結城友奈は恋人である (愚民グミ)
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#1「ベゴニア(愛の告白)」

あの子が生まれた時、俺達家族に神樹様の加護があったことを、俺は心の底から喜んだ。

疲れ果てて憔悴しているが、嬉しそうに、誇らしげに、愛しそうに生まれてきた子供を抱く妻。
俺を見て、「これからもよろしくね、『お父さん』?」と悪戯っぽく笑っていたのを今でも覚えている。

我が子を抱いてみると、小さいながらも、腕に伝わるしっかりとした重みと体温が、この子がこの世界に存在する証のように感じた。
思わず頬擦りして、「生まれてきてくれてありがとう。愛してる」と呟いた…………。

あの子に、勇者適正があると知ったのは、それから暫くしてからだった。


【1】

 

俺の名前は西村 大地。

 

讃州中学二年の普通の男子中学生だ。

先にこれだけは伝えなければならないので、単刀直入に言おう。

 

俺はクラスメイトの結城友奈さんに「恋」をしているらしい。

 

……らしいと言うのも確証がないからだ。はっきり言って、自分が恋をしている状態なのか自信がない。

一説では脳内麻薬が産み出した現象に過ぎない恋を、俺が今している、というのも友人に相談したところ爆笑されながら答えられたからそうなのだろうと思っただけだ。

 

きっかけは、彼女が所属する『勇者部』の活動をしていた姿を見た時だったと思う。

日曜日だったその日、日課になってるランニングをしていた時に、俺の前を猫が慌てた様子で飛び出してきた。ぶつかると思ったから、俺も猫も驚いて急ブレーキをかけて止まったところに

 

「つっかまえたー!」

「フギャー!?」

「おっとと、大丈夫だよ~」

 

猫の後ろから赤い髪の女の子が現れて猫を捕まえた。

猫は突然持ち上げられたのに驚いたのかバタバタと空気を引っ掻いて抵抗する。女の子、結城さんが落ち着かせるように撫で続けるが、尻尾を膨らませ威嚇してきている。

 

「あっ、ごめんなさい、驚かせて!」

「いや、俺は大丈夫だけど、何をしてるんだ結城さん?」

「え?えーっと……確か同じクラスの……」

「西村だ。……その猫、どうしたんだ?」

「あ、この子ね、最近家に帰ってなかったみたいだったの。それで飼い主さんが心配して、私達が探してたんだ。でも見つけた途端に逃げたしちゃって」

「ほう。……ん?この猫、なんだか乳房が張ってないか?」

 

よく見ると、猫の乳房が膨らんでいる。近所の家で飼っていた猫も出産直後はこんな感じだった気がする。

 

「えっ?あっ、なんかおっぱいおっきいね!」

「ひょっとして外で子供を産んだんじゃないか?それで子育てのために帰ってこなかったとか?」

 

猫の出産は静かなところで行われると言う。もしかしたら飼い主に気を使ったか、ジロジロ見られるのが嫌で家を出たのかもしれない。

それから母猫は子供から離れないとも言うが、今は餌を取りに行ってたのかもしれない。そこを結城さんに発見され、追ってくるから逃げていた、というところか。

 

「てことは子猫も探さないとだね!えーっと……」

「まずはそいつを離してやれ。さっきから子供のことが気が気でしょうがないんだろう。多分すぐそばにいるはずだ」

「うん、それしかないよね。よーし!絶対に見つけるよ!」

 

そっと結城さんが猫を下ろすと、一目散に子供の元に向かって駆け出した。俺と結城さんは一緒に猫を追跡した。

流石に猫が通る道なので、狭く、所々迂回を余儀なくされたが、無事子猫達も発見した。すぐに飼い主に報告し、親子共々回収することが出来た。

 

「ありがとう、西村くん!おかげで助かっちゃった」

「いや、別に大したことはない。……しかしいつもこんなことをしてるのか?勇者部というのは?」

「うん!後は保育園でレクリエーションをしたり、部活の助っ人、海岸のゴミ拾いとか!」

「……なかなか大変なんだな」

 

人があまりしたがらないことを勇んでやる。

だから勇者部。

……というのは聞いていたが、思っていた以上にやることが多岐に渡っている。それをするのは大変だろうと思ったら……。

 

「ううん、そんな事ないよ」

「?」

「だって、私の力が誰かの役に立ってるなんて、凄いことだと思わない?だから私、勇者部が凄く好きなんだ!」

 

……そう言った彼女の屈託のない笑顔を見た時、心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥った。

 

それ以来、暇さえあれば彼女の姿を探している自分がいた。

東郷三森さんと談笑する彼女をボゥっと見てたら昼休みが終わっていたことがあった。(後で友人達から「気持ち悪いくらいジーっと見てたから声をかけ辛かった」と言われた)

廊下ですれ違った時に鼓動が早くなるのを感じた。(不整脈かと思って病院に行ったら医者から変な顔をされた。何故だ)

体育の時に体操服姿の彼女を見てたら側頭部に硬球が当たったことがある。(幸いたんこぶですんだ)

 

このように、彼女を意識するとこのような症状が現れる。しかし、これが果たして「恋」というものなのかはまだよく分からない。

 

それに恋をするにも何も、俺は結城さんのことを1クラスメイトくらいの情報しか知らない。彼女の人となりもクラス内での部分でしか知らない。

 

そこで俺は彼女を知り、そして少しでも近付くために、サッカー部を辞めて勇者部に転部しようと部長の犬吠埼風先輩の元を訪れた。…が、

 

 

「……うーん、残念だけど、君を勇者部に入れるわけにはいかないのよね」

「何故ですか?定員がある部活なんですか?」

「……はっきり言うわ。貴方にはあるものが足りないのよ」

「足りない物……一体何が足りないんですか?」

「それは……」

「それは?」

 

 

「女 子 力 よ !」

 

 

どうやら勇者部には「女子力」という能力が必要らしい。

流石は勇者の名前を冠する部活。並大抵じゃないな。

そもそも女子ではないので女子力なるものは発現しない……。仕方ないので俺は入部を諦めた。

 

 

 

 

【2】

 

「はっはっはっはっ!お前、完全に犬吠埼にからかわれたな!」

「そうなんですか?」

「当たり前だろ?まあ、女所帯の部活に男が突然入っていくのはどうかと思うのは確かだがな」

 

昼休みに弁当を食べながら、皆から『イワ先生』と呼ばれ親しまれている副担任に相談したら爆笑されてしまった。

 

奥さんと高校生の頃に大恋愛の末にゴールインしたというこの先生に頼ろうとした数分前の自分を呪った。

 

こちらは日常生活に支障をきたすほどの深刻な問題なのだ。笑い事ではない。

最近では寝る前にあの笑顔が瞼の裏でチラついて、興奮してよく眠れない。

今日も3時を過ぎた頃にようやく寝れた。そして夢の中であの日のあの笑顔と台詞がリピートされて飛び起きる、というサイクルを繰り返している。

はっきり言って今も眠い。

 

「そこまで行ったら完全に恋だよ。お前は無駄に真面目だから考えすぎるんだよ。ここはガツンと告白すれば良いじゃあないか」

「しかし確証がないのに告白しても迷惑なだけでは?」

「いいか?人生は短い。その中でも思春期は更に短く、中学生なんて本当に一瞬の出来事だ。悶々としてるうちに卒業して、会えなくなって、言いそびれて後悔するくらいならさっさとケリをつければ良いじゃないか」

 

……最もらしいことを言っているが、単に面倒臭くなって適当な回答を投げただけのようにも感じられた。

しかし、一理ある。

これが一時の気の迷いなのか分からないが、それでもさっさと決着をつけておくべきだろう。その内、結城さんに迷惑をかけることになったら忍びない。

 

「先生、ありがとうございました。早速告白してきます!」

「え、嘘だろ?おいおいおいおい!?」

 

後ろから先生が何か言ってるのは聞こえたが、思い立ったが吉日、善は急げ。俺は結城さんに告白するため、彼女を探しに廊下に出た。

 

……………………

…………………

……………

…………

………

……

 

「友奈?友奈なら多分東郷と一緒じゃない?あの子達いつもワンセットだし……だから入部は許可できないって」

 

「え?友奈さんと東郷さん?え、えとえと、分から、ないです……あの、ごめんなさーい!」

 

「友奈ちゃん?それならさっきトイレに行きましたよ。……ところで、友奈ちゃんに、一体、どのようなご用件ですか?聞いてもいいですか?」

 

……結果的に言えば結城さんとは会えなかった。目が全く笑ってない笑顔の東郷さんに質問責めにされ(逃げようとすると車椅子を巧みに操り退路を潰してくる)、余鈴がなるまで解放されなかったからだ。

東郷三森……恐ろしい人物だ……。

 

しかしこのまま引き下がるようなことはしない。何としてでも彼女に会わなければ。

だが、帰宅部になった俺とは違い、彼女は放課後に勇者部の活動がある。つまり放課後は彼女に会うことができない。

 

……仕方ない……、明日出直すか……。

 

そのまま恙無く学業を終え、放課後となり、それぞれが部活へと向かっていく。結城さんと東郷さんも例外ではない。俺もさっさと帰って今日勉強した範囲を復習をしなければ。

 

そう考えて鞄を担ごうとした時だった。

 

「ねぇ、西村くん」

「 ? なんだ?」

 

不意に隣の席の眼鏡をかけた女子が声を掛けてきた。彼女とは特に仲が良いわけでも悪いわけでもないが、あちらから声を掛けてくるのは珍しい。

 

「この後って暇?」

「そうだな。サッカー部も辞めたし、時間がない訳じゃない」

「良かった。ならさ、ちょっと4時半頃に体育館の裏に来てくれない?」

「 ??? 何故だ?」

「良いから良いから、待ってるからね!あ、動きやすい体操服で来てね!」

「分かった」

 

それだけ言うと彼女はさっさと鞄を担いで友達が待つ教室入り口へと行ってしまった。

……よく分からないが、俺は体操服に着替えるため、更衣室に向かった。

 

 

 

【3】

 

体育館裏は、誰も近付こうとしないような場所だ。

というのも、日当たりが悪くジメジメとして肌寒い上に、時々用務員さんが草刈りをしてくれるのだがそれでも雑草達が勢力を広げようと背を伸ばしている。時々ここで誰かがサボりに来るのか、空き缶や空の袋がそこらじゅうに落ちている。

……言われた通りに体操服で来たは良いが、俺を呼び出した彼女はまだ来てないらしい。

待っている間、時間が勿体ないので、俺は草むしりとゴミ拾いを始めることにした。

残念ながらゴミ袋は持ってきてないのでゴミを一ヶ所にまとめて後で袋に詰めることにした。

そもそも何故こんなにゴミが捨てられているのだろうか……。

この大地は神樹様の加護で成り立っていると聞いたことはあるので信心深い者はこの光景を見て罰当たりだなんだと言うだろう。

俺はそこまで信心深い訳ではないが、見ていて気持ちのよい光景ではないのは確かなので、ポイ捨てを見ると拾ってしまう。というか何故ゴミ箱に捨てない?酷いときはポイ置きもあるが、置くくらいなら捨てろと思う。

そんなことを悶々と考えながら、俺は雑草とゴミを片付けていった。

 

……………………

…………………

……………

…………

………

……

 

暫くの間、黙々と一人、なかなか頑固な雑草に悪戦苦闘していると近付いてくる足音が聞こえた。

 

やっと来たらしい。一体どんな用件でここに呼び出したんだ?

 

俺は手に付いた泥を落として足音の主に振り向いた……瞬間、俺の時が止まった……。

確かに来たのは女子だった。ただ、来たのは眼鏡の女子ではなく、俺が探していた、しかしここに来ると予想だにしなかった人物。

 

「遅くなってごめんなさーい!勇者部所属、結城友奈!ただいま参りました!……ってあれ?西村くんだったんだ」

 

ビシッと敬礼する結城さん。

彼女を見た瞬間、全身の血液が沸騰するのを感じ、心臓が突然早鐘のように鳴り響く。確かに喉は渇いていたが、ここに来て一気に舌が張り付きそうなくらい渇き始めた。

しかしこのまま固まったままという訳にはいかない。張り付く口をなんとか動かして言葉を紡ぎ出す。

 

「……なんで君が?」

「え?さっき勇者部に依頼が来てて、私にここの草むしりを手伝ってって。西村くんじゃなかったんだ」

 

成る程、勇者部の依頼で来てたのか。無論、俺が出した訳ではない。なんという偶然。

 

「って草むしりしてたの!?軍手もしてないし!」

 

そう言うと俺の手を取ってくる結城さん。

全身に鳥肌が立つ。毛穴が開いて変な汗が出てくる。心臓が更なるビートを刻む。

なんだこれは?俺の身体はどうなってるんだ?

 

「手も傷だらけだし、軍手もしっかりしないと駄目だよ」

 

俺の手を労るように掴んで、軍手を握らせてくる結城さん。俺の方は馬鹿みたいに彼女の顔を見ていた。

 

一切の曇りのない透き通った赤い瞳、意外と長い睫毛、スッとした鼻筋と小さな鼻、俺の片手で包み込めそうなくらい小さな輪郭、薄い桜色の唇……全てが俺とは全く違う存在のような彼女の顔から目が離せない……これが見とれるという状態なのか……。

 

「 ?? どうしたの?」

「……なんでもない。それより、草むしり」

「あ、そうだね!よーし!頑張ろー!」

 

元気一杯にそう自分を鼓舞する彼女を見てると、心臓が糸で締められるような感覚に苛まれる。

 

また不整脈か…どうやら今日が俺の命日になるようだ……。

思わぬことで自分の死期を悟ってしまった。

 

その後は俺達は話ながら草むしりとゴミ拾いを始めた。

 

「そしたら樹ちゃんが魔王テーマ流し始めたんだよ!」

「そうか」

「そしたら風先輩がノリノリになってね!」

「そうなのか」

「でも、そこで東郷さんが機転を聞かせてくれてね!」

「凄いな」

 

基本的に彼女の口から飛び出すのは勇者部のことだ。特に東郷さんの辺りはかなり饒舌になる。

そんな彼女の話に耳を傾けながら、俺達は草むしりとゴミ拾いに性を出した。

 

まるで夢でも見ているような浮遊感を感じる。彼女の鈴を鳴らすような可愛らしい声には何か人を高揚させるでもあるのか、聞いているだけで心が浮き足立つ。

……俺は今、もしかしたら凄く楽しいのか……。

 

「……くん。西村くん。西村くん!」

「ん?」

 

ふと、結城さんが声をかけて来ていたのに気が付く。思ったより作業に集中していたらしい。校舎の隙間から西日が差しているのがみえた。普段の俺でもここまで集中してできない。彼女の声にはどうやら集中力を更にアップさせる効果があるらしい。

 

「はい、ジュース。さっき買ってきたんだ」

 

そういって彼女はオレンジジュースの缶を差し出してきた。

 

「いつの間に」

「西村くんがほとんどやってくれたから大分綺麗になったんだよ。それでさっき、休憩しようって声かけたんだけど、全然気付かなかったし、ささーっていって買ってきたんだ。……ごめんね、本当は私が頑張らなきゃなのに」

 

……集中し過ぎて気付かなかったが、周りを見渡すと雑草やゴミは既に山のように積み重ねたゴミ袋の中。最初俺が来た時に見た背の高い雑草の芝生はなく、乾燥を始めた地面が広範囲で見えていた。

個人的にはもう少しやっておきたいところだが、今回は俺一人ではなく結城さんもいる。

俺は彼女と休憩を取ることにした。

 

「…………」

「…………」

 

……並んで体育館の軒下に移動したが、何故かお互いに無言になってしまった……さっきまで彼女から話しかけてきたのに、何故だ。

 

「結城さん」

「え、何?」

「さっきの勇者部の話、どうなったんだ?結局、劇は成功したのか?」

「え!?聞いてたの!?」

「ああ」

「そっか~。てっきり私の話、面白くなかったかなーって思っちゃって。私ばっかり話しててつまらなかったかなって」

 

……なんということか。どうやら彼女に勘違いさせてしまったらしい。

 

「すまん。あまりに楽しそうに話すものだから、あまり口を挟みたくなかったんだ……聞いてて楽しかったんだが、誤解させてしまったな」

「ううん、私こそごめんね。早合点して」

 

そういって苦笑する彼女。……ふと、良い機会だからある疑問をぶつけてみた。

 

「結城さん、何故君は頑張れるんだ?」

「え?」

 

ここ数日の結城さんの行動を振り返ってみると、彼女は常に誰かの為に何かをしている姿ばかり見た気がする。

常に周りに気を使い、自分が出来ることをしようとする。その行動の原動力が気になった。

 

「それは簡単なことだよ」

「?」

「私、嫌なんだ。誰かが傷付いたり、辛い思いをするのを見るのが。だから、私が勇者である理由はそれで十分だよ!」

 

そう言って、また、あの日と同じ笑顔を見せた。

見たものを勇気づけ、誰よりも率先して困難に立ち向かおうとする、強くて優しい人間にしかできない笑顔。

そして彼女は、結城友奈はその笑顔の花を咲かせることができる人間なのだ。

そして、その笑顔を見た瞬間、

 

 

 

 

 

「好きだ」

「…………はえ?」

「好きだ、結城友奈」

 

 

 

 

 

……俺の口からは自然と言葉が出てきた。

 

ああ、ようやく、ようやく理解した。

この感情、この胸の中で今正に嵐の如く渦巻くこの感情。

彼女を見ただけで世界は色めく。

彼女の声を聞くだけで心が舞い踊る。

彼女の笑顔を見るだけで、彼女が存在するこの世界が素晴らしいと感じる。

 

これか。この感情こそが「恋」……いや、もはや、

 

 

 

 

「『愛』だッ!!!!」

「あ、あい……?」

「そうだ、結城さん。俺は君のことを愛してしまった。好きになってしまった。恋をしてしまった。君のいるこの世界もろとも、君が愛しい。君の笑顔は最高だ。その笑顔を見ただけで、それを見ることができた自分が生まれてきたことを感謝してしまうほどに。君の細やかな心遣いは本当に痛み入る。さっきも俺の手を気にしてくれたり缶ジュースを買ってきてくれたり、君はまるで慈愛の化身だ。その曇りのない瞳も素敵だ。一切の迷いがない、ただ希望のある明日を信じて疑わない真っ直ぐな視線に俺の心は射抜かれたのかもしれない。茜色のようなその髪も良い。サラサラとしていて今すぐにでも触りたくなる。

とにもかくにも結城さん!」

「は、はいぃ!!??」

「俺は君が好きだ!君の全てが好きだ!君を構築する全ての要素を愛している!俺と、結婚を前提に付き合ってください!」

「…………………………………………………ッ!!!!????」

 

顔、というか全身を真っ赤にさせてプシュープシュー!と湯気が上がっているように見える結城さん。口をパクパクさせて目尻に涙を浮かべている。

俺はその涙が勿体ないと思ってしまって指で掬い上げると彼女はビクッ!と全身を震わせる。

実に小動物的で可愛らしい。更に好きになった。

 

「………………………ごっ!」

「ご?」

「ごーめーんーなーさーいーーーーーー!!!!!!」

 

結城さんは一瞬で俺に背を向け、一目散に駆け出していってしまった……あっという間に見えなくなるほどの俊足だった……。

 

……返事は貰えなかったが、仕方ない。また明日会えるだろう。

 

そう思った俺はすぐに切り替えて、ゴミ袋を担いでゴミ置き場に向かう。

 

その道中も、足は軽快なステップを踏み、眉尻や口角は無意識に上がっていた。

すれ違った同級生や先生方がまるで妖怪にでも出会ったかのような奇妙な表情をしたり小さく悲鳴をあげて足早に道を開けてくれたが、今はお礼をいう余裕がない。

 

自覚してからはもう彼女の顔が頭から離れなくなっていた。世界が数時間前とは違い、神聖な光を放っているようにすら感じている。

 

これが、恋。

 

そう言えば、前にスマホで読んだ西暦時代のマンガにこのような名言があったのを思い出した。

 

恋はいつでも、ハリケーン!

 




「結城友奈は恋人である」、読んでいただき有り難うございました。
この小説のテーマは「愛」。過酷な運命にある勇者達を取り巻く、友愛、家族愛、親愛、そして恋愛を書いていけたら良いな、と思っています。
以下、登場人物紹介になります。

・西村 大地(にしむら だいち)
身長・体重:170cm・68kg
好物:うどん(特に月見)
好きなタイプ:結城友奈(というか彼女以外でここまで好きになったことがない)

この物語の一応の主人公。
普段あまり表情が変わらない無表情な中学2年生。
結城友奈、東郷三森と同じクラス。元サッカー部(DF)
真面目で決断力に優れ、一度ハマると異常なレベルの集中力と執着心が特徴。
特に集中力は、ボール磨きを頼むと完璧に磨ききるまで、もしくは誰かに羽交い締めにされるまで延々と続けたり、空腹と寝不足で倒れるまで数時間勉強をしたりするなど、兎に角限界知らず。そんな異常な集中力を一人に向けられれば当然……。

・イワ先生
友奈達のクラスの副担任。面倒見がよく生徒の相談に良く乗ってあげている。愛妻家で、最近の悩みは反抗期の息子が素っ気ないこと

・眼鏡の女子
一期1話で友奈に部活の助っ人を頼んでいた眼鏡っ子。
勇者部に友奈に名指しで体育館裏の草むしりを依頼したのは彼女。隣の席の無表情男の片思いを後押ししてやろうと考えての行動で、実は告白シーンでもこっそり出歯亀してたが深く後悔することになる


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#2 「アネモネ・赤(君を愛す)」

(今年最後の投稿です。皆様、よいお年を)


「とうさんはヒーローみたいだ!」

日曜日、家族で公園に遊びに来ていると幼稚園児の娘がそんな風に言ってきた。
何故そんな風に思ったのか聞いてみると、自分のピンチに必ず駆けつけて助けてくれるからだという。

この子は俺に似たのか、不幸体質というべきなのかトラブルに巻き込まれやすいのか、さっきも勢いよく飛んできたボールに当たりそうになったり、ご老人に道を聞かれたり、飼い主がリールを離した隙に逃げた犬に追いかけられたりしていたので俺が守っていたのだ。
俺も昔からそんな感じだったし、困ってる人を見かけたり目が合う頻度が高いので苦労したことがある。
妻からは「巻き込まれ(にいく)体質」なんて言われた。酷い話だ。

しかし娘からそんな風に言われるのも悪い気はしなかった。まあ、可愛い娘を守るのは親として当然だろう。

「アタシ、しょーらいはとうさんみたいにかぞくをまもるびしょーじょせんしになるよ!」

……そう言ってくれるのは嬉しいが、俺としては定番の「お父さんのお嫁さん」なんて言ってくれるのを期待したんだかなぁ……。それとなく聞いてみると、

「え?でもとうさんはかあさんじゃないひととけっこんすると『ふりん』になるんでしょ?」

……娘よ、何処でそんな言葉を覚えたんだい……?


【1】

 

鳴り響くアラーム、慌ただしく駆け回る職員が結界を張りながら近付いてくる。

私にスマホを今すぐ手放せと叫んでいるのが、くぐもった音として耳に伝わる。

 

熱い。痛い。

 

血液を全て熱湯にされたような熱と、全身を針で絶え間なく刺され続けるような痛みが駆け巡る。

 

私はがむしゃらにスマホを投げ捨てると、焼き尽くすような熱と衝撃、電撃が左肩に突き刺さる……。

……呼吸が落ち着かず、肺に酸素が入ってこない……目の前が少しずつ白い闇に塗り潰されていく……駆け寄ってきた職員が何かを叫んでいるが聞こえない……猛烈な嘔吐感が襲いかかり、床に胃の中身をぶちまけたのを最後に、私の、意識は―――――。

 

……………………………

………………………

…………………

……………

………

 

……気付くと、私は真っ白な天井を見上げていた。

すぐにここが大赦お抱えの病院の一室であると理解した。何せ、もう見慣れた天井だからだ。

身体を起こそうとすると、左肩に猛烈な痛みを感じて動けなくなる。それだけでなく、肩から指先に至るまで痺れと痛みがジクジクと駆け巡る。

そっと病衣を捲ると、何重にも巻かれた包帯とうっすら黒くなったガーゼが左肩を覆っているのが見えた。

 

……また失敗か……。

 

いや、代償がこれなら、恐らくデータとしては上々だろう。すぐに治してさっそくデータの確認をしなければ……。

 

「あ……」

 

その時、私の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。目線だけを声が聞こえたところに向けると、そこにはツインテールの少女と、赤い鎧武者のような小さな存在がフワフワと少女の側を漂っているのが見えた。

 

……間に合わなかった、か……。

 

溜息をついて悪態をつきたい気持ちを押さえつけ、私はベッド脇のリモコンを唯一動く右手で操作し、ベッドの頭側をあげる。

少しずつ上半身が持ち上がり、少女と相対する。彼女は見慣れない、まだ着なれていないらしいパリッとした真新しい制服を着ていた。

 

「……このような姿で申し訳ありません。この度は御役目就任、おめでとうございます。勇者様に最大限の敬意を」

「……ありがとう、ございます……」

 

俺が頭を下げると、あちらもやり辛そうに頭を下げる。

彼女には申し訳ないが、私も大赦の人間だ。『大赦の一員である私』としては人類の最強にして唯一の守護者である「勇者」に対してはこのような態度をとらざるをえない。

例え、それが血を分けた兄妹であっても。

 

「……本当におめでとう、夏凜。やっぱり君は俺の誇りだ」

「ふん、当然よ。あれくらい、私にかかれば造作もないわ」

「讃州中学の編入試験の方はどうだった?君は昔から勉強は苦手だったからな。また『ブースト』したのか?」

「そ、それはどうでも良いでしょ!?あ、あれくらい余裕よ余裕!」

 

とはいえ、『兄である俺』としての言葉を伝えたくないかと言われれば否だ。

勝ち気そうな表情を浮かべて胸を張る彼女が、御役目に付くためにどれ程の努力と研鑽をしてきたかは分かっているつもりだ。

……そして、彼女が何故こんな危険な任務を希望したのか、その原因も分かっている。

 

「ていうか兄貴、もっと自分の身体を労ったら?お父さん達、心配してたわよ?」

「ん、この程度なら問題ない。すぐに治すさ」

「…………あっそ」

 

努めて何ともないとアピールするのだが、明らかに彼女の表情が曇るのが分かった。

……何か気に障ることを言っただろうか? ここは話題を変えるべきだろう。

少し目線を病室内にさ迷わせた後、改めて彼女の側を漂っている存在、『精霊』に目がいった。

 

「えっと……精霊がしっかり付いたみたいで良かった」

「え?あ、そうね。この子は義輝って言うのよ。正に、私にふさわしい特別な精霊よ!」

「『三好』の精霊が『義輝』、か。何だか変な話だが、妹を頼みます、義輝」

『外道メ!』

「え」

 

……精霊が喋ることも驚きだが、それ以上に開口一番に外道と呼ばれて言葉を失ってしまった。

彼女は慌ててスマホを操作して精霊を引っ込めた。

すると、ノックする音が聞こえてきた。恐らく看護士さんが包帯の取り替えに来たのだろう。

 

「ここにいたら邪魔になるわね。じゃあ私、これから讃州中学の……勇者部、だったかしら?の監視任務があるからこれで」

「ああ……夏凜」

「何よ兄貴?何かまだあるの?」

「その制服、似合ってるぞ。可愛いと思う」

「……はいはいありがとう。じゃあまた」

 

去り際に制服を誉めると、彼女はさっさと病室から出ていく。嫌に早口だったし耳も赤かった気がしたが、また怒らせてしまったか?

 

「本当に三好さんは兄妹仲が良いですね」

「そうでしょうか?」

 

最早顔馴染みになってしまった看護士さんがそう話しかけてきた。

確かに異性の兄妹は年齢があがるごとに仲が悪化していくと聞くが、少なくとも俺も彼女も、そこまで関係が悪化したことはない。そう考えれば、確かに仲は良いのだろう。

 

「……これは独り言なんですけどね?」

「 ? 」

「お兄さんが三日も高熱に魘されて寝込んでいて、時間を見ては面会に来るほど心配してたのに、『大したことない』なんて一言で片付けられたら、妹さんはどう思いますかね?」

 

……今度は押さえる暇もなく、大きな溜息が漏れてしまった……。

まったく、何故自分はこうも相手の心情を察する能力が低いのか……。これでは彼女の精霊に「外道」と言われても文句は言えない。

……こんな時こそ、あれが食べたくなる。

 

「あの、看護士さん。私の荷物の中にある「煮干とサプリは退院してからにしてください!」うぐっ!」

 

思いっきり包帯を締められて呻き声が出る。

なんて事だ。完全食といっても過言ではない煮干が摂取できないとは……。

またしても大きな溜息が漏れた。

 

……そう言えば、讃州中学にはあの男がいたな。あいつは今、どうしてるんだろうか?

 

 

 

【2】

 

 

朝だ。美しく、そして新しい朝が来た。

 

現在時刻は6時を少し過ぎた辺りだ。俺は日課になっているランニングをしていた。

夏に向けて少しずつ気温が上がってきているが、いまだに朝は寒い。海岸付近まで来れば冷たい海風を感じて尚のこと寒く感じる。

 

しかし、その寒さすら、今は嬉しいと思えてしまう。

挨拶をしてくる愛犬と散歩をする人、朝日を浴びて輝く海、潮騒の音、そよぐ雑草、朝釣りをしようと釣具を担ぐ人、海面を漂う漁船……。

見慣れた筈の景色は、今日は違って見えた。ありとあらゆる物に生命力が宿り、いつもより鮮明な色と目映いような輝きを放っているように見える。

 

人は心の持ちよう次第で世界の認識が変わってくるというのを聞いたことがあるが、成る程、だとすれば今の俺には世界の全てが生まれ変わったように感じるのも納得だ。

 

そしてこの世界で、今正に自分の心の大部分を占拠している人物が息づいていることが、素晴らしい奇跡のようにすら感じる。そう言えばあの温かい光を発する太陽は、どこか彼女の笑顔を想起させる。

そう思ったら、俺は波打ち際まで走り、世界に新しい朝を連れてきてくれた太陽に向かって、

 

「ありがとおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

と叫んでいた。

 

当然ながら、通行人から奇異の目で見られたがそんな事はどうでも良い。

 

今重要なのはただ一点。俺は、人生初めての恋に胸を踊らせているという事だ。

 

……………………………

………………………

…………………

……………

………

 

帰った後、シャワーを簡単に浴びて昼御飯のサンドイッチをタッパに入れて鞄に詰める。

看護士の母は今日は夜勤、父は夜型で昼まで寝ているので二人分のご飯とおかずを冷蔵庫に入れてから学校に向かった。

 

「……お前、昨日何があったんだ?」

「 ? 何がだ?」

 

登校中、俺に話しかけてきたのは最初に相談した友人の美琴だった。

同じサッカー部に所属していて、顔立ちが良いから女子にモテる奴だったので相談したのが始まりだ。

 

「昨日、お前が気持ち悪っい笑顔でスキップしてたのを一年の土井が見てたんだよ。あいつ、まるでバケモンにでも出会ったみたいな顔して青ざめてたんだぞ?」

「人の顔を見て気持ち悪いとは失礼な。事実だが遺憾だ」

「あー、やっぱりお前なのね……はぁ……お前が恋とかおかしいと思ってたけど、遂に頭がおかしくなったか……」

「何を言う。俺の恋は本物だぞ。それから昨日のことだが、俺、告白したんだ」

「……は?なんつった?」

「だから告白したんだよ」

「誰が?」

「俺が」

「一応確認するけど、誰に?」

「結城さんに」

「…………はぁ!????」

 

至近距離ですっとんきょうな大声で驚かれてしまった。うるさい。

 

「何か変か?」

「いや、だって……は?お前が?恋のこの字もなかったお前が?ちょっと前まで自覚もなかったお前が???告白?あの隠れ人気の結城のことが好きだって気付いたのも最近なのに????」

「おいちょっと待てどういうことだ?」

 

隠れ人気だと?それは初めて聞いたぞ?詳しく聞かせてもらおうか……?

 

「説明しろ。隠れ人気ってなんだ?」

「あ?いやほら、結城って結構可愛いじゃん?それに誰にでも優しいし頼りがいあるとこあるし。だから男女問わず隠れた人気がいててて!なんでアームロックしてくんだよ!?」

「お前も狙ってるのか?」

「ちっげーよ!俺はあーいうのより東郷の方が「結城さんに魅力がないと?」いだだだだ!言ってねぇ言ってねぇ!ギブギブギブ!!」

「ならば良し」

 

それを聞いて安心した俺はアームロックを外す。流石に友人がライバルになったらどうしようかと思っていたが杞憂だったようだ。

美琴は腕関節を伸ばしたりしながら確認している。

 

「……はぁ、とりあえずお前が本気なのは今ので痛いほど分かったけどよ。いきなり告白したのかよ」

「ああ、結婚を前提にお付き合いしてくださいと言ったんだ。そしたら逃げられた」

「……え?何それ……」

「ああ、まさか逃げられるとは思わなかった。結城さんは意外と奥ゆかしいんだな」

「俺はお前の思ったよりおっもい告白の方にドン引きなんだけど……」

 

そりゃ逃げるわ……可哀想に……と溜息をつく美琴。何故なのか問いただそうとした時だった。

俺の耳に、結城さんの声が聞こえた。

 

「……結城さんだ」

「は?え?どこ?」

「ちょっと行ってくる」

「は?いやおいおいおい!?」

 

少し前の方らしい。聞こえてきた声を頼りに、登校中の学生達の流れの中を身体を上手く滑り込ませながら進んでいく。しばらく進むとそこに、彼女の後ろ姿があった。東郷さんの車椅子を押しながら談笑していた。

 

これが恋愛フィルターと言うものなのか。

彼女を見た瞬間、周りの景色が更に輝いて見えたのだ。最早神々しいレベルの輝きに、数瞬、意識が飛んでしまった。

 

気付くともう校門まで来ていたようだ。俺はハッと意識を取り戻して二人に近付いた。

 

「結城さん、東郷さん、おはよう」

「うぇっ!?あ、に、西村、くん?お、おはよう…」

「おはようございます。西村くん」

 

ササッと自分で車椅子を操作して俺の前に出てきた東郷さんを挟んで俺と結城さんは挨拶した。

 

ああ、本当に可愛いな、彼女は。頬を赤くして視線を反らしているその姿に、自然と胸を糸で締め付けられる感覚を感じた。

そうか。この胸の感覚は不整脈ではなく、「ときめき」、或いは「萌え」と言うものか。初めて理解した。

 

「西村くん、何かご用があるんですか?そんなに友奈ちゃんを見ていますが」

 

東郷さんの言葉に改めてハッと意識を取り戻す。

そうだ。俺は結城さんに用があったのだ。

 

「結城さん」

「な、何かな?」

「昨日の告白の答えを聞かせてほしい」

「は?」

 

何故か周囲がザワッと一瞬で動揺したような波紋が広がり、東郷さんはピシリと固まってしまった。

 

「うわわーーー!に!西村くん!声おっきいよ!」

「む、すまないな。だが、この気持ちに偽りはない。結城さん、俺は君のことが好きだ。君のことを考えただけで夜は眠ることが出来なかったし夢の中でも君のことを考えていた。朝日を見れば君の笑顔を連想し、風が冷たいと君が風邪を引かないか心配になる。君の声を聞いただけで俺の心は弾み居ても立ってもいられなかった。それほど好きなんだ。もはや抗いようがないほどに君の事を愛してしまっている。だからどうか俺の心に答えてほしい」

「えと、あの、えっと、その、うぇぇぇっ!?」

「その困惑した表情も実に素敵だ。本当に君の表情はコロコロと変わってまるで「はいはいごめんなさいね!おらぁ!なにしてんだこのボケェッ!」ぐごぉっ!?」

 

後ろから美琴が通学鞄でのフルスイングを俺の後頭部に直撃させてきた。結城さんに集中していた俺にはそれを避ける術がなかった。

 

「ごめんなー結城!このバカ捨ててくるからさっさと東郷と教室に行っててくれ!」

「ああ、続きはきょうし「黙ってろバカ!」はぐっ」

 

……結局俺はそのまま美琴に絞め堕とされてしまい、保健室に連行されてしまった。

目が覚めた途端、美琴と担任の先生、更に教育指導の先生に囲まれて説教されてしまった。

何故だ?

 

 

【3】

 

 

結局結城さんから告白の答えが聞けずに放課後になってしまった。

 

周囲からしこたま怒られて、漸く自分が公衆の面前でどれだけ飛躍した告白をしたのかを理解した。なので、そこら辺を結城さんに謝って、また改めて告白しようと思い、結城さんを探したのだが、東郷さんと共にそそくさとどこかに行ってしまうようだった。

 

そこで俺は勇者部を訪ねることにした。理由は勿論、勇者部に入部するためだ。

やはりまずは結城さんとの距離を詰め、相手の事を知ることが肝要だ。それには部活動が最も正道だろう。

何度も断られてしまっているがここは誠心誠意、真心を込めてお願いするしかない。女子力に目覚めてないのが唯一のネックだが。

 

という訳で「家庭科準備室」兼「勇者部部室」前まで来た。

 

「お、落ち着いてください風先輩!」

「落ち着ける訳ないでしょー!よりにもよって友奈に先越されるなんてー!」

「お、お姉ちゃん落ち着いてよー!」

「くっ、どのようにしてあの男を排除すれば……」

 

部室の中からは、何やら大騒ぎになっているのか、結城さんの慌てたような声以外に東郷さんの何やら呪詛のような低い声、犬吠埼先輩の怒気の孕んだ声と、それを止めようとしているらしい妹さんの声が聞こえる。

勇者部とは、普段からこんなに賑やかなのだろうか?

 

俺はそんな驚きを感じつつも、一回深呼吸をして、扉にノックをしようとした……その時。

 

「え!?樹海化警報!?」

 

突然、部室内からけたたましいアラーム音が鳴り、誰かが驚きの声をあげた。

この音、聞き覚えがある。確か、1ヶ月前にもあった。

前にこの音が鳴った時、突然結城さんと東郷さんが消えたのだ。

授業中になったので、当然ながら教室内は騒然となったが、すぐに大赦の職員が現れて、二人は「御役目」と言うものがあってそれに参加することになったと言われた。

 

大赦の権力は絶対の物だ。

 

不思議な事件や事故が起こると決まって大赦の人間が現れて対処する。そして、大赦が現れた場合、その件にはあまり首を突っ込むことはできない、口出ししないと言うのが民間人の暗黙の了解だ。

今回も大赦の人間が現れて、二人は大丈夫だが気にしないでほしいと言われたので、もうおしまいだ。二人からは何も聞くことは出来ない。

それ故に、大赦への民間人の評価は「信頼はしているが信用は薄い、不透明で秘密主義の組織」という感じだ。

そのため、俺の父のように大赦嫌いな人間もいるし、警察からは仕事を横取りするので煙たがられているそうな。

 

俺はすぐに部室の扉を開けた。しかし、既にアラームは鳴り止み、部室には先程まで大騒ぎしてたとは思えないほど静まりかえり、部室に入って中を見回しても、誰一人その場にはいない。

あの時と同じだ。忽然と姿を消してしまう。それも、今回は二人だけでなく、犬吠埼先輩とその妹さんまでだ。

 

勇者部とは、もしかしたらその「御役目」を遂行するために出来た部活なのかもしれない。

そうなると、自分がこの部に入るのはなかなか大変かもしれない。

……いや、それでも雑用くらいなら出来る筈だ。

 

幸い、今彼女達がいる場所は分かっている。

結城さんの声が屋上から聞こえてくる。なら、屋上に行って改めて入部をお願いするしかない。

そう考えた俺は部室を出ようとした時だった。

……目の端に、黒板の上に掲げられたそれを捉えた。

何故か凄く気になって、俺はそれに向き直った。

 

 

『勇者五箇条

 

一、挨拶はきちんと

一、なるべく諦めない

一、よく寝て、よく食べる

一、悩んだら相談!

一、なせば大抵なんとかなる 』

 

 

 

俺は、それを食い入るように見ていた。

恐らくこれは勇者部のスローガンなのだろう。はっきり言って在り来たりな内容だったし、目新しいことはない。

 

なのに、何故だろうか。これが彼女達勇者部の根底に有るものだとしたら、これこそが『勇者部の資格』のように感じた。

 

ずっと疑問に思っていた。何故彼女達が、大赦が絡んでくるような何かに参加しているのか、と。

俺が結城さんのことを好きになる前の印象は(当然今の印象は「最愛の人」)、「変な名前の部活に入ってる元気な娘」だった。

東郷さんも「脚を悪くした礼儀正しい娘」というものだ。

はっきり言って「普通」だった。そんな普通な彼女達が、普通じゃない何かを背負った理由。

俺と勇者部の違いだと思った。

 

そう思うと、俄然、この部活に興味が湧いてきた。

俺の中で勇者部への入部が手段ではなく、目標に変わった。

 

「もー、本当になんだったのよあいつ……ってまーたあんたか」

「あれ、西村くん?」

「えぇっ!?なんでここに!?」

「……」

 

犬吠埼先輩は呆れた顔をし、結城さんは純粋に何故ここにいるのかという顔をし(可愛い)、妹さんはちょっと驚いた顔をし、東郷さんは目線を明らかに鋭くして入室してきた。

 

俺はすぐに床に正座して四人に向き合う。

 

「まずは勝手に部室に入ったことをお詫びします。大変失礼しました。……一つだけ、質問していいですか?」

「何よ?何で入部させないかってこと?」

「いいえ。俺が聞きたいのはこの勇者部五箇条についてです。皆さんは、この五箇条を胸に勇者部をしているんですか?」

 

俺の質問に対して、真意が読めないのか、全員不思議そうな顔をしている。

 

「この五箇条を見た時、これを胸に実践出来るかどうかが、俺と勇者部の違いだと思いました。だから俺は入部を断られたのだと……。だから教えてください。皆さんにとって、五箇条とはなんですか?」

 

そう聞くと、全員少し考えたが、やがて一人一人答えを出していった。

 

「うーん、買いかぶり過ぎだけど……そうね。私達が一人で出来ることなんて限度がある。だから、こうして形にして一致団結してるのよ。皆で守って頑張ろー!みたいな」

「えと、そこまで深くはないと思いますが……でも、これを口に出すと、何だか元気になるんです。変、ですかね」

「これは私達みんなで決めたスローガンなの。だから、私達にとって大切な言葉なのは確かよ」

「うん!私はこの言葉好きなんだ!なせば大抵なんとかなる!」

 

「…………………そうですか」

 

勇者部の面々の姿が、不思議と輝いて見えた。

改めて、自分の浅ましさが恥ずかしい。いや、だからこそ、誠心誠意を見せなければならないだろう。俺はそのまま、頭を下げた。

 

「お願いします。俺を勇者部に入れてください。皆さんが何か重要で簡単には教えられないような何かに参加しているのは分かってます。ですがそれでも、俺もその一員になりたいんです。勇者になれなくても、皆さんと同じようになりたい。だから、お願いします」

 

深く深く、頭を下げた。

自分でもここまでの情熱があったことに驚きを隠せない。サッカー部に居たときも情熱を持ってなかったかと言われると違うが、何故か、この期を逃してはならないと思えてしまったのだ。

 

……暫くした後、

 

「顔、あげなさい」

 

そう言って犬吠埼先輩が近付いてきた。

俺は言われた通りに頭を上げて、犬吠埼先輩の顔を見上げる。

 

「あんたの察してる通り、私達は内容を他言出来ない『御役目』があるの。仮に入っても、あんたは蚊帳の外。それでも良いの?」

「はい。関わるなと言うのなら、何も聞きません。ただ俺は、皆さんを近くで見ていたい。支えたい。それだけです」

「……はぁ……まあ、断ってもしつこそうだしね。皆は良いかしら?」

「ちょ、ちょっと怖いけど……でも悪い人じゃないのは分かったよ。だから、お姉ちゃんに任せる」

「……色々と言いたいことはありますが、誠意は伝わりました」

「私も良いと思います!仲間が増えるのは大歓迎です!」

「……という事で、満場一致であんたの入部を許可するわ」

「………………!」

 

全身から、喜びが溢れてくる。鳥肌が立つような気分だ。

そうか、俺はこの人達と肩を並べられるのか。このどこまでも普通だけど、でもだからこそ輝いている彼女達と!

 

「ただし!条件が3つあるわ」

「条件?」

「ええ。一つはさっき言った『御役目』には絶対に関わらないこと。これはあんたの為でもあるの」

「はい、分かりました」

「二つ、あんたは部員としては仮部員の雑用よ。一番下っ端。良いわね?」

「了解です。……3つ目は?」

「3つ目は……この後ゴミ拾いのボランティアをしたらうどん食べに行くのよ。あんた、奢んなさい。そしたら認めてあげる!」

「はい、お安いご用です!」

「よし、ならあんたはこれから勇者部の一員よ!頑張んなさい、大地!」

 

そう言うと、バシッと思いっきり肩を叩かれた。

少し痛かったが、それよりも嬉しくて、口角が少しだけ上がったのを自覚した。

スッ、と健康的な少し日焼けした手が目の前に差し出される。すぐにそれが結城さんの手だと分かった。

 

 

 

「これからよろしくね、大地くん。勇者部へようこそ!」

 

 

 

「結婚しよ」

「えぇっ!?なんで!?」

「……やっぱり入部に反対です!」




ここまで読んでいただきありがとうございました。
また、お気に入り、評価、感想をくださった皆様、ありがとうございます。今後の励みとさせていただきます。

さて今回は無事に勇者部に入ることが出来た大地。
恋を知って感受性が強くなった大地には勇者部も、そして五箇条も素晴らしい物に写ったようです。
あらすじに書いてあるようにこの物語は勇者の物語ではありません。
「勇者」と認められていない大地は、今後勇者部と活動を共にしてどのようになっていくでしょうか?

以下、登場人物紹介

・三好 春信

身長・体重:183cm・78kg
好物:うどん、煮干
好きなタイプ:努力を惜しまず、自信に溢れている人物

原作「結城友奈は勇者である」で今のところ設定のみ開示されている夏凜の兄。
この小説ではとあるプロジェクトに参加している模様。
「優れた者ほど責務を果たさなければならない」というノブレス・オブリージュを地で行く真面目な性格。そのため危険な実験には率先して被験者になろうとする。
夏凜のことを大層気にかけており、彼女が勇者になることには内心反対だが、自分へのコンプレックスが原因であることも知っているので葛藤している。
煮干とサプリメントと栄養ドリンクが主食。

・美琴

身長・体重:170cm・65kg
好物:うどん
好きなタイプ:大人しくて落ち着いた子

大地の親友。サッカー部所属(FW)。
見た目は茶髪(地毛)のチャラ男だが、面倒見が良く、体育会系らしく先輩を敬い、後輩にも優しいので人気がある。
真面目だがどこかズレてる大地のツッコミ役で、相談に乗ったり、一緒につるんで遊んでいる。
見た目のせいでどちらかというと苦手なギャル系に好かれ、好みのタイプに避けられやすいので黒に染めようと考えている。

・一年生の土井くん

恋に目覚めた直後の大地を発見してしまった可哀想なサッカー部部員。
無表情で何を考えてるか分からない上に謎の理由で退部した先輩の、見たこともないくらい上機嫌な姿を見て、見てはいけないモノを見てしまったと精神的ダメージを負う。


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#3 「ローダンセ(変わらぬ思い)」

俺の得意料理はなんと言っても焼きそばだ。
これだけは妻にも負けない。

鉄板の上で踊る麺と具材、ソースと油が絡み合う。ヘラを使って空気を含ませながら均等に混ぜ合わせていく。
ソースと具材が焦げ付き香ばしい香りが立ち込める。全体が美味しそうな茶色に染まったら皿に乗せ、紅しょうがを添えて、鰹節と青海苔を振り掛ければ麺の上で踊り出す。

ようやく離乳食を食べ始めた長男は匂いに釣られて妻の腕から出ていこうとしている。
娘は口の周りをソースまみれにしながら、麺を頬張っている。

「父さん、次はアタシにもやらせて!」

ヤル気満々にヘラを構える娘。こういう事も挑戦させてみようとやり方を教えながら焼きそばを作っていく。
鉄板から上がる湯気の熱さにおっかなびっくりしながらも麺と格闘する娘。やがてソースがまんべんなく馴染んでくる。

娘が作った初めての焼きそばは、所々焦げて固くなってたり、場所によって味の濃淡に差が出ている。
だが、初めてとしては上々だ。もしかしたら娘には勇者適正以外にも焼きそば作りの才能もあるのかもしれない。
自分の娘の多才さに、思わず顔が綻んだ。

後で妻から「親馬鹿ここに極まれり、ね」と呆れられた。


【1】

 

無事に勇者部に入部出来た。それに伴い友奈を初め部員の皆と名前呼びになる程進歩したのだが、ちょっと残念なことがあった。

 

「ごめんなさい!今はまだ、お互いのこと、あんまり知らないし、付き合うって何すれば良いか分からないから、今は付き合えません!」

 

友奈からの告白の答えは、残念ながら芳しいものではなかった。

が、まずは友人からスタートするならOKだという事なので、まだゴールを一回外しただけといった所だ。俺の勝負はまだまだ終わらない。

 

「という訳で友奈、運動部の助っ人をした後、親睦を深めるために一緒にうどん屋デートに行かないか?」

「どういう訳か全く正当性が不明なので却下です」

「何故、東郷が決める?」

「貴方と友奈ちゃんを二人きりに出来るわけないでしょ?」

「なんだと?まるで俺が二人きりになったら襲いかかるような言い草じゃないか」

「だったら今すぐ友奈ちゃんの手を離しなさい!友奈ちゃんも成すがままにされない!」

「えー、でも親睦会は必要だしうどん食べたいし……」

「友奈ちゃん、うどんに釣られないで!これは罠よ!」

「お前の中の俺はどんなことになってるんだ、東郷」

 

何故か不明だが、俺が友奈にアプローチしようとすると東郷が首を突っ込んでくる。しかも、どうやら東郷は俺のことが嫌いらしい。

何故だ?嫌われるようなことは一切したことないと思うのだが……。

 

「……逆に嫌われないと思ってるお前が凄ぇよ……」

「そうか?」

 

美琴に相談しても有力な助言を得ることが出来なかった。全くもって彼女が俺を嫌う理由が分からないが、別に俺は彼女と敵対するつもりはないんだがな……。

 

「お前はそうだろうよ。……はぁ、まあ良いや。兎に角今度の試合の助っ人、来てくれんのか?」

「ああ、勿論だ」

「頼むぜ。意外とお前が抜けた穴はデカイんだぞ?後輩が成長するまで、暫く頼むからな」

「分かった。……すまんな、美琴」

「お前が一度集中したらテコでも動かねぇことくらい知ってるよ。何年つるんでると思ってるんだ」

 

そんな風に親友と話してると一限の予鈴が鳴る。

それぞれの席に戻ると担任と副担任、そしてツインテールの少女が扉から入ってきた。

 

「はい、良いですか?今日から皆さんとクラスメイトになる、三好 夏凜さんです」

 

担任の先生が黒板に「三好 夏凜」と名前を書いていく。

目の端で友奈が呆気にとられたような表情をし、斜め後ろの東郷も少し驚いた顔をしているのが見えた。知り合いだろうか?

 

「三好さんは、ご両親の都合でこっちに引っ越して来たのよね?」

「はい」

「編入試験もほぼ満点だったんですよ?」

「いえ」

「三好さんから皆さんに挨拶を」

 

紹介されたツインテールの少女、三好 夏凜は、

 

「三好 夏凜です。よろしくお願いします」

 

と、澄ました顔で簡単に挨拶を済ませた。

 

「(おい、三好ってもしかして……)」

「(ああ)」

 

隣の席の美琴が耳打ちしてきた。俺もそれに頷く。

 

三好。

 

それは俺達にとっては憧れの先輩の名字を思い浮かばせる。そしてあの意思の強さを感じさせる吊り目は、記憶の中の彼にとても似ていた。

 

…………………………………

……………………………

………………………

…………………

……………

………

 

三好 夏凜は放課後になるとすぐに、友奈と東郷に勇者部に案内するように言ってきた。

「御役目」がどうの完成型勇者がどうしたのと言っていたので、とりあえず俺も加わって一緒に部室に向かった。

部室に着くとすぐに御役目についての話し合いがあるらしいので、俺は耳栓をして掃除をしながら皆が終わるのを待つことにした。

窓を雑巾で乾拭きしていると、フワフワと俺の側に小さな存在が近付いてきた。

 

「なんだ牛鬼?腹が減ったのか?」

 

俺に近付いてきたのは友奈から「牛鬼」と呼ばれていた気の抜けた顔の牛のぬいぐるみような奴だった。

初めて見た時は少しだけビックリしたが、きっと大赦が関係している何かだと思うので、まあ何か不思議なそういうものなんだろうくらいに思った。

別に正体については聞く気もないし、なかなか愛嬌ある顔なので結構好きだ。

他にも、風先輩の「犬神」や樹の「木霊」、東郷の「青坊主」「刑部狸」「不知火」も見せてもらった。

どいつもこいつも人懐っこい性格なのか、出てくると決まって俺の側に寄ってきたり手伝ってくれたりする可愛い奴らだ。

 

牛鬼は牛なのにビーフジャーキーが好きらしいので、最近は部室にジャーキーを常備している。袋から出して与えると、ジャーキーをモグモグと食べながら幸せそうな顔でまた漂い始めた。

 

「ぐっ!?」

 

突然背中を叩かれた。驚いて振り返ると、目を釣り上がらせている夏凜がいた。夏凜は何かを捲し立てているが全く聞こえない。

 

「待て、今耳栓を取るから」

 

キュポン!と耳栓を取ると、

 

「だから、何でアンタみたいな部外者がいるのよ!」

 

と怒られた。酷いな、いきなりそんな風に言われると傷付くぞ?

 

「部外者じゃないぞ?俺も勇者部の一員だ。仮部員の雑用だがな」

「そうじゃないわよ!アンタ、勇者じゃないでしょ!?何でここにいるのって話よ!」

「それは俺がこの部に入りたかったからだ。安心しろ。お前達の『御役目』については聞かないし触れない。そういう話になったら俺のことは居ない者として扱ってくれ、夏凜」

「アンタまで下の名前呼び!?」

「仕方ないだろ。俺にとって『三好』といったらお前のお兄さんの方が出てくるんだ」

 

当の夏凜に確認したので間違いない。彼女の兄・三好 春信は俺と美琴が小学生の頃に所属していたジュニアサッカークラブのOBで、彼が中学生から高校生までの間、時折臨時コーチとしてクラブの練習に参加してくれたのだ。俺と美琴は彼にサッカーの基礎を教わったと言っても良い。つまりは大恩人である。

 

「それにお前、これから勇者部の一員なんだろ?仲間だから下の名前で呼ぶことにしたんだ」

「ならないわよ!」

「何?ならなんで来たんだ?」

「それは……あーもう!ちょっと!こいつ本当になんなのよ!?」

 

「「「友奈(ちゃん/さん)のストーカー?」」」

 

「そんな、酷い……」

 

満場一致で酷い答えが出てきた。まさか皆からそんな風に思われてたとは……。せめて愛の戦士とか……いや、それは流石にダサいか?

 

「はぁ……まあ良いわ。残りのバー……兎に角、もうすぐ御役目も終わるし、それまでの我慢ね」

「うん、一緒に頑張ろうね!」

「……頑張るのは当然。足引っ張るんじゃないわよ!」

 

ツン!と友奈から話し掛けられても強気な態度を崩さない夏凜。

なんというか、人馴れしてない猫のような奴だな。

 

「ねぇ、これからうどん屋さんに行かない?」

「……必要ない。行かないわよ」

 

うどん屋への誘いも断り、夏凜は入部届をさっさと書いて部室から出ていってしまった。

 

 

…………………………………

……………………………

………………………

…………………

……………

………

 

「ふーん、成る程。プライドが高くてお堅いタイプか」

「ええ」

 

翌日の昼休み、俺はイワ先生に夏凜のことを相談しに行った。

あの後、夏凜以外の勇者部でうどん屋に行き、夏凜のことを話し合ったが、彼女とどのように接すれば打ち解けるのか、その解決策は全く浮かばなかった。

風先輩に関しては「張り合いがある」と闘志を燃やしていた。

そこで俺は人生の先輩であるイワ先生なら何か知恵を借りれないかと思って職員室に来たのだ。

 

「そういう奴は大抵、かなりの努力家だ。常に誰よりも強くありたい、誰よりも上手くなりたいって感じだな。周りは敵だらけ、って思ってる奴もいるな」

「はい」

「でも、そいつ一人にしてはおけない。だから相談しに来たんだろ?」

「はい」

「なんだなんだ?結城にフラれて次の恋に目覚めたか?」

「違います」

「あっそ。……でも何でだ?何か気になることでもあるのか?」

「……簡単に言うと、あいつ一人で何かをするのは無理だと思ったからです」

「ほほう?」

 

俺は、友奈達の「御役目」については触れずに、俺が感じてる懸念を説明した。

 

勇者部は、「一つのチーム」だ。風先輩の元に、友奈達が集まって結成されたのが勇者部だ。

それはつまり、「一人では達成できないことがある」からチームになっているのではないか、と思ったからだ。

風先輩も一人での限界値を理解している。だからリーダーとなって勇者部を纏めている。

御役目に関わらず、勇者部に来る依頼を全て完遂するには一人の力じゃ無理だ。

それぞれが得意なことを担当して、時にお互いにサポートしあいながら依頼を成功させる。それが勇者部のやり方だ。

 

しかし夏凜は、どうも他人と関わろうとしないところがある。出来るだけ他人と距離を置こうとしているような気がする。

確かにサッカー部にもスタンドプレーを好む奴は一杯いた。しかし誰もが、自分だけの力で勝てると思っている訳ではない。自分のポジションの役割を把握し、背中を仲間に預けながら勝利に向かって貪欲に突き進む。それがチームだ。

 

夏凜は分かってるのだろうか?

チームである意味を。どれだけ努力しても、個人では「手」が届かないことがあることを。

 

「いつか結城達も巻き込んじまうんじゃないかって?」

「それだけでなく、あいつ自身が痛い目を見るんじゃないかと」

「……成る程、ね。……でも今のままで大丈夫だと思うぞ」

「え?」

 

しかしイワ先生から帰って来た答えは、予想外のものだった。

 

「三好は多分、分からないだけじゃないか?」

「分からない?」

「ああ。誰かが寄り添ってくれるとか、他人が自分のことを気にかけてくれてるとか、なんつーの?自分が本当は孤独じゃないってことに」

「…………」

「そう言う奴ほど見捨てないで仲良くなっちまう、受け入れちまう。そういう奴らばかりじゃねぇか、勇者部は。現にお前も三好のことが心配なんだろ?」

「はい」

「なら大丈夫だ。お前らのペースに乗せちまえば、あいつ自身、気付かない間に乗せられてるさ。……三好には、孤高になりきれない『甘さ』がある。それがある限り、あいつを見放す奴なんて居ないだろうよ」

 

……確かにそうだ。

昨日盗み見ていた友奈達との絡みや俺への反応を見ると夏凜は、根っからのツッコミ体質だ。

本当に誰とも付き合いたくない奴はツッコミなんてしない。だって関わりが出来るからだ。

でもあいつは他人の反応に敏感に反応していた。

まだまだ、あいつとは「仲間」になれるチャンスがあるってことか。

 

「ありがとうございました、先生」

「いやなに。生徒の相談に乗るのも先生の仕事さ。つーか、次は体育だろ。早く行けよ」

「……何故この時期の体育は男女別々なんだ……」

「お前、結城の水着姿を想像しただけで鼻血出して気絶したの忘れたのか?」

 

 

 

【2】

 

 

放課後、俺は牛鬼にジャーキーをやりながら折り紙を折っていた。

折り紙は結構得意だ。こうして無心で作業を行っていると自分の集中力が研ぎ澄まされていくのが分かる。しかし今回は目の前の折り紙ばかりに集中することは出来ない。

 

「……ん?青坊主、もう出来たのか」

 

俺に折り鶴を差し出してくるのは東郷の青坊主。赤ん坊みたいな丸っこい手をしているが、こいつがなかなか器用に折っている。きっちり角を合わさっててシワもない。恐らく東郷の躾が良いのだろう。

紙飛行機を折っている犬神は悪戦苦闘している。犬だから仕方ないか。時々爪を立ててしまって破いては呆然とした顔をしていてちょっと可哀想だ。

刑部狸は…………こいつ、さては寝てるな?

夏凜が連れてきた義輝って奴はさっきから折り紙で刀を作っている。剣豪将軍の名前通りに、今や彼(?)の周りは折り紙の刀だらけだ。

手のない木霊と不知火はさっきから紙風船でバレーをしている。……燃えないのは何故なのだろうか?

 

「……何してんの?あんた」

「見て分からないか?次の依頼に備えてこいつらと一緒にデモンストレーションをしているところだ」

「は?」

「大地、依頼の説明してあげて」

 

「御役目」に関する話し合いが終わったらしい。奥の黒板の方から皆がこっちに戻ってきた。それに合わせて牛鬼達も姿を消し始める。去り際に全員が手を振ってくれたのはちょっと嬉しかった。

怪訝そうな表情をこちらに向けてくる夏凜の後ろから風先輩に声をかけられた俺は、すぐに作っておいた資料を全員に配布する。

 

「では始めます。本日届いた依頼により、日曜日に児童館で子供会のレクリエーションの手伝いを行います」

「具体的には?」

「折り紙教室、お絵かき、鬼ごっこ、ドッジボールなど、子供達と様々なことを行います」

「わー!楽しそう!」

 

無邪気に喜んでいる友奈を見てるだけで本当に可愛いくてどうしようもない。

 

今回の依頼は児童館からメールで届いたものだった。時折勇者部はここの子供会に参加するらしいが、どうやらかなり好評らしい。俺も脚を引っ張れないと思い、牛鬼達を子供役に当日の練習をしていたのだ。

折り紙に集中しすぎて子供達を置いてけぼりにしては本末転倒だからな。

 

「夏凜にはそうねー……暴れたりない子のドッジボールの的になってもらおうかしら?」

「はあ!?て言うかちょっと待って!アタシもなの!?」

 

驚いた顔をする夏凜に風先輩は、昨日夏凜が書いた入部届を突き出し、ここにいる間は部の方針に従うことを命じた。

夏凜は明らかに嫌そうな顔をした上、スケジュールを勝手に決められたことに文句を言ってきたが、

 

「夏凜ちゃん、日曜日に用事あるの?」

「……いや……」

「じゃあ親睦会をかねてやった方が良いよ!楽しいよ!」

「何でアタシが子供の相手なんかを!」

 

友奈に押されぎみの夏凜。必死に抵抗しようとするも友奈が残念そうな顔で「いや?」と聞くと(スマホで撮影しとけば良かったと思うほど可愛い)、

 

「わ、分かったわよ。日曜日ね。丁度その日だけ空いてるわ……」

 

と、渋々と言ったように答えた。

ワッと盛り上がる勇者部の面々。俺はもう一度、夏凜の方を伺う。

溜め息をついてめんどくさそうにしているが、俺がさっきまで見ていた折り紙の本を少し捲っている。

どうやら決して興味がない訳ではないらしい。

 

今のままで良い、か。

確かに、夏凜は勇者部に少しずつだが馴染み始めているようだ。

 

 

…………………………………

……………………………

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6月12日の日曜日になった。現在時刻は9時49分。

俺は学校に来ていた。

理由は単純に、風先輩が部室に忘れ物をしたので代わりに取りに来ているからだった。

日曜日の学校は、休みの部活が多いので学校内は静まり返っていた。それでも耳を澄ませれば運動部の威勢の良い掛け声が聞こえてくるが。

 

俺は部室目指して廊下を走っていく。あと少しで部室が見えると言うところで、部室前に誰かがいるのを発見した。

 

「……夏凜?」

「遅いわよ、アンタ」

 

そこには何故か夏凜がいた。彼女らしい、動きやすくてあまり飾り気のない私服姿の夏凜は仏頂面で俺を睨んでいた。

 

「まったく、来てやっただけ有りがたいと思いなさいよね。他の連中も、いつまでアタシを待たせるつもりなのかしら?」

「……何いってんだ、お前?」

「は?」

「皆なら児童館の方でもう集合してるぞ」

「え?」

「……お前、さては集合場所を間違えたな?」

「……………」

 

俺が指摘すると、段々と夏凜の顔が朱色に染まっていく。耳まで赤くなったとき、夏凜は俯きながらツカツカと俺の横を過ぎ去ろうとしていた。

 

「おい待て、何処に行く」

「は、離しなさいよ!別にアタシ、元々アンタ達と馴れ合うつもりなんてなかったし、集合場所を間違えたのも逆に好都合だわ!子供の相手をしなくて清々するわ!」

 

過ぎ去ろうとする夏凜の腕を捕まえると顔を赤くした夏凜が捲し立てるようにそう言ってきた。

いや、確かに集合場所は間違えたが律儀にも集合時間の15分以上前からいた時点でその言い訳は通用しないだろと思ったが、それを指摘したらもっと怒るだろうと想像がつくので言わないでおいた。

 

「落ち着け、走ればまだ間に合う。それに子供達も楽しみにしてるんだ。少しくらい付き合う余裕くらいあるだろ?」

「う、ぐぅぅ……」

 

とりあえず落ち着いてもらえたのかなんなのか、真っ赤な顔で俺を睨み付けているが逃げないでくれた。

 

「ちょっと待っててくれ。今忘れ物を取ってから行くから」

 

部室前に夏凜を待たせて俺は部室に入って忘れ物を探す。えーと、確か戸棚にあるんだったよな。

戸棚を開くと、大きな黄色のレジ袋の中にパーティーグッズが入っているのが見えた。

夏凜が俺の背に話しかけてきたのは、俺がレジ袋に手をつけた時だった。

 

「……ねぇ、アンタこの間、この部活に入りたかったからいる、っていったわよね?」

「ああ」

「……アンタ分かってるの?御役目は常に危険と隣り合わせなのよ。アイツら、今まで偶々上手くいってたみたいだけど、気を抜けば最悪、死ぬことになるわよ」

 

思わず、レジ袋を持った手が止まった。

 

死。

 

それは、日常生活を送っているとあまり実感することのない言葉だが、夏凜の冷たく突き放すような鋭い口調から、決して冗談で言っているわけではないことを感じるには十分だった。僅か数日の付き合いだが、こいつがつまらない冗談を言うような奴ではないことも知っている。

 

「アンタ、気にならなかったの?アタシ達がしてること……中途半端に関わるくらいなら止めときなさい。後悔することになるわよ」

「だろうな」

 

俺の答えに気を悪くしたのか、更に夏凜の視線がキツくなったのを背中に感じた。

 

「……分かってるならなんでいるのよ。はっきり言って、アタシ達の邪魔になるだけよ」

「信じているから。そして知りたいから」

「は?」

 

俺はレジ袋を持って振り返る。何を言ってるのか分からないって顔だ。それはそうだ。

 

「お前達がしてることは、俺には、というか一般人には知覚すら出来ないことなんだろ?そして現状、俺にはお前らの無事を祈ってるくらいしか出来ない」

「……そうよ」

「だから俺は、お前らが帰ってくることを祈る。そして信じている。お前らが無事で帰ってくると。あれがあるからな」

 

俺はそう言って勇者部五箇条を指差した。

 

「勇者部五箇条、一つ、なるべく諦めない。だからきっとお前らは諦めないで帰ってくる。俺はそれを信じて俺はお前らを待つ。おかえり、って言ってやるために。そして俺は、そんな辛いことがあっても何故勇者部はこんなに頑張れるのか知りたい。勿論、友奈がいるからってのもあるがな」

 

だから俺はここにいる。

「勇者」とは何なのかを知りたいから。そして彼女達にとっての「日常」を守りたいから。だから、

 

「俺は勇者部に入ったんだ」

「……」

「お前のことも信じてるからな、夏凜」

「え?」

「お前は強いんだろ?なら、皆を守ってくれると思ってる。頼むぞ、夏凜」

 

話してて分かった。こいつは優しい奴だ。

さっき、御役目のことで皆が危険な目に合うかもと言ったが、それはつまりこいつは心配してるんだろう。皆が怪我したり死んでしまうことを。

そして俺が傷付いた皆を見て後悔すると心配してくれた。

だから俺は、夏凜を信じることにした。彼女は間違いなく、俺達の「仲間」だ。

 

「い、言われるまでもないわ!確かに緊張感のないトーシローどもだけど、目の前で死なれても迷惑だし、仕方ないからピンチの時は守ってあげるわよ」

 

胸を張って自信満々に言い放つ夏凜。やはりこいつは優しい奴だ。これから仲良くしていけたら良いな。

 

「頼むぞ。というか、本ッ当に頼むぞ。特に友奈に何かあったら俺、流石に立ち直れないかもしれん。だから頑張ってくれ」

「……アンタ、ホントブレないわね……。ところで……」

 

夏凜は俺の持っているレジ袋を指差してきた。

 

「それ、何y「秘密だ」

「いや、だって「秘密だ」

「…………」

「秘密だ」

「分かったわよ。……とりあえず走りましょ。アイツらも待ってるんでしょ?」

「そうだな」

 

言われて時計を見れば55分になっていた。幾らなんでも話しすぎたな。これでは走っても10時には間に合わないな。

SNSアプリを起動してこれから児童館に行くこと、夏凜も一緒なことを風先輩に伝える。すぐに、先に挨拶してるから急いで来るように、と返信が来た。

それから夏凜を発見したことを褒められた。

本当に運が良かった。なにせ、今回の主役がいなければ何も始まらないしな。

 

……そうだ。

 

「夏凜、児童館の場所分かるか?」

「え?勿論よ」

「なら先にどっちが着くか競争しないか?負けた方は今度うどん奢りだ」

「……上等じゃない、受けてたつわ。完成型勇者の実力、アンタに教えてやるわよ!」

「俺も負けん。行くぞ、夏凜!」

「ええ!」

「3、2、1、GO!」

 

俺の掛け声と共に、俺達は同時に駆け出す。隣を疾走する少女の口元が楽しそうな笑みを浮かべているのを、俺は見逃さなかった。

 

 

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……………

………

 

 

「じゃあ皆!一緒にお祝いしましょう!せーの!」

 

『『『かりんお姉ちゃん、お誕生日、おめでとーう!!』』』

 

「……………へ?」

 

児童館に着いた俺と夏凜(勝負は足の長さと持久力の差で俺の勝利)は、すぐに勇者部の他の面々に謝り、館長さん達にも謝り、館内に入る。

すぐに俺は持ってきたレジ袋の中からバースデー用のキャップと『今日の主役』襷を取り出して夏凜に装備させる。夏凜は突然の俺の行動に目を白黒させてたけど、そのうちに友奈と東郷、樹に連れられてステージに立たされると、マイクを握った風先輩の掛け声と共に、子供達から祝福の言葉をかけられる。

夏凜は、何が何だか分からないという顔をした。

 

「……あれー?もしかして夏凜お姉さん、自分の誕生日忘れちゃってたの?」

「な、何でアンタ達がそれを……てか何よこれ……?」

「友奈ちゃんが入部届に書いてあったのを見つけたんですよ」

「そうなんだよ!だから、今日の子供会でサプライズパーティーしようってなったんだ!」

「子供達も協力してくれたんですよ。ほら、ここにいてください!」

「皆、夏凜お姉さんに花束贈呈だ。順番にだぞ」

『『『はーい!!』』』

 

樹が夏凜の背中を押して子供達の側まで近付けたのを見届け、俺が声をかけると子供達は一列にならび、折り紙で作った花を一輪ずつ手渡していく。子供達も渡すたびに「おめでとーございます!」と満面の笑顔を添えている。

夏凜は困惑した顔をしていたが、1つ、また1つと花を受け取り、最後の子供がおずおずと差し出した花を受け取った頃には手に一杯の色とりどり、形も種類もバラバラの花束が握られていた。

 

「それじゃあ夏凜お姉さん、子供達に一言!」

「えっ!?え、ええっと……」

 

風先輩からマイクを向けられた夏凜は顔を真っ赤にしてしどろもどろになり、視線をさまよわせた末に俯いて、

 

「…………その…………こんなこと、初めて、だから、上手く言えないんだけど……え、っと……―――――。」

「んー?何々?良く聞こえないわよ?」

「ッ!~~~~ッ!!あっ!ありがッ!とう……ござい……ます……」

「……ウフフフ、はーい皆!最後に大きな拍手ー!」

 

会場中が拍手の音で震える程、大きな祝福の音が夏凜を包む。夏凜はその祝福を受けて、ただただ顔を俯かせるばかりだった。

 

 

 

「良かったな、夏凜の奴」

「うん、本当に良かったね!」

 

お昼ご飯の時間になり、子供達と並んでご飯を食べていた。

夏凜の奴は、男の子から弁当が煮干とおにぎりだけなのをからかわれてたり、隣の女の子からタコさんウィンナーをあーんしてもらったりして楽しそうにしている。

 

俺は友奈と共にその姿を微笑ましく思った。

あれだけ参加を渋っていた夏凜は、子供達と折り紙をしながらとても楽しそうにしていた。意外と教えるのが上手いからか、子供達から慕われているようだ。

 

「夏凜とはまた仲良くなれそうだな」

「うん!これから勇者部も忙しくなるし、楽しみだね!」

 

ニコニコと笑顔を見せる友奈を見ながら、俺は夏凜との会話を思い出していた。

 

『御役目は常に危険と隣り合わせなのよ。アイツら、今まで偶々上手くいってたみたいだけど、気を抜けば最悪、死ぬことになるわよ』

 

「……友奈」

「 ? 」

「俺は、お前達が帰る場所を守る」

 

夏凜に言ったことは嘘ではない。彼女達が戻ってくることは信じている。

……だが、全く心配してない訳じゃない。

彼女達が傷付いた姿を想像するのも嫌だし、何も出来ない自分に苛立ちを感じる。

それでも今の俺に出来るのは待つことだけだ。

 

「だから約束してくれ。どんなことがあっても帰ってくるって。でないと、俺は……」

 

嫌な想像をしそうになる。

これも恋をしてから知ったことだが、人間は特別な誰かが出来ると、想像力が増すらしい。それは良い悪いの区別なく。こんなに辛く、身を焦がすような想いを、世の人々はしているのだろうか?

俺は……彼女達が危険な時……どうなるのか……。ダメダメだと思っても、思考がそちらへ行こうとする。

 

「大丈夫だよ!」

 

しかし、そんな俺の思考を吹き飛ばすような明るい声が耳に届く。

 

「御役目は大変だけど、風先輩も樹ちゃんも、夏凜ちゃんも東郷さんも、勇者は皆強いんだよ。だから安心して!勇者は最後まで諦めないから!」

 

そう言って、彼女はまた、あの強くて優しい笑顔を見せてくれた。その笑顔には嘘がなく、絶対に大丈夫だという自信に溢れていた。

 

俺の中の不安が突風に吹き飛ばされる砂の城郭のように消えていく。その笑顔を見ただけで、安堵感に包まれる。

 

ああ、やっぱり俺は……。

 

「友奈」

「何?」

「ありがとう」

「えへへ、どういたしまして!」

「それから」

「 ? 」

「やっぱり俺と結婚してく」

 

サクッ!

 

「スッゲー!車椅子の姉ちゃんの作った手裏剣が兄ちゃんの頭に刺さった!」

「お姉ちゃん!その手裏剣の作り方教えてー!」

「な、何故なんだ……東郷……」




この後夏凜宅で二次会をして滅茶苦茶盛り上がった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
読者の皆さん、感想、お気に入り、評価してくださった皆さん、ありがとうございます。

2018年最初の投稿です。今年もよろしくお願いいたします。

2018年、勇者の章最終回に色んな意味で安堵したり、ゆゆゆいの謹賀新年ガチャをなんとなく回したらいきなり振り袖友奈ちゃんをお迎えしたりと始まって早々に色んなことがありました。
本ッ当にあの最終回は良かった。ご都合主義?それがどうした幸せならオールOKなんだよ!と言わんばかりの展開で頭がすぐには追い付きませんでしたが良かった良かった。

この小説も夏凜ちゃんが加わり本格的に動き出してきました。夏凜ちゃんツンデレチョロイン可愛いよ夏凜ちゃん。
精霊と戯れたり、アニメと違って子供会に参加する展開は、当初全く考えてなかったんですが、神樹様のお告げなのか突然舞い降りて来ました。そのせいでまさかの10000字超え。次は計画的に行きます…。

さて、次は東郷さん&風先輩と大地の絡みを書いていきます。アニメ4話の話は少し先になりそうです。ではまた次回のお話でお会いしましょう。

(前書きの女の子について正体が分かった方もいると思いますが、今はまだ秘密でお願いします(隠す気は余りない))


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