血の渇望者 (河竹)
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プロローグ

俺は決してあの日のことを忘れない。

 

 

とある暑い夏の日だった。

太陽から茹だるような暑さをもつ日差しが燦々と降り注ぎ、溶け出しそうなほど熱くなったアスファルトからは陽炎がゆらゆらと立ち込めていた。

 

茹だる暑さから目をそらすように辺りを見渡すも、周囲にこれといった民家なんてない。

だいたい三十年前工場などの設営のために全ての住人が立ち退いたそうだ。

しかしながらそんな工場も今ではそのほとんどが既に立ち退いており、、あたりに存在するのはカラっと晴れた太陽と乾燥にやられた少し枯れかかった草木とどこからか逃げ出してきたのか知らないが、随分とやせ細った牛や羊などの家畜だけだ。

 

そんな片田舎にある牧草地のど真ん中を俺は、いや、俺たち調査団は今にも止まりそうなオンボロなトラックに乗ってまるで戦地に赴く兵隊のように行軍していた。

トラックの中はもちろんクーラーなんてものは付いておらず、汗でびしゃびしゃになった服が吸い付いてきてすこぶる気持ちが悪い。

なぜこんな気持ち悪い間に合わないといけないのか。

俺は窓の外に広がる荒地を見ながら思いふけっていた。

 

 

 

 

 

 

俺たち調査団の主な仕事は字のごとく調査をすること。

調査といっても色々ある。

荒れた土地に残された廃坑やら工場やらがまだ再稼働可能かどうかの確認。また何か異常がないかと言った調査。そんなことを専門に行ってきた。

 

だから機械いじりの知識は必須事項だったし、それに得意だった。

もちろん、過去にはテロリスト達の根城であったりしたこともあり、逃避術や医療術の知識も持ち合わせている。

それに、俺の在籍していた第1調査団は調査隊の中でも特に優秀な精鋭どもを集結させた部隊だ。

数々の修羅場を演じてきた。

 

そんな調査団にもチームの編成による配置換えはよくある話だ。

俺もそのうちの一人だ。

しかし、不幸なことにも俺が配属された第四部隊はこれまで実績をほとんど残せていない落ちこぼれ集団。それ故、仕事も少なく、給料も安かった。

そんな調査団の汚点とも呼べるチームの実績向上のため、よく言えば白羽の矢が立った、悪く言えば貧乏くじを引いたのが俺だった。

 

そんな状況だからだろうか。

 

久しぶりの大きな仕事に、コイツらの顔色はこれから危険地帯への調査に行くことを感じさせないほど、明るく浮かれていた。

ある一人は調査地にどんな物があるのかといった話。

またもう一人は調査後の打ち上げの話をしていた。

もちろん俺もその話に混ざりたかったし、この後に訪れるであろう報酬金と美酒の話をしたかった。

 

ただ、移動の都合で停泊していた宿で休憩している間に聴いた、とある噂がそうはさせなかった。

 

 

 

 

 

俺たちの向かうマクミラン地所はかつては栄光に満ち溢れていた土地だったらしい。

かつては農業を主な営みとして生計を立て、ここら辺では一番の豊富な資源に富んでいたそうだ。

 

しかし、その地を収めるアーチ・マクミランによって、栄光の時代に影を落された。

 

マクミラン氏は鋳造と採鉱の分野においては知らぬ者のないほどの有名人であった。

もちろん、俺たちみたいな廃坑の調査も請け負う界隈でも、このマクミランという名は有名だった。

数々の実績と共に、常に業界において頂点に君臨していた人物だ。

たがそれと同時に彼は素晴らしい知者であれながら、異常者でもあったそうだ。

彼は、そこで働く労働者達を洗脳していた。

最愛の人である妻がそこの労働者である夫に帰宅を望んでも帰らないほどに。 どうやってかなんて詳しいことはわからなかったが、それでも長いこと洗脳していた事は事実らしかった。

 

しかしながら、洗脳が永遠に続くなんてことはそんなにない。実際何かの拍子で洗脳が解けてしまい、逃げ出そうとした奴らが何人もいたらしい。

当たり前だ。

誰が好き好んでそんな地獄に居続けようと思うだろうか。

 

しかし、マクミラン氏もそこで黙って返すような人物でもない。

いつしかそこで働く労働者、すなはち奴隷達はマクミラン氏の許可なく敷地から出ることが出来なくなった。

周囲を刻薄なフェンスで囲い、ガラの悪い部下達がそいつらの行動をずっと見張っていたそうだ。

そしてついにマクミラン氏は言うことを聞かなくなった奴隷達を採掘坑に閉じ込め、殺した。

奴隷達は全員窒息死したそうだ。

そして当のマクミラン氏は気が触れたような笑みを浮かべながら死んでいたという。

 

それっきり、マクミラン地所は呪われた地と呼ばれるようになった。

今でも何人かの若者達が怖いもの見たさに、無謀にも蛮勇を勇気と履き違えてその地を訪れることがあるそうだ。

なんでも、そこから帰ってきた若者達はまだそこで何かが行われているような痕跡があるという旨の話をしていたという。

 

 

もちろん噂だ。それが真実だなんて思ってもいないし、それに確証もない。その若者達の見間違いだなんてことは、肝試しにはよくあることだ。

だからそんな噂をコイツらに伝えても「所詮噂だ」などと言って間に受けなかった。

まあ、俺も信じてはいなかったし、信じてもらおうだなんて思っていなかった。

それに、過度の緊張は調査の妨げになる。

 

結局、俺は無駄な軋轢を生む選択をしないよう黙って窓の外を流れていく風景をぼんやりと見つめながら、しかしそれでも、同僚達に気を引き締めさせようかどうか迷いながら頰づえをついていた。

あたりは未だ先ほどと同じような、閑散とした景色が続いている。

 

しばらくの間眺めていると前方の方に巨大な施設が見えてきた。

 

「……あれが今回の依頼の場所か

 

錆びついた音を出しながらブレーキをかけるトラックにどうか帰り道まで保ってくれよと祈りながらゆっくりと後部のドアから降り立つ。

 

見渡す限りに背の高いトウモロコシ畑が広がっていた。

遠くには小屋や大きめの建物が見える。

ぱっと見では誰かが何かをしている形跡なんてない。

見ると、もうすでに同僚達が仕事の準備にとりかかっていた。

 

一つため息をついてあれは所詮噂だと言い聞かせ、背中に背負った様々な器具の入ったリュックをもう一度背負い直して歩き出した。

 

これが俺たちの地獄の始まりだとも知らずに。



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生贄

依頼された建物を目指して歩きを始めること数分。

 

俺達は背の高い伸びきったトウモロコシ畑の中を進んでいた。

当分の間刈られてないのか、伸び放題になったトウモロコシの下にはさらに枯れたトウモロコシがフカフカな絨毯ように敷き詰められていた。

施設内の設備は別段大きく壊された痕跡はなく、発電機などは幾らかメンテナンスや整備が必要そうだが、建物自体にこれといった目立った外傷はなかった。

 

 

それからしてすぐに俺達は敷地内にある建物につき、二つのグループに分かれた。

俺を含む、エンジニア系の技術を持つ、コールとノートル。

それと探索系の得意なアークとベーゼ。

この二つに分かれて調査を開始した。

 

俺達はエンジニア系グループは建物の中にある機械系統の設備の調査を開始した。

電線は何故か今も通っているようで、外にある発電機を使えばなんとか電力は確保できそうだ。

他にも、何かに使えそうなロッカーや木の板などが数個あり、少しの老廃に目を瞑り清掃してやれば今からでも何とか稼働できそうなほど施設の中は整っていた。

 

まるで、誰かがここにいたかのように。

 

それから数分調査し、グループの2人と共に集合した。

 

「ノートル、そっちはどうだった?」

 

短めに刈りそろえた金髪とそばかすをもつ、少し目つきのキツイ青年のノートルに尋ねる。

 

「こっちもそんなに壊れてねーよ、なんなら今からでも動くぞ」

「コールの方は?」

「こっちも似たようなものです。ただ......」

 

コールは一旦そこで止め少し考えてから発言した。

 

「ただ?」

「...!..ただ、ちょっとおかしな点がいくつかあります」

「おかしな点?」

「えっと、ここって十数年前には閉鎖したはずですよね?」

「あぁ、与えられた情報が正確なものならそうだろうな」

「それなら尚更おかしいです。ここ、明らかに生活感が残りすぎなんですよ」

 

そう言って不安の色を見せたのはコール。茶髪を肩口に切り揃え、笑った時のえくぼの似合う女性だ。

だが、今そのえくぼの似合う彼女の顔には、いつもの笑顔ではなく何か強張ったものがあった。

 

「どうゆうことだよ」

 

コールの推測にノートルが疑問を表す。

 

「えっと、なんて言えばいいか......」

 

答えかねているコールの代わりに俺が答えた。

 

「確かに。数年前に出て言ったにしては生活感がありすぎるな。それに、道中に見かけた罠。あれは数年前に使われていたなんてことはない。おそらく数ヶ月とかそのあたりだろう」

「ですよね、隊長。それに私、さっき向こうの方でカチカチカチッて音がしたんです!まるで誰かが」

 

そこまで言った時だった。

 

「ギヤァァァァァァァァァァァァ!!!!罠がァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

金属同士の激しくぶつかり合う音と共に、何かを粉砕した音と耳をつんざくようなアークの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ちっ、何ヘマしてんだよ!?」

「わからん!確認しに行くぞ!」

「あっ、隊長!待ってください!」

 

悲鳴が聞こえた瞬間、脳裏に嫌な予感が浮かんだが、俺はその予感を頭の隅に置いて駆け出した。

 

少し走ると、トウモロコシ畑に呆然と突っ立っているベーゼがいた。

 

「おいっ、ベーゼ!何かがあった?」

「...ぁ...あぁぁぁぁ...ぁぁあ.....」

 

肩を掴み振り返らせると、そこには恐怖を顔一面に孕んだベーゼの顔があった。

 

「ベーゼ!何があったの!?」

 

コールが必死に語りかけるもベーゼの返事はない。

 

「お、おい、どうしちまったんだよ?」

 

再度、ベーゼと親しいノートルが肩を揺らしながら聞くと、ベーゼはカタカタと歯を鳴らしながら答えた。

 

「ぉ、ぉとっ!でっでっかい男がっ!罠に挟まったアークを連れて行きやがっ......」

 

そこまで話してベーゼは泡を吐きながら倒れた。

 

「くそっ、しっかりしろ!男...だと?ノートル、任務にそんな情報が書いてあったか!?」

「な、何言ってんだよ!あるわねねーだろ、んなもん!」

「だよな。だがこのベーゼの様子、これは明らかにおかしい」

 

普段のベーゼはちょっとしたことで恐怖などを感じない。むしろ嬉々としてその恐怖を味わいに行く。

こと戦闘においてはそうである。

そんな奴がこの有様である。

明らかにおかしすぎる。

 

「た、隊長!見てくださいこの罠!」

 

見ると、そこには先程アークを挟んだであろう、血塗れのベアートラップが置いてあった。

 

「もしかしたら、私がさっき聞いたカチカチ音って」

「あぁ、十中八九これだろう」

「つ、つまり、誰かがこの罠を設置していたってこと。ですよね?」

 

額に冷や汗を浮かべながら、強張った様子で聞いてくる。

 

「そうだろうな。そしておそらく、その罠を仕掛けた奴がいまベーゼの言っていた大男だろうな。こんな罠、普通の人間が簡単に仕掛けられるような代物じゃない」

 

「な、なら、あの噂も本当なんですか!?」

 

「噂?なんだよそれ」

 

「知らないの?このマクミラン地所には」

 

その時だった。

 

「ギヤァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

再度、耳をつんざく悲鳴が聞こえてきた。

 

「説明は行きながら話すっ!」

 

そう言い、俺は走りながら噂の内容を話す。

 

「な、なんだよそれ!先に言えよ!」

 

「仕方ないだろ、お前らは技術はあるが経験が少ない。緊張すればするほどお前らの技術は本来の力を発揮できなくなる」

 

「それは、そうだがよ。。。」

 

煮え切らない表情で答える、

 

「とりあえずいまそんな話をしても仕方がない。急ぐぞっ」

 

そう言い、俺たちは仲間の救出へと向かった。

 

 

 

 



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