の席空いてるかな」

「あの子美味しそうに食べるわねー。ちょっと寄ってみようかな」

「いいわね。イートインもあるしちょっと食べていこうよ」

 

 そして、彼女がちょこっと気になって寄ってみようと思った学生や、可愛いなーお近づきになれればなーなどと下心を持った男性、美味しそうだなーと食い意地に負けた女性、それぞれが少しづつ店に注目した結果、このお店では普段ではありえない、朝からの大行列という事態を引き起こしていた。

 

「只今30分待ちとなります。少々お待ちください」

 

 店員は朝から大忙しだが、その顔は嬉しそうな笑みを浮かべていた。



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Talk a stroll(2)

 昨日はゲームセンターや神社などがある商店街周りを進んでいたけれど、今日は少し趣向を変えて、住宅街近辺を散策しようと思う。住宅街といっても、昔ながらの衣料品店や雑貨屋、カフェにレストランと結構充実したラインナップのお店が存在している下町の住宅街だ。

 

 実はアルバイトを行う予定の喫茶店もこの住宅街のほうにあったりする。面接の後に調べたら、50年ほど続いている有名店だそうで、常連さんも多いそうだ。

 

 僕は住宅街の目抜き通りをゆっくりと、観察しながら歩く。町並みはちょっと古臭いけれど、僕はこういう雰囲気が大好きだ。少しお店の窓を覗き込んでみれば、趣を凝らした内装が見え隠れする。

 ここは楽器屋だろうか、所狭しと置かれた楽器のところどころに猫の置物が見える。

 こっちはスポーツ用品店だろうか、サイン入りの色紙や応援グッズが綺麗にディスプレイされている。

 ここは…飲食店だろうか?テーブルと椅子が置いてあるけれど、所狭しとグッズが置いてあって何の店かわからない。うん、これはこれで楽しい街だ。

 

 どこか入ってみようかなーと思うけれど、まだ時間が早いようでどこも準備中の看板が出ている。ちょっと残念だなぁと思いながらも歩みを進めると、何か人々の気配がした。ま、やることもないしと気配のする場所にいってみると、そこには開けた公園に所狭しとシートが並べられていた。

 

 どうやら、ここの地区の公園で蚤の市が行われているようだ。ちょうどいいので、覗いてみるとする。

 

 公園はそこそこの大きさで、かなりの古物屋が出ている。古着に始まり家具、ちょっとした文献や絵画といった芸術品や、地図や古い何かの道具などのマニアックなものも多い。

 

 ぶらぶらとその中を歩いていると、昔ののこぎりや釘などの大工道具を売っている人の前に出た。前の体で大工もやったことがあるので、ちょっと懐かしい。足を止めて少し店を覗いてみる。

 なるほど、これはかなり物がいいと思う。ノミなんかも研げば現役で使えそうだし、のこぎりも歯立てを行えば十分に使い物になりそうだ。それにひときわ目を引く、見事な大工道具がある。墨壺だ。

 墨壺というものは、現代はプラスチックの製品が多いが、昔は木で作られていた。そして職人一人一人、その形が違ったのだ。好きな彫り物をしたり、色を変えたりして楽しんでいたらしい。

 

 お、ちょっとあの墨壺は気になる。でも、お値段が5万を超えている。うーん、どうしようか。手に取ってみてみたいのだけれど。

 

「可愛いお嬢さん、どうしました?」

 

 そんな感じで何種類かある墨壺を覗き込んでいたら、お兄さんに声を掛けられていた。

 

「あ、すいません。何でもないんですが…ちょと墨壺が気になりまして」

「おお、お目が高い。もしかしたらと思いまして声をかけたんですが、こちらの品が気になってます?」

 

 お兄さんが僕に差し出したのは鳥の姿を形どった珍しい墨壺だ。こんな形見たことが無い。

 

「ちょっと気になってます。墨壺で鳥の形なんて珍しいですから」

「あはは、そうでしょうね。普通は亀や蛇などですから。どうぞ、触ってもらっても構いませんよ」

「本当ですか?では少し失礼します」

 

 お兄さんから墨壺を受け取る。なるほど、触って改めてわかるけど間違いなく木製であるし、触り心地が良い。

 

「これって材料は何かわかります?」

「けやきですね。それに柿渋が塗られている形です。更に丁寧に使い込まれていますのでこのいい光沢が出てるんですよ」

 

 なるほどと納得する。彫り物が複雑な割に割れや欠けはほとんどない。すごいなと感心する。

 

「そういえば、この墨壺は何の鳥をモチーフに作られてるんでしょう?」

 

 あとはこれが気になっていた。烏のようにも見えるし、ハトのようにも見えるし、もしかして鳳凰とかであろうか?

 

「聞き伝えるところによると、不死鳥らしいですよ」

 

 ほう、と感心する。確かに、言われてから見れば細やかな装飾は不死鳥の火を思い起こさせるものだ。そして、僕が思わずこの墨壺に目を止めてしまったあたり、この体は本当に響なのかもしれない。ほら、響が言っていたじゃないか。不死鳥の名は伊達じゃないよ、と。

 

 

 大工道具のお兄さんに別れを告げて更に歩いていると、今度は古いコーヒーカップが目に入った。金で縁取りはされているものの、他は真っ白な陶器だ。お店のおばちゃんに話を聞くと、これは祖父が海軍の将校だったころに記念品としてもらってきたカップらしい。しばらく使っていないので放出しようと思ったとのことだ。

 

 こんなところで海軍ゆかりのものと出会えるとは、ちょっと嬉しい。僕も艦隊これくしょんをやっているからか、こういうものは好きなんだ。断りをいれてカップを手に取って観察をしてみると、カップの後ろに桜と錨のマークが描かれ、そして収まっている箱を見てみれば、同じようなマークが描かれていた。なるほど、海軍のものだなと納得する。お値段は驚きの5セットで2千円だ。

 

「これで2千円は安くないですか?」

「いーのよ。結局使わないから。それに捨てるよりも使ってもらったほうがいいでしょ!」

 

 とはおばちゃんの言葉だ。うん、確かに記念品とはいえ使ったほうがいいとは思う。飾っておくだけじゃせっかくのものがもったいないと思う。

 

「それじゃあ、このコーヒーカップのセット、もらおうかな」

「あら、お嬢さん貰ってくれるの!ありがとう!」

 

 僕はおばちゃんに2千円を手渡し、おばちゃんからはカップを頂いていた。

 

「あとこれ!運ぶの大変でしょうから、もっていきなさい!」

「ありがとうございます」

 

 と、おばちゃんからおまけで手提げ袋を頂いたので、それにカップを入れる。うん、ぴったりだ。さて、と、あらかたのお店を見たし、時間的に他のお店も空いてくるだろうし、蚤の市をそろそろ後にしようと思う。

 

 そういえば今朝は人の目が特に気にならない。慣れたのかな?

 

 

 鏡に映るのは、髪の毛を完璧にセットされた化粧もばっちりの美少女だ。なるほど、素でもこの響(仮称)ボディは可愛かったけれど、化粧を施されると文字通り化けるのだなと他人事のように思ってしまう。

 

 というのも、蚤の市を後にしてしばらくたった後、女性の店員さんに強引に引っ張られ、美容室の鏡の前に座っていた。

 

「君可愛いから素じゃもったいないよ!」

「タダでいいからモデルお願い!」

 

 と、なぜか美容室のモデルになってしまっていた。どうやらコンテストに応募するということで、可愛い人やかっこいい人を探していたらしい。うん、響(仮称)ボディがプロのお眼鏡に適うのならば協力は惜しまない。それにモデルを受けると今後、お店を利用するときに割引が効くらしいので、今後この体で生活するわけだし、受けない理由はない。ただ、僕は床屋ぐらいしかいったことがないので、美容室という空間はすごい新鮮だ。

 置いてあるものが床屋とは違うし、何より全体的に新しくオシャレで、髪を切りにくるというか、何か喫茶店のような雰囲気にも思える。

 

「ええと、響ちゃんはさ、どんな髪型が好きなの?」

 

 僕を美容室に連れ込んだ女性の店員は満面の笑みで問いかけてきていた。僕としては今の姿が好きなのだけど、せっかくの機会だし、お任せしてみようと思う。ただ、髪の毛を切られることは避けたいので、明確にしておく。

 

「特に好みはないです。ただ、長さは今のものが好きなので、あまり切らないでください」

「ふふ、わかったわ。それじゃあ少しだけ整えて、少しだけパーマをかけるけど大丈夫?」

「そのくらいでしたら」

 

 ということで、店員さんにお任せした結果、冒頭の美少女の出来上がりだ。モテロングとか言うらしい。そして化粧…メイクは眉毛がまず整えてあって、更に睫毛もなんだかすごいカールして上に上がっている。そして唇はリップでピンク色、さらにはプルプルだ。なんだろう、正直アイドルか何かみたいなメイクだ。

 そして今日のコーデであるフリルシャツと合わせると、良いとこのお嬢様みたいな感じに仕上がっている。ええと、鏡に写るこの姿は本当に僕なのであろうか?

 

「もっとよく見てみる?全身見れる鏡はこっちだよ」

 

 店員さんの勧めで姿見の前に立ち、一回転したりポーズを軽くとったりしてみるが、未だに現実感がない。でも、鏡の中の美少女は僕が笑うと魅力的な笑みを浮かべるし、僕が一回転すれば美少女も一回転する。プリクラの時にやったようなアヒル口をすれば美少女がアヒル口になっているし、やっぱり、多分、これは僕だと思う。

 そして、その現実感のないままで写真を撮られたりしたので、正直何をどうやったのかは覚えていない。ただ、お店の人たちは皆満足そうな顔をしていたので、まぁ、問題はなかったと思う。そして、美容室を出るときに店員さんからメイクのセットを頂いてしまった。

 

「ふふ、響ちゃんは可愛いんだから、おしゃれしなきゃ駄目よ!今日使った化粧品をあげるから、家で少しずつ練習してみてね。判らないことがあったら連絡してくれても、またお店に来てくれてもいいから!」

「ありがとうございます。がんばります」

 

 そう答えるのが精いっぱいだ。ただ、メイクをすれば響(仮称)がもっと可愛くなるということが判ったので、これから少しづつ練習していこうと思う。

 

「今の子可愛かったなー」

「ええ、まさか墨壺に興味があるとは…」

「いっそのことその墨壺あげちゃえばよかったんじゃね?」

「正直そう思ってる」

 

「可愛らしい女の子でしたね」

「えぇ!あんな子にカップを使ってもらえるならおじいちゃんも喜ぶわぁ!」

「あはは。それにしても近所にあんな子いましたっけ?」

「さぁー。最近引っ越してきたんじゃないかしら?」

 

「…いやぁ、髪の毛といい肌といい、つやつやでびっくりしましたね」

「きめ細やかですし、それでいて化粧乗りも良かったですし、同じ女として嫉妬しちゃいますね」

「でも、可愛かったですねー。整ってるし、笑顔も可愛いし」

「ですねー。写真も、ほら、すごくかわいいですよ。また来てくれるかなぁ」




※墨壺とは直線を引く道具で、最近ではチョークやレーザーのものが主流。昔の物は職人が使いやすいように加工しているため、趣がある。


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Talk a stroll(3)

 美少女メイクを施されてから街をほっつき歩いているのだけれど、窓に時折写る自分の姿に未だに慣れない。化粧で女性は化けるというけど、まさか僕自身が化けるとは思いもしなかった。そして自分でそう思うということは、他人の目から見ても同じようなことになるわけで、男からのお誘いも激増していた。だけどそこについては僕も手慣れてきていて、やんわりとお断りをしている。だけど、時にはシツコイ奴もいたりする。

 

「君可愛いねー。このあとお茶でもどう?」

「すいません、〇〇出版なのですがお茶でもしながらお話を聞いてもらえませんか」

「ねーねー、暇ならこれから遊ばない?」

 

 そういいながら、中には集団で囲んで僕の手や肩を掴んでくる奴がいる。だけどそこは響(仮称)ボディ。ただじゃ連れていかれない。この体は力が結構強く、まず彼らは僕の事を物理的に動かせない。

 

「何か用かい?」

「いやいや、喫茶店いこうよ?悪いようにはしないから」

 

 更にぐいぐいと来る輩については、僕を掴んでいる腕に手を添えて、軽く退かして満面の笑みでこう言ってやる。

 

「いててて!」

「うん、私は君達とお茶をする気はないよ。あんまりしつこいようならこのまま君を引きずって警察にいくけれど」

「悪かった、悪かった!」

 

 響(仮称)ボディの怪力を以って、優しく問いかければ変な人たちは二度と声を掛けてこない。うん、我ながら完璧だと思う。ただ、いくらなんでも声かけが多いので、一度、避難のためにアルバイト先の喫茶店へと逃げ込んでいた。

 

「おやおや、大変だったようですね」

「まさか化粧をされただけでこんな風に声掛けが激増するなんて思いませんでした」

「ま、確かに、今の響さんは老い耄れの私から見ても魅力的ですから。若い人たちはどうしても声をかけたくなるのだと思いますよ」

 

 まぁ、僕も男だったからわかるけれど、される側になってみるとたまったもんじゃない。特に下心丸出しの男だとどうにもこうにもならない。

 

「ですがついていくと碌なことにはならないでしょうから、対応は今のままで間違いではないと思いますよ」

 

 マスターは私にコーヒーを淹れながら、笑みを作っていた。うん、穏やかですごく居心地が良い。

 

「そういえばアルバイトの件ですが、採寸の準備が今日にも整いますから、明日またこちらに来ていただけますか?その時に衣装合わせを行って、寸法が合えばそのまま研修を行う形にしたいのですが」

「かまいません。よろしくお願いします」

 

 僕は二つ返事でマスターを見る。収入を得るのは早ければ早いほど良い。正直、街中を歩きながら心の隅ではちょっとだけ気になっていたのだけれど、これならもう安心だ。

 

「そういえば、マスターのことはアルバイト中、何と呼べばいいのでしょう?」

「そうですね、まぁ、そのままマスターと呼んでいただければ助かりますね」

「わかりました。そういえばマスター。アルバイトの制服はどのようなものなんでしょう?」

「そういえば紹介してませんでしたね、ええと…過去の写真で申し訳ないのですが、この女性が着ている服と同じデザインになります」

 

 そういって見せてくれた写真の女性の服装は、白のYシャツに黒のベスト、そしてこれは確かラップキュロットスカートというやつだ。それに黒のストッキングという形である。

 

「可愛いですね」

 

 僕は素直な感想を述べる。この姿の響はきっと可愛い。確証が持てる。そして、そんな制服を着た響に『いらっしゃいませ。ご注文はどうするんだい?』と囁かれ、『待たせたね、コーヒーだよ』などと言われてコーヒーを置かれればきっと満足することだろう。問題があるとすればそれらの行動を行うのが僕という事だけだ。

 

「はは、ありがとう。まぁ、響さん。明日以降またよろしくお願いします」

「こちらこそ、お手柔らかにお願いします」

 

 マスターは笑顔を作ると、別のお客さんの元へとコーヒーを運んで行った。うん、無駄のない所作だし、歩く姿がすごくかっこいいと思う。

 アルバイトなのであそこまで出来るかちょっと不安だけれど、明日から頑張ってみようと思う。

 

 

 マスターのコーヒーを味わった後、僕は昼食を食べに個人営業の洋食屋に来ていた。お店の看板に出ていたハンバーグランチに見事胃を掴まれた感じだ。

 

「うん、美味しい」

 

 出てきたハンバーグランチはオーソドックスなもので、デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグをメインに、白米とコーンポタージュが並ぶ形だ。だけど一口ハンバーグにかぶり付いてみれば、すごく滑らかでジューシーだ。ご飯は少し柔らかめですごく食べやすい。ポタージュはと言えばまぁ、普通だ。

 

 もぐもぐとハンバーグを食べていると、隣の女性2人が私を見てにやにやとしていた。む、何か食べ方が変だったのだろうか?

 

「あの…何か?」

「あぁ、ええと。気にしないで!」

「うんうん、そのまま食べてて食べてて!」

 

 進められるままハンバーグを食べ続ける。だけども女性たちは相も変わらずにやにやしている。なんだろうか?と、それはともかくとして白米が無くなったので、ご飯をおかわり。

 白米の到着を待ってハンバーグを食べ進めようと思ったところ、白米の他にもう一皿おかずがついてきた。

 

「お嬢ちゃん美味しそうに食べるもんだから、おまけ」

 

 ありがたい。何かなと思って箸を入れてみると、肉が柔らかく煮込まれているビーフシチューだった。うん、素晴らしきかなご飯のお供。ハンバーグとビーフシチューとは実に相性がいいし、白米が進む。美味しい。自然と笑みが出てしまうが、やっぱり女性の視線が気になる。

 

「…あの、やっぱり何か?」

 

 特に害はなさそうなのだけど、見られながらの食事というのは落ち着かない。

 

「あはは、美味しそうに食べるものだから、微笑ましかったの。つい視線がいっちゃって」

 

とのことだった。えーと、まぁ、うん。

 

「あはは…まぁ、ええと、大丈夫ですよ」

 

 悪い気はしないし、別に良いかな。

 

 

 ご飯を食べた後、ちょっと趣向を変えて商店街の方へと足を向ける。というのも、気持ちに余裕ができたからか、響(仮称)ボディにどうしても着せたい服が出来たんだ。僕が男だったら絶対に着ることはなく、おそらく僕の友人に誰一人として着せられない服。

 

 その名も、ゴシック・アンド・ロリータ。全身フリルのその姿は浪漫の塊ともいって良いのではないだろうか?

 

 ということで、商店街のゴスロリ専門店へと足を運ぶ。とはいっても着るのは僕であるのでどうやったって恥ずかしいのだけれど、響の可愛い姿がみれれば良いのでトレードオフということで納得する。

 

 そして店に入店してみれば、見渡す限りのレースとフリルとドレス。これは世界が違う。店員さんもゴスロリだ。しかも可愛い。少し顔を赤くしながら店員さんに声を掛けてみれば、どれでも試着できますよとのこと。じゃあお任せしますと言ってみたところ、あれよあれよという間に着せ替え人形となってしまっていた。

 

 真っ黒のフリルドレスから始まり、白いふわふわのワンピース、メイクも暗いものから明るいものまで一通り試された結果、次の様なゴスロリ響が爆誕した。

 

 赤いリボンが頭を彩り、ドレスは薄いレースを何重にも重ねたものだけど、腕はレース一枚だけなので肌が丸見えだ。そしてスカートはパニエをあいまってふっくらとしている。そんなスカートから覗く足は真っ白のタイツでおおわれており、黒の編み上げの上げ底靴が良いアクセントになっている。そしてメイクも少しだけ手が加えられていて、唇はより赤く、目の周りはハッキリと輪郭が描かれていた。

 

 ええと、その、僕の語彙力が少なくて申し訳ないのだけれど、僕は今すごくかわいい事になっている。僕というか響ボディが、なのだけどね。美容室の衝撃もすごかったけど、ゴスロリの衝撃もまた筆舌に尽くしがたい。あぁ、女の子は本当に化けるんだなと実感する。そしてちょっとスカートを持ち、首をちょっとだけかしげてみる。

 

 僕の心がぴょんぴょんした。うん、これは可愛い。やばい可愛い。うん、可愛い。いや、それにしても本当にかわいい。

 

 どうしようか、ちょっとこの姿をいろんな人に自慢したいけれど、いや、でもこれは自分だけの宝物ということで内緒にしておくべきではないだろうか?せっかく僕は響かわいいやったー状態を満喫しているわけで、それを全ておすそ分けする必要は…きっとないと思う。

 

「あの…すいません、写真、って撮ってもらえます?」

「ええ、ええ!もちろん!」

 

 店員さんも若干興奮気味だ。そして写真を一枚とってもらい、改めて僕の姿を冷静に見つめなおす。写真に写っているのは、響というか銀髪青目の美少女だ。ゴスロリと相まってお人形さんのような美しさを醸し出している。

 

「響ちゃんのゴスロリすごくかわいいわ!これからもここに通ってよ!もっと可愛いの準備しておくから!」

「え、ええと、考えておきます」

 

 などとやり取りがあったけれど、とりあえず、僕が今着ている服のセットを購入して、…脱ぐのも勿体ないので、そのまま店を後にする。正直僕はどこに向かっているのかわからないけど、一つだけ言えることがある。

 

 響かわいいやったー!

 

 そして、街中を歩いていると『すいません!一枚一緒に写真いいですか!?』と声を掛けられる頻度がものすごく増えた。僕も悪い気はしないので、ついつい応じてしまう。ゴスロリ響、大人気だ。

 

 

「なんだよあの怪力女…」

「いやーでも可愛かったなぁ!で、どうだったんだよ、掴まれてさ!」

「どうだったって…まぁ、手は柔らかかったぜ。あといい香りだったな」

「いいねぇ。ま、次は俺も声かけてみるかな」

 

 

「マスター、あの子は?」

「ああ、今度うちでバイトをする子ですよ」

「ほぉー!これはまたずいぶんと可愛いらしい。マスターも隅に置けないね。いつからだい?」

「ははは、まあ、早ければ明日から研修に入ります。何か不備があっても大目に見て頂ければ助かります」

「まかされた。そして明日からか。じゃあ明日も来ることにするよ!」

 

 

「あの子良い食べっぷりだったなー」

「えぇ、ハンバーグ、美味しそうに食べてたねー。おじさん、あの子はいつも来るの?」

「いんや、今日が初めてだ」

「へー、それにしてはいきなりサービス良すぎるんじゃない?常連の私たちにも何か頂戴!」

「仕方ねぇなぁ。じゃあ今の子と同じビーフシチューをつけてやるよ」

「「やった!」」

 

 

「今のゴスロリの子かわいかったねー!」

「うんうん。お人形みたいだったし、声も可愛かったねー」

「よし、じゃあ、せっかく写真も撮ったし、ちょっとみんなに自慢しちゃお!」



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halo destroyer

 ゴスロリの恰好で街を歩くこと暫く。既に両手で数えられないほどの写真を撮られて疲れた僕は、昨日夕日をみていた公園へと足を運んでいた。時間も丁度夕方で、昨日と変わらず美しい夕日が街を茜色に染め上げている。

 

 昨日今日とこの体に慣れるために散歩をしていたけれど、成果はかなりのものだと思う。

 

 夕日を見ながら、ちょっとだけ黄昏を感じていた。最初は現実を受け入れるのに戸惑ったけれど、今となってはこの体になってよかったなと思っている。男の土方のままではきっと、数十年土方をやって平凡に生きていただろう。でも、これだけ綺麗な体に生まれ変わって、女性として街を歩いてみたら、僕の住んでいた町は魅力的で、人々は皆輝いていると感じる。そして響ボディは可愛い。

 

 本当に残念なのは、響ボディの中身が僕ということぐらいだ。可愛らしい響を見るには鏡の前に立つか、写真をみなくちゃならない。そして綺麗になる努力も僕がしなくちゃいけない。でも、まぁ、響が可愛いので頑張ろうと思う。

 

「あ、もしかして昨日の!」

 

 と、黄昏ていたら、背中から声をかけられていた。振り返ると、昨日、猫を渡したお姉さんが笑顔で立っていた。

 

「あ、どうも」

「昨日は猫ちゃんをありがとう!」

「いえ。野良ネコでしたし。そういえば、あのあと猫はどうしたんですか?」

「ん、ええと、大人しいし、可愛かったから家に持って帰っちゃった」

 

 お姉さんはちょっと恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。そうか、僕が助けたあの猫は、飼い猫になれたのか。

 

「あはは。もしよかったら今度、猫ちゃんを触りに家に来る?」

「いいんですか?」

「もちろんよ!」

 

 おお、あのふかふかの猫にまた触れるのだったら、大歓迎だ!

 

「あ、そうそう。それで昨日聞きそびれちゃったことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「貴女の名前はなんていうのかしら?私はすみれっていうの」

「すみれさん。私は工藤響と言います」

「そうなんだ!響ちゃん、これからよろしくね!」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 なるほど、すみれさんか。それにしても笑顔が綺麗な女性だと思う。それに何より声が綺麗だし、聞き取りやすい。…おっといけない、そろそろ時間が無くなってきた。名残惜しいけれど、そろそろ家路につくとしよう。

 

「あ、すいません。そろそろ日が暮れてしまうので、私はそろそろ家に帰ります」

「あは、判ったわ。ええと、ちょっとまってね」

 

 すみれさんはそういうと、メモ用紙にさらっと何かを書いて僕に差し出していた。

 

「これ、私の電話番号。いつでも電話してきてね」

「ありがとうございます。それじゃあ、すみれさん。また今度!」

「うん、響ちゃん。またね!」

 

 僕は公園を後にする。うん、この体で初めての友達…と言えそうなひとが僕にも出来たようだ。うん、アルバイトが落ち着いたら、さっそく電話をしてみようと思う。

 

 

 夕日もすっかりと沈み、闇が街を覆う頃に僕は家へと急いでいた。

 

 ここは昨日猫を助けに飛び降りた用水路にかかる橋だね。うん。我ながらよく猫を助けられたと思う。と、感慨に浸っていたところ、背後からふらふらと歩いてくる人影があった。あれは…よっぱらいという奴だね。すごくふらふらしている。大丈夫かな?

 

「あーははは!部長めぇ!俺がいないとなにーもできないんだーからーよー!あははは!」

 

 うん、駄目っぽいね。一人で笑ってふらふらしてる。まぁ、何かの縁だ。声を掛けてあげるとしよう。

 

「お兄さん、大丈夫かい?」

「ん、おお!べっぴんさん!だいじょーぶ、だいじょーぶだよお!」

「いや、見るからに駄目じゃないか。肩ぐらい貸すよ?」

「あーははは!それよりも夜の相手してもらいてぇなぁ!」

「ははは。お兄さん酔っ払ってるね。ただ、そのふらふら具合だと本当に危ないよ。ここ、橋の上だし」

「ああ?問題ない問題ない!ほらぁ!」

 

 そういうと酔っ払いの男性は橋の欄干の上によじ登っていた。

 

「ほらなぁ!?バランスも完璧だぁ!」

「いや、危ないよ。大人しく私に従うんだよ」

「だーいじょうぶだって…うおっ!?」

 

 言わんこっちゃない。男性は橋の欄干の上でバランスを崩して、あっという間に用水路に転落してしまっていた。おそらく、普通だとこのまま流されて水死体だ。だけど、今は僕がいる。

 

「うおおお!」

「だからいわんこっちゃない!頑張って浮いててよ!」

 

 僕はそう叫ぶと、昨日の猫を助けた時と同じように橋の上から飛び降りる。そして、男性へと一気に水面を蹴る。

 

「たすっ、たすけっ」

「大丈夫、助けるよ」

 

 僕はそう言いながら、男性を水の中から引き上げる。そして、男性をお姫様だっこするように抱えて、勢いよく水面を走る。

 

 うん、なんだろう。まぁ、人助けということで納得しておこう。

 

 

 

「大丈夫かい?」

「あぁ…あぁ…!」

 

 俺は彼女の腕から降ろされた後、声の主を見上げる。そこにいたのは銀髪青目の少女であった。

 

「大丈夫ならいいよ。それと、酔いは醒めたかい?」

「ありがとう…!醒めた醒めた!怖かったぁ…」

「これに懲りて、お酒は飲み過ぎないようにね。ま、体が冷える前に家に帰るといいよ」

「な、なぁ、それはそうとあんた、水の上に浮いてなかったか?俺の見間違えか?」

 

 俺の言葉に、少女は特に何を言うわけでもなく、背中を向けて歩き出してしまっていた。

 

「ちょ、ちょっと待って、せめてあんたの名前を!」

 

 彼女は歩みを止める。そして、こちらを向くと堂々とした態度で口を開いた。

 

「工藤響だよ。あぁ、そうだ。私が水の上に立てるっていうのは内緒にしておいてね」

「響…判った。助けてくれてありがとう!」

「気にしないで。じゃあ、またね」

 

 そういうと今度は歩みを止めずに、響はその姿を消していった。そして…水の上を移動できる、そして名前が響。俺の頭に、まさかという想像が浮かぶ。

 

「…特型駆逐艦の響?」

 

 頭を振る。俺は何を言っているんだ。あれは『艦隊これくしょん』の、擬人化キャラクターじゃないか。でも、もし、もし俺の想像通り、彼女が本物の駆逐艦の響であったのなら、もう一度会って、ゆっくりと話をしてみたいと強く想う。




この話を持ちまして、年内は最後の投稿となります。
(年末年始はロードバイクで初日の出やら温泉やら旅行をして参ります)

来年は1月5日前後から投稿を再開致します。

そして、来年も艦隊これくしょんが変わらぬ人気でいますよう祈りまして〆の挨拶とさせて頂きます。皆様も良いお年を。


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halo work(3)

 男性を助けた後は家に直行する。そして早速、ゴスロリ服をネットに入れて洗濯機に放り込む。何せ川に流された男性を両手に抱えて助けたせいでものすごい濡れている。せっかく買ったものだし、かわいいし、汚れと匂いが衣服に落ち着く前に洗濯しないといけない。あとは今朝から着ていた服もしっかりと洗濯だ。

 ただ、悩ましいのは柔軟剤だ。今までは洗濯といっても、男が着るものだったので、男性用消臭効果付きの柔軟剤を使っていた。ただ、今は女性だ。ということで、今まで手に取ったことのなかったフローラルな香りという柔軟剤を買ってきてみた。

 

 そして、洗濯の終わった後に少し香りを嗅いでみると、なるほど確かに良い香りがする。

 

 というか結構女性を相手にしたときに嗅いだ香りだ。みんなこれを使っているのかな?個人的にもよい香りだと思うので、これからフローラルな柔軟剤をしばらく使ってみることとする。

 

 それはそうとして、2日連続で川の上に浮いたわけだけど、この体の使い方にもすごく慣れてきたと思う。あの感覚はスケートともまた違うというのが面白い。どちらかというと芯をとらえていれば安定するし、前傾姿勢になれば加速しやすいとか、自転車に近いと思う。

 ただ、水上を移動した後は相当おなかが減る。しかも、ご飯をたらふく食べても少しだけ満たされない感覚が残るのが気になる。寝れば治るのだけど、もしこれに何か原因があるとすると厄介だ。少しづつ調べてみようと思う。

 ただ、この体が艦隊これくしょんの響だと仮定すると原因がいくつか考えられる。疲労状態か、もしくは燃料消費状態だ。今のところ寝れば治っているので前者だと思うのだけれど、長時間水の上に立った場合はもしかすると後者になるかもしれない。そうなったときに、どれだけご飯を食べればいいのだろうか、もしくは重油みたいなものを補給しなければならないのだろうかと心配な点が浮かぶけれど、今考えても杞憂なので心の片隅に置いておくことにする。

 

 そして毎度のお風呂に入り、自分の体を少しだけ眺める。…よし、やっぱりかわいい。

 

 更に毎度のご飯を食べる。今日は試しにテーブルの上に鏡を置いて食事をしてみたけれど、我ながら破壊力が高い。かわいい女の子である響が大口を開けておいしそうに笑顔でご飯を食べる。その顔は尊い。良くわかる。…自分の体という事が唯一のマイナス点だろうか。

 あとは響が小さく口を開けて恥ずかしそうに食べる姿も良い。コーヒーをちびちび飲む姿も良い。背筋を伸ばしてコーヒーを優雅に飲む姿も良い。スプーンを使ってプリンを食べる姿も良い。僕の語彙力が無い事は許してほしい。

 ただ残念なことが一つある。鏡を置かないと僕が響を楽しめない。…いや、何を考えているんだろうか?本当、気持ちに余裕が出てきたら人間って碌な事考えなくなってくると思う。まぁ、ただ、前の体じゃできなかったので、存分に楽しもうと思う。

 

 いや、僕、今日は疲れてるんだな。写真も撮られたし、普段しない恰好もしたし。そして明日はアルバイトだ。今日の疲労が残らないように早く寝るとしよう。

 

 

 銀色の髪のポニーテール。白Yシャツ。黒ベスト。黒タイツ。ラップキュロットスカート。そして睫毛をマスカラで少し濃くし、唇にはピンクのリップを塗ってある。

 

 僕が立つ鏡の向こう側にいるのはウェイトレスの恰好をした響だ。あぁ、うん。可愛い。

 

「どうでしょうか?響さん。きついとか、動きにくいとかありますか?」

「いえ、特には。サイズもちょうどよいです」

「よかったぁ!響ちゃんにちょうど良いサイズがあって!」

 

 マスターも満足そうだ。そして、服を持ってきていただいた呉服屋のお姉さんも満足そうで何より。どうやら服のサイズは常に数種類あるそうで、特殊な体型じゃない限りはまず大丈夫だそうだ。今回は久しぶりのアルバイトということで、倉庫の奥から引っ張り出すのに時間がかかったとの事だ。そして、お姉さんが店を去ってから、少しだけマスターの喫茶店講習が始まった。

 

「それでは少し練習をしてみましょうか。とはいってもここはそんなに元気は必要ではありません。お客様が店に入ってきましたら『いらっしゃいませ』と笑顔を浮かべて下さい。一度やってみてください」

 

 ええと…笑顔を浮かべて、と。

 

「いらっしゃいませ」

 

 うまくできただろうか?とマスターを見れば、笑顔で頷いていた。大丈夫なようだ。

 

「うん…良いですね。響さんの声はよく通りますから、そのぐらいの声量で大丈夫ですね」

「ありがとうございます」

「あとは席にご案内するわけですが、お一人様はカウンターへ、そのほかのお客様はテーブル席へご案内するのが基本です。もし店が開いている時間帯はお一人様でもテーブル席で大丈夫です。まぁ、何日かホールを回していただければ感覚としてつかめると思います」

「判りました」

 

 まぁ、確かにそこは感覚的なものだし慣れるしかないだろう。個人店で完璧なマニュアルというのも無茶な話だし、ある程度こちらに裁量があるほうが、仕事としてはやりやすいと個人的には思う。そして、そのあと少しだけ運び方やコーヒーの出し方を教えてもらって、さっそくホールの業務へと向かう。

 

 さて、上手にできるか出たとこ勝負だ。

 

 

 今日は少し時間もあることだし、この喫茶で少し休んでみよう。そう思ったのが彼女との初めての出会いだった。古ぼけた喫茶店のドアを押し開けると、一人の女性が立っていた。すらっとした体型に、フィットした服、そして歩く姿は一本芯があるようにブレない。その姿に、思わず見とれてしまっていた。

 

『いらっしゃいませ』

 

 見るだけでも美しいのに、よく通り、なおかつ心地よく、聞いていると不思議と落ち着く声が私に向けられていた。

 

『お一人様ですか?』

 

 自然な笑みで迎えてくれる彼女につい見入ってしまう。いかんいかんと頭を切り替え一人だと伝える。

 

『かしこまりました。ではカウンター席にどうぞ』

 

 彼女はそう言うと、体を翻して私をカウンターへと案内する。その時、ふと、彼女の甘い、かといってしつこくない良い香りが鼻に届き、思わず頭がクラっとする。

 

『ではこちらにどうぞ』

 

 さっと椅子を引く彼女に促されるまま椅子に座り、とりあえずとレギュラーコーヒーを注文する。そしてカウンターの奥へと目をやるとマスターが慣れた、そして落ち着いた動作でコーヒーを淹れ始める。うん、見ているこちらも落ち着く所作だ。なぜいままでこの喫茶店に入らなかったのかと少しだけ後悔する。

 そして彼女はと、目をやると落ち着いた様子でカウンターの端に佇んでいた。こちらの視界に入りつつ、それでいてこちらの邪魔をしない絶妙な位置だと思う。

 …それにしても彼女は珍しい髪の色と瞳の色をしている。銀髪青目ということはアルビノだろうか?制服の隙間から望む肌も驚くほど白い。

 

『いかがされました?』

 

 こちらの観察する視線に気が付いてしまったようで、柔らかい笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。何でもないと伝えると、ちょっと苦笑を浮かべて元の場所に戻っていった。そして、どうも落ち着かないまま少し経った頃、彼女が笑みを浮かべてコーヒーを運んできてくれた。

 

『お待たせしました。レギュラーコーヒーです。フレッシュと砂糖はお好みでどうぞ』

 

 ありがとう、とお礼を言ってから、一口目を何も入れずに味わう。うん、コーヒーはすごくおいしい。だが、彼女がいるからか、より一層おいしく感じられた。ただ彼女、所作がベテランの域なのに、今日がアルバイト初日なのだとか。店を出る際にすごいですねと褒めたら、照れくさそうに笑みを浮かべていた。

 

『そういっていただけると嬉しいです。もしコーヒーがお気に召しましたら、足を運んでください。お待ちしています』

 

 …下世話だが、彼女がいることだし、しばらくはこの喫茶店に通おうと思う。




あけましておめでとうございます。
今年も響可愛いヤッター!という心で本2次創作をご覧いただければ幸いです。


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work a talk(1)

 アルバイト初日。街中で見かけたような人もいたし、まったく見たことのない人もいた。ただ、そんな人たちに共通することがあった。全員が全員、僕をじいっと見つめてきていた。それはもう、僕がそれぞれの人に視線を向けるまで常に。そして、そういう視線というのは、見られている本人は誰からどこを見られているのがよく判る。

 

 髪の毛を見てる人もいれば、僕の目を見る人もいる。首筋を見てる人もいれば胸元とか脚とかを見ている人もいる。

 

 ただ、基本的に視線は顔と髪の毛あたりに集中していたから、やっぱり髪の色と目の色が珍しいのだと思う。僕も銀髪青眼の子がいたら確かにじっと見てしまうと思う。中には脚を見ていた人もいたけれど、まぁ、そういう人は男性であったし、僕が今女性なので仕方のない視線だと思う。

 

 まぁ、その、僕はどこを見られても構わない。減るもんじゃないし。何より別に僕は中身が男なので見られても別に気にしない。僕が言えるのはただこれだけだ。

 

 ただ、仕事自体はすごく充実していた。視線は別として、この喫茶店に来る人は皆礼儀正しいし、粗相もなかった。こちらがコーヒーを持っていくと、ありがとう、と返してくれたし、次回もまたくるよと気軽に声をかけていただいた印象が強かった。

 

「響さん、本日はお疲れさまでした」

 

 馬鹿なことを考えながら店の片づけをしていたら、マスターからねぎらいの言葉をかけられていた。そして、マスター曰く、今日は久しぶりに客足が増えたとのことで、働いていた僕としても嬉しい。

 

「響さんが可愛らしいですからね。普段来られない方も顔を見せに来ていました。助かりましたよ」

 

 そう言われると照れくさい。笑顔でありがとうございますとマスターにお礼を言うと、いえいえこちらこそと笑顔で言葉が返ってきた。そして、店の片づけがひと段落したところでお待ちかねの賄いが用意された。

 

「今日は店が盛況でしたから、残り物しかないのですが…」

 

 申し訳なさそうなマスターが用意してくれた賄いメニュー。本日の残りのサンドイッチと、マスター自慢のコーヒーだ。うん、十分、十分。コーヒーは言わずもがな、苦みが少し強いけれど香りがよく、飲んでいて飽きない逸品だ。サンドイッチはツナ、タマゴ、トマトなどが挟み込まれていて飽きない。何よりタマゴサンドのタマゴがすごく分厚くて食べ応えがある。

 

「いかがですか?」

「とっても美味しいです」

 

 マスターと軽く受け答えをしながらも、サンドイッチを頬張る。そして合間にコーヒーを含み、味を楽しむ。充実した仕事上がりのこのひとときは至福と言えると思う。

 

「それで響さん、ここは続けられそうですか?」

「はい。マスターもお客の皆さんも優しいですし、続けられると思います」

「そうですか、それはよかった。また明日もよろしく頼みます」

「はい!よろしくお願いいたします」

 

 本当にそう思う。マスターも笑顔だし、お客さんも笑顔、それにコーヒーも軽食も賄いもおいしい。僕にとっては最高のアルバイトだと思う。…ただ、響ボディのせいかサンドイッチじゃ足りない。制服から着替えてここを出たら、何か軽食を考えようと思う。

 

 

 アルバイト先から帰宅しようと街を歩いていたところ、どこからかパン屋の良い香りが漂ってきていた。周りを確認してみれば、数日前に朝食を食べたパン屋の近くだ。ちょうど小腹が空いているし、これはあのパン屋に行くしかないだろうと、僕は脚を急がせる。

 すると記憶の通りにパン屋が視界に現れた。しかもご丁寧に『ディナーサービス お好きなパン3個で100円引き』と書かれた看板も店の前に出されていた。買うしかない。そう思ってトングとお盆を手に取った時だった。

 

「こんばんは」

 

 と、横から声を掛けられた。誰だろうと顔を向けてみると、数日前に食べたクレープ屋さんが笑顔を浮かべていた。どうやら向こうも仕事終わりで、夕飯にとこのパン屋を選んだらしい。

 

「そうですか、あの喫茶店でアルバイトを」

「はい。良い店ですよ。コーヒーはおいしいですし」

「へー、行ってみようかな」

「ぜひぜひ」

 

 僕は世間話をしながらも、喫茶店の宣伝も忘れない。そして2人で会計を済ますと、少しだけ世間話を続けていた。

 

「そういえばクレープ屋さんもこの街に住んでるんですか?」

「ええ。あなたも?」

「はい。最近越してきたんですが、良い街だと思います」

「あはは、私もそう思うよ。それじゃあまたね。またクレープ食べに来てねー」

「はい!美味しかったので絶対いきます!」

 

 笑顔でクレープ屋さんと別れる。そっか。同じ街に住んでいるなら会うよなーと納得する。それにしても、僕は男の時、この街をそんなに見ていなかったようだ。喫茶店も知らなかったし、そもそも街を出歩くことが無かった。女になって視野が広がると感じるけど、本当、外に目を向けていると予想外の出会いがあるなと思う。

 

 

 パンを片手に自宅へ帰り、鏡の前に立つ。今日の私服はジーパンに紺色のシャツ、それにチェックのTシャツという出で立ちだ。髪型はポニーテールで、見た目はボーイッシュ風味だ。ちなみにだけれど、今日は帰り際に3人から声を掛けられていた。

 

 写真をというのが1人、このあと食事をというのが2人だ。正直、食事は何をされるかわからないので断っておいたけれど、いずれは一度、お誘いにはのってみたいと思う。だって、どういう風になるのかものすごく気になるからだ。

 

 土方の僕ではまずありえないシチュエーションであるし、本当にご飯だけならちょっと食べてみたい気もするし、それに加えてもしかしたら交友関係広げられるかもしれないしと色々考えてみていたりする。

 もちろん危ないということは重々承知だけれど、前にナンパしてきた男の腕を軽く締め上げたり、重かったおばあちゃんの荷物をひょいと簡単に持てたりした響ボディがついているので、危なかったら全力で逃げるか力づくで解決すればいいなーと思っていたりする。

 

 まぁ、それはさておいて、さっそく夜食の準備だ。マスターから少し挽いた豆をいただいたので、マスターの真似事をしてみるとする。お湯を沸かして、紙フィルターをカップにセット。そして、お湯を回しいれる様にゆっくりと注ぐ。そして、カップにたまったコーヒーに口をつけてみると、苦い。そして、不味い。…マスターのようにはなかなかいかないもんだ。そして手元に、買ってきたパン3種類を取り出す。一つ目はBLTサンド、二つ目はあげぱん、三つ目はメロンパンだ。

 BLTは野菜と肉の組み合わせで一目ぼれ。口に入れた瞬間に新鮮なトマトがはじけておいしい。あげぱんはまぶしてある黒糖がまた美味、メロンパンは外カリカリの中ふわふわでこれまたおいしい。ま、こういう甘いパンに組み合わせるのは、僕の苦いコーヒーで問題ないと思う。

 

 さて、なんだかんだで今日も夜が更けてきたので寝ようと思う。明日もまたバイトだ。明日はもう少しお客様と話せればいいかなと目標を立ててみよう。 

 

 

『今日はありがとうございました。また明日よろしくお願いします』

「はい。また明日、10時からよろしくお願いしますね、響さん」

 

 彼女をそうやって送り出した後、ふっと溜息を吐いた。彼女の能力は既に熟練の店員であるし、声の調子や気配りも素晴らしい。

 なにより、笑顔が素敵だ。今日来ていた常連も完全に彼女の笑みにやられていつもは頼まないサンドイッチを頼んでいた。そしてなにより、彼女を見ていると、私も自然と笑みが浮かぶ。年甲斐もなく、私も彼女にやられてしまっているようだ。



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work a talk(2)

白Yシャツ。黒ベスト。黒ニーソ。ラップキュロットスカート。そして睫毛をマスカラで少し濃くし、唇にはラメのリップを塗ってある。銀色の髪はツインテールに今日はまとめてある。

 

 ビバツインテール。幼く見えつつもすごく可愛い。

 

 ということで、アルバイト2日目の響だよ。と艦隊これくしょんのキャラクターの真似をしてみるけれど、恥ずかしくなったので自重する。

 

 今日も朝の10時からホールを回す仕事についている。僕の影響なのかわからないけれど、今日もお店は開店と同時に満席だ。ま、元々人気店と書いてあったので僕のうぬぼれだとは思う。そして、皆が頼むのはマスターのオリジナルブレンドのレギュラーコーヒー、それに加えて、10時という時間もあってか小腹を満たせるお手製のサンドイッチだ。

 

「お待たせいたしました」

 

 僕は次から次へとお客様へとコーヒーとサンドイッチをお出しする。人は多いけれど、僕が忙しいという面はお客様に見せないように、丁寧に、笑顔を絶やさずに、背筋は伸ばして優雅に歩く。

 ちなみにだけど、土方がだらしないという印象を持たれるのが嫌で、背筋を伸ばして歩いていた現場での経験がすごく生きている。現場なんかは朝8時から17時までは仕事だし、そのあとの打ち合わせとかも含めれば10時間は背筋を伸ばしていたので、飲食店の力仕事がないアルバイトで背筋を伸ばして優雅に歩くのはお手の物だ。

 それに、響ボディがうまいこと機能してくれていて、所作が思い通りにできる。手を出すスピードや笑顔、声の出すトーンなど、本当に思うがままだ。本当、僕にはもったいない高スペックだと思う。

 

 なにより、ふと、喫茶店の窓に映る働く響が僕の心に直撃している。働きながらモチベーションがすごく上がる。お盆片手に背筋を伸ばして笑顔でコーヒーを出す響とか可愛すぎだと思う。中身が僕だけれどね。

 

『響ちゃーん、コーヒーお替りー』

「はい、畏まりました。少々お待ちください」

 

 そんなことをしていると、コーヒーのお替りのお声がかかる。すかさず笑顔で答え、優雅に背筋を伸ばして空のコーヒーカップを受け取り、カウンターのマスターへと手渡し、そして僕は伝票にコーヒー1追加と文字を書く。

 そういえば文字に関して、落ち着いてから発見したことがあって、この体で書いた文字は僕の字ではない。強いて言えば達筆の部類だ。ただ、一歩間違えれば読めない達筆になるのでゆっくりと気を使いながら文字を書かないといけない。ま、おそらくは響の本来の字なのだろうと納得しておく。

 

「響さん、コーヒーのお替り上がりました。よろしくお願いします」

「判りました」

 

 僕はそういうと、コーヒーのお替りを先ほどのお客様へと運ぶ。笑顔でお待たせいたしました、とお声がけをすると『ありがとう』と笑顔を向けられる。うん、接客業も悪くない。

 

 

 時間が少し過ぎて12時。朝と違い、軽食だけではなく少し重い食事をされるお客様が増えてきた。ちなみにだけど、ここの喫茶ではお昼時になればサンドイッチに加えて、カレーとパスタ系が増えるので、お昼を求めるお客様が結構来られるようだ。

 

 ちなみにカレーは創業から続くビーフカレーとのこと。そして連日売り切れるのだとか。賄いに期待はできそうにない。パスタはナポリタンで、酸っぱい香りがお腹を刺激してくれる一品だ。こちらは売り切れることはないそうなので、今日の賄いは期待できそうだ。

 

 そんな感じでお昼時、カレーやパスタをコーヒーとともに運んでいると、新しいお客様が喫茶店に入ってきた。

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「私と子供で二人です」

「あ!おねえちゃん!こんにちわ!」

「はい、こんにちは。ええと、それではこちらのテーブル席にどうぞ」

 

 親子連れをテーブル席に案内して、おしぼりと水を運ぶ。すると、すぐに注文が飛んできた。お母さんはサンドイッチとコーヒー。お子さんはカレーとオレンジジュースとのことだ。マスターに注文を通してカウンターの近くで待機していると、子供が手を振ってくる。うん、ほほえましい。ということで、僕も手を振り返した時だ。

 あの子どこかで見覚えがあるなぁと思ったら、猫を助けた時にいた子供だ。なるほど、だから親しげに手を振ったりしてくれていたのかな。といったところで、マスターから料理が完成したよと声がかかる。

 

「お待たせいたしました。カレーライスとサンドイッチ、お飲み物のコーヒーとオレンジジュースです」

「ありがとう。あ、そういえば店員さん、この子が店員さんが猫を助けたと言っていたのだけど」

 

 あぁ、まぁ、お母さんになら言ってるよね。

 

「ええと、数日前に近所の川で流されそうになっていた猫なら助け上げましたよ」

「あら!そうなの。この子ったらずっと店員さんの話ばかりで」

「お姉ちゃんかっこよかったよ!水の上をすいーって!」

 

 んん、内緒といった水上移動を簡単に話していてちょっと驚いたけど、まぁ、お母さんのほうは『またそんなこといって。店員さん、ごめんなさいね』と言っているので、冗談だと思ってくれたのだろう。そして、その親子は昼食を食べると、何か用事があったようで足早に店を後にしていった。ただ、店を出る前に男の子が僕に近づいてきて、

 

「そういえばお姉ちゃんの名前はなんていうの?」

 

 なんて聞いてきていた。僕は笑顔を浮かべて男の子へ視線を合わせると、響を意識して自己紹介をしていた。

 

「響だよ。ふふ、またどこかであったらよろしくね?」

「うん!お姉ちゃん、またね!」

 

 そう言って手を振る男の子。お母さんは申し訳なさそうにお辞儀をしていたけれど、僕としてはほほえましくて良いと思う。

 

 

 親子を送った後、しばらくお昼の賑わいが続いている。サラリーマン、土方、OL、主婦、学生、客層は様々だ。ただ、お店に来る人は全員礼儀正しく、せいぜい少しおしゃべりをするぐらいで、騒ぐ人は本当に誰もいない。

 ちなみにだけど、ここは喫茶店とだけあって煙草は喫煙可能だ。僕個人としては土方の時に結構吸っていたほうなので好ましい香りなのだけど、やっぱり吸っていない人にとっては嫌な臭いなのかなぁと思ったりする。

 ただ、この喫茶では煙草の匂いが嫌いという人に今のところ出会ってはいないので、本当、接客がすごいやりやすい。『煙草の香りが嫌なので禁煙席を』とか言われてしまうと、禁煙スペースがないこの喫茶では入店をお断りしなくてはならないからだ。

 

 まぁ、それはさておいて、僕は喫茶店のお客様のテーブルを一人一人確認してまわっていた。というのも、お昼時はどうしても回転を速くしなければならない。ただ、直接声をかけるとせかしている感じが満々なので、空いた食器を下げることによって退席を促している。実際、食器を下げた人は飲み物がなくなったとたんに退席する人が多い。逆に食器を置きっぱなしにすると、飲み物を飲み終わってもだべっていたりする。それじゃあ良くない。

 

 ということで、お食事はお済みでしょうか?とか、空いたお皿をおさげします。だとか声をかけながら、笑顔で食器を片付けていく。ただ、この時も食器を重ねたりして不快な音を出さないように細心の注意を払う。あとは食器を引き取る際は人の右側から行くようにしている。これは人間の心理で、どうしても左側は無防備になりやすいと聞いたことがあるからだ。だから、右側から、僕が視界に入るように心がけつつ食器を下げる様にしている。

 

「響ちゃんありがとうねー。いやぁ、今日もコーヒー美味しかったよ」

「ありがとうございます」

 

 そうすると、こういう会話も生まれたりして、お客様との距離が近づいたりもする。そうすると、常連さんとなりゆくゆくはお店が繁盛するんだ。まぁ、大前提として料理がおいしくて、お店の雰囲気が良くなければいけないのだけどね。そして何より、僕の名前を覚えてくれているのはすごく嬉しい。喫茶店に来てくれたお客さんには、聞かれれば自己紹介をしていたのだけれど、覚えてくれているようで何よりだ。

 

 

 工事現場で働いている俺は、普段は家から持ってきている弁当を食うのだけど、今日は早番で弁当を用意できずに外食をしなければならなかった。そこで同僚に最近どっか食いにいってるのかと聞いてみたら、かわいい店員がいる喫茶店があるということで、昼飯を同僚と共に喫茶店でとることにした。

 

「本当に可愛い店員さんがいるのか?」

「おうおう。マジだって。見たこともない別嬪さんだぜ」

 

 同僚と軽口を叩きながら店に入る。すると、結構店は繁盛しているようで一人の店員がせわしなく動いていた。しかし銀髪に青眼とは珍しい。外国人か何かだろうか?

 

「お、あの子だよ」

 

 同僚の声でその店員を注視すると、店員もこちらに気づいたようで、

 

『いらっしゃいませ。何名様ですか?』

 

 と、笑顔で俺に声を掛けてきていた。2名ですと答えると、テーブル席へと案内される。

 

「どうだ?可愛い店員さんだろう?」

「あぁ、確かに」

 

 すらっとした手足に、体型にあった制服。そしてきれいな笑顔。なにより声が聞いていて心地よい。

 

『お絞りとお冷やでございます。ご注文がお決まりになりましたらお声がけをお願いします』

 

 そういっておしぼりを手渡されたときに、不意に彼女の指と俺の指が触れ合う。すべすべで少し冷たい指先だった。正直、ちょっとドキッとした。そのあとはカレーを注文し味わう。そして、食後のコーヒーもなかなか旨い。近所にこんな場所があるなんて知らなかった。

 

「旨かっただろ?」

「ああ、旨かった。それに確かに店員さん可愛かったな」

「だろー?昨日かららしいんだ。響ちゃんとか言ってたな」

「お前名前知ってるのか?」

「あぁ、聞いたら答えてくれたよ『響です』ってな」

 

 そうか、響ちゃんか。うん、飯も旨かったし、今度から昼食をあの喫茶で摂ることにしよう。

 



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work a talk(3)

 午後2時、ようやくお昼の喧騒がひと段落していた。この時間にもなればホールもそんなには忙しくないので、僕は遅めの昼食を採っていた。マスターが用意してくれたコーヒーとタマゴサンドをもぐもぐと頬張っている。

 

 うん、やっぱりタマゴがボリューミーでおいしい。それに、パンも新しくて昨日の賄いで食べたたまごサンドに比べてふわふわだ。

 

 ただ、この喫茶店はバックヤードと言うものが無いので、奥の席に座って食べることとなっている。そのせいか、お客様が結構こちらを見てくるのが気になるのだけれど、その人たちが皆『たまごサンド一つ』と言っているので、まぁ、お店の営業になっているんだろうなということで良しとする。

 

 あと今日のコーヒーはマスターのオリジナルブレンドではなく、モカだそうだ。確かにいつもとは違う味で、酸味がちょっと強い。でも、マスターの腕のおかげかものすごく美味しいコーヒーに仕上がっている。

 

『マスター、あの子の飲んでるコーヒーは?』

「モカですよ。試されてみますか?」

『ぜひ。いやぁ、美味しそうでなぁ』

 

 …営業、営業だから視線とかは気にしないことにする。

 

 

 昼食を食べた後はゆるやかな午後のひと時だ。皆コーヒーを片手に各々の時間を過ごしている。僕はそんな人々の邪魔にならないように、カウンターの傍らにひっそりと立ち、目を配らせる。

 

 あるご老人は煙草をくゆらせ、あるスーツを着たおじさんは新聞を広げ、あるおばさんはラジオに傾注し、学生は学生で静かにお喋りを続ける。

 

 うん、良い雰囲気だ。ここの喫茶店は本当、アルバイト先として当たりだと思う。ただ、僕には何の身分証がないので、早めにそこらへんを解決しなくちゃいけないなと思っている。ま、今は仕事中だし、方法は追々考えるとしよう。

 

『響ちゃん。コーヒーのおかわりをお願いね』

「はい、かしこまりました」

 

 ラジオを聞いていたおばさんからカップを受け取ると、カウンターのマスターへとコーヒー追加のオーダーを通す。慣れたもので、マスターも頷くだけだ。そして僕はカウンターの洗い場にカップを置くと、コーヒーが出来るまではカウンターの傍らでまたひっそりと店全体を眺めて動く。

 

「お待たせしました」

『ありがとう、響ちゃん』

 

 おばさんはそういうと、またラジオへと没頭する。うん、なんというか、これぞ喫茶店といった雰囲気だ。

 

 そして、この時間ともなれば、休憩目的のお客様も喫茶店のドアを叩いてくる。

 

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

『ええと、3名です…って、あら?』

 

 喫茶店のドアを叩いたのは、数日前に荷物を持ってあげたおばあちゃんと、そのお弟子さんたちだった。お弟子さんは今日も重そうな荷物を2つばかり抱えている。

 

「お久しぶりです。お元気そうでなによりです」

『貴方こそ。ここでアルバイトしているのね。知らなかったわ』

「働き始めたのが昨日からですから。まだ覚えていないこともおおいのですけれど」

『へぇー。頑張ってね!』

「はい。ええと、3名様ですのでテーブル席の方へどうぞ」

 

 おばあちゃんとお弟子さんを席へ通し、水とおしぼりを手渡し、注文をとる。知り合いだろうが初見さんだろうが、この行為に差異があってはいけない。それが接客業だし、知り合いを贔屓にするとどうしても嫉妬心が生まれてしまうからだ。喫茶店を楽しむのに、不快な思いをなるべくさせちゃいけない。とはいっても、場合によりけりではある。

 

『店員さん、そういえばお名前は?』

「漢字一文字で響です」

『響さんね。荷物運んでくれてありがとうねぇ。助かったわ」

「いえいえ、困っていたらお互い様ですから」

 

 こんな感じでの世間話は普通だ。そして、注文はと言えば、オリジナルブレンドのコーヒーにサンドイッチの盛り合わせというオーソドックスな軽食だった。どうやらおばあちゃんはこの店始まって以来の常連さんだそうで、マスターの若い頃も知っているそうだ。

 

『すごいイケメンで女の子とっかえひっかえだったのよ。響さんも気をつけて下さいね』

『響さんにほらを吹きこまないでください』

 

 思わずマスターがおばあちゃんに突っ込みを入れていた。女性関係云々は判らないけれど、今のナイスミドルな年の取り方から察するに、マスターは本当にイケメンだったのだと思う。

 

『響さん、コーヒーがあがりましたので、持って行ってください』

「解りました」

『あと、あのおばあさんの言葉は話半分に聞いてください』

「ふふ、はい」

 

 マスターが神妙な面持ちで私に話しかけてきているので、思わず吹き出す。そしてマスターの顔をちらりと見れば、少し耳が赤くなっていた。うん、もしかしたら若いころ、マスターは相当手広く遊んでいたのかもしれない。

 

「お待たせしました。オリジナルブレンドになります」

『ありがとう。ふふ、マスターは若い時に相当やんちゃしてたけど、良い人だからね。悩みとかも相談してみてね。彼喜ぶから』

「あはは、ありがとうございます」

 

 おばあちゃんと私は笑顔で笑う。うん、おばあちゃんとマスターの意外な一面が見れた気がする。

 

 

 午後7時。アルバイトの終了時刻、そして閉店まであと1時間となってきていたけれど、この時間は夕飯とコーヒーが面白いように出ていく。一人あたりの滞在時間も、何もしなくても20分~30分ぐらいで、ちょっとした稼ぎ時という奴だ。

 

「いらっしゃいませ。只今満席となっておりまして」

『構いませんよ。何分ぐらいかかりますか?』

「おそらく30分ほどお待ちいただくと思います」

『大丈夫です。待ちますよ』

 

 こんな具合にちょっとした待ちが出るくらいには繁盛している。ただ、マスター曰く『こんなに繁盛したのは久しぶり、響さんのおかげです』とのことなので、少しだけ調子に乗っているのは事実だ。

 

 だから、ちょっとだけ調子に乗る。優しさを意識して笑顔を作ってみたり、おしぼりを手渡すときにちょっとだけ相手の手に触れてみたり。わざとらしくではなくて自然に当たってしまった、という感じを意識して。

 ちなみにだけど、響ボディの指はすごく触り心地が良い。ちょっと冷たいのが難有りだけど、それを込みにしてもすべすべでふわふわといった触り心地だ。

 結果は上々で、男性はえっと言った顔でこちらを見て暫くこちらを見つめ、少し頬を赤らめている。女性は『店員さんの指すべすべね!よく手入れされてますね』などの反応が返ってきていた。調子に乗って行ったことだけど、ちょっとしたボディタッチもコミュニケーションになるのだなと納得する。

 しかもかわいい響ボディに触られているわけで、ちょっと僕と替わってほしい。

 

 そんなこんなで今日もアルバイトが終わる。うん、この体にも完全に馴染んだと言っていいと思う。ただ、まだなぜこの体になったのか、この体は一体何なのかという疑問が残るので、しっかりと考えていきたいと思う。

 

 

『こちらおしぼりでございます』

「ありがっ…」

 

 店員さんの指が俺の指に触れる。その瞬間、味わったことのない感触が手を突き抜けた。すべすべで、そして餅のように吸い付く指。思わず店員さんの顔を見てみると、銀髪青目のツインテールの美少女だ。

 

 うん、なるほど、このお店の口コミがここ2日で一気に増えている理由が分かった。この子のせいだ。

 

 実際に俺がネットで見た口コミは『コーヒーが絶品』『サンドイッチが美味しい』そして、『店員さんの応対が良い』というものだった。なるほど敷居をまたいでみればまさにその通りといったところだ。

 

 実際にコーヒーは美味しいし、サンドイッチはパンと具のバランスが絶妙だ。そして加えてマスターと呼ばれている店長の所作は落ち着いているし、ホールを任されているツインテールの女の子の動きや気配りは見ているこちらが気持ちよくなるものだ。

 

 うん、機会があったらまたこの喫茶店に来ようと思う。

 

 

 

 



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walking/drinking/eating hibiki

 アルバイトが終わってから、僕は私服に着替えて夜の街を歩いていた。遅くまでは散策できないけれど、気分転換というやつだ。ここ数日はアルバイトをしたら睡眠をとって、朝になれば身だしなみを整えて仕事というルーチンワークにおちいっていた。

 

 それじゃあ前の土方と変わりがない。せっかく女の子になったんだ。生活リズムを変えなきゃもったいない。

 

 歩きながら街を眺めれば、商店街の明かりが綺麗だ。そして、各々のお店の光がイルミネーションのように夜の街をさらに染め上げる。白い光の店があれば柔らかなオレンジの光を放つ店もあるし、青や紫といったちょっと変わり種の光を放つ店もある。

 何の店かと気になってみてみると、どうやらショットバーのようだった。男の時なら問題なく入れたけど、今じゃどうやったって店に入れないので表から店を覗くだけだ。うん、ウィスキーは一通りそろえてある。響もある。良い店だ。

 

 などとお店を覗いていたら少しばかりお酒を飲みたくなってきた。

 

 うーん、とはいっても家にあるお酒と言えばアマレット・ディ・サロンノとボウモアの12年、あとはマクスウェルのミードに今さっき見た響ぐらいだ。男の時の僕は土方という職業のくせにお酒に弱かったのだけれど、この体は一体どうなんだろう?

 やっぱり艦娘の響だから強いのだろうか?それとも元々の僕の体の特性を引き継いでお酒に弱いのだろうか?…うん、ちょっと試してみよう。あとはそうするとお摘みか。

 

 お摘み…外国の果実入のチョコとかがいいな。まぁ、お店はまだまだ開いているし、ふらっと色々探してみよう。

 

ふらふらと商店街を歩くと、居酒屋や小料理屋はたくさん見かける。魚料理、肉料理、和食に洋食と、その種類は本当に多彩だ。でも、今回は家でお酒を試したいので、持ち帰れるお摘みが必要だ。そういう飲食店に声をかけてみても『お持ち帰りのみはやっていません』という返答が得られるのみで収穫が無い。

 となると、あとは夜遅くまでやっている個人商店に頼るしかないんだけど、そっちはそっちでお店が閉まっている。まぁ、夜9時ぐらいまでやっている八百屋とかはまずないし、肉屋や魚屋も同様だ。

 悩みながら歩みを進めていると、酒屋の明かりのついた看板が目に入る。あぁ、そうか。お酒の摘まみだから酒屋に入ればいいんだ。

 

 ということで、酒屋の敷居をまたぐ。見てくれは未成年だけど、未成年がお摘みを買いに酒屋に入ってはいけないというルールはないはずだ。

 

「いらっしゃい。何かお探しかい?」

 

 店主は私をみるやいなや笑顔を浮かべて声をかけてきた。当然だ、何せこっちは見た目は未成年だからね。ということで、それっぽい答えで濁しておく。

 

「お菓子を置いてないかと思いまして」

「お菓子かぁ。ええと、あっちの棚にいくつかあるけど、お嬢ちゃんの口に合うかはなぁ」

 

 店主のおじさんはそういいながら、棚を指さしていた。棚を見てみれば確かにビーフジャーキーやあたりめといったお酒の定番の肴が置いてある。でも、僕の持つお酒向けじゃない。

 

「少し見ててもいいですか?」

「ああ、かまわないよ。ただ、あと30分で閉店だからね」

「わかりました」

 

 そういって棚の前に立つと、予想よりも種類が多いことに驚く。さっきはジャーキーぐらいしか目に入らなかったけど、ナッツ系も豊富だ。何より僕の求めていたチョコレートもある。ドイツのワインリッヒというメーカーのチョコレートだ。ブルーベリーやストロベリー、フォレストフルーツなど種類が結構ある。これは良い店を見つけたかもしれない。

 ということで、おじさんのところに品物を持っていき、会計を行う。チョコのほかにもスコッチ用に燻製牡蠣の缶詰も忘れない。締めて1000円の出費だけれど、まぁ、いいんじゃないかな。

 

 

 足早に家に戻って、風呂に入り、髪の毛とお肌の手入れをしっかりとしてから酒瓶をテーブルに並べる。改めて探してみると、結構種類を持っていた。

 アンズの種のリキュールであるアマレット・ディ・サロンノに始まり、スコッチウイスキーのボウモアの12年に加えてザ・マッカラン12年、マクスウェルのミード、そして、日本のウイスキーの代表格の響と特角瓶。すごく偏りすぎているけど、全部強めのお酒なので、この体のお酒の強さを図るにはちょうどいい。

 

 さて、どれからいこうか。とはいってもまぁ、まずはこれだろう。

 

 特角瓶を手に取る。黒いキャップが特徴の亀甲模様が瓶に入っている琥珀色のウィスキー。ただ、これはストレートで飲むもんじゃないと僕は思っている。味と香りが悪いほうにキツイんだ。ボウモアとかはストレートで飲むとすごくおいしいのだけどね。

 ということで角瓶からグラスに移し替えて、口に含む。…うん、やっぱりストレートだと角は苦手だ。ただ、苦手だけれど飲めないわけなじゃい。というか、アルコールの味がおいしいと感じているし、もっと飲みたいと感じている。

 

 前は角をストレートでグラス一杯も飲めば倒れていたのだけど、今の僕は一杯飲んだところで全く何も感じない。それどころか2杯目をいきたいと体が訴えている。うん、まぁ、ちょうどいいし、このままちゃんぽんしながら飲み続けてみよう。次に手に取るのはボウモアだ。すごく煙臭いけれど薫り高く、飲みやすい。お酒が弱い僕でも好みのウィスキーだ。これもグラスで飲んでみると、やっぱり美味しい。次にマッカランも同じように飲んでみるけど、やっぱりすごくおいしい。

 そして、合間合間にチョコレートを挟んでいるけど、すごくお酒と合う。信じられないぐらいに合う。そして、まったく酔わない。今までこんなことなかったのに。

 

 うん、これはもしかして、お酒に限っては僕の体質が変わっているということで間違いがなさそうだ。

 

 おいしくお酒を楽しめて、気持ち悪くならない。そしてなにより酔わない。これは良い体を手に入れたのかもしれない。ただ、アマレット・ディ・サロンノとミードに関してはリキュールになるので、今日はやめておくとする。割物がないとさすがにつらい。

 ということで最後に、メインとして残しておいた響をグラスに注ぐ。多分、艦隊これくしょんをやったことのある人なら、想像したことがあるだろう。

 

 サントリーの響を飲む特型駆逐艦の響という姿を。そういうイラストもあったはずだ。

 

 鏡に自分の響ボディを写しながらウイスキーを飲んでみると、すごい様になっている。自分で響を呑む響をやってみたけれど、なんというか、ごちそうさまでした。うん、こんな姿の響を堪能できるのであれば、この体になってよかったと改めて思える。そして、ウイスキーの響と言えば、日本を代表するウイスキーで、香りや味のバランスがトップクラスだ。ストレート、ロック、ハイボールなんでも間違いなくおいしいわけで、チョコも進むしお酒も進む。…おかしいね、響のボトルはほとんど残っていたのだけれど、気づけばもう底をつきかけている。うん、この体は本当にお酒が好きみたいだ。自重しなきゃ。

 

 

 珍しいお客がきた。それが酒屋の店主である私の感想だった。何せ閉店間際に高校生ぐらいの女の子が酒屋に入ってきたからだ。

 

 何か探してるのか?と聞くのは当然のことだ。すると少女はお菓子を探しているとのこと。まぁ、確かにチョコも置いてはいるけれど、あれは肴用だしなと思っていると、案の定チョコをこちらに持ってきていた。

 

「これでいいのか?外国のチョコだからかなり甘いぞ」

『いいんです。こういう変わったものが好きなので』

 

 そう言われてしまえばそれまでだ。ということで会計を済ませると少女は流暢な、日本語以外の言葉を一言発して店を後にしていった。ダスビダーニャとか。ありゃ外国人だったのかね。

 

 にしても別嬪さんのお客さんだったな。成人したあたりで、もう一度来ないもんか。



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Meal drink(1)

 まぶしい朝日で目が覚める。昨日はお酒をたらふく飲んで布団に入ったけれど、全くお酒が体にのこっていない。というか、今までお酒を呑んだ次の日は二日酔いだったのに、この体は逆にすごく調子が良い。なんというか、響ボディはお酒と相性がいいようだ。

 

 だけど、ちらりとテーブルの上に視線をやると、お酒がほとんどなくなってしまっている。残っているのはマッカランとミードとアマレットだけだ。響なんかは完全にすっからかんだ。ま、お酒に関しては通販で買えるから、バイト代が入ったら一本仕入れようと思う。あとは響っていうとロシアのイメージがあるから、ウォッカも手に入れて飲んでみよう。

 

 まぁ、それはそうとして、今日もアルバイトなわけだからさっさと支度を済ましてしまおう。洗面台の前に立って顔を泡で洗う。そして化粧水と保湿液で下地を整えて、薄く化粧を行う。ピンクリップに睫毛たっぷり。そして今日の髪形はポニーでいくとする。うん、よし、可愛い。

 

 そして、服はパーカーにショートパンツ、そしてキャップにニーソというラフな格好で整える。うん、ちょっと活発そうな響だね。これもまた好みだ。ということで準備が終わったけれど、アルバイト開始まではまだ少し時間がある。もったいないので、外に出て少し散策をしてみようと思う。

 

 

 久しぶりの散策をしているけれど、朝はやっぱりやっている店の数が少ない。行きつけともいえるパン屋は流石に毎日いくと飽きるし、あとはコンビニぐらいしかやってない。うーん、と悩みながら歩いていると一軒店がやっていた。

 ジュース、しかもフレッシュジュース屋という場所だ。俗にいうジュースバーというやつらしい。

 

「おはようございます。お勧めってありますか?」

「おはようございますー。そうですねー。こちらのケールやキウイなどが入っているミックスがおすすめです。ただ、朝食の代わりをお探しでしたらスムージードリンクもお勧めできますよ」

 

 ほほう。スムージードリンク。男の時は飲んだ事はなかったけれど、聞いたことはある。

 

「それじゃあ、スムージードリンクをお願いします」

「畏まりました。それじゃあ600円になります」

 

 600円。結構高いなと思いながらも、お金を店員さんに渡す。

 

「それでは少々お待ちください」

 

 店員さんはそういうと、目の前で野菜や果物をジューサーに入れてスムージーを作る。おお、これは凄い。そして、出来上がったものをコップに移し替え、僕に手渡してくれた。

 

「お待たせ致しましたー。グリーンスムージーです」

「ありがとうございますー!」

 

 僕はそう言うと受け取ったジュースを早速頂く。うん、臭みもないしすごく飲みやすい。むしろ、甘さとちょっとした酸味が癖になる味だ。うん、ここもちょっと贔屓にしよう。ただ、ちょっと高いから毎日は無理かな。

 

 

 ベンチに腰かけてスムージーを飲みながら朝の街を観察していると、ふと、見覚えのある顔が僕の瞳に写った。確かあれは、数日前に川から引き上げた男性じゃないだろうか。あれから問題なく家に帰れたようだけど、風邪とかはひいてないだろうか?ちょっと気になる。ま、とりあえず元気かどうか声を掛けてみよう。

 

「お兄さん、元気かい?」

 

 小走りで男性に追いつくと、横から声を掛ける。男性は驚いていたけれど、私の顔をみるやいなや、笑顔を浮かべていた。

 

「おお!響ちゃん。あの時はありがとう。おかげさまで元気だよ」

「それならよかった。あれからお酒は控えてる?」

「もちろん。ほどほどに抑えてる」

 

 男性はそういうと顔をぽりぽりと書いて少し私から視線を外していた。…うん、呑んでるんだね。まぁ、追及するわけでもないから、それとなく注意しておこう。

 

「そっか、ま、川に落ちないように気を付けてよ。酒は飲んでも飲まれるなってやつだよ」

「あはは、響ちゃんに言われたら控えるしかないな…」

 

 完全に僕から視線を外した。男性はお酒を控える気はなさそうだ。まぁ、ちょっと話題を変えよう。

 

「それで、お兄さんはこれから出勤かい?」

「ああ、そうだよ。響ちゃんは学校かい?」

「ん、私も出勤。アルバイトだけどね」

 

 とめどない世間話を続ける僕と男性。うん、川に落ちていたけれど、問題なく生活を送れているようだ。

 

「へぇ、響ちゃんはどこでアルバイトをしてるんだい?」

「〇〇って喫茶店だよ」

「〇〇かぁ。確か昔からある喫茶店だっけか」

「そう。50年ぐらいの歴史があるらしいよ」

「そっかそっか、響ちゃんがアルバイトをしてるなら行ってみようかな」

「うん、そうするといいよ。お客さんとして来ていただけるのなら大歓迎だよ。もちろんお金を持ってきてね」

「あははは。もちろんさ!っといけない。仕事があるからこれでいくよ。響ちゃん。またな!」

 

 またね、と言おうとしたけれど、ここで男性の名前を知らないことに気づいた。助けた相手の名前ぐらいは知っておいても良いかな?

 

「そっち…そういえばお兄さんの名前を知らないんだけど」

 

 そういうと男性はしまったといった顔を僕に向けていた。

 

「あぁ!そういえば!命の恩人に名前をおしえてないなんて。ごめんごめん。俺の名前は工藤、工藤尚」

「尚さんか。それじゃあまたね、尚さん。喫茶店で待ってるからね。お金を落とすんだよ」

「あははは。判ったよ。それじゃあ」

 

 尚さんはそういうと、足早に僕の元から去って行った。うんうん。元気そうだし、助けたかいがあったかな。

 

 

 そういえば昨日の夜に久しぶりに艦隊これくしょんを起動してみたけれど、全くと言っていいほど変わりがなかった。響がいなくなってるとかそういうことは一切ないし、せりふも一緒だった。なんで僕がこの体になったのかとかの謎は一切解き明かされる雰囲気はない。

 

 などと考えながら散策していると、何かすごく良い匂いが僕の鼻を衝いた。なんだろうか、響ボディになってから初めて感じる感覚だ。ふらふらと香りのする方向に歩いて行ってみると、そこにあったのは予想外の店舗だった。広い敷地、どでかい看板、コンクリートの床、そして特徴的な長いホースが車の給油口に刺さっている店舗。

 

 そう、僕が良い香りを感じたのはガソリンスタンドだ。

 

 はっっとする。この香り、よくよく思い出せばガソリンの、強いて言えば揮発性の油の匂いだ。しかも嫌なことに僕の響ボディはそのガソリンの香りを嗅いで、食欲がすごく出てしまっている。

 

 認めたくはないのだけれど、この響ボディ、もしかして油を欲していたりするのだろうか?先ほどから感じている食欲は、我慢できないほどのものではないのだけれど、出来るのならば口に入れたい。そういう感じだ。

 

 うーん、でも、この体が艦隊これくしょんの響と考えれば不思議じゃない。なぜならば、同じ艦娘の島風なんかは公式イラストで美味しい重油というパッケージの飲料を飲んでいたから、おそらく響もそういうものを飲んでいたんじゃないかなと思う。それに、この体の異様な腹ペコ感はもしかしたら、燃料が慢性的に不足しているから食べ物で補てんしているだけなのかもしれない。

 あと、このガソリンスタンドは『ガソリン』の他にも『灯油』と『A重油』を置いているようなので、それぞれを試してみたいなぁな、どと思ってガソリンスタンドを観察していたら、ちょうどよいものが目に入った。

 

 スタンドの隅っこに、1リットルの携行缶が販売されていたのだ。これは良いと、一つ購入する。そして、そのままの足で燃料を買う。今回は船ということであるし、それっぽい燃料の『A重油』を購入してみることとする。

 

「何に使うんですかー?」

「家のボイラーに。ちょっとだけ使いたいんです」

「なるほどですねー。はい、入れ終わりましたよー」

「ありがとうございます」

 

 こんな感じで簡単に店員さんは携行缶に満タンのA重油を淹れてくれた。さて、まだアルバイトまで時間があるので、家に一度戻って口をつけてみるとしよう。正直、響ボディが早く飲ませろとせがんでいる気がするんだ。



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Meal drink(2)

少々お時間いただきまして!

徹夜仕事が4月過ぎまで続きそうですので、その時まで急に日が空いたりします。
そんなときは申し訳ないのですが

響カワイイヤッター!

を妄想していただきつつお待ちいただければと思います。


「いらっしゃいませ。こちらのお席にどうぞ」

『ありがとうございます。いやぁ響ちゃん、相変わらずかわいいね』

「あはは。嬉しいです。ありがとうございます。お絞りとお水でございます。ご注文が決まったらお声がけをお願いします」

 

 僕はそう言って、常連のお兄さんにお絞りを手渡す。そして軽く笑顔を浮かべて席を後にする。そして、さっと踵を返しながら他のお客様のテーブルを確認する。そして、空いている皿やグラスは違和感がないように早く下げる。

 

「響さん、手慣れてきましたね」

「はい。3日もあれば大体慣れました。でもまだ至らない点はご指導いただけると助かります。マスター」

「ええ、もちろんです。ですがホールはもう任せて大丈夫ですね」

「ありがとうございます!」

 

 僕は笑顔でお辞儀をして答える。うん、今日は心も体もものすごく軽い。より一層笑顔とコーヒーをお客様に届けようと思う。

 

 ちなみにだけど、A重油は購入して正解だった。補給してからは頭はさえてるし、体の調子もすこぶる良い。

 

 

 A重油については、今の僕の体調がすこぶる良い事から効果的だった。アルバイトの直前だったけれど、ガソリンスタンドで重油をもらい、家で開けてみると、匂いこそしたけれどその匂いも僕にとってはすごく食欲を刺激するものだった。

 

 いてもたってもいられず、携行缶に直接口をつけてみれば、ものすごく良い味が舌を刺激していた。なんといっていいかはわからないが、重油の味、というものなのだろう。気づけば携行缶に入っていた1リットルの燃料を全て呑み干していた。

 そして、変化はすぐにやってきた。まず、空腹感がすべて消えたのだ。それに体のなかからやる気と力がみなぎってきていた。それこそ何でもできるような感じだ。そして特段気持ち悪い事もない。むしろ気持ちはすこぶる良い。

 

 うん、どうやらこの体、響ボディは、燃料がある程度必要そうなことがわかった。

 

 おそらくは食料でもごまかせるのだろうけれど、凄まじい量が必要だ。それこそ、土方の僕が食べる2倍以上の食物が必要だ。食費が結構馬鹿にならない。ただ、このA重油ならば1リットル100円もしないので、これで満たされるのなら財布的にはありがたい。ただ、僕としては食事を楽しみたいので、今後は重油+食事という食べ物の比率を考えていきたいと思う。

 

 そして、あと問題があるとすれば、匂いだろうか?僕がいくら美味しいと思っても、匂いがきつければアルバイトの直前には使えない。せいぜい夜に補給するぐらいのものになってしまう。まぁ、保管に関してはポリタンクでベランダに置いてくぐらいで問題はないと思う。

 というか、今まさにアルバイトの直前ということを思い出して、とりあえず歯磨きとマウスウォッシュを入念に行った。

 

 なお、結果としては重油の香りはばれずに済んでアルバイトに励めている。実際のマスターの反応は次の通りだ。

 

「おはようございます。マスター」

「響さん、おはようございます。…おや?」

「どうされました?」

「響さん、香水か何か変えましたか?非常に良い香りなのですが」

「いえ、特には。どんな香りなのでしょう?」

「柑橘系の香りといいますか、まぁ、落ち着く香りですね」

 

 この会話から察すると、どうやら響ボディは重油を補給すると、体臭が柑橘系になるらしい。おかしいな、歯磨きもマウスウォッシュもミントなのだけど。

 もしかすると、艦娘であるこの響ボディに油を通すと、否応なく柑橘系のいい香りになるのかもしれない。まぁ、流石にいきなりバイト先で試す勇気はないので、今度アルバイトが休みの時に検証にでも歩いてみたいと思う。

 

 

 今日も今日とてアルバイト、ということでポニーテールにピンクのリップ、そしてYシャツにベスト、ラップキュロットスカートに少し短めのニーソを履いて、ふとももを露出させてある服装だ。我ながらなかなかあざとい服装にできたと思う。僕が客としてこんな店員さんを見つけたら、間違いなくふとももを凝視する。

 ということで、今日はこの服装でホールに出ているけれど効果はてきめんだ。男性客は見事に視線をこちらに向けている。うん、なんだか悪くない気分だ。女性客は女性客で『今日も可愛いかっこですね!』と好意的な言葉をくれる。僕としては可愛いのだけれど、客観的に見て可愛いのかわからないので非常にありがたい評価だ。

 

 あと、どうやらこの店のネットでの評価が凄く高くなっている。少し調べてみたら『コーヒーが美味しい』『たまごサンドが絶妙』『店員さんの女の子が可愛い』『店員さんの接客がすごく丁寧で良い』『落ち着く雰囲気のお店』などなど出てくる出てくる良い評価。

 中には『苦い』『女の子の店員が未熟』だとか書いてある口コミもあるけれど、僕が未熟なのは事実だし、コクのあるコーヒーも飲む人が飲めば不味いと感じるだろうし、10人が全員良い評価と限らないのが評価というものだ。

 

 まぁでも、コーヒーは当然としても『店員さんの女の子が可愛い』『店員さんの接客がすごく丁寧で良い』と言われるのはすごくうれしい。この響ボディは可愛いし、そのために少しづつ綺麗であるための努力をしている。そして、接客に関しては僕なりに考えた接客なので、それが評価されるというものまた嬉しい。

 

 そして、ネットの評価を見た人が喫茶店のドアを叩き、結局休憩時間がほとんどないほどお店は繁盛している。

 

『響ちゃーん!コーヒー一つ追加でお願いしまーす』

「畏まりました。同じレギュラーでかまいませんか?」

『それでお願い』

「響さん、たまごサンドとコロンビアコーヒーあがりました」

「判りました」

『響ちゃん。こっちにもたまごサンド追加で―』

「はーい!少々お待ちくださーい!」

 

 開店からしばらくたったけど、今日はずっとこの調子でホールもひっきりなしだし、マスターも大忙しだ。まぁ、ネットでの評価ってある程度で落ち着くので、それまでの辛抱だと思いたい。それに、燃料を飲んだからか体のだるさや思考力の低下とかはまったくないので、お客様よどんとこい!という感じだ。

 

 

「ネットで話題の喫茶店、ねぇ」

「ちょうどいいじゃん。近くに来たし休憩がてらよっていこうぜ」

「いや、俺はさっさと帰って艦これしたいんだけどな」

「ははは、またゲームかよ。いいじゃんか、時々は付き合えって。コーヒーおごってやるからさ」

「そういう事なら」

 

 俺はそう言って友達に付き合って、喫茶店のドアを開けた。すると、女の子の店員が笑顔を向けてこちらに挨拶をしてきた。

 

『いらっしゃいませ。2名様ですか?』

「ああ」

『それでしたらカウンター席でかまいませんか?』

「大丈夫」

 

 俺と友達は女の子の後をついてカウンターに座る。

 

『おしぼりとお水です。ご注文がお決まりになりましたらお声がけください』

 

 そういうと女の子は笑顔で一礼し、カウンターの横へと移動していった。その時にふと柑橘系の落ち着く香りが漂う。女の子の香水の香りだろうか?

 

「落ち着くしいい場所じゃん。ネットの評判通りだな」

「コーヒーの香りもなんかすごくいいな。古臭いけど」

「あはは。まぁ創業50年らしいからなぁ。ま、とりあえずコーヒー2つでいいか?」

「それでいいよ」

「すいません店員さーん!」

『はーい』

 

 友達が店員の女の子を呼びコーヒー2つを注文していた。女の子も笑顔で畏まりましたと返事を返していた。そこで初めて気づいたけれど、かなり変わった女の子だ。銀髪青目の外国人のような髪色をしているけれど、顔立ちは日本人に近い。

 

「いやー。あの女の子も可愛いな」

「確かに。それに銀髪青目ってのもすごい珍しい」

「お、なんだよ、お前も結構見るとこ見てるな。しかもニーソックスだぜ」

 

 店員の足元を見てみれば確かにニーソックスだ。スカートとソックスの間から覗く素肌がまぶしい。

 

「いいな」

「いいよな。いやぁ、入って正解だったわ」

 

 友人の言葉に同意する。なるほど、あの女の子目当てでくる客も絶対いるだろう。俺も正直言うと週に一回ぐらいはここにきてあの子を見たい。

 

『お待たせしました。レギュラーコーヒー2つです』

「お、ありがとう」

「ありがとう」

 

 友人と俺はそう言いながら、女の子の店員からコーヒーを受けとる。そして、その時にほんの出来心で、女の子に声をかけていた。

 

「店員さん、珍しい髪の色だね」

『よく言われます。でも地毛なんですよ』

「へぇ、すごいね。目の色も?」

『はい。もともとなんですよ。珍しいでしょう?ふふ』

 

 そうか、染めているわけじゃなくて地毛なのか。となるとすごく珍しい。それに、顔も見れば見るほどに整っているし、肌もきれいだ。そして頭の中に邪な妄想を残したまま、コーヒーに口をつける。あ、コーヒーも美味しい。

 コーヒーが美味しい上に店員さんが綺麗。確かにネットの話題に上がるわなと、雰囲気もコーヒーの味も味わう。

 そして、会計を済ますときにさりげなく、女の子の店員の名前を尋ねてみたところ

 

『響といいます。よろしければ覚えてくださいね』

 

 と、簡単に名前を教えてくれた。どうやらここに2回以上来た人は、『響ちゃん』と呼ぶらしい。確かに今日も何組か『響ちゃーん!』と言っていた客がいたけど、そういうことか。

 

「いやぁ、コーヒーも旨かったしいい喫茶店だったな」

「そうだなー」

 

 それと同時に、俺は一つ気になっていることがあった。響という名前で銀髪青目というと、艦隊これくしょんの響もそんな感じじゃなかっただろうか?

 まぁ、現実にゲームのキャラがいるわけはないけれど、次にあの喫茶店に行った時には話のタネにしてみようと思う。

 

 



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Meal drink(3)

少々時間が空きまして申し訳ございません。諸々修理など完了致しましたので、更新速度を徐々に戻して参ります。


 アルバイトが無事終了し、帰路についたころには午後8時を回っていた。重油の効果なのかは不明だけれど、今の時間でも体がすごく軽い。今日は疲れ知らずで一日を終えることができそうだ。

 

 なお、今日の賄いはカレーライスだった。本来だったら売り切れるところなんだけれど、あまりにも私が食べたそうな顔をしていたので、マスターが―気を利かせて一食分を残しておいてくれたとのことだ。ありがたかった。

 味はほどよい辛さで、野菜などの具材はカレーに溶けるほど煮込んでいて、甘くて辛くて旨いという最高のカレーだった。思わずおかわりお願いしますとマスターに迫るほどだった。

 

 さて、それはそうとして、今日は素晴らしい事におなかがすいていない。これも重油の効果だろうか?うーん、まぁ、一日100円ぐらいの出費で空腹感とかが軽くなるのなら、いっそのこと20リットルの携行缶で燃料をためておいてやろうか。ただ、いろいろ調べたけれどベランダはまずそうだ。絶対火事になる。涼しくて火の気がない場所に置くべきとかいてあったから、玄関脇の棚の下あたりにでもしまっておこう。

 あとは燃料の種類だ。重油は流石に一般的じゃない。かといって、ガソリンは船の燃料としてはどうなんだろうか?と思う。ま、何事も試してみることとする。明日はとりあえず灯油をもらってこよう。

 

 あと燃料で驚いたのは、燃料を補給してからこの響ボディの体臭が変わったらしい。マスターやお客様曰く、

 

「響ちゃん、香水変えたの?」

「判ります?」

「ええ、柑橘系の落ち着く良い香りだと思うわ」

「ありがとうございます」

 

 こんな感じのやり取りがあるぐらいには柑橘系らしい。まぁ、燃料を飲んだだけで香水なんてつけてません、とは言えないので香水ということにしておくこととする。ただそう考えると、重油以外の燃料を口にした時には一体どんな体臭になるのかが不安だ。果物系ならいいけど、変なアロマのような香りになったらたまったもんじゃない。

 

「響ちゃん、こんばんは」

 

 そんなことを考えて歩いていると、声を掛けられた。この声は、すみれさんだ。

 

「こんばんは。奇遇ですね」

「そうね。響ちゃんは学校の帰りか何か?」

「いいえ、アルバイトの帰りです。すみれさんは?」

「あ、そうなんだ!私は仕事の帰りよ。それにしてもアルバイトやってるんだ?」

「はい、喫茶店〇〇というところで。すみれさんもよろしければいらしてください」

「〇〇って聞いたことあるなぁ。すごくコーヒーが美味しいって」

「ありがとうございます」

 

 他愛もない世間話だ。ただ、すみれさんがぴちっとしたスーツ姿なので、少しだけ緊張する。

 

「あれ、そうえば響ちゃん、香水変えた?」

「あ、はい。どうでしょう?」

「そうねー。前のムスクの香りも良かったけれど、こっちの柑橘系のほうが響ちゃんらしくてかわいいわ」

「あはは、ありがとうございます」

 

 すみれさんからもお墨付きを頂いた。ということは、僕の響ボディは重油を飲むと柑橘系の良い香がするということで確定でいいだろう。

 

「あ、そういえばこのあと家に来る?ほら、前に言ってた猫ちゃん家にいるし」

「よろしいんですか?」

「もちろんよ。家もここから近いし、どうする?」

「それじゃあお邪魔します」

 

 トントン拍子で話が進んだ。気づけばすみれさんの家にお邪魔する流れだ。そして、すみれさんに付いて5分ほど歩くと、ありふれたマンションへとたどり着いた。どうやらここがすみれさんの家らしい。

 

「502号室ね。ちょっと汚いけど」

 

 そういって僕をまねきいれたすみれさん。だけど、部屋を覗いてみれば整理整頓がきっちりされた、出来る女性の部屋といった感じだった。間取りは8畳の1LDK、風呂トイレ別といったところだ。そこに中身が詰まった本棚が3つほど並べられ、中央にテーブル、窓際にベッドがある。そして、猫はといえばそのベッドの上でくつろいでいた。

 

「猫ちゃーん。響ちゃんつれてきたよー」

 

 すみれさんはそう言いながら猫をひょいと持ち上げ、笑顔で僕へと差し出してきた。おそるおそる手を指し伸ばして猫を持つと、「にゃー」と一鳴きされる。あ、でも可愛い。ということで左手で抱きかかえつつ、右手で頭をなでてやる。毛はふっさふさでよく手入れされていて撫でてて気持ちい。思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「あ、響ちゃんそのままー」

 

 そういうすみれさんを見てみれば、スマホを構えていた。そして、間髪入れずにシャッター音が響く。

 

「どうかな、可愛くとれたと思うけど」

 

 すみれさんのスマホに写っていたのは、猫を抱きかかえて優しい笑みを浮かべる響ボディだ。うん、かわいい。

 

「うん。すごくかわいいです」

「あはは、よかったよかった!あ、それで響ちゃん、一つお願いがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「猫ちゃんの名前を決めてくれないかな?」

「名前ですか?」

「うん。響ちゃんになついていた猫だし、響ちゃんに決めてほしいなーって」

 

 ふむ、名前を付ける。嫌じゃないけど、急に言われてもなかなか難しい。昔ながらの名前でいくとタマとか、三毛猫だからミケとかなのだけど、それじゃああまりにも詰まらない。

 ということで、もし響が猫に名付けるとしたらどういう名前にしそうかと考える。一部ではフリーダム響だとか言われる響だから、もしかすると自分の名前のヴェールヌイからとってヴェルとか名付けそうでもあるし、真面目に考えるのならばロシアの猫の名前で多いエーシュカとかムーシャとかだろうか。そういえばこの猫の性別は…なるほど雄だ。

 うーん、どうしようか。まあ…こういう名前はフィーリングが大切だというし…

 

「ヴェルなんてどうでしょう?名前の響きだけなんですけれど」

 

 響のロシア名を猫につけることにした。

 

「ヴェル…いいんじゃないかしら!」

「にゃー」

 

 なぜか猫からも返事があった。すみれさんもOKということだし、この猫はこれからヴェルということで決定だ。ということで、今日は時間の許す限りヴェルを撫で繰り回すこととする。

 

「うりうり」

「にゃー!」

「あはは。響ちゃんにされるがままねー。ヴェル!」

 

 それにしてもヴェルは大人しい。これだけ撫でてもお腹を見せてされるがままだし、噛んでも来ない。むしろもっと撫でてくれーと言わんばかりだ。もちろん撫で続けるけどね。と、ずっと撫でていたら気づけば夜9時30分を回っていた。いけない。そろそろ帰らないと条例に引っかかる。

 

「すみれさん、そろそろ帰りますね」

「あれ、もう帰るの?」

「ええ、ほら。条例で10時以降の未成年の外出は控えることってあるじゃないですか。職務質問を受けるのもめんどくさいので、そろそろ」

「あー!忘れてた。そうだね、それじゃあまたね!響ちゃん。いつでも待ってるからね!」

「はい!こちらこそありがとうございました。また来ますね」

 

 僕はそういうと、名残惜しいけれどすみれさんの家を後にした。いやー、いきなりの出会いだったけれど、猫はかわいかったし、女性の部屋というものを堪能できたので良しとする。…それにしてもあの部屋を見ると、僕の部屋も模様替えが必要だなと思う。だって、今は散らかりっぱなしの男の一人暮らしの部屋という感じだ。

 せっかく女性になったのだから、そこらへんの私生活を女らしく生きてみたくもある。きっちり整理整頓された部屋に、ファンシーな家具があったりとか、もこもこだったりとか。そしてなにより、そんな場所でくつろぐ響ボディをセルフで写真に収めてみたい。絶対可愛い。うん。絶対に可愛いと思う。

 

 そうとなれば善は急げだ。今日の夜、帰ったら少し品物を整理しよう。明らかに女性となって使わないものは捨てて、逆に使いそうなものはきっちりと整理して綺麗な部屋を目指すとしよう。



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halo worlds

 有言実行とはこのことで、すみれさんの家からまっすぐ自宅に帰ってからすぐに、部屋の掃除と整理を行う。それこそ部屋の角からクローゼットの奥にいたるまでの荷物をひっくり返して、だ。

 

 なお、汚れるといけないので髪の毛はポニーテール、そしてTシャツに短パンというラフな格好だ。うん、まぁ、これはこれでシンプルで可愛い。様々なポーズをとって一通りシンプル響ボディを楽しんだあと、本格的な掃除へと移る。

 

 まず、いたるところに放置されている男物は分別しながらゴミの袋へと叩き込む。何せ使う機会なんてほとんどないからだ。ただ、フリース類は寝具として使うから2着ぐらいは残しておく。あと、防寒着のB-3ジャケットはオーバーサイズなのだけれど、着ると暖かく、なおかつ可愛かったので残しておくこととする。

 趣味のロードバイクと、ロードバイクの工具関係は残しておこう。こいつらは新しいフレームを買った時に使えるからね。だけど、今まで使っていた男性用のサイクルジャージは破棄だ。デザインはともかくとしてサイズが合わない。ま、程度のいいものもあるので、中古ショップにもっていってみるとしよう。

 他にも土方時代の仕事道具があった。安全靴、作業服、ヘルメット、安全帯、腰道具などなど思い出深い品物もあるけれど、廃棄、ないしリサイクルしてしまおう。結局仕事の道具なんていうものは使わなければ邪魔なだけだし、もし男に戻れたら安物でもいいから新しく買い揃えればいい代物だ。

 さて、ほかにはどうするか、と考えていながら手を動かす。とりあえず物量はそこそこ多いので、なかなかどうして時間がかかりそうだ。

 

 そういえば、すみれさんの部屋で、整理整頓以外に何かなかったかなと思い浮かべれば、匂いがあった。女性らしい柔らかな匂いというのか。なんせ、この部屋はやっぱり男臭さというものが染み付いてしまっている。外から帰ってくると、俗にいうと汗臭さというべきか、そんな香りが鼻につく。そこらへんをどうにかしないと服にも(にお)い移りする…というか実際は少ししてしまっているだろう。整理が終わって、部屋の芳香剤を変えたら服をクリーニングに出すとしよう。

 

 それはともかく、手を動かそう。お、これは硫黄島の自衛隊で売ってるTシャツじゃないか。同僚が硫黄島に行ったときに買ってきてもらったものだ。…これはなかなか入手が難しいのでとっておこう。で、他のシャツやパンツといった男物の下着類はすべて捨ててしまおう。うん、クローゼットの中は少しすっきりしてきたね。

 

 あとは、と考えていると、汚い玄関が目に入る。靴は散乱しているし、砂とか外から引っ張ってきたものも結構そのままだ、これはいけない。とりあえず新しく買った女性ものの靴以外は捨ててしまおう。どれもサイズが合わないしね。だけど、外出用にサンダルは残すとしよう。あとはロードバイク用のビンディングシューズもあったけれど、これはあんまり汚れてはいないので中古ショップに持って行ってみよう。うまくいけば1万ぐらいで売れるかもしれない。

 あぁ、あと自転車のヘルメットもあるけれど…エスワークスのヘルメットだからこれは手放したくないな。どれ、被ってみよう。ついでにオークリーのサングラスもかけてみよう。うん、案外サイズはいけそうだ。あとは見てくれなのだけど…。鏡はどこにあったっけな?

 

 …おお、サイクリスト響ここに見参だ。あ、うん、良い。しかも銀髪と青目が日本人離れしていて、この体でロードバイクに跨ったら間違いなくかっこいい。これでサイクリングロードでも走ったら、男性からは注目の的であろう。とりあえずヘルメットとサングラスはそのまま使えるというのはありがたい。あと揃えるのはサイクルジャージとフレームか…。

 

 あぁ、いや、片付けだ片付け。とはいっても玄関の男物はすべてゴミ袋に突っ込んだし、あとは掃き掃除と雑巾がけをしておこう。…さて、これであらかたは片付いたかな。改めて見渡せば、乱雑な部屋から一転、シンプルなテーブルに植木がのっかっていて、座椅子が一つ。そしてテレビが置いてあるシンプルな部屋へと様変わりしていた。

 

「いくらなんでも殺風景だね。ま、アルバイトが休みの日に何か買ってくるとしよう」

 

 ぽつりと独り言を吐いて、座椅子へと座り一息をつく。そして、きれいになった部屋を見て一つ。なぁなぁでここまで来たから、誰に、というわけでもないけれど、テーブルの上の鏡に移っている自分を見ながら改めて自己紹介をする。個人的なけじめというやつだ。

 

「『私』は女の子の工藤響だよ。自分でもいろいろ不明な点はあるけれど、これからも頑張って生きていこうと思うよ。…よし、かわいい」

 

 と、締めたところでお風呂に入ろう。響ボディを堪能しながら疲れを抜くこととする。それにしても、男女関係なくいろいろ話せたり、町中を歩くだけで注目されたり、女性というのも悪くないなと思う。

 

 ま、元の体に戻れるかわからないし、今を楽しもう。

 

 

 私の仕事は兵士で、起床時間は朝の4時00分。寝汗を流し、朝食を食べ、仕事の準備をして、寮を出るのは4時30分。そして朝の5時から働き、任務が終了次第寝床に入る。

 趣味は特にない。島風や金剛はロードバイクに夢中だということで誘われるけれど、私はそんなことよりもお酒を飲みたい。

 

 そんな私は、今日もいつもと同じように朝、4時00分に起床した。

 

 寝ぼけ眼で天井を見れば、いつもの白い壁だ。私に被さっている布団は海軍の安い毛布で、ほどよい暖かさを醸し出している。実に2度寝を誘う温かさだけれど、2度寝をしてしまっては出撃に間に合わない。

 

 眠気を切り離すように、むくりと上半身を跳ね上げる。案外2度寝対策というのは気合が大切だ。

 

 といったところで、ふと違和感を感じていた。何かいつもより視線が高い。普段であれば机に置いてある植木よりも視線が高いはずだが、今は植木を見下ろしてしまっている。よくよく見ればベッドのスケールもおかしい。

 

 さらになぜか寝間着のサイズがおかしい。裾が手足ともにだいぶぴちぴちだ。私に合わせて作ったものだから、こんな風に余るわけがないのだけれど。

 

 悩んでいても仕方がないので、とりあえずベッドを降りる。と、ここでさらに異常さが際立ってきた。明らかに目線が高い。そして寝た時よりも明らかに髪が短い。私は姉に見習って髪を長くしていたのだけれどね。だが、髪の毛を触ってみればほとんど短髪になっている。いよいよこれはおかしい。

 

 とりあえず、と、現状を確認するために洗面所へと向かう。ただ寝ぼけて勘違いしているのであれば水で顔を洗えばいいのだし。そう思って洗面所の鏡の前に立ち、電気のスイッチをカチリと入れた。

 

 そして、その鏡に映っていたのは

 

「…提督?じゃないか。うん、これは色々とまずいんじゃないかな」

 

 身長にして180に届くほどの、黒髪の美男子が鏡の前に立っていた。

 

「とりあえずは…提督に助けを求めようか」

 

 私は部屋のドアを開け、そそくさと提督の部屋へと向かう。ま、結果としては私は身分を姉妹と提督以外に隠して事務員として働くこととなるのだけれど、それまでのドタバタはまた別の話だ。

 

 それにしても、提督と腹を割っていろいろ話せたり、同胞からいろいろとスキンシップを受けたり、好きな酒を好きなだけ飲めたりと、男性というのも悪くないなと思う。

 

 ま、元の体に戻れるかわからないし、今を楽しもうか。



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What is your name?

 「私」が女性となって約1週間。今日は待ちに待ったアルバイトが休みの日だ。とはいっても起きる時間はいつもの時間であるし、顔を洗って化粧水をつけて、髪のセットをするローテーションを変えることはない。そして今日はせっかくの休みなので、買い物や散策のために外出する予定だ。

 

 なので、好みの服を選ぶとする。

 

 外せないのはニーソックスだろう。そして短めのスカート。絶対領域は響には必要だ。併せて袖なしのノースリーブYシャツ、色はベージュを合わせる。なお、下着は黒っぽいので少しシャツから透けているのが個人的ポイントだ。

 だけどそれで町を歩くのははしたないので、上から黒色のパーカー…フードに猫耳がついているけれど…を羽織る。これで歩いているときはパーカー姿の絶対領域が光る美少女、フードをかぶれば猫耳美少女、パーカーを脱げば脇を見せる美少女という私の好みを詰め込んだ服装の響が完成だ。あとは髪型だけど、パーカーを被る事があるからストレートにおろすとする。

 

 下着をシャツから透けさせるのは変態?何を言いますか。私はよしんば変態だとしても紳士…いや、淑女だよ。そして、鏡の前で服装をチェックして…よし、問題ないだろう。化粧も手慣れたもので、おめめぱっちり、唇ぷるぷる、肌はつやつやだ。

 

「うん、今日も一日、がんばるぞい!」

 

 鏡の前で小さくガッツポーズをして呟いてみたら私の心にドストライクだった。うん、よし、今日も一日が間違いなく頑張れる。あとは靴だけど…やっぱり編み上げブーツが僕の好みだ。ちょっと履くのがめんどくさいけどね。だけど、なんだろうか、拘束されてる感じがよい。

 

 そして、あとは外出前に燃料を一杯…よし。

 

 結局、燃料については保管と入手方法を…といろいろ考えて試していたら、発火の可能性が少なくて、玄関に置いておいても比較的においがなく、危険性も比較的少ない灯油に落ち着いた。なお、灯油を飲んだ後は全身からほのかにアップルの香りがするらしい。重油ほどとはいかないけれど、燃料を取った後の体の調子はやっぱり良い。そのおかげで疲れ知らずでアルバイトをしているためか、明るくて元気な女の子、と私の評判が結構よくなっていたりする。燃料様様だ。

 

 なお、ガソリンとハイオクも試してみたけれど、ガソリンはムスク、ハイオクはなぜかレモンのような香りがしたらしい。法則性とかまったく判らない。今後も色々と試してみようと思う。

 

 

 コツコツとブーツの音を響かせながら、朝の清涼な空気の中を歩いていく。3日見れば美人も飽きるというようなことわざがあったと思うけれど、まさにその通りで、1週間も街を歩いているとさほど注目はされなくなってきていた。うん、ありがたい。ただ、ちらちらとこちらを見てくる人はいるので、自分を磨くことは忘れないようにしようと決意を新たにする次第だ。

 

 なお、今日の外出の目的はもちろん家具だ。女性らしい色のものを狙っている。部屋をすみれさん宅のように女性らしい部屋にする感じだ。

 

 とはいっても、この体にはどのような家具が似合うだろうか?

 

 まず、色。この体自体が色白の銀髪青目という薄めの色なので、濃い目の色が部屋にあるといいのかなーとかは思う。黒で纏めた部屋に白の響が寛ぐ姿というのも良い。だけど、逆にピンクとかでもいいかとも思う。薄めのピンクの部屋でくつろぐ響というのもまた絵になる。そしてそれを自撮りすれば私の心が満たされる。そしてさらに体に磨きをかける。そして自撮りをすればさらに心が満たされる。うん、良い永久機関だ。

 あとはスタイルか。和風にするのか洋風にするのか。ゴシック調もきっと合うだろう。ただ、あまりに女の子女の子してしまうと、だれかを…とはいっても今のところすみれさんだけであるが、を部屋に呼んだときに恥ずかしくて仕方ないと思うので、色々考えてみよう。

 

 ということで、家具屋に行く前にちょこっと本屋を覗いて情報収集をしてみよう。女の子向けのショップの情報を集めたい。あとはファッション雑誌も何冊か手に入れたいところだ。どうしてもネットやショップ店員さんだけの知識だけだと偏りがちだしね。

 

 ということで早速本屋の扉をたたく。本屋といっても個人営業店ではなく、最近、駅前にできた大型の本屋だ。朝というだけあって人は少ない。ええと、とりあえず女性向け雑誌のコーナーは、と。うん、セブンティーンやキャンキャンといったよく聞く雑誌達が所狭しと置いてある。いいね。

 ぺらぺらと捲れば、最新のファッションが目に入ってくる。確かにこの格好を私がすればきっと可愛い。のだけれど、紹介されている服のブランドとお値段を見てみるとまぁ高い。うーん、まぁ、とりあえず後でじっくり読むとしようか。数冊を手に取って歩みを進める。ということで今度は家具の雑誌を探していると、北欧スタイルの家具の雑誌が目に入った。

 

 …ピンクの家具とかもいいけれど、こういうシンプルで木材を多用した家具で統一するというのも悪くなさそうだ。きっと私、響に似合うであろうし、だれかを招くことがあっても恥ずかしくない。

 ファンシーな部屋とはちょっと違うけれど、かっこいいし、何よりシンプルで良い。こういう部屋で酒を飲む響ボディもきっと絵になるだろう。…ただ純正の北欧家具を買おうとするとお値段が素晴らしいことになる。それこそ貯蓄をすべて使っても足りないくらいだろう。よし、そこらへんは一度家具屋にいくしかない。そこで北欧っぽい家具で安いのがあるかもしれない。物は試しだ。

 

 

「北欧の家具は20万ぐらいを目安に用意していただけると、そこそこのものが揃えられますよ」

「予想はしていましたけれど高いですねー…」

「どうしても輸入品になりますからね。上をみればそれこそテーブル一つで20~30万というものありますから」

 

 早速家具屋に来てみたところ、見事な轟沈だった。今の状態で20万の出費はできない。

 

「北欧風となるといくらぐらいになりそうですか?」

「そうですねー…北欧風となっても、材料はさほど変わらないので安くそろえても10万ぐらいかと」

「そーですかぁ」

「ええ、あとは木目調のコーティングなどをした安価な北欧風家具、というのもありますが…結局1年ぐらいで破損してしまうので、そうなると結局最初から20万ぐらいの家具でそろえたほうが良いかと思います」

 

 やはりハードルが高そうだ。うん、今は北欧風家具を諦めるとしよう。と、なると当初の予定通り女の子のような家具を探すしかない。とはいっても、動かすのが難しい家具、本棚やテーブルはそのままだ。変えるのはカーテンやカーペット、あとは寝具一式に小物入れといった消耗しやすい部分のみに限定する。

 

「わかりました…。あ、では、カーテンとかを一度見せてほしいのですが」

「良いですよ。こちらの棚が…」

 

 つまり、最低限の金額で抑えて、後で好きなものを買う算段だ。よし、あとは店員さんと相談しながら統一感を出してみるとしようかな。

 

 

 家具屋から出て、家に帰る途中、用水路の橋の近くで何か拾った。猫じゃないけれど、猫のような、何か形容しがたい生モノを拾った。大きさにしてみれば20センチぐらいの、真っ白な人型の何か。最初はフィギュアかとおもったのだけど、表情が変わるし少しあったかいし、なんだろうか?

 

「えーと…これは一体なんだろう」

「なんだとは失礼な」

 

 しゃべった!?

 

「しかし貴様もデカいな。どうなってる。人々が全員くそデカい。艦娘と深海棲艦に次ぐ第三勢力が現れたのか?」

「いえ、あなたが小さいだけかと」

「む、そうなのか…それにしても、ここはどこなんだ?」

「〇〇県の〇〇ですよ」

「…陸、内地なのか?」

「え、ええ。陸ですよ」

 

 どうもこの小さな生モノは現状を把握できていないらしい。そして、落ち着いて生モノを観察したとき、某キャラの特徴である、口がついた巨大な尻尾が目に入る。

 

「そういえば小さいあなた、どうしても一つ聞きたいことがあるのですが」

「何だ?」

「そのしっぽといい、パーカーといい、肌の色といい…深海棲艦ですか?」

「む、貴様、もしや…艦娘か!?」

「正確には艦娘ではないのですが。響のようなものです。それにしても、随分と小さいですね」

「響…確か横須賀の、か?最近見ないと思ったら内地に移動していたのか」

「いえ、その、なんというか、私は響ですが、響ではないといいますか。事態はもっと複雑なんです。あ、それであともう一つ聞きたいことが」

「何だ?」

「深海棲艦というのはわかりました。それで、さらにもう一つ聞きたいのですが、その尻尾から察するに、貴女は…」

 

 僕の言葉に小さい生モノはにやっと笑みを浮かべていた。

 

「貴様ら艦娘からの呼称は戦艦レ級だ。いや、正直このチッササとしっぽのせいで何もできていなかったからな。敵とはいえ事情を知る貴様と出会ったのは幸運だ」

「はは…」

「ということで響。落ち着けるところまで私を運んでほしい。そして、知りうる情報を私に教えてくれ」

 

 うん、ええと、僕のほかにもどうやら、おかしなことが起こっているようだ。世界はちょっと変な方向に向かっているのかもしれない。

 

「貴女を運ぶことについては、やぶさかではありませんが…その前にちょっと失礼」

「うん?」

 

 ま、とりあえず、戦艦レ級っぽいこのちっこい物体の尻尾の感触を確かめておこう。お、ほどよく冷たくてすべすべで良い感触だ。

 

「ちょっとまて!くすぐったい!」

 

 どうやら神経もしっかりと通っているらしい。そして、撫で続けていたら尻尾で軽く手を噛まれた。解せぬ。




-My name is "Re"


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-My name is "Re"(1)

解説入りマース!


『戦艦レ級』

 

 艦隊これくしょんというブラウザゲームにおいて、敵対勢力である深海棲艦と呼ばれる存在の中でも、特に上位種に位置する艦種である。

 

 開幕の航空戦から始まり、そのあとの魚雷、そして強力な砲雷撃戦、対潜戦闘と、全てにおいて高水準で纏まっている敵であり、提督と隷下の艦隊を苦しめている最悪の敵の一つと言って良い。

 

 『戦艦レ級』

…と呼ばれる彼女がなぜこんなに小さな物体として、現実世界に現れているのかはよくわからない。だけど、確かに私の手に乗っているし、重さもあるし、暖かさもある。そして人語も理解しているし会話もできる。

 

 とりあえずは我が家に移動して落ち着いたところではある。腹が減ったというのでポテチを渡したらハムスターのように両手で抱えて食べ始めたり、灯油をコップで渡せばぐいっと飲み干すし、なかなか見ていて可愛い。

 

「ふいー、人心地ついた。いやはや、こちらに来てから一週間ほど何も補給できていなかったからな。助かったぞ響」

 

 掌の上で満足そうに笑みを浮かべるレ級。満足したということだし、そろそろ情報交換といこう。

 

「しかし、なぜレ級さんは、そんなに小さい姿でここに?」

「艦娘にさん付けされるのはむず痒いのだが…まぁいいか。気づいたらこうなっていた、という他ないな」

「気づいたらですか」

「ああ。戦闘をしていたわけでもないし、座礁しかけていたわけでもない。少し目を閉じて休んで目を開けてみたら、さっきの橋の下だ。しかもなぜかみなサイズがおかしいときた。ま、私が縮んでいただけなのだがな」

 

 レ級は私の手の中で胡坐をかいて首を傾げていた。どうやら本人にもこちらに来た理由などは分からないらしい。ふむ…まぁ、私の身の上も話して問題ないだろう。

 

「あの、レ級さん。実は私もそうなんです。もともと男だったんですが、気づいたらこの体になってまして」

「…もともと男?つまり、響、艦娘ではない?」

「はい。ただ水の上を走れたり、燃料を飲むと体が軽くなったりするのですが」

「ふむ。体だけ艦娘、ないし艦娘に近いものになったというわけか。人間では水の上は走れないしな。ふーむ…それはそうとしてだ、ええと、響じゃないならなんと呼べば?」

「名前は特に。響でかまいません」

「そうかそうか。でだ、響。ここは一体どうなっている。私のいたところでは日本の内地は我々の空爆で壊滅状態にしたはずなんだが」

 

 レ級はこちらを鋭く睨む。とはいってもミニサイズなので可愛い。…それはそうとして、やっぱりこいつは深海棲艦という敵キャラだ。下手に刺激しないためにも、真実を話したほうがよさそうだ。

 

「こちらの世界ではあなた方深海棲艦は現実に存在していません。それに、日本は第二次世界大戦以降特に大きな戦いには巻き込まれていませんよ」

「…なんだと」

「私たちの世界で、深海棲艦が存在しているのは、これです」

 

 私はそう言いながら艦隊これくしょんを起動する。そしてあっけにとられるレ級を尻目に、5-5へと艦隊を繰り出していた。そう、レ級と出会えるあの海域だ。

 

「…これは俗にいうゲームじゃないか。あれ?艦娘?提督…?おい、響、まさか」

 

 レ級が驚いているけれど、とりあえず無視だ。そして、数戦の後、例のマスへと艦隊は進む。

 

「これが私たちの知るあなたの正体です」

 

 画面に映し出されるのは、響を旗艦とした僕の艦隊。そして、敵には戦艦レ級率いる深海棲艦が映し出されていた。

 

 

 戦艦レ級は画面を見て少し取り乱していたが、流石は深海棲艦というべきなのか、落ち着きを取り戻していた。

 

「にわかには信じられないが、私たちのいた世界はここの世界ではゲームだ、と。ここは別世界だ、ということか」

「ええ。艦娘と深海棲艦はご覧の通りにゲームの中のものです」

 

 戦艦レ級は画面のレ級に手を添えると、深くため息をつく。そして、私と向き合う。

 

「…我々の世界は世界大戦後に艦娘と我々の戦いが始まって、泥沼もいいところだ。正直毎日が地獄の連続。だが、ここは、史実の戦争後は近隣諸国と多少いざこざはあるものの戦争はしていない国、か。我々からするとうらやましいものだな」

 

 そういうレ級の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「まぁ、感傷はこれぐらいにするとして…現状は判った。つまりは結論として、現状は意味不明、ということだな」

「ええ、お互いになぜこうなったかは不明…ですね」

「だな」

 

 お互いの情報を出し合った結果に苦笑いだ。僕はなぜ響になったのかは不明だし、レ級がなぜ小さくなってこちらの世界に来たのかも不明。ただ話を聞くに僕が響になった日とレ級がこちらに来た日はほぼ同じようだ。

 

「まぁ、なんだ。現状把握は出来た。そこでだ響。一つお願いがある」

「なんでしょう?」

「しばらく私をこの家に置いてくれ。往く当てがない」

「そのぐらいなら全く問題ないですよ。あ、ただレ級さん、いくつか質問があるのですが…よろしいですか?」

「ああ、いいぞ」

「艦娘の体は燃料は必須なんでしょうか?あと、今のところ灯油を摂取しているのですが、問題あったりしますか?」

 

 素朴な疑問だ。僕の体が響だとして、今までは自己流で灯油を飲んでいた。だが、もしそれが悪影響を及ぼすものならば変えなくてはいけない。

 

「何を言っている、実生活を送る分には…」

 

 レ級はさも当たり前のような顔でこちらを見ていた。が、途中でハッとしてた表情を浮かべた。

 

「あぁそうか。響は体は艦娘でも心が艦娘ではないのだよな」

「ええ。燃料を摂取するという行為も正直正しいのか不安で…」

 

 僕がそう言いながらレ級を見ると、クククと苦笑いを浮かべていた。

 

「そうさな。実際のところは毎日の燃料補給は必至だ。燃料としては船の燃料である重油があれば一番良い。だが、それが無ければ最悪、燃料として使える油があればなんとかなる」

「そうなんですか?」

「ああ、戦闘をしないのであれば灯油だろうが軽油だろうがガソリンだろうが問題ないさ。例えるなら…そうだな、人間には必須アミノ酸というやつがあるだろう?燃料はあれに似たようなものだ。ただアミノ酸と違うのは、燃料は体の構成には必要不可欠ではあるけれど、摂取方法に制限は無いという点さ。分かりにくくて申し訳ないが…そうだなぁ、肉を食おうが魚を食おうが野菜を食おうが、『食い』さえすれば生きていけるようなものさ」

 

 なるほど、と納得する。やはり、この体は船なのだ。

 

「そういえば、燃料を摂取しないとどうなるんですか?」

 

 燃料についてある程度理解できたところで、僕は素朴な疑問を口にしていた。

 

「死にはしないが動けなくなる。まぁ、普通に生活する分には一日にコップ一杯飲めば問題ない。それに満タンまで燃料を飲んで置けば1週間は持つ。ただ、水上を移動して戦闘なんてした日には数十リットルから数百リットルの規模で燃料が必要になるな」

「戦闘となると凄まじいですね…」

「ああ、だから燃料の管理は厳重でなぁ…」

 

 レ級は遠い目をする。なるほど、ゲーム上でもイベントなどで一瞬でなくなる燃料だ。もし常に戦争をしている世界なら、がんがん消費してしまうことなのだろう。

 

「ま、それはいい。あと燃料について大切なことが一つあってな」

「大切なこと?」

「うむ。艦娘や我々深海棲艦は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 抜粋するならば、ガソリンなら麝香(ムスク)、ハイオクタン価のガソリンならばレモン、軽油ならミント、灯油ならリンゴ、そのほかの食用油などの規格外の燃料ならばミルクのような香り、といった具合だな。それによって正規の燃料を補給していない奴の誤出撃を防ぐ意味があるんだ」

 

 なるほど、体臭が変わるのはそういう理由か。あれ、でも、正規の燃料を摂取するとどんな香りがするのだろう?

 

「ええと、船舶用の燃料だとどんな香りがするんでしょう?」

「あー…そうだなぁ。人間どもに言わせればくらっと来て艦娘か深海棲艦の事しか考えられなくなるぐらいの強烈な良い香りがするらしい。だからか深海棲艦も艦娘も艦種問わずに人間からはすさまじく人気があってなぁ。ひどい人間共は寄ってたかって…ってそれはいいか」

 

 レ級はぽりぽりと頭をかく。船舶用の燃料はよい香り、か。あ、そういえば前に飲んだA重油はどうなんだろうか?

 

「そういえば、A重油っていう家のボイラーに使うような感じのものも飲んでみたのですが、あれはどのような香りがするのでしょう」

「ああ、それだったらちょっと女性らしい香りが香るぐらいだ。俗にいう感じのよい女性、みたいな感じだな。ちなみにだ、船舶用の燃料は本当にすごいぞ。先にいったとおり人間を虜にする香りらしくてな。私も海軍の提督を何人か食えたぐらいだ」

「…提督を?」

「おう。艦隊全滅させた後に乗り込んでな。もちろん食ったっていっても命じゃなくて夜の」

「OK。判った」

 

 レ級の言葉を途中で遮る。レ級はなんだよーといった顔でこちらを見るけれど、そこらへんの武勇伝はまた今度の機会にしてもらいたい。レ級も流石に察したのか、ばつの悪そうな表情を浮かべていた。 

 

「…ま、なんだ。好きな男でもいたら部屋に呼んだ時にでも船舶燃料を使えばおぜん立ては完璧ってところだ。逆に外出するときに船舶用の燃料なんて飲んだ日にゃあ、痴漢され放題、襲われ放題、追っかけられ放題とろくなことがないからな。気をつけろよ」

「気を付けるよ」

 

 ふむ…男性を虜にするなら船舶燃料ね…というか灯油を常備燃料にしておいてよかった。灯油ならばアップルの香りで、日中の体臭さわやかでまず生活に支障はないだろう。

 

「あとは燃料が切れたときは、先に言った通り動けなくなる状態にプラスして、汗臭くなる仕様だ。ま、これも管理しやすいようにってことだな」

「汗臭く?」

「ああ。ま、判りやすいだろ?疲れてるから汗臭い。ってことだ」

 

 なるほどなるほど…うん、この体が汗臭い状態は想像したくない。毎日燃料は欠かさずに摂取することとする。

 

「あー、それはそうと響。ポテトチップスをもう一枚くれ」

「あ、はい、どうぞ。もしかしておなか減ってます?」

「いや。単純に旨い。あっちの世界じゃこんなもん食えなかったからな」

 

 サクサクサクと両手でポテチを抱えるレ級。うん…やっぱり可愛いね。



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-My name is "Re"(2)

解説その②


 レ級を家に連れてきて数時間。その間、僕こと響の艦娘としての能力をレクチャーしてもらっていた。

 

「なるほど、燃料さえちゃんと補給していれば、艦娘や深海棲艦はとんでもない力が出せる、と」

「ああ、ちょっと意識すればな…ほれ、こんな感じだ」

 

 そういうとレ級は小さな体で、しかも片手で軽々とベッドを持ち上げていた。わずか15センチ程度の小人が2メートル近いベッドを持ち上げる光景はなかなかシュールだ。

 

「ま、ただ」

 

 レ級はベッドを下すと、ぺたりと座り込んだ。

 

「こういう能力は燃料を喰うから戦闘の時以外は基本、奥の手だけどな。響、灯油クレ。そっちのでかいグラスで」

「はい、どうぞ」

「助かる」

 

 レ級はそういうとグラスに尻尾を突っ込み、一瞬で燃料を補給していた。尻尾でも飲食が出来るのか。

 

「それにしても不思議ですね。普通の時はコップ一杯の燃料でいいのに、ちょっと能力を使うと消費が増えるなんて」

「まぁ、それは仕方ない。体重は変わらず能力や身体能力だけ船舶。我々はそんな都合のいい力をもっているんだ。その対価と思えば安かろう」

「確かにそうですね。しかもそちらの世界ではそれに加えて砲撃とかもできるのでしょう?」

「ああ、まぁ。ただあれはあれでなぁ…実弾は製造しなきゃいけないから結局コストが高いんだよなぁ…」

 

 レ級はそう言いながら遠い目をしていた。どの世界でも兵糧は大変なようだ。

 

「そういえばこちらの世界では艦娘の艤装についていろいろ解釈があるんですが、実際は艤装はどのようなものなんでしょうか?」

「ん?どのような、とは」

「例えばですね、こう、小さな姿だけれど威力は本物の軍艦並みだーなどと言われていたりするのですが」

「あー…。夢を潰して申し訳ないが、現実は往々にしてつまらんものでな、小銃のサイズだったら小銃の威力しか出んよ。私の臀部砲塔で実寸20ミリ程度の弾丸だから…まぁ、艦娘は文字通り吹き飛ぶが船舶にはとても太刀打ちできんよ」

 

 さらに、とレ級は続ける。

 

「普通の兵器と同じように出撃前に燃料を補給し、体のメンテナンスを受けて、艤装を受け取り、装備し、さらに艤装との接続・最終のメンテナンスを行い出撃する。そして戦闘を行い無事に生き残れれば修復・補給とローテーションを繰り返す。こっちの世界はそんな世界だ」

「結構殺伐としてますね」

「まぁな。我々はあくまで船舶の力が出せる海上歩兵なんだ」

 

 ということは、艦娘が装備している魚雷や主砲は対歩兵を意識している、ということだろうか。

 

「つまり、装備している艤装ではせいぜい歩兵を倒すぐらいしか能力がない、と?」

「そういうことだ。ま、あと大きな違いがあるとすりゃあ、私らは潜水能力がある、ってぐらいかね」

「…でも、先ほど街を空爆した、とか言っていましたが、どうやったんです?」

「…そうだなぁ、まず、我々の世界だが」

 

 んん、とレ級は一息つく。 

 

「実際の戦闘機や船舶も工廠で製造されている。1トン爆弾を積める爆撃機、40cm連装砲、酸素魚雷などなども、だ。そして大和や武蔵といった戦艦も当時の姿で製造されている」

「当時の姿で?」

「ああ、そして我々は、適合した武装や船体を一人で操り、管制することが出来るんだ」

「一人で、管制を?」

「そうだ。数百人必要な船の管制や、パイロットが数十人単位必要な航空機隊の操縦なども艦娘や我々が一人いれば行える。特に私、戦艦レ級は『航空機隊』『砲雷撃』『超巨大船の操縦』などなど数千人が必要なはずなのに、私一人で賄える。どうだい?戦争の道具としては特級品だろう?」

 

 確かにそうだと納得する。現代のイージス艦でも百人単位で人が必要なのに、それが1人で動かせるとなればそれは画期的な事だろう。

 

「更に詳しく言えば、ボイラーの火入れから各砲弾の準備、そして対空砲火に魚雷発射に主砲発射に電探操作。それがタイムラグなく一人で行えるんだ。恐ろしいぞ、大和クラスが出航までに数分、砲雷撃開始まで始動から5分とかからん。そのお陰か、人間が操るイージス艦を先手で落としたこともある」

「イージス艦を?」

「ああ。結局奴らはレーダーが良くて長射程のミサイルを持っている艦にすぎない。一つの動作をするのに、何通りも手順を踏まねばならない。そんなもの、正確な飽和攻撃を行えばそれを無力化できる。それに人型で偵察を行い位置を伝えた瞬間、海中から戦艦が飛び出て砲撃を行えば…」

 

 ぞっとする。人型の、目視もレーダにも映らないナニカに見つかった瞬間、海中から巨大な戦艦が現れ、タイムラグなしに何十発と砲撃を行ってくるのだろう。しかも、艦隊を組んで。それでは、いくらイージス艦とは言え対処は難しいと思う。

 

「ま、この世界では活躍する場などないだろうがな。しかしなんだ、我々が存在しない世界か。ふーむ。なぁ、響。少し貴様に付き合っても良いだろうか。せっかくこちらの世界に来たわけだし、平和な世界を見ておきたい」

「それは構いませんよ。ただ、明日から仕事なので来週までは家で大人しくしていただくと思いますが」

「それで構わんよ。ああ、ただテレビやらパソコンやらは使っても構わないか?こちらの情報を仕入れたい」

「ええ、ご自由に…そういえば、まさかとは思いますがこちらの世界を攻め落とそうなどとは」

 

 じとっとレ級を見下す。よく物語なのではありがちな話だ。だがレ級はやれやれと首を振る。

 

「考えるかよ。そもそもこの体だぞ?ちっさい体だぞ?逆に響は何を期待しているんだ」

「いえ、現実に深海棲艦が現れたー!とか、ちょっとワクワクするかなとか」

「ははは…たらればの話は嫌いじゃないが、それをやるにしても私が動かせる船体とドックがなきゃな。それに平和だという世界をわざわざ戦火に巻き込むほど野蛮じゃない」

 

 意外と理性的だ。

 

「…なんだその意外そうな顔は」

「いえ、ゲームのイメージ的にこう、一般的にレ級と言えば喜んで艦娘を生きたままかじりついて内臓を引きずり出しているようなイメージが」

「この世界の住人は、我々深海棲艦にどんだけ野蛮なイメージを抱いているんだ。そんなことはしないさ。我々とて海軍ぞ」

 

 ですよねぇ、と言葉が出かけたが、次のレ級の言葉でやっぱりこいつはレ級だな、と納得する。

 

「苦しまぬよう一飲みさ。クヒヒ」

 

 

 その夜、ふと夢を見た。

 

 見知らぬ天井、見知らぬ姉妹。いや、正確には識っている。暁・雷・電だ。3人の顔を撫で、部屋を出る。そして着の身着のまま、海辺へと歩みを進める。

 そこにいたのは戦艦レ級。手を差し出す響、鏡のように手を差し出すレ級。互いに開く口、音は聞こえない。

 

 上半身だけの抱擁、互いの目に涙。

 

 静寂ののち、レ級は海中へ、響は姉妹の元へ。

 

 音は聞こえなかったけれど、あの唇はこう、動いていた。

 

『私の、名前は…』

 

 



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Anyway HEROs(1)

 居酒屋、鳳翔。かの艦娘が切り盛りする鎮守府きっての人気居酒屋だ。普段は艦娘と職員でにぎわうこの場所だが、今日は男2人だけの貸し切りである。

 

「で、提督。私のこの体の正体、判ったのかい?」

 

 そのうちの一人は響、と名乗る男性。

 

「いや、全然判らん。写真での捜索で一件も連絡なし、メディアで数件連絡があったが…ま、実際行ってみると全く違う情報だ。DNAも合致無し。行方不明者名簿と照らし合わせても一致する人間は一人もいないのが現状だ」

 

 もう一人は、提督と呼ばれる人間だ。どうやら、男性となった響の体について話を進めているらしい。

 

「そうかい。難儀しているね」

「まぁな。あとは全国の鎮守府にいる響とヴェールヌイに問い合わせたんだが、全員本人だと」

「…それもまた、私以外にこんなことになってる人がいない、と」

「そういうこった。行方不明になった響はお前だけ」

「本当、難儀だね」

 

 響は目の前にあるビールを一口飲む。炭酸とアルコールで、少しは気がまぎれるようだ。 

 

「まぁ、好きなだけ提督と飲めるわけだし、今のところは別にこのままでもいいけれどね。…それにしても、もし、この体の持ち主が私の体になっていたら相当大変だと思うよ」

 

 ほう、と提督は興味深そうに眼を開く。

 

「艦娘だからか?」

 

 響は首を振る。

 

「いいや。女の体というのは手入れする場所が多いんだ。男は精々皮膚と髪の毛だけだろうからね。いやはや、本当、男は支度が楽で仕方がないよ」

「そうなのか。まぁ、確かに俺も軍服着て髪整えて、髭を剃ればなんとかなるわなぁ」

「でしょう。私たち艦娘はそれに加えて色々、まぁ、色々身支度しているからね。短い娘でも30分はかかるよ」

「マジか」

「マジだよ」

 

 カラン、とウィスキーのグラスの氷が鳴る。

 

「…それにしても響がここまで男の体に馴染むとはねぇ」

「ま、もともと海の男を乗せていたからね。男として生活するのにそこまで違和感は無いさ。ただ…夜の生活は少し困るかな。男というものはここまで悶々とするとは思わなかった」

「…はははは!ここにきてそれか!ま、そこは仕方ねぇか。ま、いい店連れて行ってやるよ」

 

 提督は大笑いである。響は不機嫌そうな顔で提督を睨む。

 

「提督、私は中身は女だ。…でも、お願いしたいかな」

「へいへい。判りましたよ工藤響殿。先達としてしかりと導いて差し上げましょう」

 

 艦娘が存在する世界の男たちの夜はまだ始まったばかりだ。

 

 

 今日も今日とて私は喫茶店でのバイトだ。いつもの制服に身を包み、いつものコーヒーをお客さんに差し出している。もちろん笑顔を忘れない。

 

「響ちゃーん。コーヒーお替り」

「はーい」

 

 常連さんからの注文も慣れたものだ。視界の端に私のポニーテールが揺れて入るのはご愛敬だと思う。というかきっと可愛いであろう。

 

「お待たせしました。コーヒーです」

「ありがとう」

 

 笑顔を常連さんに向けると、向こうも笑顔で言葉を返してくれる。本当、良い場所だと思う。そして、今日も一日の仕事が終わった後にはマスターの賄が待っている。

 

「響さん。今日もありがとうございました。今日は卵サンドにシーザーサラダ、それにブレンドコーヒーです」

「マスター、ありがとうございます」

 

 コーヒーはおいしい、卵サンドも、シーザーサラダも美味しい。そして私は可愛い。ああ、なんという幸せか!ただ、未だになぜ艦娘になったのかはわからないし、やっぱり燃料は必要な体だから不安はぬぐえていない。

 幸いなのは「戦艦レ級」と出会えて体のメンテナンスの仕方が判ったことぐらいだ。燃料が必ず必要で、水に浮けて、すごい力が出せる。ただ、女性の体だからそっちの面の手入れはしなきゃいけない。今だって軽く化粧をしているし、毎日のパックや化粧水などは毎日行っているし、長い髪のトリートメントも忘れていない。

 

「あー」

 

 声を出せばかわいい声。録音して聞いてみたりしたら間違いなく響だった。ああ、自分が可愛いのは素敵だ。いままでの男の体ももちろん好きだが、まぁ、かわいい女の子になれるのならば間違いなくこっちを選ぶ。

 

 さて、賄を食べ終わったことだし、家に帰るとしよう。レ級も待っていることだしね。

 

 

 カタカタと部屋にキーボードの音が響く。モニターの前にいたのは、小さな戦艦レ級である。

 

「なるほどなるほど…世界大戦のあとは日本は警備隊から自衛隊に…しかもアメリカから貸与されてか…まー…ただそれでもこう、この世界では擬人化されているのは何かこっぱずかしいもんだな」

 

 ブラウザに映し出されているのは海軍の歴史と、擬人化のいくつかのゲームである。

 

「深海棲艦の正体は不明。ふむ。艦娘も明言はされていないが…()()()()()()、という設定はあるのだな」

 

 レ級は響に買ってもらっていたポテチの袋を開ける。反動でコケるが、姿勢を直して改めて画面の前に立つ。

 

「まぁ、確かに我々も我々のことは不明だしなぁ。ただこのゲームは…なるほど、武装などの明言はされていないのか。だからこそこう…人気があるのだな」

 

 レ級はふむふむと考え込んでいた。

 

「…艦娘に深海棲艦の関係、装備品の有無、巨大化、艦艇化、ロマン溢れるなぁ。素晴らしい」

 

 独り言をごちりながらレ級はどんどんブラウジングを続ける。だが、あるところでハタとその手が止まっていた。

 

「…横須賀、三笠、それに護衛艦か。いいな、一度、()()()おきたいな。もし私だけがこちらにきたのならいいのだが…」

 

 そう言うレ級の顔は曇っていた。




中国からきたTSゲームが理想すぎて堪能しております。
…すごいもんが来たもんだ


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Bolero (1)

時間が出来たのでようやっと響イイイイイイイイイ!

ちょっと横須賀にお出かけです。


 ここは鉄底海峡。敵も味方も、今死ぬし、明日死ぬ。1週間生きれば英雄だ。

 

 そして今日も今日とて、艦娘が、深海棲艦が、死にに来る。

 

「前方15000に深海棲艦群視認。駆逐4、軽巡2、戦艦2、空母2の中規模艦隊です」

「ヤー。私と島風はこのまま速力全開で吶喊。10000時点で魚雷は半数を投入。半数は待機」

「了解」

「赤城と加賀は爆撃機を上げて混乱した敵空母を喰え」

「了解」

「長門と陸奥は敵戦艦のどてっぱらにデカい穴を一つ頼む」

「任された」

「仕留めきれなかった艦は残りの魚雷で仕留める。以上。説明終わり」

「響、後ろについて。風よけになるよ」

「了解。島風。では…全艦」

「「「「「吶喊!」」」」

 

 缶の圧力を上げる。煙筒からは黒煙が一瞬上がり、タービンが唸りを上げ、シャフトが捻れ、ペラが空気を巻き込みながら海水を吐き出す。それらが全て推力に変換され、響と島風は敵艦隊の横っ腹に吶喊していく。後方では赤城と加賀が次々に流星――加賀は雷撃、赤城は爆装であるが――を発艦させていく。

 そこまですれば相手もこちらに気づくもので、軽巡、駆逐からの発砲光がちらりちらりと散見される。無論、船の速力よりも砲弾の速力の方が速い。

 

「敵の発砲光確認」

「ヤー。こちらは発砲禁止。引き付けろ。バイタル抜かれなけりゃいいよ」

「合点承知の助!」

「魚雷発射管を左舷へ。このまま肉薄して面舵で側面を敵船団に向けたら魚雷投下。私たちの船体は船団の後方を掠めるルートで往くよ」

「後方で丁字だね。痺れるぅ!」

「ヤー。一筋縄ではいかないけれど、魚雷で数隻喰えればこちらのもんだよ」

 

 そう言った響の船体が爆ぜる。敵弾が破壊した場所は艦橋だ。響本人の額からも血が流れ始める。

 

「なかなかやるね」

「フラグシップかな?でも、今のダメージじゃかすり傷だね」

「当然。いくらでも弾は喰らうけど、奴らを喰い破るのは我々さ」

「もちろん。…酸素魚雷有効射程まで残り20秒」

「ヤー。さぁ、食い破ろうか島風。魑魅魍魎に戦い方というものを教育してやろう」

 

 そういった響の頭上を、長門と陸奥が放った弾丸が、赤城と加賀が送り出した航空機が埋め尽くす。

 

「戦いは始まった時に終わっているのだ。さぁ、深海棲艦共。海の藻屑となるがよい」

 

 にやりと口角を上げた響の船体が再度爆ぜる。今度は前方の主砲だ。本人の胸のあたりから出血が起きるが、だがしかし、響は特にそれを意に介していない。むしろ笑みを強くするだけだ。自身の船体を燃え上がらせながら、しかし大胆な笑みを浮かべるその姿はまさに修羅と言って良いだろう。

 

「よろしい、非常によろしい。だが、その程度の怨嗟で私達を喰えると思っているのかな?」

「あっははははー。甘いよねー。甘いよねー。…魚雷投下位置まで10秒」

「面舵。回頭!喰うよ。島風」

「合点」

 

 魚雷が海面へと落ちる。敵との距離は既に5000を切っている。砲弾は次々と響を、島風を襲うがどこ吹く風。逆に深海棲艦の空母と戦艦が、航空機と41cm砲弾になすすべもなくどてっぱらに大穴を開けられていく。そして島風と響が放った魚雷たちはそんな空母と戦艦を尻目に駆逐艦と軽巡へと襲い掛かる。この時間、戦闘下知からわずかに10分という早業だ。

 

「敵艦隊沈黙。救出艦は暁型。鎮守府にて精査しないと艦名は不明」

「お、いいなー。響の船体だったら部品入れ替えできるじゃん」

「確かにね。それに私たち姉妹はオーバーホールの時期だからね。誰の船体であってもあり難いよ」

「島風型は本当でないからねー。缶のストックがそろそろ切れるんだよね」

「それは島風が無茶しすぎ。ああ、あと曳航は長門さん、よろしくお願いします」

 

 にこやかに談笑する艦娘たち。その海面には、深海棲艦の残骸と、真新しい駆逐艦の船体が浮かぶのみである。

 

 

「……………うぉぉおおう!?」

 

 布団を跳ねのけて体を起こしてみれば、まだ世界は真っ暗。チビのレ級は寝ているし、時計の針は2時を指している。

 

「すごい夢だったな…。もしかして、この体の記憶なのかな?」

 

 砲撃をしている感覚とか、傷を受けた感覚とかなかなかリアルだった。というか、正直頭のネジが飛んでいるような戦い方だと思う。…ま、とりあえず、寝なおそう。

 

「いや寝るなよ。横須賀行くぞ。すぐ行くぞ。ほら行くぞ。用意しろ響」

 

「…うぃー」

 

 今日はバイトが休み。ということで、朝はちょっとのんびり…という訳でもない。なぜかというと、レ級が『横須賀に出かけたい』と伝えてきたからだ。

 

 

「横須賀…?」

「そう。横須賀。あっちの世界じゃ艦娘の拠点だから近寄れなかったんだけどさ、こっちの世界でも基地ではあるけれど、一等の観光地という情報をネットで見てね。一度、行ってみたかったんだよ」

 

 そういうレ級は良い笑顔だ。ついつい冗談めいてこんなことを聞いてしまう。

 

「へぇ…ねぇ、もしかして、船が多い横須賀に出かけて、この世界の護衛艦を使って何かしようとか企んで無いよね?」

 

 言うや否や尻尾で手を叩かれた。小さい割に、結構いたい。

 

「響がポテチをくれなくなったら企んでやるよ」

 

 そういいながらレ級はため息をついていた。

 

「まぁ、そう思われても仕方がないとは思っているが。その、私たち船にとっては戦艦三笠はやはり憧れなんだ。私の世界では見に行けなかったからなぁ。あとは今日、護衛艦の公開もやっているだろう?だから行きたいんだ」

 

 何か企んでるのかと思ったけれど、どうやらそうでもないらしい。というか艦艇公開なんてやっていたのか。

 

「艦艇公開、やっているんですか?」

「うむ。ホームページで確認したから間違いない。それに、ちょっと確認したいことがあるしな」

「パソコン使いこなしてますねー…。で、確認したいことというのは?」

 

 レ級はにやりと口角を上げる。本人的には悪顔なのだろうけど、小さい分小憎らしい笑顔になっている。というか艦娘の世界のものはかわいいのが基本なのだろうか?

 

「響が艦娘かどうかの最終チェックってところだよ」

「それは…どういうことです?」

「それは護衛艦に乗ってからのお楽しみさ。さぁさぁ、それよりも早くいこうぜ」

 

 レ級はそういいながら尻尾を地面になんどか叩きつけていた。なんか、エサを待ちきれない小動物みたいで可愛い。ま、そうだな。

 

「判ったよ。まぁ、明日はバイトも無いし、暇だし…行こうか」

 

 

 といった具合で、何か企んでいるようなレ級を連れて横須賀に行くことになっている。未だに尻尾をぱたつかせているレ級を見ながら、横須賀行きの服装を決める。…ま、ポニーテールにスカート、あとはニーソに猫耳パーカーでいいだろう。足元は編み上げの靴。動きやすい、かつ、僕の心に刺さる服装だ。

 

「…元男という割には随分と可愛い服装じゃないか」

 

 ぽつりと呟かれたけれど、当然じゃないか。

 

「元男だからこそ、だよ。可愛い女の子にはかわいい服、じゃないともったいないと思うんだ」

「なるほどな。艦娘は確かに整っているからなー」

「でしょう?」

 

 私はどや顔でそう言った。

 

 

 JR線を乗り継ぎ、私とレ級はなんとか横須賀の駅に到着した。護衛艦の一般公開の日というだけあって、休みだというのに電車はすし詰めだ。

 

「…電車はもう勘弁だ」

「同感です」

 

 レ級は私の服にある内ポケットに入れていたので、混雑する電車ではむんぎゅと潰れていた。特にけがはしていないようだ。そして、レ級はちらりと私の首元から顔だけを出してキョロキョロと周りを見渡している。

 

「いやしかし、ここが横須賀か。ここが憧れの横須賀か。…拍子抜けだ、普通の街だなぁ。もっとこう、要塞化されているものかと…」

 

 横須賀は自衛隊と米軍の基地がある街だけれど、かといって別に軍色が強いわけじゃあない。商店街があるし、ホテルもあるし、遊び場もあるし、公園もある。実に、普通の町だ。だけれど、今日はそういう日じゃない。

 

「そちらと違って戦乱のない日本ですしね。ただ、駅を出たら軍艦が見えるっていう町はそうそうないですよ」

「おぉ!本当だ。いやー、インターネットでは写真を見ていたが…変わった形をしているなぁ。砲なんて一門しかないじゃないか」

「現代の船はあれで貫通力も命中力も連射性も世界大戦の時の船より上ですからねぇ」

「ほー…っていうかよく知っているな?」

「そりゃあもう。艦これも軍艦好きが高じてやり始めたもんですよ」

「なるほどな。にしても強い船か。一度手合わせしてほしいもんだ」

「あはは」

 

 他愛もない会話をしながら、横須賀の駅からヴェルニー公園へと歩みを進める。

 

「じゃあとりあえずは三笠へ向かいますよ」

「ああ、頼む。それにしても、こちらの横須賀はずいぶんとドックが少ないな」

「そうですか?」

「うむ。なんどか偵察の写真で見たことがあるが、もっとドックが多かったはずなんだが…こんな公園なんてなかったぞ」

「ドックを潰して平和利用ってやつです。多くはショッピングモールや野球場になってますよ」

 

 ほー、と感心するレ級を差し置き、私も周囲を見回している。何せ横須賀はなかなか来れる街ではないし、更に土方をやっていた時は日曜日もあってなかったようなものだし。こんな風に出歩くのは久しぶり過ぎて新鮮だ。

 それに今日はいつもの視線は感じない。なぜかと言えば、艦隊これくしょんのキャラクターのコスプレをしている方々が街中を闊歩しているからだ。…ちょっと私もコスプレをしてくればよかった、なんて思ったけれど、良くも悪くも目立つので今日は私服で正解だったかもしれない。

 

「艦娘の仮装ねぇ…。面白いけど、面白くは無いな」

「そういわずに。こちらの世界ではこういう仮装、つまりコスプレが流行りなんです」

「ほー。…お!ありゃあ私たちの仮装じゃないか!」

 

 そういったレ級の視線の先にはまさにレ級のコスプレの一団が歩いていた。一瞬嬉しそうな顔をしていたレ級だが、次の瞬間には顔が曇る。そして何を言うかと思えば。

 

「…私よりも胸がありすぎるな。ちくしょう」

「そこは嫉妬するんですね」

 

 うん。横須賀は今日も平和だ。



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Bolero (2) / He(She) is a ship(s)

響ィイイイイイイイイ


 ヴェルニー公園は海沿いの公園で、JR横須賀駅を出て左手に進むと海沿いに現れる公園だ。公園から左手に横須賀の自衛隊の基地、海を挟んだ対面に米軍の基地、右手にはショッピングモールが存在している。艦艇公開を見るのならば左の自衛隊の基地に向かえばいいのだけれど、ここはレ級の希望で戦艦三笠と艦艇クルーズを先に見てから、艦艇公開に向かう予定だ。

 

 しかしながら今日はただの艦艇公開ではなく、艦隊これくしょんのコラボイベントと言うだけあって街中の人の多さは尋常じゃない。

 

「艦娘、深海棲艦、海軍制服の連中、陸軍の制服っぽい連中。面白いもんだな」

「ええ、見るだけでも楽しいってやつです」

「響はやらんでいいのか?その体は本物だぞ?」

「本物がやったらそれはコスプレじゃないですよ」

 

 他愛もない話をしながらヴェルニー公園の中をゆったりと歩き、ベンチへと座る。しかしながらなかなかの光景だと思う。人を見ればコスプレ、それを撮る人々、左右を向けば米海軍と日本のイージス艦に護衛艦、これは世界広しと言えども横須賀だけでしか見れないであろう。

 

「で、これからどこにいくんだ?」

「まずは三笠です。で、海から艦艇を見れるクルーズに行きまして、護衛艦を見学する予定ですよ」

「ほー。護衛艦が最後か?」

 

 そういうと尻尾でぺしぺしと私の胸を叩く。何かご不満だろうか?

 

「ええ。何かご不満でも?」

 

 ベンチに腰かけたまま背伸びをしつつ、胸元のレ級へと疑問を投げる。

 

「いやな、ここから近いから護衛艦から見ないか?って思ってな。せっかく連れてきて貰ってるのに歩かせるのも悪いと思ってな。確か三笠は結構歩くだろう?」

 

 確かに三笠は片道15分ぐらい歩くことになる。

 

「確かに。じゃあ、クルーズは時間決まってますから、三笠と護衛艦の順番を入れ替えましょうか」

「それで頼むぜ。三笠も気になるが、最新の護衛艦というのも気になるんだ」

 

 レ級の声が弾んでいる。本当に楽しそうだ。

 

「じゃあそれで行きましょう。ただ、電車で疲れたのでちょっと休憩してからで」

「賛成だ」

「というか本当によくイベント調べましたね。インターネットも使いこなしてますし…」

 

 ふん、とレ級は鼻から息を出した。そして腕を組んで私の顔を見上げる。

 

「せっかく時間が出来たからな。それに嘆いていても別に状況が変わるわけでも無し」

「変な奴みてたりしませんよね?」

「私の発禁イラストを見つけてからは見てない…」

 

 堂々としてたレ級は顔を覆う。そりゃあ、そうだよね。

 

「ああ…レ級さん人気ありますからね」

 

 そんなこんなでグダグダとレ級とだべっていると、耳に気になる声が入ってきた。ひそひそと、女性の声だ。

 

「あの子可愛いね」

「確かに。コスプレ…っぽいけど、私服っぽい?」

「あんな恰好してる艦娘いたっけ?」

「響っぽいけど、オリジナルかな?」

 

 違います。普通の私服です。私が響がこんな格好していたら可愛いよねヤッターと選んだ私服です。コスプレでは断じてないです。

 

「白髪が似合ってるよねー。目も青いし。気合入ってるね」

「肌も白いし羨ましいー」

「一人みたいだし一緒に回ろうかって誘っちゃう?」

「いいね、いいかも!」

 

 いや、褒めて頂くことはあり難いんですが結構です。中身は男なので女性と歩くなどとてもとても。

 

「レ級さん」

「おう。絡まれる前にさっさと行くことにしよう」

 

 ということでそそくさとヴェルニー公園を後にしようと、ベンチから腰を上げる。レ級も胸ポケットの中に深く入る。

 

「あ。彼女いっちゃうよー?どうする?」

 

 静かにしていていただければ結構。抜き足差し足忍び足で緊急退避。

 

「ねー、ちょっとそこの白い髪の子ー!」

 

 退避失敗だ。声を掛けられたからには無視するわけにもいかないので、会話していた女性集団の方を見る。するとそこには金剛4姉妹のコスプレの女性たちがいた。しかもなかなかの高クオリティである。目には優しいけれども、目の毒だ。

 

「私ですか?」

「そうそう、貴女!一人で回ってるの?」

 そういって来たのは金剛さんのコスプレの女性だ。ぶっちゃけデカい。何がとは言わないが、でかい。

「あ、はい」

「そうなんだ!よかったら私たちと回らない?一人よりもきっと楽しいよ!」

 そう続けたのは比叡さんのコスプレの女性。比較的慎ましいが、ラインがえぐい。えぐいったらえぐい。

「ええとですね」

「よし、決まり!これからどこに行くの?」

 更に続けたのは榛名さんのコスプレの女性。濡れ鴉とはまさにこの髪と言わんばかり。比較的慎ましい。

「艦艇公開に」

「あ、私たちと同じだ!じゃあ一緒に回ろうよ!」

 最後に続いたのは霧島さんのコスプレの女性。金剛さんに違わずデカい。ラインも素晴らしい。

 

 すごいエネルギーだ…。完全に流されている。というか皆綺麗で美人で似合っているコスプレしてるから内心ドキドキだ。しかも顔をぐいぐいと近づけられて逃げられなくなっている。

 

「…はい。よろしくお願いします」

「やった!じゃあ行こう!」

 

 というか皆私より背がデカい。そして胸がデカい。幸福です。

 

「ねぇ、それって響のコスプレ?」

 

 そして、霧島さん(仮)から疑問を投げられた。確かに銀髪で青目ってコスプレですよね。うん。でも違うんです。どちらかと言うと入れ替わりと言いますか。

 

「いえ、私服です。ええと、皆さんは金剛姉妹のコスプレですよね」

「うん。今日のために準備したんだー」

 

 なかなか再現度が高い。それに各服のパーツが統一されていて、見ていて本当に気持ちの良いコスプレだ。

 

「みなさん合ってますし、可愛いです」

 

 素直な気持ちを伝える。本当にお綺麗です。

 

「ありがとう!あ、そういえば貴女の名前は?」

「ええと、響と言います」

 

 そう私が言うと、ちょっと怪訝な顔をされた。私も多分、同じこと言われたら怪訝な顔をする。だって見た目響で日本人の髪の色じゃないもん。

 

「そうなんだ?あれ、やっぱりコスプレ?」

「いいえ、本名なんですが…ただ、こんな髪と目なので艦これの響っぽいなぁとは自分でも…」

「だよね!ねぇねぇ、今度合わせやらない?知り合いの第六駆逐隊のレイヤーさん呼ぶから!絶対可愛いよ!」

「あ。う。ええと…」

 

 霧島さんがぐいぐい来る。第六駆逐隊…悪くは無いというか良い!勢いに負けてはいと言ってしまいそうだ。

 

「はいはい、霧島ちゃんそこまでそこまで。艦艇公開いくよー!」

「あ、金剛ちゃんごめーん!」

「ね、響ちゃん。私たちはとりあえずコスプレの名前で呼んでいいからね!後で改めて自己紹介するから!」

 

 金剛さん(仮)と霧島さん(仮)に手を掴まれて強烈に引っ張られる。手が良い感じに柔らかいし良い香りがするのでもうされるがままだ。最高です。

 

「響マジカオメー。艦娘と回るんかよー。よしんば誰かと回ってもせめて深海棲艦だろーそこはー」

 

 ぼそっとレ級に文句を言われたような気がしたが気にしない。男の時ではこんなこと無かったし、役得ということで、楽しもう。

 

 

 

 一通りの検査を終えて、海上自衛隊横須賀基地のゲートを通る。自衛隊の基地は独特の、武骨な雰囲気が漂う。私は、僕はこの空気が好きで、何度か他の基地の艦艇公開にも足を運んでいたりする。ただ今日は明らかに雰囲気が違う。人が多くて、アニメグッズも置いてあり、半分アニメのイベントだ。

 

「うわーデカい!」

「写真撮ろう写真!」

 

 金剛さん達もめちゃくちゃテンションが上がっていて、まさに今日は祭りといった具合だ。あちらこちらにコスプレの人々。なお、今日公開されているのはイージス艦のこんごう、きりしまの2隻だ。

 2隻ともにこんごう型で、レイアウトはほぼ同じ。船首の単装砲オート・メラーラ 127 mm、艦橋にへばりついているイージスの要であるSPY-1Dレーダー、艦尾のヘリポート。正直めっちゃくちゃカッコイイ。

 

「ほら、響ちゃんもこっちこっち!」

「自衛隊の人が写真とってくれるって!」

「あ、いえ、私は」

「ほら早くー!」

 

 あっという間に金剛さん達に手を引かれて、4人の真ん中にひっぱりこまれる。右手には金剛さんに霧島さん、左手には榛名さんに比叡さんのコスプレのお姉さん方。めちゃくちゃ良い香りとぬくもりが…天国かなここは。

 

「はい、撮りますよー!」

 

 その声にはっと前を向く。みんなピースしているから、私も真似をしてピースをしてみたけれど、正直不意打ち過ぎて表情とかは気にしている余裕がなかった。

 

「わ、良く撮れてます!ありがとうございます!」

「いえいえ、今日は一日楽しんでくださいね」

「ありがとうございます!」

 

 金剛さんと自衛官がそんな会話をしているということは、まぁ、そこそこ良い表情が出来ていたのだろうか…?あとで見せてもらおう。

 

 

 

 金剛さん達に連れられて数十分。グッズを回り、写真を撮影し…撮影されながら岸壁を歩いていたけれど、ようやく艦艇へと足を踏み入れることが出来た。乗船のためのタラップには「護衛艦 こんごう」の文字が誇らしく掲げてある。否が応でも気持ちが昂ってくる。

 

「ごめんねー。連れまわしちゃって。楽しくてついつい」

「気にしないでください、金剛さん。気持ちわかりますから」

 

 苦笑いを返しながらタラップを上る。そして、艦艇に足を掛けたその瞬間だ。頭に衝撃が走ったのは。

 

「フラってしたけど大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫です。ちょっと足がもつれちゃいまして」

 

 実際は足なんてもつれていない。一瞬貧血のようになり、のど元過ぎれば熱さを忘れるが如く、すこぶる調子が良い。それこそさっきまで歩き回っていた疲れが吹き飛ぶぐらいには。

 

 そしてスッキリした頭に、また別の情報が入ってくる。

 

―燃料は残り12時間分―

―SPYレーダーは待機状態―

―火器管制は実演のためオンライン―

 

―――艦娘との接続はオフライン

火器管制システムに相互性なし

艦内制御系に一部相互性あり―

 

 

「あー…金剛さん、すいません、ちょっと休憩します」

「うん。連れまわしちゃってごめんね。じゃあ近くにいるから回復したら声かけて!」

「ありがとうございます」

 

 頭の中に流れる情報。それは、明らかに可笑しなものだ。システム?一体なんのことだろうか。

 

「火器管制システムは流石に別個かー。でも制御系はこちら側に似ていると…」

 

 レ級がそんなことを言いながらひょっこりと胸元から顔を出していた。

 

「ええと…どういうことです?」

「出かける前に言っただろう?お前が、艦娘かどうかのチェックをするって。お前の頭の中にも流れてきただろう?この船の状態というか、さ」

「確かに、火器管制システムに相互性なしとか…艦内制御系に一部相互性ありとか…」

 

 そういうと、レ級は嬉しそうな声を上げた。

 

「おお、私と同じだな!ということは、お前のその体、間違いなく艦娘の響だ」

「そうなん、ですか」

「おう。ま、これが私たちの世界の艦娘・深海棲艦の船の仕組みさ。本体を、本物の艦艇を作り、艦娘を、深海棲艦を作り、相互性のある奴らがそれらを操り、船同士で戦う。勿論艦娘や深海棲艦単体でも海上移動や戦闘は出来るし、艦船に人が乗って普通の軍艦としても戦うことが出来る。相互性というやつさ。便利だろう?」

 

 そういわれれば便利だ。だが、ということは

 

「レ級さん、もしかして護衛艦を奪って世界をぶっこわそうとしてます?」

「だーからそういう気はねーって」

 

 言うや否や、顎をしっぽで殴られた。痛い。

 

「言っただろう?お前が私の知る艦娘かどうかの確認だって」

「確かに言ってましたけれど、一体なんの目的なんですか?」

「だからさ、お前は()()()()()()ってわけだよ。そういうことならお前の体の扱い方は私がアドバイスできるってわけだ。()()()()とか寿()()とか含めてな」

 

 つまり、横須賀に来たのは、私の、僕の体のためだったりするのか?

 

「ま、これでお前の体は良しってな。私と会っていきなり自分の体の事聞く辺りさ、不安だったんじゃねーのか?」

「うん、その通りです。あの…ありがとうございます」

「よせやい。お前が居なくなると私の居場所がなくなるから仕方なくだよ。…おいおい泣くなっておい」

 

 自然と涙が出た。正直不安だった。だっていきなり艦娘だ。寿命やら体の事やら。明日動かなくなるんじゃないかと思ったり、色々不安だった。

 

「まぁ、ええと、まぁ、そうだなー。私の知る艦娘だったら100年は生きるし、健康面は人間と同じだし、海の上走ったり艦船と同調…まぁ戦闘した後に燃料補給すればまず問題はない。安心しなー」

「本当ですか」

「ああ。戦艦レ級のお墨付きだ。だからさー安心しろって泣くなってー!」

「本当に、ありがとうございます…なんてお礼をしたらいいのか」

「あーもう!わかった、わかった。あとでプリングルス奢ってくれ、それでいい!」

 

 私は小さく「はい」と言うのが精いっぱいだった。その間も尻尾で顎を叩かれているが、その痛みが今は心地が良い。

 

 少し時間が経って気持ちが落ち着いてきたところで、ふと疑問が浮かんだのでレ級に問いかけてみた。

 

「そういえば『艦内制御系に一部相互性あり』とありますけど…どういうことです?」

「ああー。ま、昔から船の仕組みとして変わっていない部分には相互性があるってことだろ」

 

 正直、疑問だ。昔から変わっていない部分と言われてもイマイチピンとこない。それに、相互性があると一体どうなるのだろうか?

 

「あー、わかってない顔だな。ま、案ずるより産むが易しだ。オンラインにしてみな」

「どうやるんです?」

「簡単だ。頭の中で制御系オンラインとでも唱えてみろ」

 

 こういう事かな?

 

―制御系オンライン―

――――…相互性20%―

―同調可能箇所は「護衛艦こんごう」のうち装甲及び操舵関係―

―オンライン接続開始―――――――――

 

 すると、面白い事に、船の構造が頭の中に一気に入ってきた。だけど、不快じゃない。なんというか、『歩くとはこういうこと』といったような、当たり前の事の様だ。

 

―同調完了―

―「護衛艦こんごう」損壊率は5%―

―一部修復中―

―砲塔下部装甲に一部損傷を認めるものの運用に問題はなし―

―各圧正常範囲内―

―現在甲板上84名、艦内に274名乗船中―

※アラート A2甲板 立入禁止エリアに侵入者有り※

※アラート A2甲板 侵入者有り※

 

「…ん?侵入者?」

「響、どうしたんだ?」

「いえ、何か…侵入者ありーとアラートが出て居まして」

「そりゃ文字通り、船にとっての侵入者がいるってことだな」

「そうなんですか?」

 

 レ級に疑問を投げかける。何にしても初めての事だ。レ級はまじめな顔をしながら口を開いた。

 

「ああ。艦娘と深海棲艦は人間サイズで海上移動できるだろ?だから例えばスパイ活動的に侵入されることがある。だから管轄以外の人間が乗ると、同調している艦娘ないし深海棲艦が感知できるようになっているわけだ」

「それは便利ですね。…ということは、護衛艦にとって侵入してはいけないところに誰かが入ったと?」

 

 レ級は怪訝な顔を浮かべつつ、話を続ける。

 

「そういうことだな。今日なんかだと自衛官は別として、一般人については立入禁止エリアがあるだろう?そこに入ったことを感知したってことだな。どうする?見に行くか?」

「気持ちも悪いので、確認しに行ってみます。誰かいたら自衛官に知らせる方向で」

「承知した。じゃあ一旦引っ込んでるわ」

 

 新たな決意を胸に足を前に出す。とりあえずとして、金剛さん達と反応があった甲板に向かうとしよう。アラートが出ている場所は丁度艦橋を挟んで逆側の甲板だ。今は主砲の演習ということで人が艦首に集中しているためか、おそらく誰も気づいていないのだろう。

 

「みなさん。お待たせしました」

「あ、響ちゃん、大丈夫ー?」

「はい。お騒がせしましたが、大丈夫です」

「無理しないでね。じゃあ、いこうか!」

 

 金剛さんに手を引かれて皆に合流する。やっぱり柔らかい手で、良い香りがするのはこう…最高と言うしかない。悪くない、悪くないですよ。

 いやいや、そうじゃない。アラートの正体を見極めなきゃいけない。ということで、金剛さん達に声を掛ける。

 

「金剛さん達、逆側の甲板で見ません?こっち側だと出入り口が近いので人が多いので…」

「そうだね、そうしようか!」

「すいませーん。ちょっと通りまーす!」

 

 流石のパワフルな金剛さんのレイヤーさん達。あっという間に人をかき分け、逆側の甲板へと到着することが出来た。

 

「お!人少ないね!ここから見ようか!」

「そうだねー!あと1分で実演が見れるっていうから楽しみ!」

「だよねだよね」

「空砲とか撃たないのかなー」

「「「それはないでしょ!」」」

 

 女3人寄ればなんとやらというけれど、見ていて楽しい光景だ。しかも金剛姉妹のコスプレのレイヤーさんが仲良く話しているなんて、福眼、福眼。じゃなくて!

 ちらりと目線をアラートが発せられている方向に目を向けた。すると、そこにはおそらく10歳ぐらいの女の子だろうか?が、立入禁止の紐を跨いでいた。更に、あろうことか手すりをよじ登っていた。

 

「あ。あれ!」

 

 声を上げる。本当なら甲板の上にいる人に聞こえるように叫んだつもりだけれど、主砲の実演が始まってとてもじゃないけれど私の声が通る状況じゃないようで、反応したのは近くにいた金剛さん達だけだ。

 

「どうしたの?…あ!女の子!手すりに!」

「危ない!ちょっとそこの子―!」

「聞こえてない!」

「ああもう、ちょっと待っててよー!」

 

 そういって比叡さん(仮)が飛び出そうとしたけれど、次の瞬間。

 

「ああ!落ちた!」

「嘘!?」

 

 バランスを崩して、少女が手すりの外側、つまり海に落ちたのだ。私たちは急いで女の子が落ちた手すりに駆け寄った。この高さから落ちれば、たとえ海面とはいえ下手をすれば死ぬこともあるが、幸運にも即死ではなかったらしい。

 

「ええと、ええと!いない、沈んだ!?」

「ええっ、嘘!?」

「あ、浮かんできた!」

「でも溺れそうだよ!」

 

 だが、パニックになって今にも溺れそうだ。しかも死角だったからか、演習が始まったからか、自衛官も他の人間も気づいていない。

 

「どうしよう…!」

「金剛さん、自衛官呼んでこれるかい?」

 人を呼んでくるのが得策だろうけども、金剛さんたちもパニックで要領を得ない。

 

「どうしよう!どうしよう!」

「霧島さん」

「110番?ええと…!」

 

 これは、今は誰も頼りに出来ない。唯一冷静っぽい私が人を呼べばいいのだけれど、人を呼ぶより早い解決手段を一つ見つけていた。と同時に、レ級も胸元からひょっこりと顔を出す。

 

「なぁ、響よう」

「うん。レ級。確認なんだけれどさ、レ級の知っている艦娘なら、この高さから海に飛び降りても、私浮けるよね?」

 

 当然、といった顔でレ級は言葉を返してくれた。

 

「艦娘なら余裕だ。でも、目立つぞ?」

 

 試すような目で此方を見ている。そのぐらいならさ。

 

「別に、私が目立ったくらいで一人助かるなら、安いもんでしょ。問題ないよ」

「間違いねぇな」

 

 そして、偶然にも私と同じ意見の様だ。

 

「じゃ、いくよ。しっかり捕まっててよ、レ級」

「合点承知」

「と、その前に一応…金剛さん!人を、自衛隊の人を呼べるかい!」

「え、あ、そうだね!呼んでくる!」

「頼んだよ!」

 

 金剛さんが走りだした姿を確認して、私は手すりに手をかける。

 

「え、響ちゃん!?まさか飛び込む気!?」

「まさか!まって!人呼んでくるから!」

 

 霧島さん達は焦っているけれど大丈夫。だって私はね。

 

「大丈夫。安心してみていると良いよ」

 

 艦娘の響なのだから。

 

 

 少女を無事救出し、救急隊に引き渡した後で当然のように自衛官から声を掛けられた。

 

「申し訳ないのですが、先の件で諸々お聞きしたいことがありまして。少し、お時間を頂戴しても?」

 

 まぁ、そうなるよね。でも、チャンスかもしれない。今の僕は、私は、響は身分も何も後ろ盾が無い状態だ。バイトで収入はあるけれど、それもいつまで持つかはわからない。

 自衛隊に話を聞いてもらえれば、この状況がどうにかなるかもしれない。正直私は不安なんだ。

 

 でも…なるようになれだ。そして僕は響を意識して、彼らにこう言い放った。

 

「そうだな…少しなら、いいよ」

「カッコつけてんじゃねーよ響」

「黙るんだよレ級…あ」

 

 私の胸元から出てきたレ級の姿に固まる彼ら。ええと、そうだな。締まらないとはこういうことだよね。

 

 

 

 

「金剛さん!人を、自衛隊の人を呼べるかい!」

「え、あ、呼んでくる!」

「頼んだよ!」

 

 慌ててパニックになっていた私に響ちゃんは喝を入れてくれた。急いで人を呼ばなければ!

 

「すいません!あそこで女の子が海に落ちて!」

「な、本当ですか!」

 

 自衛官に現状を伝えると、無線で救援をすぐさま頼んでいた。

 

「どこですか!」

「こっちです!」

 

 自衛官と2人で女の子が落ちたところに向かう。すると信じられないことが起きていた。

 

「こわがったよー!」

「大丈夫。お姉さんが来たからにはもう大丈夫だよ」

 

 本物、本物だ。艦娘だ。水の上に浮いた彼女を見てそう思った。自衛官もそう思ったのか、仲間も、近くにいて騒ぎを聞きつけた人も、皆響にくぎ付けになっている。当然だ。だって、色白で、小さくて、白髪で、青目で、水に浮いて、更に人間を軽々と腕に抱えて移動する。そんなことが出来るのは、人間じゃない。

 

「うわあああん!」

「よしよし。怖かったね。でも大丈夫だからね」

 

 でも、目の前ではそれが起こっている。アレを、あの人を艦娘と言わずしてどうするんだ。呆気に取られて彼女を見ていると、自衛官に気づいたのか水上を移動する彼女から声を掛けられた。

 

「自衛隊の人!救援はどのくらいで来るんだい!」

 

 一瞬自衛官は戸惑っていたけれど、すぐに声を張っていた。

 

「…5分で救援のボートが到着します!それまで持ちますか!」

「大丈夫だよ!金剛さんもありがとう!」

 

 よかった、と内心思うと同時に、少し冷静になった頭で考える。水上を移動するなんて、やっぱり彼女は本物の艦娘なんだなと納得する。本物がいたんだ、艦娘って。

 そう思いながら、私はカメラを構え、水上を移動する彼女にシャッターを切る。

 輝く水面を背景に、少女を抱きかかえた、誰よりも美しい、艦娘の響がそこには写っていた。




某所:【速報】横須賀に艦娘が現れたと話題に【2.5次元】


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Bolero (3)//"hello" world(s)

シベリアンヒビキー


 少女を助けたのち、私とレ級は司令部と思われる建物の、会議室へと通されていた。何やら幕僚長やら何やらに挨拶をされたけれど、まったく覚えられなかった。ただ、大事になっているなとはレ級と話しつつ、改めて担当の職員の方にむかって、自己紹介を行っている。

 

「改めて自己紹介を。私は工藤響と今は名乗ってるよ。バイトで食い繋いでる哀れな艦娘っぽい何かだよ」

 

 軽くお辞儀を行う。そして小さいレ級を指して、改めて口を開く。

 

「で、こっちの小さいのは戦艦レ級」

 

 私の言葉に合わせて、レ級も会釈を行い、声を張る。

 

「どうも。深海棲艦 ソロモン方面軍 第一機動艦隊所属の航空戦艦Mark.02型級特務少佐だ。ご存知かもしれないが、艦娘側からは戦艦レ級と呼ばれている。サイズが小さくなっているから恰好はつかないがな」

 

 初めて聞いた。役職があることに驚いた。

 

「そんなごっつい役職があったんですか」

 

 私の言葉に、レ級は苦笑を浮かべていた。

 

「まーな。でもこっちの世界だと意味ないだろ?ちっこくなって何もできないわけだしな」

「確かに…」

 

 私たちがそう会話していると、固まっていた担当者がようやく動き出した。多分、私が逆の立場でも同じように固まると思う。だって艦娘に深海棲艦が動いて目の前にいるんだもん。

 

「なるほど…よくわかりました。いや、話には聞いていたのですがどうも信じられませんで。改めて如月と申します」

 

 そういうと如月さんは名刺を一枚ずつ私たちに手渡していった。レ級が小さい体で名刺を受け取るさまがちょっとかわいいと思ったのは秘密だ。そして、如月さんは更に言葉を続けた。

 

「ええと、それで一つお聞きしたいのが、先ほども別のものが伺っているとは思うのですが、改めて。今までどのようにこちらで生活をしていたのかな、と」

 

 確かに気になるところだと思う。ただ、レ級と色々口裏を合わせた結果、本来の俺のことは隠し、あくまで深海棲艦と艦娘、というスタンスでいこうという事にしてある。

 

 そのストーリーは、こうだ。

 

「もともとは横須賀にいたのですが…こことは違う横須賀といいますか。朝起きたらアパートの一室におりまして、現在はこの携帯電話の持ち主の代わりにアパートを拠点にしております。食費は近くの喫茶店で働いて稼いでおりました。ただ、もともとの住人はどこにいるかは不明です。調べて頂ければわかると思います。私も正直わけがわからないのです」

 

 ある程度筋は通ってると思う。それに実際、俺の体がどうなったかは判らない。如月さんは私の言葉を聞いて頷き、レ級に視線を向ける。

 

「ふむ…レ級さんも同じですか?そして、この響さんはそちらの知る響さんですか?そして、他に何かこちらに来られた形跡などは?」

 

 レ級は如月さんの顔を見返すと、真剣な顔をしながらこう答えた。

 

「まず、こいつは間違いなく私の知る艦娘だ。それでだ、私もいつ戻れるかとかなんでこうなったかとかはわからんし、他の艦娘や深海棲艦がこちらに来ているかはわからん。まぁ、ただ、向こうから何かが来ていれば、今ごろ騒ぎになっていると思うから、多分来ていないか、私と同じ状況だと思う」

 

「なるほど…ありがとうございます」

 

 如月さんはレ級の言葉をしかりとメモに書き留めていた。そいて、少し天を仰いで、ため息をついていた。うん、気持ちは判る。私も最初この体になったときはそんな気持ちだった。嬉しさが勝ったけど。

 そして如月さんは何処かへと連絡をとっていた。最初は渋い顔で、そして、最後の方は笑顔を浮かべて。

 

「何を話してるんだろうな」

「さぁ…?でも、笑顔になったってことは良い事ですかね?」

 

 レ級とそう相談をしていると、連絡を終えた如月さんが此方へと顔を向け、一言。

 

「さて、それはそうといたしまして、そろそろお腹など減りませんか?」

「お腹、ですか?」

 

 確かにすごく減ってはいる。何せ横須賀に来てから何も食べていない。更に水上移動をしている。この状況で、お腹がすかない方が難しいというもの。

 

「ええ。聞きたい事などは色々ありますが、とりあえずは市民を救っていただいたのです。そのお礼といいますか」

 

 

 如月さんに促されるままに、食堂へとやってきた私たち。他の職員がこちらをちらりちらりと見ているのが気になるけれど、気持ちはものすごく判るので気にしないこととする。

 

「では、お二方。好きな物を食べて頂いて結構です」

 

 その言葉に思わず目を輝かせる。レ級も同じだ。何せ海軍の食事は美味しいと噂なのだ。しかも外向けの食事じゃなくて、内向けの食事。めったに食べられるものじゃない。

 

「いやその、確かに横須賀についてから何も食べていなかったけれど、いいのかい…?」

「いいのか…?海軍の飯は旨いって評判だったから食ってみたかったんだが…本当に?」

 

 そう戸惑いがちに話すと、如月さんは笑顔を以って応えてくれた。

 

「ええ。特に量の指定もなければ、作法についてのお咎めもありません。何せ市民を救っていただいた方ですから。お好きなだけ召し上がってください」

 

 では、遠慮なく。

 

「じゃ、じゃあカレーライス大盛とカツカレーと…」

「私はポテトフライとコロッケに、やはり海軍といったらカレーだな」

 

 そう次々と注文をした私たちの前に、まってましたとばかりに置かれていく料理たち。腹ペコボディは自重を忘れさせて、次々と皿を開け、レ級も小さな体にどう入るんだ?といった具合でコロッケやらカレーやらを流し込んでいく。

 

-…可愛い-

-量すげぇ-

-私もカレーを頂くかな-

 

 何やらこちらを見て微笑ましい顔を向けている人たちがいるような気もするけれど、それよりも目の前のカレーが大切だ。

 

「食べながら聞いていただければ構いませんが、処遇については特殊過ぎますので、幕僚長、その上まで報告を上げます。そののち対処など決めたいと思いますので」

 

「むぐ、むぐぐ。むぐ」

「もぐ。もぐぐ。もぐ」

 

「事実関係を確認したのちに、出来るだけ穏便に素早くは済ませるように対応してまいりますが、ひとまずは横須賀でお過ごしください。今現在の家や職場についてはこちらから連絡させて頂きますので。あ、響殿、福神漬けどうぞ」

 

「むぐぐぐ」

「もぐ!もぐぐぐ!?」

 

「ああ…レ級殿には…じゃあこちらのアメリカンドッグなどを…」

 

「もぐぐぐぐ!」

 

「最後に、今回は目撃者が多く、既にインターネットなどに画像や動画が出回っています。これについては対応は既に出来ないほど拡散されていますので、早いうちに会見を開き、ひとまずの幕引きを図る方針で動いています」

 

「むぐ?」

「もぐぐ?」

 

「貴女方の身柄を守る為でもあります。なお正体については謎として、レ級さんも会見をしていただきます。ただ、見る人が見れば艦娘と深海棲艦、とすぐに判るように」

 

「むぐ」

「もぐ」

 

「ということで、暫くはおくつろぎ下さい。何かあれば職員に声を掛けて頂ければ対応するよう周知しておきます」

 

 如月さんはそういうと席を立った。あれ、いけない。ご飯に夢中でほっとんど聞いてなかった!でも、何かあったら職員に聞いてと言う事だったし、とりあえずは目の前のご飯を心行くまで楽しむとしよう。

 

 

 

で、その数日後。『おくつろぎ下さい』という言葉が実は『数日間こちらで体を休めてください』という意味だったことが判り、今は横須賀の自衛隊の中でお世話になっている。どうしてこうなった。

 

 そして、ご飯の後に改めて如月さんに話を聞いてみたら、この後会見を開く関係で、衣装合わせを行うということで早速別室に案内された。案内されたところまでは、よかったんだけれど。

 

「あっははははは!こりゃあいい、こりゃあいい!」

「用意された服がよりによって…」

 

 用意されていた衣装がまさかの第六駆逐隊の制服だった。しかも安物じゃなく、本当の制服のような厚手の生地のセーラー服。それを職員の方々の手を借りて、あれよあれよと着付けされていく様をみて、レ級は大爆笑をあげていた。

 

「本物だ本物!あははははは!横須賀の響だなぁこりゃあ!」

 

 黒い靴下、紺色のスカート、白を基調としたセーラー、旧海軍デザインの帽子。正しく、どう見ても、艦娘響だ。笑うレ級を尻目に、ついつい見入ってしまう。

 

「笑いすぎだよレ級。うん、ええと。…可愛いからいいかな」

「まじかお前。順応早いな」

「何言っているんだい。可愛い娘には可愛い恰好でしょ。しかも自衛隊お墨付き。最高じゃないか」

 

 そして、目を通してくださいと用意された原稿も原稿だ。

 

 まさしくアレじゃないか。でも、確かにこれは良いかもしれない。腹に力を入れ、大きめの声で言霊を吐き出した。

 

「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ。

 

どうぞ、世界の皆様。これからよろしくね("H e l l o , w o r l d")

 

「クククク!完全に響じゃねぇか!面白れぇな!…んじゃあ私も練習しておくかー」

 

「私は航空戦艦Mark.02型。おそらくご存知の方もいると思うが、通称は戦艦レ級だ。なんの因果かこちらの世界に来てしまった。原因は私もこいつもわからん。ただ安心してほしい。この小ささだし、特に何も起こさんし、他の仲間はこちらに来てはいない。私だけのイレギュラーだ。

 

ということで、よろしく。こちらの世界("H e l l o , W o r l d s")

 

 そうお互いに言ったと同時に、我慢できなくてお互いに吹いてしまった。片や実は中身が土方の響、片や深海棲艦だけど全く力の無い戦艦レ級。凸凹コンビといったところだろうか。そんな奴らが、真面目に、こんなことをしてしまっている。

 

「あはは。その、女の子を助けた後どうなるかと思いましたけど」

「クハハ。いやぁ、なんとかなるもんだ!面白い、面白いなぁ!」

 

 これを笑わないで、何を笑えというものか。

 

 

 後に食堂に同席していた彼らは語る。

 

「飯食ってた彼女たちさぁ…なんか餌付けされている犬みたいだったな」

「犬っぽいよね」

「犬ですね」

「忠犬だよね」

「福神漬け貰ってた時めちゃくちゃ尻尾の幻影が見えたぞ」

「シベリアンヒビキー…」

「レ級って小さいんだ」

「響ちゃん、もぐもぐ可愛く食べる割に量がすごかったなぁ」

「いっぱい食べる君が好きってやつだな」




某所:【速報】艦娘響さん近所でバイトしていた疑惑【マジ天使】
   【本物】響さんについて語れ【別府】
   【艦娘】シ ベ リ ア ン ヒ ビ キ ー【響】
   【悪夢】戦艦レ級【小悪魔?】
   【本物?】戦艦レ級【喋れんの??】


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halo world / bolero / Anyway HEROs(:||))

2xxx年。僕は響に包まれて、そして、世界はheloに包まれた。


 自衛隊にお世話になって数日。無事に件の会見を終え、改めて自衛隊員を交えての会議を行っている。ただ、ここで明らかにした事実もあったりして、例えばそれは元々の俺は完全に行方不明という点、そしてアルバイト先の情報など事細かに伝えた形だ。

 

「会見ご苦労様でした。ひとまず、スマートフォンの持ち主の男性の行方、そして現在働いていた場所などの説明、契約関係はこちらにお任せください」

 

「そこまでして頂いてよろしいのですか?」

 

 思わずそう唸る。なにせ私とレ級が出来ることなんてほとんどない。せいぜい水に浮くぐらいなもんだ。

 

「ええ。何せ二次元のキャラクターが現実に現れているという非常事態。響さん方ではほぼ何もできないでしょうし、もしここで放り出した場合、何が起こるかわかりません。ゆえに、国家としてあなた方にご協力させていただくことが内定しております。ただその代わり、こちらの指示通りにしばらくは動いていただきたいのです」

 

 レ級と私は顔を合わせる。レ級も流石に困惑しているようだけれど、お互いにため息を一つついて。

 

「まぁ、そのぐらいなら。レ級も構わないかい?」

「構わんよ」

 

 そう答えた。確かに私もこれ以上アルバイトで食いつなぐわけにもいかない。いい機会だ。私たちの答えを聞いた自衛隊員さんは、笑みを浮かべていた。

 

「ありがとうございます。それで、一つ確認なのですが」

 

 隊員さんはそう言いながらも、女の子が落ちた現場の写真と、船の図面をテーブルの上、私たちの眼前に広げる。

 

「件の救出劇。仮に女児落下事件、と言わせていただきますが、事件当時どのように動いていたのか、改めて詳細にお聞きしたいのです」

 

 テーブルの上には船の甲板の図面、レ級、響と書かれた紙。他にも数枚の白紙が用意された。

 

「害するつもりは一切ありません。単純に今後の警備や安全設備の更新のためにと思いまして」

「判りました」

「おうよ」

 

 私たちは指と尻尾で図面をなぞりながら、当日の動き、つまり駅についてからの、金剛さんたちレイヤーさんに会い、駆逐艦に搭乗し、と事細かに説明を行っていく。そして女児の異常を見つけたところになると、自衛隊員さんが口を挟んだ。

 

「――そこで女児がいることがわかりまして、急いで向かったんです」

「なるほど…しかし、解せないのは、あなた方が女の子を見つけた方法です。当時甲板上に多数の隊員と一般人がおりました」

 

 隊員はそう言いながら、図面を指さした。そして、トントンと図面を叩き言葉をつづけた。

 

「そのさなか、逆の甲板に居た貴女が、女の子を見つけることは不可能に思うのですが」

 

 確かにその通りである。実際、普通の人であれば全く気付かなかったであろう。だが、私は艦娘で、レ級はその体の使い方をよく心得ているアドバイザーだ。

 

 レ級はトントンと足で図面を蹴り、自衛隊員さんの指を尻尾で軽くはたく。

 

「どうされましたか、レ級さん」

 

 怪訝な顔をして自衛隊員さんがレ級へと声をかける。それを確認したレ級は、右手を自らの眼前にもっていくと、わざとらしく人差し指を立てた。

 

()()()()()で、普通に考えてしまっては無理な事でしょう、だが、()()()()()()()()()()

 

 レ級はそう言いなら尻尾で私を指している。

 

「艦娘だと、船に立っている人物の位置の把握ができる、とでも?」

「その通りです」

 

 自衛隊員さんの顔が思わず強張る。そして、レ級を見ていた瞳が、少しの驚愕と共に私へと向かった。視線にこたえるように、首を縦に小さく振る。

 

「確かに把握が出来ておりました。当時乗船人数が〇〇〇人、うち一般人〇〇人、隊員〇〇〇人」

「…確かに、こちらの資料と同じ人数です。しかし、それでは把握が出来るとは言えません」

 

 そう言った自衛隊員さんの目を見つめて、もう一つ付け加える。

 

「そして、管制の一部に不具合があり、目下修理の為にメーカーの人間が3人」

「…」

 

 自衛隊員さんは思わず自らの資料に目を落とし、そして言葉を失った。その姿に満足したのか、レ級は笑顔を浮かべて口を開く。

 

「お分かりになられましたか?護衛艦に乗艦した時点でこの響は、艦内の人員とシステムの一部把握ができていたのです」

「それが、艦娘の能力というのですか?」

「正確に言えば深海棲艦と艦娘の共通能力ですね。今回は状況把握だけでしたが、その気になれば、響一人で護衛艦を動かせるでしょう」

「…それは…なんと、まあ」

 

 自衛隊員さんはそういうと暫く考え事をしていたようだったけれど、はっとした顔をしたかと思うと

 

「申し訳ありません。急用を思い出したので、一旦失礼いたします。しばらくは基地の宿舎を引き続き使っていただければと思いますので、では!」

 

 矢継ぎ早にそう言って、部屋を出て行ってしまった。レ級と私は顔を合わせて困惑するのみだ。

 

 

 数日後、その困惑は更なる困惑を持って、私たちに襲い掛かった。ある日、日が沈み、満月が出たころ。

 突然如月さんに呼び出されて、横須賀のドッグにレ級と共に同行してみれば、何やら勲章をたくさんつけた方々や、制服の方々が、式典のように並んでいた。そして私の姿を確認するや否や、敬礼を送ってきたのだ。

 

「ええと、如月さん。これは…?」

 

 敬礼を返しながら、如月さんへと言葉を投げる。

 

「申し訳ありません。急な事でしたので連絡がおろそかになっていたのですが、護衛艦を操っていただきたいのです」

「護衛艦を操る?」

「はい。先日の事件の説明、同僚からの報告を更に上に報告したところ、『ならば、響にやらせてみよう』とのことで…」

「それで目の前に護衛艦があるってわけか。」

 

 レ級と私は、敬礼を続ける彼らを横目に、眼前に鎮座している護衛艦を見上げる。名前を見て、思わず目を見開いてしまった。

 

「護衛艦()()()()、ですか」

「はい、少しでも響さんとご縁があるほうがいいだろうと」

「いいねぇ、いやぁ、このちっさい身でまた船にのれるってのは」

 

 レ級はどうやら順応したようだ。というか、うずうずしていることが手に取るようにわかる。なにせ尻尾をぶんぶんと振っているし、体が揺れている。

 

「ええと、そうだ…そうですね。わかりました。ただ、ご説明したとおり、まだ完全に操れるかは不明です。それでもよろしいですか?」

「問題ありません。艦内の把握だけでも十分です」

「響に如月よ。いいから乗ろうぜ。いやぁ、こいつぁ楽しみだ!」

「昂りすぎだよ、レ級。まぁ、ここまでお膳立てして頂いてるのであれば、乗ってみようか」

 

 私はそういうと、如月さんへと視線を向ける。すると、如月さんはうなずき、どうぞこちらへと手でタラップを指した。

 

「…未だに困惑していますが、レ級さん、私はどうすれば?」

「言われた通りやりゃいい。害しようってわけじゃなさそうだし。あの総敬礼見てみろよ。未だに手を下ろしてねぇぞ」

「逆にプレッシャーがすごい」

「ははは、まぁ、気にすんな。とりあえずは前、こんごうでやったようにすりゃあいい。意識を船に潜らせろ」

「…わかったよ、やってみる」

 

 そうレ級と私は小声でやりとりをしながら、促されるままに私とレ級はいかづちへと歩みを進め、甲板へと足が到達した瞬間に、意識を船へと向ける。甲板の状況、主機の状態、主砲の状態、各種残弾、燃料。全てが感覚として把握できていく。

 

「そう、そうだ。響。ゆっくりと船を把握すればいい。ええと、そうだな。足りない部分は私が手伝おう」

 

 レ級がそういうと、更に深いところが繋がっていく感じがした。

 

 

LOADING exes() system---- "A KANMUSU-type" Ver32.0517

 

.........error

not system core file.

ships system cannot link.

ships system read only.

 

re2-a:/with "Deep sea type A" Ver19.421113/.

 

system----"Deep sea type A" Ver19.421113.............load completed.

no oooaaa ss t

correct

 sssssssssssssssss sss sya seaaaaaaaaam sn dagiasuiaia a aaaaasysysyysysysysysyys

 

re2-a:/Emergency sys exec file load "akatuki",with "Deep sea type A" Ver19.421113/.

:/reload start/.

 

eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeerrrrrrrrrrorrrrrr

....system----"Deep sea type A" Ver19.421113

.

.

.

.

.

.

.

.

.............load completed................hybrid system on-line.

 

This sys is JPN and USA secret system.

...PW?

 

re2-a:/※※※※※※※※※※※※※※※※※※※/

 

WELCOM!OVERRIDE SYSTEMS!

 

"A KANMUSU-type" Ver32.0517 with "Deep sea type A" Ver19.421113 over "akatuki"

Welcome.................none,

Setting mode Auto search.....................................none ship.

default system cannot start.....................................manual start?

 

re2-a:/y/.

Manual Start mode........ship neme?

 

re2-a:/DD-107 "JS Ikazuchi" type murasame/.

 

.....ship system loading......not name ship.

.....not system start.

 

re2-a:/Main start up sys,["Deep sea type A"over "akatuki"]

 

eeeeeeeereeeeeeeeeeeeeeeeeee........................

.....SHIP SYS LOADING.

.

.

.

.

.

.

.DOWNLOADED

.SYS FORCIBLY BOOT UP

.WELCOM THIS IS DD-107 IKAZUCHI MAIN CONTROAL

re2-a:/Delegate system authority/.

/"A KANMUSU-type" Ver32.0517/.

 

.....system restart.

DD-107 "JS Ikazuchi" type murasame

main control system "A KANMUSU-type" Ver32.0517

 

 welcom!

       good bye sis .

re2-a://.

 

 

舵、スクリュープロペラ、主機へとつながる燃料のライン、レーダー、各種砲座のコントロール。レ級の言った通り、前回のこんごうとは比にならないぐらいの把握が出来ている。

 

「どうですか?響さん。船の状況など判りますか?」

 

「…弾薬が今、空砲がセットされていますね。燃料は半分。乗員は〇〇〇人。なるほど、前回よりはかなり少なめですね」

 

 そう私が言うと、私を見ていた彼らからどよめきが起こる。端々から聞こえる言葉は、いやまさか、とか、本物か、とか。

 

「本当に艦内の状況が判るのですね…」

 

 如月さんも驚愕の表情だ。うん、これはちょっと、気分がいいかも。

 

「状況はひとまず置いておきまして、それで、どうでしょう。船は動かせそうですか?」

「レ級、どうかな?」

 

 そして、さっきから黙っているレ級へと小さく声をかける。私の声に気づいたのか、目を開けたレ級は、にやりと口角を上げた。

 

「システム起動に連結に完了だ」

「…つまり、どういうことです?」

 

 私は首を傾げていた。いきなりそう言われても、理解がおいつかない。

 

「艦娘のリンクシステムが確立した。つまり、この船はお前の手足となったわけだ。進むも曲がるも撃つも探すも、思い通りってな!」

 

 レ級はそう言いながら両手を天に上げる。その言葉に、少し私も口角を上げた。

 

「いけそうです。如月さん」

「…本当に?ええと、では、判りました。それと、一つお願いがありまして」

 

 如月さんは何か一つ覚悟したような顔で、私へと言葉を投げていた。

 

「お願いですか?」

「ええ。実際に離岸していただいて、空砲を撃って頂きたいのです」

「それは、恐らく可能ですが、良いのですか?」

 

 ここは横須賀、比較的町中であるし、こんなところで普通は空砲を撃てない。しかも今は夜だ。苦情やら何やらすごいことになりそうである。だが。

 

「かまいません」

 

 そう如月さんは言い切った。それならば。

 

「…判りました。では出来るだけやってみます」

 

 私がそういうと、如月さんは船体から離れる。同時に、私たちを見ていた彼らは席を立ち、全員の目が私とレ級へと向く。

 

「撃てってか。響、どうだ?いけるか?」

 

 心配そうなレ級の声を聴いたが、不思議と不安はない。

 

 強く、うなずく。

 

「ならいい。細かいところは調整するわ。思い切りやってみな」

 

 これから進むであろう、月夜に光る海原を見ても、不思議と、恐怖は無い。

 

 

―主機は火が入っている。

それは心臓の鼓動のように

 

―タービンを回せ

制御は息を吸うように

 

―舵を取れ

それは歩くことと同じ

 

―レーダーを巡らせろ

美しい景色を見るが如く

 

 

 歩くように、補助もなく、タグボートもなく、いとも簡単に離岸する船体。不安は全くない。何せ、これは私の体なのだ。歩くことに何が不安があるというのか。ざざ、と波が切り裂かれる。レ級に視線を落とせば、爛々とその目は輝いていた。

 

「じゃあ、撃とうぜ」

「派手に一発」

「おうよ」

 

 

―砲を回せ

親指と、人差し指でピストルの形を作って

 

―撃鉄を起こせ

…それは、人間としての感情か。はたまた響としての本能か

 

「テェー!」

 答えは爆音の中に消え、砲身より吐き出された煙が月を覆い隠し月暈(halo)を作っていた。

 

 そして、見事に任務を果たした私は、また何の補助もなく、元居た場所に船体を休める。

 

「どうでしょうか、私一人いれば、まったく何も問題なく船を動かせるのです」

 

 おそらくこの時の私はどや顔をしていたことだろう。

 

「…これは、想像以上です。ええ、想像以上です。すいません、見くびっておりました」

 

 そういう如月さんの顔は、申し訳ないけれども老けていた。10歳ぐらい。

 

「わかればいいんだよ。わかれば。全く」

 

 レ級も私と同じようにどや顔だ。

 

「これは、革命であると同時に恐ろしい。何か対策を練らないといけませんね…」

 

 聞こえてますから。後ろの勲章を持った方々。そんな恐ろしいことは致しませんって。

 

 

 そして、その後。私は正式な自衛隊員となることが決定するのに、時間はさほどかからなかった。曰く。

 

 『一人で護衛艦を動かせる人物を放っておけないし、人手不足で活躍の場すごいあるんで給料とか出すんでこれからよろしく頼む。(レ級も)』

 

 ということである。

 

 その通達を如月さんから聞いたときは、またもレ級と大笑いしてしまっていた。現実感が無さ過ぎて、面白かったのだ。

 

 そして、その日の夜。如月さんに許可を貰い、横須賀の旧鎮守府の中を散策していた。月夜に照らされる鎮守府のレンガが、なんとも美しい。

 

「いや、まったく現実感がないね。艦娘になって、自衛隊に入って、護衛艦を操る。世界が夢うつつの幻みたいだよ」

「なんだ、胡蝶の夢ってか?詩的だな」

 

 クククとレ級が口を押えて笑う。私も自分の口角が上がっていることを自覚していた。

 

「そりゃあ。何も無ければ土方で人生終わってたからね。ここまで注目されるなんてさ」

「現実感がねぇってか」

「うん。なんか夢をみてて、目を覚ましたら響になる前の土方の自分に戻るんじゃないかって思うよ」

 

 うなずきながら自分の言葉を改めてかみしめる。だが、頬をつねっても目を覚める様子はないし、なんど目をこすっても、鏡に映る私は響だ。レ級も消えやしない。

 

「私も確かに、戦いから離れられたのは夢の如くだ。でも、安心しろ。現実だ。私も夢の中のようだが、これは現実だ」

「そっか」

「ま、ただ、確かに今は夢幻のような感じがするよ」

 

 レ級はそういうと、空を見上げる。 

 

「そうさな。"halo world"って感じ?」

「hello world ではないんですか?」

「だってよぉ」

 

―なんていうか、月にかかる白煙くらい、現実味が無くて、吹いたら消えそうな世界って感じがするだろ?―

 

―確かに―

 

水面にぼやけた月が落ちる。静かな水面が、月光に輝く。世界は、確かに美しい。

 

「レ級、そういえばこの後夕飯どうしようか?如月さん曰く言ってくれれば護衛つけて外もオッケーってことだけど」

「お?本当か?それなら、ドブ板でステーキを喰いたい」

「それはいいね。合点承知だよ」

 

 

「提督、今晩どこに行く?」

「そうだなー。ちょっとドブ板でも行くか?」

「いいね、賛成。ステーキを食べてビールでどうだい?」

「お、じゃあ良い店知ってるぜ。行こう」

 

 とある別世界。男二人が、闇夜に溶け込む。

 

「しかし響も順応しきったよな。完全に男じゃねーか」

「まぁ、彼女もいるしね。せっかくなら楽しみ切らないと」

「違いないが、しかしなぁ。後先考えてねぇよなそれ」

「ま、艦娘に戻ったらそれはそれ、これはこれ」

 

 そういいながら響と呼ばれた男は、ビールを煽る。

 

「響さんはクズだねぇ」

「艦隊に文字通り股をかけている提督ほどでも」

「痛いところを」

 

 提督と言われた男も、同じようにビールを煽る。

 

―はははははー

 

「クズどうし、もう一杯ずつ」

「乾杯!」

 

 他愛もない話をしながら、夜も更ける。そしてもうそろそろてっぺんを回ろうかと言う時である。店を追い出された響と提督は、のんびりと夜道を鎮守府へと帰っていた。

 

「にしてもまー、お前も本当順応したよなぁ」

「いやぁ、正直提督と対等に話せて、友達になれる。こんなこと艦娘じゃあり得なかったからね。楽しまなきゃ損ってね」

 

 2人が歩く、土埃舞う道路に、月明かりが優しく降りる。

 

「お、月が綺麗だな」

「それは誘っているのかい?提督そっちのケがあるのかい?」

「男相手に誘うかって。見てみろよ」

 

 提督に言われ、響は月を見る。おぼろげな雲がかかり、月がぼやけていた。

 

「お、見事な月暈だね」

「ああ。月暈に覆われる世界。常世は全て、"halo world"ってな」

「"hello world"を捩ったわけだね。確かに今の月、"ヘイロームーン"だけどさ」

「いいじゃねぇか。艦娘も深海棲艦も、正直言って月にかかる暈みたいな夢みたいなもんだしよ」

「提督がそれを言うのかい?」

「だってよぉ?」

 

―美女同士で敵味方に別れて戦うってさ、なんていうかどっかのアニメや小説の中の世界じゃねぇか。見てるこっちとしちゃあ最高だけどなー

 

―はは。確かにねー

 

世界にぼやけた月が落ちる。静かな街並みが、月光に輝く。世界は、かくも美しい。

 

「で、この後はどうする?2軒目?」

「あー。実はな。ちょっと極秘任務がな。一旦鎮守府に戻る」

「へー。珍しいね」

「お前も来るんだ」

「私も?なんでだい?」

 

 すっと提督の目が細くなる。そして、鋭く言葉を紡ぐ。

 

「明らかに今の技術じゃありえない船を捕縛した。高性能の電探がついて、明らかに重油のエンジンではない何かで動いている。砲門は一つだが、他にも多数の武装がありそうな奴さ」

「へぇ。出所は判っているのかい?」

「全く不明だ。お前と同じように。急に。横須賀に係留されていた」

 

 ほほう、と響は口角を上げる。 

 

「…なるほど、この体と一緒ってわけだね?諸々の手がかりって感じだね」

「そういうこった。深海棲艦以外にやっかいごとはこれ以上増えてほしくないんだがねぇ」

「ま、とりあえず私が船に乗って何か起きれば面白いんじゃないかな?リンクできたりしてね」

 

 うげ、と提督は唸る。

 

「やめてくれや。ただでさえお前の体で厄介事なのに、男で船動かせるとかよぉ…仕事が増えて仕方がねぇ」

 

 ククク、と響は口元を押えて笑う。

 

「そうしたら愚痴に一杯付き合ってあげるよ」

「…それなら、仕方ねぇかな」

 

 少しの矛盾を抱えながら、世界は、かくも回り続ける。艦娘と人間の争いは続くし、人間同士の争いも続く。しかしながら、世界は、かくも、美しい。




ここで、完結と相成ります。

これからも「僕」は響のままで、レ級はちいさいまま。

あっちの世界では深海棲艦と艦娘の戦いは続きます。

ですが、その未来は楽しいものになるでせう。


ご覧いただきまして、誠に感謝でございます。


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キャラクター紹介

簡単に解説するキャラクター達


◆こっち側

 

主人公

 

中身 土方の一般人

外見 ヴェールヌイ

 

 

能力 怪力・水上移動・幸運

性格は凡庸。ただし行動に幸運が乗るため基本的に良い方向にしか話が進まない。本人は響になったーと思っているが、実はヴェールヌイ。だから少し背丈が大きい。本当は高スペックらしいけれど可愛いが正義なのでまぁ関係ないよね!

 

 

レ級

 

中身:暁

外見:戦艦レ級

 

能力 水上移動・クラッキング

性格は本来残忍だが、ちいさくなってこっちの世界に来て、犬におっかけられたり猫に遊ばれたり川に流されたり色々心が折れる体験をしてしょんぼりしていたところに、響に発見されたのでかなり丸くなっている。

 実はあっちの世界のどこかの暁が沈んだ時に発生した深海棲艦なので、助けられた恩と相まって特に響となった男を気にかけていた。姉妹の絆は世界を超える。

 深海棲艦らしく、船の管制を強制的に掌握することが可能。

 

 

コスプレイヤーズ

 

中身:ふつうのかいしゃいん

外観:金剛姉妹

 

能力 裁縫・なりきり・カメラ

性格は凡庸だが、好きなものにはとことんのタイプ。ミーハーなので、横須賀で出会った主人公とレ級の写真をSNSに上げてバズった。

 

 

如月さん

 

中身:自衛隊員

外観:鍛えてる

 

能力 怪力・苦労人

性格は凡庸。実は響に会えてテンションが上がっている程度にはオタク。あふれ出る気持ちを表には出さないあたり優秀な人。ただし主人公の専任秘書のようになっているので、胃は荒れる。

 

 

◆あっち側

 

響さん

 

中身 酒呑みfreedom

外見 ヴェールヌイ

 

 響、響、と呼ばれているが実はヴェールヌイ。姉妹と異なる制服が嫌だというわがままで特3の制服を着ていた。主人公と体が入れ替わってからも特に姉妹との関係は変わらずにいる。

 男性の体になってからは提督が飲み友達。彼女を既に作っているらしい。

 

 

提督

 

中身 横須賀鎮守府統括

外見 マッチョメン

 

 主人公と体が入れ替わったヴェールヌイを迷うことなく一発で見抜いたとんでもねぇ眼力の持ち主。結構優秀らしい。ただし酒クズ。

 

 

 

暁姉妹

 

中身 菓子好き、母上、酒クズ、実は怒ると怖い

外見 大人っぽい、元気なロリっ子、クールビューティ、大人し可愛い

 

 主人公と体が入れ替わったヴェールヌイを見てめっちゃ慌てたものの、言動を見て大丈夫だねってなった図太い姉妹。仲は良い。

 レ級とは全くの無関係。

 

 

謎の船

 

JDSまでは判別できるものの、ほかに船を示す記号が悉く消されている。

しかし、ガスタービンと約80mm単装砲を装備している船であることは判明している。

 

 



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