見習い女子シェフの男装事情 (奥の太道)
しおりを挟む

一品目

 放課後、終礼の鈴が鳴りわたり生徒たちや先生たちの廊下を歩く音や声などが校内に響いている。そんな中、私は友達と一緒に歩いていた。

 

「じゃーな瀬乃」

 

 クラスメイトの男子生徒が笑顔で言ってきた。

 

「うん、明日」

 

 私は手を振って笑顔で答える。

 

「瀬乃くんはすぐに帰るの」

 

「僕は保健室に用事があるから先に帰ってくれていいよ」

 

「じゃあ明日」

 

「うん」

 

 私はそう言って友達と別れ保健室へ歩いていく。保健室の近くで立ち止まって私は窓に映る自分の姿を見る。

 

「…」

 

 黒髪の男の子が映っている。うん、いつもどうりの姿。問題はない。確認をしていると。

 

「瀬乃くん。なにしてるの」 

 

 保健室の女先生が資料などを持って保健室のドアの前にいた。

 

「診察するから入って」

 

 私は慌てて保健室に入る。

 

「そこに座って」

 

 私は先生に言われたとうり座る。

 

「早速はじめるわね。まずは問診から」

 

 私は先生の質問に答え、診察が始まった。そして…

 

「問題はないわね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 私がシャツのボタンを留めている時に、先生が話しかけてきた。

 

「本当はこんな事を認めたくはなかったんだけど」

 

「すいません」

 

「まあ、あの人の元じゃ…ね」

 

 苦笑する先生。

 

「とにかく無理はしないこと。何かあれば私か担任の先生か校長先生に言うこと」

 

「はい」

 

 何で私が保健室で診察を受けているかというと私にはある秘密がある。誰にも言えない秘密。私の名前は瀬乃 悠希(せの ゆうき)。私は性別を偽っている。

 

 

 

「シェフ特性ビーフシチュー出来た。悠希」

 

 お客さんで溢れんばかりの洋食屋の店内に通る声。

 

「はい」

 

 女性シェフに言われて私は出来上がった料理をお客さんの席に運ぶ。

 

「失礼します。シェフ特性ビーフシチューです」

 

「美味しそう」

 

 女性客が嬉しそうに声を弾ませる。ここは静岡県沼津にある洋食屋『ボ・ヌール』。私は東京生まれだけど洋食屋を営んでいる両親のあとを継ぎたく、料理の勉強のためと両親の勧めもあってこの洋食屋で働くことにした。

 

「このお店、いつも満席だね」

 

 ビーフシチューを注文した女性客と同席している女性客が話しかけてきた。

 

「はい、おかげさまで」

 

「シェフの腕が良いのと瀬乃くんがカッコいいからかな」

 

「僕を煽てても何もでませんよ」

 

 ここを訪れるお客さんは私のことを男子と思っている。もちろん男装しているから。そもそも何で私が男装しているのかというと。

 

「私以外の誰かに目を向けるのは許さない」

 

「はい…」

 

 当店のオーナー女性シェフ、天海 遥(あまみ はるか)が女性客に顎くいをして口説いている。女性客もうっとりした表情で遥シェフのことを見ている。

 

「もっと君に触れたいな」

 

 この人のせいだ。遥シェフ…彼女は百合。それもハレンチな百合。以前働いていた職場でも女性客から女性従業員まで色々と手を出したために退職させられた。そのくらい節操がないので、私が遥シェフの毒牙にかからないようにするために両親が私に男装をさせた。ウソみたいな本当の話。最初は別にこの人の元で勉強しなくても東京の料理学校で勉強すればイイと思ったけど。

 

「遥シェフ。オーダーが入ったのでお願いします」

 

「はぁ…わかった」

 

 名残惜しそうに厨房に戻ると鮮やかな手つきで料理を作っていく。某ガイドブックで三ツ星をもらった料理店で女性ながら料理長を務めていたそうで彼女の料理の技術は一流と言える。これでハレンチな百合ではなかったら最高の女性シェフだと思う。

 

「そんな可愛い恰好して、私に襲われたいのかな」

 

 いつの間にか別の女性客を口説いている遥シェフ。何度も言うけど本当にこれがなければ最高のシェフだと思う。とにかく彼女に私が女子だとバレない様にしないといけない。それに彼女だけじゃない、友人にも。どこから私の事が遥シェフに伝わるか分からない。

 

「ふふっ」

 

「あっ…ああっ…んっ」

 

 バレると色々な意味で私の身が本当に危ない。洋食店で色々とする問題のある人だから。そしてこの状況で食事をしているお客さんたちの精神はどうなっているのか不思議に思う。最近はいつお店が検挙されるのか考えるようになってきた。ここで勉強していて大丈夫かな私。 

 

 

 

 ゆったりとした日曜日の午後。ランチタイムを過ぎてお客さんの姿はない。

 

カランカラン♪

 

 ドアベルの音が店内に響く。同時に勢いよくドアを開ける音が聞こえたそして。

 

「悠くーん、来たよー」

 

一人の女子が勢いよくお店に入ってきた。その子はセミショートヘアの頭頂部にはくせ毛?があって向かって右側の一部を三つ編みにして黄色のリボンで結び、向かって左側に三つ葉のクローバーのヘアピンを付けている。

 

「高海さん、もう少し静かに入ってきて」

 

 私はため息交じりにお店に来た女子『高海さん』に注意した。

 

「あはは…ごめん…」

 

 そう言いながら笑顔で謝る高海さん。

 

「賑やかだから見てみれば、来てたの高海さん」

 

 遥シェフが厨房から出てきた。

 

「あっ、お邪魔しています」

 

「いらっしゃい」

 

 笑顔で高海さんに近づく遥シェフ。そして…

 

「え、えっ」

 

 鮮やかな手つきで高海さんの腰に手を回し、自分に引き寄せて顎くいをする遥シェフ。

 

「ずるいな。悠希とだけ仲良くするなんて」

 

「あ、あの」

 

 あの高海さんが凄く動揺している。これを見ると私が男装してなかったらどうなっていたんだろうと思う。

 

「ゆ、悠ーくん」

 

 困惑した表情で私の事を呼ぶ高海さん。そろそろ助け舟を出した方がイイかな。

 

「遥シェフ。学生に手を出さないでください」

 

「悠希。私にかまってほしいならハッキリ言わないとわからないよ」

 

 意味ありげな事を言う遥シェフ。。 

 

「悠希は可愛い顔をしているから、ついイタズラしたくなる時があるんだよね」

 

 そう言って高海さんを離して私に顎くいをする遥シェフ。その言葉と行動に私はヒヤッとした。この人は百合本能で私が女子って分かっているのかもしれない。

 

「え、えっと」

 

予想外の展開に戸惑っていると。

 

「あ、あの男子同士でそんな事をするのは良くないと思います」

 

 高海さんがあたふたしながら言う。

 

「私は女だから問題ないよ」

 

 不敵に笑ってそう言う遥シェフ。私も女だから問題がありますよ。

 

「と、とにかくダメ。私は日替わりスイーツセットをお願いします。ゆ、悠くん。案内して」

 

 高海さんは遥シェフから私を引き離すと、私の手を引いて適当なテーブルに座った。

 

「むー」

 

 そしてぷくーと頬を膨らませてジト目で私の事を見ている。

 

「な、何か」

 

「悠くんっていつも天海さんとあんな事をしているの」

 

「してないよ」

 

 あんな危険な事をやりたいとは思わない。

 

「本当かな」

 

「本当だよ。じゃあ、厨房に戻るから」

 

 そう言って私は厨房に向かう。そして歩きながら考えた。何で高海さんは私と遥シェフとのことを疑うのかな。彼女と知り合って一年くらい。お客さんでもあり友人だとも思っている。多分、高海さんも同じように考えていると思う。いや、だからこそ気になるのかな。恋バナはみんな好物なんだ。そんな事を考えながらシェフが用意したセットを高海さんのいるテーブルに持って行く。そうすると高海さんはすぐに食べ始めた。

 

「ん~♪」

 

 幸せそうな表情で食べる高海さん。

 

「今日は渡辺さんと一緒じゃないんだ」

 

「水泳部のミーティングがあるから後から来るって」

 

 渡辺さんというのは高海さんの幼馴染でお店のリピート客。

 

「悠くん聞いて」

 

 身を乗り出して愛嬌のある笑顔で楽しそうに私に話しかけてくる。そんな高海さんの話を聞いていると。 

 

カランカラン♪

 

 ドアベルの音が店内に響く。そして女性客が入ってきた。

 

「いらっしゃいませ。ごめん高海さん。お客さんが来たから」

 

 私はお客さんの元に向かう。

 

「あっ…」

 

 高海さんの声に寂しそうな響きが含まれている気がした。。

 

「ってかんがえられないよねぇ」

 

「でしょ」

 

 彼女たちは高海さん以外のリピート客の娘たち。私はオーダーを受ける合間に彼女たちと他愛のない話をしていた。その際に高海さんの顔が少し見えた。どこかむくれているように見えた。どうしたんだろう。

 

 

 

「渡辺さん遅いね」

 

 高海さん以外のお客さんは帰り、ディナーの仕込みを終えて私はテーブルを拭いていた。

 

「…」

 

 返事をせず、またぷくーと頬を膨らませてジト目で私の事を見ている。何だかいたたまれないのだけど。

 

「ねえ、悠くん」

 

 高海さんに呼ばれて私はふり向いた

 

「私の後から来た娘たちと仲が良いよね」

 

「まあ、お客さんだからね」

 

 お客さんとのコミュニケーションは大切だと思っている。会話の中にお客さんの好みなど知ることが出来るから。

 

「他のお客さんとも仲が良かったね」

 

「お客さんを邪険にするお店はないと思うけど」

 

「そうだけど…心配だよ」

 

 ポツリつぶやく高海さん。

 

「心配って何で」

 

「悠くんって押しに弱そうだから、悪い人に騙されそうな気がして」

 

「騙すって」

 

 さすがにそれはないと思う。

 

「それに僕は押しに弱くなんてないよ」

 

「本当に~」

 

 納得がいかないような顔をする高海さん。

 

「そういう高海さんの方が騙されそうだよ」

 

「私は騙されないよ。しっかりしているからね」

 

 自信ありげな表情をする高海さん。いや、どう考えても高海さんの方が騙されそう。そんな事を考えていると高海さんに対してイタズラ心が出てきた。

 

「高海さん…」

 

「なに、悠くん」

 

 今は壁際のテーブルにいる高海さん。私はゆっくりと高海さんに近づいて。

 

ドン!

 

 私はイスに座っている高海さんの背後の壁に右手をついて顔をのぞきこんだ。

 

「ゆ、悠くん…」

 

 急な展開で驚きを隠せない高海さん。

 

「高海さんは僕の事が心配って言ってたけど僕も心配してる」

 

「え、え、な、何を」

 

 どもる高海さん。

 

「高海さん、可愛いから他の男子が絶対に放っておかないよ」

 

「か、かわ、可愛い」

 

 今度は声が裏返った。

 

「ゆ、悠くん」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめる高海さん。そろそろ揶揄うのを止めようとした時。

 

「悠くん…」

 

 両頬を潮紅に染めて上目づかいでとろんとした瞳で私を見ている高海さん。あ、あれ。想像していた展開とは違うことになってきた。

 

「…」

 

 無言で私を見つめる高海さん

 

「…」

 

 この後どうすればいいのか分からず固まる私。そして…

 

「悠くんーヨーソロー!」

 

 勢いよくドアを開けてお店に入ってくるセミショートヘアの少女が一人。

 

「千歌…ちゃ…ん…遅くなっ…」

 

 今の私たちの姿を見て固まるセミショートヘアの少女。

 

「え、えっ、ええっと、こ、これは」

 

 彼女の名前は渡辺 曜さん。先ほど話題に出た、高海さんの幼馴染でお店のリピート客。

 

「…二人とも何してるの」

 

 ジト目でこちらを見ている渡辺さん。

 

「こ、これは…」

 

 しどろもどろになる私。

 

「ちょっと悠くんを揶揄っていたんだ」

 

 あははと空笑いをする千歌ちゃん。

 

「そ、そうなんだ。高海さんに揶揄われていたんだ」

 

 わざとらしく笑いながら脈絡のない言葉を並べる私と高海さん。どう考えても信じてもらえそうにない。

 

「そうだったんだ。千歌ちゃん、悠くんの邪魔しちゃだめだよ」

 

 えっ、信じてもらえた。

 

「そ、そうだね。ご、ごめんね悠くん」

 

「う、うん」

 

「先っきよりも賑やかだと思ったら、渡辺さんも来たの」

 

「天海シェフ、ヨーソロー」

 

「ふふっ、ヨーソロー」

 

 渡辺さんにつられてヨーソローと言う遥シェフ。言いながらも高海さんの時と同様に鮮やかな手つきで渡辺さんの腰に手を回し自分に引き寄せる遥シェフ。

 

「あ、あのー離してもらえると嬉しいです」

 

 苦笑する渡辺さん。

 

「ダメ、離さない」

 

 渡辺さんに迫る遥シェフ。

 

「だから学生に手を出さないでください」

 

「だから私にかまってほしいなら…」

 

「それは先っき聞きました。渡辺さんは部活で疲れているから元気が出るものを作ってあげてください」

 

「なら私の…」

 

「はいはい。じゃあ渡辺さん、オーダーはお任せでいいかな」

 

「う、うん」

 

 私は遥シェフの背中を押して厨房に行く。その際に横目で高海さんを見る。

 

「でね…」

 

「おおー」

 

 渡辺さんと楽しそうに話している高海さん。先っきのような様子はない。何で高海さんは私が壁ドンした時にあんな表情をしたんだろ。あれはまるで…。

 

「えっ…」

 

 あれはまるで恋する乙女の表情。まさか高海さんは男装した私に恋を…。彼女にも私が女子だって伝えてない。だから…

 

「まさかね」

 

 急に壁ドンされて戸惑っただけだよね。今後はあんなイタズラはしないようにしよ。この時の私は自分のことを好きになる人なんていないと思い現実逃避しました。

 

 




一話目はアニメ本編が始まる前の辺りの話になっています。至らない点もありますがよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二品目

 

 海沿いの片側二車線の車道を私は遥シェフの運転する車に乗って走ってる。雲一つないくらい晴れきった空を眺めてると。

 

「松浦さんよかったの。折角の休みを私たちと一緒にいて」

 

「大丈夫です。それに市場って楽しいですから」

 

 遥シェフに呼ばれた松浦さんと呼ばれた娘が笑顔で答える。ロングヘアをゴムで縛ってポーニーテールにしているのが特徴的な娘。

 

「でも何で後部座席に行くのかな。助手席は松浦さんの為にあけてるよ」

 

「だって天海シェフって隣に座ると私の太ももを触ってくるから」

 

 セクハラ親父のような人だ。

 

「隣に座ってる悠希も触ってくるかもしれないけど」

 

 私と松浦さんは後部座席に座ってる。

 

「そ、そうなの」

 

 大げさに目を見開いて驚く仕草をする松浦さん。

 

「しません」

 

 私が否定すると。

 

「本当に」

 

 今度は遥シェフが驚く仕草をする。

 

「しません」

 

「私ってそんなに魅力ないかな」

 

 松浦さんの表情が暗く蔭る。

 

「えっ、ええっ」

 

 私が頓狂な声をあげると二人ともイタズラな笑顔を見せて笑ってる。紹介が遅れたけど私の隣に座っている娘、松浦果南さん。高海さんの幼馴染でお店のリピート客。家がダイビングショップを営んでいて彼女も手伝ってる。今日はお店が休みで市場に行く私たちに同行してる。松浦さんは市場に興味があるのか時々、私たちと一緒に市場に行くことがある。

 

「…」

 

 車窓の外を眺めている松浦さん。彼女との出会いは印象的だった。私が沼津に来たばかりのころ男装をせず街を散策をしていた。これから男装して過ごしていくのに不用心だったと思う。街を歩いていると知らない男性二人に声をかけられた。二人の特徴を言えば…チャラ男。そして変な車に乗ってる。

 

「あのここに行きたいんだけど教えてくれない」

 

 二人は雑誌を片手に聞いてきた。私は場所を教えて二人から離れようとしたけど、今度は一緒に行こうと言って二人はしつこく私に声をかけてきた。私が何度断っても身勝手なことを言って諦めないから。

 

「やめてください」

 

 強めに声をだして離れようとすると私の手首を掴んできた。私が抵抗していると横から誰かが男の手を弾いてくれた。

 

「やめてあげなよ。この子嫌がってるでしょ」

 

 颯爽と現れて私を助けてくれたのが松浦さんだった。一触即発な雰囲気になってもチャラ男たちに臆せず、私を守るようにチャラ男たちの前に立ってくれている。この後、人が集まってきたのでチャラ男たちはそそくさと逃げていった。助けてもらったのでお礼をしたいって言ったら。

 

「気にしないで」

 

 笑顔で立ち去っていった。松浦さんが男だったら絶対に好きになっていたと思う。その後に高海さんと一緒にお店に訪れた時は驚いたけど。お礼をしたかったけど男装しているから以前に助けてもらった女子だと言えずお礼は出来なかった。でも一緒の時間を過ごしているうちに松浦さんと仲良くなって、先っきのように私にイタズラをするようになってきた。それくらい私に気を許してくれたんだと思う。

 

「どうしたの瀬乃くん。私の事をじっと見て」

 

「えっ」

 

「悠希は松浦さんに見とれていたみたいだよ」

 

 二人はまたイタズラな笑顔で私を見てる。松浦さんって私に気を許してくれたんじゃなくて私を揶揄って遊んでいるだけじゃないよね。一抹の不安を感じる私でした。

 

 

 

 今回なぜ市場に来たのかと言うと、お店の春の新メニューの食材を選ぶために業者のお店に直接行くことになった。普段は業者の人がお店に届けてくれるけど、新メニューを作る時は業者のお店に行くように遥シェフはしている。食材を直接見ることと値段交渉のために。食材を見極める目も値段交渉も私には分からない。だからこういった時はいつも同行させてもらってる。そして松浦さんは。

 

「私は市場を見て回ってるから」

 

そう言って一旦別れた。松浦さんは関係者じゃないから流石に交渉の場には同行させられない。松浦さんは空気を読んでくれたのか一人で市場を見て回ってくれてる。後で一緒に市場を見て回ってみようと思いながら遥シェフと業者の人の話を聞く私でした。

 

 

 

 交渉も終わり私は松浦さんを探して市場を見て回ってる。広いうえに人も多いので中々見つからない。何故か携帯も繋がらない。仕方なく店舗を確認しながら回っていると。

 

「でね…」

 

「はぁ…」

 

 松浦さんを見つけたけど、男性に声をかけられている。あの人は以前に遥シェフと食材を買ったお八百屋の新人の店員だ。松浦さんに馴れ馴れしく話している。ナンパかな。一方、松浦さんは苦笑いをしながら男性店員の話を聞いている。松浦さんならハッキリと断りそうだけど、どうしたんだろう。二人に近づいていくと。

 

「俺はさこれが一番イイと思うんだ…」

 

「…」

 

 男性店員は店の商品の説明ではなく一方的に自分の事を喋っている。松浦さんはうんざりとした表情で聞いている。何だろう。男性店員の話を聞いているとムカムカしてきた。

 

「もうすぐ仕事が終わるから一緒に…」

 

 男性店員が言い終わる前に私は松浦さんの肩を抱いて自分に引き寄せた。

 

「えっ、せ、瀬乃くん」

 

 急に肩から抱き寄せられたからだと思う。松浦さんが驚きの表情を見せた。

 

「悪いけど僕の彼女なんだ。手を出さないでくれないかな」

 

「えっ」

 

「なっ」

 

 私の発言に驚きの表情をする二人。特に松浦さんは何故か狼狽して顔を真っ赤にしている。

 

「じゃあ行こっか」

 

 私は松浦さんの手を引いて歩き出すと。

 

「ま、待てよ」

 

 男性店員が呼び止めてきた。私は歩くのを止めて振り向いた。

 

「君は自分の事を紹介していたけどここは八百屋だろ。だったら自分の事を紹介しないで商品の紹介をしなよ」

 

 仕事そっちのけで女性にナンパするなんて。仕事なんだからしっかりとしてほしい。多分これがムカムカした理由だと思う。

 

「偉そうに言いやがっ…でぇ」

 

 男性店員がキレそうになったとき、男性店員に年配の人がゲンコツをした。

 

「て、店長」

 

「お客さんに迷惑かけてるんじゃね。奥に引っ込んでろ」

 

 店長に怒鳴られ、逃げるように奥に引っ込む男性店員。

 

「悪いね。うちのバカが迷惑かけて」

 

「いいえ。こちらこそ言い過ぎました」

 

「君は天海さんの所で修行中の子だろ」

 

「はい」

 

「しかし男だね~」

 

 店長が一人うんうんと頷いている。

 

「な、何がですか」

 

「ん~。僕の彼女なんだって言って、その子を守るところなんて男だろ」

 

「えっ」

 

「それに彼女も満更でもないみたいだしな」

 

 店長が意味ありげに視線を送る。私は店長の視線の先を見てみた。

 

「…」

 

 松浦さんは頬を潮紅させ俯いて視線をそらしている。そして私は松浦さんと手を繋いだままだった。

 

「あっ…ごめん」

 

「う、うん…」

 

 私が手を離しても頬は潮紅したままだった。何で松浦さんは赤くなってるんだろ。

 

「いや~青春だね~」

 

 何故か店長一人だけご満悦でした。

 

 

 八百屋の店長から迷惑かけたお詫びに数個の段ボール一杯に色々な野菜を詰めてくれた。台車を借りてそれを遥シェフの車まで運んでいる私。顔を真っ赤にして力一杯に台車を押してる私を見て。

 

「大丈夫。手伝おうか」

 

 憂わし気な表情で声をかけてくれる。

 

「だ、大丈夫」

 

 多分、説得力がない声で言ってると思う。そんな状態で遥シェフの車まで到着した。段ボールを積み込むため持ち上げようとしたけど。

 

「ん、んんん」

 

 ビクともしなかった。私って力ないのかな。若干、途方にくれていると。

 

「二人で持てば大丈夫でしょ」

 

 笑顔で手伝ってくれる松浦さん。こういった時、自然に助けてくれる松浦さんを優しいお姉さんって思えてしまう。

 

「じゃあ。二人で一緒に」

 

 段ボールを一緒に積み込む私と松浦さん。傍目には微笑ましく映っていると思う。

 

「何だろうね。私のこの空気感は…」

 

 この時の私は遥シェフの存在を忘れていました。

 

 

 

 お店に帰ると遥シェフに倉庫の片付けを頼まれた。

 

「厨房や食材の倉庫は整頓されてるのに何で遥シェフの私物の倉庫は片付いてないんだろ」

 

 凄く散らかっている。棚に置いてある段ボールも何かの拍子にあっさり崩れ落ちそうな状態。

 

「私も手伝ってあげるから、不満は言わないで頑張ろ」

 

 苦笑しながら手伝ってくれる松浦さん。彼女の厚意にどんなに感謝してもたりない。

 

「でね…」

 

「うん…」

 

 しばらく松浦さんと話しながら片付けていた時、市場で疑問に思った事を聞いてみた。 

「そういえば市場でナンパされてる時に、ハッキリと断らなかったけど何かあったの」

 

「ああ、あれね。前に連れて来てもらった時にね、天海シェフがあのお店の店長と親し気に話していたから。私が何か言って天海シェフに迷惑がかかるって思うとね」

 

 遥シェフに迷惑がかかると思って強く出れなかったみたいだ。

 

「そんなこと気にしないでよかったのに」

 

「気にするよ」

 

 そう言いながら髪を振って顔を向ける松浦さん。

 

「でも遥シェフも自分の事で、松浦さんが辛い思いをするのは嫌だと思う」

 

「…うん」

 

「僕も松浦さんが辛い思いなんてしてほしくないよ」

 

「そ、そう」

 

 何故か頬を緩めて作業に戻る松浦さん。

 

「あっ、そういえば」

 

「なに」

 

 私は松浦さんの方を見て。

 

「ナンパから助けるためでも、その…松浦さんのことを僕の彼女って言ってごめん」

 

 あの時は松浦さんを助けたいという思いとナンパ男に対する腹正しさで一杯だった。

 

「えっ、えええ。き、気にしなくてもいいよ」

 

 狼狽しながら言う松浦さん。

 

「あと、助けてくれてありがと」

 

 優しい笑顔を見せてくれる松浦さん。私としては以前にナンパ男から助けてもらったお礼がやっと出来て嬉しく思ってる。

 

「でも松浦さんをナンパしてきた男。女性を見る目だけはあったよね」

 

「えっ、何で」

 

「松浦さんって美人だし」

 

「なっ」

 

「スタイルいいし」

 

「ちょっと」

 

「落ち着いた大人の女性って感じだから」

 

「も…やめて。恥ずかしいから」

 

 みるみる顔を真っ赤にして上気していく松浦さん。同性の私から見ても松浦さんは魅力的な女性だと思う。特にスタイルなんて。私なんて男装しても違和感がないスタイルで…やめよ。自虐ネタは。

 

「ほ、本当になに言ってるのせ、瀬乃くん。と、年上を揶揄っちゃダメだよ」

 

 狼狽しながら段ボールを棚の空いたスペースに入れる松浦さん。

 

「あっ」

 

 不安定な棚のためか、松浦さんが段ボールを入れた衝撃で上の段に置いてある段ボールがぐらついて落ちそうになっていた。

 

「危ない」

 

「えっ」

 

 私は松浦さんの腕を掴んで引っ張った。そして松浦さんが先っきまでいた場所に段ボールが落ちた。物が落ちたには軽い音だった。どうやら中身が入ってない段ボールだったみたいだ。

 

「空だったみたいだ。あっ…松浦さん大丈夫だった」

 

「…」

 

 何も言わず無言で頷く松浦さん。どうしたんだろうと思って松浦さんの様子を見ると、私の腕の中で頬を赤くしている松浦さん。

 

「ご、ごめん」

 

 私が慌てて松浦さんから離れようとした時、松浦さんはギュッと両手て私の腕を掴んできた。

 

「…あ、あの松浦さん」

 

 今の私の状態は松浦さんをバックハグをしている状態。松浦さんに腕を掴まれると離れられないんだけど。

 

「…」

 

 無言のまま松浦さんは私に体を預けてきた。

 

「ま、松浦さん。ちょっと」

 

 これはマズい。色々マズイ。いくら私が男装しても違和感のないスタイルだとしても、これだけ密着すれば女性だとわかるかもしれない。それになんだろう?この状況にデジャヴを感じる。

 

「せ、瀬乃くん。私ね…」

 

 私の腕の中にいるので松浦さんの表情は分からないけど、耳まで赤くなっているのは分かる。この後の展開が想像できるよ。ど、どうしよう。

 

「私ね…」

 

 私が一人でテンパっている間に松浦さんが言葉を発する。

 

「悠希~松浦さん~。二人ともいる~」

 

 急に遥シェフが倉庫に入ってきた。

 

「ひぐっ」

 

 驚きのあまり声にならない声が出た。

 

「何してるの悠希。一人で」

 

「えっ」

 

 この状況をどう言い訳しようかと考え始めた時、遥シェフの言葉の『一人』という言葉を不思議に思って私は自分の腕の中を見た。

 

「えっと…」

  

 私の腕の中にいたはずの松浦さんは何時の間にか私の腕の中から離れて棚の整頓をしていた。いつの間にあんな所に…。私は今エアハグをしている状態だった。

 

「何しているんでしょうね…」

 

 ホントになにしてるんだろう私。

 

 

 

 倉庫の片付けを終えて私と松浦さんは帰る準備をしていた。

 

「今日はありがとう松浦さん。家まで送るよ」

 

「だ、大丈夫。一人で大丈夫だから」

 

 頬を潮紅させながら手をブンブンと振る松浦さん。

 

「い、今は一人で帰りたい気分だから。じゃ、じゃあ、またね」

 

 そう言って走り出す松浦さん。

 

「あ、松浦さん。まっ…」

 

呼び止めようとしたけど凄い速さで走っていく。あの速さは私じゃ付いていけない。仕方がないので一人で帰ることにした。

 

「…」

 

 倉庫でのことを考えながら今一人ゆっくりと歩いている。

 

「あの時の松浦さん。あれって…」

 

 告白しようとしてたよね。表情は見えなかったけどあの展開はそうだよね…。松浦さんとも高海さんと同じくらいの付き合いがある。でも男装した私に恋をするなんて。

 

「…私の思い違いだよね」

 

 助けるためでも急に後ろから抱きしめられて驚いただけだよね。

 

「うん、そうに決まってる」

 

 性別を偽っている私に恋をしたと思う松浦さんにどう応えたらいいのか分からない私は、高海さんの件に続いて現実逃避するのでした。

 

 




 この作品を読んでくれた方々。更新が遅れてすいませんでした。試験などでプライベートが慌ただしくて更新が遅れました。次回はもっと早く更新しますのでよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三品目

 空の色がすっきり春めいた午後の空、ボ・ヌールでお茶をしながらゆっくりしている高海さんと渡辺さん。

 

「へぇー東京に行くんだ」

 

「うん。今から楽しみだよ」

 

 凄く楽しみなのか顔をほころばせる高海さん。

 

「そっか、東京か…」

 

 私は少し思案した後、カウンターに置いてあるメモ用紙に一筆書いた。

 

「はい、これ」

 

「えっと…これは何」

 

 不思議そうにメモ用紙を見ながら首をかしげる高海さん。

 

「僕の両親のお店の住所と電話番号を書いておいたから。僕から両親にサービスしてもらえるように言っておくから寄ってみて」

 

「本当に。イイの」

 

 笑顔を浮かべてメモ用紙を受け取る渡辺さん。

 

「…」

 

 一方、高海さんは俯いて一言も喋らないでいた。

 

「あの…どうしたの高海さん」

 

 私が恐る恐る聞くと。

 

「ゆ、悠くん」

 

「は、はい」

 

 真剣な表情で視線を逸らすことなく私を見る高海さん。

 

「りょ、両親というのは悠くんのお父さんとお母さんのことだよね」

 

「えっ…う、うん」

 

「高級な和菓子や果物を持っていった方がイイかな」

 

「お客として行くんだから必要ないと思うけど」

 

「着物とか着た方がイイの」

 

「何しに東京に行くの」

 

 高海さんの質問に困惑しながら答えていると。

 

「はっ。この髪じゃご挨拶にいけないよー」

 

 そう言って高海さんはテーブルを立つと勢いよく店の外に走り出した。

 

「お代は…」

 

「あはは…」

 

 ボー然とする私と苦笑する渡辺さん。高海さんは本当に何しに東京に行くんだろ。

 

「じゃ、じゃあ悠くんの言葉に甘えてお店に寄らせてもらうねもらうね」

 

「うん。味はこのお店にも引けは取らないから」

 

 他の人がどう思っているかは分からないけど、私は両親の料理の腕は遥シェフにも劣ってないと思ってる。

 

「あっ、悠くんからご両親に伝言はある。私から伝えておくよ」

 

「伝言って。普段から電話で話してるから特にないよ」

 

「そっか…」

 

 私がそう言うと渡辺さんは視線を宙に漂わせて考える仕草をした。

 

「そうだ」

 

 何か閃いたのか渡辺さんはテーブルから立つと、私の横に来て腕を組んでピッタリとくっついてきた。特に顔の辺りがピッタリと。

 

「あ、あの渡辺さん」

 

「ほら、笑って笑って」

 

 そう言いながらスマホを掲げる渡辺さん。

 

「はい、ヨーソロー!」

 

「えっ、ここで」

 

 私がツッコミを入れている瞬間にシャッター音が響いた。

 

「悠くんから伝言がないなら、悠くんの元気な姿をご両親に見せてくるよ」

 

 今撮った画像を私に見せながら言う渡辺さん。私の姿を撮るなら二人で、それもくっついて撮らなくてもよかったんじゃ。

 

「そろそろ千歌ちゃんを追いかけないと。お会計…千歌ちゃん分も」

 

 渡辺さんが伝票を取ろうとした時、私がサッと伝票を取って。

 

「早く高海さんを追いかけてあげて」

 

「えっ、でも…」

 

「両親に僕の元気な姿を見せてくれるお礼ってことで」

 

 私が笑顔でそう言うと。

 

「そっか。じゃあ…ありがとね悠くん」

 

 そう言うと渡辺さんは高海さんを追いかけるため店から出て行った。

 

「少しの間、二人と会えないのは寂しけど仕方がないかな」

 

 この時は何も考えずにこんな事を言っていた私。この後、渡辺さんの画像が原因で両親から、渡辺さんとの関係をしつこく聞かれたのは別の話。

 

 

 

 高海さんたちが東京に行った日。新規の女の子のお客さんが店に訪れた。ロングヘアで右側の側頭部にお団子頭を作っているのが特徴的な人。

 

「いらっしゃいませ。お一人ですか」

 

 こくんと頷く女の子。

 

「では、こちらへ」

 

 空いているテーブルへ案内し、メニューを渡すとその女の子は食い入るようにメニューを見始めた。

 

「口コミで書いていたのは…」

 

 私がテーブルから離れた時、そんな声が聞こえた。そして何故か焦っていた。

 

「お客さま」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

 びっくりしたのか体がそる女の子。

 

「もしよろしければ、お手伝いいたします」

 

 注文に迷っているお客さんにアドバイスするのも大切な仕事。でも何でこの人は若干、挙動不審なんだろ。

 

「お、お願いするわ」

 

「かしこまりました」

 

 私は女の子が食べたい料理を聞いて、その料理について説明した後に注文を決めることができた。その際。

 

「あ、ありがと」

 

 顔を潮紅させて視線を逸らしながら小声でお礼を言ってくれたのが聞こえた。

 

「いえ」

 

 私は一礼してテーブルから離れた。お礼を言ってもらえたあたり彼女の力にはなれたみたい。それしても女性客が来たのに遥シェフが手を出さないなんて珍しいことが…。

 

「ふふっ…」

 

「こ、こんなところで…」

 

 ああ…別の女性客に手を出していたんだ。私は遥シェフを無理に厨房に押し込み料理を作らせた。このお店は基本は忙しい。二人でお店をまわしているのも理由だけど一番の理由は遥シェフが女性客に手を出して仕事をしないから。本当によく閉店しないなって何度も思う。

 

「悠希。7番テーブルのオーダー出来た」

 

「はい」

 

 私は出来た料理をおダンゴちゃん(私が勝手に仮名)の元に届ける。

 

「これは…」

 

 おダンゴちゃんは出てきた料理が良かったのか、嬉しそうな笑顔を見せてくれている。

 

「んっ…」

 

 そして一口食べた。

 

「ん~」

 

 良かった、気に入ってもらえたみたい。嬉しさで頬がゆるんでる。私はほっと胸をなでおろした後、すぐに仕事に取り掛かった。しばらくしておダンゴちゃんとテーブルの様子を見ると、食べ終えたのかナイフとフォークを揃えていた。おダンゴちゃんにお皿を下げてイイか確認すると。

 

「か、かまわないわ」

 

 私が声をかけると慌てながら返事をしてくれる。

 

「料理はお気に召しましたか」

 

 私がそう尋ねると。

 

「そ、そうね…」

 

 僅かな沈黙の後、おダンゴちゃんは何故か片目を隠すようなポーズをとると。

 

「この地上で数多ある堕天使のレシピの中で、美味な食の錬金術を…」

 

「…えっと」

 

 正直言って彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。一方、おダンゴちゃんは片目を隠すポーズを取ったまま、みるみると頬を潮紅させていく。そして。

 

「ごごごごご、ごち、ごちそうさまでしたぁぁぁぁぁ」

 

 おダンゴちゃんは凄い速さでお店から出て行った。

 

「…はっ、お代は」

 

 彼女の行動に反応出来ずボー然としていた私。彼女がお代を払わず出て行ったことに気が付いた。

 

「あれ」

 

 失敗したなと思いながらテーブルを片付けようとした時、お皿の横に五千円札が置かれていることに気が付いた。

 

「…お釣りを渡せる機会があるかな」

 

 そんな事を考えていた私。でもお釣りを渡せる機会はすぐに来た。

 

 

 

 学校は春休みで私は朝からお店に準備のために向かっていた。お店に近づくと、すれ違う人たちみんながお店の方をチラチラと見ていた。

 

「ついに遥シェフが検挙されたのかな」

 

 冗談を言いながらお店を見ると怪しい人がお店のドアの窓から店内を覗いていた。後ろ姿しか見えないので誰かは分からない。私は怪しい人物に声をかけてみた。

 

「あ、あのー。このお店に何か御用ですか」

 

 怪しい人は体をビクッと震わせ、ゆっくりとふり向いた。

 

「…」 

 

 なんて言えばイイんだろ。怪しい人物を絵に書いたような恰好。サングラスにマスク。そしてコート。朝からこんな格好をする知人を私は知らない。…って、あれ?怪しい人の右側の側頭部のお団子頭には見覚えが。

 

「あのーもしかして昨日、途中で帰られたお客様ですか」

 

 私が質問するとおダンゴちゃんは脱兎のごとく逃げ出した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 何となくおダンゴちゃんの行動が予測できたので、私は彼女が逃げるよ先に動いて、おダンゴちゃんの腕を掴んだ。

 

「お、お釣りがあるから取りあえずお店の中へ」

 

「け、結構よ」

 

 私とおダンゴちゃんとの引っ張り合いが始まった。

 

「とにかくお店の中へ。そうしないと…」

 

「ど、どうする気よ」

 

「色々問題が起こるかもしれないから…」

 

「も、問題って何よ」

 

 私は道路側に視線を送る。おダンゴちゃんが私の視線の先を見ると。

 

「何あれ」

 

「やっぱり変質者かしら」

 

 道行く人たちが私たちを、というかおダンゴちゃんを見てヒソヒソ話をしている。

 

「僕が来る前から目立っていたみたいだから。このままだと警察を呼ばれるかもしれないよ」

 

「…お邪魔します」

 

 おダンゴちゃんは渋々お店の中へ入ることにした。 

 

 

 

 おダンゴちゃんを店内に招いてテーブルに案内した後、お釣りと市販のジュースを出した。開店準備前だったので何も準備をしていないので市販の物しか出せなかった。

 

「えっと…そのー。差支えがないようなら、そんな格好をしてお店の中を覗いていた理由を話してもらえないですか」

 

 私が質問すると。

 

「…このお店が人気があるから」

 

「えっ」

 

「このお店が凄く人気があるのよ。特に女子の間で。口コミでもこのお店の事ばかり書いてるわ」

 

「は、はあ」

 

 確かにこのお店は女子の間に人気があるのは知ってる。でもそれがお店を覗くことになるんだろ。

 

「特に終わったメニューの事なんか凄いわ。このお店ってメニューがよく変わるから、早く終わったメニューを食べてたりしたら話題になるのよ」

 

 おダンゴちゃんの言うとうり、このお店のメニューはよく変わる。その時に手に入った新しい食材を見て、新しいメニューを遥シェフが作っていくからだ。本当に天才なんだと思う。おかげで仕込みをしている私は覚えることがたくさんあって大変だ。

 

「でもそれが何で開店前のお店を覗くことになるの」

 

「ゔっ…それは…」

 

 急に黙り込むおダンゴちゃん。

 

「…お店の常連客になれば終わったメニューも食べれると思ったからよ」

 

「なら開店してから普通にくればイイんじゃ」

 

「来れるわけないでしょ」

 

 バン!とテーブルを叩くおダンゴちゃん。お店の備品だから叩かないでほしいな。

 

「あんな…あんな…あんなことを言ったのに」

 

 段々と頬を潮紅させていくおダンゴちゃん。あんなことって…。ああ、あの時に言っていた言葉のこと。

 

「ああ、あの堕天使って言ってた…」

 

「わぁーわぁー」

 

 私の喋りを大声で被せてくるおダンゴちゃん。

 

「あのことなら僕は気にしてないよ。それに他のお客さんにも多分、聞かれてないと思うから」

 

「気にするわよ。だからこんな変装までしたのよ」

 

 急に突っ伏し始めるおダンゴちゃん。なら言わなきゃいいのにと思ったけど、彼女にもいろいろと事情があるのだと思って口には出さないようにした。

 

「えーと、つまり話題が欲しいから変装してまで来たと…」

 

 こくんと頷くおダンゴちゃん。

 

「そこまでして欲しんだ、話題が」

 

「欲しいわ。私、もうすぐ新しい学校生活が始まるのよ」

 

「そうなんだ」

 

「学校生活を楽しく過ごすにはクラスメイトと仲良くなること。仲良くなるには流行の話題よ。そしてそれが次第に私をリア充にしていくのよ。そして…を直すのよ」

 

 そう言って手を上に掲げるおダンゴちゃん。最後の辺りは急に小声になって聞き取れなかったけど事情は分かった。

 

「事情は分かったけど難しいと思うよ。料理を作るのは僕じゃなくて遥シェフだから。作ってくれるかどうか」

 

「そ、そうなの」

 

 項垂れるおダンゴちゃん。

 

「イイよ作ってあげるよ」

 

 急に声がしたので振り向くと遥シェフがいた。黒のジャージにサンダルという女子力の欠片もない服装。このお店の上に住んでいるからってその格好はどうかと思う。

 

「遥シェフ。女子力って知ってますか」

 

「世間は私に女子力なんて求めてないよ」

 

 そう言っておダンゴちゃんの前まで来る遥シェフ。

 

「君の作ってほしい料理を作ってあげてもイイよ」

 

「ほ、本当に」

 

「ええ。でも代わりに…」

 

 遥シェフはおダンゴちゃんに顎くいをした。

 

「君のベーゼを頂こうかな」

 

 不敵に笑う遥シェフ。一方、おダンゴちゃんは急な展開で顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。

 

「目を閉じて…」

 

 遥シェフの唇がおダンゴちゃんの唇にゆっくりと近づいていく。その時。、スパァン!とハリセンの軽快な音が室内に響いた。

 

「…悠希。私を叩いたそのハリセンは何」

 

「これですか。黒澤さんが遥シェフが問題を起こそうとしたら使うようにって言って渡してくれました」

 

「彼女は全く」

 

 ため息をつく遥シェフ。

 

「じゃあ別に条件で」

 

「あ…あ…」

 

 まだ口をパクパクさせているおダンゴちゃん。彼女には刺激が強かったみたい。

 

「ありがたいことにこの店は沢山のお客さんに愛されている。毎日忙しくてね。私と悠希だけじゃ手が足りないんだ」

 

「遥シェフが女性客を口説かず働いてくれれば何とかなると思いますよ」

 

「忙・し・い・ん・だ・よ。悠希」

 

 前のめりになって笑顔で言ってくる遥シェフ。この人がオーナーだから忙しいと言えばそうなんだと思う。

 

「ちょうど春休みでしょ。うちでウエイトレスとしてバイトをしてみない」

 

「「へ」」

 

 私とおダンゴちゃんの間の抜けた声がハモった。

 

「君が働いてくれている間、君が食べたい料理を賄い料理として作ってあげる。もちろんバイト代も出すよ」

 

 とんでもない提案を出してくる遥シェフ。

 

「この店の価格は良心的に設定しているけど、学生の君のお小遣いじゃあ色々と食べるには苦しいと思うけど」

 

「ん、ん~」

 

 悩み始めるおダンゴちゃん。

 

「ちょっと遥シェフ、不味いですよ。僕は学校から許可を貰ってここで働いてますけど、彼女はそうじゃないんですよ。バレたら大変です」

 

「変装とかさせるから大丈夫」

 

「変装って…」

 

「あんな事をしてまで私の料理を食べに来てくれたんだ。無下には出来ないよ。それに話題以外に何か事情がありそうだからね、一緒にいれば何か力になれるかもしれない」

 

 ちょっと意外だった。おダンゴちゃんの事を考えての意見だったなんて。この人は意外に色々と考えているのかもしれない。

 

「それにいつでも女の子が働いて来てもいいように、色んなウエイトレスの衣装を用意しているんだ。ああっ…早く彼女を私の色に染めたい」

 

 前言撤回。この人は本能だけで生きているみたい。おダンゴちゃんには何か別の方法を考えるように言った方が良さそう。

 

「いいわ。ここで働くわ。だからさっき言ったこと忘れないでよ」

 

 あっ、遅かった。

 

「うん、じゃあ契約成立。取りあえず自己紹介から。私は天海 遥。で、彼は瀬乃 悠希。君の名前は」

 

「ヨハネよ」

 

「「えっ」」

 

 今度は私と遥シェフの間の抜けた声がハモった。

 

「ヨ・ハ・ネよ」

 

「そ、そうなんだ。よ、よろしくヨハネちゃん」

 

 握手を交わす遥シェフとヨハネさん。

 

「よろしく」

 

そう言って私もヨハネさんと握手した。というわけで、何故かヨハネと名乗る女の子と働くことになりました。

 

 




 今回も更新が遅くてすいません。ヨハネの堕天使用語?はあんな感じで良いのでしょうか。まだ把握出来てないことが多いです。それにハーメルンのシステムも把握出来てません。精進していきますので今後ともよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。