この素晴らしい嫁に祝福を! (王の話をしよう)
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一章旅立ち
1話




はいどうも。王の話をしようです。初めましての方は初めまして。

最っ悪ですよ………。寝ぼけてて削除するとか本当クソ。
今まで読んでくれてた方にも申し訳が立ちません。
一応バックアップが取れてたので順次再投稿させて頂きます。
98話分が全てパー………。






 

 

 ※

 

 

 それは擦り切れた映像。

 

 白と黒の世界、そこで何者かと会話する『自分』。そして何かが割れるような甲高い音。

 

 その映像は自分で体験し、記憶として覚えていることなのか、それとも知識として知っているだけのことなのか。

 

 それももう今の自分には分からないけれど。

 

 

 

 ※

 

 

 

 何かが柔らかく頰に触れる。それを認識した瞬間、急速に意識が浮上するのが分かった。

 

 

 目を開く。

 

 

 最初に映ったのは燃えるような赤。真紅と言い換えても良い。

 長く、真っ直ぐな赤い髪。優しそうに細められ、潤んだ赤い瞳。素直に美しいと思える、そんな少女が目の前にいる。

 どうやら頰に触れる物の正体は彼女の指のようだ。彼女はまるで羽毛を撫でるかのように優しく、何度も、何度も俺の頰を指で撫でる。

 

 

 彼女は誰だろう。どう考えても初対面の人間への対応とは思えない。俺の知ってる人なんだろうか。

 

 

 そこまで考えて気づく。彼女の事どころか自分が誰なのかすらも分からないことに。

 

 これはちょっとした恐怖である。起きてすぐ誰かも分からない自分が誰かも分からない人物の横にいるのだ。そもそもここはどこだろうか。

 周りを見ると、近くにもう一人、お婆さんがいることが分かった。逆に言うとそのくらいしか分からない。

 

 混乱する俺に隣で横になっていたその少女が声をかけてきた。

 

 

 

「…あなたの名前はゼロよ。これからよろしくね、ゼロ」

 

 

 

 ーーーゼロ。それが俺の名前らしい。

 

 

 ……うーん?なんか俺の常識とはかけ離れた名前だな。それは俗にキラキラネームとか言われるやつじゃないのか?いや、他に自分を示す名前は知らないんだけどさ。

 

 そうすると彼女は俺とどういう関係なのだろうか。俺も知らない俺の名前を知ってる……?…考えても分からん。

 

 

 分からんので聞いてみることにした。

 

 

 

「すみません、俺はゼロ。それは了解しました。それでは貴女は…?それと、ここがどこかも教えて頂けると助かります」

 

 

「「えっ」」

 

 

 

 ピシッ、と時が止まった。『世界(ザ・ワールド)』かな?

 

 しばしの停滞。そして時は動き出す。

 

 

 

「キェェェェェェシャベッタァァァァァァァ⁉︎」

 

 

 

 まず婆さんが大声を上げて卒倒した。おい、中々ヤバめの倒れ方だったぞ。大丈夫か、婆さんや。

 

 そして俺の横にいる少女は目を見開いて俺を凝視し、動かない。彼女だけまだ時間が止まったままのようだ。なんでもいいが、美人にじっと見られると恥ずかしいんですけど。

 

 

 

「……あー、えっと…。もしかしてフレイムヘイズの方だったりします……?」

 

 

 

 照れ隠しによく分からないことを口にする。赤い髪と赤い瞳を見ていたらその単語が自然と思い浮かんできたのだがーーー。

 

 俺の言葉を聞いてハッとした表情になる炎髪灼眼さん。勢いよく立ち上がると、近くにあったらしい扉から外にダッシュしていった。

 

 ……失敗したかな。ちょっと髪の色が濃い気もするけど「武偵の方ですか」の方が良かったか。というかなぜ俺の声を聞いただけで気絶したり逃げたりするんだ、失敬な。

 

 俺が軽い憤りを感じていると、先ほどの女性の声だろう、外からかなりの大声が響いてきた。

 

 

 

「聞いて聞いて!産まれたばかりの私の息子が喋ったのよ⁉︎それもちゃんと意味のある言葉を!凄くない⁉︎」

 

 

「マジで?」

 

 

 

 それが本当なら確かに凄い。産まれたばかりで喋るというのは創作のキャラでは良くあるかもしれんが、現実ではまずもってあり得ないだろう。俺にもその息子とやらと会わせてくれないだろうか。

 いや、そんなことをしなくても彼女はこの部屋から出ていった。ということはこの部屋にそいつがいるわけだ。勝手に会えばいいのか。

 

 そのバカボンのパパを探すために起き上がろうとする。なぜかこけてしまった。

 

 

 

「お…、おお?」

 

 

 

 何度立ち上がろうとしても失敗してしまう。バランスが上手く取れない。それでもなんとか近くにあった机を支えにプルプル震えながら立ち上がる俺。まるで産まれたての子鹿である。

 

 

 

「…ん?産まれたて…?」

 

 

 

『働けど働けど我が暮らし楽にならず、じつと手を見る』ではないが、じっと自分の手を見る。

 

 ……実にぷにぷにしていそうな、柔らかそうな手だ。今まで何も持ったことが無いだろうことが容易に想像できる。

 

 

 

 ーーーーーあ、もしかしてその息子って俺のこと?

 

 

 

 ※

 

 

 ようやく落ち着いたのか、部屋に帰って来る俺の母親だという少女。

 俺の方は大混乱中なのだが、さっきの婆さんやこの少女の取り乱し方を思い出したら冷静になれた。自分よりもパニクってる人を見ると落ち着ける、というあれだろう。とりあえず挨拶してみる。

 

 

 

「おかえりー」

 

 

「あ、ただいま、ゼロ」

 

 

 

 えらい普通に返してきたな。あんだけ興奮してたのに大した立て直しだ。

 

 ……俺を産んだところだというのにあんなスピードで動いて平気なんだろうか。元気なのはいいことだが、少なくとも健康には良さそうじゃないよなぁ。

 

 

 

「ええと、俺のお袋、でいいんだよな?」

 

 

「うん、あなたは私の息子。名前はゼロ」

 

 

 

 オーケー。お袋に敬語使ってもしゃあないし使えとも言われてないからタメ語で会話させてもらおう。

 改めてお袋の姿を見る。

 

 

 ーーー若い。せいぜい十七、十八歳以上には見えない。こんな歳で子供産むのは相当に大変だっただろう。それだけでも尊敬に値する。いわゆる『できちゃった婚』というやつか。お相手の顔も見たいものである。

 

 

 

「……旦那さん…、俺の親父か。親父は?姿が見えないけど」

 

 

 

 さっきから気にはなっていたのだ。自分の子供が産まれるって時に妻の側にいないというのはかなり稀だろう。何かトラブルがあったのかもしれない。そこで寝ている婆さんは俺の祖母かな?

 

 

 

「あ、その人はこの村の産婆さん。今日急いで来てもらったの。ゼロがいきなり話すからびっくりしちゃったみたい。後で謝らないと。

 ……えっと、お父さんはね、王都であった魔王軍との大規模な戦闘でつい先月死んじゃったの。……ごめんね」

 

 

「それは………」

 

 

 

 御愁傷様でした、とか言おうかと思ったけど…、いや、御愁傷様はおかしいな。むしろ俺が言われる側だ。

 

 

 ……まず魔王軍ってなんじゃらほい。

 

 

 聞きたいことが多過ぎて収拾付かなくなっても困る。一つずつ行こう。

 

 

 

「とりあえずここがどこなのか、とか教えてくれない?俺本当に何も知らなくてさ。自分のことも、ホント、何一つ」

 

 

「そりゃそうでしょ、今さっき産まれたばかりなんだから」

 

 

 

 言いながら笑うお袋。

 

 いや、そうなんだけどあんた動じねえな?そこの婆さんだってそうだけど普通は気味悪がったり、怖がったりするもんだろ。いきなり赤ん坊が喋るなんざリアルなら完全にホラーだ。俺なら失禁するまである。その辺どう思ってるのかも聞きたいもんだが。

 

 

 

「なあに、それ。どこの普通なの?それは他の人の普通であって私の普通じゃないからね。ゼロが私がお腹痛めて産んだ子なのは間違い無いんだし、それでいいじゃない。

 それに、最初から息子と話せるなんてとても素敵なことだと思わない?」

 

 

「………………あんた凄えな…」

 

 

「ふふん、そうでしょお!もっと褒めて褒めて!

 ……あ、ここがどこか、の話だっけ?えっとねーーー」

 

 

 

 なるほど、『自分』をしっかり持っている強い人だ。この人を俺のお袋と呼ぶことに何ら不満は無い。俺は産まれる場所に恵まれたようだ。

 だがその考えは一歩間違えれば狂人のそれとなってしまうだろう。良識的な人で良かったとも思う。

 

 

 そのまま俺が現在いる場所の説明をしてくれるお袋。聞くと、ここは大陸の一番端っこにあるアルマという小さな村で、魔王軍の影響も受けないほどの田舎らしい。

 

 そう、それだ。さっきも出たけど魔王軍ってなんぞそれ。

 

 

 

「魔王軍っていうのは、魔王が統率してる軍隊のことだよ」

 

 

「それは聞けば分かるわ。そもそも魔王って……?」

 

 

「ああ、そっか。魔王はね、うーん……人間を滅ぼそうとしてる人…かな」

 

 

 

 うん、それも聞けば大体分かるな。悪い奴だってのは字面からひしひし感じる。真央さんみたいな働く魔王なら仲良くするのも吝かではない。もしくは話が分かる女魔王でもいいよ。

 そうじゃなく、ガチの人類敵対者なら今からそれを懲らしめる物語が始まる展開だな、これは。

 

 

 

「なるほど、話は聞かせてもらった。…人類は滅亡する‼︎」

 

 

「まあ今のままだとそうなるかもねー」

 

 

「軽いし‼︎そこは『なんだってー⁉︎』で通して欲しかったし‼︎」

 

 

 

 ノってくれないと寂しいんだが。

 

 さっきから引っ切り無しに言葉が頭に浮かんでくる。アニメやら漫画、と呼ばれる著作物の知識もあるようだが、どこでどうやって知ったのかはまるっきり不明だ。

 お袋も聞いた事が無いと言うし、これはどこから得た知識なのかね。

 

 

 

「まあ話は分かったよ。とりあえず俺はその魔王とやらを倒せば良いんだろう?親父の仇的なアレコレで」

 

 

 

 顔も知らない親父の仇とか別に取りたくもないけど、生きる目標ってのは大事だ。こんな小さい時期から自意識があるのは幸いと言えるだろう。今から鍛えればかなりのアドバンテージにもなるしな。

 産まれたその日から闘争心丸出しである俺をお袋は目を細めながら見てーーー。

 

 

 

「え?何で?別にゼロの好きなようにすればいいんじゃない?わざわざお父さんの仇なんて理由で危険を冒す必要無いよ」

 

 

「あれっ⁉︎」

 

 

 

 ……おかしいな。今の流れは「お父さんの仇を取ってね」ルートだと思ったんだが…?

 

 それに魔王ってのは悪い奴なんだろう。人類を救うために頑張れ、とか、『僕はね…、正義の味方になりたかったんだ』とか、遠回しに跡を継げみたいな話にならない?普通。

 

 

 

「だからどこの世界の普通よ……。……正義の味方ねえ…」

 

 

 

 お袋は思案するように上を見てから少し真面目な顔を作って俺を真っ直ぐ見つめる。

 

 

 

「……うん。ゼロ、一つだけ、この世界で生きるにあたって覚えておいて欲しいかな」

 

 

 

 ……急になんだろう。軽い雰囲気だったお袋が真面目になると場が締まった気がするな。

 

 相手が真剣なら俺も真剣にならなくては。赤ん坊なのに姿勢を少し正す。

 

 

 

「この世にはね、絶対的な正義なんて無いんだよ。絶対的な悪はあるかもしれないけどね。誰かの正義は必ず誰かの悪になるの。

 魔王軍だってそうだよ。魔王軍なりの事情があるから人類に攻め込む。それを私達は私達の都合で追い払う。そこには貴賤も善悪も無く、ただ自分が生きるために戦うだけなの。

 ……お父さんが死んじゃったのは確かに悲しいけど、それは向こう側だって同じ。お父さんも沢山の魔王軍を殺してきた。お父さんが死んだのはそんな魔王軍の家族が仇を取った結果なのかもしれない。

 そうやってずーっと仇の連鎖をしたって、行き着く先は共倒れだよ。不毛過ぎて死んだ人にも顔向け出来ない。

 …私は魔王軍に滅ぼされるならそれでもいいと思ってるの。もちろん人類が勝つのが良いのはその通りなんだけどね。だってそうでしょう?今まで人間がしてきた事。それが少し大規模になっただけじゃない。自分達がそうなりそうだからって取り乱すのは少し違うんじゃないかな……。って思うんだ。

 あくまで私個人の意見だから、これもゼロの好きに解釈してくれていいよ」

 

 

 

 お袋はそう締め括った。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 ーーーいや、言いたい事はなんとなく理解出来たけど、結局俺に何をして欲しいのさ。

 

 

 

「お父さんの仇、とか余計な事考えずにゼロの好きなように生きてってこと!あ、なるべく他人には迷惑かけないでね?それ以外ならなんだって応援したげる!」

 

 

「最初からそれで良いじゃねえか」

 

 

「酷くない⁉︎せっかくお母さん頑張って話したのに!」

 

 

「無理に堅苦しい雰囲気出すから見てるこっちとしては窮屈だったよ。今日会ったばかりだけどお袋は明るく笑ってんのが似合うと思う」

 

 

「あ、それはお父さんにも言われた!『お前はたまに真剣味を出すとスベってるみたいに感じるから普段通りにしてろ。普段のお前はそれだけで最高に可愛いんだからさ』だって!……えへへ〜」

 

 

 

 両頰に手を当てていや〜ん、と体をクネクネ動かすお袋。周囲にハートが乱舞しているのは気のせいじゃないだろう。

 

 親父凄えな。セリフがジゴロ過ぎて聞いてるこっちが鳥肌立っちまった。

 しかしそれだけ夫婦仲が良かったのにもう会えないってのは辛いだろうに……。

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

「…よし、ならやっぱり俺は魔王を倒すことにするよ」

 

 

「………それはゼロが本当にしたいことなの?」

 

 

 

 もちろん。別に親父の仇取りたい訳じゃない。とりあえずそれを目標にするってこと。他にやりたい事が見つかればそっちに移るだけだ。

 

 

 

「魔王討伐を目的にする奴の名称とかあるの?勇者とか」

 

 

「お父さんは勇者候補って良く呼ばれてたけど、それは少し特殊だって言ってたし、世間一般では『冒険者』がそれになるかな」

 

 

「『冒険者』?」

 

 

「うん、お父さんとお母さんも冒険者だったんだよ。冒険者っていうのはその括りの中に色んな職業があって、その職業に応じて戦闘スタイルが変わるの。魔法で攻撃したり回復したり、剣で攻撃したり。

 お母さんは『プリースト』って職業でパーティーメンバーを回復、強化するのが役割だったかな。お父さんは『エレメンタルマスター』っていって、色んな属性の上級魔法を使い分けて攻撃する職業。

 

 ………あ!そういえば、ゼロが冒険者を目指すならお父さんが遺してくれた物があるよ!ちょっと待っててねー!」

 

 

 

 言いながら部屋の奥に引っ込んでいった。

 

 マジかよ、魔法あんのか。それは是非とも使ってみたい。上級の魔法を使えるという親父が遺したというからにはきっと魔法に関係する物だろうし、杖とかかな。

 

 ……俺の額には稲妻型の傷とか無いけど、大丈夫だよね?今この瞬間にも名前を言ってはいけないあの人が扉から入って来たりしないよね?

 

 その考えに至ってから若干ビビって扉から離れる。

 

 いやいや、まっさかぁ。今の俺なんか喋れるだけのただの赤ん坊だし。来たら即殺されちゃうわ。まあでももうちょい離れておくか………。

 

 

 

「お ま た せ‼︎」

 

 

「うおおおおおおっ⁉︎って、お袋かよ!心臓止まりかけたんだけど!」

 

 

「いや、私以外には産婆さんしかいないんだけど。…心臓が止まるって、大丈夫?持病か何か?」

 

 

 

 驚いただけとは言えませんでした。

 

 

 

「そ、それよりも、親父の形見だろ?早く見せてくれよ」

 

 

「ああそうそう、はいこれ。開けてみて。」

 

 

 

 そう言ってお袋が床に置いたのは少し長め、成人男性の脚くらいの長さの箱だ。

 

 この細長さならやっぱり杖かな。ワクワクしながら早速蓋を開けようとーーーーー。

 

 

 

「ごめん、開けられないわ。蓋が持ち上がらん」

 

 

「……そうだよね、産まれたとこだしね。私こそごめん」

 

 

 

 ちくしょう!女に力で負けるなんて!

 

 これからの日々が体を鍛える事に費やされるのが確定した瞬間である。

 

 

 

「さあ、これがお父さんがゼロに遺した形見よ!」

 

 

「おお……!」

 

 

 

 気を取り直してお袋が箱から布に包まれた棒状の物を取り出して、見やすいように掲げてくれる。

 

 

 ここから俺の大魔術師としての人生が幕を開け……開け…………?

 

 

 お袋が持つそれの質感はとても硬く、とても重く、どう考えても木製の杖には思えずーーーーー。

 

 

 

「『不壊剣』デュランダルよ‼︎」

 

 

 

 

 それは一本の美しい剣だった。

 

 

 

 

 







この作品では低評価だろうがなんだろうが黙って付けて頂いて、何か物申したい時は感想に書くようにして下さい。
と言うのも、消去前の作品は初期から基本的にコメント無しで付けて頂けるようになってたんですが、ある時にふと
「みんなどんな事を思って評価付けてくれてるんだろう」
と思って5文字コメント有りで設定してみたんですね。
そうしたらその、出して良いのか分かりませんが上手く説明出来ませんので例として挙げさせて頂くと、


①『ここの部分について説明がされてない。作者が設定を忘れちゃ駄目でしょ』

いやいや、忘れた訳では無いんですよ!それは伏線として後の方で回収する予定だったんですって!ホントホント!


②『オリジナル展開多すぎて萎える』

えっ……。あの、オリ主である時点でオリジナル展開仕方なくないですか……?
それとタグにもオリジナル展開って入れておいたのになーおかしいなー……。


③『ああああああああああああ』

……⁉︎…………⁉︎⁉︎


とまあこんな感じで中々にアレだったんですよ。感想で書いてもらえれば弁明とか言い訳も出来たんですが、評価のコメントだとそういう訳にもいかず。
というか最後の本当になんだったんだよ。『単純につまらない』でいいからせめて意味のある言語で書いてくれよ。

評価アテにならねえな⁉︎というのが連載してきて作者が得た結論なんですよね。
ですので、基本的に評価に貰ったコメントは一切参考にしないとその時決めたんです。
まあ評価って個人がどう思うかで付ける物なんで人それぞれだっていうのは分かっているつもりですがね。
もちろん面白いと言ってもらえるのは嬉しいですし、ごく稀にちゃんと考えてくれてるなってのもあるんですが、今後の展開も考えて作った話を今ある材料だけで
『ここのくだり要らないよね?出した意図が分からない』
って返信できないコメントでバッサリ切り捨てられるのも心にクるものがあるので……。

消去前のこの作品の初期の初期から作者に付き合って下さっている方がもしまた読んで下さっていれば分かると思うのですが、作者は感想であればどんな罵詈雑言でもあんまり気にせずにグッド付けて返信しますのでね。

とにかくこの作品のここがおかしい、ここはどうなってるなどの質問があればネタバレしない程度であればお答えしますので、これからは感想でお願いしますとだけ言いたかったんですよ!
今後ともよろしくお願いします!




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2話



再投稿。





 

 

 

 ※

 

 

 一本の美しい剣を前に茫然とする俺に色々お袋が説明してくれる。

 

 

 

「この剣はね、お父さんが女神様から貰った物で、『不壊剣』デュランダル。その名前の通り絶対に壊れないし、傷付かないし、消耗もしないから手入れも必要無いという優れ物なのです!」

 

 

「いや、いや、その前に一つ確認していいかな、お袋さん」

 

 

「?なに?」

 

 

「親父の職業をもう一度言ってみてくれ」

 

 

 

 そう、俺の聞き間違いかもしれない。普通に考えたら魔法使いの武器が剣なんてこたないだろう。きっと『ナイト』とか、ちゃんと近接系の職業に違いない。うん、俺の勘違いーーー。

 

 

 

「『エレメンタルマスター』。色んな魔法で攻撃する上級職だけど?さっき言ったじゃない」

 

 

「聞き間違いじゃないんかい‼︎」

 

 

 

 どういう事だよ。あれか?剣に魔法をエンチャントして斬りつける感じで戦ってたのか?それならまだ納得もいくが。

 

 

 

「んーん、お父さんは剣なんかほとんど使わなかったよ。料理する時に切りにくい食材を真っ二つにする時……くらいかな」

 

 

 

 まさかの包丁扱い。こいつはひでえや。さぞかしこの剣も嫌気がさしていたことだろう。

 

 

 

「いや、真っ二つにした後は普通の包丁使ってたし、包丁扱いですらないんじゃないかな」

 

 

「そっちの掘り下げは要らへんわ」

 

 

 

 不憫過ぎる。せめて俺は正しく使ってやるからな、…えっと、デュランダル?

 

 

 

「大体、女神に貰ったって何だよ。親父、なんか怪しいブツでもやってたんじゃないの?」

 

 

「失礼な!お父さんがクスリに手を出してたって言いたいの⁉︎」

 

 

 

 その通りである。

 

 女神なんて存在自体が信じられないし、仮に本当に女神から貰ったならばなぜ職業に応じたアイテムを貰わなかったのか。使いもしない剣なんか貰って一体何がしたかったのか。今となっては一切が不明だな。

 

 

 

「そ、そんなことないもん!女神様は二大宗教神のエリス様とアクア様がいるし!お父さんも私にはちゃんと剣を貰った理由は教えてくれたよ!」

 

 

「へえ、なら俺にも聞かせてくれよ。親父殿がどうトチ狂ってこいつを受け取ったのか。

 …あ、それか強制的に押し付けられたのか?それならしょうがねえけどな」

 

 

「そんな嫌味ったらしく……!そんな子に育てた覚えはありません‼︎」

 

 

「そらせやろな」

 

 

 

 俺がいつ産まれたと思ってんだ。ついさっきだぞ。育てた覚えがあってたまるかよ。

 

 

 

「………お父さんも最初はこの剣を使おうと思ってたんだって。でもいざ使う時になって、自分には剣の才能がこれっぽっちも無い事に気付いたの。

 でも魔法の才能はあったみたいだから、潔く剣の道を諦めて魔法使い職になったんだってさ。

 よく嘆いてたよ。『特典には永遠に魔力の尽きない身体とか、使う魔法の威力が十倍になる力とかもあったのに、どうして俺は選ばなかったんだろうなぁ……』って」

 

 

「……女神にはいつ会ったんだよ。そして特典って何だ」

 

 

「うっ…そこは私も知らない…。聞いても教えてくれなかったの……」

 

 

「今の話だと、その剣は親父が高い金払って買ったはいいけど才能が無かったから負け惜しみに女神から貰ったって言い張ってる、とも解釈出来るよね」

 

 

「捻くれ過ぎてない⁉︎」

 

 

「だって証明出来ないんじゃしょうがないだろ」

 

 

 

 信じて欲しけりゃ証拠を求める。壊れないってだけじゃただの丈夫な剣じゃねえか。まあ俺は剣の実物なんか見た事無かったし、これを貰えるってだけでテンション上がるし。女神がどうとかは特に拘らないけどね。

 

 

 

「証拠……証拠ならあるよ!ちょっと待っててね!」

 

 

 

 言うが早いか、家の外にすっ飛んで行った。おい、だから産後すぐにそんな運動よくできるな?それも心臓に悪いからじっとしててくれよ。俺だって母親の心配ぐれえするぞ。

 

 ものの数分で帰って来たお袋の手には出て行った時には持っていなかった皿に豆腐らしき白い真四角が乗っていた。なんだい、そりゃ。

 

 

 

「え?これ?お豆腐。お隣さんから分けて貰ったの。今度ゼロも一緒に挨拶に行こうね」

 

 

「本当に豆腐だったのかよ。そして挨拶?丁重に御断りさせていただきます」

 

 

「何でよ!挨拶は大事だよ‼︎」

 

 

「知ってるよ。古事記にも書いてあるからな」

 

 

「……?コジキ?」

 

 

「……いや、何でも無い。それよりも何で豆腐?食うの?だったら味噌汁にしてくれると嬉しいな」

 

 

「あ、ごめん、私料理とかこれっぽっちも出来ないから。ふふふ、何で豆腐かって言うとだね、ゼロ君……」

 

 

「お袋、ストップ。まずは皿を置け」

 

 

「ん?うん」

 

 

 

 皿を机に置いて話を聞く姿勢になるお袋。

 

 ちょっと待ってくれ。その話よりもショッキングな話題が出たぞ。え、何?料理出来ないの?どうやって暮らしてきたの?

 

 

 

「えー?その話するの?別に良いじゃない。料理出来なくても死にはしないんだから。お父さんが料理出来たから作ってもらってただけだよ」

 

 

「もう親父が死んで一ヶ月経つんだろ?この空白期間をどう説明するんだよ」

 

 

「……ゼロ、知ってる?料理なんて作らなくてもお金を払えばご飯は食べられるのよ」

 

 

 

 つまり外食でどうにか繋いでいたらしい。うせやろ?

 

 嫌な汗が滲んできた。想像してみよう。身重の少女が一人で店に入り、飯を食って出て行く様を。それが毎日である。しかも俺が産まれてからはどうするつもりだったんだ。まさか赤ん坊を連れてまで毎日飯屋に通うつもりだったんじゃないだろうな。

 

 

 

「……………嫌なの?」

 

 

「オーケーだ、お袋。料理を覚えようか」

 

 

「やだ。だいたい誰が教えてくれるのよ」

 

 

「こういう時のご近所さんじゃねえのかなぁ。……まあ、あれだ。俺が教えてやるよ」

 

 

「……料理……出来るの…?」

 

 

 

 なんかそれらしき知識も頭に入ってるから一通りは出来そうだ。教えていく内に思い出す物もあるかもだし、丁度良いだろう。

 

 

 

「ええー。なんか産まれたばっかの息子に教えてもらうのってこう…、母親の威厳とかさあ」

 

 

「お袋お袋。威厳とか気にするのは威厳を手に入れてからな」

 

 

「なっ⁉︎どういう意味よ!」

 

 

「どうもこうもないんだよなぁ……。それに、そんな安っぽい誇りとやらはな、そこいらの犬にでも食わせてしまえ」

 

 

 

 口調を渋めに変えてやる。槍の兄貴の怒りがマッハである。

 

 

 

「あ、今の渋い声かっこいいね。誰かの真似?」

 

 

「英霊エミヤ。……それよりも何で食いもしない豆腐を持ってきたのかの説明キボンヌ」

 

 

「……キボンヌ?…まあいいや。えっとね、そのデュランダルは壊れないっていうのと、もう一つ特徴があるんだ。それが持ち主以外が持っても何も切れないってことなの。『言うは易く行うは難し』って言葉もお父さんが良く言ってたし、実際に見せようと思ってね」

 

 

 

 それを言うなら『百聞は一見に如かず』だと思うのだが、親父の誤用なのかお袋の曲解なのかわからないので黙っておく。

 

 お袋は徐ろにデュランダルを振り上げーーー。

 

 

 

「さぁ‼︎」

 

 

「守護月天のOPかよ」

 

 

 

 何でも自分で出来そうな掛け声と共に豆腐に振り下ろした。

 

 ……いや、その勢いだと置いてある皿どころか机も無事じゃ済まないだろ。アホかな?

 

 机諸共にバキバキに割れる瞬間を幻視した俺が身構えるが、その予想に反して何の音も立てずに振り切り、ビシッと決めてみせるお袋。……?何の音もしないってのはどういうこった。

 

 

 近くに寄って見てみると…………。

 

 

 

「おおお…⁉︎マジで切れて無いのかよ⁉︎」

 

 

「だから言ったでしょ?斬れないのよ」

 

 

 

 いやあ、俺の想像した『斬れない』よりも数段不可思議な現象だぞ。だって何の傷も無い。机どころか豆腐にもだ。言っておくが、当たらなかったとかそういう話じゃない。確実に剣が通った半円上にあった。これはーーーーー。

 

 

 

「通り抜けた……のか?」

 

 

「ご名答!良く分かったね?」

 

 

 

 お袋が剣を抜いたまま拍手する。危ねえからもう納めろよ。

 

 

 

「俺ぁてっきり斬れないってのは鈍器のようには使えるって意味だと思ってたが……」

 

 

「ちなみにいつでも通り抜けるわけじゃないよ。ほら、こうして刃を立ててもゆっくりなら当たるし、お腹を向ければ鈍器としては使えるかな。あくまでも『斬る』行為に対して反応するみたい」

 

 

 

 言いながらお袋が片手で実演してくれる。つーかさっきからあんたとんでもない怪力発揮してんな?そんな軽々扱える剣じゃ無いだろ、それ。

 

 デュランダルの刀身は幅が十センチ、長さは一メートル程ある、少し肉厚な刃だ。お袋みたいなか弱そうな少女が片手で持てるとは思えない。

 

 

 

「言ってなかったっけ?冒険者は普通の人間よりもかなり強くなるんだよ。その辺りもこれから教えてあげるけど……どうかなゼロ?これでお父さんを信じる気になった?」

 

 

 

 ドヤァ……‼︎と音がしそうな顔で俺を見下ろすお袋。しかし何も言い返せない。

 女神とかの胡散臭い話は置いておくとしても今の超常現象は素直に凄いと思ってしまった。何か反撃をしたいが……。

 

 

 

「………悪かったよ。信じる事にする。

 …ところでその剣ってさ、親父の物なんだろ?俺が使っても同じなんじゃないの?」

 

 

「うむ!謝れる子はいい子!あと、それは多分平気だよ。お父さん、死ぬ前に産まれる子に所有権を譲ったって言ってたし」

 

 

 

 何がどう平気なのか今のではわからなかったが、とりあえず納得はした。

 

 

 

「じゃあその剣を振れるように今から鍛えないとな。早く練習すればそれだけ強くなれそうだ」

 

 

「私は止めないけどさ、ちょっと急ぎ過ぎじゃない?まだ赤ん坊だよ?ゼロ」

 

 

 

「俺だってちょっとはそう思うけど、なんか体動かしてないと落ち着かないんだよ。どんどん力が湧いてくるっていうかさ」

 

 

「ふーん?じゃあそのためにも早くご飯食べて、早く寝ましょー!夜更かしすると大きくなれないよ!」

 

 

「おー‼︎」

 

 

 

 お袋のノリに合わせて拳を上に突き上げた。まだほんの少しの付き合いだが、この人とは仲良くやれそうで何よりだ。

 そのままお袋が服を脱ぐのを大人しく待ってーーーーー。

 

 

 ……………えっ。

 

 

 

「お袋、何で服脱いでんの?露出癖でもあったの?お袋がヒステリアモードになっちゃうの?」

 

 

「何でって、ご飯でしょ?ヒステリア……なに、とかは知らないけど」

 

 

 

 だから何で服脱いでんだっつの。飯なら俺が教えるから作れよ。

 

 

 

「ゼロ、ご飯食べられるの?赤ちゃんって普通、お母さんのおっぱいで育つんじゃないの?」

 

 

「残念でした〜!俺はこの時点で普通の赤ん坊じゃないから普通にご飯を食べます〜!」

 

 

 

 もう普通がゲシュタルト崩壊を起こしているが、いくら母親とはいえ、自意識がこんだけはっきりしてると裸には抵抗あんだよ。察しろや。

 

 不思議そうに首を傾げながらまた服を着るお袋。それでいいのだ。

 

 

 

「よし、ではこれからお袋に作ってもらうのは『お粥』だ!まずは米と水、あとは鍋と火を用意しろ!出来れば塩と出汁もあると尚良し‼︎」

 

 

 

 さすがに赤ん坊の内から脂っこい物なんて食えない。ここは無難にお粥で良いだろう。

 

 対してお袋は俺の指示を聞いて動く……こともなく。

 

 

 

「今言った中だと火ぐらいしか用意出来ないかなぁ」

 

 

「………?あ、もしかして米とか存在しない感じ?」

 

 

「お米でしょ?あるけど、この家には存在しないってだけ。お塩と、お出汁。あと鍋も無いや」

 

 

「……………………」

 

 

 

 ……冗談だろ?最低でも塩はあるだろ普通。こんなに調理器具が揃ってない家はもう人が住む家じゃないだろ。

 

 

 

「ふふん、それはゼロの普通であって私の普通じゃないのよ!私は周囲には流されないことで有名なんだから!」

 

 

「威張る事じゃねえからな?マジで」

 

 

 

 次の日から鍛錬しようと思ってたのだが、急遽予定を変更して食材、雑貨、その他を買い揃える必要がありそうだ。先に土台を作らないと鍛えるもなにもあったもんじゃない。

 幸いにも我が家には親父とお袋が冒険者時代に稼いだ金と、親父が死んだ時に王都から今までのお礼としてかなりの金額貰ったらしく、一生困らない額の金があるらしい。俺の知識があれば生活基盤はすぐ整うだろう。

 

 

 

 これ俺がいなかったらお袋孤独死してたんじゃないの?今凄く産まれて来たことに感謝してるわ。多分普通とは違う意味で。

 

 

 明日からの予定を頭で組み立てながら強くそう思った。

 

 

 

 



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3話



再投稿。





 

 

 

 ※

 

 

 俺が産まれた日からもう十二年が経つ。

 

 あの日から一日足りとも休まずに鍛え続けた。剣を振れるようになってからはそれこそ朝、太陽が昇る前に起っきして、剣を振り上げ、振り下ろす。その動作を最初はぶっ倒れるまで続けたものである。倒れなくなってからは夜、太陽が落ちて自分が見えなくなるまで剣を振る毎日。

 

 今では振った剣先から空気が弾ける音が聞こえ、体を動かす速度は音速に届くのではないかとも感じる。いや、絶対におかしいけどな。十二歳のガキがこれだけ強くなれるのなら他の奴らはどれだけサボってんだって話だ。

 その他の奴らはサボってる癖に最近は俺の周りをうろちょろして難癖付けてくるんだぜ?文句言うんなら俺と同じだけ訓練してからにしろってんだ。無視して剣振ってると何故か怯えた表情をして逃げていくし。何がしたいのか全然わからん。

 

 そんな自分を鍛え続ける日々の中で、俺は自分の体が俺の常識と比べて頭がおかしい程に怪我が治るのが早い事に気付いた。手の皮がズル剥けになろうと、指の筋が切れたように感じた時も、寝て起きたら次の日には治ってるのである。そして二度と同じような怪我はしない。

 恐らくこれはこの世界に住む人間の特徴なのだろう。お袋に聞いたら「そんなこともあるよね」とか言ってたし、この世界の戦闘力の基準がかなり高いことも知った。いちいち怪我くらいで何日も休んだりはしないということか。

 なんつーブラック的な考えだとも思わなくも無いが、一刻も早く強くなりたい俺からすればありがたい事この上ない……………。

 

 

 ……と思ってた時期が俺にもありました。

 

 

 

「………どうなってんだ?」

 

 

 

 いつも練習場所にしている木の根元で目を覚ます。別に俺に突発性居眠り病の気があるという事じゃない。俺は同じ世界を夢の中で何度もループしたりしないし、『雀聖』とも呼ばれない。

 ただ、いつもの通りに動きながら剣を全力で振っていたら、いきなり全身が裂けたので動けるようになるまで横になっていたのだ。

 

『動いていたら身体が裂けた』。中々のミステリーに感じるが、この現象には覚えと言うか、似たような物が知識の中に含まれていた。

 

 

『物体が音速を超えると衝撃波が出る』。

 

 

 この極めて当然な物理現象だ。俺の知ってるだけでもこの影響を受けて怪我したのは遠山キンジと愚地克巳の二人がいる。つーかどう考えても『桜花』と『マッハ突き』は同じ物だと思うんだよね。

 その二人だって後々まで後遺症を引き摺る程にその衝撃波は強いのだ。それこそ俺の全身を引き裂くくらいには。

 

 それがどうだ。寝て起きたらその傷が影も形もないでは無いか。いくら俺の基準よりもこの世界が激しいと言ってもこれはあり得ないだろう。

 試しにさっきよりも速く動いてみる。衝撃波らしき物は視認出来たが、それで怪我をするような事もなく、普通に立っていられた。

 

 

 ………ほんの少しだけ。自分が怖くなる。

 

 

 だってそうだろう。産まれてすぐに喋る、どこで得た知識かもわからん事を知ってる、おまけにこの超速回復と来た。俺が人間なのかどうかすら今の俺は疑っている。

 

 とりあえず夜も更けてきたので家に帰る。親父も女神だとか変な事を言ってたみたいだし、帰ったら親父の話でも聞いてみるか……。

 

 

 

 ※

 

 

 

「お父さん?人間に決まってるじゃない。何言ってんの?」

 

 

 

 帰ってすぐにお袋に親父の事を聞いたらバカを見る目で見られた。失礼な話である。

 

 確かにいきなりだとは思ったので事のあらましを説明する。そもそも着ていた服が俺の血で真っ赤だったのだから誤魔化しようも無いが。そしてそれを聞いたお袋はーーーーー。

 

 

 

「……?それってそんなに重要な事なの?どうでもよくない?」

 

 

「ど…⁉︎どうでもいいって…どういうことだよ……」

 

 

 

 少なからずショックを受けながら聞き返す。

 

 いくらお袋が究極の放任主義だからって息子が自分の事が分からずに不安がってんだから少しはなんかあるだろう。

 

 若干の失望と怒りを含めた俺の視線を真っ向から受けるお袋の答えは…………。

 

 

 

「うーん、確かにね?そんなに早く怪我が治るのは聞いた事ないよ。回復魔法なら別だけどね。

 でも良いじゃない。便利で。怪我が早く治るなんて冒険者からしたらゼロの言う『アドバンテージ』に他ならないよ。

 ゼロが自分の事が分からないっていう不安は分からないでも無いけどさ、仮にそれが判ったとして、何か変わるの?ゼロがゼロなのは変わらないでしょう?

 その結果がもし人間じゃないってなったとしても今人間として暮らせてるんだからそのまま暮らせば良いだけだし、何も変わらないよ。少なくともお母さんが態度をキツくするなんて事は絶対に無いから‼︎安心だね‼︎」

 

 

 

 いつも通り予想の斜め上の答えだった。

 お袋の意見を吟味するように頭の中で転がしてみる。

 

 

 ……………あれ、その通りじゃね?

 

 

 うん。俺の正体が人間じゃなかったとしても、それでいきなり人類を滅ぼそうとかは絶対思わないだろう。今までとなんら変わらずに鍛錬を続けるに違いない。気にするだけ無駄って事か。

 

 それに、そもそもお袋以外とはまともに会話すらした事がない俺だ。だってゼロ歳からずっと鍛えてるからね。

 だったらお袋さえ変わらずに居てくれれば俺はそれで良い気がしてきた。

 

 

 

「……お袋、ありがとうな」

 

 

「どういたしまして!さ、ご飯も出来るから、着替えて着替えて!」

 

 

 

 ニッと笑いながら何も変わらない様子で家事を始めるお袋。

 それを眺めて、俺はこの人には頭が上がらないんだろうな、と。そう思った。

 

 

 

「そういえば、親父もお袋もそれなりに魔法使えたんだろ?なら俺にも魔法の才能とやらはあんのかね」

 

 

 

 お袋が作ってくれた飯を食いながらついでに、と気になる事を聞いてみる。これだって俺の今後を左右する大事な事だ。

 俺は今の時点でかなり強いと自負している。本当に最近になってからだが、剣を速さ重視で振ると斬撃のような物まで飛ばせるようになってきた。この世の人間は鍛えれば皆こんなことが出来るのかと感動したものである。

 そんな俺には魔法使い職として名を馳せたという親父の血が流れている。であれば、俺は剣も使えて魔法も使えるハイブリッド冒険者になれる可能性があるかもしれない。

 

 

 

「……どうだろね。優秀な魔法使いの子供が優秀なのは良く聞くけど、お父さんはともかく私は大したことないからなあ。

 ……あ、そうだ。ちょっとお待ちくださいねー」

 

 

 

 席を立ち、部屋の奥にある押入れをゴソゴソやるお袋。

 

 どうでもいいけどウチの押入れどうなってんの?中が四次元と繋がってんじゃ無いかってくらい色んな物入ってるよね。

 

 今度中を気が済むまで調べたい、という欲求が湧いてきた俺の元へ植物の茎のような細い物が数本置かれた。

 

 なんだこの茎昆布は。食えってか。

 

 

 

「惜しい!これは『魔力珪藻』の茎で、咥えるとその色が変化して咥えた人の魔力量を教えてくれるんだよ。今は綺麗な緑色でしょ?魔力が多くなるに連れて赤っぽくなっていくの。

 生まれつき魔力が桁外れな紅魔族の中でも優秀な人がこれを咥えると色が赤を通り越してどす黒くなるっていうね。…ほら、咥えてみて?」

 

 

「………なんか体温計みたいだな」

 

 

「似たような物かもねー。……そういえばゼロって風邪とかひいたことないね?私としては助かってるけど」

 

 

 

 多分それも俺の回復力の特徴だろう。下手な病気はおろか、この歳まで風邪一つ引いたことがないなんてのはかなり珍しいんじゃないかね。

 

 

 さて、俺の魔力量はいかほどかーーー。

 

 

 親父の形見は魔法には関係無かったが、親父の血は俺にどのくらいの才能を遺してくれたのだろう。そう思いながら魔力珪藻の茎を咥え、しばらく待つ。

 

 

 

 ……………………………。

 

 

 

「…………全然変わんないんだけど」

 

 

「あ、あれっ?おっかしいなあ、結構放置してたから効果切れちゃったのかな?」

 

 

 

 お袋も口に咥えてみると、数秒程で茎の色は鮮やかな緑色からお袋の髪の様な真紅に染まった。

 

 お袋が何とも言えない顔でチラチラ俺を見てくる。

 

 

 

「…………えっと……。効果は…あるね……」

 

 

「俺もう寝るわ」

 

 

「わああああああ‼︎ごめんごめん、ごめんってば!お母さんがこんなもの持ってきたばかりに‼︎」

 

 

 

 親父には剣の才能が欠片も存在しなかったようだが、俺には魔法の才能が皆無だったようだ。

 

 魔法使える!と楽しみにしていた身としては残念極まりないが、俺のやる事は今までと変わりない。これで剣一本に集中出来ると考えればそれほどでも無いさ(震え声)。

 

 

 

 …………泣いてなんか無いぞ‼︎

 

 

 

 ※

 

 

 四年後。

 

 数ヶ月前に十六歳の誕生日を迎えた俺は一般的に冒険者の適正年齢と呼ばれる歳になった。中にはもっと若い内から冒険者としての経験を積む奴もいるみたいだが。

 何はともあれ、そろそろ俺も冒険者登録をするために『始まりの街アクセル』に向かおうと思う。

 

 

 

「は?朝っぱらから何言ってるの?ダメですけど」

 

 

「ダメとか無いです」

 

 

「ダメですー!」

 

 

 

 お袋はダメだと言うが、これはもう決めた事なのです。

 っつーか今まで俺のしたい事は人に迷惑かけなきゃ何しても良いとかいう放任主義のお袋が今回はどんな風の吹きまわしだよ。俺を納得させる理由が言えるなら言ってみろ。

 

 

 

「私が寂しいから、ダメです」

 

 

「お、おう………」

 

 

 

 そんな直球で言われても反応に困るな……。

 

 いや、しかし俺は産まれた時から冒険者になりたいと言っていたではないか。そしてそれをお袋は応援すると言った。それがいざなろうとするとダメとは何事だ。そいつはスジが通らねえな。

 

 

 

「大体、何で急にそんな事言い出したの?お母さん何かしちゃった?だったら謝るから………」

 

 

「お袋、違うんだよ。逆だ、お袋は優し過ぎるんだよ」

 

 

 

 それに急にではない。十六歳になったら旅に出て冒険者になるという事はずっと前から決めてあった。本当は十六歳の誕生日の日に出ようと思ってたんだが、俺もお袋と別れたくなくて先延ばしにしちまった。恥ずかしい限りである。

 

 

 

「お袋とずっと一緒に暮らすのは魅力的だ。出来ればそうしたいという気持ちがあるのは否定できねえ」

 

 

「だったらーーー」

 

 

「けどそれをしたらそれこそ駄目になっちまう。俺はいつか冒険者になるために産まれてから今日この時まで一日も休まずに鍛えてきた。ここで折れたら今までの努力、それに費やした時間が全部消えるんだよ。

 それは嫌だ。お袋が言ってくれた事だぞ、『俺の好きなように生きる』。お袋は自分で言った事を嘘にするつもりかよ。

 

 ……冒険者になるのは俺が今本当にやりたい事なんだ。今回ばかりはお袋になんと言われようと聞く気はねえぞ」

 

 

 

 これが俺の偽らざる気持ちだ。お袋だって頭が硬い訳じゃ無い。ちゃんと誠意を込めれば分かってくれるはず………。

 

 

 

「……………………いつ出るつもりなの?」

 

 

 

 なんか凄い葛藤が垣間見えたけどこの流れは大変よろしい。

 今日は朝から快晴だし、ちょうどいいだろう。

 

 

 

「今から」

 

 

「急過ぎない⁉︎やだやだやだ‼︎私一人になっちゃうじゃない!お母さんが寂しくて死んじゃっても良いの⁉︎ゼロの人でなし!」

 

 

 

 おい、今の許してくれそうな雰囲気どこ行ったし。カムバック。

 

 

 

「あんたは兎かなんかかよ⁉︎全然こころぴょんぴょんしねえわ!

 大体な、人間そう簡単にゃ死なねえよ!俺を見ろ、全身ズタズタになっても寝て起きたら治るんだぞ‼︎」

 

 

「それはゼロがおかしいの!ゼロみたいな人外と一緒にされちゃたまったもんじゃないし!私は寂しいと死んじゃうかもしれないでしょ⁉︎」

 

 

「ついに息子を人外扱いしやがったな⁉︎あんたの鋼鉄の心臓はその程度じゃ傷一つ付かねえよ!賭けてもいいね‼︎」

 

 

「あああ⁉︎言ったね、言っちゃったね?じゃあ賭けましょうか‼︎ゼロが旅から帰って来て、私が死んでたら私の勝ち、死んでなかったらゼロの勝ち‼︎」

 

 

「……いいだろう。何を賭ける?」

 

 

「………私が勝ったら私のお墓にお嫁さんと孫を連れてお墓参りに来て」

 

 

「は?いや待て、何でそんな話になるんだよ。嫁がどうとか関係無えだろ」

 

 

「お母さん、これでもゼロの事心配してるんだよ?ほら、ゼロって全然人と話さないじゃない?このまま誰とも関わらなかったら冒険者引退してから一人で生きなきゃいけないんだよ?それは私草葉の陰で大号泣しちゃうから、そうならないために」

 

 

 

 なんという余計なお世話。そんな簡単に嫁が見つかるかよ。お袋は世の中を舐めきってるとしか思えんな。

 それに俺が今まで人と関わらなかったのは必要が無かったからだ。必要があればそうする。そこまでコミュ症では無いぞ。

 

 

 

「……俺が勝ったら?」

 

 

「うーん……、そうねえ。………ゼロが好きなお粥作ってあげる」

 

 

「やっす」

 

 

「お前の血は何色だあ‼︎」

 

 

 

 普通に赤ですけど。

 

 繰り出されるお袋の連続パンチを軽々といなしながらお袋に話しかける。

 

 

 

「お袋、俺はお袋には本当に感謝してるんだよ。俺が産まれた時に怖がらないでくれた事。俺に色んな考え方があるって教えてくれた事。……今まで育ててくれた事。数え出したらキリが無いくらいにはな」

 

 

 

 何故かパンチが速くなる。いや、ちょっと。全部腰が入ってるのに中々の回転の速さだな。そして急所狙いを織り交ぜるの止めてもらえませんかね。

 

 

 

「向こうで落ち着いたらまた帰って来るよ。数年はかかるだろうけどさ。

 ………今までありがとう。元気にしててくれ。死ぬなんて言葉使うなよ」

 

 

 

 これ以上会話してたら俺でも泣きそうになっちゃうから早く出たいんだが。

 

 そんな甘々な俺を余所に、拳を今まで以上に強く握って振りかぶるお袋。受け止めるか避けるかしようと思ったが、『避けるな』と睨まれた様な気がして動きを止める。まあこれはある意味俺の我が儘なんだし、罰くらい受けるか。

 思えば、お袋が俺に手を上げるのは初めてではないだろうか。そう考えれば真新しいとも言えるしな。

 

 さあ来い、と身構える俺の鳩尾を。

 

 

 

「うぐぅ⁉︎」

 

 

 

 ドゴン、と鈍い音と共に想像を遥かに上回る衝撃が貫いた。

 やっべ、うぐぅとか言っちゃったよ。たい焼き食べなきゃ(使命感)

 

 そんな超威力のストレートを放ったお袋はフッ…、とニヒルに笑い呟いた。

 

 

 

「憶えておく事ね。母の拳は息子の防御を無視できるってことを……」

 

 

「超強力な防御力無視攻撃か……。それは憶えておかないとな……」

 

 

 

 お袋はもう一度ニヤリと笑うと俺に背を向けた。

 

 

 

「さ、早く行った行った!自分で決めた事なんだから、やり遂げなきゃ駄目だよ!」

 

 

 

 どうやらこのまま行かせてくれるらしい。少しだけ迷った末にお袋に頭を下げる。

 実は昨日の夜に準備しておいた手荷物を持ち、家のドアを開けて振り返ると、お袋がこちらに手を翳していた。その手が光っているのはなんだろう。

 

 

 

「いやね、ゼロには私の魔法見せてなかったなって思ってさ。これは私が一番得意な支援魔法なんだ」

 

 

 

 支援魔法。今ここで掛けてもらうのは良いが、その効果はどのくらい続くのだろうか。攻撃が上がるにせよ、防御が上がるにせよ、そう長く続くとは思えないが、くれるというのだから有り難く頂戴しよう。

 

 

 

「いくよ………!『ブレッシング』‼︎」

 

 

 

 お袋がおそらく詠唱だろう、聞き慣れない単語を口にすると同時に俺の身体が光に包まれる。しかしそれだけだ。力が湧いてくるとか、動きが素早くなったとか、変化らしきものが見られない。

 今のは何の支援魔法なんだよ。ただ光っただけだぞ。

 

 

 

「秘密だよ。冒険者になればその内分かるからさ。…………じゃあね、ゼロ。ゼロなら心配要らないかもしれないけど、身体には気を付けてね。私が教えてあげたのは私が冒険者として体験した事だけだから、きっとまだたくさん知らない事もあるよ。それをいつか聞かせてくれると嬉しいかな」

 

 

 

 そう言ってまた背を向けてしまう。もうこちらを見る気は無さそうだ。

 再び頭を下げてドアを閉める。見えてはいないだろうが、こういうのは気持ちの問題だ。

 

 俺が帰って来たらどんな事をお袋に話してやれるだろうか。そう考えかけて思考を中断、苦笑する。今から旅に出るってのにもう帰って来た時の事を考えてどうするんだ。未練タラタラじゃねえか。

 

 とりあえずはアクセルに向かうことだけを頭に入れておけばいい。その後のことはその時になってからでないと分からないさ。

 

 しばらくどころか下手をすれば一生会えなくなるお袋の事を思い浮かべ、それをなるべく頭の片隅に追いやりながら村を踏み出す。

 

 

 

 願わくば、この旅路に祝福のあらん事を。そんなお袋の声が最後に聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 一時間後。

 

 

 周囲に何も見えない、邪魔する物が何もない平原を歩く俺は、何かが近づいて来る気配がして剣を抜いた。

 早速モンスターとの遭遇か、と思ったが、周囲には本当にそれらしき影が無い。しかし気配は確かにする。

 

 唐突に俺の周辺が暗くなる。嫌な予感がして全力で前に跳ぶと、直後にとんでもない重量が先ほどまで俺がいた地面に激突した。その大きさと重量によってかなりの量の砂煙が舞い上がり、襲撃者の姿を覆い隠してしまう。

 

 おかしい。お袋からこの辺りに生息するモンスターの情報は教えてもらったが、ここまで巨大なモンスターなどいないはずだ。いたらあんな小さな村などとうに捨てられているだろう。

 正体を確かめるべく砂煙が晴れるのを待つ俺に凄まじい熱量の炎が吐きかけられた。砂煙の内側から、それを吹き散らしての火炎放射を間一髪のところで躱すが、あまりにも熱が強いのか、その炎が掠っただけの地面が融解してしまっていた。

 

 この時点で俺の嫌な予感が想像よりも悪い方向に向かっている事を確信してしまった。こんな熱量の炎を体内で生成できる存在など限られている。

 恐る恐る、砂煙が晴れた事によって露わになった襲撃者を見る。

 

 まず目に付くのはその巨体だ。優に三十メートルはある、俺の家よりもでかい体にびっしりと敷き詰められた赤い鱗。身体のでかさに比例するかのように広げられた空を覆うような翼。俺が知る知識の中でも伝説と呼ばれ、この世界に於いては生態系の頂点とされる存在、『ドラゴン』がそこに鎮座していた。

 

 

 ……………うん、こういう時は確かこう叫べば良いんだっけか。

 

 

 そんなお決まりの定型句を口に出すために思いっきり息を吸い、それ(・・)を力の限り空気の振動として放出した。せーの。

 

 

 

 

 

「不幸だあああああああーーーーーーっっっ‼︎‼︎」

 

 

 

 



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4話



再投稿。


 

 

 ※

 

 

「アイエエエエエエ⁉︎ドラゴン⁉︎ドラゴンナンデ⁉︎」

 

 

 

 お袋から教わったアルマ近辺の生態分布図を思い出し、頭の中で作成する。当然ながらドラゴンなんて項目はない。当たり前だ。こんなんがいたらあんな小さな村など一瞬で灰にされちまうわ。

 という事は、こいつはどっかから流れて来たドラゴンなのだろう。問題なのはそれがどうして今ここに降りてきたのかだ。そのまま流れて行けよ。わざわざこんなちっぽけな俺に構わないで結構ですけど。

 

 そんなビビりまくりの俺の心など大自然の前には何の意味も無い。具体的には一切の躊躇も容赦も無く攻撃され続ける俺と攻撃し続けるドラゴンの鬼ごっこが平原では繰り広げられていた。古より伝わりし由緒正しい鬼ごっこの構図である。

 

 

 

「ゴアァアアアアアアアアアッッ‼︎」

 

 

「残像だ‼︎」

 

 

 

 わざとゆっくり動き、ドラゴンが炎を吐いた瞬間に全力で移動。視界を振り切りながらドラゴンの背後に回り込む。

 もはや何度目か数えるのも億劫だが、とにかく何度目かの火炎放射が直前まで俺がいた地面を溶かし、周囲の雑草を根こそぎ燃やし尽くしながら着弾した。

 

 おそらくアレを喰らってしまえば俺は消し炭になってしまうだろう。そこがまた不思議なのだ。

 俺を獲物として見ているならばそんな事はしない。誰も炭なんざ食いたくないだろう?

 つまり他に何か別の目的があってこいつは俺の元へ降りてきたということになる。これだけ翻弄してやっても俺に執着し続けるのはそういう事だ。

 

 ドラゴンにモテるとか辛いねえ。いや、冗談じゃ無くて本当に辛い。どうせなら美少女にモテたい。

 

 

 動きの素早さだけなら俺はこいつよりも遥かに速い。この体格差で鬼ごっこの体裁を保てているのはそのお陰だ。最初はトップスピードで逃げ切ってやろうと思っていたのだが、よく考えなくてもそれは出来ない。

 

 今は俺に執着しているかもしれないが、流石に振り切ってしまえば俺から興味を失ってしまうだろう。ドラゴンといえどもそこまで暇ではないはずだ。

 そうなったらこいつは何処へ行く。この近くにはアルマ村しか無い。お袋がいる村だ。俺が産まれ、育ち、今も多くの人間が暮らしている村だ。それは出来ない。

 

 

 一つ、息をつく。

 

 俺はこいつと遭遇してからこっち、村から離れる方向に少しずつ誘導していた。その間、攻撃は一切していない。あわよくば諦めてどっか行ってくれねえかと思っていたのだ。攻撃してしまうといよいよ期待できなくなるからな。

 

 だがそれも終わりだ。どうも俺にご執心のようだし、これ以上付かず離れずで逃げるのは俺の心臓にも悪い。何よりーーー。

 

 

 

「やられっぱなしってのは性に合わねえんだよなぁ!」

 

 

 

 言うが早いか、背後から斬りかかる。まだこいつの視界に俺は入ってないはずだ。バックスタブ頂きます。

 尻尾を斬り落としてやろうと、本体の大きさと釣り合いの取れたそれなりに太い尾に剣を振り下ろした。部位破壊!部位破壊!天鱗だ!天鱗を出せ‼︎

 そもそも天鱗なんて物があるのかも知らんが、尻尾斬ればリーチが短くなるのは確かだろう。

 

 

 

「えっ」

 

 

 

 そんな考えを持って放った渾身の一撃は、ガリィ!と耳障りな音を立てながら、尻尾を隙間なく覆っていた赤い鱗を数枚削り取るだけに留まった。

 うっそお……。

 

 

 

「げぶぅっ⁉︎」

 

 

 

 休まずに鍛え続けた自身の全力がその程度の成果しか出せなかった事に唖然としていると、俺の位置へ正確に尾が振られ、見事なまでに腹部にストライク。そのまま後方へ吹っ飛ばされてしまった。

 

 

 

「うえっぷっ…っ!てんめ、おいゴルァ!降りろ!おい免許持ってんのかゴルァ‼︎」

 

 

 

 危うく昨夜の飯がリバースしかけたじゃねえか。アナザーじゃ無くても今のは鍛えてなかったら死んでたぞ、どうしてくれんだ。

 

 言葉の通じないドラゴンに何やら喚き散らす危ない男がそこにいた。

 当然、そんな事など奴さんには関係無い。今度は火炎放射ではなく、それをぶつ切りにした火球を俺目掛けて連続で飛ばしてくる。

 正直遅過ぎる。こんな物に当たるほどノロマでは無い。が、そこじゃない。問題は俺の攻撃手段がデュランダルによる直接攻撃しか無く、かつそのクリーンヒットが今まさに通じなかった事にある。

 どうすんの、これ。

 

 火球を避けながら思案する。

 そういえばだ。俺は訓練と言っても基本的には素振りしかして来なかった。

 例えば、そんな男がいきなり刀を持たされて人間を斬れるだろうか。

 答えは否だ。刀の切れ味にもよるが、ただ剣を振る動作に使う筋肉と、何かを斬ることに使う筋肉はまるで別物なのだ。その事に遅蒔きながら今気付いた。

 実際は人間程度ならば苦もなく両断出来るが、こいつの鱗自体かなりの硬度があるのだろう。

 四足歩行から振り下ろされる前脚を躱しながらまた斬る。結果は変わらない。

 

 ここに来て実戦経験が足りないとか勘弁してくれよ。これが初戦だっつーの。

 

 

 …………だが、考えようによっては好都合かもしれない。

 動きが遅く、体が硬いドラゴン。うん、初めての相手としては悪くは無いぞ。

 

 また放たれる火炎放射を掻い潜り、胴体を連続して斬りつける。何度も何度も、身体にその感覚を刻み込むように。

 鱗が剣を振る軌跡に沿って剥ぎ取られていく。その下に地肌が見えて来た。ここを斬ればダメージは通るのだろう。まだ早い。

 流石に痛みは感じたのか、焦ったように俺を前脚で蹴ろうとするが、今度はまた背後に回り、後ろ脚を斬る。回避せざるを得ない攻撃が来るまで何度も。そして地肌が見えて来る。だが、まだ早い。

 幾ら体を動かしても俺を振り払えない事に痺れを切らしたのか、巨大な翼を羽ばたかせて尾で打ち付けようとして来るが、逆に尾を伝って体を登り、頭部で思う存分暴れてやる。

 

 そう、こいつの攻撃は俺にはまず当たらない。ならば今のうちに何かを斬る感触を覚えれば良いのだ。

 先も言った通りに俺は斬る行為に不慣れだ。こいつのように、いつでも攻撃が躱せ、尚且つ体が硬く生命力が強い、すぐには死なないモンスターは恰好の練習台になる。

 遭遇時には不幸だと嘆きもしたが、なるほど。こうしてみると案外幸運だったのかもしれないな。

 

 

 

「オラオラオラオラァ‼︎逆鱗寄越せ‼︎あと三百個あればとりあえず足りるんだからよぉ、秘石は要らねえぞぉ⁉︎」

 

 

 

 なんだかんだでドラゴンの動きにも慣れ、余裕の出て来た俺はデュランダルの硬さと自身の力に任せて全力で頭部の鱗を剥ぎ取り続ける。

 ドラゴンの方も黙っておらず、必死に上空に飛び上がったり急降下したりして俺を振り落とそうとするが、その度に鱗を掴んで抵抗してやる。

 落とせるもんなら落としてみやがれ。俺を襲った事を後悔して死んでいくがいいわ。いや、むしろーーー。

 

 

 

「テメエが落ちろ」

 

 

 

 剣を一振り。今度は鱗に弾かれず、斬り裂きながら確かな傷を与えた。鱗だけで無く血と炎が飛び散っている。

 

 ………?炎?

 

 ともあれ、そろそろコツも掴めて来た。お別れの時間だぜ。

 

 初めて傷らしい傷を受けたからか、今まで以上に激しく体を揺さぶる。

 残っていた鱗に掴まり、ドラゴンの動きが鈍くなる瞬間を待つ。生態系の頂点だからって疲れねえわけじゃねえだろ。動きが止まった時が決着の時だ。

 

 

 待つ。待つ。待つ…………今‼︎

 

 デュランダルを逆手に構え、頭上高くに振り上げる。あれはよく見たら逆手じゃなかった気もするが、まあいいだろう。

 

 

 

「もらったぁああああーーーーーっ‼︎」

 

 

 

 叫びながら、先ほど斬った炎燻る傷口を抉るように全力で突き下ろしたーーーーー‼︎

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「……いっ……づっ……あっ…‼︎」

 

 

 

 苦悶にのたうち回りながら黒焦げになった左腕を地面に押し付ける。ようやっと燃え移った炎が消えたところだ。

 

 俺がこんな重傷を負うハメになったのは無論あの憎っくきドラゴンのせいだ。

 奴の頭頂部にデュランダルを根元まで突き刺して息の根を止めたまでは良かったのだ。そう、なぜかその傷から大量の炎が噴出して俺の左腕を丸ごと飲み込みさえしなければ。

 熱いというかもう痛いすらも超越した感覚だ。まあ完全に炭化してる訳ではないという証拠でもあるが。

 

 ………これ治んのかな。治らなかったらヤバくね?

 

 ドラゴン一頭の討伐と引き換えに腕一本。対価としては充分以上に感じるが、当人である俺からすればたまったものじゃない。

 いつもみたいに寝て起きたら治ってたりしないものか……流石に無理か。

 

 アクセルに行く前に優秀な医者か、プリーストを見つけなければいけなくなった。お袋はそこまで腕は良くなかったはずだし、何より、あんな大見得切って旅に出たのにその日のうちにとんぼ返りとか俺が情けなくなるから頼れないし。

 

 

 

「っとに余計な事してくれたよ、クソトカゲが…!

 大体誰だよ、こいつと遭ったのが幸運とか言った奴は。俺の目の前に出てこいってんだ」

 

 

 

 できるわけがない。それを言ったのは他ならぬ俺だ。

 

 今後の予定が大きく狂ってしまった事に悪態をついていると、腹が鳴るのが分かった。そういやあ朝からなんも食ってないな。

 こんな非常時でも腹は空くのかと苦笑してーーードラゴンの肉の効能を思い出す。

 確かドラゴンの肉は栄養が豊富で、かつ自然治癒力を高め、冒険者ならレベルという概念が上がるとお袋から聞いた事がある。

 

 どうせまともな処置も出来ないのだから、ドラゴンステーキでも食ってさっさと不貞寝決め込むのが俺なら最善手な気もする。治らないにしても痛みを忘れるくらいはできるはずだ。

 

 

 

 初めて自分で狩った肉は調味料が足りないのか、クソみたいな味がした。

 きっと喰種がコーヒーか人間以外を食うとこんな味がするんだろう……。

 

 

 



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5話



再投稿。






 

 

 ※

 

 

 白と黒の世界。その世界には中心に椅子が2つ置かれているだけだった。何とも寂しい光景である。

 片方には俺が座り、もう片方には俺と同い年か、少し歳上に見える少女が座っていた。

 いつか、どこかで見たような風景ーーどこだっただろうか?

 違うところを挙げるとするなら、目の前の少女の色彩が違うことだろうか。どちらも美しい事には変わらないが、受ける印象はかなり違った。

 ちなみに俺はこっちの方がタイプです、はい。

 

 

 

「初めまして、ですね。ゼロさん。私はエリスと申します。これでも、一応女神なんですよ?」

 

 

 「エリス?エリスってーと、この世界の二大宗教神の一柱である、あのエリスですか?確か幸運の女神でもありますよね」

 

 

 

 俺が敬語を交えながら聞く。初対面の人には敬語、これ社会人の常識な!女神だけど!

 エリス様は恥ずかしそうにはにかみながら、

 

 

 

「あ、はい、そのエリスで合ってますけど…その、恥ずかしいのであまり口には出さないでいただけると…」

 

 

 

 カワイイ。

 何だこの人。めっちゃかわいい。天使か。女神だった。俺、エリス教に入信しようかな。

 その顔に見惚れたことを誤魔化すように口を動かす。

 

 

 

「あー、その、えっと、エリス様?がこんな俺に一体どのような御用向きで?俺もしかしていつの間にか死んでたんです?」

 

 

 

「あ、いいえ、そんなことはありませんよ。えっと、ゼロさん。あなたは日本という国に聞き覚えはありますか?」

 

 

 

 ーーニホン。

 聞き覚えは、ある。どんな所かも空で言える…が、どこで聞いたのかまるで思い出せない。少なくともこの世界にはそんな国は無い。

 

 

 

「あなたは、そこからの転生者なのです。」

 

 

 

 ※

 

 

 ・・・・・・?

 いきなりそんなことを言われてもどう反応したらいいのか分からないのだが。

 

 

 

「この世界が、魔王軍によって脅かされているのはご存じですね?」

 

 

「なので、ここで亡くなった方はその、この世界にもう一度産まれることを嫌がってしまって、人口が減る一方だったんですよ」

 

 

「困った神様が、では他の世界で若くして亡くなった人を記憶と肉体をそのままに、こちらへ呼び寄せようと、言い始めまして…」

 

 

「もちろん、平和な日本の方がそんな世界に来ても戦うのは難しいでしょう。そこで何か一つだけ、特典のようなものを授けて、それで魔王軍に対抗しようとしたんです。それは神器であったり、特殊能力であったり様々ですけどね」

 

 

「あなたもご多分に漏れず、同様の転生になるはずだったんですけど…その、日本担当の私の先輩が…言いにくいんですが…やらかしまして…」

 

 

「この世界に生を受けるはずだった胎児に特典と、一部の記憶だけが移った不完全な転生になってしまったんですよ。その、すみません…そんな微妙な顔で見ないで下さい…」

 

 

「というわけで今までずっとそのことを伝えるために探していたんですが中々見つからず、今日やっと見つけたのでこうして夢でお伝えした次第です」

 

 

 

 ※

 

 

 どうやら話が終わったようだ。

 

 

「あの、いくつか聞きたいんですけど」

 

 

 

「はい…いくらでもどうぞ…」

 

 

 本当に申し訳なさそうな顔で言うエリス様。

 ?何でエリス様が?別に悪くないだろうに。

 悪いのは一から十までその先輩とやらだろう。もし会ったら指を一本ずつ順番に詰めてやろう。

 

 

「そ、そんな酷いこと!良いところもあるんですよ!」

 

 

 良いところ()って言ってる時点でどうかと思うけど…例えば?

 

 

 

「え⁉︎えっと…あ!明るくて、面白い…?」

 

 

 

 何で自信なさげなんだ…まあいいや。

 

 

 

「えっと…まず向こうの俺はどんなやつで何をして死んだんで?」

 

 

「鉄砲玉です」

 

 

「……………なんて?」

 

 

「えっと…ですから…()の付く方々の…鉄砲玉…です…」

 

 

「……………」

 

 

 

 随分エキサイティングな男だったようだ。

 

 

 

「い、一応死因はですね。所属していた組の跡取りの娘さんと恋に落ちて、それを許してもらうために大きな抗争に突っ込んで…巻き込まれそうな一般の方を庇って…という感じなんですが…」

 

 

 

 訂正しよう。エキサイティングな漢だったようである。

 その、庇った一般人とやらは…?

 

 

 

「無事ですよ。ゼロさんは安全な場所まで送り届けてから力尽きたようです」

 

 

 

 …そうか。それならまあ筋は通したと言えるだろう。もちろん未練はあっただろう。だが、その瞬間、『俺』は後悔していないに違いない。他ならぬ俺だから分かる。

 

 

 

「本来ならそういうご職業の方は転生させないのですが、最期がとても立派だったので、ということだそうです」

 

 

 

 そりゃ嬉しいね。

 

 

 

「ほいじゃあ次なんですが、俺がついさっき倒したドラゴン、分かります?」

 

 

「はい、お疲れ様でした。凄かったですね。その歳で最長齢クラスのフレイムドラゴンを討伐するなんて多分初めてですよ。」

 

 

 

 フレイムドラゴン。それがあいつの種類か。その中でもかなりの長寿個体だったらしい。まあでっかかったもんなあ。

 で、俺が聞きたいのは…

 

 

 

「俺の左腕、こんがりされちゃったじゃないですか。これってどこかで治してもらえるんですかね。」

 

 

「えっ」

 

 

「えっ」

 

 

 

 何だ、どういう「えっ」なんだ。

 

 

 

「もう粗方治ってますよ?」

 

 

 

 …なんだって?

 

 

 

「フレイムドラゴンの血液は少し特別なんです。」

 

 

 

 いや、急に何の話?関係あるのだろうか。

 

 

 

「体内では普通に流れているんですが、空気に接触すると凄まじい高温を発するんです。その高温によって熱に強い自分の皮膚を焼いて傷を塞ごうとするんですね。」

 

 

 

 すげえ生態だな。セルフ根性焼きとはたまげたなぁ…

 しかし、なるほど。だからあんな短時間で炭化まで進んだのか。

 

 

 

「しかも傷が簡単に開かないように炎が消えたように見えても徐々に体内に熱が進行するような呪いみたいなものも付加されていまして、通常の手段じゃ治りません。」

 

 

「えっ、マジで?あれ、でも治ったって…」

 

 

「ええ、それを治癒する数少ない手段の一つがドラゴン、それもその火傷を負わせたドラゴンの肉を食べることなんです。他には高ステータスのアークプリーストに治してもらうとかありますけど…まさか知らずに食べたんですか?」

 

 

 

 知るわけがない。ただ腹が減ったから食っただけである。せいぜい栄養が豊富で自然治癒力が高まる、程度の知識しか無い。

 

 

 

「じゃああいつの肉食わなかったら今頃死んでたってことです?」

 

 

「はい。あの炎を浴びて何とか逃げ延びたものの、翌日に焼死体になって発見されたケースもありますからね。」

 

 

 

 こっわ。

 何それ、どんだけ他の生物殺す気満々なんだよ。

 もうお前がNo. 1でいいよ。

 しかし、それだけであんなになった腕が治るのか?正直、二度と使い物にならないレベルだったんだが。

 

 

 

「割と危なかったんですよ?ゼロさんが死に近付いたからこそ、見つけてここへ呼べたんですから。」

 

 

「…………」

 

 

 

 今更ゾッとした。よく俺アレに勝てたね。

 そもそもあいつは何でわざわざ俺のとこに来たんだろう。

 

 

 

「えーと、あの近辺ってあまり強いモンスターって生息してないんですよ。」

 

 

 

 知っている。それこそ俺が瞬殺できるレベルの奴しかいまい。

 

 

 

「だからみたいです。」

 

 

「うん?」

 

 

「周りに低い山しか無い所に高い山が一つだけあると気になる、みたいな感じじゃないですか?」

 

 

「…………」

 

 

 

 えっ。

  じゃあ何か?俺が村から離れるように逃げ切ればあんな死ぬ思いして戦う必要無かったの?

 

 

 

「まあ逃げ切ることができるならその通りですけど…忘れているかもしれませんが彼等、飛べるんですよ?流石に無理では…」

 

 

 

 なるほど。それは考えてなかった。つまりどう足掻いても絶望ってやつですね。

 

 

 

「じゃあ次は…」

 

 

「はい」

 

 

「俺の転生がイレギュラーって言ってたじゃないですか」

 

 

「はい」

 

 

「なんか俺の知識、偏ってません?何でです?」

 

 

「そ、それは直接先輩に聞いていただかないと…」

 

 

 

 ああ、そういえばそれもあったな。

 

 

 

「…何でやらかした張本人がここに居ないんです?」

 

 

 

 ピシッと、空気が固まる。

 

 そっと視線をそらすエリス様。

 おい。

 

 

 

「せ、先輩は…急用が、出来たそうなので…代わりに私が…」

 

 

「今、連絡って、つきます?」

 

 

 

 にこやかに、感情を隠すように、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「ヒッ…⁉︎あ、あの、少々お待ちください…」

 

 

 

 おや、なぜビビるんだろう。不思議だなぁ。

 

 

 

「あ、アクア先輩ですか⁉︎あの、先輩が前に転生に失敗させちゃった方がいるじゃないですか、覚えてますよね?あの、凄く怒ってらっしゃるので出来ればこっちに来て欲しい…えっ、アニメ?あの、急用は…あ、そうですか。あの、じゃあ早速こちらへ…………そんな!あんまりじゃないですか!いつかバチが当たっても知りませんよ!あっ、ちょっと!」

 

 

 

 何だか電波でも受信しているような実に危ない雰囲気だが似たようなものかもしれない。

 そもそも一部の知識と特典だけ胎児に移るってなんだよ。どんな失敗したらそうなるのさ。

 そして、アクアか。覚えた。

 

 

 

「えっと、その時先輩は見たいアニメの時間が迫ってる、ということで割と適当に処理したそうで…」

 

 

 

 ほう。

 

 

 

「今もアニメが忙しいから来ることはできないと…」

 

 

 

 なるほど。

 

 

 

「あの、怖いのでその顔やめてください…。それで…先輩の言う事をそのまま伝えるとですね…『完璧な私が失敗するなんてありえないの!むしろそっちに問題があったんじゃないの⁉︎帰って!早く帰って!』とのことで…」

 

 

 

 ぶっ殺。

 

 

 

「ヤロオブクラッシャァアアアア‼︎」

 

 

 

 力の限り叫んだ。

 こんなに怒ったのは産まれて初めてかもしれない。そりゃあ神なんて碌なものじゃない。ソースはギリシャ神話な。

 それでも神だ。正直に謝るようならこちらもそれなりの対応をするが、後輩に謝罪を押し付け、あまつさえの責任転嫁。これは絶許である。

 よくまあヘラクレスはあのクソ(ヘラ)の寄越す試練を唯々諾々とこなしたもんだ。流石に英雄は懐の深さも格が違うわ。絆ヘラは最強。はっきりわかんだね。

 

 

 

「お、落ち着いてください!すみません!本当にすみません!」

 

 

 

 む、なんの責任もないはずの美少女に諭されては怒鳴るに怒鳴れないな。

 

 

 

「あの、次の目的地は決まってませんよね?急ぐ旅でないのなら、紅魔の里に行ってはいかがでしょう?ドラゴンの鱗や爪を武具にしてもらえますよ。…お詫びと言っては物足りない情報かもしれませんが…これぐらいしか出来ることもなくて…」

 

 

 

 何を言うのか。謝罪すらしない駄女神とは比べ物にもならない。マジで見習えよ、アクア。

 ふむ、しかし武器は間に合ってるし、防具はスピード落ちるから着けたくないな。持ってるだけで効果のあるアクセサリーとかにしてもらえないかな。

 

 

 

「…もし紅魔の里に行くようでしたら、道中でオークの縄張りを通ると思いますけど…決して彼女達を傷付けてはいけませんよ。」

 

 

 

 オーク?確か雌しかいない変わった種族だっけか。

 ……傷付けてはいけない?

 別にお袋は特に何も言ってなかったけどな。まあそう言うのなら肝に命じておこう。

 

 

 

「ありがとうございました。ではこれで。」

 

 

 

 そろそろ朝になるだろう。ひと段落ついたし返してもらって……。

 

 

 

「あれ?もういいんですか?」

 

 

 

 …それはもっとお話ししたい、ということか?

 おやおや、女神様ともあろう方がおねだりなどはしたない。ニヤニヤ

 

 

 

「違っ、何でそんな嫌らしく言うんですか⁉︎そうじゃなくて、まだゼロさんの特典について説明してませんよ?」

 

 

 

 はあ?彼女は何を言ってるんだ。もうデュランダルがあるではないか。

 

 

「それはあなたのお父様の特典ですよ。」

 

 

 

 ああ、そういえば元々親父のだっけ。あまりに馴染むからつい自分のかと…

 …うん?じゃあ親父も転生者なの?転生者の息子に転生者の魂が宿るって中々の確率じゃないの?ある意味すげえな。

 

 

 

「じゃあ俺のはどんななんです?」

 

 

「身に覚えがありませんか?」

 

 

 

 ふむん。なんとなく避けていたが、あるっちゃ、ある。

 自分を見直すきっかけになった寝て起きたら治った裂傷。

 ドラゴンの肉を食ったとはいえほとんど治ったという左腕。

 ここから導き出される結論は…

 

 

 

「再生能力?」

 

 

 

「う〜ん、惜しい!当たらずとも遠からず、ですね。」

 

 

 

 おや、間違いないと思ったんだが…

 

 

 

「あの時にあなたに与えられたのは『鍛えれば鍛えるほど強くなる体』です。」

 

 

「正確には2種類ありまして、まず肉体のもつ回復力の強化、これは成長スピードを超回復で促進するためのものですね。副次効果として怪我が早く治ります。」

 

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 

「もう一つは成長の上限の解放。人間の持つ絶対的な限界をなくすものです。これによって肉体自体の強度などもどこまでも上げることができます。」

 

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 エリス様が丁寧に解説してくれているが、俺は途中からほとんど聞いていなかった。聞く余裕が無かった。

 俺が強くなれたのは血の滲むような努力によるものだと思っていたのだ。

 俺が強いのはこれだけ努力したからだと、誰に何を言われても、お前らが努力しないからだと、口にはしなかったが、それなりの自負を持っていたのだ。

 それがなんだ?結局は才能か?

 いや、才能よりもよほど悪い。

 だって、正真正銘人様、いや、神様から貰った特典(チート)なのだから。

 

 

 ハ、笑える。あいつらの言った通りじゃないか。

 

 

 嫌味ったらしく投げ掛けられた言葉が頭をよぎる。

 

『才能がある奴は違うよな』、『俺たちみたいな凡人の気持ちなんて分からないんだろうさ』。………確かこんな感じの事を言われたっけか。

 

 もう俺にそれを否定することは出来ない。権利が無い。

 今まで、俺を動かしていた炎が、小さくなってゆく。これが消えれば、もう二度と燃え上がることはないだろう。だがもう、燃料(・・)がない。

 

 

 

 ふと気づくと、エリス様がじっとこちらを見ている。

 話を聞いていなかったことを咎められるのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 真剣な表情で話始める。

 

 

 

「…少し誤解があるようですね。確かにこの力は他の人にはありませんが、普通の人間がこの力を持っても意味なんてありませんよ。

 超回復は便利でしょう。傷が早く治るのだから。でも鍛えるぶんには少し成長が早いだけで個人差の範囲でしかありません。

 上限の解放はそもそもそこまで鍛えなければならないという前提があります。この世界で生きる人間であっても、そこに到達出来る人はほんの一握りでしょう。」

 

「そこまで鍛えたのは他ならぬあなた自身なのですよ。

 あなたはそれこそ皮が裂け、血が滲んでも、腕が震えて、剣を握れなくなっても。ひたすらに努力して、遂にはドラゴンを倒すほどに強くなりました。」

 

 

「それだけは純然たる事実です。この私が女神の名をかけて、否定などさせません。」

 

 

「女神のお墨付きですよ?これは誰に誇ってもいいんじゃないですか?」

 

 

 

 最後の言葉はいたずらっぽく笑いながら。

 彼女は、いとも簡単に俺の火に、薪をくべてくれた。

 少しずつ、少しずつ、炎は大きくなってゆく。

 遂には、あのドラゴンの吐く炎と同じくらいになる。

 何かが弾けて、世界が広がった気がした。

 

 

 

「エリス…エリス様?あの、なんとお呼びしたら…?」

 

 

「え?別に今まで通りで…あ、でもフランクな感じも憧れますし、タメ口でも良いですよ?」

 

 

「じゃあエリス。」

 

 

「はい?」

 

 

「結婚してくれ。」

 

 

「……………ふぇ⁉︎」

 

 

「俺が魔王を倒そう。そうして平和になったら、俺と結婚してくれ。」

 

 

「あああの、困ります!そんな、女神とけっ…こんなんて…ぜ、前例もありませんし!そもそもで、出来るかどうか…!」

 

 

 

 シュボッと真っ赤になりながらしどろもどろになるエリス。

 

 魔王を倒して、それでおわりか?

 

 

 

「え…」

 

 

 

 そちらの都合でこっちに呼び出しておいて、神様とやらはいざ目的を果たしてもらって、なんの褒美もくれないのか?

 

 

 

「い、いえ!あの、神様が魔王を倒したあかつきにはなんでも一つだけ願いを叶える、と…」

 

 

 

 それだ。それでエリスを所望する。

 

 

 

「そんな…神様がお許しになるか…………え⁉︎神様⁉︎い、今大事な話を………え、オッケー⁉︎そんなあっさり…あ、ちょっと!

 

 ………………あの、い、良いそうです…」

 

 

 

 ほう、神にも話が分かる奴がいるじゃないか。威張り散らす癖に人間には何もしてくれない案山子ばかりだと思っていたが見直したぞ。

 

 

 

「な、なんか性格変わってませんか⁉︎」

 

 

 

 人は恋に落ちると変わる。これ豆知識な。

 

 

 

「こ、恋って…」

 

 

 

 ………嫌なのか?

 俺はエリスと結婚したいがエリスの意思を蔑ろにするつもりはない。嫌ならすっぱり諦めよう。

 

 

 

「そんな…いやなんて…まだお互いよく知りませんし………。あの、好きと言ってくれるのは、その、嬉しいですけど………」

 

 

 

 それなら見ていてくれ。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 この世界の様子は見れるのだろう?女神は全てを見通すって話だしな。

 

 

 

「ええ、まあ………」

 

 

 

 だから俺のことを見ていてくれ。俺が何をして、何を考えるのか。その上で判断してくれればいい。

 いつか魔王を倒した時にもう一度聞こう。返事はそのときくれ。

 

 

 

 相応の苦悩と葛藤があっただろう。これすら断られれば望みなどないが、エリスは真っ赤になりながらも、

 

 

 

「は…、はい……」

 

 

 

 と応えてくれた。

 

 

 

「そして時々でいいから、こうして夢で会ってほしいな、今の契約は関係なく、友達としてさ」

 

 

 

 その言葉にエリスは、花が咲くような笑顔を浮かべてもう一度、頷いてくれた。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 目覚める。

 もう日は上っている。左腕…まだ痛む……が、問題ない。

 体調を確認して大きく伸びをする。

 これからドラゴンから必要な物を切り出して紅魔の里へむかわなくては。

 

 

 解体する為にデュランダルを引き抜き、誰へともなく呟く。

 

 

 

「魔王しばくべし」

 



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6話



再投稿。






 

 

 ※

 

 

 

 あれから一週間。

 途中でいくつかの小さな村で宿をとったが、平和そのものである。

 魔王の脅威とはなんだったのか。エリスを疑うわけではないが、拍子抜けしたのも事実だった。

 

 

(そういや、アルマの村も別に魔王に怯えてるわけでもなかったしなぁ)

 

 

 例えるなら、戦争が起こっているのは知っているがそれが自分に関係あるのか実感が湧かない、みたいな感じか。

 聞いた限りだと王都では毎夜のように魔王軍が攻めてきているそうだ。

 

 

(紅魔の里→王都→アクセルの順で回ってみよう)

 

 

 

 大まかに旅の予定を頭の中で組む。

 最初の目的地である紅魔の里まではあと2日といったところか。

 

 

 そこまで考えて気づく。

 前方数百メートル、何かいる。ゆっくりこちらへ歩いて来るようだ。旅人かなにかだろうか。向こうから来たということは紅魔からきた可能性もある。話を聞くのも良いかもしれない。

 だが、少しずつ近づくにつれて、はっきりする姿。

 まず、輪郭がおかしい。二足歩行してはいるが、どう考えても人間のそれではない。

 そして話しかければ声が届く程の距離。俺は愕然とする。

 

 

「あら、旅の冒険者?よければ私の家で休んでいかない?ご馳走も用意してあるわよ?」

 

 

 …醜い。

 どの動物にカテゴライズされるか分からないレベルで色々とごちゃ混ぜにした様な生き物がそこにいた。

 だが、やはり辛うじて分類できるならば、それは正しく(オーク)だった。

 

 ※

 

 だが、こんな形でも話が通じるのは良いことだ。

 言葉こそ人間を人間たらしめる文明。

 顔が引き攣るのを自覚しながら文明を紡ぐ。

 

 

「ち、ちなみにそのご馳走とやらはどんな物を?」

 

 

 俺が想像するものならマジで逃げる5秒前である。略してMN5。

 

 

「それはもちろんあ た 」

 

 

 パァン‼︎

 

 

 そこまで聞けば充分です。

 音の壁を破裂させながら脱兎の如く駆ける。

 どうやら行動に移すのが早かったおかげで何が起こったのか分からないらしい。ポカーンと間抜け面を晒す豚を尻目にひた走る。歩いて2日。このスピードなら日が暮れる前に到着できる。

 なにやら背後で凄まじい鳴き声が聞こえるが気にしない。

 

 

 ※

 

 そこから僅か1分後。

 

 

 ゴゴゴゴゴ……

 

 

 地鳴りが聞こえる。地面もかすかに揺れている気がする。

 

(…?地震?)

 

 

 速度を落とさないままに思考するが直後、地平線の彼方を見て動きを止める。

 砂煙が、こちらへ来る。周りを見渡すと、360度全方位から少しずつ大きくなってくる。

 

 

 それを起こす者の正体を見て絶望する。

 

 

 豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚

 

 

 もはや見渡す限り豚塗れである。

 数を数えたくもないが、どんぶり勘定でも千体は下らないだろう。

 一体として同じ形のものはいない。共通するのはあらゆる動物をチャンポンにした様な見た目をしているということだけだ。

 

 

 再び紅魔の里の方向へ走る。おそらく包囲網の薄いところなど存在しないだろう。

 ならば目的地へ!

 走る方向にはやはり豚。だが、一箇所につきせいぜい十体程度の厚みしかない。これならばエリスの言葉も守りながらすり抜けることも出来よう。

 

 

 いよいよ間近に迫る悍ましい生物を前に集中する。思い出すのは王者の踏み付け。あの時のゆっくり時間が過ぎる様な感覚!

 …先に言っておくけどパクリじゃないから!オマージュだから!

 

 

 イメージするのは球体。一歩踏み出して剣が届く範囲の『円』。

 最初の豚が俺の領域に踏み入る。通常ならば剣で真っ二つだが、エリスの言葉もあるし、正直デュランダルで触りたくない。

 手を伸ばすのが分かる。髪の毛一本触れないように躱す。そこで一歩踏み出せばもうそいつは考えなくても良い。こいつらも相当の速度だ。一度逃した標的を追うのは難しいだろう。

 次は三体同時か。今の俺には止まって見えるね。

 スピードの下落は目を覆う程。しかし、それを補って余りある精彩さをもって襲いくる豚を躱し続ける。

 

 

 抜けた‼︎

 

 

 それと同時に入れていた『スイッチ』を切り替え、全速力で逃げる。

 フハハハハ!追い付けるものなら追い付いてみやがれぃ!なんの為にマッハで走れるようになったと思ってる!いや、絶対このためじゃないけど!

 

 

 油断。慢心。それが許されるのは王のみである。

 つい先日痛い目を見たというのに俺はまたやらかす。

 

 ほんの十メートル(・・・・・)先で巨大な壁が地中から立ち上がる。歩いていたなら躱せただろうが、悲しいかな、今の俺は音速である。

 

 

(っ、無理!)

 

 

 判断するや否や壁をぶった斬って通り抜ける。そうしてようやくそれ(・・)の正体を見る。

 それは縦に五メートル、横に十メートル、そこから更に何十本もの触手を伸ばした形容しがたい何かであった。

 まさかこれもオークだとでもいうのか。これは流石に無理があるだろ。クトゥルフに出てくる邪神と言われた方がまだ納得がいく。見てるだけでSAN値がピンチである。

 

 

 そして、気づく。奴を斬ってしまったことに。

 

 

 その途端にかなり引き離した筈の豚共が加速。こちらへ爆走してくる。

 

 

 もはや恥などと言っていられない。もしかしたらエリスに見られてるかもとかも言ってられない。

 

 

 顔から色んな体液を撒き散らしながら走る。

 イメージとしてはサンプラザ中○くんのRunnerを想像すれば近いだろうか。ただし流れるのは汗と涙と鼻水、涎等色々だが。ついでに小の方を垂れ流すまである。

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、速いのね?一族で一番速い私でも追い付くのがやっとだなんて」

 

 

 

「ッ⁉︎」

 

 

 急停止しながら直角に跳ぶ。冗談ではない。マッハに追い付くとはどういう了見だ。俺が死ぬ程の鍛錬で得たものに性欲で得たものが勝っていいはずがない。

 

 どうやら直線でしか俺に対抗できないようだ。

 間近に来ていた豚も急停止しようとして失敗。バランスを崩してこけていた。

 ただこけただけと侮るなかれ、それが音速を超えると地面との接触で出来上がるのは紅葉おろしに似た何かである。味付けは塩と胡椒でどうぞ。

 

 

 だが俺もただでは済まない。少しスピードを落としただけなのに俺は豚に囲まれていた。一斉に襲いくる豚。

 これは逃げ場が上しかない。力一杯のジャンプ。目下では勢い余った豚共がぶつかり合い、轟音を響かせていた。どんな勢いだよ。殺す気か。

 

 

 そのままのんびりしていたら待つのは地獄である。既に手を出してしまったのだ今更変わるまい、と抜剣。デュランダルを汚したくはなかったが、これも必要な犠牲。いわゆるコラテラル・ダメージというやつだ。心の中で愛剣に謝る。

 

 

 地上は見渡す限りの豚野原。まさにこの世の終わりの風景だ。

 どいつもこいつも目をギラギラさせて手を広げている。俺が剣を抜くのを見てこいつら何を言ったと思う?

 

 

「あら〜剣なんか抜いちゃって。これは下の方もヌいてあげた方がいいのかしら?」

 

 

「剣を抜く…これは男根のメタファー…⁉︎」

 

 

「そ、その剣をどこに刺すの?大歓迎よ?」

 

 

「何が国だよ!クンニしろオラァ!」

 

 

「ヤらせろ(直球)」

 

 

 

 

 吐き気がするわ。

 唐突にエリスに会いたくなった。

 

 

 着地と同時に地面を血の海に変えながら斬る。斬る。斬る。斬りまくる。

 ゾロッ、と音がしてなにかの舌が頰を舐める。

 もはや辛抱堪らん、一刻も早く、誰でもいい、人間(・・)の顔が見たい。

 

 

 周囲は豚、豚、豚、豚、豚どこまで斬っても豚。

 これだけ囲まれると自分も豚なのではないかという気さえしてくる。もちろん錯覚ですらない。

 

 自分が何を叫んでいるのかもわからない。型もなにもない斬撃を繰り出し続ける。あれからどれだけ経った?豚の数は一向に減らない。その癖、地面は死体だらけで動きにくいにも程がある。

 

 

 その俺の貞操を守護るためだけの闘いは体感で三日三晩続いた。

 その間俺の悲鳴はおさまらなかったように思う。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 …呼吸が荒い。手足の動きがおかしい…

 心臓は弱まる一方で、どんなショックを受けても止まりそうだ。

 

 ここはどこだ…少し先に灯りがみえる…久しぶりの人の営み…

 豚はどこだ、早く斬らなければ、大事なものが奪われる。

 しかし、周りを見ても見馴れた姿はない。

 

 

(……もう…斬らなくても…いいのか…?)

 

 

 

 自覚した瞬間に力が抜けてヘタリ込む。純粋な運動だけならここまで消耗しなかったろう。常に狙われる精神的苦痛は思いの外俺の心をすり減らしていたらしい。

 

 ここが紅魔の里なのだろうか、それとも、元いた村に戻ってしまったのか、どちらでもいい。ようやくアレ以外のものがみられる…

 身体を引き摺りながら灯りを目指す。全身にこびりついた返り血が乾いて動きにくい、自らの汗とその他の体液、そして豚共の汚らわしい唾液が混ざり合い、なんとも言えない匂いとなっている。

 だが、あそこまで行ければ全て終わる、あそこに辿り着ければ…

 

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 

 突如として響く人の声。そちらを振り向く前に、黒い雷光が俺の胸を貫いた。

 

 糸が切れたように崩れ落ちる俺。もう自由がきかない。手も足もピクリとも動かない。意識が遠のいていく。完全に落ちる前に、先程と同じ声が聴こえた。

 

 

「あれ⁉︎やべえ!人か⁉︎すまん!誰か、来てくれ、血塗れの人間が死にかけてるぞ!」

 

 

 

 トドメ刺したのはてめえだクソ野郎。



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7話



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 ※

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「・・・・あの」

 

 

 

「何も言わないでくれえっ!」

 

 

 

 顔を両手で覆って滂沱する俺。

 目の前には気まずそうなエリスがいる。

 ここに来るのは2度目、いや、3度目になるのか。

 なんと、前回から1週間と少ししか経っていない。恐るべきハイペースである。

 

 

 

「わ、私は気にしていませんから。その、少し驚いてしまっただけで…」

 

 

 

「グ、ウ…ウ…」

 

 

 エリスの顔もほんのり赤いが、俺の顔などもはや羞恥によって噴火しそうな程に熱されている。

 

 あろうことか俺はここに来た瞬間に涙を滝のように流しながらエリスに抱き付いてしまったのだ。

 

 だってしょうがないだろう⁉︎3日もの間平原中をあの醜悪なクソ化け物達とサーチアンドデストロイならぬデストロイアンドデストロイを繰り広げていたんだぞ⁉︎

 そしてボロボロになった体でようやく辿り着いた人里でいとも容易く行われるえげつない行為…そして満を辞しての女神降臨である。これはもう誰だってそうなるさ!

 いやもうほんと癒やされるわ〜、初恋とか度外視で心に負った傷が癒えるわ〜、今日寝れるわ〜。

 

 

 

「大体なんなんだよこの世界⁉︎なんで俺はなにかに遭遇する度に死にかけてんの⁉︎冒険者の先輩方はどうやって生き延びてんのさ!」

 

 

 遂に世界に対してキレ始める俺。どうしようもない。そこら辺の酔っ払いと同義である。

 しかし、俺の正当性も主張させて欲しい。

 好きな女の子に「俺を見ててくれ(キリッ)」とかいった1週間後にあの無様を晒してみるがいい。多感なお年頃ならそれだけで自殺ものだろう。

 

 

 

「いえ、他の方はここまで人生ハードモードではありませんよ?ただ、ゼロさんの運と巡り合わせが悪かったとしか…」

 

 

 

 ゼロだけに俺の運もゼロってか?

 

 

 

「…?…!ふふっ!」

 

 

 

「笑い事じゃねえ‼︎」

 

 

 

 可愛いけど!

 

 

 

「あっ…ふふっ…す、すみません…ちょっと不意を突かれまして…」

 

 

 

 くそっ、かわいいなこいつ…

 このレベルで笑うってことは親父ギャグに耐性が無いのだろうか。

 

 

 気勢を削がれた俺は今回も聞きたいことを聞くことにした。

 

 

 

「あのクソ豚共はどうなった?」

 

 

 

「ゼロさんが全体の4分の3ほど屠殺した時点で紅魔族の領域に入ったので撤退して行きましたよ。」

 

 

 

 そうか…そのまま絶滅してくれたら助かるのだが。

 

 

 

「ちなみに…俺のこと、見てた?」

 

 

 

「……みてませんよ?」

 

 

 

 見ていたらしい。誰か殺してくれないかな…いや、殺されかけたからここにいるのか。

 

 

 

「…それで?今回の俺の死因は?なんかトドメ刺されたのは覚えてるけど。」

 

 

 

「死因って…。まだ辛うじて生きてますよ…。えっと、紅魔の里ってアークウィザードがいっぱいいるんですよ。」

 

 

 

 というかアークウィザードしかいないって聞いたけど。

 

 

 

「ええ、それで、上級魔法を覚えたけど里の外には出たくないって人達が魔王軍遊撃隊っていうのを結成してるんですね?」

 

 

 

 ふむふむ。

 つまり働きたくないけど何もしてないとは思われたくない意識高い系のニートどもか。

 タチ悪いな…

 

 

 

「い、言い方は悪いですが概ねその認識で良いです。で、その遊撃隊の1人がゼロさんの姿を見て…モンスターか何かだと勘違いしてしまったようで…」

 

 

 なるほどね。まあ結構エグい格好だったからな。カラ回りだとしてもその気持ちが自分の里を守ろうとするものなら、うん、許してやらんでもない。

 

 

 

「で?あの黒い雷は?あいつが撃ったんだろ?」

 

 

 

「あれは上級魔法の一つ、『カースド・ライトニング』です。こう、右手をズバーッて振って撃つんですよ。」

 

 

 

 ワンモア。

 

 

 

「えっ」

 

 

 

 ワンモアプリーズ。

 

 

 

「あ、あの、こう…ズバーッて…」

 

 

 

 ワンモアプリーズ。

 

 

 

「ず、ずばー…」

 

 

 

 ワンモアプリーズ。

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 

 

 顔を真っ赤にしてポカポカ殴ってくる。

 やべえ、顔にやける…

 

 うん、よし。

 

 

 

「じゃあ俺は行くよ。」

 

 

 

「あっ、ちょっと!もう!急になんですか!」

 

 

 

 いや、もう十分癒やされたし…

 

 

「エリスに会って元気も出たしな。」

 

 

 

「…そうですか。」

 

 

 不服そうにしながらも照れるエリスを目に焼き付ける。

 これでしばらくは大丈夫だ。まあもう一回オーク掃討とかは御免被るがね。

 

 

 

 ※

 

 

「あ、起きたかい⁉︎」

 

 

 

 目を開けた瞬間に野郎の顔が見える。

 エリスとえらい落差だな。豚よりはマシだが。

 体を起こす。うん、五体満足。疲れも無いな。

 

 

 

「ここは紅魔の里で間違いないですか?」

 

 

 

「ああ。昨晩はうちの倅が悪かったね。なにしろ血塗れだったからな、変な生物が紛れ込んだと勘違いしたみたいなんだよ。」

 

 

 

 まあその件はもう整理したし、蒸し返すのも良くない。

 と、何を思ったのかおっさんは、右手を左腰に当て、左手で顔を隠しーー

 

 

「我が名はむんむん!アークウィザードにして、紅魔の里一番の鍛冶屋を営む者!」

 

 

 そう宣ってきた。

 

 

 …………あ?

 何だ?喧嘩売ってんのか?

 それともやっぱり申し訳無いから好きなだけ気を晴らしてくれという配慮なのだろうか。

 ようし、ご厚意に甘えようじゃないか。

 息子の責任をとろうだなんて立派な父親だ。

 

 

 峰打ちだからヘーキヘーキ、と両刃剣であるデュランダルを引き抜く。

 

 

「うぁ⁉︎ちょっと、たんまたんま!紅魔族の挨拶だよ!まったく…外の人はノリが悪いなあ。」

 

 

 そんな挨拶があるわけないだろ!いい加減にしろ!

 

 

 

「本当だって!嘘だと思うならこの里を周ってみるといい!」

 

 

 

 …そういわれては何も言えない。

 アイサツはダイジ。コジキにもそう書いてある。

 俺は絶対嫌だけど。

 

 

 

「それはそうと鍛冶屋なんですよね?これ使って動きを阻害しないアイテムとか作れます?」

 

 

 

 そう言いながら先日剥ぎ取った素材を広げる。

 これを守りきった俺を誰か褒めてくれよ…

 

 

 

「へえ!随分上等なドラゴンの爪だね!うーん、それならマントとかはどうだろう、軽いし、暖かいし、火にも強いよ!」

 

 

 

 ほう、それは良い。

 しかし爪や牙をどうやってマントに加工するのだろうか。

 やはり秘伝の技とかがあるのだろうか。さすが紅魔族随一の鍛冶屋だ。言うだけの事はある。

 

 

 

「まあ里にはウチしか鍛冶屋無いんだけどね。」

 

 

 

 ぶち殺すぞこの野郎。俺の感心を返せ。

 

 

 

「でも、加工するのに特殊な魔道具を使うから結構な値段するよ?大丈夫かい?」

 

 

 

 

 む、金か。

 どいつもこいつも金金金…金がそんなに大事ならお金と結婚すればいいでしょ‼︎

 …正直当てがまったく無いな…

 どうにかしてサービスしてくれまいか…

 

 

 

「魔王軍だ!魔王軍が来たぞ!」

 

 

 

 

 代金の事を考えていると、外から警鐘とともに声がきこえてきた。

 …魔王軍?

 魔王軍ってよく来るんですか?

 

 

 

「ああ、最近はめっきり増えたねぇ。シルビアとかいう幹部が率いているんだが、追い詰めようとするとすぐ逃げちまうし、それなのに懲りずに何度も攻めてくるんだ。強くは無いから良いんだけど安眠妨害もいいとこだよねぇ」

 

 

 そういえばアークウィザードしかいないんだったな。なぜこんな攻めにくいところを攻めるのか。ひょっとして魔王はバカなんじゃなかろうか。

 

 では、そいつを仕留めたら代金をサービスしてもらえますか?

 

 

 

「そんな事しなくても懸賞金が懸かってるからこれぐらいならお釣りが来るよ」

 

 

 

 これは善いことを聞いた。里の皆に今日は誰も迎撃しなくていいと伝えてもらえますかね。

 

 

 

「それは良いけど、なに、まさか兄さん1人でやる気かい?雑魚ばかりだけど数は無駄にいるから大変だよ?」

 

 

 

「ご心配無く。数が多い?ハハハ、別に捕まっても殺されるだけでしょう。死んだ方がマシな思いはせずに済みます。」

 

 

 

 偶然にもここ最近で多対一の状況は見飽きている。乾いた笑いをあげながら里の入り口へ向かう俺だった。



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8話



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 ※

 

 

 シルビアは焦っていた。毎日、毎週のように攻めては追い返される。その度に今日こそは!と奮起するも数時間後には完全に鎮火している。

 熱しやすく、冷めやすいとはなんと厄介な性格か。

 

 

 

「シルビア様!里に向かう道に誰か立っています!」

 

 

 

 また紅魔族か⁉︎

 と思ったがどうやら違う。

 紅魔族は髪は黒。そして眼は赤色なのに対し、()の配色は逆だった。

 

 燃えるような赤い髪。その中にあって静かにこちらを見据える黒い眼。目つき自体は悪いが、その中心には優しげな光。

 

 

(あら、中々…)

 

 

 シルビアの好みだった。

 その彼が口を開く。

 

 

 

「どうも、今晩は。ゼロと申します。えぇ、この中にシルビアって人がいると思うんですけど、出て来てもらえますかね〜?」

 

 

 

 どうも自分をご指名らしい。初めての経験に不覚にも少し緊張しながら名乗り出る。礼儀正しいところもプラスだ。

 

 

 

「あたしがシルビアよ。そのゼロさんがどんな用事?」

 

 

 

「ああ、あなたが魔王軍幹部のシルビアさんでしたか。お美しい女性………男性の方ですね。はじめまして。」

 

 

 

 なんと、初対面で正体を見破られるとは思わなかった。あの人の悪感情を食べる悪魔以来ではないだろうか。

 しかもそれを知って態度が少しも変わらない。もしかしたら、この少年なら自分を受け入れてくれるのかも…

 淡い期待を抱きながら続く言葉を待つ。

 

 

 

「あ、それではシルビアさん以外の方はお帰り頂いて結構です。お疲れ様でした。」

 

 

 

 と、その言葉にシルビアの部下が剣呑な雰囲気を醸し出す。

 

 

「ニイちゃんよぉ、こっちは一応仕事で来てるもんでね、帰れと言われてハイそうですかとはいかねぇんだなぁこれが」

 

 

 部下の中で一番立場が上の悪魔がゼロに詰め寄る。

 

 

 

「いえ、帰れとは言ってませんよ。そうしても良いですよ、というだけで別に居て頂いて結構です。」

 

 

 

 何を言いたいのかわからない。そういえば、普段ならもうとっくに紅魔の連中が魔法を雨霰と撃ってきている頃だ。だが、ここにはゼロしかいない。

 

 

(なぜ…連中は1人も出てこない?)

 

 

 

 まさか逃げたわけではないだろう。現に灯りはついている。

 そして、家の陰からこちらを見ている無数の目に気付く。

 なにかヤバい。なぜ迎撃してこない?

 その疑問に答える声は無く。代わりにあっさりと聞こえてきたのは。

 

 

 

「それでは誰も帰らないようなのでみなさんを敵対者と見做します。…………首を出せ。」

 

 

 

 死刑宣告だった。

 

 

 

 ズパァン‼︎と何かが破裂したような音がした。

 

 

 

 何が⁉︎と身構えるシルビアの目の前に、ドチャリ、と落ちてきたものは。

 ゼロに近づいていた、一番信頼できるはずの。

 

 

 部下の、頭だった。

 

 

 

 ※

 

 

 せっかく人が忠告してやったのに聞かないんだもん。しょうがねぇなぁ。

 

 身近にいた奴の首を切りとばす。

 それを皮切りに次々と魔王軍が飛び掛かってくる。

 全部で200は居ないな。冷静に戦力を分析しながら頭の中で『スイッチ』を切り替える。

 まるで流れる水のように腕を掻い潜り、剣を避け、身を躱す。

 

 手が出せない。

 

 

(なんだこりゃ。これが魔王軍?)

 

 

 余りに隙だらけで。

 

 

 

 連携もクソも無い。ただそれぞれが動くだけ。これならオークのほうが数十倍手強かった。

 奴らは俺の貞操を狙ってそれはもうえげつないコンボを決めてきたものである。しかも個の強さでも劣るのでは無いだろうか。ぬるい。ぬるすぎる。

 こんなものか?人類の敵対者、魔王軍というのは。しかも幹部が率いてこれ?おいおい、あまり失望させるなよ。

 

 デュランダルを一息で抜き、なぞるように周りの雑魚を斬った。

 それだけで他の奴らはたじろいで動きを止める。

 

 ここら辺も豚共との差だな。奴らは決して止まらない。他人が傷つこうが関係無い。自分が傷ついても関係無い。ただ一つの目的(レイプ)に向かって命を投げ捨てていた。

 

 …うっ…吐き気が…嫌なことを思い出させやがって。

 動きを止めずに剣を振るう。いつの間にか半数がてるてる坊主に成っていた。

 

 

「なんだ…なんなんだてめえ‼︎」

 

 

 シルビアが野太い声で叫びながら腕を蛸のように変化させ、こちらへ伸ばしてくる。

 おっと、それが本性かい。心が女に寄ってるなら良心の呵責も感じたかもしれんが…そっちなら話が早い。

 

 横へ一歩ズレてその腕を斬る。

 

 

「グア⁉︎」

 

 

 痛覚はあるのか。そいつは御愁傷様。

 そのまま怯むシルビアを叩き斬ろうと歩み寄る。

 その道中に雑魚共が殺到する。

 

 

「シルビア様!逃げてください!」

 

 

「この化け物は俺たちが!早く!」

 

 

 その言葉にシルビアは一瞬迷ったようだが、脚を変形させてかなりのスピードで逃亡する。

 なんだあれ、どうなってんだ。さっきは蛸で、今度は…走り鷹鳶(・・・・)…か…?

 

 それにしても化け物とは随分な言い草である。

 外見だけならお前らの方がよっぽどだ。

 

 

「そんなに命を奪って…なんとも思わないのかてめえ‼︎」

 

 

 いや、お前らが言うの?

 それ他ならぬお前らが言っちゃダメでしょ。

 

 

「別に。何も。」

 

 

 俺だって同族を殺そうとは思わないさ。

 だが、俺がこっち(・・・)側に産まれたからには滅ぼそうとする奴に容赦するわけにもいくまいよ。

 

 

「化け物が…。だが残念だったな。ここで足止めさせてもらうぜ。シルビア様は追わせない!」

 

 

 

 中々熱い台詞ごちそうさま。でもやっぱりバカだなお前ら。

 

 

「たった一枚の紙の壁で剣を防げるわけ無いだろう。」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 シルビアは平原をひたすら逃げる。

 自分を逃がしてくれた奴らに報いるために。

 新しく現れた脅威を魔王様に知らせるために。

 

 シルビアはキメラだ。なんでも取り込み、その力をそのまま自分の物にできる。今発動しているのは取り込んだものの中で一番早い走り鷹鳶の脚だ。人間では追いつけない速度を以って全力で逃げていた。

 

 

(明日の朝には魔王城に着く。そうしたら部隊を再編成して…っ⁉︎)

 

 

 

 唐突に、転ぶ。

 勢いのままにしばらく転がり、止まった。全身が痛むが問題無い。

 

 

(何も無いところで転ぶなんてあたしもヤキが回ったもんだね…)

 

 

 脚が縺れたのか。苦笑しながら確認しようとして、気付く。

 

 

 脚が、無い。

 

 

 遅れてやってきた凄まじい痛みに絶叫する。

 なぜ、どうして、そんな疑問も押し流される。

 

 

 そしてーーー

 

 

「ああ、やっと追いついた。」

 

 

 赤い死神が、来た。

 

 

 

 ※

 

 

 中々速かったな。

 割と時間かかっちまった。

 

 目の前で足の付け根を押さえて苦しげにするシルビアが、

 

 

「あ、あいつらは…?」

 

 

 

 そんな分かりきったことを聞く。

 俺がここにいるんだから、それが答えだろ。

 

 シルビアの脚がまた変形を始める。この後に及んでまだ逃げるのか。今度はまた違う種類だ。

 

 

(同じ物には連続して変形できないのか?それともストックがあってそれが尽きたのか?)

 

 

 

 思考する間に脚が形成を終える。

 それが大地を蹴ろうと力を入れたところでまた斬撃を飛ばす。

 

 

 再び響く絶叫。

 

 

 うるさいうるさい。もうちょい静かにできないのかね。

 無様に叫びながらオークから逃げ回っていた男が自分を棚上げして言う。俺である。

 

 やっと覚悟が決まったのか、こちらを睨み付けるシルビア。その上半身が爆発的に膨れ上がったかと思えば、凄まじい勢いでこちらに飛んでくるありとあらゆる生物の腕、脚、爪、牙。

 おおよそ、生物が攻撃に使う全てが俺に向けられる。

 

 

 

(うえ…)

 

 

 

 俺は悪夢の3日間を思い出して心底萎えていた。

 大きくバックステップして、距離をとる。

 

 そして目の前で立ち上がる巨大な冒涜的な何か。

 再びSANチェックの時間の到来である。

 俺が出逢ったフレイムドラゴンよりも大きいかもしれない。

 

 

 

 触手のように伸びたモノが連続して俺を貫こうとする。その数はおよそ数百は下らない。

 その数を一体で統率するのだから先ほどの有象無象とは比べるべくも無い。ギリギリで避ける。躱しきれずに幾筋か頰や腕に赤い線が引かれる。

 

 ああ、これなら退屈せずに済みそうだ。

 

 自分の口が獰猛に歪んだことを自覚しながら、伸びた触手を片っ端から切り落とす。

 

オークの群れにも匹敵する凄まじい密度の猛攻をいなし、防ぎ、時に甘んじて受ける。

 

 

 

 その死闘が終わったのはそれから数時間後だった。

 

 

 ※

 

 

「いやあ、あんた凄いな!」

 

 

「そいつはどうも」

 

 

 シルビアの討伐を終えて紅魔の里に帰って来た俺は早速むんむんにマントを作ってもらっていた。

 とはいえ、物が物なので1週間はかかるらしい。その間俺はむんむんの家に泊めてもらう事になった。

 

 

 

「まさか本当に剣一本で奴らを皆殺しにしちまうなんてなぁ!あ、よければ冒険者カードとか見せてもらってもいいかい?」

 

 

「…………」

 

 

 さっきからずっとこの調子だ。

 悪い人ではないのだが、しゃべりっぱなしというのはどうにもウマが合わない。

 日中は外に出ていた方がいいか…

 

 

「すみません、少し散歩してきます。」

 

 

 

「おう!行ってらっしゃい!」

 

 

 

 行ってらっしゃい、か…

 少しだけアルマの村に残してきたお袋を思い出す。

 元気にやっているだろうか。

 屋外に設置されていたベンチに座って日光浴をしていると、

 

 

 

「あなたがむんむんの家に居候している余所者ですか。」

 

 

 

 うん?

 意識を向けると、12歳くらいの少女と、5歳くらいの幼女がそこにいた。

 

 

 

「我が名はめぐみん!紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!」

 

 

 

「我が名はこめっこ!家の留守を預かる者にして、紅魔族随一の魔性の妹!」

 

 

 

 ……マジでそれ外の人皆に言ってんの?キッツくね?

 

 

 

 



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9話



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 ※

 

 

「というわけで何か食べる物を下さい。」

 

「いきなり出てきて何がというわけだ。なんも聞いてねえぞ。」

 

「はらへった!」

 

 

 初対面で図々しいにも程があるだろこいつら…

 

 

「うちは貧乏なんですよ。なので両親が働きに出ていまして、食べる物に困ってるんです。」

 

 

 ほう。

 それは同情の余地はあるかもしれない。

 しかし、こんな小さい子供を置いてその両親は食費とかの対策をしていないのだろうか。

 

 

「話を聞いてなかったのですか?…うちは貧乏なんですよ。」

 

「……………」

 

 

 いや、もちろん聞いていたよ。だが、貧乏にも程度がある。

 いきなり見も知らぬ他人に食い物を要求せざるを得ない程なのか?

 

 

「最近は土の中にいるミミズが見つかるかどうかが死活問題と言えば分かってもらえますか?」

 

「ちょっと待ってろ。」

 

 

 即断した。

 これは俺の負けだわ。もし仮に嘘だったとしてもその発想がすっと出てくるのはかなりまずい。

 そういえば紅魔族は知力が高いんだったか。それも計算の内かもしれんが。

 しかし困ったな。今は居候の身だ。勝手に食糧を工面するわけにもいかん。

 

(そういえばこの辺りは一撃熊の生息域だったか。)

 

 まだ遭遇したことはないが、ドラゴンより強いということはあるまい。

 …よし。

 

 

「ここら辺に森があるだろ?すまんが案内してくれ。」

 

「は?いや、それは構いませんが、まさか今から何か捕まえるんですか?もっとこう、今すぐお腹が膨れる物とか持ってないんですか?冒険者なのでしょう?」

 

 

 こいつグイグイ来るな。

 ご生憎だが、まだ冒険者ではない。アクセルに行く前に立ち寄ったのだから。

 

 

「え。昨夜は魔王軍を撃退したと聞きましたが…まさか職業補正無しで…?」

 

 

 何を今更。

 そもそも職業補正とは自転車の補助輪の様なものだろう。ある程度戦えるなら必要無いものだと思っていたのだが。

 

 

「間違ってます!その認識はすごく間違ってます!」

 

「姉ちゃんはらへった!」

 

 

 何かごちゃごちゃ言うめぐみんとどこまでもマイペースなこめっこ。

 

 どうでもいいけど行くの?行かないの?

 

 

「はぁ、しょうがないですね。では行きましょうか、こめっこ。」

 

「うん!」

 

「ちょっと待って。まさかそいつも連れて行くのか?」

 

 

 いくらなんでも危険だろう。それとも自衛の手段があるのだろうか。

 

 

「そう言われても…森ならこめっこの方が詳しいですし。」

 

「森はわたしのにわ!」

 

 

 聞けばめぐみんが学校に行っている間は森に通って食糧を探しているのだとか。

 逞しいなおい。

 

 

「ああ、それと私もこめっこも戦闘とかできないのでよろしくお願いします。」

 

「なんで熊がいる森に戦闘手段無しで入ろうと思えるのか不思議でしょうがねえよ!」

 

 

 

 ※

 

 

「ゼロはこの後、王都に行くのですか。」

 

 

 簡単な身の上話をしながら森の中へ踏み入って行く。

 ちなみに先頭はこめっこだ。木の枝を振り回して茂みに搔き行っていく。

 熊がいつ出るかわからんのにいい胆力をしている。将来大物になるだろう。

 

 

「まあ今となってはその過程すっ飛ばしてアクセルに行っても良いけどな。」

 

 

 元々、王都へは魔王軍の様子を見るために行くつもりだったのだ。紅魔に来て魔王軍の実態を知った以上、特に行く必要は無い。

 

(正直幹部クラス以下は恐るるに足らんな。)

 

 シルビアは最後は凄まじい猛攻で驚かせてくれたが、雑魚の練度があまりにお粗末過ぎる。

 

 だが途中で予定を変えるのも性に合わんし、王都の観光と思えば行く価値ぐらいはある。

 

 

「私も学校を卒業したらアクセルに行こうと思っているのでもしかすれば向こうで会うかもしれませんね。」

 

 

 ほう、冒険者になるのか。向こうに行ったら前衛俺、後衛めぐみんでパーティーを組むのも良いかもしれない。

 

 

「ふふん、私はいつか魔王を討伐するのです。ゼロなど釣り合いませんよ。」

 

 

 自慢気に言うめぐみん。中々のビッグマウスである。

 それはそれとして…

 

 

「いや、それは許さん。魔王を倒すのは俺だ。」

 

 

 エリスとの約束がある。

 もし他の奴に魔王を倒されたとしたら俺が第二の魔王になるまである。

 もしくは赤の他人を魔王に仕立て上げて一方的に虐殺するとか。

 

 

「女との約束にそこまでするのですか⁉︎」

 

 

 当然である。エリスと結婚するためなら割となんでもやると思う。神だって殺すかもしれない。

 

 

「す、すごい覚悟ですね…。というかそこまでしないと結婚できないというその女は一体何者ですか…。」

 

 

 何者かと聞かれたら女神だ。それ以上ではあっても以下ではない。

 

 と、前方のこめっこが大声をあげる。

 

 

「姉ちゃん!兄ちゃん!ごはんでたよ!」

 

 

 どうやら何か出たらしい。そちらを向いた俺の目に飛び込んで来たのはーー

 

 一撃熊(ごはん)にごはんにされそうなこめっこの姿だった。

 

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 

 …何やってんの⁉︎

 

 

「こ、こめっこぉーーーー⁉︎」

 

 

「うおおおお⁉︎」

 

 

 

 居合の構えから斬撃を飛ばす。

 ズパァンという聞き慣れた音とともに熊の首と胴体が泣き別れする。

 

 

 崩れ落ちる一撃熊の向こうには一撃熊の群れ。

 完全にこめっこを狙っている。

 

 

 ウッソだろおまえ。

 

 

 

「ヒャッハァァァ⁉︎最っ高にハイ!ってやつだぜえええぇぇ⁉︎」

 

 

 叫びながら群れに猛進する。

 焦って変なテンションになっている俺を誰が責められよう。

 

 途中でこめっこをひっ掴み、後ろ手にめぐみんへ放り投げた。めぐみんが抱きとめたのを確認して、背後から迫る殴打を屈んでやり過ごす。

 

 そのまま斬撃の暴風雨で群れを細切れにしていく。今日のメシは熊のハンバーグじゃあ!

 

 …誰かを守るのは、とても大変だと思いました。まる。

 

 

 ※

 

 

「こめっこ!無事ですか⁉︎無事ですね⁉︎」

 

「姉ちゃん、くるしい。」

 

「言ったじゃん!だから言ったじゃんさあ!」

 

 

 バカじゃないの?…マジでさ。バカじゃないの⁉︎

 

 知力高い癖に何故こんなこともわからないのか。

 

 

「その、ありがとうございました。本当に強かったんですね…。」

 

 

 逆に俺が対応できなかったらどうするつもりだったのか。怖くて聞けない。

 

 

「お前も早く上級魔法覚えろよ。妹くらいは守れるようにな。」

 

「私は上級魔法は覚えませんよ?」

 

 

 うん?

 ああ、段階を踏むってことか。いきなり上級魔法を扱うのは怖いもんな。

 

 

「いえ。私が覚えるのは爆裂魔法だけです。」

 

 

 …その爆裂魔法がどんなかは知らないが、そんなに汎用性がある魔法なのだろうか。

 

 

「すべての魔法の頂点に位置する凄まじい威力‼︎遠距離から広範囲を吹き飛ばす殲滅力‼︎どれをとっても爆裂魔法より凄い魔法などありませんよ!」

 

 

 ほう、それは凄い。それを連発すれば魔王軍など物の数にもならないだろう。何故誰も実行しないのか。

 

 

「あ、連発は出来ませんよ。基本的に一発撃ったら魔力切れで倒れてしまいますのでその後の戦闘では完全にお荷物です。」

 

 

 

「産廃じゃねーか。」

 

 

 

 今言った利点をすべて消し飛ばすデメリットだ。戦場でなんの役に立つというのか。

 

 

 

「なにおう⁉︎もしゼロがパーティーに入れてほしいと言って来ても入れてあげませんよ⁉︎」

 

 

 

 結構です。

 お前が爆裂魔法とやらしか使わない限り俺たちが組むことは無いだろう。俺が敵と戦闘しているところへ撃ち込まれたら間違いなくエリスのところへ直行である。

 

 …あれ?案外悪くないな。

 

 

 

 ※

 

 

 それから1週間、めぐみん、こめっこの姉妹に付きまとわれたのは言うまでもない。最初に餌付けしちゃうと中々自然に還ってくれないのである。

 野生動物か!

 

 

 

「色々お世話になりました。」

 

 

 頭を下げながらむんむんに礼をいう。

 

 

 

「おう!気いつけてな!っつっても兄ちゃんにゃ要らん心配か!」

 

 

 別れを告げながら1週間過ごした家を去る。

 そういえばむんむんの息子とはついぞ会わなかったな。聞くところによると俺を撃ち抜いたことが気まずくて未だに出られないらしい。気にせんでもいいんだがな。

 

 

 歩きながら作ってもらったマントを着る。表は黒、裏地は赤色の中二力の高いマントだ。

 黒い方は防御力を高め、赤い方は火炎に強い。

 

 高性能ではあるのだが、そもそも俺はスピード命でまず攻撃を喰らうことが無いので役に立つかと言うと微妙にも程がある。

 

 

 

 そうこうしてるうちにもう村の出入り口だ。王都へはテレポートで送ってもらう手もあったのだが歩くのも旅の醍醐味だしね。

 

 

 

「もう行くんですか。」

 

 

「めぐみんか。こめっこはどうした?」

 

 

「最近捕まえた黒猫と遊んでます。」

 

 

 

 相変わらずゴーイングマイウェイガールだな。

 

 この2人の両親とやらは俺が滞在した1週間、一度も帰ってこなかったようだが…俺が居なかったら食事はどうするのだろうか。

 

 

 

「ご心配には及びません。隣のニートはこめっこが強請ればいくらでもごはんをくれるのでそれにあやかりますから。」

 

 

 

「妹に養ってもらうとか恥ずかしくないの?」

 

 

 流石は魔性の妹こめっこ。

 もう姉の威厳とかカケラも残ってねえな。

 

 

「それとあんまり男にせびったらダメだぞ、お前ら顔はいいんだから。そういう趣味の連中だっているんだ。」

 

 

 

「なんですか、もしかして粉かけてるんですか。すみませんが戦闘能力お化けをそういう目では見られませんよ。」

 

 

 

 バカかこいつは。エリス一筋の俺に向かってなんたる暴言。貴様には諸々足りないものがあるが俺が求める『母性』が足りない。それを身に付けて出直してくるがいい。

 

 

「なにおう⁉︎母性⁉︎胸か!男はそんなに胸が良いのか!」

 

 

 

 ハッ!青いな。

 おっぱい=母性とはにわかもいいところだ。

 エリスを見るがいい。母性は溢れんばかりなのに対して胸の寂しさよ。それをパッドで誤魔化そうとしているのがいじらしいのではないか。

 つまり、俺の選考基準に脂肪の固まりは含まれない。

 お。エリスから電波を受信したぞ。『後で屋上』だそうだ。告白かな?(白目)

 

 

 

「この男最低ですね…。」

 

 

 

 おっと、ゴミを見る目ですね。我々の世界ではご褒美かもしれんが生憎俺の世界ではムカつくだけだな。

 

 

 

「先にアクセルに行っててやるよ。爆裂魔法、覚えたら見せてくれ。」

 

 

 

「ふん。その時に泣いて謝っても知りませんよ!」

 

 

 苦笑し、立ち去る。

 めぐみんは爆裂の素晴らしさを俺に伝えようとしていたのだが、いかんせん俺は実物を見ていない。見てからでないと判断できないからいつか見せてくれと言ったら何故か「こんなに言ってもわからないのですか!」と怒られてしまったのだ。

 

 

 こんなに小さな村でもそれなりに良い出会いがあった。王都ではどんな出会いがあるのだろう。

 

 

 少し、楽しみだ。

 



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二章王都
10話




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 ※

 

 

 人、人、人。

 王都の夕暮れは人でごった返す。

 いつの時代も、どこの世界も、大都市の早朝と夕方は人まみれだ。

 

 

 

 カン、カン、カン。

 

 

 日が沈む。

 その直前に鳴り響く警鐘。

 王都に設置されている鐘はいくつかの音によってそれが意味するものを伝え分ける役割を持っている。

 そして、今聞こえたのは最もよく使われ、また、最も危険性の高い音だった。

 

 

 

『魔王軍の襲来です。都民の方は速やかに避難して下さい。また、冒険者の方は規定に従って配置について下さい。』

 

 

 訓練された民衆はその放送が流れる前に避難を終える。あれだけいた人間が、通りから消えていた。

 その中を動くのはレベルが様々な冒険者と衛兵。

 今日もまた、命懸けの『戦争』が始まる。

 

 

 

 ※

 

 

 城壁の上に座り、城門の外で行われる大規模な戦闘を見学する怪人黒マント。

 それがこの俺、ゼロである!

 

 

 いやね、俺も早速魔王軍か!と喜び勇んで飛び込もうとしたのよ。

 そしたら放送が流れてくるじゃん?

 その中で『冒険者の方は規定に従って』とか聞こえてくるじゃん?

 

 …俺は冒険者じゃないから規定に従わなくてもいいのか?はたまた、冒険者じゃないやつはお呼びじゃないのか?そもそも規定って何だよ。初めて聞いたわ。それに違反するとなんか罰則とかあるんじゃね?魔王軍と必死に戦ってそれで罰とか馬鹿馬鹿しいにも程があるだろ。

 

 

 

(というわけでおとなしく見学しますかね。まあ危なくなったら突っ込みゃ良いだろ。)

 

 

 それに俺の出る幕は無さそうである。高レベルの冒険者が揃っているのか、魔王軍は完全に押されている。やはり人類はしぶとい。この戦闘を見れば分かる。まだまだ滅びはしないだろう。

 

 魔王よ、一言いっておこう。

 

 人類(にんげん)無礼な(なめるな)

 

 

 ーーいいたかっただけである。

 

 

(そんじゃ、そろそろ宿に向かいますかね…ん?)

 

 

 立ち上がって伸びをしたせいか、少し遠くまで見える。

 魔王軍の中央を割って最前線へと進む一騎の黒い騎士をみる。

 

 

 体に電流が走る。なんだあれは。明らかにレベルが違う。強さが違う。下にいる連中では勝てない。

 おそらく今この場であれの相手をできるのは自分だけだと理解し、デュランダルを鞘から引き抜いた。

 

 

 

 ※

 

 

 その騎士はこの軍を率いていた。

 通常、将が戦場に出るなど言語道断の所業である。

 だが、これ以上この訓練の足りん雑魚に任せていたらいつまで経ってもあの門を突破するなど出来ん。

 ドス黒い殺気を放ちながら前線へ赴く。その殺気に当てられて部下が前に道を開く。この光景だけは好きだ。これが無ければ軍を連れ歩くなどゴミを引き摺るに等しい。

 乗っていた騎馬から飛び降りる。

 その騎士は片手に()を持ち、片手で大剣を構え名乗った。

 

 

 

「俺は魔王軍幹部、デュラハンのベルディア!我こそはという者はかかってくるが良い!」

 

 

 

 

 

 

 突然の幹部の台頭に戸惑ったのはほんの数秒。

 高レベルの冒険者が次々と剣を、槍を、弓を構え一斉に殺到する。

 なるほど、どいつも粒が揃っている。これではいくら雑魚が集まろうがなんてことはないだろう。

 

 頭を上へ、放り投げる。

 

 

 それに気をとられて視線を向ける者も数人いるが、大多数は脇目も振らずこちらへ来る。

 まあそれが目的ではないから関係ないのだが。

 

 

 猛然と振るわれる武器はことごとく宙を切る。

 戦場の全てを把握したように僅かな隙間を縫って進む。

 そろそろ落ちて(・・・)来る。タイムリミットだ。

 頭の中でカウントして剣を両手で握り力の限り横薙ぎにする。周りにいた奴らの腹部周辺を切り裂いた。

 

 

(む…)

 

 

 流石にレベルが高いだけはある。一撃では決まらなかったようだ。

 頭を片手で受け止めながら間近に転がる冒険者に大剣を振り下ろそうとしてーーー

 

 

「ぬう⁉︎」

 

 

 咄嗟に横に盾にするように構える。

 脳で認識するより先に身体が反応した。幾多もの戦場を渡り歩いてきたベルディア特有の直感が命運を分ける。

 

 

 直後、轟音と共に赤黒い弾丸が飛来し、大剣の盾ごとベルディアを吹き飛ばす。

 とんでもない衝撃だ。ただの剣ならば何の抵抗にもならなかっただろう。

 

 

 

「…何者だ。名を名乗れ。」

 

 

 普段のベルディアならまずあり得ない敵から名を訊くという行為は知らず、目の前のこいつ(・・・)は、自分に匹敵、或いは凌駕するだろうことを確信しての物だった。

 

 

「ドーモ、ベルディア=サン。ゼロ=ニンジャデス。」

 

 

 手を合わせながら腰を折り、にこやかに言う自らと同じ超越者(・・・)

 

 

 

 …………ふざけてんのか、こいつ。

 



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11話



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 ※

 

 

 …驚いたな。

 まさか今のを無傷で防がれるとは思わなかった。完全に死角から突っ込んだはずなんだがね。

 

 

 内心の動揺を隠すためにジャパニーズニンジャ式の挨拶したらすげー睨まれたし。

 

 

 

「まあいい。それで、ゼロニンジャとやら。貴様の職業とレベルは…。」

 

 

 

 

 あ、隙だらけなんで攻撃させてもらいますね。

 

 

 

 平眼に剣を構え、ベルディアの心臓に向かって突きを入れる。

 

 

 

 

「うおお⁉︎き、貴様!人が話しかけているだろうが!」

 

 

 

 文句を言いながらも突きを大剣の腹で受け流し、続く俺の蹴りを肘で打ち落として逆に大剣の柄で殴ってくるベルディア。身を捻って回避する。

 

 こいつすげえな。不意をついたとおもったんだが。

 喋りながらここまで対応するのは俺では無理だ。

 

 

 

「戦場で主義主張など、何の意味もありませんよ?」

 

 

 

「むう…。」

 

 

 

「あ、俺はゼロ=ニンジャじゃなくてただのゼロで良いですよ。あと、まだ冒険者じゃないので、無職(プー)のレベル0となります。」

 

 

 

「答えるのかよ‼︎…何?冒険者ではないとはどういう…」

 

 

 

 学習しろや。

 

 靴のつま先で地面を抉り、それをベルディアの頭に向けて蹴り込んだ。

 その直後に思い切り横に跳び、真横から奇襲する。

 

 対し、頭をひょいっと上に投げて砂かけを回避したベルディアはそのまま両手で俺に斬りかかる。

 

 ぶつかり合う剣と大剣。

 普通に押し負けた。

 

 

 

(うおっ⁉︎)

 

 

 

 体勢を崩したところで脚を刈られた。宙を舞う俺に容赦無く大剣を振り下ろす。

 

 力を抜き、大剣を受け流しつつその勢いで風車の如く回転、着地と同時に下から剣をカチ上げる。

 

 ベルディアは一歩退いて避けながら地面を得物で抉りこちらの広範囲に向かって散弾のようにばら撒いてきた。

 

 回避するために大きく後退せざるをえない。

 ちょうどよくベルディアの頭も落ちてきたし、仕切り直しというところか。

 

 しかし、俺のスピードに対応するとは…

 正確に言えば対応しきれてはいない。おそらくこいつは俺の動きがはっきり見えているわけではないのだろう。

 

 だが、上手いのだ。

 自分だけの修練では決して身につかない、戦場での戦い方を知っている。

 

 

 

「…貴様、歳は。」

 

 

 

 また奇をてらってやろうかとも思ったが…

 

 

「16、いえ、もうすぐ17になります。」

 

 

 

「どうやってそこまで強くなった。ある程度の戦場は知っているようだが世に出て長くはあるまい。」

 

 

 

 まあ経験が浅いのは仕方ないだろう。

 そしてその質問には自信を持って応えよう。

 

 

 

「ただ、ひたすらの鍛錬の成果ですよ。」

 

 

 

 それが俺のアイデンティティでもあるのだから。

 

 一刀修羅ぁっ‼︎

 

 ごめんなさい勘弁してください。

 

 

 

「フハハハハハハ!鍛錬!鍛錬ときたか!それはいい!近頃はそれを怠って死に急ぐ者ばかりだからな!」

 

 

 

「こちらも一つ良いですか?なぜ魔王は人間と敵対しているのか教えてください。」

 

 

 こちらは答えたのだ。そちらも一つぐらい教えてくれても良いだろう。

 

 

 

「そんな大層な理由などない。いつの世も戦が起きる理由は食糧の問題と、思想の違い…まあそんなもんだろう。」

 

 

 

 ありきたりだな。

 もっとこう、人類に怨みとかあったりしないのか。

 

 

 

「…どうだ?ゼロ。魔王軍に来ないか?貴様なら即幹部になれる。」

 

 

 

 バカこくでねえわ。

 俺の目的の真逆じゃねぇか。途中で寝首を掻くのならアリかもしれない。

 

 

 

「そうか?貴様は、戦えればそれでいい。そうではないのか?俺の同族かと思ったのだが。」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 まあ間違っちゃいない(・・・・・・・・)

 強くなろうとして鍛え始めたのも魔王軍なんてあまり関係無いしな。親父の仇とか正直どうでもいい。顔も見た事無い男の為に命は張らない。

 

 

 だがそれは前提が崩れている。

 もう俺にはエリスとの約束という明確な目的がある。

 今はそれを果たすために剣を振ると決めた。

 誰が何と言おうと、だ。

 

 

 

「女との約束か!ハハハハハ!本当に面白い奴だ!俺はおまえが気に入ったぞ!」

 

 

 

 俺も…ベルディアには妙な親近感を感じていた。

 

 思えば、純粋な剣技で俺と渡り合うやつは今まで1人もいなかったのだ。

 

 

(もし…生まれが同じだったなら、友人として語り合うこともーーー)

 

 

 

「それで、もちろんその女はでかいのだろう?サイズはいくつだ。」

 

 

 

 

 ーーー気のせいだった。

 

 あ?なぜでかいことが前提なのだ。俺はでかかろうと小さかろうと関係無い。

 エリスがエリスだから好きなのだ。

 

 だが、そういう趣味を否定することもしない。この国では憲法で思想の自由は保証されて……ここ日本じゃなかったわ。

 

 

 

「いえ、残念ながら…」

 

 

 

「はあ?貧乳など娶って何が嬉しいのだ。」

 

 

 

 ぶっ殺す。

 

 こいつは言ってはいけないことを口にした。万死に値する。

 

 俺の雰囲気を感じ取ったのか、ベルディアも戦闘態勢に移行する。

 

 

 

「…まさか貴様がそちら側だったとはな。目を覚まさせてやろう。」

 

 

 

 そちら側もクソも無い。おっぱいはおっぱいなのだ。

 巨乳もおっぱい。貧乳もおっぱい。おっぱいは等しく尊いもの。それでいいではないか。おっぱい万歳。

 

 

 

「それは尚悪いわ!ただの優柔不断ではないか!見損なったぞ!」

 

 

 

 何を言うのか。

 外見を見る人もいれば内面を見る人もいる。

 俺は後者だっただけだ。

 

 

「まあどちらでもいいがな。どうせ貧乳には人権などないのだ!バーカバーカ!」

 

 

 

 こいつ言い過ぎだろう。

 俺は巨乳派でも貧乳派でもないが、今だけは貧乳派であるべきだ。

 

 

 

「「ぶっ殺してやる‼︎」」

 

 

 

 激突する巨乳(おっぱい)貧乳(おっぱい)

 これが後に語られる太古から続く大戦。

 

 きのこたけのこ戦争よりも根深いとされる第ウン次巨乳貧乳戦争の勃発だった。(貧乳派は代理)

 

 

 いつの世も戦の幕開けには思想の違いがあったのだ。

 

 

 

 



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12話



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 ※

 

 

 ベルディアが大剣をバットのように横に振る。

 それを屈みながら剣の腹を上に構え、先端に右手を添えた剣身を滑らせて空振りさせる。ギャッと音がして火花が散るがデュランダルには傷一つ無い。削れたのは向こうの大剣だろう。

 

 そのまま左手で横腹に突き入れる。

 完全に態勢が泳いだのだ。回避は難しい。

 かなり深くまで入ったのだがベルディアは怯まずにグルリと一周回って更に勢いをつけた大剣で俺を強打する。咄嗟に剣を抜き横に盾にするが、受けた瞬間に全身が軋み、10メートル以上吹き飛ばされた。

 

 

 とんでもない馬鹿力だ。これを喰らえば両断は免れまい。さっき冒険者が喰らっていたが勢いが段違いだ。手加減していたのだろうか。

 

 

 突進してくるベルディアに着ていたマントを視界を塞ぐように叩きつけ、奴の横→背後と二段跳び。剣を斬りつけようとするが、なんとベルディアは後ろを見ずにサイドステップ。俺が振った剣にマントが絡まる。

 

 

 いやこいつおかしいだろ。

 今絶対見えてなかったよね?

 どんな反応だ。何をもって俺の剣を回避したのだろうか。

 攻撃の悉くを避け、反撃してくるベルディア。埒があかない。

 

 舌打ちをしながら俺は戦法を変えることにした。

 

 

 

 ※

 

 

 ーー速い。

 

 

 ゼロの動きを一言で言うならそれに尽きる。

 今まで出逢ったどの剣士よりも素早く、斬りつけ、躱し、防ぐ。

 もはやベルディアの眼には動きが線にしか見えない。

 今は辛うじて生前、死後合わせた経験から発生する直感で凌いでいる状態だ。

 

 

 これで職業補正無しとは冗談も休み休み言うがいい。冒険者になったら一体どうなってしまうのか。

 この世界はやはりどこか間違っている。

 

 

 世の中の理不尽さに文句を浮かべていると、ゼロの動きに変化が生じる。

 

 

 これまではフットワークで翻弄しつつ、有効打を与えることに躍起になっていたようだが、今度は移動に重きを置くようだ。

 ベルディアの剣が掠りもしなくなる。そして空振った直後にガガガン‼︎と息つく間もなく3連撃。

 即座に離脱し、視界から消える。

 次は背後から現れ、連撃を加えてまた離脱する。

 

 

 

(馬鹿め、そんな動きをすればすぐに体力切れで動けなくなるだろう)

 

 

 

 ベルディアも反撃するのをやめ、防ぐことに終始する。そして相手が疲れたところへ、一撃でいい。全力で撃ち込めばそれで終わるのだ。

 幸い、自分はアンデッドだ。

 体力切れなどという概念は無いし、痛みは感じるが、生前と比べれば鈍い。我慢すれば致命傷でなければ動ける。

 

 ベルディアは強い子なのだ。

 

 

 

 ※

 

 

 ガガガ、ガ、ガガガ、ガガ、ガガガガガ、とマシンガンのような音が連続する。

 

 

 ーー

 

 

 ーーーー

 

 

 ーーーーーーこ、こいつ…体力に底が無いのか⁉︎

 

 

 ベルディアは驚愕する。

 もう空は白み始めているのだ。

 冒険者も魔王軍もとっくに撤退している。この場にいるのは自分達だけだ。

 

 冒険者はともかく自分が率いた軍が撤退するのはどうなのだ?

 なぜ頭を置いて先に帰ってしまうのか。

 自分の嫌われっぷりに涙が出そうになるが、それどころでは無い。

 

 どんな体力をしているのだ。こいつは本当に人間なのか。

 しかもーー

 

 

 

(ぐ…!ど、どんどん速く(・・)なってやがる…!)

 

 

 ベルディアの視界にはしばらく前からゼロの姿が映らなくなっていた(・・・・・・・・・)

 攻撃を受け、そちらに目を向ける頃には砂煙しか無いのだ。

 心なしか、威力まで強くなっている。

 

 

 

(ば、化け物…!)

 

 

 

 ベルディアの心が音をあげる。

 それは、今まで直感が支えてきた均衡を崩すのに十分過ぎる停滞だった。

 

 

 直後、凄まじい勢いでベルディアの全身に斬撃が降り注ぐ。その数は数十を超え、百に届くかもしれない。

 

 

 

「グオオオオオオオ⁉︎」

 

 

 無理矢理大剣で防ごうとするが、ゼロの連撃を受け続けた大剣に先に限界が来る。

 

 完全に真っ二つにへし折れた大剣は持ち主の折れた心を表していた。

 

 

 

「ま、参った…。俺の負けだ…。」

 

 

 

 ※

 

 

 ーー愉しい。

 

 

 一撃毎に速くなる。自分が強くなるのが分かる。

 これほどの愉悦があるだろうか。

 

 もっとだ。もっとよこせ。

 

 最高だ。同じ技量の剣士との戦いがこれほど愉しいとは思わなかった。

 王都に来てよかった。心からそう思う。

 

 誰にも邪魔させない。誰にも譲らない。

 

 

 これはおれのえものだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 獲物の態勢が崩れる。

 もっと愉しみたかったのだが…。獲物に限界が来てしまっては仕方がない。

 

 少し前からいつでも終わらせられた戦闘が終わりを告げた。

 

 

「ま、参った…。俺の負けだ…。」

 

 

 

 ※

 

 

 

「どうした。早くとどめをさせ。」

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 うむ、正直勿体無い。

 今ベルディアを倒すのは簡単だが、もう一度戦いたい。もう一度愉しみたい。

 

 …よし、決めた。

 

 

「ベルディアさん、命まではとりません。」

 

 

 

「…何?」

 

 

 

 アンデッドに命はとらないとかどうなのだろうと思いながら良い笑顔(自分調べ)を浮かべ、告げる。

 

 

 

いつかもう一度戦ってください(・・・・・・・・・・・・・・)。その時を、楽しみにしていますよ?」

 

 

 

 なぜか(・・・)怯えた顔をするベルディアが首無し馬に跨り、一目散に駆けていく。

 

 

 む…

 今の目はなんとなく故郷のクソガキを思い出すな。なぜだろう。

 

 

 いやあ、それにしても良い汗をかいた。

 

 

 やはり正義(おっぱい)は勝つのだ。

 



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13話



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 ※

 

 

 翌日、宿で物を壊さないように鍛錬をしていると、白スーツを着た女が入ってきた。

 

 

 

「ゼロ殿!ゼロ殿はいるかーーな、なぜ服を着ていないのだ⁉︎」

 

 

 

 いや、あんたは誰でなんで入ってきてんだよ。

 自分の借りてる部屋でどんな格好しようが俺の勝手だろ。

 

 

 

「それで、俺に何の用ですか?」

 

 

「せめて服を着てから応答してくれ!」

 

 

 

 我儘な女だな。

 

 通報されたりすると怖いから言う通りにする。

 

 

 

「ゴホン、ゼロ殿!昨晩の魔王軍撃退について国王様がお呼びである!令状はこちらに用意してあるので、至急きてもらおう!」

 

 

 

「あ、俺は急用を思い出したのでこれで。」

 

 

 

 ヤバいヤバい。

 やはり勝手に前線に出てはマズかったか。

 もしくは規定とやらに引っかかったのかもしれない。ここはトンズラこかせてもらうぜ。

 

 

 

「馬鹿者!そうではない!国王様直々に感謝の言葉を伝えたいそうなのだ!早く来い!」

 

 

 

 なんだよ。

 だったら最初からそう言うがいい。紛らわしい言い方をするから焦ってしまったではないか。

 

 

 

「それはそうと少し待ってもらえますか。」

 

 

 

「なんだ。また逃げようとするんじゃ…」

 

 

 

 いや、今汗まみれなんだけど。

 こんな格好の男連れて行ってあんたが怒られないならオラァ構わんよ?

 

 

 

「ーーー三十分で支度しろ!」

 

 

 

 お、ラピュ○かな?

 

 

「イエス!マム!」

 

 

「ふざけるな!」

 

 

 ※

 

 

 …おお、結構緊張してきたぞ。

 よく考えなくてもめっちゃ偉い人じゃん。

 俺の敬語なんて一般常識の範囲だし、王族に対しての態度が全くわからない。

 

 

 

「…君がゼロ君か。…まずは街を守ってくれたこと、心から礼を言おう。」

 

 

 

 へえ!

 

 凄い威厳のある人が出てきたぞ。

 威張り散らすような似非貴族ではない。一目見て

 そう(・・)分かる。

 おそらく街中で普通に歩いていても誰もが一発で並の人間ではないと見抜けるだろう。

 

 俺が無条件で尊敬できそうな人だ。初めて会った。

 え?エリスは違うのかって?

 エリスは可愛らしいというか、手元に置いておきたいというか、とにかく結婚したいのである。

 

 

 

「はい。アルマ村出身のゼロと申します。此度は王城にお招きいただき恐悦至極。」

 

 

 ダメだこりゃ。

 絶対間違った敬語を使いながら跪く。

 おお?なんと、自然に跪いてしまった。彼のカリスマのランクはAを超えているに違いない。

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・?」

 

 

 

 なんだ?なぜ王は俺をじっと見つめているのだろう。まるで品定めか何かをしているような目だ。

 俺にそっちのケはないのだが。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「・・・あの、王様?」

 

 

 

 俺が耐え切れずに口を開いた時。

 

 

 

「ゼロ君は、いくつだね?」

 

 

 

 またそれか。

 昨日ベルディアにも聞かれたがなぜそんなに人の年齢が知りたいのだ。

 これが俺だからまだいいが、女性だったら激怒するところだ。

 

 

 

「あと2ヶ月程で17になります。それが、何か?」

 

 

 

「…若いな。」

 

 

 

放っとけ。

 

 

 

「…ゼロ君。どうだね。私には18になる息子がいるのだが、少々手合わせしてみてはくれんか。」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 何言ってだこのおっさん?

 それは王子と戦ってみろ、という事か?

 バカか。それでもし怪我などさせてみろ。俺はこの歳にして国に存在を抹消されるなどまっぴらゴメンだ。

 慎みを持ってお断りさせてもらおう。

 

 

「私の見立てだと、かなりいい勝負になると思うのだが。」

 

 

 

「…ほう。」

 

 

 

 中々云うじゃねえか。

 これでも人に自慢できるぐらいには鍛え抜いた強さだ。

 そんな俺と王室育ちのお坊ちゃんが同等だと?

 面白い。やってやろう。

 

 

 

「承りました。それはいつの話ですか?」

 

 

 

「何を言うのかね。やると決まったら今からやるに決まっているだろう。今、闘技場に馬を走らせよう。早く乗るといい。」

 

 

 

 強引過ぎるだろ。

 急に元気になるんじゃねぇよ。それに、仮にも王子ならそれなりに忙しいのだろう。そちらの都合はどうなのだ。

 

 

「はっはっは。それは心配せんでも良い。王子は君の話を聞いてからうずうずしていてな。君が了承した旨を伝えれば文字通りすっ飛んでいくだろう。」

 

 

 なんだそりゃ。

 それで本当に王子が務まるのか。

 一国の王子が戦闘狂とか目も当てられねえな。

 

 

 

「息子の名はジャティスという。君とも気が合うと思うのだが。」

 

 

 

 ジャティス。

 なんだか正義(ジャスティス)に響きが似ている。きっとその名の通り正義感の強い好青年なのだろう。

 

 …なんつってな!

 いざ会ってみたら思いの外のクズ野郎が出てくるフラグだね、わかるとも!

 

 

 

 ※

 

 

 

「君がゼロ君かい。僕はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ジャティスだ。昨晩は凄かったそうじゃないか!魔王軍の幹部と互角以上に渡り合ったと衛兵から聞いているよ!今日はよろしく!あ、もしよかったらゼロと呼んでもいいかい?」

 

 

 

 メチャクチャいい奴だった。

 顔もすこぶるいい。ケッ、イケメンがぁ…!

 

 

 



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14話



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 ※

 

 

 闘技場の中央にて出逢った俺とジャティス王子。

 この闘技場、かなり広い。

 一辺が300メートル四方の正方形とか一体何と何を闘わせるために造らせたのか。

 

 

 今、この闘技場には観客を含め4人しか人間がいない。

 そのうち2人はもちろん俺と王子。

 もう2人は観客席でこちらを見下ろす国王と、その隣にちょこんと座っている小さな女の子。

 国王の娘にして王子の妹、アイリス王女だ。

 

 この王女だが、めっちゃかわいい。

 エリスの次くらいにはかわいい。エリスがいなかったら犯罪に走りそうなくらいの美少女だ。

 

 …ちなみに王女は11歳だ。

 もしかしたら俺にはロリコンの素質があるのかもしれない。

 いや、だが綺麗なお姉さん枠のエリスがいる以上、決めつけるのは早い。

 …言っておくが、浮気ではないぞ?

 

 

 

「どうしたんだい、ゼロ。さっきから妙な顔をしているけど?」

 

 

 

 うるせぇな、黙ってろイケメン。

 てめえと比べたら大体の人間は変な顔してるよ。

 そもそも、呼び捨てにしていいなんてひとっっ言も言ってねえからな?

 

 相手がイケメンというだけで敵意を剥き出しにし、尚且つその妹に変な視線を向けていたクソ野郎がそこにいた。俺だよ、悪りぃか!

 

 こんな醜い感情をエリスに見抜かれたら、きっとゴミを見るような視線で蔑んでくれるだろう。ゾクゾクするね。

 めぐみんではダメだ。あれは妹枠でいい。妹にそんな目で見られたら腹パンする自信がある。

 

 …いっそ清々しい程のクソ思考だな。俺っていつの間にこんな嫌な奴になったんだ?

 

 自己嫌悪に陥っている俺に心配気な視線を向けてくる王子が、

 

 

「その、もしかして調子でも悪いのかい?良ければ次の機会に回してもいいんだよ?」

 

 

 と言ってくれる。

 

 

 …くそっ。

 こんないい奴に俺はなんでこんな感情を向けているんだ。どうも昨日のベルディア戦から調子がおかしい。

 まるで俺の中に誰か別のやつがいるかのようだ。

 こんな時は身体を動かして気を紛らわせるに限る。

 

 

 

「いえ、大丈夫です。さあ、始めましょうか。」

 

 

 

「!ああ、よろしく頼むよ!」

 

 

 

 心底嬉しそうに剣を構える王子。

 本当に闘うことが好きらしい。こういうところは確かに気が合うのかもしれない。

 

 

(さて、王子の実力はどんなもんかーー)

 

 

 直後、王子の姿がブレる(・・・)

 

 

 

「はぁ⁉︎」

 

 

 俺ですら辛うじてでしか認識できない猛スピードで突っ込んでくる。

 だが、見えるのなら反応できる。

 剣を上から振り下ろす王子と下から振り上げる俺が激突。王子が目を見開く。もしや、今ので決めるつもりだったのかもしれない。

 

 

 よくぞ反応してくれたと言わんばかりに嬉しそうな笑みを浮かべ、王子が頭突きをしてくる。

 

 今度は俺が驚く番だ。そりゃそうだろう。王子が頭突きとかしてくるか、普通?

 完全に虚を衝かれた。仰け反る俺の顔面に後ろ回し蹴り。どうやらこの王子、ラフプレーを好むらしい。どんな王子だ。

 

 

 

(いっ、てぇ…!)

 

 

 

 地面を転がり、即座に態勢を立て直す。当然のように追撃してくる王子の足を剣で薙ぎ払い、行動を制限する。

 跳躍して躱すしかないと判断した王子は間違ってはいない。

 

 

 

(これでも喰らえ‼︎)

 

 

 空中にいるのなら逃げられまい。着地する前に全身を捻って力を溜めた4連撃ーー

 

 

 それをなんのことは無いように空中を蹴って(・・・・・・)躱す。

 

 

 …俺は一体何度驚けばいいのか。

 空中を蹴る?バカ言えや。そんなこと俺でも出来んぞ。

 今のはアレか、某ジャンプ漫画でいう『月歩』とかいうやつか。ナマで初めて見たぞ。いや当たり前なんだが。できるやつなんている筈が無いのだ。いたけど。

 

 

 アホ面を晒していた俺に渾身のドヤ顔を決めてみせるジャティス王子。

 …案外子供っぽいところもあるのか。

 それはそうと許さん!

 

 

 今度は手数で勝負だ。

 ベルディアの時のように一撃離脱ならぬ連撃離脱を試みる。

 だが俺には確信があった。

 そう、()のようにこいつが追いついてくると!

 

 

 

 

 

 

 広いはずの闘技場で俺と王子が並走しながら観客席も利用して、まさに縦横無尽に剣戟を繰り広げる。端から端まで一瞬で到達する。当然だ。二人共とうの昔に音速など通り越している。

 

 更に驚くのは、観客席にいる国王と王女までもがしっかりと俺たちを目で追っていることだ。

 

 というか、どう考えてもおかしい。なぜ王族がこんなに強いのか。これならば護衛や衛兵など必要ないだろう。

 もうお前らが魔王倒したら?それは俺が阻止するけど。

 

 

 俺と王子のスピードは完全に互角だ。

 一番自信のあるスピードで互角なことにショックを受けるがそんな暇があるものか。

 

 一合打ち合う度に圧される。パワーでは勝負にならない。ベルディア並のパワーに俺と互角のスピードとかどんなチート野郎だ。

 

 

 そんな闘いに揺らぎが走る。王子のスピードと動きのキレが目に見えて落ちたのだ。

 

 

(こいつ、まさかーー)

 

 

 

 確証は無いが、これに賭けるしかない。

 

 

 俺は何の前触れも無く速度を落とす。

 すると王子もそれに追随するかのようにスピードを落とした。その直後、猛烈な加速で王子を置き去りに。

 王子が慌てて加速したところで急反転、全力で剣を叩きつける。王子も反応が遅れたが辛うじて剣を前に出す。元の力が別物なのだ。この条件でようやく互角。双方の剣が後ろへ弾かれる。その勢いをそのままに、俺はサマーソルトキックで王子の顎を掠める。バック転して剣を構え、腰が落ちた王子の喉元に切っ先を突きつけ、勝ち誇った。

 

 

 

「俺の勝ちです。ジャティス王子。」

 

 

 

「ッハァ、ハァ、っどうやら、ハァ、そのようだね…。」

 

 

 

 俺よりも強く、俺と同じくらい速く、ラフプレーにも強いチートイケメン王子の唯一の弱点はスタミナの無さだった。

 

 



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15話



再投稿。





 

 

 ※

 

 

「しかし驚いたな。僕と同世代で僕よりも強い人がいたなんて。」

 

 

「いえ、王子こそ。最初から本気を出されていたら地に伏しているのは俺でしたよ。」

 

 

 俺は膝をつく王子に手を差し伸べながら応える。

 

 実際、最初に王子が様子見など挟まずに全開で来ていたら間違いなく負けていた。

 力も強い上に動きも速いのだ。スタミナ勝負に移行しなければ手の打ちようが無かったろう。

 

 と、俺は心の中にあったモヤが晴れ渡っているのに気づく。こんなに清々しい闘いは始めてだ。

 王都に来てから、いや正確には旅に出てからだが、始めての経験ばかりだな。当たり前だけど。

 

 

 

「ジャティスでいいよ。敬語もいらない。君とは対等でいたい。……ダメかな、ゼロ。」

 

 

 

 手をこちらに向けながら一応は問の形を示す。

 

 

 …呼び捨ては強制だったくせに。

 

 そんなことは…ああ、言うまでもないけどな。

 苦笑しながら言葉にする。

 

 

「いや、こちらこそよろしく頼むぜ。ジャティス。」

 

 

 

 しっかりと握手を交わす。

 ふと、パチパチと音が聞こえる。

 観客席では静かに手元で手を叩く国王と、隣で両手を上に上げて思いっきり拍手してくれているアイリス王女。大はしゃぎである。撫でたい。

 

 

 すると、ジャティスが握手する手に力を込めた。

 

 まさか王女を邪な目で見ていたことがバレたか…?

 

 ほんの数秒で友情が破綻することを危惧したが、ジャティスはいたずらっぽい顔で挑発するように更に握力を込めるだけだった。

 

 

 

(ーーこのやろう‼︎)

 

 

 

 俺も笑いながら思いっきり力を入れる。

 他人が見れば何やってんだ、と思うかもしれないが、当人達は割と楽しかったりする。

 

 そういえば、俺は友人と呼べる存在と対等に接するのも始めてだ。村ではハブられていたし、旅に出てから会ったなかで一番歳が近かったのはめぐみんだが、あれはなんだろう、俺が庇護していたようなもんだし、友人ではあるが対等ではない気がする。

 

 

 

 唐突に俺の手からミシリ、という嫌な音があがる。

 

 

 

「痛え痛え痛え‼︎離せバカ、やり過ぎだ!ちったあ加減しろクソゴリラ‼︎」

 

 

 

「クソゴリラ⁉︎き、君思ったより口悪いな⁉︎」

 

 

 

 手を離すと同時に殴り合いを始める。

 ジャティスの拳が当たる度に骨が軋んで行く。こいつズルくね?おんなじだけ拳を振るってもこっちしかダメージ受けないとか理不尽だろう。

 

 

 

 

『貴様が言うな‼︎』

 

 

 

 

 なんかベルディアの声が聞こえたが多分気のせいだな、うん。

 

 

 

 と、いつの間にか近くに来ていた国王が楽しげな笑い声を響かせる。

 

 

 

「仲良くなれたようで大いに結構。元気なのは良いことだ。」

 

 

 

 今まさに喧嘩している俺たちからすればたまったものではない。

 

 文句を言おうとするジャティスを手で制し、こちらを見る国王。

 なんだろうか?

 

 

「私の想像以上だったよ、ゼロ君。見立てでは相討ちだったのだが、君はジャティスに勝った。」

 

 

「君も気づいたろうが、息子は体力が無い。小さい頃から力が強くてね、大人でも持て余してしまっていたせいで全力を出す機会が無かったんだよ。」

 

 

「それを解消させようと前線へ送ったりもしたんだが、その中に有っても息子の強さは異質だった。訓練をする必要も無いと自分の才にかまけてサボっていてね。困り果てていた。」

 

 

「そこへ現れたのが君だ。君は息子と歳も近い。実力も拮抗している。となればぶつけてみたくなってね。」

 

 

「相討てばなお良し、勝っても辛勝になるだろうと読んだ。同世代の子にてこずれば、自分を見つめ直すだろうと思い、君を利用させてもらった。まあ結果はこの通り、情け無い限りだが。申し訳ないね。」

 

 

 

 ーーなるほど。

 あの時の目は俺の強さを見ていたのか。

 だが謝る必要などどこにもない。俺にも得るものはたくさんあった。

 

 ベルディアの時とは違う、戦いではなく、闘い。

 別に命を掛けているわけでもなく、かといって手加減することもないこの行為は俺も愉しかった…いや、楽しかった(・・・・・)

 

 

 それに、対等な友人も出来た。

 これが一番の収穫だよ。ありがとうございました。

 

 

 

 ※

 

 

 それはそうと、こいつそんなにサボっていたのか。人は見かけによらないと言うが…。

 

 

 俺が批難するような目でジャティスをみると、すっと目を逸らした。

 

 

 

「し、仕方がないだろう。どれだけ訓練してもそれを満足に振るうことも出来ないし、国民の皆に認めてもらうことも出来ないんだ。やる気なんか出るわけないじゃないか。」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 いや、なるほど。

 そういう考えもあるのか。

 もしかしたらジャティスは鍛錬し続けなかった(・・・・・・・・・)俺なのかもしれない。

 全く、気が合うとは良く言ったものだ。

 

 

 まあ俺が鍛錬やめてたらこんなことも出来なかっただろう。

 こいつはサボってこれなのだ。特典(チート)よりもチートだな。

 

 

 

「そこでものは相談なんだがね、ゼロ君。」

 

 

 

「?…はい、何でしょう?」

 

 

 

「君、王城に逗留しないか?息子を鍛えてやってほしいのだ。」

 

 

 

 …このおっさんこれでも王なんだぜ?

 部外者を国の中枢に招き入れるとかどうなのよ?危機感足らなすぎない?

 

 これはジャティスも怒るだろ…

 

 

 

「それは良い!そうしなよ、ゼロ!」

 

 

 

 こいつら揃いも揃ってアホばっかりだ。

 

 

 

「あの、俺は一応どこの馬の骨かもわからない部外者なんですよ?そんな俺が王城に滞在なんかしたら国民だって…」

 

 

 

「「何を言うんだ(ね)、ゼロ(君)‼︎」」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「君は客観的に自分のしたことを理解すべきだ。昨晩、君が助けた冒険者がいるだろう。彼らは、君は命の恩人で、この王都を魔王軍の幹部から守りきったのだと市井に広めているんだよ。」

 

 

 

 あの時斬られそうになってた奴らか。

 

 何をしているのだ。そんなことをしている暇があれば自分が死なないように鍛え直すべきだろう。

 

 

 

「それによって君の評判はかなり高ぶっていてね。むしろ君をすぐに帰すと『英雄を門前払いした器の小さい王族』とあらぬ噂をたてられるかもしれないのだ。」

 

 

 

 たまに聞くけどそんなこと本当にあるの?

 訝しげな視線を送る。

 

 

 

「それにゼロ!」

 

 

 

 今度は王子様かよ。

 

 

 

「君は楽しみじゃないのかい?僕はこれから毎日君と闘えるのが楽しみでしょうがないよ!」

 

 

 

 

 分かっちゃいたけどどうしようもねえなこの戦闘狂。

 国政よりも体動かす方が好きとかほんまつっかえ!王族やめたら?

 

 

 …いや、別に楽しみなのは否定しないよ?うん。

 

 

 と、少し靡きかけた俺に援護が入る。

 

 

 

「あの、お父様、お兄様。ゼロ様が困っています。」

 

 

 

 大天使アイリスの降臨だ。

 そうそう!もっと言ってやって!

 

 

 

「それにゼロ様にも元々の予定というものがお有りになるのでは?」

 

 

 

 

 応ともさ!俺は早くアクセルに行って冒険者にーーー

 

 

「なので、とりあえず三カ月だけ、というのはどうですか?」

 

 

 

 ーーーーーうん?

 

 

 

 ギギギ、と壊れた機械のようにぎこちなくアイリスの方を見る。

 

 天使の微笑みを浮かべる大天使。

 

 

 

 …これがハシゴを外されるということか。

 

 



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16話



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 ※

 

 

 なしくずし的に王城へ滞在することになってしまった。

 

 

 好きに使って良いと案内された部屋が広過ぎて落ち着かない。

 なんだ?好きに使って良いとは鍛錬によって壊してもいいということか?

 それよりも明日から早速闘うのだろうか。闘わない時は何をすればいいのか。もしかしてずっと休み無しでやらされるのか。今から不安になってきたな。

 

 

 グルグルと明日のことを考えながら部屋を歩き回っているとノックが聞こえる。

 

 うん?

 

 

 

「どうぞ。」

 

 

 

「やあ、ゼロ。こんばんは。入ってもいいかな?」

 

 

 

 

 ジャティスだった。返事も聞かずに入ってくる。

 いやお前…別にいいけどさ、確認ってなんのためにするか分かってる?

 

 

 

 

「細かいことは気にしない気にしない。それよりもゼロの話を聞かせてくれよ。あ、これお土産ね。」

 

 

 

 

 ほう、俺も色々聞きたかったからちょうどいい。

 

 

 部屋の隅にあった机と椅子を並べて何かの瓶を置くジャティス。つーかお前これ…

 

 

 

「酒じゃねえか!」

 

 

 

 

「うん?そうだけど、もしかして飲めないのかい?」

 

 

 

 

 いや、それ以前の問題だろうが。

 お前も俺も未成年なのに飲んで良いと思ってんの?

 

 

 

 

「ええ?ゼロはもうすぐ17歳になるんだろう?とっくに成人してるじゃないか。」

 

 

 

 

「はあ?」

 

 

 

 

 え、そうなの?

 そういえばこの世界ではいつから成人なのかとか知らなかったな。

 

 

 酒…向こうの『俺』は飲んでいたんだろうか。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 改めて机に乗った酒を見る。銘は『魔王殺し』。

 

 う、うむ。良い名前だ。ゲンを担ぐためにも飲んでおくのがいいかもしれん。興味が無いといえば嘘にもなる。

 

 

 

 

「…しょうがねぇな。」

 

 

 

 

「そうこなくっちゃ!あ、おつまみとかは料理長に作らせてるから。」

 

 

 

 

 言うが早いかグラスに注ぎ始める。どうやらかなりの酒好きらしい。

 

 

 

 

「それじゃあ乾杯!」

 

 

 

「お、おう。」

 

 

 

 

 グイッと一気に呷るジャティスと恐る恐る口をつける俺。

 

 む…不味くは、ない。というか、なんだ…味醂?のような風味がする。

 

 

 

 

「それで、ゼロはどうやってあんなに強くなったんだい?今までの旅の内容とかも教えてくれよ。」

 

 

 

 

「ん…、ああ。」

 

 

 

 

 少しボーッとする頭を振る。

 どうやって、と言ってもベルディアにも言った通りずーっと剣振ってただけだが。

 

 それを話すとものすごく嫌そうな顔をする。こいつはそんなに努力がしたくないのか。こんな甘いマスクしといて中身はダメ人間とかギャップがたまらない女等はイチコロだろう。

 

 

 

 

「そ、その話はもういいじゃないか。しかし、普通の人間がただの訓練で王族よりも強くなれるものなのか…?」

 

 

 

 

 うん、その疑念は正しい。

 俺は普通の人間じゃないからね。

 成長限界を取っ払ってもらってようやく互角なお前らがおかしいのだ。

 

 

 

「つーか、それだよ。王族が強いとかどうなってんのさ。サボってたお前がその調子なんだ。アイリスや国王もかなり強いんだろ?なんで魔王討伐に乗り出さない?そんなに魔王は強いのか?」

 

 

 

「何言ってるんだい?王族は強いものだろう。まあこんな風に強いのはベルゼルグぐらいだけどね。」

 

 

 

 ダメか。それが当たり前の国で生きてきたのだ。自分の強さの理由に疑問を持ったことがないらしい。

 どうせ、昔から強い人間と交わってその血を取り入れてきたから、とかそんなところだろう。

 

 

 

 

「それと、実は僕は魔王に会ったことは無いんだ。」

 

 

 

「あ?何でだよ。」

 

 

 

 前線に送られてるとか言ってただろうが。

 まさかこいつ、最前線ですらサボってたんじゃーー

 

 

 

 

「そ、そんなわけ無いだろう⁉︎僕だって王子だ、ちゃんと戦うさ!…ごほん。そうじゃなくて、純粋に魔王は城から出てこないんだよ。ほら、指揮官は普通陣地から出ないじゃないか。」

 

 

 

「まあ普通はな?普通は。」

 

 

 

 暗にお前は普通じゃないと揶揄しながら続きを促す。

 

 ジャティスは微妙な表情で話す。

 

 

 

「う、うん。それで、魔王城の外に出てくるのは幹部と、魔王の娘って自分で言ってる子くらいなのさ。あ、部下は除いてね?」

 

 

 

「…魔王の娘?」

 

 

 

 なんと、魔王とは既婚者だったのか。これで俺が密かに考えていた『魔王、あまりにもモテないから世界滅ぼす』説が否定されてしまった。

 いや、ベルディアから聞いた時点でその可能性は潰れてたんだが。

 

 

 

「じゃあなにか?お前ら、最大の敵がどんな能力持ってたりするのか一つも分かんないわけ?」

 

 

 

 人類詰んでね?

 やはり統べる頭が脳筋だとそのしわ寄せは国民にくるのだ。

 これより国王、ジャティス、アイリスの三名をベルゼルグ三脳筋と呼ぶことにしようそうしよう。

 

 

 

「ゼロ、君少し酔ってない?…まあいいや。いや、そんなことは無いよ。確かなものはないけど魔王の強さとか力についてはある程度推測できている。」

 

 

 

「ほう?お兄さんに聞かせてごらん。」

 

 

 

「いや、ゼロ僕より年下だからね?…やっぱり少し強すぎたかな、このお酒。」

 

 

 

 

 ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ。こっちは待ってるんですけどー。

 

 

 

 

「あ、ああ。結論から言うと、魔王の娘が少し特殊な能力を持っていてね。『自分と契約した者を超強化する』という力なんだが、おそらく魔王自身もこれと同じか、より上位の物を持ってると思ってる。」

 

 

 

 へえ?

 なんだか特典(チート)みたいな能力持ってんな?どんぐらい強くなるんだろう。

 

 

 

「それがまた厄介でねぇ。ゼロはゴブリンって分かるかい?」

 

 

 

 それくらいはお袋から教わった。何匹かで群れている初心者向けのモンスターだろう?

 

 

 

「ああ。それが魔王軍幹部並みに強くなる…と言えばどのくらい厄介か分かってもらえるかい?」

 

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

 

 酔いが吹っ飛んでしまった。

 その衝撃を誤魔化すためにまたグイッと酒を呷る。

 

 

 …初心者向けモンスターがあのシルビアやベルディアと同等クラス…だと…?では元から強い奴はどれだけ強くなるのか…

 

 

 

 

「お前よくそれでサボるとかなんとか言ってられんなぁ?ええ、おい。マジで人類終わってんじゃねぇか。王都に攻め込んできたら俺やお前がいても守りきれねえだろ、それ。」

 

 

 また頭がフラついてきた。そのままジャティスに絡んでいく俺。

 

 

 

「そんなに一気に飲むなよ、弱いんだから…。でも…うん、これからは真面目にやるさ。ライバルも出来たしね。」

 

 

 

 …?らいばるぅ?誰のことだ?

 ジャティスと同じくらい強いのか、友達なんだから俺にも紹介してくれよ。

 

 

 

 

「それに、希望が無いわけじゃない。魔王の娘自体はそんなに強く無いんだ。せいぜい普通の兵士レベルかな。それは能力を発動しても変わらない。魔王もそうだと思っていいよ。」

 

 

 

 …ま、そんぐれえは弱点無いとやってられんわなあ。そんだけ強化バフかけまくって自分も強いとかどうしようもない。

 

 

 

 

「王都に攻めてきたら…か。考えた事もなかったけど、大丈夫だよ。お父様がいるからね。」

 

 

 

「ふうん?強いとは思ってたけどそんなにか。」

 

 

 

「ああ。僕とゼロ。あと、アイリスも含めようか。僕たちが同時にかかっていっても仕事の片手間で負けちゃうんじゃないかな。」

 

 

 

「いやさすがに嘘だろそれは。」

 

 

 

 間違いなく人類最強格の三人にそれは無理だろ。というか信じたくない。

 そのまま酒を注ぎ、流れるように飲み干す。

 

 

 

 …よし!

 

 

 

「じゃあ俺、今から魔王倒してくるわ!」

 

 

 

「はぁ⁉︎何言ってるんだい!今から⁉︎」

 

 

 

 そうだ!王都に攻め込まれないためにはこっちから攻め込めばいいんだ!こんなことにも気づかないとは流石脳筋!

 

 

 

「完全に出来上がってるじゃないか!だからゆっくり飲めって言ったのに‼︎というか無理だって!魔王城には幹部が一人ずつ張った結界があるんだ!幹部を全部倒さないと入る事も出来ないって!」

 

 

 

「ごちゃごちゃうるせえイケメンがあああ!」

 

 

 

 なにか言い始めたジャティスに抜剣し、振り下ろす。

 

 

 

「危なっ⁉︎君本気かい⁉︎」

 

 

 

「本気も本気よ!邪魔すんな‼︎俺は早く結婚したいのだ!」

 

 

 

「君は何を言ってるんだ⁉︎今の話からなんでそうなった!まるで繋がりがないぞ⁉︎」

 

 

 

 

 こいつはバカだな。完全無欠に繋がりなんか大有りだろう。魔王を倒す、エリスと結婚する。みんなハッピー‼︎

 

 

 

 

「…どうやら完璧にイッてしまったようだね。残念だがきみを行かせる訳には行かない。」

 

 

 

 ジャティスも剣を抜きながらこちらを見据える。

 

 

 

 

「おいおい、友達じゃないか。そこを通してくれよ。」

 

 

 

 

「友達だからこそだ!折角対等なライバルが出来たのにこんなくだらない事で失ってたまるか!だから…今ここで、君を倒そう‼︎」

 

 

 

「くだらないだとこの野郎が…上等じゃゴルァアアア‼︎」

 

 

 

 剣を振り上げながらジャティスに躍りかかる俺。

 

 エリスとの結婚を邪魔するやつはぶっ殺してやる!

 

 対し、ジャティスはその剣に光を集めーー

 

「『セイクリッド・エクスプロード』ーーー‼︎」

 

 

 

 迸る光。太陽がもう一つ出来たのではないかという程の明るさが深夜の王都を照らした。

 

 

 

 ちなみに王城の屋根まで俺を吹き飛ばし、大穴を開けたジャティスは国王に激怒されたそうだが筋肉痛に呻きながらもどこか晴々としていたそうだ。

 

 

 



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17話



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 ※

 

 

「何やってるんですか⁉︎」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「酔っ払って王城を壊すなんて前代未聞ですよ⁉︎」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「…ゼロさん?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「ちょっと!ゼロさん聞いてますか⁉︎」

 

 

「…ごめん、なんで怒ってんの?」

 

 

「はああ⁉︎」

 

 

 

 さて、俺の前には顔を真っ赤にしたエリス。

 ここはいつもの場所である。

 

 真っ赤なエリスはよく見るが、今回はいつもの羞恥が原因ではなく、どうやら怒りの側面が強いらしい。

 しかし、俺には理由がさっぱりわからない。王城を壊したとか言ってるが、さっきまでジャティスと酒を飲んでいただけなのだ。なぜそんな国家転覆罪の容疑が俺にかけられているのだろう。

 これが冤罪というやつか。

 

 

 

 

「なんて理不尽な世界なんだ…。」

 

 

 

「世界だってゼロさんには言われたくないと思いますよ…。」

 

 

 

 

 おっと、辛辣ですね。

 まあ何はともあれ…

 

 

 

 

「久しぶりエリス。5年ぶりくらいか?」

 

 

 

「まだ一ヶ月くらいですけど⁉︎」

 

 

 

 

 そうだったっけ?

 もう随分会ってないと思ったが…。

 

 

 

 

「もう一度聞きますけど、本当に何やってるんですか…。王城に逗留まではいいにしても、その日のうちに城に大穴を開けるなんて魔王軍のスパイって疑われても仕方ないですよ?」

 

 

 

 そこんとこがよくわからない。

 城に大穴ってなんだよ。俺には覚えがないね。

 断固身の潔白を主張する所存であります!

 

 

 

「潔白どころか完全に真っ黒ですよ。証明するまでもありません。」

 

 

 

 酷い言い草だな。心なしいつもより遠慮がない。

 まあ遠慮なんてしてほしくないけど。むしろもっとガンガン前に出るといい。

 

 

 

 

「で、結局何があったのさ。本当に俺がやったとかじゃ無いんだろ?」

 

 

 

 

「…まさか本当に覚えてないんですか?」

 

 

 

 

 覚えていないとも。どうしても俺を犯人にしたいなら何があったか一から教えてもらいたいものだ。

 

 

 

「あ!私知ってますよ!こういう時に開き直るのは大抵犯人なんですよね!」

 

 

 

 

「いやそれは偏見入ってるよ!」

 

 

 

 

 犯人じゃなかったらどうするつもりだ。

 

 おう、税金で給料もらってる警察がその税金支払ってる国民を冤罪で捕まえるとかいい加減にしとけよ。警察上層部はもっと反省して、どうぞ。(唐突)

 

 

 

 

「…何の話でしたっけ…。」

 

 

 

「王城に大穴。」

 

 

 

「ああ、そうでしたね。ゼロさんがお酒に強くもないのに一気飲みして酔っ払った挙句に「魔王を今から倒しに行く」と訳のわからないことを言い始めたのでジャティス王子が決死の覚悟で止めた話でしたっけね。」

 

 

 

 

「ちょっと待って!俺そんなことしたの⁉︎」

 

 

 

 

 何やってんの俺⁉︎

 その話が実話ならばジャティスに土下座するのも吝かではない。

 

 本当にっ、すまないと思っているっ…!

 

 

 

 

「え、じゃあデュランダルで王城に穴あけたの?俺基本斬ることしか出来ないんだけど、丸く切り抜いたってこと?」

 

 

 

 

「いいえ?ゼロさんが王子に襲いかかったので止むを得ず王子が王族に伝わる技を使ってゼロさんをお城の上まで吹き飛ばした結果ですよ。」

 

 

 

「あいつも何やってんの⁉︎じゃあ俺今回も死にかけて…うん?」

 

 

 

 

 あれっ。

 今の話だと穴あけたの俺じゃなくない?完全にジャティスがやってるよね?

 

 

 

 

「原因は間違いなくゼロさんにあるんですから、責任の所在もゼロさんにあると思いますけど?」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 いやぁ…言わんとすることは分かるよ?でもそれで納得出来るかと言えば…うーん。

 

 例えるなら友人に車を貸して、その友人がスピード違反したけど車の持ち主は俺だから罰金も俺が払ってね、みたいな理不尽さを感じる。

 

 わかるかなぁ…わっかんねぇだろうなぁ…。

 

 

 

 

「だいたい俺だってほら、こうやって死にかけてるわけじゃん?それで何とか勘弁してもらえませんかね、エリス様?」

 

 

 

「…もう、しょうがないですね。」

 

 

 

 お、今の呆れたような表情カワイイ。

 可愛くない時ないけどな!

 

 

 

「まあこの件に関しては裁くのも咎めるのも本来私じゃありませんしね?」

 

 

 

 

 む、それはそうか。後で国王にも謝っておこう。

 

 

 

「それにしてもそろそろ普通に夢で会えるように出来ないのか?俺、瀕死になんなきゃエリスに会えないとか今後会いたくなったら首括らなきゃいけないじゃん。」

 

 

 

「…別に…私に会いに来なくてもめぐみんさんとか、アイリス王女とそっちで仲良くやればいいじゃないですか。」

 

 

 

「‼︎」

 

 

 

 

 こ、これはまさか…YAKIMOTI⁉︎

 

 ついにエリスにもデレ期が来たのか⁉︎これは早く結婚式の準備をしなくては!式場はどこがいい?いつにする?子供の名前は⁉︎

 

 

 

「安心しろ!俺の一番はいつだってお前だけだぜ☆」

 

 

 

 

「違っ、違います!何でそんなに話が飛ぶんですか!私そんなんじゃないですから!ほ、ほら!もう朝ですよ〜、早く起きて下さ〜い!」

 

 

 

 今度は羞恥で顔を紅くしながらグイグイと俺を押してくる。

 

 ちくしょう!まだか!まだ好感度が足りないというのか!

 

 

 

 

「そりゃあ私だって偶にはお友達と会いたいですけど、天界って割とそこらへんに厳しくて…。今だって結構アウトとセーフの境目ギリギリなんですよね。ゼロさん別に死んでるわけじゃありませんし…。」

 

 

 

「そこらへんはいいや。どうせ俺すぐ死にかけるし、また来るよ。」

 

 

 

 

「あの、あまり無理はしないでくださいね。私たちは本来関わることは無いんですから、自分を大切にして…なんなら本当にそちらで私のことは忘れて…」

 

 

 

 

「エリス。」

 

 

 

 

 

 それ以上いけない。

 俺はエリスに説教したくないし、エリス以外とそういう関係になるつもりも無い。

 

 

 

 

「要するに魔王討伐まで保留にしといてくれればそれでいいんだよ。エリスが待てないならそれも良し、俺は諦めよう。」

 

 

 

 その時は俺が世界を滅ぼすかもしれないけど。

 

 

 すご〜い!君は世界を滅ぼせるフレンズなんだね!わーい、たーのしー!

 

 

 

「最後に不穏なこと言わないでください‼︎」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 あの後ジャティスに謝りに行ったら筋肉痛で寝込んでいた。俺との試合の後に普段使わない技を使ったからとはいえ情け無いことこの上ない。

 

 俺が顔を出すと、「君何でピンピンしてるんだ⁉︎」だの、「一ヶ月は安静じゃなきゃおかしいだろう⁉︎」とか、「君、魔王の息子とかじゃないよね…?」など、意味不明の供述をして来たのでデュランダルの鞘でブチのめしておいた。

 

 失礼な事をいうからである。インガオホー‼︎ショギョームッジョ‼︎

 

 

 

 

 

(さて、今日は暇になってしまったかな?)

 

 

 

 

 アレではジャティスは休まざるを得ないだろう。何をして過ごそうか…。…やはり鍛錬か?

 

 

 

 

「あの、ゼロ様?少しよろしいですか?」

 

 

 

「おや、アイリス様。何か御用ですか?」

 

 

 

「今日はお兄様がお休みですよね?もしよろしければ私に付き合ってほしいのですが…。」

 

 

 

「今なんと?」

 

 

 

「いえ、ですから私に付き合ってほしいのです。」

 

 

 

 

 …弱ったな。

 つい先ほどエリスと誓ったというのに、俺にはモテ期が来てしまったか。いやぁでも一国の王女の告白を無下には出来ないしなぁ、困った困った。

 

 

 

 

「いいですよ、ちょうど何をするか困っていたんです。」

 

 

 

 

「よかった!では闘技場でお待ちしていますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 知ってた。

 

 

 



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18話



再投稿。






 

 

 ※

 

 

 

「さあ、いきますよ!ゼロ様!」

 

 

 

 

 闘技場の真ん中でフンス!といった感じに気合い入りまくりなアイリス。非常に愛らしい。

 

 筋肉痛とかいうおっさんみたいな理由で寝込んだ某王子とは若さというか張りが違うよね。

 しかし…

 

 

 

 

「アイリス様もお強いのですよね?ジャティス王子と試合というか、その、なさらないのですか?」

 

 

 

 

 そうすればあんなに飢えた戦闘狂は生まれなかったろうに。

 

 俺の疑問にアイリスは少し寂しそうにしながら、

 

 

 

 

「お兄様は前線によく出てしまいますし、お父様は国の運営が忙しいので、あまり相手をしてもらえないのです。」

 

 

 

 と言った。

 

 

 

 

「…これは失礼をしました。」

 

 

 

 

 しまったな。藪蛇を突いたか。

 

 寂しそうにするアイリスをどうにかしてやりたいが、俺はアイリスの兄でも父でも、ましてや恋人でもない。

 せいぜいこういったお遊び(・・・・)に付き合ってやるぐらいしか出来ない。歯痒いもんだ。

 

 だが、いつか必ずそういう隙間を埋めてくれるやつができる。

 

 できればそいつは俺みたいな闘いしか能のないやつとは別ベクトル、アタマを使って一方的に優位に立ちにいくようなやつが望ましい。

 言い方を悪くすればズル賢いやつだな。王室育ちのアイリスには足りないものも埋めてくれるだろう。

 

 それまでは俺が代わりになるのは大歓迎だ。

 それにしばらくジャティスも城にいるだろう。この機会にたっぷり甘えるといいよ。

 

 

 

 

「あの、それで、ですね。ワガママかもしれませんが…ゼロ様には、その…わたしに対してもお兄様に接するように気安く接していただきたいのです。…ダメでしょうか?」

 

 

 

「それは…ですが、良いのですか?」

 

 

 

「……ツーン。」

 

 

 

「…分かったよ。これからよろしくな、アイリス。」

 

 

 

「はい!よろしくお願いしますね!」

 

 

 

 

 カワイイ。これは相手がいなければ完全に惚れる笑顔だ。この歳にして既に魔性を秘めてらっしゃる。

 観客席からもうスンゴイ形相でこちらを睨んでいる白スーツの女がいなければナデナデしていただろう。

 

 というかあいつは何なんだ。確か俺を連れに来たやつだよな。俺がアイリスを名前呼びしたのがそんなに気に入らんのか。

 

 

 そう思いながら見ていると、ある事に気づいた。

 

 視線がアイリスから一瞬たりとも動いていない。

 更によく見ると顔が「ぼっへええええええ!」って感じになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …この闘技場潰してタワー建てようぜ。名前?キマシタワーに決まってんだろ。

 

 

 

 

 ※

 

 

 半月後

 

 

 

 

「パーティー?」

 

 

 

「そう。パーティー。」

 

 

 

 

 闘技場の観客席で寝そべりながら俺に話し掛けるジャティス。

 ちなみに俺が訓練と称するこの試合でジャティスに勝てたのは最初の一回だけだ。それ以降はガチ勢と化したジャティスによる短期集中攻撃によってノックダウンされまくっている。

 

 コイツの闘い方アタマおかしいぜ?なんか光る斬撃をやたらめったらブッパしてくるんだぜ?闘技場を整備する人が試合後の惨状を見て遠い目をしながら「さすが我が王子は常に全力ですな。」と呟いていたのは記憶に新しい。

 

 

 そんな暴虐王子によると今夜貴族や王族が集まってパーティーを開くらしい。

 

 

 

 

「要するにそのパーティー会場には近づくなってことだろ?分かってる分かってる。」

 

 

 

 

 俺もそんな堅苦しいとこに近寄りたくないしね。

 

 

 

 

「何いってるんだい、ゼロも参加するんだよ。」

 

 

 

 いや、何でだよ。意味わからん。

 

 

 

 

「別に貴族として参加しろってことじゃないよ。何なら護衛っていう体でそこにいるだけでもいいしさ。」

 

 

 

「それなら尚更俺が行く意味無くね?」

 

 

 

「貴族の間でゼロって結構有名なんだよね。魔王軍の幹部を一方的に虐殺したとか、剣の一振りで100人以上斬殺したとか、あと、僕に勝ったのも大きいかな。とにかく噂に尾ひれがついて一人歩きしてるもんだからその手の娯楽に飢えた貴族がゼロを一目見たいって言ってるんだよ。それに…」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

「僕があんな場所で挨拶回りしてるのにゼロはのんびりしてるなんて、ズルいじゃないか。」

 

 

 

「お前ここ最近本音ぶっちゃけ過ぎだろ。」

 

 

 

 

 あんな場所て。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 早く帰りたいんだけど。

 

 

 パーティー開始10分でもう自室に帰りたい俺がいる。

 始まって早々ジャティスもアイリスも貴族連中と話を始めちまうし、俺を見たいとかほざいてたらしい奴らも遠巻きにこっちをチラ見するだけで寄ってこないし。

 おかげで会場の隅っこのテーブルに乗ってる料理つつくぐらいしかやること無い。

 

 

 

 

(まあ一人飯なんざ平気だけどな。)

 

 

 

 

 ボッチじゃないよ〜。と鳴きまくって最終的に裸単騎にしそうなことを思っていると、誰かが来る気配がした。

 

 こちらへ真っ直ぐ向かって来るのは女だ。金髪碧眼…貴族は大体そうだから普通だが、こいつは女にしては背が高い。俺が175センチで、それよりも少し低いから170くらいか。俺の前で止まり、小声で話し掛けてくる。

 

 

 

 

(すまないが、少し話を合わせてもらえないだろうか。)

 

 

 

(?いきなり何です?合わせる?)

 

 

 

 

 なんだこの女?

 いきなり顔を近づけられると暑苦しいので離れてもらいたい。

 合わせるとは一体なんだろう。その答えはすぐにやってきた。

 

 

 

 

「おや、ダスティネス卿、急にどちらへ行かれるのかと思えばお相手がいらっしゃったので?」

 

 

 

「そちらの方は…見覚えがありませんな。一体どちらの貴族ですかな?」

 

 

 

 

 若い2人の貴族だ。どうやらこの女…ダスティネスというらしいが、俺に寄ってきたのはこいつらから逃れるためのようだ。

 こいつらには俺が貴族に見えてんのか?明らかに振る舞いが違うし、俺赤髪黒目なんだけど。

 

 

 

 

「え、ええ。私、先約がありまして…ほら、行きましょうか。」

 

 

 

「いえ、人違いです。俺と彼女は今会ったばかりで何の関係もないです。」

 

 

 

「「ん?」」

 

 

 

「ばっ、ちょっ、貴様…!」

 

 

 

 

 俺の肩をグイグイ引っ張ってまた顔を寄せてくる。近いって。あとお前力強いな。王城の衛兵よりも全然強いわ。

 

 

 

 

(き、貴様一体どういうつもりだ!合わせてくれと言ったじゃないか!)

 

 

 

 

 確かに言われたね。でも俺やるともなんとも言ってないんだよなぁ…。

 だいたい、なぜ見ず知らずの女を手助けせにゃならんのだ。俺を買いたいなら相応のメリットを提示して下さい。そこまで親切ではないよ、俺は。

 

 

 

 

(む…報酬か。で、では私の身体を好きにしていいというのは…どど、どうだろう?)

 

 

 

「HAHAHAHAHAHA‼︎」

 

 

 

「どういう笑いだそれは!」

 

 

 

 

 お〜い、聞いたかジェニー?

 もう、寝言は寝てる時に言うから許されるんだぞ?このおばかさんめ!

 

 今この瞬間分かった。こいつは関わっちゃダメなタイプだ。

 当たり前だが、初対面の男にいきなり「自分、どうっすか?」とか聞いてくるやつがマトモであるはずがない。

 

 触らぬ神に祟りなし。逃げる算段を立てていると、俺の苦手な女がもう一人来た。

 

 

 

 

「いた!探したぞゼロ!お前はなぜこんな隅にいるのだ…む?貴公はダスティネス家の…?」

 

 

 

 

 うっわ、めんどくさっ。

 

 半月で俺にここまで嫌われる女も珍しいだろう。俺を呼びながら来たのはクレアだ。今日もいつもの白スーツに身を包んでいるこいつはとにかく俺に絡むのだ。

 

 ある時は面倒ごとを俺に押し付け、ある時は俺の普段の行いに文句をたれ、またある時はアイリスに触れたとかいう理由で腰に下げたサーベルをぶん投げてくるぶっちぎりでイかれた女、それがりんごちゃん…間違えた、クレアである。

 

 

 

 

「この女のことはどうでもいい。それより何だ。こんな場で人の名前呼ぶからにはそれなりの理由があんだろうな?」

 

 

 

 

 そもそもこの女が自らアイリスの元を離れるのは緊急時以外ありえない。

 隣でソデにされたダスティネスが「んっ…!」とか言ってるけどそれもありえない。

 

 

 

 

「お、お前…仮にも貴族になんと言う…いや、そうだな。王城にお前に会いに来たと言っている男が訪問していてな。その男なのだが…」

 

 

 

 

 男…男の知り合いなどむんむんくらいしかいないのだが、何か用なのか?

 

 

 

 

 

「魔王軍の幹部と名乗っているのだ。」

 

 

 

「…はあ?魔王軍の幹部?」

 

 

 

 

 なんでそんな不審人物の話を俺に通すのだ。衛兵に対応させろよ。

 

 

 

 

「それくらい私がしていないと思ったのか?衛兵では歯が立たないのだ。だが、何故か奴もこちらに危害を加える様子が無くてな。事を荒立てるよりはお前を連れて行く方が良いと判断したのだ。何かあってもお前の馬鹿げた強さなら何とかなるだろう。早いところ追い返せ。」

 

 

 

 

 つまりいつもの厄介ごとじゃねえか。

 お前軽くいうけどなんだかんだ幹部って強いんだよ?俺だって撃退ないし討伐するのに数時間は掛かっているのだ。これではRTAなどとても成り立たない。別に目指してないけど。

 

 俺もパーティーに飽きて来たから丁度いいっちゃいいしな。

 魔王軍幹部で俺の知り合いなら十中八九ベルディアだろう。俺にリベンジしに来たのか、今日は軍を引き連れていないようだ。しかし、危害を加える様子が無い?あいつが?…行ってみれば分かるか。

 

 

 

 

「場所は?」

 

 

 

「裏門だ。衛兵が見張っているから行けば分かる。」

 

 

 

「りょーかい。」

 

 

 

 

 気の無い返事をすると早足で向かう。さて、勝算があるから来たのだろうが、今回も楽しめるだろうか。

 

 

 

(…ん?)

 

 

 

 後ろから俺を追うように足音が聞こえる。

 

 

 

 

「…で?ダスティネス家のお嬢様はなんで危険地帯について来ようとしてるんだ?」

 

 

 

「話に魔王軍幹部と聞こえたのでな。これでも私は冒険者をしている。足手まといにはならない。」

 

 

 

 

 おいおい、貴族様が冒険者とか冗談だろ?と思ったが、そう考えればあの力には納得できるな。

 

 

 

 

「いや、そういうことでもねえだろ。あのパーティーは貴族が集まってんだ。泥くせえことはこっちに任せてさっさと帰って楽しめよ。」

 

 

 

「お、お前…私が嫌がっていたのは知っているだろう…。あの2人から逃げるのにも丁度良かったのでな。利用させてもらうぞ。」

 

 

 

「…ま、勝手にしろ。」

 

 

 

「それに魔王軍の幹部なんていかにもじゃないか。この私の肢体をどんな目で見てくるのか今から楽しみだ…!」

 

 

 

「…初対面の男の前でそんなこと言ってお前平気なの?」

 

 

 

 

 こいつの親御さんは何を考えているのだ。こんなハァハァ言ってる歩く18禁を世に出して恥ずかしくないのか。

 

 

 

 

「じゅ、18禁とは失礼な!私はまだ17だ!」

 

 

 

「はあ?嘘つけよ。俺とほぼ同い年だと?」

 

 

 

 

 その体で?

 

 

 

 

「お前…本当に失礼なやつだな…。嘘などつかん。正確にはあと一ヶ月ほどで18だがな。」

 

 

 

「結局一歳年上じゃねーか。見た目完全に年増…うおっ⁉︎」

 

 

 

「お前というやつは!初対面でそんなことを言われたのは初めてだぞ!」

 

 

 

 ダスティネスがキレて殴りかかって来た!コワイ!

 

 

 

「はぁ、まったく…。それにしても、ゼロだったか、お前随分とクレア殿に信頼されているな。「何かあってもお前なら何とかなる。」か。彼女がそんなことを言うのは初めて聞いたぞ。貴族ではないよな?衛兵…でもない。冒険者か?」

 

 

 

「惜しいな、俺は冒険者見習いってとこだ。」

 

 

 

 

 あのクレアが俺を信頼?バカ言うな。あいつが向けてくるのは信用ってやつだ。この二つは全然違う。

 信頼はある程度仲の良い者同士が向け合う物、信用は初対面でもある程度の実績があれば誰でも向けられる物だ。

 

 まあわざわざ口には出さないけどよ。

 

 

 

 

「私はダスティネス・フォード・ララティーナだ。アクセルで冒険者をしている。まだ冒険者登録をしていないならそのうちアクセルで会うかもな。」

 

 

 

「へえ、ソロ…いや、1人で活動してんのか?」

 

 

 

「基本的には1人だ。たまにと、友達…と組むぐらいだな。」

 

 

 

 友達と言った時のダスティネスの顔は照れるような、嬉しいような、悪くない顔をしていた。内に秘めたる変態性を表に出さなければモテるだろうに、出してるから全てご破算である。

 

 しかしマジか、こいつアクセルにいるの?関わらないようにしよう。

 

 

 

 

「お、そこ曲がれば裏門だ。気いつけろよ、割と強いから下手すりゃ死ぬぞ。」

 

 

 

「ああ、私はど、どんな目にあわされてしまうのか…!」

 

 

 

「台無しだし、真面目な話だからね⁉︎」

 

 

 

 ダスティネスに怒鳴りながら裏門に通じる扉を開ける。

 さて、ベルディアはどれだけ強くなったのかーーー

 

 

 

 

 

「変態中年首なし騎士かと思った?残念!我輩でしたー!」

 

 

 

「「・・・・・・」」

 

 

 

 

 ………誰だお前⁉︎

 

 

 



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19話



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 ※

 

 

「フワーッハハハハハハハ‼︎したり顔でそこの最近腹筋が硬くなってきていつか割れてしまうのではと心配している女に、「気いつけろよ、割と強いから下手すりゃ死ぬぞ。」などと言っていた男よ!残念でしたー!」

 

 

 

 

 白と黒で半々に彩られた仮面と、黒いスーツ?タキシード?…どっちでもいいか。を身に付けた不審者が高笑いをしながらこちらを煽ってくる。はっきりと事案である。

 

 

 

 

 

「テンション高えな、アンタ。」

 

 

 

 

「…む?我輩好みの悪感情が湧いてこんな。もっとこう、恥ずかしがったりはしないのか?」

 

 

 

 

 

 いやあ?別に?

 この程度の煽りに負けているようでは日本ではやっていけないのだ。主にネットとかでな。いや、はっきり覚えてるわけじゃねーけど。

 

 しかし、こっちの人間にはこうか は ばつぐん だったようでーーー

 

 

 

 

「ななな、何を言っているのだ⁉︎ふ、腹筋など気にしてないぞ!本当だぞゼロ!仮に気にしていてもまだ割れてないから!セーフだから!」

 

 

 

 

「おおっと!こちらからは大変上質な羞恥の悪感情、ごちそうさまです!」

 

 

 

 

 顔を真っ赤にしたり、否定したり。忙しい限りだ。もっと落ち着けよ。

 

 

 

 

 

「それで?アンタは何者よ。魔王軍幹部って聞いて来たんだが?」

 

 

 

 

「フハハ!これは申し遅れました。我輩、魔王軍幹部にして地獄の公爵、『見通す悪魔』こと大悪魔バニルである!よろしくお願いします。」

 

 

 

「あ、これはどうも御丁寧に。」

 

 

 

 

 おお?礼儀正しいぞ。

 少なくとも隣の変態よりは好感が持てる。これは態度を改めなければならんな。

 と、急にダスティネス(隣の変態)が怒鳴る。

 

 

 

 

「貴様!衛兵達に何をした!」

 

 

 

 

 

 見ると、おそらくバニルを見張っていた衛兵達だが、妙に疲れた表情をしている。

 

 まさかこいつ、危害を加えないとか言っといてーーー!

 

 

 

 

 

「…ん?ああ、貴様がくるまで暇だったのでな。そやつらには羞恥の悪感情を頂いていた。命に別状はないのでご心配なさらず。」

 

 

 

 

「その悪感情を頂くってのは何だ?」

 

 

 

 

 

 聞けば、悪魔は普通の食べ物を食べない代わりに人間の悪感情を食べるのだそうだ。特にバニルが好物としているのは、羞恥の悪感情。

 

 

 

 

「故に!我輩は人間をからかって羞恥心を煽り、それを喰らうことを生業としている!ので、我輩が人間に危害を加えるなどありえん。むしろどんどん繁殖してもっと悪感情を寄越すがいい。」

 

 

 

 

 

 そう聞くとあんまり危ないやつじゃ無さそうだな。少なくとも直接殺したりしてくるよりは遥かにマシだろう。

 

 

 

 

 

「さて、貴様が今魔王軍で懸賞金をかけられている『死神』ゼロか。お初にお目にかかる。…ふむ?ボンヤリとしか見えんが…貴様、中身(・・)が面白いことになっておるな。」

 

 

 

「『死神』ぃ?」

 

 

 

 

 何だその恥ずかしい二つ名みたいなものは。俺はいつ賞金首になったんだ。そのうち卍解とかすれば良いのだろうか。

 

 …?最後のはよく分からんな。中身ってなんだ?

 

 

 

 

 

 

「賞金をかけるように魔王の奴に掛け合ったのは先日貴様がボコボコにしてトラウマを植えつけた首なし中年幹部だぞ。」

 

 

 

 

「ベルディアか。」

 

 

 

 

 

 トラウマって…。そこまでやってないだろうに。あれだけ良い勝負をしてトラウマとは一体彼に何があったのだ。

 

 

 

 

 

「フハハハハ!知らぬは本人ばかりだな!

 それはそうと我輩、頼みがあるのだ。貴様、近いうちにアクセルに行くのだろう?そこに一軒の魔道具店があってな、我輩の古い友人がいるのだ。

 こやつが商売をすればするほど赤字を出すという欠陥店主なのだが、名をウィズという。

 そのウィズに我輩がそのうちに訪問する旨を伝えて欲しいのだ。…頼めるか?」

 

 

 

 

「…色々言いたいけど、一つずつ聞こうか。まず、何で自分で行かない?何で俺なんだ?」

 

 

 

「お、おいゼロ!お前悪魔と取り引きするつもりか⁉︎しかも魔王軍の幹部なんだぞ⁉︎」

 

 

 

 

 悪いが少し黙ってろダスティネス。

 

 相手が人間を傷付けないなら俺はそんなに倒すのに躍起になったりはしない。もちろんエリスとの約束は最優先だが、メリットがあれば取り引きだってするさ。

 シルビアやベルディア?あいつらは元々攻めてきたのだからアウトよ。シルビアの方はマントの代金の件もあった。

 

 人間とは他の生物を自分の利益の為に殺すものだ。…そう考えると魔王軍とどっちが悪いとかは一概には言えないが。

 

 

 

 

「フッ、話が分かるようで何よりだ『死神』。我輩にも都合があってな。自分で赴く訳にはいかんのだ。

 貴様を選んだのは単に一番近くにいてなおかつ話が一番通りそうだったからだ。元々アクセルに行くのだからついでに、とな。」

 

 

 

「そもそも、なんで俺がアクセルに行くことを知ってんの?」

 

 

 

 

 あと、死神呼びはマジでやめて欲しいんだけど。恥ずかしい。

 俺は代行証も持ってないし、斬魄刀も持っていないのだ。

 

 

 

 

「む?ここで羞恥を出すのか?変わっておるな。そして言ったであろう、『見通す悪魔』と。我輩は何でも見通す。

 それこそそう、そこな女が少女趣味で、可愛い服を着たいが似合わないので泣く泣く自室のタンスにしまっていることなどはお見通しだ!」

 

 

 

「あああああ⁉︎貴様!何故それを⁉︎」

 

 

 

「お前…。」

 

 

 

 

 

 別に似合わないってこたないだろうに。服くらい着たいものを着ればいいのだ。

 

 しかし凄えな。戦闘中に発揮すれば最強だろそれ。動き全てが見通せるなどこちらからすれば絶望に他ならない。

 

 

 

 

「まあ貴様などは過去は見通せても現在や未来を見通すのは難しいがな。我輩も万能ではない。我輩に実力が近い、あるいは上回る者ははっきりと見通せんのだ。地獄にある我輩本体ならいざ知らず、この仮初めの肉体では貴様には勝てん。」

 

 

 

「地獄の公爵ともあろう方にお褒めに預かるとは光栄だね。」

 

 

 

 

 どうやら、今のこいつは分身のような物らしい。

 

 …え?分身が魔王軍幹部張ってるってこと?本体はどんな化け物なんだよ。…今はいいか。少なくとも敵対はしていないのだし。

 

 ともあれ、俺を選んだ理由は分かった。

 次はーーー

 

 

 

 

「報酬は?当然タダでやって貰おうなんてケチ臭いことは言わないんだろ?」

 

 

 

「無論だ。大悪魔の沽券に関わることだからな。貴様に支払う報酬はなんと、大判振る舞い!ーーー我輩の命で、どうだ?」

 

 

 

「はあ?何でお前の命が報酬なんだよ。ふざけんな。俺に得がないものは報酬になりませ〜ん!」

 

 

 

 

「貴様はアホか!魔王軍幹部の命だぞ⁉︎ただの伝言の報酬としては破格であろうが!…それに魔王城には幹部一人一人が管理する結界があるのだ。

 今ここで我輩を倒しておけばそれを一枚消すことができる。そこをよく考えるのだな。」

 

 

 

 

 …何か聞いたことある話だな?しかしそれが本当なら確かに割りが良いかもしれないーーー

 

 

 ーーーあれ?ちょっと待って。

 

 俺はそのウィズとやらにこいつが訪問することを伝えるんだよね?

 …なんでこいつ自殺しようとしてんの?俺が頭悪いから理解出来ないだけなの?

 

 

 

 

「先程我輩の本体は地獄にあると言ったであろう。今はこの仮面を媒体にして身体は土塊で形作っておるのだ。仮面を地面に置けばあら不思議!第二、第三の我輩がお手軽に作れてしまうという優れもの!このバニル仮面、お一ついかがか?」

 

 

 

 

 なんか通販みたいなことを言い始めたが、つまり、ここにいるこいつはどれだけ倒しても新しい仮面さえあれば本体にはなんの痛手も与えずに復活するらしい。

 

 な、なんやそれ…ベータテスターどころやないやないか…もうチートやチーターやろそんなん!

 

 あ、それはそれとして何か気に入ったので一つ貰おうか。

 

 

 

「毎度あり!…ふむ、なんの痛手も無い、というのは少し語弊があるな。我々悪魔は長く生きると『残機』というものが増える。現世に出ている分身はそれを削って作っている故、仮面を割れば当然『残機』が減るぞ。

 まあ我輩の場合その『残機』の数がそんじょそこらの木っ端悪魔とは文字通り桁が違うので一体や二体、痛くも痒くもないがな!」

 

 

 

 

 結局痛手にはならねえんじゃねえか。

 長々と話してすることが自慢とは。

 

 

 

 

「でも俺はあと二ヶ月くらいはここにいる予定だぞ?お前がどうしてもっていうなら出発を早めてもいいけど、その復活にはどのくらい時間かかるんだ?」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「あ?何だよ。」

 

 

 

 

 バニルが何故かこちらを測るように見てくる。

 折角人が親切にしてやってんのに何だというのか。

 

 

 

 

「…いや、何でもない。そうだな、復活は急げばその日のうちに可能だが、我輩も地獄で少しのんびりさせてもらうとしよう。出立は貴様の都合で良いぞ。それと…」

 

 

 

 

 言いながら俺の言葉を守って口を閉じてくれているダスティネスに視線を向ける。席を外させろってか。

 

 

 

 

「ダスティネス、悪いが中に戻っててくれるか。そこに転がってる衛兵も救護室に運ばなきゃいけないし、頼む。」

 

 

 

「あ、ああ。私は構わないが…大丈夫なのか?」

 

 

 

「任せろ。魔王城の結界とやらを一枚剥ぎ取ってやるぜ。」

 

 

 

 

 頷くと、ダスティネスは衛兵二人を担ぎ上げて城の中へ入っていく。あいつやっぱ力あんなぁ。

 

 

 …さて。

 

 

 

 

「で?お望み通り二人にしてやったぞ。さっき言い淀んだことでも話してくれんのか?それとももう斬っていいのか?」

 

 

 

「うむ。ひと思いにやるがいい!…と、言いたいところだが報酬をサービスしようと思ってな。」

 

 

 

「へえ?くれるもんなら貰うけどな。」

 

 

 

 

「一つ忠告しておいてやろう。貴様、魔王を倒すのが目的らしいが、長時間の幹部以上との戦闘は避けるんだな。我輩が見たところ貴様はどうにも染まりやすい(・・・・・・)ようだ。」

 

 

 

「…どういうこと?」

 

 

 

「言葉通りの意味だ。先程貴様は我輩の都合を気遣うそぶりを見せたが、いくら我輩に危険が無いとはいえ、普通の人間は悪魔など気にかけることはしないのだ。

 気付いているか分からんが、貴様は確かにこちらに寄り始めているということを覚えておくがいい。」

 

 

 

「いや、だから意味分かんないんですけど。」

 

 

 

「フハハハハ!さあ!サービスは終いだ!やるがいい、『死神』よ!」

 

 

 

「お前…中途半端に教えてもらっても迷惑なだけだからな?もうちょい詳しく…。」

 

 

 

 

「おおっと!見える、見えるぞ!貴様がオークに追われ、恥も外聞も無く体液を撒き散らしながら逃げ惑う様がーーー」

 

 

 

「そぉい‼︎」

 

 

 

 一片の躊躇もなく仮面を剣で叩き斬った。

 それは俺の黒歴史だ。みなまで言わせはしない。

 

 ーーー最後によく分からんことを言われたが、まあ、どのみちアクセルに行けばそのうちあいつも来るのだろう。その時に聞けばいい。

 

 

 

 衛兵を送って戻って来たダスティネスと合流し、会場に戻る。

 

 バニルから言われたことは早くも頭から消えかけていた。

 

 

 

 



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20話



再投稿。





 

 

 ※

 

 

 二ヶ月後

 

 

 

 

 さて、長くなった王城の逗留も明日で終わりを告げる。いよいよアクセルだ。

 思えばまだ村を出て半年も経ってないんだよなぁ…。

 早いのか遅いのか分かんねえな。

 

 

 

 今日は自由に時間が使える最後の日ということで国王、ジャティス、アイリスが旅の餞別に、と一人一人手合わせしてくれるらしい。

 

 いや、そんな物より他に無かったのかとか聞きたいが。まあその気持ちだけで値千金と思うことにしよう。うん。

 

 

 ということで闘技場で俺と向かい合うのはアイリスだ。

 

 

 

 

「それじゃあ、始め!」

 

 

 

 

 ジャティスの開始の合図と共にアイリスが冗談抜きに俺を超えるスピードで俺の周辺に残像を残しながら動く。俺の動きに少し似ているのはアイリスが周囲の影響を受けやすいからだろう。

 

 俺が以前ベルディアに使った戦法をアイリスに話してやったのだが、これは失敗だった。

 いや、これ使われる方すげー怖い。今度会ったらベルディアに謝っておこう。

 

 

 アイリスが剣を喉に突き入れて来た。一歩ズレて躱すが、アイリスの戻りが速い。突き、斬り上げ、払う動作が一息のうちに行われる。その動きの先には俺の心臓部、眉間、頸動脈を正確に捉えている。

 

 どうでもいいけど何で全部急所狙いなんだよ。殺す気か。俺はいつの間にかアイリスに嫌われてしまったのだろうか。涙がで、出ますよ…。

 

 最初の突きはデュランダルで防ぎ、斬り上げは上体を逸らすスウェーで逃れ、次の斬り払いでわざと(・・・)体勢を崩した。その時同時にある物を手に忍ばせる。

 

 

 

 さて、アイリスはどう反応する?追撃か、待ちか…。

 

 

 そこで好機と見たか、アイリスが剣を引いて僅かに力を込める。

 

 

 

 

 

(かかった(・・・・)!)

 

 

 

 

 

 俺は表情で焦り、内心でほくそ笑む。

 アイリスは素早さは他の追随を許さないがこういう搦め手に少し弱い。素直すぎるのだ。

 

 というかまだ11歳でこの動きは異常だろ。明らかに俺が同じ年齢だった頃よりも強い。これからサボらずに精進すれば俺など足元にも及ばない強さを手に入れるだろう。頑張っていただきたい。

 

 

 手に隠し持っていたエリスの肖像が掘られた1エリス硬貨を手首のスナップでアイリスの目の前に放る。

 

 

 

 

 

「ッ⁉︎」

 

 

 

 

 

 完全に虚をつかれたのか、俺に振るうはずだった剣をその何の反撃にもならないコインを弾くことに使ってしまうアイリス。

 

 

 カキン、と高い音が鳴り硬貨が割れる。

 

 

 十分以上の働きをしてくれた。流石はエリス。俺の勝利の女神といっても過言ではない。

 

 崩した体勢を戻しながらアイリスに足払い。

「キャッ!」と可愛らしい悲鳴をあげ、宙に浮くアイリスの剣を打ち落とし、落下するアイリスを両手で受け止める。俗に言うお姫様抱っこだ。事案待った無しである。

 

 びっくりした顔で固まっていたアイリスだが、俺が何をしたのか分かってきたのだろう、次第に膨れ面になりながら抗議する。

 

 

 

 

「ゼロ様ズルい!もう一度!もう一度です!」

 

 

 

「はいはい。またの機会をお待ちしてます、お姫様。」

 

 

 

 

 まだ不満そうなアイリスを地面に下ろした直後に観客席からサーベルが飛来する。

 見なくてもわかる。クレアだ。最近クレアは隠れるのが上手くなった。いざ攻撃されないと何処にいるのかもわからない。

 …多分俺を暗殺するために練習したんだろうなぁ…。

 確かに今回は俺が悪い。以前あいつと交わした『YESアイリス、NOタッチ』の誓いを破ったからな。甘んじて受けたいがそんな余裕はない。

 

 

 サーベルの柄を掴み、飛んできた方向へ返してやりながらこちらに高速で向かう『エクステリオン』の斬撃をデュランダルで縦に斬って俺が通れるだけの亀裂を入れて避ける。

 

 

 

 

「次は…僕だ!」

 

 

 

 

 斬撃の軌跡をなぞるようにジャティスが走ってくる。

 

 ジャティスとの戦績はもう俺の圧勝だ。最初の半月は負けっぱなしだったが、更にその半月後には負け無しにまでなっていた。

 一対一では勝負にならなくなったあたりでジャティスとアイリスが俺を打倒するためにタッグを組んだのだが、このタッグがマジで強い。

 

 元々兄妹で、息はピッタリなのだ。片方が俺を抑え、もう片方が俺を嬲るという弱い者いじめの構図が出来上がってしまった。このコンビに勝てるようになったのはつい最近の話だ。

 

 コンビを組んだ後のアイリスは大層嬉しそうで、「久しぶりにお兄様と遊べました!」と100万ドルの笑顔を俺に見せてくれた。

 

 その笑顔は俺の犠牲の上に成り立っていることを忘れないでくれ…。

 

 

 

 デュランダルと聖剣が激突する。

 

 力でもジャティスを上回った俺が鍔迫り合いながらジャティスの胴体を蹴飛ばし、距離が開いたところへデュランダルの鞘をぶん投げる。

 

 ジャティスは、避けるのは間に合わないと考えたか、聖剣を斬り上げて鞘を上に弾くーー

 

 

 

 ーーその影に隠すように俺がデュランダルを投げていたことにも気付かずに。

 

 

 

 

「うわっ‼︎」

 

 

 

 

 見えない急襲ほど恐ろしいものはない。反応が遅れたジャティスの頰を切り裂いて地面に刺さる。かなり深い傷だ。血も結構出ている。悪いことをしたな…だが謝るのは後だ。

 

 さっきジャティスが弾いた鞘が10メートルほど上空に舞っているが、これなら一跳びで取れる。

 鞘をキャッチし、再度ジャティスに投擲。

 まだ怯んでいる彼の胸に直撃し、身体を後方へ弾き飛ばす。

 

 狙ってデュランダルの真横に着地し、剣を地面から引き抜きながらジャティスへ肉薄する。

 

 

 既に体勢を立て直しつつあるジャティスは『エクステリオン』を乱発するが、狙いも甘く、こんな腰も入っていない斬撃は苦し紛れにもならない。

 俺に直撃するものだけを斬り開き、突進。

 掠る軌道のものは無視しているため、痛みが何本も走る。それでも止まらない。

 無茶な姿勢で放っていたせいか、反動で再び体勢を崩したジャティスへデュランダルを振り下ろす。

 

 辛うじて受け止めるジャティスの顎へ容赦無く前蹴り。ぶわっと浮き上がる身体はガラ空きだ。落ちていた鞘を拾い上げて鳩尾へぶち込み、吹き飛ぶジャティスの手から聖剣を奪い取った。

 

 

 ちなみに俺がこの剣を聖剣と呼ぶのは、見た目と使う技が型月世界の某聖剣ととても良く似ているからだ。名前は出さないけど。

 

 

 

 

「さて、お前は剣を奪われた訳だが、これは俺の勝ちでいいんだよな?」

 

 

 

 

「ゲホッ!ゲホッ!わ…分かってるくせに…性格悪い…ゲホッ!最後くらい…君に勝ちたかったけど…。」

 

 

 

 

 鳩尾を強打したせいで咳き込むジャティス。敗けを認めたからには俺の勝ちである。

 

 

 

 

「よっしゃ次ぃ‼︎」

 

 

 

 

「聞けよ!というか君は本当に体力お化けだな…⁉︎」

 

 

 

 

 何を言うのか。そんな情け無いことを言うならお前をオークの群れへ放り込んでやろうか。

 この程度の戦闘で息を切らすようなら1日も持つまい。力尽きても無理矢理立ち上がらなければ貞操が危ないのだ。

 

 

 

 

「そ、そんな鬼みたいなことを何で思い付くんだ…!」

 

 

 

 

 弱音を吐き続けるジャティスを弄っていると、唐突に周囲が暗くなる。

 

 

 

 

「うおおおお⁉︎」

 

 

 

 

 同時にとんでもない重量が俺目がけて落下してくる。デュランダルで受け止めるが身体中が軋み、足が地面に埋まってゆく。折れるはずのないデュランダルが折れるのではないかと思う程の圧倒的な質量だ。

 

 

 

 

「ふむ、よく受け止めたものだ。剣の方が折れると思ったのだがな。」

 

 

 

 俺にとんでもない一撃を見舞ったのは国王だ。さっきまで反対側の観客席にいたから、多分直接跳んできたのだろう。

 

 お忘れかもしれないが、この闘技場、端から端まで300メートルあります。

 

 

 

 

「さあ!最後の相手は私だ!」

 

 

 

 

「アンタは仕事しろぉ‼︎」

 

 

 

 

 

 敬語も忘れて叫んだ。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 俺が勝手にベルゼルグ三脳筋と呼んでいる国王、ジャティス、アイリスの三人は同じ脳筋でもタイプがまるで違う。

 

 

 アイリスは力に頼らない速攻タイプ。その素早さはなんと俺よりも速い。まさにハヤテのごとく!である。

 

 

 ジャティスはああ見えてスピードとパワーを両立させたバランスタイプだ。ハイレベルで纏まっているため、戦闘の幅が広い。

 

 

 そして国王だがーーー

 

 

 

 

 

「ふん!ぬん!おりゃあ!」

 

 

 

 

「ひっ!ちょっ!あぶっ!」

 

 

 

 

 掛け声の度に俺に死そのものである大剣が振るわれる。スピードで翻弄したいが、これを実際目にすると反撃する気なんかさらさら起きない。

 

 軽く振るわれる一撃が掠っただけでその周辺がごっそり持ってかれるような凄まじい圧力を持っているのだ。反撃して直後にこれを喰らったら即死待った無し。

 故に剣すら振るわずにひたすら躱すことしかできないのだ。

 

 

 柔よく剛を制す?ふざけるな。このバケモンを見てから物を言え。

これを受け流せるのは渋川先生くらいだろう。

 

 

 

 究極の剛。破壊神。日中三倍バスターゴリラ。

 

 

 

 呼び方など何でもいい。とにかくとんでもない剛の化身がそこにいた。

 

 見た目は俺と同じくらいの体格なのにそこから引き出される力は間違いなく人類最強だ。どんな筋肉をしているのか、地面に拳を振るえばクレーターができてしまう。バカか。

 小学生が考えた『ぼくのかんがえたさいきょうのひーろー』とはきっとこんな感じなのだろう。

 

 

 その手に持つ大剣など、幅が50センチ、全長が3メートルを超えているのだ。どこのガッツさんだよ。それほどの大剣が驚くことにジャティスと同じくらいの速度で振るわれる。

 

 以前、俺VSアイリス、ジャティスペアで闘っていた時に国王が急に「今日は私も混ざろう。」などと言ってきたことがある。

 

 

 その時は俺とコンビで手を組んで国王をギャフンと言わせてやろうと意気込んでいたのだが、開始10秒後にはもう涙目になってしまった。

 

 

 

 開始と同時に国王へ躍り掛かるアイリスとジャティス。普通なら片方に気をとられている隙にもう片方が攻撃するシステム。しかも今回は背後に俺が控えているのである。

 

 この布陣なら魔王ですら攻略できると思える最強トリオのうち2人が国王のたった一振り(・・・)で夜空の彼方へ吹き飛ぶことになった。

 

 

 

『………は?』

 

 

 

 

 俺は最初、2人が高速で動いたせいで見失ったのかと思ったのだ。

 だが、国王が剣を振り切った姿勢でいることに気付き、呆然とした。

 

 後に聞いたが、アイリスとジャティスは闘技場の外まで吹き飛ばされ、周辺の民家に激突していたんだそうだ。文句無しの場外ツーランホームランである。いや、すぐ俺も後を追ったからスリーランか。

 何度でも言うが、端から端まで300メートルある闘技場だ。

 

 

 その時に前回から一ヶ月の間を空けてエリスに会ったことは誰にも言っていない。

 

 

 

 

 

 

 その恐怖の斬撃が俺一人目がけて襲いかかるのだ。俺が如何に綱渡りをしているか推して知るべし。回避に専念するのはしょうがない、しょうがないのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

「どうした!逃げてばかりでは勝てないぞゼロ君!それで魔王を倒すつもりか!」

 

 

 

 

「勝手なこと言わないでもらえます⁉︎それより手加減!手加減プリーズ!これ死にますって!」

 

 

 

 

 

「それでも私の子供たちに勝った男かね!あまりに不甲斐ないと私が魔王を倒してしまうぞ!」

 

 

 

 

「ぐっ…!」

 

 

 

 

 

 

 むしろ出来るんならなんで今までやらなかったのか。

 人類的に言えばさっさとやれという話だが、それは俺に一番効く煽りだ。

 

 

 横薙ぎに振るわれる大剣を地面スレスレに伏せて躱し、伸び上がりながら腕辺りを狙って突き上げる。しかしもうその時には次の一撃を振っているのだ。おかしいだろ。あの大剣をどうしたらそんな回転で扱えるのだ。

 

 動きを中断して一旦大きくバックジャンプして距離をとり、構える。とりあえず剣が届かない場所で一息つきたかったのだ。

 それを見て取った国王が言う。

 

 

 

 

 

「さて…ゼロ君。私はなにも君に怪我をさせたいわけでもないし、本気で闘いたいわけでもない。」

 

 

 

 

 ウソつけ絶対殺す気だゾ。

 

 

 

 

「なので、この一撃を躱すか防ぐかすれば君の勝ちにしようと思う。気張るといい。」

 

 

 

 

 

 

 

 国王が剣を両手で握り、右に思い切り体を捻る。そしてミシ…ミシ…という音が聞こえそうなほど…いや、実際に聞こえる。力を込め始めた。

 

 なるほど。

 あれを躱すか防げば俺の勝ち…素晴らしいサービス精神だ。恐怖で涙が出るね。

 

 この場にいなければわからないだろうが、俺と国王は30メートルは離れているのだ。

 その相手が筋肉を膨張させるのが目で見て分かるこの圧迫感。多分冗談でも何でもなくアレが掠っただけで命が危ういだろう。

 

 

 

 

 

 防ぐのは無理だ。ならば全力で避ける。いつもやってることだ。

 

 全身から力を抜く。そして剣を垂れ下げ、久しぶりに『スイッチ』を切り替える。時間が引き延ばされ、自分の体が重くなる。

 動体視力が上がる代わりに動きは遅くなるこの『スイッチ』。自覚したのは村で鍛えていた時だ。

 

 

 よく漫画とかで「動きが止まって見えるぞ」って強キャラ感出すセリフがある。

 …それが止まって見えるなら日常はさぞ生きにくいだろう。常々心の中でツッコミを入れていたが、同じ立場になって分かった。

 

 アレは集中した時にだけ起こる現象なのだ。そう結論付けた俺は自分の中に『スイッチ』をイメージして、切り替えることで体感時間を引き延ばすことができるようになった。

 

 体感時間が延びると、周りの空気が質量を持ったかのように重くなり結果的に動きが遅くなるが、それなりに便利なものである。

 

 

 

 

 国王が一歩踏み出す。

 足元が爆発し、真っ直ぐにこちらへ飛んでくる。対して俺は剣を垂らしたまま微動すらしない。

 

 大剣が届く距離になって初めて国王に困惑が浮かぶ。「なぜ避けない⁉︎」とでも言いたげな顔だ。しかし止めるわけにもいかないだろう、その鉄の塊を全身を使って横に振るう。砂塵を巻き上げて俺に迫る『死』。

 そこでようやく俺が動く。

 

 ーー剣をほんの少し上に投げる。

 

 国王が更に目を開く。ここで武器を手放す意味がわからないのだろう。

 

 

 投げた高さは10センチ程度。普段なら投げたとも言えない距離だが、この引き延ばされた時間の中ではかなり滞空しているように見える。

 

 

 大剣はもうすぐそこまで来ているが、俺にはしっかりと見えている。

 

 ーー大剣の腹に手を乗せる。こちらを斬るために振るのだから当然腹は上を向いている。他の剣では無理だが、これだけの大剣ならーー

 

 そのまま剣の上を転がる(・・・)。その途中で上に投げたデュランダルを手に取り、着地。

 砂塵吹き荒れる中、国王の喉に向かって腕を伸ばす。こっちは加減などする余裕はない。怪我をさせてしまうかもしれない…。

 

 

 

 だがそれは杞憂に終わった。

 

 国王はあろうことかデュランダルを歯で挟み込み、首を捻って俺の突きを回避したのだ。

 

 驚愕する俺に凄まじい衝撃が襲いかかる。感触からして大剣ではないが、背骨から嫌な音がした。もしかしたら折れたかもしれない。

 

 

 意識が遠のく。これはまたエリスコースだな…、そんなことを思いながら瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「…あの、大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 いつもの場所でいつもの通りエリスが座っている。

 しかし、俺は答えられなかった。

 

 

 ーーー悔しい。

 

 

 国王の基準では勝ったことになっているが、そんなことは関係無い。

 実力で勝てなかったことが、あれだけ歴然とした差があることが悔しくてたまらない。

 

 

 

 

 

「だーうー…。勝てないなぁ…。」

 

 

 

 

「それは…仕方ないと思いますよ。彼は歴代の王族でも類を見ないくらい強いですから…。」

 

 

 

 

「…俺が国王に勝ったらエリスがなんかしてくれるなら勝てる気がする。」

 

 

 

 

「…?えっと、例えばどんなことですか?」

 

 

 

 

 

 …そう言われると考えてなかったな。

 

 

 

 

 

「チューとか?」

 

 

 

「はぇ⁉︎」

 

 

 

 

 

 もちろん冗談だ。俺にそんな勇気は無いし、乗ってこられても困るが、こうしてふざけてないと泣きそうなのだ。

 エリスの表情の変化を楽しんで帰してもらおう。

 

 エリスはしばらくうんうん唸っていたが何か思い付いたようにこちらを見た。

 

 

 

 

「さすがにち、チュー?とかはダメですけどーーーー」

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

「ーーーーーこれならどうですか?いつか彼に勝った時にでも。」

 

 

 

 

 ーーーーーー。

 

 

 

 

「・・・エリス、今すぐ俺を帰せるか?」

 

 

 

 

「え?できますけど…?」

 

 

 

 

「今からリベンジしてくる。起こしてくれ。」

 

 

 

 

「え⁉︎だ、ダメですよ!起きるのはできますけど、ここにいるってことはかなりの怪我を負ったんですよ⁉︎すぐに闘うなんて…!さっき万全の状態で負けたばかりじゃないですか!」

 

 

 

 

「大丈夫大丈夫。今なら無茶すれば勝てる気がするから。」

 

 

 

 

「だから無茶はしないでくださいって…ああ!もう!」

 

 

 

 

 

 俺の意思が変わらないと悟ったのか、エリスはしょうがないとばかりにーーー

 

 

 

「『筋力増加』!『速度増加』!『体力増加』!『防御増加』!『知覚強化』!」

 

 

 

 

 矢継ぎ早に…これは…支援魔法…?たまにクレアと共にアイリスの世話係をしているレインが使っているーーーそれをかけてきた。

 

 

 

 

 

 

「どうせやるなら勝ってきて下さい。あなたは同じ条件で勝負したいかもしれませんが、今度同じものを受けたら本当に死んでしまいますよ。」

 

 

 

 

「いや、確かに自分の力だけで勝ちたいのはあるけど…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは今更だ。

 元々特典(チート)を持っているわけだし、俺が振るう力はほとんどが初めてエリスに会った時にエリスから貰ったものだ。あの会話が無ければここまで来ることは出来なかった。

 この魔法もありがたくもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、目が覚めますよ!頑張って行ってきて下さい!ーーー『祝福を』‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 最後の魔法はおそらく幸運を引き上げるものだろう。幸運の女神による『祝福』。人間が同じ魔法を使うよりもはるかに効果は高いだろう。

 

 

 ありがたい。俺の運が悪いことなどとっくに分かっている。自慢ではないが旅に出てから人との出会いにしか恵まれていないからな。その最たるものがエリスと出会えたことだ。

 

 

 

 

 

 

「ああ!行ってきます!」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「あ!ゼロ様が起きましたよ!」

 

 

 

 

 目を開くとアイリスの声が聞こえる。

 どうやら看病…と言っていいかはわからないが看てくれていたらしい。

 

 

 

 

 

 

「まったく!お父様は少し反省して下さい!」

 

 

 

 

「そうですよ、ゼロじゃなかったら普通に死んでましたよ、あれ。」

 

 

 

 

「う…む…。す、すまない…。」

 

 

 

 

 

 これは珍しい光景だな、一国の王が王子と王女に叱られている。普通なら一生見ることはないだろう。いつか誰かに自慢したいものだ。

 

 

 

 

 

 

「いや…すまなかったね、ゼロ君。君が思いの外強いものだからつい熱中してしまった。しかし私が提示した条件をクリアしたのだ。素晴らしいよ、君の勝ちだ。」

 

 

 

 

 

 手を差し出しながら俺を褒めてくる。

 素直に嬉しい。だが残念、俺が本当に欲しいのはそんな上辺だけの賞賛ではない。

 

 

 握手のために差し出された手を無視して国王に喧嘩を吹っ掛ける。

 

 

 

 

 

「そのことなんですが…今からもう一度俺と勝負してもらえませんか。」

 

 

 

 

 

 

 手を引っ込めながら俺を見据える国王。何か思案する素振りを見せたが、快く了承してくれた。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 闘技場。中央で向かい合う俺と国王。

 

 

 勝利条件はどちらかがどちらかに一撃を入れることーーーこれは俺が提案した。さっきのままだと勝ったとは言えないからな。

 

 

 国王はあの時と同じ構えで既に力を溜めている。もしかしたらアレが国王の一番得意な技なのかもしれない。勝手に『フィールドクラッシャー』と名付けさせてもらおう。

 

 

 

 

 ーーー俺は今まで試していなかったことがある。

 

 この場で言えば、ジャティスも国王も持っている、俺の知る漫画やアニメの世界でも大抵誰でも持ち、使っている華々しい『必殺技』を俺は一度も考えたことがない。

 

 漫画のキャラクターの技を再現しようと思えば、まあ出来るのだろう。むしろ一部俺の方が強く、速く撃てるかもしれない。

 

 

 だが、それには()がこもっていないのだ。当然だろう、あいつらが使う技はあいつら自身がそれこそ身を削って生み出したあいつらのための技なのだ。

 

 それをいくら強さが上とはいえ、猿真似にすぎない俺が使って良いわけがない。

 

 ならば、俺の『必殺技』とはなんなのか。

 これは俺の持論でしかないが、『必殺技』とは一番繰り返し、自身が最も得意とする技に与えられる名称ではないのか。

 

 誰しも、最初に必殺を思い描く。それを目指して修練していく中で、そいつが『これだけは他の誰にも負けない』程に積み重ねて自分に合わせて変化させたものだけが『必殺技』と呼べると思うのだ。

 

 その考えでいくと俺が最も積み重ね、世界で一番とは言わない、同じ年数だけ生きた人間には決して負けないくらいに繰り返した動作ーーー。

 

 

 

 

 剣を正眼に構え、脚は前後に肩幅より少し広めに。そのまま大上段に振りかぶり、そのまま振り下ろす単純な動き。

 

 向こうの世界でいう剣道の素振りに似ているが、細部は違うだろう。

 

 これ(・・)だ。これが俺の必殺…誰にも、誰よりも繰り返した俺の技だ。

 

 

 一体俺の他に誰が朝日が昇り、夜日が落ちるまで…それを10年以上延々とこの動作を続けたというのか。

 他の動きや振り方に手を出してもこれだけは欠かしたことがない。これが俺の基本動作ーーー『必殺技』だ。

 

 

 だが、哀しいことにこんなものは戦場で役に立つことなどない。

 当然だ。脚を止めてこんな綺麗な形で剣を振ることなど戦闘時において出来るわけがないのだ。

 

 

 この『必殺技』が役立つのはそれこそ今のように一撃必倒の試合ぐらいなものだ。今後使う機会が訪れるかどうかーーー。

 

 

 

 

 

 国王の足が沈み込み、もういつでも飛んできそうだ。

 俺の方は気負うことなどない。いつも通りに、いつものように剣を振りかぶる。力を抜き、来るべき時に備える。

 

 

 直後に国王の足元が爆ぜ、地面に蜘蛛の巣状に亀裂が入る。完全にあの時と同じようにこちらへ振られる大剣。もう目の前だ。

 

 

 

 

 

 ーーー今‼︎

 

 

 

 

 全身に瞬時に力を入れる。

 支援魔法で強化された力が爆発的に膨れ上がり、たった一つの動作をすることだけに注力される。

 

 

 狙うのは王そのものではない。

 振るわれる大剣。確かにその大剣は国王が振るに値する名剣と呼ぶにふさわしい。

 

 だが俺のデュランダルは神から授かった神器だ。人が打った剣が『不壊剣』との衝突に耐えられるものかーーー‼︎

 

 

 

 全身の力が解き放たれる直前に思う。そういえば俺はこの技の名前を考えるのを忘れていた。

 

 と言っても元がただの素振りだ。そんな大層なものは付けたくない。かといって呼び名無しは…。

 

 

 …ダメだ。思いつかない。イタくなく、カッコ悪くも無い名前は存外に難しい。

 

 

 

 まあ、後から考えるとして、とりあえずはこう呼ぼう。

 

 一太刀であらゆるものを切り裂く。どんなものをも真っ二つにする。そんな願いを込めて…。

 

 

 

 

 

 

「『一刀両断』‼︎」

 

 

 

 

 

 直後に人が打った名剣と神が授けた神剣が激突する。

 何かが折れる音がした。

 

 

 そしてーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「王都に寄った時はいつでも遊びに来てくれよ。」

 

 

 

「そんなに王都に来ることはねえだろうけどな。」

 

 

 

 

 翌日、正門の前でジャティスの見送りを受ける。

 アイリスは俺が帰ることになって寂しそうにしながら部屋に閉じこもってしまった。

 それくらいには懐いてくれていたようで嬉しい限りだ。

 

 

 国王は「しばらく山に籠る」とか言って姿をくらませてしまったそうだ。何やってんだ。冨樫も国王も仕事しろ、マジで。

 

 

 

 

「いや、折角の出発なのに見送りが僕だけでホント申し訳ないね…。」

 

 

 

 

「まあいいさ。アイリスによろしく言っといてくれよ。国王様は一発殴っておけ。」

 

 

 

 

「き、君じゃないんだからそんなこと出来ないよ…。」

 

 

 

 

 顔を引攣らせながらジャティスが言うが残念、俺だってそんなことは出来ないし、絶対やりたくない。

 

 

 

 

「それじゃ、もう行くわ。ありがとうな。」

 

 

 

 

「僕こそ。君のおかげで前よりずっと強くなれた。また来た時にでも勝負しよう。」

 

 

 

 

 

 ジャティスと握手して三ヶ月過ごした王城を離れる。

 

 アイリスの部屋がある辺りをふと見ると、アイリスがこちらへ手を振っているのが見えた。隣にはクレアとレインもいるようだ。手を振り返して王都の正門へ向かう。

 クレアとはあいつから突っかかって来たからある程度話したが、レインとはあまり会話できなかったな。今度来たらもう少し仲良くしたいものだ。

 

 

 

 街を歩いていると見知った衛兵が敬礼をしてくる。いらないってのに。

 今度は一緒に戦ったことのある冒険者が話しかけてくる。今からアクセルに向かうことを告げると、『サキュバスネスト』という店を紹介された。何の店かは教えてくれなかったが、行けば分かるそうだ。楽しみにしておこう。

 

 

 

 正門に着いた。

 王都からアクセルへ行く手続きをして、衛兵に別れを言う。また敬礼されたが、何で俺に敬礼するのか。王子でも貴族でも無いんだぞ?意味分からん。

 

 

 

 

 王都を出てしばらく歩いた後に振り返ってみる。滞在中に何度も思ったが、やはりデカい。周囲をグルっと城壁が囲んでいるため、魔王軍も容易く攻められまい。

 

 

 

 

 

 再びアクセル方向へ歩き始める。

 色々なことがあったが、やっと冒険者になれる。それがとても楽しみだ。

 

 

 それ以上に今度エリスに会う時を楽しみにしながらゆっくり歩いてゆく。

 

 

 

 



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三章このすば前日譚
21話




再投稿。






 

 

 ※

 

 

「どちらからいらっしゃったんですか?」

 

「王都から来ました。冒険者登録をして、しばらくアクセルで活動する予定です。あ、これ一応紹介状です。」

 

 

「ああ、はい。結構ですよ。お通り下さい。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

 門番に滞在する理由を説明して通してもらう。

 アクセルの街並みを眺める。石畳みの路を馬車や通行人がのんびりと歩いていた。

 

 先に王都を見てしまうとどうしても基準が偏ってしまいがちだが、これでも普段より賑わっているそうだ。

 

 

 

(次は何をしようか…?やはり最初に冒険者登録を…いや、もう少し後でいいや。)

 

 

 

 早速登録しようとも思ったが、俺は先に面倒ごとを片付けてしまうことにした。

 

 途中で人に道を聞きながら路地を歩く。

 大通りから少し外れたところにその店はあった。

 

 

『ウィズ魔道具店』。ここで間違いなさそうだ。

 バニルからの伝言を伝えるために来たのだが、朝も早いというのにもう開店しているらしい。感心なことだ。

 

 

 

「ごめんくださーい!」

 

 

 

 扉を開けながら大きめの声を出す。すると奥から

 

 

 

「い、いらっしゃいませー!」

 

 

 

 と、若干上擦った声とともに髪の長い女性が顔を出す。歳は20代くらいか。穏やかな顔付きの優しそうな人だ。そして目を引くのは服の上からでもわかる胸元の膨らみ。

 ふむ、でかいな。ベルディア辺りが喜びそうだ。

 

 

 

「あ、あの…お客様…ですか…?本当に…?」

 

 

 

 変なことを言うもんだ。店に来る人間は大抵客だろう。俺は残念ながら違うが。

 

 

 

「あ…すみません、その、滅多に人が来ないもので…。そうですか、お客さんじゃないんですね…。」

 

 

 

 どうやら客足が思わしくないらしい。見てて可哀想なほどにしょんぼりする女性。

 悪いことをしたかもしれないが、実際に客として来たのではないのだ。

 

 

 

「あなたがウィズさんでよろしいですか?」

 

 

「あ、はい。私がウィズですけど…?」

 

 

 

「バニルという名に聞き覚えは?」

 

 

 

 バニルの名が出た途端にあからさまに警戒の色を強めるウィズ。

 

 

 

「…あなたは誰ですか?どこでバニルさんと知り合いに?」

 

 

「ああ、いえ、違うんですよ。バニルから伝言を頼まれましてね。詳しい期日は分からないんですけど近いうちにここに来るそうですよ。」

 

 

「え⁉︎バニルさんがアクセルに⁉︎」

 

 

 

 なるほど、迂闊だったな。

 

 魔王軍の幹部と知り合いの自分の元へ全く知らない人間がいきなり訪ねて来たら警戒しない方がおかしい。

 

 しかし、弁明とともにバニルからの伝言を伝えると、そちらに意識を割いてしまったようだ。

 俺が言うのもなんだが、もう少し気を付けた方が良いのではないだろうか。

 

 

 

「俺はゼロといいます。バニルとは、王都で会いましてね。あいつが魔王軍の幹部だって事も知ってるので安心して下さい。」

 

 

「あ、そうなんですね。ゼロ…さん?わざわざありがとうございます。あの…ということは私の事もバニルさんから聞いてます…?」

 

 

 

 少し不安げに聞いてくるウィズ。

 何かやましいことでもあるのか?…そういえばウィズはバニルとどういう知り合いなのか。

 

 悪魔関係か魔王関係か…もちろん何の関係も無いかもしれないが、一応カマをかけておくことにした。

 

 

 

「ええ、聞いてますよ。俺は人間ですけどあなた達が人に迷惑をかけない限り害そうとは思わないので平気です。

 もちろんあなたの仲間が迷惑をかけるなら倒しますけどね。ほら、そういう方、そちらにいらっしゃるじゃないですか。」

 

 

「はい…そうですね。私は大丈夫ですけど、ハンスさんやシルビアさんなんかは一般の方も傷付けてしまうので…。

 私が目の届くところなら一応注意くらいはするんですけどね。」

 

 

 

 ちょっろ。

 

 よくもまあ初対面の人間に内情をペラペラ喋れるもんだ。逆に感心するわ。

 

 だがビンゴだ。ウィズは魔王軍の関係者…しかも幹部であるシルビアに注意できる程の立場にいる。幹部か、それ以上だな。とてもそうは見えないが。

 しかし、シルビアはもう俺が倒したのだ。その事を知らないってのは…あまり魔王軍側に詳しくないのか?

 ハンスとやらは聞いた事が無いが、シルビアと並んで名前が出たからには幹部クラスだろう。

 

 あまり根掘り葉堀り聞くと警戒されてしまう。この辺にしておきたいが、最後にウィズ自身について質問する。

 

 

 

「ウィズさんが幹部だってことは知ってますけど、どんな能力を持っているのか、バニルは直接聞けと言って教えてくれなかったんですよ。よければ教えてもらえますか?」

 

 

「あ、私はリッチーなんですよ。一応最上位のアンデッドですから、色々出来ますよ?」

 

 

 

 なんとこの危機管理能力をどこかに捨ててきたとしか思えないウィズはリッチーだという。

 

 リッチーは不老不死で、特有の能力をいくつも持っている。通称『不死王』と呼ばれ、今では世界に数人しかいないとお袋から教わった。

 

 戦えば苦戦どころか普通に死ねるだろう。ウィズが人間と敵対していないのは僥倖だな。

 

 

 

「なんで魔王軍の幹部になんかなったんです?リッチーだなんて言わなければバレやしませんし、普通に人間社会で暮らせてるじゃないですか。」

 

 

「それがですね…。昔…あ、私冒険者をやっていたんですけど、魔王城に攻め込んだことがあって、その時に魔王さんに泣き付かれちゃったんですよ。

 悪いことしたかなーって思って、魔王城に張ってある結界の管理だけ受け持ったんですね。その他は何もしなくていいと言われましたので、中立を保ってる感じです。言わばなんちゃって幹部ですね。」

 

 

 

 どうやら冒険者だった頃もかなり強かったらしい。

 まさか単独で魔王軍のど真ん中を突っ切れるほど強いとは…。

 

 

 

「あ!せっかくなので、お茶でも淹れましょうか?よろしかったら品物も見ていってください!良い商品を入荷したんですよ!」

 

 

「ふむ、じゃあお願いしましょうか。」

 

 

 

 それほどの実力者がどんな物を取り扱っているのか興味もあるしな。

 

 淹れてもらったお茶を飲みながら目に付いた商品について聞いてみる。

 

 

 

「このビンはなんですか?なんか緑色の液体が入ってますけど。」

 

 

「それは普通のポーションですね。飲むと疲労回復と、傷の治りが早くなりますよ。」

 

 

 

 そんな便利なものがあったとは知らなかった。後で買おうかな。

 というかポーションってまんまかよ。

 

 

 

「こっちは…色が赤い…?これも飲むんですか?」

 

 

「あ、それは蓋を開けると爆発しますよ。気を付けてください。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 そっと手に持ったビンを棚に戻す。

 

 …え?それ何に使うの?

 いや!…きっと俺が知らない用途があるのだろう。そうに違いない。

 

 

 

「…こっちは?色は赤いですけど、ビンが違いますね。」

 

 

「それは飲めますよ。ポーションの一種ですね。」

 

 

「へえ!色からして…筋力が上がるとか?」

 

 

「いえ、飲むと爆発します。」

 

 

「何に使うんだよ!」

 

 

 

 我慢出来なかった。

 

 蓋を開けると爆発するのはまだいい。投げれば手榴弾として使えるかもしれない。

 飲むと爆発ってなんやねん。マイナスの要素しか見つからんわ。

 

 まさか他の物もこの調子なのだろうか。役に立ちそうなのがただのポーションしかないぞ?

 

 この店が流行らない理由がわかってしまった。ウィズは一体何を思ってこんなモノを仕入れているのか。

 何か心に病を患っているなら力になってやりたい。

 

 

 

「…こっちの赤いのはなんだ?これも飲んだり開けたりしたら爆発するのか?」

 

 

「いえ、違いますよ。それは強い衝撃を与えると爆発するので落とさないでくださいね。」

 

 

「…結局爆発するのか…。…ん?」

 

 

 

 衝撃を与えると爆発?逆に言うと他の方法では爆発しない…?

 

 

 

「え?そうですね…。…はい。それは衝撃を与えなければ何をしても爆発しませんよ。」

 

 

 

 ーーーーー。

 

 …これは使えるかもしれない。

 いや、他のはゴミも同然だが。なんだ、普通にマシなのもあるじゃないか。

 とはいえ俺以外にはまず売れないだろう。俺は偶然活用方法を思い付いただけだしな。

 

 

 

「これを全部くれ。あと、普通のポーションを10個程。」

 

 

「え⁉︎あ、はい!ありがとうございます!」

 

 

 

 驚きつつも商品を袋に詰めるウィズ。

 

 幸いにも俺は王都で衛兵の訓練を時々見てやったり、ジャティスが前線に出ている間に攻めてきた魔王軍を撃退したりといった報酬を貰っているので少し割高なポーションを買った程度ではビクともしないくらいには金を持っている。

 

 あれだな。実はこの店、はじまりの街で出してるから流行らないのであって、他の街ならそれなりに客が来るのかもしれないな。

 

 

 

 ※

 

 

 

「よし、じゃあ冒険者ギルドに行くかな。またさっきのポーション、入荷しといてくれ。たまに来るかもしれない。」

 

 

「本当ですか⁉︎あ、ありがとうございます!今後もご贔屓にーーー」

 

 

 

 来た時は朝も早かったのに気付いたら外は昼下がりだ。

 

 商品を包んだ袋をウィズから受け取ろうとしたその時ーーーーー。

 

 

 ーーー唐突に世界が変わった気がした。

 

 

 

 

「「‼︎」」

 

 

 

 俺とウィズが同時に全く同じ方向へ弾かれたように顔を向ける。

 

 と、言っても俺はなんか変な感じがするな〜程度の認識だったのだが、ウィズに至ってはこの世の終わりが来た時のように怯えた表情で俺が来た方向ーーーアクセルの入り口を見つめている。

 

 それと、俺には今の気配に既視感があった。

 

 

(…エリス…?)

 

 

 目を細めながら思案する。

 なんとなくしかわからないが、エリスの雰囲気に似ている気がしたのだ。

 

 

 

「…今の、分かったか?」

 

 

「…はい。何かとてつもなく神聖で強力な気配がこの街に降りました。それこそ世界を丸ごと変革させるような何かが。これは…神気…?」

 

 

 

 凄いな。そんなことまで分かるのか。

 普段とは違うしっかりとした受け答えにこれがどれだけ緊迫した状況なのか伝わってくる。

 

 それよりも今、聞き捨てならない単語が出たぞ。

 神気…それは読んで字のごとく、神や女神(エリス)が放つものなのだろう。

 

 

 

「…少し様子を見てくる。その袋、預かっててくれ。また取りに戻る。」

 

 

「え、あ!き、気を付けてくださいね!」

 

 

 

 返事を聞く前に走り出す。

 周りに影響を与えない程度のスピードで元来た道を逆走して、ものの数分でそれらしきモノを見つけた。

 

 全体的に青い色彩で身を固めた少女と、緑色のような、奇妙な服装をした少女と同年代の少年。俺よりは少し若いか。

 

 なにやら少女が喚き散らしながら少年に縋り付いている。どうやら違和感はあの青い少女から出ているようだ。

 

 つーかいい年頃の女が何やってんだ。もうちょっと慎みを持てよ。なんかアイツ見てると腹立つな…。あ、今緑色の少年が振り払った。ついでに殴っていいぞ。

 

 

 少年の着ている服も変な感じだ。俺は見たことが無いはずなのに、似た服を着たことがあるような無いような。

 

 

 ひとしきり騒いだあと、どこかへ向かおうとしたようだが、場所がわからないらしい。

 

 少し迷った。

 俺もアクセルに着いたばかりであまり詳しくは無いのだ。だが、どうにもあの2人は気になる。役に立つかわからないが、声を掛けておくことにしよう。

 報酬には期待出来ないが、放っておくのもよくないしな。

 

 

 

 

「すみません、何かお困りでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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22話



再投稿。






 

 

 ※

 

 

 

「お前、女神なんだろ?ギルドがどこにあるのかわかんないのか?」

 

 

「そんな事聞かれても知らないわよ。基本的な知識はあるけど、たくさんある異世界の中の小さな街の施設なんていちいち知る訳ないでしょ?」

 

 

 

 コイツ、一発ぐらいぶん殴っても許されるんじゃないだろうか。

 

 せっかく異世界に転生したというのに、特典として連れてきたこの女神は使えないし(自業自得なのは置いておく)、早くもダメダメな気配がするが、俺は生まれ変わるのだ。

 

 この世界で魔王を討伐して元の世界に帰るという目標があるのだから!

 

 

 そのためにはまずはギルドの場所だな。そう考えながら道行く人に声をかけようとした時、男の声が聞こえてきた。

 

 

 

「すみません、何かお困りでしょうか?」

 

 

 

 見ると、腰に剣を下げ、黒と赤のリバーシブルのマントを身に付けたイケメンがそこに居た。

 

 髪は燃えるような赤、地毛なのだろうか。さすが異世界。目付きは多少悪いが、紛う事なきイケメンだ。

 

 

 

(ちっ!イケメンかよ。こういうのは美少女ってのがお約束だろうが!)

 

 

 

 ただイケメンというだけで拒否反応が起きそうになるが、せっかく声を掛けてくれたのだ。好意に甘えてギルドへの道を教えて貰おう。転生したばかりでわざわざ波風を立てることも無いしな。

 

 

 

「あ、はい。この街には来たばかりで何も分からなくて。とりあえず冒険者になりたいのでギルドへの道を教えてください。」

 

 

 

 ※

 

 

 

 なんか声掛けた途端すげえ顔で睨まれたんだが。初対面で失礼なクソガキだなおい。

 

 とはいえ、困っていたのは確かなようだし、ギルドへは俺も行きたかったところだ。

 ウィズの店に置いてきた荷物は…まあそれを済ませてからでいいか。

 

 

 

「いいですよ。ちょうど俺も冒険者登録をしに行く途中だったので一緒に行きましょうか。俺はゼロです。よろしく。」

 

 

「えっ。あ、はい、佐藤和真です。よろしく…。」

 

 

 

 なぜかまた顔を顰める芋虫少年もといサトウカズマ。ぶっ飛ばすぞ。

 

 険悪になりかけた俺に今まで空気と化していた少女が急に声をかけてきた。

 

 

 

「ねえ、その剣って『不壊剣』デュランダルでしょ?もしかしてあなたも転生者なの?なんか見覚えないんですけど。」

 

 

「「は?」」

 

 

 

 俺とサトウカズマの声がハモる。

 

 …待て、なんでこいつがそんな事を知ってんだ。まさかこいつ、いや、こいつらも転生者なのか…?

 

 …ダメだな。さすがに怪しすぎる。嘘はつかずに様子見してみるか。

 

 

 

「いえ、この剣は俺の親父が持っていたものでしてね。親父が死ぬ時に所有権を譲ってもらったんです。確かにそのような銘が付いてますが…転生者、とは?」

 

 

「……んん?」

 

 

「バッカ、お前…!」

 

 

「痛ったーい⁉︎何すんのよヒキニート!あんた女神に向かって暴力とかバチ当たりも大概にしなさいよ!」

 

 

「ヒキニート言うな!いきなりそんな意味不明な事言ったら怪しまれるだろうが!少しは考えろこのクソアマ!」

 

 

 

 青い少女は俺の話を聞いて首を捻って何かを思い出そうとしたみたいだが、サトウカズマの脳天チョップにより思考が中断されたようだ。そのまま掴み合いの喧嘩を始める。仲がよろしいようで何よりだ。

 

 

 怪しまれるというが、お前らは少し自身を省みるがいい。もはや俺の中のお前らは怪しさMAXなど通り越して、ギルドだと嘘をいって衛兵所に案内するまである。

 

 

 というか今この女、女神とか言わなかったか?

 

 

 

「…往来で騒ぐのもいいけど、君たちの事はなんて呼べばいい?俺はただのゼロで構わないけど。」

 

 

「あ、俺はカズマでいいです。」

 

 

「私のことはアクアって呼んで。」

 

 

 

 ※

 

 

 危うく剣を抜きかけた。自制した俺は褒められてもいいんじゃないかね。

 

 

 アクアぁ?それは忌まわしくも俺の転生に失敗しやがったクソ女神の名ではなかったか。それだけでは飽き足らず、謝罪や仕事をエリスに押し付けてアニメを視聴するとかいう魔王軍よりも優先されるべき駆除対象だ。害虫に他ならない。

 

 

 さすがに本人ではないだろうが、同名で自称女神……?

 

 

 

「カズマに、アクア…。ちなみになんですが、アクシズ教の御神体、女神アクアと何か関係があるんですか?」

 

 

「本人よ‼︎」

 

 

「って言ってますけどただ頭が弱いだけなんでお気になさらずー!」

 

 

「なんですって!カズマあんた、仮にも女神に頭が弱いってどういうことよ‼︎」

 

 

「お前自分で仮にもとか言ってんじゃねーか!」

 

 

 

 ほう…?

 

 

 …まあそういうことにしておいてやろう。カズマの苦しい言い訳にも一応の説得力はある。

 

 それにまだ(・・)騒ぎを起こすのは早い。ここでキレても良い事など俺の気が晴れるってことしかない。

 

 

 あと見逃す理由は…………ああ、こいつが失敗しなけりゃエリスとも出会えなかったのか。

 おお、コレはでかいな。なんとか折り合いはつけられそうだ。

 

 

 まあそもそも前の『俺』なんて俺は知らんけどね。俺が一番怒ってんのは果たすべき責任もエリスに押し付けてエリスに先輩面して偉ぶってることに関してだ。

 

 転生失敗は今の俺には正直どうでもいい。

 

 

 んむ、そう考えたらスッキリしてきたな。

 以前…王都に逗留する前の俺なら多分殺ってたと思う。

 

 

 人の気持ちなどちょっとしたきっかけで変わるもんだ。荒れてた奴がたった一つのアニメによって丸くなることもあるのだ。CLANNADは人生。

 

 

 

「ほら、あれがギルドの建物だ。騒ぐのもいいけど、衛兵に捕まっても俺は知らんぞ。」

 

 

 

 敬語を使うのもめんどくさくなった俺が遂に殴り合いをし出した二人を諌めつつギルドを指差す。

 こいつらはアレだな、喧嘩するほど仲が良いを体現してんな。

 

 未だにいがみあう二人を尻目に、扉を開けて中に入った。

 

 

 ※

 

 

 

「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどういったご用件ですか?」

 

 

「冒険者登録をしたいんです。えっと、この三人。」

 

 

「はい、承りました。登録料は一人千エリスです。」

 

 

 

 千エリスね。登録の手続きをしてもらうために俺が財布を取り出すと、後ろから何やら不穏な会話が聞こえてくる。

 

 

 

「おいアクア、お前金って持ってる?」

 

 

「あんな状況で連れてこられて持ってるわけないでしょ?」

 

 

 

 こいつらマジかよ。何しに来たんだ。きょうび運転免許だって発行するのにウン十万かかるだろうに一文無しでどうやって登録するつもりだったのか。

 

 というか今更だがなぜ女神がこんなところにいるのか。あんな状況ってどんな状況だよ。

 

 俺が尽きぬ疑問と格闘しているとアクアがなにを思ったか俺にしなだれかかってきた。

 

 気持ちわりいから離れてくんねーかな。手が滑るかもしれん。

 

 

 

「ねえ、ゼロさん?初めて会った時から思ってたんだけど、あなたってすっごくその、かっこいいわよね!」

 

 

 

 こいつまさか俺にたかるつもりか。

 なんてこった、生まれて初めてカツアゲに遭遇してしまった。新鮮な体験をさせてもらったお礼をしなくては。

 

 

 

「おいカズマ、これ、千エリス。貸してやるからさっさと登録してきな。」

 

 

「お、マジで?いいのか?」

 

 

 

 俺がカズマ(飼い主)に千エリスをやると、アクア(ペット)がこちらに両手を揃えてなにか欲しそうに向けてきた。

 

 …何だ?ペットの分際でお捻りが欲しいってか。しょうがねぇなあ。

 

 

 心優しい俺はその手に一エリス硬貨を乗せてやる。いやあ、親切って気持ちいいね!

 

 

 

「なんでよ‼︎」

 

 

 

 このペットは何が不満なのか。せっかくお小遣いをやったのだ。さっさと外に消えて道端の草でも食ってろ。

 

 

 

「あ、あの、ゼロさん?なんでそんなに怒ってるの?私なにかした…?」

 

 

「いやあ?別に?ただオレ、オマエ、キライ。」

 

 

 

 なにかしたかと聞かれりゃそりゃされたよ。二、三発殴っても俺は許される(断言)

 

 いや、実際こいつが余計なことしなければ普通に貸してやったかもしれん。アクアのしたことが癇に障ったからこうしているだけで。

 

 

 

「…う…うわああああああ‼︎ガ、ガズマ!ゼロが、ゼロがあああああ‼︎」

 

 

 

 メンタルよっわ。

 

 俺のキライ宣言が響いたのかアクアが泣き始めた。うるさいことこの上ないが…その、なんだ。こう泣かれるとちっと悪いことした気分になるな。

 

 

 子どものように泣き喚くアクアをカズマに任せてため息をつきながら迷惑そうにする受付嬢に三千エリスを渡した。

 

 

 

「あの、すみません。これ、あの二人の分もお願いします。」

 

 

 

このままだと登録手続きも一向に進まないしな。

 

 

 心の中で言い訳をする。

 俺はなんだかんだ一度知り合った人間にはあまりキツく当たれないのかもしれない。

 

 

 

 



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23話



再投稿。





 

 

 ※

 

 

 まだぐずるアクアに謝りながら受付嬢から冒険者という職業についての説明を受ける。

 とはいえ、俺はその辺は抜かりないし、この説明が必要なのはこの二人だろう。カズマは良いとして、アクアはちゃんと理解出来るだろうか。少し、ほんの少しだけ心配だ。

 

 

 

「ーーーというわけで生き物を倒したり、食べたりすればその魂の記憶の一部を吸収してレベルアップします。レベルアップすればステータスが上がったり、スキルを覚えるためのスキルポイントを貰えたりするので、レベルアップ目指して頑張って下さい。」

 

 

 

 お袋から大体聞いてたけど改めてゲームまんまだな。もしかしてこの世界ゲームの中なんじゃないの?

 

 しかしさすがはこの道のプロ。説明はかなり分かり易かった。これならこのバカ(アクア)でもーーー

 

 

 

「すかー」

 

 

 

 俺はもう知らん。

 

 

 泣き疲れたのか、熟睡するアクア。カズマがゴミを見る目で見て、頭にゲンコツを振り下ろしてまた泣かせていた。

 こいつは泣いているアクア(子ども)を見て可哀想とか思わないんだろうか。それとも俺が優し過ぎるだけか?

 

 

 説明してくれた受付嬢ーーー名札にルナって書いてあるな。ルナもどう反応すればいいか困っている。あんまり人に迷惑かけんなよ…。

 

 

 

「え、ええ…それではこのカードに必要事項を記入して、触れてみて下さい。それであなた方のステータスが分かります。ステータスに応じてなりたい職業を選んで下さいね。」

 

 

 

 気をとりなおして冒険者カードの作成を進めるルナ。最初にカズマがカードに触れる。

 

 

 

「はい、ええと…サトウカズマさん。あなたは…筋力、生命力、魔力に器用度に、敏捷性…。これらは普通ですが、知力が少し高い…かな。

 

 あれ、幸運は凄いですよ⁉︎こんなに高いのは久しぶりに見ました!…まあ冒険者って幸運は関係ないですけど…。

 

 …どうします?これだと基本職の『冒険者』にしかなれませんが…。」

 

 

 

 これはひどい。

 

 冒険者を勧める立場の人間がこれほど人のやる気を削いで良いのか。見るがいい。期待に満ちた表情だったカズマの目が死んだ魚のようになっている。

 もっと褒めるとかあるだろう。幸運が高いなど、エリスと相性が良さそうで羨ましい限りだ。

 

 

 結局カズマは『冒険者』になった。いや、他になれる職業が無かったのだが。しかもなぜか商売人を勧められていた。カズマの顔が見るに耐えない。

 

 

 次は寝ていたアクアだ。腐っても女神なのだ、それなりにステータスは高いのだろう。……知力以外は。

 

 

 

「はああ⁉︎知力が平均以下なのと幸運が一桁なの以外は全ステータスが凄く高いですよ⁉︎ま、魔力なんかこんなに高いのは初めて見ました!」

 

 

 

 ほぼ俺の予想通り、かなりの高ステータスらしい。知力だけじゃなく運まで低いのか…。

 

 しかしルナの声が大きすぎるために周りがざわめき始めた。ますますカズマが不憫だ。

 

 

 アクアは魔力が高いのに知力が低いため、魔法使いにはなれなかった。代わりに支援職のアークプリーストになったようだ。

 

 さて、最後は俺か…。

 柄にもなく少し緊張しながらカードに触れた。

 

 

 

「はい、ありがとうございます。ゼロさんですね…。…………?」

 

 

 

 な、何だ?凄い微妙な顔でこっちを見てくるんだが。何かマズいことでもあったのか?

 

 

 

「…あの、他に冒険者カードをお持ちの方は新しく作ることは出来ないのでお手持ちのカードを登録することになります。」

 

 

「は?」

 

 

 

 いやいやいやいや、待ってくれよ。冒険者カードなんか持ってないって。作るのはこれが初めてだって。なぜそんなあらぬ疑いがかけられるのだ。

 

 

 

「いや、冒険者カードを持ってない人の初期レベルがこんなに高い訳ないでしょう。というかこんなに高いのは直に見たのは初めてなんですが、一体どこで活動を?」

 

 

 

 呆れた感じでルナがカードを見せてくる。レベルは68と表記されて…………68⁉︎

 

 そんなバカな。確かにモンスターは倒してきたが冒険者カードなんて持ったことなど…………ふむ?

 

 

 

「あの、ちょっと聞きたいんですが、冒険者登録する前、つまり素の状態でモンスターを倒すと経験値とかレベルってどうなるんですか?」

 

 

「え?それは確か…魂の記憶を受け継ぐ訳ですから、蓄積されるはずですよ。それでカードを作った時にーーーー…えっ…まさかとは思いますが…?」

 

 

 

 残念ながらそのまさかだろう。というかそれしかこの不自然な程に高いレベルに説明がつかない。

 

 

 

「ちょっと失礼……はぁ⁉︎なん、なんですかこの討伐数⁉︎冒険者登録前に二千体近くモンスターを倒したっていうんですか⁉︎素の実力で⁉︎」

 

 

「まあ…そうなりますね。」

 

 

 

 実際そのくらいは倒しただろう。なお、半数以上オークの模様。オーク強かったもんなぁ…。

 

 まだ疑いが晴れないのか、ルナが訝しげに視線を送ってくるが、事実は覆せないのだ。

 

 

 

「はあ…。俄かには信じられないですが…、まあいいでしょう。えっと、ステータスは………ふっ。」

 

 

「今何で笑ったんですか。」

 

 

 

 こいつも大概失礼だな。

 ここまで俺はレベルしか自分のカードを見ていないぞ。開示することを請求する。

 

 

 

「ああ、すみません。こんなに潔いステータスは初めて見たので…。なんですかこの馬鹿げた筋力と生命力と敏捷性は…。一つ一つの桁がおかしいんですけど…。平均なのは器用度だけで、残りは最低クラスですし…。

 まあこれなら近接職なら何だって上級職につけますよ。ああ、魔力が必要な職は諦めて下さい。

 

 はあ…、何で今日に限ってこんな変なのばっかり…。」

 

 

 

 途中から投げやりだし最後のは俺に聞こえるように言ってね?

 

 プロの根性はどうしたのだ。たとえその通りだとしても多少は隠せよ。

 

 

 ふむ、しかし職業…職業ね…。

 

 

 

「……では『冒険者』で。」

 

 

「はいはい、『冒険者』です………うん?

 あの…す、すみません。聞き逃しました。もう一度…。」

 

 

「『冒険者』でお願いします。」

 

 

「何で⁉︎正気ですか⁉︎上級職になれるのにわざわざ『冒険者』ぁ⁉︎」

 

 

 

 そこまで驚くことかね。アンタ、カズマにさっき言ってたじゃん。『冒険者』はどんなスキルも覚えられて便利だって。

 

 

 

「た、確かに言いましたけど!あれはその、詭弁と言いますか、何と言いますか…。」

 

 

 

 それにカズマが気の毒ではないか。連れ歩いた二人ともが上級職など、どれだけ肩身が狭くなるか想像するのは易い。アクアは空気を読まなかったが、せめて俺だけは合わせてやらんとな。

 

 

 そう言った途端に腐っていたカズマがバッ!とこちらを向いて感動したように目を潤ませた。

 

 

 

「ゼ、ゼロ…!お前いいやつだったんだな…!いけすかないイケメンクソ野郎とか思っててすまん!」

 

 

「お前そんなこと思ってたの⁉︎」

 

 

 

 台無しだよ!俺が読んだ空気を返せ!

 どうりで初対面から妙に睨んでくると思ったよ!

 

 

 

「…まあ本人が納得するならそれでいいですが…、あの、職業補正とかも無いに等しいですよ?本当に良いんですか?」

 

 

 

 くどい。俺が良いって言ってんだろ。俺は職業補正なんて欲しいと思ったことは無いし、それに後から転職も出来るんだろ?何でもいいから早くしてくれ。

 

 

 俺が急かすとようやくカードを俺に渡してくれた。

 これでやっと冒険者か…。感慨深いな。

 

 

 

「それで?カズマたちはどうするんだ?」

 

 

「んー…、今日は宿を取って早めに寝るよ。なんか疲れたしな。」

 

 

「ねえカズマ、今日のごはん何食べようか?」

 

 

 

 疲れたってのは分からんでも無いな。まあ明日から頑張ると良いさ。縁があったら組んだりもするだろ。

 

 

 

「じゃあな、二人とも。せっかく冒険者になったんだから早々に死ぬなよ。」

 

 

「「あれっ。」」

 

 

 

 あん?何だ?俺は早くウィズのところに荷物を取りに行きたいんだが。

 

 

 

「えっと、ゼロは一緒に来ないの?てっきりパーティー組む流れだと思ってたんですけど。」

 

 

「はあ?何で?」

 

 

 

 お前らはお前らで頑張れよ。

 

 別に嫌ってんじゃねえけどまずは自分の戦闘スタイルを決めてから本格的に冒険するべきだ。俺に頼ってもらっても困る。

 

 

 

「おいやめろアクア。…今日はありがとな。千エリス、そのうち返すから。」

 

 

「おう。どうしても無理ってなったら手ぇ貸してやらんでもないぞ。じゃあな。」

 

 

 

 カズマはそこらへんを分かってんな。まあただ遠慮しただけかもしれんが。

 日本人はこういう時に深く突っ込まないのだ。外人のガンガン来る感じホント合わない。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 二人と別れた後、ウィズの店でウィズに「特に何もなかった」事を伝える。

 

 ウィズは不思議がっていたが…うん…女神が現界してたとか言っても嘘にしか聞こえないからね。

 

 またお茶をご馳走してくれると言うのでご相伴に預かることにした。ついでにスキルの確認もしたかったしね。

 スキルポイントを確認すると、68と表記されている。どうやらレベルが1上昇する度にポイントが1ずつ加算されていくようだ。

 

 

 

「今までに他の冒険者の方にスキルを見せてもらっていれば習得可能スキルの欄に記載されているはずです。それだけポイントがあれば私が知る中で一番ポイントを使う爆裂魔法以外ならなんだって覚えられますよ。」

 

 

「爆裂魔法…。」

 

 

 

 冒険者の先輩であるウィズに教えてもらいながら確認していく。俺のレベルを見てウィズも驚いていたが、モンスターの討伐数を聞いて納得したようだ。

 ーーーその討伐数を表示する欄のシルビアの名前を見た時、ウィズは少し悲しそうにしただけだった。

 

 

 それにしても爆裂魔法か。めぐみんがえらい推してくるから頭に焼き付いちまったな。

 

 ちなみに爆裂魔法を習得するのに必要なポイントは75。これは『冒険者』が必要とするポイントであって、魔法使い職ならもっと少なく済む。『冒険者』はどのスキルも習得出来る代わりに必要ポイントが跳ね上がるのだ。

 

 俺の習得可能スキル欄は王都にいた時に冒険者と関わったおかげでかなりの数埋まっている。良いものはないかと下へスクロールしていくと、最後に一際目に付くスキルがあった。

 

『一刀両断』・・・68

 

 

 

「…なあにこれ。」

 

 

 

『一刀両断』とはつい先日俺が仮に名付けた技の名前だが…?というか必要ポイントが爆裂魔法と似たり寄ったりなんじゃが。

 

 

 

「なあ、このスキルがどんなスキルか知ってるか?」

 

 

「えっと、どれですか?………いえ、こんなスキルは初めて見ました。ポイントは…ええ⁉︎68⁉︎」

 

 

 

 ウィズでも分からないらしい。必要ポイントが今の俺のポイントぴったりというのも気になる話だ。

 

 

 

「…ゼロさん。このスキルを覚えるのはお勧め出来ません。何に使うかも分からない、しかも爆裂魔法と必要ポイントがさして変わらないなんて…。汎用性があるなら良いのですが、もし使えないスキルだったら後悔することに………」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 当然だろう。ウィズの言うことは一言一句その通りだ。他に習得したいスキルが出てきた時にいざポイントがありませんではお話にもならない。

 

 しかし…妙に気になる。

 

 

 悩んだ末に俺は保留にすることにした。今すぐスキルが必要というわけではない。冒険者として活動していく中で使いたいスキルを覚えればいいのだ。

 

 

 ウィズに礼を言って店を出る。外はもう暗くなっているな。宿を探さなければならない。この街の宿は…、王都でもそうだったが、冒険者のために長期契約が出来るアパートみたいなシステムになっているのだ。

 

 

 やっと冒険者になれたことに微妙に胸を弾ませながら夜のアクセルを歩く。そのうちに紹介してもらった『サキュバスネスト』とやらにも行ってみたいものだ。

 

 

 

 

 



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24話



再投稿。






 

 

 

 

 

 冒険者登録をした翌日、少し遅めの時間に再びギルドを訪れる。とりあえずはクエストを一つ受けてみようと思ったからだ。

 

 ギルド内を見回してみてもアクアとカズマはいない。もうクエストに行ったのか、感心感心。

 

 そのまま横に視界を移していくと…、

 

 

 

「んん?」

 

 

 

 どこかで見たような服装。全体的に黒と赤を基調とした中二力の高い装いをして、(ワンド)を机に置き、ぽつんと一人で食事をしている女の子。おそらく紅魔族だ。

 

 

 うーん?なんか見たことがあるような…?

 いや、そりゃ紅魔の里にいたんだから見たことあってもおかしくないが…。

 

 ……………ああ!

 

 

 

「おい、そこの紅魔族!お前、ゆんゆんだろ?」

 

 

「ひゃいっ!あ?その、ど、しょ、かっ!」

 

 

 

 なんだって?

 

 何語だ。一体いつから紅魔の里は違う言語を使うようになったんだ。

 

 

 ゆんゆんは激しくどもっていたがようやく落ち着いたようだ。

 

 こいつはゆんゆん。会話したことはないが、俺がめぐみんとこめっこの野生動物二匹に餌をやっている時に遠くから構って欲しそうにめぐみんを見ていたから覚えている。

 

 

 

『おい、あれお前の友達だろ?一緒じゃなくていいのかよ。』

 

 

『…?ああ、アレはいいのです。構って欲しければこっちに来ればいいのに、行動に移さないあの子がわるいんですよ。』

 

 

 

 めぐみんがなんともドライな発言をしていた事も思い出した。世の中にはそれが出来ない子も居るんですよ、めぐみんさん。

 俺も多分遠慮して出来ない。

 

 名前だけは聞いておいた。紅魔族の族長の娘で、ゆんゆんだ。

 

 

 

「あ、あの…どちらさまで、しょうか…?な、何でわたしの名前…?」

 

 

「覚えてないか。ほら、数ヶ月前に紅魔の里でめぐみんとこめっこにーーー。」

 

 

「ーーーーーああ!あの時の!」

 

 

 

 

 どうやら思い出してもらえたようだ。これで不審者扱いはされずに済むな。

 

 それよりもなぜ一人でいるのだろう。めぐみんと一緒ではないのか。

 

 

 

「あ…めぐみんは先に二人組の冒険者とクエストを受けちゃいまして…。」

 

 

 

 一応めぐみんと一緒にアクセルに来たようだが、めぐみんはさっさとパーティーを組んで行ってしまったそうだ。相変わらずひでぇ扱いしやがる。めぐみん入れて三人ならもう一人くらい連れて行ってやりゃいいのに。

 

 

 

「あ!あの!もし、よ、よよよよかったら…一緒にク、クエスト…………。」

 

 

「ああ、じゃあとりあえず行ってみるか。」

 

 

 

 言葉の最後が消え入りそうどころか完全に消えていたが多分そんな内容のことを言ったのだろう。

 

 俺が返事すると本当に嬉しそうにコクコク頷く。パーティーを組むつもりは無かったが、このまま日がな一日一人で座っていそうな少女を放っておけなかった。

 

 それにしてもこいつは友達になろうとか言ったらどこまでもついて行きそうだな。悪いやつに引っかからんことを祈る。

 

 

 

 ※

 

 

 

『クエスト:ローリングボアを10頭討伐せよ』

 

 

 クエストを受けて森に来たはいいが、全然標的が見つからない。ゆんゆんによると生息域はこの辺りのはずだが…?

 

 

 ローリングボアは文字通り転がって体当たりしてくる猪のような生き物だ。鉱物を主食にしているため、体が岩石のように変質しており、その体当たりは民家を粉々にするのだとか。

 

 なぜ鉱物を主食にするのに森に住んでいるのだろうか。それこそ鉱山に住めばさして苦労せずに鉱石を食えるだろうに。あれか、わざと自分に試練を課しているのか。気が合いそうだな。

 

 

 

「見つかりませんね…。もも、もし場所を間違えてたらごめんなさい‼︎」

 

 

「気にすんな。そもそも俺はローリングボアなんて初めて聞いたしな。お前の知識あてにして文句言うのは筋違いだ。」

 

 

 

 しかしマジで姿も形も見えねえんだけど、本当に場所が…?

 

 …ふむ、鉱石…………。

 

 

 

 

「…なあ、もしかしてそいつら地中にいたりしない?普通鉱石って森にはあんまり無いだろ。あったとしてもそれは地中にあるんじゃねーの?」

 

 

「え?……あっ、確かに!で、でもどうしましょう…?」

 

 

 

 そう、それが問題だ。

 

 地中にいたとして、どうやって引き摺り出す?俺は無論そんなことは出来ない。習得可能スキル欄にはそれらしきスキルもちらほらあるけど、そもそも魔力がゼロに等しい俺では大して効果はないだろう。

 

 ゆんゆんに聞いても地面を丸ごと掘り出すような魔法や強い衝撃を与えるスキルは無いときた。まさか手で掘るわけにもいくまい。

 

 これは………詰んだか?

 

 

 記念すべき初クエストが失敗するのは業腹だが向き不向きってもんもある。大人しく他のパーティーに任せるのも手段の一つーーーーー

 

 

 

 突然轟音が響き渡る。

 

 と、同時に割と近い場所で何かが爆裂(・・)したかのようにこちらへ爆風が向かってくるのが見えた。咄嗟にゆんゆんをマントで包んで庇う。フレイムドラゴンの素材から作った火竜のマントだ。爆風などはかなり遮断してくれる。腕の中が色々柔らかいが緊急時だ。勘弁してもらおう。

 

 

 しばらくすると、なんとか爆風は収まった。周囲の木は折れていないにしても片面が焼き焦がされている。相当の熱量だったようだ。

 

 ゆんゆんを解放しながら音がした方を見ると、キノコ雲のように咲いた爆炎の華が少しずつ消えていくところだった。

 

 

 

「…んだありゃ…。」

 

 

「あ…、あれって…。」

 

 

 

 どうやらゆんゆんには心あたりがあるようだ。

 

 

 

「えっと、あれは多分めぐみんの爆裂魔法…です…。」

 

 

「あれが爆裂魔法か!」

 

 

 

 なるほど、聞きしに勝るとんでもない威力だ。こっちの世界にミサイルでも持ち込んだバカがいるのかと思った。

 

 めぐみんの話が本当なら今頃魔力切れでぶっ倒れているはずだが大丈夫だろうか。

 

 あれほどの威力をぶつけなきゃいけない相手と対峙しているならもし魔法を外してしまった後はかなり悲惨な事態になるぞ。

 …やっぱり使えないんじゃないか?爆裂魔法。

 

 

 ふと、そこら中からボコボコと音がし始めた。見ると岩の塊が次々と地面から盛り上がり、土を振り払うように体を揺すっている。

 

 

 

「おい、こいつらがそうか?」

 

 

「え?あ!はい!これがローリングボアですよ!」

 

 

 

 どうやら爆風と爆音に驚いて地中から上がってきたようだ。めぐみんも中々やるじゃないか!

 これで数が10頭いれば後は倒すだけだ。

 

 ゆんゆんが出てきたローリングボアの数を数え始める。

 

 

 

「えーと、数は…ひい、ふう、みいーーー」

 

 

 

 

 ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。

 

 

 

 

「…十一、十二、十三ーーー」

 

 

 

 

 ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。

 

 

 

 

「…三十、三十一…?た、たくさん…。」

 

 

 

 

 ボコ、ボコ、ボコ、ボコ。

 

 

 

 

「「ちょっ⁉︎多い多い多い多い‼︎」」

 

 

 

 なんということをしてくれたのでしょう。

 

 

 数が三十を超えた辺りでゆんゆんは数えるのを放棄したが、まだまだ出てくる。

 

 ローリングボア…転がる猪と聞くとポケ◯ンのドンファンを連想するが…いや、あれは象だったか?…まあいい。こいつらの見た目はどちらかというとゴローンに似ているな。

 ローリングボアは、今の音は俺たちのせいだと思ったのか怒り心頭といったご様子だ。一斉に吼えると凄まじい勢いで木々をなぎ倒しながらこちらへ転がってくる。すごく…固そうです…。

 

 

 

「おいやべえってこれ!早よ逃げろ!」

 

 

「もおおおお!めぐみんのばかああああ‼︎」

 

 

 

 俺が聞いた中で一番の大声だ。普段もそれのカケラほどでもいいからはっきり話してくれ。

 

 



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25話



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 ※

 

 

 ローリングボアの大群に追われて森を爆走する俺とゆんゆん。正直俺は普通に逃げ切れるが、ゆんゆんが問題である。

 

 そもそもこのゴローンどもの速度が人間よりもずっと速いのだ。今ゆんゆんが逃げる体裁を保てているのは後ろから追いついてくるローリングボアを俺が並走しながら斬り捨てたり蹴飛ばしたりしているからだ。おう、サッカーしようぜ!お前ボールな!(直球)

 

 …そろそろ足の甲が痛いです。

 

 

 それにいかんせん数が多い。

 一体に対応すれば違う方向からゆんゆんに突進してしまうのでさっきからわりと本気で動く必要がある。広い場所ならそれほど苦労しないだろうが、木が多すぎる。直行しようと思っても急激なストップ&ゴーを繰り返さざるを得ない。

 これはこれでいい鍛錬になるから俺はしばらくやってもいいが、さすがにゆんゆんがバテてしまうだろう。このままではジリ貧だ。

 

 また追いついてきた猪を両断する。こいつら、硬いことは硬いのだが元は肉から変質したものだからか、一度刃が通ると結構すんなり斬れるな。

 

 飛び散る血やら岩の破片やらを避けていると、視界にひらけた平地が映った。森で障害物に邪魔されながら走るより広いところで殲滅した方がいいかもしれない。

 

 

 

「ゆんゆん!左!あそこでやるぞ!」

 

 

「は、はひいいいっ…。」

 

 

 

 大分疲弊しているが…無理もない。こんな岩の塊が自分にあからさまな敵意を持って押し潰そうとしてくるのは常人には相当のプレッシャーだろうしな。

 

 

 

「なるべく中央に行け!足止めは何とかしてやるからとにかく魔法で片っ端から吹っ飛ばせ!」

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ…っよ、よし、『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 

 

 平地の真ん中に陣取ると同時に振り向き、魔法を放つ。光る刃がローリングボアを三体まとめて真っ二つにした。

 

 すごいな。さすがにジャティスの『エクステリオン』よりはかなり弱いが、俺が飛ばす斬撃とは段違いだ。俺のは所詮かまいたちでしかない。硬いものには弾かれてしまうのだ。

 

 

 

「やるじゃねぇか!お前はそっから動くなよ!なるべく遠くにいるやつに魔法をばら撒け!近づくやつは俺がやる!」

 

 

「は、はい!『ライト・オブ・セイバー』!『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 

 

 

 ゆんゆんがなるべく近寄る前に広範囲を斬り飛ばし、すり抜けてきたやつを俺が斬る。

 おお、なんかチームプレーって感じがするな。

 

 既にクエストの10頭討伐は完了しているのでゆんゆんを担いでさっさとアクセルに逃げ帰ってもいいのだが、こいつらが人に危害を加えないとも限らない。なるべくここで全滅が望ましいだろう。

 

 

 

 ※

 

 

 

「お疲れさん。すごかったぞ。」

 

 

 

 別に競ってはいないが、ローリングボアの討伐数なら5−2でゆんゆんの勝ちだろう。俺は取りこぼしを倒してただけだしな。

 ゆんゆんと俺のカードを合計すると、ローリングボアは73体もいたようだ。オーバーキルにも程がある。あまり多く倒すと生態系が壊れるとかでギルドから怒られるんだよなぁ…。

 

 あ、オークはギルドからすら優先駆除対象になっていますです。ざまあ。

 

 

 

「い、いえ…、ゼロさんがこっちに来ないようにしてくれたから…。やっぱり近接職の人がいると違いますね…。」

 

 

「俺も本物の魔法使いの戦いが見られて良かったよ。そんじゃ、後はギルドに報告してーーー」

 

 

 

 ズン。ズン。

 

 

 

 

「…?どうしたんです?ゼロさん。」

 

 

「ゆんゆん、残業発生。向こう見てみ。」

 

 

「えっ…?え⁉︎な、なななにあれ…⁉︎あれもローリングボア…⁉︎」

 

 

 

 俺の中のどこかが残業とかいうパワーワードに猛烈な拒否反応を起こしているが、それどころではない。

 

 なんかキラキラしたのが出てきた。

 

 見た目、というか形はさっきまでの岩塊と同じだ。注目するのはその色彩。様々な色のクリスタルやあれは…マナタイトにフレアタイトもあるのか。ついでにKBTITも含んでそうだ。含んでたまるか。

 

 とにかく、七色に光り輝く色違いの登場だ。見ただけで分かった。これ、多分剣通らんわ。

 

 雰囲気がモンハンでよく道を塞いでいる黒い大岩に似ている。初心者はあれを壊そうとして武器の切れ味を奪われるまでがワンセット。

 

 しかもあの量のクリスタルーーーーー

 

 

 

「ちょっと魔法撃ってみて。あの斬るやつ以外で。」

 

 

「はい!『ライトニング』!」

 

 

 

 打てば響く返事と共にゆんゆんが白い雷光を放つ。察するに、俺が以前受けた『カースド・ライトニング』の下位互換だろう魔法は文字通り雷速でローリングボア亜種に命中しーーー綺麗にゆんゆんに跳ね返ってきた。

 

 剣をゆんゆんの前に出して雷を受け止めてやる。剣の柄をマントで包まないと感電していたかもしれない。

 

 

 

「そ…、そんな…!ふ、『ファイアボール』!『フリーズガスト』!『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 

 

 次々とゆんゆんが魔法を放つが全て反射される。ショックなのはわかるけど対応するのは俺なのでもうちょい手加減して…。

 

 ゆんゆんに跳ね返る魔法をデュランダルで防御してそのまま斬りかかる。が、命中すると同時にやはり跳ね返される。いや、俺の場合弾かれた。魔法も物理も効かないとは厄介な。

 

 心なしかローリングボアの目が自慢気に「ッエーイ☆」って言ってる気がした。気がしただけだ。ただ間違いなくこいつはロリコンだろう。ムカついたのでその眼を潰すことにした。

 

 

 

「魔法も剣も効かない…、ど、どうしましょう⁉︎」

 

 

「落ち着け。落ち着いて素数でも数えてろ。」

 

 

 

「…すみません、素数ってなんです…?」

 

 

 

 

 無視して走り出す。対策は今思い付いた。動きが遅い今ならやれる!

 

 俺の心を読んだわけでもあるまいにその瞬間に高速回転して地面を削りながら向かってくる仮名:クリスタルボア。

 

デスヨネー。お前も転がるんだよねー。

 

 

 

(『スイッチ』‼︎)

 

 

 

 スローモーションの世界で確かにそれ(・・)を捉える…が、動きが遅くなった俺では狙って剣を突き出しても高速で移動する点には間に合わない。

 

 

 

「ヘイ!なんか相手の動きを止めたり遅くしたりする魔法ない⁉︎」

 

 

「やってみます!『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 

 

 いい返事だ。

 魔法が発動した直後にクリスタルボアの進行方向の一定範囲がグズグズの泥沼と化した。そこにハマり、目に見えてスピードが落ちる。これならいけそうだ。

 

 

 

「そこっ!」

 

 

 

 思いっきり突き出した剣がクリスタルボアの眼球に命中、奥まで到達する。硬っ。なんで眼まで硬いんだ。感触が普通のローリングボアと同程度だったぞ。

 

 思いの外硬かったせいでトドメには至らなかった。その水晶の体を振り回して俺を追い払うクリスタルボア。剣をそのままにして離脱、受け身を取りながら大声を出す。

 

 

 

「ゆんゆん、『雷』ぃ!」

 

 

 

 俺の意図が伝わったとは思えない。さっき魔法を自分に反射されたことを忘れたわけでもないだろう。それでもゆんゆんは即座に応じてくれた。

 

 

 

「『ライトニング』‼︎」

 

 

 

 この世界で通常の物理法則が仕事するかはわからない。もし反射されてもいざとなれば俺の体を盾にして庇うつもりだったが、問題なかったようだ。

 

 ゆんゆんの放つ雷光はクリスタルに当たるーーー直前に軌道を変え、デュランダルに吸い込まれる。クリスタルボアの全身がビクリと震え…ゆっくりと倒れる。

 

 魔法を弾く体を持ってるなら体内に直接撃ち込めばいいのだ。

 

 

 しかし今日のMVPは間違いなくゆんゆんだな。俺と別れた後も他の奴とパーティーを組んでもらえるようにギルドに推薦しておこう。

 

 

 

 ※

 

 

 

「今日はありがとうございました。」

 

 

「ああ。こちらこそ。」

 

 

 

 クエスト達成の手続きはゆんゆんがやってくれるそうだ。今日はこのまま一緒に食事をして解散しようということになった。

 

 それにしても俺は明日からもお願いしますとか言われると思っていたからすんなり解散するのは意外だったな。

 

 

 

「えっと…いえ、組んで欲しいのはその通りなんですけど…、私ゼロさんの足を引っ張ってたじゃないですか。」

 

 

 

 何を言うかと思えば。

 そんなことはない。良い感じに連携もとれていたじゃないか。

 

 

 

「でもすごく動きにくそうでしたよ?私にずっと合わせて手加減…というか私に多く倒させて経験値をくれようとしてませんでしたか?」

 

 

 

「……バレてたのか。」

 

 

 

 

 驚いたな、あの状況でそんなところに気が回ったのか。

 

 まあその通りだ。実際ゆんゆんを気にかけなければあいつらが出てきた時に瞬殺している。パーティーを組んだからには仲間にも経験値を積ませてやらんといかんからなるべくゆんゆんに倒して欲しかったのだ。

 それに俺一人なら躱せる攻撃も他の奴が反応できるかわからない。あのままだとゆんゆんが危ないから最初は逃げ一択だったんだしな。

 

 そもそも俺の戦闘スタイルがパーティーに向いていない。ジャティスやアイリスクラスなら形にはなるだろうが、音速で動く俺に合わせられる人間など限られるからだ。

 

 ずっと一人でやってきた弊害ってやつだな。それでも誘われれば断るつもりは無いし、合わせるのも吝かじゃない。

 

 

「バレバレでしたよ。ありがとうございます。でもずっと守られるわけにもいきませんし…。

 私も…が、頑張って強くなります。それで…、ゼロさんに合わせられるようになったら…また組んでくれますか…?」

 

 

「ああ、もちろんだよ。」

 

 

 

 そんなことしなくてもたまになら組んでもいいさ。魔法が便利だってのも再確認したし。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「私はクエストの報酬を貰ってきますね!」とゆんゆんは受付に行ってしまった。

 

 そろそろ夕食時だ。他の冒険者も帰ってくるだろうし早めに席を取っておきたい。

 

 

 ギルドの酒場を見回していると、見たことのある少女が机に突っ伏しているのを発見した。

 

 先ほどギルドのカウンターに向かった少女と同じ黒と赤のローブ。大きな帽子をかぶっているせいで顔は見えないが、間違えようもない。こちらには気付いていないようだ。

 

 口元が綻ぶのを自覚しながら音を立てないように背後に立ちーーー首根っこを掴んで持ち上げた。

 

 

 

 

「うわっ⁉︎何するんですか!やめろお!いたいけな少女に乱暴するとはどういうーーーーーゼロ?」

 

 

「よう、久しぶりだなクソガキ。」

 

 

「クソガ…!じょ、女性に対してなんて口をきくんですかあなたは‼︎」

 

 

 

 

 後にアクセルで『頭のおかしい紅魔の娘』『爆裂狂』などなどの悪名を轟かせることになる野生動物その一との再会だった。

 

 

 

 



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26話



再投稿。






 

 

 

 ※

 

 

「それで?お前は爆裂魔法撃って魔力切れってわけか。一発屋乙。」

 

 

 

 目の前の男が失礼なことを言ってくる。もうちょっと疲れた女の子に優しくするということが出来ないのだろうか。

 私が抗議しようと口を開いた瞬間にお腹が鳴る。

 

 魔法は使うとお腹が減る。特に私の愛する爆裂魔法は貧乏な私に対する当て付けかのように燃費が悪い。これさえ無ければ文句なんてないのだが…。

 

 ゼロがギルドのテーブルに備え付けられたメニューを差し出してくる。何のつもりだろうか。

 

 

 

「あ?腹減ってんだろ?遠慮すんなよ。ここじゃあ「腹減ったから何か狩ってくる」が無いから助かるよなぁ。」

 

 

「そういうことを言ったのではありません。なぜライバルに施しを受けなければならないのですか。」

 

 

「ライバルぅ?」

 

 

 

 なんてムカつく顔をするのだこの男は。

 

 魔力切れでなければ掴みかかってやるのに。…どうせあしらわれるのだけれど。

 

 

 

「ハハハ、いや違う違う。お前がそんな風に思ってたとは知らなかったもんでついな。」

 

 

「そんなに私がライバルでは不満ですか!」

 

 

「不満っつーかそんなこと思ったこともねぇな。あれだ、俺にとってお前は扶養家族みたいなもんだから。」

 

 

 

 

 こ…、この男は…。

 

 駄目だ、怒りすぎて空腹に耐えられない。

 渋々メニューを開く。お腹が膨れたらどうしてやろうか。

 

 

 

「お、素直なのは良いことだ。お父さん嬉しいぞ。」

 

 

「誰がお父さんですか。」

 

 

「私だ。」

 

 

「あなただったんですか…。」

 

 

「暇を持て余した紅魔族の遊びってか。」

 

 

「…?」

 

 

 

 まただ。ゼロは紅魔の里にいた時からよくわからないことを言っていた。

 

 本当に意味がわからないし、どう反応すればいいのか困るのでやめて欲しい。

 

 

 

「そういや今日はお前の魔法のせいで酷い目にあったぞ。…ま、無かったらクエスト失敗してたかもだが。」

 

 

「どういうことですか?」

 

 

 

 詳しく聞くと、なるほど、悪いことをしたかもしれない。が、同時にローリングボアを引っ張り出したのも私なのでプラスマイナスゼロくらいだろう。謝らないことにした。

 

 それよりも気になることがある。

 

 

 

「あ…、あの、ゼロは私の魔法、見たんですよね?」

 

 

「おう。つっても最後の名残だけな。」

 

 

「ど…、どう、でした…?」

 

 

 

 らしくもなく声が震えてしまう。

 

 ゼロにはいつか爆裂魔法を見せると約束していたけれど、実際に見てどう思ったのか。

 里では産廃だの使えないだの……組むことは無い、なんて……好き放題言ってくれたが…。

 

 ゼロは私の様子を変に思ったようだが、それには言及せずに目を優しげに細めて質問に答える。

 

 

 

「ーーーああ、素直に凄えと思ったよ。あんな威力、直接見るのは初めてだ。お前が薦めてくるのも分かる気がした。」

 

 

「そ、そうでしょーーー」

 

 

「ただそれと別にして、お前はこの先どうやって冒険者やっていくつもりだ?」

 

 

 

「ーーーっ!」

 

 

 

 

 一瞬で浮き足立った心に氷水がかけられる。

 

 

 

「そのざまを見ろ。一発撃って終わりなんて都合のいい状況なんてそうそう無いんだぞ?当たり前だがパーティーに入れてもらわなきゃそのまま野垂れ死にだ。」

 

 

 

 

 そんなことは分かっている。だからアクセルに来て仲間を見つけようとーーー。

 

 

 

「お前は今日、二人組とクエストを受けたそうだが、そいつらはどうした。」

 

 

 

「…っ。それは、その…。」

 

 

 

「当ててやろうか。『その威力は僕達では活かせないから、他に良いパーティーが見つかることを祈ってるよ。』…こんなとこか。」

 

 

 

 ーーー図星だった。

 

 似たようなことを言われて解散したのだ。うっすらと分かっていた。体よく追い出されたのだと。

 

 ゼロは目を細めたままだ。言葉は厳しいが、雰囲気は柔らかい。

 私はこの仕草が苦手だ。なんでも見透かされているような気分になる。

 

 

 この人は里にいた時からこうだ。掴み所がない。

 普段はよくわからないことを飄々と言って、戦うときは悪魔のような表情に。…私達を諭すような時は優しげに。ーーー本当によくわからない。

 

 

 私は返す言葉も無く、それでも目を逸らすのは負けな気がしてゼロの黒い瞳を見続ける。例えゼロに何を言われてもこれが私の全てなのだ。変えるつもりはない。

 

と、唐突にゼロがパンッと手を打ち鳴らした。

 

 

 

 

「よし、追及終わり!ここまで言っても貫ける物があるのは良いことだ!」

 

 

「………ふふっ…、なんですかそれは…。」

 

 

 

 

 少しだけ笑ってしまう。

 なんだか先生みたいだ。少なくとも里の学校の先生よりはそれっぽい。

 

 多分気を遣ってくれたのだろう。ゼロがああいうことを言うのは純粋に誰かの為を思ってのことなのだ。今回なら私のために。

 

 

 

 

「そういやお前、ゆんゆんとは組まないのか?あいつも寂しそうにしてたぞ?」

 

 

「ああ、あの子のことは………うん?」

 

 

 

 

 …なぜゼロの口からゆんゆんの名が出てくるのだろう。里で名前は教えたが、喋ったことも無いはず…。

 

 

 

 

「そりゃお前、今日あいつと組んでクエスト受けたからな。」

 

 

「何をしてるんですかあの子は‼︎」

 

 

 

 

 こんな頭のおかしい男とクエストとは正気か。いくら組む人がいないとはいえ、常時剣一本で危険生物の群れや魔王軍のど真ん中に特攻して無傷で生還する化け物と組むなんて命がいくつあっても足りないだろう。トラウマとか、大丈夫だろうか。

 

 

 

「おっと、心は硝子だぞ。…お前はもっと俺の心を心配しろよ。俺だって人並みに傷付くんだよ?

 大体、お前が一緒にいてやりゃ済む話だろ。」

 

 

 

 それは出来ない。同じ紅魔族が同じパーティーにいたら目立てないではないか。魔法使いはパーティーに一人いれば充分なのだ。

 

 

 

 

「お前ら使う魔法も性格も全然違うのに何を競ってんだよ…。まぁゆんゆんがいりゃ、大抵は何とかなっちまうしな。お前も早く信頼出来る仲間ってやつを探せよ?

 

 妹の就職先が見つからないとお兄ちゃん養わなきゃいけなくなっちゃう。あ、パーティーメンバーと恋愛なんて許しませんよ!」

 

 

 

 

 今度は兄気取りをし始めた。話題と会話がころころ変わる。老人みたいだ。

 

 …確かに私にとってのゼロを表すなら兄というのが一番近いかもしれない。今までは長女としてこめっこに接していたし、周りの子にも大人ぶることが多かったのでこういう関係は初めてだ。

 

 

 ーーー少しだけいたずらしてみようか。

 

 

 

 

「では、その時はよろしくお願いしますね?ーーお兄ちゃん?」

 

 

 

 

 …これはマズい。顔が真っ赤になるのが分かってしまう。自滅した。

 

 ぜ、ゼロはーーー?

 

 

 

 

「ぶははははははははははははははは‼︎」

 

 

 

「おい!せっかく人が恥をしのんで呼んでやったというのにどういうつもりか聞こうじゃないか‼︎」

 

 

 

 

 なんて失礼な男だ。かつて見たことが無いほどに爆笑された。

 ノリは少しおかしいが、もっとクールな男かと思っていた。この男、こんな風に笑うことがあるのか。新鮮だ。

 

 と、その笑い声を聞き付けたかゆんゆんがこちらへ小走りで向かってくるのが見えた。

 

 

 

「おい、ゆんゆん!聞いてくれよ、こいつ今俺のことーーーーー」

 

 

「やめっ………、やめろお!あの子にその話をしたら私は死ぬぞ!死にますよ!いいんですか!」

 

 

 

 

 とんでもないことを口走ろうとするゼロに体の倦怠感を無視して飛びかかる。

 

 

 私の黒歴史をゆんゆんに知られることだけは阻止しなければ。負けると分かっていてもやらなきゃいけない闘いもあるのだ。

 

 



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27話



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 ※

 

 

 めぐみんと仲良く兄妹喧嘩をした夜から一週間と少し経ったある日。俺はギルドでルナに魔王軍幹部の情報が入ったら教えてくれるように交渉していた。

 

 この一週間、ギルドからの信用を得るために一日に何回もクエストを受け、こなし続けた。その寝る間も惜しんでモンスターを斬り、様々な雑用をこなしていくさまはルナからも『もう終わったんですか⁉︎す、少し休んだらどうでしょう…?』と言われる始末だ。

 

 そのブラック活動によって今後は優先的に情報を回してもらえることになった。なんかルナの俺を見る目が頭のおかしいものを見るような感じがしたのはなんでだろう。

 

 

 現状、結界のせいで入れないというのなら、結界を消すために幹部を倒すしかないのだ。

 

 ウィズによると、結界は全部で八枚。必然、幹部も八人だが、そのうちの一人は倒したし、一人はもう結界には関与していない。

 

 今さらだけど王都でベルディアを見逃したのは痛かったよなあ。結界を知らなかったとはいえ、今後目撃されるとも限らない。なるべく会ったら即殺するのが良いか。

 

 …ウィズと戦り合うことも考えなくてはならないな。魔王との契約はリッチーと言えども破れないらしい。なんとか契約破棄させることは出来ないものか。

 ウィズが善良な性格をしているのはもう分かっている。あまり手に掛けたくはない。

 

 

 色々思考を回転させながら本日のクエスト、『増え過ぎた一撃ウサギの間引き』をするために最近悪魔が出ると噂の森へ向かう。

 

 この森は以前俺とゆんゆんが来た森なのだが、生息していたローリングボアは俺たちが八割がた殺ってしまったため、しばらくクエストは出ないとのことだ。

 

 

 一撃ウサギについて補足しておくと、見た目は可愛らしいのにその角による一撃は木を抉り飛ばし、しかも肉食であるという恐怖のモンスターだ。

 

 俺も初見の時は大変だった。愛でようとしていたら茂みからマシンガンのように連続で飛び出してきたのだ。

 なんだか殺すのは偲びなかったので飛んできたやつを片っ端から捕まえて角をへし折って全部逃がしてやった。

 角を折る最中に何匹かなぜか動かなくなったけど不可抗力でいいよね。

 

 

 

 俺が一撃ウサギ求めて徘徊していると、遥か遠くで爆音がして空気がビリビリ震える。あいつまたやりゃあがったな。

 

 最近はめぐみんとゆんゆんで行動することが多いようだが、この辺にはウサギもいないようだし、探しがてら様子を見に行くか。ほら、俺『お兄ちゃん』だし。

 

 もくもくと土煙が上がっているあたりを目指して歩き出す。そもそも森の中で爆裂魔法を撃つとかどういう神経をしているのだろう。森林破壊とかの心配はしないのか。果たしてあんな破壊願望丸出しの爆裂狂を仲間にしてくれるお人好しはいるのか。

 

 

 めぐみんの行く末を案じていると、程なくして爆心地と思しきクレーターが見えた。周辺の木は根こそぎ消しとばされている。やっぱ頭おかしいわこれ。

 

 爆裂魔法は視界の中ならどこにでも撃てるそうなのでめぐみんはここから見える範囲のどこかにいることになる。結構大変だな。

 

 

 どこにいるのかと辺りを見回していると、黒い物体が見えた。

 金属を思わせる光沢のある漆黒の肌に大きめな翼を生やした筋肉モリモリ、マッチョマンの変態…かどうかは分からない。

 見た感じは完全に悪魔という様相だが、あれが噂の悪魔なのか?

 

 その鉄丸を使った石島土門みたいな巨体がゆっくりと手を伸ばす。その手の先には倒れる二人の少女がーーーーー

 

 そこまで確認した瞬間に空気を爆ぜさせ、急行。

 めぐみんとゆんゆんを庇うように立ち、剣に手をかける。

 

 

 

「すみません。この二人は俺の連れでしてね。イタズラはご遠慮願えますか?」

 

 

「うおっ⁉︎なんだお前急に!速えな…。……あ!言っとくが何もやっちゃいねぇぞ!アホみたいな魔力を感じて来てみたらガキが倒れてるから声かけようと思っただけだ!本当だって!」

 

 

 

 ーーーどうやらただの親切だったようだ。それは悪いことをした。ちょっと頭に血が上りかけて判断力が落ちていたらしい。素直に頭を下げる。

 

 

 

「これは失礼しました。幼い少女を攫って良からぬことをするロリコンクソ野郎かと思いまして。ああ、俺はゼロと言います。以後、お見知り置きを。」

 

 

「ほんとに失礼だな⁉︎俺様の姿見たらもっと他に心配することあるだろ!

 …………ちっ…、俺様はホーストだ。事を荒立てるつもりはねえから見逃せや、人間。」

 

 

 

 言いながら身体に力を込めていくホースト。なんだ?俺が手を出すと思ってんのか?剣だってまだ抜いてないだろうに。

 

 

 

「ええ、どうぞ?何もしないなら危害は加えませんとも。それよりも何かアクセルにご用ですか?先ほどの親切のお礼にできる事ならある程度は…。」

 

 

「ん?今なんでもって…、」

 

 

「言ってねぇわ!言葉狩りはやめろクソ悪魔‼︎」

 

 

 

 

 敬語は投げ捨てるもの。

 態度を変えた俺をゲラゲラ笑いながら愉快そうにホーストが見る。

 

 

 

「お前面白いな。ゼロ、だったか、そんじゃあここら辺で真っ黒で巨大な魔獣を見なかったか?名前はウォルバク様ってんだが。」

 

 

 

 名前なんて聞いても知らんよ。

 黒い猛獣、というなら一昨日くらいに首無しにした初心者殺しと呼ばれる虎のようなモンスターが該当するが…?

 もしかしたら俺が知らぬ間に倒してしまったかもしれない。

 

 

 

「ああ、初心者殺しじゃあなくってな、なんつーかこう……もっと神聖な感じなんだよ。」

 

 

 

 益々分からん。残念だが俺じゃ力になれそうにないな。

 それにしても悪魔が神聖なものを探してるってなんだよ。お前らが一番忌み嫌うもんじゃないの?

 

 

 

「そ…、そうかぁ…。知らねえかあ…。いや、悪かったな。俺様はこの辺をしばらくウロついてるからなんかわかったら教えてくれ。」

 

 

 

 ゴツい顔をどこかしょんぼりさせながらトボトボと歩いて去っていくホースト。あの姿を他の冒険者が見たら色々とマズいのではないか、とも思ったが教えてやる程の恩でも無いので放置することにした。

 

 俺とホーストは結構な声で会話していたというのにまだ目を覚ます気配のないめぐみんとゆんゆんを頰を叩きながら起こすことにする。

 

 

 

「おい、めぐみん。起きろ、おい。」

 

 

「……う…んん…。ゼロ…?」

 

 

 

 どんだけ熟睡してんだ。一応モンスターだっているんだぞ。

 

 ようやく視界がはっきりしてきた様子のめぐみんは俺の姿を見た途端にバッ、と起き上がり自らの服を確認するように調べて身体を庇うように腕をクロスさせる。なんなんだ。

 

 

 

「ま…、まさかゼロが私達の身体を狙っていただなんて…。」

 

 

 

 ーーーーー。

 

 

 

「………はぁ⁉︎」

 

 

「ゆんゆん!早く起きてください!この変態から逃げますよ!」

 

 

 

 ブチ殺すぞこのクソガキ。

 俺があの悪魔見た時にどんだけ心配したと思ってんだ。

 お兄ちゃん悲しいわ。

 

 そうか、痴漢の冤罪とはこうして生まれるのか。絶対に許さねぇ!ドン・サウザンド‼︎

 

 そもそもお前の身体で欲情などでき………なくはないが、兄は妹にエロいことはしない(伏見つかさ先生の著作とヨスガノソラを見ながら)

 

 

 目を覚ましたゆんゆんに何やら耳元でボソボソ喋るめぐみん。ゆんゆんがこちらを見ながら後ずさる。

 

 

 

「ゼ…、ゼロさん…。信じてたのに、見損ないました!」

 

 

「早く離れますよ!ギルドにこの男の悪評を広めないと!」

 

 

 

 

 森を抜ける方向に走っていくめぐみんとゆんゆん。

 それを本当にする気なら今すぐにでも追いかけるべきなのだが、あの二人がそれをしないことを俺は分かっている。

 逃げる二人の口には笑みが浮かんでいたのを見たからな。

 

 

 

 上を向いてフーーーーーッ、と長い溜息を吐く。

 

 

 なるほど、俺がいつもからかっているから意趣返しのつもりなのだろう。だが普段俺は別に反撃を禁止していない。

 これ即ち俺も反撃をしていいということだ。

 

 大体、貴様らのような鈍足で俺から逃げようなどとは数百万年早い。

 

 俺は二人が逃げた方向を向いて誰にともなく呟いた。

 

 

 

「知らなかったのか?大魔王からは、逃げられない。」

 

 

 

 いや、俺大魔王じゃないけど。

 

 

 そして迅速に懲らしめるために動き出す。

 具体的にはめぐみん達の行く先々に瞬間移動のように先回りをして決して森から出さないように動いた。

 

 ついでに目に付いた二人の進行方向にいた一撃ウサギを危なくないように倒しておく。これぞまさに一石二鳥。

 

 夜になっても森から出さなかったら、ゆんゆんがとうとう大泣き、めぐみんは涙目になって謝ってきたので許してやった。

 

 

 

 悪いことをしたと思ったら謝る。俺は躾はしっかりするタイプなのだ。

 ……帰りに飯を奢ってやったらあらかた忘れてしまったようだが。

 

 

 

 



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28話



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 ※

 

 

 翌日、ホーストから頼まれた魔獣の情報をギルドが把握していないか聞くが、それらしきモンスターは確認していないようだ。

 

 あいつが何のためにそのウォルバクとやらを探しているのか知らんが、それなりに強そうな悪魔にアクセル近辺をウロつかれると大ごとになってしまう恐れもある。さっさと帰ってもらいたいものだ。

 

 俺は悪い事さえしなきゃ何してもらっても構わんけどさすがにギルドから要請されれば討伐に動くしかないからな。

 

 なるべく遠くへ行くクエストを受けておこう。道中でそれらしいモンスターを見かければ儲けものだ。

 

 

 

 ギルドから出てアクセルの外壁へ向かう、その途中。アクセルの外壁には今日も元気に土木工事をする人達。その中に二人並んでレンガを積み続ける見知った顔を見る。

 

 

 

「えっ?お前ら何やってんの?」

 

 

「…?ねぇちょっとカズマ。なんか知らない人が話しかけてきたんですけど。カズマの知り合い?」

 

 

「ゼロだよ!お前この世界に来た時にあんだけ世話になったってのに…、…もういい。おう、おはようゼロ。」

 

 

 

 いやおはようじゃないが。

 

 冒険者になったのに全然ギルドで見ねえな、とか思ってたらまさか二週間経たずに引退していたとは。まあこんな危険な職業辞めた方が良いってのは同感だが…。

 つーか今このクソ女神俺のこと忘れてた?また泣かせてやれば思い出すかね?

 

 

 聞けば、最初は街の近くで簡単なクエストを受けようと思ってたら、周辺のモンスターはだいたい狩られ、採集クエストは難度が高いものしかない。それでも生活するためには金が無いと話にならないのでバイトする、←今ココだそうだ。ヘタレか。

 

 

 

「気持ちは分からんでもないがせっかく冒険者になったんだろ?目標だってあるんだったら明日からで良い、頑張ってやってみろよ。何なら分け前さえ貰えりゃ手伝ってやる。友達だからな。」

 

 

 

 我ながら臭いセリフをよくもまあ言えたもんだ。見ろ、カズマが「お…、おう…。」とか言って照れてんぞ。キメェな。男が男のセリフで照れんな。

 

 微妙な空気が流れた場に駄女神がさらに追い討ちをかける。

 

 

 

「やだ、これが今流行りのBLってやつ?正直リアルで見ると引くわー。カズマもゼロ?ってひともやるんなら向こう行ってくれないかしら。ほら、お小遣いあげるから。」

 

 

 

 てめえは俺を怒らせた。

 

 アクアが積んでいたレンガの部分だけを綺麗にデュランダルの鞘でぶっ壊してやった。

 泣き喚くアクアを放置しつつ、そのうちにカズマとパーティーを組むことを約束してその場を去る。

 朝から嫌な気分になってしまった。

 

 

 

 ※

 

 

 翌日

 

 

 恐れていた事態が起こってしまった。

 

 ついにホーストがギルドに確認されてしまったのである。昨日俺が遠出しているうちにマツルギ?とかミツルギとか言う奴が討伐に乗り出したらしいが、普通に負けたようだ。中途半端な実力で虎の尾を踏むからこうなるんだ。反省するが良い。

 

 しかし一応アクセルでは高レベルに属する冒険者が負けたことで一気に場が緊張してしまった。

 森への立ち入りが禁止されてしまったのだ。当然街の冒険者はクエストの受注が出来ずに困り果て、だったらいっそのこと倒しちまうか、とどっかのバカが勝手に討伐隊を編成し始めやがった。

 

 俺は勝手にやってくれ、と楽観視していたが、アクセルで一番レベルが高く、最近の大連続クエスト受注で名を広めていた俺は了承してもいないのに討伐隊に組み込まれてしまっていた。

 

 

 バカじゃねえの?何で『ホウ・レン・ソウ』が出来ないんだ。一番大事なこと疎かにして何が『討伐隊』だ。これじゃあそれぞれで動くのと何も変わんねえだろうが。

 

 こんなところで名を売った影響が出てしまうとは予想外だったが、こうなったらもうどうしようもない。ホーストには悪いが成仏してもらおう。あいつも上位悪魔なら残機くらい持ってるだろ。滅びることは無いはずだ。

 

 

 

「…ん?そこにいるのはもしかしてゼロか?」

 

 

「はい…?げえっ!ダスティネ…、ぐぶっ⁉︎」

 

 

(ば、馬鹿者!ダスティネス家の者が冒険者をやっているのがバレたら問題になるだろうが!アクセルでは私のことはダクネスと呼べ!)

 

 

 

 は、速え…。

 

 名前を呼ぼうとした瞬間にはもう口を塞がれていた。こいつこの体でなかなか機敏じゃねえか。

 

 そういやダスティネス家はアクセルを治めてるんだったか。騒ぎになるのは嫌だしここは従ってやろう。

……こいつには会いたくなかったなぁ………。

 

 

 

「こほん。しかし、そうか。お前が噂の超高レベル冒険者だったのか。お前がいるなら私も安心できるな…。…この街を頼んだぞ、ゼロ。」

 

 

「お前は誰だ⁉︎」

 

 

 

 やべえ、俺の知ってるダスティ……ダクネスじゃない!こんな真面目な美人が変態なわけがない!

 

 

 

「んっ…!お、お前なかなかやるな…。だが、私だって時と場合ぐらいは選ぶ。そういうプレイをするならこれを解決してからに…。」

 

 

「あ、ごめん気のせいだったわ。」

 

 

 

 ダスティネス家のお嬢様は今日も平常運転だった。

 

 

 

「ダクネスー?戻るのが遅いけど誰か知り合いでも見つけーーーーえっ…。」

 

 

「む。クリスか。すまん、王都での知り合いとちょっとな…。」

 

 

 

 

 ダクネスの名前を呼びながらこちらへとことこと歩いてきたのは銀髪で頰に傷のある元気がありそうな美少女で………?

 

 

 

 ーーーえっ。待って、こいつ何やってんの?

 

 

 

「え…、ええーっと、は、初めまして、だよね。あたしはクリス。そこのダクネスの親友で、盗賊をやってるよ。ダクネス、その…、こちらは…?」

 

 

「ああ、こいつはゼロ。王都では王城の守護をしていてな。私が知る中でも腕利きの冒険者だ。魔王軍の幹部すら倒したことがあるんだぞ。」

 

 

「へええ!すごいね?えっと、ゼロ君、で良いかな?」

 

 

「あ…、ああ…。エ…、クリス…も、討伐隊に参加するのか…?」

 

 

「あー…、ううん。あたしはみんなほど強くないしね。ほんとは悪魔なんて消し飛ばしちゃいたいけど…、うん、大人しく後方支援に徹するよ。ほら、ダクネスも前線に出たいなんてワガママ言わない!ダクネスは堅いけどレベルは全然低いじゃん!」

 

 

「ああ!ま、待ってくれクリス!そんなにすごい上位悪魔ならきっと攻撃もすごいはずなんだ!大丈夫、私が皆を守ってみせる!」

 

 

「かっこいいこと言ってるけど欲望塗れじゃん!さっき聞こえてきた時と場合を選ぶってのはどこいったのさ⁉︎」

 

 

 

 呆然とする俺を置いて去っていく二人。

 

 別人……?いや、この俺が他ならぬ彼女を見間違えるだろうか。

 もし本人だとしたらそれはそれで問題だな。さすがにバレれば貴族がどうのとかいうレベルじゃないし、俺も知らんふりをして普通に接しよう。

 

 しかしあの二人は仲が良かったな。ダクネスの方に嫉妬しちまうよ。

 

 

 

 コツン。

 

 

 

「……なんだよ。」

 

 

「いえ、随分色んな人と知り合いなんだなーと。」

 

 

 

 頭に軽い衝撃を受けて振り返るとめぐみんが微妙な表情で杖を両手で持っていた。

 

 

 

「なんだ?嫉妬か?悪いが俺よりもお前を幸せにしてくれるやつがきっとどこかにいるからそいつを探してくれ。」

 

 

「何いってんですか、最近まで兄気取りだったくせに。ついに私の魅力に気づいたんですか?

 そもそもゼロには心に決めた人がいると言っていたではないですか。なのにあんな美人と関係を持つだなんて浮気と邪推されてもしょうがないと思いますが。」

 

 

「浮気も何も………まあいいか。それで?結局何の用だよ。」

 

 

 

 

 なぜかもじもじして言いづらそうにするめぐみん。どうでもいいけど早くしないと討伐隊が出発するぞ。

 

 

 

「あの…、その、ですね。今から私の部屋に…来てもらえないで、しょうか…?」

 

 

「は?今からか。なんで。」

 

 

 

 もう先頭がギルドを出始めている。討伐隊やなんやは俺は乗り気じゃないからいいが…。

 

 

 

「あなたに見て欲しいものがあるのです。」

 

 

 

 



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29話



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 ※

 

 

 

「あの悪魔が探してるのは黒い魔獣だそうですね。」

 

 

「あ、ああ。確かそういってたな。」

 

 

 

 ところ変わってめぐみんの部屋。

 考えたら女の子の部屋に入るのは初めてだな。王都では入ろうと思えばアイリスの部屋には入れただろうが、いつもアイリスが俺のところに来るから行く必要も無かった。

 

 

 

「…あの、そんなにジロジロ見ないでもらえませんか。特に変わったところは無いと思いますけど…。」

 

 

「おっ…、と悪い。それで見せたいものってのはなんだ。まさかその黒い魔獣…ウォルバクってのを見つけたのか?」

 

 

 

 最悪そいつを渡せば事態を収拾できる。そう考える俺をよそにめぐみんはベッドの下に隠れていた一匹の黒猫を引っ張り出す。

 

 

 

「おそらくあの悪魔が探してるのはこの黒猫です。名前はウォルバクなんて変なのじゃなく、ちょむすけですが。」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 腕を組んで首を捻りながらホーストの話を思い出す。

 …俺が聞いた話とだいぶ違うな。デカくもないし、神聖な感じもしない。

 

 

 

「…こいつがその魔獣だってのはどうしてそう思ったんだ?正直お前の勘違いを疑ってるんだが。」

 

 

「私がアクセルに来る前、紅魔の里から出てすぐはしばらくアルカンレティアにいたことは話しましたっけ。」

 

 

「初耳だ。」

 

 

「その滞在中にも一度、アーネスとかいう上位悪魔がウォルバクという名前の魔獣を探しに来たんです。」

 

 

 

 ーーーなるほど、話が見えてきたぞ。

 

 

 

「アーネスはこのちょむすけがウォルバクだと言っていたんですよ。それで、襲いかかって来たので爆裂魔法で吹き飛ばしたんですが…。」

 

 

「…オーケー。事情は分かった。それで…、お前はどうするつもりだ?」

 

 

 

 俺にこいつを見せてきた理由が分からない。こいつの処遇を俺に任せるなら容赦無く俺はホーストに渡すだろう。めぐみんも俺とある程度の付き合いはあるんだ、それくらいは分かってるはず…。

 

 

 

「どうしたらいいと……思いますか……?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 ……こんなに不安そうなめぐみんは初めて見るな。

 

 

 

「俺が言う言葉はだいたい予想できてんだろ。……渡しちまえ。」

 

 

 

 俺の言葉にめぐみんはビクッと肩を竦ませる。今の話を聞く限りでは俺の意見は変わらん。

 

 

 

「いいか?あの悪魔は強い。おそらく俺以外ではまともに打ち合えもしないだろう。それがこの黒猫一匹で帰ってくれるんだぞ。いい話じゃないか!それで解決するなら是非そうするべきだ!」

 

 

 

 袖をギュッと握って顔をうつむかせる。

 

 

 

「もう討伐隊は出発しちまってんだぞ?もしかしたら全滅もあり得るかもしれん。お前がそのたった一匹を渡せば救えるかもしれない命を奪おうとしているのは…分かるよな?」

 

 

「…お前がどういう経緯でこいつを飼ってんのかは知らん。だが、ホーストがこんなに人間を敵に回してまで探し続けてるんだ。…相当大事なやつなんだろう。それを横から奪ったのはお前かもしれないんだ。……返すのが、筋だとは思わないのか…?」

 

 

「俺のスタンスは基本的に魔王本人でない限り変わらんぞ。『人間寄りの中立』だ。相手が人間を害さなければどちらの味方にもつくし、こっちが一方的に向こうを害せば向こうを庇うことだってある。今回は一応もう被害が出てるからな。それでも戦わずに、被害が少なくて済むなら俺はその方法を推す。」

 

 

 

 目を潤ませながらも強い意思の宿る瞳で俺を見据える。

 

 

 

「……渡したく、ありません。」

 

 

「……こっちに被害が出ても、か?ならなんでそいつを俺に見せた。あのまま行けば普通にホーストと戦っていたぞ。俺はそいつの存在すら知らなかったんだ、隠し通すなんざいくらでもできただろう。」

 

 

「その方が確実だからです。」

 

 

「…?」

 

 

「あの悪魔がこの子を探しているなら手当たり次第でいつか見つかるかもしれません。ゼロがあの悪魔の討伐に乗り気じゃないのは分かってましたからね。ですから……これは依頼です。」

 

 

「依頼…お前から俺にか。」

 

 

「はい、私とこの子を守ってください。お金はここに一千万エリス用意してあります。あの悪魔を倒して欲しいのです。」

 

 

「……お前にとってそいつはそんなに大切か。そんな大金、どうやって都合したか知らんがそれだけの金を払ってでも守りたいものなのか?…素直に渡した方がいいとは…」

 

 

「思いません‼︎」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「この子は里にいた時からウチにいて…里を出た後もずっと一緒にいました!最初はこめっこが食料として捕まえてきた猫です。でも……もう私の家族なんです!誰にも渡したくありません!」

 

 

「お願いします!ゼロが意見を変えないなら、せめて私の手助けをしてくれるだけで良いんです!トドメは私が刺しますから……私の家族を助けてください‼︎」

 

 

「はいお任せ。最初っからそう言やいいのによ。」

 

 

「…………え?……い、いいんですか…?」

 

 

「俺は依頼は非人道的なもんじゃなきゃ断らん。今のはお前が最初に『どうしたらいいですか』なんて聞いてくるから俺の意見を言っただけだ。」

 

 

「じゃ、じゃあ私の恥ずかしい告白はなんだったのですか⁉︎」

 

 

「無駄ではなかったぞ。ただなんの理屈もなく『助けてください』では俺のモチベーションが違う。だから、その覚悟があれば俺は全力を尽くすって寸法よ。」

 

 

「そして勘違いすんな。金は要らん。その代わりに今の覚悟を嘘にするな。動きは止めてやるからトドメはお前がやれ。お前の家族はお前の最強の爆裂魔法で守って見せろ。」

 

 

「そ、それは構いませんが…、あの…お金は本当に要らないんですか?」

 

 

「くどい。兄貴ってのは妹が涙を流して頼んできた事を報酬有りで出来るような脳内構造はしてねえんだよ。」

 

 

 

 目を丸くするめぐみん。そろそろ俺が兄貴と言い張っても反応すらしなくなってきたな。これが調教というものだ。いやらしい意味じゃなくてね。

 

 

 

「お兄ちゃんにまっかせなさ〜い☆」

 

 

「あ、すみません。すごく気持ち悪いのでやめてもらえませんか。」

 

 

「辛辣ゥ‼︎」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「…チッ、無駄に頭数だけ揃えやがって…!いっそのこと全員やっちまうか?大した奴はいないしな……ん?…お前…。」

 

 

 

 ホーストは討伐隊に見つからないように森の中を隠れながら移動していた。

 そもそも他の奴らはホーストの姿を知らないぶん俺たちが見つけるのが早かったのだろう。

 俺は剣を抜かないままホーストに気軽に話しかける。

 

 

 

「よう、ホースト。大変そうだな?」

 

 

「…へっ、なんてこった、お前もそっち側なのかよ…。さすがに万全じゃない今の俺じゃ歯も爪も立ちゃしねえ。」

 

 

「万全じゃない?」

 

 

 

 見ると、確かに体に傷が付き、翼も一枚切り飛ばされていた。これはあのマツルギにやられたのか。なるほど、中途半端とか思って悪かったな。高レベル冒険者の意地は見せたってとこか。

 

 

 

「まあ待てよ。俺が来たのは約束を守るためだ。ほら、これがお前の探してたウォルバクって魔獣じゃないか?」

 

 

 

 言いながら隣に立つめぐみんが持っている黒猫を示す。どういうことかと言いたげなめぐみんだが、落ち着けって。

 

 

 

「この毛玉がか?……確かにウォルバク様の気配がする…。マジかよ、お前良い奴だったんだなぁ!さあ、早くウォルバク様をこっちに「渡すわけにはいかんのだ」………何?」

 

 

「残念だがこいつはウチの妹が飼っていてね。勝手な話だとは思うが…、お兄ちゃんとしては妹の頼みは聞かんとなあ。」

 

 

「てめえ…、約束ってのはどうした!」

 

 

「おいおい、あの時の会話を思い出せよ。お前は『何か分かったら教えてくれ』としか言ってねえぞ?……つまりこれで約束は履行、貸し借りの話はゼロだ。」

 

 

 

 我ながら屁理屈にしか聞こえないが、今のセリフはホーストの琴線に触れたようだ。

 

 

 

「フハッ!フハハハハハハ‼︎た…、確かにな!確かに俺はそうとしか言わなかった!約束だけ(・・)は何がなんでも守るスタンス、俺は嫌いじゃねえぜ!……お前人間より悪魔に向いてるぜ、ゼロ。」

 

 

「…何で俺は魔王軍やら悪魔からの評価が軒並み高いのかねえ…。」

 

 

 

 ここでようやく俺は剣を引き抜く。そして剣を前に突き出し、用意していた口上を述べた。

 

 

 

「つー訳で悪いな、ホースト。こっから先は俺の喧嘩だ。」

 

 

 

 そこでめぐみんも杖を俺が突き出した剣に重ねて口を開く。

 

 

 

「いいえ、ゼロ。私達(・・)の喧嘩です‼︎」

 

 

 

 

 もちろん教えたのは俺です。この口上、紅魔族の感性的にもアリだったようで、結構ノリノリでやってるようだ。

 

 

 一度言ってみたかった……‼︎

 

 

 

 

 



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30話



再投稿。






 

 

 

 ※

 

 

 気付いたことがある。

 

 魔王軍や悪魔と戦闘するとき、俺を導いてくれる人影が現れるのだ。そいつは全体的に赤と黒でぼやけているので詳細は何一つ分からない。

 

 ただ、分かることもある。こいつ(・・・)は俺よりもずっと強い。

 こいつが動いた軌跡をトレースするだけでどんな奴にも傷を与え、雑魚共は為すすべなく虫を潰すように死んでいく。

 

 俺ではあんなに効率的に斬ることは出来ない。こいつは相手の動きが全て分かっているかのように淀みなく剣を振るう。俺でも勝てることは勝てるのだろう。だが、こいつを真似した方がずっと早く、速く、疾く終わる。被害も少ない。

 

 だから俺はあいつを追い続ける。今はまだ全然あいつの方が速い。だが戦闘を続けるうちに少しずつ、少しずつ背中が近づいているのだ。それが楽しい。愉しい。たのしい。こんなにはっきりとした目標を持てることが楽しくて仕方がない。口の端が獰猛に歪むのを自覚してしまうほどに。

 

 残念なのは、こいつが俺を手助けするのは別に俺を心配してのことではないことだ。むしろこいつは俺を憎んですらいる。親の仇のように、まるで自分を乗っ取られた(・・・・・・・・・)かのように時々睨んでくるのだ。『お前に手を貸すのは仕方がないんだ。』、『本当はお前など、今すぐにでも俺が殺してやりたいんだ。』そんな声が、見えない口から俺に投げかけられる気がする。

 

「そんなことを言うなよ。」「仲良くしようぜ。」そう言いたくてあいつを追う。あいつはそんな言葉など聞きたくもないとばかりにスピードを上げて敵を屠り続ける。俺も真似をして剣を振る。いつか、いつか追い付いてみせる。追い付いた時、自分に何かが起こる気がするのだ。それが良いことなのか、悪いことなのかはわからないが、それを確かめるためにひたすらにトレースを続ける。

 

 なぜこいつは悪魔や魔王軍との戦闘にしか出てこないのか。普段の戦闘も出てきてくれれば、きっと愉しいし、もっと早く追い付けるのに。そんなことを確かめるためにも、ひたすらに脚を、手を、身体を動かす。

 

 

 

 赤黒い俺の目標は、まだ遠い。

 

 

 

 ※

 

 

 

「クソッタレがああ!ちょこまか動き回るやつは苦手なんだよおおおお‼︎」

 

 

 

 叫びながらホーストが腕を振るう。最小限、当たらないように頭を後ろに引き、またすぐに戻して振り切った腕を切り落とした。ホーストからは俺がすり抜けたように見えただろう。

 

 

 

「ぐあっ⁉︎いっ………てえなあああああ‼︎『インフェルノ』おおお‼︎」

 

 

 

 残った片腕で上級魔法を放つが…、炎…?遅すぎてあくびがでるな。

 

 大火球に直進し、当たる瞬間にスライディング。態勢を戻し、伸び上がりながらホーストを飛び越え、最後の翼を毟り取る。ホーストの悲鳴が聞こえないうちに膝の裏をデュランダルで刺し、貫通させる。

 と、ホーストが脚に思い切り力を入れて筋肉を締めたようだ。抜けない。

 

 

 

「馬鹿が‼︎」

 

 

 

 腰を捻って後ろにいる俺を無理矢理ラリアットに巻き込もうとするホースト。腕が振るわれる方向に頭を移動させてそのまま一回転する。

 ホーストの腕には何の感触も無いはずだが、めぐみんからは俺の頭がモロに弾き飛ばされたように見えたようだ。小さく「キャッ…‼︎」と悲鳴が聞こえた。中々可愛らしい声も出せるじゃないか。あと落ち着けよ。頭を殴られたインパクト音がしなかったろうが。

 

 抜けないなら、とデュランダルをさらに突き刺し、腰の回転で膝から丸ごとぶった斬る。さすがにいきなり片足にされてはバランスを保てなかったのか、ホーストが倒れていく。倒れながらこちらに向かって魔法を詠唱しているようだ。

 

 

 

「『ライトニング・ストライク』‼︎」

 

 

 

 詠唱からして雷系だな。それを確認した俺はデュランダルを近くの木に投げ刺し、手から離す。雷の魔法が金属に反応するのは予習済みだ。

 

 俺とは明後日の方向に放たれた魔法に呆気に取られるホースト。その詠唱したために開かれた大きな口に懐からある瓶を取り出して数個、放り込む。

 

 驚いたホーストが口を閉じたのを確認してから渾身の力でアッパーカットを決める。

 途端に爆音が上がり、ホーストの口からとんでもない量の血が噴き出た。

 

 そのまま両手を地面についてバク転をしながら焦げ付いた木に刺さったデュランダルを引き抜く。

 

 今のはウィズの店で買った衝撃を加えると爆発するポーションだ。俺が思い付いた使い方とは違うが、こんな使い方もある。…二度と出来るとは思わないけど。

 

 

 そしてこれが本来の使い方だ。

 

 まだ悶絶しているホーストを視界に捉えながら取り出しておいたポーションの蓋を開けて剣に塗る(・・・・)。そしてホーストに走り寄りながら腕に振り下ろすーーー!

 

 

 

 モデル:T・C・M(テン・コマンド・メンツ)ーーーーー

 

 

 

「『エクスプロージョン』‼︎」

 

 

 

「ハァ⁉︎」

 

 

 

 斬った傷口が爆炎を上げ、その反動で腕がもぎ取られ、ホーストが倒れていく。なぜかめぐみんがショックを受けた表情で素っ頓狂な声をあげるが、なんだろう。

 あれか?結構グロいことやったから引いてんのか?

 

 

 普通の剣ならこんなことをすれば折れないにしても傷が付くのは避けられない。だが、一切変形しないこのデュランダルならこんな荒技だって可能なのだ。ちょっと申し訳ないけどな。

 

 

 何はともあれ詰みだ。

 倒れながらもがくホーストの最後に残った片足を斬りとばす。これで世にも珍しい悪魔の達磨の完成です。

 

 

 

「…あーくそ…、俺様も悪運尽きたかね…。まさかこんなアホみたいに強い奴がはじまりの街にいるなんざ思わねえだろ、普通…。」

 

 

 

 観念したのか、ホーストは諦めを含んだような、どこか晴々とした声色で自虐する。まあ観念といっても四肢が一つも残ってないから動く事が出来ないんだが。

 

 俺は俯いてプルプル震えているめぐみんを促す。

 

 

 

「ほら、めぐみん。グロいことやって怖いとは思うが、今のうちにトドメを…。」

 

 

「うがああああああああ‼︎」

 

 

 

発狂しためぐみんが杖で殴りかかってきた!

 

 

 

「うおおおお⁉︎何だお前⁉︎あ!ひょっとしてホースト!お前なんか催眠を…!」

 

 

「やってねえよ!さすがに冤罪被るのは御免だぞ⁉︎」

 

 

 

 やってないらしい。それではなぜこんなに激昂しているのだろう。

 

 

 

「な…!な、何が『エクスプロージョン』ですか‼︎あの程度の爆発で最強魔法を名乗るとはちゃんちゃらおかしいですよ!改名を要求します‼︎」

 

 

 

 どうやらさっきの俺の技は爆裂魔法の名前と一緒だったらしい。マジかよ…俺的にはあれ以外付けようが無いんだけどな。

 …まあそこまで言うならなんか他の名前を考えるか。

 

 

 

「今から私が本物の爆裂魔法を見せてあげます!ゼロはそこでその悪魔が逃げないか見張っててください!」

 

 

 

 と言い残してかなり離れた場所で詠唱を開始する爆裂狂めぐみん。あれだけ離れりゃ大丈夫かね。

 

 

 

「…なんか言い残すことは無いか?今回のは俺としても不本意なんだ。覚えといてやるぞ。」

 

 

「………あのガキ、どっかで見たことあるような気がしてたんだが、もしかして妹とかいるか?」

 

 

「ああ。何で知ってんだ?五歳…もう六歳か?それくらいの妹が紅魔の里にいるぞ。」

 

 

 

 俺が不思議に思いながら答えてやると、ホーストは実に楽しそうに笑い始めた。

 

 

 

「な、なるほどね!あのガキの姉貴か!そりゃ似てる訳だ!」

 

 

「…お前こめっこを知ってるのか?」

 

 

「知ってるも何も…ああ、いい機会だ。紅魔族風に名乗ってやるから耳かっぽじって聞けや。」

 

 

 

 そうしてホーストは仰向けに倒れたまま、大声で清々しく名乗った。

 

 

 

「我が名はホースト‼︎上位悪魔にして、やがては魔性の妹、こめっこに使役される予定の者‼︎………へへへ、どうだ?こんな感じだろ?」

 

 

 

 ニンマリと血だらけの口で笑うホーストと、目を見開いて固まる俺が視線を交差させる。

 

 ……こいつ今なんて言った?

 

 

 

「お、おい、お前…」

 

「『エクスプロージョン』ーーー‼︎」

 

 

 

 

 は。と俺とホーストが同時に上空を見ると、既に発動し終えた凄まじい密度の熱と破壊の華が咲くのが見えた。

 

 

 

 …あのさぁ……離れろ、くらい普通言わねえ?

 

 

 

 

 ※

 

 

 い つ も の

 

 

 かと思いきや、今回はエリスのところへは行かなかった。

 別に死にかけなかったとかじゃない。むしろ一番酷かった。何せ回復力の高い俺が三日間起き上がることすら出来なかったんだからな。

 

 ではなぜエリスに会えなかったのか、これは単純にエリスが天界に居なかったからじゃないだろうか。

 

 

 …この件もいずれ確かめなきゃな。

 

 そう思いながら三日ぶりにギルドを訪れる。

 

 聞いた話だと、あの後討伐隊が爆裂魔法を目印に俺達を発見、回収してくれたようだ。今回は本当に死ぬかと思ったわ。

 回復してまず最初にやることはあの爆裂狂をとっ捕まえてのお仕置きタイムと決めてある。

 

 どこにいるのか、と酒場内を見回すと、程なく発見した、が…。

 

 

 

「やるわねダクネス!あなた、さすがクルセイダーね!キャベツ達を一匹も後ろに通さなかったじゃない!」

 

 

「いや、私は硬いことしか取り柄がないからな。めぐみんなどは凄まじかったではないか。あの量のキャベツを一撃で吹き飛ばすなど、初めて見たぞ。」

 

 

「ふふふ、我が爆裂魔法の前では何物も抗うことなど出来ないのです。つい先日もこの街最強の冒険者を屠ったところですか」

 

「誰が誰を屠ったって?」

 

 

「ヒィ⁉︎ゼロ⁉︎いつからそこに!」

 

 

「ゼ、ゼロ!お前が居ないから仲間がどんどん変な風に…!」

 

 

 

 カズマも泣きついてきたな、鬱陶しい。それにしても…。

 

 

 

「ん、ゼロではないか。先日は悪魔を倒したそうだな。やはり私の目に狂いはなかった。…しかし、めぐみんもカズマもゼロと知り合いだったのか?」

 

 

「おや、ダクネスもですか。……この男も大概顔が広いですね…。」

 

 

「俺はこの世界……、ゴホン、ギルドに来た時に世話になったんだよ。なあ、アクア。」

 

 

「ん?私は知らないけど、確かカズマさんのホモ達の人よね?」

 

 

 

 アホぶっこいたアクアがカズマに叩かれて泣いている。

 

 …それにしても見事に知り合いばっかだな。こいつらがパーティー組むなんざ誰が予想出来ただろうか。

 

 と、その中で一人、見当たらないやつがいた。

 

 

 

「ダクネス、クリスは一緒じゃないのか?」

 

 

「…?なんだお前、クリスが好みなのか?…クリスなら明日カズマにスキルを教えに来るはずだからその時に会ったらどうだ。」

 

 

 

 そうか、ならその時でもいいか。それより今はーーー

 

 

 

「おいクソガキ。てめえよくも俺に魔法ぶっ放してくれたな。おかげさまで生死の境でダンス踊ることになっただろうが。」

 

 

「そ、それは…、つい声をかけるのを忘れてしまって…。無事でよかったです…。というか、むしろどういう体をしているのですか!あの悪魔は塵一つ残らなかったのに何でその程度で済むんですか!おかしいですよ!」

 

 

 

知らんよ。マントのおかげじゃないの?(適当)

 

 

 

「お、おいゼロ!その魔法について詳しく教えてくれ!めぐみん、さっきの魔法とは違うのか⁉︎次は私にどうだ⁉︎」

 

 

「うるせえぞ変態!ゼロも困ってんだろ、少しは自重しろ!」

 

 

「んっ…!か、カズマの直球の罵倒でも私は構わんぞ…?」

 

 

「…ウチのパーティーも豪華な顔触れになったわねえ。アークプリーストの私に、アークウィザードのめぐみん。そしてクルセイダーのダクネスに、聞いた話だとアクセルどころか王都でも『英雄』って呼ばれてたゼロ。…あら?カズマさん要らなくない?」

 

 

「お前らから解放されるならそれでいいよ、もう…。」

 

 

 

 いつもアクセルは騒がしいが、今日はまた数段増しで騒がしい気がするな。

 

 そして、何だかこの騒ぎがしばらく続く予感がする俺であった。

 

 

 

 






せっかく最新話で正体明かされたのに作者に存在を無かった事にされる人影さん可哀想。





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四章魔王軍幹部
31話




再投稿。






 

 

 

 ※

 

 

「ーーはい、次はあたしのオススメ、窃盗のスキル『スティール』だよ。成功率は使用者の幸運に依存してるから、カズマ君向きって言えるかな。成功すればすごいよ?相手が手に握っている物だろうが、鞄の奥にしまい込んだ大事なものだろうが、ランダムで奪えるんだから。そのランダムも幸運値依存なんだけどね」

 

 

 

 目の前ではクリスが得意満面、といった感じでカズマに盗賊スキルを教えている。かわいい。

 

 いいなあ…。聞いた限りだと使いやすそうなスキルだ。カズマのとんでもない幸運値ならば十分に力になるだろう。

 残念ではあるが、俺ではまず成功以前に発動するかもわからない。幸運値も魔力も最低クラスなのだ。『スティール』ですら使った瞬間に動けなくなる危険性がある。そんな博打をして成功率も幸運値依存など、もう直接相手を倒して奪った方が早いのではないかね。

 

 

 

「とりあえず見せてみるね。そんじゃ、いってみよう!『スティール』!」

 

 

 

 どうやら窃盗したらしい。はたから見ても何も起きていないがーーー?

 

 

 

「へっへー、これ、なーんだ?」

 

 

「あっ!それ、俺のサイフ!」

 

 

 

 おお、すげえ。一切触れていないのに、クリスのその手にはカズマのサイフ…サイフ?薄くね?ハンカチかなんかと勘違いしそうだ。が、握られていた。

 

 クリスは俺が付いてくると知った時はチラチラとこっちを気にしていたが、俺が気付いてない振りをしてやると、割り切ったのか、早速カズマに盗賊スキルを教え始めた。というか俺と『クリス』はほぼ初対面なのにあんなに気にしてどうするのだ。隠す気ねえだろ、もう。

 

 

 

「おっ!サイフか、当たりだね。……よし!じゃあカズマ君さ、私にも窃盗、使ってみなよ。このサイフだとさすがにあたしのサイフの方が入ってそうだねー。自分のサイフを奪い返すのもよし、あたしのサイフやその他のものを奪うのもよし!早速いってみようか!」

 

 

「よおし、やってやる!」

 

 

「いいね!そういうノリがいいの、嫌いじゃないよ!さあ、当たりはこのサイフ!大当たりはこの魔法がかかったダガーだよ!売ってもいいし、自分で使うってのもアリだね!そしてハズレは『スティール』対策に拾っておいたこの石ころさ!」

 

 

「…ああっ、そういうことか!」

 

 

「にひひ〜、そういうこと。どんなスキルでもこうやって対処法があるから勉強を怠らないことだね!」

 

 

 

 二人は実に楽しそうで、少し疎外感を覚えてしまう。俺にも魔力があればあんな風にクリスや他の冒険者と教え合うことが出来たのだろうか。あ、ちなみにどれだけ魔力があっても爆裂魔法だけは覚えねえから座ってろ爆裂狂。

 

 

 

「『スティール』‼︎」

 

 

 

 カズマも窃盗を発動する。さて、何を奪ったのだろうか?

 

 ……?なんかクリスが短パンを押さえてるが…。

 

 カズマがゆっくりとその手に持った物を広げていく。…なんだありゃ?今度こそハンカチ…。

 

 

 

「ヒャッハアアアアア‼︎当たりも当たり、大当たりじゃあああああ‼︎」

 

 

 

 カズマが上に掲げながらぶん回すのは…パンツか?パンツ………誰のパンツ?

 

 

 

「い…、いやあああああああ‼︎ぱんつ返してえええええええ‼︎」

 

 

 

 相変わらず短パンを押さえながら涙目でクリスが絶叫を………。

 

 

 

「「何ぃ⁉︎」」

 

 

 

 俺と実は近くにいたダクネスの声がハモる。ダクネスは目をキラキラさせながらカズマを見ていやがるが、こいつの人となりを知っていれば何を考えてるのか察しはつくな。

 

 パンツを未だにブンブン頭上で回しながら下種笑いを続けるカズマ。

 

 ーーー泣いている。クリスが、泣いて、助けを求めている。

 

 

 俺は懐からサイフを取り出して振りかぶる。これぞ伝説のマサカリ投法。

 

 

 

「調子に乗んな‼︎」

 

 

 

 カズマの頭を爆散させないように注意深く後頭部目掛けて投げる。サイフ(ボール)カズマ(ゴール)へシュウウウウウゥゥゥ‼︎超‼︎エキサイティン‼︎

 

 

 

「ぶべらぁ⁉︎」

 

 

 

 奇声を上げながら吹き飛ぶカズマ。クリスがこちらを希望に満ちた目で見て、「ゼロさん…!」とか言ってくる。うん、お前やっぱ隠す気ないよね?

 

 しかし、ああも期待されては裏切れない。せっかくだ、目一杯格好付けさせてもらおう。

 

 

 

「てめえ…、どういうつもりだ、ゼロ‼︎」

 

 

 

 なんか逆ギレしてくる犯罪者K。

 

 どういうつもりも何も、自分の姿を客観的に見てみるがいい。自分に親切にもスキルを教えてくれた先輩冒険者に対してパンツを奪うという暴挙、貴様はやってはならないことをしたのだ。

 

 ……という正論を言っても良いが、こいつは無駄に頭が回る。屁理屈であしらわれるのがオチだ。ならばこいつの理論で正々堂々とパンツを返してもらうとしよう。

 

 こちらを睨み続けるカズマに向かって腕を組み、仁王立ち。その場の一般の通行人を含めた全視線を集めた俺は用意しておいたセリフを堂々と口にする。

 

 

 

 

「言い値で買おう!!」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 めっっっちゃ怒られた。クリスに。

 

 

 

 

「まったく!キミ、そんな人だったんだ!見損なったよゼロ君!」

 

 

 

 プンプン、という擬音がこれ以上似合う顔はないだろうというほど赤くしながら頰を膨らませている。

 

 はい、ダウト。俺と『クリス』は今日以外では一度しか会ってないのにあなたに何が分かるというのでしょう、先生!

 

 しかし俺はなぜ怒られているのだろう。コレガワカラナイ。

 

 カズマは俺から毟れるだけ毟ってホクホク顔で帰っていった。ダクネスもしつこく「い、今のプレイをぜひ私に‼︎」と言いながらカズマについて行った。MとS…いや、KSは惹かれ合うからね、しょうがないね。

 

 俺は先ほどから路地裏にてクリスに正座を強制させられている。ジト目で見下ろしてくるクリスは大きくヘソを出した服装なため、自然と真正面にきれいなヘソが見えてしまう。せっかくなのでジッと見つめる。

 

 

 

「ちょ、ちょっとキミどこ見てんのさ⁉︎」

 

 

「ヘソ」

 

 

「直球⁉︎」

 

 

 

 慌てたようにお腹を隠すクリス。そんなに恥ずかしいならなぜそんな格好をしているのか。どう考えてもヘソを見てくれと言ってるようにしか見えない服装だ。ヘソには自信があるけどいざ見られると嫌だとかいうめんどくせえ思考でもあるのだろうか。

 

 

 

「そんな考えないよ!この服着てるのは単に盗賊っぽいからだよ!ーーそれにしてもさ…」

 

 

 

 顔を赤くして、お腹を隠したまま非難するような目で俺を見る。やばい、新たな扉を開きそうだ。

 

 

 

「ゼロ君には好きな人がいるって聞いたんだけどな!他の女の子にこういうことするのってその、う、浮気……?とかになるんじゃないの⁉︎」

 

 

 

 ……こいつは本気で隠し切れてると思っているのか?

 

 しかし今のはトサカにきたぜ。浮気ぃ?そんな言葉を使うんじゃありません。これはささやかな反逆も許されるはず。

 

 ………ふむ、そうだな。

 

 

 

「そうだな、例えばの話だぞ?例えばーー」

 

 

「………?うん」

 

 

「ーー好きな女の子が街で変装をしていました」

 

 

 

 ピシッと空気が凍りつく。

 

 さっきまで真っ赤だった顔を蒼白にして視線をそこら中にクロールさせるクリスさん。気にせずに続けさせてもらおう。

 

 

 

「その女の子が好きな子だと男は一目見て気付きました。その女の子の変装した姿もまた可愛いので男は気付かない振りをしてその姿を堪能しました。ーーーさて、これは浮気に含まれるのか?エリス(・・・)

 

 

 

 俺はせいぜい意地悪く見えるようににっこりと笑って『可愛いので』のあたりからまた顔を赤くしたクリスに質問をした。

 

 

 

 

 



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32話



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 ※

 

 

「な…、なんで…分かったんですか…?」

 

 

「変装する時は鏡くらい見ろよ。エリスのときと髪型と服装…、そのくらいしか違わねえぞ。」

 

 

「それだけ違えば分からないと思うんですが…」

 

 

 

 俺を見くびってもらっては困る。これで気付かないのは恋人が美容院に行って、こっちに『髪切った?』と言って欲しくてそわそわしてるのを完全にスルーするのと同じだ。

 俺はそんなラノベ主人公気質ではない。相手の言いたいこと、言って欲しいことはそれなりに察せるつもりだ。

 

 

 

「あの、今のは私言って欲しくないことだったんですけどそれは…」

 

 

「そりゃお前が悪いよ。お前一筋の俺に対して浮気だのなんだのと失礼極まりない。いいか、俺はお前でいく。お前じゃなきゃ嫌だ。……足りないなら何度でも言うぞ」

 

 

「…っ!うぇ、は…、はい…。ごめんなさい…」

 

 

 

 隙あらば告白する俺と隙あらば赤面するエリス。しばし微妙な空気が流れたが、エリスがあることを思い出してしまったようだ。

 

 

 

「…あ!そ、それはそれとしても!なんで私のぱ…、ぱんつ…を欲しがったんですか⁉︎…まさかただ欲しかったから、とかじゃないですよね?」

 

 

「……それなら返してねぇだろ…」

 

 

 

 そう、既に女神様の聖なるパンツは返却済みだ。

 

 確かに欲しくはあるが、本当にそうならパンツは俺の頭の上に鎮座していなければおかしい。

 

 

 

「欲しくはあるんですか⁉︎というか頭の上って……うわぁ…」

 

 

 

 おう、本気でヒき始めたな。

 

 

 

「いやいや、考えても見ろよ。あのカス野郎だぞ?あのままだとお前が返してって言ってもタダでは返さなかっただろうし、金で済みゃまだいい、エロいこととか要求されたらどうするつもりだよ」

 

 

「え、エロいこと…。さすがにカズマさんでもまさかそんな……」

 

 

 

 い〜や、あいつはやるね。そんでいざ相手が泣きながらそれをしようとするとチキって「やっぱなし」と言うとこまで予想した。

 

 

 

「お前にそんなことさせらんねえし、だったら先んじて俺が買っておいてお前に返した方がいいだろ。さあ、俺を責められるなら責めるがいい。」

 

 

「わ、分かりました!疑ってすみませんでした!これでいいですか!」

 

 

 

 うむ、それでいいのだ。人に嫌疑を掛けて、それが間違いならば謝る。西から昇った太陽が東に沈むくらい当たり前のことである。

 

 

 

「あー、それと『クリス』。別に俺にもタメ語でいいんだぞ?なんか話しにくそうだ」

 

 

「…え…っと、……いいの?」

 

 

「もちろん。フランクなのも憧れって言ってたじゃないか」

 

 

「……フフッ」

 

 

「うん?」

 

 

「あ、ごめんね。いや、話しにくそう、とか、本当によく見てくれてるんだなって思って」

 

 

 

 当たり前だろう。長い付き合いとまでは言えないが、エリスの変化ならばかなり敏感だと自負している。常に注視してるからね。

 

 

 

「またお腹見てるし⁉︎」

 

 

 

 いや…、なんかエリスだと思うとその格好、股間にクるな…。もう一枚なんか羽織ったらどうだろう。

 

 

 

「普通本人前にしてそういうこと言うかなぁ!」

 

 

「俺が普通だとでも?」

 

 

「…アッハイ、そうですね」

 

 

 

 ……自分で言った事だけどそんな「確かに」みたいな顔されると傷付くな。俺だって一応十七歳の少年なのだ。向こうの『俺』は何歳で死んだか知らんけど。

 

 

 

「ま、まあいいじゃん!はい、この件はおしまい!…それじゃ、あたしは帰るね!」

 

 

「あん?送ってくに決まってんだろ。家…っつか宿はどこだ?」

 

 

「あ、ほんと?えーっと、向こうの角曲がってーーー」

 

 

 

 ーーーほう、奇遇だな。俺の宿も同じ方向だ。ちょうどいい。これから会いやすくなる。

 

 

 日が沈み始めたアクセルの街をゆっくりと二人並んで歩く。…あれ、これデートじゃね?ヤダ、人生初デートが嫁の家だなんて何段階トばしてんだ俺。

 

 

 

「まだ嫁じゃないけどね」

 

 

「今まだって言ったよね?」

 

 

 言質?言質とっていい?

 

 

 

「今日のキミなんかおかしくない⁉︎そんなグイグイ来るタイプだっけ⁉︎」

 

 

「ーーーーーあ、あー…、あれだ。ほら、これからはいつでもクリスに会えるからテンション上がってんだよ」

 

 

「…?ふーん?」

 

 

 

 ーーーまたか。

 

 王都にいた頃からそうだったが、どうも魔王軍やらとの戦闘後は周囲からは俺が違って見えるらしい。衛兵いわく、言動が暴力的だとか、アイリスいわく、なんかエッチです、だとか。…言われたい放題だな俺。ちなみにアイリスはその言い方がエッチなことを自覚した方がいい。

 

 これがバニルの言っていた寄りやすい、というやつか分からんが…、俺は『何』に寄りやすいんだ?

 

 ……考えても分からんことは放棄するに限るな。

 

 

 変な思考を振り払うために気になっていたことを聞く。

 

 

 

「ダクネスはカズマのパーティーに入るって聞いたけどクリスも入るのか?」

 

 

「ううん。ほら、あたしカズマ君にスキル教えちゃったじゃない、あんまり同じスキル持った人がパーティーにいるのって良くないんだよ。目立つ人、目立たない人が出てきちゃうからね」

 

 

 

 

 それはそうかもしれない。…でもクリスは今までダクネスとパーティーを組んでいたはずだ。一人になってしまうが平気なのか?

 

 

 

「だいじょーぶだいじょーぶ!あたしこう見えて結構人気者なんだよ?あっち行ったりこっち行ったりして過ごすよ!…元々盗賊なんてそんなもんなんだしさ…」

 

 

 

 ……その姿はとても大丈夫には見えないがな。

 

 俯きながら声だけは元気に張り上げる様はまさに空元気ってところか。

 その寂しそうな顔を見て俺が何も思わないと思ったら大間違いだ。

 

 俺は無言で懐から冒険者カードを出してクリスに見せた。

 

 

 

「なあに?冒険者カード?…うわっ⁉︎すごいレベルだね!72なんて初めて見たよ⁉︎」

 

 

 

 えっ。それは俺もびっくりなんだけど。いつの間に4も上がったのだ。レベルは高くなればなるほど上がりにくくなるんじゃないの?

 

 いや、それは置いといて…。

 

 

 

「クリス。俺とパーティーを組まないか?今はフリーなんだろ?」

 

 

 

 弾かれたように顔を上げて俺を見るクリス。心なしか瞳が潤んでいるようにも見える。

 

 

 

「えっ…?で、でもゼロ君はカズマ君のパーティーに入るって聞いたけど…?」

 

 

 

 なんだそれは。どこ情報だ。

 

 

 

「いや、カズマ君も自慢気に話してたし、ダクネスは前衛の自分が攻撃してもらえないって嘆いてたけど…」

 

 

「それはあいつらの勘違いだな。俺は手を貸すとは言ったけど固定パーティーになるとは一言も言ってない。」

 

 

「……絶対みんなそんな風に思ってないよ?すでにゼロ君ありきで考えてるみたいだし」

 

 

「関係ねえな。俺は俺のやりたいようにやる。あいつらを手伝っても良いが、それは報酬をきちんと貰う……言っちまえば傭兵みたいなことをやろうと思ってる。そんなことより返事を聞いてないんだが?」

 

 

「そんなことって…」

 

 

「そんなことだよ」

 

 

「……あたし、女神だからずっと地上にいるわけじゃないよ?」

 

 

「知ってる」

 

 

「…そんなに強くないから、迷惑もかけるよ?」

 

 

「迷惑だとは思わない」

 

 

「………私で…、良いんですか…?」

 

 

 ……え?なあにこの雰囲気。パーティー組むだけだよね?付き合ったりするわけじゃないよね?いや、それは全然構わないけど。

 

 クリスもダクネスとしか組んだことないみたいだしなんか勘違いしてそうだな。

 

 野暮なことも考えるが、目の前にいる不安そうな女の子にそんなこと言える男がいると思うか?いやいない。(反語)

 

 

 

「…言って欲しいんだな?……お前がいい。お前じゃなきゃ嫌だ」

 

 

 

 プロポーズみたいな言葉を繰り返す。そもそもプロポーズなど、初対面のときに済ませているけどな。

 

 対して、クリスは照れたように頰をポリポリとかきながら、

 

 

 

「そ…、そっか、へへ…、なら…お願いしようかな…。えっと、よろしく!」

 

 

「オッケェイ‼︎」

 

 

「ちょっと‼︎あたし今結構感動してたんだけど⁉︎」

 

 

 

 

 ロッキュー!バーニン!

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 俺がふざけたりクリスをからかっているうちにクリスの宿に着いたようだ。ーーーーーあれ?この宿屋って…。

 

 

 

「そんじゃ、今日はあんがとね!明日からよろしくお願いします!」

 

 

 

 さっきまでの沈んだ空気は取り払えたようだ。元気いっぱいの笑顔でーーー宿屋の馬小屋へ向かおうとするクリス。

 

 

 

「ウェイウェイウェイ‼︎」

 

 

「うわっ⁉︎何さ急に!」

 

 

「wait‼︎」

 

 

 

 おい、年頃の娘さんがまさか一人でこんな男衆ひしめく馬小屋で寝泊りなんてしないよな?

 

 

 

「ええ?何言ってんの、冒険者なんだから当たり前でしょ?」

 

 

「は?許しませんけど。」

 

 

 

 そんなこと言うんならお前には俺の部屋で寝てもらうよ。さあ、お嬢ちゃん、おじさんのお家に行こうか。

 

 

 

「ちょっと何言ってんのかわかんない」

 

 

「馬小屋だって他の男はいるわけだろ?ならいいじゃん。パーティーメンバー同士、仲を深める意味合いで寝食を共にするって聞いたぞ?」

 

 

「いやいや!キミと一緒とか身の危険しか感じないよ!」

 

 

 

 身体を腕で庇う仕草をするクリス。失礼な。俺の鋼の自制心をナメてもらっては困る。ムラムラはするけどガマンする。

 

 

 

「いまその言葉で信用してもらうのは無理じゃないかなぁ⁉︎」

 

 

 

 しかし、そんな危険性など馬小屋の方が高いだろう。なぜ俺はダメなのか。

 

 

 

「他の冒険者なら撃退くらいは出来るけどキミに襲われて抵抗できる女の子なんて多分この世に一人もいないよ‼︎……それに現実的な話、宿屋の部屋借りると一泊でお金がどんどん消えて行くからさぁ…」

 

 

「だからちょうどいいじゃないか。ルームシェアってことで。何なら俺が全部持つよ。」

 

 

「キミ…カズマ君にサイフ丸ごと持ってかれてたけど大丈夫なの?」

 

 

 確かにカズマにぶん投げたサイフから好きなだけ持っていけと言ったらあの野郎、丸ごと持って行きやがった。……俺の手の平の上で踊るが良い。

 

 

「うん。あのサイフ、重く見せかけて小銭しか入れてないし。ほら、こっちが本命」

 

 

 

 もう一つサイフを取り出して見せる。中を確認しなかったのはカズマの責任だ。パンツさえ返してもらえばこっちのもんである。小銭入れってのは偉大だよなぁ。

 

 

 

「うわぁ…カズマ君より狡いかも…」

 

 

「恩人に対してなんて言い草だよお前。それよりどうなのさ。冬とかもこっちの方が便利だろ?」

 

 

「うええ…?ちょ、ちょっと待って。考えさせて」

 

 

「早くしてー早くしてー」

 

 

「……それひょっとしてアクア先輩の真似?」

 

 

 

 クリスはひとしきりうんうん唸ってこちらをチラと見る。

 

 

 

「…………ほんとになにもしない?」

 

 

「してほしいならする」

 

 

 

 性夜の幕開けである。

 

 

 

「……はあああああ……。…信用してるからね?」

 

 

「クリスには信頼もしてほしいかな」

 

 

「うん、うん、よっし!じゃあ行こうか!案内してよ。キミの宿はどこ?」

 

 

「ここ。ここの二階」

 

 

「…えっ。」

 

 

 

 宿屋というのは構造は基本的に同じだ。一階は食堂兼大家の住居で、外には馬小屋が併設されている。二階が旅人や冒険者に開放されているのだ。

 

 俺は二階へと続く階段を上りながら微妙そうな、騙されたような顔をするクリスに声をかける。

 

 

 

「ほら、早く来いよ。まさか女神様ともあろうお人が吐いたツバ飲み込むなんてはしたないことはしないよな?」

 

 

 

 結局のところクリスがこの宿屋に世話になった時点で俺に襲われる危険性などは振り切っていたのだ。

 

 

 

 

 



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33話



再投稿。


これ何が残念って、今まで基本欠かさずに書いてきた前書きや後書きは再現しきれないって事なんですよね。
なんて書いたか憶えてない……。





 

 

 

 ※

 

 

「おい、ゼロ。クリスとパーティーを組んだというのは本当か?」

 

 

「何で知ってんだよ。クリスから聞いたのか?」

 

 

「ん。クリスがとても嬉しそうに話してきてな」

 

 

 

 ダクネスは嬉しいような、淋しいような、複雑な表情をしている。

 

 

 今、俺とカズマ一行は街から外れた丘の上にある共同墓地に来ている。辺りはそろそろ夕日が沈んで暗くなる頃合いだ。

 

 なんでこんなところにいるのかというと別に墓荒らしをしようというわけではなく、クエスト『ゾンビメーカーの討伐』を受けたからだ。

 

 なんでも、プリーストであるアクアは後衛であるが故に直接攻撃の機会が少なくレベルが上がりにくい。そこで、回復魔法で倒せるアンデッド系モンスターを倒してレベルアップ、知力を含めたステータスを上げて戦力にしよう。とはカズマ談だ。

 

 アンデッドが動き始めるのは真夜中だ。しかし、万一を考えて早めに現場に来た、というわけだ。

 

 俺たちは焚き火をたいてその周りにたむろしているわけだが、その中でダクネスが急に近づいて話しかけて来たのだ。向こうではアクア、カズマ、めぐみんで騒いでいる……アクアがひっくり返った。何しとん、あいつ。

 

 

 

「それがどうかしたのか?前の相棒としては俺は認められんってか」

 

 

 

 茶化しながら続きを促すと、ダクネスはいつになく真剣な表情で、

 

 

 

「いいや。逆だ。お前なら信用できる。…クリスをよろしく頼む」

 

 

 

 と言ってきた。

 

 

 

「……そんなに心配ならなんでパーティー解散なんかした?クリスが寂しそうにしてたのはお前だって知ってるだろ」

 

 

 

 少し言葉が強くなってしまったかもだが、実際理由が知りたい。

 

 俺の疑問に少し恥ずかしそうに、躊躇いながらもダクネスは答える。

 

 

 

「クリスは私の初めての親友なんだ。貴族の私は心から笑い合える友人というものがいなくてな……、エリス教の教会に入り浸って『仲間が出来ますように』と祈っていた。」

 

 

 

 ……それは初耳だな。

 

 

 

「そんなある日、いつものように祈っていた私に声をかけてくれたのがクリスなのだ。クリスは私を連れ出して、外の世界を見せてくれた」

 

 

 

 なるほどねえ。敬虔な教徒はちゃんと見てくれる神様もいるって事か。優しいのは知ってたが、サービスしすぎだろエリス。だから下界にいたのか。

 

 

 

「だからかもしれん。私はクリスに頼り過ぎるきらいがある。このままズルズルとクリスの迷惑になるのは耐えられん。だから一度距離をとって、一人前になったらまたパーティーを申請するつもりだったんだが………」

 

 

「お前、それはクリス本人に言ってやれよ。言わなくても伝わるなんて甘っちょろいこと考えんなよ。クリスだって完璧じゃない。言わなきゃ分からん事だってある」

 

 

「うう……、だ、だって恥ずかしいじゃないか」

 

 

 

 顔を赤くしてモジモジしながら言う。乙女か。いや一応乙女だったわ。

 

 

「それにもういいのだ。クリスがあんなに嬉しそうにするのは久しぶりに見た。お前にならクリスを任せられる。……クリスを泣かせたら許さんぞ?」

 

 

「………任された。どんな敵からもクリスを守ると誓おう」

 

 

 

 相手が真剣ならこちらも真剣にならざるを得ない。この覚悟は誰にも譲らない。

 

 張り詰めた空気が流れてしばらく。唐突にダクネスが顔を寄せてくる。近えっつってんだろ。貴族のお嬢様は人との距離が分からないんですかねえ?

 

 

「と、ところでお前、クリスがその、すすすす、好きなのか⁉︎」

 

 

 

 こいつは今の良い空気をどうやって弁償してくれるんだ。

 

 恋バナ大好きお嬢様がドキドキした目で見てくる。

 ふむ、俺が好きなのはエリスだ。しかし同一人物である以上クリスが好きだと言っても間違いではあるまい。

 

 

 

「……ああ、まあな。そうじゃなきゃ声掛けてパーティー組んだりしねえよ」

 

 

「や、やはりそうか!参考までにど、どんなところが好きなのか教えてもらってもいいだろうか⁉︎」

 

 

 

 こいつ目がやべえ。ギラギラし過ぎだろ。

 

 と、いつの間にか離れていた三人も近くに来て俺の話を今か今かと待ち構えていた。

 

 

 

「ふむふむ、ゼロの好きな人とはクリスのことでしたか。一体どこで知り合ったんです?」

 

 

「ダクネスったらエリス教徒だったの?ダメよ、あんな上げ底女神崇めたら。今からでもアクシズ教に変えて女神アクアを崇めるといいわ!」

 

 

「アクア、今いいところだから。小遣いやるから黙っててくれ。出来たら永遠に」

 

 

 

 なんか女神(笑)とクズが喧嘩し始めたし。

 初めて会った時のこと……女神関連だけ隠せばどってこた無いか。

 

 

「あー、どこで知り合ったか、だったかーー」

 

 俺が渋々ながら話そうとした時だった。

 

 

 

「……ん?待て、敵感知に反応がある。多分ゾンビメーカーだ?」

 

 

 カズマが鋭い声を出す。お出ましのようだが……、カズマの反応が煮え切らないな?

 

 

「……数が多い。取り巻きは二、三体って聞いてたけど、五、六体はいる。こっちにはアクアとゼロがいるから大丈夫だとは思うけど一応注意してーー」

 

 

「あーーーーーっ!」

 

 

「ちょっ⁉︎バカ‼︎止まれ!」

 

 

 いきなり叫んだアクアがカズマが止めるのも聞かずに猛ダッシュしていく。……あいつある意味スゲえな。

 

 

 

「止めるか?」

 

 

「……はぁ、頼む」

 

 

 

 了解。

 

 すでにゾンビメーカーの目の前で魔法を放とうとしていたアクアに一息に追いつき、頭を掴んで後ろに放り投げた。背後から鈍い音とともに「ふぎゃ‼︎」と悲鳴が聞こえるが無視。いい気味だ。すかさずゾンビメーカーに剣を構えて………。

 

 

 

「……何やってんのお前」

 

 

「ぜ、ゼロさん⁉︎あああの人なんなんですか!」

 

 

 周りをゾンビ…というかアンデッドが蠢く中心で何らかの術を使っていたのは俺が時々利用する魔道具店の店主、魔王軍の幹部にして『不死王(リッチー)』のウィズだった。

 

 

 

 ※

 

 

 

「要するにこの街のプリースト連中が拝金主義でこの共同墓地に寄り付かないから代わりに迷える魂を浄化してたってことか」

 

 

 ウィズの話をカズマが簡潔に纏める。この場のウィズ以外の視線はアークプリーストであるアクアに注がれている。

 

 

 

「うう…、な、何よ。言っとくけど私は知らないわよ。この街の連中がどんな主義してたって分かるわけないじゃない!むしろアンタ、なんで私のところに来なかったのよ!」

 

 

「ええ⁉︎そ、そんなこと言われましても…」

 

 

 

 こいつ無茶苦茶言ってやがるな。さっきまで滅ぼそうとしてたくせに、わざわざ自分の前にでてきて自殺しろとでもいうのか。

 

 今度はウィズ含めた全員の視線でアクアを滅多刺しにしてやると…。

 

 

 

「わーかったわよ!時々ここに来て浄化すればいいんでしょ!じゃあ早速目の前の迷えるリッチーを浄化してあげるわね!」

 

 

「お前こんな良い人を浄化だと?まずはお前の性根の方をどっかで浄化してきたらどうだ?」

 

 

「………うふふ、やだカズマさんったら、こんなに心の綺麗な美少女を捕まえてこれ以上どこを綺麗にしろって言うのかしら?」

 

 

「全部」

 

 

「なんですってーー!」

 

 

 

 こいつらほんとに喧嘩好きだな。

 

 

 

「ウィズ、行け行け、もう良いぞ。こいつがお前の後を継いでくれるってさ」

 

 

「ほ、本当ですか?ありがとうございます!」

 

 

 

 カズマに砂をぶっかけられて地面を転がる駄女神にお礼を言って足早に立ち去っていく。……今度カズマを連れて店に遊びに行ってみよう。カズマに何かスキルを教えてくれるかもしれない。

 

 

 

「正気ですか、ゼロ!相手は人間の敵ですよ⁉︎逃すなんて……」

 

 

 

 ウィズの人となりを知らないめぐみんが尤もな事を言ってくる。

 

 

 

「安心しろ。ウィズは人間を傷付けたことはないし、もしそんなことがあれば俺が斬る。それでいいだろ?」

 

 

「……そういえばあなたはそんな考え方でしたね。で、でもリッチーだと言っていましたが、リッチーなら魔法のかかった武器しか通じませんよ?」

 

 

 

 あれ?言ってなかったっけ。デュランダルは神器なのだ。例えリッチーだろうと大悪魔だろうと斬れる……と思う。 うむん、ちょっと自信無くなってきた。

 

 

「おい、その辺どうなんだ、女神」

 

 

 

 涙目のアクアが言うには。

 

 

 

「えー?多分大丈夫なんじゃない?特典の武器ってだいたいの物は斬れるし、通じるわよ。あ、でも物理だからスライムとかの軟体には効かないかもね」

 

 

 

 だ、そうだ。いやあ安心安心。この世界だってそうそうスライムなんざいないだろうし実質最強の剣やな。

 

 俺が密かに安堵していると、アクアのことを知らなかったらしいダクネスとめぐみんが首を傾げる。

 

 

 

「「女神?特典?」」

 

 

「……そうね。あなた達には言っておくわ。…私はアクア。そう、アクシズ教団が崇拝している水の女神とはこの私のことなのよ……!」

 

 

「「そうなんだ、すごいね!」」

 

 

「なんでよーーー!」

 

 

 

 アクアが必死に二人に信じてもらおうとしているが、効果は無いようだ。

 あいつは女神として二人に敬われたいのか?仲間としては見られなくなると思うんだが。

 

 ………あ、そうだ。

 

 

「カズマ。今日の報酬は要らねえから、俺はこれで帰るわ」

 

 

「うん?何でだよ。タダより怖いものは無いって言うし、ちゃんと払うぞ?」

 

 

「……その金はどっから引っ張ってくるんだ?」

 

 

「そりゃ今回の報酬金か、ら……?……あっ」

 

 

 

 今回のクエストは『ゾンビメーカー』の討伐。ゾンビメーカーが存在しなかったというならそもそもクエストが存在しないということだ。当然、報酬なぞ無い。

 

 頭を抱えるカズマをよそにダクネスが聞いてくる。

 

 

「そういえば今日はクリスは良かったのか?せっかく組んだのに一日放置なんて……、私は大歓迎だが」

 

 

「てめえと一緒にすんな。クリスは今日実家に帰ってんだよ。明日明後日くらいには戻るってさ」

 

 

「まだ組んで一週間も経って無いのにもう愛想を尽かされたのですか。これはゼロもウチのパーティーに入るしかないのでは?」

 

 

 

 めぐみんが無茶振りしてきた。

 お前どんだけ俺のこと好きなんだよ。入らねえよ。

 

 いや、多分普通に実家(天界)に帰ってんだろ。仕事も片づけなきゃとか言ってたし。女神様は大変だなぁ…手伝えりゃいいんだけどーー

 

 

 ーーいや?まてよ、閃いたぞ。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 翌日。早速昨日の閃きを試そうと適当なクエストを受けようとしたが……。

 

 

「……なんか難度高いのばっかりじゃないですか?」

 

 

 俺なら問題無いものばかりだが、他の冒険者からすると受けるのを躊躇うようなクエストしか掲示板にはなかった。その理由をルナに聞くと。

 

 

 

「それがですね、どうやらアクセルの近くにある廃城に魔王軍の幹部が来ているようでして、その影響で弱いモンスターが隠れてしまったんですよ。あ、この話、ゼロさんとはそういう約束してたからしたのであって、まだ他の方には広めないでくださいね?」

 

 

 

 ほう!魔王軍の幹部!で、俺はそれを今から倒してくればいいんだな?

 

 

 

「ええ⁉︎えっと、その………、…やれるんですか?」

 

 

 

 愚問だな。やれるやれないじゃなくてやるんだよ(・・・・・)。それ、一番言われてるから。

 

 ………おお?

 

 

 

「…いや、やっぱりやめておきます。この街に攻めて来るようなら迎撃はしますがね。また何か分かったら教えてください。あ、それと今日はこれ、行ってきます」

 

 

「あ、そうですか……。いえ、お気になさらず。では行ってらっしゃい」

 

 

 

 ルナはすこぶる残念そうな顔をしたが、そこはプロ。滞りなくクエストを受注させてくれた。

 

 別に日和ったとかそういう話じゃない。今は幹部には居てくれた方が都合がいいから泳がせてるだけだ。なあに、そのうち顔でも見に行ってやるさ。

 

 

 

 



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34話



再投稿。






 

 

 

 ※

 

 

 魔王軍幹部が近くに来ているだけあって、確かに弱いモンスターは見かけなかった。他にクエストを受けたやつも居なかったようだし、俺の企みはまた今度だな。

 むしろ今の状況は俺にとって御誂え向きと言える。幹部さんには是非とももう少し滞在した後に俺の元へ出て来て欲しいものだ。丁重に葬って差し上げよう。

 

 クエストを完了して宿の前。俺の部屋の灯りが点いていることに気付く。

 

 クリスか。そろそろ戻る頃だとは思っていた。

 

 

 

「ただいま、クリス」

 

 

「おか〜えり〜……」

 

 

 

 扉を開けながら帰宅を告げると、クリスは部屋の真ん中で仰向けに寝転びながら足を伸ばしてストレッチのような運動をしていた。どうせならベッドに寝転べよ。

 

 ……別にいいけどこいつリラックスし過ぎじゃね?最初の三日は借りて来た猫のように大人しかったのに、俺が本当に何もしないと分かると急にだらけ始めた。案外ものぐさなのかもな。そんなとこも好きだけど。

 

 クリスが手を出してきたので俺の冒険者カードを乗っけてやる。なんでも俺のステータスは尖ってて見ていて飽きないので、暇潰しに良いのだそうだ。

 

 俺もくつろごうとベッドに腰を下ろすと、クリスが話しかけてきた。

 

 

「うーん……、ねえゼロ君、やっぱり君のステータスちょっとおかしくない?」

 

 

 

 ……何がおかしいって?肉体的なステータスは桁がおかしいとは最初に言われたがね。

 

 

 

「いや、そっちもアレだけどそれは諦めもつくよ」

 

 

「諦めってなんだよ」

 

 

 

 勝手に諦めんなよ!もっと頑張ってみろよ!お前を応援してくれてる人の気持ち考えろよ!

 

 

 

「そうじゃなくてさ、キミの知力だよ。どう考えても低過ぎじゃない?むしろ高い方だと思ってたんだけど…」

 

 

 

 やだ、私の知力、低過ぎ⁉︎

 

 ……うん。いや、まあね?知力低いって言われるとショックだけど、正直どうでもいいじゃん?最悪まともに戦えて、工夫が出来るだけあればなんとでもなるよ。

 

 

 

「それがおかしいんだよ。だって、アクア先輩より低いんだよ?正直日常生活に支障をきたすレベルだと思うんだけど」

 

 

「うん。それは俺も変だと思った」

 

 

 

 俺がアクアよりも低いとかちょっと信じたくない。この『知力』は何を基準に決めているんだろう。そしてさりげなく先輩をdisるクリス後輩。

 

 

 

「うーん……?まあいいか。あ、あとまたレベルアップしたみたいだね。なんかスキルとか覚えないの?」

 

 

「また上がったの?それもおかしくね?」

 

 

 

 見ると確かに72→73に上がっていた。

 

 今日は『ダンジョン付近に住み着いたアークデーモンの討伐』を受けてきた。アークデーモンっていうかむしろホーストに似ていた。

 でも今回の奴は喋らなかったし、ホーストに比べるとクソほども強くなかった。……ホースト、あいつ強かったんだな…。

 

 何とは無しに習得可能スキルをスクロールしていく。未だに最後に君臨するのは圧倒的にポイントを必要とするスキルーー

 

 

『一刀両断』・・・73

 

 

「…………なあ、クリス。必要ポイントが変動するスキルなんてあるのか?」

 

 

「………?そんなの聞いたこと無いけど」

 

 

 

 だよなあ。俺も無い。じゃあなんぞこれ?

 

 初めて見た時は間違い無く必要ポイントは68だった。レベルが上がる毎に必要ポイントが増えているということは、何か一つでもスキルを覚えたらこのスキルとはおさらばということだ。

 ………それは嫌だな。やっぱりまだ保留にしておこう。

 

 返してもらったカードをポケットに突っ込んでおく。

 ーーさて。

 

 

 

「なんか話したいことがあるのか?」

 

 

 

 ビクッとしたクリスが恐る恐る聞き返してくる。

 

 

 

「……なんで分かったの?」

 

 

「そんな感じがした。ステータスのついでに話すつもりだったんだろ?」

 

 

 

 ふふん。この洞察力は自慢できるんじゃなかろうか。クリス相手なら言葉にしなくても言いたいことが分かる気がするね。

 

 そんなことを言うと、クリスは何が気に入らないのか、震える声で聞いてきた。

 

 

「へ、へえ。あたしそんなに分かりやすい?」

 

 

「少なくとも俺にとってはな」

 

 

「な、なかなか言うじゃん。じゃあはい!あたしが今から何を話すでしょうか!当たったらナデナデしてあげる!」

 

 

「要らんわ。逆にナデナデさせろ。それなら受けてやらぁ」

 

 

「……セクハラ、だめ、絶対」

 

 

 

 健全に頭だっちゅうの。なんだ?胸でも撫でようか?ツルツルして気持ち良さそう……とは絶対言わない。冗談でもなんでもなく殺されそう。

 

 ……ふむ。

 

 

「何か頼みごと、それもやましいことと見た。クリスは一応盗賊職だからそれ関係じゃないか?」

 

 

「なんで分かるのさ⁉︎ちょっと怖いんだけど‼︎」

 

 

 

 伊達に一週間一緒に居たわけじゃない。これがシステム外スキル『以心伝心(クリス限定)』だ。

 

 

「……キミにあたしが下界にいる理由って言ったっけ?」

 

 

「昨日聞いた。ダクネスの友達になるためだろ」

 

 

「ちょっ⁉︎だ、ダクネスから聞いたの……?あ、いや、そっちじゃ無くて、それもそうなんだけどーー」

 

 

 

 ほのかに頰を紅くしながら俺に掻い繰りされるクリスが言うには、転生者が貰った特典の神器。本来はこの世界にあっちゃいけないものがどういうわけか持ち主の手を離れて他の人の手に渡ってしまうことがある。持ち主から買い取ったり、持ち主が死んだりした時に発生する事例で、だいたいは貴族が持っているそうだ。そんな神器を貴族の屋敷にこっそり侵入して回収するのがクリスの目的なんだとか。

 

 

「だから『盗賊』になったのか」

 

 

「まあね。あと、ついでに義賊っぽいこともやってみたかったから、出自不明の悪どいお金も幾らかいただいちゃってるよ」

 

 

 

 舌を出しながらイタズラっぽく笑うクリス。いやそれは本来お茶目では済まされないけどな。もう、こいつめ!ぷんぷん、がおーだぞ!

 

 

「で、それを手伝えってか。いいよ、やろうか」

 

 

「手伝ってくれる?ありがと」

 

 

 

 何を遠慮してんのか。昔偉い邪神が『バレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ』って言ってたし、バレなきゃいいのよ。

 

 

 

「へえ、いいこと言う人がいるもんだね?」

 

 

 

 ………俺が言うのもなんだが、クリスも大概だな。この言葉に同調する女神は割と駄目なんじゃないか?エリスバージョンはあんなに女神然としているのにクリスバージョンは俗っぽいというか何というか。だが……そこがいい。

 

 

「神器を持ってる貴族の目星は付いてるのか?」

 

 

「あ、うん。今のとこ、確認してる神器は三つだね。一つはこのアクセルの貴族のところだけどここはちょっと複雑で今は手が出せないかな」

 

 

「なんだ、ダスティネス家の屋敷だったりするのか?」

 

 

「ち、違うよ。単純に神器の方に問題があって……、まあそれもおいおいね。そんで、残り二つは王都にあるよ。今回はこっちの片方を手伝って欲しいかな」

 

 

「ってことは王都に行くのか?」

 

 

「そうなるね。次回の王城の下調べもしたいから一ヶ月くらいアクセルから離れるけど……いい?」

 

 

「ああ。俺はいつでもいいけどーーん?」

 

 

 

 ーーちょっと待て。次回の王城?王城に神器あんの?じゃあ侵入しなきゃいけないの?

 

 

 

「え?まあ今回はそこまではしないけど、神器がある以上いつかはーーー」

 

 

「バカじゃないの⁉︎」

 

 

「えっ」

 

 

 

 

 いやもうマジでバカなんじゃないの?王城ってことはあそこにいる化け物連中の目を盗まないといけないんだぞ。

 

 もし戦闘になってみろよ。まだジャティスやアイリスなら何とかなるよ?国王は無理だぞおい。

 

 

 

「えっ、でもキミ勝ったじゃん……」

 

 

「あれはお前のバフ盛り盛りで、しかも武器が耐えられなかったからで、その上試合形式だっただろうが!」

 

 

 

 いくら脳筋国王でも自分の城がピンチの時に武器壊されていじけて山に籠るってこたしないだろう。つまりガチの、本気のバスターゴリラとバトルせねばならないってことだ。死ぬわ!

 

 

 

「ええ⁉︎ちょっと困るよ!キミに外で騒ぎを起こしてもらってその隙に盗ってこようと思ったのに!」

 

 

「バーカバーカ‼︎もうほんと……バーカ‼︎」

 

 

 

 なんだその虫食いだらけの計画。俺をなんだと思ってんだ。

 

 俺の直球の暴言にムカっとした顔で反論してくる。

 

 

「ば、バカとは何さ!アクア先輩より知力低いくせに!」

 

 

「あ、そういうこと言う⁉︎その俺ですらその作戦は杜撰すぎるって言ってんの!」

 

 

「嘘つき!一緒にやってくれるって言ったのに!もういいよ、ダクネスに頼んでくるから!」

 

 

「お前今何言ってるか分かってる⁉︎貴族のダクネスに王族の城で騒ぎ起こさせようとするとかそれでも親友かよ!」

 

 

「うう、だって、だってぇ……」

 

 

 

 あっ、こいつ泣き始めやがった!くそ、ズリぃなぁ!

 

 

 

「……ふぅ、ぅぅぅ…。わかった、わかったよ。そっちは俺がなんとかしてやるよ」

 

 

「うっ、ほ、ほんと……?」

 

 

 

 なんか幼児退行してんじゃねえか。アクアといい、女神ってのは下界に降りたら子供っぽくならないといけない決まりでもあんのか。向こうとは違って腹立たないのは惚れた弱みってやつなのかねえ。

 

 

 

「………ごめんね。なんかゼロ君に断られたって思ったらすごく悲しくなってさ」

 

 

「……悪かったよ。でも、国王とやるのは本気でヤバいんだってばさ」

 

 

 

 さっきの続きとばかりにクリスの頭を撫でながら謝る。そういえばあの時、国王に勝ったらって約束こいつ忘れてね?いや、ムードが大事ってのはなんとなく分かるから今はいいけど。

 

 

「……下調べって言ったよな。それ、俺に任せてくれ」

 

 

「え?いいけど、どうするの?」

 

 

 

 場所が王城なら俺の方が内情を確かめるのは簡単なはずだ。国王の予定を聞いておいて、いない日を作戦決行日にすればいい。それとあとはーー

 

 

 

「……協力者が要るな。できれば盗賊系のスキル持ってるやつ」

 

 

 侵入してそれで終わりじゃない。そこから宝物庫までの罠だらけの通路を突破できるくらいには実力がある奴が望ましい。クリスだけだと不測の事態に対応出来るか心配だ。

 

 

 

「ううん……?でもアクセルにはあたし以外に盗賊なんていないし、王都で集めるにしたってこんな犯罪紛いのことに協力してくれるかな?」

 

 

「犯罪紛いじゃなくてれっきとした犯罪だろうが…。……いや、一人いるぞ。盗賊スキル持った機転の利く男が」

 

 

「だ、誰?あたしの知ってる人?」

 

 

 

 知ってるも何もそいつにスキル教えたのはお前だぞ。

 

 

 

「…………えっ⁉︎……まさかとは思うけど」

 

 

 一つ頷く。

 

 クリスは嫌がるかもしれんな。あいつが手え貸してくれるかも分からんが……

 

 

 

「カズマに頼もう」

 

 

「絶対嫌です」

 

 

「真顔⁉︎」

 

 

 



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35話



再投稿。





 

 

 

 ※

 

 

 ギルドの酒場。そこに設置されたカウンターに一人でカズマ君が座っていた。他のメンバーはそれぞれの用事で出掛けているようだ。

 

 

 

「は?やだよ。厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだぞ」

 

 

 

 ……ほらごらん。

 

 どうするのさ?という意味合いを込めて隣にいる男の人を見る。あたしは嫌だし、そもそも手伝ってくれないって何回も言ったのに。

 

 しかし、ゼロ君はカズマ君が適任だと思っているようだ。諦めずに報酬について交渉している。

 

 

「そんなこと言うなよ。報酬だって払うって言ってんじゃねえか。何が不満なんだよ」

 

 

「全部だよ‼︎なんで犯罪の片棒担がなきゃいけねえんだ!

 それで金貰うくらいなら普通にクエスト受けるし、だいたい、お前がいて尚難しいんじゃ俺一人追加したところで大して役に立たねえだろ……」

 

 

「声がでけえよ。今の掲示板に貼ってあるクエスト受けられんのか?カズマのパーティーじゃ厳しいんじゃないかねえ」

 

 

「ぐっ。痛いとこ突きやがる………」

 

 

 

 カズマ君が顔を顰める。確かに最近は妙に簡単なクエストが出なくなった。まだ駆け出しのダクネス達では難しいと思う。

 

 ゼロ君がニヤリと笑い、ここで畳み掛けるとでも言うように報酬を追加する。この人ほんと悪い顔するなぁ……。

 

 

 

「どうだ?今なら報酬金とは別に今から一ヶ月の間俺をタダで使わせてやるぞ?俺なら今のクエストでも楽勝だ。この条件なら悪くないんじゃないか?」

 

 

「ゼロ君⁉︎い、いいの……?」

 

 

 

 ゼロ君は基本的に報酬に関しては厳しい。例え相手が友達だろうと無償でクエストに力を貸すことはまず無いし、決められたお金は絶対に徴収する。その代わりになにか不測のことがあって、クエストが潰れた時や命の危険がある時は手助けして、組んだパーティーがお金を差し出してきても受け取らない。明確な基準があるみたいだ。

 

 ……あたしの頼み事ではお金取ったことなんてないけれど。

 その事実が無性に嬉しくて、恥ずかしい。この人はなんで『私』をこんなに好きで居てくれるのだろう。以前理由を聞いたことがあったけどはぐらかされただけだった。「わからないならそれで良いよ。今はな」……そう言ってそっぽを向くのだ。

 

 彼の提示した条件を聞いてカズマ君が腕を組んで悩み出す。これはいけるんじゃーー?

 

 

 

「………お前ら、王都に行くっつったよな?いつからいつまで向こうにいるんだ?」

 

 

 

 ………あれ?確かに。今から一ヶ月ゼロ君を使えるって言ってたけど今から一ヶ月はあたし達は王都に行くわけで。

 

 ゼロ君をあたしとカズマ君が見る。

 

 

 

「……バレたか」

 

 

「やっぱりかてめえ‼︎ふざけんなよ⁉︎どうせそんなこったろうと思ったわ!俺はまだあの小銭だらけのサイフの件忘れてねえからな‼︎なにが知力最低クラスだ、この詐欺野郎!」

 

 

 

 狡っ‼︎今のは狡っ‼︎実質報酬金しか払わないつもりだったんじゃん!

 これはカズマ君が怒り狂うのも仕方ないだろう。

 

 

 

「ま、まあ待てって。悪かったよ、期間じゃなくて回数制にしてやるから……」

 

 

「はい、もうお帰りくださ〜い!交渉の場で嘘つくやつを信用できるわけねえだろうが!回数制にしたってなんかインチキするんだろ?ほら早く出て行け‼︎」

 

 

 

 取り付くしまもないとはこのことだ。なくしたのはゼロ君だけど。ゼロ君にもまだなにか考えがーーー?

 

 ゼロ君の顔を見ると、冷や汗が一筋流れていた。

 

 あ、ダメだこれ。もう考えなんてないや。

 

 もともと乗り気じゃなかったあたしが完全に諦めていると、ゼロ君の目が鋭くなった。

 

 

 

「カズマ。賭けをしよう」

 

 

 

 どうもまだ諦めないらしい。あたしとしてはゼロ君と二人でいいと思うんだけどなあ。

 

 カズマ君があたし達を追い出そうとする動きを止める。

 

 

 

「……賭けだと?」

 

 

「そう、賭けだ。お前が勝てば協力しなくていい。しかも俺が王都から帰ってきてから一ヶ月、お前らパーティーの専属になってやる。その際には分け前だけ貰えれば報酬は要らん」

 

 

「………負ければ?」

 

 

「俺たちに協力はしてもらう。ただし、こっちも報酬は払うし、帰ってきてからも一週間はお前らの依頼を優先してやる。……どうよ、そっちの不利益は最小限にしたつもりだが……?」

 

 

 

 再びカズマ君が熟考する。確かにカズマ君達からすればどう転んでもゼロ君の力を借りることができる分有利だ。でも。

 

 

「(ちょ、ちょっと!あんなこと言っていいの?だってゼロ君の幸運、本当に最低じゃない)」

 

 

 そう、彼の幸運はあたしやカズマ君からして、目を覆うほどに差がある。今までの旅だってそのせいで色々不幸な目にあい、その度に死にかけてきたのではないか。

 それでもゼロ君は笑う。

 

 

「(心配すんな、賭けの内容はつい今し方思い付いた。あとはこいつが賭けを受け、俺の望む内容にできるかだがーーー)」

 

 

「いいぞ。その賭け、乗った!」

 

 

「(ーーーかかったぜ、カモが)」

 

 

 

 うわぁ……。今の顔は魔王軍幹部って言われても否定出来ないレベルだったよ…。あたしじゃなかったら嫌いになってたかも。……いや、別に今だって好きってわけじゃなかった。

 

 変な思考が頭をグルグル回るなか、ゼロ君が勝負をかける。残った条件は賭けの内容。

 

 

「カズマよ、やり方は俺に決めさせてくれないかね。もちろん実力勝負なんてのは無しだ。純粋に運の要素でやろう」

 

 

「おい、おい本気かよ?お前程度のステータスでこの『レア運だけのカズマさん』に運で勝とうってか?しょうがねえなぁ!さっさと決めろよ!」

 

 

 

 御愁傷様です。

 

 あたしは心の中で手を合わせる。ゼロ君の勝利条件が揃った。ゼロ君はいかにも今から考えますよ、という風に悩み出す。白々しいなこの人。

 

 

 

「そ、う、だ、なぁ。よし、じゃあこうしようぜ」

 

 

 彼の提案はこうだった。

 

 器に入れた野菜スティックを用意して、細工の無いようにカズマ君が選ぶ。それを机に置いて、二人とも離れてからあたしが机を叩く。野菜スティックが飛ぶか飛ばないかを賭ける。

 

 ……?これのどこに勝利できる要素があるんだろう?見かけは完全に運次第だけど……。

 彼のことは信頼してるけれど、もう少し詳細くらい話してくれてもいいのに。そう思っているとカズマ君が首を捻る。

 

 

 

「……野菜スティックが飛ぶってなんだ?飛ぶの?野菜スティック」

 

 

 

 ああ、そう言えば彼も転生者だったっけ。まだこちらの常識に慣れていないらしい。ゼロ君が一言。

 

 

「キャベツだって飛んだだろ」

 

 

「…………分かった」

 

 

 

 凄い説得力だ……。

 

 

 

 カズマ君が器を選んで二人とも離れていく。カズマ君は『飛ぶ』方に賭けた。その器を机に置く時に気付いてしまった。

 

 このスティックは飛ぶ。だってもうプルプル震えてるんだもの。活きが良い証拠だ。

 

 さすがはレア運のカズマと呼ばれるだけはある。多分この店で一番活きの良い野菜を迷わず選ぶとは……。

 

 

 

「(だ、大丈夫なんだよね⁉︎もう飛びそうなんだけど!)」

 

 

 彼に視線を向けると不敵に笑う顔が見えた。俺を信じろとでも言いたげだ。ようし!もうどうにでもなれ‼︎

 

 

「行くよ‼︎」

 

 

 合図をあげて手を振り上げる。意味なんてないけど何故か身構える二人。振り下ろす。ドン、と手に鈍い感触。衝撃でスティックが僅かに浮き上がりーーーーー。

 

 

 

 ッパァン‼︎

 

 

 なにかが破裂する音が大音量で響き渡り、直後にキーーン、と耳鳴りが起こる。思わず耳を塞ぐ。

 

 い、今のは…?

 

 周りを見渡すと、カズマ君もギルドにいた他の人も全員耳を押さえていた。

 

 唯一、ゼロ君を除いて。

 

 

「はい。悪いなカズマ、賭けは俺の勝ちだ」

 

 

「え?……あっ、くそ!」

 

 

 

 見れば、野菜スティックは変わらずにそこにあった。飛んだ形跡がない以上、ゼロ君の勝ちと言えるだろう。

 

 ……カズマ君は遠目で分からないようだがあたしははっきりと分かる。

 

 野菜スティックがなぜか短くなっている(・・・・・・・)。完全にトドメが刺されていた。

 

 ダメ押しとばかりにあたしに向けてチラリと剣の柄を見せてまたニヤリと笑うゼロ君。

 

 彼の旅を思い出す。最近は使っていなかったが、彼は音速で剣を振って斬撃を飛ばすことが出来なかっただろうか。彼自身はかまいたち程度と卑下しているが、その威力は野菜を切り裂くなど造作も無い。

 

 

 ーーーそう言えばこういう人だった。

 

 どれだけ運が悪かろうと、誰にも負けない努力によって手に入れた強さで全てを捩じ伏せる。死にかけてきたということはまだ死んでいないということだ。これからも彼はこうやって文字通り道を切り拓いて行くのだろう。

 

 

 ーーーいや、やったことはただの不正なんだけども。

 ジト目でゼロ君を見つめる。それには気付かない様子で項垂れるカズマ君を煽り続ける彼。

 

 

「いやあ、ホント悪いなカズマ!当日はよろしく頼むぜ!そう気い落とすなって!今回ばかりは『幸運の女神様』は俺に微笑んでくれただけだからSA☆」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

『幸運の女神様』なら今キミに若干ヒいてるけどね。

 

 さすがは普段から『無理をゴリ押し道理を粉砕』を座右の銘にしているだけのことはある。

 

 終始ゴリ押しで何とかしちゃったよこの人。

 

 

 

 

 



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36話



再投稿。






 

 

 

 ※

 

 

 夜の王都に男の高笑いがこだまする。

 

 

「フハハハハハハハハハ‼︎どうもご機嫌麗しゅう人間の皆々様!我輩は地獄の公爵にして見通す悪魔……そう!バニルと申します!今宵は特別に我輩の大悪魔としての力の片鱗をお見せ致そう、恐れ慄くがよろしい‼︎フハハ、フハハハハハハハハハ‼︎」

 

 

 

 ※

 

 

「お?ゼロじゃないか!アクセルにはもう行ってきたのか?まあお前ならすぐ王都に戻ってくるって分かってたけどな!」

 

 

 

 これで何回目だよ。

 

 俺とクリスが王都に来て知り合いの冒険者に声を掛けられること十数回。まだ王都の門から入って全然進んでないんだが。

 

 アクセルに慣れると王都ってのは本当に混雑している。その中で知り合い全員に対応していると宿に着く前に日が暮れそうだ。

 

 

 

「うん?そっちの子は……ゼロの仲間か?」

 

 

 

 目の前の男はディラン。以前、王都で魔王軍襲来時に助けてやってから話すようになった冒険者だ。

 ディランがクリスに言及する。クリスは少し俺の後ろに隠れながらも自己紹介をした。これも今日何度も見た光景である。

 

 

 

「う、うん、初めまして。あたしはクリス。盗賊をしてて、ゼロ君とはパーティーを組ませてもらってるよ」

 

 

 

 それを聞いたディランは何が不思議なのか首を傾げ、クリスを指差して俺に聞く。

 

 

 

「………男?女?」

 

 

 

 顔面をわりと強めにぶん殴ってやった。近くにあった露店に激突してピクリとも動かなくなるディラン。殴った時に「ピシッ」と音がしたから顔の骨にひびくらいイったかもな。

 まあディランも高レベル冒険者だ。怪我なんか慣れっこだろ。

 

 

 

「ちょっ!何してんのさキミ⁉︎」

 

 

「いいんだよ。失礼な奴はあんぐらいしないと直らないしな」

 

 

 

 失礼なことを言われたというのにディランを心配そうに見つめる女神のようなというか女神であるクリスの手を引きながら進む。

 

 俺たちが通った道には既に男の冒険者が死屍累々に横たわっている。

 だってあいつらクリスの声を聞いてようやく男か女かどっちか、みたいに聞いてくるんだぜ?

 失礼の極みだろ。せめて本人には隠して聞けって話よ。

 

 

 

「それにしてもキミ、本当に人気者だねえ」

 

 

 

 先ほどの俺の暴挙は置いておく事にしたのか、それはそれとしてクリスが感心したように声をあげる。

 

 

 

「なんだよ、俺のこと見てたんじゃないのか?」

 

 

「いやあ、見てはいたけど実際に体験するとまた違った感じがするっていうかさ…」

 

 

「惚れ直した?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 おっと、黙ってしまったか。俺も人の事は言えんな、もう少し言動に気を付けよう。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 夜、とある宿屋にて。

 

 

 

「なあ、本当に明日やるの?もうちょい予定に余裕持たせたりしないの?」

 

 

「いいじゃん。ゼロ君だって早く終わるにこしたことはないでしょ?それに今回の屋敷は中の警備は手薄だから、キミが外で気を引いてくれたらすぐに盗ってくるよ。

 それより問題は次の王城なんだよねぇ……、それの下調べに時間も割きたいからさ」

 

 

 

 なんだかクリスはもう成功したかのような雰囲気を出しているが、俺としては気が気ではない。大丈夫?これ、フラグとかじゃない?

 まだ作戦前だというのに次の話をするとか鬼ならぬバニル(悪魔)大爆笑じゃないの?

 

 俺が尽きぬ不安を感じる間にも。

 

 

 

「だーいじょうぶだって!なんだかんだ言っても王都の英雄と女神であるクリスさんが組んだんだから、今さらアルダープなんて悪徳貴族の別荘から神器盗むことぐらい楽勝だって!」

 

 

 

 フラグ建築に余念がない女神クリスさん。どうしよう、俺が知らぬ間にどこで一級フラグ建築士の資格を取ってきたのだろう。

 

 いや、俺の方こそ明日のことばっか考えてもしょうがないか。あれだ、明日は明日の風が吹くってな。

 

 

 

「それにしてもアルダープ、ねえ」

 

 

 

 その名前は王城にいた時に聞いたことがある。確か悪どいことをやりまくっているのに何故か決定的な証拠が出ないから摘発出来ないとかなんとか。

 憎まれっ子世に憚るってのはどこの世界も同じだな。やるとなったら派手にやっちまうか。誰も文句なんざいわねえだろ。

 

 

 

「それじゃあそろそろ寝ようぜ。細かいことは明日考えりゃいいさ」

 

 

「うん、そうだねー。灯り消すよ?……じゃ、おやすみー」

 

 

 

 部屋が暗くなる。なんだかんだ二人の生活にも慣れてきた。瞼を閉じるとそのまま夢の世界にーーー。

 

 

 

「いややっぱりちょっと待って!おかしくない⁉︎」

 

 

 

 いきなりまた灯りが灯る。なんだというのか。せっかくうっすらと意識が沈みかけたってのに安眠妨害もいいところだ。

 

 

 

「あ、ごめ……、じゃなくて!なんであたし達同じ部屋で寝てるのさ⁉︎」

 

 

「お前今さら何言ってんだよ……」

 

 

 

 いつも平気でやってることだろうが!つべこべ言わずにつべこべぇ‼︎

 

 

 

「今回は別に部屋分けるとかできたじゃん!お金だってそのために多めにもってきたんだからさあ!」

 

 

「節約するのは良いことだろ。俺だって何にもしないって、まだ信じてくれてないのか?」

 

 

「そういうことじゃねーよ!キミのことは信頼してるけど、その、他の人の目が気になるっていうか……」

 

 

 

 ……なるほど。つまりは周囲から夫婦みたいに見られるのが耐えられないわけだ。王都ではクリスは何故か男に見られることが多いが、アクセルでは普通に女として通っている。アクセルで俺たちが同棲してるってことは周知の事実だけど王都では違うしな。気にするなってのは無理な話か。

 

 

 

「⁉︎ えっ、アクセルであたし達が一緒に住んでるのってバレてるの⁉︎」

 

 

「逆になんでバレてないと思ってたんだよ」

 

 

 

 アクセルでは噂が広まるのが早い。その中で俺とクリスは一週間も同じ部屋で生活してきたのだ。クリスの方は気を付けていたようだが俺は別に隠すことでもないと開き直っていたからな、すぐ広まるさ。

 

 

 

「キミのせいじゃん!」

 

 

「その通りだが何か?」

 

 

 

 悔しそうにするクリス。いやあ、表情豊かで可愛いことこの上ない。とは言えあまりからかうと拗ねてしまうのでこの辺にしておくか。

 

 

 

「わかった。明日から俺は王城に泊めてもらうからこの部屋はクリスが好きに使えよ」

 

 

「……王城に泊まるってなに?泊めてもらえるの?」

 

 

 

 ふはは、俺を誰だと思ってやがる。王城の衛兵には教官と親しまれ、王子と王女とは一緒に汗を流したゼロさんだぞ。

 それに前は三ヶ月逗留したんだし一ヶ月くらいは頼めば泊めてくれるだろ。

 

 

 

「へええ、改めてキミすごいよねえ。王族に知り合いがいるとか一般冒険者の域を軽く超えてるよ」

 

 

「それよりそれでいいか?別々の部屋借りるよりは情報収集も出来るしこの方がよくね?」

 

 

 

 まあそれならいいか、とクリスも納得してくれたようだ。我が儘な嫁を持つと苦労するのは夫なのだ。

 

 

 

「だから我が儘でもないし嫁でもないからね」

 

 

「………チィッ」

 

 

 

 

 ※

 

 

 翌日

 

 

 とりあえずは王城に行って宿泊許可を取ることにした。クリスは作戦決行時まで別行動だ。

 ……俺、実はものすごいことしてんな。王城をホテル代わりとかクレアあたりに怒鳴られそうだ。

 

 

 

「久しぶりに姿を見せたと思えば王城に泊めろだと⁉︎ふざけるな‼︎お前はどこまで王族を貶せば気が済むのだ‼︎」

 

 

 

 怒鳴られた。

 

 

 

「別に良いじゃねえか。減るもんじゃなし。ほら、衛兵達も是非にって言ってるぜ?」

 

 

「そこの衛兵どもは後で話がある!お前もさっさと帰れ!塩を撒くぞ!」

 

 

 

 この女は相変わらずピリピリしてんなぁ。そんなに俺が気に入らないのか。ちっと凹むぞ?

 

 

 

「……私とてお前の実力は認めている。だからと言って平民であるお前と王族であるアイリス様やジャティス様がこうも気軽に接すると王族としての威厳がだな……」

 

 

「ほうほう。だ、そうだがどうなんだ、そこの暴虐王子」

 

 

「気にすること無いんじゃない?クレアは頭が固すぎるよ。それより久しぶりだね、ゼロ。今回はいつまで居られるんだい?」

 

 

「なっ……⁉︎ジャ、ジャティス様‼︎」

 

 

 

 こちらも相変わらず爽やかイケメンのジャティスである。さてさて、その王族様が良いって言ってるんだがね?クレア君?

 

 

 

「ぐっ……!貴様、調子に乗るなよ!」

 

「調子は乗り物、乗りこなしてみせらあ」

 

「あ、今の言い方良いね。僕は使う機会無さそうだけど」

 

 

 

 クレア陥落。ジャティスとハイタッチを交わす。

 

 しかしクレアには悪いことするなぁ。そろそろ胃に穴が開くんじゃないか?回復魔法だけは信用できるアークプリーストでも紹介してやろうか?

 

 

 

「いらんわバーカ!今回こそアイリス様には指一本触れさせんから覚悟しておけよ‼︎」

 

 

 

 お手本のような負け惜しみを言いながらジャティスに礼をして下がっていくクレア。あいつも難儀な性格してんね。

 

 

 

「悪りぃな。迷惑だってのは分かっちゃいるんだが、一ヶ月くらい世話になってもいいか?」

 

 

「うん。好きにするといいよ、アイリスも喜ぶ。あ、でも申し訳ないけど僕は明日からまた前線に出ちゃうからゼロの相手は出来ないね。王都のことも少し心配だったけど君がいるなら安心だ。僕がいない間、王都を頼んでもいいかな?」

 

 

 

 任せとけ。

 今回は他の用事があるが、その合間でもいいならまた剣を振るおう。

 

 

 

「ハハハ、頼もしい限りだけど実際そんなには気を張らなくてもいいかな。

 以前の逗留で最後に君が張り切り過ぎたおかげか、魔王軍はあれから一度も来てなくてね、平和そのものだよ。

 その影響でいなくなった後の君の評判は前にも増して高くなっているから、街で君の名前を出せばそれこそ英雄扱いされるよ」

 

 

 

 ああ、最後の戦闘な。もうほとんど我を忘れて『アイツ』を追っかけてたから、気が付いたら敵さんが全滅しててびっくらこいたのしか覚えてないや。

 

 ………おっと。

 

 

 

「悪い、ジャティス。積もる話もあるだろうが、早速外出してくらあ」

 

 

「うん?構わないけど、さっき言っていた用事かい?僕にも言えない用事っていうと?」

 

 

 

 考え込むジャティスだが、放置して行かせてもらうとしよう。なにせ今からする事はとっても悪いことだからな。王子様にゃあバレるわけにもいかん。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「少し遅くなったか?」

 

 

「んーん、時間ぴったりだよ。さて、じゃあ悪巧みといってみようか!」

 

 

 

 今から貴族の別荘に侵入するってのに楽しそうだな、こいつ。

 

 

 

「あ、そういえばキミさ、変装の道具とかある?一応あたしはこうやってスカーフで覆面っぽいこと出来るけどキミは……」

 

 

 

 大丈夫だ、問題ない。

 以前買っておいた仮面をつければ俺とは分からんはず。

 

 

 

「そっか、なら安心だね。それで、王城には泊まれそうなの?」

 

 

 

 少し心配そうに聞いてくる。宿から俺を追い出したようで気が引けるのだろう。滞り……はまああったがそれも問題ない。

 

 

 

「ねえ、思ったんだけどキミが王城にある神器盗ってきてくれればわざわざ侵入しなくて済むんじゃない?」

 

 

「無茶言うなよ。それがどんなものかも分からないし、調べたけど宝物庫には魔法っぽいロックが掛かってて開けられないからお前に頼るしかない。壊すこともできなくはないけどそっから先は地獄だぞ」

 

 

「それもそっか」

 

 

 

 元より期待はしてないのかあっさり諦めたな。とりあえず今は目の前のことに集中集中。

 

 

 

「確認するぞ。まず俺が正面から押し入って暴れる。その隙にクリスが神器かっぱらう。終わったら俺に合図を出して二人で逃げる。これでいいか?」

 

 

「うん、それでいいよ。そっちもOK?」

 

 

 

 OK‼︎(ズドン‼︎)

 

 

 

「さーて、行きましょうかね!」

 

 

「ん?あれ。キミ、剣は?何も持ってないけど」

 

 

「置いてきた。あいつはこの先の戦いについてこれそうもない」

 

 

「ちょっと何言ってんのさ⁉︎素手で戦闘なんかしたこと無いでしょ⁉︎」

 

 

 

 

 うん。無いね。さすがはクリス、よく俺を見てる。

 

 

 

「何やってんの⁉︎」

 

 

「いやわりと真面目な話さ、俺って結構有名じゃん。そのせいで副次的にデュランダルも有名になっちゃったから見られたら正体バレするかもしれないんだよね」

 

 

 

 真名バレいくない。

 

 

 

「え、ええー?大丈夫なの?」

 

 

「クハハハハ!慈悲など要らん‼︎」

 

 

「誰の真似さ……。…まあそれで良いならいいけど」

 

 

 

 あんま心配しなさんな。素手っつってもそんじょそこらの衛兵とは肉体スペックが違わあ。立派に囮を務めて見せますとも。

 

 

 

「……ん。よし、わかった。気を付けてね」

 

 

「そっちこそ」

 

 

「……うん!作戦決行!『銀髪盗賊団』の初陣だよ、とりあえずいってみようか‼︎」

 

 

 

 いつの間に盗賊団になって、いつの間に名前なんか付けたんだ。張り切り過ぎだろ。

 

 

 

 ※

 

 

 

 さーてとお。

 

 俺は用意しておいた仮面を装着する。思えばこれをアイツから買ったのも王都でのことだったな。

 

 暗いはずの街を満月が照らす。仮面を付けた瞬間から妙に力が溢れるのを感じた。

 おお?なんか調子いいな。これなら十全以上に動けそうだ。

 

 屋敷の閉じられた正門の前には二人衛兵が立っている。片方に素早く近寄って首を締める。もう片方は俺が速すぎて見えなかったようだ。同じように締めてオトす。

 

 

 ……よっしゃ!こっからは派手にいくぜ‼︎

 

 

 

「ごめんくーださーい‼︎」

 

 

 

 挨拶とともに閉じられていた門を蹴破る。鉄格子の門が吹き飛び、凄まじい音を立てた。

 

 中からは音に釣られたかぞろぞろと人が出てくるな。衛兵に混じって高レベルと思しき冒険者もちらほら見え……あれ、ディランじゃね?

 

 

 

「なんだあいつ⁉︎」

 

「おい、もっと人呼んでこい!侵入者だ!」

 

「相手は一人か……?自信があるのか知らんがとんでもねえな」

 

 

 

 ふええ……結構いるよぉ……。

 

 パッと見ただけで衛兵三十に冒険者十ってとこか?中はどうか知らんけど外厳重すぎるだろ。もしかして常にこんなに配置してんのか?金持ちは違うねえ。

 それともやましいことばっかりやってるから警戒を怠らないってか。

 

 

 

「おい!てめえ、何のつもりだ!ここが誰の屋敷だか知ってんのか!変な仮面なんか付けやがって、名を名乗れ!」

 

 

 

 昨日俺が殴ったところに手当てしてあるディランが声を張り上げた。

 

 なんだかんだと聞かれたら!答えてあげるが世の情け!……なんっつってな。

 

 アイツの口調を思い出す。確かこんな感じだったはず。まあ多少間違えても誰も分からんだろう。気にせずに行こう。

 

 

 

「フハハハハハハハハハ‼︎どうもご機嫌麗しゅう人間の皆々様!我輩は地獄の公爵にして見通す悪魔……そう!バニルと申します!今宵は特別に我輩の大悪魔としての力の片鱗をお見せ致そう、恐れ慄くがよろしい‼︎フハハ、フハハハハハハハハハ‼︎」

 

 

 

 バニルから買った仮面を付けて口調を変えながら声高らかに宣言する。

 

 深夜の王都に俺の高笑いが響き渡った。

 

 やっべえ、バニルのモノマネ意外と楽しい‼︎

 

 

 

 

 

 



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37話



再投稿。





 

 

 

 ※

 

 

「フハハハハ!華麗!あまりに華麗!我輩、自分で自分の体捌きの美しさが恐ろしいな!どうしたどうした人間諸君、そんなヘナチョコでは虫すら殺せんぞ⁉︎フハッ、フハハハハハ‼︎」

 

「こ、こいつ!」

 

「オラァ!」

 

「ぐ……⁉︎くそっ速え!」

 

「そっち行ったぞ!」

 

 

 次から次へと襲い掛かってくる冒険者。振り上げた武器を奴らが振り下ろす寸前に立ち止まり、挑発しながら捌きまくる。

 さすがに刃物、当たれば俺とて無事では済むまい。当たればの話であるがな!

 

 ……ふむ?後ろから槍で突進してくるやつがいるな。……というか、だ。

 

 

 

「貴様、なぜ槍を腕だけで突き入れるのだ!突進というのは腰だめに構えて身体ごとぶつかるんだよ!ほら、貸してみろ!」

 

 

「うえ⁉︎ど、どうぞ⁉︎」

 

 

 

 こいつら動きが素人すぎるだろ。レベルはそこそこ高そうなのにこの程度の基礎も出来てないとかどういうこった。

 

 以前王城の衛兵達に稽古を付けてやった時の血が騒ぎ始めた俺が手本を見せてやる。剣以外は俺も専門外のはずだが、試してみたところ弓、槍、斧など、一通りの武具は扱えるようだ。

 はて、転生前はこんな物騒な物も使ってたんだろうか。記憶が無いってのは案外と不気味なものだ。

 

 

「そっちの貴様は相手の動きにビビり過ぎだ!警戒するのは悪くないがそれでへっぴり腰になってどうする!勇気を振り絞った一撃だけが道を開くんだ!叫んでみろ!さん、はい!『ヒッテンミツルギスターイル』‼︎」

 

「ひ、ひって…?」

 

「声が小せえ‼︎次ぃ‼︎」

 

「ごっぶ⁉︎」

 

「次はお前、ちょっとこっち来いや‼︎」

 

「もうお前本当に何なんだよ!口調最初と全然違うじゃねえか!」

 

 

 

 情け無い姿を晒す衛兵を殴り飛ばして喚きながらツッコミを入れてくる衛兵に近寄ろうとした俺に。

 

 

「調子に乗ってんじゃねえぞ、クソがあ‼︎」

 

「おおっとお⁉︎華麗に離脱‼︎」

 

 

 ディランが戦斧を全身を使って振り回しながら突撃してくる。やるねえ。戦斧を力任せにぶん回すってのは正解の一つでもある。加えてディランはパワー溢れる叫びとは裏腹に緻密にコントロールも出来ている。

 ただし動きに無駄が無いというだけで、俺に当てるにはスピードもパワーも足りない。もっとレベルを上げて物理で殴るんだよ、おうあくしろよ。

 

 ヒラリと戦斧をかわしながらディランの背後に回り込み、あまり怪我になりにくい位置に拳を突き出してーー

 

 

「そこだろ‼︎」

 

「むうっ⁉︎」

 

 

 

 あっぶなっ⁉︎

 伸ばした拳に斧を合わされそうになった。殺さないように限界まで手加減してるとはいえ今のは見えてなかったと思ったが如何に。

 

 

「……ほう、貴様は中々やるようだな。我輩をどうやって捉えたか参考までにお聞かせ願おうか」

 

「別に大したことじゃねえよ。ただあんたの動きにそっくりなヤツを知っててね。一応そいつを目標に頑張ってんだ、あんたには負けてられないってだけだ」

 

 

 それはもしかしなくても俺の事だろうか。そんなこと考えてたのか…、なんか照れるなおい。

 その点俺は何やってんだ。今さらながら自分がやってることが恥ずかしくなってきたぞ。

 悪いなあディラン、お前の目標とやらは今泥棒の片棒を担ぎ上げてお前の冒険者仲間をぶっ飛ばしてるところなんだ。

 

 

「あんたはなんでこの屋敷に攻めて来たんだ?あんたの目的を話してくれよ」

 

 

「そうだな、とりあえず我輩がやらないと世界がヤバいとだけいっておこう、か!」

 

 

 

 答えながら背後から接近していた衛兵を蹴り飛ばす。

 

 これに関しては別に適当にでっち上げた嘘話なんかじゃない。クリスから聞いたこの屋敷にある神器は『好きな相手を呼び出して使役する』というのが本来の効果らしい。

 しかし神器というのは持ち主が使わないと正確な効果を発揮出来ないとクリスは言う。

 確かに俺のデュランダルは俺以外が使っても豆腐も切れなかったりする。そしてこの召喚する神器は使えなくなる訳ではなく、『ランダムでどんな相手も呼び出す』という効果に変わるんだとか。ちなみに呼び出した後、使役する能力は完全に失われるそうだ。

 

 これがどれほどの脅威かなど計り知れたものではない。なにせ本当にどんな相手(・・・・・)も呼び出せて、しかもそれを持ち主が自由に使えないとかどんな破滅主義者が使うというのか。

 

 自身の手に負えない……例えば超強いモンスターなどを呼んでみるがいい。そのモンスターは間違い無く大暴れ、然る後に外に解放されるだろう。世界がヤバいというのは決して大袈裟なんかではないのだ。

 クリスが最初にこれを盗むのを選んだのも他の二つの難易度を差っ引いても緊急性が極めて高いからだそうだ。そりゃそうだ。俺も効果を聞いてから一も二もなく賛成したよ。

 

 

「へ、世界ね。随分大ごとだな?さしずめあんたは世界を救う『英雄』ってか」

 

「………ふん、まあそういう事になるのか?そういう訳だ、あまり邪魔をしてくれるな人間」

 

 

 ……こいつ俺の正体に気付いてるとかないよね?

 

 

 

 

 ※

 

 

 目の前から度々消えるような速度で移動する奇妙な仮面の男、バニルと名乗ったか。

 魔王軍の幹部にそんな名前で指名手配されている奴がいた気もするが、確か前にゼロが倒したと人伝てに聞いた。

 だとすると今ここにいるこいつは偽物なのだろう。何の目的があって魔王軍の名を騙るのかは知らない。

 それは知らないが、とんでもない実力者だという事は嫌でも理解できる。あのゼロには及ばないだろうがさっきからこの人数がまるで赤子扱いだ。その上でこうして敵である俺の質問に答える余裕、こいつは明らかに本気を出していない。

 

 非常に腹立たしいが、こいつが本気になった瞬間にこの場の全員バラバラにされるだろう。そういう意味では助かっているのは事実だ。

 しかしあのマントにあの動き、仮面からはみ出る赤い髪。該当する知り合いが一人いるが、まさかな。

 

 一応カマもかけてみるが反応もない。あいつが肌身離さないデュランダルも持っていないようだし、気のせいか。

 

 警戒しつつ、相手との距離を測っていると、背後の屋敷から何かが爆発する音が聞こえた。

 

 

「‼︎」

 

「やっとか!待ちくたびれたぞ!」

 

 

 仮面の男が歓喜の声を上げる。

 

 何が起こったのかの確認の為、自身もほんの一瞬だけ男から目を切って背後を振り返ってしまった。その瞬間。

 

 

「隙ありである!フハハハハ‼︎それでは今宵はこれまで!縁があればまた会おう諸君!なあに、縁とは繋がるもの、一度交わればそうそう切れたりはしない!」

 

「しまっ⁉︎」

 

 

 こちらに何かの瓶を投げつけてくるバニル。普段なら避けるべき場面で迂闊にも戦斧で迎撃してしまった。

 

 爆発。愛用の戦斧に亀裂が入り、そのまま割れていく。

 

 

「ああっ⁉︎クソッタレ、こいつに一体いくらかけたと思ってやがる!弁償しろオラァ‼︎」

 

 

 それを言うべき相手の姿は既になく、常の静かな夜がそこにあるだけだった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 いやあ危ない危ない。ボロが出る前に合図が出て良かった。

 アルダープの屋敷から離れ、昨夜宿泊した宿の前でクリスと合流する。

 

 

 

「おつかれー。想定よりも警備の数が多かったから撤退するか悩んだんだけど、問題無かったみたいだね」

 

 

「おう、お疲れ様。そっちはどうよ」

 

 

「うん、バッチリだよ。ほら、これがその神器」

 

 

 

 それは本のような、というかどう見ても本だった。これでモンスターやらを召喚するのか。マジで悪魔召喚みたいな儀式になりそうだな。クリスが言うにはこれを一ページずつ破って使うんだとか。

 

 

「超CoooooooLだよ旦那ぁ‼︎」

 

「うわっ、何?どしたの」

 

「いやごめん。なんかそれ見てたら言わなくちゃいけない脅迫観念が湧いてきて」

 

 

 驚かせてしまった事を謝りながら本を何とは無しにペラペラとめくっていくと。

 

 ……?もう破られた跡(・・・・・・・)があるみたいなんだが、召喚されたモンスターは消えたのだろうか?

 いや、流石にその辺の確認はクリスがしてるか。

 

 ともあれ、これで記念すべき『銀髪盗賊団』の初仕事は終了ってわけだ。めでたいね。

 

 

「そういやあその回収した神器ってのはどうするんだ?直接天界に送り返すのか?」

 

「うーん、まだ神器だけを天界に戻すっていうのは出来ないんだよねー。とりあえず誰も使えないように封印してどっかの湖にでも放り込んでおくよ」

 

 

 バカなの?

 

 そんな危険な神器を手元から離すとか正気か。送り返す方法も確立してないのに回収してどうするんだ。湖に放り込むって……、何?その湖に『湖の乙女』でも居るの?

 

 

「し、仕方ないじゃん!嵩張るし保管しておく場所も無いし!そんなこと言うならキミが預かる⁉︎」

 

「分かったよ、悪かったって。……これで今日のところはお開きでいいな?明日からは情報収集って言ってたけどこれなら一ヶ月なんて要らないかもな。なんせ一番有利な場所に俺が泊まってるわけだし」

 

「そうかもね。もともと一ヶ月って相当余裕持たせた日程だったし、早く終わったらアクセルに帰るか王都の観光でもすればいいよ」

 

「じゃあまた明日な。腹出して寝るな……ごめん」

 

「なんで謝るのさ!あたしの服に文句あるの⁉︎」

 

 

 常時腹出してる人間に腹出すななんて言えないわ。きっと何か信念があってその格好をしているのだろう?失礼なことを言った。

 

 未だにギャーギャーわめくクリスにヒラヒラと手を振ってその場を後にする。まだ王城で泊まるにしたって部屋に案内してもらってないからな。使用人の迷惑にならないうちに戻らねば。

 

 

 

 ※

 

 

 

「ヒューッ、ヒューッ!ヒューッ‼︎」

 

 

「ヒューッ、ヒューッ!ヒューッ‼︎」

 

 

 

 

 



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38話



再投稿。


あれ?1話飛ばした?と思ったそこのあなた、飛んでませんとも。話が王都からアクセルに移動してるの仕様です。仕様だからしょうがない(激寒)









 

 

 

 ※

 

 

 王都での用事を全て済ませてアクセルに帰ってきたはいいが、いきなりトラブル発生だ。いや、エロい方じゃないよ?

 

 やる事があるとかでまた一週間ほど天界に帰るクリスと別れた後、街の正門からギルドの方へ歩いていたらカズマ達を見つけたのだ。

 カズマ、めぐみん、ダクネスはいいとしよう。普段通りだ。

 

 ……アクアはなんで檻に入れられてんの?ついに売られてしまうのだろうか。

 それも分からないし、あの、カズマ達の側で何事かを喚き立てている勇者風の格好した男はどこのどいつだろう。後ろの女二人を見る限り違うパーティーのようだが。

 

 趣味は悪いがしばらく覗かせてもらうことにした。路地裏の影に隠れて聞き耳をたてる。

 

 

「サトウカズマ!君は何を考えているんだ⁉︎女神様をこんな扱いして恥ずかしくないのか!」

 

 

 カズマに怒鳴りながらアクアが入っていた檻をこじ開ける男。

 

 どうやらあいつはアクアが女神だってのを知ってるらしいな。察するにあいつも転生者か?あの腰に下げてる剣が神器くさいーーいやいや、それより話の流れをだな。

 

 抑えが効かなかったのか、名前を呼びながらカズマの胸倉を掴もうとした男の腕をダクネスが弾く。

 

 

「おい、貴様いい加減にしろ。初対面で失礼だとは思わないのか!」

 

「撃ちますか、撃ちますか?」

 

「いやそれはやめろ」

 

 

 男はイケメンではあるのだがどうやらカズマ一行からは不評のようである。

 そんなイケメンにとってはダクネスとめぐみんがどのように思っているのかなど関係ないのか、何処までもマイペースに話を進めようとしているご様子。

 

 

「……クルセイダーにアークウィザードかい?君はパーティーメンバーには恵まれているんだね。大方今までやってこれたのも彼女達に守ってもらってきたんだろう。男として情け無いとは思わないのか?」

 

「…………………」

 

 

 ………うん?今の発言からすると別にあの男はカズマ達と一緒にクエストに行って動きを見た訳では無いんだよね?

 見てもいないのに何を根拠に情け無いだのと言っているのだろうか。カズマだって纏まりのないあいつらを束ねてリーダーとして良くやってると俺は思うんだけど。

 

 そしてカズマを完全に下に見た今の発言を受けてカズマ以外のメンバーの目が剣呑になっていく。おいおいおい、死んだわあいつ。

 本来庇われる立場のアクアですら、

 

 

「ちょっとこの人何言ってるの?怖いんですけど。ねえ、早く帰ってカエルの唐揚げ食べましょうよ」

 

 

 などと言う始末だ。

 

 この辺りで前言撤回とか、こう、初対面なのに失礼が過ぎましたーとかの言葉を入れないとそこにいる爆裂狂がヤバいんですけど。眼が真っ赤なんですけど。

 

 しかしその男は頭のおかしい紅魔の娘ことめぐみんの恐ろしさは微塵も知らないようで。

 

 

「カエルの唐揚げ⁉︎なんでそんなものを女神様に食べさせているんだ!そんなにいいパーティーメンバーがいるのになぜそんな貧相な……⁉︎

 ………これで決まりだな。君たち、安心するんだ。今日からは僕のパーティーに入るといい。そんな生活は君たちがするべきじゃないんだよ」

 

 

 さも当然、といった顔で抵抗するアクアを自分の方へ引っ張ろうとする男。

 

 いやこれは駄目じゃね?アクア達への気遣い通り越してただの因縁になっちゃってるぞ。決まりとか言ってるけど何も決まってないし、あいつら別にそれがしたいとかも言ってないワケだし。

 

 ……ゲームだったらここで選択肢発生だな。

 例えが悪いが、言うなれば街で友人がチンピラに絡まれている所を目撃しました。チンピラはそれなりに強そうでしたが自分も腕には覚えがありました。さて、あなたはどうしますかって感じか。

 

 流石にここで見捨てるのはCG回収目的以外であり得ないだろう。ましてやこれはリアルで起こってる事だ。

 

 隠れていた路地裏からアクアの手を掴んでいた男に歩み寄る。

 

 

「あの〜、すみません。さっきから見ていたんですがちょっと強引過ぎませんかね貴方。

 ほら、アクアもなんか嫌がってるみたいじゃないですか?」

 

「……あら?ゼロじゃない。帰って来てたの?」

 

 

 俺に反応するアクアに釣られてか、勇者風の男が俺を睨み付けてくる。

 

 

「何ですか貴方は。関係ないでしょう、引っ込んでいて下さい」

 

「………えーっと、俺の名前はゼロって言います。以後お見知り置きを」

 

 

 俺当たり障りの無い対応したよね?なんでこんなに敵意剥き出しなんだろうこいつ。

 あれか、きっと今のこいつには世の中の全てが自分の敵に見えるとか、そんな現象が起こってるのかな。

 それはともかく。

 

 

「俺に関係ないってことはないんですよ。俺とカズマ達はその、一緒にクエストに行くというかパーティーを組むというか、とにかくそんな約束をしてましてね。アクアやめぐみんを連れて行かれるのは俺としても困るっていうか」

 

「ん……っ!ご、ごく自然に私を省くとは……!」

 

「ダクネス!ダクネスも連れてかれるのは困ります!」

 

 

 こういう時くらい真面目にやれないのかよ。まさかそっち系の反応されるとは思わなかったぞ、びっくりだ。

 

 果たして俺の言葉を聞いた男は。

 

 

「……ゼロさんと言いましたね。僕は『ソードマスター』のミツルギキョウヤです。

 見た所貴方は相当に高レベルの冒険者のようですが、何故この男とパーティーを?何か弱みでも握られているのでしたら僕が力に」

 

「あ、メンドくさいので結構です」

 

 

 油断大敵。

 

 俺に何かを提案しようとしたミツルギの隙を突いてアクアを掴んでいた手を引き剥がし、アクアを無理矢理カズマの方へ投げてやる。

 

 

「危ねっ!」

 

「ぶぎゃっ⁉︎」

 

 

 てっきり受け止めるもんだと思ってたのに、カズマが普通に避けた為にアクアが派手に地面と激突してしまった。

 今のは俺は悪くないぞ。ちゃんと受け止めてやれよ飼い主。

 

 そのままダクネスとめぐみんにアイコンタクトを試みる。

 

 

「「……………」」

 

 

 どうやら通じたようで、頷きあってカズマとアクアを連れてギルドの方向へ走っていく二人。

 

 

「あっ⁉︎待てサトウカズマ!僕と女神様をかけて勝負をしろ‼︎」

 

 

 いくらミツルギが呼び掛けようとも聞く耳など持たずに一目散である。それでも諦めきれないらしいミツルギが追いかけようとするがーー

 

 

「ヘイボーイ。俺を置いて何処へ行くのさ!」

 

「ちょっ、さっきから何なんですか貴方⁉︎」

 

 

 そこは当然俺が行かせない。反復横跳び、もしくはカバディの要領でミツルギの行く手を阻んでやる。

 

 

「なに、今お前言ったろ?女神様をかけて勝負。良いじゃねえか、俺とやろうぜ」

 

 

 アクアをペット扱いするのは構わないが物扱いするのは気が引けるな。まあ俺が言い出した事じゃないし許してくれや。

 

 ミツルギはやや値踏みするように俺をジロジロと見た後。

 

 

「貴方が?それはサトウカズマの代理、ということですか?」

 

「おう。良いだろ?まさか『ソードマスター』様は相手が最弱の『冒険者』じゃなきゃ戦いません、ちょっと強そうな相手とは穏便にいきますぅ、なんて言わねえよなぁ」

 

「……良いでしょう」

 

 

 カチン、と癇に障った表情のミツルギ。

 おいおい大丈夫かよ。煽り耐性低過ぎて心配になってくるぜ。

 冷静に考えてみれば「いや、それでも貴方が出張って来るのはおかしい」の一言で流せるだろうに、よしんば自分の実力に自信があるもんだから特に問題無いと思っちゃうんだろうな。

 

 本来ならここで充分、だがしかし。ここでさらに煽るのが俺。

 

 

「あーでもやっぱりミツルギさんが正しい気がしてきたなー。何だか申し訳なくなってきたなー!」

 

「………ふぅ。降参するのであれば今の内ですよ。僕だって無抵抗の人間を斬りたくはないーー」

 

「申し訳ないからハンデとして俺は素手で勝負する事にします!ほら、ミツルギさんは遠慮なく剣で切り掛かって来てください!」

 

 

 一瞬だけ譲歩しようとしたミツルギが固まる。

 

 

「………正気ですか?武装した僕に素手で勝てるとでも?」

 

「勝てないようなら尻尾巻いて逃げるんだけどな。そうじゃないから俺はここに立ってる」

 

「…………………」

 

 

 無言で中々の業物らしき剣を抜いて構えるミツルギ。

 もう言葉は必要無いといった雰囲気である。そらこんだけ煽ってやりゃ後には引けんわなあ、男としては。

 

 

「キョウヤ頑張って!」

 

「そんな変なヤツ殺しちゃっても構わないんだから!」

 

 

 今の今まで完全に空気と化していたミツルギの取り巻きが騒ぎ始める。

 

 変なヤツて。失礼だな。

 

 ハーン!残念だがその声援と期待は裏切られることになるぞ!

 何故なら、なんか今のでムカついた俺が目の前の熱くなって短絡的になった男に上には上がいるって事を教えてやるからだ!

 

 

 ………変なヤツて。(;ω;)

 

 

 

 

 



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39話



再投稿。





 

 

 

 ※

 

 

「『ロードローラー』だッッ‼︎」

 

「いやそれただのパンぶはぁっ⁉︎」

 

「キョウヤーーー⁉︎」

 

 

 結果なんて言うまでもない。

 

 そのムカつく顔を気の済むまでボコボコにして、ミツルギの背後で終始俺にビビっていた二人組にそのボロ雑巾を放り投げる。

 

 

「キョウヤ‼︎こんな…、ひどい…!」

 

「あ、アンタよくもキョウヤを!絶対に許さないから‼︎」

 

 

 ひどいってあーた、そのくらい冒険者やってりゃ日常自販機だろ。そこら中でタダで売ってるよ。

 このタイプの奴らに文句つけられると面倒だな、無視しよう。

 

 さて、スッキリした事だし、俺も王都から帰ってきたことを伝える為にギルドにーー

 

 

「ぼ、僕の……、何がいけなかったんですか……。何が僕に足りなかったんですか……?」

 

「キョウヤ⁉︎」

 

「無理しないで、こんなのにもう関わらない方がいいわよ!」

 

 

 ……ほう。つい今しがた負けた相手に教えを請うのは並大抵じゃないな。

 本来教える義理などないが、王城の鬼教官ことゼロさんが戦闘について教えないわけにはいかん。

 お前に足りないこと、それは‼︎の後に続くクーガー兄貴の定型文を挙げ列ねてもいいが、とりあえずーー

 

 

「努力が足りない。その剣……かな、おそらくお前の身体能力を底上げしてくれるんじゃないか?」

 

 

 ミツルギが力無く頷く。やっぱりか。

 

 

「剣の能力におんぶに抱っこじゃあいざ剣が折れたり失ったらどうするつもりなんだ?お前みたいに降参したら許しますよって相手が敵にいるのか?

 少なくとも俺が知ってる魔王軍にそんな奴はいなかったけどなぁ」

 

 

「僕だって……、今まで僕なりに頑張って鍛えてきて……」

 

「ああ、そうだろうな。俺を相手にするには足りないってだけでお前は充分強いと思うよ。

 でもさ、最初の話に戻ると『カズマもカズマなり』に頑張ってるんだよ。お前は見下してたみたいだけど。今そうやって落ち込んでるお前はカズマの事は馬鹿にできないだろ?機会があったらその事をちゃんと謝っといてやってくれ」

 

「……………!」

 

「後はそうだな……」

 

 

 こういう強引なのはあんま好きじゃないけど……。

 

 ミツルギの側に寄り添っていた二人の手を掴んで引っ張る。

 

 

「いっ⁉︎痛い、何すんのよ⁉︎」

 

「いやっ、離して!キョウヤ!」

 

「っ⁉︎フィオ、クレメア‼︎ゼロさん一体何をするんですか!」

 

「こいつらがお前と一緒にいるのはこいつらのためにならない。勝負には俺が勝ったんだし、俺といる方が幸せになれるだろう。というわけで頂いていきますね」

 

「っふ、ふざけないでよ!なんでそんなこと勝手に決められなきゃいけないの⁉︎」

 

「〜〜〜〜〜〜〜っ‼︎」

 

 

 痛え痛え。噛むんじゃないよ。噛まれながらも二人を強引に引き摺っていく。

 当然、ミツルギが黙ってるはずもない。

 

 

「二人が嫌がってるでしょう!その手を離して下さい!」

 

 

 怪我もしている、足も震えているというのに剣を構えて俺の前に立つ勇者。二人が眼を潤ませて「「キョウヤ……!」」とヒロイン力を高めている。この辺でいいか。

 

 パッと手を離して二人を解放してやる。ミツルギに走り寄ってその背後に隠れてすんごい威嚇してくるな。ミツルギも俺が何をしたいのかわからないのか、剣を向けたまま困惑している。

 

 

 

「よお、悪かったなお二人さん。……えっとだな。ミツルギ、お前がやったことはこういうことだ。極端に言えば、だけどな。あいつらは別に嫌々カズマと一緒にいる訳じゃないってことも理解してやってくれよな」

 

「………………」

 

「お前がいいやつだってのはなんとなく分かる。けど本当にいいやつなら相手に自分の考えを押し付けるな。善意の押し売りは悪って言い換えても良いと個人的に思ってんだ。

 ……とまあ、俺は別にいいやつじゃないから勝者の権利を行使してお前にこの考えを強制するぞ?オーライ?」

 

 

「………善処します」

 

 

 それは分かったのだろうか。その言葉には不安しか残らないが、一応の反省は見られる……か?反省できるやつは嫌いじゃない。

 ……ふう、言いたいこと言ってなんか疲れたな。変な空気になっちまったし、ここらで場を和ませておくか。

 

 

「あ、言っとくけどあいつがクズだってのは別に否定しないからな?俺はただなんとなくお前の言うことがムカついたから殴っただけなんだからね!勘違いしないでよね!」

 

「……あなたの事は、何とお呼びしたら?」

 

 

 ノリの悪いやつだな。そんなもん好きにしろっつの。呼び名は相当に変なのじゃなきゃ構いやしねえよ。

 

 

「ゼロだ。ただのゼロでいい」

 

「ゼロさん、あなたの言いたいことは分かりました。僕が強引過ぎたことはサトウカズマにも謝ります。……いつか、僕がもっと、もっと鍛えて、強くなったらもう一度闘ってくれますか。僕はあなたに負けたままではいたくない」

 

 

 なんだこいつは。俺と闘うことを目標にしてどうすんだ。魔王軍やらを倒すことを目標にしろよ。仕掛けてくるんなら断りはしないが。

 

 

「…………まあ、手合わせ?とか稽古とか、そんなもんでいいならいつでも相手になってやるよ」

 

「ほ、本当ですか⁉︎あ、ありがとうございます……!」

 

 

 こいつ、なんか初対面から嫌いになれないな。こう、空回りだとしても必死なやつには手助けしたくなる……、こう……なんかってあるよね。

 

 そろそろミツルギの背後の二人の睨みが居た堪れなくなってきたので退散させてもらおう。

 ミツルギは姿が見えなくなるまでこちらに頭を下げたままだった。あんだけボコにしてやったのにへこたれないね、君。

 

 

 

 

 ※

 

 

 ギルドのドアを開けながらカズマ達を探すと、何やらアクアがルナに縋り付いて文句を言っているな。

 

 カズマ達も見つけたので近寄る。

 

 

「あいつはまた何を泣いてんだ?」

 

「お、ゼロか。大丈夫だったか?」

 

 

 誰にモノ言ってんだ。まさか俺が負けるとでも思ってたのか。

 

 

「いや、そうじゃなくてあいつ、あの……、何だっけ、ムッツリ?」

 

「ミツルギです」

 

「そうそう、あいつを殺したりしてねえかなと思ってさ」

 

 

 何かと思えば。最初は腕と脚を逆方向に捻じ曲げて二度と戦闘出来ない身体にした後、あの自慢の剣をへし折ってやろうかなくらいは考えたけどさすがに殺したらまずいだろ。

 

 

「こ、この男……、その考えもよっぽどだということに気付きもしませんね……」

 

「アクアはあのミツルギという男が壊してしまった檻を弁償しているところだ。素材が特殊らしくてな、報酬の六割を持っていかれたらしい」

 

 

 ほーん。それは俺をして気の毒だな。ミツルギからサイフの一つくらい剥いでくれば良かった。

 

 そもそもなんで檻に入ってたのかを聞くと、浄化クエストをモンスターに襲われないように安全にこなせるように考慮した結果だそうな。

 うーん?もっと他にやり方は無かったんだろうか。俺がいればモンスターから守るとかもできたかもな。

 

 

「あ!それよりお前がいない間大変だったんだぞ!最近クエストが難しかったのって、近くの廃城に魔王軍の幹部が来てたせいだったんだよ!」

 

 

 それは知ってる。お前らには話してなかったけど。

 

 

「それでその幹部がアクセルに来たんだよ。その時にダクネスが『死の宣告』を受けちゃってさあ」

 

「それは……、大丈夫なのか?」

 

「私は心配ない。アクアが解呪してくれたからな。もう少し死の恐怖に怯えるのも良かったが」

 

「あの時に私達がどんな気持ちで幹部の城に乗り込もうとしたかも知らないで、よくそんなこと言えますね!」

 

「ああ、あの時のめぐみんは格好良かったぞ。その……、私も、う、嬉しかった」

 

「………そうですか」

 

「あら^〜」

 

 

 顔を赤くして照れるダクネスとぷいっとそっぽを向いて照れるめぐみん。よく分からんが仲が深まったのはいいことだ。

 

 

「なんか大事な時に居なかったみたいで悪いな。その幹部とやらはどんな理由で攻めて来たんだ?」

 

 

 俺は至極真っ当な質問をしたつもりだが、なぜか今度はカズマとめぐみんが同時に俺から顔を背ける。

 この二人にやましいこととなると?

 ……あっ(察し)

 

 

 

「カズマ、めぐみん、お前らが始めたって言ってた一日一爆裂、この一ヶ月どこに撃ち込んでたんだ?」

 

 

「「うっ!」」

 

 

 どうやら当たりらしいな。分かりやすいことこの上なし。

 

 

「な、なんで分かったんですか?今の流れで分かりますか普通」

 

 

「そうかあ?わりと誰でも……。いや……、まあ妹のことぐらい分かるさ。兄貴だからな」

 

「……またそれですか。いい加減子供扱いはやめてくださいと何度も……」

 

 

 ごにょごにょ言うめぐみんは無視する。こいつらが余計なことをしたせいでその幹部さんも迷惑したんだろうなあ。

 

 

「で、可哀想な幹部さんはどんなやつなんだ?特徴とかあるんだろ?」

 

「……ん。廃城の幹部はデュラハンだ。名前はベルディアとか言ったか?ああ、あのいやらしい目、今思い出してもぞくぞくするっ……!」

 

 

 安定の変態は放っておくとしてだ。

 

 おやおや?奇遇ですね。俺の知り合いにもデュラハンでベルディアって名前の魔王軍幹部がいるんですよ。同じ種族、同じ職業で同じ名前なんて、まあ!凄い偶然!これは是非とも挨拶に行かなくちゃいけないわね!

 

 まあ挨拶は明日に回すとしよう。何だか帰りたい気分。

 明日から頑張るのではない。今日…!今日だけ頑張るのだ!今日を頑張った者にのみ明日は来る…!ってどっかの地下で誰かが言ってる気がするけど、帰って寝るわけじゃなくて筋トレかなんかして鍛えるだけだから別にいいよね?

 

 

「カズマ、今日はお前らもクエスト受けないんだろ?俺は帰るからさ、明日からよろしく頼むぜ」

 

「お、おう。まさか本当に約束守ってくれるとは……。てっきりまた誤魔化されるのかと思ってたぞ」

 

 

 失礼な。今約束を破ったらお前に力を貸してもらえないだろうが。……え?それが無かったら守らないのかって?ノーコメント。

 

 カズマとその他に手を振りながらギルドから出た。街道を歩いて宿屋に着き、自分の部屋のドアを開けようとした瞬間、

 

 

『緊急!緊急!全冒険者の皆さんは、武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!特に冒険者、サトウカズマさんのパーティーは大至急向かってくださいっ‼︎』

 

 

 とアナウンスが聞こえて来た。

 

 ……ほうほう。こちらから挨拶に向かうよりも先に来てくれるとは感心してしまうな。これは是非とも感謝の気持ちを伝えなくては。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「そ、その……、こ、こんにちは?」

 

「あっるぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

 

 

『死の宣告』を受けて効果があらわれる一週間が過ぎたというのにピンピンしているダクネスをみて素っ頓狂な声を上げるベルディア。

 

 

「えー?なになに?もしかしてダクネスにかけた呪いを解きに来るはずってずっとあの城で待ってたんですか?プークスクス!解けないはずの呪いをあっさりと私に解かれちゃったデュラハンさん、どんな気持ち?ねえ、どんな気持ち⁉︎」

 

 

 おいやめろ、煽るな。ベルディアも肩を震わせて激怒してるから。俺もなんか腹立って来るから煽るな。

 

 

「……クソどもが!調子に乗るなよ、この俺が本気を出せば駆け出し冒険者の街などあっという間に根絶やしに出来ることを思い知らせてやろうか‼︎」

 

 

 手に持つ大剣を振り回して威嚇するベルディア。だが、冒険者の反応はまちまちだった。

 

 

「おい、あの魔王軍絶対殺すマン、今回は帰って来てるんだろうな?」

 

「あいつか。あいつがいればあんなデュラハン瞬殺だろ」

 

「お、あんた、カズマだっけか。あの凄腕と仲良かったよな。あいつ、今日はいるのか?」

 

 

 みんなが口々に『アイツ』の名を出す。前の時もそうだったけど、なんでこんなに有名なのか聞いてみると、「クエスト中に助けられた」、「とんでもない悪魔をあっという間に斬り伏せたところを見た」、「王都で世話になった」などの実にらしい(・・・)話がたくさん聞けた。

 

 冒険者全員がその話で持ちきりになっていると、ベルディアの耳にも届いたのか、興味深そうに聞いてくる。

 

 

「……?ほう、そんなに凄腕がこの街にいるのか?とは言え、せいぜいが王都にいる一般冒険者レベルだろうがな。言ってみろ、どんなやつなのだ?」

 

「おい、あのデュラハン、あんなこと言ってるぜ?ゼロが聞いたら笑っちまうんじゃねえの?」

 

「…………待て。貴様今、なんと言った……?ゼロ、と聞こえたが気のせいだよな……?」

 

 

 ……?ゼロのことをまるで知っているかのような口振りだ。知り合いなのだろうか。

 

 

「そのゼロとは、まさか赤髪黒目でマントを身に付けた、これくらいの長さの剣を使うやつではないだろうな……?」

 

 

 ベルディアが大剣で地面に線を引く。確かにゼロが使っていたデュランダルはあのくらいの長さだな。

 

 

「「「そうだよ」」」

 

 

 俺を含めた冒険者達が確認して一斉に返事をする。ベルディアが言った特徴とも合致するし、間違いないだろう。

 

 途端にベルディアの全身から汗がぶわっと出るのがわかった。アンデッドなのに汗腺とかは潰れていないのか?

 

 動かなくなったベルディアを観察していると、「あいつは王都にいるはずだ」、「……まさかな」、「いやしかし、万が一ということも……」などの声が聞こえてくる。心なしか焦っているようにも見えるな。一通り呟いた後、顔を上げた。

 

 

「き、今日のところはこれくらいにしておいてやる。俺は急用を思い出したのでな!あと、腹も痛くなってきた。うむ、これは帰るしかないな!そこの爆裂娘!今回も見逃してやるからもう城に撃ち込みに来るんじゃ無いぞ!……さらばだ‼︎」

 

 

 最後の方など可哀想なくらいに声が裏返っていた。一刻も早く、といった体で帰ろうとするベルディア。

 

 そこに街を取り囲む街壁の上から赤黒い流星が直撃した。

 それは俺の目からはまさしく流星にしか見えない速度だった。衝撃波すらも伴う凄まじい弾丸を、しかしベルディアは辛うじて大剣で防いだようだ。

 

 

 

「ぐうおああああああああ⁉︎」

 

 

 

 それでも無事では済まなかった。大剣ごと弾き飛ばされ、踏ん張ろうとしたようだが失敗。地面を転がりながらようやく体勢を整え、荒い息を吐く。

 魔王軍の幹部にそれほどまでの打撃を与えた『そいつ』は汗一つかいていない。

 

 そのまま『そいつ』は両手を合わせて礼をする。

 

 

「ドーモ、ベルディア=サン。ゼロ=ニンジャです」

 

 

 いつものようにふざけた調子で、この街が誇る最強、魔王絶対殺すマン、汎用人型決戦兵器:『ゼロ』がアイサツをーー

 

 

「またお前かああああああああああ‼︎」

 

 

 ーーそんなゼロのアイサツを聞いたベルディアがいっそ悲痛な叫びを上げた。

 

 

 

 

 



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40話



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ベルディアさんとの決着が薄味?良いじゃないですか薄くても。
わぁいうすしお。あかりうすしおだぁいすき♡






 

 

 

 

 ※

 

 

「なっ、なぜお前がこんなところにいるのだ!お前は王都にいるはずだろうが‼︎」

 

 

 

 あんまり怒鳴んなよ。俺がどこにいようが自由だろ。

 それに言ったはずだ、俺はまだ冒険者じゃないと。つまりアクセルに冒険者登録するために来るのは当然の帰結なのだ。

 

 

「あれ本気で言ってたのか⁉︎マジで冒険者じゃなかったのかお前!」

 

「あの時点でそんな嘘を吐く必要がどこにあったんですか」

 

 

 俺はつく必要の無い嘘はつかんぞ。つけば有利になる嘘はつくけど。

 ベルディアの方は相も変わらず死角から攻撃しても防ぐという特技を持っているようでなによりだ。

 俺も負けてられんな、と一歩踏み出したところで何を思ったのかベルディアが大剣を地面に突き立て、その手をこちらに向けてきた。

 すわ噂の『死の宣告』か、とも考えたがどうやら違うな。

 

 

「まあ待て、話し合おうじゃないか、ゼロ」

 

「プッ(笑)。話し合いぃ?」

 

 

 冗談だろう?そっちから攻めて来ておいて迎撃されるや否や休戦の申し入れとかギャグにもならんわ。

 魔王軍幹部のプライドとかはどっかに捨ててきたらしい。それならもうこちらから言うことは無いのでさっさと消え失せるが良い。

 

 俺が無言で身を沈めて剣を構えるとなぜか焦り始めるベルディア。

 

 

「ちょちょちょ、ちょっと待て!い、今俺が身に付けている鎧を見て何か分からんか?」

 

「………綺麗な光沢のある漆黒の鎧。手入れはしっかりされているようですね、さすがベルディアさん。……もう良いですかね?」

 

「この鎧は吸光鉄で出来ている、と言えば分かってもらえるだろう?」

 

「……………」

 

 

 吸光鉄。

 

 確か、神聖な魔力を吸収する金属で、それで作った防具は『ターンアンデッド』などの破魔の魔法を打ち消す効果がある…が、代わりにとんでもなく脆く、高レベルの冒険者ならば素手で殴っても紙くずのように壊れてしまうとかいうそれはもう鎧じゃないだろと思わずツッコンでしまいそうな代物だと聞いたことはあるな。……それがどうかしたのだろうか。

 もしかして

 

 

「分からんか。この鎧は酷く脆い、これではお前の相手などとても務まらないだろう?今から城に帰って着替えてくるからしばらくそこで待っていろと言っているのだ」

 

「…………………」

 

 

 …………えっ?それだけ?今のは俺になんの得があるのだろう。話し合いとは互いに何か相手を認めるものがあるから成り立つのであって、一方的な要求は該当しないんじゃないかなあ。

 

 

「………ダメか」

 

 

 何か俺に得がありゃ別。無いならダメですけど。

 

 

「ンなことより大将首!大将首寄越せ!幹部がいる限り魔王城には入れねえって聞いたぞ!

 お前の命に代わる得なんざある訳ねえだろ、大人しく斬られろオラ!」

 

「いやあああああああ‼︎お家帰りゅうううううう!」

 

 

 情けの無い声を出して逃走しようとするベルディア。繊維喪失……は違った。戦意喪失どころの騒ぎじゃねえぞ。

 

 一方的な戦闘開始と同時にいつものように『アイツ』が現れ、俺を一瞥してから動き出す。

 あ、どうも。今回もよろしくお願いしますね。

 

 

「アンデッドナイト‼︎」

 

 

 ベルディアが部下なのか、アンデッドの大群を召喚し始めた。

 

 と、『アイツ』がまだ顕現前のアンデッドに突進する。数瞬遅れて俺も意図を察して後を追った。

 なるほど、『湧き潰し』はロープレの基本ってか。

 

 湧き始めた直後のアンデッドの首を次から次へと斬り飛ばし、ベルディアに向かう。壁が地面から生えてくるのなら道を塞ぎきる前に走り抜ければなんら問題ない。取り零しが数体出たが、なぜか俺ではなく正門前に集まっていた冒険者の方に、より正確にはアクアの方にフラフラと歩いて行った。

 あれは……無視していいか。アクアが何とかするだろ。

 

 逃げるのは無理と悟ったか、ベルディアが片手に持った頭を全力で上に投げた。かなり高いな。

 気にせず正面から最大速度で剣を振り下ろす。ベルディアも大剣を盾に受けようとしたが、俺は以前戦った時とはパワーもスピードも桁違いに強くなっている。

 そのまま弾け飛んだベルディアを追って斜め上にジャンプしながら剣を逆手に持って突き下ろす、と、体を捻って避けたようだ。着地と同時に進行方向にウィズ謹製爆発ポーションを放り投げてやる。爆風とともにこちらへ帰ってくるベルディア。おかえり。

 もう既に鎧はボロボロである。ほんとに脆いな。

 

 飛んでくる勢いのまま大剣を振り上げていたのでデュランダルを横にバットのように構える。一本足打法である。

 

 ベルディアの剣が迫る。上げた足を勢いよく振り下ろすと共に体にタメを作り、構えた剣をアッパー気味にフルスイング、激突した大剣をへし折りながらベルディアの胸に大きな傷を残して吹き飛ばした。

 ついでに、と落下してきた頭をキャッチして地面にダンクをかましておく。君が好きだと叫びたい。

 

 

「いでえっ⁉︎ま、参った!降参!降参する!」

 

「…………降参?」

 

 

 あれ、これで終わり?あっけないっていうか、物足りないんですけど。『アイツ』もいつの間にかいないし。

 前に戦った時こいつってこんなに弱かったっけ?

 

 

「ぐっ……!お、お前が強くなりすぎなのだ!以前は俺に力負けしていただろうが!だいたい前から思っていたが、なんなのだその剣は⁉︎魔王様の加護を受けた俺の大剣をポキポキ折りやがって、どんな素材で出来ているのだ⁉︎」

 

 

 地面に押し付けた頭部から喧しい声が響く。聞くところによるとベルディアの大剣は魔王の加護とやらで、触れた武器や防具の消耗を早める効果があるのだとか。なるほどね、そりゃ冒険者には天敵だな。

 その疑問の答えは簡単だ。消耗を早めるも何も、俺のデュランダルは元々の特性として『壊れない』という概念が付加されている。故に消耗も磨耗もしないんだなあこれが。残念でした。

 

 

「まさかその剣は神器とかいうやつか?そういうのは大抵変な名前の冒険者が持っている物だが……」

 

 

 変な名前ってのはあれだな、転生者は日本から来るからね。俺は生憎生まれも育ちもこっちの世界だけど。

 

 

「とりあえず俺の勝ちでいいよな?ほれ、なんか辞世の句とか、俺に言いたいこととか無いのか?それかお前が魔王軍の結界の維持を放棄すれば逃してやらんこともないぞ」

 

「ふん、好きにしろ。そもそも魔王様との契約は死ぬ以外には解除出来ん。ーーそれに、こんなに完膚なきまでに負ければ諦めもつくというものだ。俺は生前、謂れなき罪に問われて処刑された。その時は人間を恨み、妬んだものだが………こうしてお前のような奴に会えたのだ、悪くはーー」

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』‼︎」

 

「「えっ」」

 

 

 俺がベルディアの遺言のような最期の言葉を聞いてやっていると、いつの間にか離れた胴体に近寄っていたアクアが浄化の魔法をーーー。

 

 

「ちょっ、まっ、ギャアアアアアアアア⁉︎」

 

「・・・・・・」

 

「……?なにか話し中だった?ダメよ、あんな腐ったナメクジみたいな連中とあんまり長話しちゃ。ゼロまでアンデッドが移っちゃうわよ?」

 

 

 最期の言葉すらも満足に言わせてもらえなかったベルディアの悲痛過ぎる叫びが辺りに響き渡る。聞くに耐えない断末魔だ。

 どうやら爆発ポーションのせいで吸光鉄の鎧が仕事を放棄してしまったらしい。生前だろうと死後だろうと報われないベルディアの生き様になぜか自然と敬礼の姿勢を取ってしまった。

 

 

「あら?ようやく私に敬意を表すようになった?まーったくー、カズマもみんなも私に対して尊敬の念って物が足りないわ!その点ゼロはさすがね!これより、ゼロをアクシズ教会名誉教徒に任命します!」

 

「カズマあ‼︎こいつ今からでもさっきの檻に入れて売りに行かねえ⁉︎」

 

 

 何を勘違いしたのか名誉どころかとんでもなく不名誉な肩書きを俺に勝手に付けて敬礼をし返すアクア。プラチナむかつく‼︎

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「魔王軍幹部、デュラハンのベルディアの討伐お疲れ様でした!ベルディアの懸賞金が三億エリス、功労者のゼロさん、アクアさんに一億ずつお渡しして、残りの報酬はお二人の意向によってみなさんに均等に分配されます!」

 

 

 ギルド内が歓声に包まれる。

 

 

「イエアアア‼︎さっすがゼロ、話が分かるぜ!」

 

「おい、胴上げしようぜ!」

 

「今夜は朝まで飲みまくるぜえええ⁉︎」

 

 

 うっるさ。胴上げとか要らないから。思うんだけど胴上げって素のテンションの時にされると罰ゲーム以外の何物でもないよね?

 

 ちなみにアクアはこの報酬の分配はすこぶる不満だったようだが、俺が弱らせなかったら浄化は通じなかったってことは理解しているらしく、その俺の提案に渋々ながら合意した。

 俺の方はなんか報酬を独り占めすると暗殺とかされそうで怖かったし、今の所使う予定も無い金など持っていても意味などないからね。この世界にも銀行とか作ればいいのに。

 

 それと気になることがある。幹部であるベルディアにこれほどの懸賞金がかけられていたということは他の幹部にも同等のものがあるはずだ。ルナに近寄って質問する。

 

 

「あの、ルナさん?すみませんけど、魔王軍幹部のシルビアの懸賞金ってお幾ら万円ほどか教えてもらっても?」

 

「え……、え?シルビアはもう討伐されて懸賞金が支払われているはずですが……。えっと、一億五千万エリスですね。それがなにか?」

 

 

 ………そんなに貰って無いんですけど。

 

 マントの代金のために倒しただけだが、代金を引いて俺に残った金額はそこそこ多かったものの、そんなに元があったようには思えない。それともこのマントはそれほど高価だったのだろうか。

 

 

「えっと………?いえ、討伐者は他の方になってますけど…」

 

「は?なんで?」

 

 

 いや、今さら金くれなんて言わないけどそれはおかしくね?シルビアは間違いなく俺が一人で倒した。完全にバラバラにしたから実は生きてたとかも無いはずだ。大体、俺ではないことになったのだとしたら俺に渡ってきたあの金はどう説明するのだ。

 それに冒険者カード、これは偽装できまい。

 

 

「ほら、これ。討伐モンスターの欄に書いてあるでしょう?」

 

「あれ、本当ですね……。うーん、でも、申し訳ありませんがすでに支払われた懸賞金を払い戻すことはできないんですよ」

 

 

 その討伐者とやらはどうやってシルビア討伐を証明したというのか、何故証拠を持ってる俺には端金しかくれなかったのか。

 色々疑問が浮上するが、最早過ぎた事であるし、正直面倒くさいからもういいや。俺は考えるのを放棄した。

 

 うええ……。自分の手柄を他人に取られると褒められたかったわけじゃなくても納得いかない気分になるんですけど。なんかどっと疲れちまったぞクソッタレ。

 

 重い足取りで酒場に戻ると、カズマや他の冒険者が声を掛けてきた。

 

 

「おいおい、何しょぼくれてんだよ!」

 

「MVPがそんなんじゃ場が白けちまうだろうが!ほら、飲め飲め!」

 

「………酒か」

 

 

 そういえば以前飲んだのは王城に初めて行った時だったな。それ以後は飲もうとするとジャティスが必ず止めにきたから飲めていない。ここにはジャティスはいないんだし、良いだろう。

 

 細かいことは酒を飲んで忘れることにした。

 なみなみと注がれたジョッキを一気に飲む。

 

 

「お、いい飲みっぷりだな!」

 

「どんどん飲めや!ほれほれ!」

 

 

 飲み干しては注がれる酒をまた飲み干す。だんだんいい気分になってきたぞ。これはいいものだ。

 

 

「……ん?あの、ゼロさん?聞こえてる?」

 

「おい、これマズいんじゃ…、目が据わってきてるーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 翌日。

 

 

 いつの間に帰ったのか、自室にいた俺は痛む頭を抱えてギルドへ向かう。今日からまたカズマと組むんだっけか。一週間は優先して、その後はまたフリーの傭兵だな……。

 

 そんなことを考えながら道を曲がる。この先にはすぐギルドの入り口がーーーーー。

 

 

「ーーーーーは?」

 

 

 無かった。入り口が。

 あるのは残骸のようなものだけだった。

 ギルドの建物は半壊して、辛うじて普段の機能を果たせるかどうかという程のひどい有り様だ。

 

 そこかしこに昨夜一緒に騒いでいたはずの冒険者が転がっている。

 その中の一人に駆け寄って抱き起こす。

 

 

「お、おい!何があった!しっかりしろ!誰にやられた!」

 

 

 柄にもなく焦ってしまう。ここにはそれなりの数の冒険者がいる、それを全員ノックアウト。しかもこれほどの破壊を巻き起こすやつが攻めてきたのだとしたら、俺でも勝てるかどうかーーー。

 

 気絶していた冒険者がゆっくりと目を開いて俺を見る。

 

 

「……ん…?……ヒッ⁉︎」

 

「大丈夫か!どんなやつがここに来たんだ!」

 

「や、やめろ!近寄るなぁ!」

 

 

 ……なぜ俺を見てそんなに怯えるのだ。

 

 その後、何を聞いてもお前は一生酒を飲むな、と言ってくるだけで埒があかない。どっかプリースト……アクアの所にでも連れて行くか。

 

 その日は転がっている冒険者を全員をアクアに診せるだけで潰れてしまった。

 ちなみにアクアは半壊したギルドの端っこで酒瓶を抱えたまま寝ていた。昨日は早々に酔い潰れたおかげで難を逃れたとか言っていたが、結局何が起こったかはわからなかったな。

 

 

 後日。俺のところにギルドの修理代と冒険者達の慰謝料を請求する書面が届いた。

 なぜだ。俺は何もやっちゃいないぞ。そう弁明するが、ギルド職員は俺がやったの一点張りだ。

 しょうがないのでベルディアの賞金の大半を使って一括で払ってやったわ。警察沙汰はマジ勘弁。

 

 その後で久しぶりに天界から帰って来たクリスにも開口一番で、「キミはもう二度とお酒は飲まないでね⁉︎」と怒られてしまうし、散々だったよホント。

 

 

 

 

 



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閑話
無題1




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 ※

 

 

 それは『彼』が旅に出てすぐの頃。アクセルに着く前。

 

 

 紅魔の里で彼らは見る。まだマントを身に付けていない『彼』の背中を。

 

 

 まだ少年とも呼ぶべき者がたった一振りの剣を携え、百を超える魔王軍に一歩も退かずに、それどころか圧倒するその様を。

 

 

 その背中に不覚にも憧憬を覚えてしまったことを、彼らは忘れないだろう。

 

 

 か、かっこいい……‼︎

 

 そう思ってしまったことを忘れないだろう。

 

 

 別に『彼』が戦わずとも自分達で撃退は出来る。それでもなぜかあの姿に憧れを感じてしまうのは紅魔族の特性故か。

 

 

『彼』はマントの代金を支払いたいから自分一人で撃退すると、里の人間の助力を断っていた。

 

 

 なんと自分勝手なのだろう。だが…、そこがまたかっこいい。もう琴線に触れまくりである。

 

 

 彼らは考える。どうやったら『彼』よりもかっこ良くなれるだろう?

 議論は尽くされた。ああでもない、こうでもない。

 

 

 …それは、誰が言ったのか。

 

 

『彼』がピンチの時に颯爽と駆けつければ、それは『彼』よりもかっこいいのでは?

 

 

 

 結果は満場一致だった。

 

 

 とは言え、あれほど強い『彼』がピンチなど、よほどのことが無いとそんな機会に恵まれはしないだろう。だが、もしその日が来たらーーー。

 

 

 彼らは知らない。

 

 自分達のこのたった一つの気まぐれが、後に世界を変える程の戦争の一端を担うことを、今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 ※

 

 

 それは『彼』が旅に出てしばらくした頃。アクセルに着く前。

 

 

 王都の正門前で彼らは見る。もうマントを身に付けた『彼』の背中を。

 

 

 自分達に振り下ろされるはずだった『死』(大剣)が『彼』の手によって弾かれる様を。

 

 

 その背中に不覚にも安心を覚えてしまったことを彼らは忘れないだろう。

 そしてそれを上回る感謝の念を、彼らは一生忘れないだろう。

 

 

 その時の『彼』は何も考えてはいなかった。

 せいぜいがこの場で敵の相手ができるのが自分しかいない。ついでに強いやつとも戦える、その程度しか考えていなかった。

 

 

 なんと自分勝手なのだろう。それでも、その自分勝手で救われた命が幾つもあった。

 

 

 その後も度々『彼』の剣が敵の大群を切り裂き、彼らの前に道を作った。もうダメだ、そう思う度に『彼』の剣が希望を作り出す。

 その度に、彼らの感謝の念は深まっていく。

 

 

 いつかこの恩は返す。その言葉が本当になることは極めて少ない。

 

 

 特に『彼』の場合、ほとんど自力でなんとか出来てしまう。

 

 

 だが、もし『彼』がピンチに陥ったり、力を貸して欲しいと頼んできた時には。

 

 

 その時に採算を度外視して手を貸す人間は王都だけで何百人、いや、何千人いるだろうか。

 

 その全員が『彼』の戦いに勇気付けられ、また、直接助けられた人間なのだ。

 

 

 

 彼らは知らない。

 

 自分達のこの感謝の気持ちが、後に世界を変える程の戦争の一端を担うことを、今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 ※

 

 

『彼』は知らない。

 

 

 この世界では自分の行いは必ず自分に返って来るとされることを。

 自らが犯した業は必ず自分に返って来ることを、『彼』は知らない。

 

 

『彼』が自分勝手に犯してきた『人を助ける』という業は、いつか必ず自分に返って来ることを、『彼』はまだ、知らない。

 

 

『彼』の元の世界において、『情けは人のためならず』と表される言葉。その本当の意味。

 

 それを知らずに『彼』は今日も自分の都合で人を助け続ける。自分がそうしたいからという理由で、剣を振るい続ける。

 

『彼』が自分のしてきた旅が決して無意味ではなかったことを、自分がしてきた『努力』が無駄ではなかったことを本当の意味で知るのは、ずっとずっと先のお話。

 

 

 

 

 

 



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五章起動要塞デストロイヤー
41話




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 ※

 

 

 もうダメかもしれない。

 

 本日何度目かもわからない思考を繰り返す。

 前方には三十体は下らないゴブリンの群れ。

 背後を振り向くと漆黒の初心者殺しがこちらを向いて舌なめずりをしている。

 パーティーメンバーは全員疲弊している。その中の一人があたしに催促をしてきた。

 

 

「リーン!おい、魔法はまだか!」

 

「今やってるよ!けど、もう魔力が……!」

 

「ちぃっ!おい、ダスト!キース!俺たちで何とかリーンだけは逃すぞ!」

 

「「ふざけんな!」」

 

 

 完全にシンクロした声が響く。仲が良いのは構わないけど今はそんな場合じゃないって!

 

 

「俺はまだ美人の嫁さん貰ってないんだよ!こんなとこで死ねるか!」

 

「応ともさ!逃すんなら俺だけ逃がしてくれればいいぞ!お前らのことは忘れねえ!」

 

「わかったから身体を動かせえ‼︎」

 

「魔法、できたよ!離れて!『ファイアーボール』ッ‼︎」

 

 

 残った魔力を全て注いで完成させた火球にゴブリンが数体巻き込まれて焼け死ぬ。でも数が多すぎる、文字通り焼け石に水でしかない。

 

 

(あっ、ヤバッ…)

 

 

 魔力の使いすぎで頭が一瞬フラついてしてしまう。

 

 

「ッ⁉︎おいバカ、リーン‼︎」

 

「え……?」

 

 

 ダストの珍しく切羽詰まった声。なんだろう、と顔を上げると、目の前にあたしを食べようと開かれる初心者殺しの大きな口があった。

 

 

(……あ、あたし死ぬんだな)

 

 

 いざその時になるとこのくらいしか考えられない。

 

 時間がいやにゆっくりと流れていく。ダストがこちらに手を伸ばすのが見えた。

 何さ、その顔。普段は軽薄に、バカにしたような顔しかしないくせに。

 

 キースとテイラーもあたしに気付いたみたいだ。もう誰が動こうと間に合わない。

 

 まあ…、呆気ないけど死ぬ時なんてこんなものでしょ。

 大きな口があたしの頭を噛み砕こうと閉じていく。あたしは目を開いたままその時を待ってーー。

 

 

 瞬間、暴風が吹き荒れた。

 

 それ(・・)は止まったように感じる時間の中ですら目にも映らない程に速く、早く、捷く。

 

 気がつけば目の前に迫っていた初心者殺しは輪切りになってそこに転がっていた。

 

 

「え?」

 

 

 降って湧いた幸運に呆然とするあたし。ダストも、キースもテイラーも同じように唖然としてその風の正体を見ていた。

 

 

 燃えるような赤い髪。静かに細められた黒い瞳は鋭い光を放っている。

 表側が黒色、裏側は赤色をしたマントをはためかせて銀色の美しい剣を右手に構えた彼はあたしを庇うように立っていた。

 

 

「勝手な助力、失礼します。どうやらお困りのようですが、助太刀は必要ですか?」

 

 

 彼が口を開いた。その場にいるあたしを含めた四人はハッとして、ブンブンと首を縦に振って手助けをお願いする。

 

 確か彼の名前はゼロ。

 先日魔王軍幹部を討伐した、アクセルで最強の名高い冒険者だ。あたし達はその時街を離れていたから実力をこの目で見たわけではないが、その助力を得られるなど願ってもない。

 ゼロは短く首肯すると、飛びかかってきたゴブリンを縦に割る。

 

 速すぎる。剣を振るう手元が一切見えなかった。あたしからは飛び上がったゴブリンが一人でに割れて地面に崩れ落ちたように見えただけだ。おそらく他の三人もそうだろう。

 

 

「それではこれより殲滅を開始しますので離れていてくれると助かります。できれば耳を塞いで口を開けておいてもらえると健康にいいですよ」

 

 

 なぜそんなことをするのか、とは思ったものの言われた通り耳を手で塞ぎ、口を開けてみる。三人もそうしているが、なんだろう、バカみたいな光景だ。

 

 ゼロがそれを確認して身を沈めーーー姿が消える。

 そして連続して何かが破裂する音があたし達の体を叩く。塞いでいなければ耳がどうにかなっていたかもしれない。思わず目を閉じてしまった。

 体感で十数秒、実際はもっと短かったかもしれない。

 

 

「もう大丈夫ですよー」

 

 

 彼の声に目を開くと、そこは一面血の海だった。

 

 中心には返り血すらも浴びていないゼロがこちらに笑いかけている。

 その様子にようやく助かった、という実感が湧いて腰が抜けてへたり込んでしまった。

 

 

「お怪我は………無さそうですね、良かった。

 いやあ、大変でしたねえ。ゴブリンってのはもっと数の少ないコロニーを作るもんですが、まあ何事も例外はありますしね。ただし型月作品、テメーはダメだ」

 

 

 ゴブリンは多くても五、六体でしか群れないはずなのに、本当になんであんなにいたんだろう。ゴブリン退治なんて楽なクエストを受けてこんなことになるとは……。

 

 

「あ、ああ。助かったよ、俺はテイラー。そっちが右からリーン、ダスト、キースだ。

 ……お前さんがゼロだろ?礼をしたいのは山々なんだが、生憎と手持ちがこれだけしか無くてな。これで勘弁してもらえないか」

 

 

 リーダーのテイラーが代表して彼に礼金を払おうとする。確か彼は傭兵紛いのことをしていたはずだ。

 普通の冒険者はそんなことはしない。そもそもクエストは複数人で受けなければ達成すら困難なものがほとんどで、むしろ組んでる人が居なければ頼んでパーティーに入れて貰わなければロクに稼げもしないからだ。

 彼がそれを生業にして成り立っているのは、ひとえに彼の実力がそれだけ飛び抜けていることの証でもある。

 当然、報酬が発生するものだと思っていたがーー

 

 

「え?ああ、いりませんよ」

 

 

 差し出したサイフをやんわりと手の平で押し返されてしまうテイラー。

 これには渋面を作ってしまう。それは「こんな端金いらねえよ!」なのか、「あとから別の物で補填してもらいます」なのか。どちらの意味でもそんなに安くは済むまい。命あっての物種とはいえこっちは一般冒険者なのだ、そんなに高額の報酬は払えないーー

 

 

「いえいえ。報酬自体今回は結構だと言ってるんですよ」

 

 

 あたしの方を向いてそんなことを言ってくる。そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。それとも彼の観察眼が優れているのか。

 今度はダストがそれを聞いて不機嫌そうな声を上げる。

 

 

「おいおい!さすがは王都の英雄様は器が違うなあ!命を助けたけど好きでやったことだから金は取りませんってかあ⁉︎お高く止まってんじゃねえぞ!」

 

「ちょっとダスト!失礼でしょ!」

 

 

 この男はなんでこんなにクズの思考をしているのだろう。せめて心の中で留めておいてくれれば実害はないのに、漏れなく口に出してしまうから余計な争いを呼ぶというのだ。

 

 ゼロの顔がヒクッと引き攣る。気のせいか青筋もこめかみに浮いている。ここで彼を怒らせてしまえばあたし達もこの血の海に沈むことになる。それはマズい。

 

 しかし幸いにもこっちのクズよりも精神的には大人だったらしく、平静を保ったまま受け答えをしてくれた。

 

 

「ーー確かに好きで助けた、それは間違いじゃないですよ。ただ、勘違いはしてほしくありませんね。俺は別に人を助けるのが好きなわけじゃ………あー、ないです。

 ……白状すると、あなた達に限らず、あまりモンスターによって死んでもらうと困るんですよ。嫁の仕事(・・・・)が増えて一緒にいられる時間が減るのは嫌ですからね」

 

「……?お嫁さん?」

 

 

 なんと、彼は若く見えるが結婚しているのだろうか。

 アクセルではなぜかカップルの成立が珍しい。女性の方が困惑してしまうぐらいだ。そんな中で結婚まで漕ぎ着けるとは、意外とプレイボーイなのかもしれない。

 しかし、冒険者が死ぬと嫁の仕事が増えるとはどういうことだろう?葬儀屋の手伝いでもしているのだろうか。

 

 そしてそんなことは関係ないとばかりに『嫁』という言葉に反応して吠えだすクズがこのパーティーには一人いる。いや、今二人に増えた。

 

 

「おいゴルァ!先輩を差し置いて嫁だとぉ?厚かましいとは思わねえのか!」

 

「夜は奥さん侍らせてニャンニャンってか!随分といいご身分ですねえ、英雄様は‼︎」

 

「ゼロさん、この二人はもう斬ってもいいと思うよ」

 

 

 キースとダストのゴミ二人がチンピラそのものの様子で助けてくれた恩人に絡みまくる。そうか、ここが地獄だったのか。

 

 しかしまだ我慢するゼロ。歯を食いしばって腕を押さえながらここを去ろうと二人を無視してテイラーに別れを告げようとする。いい人だなぁ。

 

 

「と、ともかく、そういうわけですから。自分の都合で助けておいて報酬を貰うなんて詐欺師みたいな真似はできませんよ。それでは帰りもお気を付けて」

 

「あ、ああ。こっちのゴミどもは気にしないでくれ。今日はありがーー」

 

「おいおいこっちはまだ話ついてねえぞ!ああ⁉︎」

 

「ハッ、結婚も出来ねえクズどもは話すにも値しねえか?人が話しかけてんのに無視すんのは人間としてどうなんですかねえ⁉︎」

 

「上等じゃゴルァ!さっきっから聞いてりゃ好き放題言いやがって!話だぁ?つけてやろうじゃねえか‼︎」

 

「「うおっ⁉︎なんだお前、やんのかコラァ‼︎」」

 

 

 ついに我慢の限界がきたのかチンピラ二人に飛びかかるゼロ。さっきまでの丁寧な口調はカケラも残っていない。もしかしたらこっちが素なのかもしれない。さっきよりは取っ付きやすい印象は受けるが、まるでチンピラが三人になったかのようだ。

 

 二人がボコボコにされるのを待ってから五人でアクセルに帰った。チンピラ三人は喧嘩してそれなりに打ち解けたようだ、笑い合っている。

 なんだかあたしも仲良くなれそうな気がした。

 

 

 

 ※

 

 

「じゃあな、気いつけて帰れよ」

 

 

 アクセルに着いた俺はテイラーのパーティーと別れる。今日も目に付く範囲では誰も死なせなかった。少し前から画策していたエリスの仕事を減らそう作戦が実を結んだかはわからないが、最近はずっとクリスの姿でアクセルにいる。

 まあ、冬場になって出歩く冒険者が少なくなったから女神としては暇になったってだけかもしれんが、とにかく喜ばしいことだ。

 

 

「おう、またな」

 

「(おい、ゼロ。今度俺とキースである店に行こうと思ってるんだが、お前も来いよ)」

 

「ん?何の店だ」

 

 

 ダストが小声で話しかけてきた。俺が聞き返すと、チラリとリーンの方を見てから首を振る。

 

 

「(そいつは今は言えねえな。現地に行ってからのお楽しみってやつだ)」

 

「へえ……」

 

 

 そりゃまあせいぜい楽しみにさせてもらうとするかねえ。

 

 そのままキース、ダストと別れると、テイラーがまた申し訳なさそうに呟いてくる。

 

 

「なあゼロ、お前の言い分もわかったが、本当に金はいいのか?気持ちだけでも……」

 

 

 いらねえって。俺は俺の好きなようにやるだけだ。それで金を貰うのは正規の依頼だけで充分だっつの。

 

 

「……そうか、わかった。ありがとうな。お前がなんか困ったことがあったらいつでも言ってくれ。力になれるかは分からんができることはしたい」

 

「じゃあね、ゼロ!」

 

 

 テイラーとリーンも連れ立ってギルドの方向へ歩いていく。

 

 ベルディアの討伐から二ヶ月が経ち、もう季節は冬になる。その間、とにかく目に付いたモンスターに殺されそうになっていた冒険者を助けまくって、どうにか被害をゼロのままここまで持って来れた。

 

 冬になれば弱いモンスターは冬眠に入り、強いモンスターだけが闊歩するようになる。そうなれば必然、難易度の高いクエストが多くなるが、冒険者もなるべく危険なクエストの受注などしたくないため、街からは出なくなるのだ。ここまで来れば少しは楽になるはず。

 

 

 ………『助けるのが好きなわけじゃない』、か。つい照れ隠ししちまったな。

 

 ダストに勢いで言ってしまった言葉に苦笑しながら帰路を急ぐ。

 早く帰ろう、今も自室では嫁(予定)が帰りを待ってくれているはずなのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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42話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「ほうほう、昨日も人助けですか。随分良い人になりましたね、ゼロ」

 

「いきなり引っ張ってきて絡むなよぉ……。そもそも俺はお前に対しては以前からわりと優しいお兄ちゃんだったと思うんだが?」

 

 

 テイラーのパーティーを救出した翌日。ギルドを訪れた俺を見るなり駆け寄ってきためぐみんは俺に難癖をつけ始めた。

 

 俺とめぐみんは人から隠れるようにギルドの隅っこにしゃがんで身を寄せ合っている。この姿勢に何か意味はあるのだろうか。

 あと、お前いい匂いするね。シャンプー何使ってる?

 

 

「………変態ですね」

 

「ありがとうございまーー悪かったよ!」

 

 

 目を見て謝罪。

 

 アカン、これは我々の業界ではご褒美とか言ってられないくらいのガチのやつだ。

 中学生女子の直球の罵倒は時に成熟した鋼のメンタルをも貫くことを忘れてはいけない(戒め)

 

 それでも俺から身を引かないあたり、冗談で言っているのだと信じたい。信じることにした。うん。

 

 しかし身嗜みには最低限しか気を使わなかったはずの我が妹が急にどうしたのだろうか。

 まあ今まではそんな余裕がなかったと言えばその通りなんだろうが。裕福にならなきゃ身嗜みってのは行き届かないもんだしな。

 

 

「別になんだっていいじゃないですかそんなこと。それよりもその人助け精神を今度は私達に向けてみてはどうです?」

 

「なんだ?そいつは俺に依頼したいってことか?

 ……というか今からクエストに出るの?お前らが?外は大雪だぞ」

 

 

 そう、外は一面の銀世界だ。宿のドアが開けにくいと思ったら膝の高さくらいまで雪が積もってやがった。こんな日にクエスト受ける奴じゃないだろカズマは。お前らはどうか知らんが。

 

 

「それがですね、カズマがお金が欲しい!と言って、何をトチ狂ったのか『雪精の討伐』のクエストを受けてしまったのですよ」

 

「金が欲しい?……なんで?」

 

 

 ベルディアの懸賞金がアクアが貰った一億と、カズマ、めぐみん、ダクネスにもそれぞれで分配された分があったはずだ。あれから二ヶ月経ったっつってもそんな簡単に消える額じゃないぞ。

 

 

「あのお金はアクアが全部使いました」

 

「バカなの⁉︎」

 

 

 いやバカなんだろうけどさ。

 

 億を超える金を一体何に使ったのさ。家?不動産?俺の貧困なイマジネーションじゃその辺が限界なんですが。

 

 

「えっと、その、実はですね………」

 

 

 聞くと、道端にいた行商人らしき人物がドラゴンの卵なるものを有り金全部と交換で、という名目で売っていたらしく、たまたま通りがかったアクアが一億で買ってしまったようだ。

 アクアが言うには相場よりも少し安く買えたとか何とか。そもそもドラゴンの卵を買って何に使うのかとか色々聞きたいことはあるが、まず。

 

 

「それが本物かどうかの確認はしたのか?見ればわかるってんなら問題は無さそうだが」

 

「私が見たところあれは鶏の卵にしか見えませんでした」

 

「じゃあ鶏の卵なんだろ」

 

 

 おそらく世界で一番高価な鶏の卵だ。一億である。童話の金の卵だってそんな値段はするまい。

 おっとおじさんの金の玉は別だぞぐへへ。

 

 

「しかし雪精かぁ。ってことは当然、『アレ』も付いて来るよな」

 

「まず間違いなく付いてきます」

 

「……お前、ちゃんとカズマに『アレ』の危険性教えてやったのか?知ってて受けたなら正気とは思えないんだが」

 

 

『アレ』は冒険者の間じゃ最大クラスの禁忌だろ。俺ですら戦おうなんて愚考はしねえし。

 

 

「お、教えようとしましたよ!でも雪精自体はとても弱いって聞いた瞬間にはもうクエストを受注してしまいまして……」

 

「なるほど、それで俺ってワケかい」

 

「なんとか頼めませんか?『アレ』を倒してほしいわけではないのです。誰も死なないように……、ゼロにしか頼めないんですよ」

 

 

 ……まあ別に構わんがな。

 

 自殺しにいくアホを止めるのは最近の俺の仕事でもある訳だし、『アレ』と対峙しても俺なら時間稼ぎくらいできるだろう。倒さなくていいなら受けてやらあ。

 

 

「ほ、本当ですか⁉︎ありがとうございます!あの、報酬なんですが……」

 

 

「報酬……三十万ってとこか。俺も基準や相場を決めてはないから結構適当だけど。……払えるか?」

 

 

 めぐみんからエリス銀貨の入った袋を受け取る。これにて契約成立っと。

 

 

「さて、じゃあ行くとするかね。カズマは?ギルドには……いないな。どこで待ち合わせだ?」

 

「あ、カズマ達はもう先に行ってますよ。ゼロが来る二時間くらい前でしょうか。私は用事があると言って残らせてもらったんですよ」

 

「早よ言えや!あいつらがもう『アレ』に遭遇してたらどうすんだ⁉︎お前走るのは……、ええい、遅いか!」

 

「おい、何をもって私の足が遅いことを決めつけたのか聞こうじゃないか!」

 

「うるせえ、俺からすりゃ基本的に常人は遅いって認識なんだよ!………しゃあねえなぁ。ほれ、おぶされ」

 

「言われなくともそのつもりです」

 

 

 最初からそのつもりだったのか、振り落とされないようにかどこからか紐を取り出して俺と自分を結び始めるめぐみん。

 

 産まれたばかりの赤ん坊を抱くお父さんはこんな感じなのだろうか。細心の注意を払って走らなければめぐみんが傷付いてしまいそうだ。

 

 

「そんじゃ行くぞ、娘よ」

 

「誰が娘ですか……ぐえっ⁉︎」

 

 

 もう一度解けないように紐を結び直してギルドを飛び出す。雪で走りにくいが、それはあいつらも同じだろう。なんとか間に合えばいいが……!

 

 

 

 

 ※

 

 

「あれがかの有名な『冬将軍』よ」

 

「本当にこの世界はアホばっかりだな!今再認識したわ‼︎」

 

 

 目の前には白。鎧も兜も手に持つ刀まで全身白づくめの鎧武者がそこに立っていた。

 

 その冬将軍とやらがダクネス目掛けて刀を構え……いきなりダクネスの持っていた剣が甲高い音を立てて真っ二つに折られた。

 

 断言する。俺の目には何も見えなかった。

 あのゼロよりも速かったのではないか。そう思えるほどに目の前の存在は底が知れない。

 

 

「ああっ⁉︎今まで一緒にやってきた私の相棒がぁ……⁉︎」

 

 

 愛着のある剣だったらしく、ショックを受けるダクネス。

 

 

「ど、どうするんだよ⁉︎めぐみん爆裂魔法……いやめぐみんはいないのか!くそっ、なんか弱点とか無いのか⁉︎」

 

「カズマ、DOGEZAよ!寛大な冬将軍はDOGEZAして謝る人間は許してくれるわ!ほら、ダクネスも!カズマも早くして!」

 

 

 仮にも女神がモンスターに土下座する姿を見てしまった。が、今はそんなもんに拘ってる場合じゃない。それに倣って俺も土下座をーーー

 

 

「………ん⁉︎お、おいダクネス、何やってんだ!早くお前も土下座しろ!」

 

「わ、私とてプライドという物がある!モンスターにそう簡単に頭を下げる訳には……」

 

「バカか‼︎お前はプライドと命とどっちが大事なんだ!俺の地元じゃ『死ななきゃ安い』って名言があるんだ、命より大事な物なんかねえぞ‼︎」

 

 

 嫌がるダクネスの頭を無理矢理下の雪に叩きつける。「んぶっ⁉︎い、いいぞカズマ、もっと強くしても平気だぞ⁉︎」と変態丸出しのダクネスを押さえつけ、自らも頭を下げ続ける。

 

 しかし冬将軍は俺たちから離れようとしない。何か足りないのだろうか。

 

 

「あっ、ちょっとカズマ!手に持ってる剣!早く捨てて!」

 

「剣か‼︎」

 

 

 頭を下げることに躍起になるあまり武器を捨てるのを忘れてしまっていた。

 

 急いで投げ捨てるが、その際に頭が僅かに上がりーー

 

 

 キンッ、と澄んだ音がした。

 

 目を向けると、冬将軍が刀を鞘に収めて構えているのが見える。俗に言う居合いの構えというヤツだ。

 

 

 ーーーあ、これは死んだ。

 

 そんな思考が頭をよぎり、冬将軍の上半身がブレる。

 きっと痛みなんて感じる暇も無いだろう。それが少しだけ気を楽にしてくれるーーー

 

 

「悪りぃがこっから先はぁ……一方通行だぜェ‼︎」

 

 

 そんな聞いたことのある声が遠くから一瞬で近づき、俺と冬将軍の間に割って入った。

 

 ガキィィィン、と金属同士がぶつかり合う耳障りな音がして、直後に吹き荒れた風によって俺は後方に雪まみれになりながら吹き飛ばされる。

 

 ガバッと雪を撒き散らしながら顔を上げると、最近は酒癖が悪いと評判の俺の友人がグッタリするめぐみんを背負って立ち塞がっていた。

 

 めぐみんを縛っていた紐をほどき、わざわざマントをバサッ!と翻しながらその男が叫ぶ。

 

 

 

「俺‼︎参上‼︎」

 

 

 

 ……前から思ってたんだがこいつはどこでこういうネタを覚えて来るんだろう。こいつの父親が転生者なのは初めて会った時にそれらしいことは聞いたけど、こいつが転生者だってのは聞いてないしなあ。

 

 

 

 

 

 



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43話



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 ※

 

 

 危っっっぶねえなおい……‼︎

 

 まだ心臓がバクバク鳴っている。

 

 今のはマジでヤバかった。危うく知り合いの首が宙を舞うショッキング映像を脳に刷り込まれるトコだった。

 この俺が思わずめぐみんを気遣うのを忘れてしまうほどに全力を出してしまったほどである。

 急激な加速によるGに耐えられなかったらしいめぐみんを静かに雪面に降ろし、改めて目の前の相手を見る。

 

 へえん、これが噂の冬将軍かいな。積極的に会いたいとは絶対思わないが、正直なところ人生で一度くらいはちょろっと戦ってみたいという気持ちが無いでもなかったんだよね。

 けど今回悪いのは無害な雪精を虐殺したこっちだしな。なるべく時間稼ぎしてパパーッと逃げちまおう。

 

 弾き飛ばした冬将軍がこちらを値踏みするように見てくる。今すぐ襲ってはこなさそうだ。

 

 

「カズマ、めぐみんを頼めるか?アクアもダクネスも早く街に戻れ。しばらくならなんとかしてやる」

 

「そ、それよりお前、なんでここに?俺は依頼なんかしてないぞ?」

 

「それはめぐみんに礼を言うんだな。そいつはお前らのために自腹切ってまで俺に依頼してきたんだ。いい仲間を持って幸せだなあ。ええ、おい?」

 

 

 カズマが見直したような目でめぐみんを見てそのまま抱き抱えて後ずさっていく。

 それでいい。早く逃げてくれないと俺も逃げられないからね。

 

 

「やったわ、ゼロさんが来てくれたなら安心ね!今のうちに規定数の雪精を倒しちゃいましょう!上手くいけば冬将軍の懸賞金も手に入って一石二鳥じゃない!」

 

「すっとぼけたこと言ってんじゃねえぞドアホ‼︎アクセルに帰れっつってんだよ、早よしろや‼︎」

 

 

 この後に及んでクエストがどうのこうの言う元なんたら様に怒鳴る。

 どんどん涙目になっていくアクアだが、知ったことではない。そのアクアをダクネスが引きずって連れて行く。

 

 頼むから早くしてくれ。アクアの発言を認識したから知らんが冬将軍から殺気というか、そんな感じのオーラが滲み出てきてるんだよ。

 

 何の前触れもなく。フッ、と冬将軍の姿が雪に紛れて消える。

 

 遂に様子見は終わりってか、くそっ!

 

 俺を無視して雪精討伐宣言をしたアクアに向かって凄まじい速度で突進する冬将軍に何とか追い付き、肩を掴んでこちらを向かせる。

 振り向きざまに俺の太ももあたりを狙って刀を振ってきたが、それをベリーロールで飛び越え、兜の目が覗いている隙間目掛けてデュランダルで突く。狙い違わず突き刺さるが、手応えがない。

 そういや実体が無いとかいう噂されてましたっけね。……あれ、じゃあ俺って勝ち目無くない?いや、勝たなくて良いんだったか。

 

 返す刀で首チョンパしようとしてくるが、両足を限界まで開いて回避し、逆に冬将軍の左脚を丸ごと切り落とした。どうやら鎧にはある程度の実体があるようだ。これならなんとか……?

 

 どうにか戦闘の算段を立てていると、また冬将軍が搔き消える。雪と同じ真っ白だから本当に分かりにくいな。今度はどこに行きやがった。

 

 

「ゼ、ゼロさあああん!ピンチなんですけど!私今すごいピンチなんですけどー‼︎」

 

「なんでお前ばっか狙われんだよ!お前なんかしたの⁉︎」

 

 

 見ると、カズマ達が逃げた先に立って居合いの構えをしている。かなり離れているのに一瞬であそこまで行くとなるともう雪原上はどこにでも出現出来ると思った方がいいかもしれない。

 

 これは間に合うか危ういな……!

 

 全速力で向かうが刀が抜き身になる方が早い。俺から見て近かったアクアとダクネスを踏んで地面に押し付けながらカズマ、めぐみんに向かって跳ぶ。回転しながら剣を持つ手とは逆の手でカズマの首根っこを引っ掴んだところで冬将軍が冷気を固めたような色合いの斬撃を飛ばしてきた。

 

 カズマを無理矢理上に投げ、自分はしゃがんで躱すが、タイミングがギリギリだったせいで火竜のマントを掠めてしまう。

 当たったところがスパッと切れて、周りに霜が降りていた。

 何だ今の、羨ましいな。俺の斬撃にもあんな効果が付与されないものかしら。

 つーか四人も庇いながら戦うのは結構キツイぞ。なんか斬ったはずの脚まで再生してやがるし、どうすっかなーーー

 

 

「うッ⁉︎」

 

 

 ぞくっとした感覚が背筋を走った。周囲の空気が急速に冷え、少しずつ冬将軍に集まっていく気がする。

 冬将軍は攻撃を回避する俺たちに業を煮やしたのか、何かするつもりらしい。

 

 ヤバい、とんでもないのが来る。直感と経験でわかってしまう。これは俺の手に負えるモノじゃない。

 例えるなら『エターナルフォースブリザード』相手は死ぬ、みたいのが来る。

 俺はともかくこいつらじゃ間に合わなそうだな。

 

 

 ………カズマ、めぐみん、アクア、ダクネス!

 

 頭の中で優先順位を決めて即座に動く。基準は死にやすい順だ。

 最後のダクネスが俺が動いただけじゃ厳しいか……?

 

 

「ダクネス!ご褒美だ!」

 

 

 ダクネスに向けて持っていた爆発ポーションを一つを残してありったけぶん投げる。足元でうつ伏せになっていたカズマとめぐみんを両手で抱え込み、ダクネスの隣にいるアクアの方向にあらん限りの力で跳ぶ。

 腕の中の二人がブラックアウトしないかなど気にする余裕は無い。そもそもめぐみんは手遅れだ。

 アクアが着ていた服を歯で挟んで首の筋肉で引っ張って離脱させ、直後に連続してダクネスから爆発音が上がった。

 

 悪いなダクネス!死ななきゃ俺の口元のこいつが何とかしてくれるからーーー?

 

 予定では爆風でこちらに吹き飛んでくるはずのダクネスが、しかしいつまでたっても飛んで来ない。

 不思議に思いながらそちらを見て、愕然としてしまう。

 

 

 「なんっで耐えてやがるんだてめえはあーーー‼︎」

 

 

 ダクネスは腕をクロスして脚を踏ん張り、その位置から一歩も動かずにいた。多少の火傷以外のさしたる傷は見当たらない。

 

 化け物かよ、どんな身体してやがるんだ。なんかこっちに向かって「どうだ?凄いだろう」みたいな顔してドヤってんのが腹立つなクソ。

 

 

 辺りがシン…と静まり返る。

 

 もう背筋の悪寒はマッハだ。これだけで風邪を引くまである。

 

 冬将軍は右手に持った刀をこちらに刃をむけながら左の首元に構えている。

 その刀身は全ての冷気が凝縮されたのではないかと見紛うほどに白く光り輝いている。もう一刻の猶予も無い。

 

 両腕の二人と口に咥えたアクアを全力で前方の上空に放り投げた。着地はどうにかしてくれ。下は雪だから何とかなるだろ。

 

 冬将軍が刀をゆっくりと動かす。それは振るというにはあまりに遅いが、そこに秘められた危険性は想像することなどできまい。左の首元の刀を雪原を通し、右に持っていく。ちょうど振り子のような動かし方だ。雪原を撫で斬ったようにも見える。

 その斬った雪が質量保存の法則など無視したかのようにとんでもない勢いで膨張してこちらに雪崩れ込んで来た。『賢者の石』でも持ってるんですかねえ。

 

 片足を軸に反転してダクネスの目の前に急行、未だにクロスして踏ん張った状態の腕の真ん中に後ろ回し蹴りを打ち込んで他三人の方向へ蹴り飛ばす。

 

 さあ、俺もトンズラのお時間だ。なあに、流石に雪崩よりは速い……速い……。

 

 

「………あれっ」

 

 

 逃げる方向を決めようと周辺を見渡すが、逃げる場所がそもそも存在しない。いつの間にか全方位の雪が俺一人目がけて怒涛の勢いで膨れ上がっていた。

 

 あれれー?おかしいぞー?

 いつの間に標的が俺に変更されていたのだ。完全に俺だけは殺すという覚悟を感じる。これは逃げられませんね。

 

 せめてもの抵抗とばかりにマントに包まって防御姿勢をとる。とっくに対ショック!

 

 膨大な量の雪が斜面でもないというのに雪崩のような圧迫感と質量で俺を押し潰そうと迫って来た。

 

 その先頭に冬将軍が刀を振りかざしながらこちらに斬りつけようとする姿を見る。

 こいつは雪崩でサーフィンするのが趣味なんだろうか。さすがは雪の精霊の塊なだけはあるな。迷惑だからマジやめろ。

 

 しょうがねえからせめて一矢報いさせてもらうとしようかな、記念にもなりそうだ。

 予定変更、防御姿勢を解除しながらデュランダルに最後に残した爆発ポーションを塗る。松脂をヌリヌリいたしましてっと。

 

 

「『緋炎』‼︎」

 

 

 めぐみんから不評だった『エクスプロージョン』から必死に名前を考えた新たな技で迎え撃つ。新しくなったのは技名だけとか言っちゃいけません。

 

 冬将軍の刀と俺のデュランダルがぶつかり合い、デュランダルが爆発、冬将軍と雪崩を僅かに押し戻す。

 俺も爆発の衝撃に逆らわずに後ろへ吹き飛ぶ。あわよくば逃げようと思ったのだが、全方位ということは当然ながら背後からも雪は押し寄せて来ている訳で。

 

 

 今ので撃退できてればいいけど。

 

 

 その思考を最後に俺は雪崩に飲み込まれた。

 

 

 

 

 



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44話



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 ※

 

 

 さっきまで白一色の世界にいたわけだが、今は白と黒の景色しかない。どっちがどっち、というわけではないが殺風景なものである。ここに来るのも久しぶりだな。これが実家のような安心感というやつか。

 

 目の前にはいつかと変わらずエリスが居てくれている。これは良かった。他の天使やら女神だとどう対応していいか困るからね。

 

 

「ーー冒険者、ゼロさん。ようこそ死後の世界へ」

 

「え?あぁ、どうも」

 

 

 エリスにさん付けされるとこそばゆいな。

 普段地上じゃあんだけくだけた態度取ってるんだからこっちでもタメ語でいいのに。

 

 

「この世界でのあなたの人生は終わりました。あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなったのです……」

 

 

 エリスが目を伏せて悲しそうに言ってくる。

 

 

 ……まだ俺を侮っているとみえるな。俺のシステム外スキル『以心伝心(エリス・クリス共用)』を甘く見てもらっては困る。こいつ、笑いを堪えてやがるぞ。

 

 おそらく俺が死に掛けるのも久しぶりだからか、からかっているのだろう。不謹慎かもしれないが、エリスは意外とそういうのは気にしないからな。

 

 とはいえ折角なのでノってみることにした。

 

 

「そうか。まあ自分の無茶が祟ったんだから諦めも付くってもんだ。次の人生ではもうちょい上手くやりてえもんだなぁ。

 ……それで、俺はどうやって生まれ変われば良いんだ?」

 

「え⁉︎」

 

 

 まさか通じるとは思わなかったのか狼狽するエリス。うむ、やはりこっちのバージョンも趣深いな。

 

 

「あの後、カズマ達はどうなった?冬将軍に殺されたとか、雪崩に巻き込まれたとかは無いか?」

 

 

「え⁉︎あ……、えっと、はい、冬将軍は力を使い果たしたのかゼロさんが雪崩に飲み込まれた後、雪崩と一緒にすぐに消えてしまったので大丈夫です、けど………」

 

 

 どうやら上手く撃退できたらしい。

 あんだけ苦労して報酬まで先払いしてもらったんだ、依頼主を死なせるとかシャレにもならない。

 

 

「そいつは何よりだ。………どったの?もうこれで心残りは無いし、早いとこ天国なり地獄なり好きに送ってくれよ」

 

「ちょっ⁉︎あの、良いんですか⁉︎本当に何の心残りも無いんですか⁉︎」

 

「良いんですかも何も死んじまったらしょうがないだろう。いや、あー、そういえば心残りはあるか」

 

「いえ、あの………」

 

「エリス、約束を守れなくてごめん。俺は所詮この程度の男だったと思って忘れてくれて構わない。お前と過ごした日々、楽しかったぞ」

 

「う、うう………」

 

「最期に一言だけ。……愛して」

 

「嘘ですごめんなさいぃっ‼︎」

 

 

 この空気が居た堪れなくなったのか白状して頭を下げるエリス。うむ、素直でよろしい。

 

 

「……なんでえ。もう終わりか?最後まで言っても良かったんだが」

 

「‼︎や、やっぱりわかってたんですね⁉︎どうりで途中からおかしいなって思いましたよ!」

 

「そりゃお前……今さら俺が雪崩程度で死ぬかよ」

 

「ぐぬぬ……‼︎」

 

 

 フハハハハ‼︎我にそっち方面で勝とうなどとは思い上がったな、雑種!

 せいぜい励め、そうすれば我自ら褒美をやらんこともないぞ?

 ………絵に描いたようなぐぬぬ顔もいただいたし、意趣返しもこの辺にしておこうかね。

 

 

「ほんじゃ改めて、こっちでは久しぶりだなエリス。今回の俺の死因は分かりきってるけど一応どんな状況かだけ教えてくれるか?」

 

 

「死因……死んではいないって……はぁ。……はい、お久しぶりですゼロさん。

 ゼロさんは今雪の中で凍死寸前になってますが……あ、いえ、今ダクネスに発見されましたね。もうすぐ先輩が回復魔法をかけますので向こうに戻れますよ」

 

 

 

 今サラッと凍死寸前とか言ったね?……と思ったけどその程度、驚くほどでもないか。

 もう少しエリスで遊んでても良かったんだがこっちじゃなくても会えるし、帰れるならその方が良いよな。

 

 それにしてもまだ敬語は外さないのか?散々向こうでもケンカとかした仲だし、今さらなんだが。

 

 

「うーん、この姿だとどうしても敬語がしっくり来るんですよね。

 あ、どっちがいいとかあれば合わせますけど?」

 

「いやぁ、いいよ。一粒で二度美味しい、みたいでお得感もあるしな」

 

「そんな人をお菓子みたいに。……あ、もう戻れますよ。皆さん、特にめぐみんさんが心配されてますので早く戻った方が良いと思います」

 

「俺も人に心配されるようになったのか、感慨深いな」

 

「何老けたこと言ってるんです。あなたを心配する人なんか幾らでもいるじゃないですか」

 

 

 呆れたように言ってくるエリス。それはエリスも含めての話だろうか。

 ……だと嬉しいが。

 

 

 

 

 ※

 

 

「あ!ゼロ、起きたわよー!」

 

 

 ………起きてすぐ駄女神の声聞くと気い抜けるな。

 一応アクアに礼を言って起き上がると、めぐみんが腕を広げて迫って来るのが見えた。

 

 …………んん?

 

 

「はい、ストップー」

 

「ぶわっ⁉︎な、何ですか急に!」

 

 

 何か勢いよく体当たりしてこようとしてたので顔面にアイアンクローをかまして止める。

 

 何ですかじゃないよ。何の恨みがあって俺に威力35……いや、最近は50か。命中も上がって使いやすくなったよなあ。の攻撃をしてくるんだ。

 なんだ?もしや今のは抱きつこうとでもしてたのか?兄貴が心配だったのはわかるが、いくら妹でも抱きつくのは好きな男だけにしとけよ。まだお兄ちゃんそんなの許しませんけどね!

 

 

「美少女のハグをこんな風に拒否する男初めて見ましたよ⁉︎」

 

「なんだ、本当にハグだったのか」

 

 

 今の勢いだとハグはハグでもベアハッグくらいの威力はあったぞ。完全に攻撃手段の一つだ。

 

 それと美少女って言うんじゃないよ。

 確かにそうなんだがどこの界隈でも言われてるように本人が言ったら全部台無しだっての。それで許されるのは神に愛されてる照橋さんくらいなもんだ。

 

 

「誰ですか照橋さん」

 

「まあいいだろ、なんでも。それより、だ」

 

 

 周囲を見回す。

 めぐみん、アクア、カズマにダクネス。なんか生暖かい目でこっちを見てきやがるが、全員無事だな?

 ……めぐみんの目尻が少し赤いのはスルーしておこう。

 

 

「お前の依頼はこれで完了ってことでいいだろ?さっさと帰ろうぜ」

 

「はい、ありがとうございました。まさか自分が死にかけてまで助けてくれるとは、思いませんでしたけど」

 

「ああ、ゼロが来なければ今頃カズマなどは死んでいたかもしれん。私からも礼を言おう」

 

「いやあれは死んでたよ。完全に首チョンパだったよ俺が来なかったら」

 

 

 そもそもダクネスが俺の予定通りにこっちに飛んで来てくれればあんな事にならずに済んだかもしれないんだけど。

 むしろこいつ俺より身体丈夫だし雪崩に呑まれても喜んだかもしれない。けど依頼された護衛対象を放置して結果的に大丈夫でした、では胸を張って依頼達成とは言えないし、悩ましいね。

 

 大体だな、そんなに礼を言われても困るだけだぞ。俺は依頼として金を受け取っているのであって、代金分の働きをするのは既に義務が発生している。契約を守るのは当然だろう。

 それで死んでは元も子もないのはまあその通りなんだけども。

 

 

「まあ死んでもこの私がいれば一回くらいなら生き返らせられるわよ!回復魔法や蘇生魔法は私の専売特許みたいなところがあるわよね!」

 

「えっ?お前マジで?死んだ人間も生き返らせられるってすごいな」

 

 

 カズマが驚いているが、残念ながら俺やカズマ、ミツルギなんかはもう二度と蘇生は出来ない。

 クリスから聞いた話だと天界規定とやらで転生した人間や、もう過去に蘇生されたことのある人間は生き返れないと定められているからだ。

 

 あんまり脅かしてもしょうがないし、これは伏せておいた方が良さそうだが。死んだらそれまでなのは俺もこいつも変わんないんだから。

 

 

 

 

 ※

 

 

 翌日、ギルドで掲示板を見ていたらカズマが話したい事があるとか抜かしやがるから酒場のテーブルで話を聞いてやる。

 最近はこいつらに関わると碌な事がないから警戒しておこう。

 

 

「というわけでさ、改めて思ったんだよ。ウチのパーティーってバランス悪いなって。

 だってそうだろ?防御特化のダクネス、攻撃特化だけど一点集中のめぐみんに、宴会芸特化のこのアホだぞ?」

 

「ちょっとあんた表に出なさいな。この私に向かってアホとか言った意味を思い知らせてあげるから」

 

「せめて宴会芸特化を否定してくれ。

 ……で、さ。なんか俺が覚えられる強力なスキルとか無いか?

 ゼロなら王都で色んなスキルを覚えてるだろ。冒険者の数少ない長所の一つがどんなスキルも覚えられる事なんだから、それを活かしたいんだよ」

 

「……なあ、俺ってお前らからどう見られてるの?相談役かなんかと勘違いしてない?」

 

 

 期待した目でこっちを見てくるカズマには悪いが、それを俺に聞くのは激しく人選ミスだと言わざるを得ない。

 習得スキルはゼロ、魔力もゼロ、知力もゼロのこのゼロさんにスキルについて聞かないでほしい。

 あ、いや、魔力も知力も実際には一桁なだけでゼロではないよ?うん。

 

 

「まあね?確かにカズマが色んなスキルを覚えるのは賛成だ。

 しかしこのゼロさんには教えられるようなスキルは無い。ので、代理人を紹介しようと思うがよろしいか?」

 

「代理人……誰だ?」

 

 

 俺がチラリとアクアに視線を向けるとカズマも釣られてそちらを見る。

 

 

「………?なあに?」

 

 

 出来ればっつーかアクアは連れて行きたくない。ジャイアントトードに虫を与えるようなもん……いや、虫はあちらさんに失礼か。

 

 

「あ!あーあー!その物言いで何となくわかったぞ!」

 

 

 さすが、頭の回転が早いだけはある。今ので俺が誰を紹介しようとしたのか理解してくれたらしい。

 

 

「つー訳だ、アクア。今から行くところは特段面白いことも無いからお前はどっかで遊んでてくれないか?」

 

「?何言ってるのよ。何が面白いかなんて私が決める事なの。それに、もし面白く無かったとしても宴会芸でその場を盛り上げるのがいいんじゃない」

 

 

 なんでこいつはこんなに付いて来る気満々なんだ?遠回しに邪魔だから来んなって言ってんのに。やっぱりそういう察する能力とかが欠如しているのだろうか。仕方ないね、アクアだからね。

 

 

 

 

 

 



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45話



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 ※

 

 

「良いか?魔法使うな手え出すな口出すな。はい復唱してみろ」

 

「ねえ、カズマったら私のこと何だと思ってるの?いきなり建物の中で魔法使ったり暴れたりなんかしないわよ、めぐみんじゃあるまいし」

 

「えぇ〜?本当にござるかぁ〜?」

 

「「うわっウザッ‼︎」」

 

 

 俺の煽りへの反応がハモる二人を尻目にウィズの店に向かう。アクアには行き先を告げていないが、カズマには予想はできているようだ。

 今回の目的はカズマにリッチーが覚えているとされる強力なスキルを教えてもらうことだが、俺もそろそろウィズの店には行こうと思っていたからちょうど良いとも言える。

 

 というのも、先日の冬将軍戦で爆発ポーションを使い果たしてしまったからだ。結果的には無駄遣いに他ならなかったわけだが。主にあの狂性堕(クルセイダー)のせいでな。

 

 あれは俺の戦術を広めてくれるいいものだ。入荷したそばから買い占めているが、一度に入荷する量も入荷する頻度も決して多くないため、すぐに切らしてしまうのは俺の反省点でもあるな。

 あのポーションが正直なぜ売れていないのか不思議でしょうがないが、一本一万エリスとかいう中々の値段がするからだと勝手に思っている。

 

 アクアが寒いだのあったかいんだからぁだのと喧しくしているうちに『ウィズ魔道具店』の看板のすぐそこまで来た。

 

 

「おーい、ウィズー。前に頼んどいたポーション買いにーー」

 

 

 俺がいつものようにドアを開けながら来訪を告げると、とても魔王軍の幹部をやっているとは思えないくらい優しそうなリッチーが店の奥から姿を見せ……たりはせずに。

 

 

 

「へいらっしゃい、お客様!我輩はつい先日バイトで入った………ん?おおっと『死神』ではないか、久しぶりであるな。

 欠陥店主から聞いているぞ、何に使うかは知らないがこの爆発するポーションを毎回買い占めてくれるお得意様だとな」

 

「き、たぞ………」

 

 

 俺が持っている仮面と同じものを顔に付け、エプロン姿の身長190を超える色んな意味での大悪魔が妙に板に付いた様子で出迎えてーーー

 

 ーーー何やってんのこいつ。

 

 

「フハハハハハハ!どうしたどうした、そんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして!

 おお、そういえば貴様には礼を言わねばならんな!我輩との約束を守ってくれたようではないか、感心感心!

 ………む?なんだ、その、後ろから差している後光のようなものは?誰か他に客でもいるのか?」

 

「……?ねえゼロ、どいてくれない?なんか中から凄い腐臭がするんですけど。アンデッドか、それに準ずる何かがいたりしない?」

 

 

 ……どう思いますか、皆さん。凄くないですか。女神と悪魔が壁一枚どころか俺一人隔てた距離でお互いを認識せずにいるんですよ。奇跡的なバランスじゃないですか?

 

 

「ーーーおい、そこをどけ『死神』。何やら貴様の背後から忌まわしくも神聖な気配を感じる。我輩や貴様には毒だ。どれ、今すぐ排除してやろう」

 

「ーーーなんか我慢出来ないくらい汚らわしい気配が中からするんですけど。これはアンデッドどころじゃないわね。ちょっとそこどきなさいよ」

 

 

 あ、もう駄目みたいですね。

 

 と言うかバニルは何で俺を悪魔か何かみたいに言うんだ。俺は人間だっつーの。神聖な気配なんか感じねえし毒でもない。回復魔法で滅んだりもしないぞ。

 

 

「あのさぁ……。一応言っておくけどここ人の店だからな?暴れるなよ?

 特にバニルはここにどんな危険物が置いてあるか知ってるだろ?お手柔らかに頼むわ、切実に」

 

 

 とりあえずこの店に用事がある以上この二人の邂逅は避けられまい。そこは諦めるとしてもマジで頼むぞ。

 

 

「フン、貴様が我輩をどんな目で見ているか知らんが安心しろ、我輩はTPOというやつを弁えて………」

 

「……………………」

 

 

 この空気をどう表現したら良いのか。凍り付いた時間はどちらからともなく動き始めた両名によって氷解する事になる。

 

 

「『バニル式殺人光線』‼︎」

「『ハイネス・エクソシズム』‼︎」

 

 

 このように。

 

 

「フハハハハ!なぜ女神が下界にいるのかは知らんがここで会ったが百年目という言葉がある。実際には百年では足らんがな!」

 

「ねえちょっとゼロさんカズマさん、あの虫けら何言ってるの?私人の悪感情を食べないと生きられない寄生虫の言葉なんてわからないのよね」

 

 

 いがみ合う二人。

 さすがに迂闊には飛び込めないのでなんとか止める隙をうかがっていると、カズマが唐突に。

 

 スッパーン‼︎

 

 という小気味の良い音をアクアの頭と自分の手の間から響かせる。

 

 

「痛づぁ⁉︎何すんのよカズマ‼︎」

 

「この馬鹿、お前店の前で言った事もう忘れてんじゃねーか!魔法使うなっつったろ!」

 

「だ、だってだって!カズマだって目の前にゴキブリがいたら反射的に引っ叩きたくなるでしょ⁉︎今のは不可抗力よ!」

 

「今俺が引っ叩きたいのはお前の頭だよ!」

 

「…………フン」

 

 

 いきなり始まったいつもの夫婦漫才にバニルも気勢を削がれたのか、鼻を鳴らして構えを解く。

 

 バニルは人間には基本攻撃しないと自分で言っていたし、アクアも飼い主には強く出られまい。

 まさか天地がひっくり返るレベルの争いを止めたのが何の特技もないただの人間だなんてどんな神話にも載ってはいないだろう。カズマさんってばやりますねぇ!

 

 せっかく落ち着いたのだし、今の内に用件だけ話して大悪魔パイセンには奥に引っ込んでてもらおう。

 

 

「よお、今日はいつもみたいにポーション買いに来たのもあるけどウィズに頼みたいことがあるんだよ。ウィズ、いるか?」

 

「ウィズ?ねえ、今ウィズって言った?確かあの墓場であったリッチーの名前よね?ここあいつの店なの?

 ていうかカズマにリッチーのスキル覚えさせるつもり?女神としては見過ごせないんですけど」

 

 

 こんな時だけ耳聡いアクアが猫がマタタビに反応するかの如くウィズの名に振り向くが、その程度の答えなら俺でも用意できるぞ。

 

 

「さっき言っただろ?カズマは強力なスキルを覚えたいんだって。アンデッドの王であるリッチーのスキルなら申し分無いと思ったんだよ。

 文句言うんなら、じゃあお前が回復魔法とか教えたらどうだよ」

 

「それだけは絶っ対嫌よ。……しょうがないわね、こんなアンデッド臭い場所に長く居たくないし、早く済ませてよね」

 

 

 俺の思い違いでなければ付いてくるなと命じたのに勝手に付いてきたのはこいつだったと思うんだが。

 それを言うとまたごちゃごちゃ言い出しそうだったので黙っておく。

 

 

「あの店主なら店の奥で我輩の殺人光線を受けて倒れておるぞ」

 

 

 いや何してんだよ。

 

 

「あの店主ときたらガラクタばかり仕入れるのでな。我輩が来る前に仕入れた物はまだ、まだ許そう……!

 しかし何故我輩が来た後、あんなに口を酸っぱくして言ったのにちょっと目を離すと変な物が棚に増えているのだ!あの欠陥店主はガラクタを生み出す錬金術でも覚えているのか⁉︎」

 

「それは本当にあるかもしれねえな」

 

 

 マジで謎なのが俺が店にいる時、ウィズから目を離してすらいないのになぜか棚に見覚えのないものが増えていることだ。

 何でだ、ウィズは棚に近寄ってもいないんだぞ?一体誰があんな所に置いたというんだ。

 

 おそらくこの謎は永久に解かれることは無いんだろうなって。

 

 

「なあ『死神』よ。物は相談なのだが……」

 

「断る。あと、死神呼びはやめろっつったろ。地獄に叩き返すぞ」

 

 

 ここぞとばかりに不要品を押し付けようとするバニルに機先を制する。

 ごく稀に俺が使えなくも無い道具を買ってはいるが基本どころか原則的にウィズの売ってる道具はガラクタor効果は高いが高価過ぎる物しかない。使わん物は買わない。クリスに怒られる。

 

 以前もある魔道具というかポーションを鍛錬に使えるかな、と考えて買った時にすんごい真顔で「いくらしたの?」とか「何に使うの?」とか「えっ、もう一回言って?いくらしたの?」って何回も同じこと聞いてくんだよ?怖すぎてちびりそうになったわ。

 

 というわけでお引き取り願おうか、見通す悪魔さん。

 

 

「チッ。……少し待っていろ。店主を起こして来る。

 そしてそこの女神もどき!棚の品物に勝手に触れるな!死に……小僧供!見張っていろ!」

 

「お前意外と素直だな」

 

「ちょっとあんた待ちなさいよ、もどきって何よもどきって!私は立派な女神なんですけど!謝って!ほら、早く謝って!」

 

 

 噛み付くアクアを無視して店の奥に入っていくバニル。

 それから数分間。アクアがポーションを水に変えたり、置いてあった魔法がかかった武器をただの武器に変えたりしようとする度にカズマが剣の柄で頭を叩く音が響いていた。なるほど、頭の中が空っぽだといい音が響くものである。

 ……その理屈でいくと俺の頭を叩いた時もいい音がするのだろうか。やっぱり納得いかん。

 

 俺が冒険者カードの基準に疑問を抱いていると、程なくして奥からフラフラのウィズが青白い顔をさらに青白くしながら出て来る。

 

 

「あ、ゼロさん、いらしてたんですね。伝言通りバニルさんも遊びに来てくれたんですよ。改めてありがとうございました。

 えっと、そちらの方達は以前共同墓地で会いました、よね……?お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺は佐藤和真。カズマでいいよ」

 

「私は崇高なる水の女神にして、アクシズ教団が崇めるご神体、女神アクアよ!そこの寄生虫もなめくじリッチーも控えなさい!」

 

「アク……シズ……。ひ、ひっ⁉︎アクシズ教⁉︎あの頭がおかしいことで有名な宗教の元締めだなんて……‼︎ほ、本物……⁉︎」

 

「……ねえゼロさん、なんで私の可愛い教徒達はこんなに怯えられてるの?みんないい子達なのよ?何かの間違いじゃないかしら」

 

 

 ところがどっこい、これが現実……!

 残念ですがアクア様、逃避してばかりでは精神的に成長出来ないと思われますのでしっかりとこの世界の真実を味わうといい。

 そしてアクシズ教を解散させてくれれば世界は少しだけ平和になるかもしれないよ?

 

 

「いや、実際アクシズ教と関わったことないけどそれは幸運が最低の俺の最高の幸運だと思ってるから。(エリス関連以外で)

 お前、アクシズ教の評判なんか酷いもんだよ?魔王軍よりも厄介でゴキブリよりもしぶとい最悪の害虫とか言われてるから」

 

「な、なんでよおおおおおおおお⁉︎」

 

 

 どうやら真理を見ることに耐えられなかったらしいアクアが泣き崩れる。安易に真理の扉を開くと対価は高く付くのだ。

 これに懲りる事が無さそうなのがアクアのアクアたる所以でもある。

 

 

「フハッ!フハーッハハハハハ!ゲホッ、ゲホッゴホッ!い、いいぞ小僧!もっと言ってやれ!

 なんと、全てを見通す眼を持つとされる女神(笑)が自分の信徒の評判すら知らんとは!傑作であるな、フハハハハハハ‼︎」

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』‼︎」

 

「華麗に脱皮‼︎」

 

「だからよ………暴れるんじゃねぇぞ………」

 

 

 ここぞとばかりに大笑いして咳き込むバニルに沸点を通り越した自称女神が反撃した。

 

 アクアの魔法を受ける前にバニルが自分の仮面を放る。おや、本体に直撃して消えてしまったが地獄に帰ったんだろうか?

 

 

「そうではないと言っただろう。我輩の現世での本体はこの仮面なのだ。仮面が割れでもしない限り我輩の『残機』に影響は無い」

 

「ああ、そういやそんな話だったな」

 

 

 投げた仮面が地面に接触したと思ったらムクムクと土が固まってバニルが盛り上がってきた。

 どうでもいいけど下はタイルなのにどこから土くれが出てきたんだろう。身体が出来た後も床に傷とかも無いみたいだし。

 

 

「………ねえゼロ?なんでその寄生虫とそんなに仲良さげなの?さっきから気になってたけど、どこで知り合ったのよ」

 

「あ!その話は私も聞きたいです!王都で会ったというのは聞きましたけど詳しいことは遠慮してしまって……。もし宜しければ聞かせてもらえますか?」

 

「ゼロの王都にいた頃の話か、気にはなるよな」

 

「アクア様もカズマさんもそちらのテーブルにおかけになってください。今お茶を淹れて来ますので」

 

「あら、あんたリッチーのクセに気がきくじゃない。浄化するのは待ってあげてもいいわ!」

 

 

 ガンガン進む、ドンドン進む。俺は一言だって話すなんて言ってないのに勝手に話す流れになってるのが不思議でしょうがない。スキルの件はどうなったんだ。

 

 

「我輩は知らんぞ。貴様が話してやれ」

 

 

 バニルは早々に奥に引っ込んじまうし。

 

 ……まあ、隠してるわけじゃないしいいか。

 お茶を淹れに行ったウィズが帰ってくるのを待って話を始める。

 

 

「そうだな。話をしよう、あれは今から36万……いや、1万4000年前だったか、まあいい、私にとってはつい昨日の出来事だがーーー」

 

「「「あ、そういうのいいんで」」」

 

「…………俺は王都にいた頃とある理由で王城に滞在しててだなーーー」

 

 

 ちぇっ、もうちょっと続けさせてくれてもいいだろ……。

 

 

 

 

 

 



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46話



再投稿。


作者:「さあ!あと三日で全話修復!頑張るぞい!」

ゼロ:「頑張れ♡頑張れ♡年末で仕事も休みだろうし余裕だな!」

作者:「いや?作者は大晦日まで仕事入ってるけど?」

ゼロ:「は?」

作者:「まあ流石に大晦日は早めに上がらせてもらうし、何とかなるでしょ」

ゼロ:「………………」


三日間で46話まで復元。残と致しまして50話以上。しかもそれ全部見直して改稿して消したり付け足したりして更に仕事………?

………これ無理じゃね?

ゼロは訝しんだ。







 

 

 

 ※

 

 

「ーーというわけでカズマになんか使えそうなスキルを適当に教えてやってくれないか?」

 

 

 王都の話が思いの外長くなってしまったもののやっと本題に入れた。

 カズマとウィズは俺の上手くもない話をどうにか理解してくれたみたいだが、あんだけ聞きたいとか言ってたアクアはもう寝てるし。

 ごめんね、俺長話する時だけ学校の校長先生と同じ催眠機能付きウィスパーボイス使えるからさあ。

 

 

「はい、いいですよ……と言っても私のスキルって誰か相手がいないと使えないスキルばかりなのですが、……あの、ゼロさんお願いできますか?」

 

「お願いできるも何も消去法で俺しかいねえだろ」

 

 

 チラリとアクアを見る。

 

 

「すかー……」

 

 

 幸せそうな顔で熟睡してやがるなあ。無理矢理起こしてお前がやれ!とかはさすがに言えねえか。

 

 

「………即死級のシロモノじゃなければいいぞ。

 カズマ、なんかあったらさすがにアクアを起こしてくれよ」

 

「お、おう。なんか悪いな、ウィズを紹介してくれたり、何から何まで世話になっちまって」

 

 

 気にする必要は無いさ、誰も無料だなんて言ってないんだから。

 

 それともこいつは俺がタダでこんな面倒臭いことをしてやる男だとでも思っているのだろうか。だとしたらとんだお笑い種だ。ただの案☆山☆子ですな!

 

 

「ああ……、そういえばお前はそういうやつだったよ」

 

 

 金が無いと嘆いていたカズマが死んだ魚の目で虚空を見つめる。そのうち間違った青春ラブコメが始まりそうだ。

 

 しかし俺だって別に金に余裕があるわけでは無いのは理解してほしいね。

 確かに傭兵業でそれなりに稼いではいるが、そんなものはウィズのポーションやら宿屋の支払いやら食費などで結構ギリギリなのだ。

 クエスト中に人を助けたりする時は報酬だって貰ってないワケだし、そもそも今日みたいに頼まれ事を聞いてクエストを受けない日もある。

 いくら友人といえども世知辛いこの世界ではあまり期待すんな。

 

 

「せめてベルディアの懸賞金が残ってりゃ俺だってこのくらいの親切は通してやるかも知れなかったのに。

 衣食足りて礼節を知るじゃないがやっぱり世の中ってのは金なんだよどいつもこいつも金金金……」

 

「わかった、わかったよ!お前も色々大変だってことはわかったから!」

 

 

 俺が決して裕福ではないことを熱弁すると、若干引かれたが分かってはもらえたようだ。

 そうなんだよ、大変なんだよ?

 

 

「わかります!わかりますよゼロさん……!そうなんですよ、最近はゼロさんのおかげで何とか固形物を口に出来ていますが以前は砂糖水で湿らせた綿で一ヶ月」

 

「すまなかった!さあ、始めようじゃないか!」

 

 

 そうだった。ここには貧乏話のレパートリーに事欠かない幹部様がいたんだった。

 俺程度が大変だの何だの言うのは本物に失礼だな。ウィズの苦労話は闇が深過ぎる。

 

 ただし半分以上は見境なく変な品を仕入れて金を天下に回しまくるウィズの自業自得であることは言わぬが花。

 

 

「……?はあ、では早速いきますよ?」

 

「イキますよぉ、イクイク……」

 

「ゼロ、汚ねえ。黙ってろ」

 

「ごめんなさい」

 

 

 ウィズのひんやりとした手が俺の手を包む。

 

 おお、リッチーの手って冷たいんだな。これは熱が出た時なんかは頭に乗せると気持ちいいだろう。

 そんな小学生並みの感想を思い浮かべていると。

 

 

「……ッ⁉︎う、おっ……!」

 

 

 凄まじい勢いで力が抜けていく。驚いて声が漏れ出てしまった。

 ヤッバ、これ結構キツイぞ⁉︎

 

 自然と息が荒くなってしまう俺を見てカズマが一言。

 

 

「……なんか美人と手を繋いで興奮してるみたいに見えるな」

 

「ぶっ殺すぞてめえ‼︎」

 

 

 誰のためにこんな目に遭ってると思ってんだ。

 その話をクリスにしたらお前のパーティーからお前の存在が消えることになるから覚悟しとけよ。

 

 しばらく歯を食い縛って耐えていると力を吸われる感覚が薄くなる。ぜ、全然大した事なかったね。あと五分吸われてたら死んでたかもしんない。

 

 

「ーーーとまあこんな感じですね。それにしてもゼロさんすごいですよ、こんなに長い間生命力を吸ったのにまだ半分も残ってるだなんて」

 

「何を半分吸ったって?生命力?」

 

 

 今の俺はどういう状態なんだ。いわゆる半殺しという状態なのだろうか。

 その吸ったモノは返してもらえないのか?フラつくんですけど。

 

 

「ああ!す、すみません、今お返しします……!」

 

 

 再び俺の手とウィズの手が触れ、今度は力が俺に流れ込んで来る感覚がした。

 毎回思うんだがこの世界のスキルはどんな仕組みになってんだかさっぱり分かんねえな。

 

 

「はい、えっと、これが『ドレインタッチ』というスキルです。

 見ての通り触れた相手から体力や魔力を奪って自分に付与したり、逆に自分の力を分け与えたり出来るスキルですね。……あの、いかがですか?」

 

「いや、見ての通りって…、ゼロがウィズと手を繋いで鼻息を荒くしたり気持ち良さそうにしてただけなんだけど。ゼロの変態性しかわからなかった」

 

「お前は今度から夜道に気を付けろよ」

 

 

 月夜の晩ばかりだと思うな。マジで。

 

 

 

 

 ※

 

 

 さて、スキルの実験台が終われば俺は手持ち無沙汰になってしまうな。

 カズマにああだこうだと冒険者の先輩としての威厳を発揮するウィズに話しかける。

 

 

「なあ、ちょっと店の奥に入れてもらっていいか?」

 

「え?でも今奥にはバニルさんしか居ませんよ?」

 

「ああ、あいつに用があるんだよ」

 

 

 一応の許可を得たと判断して奥に入らせてもらう。他の奴はいない方が都合がいい。

 

 店の奥を覗くと、バニルが木箱をガサゴソやりながら背を向けてしゃがんでいた。

 どうやら物品整理の途中だったようだ。邪魔して悪いとは思うが俺の用事を優先させてもらおうか。

 

 

「む?なんだ小僧。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

 

「まあそう言うなって。お得意様を邪険にすると売り上げが落ちるぞ?」

 

「ふん、我輩に聞きたい事があるといった面構えであるな」

 

 

 おっ、さすがは見通す悪魔だ。話が早いじゃねえか。

 

 

「この程度は見通す力を使うまでもないわ。大体、貴様は現世の我輩でははっきりと見通せん。これも王城で言った筈だが?」

 

 

「ああ聞いた。ついでにあの時お前言ったよな、俺が『寄りやすい』って。ありゃどういう意味かをもうちょっと詳しく聞かせてくれないかね」

 

「その前にお得意様、こちらの商品をご覧下さい。

 こちら、お得意様のような魔力のカケラも無い方でも気軽に魔法が使えるマジックスクロールとなっております!効果は『指定した対象の防御力を大幅に下げる』という優れもの!

 あのポンコツ店主が仕入れたは良いが売れそうも無いので処分に困っているのだ。……我輩が言いたい事が分かるか小僧」

 

 

「買わなきゃ答えねえってか?売れそうにないって事は、なんかデメリットがありそうだな。言ってみ」

 

「このスクロールを使用して防御力を下げた相手は攻撃力が大幅に上がる。それこそ天井知らずにな」

 

 

 こいつなんて物売ろうとしやがる。そんなロマン兵器はゲームの中だけにしとけよ。いや、ウィズが仕入れたにしてはマシな方か。使い道は色々ありそうだ。

 

 マジックスクロールとは魔法が封じ込まれた巻物のような物で、本当に丸ごと魔法が入っているので発動させれば魔力を消費せずに魔法が扱えるという便利な道具だ。

 ただし使い捨てなのと、入っている魔法の威力がそのスクロールを作った術者依存なので性能がピンキリなのに対して割合高額なのは如何ともしがたい。

 

 

「一つ幾らだ」

 

「五十万エリスになります。今ならなんと!五個セットで百万エリスのお得価格!お一ついかがか?」

 

 

 高っ。紙切れ一枚が五十万とか小切手かなんかかよ。

 

 

「………支払いは後ほどでお願いしたい」

 

「お買い上げありがとうございます!今後ともご贔屓下さいお客様!

 ……さて、貴様の話だったな……ふむ」

 

 

 商談が成立すると目を光らせてバニルが俺を見てくる。今まさに見通す力を使ってるってところか。

 

 ……んん?でも、俺ははっきり見通せないとか言ってなかったかこいつ。

 

 

「それも王都で言ったはずだぞ。貴様の場合は現在から未来にかけては見通せんが過去は別だとな。

 ……一つ聞こうか。貴様の母親の容姿は赤髪赤目、間違い無いな?」

 

「あ?なんだ急に」

 

 

 目を光らせたまま聞いてくるバニル。

 そうだけどさ。俺の赤い髪はお袋譲りだ。

 

 

「では貴様のその黒い瞳は誰譲りだ」

 

「………?」

 

 

 いや、そりゃ普通に考えたら親父だろ。

 

 

「本当にそうか?貴様の父は茶色の瞳をしていたようだがな」

 

「何が言いたいんだお前は」

 

 

 親父が茶色だろうとそういうこともあるんだろうよ。なんだよ、遺伝じゃないとでも言いたいのか?

 

 

「……まあそれはいい。さて小僧、貴様は別の世界の魂がこの世界で生まれるはずだった胎児に宿った存在である。そう思っているな?」

 

「そんなことまで分かるのか」

 

 

 最強じゃないですか、ヤダー。

 

 と、バニルがなぜか首を振る。

 ………違うってのか?

 

 女神であるエリスが言ったことだから無条件に信じてたけど、あいつも意外と抜けてるところがあるからなあ。

 

 

「ああ、違うな。女神の言うことなどアテにはならないといういい証拠ではないか。

 正確には貴様は知識だけが胎児に宿った存在なのだ。つまり、貴様の魂はこの世界で産まれる筈だった胎児そのものであり、向こうの世界の『貴様』とも言うべき存在と貴様はあくまで別人。貴様の知識に経験というか、記憶が不足しているのはそのためだろうな。

 ………今の貴様から読み取れるのはこんな所か」

 

「はあ?俺の質問に答えてねえだろうが」

 

 

 俺が何にどう寄りやすいとか全然明らかになってねえじゃんよ。

 

 

「喧しいわ。我輩にも確証が持てないことだってある。

 ただ、感覚的な話になるが貴様の気配……考え方などはどうも我々悪魔に近しい物を感じるのだ。あくまで人間の範疇ではあるがな」

 

「……悪魔だけに、あくまで?」

 

「下らん事を抜かすな!……さあ、もう良いだろう。我輩の邪魔をするでない」

 

 

 手の動きだけで追い払われてしまった。俺としては金を払った以上その分は答えて欲しかったのだが、こいつにもわからないってんじゃ仕方ない。

 

 言われるがままに奥から店内に戻ろうとした時、ふと思い付いたこともついでに聞いてみることにした。

 

 

「……なあ、もう一つサービスで教えてくれたりしないか?」

 

「ほう?聞くだけは聞いてやる。答えるのは我輩の自由だがな」

 

「魔王軍や悪魔と戦う度に、俺には赤黒い影が見えるんだよ。アレが何か分からないか?それ以外の時には出てこないんだけど」

 

 

 特に知ったところでどうこうなる話ではないが、正体不明の物が見えるってのは案外不安になるもんだ。

 こいつならもしかして、と思った俺に返ってきたのは期待外れというか、肩透かしを食らったような答えだった。

 

 

「ふむ?そんな物は我輩には見えんがな。貴様の幻覚ではないのか?」

 

 

 ……そう言われたら俺には否定する材料が無いな。友達が居ないのが寂しくて作っちゃったエアフレンズ。わお、悲しくて涙がちょちょ切れるぜ。

 

 

「いや、悪かったな。結局よく分からんままだけど、まあ後はなるようになるさ」

 

「待て小僧。その影とやらは見るたびに近づいてはいないか?」

 

「…………?」

 

 

 近づいているかと聞かれたら、そりゃ近くはなっているさ。何せ俺が『アイツ』を追いかけているんだから。

 

 

「それがどうかしたのか?」

 

 

 なぜそんな事を気にするのか分からずに聞き返してもバニルは言い澱むだけだった。

 

「いや………、後は貴様の言う通りなるようになるだろう。とにかくさっさとあの光り物と小僧二号を連れて帰れ。

 我輩はここに何故か増えているガラクタについてあのポンコツ店主に話がある。

 それともこの中から何か買っていくか?そうであれば大歓迎である」

 

 

 まーた錬成したのか、壊れるなぁ……。等価交換の法則はどこへ行ったのだろう。

 そしてまだ俺から毟るつもりかよ。スクロール買って素寒貧だよ。これ以上はポーションだって買えやしない。ポーションの補充はまた今度だな。

 

 

「……案外その影が『貴様』なのかもしれんな」

 

「あ?今何か言ったか?」

 

 

 店の奥から出ようとした俺にボソリと何かが聞こえる。

 

 俺に発した言葉というより独り言みたいな感じだな。現にバニルは聞き返した俺を無視し、ガラクタを箱にしまう作業を続けている。

 

 ……まあいいか。言う必要がある事ならそのうち改めて言ってくるだろ。

 

 

 

 

 

 



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47話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 バニルと別れた俺が店の奥から店内に戻ると、何やら知らないおっさん二人が透けているウィズと会話していた。

 

 ……うん、ウィズが透けてる。なんでこんな消え入りそうになってんだこいつ。会話してるおっさん達も不思議に思わないんだろうか。

 

 カズマと、いつの間に起きたらしいアクアもいるにはいるが、カズマの方はウィズに対して申し訳なさそうな顔をしている。アクアはいつも通りだが。何かあったのだろうか。

 

 

「いや、それがお前が奥に引っ込んだ後、もう一つウィズにスキルを教えてもらうことになってさ、それも相手がいないと使えないって言うからアクアを起こして使ってもらおうとしたんだよ。

 そしたらこのバカがウィズのスキルに抵抗しやがって、ウィズが何とか成功させようとずっと触ってたら、こいつの神聖な気とやらに当てられちゃったんだと。で、あんな感じに」

 

「だってしょうがないじゃない!リッチーのスキルにかかるなんて女神の沽券に関わることだわ!

 それに私の発する神聖で清浄なオーラは抑えられるものじゃないの!」

 

「バッ、お前……⁉︎」

 

「「……リッチー?女神?」」

 

 

 カズマが慌ててアホの口を塞ぐが少々遅かった。

 

 ウィズと話していたおっさんらが訝しげにウィズとアクアを交互に見始める。ウィズは汗をダラダラ流して震えているな。いや、誤魔化すなり何なり出来るだろ。

 

 テンパって挙動不審になるウィズ。……仕方ないな。

 

 

「カズマ、アクアの冒険者カードを貸してくれ」

 

「?あ、おう」

 

「ちょっと、私の大切なカードに何すんのーーー」

 

「『スティール』。ほい、ゼロ」

 

 

 泣きながらカズマに摑みかかるアクアを無視してカードを受け取り、おっさん二人にアクアの極めて低い知力の項目を見せる。ついでにこめかみを人差し指で指してクルクル回すのも忘れない。

 

 

「「ああ、なるほど……」」

 

 

 どうやら納得してもらえたようだ。

 

 カズマに頰を引っ張られて大泣きするアクアを可哀想な目で見て頷いてくれた。

 

 

「それではウィズさん、よろしくお願いします」

 

 

 二人がウィズに頭を下げて出て行く。何か頼み事をされていたような雰囲気だったが?

 

 

「あ、はい。実はーーー」

 

 

 ウィズによるとさっきの二人はとある屋敷の持ち主で、その屋敷に最近幽霊が頻出するようになってしまった為に凄腕のアークウィザードであるウィズに浄霊を依頼しに来たのだとか。

 俺も門外漢だけど頼む相手間違えてない?幽霊ならウィザードよりプリーストってのは常識である。ウィズがそれ関係に強いのはリッチーだからだろうに。

 

 

「なあ、それ、俺達がやろうか?」

 

 

 カズマが唐突にそんな事を言い出した。

 

 

「大丈夫か、お前!熱でもあるのか⁉︎ウィズ悪い、ポーションを飲ませてやってくれないか!代金はもちろんこいつ持ちで!」

 

「どういう意味だよ‼︎」

 

「カズマ、どうしちゃったの?そんな他人のためになるような事を言い出すなんてカズマらしくないわよ。

 ………『ヒール』」

 

「おいやめろ、頭に回復魔法かけるな。お前の魔法で頭が悪くなったらどうするんだよ。

 大体、こんな消えそうなウィズを見て原因であるお前は何とも思わないの?」

 

 

 要するに罪悪感というか、ペットの不始末の責任を取る飼い主の心境のようだ。良かった、カズマが良い奴になったら世界の法則が乱れるところだった。

 

 内心で失礼なことを思い浮かべていると、アクアに消されかけた凄腕アークウィザードが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

「えっと、それではお願いしてもよろしいでしょうか?霊たちも私なんかより女神であるアクア様の方が安心できるでしょうし……。

 先ほどの方には私から伝えておきますが、今日はその屋敷に泊まり込んで、ということになると思います」

 

 

 どうやら話は自然に纏まりそうだ。

 

 俺の心配はアクアが嫌がって駄々をこねることだったが、大きな屋敷に泊まれて自分の得意な浄霊が出来るからか、満更でもない様子だ。

 

 敵さんが幽霊じゃ俺がいても何も出来ないし今日はここら辺で別れるのが良いだろう。

 

 

「じゃあカズマ、俺は帰るぞ。自分で引き受けたことは投げ出すなよ」

 

「分かってるよ。……ほら、行くぞアクア。めぐみんとダクネスにもこの事を言わないといけないし、泊まる準備もしないといけないからな」

 

「あ、待って。ゼロもバイバイ」

 

 

 俺と一緒に店を出る二人。手を振るアクアにこちらも手を振り返して宿へ歩き出す。

 

 アクアのああいうところは俺はわりと嫌いじゃない。子供とかの仕草は見ていてほっこりするからな。

 それをしているのがあの図体の年齢不詳で、極め付けに女神ってのはこの際置いておいて。

 

 

 

 ※

 

 

 翌日。

 

 よく考えたら昨日はカズマから報酬を貰っていなかったため、バニルからボられた分の持ち金を補充できていなかった事に気づいた俺は、今日こそは、と難易度が高めのクエストを受けようと掲示板を見てーーー。

 

 

「あ!ゼロさん!今日も稽古つけてもらって良いですか良いですよね、お願いします!」

 

 

 横から出てきたイケメンをノータイムでぶん殴ってやった。

 

 

「痛い⁉︎な、何するんです⁉︎……あ、もしかしてもう始まってるって事ですか!

 さすがはゼロさんですね……!「常に気を引き締めていろ」。こんな気持ちが痛いほど伝わって来ます!

 ……というか本当に痛い……」

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 込めてもいない思いを勝手に汲み取られても困惑するだけだ。一体お前には何が見えているというのだ。

 

 俺に殴られた頰を押さえながら立ち上がる男。

 青っぽい鎧を身に付け、本日も勇者然とした装いのミツルギは俺の反射的に突き出した拳にすら何かを感じ取れたらしい。

 凄い感性ですね?危ないモノでもやってるんじゃないですかぁ?(煽り)

 

 

「………なあミツルギよ、俺とお前が知り合ってどのくらいになる?」

 

「やだなゼロさん、忘れちゃったんですか?二ヶ月と半分になりますよ」

 

「……その間、お前が俺のところに来た回数も言ってみろ」

 

「今回で二十二回目ですね!」

 

 

 もう一回ぶん殴った。今度はさっきとは逆側の頰だ。

 

 そう、こいつはボコボコにしてやったあの日からあろうことか三日から四日おきに俺の元を訪れるようになってしまったのだ。

 絶対におかしいと思う。普通あんな別れ方をしたら、何ヶ月、あるいは何年と修行を重ねて自分が満足いくまで強くなった後に、「僕ともう一度闘ってください、今度は負けません!」的なことを言って再戦するものじゃないのか?少年漫画な王道展開だと。

 

 当然ながらこいつに関わっている間はクエストを連続で受ける事も出来ないし、金が減る一方だ。

 最初はそれこそ元気があって大変よろしいとプラス思考で相手をしてやっていたが、俺にも我慢の限界というものがある。

 俺に負けたくせに何回も登場して恥ずかしくないんですか?出てくるならせめてハロウィンにチェイテ城という限定的な時と場所にしてもらわないと。

 

 

「ゼロさんがいつでも稽古してくれるって言ったんじゃないですか!」

 

「俺はお前がこんなに図々しいとは思いもよらなかったんだよ!

 俺を超えたいだの何だの偉っらそうな口聞いといてなんだその体たらくは⁉︎恥を知れ!」

 

 

 こいつ本当に俺の迷惑とかを考えないらしい。そういうところを直せと言ったのにちっとも直りゃしねえ。

 学習出来ない人間は霊長類辞めろ。猿の方がまだマシだぞクソッタレが。

 

 

「えっ、僕って迷惑だったんですか?」

 

「今まさに迷惑してるところだよ!」

 

 

 気付いてもいなかった。鈍感にも程があるだろ。そんなだから取り巻き二人の好意にも気付かないんだよ。

 

 難聴かつ鈍感な主人公。俺は嫌いじゃないがそれは創作物の中の話であって現実で存在が許されるかどうかはまた別なのである。

 

 

「とにかく、今日は無理だ。俺にも生活ってもんがあらぁな。

 特に最近は金が入って来ないわりに減るのが早すぎるんだよ。一文の得にもならんお前の相手はしてられんから日を改めてくれないか」

 

 

 こんだけ分かりやすく言ってやったんだ、さすがにそろそろ遠慮という物を覚えてもらわないと俺が困るしーー

 

 

「………?お金がなら僕が払いますよ?僕もタダで訓練してもらってると罪悪感くらいは感じますから」

 

「さて、今日はどこへ行く?何をどう伸ばしたい?時間は有限だ、適当なクエストを受けてさっさと行くぞ」

 

 

 金を戴けるとなれば話は別である。

 

 手のひらクルックルだ。まあ俺の手首はドリルで出来てるからね。

 俺のドリルは天を創る……あ、ダメだ。このセリフは熱過ぎるわ。こんなところじゃ使えん。これは来るべきアンチスパイラルとの決戦用にしておこう。

 

 

「というかゼロさんの実力でお金に困ってるってどういう事ですか。

 僕が知る限りでも相当な数のクエストこなしてますよね。何に使ってるんですか?」

 

 

 何に使ってるのか、と聞かれたら大半はウィズの店に消えているわけで。その金をウィズが有効利用してくれるならまだしも仕入れるのはゴミやガラクタの山である。

 つまりその質問に対しては『金をドブに捨てる』の表現が最も正確だと思われる。……あれ、なんだろう、目から汗が。

 

 

「そ、そんなことはどうでも良いんだよ。それより何か受けたいクエストとかはあるか?」

 

「いえ、ゼロさんに任せます。あ、お金はこのくらいで良いですか?」

 

 

 そう言ってミツルギが取り出すのはずっしり重そうな袋。百万は入っていそうだ。マジかよ、百万エリスPON☆とくれたぜ。

 ……なんでこんな大金をパッと払えるのだろう。そんなに稼いでいるのか。

 

 

「僕くらいになるとこれが普通ですよ。だからゼロさんがおかしいんですって。レベルがこんなに高いのに金欠の人なんてゼロさんしか知りませんよ」

 

「………………」

 

 

 また流れそうな涙をぐっと堪える。

 

 泣いて良いのは……、トイレか……パパの胸の中だけだもん……!

 

 あ、俺親父居なかったわ。普通にトイレ行ってくる。

 

 

 

 



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48話



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 ※

 

 

 俺が受けたクエストは『牧場に出没した白狼の群れの討伐』。

 ついでにクエストの場所が近かった『畑に出た冬眠から覚めた一撃熊の討伐』もミツルギに受けさせる。

 

 どちらも報酬が良く、ミツルギの訓練にも良さそうだったので二人で別々のクエストを受けて一緒に行く事にしたのだ。場所が遠ければこんな事は出来なかったが。

 アクセルにより近い牧場に向かう途中でいつもの取り巻きがいないことについて聞いてみた。

 

 

「そういえばお前のパーティー、フィオとクレメア、だったか?最初はお前に付いてきてたのに最近は見ないよな。

 パーティー解散でもしたか?やっと金魚の糞が取れてスッキリしただろ」

 

「違いますよ。あと、二人をそういう風に言うのはやめて下さい。いくらゼロさんでも怒りますよ」

 

「……いや、今のは悪かった。つい口が滑ってな、もう言わん」

 

 

 ミツルギに付いてきてはこいつが望んだ稽古に対して二人がかりで俺に文句を言ってくるもんだからついマイナスの感情が先に出てしまった。

 

 やれ「キョウヤを傷つけるな」だとか、「訴えて牢屋に入れてやる」だとか鬱陶しいことこの上ない。

 あいつらはこいつに過保護過ぎるんだよ。モンスターペアレントを相手にしている教師はきっとこんな気持ちなんだろう。

 

 もっとこいつを信じてやることが出来ないのかね。こいつは首が据わってない赤ん坊でもなければ介護が必要なご老体でも無い。自分で決めた事は自分で責任ぐらい取れるだろう。それでゴネるこいつではない事はあいつらも知ってるだろうに。

 心配するのは仕方ない。好意を持つ相手を心配するのは当然の事だ。だがそれが行き過ぎてはただの過保護になってしまう。

 あんな態度を取ったらミツルギが弱いみたいではないか。決してそんな事は無いのに。あれでは一生懸命努力しているミツルギに失礼だ。俺にもね。

 もし問題が起こってしまった時は俺を牢屋にでも何でも入れりゃ良いが、それまでは信じて待つってのも良い女の条件……なんて偉そうに言えるほど女を知ってる訳でもない俺である。

 今現在俺の周囲に女性として認識できる奴なんざクリスくらいしかいねえしな。

 

 

「ゼロさんのそういう、他人の自尊心を思い遣る考え方って僕は結構好きですよ。

 あの二人は最近僕に内緒で自分の得意な事を鍛えているみたいなんです。良かったらゼロさんも見てあげてくれませんか?」

 

「やっぱりホモじゃないか!(ドン引き)」

 

 

 いやいや、好きとか言われても困るし。気持ち悪いだけだわ。やばい、最近こいつに構い過ぎたかもしれない。

 どうりで俺を見る目が怪しいと思った、懐かれるのは悪い気しないがそっちに一歩でも進んだ瞬間にアウツ。

 お前との師弟関係も友人関係も破綻することになるから覚えておけよ。

 

 

「何でそうなるんですか⁉︎僕はホモじゃない!ゼロさんを見てるのは何か盗める物がないかと思ってですね!

 それに僕が好きな人はこの間言ったでしょう⁉︎」

 

 

 その赤面も気持ち悪いからやめてくれないかしら。いや、今の流れ作った俺が百パー悪いんだけどさ。

 

 それに好きな人と言うが、アクアを恋愛対象に見るのは絶対やめておいた方が良いと思う。

 あいつの関係的なパラメータは多分『友達』か『知り合い』か『その他大勢』の三択しかない。

 そしてお前がそのどれに属しているかは言うまでもなく分かるだろ?

 

 

「……ええ、まあ。以前サトウカズマに謝りに行った時も覚えてすらもらえてませんでしたし、まだまだ先は長そうです……」

 

「……マジでか」

 

 

 まさかの『その他大勢』だと?いやアクアよ、流石に『知り合い』くらいにはカウントしといてやれよ。実際に何度も会って会話もしてんのに他人扱いとか心折れるわ。

 

 その時の事を思い出したのか、気持ち落ち込んだ表情のミツルギ。

 

 こんな傷心の若者に冷たく当たれるほど鬼でも無い俺はもう少しだけミツルギに優しくしてやることにした。

 

 俺に当てはめてみるとエリスに「誰ですかあなた」と言われる感じだろうか。

 ………正直もう立ち上がれる気がしない。

 

 それでも立ち上がり、諦めないこいつは俺よりもメンタルが強いのかもしれない。そこだけは評価に値する。俺も応援くらいはしてやるさ。協力は、アクアの気持ちもあるし約束できんがな。

 

 

 

 

 ※

 

 

 白狼とは読んで字のごとく白い狼だ。冬眠はしないので年中姿が見られるが、普段は森の奥の獲物しか捕食しない。そのために人里には下りて来ず、クエストも発令はされない。別に迷惑かけてるわけじゃないからね。

 しかし冬場は別だ。森の生物が軒並み冬眠してしまうせいでそれこそ牧場にいる家畜くらいしか獲物がいなくなってしまう。そうなるとさすがに牧場主もクエストを出さざるを得ないのだ。

 

 後から来た人間が先住民を排他するのはどこの世界でも物悲しさを感じてしまうな。

 

 

「さて、牧場主によると白狼の群れが襲来する時間までもうちょいあるみたいだからその間は俺が相手してやるよ。暇だしな」

 

「はい!よろしくお願いします‼︎」

 

 

『魔剣』グラムを引き抜きながら構えるミツルギ。よろしい。挨拶と礼儀がしっかりできる奴は好ましい。

 

 ミツルギのグラムは持ち主が使うと人智を超えた膂力を与え、鉄でも何でも両断出来るようになるという触れ込みの神器だ。……何か俺のデュランダルよりも高性能じゃね?それ。

 俺としては付き合いがもう十八年になるこいつ以外の剣なんてありえないんだけどさ。本当の意味での相棒だな。

 

 そのまま俺が棒立ちになっていると、ミツルギは目を伏せて不満そうにしてしまう。どうした?早くかかってくるがいい下郎。

 

 

「…………やっぱり剣は抜いてくれないんですね」

 

「危ないと感じたら抜く。それ以外で人間に剣を向けるのは相手を殺すのを決めた時だけだ。お前は俺に殺されたいのか?」

 

「うっ……。い、いえ、やっぱり良いです。素手最高ですね」

 

「だろ?」

 

 

 実際、人間相手に剣使うのは躊躇っちまうんだよ。実力がそれなりに伯仲しないと使いたくない。懸命なミツルギには悪いがもう少し強くなったらな。

 

 

「……シッ‼︎」

 

 

 短く声を上げて俺に斬りかかるミツルギ。最初は無手の人間に剣使うのにビビってたくせに随分な進歩ではある。それだけではなくちゃんと以前よりも速くなっているところがこいつの真面目さを表しているね。

 

 横にすっと移動して避ける。ミツルギは空振りはしたが決して俺から目を離してはいない。試しに俺が小さく右に体重をかけると、それに反応して右に動いてしまう。

 あらら、こないだ注意してやったろうに。

 

 そのまま右足を軸に左足で回し蹴り。ミツルギの後頭部に命中して地面に顔面を強打する。すぐさま起き上がるが、目を俺から離していないせいで俺がつま先で抉った土を顔面にモロに食らってしまった。

 目を逸らさないのは立派だけどこの世には見なくて良いもの、見てはいけないものだってあるのだ。

 時には目を瞑り、逃げる事も大事。例えばお前の大好きなアクア様が酔ってゲロってる場面なんかは目を逸らすのが正解なんだぞ。

 

 ミツルギが見えないはずの目で闇雲に剣を振ってくる。

 この当てずっぽうが一番怖いのは多分どの格闘技でも同じなんじゃないかな。どこ狙ってんのか全然分からないし。

 少し後退して力を足に溜める。視力が回復したらしいミツルギは俺を捉えるなり飛びかかろうとするが、足を踏み出す前に俺が右足でダァン!と地面を強く踏む。

飛び出すタイミングを崩す為のフェイントだが、それに釣られてミツルギがまんまとつんのめった。体制を崩すのを見計らっていた俺は一拍おいてから右のアッパーで鎧のど真ん中、腹部を貫いてやる。

 

 

「おぇっ⁉︎ゲホッゲホッ……」

 

「前から言ってんだろうが。相手の一つの動きに気を取られ過ぎだ。もっと全体を見てりゃ重心がどこにあるのかは分かるはずだぞ」

 

 

 膝をついて腹を押さえながら咳き込むミツルギに今日の授業を開始する。これもまあ大体いつもの流れだ。

 

 

「ぼ、僕の戦い方が間違ってるって事ですか…?」

 

「いんや?間違っては無い。使い分けが出来てないって言ってんの」

 

 

 戦場では俯瞰して相手の全体像を見なきゃいけない時もあれば、集中して相手の動きを一つも見逃してはいけない時もある。ようは臨機応変にって事だ。

 俺が見たとこ、こいつは集中しか出来ていない。それは馬鹿正直に突っ込んでくる強敵、モンスターとの一対一の戦闘なら有効な手段だが、俺みたいにフェイントを織り交ぜる相手や多対一の戦いになると途端に弱くなってしまう。もっと俯瞰して、見せかけではなく重心がある部分を見抜く必要があるのだ。

 

 イケメン度も強さもこいつの完全上位互換であるジャティスはそこらへんはしっかりと出来ているぞ。あいつは魔王軍のど真ん中に特攻ぶっ込んでも圧倒的なスペックと経験で蹂躙できるからな。あいつ自身もフェイントやらラフプレーとかも上手いし。

 

 

「お前のそれも悪くは無いけど、例えば魔王軍とかに囲まれた時にどうすんのさ。一人一人に気い取られてたらしょっちゅう動きが止まっちまうだろ。全体を見て、次は誰がどんな攻撃してくんのか、とかは抑えとけよ」

 

「な、なるほど、勉強になります」

 

 

 つってもこれはどんなに口で言っても感覚を覚えるまではそうそう出来ることじゃない。

 

 これを習得するならオークの群れとかに放り込むのが一番手っ取り早いのだが。実際俺もオーク共に囲まれてる時に発見した事だしな。

 これを見つけなかったらと思うと俺は……、うっ⁉︎頭と腹と股間が痛い……⁉︎

 

 

「ゼ、ゼロさん⁉︎どうしたんですか!そんな真っ青になって震えて、何かの病気ですか⁉︎」

 

 

 どうやら少し豚平原(トラウマ)を思い出してしまったようだ。大丈夫、大丈夫……、もう俺は大丈夫……。

 

 

「と、というわけでだな!今から白狼の群れに突っ込んでもらう。その中で今言った『俯瞰』を学び取れれば御の字だ。その後はお前が受けた一撃熊のクエストで『集中』のお勉強だな!

 まあお前はこっちはまあまあ出来てるし、心配はないだろ」

 

「えっ。……まさか、ここまで考えてこのクエストを受けたんですか⁉︎さすがですよ、ゼロさん!」

 

「えっ。あっ、いやまあーうん、そうだよ(便乗)」

 

 

 ごめん、実は受ける時にそこまで考えてたわけじゃないんだよね。

 適当に一番報酬が良いやつ選んだらたまたま条件に合致したってだけで。

 

 

「よ、よし!時間もそろそろだし、ミツルギ、いってみようか‼︎」

 

「はい!ずっと付いていきます‼︎」

 

 

 いやそれはやめてくれ。お前俺を超えるのが目標なんじゃなかったのかよ。それもどうかと思うけどさ。

 

 

 

 

 

 



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49話



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 ※

 

 

 クエストを無事に完遂してアクセルに帰って来た俺とミツルギ。ギルドへと向かう途中でミツルギがこんな事を聞いてきた。

 

 

「ゼロさんは強いのにどうしてアクセルにいるんですか?王都に行けばもっと活躍の場もあるでしょうし、何より報酬も良いクエストがたくさんありますよ?」

 

 

「ああ?別に俺は報酬の為に冒険者やってる訳じゃ……つーかそっくりそのまま返してやるよ。お前は何でアクセルにいるんだ?」

 

「え?僕ですか、僕はゼロさんがいるのと、後は、アクア様がいるからっていうのが大きいですね」

 

 

 だいたい予想どおりの回答だな。俺も似たようなもんだとだけ言っておこうか。

 

 

「ええ⁉︎ま、まさかゼロさんもアク」

 

「チーガーイーマースー‼︎」

 

 

 俺があの治療機械兼宴会芸装置にそういう感情を持っているかのように誤解するのはやめてもらおうか。

 そんな不名誉はお前に押し付けてやる。さあ喜ぶが良い。さあ、さあ。

 

「何でそんな酷いこと言うんですか‼︎」

 

「それはね、俺が酷い奴だからだよ(マジレス)」

 

「……何かクエストに行く前よりテンション高いですね?」

 

 

 そりゃそうだろう。男のお守りから解放されて、さらにこいつからの報酬と受けたクエストの報酬を折半することによって相当な額の金が舞い込んで来たのだ。これで浮かれるなという方が無理な相談である。

 まあ一番は帰ったら可愛い嫁がいるからなんだけどな!

 

 

「あれ、ゼロさん結婚してたんですか?僕とさほど歳は変わらないのに」

 

「いやいや、結婚はしてない出来てない」

 

「えっ?」

 

 

 色々と複雑なのである。

 

 

「一緒には住んでるんだけどそう言うのは一切してないし、相手は全くその気無さそうだからな」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。一緒に住んでるって言いましたか?」

 

 

 何驚いてんのこいつ。お前だって帰ったらあの二人と寝てるんだろ?

 

 

「ね、寝てるって………。ゼロさん下品な所がありますよね」

 

「そっちじゃねえよタコ、流れから意図を汲み取れ。同じ部屋で生活してんだろって言ってんの」

 

「あ、ああ……。いえ、普通に二人とは違う部屋を借りてますよ」

 

「はあ?そんなことして金は大丈夫なのかよ」

 

「だから、ゼロさんは何でそんなにお金の心配するんですか」

 

 

 どうやらそんな贅沢をしても全く堪えないらしい。

 

 俺は今の生活に満足してるから平気だが、カズマが聞いたら激怒しそうな話だ。あいつよく夜に処理するのがツラいとか自分の部屋が欲しいとか言ってたし。

 

 俺?俺は確かに処理すらして無いが今のところクリス見ると反応しかけるだけで特にモーマンタイ。

 ………冷静に考えると見ただけで反応するってヤバない?

 

 

「処理とか反応とか、あまり人前でそういう話はしない方がいいと思いますよ。ゼロさんが常識外れなのは知っていますけど」

 

「常識外れなんてのは踏み外せない奴等の体のいい言い訳なんだよ」

 

 

 逆にお前はどうなんだと聞きたいね。個室を持ってるならさぞ楽ちんだろう。

 

 アホな会話をミツルギと続けていると、噂をすれば何とやら。件の冒険者、サトウカズマさんがいらっしゃるではないですか。

 昨日の悪霊についても気にはなってたし、声をかけてみる事にする。

 

 なぜか路地の角に蹲っているカズマに意図して足音を消しながら近寄る。どうやら他にも二人いるようだ……んん?

 

 

「あれ?お前ら知り合いだったのか?」

 

「どうわっ⁉︎って何だゼロか。驚かすなよ……」

 

 

 悪いな。癖になってんだ、足音消して歩くの。

 

 カズマと一緒にいたのはダストとキースだった。接点なんか無さそうなもんだがこいつらは一体いつどこで知り合ったのだろう。

 

 

「あっ、お前どこ行ってたんだよ!俺とキースと例の店に行く約束してだろうが!今日ギルドに行ったらいなかったからカズマ誘って三人で行くところだったぞ!」

 

「つーかお前らも知り合いだったのか?当たり前っちゃ当たり前だけどアクセルって狭いな……」

 

 

 ダストがぶちぶちと文句言ってくる。確かに約束はした。したけどさ、お前さん日時も場所も指定せんかったやないかい。

 お前らは冬だから酒場に入り浸ってるかもしれんが俺はお前らがサボってる分クエストを受けまくってるのだ。

 危険なクエストしか無いってんなら俺を雇えば良いだけだろ、働け屑供。

 

 

「チッ、うるっせぇなぁ。お前はこっち側だって期待した俺がバカだったよ!」

 

「ゼロはこういうとこ真面目だからなあ」

 

「働きたく無いでござる!絶対に働きたく無いでござる‼︎」

 

 

 こっち側でもどっち側でも良いけど勝手に期待して勝手に貶すのはやめてもらいたい。

 拙者だって働きたく無いときはある。仲間外れは良くないぞ。

 

 

「あ、お前そういうの気にするんだ?」

 

「いや、男友達からハブられたら寂しいだろ」

 

 

 故郷の村にいた時は気にもしなかったけど友達ができると気になる。これが『友達を作ると人間強度が下がる』ってことか。名言だね。

 

 

「あの。ゼロさん、サトウカズマ。そちらの二人は?」

 

「げっ、マツルギもいるのかよ」

 

「僕の名前はミツルギだ!……この会話もう何度目だい?いい加減覚えてくれないか?」

 

「お前らケンカすんな。こっちがダスト、こっちがキース。こいつはミツルギだ」

 

 

 共通の知り合いである俺が紹介してやると、ダスト、キース、カズマのクズ三人衆はヒソヒソと話し合った後、頷きながら俺達を輪に加える。

 

 

「ゼロにはもう話したかもしれねえけど、ここから先は女どもには秘密だ。連れに女がいるやつは気を付けろよ」

 

 

 この場の全員いるんだよなぁ。俺にいつそんな話したって?聞いてませんけども。

 

 ダストの確認にカズマとキースが頷く。俺も一応頷いておいた。ミツルギも状況がわからないなりに俺に倣う。

 

 

「……よし。いいか?このアクセルの街には妙に高レベル冒険者が多い。その理由があそこの喫茶店にあるんだ」

 

 

 ダストが指差す先には小ぢんまりした喫茶店。見た目は特に変わった様子もなく、いたって普通の店だ。

 

 冒険者はレベルが30を超えると一般的に高レベルに属される。そこまで行くとそいつらの主な活躍の場は王都などの大きい都市になることがほとんどだ。王都の友人のディランなどもレベル31と中々のレベルをしている。

 しかしながら、ダストの言う通り確かにアクセルには高レベル冒険者が多い。俺やミツルギはともかく、30を超える奴等が俺の知る限りでも七、八人はいる。

 その事についてはずっと不思議に思っていたのだが、どうもあの店にその要因があるらしい。

 

 見た感じは本当にただの喫茶店にしか見えないんだがねえ。

 

 

 

「ふふん。実はな、あの店はサキュバスが経営してて、表向きはただの喫茶店。しかしその実態は夜な夜な男に良い夢を見せてくれる楽園のような場所!なんだってよ。

 俺も他の冒険者に教えてもらってな。独り占めしても良かったんだが、こうしてお前らとも秘密を共有してやろうって訳だ。有り難く思いやがれ野郎供!」

 

「「ありがとうございます!ありがとうございます!」」

 

 

 クズ供はなんか興奮しているが俺とミツルギはポカーンである。

 

 うん。………うん?だから何?という感じだ。

 

 

「というかサキュバスだって?悪魔じゃないか!あなた方、そんな怪しげな店に行こうなんて恥ずかしくないんですか!

 もう行きましょう、ゼロさん。こんな人達に関わったらダメになりますよ」

 

 

 俺を連れて帰ろうとするミツルギだが、その物言いは良くねえな。こいつはまた………。

 

 

「待て待て。ミツルギ、その言い方は酷いぞ。お前が正しいと思ってることが全員に対して正しいとは限らないから。自分の考えは他人に押し付けんなって初対面の時に言っただろ。

 もうちょっとこいつらに付き合ってやろうじゃねえか」

 

「む、ゼロさんがそう言うなら仕方ありませんね」

 

「へっ、そっちのいけ好かねえイケメンとは違ってこっちのイケメンはクズ寄りだからな。

 さすが、ゼロは違うぜ。初めて会った時から俺と同じ匂いがするって思ってたんだよ」

 

 

 我が意を得たりとばかりに俺を仲間に引き入れようとするダスト。俺はニヤリと笑い、頷きながら立ち上がりーー

 

 

「帰るか、ミツルギ」

 

「「「あれっ⁉︎」」」

 

 

 三つのゴミ袋が驚いた声を出すが、当然だろう。

 いくら温厚な俺でもそんな暴言吐かれちゃムカ着火ファイアーよ。お前らみたいなクズと同等に扱われちゃあおしまいだ。俺は帰らせてもらう。

 

 

「テメエの方がよっぽど酷でえじゃねえか‼︎」

 

「クソが!こうなったら無理矢理お前らも巻き込んでやらあ!」

 

「ほら行くぞ!キリキリ歩けオラァ‼︎」

 

 

 マズイですよ先輩‼︎

 

 なんかクズ三人衆に拉致られてしまった。まあこの流れもわりかし面白いからされるがままになってやる。ミツルギにもアイコンタクトで店の内装くらいは見て行こうか的な事を送っておいた。

 

 なんだかんだ言っても俺もあの店がどんな事をしているのか、良い夢とはどんな夢なのか、ってのも気になるしな。

 

 かくして、急遽組まれた三人+二人のウホッ☆男だらけのむさ苦しいパーティーは魔窟の扉を開くのであった。

 

 

 

 

 



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50話



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 ※

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

「あ、ど、どうも………」

 

 

 店に入った俺達を迎えたのは豊満な身体つきの美女だった。

 見回してみると、男、男、男。テーブルに座っているのは男しかいない。その全員が何かの紙に記入をしているようだ。表向きは喫茶店とか言ってたが、何かを飲んだり食べたりする奴はいない。

 

 

「お客様、こちらのお店に来た事はありますか?」

 

 

 俺を含めた全員が首を横に振る。

 

 

「では、ここがどんな店で私達が何者かは知っていますか?」

 

 

 今度はカズマ達はコクンと頷いたが、俺とミツルギはサキュバスが経営する良い夢を見せてくれる、とは聞いたものの具体的に何をどうしてどんな夢が見られるかは聞いていなかった。

 

 しょうがないので手を挙げて説明を求める。

 

 

「……あー、すみませんお姉さん。俺とこいつはお姉さん達がサキュバスだってのは知ってますけど、ここが何をする店なのかっていうのは詳しく知らないんですよ。申し訳ないですが説明していただいても大丈夫ですかね」

 

「あれ?ゼロさんって敬語使えたんですか?」

 

「言うねえ。大体初対面の時はお前にだって使ってたんだぜ?お前はそれどころじゃなかったみたいだが」

 

「………あの、その節はとんだ無礼を……」

 

「うふふ、とても仲がおよろしいんですね?それでは、知らないという方がお見えになるので簡単に説明させていただきます」

 

 

 そんなコントにも呆れずに微笑を湛えながらゆっくりと分かりやすく解説を始めてくれるサキュバス。やはり悪魔にも話がわかる奴はいるのだ。会話はいい文明。破壊しない。

 

 サキュバスによると、彼女達は男の性欲……精気を吸って生きる。なので、人間の男という存在が絶対不可欠なのだが、そこで注目したのが冒険者という存在だ。

 冒険者というのは基本的に馬小屋で寝泊まりをしている。それも仲間と一緒にだ。俺やミツルギは冒険者の中ではかなり特殊な例なのだ。

 そして当然ながら他人がいるところでは下の事情を処理するのは憚られる。故に、サキュバス達が僅かなお金を貰って寝てる間にコッソリ枕元に立ち、冒険者が望む良い夢を見せてスッキリさせてくれるという訳だ。

 

 彼女達は精気を苦労なく吸える。もちろん手加減して、影響は俗に言う賢者タイムになる程度に抑えてくれるので、俺たちは処理をしなくても済むというなんとも一石二鳥というか、誰も損はしない良い関係だ。

 

 その話を聞くと俺も利用したい気持ちになるが、ある一点、気になることがある。

 

 

「すみません、枕元に立つって言いました?もしかして俺のところに来るって事ですか?」

 

「はい。今からお渡しする紙に住所を書く欄がありますので、そこに記入いただいた場所へ直接行かせていただきます」

 

「……その、直接来ずに夢を見ることって……」

 

「申し訳ありませんがそれはちょっと難しいですね……」

 

 

 なるほど。それは出来ないらしい。それなら俺の答えは簡単だ。

 

 俺は立ち上がりながらカズマ達に告げる。

 

 

「悪い、俺はもう帰るわ」

 

「は?お、おい?急にどうしたんだよ。まだ説明聞いただけじゃないか」

 

「直接来るってんなら俺は無理だ。俺の宿にはクリスがいる」

 

「なんだ、そのくらい。俺らのところにもリーンがーー」

 

「お前らはあいつのあの姿を見てないからそんなことが言えるんだよ」

 

 

 以前クリスと外出している時に下級の悪魔に出くわした事があるが、その時のクリスといったらもうさ………。

 

 

「な、なんでそんなに焦ってんだよ。クリスがどうかしたのか?」

 

「どうかしたか?はん、そんじゃその時の再現をちょっとしてやる」

 

 

 女神と悪魔の相性が良いはずが無いのは知っているが、あそこまでとは思わなかったからな。はっきりしっかり覚えている。

 

 連れ立ってきたメンバーの視線を受けながら俯き。

 

 

「………ころす、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すゥゥ‼︎ア■■■スゥゥゥァァァッッッ‼︎」

 

 

 唐突にそう叫んだ。

 

 俺の急な豹変をとんでもなくビビった目で見る面子を見回して満足する。

 

 

「………悪魔を前にしたクリスは大体こんな感じになります」

 

「「「なんで⁉︎」」」

 

 

 なぜか話を聞いていた周りの冒険者まで俺に突っ込む。

 皆さんすんません大声出して………ってかおいおい、よく見たら周りにいるの知ってる奴ばっかりじゃねえか。この街の冒険者はクエストにも出ずに大丈夫なのかよ。

 

 

「いやすまん、大袈裟に言い過ぎたかも。

 ……理由は言えんが、とにかくクリスに悪魔はマジでヤバいんだよ。という訳で俺は先に帰るわ。あ、お姉さんすみません。感じ悪いかもしれませんがこれについては如何ともし難くて……」

 

 

 俺が謝ると、気にした風もなく手を振ってくれる。すげえな、悪魔ってよりも天使じゃね?

 もう完全に帰る雰囲気の俺を、だがカズマは引き留めようとしてくる。

 

 

「待てよ、おい、良いのか?これを逃したらお前……!」

 

「つーかお前だって他人事じゃねえんだぞ」

 

 

 お前とアクアは一緒に寝てるんだろ?女神の前に悪魔来させるとか正気かよ。遠回しにここのお姉さん達に『闇の炎に抱かれて消えよ』って言ってるようなもんだろ。

 

 

「あ、それなら俺は大丈夫だ、もう自分の部屋を持ってるんだよ。ほら、昨日の屋敷の件があるだろ?」

 

「屋敷?ああ、幽霊屋敷か」

 

 

 カズマ達が依頼を引き受けた屋敷だが、どうやら悪霊のせいで評判が落ちてしまっているらしく、解決したお礼に評判が回復するまで住んでいいという話になったそうだ。

 

 

「へえ、さすがは幸運が高いだけはあるな。そんな上手い話ないぞ?良かったじゃないか」

 

「お、おう……そうだな……。……元はと言えばアクアのせいだなんて言えない……」

 

 

 カズマが胸を押さえて苦しそうにしてしまった。なんだ、またぞろ何かしでかしたのだろうか。

 

 

「まあとにかく俺は行くぞ。じゃあな」

 

「あ、待ってくださいよゼロさん。ゼロさんが帰るなら僕も……」

 

 

 俺が店を出ようとすると、ミツルギが俺を追って帰ろうとする。俺としてはどっちでも良かったのだが、唐突にその肩をクズが捕らえる。

 

 

「まあ待てよミツルギ。せっかくなんだからお前は楽しんでいけって」

 

「なっ、何ですか、離してください」

 

 

 ダストがミツルギを強引に席に繋ぎ止めようとしていると、キースが何を思ったかこちらに寄ってきた。

 

 

「おい、ゼロもあいつ引き止めるの手伝えよ」

 

「はあ?なんで?」

 

 

 別にいいじゃないか。こういうサービスを受けるのも受けないのも当人の自由だ。嫌がる奴に無理矢理やらせても楽しめるとは限らないだろう。

 

 

「そんなこたどうでもいいんだよ。………エリートイケメン野郎がこっちの道に足を踏み外すのは見てて面白いだろうが」

 

「………………」

 

 

 くうううううううずうううううううううれたああああああああああああ!

 

 ここまでクズ野郎だともはや感心してしまうな。エリートを自分達と同じ位置まで落とそうとする事に凄まじい執念を燃やすダストは依然としてミツルギを離さない。というか俺を逃がすつもりも無さそうだ。ギラギラ睨んできやがる。

 ……しょうがねえなあ。

 

 俺はおもむろにミツルギに歩み寄り、ポン、と肩を叩く。

 

 

「ゼロさん………‼︎」

 

 

 期待した目で俺を見てくるミツルギ。俺は微笑みながら頷きーー

 

 

「ミツルギ、お前は残っていけ」

 

 

 梯子を外した。

 

 

「えっ……?」

 

「何て声、出してやがる……。ride on‼︎

 ミツルギ、俺だって本当は良い夢を見たいんだ。だけど俺は止むに止まれぬ事情があって断念するんだよ。

 その点お前はそんなことは無いだろ?わざわざ俺に合わせなくっても良いって。見たいものは見たい。お前は自分の欲望に素直に生きて良いんだ。

 それにちゃんとした理由だってあるんだぞ。お前の訓練に関する事だ。

 ほら、お前は真面目過ぎるんだよ。そんなに張り詰めてたらいつかは切れちまう。戦闘には多少の遊びがあった方が色んな物事に対応出来るもんだ。これを機にそういう事も覚えれば強くなれるかもしれない、いや!きっと強くなれる。……俺を信じろ。お前が信じる俺を信じろ。

 それに良く考えろ。夢の中ならお前が望むアクアとイチャイチャ出来るんだぞ?……もう道は決まったな?」

 

 

 我ながらよくもまあスラスラと屁理屈を思い付くもんだ。

 こんな時にだけ頭の回転が速くなる知力一桁の俺に密かに戦慄していると、ミツルギが感激した様子で俺に頭を下げて来た。

 

 

「ゼロさんがそこまで僕の事を考えてくれてるなんて…………‼︎

 ……ありがとうございます。ゼロさんの言う通りです。僕は真面目過ぎると周りに言われて来ました。今までは気にしませんでしたが、ゼロさんがそう言ってくれるなら……」

 

「「「うわあ………」」」

 

 

 ぐぅっ……⁉︎ざ、罪悪感がっ……⁉︎

 

 クズ供にこれ以上絡まれるのが嫌だったという理由でたった一人の弟子を売り、店にいた知り合いだけでなく、初対面のサキュバス達にまで引かれる男の姿がそこにあった。何を隠そう俺ことゼロである。

 

 いや、よく考えなくてもダストとキース、お前らがその態度はおかしいだろ。元はお前らが言い出したことだろうが。

 

 

「あー、ミツルギ。ああは言ったけどお前がどうしても嫌だってんなら一緒に帰っても………」

 

「いえ、せっかくゼロさんが勧めてくれたんですから!これも勉強だと思って体験してーーあ⁉︎どうしたんですかゼロさん!ゼロさん⁉︎」

 

 

 どうしようもなく俺がクソ野郎になった気がして店を飛び出す。すまない、ミツルギ。不甲斐ない師匠を許してくれ。

 せめて良い夢を見てくれ。それが例え一夜限りでも、その思い出は色褪せないのだから……!

 

 

 なんか良さげな台詞を意味も無く思い浮かべながら今度ミツルギに会ったら飯を奢ってやろうと誓った。

 

 

 

 

 

 



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51話



再投稿。



ゼロ:「なあもう無理だって。諦めて今年最後の投稿話で読者さんに一言謝ってさ」

作者:「ウルセェ‼︎てめえ仮にも主人公が簡単に諦めてとか言ってんじゃねえぞ!俺の分身なら当たり前だよなぁ⁉︎」

ゼロ:「んーな事言ったってこのペースじゃよお」

作者:「……そうだ、いい事思い付いた。まず今夜から明日にかけて徹夜するだろ?そんで仕上げた話を一時間に一話、予約投稿使って放出するだろ?」

ゼロ:「ん、おう」

作者:「さらに明日から明後日にかけても徹夜するだろ?そんで同じことすればほおら、ジャストで元に戻るまで持ってける!そして新年明けましておめでとうで投稿する予定だった最新話をブチ上げれば!完璧じゃね?」

ゼロ:「……明日と明後日の仕事は?」

作者:「バカ、出るに決まってんだろ。その為に予約投稿使うんだ。
なあに、作者なんか年越しは毎年三重県に行ってオールナイトフィーバーしてんだから二徹ぐれえ余裕余裕。今年は行けなくて残念だけどなあ」

ゼロ:「俺知ってるぞ。あんた、オールナイトとか言っても耐え切れなくて毎回台に座りながら寝てるだろ。手はちゃんと捻ってるみたいだが」

作者:「……あ、この話題やめやめ。作者がカス野郎だってバレちゃう」

ゼロ:「(もう遅いんだよなぁ……)」






 

 

 

 ※

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー、ご飯出来てるよー」

 

 

自分を慕ってくれる弟子を置き去りにした事はこの際すっぱり忘れる事にした俺が自室のドアを開けながら帰宅を告げると、普段着である『盗賊っぽい服(クリス談)』ではなく、寝る時に着用するような薄いピンク色をしたパジャマみたいな服装をしたクリスが出迎えてくれた。

 もう見慣れた姿だが、実に良い。

 

 クリスは最近は女神として死んだ人間の魂を導く仕事には出ていない。

 というのも、クリスの担当するのは『モンスターによって死んだ人間』であり、冬場はクエストを受ける人間が少ないからだ。そしてその『少ない』に含まれる奴らも俺が全力でサポートすることによって、なんとアクセル始まって以来の犠牲者ゼロを実現している。要するにとても暇なんだとか。

 もちろん分身出来るわけではない俺ではアクセル近辺をカバーするのがやっとだが、そもそもモンスターに殺されるようなヘマをする冒険者は基本的に駆け出しと相場が決まっている。

 冬は魔王軍すらも動きが鈍くなるのでそちらの被害はこの時期は考えなくともいいしな。

 故に、駆け出しの街アクセルで犠牲ゼロになればそれだけでクリスの仕事は激減、俺と一緒にいられる時間が増えるのだ。

 

 それでは、そのとても暇なクリスさんが普段何をして過ごしているかというと。

 

 

「今日はね、ゴミ捨て場にカラスが出るっていうからそれを追い払いに行ったんだよ。ついでにその周辺だけだけど掃除したりね。明日は他の場所に行こうかな」

 

「カラスねえ。目とか突かれないようにしろよ?」

 

「分かってるよ!あたしだって冒険者なんだから、カラスなんかに遅れは取らないっての!」

 

 

 ボランティアなどアクセルに住む人を手伝ったりしている。それだけではなくエリス教の教会や、ギルドの雑用などを引き受けて陰ながらに他の冒険者をサポートしているようだ。

 それでなのか、ギルドにクエストを受けに行くと「クリスのおかげで助かっている」、「今度お礼を言っておいてくれ」などの感謝の言葉が俺に届く。いやー、できた嫁を持つと誇らしいわー。

 

 いつも通りに箸を動かしながら相槌を打っているとーーー

 

 

「あ、それとね、そのゴミ捨て場でバニルさんって人と仲良くなったよ!」

 

「ブバッ⁉︎」

 

「うわっ⁉︎ちょっと、何さ!汚いよ!」

 

 

 口に含んだ食い物を噴き出してしまった。

 

 ちょっと待ってくれ。あれだけ苦労してきて今まで一度も止まったことが無かった俺の心臓がガチで止まりかけたぞ。

 

 咳き込む俺にクリスが心配そうにしてくる。

 

 

「大丈夫?背中さすろうか……?」

 

「い、いや、悪い。続けてくれ。その、バニルさんがなんだって?」

 

「うん?そのバニルさんはウィズさんっていう元凄腕冒険者の人が経営してる店にここ最近バイトで入ったんだけどね」

 

 

 どうやら近所やギルドにはそれで通してるらしい。そう言えば店に行った時にそんな事を言おうとしてたような気もする。

その解釈でも間違いではないから特に問題にはならないのだが……。

 

 

「カラスってすばしっこいじゃん?だから一羽ずつ追い払うのに苦労してたんだけどバニルさんが、

『フハハハハ!ご近所付き合いも大事にせねばならぬな!どれ、お嬢さん、お手伝いいたしましょう‼︎』

 って言ってあっという間に追っ払っちゃったんだよ!いい人だよねー」

 

 

 あいつ何やってんだよ。いや、文句言うようなことはやってないんだけど。

 

 

「その後はウィズさんのお店でお茶をご馳走になっちゃった。あのお店って面白い物売ってるんだよ。

 あたしは最高品質のマナタイトを勧められたけど、値段聞いて心臓止まりかけちゃったよ。元々大した魔力を消耗するスキルなんて覚えてないし使わないから買っても困るだけだしね」

 

 

 あそこで俺が買ったものは今のところクリスに全否定されているのだが、それを面白いで済ませるならあんなに俺に怒らなくても良かったんじゃないかなあ。

 

 というか、だ。

 

 

「その、クリス?バニル……さんとかウィズさんを見て何か感じなかったのか?」

 

「へ?だからいい人だよねーって」

 

「………………」

 

 

 どうやらクリスは悪魔がどうとかアンデッドがどうとかはよく分からないらしい。節穴かフラウロス‼︎

 

 しかし、同じ女神だというのにアクアの方はあんなに悪魔の気配に敏感だったではないか。姿を見る前から汚らわしいとか腐臭がするとか言ってたし。

 

 

「……なあ、お前もアクアも同じ地上に降りてるわけじゃん?」

 

「……?何、急に」

 

「お前がクリスとしてここにいるのとアクアがアクアのままでここにいるのってやっぱどっかしら違いがあるわけ?」

 

「そりゃ大違いだよ。あたしはここにいる時は女神としての力なんてほとんど封印してるからね。ここにいる『クリス』はあくまで人間としての器ってこと。

 でも先輩は本当にあのまま引っ張ってこられちゃったから、地上では女神の力が弱まるとは言え本物の女神として顕現してるわけだよ」

 

「………なるほどね」

 

 

 把握した。

 

 要するにここにいるクリスは女神ではない。アクアは女神である。

この違いなのだろう。それで悪魔の存在を感知できるかできないかが決まってしまうとはなんとも曖昧だな、女神ってのは。

多分それの影響もあってあの鋭いとかそういうのを超越したトコにいる見通す悪魔もクリスを認識出来ないんだ。

 

 ………あれ。こいつが悪魔を察知できる訳じゃないんなら、じゃあ俺もサキュバスサービスでワンチャンあったんじゃね?

 ……ちょっと確かめてみるか。

 

 

「なあ、俺からなんか変な匂いがする、とか変な気配がする、とか無いか?」

 

「ええ?何それ。そんなの分かんないよ」

 

「もっと寄ってみろって」

 

「んんー……」

 

 

 これで悪魔の匂いがするって言われたらバッドエンドだ。もう一度セーブポイントからやり直す羽目になる。ちなみに俺の冒険の書はバグってるのでどれだけ上書きしてもセーブなんて出来ない仕様です。

 

 鼻をすんすん鳴らしながらこちらに近づいてくるクリス。それでもまだ分からないのかどんどん顔が近くなる。おっとこれは?

 

 ………オーライ、オーライ、オーライ、キャッチ。

 

 最接近したタイミングで抱き締めてみた。

 

 

「どうだ?なんかわかったか?」

 

「この匂いは……、銭湯の石鹸の香り。帰ってくる前に行って来たでしょ?」

 

「お、よくわかったな。……その他は?」

 

「別に何も感じ…な…い……?

……………っ⁉︎」

 

 

 サキュバスの方はセーフだったようだが今度は俺の行動がアウトだったようだ。

 みるみるうちに顔が真っ赤になっていくクリス。いやー、もう少し楽しみたかったけどなー。

 

 と、ガツンと顎に衝撃が来て視界が揺れる。どうも人体の急所である三日月にヘッドバットをくらったらしい。

 

 

「にゃっ、なななななにしてんのさキミ⁉︎」

 

 

「何って……、近寄ってきたから抱き締めて欲しいのかなって思って」

 

「そんなわけ無いじゃん‼︎バカ、エッチ!変態!何もしないって言ったのに‼︎」

 

「ありがとうございます‼︎ありがとうございます‼︎」

 

 

 クリスが手当たり次第に色んな物を投げてくるが、残念ながら痛くも痒くも無い。といってもかなり本気で投げているようなので常人には当たれば相応のダメージが行くだろう。

 

 しかし俺の特典は『鍛えれば鍛えるほど強くなる体』であり、その強くなるには肉体の強度も含まれる。つまり痛い思いをすればするだけ堅くなっていくのだ。おっと、蒲郡先輩の話はそこまでだ。俺はMではない。

 

 この世界に生を受けてから潜ってきた死線の数だけ堅くなっている俺には生半可な打撃では意味を為さないーー

 

 

「ってうおおおい‼︎刀身丸出しのダガー投げんのは止めろよ!刺さったらどうすんだ!」

 

 

 乱れ飛ぶ雑貨の中に光り物を見つけて指で挟み止めながら叫ぶ。

 お前刃物投げるのはナシだろ。目に当たったら失明するかもしれないんだ、気を付けろ。

 

 

「どうせ避けるか止めるかするじゃん!あたしの攻撃なんかほとんど効いてないくせに!」

 

「バカ、それは本当にシャレにならねえって‼︎」

 

 

 そう言いながらまたもクリスが投擲しようとするのは爆発ポーションの瓶(中身入り)だった。

 

 おいなんだよ、使い切ったと思ったらこんなところに一個余ってたのか。

 ……爆発物を家に保管してるって日本だったら免許いるよなあ。この世界色々ユルくね?

 

 

 

 ※

 

 

 クリスは不貞腐れて早々に寝てしまった。今さら抱き付くくらい良いじゃんねえ。

 ま、確かめたかったことは確認出来たから良いけど。

 

 俺はサキュバスサービスはいらねえ。理想そのものがそこにあるんだからな。わざわざ夢を使う必要が無い。

 エロいことがしたくないと言えば嘘になるが、そんなもんは本人との合意がなきゃ意味がねえんだ。それを再確認できた。

 

 そういうことがしたいならゆっくりと心を許してもらっていけばいい。そのための時間ならいくらでもあるのだから。

 

 俺もクリスとの今後を楽しみにしながらいつも通り浅すぎる眠りについた。

 

 

 

 ※

 

 

「今日も一日がんばるぞい‼︎」

 

「……ぞいって何?」

 

 

 ぞい君さあ、ぞいぞい言ってないでさあ!

 

 翌日、起床した俺とクリスが部屋を出ながら戸締りをする。

 今日はウィズの店に行って爆発ポーションを補充してからクエストに出掛けようと思っている。ついでにバニルに先日の借金を返さねば。

 

 

「それにしてもゼロ君がウィズさんのお店の常連さんだったとはねー。……世間っていつからこんなに狭くなったんだっけ?」

 

「狭いのは世間じゃなくてアクセルだろ。ほら、クリスは今日も町内清掃だろ?途中まで一緒に行こうぜ」

 

「あ、うん」

 

 

 朝日が昇り始め、段々と明るくなる街を二人並んで歩く。

 そう、こんな日常はずっと続くのだから、焦る必要など無いさ。

 俺が昨日の続きを考えながらクリスと気温の話をしていると。

 

 

『緊急‼︎緊急‼︎』

 

 

 久しぶりに流れた警鐘と放送によって会話が断たれてしまった。

 

 ……?なんだこの警鐘?聞いたことない音だな。

 

 クリスも初めて聞く音らしく、近くにあったスピーカーに揃って目を向けて放送の続きを待つ。程なくして聞こえてきた内容は、

 

 

『デストロイヤー警報‼︎デストロイヤー警報‼︎機動要塞デストロイヤーが、現在アクセルに向かって侵攻中!全冒険者は速やかに装備を整えてギルドに!一般の住民の方々は直ちに避難してくださいっ‼︎』

 

 

 俺が望む全てをぶち壊す物だった。

 

 

 ーーー日常壊れんの早くね?

 

 

 

 

 



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52話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 衝撃の放送が流れた直後。

 

 

「やばいって、早く逃げろぉ‼︎」

「おいいつまで寝てんだ!」

「もうダメだ……、おしまいだぁ……!」

「化け物?違うな……、俺は悪魔だ……!」

 

 

 朝も早いというのにそこら中の家が阿鼻叫喚の様相を見せてパンピーの皆さんが一斉に避難していく。

 ……いや待て、今一般人に紛れてブロリーがいたぞ。お前が迎撃しろや。

 

 

「ゼ、ゼロ君聞いた⁉︎今の放送‼︎」

 

 

 かなり焦りながら確認してくるクリス。

 聞いたとも。一緒に横にいただろうが。

 

 

「あ、そ、そうだよね……。ってそんな場合じゃないよ!早くーーー」

 

「ああ、早くーーー」

 

「ギルドに行かないと‼︎」

「荷物纏めて逃げないとな‼︎」

 

「「……ん?」」

 

 

 

 なーに言ってだこいつ。

 

 

「えっと、あ、あたしの聞き間違いだよね?まさかねえ、ゼロ君が逃げるなんて……」

 

 

「聞き間違いでも何でもねえよ。早く準備してどっか逃げるぞ」

 

 

「……なんで…?」

 

 

 

 本当にショックを受けた顔で見つめてくる。

 

 何でも何もなあ……。

 

 

 

「デストロイヤーだぞ?その意味がわからないお前でもないだろうに」

 

 

「だ、だけどキミなら……!」

 

 

 

 ……信頼してくれるのは嬉しい。俺もそれになるべく応えたいとも思う。

 

 だが無理なもんは無理だ。俺にアレに対して何しろってんだよ。魔法も効かねえ二百メートル級のメタルギアだぞ。一寸法師よりも絶望的な状況だ。主に相手が生物じゃないって意味でな。

 

 

 

「でもさ、じゃあこの街を見捨てるってこと……?」

 

「そうだよ、街は捨てる。ギルドに行って迎撃する時間があんなら街の人間の避難誘導でもした方がまだ有意義だろ」

 

 

 実際デストロイヤーが通った街や国はそうしてきたんだろうが。今回はこのアクセルにお鉢が回って来た、それだけだろ。

 

 

『機動要塞デストロイヤー』。魔王軍すらも恐れる史上最悪の兵器の名前だ。

 

 元々は魔王軍に対抗するために『魔導技術大国ノイズ』という国で造られたそうなのだが、その全長たるや脚を含めれば三百メートルはあるとかいう、もはや人間がどうこう出来る代物ではない蜘蛛のような形の超巨大ゴーレムである。

 ではなぜその兵器が魔王軍だけでなく人間をも脅かしているのかというと、デストロイヤーを造ったとされる開発者があろうことかこのピースウォーカーを乗っ取り、今も操縦をしているから……と一般的に見解されている。詳細は不明だ。

 

 もちろん人間側も黙ってはいなかった。大規模な軍を編成して、幾度となく破壊しようとはしたのだ。当然ながら近寄るのは無理だ。そんな巨体が馬を超える速度で脚をワシャワシャ動かすのだ、足元にいたら即お陀仏だからな。しかも体表にレーザー兵器まで備え付けられているという話も聞いたことがある。接近すれば足元に着く前に蜂の巣である。

 そうなると魔法しか無いわけだが、厄介な事にノイズの技術の粋を集めて作られた魔力結界が常に展開されているらしい。この結界が非常に強力で、どんな魔法も弾き返すため、そもそも解除魔法も通さないというATフィールドも真っ青な性能を誇っているのだ。

 そんな結界を消せるとすればそれは造った張本人だけ。

 というわけでノイズがこれにどんな対策をしたのかと言えば、何もしていない(・・・・・・・)

 出来るわけがない。だって、デストロイヤーが乗っ取られたその日に魔導技術大国ノイズは更地にされてしまったのだから。

 唯一、魔力結界を消せるかもしれない可能性を真っ先に潰すとは、その開発者とやらは相当なやり手と見える。

 

 というわけで何ら対抗策を用意できなかった人類軍は甚大な被害を受けて壊滅。その被害者数は魔王軍との戦闘で出た最高死傷者数よりも多かったと記録にはある。

 その後、破竹の勢いで侵攻を続けるデストロイヤー。その脚で蹂躙されていない土地はもうこの大陸には無いとされている。

 

 つまりどう足掻こうと、人間側も魔王軍側も見て見ぬフリをするしかないという天災のような存在なのだ。わかったかな、良い子のクリス君。

 

 なお、真正面から踏み潰されても生き残れるのはアクシズ教徒という害虫だけと言われる。

 すっごーい!君はゴキブリよりもしぶといフレンズなんだね!頼むからさっさと滅びてくれ。

 

 

「とりあえずさ、ギルドには行ってみない?何か打開策とかあるかもしれないし!」

 

「……しゃあねえな、行くだけだぞ」

 

 

 無駄だと思うがねえ。

 

 こんな駆け出しの街で何とかできる代物ならとっくに他の街がスクラップにしてるよ。

 

 

「あ、そうだ。クリス、一つ約束してくれねえ?」

 

 

 ギルドに行く前にこれだけは確約して欲しい。

 

 

「ギルドに行って、何ら有効策が挙がらなかったら俺と一緒に逃げてくれ」

 

「キミまだそんな事言ってんの⁉︎」

 

「……俺はさ」

 

 

 

 俺を批難する口調。

 傷付かない筈がないが、今はそんな事言ってる時じゃない。本気の説得を使う時だ。

 

 

「俺はこの街よりも、何よりもお前が大切だ。この街全部、国全てとお前、どちらを選べと言われたら迷わずお前を選ぶぐらいには」

 

 

「ゼロ君……」

 

 

「本当にどうしようもなくなったら俺と王都にでも逃げよう。向こうでもお前、楽しそうだったじゃないか。何もアクセルじゃなきゃダメってわけじゃないだろ。

 別に街の人間を置き去りってんじゃねえんだ、多分だけどデストロイヤーが到着するにゃ時間が多少ある。皆で避難しようぜってコト」

 

 

 そう、最初から諦めようって話じゃない。具体案が出て、それが有効そうなら俺だってこんな事言わん。

 けど作戦が決まらないまま全員でバンザイアタックするくらいなら絶対に逃げた方が良い。それがわからないクリスではないはずだ。

 

 俺の何度目かもわからない告白に、しかしクリスは。

 

 

「……ダメだよ、ゼロ君」

 

「おいおい、何でだ?アレと真っ向からぶつかったら下手したら死ぬかもしれないんだぞ」

 

「冒険者の皆はきっと諦めないよ。何か策が無くたってこの街を守る為に戦うと思う。

 んでもってあたしはさ、昨日も言った通り今は女神じゃなくて冒険者のクリスさんだから。皆が頑張ってる時に逃げる訳にはいかないかな」

 

 

 首を振るクリスが強い決意が窺える瞳で『キミはどうなの?』とでも言いたげに見てくる。

 

 

「………どうしても逃げる気は無いんだな?」

 

「うん」

 

「………分かった」

 

 

 

 なら俺に言える事はもう一つしかない。

 

 

 

「OK、わかった。なら早くギルドに行こう。俺が絶対に止めてやる」

 

「………え、え?」

 

 

 あ?何だその呆けた面は。可愛いなこんちくしょう。

 

 

「え……、いやだって、今の流れだとてっきり一人で逃げちゃうかなって思って……」

 

「お前俺をどんな目で見てんだよ」

 

 

 そんなことするぐらいならお前を無理矢理掻っ攫って逃げるわ。

 

 だがそれはクリスの決意と望みに反する。ミツルギには人に自分の考えを押し付けるなとか高説垂れた身でそんな自分勝手を押し通すわけにはいかない。

 俺一人で逃げるなんざそもそも選択肢にすら入らない。論外だ。

 

 だったら何とかするしかないだろう。足りない頭と命振り絞って、それでもどうにもならなきゃ逆に諦めだってつくさ。それが今、この世界で生きる俺のポリシーだ。

 

 勝ち目の話じゃない。やれるやれないの話でもない。寄せられた信頼と信用には応えるのが本当の傭兵だ。

 ……いやまあ応えられない依頼は受けないのも傭兵なんだけども。

 

 あとは傭兵に必要な物、報酬さえ貰えれば俺はいつでも動ける。

 

 

「というわけで、さあ!報酬を要求しようか!お前は俺を何で雇ってくれるんだ?」

 

 

 もはや開きなおったと思われてもおかしくない態度でいつものように接する俺に、クリスは。

 

 

「………………」

 

「………あれ?もしかしてハズしちゃった?」

 

 

 

 顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 何だこの赤面?流石にこれはどんな赤面なのか分からんな。

 しばらく返事を待っていると。

 

 

「……キミのそういうとこほんっと………っ……‼︎」

 

「………どういうところ?」

 

 

 真っ赤なりんごのままクリスが絞り出すように口にするが、最後は口の中に押し留めたのか空気の振動にはならなかったようだ。

 

 俺が聞き直すと、いきなり顔を上げたクリスにバチーンと肩を叩かれた。何さ急に。

 

 

「なっ、何でもないよ!ほら、早くギルドに行かないと!報酬なら全部終わった後に言い値で払ってやらー‼︎」

 

「ほう?ほほほう!言い値とな!よろしい。ならば全力を尽くそうじゃないか!」

 

「セクハラ、ダメ、絶対」

 

「………それ、久々に聞いたな」

 

 

 二人で笑いながらもう人っ子一人いない道をギルドに走る。

 

 

 ーーーやっぱりクリスは笑った顔が一番だな。

 

 そしてその笑顔を翳らせる物は俺が排除せねばなるまい。

 惚れた女が根性見せてるんだ、俺が諦めるわけにもいかねえ。腹あ括ってやるよ。

 

 一匹残らず駆逐してやる‼︎

 

 あ、もちろんあんなのが複数いたら人類なんてとっくに滅びてるからね、言葉の綾だよ?

 

 

 

 



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53話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 俺がクリスと共にギルドの扉を開けると中にはかなりの人数の冒険者が集まっていた。

 

 

「人多っ」

 

「ん?おお!ゼロも来たか!」

 

「嫁さん連れて見せびらかすんじゃねえよこの野郎!」

 

「ちょっ、嫁さんじゃないし‼︎」

 

 

 今からこの街にデストロイヤーが来るっていうのに気負いの類がどこにも見受けられない。

 ほとんどが低レベルのくせしてこいつら凄えな。俺なんかよりもずっと冒険者してるぞ。

 

 俺がさっきまでの自分の女々しさに恥じ入りながら決意を新たにしていると。

 

 

「ゼロに、クリスか。お前達が来てくれるなら頼もしい。この街を守るために力を貸してくれ」

 

「まっかせといてよ、ダクネス!あたしはご存知の通り戦闘は苦手だけど、こっちにはゼロ君がいるからね!」

 

 

 まさに誰だお前⁉︎と言いたくなるほど普段とはかけ離れた態度のダクネスが騎士然とした装いで歩み寄ってくる。

 こいつがいるって事は、あいつらもいるのか。

 

 

「ねえ、アレと戦うって皆本気で言ってるの?今からでも遅くないわ、どこか遠いところに逃げましょうよ」

 

「お前、せっかく屋敷を手に入れたんだぞ?そう簡単に諦められるかよ。ほら、ゼロも来てるんだし何とかなるだろ」

 

「いや、でもデストロイヤーですよ?やはり逃げた方が良いのでは……。現状ですと無謀に過ぎますよ」

 

「お、いたいた」

 

 

 カズマさん一向を発見する。パーティー内では五分五分の割合で逃げる感じだったのに何故かリーダーのカズマがやる気出したから仕方なくってトコか。

 

 他に戦力になりそうなのは……とギルド内を見回すと、こんな時一番気合いが入っていそうなファッション勇者の姿が無いことに気づいた。

 

 

「おいカズマ、ミツルギ知らねえか?あいつがこの緊急時に顔出さないとは考え難いんだが」

 

「いや俺が知るかよ。あいつと一番仲良いのはお前だろうが。……ん、でもキースとダストもいないな?」

 

 

 確かにその二人もいない。

 

 つい昨日サキュバスサービスを利用した四人中三人の姿が見えない。これは単なる偶然なのだろうか。

 と、先述の二人のパーティーメンバーであるテイラーとリーンを見つけた。

 

 

「テイラー、リーン。お前ら、あのクズ二人はどうした?ギルドには居ないみたいだが」

 

「おう、ゼロか。いや、それがなあ………」

 

「あの二人ならなんかどんだけ叩いても幸せそうな顔して寝てるだけで全然起きなかったから置いて来たよ。なんか気持ち悪い寝言も言ってるし」

 

「それは………」

 

 

 もしかしなくてもサービスの影響では無いだろうか。

 となるとまさかあのクソ真面目なミツルギでさえ今頃布団の中ということか?

 

 つーかあのサービスそんな副作用があんのかよ。影響無いって言ってたやんけ。俺受けなくて良かったわ。

 

 ……となると、じゃあカズマは何で起きてこられたんだろう。

 

 

「皆さん!お集まりいただきありがとうございます!早速デストロイヤー対策会議を始めますので注目して下さい!」

 

 

 俺がその疑問にたどり着くと同時にルナが大声を出す。

 

 んま、どうでもよろし。今は目の前のデストロイヤーに集中だ。

 

 会議の前にカズマ他数名の要望によって簡単なデストロイヤーの説明が行われる。これは俺の認識とそう差異は無さそうだ。せいぜいデストロイヤーに使用されている素材は特殊な魔法金属で軽くて丈夫、くらいしか目新しい情報は無かった。

 

 さて、いよいよ会議に移っていく。何か作戦でも立てられれば良いのだが……。

 

 色んな案が出るが、どれもこれも過去に試して効果が無かったとされる物ばかりだ。まあ俺らが考えつく程度の事を先人がやってない訳ないわなあ。

 瞬く間に案が出尽くし、ギルド内がお通夜ムードになってしまう。

 

 これは……分かっちゃいたがかなりやばいでござるな。

 

 やっぱり無謀だったかなぁ、と俺が少しだけ弱気になっていると、何故かルナが俺に視線を向けてきた。

 

 

「……冒険者ゼロさん、アクセルで最もレベルが高いのはあなたです。何か考えがありませんか?あればお聞かせください。何でも良いんです」

 

「………考えねえ」

 

 

 レベルなんざ関係ねえだろ、とか俺の知力の低さは知ってるだろ、とか文句も言いたいが、聞かれたからにはとりあえず考えてみる。今まで勝つ事どころか戦う事すら視野に入れて無かったからなあ……。

 

 他の冒険者も俺に視線を集中させ始めた。そんな見られると照れちまうだろうが。向こう向いてろ。

 

 手持ちの道具、相手の兵装、こちらの戦力……。

 

 ーーーうん、無理。大前提として魔法を弾くってのが厄介過ぎる。

 

 

「……ダメだな。せめてあの魔力結界を消せないにしても無力化出来なきゃ同じ土俵にも立てねえ」

 

「やはり結界、ですか……」

 

 

 素直に匙を投げる。やるからには勝たないといけないが、いかに無謀な戦いを挑もうとしているのか再認識しただけだった。

 

 俺に注目していた冒険者達にも暗い雰囲気が広がり始めるが、

 

 

「なあ、おいアクア。お前一応女神だろ?その、結界とか女神パワーで消せたりしないの?」

 

「ええ?うーん……、実物見ないとわかんないわね。消せるかもしれないし消せないかもしれないわ」

 

「……待て、お前デストロイヤーの結界が消せるかもしれないってのはどういう事だ?」

 

 

 

 解除魔法も弾くんだぞ?どうやって消すんだよ。スマホ太郎みたいに魔法が効かないのに魔法で倒すとか頓珍漢な事は現実じゃ起こらない筈なんだが。

 

 他の冒険者達も僅かに希望を視線に乗せてアクアを見る。視線にたじろぐアクアの答えは。

 

 

「うぅ、い、一応女神の権能に『結界を無視して魔法を使える』っていうのがあるから……。

 で、でも地上じゃ私の力も弱まっちゃうし、あんまり強いのだと効かないかもしれないし……、や、やってみないと分からないってば!」

 

 

 勝負をかけるには充分な可能性を残してくれた。

 

 

「消せるんですか⁉︎いえ!かもしれないでも結構です、やれるだけやってもらえませんか⁉︎」

 

 

 ルナが興奮した様子でアクアに詰め寄るが、俺も同じ気持ちだ。

 

 待て、待てよ。アレを消せる可能性がある、いや、もう消したと仮定するとだ。

 

 一つだけ、幾つもの仮定と憶測の向こう側に光が見えた。軽くて丈夫な素材の蜘蛛の形をしたゴーレム。いや、ロボット……、八本脚……、魔力の流れ。

 あの時……、クリスに怒られたあの時のポーションとこのスクロールがあれば、いけるか?どうだ?いや行くしかねえ。

 俺がリスクを背負うのは当然として、あと必要なのは優秀なーーー

 

 

「………ダクネス、お前の冒険者カードを見せてくれ」

 

「ん?……ああ。必要な事なのだな?私に出来ることがあれば何でも言ってくれ」

 

 

 ん?今何でもって……、いや、そんな場合じゃない。

 

 ダクネスからカードを受け取り、ステータスの数値を確認していく。必要なのは筋力、耐久、体力………。

 

 

「ちょっ⁉︎おま、この耐久どうなってんだよ⁉︎」

 

 

 斜め読みで確認する俺の目に飛び込んできたのは他の数値と比べて文字通り桁が違う耐久の高さだった。なんだこれ。お前の身体アダマンタイトで出来てんの?

 

 

「私は取得したスキルポイントを全て防御系や状態異常の抵抗系に使っているからな」

 

 

 少し自慢げに言ってくるが、それが許されるほどのとんでもない数字だ。

 

 体力と筋力は俺の方が遥か上だが、耐久に関しては俺の倍以上のステータスがある事になる。

 先日付けでレベル80となった俺の耐久の倍以上、だ。ちなみにダクネスはレベル20にも満たない。

 君の種族値いくつよ。喩えるならデオキシススピードフォルムとメガボスゴドラ級の差がありそう。まさに天と地の差。

 

 期待はしていたが期待以上である。これならあのポーションを使えばやれる。

 

 

「……よおカズマ。ダクネスを借りても良いか?危険ではあるが何とかヤツを止める事が出来るかもしれない」

 

「おう、俺は良いぞ。このド変態が役に立つってんなら存分に使ってやってくれ。その危険とやらもこいつ喜ぶかもしれないし」

 

「ん……っ⁉︎わ、私の意思など無関係に私の身体が取り引きされて……っ」

 

 

 リーダーのカズマの許可も取れた。俺の中で最も可能性の高い策の条件が整った事になる。

 興奮するダクネスには後で説明するとして、時間が惜しい。早速準備にかかるとしよう。

 

 この作戦の要はダクネスと俺だ。名付けるなら

 オペレーション:『アクセルの盾と矛(ウルド)

 ってとこかね。名前の理由?かっこいいだろ。

 

 

 

 ※

 

 

「オラ急げぇ!もう直ぐデストロイヤーが来るぞ!ほらそこ、手を休めるなぁ‼︎」

 

 

 アクセルの外、平原では急ピッチでバリケードなどが出来つつある。バリケードとは言っても木で作られた簡単な物なので何の抵抗にもならないだろうが、何かしていないと落ち着かないのだろう。

 

 何故か土木作業のおっさんに混じってアクアが嬉々として木材を運んでいる。出来ればあいつにはデストロイヤーの結界を剥ぐまで休んでいて欲しいのだが……、楽しそうなのでまあいいか。

 

 

「ちょ、ちょっとアクアさん⁉︎そんなにいっぱい持って大丈夫なの⁉︎」

 

「へーきへーき!ほらほら、クリスもそっち持って!」

 

「あたしは無理だって‼︎」

 

 

 クリスはアクアと話せて嬉しそうにしている。先輩後輩ペアは仲がいいようで何よりだ。

 

 しかし何であいつ、クリスはあんなにアクアに懐いているのだろう。天界にいた頃から色々押し付けられてたみたいなのに。

 

 ーーーん?

 

 

「おい、アクア、クリス。ダクネスがどこ行ったか知ってるか?」

 

 

 ダクネスの姿が無い。まさか逃げはしないだろうが、直前で「嫌だ」と言われればそれまでなのだ。なるべく早く話をつけたい。

 

 

「ダクネスならカズマと一緒に向こうに行ったわよ」

 

 

 アクアが指差すのは平原の先、アクセルから離れる方向だ。そこに二人分の人影を見つけた。

 

 

「おう、ありがとな」

 

 

 手を振って俺もそちらへ向かう。死ぬ気はさらさら無いが、もしかしたらこれがこいつらとの今生の別れになるかもな。

 

 今さらになって少し怖くなってきた。俺みたいな奴が考えた策が本当に上手くいくんだろうか。

 相手は機動要塞デストロイヤー、何百年も前から誰も破壊出来なかった怪物兵器だ。こんな脳筋な発想など歯牙にもかけずにアクセルを滅ぼされてしまうのではないか。ここにいる冒険者も全滅してしまうのではないか。ーーそんな事ばかり考えてしまう。

 

 特に俺とダクネスは今からかなりの危険に晒される。俺はまだいい。自分で立てた作戦だ。だがダクネスは俺の考えに巻き込んでしまう事になる。失敗すれば死ぬ可能性が極めて高い作戦に。

 

 いっそのことダクネスが俺の作戦を断ってくれれば楽になるのだが……あいつはまず断らないだろう。それがアクセルを守るためだとすればあのダスティネス家のお嬢様は一も二もなく乗るに違いない。

 

 

「ゼロ君」

 

「……クリスか。何だ?」

 

 

 決して武者震いではない震えに足を包まれていると、クリスに呼び止められた。

 なんだろうか。できればあまり俺の足は見ないでほしいんだが。こんな情けないところは見られたくない。

 

 そんな俺のガキっぽい意地を知ってか知らずか。

 

 クリスがギュッと俺の手を握って、とびっきりの支援魔法を掛けてくれた。

 

 

「ーーーなんとかなるよ。絶対、大丈夫だよ!」

 

 

 ーーーーーーー。

 

 

「ブフッ⁉︎……お、お前それ誰に教わった……?」

 

 

 不意を突かれて思考が空白で埋まった後に込み上げてきた笑いを抑えられなかった。

 

 

「アクアさん。魔法の言葉だってさ」

 

 

 アクアの方を見ると、ニヤリとしながらサムズアップをしていた。

 

 苦笑してしまう。やるじゃないかアクア。お前に対する評価が今のでかなり上がったぞ。

 いや、何で今そのセリフをカミングアウトしたのかは分からないけどな。

 

 別に足の震えが止まった訳では無い。今も変わらずプルプルしているが……なるほど、なんとかなる気がしてきた。

 

 

「……魔法の言葉か」

 

「大丈夫だって!キミとダクネスが失敗してもあたし達がいるんだから!めぐみんもそのために爆裂魔法の準備してるよ!」

 

 

 そう、俺達が失敗した時の事を考えてカズマが提案したのはめぐみんの爆裂魔法による迎撃だ。

 確かに可能性としてはかなり高いが、俺としてはそれは最後の手段にしたい。一発しか込められていない弾丸だ。もし外したら目も当てられない。

 

 俺の作戦が上手くいけば最低でもかなり相手の速度を制限出来るため、命中の確率は跳ね上がる。万が一爆裂魔法を使うなら俺の作戦の後、というのは俺とカズマ、そしてギルド内にいた冒険者達の総意だ。

 どちらの作戦ももちろんアクアが結界を壊さないと意味がないが、そもそもそれを言い出したら打つ手など無いのだ。これは成功する前提で進めないとお話にならない。

 めぐみんによると、一撃で完全破壊は難しいが、軌道を変える事なら出来るかもしれないとのこと。充分過ぎる成果だ。

 

 ーーーそうだったな。まだ後衛がいてくれるんだった。

 

 思えば俺は後衛に頼った事が無かったが、これが任せられる安心ってやつか。そう考えればちっとは気が楽になるかねえ。

 俺が少しだけ肩の力を抜いていると、クリスがスッと雰囲気を変えながら俺に語りかけてきた。

 

 

「……はい。ですからあまり気負わずに行ってきて下さい。いつものように、帰って来るのをお待ちしてますよ?」

 

 

 その一瞬だけ女神に戻ったエリスが俺の反応も見ずにアクアの元へ小走りで戻って行く。

 

 ……あれはちょっと照れた時の仕草だな。

 

 俺とダクネスが失敗してもって、失敗したら高確率でお亡くなりになっちゃうんですけど。

 

 俺の方も気恥ずかしさを誤魔化すために頭をかきながらダクネスに作戦の詳細を伝えるべく歩き出す。

 

 いつの間にか震えの止まっていた足は、今回も存分に働いてくれそうだった。

 

 

 

 

 

 



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54話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 アクセルから少々離れた平原でカズマとダクネスは何か話しているようだ。

 

 雰囲気的に真面目な話のようだが、こちらも生きるか死ぬかの真面目な話だ。優先させてもらおう。

 

 

「おーい、ダクネーー」

 

「ララティーナって呼ぶなあ‼︎」

 

 

 ええええ⁉︎俺今ちゃんとダクネスって呼ぼうとしたよね⁉︎

 

 そもそもダクネスをララティーナ呼びしたことなんざ一回も無いぞ。王都でもダスティネスって呼んでただろうが。

 俺が理不尽に対して言い返そうとすると、ダクネスとカズマが何やら言い争っている事に気づいた。どうやら俺に言った訳では無いみたいだ。

 

 ……あいつは確か自分が貴族だって事を隠していたはずだが、カズマには明かしたらしい。なんでこのタイミングなのかは知らん。きっと大人の事情でもあるのだろう。

 

 カズマがこちらに歩いてくる。もうアクセルの正門前で待機しに行くようだ。

 

 

「カズマ。もし俺達が失敗したら後は頼んだぞ」

 

「……ふぅ、こっちも不安だらけなんだからなるべく失敗しないように頼むぞ。あの爆裂狂一人に任せる事になるんだからな」

 

「ああ。それと、これ渡しとくわ」

 

 

 俺が小さな懐中時計の様な物をカズマに渡す。これはルナから預かった物で、送受信一体の無線だそうだ。カズマ達とは距離がかなり空いてしまうからな。こっちが作戦決行中に独断で爆裂キメられても困る。これで連絡を取り合おう、という訳だ。

 

 

「もう一度確認するぞ。爆裂魔法は最後の手段だ。動力に何使ってるかも分からんエンシェントウェポンに爆発系とか本当は正気の沙汰じゃねえんだからな。狙うとしても本体には絶対に当てるなよ。脚だけだ」

 

「分かってるよ。……これがアクアだったらそのセリフはフリだ!とか何とか言うんだろうけどな」

 

 

 冗談でもマジで止めてくれ。本体吹っ飛ばしたけど一緒に街も吹っ飛びました、とかネタにもならん。

 

 カズマと別れてダクネスに歩み寄る。

 

 いよっし、こっから先は失敗する事を考えてもしょうがねえ。切り替えが大切だ。成功する事だけイメージしてりゃいい。

 アレだ、『イメージするのは常に最強の自分』ってな。

 

 

「ダクネス」

 

「……ゼロか。そう言えばお前の作戦の詳細を聞いていなかったな」

 

「まず詳細も聞かずによくこんなとこまで来たなお前」

 

 

 こちらに向き直りながら話を聞く態勢を整えるダクネス。

 あと一時間くらいで到着予想時刻になる。せっかくだからこいつにも言いたい事は言っておくか。最後になるかも分からんしね。

 

 

「………俺は正直お前があんま好きじゃねえ。バカだし、空気読めないし、ド変態だし」

 

 

 指を一つずつ折りながら気に入らないところを述べていく。こいつに関してはまあこんなもんかね。意外と少ない事に俺が驚いちゃうわ。

 なお自分で言っといてなんだが特大ブーメランが返って来ている模様。

 

 

「んっ、くっ、ぬあっ……!お、お前はこんな時に私をどうするつもりだ!」

 

 

 どうもしませんけど。

 

 無視して先を言わせてもらおう。せっかく人がカッコつけて最後になるかもしれない挨拶してんだからさあ。もうちょいこう……無いのかな、こいつは。無いんだろうなあ。

 

 

「ああ。お前のそういう雰囲気とかガン無視するところが俺は嫌いだ。

 けどな、お前のその体の堅さと、仲間を思う気持ち、何よりこの街を守りたいっていう貴族としての心構えは信用……いや、信頼している」

 

 

 折った指をまた一つずつ伸ばしながらこいつの良いところを必死に探して言葉にする。

 ……あれっ、帳消しになっちゃった……まあいいか。

 

 今度はダクネスもさっきの名残か、頰を赤らめながらも俺の続きを待っている。普段からそうしてりゃもうちょっとマシなのによ。

 

 

「……そのお前に今から作戦の説明をするぞ。

 お前が嫌なら、癪だがめぐみんの爆裂魔法に頼る事になる。それは説明を聞いて判断してほしい」

 

「いや、大丈夫だ。任せてくれ」

 

「………そう言うとは思ってたけどな。いや、まずは聞いてくれ。到着まであと一時間はあるが、予想がズレる可能性もある。手早く行くぞ。

 ……我ながら馬鹿げた作戦だと思うが、質問があれば答える」

 

「ああ。わかった」

 

 

 いい返事だ。

 

 了承するダクネスに頷き返してから、俺は特大の爆弾を落とした。

 

 

「今からお前には機動要塞デストロイヤーを受け止めてもらう」

 

 

 

 

 ※

 

 

 ダクネスが無言でいるのを意外に思いながら説明を続ける。てっきりここら辺でツッコミが入ると思ったんだがな。

 

 

「いいか?まずアクアに、デストロイヤーが解除魔法の射程ギリギリに到達した瞬間に結界を破ってもらう」

 

 

 これが一つ目の仮定。

 

 ここで結界を解除出来ないかもしれない。

 

 その場合はもうどうしようもない。それこそアクセルが滅びるのを棒立ちで眺める羽目になる。

 

 

「次に俺が手持ちの道具を使ってデストロイヤーの脚を最低でも二本、停止させてみせる。

 ……俺の予想が正しければその二本を完全に破壊できれば全ての脚を停止させることができるはずだ」

 

 

 ここでダクネスが手を上げる。はい、ダクネスさん。

 

 

「なぜそんなことが分かる?二本壊せれば全ての脚が止まるなど、都合が良すぎないか?」

 

「良い質問だ。……お前、ゴーレムの構造は知ってるか?なにで動くか、とかだ」

 

「……?それは魔力で動いているのではないか?」

 

「その通りだ。じゃあその魔力がどう流れて手足を動かしているか、とかはどうだ?」

 

 

 今度は首を振るダクネス。まあそうだろうな。俺だって王都にいた頃知り合いから聞きかじっただけの知識だ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが。

 

 

「ゴーレムってのは基本的に術者が操るもんだ。人型のゴーレムであればそれぞれの四肢に魔力を通して、自由自在とまではいかないが、ある程度は自分が動くように動かすことができる。

 でもデストロイヤーには八本も脚がある。これを術者が完璧に操るのはかなり難しい。なにせ人間には手足合わせて四本しか付いてないからな。

 自分に付いてない機関を自分で無理矢理動かすよりは半自動にした方が楽だし、便利だ。と言うわけでそれはまず間違いないと思う」

 

 

 つーかそうしないとその乗っ取った開発者とやらは何百年も休まずに動き続けてる事になる。逆に怖いわ。

 寿命に関しても俺は突っ込みたいが、魔法も度を越した科学も存在したこの世界、気にするだけ損だ。

 

 

「その半自動でも脚一本一本に魔力を流して動かすこともできる……が、そんなめんどくさい事しなくてももっと楽に動かす方法がある。

 ある一本が動けば次は自動的にこの一本が動くって感じに最初にプログラミングしておくんだ。

 これを正確にはシーケンス制御っつーんだが……詳しい説明は省くぞ。必要も無い。

 要するにあの脚は魔力の流れが繋がってるんじゃねえかって俺は思うんだ。これに関しては仮定に過ぎないが可能性はかなり高いと考えてる」

 

 

 

 これが二つ目の仮定&推測。

 

 繋がってないかもしれない。

 

 だが今言った通り可能性は低いだろう。なぜかって、その方が楽だからだ。わざわざ動きを複雑化させる必要が皆無に等しい。魔導技術大国ともあろう国が簡略化を図っていないとは思えないのだ。

 

 技術が優れているから動きを難しくするんじゃない。優れているからこそ動作は複雑にしてもそれに必要な動きは簡単にするもんだ。

 

 

「そこで俺が脚……前脚だな。前脚を二本とも破壊してみせる。動きの起点でもあるし、何より最初に体重がかかる脚だ。そこで魔力の流れが途切れてくれれば残りの脚も正常には動かなくなるはずだ。

 そうでなくとも確実にバランスは取りにくくなるし、スピードなんかは絶対に落ちる。

 んで、その後。俺の策が上手くいって脚が全停止したとしよう。前脚を破壊すれば踏ん張りも効かないだろうし、頭からつんのめると思う。

 ……それだけだろう、相当の勢いがついているデストロイヤーは簡単には止まっちゃくれねえ。そこでお前の出番だ。

 お前にはここから立ち退かずにデストロイヤーを街に到達しないように堰き止めてほしい」

 

 

 ここでまたダクネスが手を上げる。さすがにそろそろ来るだろうとは思ってたよ。はい、ダクネスさん。

 

 

「お前が私を信頼してくれるのは嬉しいし、そんなことができればすごく気持ち良さそ……んんっ……。

 ……そんな大役を任されるのも嬉しいがーーー」

 

「お前今気持ち良さそうって言ったな?」

 

「言ってない。ーーーだがさすがに無理がないか?いくら私の耐久が高くとも、相手はあのデストロイヤーだぞ?」

 

「そこでこのポーションだ。これをお前に預けておく」

 

 

 俺は懐から黄色の液体が入った瓶を取り出してダクネスに手渡す。高かったんだからな、このポーション。

 

 物珍しそうに瓶を眺めるダクネス。

 

 

「……なんだこのポーションは?初めて見るが」

 

「そのポーションの効果は『使用者の筋力と耐久のステータスを一時的に数十倍に上昇させる』だ」

 

「数十⁉︎」

 

 

 驚いたダクネスが瓶を落としてしまうが、落下直前に俺がキャッチする。危ねえな。これが無いと詰みなんだから気を付けろよ。

 

 

「あ、ああ、すまん。……しかしそんな凄いポーションは聞いたことがない、一体どこで売っているんだ?」

 

「非売品です」

 

 

 

 コーヒー一杯につき一回モフモフさせてやろう。

 

 じゃあ三杯‼︎(幻聴)

 

 

「それにそんな便利なもんじゃねえんだそれは。致命的な欠点がある」

 

「欠点?しかしそれほどの効果があるのだ、多少の欠点など関係無さそうなものだが」

 

「そいつはな、飲んだら麻痺して動けなくなっちまうんだ。本当に、一歩もな」

 

「……………。し、しかしだな、私は状態異常の耐性も上げてある。これなら」

 

「関係ない。どれだけ耐性を上げようが絶対に麻痺する」

 

「…………………」

 

 

 理解してくれたようだな。そいつがいかに高価なゴミなのかを。

 

 最初こそ俺の攻撃されればされるほど強くなる身体を利用した鍛錬をしようとウィズの店で買ったのだが、麻痺が思った以上に厄介だったために断念せざるを得なかった。

 どれだけ耐久と筋力が上がろうとも動けないのでは何の役にも立たない。ジワジワとモンスターに嬲り殺されるだけだ。

 

 かと言って五個セットで八十万エリスもしたポーションを捨てる訳にもいかず封印してあったのだが、日の目を見ることができて良かった。

 しかもその麻痺する性質もこの状況なら利点にすらなり得る。アホ耐久のダクネスがこのポーションを飲めば俺のデュランダルでさえ斬れないのではないかね。

 

 ルナから聞いた話だとデストロイヤーの主材は鉄よりも軽い魔法金属でできているという。これなら止められる可能性は高いはずだ。

 

 

「ーーー以上が俺の作戦の全容だ。これぐらいしか勝算のある策が思いつかなかった。ま、要約するといつも通り壁をやれって話だな。

 俺が知る中で最も優秀なタンクがお前だ。これはお前にしか出来ない。どうよ、やってくれるか?」

 

 

 聞きながらもこいつなら間違いないだろうな、と諦観にも似た気持ちで答えを待つーーーまでもなく即答してくれた。

 

 

「無論だ!アクセルを守るために私の体を使えるだけでなく私の欲望までも満たせるなど願ってもない!」

 

「ついに欲望とか言っちゃったよ」

 

 

 もっと恥じらいを持っていただけないかなあ。

 

 だが前半はいい事言ったぜお嬢様。

 

 

「ではこれを以って

 オペレーション:『アクセルの盾と矛(ウルド)』を開始する!ついてこい、ララティーナ‼︎」

 

「ラッ⁉︎ララティーナ言うな‼︎」

 

「では助手よ!俺が矛となりヤツを貫こう!貴様は盾となりアクセルを守るがいい!フゥーッハハハハハ‼︎」

 

「お、お前急にどうしたんだ⁉︎そんな喋り方をする奴だったか⁉︎」

 

「何を言うか!これは『運命石の扉(シュタインズゲート)』の選択というものだ!機関に遅れを取るわけにはいかんぞ‼︎」

 

「しゅた……、何?機関とは何だ?」

 

 

 いや、俺も知らないけどね。

 

 ダクネスをからかいながら内心で意思疎通が出来たことに安堵していると、遠くからガシャガシャ音が聞こえる気がした。

 

 もうお出ましか。予定よりも随分早いじゃねえか。

 

 無線でカズマにもうすぐデストロイヤーが来ることを伝えてから音の響いてくる方向を睨む。

 ダクネスも気付いたようで、険しい表情で俺と同じ方向を見ていた。

 

 そのまま数分、俺とダクネスの視線が地平線の彼方から黒い物体が近づいてくるのを捉えた。まだ相当先なのに音が聞こえるとは、思ったよりも重量があるのかもしれない。

 

 

「……俺とお前でアクセルを守るぞ。つっても失敗してもカズマ達がいる。あんま気負うなよ」

 

「……フッ、お前とこうしていると王都で初めて会った時のことを思い出すな」

 

「いや、思い出さねえよ。こうして並んで戦ったことなんざねえだろうが。記憶を捏造すんな」

 

 

 こうしてる間にもどんどん黒い影は大きくなってくる。またさっきの足の震えが復活しそうだったのでクリスの言葉を思い出してみた。

 まあ本来はとある小四の女の子の言葉なんだけどもね。

 

 

「………絶対大丈夫だよ、か。いい言葉だよなあ。クリアカード編もお楽しみにね!」

 

「……?何だそれは?」

 

「何でもねえよ。ーーーさて」

 

 

 そろそろデストロイヤーがアクアの解除魔法の射程に入るはずだ。

 遠目に脚の動きを確認する。

 

 よし……よし!パターン化はされてる!

 

 自身の読みが正しいことに勇気付けられ、もはや手の一部にも感じる愛剣を引き抜きながらダクネスに努めて声を張り上げた。

 

 

「行くぞクリスティーナ‼︎せいぜい死ぬなよ‼︎」

 

「誰だそれは‼︎ええい、お前に任せたぞ!しっかり脚をへし折って来い‼︎」

 

 

 

 

 

 



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55話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 俺が剣を引き抜いていつでも飛び出せるように構えた直後、俺達の頭上を後方からとんでもなく太いレーザービームがデストロイヤー目掛けて一直線に伸びて行った。

 

 何だありゃ。まさかあれが解除魔法だとでも言うつもりか。完全に『波動砲』クラスじゃねえか。いや、あれは惑星すら崩壊させるから桁が違うってのはあるが、それにしても凄え圧力だ。

 

 直進していたデストロイヤーとアクアが放ったと思われるかめはめ波が正面衝突。なんとデストロイヤーの巨体を僅かに押し戻し、何かが割れる音がした。

 

 それと同時に無線からカズマの声が聞こえてくる。

 

 

『アクアが言うには消せたみたいだ!あとは任せたぞ!』

 

「了解だ。アクアにあとでなんか奢ってやるって言っとけ」

 

 

 アクアさんあんな事出来たんですね。今度からあんまり怒らせないようにしないと。

 

 アクアの波動砲に若干ビビりながらデストロイヤーに向けて全力疾走を開始する。そういえばこの世界って空気の摩擦とかどうなってるんだろうか。俺が音速とか生温い速度で走っても服が焼けたりはしないもんなあ。たまに破けるけどそれは多分衝撃波のせいだしな。

 

 ほんの僅かに思考に集中を割く間にデストロイヤーが近づく。と、俺が向かう前方の地面が小さく焼けるのがわかった。おそらく噂のレーザー兵器だろう。数からして数十はありそうだが、そもそも俺はデストロイヤーに近づくにあたってレーザー兵器などなんら問題にしていない。

 確かに常人ならば足元に辿り着く前にお陀仏かもしれないが、俺からしたらほーん、で?という感じである。レーザー兵器というからには本体が照準を付けてこっちを撃ってきてるんだろう?

 

 ーー照準付けて撃つまでの数瞬に俺が何メートル移動出来ると思ってんだ。むしろ当ててみろよ。

 

 周りの地面が熱したフライパンに油を垂らしたような音を連続で立てているが、俺への影響はそれだけだ。レーザー光自体は俺の目には見えない。こんなところは嫌に現実的だな。もっと目でわかりやすくする、とかファンタジーを期待してたんだけど。

 

 あっという間にデストロイヤーの足元に着き、タイミングを測る。

 

 ……速度は六十から七十キロってとこか。なるほど、馬よりは速いが正直あくびが出そうなほどにノロいね。

 

 右の前脚が地面に下りたタイミングでデュランダルを突き立てて一気に機体上部まで駆け上がる。

 硬いことは硬いが刃が通らない、ということは無さそうだ。その点は良かったな。

 

 さて、デストロイヤーのグラグラ揺れる表面を見回すと迎撃用なのか何なのかは知らないが人型のゴーレムがウロついている……が、今回は相手取る時間が無い。気付かれないうちに脚を破壊してトンズラこかせてもらおう。

 

 懐からバニルに買わされてしまったマジックスクロールを取り出してたった今駆け上ってきた右前脚の付け根の関節部に押し付け、発動。

 出来れば脚一本丸々効果範囲に入れたかったのだが、デストロイヤーの巨体を支える脚は相応に大きく、脚一本でも優に五十メートルはある。関節部をギリギリ覆うくらいしか無理そうだ。それで充分だけどな。

 スクロールから魔法陣のようなものが広がり、付け根を全て飲み込んだ。これで良し。結界があるままだったらこのスクロールも弾かれていただろう。アクアに感謝だな。

 

 スクロールの影響でこの脚は相当脆く、また、攻撃力が上がった状態になったはずだ。

 

 それを証明するかのように一瞬だけ右前脚の動きが早くなる。勢いよく地面に脚を叩きつけたと思ったらーーーその衝撃で関節部が完全に粉砕。破片が散弾のように飛んできた。

 

 

「ひょっ⁉︎」

 

 

 思わず声が漏れてしまった。

 

 破片が俺に当たる直前に高速で後ろに跳び退り何とか事なきを得る。不意を突かれるといくら速く動けようと対処出来るか分からなくなってしまう。今回は対応できて良かった。

 

 それにしてもあのスクロール意外に使えたな。防御が下がり、攻撃が上がる、というのは自らの攻撃の反動にも耐えられなくなるって事だ。土台がしっかりしていなければまともな攻撃など出来ないという良い見本である。

 

 さて、他の脚は……?

 

 辺りを見回して影響を確認する。俺の予想が正しければこれで停止するのはーーー。

 

 突然ガクン、とデストロイヤーが傾く。見ると、今俺が破壊した脚から交互に右と左の脚が合計三本停止しているのが分かった。やったぜ。

 

 これで俺の読みが当たったことが分かった。あとはもう一本、今度は左前脚を何とかすればかなり勝ちの目が濃くなる。おそらく結界解除からこの行程までは三十秒くらいしかかかっていまい。良いペースだ。

 

 だが俺の手に脚を丸ごと粉砕させるような道具はもう残っていない。正真正銘身一つ、剣一本だ。とりあえず周回しているゴーレムに見つからないように反対側へ回り込む。

 デストロイヤーは最初の速度など見る影もなく、ぎくしゃくしながらも前進を続けている。とはいえ今にも崩れ落ちそうだ。これなら破壊しないまでも正常な動きを阻害してやるだけですっ転ぶかもしれない。

 

 少しだけ楽観視するくらい良いだろう。そもそももうこれしか手が無い。なるようになれ、だ。

 

 そう考えながらデュランダルを両手で逆手に持ち、大きく上に振りかぶる。狙うは関節部、形状的に一番薄い場所。上手くいきゃ一発だ。

 

 心の準備を終えて、自分の中で決めていたタイミングで全身の体重をその切っ先に乗せて渾身の力で突き刺した。

 

 

「デュランダルを……、押し込めぇええええええ‼︎」

 

 

 別に俺は遥かな古から黄金騎士の使命を受け継いではいないのだが、何となく気持ち的に叫びながら実行する。声出しながらの方が力も入るって科学的にも証明されてるからね。仕方ないね。

 

 狙った場所に吸い込まれる世界最硬の剣。僅かな抵抗の後、ブツン、と何かを切断したような手応えが帰ってきた。

 

 

「えっ?」

 

 

 次の瞬間に感じたのは浮遊感だった。

 

 俺の一撃によっておそらく魔力の回路は断つことが出来たのだろう。だがその後の事は考えてなかった。一気に複数の脚が停止すれば必然、一気に崩れ落ちるものである。

 

 俺はデストロイヤーが一瞬でずっこけたために宙空に投げ出されてしまっていた。高さは百メートルはありそうだ。

 落ちたらいかな俺であろうと即死待った無し。ゼロの人生は終わってしまった!

 

 

「……いやちょっと待ってこれやばいってぇえええええ⁉︎」

 

 

 落下しながら必死に助かる方法を考える。

 

 おおお落ち着けえ‼︎ほら、俺の知ってるアニメのキャラとかにもこんな状況から生還したやつが一人ぐらいいるだろ⁉︎そん中から俺でも実行出来そうな動きを真似すりゃいい!

 

 考えるというよりは思い出す作業である。経験だけが抜け落ちた脳内の引き出しを漁る。思考が高速化しているからか、まだ落ち始めた直後に該当する人物を見つける事が出来た。

 

 

「『スイッチ』ィィイ‼︎」

 

 

 久しぶりにカチン、と自分の中で何かが切り替わる感覚がして俺と共に落下する瓦礫やさっき俺がスルーしたゴーレムがスロー再生になる。

 視界に映った足場になりそうな物を一瞬で把握、記憶して地面まで安全に辿り着ける道を正確になぞっていく。

 無事に足が地面にスライディング出来た時に思わず感謝の念が湧いてきてしまった。

 

 マジでありがとうございます、ブラッドレイ大総統閣下……!

 

 さて、こうしてはいられない。デストロイヤーは勢いのままに進行を続けているのだ。早くダクネスの所までいかないとーーー。

 

 

「…………⁉︎」

 

 

 何気無く、止まったはずのデストロイヤーの脚を見て絶句してしまった。

 

 

 止まっていない(・・・・・・・)

 

 

 いや、止まってはいる。だが後方の後脚二本だけがなぜか先ほど以上のスピードでガシャガシャとデストロイヤーの図体を前へと送っている。変わらずデストロイヤーは突っ伏しているので地面との摩擦はあるだろうが、その速度は最初と変わらないくらいは出ているように思う。

 

 ウッソだろお前。なんで他の脚は停止してんのにあの二本だけ激しくなってんだ。

 

 まるで他の脚へ行くはずだった魔力を全てあの脚に集めているかのようだ。まさかあれだけ別制御だったとでも言うのか。なんでそんなことしてんだよノイズ。余計なことしやがってぇぇぇ……!

 

 前進し続けるデストロイヤーを置き去りにしてダクネスの元に向かう。早くしないと間に合わない。

 数秒程でダクネスの元に着く。デストロイヤーはまだかなり先だ。時間はまだありそうだが、止まる気配が無い。アクセルに来てしまえばデストロイヤーの巨体なら外壁を粉砕して街を蹂躙してしまうだろう。

 

 

「おいダクネス、作戦変更だ!脚が二本だけ停止しなかった!あの速度ならめぐみんの爆裂魔法で動いてる脚吹っ飛ばせばアクセルに着く前に止まる!俺らは避難しておくぞ!」

 

 

 ダクネスに簡単な説明をしてカズマに無線で連絡しようとするーーーその手をダクネスが掴んだ。

 

 おい、何してんだ。離せ。

 

 

「ダメだ。私の勘があれを止めてもそれだけでは終わらんと言っている。めぐみんの爆裂魔法はその時のために残しておかねばならない」

 

「ハァ⁉︎バカなの死ぬの⁉︎そんな不確定な理由でお前の命かけられるか、バァカ‼︎早くしねえとデストロイヤーが………」

 

 

 …………不確定。それを言うなら俺の作戦も不確定だらけだったではないか。

 

 それを信じて俺に任せてくれたのはこいつらだ。

 こいつの勘とやらがどこまで信用できるかは知らん。だが、もしそれが本当なら確かにここで使うのは得策ではない。ダクネスがあれを止められるなら。

 

 

「………信じて良いんだな?止められるんだな?」

 

「任せておけ。お前が知る限り最高の壁役なのだろう?私は。その信頼に応えずして何が『クルセイダー』だ」

 

 

 まだ迷う俺を急かすように無線が鳴り響く。

 

 

『おい、大丈夫なのか⁉︎脚が止まってないぞ⁉︎』

 

「……………………大丈夫だ。問題無い。俺とダクネスがここで壁になる。アクセルには到達させん」

 

 

 どのみちもうデストロイヤーはここに来てしまう。ダクネスと俺が二人でやりゃあ何とかなんだろ。

 カズマとの無線を切って、俺達と激突するはずのデストロイヤーを視界に収める。

 

 

「ダクネス。やるからには成功以外ありえねえ。その剣じゃなくて俺のデュランダルを使え」

 

「そ、それは……しかし良いのか?」

 

「早くしろい」

 

 

 ダクネスが地面に突き立てていた剣を回収して俺の剣を持たせる。デュランダルは俺が持たなければただ硬いだけの金属の延べ棒に過ぎないが、盾としてならこれ以上無い程に活躍してくれるはずだ。

 そのままダクネスがポーションを飲むのを見届ける。

 

 

「どうだ?」

 

「お、おおおお?す、凄いぞこれは!力が湧き上がってくるようだ!ぐっ⁉︎だ、だがこんなに力が有り余っているのに動けないとは……ああ、な、なんだこの感覚は⁉︎ク、クセになりそうだ……‼︎」

 

 

 どうやら変態さんは今日も元気なようだ。

 

 ……さて。

 

 

「おいゼロ⁉︎な、何してる⁉︎」

 

「黙ってろ。俺だってお前みたいな堅い女に抱きつきたくねえよ」

 

 

 ダクネスに背後から抱きつきながらマントで二人羽織をする。俺のマントは耐久を上げてくれるからな。気休めにしかならんが無いよりは気休めでもあった方が良い。

 マントを固定してそのまま後ろを向いて踏ん張る体勢になる。ちょうど俺がつっかえ棒になる感じだ。

 

 

「馬鹿者、そうではない‼︎まさかお前もデストロイヤーを止めるつもりか⁉︎」

 

「そうだよ」

 

 

 デストロイヤーから視線を切らずに答える。

 

 ……うん、思ったより遅いな⁉︎あのスピードならもうとっくに着いててもおかしくないと思うのだが……?

 

 不思議に思って観察してみると、後脚の動きがかなり遅くなっている。これはラッキーだ。一気に魔力を通したせいかオーバーヒートを起こしてしまったらしい。

 とはいえ、惰性で動いているのとは訳が違う。未だに動き続ける物体を止めるのはかなり大変なのだ。

 

 

「そら、もう来るぞ。動けないっつっても心構えはしとけよ」

 

 

 ダクネスに注意しておく。いくら遅くたってあんだけでかいの止めるんだ。その衝撃は計り知れない。ダクネスもそれは分かっているのか、無言で頷いてその瞬間を待つ。

 

 ……まあそうは言っても当初の予定よりも大分楽に止められそうだ。終わってみれば楽勝ってやつだ。

 

 そんなフラグになるような事を思ったのがいけなかったのだろうか。

 目の前にまで迫っていたデストロイヤーが後脚を二本とも揃え、力を溜めたかと思ったらとんでもない勢いで後ろに地面を蹴り込んでこちらへ向かって吹っ飛んできた。あの普段の走行が時速七十キロとするとこの速度は百キロを超えているのでは無いだろうか。あまりの勢いで蹴り込んだために後脚は二本とも反動でもぎ取られ、デストロイヤーの巨体が宙に浮いている。

 

 

「ーーいやなんでだよぉおおおおおおああ⁉︎」

 

 

 理不尽に嘆いた直後、凄まじい衝撃がダクネスと俺を貫いた。体の内側からゴキン、と鈍い音がして激痛など感じる間も無く二人揃って時速百キロでアクセル方向に押し戻されていく。

 

 

 ーーーあ、これダメかも分からんね。

 

 

 

 

 

 



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56話



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 ※

 

 

 つっかえ棒にしている脚が地面を削りながらミシミシと悲鳴を上げ、筋繊維が千切れる独特の音がプチプチ聞こえてくるようだ。最初の激突で恐らく肋骨が二本逝った。背骨も痛めたかもしれない。つまり絶好調だ!…って言えたらいいなあ(叶わぬ願い)

 

 視界が後ろに流れていく。まあ時速……今は八十キロくらいか?そんな移動をしているのだから仕方ないだろう。

 ちなみに今のままだと俺の運命はアクセルの外壁とデストロイヤー、いや、ダクネスの背中とのサンドイッチになって終了する感じです。はい。

 

 

「「止まれこのデカブツがぁぁああああああああああああああっっっ‼︎‼︎」」

 

 

 ダクネスと俺の心からの叫びがハモる。多分アクセルにいる全市民、全冒険者の心が一つになった瞬間である。

 

 大体、なんで普段の移動よりもスピード出てんだよ。あれか、俺のフラグを回収しに来てくれたのか。きっと中にいる開発者さんはテンプレお約束が大好きなんだろうなぁ。目の前にいたらぶっ殺してやるのに。

 

 

「ぶっ…がふっ……っ」

 

 

 いかん、折れた肋骨が内臓……いや、咳なら肺か?を傷付けたらしい。咳き込む余裕など無いのに喉の奥から溢れて来る鉄臭い液体が抑えられない。

 

 ギシッ…、と歯をくいしばる。奥歯が割れた音がしたが今はどうだっていい。ダクネスの後ろで支えてるだけの俺がそんな弱音を吐く訳にはいかない。デストロイヤーと正面衝突した俺と背中合わせのクルセイダーはもっと辛いはずなのだから………!

 

 

「ぐうぅぅっ……!す、凄まじい圧力だ…!こんなに死の危険を感じるのは生まれて初めてだ!感謝するぞ、ゼロ‼︎お前の作戦は決して間違いではなかった‼︎」

 

「…………………っ‼︎」

 

 

 くそったれが!歯あ食いしばってるせいでツッコめねえぞ!意外と余裕そうですねえ!俺の渡したポーションが効力を発揮しているようで何よりだよこんちくしょう!

 

 実際、ダクネスのお蔭でかなりデストロイヤーの速度は遅くなっている。だがそれでも外壁に着くまでに静止させられるかどうかといったところか。ダクネスは大丈夫そうだが俺の足が問題である。身長が縮んだらどうしてくれんだ。

 

 俺を先頭に大量の土砂をぶちまけながら地面を削り続けるデストロイヤー一行。

 ついにアクセルで工事のおっさん達が作っていたバリケードにまで到達してしまった。木材で作られたバリケードが先頭にいる俺に情け容赦無く叩き付けられる。

 

 ここに来て最大の敵が味方が作ったバリケードとは俺の運の無さも極まれりだな。

 手で振り払いたいが、そうすると踏ん張りが効かなくなってしまう。ある程度はマントのお蔭で緩和されているのだ、致命傷にはならん。

 

 

「「『クリエイト・アースゴーレム』‼︎」」

 

「「『フリーズガスト』‼︎」」

 

 

 木材がぶつかる度に食いしばった歯の間から血が飛び散るのを我慢していると、街にいた冒険者達が魔法で援護をしてくれる。次々と地面から立ち上がるゴーレムが、凍りつくささくれ立った地面が、デストロイヤーの速度を削っていく。ちなみに俺の体力も削っていく。もう外壁は目の前だ。

 

 

「おおぉおおおおおおおおああああああああ‼︎‼︎」

 

 

 ここまで来たら後はもう気力の問題だ。全身の力を足に込める。地面をより一層深く削りながら外壁にゆっくりと押し当てられていく俺の足が嫌な音を立ててあらぬ方向にへし折られた。今まで支えていてくれた足が複雑に折れ曲がったことによって崩れ落ちて尻もちを付いてしまう。

 

 

 ーーーだが、もういい。良く頑張ってくれた。

 

 

 最後の冒険者達の魔法の嵐と、俺とダクネスの渾身の悪あがきによって遂に魔導技術大国ノイズが生み出した史上最悪の兵器、機動要塞デストロイヤーはその活動を停止していた。

 

 八本あった脚は五本に減り、残った脚は全て停止しているものの、それ以外に目立った外傷は無い。これだけ被害を出しておいてほとんど無傷とは恐れ入る。さすがは何百年も人類を苦しめて来ただけのことはあるな。

 

 

「………ぅ…ぐっ…、おい、ダクネス、止まったぞ……」

 

 

 先ほどからデストロイヤーの前でデュランダルを盾にしたまま動かないダクネスに声をかける。しかし、返事が無い。まさか何かあったのかと震える腕で這いずり、ダクネスの前に回り込むと。

 

 

「………すぅ……すぅ……」

 

「ビビらせんじゃねえよド変態……」

 

 

 寝ている……というよりは気絶の方が正しいか。

 

 さすがの耐久極振りのダクネスさんでもこの怪物相手では平気とは言えなかったらしい。さっきまで元気そうに見えてたのはやはり無理をしてたんだろうか?

 

 だがアクセルを守りきった事だけは理解しているのだろう。やり切ったようないい顔で気絶していた。

 

 ーーこうして見るとやっぱこいつも美人だな。いっそずっと寝てりゃいいのに。

 まあお前も良く頑張ったよ。もう終わったんだ、ゆっくり休めばいいさ。

 

 俺がいつに無く穏やかな心持ちで脱力していると駄女神のはしゃいだ声が響いてきた。あいつも元気だねぇ……。

 

 

「やったじゃない‼︎これでアクセルに平和が戻ったわね!さあ、今まで散々国や街を潰してきた賞金首よ!報酬貰ったらもう働かなくてもいいんじゃないかしら!今日は朝までドン勝パーティーよ‼︎」

 

「お前せっかく止まったのになんでそんなフラグになるようなこと言うんだよ⁉︎ゼロとダクネスになんか恨みでもあんのか!」

 

 

 カズマが即座にアクアが打ち立てたフラグを折ろうとするが、旗立颯太でも無い普通の人間には荷が重かったらしい。

 唐突に地面が振動を始める。どうやら停止したデストロイヤーから発されているようだがーーー?

 

 

『警告、警告。被害甚大につき、自爆機能を作動させます。搭乗員の方は速やかに避難して下さい。警告、警告。被害甚大につき………』

 

 

 物騒な警告は何度も、何度も響き渡る。その無駄に恐怖心を煽る機械的な音声は全て終わったという弛緩した空気をパニックに陥れるには充分過ぎる効果があったようだ。

 

 ーーー誰かが呟いた。

 

 

「……………なんか、ヤバくね?」

 

 

 冒険者達に少しずつ、少しずつ恐怖が伝播していく。

 

 

「ヤバいって……、ヤバいってこれええええ‼︎」

「イヤダー‼︎シニタクナーイ‼︎」

「ああ、それとリーン。時間を稼ぐのはいいが…、別にアレを破壊してしまっても構わないのだろう?」

「やれるもんならやってみてよ‼︎なんで急に声のトーン変えたの⁉︎バカ言ってないで逃げようよ‼︎」

 

 

 ……確かにヤバい。自爆機能という事は、文字通りこの場でボンッてなるという事だろう。ここで何とかしなきゃいけないのに冒険者達は逃げ惑うばかりだ。癪だが、ダクネスのカンは当たってたというべきだろう。問題なのは頼みの爆裂魔法がこの状況ではクソの役にも立たないってことだ。アクセルの外壁に触れそうな位置にあるデストロイヤーに爆裂ブッパしたとしても結局被害は出るからな。

 

 

 ………俺がどうにかするしかない。

 

 

 だが今の俺は満身創痍も良いところだ。肋骨が折れて肺の辺りに突き刺さってる感触があるし、腕や背筋、腹筋などは痙攣してまともに剣も握れないだろう。何よりも足が完全に使い物にならない。

 

 俺が回復機械として、そして結界排除装置としては誰よりも頼りになると判明した女神を呼ぼうとするが、それよりも早く誰かの声が聞こえた。それは小さいが、とてもよく響く、何かの覚悟が窺える。そんな力強い声だった。

 

 

「俺はやるぞ。今までどれだけこの街に世話になってきたと思ってるんだ」

 

 

 その声の力強さは周囲に伝播し切っていた恐怖心を打ち消していく。

 

 

「そうだ、そうだった。俺も行くぞ」

 

「俺も」 「俺もだ」

 

「……ああ。俺が高レベルと呼ばれるようになっても他の街に行かなかった理由をたった今思い出したよ」

 

 

 それは逃げ一色だった空気を全て攻めの空気へ転換するほどの力を秘めていたことになる。恐ろしい程のカリスマ性だ。たった一人の言葉がここまで影響するのを初めて見た。一体誰が?

 と、最初に言葉を発した奴の顔が気になる一方でもう一つ気になることが聞こえた。

 

 ………高レベルの奴がこの街に多いのって、確かサキュバス達のせいじゃなかったっけ?

 

 俺の疑問に答える声の代わりに聞こえてきたのは拡声器によって大きくなったカズマの声だった。

 

 

『機動要塞デストロイヤーに乗り込む奴は手え挙げろー‼︎』

 

 

 その声に迷う事なく手を挙げる数多くの冒険者達。その全員が男だった。

 

 …………あっ、そっかぁ……。

 

 俺が何かを察する間にカズマが音頭を取る。こういう時だけ無駄に行動力が増す奴である。

 

 

『ぶっ壊せぇええええええ‼︎』

 

「「「おおおおおおおおお‼︎‼︎」」」

 

 

 その勢いと一致団結の仕方はデストロイヤーを止めた時の数倍に匹敵するのではないだろうか。

 

 次から次へと先にフックが付いたロープを掛けてデストロイヤーによじ登っていく冒険者達を見て、何だか遣る瀬無い気持ちになってしまった。

 

 

 …………俺の感動、返してくれねえかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 



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57話



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 ※

 

 

「アクアー!アクアさーーーん‼︎」

 

 

 冒険者達があらかたデストロイヤーに乗り込んでいった後。俺のアクアを呼ぶ声が木霊する。つーかこいつ止めたのって俺の働きも大きい気がするんだが、放置していくって酷ない?

 誰も気に掛けてくれないとか実は嫌われてるんじゃないかと悲しくなってくる……いや、そんな場合じゃない。

 

 デストロイヤーもヤバいがこっちも緊急事態だ。アドレナリンのお蔭か今まで痛みを感じていなかった全身がズキズキと痛み始めている。割とマズいレベルの痛みだ。最悪ショック死もあり得る。

 ここまで頑張って来た最期が痛みによるショック死など嫌すぎる。さっき声が聞こえたからには近くにいるのだろう、早く来てくれ。もう呼吸するのも痛いし、大声出せなくなってきたんですけど。

 

 すると俺の祈りが届いたのか、デストロイヤーの陰からひょっこりとアクアが顔を出した。

 

 

「……?あ、ちょっとゼロさんすごい方向に足向いてるわね、大丈夫?」

 

「……これが大丈夫に見えるならお前が大丈夫じゃねえよ。早く治してくれ、とりあえず先に足から頼む」

 

 

 アクアが余計な事は言わずに治療を開始してくれる。

 足、腹部から胸部にかけて。痛みが引いていく感覚は中々悪くない。この瞬間だけはこいつは女神と崇められても良いんじゃないかね。

 

 …………よし。

 

 

「アクア、もう良いぞ。痛みは無くなった」

 

「え?まだ終わってないわよ?足は完治したけど安静にしなきゃだし、折れてた肋骨と穴開いてた胃は繋げたけど今動くと開いちゃうかも」

 

 

 俺だって出来りゃあゆっくり休みたいさ。だがデストロイヤーをあのエロ魔人共に任せっきりにはしておけないだろ。俺とダクネスがこんだけ苦労して止めたのに結局ダメってのは勘弁してほしいからな。早く行かねえと。

 

 アクアに水を出してもらって口内をゆすぐ。ホントに結構血い出たな。

 

 

「っし、水と回復魔法サンキューな。

 ……ダクネスを頼む。安全なとこまで引き摺ってってやってくれ。魔法は……、必要無さそうだけどな」

 

 

 俺はズタボロになったというのにダクネスには少なくとも目に見えるような傷は無い。ポーションの効果もあるだろうが、ダクネスの耐久がそれほど高かったのだろう。ともかく、良かった。いくら冒険者とはいえ女に傷残したとあっちゃあ男として終いだ。責任取らなきゃいけなくなっちゃう。

 

 ダクネスがまだ握っているデュランダルを返してもらう。気絶したというのに、その手は白くなるほどに剣の柄を掴んでいた。

 

 

 

「………あとは任せとけ」

 

 

 

 自然と優しい声が出てしまった。

 

 お、今の声割とカッコよかったことない?この声でクリスに迫ればきっと良い感じに………。

 

 

「やだ、ゼロのその声気色悪いわね。あんまり人に聞かせないほうが良いと思うわよ」

 

 

 放っとけ。

 

 

 

 ※

 

 

 アクアの感想に涙目になりながらデストロイヤーに乗り込み、程なくしてカズマやテイラー達と合流できた。

 

 なぜか白骨死体を囲み、微妙な表情をしている。どうもこいつがデストロイヤー乗っ取ったとかいう傍迷惑な開発者のようだ。生きてたら俺含めた冒険者達のサンドバッグにしてやったものを、運の良い奴である。

 死んでるならそんなモンどうでもいいだろ。早く何とかしねえと爆発するって忘れてない?

 

 

「お、おう。そうだな……」

 

 

 カズマが持っていた日記のような物をパタンと閉じた。チラッと見えたが、もしかしてそれ日本語で書かれてなかったか?………それも俺にはどうでもいいんだけどさ。

 

 カズマ他数名の冒険者と動力炉を探す。自爆するのも機能の一種だと言うならば動力源をどうにかすれば停止するのではないか、と言うのがカズマの見解らしい。

 

 

「おい、これじゃないか?動力」

 

 

 先行していたテイラーが何か見つけたようだ。

 

 その部屋の中央には赤く光り輝く鉱石が中で浮いている鉄格子があった。その鉱石はかなり小さいが、まさかこんなものでデストロイヤーを動かしていたのだろうか。

 

 

「これがコロナタイトってやつか」

 

「……コロナタイト?何だそりゃ、聞いた事ないな」

 

 

 カズマが知ってて俺が知らないとかちょっとショックなんだが。

 

 

「さっきの日記に書いてあったんだよ。なんでも伝説の鉱石で、半永久的に燃え続けるんだとか」

 

「………ウランとかプルトニウムじゃないよね?それ」

 

「いや俺としてはなんでお前が核を知ってんのか小一時間問いたいんだが」

 

 

 ここで小一時間話し込んだらアクセルも俺達もめでたく粉々だぞ。

 いつか話す機会もあるだろうがそれは今じゃない。

 

 

「……それよりこれをどうするんだ?鉄格子からは俺が斬って取り出せばーー」

 

「『スティール』」

 

 

 俺が剣を抜こうとした時にはもう遅く、カズマがスティールを発動してしまっていた。こいつバカかよ。

 

 スティールによって鉄格子の中からカズマの手の平、少し上あたりに移動するコロナタイト。その赤々と燃える石がカズマの手に触れる前に襟首を掴んで後ろに投げ捨ててやった。

 

 

「ぐえっ⁉︎何するんだよ⁉︎」

 

 

 何もクソもないわ。あのままだったらお前の手首から先はコゲ肉になってたっつーの。俺に感謝するがいい。

 

 とはいえお手柄だ。これで動力は抜いたんだから自爆機能とやらも止まるだろ………。

 

 

「な、なあ、このコロナタイトなんかおかしくないか?だんだん光が強くなってるような……」

 

「あん?」

 

 

 見ると、テイラーが言うとおりコロナタイトはその光を赤から白へと変貌させようとしていた。

 

 まさか、と思いさっきまでコロナタイトが収められていた鉄格子の隙間に指を突っ込む。鋭い痛みを感じて引っ込めると、指先が凍り付いていた。

 中は相当温度が低くなっている。という事はコロナタイトってのは冷却が必要な物質という事であり。

 

 

「おい、これ冷却されてたのを無理矢理引っ張り出したから温度がどんどん上がってんじゃねえか⁉︎」

 

「え」

 

 

 カズマの顔からサーッと血の気が引いていく。自分のせいだとでも思ったのかもしれないが、これについてはカズマに落ち度はないだろう。やらなきゃボンッてなってたんだ、致し方無し。

 

 

「ど、どっかに捨てて来ないとコロナタイト自体が爆発するんじゃ……」

 

「おいバカ、触んな!見りゃ分かんだろ、もう人間が触れる温度じゃねえぞ‼︎」

 

 

 そう、もうその温度は何百度など軽く超えて千度まで達しているのではないだろうか。だがこのまま放置しておけば何が起こるか。

 もしこれが本当にデストロイヤーを動かすほどのエネルギーを秘めているのだとしたら爆発した時の被害は計り知れない。

 

 コンマ数秒の逡巡。覚悟を決めた。

 

 デュランダルを居合いで抜きながら鉄格子を斬り裂く。カズマ達が驚いた顔で俺を見るが、これしか方法がねえ。文句あんなら全部片付いた後にまとめて聞いてやるよ。

 

 一瞬で俺の指先を凍りつかせたほどの凍気が勢いよく噴出する……そのど真ん中に躊躇無く左手を突っ込む。

 

 痛っ…!てえなクソがぁ……!

 

 左腕の芯まで凍り付く痛みを顔に出さないように唇を噛む。またアクアの世話にならなきゃいかんな。この後俺が生きてたらの話だが。

 

 

「お前何してんだよ⁉︎早く手え抜け‼︎」

 

 

 言われずとも抜くさ。もう充分だ。

 

 剣を鞘に納めて右手でマントを掴む。リバーシブルになっている俺のマントの赤い方は熱に強いはずだ。あんま役に立ってなかったが、今がその時だぜ。

 マントを剥ぎ取りながら床に転がっているコロナタイトを包み、それを凍り付いた左腕に乗せた。もう掴む事は出来んがラグビーボールのようにすれば運ぶことは出来る。

 

 

「ゼロ、まさかお前さん………‼︎」

 

 

 テイラーが俺が何をしようとしているのか理解したようだ。

 

 

「どけ‼︎ちっとばかし遠投してくるだけだ‼︎」

 

 

 動力炉から飛び出し、入って来た入り口から地面まで飛び降りる。もう左腕を覆っていた氷など消え失せたが、持てないほどに熱いわけではない。

 いくら熱に強いマントで包んでいるとはいえ、摂氏ウン千度の鉱石を持って腕が無事で済むわけがないのだが、これは何となく予想はできていた。

 

 忘れもしない、アルマの村を出て一時間もしないうちに出逢ったフレイムドラゴン。俺のマントの元になったドラゴンだ。

 俺の左腕はフレイムドラゴンの炎によって一度は炭化するほどの熱に煽られた。

 その時は偶然治療法を実行していたのと、自身の回復力のお蔭で元通りに治ったんだが、それ以降、俺は自分の左腕が異常なまでに熱に強くなっていることに気づいた。

 これも特典の影響なのだろう、通常のたき火などで直接炙っても熱くもないし火傷一つ負わなくなったのだ。それなのに熱を感じないワケではないから不思議だ。人に触れるとちゃんと温かさを感じる。

 特に何かの役に立つこともなかったが、今この状況では値千金。焼かれとくもんだね、左腕。

 

 平原をひたすら走り続ける。

 

 コロナタイトの光は強くなる一方で、もはやマントを透過する光が多過ぎてマントがあるか無いかもわからないほどだ。

 

 これ何が怖いって、いつ爆発するのかわからないのと爆発の範囲の予想が出来ないのがめっちゃくちゃ怖い。分かりやすくタイマーでも付いてりゃ良かったのに。

 

 無い物ねだりなどしてもしょうがない。とにかくアクセルから離れれば間違いないはず。そこまで考えた時だった。

 

 

「………んん?」

 

 

 腕がブルブル震えている。より正確に言うと真っ白に輝きながら、俺ですらそろそろ持てなくなりそうに熱くなるコロナタイトがブルブル震えている。

 

 これはマズイ。もう限界が来たようだ。

 アクセルからはかなり離れたが、問題は俺だ。こいつの爆発範囲から逃げ切れるだろうか。いや、そんな時間すらも惜しい。

 

 マントから取り出したコロナタイトをフォーシームで握って左腕を大きく振りかぶりながら助走を付け、足腰の回転と腕の振りによって発生した力を余すことなく手首に伝えてコロナタイトを遥か頭上にぶん投げる。

 

 

「エリス‼︎お前にレインボォオオオウ‼︎」

 

 

 俺のよく分からん掛け声と共にすっ飛んでいく真っ白なコロナタイト。俺は元来右利きなのだが、どちらの腕でも剣を振れるように訓練した副産物としてある程度は左も自在に操れる。右手で投げるのとさほど変わらないくらいには飛んだはずだがーーー。

 

 重力に逆らいながら高度を増していく光。ある高さまで上がった瞬間、太陽がもう一つ出現した。

 

 すかさず手を翳して目を庇うが、何の意味も無かった。手が完全に透けている。

 目を焼かれる痛みに呻いた直後、遅れてやってきた凄まじい衝撃波と爆風が周りの地形を変えながら俺を吹き飛ばす。

 

 体感で十数秒ほど地面を無様に転がり、恐らく岩だろう、何か硬い物に後頭部を強かに打ち付けて俺は意識を失った。

 

 

 

 

 



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58話



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 ※

 

 

「おいこれどうなってんだ、なんかどんどん熱くなってないか⁉︎」

 

 

 ゼロがコロナタイトを持って走っていった平原の先。その上空で極大の、それこそ爆裂魔法を超える爆発が発生したことをデストロイヤー内部に設置されていた窓から視認していた俺達はある事に気づいた。

 

 ……なんか蒸し暑くね?

 

 最初は気のせいかとも思ったのだが、時間が経つにつれ、気のせいでは済まされない程に熱くなってきたのだ。まるでサウナの中にいるような感じがする。

 デストロイヤーの中にいた他の冒険者も同様だったようで、急いで外に出た俺達が見たものは。

 

 

「動力は止めたはずだろうが!何でこんなに熱くなってんだよこいつ!」

 

 

 真っ赤に染まりつつあるデストロイヤーの機体だった。まだ内部にいたらしい冒険者達がこれは堪らん、と頭部に開いた入り口からまるでアリか何かのようにわらわらと出てきてはそれなりの高さがある地上まで飛び降りている。

 

 コロナタイトを取り除いた時から止んでいたデストロイヤーの振動が最初よりも強く地面を揺らし、部品の繋ぎ目から蒸気と思しき白い煙が勢い良く噴き出し始めた。これはもしかして………。

 

 

「溜まってた熱と蒸気が……、噴き出ようとしてる、のか?」

 

 

 そう考えてみれば腑に落ちる。動力を止めたって事は当然、排熱機関やそういった溜まった物を排除する装置も止まるって事だ。熱というものは手を加えてやらないとそう簡単には冷めないものである。しかも今回は蒸気のオマケ付きだ。蒸気は水と違って温度が百度を超えてまだ上昇する。そんな蒸気が圧縮から解放されたら街はエラい事になるだろう。

 

 

「『セイクリッド』ーーー」

 

「ん?ちょっと待てアクア、お前何するつもりだ」

 

「へ?何って、熱いから冷ませばいいんでしょ?水かければいいじゃない」

 

「バカか⁉︎水蒸気爆発を知らないのかよ‼︎」

 

「なんですって⁉︎粉塵爆発なら知ってるわよ!」

 

 

 ダメだこいつは。結界の件で見直したと思ったらこれである。駄女神が頼りにならないとなると残る手段はーー

 

 その時、俺の後ろで今日は爆裂魔法を撃っていない元気いっぱいめぐみんちゃんがマントを翻しながら呟く。

 

 

「真打ち、登じょ」

 

「却下」

 

「んな⁉︎何故ですかカズマ‼︎ダクネスやゼロばかりずるいですよ!二人に良いところを取られっぱなしでは紅魔族随一の爆裂魔法の使い手として……」

 

「そんな称号捨てちまえ‼︎しかも紅魔族で爆裂魔法使えるのはお前しかいないんだろ⁉︎とにかく、こんな街に近いところで爆裂魔法なんか使えるかよ!」

 

「むうう…………」

 

 

 だが、爆裂魔法に頼りたいのも事実だ。なんだかんだで一番強力で頼りになる。被害さえ出なければ……。

 

 

「…………めぐみん、お前爆裂魔法の範囲と威力の調整は出来るって言ってたよな?限界まで抑えて撃ち込めば止められると思うか?」

 

「ええ?ど、どうでしょう。その場合どこを狙えばいいのですか?」

 

 

 そうだ、その問題が残る。

 

 どこを中心に熱が放出されるかわからないと範囲を絞り込んだ爆裂魔法だと余計に拡散を早めてしまうだけだ。中心に正確に撃ち込めれば熱と蒸気を爆裂魔法で空けた穴から逃すことができるかもしれないってのに。

 

 

「場所……、場所さえ分かれば……‼︎」

 

 

 しかしこのままではジリ貧だ。せっかくゼロが命懸けでコロナタイトを処理してくれたってのに、顔向けできない。まああいつ、殺しても死ななそうだし、そこは心配してないけど。

 とにかく待っていても仕方ない。一か八かの勝負に出ようとめぐみんに指示を出すーーー直前。どこからか尊大な笑い声が響いてきた。

 

 

「フハハハハハハ‼︎お困りのようだな、横にいる紅魔の娘が成人したら色々してやろうと次の誕生日を今か今かと待ち続ける邪な男よ‼︎」

 

「お⁉︎思ってねーし⁉︎待ってもねーし‼︎……おい、やめろお前ら!そんな目で見るんじゃねえ!思ってないって!」

 

 

 めぐみんやアクアだけでなく、他の冒険者にすら白い目で見られてしまった。

 

 ちくしょう、誰だよ!根も葉も無い事を言いやがって!

 

 声の聞こえた方向を睨む。

 かなり高いはずのアクセルの外壁。その上から何事もないかのように地面に飛び降りた人影は、つい最近見た事がある人物だった。

 

 

「あ、あんた……」

 

「真打ち登場‼︎」

 

 

 さっきのめぐみんの真似をしているのか、着けてもいないのにマントを翻す仕草をする男。

 

 

「……は?」

 

 

 めぐみんが額に青筋を立て、その目を紅く輝かせながら今にも飛びかかりそうな姿勢になる。

 

 

「ちょっ、ちょっと落ち着けってめぐみん!あんたも挑発するなよ!」

 

「フハハハハ‼︎大変な悪感情、美味である美味である!流石は魔力だけは高いネタ種族であるな、中々上質な悪感情を発するではないか‼︎」

 

 

 この男はゼロの知り合いで、地獄の公爵だとかいう大悪魔だ。最近はウィズの店でバイトをしているが、何でそんな大物が………いや、そんな事よりも確かこいつの名前はーー

 

 

「どうもご機嫌麗しゅう!このアクセルの危機とあっては我輩も黙っておれぬな!おっと小僧、みなまで言うな。我輩の力が必要なのだろう?全てを見通すこの我輩の力が!」

 

 

『見通す悪魔』、バニル‼︎

 

 

「頼む、熱と蒸気が一番集中してる所を探してくれ!あんたならできるだろ⁉︎」

 

「フハハハハお安い御用である!

 しばし待っておれ。本来ならば代金をいただくのだが……、ふん?貴様にはまだ(・・)支払能力が無いようだな。

 ならば仕方あるまい。我輩としても心が痛むがこの貸しは『死神』の奴にツケておいてやろう!今から奴の泣きっ面が目に浮かぶようであるわ、フワーッハハハハハ‼︎」

 

 

 笑いながらも目を紅く光らせてデストロイヤーを凝視するバニル。これならイケる!

 

 俺が内心でガッツポーズを取っていると、バニルの天敵であるチンピラ女神が、何が気に入らないのかバニルにガンを飛ばし始めた。

 

 

「はーん?アンタ、何が『真打ち登場』よ。ちょっと目が良いだけで汚らわしい悪魔がヒーロー気取りとか片腹痛いわね。ここにいるみんなに本性晒してあげるからこっちに来なさいな」

 

「…………小僧。我輩は今珍しく集中している。こんな夜にピカピカ光る虫のような奴がいては見えるものも見えないので、さっさと飼い主らしく犬小屋へ連れて行くが良い」

 

「アクア、ハウス」

 

「カズマ、あんたどっちの味方なのよ?この水の女神であるアクア様をペット扱いなんて…」

 

「『スティール』」

 

 「……ちょっと、返しなさいよ。その羽衣は私の大切な……やめてえええええ‼︎破ろうとしないで!お願いだから、私が悪かったから!もう邪魔しないからああああああ‼︎」

 

 

 羽衣を奪い取って泣かせてやると、アクアは俺やバニルの暴言を吐きながらダクネスの様子を見に行った。うん、あいつ後で殴ろう。

 

 アクアをどうやってまた泣かせてやろうか考え始めた時、ちょうど見通し終わったのかバニルがめぐみんに声をかける。

 

 

「さあ!威力と範囲を絞った魔法など撃っても面白くないと密かに最大威力で撃ってやろうと企む紅魔の娘よ!

 汝のその威力しか見るところの無い、使ったら倒れてしまうというネタ魔法中のネタ魔法の数少ない出番であるぞ‼︎しっかり狙え!あそこである‼︎」

 

「おい、我が必殺の魔法をネタ魔法とは良い度胸じゃないか!そのたった一つの取り柄である威力をその身で味わいたいようですね?いいでしょういいでしょう!

 ーーーとくと味わうがいい!『エクスプロー』いだいっ⁉︎」

 

 

 そんなシャレにならない事を言い出した頭のおかしい爆裂狂の脳天に拳骨を落とす。

 

 こいつホントやべえな。この状況でそんな考えが浮かぶとか常人じゃありえねえ。大物と言えば大物だがマジで自重しろ。

 

 俺達が仲間内で喧嘩してるうちにデストロイヤーの限界が来たらしい。地面に生えている草が触れてもいないのに自然発火し始めたのを見て冒険者達が悲鳴をあげた。

 

 

「あんたら、何でも良いけど早くしてくれ‼︎もう熱すぎて近寄ることもできねえぞ‼︎」

 

「……くそっ!おいめぐみん!お前、下手なことしたら部屋にあるパンツ全部奪い取ってギルドの掲示板に貼り出してやるからな、覚悟しとけよ‼︎」

 

「やめてくださいよ⁉︎それは本当にシャレになりませんって!

 そ、それにそんなことをしたら私の兄を名乗るあの男が黙ってませんからね⁉︎良いんですか⁉︎」

 

「そのゼロの今までの努力を無駄にするつもりかお前は‼︎良いからはよ撃て!

 ……さてはお前、一発で決める自信が無いな?あーそうだよなぁ!お前肝心なところでチキンだもんなぁ⁉︎いいよ無理しなくても!いくらお前の最強魔法(笑)でも威力と範囲極限まで抑えたら大したこと無いもんな‼︎」

 

 

 こんなことをしてる場合では無いが、こいつならこう言えば………!

 

 そんな思惑を知ってか知らずか、めぐみんはガーン、と衝撃を受けたような顔でフラフラと後ずさり…。

 

 

「ふ、ふふふふふふ…………!

 わ、我が爆裂魔法をここまでコケにされたのは初めてですよ……!いいでしょう………、見せてあげますとも‼︎

 私が憧れ続けた最強の魔法は!どれだけ威力を抑えたところでその輝きに翳りなど無い事を‼︎」

 

 

 目を今まで見た事が無いくらいに輝かせながら詠唱を開始した。

 

 これでいい。これでこいつは威力を限界まで抑えて魔法を使うしかない。プライドが許さないだろうからな。

 

 やがて詠唱が完了したのか、バニルが指差す先へ持っていた杖の先端を向けるめぐみん。その先に宿る光はいつもよりは小さいものの、なるほど、輝きはいつもと変わらずに頼もしく周囲を赤く照らしている。

 

 

「見ていてくださいよ、カズマ‼︎あなたが馬鹿にした私の魔法が、人類を苦しめてきた最悪の兵器を穿つところを‼︎」

 

 

 どうやら俺が本気で言っていると思ったらしい。

 

 そんなことをしなくてもウチの頼れるアークウィザードの爆裂魔法が世界最強だってことはとっくにわかっているというのに、全く。

 

 

「『エクスプロージョン』ーーーッッッ‼︎」

 

 

 聞き慣れた声で紡がれる聞き慣れた詠唱と共に放たれた真紅の爆焔。

 俺達のパーティーが誇る最大火力が見通す悪魔の力を借り、デストロイヤーの一点を正確に貫いていった。

 

 

 

 

 



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59話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「そういやあ、ウィズはデストロイヤーん時どこ行ってたんだ?ああいう緊急時に黙って見てられる性格はしてないだろ」

 

「あ、はい。大変な時にお力になれなくてすみません。

 実はあの時の事はよく覚えていないんですよね。確か、この新しく仕入れた消臭ポーションを整理していたら急に意識が遠のいて…………」

 

「……そのポーションの効果を詳しく」

 

「興味ありますか?さすがゼロさん、お目が高いですね!

 このポーションは『鼻曲り草』という希少な薬草から採取したエキスの発する強烈な匂いで自分の匂いを消してくれる、とても画期的な商品なんですよ!

 使う薬草が高価で珍しい物ばかりなのでちょっとだけお値段が張るのと、使ってから三日間はポーションの匂いがどうやっても落ちないことが欠点と言えば欠点ですが……いかがです?」

 

 

 それは消臭ポーションでは無く、ただの匂いがキツい草の汁だと思うんですがね。

 

 むしろどの部分を売れると判断して仕入れたのか俺みたいな馬鹿にも解るように教えて欲しいものだ。天才の思考は凡人には読み取れないというお手本のような存在だな。

 

 そしてウィズが意識不明になったという謎も解けた。じっちゃんの名にかけて、犯人はこの店の中にいる‼︎

 

 じっちゃんの顔も知らない俺が心の中だけで『死神』と呼ばれる名探偵のフリをしていると、この事件の容疑者どころか間違いなく犯人であろう悪魔が店の奥にある暖簾をかき分けて姿を見せた。

 

 

「……む?なんだ、小僧一号ではないか。貴様は見通しづらいせいでいつ店に来たのかわからんな。

 ポンコツ店主がついに腹の空きすぎで居もしない客と会話し始めたのかと心配になったぞ」

 

 

 最近のバニル、きついや……。

 

 バニルのウィズに対する塩対応に同情の眼差しを向けると、当の本人は目をキラキラさせながら感極まった表情でバニルを見ていた。

 

 

「バニルさんが私を心配してくれたんですか⁉︎

 いつも当て付けかのように私の目の前で豪勢な食事をしては高笑いをしてくるので、てっきり嫌われてしまったものとばかり………!」

 

「……お前さ、友達にはなるべく優しくしてやれよ。話聞いてるだけの俺ですら辛くなってきちゃうだろ」

 

「待て、今の発言には語弊がある。我輩は豪勢な食事を見て羨ましがる此奴の悪感情を食しているのであって、決して当て付けなどではないのだ」

 

 

 いや、それのどこに語弊があったんだよ。

 嫌ってはいないってことを言いたかったのか?このツンデレさんめ。

 

 

 

 

 ※

 

 

 一週間前。

 

 俺が平原で気絶から目覚めてアクセルに戻ると、全てが終わっていた。

 

 どうもコロナタイトを取り除いた後にも一悶着あったようだが、最後はめぐみんが決めたと聞いている。

 その際に意外にもバニルが力を貸してくれたとも。

 

 その翌日にはデストロイヤーの懸賞金が全冒険者に支払われた。カズマのパーティーは全員が多大な貢献をしたとかで、全体の半分。俺も作戦立案と、成功させた功績が認められて全体の四分の一貰い、残りは他の冒険者に均等に分配されたそうだ。

 カズマがこれでしばらく働かなくてもよくなったと喜んでいたが、どうせそのうち金なんか無くなるんだから余裕のある内に稼いでおけと苦言を呈したいね。

 

 デストロイヤーの残骸は、めぐみんの爆裂魔法で空けた大穴と俺が破壊した脚以外の目立った傷は無いということで、色々調べたり、その主材である魔法金属を再利用したりするために王都に運ばれた。

 向こうに顔が利くという理由でパイプ役に選ばれた俺は、一週間近く王都とアクセルを全力で往復し続ける羽目になり、今朝方ようやくひと段落ついたのでアクセルに帰って来た次第だ。足が速いのも考えものである。

 

 今回はベルディアの時のように報酬が消し飛んだりはしなかったので、バニルにツケを払うのと、ついでに礼を言うためにこの『ウィズ魔道具店』を訪れたのだが。

 

 

「………なあ、バニルさんや?この請求書の零の数はなんだい?あのマジックスクロールは五十万って言ってたよね?」

 

 

 なんで桁が増えてんだよ。もしかして書き間違えたのか?こういう書類は間違えたら取り返しのつかない事が多いんだから、ちゃんと確認してもらわなきゃ困るんですけど。

 

 

「何を言う、その請求書は正式な物だぞ。最後に我輩の力を貸さなければアクセルの外壁は軒並み倒壊、貴様らが受け取るはずだった報酬金も全てその補填に充てられていたのだ。その程度の値段で済むなら安い物であろう?」

 

「ストップ。その話はまあお前の事だ、信じるとしてもだ。……それを俺に請求するのはなんかおかしくね?」

 

「では誰が払うのだ。あの頭のおかしいと悪名高い爆裂娘に払わせるか?

 まあ、貴様が望むならそれでも構わんがな。我輩は貰える物だけ貰えればそれでいい」

 

「……………チッ、ほらよ。これでいいか?」

 

「うむ、ついでに滅多に見られん貴様の悪感情、ご馳走様です!」

 

「お粗末‼︎」

 

 

 ……さすがに妹に金払わせるわけにはいかんしなあ。

 

 それにこの程度で済めば安いと言うのも事実だ。本来の十倍の金額を失ったが、俺が貰ったデストロイヤーの賞金は更にその十倍あるのだ。ようやく俺の金欠も解決しそうで何よりですわ。

 

 

「つーか、さっき友達には親切にしろって言ったばっかだろ。サービスぐれえしてくれたって良さそうなもんだ」

 

「………おい、今の発言はまるで我輩と貴様が友人関係にあるように聞こえたが?」

 

「あれ、違ったか?」

 

 

 友達関連で個人的に一番傷つくのがこっちが友達と思ってても向こうがそう思ってないパターンだと思うんだよね。

 

 

「フハハハハ!我輩と貴様がか!全てを見通すこの我輩ですらいつ、どこのタイミングでそうなったのか見抜けなんだ、これは不覚!

 その辺り、我輩よりも詳しそうな貴様に是非ともご教授願いたいものだな?」

 

 

 何が面白いのか、急に笑い出すバニル。いやそれはいつものことだったわ。

 相変わらず琴線がどこにあるのか分かりにくいと言うべきか。

 

 

「……じゃあ、お前とウィズはいつどこで友達になったんだよ。まさか『お友達になりましょう』、なんてはっきり口に出したわけじゃねえだろ?」

 

「あ、それは言いましたよ。私が魔王城へ攻め込んだ時でしたっけ」

 

「………まあ、あれだ。そういう関係ってのは気付いた時にはそうなってるものじゃないか?普通は口に出して言うのは恥ずかしいしな。

 お前だってこれから長くアクセルに滞在する予定なら、人間との友達だって作っていけばいいんじゃないの?ご近所さんには親切にしてるみたいだし、それの延長って考えりゃ特に気を付ける事もないだろ」

 

 

 バニルがよければ知り合いに友達を常に欲しがってる女の子もいることだし、紹介しても良いんだけどな。

 

 要らない世話を焼く事を考えていると、バニルがニヤリと笑いながら俺を挑発してきた。

 

 

「フハハ!流石は故郷の村でほとんど全ての時間を文字通り棒に振ってきた男の言うことは違うな!含蓄のある忠告、痛み入るばかりである‼︎」

 

「……………………」

 

「おおっと、これまた珍しく大量の悪感情!貴様のは美味とは程遠いが、我輩好き嫌いはしない性格でな!ありがたくいただきます‼︎」

 

「上等だ変態仮面、外に出な。そのイカす仮面カチ割ってやるぜ」

 

 

 人から勝手に悪感情搾り取っておいてその味に文句付けるとは何事だ。

 

 ルシファーお前さぁ!絶対に許さないからな‼︎お前さえ居なければ‼︎僕は幸せに放送出来たんだヨ!お前さえ居なければぁ‼︎

 

 

「ほう?我輩とやる気か。貴様相手とあらば手加減無用であるな。お得意様だからといって容赦は期待するなよ、この馬鹿の一つ覚えが」

 

「馬鹿の一つ覚え‼︎」

 

 

 それは俺の戦闘スタイルについてか?絶対☆許サンバ‼︎

 

 険悪を通り越して今にも店の中で暴れ出しそうな俺とバニルの間にウィズが入り込む。

 

 

「ま、まあまあ。良いじゃないですか、バニルさんのお友達が増えるのは良いことですよ」

 

「………フン」

 

 

 へえ?バニルならウィズがいても何ら躊躇うこと無く攻撃してくるかとも思ったが、意外にあっさりと引き下がったな。いや、俺も別に本気で戦おうとは思ってなかったけどさ。

 

 少し拍子抜けする俺だが、店の奥に入ろうとするバニルがこちらを見ないままに話しかけてきた。

 

 

「………まあ、我輩は心が広いとご近所でも有名である。貴様の忠告も頭の片隅にでも置いておくことにしよう。

 ーーー『友人として』な」

 

「ツンデレか‼︎」

 

 

 思わずツッコミを入れてしまった。

 

 やだ、ちょっとキュンと来たわ。普段のキツい言動からのこのデレは中々凶悪なコンボだな。ウィズがこいつと友達やってる理由が何と無くわかった。これはズルい。

 

 

 そんなやり取りをしていると、誰かが店の前に来たようだ。ドアの窓に人影が映った。その輪郭はとても良く見慣れたもので。

 

 

 

「……おい、バニル。この街での友達、もう一人くらい増やしたいと思わないか?」

 

 

 どうやらアイツも時々ウィズの所へ遊びに来てるようだな、良いところに来た。ベストタイミングである。

 

 ドアが開きながら聞き慣れた、最近はご無沙汰だった声が聞こえてくる。

 

 

「こんちはー‼︎ウィズさん、バニルさん、遊びに来たよー……ってあれ?ゼロ君じゃん。いつ帰って来たの?何かお話し中だった?」

 

 

 店に入ってきたクリスが俺とバニル、ウィズを順番に見て首を傾げる。

 

 やっぱクリスがナンバーワンだな。こんな何気無い仕草がさっきのバニルとは比べ物にならないくらいにキュンとする。

 

 

「差し当たっては俺の嫁さんでも友達にどうだ?」

 

「なんかよくわかんないけど嫁じゃないから‼︎」

 

 

 そんないつもの会話にようやく自分が守った物を実感する。分かってはいたが、クリスがいないと俺は始まらないらしい。

 

 俺がクリスやウィズ、バニルをぼんやり眺めていると、クリスが何を思ったか俺に聞いてきた。

 

 

「……?ゼロ君、何かあった?」

 

「……うん?何って?」

 

「いや、なんかいつもより楽しそうだなって」

 

 

 おや、自分ではそんなつもりは無かったのだがね。

 

 

「あー、あれだ。俺が守りたかったのはこんな日常なんだなって噛み締めてたんだよ」

 

「あ、こういう時になんて言えば良いか知ってるよ。『恥ずかしいセリフ禁止』‼︎でしょ。どう?」

 

 

 

 うん、台無し‼︎

 

 

 

 

 

 

 



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六章今後への伏線
60話




再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「で?また君か。壊れるなぁ………」

 

「こればっかりは申し立てのしようもありません!僕に罰を与えて下さいゼロさん!いやさ、師匠‼︎」

 

「いやさとか本当に言う奴初めて見たわ」

 

 

 火憐ちゃん以外でな。

 

 いつも通りのギルドの酒場。いつも通りにもう誰も見向きもしなくなった掲示板を漁っていたらいつも通りにミツルギキョウヤ君十八歳に絡まれてしまった。

 

 周りに冒険者も居るには居るが誰一人としてクエストを受ける気配はない。皆、酒場のテーブルに座って各々騒いでいるだけだ。

 まあ仕方ないっちゃ仕方ない。デストロイヤーの報酬が支払われたのはつい二週間前の事。ほとんど俺とカズマのパーティーが持っていき、残りを全員で分配したとは言っても現在の冒険者の懐はかなり暖かくなっているはずだ。

 そろそろ冬場を抜けるとはいえ、まだ危険には違いないクエストを受ける理由が無い。わざわざそんな事をするのは、金を理由に動いていない高レベル冒険者だけなのだ。そう、俺や、目の前で土下座するこいつの様な。

 

 

「……なあ、もう頭上げねえか。横を見てみろ。お前のその姿を酒の肴にするゴミがいるんだぞ?もうちょい衆目ってもんを気にしてだなぁ……」

 

「おいおい、ゴミたぁ随分だな?やっぱ人間懐が暖かくなると心は寒くなるもんなんだな、えぇ⁉︎俺もあやかりてえなあ!」

 

 

 ギャハハハ、と酒を片手に下品に笑うのは土下座するミツルギを面白がって近づいて来たゴミ(ダスト)である。

 

 

「おいダスト。お前、金やるからあっち行ってくれねえ?正直邪魔」

 

 

「邪魔なんて言うなよ、俺たちマブダチだろ?ああ、金は貰うぜ。今日実は手持ちが無くてよ。どのタイミングで逃げようかと思ってたとこだ」

 

 

 頼むから警察はこいつを早く牢屋にブチ込んでくれ。いや、むしろ俺が今から連れて行くのも良いかもな。

 

 なぜこのクソ野郎が金に困っているかと言うと、他のブルジョワ冒険者とは違いデストロイヤー戦の時にサキュバスの虜になっていたダスト、キース、ミツルギの三名は報酬に有り付けなかったからだ。当然だけどな。

 キースは短期のバイトを入れてどうにか乗り切るつもりらしいが、ダストはそれすらもしないらしい。堕ちるところまで堕ちたと言うべきか。地獄の下層から最下層に堕ちたくらいの違いだけどな。こいつは今も昔も仄暗い水の底にいたに違いない。停電クラッシュ考えた奴天才だろ。

 

 そもそもこの騒ぎの原因となったミツルギがなぜ土下座しているかというと。

 

 

「……僕はゼロさんや他の人が必死にデストロイヤーという巨悪と戦ってる時に色欲に負けて呑気に寝ていたんですよ……!

 このままでは自分が赦せません!さあ、早く罰を与えて下さい‼︎」

 

 

 という事らしい。あれから二週間の空白があるんだが、こいつはその間何してたんだろう。

正直俺は全部解決したからにはどうでもいいんだけどな。終わり良ければ全て良しの精神も大切よ。

 

 それにだ。

 

 

「ミツルギ、きめえ」

 

「⁉︎」

 

 

 罰を与えて下さいだぁ?SMプレイがしたけりゃそれこそサキュバスネスト行けよ。それかカズマんとこに連れてってやろうか?あいつは屋敷でヒキニートやってるはずだが、ミツルギを連れてきゃ喜んで責めるだろうさ。

 

 

「何故ここでサトウカズマなんですか!僕はあなたに責めて欲しいというのに‼︎」

 

「オーケー、ミツルギ。俺が悪かった。悪かったから少し黙ろうか」

 

 

 今のは完全にアウトだ。周りの女冒険者やギルドの職員がキャー‼︎とか言ってるし、ダストを含めた男冒険者達からはドン引きされている。

 こいつホントめんどくせえな。いつも通りなんかカッコいい言葉で誤魔化してやろう。

 

 心の中でミツルギを煙に巻く言葉を編み出し、口調を真面目にしてやる。もうすっかり慣れたミツルギの取り扱い方法だ。だいたい格好良さげなこと言っときゃ何とかなる。

 

 

「………ミツルギ。顔を上げろ、前を向け。下を向いてばかりじゃ何も見えやしないぞ」

 

 

 ハッとした様に顔を上げるミツルギ。……よし、これで行こう。

 

 

「……お前は罰を与えて欲しいと言ったな。甘ったれるんじゃねえよ。それをしたらお前は許された気になっちまうだろうが。

 デストロイヤー戦の時、お前は街が危険に晒されているというのに良い夢を見ていたという。それは俺程度に罰されたくらいで消えるような軽い罪なのか?お前にとってアクアが住むこの街はそんなに軽い物なのか?」

 

 

 ミツルギが唇を噛んで俯く。心にも無いことを言って俺の良心が痛まないでもないが、こんな奴ほっといて早くクエストに行きたいからね。

 それにただ許されるよりは多少責めてやった方がマシなのも確かだ。俺の半分は優しさで出来ているのである。

 

 

「良いか?俺はあえて罰を与えない。理由はさっき言った通りだ。許された気になればお前は今の反省する気持ちを忘れてしまうかもしれないからな」

 

「そ、そんな事……」

 

「いいから聞け。……お前は一生その十字架を背負え。『大事な時に愛する人の力になれなかった』。その事実を忘れてはいけない。

 そして忘れないだけでもダメだ。それを糧にしろ。その悔しさを常に念頭に置けば今よりもずっと強くなれる。

 ーーー行けよ。この道を真っ直ぐ行くんだ。決して振り返ってはいけないよ」

 

 

 最後にそう言いながらギルドの出口にあるドアを指差す。ほうら、森へお帰り。

 

 しばらく俺とギルドの出口を交互に見ていたミツルギはキッと視線を凛々しくして立ち上がり、俺に頭を下げてギルドを出て行った。

 

 どこへ行ったのかは知らんが、俺の迷惑にならなきゃそれで良いよ。あとは死ななければな。エリスの仕事が増えるのは勘弁してくれ。

 

 さあて、今日はどんなクエスト受けますかね。

 

 切り替えて掲示板に近付く。さっきまでの事は夢だった。良いね?

 

 

「いや、ちょっと待って下さいよ!罰は別にしても稽古は付けて下さい‼︎」

 

「お前は本当に察しが悪いなあ‼︎今日は気分がノらねえから大人しく帰れって言ってんだよ、分かれや‼︎」

 

「ええ⁉︎今ので察するのは色々と無理がありませんか⁉︎」

 

「帰って!ほら、早く帰って‼︎」

 

「ちょっ、まっ、や、約束ですからね⁉︎あ、ちょっと押さないで……」

 

 

 またギルドに入ってきた邪魔者を追い出す。悪い奴じゃ無いんだが、今はただただ鬱陶しい。

 

 気をとりなおして掲示板をーー

 

 

「おいおい、よくもまあポンポンとあんな恥ずかしいこと言えるもんだな?お前詐欺師の才能があるぜ」

 

「……………チッ」

 

 

 そういえばこいつが居たな。露骨に嫌な顔をして舌打ちまでしてしまう。俺なんでこいつと友達やってるんだっけか。

 

 そんな俺の様子に気付かないのか、ゴミが聞いてもいないのにゴミのような事をゴミにしか通じない言語で話し始める。つまり俺はゴミなんだな。

 

 

「………なぁ、どうだ?その才能を活かして楽に稼いでみねえか?俺とお前が組めば王族からだって幾らでも毟れるぜ。つーか金がねえんだよ。協力しろや」

 

「俺にはお前が何を言ってるのかさっぱり分からんが、まず一言良いか?

 ………お前まだ居たの?金やったんだからさっさとその手に持った酒の代金置いてゴミの集積所にでも行ったらどうよ。お前の仲間がいっぱいいるから寂しくも無いだろ?やったねたえちゃん!家族が増えるよ!」

 

「よし、てめえ上等じゃねえか。ちょっとばかし強いからって調子に乗るなよ?てめえには勝てねえだろうが、てめえと一緒に暮らしてるクリスとかいうねーちゃん攫って色々しても良いんだぞ?

 まあもっとも?あの貧相な身体つきで俺のブツが反応するかどうかは怪しいけどなあ‼︎うひゃひゃひゃひゃ‼︎」

 

「………すぞ」

 

「あーん、何だって?許して下さいってか!ったくよお、どうしてもってんなら許してやらないでもないけどな!その代わり払うもん払ってくれるんだろうなぁ?俺の傷付いたギザギザハートは端金じゃ癒されないーーー」

 

 

 なるほど。どうやら彼は世の中には冗談でも言って良い事と悪い事があり、また、言う相手は選べという真理を知らないとみえる。俺に対しての暴言なら見逃したが、クリスに対する、しかも実害まで加えると言う。これは言ってはいけない冗談じゃないだろうか。

 

 せっかくなので、彼の今後を考えて身を以てその辺りを学習してもらうことにした。

 

 

 

 死 ぬ が よ い。

 

 

 

 

 






※ダストは原作でもこんな感じです。むしろまだこちらの方がマシです。





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61話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 ゴミ捨て場からの帰り。またギルドに行って改めてクエストを受けようと思っていたらばったりとゆんゆんに会った。

 

 

「あ、ゼロさんじゃないですか!お久しぶりですね………あ、あの、私の事憶えてくれてます……?」

 

 

「……ふう、やれやれだ。君には俺がこんなかわい子ちゃんの顔を忘れるような薄情者に見えているのかい?心外だな、ベイベ……」

 

「あれっ?すみません、人違いでした」

 

「ゆんゆんさん⁉︎いや悪いちょっとふざけただけだって!憶えてるよ!人違いでも無いって!」

 

 

 首を捻って立ち去ろうとしてしまうゆんゆんを必死に引き留める。

 ゆんゆんも本気で言っていた訳ではないらしく。

 

 

「や、やっぱりそうですよね、ゼロさんですよね?なんでそんな事するんですか、もう」

 

「ごめんって。ちょっとスッキリしてたから、テンション高くなっちゃって」

 

「………スッキリ?」

 

 

 それはどうでもいい。それよりもゆんゆんだ。しばらく姿を見なかったが、街を離れていたのだろうか。

 

 

「あ、はい。ちょっと紅魔の里に里帰りしてて……。

 ……というかゼロさん、こんな遅くにどうしたんですか?もう少し早い時間帯に活動してた気がするんですが……」

 

「ん、ああ。ギルドに生ゴミが落ちてたから、他の人の迷惑にならないようにゴミ捨て場に埋めてきた。しばらくしたらまた出現するだろうけど、気分的に落ち着かないからな」

 

 

「そうなんですか、親切ですね。

 ……それにしても、誰がそんな所に捨てたんでしょう?ゴミはちゃんと燃やして処分しないと、人の邪魔になっちゃいますよねえ。私も、もし見かけたら魔法で燃やして街の外に埋める事にします」

 

「おっ、そうだな」

 

 

 俺が言うゴミの正体を知らないとはいえ、中々えぐい事言いやがる。

 まああのゴミとゆんゆんが顔見知りになるなんざまず無いだろうし、言うだけなら好きなだけ言ってやるといい。例え直接言われたとしても反省はしないのがダストのダストたる所以なわけだが。

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

 それっきり会話が途切れてしまった。

 

 ううむ、この空気はちっと良くねえな。相手がめぐみんなら適当に揶揄ったりできるのだが、ゆんゆんだとそれを真面目に受け取って勝手に凹みそうだ。

 ここは年長者として気まずそうにしている女の子に話題を振ってやりたいが、最近の子の話題には付いていけないからなあ。

 

 

「………あ、あのっ!そういえば、めぐみんに何をプレゼントするかもう決めました?私はこのマナタイト結晶を渡そうかなって……」

 

 

 おお、なんと。気を遣ってくれたのかは知らないが、引っ込み思案なゆんゆんから話を振ってくれるとは。

 

 乗ってやりたいのは山々だが、言ってる意味が分からん。めぐみんにプレゼント?何でさ。理由も無くプレゼントを贈るのはクリスにだけで充分だぞ。

 

 

「え?何でって……もうすぐめぐみんの十四歳の誕生日じゃないですか」

 

「へえ?それは知らなかっ………あいつもう十四歳なのか……」

 

 

 チラリとゆんゆんの身体つきを見て、めぐみんの容姿を思い出す。

 あっ、そっかぁ……、悲しいなぁ……。

 

 

「……なんかいやらしい視線を感じました」

 

 

「いや、それは気のせいだと思うよ。……それより、マナタイト贈るのは良いけどさ、あいつにそれって必要か?」

 

「……?魔法使いがマナタイト必要無いってことは無いと思いますけど……?」

 

 

 おい、幼友達。あいつが爆裂魔法とかいう頭の悪い魔法しか覚えてない事を忘れたか。

 

 マナタイトもピンキリではあるが、ゆんゆんの用意した物の大きさと色だと、せいぜい上級魔法の消費魔力を肩代わりするのが限界だろう。めぐみん以外の魔法使い職には大変に喜ばれるはずだが、いかんせん相手は頭のおかしい爆裂狂である。せっかく渡しても次の日には市場に出回ってる、なんて事になりかねんぞ。

 

 

「あの子まだそんな事してるんですか⁉︎私と別れてからもう三ヶ月になるのに、他の魔法覚えてないんですか!」

 

「あの性質はもう変わらないだろうな。『三つ子の魂百まで』って言うし」

 

「ええー………」

 

 

 そこらは諦めるのが精神衛生上大変よろしい。

 

 それに、めぐみんは小さい頃から爆裂魔法にずっと憧れて来たという。里の大人からもネタ魔法と言われ続け、自分でも欠点は理解して、それでもなお爆裂魔法の事を忘れなかった。

 その一途さというか、頑固さは誇っても良いだろう。

 それがあるから俺は馬鹿だな、と思いつつもあいつに爆裂魔法以外を覚えろとは言わないんだしな。……言っても聞かないだろうが。

 

 

「そこまでポジティブに受け取るのはゼロさんくらいですよ……ハァ……」

 

「どうすんの?なんだかんだで渡せば喜びはするだろ。直接渡しに行くのか?」

 

 

 なんだったら俺も一緒に行こうと思ったのだが、予想に反して首を横に振るゆんゆん。

 

 

「い、いえ。素直に誕生日プレゼントだっていって渡すのは恥ずかしいし、なんか負けた気分になるので、いつも通りに勝負してわざと負けて、その戦利品として渡そうかなって。

 ………わざとですよ、わざと」

 

 

 

 微笑ましくも面倒な関係だな相も変わらず。

 わざわざそんな回りくどい事しなくても良いだろうに。口には出さないけど。

 

 

「ふーん。それにしても誕生日プレゼントねえ……。歳が一つ増えるだけの日に贈り物とか嫌味にしかならなくない?」

 

「何ですかそのおじさん臭い発想……?」

 

「おじっ⁉︎」

 

「あっ⁉︎す、すみません、つい……」

 

 

 嘘偽らざる気持ちを正直に言ったらまさかのおっさん扱いだと……⁉︎

 馬鹿な。俺はまだピチピチ…かどうかは知らんが十七歳だぞ。日本に居た『俺』だって多分そう歳食ってはいないはずだ。

 という事はゆんゆんの勘違いだ。そうだ、そうに違いない。この俺がおじさん臭いなど………。

 

 ショックを受ける俺の様子を見て悪い事言った、と思ったのか、ゆんゆんが居た堪れない表情で別れを告げてきた。

 

 

「あ、あの私、今日ちょっと寄るところがあるのでこれで………。本当にごめんなさいっ‼︎」

 

 

 そう言いながら今までの進行方向とはあさっての方向に逃げるように走って行く。

 そんなにショックなフェイスをしていただろうか。

 いや、確かにショックなんだけども。

 

 

 

 ※

 

 

 こうも気勢を削がれると冒険者として活動する気も失せる。ギルドに行っても何かしらの邪魔が入りそうな予感がしたので、まだ昼前だが早々に宿に帰ることにした。

 

 

「ただいまー………」

 

「あれっ、お帰り。どしたの?早かったじゃん」

 

 

 おや、どうせクリスも外に出てウィズの店なり、エリス教の教会なり、ダクネス達と遊ぶなりしているだろうと思っていたが。

 

 

「ああ、うん。もうちょっとしたらギルドの仕事でも手伝おうかなって思ってたけどさ。

 キミこそクエスト受けるんじゃなかったの?『どうせ誰も受けないんだからクエスト選びたい放題だぜ、ヒャッホウ‼︎』って言ってたじゃん」

 

「俺そんな事言ったか⁉︎」

 

 

 比叡も俺もそんな事言わない。

 ………いや、言ったかもしれん。

 

 

「いやなんか今日は働く気になれなくってさー」

 

「ゼロ君が⁉︎」

 

「ごくごく稀ーにな。動くのも億劫になる時ってあるじゃん?今がそれ。

 出てく時はやる気あったんだけどなあ……。全部持ってかれたよ……」

 

「キミほんとに大丈夫?言うことが最近ひきこもってるカズマ君っぽくなってるよ」

 

 

 流石にあそこまで酷くはないだろ。

 

 

「………なあ、俺っておじさん臭く感じる事ある?」

 

「………?いきなりなのはいつものことだけど、今日のはまたえらく難解だね。

 うーん……あるといえばある……かな」

 

「あるのか………」

 

「うん。だけどそもそもキミってキャラが不安定な事で有名じゃん?

 たまにそういう時もあるってだけだからへんに気にしなくても良いんじゃないかな」

 

「ほんとぉ?(狂気)」

 

「そういうのね。それは本当に気持ち悪いから止めない?っていうか止めて」

 

「はい」

 

 

 怒られてしまった。

 

 そういえばこうしてクリスと年齢とか雰囲気の話をするのは初めてかもしれない。

 クリスは見た目十五歳くらい、エリスは十七歳くらいだが、実年齢はいくつなのだろう。女神だから年齢の概念は無いんだろうか。

 

 

「クリスは歳はいくつなんだ?」

 

「あたし?あたしは十五歳」

 

「ああ、ドンピシャだな。……いや、そうじゃなくて女神としてどのくらい活動をーーー」

 

「ゼロさん」

 

 

 

 急にエリスになった。

 

 表情は完全なる『無』だ。ここから先は俺ではどうやら進めないらしい。

 

 

「いいですか、天界では時間という概念が無いのです。したがって私が何歳なのかという質問にはお答え出来ないのです。いえ、別に数えてはいませんよ?むしろ数えられないっていうか……。

 と、とにかく!私は十五歳。これでいいじゃないですか。…………いいですね?」

 

「い、いえす」

 

「……よろしい」

 

 

 怖っ。

 

 圧力が普段の数十倍はあったぞ。なるほど、女神連中には歳の話はしない方が良いらしいな。俺だってわざわざ地雷を踏み抜きたくはない。ここは素直に従っておこう。

 

 …………………でもやっぱり気になるから後でアクアに聞いてみようかな。

 

 そんなやり取りをしていると、誰かが部屋に来たようだ。コンコン、とノックの音が聞こえる。

 

 

「あ、いいよ、あたしが出る」

 

 

 動こうとしたらクリスに止められてしまった。前から思っていたがエリスとクリスの切り替え凄えな。もう二重人格の域だぞ。

 

 それにしても訪問者は誰だろうか。アクセルに知り合いは多いが、俺の部屋に訪ねて来るのは片手で数えられるくらいしかいない。まさかあのファッション勇者じゃねえだろうな。もしあいつだったらダストの後を追わせてやらぁ。

 

 もしミツルギだったら、という想定をしながら聞き耳を立てる。といっても部屋のドアが開いた状態でクリスと訪問者は会話しているのでそんな事をする必要も無いのだが。

 

 果たして、聞こえてくる声はーーー?

 

 

「………?すまない、部屋を間違えたようだ」

 

「あ、そうなの?この宿だったら誰がどこの部屋かくらいは分かるから、案内出来るよ?」

 

「そうか、それは助かる。ではーーー」

 

 

 戸惑ったような女の声がそう言っている。どこかで聞いたような声だが、部屋を間違えたと言うからには俺も聞き違いだろう。

 

 興味を失ったので少々ドアに寄せていた体を離した。さて、午後からは何しようかね。

 

 と思っていた矢先に。

 

 

「ゼロ君、ゼロ君。なんか君にお客さんだよ。すっごい美人さん」

 

「はあ?お客さん?俺にか」

 

 

 美人さんも何も俺が旅に出てから知り合った女は全員美人だけどな。

 

 クリスが知らない美人……?リーンかな。いやあの口調は絶対違うけど、はて。

 

 訝しみながらドアから顔を出す。

 

 

「へいらっしゃい。お持ち帰りですか?テイクアウトですか?冷やかしですか?」

 

「お前は何を言っているのだ」

 

「…………質問を質問で返して悪いが、お前はなぜここにいるのだ」

 

 

 そこにいたのは王都にいるはずのベルゼルグ王家に仕えるアイリスの側近の片割れであり、シンフォニア家当主でもあるクレアだった。

 

 なるほど。確かに美人ではある。

 

 

「テイクアウトワン、プリーズ!大変お待たせしました。またのご来店をお待ちしておりません‼︎

 …………さっさと帰れ」

 

「ちょっと、お客さんに失礼でしょ」

 

 

 

 マジ勘弁。

 

 

 

 

 

 

 



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62話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「…………あ、あの、あたしお茶淹れてくるね」

 

 

 クリスが重苦しい空気に耐えられなくなったのか、お茶を淹れるという建前で逃げ出した。

 この目の前の美人さんことクレア某もさっさと逃げてくれないだろうか。

 

 部屋の真ん中で丸机を挟んで座布団に座る俺とクレア。

 わざわざ俺の部屋に来たからにはそれなりに重要な用事があるはずなのだが、クレアは少し顔を赤くして所在なさげにしながらチラチラと俺を見てくるだけだ。

 なんか見た事ある反応だなと思ったらあれだ、ダクネスがカズマによくこんな感じの視線を向けてるわ。

 

 要件あんなら早く言ってくれ、もしくは帰れ。バカ・ゴー・ホーム。

 

 

「その、ゼロ。お前……既婚者だったのか……?」

 

 

 クレアが何やら恐る恐る、といった感じで口を開く。

 

 何言ってんのこいつ。やっと話をするのかと思えば聞くことがそれかよ。

 

 ーーーえへへ、やっぱり?そう見える?

 

 

「よく分かったな。実は」

 

「違うからね‼︎」

 

「……………………」

 

 

 部屋の奥からクリスの声が俺の声に食い気味に発される。

 ははーん、あいつ聞き耳スキル使ってやがるな。別にやましいことなど無いので好きにするといい。

 

 

「そ、それでは彼女とはどんな関係を……?」

 

「そらお前、彼氏彼女の」

 

「ただの同居人!」

 

 

 どん、と丸机に三人分の湯呑みをのせたお盆が置かれる。

 勢い良く置いたためにお茶が浮き上がって溢れかけるが、素早く湯呑みを移動させて水滴を受け取ってから元の位置に戻してやる。

 こういう時に『スイッチ』は便利だな。

 

 

「ただの同居人………、本当か?」

 

「……………まあな」

 

 

 憮然とした声が出てしまう。こんな時くらいは見栄を張りたかったのになあ……。

 

 

「そんな事よりお前がここに来た理由を話せ。お前がアイリスから離れるだけでなく、王都からすら出るってのは相当だろ。何があったのさ」

 

「あ、ああ!そうだ!ゼロ、お前に頼みが……」

 

 

 と、そこで動きを止めてクリスを見る。

 

 

「………申し訳ないが、貴女は少々席を外してもらえないだろうか。

 これは機密扱いでな。部外者に易々と開示するわけにはいかないのだ」

 

「おい、お前いい加減にしろよ。いきなり人ん家に勝手に来たかと思ったらただ話するだけで住人追い出すとか何様だ。

 俺らが場所変えりゃいいだけだろうが。おら、行くぞ」

 

「あ、いいよいいよ。ここの方が落ち着いて話せるだろうし、あたしもどうせ外に行こうと思ってたからここにいなよ。

 それにお客さんに歩かせるのはダメでしょ」

 

 

 俺は当然の提案をしたはずなのだが、当のクリスがそれを拒んできた。

 そう言われては何も言い返せない。

 

 

「…………クリス、昼飯まだだろ?あのヒキニートの所行ってご馳走してもらえ。

 ……ほら、これだけ渡せばあいつも納得するだろ」

 

 

 財布からエリス銀貨を三枚取り出してクリスに握らせてやる。

 

 

「ちょっ、多すぎでしょ⁉︎こんな大金どうすんのさ!」

 

 

 クリスがギョッとするのも無理は無い。一食どころかそれで二週間は宿を取れる額だからな。

 

 

「いいから持っとけって。屋敷にダクネスかめぐみんがいりゃあお前を無碍にはしないだろうが、カズマとアクアだけなら門前払い喰らうかもしれねえぞ。

 …………いや、アクアはそうでもないか?お前ら仲良いしな」

 

 

 なんだか面倒な予感がする俺である。最悪しばらく留守にすることも考えておいた方が良さそうだ。

 それだけ渡せばあいつも一週間くらいは寝泊まりさせてくれるだろうさ。部屋余ってるって言ってたし。

 

 

「……うん、分かった。でも留守にすることになったらちゃんと報告してよね」

 

「あーい」

 

 

 クリスが部屋から出るのを手を振って見送る。

 

 …………さて。

 

 

「クレア、俺とお前も知らない仲じゃねえ。どうせまた面倒事なんだろ?

 依頼って形を取りゃモノによっては引き受けても構わんよ」

 

「ほ、本当か!話が早くて助かる!」

 

 

 顔を輝かせるクレア。

 

 こいつに関しては怒った顔はよく見るがプラス方面の表情はあまり見ない。

 つまり、俺が受けると言っただけで思わずそんな顔をしてしまうような依頼が飛んでくる訳ですね。別に良いんですけどね。

 

 

「事の発端は一週間前、お前が機動要塞デストロイヤーの残骸の処理を終えてアクセルに帰った直後だ。その日の夜に王城に不審人物が襲撃してきた。

 相手は一人。武器らしい武器は腰に挿した剣一本。

 当然衛兵も迎撃に向かったが、まるで歯が立たなかった。

 お前が鍛えた衛兵達が相手を一歩も退かせる事なく全滅したのだ。それも僅か数分のうちに」

 

「へえ?そいつは凄え」

 

 

 この時点でその不審人物とやらの実力が化け物じみていることが分かってしまう。

 

 俺がたったの三ヶ月とはいえ、訓練を見て、連携を教えてやった衛兵が全滅とはね。

 俺が見たところあいつらが防衛に徹して連携がうまく取れれば、ミツルギでさえ崩すのに一時間はかかるはずだ。それを数分。つまりどう考えてもミツルギよりも遥かに強いことになる。

 

 ………アイリスならギリギリってところか。

 

 

「奴はその日は『また来る』と言って帰っていったのだが、翌日の夜に再び襲撃。今度も交代の衛兵を全滅させると同じことを言って去っていった」

 

「何がしたいんだそいつは」

 

「それが分かれば苦労など無い。

 その翌日も来るだろうと予想した私とレインは王都のギルドで冒険者を募り、王城の警護に当たらせた。できれば外れていて欲しい予想だったのだが……」

 

「まあ予想通りね。そんでその結果も明白だわなぁ。お前がここにいるんだから」

 

 

 なるほどねえ。そりゃ俺に持ってくるレベルの依頼だな。

 

 当然ながら駆け出しの街であるアクセルと王国の中心である王都では冒険者の強さは桁違いだ。

 その王都の冒険者で歯が立たないってんならそれ以上の冒険者などそうそういない。

 

 しかし、そんなに強い奴が攻めて来たってんならあの戦闘狂が放っておかなさそうなものだが。

 

 

「ジャティスはどうしたよ。そんな時こそ常日頃から力が有り余ってるあいつの出番だろうが。

 あいつそういう機会が無いから拗ねてサボってたんじゃなかったか?」

 

「ジャティス王子は………」

 

 

 何故か歯切れが悪くなるクレア。何か隠したい事でもあるのかもしれない。知ったこっちゃないけど。

 

 

「あー、そうか。あいつまだ前線に出てんのか。そりゃあしょうがねえな。代わりに俺がその襲撃者を始末しといてやりますかねえ。

 あの暴虐王子、泣いて悔しがるぜ」

 

「いや。王子は襲撃者に負けた」

 

「今からあいつの吠え面拝むのが楽しみ………何?」

 

「王子はつい先日迎撃に向かわれた時に、その……」

 

「…………相手は?あいつに勝ったっつっても無傷じゃ済まないだろ。しばらく来ないんじゃないか?」

 

 

 俄かには信じがたいが、あり得ない話ではない。あいつにはアイリスだって素早さに物を言わせれば勝てる事もある。

 相手がアイリス級ならば無傷ではないにしろーー

 

「……いや。奴は手傷など負っていない。またすぐにでも来るだろう」

 

「………無傷ぅ?待て、ジャティスはどんな負け方しやがったんだ。どんなヘマしたらそうなるんだよ」

 

 

 ジャティスと戦って無傷。今の俺なら出来るがそれだって簡単ではないのだ。

 ジャティスが三味線弾いてたんでなきゃそいつは俺級に強いって事になるんですがそれは。

 

 

「す、すまない。どんな負け方をしたのかは私にも分からんのだ。なにせ最初の一撃で勝負が決まってしまったのでな」

 

「………一撃」

 

「ジャティス王子はお怪我をなされたものの、命に別状は無い、安心しろ。

 しかしジャティス王子が負けたことを重く見た国王様がお前に使者を出すように、と仰せになられてな。それなりに交流のあった私が立候補したのだ」

 

「……………………………」

 

「………ゼロ、ジャティス様についてショックなのは分かるがこちらとしても後がないのだ。気をしっかり持って……」

 

「ん?ああ、違う違う。確かに負けたって聞いた時はちょびっと心配だったけど、一撃って聞いて得心してた所だ」

 

「……?それはどういうことだ」

 

「どうもこうも。多分あのバカ王子の悪い癖が出ちまったんだろうよ」

 

 

 ジャティスの悪い癖。

 それは初見の相手と戦う時は必ず様子見から入ることだ。

 

 

「俺が初めてジャティスと試合した時の事、憶えてるか?

 あの時、俺は確かに勝ったがその後半月はろくすっぽ勝てなかった。

 最初に辛うじてでも俺が勝てたのはジャティスが俺の強さを測ろうとしてたからだ」

 

 

 これは恐らく周りに格下しかいない環境でジャティスが見出した配慮の一つなのだろう。自分がどのくらいの力を出せば相手を圧倒せず、さりとて惨めな思いをさせずに済むか。

 それを考えてくうちに自然と染み付いてしまったスタイルだな。

 

 

「そんなお優しい王子の配慮が今回も裏目に出たってこった。

 様子見の段階で弩級の一撃を出会い頭に喰らえばそりゃ負けるさ」

 

 

 そう、問題はどんな攻撃を喰らったのかだが………。

 

 先ほどから俺の顔を見たまま何も言わないクレアを見やる。

 

 

「なあ。お前、襲撃者の情報は今ので全部じゃないんだろう?

 まだ言ってない事があるっつーか、今のじゃほとんど何も分かんねえぞ。何回も襲撃を受けて相手の情報をその程度しか集められねえ無能集団だったら武装国家の看板下ろせ。って言いたいが、そうじゃないんだろ?」

 

「まあ待て、そう焦るな。話を切ってしまったのは悪かったが、今から話そうとしていたのだ」

 

 

 あ、そうなの?それは申し訳ない。ちょっとせっかち入っちゃった。

 

 こほん、と咳払いを一つ。クレアがピシッと座りながら話し始める。

 

 

「まず襲撃者の名前だが、既に判明している」

 

「お、やるやんけ。なら別に俺が直接そいつんとこ出向けばイイじゃん」

 

「話は最後まで聞け。判明はしているが、確証は無いのだ。該当する人物は十年以上前に死んでいるのだからな」

 

「…………うん?死んでるなら違うんじゃねえの?」

 

「いや、使っている剣の形状と能力が一致しているのだ。おそらくあれは武器の能力だろう。

 王都でたまに見かけないか?少し変わった名前をした高レベル冒険者を。彼らはかなり特殊な武器を使用しているが、その能力に同じ物は一つとて無い。

 使用している武器は襲撃者と同一の物と判断した。その為、便宜上その故人の名で呼んでいるのだ」

 

「故人の名で呼ぶのはやめてやれよ。故人にもそいつにも失礼だろ」

 

 

 しかし、なるほど。どうもそいつは日本からの転生者らしいな。

 その剣とやらもおそらくアクアから貰った神器なのだろう。そんな奴がなぜ王城を襲撃するのかは分からん。本人に直接聞いてみるかね。

 

 

「奴の名は『ヒノジュンゴ』。王都で活動していた冒険者で、常に一人で動いていたという。周囲からはヒノと呼ばれていたらしいな。

 ヒノは熱を操る力を持っていたそうだ。実際、王城に攻め込んで来た時もそれらしき魔法のような物を扱っていた。

 衛兵が熱さを感じたり、周囲が不自然に揺らめいているのを私も確認したからそれは間違いない」

 

「熱?炎じゃないんだな?」

 

「ん?そう聞いている。詳細までは分からんが……、そんなに重要な事か?」

 

「その二つなら大違いだよ。炎なら燃焼する物が必要になる。それを排除するなり何なり、対処するのは割と簡単なんだが、熱か。炎よりは厄介だな。

 その、熱を操るってのは高くするだけか?空気を冷却したりはどうなんだ」

 

「……すまない、詳しいことは本当に分からないのだ。ただ、王城を襲撃した時は一度もそれらしき現象は起きなかった」

 

 

 申し訳なさそうに謝るクレア。

 

 しょうがないとはいえ、情報不足は否めないな。結局今のじゃジャティスが何で一撃もらったのかも不明瞭だ。

 

 

「それについてだが、衛兵も、ジャティス王子からも同じ証言が得られている。

『動きは速すぎて一切見えなかったが、同じ技しか使って来なかった』そうだ」

 

「なんだそら」

 

 

 矛盾してるじゃねえか。動きは見えなかったのに何で同じ技だって言い張れるんだよ。

 しかもジャティスですら一切見えなかっただあ?あいつがそんな事言うのは初めてだな。俺の動きですら見えない、なんてことは無いはずだ。

 

 

「ヒノの強さに関しては分かっているのはこのくらいだ。これ以上のことはギルドの記録にも残ってはいない。

 ………どうだ?お前はこと戦闘に関する知識ならば王国内でも有数の識者だろう、何か分からないか?」

 

「お前は知力一桁の俺に何を期待してやがるんだよ。

 ………今の段階じゃ何とも言えない。けどそのヒノとかいう奴の使う武器に詳しそうな奴を知ってる。

 今の話を王城への襲撃について伏せて話しても良いか?一人……、いや、二人だな。俺以外に二人だ」

 

「む……。その二人は信用出来るのか?」

 

「一人は無条件で信頼してもいい。むしろ事件の全容を話すのも俺は構わないと思う。

 もう一人もバカではあるが、……ま、悪い奴じゃねえ。武器について聞くだけなら問題なんか起こらねえよ。多分こいつが一番詳しいしな。バカだけど。……………バカだけど」

 

 

 つーか武器渡した本人だし。

 

 しばらく額に手を当てて悩む素振りを見せるクレアだが、あいつらに聞かないと俺達がここで相談するだけじゃ詳細は一生分かんねえぞ。問いの形こそ取ったがこれは必須条件だ。

 

 

「いや、王国の懐刀としての癖のような物だ、気にしないでくれ。

 そこを伏せて話す分には構わない。流石に全容を明かすのはやめてほしい」

 

「うーす。そんじゃ、場所変えるか。

 ついでに飯でも食おうぜ。お前も忙しい身だ、まだ食ってないんだろ?」

 

「あ、ああ。それは良いが、どこに行くのだ?その詳しいという武器職はこの街にいるのか?」

 

 

 武器職ではないのだが、まあ今はそれで良いか。

 

 クリスに会ってさっき追い出したことを後悔するがいい。あいつがここにいればわざわざ移動する必要も無かったんだからな。

 

 

 

 

 



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63話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 適当に昼飯を摂ってからカズマが手に入れたという屋敷に連れ立って向かう。

 思えば、あいつの屋敷を訪ねたことは無かったな。場所はウィズから教えてもらったけども。

 

 その道中で同行者であるシンフォニア家当主様が会話が無いことに耐えられなくなったのか話しかけてきた。

 

 

「なあ、ゼロ。今回もそうだが、そういえばお前、王都にいた頃から私の依頼を断ったことは一度も無かったな。なぜだ?」

 

「あん?いきなりなんじゃいお前。なぜだって、やんなきゃ困ることだったんだろ?押し付けといて何勝手な事言ってんだ。

 ……どうしても言えってんなら言うけど、多分お前が期待してるような英雄的な理由なんざ無いぞ?

 むしろ俺くらい俗っぽい理由で動くやつはそこらへんの冒険者にもゴロゴロいらあな」

 

「そんな事は分かっている。お前にそういった英雄願望など無いだろうことはな。

 ぜひ教えてくれ。私が持ち出すのは王都のギルドでもかなり難しいとされる物ばかりだったはずだ。自分でも面倒だという自覚はある。

 それをお前は文句を言いながらもその日のうちには片付けてくれたではないか。その理由が知りたい」

 

 

 変わった奴だな、そんな事聞いてきた奴は初めてだ。

 

 …………ふーむ。これは俺が冒険者になるのを目指したきっかけから話した方が良いか。

 話す機会も無かった訳だし、気まぐれにこういうのもいいだろう。クリスにも言ったこと無いんだから光栄に思えよ。

 

 

「………俺の親父もさ、冒険者だったんだよ。お前は知らないかもしれないけど、王都にもいたことがあるみたいだな」

 

「うむ、それは知っている。王城に滞在させるにあたってお前の身辺調査は徹底したからな。

 確か王都を中心に活躍した『エレメンタルマスター』で………そういえばお前のお父上も変わった名前を持っていたな?」

 

 

 あ、そういうの一応してたのね。

 

 まあ当然なんだがな。怪しみもせずにいきなり王城に逗留しろ、とかバカほざく連中は絶対におかしい。一度脳内の検査でも勧めるか。なんかそういう腫瘍とかありそう。

 

 

「ああ、そうだな。つってもこの件には関係ねえから安心しな。

 ………それでな、俺はお袋から親父がどんな事をして、どんな風に人に感謝されたかを結構詳しめに聞いて育ったんだ。基本惚気話だったけど、親父が王都で活動してた時の話も聞いた」

 

「ほう、それはいつか聞いてみたい物だ……。いやしかし、今知りたいのはお前の動機でだな」

 

「焦んなよ、話はこれからだろうが。

 ………俺は親父が依頼主に感謝の言葉を掛けられた時のことを聞いてさ、すっげえ羨ましかったんだよ。

 それで思うようになった。俺も冒険者になれば皆から必要とされるんじゃないか、感謝してもらえるんじゃねえかってな。それが俺が冒険者になった理由だ。

 最初は適当に魔王倒すか、他にやりたい事があればそっちに移れば良いだろう、くらいの軽い気持ちだったんだけどな。そう思ったらそれが俺の夢になってた」

 

 

 思いがけず真面目な話になった事に困惑したのか、歩きながら黙り込むクレア。

 

 おっと、お前から振ってきた話だ。一度動き出した猪はもう止まれないのである。逃がさねえぞ、俺も話に興が乗ってきた所なんでな。

 

 

「お前からの依頼を断ったことねえのはそれが理由だな。

 どんな形でも誰かから頼られる、必要とされるのは嬉しいんだよ。その期待には応えたいと思う。相手がお前でもだ。

 他に頼める人間がいるのにわざわざ俺に頼みに来る人がいてくれる。冒険者冥利に尽きるじゃねえか。

 だから俺は基本的に依頼は断らねえし、達成して感謝されるために全力で取り組むんだよ」

 

 

 この理屈で行くとミツルギから頼られるのも悪い気はしない事になるんだが、あいつのはなんていうか違うんだよなあ。

 あいつには本来俺なんか必要無いんだ。そもそも自分で粗方のクエストをこなせるんだから。

 必要も無いのに付きまとうから鬱陶しく感じるのかもしれん。あいつに構っているだけで他の人から感謝される回数が減るしなあ。

 

 

「それがお前が動く理由か?」

 

「その通りだ。俗っぽいだろ?俺は人からの感謝が欲しくて努力して冒険者になったんだよ。

 まあ今魔王討伐を目指してんのは違う理由だけどな。

 悪いな。お前がどんな想像してたか知らんが、俺なんざこんなもんだ。

 自分でも王都の英雄が聞いて呆れるとは思うが、まあ呼ばれることを否定しないうちはそれに相応しくありたいとは考えてる。英雄呼びも気分良いしな。……幻滅したか?」

 

 

 期待外れの返答にさぞかし何とも言えない表情をしてるんだろう、とその面を拝んでやろうと振り返ると、生暖かく微笑んで俺を見るクレアと目が合った。

 

 おい、何だその目は。馬鹿にしてんのか。

 

 確かに褒められた動機じゃねえだろうが、俺にとっちゃ大事なことだ。喧嘩なら買ってやるぞ。

 

 

「ふふ、馬鹿を言え。お前は女に暴力を振るった事は一度も無いだろう?アイリス様との手合わせの時も狙うのは体勢を崩して勝敗をうやむやにする事だけだったはずだ。

 出来もしないことは口にする物じゃない」

 

「……流石はアイリスにぞっこんなだけはあるな。よく見てやがる」

 

 

 マジか。まさか気付かれてるとは思わなんだ。アイリス本人にもバレてないと思ってたんだが。

 

 だがそんなフェミニストだと勘違いされては困るな。カズマと同じで俺だってやるときゃやる。

 不可抗力とはいえ、冬将軍の時もダクネスに爆発ポーション投げたしな。無駄だったけど。あとはそう、フィオとクレメアを乱暴に引っ張ったこともあったな。これを聞いて同じことが言えるかな?

 

 

「そうして憶えているというのはそれを気に病んでるということでもあるぞ。お前の人の良さが窺える。

 それに喧嘩などとんでもない。むしろ感心していたところだ」

 

「……感心?お前がそんな嫌味を言うような陰湿な奴だとは思わなかったな。

 いや、よく考えたら死角からサーベルぶん投げてくる暗殺者みたいな奴だし、陰湿なのは元からか」

 

「ほ、本当に失礼な奴だなお前……。私だって素直に褒めることはある。

 人からの感謝が欲しくて冒険者になる。結構なことじゃないか。十二分に立派な動機だとも。

 しかしそんな理由で動く連中がゴロゴロしている、は無いな。少なくとも私はそれを理由に努力してきた者など見たことがない。

 大半はただの憧れ、生活の為、富や名声……。変わった物だと義務感だと言う者もいた。

 ………別にそういった動機を否定はしない。どれもその者の動く理由だ。だが、私にはお前の物はその中で一際輝いて見えるぞ」

 

 

 微笑を浮かべながらそう持ち上げてくる。

 

 

「………お前どうしたんだ、体調でも悪いのか?煽てたって報酬はまけないぞ」

 

 

 陰湿とか言ったから怒鳴ってくるんだろうと予想してたこっちが驚いたわ。

 

 そうか、ついにお淑やかさを身に付けたのか。俺とこいつがこんなに穏やかに会話を続けられる日が来るとは、王都にいた頃は夢にも思わなかったな。良きかな良きかな。

 

 

「…………いや、私もどうかしているな。まだ何も解決していないというのにお前が味方に付いてくれただけで安心してしまっている。恥ずかしい限りだ」

 

 

 緩んでいた頰を張り、気を引き締めるクレア。

 

 

「…………………そうかい。それはどうかしてんな」

 

 

 あれっ。何だよ、なんか照れるな。

 

 なんだかんだでこうして頼られるってのはやっぱり悪くない。

 そうだ、よく考えたら俺凄くね?国から頼られてんだぞ。これは後世まで自慢しても良いんじゃないかな。

 

 少しだけ調子に乗る俺に、クレアがしばらく逡巡した後、何か覚悟を決めたような顔を向けて来た。

 

 

「ゼロ、この依頼を達成したら話がある。今後を左右する話なのだが、聞いてくれるか?」

 

「えっ、ちょっと待って、何でここで死亡フラグ建てた⁉︎」

 

「なっ、何だ?急に大声を出すな、驚くだろう」

 

 

 お前この流れで行くと死ぬの実際に戦うことになる俺だからな?頼むぜほんと。

 

 

 

 

 

 



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64話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 隣の馬鹿女が打ち立てる数多くの死亡フラグを乗り越えてカズマ邸にやって来たゼロ探険隊。今度はどんな困難が我々を待ち構えているのか⁉︎

 

 というかこの屋敷、ウィズが浄霊に精を出してた共同墓地のすぐ隣だったんだな。気付かんかった。

 

 魔力で動いているという呼び鈴を人差し指で押しながら中にいるだろう住人に向かって、某『トモダチ』の真似を若干失敗しながら呼び掛ける。

 

 

「ケーンジくーん!あーそびーましょー‼︎ケーンジくーん‼︎」

 

「ケンジ……というのか?平民にしては中々の屋敷に住んでいるのだな。武器職人でここまで稼ぐとは相当な腕前。

 これは期待が持てるな。ヒノの武器について何か解るかも………」

 

「はあ?誰だよケンジって。ここに住んでんのはカズマだぞ」

 

「え?しかしお前今………」

 

「いくら世間知らずだからって人の名前間違えていいと思ってんの?失礼だとは思わないの?

 ………これだから悪徳貴族は‼︎」

 

「 なっ ⁉︎ 待てお前‼︎今のは流石に理不尽だろう!元はと言えばお前が最初に言ったのではないか‼︎

 あと当家は悪徳貴族などではない!侮辱するのはよせ‼︎」

 

「はいはい、我のせい我のせい」

 

「こ、この男……‼︎先ほどの真面目なお前はどこへ行ったのだ!人が珍しく感心したと思えばこれだ!頼むからお前はずっと真面目なままでいろ‼︎」

 

「いやいやいや、ずっとあんな態度でいるとか肩凝って仕方ねえだろ、何事もメリハリってのは大切よ。

 シリアスの後は息抜き。鉄則みたいなもんだ」

 

「どこの鉄則だ!聞いた事がないぞ!」

 

 

 俺は普通のテンションで対応しているのだが、この貴族様が音量調節機能がぶっ壊れたスピーカーのような大声を出すので、先ほどから近所の民家からの奥様方の視線が痛い。

 

 だが計画通りだ。これだけうるさくすれば多分中にいる誰かが注意しに来るはず。

 

 俺の予想通り、玄関の向こうからドタドタと足音が聞こえてドアが弾かれたように開かれる。

 

 

「さっきから誰だ!近所迷惑だろう、痴話喧嘩なら他所でやれ‼︎」

 

「言っとくけど今のお前も大概だからな」

 

 

 近所迷惑と言いながら自分もかなりの音量を発したダクネスは俺の姿を認めると険しくしていた表情をゆっくりとフラットに戻していく。

 

 

「………なんだ、ゼロか。クリスを迎えに来たのか?今アクアの部屋でゲームをしているから呼んでくる……いや、上がっていくか?」

 

「おう、クリスもそうだがアクアにちょっとな。それじゃお邪魔し」

 

「もしやダスティネス卿か?こんなところで何をしている。ここは貴公の別荘だったのか?」

 

「む?……クレア殿⁉︎貴公こそこんなところで何をして………っ⁉︎」

 

 

 ダクネスが途中で言葉を切り、俺とクレアを交互に見遣ると、せっかく戻した表情をまた険しくしていく。

 忙しい奴だなお前も。今度は何だ。

 

 

「………ゼロ。これはどういうことだ。クリスを部屋から追い出しておいて自分は他の女と逢瀬か?

 返答次第では貴様にクリスを渡す訳にはいかないぞ」

 

「…………………?」

 

 

 言っている意味が分からずしばらく考え込んでしまう。

 こいつは何を怒っているのだ。クリスから話を聞いていないのだろうか。

 

 考えても分からん事は聞くのが主義の俺ではあるが、それよりも先にダクネスが何に対して怒っているのかを理解したのか、クレアが顔を真っ赤にして焦ったような声を出す。

 

 

「待てダスティネス卿‼︎逢瀬などとはとんだ誤解だ!これには深い事情が……!

 そ、そうだ!貴公にも伝えねばならない事がある!」

 

「……………あ、そういうことか」

 

 

 どうもスイーツ脳の方の貴族様は俺とクレアがそういう関係なのでは、と勘繰ってしまったらしい。

 馬鹿じゃねえの?お前の頭ハッピーセットかよ。

 

 余りにもあり得ない仮定のせいで気付くのが遅れてしまったではないか。

 まあクレアも気付いたようだし、誤解を正してくれるだろうさ。

 

 

「私とゼロは今からこの街を出て二人きりで王都に行こうと思っているのだ!『大事なこと』を王都でするためにな!

 そのために………そう、あの、クリスという同居人にも別れ話をせねばならないのだったか?

 ともかく、こいつは私が連れて行くから後のことはよろしくお願いする!」

 

「ねえ、お前ホントに誤解を解こうと思ってる?言い方考えようよぉ」

 

 

 こいつマジでやってんの?わざとやってる訳じゃないならある意味天才だぞ。

 

 具体的な事を何一つ明かしていないが故にどうとでも解釈出来るような言い方すんなや。今のは俺から見てもクッソ怪しいぞ。色々足りないし。

 もっと早ければ数日で戻る、とか俺には依頼する為に来たんだ、とか言えよ。ダクネスも貴族で、しかも王家とも親密な関係な家柄なんだから話しても構わんだろうに。

 

 こいつもしかして俺を破滅させるためにわざわざ王都から嘘話ぶら下げて来たんじゃねえだろうな。

 

 案の定、ダクネスが顔を阿修羅のような形相に変貌させながら今にも怒鳴り散らしそうになる。

 

 これはいけない。手遅れになる前に何か言わないと。

 

 

「ま、まあ待てって。俺とこいつがそんな関係に見えるか?

 大体こいつはアイリスのことがだなーーー」

 

「なああああああ⁉︎おっ、お前!それはここで言う必要はあるのか⁉︎その事が公になれば私はアイリス様とどう接したら良いのだ‼︎」

 

「知らんわ!お前があんな誤解を加速させるような事言うからだろうが!もう良いから、この際全部ぶち撒けちまえよ‼︎」

 

「なっ、ななななにを言っているのだ!私のアイリス様への想いの丈を語り始めたら一日や二日では足りんぞ!そんな事をしている暇は………」

 

「そっちじゃねえ!お前が言う『大事なこと』だよ!それとも何か?ダクネスは関係者じゃないってか⁉︎違うだろ!別に言っても良いだろ!てめえがわざわざボカして言うから変な事になるんだろうが!

 これだから頭の固い貴族様は!もっと臨機応変に対応するって事が出来ねえのか!ああ⁉︎」

 

「貴様らいい加減にしろ‼︎近所迷惑だと言うのが分からんか‼︎

 …………話なら中で聞くから、とりあえず上がれ」

 

「「………………はい」」

 

 

 このままでは埒があかないと判断したのか、ダクネスが言い合う俺達に一喝してドアを開ける。

 そう、これが臨機応変ってことだ。先ほどまでの怒りを抑えてでも大人の対応をする。素晴らしいよダクネス君。

 

 ………いやあ、今回はマジすまんかった。俺もガキっぽいとこあるからさあ。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「ふーん?それは多分『豪剣』イフリートね」

 

「イフリートぉ?名前カッコいいな」

 

 

 所変わってアクアの部屋。

 

 神器について聞くと、目の前に貴族がいるというのに酒の瓶とグラスで両手を塞いだままのアクアが何でも無いように言う。

 その隣ではクリスが上を向いて記憶を探るような素ぶりを見せている。おそらくそのイフリートとやらの概要でも思い出そうとしているのだろう。

 

 なんとなく周囲を見回すと、豪奢な部屋の中に散乱した酒の瓶が妙に痛々しい。掃除くらいせんかい。

 最近自分で勝手に街の『掃除屋(スイーパー)』と呼ばれ始めた俺が掃除してやろうか?

 

 

「掃除屋?………アスファルト、タイヤを切りつけながら♪」

 

「待てアクア‼︎それ以上いけない‼︎」

 

 

 とんでもないことをしでかそうとしたアクアを止める。

 なんて事をしやがる、この世界が終わっちまうだろうが。

 

 

「………?何よ、ただ歌おうとしただけじゃない。それとももう一つの方が良かった?」

 

「だから歌うなっつってんだよ。対処されたらどうすんだ。

 …………でもお前上手かったな。後でカズマとミツルギ呼んでカラオケっぽい集まりでも開くか。盛り上がりそうだ」

 

「当然お酒もあるんでしょうね?だったら行ってあげても良いわ!」

 

「まあそのぐれえなら俺が用意してやっても」

 

「キミは飲まないでね?」「お前は飲むなよ?」

 

「……わ、わかってますぅ〜!」

 

 

 隣に瓶を退けて座るクレアと、俺と向かい合うクリスから止められてしまった。どうやら俺の禁酒令はまだ解けないらしい。

 

 

「いや、お前達何の話をしているのだ。重要な話だろう」

 

「え?……ああ、そうだそうだ。その、イフリート?ってのはどんな能力を持ってるんだ?」

 

 

 もはや足の置き場もないくらいに転がっている瓶を少しずつ片付けながらダクネスが突っ込んできた。

 

 ちなみにダクネスには既に事件の全容を話してある。

 まあ攻めのシンフォニア、守りのダスティネスと呼ばれる王国の懐刀の双璧を為す片割れだし、伝えない方が不自然だしな。

 

 予想では多少慌てるんだろうなと思っていたが、ダクネスの意外にも落ち着き払って。

 

 

「なるほど。それでゼロを王城へ、か。なるべく早く片付けてアクセルに戻って来るんだぞ、ゼロ」

 

 

 とりあえず俺が失敗する可能性は微塵も考慮していないらしい。

 

 信用してくれるのは嬉しいけどあんまりそういう態度取られるとプレッシャーやばいんだよなあ。

 失敗する気なんか毛頭無いし、失敗しない為に今でき得る限りでの情報収集をしてる訳だが。

 

 クリス達には『王城に襲撃』を『クレアの屋敷に襲撃』に置き換えて説明した。

 秘匿するべきなのは王族に危機が迫っているという事なのであって、こうすれば極力違和感を抑えてありのままを話せるからだ。

 

 

「豪剣イフリートは神器の中では珍しく能力を二つ持っている剣ね。

 一つは『熱を操る力』で、もう一つは『動きを登録する力』、だったかしら」

 

「能力が二つだあ?チートじゃねえか。なんで同じ神器の中で当たり外れの差がこんなに激しいんだよ」

 

 

 俺のデュランダルを見てみろよ。言っちゃ悪いが、硬いだけのただの剣だぞ。もっと氷を操る力とか欲しかった……いや、あれは扱う本人の力だったか。

 

 しかし、熱を操る力はクレアから聞いた通りだけど、動きを登録する?………どういうこっちゃ。

 

 

「動きを登録するっていうのは、文字通り一つの動きを登録しておけるのね。

 それで、その動きを繰り返せば繰り返すだけ強くなっていく力」

 

「結局チートじゃねえか。羨ましいし妬ましい」

 

 

 いいなあ。もし俺にそんな能力があれば……なーんてな。正直今でも充分過ぎるくらいに強いのにさらにチートを欲しがるのはちょっとねえ。

 

 しかし、羨ましがるような言葉を口にした俺に首を捻る事によって返答するアクア。

 

 

「うーん?でもチートってほど便利じゃなかったと思うわよ?

 イフリートは能力が二つある代わりにどっちの能力もすんごい微妙なのよ。実戦で使えるかって聞かれると首を捻るレベルで」

 

「そんなにか?聞いた話だと結構汎用性は高そうだけどな」

 

 

 魔力に頼らずに熱を操れるって時点で多くの魔法使いが涎を垂らすだろうに。

 

 そんな事を思う俺の考えを読んだか、アクアがチッチッ、と指を横に振ってきた。

 

 

「甘いわね、甘々よ。想像力が足りないと言ってもいいわ。そんなゼロにこの崇高なるアクア様がレクチャーしてあげるからしっかり聞きなさいな。

 まず一つ目、イフリートが操る熱はせいぜい百度くらいまでが限界だし、高くする方向にしか操れないから、周囲の温度を上げるとしばらく冷めない?」

 

「………………………」

 

 

 ……百度?百度ってなんだよ、名前負けもいいとこじゃねえか。イフリートとか名乗って恥ずかしくないのそれ。

 確かに熱いことは熱いが、百度と言えばサウナより少し熱い程度である。それは使えなくもない……くらいだな。うん。

 

 

「でしょ?そして二つ目、登録する力は登録した動き以外での攻撃が出来なくなっちゃうの。

 しかも威力が上がっていくって言ったって、上昇幅が小さいのよ。それこそ、実感出来るくらい上げるのに一万回は繰り返さなきゃいけないんじゃないかしらね。

 ………どう?これでもチートだとか言える?」

 

「「「………………」」」

 

 

 その場にいたアクア以外の全員がなんとも言えない表情になった。そして気持ちもほぼ一致していることだろう。

 

 どうしよう、予想以上に微妙だった。

 

 

「し、しかしアクア殿。その神器には他に何か能力は無いのか?

 私が直接見たわけではないが、他の者の話だと目に見えないほどに速かったそうなのだが………」

 

 

 今の説明では納得できなかったのか、クレアが食い下がる。

 衛兵だけでなくジャティスまでもが『見えなかった』と言っているのだ。今の微妙な話とは食い違いがあるように思えてしまったのだろう。

 

 だが、俺からすれば別に不思議な事などない。

 

 

「そんなの簡単じゃねえか、繰り返せばそれだけで強くなれるってんだからずっと繰り返せばいい。

 目に見えないくらいに速くなるまで、何百万、何千万とな」

 

「そんな事をする人間がいるのか?」

 

「おっと、その言葉は俺にもぶっ刺さるからNGでお願いします」

 

 

 まあ不思議がるのも無理はない。ヒノがどんな信念を持って行動したのかは知らんが、実際に生半可な覚悟では途中で折れてしまうだろう。

 似たような事をしてた俺が言うのもなんだが、あれは常人には相当キツい。物理的な話ではなく、心の問題で。俺ですら一つの動作を延々と何年も続ければ発狂してしまうかもしれない。

 

 一体どんな思いで剣を振ってきたのか。何が目的で王城に攻め込んできたのか。

 その辺は本人に直接聞くことにしようじゃないか。

 

 

 

 

 



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65話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「なんかダクネスがずっと掃除しててかわいそうになってきたから私も手伝ってあげるわね」

 

「お、おい、アクア、元はと言えばお前が散らかしたんだからな?というか、自分の部屋くらい片付けておけ」

 

 

 自分が放置していた酒の瓶をダクネスが掃除するのを見て落ち着かなくなったのか、アクアがそんなことを言い始めた。

 お前ら今の流れからよく速攻で日常に戻れるな。感心するわ。

 

 クレアが隣で「貴族が他人の部屋の掃除……⁉︎」と衝撃を受けているが、この屋敷では身分の高さなど何のステータスにもならない。まあ、半分くらいはダクネスの人柄故だが。

 しかしちょうどいいとも言える。クリスと話もしたかった事だし、他の三人が掃除に気を取られているうちに済ませてしまおう。

 

 

「おいクリス、ちょっと大事な話が………」

 

「あ、ちょっと待って。アクアさんが何かやるみたいだよ」

 

 

 話を切られてしまった。いや、ほんとに大事な話なんだけどな………。

 

 真剣そのものの表情でアクアを見るクリスにつられて視線を向けると、アクアは何やら手に持った瓶を矯めつ眇めつしたと思ったら、白い布を取り出した。

 

 

「ダクネスダクネス、これ見てー」

 

「ん?なんだアクア、その瓶はこっちの袋に入れてーー」

 

「消えちゃいましたー!」

 

「「⁉︎」」

 

 

 アクアが白い布を瓶の上に乗せて指パッチンをしたと思ったら、布が一人でに床に落下した。もちろんその下にあった瓶は影も形もない………いやどうやった⁉︎

 

 

「すっ、凄いぞ!見たかクレア殿!今確かに触っていなかったぞ⁉︎

 なあ、どうやったんだアクア、さっきの瓶はどこへいったんだ!」

 

「ああ、こんな凄い手品は王都でもお目にかかったことが無い!

 ア、アクア殿!今の手品を教えてはもらえないだろうか!アイリス様に見せたらさぞお喜びになるだろう……!

 タネを見破ってみせるからもう一度やっていただけないか⁉︎」

 

 

 消えた酒瓶に沸き立つ貴族二人が、口々に賞賛を浴びせるが、当のアクアはキョトンとした顔で言う。

 

 

「何言ってるの、消えたって言ったじゃない。消えた物がどこ行ったって言われてもねえ。

 それに、一流の芸っていうのは何度も見せるものじゃないの。やるんなら他のやつを見せてあげるわ!次は………こんなのどうかしら?」

 

 

 そう言いながらごそごそと懐からまた何かを出し始めるアクア。二人も目をキラキラさせて待っている。初めてサーカスを見る子供かよ。

 

 しかし、消えたって言ってもまさかこの世から消えたわけじゃあるまいに、アクアも役者だな。どうせなんかタネがあるんだろ?

 

 俺も今度は見破ってやろうと、そのままアクアが次にする芸を待ってーー

 

 

「いやそうじゃないそうじゃない。おいクリス、さっきの件について大事な話があるんだって」

 

 

 危ない危ない。こいつらはまだしも当事者である俺が遊び呆けるのは許されん。さっさと片付けて帰りたいし、できれば今日中に王都に向かいたい。

 

 

「えー?……後じゃダメなの?今からアクアさんが触れずに瓶を分裂させるって言ってるんだけど」

 

「大事な話って言ってんだルルォ⁉︎」

 

 

 何それ俺も見たいけど!

 

 帰ってきたらアクアの芸を一度じっくり見せてもらおう。金払えばやってくれるかな。

 

 

「あ、言っとくけど私はお金は受け取らないからね。

 芸人でもない私が芸でお金を取ったら、本物の芸人の人の仕事が無くなっちゃうでしょ?」

 

「お前はお前でちょいちょい人の心読むのやめてもらえる?」

 

 

 どっかの見通す悪魔よりも俺の心読むよね、お前。

 

 あとその考えは立派だと思います。俺としては残念だけど芸は諦めよう。

 

 

 

 

 ※

 

 

 アクアの芸に夢中になっている世間知らずのお嬢様達を部屋に残して屋敷の廊下にクリスを連れ出した。クリスはまだアクアが気になるのか、早く部屋に戻りたそうにしている。

 

 気持ちは分からんでもないけどな。少し我慢してくれ。

 

 

「クリス、聞きたいことってのはさっきの『ヒノジュンゴ』についてだ。

 正確な時期は聞いてないが、少なくとも十年以上前だな。死後にヒノを案内したことはあるか?」

 

「ああ、そういうこと?んっとね、今の話聞いて思い出してたんだけど、十……八年前かな。あるよ。

 確かに『ヒノジュンゴ』さんは亡くなってる。それはあたしが保障するよ」

 

 

 どうやらさっき何かを思い出す感じを見せていたのはこの事だったようだ。話が早くて助かる限りだな。

 俺が産まれるのと入れ替わりくらいに死んだらしい。それは関係ないだろうが。

 

 そしてさらに関係ないのに蘇る年齢の話。こいつは十五歳と言っていたくせに十八年前の話なんかするなよ。本当に関係ないから言わないけど。

 

 

「ヒノが使っていた神器はどうなってる?豪剣イフリートは回収されてるのか?」

 

「ううん、今は所有権が他の人に移ってるみたいだよ。

 ……でもそれが誰かはちょっと分かんないかな。天界に戻って改めて見通してみれば分かるかもだけど、どうする?」

 

 

 どうする?というのは俺が頼めば天界で見てきてくれる、ということだろう。

 もっと時間がある時ならありがたい話だが、今はそんな悠長なことはしてられない。遠慮させていただこう。

 

 とりあえず、王城の襲撃者については俺の予想通りだな。

『ヒノジュンゴ』本人ではないが、使ってる武器はイフリートと考えて間違いないだろう。おそらく所有権を直接譲ってもらったんだろうが、どんな関係なのだろうか。

 

 

「さっきの話の通り、俺はしばらく留守にするから。早けりゃ数日で帰れる。クリスは俺が帰るまでここに泊めて貰いな」

 

「あたしは良いけど、めぐみんとかカズマ君が良いって言ってくれるかな……?」

 

 

 それは尤もな懸念だが、そんなものは直接聞けばよろしい。

 

 

「俺達が部屋にいた頃から盗み聞きをしてて俺が部屋から出た瞬間にそこの廊下の角に隠れた頭のおかしい紅魔族がいるから、今聞けば?」

 

「おい、私をその名前で呼ぶのはやめてもらおうか‼︎

 というかなんで分かったんですか!百歩譲って誰かいるというのは分かっても私かどうかなんて確証ないでしょうに!」

 

 

 俺が指差した場所のすぐ横から出てくるのはめぐみんだ。

 

 確証無いって言うても、消去法で大体分かるだろう。この屋敷の住人は、ダクネスとアクアは俺達と同じ部屋に居たし、カズマは多分寝てるだろ。引きこもり的に。朝寝、昼寝、夜寝ってのはヒッキーの嗜みだと聞いた事があるしな。あと残ってんのはお前しかいないんだから、こんなのは自慢にもならん。

 盗み聞きなんてマネしないで入ってこれば良かったのに。

 

 

「い、いえ……。最初は入ろうかなと思っていたのですが、何やら真剣な話のようだったので躊躇われたって言いますか……」

 

「普段空気読まねえくせに、子供が遠慮なんかするんじゃねえよ。別にお前だけ仲間外れにするとかしないから安心しな」

 

 

 なあ?とクリスに同意を求めると、コクンと頷く。言っても困らない話に変えてあるから、めぐみんに話しても平気だしなぁ。

 

 

「レディに向かってなんてことを言うんですか、ゼロはもっと気遣いを覚えるべきです」

 

「え、ごめん。なんで俺怒られた?」

 

 

 極力優しげな態度をとったつもりだったのだが、なぜかめぐみんはそこで噛み付いてきた。今のでダメなら俺にはどうしようも無いんだけど。

 

 

「そうではなく!私を子供扱いするのはやめてもらおうか!」

 

「ああ、そっちか」

 

 

 生憎だが、いくらこの世界での十四歳が女性の成人とは言っても、俺の基準だとまだまだ子供だ。ゆんゆんならともかくとして、めぐみんは……………うん、頑張れ。

 

 言葉に出したらまた怒ってしまいそうなので、ゆんゆんから聞いた話で気を逸らす事にした。

 

 

「そういえばお前もうすぐ十四歳の誕生日なんだってな?おめっとさん。

 なんか欲しい物とかあるか?高価な物じゃなきゃ買ってやっても良いが」

 

「あ、ありがとうございます…………うん?あれ、私ゼロに誕生日教えましたっけ?」

 

 

 ………おう、この流れは失敗したな。ゆんゆんから聞いたって言うのは簡単だが、それだとゆんゆんがプレゼントを用意してる事を気付かれてしまうかもしれない。

 せっかくサプライズを計画している友人の思いを無駄にする訳にもいくまいよ。

 

 

「あー……お前から直接は聞いて無いぞ。ほら、俺が前に紅魔の里にいた時にこめっこから聞いたんだよ。

 少し前にふと思い出してな、そのうち言おうと思ってたんだ」

 

 

 お、これならイけそう。本人がいないから確認する方法も無いだろうし、誤魔化せるはず。

 

 めぐみんはしばらく俺の言葉を訝しむようにしていたが。

 

 

「そうですか、まあそういうことにしておきましょう」

 

 

 俺の目をじっと見てからポツリとそう言った。

 

 なんだその気になる言い回しは。まさか今ので真相がわかったとか言わねえだろうな。さすがに勘が良いってレベルじゃねえだろ。

 

 

「そ、それよりも、クリスをしばらく泊めてやってほしいんだ。

 金なら相応に払うから、カズマにも伝えておいてくれないか?」

 

「それは構いませんが………。というか、お金なんて要りませんよ。

 クリスがいるとダクネスも嬉しそうにしますし、アクアの相手もしてくれるので助かるのです。カズマには私から言っておきましょう」

 

「そうか、ありがとな。………だ、そうだ。良かったなクリス。これで無問題だな」

 

「…………………………」

 

「………あ?どうした?」

 

 

 こちらはこちらでなぜか不服そうにしてしまう。

 

 おいおい、この屋敷に厄介になるのが嫌だってのか?どうしても嫌ならあれだけど、せめて理由を教えてほしいもんだ。

 

 

「べっつにー?…………めぐみんの誕生日は祝うんだ……」

 

「…………いやいやいや、お前さん無茶言いなさんな。教えてもらってもいない物は祝うも何もねえぞ」

 

 

 なんとまあ。誕生日を祝う祝わないで拗ねてしまったらしい。可愛らしい話ではあるが、今回は理不尽じゃね?

 

 年齢聞いたら怒るし、その関係で誕生日も教えてくれないだろうし。

 

 

「じゃあ聞くが、クリスの誕生日はいつなんだ?」

 

「あたしにも分かんないけどね」

 

「せめて答えは用意しておいてくれない?俺に何を求めてるんだお前」

 

 

 こんな答えが無い出題があってたまるか。そもそも誕生日が存在しないんじゃあどうしようもないだろうが。

 

 だだ、普段我儘はあまり言わないクリスの意見だし、尊重はしてやりたいな。

 

 

「………ふむ、単にプレゼントが欲しいって訳じゃないんだろ?

 誕生日知らないんなら自分で決めてみたらどうだ?」

 

「自分で決める?」

 

「うん。なんかこの日が良いとかないか?記念になるような事があった、とかさ。その日をクリスの誕生日にしようぜ」

 

「そんなんで良いの?」

 

「だって、他にどうしようもないだろ。元がわからないならそれもありじゃね?

 まあでも俺は今から王都に行っちゃうから、帰って来たら教えてくれよ」

 

「……ん、わかった。約束ね」

 

「おう。指切りでもするか?」

 

「それはいいや。約束破るとは思ってないし」

 

 

 それはまた随分と信用されたものだ。約束や契約の不履行は俺みたいな傭兵が忌み嫌う物であるのは確かだけどな。

 

 

「じゃあ気をつけて行って来てね」

 

「言われるまでも無いね。なるべく早く帰ってくるようにするから、今のうちに答えでも考えておけよ」

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

 

 なんとなく目を合わせたまま黙り込んでしまう。

 

 ………お?二人きりかつ、この空気なら伝説のアレができるんじゃね?あの、夫婦間でもそうそうお目にかかれないという、幻の『行ってきますのチュー』。

 

 これができたら、もう……ゴールしてもいいよね……?

 

 

「………あの、人の目の前でイチャイチャされると、どう反応したらいいのか困ってしまうのでやめてもらっていいですか?」

 

「あ、サーセン」

 

 

 そもそも二人きりじゃなかった罠。

 

 

 

 

 

 



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66話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 クレアは一晩だけカズマの屋敷に泊めて、俺は一人で王都に向かう事にした。

 

 もちろんクレアは一緒に行くつもりだったようだが、連日の襲撃に加えて休まずにアクセルに来たからか、疲労が蓄積されているのが俺の目から見ても明らかだったし、途中で倒れられても困る。俺に迷惑をかけるつもりか、と無理矢理置いて来た。もちろん本心からの言葉だ。

 それに俺の場合は他人がいない方が速く動けるからな。疲れ切ったクレアとだと日を跨いでしまうだろうが、俺一人なら一時間あれば到着できる。今日の襲撃にも間に合うかもしれない。

 

 

「という訳でクレアは置いて来ましたけど、王城に入れてもらってもいいですかね?」

 

「はい、お待ちしておりましたゼロ様。そうですか……、いえ、クレア様のことはお気になさらないでください。

 私も彼女が無理をしているのではと心配していたので」

 

 

 辺りはもう暗くなるというのに、王城の正門までわざわざ来てレインが対応してくれる。

 

 周囲の人間に心配させるとはクレアもまだまだだね。そういうのは隠し通してなんぼだろう。もしくは無理をそもそもしないとかな。

 

 

「ジャティス………王子のお加減はいかがです?怪我をしたと聞きましたが」

 

「ふふ、私の前ではそんなに畏まらなくても構いませんよ。どうぞ普段通りの振る舞いをなさってください。

 王子のお怪我の方は特段重傷ということも無いのですが………、よろしければお会いになられますか?」

 

「……ん、悪いな。あいつから直接話も聞きたいし、頼む」

 

「ええ、ではこちらへどうぞ」

 

 

 なんということでしょう。

 

 あのヒステリッククレアさんがいないだけでこんなにスムーズに王城に入れるとは。

 あいつはもっと他人への対応を柔らかくするがいい。それだけで俺のあいつに対する受け答えもこの通りガラリと変わるのだから、双方にとっても都合が良いだろうに。

 

 いっその事クレアはずっとあっちに居てくれないか、と本人が聞いたらブチ切れそうな事を考えていると、ジャティスの部屋に案内してくれるレインが多少聞きにくそうに口ごもりながら、

 

 

「ところでゼロ様、その、アクセルではクレア様から何か大事なお話などありませんでしたか?今後に関わる重要な話なのですが……」

 

「……………大事な話ぃ?」

 

 

 ーーー何だろう?何かあったかしら。

 いや、もしかしてあれか。これが終わったら、とかいう迷惑千万なフラグ発言。あの事か。

 そんなに大切な話なのか?だったらさっさとすりゃいいのに。

 

 

「いや。まだされてないな。この件が終わったら改めて、ってだけは聞かされてるけどな。何についての話か知ってるのか?」

 

「いっ、いえ!クレア様がまだ話されていないのならば私から言う訳には!

 ただ、本当に真剣に考えていらっしゃるようなので、出来ればゼロ様も真剣に考えて下されば………!」

 

 

 いや、だからその真剣に考える時間が欲しいから早めに内容を知りたいって言ってんだけど。

 何なの?そんなに勿体振る事なの?プロポーズでもされちゃうの?

 

 

「もしそうならどのような答えを返されますか?」

 

「えっ、マジで?」

 

 

 普通に冗談で言ったのにそんな反応されると困惑しかしないんだが。

 

 ……………マジで?

 

 

「いえいえいえ!ちっ、違いますよ‼︎

 と申しますか、私も詳しくは知らないのです!もしそうならゼロ様がどうお答えになるのか気になりまして!興味本位ですのでお気になさらず!」

 

「だよな⁉︎驚かすなよ!」

 

 

 本当にされるのかと思ったじゃねえか、紛らわしいっつーの。まあ『もし』って言ってたし、勝手に勘違いしたのは俺だけどな。

 

 しかし、もしそうならねえ。クレアがアイリスLOVEな以上あり得ない仮定だが、これは悩ましいな。どう答えたもんか………。

 

 

 

「いかがです?貴族とそうでない方が結ばれる、というのも前例が無い訳ではありませんし、迷うのは仕方ないとは思いますが………」

 

「ああ?……あー、違う違う、俺が悩んでんのは受けるか受けないかじゃなくてどう断るかだよ。

 ………なあ、どう断ったらショック少なく済むと思う?」

 

「断るのは確定なんですか⁉︎」

 

 

 レインが仰け反りながら大袈裟に驚く。

 

 ったりめーだろすっとこどっこい。なんで俺があいつからプロポーズされてそれを受けなきゃいけねえんだよ。罰ゲームかなんかかな?

 

 

「つーかこんな会話してたのがバレたらそれこそあいつにサーベル投げられるぞ、この辺にしておこうぜ」

 

「ちょっ、とお待ちください!そ、その、一応理由を聞いてもよろしいでしょうか……?

 私が聞くのも変かもしれませんが、彼女、クレア様の何がご不満なのでしょう?

 とてもお綺麗ですし、王族との繋がりも強いシンフォニア家のご当主様ですよ?」

 

 

 でっていう。

 

 

「あいつじゃダメな理由は大きく二つあるが、そのどっちの理由も致命的過ぎてな。

 まず一つ、俺には好いてる相手がいる。

 二つ、そもそも俺はあいつが好きじゃない。終わり!閉廷‼︎」

 

「そんな身も蓋も無い!」

 

「身も蓋も無いもんだよ。俺も頭の中スイーツ入ってるからなあ。本当に好き合った相手とじゃなきゃ結婚なんてしたくない。

 クレアだってそうじゃないのかね。王族とのパイプとかを目当てに受けたらあいつに失礼だし、これでもお前の言う通り真剣に考えた結果なんだぜ?」

 

「それは……確かにそうかもしれませんが……」

 

「それよりジャティスの部屋どこよ。こんなに歩いたか?」

 

「え?………あ!もっ、申し訳ありません、さっきの角を右に曲がってすぐでした!」

 

「ここでドジっ子ぶっ込んで来るのかよ。やりますねぇ!」

 

 

 会話に夢中になるあまりに道を間違えてしまったようだ。

 

 まま、ええわ(寛容)。この程度のドジなら可愛げもあるってもんだ。笑えないドジってのは、貸したゲームのセーブデータを自分のに上書き保存されるような、そんな取り返しのつかない物の事を言うのだ。

 

 ………考えただけで吐き気がするほどの邪悪だな。

 

 

 

 ※

 

 

「やあ、久しぶりだねゼロ。君が今日来なければまた僕が出陣しようと思ってたんだけど、そうはならなそうだ。

 少し残念だけど、まあいいさ。君の戦闘が見られるなら収支はトントンってところかな」

 

「お前案外元気だね?多少なりとも心配とかしてたのが馬鹿みたいだよ」

 

 

 怪我をしたと聞いていたので、寝込んだりしているのかと思えば、ジャティスは聖剣の調子を確かめているところだった。どうも今夜あたりまた暴れるつもりだったようだ。

 そう簡単に参るような奴でもないとは分かってたけどな。

 

 見た様子だとどこに傷があるのかわかんないんだけど、何?仮病か何か?

 

 

「ああ、傷ならその日の内にレインに治してもらったよ。彼女、こう見えても回復魔法を得意としてるからね」

 

「私の数少ない取り柄がお役に立てて何よりです」

 

 

 ジャティスが褒めると、レインが照れ臭そうにはにかみながらお辞儀する。

 

 なーる、回復魔法ね、あれはいいもんだ。マジで傷一つ残らんからな。

 

 

「しかし、クレアから聞いた話だともっと重傷な印象だったんだがな」

 

 

 まさかあいつに俺を欺けるような演技力があったとは思わなんだ。結構深刻に受け取っちまったぞ。やるやんけ。

 

 

「ははは、それは素なんじゃないかな、クレアは大袈裟なところもあるし。結果として君が来てくれたんだから僕は何でもいいけどね」

 

「さよか。傷の具合からどんな攻撃して来るのか予測を立てようと思ったんだが、当てが外れたな」

 

「ん?それは多分問題無いよ。彼と対峙すればどんな攻撃かはすぐ分かる」

 

「ああ?そういや、見えないくらい速いのに同じ動きだってのは分かったとか何とか言ってたな。ありゃどういう意味よ」

 

 

 向かい合ってみれば分かるなら教えてくれても良さそうなものだが、ジャティスは静かに否定する。

 

 

「あんまり僕から情報を上げすぎると不公平だからね。ここは黙秘権を使わせてもらうよ。

 ただ一つだけ言えるのは、彼の剣を見れば動き方は分かるって事。ヒントは『最短最速』ってところかな」

 

 

 こいつは状況が分かっているのだろうか。国のピンチだってのに不公平もクソもあったもんじゃねえだろ。馬鹿にするんじゃねえわ。

 

 ふと、ジャティスが顔を引き締める。別に今まで緩んでたって訳ではないが。

 

 

「さて、ゼロ。今お父様はこの国にはいないんだ。だから、実質僕が国を任されている状態になる」

 

「そうなの?」

 

 

 クレア言い忘れ酷くない?そんな事初めて聞いたんだけど。

 

 

「うん。それで、お父様が留守の間に王国を守れなかった、なんてバレたら僕の命が危ういんだよね。もちろん国も。

 今回に関しては王国側が全面的に君をバックアップするから、必要な物があったら何でも言ってくれていい。文字通り何でも用意させるからさ」

 

「お前国よりも自分の身が心配とか正気かよ。王子辞めたら?」

 

 

 真面目な顔して何言ってんのこいつ?

 

 なんてこった、しばらく見ない内に友人がマジキチにジョブチェンジしていた。この場合の対処は知恵袋さんに聞けば教えてくれるのかな?

 

 

「はい、じゃあ早速、相手がどんな攻撃してきたのかの解答を要求します」

 

「残念だけど、僕は必要な『物』って限定したんだよね。つまりゼロの要求は却下されます」

 

「小賢しっ‼︎」

 

 

 こいついつの間にこんなずる賢くなったんだよ。誰の影響だ。

 

 

「誰の影響かって聞かれたら、まず候補に挙がるのは君なんだけどね」

 

「ひでえ言い掛かりだ………」

 

 

 俺はここまで酷くない………、と思ったけど割とどっこいどっこいかもしれんな。ちょっと普段の行いを見直す必要が出て来た。

 

 …………ふむ、必要な物って言ったってな。

 

 

「……なあ、もう暗くなってんだけど、その賊はだいたいどのくらいの時間帯に来るんだ?

 普段そいつがどこに潜んでいるのかも分かってたら教えてくれ。それともこれも黙秘権か?」

 

「それは隠す事でも無いから良いよ。彼が来るのはだいたい日付が変わる頃だね。だから……あと数時間ほどかな。

 一応居場所も突き止めてはあるけど、多分こっちが突き止めてる事は向こうにもバレてると考えた方がいいかもね。その上で移動する気配も無いんだから、全く大した自信だよ。

 あ彼は夜になるまでは王都の外れにある廃虚を根城にしてる。人は寄り付かないから、隠れ家としては良い立地だと言えるよね」

 

 

 ジャティスが呆れた様に首を振るが、自信満々なのは当たり前だろうよ。実際に勝てる奴がいないんだから、場所がバレようが知ったこっちゃ無いんだろう。

 突入して来たら斬る、くらいの心持ちでいるに違いない。

 

 あと数時間…………。ま、そんだけありゃ充分かね。

 

 

「そんじゃ、今度こそ必要な『物』だ。酒を数本用意してくれ。そんなに高価でも、強い酒じゃなくてもいい」

 

「…………お酒?まさか君が飲むんじゃないだろうね?」

 

 

 俺の口から『酒』と出た瞬間にジャティスが顔を引き攣らせ、レインが部屋の出口にそっと歩み寄る。

 

 ………うん。ここまであからさまだと流石に解る。俺は酒癖が悪いんだろ?しかも暴れる方向に。

 

 言い訳させてもらうと、俺は本当に記憶が無いのだ。暴れたかどうかなんて分からないし、『君が酔ってる間にやった』と言われてもピンと来ない。

 だが、これだけ周囲が注意して来るんだから察しもするさね。

 

 

「安心しろよ、もちろん酒は飲むがお前らには迷惑かけないさ」

 

「飲むのに迷惑かけないってどういう事⁉︎君と酒併せたら王城の崩壊だよ!賊よりタチが悪い!」

 

「ゼロ様、冒険者稼業で大変なのはお察し致しますが、お酒に逃げられるのはまだ早いかと……!せめて部屋を移してからに………」

 

 

 落ち着くがいい。なぜそうも早とちりするのだ、誰も今ここで飲むなんて言ってないだろうに。

 

 

「だから、今から暴れても良い場所に行くんだよ。人の家アポ無しで訪問するのに手土産無しじゃ失礼だろ?」

 

「………?ゼロが何を言ってるのかいまいち理解出来ないんだけど?」

 

 

 レインとジャティスが首を傾げる。

 

 ありゃ、ここまで言っても分からんか。そんな変な事は言ってないと思うんだがな。

 

 

「ほら、廃虚ってこたあ壊しても特に問題無いだろうし、直接会って来ようかと思ってな。運が良きゃ今日の襲撃はおじゃんになるぜ」

 

 

「………ゼロ、まさか直接会うって……」

 

 

 気付くのが遅い。そして、お前が思い付いたそのまさかで多分合ってる。

 

 

「ああ。ちょっと王都を騒がせてる有名人さんと酒でも飲もうと思ってな」

 

「前から思ってたけどあれだよね、ゼロって結構馬鹿だよね」

 

 「馬さんと鹿さんに謝れ」

 

 

 

 

 ※

 

 

「ここがその男のハウスね」

 

 

 王都の外れ。廃虚というよりは廃教会か。元は教会だったように見て取れる。麻婆がいそう、と言えば知る人は分かるかもしれない。あれは別に廃教会ではなかったけど。

 

 ジャティスの話によるとここにヒノは潜伏しているはずだ。

 ジャティスは誰か俺の供に付かせるつもりだったようだが、正直足手纏いにしかならない衛兵など居ない方がマシ、と突っ撥ねたため、俺は一人寂しく夜道を歩いてここまで来たのだ。

 

 

「すみませーん!ヒノさんはいらっしゃいますかー?」

 

 

 ドアを叩きながら中に向けて呼び掛ける。当然ではあるが、返事の類はない。

 

 

「流石に出ては来ないか」

 

 

 もし彼が『はいはーい、どちら様ですかー?』ってな感じで出て来たら面白かったんだがなぁ。そんな事は無かった。

 

 苦笑しながら教会のドアを開けると。

 

 

「蒸し暑っ⁉︎」

 

 

 凄まじい熱波が中から勢い良く流れ出て来た。暑い、というかもはや熱い。これは多分イフリートの能力か?

 役に立たないとは言ったが、これ案外キツそうだな。そもそもなんでわざわざ中の気温を高くしているのだろう。理由が知りたいものだ。

 

 火傷するほどではないが、とてもこのまま中に入る気になれない。こんなところに入ったら間違いなく俺が手に持っている酒類は全滅してしまうだろう。それはいただけない。

 盗まれる可能性も考慮したが、酒瓶を中に入れた包みを入り口の横に置き、意を決して一歩、足を踏み入れた。

 

 中に光源は無いようだが、元が教会だけあって正面に大きく張られたガラスが月明かりを内部に取り込んで、それなりに明るくなっている。

 これだけ気温が高いのにガラスが無事なのは少し違和感があるが、百度程度ではそうでも無いのだろうか。

 

 そのガラスの真下。何者かが座っているのが視認できた。何者といってもここに居るだろう人物など一人しかいまい。

 

 

「あ、どうも初めまして。俺はーーー」

 

「あんたが誰かなんて興味ない。ここに迷い込んだ一般人なら今すぐ消えろ。一度だけ見逃してやる。

 俺を殺しに来た刺客なら早く剣を抜け。その数秒後があんたの終わりだ」

 

 

 挨拶を途中で遮るとはスゴイ、シツレイな奴だ。

 

 何やらイタい口上を垂れてきたが、そのどちらでも無い場合はどうすれば良いのだろうか。

 

 というかその前に一つだけ確認したいな。

 

 

「こんなところにずっといて暑くないんですか?俺はちょっと、ここに長時間いるのは耐えられないですがね」

 

「……………」

 

 

 不思議そうに目を向けて来る。

 

 まさかごく普通の世間話が飛んで来るとは思わなかったのだろう。この状況なら俺だってそう思う。もっとも俺は世間話のつもりなんか無い。これでも探りを入れているのだ。

 

 

「……その質問に答える義理も必要も無いが、敢えて答えさせてもらおう。……めっちゃ暑い」

 

「………えっ、じゃあなんで気温高くしてるんです?」

 

 

 てっきり自分の能力の影響を受けないタイプだと思いきや、そうではないらしい。

 

 じゃあマジでなんでこんなに気温上げてんの?

 

 

 

「…………なんでって、誰かが入って来た時にその方が雰囲気が出てかっこいいだろう?」

 

「なるほど、さてはあなた紅魔族かなんかですね‼︎」

 

 

 ヤバい、国を脅かす大犯罪者がただの馬鹿だった。

 

 どう考えても紅魔族では無さそうだが、感性が紅魔族のそれだ。

 言っとくけどかっこよくも何ともないからな。雰囲気の方は否定しないが。

 

 

 

 

 

 

 



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67話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「立ち話はこのくらいにして、俺と酒でも飲みませんか?何本か瓶を持ってきているんです」

 

「……………………………」

 

「あ、もしかして飲めなかったりします?そうなるとちょっと予定が狂っちゃうんですが」

 

「……………………………」

 

「あなたの話を聞いてから一度ゆっくりとあなたと話したいと思っていたんですよ。いかがですか、ヒノさん。

 あー、あと、この暑いの何とかなりませんか?せっかく持ってきた酒が駄目になっちゃうんで、せめてもっと抑えていただけると………」

 

「……………………………」

 

 

 王城の人間も妙な男を寄越したものだ。

 

 仮にも城への襲撃者と酒を酌み交わしたいだと?馬鹿馬鹿しい。よほどのアホか、その酒に一服盛ってあるかのどちらかだろう。

 こんな誘いに乗るほど自分は愚かではない。

 

 無言で立ち上がりながら自身が腰掛けていた床に置いておいたイフリートを手に取り、数え切れないほどに繰り返した構えを取る。

 

 

「っと、あー……。一応今日は戦うつもり無かったんですが。

 なんとかその物騒なモノ納めてもらえませんかね?」

 

 

 こちらが得物を抜いたというのになんら変わらない様子で訪問者は会話を続けようとする。

 

 単に三味線を弾いているだけなのか、危険性が分からないほどの素人なのか。今の段階では判別は出来ない。どうでもいい事ではあるが。

 

 

「ならあんたのその腰にぶら下がってる物は何だ。自分も武装してるってのに人を咎めるのか?

 信用して欲しければそのご立派な剣を床に置いて、こっちにでも来たらどうだ」

 

 

 どうせ出来はしまい。観念して剣を構えるなり逃げるなりしろ。あと一時間後には王城を訪れねばならないのだ。こんな気狂いに構っている暇は無い。

 

 そんな男の予想とは裏腹にその訪問者は鞘ごと剣を置き、手元から離した。

 

 

「なるほど、確かにそうですね。これは失礼しました。

 ………もうそちらに行ってもよろしいでしょうか?今の俺は正真正銘、丸腰ですので攻撃はなるべくしないでくださいね」

 

 

 言いながら返事もしていないというのに歩き出す訪問者。男は目を見開いて訪問者の一挙手一投足を観察する。

 

 何か考えがあるはずだ。そうでなければ武装して、なおかつ敵対している相手の目の前へ無手で歩み寄るなど………。

 しかし、手に武器はおろか道具も持っていない。歩き方にも特に企みなど無さそうだ。

 

 馬鹿かこいつは。いや、馬鹿だな。

 そもそもこちらはもう構えているのだ。そこへ寄っていって攻撃しないでとはどんな頭の構造をしているのか理解出来ない。

 

 つい先までは道端に転がった石ころ程度にしか思っていなかったが、目の前の飄々とした男に興味が湧きそうになる。

 が、それだけだ。今からする事には大して変わりはない。いつも通りに一度剣を振って終わりだ。

 

 

「その前に一つ訂正したい。さっきから俺をヒノと呼んでいるが、人の名前は間違えるものじゃないぞ。俺の名はカガミだ」

 

 

 最後の名乗りと同時にイフリートの能力を発動させ、床を踏み割り訪問者の胴体に突き入れる。

 

 常人が見れば正に電光石火の一撃。反応するどころか目に映るかも怪しい神速の突き。当然、避ける事など能わないだろう。しかし。

 

 

(カガミ)……いや、火神(カガミ)ですかね。火の神、なんていい名前ですねえ。かっこよくて」

 

「………やるな、あんた」

 

 

 己の剣が何かを狙って外すなど、一体いつぶりだろうか。

 

 たった一歩、横に動いただけで今まで誰も成し得なかった偉業を、さも当然のようにやってのけた男を素直に賞賛する。

 会話の途中での攻撃。しかも最も避け難い胴体への一撃を完璧に躱してみせたということは、こいつには俺の剣が見えていたという事だ。

 

 カガミは先日、この国で国王の次に強いと言われるジャティス王子を倒している。理屈だけで言えば最早カガミを止められる者はそれこそ国王しかいないはずだ。

 だが、この男はどうだ。初見でカガミの剣を避け、尚も余裕を見せている。明らかにジャティス王子よりも格上だ。一体何者なのか。

 

 

「あんた、名前は」

 

 

 今度こそ、カガミは自分の好奇心を抑えられずにそう口を開いていた。

 

 早く彼女(・・)から頼まれた事柄を遂行しなければならないが、よく考えたら期限を設定されていない。最悪、今日は潰しても良いだろう。そう、目の前の男と酒を飲むなどして。

 

 

「ええ〜?俺の名前なんてどうでもいいんじゃないんですかぁ?さっきせっかく名乗ろうとしたのに切られちゃったからなー!どうしようかなー‼︎」

 

「……………」

 

「………すみません、ちょっと調子に乗りました。ゼロと申します、はい。以後お見知り置きを」

 

 

 勢い良く煽って来たと思いきや、数瞬後には鎮火する。波の激しい男だ。

 こいつ。………ちょっと面白いな。

 

 

 カガミの感性はどこかズレていた。

 

 

 

 ※

 

 

 そんなに睨むこと無いじゃんかよ。ちょっとふざけただけなのに。

 

 名前を教える前に勿体つけたら睨まれてしまった。洒落の分からない奴である。

 しかし、予想通りとは言え、カガミ……別人か。ヒノとはどんな関係なのだろうか。

 

 と、超高温に熱されていた室内が僅かに涼しくなった気がした。どうやらカガミが能力を解除したらしい。これから少しずつ気温は下がっていく事だろう。俺の頼みを素直に聞いてくれた訳では無いだろうが、流石にあんな中で動いていたら命の危険があるからかな。

 だったら最初からそんなことするなよと言いたいが、それはまあ大目に見よう。

 

 

「俺の剣を初見で躱したのはゼロ、あんたが初めてだ。もしも今から放つ技すらも避けて見せたなら、あんたを同格として扱おう。酒ぐらい付き合うさ」

 

「おや、避けるだけで良いんですか?それは何ともお優しい」

 

 

 俺の言葉を余裕と受け取ったか、ほんの少しだけ嬉しそうに口の端を歪め、剣を構えるカガミ。

 

『今から放つ技すらも』、というのはさっきのは本気では無かったという事だろう。恐らく次の一撃こそ本命だ。それを見切ってみせろと。なるほどなるほど。

 

 ……え?マジで?さっきの本気じゃないの?いやいやいや困るんですけど。

 

 ジャティスが剣を見れば攻撃方法が分かるとかほざいていたが、ふざけんじゃねえよ。剣なんか見えねえじゃねえか。

 灯りもなく、僅かな月明かりが射し込むだけの室内であんなスピードで動かされたら残像すらはっきりしねえわ。今だって暗闇に紛れてる所為で細長い物体が存在する、くらいしか分からないし。

 

 唯一分かるのは、それが『突き技』という事だ。あの状態から撃てる技で、俺が一歩横に移動しただけでもう当たらないのは突きしかない。

 少し動けば芯から外れるが、見切るのはかなり難しい厄介な技だ。ついさっきのだって俺にはほとんど見えなかったのだ。俺ですらこのザマなのだから、他の奴が手も足も出ないのは道理だろう。

 

 では、見えないのになぜ俺が一撃目を易々と避けれたのかと言うと。

 

 

「………あの、もしかしてカガミさんって悪魔だったりします?もしくは魔王軍とか」

 

「何言ってるんだあんた。俺が人間以外に見えるのか?」

 

「ですよねえ。いえ、大変失礼しました。そうですか………」

 

 

 カガミの姿を見る。夜闇ではっきりとはしないが、とりあえず人間には間違いない。

 

 そのまま視界を少し横に動かすと、そこでは俺にしか見えない赤黒い人影が『かかって来いや‼︎』とばかりに、カガミに向かって流れるようなシャドウボクシングを披露している。

 この場合のシャドウボクシングとは、影が実際にするボクシング、という意味でのシャドウだ。何せ、この人影が繰り出すパンチに実体があったら、カガミはとっくにKOされているレベルで直撃しまくっているのだから。

 

 今までこいつは悪魔やら魔王軍と殺し合う時にしか出て来なかったのだが、どういった風の吹きまわしか。

 視界の端でチラチラ動かれると鬱陶しいので、今は消えていてくれないだろうか。そもそも今回は戦うつもりが無いのだからキミの出番は無いよ。

 

 俺が心の中でそう念じると、口も鼻も目も無い顔で、『テメエが消えろや。ッぺ‼︎』とでも言いたげにツバをこちらに吐きかける仕草をしながら、大人しく消えて行った。

 

 何というしょっぱい対応だ。俺が彼に一体何をしたというのか。

 だが何というか、前に見た時よりは雰囲気が柔らかくなっていたな。前は『オレ、オマエ、コロス』な感じだったのだが、少し仲良くなれた気がして嬉しかったりする。

 

 

「あんた、何にやけてるんだ?頭が悪いんなら腕の良いアークプリーストでも紹介してやろうか」

 

「いやお前に言われたく……っと、失礼。お気遣いなく」

 

 

 危うく本性が出そうになってしまった。ここでカガミの機嫌を損ねてしまえば、ようやくまとまりそうな話がパーになってしまうかもしれん。ここは抑えて……俺はいつから営業の仕事をするようになったのだ。

 

 

「『フリーズ』」

 

「んあ?急にどうしたんです?」

 

 

 何となく世界の闇に触れたような気がして落ち込んでいたらカガミがいきなり床に向かって初級魔法の『フリーズ』を使った。

 そうか、俺と違って普通に魔法使えるのか。裏山。

 

 

「暑いからな、空気を冷やす為にこの魔法は重宝する」

 

「………え、ダッサ」

 

 

 忘れないで欲しいのは、元々涼しかった冬の夜を『かっこいい』という訳の分からん理由で灼熱地獄に変えたのはカガミ本人だという事だ。それを暑くし過ぎたから魔法を使うというのはいくら何でもダサ過ぎではないだろうか。

 

 

「何でも良いだろう。さあ行くぞ、あんたも剣くらい構えたらどうだ」

 

「あ、武器持って良いんですね。てっきりそういう縛りプレイをさせられる物かと」

 

「……いきなりそんな下ネタを言うとは思わなかったよ。縛りプレイとは、そういう趣味があるのか?」

 

「さっ、来ーい‼︎」

 

 

 突っ込むのが面倒臭かったのでスルーする事にした。

 

 しかし武器持ったところで、あの突きが俺に見切れるとは到底思えないんだがなぁ。やっぱりもう少し『あいつ』に居てもらえば良かったか。

 

 会話がなくなり静まり返る教会。カガミは飛び出すタイミングを計っているのか、微動せずに構えている。本来の戦闘ならこの隙に俺から斬りかかるところなのだが、後手に回らざるを得ないのは辛いな。

 

 する事も無いのでデュランダルを右手に、その鞘を左手に持ったまま、カガミを観察する。どうも先程から気になる。初見の時からどこか違和感があるのだ。

 今まで戦ってきた強敵。ドラゴン、シルビア、ベルディア、ジャティス、アイリスに国王。あとは冬将軍も含めようか。そいつらと対峙した時特有のゾクゾクとした感覚が目の前のカガミからは感じられないのだ。有り体に言うと怖くない(・・・・)

 俺自身、恐怖らしい恐怖にはあまり縁が無いが、それでもやはりおかしい。カガミは間違い無く強い。だと言うのに、まるでハリボテと向かい合っているような違和感が拭いきれない。

 

 

「っと」

 

 

 それまでしていた思考を中断する。カガミが動く気配がした。何をこんなに待っていたのかは知らないが、そろそろあの突きが飛んで来るーー

 

 

「っだあ‼︎」

 

 

 デュランダルを力一杯地面に叩き付けて石造りの床を粉砕。破片が飛び散り、何年も掃除されていないだろう埃が宙に舞い上がる。それと同時にカガミと逆方向、つまりは後方に全力で跳び退った。

 影の力を借りない状態で俺がアレを視認するにはこれくらいしないとダメだろう。これでも半々と言ったところか。

 

 直後にカガミが踏み切り、神速でこちらに飛んで来るのが見えた(・・・)。舞い上がった粉塵のお蔭である。構えを観察していた甲斐もあり、タイミングは完璧だ。後はどうにか捌くだけ………。

 

 楽観視する俺の目に信じられない現象が飛び込んできた。俺に突き入れられる剣先が分裂しているのだ。

 正確に言えば、三点。俺の喉、心臓、右鎖骨辺り目掛けての三角形を形作っている。咄嗟に左手の鞘と右手の剣を鎖骨と喉の前に突き出して盾にし、身体を思い切り左に傾ける。心臓を狙っていたのは躱せないし間に合わないが、少なくとも致命傷にはならないはずだ。

 

 デュランダルの鞘にイフリートが命中して弾かれ、体勢を限界まで崩した俺は並んでいた木製の椅子を薙ぎ倒しながら埃まみれの床を転げ回る。すぐさま起き上がり、自分の傷を確かめ……。

 

 

「…………あれ?」

 

 

 傷が見当たらない。最低でも一つは捌き切れなかったはずなのだが。

 

 チン、と澄んだ音が聞こえる。

 

 目を向けると、カガミがイフリートを鞘に納めてこちらに手を差し伸べるところだった。

 

 

「………二つか。最後の一つはサービスしておいてやろう。ほら、立てるか?」

 

「あ、これはどうもご丁寧に。まさか数が増えるとは思いませんでしたけど」

 

 

 何だよアレ。まさかこいつも身体能力だけで第二魔法に到達出来るとか言うんじゃないだろうな。

『無明三段突き』………いや、事象飽和起こしてる感じじゃないな。単純に同時に三つ存在していたから、近いのはむしろ『燕返し』の方か。まさか実際にこの目で見る事になるとはな。

 

 

「しかし凄いな。俺の『アトミックファイヤーブレード』まで見せたのに、ほぼ対応されるとは思わなかった」

 

「いや、悪いんですがいくら玉ちゃんでもあんな域までは辿り着けないと思いますよ」

 

 

 何?Fateかとおもいきやバンブレ好きなの?今度あんこ入りパスタライス作ってご馳走してやろうか。その後無事でいられるかは知らん。あれ、クッソ不味いらしいからな。

 

 

 

 

 



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68話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 カガミがどこからか蝋燭を数本取り出して壊れかけた燭台に立てていき、その間に俺が壊した椅子を隅に追いやり、床を多少掃除していく。

 こうしていると廃教会の掃除を請け負ったボランティアの学生のような光景だが、生憎とこの二人、敵同士である。

 

 

「へえ?じゃあカガミさんも転生者の父親……、この場合はヒノさんですか。から神器を受け継いだんですね」

 

 

 なんと、カガミも俺と同様に転生者を父親に持つと言う。『アトミックファイヤーブレード』はヒノが付けた名前なんだそうだ。

 なるほどね。どんな関係、どんな関係と気にする前にヒノの家族関係を調べるべきだったな。俺パターンもあり得ることを失念していた。流石に俺のように前世が日本人という事はないようだが。

 もし仮にそんなことがあったら今度こそアクアシスベシフォーウである。カガミとの夢の共闘をお披露目させていただこう。二人に勝てるわけないだろ。

 

 

「俺もって事は、あんたもそうなのか。凄い偶然だな、その剣がそうなんだろう、どんな能力持ってるんだ?

 俺の能力は知られてるみたいだし、そっちも教えてくれなきゃフェアじゃないんじゃないか?」

 

 

 カガミが試すような口ぶりで顎をしゃくってくる。

 別に教えるのは構わんよ。何せ俺の方は『ただひたすらに硬い』っつー知ったところでどうこう出来る能力でもないし。正直ショボいからな。

 

 

「………硬いだけ?こう、俺みたいに熱を操ったり、なんか出したりは出来ないのか?」

 

 

 そう言いながらイフリートで陽炎を出して見せるカガミ。その刀身は先の尖った細い円錐状……俗に『レイピア』と呼ばれる形状をしていた。

 相手を傷付ける事が出来るのが先端しか無いのだから突き技なのは当たり前である。ジャティスが見れば分かると言うのもやっと得心がいったが、これくらい教えてくれても良さそうなものだ。あのけちんぼめ。

 

 イフリートの熱操作の能力は冷ます方向に操作は出来ない代わりに熱する方向には一瞬で変化させられるようだ。しかも範囲は最高で街一つ覆えるとか何とか。

 お前それ、王都の中心で発動するだけで目的果たせるんじゃないの?いや、どんな目的か知んないけどさ。王城を襲撃するよりはそっちの方が効率良いだろ。

 

 

「あんたよくそんな恐ろしい事思いつくな。そっちこそ悪魔なんじゃないか?そんな事したら何の関係も無い一般人まで巻き込んじまうだろう。

 ……よし、そこそこ片付いたかな。とりあえず適当に座れよ。所々まだ熱いだろうけど勘弁してくれ。

 さっきの話だが、俺が頼まれたのは国王を殺すことだけだ。それ以外ではなるべく殺しはしたくないな。それは最後の手段にしておくよ」

 

「へえ」

 

 

 そういえば聞いたのは怪我人の話ばかりで死人が出たとは言われなかったな。考えてみればおかしな話だ。こいつほどの強さがあれば一撃で命を刈り取るなど造作も無いだろうに、そういう主義を掲げているらしい。

 

 勧められるがままに壊れていない椅子を選んで座る。確かに熱いが、精々真夏に熱されたアスファルト程度だろう。それでも普通なら火傷は必至だが。ちなみにカガミは暑い暑いと言いながらも汗一つ掻いていない。氷結魔法は最初の一回しか使っていない筈だけどな。不思議だ。

 

 話してみて分かったがこいつは基本的に悪いやつではない。他人を気にかける事も出来るごく一般的な善人だ。

 とすると、問題は暗殺されそうになる国王様にあるのかもしれない。それなら止める事には変わらないが国王様と何とか話を付けて謝罪させる事はできるかもな。

 

 

「あんたが優しいのは分かったが、俺の話聞いてたか?俺は頼まれただけだぞ。あの方がどんな理由で依頼して来たのかは知らないが、まあどうでもいい事だ」

 

「…………頼まれた?一体誰に」

 

「セレナ様だよ、凄腕のアークプリースト。美人だし、性格もそれはもう天使みたいだし、あと美人だし。あんたも冒険者なら世話になったことがあるんじゃないか?」

 

「………ふむ。いえ、残念ながら初耳ですね」

 

 

 アークプリーストのセレナ。……聞いたことがないな。そんなに腕が良いならそれなり以上に名が売れているだろう。俺の耳にだって入っても良さそうなもんだ。

 大体何でアークプリーストが国王抹殺を企てるんだよ。混乱してきたぞう。

 

 

「えっと、その……セレナさん?とはどのように知り合って……」

 

「様を付けろよデコ助野郎」

 

「……チッ。セレナ様とはどのように知り合ったんで?頼まれただけで国家転覆を実行するなんて相当な恩義でもあるんでしょうが、いくら何でももう少し考えて行動した方がよろしいかと」

 

 

 今のでキレなかった俺は偉い。自分で自分を褒めてやりたい。まさか敬称付けてなお様付けを強要されるとは思わなんだ。これには金田さんも苦笑いするだろう。

 

 どうもこいつの地雷はそのセレナにありそうだな。あれか?俺とエリスみたいなもんかね。

 もっともエリスはそんな事は頼んで来ないし、俺だって人殺せとか言われてじゃあ殺りましょう!とはならない。納得出来るだけの理由があれば殺るかもしれない、程度だ。

 俺はエリスに惚れてはいるが、別に言う事全肯定という訳ではないのだ。それはもう奴隷と変わらない。俺が目指すのはあくまで対等な夫婦関係なのである。無理のない範囲での犯罪くらいなら犯してやるが。………泥棒とかな。

 

 

「セレナ様とお会いしたのは去年の今頃だったかな。俺が道を歩いてたら、往来のど真ん中に罠が仕掛けられててなあ。まるでピンポイントで俺を狙ったような罠だった。今思い出しても腹が立つ……ああ、悪い。

 その時は辛うじて反応出来たものの膝にかすり傷を負っちまって、そこを偶然通りかかったセレナ様に治していただいたんだよ。あれは本当に測った様なタイミングだったな。美しい方には女神の加護が付いてるってのを初めて目の当たりにしたね。

 それからちょくちょく頼み事をされるようになってな、俺もその恩義に報いるために色々無茶したもんだ。腕利きの冒険者のリストを集めたり、セレナ様以外のアークプリーストに治して貰おうとしてた冒険者をセレナ様の所へ引っ張っていったり。今回みたいに誰かを殺せって言われたのは無かったけど。

 セレナ様は毎回理由を話してはくれないんだが、女性には秘密が有った方が良いって言うし、詮索はしないようにしてるんだ」

 

「………はぁ」

 

 

 頭痛がしてきて思わず額を手で押さえてしまう。

 

 突っ込みどころ多過ぎるだろ。まず、その罠とやらは状況から考えてセレナが仕掛けた可能性があるし、傷にも程度があるが、膝に矢を受けたならともかくかすり傷と言っている。それをわざわざ魔法で治して貰うのもどうかと思うし、それを恩義に感じるのは構わないが、頼まれ事の内容が明らかに恩義に見合っていない。

 高々自然治癒するレベルの傷を治してもらっただけで国王抹殺とかどうなの?しかも理由すら聞いてないだあ?不自然にもほどがあらあ。こいつのオツムが相当に弱いか、さもなきゃセレナに何かされたんじゃないかね。そんな魔法があるなんて聞いた事は無いが、世の中には公表されない魔法だってある。

 その場に俺が居なかった以上は仮説でしかないから迂闊に口には出せないけど事情を聞くとあまりにもあまりだ。

 

 もしかして俺はとんでもなく面倒な依頼を引き受けてしまったんじゃないだろうか。ここに来てバックに新キャラとか勘弁してくだせえよ旦那ぁ。目の前の敵を倒せば即解決って聞いたから受けたの!

 その、黒幕とか探すのはジャティスに任せちゃ駄目かな。そこまで俺に期待されてもほんと困る。

 俺にポンポンと自分の経緯を曝露しまくる頭の悪いカガミでも流石にそいつに会わせてはくれないだろうしな。

 

 …………そもそもこいつはどうなんだろう。

 

 

「ええ、まあカガミさんがそれで良いなら俺が文句言うのは筋違いかもしれませんが………、今の境遇に不自然さとか感じないんですか?

 何のためにそんなに強くなったのかは知りませんが、少なくともこうして国に反旗を翻すためでは無いでしょうに」

 

 

 そう、元はそれが知りたくて危険を冒してまでこいつに会いに来たのだ。幸いにも話が分かる奴だったからこうしていられるが、もっとバーサーカー的な奴だったら今頃はあの世で日向ぼっこしていたかもしれない。これ以上情報は絞れなそうだから最後に聞かせてもらって、あとはくだらない話を酒飲みながらする会にさせていただこう。

 

 

「ああ?何を目標にして鍛えてきたか、か?

 …………ん〜、確か困ってる人を助けたい、とかだった気がするが、どうでもいいじゃないかそんなこと」

 

「………………」

 

「俺は今の環境が結構気に入ってるからな。それに惚れた女に尽くせるってのは幸せな事だと思わないか?自分が幸せならもうそれで良いやってな。そのためなら国王ぐらい殺してみせるさ」

 

 

 照れ臭そうにそう言うカガミは、確かに幸せそうではあった。それが本当に俺の推測通りに植え付けられた物だとしても、本人が気付かなければそれは本物と言っても良いのかもしれない。

 あ、ちなみに国王は今この国に居ないのでどう足掻いてもカガミの依頼が達成される事はありません。こいつ下調べとかはしない派なんだろうか。正しく知らぬが仏だ。

 

 

「……惚れた女に尽くすのが良いって、惚れた女とは普通対等に居たいものじゃないですか?俺はそっち派ですがね。

 あ、これ、つまらない酒ですが。今日は良いとしても明日はまた敵同士です。けどまあ、今はお互い戦う事とかは忘れてとりあえず乾杯といきましょう」

 

「お、そういやそんな話だったな。謙遜なんかしなくても王族からの酒だ、つまらないなんてことは……ってなんだ、本当に安酒だな。

 それはそうと分かってないな。対等な関係なんて友達同士でだって成り立つだろう。そこは区別しないとだろ?ここは人生の先輩としてあんたに教えてやらないとダメか。そもそもだなーーー」

 

 

 普段話す機会が無いのか、自分の人生観やら何やら、全く関係ない話を嬉々として話し出すカガミ。こんなところでも酒の席での先輩の一人語りにぶつかるとは。これはどこの世界だろうと共通で存在する文化らしい。良い事か悪い事かは人によるとしか言えんがね。

 まあこちらから誘った手前、相手が飽きるまで付き合ってやるのが道理ではあるので適当に相槌打っておくとしよう。なるほど。凄いな。悪いのは、君じゃない。

 

 

「ーーーとか言うんだぜ⁉︎お前らが言うなって話だよなぁ!………おっと、俺ばっかり飲んじまって悪いな。ほら、『フリーズ』っと。これで良いか?あんたも飲めよ」

 

「うっ……‼︎キ、キンッキンに冷えてやがる……‼︎あ、ありがてぇええ……‼︎」

 

「お、おう……。そんなにか………。でさー、俺がセレナ様にこの話したらさーーー」

 

 

 楽しそうに、幸せそうにセレナの話をする目の前の青年には気の毒だが、彼が今後セレナに会うことは二度と無い。

 

 彼が頼まれたという内容が内容だ。止める以外の選択肢が無いし、何より今の話は俺が気に入らない。

『困っている人を助ける』。こいつは俺と同じ目標を持って強くなったはずなのだ。それがどうでもいい訳ないだろう。優先順位が変わる事はあってもそれが本当に掲げた目標ならば口が裂けてもそんな言葉は出て来ない筈だ。

 もちろんこいつがそれほどいい加減な性格をしているなら別だが、そんな奴は強くなるための修練など長続きしないと相場が決まっている。

 

 こいつにこんな言葉を吐かせた奴を許せない。他ならぬこの俺が叩き潰してやる。

 

 

「でな、俺はそこで言ってやったんだよ。『胸の大きさで価値を決めるなんて言語道断だ。あんたらは何も分かっちゃいない』ってな!」

 

「よくぞ言ってくれました!そうなんですよ、分かってない人が多過ぎるんですよね‼︎」

 

 

 

 飲む先から酒を注ぎ足していくカガミと、それをまた飲んでいく俺。

 まあそれはそれとして今はそれなりに楽しい時間を過ごさせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 



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69話



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 ※

 

 

 ジャティスの朝は早い。王族として、次期国王として、厳しく育てられたジャティスにとって朝とはのんびりと寝ていられるような時間ではないのだ。

 ある友人が出来てからは少し揺らいだが、それでも幼い頃からそう教えられてきた習慣は変わりはしない。

 

 込み上げてくる欠伸を嚙み殺し、気を引き締めながら身支度をいつも通りにしていると、コンコン、とノックの音がする。これもいつもの時間通りだ。流石に彼には敵わない、とジャティスは苦笑して返事をする。

 

 

「おはようございます、ジャティス様。今朝の御気分はいかがでしょうか」

 

「ああ、おはよう、ハイデル。今朝もいつもと同じ………いや、気掛かりはあるかな」

 

「…………ゼロ様の事でございますか」

 

 

 やはりハイデルには分かってしまうらしい。

 執事であるハイデルは既に齢六十を超えているはずだが、正しく歳を重ねた人間はこうも観察眼に優れる物なのかと、ハイデルの慧眼にジャティスは内心感嘆して首肯する。

 

 そう、得難い友人であり、ジャティスにとっては好敵手でもあるゼロは、昨晩から行方不明になっている。

 最後に会話した時は王城へ襲撃して来たヒノという男が気になるから酒でも飲みに行く、とアホな事を言っていた。

 高価な酒じゃなくても良いと言うから、意趣返しに王都に住む人間から、無駄に度数だけは高く、とんでもなく安いと有名な酒だけを選んで包ませてやったのだが……。

 

 

「その様子を見るに、ゼロはまだ帰ってないのかな」

 

「はい。残念ながら……」

 

 

 もうすぐ日が昇るだろう時間に、彼はまだ帰っていないらしい。

 そもそも酒と言っても、向こうがそれに乗る事が考えられない。何の得も無いのだから、対峙した瞬間に戦闘になるのが普通だろう。

 そしてゼロがまだ帰らないということは。

 

 

「いかがいたしますか、ジャティス様。御希望であれば城の衛兵に捜索させますが」

 

「ん?ああ、それはいいよ。どうせそのうち姿を見せるさ。僕の勘ではーーー遅くても昼頃かな」

 

 

 彼についてそこは心配するだけ無駄、と結論付けてハイデルとの会話を打ち切る。

 

 ハイデルはジャティスが内心では気が気では無いだろうと慮るような顔をしながら部屋から出て行ったが、ゼロの生死について、ジャティスは全くと言って良いほどに心配はしていなかった。

 勝ち負けで言うならばゼロだって完璧ではない。負ける事もあるだろう。

 だが、こと生き残る事に関しては他者の追随を許さないのがゼロのゼロたる所以である。

 彼は真正面から戦って完全勝利することを好むが、自分がこのままでは死ぬ、と判断した時には戦闘を続けることに頓着しない。それこそ、背後に誰かが居ない限りはまず自身の安全を優先するだろう。意地を張って死ぬよりは、『逃げるんだよおおおおおおーーーっ‼︎』と脚がもぎ取れるまで走った方が賢いだろ、と以前自慢気に言っていた。

 ジャティスからして見れば、理屈は分かってもそれを実行出来るかは甚だ疑問だったが。大体、彼ほど強ければまず以ってそんなピンチに陥らないだろうに。

 

 そう思うジャティスは知る由も無い事だが、ゼロの場合は背後に誰かが居ない状況の方が少なく、且つ命の危険はかなりの頻度で向こう側からやって来るため、純粋に逃げた事など数えるほども無い。取らぬ狸の何とやらである。

 

 ドン、ドン。と、今度は焦るようなノックが響く。

 

 

「これは………噂をすれば、かな?」

 

 

 ハイデルが退室してから数分と経過していないが、これがゼロの帰還に関することと判断したジャティスは自らドアを開けることにした。

 

 

「やあ、もしかしてゼロが帰って来たのかな?」

 

「あっ……!ジャティス様、早朝に申し訳ございません!その……、私だけでは手に負えず……!」

 

「……………どうしたんだい」

 

 

 自然と声が鋭くなってしまう。

 

 ドアの前にいたのはレインだった。が、様子がおかしい。まるで何かに怯えるように忙しなく視線を動かしながら涙目にすらなっている。

 

 何かあったのだろうか。

 

 

「本当に申し訳ありません………。どうしてもジャティス様に頼みたい事があると聞かなくて………!」

 

「いいから。一体何があったんだい?もしかしてゼロに何か」

 

「おぉ〜、そぉこにいるのはジャティス君じゃあ〜ないかね〜!」

 

「あったの、か……い」

 

「申し訳ありません……‼︎」

 

 

 もう一度そう謝罪するレインの背後から千鳥足で姿を見せたのは顔を真っ赤にして、数メートル先からでも判別出来るほどに全身から酒気を迸らせる暴虐の悪魔(泥酔したゼロ)だった。

 

 なるほど。これで合点がいった。誰だって既に導火線に火が点いた爆弾の前に行けば挙動不審にもなろう。しかも導火線の長さが分からないときた。元々小心者のレインにはさぞ辛い時間だったはずだ。用があると言っているので自分は仕方ないとしても何とかレインだけは逃してやらねば。

 とはいえどこに逃せば良いのかはわからないが。そこまではジャティスも面倒見切れない。自分の身で手一杯である。

 そもそもにして目の前の酔っ払いが本気で暴れれば最悪国が滅びてしまうのだからこの考えは無駄かもしれない。だが、とりあえず視界に入らなくなれば気は休まるだろう。

 

 

「あー、レイン。案内ご苦労だったね。そういえばアイリスが呼んでいたような気がするから、早く行ってあげてくれないかな。大至急だ」

 

「え………?あっ、は、はい!それではジャティス様、ゼロ様、失礼致します‼︎」

 

 

 ジャティスの気遣う言葉に目をパァアアアッと輝かせ、素直に好意に甘えようとするレイン。

 アイリスの部屋がその方向にあるからには仕方ないのだが、一礼をして止せばいいのにゼロの横を通り抜けようとする。

 

 それを逃す悪魔(ゼロ)では無かった。

 

 

「いやあ〜、困るよ〜、レイン君。困る困るUMR……なんつってな。レイン君にも頼みたい事があるからねえ、ここで俺の話を聞いてもらおうじゃあないのぉ」

 

「ヒッ⁉︎」

 

 

 ゼロの腕がレインの肩に回る。

 

 さすがに彼女に手が伸びた時にはジャティスも止めようとしたのだが、以前酔ったゼロと接した時とはどこかしら違う気がして躊躇われた。

 

 

「…………?ゼロ、君もしかして酔ってはいないのかい?」

 

「おまえは俺のどこをみてそう思ったんだぁ〜?酔ってない訳ないだろがぁ。酒なんざ浴びるほど飲んだっつーのぉ。

 んじゃがまあ、あの、あれだ。……何じゃっけ?」

 

「知らないよ」

 

「冷たいねぇ、もっと優しくしろよぉ。………んあ〜、まあおまんらが心配するような事にはならんぜよ。

 俺の身体は特殊でなぁ、多分酒にも強くなったんだろぉ?とりあえずぅ、暴れないぐれぇの理性はあるから安心アンコールワットォ」

 

 

 要領を得ないが、要するに意識はあるようだ。理性的に話せているとは到底思えないが、ならばある程度は融通を利かせる事もできる。

 

 

「レイン、悪いけどもう少し付き合ってくれないか。ゼロにも考えがあるみたいだし、必要な事かもしれない」

 

「えっ。はぁ、今のゼロ様に考える頭があるのでしょうか………」

 

「ははは、レインも中々言うね」

 

 

 彼女はこんなに容赦がなかっただろうか。それともゼロの酒臭さに当てられて酔ってしまったのだろうか。どちらにしてもとりあえず残ってはくれるようだ。

 正直な話、いくら自分で意識があると言ってもこの状態のゼロを一人で相手するのは精神的にキツい部分があるので助かる限りだ。

 

 ひと段落付いたらレインの家に何かしら取り計らってやるのも良いかもしれない、とジャティスからの評価が相対的に上がるレインであった。もちろんこの場合に相対的に下がるのはゼロの評価である。

 酔っ払って人様に迷惑をかける人間への慈悲などこの世界には存在しないのだ。十六歳から成人として飲酒を認められるのも、全てに於いて自己責任が課せられるからでもあるのだから。

 

 

「なぁなぁ、紙を数枚とペンをくれないかぁ?ちょっと用意してほしい物があってな、それをリストアップするからなぁ?」

 

「ああ、ちょうどここにあるから好きにしなよ」

 

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYY‼︎」

 

「は?」

 

「ジャティス様いけません‼︎気持ちはお察ししますが、腹が立ったからといって殴るのは………!」

 

 

 何故か腹が立って腕をゆっくりと振り上げると、レインに縋り付かれながら止められてしまう。

 

 おっといけない。特に理由も無く暴力を振るってしまう所だった。

 彼はなぜこんなに人のカンに障る言葉ばかり選ぶのだろうか。こちらを煽っているのだろうか。意味は分からないのに絶妙に人の神経を逆撫でするのが上手いから対応に困ってしまう。

 少し落ち着かねば。いくらなんでも今のは手が早過ぎる。とても王族として正しい行動とは言えないだろう。

 

 

「……うん。すまないね、レイン。もう大丈夫だよ、僕が悪かった」

 

「あ……、いえ、こちらこそ非礼をお許し下さい」

 

 

 ジャティスを止めるために決して強くない腕力を振り絞っていたレインが力を緩める。

 

 こういう時に物怖じせずに主を諫めてくれる臣下のなんと有難い事か。アイリスはその辺りをまだ良く分かっていないが、ジャティスは違う。

 どんな立場になろうとも間違える事があるのが人間だ。立場が上だからといってその間違いを放置すれば、取り返しの付かない事態を引き起こすかもしれない。

 それに対して注意を促し、是正するのも正しい家臣のあり方であると、ジャティスはそう思っている。上に立つ者はそれに耳を傾けなければならないとも。

 今回の件はそれを更に深める事に繋がった。それだけでもゼロには感謝してもいいかも………。

 

 その時、ゼロがさらさらとペンを走らせながらこんな事を言う。おそらくレインがジャティスの腕を止めた時の事を言っているのだろうが、甚だ誤解、と言うよりも完全に捏造である。

 

 

「『タイトル:国民震撼‼︎ベルゼルグ第一王子と臣下の貴族の熱愛発覚⁉︎』っと。…………な〜、マスゴミの真似してんだけどちっとも楽しくないんだけどぉ、あいつらは何が楽しくて人を貶めるような事ばっかすんのぉ?」

 

「君は僕を怒らせた‼︎」

 

「『筋力増加』‼︎」

 

 

 今度は正当な権利とばかりに躊躇無く殴りかかるジャティスに、先ほどとは打って変わって支援魔法を掛けて援護するレイン。

 上の者の間違いに進言するのが臣下の役割ならば、正しい事をした時にそれを後押しするのもまた臣下の役割だ。

 ここに最も理想とするべき王族と家臣の関係が誕生した。

 

 …………その矛が向く先については言及しない方針で。

 

 

 

 

 

 






マスコミ:「楽しい訳じゃない、仕事だから仕方ないんだよ」





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70話



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 ※

 

 

「ゼェ……ゼェ……。き、君どうなってるんだい⁉︎……ゼェ……結構本気で殴ったんだけど……ゼェ……」

 

「ジャティス様!いっ、今水をお持ちします‼︎」

 

「もう終わりぃ?お前、体力無いの治ったと思ってたんだけど、鈍ったんじゃねかぁ?

 ………まー、忙しいから仕方ないかぁ。身体は大事にしろよぉ?」

 

 

 ジャティスは心底驚いていた。確か、以前手合わせした時のジャティスとゼロの腕力はほぼ互角だったはずだ。それ以外で圧倒されはしていたが。

 

 それなのに、だ。

 

 

「僕があれだけ殴ったのに痛くないのかい………⁉︎」

 

「痛くない訳ないだろぉ。仮にもお前のパンチだしなぁ。まあ転がり回る程では無いってだけだぁ」

 

 

 今なお渡した紙から目を離さず、何かを書きながら返答が返って来る。

 

 ジャティスが放った拳は数十にも及ぶ。

 それらはゼロが避けるか防ぐかするだろうと思って振るったのだが、なんと彼は無抵抗に一つ残さず自身に直撃させたのだ。そしてそれを全く意に介していない。生命力と耐久力がズバ抜けているのだ。

 

 彼はいつこんなに堅くなったのだろう。前から一定の頑丈さは見せていたが、どちらかといえば身軽に躱す動きを主体にしていた。

 それなのにこんな耐久まで併せ持つようになってしまうとは。

 フットワークが軽く、攻撃が滅多に当たらないのに折角当てても効かないなど、対戦相手からすれば絶望に他ならない。

 

 ゼロが味方で良かったと思う反面、隠し切れない悔しさがジャティスの胸に沸き上がる。

 

 

「随分と差を付けられてしまったね…………」

 

 

 事実、もはやジャティスではゼロの相手にはならないだろう。

 いくら王族の血が強く、人類最強クラスだとしても、特典の影響で常に強くなり続けるゼロと、前線に赴くことが多いとはいえ王子としての政務に追われるジャティスでは土俵が違って来てしまっている。

 

 自身が好敵手だと思っていた人物が手の届かない高みに登ってしまった気がして僅かに落ち込むジャティス。

 それを知ってか知らずか、ペンを走らせる動きを止めたゼロが酔いを潜ませ、普段の調子を少し取り戻して静かに言う。

 

 

「おい、ジャティス。一応言っとくがあんま気にすんなよ。

 俺は冒険者だ。腕を磨くのが一番の仕事で、逆に言えばそれ以外はしなくても良いっつー楽な立場よ。

 反対にお前はコレ(・・)が本業じゃねえだろ。あくまでお前が戦うのはオマケだ。本来王子がそれもどうかとは思うがな。

 いずれ国王になりゃもっと剣に触れる機会は少なくなるだろうさ。その時にまだ俺と張り合おうったってそら無茶だわ。

 忘れんな。お前は政務が本業で、戦闘について誰に負けたからといって落ち込むこたねえ。むしろ俺を顎で使ってみせろよ。それに応えるのも俺の仕事だ。もちろん報酬は頂くがな」

 

「……そ、そんなこと、君に言われるまでもないよ。

 それよりヒノ討伐の首尾はどうなんだい?倒せそうなのかい?」

 

 

 年下の冒険者に図星を突かれ、ごく当たり前の事を諭されてバツが悪くなってしまった。

 それを誤魔化すようにゼロに話を振るが、再びペンを動かし始めたゼロから返って来たのは意外と言えば意外な答えだった。

 

 

「ん〜?ああ、そりゃ心配ない。ありゃ勝つのは簡単だわ。それと、ヒノじゃなくてカガミな、。やっぱり別人だったわぁ。

 問題は他にあってだな〜、ちょっと排除じゃなくて無傷で拿捕したいんだが、これが難しいんだよなぁ〜。

 何せ手加減出来る程弱い相手じゃないし、かと言って俺が本気出せば腕の四、五本は吹っ飛んじゃうしなぁ〜」

 

「そもそも人間に腕はそんなに付いてないと思うけどね」

 

 

 驚くことに勝つのは容易だと言うゼロには強がりを言っている様子はない。

 まあゼロは元々無理な時は無理、とはっきり言うタイプなので勝てる事は勝てるのだろう。

 しかし無傷となると。ジャティスも眉を顰めてしまう。

 

 これは人間に限らず動物にも言える事だが、普通に殺すよりも捕獲する方が難易度はケタ違いに跳ね上がる。

 当然だ。何しろ殺せばそれで終わりなのに、生きたまま動きを止める方が難しいに決まっている。

 それで行くとまだ人間は降参を知っている分動物よりはマシかもね、程度だ。無論それも相手によりけりではある。

 

 

「今その為に道具使って何とか出来ないかな〜っと思ってるんだが………。うーん、なんか無いかねぇ〜」

 

 

 ゼロも特に考えがあった訳ではなく紙とペンを用意したようだ。見ると、何やら魔法の名前が書かれた後に横線で何度も消した痕が残っている。

 一人よりも二人の方が思考が行き届くだろうとジャティスもゼロと一緒になってウンウン唸ってはみるが、ゼロからベルゼルグ三脳筋と呼ばれる一角を担う彼では政務以外に頭を使うのは苦手らしく、早々にゼロに丸投げしてしまう。さすがは脳筋である。

 

 そうこうしている内にレインが水を三人分淹れて帰ってきたので、ゼロも休憩しようと水を受け取り、そこでゼロの動きが止まった。

 

 

「どうしたのさ、ゼロ。飲まないのかい?多少は酔いが醒めてきたみたいだけど、水を飲めばもっとスッキリするかもよ?」

 

 

 ジャティスが自身も酒好きが故のアドバイスをするが、ゼロは水の入ったコップを見たまま何かブツブツと呟いている。

 

 

「………水。みず……MIZU……ミズ……ウォーター。アクア……?」

 

「あの……ゼロ様……?」

 

 

 もしや自分が持ってきた水に何か不都合があったのかと不安がるレインだが、唐突にゼロが水を一気に飲み干した事によってその懸念は杞憂となった。

 

 

「思い………ついた!綴る‼︎」

 

 

 飲み干したコップを勢いよく置き、またしても紙に向かって書き始めるゼロ。それと同時にレインとジャティスにも指示を飛ばし、確認を取る。そこには先までの酔っぱらって絡んで来たチンピラの姿など見られない。

 どころか、普段よりも数割増しで頭が冴えているようにも思える。これも酒の力なのだろうか。

 

 

「ジャティス。門から入り口までの石畳の道があるだろ?あれって下の地面はどうなってる、教えてくれ」

 

「門と入り口って……王城のかい?あれの下には普通に土があるはずだけど」

 

「そりゃいいや、全部引っぺがせ!」

 

「……………はい?」

 

「だぁから、石畳全部剥がして地面剥き出しにしろって言ってんだよ。それで、下の地面に水を撒け。ぬかるみが出来るくらいにびったびたにしろ」

 

「何言ってんの⁉︎全部って………全部かい⁉︎今日だって王城を訪れる客人はいるんだよ⁉︎そんな事………」

 

「頼む、やってくれ。時間は今日の深夜までだ、深夜にはもうあいつが来るからな」

 

 

 真剣な表情のゼロ。彼がおふざけで言っているのでは無いのは分かったが……。

 

 

「ぐっ……!あと十数時間しかないじゃないか……‼︎」

 

 

 時計を見て思わず呻いてしまう。

 

 迷っている暇も審議している暇もない。しかし、ゼロがそれを必要だと言うのならば。

 

 

「わ、分かったよ、後から事情は説明してもらうからね!レイン、今日の来客は全部キャンセルで頼むよ。あと、城の衛兵総出でゼロの指示に従って」

 

「し、しかしジャティス様………!」

 

「レインにはまだ頼みたい事がある。お前、『テレポート』の魔法は使えたっけか?

 使えるなら、登録先にアクセルはあるか?」

 

「ア、アクセルですか?一応王国内の主要な街であれば登録してありますので可能ですが……?」

 

 

 ちなみにこの世界の『テレポート』は思った所へどこでも行けるという便利な物ではなく、自らの足でそこに行き、その場所を登録する。そしてその登録した所へは一瞬で行けるようになる、という代物だ。つまり、行ったことの無い場所へは行けない。

 また、登録先には数に限りがあり、その数はスキルを強化する事でしか増えないという。

 便利には違いないが、日本からの転生者からは初見時に『なんか思ってたのと違う』と言われること請け合いである。

 

 

「段取りした後でいいからここに書いてある住所に行ってアクアって奴を呼んできてくれ。保護者は…………多分出てこないからいいや。本人を高級酒で釣ればクマーするから」

 

「はあ……。ク、クマー?まあ分かりましたが……あの、こちらに記載されている魔法は何でしょう?随分珍しいというか……よくこんな魔法ご存知ですね?」

 

 

 レインに渡された紙にはアクセルにあるとある屋敷の住所とともに、マイナーな魔法からメジャーな魔法の名前まで、まるで統一性がなく記されていた。

 

 

「ああ、昔ハワイで親父に教わってな。いや、親父の顔なんざ知らないけど。

 マジレスすると、まだ俺が魔法使う事を諦めてなかった頃に勉強したんだよ。今となっちゃ知識でしかないけどな。

 その魔法が入ったマジックスクロール。王都で出回ってるだけ買って来てくれ。優先順位はこれとこれと………」

 

 

 言いつつ、幾つかの名前を強調するように丸を付けていくゼロ。

 その中にはレインですら記憶の片隅に押しやる程の珍しい物もあった。

 

 

「これ全部ですか⁉︎………さすがに全部揃えるとなると難しいかもしれません。特にこの魔法がスクロールとして保存されているなど聞いた事がありませんし、そもそも使う人間自体を見たことが………」

 

「それならアクセルに行ったついでにウィズ魔道具店ってとこに行け。確か前に売ってたはずだ。俺も初めて見て、物珍しかったもんで憶えてる。

 もしかしたら変な仮面付けたクソ野郎からぼったくられるかもしれんが、この際だ。言い値で買ってやれ」

 

「ウィズ魔道具店……ウィズ?どこかで聞いたような………」

 

 

 記憶を掘り起こすように額を抑えながらフラフラといった足取りで部屋を出て行くレインを見送り、再びジャティスに向き直るゼロ。

 

 

「ジャティス、お前は『セレナ』って人物を王都………いや、王国内の戸籍謄本ひっくり返して探してくれ。

 腕の良いアークプリーストだそうだ。どうもそいつがきな臭い。いないならいないで構わねえ」

 

「ふむ、セレナ……だね?分かった。探させよう。

 それよりもいい加減説明してくれないか。なぜ敷いてある石畳を剥がせなんて無茶を言うんだい?おまけに水浸しにしろだなんて。

 こんなに君が張り切るんだから必要な事なんだろうけど、理由を聞かないとあまり許可したくないよ。お父様にバレたら………」

 

「………………………」

 

「………………ゼロ?」

 

「悪い、寝る」

 

「は?」

 

「疲れたから寝る。時間が天辺周る一時間くらい前になったら起こせ。その時に説明してやらあ」

 

「いやいやいや!今説明してくれよ‼︎君の予定で行くとその時にはもう手遅れじゃないか!衛兵動かすのだって僕の独断だと少し厳しいんだよ⁉︎」

 

「それは何とかしてくれよ。………ぬわあああああん疲れたもおおおおおん‼︎」

 

「何だよそれ⁉︎大体だね、僕やレインをこき使っておいて自分だけ寝るなんて何様のつもりだい‼︎

 僕は一応王子だよ!レインだって貴族だ、君が率先して働くべきじゃないのかい⁉︎」

 

「それあるー!」

 

「さっき僕に言ってくれた事は嘘だったのかい⁉︎あの、『俺を顎で使って見せろよ、それに応えるのも仕事だ』ってやつ‼︎

 割と良いこと言うなって感心してた僕の気持ちを返せ‼︎」

 

「それあるー!」

 

「……………………」

 

「超ウケるー!」

 

「ぶっ殺してやるっっ‼︎」

 

 

 王子にあるまじき暴言を吐きながら机に突っ伏して寝ようとするゼロに飛びかかるジャティス。

 だがしかし、振るう拳のことごとくが直撃してもそんなの関係ねぇ!とばかりに寝始めるゼロの姿に脱力し、結局言う通りに動いてしまう辺りジャティスの人の良さが伺える。

 ゼロが起きたら今度こそ説明してもらう事を胸に誓い、自らも動き始めるジャティスだが、彼も、当の本人であるゼロでさえ見落としていることがあった。

 

 

 それはそう、ゼロが酔っている時の記憶は、彼の頭からすっぽりと抜けてしまうという事なのだが、それが発覚してジャティスが発狂するのはあと十数時間後のお話。

 

 

 

 

 

 



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71話



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 ※

 

 

 唐突だが、俺は寝る時に熟睡はしないようにしている。

 まあ熟睡はしないと言っても意識がはっきりしている訳ではなく自分の名を呼び掛けられれば即座に反応出来る程度の物だ。

 そのくらいの浅い眠りでも人間はそれなりに身体を休められるというし、回復力の高い俺だ。特に不自由などはしていない。

 故郷の村にいた頃はそうでもなかったというか、基本的に昼間は動き回って疲れていたので余計な事を考えずにぐっすり眠れていた気がするが、一人で旅に出てからは深く眠れるはずもない。

 初日こそドラゴンの襲撃によってそんな事を言っている余裕など無かったにしても問題は翌日からである。

 一体どうやったらモンスター蔓延る平原のど真ん中でたった一人見張りも立てずに熟睡など出来ようものか。もしそんな方法があれば是非とも教えて欲しい。

 何せこの世界、お袋が言うには火を焚こうが御構い無しにモンスターやらアンデッドが寄って来るらしいし、そもそも周囲に何も無いのでむしろ火を起こすと目立つことこの上ないのだ。

 アクセルに腰を落ち着けてからもこの染み付いてしまった習慣は抜けず、一人でいた時間はそれほど長くなかったとはいえ如何に野宿の際に俺が神経をすり減らしていたかお察し頂きたい。

 そんな俺ではあるが熟睡出来ない訳ではない。本当に疲れている時や、これはおそらくなのだが酒が入った時にも完全に記憶が無い事からかなり深く文字通り泥のような睡眠を摂っていると推察される。

 

 深い眠り。

 これはどんな生物だろうが問答無用で弱点を晒す事になる、ある意味で生物としての欠陥のような状態だ。

 それは俺も名実共にアクセル一堅いとされるあの変態クルセイダーも共通だろう。

 とある漫画では動物が最も油断する時は食事時だ、と豪語してある。面白い漫画ではあるが俺はこれには異を唱えたい。

 

 いやいやいや、どう考えても食事時より熟睡してる時の方が油断してるだろう。油断とかそういう次元じゃねえだろもう。だって寝てるんだから。意識ないんだから。

 

 古来より「寝込みを襲う」という表現があるように、寝入っている生物は非常に無防備だ。

 ある狩りゲーの中でもモンスターを何らかの方法で眠らせ、その隙に爆弾を爆破して大ダメージを与える『睡爆』と呼ばれる手法が存在する。初心者の内は大変に有効な戦法だろう。(なお、ある程度熟練すると普通に攻撃した方が効率は良い模様)

 

 ただし、ここで注意したいのはこれをリアルで知り合いにする時はそれ相応の覚悟を決めて欲しい事である。

 爆破では無いにしろ寝ている人間に攻撃して起こすなど、本来悪戯でもしてはならない。正直殺されても文句は言えないレベルの大罪なのだ。された側からすればね。

 

 想像してみると良い。穏やかな休日、ポカポカと暖かい春の陽気、その中で惰眠を貪る幸福。

 それらを一瞬にして破壊し、陵辱する魔王の化身。

 殺意が湧くのは無理からぬことだ。それがもし痛みを伴う起こし方であれば最悪の一言だろう。

 俺ならばやられたらやり返す。やられてなくてもやり返す。誰彼構わず八つ当たりの精神に則り、周囲の人間を一掃して二度寝を決め込むまである。

 ………いやそんな事をされたことは無かったしその時になってもそんなに暴れ回りはしないけど。

 

 まあ、冒頭から長々と一体何の話をしているのかというと、つまりだ。

 

 

「いつまで寝ているのだお前は‼︎いい加減にしろ‼︎」

 

「………っ⁉︎いだっ⁉︎いっだあああああああっっ‼︎‼︎」

 

 

 ーーー寝ている人に暴力、ダメ。絶対。

 

 

 

 ※

 

 

 

「いった、痛ったい‼︎ヒギィ死ぬ、死んじゃう!マキ、マキ助けてえ‼︎」

 

「誰だマキとは、寝ぼけるな‼︎」

 

 

 首筋に鋭い痛みを感じた俺が椅子から転げ落ち、血眼で周囲を見回すと血に濡れたサーベルを真っ白なハンカチで拭い取るクレアが再び怒鳴った。

 そしてあろうことか俺の首にはかなり深い裂傷が刻まれている。なるほど、てめえが犯人かこのクソアマ。

 

 

「おまっ、お前ほんとふっざけんなよ……!結構深くイッてんじゃねえか!血い止まんねえし!どう責任取ってくれん……」

 

「『ヒール』。………これで良い?傷も残ってないわよ」

 

「あ、どうも…………むむ?」

 

 

 ………あれ?怪我が治ったなら怒る理由は無いのか?

 いや違う。今俺が怒るべきなのは寝てる人間に刃物突き立てた事に対してだ。

 

 お前さぁ!いっつもいっつもそうやってさぁ!それしか無いのか出来ないのかよぉ⁉︎ボクガッ!ドンナオモイデマイニチスゴシテルトオモッテルンダッ‼︎

 

 

「知るかそんなもの!お前がこの時間を指定したのだろうが!起こして何が悪い‼︎」

 

「…………指定?何のこった」

 

 

 つーかよく考えたら何で俺王城に帰ってきてんだ?

 確かカガミと呑んでたら酒が切れて、一緒に店呑みに変更して三軒目を出て…………そっから憶えてないな。まあここにいるって事は自力で帰ったって事で良いのか?

 

 そこまで考えた時、頭の芯が急に鈍痛を発し始めた。何だか無性に水が飲みたい気分だ。

 これが二日酔いか、どうも酒に弱い性質はそう簡単には変えられないな………。

 

 

「っ、あったま痛え………なあクレア、いつこっちに来たのか知らんがとりあえず水持ってきてくれねえ?喉も渇いたし」

 

「水が欲しいの?『クリエイトウォーター』っと。

 ………どう?すっきりした?」

 

 

 目の前に水の塊が出現し、そのまま俺の顔面に直撃。全身をびしょ濡れにしてしまった。

 

 

「………ありがとう。頭は冴えてきた」

 

 

 ………うん。そうじゃなくてね。まあ今回は俺が悪かったかな。ちゃんと水が飲みたいからコップ一杯分汲んできてくれと言うべきだった。

 普通なら分かりそうなもんだがこのアホにはちょっと難しかったかな。

 …………ん?このアホ?

 

 

「……?ちょっと待て。アクア、何でお前がここに居る。お前はアクセルに居ただろうが」

 

「?アックアさーん、ゼロが呼んでるわよ〜、アックアさーん」

 

「お前だお前。この世界に大剣背負って青っぽいシャツ着たムキムキのおっさんはいねえよ」

 

 

 お前その発音だと『神の右席』だからな?やめろよ、俺でも流石に勝負にもならんぞあいつらは。

 

 

「何でって、お前が呼んだのだろう。遣いにレインを寄越すから何事かと肝を冷やしたぞ」

 

「俺が呼んだぁ?」

 

 

 答えは本人では無く呆れた顔のクレアから返って来た。

 どうも俺が呼んだらしいが……いつだ?記憶にございませんなぁ。

 そもそも今日は何日なのだ。カガミの襲撃はこの空気からするとまだのようだが。

 

 記憶の混濁が見られる俺が脳内を整理するようにこめかみを指でグリグリしていると、ドアの横の壁に寄りかかって腕を組んでいたジャティスがなぜか幾ばくかの敵意を込めた表情で口を開いた。

 

 

「いや、それもそうなんだけど君の指示通りにしたんだからそろそろ説明してくれないかい?

 一体どんな意図があって王城の石畳を剥がさせたりこの、アクアさん?なんか水の女神様と同じ名前だね?」

 

「その通り!この私が水の女神アクアよ!分かったらひれ伏して捧げ物の一つでも持って来てくれるととても嬉しいです!」

 

「ア、アクア殿、申し訳ないがこの方は王族なのだ。いくらなんでも相応しい対応をしていただかないと困る」

 

「何よ、ゼロは普通に接してるって言ってたじゃない。何でゼロは良くて私はダメなのよ。差別よ差別!」

 

「そ、それは………うん、それは………」

 

 

 何だか俺のせいで困っていそうなので謝る事にした。

 

 

「悪いな」

 

「本当にな‼︎本当にお前のせいだからな‼︎」

 

 

 謝っといてなんだが相変わらずうるさい女である。

 

 ジャティスは初対面から王族に向かって自分は水の女神だと言うイカれた女を困ったように横目で見て、

 

 

「ゼロ、僕が言うのもなんだけど関わる人は選んだ方が良いと思うよ」

 

「ちょっとあんたどういう意味よ‼︎王子だか何だか知んないけどどう考えたって女神の方が偉いんだからもっと崇め奉ったらどうなのよ‼︎具体的には晩御飯食べたい‼︎」

 

「あー、すみませんすみません。レイン、この人を厨房まで連れて行って料理長に何か作らせて。多分それで大人しくなるだろう」

 

「分かりました。あの、アクア……様?こちらへどうぞ。今何か作らせますので………」

 

「む、申し訳ありませんジャティス様、私もしばらく失礼します。少し自室で着替えを………」

 

「ああ、ご苦労様、クレア。終わったらまたここに来てくれないか、ゼロの話によるともうすぐ彼が来るらしいからね」

 

「心得ております。それでは」

 

 

 酷く疲れた顔でレインがアクアを連れて部屋を出て行く。と同時にクレアも一旦部屋を出たようだ。

 

 途中で話が途切れ、それを思い出すように額を人差し指で叩きながらまたジャティスが口を開く。

 

 

「えー、何だっけ………えっと、そう、何で石畳を剥がさせたりあの人をここに呼んだんだい?一応この事って極秘扱いなんだけど、その辺りはちゃんと考えての行動なんだろうね?」

 

「その前に何でお前はそんな目で俺を睨むんだ?心当たりが皆無なんだが」

 

「………それを本気で言ってるんなら僕は君を殴っても許されると思うよ。あんな事言っといて………」

 

「あんな事?何の話をしているのかさっぱりだな。お前こそ説明義務が発生するぞそれは。

 そんな目を向けられる程に酷い事をした記憶なぞ俺には無い」

 

「………ちょっと、ちょっと待ってくれ。嘘だろ?なぁ、本当はちゃんと憶えてるんだよね?

 そ、そうだ!この紙!この紙に見覚えがあるだろう⁉︎」

 

 

 俺が断言してやると急に焦った様子で懐から紙を取り出して確認するように俺に示してくる。

 その紙にはまるで酔ったミミズがのたうった跡のような、辛うじて読めるかどうかといったような………有り体に言えば汚ったねえ字でカズマの屋敷の住所と魔法の名前が書き記されていた。

 

 見覚えなどは完全無欠に無かったので正直に一言。

 

 

「知らん」

 

「ファーーーーーーwwwwwwwww」

 

「ブホォ⁉︎って、何しやがるこのタコォ‼︎」

 

 

 ジャティスがよく分からない声をあげながら殴ってきた。

 本来なら躱すくらいは出来たのだが寝起きという事もあって反応が遅れてしまった。まあ当たっても差して痛く無かったので結果はオーライである。

 

 

「君が!泣くまで!殴るのを!止めない‼︎」

 

 

 だが、それを見て取ったジャティスがしたのは腰に挿した聖剣を鞘から引き抜き、振り上げる事だった。

 まさかとは思うがそれで俺を斬るつもりじゃないよな………?

 

 

 

「………い、いや、一旦落ち着けよ。ああ、もしかしたら俺が悪いのかもしれない、謝るよ。だからさっさとその剣置けって。俺を見ろ、丸腰なんだぜ?そんな相手に武装して恥ずかしくねえの?だからそんな剣なんか抜こうとするなよ。大体お前今殴るのをって言ったじゃねえか。なんで剣なんだよ。ほら、『自分の言った事には責任持てよ』王子」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

「ちょっ⁉︎レインさーん‼︎クレアさーん‼︎王子!この国の王子様が御乱心なんですけどォ⁉︎」

 

 

 ※しばらくお待ちください

 

 

 ジャティスがSANチェックのダイスロールでファンブルしてしまったのでしょうがなしにぶん殴って気絶させ、俺の声を聞いて駆け付けたレインにクレアと一緒に事情を説明してもらう。それによると。

 

 

「…………はあ?俺が?石畳全部剥がせって……そんな事言ったのか?」

 

「ほ、本当に憶えてらっしゃらないんですか⁉︎あんなにしっかりと受け答えされていたのに⁉︎」

 

「おい、見苦しいぞゼロ!ジャティス様とレインが嘘をついていると言うのか!」

 

「いや、そうは言ってねえけど。

 ………はっきり言っていい?それは従うお前らも悪いよ。酒入ってんのが分かってんだから酔っ払いの戯言と一蹴するべきだよそれは。バカなの?」

 

「うっ………⁉︎」

 

「この男……!それは私もそう思ったがそれを本人が言うのは違うだろう‼︎たとえその通りだとしてもだ‼︎」

 

「あ……、あの……もう許して下さい……」

 

 

 味方であるはずのクレアからの追撃でレインも限界が近付いて来たようだ。

 もう止めて‼︎もうレインのメンタルは限界よ‼︎

 

 

「ですが、これからどうしましょう?あのゼロ様の指示が全て妄言だとすれば何の策も無しに迎え撃つ事になります。

 失礼ながらゼロ様、普通に戦闘になった時にカガミに勝てますでしょうか?」

 

 

 情けない主君とは違い、何とか一命を取り止めたレインが心配そうに、上目遣いでこちらを伺う。

 

 なあに、ご心配召されるなお嬢さん。

 

 

「勝てる。と言うか楽勝だなあの感じは。多分そこで寝てるやつでも今度やればいい勝負にはなるぞ」

 

 

 自ら気絶させたジャティスを顎で指しながら単なる事実を述べる。

 昨晩から今日にかけてのヤツとの会話、憶えている限りではあるが、対峙した時の違和感の正体も看破した。次やれば普通に負けはしないだろう、負けは。

 

 

「…………?ならば問題など無いだろう、手早く片付けてしまえ」

 

「それがどーもそんな簡単な話じゃ無さそうなんだよ。裏で誰か手引きしてやがる。そいつの正体が今んとこさっぱり分からねえんだ。

 分かってるのはアークプリーストであること。名前がセレナであるということ。………この二つしかない。

 つー訳でカガミを倒してハッピーエンドと行きたいよ?俺も。けどここでそれやっちまえば手掛かりも何も無くなっちまう」

 

 

 そう、戦えば勝てはするが、そこに相手の生死は含まれていないのだ。

 と言うか俺がやれば高確率で相手は死ぬ。そこでルートが途切れちまう。だから何とか捕獲したい………と決めた処までは憶えてる。その為に必要な事。

 

 

「なあレイン、もう一度確認するぞ。この紙は本当に俺が書いたんだな?」

 

「それは間違いありません。この目で見ていました」

 

「さっきはああ言ったが何も戯言と決まった訳じゃねえ。なんだかんだ言って、意図があるかも分からんからな。

 昨日俺が言った事を最初から言ってってくれ。出来れば一言一句違わずだ」

 

「わ、分かりました」

 

 

 俺はそう言ったが何も全て言えるとは思っていなかった。要所要所だけ抑えてくれればいい程度だったのだが、レインはまるで本当に俺の口から出た言葉のように、口調まで完璧に再現してくれる。

 所々突っ込みどころはあったがそれでもさすがはアイリスの教育係を務めるだけはある。想像以上だ。

 

 想像以上なのだが………。

 

 

「……………ふむ」

 

「あの、以上です。どうですか?何か思い出したりは………」

 

「駄目だな。何も思い出せない」

 

「そ、そうですか…………」

 

 

 話し終えたレインに残酷な事実を伝えるとガックリと項垂れてしまった。

 だがそのリアクションは早計だな。俺は思い出せはしなかったが思い付かなかったとは言ってねえ。

 土の地面、大量の水、用意させた魔法。ここから導き出される結論は何も酔っ払いの専売特許じゃねえんだよ。

 

 ………しっかし、本当にこれ俺が考えたのかよ。酔った頭で?俺ってばもしかしたら酒入れると頭が冴えるタイプだったのかもなあ。

 

 

「い、意図が分かったのですか?あの、教えて頂けると……」

 

「それよりレイン、俺が頼んだっつーマジックスクロールは用意出来たのか?」

 

「一応は。全てとはいきませんでしたが、この強調された物は用意出来ました。

 王都に出回っているだけでは厳しかったのですが、ゼロ様のご紹介にあった魔道具店で定価の三倍以上の値段は張りましたが、どうにか」

 

「へえ、店に居たのは仮面付けた身長(タッパ)がある変な男だけか?

 ウィズがその場に居たらそんなバカ値で売るのを見逃しはしないだろうし」

 

「そうですね。バイトだと言う変わった方だけでした。店主さんはお留守だったようで………」

 

 

 それは多分留守だったのではなく、店の奥で黒焦げになっていたのではないだろうか。

 レインが奥を覗かなくて良かった。女の焼死体とその犯人を前にしたレインがどんな対応を取るか全く分からねえしな。

 

 

「もう一つ。俺もこの国で産まれてから外国に出た事は無いが、未だに地震に遭った事がねえ。

 この国では地震ってのは相当珍しい。……この認識に間違いは?」

 

「は?地震………ですか?それはまた珍しい事象を………。

 はい、それは間違いありませんね。この国で記録された最後の地震は二十年以上前になります。

 私達が気付かないだけで多少揺れてはいるのかもしれませんが、認識出来るほどの大きなものはこの二十年で一度も無いはずです」

 

「それがどうしたのだ」

 

 

 よしよし、これは俺の読み通りだな。

 

 当然ではある。何せこのベルゼルグ王国は大陸の中心に位置しているのだ。大きな地震などそう頻繁に起きるはずが無い。二十年ってのは予想外だが、嬉しい誤算だ。

 

 

なら大丈夫だ(・・・・・・)。この策はほぼ確実に通る。

 多少は運が絡むが…………。いや、そこが一番問題か」

 

「おい、さっきから何を一人で納得しているのだ、私達にも説明しないか」

 

 

 俺がブツブツ言っていると業を煮やしたのか、しばらく空気と化していたクレアがこう言ってくる。

 

 説明したいのは山々富山ブラックなのだが、いかんせんこの知識を理解してもらえるかが分からない。

 レイン級に教養があっても少し厳しいのでは無いだろうか。

 これは地震が多い国の知識なのだ。地震が少ない国からすれば、意味不明の烙印を押されても不思議ではない。さーて、どうすっかね。

 

 

「ごっ、ご報告致します‼︎ヒノがやって来ました‼︎至急迎撃の用意を‼︎」

 

 

 と、どう言いくるめるべきか悩む俺には都合が良い事に、タイミング良く衛兵がノックも忘れて部屋に転がり込んで来た。

 

 そうか、あいつの本名を知ってるのはこの場では俺たちだけなのか。それはそれで気の毒だな。

 

 

「と言うわけでもう説明してる時間が無い。ぶっつけ本番でいくからあとはよろしく」

 

「お、おいゼロ、大丈夫なのかそれで⁉︎」

 

「まあ任せとけって。辺境の小さな島国の知恵ってやつを見せてやらあ。

 レイン、アクアを王城の入り口で待機させといてくれ。あいつにも仕事がある。

 ……………そうだな、作戦名は『奇跡も魔法もあるんだよ』でいくかな」

 

「何を言っているのだ。奇跡?はともかく、魔法などあるに決まっているだろう」

 

「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな」

 

「?」

 

 

 せっかくカッコつけてんだから水を指すのやめてもらえます?空気読めよ。コンチクショウめ。

 

 

 

 

 



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72話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 深夜の王城。周辺の富裕層の民間人は寝静まり、王の住む城だけが大量の松明によってライトアップされている。まだ肌寒い季節だと言うのに近辺がそれを感じさせないのもそのせいだろう。

 もっともそんな事は王城の正門前にやって来たこの男には関係無いわけだが。だって気温上げられるし。カガミが季節関係で恐れるのは夏の暑さだけである。だって上げた気温下げられないし。

 常に熱中症の危険と隣り合わせとかいい加減ご勘弁願いたいものだ。初級魔法を習得出来ていなかったら最悪、イフリートをほっぽり出していた可能性まである。

 そのお蔭で熱と『フリーズ』の応用を発見できたのは僥倖ではあったが。

 彼が一刻も早く王城に突撃したい気持ちを抑えてまでこんな益体も無い事を考えているのには理由がある。

 

 

「これは、なんの意味があるんだ?」

 

 

 それは確かについ先日までとは明らかな差異を持っていた。

 整然と並べられ、敷き詰められた石畳。

 王城に於いて王の威厳をそこを通る者に否応無しに自覚させる、ある意味では重要な象徴だ。

 

 それがどうだ、見る影も無いではないか。今や全ての石は失くなり地面が剥き出しにされ、おまけに水が大量に撒かれたかのようにぬかるんでいる。当然ながら昨日から今日にかけて、雨など降っていない。

 ある程度は土に吸収されたのか、固まり始めている印象を受けるが、それは今でさえ目を覆いたくなる惨状よりも更に酷い状態であったということだ。

 一体誰がこんなことを?と警戒して立往生してしまうのも無理はないだろう。

 

 それとは別に奇妙な事がもう一つある。

 普段は門の前に立ち、幾度と襲撃したカガミを最初に阻もうとするはずの衛兵が一人も見当たらないのだ。

 それが如何に無駄な行為であろうとも自身に与えられた職務を全うしようとするその心意気にはカガミも思わずご苦労様です、と気絶させた彼らに敬礼をしてしまう程度には認めている。

 ここまで尽くそうとするとは、さぞかし国王は慕われているのだろう。良い為政者である証だ。

 

 ………そして今、その立派な人間を殺そうとしている自分は何なのか。

 

 

「む、う」

 

 

 急に頭に靄がかかり、それを振り払う為に頭を振る。

 最近はこういうのが増えてきた。己が行いを省みようとすると何も考えられなくなってしまう。

 そう、だから、考えられなくなって動きが鈍るくらいなら、彼女の依頼をこなす事だけを考えていればそれでいい。それでいいはずだ。

 自分に言い聞かせるように何度も頭の中でそう呟き、直前までの思考を思い出す。

 

 そう問題なのは、何故そんな真面目な衛兵が今ここにいないのかという事だ。

 カガミが特段隠す必要も無いとゆっくりと徒歩で来た以上、彼の来訪自体は気付かれていなければおかしいのだが、はて。

 

 

「どうしたい、入って来ねえのか」

 

「っ⁉︎…………な、んだ。あんたか」

 

「なんだとは失礼だなぁオイ」

 

 

 突然静寂を裂いた声に驚くが、その主を認めて肩の力を抜く。

 ゼロだ。

 

 王城は門から入って百メートルほど石畳……今は泥道だが。それが真っ直ぐ続き、その目の前に城の巨大な玄関口がそびえ立つ構造をしている。

 その玄関にゼロが腕を組んで仁王立ちになり、声を張り上げたのだ。

 ちなみにその仁王立ちはとある世界ではガイナ立ちと称されるのだが、それはカガミには知る由も、また、関係もない話である。

 

 

「衛兵達はどうした?どこにもいないみたいだが」

 

「ンなもん退避させたに決まってんだろが。今から最悪、この道が再起不能になるレベルにメッタメタになる予定だからな。

 お前もなるべくなら巻き込みたくはねえだろ?」

 

「フハッ、それはいいな」

 

 

 この男はどれだけ暴れるつもりなのか、と苦笑してしまう。

 今の発言に反応したのか、入り口の奥から『ハァ⁉︎ちょっと、冗談だろ⁉︎なぁ、おい!聞けよ‼︎』『ジャティス様!今は堪えて下さい、いくらゼロでも多分そこまでは……!』という声が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。

 

 

「それは良いんだが、なあ。あんた、敬語はどうした?

 年上の人間には敬語を使うべきだろう?実際使ってたしな」

 

 

 カガミがゼロの急変した言葉遣いについて言及する。

 彼自身は別に敬語など使おうが使うまいが正直どうでもいいのだが、流石に昨日の今日でこうも態度が一変すると何かあるのでは、と勘繰ってしまう。

 

 

「ん?………あー、まあ確かにそれは俺が常々心掛けてる事ではあるんだが、見知った顔になるとどうしても取れちまうのも性分でな。

 こっちが俺の本性だと思って諦めてくれや」

 

 

 見知った顔、という表現にこんな場合ではあるが少し嬉しい物を感じてしまう。

 ゼロとはウマが合うし、彼からそんな感想が出てくるのなら多少は打ち解けられたのだろう。彼とは叶うならばまた酒でも酌み交わしたいところだ。

 

 そんなカガミの和やかな心中は次の言葉で跡形も無く吹き飛んだ。

 

 

「それでも使うべき相手にはちゃーんと使うんだぜ?

 ただ、今のお前は使うに値しねえってだけだ。

 犯罪者風情が、四の五の言ってねえでさっさとかかって来たらどうだ」

 

「……………な、何だと?」

 

「聞こえなかったか?早く剣抜けってんだよ。

 それともあれか?やっぱり僕が悪ぅございました、謝るから許してくださいっつー和解の話か?だったらボコった後に聞いてやるからとりあえず剣抜け」

 

 

 要するにかかってこいよベネット、という事らしい。

 これにはカチン、と勘に触る音がした。

 

 

「い……、言うじゃないか。あんた、昨日の俺の技を見切れなかった事を忘れてんじゃないだろうな、今度は止めてやらないぞ?」

 

「ハッ!お前何で昨日の話してんだよ、老人か。俺がしてんのは今の話だぞ。何で昨日通じたからって今日また通じるって思えるんだ?その傲慢にゃあ感心しちまうねえ」

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

 シャリン、と同時に剣を抜く音が小さく響く。

 

 方や銀色の直剣。並ぶ物の無い、世界で最も硬い剣。

 方や真紅の細剣。微妙な能力を努力と魔法によって究極の一に昇華させた熱を操る剣。

 

 どちらも女神から授かった物であるが、そのどちらも本人の物では無い、奇妙な関係性を持つ二振りの剣が向かい合った。

 その主が少しずつ距離を詰め始める。

 両者の間は百メートルも離れているのだ、剣が届く範囲まで近付かねばならないのは当然だ。

 ゼロの方は爆発ポーションを遠投して攻撃する方法も無くはないが、そんなものが当たるくらいにコントロールに自信があるならば剣など使わずに飛び道具を大量に持ち歩くだろう。要はノーコンが露呈するのが恥ずかしいのである。

 格好付けて抜剣しておいて徒歩で近付く様は傍目からはシュールに見えるかもしれないが、これでも彼らは文字通り真剣なのだ、あまり言わないでやって欲しい。

 

 

「後悔するなよ。今道を空けるなら怪我しなくても済むんだぞ」

 

「問題なんか、何もないよ。………その言葉くれるぐれえなら最初っから攻めてくんなよ、傍迷惑な。

 こちとらアクセルからわざわざ呼ばれて飛び出て来てんだぞ。交通費よこせ」

 

 

 双方共が間合いに入り、構えながら悪態を突き合う。

 ゼロは普通に正眼の構え。カガミは能力で周りの温度を調節しながらの正眼の構え。

 

 

「……………昨日から思ってたんだが、お前レイピアの構え方おかしくね?

 確か片手を捻って力を溜めるみたいに構えるのが普通だろ。なんだそれ、完全に剣道じゃねぇか」

 

「う、うるさいな、親父がこの構えで登録しちまったんだからしょうがないだろ。こうしなきゃ発動してくれないんだ。

 ああ、それにしてもやっぱり暑いな。『フリーズ』」

 

 

 会話の中でさりげなく(と思っている)氷結魔法で急激に気温を下げる。

 これで準備は整った。後は練習通りに繊細に熱を操作するだけだ。

 その間にゼロが先手を打って来ないか警戒していたのだが、どうも動く気配がない。不思議に感じているとそれが顔に出ていたのか、ゼロが喋り始める。

 

 

「『アトミックファイヤーブレード』。それがお前の頼みの綱みたいなモンなんだろ?

 だったら正面からぶっ潰してやりゃあ大人しく投降してくれっかなってな。準備が整うまで待ってやるよっつーか剣は抜いてたんだからこっちに歩いてくる時にそのくらい済ませておけって言いたいけど。

 ………なあ、そこんとこどうよ、俺がそれを見切れたら降参してくれるとかいうサービスない?」

 

「そんなものはやってから言ってみろ。………やれるもんならな‼︎」

 

 

 操作し終えた熱をゼロに向かって飛ばし、それをなぞるようにケンドーという異国の剣技を模した突きが走る。

 カガミ自身はケンドーなぞ名前しか聞いた事がないが、父親からすれば慣れ親しんだ物らしく、それについて熱く語られた事を思い出す。

 と言ってもカガミの父、ヒノはカガミが二、三歳の頃に病死している。母親はカガミが産まれてすぐに亡くなってしまったようだ。

 教えてもらった事と言えば、ケンドーの名前。そしてこのイフリートの所有権と『アトミックファイヤーブレード』という最強の技だけだ。それしか父親についてはっきりと覚えている事はない。

 そこからはたった一人、誰に教えを請うでもなく、ただひたすらにこれだけを繰り返して来た。

 これだけがカガミの全て、家族との繋がりなのだ。

 

 それを簡単にぶっ潰すだと?身の程を知れ、クソガキが。

 

 

「『アトミックファイヤーブレード』‼︎」

 

 

 これだけは誰にも負けない、この動きはこの世の誰よりも自分が繰り返した。自分だけの技だ。

 そんなある種の誇りを纏った突きが三つに分かれる。

 狙いは右足、だがゼロには他に眉間と鳩尾に向かって直進する赤い流星が見えていることだろう。

 どれか一つを防ごうとすれば他二つが疎かになる。そうでなくとも常人ならば一つ足りとも視認することすらままならない。

 これが親父から継いだ技に俺が見つけた現象を応用した最高のーーー、

 

 

「なるほど、これか」

 

 

 バギィィィィン、という轟音と火花、遅れて凄まじい衝撃。

 

 

「なっ⁉︎………あ、折れーーー⁉︎ぐがあっ⁉︎」

 

 

 細剣は直剣に比べれば遥かに脆い。それが側面からの衝撃なら尚更だ。

 下から掬い上げるように弾かれたイフリートが折れた、と一瞬でも気を取られてしまったカガミを誰も責められまい。

 それは幸運にも杞憂に終わったが、上に弾かれた為にガラ空きになった胴体に流れるようなゼロの後ろ回し蹴りが突き刺さった。

 未だ水気を多く含んだ地面を十メートルも吹き飛ばされ、泥だらけになりながらも何とか体勢を整える。

 身体が浮きかけた状態だったからか、ゼロが手加減したのか、もしくはその両方か。ダメージはほぼ無いに等しいが、それ以上に精神的なショックが大き過ぎた。

 

 

「なっ、何でだ………‼︎」

 

 

 なぜあんな完璧な対処が出来たのか。

 今、ゼロは右足への突きにのみ剣を合わせ、逆に言うとそれ以外の二つを完全に無視した。

 眉間と鳩尾。人体の急所だ。無視できるはずが、そんなことが出来るはずがないのに、何故ーーー⁉︎

 

 

「『蜃気楼』だろ、お前のそれ」

 

「………………‼︎」

 

 

 デュランダルの腹で肩をトントンと叩きながら何でも無いようにさらりと言うゼロ。

 

 

「な、んで………」

 

「そう難しいこっちゃねえよ。昨日も今も、俺の目にゃお前の剣が三つに分身してるように見えた。

 これが示すのは実際に三つに増えてるか、そうでなきゃ幻が混ざってるかの二択だわな。

 ………さて、ここで思い出すのはお前が俺に最初に『アトミックファイヤーブレード』をぶっ放した時のことだ。

 俺はあの時、右鎖骨に飛んで来たのを左手に持った鞘で、喉に来たのを右手に持った剣で防いだ。こう、こうやってだ」

 

 

 言いつつあの時の再現のように鞘と剣を前に持ってくる。

 そうだ、確かにああやって防ごうとしていた。それがどうしたと言うのか。

 

 

「あの時に弾かれたのは左手に持った鞘だけだった。おかしいじゃねぇか、全部実体があんなら右手の剣も弾かれてなきゃ。

 俺はあの後体勢を崩してすっ転んだが、剣は持ったままだったぞ。ついでに言うと何の手応えも無かった」

 

「‼︎」

 

「加えて最後の一撃だ。お前はさも自分が止めてやったかのように有耶無耶にしようとしたが、実際にはあの時本物の一撃は俺が鞘で防いでいたんじゃないか?

 つまり他に俺に見えてたのは全部幻だったって事になる。

 そうなると、だ。怪しいのは直前までのお前の行動だよ。幻惑系の魔法を使うのが一番手っ取り早いってのはあるが、注意深く観察してた俺にはお前がそんな事をしていないと断言出来る。お前が直前に使ったのは氷結魔法だけだ。

 それ単体なら周囲を冷やす程度の効果しか無いこの魔法だが、お前のイフリートは熱の操作が出来るんだろ?どの程度精密な操作が可能かは知らんがな。

 この二つが合わされば一定条件下でしか見られない、とある自然現象が再現できる。

 冷たい空気と熱された空気の温度差で生じた揺らぎに映る幻。そう、蜃気楼だ」

 

「……………!」

 

 

 カガミは絶句するしかなかった。

 

 たった一度である。たった一度技を見ただけでゼロは仕組みをほぼ看破してみせた。

 自分が数年間、練習に練習を重ねてやっと物にした蜃気楼を利用した同時多発攻撃。それをこんなにあっさりと。

 

 

「まあ偉っそうに言ってはいるけど、もう一回見るまでは半信半疑だったんだぜ?

 なにせ蜃気楼ってのは本来この至近距離であんなはっきり見えるもんじゃねえしな。光源の問題もある。

 それに上や下に浮かぶぐらいの蜃気楼ならともかく実物と平行に映る蜃気楼は確か相当条件が厳しかったはずだし、もし出来るとしたらナミの『天候棒(クリマ・タクト)』並だ。

 間違ってたら目も当てられねえ……と思ってたんだが、その顔見た限りじゃあビンゴだったみたいだな。 や っ た ぜ 」

 

 

 ニヤリと笑うゼロだが、カガミはそれどころではない。というか今の説明ではまだ理解出来ない点があった。

 話に出て来たクリマ・タクトなる謎の単語もそうだが、それよりも気になる事。

 

 

「どうしてだ」

 

「は?いやだから、あの、人の話はちゃんと聞いてくれな?

 また一から喋るのは結構大変………」

 

「違う、俺の技の仕組みが分かったとしてもどれが本物かは分からないはずだろうが!何でどこを狙ったのか分かったのかって聞いてんだよ!」

 

 

 そう、今の話でカガミの技のタネを見破ったのは分かった。

 だがさっきのゼロはまるで三つのうちどれに実体があるか確信していたようだったことに触れていない。

 まさか勘とは言わないだろう。もし違ったらそのまま落命の危機だ。

 よほど幸運に自信があれば別だが、カガミが聞きたいのはそんな事ではない。このままでは納得がいかない。

 

 

「うおおお……⁉︎なに、なにキレてんの。怖いわー、最近のすぐキレる若者超怖いわー」

 

「こんのっ……‼︎」

 

「つーかそれこそ『初歩的な事だ、友よ(エレメンタリー・マイ・ディア)』ってヤツだ」

 

「……えれ、何?」

 

 

 ゼロが何と言ったのか聞き取れず、知らずに俯いていた顔を上げるとほんの少し、目を細めるゼロの顔が見えた。

 

 

「お前昨日言ったよな、頼まれた事以外での殺しはしたくないって。その中には俺も含まれてるんだろ?

 そんなお優しい奴が眉間だの何だの、どう考えても直接命に関わるような場所狙って来るかよ。もちっと考えて選ぶべきだったな」

 

「それは……」

 

「いやいや、別に悪いって話じゃねえ。むしろ初見なら普通に引っかかるだろうぜ。常時の戦闘ならわざわざ肩や足なんて回りくどい箇所なんか狙わねえ。敵ならタマ取った方が早いからな。

 俺がこうやって対応出来んのはお前の事をある程度知ってるからだ。そして技自体ももう見てる。

 こう言っちゃなんだが昨夜お前が俺との対話に応じた時点で八割方俺の勝ちは決まってたみたいなもんだな」

 

「だからって………!あ、あんたイかれてるんじゃないか………⁉︎」

 

「あん?ああ、たまに言われる」

 

 

 言ってる事は理解できる。だがそれを実行に移せるかどうかとなると大きな齟齬が発生する。

 例え前提条件が整っていたとしてもカガミは蜃気楼を実物と見紛うくらい精巧に作り出したつもりだし、事実、ゼロにもそう見えていただろう。

 それが命の危険が及ぶ急所に向かうのを無視して、カガミの気まぐれ一つでどうとでも転ぶ『急所以外の場所』にヤマを張るなど馬鹿げている。頭のネジが数本ぶっ飛んでいるとしか思えない。

 

 何だ、もしかして自分の考え方が間違っているのか、と自身の人生観を疑い始めたカガミに向けてゼロが僅かに首を傾げる。

 

 

「で?」

 

「……で?」

 

「いやほら、俺はお前の奥の手を潰したぞ?お前はここからどうすんのよ」

 

「……………」

 

「降参……はしてくれそうに無さそうですね、はい」

 

 

 考える。

 通じなかったとしてもカガミにはこれしかない。イフリート自体があの動きでしか攻撃できない以上はどうにかして当てなくてはならないのだ。

 考える。

 そうだ、急所以外に的を絞られている。だったら。

 

 

「だったらいっその事全部急所以外を狙うか?それとも全部急所を狙うか?

 悪いな、どっちもさせねえよ。お前のターンはもう終わりだ『ボトムレス・スワンプ』‼︎」

 

「うっ⁉︎」

 

 

 ゼロが懐からマジックスクロールを取り出して早口で詠唱する。

『ボトムレス・スワンプ』。地面の一定範囲を泥沼に変え、相手をそこにはめる事で動きを封じる魔法だ。

 下が土だろうが石だろうが関係無く変化させられるが、そこだけ色が違ってしまうので動きが素早い相手には察知されやすい。しかし。

 

 

「まさかこの為に⁉︎くそッ‼︎」

 

 

 地面が既にドロドロの泥に覆われているこの場所ではどこからどこまでが効果範囲なのか全くわからない。

 発動した以上はどこかしらが変化しているはずだが。

 止むなく当てずっぽうで横に跳ぶ。

 着地すると、下は相変わらず泥だが取り敢えず地面と判断できる程度の固さはある事に安堵の息を洩らすカガミ。

 

 

「あー、やっぱり避けられるよなあ。

 じゃあしょうがねえな。一応普通の方法も試しましたけどダメでした、の証明が欲しかっただけだし」

 

 

 まだ何かあるのかとゼロに視線を戻すと何を考えているのか、剣を納めているところだった。

 

 

「……?どうした、まだ勝負は着いてないぞ。なぜ剣を仕舞う?」

 

「いんや、もう着いてるよ。つーか今回コイツで戦うつもりさらさら無かったし。

 ただ実力では負けてるとか思われたく無いから意地張っただけだし」

 

「……なんだそりゃ。舐めてんじゃないぞ」

 

 

 再び『フリーズ』を使い、イフリートで気温を上げ始める。

 対してゼロも新しくマジックスクロールを取り出し、しかしそれを発動させるでもなくブラブラと遊ばせ始めた。

 

 

「お、お。なんか陽炎が見えてきたな。丁度今準備中ってか。………じゃ、悪いけど振り出しに戻って頂きましょうかね!

 先生ーーーーー‼︎打ち合わせ通りお願いしまっす‼︎控えめでね‼︎」

 

 

 いきなり大声で誰かに合図を送るゼロ。

 それに応えるようにゼロの後方、王城の玄関口からも大声が返ってきた。

 

 

『任せなさいな‼︎それよりお酒の事忘れないでね‼︎』

 

 

 どうやら他に何者かがいるようだ。恐らくそいつが何かしてくるのだろう。

 何が来ようと躱してみせる、と身構えるカガミだが、次の瞬間に襲って来たのはカガミの理解を軽々と飛び越える規模の水創生魔法だった。

 

 

「『セイクリッド・クリエイトウォーター』‼︎‼︎」

 

 

 二人の足元に影が落ちる。

 

 

「「は?」」

 

 

 カガミと、何故か指示を出したはずのゼロも理解が及ばないとばかりに上を向いて固まる。

 上空に浮いていたのは巨大な水の塊。

 通常、水創生魔法は空気中の水分を引っ張ってきて純粋な水を創り出す魔法のはずだ。

 だと言うのにその水球の大きさと来たら、どう考えてもこの辺り一帯の空気中に含まれる水分で賄える量だとは思えない。あれは一体どこから創った水なのか。

 

 

「「どぼぅあああああ⁉︎」」

 

 

 重力に従って落下してきた水球はゼロとカガミの中間に出現した。

 必然的に弾けた大量の水は両人を押し流す激流となる。

 そうは言ってもここはかなりの広さがある屋外。二人は互いとは反対方向に数メートル押し戻されただけで踏み止まっていた。

 無論水は相当な広範囲に広がっていったが。

 

 

「ぐっ………!あ、あんた一体何がしたいんだよ⁉︎」

 

「ボボボボボッ、この川ッ、深いッ‼︎助ッ、けてッ、流されッ、ボボボボボボッ‼︎」

 

 

 こいつは本当に何がしたいのか。

 味方(多分)の魔法の範囲を正しく認識せずに巻き込まれるなど素人以下だ。

 さっきは頭がキレるような素ぶりを見せていたが、もしかしたらただのバカなのではないだろうか。

 

 

「い、いやごめん。あいつにはちゃんと抑え気味に使うように言ったんだけどな」

 

「全然連絡行き届いてないじゃないか!これのどこが抑え気味……」

 

『ねえちょっとーー‼︎ゼロさーん、どお?私的にはだいたい四分の一くらいに抑えたつもりなんですけどーーー‼︎』

 

「「四分の一⁉︎これで⁉︎」」

 

 

 冗談だろ?

 これでも王城の敷地に収まらずに一般の往来にまで水が飛び出すレベルなのだ。

 それが四分の一の出力とは、どんな化け物だ。もしそれが本当なら本気を出せば一人で洪水を起こせるではないか。神か。

 

 

「うええマジかよ……。えっと、アクアーーー‼︎ナイス‼︎ナイス適量だ‼︎ただ今度からは十分の一くらいにしようかー‼︎」

 

『えーー⁉︎なーーにーー⁉︎もう一回やれってーー⁉︎』

 

「言ってねえよ⁉︎お前はあとは大人しく酒でも飲んでろ‼︎」

 

 

 凄く微妙な空気になってしまったのだがこれは攻撃しても良いのだろうか、と逡巡して気付く。

 せっかく調節した空気が水によって撹拌されてしまっている。ゼロが言っていた振り出しに戻るとはこの事だったのか。

 慌ててイフリートを全開で起動させ、周囲に熱い空気を停滞させる。

 それをゼロが見逃すはずもなく、手に持っていたスクロールを発動させ、また新たに取り出した。

 

 ………しかしゼロはどこにあんな数のスクロールを入れているのだろう。マントの裏にでも仕込んでいるのだろうか。

 

 

「『フロート』。っし、これでいいはず。

 さーて!鍛えてばっかでオツムが弱いであろうカガミ君に午前二時……じゃなかった、科学の時間をお知らせするぜぃ‼︎

 上手くいったら拍手喝采、失敗してもご容赦を‼︎」

 

 

 今度はカガミの準備ができるまで待ってくれるということは無さそうだ。

 取り出したスクロールを水浸しの地面に広げて口上を述べている。

 気温の操作は不完全だが、もう待てない。ゼロの魔法が発動する前に開いてしまった距離を埋めるべく駆ける。

 しかし間に合わず、ゼロの元へ辿り着くより先に聞き慣れない詠唱が木霊する。

 

 

「『アースシェイカー』ッッ‼︎‼︎」

 

 

 それと同時に泥と水に覆われた王城の敷地全土を極大の揺れが襲った。

 

 

 

 

 



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73話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

『アースシェイカー』。その名前はもちろんカガミも知っている。

 魔法を使う人間で知らない者はいないのではないかというほどに誰でも覚えられる魔法だ。

 何故かというとこの魔法、どうまかり間違ったか上級魔法のセットの中に入っているのだ。

 つまり上級魔法という括りで習得すると『カースド・ライトニング』や『セイクリッド・クリエイトウォーター』等のいかにもな名前の魔法と一緒くたに覚えられてしまうのである。

 上級魔法セットを習得する人間は多い。必然的にこの魔法も使える者は多いはずなのだが、しかし昨今ではこの魔法、使う人間どころか名前すらまず耳にする事は無いであろう。

 その理由はたった一つ。使えない(・・・・・)からである。

 というか使う理由が無い。使い道が無い。誰も使いたがらないのだ。

 この魔法の効果は『一定範囲の地面を揺さぶる』。既にある言葉で言えば地震を発生させることが出来るというもの。

 これが一体何の役に立つと言うのか。

 例えば戦闘中に発動したとしよう。なるほど、相手の気を引くくらいならば可能かもしれない。

 

 うん。でもそれって他の魔法でも出来るよね?他の魔法使った方が早いよね?それよりももし味方がいたら味方の邪魔なんですけど。

 

 こういうことだ。

 この魔法を開発した人間が何に使うつもりで一般公開したのかはもう誰にも分からないが、取り敢えず大多数の人には一切有り難がられてはいない。

 むしろ『上級魔法を習得したらなんか付いてきた変な魔法』扱いされる始末だ。

 可哀想に思う気持ちもあるが、正直擁護のしようが無い。使えない物は使えないのである。

 世の中には爆裂魔法というネタ魔法がある。

 爆裂魔法はそのバカ威力とバカみたいに魔力を食うということでネタにはされているが、逆に言えばネタには出来るというある種の利点がある。

 しかし『アースシェイカー』、地震魔法とでも呼ぼうか。これにはそんな利点すらも存在しない。

 パーティ内で使用すれば不和が生じ、誰もその存在意義を見出すことが出来ない。ネタにすらされない悲しい魔法なのだ。

 

 余談ではあるが、この魔法の存在を知ったゼロが『地中にいるモンスターおびき出すのに使えるじゃん。一回試してみようぜ』と、上級魔法を覚えたての頭のおかしくない方の紅魔族を連れて森の中心で使ったご様子。

 その結果、目当ての地中生息型のモンスターはおろか森中のモンスターから総スカンを喰らったさびしんぼ娘が激怒してしまったため、封印指定を受けたようだ。

 普段怒らない人が怒ると目に見えない圧があって非常に怖かった、とは本人の談。結局使い所さんは今日も今日とて蒸発中のままである。

 

 ゼロがそんな影の薄い魔法をなぜ今使う必要があったのか。

 そんな疑問は当然として一応警戒しておくに越した事は無い、とその場で一時停止し揺れが収まるまで待つ事にしたカガミは決して間違っていない。

 カガミは知らなかっただけだ。地震という現象が今この場で起きる事の意味を。

 

 

「なんっ……⁉︎なんだこりゃ⁉︎」

 

 

 唐突に地面の底が抜けたようにカガミの体が肩まで沈み込んだ。完全に地面が液体のように変化してしまっている。

 起きた事はそれだけだが、分からないのは理由だ。何故こんなことが起きる?

 事象としては先程ゼロが使ってきた『ボトムレス・スワンプ』に酷似しているが、範囲が桁違いだ。

 既に収まろうとしている地震の余波で大地が波打っている………つまり、見渡す限りの地面が全て沼のようになってしまったという事だ。こんな規模の泥沼魔法など、伝説のアークウィザードである『氷の魔女』でも使えはしまい。どんな手品を使ったというのか。

 しかもそれだけではない。これに関しては自業自得の面もあるが、直前までイフリートの高温操作を全開にしていたせいでカガミの周囲の泥だけが水分を蒸発させ、土に戻りつつある。

 カガミはイフリートの能力によって破格の戦闘能力を誇るが、それ以外では一般の冒険者とさほどの違いは無い。

 そんな人間が肩まで地面に埋められてすぐさま抜け出せるはずもなく。

 

 

「ぐぬっ⁉︎くっ、そっ、動けんっ‼︎」

 

「ぶはははははは‼︎おいおい、この光景『シャンハイ○イト』で見たぞ⁉︎

 ………ん?『シャンハ○ヌーン』の方だったか?……ま、いいか。

 そこから口に咥えた箸使って自力で脱出するんですね、是非頑張って下さい‼︎応援してますから‼︎」

 

 

 地震を起こす前に使っていたスクロールの効果か、泥沼と化した道をアメンボのようにツーッと滑ってきたゼロが首だけが地面から生えたような状態になったカガミの周囲をクルクルと回りながら煽っていく。

 カガミがいくら歯軋りしようとも両腕ごと埋まってしまっては何の抵抗も出来ない。

 

 そんな有頂天のゼロを冷ややかな目で見る美少女が一人。

 

 

「うーわー、ゼロさん引くわー。自分で罠に嵌めといて爆笑とかカズマ並の外道じゃない。

 ギルドのお姉さんや皆、あとクリスにも言っときますね」

 

「残念でした!クリスは大体俺がこんなんだって知ってますぅ〜〜〜‼︎

 フハハハハハハ…………ちょい待ち、なんでお前こっちに来てんの?つかなんで水に浮いてんの?俺は『フロート』使ったからなんだけど」

 

「ゼロこそ何言ってるの?その程度の魔法私だって使えるし、使わなくたって水の上くらい歩けるわよ。私が何を司る女神だと思ってるの?」

 

「マジかよ水の女神最高だな。アクシズ教入信します」

 

「ほんと?」

 

「嘘に決まってんだろバカ。アクシズ教は滅びろ」

 

「………!………!」

 

「それでカガミよ、流石にそっから打つ手なんかねえだろ?大丈夫だって、ちょっとジッとしててくれりゃそれで良いから」

 

 

 よく分からない会話の後、激昂したアクアがゼロに掴みかかるが、まるで意に介さずカガミに話し掛けてくる。

 

 

「名付けるなら『擬似・液状化現象(ボトムレス・スワンプ)』ってとこか。

 効果は据え置き、範囲はおまけしてありますがいかがです?一言『参りました』で種明かししてやるが」

 

 

 正直気にはなる。なるが、カガミはこんなところで終わる訳にはいかない。

 一層這い出ようと暴れながらゼロを睨み付け、唾を吐きかける。

 

 

「ふざけるな、ここから出せ‼︎俺はあの人から頼まれた事を、国王を殺さなきゃいけないんだよ‼︎」

 

「………ふーん、あっそ。別に良いけどな。それでアクア、いるなら丁度良いや。こいつから何か感じたりしないか?こう、なんか魔法がかかってる雰囲気とかさ」

 

 

 元より期待などしていないのか、あっさりと降伏を迫るのを止めてゼロの首を絞めながらガクガクと揺さぶるアクアに聞く。

 アクアも素の腕力ではどうにもならないとばかりに自分に支援魔法をかける手を止めて訝しげにカガミを見遣ると。

 

 

「…………?スン、スン………。特に何も感じないわよ。

 少し変わった気配がするけど、それだけね」

 

 

 しばらく鼻をヒクつかせ、すぐにそう言う。

 

 

「あれ?マジか、予想が外れたな………。

 すまん、効果が無くても良いから一回だけ解除魔法かけてもらって良いか?

 何か欲しい物があったら俺が口利きしてやるから、その代わりにさ」

 

「じゃあ私『魔王殺し』が欲しい。何度ねだってもカズマさんたら買ってくれないんだもの」

 

「当たり前だろ、いくらすると思ってんだよあの酒………。

 まあ、分かったよ。ジャティスに用意させるか、ダメなら自腹切って買ってやらあ。その分とびきり強いのを頼むぜ」

 

「しょうがないわね………、そーんなに言うんならやってあげなくもないわ‼︎『セイクリッド』ーーー」

 

「ぶち殺してやる‼︎ガ、グ、グゥゥゥゥ‼︎」

 

「ひっ⁉︎」「あぁ?」

 

 

 アクアが解除魔法を放とうとしたその瞬間、カガミの様子が豹変する。

 今にも噛み付かんばかりにアクアに向かって歯を鳴らし、口の端から泡を吹いて視線だけで射殺すとばかりに二人に殺意を飛ばしてくる。

 およそ理性が残っているかも怪しい、まさに獣のような様相だ。

 

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる‼︎そんな汚らわしい女を俺に近付けるなァ‼︎」

 

「……………おい、どうなってんだよ。何でこいつこんなペンちゃん化してんの?ここにはアキレウスなんて居ないんですけど。

 ……アクア。アク、アキ……アキレウス。

 よしアキレウス、ご指名だ。ちょっとこいつに殺されてみてくんねえ?」

 

「バッカじゃないの⁉︎ゼロさんたらほんとバッカじゃないの⁉︎

 あああびっくりしたぁ………。ていうかちょっと待って」

 

 

 ゼロがさり気なくアクアを背に庇いながらこんな場合だというのに軽口を叩く。

 そんなゼロにツッコミながらも素直にゼロの陰に隠れるアクアが再び匂いを嗅ぐように鼻をスンスンと鳴らし始め。

 

 

「………うわ臭っ!なんか滲み出てきたわよ、何これ?」

 

 

 急に顔を顰めて鼻を摘み、少しでも遠ざかるように顔を逸らす。

 それを聞いたゼロが何を勘違いしたか、傷付いたように胸を押さえて膝を地に付けた。

 

 

「ア、アクア……俺今さっきまで動いててさ、あと周りも暑かったし、汗掻いてんのはしょうがないと思うんだ。

 だからそんなはっきり言われるとすんごく傷付くんだが………」

 

「違うわよ、誰もゼロの体臭の話なんかしてないわ。それもそうだけど、今のはそこの狂犬みたいな人に言ったの。

 悪魔、でもないわね。神気………?一体どこのマイナー神かしら。

 こんな邪な気を放つなんてきっと碌な神じゃないわよ。さっきまでがこの人の素ならこんな変化、もう魔法よりも呪いみたいな物じゃないの」

 

「ねぇ、今それもそうだけどって言った?ゴメンね、汗臭くて」

 

「グルルルルル……ガァァァァ‼︎」

 

 

 心底不快そうに、未だ地面から抜け出ようと踠き続けるカガミを分析する水を司る女神。

 ゼロからすればマイナー神や、魔法と呪いでどう違うのか等々の説明が欲しいところではあるが、今はそんな事よりもまず、この状況をどうにかして欲しい。

 今の今まで普通に会話し、意思疎通の出来た相手が、顔も知らないどこかのクソ野郎のせいでこのような状態にされているなど、気分が良いはずがない。見るに堪えないのが本音だ。

 さっさと解除するなり浄化するなりしてくれないだろうか。

 

 

無理ね(・・・)。解けないわ」

 

「……お前がか?」

 

 

 信じられない、と目を見開いてアクアを見る。

 

 ゼロは基本的に一部の例外を除いてアクアのやることは全て裏目に出ると考えている。その唯二と言ってもいい例外が回復魔法と解除魔法だ。

 全幅の信頼とまではいかないが、それでもこの二つに関してはアクアに対して敬意を払っても良いと思っている。

 少なくともアクアに出来なければ他に出来る奴の当てなど無い程度には。

 そのアクアが無理と言った。

 それ即ちベルゼルグ王国内でこの症状をどうにか出来る存在はいないという事では無いのか。

 

 

「何よ、そんな顔で見ないでよ。い、一応言っとくけど解けないのはこの人にどんな悪影響が出るか分かんないからだから!

 呪い自体は多分全力で解除魔法かければ何とかなると思うけど……」

 

「呪いは解けるのに解けない?どーいうこっちゃ。悪影響って何だよ」

 

「…………この人、多分長い間違和感無く呪いを受け入れてたんじゃない?

 そのせいで魂にまで染み付いちゃってるのよ。今無理に剥がそうとすると、最悪廃人になっちゃうかも。

 ………廃人って言ってもカズマ的な意味じゃなくってね」

 

「そんな事に注釈付けなくたって解るわ。じゃあどうすりゃいいんだ」

 

 

 そんな事実をこの土壇場で明かされても困る。

 こんな狂犬病患者をこのままにしておく訳にもいかず、かと言ってアクアがどうにもできないとなればもう殺すしか無いではないか。

 この国には精神病棟みたいな物は無いし、有ったとしても、収容してもし完璧なウォルライダーになって帰ってきたらどうする。

 ゼロは幽霊的な存在にはめっぽう弱いのだ。物理無効とか何それ超怖い。

 

 

「ウ、ウ、ゥゥゥゥ………」

 

「大体、ほんのちょっと前までは普通だっただろうが。

 以前のこいつを知らないからアレだが、少なくとも俺には普通に見えた。急にこうなった理由は何だよ」

 

「それは多分私の神聖な気に当てられちゃったのね。それで、今まで潜伏してた呪いの本性の方が反発してこう、ブワーッて出てきちゃったのよ」

 

「要はいつものか」

 

「なんでカズマさんといいゼロといい、いつもいつも私が面倒ごとを持って来るみたいに言うのよ⁉︎

 これは私のパッシブスキルみたいな物なんだからしょうがないじゃないって何度も何度も言ってるじゃない!」

 

「カズマから聞いてる話だとそのパッシブスキルが役に立った試しが無いそうなんですけど、それについては?」

 

「………………」

 

「ハイハイ、いつものいつもの」

 

 

 いつものと言ってもこれについてアクアを責めるのは筋違いも甚だしいだろう。

 元々ゼロがアクアに頼るつもりだった以上こうなるのは遅いか早いかの違いでしかない。

 むしろ他に人がいない状況で判明したのは好都合、と割り切ることにして、問題はどう解決するかだ。

 今、この状態で無理なのは分かった。じゃあどの状態ならイケるのか。

 

 

「気絶させて」

 

「………気絶?それだけ?」

 

「それだけ」

 

 

 早く言えや。

 

 突っ込みたい衝動を抑える。まだアクアの話は終わっていない。

 

 

「意識さえ失くせば魂との癒着も薄れるだろうから、その時を狙って剥がせば多分いけるわ。というわけでゼロ先生お願い。

 万が一死んじゃってもそこから私が蘇生させれば多分剥がせるけど………」

 

「あ、そうか。お前いるならぶっ殺しても蘇生できるのか。……だったらこんな大仕掛けする必要無かったな、ジャティスには黙っとこう。

 つーかそれが通るんならそれで行こうぜ。意識刈り取るのに命刈り取らないとかやった事ねえ力加減なんざしたくねえや」

 

「ねえ、ゼロって悪魔か何かじゃないわよね?

 鬼畜だのクズマだの呼ばれてるカズマさんでも知り合いをいきなり殺すなんて発想はしないと思うんですけど」

 

「言うて余裕だろ。一回までなら生き返れるとかヌルいヌルい。もう二度と死ななきゃ良いだけの話じゃねえか。

 SAOを見てみろよ、最前線で戦ってるあいつらほんと凄えと思うわ。………まあ現実は更に過酷なワケなんですがね」

 

「ウ……グル……?」

 

 

 舌舐めずりをしてデュランダル本体ではなく、その鞘の方をボッ、ボッ、と素振りしながら自身の前に立つゼロに只ならぬ気配を感じたのか、僅かに怯えるカガミ。

 その憐れなスイカ割りのスイカを見下ろしながらにこやかにゼロは言う。

 

 

「大丈夫大丈夫!心配しなさんなって、ちょっとバキッてして意識が遠くなるかもだけどむしろ目覚めた時には気持ち良くなれるから!と言うか目ぇ醒めたら白と黒の変な部屋にいるかもな!その部屋にいる美少女見てこの世で本当に美しいという事を勉強して来ると良い!ああ、それは良いな!セレナとか言うクソの万倍は綺麗だからさ!心の方はもう比べる事すらおこがましいっつーか、あ、でも手え出すのはNGで!事務所通しても許さんから!もしそんな事したら帰って来て速攻送る事になっちゃうかもなぁ、でも是非も無いよネ!因みにそうなった場合二度とこっちには来られないから心に刻んでおけよ?まあそうならないようにしてくれたら何の心配も無いよ!ここにいるアクアってのはどんな状態だろうと死者蘇生が出来るチートキャラだから、頭が割れて中身が飛び出てようが何だろうが完璧に蘇生してくれるはずだから!確認してないけど!俺だって心が痛い!そう、今からお前を襲う痛み以上に俺の心は痛んでる!それでもこれはしょうがない事なんだよ、お前を助ける為なんだ!分かってくれるよな?おう、そう言ってくれると思ってた!心の準備はOK?そんじゃあ天界への旅へご案内〜〜〜‼︎」

 ※カガミ視点

 

 

 今のカガミには言葉の意味は汲み取れなかったが、ゼロの言を纏めると、

 ・今から君を気絶させるために殴ります。

 ・その拍子に死んじゃうかもしれないけどごめーんね。

 ・死んじゃっても生き返れないかもしれないけど多分大丈夫だから殴ります。

 ・エリスに手を出したら殺す。惚れるくらいなら良いよ。それは自由だからね。

 ・良き天界への旅路を祈っています。(殺す気MAX)

 との事だ。紛うこと無き狂人の言い分である。

 

 この男は狂っている。

 カガミも理性の薄れた頭でそれだけは理解した。

 

 

「ガァァァァァァ⁉︎ガァッ、グゥゥッ⁉︎」

 

 

 これまで以上に身体を暴れさせながら必死に自分を捕らえる地面の拘束から逃れようとする。

 先までの攻撃的な理由では無く、純粋に命の危険を感じるから。

 カガミは憶えている。理性が無くなっても憶えている。

 ゼロの剣の能力はただ硬いだけ。

 つまりあの馬鹿げた身体能力はゼロ自身の肉体の力なのだと。

 あの鞘が自分の頭に直撃すれば、間違いなく今ここに在る命は霧散すると。

 理性が無くとも、いや、無いからこそこれ以上なく分かってしまう。

 

 ゼロはそんなカガミを余所に水分が蒸発して固まった地面を二、三度爪先で蹴る。

 

 

「………この辺か。この技も久しぶりだなぁ。最後は確か国王様に使ったんだっけか」

 

 

 そのまま両足を前後に肩幅より少し広めに。鞘を両手で構え、大上段に。

 完全に叩き割る気満々である。何を、とは聞かない。誰だって残酷な真実は見たくないし聞きたくない。

 

 もはや一刻の猶予も有りはしない、と無理矢理に腕を引き抜こうと試みる。

 あと少しで右腕が、イフリートを持ったままの右腕が地上に出る。そうすればそれを盾に出来る……!

 

 

「大体だな、俺は昨日からずーっとお前に言いたい事があったんだ。

 ………なんで魔法使えるんだよふざけんなよ。俺にも魔力寄越せ、俺だって自力で魔法使ってみたいぃぃ‼︎」

 

「完全無欠に私怨じゃない」

 

「グァァァァォッ‼︎」

 

 

 最後の最後、ほんの少し時間の余裕が発生した事により腕を引き抜くことに成功した。

 身体が自由ならば攻撃に転じるが、生憎と他の部位は未だ地面の下にある。防御に使うしかない。

 ゼロが凶器を振り下ろす前にその軌道上に剣を用意する、それを成し遂げた事にカガミは安堵した。

 

 

 ーーーこれで命は助かっ、

 

 

 

「『一刀両断』」

 

 

 

 そこでカガミの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「おっ?目を覚ましたぞ」

 

「よくあんな状態から命を繋いだもんだな……。確か、教官の一撃を頭に喰らったと聞いたが」

 

「教官って、ゼロ教官か?あの人も大概だな……とても俺の息子と同い年とは思えん」

 

「まああの人の場合潜った修羅場の数と質が異常だからな。

 聞いたか?旅に出て最初にドラゴン倒したんだと」

 

「ああ、聞いた聞いた。なんでも冒険者になる前だったし、目撃者もいなかったから正式に『ドラゴンスレイヤー』の称号は貰えなかったって話だろ?勿体無いよなぁ」

 

 

 次に目が醒めた時、カガミは混乱した。

 当然だ、自分がどこにいるのかさっぱり分からないのだから。

 周囲は石に囲まれており、自分は頑丈な椅子に鎖や皮のベルトで幾重にも拘束されている。

 目の前には武装した甲冑姿の衛兵らしき人間が二人。

 誰かの噂話に花を咲かせているようだ。

 

 ここはどこだろう。確か自分は日課の素振り………いや、素突きから自宅に帰ろうとしてーーー。

 

 

「づっ⁉︎」

 

 

 そこまで思い出そうとして急に頭痛が襲った気がした。

 気がした、と言うのは一瞬そんな気がしただけで、その後は痛み自体が幻だったかのように消えてしまっていたからだ。

 今のは何だったのだろう。何かが脳天にぶち当たったかのような痛みだったが。

 いや、それはともかくとしてこの状況だ。百歩譲って今いる場所が分からないのはまだ良い。何故ここまで厳重な拘束をされなければならないのか。

 とりあえず目の前にいる理由を知っていそうな者に声をかけてみる。

 

 

「あの、そこの人。ここがどこだか教えてもらっても?それと、この拘束を外して欲しいんだが」

 

「………本当に憶えてないのか?」

 

「?……何を?」

 

「いや、ちょっと待ってろ。おい、ジャティス王子か、教官でもいい。呼んでくるからこいつを見張ってろよ」

 

「あ、ゼロ教官は外の衛兵と石畳の修復作業してるから、呼ぶならジャティス王子が良いぞ!」

 

「何やってんだあの人………」

 

 

 慌ただしく誰かを呼びに行くという衛兵とここでカガミを見張る衛兵とに分かれる。

 残った衛兵に何を聞いても「ちょっと待ってろ」の一点張りなので、仕方なくその誰かを待つ事十分。

 

 

「やあ、ご苦労様。彼の目が覚めたんだって?」

 

「ジャティス王子。ええ、どうぞこちらに」

 

 

 どことなく身分が高そうな、というか実際高いのだろう、そんな印象のある金髪碧眼の美男子が扉を開けて入ってきた。

 先程から何度か聞こえているが、まさかこの人がベルゼルグ第一王子、ジャティスその人なのだろうか。

 そのジャティス王子が椅子に座っているカガミと目線を合わせるように片膝を付く。

 

 

「こんばんは、いや、もうこんにちはかな。君は今どうして自分がここにいるのか分かるかい?」

 

 

 敬語が得意ではない自分の恥を晒すまい、と多少失礼なのは承知で首だけを横に振る。

 もし目の前の彼がジャティス王子ならば無礼を働いて処刑されては困る。

 

 

「…………ふむ。じゃあ次に、今日が何年、何月の何日かをちょっと僕に教えてくれないか」

 

「王子ってバカでもなれるのか?知らなかったな」

 

「おい!自分の立場をわきまえて発言しろ‼︎」

 

「あー、いいよいいよ、ゼロで慣れてるから」

 

 

 堪え切れなかった。

 そんなもんカレンダーだの何だの、確認する方法などいくらでもあるだろうに何故自分に聞くのか。

 ベルゼルグ王家は脳筋しかいないと言うのは本当だったのか。

 しかしカガミの暴言にも態度を崩さず苦笑で済ませるところを見ると、人間性には優れているらしい。

 

 

「……しかし言われてみれば少しゼロに雰囲気が似てるかも。

 ……いや、気のせいかな。ゼロの方が数段遠慮がない。まあゼロに今さらそういう態度を取られても困るけど………ああ、失礼。こちらの話。

 とにかく一応言ってくれ。誰しも認識の違いっていうのはあるからね。君の主観で良いよ」

 

 

 顎に手を当てて面白そうにカガミを見るジャティス王子が再度質問する。

 まあそういう事なら、とカガミも改めて最後に確認した年月日を答えると、何故か反応したのは後ろに控えた衛兵だった。

 

 

「………?お前、冗談のつもりか?そんな前の日付など。今日はーーー」

 

「…………なるほどね。君、いいよ。彼女から聞いていた通りだ。

 それにコレも反応しなかっただろ?彼は嘘は付いてないよ」

 

「はあ…………」

 

 

 衛兵を窘めるように後ろ手に隠し持っていたベルのような道具を見せる。

 カガミは知らなかったようだが、ソレはどういう原理か、嘘に反応して音が鳴るという魔道具。

 どういう原理かは本当に分からない。魔法(あたい)ってば最強ね!と思っておけばいいだろう。

 

 何か自分は変なことを言ったのだろうか。

 いや、そんなことよりも自分の置かれている状況を理解したいのだが。

 そう王子に聞くと。

 

 

「心配する事はない、悪いようにはしないさ。君の境遇にも情状酌量の余地はあるし、何よりゼロが望むんだ。

 とは言ったもののした事がした事だからすぐに、とはいかないよ。君の当面の処遇は追って伝えるから、申し訳無いけどしばらくはそこで待機ね。

 君、継いで頼んでもいいかい?あと三人ほどで交代制にさせるから、もう少しの間だけよろしく頼むよ」

 

「はっ、お任せを」

 

「えっ?今のは状況の説明になったか?なってないよな?何も分からなかったんだが。おい、ちょっと!」

 

 

 頭の中を疑問符でいっぱいにするカガミと見張りの衛兵を置いて立ち去ろうとするジャティス。

 扉から出る間際にジャティスが振り向いてカガミに語りかけた。

 

 

「………君は幸運だよ。君は憶えていないかもしれないけれど、君の話を聞いて力になってくれた人がいる。

 本人は自分が気に入らないからしただけだと照れ隠しをするかもしれないけどね。

 君にはこれから取り返す時間も、償う時間も沢山あるけれど、それは誰かさんの気まぐれのお蔭だって事は憶えておいて欲しいかな。………それじゃあ後ほどゆっくり話そうか」

 

 

 そう言って部屋を出て行った王子の言葉を何度か頭の中で転がしてみる。

 相も変わらず説明にはなっていなかったが、その誰かさんのお蔭で自分はこんなところで拘束されているらしい。

 

 

「………つまり恨むならそいつを恨めってコトだな」

 

「待て、今の流れでどうしてそうなった⁉︎」

 

 

 狭いはずの部屋の中でどうやってか、行き違いが発生した瞬間だった。

 

 ………でも間違ってはいない。

 

 

 

 

 

 






※ゼロさんは裏表の無い素敵な人です(白目)






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74話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 目の前に用意されたガラス造りの水槽に、水を底が埋まる程度にうっすらと張り、今し方掘り起こした、そろそろ水分が完全に飛びそうな土を張った水が見えなくなるくらいに詰める。

 その後、これまた用意しておいたポットを傾けて水を上から全体に万遍なくかけましてっと。

 

 俺が理科の実験よろしく準備をしている様子をアイリスがキラキラとした目で見ている。

 こうしていると小学校の先生にでもなった気分になるな。実際誰かに何かを教えるってのは割と楽しかったりする。

 

 この短期間で教えた事をモノにする吸収力。

 まったく、小学生は最高だぜ‼︎

 

 ……あ、一応言っとくけどちゃんとすばるんと同じ意味で使ってるよ?

 俺はロリコンではないから。あくまで俺は。

 

 

「何サボってるんだい?衛兵達はまだ働いてるじゃないか」

 

「あ、お、お兄様!違うのです、ゼロ様には私がお願いして………」

 

「おう、ジャティスか。いやな、アイリスが俺がした事がどうしても気になるから教えてくれっつってな。

 どうもこの姫さん、夜更かししてアレを観てたらしいわ」

 

「ゼロ様、私それは言わないで下さいって言いましたよね⁉︎」

 

「あんな時間まで起きていたのかい?ダメじゃないか」

 

「う、うぅ…………」

 

 

 城の方から歩いて来たジャティスに怒られそうだったので代わりにアイリスに身代わりになって頂こう。

 そうだそうだ、夜更かしするとどことは言わないけど大っきくなれないぞ。

 俺の嫁さんみたいにカズマから、『その胸は平坦であった……』とか嫌なナレーション付けられたくないだろ?

 

 

「誰ですか女性にそんな事を言う方は!私、そんな方とは絶対にお付き合いしたくありません!」

 

「おっ、今ピコーンって聞こえたぞ。きっとフラグの立った音だな」

 

 

 まあその意見には全面的に同意するがね。

 そんな事を面と向かって言う奴は勇者だとは思うが、付き合いたいとは思わんだろ。

 むしろど突き合いになるのが通例だ。主に男が一方的にやられる方。その場合悪いのは間違いなく男だからもっとやれ。

 

 

「ゼロさ、それは良いけど修復終わってからじゃダメなのか?

 なんだかんだで夜までには終わるだろうし、アイリスに教えるのはその後でも………」

 

「と思うじゃん?あれ見ろよ」

 

「あれって……うわ、すごっ‼︎」

 

「私、あの方のあれは芸術の域にあると思うのです」

 

 

 俺が親指で指し示したその先。

 アクアが本職も真っ青なスピードと精度で石畳を修復していく姿がそこにあった。

 というか本職にすら指示を出しているんだが、何?いつから左官屋さんになったんだあいつ。

 

 その姿はまさしくプロ。

 適当に置いていっているようで、その実完璧に計算され尽くした石一枚一枚の配置。

 かなり重い筈のそれを運ぶ動きにも全く淀みがなく。多分自分に支援魔法かけて強化してますねアレは。

 手伝っている衛兵も、本来指揮を採らなければならないはずの職人達ですら棒立ちで感嘆の声を洩らす有り様である。

 ………俺より先にあいつら叱れよ。衛兵はまだ良いが本職があれじゃマズイだろ。

 

 

「アクアがあんな感じだから下手な素人が横槍入れるよりは任せといた方がよっぽど早いぜ?」

 

 

 事実、「ゼロ邪魔。どっか行ってて」とか言われたから仕方なしに力仕事やら衛兵と一緒に雑用やら、皆大変だろうと水を汲んできて配ったりと、なんか野球部のマネージャーみたいな事してたらアイリスに呼び止められた訳だし。俺悪くないし。

 だって俺の知識にもそんな仕事のやり方なんて無かったんだし、しょうがないじゃんねえ?

 

 

「そもそも何者なんだい?あの魔法の規模といい瀕死の人間を瞬く間に治す回復魔法といい、彼女はアクセルの冒険者なんだろう?

 アクセルには大した実力のある冒険者はいないって言うのが常識だったんだけど」

 

「そんなモン俺がいる時点で今更だろ」

 

「………それはそうだね」

 

 

 正直、俺にはアクセルが初心者の街とか言われてもピンと来ないんだけどね。

 だって考えてみろよ、まず俺だろ?低レベルとはいえ防御特化のダクネスに一撃特化のめぐみん、まあアクアもそうだし、魔剣使いのミツルギに、腰巾着のフィオ、クレメア、ああ見えてダストだって高レベル含めた冒険者の中でもかなり動ける方だ。

 他の高レベル冒険者だって数人、あとはまだ資格持ってるウィズだっている。

 平均で見りゃ大した事無いかもしれんが粒で見たら王都の冒険者ギルドにも引けは取らんさ。

 

 

「ゼロ様、魔剣の勇者様とも知り合いなのですか?あの方も凄腕冒険者という事で、以前王城にお見えになったことがあるのですが」

 

「あいつはワシが育てた」

 

「なぜそんな嘘を付くんですか、私嘘は嫌いです」

 

「そのセリフ、もっと拗ねたみたいに「私、そんな事言う人きらいです」って言ってみて」

 

 

 そもそもなぜバレた……いや、最近の話であれば嘘ではないな。

 俺は鬱陶しがってあんまり積極的じゃないけどちゃんと相手をしてやってるからね。

 

 意味も無く勇者の師匠面をしていると、バトルジャンキーの血が騒ぎ始めたのか、ジャティスが興味深そうに身を乗り出す。

 

 

「僕はその魔剣の勇者クンと面識は無いんだけど、どうなの、強いのかい?」

 

「強いよ」

 

 

 それは間違いない。

 

 

「へえ?まさかとは思うけど、君とはどちらが強かったり?」

 

「俺」

 

「まあそうだろうね。じゃあ僕とは?」

 

「お前」

 

「アイリスとは?」

 

「………アイリス」

 

「それは強いのかい?」

 

「そんな露骨にガッカリした顔すんなよ!」

 

 

 あいつだって頑張ってんだよ。なんだかんだ俺の言ったこと実行しようとはしてるし。

 

 実際最初に会った時とは雲泥の差だ。アイリスと比べた時にどっちが強いか多少迷ったしな。

 多分こいつらみたいな規格外除いたら全冒険者でトップ10入りはすると思う。それくらいの力はある。

 こいつの基準がおかしいのだ。お前ら王族と比べて「それは強いのかい?」とかふざけんな。じゃあ誰も強くねえよ。

 もっとも、あいつは俺と出会う前からモンスター相手であればその実力を遺憾なく発揮出来たのだろう。

 俺があいつに教えてるのはあくまで対人戦の心得みたいなもので、地力に関しては俺はあまり関与していないのだから。

 

 アイリスはミツルギを庇おうか一瞬迷ったようだが、さすがに大好きなお兄様に同調する事にしたようで曖昧に笑っている。さすがにお兄様、略してさすおに。

 

 

「その話はもういいや。えっと、ああそうだ。修繕の目処が立ったならアクアさんに任せて、僕にもあの時の事を教えてくれないか?実は気になってたんだよ」

 

「あ!そうですよ、ゼロ様!早く早く!」

 

「もういいやって何だよ。扱い酷っでえなあ」

 

 

 まあ会ったこともない奴に興味持てって方がどだい無理な話か。

 それじゃあお言葉に甘えて理科の授業を続行するけど、あんま期待されても困るんだがね。

 

 途中で参加したジャティスのために軽いおさらい的なことをしながら土と水を入れた水槽に注目させる。

 そのまま水槽を軽く揺すってやると。

 

 

「あっ!水が表面に浮いてきましたよ!」

 

「これは………」

 

「とまあこんな感じか。俺がやったのはコレのスケールアップ版って考えりゃ間違いじゃねえよ」

 

 

 水槽に入れた土の表面がユルユルになって水が滲み出す。

 こうすると水が土の粒子の間に入り込んで全体が泥のようになってしまうのだ。

 日本では大雨の日や、その後に地震が起こると土の質や地下水脈の有無によってはこういう現象が発生して建物などが埋没してしまうことがある。

 これを『液状化現象』という。山の中でこれが起こるとほぼ百パーセント土砂崩れを併発するので皆、雨の日は注意するように。はい、ここテストで出ますよー。

 結構ガチな自然災害だから自分で発生させる時はお父さんお母さんに引率してもらうようにしよう。一人で勝手にやって周囲をメチャクチャにしたら駄目ダゾ☆

 

 

「「すごい、ゼロ(様)が頭良さそうに見える」」

 

「チミ達はあれだね、俺を馬鹿にする傾向があるよね」

 

 

 失敬な。

 

 

 

 ※

 

 

「彼女の言っていた通り、彼は去年から今年にかけての記憶を失っていたよ。君の事も憶えてはいなかった」

 

「そうかい」

 

 

 アイリスが「クレアやレインにもやって見せてあげるのです!」と言って水槽を持って駆けて行った後、ジャティスがそう切り出す。

 一瞬なんのことか分からなかったが、多分カガミの事だろう。

 アクアが呪いにかかってからの事は忘れてる、的なことを言っていたが本当だったようだな。

 

 

「秘密裏に処理しようと思っていたけど、事情が変わってきてしまった。この事は一般市民にも公開しようと思う」

 

「そりゃまた思い切ったな」

 

「君には感謝している。僕では多分彼を殺してそれで終わりだった。王家をこんな迂遠な方法で狙ってくる輩がいる事に気付きもしなかったろう。

 彼に依頼したという、アークプリーストのセレナ。君に頼まれて調べたけどそんな人物はこの王国にはいなかったよ」

 

 

 やっぱいなかったか。

 俺はそんな事を頼んだ憶えは無いが、酔った俺がやるべき事はやってくれていたらしい。GJ部。違った、グッジョブ。

 

 

「セレナというのは偽名なのか、もしくはそんな人間自体が存在しないのか、それとも王国内にいないだけなのか……」

 

「王国内にいないだけってのは他国籍を持ってるとも考えられるが、ジャティスよ、他の国がウチの国王様狙う理由に心当たりは?」

 

「あるわけないだろ。他の国だって魔王軍との戦争に力を入れてる。

 人間同士で争ってる余裕なんてどこの国にも無いよ」

 

 

 そらせやろなぁ。そうなると犯人の候補がもう一つ増えちまう事になる。あーめんどくせえ。

 

 

「犯人はその魔王軍の可能性も出て来ちまったか」

 

「その場合事態は本当に深刻だ。なにせ彼には一度城を落とされかけている。

 なぜ彼が一晩ごとに撤退していったのかはもう彼に聞いても分からないだろうけど、そうじゃなかったらこの国は敗北していたも同然だ。言い換えると魔王軍に」

 

「ヒェッ………」

 

 

 人類終わってね?

 何がヤバイって、そこまでされて首謀者の顔も正体も能力もなんも分かってないのがヤバイ。

 カガミ級の奴がゴロゴロしてるとは思わんが、もし今後呪いとかいうので人間側から敵をポコジャカ生み出せるなら詰みの状態に近いんですけど。

 

 

「一応国内の街や村には今回の一件と、セレナという人物に注意するように、とは伝えるつもりだけど、君の意見を聞きたいかな。君はどう思う?」

 

「……この一件を広めるのはいい。少なくともそういう存在がいるってのは民衆も知っとくべきだしな。

 ただ、具体的な名前出して指名手配するようなマネは俺はオススメ出来ませんな、王子」

 

「理由を聞いても?」

 

「決まってんだろ、ミイラ取り増やしてどうしたいのお前。ドMかな?」

 

 

 現状で相手がどうやって呪いをかけるのか、何か条件があるのか、それらが未知数なんだ。目撃して、下手に賞金目的で寄ってった奴らが敵に回る事だって充分に考えられる。……ってそれぐらいは考えておけよ。

 

 ジャティスも分かっていて聞いたようで、特に言い返す事もなく。

 

 

「そうだね、名前を公開するのはやめておこう。君の言う通りだ。

 それにしても、今回は少し余裕があったから君を呼ぶことができたけど、次があればそんな時間がないことも考えられるよね。

 僕だって基本は前線に出てる訳だし、その辺も対策を立てなきゃ………」

 

 

 一国の王子様は色々と考えなきゃいけない事があって大変ですね。

 でもそれは俺が出した案で何とかなんないのかな。

 

 

「君が出した案って、『カガミ君を王城付きの衛兵に推薦する』って話かい?

 それさ、僕が言えた義理じゃないのは重々承知で一つだけ。なんで神器を残しておいてくれなかったのか訊いても良いかい?」

 

「てへぺろ」

 

「彼が強かったのは神器の影響が大きかったんだろ?ならなんで神器へし折っちゃうかなぁ………」

 

 

 そんな事言われても知らんべ。

 振り下ろす直前になんか折ってくれと言わんばかりに上に差し出されたら、そりゃよっしゃ任せろって思うだろ。

 誰だってそうする。俺だってそうした。

 そのお蔭、と言うべきかどうか、勢いは削がれてカガミは死なずに済んだがね。ついでにアクアから『セイクリッド・ハイネスヒール』なる最上級の回復魔法も教えてもらった。(使えるとは言ってない)

 使いもしないのに充実していく俺の習得可能スキル欄ェ………。

 

 それに真面目な理由だってあるのだ。ちょうどいいからこいつにも聞いてみるか。

 

 

「まあそれは一先ず置いといてだな、お前、あいつと向かい合った時に何か感じなかったか?違和感っつーか、変だな、的な」

 

「はあ?特に……いや、そういえば何か……」

 

「何でもいいぞ」

 

「………そう、確かあの時『慣れてないな』って感じた気がする。彼、人間相手に戦うのは慣れてなかったんじゃないか?」

 

 

 やっぱりそうだ、こいつも気付いてたか。

 一つ頷いて同意を示しておく。

 

 

「昨日俺も最初に会った時に違和感を感じたんだが、あいつ自身の話を聞いて納得した。

 あいつ、両親がいなくなってからはずっと一人で誰に教えてもらうでもなく鍛えてたんだと。

 セレナとやらの依頼でもこんな無茶は今回が初めてで、対人戦の経験は少ないどころか皆無らしいわ」

 

「ふうん。それであれだけやれるんだから神器っていうのは凄いよね、僕もまたやって勝てた自信はやっぱり無いかな」

 

「いや、それはない。お前と神器有りのあいつとで戦っても十中八九でお前が勝つよ。俺が保証する」

 

「えぇ?あ、そういえば、昨日の酔いどれゼロも似たような事言ってたような気もするね。

 そう言ってくれるのは嬉しいけど何か根拠でもあるのかい?」

 

「お前、訓練する時に一つの動作を延々と繰り返したりするか?」

 

 

 ジャティスが急に何の話だ、と眉を顰めるが、この話はさっきと繋がっている。

 俺が神器を折ってやった意味にな。

 

 

「………それはそういう事もあるんじゃないか?僕や君はともかく、普通基礎っていうのは何度も反復してーーー」

 

「そんな話じゃねぇ、カガミだよ。あいつは戦闘のイロハを教えてもらう前に父親を喪った。

 その前に神器の所有権と能力を譲ってもらったらしいんだが、そこから今まで登録してあるあの突きしか練習して来なかったんだとさ」

 

「それがどうしたんだよ」

 

「……フッ」

 

「なんでそんな鼻で笑った⁉︎」

 

 

 やれやれだぜ。こいつみたいな最初からある程度強かった天才には分からんらしい。

 まあ俺と会うまで訓練サボってた奴が分かるとは思ってなかったがね。

 

 同じことを繰り返す?確かに基本は同じことをすればするほど強く、速くなるだろうさ。

 だが格闘技なんかにも言える事だが、そんな練習をしている奴はまずいない。

 何故かって?通じない(・・・・)からに決まってんだろ。

 得意な技ばかり練習して他の事疎かにするってのは、逆にそれに対応されたら負け一直線って事になる。

 そして相手がその一つの技しか使って来ないことが割れてれば対策なんざいくらでもあるっつーの。

 

 カガミの突きなら野球のピッチャーに例えれば分かりやすいだろう。

 ストレートがどれだけ速かろうともその一種類の球種しかないならただのカモだ。

 しかもスピードも一定と来た。こんなものはタイミングと投げる瞬間、コースが完璧に分かればその辺の小学生でも打てる。バッティングセンターのマシンよりも酷え。

 …………いや、小学生でもってのは言い過ぎたかもしれん。とにかく、それを防ぐ為に普通の人間はカーブ、フォーク、スライダー、チェンジアップetcetc………、球を曲げたり緩急を付けたり、その他諸々の球種を覚えるための努力をするのだ。あのノゴロー君だってジャイロフォークを覚えたようにな。

 俺から言わせてみりゃカガミはその努力を怠ってるようにしか見えん。

 

 しかもそこまでして鍛えた技のほとんどの部分が神器の能力におんぶに抱っことか馬鹿かよ。

 ミツルギにも口を酸っぱくして言ってるように神器頼りのスタイルしててもし折れたり紛失したら、じゃあ敵さんは待ってくれるのかっつーの。

 俺やあいつらの武器は幸いにもかなり丈夫だが、神器の感覚で市販品の武器を使ったら地獄である。

 物にもよるが、剣ってのは大体人間換算なら数人斬ったらもう使えなくなるのが普通なのだ。

 血糊、脂、骨を断てば刃こぼれもしよう。相手が金属の防具をしているかも大きなポイントだ。

 そんな中、手入れもせずに連続使用していたら瞬く間に錆びた鉄屑の完成である。生肉すら切れないその棒は誰も護ってはくれまい。

 戦争中の侍などはそんな事態は日常茶飯事。そうなったらどうするのか。

 もちろん殺した敵から奪うのだ。場合によっては味方からも。他の武器をサブで装備しておくのもいい。そうしなければ生き残れないのだからさもありなん。

 

 だから俺だってデュランダルに頼ってばかりではなく、爆発ポーションを持ち歩いたり、今回みたいにスクロールを活用して戦闘をしているのではないか。

 それでもまだ物足りないのだ。そろそろ他に利用できる道具のレパートリーを増やそうと思っている。

 カガミにも俺を見習って欲しいもんだね。投げナイフとかどうだろう、現実的な問題は多々あるが、ガッツみたいでカッコイイ………カッコよくない?

 

 

「……あれ、何の話だっけ。まあとにかくとしてあいつには柔軟性が足りないと感じた。イフリートが突きでしか攻撃できないんなら他の武器を持てば良い。

 それに必殺技ってのはそれだけじゃ完成しねえ、見せ方ってのがある。技を通すためにフェイントや他の技を織り込むのは常識じゃねえか。

『アトミックファイヤーブレード』はそういう意味じゃあいいセン行ってたとは言えるが、結局は神器の能力でしか無いからな」

 

「……なるほど、だから折ったのか。彼自身が強くなるために」

 

「まあそういうこった。あいつが強くなるかどうかはあいつ次第だが、お前が鍛えてやれば一般兵よりは強くなるだろ。頼んだぜ」

 

 

 半分以上が後付けの偶然です、とは言わぬが花。

 俺の処世術。『都合の良い誤解はそのままにしておこう』

 無論の事、そのままにしておけばいずれバレてひどい目に遭うだろうが、これからはそうあらんと努力すればきっと良い事ある。

 誤解を誤解じゃなくせば何の問題もないのだから。

 

 

「ううん、納得は微妙だけど一応君にも考えがあったって事は理解したよ。

 ………それにしても君の理論は妙に生々しいね。人間換算とか、まるで試した事があるみたいだ」

 

「言っとくけど俺はまだ人を殺した事は一回も無いからな?今回は危なかったけども」

 

 

 そこは誤解してもらっては困る。都合の良い事ではないし。

 ま、その時が来ても躊躇うつもりは無いけどな。他の生き物は殺せるのに人間は殺さないとか差別だと思うんだよね、命に対しての。

 

 

「ゼロ、その考え方は危ういよ。もう言わないでくれ」

 

「あ?何で?お前だって必要があれば殺るんだろが」

 

 

 そこで躊躇しても待つのは自分の破滅だぞ。普段から心構えだけはしておかないといざって時に動けんだろ、しっかりしろよ王子。

 

 

「君は……、いや、前からそうだったか。

 それはそうと、今回君に助けられたのは間違いない。言った通り報酬は常識の範囲でなら用意させるけど、何か考えたかい?」

 

 

 ジャティスは俺に何か言いたそうに口を開けたが、それが発される事はなく、代わりに話題を変えるように報酬について聞いてきた。

 

 ………ふむ、特に考えてた訳じゃないけど、神器の話してて思い出した事がある。それを駄目元で要求してみっか。

 

 

「ジャティス、ダメならダメで良い。王城に保管してある神器を俺にくれないか。

 人から聞いたんだが、国をひっくり返すような危険な物らしいんだ。俺の方で処分できる当てもあるし、それが安全だって確信もある。少し考えてみてくれ」

 

 

 そう、少し前にクリスから聞いた話だ。

 あいつは俺を囮にして王城に進入、強奪する予定だったみたいだが、そんなことをしなくても恩を売った今の状態ならば譲ってもらえる可能性だってある。

 そうでなくとも危険だと忠告しておけば俺になら預けてくれるかもしれない。

 もちろんダメならダメで予定通りぶん取ればいいから構わない。これは俺のリスクを減らすいい案なんじゃなかろうか。やっぱ俺って頭良いわ〜、知力の数値とか知らんわ〜。

 

 

「神器………?」

 

「どうだ?希望なんざ持たせなくて良いから一発ドーンとハッキリ言ってくれ。喪黒さんみたいに」

 

「ドーン」

 

「ブン殴るぞてめえ」

 

 

 王子様ったら意外とお茶目なんだから、もう。

 

 そういう趣味の女もいるだろうが俺はそんな意味で言ったんじゃねえ。ふざけてねえでさっさと答えろ、ぶちくらすぞきさん。

 

 

「どこの方言だよ⁉︎というか君が言えって言ったんじゃないか………。

 ……………………うん、ごめんゼロ」

 

「ああ、やっぱ駄目か。良い良い、しょうがねえわな」

 

 

 ジャティスが気に病んでも悪い、と笑い流して手をブラブラ振っていると。

 

 

「それに該当するような物はこの王城には存在しないよ。というか、一体誰から聞いたんだい?そんなこと」

 

「………何?」

 

 

 どういうことだ。クリスは確かに王城にあると言っていた。

 まさか何の根拠も無しに言っていた訳ではないだろう。それで俺を突貫させようとしたとかイジメでしかないぞ。

 

 

「……王城じゃなければどうだ、ベルゼルグ王家が保管している宝物の中で何でもいい、神器はあるか?」

 

「それも含めて考えてみたけど、そもそも王家が神器を持っていたなんて記録が無いよ。

 せいぜい君が聖剣と呼ぶコレぐらいかな」

 

「ヴァカめ‼︎」

 

 

 言いつつ、腰に挿してあるエクス◯リバーをポンポンと触る。

 確かにそれは神器っぽいが、多分それではない。一度手に持ってゆっくりと見せてもらった事があるが、それらしき機能は無かった。という事は……つまり、どういう事だってばよ?

 

 ………帰ってからでもクリスと相談する必要があるが、仮説を立ててみよう。

 クリスがどのように神器の存在を探知しているのかは知らんが、それがソナーのようにある時に使うとある波長が返ってくる、的な何かだとしたら。

 それは使った瞬間には目的の物の位置が分かるが、使っていないと画面は真っ暗だ。

 その使った瞬間には王城にあって、今はもう無い。

 ………そう、例えば、王家ではなく誰かしらの貴族がその神器を持っていたとしよう。

 そして王城では月に一度か、それ以上の頻度で貴族が集まるパーティーが開かれる。

 その貴族が王城を訪問した、まさにその時にクリスがタイミング良く探知し、それを王城にあると勘違いしてしまったとしたら。

 これなら辻褄は合う。が、そうなるとまた面倒だな。神器の在り処を一から探す手間がまた増える。

 

 まあその辺はただの仮説だし、仮にその通りでも探知はクリスに任せっきりだから俺には何の苦労も無いけどね。

 

 

 

 ※

 

 

 夜、充てがわれた部屋でチビチビと酒を飲みながら外を見る。

 今回で一番の収穫は少しなら酒を飲んでも呑まれなくなったことかねえ。これも特典様々だな。

 夜と言っても冬だから暗いだけでまだ早い時間なので、大広間はアクアがする芸で盛り上がっている事だろう。

 

 結局石畳の修繕は日が落ちる前に終わったのだが、王城の危機を救ったせめてもの礼、とジャティスが城で働く者と俺たちだけでささやかな酒宴を開いてくれた。

 予想通りというか何というか、アクアは大はしゃぎで普段見られないような宴会芸を披露しまくって皆から囃し立てられている。

 ここから帰りたくない!とか言い始めても気絶させて引きずってでも帰るからご安心。

 

 俺が席を離れて一人で自室で飲んでいるのは、別に騒ぐのが嫌いという訳でも、いやそれもあるけど、周囲に馴染めなかったという訳でも、いやそれもちょっとあるけど、そういう訳ではなく、ここでの最後のやり残しを片付けるためだ。

 正直今の今まで忘れかけてたけど。相手も忘れてりゃそれで終わりだけど。

 

 それならそれでいいか、と再びグラスを傾けると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

 

「来たか。どうぞ、開いてるよ」

 

「……………失礼する」

 

 

 入って来たのはいつもの白スーツに身を包んだクレアだった。

 さっきまで酒宴に参加していたから、お開きになったか抜け出して来たかのどちらかだろう。

 木椅子を置いて勧めると、そこに座ってジロリと睨んでくる。この子はまたどうしたのだろう。カルシウム足りてる?

 

 

「何故お前は宴会に参加しないのだ、探すのに苦労しただろう。

 そんなに協調性が無い奴だったか?」

 

「協調性って何ですかwww!そんなもんが俺にあると思ってたとは随分良く見られたもんだな。

 俺は自分が思うように動くよ。協調性とやらがあるように見えたなら、その時はそういう気分だったんだろ。日によって俺という個人は変わるから今日は違うけど」

 

「あれは言うなればお前の為に用意された席だろう。それに参加するのは当然では無いのか?」

 

「それはそうだが……、いやいや待てよ、俺はお前を待ってたんだっつの。お前何か終わったら大事な話があるとか言ってただろうが。

 そのために話しやすいようにこうして二人きりの場を作ってやってなんで責められなきゃいけないんだよ」

 

 

 我輩激おこ。

 他人の為にしてやった事をその本人から責められるとなんか凹むよね。こっちが間違ってなければそれは憤怒に変わるけどさ。

 

 

「そ、そうか。それはすまなかった。憶えていてくれたのか」

 

「お前そんなに俺のこともの忘れの激しい奴だと思ってたの?昨日の今日だろうが。さすがに忘れやしねえよ」

 

 

 忘れかけてただけでな。

 

 

「よ、よし。では早速本題に入らせてくれ。これは頼み、というか提案なのだが………その、い、嫌なら嫌とはっきり言ってくれて構わない。いや、むしろ言ってくれ。その方が諦めも付く」

 

 

 クレアは一つ深呼吸をして俺の目を真っ直ぐに見る。

 俺の方はぐでーっとしながら椅子にもたれかかっているが、それを注意する余裕も無いらしい。

 クレアが俺の目を見てくる以上、必然的に俺もクレアの顔を見なくてはならないのだが、装いは普段通りなのにその表情はどうだ。

 瞳を潤ませ、頰を紅潮させ、唇を震わせ………まるで乙女のようではないか。

 

 …………あっ(察し)。これはメスの顔ですね。

 

 どうやら俺は今からプロポーズ的な何かを受けてしまうらしい。こんな表情をされてはどんな鈍感野郎でも察してしまうだろう。例外ははがないの主人公くらいか?多分はっきり言われても『えっ⁉︎なんだって⁉︎』で済ませそうだ。最悪だなあいつ、死ねば良いのに。

 正直こいつが俺のどこに惚れたのかは知らないが、こちとら既に別のオンリーワンに告白済みなのだ。

 残念ではあるが、ここはお引き取りを願うことにしよう。なあに、こいつのルックスとスタイルなら性格の粗暴さに目を瞑ってくれる男の一人や二人いるだろ。

 ここはズバッとフッて今もこちらを見ているかもしれないエリスに格好良いところを見せてやらんとな。

 おっとエリスよ、ドキッとしたか?貴様っ!見ているなっ‼︎ってな。

 

 俺が心の中で言葉を選んでいると、向こうも心の覚悟完了したのか、ついにその時が来る。俺も断りの言葉を舌に乗せて、ビシッと即答する用意をしてーーー、

 

 

「お前、シンフォニア家の騎士になるつもりは無いか?」

「悪いなあ。お前が俺のこと好きなのは分かったが、プロポーズは他の望んでる誰かに使ってやってくれ。俺はその提案を受ける事はーーーーー」

 

「「…………ん?」」

 

 

 あれ、今なんて?

 

 

「………ゼロ。なぜ私がお前にプロポーズなどしなければならない?私がお前の事を好きだといつ言った」

 

「真顔止めて⁉︎」

 

 

 いやだってしょうがなくない?レインだってなんか匂わせてくるし、こんな雰囲気作ってたらそりゃあんた、勘違いくらいするよ、男の子だもの。

 

 

「つーかそう、お前だよ。なんでそんな紛らわしい顔するの?そんないかにも『私はこの人が好きです、今から告白します』って顔してたらダメだろ。

 これあれだからな、裁判になったら俺が勝つからな」

 

「ふん、心外だな。もしそんな事があればシンフォニア家の総力を挙げて私が勝つようにする。具体的には裁判長を買収してな」

 

 

 こいつ本当に悪徳貴族じゃねえか。権力を利用して裁判をひっくり返すとかどうよ?

 ダクネスを見ろ、馬鹿だからそんなこと思い付きもしねえぞ。多分思い付いてもしないしな。

 

 

「それで答えはどうなのだ」

 

「あ?ああ、悪い、何だっけ。告白されるとばかり思ってたからお前が何言ってたか聞こえなかったわ」

 

「お、お前………、しかも実際にされても断っていたのだろう、本当に酷い奴だな………。

 まあいい。今度はちゃんと聞いておけ」

 

 

 呆れたように苦笑した後、空気を切り替えるように咳払いをする。そんなに改まって言わなければならんほど重要な事だとも思えんのだが。

 

 

「ゼロ殿、貴殿にはシンフォニア家専属の冒険者………つまりは騎士になって頂きたい」

 

「ヤダよ。何で?」

 

「断った後に理由を聞くな、せめて理由を聞いてからにしろ‼︎」

 

 

 理由を聞くまでも無くない?こいつは俺が嫌ならはっきり言えと言ったんだ。もうこれでその話は終わりだよ。

 専属の冒険者ってこたあ王都に拠点を移さなきゃいけないって事だろ?ヤダよ面倒臭い。

 もうアクセルに根を下ろしたんだからあんま動きたくないんだよなあ。別に家を持ってる訳じゃないから関係はないんだけど。

 

 

「今回の事件で確信した。王都にはお前の力が必要だ。お前が王都から去って、今はまだ魔王軍は大人しいかもしれない。しかしそれは今だけだろう。

 いずれまた大軍に攻められた時、数がこちらの戦力よりも多かった時、数の力を覆せるのはお前やジャティス様しかいない。その折にジャティス様が前線に出てしまっていたら我々には頼れる者がいなくなってしまう。

 だが、もしお前が王都にいてくれたなら。民衆や騎士団、衛兵達の安心感は桁違いだろう。

 ………そのために、お前にはアクセルではなく、こちらを選んで欲しい」

 

「なあ、わざわざシンフォニア家と制限したのは何でだ?俺が王都にいれば良いなら別に王都で冒険者やれば良いだろ。

 何で囲い込むような真似をしたがる?専属でなきゃならん理由は?」

 

 

 専属であってもシンフォニア家に限定する必要は無いはずだ。むしろ王家付きという肩書きがあった方が便利な事も多いだろう。

 その中でこいつは『シンフォニア家』と括った。何か裏を感じてしまうのは俺が捻くれているのだろうか。

 

 するとクレアは再び頰を紅く染め、モジモジとしながら言いにくそうにする。

 

 

「それは、その、言わなくては………ならない、だろうな、うん」

 

「別に?言っても言わなくても結果は変わらんよ。言いたきゃ言えば?」

 

「お前はこの流れで少しは考えたりしないのか⁉︎

 ……全く。お前を当家に向かえ入れたいというのは私の我が儘のようなものだ。

 こう見えても私はお前を気に入っている。アイリス様に対して歯に衣着せぬ物言いをしながらも、礼儀の一線は弁えるその分別」

 

「ジャティスに対しては?」

 

「…………………。そしてその言わずもがなの実力。おそらく国王様ですら今のお前には勝てまい?」

 

 

 あ、スルーですかそうですか。

 都合の悪い事からは目を背けるのも大切ではあるから別に良いんですけどね。

 そしてそれはどうだろう。俺が国王様に負けないかどうかは条件次第だなぁ。

 周囲が開けていて、剣だけじゃなくその他の道具や策が許されて、尚且つ生死に拘わらなきゃ結構余裕って感じか?あくまで最後に闘った時の強さを基にしたらな。

 真正面からの『試合』なら俺の勝ち目なんざ六割ありゃいい方よ。俺も強くなったもんだ。

 

 

「最後に、何よりもお前の考え方が好きだな。

 人の役に立ちたい、素晴らしいじゃないか。アクセルよりも王都の方が人口は遥かに多い。

 王都に来ればお前のその目標は叶うぞ。ここにはお前も馴染んでいたじゃないか。ここにはお前を必要としている人が沢山いるぞ。

 ………どうだ、考えるまでも無いんじゃないか?」

 

「ヤダね。話は終わり?」

 

「なっ⁉︎ちょっ、ちょっと待て‼︎ここまで言ってもダメなのか、何故だ⁉︎」

 

「………お前嫌なら嫌って言えと言っただろうに。見苦しいぞ貴族、平民に縋り付くな。最低限のプライドは失うんじゃねえ」

 

「そっ、それは……だが……!」

 

 

 まあ気持ちは分からんでもない。

 俺のあの話を聞いただけじゃ今の話を受けない理由は俺には無いからな。

 だが、俺にはこいつに話していない夢の続きがある。そっちはアクセルじゃなきゃ叶わねえんだよ。

 このままだと粘着されそうだし、しょうがねえやな。

 

 

「良いかクレア。俺は確かに言ったな、冒険者になった理由、目指した理由は人の役に立ちたいからだと」

 

「そうだ、だから私は……」

 

「悪い、あれは正確じゃねえんだ。今は別の事を一番の目標にしている。………冒険者になった理由よりも大事なことだ。

 ほら、俺と一緒に暮らしてるクリス。お前も知ってるだろ」

 

「ああ、彼女か。それと関係があるのか?」

 

 

 俺自身も村を出るまでは想像もしなかったし、こんなことに現を抜かす奴だとは思ってなかったけどな。

 

 

「俺はな、あいつが好きなんだよ、大好きだ。ずっと一緒に居たいと思ってる。

 あいつが居るから今の俺がいる。あいつが居なかったら俺なんか王都に辿り着く前にそこら辺の荒野でのたれ死んでらあ。

 仮に生きててもここまで強くはなかっただろう。まあ要するに俺の恩人って事だ。

 あいつは自分でよく分かってないみたいだけどな」

 

「………………………」

 

「あいつはアクセルから他に移り住みたくはないだろう。まあ親友もいるし、大好きな先輩もいるし、街の人間とも仲良くしてるし、それをかなぐり捨てることはしたくないはずだ。

 だから、お前のその話に乗ってやる事はできない。王都に俺が必要とされてるってのはちっと心に響いたよ。

 嬉しいが、今はそれよりもクリスと居たい。なんだかんだで俺もアクセルを気に入ってるしな。

 俺はせいぜい目の付く所、このデュランダルが届く範囲でしか人の役には立てないが、王都に何かあれば今回みたいにいつでも駆け付けてやる。

 今はそれで勘弁してくれねえか、シンフォニア家当主クレア殿」

 

 

 決まった‼︎

 おいこれカッコよくね?俺の『なんかかっこいい台詞ランキング』更新されたぞ!もしエリスが見てたら惚れてまうやろこんなん!

 ………え?もし見てたらこの心の声も筒抜けだから台無しだって?そんなー(´・ω・`)

 

 

「彼女がアクセルに居る限り、か」

 

「……あ。おい、一応言っとくがクリスになんかしてみろ、今度は俺が王都で暴れてやるからな」

 

「そ、そんな事はしない!私を見くびるな、貴族としての誇りは持ち合わせているつもりだぞ‼︎」

 

 

 えぇ〜?本当にござるか〜?

 そんな奴が裁判を金でひっくり返そうとするかぁ?

 

 

「あれは冗談に決まっているだろう。私はまずそんな裁判は無かった事にする」

 

「結局権力は行使するんじゃねえか」

 

 

 何ちょっとドヤってんだ。それが誇りの行き着く先なら何も言うまいが、もう少し何かねえのかよ。

 

 

「ふふ、いや悪かったな。お前の言い分はよく分かった。はっきり断れと言ったのは私だからな、もうゴネたりはしないさ。

 お前はあのクリスという者が好き、だから嫌だ。

 …………何も知らない者が聞いたら卒倒するぞ、貴族からの誘いをこんな理由で断るなど」

 

「そんな奴は知らん。好きにさせとけ」

 

「………なあお前、王都で困った事があれば駆け付ける、と言ったな。

 実はもう一つ我々では対処出来ない案件があるのだが、それの調査を頼めるか?

 代わりに、という訳では無いのだが………」

 

 

 どうやらクレアの中で俺の勧誘の件は折り合いが付いたのか、神妙な顔でまた俺に何かを押し付けようとしてきた。

 

 確かに言ったけど早くない?そんなに困ったちゃんが多いとか王都ヤベェな。

 いつからこんな魔境になったんだよ。グンマーよりはマシだが。

 ……ま、良いよ。言ってみなYO。

 

 俺がそう促すと、一枚の紙を机に置いて俺に見えるように広げた。

 果たしてその紙には。

 

 

「これはお前がデストロイヤーを破壊して王都とアクセルを往復していた時の話だ。

 その二週間という短い期間で貴族からいくつもの金品が盗まれたと届出が出ている。

 そしてカガミの出現と入れ替わるようにパタリと姿を見せなくなったのだ。私はカガミとの何らかの関連性があると見ていたのだが、もうそれを確かめる術が無い。

 容姿はこの通り、小柄で銀髪。顔に覆面を着けた盗賊の男なのだが………」

 

「……………………………」

 

 

 何やってんのあいつ。

 

 そこに描かれていたのは、分かりやすくデフォルメされたクリスの姿だった。

 紙の上部には『銀髪盗賊団』と書かれている。

 今の話とこの絵を見るに、単独犯だと思われているようだが、何故に団を付けたのだろう。

 ちなみに名前はそのものズバリ、クリスが言っていた通りの名前だから言うことは無いのだが、その相方はここにいる俺なんですよこれが。

 

 

「ゼロ、まさか何か心当たりがあるのか?」

 

 

 どう誤魔化したものかと冷や汗をダラダラと流しながら必死に考える俺の顔に目敏く何かを感じたのか、クレアがそう聞いてくる。

 どうしたら良いのかわっかんね☆

 抱きついたら誤魔化せたりしないだろうか。いや、絶対しないけど。

 

 もうどうにでもなれ、と苦し紛れに真実を織り交ぜた大嘘で煙に巻く事にした。俺は悪くない。俺に何も相談しないあいつが悪い。

 

 

「………ク、クレア、こいつには関わらない方が……良い……」

 

「なっ、どうしたのだ!そんなに汗を掻いて………こいつは一体何者なのだ‼︎何か知っているなら………」

 

「そうだ、俺はこいつと会った事がある。王都に逗留していた時の事だ。俺はもちろん捕まえようとした。

 だが、こいつの逃げ足と来たら俺なんかが到底追いつける代物じゃなかったんだ。

 俺ですらそうなんだ、おそらく他の奴では何の意味も成さないだろう。こいつの事は放置しておいた方が身の為だ」

 

「そんなにか……⁉︎お前ですら追い付けないなど、もう誰も歯が立たないではないか‼︎」

 

「そ、そう、そうなんだよ。こいつは……、ああ、俺に任せておいてくれないか。

 いつか必ず捕まえて見せるから、その時まではこいつに対して触れたり危害を加えないと約束してくれ」

 

「ゼロ………いや、分かった。この件はお前に一任しよう。信用しているからな?」

 

「………ああ。確かに承った」

 

 

 プルプルとチワワのように震える俺に一体何を見たのか、クレアが慰めるように俺の肩を叩いてきた。

 

 罪悪感ぱないの、これ。

 しかしそう言われて俺に許される行動はただ一つ。

 歯を光らせて精々頼りになるように振る舞う事だけだ。

 

 何でこんな関係ないとこで神経擦り減らさなきゃならんのだ。腹芸は俺の苦手分野だっつーの。

 大体、問題はクリスだ。何故俺に何も言わずにこんな事しているのかを問い質さなきゃ腹の虫が収まらんな。

 答え如何によっては罰として警察署に連れて行くフリをして怯えるクリスの表情を愉しませてもらうとしよう。

 

 そうか、これが愉悦か。

 

 

 

 

 

 



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閑話
無題2




再投稿。


作者:「眠い……眠い……」

ゼロ:「あんた体力ねえなあ。何のために学生時代あんだけ鍛えたんだよ。まるで身になってねえじゃねえか」

作者:「あんなもん若い時だけの話だっての……。作者が今何歳だと思ってんだ、もう徹夜とかすると色々身体にガタが来るようになっちまって」

ゼロ:「二十代!あんたまだ二十代前半!マジで親父くせえなあんた!ちょっとは身体動かしたりしろよ!」

作者:「じゃあ俺にそのための時間作ってくれよ。具体的には会社どうにかしてよ」

ゼロ:「さ、あと24時間、頑張って行きまっしょい!」

作者:「あっ(即死)」





 

 

 

 ※

 

 

 真っ白な床。周囲の空間は暗く、黒く、どこまで続いているのか分からない。

 そんな場所に黒いスーツを着た目付きが悪い男が一人と、向かい合うように青き衣を身に纏った美しい少女が一人。

 

 

「…………で?あんたは誰よ。オレはいつこんな所に転がり込んだんだっけ」

 

「口の利き方に気を付けなさいよ、大量殺人鬼。

 ………全く、何でこんな奴を転生させなきゃいけないのかしら」

 

 

 少女の最後の言葉は男には聞こえなかったのか、最初の言葉にのみ反応しながらキョロキョロと周囲を物珍しそうに見ている。

 

 

「殺人鬼とは随分だな。オレのどこが鬼よ、近所や組のみんなからは優しい男と評判なんだがね」

 

「大量殺人、は否定しないのね」

 

「事実だからな」

 

 

 少女は呆れたように溜め息をつきながら手に持った冊子のような物をパラパラと捲っていき、ある一ページでその手が止まる。

 それを見る少女の目は冷ややかというか、しかめっ面というか、とにかく嫌そうな顔を作り、それを男に向ける。

 

 

「…………あんた、何でこんなに殺して警察に捕まってないのよ」

 

「通報される前に犯行を終える。誰かに見られる前に組に逃げ込む。終わり。

 そもそも警察のお偉いさんも俺の事知ってるみたいだし、咎めるなら昨今の日本の腐敗を咎めろよ」

 

 

 何でもないようにさらりと言う男を見る目がいよいよ無機物を見るような目に変わっていく。

 

 

「ま、いいわ。ほら、この紙の中から好きな能力を選びなさいな」

 

 

 だがそれはそれとして自分の仕事を片付けてさっさと目の前の男から離れればいいと思ったのか、次の行程に移ろうとする少女。

 しかしそんな事を言われても男にも事情がある。

 

 

「あぁ?能力?そんなモン良いから早く出してくれよ、何の遊びか知んねえけど。

 こっちはおっさんに依頼完了した事を報告しなきゃいけないんだ。

 その後はお嬢の部屋でニコ生見る約束があるし……てか今何時よ?」

 

「…………呆れたわね。まだ自分の状況に気が付いてないなんて」

 

「………?状況ってなん」

 

 

死んだのよ(・・・・・)、あんた。良く思い出してみなさい」

 

 

 何をーーー、と思った瞬間、男の脳裏に膨大な映像や音、感覚が流れ込んで来た。

 

 銃声、人を斬り殺す感覚、誰かを抱えて逃げる自分、激痛、そして何かが抜け落ちるような、言いようの無い喪失感。

 

 

「どうかしら?」

 

「………………………」

 

「………信じられないって顔ね。まあ私としてはどうでもいいけど。

 さっさと特典選んで消えてくれないかしら。あんたが殺した人間のせいでどれだけ低級悪魔が増えたと思ってるのよ。またあの子が荒れちゃうじゃない、全く」

 

「………………」

 

「………ねえちょっと、聞いてるの?あんたよあんた、あんたに言ってるんですけど」

 

「………死んだのか、オレ」

 

「そう言ってるじゃない」

 

 

 では今ここにある自分の意識は何なのか。そして目の前にいる少女は何者なのか。

 自分が死んだというのは理解できたが、置かれている状況がまるで掴めない。

 混乱する男に、少女が口を開く。

 

 

「そう言えば名乗ってなかったわね。私は女神アクア。日本で死んだ人間を死後の世界へ案内する仕事をしているわ」

 

「女神………?ハッ、冗談よせよ、神がこんな漫画かアニメみたいに美少女とかありえねえだろ。

 何だよ、死後の世界といい、この世界は実はなろう系小説の中だったのか?」

 

「あんた妙にヒネてるわね………、でも美少女ってのは良いこと言ったわ。ヤー公の癖に中々見る目あるじゃない。

 あと、信じる信じないは勝手だけどあんたが死んだって事実は変わんないから。そこんとこヨロシク」

 

「……俺が死んだってのは分かった。けど、なあ、本当にあんたが女神なら一時間だけオレを組に帰しちゃくれねえか?頼むよ」

 

「はあ?バカね、ダメに決まってるじゃない。何言ってんのあんた」

 

 

 絞り出すような男の懇願も全く聞き入れずに無慈悲な判断を下す。

 確かにこの辺りは女神らしいが、男としてもそう簡単に譲れない。

 

 

「そう言わずに頼むよ!別に生き返らせてくれってんじゃねえんだ、枕元に立つんでも何でも良い、とにかく組の連中やおっさん、お嬢に別れの挨拶くらいさせてくれ!幽白だってそれぐらいのサービス付けてくれるだろ?」

 

「あんたホントいいかげんにしなさいよ。言うに事欠いて自分と幽助を同列視とか図々しいにも程があるわ。分を弁えなさい」

 

「…………どうしても駄目か?」

 

「ダメね。あんたにそれを認めたら他の人にも認めなきゃいけなくなるわ。それを処理するなんてめんど………じゃなくて、そこまでしてあげる義理が私にあるとでも思ってんの?

 あんたが今まで散々やって来た事じゃないの。因果応報ってやつよ、諦めなさい」

 

「……………………」

 

 

 血を吐くような男の言葉。

 それすらもバッサリと切り捨てた女神アクアはそれきり男が項垂れてしまったのを見て、少しだけ罪悪感が出て来たのか、先ほどまでの態度とは打って変わって気遣うように話しかける。

 

 

「………あなた、私が思ってたのとちょっと違うわね。もっとオラついてるモノだとばかり思ってたけど。

 ねえ、元気出しなさいよ。あなたが最後に助けた高校生は無事に逃げ切れたんだからそれで良いじゃない。一緒にいた人に伝言も頼んだんでしょ?」

 

「………そうか、あのクソガキとあいつは逃げ切れたか」

 

「あなたにこうやって転生の機会があるのは最後のソレと……まあ、色々あるからよ。普通だったら問答無用で地獄行きなんだから。

 私から言わせてみれば、不良が雨の中で子犬拾う理論みたいで腑に落ちないけどね」

 

「不良って………、オレはそんな悪い事して来たつもり無いんだがな。

 人を殺したのだって良かれと思ってしてきたんだぜ、これでも」

 

「五百人以上殺しといて言うことがそれ?」

 

「ん?ああ、そんなに殺ってたか。でもそれ全員救いようの無い悪人の筈だぜ?

 俺は直接依頼されても自分で下調べして裏が取れなきゃ手ぇ出さなかったしな」

 

「…………確かにこれ見る限りじゃあんたがそいつら殺した事によって救われてる人間の方が多いけどね、それでも殺人は殺人よ。それも大量殺人。許される事じゃないわ」

 

「へへ、そりゃそうだ。まあ鉄砲玉としては相応しい最期……ってとこか。

 …それで?オレが行くのは地獄だよな。どんなとこなんだ?」

 

「違うわよ、あんたは地獄に行かないわ」

 

「は?じゃあ天国かよ?おいおい、いくら最後に直接人の命助けたからってそれはねえだろ、それともあのガキが将来スゲー事でもするのか?だったら納得もいくが」

 

「天国でもないわよ。て言うか、さっきから言ってるじゃない。

 あんたは『転生』するのよ。ちなみに半強制だから」

 

「オレ達っていつも転生してんな……じゃなくて転生って何だよ。これじゃあ本格的にラノベかなんかじゃねえか。あんた、さてはオレを騙してんじゃ………」

 

「あんたラノベなんか読むの?ヤクザなのに?」

 

「それは偏見だろ⁉︎ヤクザがニコ動見たりアニメで萌え〜とかやっちゃダメな決まりでもあんのかよ!

 例え神だろうとそんな制限は認めねえし許さねえからな!」

 

「それは置いといて、今からあんたが行く世界について説明するわよ」

 

「聞けや」

 

 

 曰く、その世界は人間が魔王に脅かされている世界。

 曰く、その世界は魔法が存在する世界。

 曰く、女神アクアは日本で若くして死んだ人間を天国へ行くか、そこへ転生するかの選択を迫る存在。

 曰く、そうした転生者が数多く存在する世界。

 曰く、その世界へ転生して魔王を倒して世界を救え。

 

 

「とまあこんな所かしらね。それで、さっき渡したこれがあんたが異世界に持っていける特典という名のチート能力よ」

 

「…………なあ、その話聞くと他の奴は天国行きかを選べるんだろ?何でオレだけ強制力働くんだよ」

 

 

 男がもっともな疑問を口にするが、それに対して女神アクアは。

 

 

「あんたの場合ちょっと特殊なのよ。

 こんなに人を殺した人間は本来地獄直行ってのはさっき言ったでしょ?

 でもあんたが殺したのは悪人ばかり。実際に殺した人間の十倍の人間を間接的に救ってると来たら迂闊に地獄に送る訳にもいかないの。

 普通なら悪人の魂ってのは私の所に来ずに地獄に叩き送られるんだけど、あんた、今ここにいるでしょ?つまりまだ完全に悪人だって判別されてないのよ。

 私や他の女神からしたら本当は魂を地獄になんて送りたくないの。だって地獄に行った魂はそのうち汚らわしい悪魔になっちゃうのよ?あんたもそんなの嫌でしょ?

 そこで大サービス、向こうの世界で魔王を倒せたらあんたの死後の行き先を天国に変えてあげようってわけ。最初は嫌だったけど、あんた思ったよりまともな性格してるし、私にも異存は無いわ。

 もし達成出来たらあんたは天国。私達も憎っくき悪魔になる魂を減らせて満足。お分かり?」

 

 

 まるで何かを焦っているかのように一気に捲し立て、そして結論を早く出せというように男に顎で急かす。

 

 

「……その世界には、困ってる人間がいるのか」

 

「いるいる、もういーっぱいいるわ。その困ってる人達はあんたが行けば助かるかもしれない。

 ………どう?行く気になった?どうしても、どうしても地獄が良いっていうなら融通してあげるけど、さすがにおすすめ出来ないわよ?

 人の悪感情しか食べられない寄生虫未満の存在にはなりたくないでしょうに」

 

「………オレはもう人間を殺すのは嫌だ。次は純粋に人類の敵相手に戦うってのは、悪くないかもな」

 

「よし!じゃあ早いとこ持ってく特典決めちゃいなさいよ!

 て言うか早くしてくんないと、もう時間オーバーなんですけど。延長料金払ってよね」

 

「今後を左右するんだから慎重に選ばせてくれよ。

 大体、何だよその風俗嬢みたいなシステム。まああんたなら客付きも良さそうだがな」

 

「…………さっきから何なのあんた。もしかしてナンパしてんの?」

 

「ねーよ。オレはお嬢に………。いや、もう関係無いんだったか、くそッ……。

 ………アクア、だっけ?魔王ってのはどんくらい強いんだ?どんな戦い方するかによって有利な特典とかもあるだろうに」

 

「知らないわよそんな事。自分で確かめれば?

 それに見てたわよ、銃弾避けたり数人に囲まれても一瞬ですり抜けたり、あんた素の状態で馬鹿みたいに強いじゃないの。あんまり心配無いんじゃない?」

 

「ありゃ別に銃弾そのものが見えてる訳じゃないんだが………っと、『魔力が尽きない身体』か。こいつにしようかな………」

 

「………ねえ本当に早くしてくれない⁉︎観たいアニメの再放送が始まっちゃうんですけど!

 ………あああああ!もうこれで良いじゃない!あんたなら何選んでもやってけるわよ、はい決まり‼︎

 さっさとそこの円に入って!動いちゃダメだからね‼︎転生スタートッ‼︎」

 

「え?いや、オレはこっちのをって、引っ張るなよ………くっ、ちょっ、力強っ‼︎」

 

 

 どうも彼女が焦っていたのはそれが理由のようで、もう我慢出来ないといった風だ。

 男が持っていた紙を無視して自分で勝手にひっ摑んだ紙を持ち、いつの間にか発生していた青色の魔法陣のような円に向かって男をズルズルと引き摺っていく女神アクア。

 男もそれなりに力は強い筈なのだが、彼女にはまるで通じないらしい。

 

 

「はい、この紙持って立っててね!動いたらアレよ、ボンッてなるかもしれないから!

 うわ、もう二分しか無い!ちょっとちょっと、早く動いてよ〜!思いっきり魔力通したら起動速くなるかしら………」

 

「痛てて………、ボンッって何だよ、怖い事言うなよ……。

 何、『鍛えれば鍛えるほど強くなる肉体』?

 ………そういやオレって必死になって鍛えた事とかなかったな。そう言う意味じゃちょうど良いかも…………」

 

 

 ビシリ。

 

 

「………あっ」

 

「あ?」

 

 

 ーーー何か、とてつもなく不安を煽る音が魔法陣から響く。

 

 男は何が起こったのか分からないが、女神アクアはこれから起こる事の予想が付いたらしい。その原因が自分にあるということも。

 テンパったように忙しなく視線を泳がせ。

 

 

「………さ、さあ!願わくばあなたの手によって世界に平和が訪れん事を‼︎いってらっしゃ〜〜〜い…………。

 うわ〜、これヤバイわよね。あ、良いわ。こいつが死んだ事にショック受けて暴れた事にしましょう。それが良いわね、うん、私は悪くない」

 

「おい、あんた一体……」

 

 

 何をした、と続ける前に。

 

 魔法陣の青い光に呑み込まれ、男の意識は彼方へと消え去ってしまった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「という夢を見たんだがどう思う、お袋」

 

「ゼロ、あなた疲れてるのよ。今日くらいは鍛えるの止めて子供らしく遊んだら?それとも回復魔法でも掛けようか?」

 

「おいやめろ、イタい人を見る目で息子を見るんじゃねえ。

 大丈夫だから。何か全然疲れねえし、強くなってんの分かるからこれはこれで楽しいんだよ。ホントホント」

 

「さよけ。………それにしても女神アクア、ねえ。

 私ってゼロに二大宗教神の話したっけ?」

 

「いんや?何だよ、アクアって女神が本当にいるのか?

 だったらあれだな、実は俺の前世の夢だったりするのかもしれねえな」

 

「ゼロが女神様から使命を受けた人間だって?ハハッ、妄想乙」

 

「……あんたも随分俺に毒されたよな」

 

「もう六年も一緒に住んでるからね、嫌でも感染るよ。別に嫌じゃないけど」

 

「この六年で料理の腕前も上がったようで何よりですっと。

 ごっそさん。ほんじゃ、今日も元気良く行ってきましょうかねえ」

 

「いってらー。何度も言うけど、まだモンスターに遭ったら逃げなきゃダメだぞー」

 

「了解でーあります!」

 

 

 そうして今日も少年は強くなっていく。それが自身の努力によるものだと疑いもせずに。

 それが誰に与えられた力なのか、何を成す為に与えられた力なのかも、今はまだ知らずに。

 

 

 

 

 



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七章温泉旅行
75話




再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「クリスゥゥゥゥ!クリス‼︎いるかぁ‼︎」

 

「うぁはいっ‼︎何、何どうしたの⁉︎」

 

 

 俺が宿の扉を勢い良くこじ開けながらクリスの名前を呼ぶと、焦った声が返ってきた。

 部屋の中ではクリスが何かを頬張っていてーーー。

 

 

「おい大変だって、呑気に笹食ってる場合じゃねえ‼︎」

 

「笹なんて食ってねーし‼︎」

 

「ンなもん見りゃ分かるわ。何言ってんだお前」

 

 

 どう見ても笹には見えねえぞ。馬鹿かな?

 

 

「うっわどうしよう、メンドくさいゼロ君だこれ!

 ダクネスの所に避難しようかな………っていうかどうしたのさホント。何かあったの?」

 

「よくぞ聞いてくれました!………そうだ、温泉に行こう‼︎」

 

「………?温泉って、アルカンレティアに行くって事?いいじゃん、行ってらっしゃーい」

 

 

 脈絡無く突然温泉に行く、と言い始めた俺も悪いけどこの流れで俺一人だけ送り出すとかこいつも相当アレだな。

 

 

「何言ってんの、お前も行くんだよ」

 

「まずさ、何でそんな話になってるのかあたしにも分かりやすく教えてくれない?」

 

「良いですとも。そう、あれは今朝、俺がギルドを訪れた時の事…………」

 

「あ、そうやって回想入るんだ」

 

 

 

 ※

 

 

 

「というわけで今からウチに来てくれませんか」

 

「………なあ妹よ。俺は言ったよな、紅魔の里でお前に言ったよな」

 

「?何をですか」

 

「お前の『というわけ』にどれだけの意味が込められてるか他人には分かんないから。

 きちんと言葉にして話しなさいってお兄ちゃん言いましたよね」

 

「あ、そこのお姉さん、そのジャイアントトードの唐揚げ定食は私のです」

 

「お・れ・の・は・な・し・を・聞・け・え‼︎」

 

 

 五分、いや二分だけでも良いから。

 

 王城陥落事件から一ヶ月、もう大分暖かくなった気候はモンスターが活発化する事を示しており、既に普段通り冒険者達はクエストを受け始めている。

 それに伴って俺の傭兵としての仕事も増えてきた忙しい毎日の中のある日。

 

 ギルドを訪れた俺を見るなりテーブルに座るように強制、自分だけ食い物を頼んで今まさに俺の目の前でパクついている人物こそ頭のおかしい方の紅魔の娘、めぐみんである。

 何か俺に用があるみたいなのだが、説明らしい説明もなく『というわけです』とか言われても知らんがな。

 今日は特に依頼も入ってないから言えば受けてやるってのに何で言葉にしないかな、この子は。

 お兄ちゃん怒らないから、正直に言ってみなさい。

 

 

「そう言って本当に怒らなかった人を知らないのですが………。

 あ、ちなみに今手持ちが無いので支払いお願いしますお兄ちゃん」

 

「しょうがないなぁめぐみんは。いくらでも頼みなさい、全部払ってあげよう!」

 

「ちょろいですね」

 

 

 ちょろくて結構。年下の血の繋がっていない女の子から『お兄ちゃん』と呼ばれるのは良いものだ。

 この熱い気持ち、カズマとかなら分かってくれる気がする。

 

 

「それですよ‼︎」

 

「うん?何、どれ?」

 

 

 急に大声出すなよはしたない。びっくりするだろうが。

 

 

「ゼロ、周りを見てください。もうほとんどの冒険者達は活動を開始しています。

 ………なのにウチのニートと来たら、金が尽きるまではゴロゴロして過ごすと言って聞かないのですよ!どう思いますか‼︎

 私は一刻も早く魔王を爆裂魔法で吹っ飛ばしたいというのにあの男は本当に………‼︎」

 

 

 辛抱たまらんとばかりに拳を握ってテーブルをドンドンと殴るめぐみん。拳に傷が付くからやめなさい。殴るならお兄ちゃんにしなさい。どうせ痛くないから。

 

 それにしてもマジか。カズマ君たら全然姿見ないと思ったらまだ絶賛引きこもり中なの?

 この世界はジャイアントトードですら冬眠しないってのに何で人間が冬眠機能を獲得してんだよ。

 ニートってのはいつから神様が作った人体の構造を無視出来るようになったんだろうか。ニート最強だな。

 

 

「何馬鹿なこと言ってるんですか。というわけで、さあ、早くウチに行きますよ!」

 

「えっ?ごめん聞き逃したわ。今の何が『というわけ』なの?」

 

 

 カズマがニートで、ニートは最強で、つまりカズマは最強ってことしか分からなかったお兄ちゃんを許しておくれ。

 

 

「何って、依頼ですよ依頼。ウチのニートを外に引き摺り出して下さい」

 

「俺はオカンか‼︎」

 

 

 何だその依頼。未だかつて聞いたことないぞ、ニートを外に連れ出すのに傭兵使うとか。

 そんなもん身内でなんとかせえや。ダクネスじゃなくても上級職のお前やアクアなら力ずくで引っ張り出すぐらい出来るだろうに。

 それに、冬の間一稼ぎもしなかったんならデストロイヤーの賞金だって相応に減ってるだろう。

 いくら何でもカズマがその辺りを理解していないとは思えないのだが。

 するとめぐみんは非常に微妙な表情になり。

 

 

「いえ、それがですね、非常に説明しにくいと言いますか、コレについては実際に見て頂いた方が早いと思いますのでとにかくウチに来てもらえませんか。

 それに、ゼロが冒険者になったのは人の役に立つ為だとあのクレアという方から聞きました、今がその時ですよ!」

 

「えぇ〜?だってやる事はニートの駆逐だろ?モチベーションが………」

 

「お願いしますお兄ちゃん‼︎」

 

「俺に任せとけぇええええい‼︎」

 

「ちょろいですね」

 

 

 悔しい……でも、感じちゃう……!(ビクンビクン)

 

 

 

 

 ※

 

 

「ん?何だ一号、ネタ娘と連れ立って」

 

「出た!ゼロ、こいつが諸悪の根源ですよ!手早く退治をお願いします!」

 

 

 カズマの屋敷にやって来た俺とめぐみんは、一体何用なのか、屋敷の玄関から出て来たバニルと鉢合わせた。

 こいつなんか身体が崩れかけてんだけどどうしたんだ。

 あとめぐみんうるせえ。こいつは基本無害だって言ってんだろが。

 

 

「フッ、心配は要らん。この屋敷に住み着いている働きもせずに飲み食いをしては怠惰を貪る女神を自称した光るゴミを少し懲らしめてやっただけの事。

 我輩、貴様ら人間には害を為さんが相手が女神を名乗っているなら話は別なのでな」

 

「なあ、そんな事するためにここ来たのかお前。暇なの?」

 

「戯けが、あのポンコツ店主の元で働いていて忙しいはずが無かろう。貴様もお得意様ならもっと売り上げに貢献するがいい。

 それに、我輩もこのままではいかんと思い立ち、あの店の通常のポーションに代わる新たな売れ筋商品を求めてここに度々訪れている所存である。

 実際、あの小僧二号の知識と発想は中々の物だ。そう、貴様と違ってな!フハハハハハハハ‼︎」

 

「…………つまり?」

 

「この男がカズマに儲け話を持って来てからカズマのニート化が急速に悪化しまして、『働かなくても大金が手に入るんだぞ?これで働くとか馬鹿のやる事だ』と………」

 

「本当に諸悪の根源じゃねえか」

 

 

 要するにカズマが技術提供、バニルが生産ラインの確立と販売を請け負って共同で商売をするという話らしい。

 なるほど、確かに外に出なくても金が入ってくる夢のような話だが、それ冒険者である意味無くない?

 カズマはルナから最初に商人になる事を勧められていたはずだが、やってることは完全に商人だ。

 だったら冒険者なんて危険な職業選ばずにあの時に商人になっておけば良かったではないか。何考えてんだあいつ。

 

 

「そ、それを私に言われても困りますよ。カズマに直接言ってください。

 あ!でもカズマが冒険者を止めてしまうと私の野望が……うぐぐぐ………‼︎」

 

 

 俺はめぐみんの野望なんざ知ったこっちゃ無いので普通に忠告する事にしますがね。

 

 

「それはそうとカズマの考えた商品か、結構楽しみだな。

 参考までにどんなのがあるのか教えてくれよ」

 

「フハハハハ!気になるか、気になるか小僧‼︎だがしばし待て、まだサンプルを製作中でな。

 貴様にも後日試用品を渡すので遠慮なく感想を述べるが良い。

 それを基に更に改良を加えた物を店先に置くつもりなのだ。無論、料金は別途支払おう。

 ククク、これが完成すれば年中閑古鳥が鳴いているあの店も繁盛間違いなし!我輩の夢にも近付くという物よ‼︎フーッハハハハハ‼︎」

 

「ふーん、試作品使うアルバイトみてえなモンか。良いよ、今度店に行く時に用意しとけ」

 

「感謝しよう友よ。では我輩はこれで失敬させてもらおう。何やら中からあの女神(笑)が虎視眈々と我輩の背中を狙っている気配がするのでな………」

 

「『ゴッドブロー』ーーー‼︎」

 

「おっと予想通り!フハハハハ、当たらん、当たらんなピカピカ光る生ゴミよ‼︎さらばだ小僧‼︎フハハハハ、フハハハハハハ‼︎」

 

「チッ、外したか!どうやら私には敵わないとみて逃げたわねあのクソ悪魔………」

 

 

 バニルの予言と同時、屋敷の玄関から飛び出してきた聖なるボクサーの拳をひらりと躱していつもの高笑いをしながら夕陽に向かって走り去っていくバニル。あ、違うわ、朝日だあれ。

 アクアの方も何か言っているが、今回は俺から見てもバニルの勝ち逃げなので何を言っても負け惜しみにしか聞こえない。

 

 

「いやあ、あいつ人生楽しんでんなあ」

 

「相手が人間ならその発言は正しいのでしょうけどね………」

 

「…………?あらめぐみんお帰り。ゼロもどうしたの?カズマと遊びに来たの?」

 

 

 何で屋敷に訪問=遊びに来るなんだよ。遊んでばかりいないでちゃんと宿題しなさい‼︎

 

 学生の皆も冬休みの宿題とか最終日まで溜め込んじゃダメだぞ‼︎先生にも迷惑かかるからね‼︎

 

 

 

 

 



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76話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 アクアにカズマのいるという部屋に案内され、そこで目に付いた物に感動で震えてしまった。

 

 

「おいこれ、まさかこたつか⁉︎」

 

「ふふん、凄いでしょ、カズマが魔力で熱を出す石を中に入れて作ったのよ。温度調節も外に出たままで出来るから便利なのよね。

 あ、待ってて、今みかん持ってくるから」

 

「確かにこれに関してはカズマに感謝しなくてはいけませんね。お蔭で寒い冬も苦もなく過ごせました。

 ………ですが、それはそれとして外に出ましょうよカズマ‼︎もう皆働いてますよ、何かクエスト受けに行きましょう?」

 

「嫌だね。人がなぜ働くのか知ってるか?金を稼ぐ為だ。

 そして俺は既にゴロゴロしながらでも金を稼ぐ術を持っている。つまり俺が働かなければならないのはおかしい」

 

「おかしいのはカズマですよ!冒険者の本分を忘れたのですか!

 ほら、皆でクエストに行っている時が一番楽しかったでしょう?また皆で一緒に………」

 

 

 部屋の真ん中に鎮座しているこたつ。その中には日本の冬に大量発生するモンスターであるこたつむりと化したカズマが寝転びながらこちらをジト目で睨む姿があった。

 確かにこたつには感動したが、暖かくなるんだからいいかげん仕舞えよ。日本で言うもう三月だぞ。

 

 

「ああ?………なんだゼロかよ、角度で見えなかった。なんか用か?」

 

「聞いたぞ、バニルと商売始めるんだってな?まだ商品については詳しく聞いてねえけど」

 

「おう。このこたつも商品の一つなんだよ。

 もうシーズンは過ぎたけど、来年からはバカ売れするんじゃねえかな」

 

「へえ?それ良いな。今のうちにチェックしておこう。

 今年は結構寒波キツかったからなぁ、来年が楽しみ……あれ?魔力で動くってことは俺って使えるのか、それ」

 

「何を呑気に世間話しているのですか!私の依頼はこの男を外に連れ出すことですよ、早くしたらどうですか!」

 

 

 俺がいつまで経っても動こうとしないので痺れを切らしたのか、めぐみんがグイグイとカズマの方向へ俺の背中を押してきた。

 しかし俺は任せとけ、とは言ったが具体的に依頼を受けるとは言っていないのだ、強制される謂れが無い。

 それに結構な事じゃないか。赤貧生活してた時期のあるカズマからしてみたら今が絶頂ってとこだろ、しばらく大目に見といてやれよ。お前だって富む事自体が悪いとは思ってないだろうに。

 

 

「大体、俺にどうしろってんだ。人の心ってのは他人がこうと決めてもそっちには簡単には行かないように出来てんだぞ。

 引き摺り出すってのは物理的な話で良いのか?デッドオアアライブ?」

 

「デッドオアアライブ⁉︎お、おい、俺たち友達だよな?

 え、何、めぐみんとそんな話になってんの?」

 

「どうしてそう極端なのですかあなたは!もっと平和的に解決したり出来ないのですか、この脳筋!

 ち、違いますよカズマ、私はあくまでカズマに元に戻って欲しくて………」

 

「勝手なことばっか言いやがるなおい、条件言わねえお前も悪いんだろが。

 …………良いよ、脳筋じゃねえってとこ見せてやる。めぐみん、先に報酬よこせ」

 

 

 めぐみんの挑発に乗った形にはなるが、ちょうど良い。ここらで俺がキレる男だってのを思い知らせてやろう。

 

 俺が動くと分かっためぐみんがゴソゴソと取り出して俺の手に乗せてきたのは大きめのマナタイト。

 俺には全く無用の長物……というわけでも無いのだが、今の所は売るくらいしか無いなぁ。

 まあこれだけ大きければそれなりの値段にはなるから報酬としては充分ではある……ん?

 

 

「………めぐみん、お前これ誰から貰った?ゆんゆんがお前の誕生日にって用意してたヤツじゃね?」

 

「は?何を言ってるのですか、それは私があの子との真剣勝負で正々堂々と勝ち取った物です。

 誕生日だの何だのは全く関係ありません」

 

 

 そういやそんな事言ってたな、照れ隠しがどうたらこうたらと。つまりめぐみんの中ではこれは戦利品でしかないって事か。

 それならこの転売みたいな流れも仕方がないが、何となく遣る瀬ない気持ちになるのは余計なお世話なのだろうか。

 

 

「それでカズマ」

 

「なっ、何だよ。やるのか?いいい、言っとくが俺には『ドレインタッチ』があるし、お前には見せてない奥の手だってあるぞ!

 どうしてもやるってんならアレだ、そのマナタイト売った値段の倍払うから見逃してもらおうか!」

 

「この男最低です!久しぶりに良いところを見せてくれると思ったらこれですよ!

 ゼロ、惑わされないでください!少しなら暴力に頼っても」

 

「俺が脳筋じゃ無いとこ見せるっつってんだろが!

 お前らが普段俺をどういう目で見てんのかよっく分かったよ、ガッカリだ本当!」

 

「「えっ、暴力じゃないの?」」

 

 

 俺こいつらにそんなに短絡的なとこ見せたっけか。基本感情のままに動く俺でもそう簡単に手は出してないつもりなんだが。

 俺が人間相手にこの右腕の真っ赤な炎を振るう時には何か理由があるのだと覚えておくが良い。

 

 一つ、相手が先に手を出して来て、尚且つそれが俺にとって痛手になった時。

 二つ、相手が常識の範疇を超えるクソ野郎だった時。

 三つ、クリスに対して何らかの危害、または嫌がる行為をした時。

 

 これともう一つの条件に当てはまりさえしなければ問答無用で暴力を振るったりはしないから安心しろ。

 

 …………そういえばカズマ君。キミ、人と話す時に寝転びながらってのはどうなんだろうと俺は思うんだけどね。それは常識から外れてるよね?主にクソ野郎方面に。

 

 

「あ、なんか唐突に右腕が疼き始めた。これは誰かを殴らないと治らないかもしれん。……チラリ」

 

「こいつ遠回しに脅して来やがるぞ⁉︎わかったよ、起きれば良いんだろうが!」

 

 

 カズマがガバッと起き上がり姿勢を正す。

 

 それで良いのだ。これでやっと本題に入れるな。

 

 

「カズマ、賭けをしないか?前にもやったじゃないか、あの時みたいに何か条件付きでさ」

 

「やだね。お前すーぐ不正するから受けたら俺負けるもん…………と、言いたいところだが良いぞ。

 ずっと家の中にいてもここにはゲームとか無いし、結構暇してたんだ。

 その代わり!俺が今度は何で勝負するか決めるからな!お前に任せると碌な事にならねえし」

 

 

 おお、正直渋られるだろうからと説得の言葉を考えてたんだが意外や意外、結構ノリノリで受けてくれた。イイゾイイゾ!

 

 こいつがどんな種目で仕掛けてくるかは分からないが、めぐみんの依頼を達成するだけならゲームの結果いかんに関わらず、最悪力ずくでもいいしな。

 こいつらには言っていない四つめの条件、相手への対処が依頼に含まれている場合は他三つの限りではない。

 今回はこれを適用させていただきますとも。

 あくまで勝負は平和的に解決する手段ではあるが、傭兵たるもの手段を選ばず、一度受けた依頼は最後まで、だ。報酬も先に貰ってるしね。

 

 用意すると言ったカズマは何を思ったのかこたつの中に潜り込んでゴソゴソとやり始めた。

 まさか勝負するってのは嘘でそこで籠城するってんじゃねえだろうな。そうなると俺にも考えがあるのだが。

 

 

「違っげえよ!俺の故郷で大人気だった戦術ゲーがあってな、前々からアクアに作らせといたのをいつか誰かとやろうとここに保管しておいたんだよ。

 さっき言った通り、この世界って娯楽が少ないだろ?流行れば良いなーってな。

 ほら、めぐみんが得意なあのボードゲームがあるだろ?あの、アークウィザードとかクルセイダーとかの駒がある、あれと似たようなもんだ」

 

「ああ、あの負けそうになった奴が『エクスプロージョン』で盤面ひっくり返すまでがセットのクソゲーか。王都にいた時にアイリスとやったわ」

 

「そうそう、あの『エクスプロージョン』のクソゲーな」

 

「『エクスプロージョン』はクソ」

 

「おい、まるで『エクスプロージョン』が悪いみたいな言い方をするのは止めてもらおうか!

 何だったら今ここでこの屋敷をひっくり返しても良いんですよ!」

 

「「街中での中級以上の魔法を使用するのはご遠慮くださーい」」

 

 

 俺達がそんなやりとりをしているうちにカズマが取り出したのは、黒い線で縦に九マス、横に九マス、合計八十一マスの区切りが設けられた盤と、木箱の中に入れられた、双方二十個ずつある五角形の駒。表面には何かの文字が彫られている。

 これだけ聞くとまるで将棋だな。実際俺の目には将棋にしか見えないけど。

 

 

「さあ、これが俺の故郷の戦術ゲーム、ジャパニーズチェスこと『将棋』だ!

 今回はお前らの知らないであろうこいつで勝負するって言うなら受けてやるぜ!」

 

 

 まるで将棋って言うかまさに将棋だった。

 

 つーかこの将棋盤、よく見なくても芸が細かいな。

 駒の漢字も盤の造りも、その道何十年のプロが設えたかのようだ。流石アクアさんやでぇ。

 

 

 

 

 

 



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77話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 ゼロに将棋のルールを説明しながら表情を観察する。

 こいつは妙に日本に詳しいトコがあるから将棋についても、もしかしたら知っているないしやった事があるかもしれないからだ。

 さて、ゼロの顔はーー

 

 

「…………ふうん、要は魔法もスキルも無いこっちのボードゲームみたいな感じか。駒の動きも似てるしこの辺はやり易いな。

 良いよ、やろうか。初心者だから先攻はこっちに譲ってくれよな」

 

 

 ぐっ、読み取れない………!

 

 こいつがポーカーフェイスに長けているので無ければ完全に初見の反応だ。

 だが念には念を。直接聞いて、その反応も見るとしよう。

 

 

 

「一応確認しておくぞ。ゼロ、お前将棋をやった事は無いんだな?」

 

 

「あ?………ああ、そういう……。心配すんな、俺はこんな小さい木の駒なんか見た事ないし触った事もないよ。初心者として扱ってくれて構わない」

 

「本当だな?」

 

「俺は基本嘘はつかないし、今回も嘘はついていない」

 

 

 …………よし、信じても大丈夫そうだ。

 

 俺は将棋がかなり得意だし、初心者相手に一方的な虐殺をするのも楽しいっちゃ楽しいが、今回は賭けだ。対等な条件で勝負しないと後からゴネられるかもしれない。少しは容赦しないとな。

 

 

「ゼロ、初心者相手に大人気ないことを俺はしない。

 この端っこの香車と桂馬、俺はこの四枚落ちで相手してやるよ」

 

「マジで?カズマ君ったら太っ腹ぁ‼︎」

 

 

 

 ※

 

 

 当然計画通りなんですがね。

 

 カズマも警戒していたが無論のこと、俺は将棋のルールなどとっくに知っている。しかし嘘をついていないのも事実なのだ。

 知識や定石は確かに頭の中に入っている俺だが、自分の目で見て肌で触れるのは間違いなく初めての経験。

 そういう意味では完全に初心者なのだから正当性は俺にあって然るべきだろうよ。

 『 』(空白)の空が言っているようにゲーム前のルール、認識確認ってのは徹底しないとこんな落とし穴があるかもしれないから注意な。実際、初心者だと思ってた相手が実は経験者でしたってのはマジであるあるだし。

 

 ………それにしてもカズマったらケチ臭くない?全くの初心者相手にたった四枚落ちとかどうよ。

 せめて銀まで落とすか、さもなくば香車も桂馬も残していいから飛車と角行の二枚落ちくらいのサービスは有っても良さそうな物だが。

 まあ元々仕掛けたのはこっちだ、贅沢は言うまい。むしろ平手じゃないだけカズマにしてはフェアだと褒めるべきか。

 

 

「じゃあ勝敗後の条件も決めるか。

 俺が勝ったら………そうだな、まずそのこたつ仕舞って一週間はめぐみんの言う通り、冒険者として活動してもらおうか。その後は知らん。

 そんでお前が勝った時の旨み………。

 ………うん、お前が勝ったら俺もバニルとの商売に協力してやる事にする。

 いざって時にあいつに対抗できる俺がいた方が何かと都合も良いだろ。これはもちろん無償だ」

 

「………よし、それで行こう。しっかしめぐみんも面倒な事するよな。こんな事の為にこいつ雇うか普通?」

 

「う……、た、確かにこれなら私がやっても良かったかもしれませんが………。

 ………どうします、今からでも代わりますか?」

 

 

 俺が負ける心配でもしているのか、めぐみんが上目遣いで俺の様子を伺ってくる。

 

 うん、まあ普通にボードゲームで勝負するならめぐみんがプレイした方が俺よりもずっと強いだろうさ。

 だがこれは将棋。この世界には無いゲームだ。言っちゃ悪いが将棋(まあ将棋に限らないのだが)に関しては序盤の定石を知っているのと知っていないのでは中盤から終盤にかけての立ち回りがクソ程変わって来てしまう。

 今まで存在すら知らなかっためぐみんよりはまだ俺の方が上手くセットプレイ出来るだろう。

 

 

「何、心配すんな妹。仮にもお前の兄貴を名乗る男が普段どれだけ爪を隠しているかそこで見ておけ。

 ダメだったらあとはお前に任せよう。その時に俺の出だしを参考にする為にもな」

 

 

 い、一応だ。カズマがアホみたいに強い可能性だってある訳だし、俺だってダメだった時に問答無用でカズマをフォイアしたくはない。

 その間にワンクッション、めぐみんにもチャレンジしてもらいたいのだ。

 知力の高いこいつなら俺の指し方から何かを掴み取れるかもしれないし、そもそも将棋ってのは序盤さえしくじらなければ純粋に頭の回転が試されるゲームだ。

 ならば最初だけ俺の真似をさせてその後はめぐみんの実力で打ち勝ってもらえばいい。

 この負けた後も可能性を追求し続ける向上心。きっと俺の前世はアスリートか何かだったに違いない………あれ、ヤクザの鉄砲玉だったんだっけ?

 

 めぐみんも俺が言いたい事が分かったようで、得心したように頷いている。

 

 

「………なるほど、そういう事ですか」

 

 

「そういうこった。さあカズマ、ゲームを始めよう。✋( ͡° ͜ʖ ͡° )アッシェンテ」

 

「「は?」」

 

 

 俺の行動の意味が分からなかったのか首を捻るカズマとめぐみん。

 と、その時ちょうどみかん片手に帰ってきたアクアが、

 

 

「あ!ちょっとカズマ駄目じゃない、ちゃんと『盟約に誓って(アッシェンテ)』しなきゃ!

 何するか知らないけどシュヴィとリクの頑張りを無駄にしたら許さないから!」

 

「おう……?わ、悪い?」

 

「ごめんアクア、その話は場が荒れるから止めとこうな。

 このネタ持ち出した俺も悪いんだ。分かってくれるお前がいて良かったよ」

 

 

 分からない人は詳しくは原作、または劇場版を観てね。

 

 

 

 ※

 

 

 何だかよく分からないがとにかく対局スタートだ。

 先攻はゼロ。とはいえ初心者の出だしなどたかは知れている。

 俺はこいつに定石等の存在すら教えていないのだから、さぞ惨憺たる有り様だろう。

 ゼロもその辺は開き直っているのか、さして悩む事もなく一手目を指す。

 パチン、と乾いた音がした後に置かれた駒は(先手)7六歩………▲7六歩?

 

 ▲7六歩。それだけなら特に変わった所のないごく平凡な出だしだ。先手を取った人間の半分以上はまずこの一手目を指すだろう。

 だがそれはある程度将棋について知っている人間という条件が付く。

 将棋を初めて見た異世界人が初対局の一手目に偶然指せる確率はかなり低いはずだ。

 

 …………………。

 

 

「…………ゼロ、もう一度、もう一度確認するぞ。

 お前本当に将棋を知らないんだな?」

 

「お、何だ?これなんか反則になるのか?

 だったら悪いが、俺は本当にこんなゲーム初めて見るんだ。さすがに許してくれよな」

 

「…………いや、大丈夫だ」

 

 

 ………まあ、偶然という事もあるだろう。

 納得はしていないがあまり人を疑うのも良くない。とりあえず続きをするとしよう。

 

 そしてしばらくの間駒を置く音だけが響く。

 

 パチン。

 

 パチン。

 

 パチン。

 

 パチン。

 

 ……パチン。

 

 パチン。

 

 ………パチン。

 

 パチン。

 

 

「おいちょっと待てコラ」

 

 

 我慢出来ずにゼロの肩を掴む。

 

 ゼロはそんな俺に対して不機嫌そうに。

 

 

「何だよ」

 

「何だよじゃねーよ!何で初心者が一手も間違わずに『矢倉』組もうとしてんだ、ふざけんな‼︎」

 

 

 そう、ゼロ側の盤面には完璧な矢倉が組まれようとしていた。

 こちらも対応しようとはしているが、両端の駒を四つ落としている以上こちらの不利は避けられない。

 そして何よりもこいつだ。初見でこの動きは絶対に有り得ねえ。こいつーーー!

 

 

「…………アクアアクア、ヤグラッテナンダー?」

 

「流石に無理がありませんかゼロ⁉︎素人目にもその淀みの無さは初心者としてあるまじき物だと分かりますよ⁉︎」

 

「いい加減白状しやがれ、お前本当は将棋を知ってんな⁉︎」

 

「……だから何度も言ってんだろ、俺はこんなゲーム見るの初めてだって。

 何なら、嘘を付いたらチンチン鳴るあの魔道具持って来てもらっても構わんよ」

 

 

 そう言うゼロの顔はあくまでフラット。とても嘘を付いているようには見えない。

 だがそこに違和感を感じる。何だ、俺は何かを見落としてーーー?

 

 そして俺はさっきからのゼロの発言を思い出し、ある事に気付いた。

 

 

「…………違う、違うぞゼロ。俺は将棋を知っているか、と聞いたんだ。見た事の有る無しじゃなくて知っている知らないで答えろ」

 

「………………」

 

 

 そう、こいつは一貫して『見た事が無い、やった事が無い』でしか答えて来なかった。

 それは裏を返せば知識については答えていないということになるのでは無いだろうか。

 果たして、ゼロは観念したように肩を竦め。

 

 

「……………お前にしては気付くのが遅かったな」

 

「ふざけんじゃねえ、てめえ俺の親切心に付け込みやがってこんなの無効に決まってんだろうが‼︎

 結局は不正かよ⁉︎もうお前と賭けなんかしねえからな、絶対☆裏切り☆ヌルヌル‼︎」

 

 

 よし決めた、もうこいつ信用するの止めよう!

 抜け抜けとよくも言えたもんだなこいつも。こんな不公平極まり無い条件で続けるなんてしないからな。

 どうしても続きがしたいならこれをまず無効にして平手でもう一度始めからーーー。

 

 

「おいおい、何寝ぼけてんだよ。俺は最初から本当の事しか言ってないんだ。中断する理由がないだろ」

 

「はああああ⁉︎」

 

 

 こいつ急に何を言い出しやがる。まさかこのまま続けろとか言うんじゃねえだろうな。

 

 

「いいか?確かに俺は将棋を知ってはいるさ。

 でもな、お前は不正だ何だと言うが俺は本当に将棋を見たのは初めてなんだ。将棋ってのは実際に触らないと実力が付かないモンだ。その俺がそれなりに強いであろうお前相手にハンデ無しでマトモな勝負なんざ出来るわけねえだろ」

 

「…………む、うう?」

 

 

 むむ、何だか凄くまともな事を言い始めたぞ。

 

 

「俺が将棋を知ってると分かってりゃお前は多分平手で勝負を挑んで来ただろう、そんな状況下において俺は自分の勝ちの目が潰えない最善策を取ったつもりだ。

 お前はどうなんだ?同じ状況で俺と同じ事をしないっつー保証でも出来るのか?お前もこの状況なら俺と一緒で知ってるという事実を隠そうとするんじゃないか?」

 

「…………………………」

 

 

 保証など出来るはずもない。それそのままではないにしろ似たような事を間違いなく俺はするからな。

 俺の表情からそれを読み取ったらしいゼロが畳み掛けるように口を開く。

 

 

「それにだ。追及しなかったお前も悪いだろ?もし最初に今みたいな言い方をしてれば俺は正直に喋っていたさ。それをせずにゲームを始めたのはお前だろうよ。

 ……今回は騙されるのもまた勉強って事で見逃しちゃくんねえか。そもそも負けたからといってお前に何か不利益がある訳でもねえだろ?条件はたった一週間だ。

 たまにはめぐみんを安心させてやれよ、リーダー」

 

「…………………」

 

 

 そう言われるとゴネている自分が子供っぽく感じるな。

 

 

「…………チッ、何でお前が勝つ前提になってんだよ。言っとくがまだ最序盤だ。勝敗なんざここからどうとでも転がる」

 

 

 パチン、と駒を進める。

 

 別にゼロの言い分が完全に正しいとは思わない。思わないが、一理あるのも事実。

 賭けの席では騙される方も確かに悪いのだ。それをゲームを始めた後にゴネても周りからは馬鹿にされるだけ。

 ならばここから逆転して俺SUGEEEEEEに持っていけばいい話だからな。

 

 

「ほら、お前の番だ。俺はもう油断しねえからな」

 

「………お前のそういうトコは長所だと思うぞ、若人よ」

 

 

 悪い顔でニヤリと笑うゼロ。

 

 若人って、お前と俺は一歳しか違わないだろうに何言ってんだか。

 気をとり直して目の前の悪人を負かすべく集中し始める俺であった。

 

 

 

 ※

 

 

 屋敷の居間に駒を置く音だけが静かに響く。

 めぐみんも、アクアですらも空気を読んでか余計な口を挟んで来ない。

 

 …………いや、アクアがいるソファーから寝息が聞こえる。どうも寝ているらしい。道理で静か過ぎると思った。

 

 

 パチン。

 

 …………パチン。

 

 パチン。

 

 …………パチン。

 

 パチン。「王手」

 

 ………………ふむ。

 

 

「………めぐみん」

 

「…………何ですか」

 

「マナタイト返そうか?」

 

「いりません」

 

 

 さいですか。

 

 天を仰いで一つ息を吐く。そして大きく吸って。

 

 

「ありませえええんっ‼︎」

 

「勝ったどおおおおおおおお‼︎」

 

 

 俺の降参の声にカズマから全力の勝鬨が上がるが、俺にそれを止める術はない。

 だって完膚なきまでに実力で叩き潰されちゃったんだもの。俺が予想以上に弱かったのか、はたまたカズマが予想以上に強かったのか。

 

 

「あなたは本当にどうしてそうなんですか⁉︎カズマを言い負かした時は少しは見直したのに!」

 

 

 めぐみんが責めるようにベシベシ叩いてくる。

 普段なら止めるなりふざける所だが、しかし今回はされるがままになっておこう。こんなところでアクセルに来てからの俺の無敗伝説に傷が付くとは思ってなかった………。

 

 

「ふははははは‼︎約束だからな、俺は外に出ないしお前には商売を手伝ってもらおうか!

 まさかあんだけご立派なセリフ吐いといて嫌とは言わねえよなあ⁉︎」

 

 

 見事なまでにOTLの姿勢になる俺を見下すカズマ。

 その煽りを受け続ける俺の心境たるや………。悔しいです‼︎

 

 

 

 

 



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78話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「一体これは何の騒ぎだ?」

 

「ああダクネス、お帰りなさい。チケットは買えましたか?」

 

「ただいま。ああ、ちゃんと六人分確保できたぞ。

 期限は明日だから、今日は旅支度で潰れそうだな」

 

 

 俺が悔しさのあまりカズマに再戦を挑んでいると、帰宅したダクネスとめぐみんがそのような会話をする。

 どういう事かカズマに聞くも、カズマも心当たりが無いようだ。

 分からないなら本人達に聞くべし。

 

 

「なんでえお前ら、どっか旅行でも行くのか?」

 

「ん?なんだゼロ、めぐみんから聞いていないのか?カズマも」

 

 

 聞いてるも何も。何?俺達に関係ある話なの?

 

 無言で俺とカズマがめぐみんに視線を移すと何かのチケットを押し付けられた。これは一体なんじゃらほい。

 

 

「水と温泉の街、アルカンレティア行きの馬車のチケットです。ほら、カズマの分です」

 

「…………水と温泉の街?温泉か」

 

「カズマ、温泉に行きましょう。冬の間閉じこもってばかりいたから身体の調子が出ないんですよ。

 温泉に入ってゆっくりすればきっと冒険者としての心構えを取り戻せるはずです」

 

「いやそれは万が一にもあり得んけど。……でも温泉旅行はいいかもな」

 

 

 なんと、俺があれだけお膳立てしても駄目だったのに一発でカズマを外に出る気にさせてしまった。

 じゃあ俺要らんかったやないかい。今日の俺のした事って不要なマナタイト押し付けられて友達の家にゲームしに来ただけだぞ。

 まぁそれだけなら休日と考えれば無問題だが、意味不明な点が一つ。

 

 

「ちょっと待て、カズマはまだしも何で俺にまで渡すんだよ。俺はお前らのパーティーじゃねえぞ」

 

「せっかくですし、クリスも誘ってみんなで一緒に行きましょうよ。

 ゼロは他の冒険者が活動していない冬もずっとクエストをこなしていたでしょう?たまには身体を休めないと、いつか倒れてしまいますよ」

 

 

 ダクネスがチケット六人分と言っていたが、そのうちの二枚は俺とクリスの分だったらしい。

 倒れるだのといった心配は正直俺には的外れだが、こいつはこいつなりに俺を見ていてくれたようだ。

 

 ふん?そうだな、そろそろ冒険者だって本格的に動き始める。

 なるべくエリスの仕事が増えないように、危険なクエストだけギルドには止めておいてもらえば一週間くらいは空けても大丈夫かもな。

 それに、せっかく妹が俺を心配して用意してくれた物だし。無駄になんかしたら罰が当たりそうだ。

 

 というか、だ。

 

 

「めぐみん、お前まさかこの為に俺をここに呼んだんじゃねえだろうな」

 

「何のことですか?私はただカズマを外に連れ出したかっただけですよ。

 あなたがここまで不甲斐ないとは思いませんでしたが」

 

 

 こんな物が用意してあるなら俺など来なくてもカズマならイチコロだっただろう。温泉とかいう男のロマンにカズマが食いつかないはずも無い。

 それなのにわざわざギルドまで俺を呼びに来るってのはどうにも不自然に過ぎる。もしかしたら俺をここに来させたのは単にチケットを渡す為であって、俺が勝とうが負けようがこいつには関係なかったのかもしれない。

 

 

「いやはや、紅魔族ってのは恐っそろしいなオイ。将来どんな悪女になる事やら分かったもんじゃねえや」

 

「ひ、人聞きの悪い事を言わないで下さい!」

 

 

 こいつと結婚する奴は相当苦労しそうだ。気付かない内に術中に嵌められてやきもきさせられるとか俺ならご勘弁願いたい。

 その点クリスは思ってる事がすぐ表情筋に反映されるし、むしろこっちがからかう側に回れる。やっぱりクリスは最高なんやなって。

 

 

 

 ※

 

 

「という訳でお前がダクネスの所へ逃げようとも結果は同じだから諦めるよろし。

 大人しく俺達と温泉行こうや、なあ、ええやろ?」

 

「親父臭いよキミ⁉︎っと、あー………、ごめんあたしそれパス」

 

「ファッ⁉︎」

 

 

 マジかよ。別にそんなに忙しそうにしてなかったってのにフラれてしまった。

 そんなに俺、もしくはあいつらと一緒にいるのが嫌らしい。そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだな。ダクネスにもそう言っときますね。

 

 

「いやいやいやちょっと待ちなよ、そうは言ってないじゃん。あたしだって本当なら行きたいんだってば」

 

「………?行きたいんなら行こうぜ。何をそんなに渋ってんのさ」

 

「いやほら、春になって他の冒険者も動き始めるじゃん?

 そうなるとあたしの本業も忙しくなるし、さすがにそろそろ戻らなきゃダメかなって」

 

「お前の本業は俺の嫁じゃん。何言ってんの?ここがお前の職場だよ、ずっとここにいなさい」

 

「何言ってんのはキミの方だよ!仮にその通りだとしてもあたしずっとここにいるとか嫌だかんね!」

 

 

 見ろよこのデレっぷり。否定もせずに仮にその通りだとしてもとか言ったぜ。これは挙式までのカウントダウンはもう始まってると見ても良さげじゃね?

 どこで挙げる?どんなプランが良い?AコースBコースCコースの三種類からお選び頂けますが。

 

 

「…………キミほんとに前向きっていうか、ポジティブだよね。良い意味でも悪い意味でも」

 

「お褒めの言葉あざーっす」

 

「別に褒めては………いや、いるのか……?

 と、とにかく!あたしにも女神として死者を導くという大事な使命があるワケよ!

 だから残念だけど今回の話は無かったことに………」

 

「まあ待ちたまえよお嬢さん、確かに仕事ってのは大事さ。だが大事な事ってのはそれ一つではないのだよ。

 仕事熱心な君にお兄さんが真理を教えてあげよう」

 

「お兄さん⁉︎キ、キミね、あたしは女神だってーーー」

 

 

 おや、こいつは確か自分の年齢は十五歳と言っていたはずだがそれはサバを読んでいたのだろうか。だとしたら本当の歳を教えてもらいたいものだ。

 十五歳であったなら十七歳である俺の方がお兄さんということになる。

 しかしそれが間違いなら失礼なのもその通り。さて、クリスの本当の年齢はいかほどか。

 

 

「汚ったねえ‼︎キミその言い方は汚いよ‼︎

 分かったよ、もうキミがお兄さんで良いからさっさと言いたい事言えば⁉︎」

 

 

 チッ、この流れなら聞けると思ったんだがな。

 それにしても最近こいつの言葉遣いが乱暴になってきた気がするのは俺の気のせいかな。もしかして俺の影響とか多少あったりするのだろうか………いやいや、それよりも今はこいつの説得が先だな。

 

 

「クリス、お前は死者を導くのが楽しかったりするか?」

 

「………急に何?」

 

 

 訝しむというよりも剣呑な視線を向けてくるクリス。

 あれ、俺地雷踏んだ?

 

 

「………はぁ。楽しいわけがないでしょう。人が亡くなった時の取り乱しようを見るのがどれだけ辛いか分かりますか?

 何かしてあげたくとも私にできるのは精々が来世で幸せになれるように祈ることくらいです。それしか出来ません。

 アクア先輩は気にするだけ無駄、と割り切っていましたが私にはとても………。

 もし叶うならこの仕事は誰か他の女神に代わってもらいたいくらいですよ」

 

 

 俺が少し焦っていると肩の力を抜くようにため息をついて、意識してか無意識か、口調をエリスの時の物に変えて呟く。

 後半は俺に向けてというよりも独りごちるような声だった。

 

 ………やっべ、どうしようか。軽いノリで誘おうとしてたら中々にヘビィなのが来てしまったぞ。

 シリアスとコミカルの温度差どうにかなんない?引いたことない風邪引きそうなんだけど。

 

 正直な所、俺は大多数の人間がおそらくそうであるように、見も知らぬ他人の生き死ににはあまり興味がない。

 もちろん人の役に立ちたいと言ったのは本当だし、手が届く所にいる人間の命くらいは助けたいとも思う。

 だが他の国、他の街、このアクセルでも俺の目の届かない場所でモンスターに襲われた人間などは俺がいくら努力しようとどうしようもないのだ。助けられない。

 そんなものに一々落ち込んでいたらそれこそそこから動けなくなってしまう。

 だからそれに関してはアクアの言うことが最も正しい………はずなのだが、心優しいこいつはどうもそういう考え方が出来ないらしい。

 本来女神ってのはその辺りを超越した所から人間を見下ろしている存在じゃないのだろうか。

 言い方は悪いがエリスは女神に向いていないのかもしれないな。ま、俺にとってはむしろプラスポイントなんだけどね。

 

 

「エリス、お前のそんな優しいとこも好きだけどな、だからこそ休める時には休むべきだ」

 

「…………だからこそ?」

 

「そうだとも。この世には死者ってのはごまんといる。その一人一人にそんなに心を痛ませてたらお前自身が磨り減って、いつか消えちまうかもしんねえぞ?俺はそんなのは嫌だね」

 

「それと温泉が関係あるんですか?」

 

「あるよ。人間も同じさ、いっつも張り詰めてたらその内糸が切れちまわあ。

 だからそうならないように息抜き、ガス抜きをするんだ。屋敷に引きこもってゲームしたり、ダラけたり、気分転換に遊びで身体を動かしたり………、仲の良い奴らと温泉に行ったりな。

 女神だってそんな時間作っても良いんじゃねえの?

 幸いにもまだ冒険者は活動し始めたばっかだ。無茶する奴もそんなにはいないだろうし、それに俺だってアクセル周りならお前の仕事を減らすのを手伝ったりもしてやれる。

 だからこの一回、少しの間ぐらいは有給取って、仕事の事なんか忘れて俺達と温泉行こうぜ。

 楽しくないことをする前に楽しいことをすればちったあ気も紛れるだろ」

 

「…………それ、結局何の解決にもなってませんよね?」

 

 

 口を尖らせて拗ねたような表情になるクリス。少し雰囲気が柔らかくなったな。

 

 そして当たり前だろそんなの。人間は必ず死ぬから人間なんだ。

 俺だって死ぬときゃ死ぬ。それとも人間全員死なないようにするか?そうしたらお前の悩み自体は解決するだろうよ。そこに残ったのが本当に人間かどうかは置いといてな。

 

 

「おおう……想像してちょっと怖くなっちまったじゃねえか。全人類アンデッド化とかまじバイオハザード」

 

「………ふふ、何ですかそれ。……そうですね。アンデッド化なんてゴミみたいな発想はともかくとして、うん、分かった。あたしも行くよ。

 まああたし最近は女神の仕事もしてなかったし、そういう意味じゃ休みっぱなしとも言えるけどね」

 

 

 キッツ。ゴミみたいな発想とか言われたんだけど。

 前々から思ってたけどなんでこいつってば悪魔やらアンデッドにこんなに厳しいの?バニルやベルディアみたいに話が通じる奴だっているんだけどなあ。

 

 

「と、とにかく説得成功だな。

 大体さ、お前そんなに人の死に傷つくんなら俺が死にかけた時にそれをネタにすんの止めろや。俺は大丈夫だけど見る人が見たら不謹慎に映るからな?」

 

「じゃあ大丈夫じゃない。あんな事キミにしか言えないよ。

 そもそもあそこから地上に戻れる人なんて数えるほどもいないしね」

 

 

 お、最初のセリフは特別感あってグッと来たな。良いぞもっと言ってくれ。

 

 

「あんな事キミ以外には言わないよ」

 

「ヒャッハァ‼︎もう許せるぞオイ‼︎」

 

「ほーら、バカやってないで。出発は明日なんでしょ?早く準備しないと」

 

「かしこまりぃ!」

 

 

 ……でも準備って言ったってなぁ。

 

 とりあえずデュランダルは護身用に持って行くとしても、爆発関係のポーションはまずいらないだろう………いや、やっぱりいくつか持って行くか。

 ジャティスからの報酬で貰ったスクロールなんかは絶対いらないから置いていって………。

 

 元々私物が少ない俺が手早く荷物の取捨選択をしていると、クリスの方から聞かせるつもりが無いような小さな声が聞こえてきた。

 

 

「………………ゼロ君、ありがとね」

 

「どういたしまして。まだ気持ちが斜め下向いてるなら抱き締めてあげようか?」

 

「今の聞こえたのかよぉ⁉︎そ、それは本当に凹んだ時に取っておくから今は良い‼︎」

 

 

 顔を真っ赤にして荷物漁りに戻ってしまった。

 

 しかし今の聞いた?もうこれ完全陥落間近だろ。毎日毎日諦めずにアタックし続けるもんだね。

 これが太古から伝わる、『別に好きじゃない相手でも好き好き言われ続けるといつの間にか気になってくる法則』だ。

 いやまあこの手法ってまずセクハラで訴えられない事が前提の博打に近い物なんだけどな。皆はしない方が良いと思うよ。

 

 何はともあれ、これでクリスと温泉旅行確定だ。いやあ楽しみだなあ。

 いつもと違う土地、違う場所の下、距離が縮まり気分が盛り上がった二人は遂には一線を………。

 

 

「それは、ない」

 

 

 

 あ、そう…………(落胆)

 

 

 

 

 



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79話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 翌日。

 

 俺とクリスが着替え等の手荷物を持ってカズマ達と合流すべく宿を出ると、何故かバニルがそこに立っていた。

 

 

「あれ?バニルさんどうしたの……あ、そういえば言うの忘れてた。

 あたし達これから旅行に行っちゃうからしばらくお店に遊びには行けないよ。お土産はちゃんと買ってくるからウィズさんにも伝えておいてくれる?」

 

「フハハハハ!お気遣いなく!そなた達が旅行に行くのは分かっておる。我輩が用があるのは小僧、貴様だ」

 

「ええ?今からカズマ達と合流しなきゃなんだが。大事な話なのか?帰ってきてからじゃ………」

 

「まあ我輩にとってはどうでもいい事ではあるな。貴様にとってはどうか知らんが」

 

 

 うわっ、こいつ判断に困る事言いやがるな。

 けどこいつがわざわざ俺のとこまで来て言うことがどうでもいいってことは無い……いや結構そういう所あるなこいつ。

 まあ時間に余裕もあるし、聞いて損のある話って訳でも無さそうだし良いか。

 

 

「クリス悪い、先に行っててくれ。何なら置いていっても大丈夫だ。馬車程度なら走って後から追い付ける」

 

「それが冗談でも何でも無いってのがキミの怖いトコだよね。でも分かった、なるべく早くしてね?」

 

「すまんな、お嬢さん。暫し此奴を借りるぞ」

 

 

 バニルと俺に手を振るクリスの姿が見えなくなると早速バニルが本題に入る。

 

 

「貴様にテストしてもらうと言った商品であるがな、まだ試作品が完成せんのだ。

 そこでアクセル一律儀と有名であるこの我輩が待たせてしまう詫びとバイト代を兼ねた、此度の貴様の小旅行に役立つこと間違いなしの素敵なプレゼントを持参した。

 泣いて喜んで我輩を崇め奉るが良いぞ小僧!フハハハハ………」

 

「ピギャアアアアァアアアアアアア‼︎バニル様素っ敵ぃいいいいいいい‼︎抱いてええええええええっ‼︎

 ……これでよろしいか?」

 

「……自分で言っておいてなんだとは思うが、今度我輩の前でそれをしたら友人の縁を切らせてもらおう」

 

 

 本当に自分で言っといてなんだな。

 

 しかし、昨日の俺との会話内容と随分差異があるように思うのだが。

 俺は確か今度店に行く時に用意しておけ、的な事を言ったはずだ。だと言うのに店に行くどころか向こうから来て勝手に詫びをくれると言う。

 くれる物なら貰おうじゃないか。詫び石は良い文化。破壊しない。

 

 

「で?何をくれるってんだよ」

 

「うむ、これを進呈しよう」

 

 

 バニルが取り出したのは一本の巻物のような物体、というかどう見てもマジックスクロールだ。

 マジックスクロールはかなり高額なはずだが、それほどにバイト代を弾んでくれるのだろうか。

 

 

「何、このスクロールに元手はほとんどかかっておらん。

 何せ空のスクロールを用意し、嫌がるへっぽこ店主に無理矢理魔法を詰め込ませた自家製故な。

 しかし自家製と侮るなかれ、それはかの『氷の魔女』の最も得意とする上級魔法が詰められた、市場に出せば目玉が飛び出る額が付くであろう至高のスクロールなのだ。

 ……ふむ?その手があったか。よし小僧、貴様への詫びは後日改めてくれてやるからそれは我輩に返却して………」

 

「すまんな、こやつはもう貴様の所へは帰りたくないと勝手に我輩の懐へ逃げ込んでしまった!

 これが普段の行いの差というやつよ、フハハハハハ‼︎」

 

「『バニル式殺人光線』‼︎」

 

「危っぶな⁉︎」

 

 

 バニルの目からビームをすんでの所で躱す。そのうち口からバズーカとか言い出したらどうしよう、とかちょっと期待したり。

 

 しかしこいつの真似をして返品を拒んだらとんでもねえモン撃って来やがったな。

 お前人間に危害は加えねえとかいう主義どこに捨てて来たんだよ。今の当たったら絶対ヤバいやつだろ、殺人とか言ってるし。

 

 

「イテテテ、しゃがんだ拍子に膝を擦りむいちゃったよ、これは慰謝料と治療費をさらに上乗せしてもらわなきゃならないなあ。……なあ?」

 

「チンピラか貴様は!傷などどこにも無いであろうが!そもそも当たった所で貴様であれば死にはせんわ‼︎」

 

「……つーか何でお前俺らが旅行行くって知ってたんだよ。例の見通す力ってのでも俺の未来までは見通せないんだろ?しかもこのスクロールが役立つってドユコトデスカー?」

 

 

『氷の魔女』の異名は俺とて知っている、凄腕アークウィザードとして有名だからな。ウィズがそれって知ったのはつい最近だが。

 そして『氷の魔女』が最も得意とした上級魔法といえばアレしか無いだろう。

 だがアレは戦闘以外で使う事がまずない、強力な魔法だ。これから行くアルカンレティアで何らかの戦闘行為………しかも俺がこのスクロールを使わざるを得ない状況になるなど考えられないし、考えたくもないのだが。

 

 

「確かに貴様の未来などは忌々しくも靄がかかっておって見えんが、あの小僧二号なら特に苦もなく見通せる。

 先日二号の屋敷を訪問した際についでに、と視たところ貴様が四苦八苦しておる姿が見えてな。

 我輩、不覚にも胸がすく思いであったわ!フハーッハハハハハ!」

 

「……………えーと?つまりカズマの未来を視た時に一緒に何かに苦戦してる俺が映ったってことか」

 

「そう言っているであろう。飲み込みの悪いヤツめ」

 

 

 お前胸がすくとか言ってるけど、このスクロールってそれを回避させる為にわざわざウィズに作らせたんだろ?ツンデレかよ。

 俺こいつほど友達甲斐のある奴と会ったことねえわ。ありがとさん、今度何か奢ってやろうか。

 

 

「む。……ふん、まあ我輩は一度友人と認めた者にはそれなりには親切にすることにしている。

 それに貴様は魔道具店のお得意様、ひいては我輩の野望を叶える為の大切な養分である。こんなところで早々と死なれてしまっては困る故な」

 

「え、ごめん聞き間違いだろうけど確認するね。

 ………俺死ぬの?死にかけるとかじゃなくて?」

 

「少なくとも我輩が最後に視たあの状態で生きているとは考え難いな。

 そう、例えるならば貴様ら人間が出す排泄物か、または吐瀉物のような状態。それとも貴様、そんな状態で生きていられる自信でもあるのか?

 もしそうであれば貴様は人類という枠組みに納まるべきではないな、別の存在を名乗った方がよかろう」

 

「そんな酷い事になんの⁉︎」

 

 

 それもうドロッドロじゃね?俺は旅行先で一体何と戦う事になるんだよ。

 あ、でもそれってこのマジックスクロールがあれば何とかなる類の物なんだろ?ならあんまり心配してもしょうがないのかね。

 

 

「言っておくが我輩が視たのはあくまで二号の未来。貴様の未来についてとやかく聞かれても知らんとしか答えられんぞ。

 そしてもう一つ、仮に貴様がそのマジックスクロールを有効利用したとしても貴様が死ぬ未来が変わるとは限らんとだけ言っておこう」

 

「はあ。要は予定は未定とかそんな感じって事だろ?いいよ別に。

 普段から未来が見えてる訳じゃねえんだ、今回は多少でも危険があるってのが分かってるだけめっけもんだろ。

 スクロールはありがたく頂戴するよ。じゃあな、行ってきますっと」

 

「うむ、せいぜい良き旅路を、とは全く思っておらんがとりあえず行ってくるがいい」

 

 

 最後までツンデレ感溢れる台詞ご馳走さまです。

 

 馬車の出発時間が迫って来た為にバニルとの会話を切り上げて宿を後にする。いっくら追い付けるっつっても置いてきぼりは寂しいもんだしね。

 

 それにしてもあいつも良いとこあんなぁ。これ別に旅行先で使わなかった場合にも返さなくて良いんだろ?

 今回その危機とやらをスクロール無しで乗り切ったなら、俺は強力な切り札を手に入れた事になる。

 もちろん使わなきゃどうしようもないなら使うが、極力使わずに後々の為に取っておくことも出来るわけだ。最高だな、おい。

 

 

 

 ※

 

 

「冗談じゃねーぞ、なんでせっかくの旅路を男と過ごさなきゃならねえんだよ!」

 

 

 待ち合わせ場所である馬車乗り場でカズマと女性陣が何やら揉めている様子。

 

 少し遅れてしまったのでてっきり出発しているかと思っていたんだが………あ、御者台に座っているおっさんが困った顔でこちらを見てきた。

 おっさんは早く出発したいのにカズマ達がいつまでも乗ってくれないので辟易している感がひしひしと伝わって来る。

 ごめんなさいね、うちの者達が。今すぐ乗らせますので。

 

 

「おいお前ら何してんだよ。クリスには俺を待たなくても良いって言っておいただろうが。

 そこの親父さんも困ってんだからさっさと出発しようぜ」

 

「ゼロか!ちょっと聞いてくれよ、こいつら馬車が四人までしか乗れないから二台に分かれるって聞いた途端に男女別にするとか言い始めたんだぜ⁉︎

 何が悲しくて男と二人で狭い馬車の中、むさ苦しい空気に包まれなきゃいけないんだっての!

 お前も何とか言ってやれよ、クリスと一緒が良いとか!アクアと一緒が良いとか!」

 

 

 そんなに不思議かね。人数と選択肢が増えたら自然に選ばれるだろ、男女別。

 そしてナチュラルにアクアをハブにしようとすんな。

 

 まあ正直カズマの言いたい事も分からんでもない。せっかくの旅行、せっかくの旅路だ。見た目は美少女な連中がいないと華が足りないってのはまさにその通り。

 しかし俺とクリス、カズマとこいつらだって普段は同じ家に暮らしているのだから、馬車の中でまで一緒にいる必要はどこにも無いだろう。女同士でしか出来ない話もあるかもしれないし、俺は今回で言えば女子側の味方をしようかな。

 

 

「お前もそんな事言うのかよ⁉︎女子に嫌われたくないだけの偽善者が、男のロマンまで忘れやがって!」

 

「偽善者っておまっ、……じゃあクリスはどうよ、お前が俺と一緒が良いって言うんならパーティー別で分けるに一票入れるが」

 

「そもそもゼロが一票入れようがカズマと併せても二票にしかなりませんので多数決にはなりませんがね」

 

「カズマ、今回は良いじゃないか。ゼロの言う通り、私達は普段一緒に暮らしているのだ、こういうのだって悪くはないと思うぞ?」

 

「あー、うん。あたしもたまにはダクネスやめぐみん、アクアさんと色んな話をしてみたい………かな……」

 

「じゃあ決まりね!カズマとゼロだって二人きりで積もる話でもしたら良いじゃない!

 間違ってソッチ方面に行っても私達は知らんぷりしてあげるから!」

 

 

 この複数人集まった女子の強さよ。人数的にも感情的にも男には為す術がねえや。

 ここで無理を通そうとすればこっちの株価が暴落しかねない。ここはこいつらの言う事にウンウン頷くのが大正義。

 数の少ない男子は虐げられて生きるしか無いのよ。カズマ、諦めなさい。

 

 

「嫌だね!俺は一人でも戦い続けるぞ!

 ………そうだ、ジャンケンで決めよう‼︎」

 

 

 どうしよう、なんかカズマが末期の桐原君みたいなことを言い始めたんだが。

 気が付かない内に『狩人の森(エリア・インビジブル)』でも発動されてしまったのだろうか。

 こういうのは大抵やられちゃうフラグなんだけどなあ。

 

 

「まあいいか。それでジャンケンとな?つまりお前一人対俺達全員でジャンケンって事か」

 

「それで良いぞ。俺、ジャンケンで負けたことねーし。

 つってもさすがに一人ずつ勝負させてもらうが」

 

 

 ジャンケンで負けた事ないってウッソだろお前。そんな人間いる訳ねえだろ。

 

 しかしめぐみんやダクネスが言うには、

 

 

「いえ、カズマは本当に強いですよ。無駄に幸運のステータスが高いだけはあります」

 

「ああ、我々も何度かパーティー内でジャンケンで意見を決めた事があるが、最初に勝つのは間違いなくカズマだ。

 ………ちなみにアクアが最後まで残る」

 

 

 との事だ。なるほど、伊達に自信満々じゃねえってことか。

 

 だが残念、ラック値で言うならばカズマを凌駕する逸材がここにいる。何を隠そうクリスその人だ。

 元が幸運の女神だからか、クリスの幸運のステータスたるや恐らくこの世界で一番高いのではないかと言うほどの値を誇っている。

 カズマも確かに高いのだろうが、以前見せてもらった時に比べたところ、それでもなおクリスの方が高かった。

 つまり普通に勝負したとしてもカズマはまず負ける。不憫だとは思うが、先に仕掛けて来たのはカズマなので仕方あるまいて。

 

 

「よっしゃ、かかってこいオラァ!」

 

 

 そうとは知らず、自分の強さに微塵も疑いを持っていないカズマが挑発的に手招きをする。

 

 ここまで来ると憐れみに似た感情すら湧いて来るから不思議である。

 皆の意見に異を唱え、一人で叛逆するその戦いが敗北で終わる事が分かっているとか目を逸らしたくなりますね。

 ……ん。よし、仕方がない。ここはたった二人の男性陣のよしみで俺が直接引導を渡してやろう。

 

 

「うっし、やるか。先鋒は俺が務めよう」

 

「まずは幸運最低値のゼロが相手か、妥当だな」

 

「フッ、ゼロは四天王の中でも最弱………」

 

「め、めぐみん?こちらは五人いるのだが……」

 

「大丈夫大丈夫、アニメとかじゃよくある話よ、四天王が五人。

 それで大抵五人目が最強の能力とか持ってるのよね」

 

「まあゼロ君じゃ負けるよねえ」

 

 

 おっと、俺の仲間内での信用の無さに自然と涙がでてきますよぉ………。

 いや、ある意味信用はされてるのか。どいつもこいつも俺が負ける事を信じてるって意味でなら。

 

 確かに俺の運は低い。アクアも俺と同じ最低値で同率のはずだが、そこは置いておいてこの世で一番低いのは間違いない。

 ジャンケンが純粋な運勝負なら俺に勝てる道理はどこにも無いことになる。

 ーーーそう、本当に運勝負ならな。

 

 

「さて、お前が自分の意見を押し通そうってえんなら、当然ジャンケンでお前が一回でも負けたらその時点で終了で良いんだよな?」

 

「………お前が条件確認とかすると途端に胡散臭くなるな。何だ、またなんか俺を騙そうとしてるのか?」

 

 

 昨日の件が糸を引いているのか、警戒も露わに問うてくるカズマ。

 

 騙すったってジャンケンだろ?どう騙そうってんだよ、むしろ教えてくれ。

 ま、チート臭いってのは否定しないがね。今回は話術サイドの技能を使う訳じゃないから安心なさいな。

 

 

「………?まあいいか。じゃあ行くぞ、さーいしょーは」

 

「グー」

 

 

 ボ。

 

 ※この効果音には何の意味もございません、もうこれで終わって良いとかそんな事一切思っておりません。

 

 

「「じゃーんけーん」」

 

 

 カズマや他の奴らは俺が負ける事に微塵の疑いも持っていないようだが、俺はジャンケンならばこいつらに百パーセント勝つことが出来るだろう。

 そもそもジャンケンが運ゲーとか誰が決めたんだよ。このゲームには必勝法がある!(ライアーゲーム並感)

 

 ………まあ言うてゴリ押しなんだけどな。

 

 

「「ポン‼︎」」

 

 

 お馴染みのかけ声と共に双方の手の形が変化する。その様子を、俺はスローモーションビデオを見ているような感覚で眺めていた。

 

 

 

 ※

 

 

「お客さん方、運が良かったですねえ。近頃は湯治客も多くなってアルカンレティア行きの馬車のチケットなんかはすぐ売り切れちゃうもんだけど」

 

 

 馬車の仕切りの向こう側から日焼けした快活な笑顔で話しかけてくる御者のおっちゃん。

 どうでもいいけどこういう仕切り構造って初めて見たな。警察の護送車がこんな感じの造りをしてるらしいけど定かではないし。

 

 

「ははは、いやあ、連れの中にコネ持ちがいましてね。今回使ったかは分かりませんが、多分それでどうにかしたんじゃないですかね」

 

「はっはっは、そりゃいい。コネってのは作るのも実力の内だ、お客さんもそういう伝手は作っておいて損はないですよ!」

 

「「はっはっは!」」

 

「………………………」

 

「………おいカズマよ、いつまで不貞腐れてんだ。過ぎた事はあんま気にすんなよ。

 男同士ってのも良いもんじゃねえか、いつもみたいに気軽に下ネタとか言ってくれても俺は構わんよ?」

 

「俺はそんなに普段から下ネタ言ってねーよ!」

 

 

 やーっと反応しやがった。何時間も前の事を根に持ちやがって、ガキかっつの。

 

 アルカンレティア行きの馬車の中。ここには俺とカズマ、あとは御者のおっさんの三人しかいない。ちなみに他四名は前方の馬車で楽しそうに騒いでいる。

 後続の俺達にまで聞こえてるってことは相当大音量のはず。向こうのおっさんは大変そうだな。

 

 この結果はもちろん俺がこいつとのジャンケンで勝利したからに他ならない。

 ではどうやって勝利したのか。何のことはない、言ってしまえば後出しのようなもんだ。

 無論ただの後出しではない。俺がしたのは手を出す瞬間に『スイッチ』を切り替えてスローで相手の手を読み、高速で自分の手を差し替える。これだけだ。

 地上最強の弟子ケンイチで師匠達が同じ事をしていたが、この戦法は相手が同じことを出来ない限りほぼ確実に勝てる。

 フェアではないのはそうだが、一応は実力なので見逃してもらおう。まあそもそも見切れる奴があの場にいなかったんだが。

 ここで知られざる真実、ジャンケンとは動体視力と反射神経をフルに活かす高度なスポーツだったのだ………!

 

 

「屁理屈だな」

 

「それを言っちゃおしまいだが……ってかお前マジで機嫌直せって。

 馬車が出発してから教えたのは悪かったとは思うが、ああしないとお前いちゃもん付けただろうが。

 こうなっちまったらどうしようも無いんだから、せめて状況は楽しまないと勿体無いぜ?

 俺に聞きたい事とか無いのか?普段ははぐらかすような事でも今なら雰囲気に流されてポロッと話しちまうかもだし、それがダメなら外の景色だって晴れてて良い感じだし楽しめるだろ?

 ………あ、あれってハクビシン?」

 

「タヌキなのん」

 

「アライグマでしょ」

 

「「「イ タ チ で す よ」」」

 

「………え?マジでイタチ?」

 

「はい、ありゃ平原イタチですね。体の色が周囲の草や地面と似てるので初めて見る人は遠目だと見つけられない事が多いんですが、お客さん目が良いんだね」

 

「はあ、まあ俺は『千里眼』持ちですからね。ゼロ……こいつはどうか知りませんけど」

 

 

 御者のおっさんが言うには本当にイタチだったらしい。ここの流れは完璧過ぎて周りと同じ大草原。

 この会話でカズマもようやく気分を持ち直したようだ。良かった良かった。

 

 するとカズマが少し思案する素振りを見せて、何故かおっさんと俺達の間にあった仕切りを閉じて俺に向き直る。

 やだ、人目を避けて私に何するつもりよ変態!どうせ酷いことするんでしょ、エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!

 

 

「ゼロ、聞きたい事はないかと言ったな。俺はお前にちょっと前から聞きたかった事があるんだ。話してくれるな?」

 

「星の内海、物見の台、楽園の端から君に聞かせよう」

 

「誰が王の話しろっつったよ」

 

「バカ、よく聴いてみろよ。王の話じゃなくて理想郷(アヴァロン)の話しかしてねえだろ」

 

「今はそんなボケ望んでんじゃなくて!つーかそう、それもだよ!」

 

 

 我儘な奴だな、我が王の話の何が不満なのだ。それもってどれの事だろう。

 

 

「先に言っとくけどお前が知られて困るようなら答えなくても良い。俺も確信がある訳じゃないんだ。ただ、できる事なら教えて欲しい」

 

 

 そのまま俺が黙っていると、何か重大な事を話すかのように神妙な空気を醸してそう切り出す元FGOユーザーのカズマ君。

 俺に知られて困る事なんてあったかな。………うん、(そんなもの)ないです。

 

 

「これはずっと前から思ってたんだが、お前は日本の文化に詳し過ぎる。

 さっきみたいなサブカルチャーにしても、その他諸々にしてもそうだ。いくらお前の親父が日本人と言っても限度があるぞ。

 そもそも年代的に知らないはずの事まで知り過ぎてるしな。のんのんびよりとか何年前から存在してるんだって話だ」

 

「………………………」

 

「そして異常なのはその強さだ。真っ当な転生者のミツルギですら特典のグラムの能力を合わせても素手のお前に勝てないって流石におかし過ぎるだろ。

 お前、他に何か能力を持ってるんじゃないか?」

 

「……分からんな、一体話の終着点をどこに持って行きたいんだ。

 頭の悪い俺にも分かりやすく、単刀直入に言ってくれ」

 

「……………っ」

 

 

 別に威圧したつもりは無かったのだが、カズマは何故か気圧されたように怯んでしまった。

 大丈夫だよー、コワクナイヨー。

 

 

「………わかった、じゃあズバリ聞くぞ。お前………」

 

 

 恐れる気持ちよりも知りたいという感情の方が勝ったのか、質問を続けることにしたようだ。

 好奇心は猫を殺すって言葉を知らないのかなこの子は。と言っても俺は特に何もしないけどな。それは他の場合であり、少なくともこの現状には当て嵌まらない。

 

 しかし、なるほど。聞きたい事は何となく分かったぞ。展開的にこいつは俺にこう聞きたいのか。すなわち俺が………。

 

 俺がメタ読みに勤しんでいる最中、核心に触れるようにカズマが訊く。

 それは俺が想像した言葉と一言一句違わぬ物だった。

 

 

「お前、俺と同じ転生者なんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 



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80話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「お前は俺と同じ転生者なんじゃないのか?」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 カズマの聞きたい事は俺の予想通りではあった。

 けどこんなモン気にする事でもないし、きっと他にもあるんだろう。

 

 そう思った俺が続く言葉を促すように黙っていると、それっきり車内には馬車の走る音と環境音だけが残った。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 ………え?本当にそれで終わり?

 

 なんでえ、何を勿体ぶってんのかと思ったら今さらそれかよ、逆にびっくりだわ。

 

 カズマは俺が訳ありで素性を隠してるんじゃないかとか思っていそうだが、んなこたあない。ただ単に聞かれなかったし、わざわざ説明するのが面倒臭かったから話していなかっただけだ。

 あとこいつとかに知られない方が色々有利に進められたからな。将棋とか。

 俺だって成り立ちを墓場まで秘密にして持って行くつもりなど無く、いつかはこいつらにも話す時が来るだろうとは思っていたのだ。そういう意味ではタイミング的にはバッチリだと言えよう。

 

 問題はどう説明するべきか、だ。

 自分で言うのもアレだが俺は生まれが少々特殊過ぎて自分ですらはっきり理解し切れていない。

 エリスとバニルから聞いた話を総合した上でカズマの質問、『俺は転生者なのか』について答えると、どちらでもあり、どちらでも無いというのが最も適当な答えになってしまう。何ともテキトーだな。

 

 日本で死んだ『俺』はアクアのミスでこっちで産まれる胎児、つまり俺に特典と向こうの知識だけが移った状態で転生させられた。

 この際に転生者である『俺』の記憶と人格、肉体なんかはどっかに吹っ飛んでったらしい。カムバック。

 そして今ここにいる俺は人格も肉体も元々こっちで産まれるはずだった、文字通りこっちの人間だ。果たして俺は転生者と呼べるのだろうか。

 

 ………うーん、ここら辺はカズマの転生者の基準によるな。

 向こうの知識と特典を持っていれば転生者と判断するなら俺はそれに該当するだろう。

 向こうの『俺』そのままでなければそう判断されないなら、俺は転生者とは言えないだろう。

 さて、こいつが望む答えはどっちかな。

 

 表情でカズマが欲している方にテキトーに答えてやろうと顔をチラ見。

 すると、俺の目を真っ直ぐ見つめて口元を引き結び、俺の返事を待ち構えている顔が目の前にあった。

 

 ………ちょっと待って、なんでこんな真剣な感じになってんのこいつ。ここそんなに大事な場面じゃないよね?

 

 目を逸らしたくはあったが、何か負けたような気になりそうなので目を合わせ続けること暫し。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

「…………ふ。言っとくけど騙してたわけじゃないぞ。今までだって嘘は付いてなかったんだからな、そこは留意しとけ」

 

「………!あ、ああ」

 

 

 全部説明するのはやっぱり面倒だったのだが、気が変わった。真剣な奴にはある程度の誠意ぐらい持つさ。

 マジで何でこんなに大事ぶってんのかは分からんが、こいつはこいつの事情があるのだろう。

 確かに、聞きたいことない?と言ったのは俺だし、目的地まで時間を持て余して暇だってのもある。たまには自分語りも良いだろ。

 

 ………よう考えたらそうでもないな、俺結構自分語りしてるわ。アイタタタタ。だけど止められない止まらない。

 そうと決めたらまずどっから話したもんかな。

 ……とりあえず、前の馬車で宴会芸をしているらしき馬鹿がミスった所から行ってみるか。

 

 

 

 ※

 

 

「で、そこで会ったのがお前らってワケよ。ちなみにあの時言ったことは全部本当だからな。

 不壊剣デュランダル………まあ要は硬いだけの剣だが。これは親父から受け継いだもんだし、俺については突然変異した回復力が異常なこっちの人間くらいに思ってくれりゃ良い。

 その後はお前も知っての通りってトコか。ドゥユーアンダスタン?」

 

「……………………………」

 

 

 ………あれ、反応が無いんだが。

 もしや今の似非英語の使い方が間違っていたのだろうか。いやしかし「理解出来たかな」的な意味合いのはずだしな。

 

 

「す……」

 

「す?」

 

 

 『す』ってなんぞ。……酢?酢酸ナトリウム?

 

 

「すみませんでしたああああああっっ‼︎」

 

「と、おっ?」

 

「お、お客さん⁉︎どうしました⁉︎すごい声が……」

 

「いえいえいえ、すんませんね、何でもないですのでお気になさらず」

 

「そうですか?あまり大声を出されますと馬が驚いてしまうので控え目でお願いしますよ?」

 

 

 いきなりカズマが叫び始めたせいで馬車を引いている馬が驚いてしまったのか、車体が左右に軽く揺さぶられてしまった。

 泡を食って仕切りを開けてきたおっちゃんの注意にそれらしく謝っておく。

 

 目の前にいる俺ですら驚いたんだからそら御者のおっちゃんも馬もびっくりするわ。カズマ君どしたん急に。

 

 しかし当のカズマはおっちゃんの声も聞こえていない様子で土下座しながらしきりに俺への謝罪をするばかりだ。

 

 

「すんません!ウチのアホがほんっとすんません!後からきちんと謝罪させますのでどうか命だけはっ‼︎」

 

「………………ああ?」

 

「ヒィッ⁉︎」

 

 

 なーるほど、そういう事か。

 

 こいつは多分俺が未だにアクアを恨んでいると思っているのだろう。そしてその矛先が自分や他のメンバーに向くかも、とかも思っているのかもしれない。

 

 馬鹿な、全くもってあり得ない話である。

 確かに初対面の時はアクアをどうしてやろうかとも考えなくもなかったが、それはそれ。

 アクアにはなんだかんだでかなり世話になっているし、今では恨み辛みなど欠片も残っていない。そもそもその時の事を俺が憶えていない以上は恨みようが無いしな。

 あいつがこの事を忘れているのか、憶えていて黙っているのか。それは分からないが、それで毎日を楽しく過ごせているならばそれでいいのだ。今さら蒸し返す気にもならない。

 

 

「俺がその気ならとっくにヤッてるよ。こっちが気にしてねえって言ってんだから、そんな態度取られるとむしろ腹が立ってくるから止めろ。アクアにも伝えなくて良い」

 

「それは………でも、良いのか?」

 

「良いんだよ」

 

 

 グリーンだよ。

 

 アクアを責める責めないの話はこれで終い、と一睨みしてやると、カズマは納得したかは微妙そうだが。

 

 

「そ、そうか……?そんじゃまあ、いつも通りにさせてもらうぞ?」

 

 

 恐る恐る、と言った体で顔を上げてから客席に戻る。

 

 ふん、それにしても結構長めに喋っちまったな。

 一息つく為に車窓の外の景色をぼーっと見ていると、視線を感じる。

 正面に目を向けるとカズマが俺の方をジッと見ていた。

 

 

「何だよ、もう俺に話す事なんざねえぞ。他になんか知りたいなら今の内に聞いときな。何を教えて欲しい?

 ………あ、先に言っとくと時系列云々の話は俺も知らんぞ」

 

 

『俺』とカズマでは最低でも十八年程生まれに差がある筈だが、知っている事を鑑みるにそれほどの差があるとは思えない。

 あの駄女神様がそこら辺適当に処理したんじゃないかね。

 

 

「それも気にはなるけど、聞きたいことっていうかお前の話でちょっと引っかかる事があってさ。

 お前産まれた時には既にそんな感じの性格だったって言ってたよな、それおかしくないか?」

 

「……何が?」

 

 

 俺の出自なんざおかしいトコだらけだろ。それとも何か?俺の性格が変って言いてえのかこの野郎。

 普段通りにしろとは言ったが早速だな。

 

 しかしカズマが言うには。

 

 

「いやそうじゃなくて。お前の日本での人格が消えたんなら今のお前の人格はどこから来た物なんだろうって、ちょっと思ってな。

 知識しか残ってないんなら、そういうのは産まれてすぐに身に着くってもんでも無いだろうし」

 

「…………………」

 

 

 今度は俺が黙する番だった。

 確かにそうだ。人格が綺麗さっぱり消えたと言うのならば産まれたその瞬間、俺はただ物事を少し知っているだけの無垢な赤ん坊に過ぎない。

 だのに、俺はあの時既に自分という物を取得していた。これはどういう事か。

 まさかバニルが嘘を付いていた訳では無いだろう。アレは一応正式な取り引きで教えてもらったのだ、悪魔が契約で相手を騙すとは思えない。となると、はて。

 

 目を閉じて考え込む。と、言っても答えが出る筈もなく。

 

 

「(あれは確か十歳の頃………、いや九歳だったか?お袋が風邪で寝込んだ時に三日ほど看病したな。その時に俺のこの並ぶ者なき心優しい性格が生まれたとは考えられないだろうか。そしてその三ヶ月後には………)」

 

 

 どこをどう迷走したのか、憶えている限りの記憶を誕生からこっち、片っ端から羅列するだけの思ひでぽろぽろ大会になってしまった。自分でも理由が分からないが、どこでどの性格が生まれた、とかを考えたかったのかもしれない。

 もちろんこの行為に何の意味も成果も無い。強いて言えば老化防止に役立つ程度だ。

 

 

「(まず、なぜ今さっき話したばかりのカズマが気付ける事を十数年も意識すら出来なかったのだろうか。これでは俺が本当にアホみたいではないか。

 そもそもが俺は一つの事に集中するとその他の事が疎かになる悪癖がある………ああでも今まで結構忙しかったからそんな事思いもしないべ普通。……言い訳だけど)」

 

 

 ブツブツと口の中でだけ記憶を掘り起こす作業が、次第にそれに気が付かなかった自分への罵倒を探す作業になりつつあったその時。

 

 くいくいと俺の袖を引く感覚に気付いた。この馬車には俺の他にカズマしかいないのだから、

 

 

「………どうしたカズマ君。俺は今自分が何者なのかを探す旅に出ているんだけどね」

 

「どうでも良いわそんなもん。それより、なんかあっち……遠くの方から砂煙が上がってるんだけど何か分かるか?」

 

「砂煙ぃ?」

 

 

 問われるがままに思考を中断してカズマの指差す方向へ身体を乗り出す。

 しかしあまり遠くの物を見るようには出来ていない俺の目には何も見えない。カズマはおそらく『千里眼』スキルを使っているのだろう。

 

 

「………すまん、俺にゃ見えねえな。ま、この辺で砂煙っつったら砂くじらかなんかだろ。

 かち合ったらやばいし、御者のおっちゃんにも一応伝えておいてくれ」

 

「おう。すみませーん!向こうの方角に………」

 

 

 カズマが報告している間に少し考え直す。

 

 そう言えばこの辺りは走り鷹鳶の生息域でもあった筈だ。その群れが大移動してるなら砂煙ぐらい立つだろうが、どうだろな。

 

 

「…………ああ、そりゃお連れさんの言う通り、砂くじらですかねえ。

 他の可能性としてはリザードランナーの群れか………いや、リザードランナーの方はつい最近アクセルの冒険者の方が姫様ランナーを退治して落ち着いてるってんでそれは無いか。

 あとは走り鷹鳶ってとこですか?」

 

「走り鷹鳶?」

 

「ダジャレと思われるかもしれませんが、そりゃ名付けた人に言ってくださいよ。

 走り鷹鳶ってのはダチョウみたいな見た目をしてて、何かしらの硬い物体に凄い勢いで突進してはスレスレで避ける時のスリルを好む珍しいモンスターでね。大方、どこかの鉱山にでも移動する途中なんでしょう」

 

 

 何の危機感も感じていない様子のおっちゃんからは予想通りの回答が得られた。

 

 走り鷹鳶はおっちゃんの説明通りだが、ついでにリザードランナーについて補足しておくと、エリマキトカゲを人間大にしたようなモンスターで、繁殖期になると姫様ランナーという、言うなれば女王蜂みたいな雌個体を巡ってたった一頭の王様ランナーという個体を決めるために熾烈なバトルを繰り広げる奴らだ。

 バトルと言ってもその方法は徒競走のように、シンプルに誰が一番走るのが速いかで決める。

 これだけなら特に危険も無く、むしろ勝手にやらせておけば?といった感じなのだが、侮れないのはその速度である。

 馬の全速力を超えるようなスピードで走るモンスターが民家に突撃してきては堪ったものではないだろう。しかも数が百も下らないものだから一般ピーポーではどうしようもない。

 ご多聞に漏れず冒険者が出張った訳だ。つまりこのDIOが。

 

 テイラーのパーティーに雇われてクエストに行ったのだが、いやあ、姫様ランナー一頭倒せば雄どもは勝手に落ち着くってんだからあんな楽な仕事は無かったさね。

 速いっていっても俺の速度からすればカタツムリも良いところだ。合間を縫って狙うのは容易かったし、リーンその他の面子もサポートしてくれたので美味しくクエスト達成の打ち上げ代になっていただきましたとも。

 その後ダストが金を使い過ぎたと泣き付いてくるのはご愛嬌。

 彼はあれだね、学習とかしないのかね。………無理かな。無理だな、うん。

 

 

「はい、先生!」

 

 

 と、カズマにモンスターの生態について授業をしていると、カズマが先ほど指差していた方向を見ながら元気良く手を上げた。

 

 

「元気があって大変よろしい。何でしょうカズマ君」

 

「砂煙が………っていうか多分走り鷹鳶とやらは真っ直ぐこちらへ向かってくるようなのですがそれについても補足お願いします」

 

「……………?」

 

 

 再び身を乗り出して目を凝らすと、大分近づいて来たお蔭か今度は俺にも視認する事が出来た。

 カズマの言う通り、この馬車目掛けて直進している気がする。が、見た所この馬車には積み荷らしい物は特に無い。奴らが望むような硬い物体など無いというのに、一体何が目的でこっちに走って来ているのだろうか。

 

 硬い物……、硬いもの……、硬いモノ……、硬い……剣………?

 

 

「「………あっ」」

 

 

 俺と全く同じタイミングで声を上げるカズマ。おそらく至った結論も同じだろう。

 

 カズマがこちらを振り向く前に高速で首を捻って明後日の方向を向く。僕悪い事してないよ。

 

 

「おいゼロ、お前、その剣。デュランダルの神器としての効果もういっぺん言ってみろ。確か世界で一番硬いとか何とか言ってたよな」

 

「言っ……たかもしれんなぁ」

 

 

 あ、やべーわ。これやべーやつだわ。超怒られるパティーンだわ。

 

 

「嘘を言わないのは立派だな。じゃあもう一つ聞かせてもらうぞ。

 あいつら、その剣が目的でこっちに来てるんじゃないだろうな」

 

 

「………可能性は、否定できない」

 

「こっち見ろおい」

 

 

 カズマの顔が見られない俺がそっぽを向き続けていると。

 

 

「お、お客さん!何故か走り鷹鳶の大群がこの馬車を狙って来ていますが、大丈夫ですからね!

 こんな事もあろうかと護衛に冒険者の方を雇っていますから!心配いりませんから!」

 

 

 おっちゃんが俺達が不安がらないようにか、殊更に明るく振る舞う。

 

 やめてくれないだろうか。カズマの視線も相まって罪悪感に押し潰されそうだから。もう許してくれないだろうか。

 というか奴らは本当に俺のデュランダルを目当てにしているのか?

 もしかしたらそれは勘違いで、実は並走している冒険者達が何かしらの鉱石を持っていてそれを狙っているのではないか。

 

 一応、念の為、デュランダルを外に出して様子を見てみる。

 その直後に砂煙の進行速度が上がった気がした。

 

 ……………………。

 

 

「カズマ、大変な事実が発覚した。原因は俺だ」

 

「見りゃ分かるわ!何だよ、せっかくお前とクリスがいればあいつらのお守りが楽になるって思ってたのに、今回はお前までトラブルの元なのかよ⁉︎」

 

 

 

 誠に遺憾である。

 

 

 

 

 



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81話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「あいつらはお前が呼んだようなもんだろうが!さっさと何とかして来い、バレる前に!具体的には全部ぶっ飛ばして来い!」

 

 

 そんなに責任を取らされるのが嫌なのか、馬車の扉から俺を蹴落とそうとカズマが躍起になっている。

 俺はそれに抵抗しながら、最近ギルドから受けた忠告を思い出していた。

 

 

「いやいやいや、少し待て。俺少し前にバニルと一緒に『あまり生態系を壊さないで下さい』ってギルドから注意受けてんだって。

 アレ全滅は流石にアウトだろ。あんま注意無視するとギルドに入れてくれなくなるらしいから困るんだけど」

 

「はぁ⁉︎……いや、そんなもんハッタリに決まってんだろ。

 ギルドだってお前がいなくなったらクエスト片付かなくて困るんだからそんな事できやしねえよ。

 つーかいいから早く行けっての、今日は野宿するらしいからそこで落ち合うぞ!」

 

「分かったから人の顔を踏むなって……ちょっとお!」

 

 

 問答無用でカズマに馬車から追い出されてしまった。まったく………。

 しかしその考えは無かったな。考えてみりゃ確かにそうだ。ギルドの連中め、大袈裟に脅かしやがって。

 

 そうと分かればカズマに言われなくても分かってるっつーの。

 リスクが無いなら原因である俺が黙って知らん振りを決め込む訳にもいくまいて。

 

 馬車の扉から飛び降りて並走していると。

 

 

「⁉︎おっ、お客さん何してんですか!危ないですから戻って来てください!

 冒険者の方達に任せておけば安心ですから、お客さんが危険を冒す必要なんてありませんよ‼︎」

 

 

 おっちゃんが今まで以上に焦った様子で必死に俺を引き留めようとしてくる。

 

 いや、この対応はとても正しいんだがな。

 もし俺が旅行関係の仕事をしていて、自分が受け持った客が危険行為をガンガンやる奴だったら俺だって是が非でも止めるだろう。

 もしそれで客が怪我でもしたら責任が誰に行くかを考えれば当然の帰結である。

 本当の客というのはその辺りを踏まえた常識のある人間の事を言うのだ。ただ『面白いから』『楽しそうだから』と危険行為をする輩は客とは呼ばんよ。それはDQNと言う。

 ちなみに暴れ回る子供を窘めもせずに放置する両親もこれに該当する。これに関しては子供に非はない。子供は元気なものであり、それについての責任は親にある。

 

 まあ今まさに俺がそのDQNや親に該当している訳だが。

 これにはちゃんとした理由があるので許して下さい。これ以上罪悪感を与えられるとゲロ吐きそう。

 

 

「止めてくれるな親父さん」

 

「あ、あんた……!」

 

 

 被ってもいない笠を指で押し上げる動作をする俺を見て何かを察した表情を浮かべるおっちゃん。

 

 ……うん、誤魔化す為にとっさにRP(ロールプレイ)入れちゃったけど何だこれ。

 

 

「男にゃ、死ぬと分かってても往かなきゃいけねえ戦場だってあるのさ。

 あんたも男なら……いや、漢なら分かんだろ……?」

 

「あんたまさか……、あっしらの為に……⁉︎」

 

 

 いやなんであんたも一人称寄せて来てんだよ。ノリが良いのは結構だけどわりとピンチだからね?もう走り鷹鳶の群れが近いからね?この茶番始めたあっしも悪いんだけど。

 ……おっと、俺にも移っちまったい。

 

 

「早よ行けや!」

 

「はい、すんません!」

 

 

 痺れを切らしたカズマにも怒られてしまったのでそろそろこの不思議空間からおさらばさせてもらうとしよう。

 というか本当に何だこれ。

 

 

「あばよおやっさん、縁があったらまたどこかで会おう。………オタッシャデー!」

 

「お客さん!お客さああああああん‼︎」

 

 

 なんだこれ♪L( ^ω^ )┘

 なんだこれ └( ^ω^ )」

 

 

 出鼻の茶番のせいでもう本当にギリギリまで走り鷹鳶の大群が迫ってきている。

 

 俺が馬車から離れるようにスピードを上げると。

 

 

「お、お。やっぱり着いてくるな」

 

 

 やはりこのダチョウ擬きはデュランダルに引き寄せられてここまでいらっしゃったらしい。

 あとは付かず離れずの距離を保ちながら馬車から離れるように誘導して………。

 

 

「………あん?」

 

 

 上手く誘導できていると思っていたのだが、何故か全体の四分の一ほどの走り鷹鳶が俺には目もくれずにクリス達の馬車の方向へ走っている。

 何でやねん。キミらデュランダルが目的じゃないのん?

 

 助けに向かうにしても俺が後方に引き連れている大群がまた厄介だ。

 幸い、護衛の冒険者が乗った馬車が追い付いて迎撃してくれている。大した数ではないし、対応も出来そうなのでここは任せておくとしよう。

 護衛の仕事を全部奪うってのも気が引けてたからちょうど良い。金を払った分の仕事はしっかりしてもらおう。

 

 しかし、残りの走り鷹鳶達は何故あっちの馬車に向かって行ったのだろうか。向こうの馬車にも特に荷物があった記憶は無いけど………、まさかダクネスが硬すぎて、などという展開ではないだろう。もしそうなら今後それをネタに弄りまくってやるのだがね。

 

 

 走り鷹鳶にデュランダルが見えるよう掲げながらに馬車から離れ続けて、もう良いだろうという所まで来る。

 本来であればここらで切り返して全力で振り切ればそれで解決………なんだけども。

 ふとブレーキをかけて停止する。かなり加減したつもりだが、気がつくと大分群れを引き離してしまっていたので小休止も兼ねて。

 

 ………右見てー、左見てー。

 

 見るまでもなく広い広い草原だ。ついでに通行人などの邪魔も入る余地は無さそうである。

 これは神様からのお告げではないだろうか。『たまには本気出さないと身体鈍るよ?』というお声が聞こえた気がする。

 ※気のせいです

 

 実際これだけ条件が揃うのはいつ振りだろう。

 ・周りが開けている。

 ・周りに誰もいない。

 ・全力を出してもすぐにいなくならない数の相手がいる。

 完璧だ。

 

 走ってきた方向を見やると、走り鷹鳶達が砂塵と共に迫って来ていた。数は百、二百………そのくらいだな。

 本来は鳶だか鷹だか忘れたが、とにかくそのような鳴き声をしている走り鷹鳶だが、遠くにいる事と数が多い事が相まってピャーピャーという甲高い音にしか聞こえない。

 

 ………ああ、なんか気乗りしないと思ってたらあれだ、オーク(クソ豚)の群れに追い回された時を思い出すからだこれ。思えばあれももう一年近く前なのか。

 

 あの時との違いといえば相手があれほど醜くないこと、追い付かれても舌を噛み切らずに済むこと、あとは。

 

 

「俺があの時みたいに逃げ惑うほど弱くないってことか」

 

 

 一騎当千系のゲームって楽しいよね。

 

 

 

 ※

 

 

 少し遊び過ぎたのか、もうじき日が沈んでしまいそうだ。

 正直暴れてた時間よりも道に迷っていた時間の方が遥かに長いけど。広大な平原でなんの目印も無しに数台の馬車を見つけるとかとんだ無茶振りでしたわ。

 しかし日が暮れそうになれば火を焚く。それを見つけられればこっちのものである。というかちょうど見つけた。

 

 

「ただいま〜」

 

「うん?……あ、ゼロ君だ」

 

 

 火を囲んで一塊になっていた集団を見つけて声をかけると、その中の一人が反応して振り返ったのでそちらに歩み寄る。

 火の逆光で見難いが、背格好と声から察するにあれはどうやらクリスだな。

 

 

 

「ただいま。何体かそっちに行っちまったけど平気だったか?」

 

「おかえり。こっちはこっちで何とかしたけど……、そっちこそ大丈ぶふっ⁉︎ケホッ、どうしたの⁉︎なんかあった⁉︎」

 

「は?何が?」

 

 

 お互いの顔が確認できる位置まで近づいた瞬間、クリスが何故だかむせる。

 

 なんかあったはこっちの台詞だ。人の顔を見て吹き出すなど失礼千万。何がそんなにおかしいと言うのだ。俺の顔なんか毎日見てるだろうに。

 

 

「明らかにおかしいって!君にしては珍しいくらいの笑顔だよ⁉︎いつもはあんまり笑わないのに!」

 

「む」

 

 

 クリスに言われて頰を触ると、確かに笑顔……というよりはにやけ面になっているようだった。

 まさかとは思うが戦闘中から平原を彷徨っている時も、ずっとこの顔だったのだろうか。

 想像するととんでもねえ絵面だな、亜音速で走るにやけ面の男。

 確実に通報案件ってか都市伝説的な何かだろ。なんかいなかったっけ、そんな感じのヤツ。……ダッシュババア?

 

 

「………ん?でも俺いつも普通に笑ってるだろ?」

 

「いや滅多に笑いませんよゼロは。その滅多な時も人を小馬鹿にしたような嘲笑か愛想笑いばかりで、純粋な笑顔なんか見た事無いまであります」

 

 

 俺の質問に答えたのはクリスとの心温まる会話に割り込んで来た邪魔者、めぐみんだった。

 

 

「お前にゃ聞いてねえよ。そしてそれはお前の主観でしかないね。なあ、そう思うだろ?」

 

「「「………………」」」

 

「あるぇ?」

 

 

 周りに同意を求めるも、クリス含めたその他のメンバーはめぐみんの言う通りとばかりに頷いている。

 マジかよ。自分では普通に笑っているつもりだったのだが、周囲からはそう見られていなかったらしい。

 まさか俺に無表情設定があったとは知らなんだ。それを知ったところで別に変わろうとは思わんが。

 

 

「おう!あんたがさっき群れの大部分を自分を囮に誘導してくれたって人だろ?ありがとうな、助かったよ!」

 

「………?ああ、あなた方が護衛の冒険者さんですか。その節はどうも」

 

 

 そうしてカズマ達と話していると、護衛の冒険者パーティーのリーダーと思しき人物がいきなり肩をバンバンと叩いてくる。と思ったら、そのまま腕の力だけでそちら側まで引っ張り込まれてしまった。

 

 急に色黒のむさいおっさんに馴れ馴れしく話しかけられるとビビってしまうのでやめてくれないかなあ。かなりのマッチョメンなので圧迫感ヤバい。もっと段階を踏むとかなんかあるだろ。

 あ、お礼の言葉はしっかり受け取らせてもらうが報酬の方は要らないです。今回は俺が災厄の元だったからね。

 

 走り鷹鳶を引き受けたのが俺なら、引き寄せたのも俺だということを知らずに無駄に声を張り上げる元グリーンベレーの軍人さん。試してみるか?俺だって元コマンドーだ(強者の余裕)

 

 

「いや〜、あの規模の走り鷹鳶の群れ見た時はとんでもねえ依頼受けちまったって後悔したもんだ!

 あんたがいなかったらこの商隊を放っぽり出してたかもな!ウハハハ!

 見たとこ、あんたも冒険者なんだろ?それもかなりの腕と見たね!」

 

「はあ、それはどうも」

 

 

 どんどん喋り倒す為に口を挟む隙が無い。こういう奴は苦手だからさっさと会話を終わらせたいのだが……。

 

 

「俺たちは決まった場所を拠点にしてねえんだ。

 ここみたいな商隊の護衛を引き受けながらグルグルと色んな街を渡り歩いてっから、運が良きゃまた会うかもな!

 そん時ゃ一緒にクエストでも受けようや!」

 

 

 おっと事情が変わった。ビジネスチャンス到来だ、こういう機会があるから遠出ってのは油断できない。

 

 

「そうでしたか、俺は基本的にはアクセルで傭兵みたいな事をしてますので、もし近くに寄ることがあればギルドにお出向き下さい。

 ごく稀に王都にも行きますが、まあそちらで冒険者稼業をすることはあまり無いので関係ありませんか」

 

「ハッ!さては兄ちゃん真面目か?そんなに肩肘張ってたら息苦しいだろうが!」

 

「……いえ、別にそんな事は」

 

 

 はて、俺は初対面の人間に対してごく当たり前の対応をしていたつもりだが、リーダーはあまり面白く感じなかったらしい。

 鼻を鳴らして俺の頭やら肩やらを叩きながら。

 

 

「冒険者ってのはいつ死ぬか分かんねえんだから、もっと気楽で良いんだよ気楽で!

 死ぬその瞬間までそんな窮屈な思いしてたら絶対後悔するね!

 これは俺の持論だがなぁ、良い人生ってのは最期に笑って死ねるような生き方の事を言うんだよ。

 兄ちゃんはどうよ、固っ苦しい態度取ってていきなりモンスターに襲われて死んだら未練が残ると思わねえか!

 俺を見ろ!そんなの御免だから敬語なんざ使った事ねえよ!」

 

 

 そのような事を言った。

 

 多分こいつが敬語を使った事がないというのは本当だが、使わないのではなく使えないと見たね。後ろで他のメンバーが苦笑している。

 

 俺は普通に敬語を使っていただけで態度まではそんなに丁寧にしたつもりはないし、その理屈は無理があるだろ、敬語関係ないだろと思わなくもないが、その考え方自体は何となく気に入った。

 

 

「……中々良い事を言いますね。覚えておくとしましょう」

 

「まずはその敬語を止めねえかい!冒険者同士でそんな畏まってどうすんだっての、他に聞いた事ないぞそんなの!ほれ、言いたい事でも何でも、どーんと言ってみな!どーんと!」

 

「初対面で馴れ馴れしくするんじゃねえよ筋肉ダルマ。俺の肩に置いた指を一本ずつあり得ない方向にねじ曲げるぞ」

 

「本性ひでぇな兄ちゃん⁉︎」

 

 

 リーダーの悲痛な叫びにパーティーメンバーからどっと笑い声が上がる。

 

 ひとしきり談笑して、後から来た御者の人達から「走り鷹鳶を追い払ったお礼がしたい」と言われたが、そんなマッチポンプ的なお礼など受け取れるはずもない。

 ボロが出ても困るので適当に受け流しながらカズマ達の方へ帰ると。

 

 

「まさかあんな特技が………」

 

「そういえば……王都で会った時………」

 

「私とカズマとも………」

 

「お前らは何をやっとるんだ。さっきから俺の方チラチラ見てただろ」

 

「別に」「別に」「別に」

 

 

 嘘つけ絶対見てたゾ。

 

 五人で丸まってヒソヒソやっているカズマ達を見下ろす。

 さっきから気になっていたのだ。御者のおっちゃんや冒険者の色黒リーダーと話している俺をチラチラと見てきやがって。

 

 

「えっと、今みんなでゼロ君って悪っぽい顔してる割に話しかけやすいよねって言ってたの」

 

 

 仲間外れはかわいそうだと思ったのか、クリスが教えてくれる。

 悪っぽい顔とか地味にショック。こんなイケメン捕まえて………まあ目付きが悪いとかは結構言われるけどさあ。

 

 

「ほら、ゼロって初対面の人ともよく喋るだろ?あの冒険者達ともさ。

 そういえば俺達の時もそうだったなって」

 

「私は恥ずかしながら人見知りをするタイプなのだが、王城でお前に対しては気負わずに話しかけられた事を思い出してな」

 

「紅魔の里でもそうでしたね。………まあ、あれは私とこめっこ……妹にとって死活問題だったのですが」

 

 

 それぞれ褒めているのか何なのか、よく分からないことを口にするカズマ、ダクネス、めぐみん。

 

 初対面の人ともよく喋るって、別に俺は好んでそうしてるわけじゃないんだがね。

 今のだって話しかけられなければスルー安定だったのだ。向こうから来た以上、対応しなければ失礼にあたるから会話したのであって、必要もないのに俺から話題を振る事などまず無い。

 その辺を勘違いされると一気に軟派な男というイメージ付きそうだから止めてよね。

 

 しかし仲の良いハズの面子は俺のささやかな意見などガン無視で再びヒソヒソ話を始めてしまった。

 思ったんだけど俺の扱い雑じゃない?俺一応王都じゃ英雄的ポジにいるんですけど。その輪に俺のスペースが無いのは気のせいじゃないよね?

 今回は話の中心に俺がいるからハブられるのは助かりはするので良いけど。友人同士が自分の過去話してるとか拷問だろ。

 

 クリスも熱心に俺がアクセルに来る前の出来事を聴いているが、こいつはエリスとして俺の旅路を見ていただろうに一体何がそんなに面白いのだろうか。

 記憶をまさぐってみると大体は俺が苦労したり、死にかけたり、集られたりと、そんなものばかりなのだが。

 

 ……………生きてるってすばら。

 

 

「めぐみん妹なんていたの?ちょっと、今度紹介してよ。

 あ、それとロリマさんは会わせちゃダメだからね。妹ちゃんの身が危ないわ」

 

 

 一方でアクアは俺の話などよりも、めぐみんの家族構成について興味深々といった様子で食い付いている。なぜかカズマを罵倒しながら。

 

 

「……おいアクア。大事な話があるの思い出したから、そこの岩の陰に行くぞ。あそこなら誰にも見られないだろ」

 

 

「なに?カスマったら人目に付かない所へ行ってこのアクア様に何しようってのよ。

 まさかニートの分際で不相応にも麗しき女神たる私に劣情を催しちゃったってワケ?

 言っとくけど、もし変な事しようとしたら聖なるデンプシーでこうだからね、こう!」

 

「まっくのうち!まっくのうち!」

 

「…………………」

 

 

 シッ、シッ、と中々のスピードでシャドウを始めるアクアを連れて近くの大岩へと無言で歩いていくカズマ。

 この後の展開は想像に容易いので、そろそろ幕内コールをやめて離れた場所で早々に寝ることにしようかな。

 

 そうして歩き始める。この長い長い、登り坂をーーー。

 

 

「あれ?キミどこ行くの?寝るんだったらみんな一緒の方が良くない?」

 

「………目敏いな」

 

 

 話に夢中になっている内に離れておこうと思ったのだが見つかってしまったか。

 クリスに釣られてめぐみんとダクネスも俺を見る。

 

 

「経験則だよ。毎度そう(・・)ってんじゃねえが警戒しておくに越したこたねえ。

 何かあったらここから俺を呼べ。よっぽど小さい声じゃなきゃ速攻で起きるからよ。……そんじゃお休み」

 

「?」

 

 

 首を捻る三人を背にまた歩く。

 

 離れた場所で寝ようと思ったのはここにいないアクアの泣き声を警戒したのも事実だが、俺が危惧しているのはそれだけではない。

 俺の不運は普段は鳴りを潜めてるくせに、こういう時はよせば良いのに張り切るからな。

 

 あまり離れすぎるのも不便なので、立ち上がれば即同行する面々が一望できる位置に陣取り、忘れないように手頃な石を耳に詰めて仄かに熱を発する火竜のマントに包まる。

 程なくしてアクアの大声らしき振動が伝わって来たが、我関せずと放置。

 大泣きが収まった時を見計らって耳栓を外した。

 

 

 

 

 



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82話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 皆が寝静まって久しい。時刻は既に丑三つを数えているだろう。

 

 ………ガサリ。ガサリ。ガサガサ、カサリ。

 

 バッ!と飛び起きる。

 

 何かが動く音がした。音から察するに大きさも重さも人間からそう遠くはないが、商隊の人間ではないだろう。

 わざわざ離れている俺に接近する必要などないし、そもそも数も多すぎる。二十、三十、それ以上。

 商隊の人と冒険者併せればそれくらいの数はいるかもだがこんな夜中にそんなに一斉に移動するというのはまずもって考え難い。

 つまり、何らかのモンスターの可能性が高い。

 

 俺が心配していたのはまさしくこれだ。俺が熟睡できなくなった要因。すなわち夜行性のモンスター。

 護衛の冒険者か誰かが寝ずの番をしているだろうと見回すも、見張りはいるにはいるが襲撃には気付いていないようである。

 何たる危機感の無さ。これだから王城の衛兵からも「冒険者には碌な人間がいない」と馬鹿にされると言うのだ。

 とは言え、気付いていないのは単に敵感知スキルなどの範囲外にいるからだろう。

 音だけでいち早く気付けたのは俺が馬車を並べて作ったバリケードの外にいたからでしかない。

 

 団体から外れた所で寝ていたのは、こうして何者かが接近する音を聞き逃さないようにだ。

 周りに人がいると身じろぎしただけで音が出る。そんな中では正確な音など把握出来ないしな。

 早めに処理しようとデュランダルを抜き放ち、片手に爆発ポーションを忍ばせる。どっからでもかかって来やがれい。

 

 ………しかし、肝心の敵の姿がはっきりしない。夜闇に紛れているせいもあるが、どうにも輪郭が不確かだ。動きがやけに遅いのも気になる。

 もう少し近くなれば正体も分かるだろうと気配がする方向へ歩み寄り………ほんの僅かな異臭に立ち止まる。

 

 そして次の瞬間。

 

 

「敵襲!敵襲!プリーストが居たら早く起きろ!特にアクアとかいうアークプリーストは大至急だ‼︎」

 

 

 手に負えない相手と判断して自分だけで対応する事を諦め、大声で未だ寝ている馬鹿どもを叩き起こす。

 これはアカン。マジで俺じゃどうしようもない。

 

 俺の焦った声でようやく事態に気が付いたのか、見張りの男を筆頭に次々と松明に火が灯る。

 

 そこに照らし出されたのは。

 腐った肉体、所々が欠損した、人型ではあるが断じて人間ではない………まあ、なんだ。有り体に言うとゾンビの大群がそこにいた。

 

 

「オォオオオオォォオオォォ………」

 

「「「うおわああああああああ⁉︎」」」

 

 

 事前に正体を察していた俺ですらそのおぞましい姿に内心で恐怖を覚えてしまったのだから、他の奴らが驚いて悲鳴を上げるのも無理はない。

 

 

「どっこいしょお‼︎」

 

 

 突然のゾンビ襲来に浮き足立つ一行に、手近なゾンビパイセンの頭を容赦なく鞘で叩き潰しながら駆け寄る。

 うえっ。なんか色々飛び散ったぞ、えんがちょ。

 

 しかし当のゾンビは首から上を完全に失くしたにもかかわらず、フラフラと馬車同士の隙間からバリケードに進入していってしまう。

 あっそう。やっぱりダメですかい。あれかな、スコップとかいるのかな。

 

 

「おおい、カズマ!アクアどこ行ったアクア!こいつらは物理じゃどうにもならんぞ!

 見ろ、俺が頭丸ごとぶっ潰してもまだ動いてやがる……ってかゾンビって頭潰したら死ななかったっけ⁉︎」

 

「ぜぜ、ゼロか!いやお前ゾンビが死ぬって何だよ!俺もあいつ探してるけど、姿が見えないんだって!

 ったく、あんのバカどこに………おいダクネス!アクア探してくれ!この状況、あいつなら楽勝だろ!」

 

「わかった、任せておけ!」

 

「太郎丸多過ぎィ‼︎」

 

 

 どうせ当たらない大剣を無駄に姿勢良く構えるダクネスも周囲を見回す。

 

 アクアもそうだが、クリスとめぐみんも見当たらない。この数のアンデッドを見たクリスが暴走しないかが心配なのだが………。

 

 というかただのゾンビのくせに厄介過ぎるだろ。ベルディアが召喚したアンデッドナイトだって俺の攻撃で行動不能になってたってのに、身体がグズグズに崩れて柔らかいせいかこいつらにはまるで手応えが無い。糠に釘とはよく言ったもんだ。

 

 

「わああああああああーっ!何で私ゾンビにたかられてるの⁉︎カズマーっ!カズマさーんっ!」

 

「‼︎いたぞ、あそこだ!」

 

 

 アクアの声がした場所を指差しながらダクネスがカズマに伝える。

 そこにだけ大量のゾンビが群がって山のように積み重なっていた。よく見るとゾンビは全てそこを目指して進んでいるようにも見える。

 次から次へと重なっていくゾンビ達。しかし。

 

 

「このクソアンデッド!いい度胸じゃない、寝起きの私になら勝てるとでも思ったのかしらね!もう数百年ほど修行して出直してきなさいな‼︎

『ターンアンデッド』‼︎『ターンアンデッド』!『セイクリッド・ターンアンデッド』ーーーッ‼︎」

 

 

 アクアの詠唱とともに発された光が周囲を埋め尽くさんばかりのゾンビの群れを一瞬で消し飛ばす。

 その様子はさながら白い紙に書かれた落書きにバケツに入った修正液をぶっかけるが如しだ。

 

 

「うお、すげえ………‼︎」

 

「こ、この数のアンデッドを一瞬で浄化するなんて聞いたことないぞ⁉︎」

 

「なんて清浄な力なんだ!おまけに美しい……、まるで女神様みたいじゃないか!」

 

 

 俺も思わず感嘆の声を洩らしてしまったが、冒険者や商隊の人も口々に賞賛の言葉を述べる。

 分かっちゃいたがあいつのアンデッド特攻は桁が違うな。昼間の俺VS走り鷹鳶も大概だったが、この無双っぷりは想像以上だ。

 

 

「あはははははは‼︎見たかしら、見たかしらカズマ!これが本来の女神たる私の実力よ!これで少しは扱いを見直す気になったかしら‼︎『ターンアンデッド』!『ターンアンデッド』‼︎」

 

「………………」

 

 

 褒められたのが嬉しいのか、調子に乗り始めたアクアから話を振られたカズマはしかし、黙って立っているだけだ。

 アクアもすぐにゾンビ殲滅に戻ったからあまり気にしてはいないようだが。

 

 

「どうした?あいつの言う通り、この働きは結構デカいんじゃねえかね。

 向こうに着いたらあいつの好きなモンでも買ってやったら」

 

「このゾンビはさ、何でいきなり湧いてきたんだと思う?」

 

 

 不思議に思った俺が珍しくアクアの肩を持つような事を言うと、カズマがポツリと呟く。

 

 

「…………うん?」

 

 

 そんな事言われましても。ゾンビの思考なんか分かるわけねえだろ。ただ俺達のタイミングが悪かっただけじゃないの?次点で考えられるとすりゃ、俺の不運の影響かな。

 しかしカズマの考えは違うようで。

 

 

「前もクエスト中に似たような事があったんだよ。その時に、アクアが近くにいるとアンデッドとかは浄化されたくて起き上がって来るんだって、あいつが自分で言ってたんだ」

 

「…………………」

 

 

 ここにきてようやく俺にもカズマの言いたい事が理解出来た。

 つまりこのゾンビの大群を呼び寄せたのはーーー。

 

 

「ああ、いたいた!あの凄腕のプリースト様はお客さん方のお連れですよね!

 いやあ、本当に助かりましたよ!ありがとうございます!走り鷹鳶の件のお礼は断られてしまいましたが、こっちにも意地がある!今度こそお礼を受け取ってもらいますからね!」

 

 

 感謝感激とばかりに商隊のリーダーと思しき男性が俺の手を握って来る。

 今度は色々言い訳を付けて謝礼を断ることは出来なさそうだ。

 

 ……………………。

 

 

「いえ、俺はたまたま偶然彼女と知り合っただけの旅の冒険者です。

 あのシンセイデウツクシイプリーストサマのパーティーの方はこっちの人ですよ。いやー、痺れるなー、憧れちゃうなー!」

 

「あっ⁉︎てんめっ……!」

 

「おお、そうでしたか、これは失礼致しました!ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

 

 

 俺の手からカズマの手に乗り移る商隊の人を見て密かにほくそ笑む。

 ペットの不始末は飼い主の不始末。全く関係ないとは言わんが今回俺は責任逃れをさせていただこう。

 

 いつもの事ながら嘘はついていない。アクアは俺とパーティーを組んでいる訳でも無し、こいつらと知り合ったのも偶然、旅をしていたのも本当だ。ただし『今』ではないが。

 憶えておくといい、人を欺く時のコツは嘘の割合は多くても半分程度にする事だ。残りは真実を混ぜなければすぐにバレてしまう。

 もっと言うと極力嘘は言わないのが理想だな。他人との解釈の違いを利用すれば本当の事を言いつつ自身が望む方向へ誘導するなど造作も無い。

 後からバレても真実しか述べていないのならば言い逃れるのも簡単だろう。

 実際にこういった手法を用いるやつはオレオレ詐欺に多い(俺調べ)そうだ。皆も気をつけましょう!

 

 ゾンビもほぼ全滅状態になり、ひとまず落ち着きそうだ。「覚えとけよてめえ」と言うようなカズマの視線から逃れるように、俺と同じく役立たずだったクセに何処と無く満足気なダクネスに歩み寄る。

 

 

「ダクネス、めぐみんとクリスの姿が見えねえけど一緒じゃなかったのか?」

 

「ん?ああ、商隊の者が気を利かせてくれてな。私達は馬車の中を貸してもらっていたのだ。

 私は枕が違うとあまり眠れな……ごほん!………こんな事もあろうかと警戒していたのが幸いして異変を察知する事ができたのだが、おそらく二人はまだ寝ているのだろう。ほら、その馬車だ」

 

 

 ダクネスが指で示した馬車をそっと覗いて見ると、座席に横になれば良いのに座って肩を寄せ合って寝ている二人は確かにそこに居た。

 髪の色が違うから姉妹とかには見えないが、随分と仲がよろしいようで。

 ほんの少しの間とはいえ、外の阿鼻叫喚の中でこうもぐっすりと眠れるのは一種の才能なのではなかろうか。

 ダクネスの神経質と全部足して三人で分割するくらいでちょうど良い気がする。

 

 

「せ、せっかくボカしたのに人を神経質だなんだと言うのは止めて欲しいのだが………」

 

 

 少し顔を赤くしたダクネスが松明を持ちながら批難するように口を尖らせる。

 ダクネスのクセに一丁前に羞恥の悪感情出すんじゃねえよ、あの仮面悪魔のいい餌だぞ。

 

 

「お前の基準はホントよく分からんな。ドMだの雌豚だの言われるのは悦ぶだろうになんでここで恥ずかしがるんだ?そら、笑えよベジータ」

 

「………お前もカズマもよくデリカシーが無いと言われるだろう?なあ、そうだろう?

 私とて一応女なのだからもう少しふさわしい扱いという物があると思うのだが」

 

 

 今日のこいつジョークのセンスがキレッキレだな。慣れない旅行でテンションが上がっているのかもしれない。

 

 

「黙れメス。魔改造スライムけしかけてヌルヌルにするぞ」

 

「メス⁉︎ま、魔改造スライム………⁉︎くっ!や、やれるものならやって見るがいい!私はその程度では決して屈しは………」

 

「デリカシーが必要な相手なら俺も色々考えたりはするんだけどね」

 

「……………………」

 

 

 俺に釣られた事に気がついたダクネスの顔がさらに赤くなり。

 

 

「貴様、よくも騙したな!ぶっ殺してやる!ぶっ殺してやるぞ‼︎」

 

 

 唐突にブチ切れて俺の頭を握り潰そうとアイアンクローをかまして来た。俺の顔とこいつの手の接触面からギリギリと、通常では絶対に出ないような音が聞こえている。

 

 とんでもねえ怪力だな、常人だったら頭蓋が割れてもおかしくないぞコレ。幸運にも俺は常人ではないワケだが。

 

 

「おやすみなさい」

 

「意に介さずだと⁉︎くっ、このっ……!」

 

 

 俺にとってはむしろマッサージに良い塩梅だったので、そのまま眠る事にした。

 流石に自慢の力が通用しないとなれば多少はショックを受けるのかと思いきや。

 

 

「な、なんという事だ……!あんなにも鍛えて来た私の力が何の意味も無いなど!

 ああ、しかし何故か、何故か興奮してきたぞ……!牙を剥くお前に抵抗むなしく押し倒されてしまう私………。………胸が熱くなるな!」

 

「………………………」

 

 

 もう寝よう(提案)

 

 

 

 

 



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83話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 アルカンレティアからほんの僅かも離れていない荒野。元は草原だったのだが、周囲の丈の短い草などはとうに枯れ果て、緑と呼べるものは今は俺が力なくもたれ掛かっている大きめの樹だけだ。

 

 マントの切れ端を口元に当て、荒くなりそうな呼吸を整えながら想う。

 今までの旅路、アクセルでの生活でも何度も「死ぬかもしれない」と思った事はあった。

 だが、こんな確信めいた予感を抱いたのは生まれて初めてだ。

 

 

「………俺、は………ここで……死ぬん、だろう……な………」

 

 

 この場で立っている人間は俺一人。

 いつもならばただの独り言に過ぎないその言葉にしかし、今は応える声があった。

 

 

『だから最初っから『死ぬぞ』って言ったんだっての』

 

 

 変声機を当てたかのような、甲高い不自然な声色。

 けれど、今はそれが妙に心地いい。片耳が溶け落ちているからだろうか。

 

 

『おまけに助かる最後のチャンスまで逃しやがってよ。そのままじゃお前、あと十分も持たねえぞ。

 …………けどま、合格だ。オレの力貸してやるよ』

 

「………今までも結構世話になってたと……ごほっ、思うけど………?」

 

『いや、今までの比じゃないと思うがね。……ま、どれもこれもお前がここを乗り切れたらって仮定が付くが』

 

「じゃあ無理だろ……、皮肉にしか、聞こえねえな……」

 

 

 ありがたい申し出だが、どうせなら手遅れになるよりもっと前に言って欲しかったものである。

 こんな死ぬ直前に言われても持て余すだけなんだが。

 心の中だけで声の主を批難していたその時。

 

 ズルリ。

 

 何か、湿った物が地を這うような音。

 

 

『 ! 来るぞ』

 

「わ……かってる、まだ何とか、見えてるよ……。距離感とかは……あんま分かんねえけど………」

 

 

 ………そうだ。俺はもう死ぬ、それはもう変えられない。

 結局はバニルの言った通りだったな。未来が分かってても意味なんざ無いってこった。

 

 ズルリ。

 

 また聞こえる。今度は先ほどまでよりも俺に近い位置から。

 

 死ぬ、それは良い。いや良くないけど、良い。

 人間はいつか必ず命を失うのだ、大局を見ればそれが遅いか早いかの違いでしかない。だから、それは良い。

 俺が我慢ならないのはーーー。

 

 ズルリ、ズルリ。

 

 少しずつ、音が近づいて来る。そこまで機敏じゃないのがせめてもの救いだな。

 

 俺が我慢ならないのは、俺の死が無駄になることだ。無駄死にが、犬死にすることが恐ろしい。

 何も成せずに死ぬことが、堪らなく恐ろしい。

 魔王軍の幹部を数人倒した?魔王城の結界を幾分か弱めた?

 足りない。全然足りない。もっと、もっと何かを遺したい。

 誰かに憶えていて欲しい。誰かに「お前が居てくれれば」と、そう思われるようになりたい。ーーー誰かに、必要とされたい。

 

 ズルリ。

 

 再び音が接近する前に背にしていた樹から離れる。この樹だけは何が何でも死守しなくては。

 重心が右に寄っている状態の覚束ない足取り。普段の速度など見る影もない。

 いつ動かなくなってもおかしくない脚を必死に動かしながら音源を確認しようとすると。

 

 

『見なくていいから走れ。真上から叩きつけ、時間は三秒後だ』

 

 

 ここ一時間程で聞き慣れたぞんざいな指示。それに従って碌に動かなくなった脚で無理矢理に身体を横に投げ出す。

 数瞬後、跳ぶ前に俺がいた場所に何かが直撃し、衝撃と共に飛沫が跳ねた。

 ジクジク痛む身体を起こし、自身に届く飛沫だけをデュランダルで防ぎながら精一杯の闘志を込めて目の前に立ち上がる巨大な物体を睨み付ける。

 

 何かを成し遂げたい、人の役に立ちたい。その気持ちは今も持ち続けている。だが、もう間に合わない。その願いは叶わない。

 だったら………ああ、だったらその前にーーー。

 

 物体がその巨体を揺らし始める。これもこの一時間で見慣れた、何かを飛ばす予備動作だ。

 その動きに合わせて切り札である、ここにはいない仮面の友人から貰ったマジックスクロール右手に備える。

 本当なら左手にも盾としてデュランダルを構えたいのだが………、無い物ねだりはしても仕方がない。

 

 

「せめて………お前は………」

 

 

 飛来するのは死の弾丸。一発でも命中すれば常人なら即死を免れない猛毒(・・)の塊。

 飛んで来る物などどうでもいい。それを放つ相手から注意を背ける余裕など有りはしないのだから。残された力を震える脚に注ぎながら最後の………、最期の覚悟を決める。

 

 

 お前だけは必ず…………!

 

 

 

 ※

 

 

「さあ、着いたわ!ここが水と温泉の都、アルカンレティアよ!ワクワクして来たわね‼︎」

 

 

 水の女神だけあって水に縁のある場所では元気になるのか、アクアが馬車を降りて真っ先に発した言葉がそれだった。

 パッと見た街並みは意外にもアクセルと大差ない。俺もアルカンレティアには初めて来たので、水の都というからにはヴェネツィアやアルトマーレのような水路でもあるのかと思っていたのだが、そんな事はないようだ。

 ただ、水要素を主張したいのか、噴水が多目に配置されている気がする。

 上を向くと、所々で湯けむりらしき白い靄が幾つか立ち上り、風に乗って微かに硫黄の匂いも流れてきた。

 

 

「………なるほど、日本の温泉街を西洋風にしましたって雰囲気だな」

 

「あ、それすげーわかる」

 

 

 日本の事をよく知っているカズマも同意してくれたが、実際にそんな感じだ。

 いやに自信満々なアクア以外が、街を歩く湯治客の多さに驚いて田舎者よろしくキョロキョロしていると。

 

 

「お客様方、今回は本当にありがとうございました」

 

 

 昨夜の『あの馬車の窓、割れてね?』事件の時にお礼がしたいと言っていた商隊の人が歩み寄りながら頭を下げてきた。

 

 

「そちらのお客様が礼金はどうしても受け取って頂けないという事ですので、せめて私が経営する旅館に無料でご宿泊できるように取り計いました。是非そちらでおくつろぎください」

 

「う……、そ、それもできればご遠慮したいんですけど……」

 

「何を仰いますか!あなた方がいなければ今頃どうなっていたか……。これだけは私も譲れませんからね!」

 

 

 話を盗み聞くに、この人はどうも商人であると同時に旅館の経営者でもあるようで、その旅館にタダで泊めてくれるんだとか。

 なるほどね、金は受け取らないけど別の形でならって事か。あの後何を話してんのかと思ってたらカズマも中々良い折衷案見つけたモンだ。こいつも意外と律儀なとこあるよなあ。

 

 

「おう、兄ちゃん。ちょっとこっち来な」

 

「ヘイ?………なんでしょう」

 

 

 内心でカズマに感心していると、人との距離の測り方が大雑把なあの冒険者リーダーが手招きしているのが見えたので、非常に嫌な心持ちで耳を寄せた。

 

 

「何の用ですか?」

 

「つれねえな兄ちゃん。兄ちゃんと俺の仲じゃねえか、堅苦しいのは無しにしようや」

 

 

 お前と俺の仲ならこれで良いだろ。

 むしろこいつ苦手だから早急に用件を済ませてさっさと解放してほしいまであるんだが。

 という訳でナチュラルに肩に腕回すのやめてもらえませんかね。

 

 

「はっはっはっはっはっ!」

 

 

 何わろてんねん。

 

 

「冗談はそこまでにしてよ、兄ちゃん達、アルカンレティアには純粋に旅行に来たんだろ?

 んなら耳に入れといた方が良いんじゃねえかってな。これでも俺ぁ親切で通ってんだぜ」

 

「はあ………?」

 

 

 俺とこいつで話すことなど無いだろうし、またぞろくだらない与太話だとタカを括っていたのだが、雰囲気から察するにわりと真面目な話っぽい。

 ので、一瞬だけ連れ五人の様子を見て、こちらに注意を向けていないのを確認してから続きを促す。それによると。

 

 

「……ここだけの話、最近この街である異変が起きてるらしいんだわ」

 

「異変……ですか。どんな?」

 

「温泉だよ」

 

 

 何だそりゃ。温泉街なんだから温泉が見つかるのは当たり前じゃねえか。

 それとも凄い効能がある温泉でも見つかったのか?ユクモ温泉的な効果が見込める物なら毎日往復してでも通わせてもらうぞ。

 

 

「あんたも知ってるだろうが、このアルカンレティアじゃあ温泉の数と質が有名だ。

 ………実はな、その温泉の質が一部、急激に悪くなってるそうなんだよ」

 

「……マジかよ」

 

「大マジだ。悪いトコじゃあ入った人間が意識不明になったり、身体の一部に異常をきたしたりと、随分ヤベエらしいぜ」

 

「え・えー⁉︎」

 

 

 温泉が有名な街で温泉の質が悪くなるとか死活問題だろ。街畳んで良いレベルだぞ。

 

 しかも他人事じゃ済まない。こっちはそれが楽しみで来てるってのに、入ったら体調崩すとか最悪の一言だ。原因とかはわかってねえのかな。

 

 

「それが、王都が何度か調査団を寄越したらしいんだが一向にわからないんだと。

 噂で聞く限りだと、毒物使ったテロの可能性も考慮されてるってよ」

 

「………人為的な物なのか?」

 

「だから噂だっての。確証みたいなのがある訳でもねえし、流石に陰謀論ってヤツだと俺は思うがね」

 

「あんた陰謀論とかいう言葉知ってたんですね。意外通り越してびっくりしましたよ」

 

「お、そんな褒めんなよ兄ちゃん!

 まあどのみちごく一部の温泉の話だし、気を付けてりゃ特に問題はねえだろうからよ、それだけ覚えときな!」

 

「皮肉は通じねえのか………あ、教えて頂いてどうもありがとうございます」

 

 

 最後は笑いながらそう締め括って仲間達と歩いて行くリーダーだが、笑いごっちゃねえぞこっちは。

 どうしようか。今からでもカズマを説得してアクセルに帰らせて………ああでもテンションMAXのアクアを制御できる自信がねえなチクショウ。

 

 ごく一部と言うのがどのくらいの確率なのか、この事は流石にカズマ達には話した方が良いだろうかということを考えながら俺も他のメンバーの元へ戻ると、そこには何故かクリスしかいなかった。

 

 

「あり?カズマ達は?」

 

「遅い、なに話してたんだよ!」

 

 

 どうやら俺の話が長かったので飽きたのか、他四人は別々に行動してしまったようだ。

 クリスは俺を気にかけてわざわざ残ってくれたらしい。天使かな?

 

 

「アクア先輩とめぐみんはフラフラ〜ってどっか行っちゃうし、ダクネスもカズマ君と連れ立って行っちゃうし!

 ゼロ君はゼロ君であたし達放ったらかしでお喋りでしょ?キミ達には協調性ってものが欠けてるよ全く!」

 

「そりゃ悪かったな。お前もアクアとかダクネスと一緒に行きたかっただろうに、俺を待っててくれてありがとうよ」

 

「………ま、まあ?結局泊まるとこは一緒なんだし、そんなに大事なことでもないから、あたしは別に良いけどさ」

 

 

 ぷんすこ怒ってここにいない面子の分まで責めてくるクリスを宥めながら、俺達も適当にアルカンレティアを練り歩く事にする。

 文句を言いながらも初めて来た街を歩くのが楽しいのか、クリスは楽しげにあちらこちらへ首を振るっている。

 

 小言はいいけどあんまりキョロキョロしなさんな。通りすがる方々に笑われても知らんぞ。

 

 

「誰かに迷惑かける訳でも無し、良いじゃん。こういう観光地に来るのってあたし初めてだからさあ」

 

「人、それをお上りさんと呼ぶ」

 

「それは違うんじゃないかなぁ。いやあたしもよくわかんないけど」

 

「それは違うよ!ってか?ははは此奴め、(かぶ)きおる」

 

「キミはホントどこでも意味わかんねえなぁこんチクショウ!」

 

 

 旅先でも安定のクリスの世間知らず弄りをしている俺に。

 

 

「キャッ⁉︎」

 

「おう?申し訳ない、ちゃんとよけたつもりだったんですが」

 

 

 すれ違おうとしていた女性がぶつかって来て、派手にコケてしまった。

 一応、手を差し伸べて助け起こしておく。

 

 

「なになに?ゼロ君ともあろう人でも旅行中は油断したりするの?女の人にぶつかっちゃダメでしょ」

 

 

 先程の意趣返しか、クリスがからかうようにそう言ってくるが、いくら何でもただ道行く人にぶつかるほどに気を緩めたりはしない。今のはまさしく『ぶつかって来た』のだ。

 つまりこの女性が新手の当たり屋か出会い目的でなければ多分ーー

 

 

「ああっ!何ということでしょう、足を挫いてしまったようですわ!

 すみませんがそこの方、少し肩をお貸し願えないでしょうか。あそこの教会まで連れていって欲しいのです。

 もし、もしあなたに人の心があるのであれば、私に怪我をさせた事を悔やむ気持ちがあるのであれば、そこでアクア様の素晴らしさについて語る会が開かれていますので参加して下さってもよろしいのですが………!」

 

 

 わざとらしく足をさすりながら上目遣いにチラチラと見てくるご婦人。

 ご婦人が指差しているのはアクアに似た彫像が正面に置いてある教会、アクシズ教の教会だと思われる。

 

 クリスがそういう事か!と得心した表情になったのち、俺が起こした女性に。

 

 

「あ、あの、すみません。あたし達はエリス教徒なので、アクシズ教への勧誘は遠慮したいなーって………」

 

「ぺっ!」

 

 

 そう言ったクリスの足元に、態度が急変した女性が唾を吐きかける。

 直撃させなかったのは最後に残った優しさだったのだろうか。させようとしても俺が回避させるが。

 

 足を挫いたと言っていたとは思えないほどの素早さでそそくさとその場を後にする女性にもう一度唾を吐かれたクリスはあまりの事態に頭が追い付かないのか、しばらく呆然としたままだった。

 

 話には聞いていたが早速洗礼を受けてしまったらしいな。

 今まで注視していなかったが、よくよく周りを見ると、どこを向いてもアクシズ教の教会が建てられている。

 

 そう、このアルカンレティアという街は『水と温泉の都』という肩書き以上に『アクシズ教の総本山』という悪名の方が響き渡っている街なのだ。

 入信している全員が狂っていると評判のアクシズ教徒。その総本山と罵られながらも観光客の絶えないこの街は実は凄いのかもしれない。

 むしろその強引な勧誘さえも売りにしている説まであるから商魂逞しいやな。

 

 

「ぺっ!」「ぺっ!」「ぺっ!」

 

 

 おそらくアクシズ教徒だろうが、周囲で話を聞いていたらしい人間達も地べたに唾を吐き付けていく。

 

 ちなみにアクシズ教徒とエリス教徒の仲の悪さは有名である。専らアクシズ教徒が一方的に攻撃する側であるのは言うまでもないが。

 

 

「ぺっ!」

 

 

 ………この街はさっさと滅びた方が世の中の為になる気も、ちょっとする。

 

 

 

 

 



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84話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「ああ!そこのあなた、顔に不幸になる相が出ていますよ!

 ですがご安心、今ならアクシズ教に入信してアクア様を崇拝するだけでその不幸が跡形も無くーーー」

 

「…………あの、あたしエリス教徒………」

 

「ぺっ!」

 

「…………………」

 

 

 もはや何度見たかもわからない光景。いつまで経っても慣れないのか、去りながらこちらを睨む若い男性を何とも言えない表情で見送るクリス。

 そろそろ見ていられなくなって来たので、口を挟むことにする。

 

 

「お前さっきっからわざとやってんのか?ダクネスならあんな扱いもアリだろうが、まさかお前までそうだったとはな。さすが親友ですね」

 

「じゃあどーすりゃ良いんだよ‼︎」

 

 

 鬱憤が溜まっていたのか、落ちていたゴミを力一杯蹴り飛ばす。逆ギレ&八つ当たりはよろしくない。せめて人には当たらないでくれよ。

 

 

「何でアクシズ教徒達はこんなにウチの子達を嫌うんですか⁉︎私もあの子達も悪いことしてないのに!

 ………ゼロさんも何か言ってくださいよ!」

 

「だから人に当たるなって………。あと素が出てんぞ」

 

 

 何か言ってくれと言われても。他宗教との小競り合いは仕方ないだろうよ。地球でも消えてない物をここで失くそうったって無理だろうし。

 ああなる事はもう前提として、馬鹿正直にエリス教徒だって明かさなきゃそれで良いだろ。

 あれはどうにかしようとしないお前だって悪い。

 

 

「正直良いじゃないですか!正直で何が悪いんですか!」

 

「悪かねえよ。悪かねえけど、この世ってのは本音と建て前を使い分けるのも上手な生き方ってこと」

 

「………本音と建て前?」

 

 

 訊き返されたので少し掘り下げてやるか。

 一つ頷いて教鞭を取る。

 

 

「例えばの話、お前が誰かに痴漢されたとしよう。この場合は俺の内心は、本音「ヤメロォ!」建て前「ヤメロォ!」になるわけだ」

 

「何でそのチョイス……。それによくわからないですし」

 

「一方で、エリス時のお前のスカートを誰かがめくった時の俺の心は、建て前「ヤメロォ!」本音「ナイスゥ!」となります」

 

「何でさっきから私を引き合いに出すんですか⁉︎しかもなんかいやらしい方向に!」

 

 

 どうもピンと来ないようなので、仕方なしに実践して見せる事にした。我が勇姿を見るが良い。

 

 

「あら、そこのお兄さんイケメンね。でももっとイケメンになる方法があるわよ!

 ほら、これを御覧なさい!『アクシズ教に入ったお蔭で彼女ができました!』『アクア様を崇めるようになってから顔が良くなり、モテるようになりました!』などなどのお便りがこんなにたくさん!

 あなたもアクシズ教に入って毎日をもっと楽しく過ごしませんか?」

 

 

 ちょっと歩いただけでまた勧誘に引っかかってしまった。

 今度はクリスを後ろに回していたからか、俺にタゲが集中したようだ。まあそれが狙いなんだが。

 

 ………ゴホン。

 

 

「そうですね!僕もアクシズ教に入信してからは毎日が楽しくて仕方がありません!」

 

「ぼふぅっ⁉︎」

 

 

 俺が目をキラッキラに輝かせてアクシズ教徒のフリをしてやると、何かツボにハマったらしく、クリスが吹き出して腹を抱えてしまった。失礼な話である。

 勧誘してきた女性は同類を見つけたのが嬉しいのか、そんなクリスには気付かない様子で。

 

 

「まあ!まあまあ、これは失礼しました!

 同志を見抜けないとは私もまだ修行が足りませんわ!」

 

「いえいえ、お気になさらないでください、よくある事ですから。

 それでは、僕たちはこれで失礼しますね。貴女にもアクア様の加護があらんことを」

 

「ええ、あなた方も、今日という日が良き一日であるように祈っておりますわ」

 

 

 そのまま女性は新たなるカモを探すべく去って行く。

 女性の姿が見えなくなるまでその背を見送り………。

 

 

「ぺっ!……口が痒くなっちまった」

 

 

 真っ赤な嘘ってのはやっぱり慣れねえな。真っ赤な誓いなら熱唱するんだが。普段は嘘なんざ吐かねえから体も痒くなってきた。

 狂信者供がよくやるように地面に唾を吐いてからクリスに向き直る。

 

 

「さて、このように世の中ってのは本音よりも建て前を優先して廻るもんだ。

 お前もわかったら今後この街でエリス教徒を名乗ることは控えて………」

 

「ぼ、僕………ゼロ君が僕って……っくく……」

 

「………………」

 

「ようしわかった!わかったからその顔はやめない⁉︎

 キミ顔しかめると怖いんだって!あたしは慣れたけど子供とかが見たら泣いちゃうからマジで!」

 

 

 いつまで笑ってんだ、と渋面を作ってやると、慌てたクリスが俺の顔を戻そうとグニグニしてくる。

 

 せっかく嫌な思いをさせないように回避させる術を教えてたってのにそっちのけで笑われたりしたら誰だってこうなる。

 俺に非は無いと思うのだが、どうか。

 

 

「ゴメンゴメン、とにかくアレだろ?キミの真似してアクシズ教徒の人達を騙せってことでしょ?

 あんまり褒められた行為じゃないけど、まあやってみるよ」

 

「直前までの物や人に当たるお前の行為は褒められた行為どころか普通に責められるべき行為だけどな」

 

「…………………………」

 

 

 せめて何か言えや。

 

 

 

 

 ※

 

 

「ああ、そこの人。この紙に名前を書くだけで世の人が一人救われるのですが、貴女も救世主になってみませんか?

 今ならアクシズ教徒を名乗れる缶バッジも付いてくるのですが」

 

「えーっと……あたしもう入信してるんだけど……」

 

「おや同志でしたか、それは失礼。貴女にもアクア様の祝福がありますように」

 

「はは、どうも………」

 

 

 おお、ゼロ君の言う通りにしてみたら驚くほどスムーズ。女神として天界にいるだけではこういう時の対処がわからないので、彼がいて助かった。

 思えば彼には何かを教えてもらってばかりな気がする。

 

 

「………やっ、……してっ……!」

 

「……しく……!」

 

「うん?」

 

 

 特に行く当ても無いので、アクシズ教徒の子達からの熱心な勧誘を避けつつ、途中にあった屋台で何か適当に買って二人揃って行儀悪く食べ歩いていた時。どこかから男女が争うような声が聞こえてきた。

 見ると、路地の奥で若い女の人が男の人二人と揉み合っている姿が。

 女性の方は抵抗している様子だが、男性二人がかりでは手も足も出ず、女性の服を脱がそうとしている。

 どこからどう見ても婦女暴行しようとしている悪漢だ。

 ゼロ君は気付いていないようなので、慌てて袖を引っ張って静止させる。

 

 

「ちょっとゼロ君あれ!」

 

 

 あたしの言葉でようやくそちらを向いたゼロ君。これで一安心、と思いきや。

 

 

「………ふーん」

 

 

 フイッと何事も無かったかのように元の方へ歩こうとしてしまう。

 

 

「ちょちょ、ちょい!今見たよね⁉︎何やってるのさ、早く助けないと………!」

 

 

 行ってしまいそうなゼロ君を縋り付くように止める。

 彼は確かにあちらを見た。目に入らなかったとかではなく、はっきりと。

 その上で無視を決め込むというのはさすがにどうなのだ。

 彼が全ての人間に優しいわけではない事くらいはわかっているが、それでもあんな現場を見て放っておけるほど冷酷ではなかったはず。

 

 しかし、人の役に立ちたい思いから冒険者となったはずの彼の答えは。

 

 

「は?助ける?何を、なんで?」

 

「な…………っ!」

 

 

 あまりにも無情な返答に一瞬で頭に血が上り。

 

 

「もういいよっっ‼︎」

 

 

 そう怒鳴ってから踵を返して救出に向かうべく路地に駆け出した。

 

 何なんだゼロ君は!あんなに人助けがしたいと言っておいて、いざ目にしたら見て見ぬフリかよ!

 大体、周りの人も周りの人だ!こんなにたくさん歩いていながら女の人一人助けようとする気概がある奴がいないなんて、そんなにこの世は腐ってしまったのか⁉︎

 

 女神としてはあるまじき憤怒で肩を怒らせながら、今まさに服を脱がそうとしている悪党どもの前に立つ。

 これでも冒険者だ。レベルはさほど高くないとはいえ一般男性二人程度であれば返り討ちに出来るだろう。

 

 

「そこまでだよ悪党!大人しくその人を離せ!」

 

 

 あれ、今あたし自分で言うのも何だけど結構カッコいいんじゃない?そんな場合でも無いんだけど。

 

 あたしの大声にビクリとした男達が驚いて手を止める。

 それに調子付いたあたしは、そのままダガーで滅多刺しにしてやろうと得物を抜いて突撃する……寸前に、何者かに肩を掴まれた。

 

 このタイミングであたしを邪魔するとはきっとこの悪党達の仲間に違いない、と反転して背後に立つ人間の腹部辺りを狙ってダガーを突き込んだーーー、

 

 

「痛ったい‼︎」

 

「えっ……、ゼロ君⁉︎何して……っ」

 

 

 なんと、後ろに立っていたのはゼロ君だった。

 なぜ来たのか、なぜ邪魔をするのか、本気でお腹刺しちゃったけど大丈夫なのか。何が何だか分からないままにゼロ君のマントで包まれる。

 

 

「いやあすみません、こいつったらアクシズ教徒だってのに正義感が一丁前に強いもんだから。

 見たところいつもここで勧誘してる方ですよね?僕達は今日この街に着いたばかりなんですよ。なので、慣れてなくて本物だと思っちゃったみたいです」

 

 

 混乱するあたしを他所に、腹を刺されたはずの当のゼロ君は平然と目の前の男二人、いや、襲われていた女性も併せて会話を始めた。

 …………どういうこと?

 

 

「あ、あ〜そういうことですか……。いきなり刃物を持ち出すから何事かとびっくりしましたよ………」

 

「これは失礼。我々も少々芝居が真に迫りすぎましたかな、ハハハ!」

 

「あのう、今あなた刺されたように見えましたけど、大丈夫なんですか?良かったら回復魔法をお掛けしますよ?」

 

 

 男性は姿勢を正しながら、女性は服を直しながら。今のことなど無かったかのように振る舞う。

 

 

「お気遣い無く、鍛えてますので問題はありません。

 ………それでは僕達はこれで。あなた方にも、女神アクアの加護がありますように。

 ……ほれ、行くぞクリスチャン。間違えた、クリスちゃん」

 

「え、あ、うん……?」

 

 

 ゼロ君に連れられて路地を抜け出して歩く。

 特に何かを説明してくれる雰囲気じゃなかったので自分から切り出す事にした。

 

 

「………どういうこと?」

 

「どういうことって………、まだわかんねえのか。あいつらはアクシズ教の勧誘だよ、今日だけで何回遭ったと思ってんだ。

 多分お前みたいに助けに行った奴に『アクア様の加護で追い払ってください!』的なこと言って入信書にサインさせるつもりだったんだろうよ」

 

 

 彼らがアクシズ教徒だというのは、最後の方の会話でなんとなく察していた。察してしまっていた。

 

 ………それでは何か?あたしはまんまと騙されて、正義漢ぶって赤っ恥をかいた間抜けな奴ということになってしまうのでは?

 急激に、さっきとは違う理由で首から上に血が上って行く。思わず顔を手で覆ってしまった。

 

 

「うああああ〜〜〜………」

 

「お前さっき自分のことカッコいいとか思ってただろ。顔に書いてあったぜ」

 

「そ、そういう事は口に出さずに心の中に閉まっておいて!

 ……うぅ、ゼロ君ごめんね、ダガー思いっきり刺しちゃったけど大丈夫?」

 

「ああそうそう、それもだ。お前街中で刃物なんざ抜くなよ。

 あんなもん向こうの態度によっちゃあ警察沙汰待った無しだったぞ。俺ですら街で剣抜くことはしないんだから、もちっと自重しろよ」

 

 

 仰る通り。

 頭に血が上っていたこともあってその辺のブレーキが故障していたようだ。素直に反省しておこう。

 

 だが、先ほどの件で一つだけ気になることがある。ゼロ君だ。

 ゼロ君の反応から察するに、彼は一目見た瞬間にはもう彼らがアクシズ教徒の勧誘だと分かっていたようなのだが、それはどのようにして見破ったのだろう。

 

 

「………そうだな、気付いた理由ってのは色々あるが、一番は演技力ぅ……ですかねぇ……」

 

「演技力?でも、少なくともあたしには本物と区別が付かなかったんだけど」

 

 

 だからこそ見事に釣られてしまったんだし。

 それでもゼロ君から見たら違和感バリバリだったようで。

 

 

「まず女の方だが、抵抗が弱すぎる。

 本当に嫌なら相手の目を潰したり、爪を立てて腕を傷つけたり、急所蹴り込んだり、その辺に落ちてるガラスの破片でも何でも突き刺すもんだろ。さっきのクリスじゃねえが。

 あと、口を塞がれてもいないってのに声が小さ過ぎ。男が声を抑えるのは当たり前だが女まで音量落としてどうすんだ。助け呼びたいんなら喉が潰れるまで叫べっての。その点で行くと勧誘としてもありゃ失敗作だよ。

 

 次に男達。

 ………男だったら服くらい脱がさずにビリビリに破れよ、なんで襲う側が相手に配慮でもしてるかのように悠長に脱がしてんだ。その間に人が来たらどうすんだ?絶対邪魔されるね。

 動きもゆっくり過ぎる。お前が気付いた時点で服に手をかけてて、お前が向こうに着いてもまだ脱衣の途中とか亀かよ。せめて猿並みになって出直してきて、どうぞ。

 

 ………まあ他にも細かい所は多々あるが、少なくとも本物ではなくアクシズ教の勧誘か、そうでなきゃそういうプレイだと推察。

 そんで周りの反応だな。周囲の人間が『またか』みたいな顔してたの、気付かなかったろ。

 以上の事からあいつらはいつもあそこで勧誘かそういうプレイしてるヤベー奴らだと思って、俺は見ないふりしようとしたわけだ」

 

「キミ凄えな⁉︎」

 

 

 指を一本ずつ立てて順番に説明していくゼロ君に感服する。

 

 たった一瞥でそこまで考えられるんならもう探偵になったらどうだろう。

 先輩ならここでアニメとか漫画のキャラの名前を色々出しそうだけど、あいにくとあたしはそういうのには疎いからなぁ。

 

 

「つーかそこまでわかってたんならあたしにも教えてよ!とんだ赤っ恥じゃん!」

 

「む、そこは正直すまんかった。まさかお前が俺を女性がレイプされそうなのに放置していく鬼畜クソ野郎と思っているとは露ほども思わず、てっきり俺の反応で察してくれるもんだとばかり」

 

「この流れであたしを攻撃してくるキミは間違いなく鬼畜クソ野郎だよ!」

 

「フヘヘ、まあアレだ、今後は見抜けるように注意しておけよ」

 

 

 そう言っていつの間に買ったのか、飲み物が入った瓶を渡してくる。

 冷えた瓶を手に持ったと同時に急に喉が渇いてきた。どうやら慣れない事をしたせいで緊張していたようだ。有り難く頂こう。

 

 それにしても、彼にはやはり教えてもらってばかりだと改めて感じる。

 こうしてあたしの体調さえもあたし自身より把握している節があるから不思議だ。

 

 ………しかし、このままで本当に良いのかとも思うわけで。

 だってこっちは女神なのだ。迷える人間を導くのが本来の仕事であって、その女神がたった十数年しか生きていない青年に導かれてどうする。逆だろ普通。

 

 ………………。

 

 

「……ねえ、キミって悩みとか無いの?こう、人生に行き詰まった〜!とかさ」

 

「藪からスティックだな、どうした急に。……まあそうね、お前と結婚したいけど」

 

「あたし関係はなしの方向で」

 

「………じゃあねえなあ。そもそもお前には俺が日々何かに悩んで惑ってるように見えんのかよ」

 

「ほんとに?」

 

 

 彼らしくはあるけれど、やっぱり直接聞くと驚きが勝ってしまう。

 実際問題としてこの年頃の男の子が何の悩みも持たずにいるなど、かなり稀有な事例なのではないだろうか。

 そうでなくともエリス教の信者の子達……子達とは言っても老若男女様々だが。からは日々様々な告解が届くというのに、そんな事があり得るのか。

 

 

「そう言われてもにゃあ。昔はそういうのもあった気がするが、旅に出る前とーーー」

 

 

 そこでなぜかあたしを見て。

 

 

「ーーー出た直後に全部解決したからな。今の俺は正真正銘、ストレスフリーのゼロさんだよ」

 

「解決した?へえ、どんな悩みだったの、それ」

 

 

 さすがに産まれた瞬間から自意識を持っているだけはある。悩み自体はいつか抱いた事もあったらしいのに既に解決済みとは。

 

 昔のゼロ君の事はわからないし、本人から聞けるならそれが一番。どんな悩みを持っていて、どんなきっかけで解決したのか聞いてみる。

 

 

「………お前それマジで言ってんの?」

 

「え」

 

 

 今の今まで機嫌が良さそうだったのに、突然声のトーンを低くして目元を細める。怖っ、裏で何人か始末していそうだ。

 しかしあまり怒らない彼がこんな態度になるというのは、多分今の会話であたしが失言してしまったのだろう。

 その悩みについては踏み込まれたくなかったのか、どこかで地雷を踏んでしまったのかと焦っていると。

 

 

「う、あ、いや、悪い。わかんねえなら良いや、俺が勝手に特別視してるだけだしな」

 

「あ……、ううん。こっちこそごめんね」

 

 

 自己嫌悪したように首を振って、彼は悪くないだろうに謝ってしまった。……またか。

 普段から何かの要因で険悪なムードになっても、ゼロ君が真っ先に謝ってしまうお蔭で喧嘩にまでは発展しないのだ。

 こちらとしては助かる一方なのだが、彼の方で言いたいことを溜め込んでしまっているのでは、と逆に心配になってしまう。

 

 僅かに気まずくなり、少しの間会話が途切れてしまうが、そのうちにゼロ君がポツリと。

 

 

「………あんま気にすんなよ。『エリス』としてのお前は確かに人を導くのが仕事だろうが、今のお前はただの『クリス』だ。

 その姿でいる間くれえは誰かに教えてもらってばっかでも、責められるような事じゃねえだろ」

 

「…………んん?」

 

 

 え、彼は一体なんの話をしているのだ。

 直前までそんな事を話していた記憶は無いのだが。

 

 

「なんの話って………、お前が俺に教えてもらってばっかで女神としての威厳がどうたらこうたらとくっだらねえ事考えてそうだったからフォロー入れたんだが。

 急に俺の悩みを聞いてきたのはそのせいだろ?」

 

「前から思ってたけどキミのそのスキル何なの?もう以心伝心っていうか、普通に心読んでるよね?」

 

 

 もう凄い通り越して怖いんだけど。

 

 彼の言うにはあたしにしか使えないスキルらしいが、どうやったらそんな事が出来るようになるのか教えて欲しいものだ。

 そしたらあたしだってゼロ君に意表を突かれずに済むかもしれないのに。

 

 すると、ゼロ君は顎に手を当てて、ふと話を始める。

 

 

「昔話をしようか。お前は俺のお袋のことは知ってるか?女神として下界を見通せるらしいけど」

 

 

 首を横に振る。

 

 見通せるなどとご大層な事を言っても細かい部分は見ようと意識しないと見ることなんて出来ない。

 そんな事が出来るならゼロ君とはもっと早くに出会っていただろう。

 つまり、出会う前の彼についてはほとんど何も知らない。

 

 

「ふうん?いや、それなら良いんだ。俺のお袋はちっとばかし変わっててな。

 ある夏の始まる時期、こんな事があった」

 

 

 

 ※

 

 

『ゼロ〜、もう直ぐ夏だね〜』

 

『そうだな』

 

『暑くなるね〜』

 

『そうだな』

 

『………戦争の準備しなきゃね〜』

 

『そう……、……⁉︎』

 

 

 ※

 

 

「あの時は元々ちょっと変な人だったけど遂に壊れたか、と嘆きたくなったね」

 

「少し待とうか。………ごめんあたしもさっぱりわかんないや、キミのお母さん大丈夫⁉︎」

 

 

 全く以って意味がわからない。

 

 夏だから暑くなる、これは解る。

 だが夏と戦争がどのようにして繋がるのかが意味不明過ぎてこちらがおかしくなったのかと心配になってしまう。

 そんなあたしの様子を苦笑しながら見るゼロ君が一応、といった感じでフォローする。

 

 

「いやいや俺もそうだったんだが、どうもお袋は重度の圧縮言語の使い手らしくてな。普段の何気ない会話でふと出る言葉がすんげえ端折ってあるんだよ。

 詳しく話を聞くとまあ、なるほどとは思うんだなこれが。

 この会話は、

『夏が来る→女神エリス感謝祭が開催されるじゃん?→エリス教徒を妬んだアクシズ教徒がちょっかいかけるじゃん?→戦争じゃあ!→じゃあその準備をしなきゃね』

 ………ってことらしいわ」

 

「何それわかりにくっ‼︎」

 

 

 圧縮言語と言うのがどういう物か知らなかったが、どうも自分の中で話を纏めて、そのまま相手も自分と同じ理解をしているだろう仮定で話を進めてしまう事を言うらしい。

 困ったことにそういう人はたまに見るなあ……。

 

 というか、結局ゼロ君はこの話から何を伝えたかったのだろうか。それも謎のままなんだけど。

 

 

「だからさ、俺が『以心伝心』を使えるのはそんなお袋と長年暮らしていたからなんだよ。

 相手が自分の中だけで話を完結させちまうなら、それを察してやんなきゃだろ?

 そんだから俺は相手の考えを読むのが他の人よりもほんのちょっと得意なんだって事を言いたかったのよ。

 お前以外相手でも、発した言葉がどれだけ本気かくらいは分かる程度にはな」

 

「ああ、なるほどねえ」

 

 

 多分それもさっきの勧誘擬きを見抜く材料になったのだろう。

 彼のこういう、剣だけじゃなくて多芸な所は純粋に凄いと思う。

 

 

「特にお前は表情に出やすいし、読みやすいんだよ。治せ、とは言わんがポーカーフェイスの練習をすることをお勧めするね」

 

「……………むう」

 

 

 なんとなく、嫌ではないがなんとなく悔しい気持ちになって隣を歩くゼロ君を見上げる。

 ここまでやり込められると、どうにかして一矢報いたい気分になるのは、単なるあたしの我が儘なのだろう。

 

 そうやって歩きながらどうにか隙を見せないかと観察していると、ちょうどゼロ君があくびをして………あくび?

 

 

「………?ゼロ君が人前であくびなんて珍しいね。眠いの?」

 

「ぁふ……あ?俺か?」

 

 

 ゼロ君はキミしかいないだろ。

 

 いつもは気を張っているのかなんなのか、彼がこうして緩んだ姿を見せるのは非常に珍しい。

 昨日のゾンビ騒動で寝不足なのではと思ったんだけど。

 

 

「………うーん?違うと思うがね。ただ単に脳に酸素が足りなかっただけだろ。

 俺は眠いとかいう感情とは最近は無縁だし………ってかあれ?お前ゆうべのゾンビ騒動知ってんのか。ダクネスとかから聞いたとか?」

 

「何言ってんの?見てたに決まってんじゃん」

 

 

 そもそも何故知らない前提なのか。普通に知ってるっつーの。

 しかしゼロ君は何が不思議なのか、納得の行かないご様子。

 

 

「でもお前ゾンビ襲来の時は寝てただろ?馬車の中でめぐみんと一緒にさ。

 それともありゃ狸寝入りだったってのか?ゾンビ目の前にしてお前が?」

 

「はあ?」

 

 

 何故そうなる。確かに『クリス』であるあたしは馬車の中で睡眠をとっていたが、意識は『エリス』として天界にいるのだから見る事くらいは出来るだろうに。

 

 

「………?なに、お前って『エリス』が変装して下界に降りてきてるんじゃないの?」

 

「………違いますけど?」

 

 

 あれ?言ってなかったっけ。

 

 エリスとクリスの身体は別個で、どちらかが眠るともう片方に意識だけが移動するって、あたし言い忘れてたっけ。

 

 

「……え、初耳なんですけど。俺はてっきりワープゲートみたいなモノがあって、変装してそこから天界行ったり下界行ったりしてるもんだと思ってたぞ」

 

「あー、まあそういう事も出来なくはないんだけどね。

 一々変装するのって面倒くさいじゃん?女神としての力も封印しなきゃいけないしさ。

 だったら最初から肉体を二つ用意して、意識だけで移動したら楽ちんじゃない?

 普段はエリスに戻る時はエリス教の教会に部屋を貸してもらってそこから意識だけを飛ばしてるんだよ」

 

「それは確かに。いやしかし………」

 

 

 ガーン、とショックを受けたような顔でブツブツと何事かを考えるゼロ君を見て、少しだけスッキリする。

 

 どうせすぐに驚かされる側に回らなきゃいけなくなるんだから、この間の僅かな時間くらいは情けない優越感に浸るくらい、許されても良いだろう。

 

 

 

 

 



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85話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「それにしてもキミ、嘘を見抜けるって便利だよね。あたしみたいに紛らわしい勧誘とかに引っかからずに済むんだろ?いいなぁ、無敵じゃん」

 

「まだその話すんのかよ……」

 

 

 そろそろ日も傾いてきたという事で、カズマ達と合流する予定の旅館とやらに向かうまでの道中。

 俺のやや誇張した自慢話がそんなに羨ましいのか、クリスがいいないいなと繰り返す。

 俺としちゃあさっきのでその話題は終わったつもりだったんだが、一つの事にここまで食い下がるクリスというのも珍しい。

 ここでもう少し俺という存在を大きく見せたいところ。ただ、残念なことに種切れだ。

 

 それに引っかからずに済む、というのは疑問が残るな。たとえそれが嘘だとわかっていても釣られざるを得ない事態も十二分に考えられる。

 

 

「嘘だとわかっててもって……、嘘なら別に無視すりゃ良いじゃん」

 

「それが出来ない場合って事だよ。人によってはそれすらも無視できる強者もいるだろうが、俺はちっと自信ねぇな。例えばーー」

 

「リンゴいりませんか〜、一つ二百エリスですよ〜、もし今日売れ残ったらおかあさんに怒られるんです、買ってくれませんか〜」

 

「ーーこういうのな」

 

 

 溜め息を吐いて声がした方を振り向くと、小さな女の子がいた。五、六歳くらいか。

 リンゴを売り歩いていたらしく、手に提げた小さめの籠にはまだ幾つかのリンゴが入っている。

 ……ちなみにもちろん入信書らしき紙切れも確認できます。

 

 こういうのホント狡い。無視しようもんなら周りから白い目で見られるわ罪悪感半端ないわで誰も救われないと思うんじゃが、じゃが。

 話をしている最中にちょうどいい例が向こうからやって来るとは、運が良いのか悪いのか。いや、今回は良かったという事にしておこう。うん。

 

 あまり待たせるのもアレなので、目線を合わせるように屈んでから幼女に返答する。

 向こうから来たんだからね、事案とか言わないでください売り子なんだからしょうがないじゃん。

 

 

「そうだなぁ、じゃあリンゴを二つ……六つ貰おうかな」

 

「ほんとですか?ありがとうござい……あ、リンゴ五つしかない……」

 

「ああ、じゃあ五つでいいよ。ほら千エリス。帰るまでに落とすなよ。

 …………ちなみに僕達はアクシズ教徒だから、入信書は要らないからね。純粋にリンゴを買わせてもらっただけだから、その入信書はゴミ箱にでも捨てて行くといい」

 

 

 渡されてから突き返すのも忍びない。機先を制して受け取りを拒否っておく。

 どうよこの完璧な対応。おまいらなら事案だがイケメンならば許されるという世の中の縮図といっても過言ではない……過言か。

 

 つっても最後の言葉は必要なかったようだが。

 リンゴが全部売れた事にテンションが上がってしまったのか、入信書を渡す素ぶりすら見せずに笑顔でこちらに礼を言って走って行ってしまう。

 ただし、その礼の内容が問題だった。

 

 

「ありがとう、怖い顔のおいたん!ばいばい!」

 

「怖い顔のおいたん⁉︎」

 

 

 訂正させようにも、幼女はさっさと夕方の人混みの中に消えてしまった後である。

 何故絶妙に人の心に傷を残して行ってしまうのか。ナチュラルにドSな幼女とはたまげたなぁ……。

 俺は河合荘のシロさんでは無いからして、そのような悪意のない罵倒では興奮できないというか普通に傷つくんですがね。

 

 

「待て待て、一口においたんと言っても年齢は様々だぞ。『パパ聞き』のおいたんなら歳は近い。

 だが『フルハウス』のジェシーおいたんならば俺とは年齢が一回りほども差があるからして、ちょーっと許容出来ないかな………」

 

「何ブツブツ言ってんのさ、早く旅館に行くよ、『怖い顔のおいたん』‼︎」

 

 

 そんなに老けて見えるだろうか、とそれなりに気にしている俺をからかうようなクリスの含み笑いが何とも癪に障った。どうしてやろうか。

 

 

 

 ※

 

 

「ふうぃぃぃぃぃ………」

 

 

 ここは商隊のリーダーに指定された旅館という名の洋風の建物に備え付けられた露天風呂。

 どうもカズマ達は一度この旅館に来てから街に繰り出したようだ。受付の人がそう言っていた。

 帰ってくるのを待つのも何だし、先に風呂を頂いておこうというクリスの提案の元、こうして入浴している次第である。

 

 アルカンレティアでは珍しくないのかもしれないが、この銭湯は通常の男湯と女湯の他に混浴がある。

 どうせならクリスと一緒にでも入りたかったので誘ってみたのだが、クリスから

 

「キミだけならともかくとしても他の人もいるかもなんだろ?嫌だね」

 

 とスッパリ切られてしまったので、一人で混浴に入っている。まあ当然の反応ではあるので良いんですけどね。

 

 ………え?何でクリスもいないのに混浴にいるかって?その質問には俺だって男だ、という回答で納得して頂けると思う。

 カズマではないが、混浴などに抱く男のロマンも分からんでもないのだ、多少なりとも目の保養になればとクリスには内緒で足を踏み入れたのだが………。

 

 

「………予想とは違うけど誰もいないってのも貸し切り感あって良いもんだな………」

 

 

 湯船に浸かりながら周囲を見渡してひとりごちる。

 あまり流行っていないのか時間帯の問題なのか。俺以外に人の姿が無いのは少し残念だが、混浴ってのは基本的に若い女性客が利用する事は少ないものだ。いたとしても良いとこ彼氏付きだろうな。

 歳を召されたお婆さんの裸体を見たところでどうしたらいいのかわからなくなってしまうし、これはこれで良かったとも言えよう。

 

 

「あら?先客がいたのね」

 

「うん?」

 

 

 そのまま湯面に揺蕩うことしばし。どうやら他の客が来たようだ。

 

 危ない危ない、油断してて気配を一切感じられなかった。この人が敵だったら死んでたぞ。

 股間のタオルを確かめてから声の主を見る。

 

 

「オオ、ホントにデケエな!オオ、ホントにデケエな!」

 

「ヒッ⁉︎」

 

「……ああ!す、すみません、つい………」

 

「い、いえ。別に構わないのだけれど、何故二回も言ったの………」

 

 

 言ってねえよ。

 

 目に飛び込んで来た二つの爆弾のせいで咄嗟に変態的な言葉を発してしまった。

 いや、それも仕方ないという物。なにせ目の前の女性は若い上に美人でスタイル抜群ときている。

 俺だったから自制できたものの、カズマだったら危なかったかもしれない。

 どちらにしてもこんな所でたった一人でいるべき人間でないことは間違いないが。

 

 

「………?見たところお一人のようですがなぜ混浴に?」

 

 

 そう、彼女は一人だ。

 混浴を一人で利用する女性客は相当に珍しいのではないか。何が目的なのだろう。

 

 

「この後ここで待ち合わせているのよ。尤も、彼は温泉に入ることは出来ないのだけれど」

 

「ああ、無粋でしたね。とんだ失礼をしました」

 

 

 なるほど、温泉に入れない男性と待ち合わせ。

 

 ………何でわざわざ混浴でそんな事をするのだろうか。嫌がらせか何かにしか思えないのだが。

 とはいえ、さすがにこれ以上は踏み込み過ぎだろう。何かしらの大事な話をするのかもだし、まだ堪能していたかったけど、俺は早めに上がらせてもらおうかな。

 

 

「……あら、出て行ってしまうの?貴方なら居てくれても構わないのよ?」

 

「は?………あの、どこかでお会いしましたか?」

 

 

 だとしたらこの上なく失礼な話であるが、俺からはこんな美人さんの見覚えなどない。人違いではないだろうか。

 

 しかし、クスクスと楽しげに笑う女性の答えは。

 

 

「いいえ、初対面よ。私が一方的に貴方の顔を知っているだけ」

 

 

 何だそりゃ。新手の逆ナンか?だったらもう少し文言を精査してくれないと俺の心には一切届かないのだがね。精査しても届かないけど。

 

 

「あ、申し訳ないけれどそういうのではないから。貴方、自分が有名だってことを自覚した方が良いわよ?」

 

「……ははあ、なるほど」

 

 

 そういや俺ってば結構な有名人でしたっけね。

 基本王都かアクセルでしか活動してないから、アルカンレティアでも俺を知ってる人がいるとかは思いもしなかったな。照れちゃうぜ。

 

 

「それも少し違うけれど。というか貴方そんなキャラだったのね。……まあいいわ。

 せっかく顔を合わせたのだし、今後この街の温泉にはあまり入らない方が良いとだけ言っておきましょうか。

 この宿の温泉ならもうしばらくくらいは大丈夫だと思うから、入るならこの温泉にしておきなさい」

 

 

 脱衣所に入っていく俺に、そんなよくわからない忠告をしてくれる。

 

 ……入らない方が良いってのは多分、冒険者リーダーから聞いた毒物騒ぎが関連してるって程度は俺にも分かるが、『この温泉はしばらく大丈夫』……?

 この意味深な一言で一気にきな臭くなったぞおい。そんな言葉、この事件に何らかの形で関与してないと出て来ねえだろ。

 まさか、誰かが作為的に毒物をばら撒いてるって噂の方が正しかったのだろうか。目下のところ一番の容疑者はこいつだが。

 

 ただそうなると、俺に忠告したのはどういう訳だ?

 こいつの俺を知ってる発言から察するに俺が冒険者としてそれなりにやるのは知っているのだろう。

 そんな俺にわざわざ怪しまれるようなセリフ吐くってこたぁ、こいつ自身は犯人じゃなくて、だけど犯人は知ってるってとこか。

 

 

「なんて推理してみたところで全部無駄で、実際はただ身を案じてくれただけだったりするんだろうねえ」

 

「何ブツブツ言ってやがる。邪魔だ、どけ」

 

「あ、申し訳ない」

 

 

 おっといけない。脱衣所に入った所で考え込んでいたせいで他の客の出入りを妨げてしまったようだ。

 素直に謝罪して横にどくと。

 

 

「……おや?さっきぶりですね」

 

 

 そこにいた男の顔には見覚えがあった、というか今まさに話を思い出していた冒険者リーダーだった。

 あまり関わり合いになりたいタイプではなくとも、挨拶しないのは無いだろうと会釈する。しかし。

 

 

「あん?………ああ、このガワ(・・)の知り合いか?悪いが人違いだ」

 

 

 色黒の男性は少しだけ首を捻ってから無愛想にそう言い捨ててさっさと露天風呂に入ってしまった。

 

 ふむん?人違いにしては似過ぎていたような気もするが、まあ違うと言うからにはそうなんだろ。

 確かにあいつだったら俺が挨拶せずとも俺に絡んで来そうだしな。

 

 あの馴れ馴れしい性格を思い出し、苦笑しながらクリスと合流すべく脱衣所を出た。

 

 

 

 ※

 

 

「あら、ハンス……で良いのよね?また随分とゴツい格好してるわね」

 

「おうウォルバクか、良いだろコレ。ついさっき採れたばかりだぜ」

 

「ふうん。……それより、今しがた赤い髪の子に会ったでしょう」

 

「ん?ああ、あのガキか。あいつ、どうもこのガワと知り合いみたいでよ、挨拶して来やがったぜ」

 

「あの子が『死神』よ」

 

「………マジか。あんなガキが魔王様の懸念事項?かなりやりそうだとは思ったが道理で……つーか何でここに?まさか俺の計画がバレたんじゃ……」

 

「その心配は無さそうだったわ、単に旅行みたいね。

 というか、魔王軍に出回ってる手配書くらいちゃんと目を通しなさい。人相だって書いてあるんだから」

 

「………………」

 

「………ハンス?」

 

「なあおいウォルバク。やっちまうか(・・・・・・)、あいつ」

 

「………それは、ここで事を構えるということ?」

 

「そうさ。今までは行動範囲の広さと移動速度の速さから今イチどこにいるのか掴めなかった『死神』。その居場所がわかったんなら好都合だろ。

 ………いやあいつ本当何なんだよ。何で昼過ぎに王都で目撃されたと思ったらその日の夕方にもうアクセルに移動してんだ。その報告が来た次の瞬間にはもう王都にいるし。

 おまけにテレポート使った痕跡すらないってどういうことだよ、報告してきた部下が疲れてんのかと思って無駄に休みやっちまったじゃねえか」

 

「それは良いことじゃない」

 

「馬鹿、そのせいでハンス様は優しいとか噂されちまったんだぞ?泣きそうだったわクソッタレ。

 ……ともかく、こいつはチャンスだ。お前と俺、二人がかりなら楽勝」

 

「ごめんなさいハンス、そういう事なら私は手を貸せないわ」

 

「だって……って何でだよ!」

 

「三人」

 

「あん?」

 

「三人よ。何十年も代替わりしなかった魔王軍幹部が彼一人に三人滅ぼされている。それも、ここ一年の間でね。

 噂だと私達ですら手に負えなかった、あの起動要塞デストロイヤーの完全破壊にも携わっていると聞くわ」

 

「それがどうしたってんだ」

 

「わからない?どんな奥の手を持っているか、底が知れない相手に無闇に手を出したくないと言っているのよ。どうしてもやりたいなら貴方一人でやって頂戴」

 

「……わーかったよ。実際俺だってマジで言ってた訳じゃねえんだ、ジョーダンだよジョーダン」

 

「嘘つきなさい。ま、三人と言っても、一人はバニルだし、実質二人なんだけどね」

 

「ハッ!違いねえ。俺としちゃあいつがいるだけで俺の部下達も嫌がるし、わりとせいせいしてるがね。

 そうそう、バニルと言や、十年ぐらい前によーー」

 

「ねえ貴方、そんな身内話をしに来た訳じゃ無いのでしょう?早く用件を済ませてくれないかしら」

 

「………何だよつれねえな。まあ確かに脱線しすぎも良くねえか。

 今日は、ようやくこの街の破壊工作が終わったって事をお前に伝えに来たんだよ。これでこのクソ教団も終わりだ」

 

「……………」

 

「もちろん今すぐって訳にゃいかねえが、長くても十年か二十年程度だろ。俺やお前からしたらそんなに遠い話じゃねえ」

 

「……そんな事を伝える為だけに私に会いに来たの?私はただ湯治がしたくてここにいるのよ。

 さっきの件といい、あまり巻き込まないでほしいわね」

 

「だから一応報告に来てるんじゃねえか。お前にゃ悪いが俺だってこの教団には我慢の限界だ。

 潰す為なら手段を選んじゃいられねえからな。もうしばらくしたら他の湯治場所を探してくれや………」

 

「シッ、誰か外にいるわ。もうそろそろお開きにしましょう」

 

 

 

 

 



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86話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「さって、今日はどこに行く?昨日は一緒に見て回れなかったし、ゼロ達も来るだろ?」

 

 

 露天風呂で妙な男女二人組とすれ違った翌日。

 宿を出たところでカズマが昨日俺達を置いていってしまった事を慮ってか、そのような事を言う。だったら最初から待っててくれりゃよかったのにね。

 

 

「いんや、悪いけど俺は調べたい事があるから別行動にしよう。クリスは連れて行ってくれて構わん」

 

「え。ちょっと、キミ来ないの?」

 

 

 うむ。昨日のナイスバディの女性の言っていた事も気になるしな。今日は色々話を聞いて回りたい。

 旅行中とは言っても毒物関連はこいつらや俺にだって無関係な話じゃねえんだ、何とか出来るならしたいのが本音である。

 

 もう知ってるのかもしれないが一応、女性陣には聞かせないようにカズマに耳打ちをする。

 

 

「カズマならもうどっかで聞いてんじゃないか?この街の温泉がどうたらってヤツ」

 

「あ?……あー、なんか温泉の質が悪くなってるって話か?」

 

「そうそれ、やっぱり知ってたか。俺達にも全くの無関係じゃないだろ?何か分かるかもしれないから俺の方でも調査してみようかなって……」

 

「ダメだ、お前も来い」

 

 

 ………こいつは人の話を聞かないからな。

 

 いや、今のは俺の声が聞き取りにくかったのが悪かったのかもしれない。

 耳が遠いカズマ君に聞こえるようにもう一度、ゆっくりと言ってやる事にする。

 

 

「………俺達、にも、全くの無関係、じゃ、ないだろ?何か、分かるかも、しれないから」

 

「聞いてたわボケ!そんな事言ってこいつら(面倒事)を俺に押し付けようったってそうはいかねえからな、お前も道連れにしてやる!」

 

「お、お前な………」

 

 

 この街が危ないかもしれねえってのによくもまあこんだけ自分の都合で話を進められるもんだなこいつは。

 こういう奴に限っていざ自分が毒温泉に当たった時に何で何とかしなかったんだって文句言ってくるんだろ?クズかよ。

 

 

「……あ、やべ。想像だけで腹立ってきた。お前の頭握り潰していい?」

 

「それでいいって言うと思ってんならお前の知力の低さは伊達じゃねえな」

 

 

 事実だから怒りはしないが酷え言われようだな。良いって言ってもするつもりは無かったんだが。

 

 そして昨日どんな目に遭ったのかはわからないが、察するに狂信者の洗礼を受けたらしきカズマはこんな事を言い始める。

 

 

「いいか?こんな街がどうなろうと俺の知ったこっちゃ無いね、むしろ俺達が帰ってからなら滅べとさえ思ってるわ!

 つまり、そんな事件を解決する為にわざわざ休暇の時間を割いてやる必要なんてないと俺はお前に言っておこう」

 

 

 なんて奴だ、人間とはここまで利己的になれるもんなのか。

 年がら年中休暇中の引きこもりみたいな生活してる野郎が言っていい言葉じゃねえぞ。日々働いたり学習してる連中に謝れや。主に俺とか。

 大体、アクシズ教は仕方ないとしてもここには一般の人間だって結構いるんだぞ。冒険者としてその人達に気の毒とは思わないのだろうか。

 

 

「全然」

 

「クズだカスだとは思ってたがそこまで性根が腐ってたかお前⁉︎

 おい、お前らのリーダーちょっとやべえぞ、なんか言ってやれって!」

 

 

 俺がパーティーメンバーとして何か言うべき事があるだろうとめぐみん、ダクネス、アクアのいる方向に向かって言うと。

 

 

「お前たちが何の話で揉めているのかは知らないが、今日は私たちはアクアに付き合うつもりだ。

 カズマと、できればゼロにも手を貸して欲しいのだが良いだろうか」

 

「アクアに?」

 

「おい、おいやめろよお前ら、この時点で嫌な予感しかしないぞ」

 

 

 ダクネスの言葉に、アクアに普段振り回されているカズマが戦々恐々とする。

 俺は嫌な予感も何もピンとすら来ないのだが。

 はて、アクアはこの来たばかりの街で一体何をすると言うのか。

 

 

「それがですね、昨日ゼロとクリスと別れてからはいくつかの温泉に足を運んだのですが、アクアが妙なことを言い出したのですよ」

 

「この街はテロに遭っているわ!」

 

「…………このように」

 

「ほう?」

 

 

 テロと来たか、そいつは実にタイムリーな話題だな。

 アクアに顎をしゃくって続きを促す。

 

 コホンと咳払いを一つした後、アクアが昨日気付いたという事について説明し始めた。

 

 

「この聡明なる私は気付いたわ、気付いてしまったの。

 昨日行った温泉の内、いくつかの温泉がかなり汚染されていたという事にね!」

 

「はっ、駄洒落言ってる場合じゃねえぞおい、『温泉が汚染』ってか?」

 

「黙りなさいおたんちん!」

 

 

 アクアの雰囲気と内容自体はとてもシリアスな物だったのだが、我慢出来ずに茶を濁してしまった。

 それにしてもおたんちんとか今日日聞かねえな。意味もよく分からん。

 

 

「いいかしら?お馬鹿なゼロでもわかるように説明してあげるからよく聞きなさい。

 まず、最初の温泉を見た瞬間に毒か何かで汚染されていると一発でわかった私はもちろん浄化したのね。

 まだ早い時間帯だったから良かったものの、普通の人間が入ったら病気じゃ済まない濃度だったんだもの」

 

 

 その辺は聞いている。酷い時には入っただけで意識不明とか、そんな温泉があるらしいというのは。

 だが、聞いた限りだとそこまでの数汚染されている感じでは無かったんだが、こいつの言う「いくつか」というのはどれぐらいの数のことを言っているのかな。

 

 

「私が昨日回った温泉の半分くらいはそんな感じだったわ。だいたい五軒くらい」

 

「………五軒」

 

 

 こいつは一日に十軒も温泉に入るのかとか、そんな事を言うより先に言葉が詰まってしまった。

 

 ーー多過ぎる。

 

 冒険者リーダーの話ではせいぜい街に一、二軒あればという印象を受けたのだが、全然違うじゃねえか。

 そんな割合で街中の温泉が駄目になってるとしたら身体が弱い人間なら死人が出てもおかしくねえぞ。

 

 この街には湯治に来ている人間が多い。そして湯治に来るというからにはどこかしらが悪いのだろう。

 もしそんな奴が汚染された温泉に当たったとしたら。

 

 ………考えただけで地獄絵図だな。

 

 

「まあ五軒っていうのは、私が汚染されてる気配のある温泉を優先して回ったからなんだけどね。それでもこの数はただ事じゃないわ。

 これは悪意のある誰か……具体的には私の可愛い信者たちに恨みを持つ人間が起こしたテロだと推察したの。

 だから私たちでそいつを見つけて捕まえてやろうって訳よ。お分かりかしら?」

 

 

 アクシズ教徒に恨み辛みを持つ人間という括りは探すには些か範囲が広過ぎると思うんですがね。

 ……だが、アクアも動くというなら好都合でもある。

 

 

「良いぜ、実は俺もお前とは別口で温泉について聞いてたから、どのみち調べるつもりだったんだ。

 人手は多いに越したことはねえし、手分けして情報収集でもしてみようか」

 

「私はさっき言ったようにアクアに付き合うつもりだ。

 実力は確かなアクアがこう言うのだ、この街に異変が起きているのは間違いない。

 騎士として見過ごす訳にはいかないからな」

 

「私はアクアとダクネスだけで行かせると少し心配ですから、付き添いのような形で」

 

「あ、じゃああたしも行くよ。何より、そんな悪人がいるかもしれないなら放っておけないしね」

 

 

 アクアに引き摺られるようにしてではあるが、この日の予定がトントン拍子に決まっていく。

 

 ………おんやぁ?この中で一人だけ仲間外れがいるなぁ……?

 

 必然的にまだこの後どうするかの意思表示をしていないカズマに視線が集まる。

 まさか全員が全員調査に乗り出すとは思っていなかったのか、しばらくキョドッていたカズマだが。

 

 

「………しょうがねえなあ」

 

「お前もなんだかんだ甘えよなあ。よっしゃ、じゃあカズマは俺と来い。サボらねえか見張っちゃる」

 

 

 よしよし、良い子だ。

 

 今、こいつには俺たちと別れて一人で観光するという手段もあった。

 それなのに行動を共にするという選択をしたということは、こいつもこの街の異変についてそれなりに思うところがあったのかもしれない。

 本音は本人に聞かないと正確にはわからんが、ともかくこいつが本気でアルカンレティアが滅んでも構わないとか思ってなくて良かった。

 

 

「それじゃあ二手に分かれて、それぞれ温泉を調査。日が暮れる前にこの宿に集合しましょうか。……解散!」

 

 

 何故かやけに積極的なアクアが音頭を取り、俺たちはいるかどうかもわからない犯人とやらを探す為に散るのであった。

 

 

 

 ※

 

 

 アクア達と別れてからしばらく。

 一軒目の温泉施設を調べ終えてから、カズマがこんな事を言い出した。

 

 

「お前もアクアもよくやるよな。わざわざ自分から面倒事に首を突っ込むなんて俺には真似出来ん」

 

 

 普段から面倒事を持ってくる奴がパーティーにいるくせによく言えた物である。

 むしろカズマ以外全員その傾向にあると言っても言い過ぎではないのが恐ろしいな。

 

 

「なんだ、今さら面倒臭くなったか?釣られたにしろ何にしろ、やるって言ったんだから今日一日くらいはしっかり頼むぜ」

 

 

 あれから三十分も経ってないのにもう後悔してるのか、と俺が言うと、どうもそういう事が言いたい訳ではなさそうだ。

 

 

「そうじゃなくて、首突っ込んだ先にあるのが自分じゃどうしようもない事だったらどうするんだよ。

 今回だったら、例えばお前でも勝てないような相手が犯人だったらさ」

 

「どうもこうも。そんなもんアレだ、シュレディンガーの猫ってヤツだろ。

 箱を開けるまでは確認なんざ出来ねえんだから、取り敢えず開けて見るべし」

 

「出たよシュレディンガーの猫」

 

 

 出たよとか言うなよ、わかりやすい例えだろうが。

 

 と言ってもこれではカズマの質問に完全に答えたとは言えないか。

 

 

「そんで、もしお前の言う通り開けた先に自分でどうしようもない物があったらーー」

 

「あったら?」

 

「逃げる」

 

「おい」

 

 

 断言する俺をジト目で睨むカズマ。

 

 いや確かにこいつに偉そうに説教垂れといてどうかとは思うけども、どうしようもないんなら仕方ないじゃない?

 

 

「本当にどうにも出来ないときゃ逃げりゃいいんだよ。

 ただ、他に誰もそれをやる奴がいなくて、『そうかもしれない』んだったらとりまやってみるんだよ、俺はな。

 個人的にやれるかもしれないのに逃げるのと、わからないからやってみて駄目だった時に逃げるのじゃ大分違うと思うんだがね。

 まあやる前に『これは出来ません』ってわかってるなら最初っから逃げても良いんだけどな」

 

 

 それでもし誰かになんか言われたら「ほならね、やってみろって話ですよ。僕はそう言いたい」って返しゃいいしな。

 他にやる奴がいなかったから手を出して結果駄目だった、その時に責められる筋合いなんかねえさ。

 

 

「何つーか、面倒くせえ性格してんなお前。

 この世界でそんな生き方しててよく今まで無事でいられたな」

 

「無事で済んでねえからしょっちゅう死にかけてんじゃねえか。

 お前らのせいで憂き目にあった事も俺は忘れてねえからな」

 

 

 最近はそれもご無沙汰ではあるが、冬将軍の時とか、こいつらがパーティー結成する前だったらめぐみんの爆裂魔法直撃ってのもあったか。

 自分の選択でそうなるならあんま気にしないんだが、他人の行動によってとなると俺だって根に持つことくらいあらあ。

 何にしても結果オーライでまだ五体満足だから言える事だ。

 

 ………いや、そりゃそうか。死人が喋れる筈も無し、馬鹿なこと言ったな。

 

 

 

 

 



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87話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「五軒……、ここも別段変わった事はなかったな」

 

「アクアが大袈裟に言ってただけで実際はそんなに被害出てねえんじゃねえの?」

 

「被害出てないってのは喜ばしいんだが、こうなるとどうにも進みづらくなるよなあ」

 

 

 というか昨日アクアが浄化したらしい温泉は店員さんがただのお湯になった〜とか嘆いてたんだが、あいつも温泉成分まで浄化しなくても良いのになあ。

 店員さんには気の毒だが、毒よりは全然マシだと思っといてもらおう。

 

 昼を過ぎ、俺とカズマが五軒目の温泉で話を聞き終えた時。

 

 

「誰か!誰か助けてください、ウチの娘が急に!」

 

「ん……!何だありゃ、なんか騒がしいぞ」

 

 

 人通りの多い広場で女性が叫んでいるのに気がついた。

 

 

「また勧誘かなんかじゃねえの?」

 

 

 カズマがあくびしながら薄情とも取れる発言をするが、常時であればその認識で問題ないのがこの街だ。

 俺だってそれがただの勧誘であればどんな大声を出そうとも反応すらしないだろう。

 今のは本気が窺える声だったから反応したのだ。

 

 

「いや、そういうのじゃなさそうだ。

 ……すみません、どうしました?」

 

「ああ!助けてください!ウチの娘がそこの温泉を飲んでからおかしくなって………!」

 

 

 まだ混乱している母親らしき女性が言うには、路頭に設置された温泉を飲める自販機で彼女の娘が温泉を飲んでしまったんだとか。まず間違いなく毒で汚染された物だろう。

 

 

「こいつは………」

 

 

 その子供には見覚えがあった。昨日俺にリンゴを売ってくれた女の子だ。

 

 見た瞬間に解る。ヤバい(・・・)

 

 白目を剥いて痙攣し、口から泡を吹いている。呼吸も上手く出来ていないようだ。……永く持たないぞこれは。

 

 

「すみません!どなたかプリーストの方はいらっしゃいませんか!女の子が苦しんでいるんです‼︎」

 

 

 俺も女性と一緒に声を掛けてみるが、一向に見つからない。

 

 くっそ……!アクシズ教には優秀なプリーストが無駄にたくさんいるって話はどこに行ったんだよ。

 それか俺たちを悪質な勧誘だとでも思ってんのか。どちらにしてもこの状況を打破するのは無理そうだ。

 

 一応……、本当にどうしようもなくなれば一度だけ、俺になんとかする術はあるにはあるものの、上手くやれる自信が無い。それよりはこの街のどこかにいる回復のエキスパートを連れて来た方が確実だろう。

 

 おそらく間に合わないが、それでもあいつなら死んでも復活させられるというチートスキルがある。ここは割り切るしかないか。

 

 

「おい、カズマ!アクア連れて来るぞ!

 あいつなら最悪死………、チッ、最悪の場合でもなんとかなんだろ!

 どうもこのガキがその汚染された温泉を飲んじまって………」

 

 

 離れて見ていたカズマを呼び寄せ、事情を説明しようとした時。不意に一人の男が目に付いた。

 

 その男の表情はこの場にいる心配、同情、「また勧誘か」と呆れる目。

 それらとはかけ離れた悪意の溢れる笑み、嗤い。

 

 

「おい」

 

 

 思わず声を出してから気づく。その男が昨日すれ違った知り合いと似ている男だという事に。

 本人でないのは見ればわかる。会ったばかりだったが、こんな表情をする奴ではなかった。

 

 

「なんだ?俺がなにかしたか?」

 

「………………」

 

 

 ヘラヘラと態度を崩さず男が応えるのが頭に来るのを我慢して、努めて冷静に振る舞う。

 

 

「あんた、今笑ったな?何がおかしい。小さい子が苦しむのがそんなに面白いか」

 

「はあ?言い掛かりはやめてくれよ、ただ笑ってただけで絡まれちゃあ堪ったもんじゃないぜ。思い出し笑いだよ、思い出し笑い」

 

 

 ………嘘だな。

 

 事実、今尚薄気味悪い笑みを口に貼り付けている。

 だが俺もなんとなく目に付いたから声を掛けたのであって、こいつがこの件に関わっているという思惑があった訳じゃない。

 確かにこれでは言い掛かりとしか言えないか。

 

 

「ゼロ、アイツ昨日なんか物騒な話してた奴だぞ」

 

「なに?」

 

 

 そんな俺を後押ししてくれたのは意外にもカズマだった。

 

 

「………どんな話だって?」

 

「『破壊工作が終わった』とか、『このクソ教団は終わりだ』とか」

 

 

 どうやらカズマは俺が出たすぐ後に温泉に入り、偶然あの温泉内での会話を聞いていたそうで、耳打ちして教えてくれる。

 

 

「……カズマ。今すぐアクアを連れて来て、その子の治療と温泉の浄化を頼む」

 

「そ、それは良いけど、お前はどうするんだ?」

 

「俺はその野郎と少しばかり『お話』しなきゃいけねえな。

 治療と浄化が終わったら向こうの方角に来てくれ、多分街の外にいるから。……行け」

 

 

 カズマが頷いて走り出したのを確認してから、母親が泣きながら縋り付く女児に目を移す。

 既に痙攣が小さくなり始めている。心停止までは一分も無いだろう。

 

 

「話は終わったか?なら俺は行かせてもらうぜ」

 

 

 ヘラヘラと。変わらずに男が口にする。

 この状況を見ても、何も変わらずに。

 

 

「申し訳ない、少しだけお話宜しいでしょうか。出来れば街の外にまで場所を移したいのですが」

 

「あ?なんだお前。そんな権限あるのか?無いなら無視しても良いよなぁ」

 

「ええ、ありません。ですが、権限は無くとも無理にでも来ていただきます。

 拒否権はありませんので、悪しからず」

 

「はっ!そんなもん俺がここから動かなかったら良いだけのことじゃねえか!

 どうやって俺を外まで連れ出すってんだ、引き摺って連れてくか?」

 

 

 どうやって、と聞かれたなら行動で示すのが俺のやり方だ。

 今だけ、こいつにだけだがな。……教えてやろう。

 

 

こうやって(・・・・・)だ」

 

 

 男との距離を一歩で踏み潰し、形振り構わない、周囲への影響など一切考慮しない拳の突き上げで男の顔面を弾き飛ばす。

 首が捩じ切れそうな勢いで上空へ吹き飛ぶ男を見て、こいつが普通の人間ではないことを確信した。

 俺の全力のアッパーを喰らって原型を留めてるなんざあり得ないだろう。常人なら爆発四散、ダクネスですらまず無事では済むまい。

 

 追撃をしようと再び拳を握ると、男に触れた部分から僅かな熱さを感じて顔を顰める。

 ………よくわからないがこいつにはなるべく素肌で触れない方が良さそうだ。だったら次は脚だな。

 

 その場で石畳みを割りながら跳ね飛び、中空で回転する男の土手っ腹に叩きつけるように爪先蹴りを入れる。

 ボレーシュートで街の外の方角まで飛んで行く男。一応目印になりそうな大きめの木を狙って蹴ったのだが、あまり蹴りには慣れてないから少しズレたかもしれない。

 

 事態を呑み込んだ周囲の人間が上げる悲鳴を切り裂くように男の飛んで行った方向に向けて走り始めた。

 

 

 

 

 ※

 

 

 多少狙いから逸れたものの、おおよそ予定通りの位置に着弾していた男に話し掛ける。

 

 

「大丈夫ですか?まだ死んでもらっては困るんですが……」

 

「てめ……、自分でやっといてよく言えるなクソがぁ……」

 

 

 何事も無かったかのように起き上がる男に内心で驚く。

 手応えから死んじゃいないとはわかっていたが、まさか無傷とは思わなかった。もしかしたら物理攻撃にかなりの耐性があるのかもしれない。

 むしろそうじゃなきゃ純粋に俺よりも強い可能性が出て来るから困る。

 何にしても手を出したのは少し早計だったかもな。今となっちゃ遅いが。

 

 

「大丈夫か?首ひん曲がってないよな……?ったく、知り合いの顔をこんだけ強く殴るか普通」

 

「………知り合い?どういう事です、昨日の事なら人違いなのでは?」

 

 

 こいつにはどんな攻撃が効くだろうかを気にしていたが、それ以上にそちらに気を引かれた俺が聞くと。

 

 

「この顔の元になったおっさんは俺が美味しく頂きましたっと………ん?あんま美味しくはなかったか。

 俺はその顔をちょっと借りてるだけっつーか、何つーか」

 

 

 さらりと、なんでもない事のように。いや、実際なんでもない事なのだろう。

 ただの人間ではないとは思っていたが、人食い発言を聞くに人間では無さそうだな。

『ボルト』でもそんな敵キャラがいたから、こいつもそういう忍術使いだってなら話は別だけど。

 

 

「……なるほど、食べた相手の姿になれるんですか。便利ですね」

 

「ああ?なんだ、さっきみたいに怒らねえのかよ」

 

「別に?俺、その人のことあんまり好きじゃありませんでしたし」

 

「へっ、冷たいねえ」

 

 

 一瞬だけ意外そうな顔をしたものの、すぐに人を苛立たせるように嗤う。

 

 そう、少なくともこいつにとっては人を食うのは当たり前の事、それは問題ない。

 ましてや食ったのは冒険者だ。そんな物は事件にすらならない。

 それについて文句を言うやつは冒険者に向いてないからさっさと止めろと言ってやるレベルだ。

 だが、俺にだって我慢ならない事はある。

 

 

「子供には、手を出すなよ」

 

「………はあ?」

 

 

 俺は別に善人という訳ではない。大多数の人間からは良く見られようとしてはいるが、見られようとしている時点で善人とは程遠いしな。

 それでも、悪人だろうと善人だろうと関係なく守らなくてはならないルールはある。

 子供を守るのが大人の仕事だ。それ以上に優先される事柄なんかない程に。

 それを破る奴はただの外道であり、少なくともそんな奴にかける容赦など俺は持ち合わせてはいない。

 こいつも人間じゃ無かろうが、生物として生まれたのなら子供を害してはならないというルール、暗黙の了解のような物があるだろうに。

 

 

「無茶苦茶言ってんなてめえ。てめえら人間だって他の生き物のガキ殺すぐらいはするだろうが。

 そもそもありゃ俺が手を出したんじゃなく、あのガキが勝手に毒飲んで勝手に死んだんだぜ?」

 

「でも、その毒をばら撒いたのはお前なんだろうが。お前はなんだ?魔王軍かなんかか」

 

 

 男は当てずっぽうな俺の推測に目を見開き。

 

 

「………ほぉう、よくわかったな。俺は魔王軍幹部、ハンスって者だ。お初にお目にかかるぜ、『死神』殿」

 

 

 あっさり認めやがった。俺がナメられてるだけかもだが。

 しかし魔王軍の幹部。ベルディアといいこいつといい、幹部ってのはどいつもこいつも自分が動かないと気が済まねえのかよ。

 という事は、こいつと待ち合わせていたあの女性もそれに準ずる何かなのだろうか、そうは見えなかったな。

 ………考えても無駄か。邪魔してこなきゃそれでいいや。

 

 こいつの言っていることは尤もだ。人間の件もそうだし、こいつがあの子に直接手を加えた訳でもない。今回は俺の言っていることが間違っているのだろう。

 

 だからまあ、今からこいつを殺すのはさっきの話も含めて、ただ俺が気に入らないからだ。

 

 ………初めてだった。

 

 人が目の前で死んだのは初めてだったんだ。今までモンスターに襲われていようが魔王軍に襲われていようが、俺がその場に間に合えばどうにかなっていたし、それが多少なり俺の誇りになっていたのだ。

 その初めてが小さい子供だというのもまた気に入らねえ。

 

 普段強い言葉を使って偉ぶってるクセして、いざそうなったらこんなに心を乱されるなんざ情けない限りである。

 そんな自分に腹が立つ。その怒りの分も、それを作った原因であるこいつにぶつけさせてもらうとしよう。

 言っちまえば単なる八つ当たりだ。人間としても下の下、最低クラスの行為だがな。

 

 

「ククッ、それになあ、てめえら人間の常識で俺を測るんじゃねえぞ。

 俺たちゃ基本的に長命だからよ、てめえらみたいに無駄に子孫残さなくても滅ぶなんざまずねえんだよ、この下等生物が!」

 

 

 何が気に食わなかったのか、最後は声を荒げて唾を飛ばすハンスを見て、少しだけ昔を思い出してしまった。

 

 

「………へっ」

 

「……何笑ってやがる」

 

「いやあ何、王都でベルディアの言ってた事を思い出してな、その通りだと思ったんだよ」

 

「へえ?そういやお前、ベルディアもヤッてたんだっけな。あいつがなんて言ってたって?」

 

 

 思いがけず知り合いの名が出たからか少し態度を和らげるハンス。

 

 

「『いつの世も、戦が起きる理由は食糧の問題と思想の違い』だそうだ」

 

 

 この世の真理を突いてるよまったく。

 

 ベルディアは元々人間だったからか、分かり合えそうな雰囲気はあった。

 しかしこいつとは考え方というか、まさしく思想の違いを感じる。

 こちらを下等生物だ何だと見下しているのだからにべもないが、なるほど、戦争ってのはこういう時に起こるもんなんだろう。

 ……ベルディアと言えば、この構図もあの時と似てないでもない気がするな。確かあの時、俺はこう言ったんだっけか。

 

 

 

「ぶっ殺してやる」

 

 

 

 思い出しついでに、ベルディアに放った言葉をしかし、あの時とは違う明確な意志を込めて投げ掛ける。

 俺はベルディアに対して手を抜いていた訳ではない。そもそも最初はあいつよりも俺の方がほんの少し弱かったし、手を抜く余裕が無かっただけだが。

 けれどこの言葉は本気では言っていなかったと思う。実際あの時は仕留めはしなかった。

 

 だがこいつはここでぶっ殺す。これ以上被害を出すのも嫌だし、さっきから頭をチラついている女の子が死んでいく場面が鬱陶しい。それを振り払う為にも。

 

 本気で、戦おう。

 

 

 

 

 



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88話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「クッハハハハハ!ぶっ殺してやる?やってみろ人間風情がよ!

 いいぜ、どうせてめえのせいで目立っちまったしな、てめえを始末したらあの街もクソ教団もぶっ潰してやるよ!」

 

「………………………」

 

 

 俺に話しかけているらしいハンスを無視して考える。さて、どのような順番がいいか。

 

 

「………ん?なんだ、威勢良いこと言ってたわりにゃ腕組んでるだけかぁ?

 ビビってんならそう言えって、俺も怯えてる下等な人間にマジになったりするほど鬼じゃねえから」

 

「………………………」

 

 

 頸はいつでも取れるか。ならーー。

 

 未だ何かを喋っているハンスに近づき、とりあえず左腕を斬り落とす。

 

 

「………は?」

 

 

 何が起きたのか理解出来ない、というように地面に落ちた肩から先を見て呆けるハンス。そのまま力任せに留守になっていた右腕も斬り飛ばした。

 

 さぞこいつも驚いただろう。下等生物と煽りながらも油断なく俺の一挙手一投足に注目していたのにも関わらず、気が付けば両腕を失っていたのだから。

 隙があろうとなかろうと、反応されるよりも先に動ける俺には何の関係もない。

 事実、こいつの目には離れていた俺が近くに瞬間移動でもしたかのように見えたはずだ。

 

 冒険者としては一撃目で頸を落として早々にケリをつけた方が良いのだろうが、それでは俺の気が済まない。

 

 腕、次は脚。まずは四肢を奪って芋虫のように地を這いずることしか出来なくしてやる。

 そこから先は少しずつ、少しずつデュランダルで傷口を抉るように削っていってやろう。斬り落とした四肢の断面から肉を抉り出す時にこいつがどんな声を上げて泣き叫ぶのかが見ものだな。

 自身が下等生物と見下した人間()にもし命乞いでもしてみろ、その程度の地獄じゃ許さねえ。

 せいぜいあの女の子の数倍の苦痛を覚えながら死ね。

 

 さすがに魔王軍の幹部を張るだけの事はあるのか、俺が再び剣を翳しているのを見たハンスは腕を斬り落とされた動揺など微塵も感じさせない動きでそれに備える。が、悲しいかな、それを防ぐべき両腕は既に存在しない。

 腕が付いてりゃ盾くらいにはできただろう、まあそれをさせないように先に腕を落としたんだが。

 

 無茶苦茶に振り回したせいで腕の断面からかなりの量の血が飛び散っている。或いは目潰しのつもりであるのかもしれない。

 それが僅かに視界の妨げにはなるものの、目にかかるものさえ注意しておけばどうという事はーー

 

 

『バカか!避けろナッパァッ‼︎』

 

「ッ⁉︎」

 

 

 唐突に、俺とハンス以外の声が響き渡る。聞き覚えは無かったのでハンス側の仲間が居たのかと、攻撃を中断して横に跳ぶ。

 怒りで我を忘れて状況把握を怠るのはいただけない。両腕を潰しただけ充分な成果だろうし、一旦引くか。

 実際ちょっと危ない思考に走りかけた。冒険者はあんな事思わないし言わない。ここはクールダウンと行こう。

 

 ………それにしても妙な声だな。ヘリウムガス吸った後みてえな変な声だ。正直聴いていて気持ちの良い声とは言い難い。

 

 

「………む?」

 

 

 頭を冷やそうと深呼吸すると、僅かな異臭。見ると、今しがた血が飛び散った地面に生えていた雑草の類が根こそぎ枯れて、というか溶け落ちて微かに煙を発生させていた。

 

 

「何だこりゃ、ただの血じゃねえのか?」

 

 

 こんな一瞬で草木を枯らすとは、農家の人達がこぞって欲しがりそうな除草剤だな。その後に何かを植えても何も育たなそうでもある。

 というかこいつ、どんな血液してんだ。こんなモンが全身を巡ってて問題がない訳がないのだが。

 

 俺が人体の神秘に舌を巻いていると、腕を失くしたというのに平然としているハンスが感心したように。

 

 

「へえ、初見の奴あいてに今のをスカしたのは初めてだぜ。

 参考までにどうやって察知したか教えてくれやしませんかねえ」

 

「……斬った感触に違和感があったからな。取り敢えず警戒してたんだが、それが功を奏しただけだ」

 

「感触かぁ。確かにそいつは盲点だったな。自分の切り心地なんか試した事ねえし、いい教訓になった」

 

 

 勿論ハッタリだ。

 

 頭に血が上ってそのまま斬りかかろうとしていた俺は本来今のは避けられなかった。見るからに猛毒といったこんな物をあのまま浴びていたら死にはしないまでも怯み、かなりの隙を晒していたに違いない。

 それができたのは偏に突然聞こえてきたあの声のお蔭だ。一体誰が………。

 

 

『おっほ、オレの声が聞こえたワケでもあるまいによお躱したなマジで。見直したぞ』

 

 

 また聞こえた。今度はすぐ隣から。

 

 横目で確認すると、そこにいたのはいつもの『アイツ』だった。

 魔王軍や悪魔との戦闘時、いつの間にかそこにいて、いつの間にか消えている不思議な存在。

 姿をわかりやすく説明すると鋼錬のお父様を赤と黒のマーブル模様にしたような、はっきり言うと気色悪い色合いをした人影。

 ………というか。

 

 

「お前喋れたのかよぉ⁉︎」

 

『えっ』

 

「は?急に何だお前。普通に喋ってたろうが」

 

 

 ハンスが馬鹿を見る目で俺を見てくるが、今はどうでもいい。

 こいつ話せたんなら何で今まで俺が話しかけても無視してきたんだよ。そして何で今急に話し出したんだよ。

 しかも思ってた性格と全然違う。もっと寡黙な仕事人気質だと思ってたのに、聞く限りだと俺と大差無いぞ。がっかりだよ。

 

 そんな俺の様子をハンスは呆れたような、こいつからは何故か死ぬほど驚いている気配が感じられる。

 ハンスはわかるが何でお前が驚いてんだよ。

 

 

『いや……お、まえ、もしかしてオレの声が聞こえんのか……?』

 

 

 何言ってんだこいつ。聞こえなかったらこんな事言わねえだろ、馬鹿なの?

 

 当然の事なのでそう答えると。

 

 

『マ、マジで⁉︎やった!え、でも何で急に⁉︎』

 

 

 心底から喜んでいるのが伝わってくる声でガッツポーズをし始める。

 嬉しそうなところ申し訳ないのだが、こいつに対する俺のイメージが今まさに崩壊しつつある。勝手にイメージして勝手に失望するなどあってはならないと分かってはいるつもりなんだけれども。

 

 そもそもこいつはてっきり俺のことを嫌っているもんだと思っていたのだが、如何に。

 

 

『……お前のことは一部分除いたら嫌っちゃいねえよ。そいつはお前の気のせいだ』

 

「一部分嫌ってるなら同じじゃねえか。俺のどこがそんなに………」

 

「何一人で喋ってんだ?『死神』殿に妄想癖があったとは知らなかったね、これはいい土産話ができた。

 ……なあ、茶番はもう良いだろ?俺もそろそろ本気でお前を殺す事にしよう。お前を食ってしばらく成りすますのも良いなぁ……」

 

「どうぞご自由に。今はそれどころじゃねえんだよそっちで勝手にやってろ」

 

「……………」

 

 

 ハンスも何やらくっちゃべっているようだが、聖徳太子でもない俺は二人の言葉を同時に聞き取る事などできない。

 どうせ両腕は抑えてあるんだ、大した事も出来ないだろうし、こちらに攻撃してきた場合のみ対応させてもらおう。それよりも今はこいつの件だ。

 

 

「そんで?さっきのは助かったけど何で急に俺に声掛ける気になったんだよ。今まで俺の事なんざシカトぶっこいてたクセにさ」

 

『はあん⁉︎オレがシカト⁉︎ンな勿体無いことするか!お前に十八年近く誰とも会話できない寂しさが………いやいや違う、こうじゃないな。俺の声が届くなら言いたい事は山ほどあるが、とりあえず。

 お前怒るのは良いけどちったあもちつけよ』

 

「ぺったんぺったん」

 

『………ごめん間違えた、落ち着けよ』

 

 

 あ、今のネタ振りじゃなかったのね。

 

 どうやらこいつは俺が怒りで周りが見えなくなっているので肩の力を抜け、という事を注意したかったようだが、さっきまでの緊迫感はクールダウンした事とこいつが話し出した衝撃で抜けてしまったので、言うのが少し遅かったと言わざるを得ない。

 そのクールダウンの機会はこいつの声がなかったら来なかったかもしれないので、そこはありがとうございます。

 

 

『あ、そう。ならそこは省いて聞くけどよ、お前どうやってアイツ、あのハンスとかいう奴を殺すつもりだ?

 気づいてんだろ。アイツにゃお前の剣、効いてねえぞ』

 

「………まあそりゃな」

 

 

 腕からの出血を攻撃として利用するくらいだ。その後も平然としている時点で俺の予感は当たっていたのだろう。

 

 ハンスには物理攻撃は全く効果が無い。

 

 

 つまり、攻撃手段が物理オンリーの俺にはどうこうする手段が存在しない。いわゆる詰みって奴だ。まるで将棋だな(二回目)

 腕が斬れたのに効いてないも何もなさそうなもんだが、この落ち着きようを見るに何か奥の手を持っているのだろう。無論俺にそれをどうにかすることは出来ない。

 

 ただし、それは本来であればという注釈が付く。

 

 

「ちゃんと方法はあるっての。多分このスクロールはこの時に使う為にあるんだろ」

 

『スクロール………ああ、あの悪魔がくれたヤツか』

 

 

 正直使いたくはない。いつかのために取っておきたい気持ちはあるが、ここで使わなかったら機会が訪れるとも限らない。

 使う機会があったとしてもエリクサー病で宝の持ち腐れになる可能性もあるわけだし、だったらここで素直に使うさ。

 

 

『なあ、なあ。オレはそのマジックスクロールに何の魔法が入ってんのか知らないけどよ』

 

「うん?」

 

 

 一発で決めてしまうのはやはり勿体無い。気が晴れないというのもあるし、効かないにしてもハンスにはもう少し俺のサンドバッグになってもらいたい、とスクロールを弄り、邪な事を考えながら生返事する。

 そういえばハンスはどうしたのだろうか。今から本気出す、みたいな事を言っていたのに一向に手を出してくる様子が無いのだが。

 

 

『その魔法ってのはこんなのも一撃で何とかできる代物なのか?』

 

「………うん?」

 

 

 さっきからこっち、話している最中もハンスから目を離さないでいたらしいこいつが相も変わらず変な声を若干震えさせながらそう言う。

 不思議に思った俺はその目線……目がどこにあるのかは分からないが、それを追っていきーー絶句する。

 

 そこにあった(・・・)のはとても生物とは思えない異形。

 全体的に紫色をした、毒々しいを通り越して最早禍々しくすらある、何とも目にお優しくない色彩。

 輪郭はプルプルと震えており、それだけ見ればまだ可愛げがあると言えるかもしれないが、そんな事は問題ではない。何より目を引くのはまずその大きさだ。

 

 デカい。デカ過ぎる。今まで遭遇した相手の中で最も巨大だったのは何かと訊かれれば、俺は胸を張って起動要塞デストロイヤーだと答えるだろう。アレに並ぶ物はちょっと思い付かない。

 では遭遇した中で一番大きい生物は何かと訊かれた時、今までは旅に出て最初に出逢ったフレイムドラゴンと答えたはずだが、どうやらそれは更新されたようだ。

 

 元の体長からは数十倍、体積に換算すると数百倍は優に超えるのではないだろうか。

 今や軟体でどうやってこれだけの自重を支えているのかに疑問を抱くレベルにまで巨大化し、すっかり容姿を変貌させた魔王軍幹部ハンスさんがそこに泰然と、山のように聳え立っていた。

 

 実物を目にした事はないが、王都で聞いたことがある。こいつは確かーー

 

 

「『デッドリーポイズンスライム』か……⁉︎」

 

 

 大まかな特徴は合致する。だが、ここまで大きいとは噂にすらなっていなかったぞ。こんなものが自然界に存在すればそれだけでパワーバランスが崩れてしまうだろう。ということは、突然変異した個体と考えるのが妥当か。

 

 

『おい、大丈夫なんだよな?そのスクロールで倒せるんだよな?』

 

 

 色合い的にはハンスとどっこいの気味の悪い色をしているのに、目の前の威風堂々とした軟体にビビっているのか、不安がるように何度も確認してくる。

 

 俺はこのスクロールに入っている魔法を王都で直接見た事がある。

 使用者はかなりレベルの高い『エレメンタルマスター』だったが、ウィズの魔法を閉じ込めたこのスクロールよりは数段劣るだろう。

 しかしその上級魔法は村を出たばかりの俺にとっては初めて見た本物の大魔法であり、その強力な威力は今でもはっきりと憶えている。

 

 魔法の威力、ウィズの実力、目の前の超巨大軟体生物の特性、それらを加味した上でその質問に答えると。

 

 

 

 

「……………………………無理」

 

 

 

 

 

 



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89話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「『裂空』!」

 

 

 叫びながら斬撃を放つ。縦、横、斜め、縦横無尽、十重二十重。

 並のモンスターなら一つでも受ければその部位の分だけ体重が軽くなるだろう斬撃だがーー

 

 

「………うん、はい」

 

 

 結果は全て同じ。ドポン、と濁った音を鳴らして、目を離した隙にスライムお化けと相成ったハンスから僅かに紫色の飛沫を上げるにとどまった。

 

 それに反応したハンスが身体の一部を触手のように伸ばして俺を目がけて叩きつけるように振るってくるが、二、三度横にステップを踏めばもう当たらない。

 一部といえども大きさが大きさだ。動きが鈍いから余裕を持って躱せるが、これで素早かったりしたら普通に死ねるだろう。

 逆に言うとそうでない限りは直撃する心配のない生易しい攻撃でしかない。

 触手が命中した地面から跳ねる飛沫と鼻に付く焦げ臭い匂いに顔を顰め、視界を振り切りながらハンスの反対側へ回り込む。

 

 どうもこいつはこうなってから理性が無くなったというか、頭が悪くなった印象を受けるな。一度俺の姿を見失うとしばらく動きを止めて探す素ぶりを見せてしまうのだ。冷静に考えれば後ろにいる事くらいは理解できるだろうに。

 まあそのおかげでこうして一息つく暇があるのはまことにありがたい事なのでもっとやれ。

 

 

「しかしこれもダメか。もう俺の攻撃方法全滅だな、どうすんのこいつ」

 

『その前にいいか?『裂空』てなんぞ。見たとこ今までも使ってたかまいたちと変わらない件について』

 

「かっこいいだろ、空を裂くと書いて『裂空』。いつまでもかまいたちとかじゃダセェなと思って密かに考えてたんよ」

 

『自分で名前を考えてる時点で痛々しいと思うんですけど(名推理)』

 

 

 それは言わないお約束なのよ。

 

 しかし参ったな。負ける要素は思い付かないが、勝てる要素も同様だ。手持ちのマジックスクロールが一つしかない以上、駄目元でブッパするわけにもいくまい。

 

 

『紅茶キメてマーマイト舐めれば良い案が浮かぶかもよ』

 

「パンジャンパンジャンパンジャン」

 

『この世界でもパンジャン万能説は有効なのか(困惑)』

 

 

 ………イヤイヤ、ついノっちゃったけどふざけてる場合ちゃうぞ。

 ついでに言うとこの世界には紅茶はあってもマーマイトは無いし、パンジャンドラムに至っては日本でも知ってる人間限られるからな?

 

 

『へへ、悪い。自分のネタが拾ってもらえるってのがこんなに嬉しいとは思わなかったからよ。

 マジレスすると、爆発ポーション連打じゃダメなのか?アレは結構いい感じだった気がするが』

 

「結局パンジャンを転がせと?随分な信者もいたもんだな」

 

『それはもういい』

 

 

 確かにウィズ印の爆発ポーションに俺が改良を加えた、超強化炸裂ポーションの効果には目を見張るものがあった。あの巨体を怯ませ、身体のかなりの部分を文字通り吹き飛ばして見せたのだ。

 その分破片を避けるのが大変だったが、あれを主軸にできれば活路は見出せるだろう。あくまでたらればの話だが。

 

 

「はいここで問題!俺はこの街に何しに来たでしょーうか!」

 

『………………あっ』

 

 

 気付いて頂けたかな。

 

 俺は今回旅行のつもりというか、実際に旅行として来たのだ。必然、荷物などもそれに準ずる形でしか持ってきてはいない。一応、念の為という形式で炸裂ポーションを数個ほど懐に入れてあるだけだ。

 ここに来て痛恨の準備不足とか傭兵の名が泣いてるぜチクショウ。責められるものなら責めてみなさい(ヶ原ボイス)

 

 

『あと何個あんの?』

 

「………さっき一個使ったから残り四個」

 

『きっつ。要所要所で使ってたらすぐ枯渇しちまうじゃねえか』

 

 

 もう一度、ハンスに向かって何度か斬撃を飛ばす。そして同じように効果が無いことを確認し、ハンスからの反撃を誘発させながら溜め息を漏らした。

 

 

「せめてジャティスから貰っておいたスクロールも幾つか持ってきてたら仕留めることも出来たかもしれねえのになあ。

 嵩張るし、絶対使わないと思ってたからしょうがねえってのはあるが、どうしようもないか……」

 

逃げれば(・・・・)?』

 

「……………」

 

 

 思わず、動きを止めてしまう。

 

 こいつの声からさっきまでとは違う、挑発的な響きを感じたからだ。

 

 

『今朝カズマ君にも言ってたろ。『どうしようもないなら逃げればいい』ってな。どうしようもないんだろ?今がその時じゃねえの?』

 

「………ふむ」

 

 

 試すような口振りで話すこいつの顔を見てみる。

 目も鼻も無く、口しか付いていない顔では何を考えているかはわからない。なんかマーブル模様が蠢いてるからか、気のせいか吐き気もしてきた。

 先ほどからの言葉の端々を察するに、こいつは俺の目に見えていない時でも俺の近くにいるらしいな。サーヴァントで言う霊体化みたいな物だろうか。

 今のこいつが実体化している状態なのかは疑惑の判定だが。

 

 それはそうと状況を鑑みてみよう。

 攻撃はほぼ意味を成さず、相手からの攻撃は恐らく一度でも直撃すれば絶命。今のところそんな気配は無いが、もしかしたらこいつにまだ隠し球がある恐れだってある。

 なるほど、現実的な選択肢として逃げ回るってのはアリだな。

 

 

『言い方が悪かったか、勝てないと思ったら逃げろ。お前の考え方は間違っちゃいねえ。

 こいつが幹部である以上いつかは倒さなきゃいけないが、それは今じゃなくても良いだろ』

 

「……………」

 

 

 思い出すのは目の前で救えなかった女の子。あの時の怒りを忘れた訳ではない。

 だが怒りで目を曇らせ、勝てない戦に挑むのは最悪。かつてそれで滅んだ国だってあることを俺は知っている。

 それを踏まえ、状況と俺の状態を内観して、決める。

 

 

「よし、逃げるか(・・・・)

 

『………そうか』

 

 

 その声から伝わってくるのは僅かな失望と安堵。

 

 失望させるのは申し訳ないが、だって俺一人じゃ勝てないんだからしょうがないじゃん。安堵の方は意味わからん。

 

 

『いや、良いんだ。今お前に死なれたら困るのは確かだしな。

 お前は気にせず街から離れる方向に逃げりゃいいよ。オレだってあいつを相手にするのが厳しい事ぐれえわかってら』

 

「は?街から離れてどうすんだ……よ!」

 

 

 ハンスが何故か街の方向へ動き出そうとするのを食い止めるように『裂空』を乱打する。なんか嫌な予感がするな。今こいつ、俺を無視しかけたぞ。

 後方から斬り続けるとようやく、といった感じで方向転換して俺を狙い始めた。

 こんな猛毒の塊みたいな奴が街に突っ込んだらシャレにならんからな、ここで何とか動きを封じておかんと。

 

 

『どうって、逃げるんだろ?』

 

「おう、逃げ回るよ」

 

『…………?』

 

 

 あれ?こいつもしかして頭悪い?街から離れたらハンスをどうやって倒すんだよ。

 

 

『こいつを倒すのは諦めたんじゃないの?』

 

「……あ?あーあー、そういうことか」

 

 

 どうやら情報の伝達に齟齬が発生していたようだ。

 

 こいつは俺が自分の命惜しさにこの場から逃げ出すとか思っていたのだろう。ちょいと俺を見縊り過ぎだな、おじさん哀しいわ。

 つっても確かに今の俺の発言はあいつを倒すのを諦めたともとれそうだな。

 

 ある意味でそれは正しい。俺は確かに「俺一人で」倒すことは諦めたからな。

 本当なら誰も巻き込まずに一人で何とかしたい。でも相性の問題でそれが出来ない。だったら他人の手を借りるくらい別に良いだろう。

 あの街には人が多数いる。もしかしたらクリスや他のメンバーだってまだカズマと合流出来ずに、この事態に気付いていない可能性だってある。

 こんな時に何もかも投げ捨てて逃げるようなら最初っから冒険者になんざなってねえ。馬鹿にすんのも大概にしとけよ。

 

 

『でもお前、デストロイヤーん時に逃げようとしたじゃん。街の人見捨てて』

 

「街の人は見捨ててねえよ。それにデストロイヤー相手は仕方なくない?あの時は絶対勝てないと思ってたから今とは状況が全然………ってこんのっ……⁉︎」

 

 

 まただ。ハンスが俺を見失ってすぐに街へ、何かに引き寄せられるように進行しようとする。

 

 こいつ何だよ。何が目的で目の前にいる俺を無視すんだ。いや視界を振り切ってんのは俺なんだけど。

 

 今度は『裂空』だけでは止まりそうになかったので先回りして視界を誘導するように移動し、虎の子のポーションをハンスを街から遠ざけるように地面に叩きつけた。

 爆風に煽られ俺に煽られ、再び意識を俺に戻したハンスの、少し激しくなった触手の動きを見切りながら会話を続ける。

 

 

「あの時は絶対勝てないと思ってたからそこは容赦っ!してくれよっとぉ!危ねええっ!

 ふぅ、けどこいつにはめぐみんかアクアのどっちかが来ればまず勝てる。俺の役割はそれまでこいつを引きつけて、合流したらトドメをぶっ放すことだ」

 

『なんか策でもあんのか』

 

「応ともさ。『エクスプロージョン』、またはそれ級の最上位魔法をぶち込んでやらあ。

 ……ひぃ、急に動いたからちょっと疲れたな……」

 

 

 俺の考えが正しいなら、こいつを今の大きさの半分程度にできりゃあ俺が持つマジックスクロール単体でも倒せる。

 いくら最強最大の威力を誇る爆裂魔法でもこんだけデカい相手だと全て消し飛ばすのは簡単ではなかろうが、そのくらいならできるだろう。

 めぐみんで身体の半分ぶっ飛ばしても良いし、アクアが来れば削らなくてもこいつを一撃で止める魔法も創れる……はずだ。

 独学で王都で学んだ、最上級魔法になるはずだった(・・・・・)魔法の簡易版の御披露目だな。ヒュウ!なんかテンション上がってきたぜ!

 

 

『………へへへ、そうかい。そいつは悪かったな。まあ逃げないってんなら是非もねえ、オレも最後まで付き合うぜ。

 ………つーかお前なんで息切れなんかしてんだよ』

 

「なんでってなんだよ(哲学)。お前こそ俺をなんだと思ってんだ。

 俺だって人間、動けば腹も減るし疲れもするさ」

 

 

 少し動き回ったせいで切れた息をゆっくりと元に戻しながらそう言うと。

 

 

『………ちょっと待て、その理屈はおかしいだろ。三日三晩休憩ナシの飲まず食わずでオークの大群にゲリラ戦挑めるお前がこの程度でか?

 大体、デストロイヤー戦以降お前がまともに息切らしたとこなんか見たことねえぞ。王都とアクセル一日に五往復した時だって、走りながら歌う余裕すらあっただろうが』

 

「………………………」

 

 

 ……言われてみるとそうだな。なんで今日に限ってこんなに呼吸が乱れるんだ?

 心なしか息苦しい気もーー

 

 そう思った瞬間。

 

 

「ごっ⁉︎ぶっゔぇ………ぇえ……!」

 

『おいっ⁉︎』

 

 

 唐突に。凄まじい吐き気と眩暈から膝をついて嘔吐してしまう。

 

 なんっだこりゃ………⁉︎まずい、立っていられない、まだハンスは俺を認識してるってのに……!

 

 

『後ろに跳べ!猶予は五秒ある、焦るな!気合い入れろ!』

 

 

 俯いているせいで見えないが、相当に切羽詰まった声でよく分からない指示を飛ばしてくる。なんだ五秒って。

 いやそれよりちょっと待ってくれよ、これマジでキツイぞ。気合いで何とかなるってレベルじゃ………、

 

 

『そうやって『足踏みしてるだけじゃ進まねえ』‼︎』

 

「ぉ男ならぁぁぁあああああああ‼︎」

 

 

 弱音で萎みそうになる心に炎が灯り、叫びながら足元を蹴り飛ばす。

 余裕が無かったせいで加減が効かず、蹴った地面から爆発したように土が捲き上るが、それが却って目くらましになってくれるだろう。

 俺はというと反動で付近に生えていた大木の、葉が生い茂る枝々に上から突き刺さる形で突っ込んで難を逃れていた。

 

 勢いで叫んじゃったけどこれ大丈夫?JASRACとか光の国とか。そうでなくても存在を消されたりしない?

 

 

『何、オレはただセリフ言っただけでリズムなんざ取ってないし、それ言い始めたら大抵の作品のセリフが何かしらの曲の歌詞とかぶるだろうし、これで咎めるのは無理だぜ。

 それに光の国は金さえ取らなきゃ著作権とかにはわりと寛容だってばっちゃが言ってた。夢の国も本来はそのはずなんだけどな………っつーかお前どうしたの。病気か?らしくねえじゃん』

 

「オロロロロロロ………」

 

『………内臓が傷んでるな。主に胃腸……肝臓もか。外部からの衝撃が原因じゃなさそうだ。なんか変なモンでも食ったか?あいつの身体に触れてはいないし、それとは無関係だとは思うが………』

 

「み、見ただけで、分かるもんなのかそれ………?」

 

『昔取った杵柄ってヤツだな、人体にはそれなりに詳しいんだよ』

 

 

 と、自慢気に話す言葉を半分くらい聞き流しながら何か思い当たることが無いかを考える。

 こいつの言う変なモンには当然心当たりなどない。そも、俺は旅をしていた頃なんかはマトモな食事をする機会もあまりなかったのだ。その頃に比べれば、例え口にする物が腐っていようと大した問題ではないと思うのだが。

 

 

「………ハンスに触れてないから無関係、ってのが間違いなんじゃね……?」

 

『ほう、その心は?』

 

「いや、謎かけとかじゃなくて」

 

 

 ハンスが猛毒の塊であることはもはや疑いの余地もない。そしてハンスから飛び散った破片も例に漏れないだろう。

 ならば、その毒によって溶かされた物。そこから燻っている煙などはどうだろうか。

 

 

『………ガスか!いや、だとしたら何で肺には異常ねえんだ?』

 

「知らん。あくまで可能性の一つとしてだからな。っあー、ちょっと楽になってきた………」

 

 

 その煙も毒性を帯びているのは充分に考えられる。実際、最初期から異臭として漂ってるしな。

 

 しかし提示したはいいが毒ガスが原因説は正直勘弁願いたい。俺としては拾い食いして腹でも壊れてた方がまだマシだ。

 

 何故って、まだハンスと開戦してから半刻も経っていないのである。

 それでこのザマなのに、今からハンスをいつ来るかも知れない援軍が来るまで引きつけなければならないと来たもんだ。

 今日は風があまり吹いていないため、毒ガスの類が発生しているとすれば必然的にこの周辺に充満してくるだろう。イコールで俺氏、絶対絶命の大ピンチ。ちなみに誤字じゃないぞ、マジもん。

 

 

『ヤバくね?千空大先生にガスマスク作ってもらわねえと』

 

「千空大先生は今御前試合で忙しいから来られないってよ」

 

『はぁ〜、つっかえ!ほんまつっかえ!……っと。おい、ハンスがまた街の方に………』

 

「……………わかってるよ」

 

 

 ハンスが俺を見失い、再び街の方角へ進み始めた。いつまでも休憩してる訳にもいかない。

 

 仮に毒ガスがあの嘔吐の原因なのだとして、楽になった理由が戻して毒物が体外に排出されたからか、それともこの木の側までは汚染されてないお蔭なのか。それはわからないが、とりあえずハンスを相手にしていれば間違いなくぶり返すだろう。

 それでも、初志貫徹ってのは大事なことだ。

 

 

『………なあ、不謹慎なのは承知でさ、今の現状を表す上でわりと的確な例えが浮かんだから言っていい?』

 

「言うだけならな」

 

『フィールドからベースキャンプまでが全域毒沼と化した砦でG級ラオシャンロンを制限時間内に討伐せよ。ちな裸に回復薬の持ち込み禁止で』

 

 「……それクリア出来る奴いんの?」

 

 

 

 

 いきなり心が折れそうになったのは内緒。

 

 

 

 

 

 



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90話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 俺が悲劇のゲロインとなってから早数十分。

 

 あれからも度々嘔吐を繰り返した俺の胃の中には食った物はおろか、胃液すらも残っていないのではないか。

 事実、先ほどの物は嘔吐というよりも吐血と呼んだ方がしっくりくる。やだもー、喉が荒れちゃうじゃない。

 

 

『呑気かお前!クッッソ、あんの駄女神まだかよ!このままじゃマジで死んじまうぞ!』

 

「………ふと思ったんだが、毒ガスは吸気として吸い込んでるはずなのに先に消化器がダメになるってどうよ。

 普通肺からオシャカになることない……?」

 

『呑気か!そしてそれオレさっき言いましたよね⁉︎』

 

 

 気になったんだからしょうがないだろ。子供の無邪気な疑問にそんなに目くじら立てんなよ大人気ない。

 

 息も絶え絶えな俺とは対照にデッドリーでポイズンなスライムであるハンスさんは元気いっぱい。むしろ最初よりも動きが素早くなっているまであるから困り物だ。

 体力を奪われ、動きが鈍くなる一方の俺と激化するハンス。啖呵切ったは良いが、正直なところ俺はカズマ達が来るまで持ち堪えるのは無理なのでは、と半ばまで諦めていた。

 そんな俺がここまで毒の飛沫をマントに掠らせる事すら無く、弱りながらも五体満足で立っていられるのは。

 

 

『これは………下、地面か!三秒!それはサブでメインはその後真っ正面から!

 焦ってしくるなよ、速度で言やぁまだヒトとかたつむりくれえの差はある!』

 

 

 まず間違いなく、『こいつ』のおかげ……なのだろう。

 

 どういった原理か、こいつには数秒先の相手の動きが見えているようなフシがあるのだ。どっかの仮面の悪魔でもあるまいに、一体どうやっているんだか。

 

 

『その触手避けたら……多分毒の塊みたいなヤツを飛ばして来るか……?

 ああクソ、見難いんだよ!人型のままなら五秒先まではパーフェクトなのに!とりあえず上から来るぞ、気を付けろ!』

 

「そう見せかけて下から来るフラグですね、わかるとも」

 

『さっきっからどうしたお前⁉︎とうとう頭にまで毒が回ったか!』

 

 

 こいつの予言からきっかり三秒後に地面から染み出すように飛び出してきた触手をバク転で躱して着地した勢いを利用し、空高く跳ねて正面からの一撃をいなす。ついでに上空までは汚染されていない清浄な空気を肺いっぱいに吸い込み、あとは落ちるだけだった俺に発射された数発の毒弾をデュランダルの側面を滑らせるように受け流してから『裂空』でしっかりとハンスに俺を意識させる。

 ついさっき見つけたこの手順中々良いな。一連の流れで時間も稼げるし、まともな空気も吸えて一石二鳥やで。

 

 

『ジャンプ力ぅ、ですかねぇ………。もうお前斬撃放ちながらジャンプ繰り返せば?

 それだけであいつも的を絞れなくなるしお前も体力回復出来るだろ』

 

「あぁ〜^こころがぴょんぴょんするんじゃ〜^」

 

『………意外と余裕そうだなお前。体内の感じからして瀕死も良いとこなのに。辛くねえの?』

 

「お前………、それアレだからな。病人とかに言ったらぶっ殺されても文句言えねえからな?」

 

 

 辛いに決まってんだろ。

 

 辛い、苦しい、痛い、熱い、逃げ出したい、楽になりたい。………もしかしたら、死にたいってのもあるかもしれないな。

 でも、そんな弱音を吐いたって何かが変わる訳でも、早く良くなる訳でもない。だからせめて。周囲の人間には心配させたくなくて、そういった感情を押し込めて彼らは気丈に振る舞うんだ。

 

 俺が震える足に鞭打って今尚立ち続けてる理由はそんな上等なモンじゃねえが、弱音ぶち撒けたってなんも変わらないのは一緒だしな。

 もし言ったら楽になるよって言われたら今すぐこの場に寝転んで手足ジタバタさせながら大泣きしてやるよ。

 

 ……駄々っ子ゼロさんとか自分で言っててどうなん?マニアック過ぎひん?

 

 

「残念だけど……そう何度も高くは跳べない、ねえ。もうちょい早く気付いてたら、違ったんだろうが。それをするには……、………いや、手がないこともないか……?」

 

 

 ああ、そうだ。今こそ隠してきた俺が取り得る唯一の回復手段の出番かな。こいつならわりとボロボロな俺でも全回復まで持っていけるんじゃないか?

 そうと決まればハンスの隙を窺ってーー

 

 

『……ん?何だこいつ。どこ行くつもりだ』

 

「………………?」

 

 

 困惑したような声を聞いてハンスを見ると、今までは俺を見ていない時はアルカンレティアにまっしぐら、といった感じだったハンスが何故か街と並行するように横に向かって移動している。その速度は先ほどまでよりもかなり速い。

 

 こいつはラッキーだ。街に行くなら止めなきゃならんが、そんな様子でもなさそうだし。回復する時間が取れるな。

 できればそのまま街から離れる方向に逃げてってもらえると更に助かるんだが。

 

 ここが好機とばかりにある物を取り出そうとするが、ふと。街ではないとするならばハンスは一体何に向かって移動しているのかが気になった俺は、ハンスが進む先に目を遣り。

 

 

「なっ……あ……!」

 

『どうした?今の内に………はあ⁉︎』

 

 

 見てしまう。

 

 

『何でこんなトコに………っ‼︎』

 

 

 身を隠す場所など一切ない草原で、こちらを観ていた数人の子供を。

 

 何でと言うが、これは多分……俺のミスだ。ハンスをこちらへ蹴り飛ばす時にかなり目立ってしまった。そしてこの巨体相手に大立ち回りだ。

 それを遠目でも目撃すれば、好奇心旺盛な子供が見に来ても不思議ではないだろう。

 

 その子供たちは全員が全員十歳程度だろうか。ハンスが自分達の方へ人間が走る速度よりも速く接近しているのに気付いたようで、一目散に街へ逃げ帰ろうとしている。

 ただ、その中で一人だけ。単純に足が遅いのか、それとも怪我をしているのか分からないが、とにかく他の奴らに比べるとはるかに鈍足の男の子がいた。

 他の奴は自分が逃げるので精一杯でそいつを気にかける素ぶりが一切ない。それか自分達と同じように逃げていると思っているのか。どちらにしても真っ先にハンスと接触するのは他数名から頭十個分は遅れているこいつだろう。

 

 

「………………っ」

 

 

 もはや一息つく暇もない。

 子供に気付くのが数瞬遅れた事と、自身の体力が限界近い事も相まって間に合うかどうか………いや、僅かに届かない……!

 

 走りながら残り三個となった炸裂ポーションを全力でハンスの足元の子供に破片が届かない位置、つまりは俺の目の前目掛けて放り、爆風を突っ切るようにして遅れていた子供の元へようやく到着する。

 爆風を真っ正面から受けたが、全身の所々に裂傷と火傷を負ったもののそれは大した事はなく、重症に至ったのは飛び散った飛沫が掠った左眼くらいか。

 左眼は見えなくなったが、今度は間に合った事にとりあえず安堵。

 

 ちょっとした賭けだったけど何とか成功したか。もうちょっと痛手を被るかとも思ったがさすがは俺だ。あのポーションの直撃ですらこの程度とは恐れ入ったーー

 

 

『バカ野郎‼︎敵から目ぇ離すな‼︎』

 

「‼︎」

 

 

 土壇場を乗り切ったと思い込んでいた俺が気付いた時には、もう。

 ハンスの触手に、左腕が呑み込まれた後だった。

 普通は逆なのだが、身体が動くよりも先に頭が理解する。

 

 喰われる(・・・・)

 

 次に頭が打開策を用意するよりも速く、右腕が握ったデュランダルで左腕を肩口から斬り落としていた。

 ……いや、どのみち猛毒であるハンスに触れた時点で左腕はダメになったのかも知んないけど随分思い切ったな、俺。

 

 重要な血管が多く通っている腕を斬ったのだ、助かるために無茶したのに出血多量で死んでは元も子もない。

 肩に全力を注ぎ、筋肉で血管を塞ぐように意識しながら痛みで動けなくなる前に足手まといを街まで送ろうとするが、それを阻むようにハンスの触手と本体が立ち塞がる。

 子供を右腕に抱えたまま触手の追撃を避けるうちに、自然と元いた木の根元まで戻って来てしまった。

 

 そこで何故かハンスが俺を狙う動きを止めたため、子供を置いて少々休息を取らせてもらうとしよう。

 

 何より、もう我慢するのも限界だった。

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ‼︎」

 

 

 痛い。痛い。痛い。痛い。

 

 既に無い左腕が痛む気さえする。これが幻痛ってヤツなのか、初めて体験した。出来りゃあ体験せずにいたかったよ。

 

 声を上げてまたハンスに狙われても馬鹿らしいので、マントを噛み締めて必死に押し殺す。

 身体は痛いと訴えかけてるのに、頭は逆に冷静になっていくのは皆そうなんだろうか。それとも俺だけなのか。

 

 ………これマジで痛いな。俺は長男だったから耐えられたけど次男だったら耐えられなかった。

 

 

『お前は一体何治郎だ。産まれた時から一緒にいるが兄弟がいるとは初耳だな』

 

「……………へけっ……」

 

『ハムタロサァン………』

 

 

 こいつ中々冷静だな。付き合いは短いけど、こういう時こそ慌てるタイプだと思ってたのに。

 もっと心配してくれても良いのよ?

 

 

『………もう駄目だよ、お前も、その子もな』

 

 

 近くに立って俺を見下ろす影がそんな事を言う。

 

 俺がダメってのはなんとなく分からなくも無いけど、この子も、ってのは……?

 

 

『……多分お前の毒ガス説が合ってたんだろうな。回復力の高いお前だからあの程度……まあそれもおかしいんだが、とにかくあの程度で済んでたんであって、常人だとこの領域に足を踏み入れた時点で行動不能クラスの被害を受けると見たね』

 

「んな、アホな………!」

 

 

 確かに連れてきた子供の様子は、つい今まで走って逃げようとしていたとは思えないくらいに弱っているようだった。呼吸は荒く、浅く、目をきつく閉じて開ける気配も無い。

 

 ってことは何か?良かれと思ってここまで連れて来たのに、そのせいでこの子は死んじまうってのか?

 

 ………俺が、殺すのか………?

 

 

『そりゃ飛躍しすぎだ。お前が助けなかったら今頃はお前の左腕と一緒に溶けて失くなってたんだから、お前のせいってのは筋が違うぜ。

 この場合はただ結果は変わらなかったってだけ……うん?………どっちにしろ死ぬんなら助けない方が良かったのかもな、苦しまずに済んだんだし』

 

「………お前から見て、どうだ。俺とこの子はどのくらい生きられる」

 

『いや専門でもないオレにそんないついつ死ぬみたいな事訊かれても。

 ………そうだな、その子の方は何もしなきゃ十分くらいで、お前が酷え。こうしてる時間すら惜しいレベル』

 

 

 まあ……そんな所だろうな。自分の事は承知の上よ。

 

 じゃあ何のために訊いたのかって?何事も確認ってのは大事だろう。例えすることに違いが無くても、だ。

 

 十分もあれば街まで行ってアクアを見つけるくらいは出来るだろう。その間に街の人間がハンスにやられるかもだが、それだってアクアに後から蘇生してもらえばいい。

 

 何から何までアクア頼りになってしまう事に若干の申し訳無さを覚えつつ、片腕で手間取りながら一枚のカードを取り出し、続いてもう一つ必要なアイテムを懐から出そうとした時。

 

 

『何するつもりなのかは知らんけどやるなら早くしな。何でハンスがあそこで止まってんのかは分からねえけど、それだっていつまでも続くもんでもないだろうし』

 

「……………?」

 

 

 その言葉が妙に引っかかった。

 

 そういやあ、何でハンスはあそこから動かねえんだ。あのまま追って来てたら間違いなく俺を仕留められただろうに、あんな所で身体を波打たせてーー

 

 それはまるで何かを咀嚼するような。そして、最初と比較すると幾分か図体が小さくなった気がするハンスを見て。

 

 

「…………!」

 

 

 思い至る。ハンスが頑ななまでに街へ向かおうとした理由。その効果に。

 

 ………マズイな。だとしたらこいつは今が一番弱ってる状態って事になる。

 これ以上成長させたら誰にも、どうにも出来なくなっちまうんじゃないか?

 

 

『……?どうしたよ』

 

「予定、変更だ」

 

 

 アイツはやっぱり俺がここで始末する。ハンスを倒せる可能性が残るのは恐らく今だけだ。

 

 ………すまんな。

 

 息苦しそうに短く呼吸を繋ぐ男児に心の中だけで謝罪する。また見殺しにしちまうな。

 

 頭を切り換え、取り出しておいた俺の冒険者カードに指を走らせる。操作するのは習得可能スキル欄。その最後に刻まれた魔法名をタップした。

 途端にその魔法の詠唱、使い方、効果の全てが脳に叩き込まれる。なるほど、魔法ってのは皆こうやって覚えてたのか。勝手に使い方が脳裏に浮かんでくるとは便利だな。

 

 そのまま迷うことなく、その魔法を自身へ。

 

 

「『セイクリッド・ハイネス・ヒール』………!」

 

 

 それは上級回復魔法。王城でアクアに教えてもらった、現段階では最高峰の回復魔法だ。

 その効果は凄まじく、全身を侵していた倦怠感、吐き気や眩暈が軒並み和らいだだけでなく、左腕と左眼の痛みすらもかなり和らいだ。

 やっぱ魔法は凄えな。これならまだ、ほんの少しの間なら戦えそうだ。

 

 

『おおお⁉︎何だお前、魔法使えたのかよ⁉︎

 ……あれ?でも今のって上級魔法だよな。そのわりにゃ腕も眼も治ってねえぞ』

 

 

 それは仕方ないだろう。魔法の効果というのは先天的な才能とスキルレベル、あとは込めた魔力量に依存するんだ。

 たった今習得したばかりの、付け焼き刃未満の俺の魔法に本職クラスの効果なんざ期待するべくもない。

 それでもさっきまでなら俺の計算上は全快近くまでは行く筈だったんだが、ハンスに直接触れちまった上に片目片腕持ってかれちゃあな。止血鎮痛多少の解毒、これだけありゃ御の字さね。

 

 

『何でも良いけど、回復魔法使えるんならもう一度使ったらどうだ。お前弱りすぎててそれでも死の危機は乗り切ったとは言えねえぞ。魔力切れも起こしてねえみたいだし、あと一回ぐらいなら使えるんだろ?』

 

「ねえよ。俺が魔法使えるのは今の一回こっきりだ」

 

『あ?』

 

 

 そもそも俺が魔法を使えない理由は保有する魔力がゼロに等しいからだ。覚えるだけなら『冒険者』である俺はどんな魔法、スキルも自在に覚えられる。

 なら、その魔力を肩代わりしてくれる物があれば俺はそれらを扱えるって訳だ。

 

 言いながら用済みとなった、とある鉱石を捨てる。こうなっちまったら高価な鉱石もただの石コロだな。

 

 

『マナタイト⁉︎持ってきてたのか!』

 

「使うつもりは、全然無かったんだけどな……」

 

 

 俺が使ったのはめぐみんからの報酬として貰った大きめのマナタイト鉱石だ。元々はゆんゆんが用意した物なのだが、何の因果か巡り巡って俺の手に渡ってきた。

 魔法を使う予定も使う気もさらさら無かった俺は完全にコイツを売るつもりだったんだが、初心者の街であるアクセルではマナタイトなどの比較的高価なアイテムは売れない傾向にある。上等なアイテムばかり取り扱っているウィズの店が流行らない理由がまさにそれだ。

 だから、どうせ売るのなら高く売れる場所でと、アルカンレティアで捌いてしまうつもりだったのだが………。

 

 ………売っちまわなくて良かったよ、ホントに。

 

 

『………なるほどね。お前自身が回復した方が、確かに両方とも助かる可能性も出てくるか。

 お前がその子背負って街に行けばアクアに治してもらえるだろうしな。そうと決まりゃさっさと行こうぜ』

 

「………それは駄目なんだ。予定変更っつったろ……?」

 

 

 ハンスについて気付いた事が無けりゃ諸手を挙げて賛成したいし、実際さっきまではそうするつもりだったのだが、それをするとそれこそ勝ちの目が潰える。それは出来ない相談だ。

 

 そして俺は未だに身体をポンプか何かのようにぐねぐねと動かすハンスを指差して。

 

 

「……なあ、アイツさ。最初と比べて随分………小さくなった(・・・・・・)と、思わないか……?」

 

 

 

 

 

 



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91話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

「あいつさ、最初と比べて随分小さくなったと思わないか?」

 

『……………………………』

 

 

 ………あ、この沈黙は分かってない感じのやつだな。

 

 まあ俺も必死で動き回っていた時は気にも留めずについ今し方気が付いたんだし、しゃあない。

 実際アイツは最初とは見て分かるくらいには小さくなっている。

 だが、俺の腕を喰らった後。咀嚼するように動く度に僅かずつ大きくなっている事にも気付いたのだ。

 

 

「アイツに理性が無くなって久しいのはお前も分かるだろ?」

 

『それは見てたら分かるな。理性のカケラも残っちゃいねえ』

 

「じゃあアイツは今、何を規範として行動してるか。………分かるか?」

 

『……………ごめん、オレあんまり頭良くないからさあ』

 

 

 多分その答えは『食欲』だ。

 

 極めて原始的な欲求。理性が失くなったのなら、それに従う野生動物のような状態になってもおかしくはないだろうさ。

 ハンスは人型の時に言っていた。「人を美味しくいただいた」と。

 つまりアイツは人間を擬態の為だけでなく、栄養にも出来るのだろう。

 

 

『………………だから?』

 

「マジかお前………」

 

 

 ここまで言っても理解してもらえないとは思わなかった。本当に頭の回転が悪いとみえる。

 

 要はアイツは人間を喰って成長する。けれどこの草原では栄養になるような物が存在せず、俺の炸裂ポーションや何やかんやで削られても身体への供給が出来ない状態だったんだ。

 それで、本能的に多くの餌………この場合は人間だな。がいる街に向かおうと躍起になっていたんだろう。

 しかし所詮は動物的本能。より手近な場所で俺という餌が絶え間なく視界をチラついていればそちらに気を取られるしか出来ず、結果としてまだ街には到達せずにあそこでたった一本の腕に舌鼓を打っている。

 

 

「と、俺は予想するね」

 

『今のでそこまで分かれってのは無理があるだろ………。むしろお前自分の腕斬り落としながらそんな事考えてたの?』

 

 

 なんか唐突に神が降りてきたからね、しょうがないね。

 そして今からの俺の役目は、アイツの身体を文字通り削り続けることだな。そしてスクロールブッパでFA(ファイナルアンサー)

 

 

『あれ?趣旨変わってんじゃねえか。時間稼ぎはどうしたよ。そもそもそれが出来ないからアクアやめぐみんちゃんに頼ろうとしてたんだろうが』

 

「その受け身の姿勢の行き着く先があのザマなんだろうが。やられっぱなしは性に合わねえんだよ、てめえも知ってんだろ」

 

 

 どのみち治療するためにこいつから目を離す選択肢は絶対にあり得ねえ。

 その間に街の人間を手当たり次第に喰い殺して成長したこいつは恐らく爆裂魔法でも、俺の奥の手でも仕留め切れないだろうしな。

 

 

『死ぬよ?』

 

「………………」

 

『自分の体の事くらい予想はできてんだろ。今ここで無茶すりゃ間違いなく死ぬぞ。攻勢に出るのは良いがそれだって確実な話でもないんだろうし………』

 

「俺が死ぬ前にあいつらが来る保証だってどこにも無いだろうが。もしかしたら俺を置いて街から逃げてる可能性だって否定できねえんだからよ」

 

『ってお前それ言っちゃおしまいだよ……』

 

 

 もちろんそんな事は無いだろうが、これだけ待っても来ないとなると何かしらのトラブルに巻き込まれている事はあり得るだろうし。

 

 だから、こっから先はもう援軍なんざ期待しない。

 元々そういう戦い方をして来たんだ。慣れない事をして死ぬくらいなら俺らしく最期まで戦って俺らしく死ぬさ。

 

 

『おいおい、死ぬ覚悟決めてるトコ悪いがこの死にかけてる子はどうすんだ。クリスちゃんとの約束は?魔王討伐はオレだってお前にしてもらわなきゃ困るぞ。

 まだまだ死ぬには早いんじゃねえの?』

 

 

 ………痛いとこばっか突いてくるな。

 

 

「その子に関しては放置。見捨てる形にはなるがアクアなら後からでも何とでもしてくれるだろ。そこは割り切った。

 けどハンスに喰われちまったらどうなるか分からんからな。そのためにも露払いは必要だ」

 

『ほう』

 

 

 今さらアクアの腕前を疑うわけじゃないが、如何なアクアとて対象の肉体が無くなった状態でも蘇生できるなんてトンデモ能力は期待しない方が良いだろう。出来るのかもしれないけど、出来なかったら最悪だ。ここは悪い方へ考えておいて損はない。

 

 チラリと。アクアやカズマ、めぐみんとダクネスの顔が思い浮かぶ。

 

 

「そんで魔王討伐か。それは申し訳ないが他の奴に譲るしかないわなあ。俺がいなくたってミツルギあたりならイケそうな気もするし、そうでなくともジャティスとかアイリス、国王様なんかが重い腰上げてあっさりとやってのけちまうかもよ。あとは……、案外その子が将来俺なんか足元にも及ばないような凄え冒険者になって、あっという間にやってくれるかもしれないぜ?

 ………ま、そうするとやっぱりこいつの存在がネックだ。物理大幅カットとか人間が相手したら駄目な奴筆頭だろ。だから先にお片付けはしといてやろうと思っている所存であります!」

 

『ふむ』

 

「お前の願いは知らん」

 

『おい』

 

 

 人が子供を育てるってのは、自分に出来なかった事を託すためって考えもあるしな。だからと言って押し付けるのは論外だよ?

 あくまでそれをするのは本人の意思であるべきだ。俺がそうだったように。

 

 話の流れでジャティス、アイリス、国王様にミツルギ。そしてお袋の顔が思い出された。思えばもう随分会ってないな。もう会うことも無さそうだが。

 

 そうして投げられた質問を一つずつ解消しているうち、ハンスが俺の腕の消化を終えたのか動き始める。その向かう先は俺だ。

 はて。街を諦めた訳ではないだろうが、先に邪魔をするであろう俺を始末する魂胆なのか、それともただ俺の味を覚えたとかいう食欲に由来するものなのか。どちらにせよ気を引く手間が省けるのは有難い。

 というか俺の腕どんだけ消化悪いんだよ、たった一本で数分かかるとか………意外と普通か。

 

 気休め程度にもならないと分かってはいるが、火竜のマントを縦に引き裂いて作った紐で子供を樹の高い枝に括り付けておく。残った切れ端を自分の口元に当てて準備完了。

 することは単純、ハンスの攻撃を誘ってなるたけ多くの毒を消費させる。俺の身体が限界に達したその時がリミットだ。

 

 ハンスが近づく湿った音を聞きながら飛び出すタイミングを測っていると。

 

 

『ん?おい、オレの質問に全部答えてもらってねえぞ。一番大事なことだ。クリスちゃんのことはどうするんだよ、お前はあの子が好きなんだろ?』

 

「あいつの名前は出すんじゃねえよ」

 

『ええ………(困惑)』

 

 

 それ言い出したら心残りが多過ぎて動けなくなっちまうだろうが。

 

 そもそも俺はあいつが好きだが、別にあいつは俺のことなんてどうとも思ってないだろうよ。

 考えてもみろ。俺が死んだとしてあいつの今後にどんな影響がある?なぁんもねえぞ。

 しばらくの間悲しんではくれるだろうけどそれだけだ。一ヶ月もすりゃ俺のことなんざコロッと忘れて、ダクネスやめぐみんとよろしくやってる姿が容易に想像できらぁ。

 俺は今やあいつがいないと生きていけねえ。でもその逆は成り立たねえんだなあこれが。

 

 とまあ、そんな悲しい事実から目を背けるためにも、目の前の相手に集中させてくれや。

 

 その目の前の相手であるハンスの動きは非常に遅い。逃げられないだろうと高を括っているのか、はたまた緩急を付けていきなり速度を上げたりする腹積もりなのか。その場合でも対処できるように脚に力を入れておく。

 

 

『お前はホントにわかんねえなあ。人助けがしたいのにどうにも出来ない相手からは守るべき人を差し置いて尻尾巻いて逃げようとするわ、いなきゃ生きていけねえとか宣う相手の事を早速忘れようとするわ。まるで言動に一貫性がねえ。統合失調症の人だってもうちっと筋が通ってるぞ』

 

 

 こいつメチャクチャ言うね。前者はデストロイヤーの時の事を言ってんのか?アレは正直申し開きのしようもございませんが。

 

 

だから気に入った(・・・・・・・・)

 

「なんで俺が鮑の密漁に誘ったみたいになってんだ」

 

『鮑?ああハイハイ鮑ね。海辺で鮑に食い付かれたまま溺れ死んだけどすっごい苦しかったゾ』

 

「溺れ死んだ兄貴は成仏してクレメンス」

 

『………成仏してぇなあオレもなぁ〜。というかなんでオレこんな事になってんだっけ………』

 

 

 なんかブツブツ言い始めた。結局コイツは何なんだろうな。っつってもまあ正体の予想は粗方付いてんだが、何でそうなったのかが全然分からん。

 

 …………それにしても。

 

 

「成仏、ね。………あーあ、俺はここで死ぬんだろうなあ」

 

『だから最初っから『死ぬぞ』って言ったんだっての、じゃけん人の話はちゃんと聞きましょうね〜』

 

 

 聞いた上での愚痴みたいなモンだ、気にすんな。

 

 ズルリ、ズルリと。ハンスが近づく音が大きくなってくる。

 さあ、そろそろQKも終わりだ。地獄の時間が始まるぜ。

 

 

『おまけに助かる最後のチャンスまで逃しやがってよ。回復してすぐに逃げりゃ死なずに済んだかも知んねえのに。

 …………けどま、合格だ。オレの力貸してやるよ』

 

「………今までも結構世話になってたと思うけど?」

 

『いや、今までの比じゃないと思うがね。……ま、どれもこれもお前がここを乗り切れたらって仮定が付くが』

 

「じゃあ無理だろ。皮肉にしか聞こえねえな」

 

 

 何に対しての合格で俺はいつから試されてたんだ、とかツッコミたいけどそれ以前の問題じゃねえか。

 

 ズルリ。

 

 また大きくなる湿った音。

 その元であるハンスを誘き寄せるように走り出す。流石に街から離すのはもう良いだろ。あんまこっちに近付けるとこの樹の上には瀕死の子供がいるからな。喰わせるわけにはいかん。

 

 

『見なくていいから走れよ、五秒後に真上から叩きつけ。避け方はお好きなように』

 

 

 左腕が無いせいで右側に傾く重心に難儀しながら指示のタイミングに従って横に跳ぶ。

 

 あ、やべえなコレ、想像以上に身体が重めーわ。動き回れるのはいいトコ十分ぐれえか。そして動けなくなったらほどなくして俺は死ぬのだろう。

 

 

「ああ、死ぬ前にこいつだけは殺さねえとなあ。………いや、これは少し違うか」

 

 

 死ぬ前に、なんて生易しい。

 

 

「死んでも、だな。死んでもてめえだけは必ず殺す。死神に出逢った奴がどうなるのか身を以て思い知らせてやらあ」

 

『おや、『死神』呼びは嫌だったんじゃないのかね?』

 

「俺だって考えが変わることもある」

 

 

 こんだけ死にそうな目に遭わされて、今からも文字通り死ぬ目に遭わされるんだ。こいつら魔王軍の前でくらいはその呼び名の通りに振る舞ってもバチは当たるまいよ。

 

 ハンスがその巨体を揺らし始めた。何回も見れば嫌でも覚える、これは毒の塊を飛ばしてくる時の予備動作だ。

 この攻撃は分かりやすくハンスの身体を削るから良いな。ずっとこればっかりしてくれないものか。

 

 

「それと一つ訂正。お前俺が死ぬ覚悟決めたとか言ってたな?」

 

『違うんか』

 

 

 飛来する紫弾。一発でも当たれば即死だろう死の弾丸をすり抜けながら。

 

 

「違うね。俺が決め込んだのは命を投げ捨てる覚悟だ」

 

 

 死ぬ覚悟なんかは冒険者になった時から決めてて当たり前………いや嘘ごめんそうでもないけど、少なくとも俺はそうだ。

 とにかくこの二つは似てるようで違う種類のモンだし、一緒にされんのは心外だね。

 

 

『どう違うのかの説明も無しによう言うわ』

 

「ハッ!そいつは見てのお楽しみってなぁ!」

 

 

 毒弾を躱しきった俺に伸びてきた触手を力任せにぶった斬りながら叫ぶ。

 

 ヘイヘイ、なんかテンション上がってきたぜ。燃え尽きる前の蝋燭だろうが何だろうが知ったこっちゃねえ。

 ハンスに喰われたらしい冒険者のおっさんも言ってたっけな、「最期に笑っていられたらそれは良い人生」とさ。

 そんなら死ぬ瞬間までテンションアゲアゲなら最高の人生って事だろ。

 

 

『なんだその謎理論⁉︎(驚愕)』

 

「ゴチャゴチャうるっせえ!こっからはあのスライムクソ野郎が息絶えるまで終わらねえ楽しい楽しいダンスパーチーよ、水差すんじゃねえや!」

 

『……………!』

 

 

 我ながら何を口走っているのか分からないが、俺の台詞を聞いた、口しか付いていない人影はその口を三日月のように裂いて。

 

 

『良いねぇ!最近の大人しいお前はつまんねえと思ってたんだ、やっぱお前はそっちが似合ってるぜ!旅に出た頃に戻ったみたいじゃねえか!』

 

 

 あれ、俺ってこんなトチ狂ってたっけ?確かに最近は腰を落ち着けてテンションも低くなってきてた自覚はあったけどね。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 その戦闘の一部始終を遠目に観ていた者達がいた。

 

 隻腕の彼とあの、見るからに禍々しい巨大な半液状の生物がどのような経緯で相対するに至ったのか。それはそこにいる誰も知らない。

 彼らはただ街の外に変なモンスターと男が一人いて、自分達の仲間をそこに置き去りにしてしまったという、数人の子供達からの報告を受けて見に来ただけだったからだ。

 彼が戦う理由は分からないが、それでも。彼があのモンスターをこの街に近づけまいとしているのは彼らにも理解できた。

 

 その戦闘は凄まじいの一言。

 

 まず、彼のスピードが速すぎる。その速度たるや、遠目で見ている自分達ですらも切り返しの度に見失い、高レベルのプリーストが揃っているにも関わらず、誰一人として正確な動作を把握できない程だ。

 モンスターも触手の数を増やし周囲に毒々しい色の飛沫を撒き散らして対抗しようとしているが、全く成果を上げているようには見えない。

 彼は逆にその速度を活かし、横に避けられるだろう触手を敢えて後ろに退くことで限界まで自身を追わせ、触手が伸び切った所で一瞬でモンスターの懐まで踏み込み、右腕に構えた剣で触手を根元から両断するくらいである。

 振った際の衝撃のような物がこちらまで届きそうになる、片腕で放ったとは思えないその一撃は見ていて背筋が凍るようだ。

 だが、それによって散る飛沫は元から避ける気が無いのか、それとも全ては避けきれないのか、彼に容赦なく降りかかる。

 

 その代わりかのように。まるで「死ぬにしてもてめえの攻撃にだけは当たってやんねえ」とでも言うように、モンスターの触手はそのことごとくが空を切っていく。

 彼が紫毒の触手を躱し続け、全てを両断する様はある種、舞を舞うかのような雰囲気が感じられた。その舞は舞う本人も向けられる相手も区別なく死へと誘う、まさに死へ進む舞。

 

 いつまでも続くかに思えたソレは、唐突に終わりを迎える。

 

 

「………!………!」

 

 

 彼がいきなり地面に倒れ伏してしまったのだ。なんとか起き上がろうとしているのは見て取れるが、どうやら脚が動かないらしい。

 

 彼らの内の幾人かが駆け寄ろうとするが、他の者がそれを制止する。

 既にモンスターがその触手を振り上げ、後は彼に振り下ろすだけだ。今から向かった所でもう間に合わない。

 

 

「ゼロ!!!!」

 

 

 しかしそんな中。街の方角から倒れた彼に走り寄る数人の影があった。反応から察するに彼の仲間のようだ。

 そして彼らが叫んでいる『ゼロ』というのは、今尚巨大なモンスターに立ち向かおうとしている彼の名前なのだろう。

 

 なんとなく。なんとなくではあるが、その名前を憶えておこうと、彼らはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 



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92話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 ハンスがその巨体から触手を数本、数十本伸ばして俺を狙い、周囲に酸性雨なんか目ではない毒性の雨が降る中、それらを斬り落とし、切り離し、躱し、いなし、掠らせもせずにステップを刻み続ける。

 

 

「ヒャッハァ!どうしたオラ!何だよ、全然当たんねえじゃねえかァ!」

 

『何やってんだよ団長‼︎』

 

「ランナーズハーーーーイ‼︎」

 

 

 心は何のしがらみも忘れ、『もう何も怖くない!』と叫びたくなる程に軽い反面身体は非常に重く、スピードなんかはいつもの半分あればめっけもんといった最悪のコンディションではあるが、想像していたよりも体力の消耗が遅い。

 もしかしたら俺の身体がハンスの毒に対抗して免疫でも付けてくれたのでは、と内心で舞い上がっていたのも束の間。

 

 

「ぅぎゅっ!ッハァ、ハァ、何じゃあ⁉︎」

 

 

 いきなり、プツン。と何かが切れたように両脚が微動だにしなくなってしまった。

 

 勢い余って毒塗れの地面とキスしちまいそうになったぞどうしてくれんだ。

 

 

『脚?脚がどうしたって………うげっ、お前両脚が腐りかけてんぞおい‼︎』

 

「そマ⁉︎」

 

 

 マジでか。毒がばら撒かれた地面を踏み砕いたりしてたらいつかは脚にも毒が浸み込んでそうなるかもなーそういや最初ジクジク傷んでたのに今は感覚ねえなーとは思ってたが………。

 

 

「ここでかよ」

 

『いやお前それは早く言えよ‼︎』

 

 

 言ったところでやる事には変わんねえんだから言ったって仕方ねえだろ。それよりもうハンスさんが完全に俺にトドメ刺そうとしてるんですけどどうすんのこれ。

 

 ハンスが触手をゆっくりと一際大きく束ねていく。俺はもう動けないんだからわざわざあんなことしなくても。オーバーキルは無駄が過ぎるってキリトさんも言ってますよ。

 

 

『……チィ、五秒!ここまでだ腹ぁ括れ!』

 

 

 五秒、ってのはあの触手が俺に振り下ろされるまでの時間か?充分過ぎるね。

 

 当初の予定、というか目標はハンスの体長を半分以下にすることだったが、それには遠く及ばない。物理が通らないなりに触手を切り離し、ポーションも全て使った。それでも精々が五分の一削ったか削らないかくらいか。この状態ではマジックスクロールを発動させても難なく抜け出されてしまうだろう。

 しかし今まで支えてきてくれた俺の脚が先に音を上げちまっちゃあどうしようもない。だって動けないんだもん。

 何もしないよりはマシだからと開き直って逝くとしますか。

 

 既に自分の命に見切りを付けていた俺が最終兵器を取り出そうとした、まさにその時。

 

 

「ゼローーー!!!!」

 

「うぇっ⁉︎」

 

 

 残り五秒、声が響く。反射的に『スイッチ』を切り替え、加速する思考の中でその声の元、こちらに走ってくる面々に目を向けた。

 

 めぐみん、カズマ、ダクネス、アクア。あいつら来てくれたのか。

 その中にクリスの姿がないのは流石と言うべきか、あいつは俺の事をよく分かってくれているらしい。嬉しいーーー嬉しい?

 

 ………いや、いやいや。一瞬喜びかけた俺をぶん殴りたい。よりにもよって今、このタイミングで来ることないだろ⁉︎来んならもっと早く来るか遅く来るかしろよ!

 

 最悪のタイミングと言っていい。これで選択肢が出来ちまった。

 

 ①気にせずスクロールを使う。

 ②めぐみんに手助けを請う。

 ③アクアに手助けを請う。

 この三つだ。どうする………⁉︎

 

 残り四秒、考える。

 この場で一番選びやすいのは①だ。こいつらが来なければこれしか出来なかったのだから是も非もない。ただし確実性に欠ける。仕留め切れないのなら他の選択肢がある今、無理に選ぶ必要がない。

 ②は出しといてなんだが正直論外だ。ここで爆裂魔法なんか使ったら動けない俺も一緒に吹っ飛んじまう。ハンスに対して最後の行動を起こせなくなっちまう。

 

 残り三秒、考える。

 そうなると確実にハンスを倒せるのは③だ。しかしこれを選ぶと被害範囲が爆裂魔法の比ではなくなる。最悪アルカンレティアやカズマ達にまで被害が及ぶかもしれないという難点もあるし、それ以前にアクアに呼び掛けても俺の言うことを聞いてくれるとも限らない。俺だって誰かに助けを求められて当意即妙出来るかと聞かれれば怪しいしな。

 

 残り二秒、焦る。

 というかどれ選ぶにしても時間が足らな過ぎる!今からあいつらに声かけても魔法の詠唱が終わる頃には俺は胃袋ん中だぞ⁉︎

 唯一、①だけは俺だけで完結できるから間に合うかもああああこんな事考えてる暇だって無い!時間よこせ時間!

 

 どうする、どうするどうするどうする‼︎

 

 焦り、焦る、その中で。思考加速が為された俺の頭は今までの経験から答えを弾き出してくれる。

 ………なるほど、改めて考えるまでもなくこれしかないな。クッソ冷静かつ冷酷な判断、誇らしくないの?

 

 残り一秒、もうハンスが限界まで触手を振りかぶっている。が、問題は無い。一秒あれば行動に移せる。

 

 時間が足りない?なら作れば良いだろ。簡単な理屈だ。

 

 

「今まで………ご苦労さんっとぉ‼︎」

 

 

 動かない身体を捻り、腰と腕でデュランダルを脚元に振るう。そうして出来た二本の『餌』を剣の腹を使ってハンスにシュート。

 ボチュン、と沼にデカい石コロを投げ込んだような音と共にハンスの動きがピタリと止まった。これで数十秒くらいは保つだろう。

 

 

『馬鹿野郎何してやがる‼︎おまっ、脚を………っ‼︎』

 

「ど、どうせ動かせねえんなら、最後まで俺の役に立ってもらうさ………!」

 

 

 憶えときな。命を投げ捨てる覚悟ってのはこういう事を言うんだ。少し違うかもだが。

 神経まで腐ってたのか、痛みはあまり感じなかったが喪失感がヤバい。脂汗を垂らしながら俺そっちのけで咀嚼するように全身を蠢かせるハンスを見やる。

 

 最後の晩餐は美味いか?手間ぁかけさせやがってクソが。

 

 時間は出来た。あとは選択肢の件だが、もう一つに絞れてるようなもんだな。

 

 

「アクアァァ‼︎水出せ水‼︎このデカブツにぶっかけてやれ、今度ぁ加減は要らねえっっ‼︎」

 

『アクアさんのぉ!ちょっと良いトコ見ってみったいぃぃぃっ‼︎』

 

 

 存在しない太腿から先の慣れたくない感覚に上げそうになる叫びを声に変換して発し、俺の意図を察したらしいこいつもそれに追随する。選んだのは③だ。

 それに対してカズマ達は迷うように足を止めたが、カズマが二言三言アクアに何か言うと。

 

 

「『セイクリッド・クリエイトウォーター』‼︎」

 

 

 アクアが俺が待ち望んでいた魔法を使った。

 上空に突如出現したハンスの全長をも遥かに超える巨大水球がハンスと、近くにいた俺を直撃するコースで降りてくる……と言っても体長の差で先にずぶ濡れになるのはハンスの方である。

 アクアの『セイクリッド・クリエイトウォーター』は王城で一度見ているが、頭上の物はそれよりもかなり大きい。あの時は本当に本気じゃなかったようだな。

 

 最高だ。最悪のタイミングで登場して最高のパフォーマンスとは、流石にエンターテイナーを自称するだけはある。名乗っていた事があったかどうかはうろ覚えですけどね。

 水球が落下して俺に触れる前にデュランダルを地面に突き刺し、スクロールを開く。片腕のみの扱いも段々慣れてきてんのは皮肉というか何というか。

 

 あとは発動して終わりなのだが、一瞬だけカズマ達を心配する。正直ここまで大量の水を用意されるとわりと接近してしまってるあいつらは確実に巻き込んでしまうのだが。……まあそこはダクネスがどうにかするだろ。タンクとしての性能は折り紙付きだ、信用してるぜ。

 今さら気にしても仕方なし、もし被害に遭っても魔王軍幹部の命と引き換えという事で手打ちにしてもらおう。

 

 

『よお、確認する必要ねえだろうが一応訊く。……本当に良いんだな?』

 

「当然。死ぬのが怖くて生きられるかよ」

 

『お前のそういうトコが嫌いだってんだ。………ま、話せたのは短い間だったが楽しかったぜ』

 

 

 それきり静観の姿勢を取る赤と黒の影。多くを聞かれないのは非常に助かる。

 もう水がすぐ目の前だ。ハンスの全身はほぼ余す事なく水球に包まれている。そろそろ頃合いだな。

 

 開き直り、スクロールを発動させる。

 

 さあーーー技を借りるぞ、見も知らぬ日本人。カズマ、ミツルギ。そして隣に立つ、こいつと同郷の男よ。

 

 

 

 

最上級複合魔法(・・・・・・・)ーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 俺は故郷のアルマ村にいた頃、必死になって魔法を勉強していた時期があった。

 親父が凄腕の『エレメンタルマスター』だと言うのだから、もしかしたら俺にも魔法の才能があるのではないかという淡い期待を抱いていたのだ。

 ……結果としてはその希望は完全に見当違いだった訳で。というか保有する魔力の量が一般人と比べても最低クラスってどうなのさ。

 まあそんな訳なのだが、勉強はしておくに越したことはない。幸いにも元冒険者のお袋がいたために標準的な知識については事欠かなかった。

 しかし、お袋の知識は所詮冒険者として活動していた頃に体験した事の集合体。お袋が直に体験していない物事は当然ながら俺も知る機会がなかった。

 そんな俺は旅に出てすぐ、紅魔の里にて早速未知の魔法に出会う。誰あろうめぐみんの十八番、爆裂魔法だ。ちなみにこの時には名前しか知らない。

 

 話は変わるようで全然変わらないのだが、ここでカズマの話に移らせてもらうとしよう。カズマは初級魔法と初級魔法を組み合わせ、より大きな効果を得るという発想をよくする。『クリエイトウォーター』と『フリーズ』を同時に使って中級魔法レベルの氷を作り出す、などなど。

 この世界ではこの考え方は非常に珍しい。何故って、初級魔法を使って中級魔法を作るのなら中級魔法を覚えた方が圧倒的に効率が良いからだ。そんな創意工夫に時間を使うのならもっとレベル上げてさっさと上位の魔法を覚えろというのが通例。

 

 けれど過去、先人達がそういった発想を全くしなかったのかというとそうでもない。ちゃんとそういった概念は『複合魔法』という形で記録されており、その最たる物が爆発系統の魔法である。

 爆発系の魔法は火属性や風属性の様々な属性魔法を組み合わせて破壊力を高める事に成功したのだ。

 初級同士で爆発魔法。中級同士で炸裂魔法。そして上級魔法同士を組み合わせた、爆裂魔法。

 

 所変わって王都。紅魔の里で爆裂魔法なる複合魔法の存在を知った俺は暇を見つけては王城の、俺が閲覧しても問題ない書庫でより詳しく調べるようになった。

 そうして複合魔法について調べるうち、爆裂魔法と対を成すかもしれなかった魔法が存在し、どうやら日本人の男性がそれを開発したらしい、と記された文献を見つけたのだ。

 日本人だと断言する理由は、まあ開発者の名前が完全に日本の物だったからなのだが。

 どうもその日本人は今から二十年以上前の、俺がよく知る国王様の前任者の時代に活躍した『エレメンタルマスター』で、その魔法を開発して名前まで付けたは良いが、いざ国に認可してもらおうという段階で国王が現国王に代わり、それに伴って認可する魔法の基準が変わってしまった為にご破算になったらしく、そのまま御蔵入りとなったようだ。不憫な話であるのは間違いない。

 

 さて、時は現在に戻り、今俺が所持しているマジックスクロール。この中には上級氷結魔法『カースド・クリスタルプリズン』が入っている。かつて『氷の魔女』と呼ばれたウィズが最も得意としたとされる魔法だ。

 この魔法は、周囲が乾き切った大地であろうと一瞬で巨大な氷柱を創り出すほどに強力な効果を持っている。まさに『水の無いところでこれほどの水遁を⁉︎』と言った感じだ。最高峰の実力を誇るウィズの魔法であればその威力も一塩だろう。

 

 その男は水が無い場所でそんな効果を発揮出来るなら、じゃあ水を大量に用意すればどうなのだ、という狂気に片足を突っ込んだ発想からこの魔法を考え付いたとされている。

 なるほど、上級魔法同士を組み合わせるならば同じように上級魔法を使った爆裂魔法と対を成すと言われるのも納得がいく。そもそも認可されていないのでは話にならないというのはこの際目を瞑ろう。

 

 そう、この状況、このタイミングなら。国から認められなかったその魔法を再現できるという事実は変わらないのだから。

 最高の実力を持つアクアの魔法と、これまた最高の実力者であるウィズの魔法を同時に使う。贅沢にも限度があるな。

 

 

「最上級複合魔法ーーーーー」

 

 

 この魔法名はよく憶えている。どこか親近感を感じる名前だったし、ゲームや特撮で度々見る名前だからな。多分開発した男もその辺をイメージしたんだろ。

 

 大量の水が俺を押し流す。所々が欠損し、体重が軽くなっていた俺はその流れに逆らわずに吹き飛ばされながら、スクロールを構えてはっきりとその名を口にする。

 

 

 

 

 

 

「『アブソリュート・ゼロ(絶対零度)』………‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






『アブソリュート・ゼロ』

二十年以上前、とある『エレメンタルマスター』が開発した、国からは認可されていない魔法。
その『エレメンタルマスター』は後に生まれ来る自身の子供にこの魔法から名前を取って付けたと言われているが、事実確認が出来ていない以上余談の域は出ない。




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93話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 白い床、黒い空間、目の前には絶世の美女。

 ここに来るのも随分ご無沙汰である。最近は死に掛ける事も少なかったしね。

 

 向こうでクリスの姿が無かったから予想は出来ていたがやはりこっちに来てくれていたか。

 大方、どうせまた死に掛けるんだろうとか失礼な想像をしていたに違いない。残念、それは外れで本当に死んじゃいました〜。

 

 

「というわけで、ようエリス。その姿じゃ久しぶり」

 

「………………………」

 

 

 おや、無視は悲しいな。

 

 エリスは挨拶に返事をする事もなく真顔でこちらを見るばかりだ。どうしたと言うのか。

 

 

「………ゼロさん、冒険者ゼロさん。今の私の気持ちを当ててみて下さい。確か分かると言っていましたよね?」

 

「………なんで怒ってんの?」

 

「わかりませんか?」

 

 

 いやわかんないけど。怒ってるらしいってのは見た瞬間にわかったけどその理由まではねえ。こちとらエスパーでもなんでもないんだ。

 大体、褒められるならまだしも何故怒る。俺ぁアルカンレティアの住民の命を救った英雄よ?もっと褒めてよ。

 

 

「私は以前約束したはずですよね、無茶はしないで下さいと。今回のあなたは無茶をしていないと言えるんですか?言えるなら言ってみて下さいよ、ほら、遠慮せずに」

 

「イヤミか貴様ッッ‼︎」

 

「嫌味ですが何か」

 

 

 こいつも言うようになったもんだな。出会った頃はまさかここまで打ち解けるとは思いもしなかった。一体誰の影響で……あ、俺か。俺だな。

 

 

「まあ無理無茶無謀は俺の専売特許みたいな」

 

「どうしてあなたはそうやって自分を大切にしてくれないんですか……?」

 

「ところが……あー………」

 

 

 目を伏せ、声を震わせるエリスに言葉が詰まる。

 

 どうも彼女は誤解をしているようだな、俺ほど自分を大切にしてる奴はそういないってのに。

 自分のやりたいように行動して、自分の心に嘘を付かない。俺は一度も自分を殺してまで何かをした事はない。

 人を助けるのは言わずもがな、魔王軍と戦うのだって最初は誰かから唆された物でも最終的にはちゃんと納得してやってるんだ。正直そんなことを言われる筋合いは無い。

 

 

「………その結果として死んでも良いって言うんですか」

 

「しょうがあんめぇよ、心を殺して生きるならそっちのがマシだ」

 

「あなたを心配している人の気持ちは考えてくれないんですか、人の気持ちがわかるというあなたが。

 ………それは、ただの怠惰です。何が努力ですか馬鹿馬鹿しい」

 

 

 吐き捨てるようにそう言うエリス。

 

 

「…………………」

 

 

 これ今までん中で一番ブチ切れエリスさんじゃない?

 怠惰って聞いて発狂しようと思ったり、馬鹿馬鹿しいで綺羅星の人の真似しようと思ったけど流石の俺でもできねーわ。さてどうすんべ……。

 

 

「何も言わないって事は反省もしてくれないんですね」

 

「う?なんでそうなる」

 

「じゃあ私に謝れますか?」

 

「ごめんなさい」

 

「気持ちが籠もってない‼︎ほら見たことですか!もうその態度でわかりますよ、私は詳しいんです!」

 

 

 こいつとんでもなく面倒な事言い始めやがったな。気持ちの多寡なんざどうやって量ってんだよ。女神の力かなんかです?

 

 ……大正解。俺は反省も後悔もしてないんだからそんな異物混入の余地なんかどこにもありません。

 なんとまあここまで見透されるとはねえ。この手玉に取られる感じは初めてかもしれん、新鮮だ。

 

 それはそうと。

 

 

「じゃあどうすりゃ良かったんだよ。俺は自分の命欲しさに街を見捨てて逃げりゃ良かったのか?

 お前はそういうずる賢い人間がお好みかよ、初めて知ったな」

 

「う。それは………。でも、何か他に手は無かったんですか?何もあなたがあんなにボロボロにならなくたって……」

 

 

 怯んだな?金を払え。この俺に弱味を見せるとはなんたるウカツ。ここで畳み掛けてやろう。

 

 

「だったら誰がやる?少なくともあの場に俺以外であいつに対抗できる奴は見当たらなかった。

 確かに俺以上の適任者はどっかにいたかもしれねえさ。でもそいつ待ってるうちにどんだけの人が犠牲になるかもわかんねえんだぞ。

 ………どうせ誰かがやらなきゃならねえんだ。なら、俺がやってやろうと思っただけだよ」

 

「…………!」

 

「こういうアツい台詞、結構好きだろお前」

 

「もっ、もう!何ですか急に!確かにそうですけど!ちょっとかっこいいって思っちゃいましたけど!」

 

「ちょっとかあ。それは残念だ」

 

 

 ああ、残念だ。

 まあ今のはただ『踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損』を言い換えただけの言葉だけどね。

 

 顔を赤らめながら手をパタパタ振るエリスを見てほんの少し、救われた気分になる。

 

 今回は我を通した結果、力が足りずに命を落とすハメになった。が、街の人間に危害が及ぶ事もなく……いや、正確には子供の尊い命が二つほど失われたが、おそらくアクアのお蔭で無かったことになり。

 ……つーかこうして考えるとアクア凄えな。やっぱり壊すだけの俺より治す力の方が偉大ってはっきりわかるわ。

 とにかく全て元通りになり、俺には報酬としてエリスとの時間がある。充分な成果だ。

 

 

「………うん、全て満足とは行かない。遣り残した事もある。けど及第くらいは取れる人生だったかな」

 

「…………………」

 

「これ以上ここに居たら未練が膨らむだけだ。そうなってからじゃ流石の俺でもキツいから、一つだけ質問に答えてから行かせてくれねえかエリ………」

 

「………ていっ」

 

 

 エリスの姿がふっ、と消える。

 

 

「ス……ってなあべしっ⁉︎」

 

 

 脚のむこう脛辺りに嫌な気配を感じてジャンプしようとするも、それを許さぬとんでもない速さの足払いで派手に転倒させられてしまった。咄嗟に頭を庇おうと手を伸ばしかけたが、それより先に頭が何か柔らかい物に触れる。

 

 

「おっ、とと……。今のに反応するなんてさすがゼロさん。避けられるんじゃないかとヒヤッとしました」

 

「…………………」

 

 

 えっ、マジで何今の。

 

 可愛らしいかけ声からは予想も出来ない威力だったんですけど。俺の眼で捉えられないってどういうことや。

 

 

「ふふん、どうですか。ここへ送られてくる方の中にはたまーに暴れる人もいますからね。そういった方に対抗できるようにここでは私、凄く強いんですよ。ここでならゼロさんにも負けませんよ?」

 

 

 茫然とする俺の目の前には逆さまになったドヤ顔のエリス。普段よりも位置が近い気もする。

 

 寝転んだ俺に逆さまに見えていつもより近いって、この体勢はいわゆるアレじゃないですかね。それについての説明は無いんでしょうか。いや俺としてはご褒美に他ならないので全然構わないんですけどね?はい。

 

 

「………それはわかったけど何故に膝枕?」

 

「あれ?約束してましたよね?私は誰かさんと違ってした約束はちゃんと守るんです」

 

 

 今、俺の頭の下にはエリスの膝がある。これは俗に膝枕と呼ばれる体位……ごめん素で間違えた、体勢だ。ちょっといい匂いがしてドキドキします。

 エリスは約束したと言うが、一体いつの話であろうか。少なくともここ数ヶ月間でそんな会話をした記憶はない。

 

 俺がそう言うと、エリスは少しむっとして。

 

 

「まさか本当に忘れちゃったんですか?ほら、王城で国王様と手合わせした時に言ったじゃないですか」

 

「………あれまだ有効だったの⁉︎」

 

 

 忘れちゃったんですかとか不機嫌になってんじゃねえよ。いつまで経っても履行のりの字すら無いもんだから完全に踏み倒されたモンだと思ってたぞ。

 

 確かに一年近く前に死にかけた時、同じこの場所でそんな事を言ったような言わなかったような。しかしその後その話題に触れる事もなく、こっちこそてっきり忘れてしまったのだとばかり。

 一緒に住んでて機会なんかいくらでもあっただろうに何故今までしてくれなかったのか。

 

 

「え……、それはほら。クリスの状態でした約束でもありませんし、この姿でないと約束を果たした事にはならないかなーと。

 ここで逃したらもうこんな機会も無いでしょうしね」

 

「ああ………、最後だもんな」

 

 

 そら律儀なこって。まあ俺は死んじまったわけだし、この機会逃したらってのは理解できるからそこは良い。

 

 そうか、最後だもんなぁ……。

 

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

 そのまま暫し、無言の時間が過ぎる。

 

 

「………………………」

 

「………………………」

 

「………な、なあ。あの後、俺が死んだ後ってどうなった?ハンスは倒せたんだよな?」

 

 

 なんかエリスが俺の顔を見てきて恥ずかしいし無言でいるのにも耐え切れなくなってきたので、とりあえず誤魔化すために疑問を投げる。

 倒せてなかったらそれこそバッドエンドだからそこは頼むぜ。

 

 

「え、あ、あの後ですか?えっと、ゼロさんが使った魔法でデッドリーポイズンスライムは沈黙していますよ。死んだかどうかはともかくとして動く気配は無さそうですね。

 あなたが助けた子ともう一人の子はアクア先輩の回復魔法が間に合って死なずに済みましたし、本当にめでたしめでたしで良いと思います」

 

 

 言いながら、嬉しそうに笑う。

 

 それは本当に良かった。エリスもそうだが、俺だってバッドエンドよりはハッピーエンドが好きだからな。というか大好き。まあ俺は何エンドかと聞かれたらデッドエンドなんだが。

 

 

「上手くもなんともないですよ」

 

「………俺って死んだわけじゃん?ここからどうなるのかね。教えてエロい人」

 

「あなたが死んだら、ですか?好きに選べますよ。

 天国でのんびり過ごすも良し、また産まれ直して新しい生を謳歌するも良し。その場合、どういった家庭に産まれたいかとかの希望はありますか?」

 

「またこの世界に同じ記憶と身体を持って転生したいです」

 

「そ、それはちょっと………」

 

 

 でしょうね、知ってた。正直俺という人格が意味を成さなくなるんならどっち選んでも一緒だし、好きにしてくれ。

 

 さてどうしよう、もう聞きたいことってのも無くなってきたな。これが最後の質問になるか。

 

 

「お前から見て、さ。俺はどうだった?最初に会った時の返事をくれると嬉しいんだが」

 

「まあそうですよね、そうなりますよね……」

 

 

 そんな照れ臭そうにしてないではよ。何ならキスするか否かで当否判定してくれても構わないんやで。

 

 

「どっ、どうしてすぐそっちに持って行くんですか⁉︎」

 

「しかしだな、この膝枕はあれだろ、国王様に勝った時のご褒美としてだ。今回も私めはかなり頑張ったんだから、それについても何か要求してもよろしいんじゃあないでしょうか」

 

「………えーっと、返事というか所感なんですけど……」

 

「あ、はい」

 

 

 この面倒臭くなるとシカトに走る対応も慣れたもんよ。

 

 

「結論から言わせてもらうと、まだあなたの求めに応じることは出来ません」

 

「うん」

 

「恥ずかしながら私、こういう経験が今まで皆無でして、誰かを好きになるというのがよくわからないんですよね。

 ですので、その判断をもう少し待って欲しいと言いますか……」

 

「……………………」

 

 

 真剣そのものなエリスの返事を聞いて苦笑する。

 

 おそらく真面目に考えて答えてくれてるとは思うのだが、いかんせん空回りしていると言わざるを得ない。

 俺も俺だ。もう死んでいるというのに今更結婚も何もあったもんかね。

 なのに返事をくれだの、もう少し待ってくれだの。こんなものはただ俺がスッキリするためだけの的外れな茶番に他ならない。

 

 それでも返事は聞けた。茶番に巻き込んでしまったエリスには悪いと思わなくもないが、死に行く者の我が儘故に見逃していただこう。

 

 

「ウィ、返事はしかと受け取った。そろそろお暇させてもらうわ。………どっから出ればいい?もちっと待ってりゃ良いのか?」

 

「え、もう少し……あ、いえ、ちょうど良さそうですね。それではゼロさん、『お帰り』はあちらです」

 

 

 膝枕を名残惜しく感じながら立ち上がると、空間が四角く切り抜かれる。光が漏れ出して向こう側は見えないのだが入ると天国に行ったり生まれ変わったりするのだろう。

 

 エリスの言い方に多少引っかかる所があったような気もするな。けれどそれも俺には関係ない事だ。だって、もうこれで終わりなんだからな。

 

 そう、これで終わり………。

 

 

「……………………」

 

「何ですか?もしかしてゼロさん………泣いてるんですかぁ?」

 

 

 後ろにいたのにわざわざ俺の前に回り込み、煽るような事を言いながら非常に腹立たしい顔をしてくる。

 

 こいつに対して腹立たしいとか思う時が来ようとはな。その煽りスキルはアクアから教わったのか?悪い事言わないからポイしなさい。

 

 俺は見られたくない顔を腕で擦りながら。

 

 

「うるっ……せえな……!急に、泣きたくなる時だって、あらあ……!」

 

 

 もう終わりだって実感が湧いてきたんだからしょうがないだろ。死んだ後に意識が残ってりゃこうなる奴だって多いはずだ。

 死にたくて死ぬ奴なんか一人もいない。日本だと自殺という手段を取る人も居るらしいが、そいつも最初から死にたかった訳じゃないだろう。それ以外にどうしようもないからそうするんだ。

 それは責められた事じゃない。どっちかというとそう追い込んだ周囲に責任がある。

 

 

「ふむ、という事はゼロさんも死にたくはないんですよね?」

 

「ったりめえだろ………」

 

 

 話聞いてなかったのかよ。

 

 くそ、どうしても声が震えるな。みっともない。

 

 

「いえ、それを聞いて安心しました。それなら今からする事にも意義が見出せるってものです」

 

「…………?」

 

 

 こいつは一体何を言っているんだ。何をするって?

 

 

「こほん、冒険者ゼロさん。一つ、あなたがしているだろう思い違いについて訂正させてください。

 以前天界規定の事をお話しましたよね?一度転生した方はもう蘇生する事は出来ない、と」

 

「……ああ。だから俺はここでこうしてるんだろうが」

 

 

 頭の上に疑問符を乗せて頷く俺に対し、指を立て、笑みを浮かべながら。

 

 

「私、あなたが蘇生出来ないなんて一度も言ってませんよ?」

 

「は?」

 

「せいっ‼︎」

 

 

 ドゴン、と腹部に強烈な衝撃。

 

 話の流れからは想像もできなかったまさかの攻撃に反応すらままならず、先ほどエリスが開いた出口に弾き飛ばされた俺の耳に。

 

 

「神は言っている……ここで死ぬ運命ではないと……‼︎

 ………えへへ、一度言ってみたかったんですよね、これ」

 

 

 

 そんな声が聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「神は言っている!ここで死ぬ運命ではないと!」

 

「…………………」

 

 

 目の前には青い髪の女神。さっき聞いたような台詞を吐いているが、こっちの方が数段腹立つな。

 

 いや、そんな事はどうでもいい。何が起こったのだろうか。

 

 何故かびしょ濡れの全身に辟易しながら起き上がり、周囲を見回す。

 

 

「ゼロ、大丈夫ですか?どこか痛い所があればアクアに言って治してもらうといいですよ」

 

 

 めぐみん。

 

 

「すまない、お前が戦っているというのに間に合わなかったようだ。

 しかしデッドリーポイズンスライム、しかもこれほどの巨大な物を倒すとはな。………何故少し残しておいてくれなかったのだ!毒抜きしてペットにしたかったのにぃっ……!」

 

「お前こそ少しぐらい雰囲気を維持できないのかこのドM!」

 

 

 ダクネスとカズマか。アクアはさっき見た。

 

 カズマのパーティーが全員と、見知らぬ人がたくさんいるな。所々に残っている氷に火属性の魔法をぶつけて溶かしているのを見るに、どうも彼等が氷漬けの俺を救い出してくれたらしい。そして俺が濡れてるのはそのせいか。

 それはいい。見れば大体察せる。

 

 

「……………は?」

 

 

 俺が理解できないのは、何故俺が生き返っているのかだ。本当は死んでませんでしたとかいうオチではないだろう。

 あの状態であの状況、あれで死ななかったらそれこそ人間辞めてるわ。

 

 

「………?ちょっと、何呆けてんのよ。せっかく蘇生してあげたのにお礼の一つも言えないワケ?」

 

 

 ほら、こいつも蘇生って言ってる。という事は俺は間違いなく死んだはずだ。それはそうと確かに。

 

 

「………ありがとうございます」

 

 

 むふーっと満足そうにするアクア。こいつならどういう事かもわかるんだろうか。

 近くにいるめぐみんやダクネスにも俺の素性がバレてしまうだろうが、この際聞いてみるのが早かろう。

 

 そう思い、アクア含めた面子に聞かれているのを承知で全てを話す。

 それを聞いたアクアの第一声がコレだ。

 

 

「………ねえ、天界規定って……何?」

 

 

 信じられるだろうか。これが女神様のありがたいお言葉である。

 

 マジかよこいつ。反応からめぐみんやダクネスでも知ってたみたいだぞ。なんでそれを女神であるこいつが知らないんだ。気にしてないとかそういう次元じゃねえぞ。

 

 

「なあ、俺はその……天界規定ってのを詳しくは知らないんだけどさ」

 

 

 天界規定と無関係ではないカズマは初耳の単語に何か思うところがあるようだ。

 でも俺だって詳しく知ってるモンでもないし、一番詳しいハズのアクアがこのザマじゃあ答えられる奴がいるかどうかーー

 

 

「その天界規定ってさ、お前って当てはまるの?」

 

「それもさっき言っただろ。天界規定ってのは」

 

「貴族だろうが王族だろうがこの世界に生きる人間なら二回目の蘇生は許されない。逆に言えば一回目なら誰にでも蘇生の権利がある。だろ」

 

「聞いてたんじゃねえか。だから俺はもう蘇生はーー」

 

「お前っていつ死んだの?」

 

「………………?」

 

 

 こいつの言っている意味がわからず首を傾げてしまう。俺は馬車の中でもつい今も、俺が転生した事を話した筈だ。なのにいつ死んだのは無いだろう。

 転生というのは蘇生の一種だ。そうである以上ーー

 

 

「違う違う、そうじゃなくてさーー」

 

「………………………」

 

 

 

 

 ーーは?

 

 

 

 

 

 



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94話



再投稿。







 

 

 

 ※

 

 

 ここはアルカンレティアにあるエリス教の教会。俺はその中に幾列も並べられた横長の椅子に座っている。

 

 アルカンレティアというのはアクシズ教徒の総本山とも呼ばれる街だ。そんな街でアクシズ教徒から一方的に敵視されているエリス教徒が活動するというのは生半可な覚悟では務まるまい。ここを経営管理しているエリス教徒の人には敬意を表したいと思う。

 このエリス教会には現在人がいない。ここだけではなく他のアクシズ教会の人々も色々な後処理に駆け回っていることだろう。

 異教徒同士が街の一大事に普段の仲の悪さを潜めて協力して動くってのは中々に胸にクる物がある。

 

 

 さて、ここいらであの後の話をしよう。

 この街の人間が言うには、魔法によって氷漬けになったハンスは動く気配もなく、氷の中に閉じ込めておけば危険性も少ないという事でこの街の新たな観光名所として利用されるそうだ。

 流石に危険性がどうとかじゃなく滅した方がいいのではないかとも思ったが、今の所その方法が存在せず、俺の方に何か良い案がある訳でもない。むしろ下手に手を出して復活してしまっては敵わないという至極真っ当な理屈で論破されてしまったので、そのあたりはもうこの街の人間が良いようにさせておくことにした。

 ハンスの氷像が溶けないように維持する為の加工や準備の指揮は何故かいきなり出張ってきたアクシズ教の最高司教のゼスタとかいうおっさんが受け持ってくれた。

 ゼスタの対応はカズマに任せてある。なんかあのおっさんは生理的に受け付けない。ただ話しているだけで手が出そうになってしまうのだ。相手に害意が無いのにそうなっては申し訳ないのでこれはいい裁量だったのではなかろうか。

 決して、決してカズマに厄介ごとを押し付けたのではない。人には適材適所というものがあり、残念ながら俺は今回適合しなかったというだけだ。あの変人処理班ならきっと上手くやるだろうさ。

 

 アクアにはめぐみんとダクネスを付き添いにして汚染された源泉の浄化に行ってもらっている。あいつが浄化すると温泉の成分まで消えてしまうらしいので街の人間からは猛烈に反対されたのだが、その後に残った水を調べると、最高品質の聖水に変わっていることが判明した。ので、毒に汚染された温泉を名物として掲げるよりはこの聖水を新しい名物としてウリにした方が良いのではないかという事をさり気なく打診しておいた。

 それでも渋っていたようだが、他にどうしようもない上に街を守る為に戦ってくれた俺の言うことなら、とある程度納得はしてくれたようである。いやあ良いことはしておくもんだ。

 

 俺?俺は出来ることもないし、じゃあ途中で別れたクリスを探して来てくれとダクネスに言われたのでこうしている所存です。まあダクネスに言われなくてもそうするつもりではあった。

 カズマ達がクリスと別れたという地点から程近いこの教会にいるのではないかと思って来たのだが、人がいない間に引っ掻き回すのも火事場泥棒な感じがしてよろしくない。ここはあいつが出てくるまで待とう。

 

 

「………んん?」

 

 

 周辺の空気がビリッ、と変わった気がした。んん、なんかデジャブ……ってかこれは………。

 

 次いで背後に何者かの気配と衣擦れの音。

 

 

「エリスか」

 

「え"」

 

 

 正体を言い当ててから振り向くと予想通りエリスが、両腕を中途半端に左右に広げたなんとも不自然な格好で硬直していた。

 なんだそのポーズ。お前何しとん。

 

 

「い、いえね?声色をクリスの物にして『だ〜れだ?』ってやってみようかと思っていたんですが……。あの、なんでわかりました?」

 

 

 あっ畜生、それは勿体無いことしたな。何そのラブコメ臭のするイベント、紅緒様が吐き気を催しそうだ。

 

 

「それするなら服変えろ。クリスの布面積だと衣擦れの音なんか聴こえねえからすぐわかったわ」

 

 

 エリスの教会にいるシスターみたいなこの服とクリスの盗賊として隠密性重視したあの服だと音に違いが出るからな。

 

 

「それ以前にお前ら女神が降りてくるとなんかビリッって来るんだって、アクアの時もそうだったけど。

 俺ですら分かるんだから今頃この街のプリーストとか大混乱だぞ」

 

「すぐ戻るから大丈夫ですって。たまにはこの姿のまま羽を伸ばしたっていいじゃないですか」

 

「クリスの時はその羽、伸びっぱなしじゃないですかね」

 

 

 一応心配して忠告してんのにこいつは………。お前だって人の事言えねえじゃねえか。

 そもそもこいつなんでこの姿で降りて来たんだ?それが出来るってのは昨日聞いたけど、そんなことしなくてもクリスの体を使やいいのに。

 

 

「まあそれはもう少し後で。それよりですね……」

 

 

 エリスが俺の横に座り、得意げな表情になる。

 

 

「ふふふ。ゼロさん、あなたが今抱いている疑問を解消してあげようと思いましてね。

 あなたはどうして自分が蘇生できたのか、不思議で仕方がないでしょう。聞いて驚いて下さい、実は」

 

「俺は今まで一度も死んでないってんだろ?知ってるよ」

 

「ってえええええええ⁉︎き、気付いてたんですか⁉︎気付いててあんなボロ泣きしてたんですか⁉︎ゼロさんがボロボロ泣くから私てっきり知らないんだろうなって……!」

 

「おいバカ煽んな、俺が泣いてた事は忘れろ」

 

 

 これ故意じゃなくて天然なんだぜ?怒るに怒れねえこの気持ちをどうしてやろうか。

 

 それにあの時はそんな事思いもしなかったんだからあの涙はモノホンよ。俺じゃなく、カズマが俺が生き返った時に気付いてくれたんだ。

 

 

「カズマさんが、ですか?」

 

「うん。その時のVTRをどうぞ」

 

「なんですかそれ」

 

 

 

 ※

 

 

 

『そうじゃなくてさ、ゼロが死にかけた〜!ってのは良く聞くけど実際に死んだ事なんか無いだろ、お前』

 

『は?いやでも、だって、転生………』

 

『めぐみん、ダクネス、ちょっと席外してくれ、向こうに行くだけで良い。……サンキュ。

 ………俺の場合はそうだろうな。俺は死ぬ前の事も死んだ時の事もはっきり憶えてる。俺にはその天界規定とやらは働くと思う。

 けどお前は?向こうの世界で何をしてたか、どうやって死んだのか、何一つ憶えてないって馬車の中で言ってたよな。自分はこの世界で生まれた突然変異した人間だと思ってくれればいいって。

 向こうのお前の人格も消えたんなら、そのまま『生き返った』事にはならないんじゃねーの?その場合って蘇生にはカウントされるの?』

 

 

 ………………………………。

 

 

『…………あ、自分目から鱗いいっすか?』

 

 

 

 

 ※

 

 

「ホワンホワンホワンホワン刑部〜〜〜。とまあこんな経緯があって、なるほど確かにそうだな、と」

 

 

 蘇生直後の会話を思い返しながら再現してやるとエリスは悔しそうに。

 

 

「ぐ、ぐぬぬ……カズマさんめ、余計なことを……!ただのパンツ泥棒の変態だと侮っていましたか」

 

 

 アレか、カズマに『スティール』を教えた時の。また懐かしいなおい。

 

 

「んな昔のこと水に流せよ。俺を見習いなさい、記憶と人格を吹き飛ばされてもぜーんぶ許して張本人と普通に接してるんだぜ?聖人かよ」

 

『オレは許してないけどね(半ギレ)』

 

「……と、ところで俺の蘇生って例外感ハンパないけどお前らの上役……、神さんとかってこの事知ってんの?」

 

 

 なんか隣から変な声が聴こえた気がしたが気のせいだろう。そうに違いない。だからとりあえず無視しておこう。

 

 

「神様ですか?知らないですよ。さすがに今の今で報告する時間がなくて。ちょっと面倒ですし、最悪報告しなくても別にいいかなって」

 

「軽っ」

 

 

 なに?天界規定って実はそんなに大した物じゃないの?俺結構ビビってたんだけど。せっかく生き返ったのに不正だとか言われて命を剥奪されるとか御免だよ?

 

 

「だって言わなければバレませんし。そもそも天界規定に引っかかりませんし。

 まあ、仮にダメだとしても私に考えがあるのでそんな事にはさせませんとも」

 

「ほう、どんな?」

 

 

 考えとやらについて問うと、エリスは片目を閉じてウインクしながら悪戯っぽく笑い、こう言った。

 

 

「そうですね、『彼が転生に失敗したのはこちらに責任があるのだから、この程度の例外は認めて然るべきです』

 ………とかどうですか?」

 

「百点満点だ」

 

 

 そうだとも、俺にはそれを言う資格がある。

 そも、転生に失敗さえしなければ俺が赤ん坊から十六歳になるまで待つ必要も無く、魔王軍をもっと追い詰める事だって出来たはずだ。それが出来なかったせいで亡くなった人も大勢いるだろう。

 それに対して詫びも無く、ただ戦力を減らす事は容認するなど言語道断。グレーゾーンを多少甘く見積もるくらいはしてもらおうじゃないか。つまり詫び石は良い文明。

 

 

『いやそれを言う資格があんのはオレの方………まあいいか。もういいや』

 

 

 また何か聴こえた気がした。今度は空耳だろう。そうに違いない。

 

 

「ふう、ゼロさんを驚かせようと思っていたのに拍子抜けしちゃいましたね。

 私はクリスの体を回収して天界に帰りますので、ゼロさんも気にせずに旅行を楽しんで下さい。ダクネスをよろしくお願いしますね」

 

 

 俺が時々出現するノイズを無視しようとしているとエリスが立ち上がる。

 その言い方だとしばらく下界には降りてこないみたいに聞こえるが?

 

 

「ええ、そうですね。やっぱりそろそろ天界も忙しくなるみたいで。それにアレも探さなきゃいけませんし……。

 こうしてエリスの姿で降りて来たのも肉体を交換する手間を惜しんだからなんですよ」

 

「む。そうか………」

 

 

 せっかく羽を休めるために旅行に来たってのに感覚的に一泊二日みたいになっちまったな。俺としてはもう少しぐらいイイじゃんと言いたい所だが、多分こいつは納得しないだろう。

 

 

「ほら、そんな顔しないで。予定よりは短かったですが、それでも初めてこういう温泉街に来ることができて私は楽しかったですよ。ゼロさん、誘って頂いてありがとうございました」

 

 

 そんな思いが表情が変わりにくいらしい俺の顔に出ていたようで、お辞儀と共にそう言うエリス。

 しかしそんな改まって言われるとなんだかな………。

 

 

「………ああ。まあこれも俺の一緒に行きたいってエゴの表れだから礼なんざ要らないんだが」

 

「ふふ、そうですか?ではそういう事にしておきましょう」

 

 

 んだお前、意味深に笑うんじゃねえや。

 言っておくが今のは嘘偽りなき俺の本音だぞ。どう勘違いしても構わんがそう簡単に俺をツンデレに出来ると思うなよ。男のツンデレとかマジ誰得だっつーの。

 

 

『でもリアルだと女のツンデレより男のツンデレの方が圧倒的に多いよね』

 

 

 ………さっきからうるせえなこいつ。その通りだけどさ。

 

 

「……さて!では私はそろそろ行きますので、皆さんには上手く言っておいて下さい」

 

「おう」

 

 

 どうやらもう行くつもりらしい。こっちにいた時間は十分かそこらか。これくらいなら誰かに見られなければさして問題も………あるけど大したことは無いか。

 

 

「あ、そうだ、その前にあと一つだけお願いというか、正当な権利の行使をしても?」

 

「権利、とは?」

 

「プレゼントですよ、誕生日プレゼント。私の誕生日が決まっていないなら好きに決めたらいいと、少し前に言ってくれたじゃないですか。

 誕生日の指定はまだですが、先にプレゼントだけ貰っておこうと思いまして。良いですか?」

 

「……………………」

 

 

 言っ……たな、確かに。

 

 

「良いけどいきなりだな。何が欲しいって?」

 

 

 自分で言ったからには守るさ。どんな物でも買ってやろう。

 その欲しい物とやらの値段を予測しながら胸を叩く。しかし、そんな俺の予測は完全に外れ。

 

 

「出来ることなら二度と、無茶はしないでください。寿命以外の理由で向こうにはもう来ないでください。私を、悲しませないでください」

 

 

 エリスはそれまでの雰囲気をガラリと変え、真に迫った声で捲し立てるように言った後。

 

 

「…………約束しましたからね」

 

 

 最後に俺に聞こえるか聞こえないかの、その呟きを残して去っていった。

 

 

「………そんな約束は出来ないねえ」

 

 

 金で買える物ならどうとでもしてやるが、そいつだけは無理な相談である。

 俺だって好きであちらに行ったりしてるのではない。それ以外に道がないからそうするのだ。

 それでも後からああすればよかった、こうすればよかったというのは思い付く事もある。だが、それらは全て岡目八目でしかない。

 今回だってそうだ。あの時の俺にはあれが最善に思えた。だからそうした。

 エリスには悪いが、同じ事が起きれば俺はまた同じ行動を取るだろう。小さい時からしてきたその生き方はもう変えられないのだから。

 

 せっかくのエリスの要求なのに叶えてやれない事に対して多少の自己嫌悪に陥っていると。

 

 

『………悪いな、オレのせいで』

 

「あ?何だって?」

 

 

 俺以上に自己嫌悪していそうな暗い声が広い教会内に響いた。

 そういやいたねお前さん。すっかり存在を忘れてたわ。

 

 

『いや何でも。……それにしてもいい子じゃないか、大事にしろよ』

 

 

 あんまり無視し続けるのも可哀想になって来たからわざわざ聞き返してやったのに誤魔化しやがった。そんな事お前に言われるまでもないわい。

 

 

「で?結局お前は何なんだよ」

 

『お?知りたいかオレの正体!はははそうだよなあ、気になるよなあ!』

 

 

 ウザッ。

 

 

「いやもう大体察しは付いてるしいいよ。面倒だし」

 

『ええ……?そんなこと言うなよ……。オレが言うのもなんだけど結構重要なことじゃないの、これ………』

 

 

 悲壮感漂う声色にそちらを見ると、しゃがんでのの字を描いている人影。いかにも『自分はいじけてますよ』と言いたげだ。正味どうでもいいけどな。

 

 ………人影、か。

 

 

「………お前、名前は?」

 

『あん?死人の名前なんか聞いてどうすんだ』

 

 

 いつまでも赤と黒の人影なんて呼ぶのはまだるっこしいんだよ。

 いつもみたいに消える気配もなくそこにいるんなら、せめて俺が呼びやすいように配慮してくれよ。

 今まで限られた条件でしか現れなかったのにどういう風の吹きまわしかは知らないがね。

 

 

『それはほら、今まではオレの姿が見えてるとクリスちゃんとの暮らしにも不都合だろうし、喋れないオレが側にいても気味悪いだろうって思ってな。礼儀ってのぁそういうモンだ』

 

 

 イケメンかよ。

 気遣いの出来る男とは、さぞかし生前はモテたんでしょうなあ。

 

 

『よせや、あんま持ち上げんなよ。まあ今はどういう訳かお前とも話せるようになったし、クリスちゃんも居なくなるならお前が寂しがると思ってこうして出てきてるのよ。

 ………名前なら、ジャックだな。そう呼んでくれ』

 

「…………本名か?」

 

『んなワケあるかい。こちとら黒髪黒眼の純日本人だぞ。

 ナナシかジョンでも迷ったが、やっぱ呼ばれ慣れてるジャックが一番だ』

 

 

 名無し(ナナシ)身元不明の遺体(ジョン・ドゥ)、果ては

 

 正体不明の殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)と来たか。

 本名を名乗るつもりは全く無さそうだな。

 

 

『死人に口なしって言うだろ?それと同様に死人に名乗る名前なんざあっちゃいけねえのよ。

 ジャックが気に入らないんなら好きに呼びな、それをオレの名前にする。とりあえず魔王を倒すまでは力を貸すから、よろしく頼むぜ』

 

 

 よく分からん理屈で誤魔化された気もするが、呼び名であれば何でも良いのは確かだな。こいつの本名を知ったところで意味がないのもそうだし、クリスが居なくなって少々静かになるのも本当だ。手を貸してくれるというならありがたくそうしてもらおう。

 

 

「………じゃあ、よろしくお願いする」

 

 

 そうしてお互いに挨拶を交わした後、ジャックは実に面白そうに。

 

 

『ってなワケで、早速協力してやる。カズマ君達と合流する前にハンスの氷像ンとこ行ってみな、面白い物が見られるかもしれんぜ?』

 

 

 

 まだ『後始末』が残っていると、そう言った。

 

 

 

 

 

 






この先はもし彼がサーヴァントとしてカルデアに召喚されたら、という妄想になりますので苦手な方はブラウザバックどうぞ。


ルーラー:???[仮称:ジャック]


保有スキル:

スキル1:チャージタイム6
武芸百般C
自身のArtsカード性能をアップ&Quickカード性能をアップ&Bustarカード性能をアップ&自身にスター集中状態を付与(各3ターン)

スキル2:チャージタイム6
見切りの極意A
自身に回避状態を付与(3回)&クリティカル威力アップ&人型特効状態を付与(各1ターン)

スキル3:チャージタイム6
真名看破(謎)A
敵全体の宝具威力をダウン&攻撃力をダウン[各1ターン]&確率でチャージを減らす


クラススキル:

スキル1:気配遮断EX
自身のスター発生率をアップ

スキル2:不変EX
自身に弱体無効状態を付与&自身に味方からの強化無効状態を付与[デメリット]


Arts宝具:ランクEX
[例え此の世は移ろい行けども]

自身にHPが減少しない状態を付与[強化解除無効](1ターン)&自身に毎ターンHP回復状態を付与(3ターン)[Lv1]&自身に毎ターンスター獲得状態を付与(3ターン)<オーバーチャージで効果アップ>


コマンドカード:
Arts3枚
Bustar1枚
Quick1枚


キャラクター詳細:

『そもそもさ、ルーラーって聖人しかなれないとかいう設定じゃなかった?オレなんか逸話的にいいとこアサシンだろ』

「それについては確信しかねるが、私が思うにーー」

『あっ、いえ。話がややこしくなるので名探偵サマは格納庫へ帰ってアレ完成させて下さい。
二部は大変な事になりそうだし、万全は期しておけよ』

「ーーふむ、そうかね?ではお言葉に甘えるとしよう」

『………設定って何なんだろうな』


作者も知りたい。



パラメーター

筋力D:耐久D
敏捷B:魔力D
幸運A:宝具EX


絆Lv1で解放:

身長/体重:190㎝/75㎏
出典:史実?
地域:日本
属性:中立・中庸
性別:男性

生前はヤクザお抱えの暗殺者をしていたが、呼び方については本人にこだわりがあり、曰く『プロの鉄砲玉』らしい。
彼が手にかけた者は皆悪行を働き世間から疎まれた人間ばかりで、その数はなんと500を超えると言われている。これは他国に比べて比較的治安が良いとされる戦後の日本では考えられない程の数である。


絆Lv2以降で解放………





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95話



再投稿ラスト。



作者:「終わった……!終わった!終わったよな?終わった!作者は遂にやったんだ!全話完全復活やでえええええええ‼︎」

ゼロ:「おめでとう」

作者:「ああ、ありが」

ジャック:『おめでとう』

カズマ:「おめでとう」

アクア:「おめでとう」

めぐみん:「おめでとうございます」

ダクネス:「おめでとう」

クリス:「おめでとう」

ミツルギ:「おめでとうございます」

作者:「お前らええ加減にせえよ⁉︎これ本当に完結パターンじゃねえか!ふざけんな、お前らの話は魔王討伐まで絶対に書き切ってやるからな!
何のために1話からここまで復旧して来たと思ってんだ!作者の精神は絶対に折れねえって事を証明してやるぁ‼︎」

全員:『おめでとう』



※年内最後の投稿になりますが、この話は汚かったり汚かったり汚かったりします。

苦手な方や、お食事中、年越し蕎麦を食べながら読む方はその点だけご留意ください。





 

 

 

 ※

 

 

 街の外れ。魔王軍幹部、ハンスはゼロの魔法によって氷漬けにされた位置から動かされる事なくそびえ立っていた。

 少し前まではアクシズ教徒エリス教徒問わず様々な人間がその場を行き交っていたようだが、今はそれも落ち着いている。

 

 そのハンスの巨大な氷像の元、小さく蠢く何かがいた。

 

 

「クソが!なぁにが観光名所だ、人様の苦労も知らずに!俺様が何十年かけてあれだけ成長したと思ってやがる!」

 

 

 それは見紛う事もない、デッドリーポイズンスライムのハンスであった。

 サイズは人の手に収まる程に小さく、コンパクトになっているが、長年の成長によって巨大化していたのであって、これが本来の大きさなのかもしれない。

 

 さてそんなハンスだが、彼は意識が覚醒すると同時に自身が敗北した事を理解。誰にも見つからないように何とか自分の『核』を切り離し、逃げ出すタイミングを計っていたという訳だ。

 おそらく誰もいないこの時は千載一遇の好機であろう。

 

 

「今に見てやがれ、この状態でも源泉に漬かればてめえら人間ぐらいぶっ殺すには充分なんだよ……!」

 

 

 どうも彼の中では自分が負けたという印象は薄いようで、尚もアルカンレティアを滅ぼすのを諦めてはいないと見える。

 この結果は二度と無いような偶然が重なり合ったまぐれによるものだと思っている様子である。

 

 ある意味それは正しい。ゼロに記憶を初期化してもう一度全く同じ勝ち方をしてみろと言ってもおそらく出来ないだろう。あの戦闘に偶然の要素があった事は否めない。

 

 ただし。

 

 

「お、ホントにいやがった」

 

『な?なーんか動く気配がするなって思ってたんだって』

 

「……ゲッ⁉︎てめえ、『死神』……‼︎」

 

 

 今の彼にそんな物(偶然)が必要かどうかはまた別の話である。

 

 源泉に向けて移動しようとしていた矢先の敵との遭遇に驚いたハンスだが、すぐに。

 

 

「(しめた!)」

 

 

 そう内心でほくそ笑む。

 

 今の自分は『核』が剥き出しになった状態。出来る事なら今すぐに肉体とも言うべき毒を補充したい。

 そんな折に自分に触れればそれだけで死んでしまうような脆弱な餌がノコノコと自ら歩いてやって来るとは、自分はなんとツイているのか。そう思ってしまったのは無理からぬ事だろう。

 

 しかし彼は功を急かない。ハンスはゼロの速さを憶えている。あの速度で動かれては今の自分では捉えるのは不可能だ。ここは慎重に会話を続けて油断を誘い、隙を突いて………

 

 

「なんだぁ?逃げるかと思ってたのに、つまんねえな」

 

「なっ⁉︎」

 

 

 そんなハンスの思惑は良い方向に皮算用に終わる。あろうことかゼロが手の平サイズのハンスに手を伸ばし、そのままヒョイッと持ち上げてしまったのだ。

 

 馬鹿かこいつ。自分の毒の強さを理解していないのだろうか。

 まあいい。相手の身体に直接触れさえすれば絶対に逃さないのだから。喰らい付いて、少しずつ消化してやろう。

 

 先ほどからの降って湧いたような幸運の連続に戸惑いながらも、自身を包むゼロの手を溶かす事に集中する。

 身体の小ささ故に溶かすのに時間がかかるのは仕方がない。昔はこれを何度も何度も繰り返して来たのだ、むしろ懐かしい感覚でさえある。

 

 …………………………。

 

 …………………………。

 

 …………………………。

 

 

「………………………」

 

「……………………?」

 

 

 一向に溶けない。何の変化もない。

 

 

「……てっ、てめえ……っ⁉︎」

 

「あん?」

 

 

 我慢出来なかった。

 

 

「てめえ、何で溶けねえ⁉︎何で俺様の毒が効かねえ⁉︎」

 

 

 こんな事は今まで無かった。どんな頑丈な生物だろうと、生身の部分に触れていればいずれ必ず自分の腹に収まっていたのに。

 それがどうだ。ゼロの手は自身が溶かせない無機物、まるで石か何かのように、あまりに何事も起きない。

 

 

「………何でって言われてもな。理由は分かるが理屈は解らん。ただ、俺の体は一度喰らった攻撃は二度目以降は効果が薄くなるんだよ。

 お前の毒は何度も受けちまったから、流石に抗体とかも出来てんだろ」

 

「ふざっ、ふざけるな‼︎」

 

 

 そんな訳のわからない理由で自分の猛毒を打ち消せる筈がない。

 ないのだが、現実にゼロの手はビクともしない。

 

 

『いやマジでその能力はどうかと思うよ。初見で殺せなかったらもう倒せないとかほんとクソチート』

 

「……お前が選んだ能力なんだろ?」

 

『え?そういう事になってんの?』

 

 

 ゼロが何事か一人で呟いている内に、溶かせないならばせめて脱け出そうと捥く。しかし、ゼロの握力から脱出するにはあまりに今の自分は小さ過ぎた。軟体ではあるが、隙間があればどこからでもすり抜けられるほどの軟度はないのだ。

 しばらく抵抗した後、自分はここまでなのだと悟る。

 

 

「……俺をどうする気だ。殺すならさっさと殺せ、この状態なら幾らでも方法はあるだろ」

 

「なに、お前が死ぬかどうかはお前の態度次第よ。魔王軍について色々聞かせてもらいてえなってな」

 

「バーカ、くたばれ」

 

 

 言えるわけがない。曲がりなりにも幹部を務めた組織だ、そんな事をして命を繋ぐのなら潔く死ぬ。それがハンスの意地だ。

 

 そんなハンスの宣言を受けたゼロは。

 

 

「………何が可笑しい」

 

 

 嗤っていた。

 

 ニヤニヤと、よくぞ言ってくれたと言わんばかりに。

 

 

「いやあそこまで言うならしょうがねえなあ。こっちとしても気が引けるが、情報を引き出す為なら鬼になるしかないもんなあ」

 

『あ、こういうのはオレに任せてくれよ。その道五年くらい』

 

「中級者もいいとこじゃねえか。……このくらいの大きさならアレがいいかな」

 

「ま、待て。お前、どこに行くつもりだ」

 

 

 独り言を大きめの声で話しながらどこへ向かってか歩き出すゼロに、言い知れぬ悪寒を感じる。

 

 

「ちょっとそこまでな。ちょっと歩くだけだから。……何時間持ってくれるかな」

 

『うーん………、三時間は遊べそうだけどなぁ。オレらも早めに見切り付けた方が良いぜ?他人に見られたらドン引きされるし』

 

「正直本心からやりたくねえんだけどなー。臭いし汚いからなー」

 

 

 親切に答えているようでその実、具体的な事は何一つ答えていない。それが逆に恐ろしい。

 

 

「クッ、おい離せ!何をしようと俺は何も言わないぞ!ここで殺すなり何なり好きにすりゃいいだろ!」

 

『はいはい、くっ殺くっ殺』

 

 

 もう答える必要も無いと判断したのか、何も言わずに歩き続けるゼロ。

 

 まさか、滅するならともかく毒の塊である自分をどうこう出来るとは思えない。そう自分に言い聞かせて後から後から湧いてくる不安を落ち着かせていると。

 

 

「なあハンス。比喩表現じゃなくてさ、肥溜めに飛び込む気持ちってどんなだと思う?」

 

「はあ?肥溜めって……あの肥溜めか?バカかてめえ、そんなもん知るかよ」

 

 

 肥溜めとはその名の通り、中に家畜や人間の排泄物を溜めておいて畑などで肥料にするというあれの事だろう。ハンスはその特性上排泄は必要ではないので、聞いたことがある程度だが。

 見る機会すらないのにそんな気持ちが分かるはずもなし、ましてや飛び込む気持ちなど、実際に飛び込んだ者にしか分からないだろう。

 質問の意図が分からずに訝しむが、ゼロは元よりその答えを予想していたのか。

 

 

「まあそりゃそうだ。じゃあ後から教えてくれな」

 

 

 さらりと言う。

 

 

「………………?」

 

 

 その言葉を呑み込むのにしばらく時間がかかった。

 

 後から教えてくれ?意味が分からない。まるでこの後自分がそんな憂き目に遭うかのようではないか。

 

 先からの要領を得ないゼロの発言内容を繋ぎ合わせて答えを出そうとするが、その前に。

 歩いていたゼロが唐突に立ち止まり、何かを探すように辺りを見回してこんな事を言う。

 

 

「………どこだったかな。確か街の外周沿いのどっかで見たと思うんだよな、畑」

 

「………………………」

 

 

 いや。いやいやいやいや、まさか。まさか、いくら何でもそんな事はしないだろう。

 こちらは魔王軍幹部なのだ、いくら敵同士と言えどもある程度払う敬意というものがある。情報を引き出すためと言ってもまさかそんなーー。

 

 

「………ん。あった、畑はあれだな。つーことはあの辺に肥溜めが」

 

「待て『死神』‼︎よし分かった、とりあえず話し合いの場を設けないか⁉︎」

 

 

 ハンスは全てを察した。しかしそれを受け入れることは到底出来ない。

 当然だ。地獄にダイブしたい者などそうそういまい。それを許容できるのは極少数の特殊な性癖を持つ者だけである。そしてハンスはそんな性癖はあいにく持ち合わせていない。

 

 大体自分を何だと思っている。デッドリーポイズンスライムだぞ。物理にも魔法にも耐性を持ち、繁殖の必要も無い上位種族。

 それが事もあろうに下等な人間の汚物に塗れるなんてあっていい訳がない。

 

 

「そっ、そうだ!今の俺は捕虜だろう⁉︎捕虜に対する扱いと同等の物を要求する!

 捕虜だ捕虜!分かるか⁉︎捕虜に暴行と汚辱を与えるのは御法度のはずだ、違うか⁉︎」

 

 

 我ながら良い案を思い付いた!これならこいつも自分の想像通りの暴挙には出られまい、最悪魔王軍の情報を幾つか渡してもいい!

 

『それ』はハンスが数分前の発言を撤回し、そんな事を考える程に耐え難い行為であった。少なくともハンスにとっては。

 そんなハンスの会心の名案を受けたゼロの反応は。

 

 

「…………おい、何故歩みを止めない。おい、『死神』。俺の話を聞いてたか?」

 

『ははは、こいつぅ。スライム如きが捕虜として人間様と同じ扱いしろとか片腹痛し』

 

「あんま笑うなよ、この世界じゃスライムってのは本当に上位種族なんだ。そいつからしてみりゃ今のはプライドをかなぐり捨てた最後の抵抗だったんだろうさ」

 

 

 何も変わらなかった。何も変わらず歩き続け、そしてある場所でピタリと止まる。

 それはいかにもといった甕型の容器。既にハンスにも分かるくらいに香ばしい匂いが漂って来ている。

 

 

「待て待て待て!お前本当にいい加減にしろよ⁉︎そんなに魔王軍の事が知りたきゃ話してやるからそれだけは本当によせ!何が知りたい⁉︎魔王軍の総数か⁉︎魔王様の娘、お嬢様の名前なんかはどうだ⁉︎」

 

 

 ここまで来ては出し惜しみするだけ損だ。なり振り構わず情報を売ろうとするが、前提が違う。

 ゼロはそもそも、ハンスが情報を言おうとタダで済ませるつもりはなかったのだから。

 

 

「いや〜、さっきはああ言ったけど実はそこらへんの情報はいらないというか、お前があの中にダイブするのは確定だから今言っても意味ないよ」

 

「何でだよ⁉︎」

 

「………今回の件でさ。誰も犠牲になってないと思ったらそうでもないんだよね。

 先日にお前が喰ったっつー冒険者は蘇生出来なかったからさ」

 

「ぅぐっ……」

 

 

 それはそうだろう。あの男はハンスが消化して栄養にしてしまったのだから、蘇生なぞ出来るはずがない。

 

 

「だから、負けたお前が何もナシで逃げ帰るのはちょっと違うだろ?あいつはお前との戦いに負けたから仕方ないってのは差っ引いてもな」

 

「っだ、だからって何でよりにもよって肥溜めだ!それだけなら普通に俺を殺しゃ済む話だろ⁉︎」

 

「いやお前の殺し方とか知らんよ、俺魔法使えねえし。お前に嫌がらせできればそれで良いし。楽観視だけど俺の力で何度も何度も叩きつけてりゃ爆散して、いくらお前でも死ぬんじゃねえの?

 まあ一回じゃ無理でも死ぬまでやればいつかは死ぬさ」

 

 

 要するに情報を言った所で逃すつもりは無いらしい。

 

 

 「そんな訳で行くぞハンス!覚悟決めろ!」

 

 

 ゼロがハンスを野球の投球フォームのように振りかぶりながら跳ぶ。狙うのはもちろん肥溜めだ。

 

 

「よくも俺を殺してくれたなゴルァ‼︎」

 

「てめっそれが本音だろ、あちょっ、まああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 その日、街中にハンスの断末魔が響き渡ったが、それを気に留めた者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 






ルーラー:???[仮称:ジャック]


絆Lv2で開放:

○武芸百般C

彼は暗殺者を生業とするにあたり、どんな状況にも対応できるように古今東西ありとあらゆる武術を恐るべき速度で、かなりのレベルまで習得したという。
初見の武術であろうと見た瞬間に一定のレベルまで使用可能になるスキル。ランクが低いのはその先、一流と呼ばれる域まではどれだけ修練しようと絶対に辿り着けないため。


○見切りの極意A

彼が生まれつき備えていたという能力。相手の動きの起こり、さらにその先の筋肉の微小な変化を見て取り、数秒先まで相手がどのように行動するかを把握するスキル。
応用として相手の弱点、病んでいる箇所などを察知する事も出来る。
彼はこれを以ってたった一人、銃弾飛び交う抗争において相手の動きを感知、まるで銃弾を避けるような挙動をして相手を恐れ慄かせたという。


○真名看破(謎)A

SNから始まり、GOまでプレイ済みの彼は既出のサーヴァントであれば見ただけで真名、スキル、逸話の全てを言い当てる事ができるぞ!
Fate世界に転生するオリ主であれば大抵が持っているチートスキルだが、FGOに於いてはド忘れだったりうろ覚えだったりで効果がちぐはぐかつ噛み合わなかったりする、よく分からないスキル。まさに謎。


絆Lv3以降で開放………


これが消去前の話までの全てになりますので、1時間おきの連続投稿は終わりになります。

次回は一月一日、元旦のお昼頃に投稿します!
本当は午前零時、日付が変わると同時に上げようと思ってましたけど、どうせ上げても誰も読まないでしょうし、このくらいが良いかなって。

あ、ちなみに正月とは全然関係ない話になります。だってこれ書いたの正月じゃないですからね。

それでは皆さん、これまで連続投稿にお付き合いいただきありがとうございました!よいお年をお迎え下さい!
また来年からもよろしくお願いします!






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英雄の休日
『卓』前編




明けましておめでとうございます!

作者の今年の抱負はですね!この作品を完結させる事!と言いたい所ですけど多分いつものペースだと無理なんで、一週間に一度投稿を守るって感じですかね!

たまに前後することもありますが、作者は基本的に毎週火曜日の投稿になりますので今年もよろしくお願いします!





 

 

 

 ※

 

 

「ねえ、このメンバーで卓を囲みましょうよ」

 

「「「卓?」」」

 

 

 カズマの屋敷に遊びに来てしばらく。アクアが急にそんな事を言い始めた。

 思わず駒をいじる手を止めて聞き返す。

 

 

「そう、卓。ここにいる四人って日本に詳しいじゃない?というか半分は日本人だし。

 いつかメンバーを集めてやろうと準備してたんだけど、めぐみんやダクネスにルールを教える前に一度経験者とプレイしておきたいのよ」

 

「はあ……。いえ、僕はアクア様がやりたいと仰るなら」

 

 

 早速アクアイエスマンのミツルギが賛成の意向を示す。

 カズマはどちらでも良いのか、「どうする?」と言いたげな視線を俺に向けるだけだ。

 

 

「………まあ、良いんじゃねえの?俺は休養の暇さえ潰せりゃ構いやしねえよ」

 

 

 それにアクアには命を救ってもらった恩もある。遊びに付き合うくらいで返せるとは思ってないが、なるべくなら思うようにしてやるさ。

 

 そう思いながら広げかけたアクア手製の将棋盤を片付けた。

 

 

 俺がミツルギを連れて真っ昼間からカズマの屋敷でこうしているのには理由がある。

 なんでもアクアが言うには、蘇生した直後の一週間ほどは絶対安静にしておかないと魂が肉体に定着しないのだそう。

 つまり、アルカンレティアで一度死んで蘇生された俺はこの時期はなるべく動かない方が良いということだ。

 しかし宿に居たところでクリスも天界に帰ってしまった後。

 暇を持て余して結局ギルドで呑んでいた所をミツルギに見つかり、折角だから旅行から帰っても引きこもりを解消する気の無いカズマの家でも遊びに行くかという話になって今に至るのである。

 

 卓を囲むのはいいとして、問題は何をするかだな。

 

 

「じゃあ何をするか候補を決めておくか。俺はクトゥルフ系がいいな。どうせダイス運悪いだろうから『目星』と『聞き耳』に90ずつ振ってくれ」

 

「俺はシノビガミがいい。流派は斜歯忍軍で」

 

「あ、僕はウタカゼがいいです。種族は以前からコビット族を選んでいたのでそれでお願いします」

 

「む、割れたな。つーかそれより誰がGMやるよ。シナリオ全部作らなきゃいけないとなるとーー」

 

「違っがうわよアンポンタン!勝手に話進めるんじゃないの!卓を囲むって言ったらアレに決まってるでしょ‼︎」

 

 

 やりたいって言うから段取り進めてやってたのに怒鳴られちまった。

 卓を囲むでTRPGじゃないってこたあ、アレか。言っとくけど決まっちゃいないからな?この言葉には意味が二種類あるんだ。まあ一般的にはおそらくアクアが言う方を指すんだが。要するにーー

 

 

「麻雀よ麻雀!この四人で麻雀をやるのよ!」

 

 

 ーーこういう事だな。

 

 

麻雀(マージャン)』。

 

 有名なので知っている方も多いとは思うが一応補足させてもらうと、中国発祥のボードゲームで、十三個の麻雀牌を組み合わせて役を作り、その合計点数を競うゲームだ。

 とまあ簡単に説明するだけならこれで終わりなのだが、聞くのと実際にやってみるのでは難易度が桁違いなのがこのゲーム。

 なにせ、とにかく複雑で憶える事が多いのだ。特に役の種類と組み合わせのパターン、それに対する点数などは二度三度プレイしただけではとても把握しきれない。その上ローカルルールも多数存在するものだから、初心者にとって敷居が低いとは到底言えまい。アクアが経験者を交えてプレイしておきたいというのも頷ける。

 

 

「あの、知っているだけで僕は麻雀はした事が無いのですが……」

 

 

 ミツルギが控え目に手を挙げて初心者アピールをする。いやアピールではないか。

 しかし麻雀をした事がないのにTRPGにはしっかりノってくるとは、日本でこいつはどういう生活をしてたんだ。

 

 そのミツルギの発言を受けたアクアは、

 

 

「あら、そうなの?けどやってる内に憶えるわよこんなの。ウチの二人に教える練習台と思っておけばいいわね!」

 

 

 こちらも手製と思われる麻雀牌をちゃぶ台に広げながら投げやりに答えるだけだ。譲るといった気遣いはするつもりはないらしい。

 まあこれに関してはアクアが正論だ。やらなきゃ憶えないし、何より麻雀用語は日常でもよく使われるから勉強になると言えばなる。

 

 

「俺は親戚と結構打ったから良いけど、これイカサマし放題じゃね?その辺どうするんだ」

 

 

 経験者であるカズマはさほど問題は無さそうだが、イカサマ云々ってのはもっともな意見である。全自動卓でもない限り洗牌時や積込み関係のイカサマは如何ともしがたい。

 しかしそこはこの俺に任せてもらおう。より正確には俺ではないが。

 

 

「出てこいジャック!」

 

『オレの名はジャァァァァック……!』

 

 

 木の棒を拾って魔王を倒す大冒険が始まりそうな台詞と共に俺の隣に出現するのは赤と黒のマーブル模様蠢くよく分からん存在、通称ジャック。

 つい先日までは言葉が通じないのを理由に影となって俺に付いていたらしいが、この度俺の使い魔的スタンド的存在に昇格した『日本での俺』だ。

 

 

『おい、誰がてめえのスタンドだ。調子乗ってんじゃねえぞシャバ僧』

 

「……………………」

 

『ごめんなさい無視しないでください会話できないのはホント辛いんです』

 

 

 この通り俺には頭の上がらない存在となっている。

 

 今回こいつを呼び出したのはイカサマ防止の為だ。こいつは筋肉の微小な動きを感知して次にする行動がわかるという。つまりイカサマをする前、しようと思った時にはもうこいつにはバレているのだ。なんと恐ろしい。

 こいつが見張り、誰かがイカサマを働こうとしたら即俺に教える。このシステムなら俺以外は誰も不正は出来ない。そして俺はそんな不正はしない。これでこの卓は公平そのものよ。分かったかな、カズマ君。

 

 

「?よく分からんがゼロが見張ってるって事だな?まあ俺も今回はするつもりないし、ミツルギは初心者だし、んなことしそうなのはアクアくらいだからアクアだけ見ててくれよ」

 

『オーライ、任せろカズマ君』

 

 

 ちなみにジャックは俺以外の誰にも見えない。アクアにすら見えず、浄化魔法も一切効果が無いらしい。

 そう考えるとこいつ本当に存在してるかも怪しいな。俺のエアフレンズ疑惑が目下浮上中なんですけど。

 

 

『ヘイ、そんなこと気にすんなよ若えの。細かい事考えて哲学者気取んのは年取って時間が有り余るようになってからで充分だぜ?若いウチは勢いに任せて突っ走るのが一番さあ』

 

「そう言うお前はいくつなんだよ」

 

『オレ?享年二十五歳。精神的にはプラスでお前の年齢ってトコかね』

 

「………そ、そうか」

 

 

 お前も若いじゃんって言おうとしたら結構なおっさんだったでござる。

 

 

 

 ※

 

 

 麻雀を始める際に一番にする事。それが洗牌(シーパイ)だ。

 牌を積む時に同じような牌が固まらないように、参加する全員で牌を混ぜ込む行為の事を言う。洗牌は初心者も経験者もあまり関係ないが、麻雀をしようという発言の元、当然経験者のアクアもその動きには澱みが無い。

 そのアクアを見て何やら遣る瀬無さそうな表情のミツルギ。

 

 

「どうしたミツルギ」

 

「いえその、決して貶めるつもりはないのですが、女神様が麻雀をやり慣れているというのが何とも……」

 

 

 あー、理想と現実のギャップにやられてたのか。

 まさか女神全員が全員こんな感じではなかろう。こいつは相当に特殊な事例……なのだと俺も思いたい。

 

 

「ふむ、確かに事情を知らない人が見たらそう思うのかもしれないわね。

 でも敢えて言うわ。むしろ私は女神だからこそ麻雀を打ち慣れてるのよ」

 

「え?どういうことですか、アクア様」

 

 

 俺も自慢げなアクアの発言の意味が分からなかったので手を動かしながら目を向ける。

 

 

「ほら、この洗牌のジャラジャラって音。良い音でしょ?

 この音には魂を鎮める効果があると言われてるのよ。昔からお通夜とか、葬式の日に亡くなった人の隣の部屋で麻雀を打つっていう風習のある地域もあるくらいね。

 私は女神として、迷える魂を鎮めるために麻雀を憶えたと言っても過言ではないわ」

 

「そ、そうなんですか⁉︎そうとは知らずとんだ失礼を、お許しくださいアクア様!」

 

「ヘッ」

 

 

 普段よりも少しだけ女神成分を強めた雰囲気のアクアと感動した様子のミツルギの手前突っ込まないでおくが、アクアのこれは多分XXXHOLiCの壱原裕子さんの受け売りだと思う。

 だって日本とこっちの世界じゃ文化体系だって違うし、何より麻雀が存在しないのに洗牌で鎮魂も何もねえだろ。

 

 

『いんや、そうでもないかもよ。その証拠にそこにいる幼女も気持ち良さそうだ』

 

「はあ?」

 

 

 言いながら、ジャックが何もない所を指差す。

 

 何言ってんだこいつ。幼女ってなんだよ。やめろよ、まるでそこに誰かいるみたいじゃねえか。

 

 一度意識すると無性に気になる。幽霊に対抗する手段も霊感も無い俺がビクビクしながらその辺りをチラ見していると。

 

 

「……?ゼロって視える人だったの?さっきからアンナの方気にしてるみたいだけど」

 

「ちょっと待て、アンナって誰だ⁉︎」

 

 

 何?マジでそこに誰かいるの?幽霊?何で除霊しないんだよ。何の為のお前だよ。

 

 

「なんだ、視えてないのか。その子はアンナ・フィランテ・エステロイド。この屋敷の元の持ち主よ。この屋敷を貰う時に溜まってた悪霊の大半は浄霊したんだけど、その子は無害だったから許してあげたの。ちょっと悪戯っぽいけど大した事はしないから安心していいわ」

 

「お前その設定まだ生きてたのか」

 

「設定じゃないってば!信じてよ!その証拠にほら、今はゼロの頭の上で逆立ちしながら私が教えた宴会芸を披露してるわよ、私にしか見えないけど!」

 

「はいはい」

 

「サ、サトウカズマ、君の仲間に対する態度は分かってきたつもりだけど、もう少し何かないのか……?

 あの、僕は信じてますよアクア様!」

 

 

 どうやらカズマ達がこの屋敷に住む事になった時に一悶着あったようだ。カズマも一応知ってはいるが信じてはいないってところか。

 

 

「……本当にそんな事してんの?」

 

『やってるやってる。今はブレイクダンス踊りながら水撒き散らしてるわ』

 

「とんだお茶目さんだな」

 

 

 絵面を想像しようとして自分の想像力の限界を感じた。皆も想像しようとしてみるといい。ちょっとした狂気だから。

 まあ重さを感じる訳でもなく、害も無いというのなら俺から言うことも無い。続きを進行するとしようじゃないか。

 

 

「さ、もう良いんじゃないかしら。魔剣の人の為にゆっくりやるけど、混ぜた牌はこうして積んでいくのよ。あなたも自分の所にやってみて」

 

「ありがとうございますアクア様。あの、僕の名前はミツルギです。そろそろ憶えて頂けると……」

 

 

 珍しく他人に配慮したアクアがミツルギに説明しながら言葉通りゆっくりと牌を積む、その途中。

 

 

『ダウト。おい、あのバカの元禄積み止めろ』

 

「アクアー?初心者にイカサマ教えるのはやめとこうかー」

 

「………〜〜〜♪」

 

 

 無駄に上手い口笛を吹きながら積んだ山を崩して今度こそランダムに積み始めるアクア。

 ミツルギですらも「アクア様……」と若干呆れる始末である。なるほど、こうやって人々から信仰心は無くなっていくのか。女神様を見てると勉強になるなあ!

 

 

『………人の信仰心は無くならねえよ。その対象が神じゃなくなるだけだ』

 

 

 いきなり沈んだ口調で呟くジャック。何か信仰心という単語について思う所でもあるのかもしれない。

 

 

「………なあ、空気読んで。今そんなシリアスな感じ出されても困惑するだけだから。何か伝えたい事があるなら後から聞いてやるから。そしたら成仏してくれ」

 

『悪霊扱いすんな。オレはどっちかってーと守護霊の類だろ。ほら、ボサッとしてねえでお前も積め』

 

 

 見ると、他の三人はもう自身の前に山を作り終えていた。

 俺が急かされる前にと急いで牌を積んでいると。

 

 

「アクア、ローカルルールとか細かいルールはどうするんだ?」

 

「カズマの所がどんなルール採用してたか知らないけど、色々決めるのって面倒だからとりあえず全部アリにしましょうよ。

 点数は二万五千点で半荘(ハンチャン)一回。一番点数の低かった人はお昼を全員に奢る、でどうかしら」

 

「……ん、それで行くか」

 

「僕は初心者なので皆さんに任せます」

 

 

 俺の意見は反映されずに話が進む進む。別に異論があるってんじゃないんで良いんですけどね。

 

 俺も山を作り終え、仮親であるアクアがサイコロを取り出して振る。出目によると起家(チーチャ)は……カズマだな。

 最初の親が決まり、各々が山から順繰りに牌を掴み取る。

 

 さて俺の配牌(ハイパイ)はどんな感じかしら。

 

 

『……うわぁ』

 

「おうふ」

 

 

 最悪。その言葉しか出て来ない。

 

 何だこれは、対子も順子も一つも成立していない。かと言って八種九牌が成立するような配牌でもない。つーか字牌が一つも無い。

 こっから何の役に持ってけばいいのか見当が付かねえぞ。

 俺の運が無いのは知っていたがもうちょっとさあ……。

 

 

『これは駄目だな、オレなら今回はオリだわ』

 

 

 ジャックは見ているだけで暇なのか、俺の配牌を見た後は卓の周囲を歩き始め、それぞれの面子の配牌を覗き見ている。あれはあれで楽しそうだから良いか。

 

 そう、そこまでは良かったのだ。

 

 ジャックが一頻り歩き回り、最後の一人の後ろで立ち止まる。

 そこで何故か指を折り、何かを数え。

 

 

『ヒョッ⁉︎』

 

 

 素っ頓狂な声を出す。

 

 ここで俺に嫌な予感が湧き上がる。そしてもう一度反対回りで全員の配牌を確認し、俺の元に帰って来たジャックが一言。

 

 

『………東二局まで持つかね』

 

「アクア!ルールの変更を要求する!全員の点数を十万点にして点数の天井を設けよう!」

 

「は?急に何よ。天井って?」

 

「二万五千点が上限だと誰かに役満直撃でトんじまうだろ?十万点はそれを防ぐ為だ。

 天井ってのはそうだな、例えば役満が重なったとしよう。その場合は点数は重ねずにただの役満として認めるって感じでどうだ?一撃で六万点だのの失点を失くそうってこと」

 

「………別に良いけど、そんなルール必要?役満なんて滅多に出るもんじゃ無いじゃない。ましてやW役満なんて」

 

 

 俺の意図が分からないのか、訝しむように眉をハの字にするアクア。

 いや完全にその通りなんだけどジャックの反応もあるし万が一って事もあらあな。特にここには幸運で言えばチートクラスの奴がーー

 

 

「そうか?トリプルまではよく見ねえ?」

 

「「⁉︎」」

 

 

 

 ざわ・・・ざわ・・・

 

 

 おわかり頂けただろうか。この異常な発言を。

 

 

 この緊迫した空気の中で平然としているのは二人。そもそも用語がよく分かっていない様子のミツルギと、この緊迫感を周囲に撒き散らしている張本人、サトウカズマだ。

 

 

「……と思ったけど万が一って物もあるわよね!いいわゼロ、その案採用!」

 

 

 アクアもようやく事態が飲み込めたのか、冷や汗を額に浮かべながら俺の提案をそのまま素通しする。

 しかし最悪な事に起家であるカズマはツモ順が一番に回ってくる。下手するとここでアガっている可能性もあるって事だ。いやまあもし一番に回って来なくても地和があるから結局ダメではある。

 本来ならまずあり得ない事態だが、さっきカズマの配牌を見た時のジャックの声。ひょっとするとひょっとするかもしれない。

 

 

「ツモるんじゃねえぞ………」

 

『キーボウーノーハナー、ツーナーイーダーキズーナガー』

 

 

 しかしそんな俺の祈り虚しく。

 

 

「おっしゃ、ツモ!ルールだとこれでも役満止まりなんだろ?親の役満で一万六千オールだな」

 

 

 山からツモる事なくパタン、と倒れたカズマの牌。本当にやりやがったな。

 チョンボの可能性に一縷の望みを託してその牌を確認すると。

 

 北北北南南南西西西東東東に筒子の一が二枚。

 

 クソ、間違いなくアガってる……つーかちょっと待て、これってーー

 

 

「てっ、天和大四喜四暗刻単騎だと⁉︎役満が五つぅ⁉︎」

 

「ハァ⁉︎ちょっと何よこれ!こんなのイカサマに決まってるじゃない!ゼロがサボったに違いないわ、ねえそうなんでしょ⁉︎」

 

『失敬な。オレが保証するが今の局に不正は一切無かったぞ』

 

 

 ジャックのお墨付きって事は素でこれ引いたのかよ。マジでか。

 これ俺が制限してなかったら………、えっと、二十四万点?八万オールとか聞いた事ねえぞおい。

 

 

「懐かしいなあ。親戚と打った時にも初手で似たような役でアガっちまって、俺がいると勝負にならんって言われてしばらく麻雀禁止されたんだよね」

 

「「………………」」

 

 

 アクアと視線を合わせて頷きあう。

 

 俺とアクアの心が同調するなど考えられなかったし、実際にあり得ない事だった。だが今、共通の敵を得た事でそれが成されようとしていた。

 

 

 ーーこれ以上こいつにアガらせたらアカン。

 

 

 

 

 







作者:「イカれたメンバーを紹介するぜ!作者が紹介したら好きな役を答えていってくれよな!」

全員:「ウェーイ」


作者:「OKいい返事だ!
まず最初、天から舞い降りた美少女!天使みたい?いいえ女神ですとも!某社の似たような名前の車種とは無関係です!
回復魔法のスペシャリスト、AQUAAAAAAAA‼︎」


アクア:「好きな役は九連宝燈かしら。あ、純正の奴ね。生きてる内に一度くらい見てみたいじゃない?」

カズマ:「九連宝燈か。最後にアガったのいつだったかなぁ」

ゼロ:「俺ってそもそも麻雀自体直接やるの初めてなんだよね」

ミツルギ:「(ちゅーれん……?どんな役なんだろう)」


作者:「さあ続いては!モテるかと思って冒険者になったけどなんかコレジャナイ!モンスターと戦うならせめてヘビィボウガン持って来い!
ミスターラッキーボーイ!KAZUMAAAAAAAA‼︎」


カズマ:「好きな役は特に無いけど、嫌いな役は天和かな。見飽きた」

ゼロ:「天和が見飽きたとかいうパワーワード」

アクア:「出たわねクソチート」

ミツルギ:「天和ってさっき君がアガった役の事かい?何が何だか分からない内に終わったけど」


作者:「どんどん行くぜ!誰が呼んだか『魔剣の勇者』!こう見えても強いんです!最近では対人戦の腕にも自信が付きました!
炸裂するかビギナーズラック!MITSURUGIIIIIIII‼︎」


ミツルギ:「まだ役とかはよく分からないですが、平和っていい響きですよね。いつか僕の力でこの世界をこの名の通りにしたいと思います」

ゼロ:「なんだお前可愛いな」

カズマ:「尊い」

アクア:「尊い」


作者:「さてラスト!そろそろ戦闘描写がただの俺TUEEEEになりそうで作者心配!人類最強とは俺の事、だけど麻雀には全く関係ありません!
王都の英雄、ZEROOOOOO‼︎」


ゼロ:「麻雀というのはね、僕の人生なんですよね。今の僕があるのは麻雀のおかげと言っても」

作者:「誰もんなこと聞いてねえ!いいから好きな役だけ答えてさっさと引っ込めボケナス‼︎」

ゼロ:「………国士無双ってかっこよくない?技名みたいで」

カズマ:「普通だな」

アクア:「つまんない答えね」

ミツルギ:「ちょっ皆さん……そ、そうですね!こう、響きがかっこいいと思いますよ、僕は!」

ゼロ:「もういい。お家帰る」

ミツルギ:「ああ!ゼロさん!ゼロさーーーん‼︎」


作者:「さあオチも付いた……付いた?事ですし、それでは皆さん、SeeYouNextTime‼︎」


カズマ:「なあ、今日に限って何でこの作者こんなテンション高いの?」

アクア:「ほら、今までこういうコーナーも後書きでやって来たじゃない?
それがミスで全部消えちゃったから、その分テンション上げてくってさ」

カズマ:「うるせえだけだけどなあ」



FGO:


やって来ました福袋&新鯖!

作者は既にエレちゃんを持っていたんですが、福袋三騎士の方引いたらまた来てくれました。
ルーラーのホームズかアヴェの邪ンヌ狙いだったんですが、まあ宝具2なら周回に便利そうですしガッカリでは無いですよね。

新鯖は呼符と余った石全部ぶち込んだら北斎さん来てくれましたね。スキルが中々有用そうですし素材もお優しい感じなので育てていきたい。

……本音を言うと村正爺さん来て欲しかったけど、こればっかりはね……。
つーかそれよりもメンテ長いなおい。





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『卓』後編



作者は最近バーチャルユーチューバーの方を追っかけるのにハマってます。
皆さん面白くて全員応援してるんですが、作者が特に好きなのは電脳少女シロさん。
シロさんのたまに出る「こいつぁヒデェや」とか「おほ〜^」とかほんとすこすこのすこの助。


ゼロ:「どうでもいいけどなんでさん付けなの?あ、ちなみに俺はミライアカリちゃん推し。自分から下ネタぶっ込んでいく所がツボった」


さん付けは別に普通だろ。強いて理由付けするなら中の人が作者より若干年上だから敬称付けないと失礼にあたるかと思って。


ゼロ:「年上とか中の人とか言うなよ、中の人なんかいないから」






 

 

 

 ※

 

 

「あのクソチートを相手にするにはこの三人で手を組むのは必須よ。まずは何としてでもカズマを親から引きずり下ろしましょう」

 

「賛成ではあるがどうするんだ?正直配牌時点でアガられちゃあどうしようもねえぞ」

 

 

 一旦卓を離れて廊下でカズマ対策会議を開く俺、アクア、ミツルギ。

 

 カズマの豪運の怖さが分かってしまった以上はまともな勝負など出来ない。言ってはなんだが幸運最低値が二人に初心者一人である。個々であの経験者かつ鷲巣様みたいな化け物運に太刀打ちしようとは思わない方が良いだろう。

 

 

「もちろん私だって考え無しに言ってる訳じゃないわ。とりあえずーー『ブレッシング』!」

 

 

 アクアが幸運を上昇させるバフを三人にかける。

 

 しかしこれでもカズマに対抗出来るかというと不足だろうに、その辺も計算に入れてんのかこいつ。

 

 

「これプラス、私が後でカズマに幸運を下げる魔法をかけておくから条件的には五分のはずよ」

 

「ほー、そんなもんあるのか。なるほどね」

 

「本来こういう徒党を組んで一人に敵対するというのは僕の趣味では無いのですが……」

 

 

 ミツルギが不服そうに口を尖らせる。自分の力で勝ちたいという気持ちはわからんでもないのだがな。

 

 

「ミツルギ、ここは割り切れ。俺達は確かに勝負をしていたがそれは勝負として成り立つ前提の話をしてたんだ。

 ここまで差があると勝負にならない。ある程度のハンデというか、そういうのが無いとそれは最早勝敗の決まったゲームになっちまうんだよ」

 

 

 そんな物は面白くも何ともない。

 俺は別に昼飯を奢るのが不満なんじゃねえんだ、むしろアルカンレティアでの恩を考えたら条件抜きで毎食飯代を出してやってもいいとも思ってる。けどゲームで勝負となりゃそれなりに拮抗した展開を望んじまうんだよなあ、贅沢かもしれんが。

 なあに、イカサマをして積極的にカズマを陥れようってんじゃねえんだ、あくまで条件を対等に持って行くだけ……

 

 

「それじゃあ次は通しを決めましょうか。私がこうして口を窄めたら索子(ソーズ)、口を開けたら萬子(マンズ)、イーッてしたら筒子(ピンズ)で、指でそれぞれーー」

 

「待てお前、なにナチュラルに通しとか言ってんだ。イカサマは無しって決めただろうが」

 

『言っとくがサマは絶対に許さんぞ。それについて言及してねえなら特に何も言わんし推奨さえする。けど最初っからナシと決めて裁定をオレに委ねたんだ、そこは譲らねえ』

 

 

 ほら、なんか確固たる意志を感じさせる声でジャックもこう言ってる。言及してないならのくだりになんか闇が垣間見えるのは俺の気のせいであって欲しい。

 

 

「ゼロはホントお馬鹿ね。そこの人ならともかく私達は幸運のステータスが最低なのよ?

 いくら私の魔法が強力だからってそう簡単にカズマとの差が埋められる訳無いじゃない。ここは確実に勝ちに行くためにコンビ打ちするべきなの」

 

「誰が確実に勝ちたいって言ったよ。それじゃあカズマの運だって確実に勝つために必要ってんで容認しなきゃならねえだろ」

 

「申し訳ありませんアクア様、僕もイカサマをするのは反対させて頂きます」

 

『いっぺん、死んでみる……?』

 

 

 総スカンである。

 イカサマで勝つ気満々だったらしいアクアはしばらくハムスターのように頰を膨らませていたが、全員の反対を押し切れるとは思っていなかったようで。

 

 

「いいわよ別に!だいたい幸運さえ対等になれば私の雀力なら負けたりしないんだから!

 あんた達もボッコボコのフルボッコにしてあげるから覚悟なさいな!」

 

 

 と、雀力なる謎の単語を口にしながら卓へと戻っていった。彼女はまずイカサマが悪い事だという自覚を持つべきではなかろうか。

 

 まあ何はともあれ、これで準備は整った。あとはアクアの幸運を下げるとかいうデバフをカズマに使うだけなのだが、当然黙ってそれを受けるカズマでは無いだろう。

 この目論見はカズマにとっては何のメリットも無く、こちらに一方的に有利になるだけの物だ。何かしらの条件ないし特典を用意しなければ納得はしないだろうーー

 

 

「別にそのくらいいいぞ?」

 

「うぇっ?いいのかよ」

 

 

 などと思っていた時期が俺にもありました。

 

 意外過ぎる程にあっさりと自身の不利にしかならない条件を飲んだカズマに驚きの態度を隠さない俺。何かしらの裏を疑ったものの。

 

 

「つーかお前ら弱すぎんだよ。俺は勝つのは好きだがただ勝つ事が決まってるゲームは虚しいだけだし、多少は張り合いが無いと俺としてもつまらん」

 

「あ、どーもすんません弱くて……」

 

 

 完全に上位存在みたいな事を言われてしまった。しかし勝負にならないのは確かなので、ありがたくこの舐めプを頂戴しておくとしよう。

 

 

「あーらカズマ、そんな事言って余裕ぶっこいてて良いのかしらね?

 カズマがさっきアガれたのは冗談みたいな幸運のお陰でしょうに、自分からそれを封じるような真似して大丈夫?三人に勝てる訳ないじゃない!」

 

 

 よせば良いのにカズマの余裕を崩さない態度に勝手に煽られたアクアが喧嘩腰にメンチを切り始める。本っ当にお馬鹿さぁん!

 これではカズマの気が変わってしまうやも、と一瞬思ったがそんな事は無く。

 

 

「まあ?お前ら程度の雑魚にどんだけハンデ戦したって負けるわけねーし。

 むしろ幸運の調整だけで良いの?イカサマだろうが積み込みだろうがなんだってやっても良いんだぞ、そこまでやっても俺に勝てなかった時のお前らの顔を見るのが楽しみだしなァ!」

 

「上等よあんた、そろそろどっちがこの屋敷の真の主か身を以て教えてあげるわ!

 最近はちょおっと大金稼いでるからって調子乗ってるんじゃないの?ほら、ゼロも魔剣の人も何とか言っておやりなさいよ!」

 

「ア、アクア様、気持ちはわかりますがここは少し抑えて下さい!今回譲ってもらうのは僕らなのですから、サトウカズマをあまり刺激しない方が………」

 

「条件が整ったんならどうでもいいからさっさとやろうよお。敗者が昼メシ奢る条件だったのにもうお昼回るんですケドォ」

 

『キミら本当に足並み揃わんね、何で?』

 

 

 好き勝手に喧嘩しだしたりそれを止めたり、ぐだぐだする俺達にジャックが突っ込む。何でと言われましても。

 

 

 

 ※

 

 

「む」

 

『ほー、ええやん』

 

 

 改めてカズマにデバフを掛けた状態で再開した東一局。自分の配牌を見て思わず唸ってしまった。

 

 もちろん役満などを狙えるような手では無い。というかそんな手は本当に来ないのが普通なのだ。精々が四暗刻(スーアンコ)が偶に見える程度である。

 満貫(マンガン)手をアガれればかなりラッキー、跳満(ハネマン)でガッツポーズといったのが通常の反応、役満なんざ張ったら挙動不審になるかもしれん。

 そんな俺の手牌だがーー

 

 

『索子の混一色(ホンイツ)、役牌と赤ドラの一向聴(イーシャンテン)か。ちょっと整えれば一盃口(イーペーコー)も狙えそうだな』

 

 

 ジャックの言う通り、この時点であと一手進めれば満貫を聴牌するという絶好の配牌。

 これはアクアのバフで俺自身の運が上り、更にカズマの下がった分の運がこう、いい感じに分配された結果なのだろうか。これならイケるやろ。

 

 

「おおすげえ、アガってない!しかもこんな安手が来たのなんか産まれて初めてかもしれない!」

 

「チッ」

 

 

 せっかく好配牌を喜んでたのにチート持ちが水挿して来やがる。

 まあいい。今の発言からして二度目の天和は無いようだし、こいつの言う安手が俺と同じ基準かは知らんがそんなに高そうな手では無いーー

 

 

「ほんじゃ、立直」

 

 

 コトン、と千点棒が卓に置かれる。

 

 

「……………」

 

 

 は?

 

 

「……おい、お前今安手とか言ってただろ。もう張ってんの?本当に安い手なのか、それ」

 

「何で?安手だろ」

 

 

 こ、こいつ………っ!

 

 ダブリーかけといて安手だぁ?ふざけんなマジで。どうせノミ手じゃねえんだろ?クソが。

 こんなもん当たったら事故やで。

 

 ミツルギが山からツモり、慣れてないのが見て分かる手つきでツモった一萬をそのまま河に捨てる。カズマの反応は……無し。

 次にアクアが牌を掴み取り、それを手牌に加えながら不要となったらしい三萬を捨てた。カズマに反応は無い。

 

 

(ぐっ……!)

 

 

 そして北家の俺だが、どうするべきか。

 

 ツモった牌は索子。しかも俺に必要な牌だったのでこれで俺も張った事になる。ここでリーチをかければ最低でも跳満、ガッツポーズ。

 しかしこの牌を手に加えると浮いてくる牌は筒子なのだ。

 今、カズマはミツルギとアクアが萬子を捨てたというのにピクリとも反応しなかった。となるとカズマの待ちは索子か筒子の可能性が高い。

 俺の手牌は暗刻になった白と索子と筒子で構成されており、まさにカズマの待ちドンピシャ。安牌が、一つも無い。

 選択肢としては完全にオリて当たる可能性の低い白を切っていくか、放銃覚悟の追っかけダブル立直で攻めまくるか、立直をせずに待ちを変更してダマで行くか。

 俺は迷った末に。

 

 

「………どうせ死ぬなら、強く打って死ぬ!立直だ!」

 

『とっ、東郷さん⁉︎』

 

 

 不要牌である筒子を横にして河に置き、さらに千点棒を置く。

 

 そうとも、こんな絶好のチャンスを逃しては勝てる物も勝てん。ここで攻められない奴がこの化け物に勝てるかよ!

 さあカズマよアガるならアガれ、次こそは俺がーー

 

 

「あ、それカン」

 

「ーー何?」

 

 

 カズマに集中していたばかりに、予想だにしない方向からの声に虚を衝かれた。カンをしたのはアクアだ。

 

 アクアが俺の捨てた筒子を拾い、手牌と合わせて右に並べてから流れるような動きでドラを一つひっくり返して嶺上牌から牌を一つツモり。

 

 

「もいっこ、カン!」

 

 

 さらにその牌でカン、同じ動作を繰り返す。そして。

 

 

「ツモ!嶺上開花(リンシャンカイホウ)にドラ二つで三翻(サンハン)だけど満貫払いね」

 

「………………」

 

 

 ………あれ?大明槓(ダイミンカン)?この場合って確か……。

 

 

「ちょっと、何してるのよゼロ。責任払いでしょ?点棒出しなさいよ」

 

「てめっ、咲さんみてえなアガり方してんじゃねえぞ⁉︎そもそも俺達は仲間じゃなかったのかよ!」

 

「残念でした!あんたが協力を拒否した時点でそんな同盟破却よ破却!全員ぶっ飛ばしてやるから覚悟しておくことね!ほら払って!点棒早く払って!」

 

「クソッタレが、持ってけ泥棒!」

 

 

 悪態と共に行儀悪く点棒をぶん投げる。

 

 そうだった。大明槓で嶺上開花されると、ツモであろうとそのカン材を捨てた奴が一人で払わなきゃいけないとかいうルールがあったんだった。一応ローカル扱いの筈だが、最初に全部アリって決めちまったし今回はしょうがねえか。

 しっかしそういやこいつらも居たんだったな。カズマばっか気にしてたから完全に油断してたぜ。

 だがもう俺に油断は無い。今の跳満手をフイにしちまったのは惜しかったが、流れはキている。今度こそこいつらを喰ってやるさ。

 

 

 

 ※

 

 

 ここから先はあまり思い出したくないのでdieジェストでお送りさせて頂こう。

 誰だって自分がカモにされている場面なんか詳しく描写したい訳が無いだろう。

 

 

 

 ※

 

 

(来た!ちょっと手が遅くなっちまったが綺麗な門前(メンゼン)断么(タンヤオ)平和(ピンフ)、ドラ一の満貫!)

 

 

「通らば立直!」

 

「あ、すみませんゼロさん、これ多分ロン……ですよね?」

 

「……えっ。いやまあ……アガってる、けど、何でこのタイミング?俺が切った牌って二巡前にアクアが捨ててるじゃん」

 

「それがその、僕も今張ったんですよ……」

 

「間あ悪っ!」

 

「ププー!ゼロさんダッサ!初心者の単騎待ちにカッコつけて立直で振り込んじゃった気分は如何な物かしらね?

 私なら耐えられないわー、今すぐ降参(サレンダー)して全員に豪勢なご飯を奢るまであるわー。ていうかそうしない?私もうお腹空いたんですけど」

 

「うるせえ、黙って牌崩せ!」

 

 

 舐めやがって!今に見てやがれ、すぐに逆転優勝だし!

 

 

 

 ※

 

 

(今度こそ、今度こそ来た!三暗刻、ドラが見えてるだけで四つ!跳満確定&立直+ツモなら門前まで付いて倍満、しかも浮いた牌は全員捨ててるから振り込みの心配も無し!勝った!第三部、完!)

 

 

「今度こそ立直ぃ!」

 

「ハッ!甘いわねゼロ、ロンよ!カズマには勝てないかもしれないけど、これで私の二位の座は不動の物となったわ!」

 

「お前はフリテンという言葉を知らねえのか⁉︎てめえこの牌開始直後に捨ててんだろうが!」

 

「………あらほんと。これは私のチョンボね、三千オールで良いかしら?」

 

「………!………!」

 

『どうどう、相手に悪気はねえんだから手え出すなって。賭け麻雀の席で暴力は御法度よ』

 

 

 こんのクソ馬鹿、よりにもよって高目アガれそうな時に流してんじゃねえよ!

 

 

 

 ※

 

 

「ツモ、字一色!」

 

「ほんでお前は俺の親番の時に思い出したかのように役満アガんじゃねえ!もうこいつらヤダ!普通の麻雀させてーな!」

 

『普通って何だよ(哲学)』

 

 

 

 ※

 

 

 こんな感じの局が続き、ついに。

 

 

「はい!という訳で最下位はゼロに決定!罰としてみんなにすっかり遅くなったお昼を奢ること!」

 

「おかしい!こんなの絶対におかしいよ!」

 

 

 俺は油断も見落としもしていなかった筈だ。

 全員の捨て牌を読み、スジや裏スジまできちんと見て打牌していたというのにその悉くがアガられる。カズマはともかくとしてアクアや初心者のミツルギにまでだ。一体何故。

 

 と、不可思議な現象に頭を悩ませる俺にジャックが。

 

 

『あー、大将。オレは途中で気づいて不公平だろうと黙ってたんだが、もう終わった事だし教えとくぞ』

 

 

 なんと、この俺にも分からないというのにジャックには理由が分かるという。素直に講釈に傾聴する。

 

 

『お前の打ち方は普通ならそうそう振り込みはしないだろうけどさ、この面子じゃあ意味ねえよ。

 だってよく考えてみろ、他家の内二人が初心者&バカだぞ?スジも何も考えちゃいねえし、待ちなんかはツモ牌でフラフラ変えちまうもんだからそれがいい具合に迷彩になっちまってんだよ。カズマ君のはただの事故。お前の運が悪かっただけ』

 

「もっと早く教えてくれる⁉︎」

 

『ハハ、まあアレだ、お前だってなんだかんだ言うても多少知識があるだけの初心者だろ?考える頭はあるんだから次がありゃその辺考慮すりゃ大丈夫大丈夫』

 

「あるか無いか分からん次の機会なんか要らねえから今勝ちたかったよ!」

 

 

 悔しがりながら、それはそれとして負けたんだから飯は何を奢ろうか考え始める。

 

 

「なあ、お前ら何が食いたいーー」

 

「あれ?私ちょっと大変な事に気付いちゃったんですけど」

 

 

 皆の意見を聞いた方が良かろうと三人の方を向くとアクアが何かに気づいた様子。なんだろう。

 

 

「今の対局でゼロだけアガってなくない?」

 

「あれ?そういえば……」

 

 

 ……確かに。中々の大物手を張ってはいたもののそれをアガった記憶が存在しない。

 あれ?もしかして俺って……。

 

 気づきたくなかった事実に気づいて戦慄する俺の肩にカズマが手を置き。

 

 

「ゼロ、初心者がいる卓で焼き鳥になったからって気を落とすなよ。ほら、運が、運が悪かっただけだから……プフッ」

 

 

 馬鹿にするように小さく吹き出しやがった。

 

 焼き鳥とはその対局中ロンアガりもツモアガりも出来なかったお間抜けさんの事を言う。つまり俺の事だ。

 

 

「……………」

 

 

 ……ふっ、落ち着け。たかだか麻雀で負けただけ。例え不名誉な称号を付けられようと事実はそれだけなのだから、馬鹿にされても怒ってはいかん。

 

 

「ちょうど、タバコに火ぃ……欲しかったとこだ………」

 

 

 

 昼飯は誰の意見も聞かずに勝手に焼き鳥のような物にしてやった。せめてもの皮肉である。

 

 

 

 

 






次回は連載開始から100話目!ということで本編とは全く関係の無い訳では無さそうで実は伏線、的な茶番回を丸々1話書きたいと思ってます!(手付かず)





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連載100回記念回



祝!100話目!

連載を始めて100話目という事で完全なる茶番回。今回は全編台本形式でお送りいたします。
この回のために作品のタグに限定的な台本形式を加えました。はい。






 

 

 

 ※

 

 

作者:「はいどうも、王の話をしようです。皆さん、今回も拙作をお読み頂いてありがとうございます。

 それでは早速!100回記念と致しまして今回は特別ゲストをお呼びしていますのでどうぞこちらへーー」

 

ゼロ:「はいストップ」

 

作者:「はい何でしょうか、作者が考えたオリジナルな主人公のゼロ君」

 

ゼロ:「誰に対してかは知らないけど説明乙。それはいいけどこれ何、何の集まり?あんたと俺、あとはジャックしかいないみたいだけど」

 

ジャック:「はいどうも読者の皆さん、今回は記念回という事で作者権限により可視化が許された元プロの鉄砲玉ことジャックでーす。今日はよろしくお願いしまーす」

 

ゼロ:「……?あれ、何でお前訳知り顔なんだ。知らされてないの俺だけ?俺主人公じゃねえの……?」

 

作者:「小せえ事をぐだぐだとうるせえ男だなお前は、もっとデーンと構える事が出来ないのかよ。

 起きた事は起きた事と受け入れてそれをどうにかするのが主人公ってモンだろ、原因やそれに至るまでの背景なんざ全部終わってから調べりゃ良いのよ」

 

ゼロ:「それっぽいこと言って誤魔化すな。説明をすっ飛ばした張本人が言って良い事じゃねえぞその台詞。

 ………まあ良いや、茶番は分かったけど今から何するのかくらいは教えろよ」

 

作者:「そうそう、それで良いのだ。

 という訳でね!改めて今回お呼びした特別ゲストにお越し頂きましょう!

 魔王軍、特に魔王の事なら何でも知ってると豪語する、魔王軍についての専門家と言っても過言では無い、そんな方に来て頂きました!」

 

ゼロ:「へえ?魔王軍について詳しい奴か」

 

ジャック:「アレだろ?どうせ……何だっけ、あの、仮面の悪魔とかじゃねえ?」

 

ゼロ:「バニルなバニル。名前ぐらい憶えとけよ。まあでも魔王軍に詳しい知り合いなんかバニルと、ちょっと抜けてるけどウィズあたりしか居ねえしその辺だろーー」

 

作者:「八坂恭一さん!どうぞスタジオの方へ!」

 

ゼロ・ジャック:「誰だよ‼︎」

 

八坂:「……これはどういう事だ?ワシは確か部下達と食事をしていたはず……。貴様達は一体何者だ」

 

ゼロ:「しかも先方に話が通ってないっぽいじゃねえか!アポ無しで無理矢理連れて来るとか拉致監禁と同じ……」

 

八坂:「なんてな。安心しろ、そこの者から話は聞いている。貴様が王都の英雄だな?一度会ってみたいと思っていたところだ。

ああ、ワシの事はこの場今日限りは気軽にヤサカとでも呼んでくれ、よろしく頼む」

 

ゼロ:「通ってんのかよ!気さくな爺さんだな!っと、はい。ヤサカさん……名前からして日本の方ですよね?なんか立派な角生えてますけど。こちらこそよろしくお願いします」

 

ヤサカ:「ん?……ニホンか。ふふ、今回はそういう事にしておくのも面白かろう」

 

ジャック:「オレはジャック。よろしくー。

 ……なんかあんた魔王に詳しいってーより魔王とか呼ばれてそうな見た目だな?アダ名とか絶対魔王だろ」

 

ヤサカ:「……貴様、貴様は……なんだ?随分妙な……隠蔽魔法……いや違うか。

 ワシも知らん魔法で正体を隠すとは中々……」

 

ジャック:「まあこの格好は素なんですけどね、初見さん」

 

ゼロ:「しかし魔王軍についての情報が手に入るなんてありがたいな。手探りで後手後手に回りながら相手しなくてもよくなるかもしれん」

 

ヤサカ:「おっと、こちらの不都合になるような情報は教えてはやらんぞ。今回開示するのはあくまで当たり障りの無い事だけにさせてもらおうか」

 

ジャック:「魔王軍について教えてあんたにどんな不都合があるんだよ」

 

ヤサカ:「悪いがそれは教えられんな。こういう腹の探り合いも受け入れ、楽しめるようになってこそ真に歳を重ねたと言えるのだ。精進せよ若者……」

 

作者:「はいはいはい!自己紹介も済んだ事ですし今回のルールを説明させてもらいましょう!

 今回、ここで得た知識は本編には持ち帰る事は出来ません!この場から退場する時に記憶を消去させていただきます!」

 

三人:「えっ」

 

作者:「さらにこの場では暴力は御法度!他人を害そうとした方はその時点で即座に退場していただきますのでご容赦ください!」

 

三人:「…………」

 

作者:「以上、この2点のみ気を付けてもらえれば、それはとっても嬉しいなって。

 はいでは、質問等々はお好きにどうぞ!お互いについて何か知りたい事などがあれば聞きあっていただいて結構です!どうせ現実世界には持ち帰れないけどなあ!プギャーwww」

 

ゼロ:「おい、あいつちょっとシメようぜ」

 

ジャック:「そうだ、シロ魔法少女になろ!」

 

ヤサカ:「『カースド』ーー」

 

作者:「おおっと!俺の話を聞いてなかったのかなこのお馬鹿さん達は!暴力禁止だっつってんだろバーカ!

 無駄な事してねえで好き勝手知識欲を満たしてりゃいいだろ、つーかそうしろ。暴力変態、違った反対」

 

ゼロ:「……お互いについて知りたい事っても俺達初対面だし……ねえ?」

 

ヤサカ:「ふむ?ワシの方は聞きたい事などはそれこそ山のようにあるがな。

 ワシには興味無かろうが、魔王には興味があるだろう。紹介に預かった通りワシは魔王軍、特に魔王について詳しくてな、魔王本人並には知っておる。貴様はそれをワシに聞けば良いのではないか?」

 

ゼロ:「やべえ、この人大好き!本編じゃ滅多に見ない常識人ポジの匂いがプンプンするぜ!」

 

ジャック:「ねえ、オレやカズマ君やミツルギ君は?常識人枠だと思ってたけど違うん?」

 

ゼロ:「じゃあ早速良いですかヤサカさん」

 

ジャック:「無☆視!」

 

ヤサカ:「ふははは、このワシをさん付けか、ベルディアから聞いた通り面白い男だ。

 ここで教えても現実には反映されないというのであれば何でも訊くがいい、その全てに答えてみせよう」

 

ゼロ:「魔王には部下の強さを底上げする能力があると推測されていますがそれに誤りは?

 それと、その他に特殊な力などを知っていたら教えてください」

 

ヤサカ:「間違ってはおらんな。魔王は自身と契約を交わした相手の全てのステータスを数十倍以上に上げる能力を持っている。これは『魔王』が代々受け継ぐ特有の能力で、魔王の娘も魔王本人よりは弱いもののこの能力が発現している」

 

ジャック:「改めて聞くとやべーだろ魔王。本気で人類滅ぼそうとしたら一瞬だろうに、何で城に籠ってんのかね。引きこもり気質なのか?」

 

ヤサカ:「別にワ…魔王は人類を滅ぼそうとした事など一度も無いぞ?」

 

ゼロ・ジャック:「は?」

 

ヤサカ:「ああいやいや、それはどうでもいい。

 他に何か能力を持っていないか、だったな。無論他にも類を見ない特殊能力をいくつも持っているぞ、何と言っても魔王だからな」

 

ゼロ・ジャック:「(正直今の話の方が気になる!)」

 

ヤサカ:「例えば魔王は一般に出回っている魔法から人類が扱うことが出来ない魔法まで、その全てを使う事が出来る。これが『魔王』と呼ばれる所以だ。

 ただ使う魔法の選択肢が多過ぎてな、結局使い易い上級魔法や人間が扱える魔法しか使わない事が多い。まだ一度も使ったことのない魔法も多々あってなぁ……。この能力に関しては持て余していると言わざるを得まいよ」

 

作者:「あーわかるわー。アイテム取り敢えず持てるだけ持ってくけどいざ使う時に欲しいアイテムすぐに出てこないんだよな、んで結局大半は使わないとかあるある」

 

ゼロ:「何であんたが共感してんだ」

 

ヤサカ:「最後に……これはワシを持ってしてどうかと思う程の凶悪なスキルがある。

 魔王自身あまりに強力過ぎるので勇者候補が目の前に現れても使うのを躊躇してしまうようなスキルでな。名を

災禍の王(ロード・オブ・ディザスター)』という」

 

ジャック:「何だそりゃ、めっちゃカッコええやん」

 

ゼロ:「それはまた……随分中二力の高いというか紅魔族的というか……」

 

ヤサカ:「こ、こら愚弄するでない!……おほん。

このスキルの効果なのだが、まず敵対する相手のレベルを強制的に1にする。これはその場限りの物ではなく、今までその者が得てきた経験値を完全にリセットするという意味だ」

 

ゼロ・ジャック:「ファッ⁉︎」

 

ヤサカ:「さらに毒・麻痺・睡眠のいずれかの状態異常をランダムで付与する。要するに相手を封殺する為のスキルだな。

 似たようなスキルでリッチーが持つ

『不死王の手』と呼ばれるスキルがあるが、これの上位互換と言っても差し支えない。………どうだ、えげつないだろう」

 

ゼロ・ジャック:「ええ………」

 

ヤサカ:「うむ。まあ敵対しているとはいえ今まで努力し、積み重ねてきた相手にそのようなスキルを使用しては流石に忍びないからな。魔王はこのスキルは今まで使った事が無い。……とされる。

 さて、次はワシが質問しても良いかな?」

 

ゼロ:「あ、どうぞどうぞ。俺に答えられる質問であれば何なりと」

 

ヤサカ:「いや、確かに貴様にも色々と訊きたい事はあるのだが今回はそちら、その……何と呼べばいい」

 

作者:「あ、俺?俺は作者で良いよ」

 

ヤサカ:「では作者よ。風の噂で聞いた話なのだが貴様、この作品の連載当初は魔王と人間が和解するという何とも馬鹿らしい終わり方を考えていたそうではないか」

 

ゼロ:「そういやそんな事あったな。あとがきでどっちのエンドが良いか感想で募集します、的なこと書いて何人もの読者から「これは活動報告で書いた方が良いですよ」ってやんわり窘められたヤツ」

 

ジャック:「まあそれもこれも全部消えちゃったから無かった事になったんだけどな」

 

作者:「あーあー、そんな事も考えてたっけなあ。……それがどしたの?」

 

ヤサカ:「どうしたもこうしたも無いわ。そんな有り得ない話をどんな神経で考えたのか、どんな状況になればそんな事が起きるのか一度詳しく聞いてやろうと思っていたのだ。話してもらおうか」

 

作者:「どんな神経って……俺はただこういう話も書けそうだな、と思っただけであってもうルートは魔王討伐で決定しちゃってんだから関係無いと思うけどなあ。

 話せって言うんなら隠す事でもないし教えてやるよ。流石に今北産業で説明は出来ねえけど

 ……ええまず、そっちに進んでたら今頃この作品は終わってましたね」

 

ゼロ:「……?終わってるって、もう完結してるって事か?」

 

作者:「そう。こっちではお前の強さが今の5倍くらいになってて、カズマ達とは知り合ってなくて、クリスとも一緒に暮らしてなくて、ジャックは話せないままで、お前はエリスが争いを望んでいない事を知って魔王軍と人類の戦争を終わらせるために一人奮闘する話になってた」

 

作者:「けど和平を望む自分の意思とは別に魔王軍は一匹残らず殺し尽くせっていう感情がある事に気付くんだよ。まあこれ実はジャックの意思なんだけど。

 で、それに抗いながら和平交渉を持ち掛ける為に単身魔王城に乗り込んだお前に、当然ながら魔王軍が「なに馬鹿言ってんだヴォケ‼︎」って襲いかかる訳ですよ」

 

作者:「その後はなんだかんだあってお前の手によって魔王軍はほぼ全滅、僅かな生き残りと幹部と魔王だけが「こいつヤベエ」ってなって、最終的に力ずくで和平交渉を呑ませて終わり」

 

三人:「………………………」

 

作者:「……な?なんかつまんねえだろ?

 読者さん達に意見聞いたは良いんだけど、内心でこっちのルートが良いって人が多かったらどうしようかと思ってたんだよ。ま、結果はほぼ満場一致で魔王討伐エンドだったからホッとしたんだけどね。さ、これで満足か?」

 

ヤサカ:「あ、その、うむ……」

 

ジャック:「なあ、次の質問オレ良いか?」

 

作者:「お、ジャックか。いいぞ、誰にどんな質問だ?」

 

ジャック:「ヤサカの爺さん、魔王の娘ってどんな顔?可愛い系?それともキレイ系?」

 

ゼロ:「お前せっかくの質問それで良いのかよ⁉︎」

 

ジャック:「いいに決まってるっつーかこれほど大事な事も無いだろうが。それによって会った時のモチベーションが全然変わってくるっつーの」

 

ゼロ:「そもそもお前生前は彼女いたんだろ?あの、組長の娘だっけ。その子の事はもう良いのかよ」

 

ジャック:「彼女ってか、あいつ…お嬢には手え出してねえよ。だってお嬢高二だぜ?好き合っちゃいたとは思うがちょっとなあ」

 

ゼロ:「……知ってるか?『フルーツバスケット』って少女漫画の主人公の両親がちょうどお前らくらいの年齢差で駆け落ちしてるんだぜ」

 

ジャック:「フルバはいいぞ」

 

ヤサカ:「……ふん、娘か。貴様ら人間の感性がワシと変わらぬかはわからんし興味も無いが、少なくとも器量は良いのではないかな」

 

ジャック:「マジで⁉︎やっべ俄然テンション上がってきた!おい大将、力ずくで組み伏せてエロい事しようぜ!」

 

ゼロ:「発想がクソ過ぎる!お前生きてた頃絶対そういう商売してただろ⁉︎」

 

ジャック:「むしろそういうのを取り締まる側だったよ、オレは。うちの組は現代じゃ珍しく治安維持を主な活動にしてたからな。今のは冗談だよー本気にすんなよー」

 

ゼロ:「ホントかよ……」

 

作者:「………ん?もう終わった?全員一巡したか?」

 

ゼロ:「あんたはあんたでなにスマホ弄ってんだ」

 

作者:「今はFGOの贋作イベ真っ最中だから他に割く時間が無いんだよねー。

 質問タイムが一巡したってんなら最後は俺がお前に質問させてもらって〆にしようか。文字数もいい感じだし」

 

ゼロ:「メタ過ぎる……。つーかあんたが俺に質問?珍しいな」

 

作者:「今度はどんな風に死に瀕したい?本編で死にかけるのは確定だとしてもシチュエーションとかは一応本人の要望とかも訊いておかんとーー」

 

ゼロ:「鉄山靠ッッ‼︎」

 

作者:「痛ったァ⁉︎うわマジでやりやがったコイツ!暴力禁止だっつったろうが!」

 

ゼロ:「お前に明日は来ない‼︎」

 

作者:「ちょっ、た、退場!ゼロ退場!一発レッドカード!記憶消去して退去させて!」

 

ゼロ:「あっおい待てぃ!まだ俺のターンは終わってn」

 

ジャック:「あ、消えた」

 

ヤサカ:「……彼奴は一応この物語の主人公なのだろう?それが暴力沙汰で退場とはどうなのだ」

 

ジャック:「まあ今回は肩書きに囚われないお話だったらしいし、こういうのもアリなんじゃねえ?

 けどもう夢から醒める時間だ。あんたもラスボスらしく城に帰って踏ん反り返る仕事に戻った方がいいぞ」

 

ヤサカ:「………ふっ、それではそうさせてもらうとしよう。貴様らがやって来るのを精々楽しみにしているぞ」

 

作者:「ニヒルに笑ってるトコ悪いんだけどここでの記憶は消えちゃうから意味ないよ」

 

ヤサカ:「…………世の中というのはどうしてこう世知辛いのだろうな………」

 

ジャック:「のじゃ〜」

 

作者:「はい記憶消去&元の世界への返還完了っと。あとはお前だけだな。ジャック、こっちゃ来い来い」

 

ジャック:「ん、おう」

 

作者:「うわあ、お前近くで見ると気持ち悪いなおい。無駄に身長でけえから余計に………んん?あれ、おかしいな」

 

ジャック:「どうした?」

 

作者:「記憶の消去が出来ない。あれ?いやこれは困るぞ」

 

ジャック:「ああ、やっぱりか。そんな気はしてた」

 

作者:「あん?そんな気はしてたって、どんなさ」

 

ジャック:「どんなって、あんたが設定したんだぞ。オレはクラススキルと所持してる宝具というか、呪いの影響で消えることも出来ないし精神異常系の魔法も一切効かねえってな。

 つまりオレはここでの出来事を憶えたまんま本編に帰れるって寸法よ、やったね」

 

作者:「はあん⁉︎その理屈はおかしい!確かにそういう設定にはしたけどそれは作者は例外じゃないとダメだろ!

 だって作者だよ⁉︎この世界では神よりも偉い作者だよ⁉︎」

 

ジャック:「そういう訳でオレは帰るから。ほんじゃ、バイなら〜」

 

作者:「あっ!まだ帰還の許可出してねえぞ!強引にオチ付けようとするの止めえやってもういねえし!

 ああえっと、もし今度似たような企画をやるとしたら200回記念回になると思いますので今回はここまで!お読み頂きありがとうございましたァ!(ヤケクソ)」

 

 

 

 

 







『フルーツバスケット』

花とゆめ文庫、全23巻。
世界一売れた少女漫画ということでギネスにも登録されている漫画。面白いので興味のある方は是非読んでみてほしい。


ルーラー:???[仮称ジャック]


絆Lv3以降で開放

『例え此の世が移ろい行けども』

ランクEX
対人(自身)宝具

常時発動型の概念宝具。相手の影響を一切受け付けない最高クラスの防御宝具。

本来宝具という物はその者の生前の逸話が昇華した物であったり実際に使っていた物が設定されるが、彼にはこれに該当する逸話も使用したという事実も存在しない。
それもそのはず、これは彼の死後とある女神のうっかりに巻き込まれて付与された、宝具というよりはある種呪いのような物なのだから。
この呪いによって彼は意識を保ったまま異世界に繋ぎ止められる事となった。誰とも会話出来ず、誰とも触れ合えず、どれだけ消えたいと願ってもただそこに在り続けなければならないという永劫の地獄。
『万物は流転する』という世界の理を真っ向から無視している都合上、対界宝具と認識する事も出来る。
ランクがEXなのは比較する物が存在しないため。言葉通り『評価規格外』。


絆Lv4以降で開放………




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造ってワクワク!




なんかまた寒くなるそうなので皆さん体調にはお気をつけ下さい。
作者は予防接種を受けていたのにインフルに罹ってしまったので、受けている方もくれぐれも油断なさらぬように……。






 

 

 

 ※

 

 

「カーズマくーん!あーそびーましょー!」

 

 

 またうるせえ奴が来やがった。舌打ちしながら居留守を決め込む。

 誰が外に出るもんか。大体あいつも他の奴らも在宅業を誤解している。彼らはしっかりと働いているのだ。それを外に出ないというだけで引きこもりだのニートだの失礼極まりない……いや、引きこもりは合ってるのか?

 

 

「お前それ絶対に外に広げんなよ、風評被害もいいとこだぞ。

 在宅業の人は色々な契約の問題でむしろ外に出ることも多いんだからな。お前みたいに待ってりゃ契約相手が家に来てくれるなんて甘っちょろい事は現実じゃあり得ん」

 

「おまわりさーん!おまわりさーん!不法侵入者!許可なく勝手に人ん家に入って来た犯罪者がいますよ!

 つーかお前どうやって入って来たんだよ!鍵も締めてたし窓だってこんな事もあろうかと全部閉じ切ってるはずだぞ!」

 

 

 どのようにしてかいつの間にか屋敷に入って来て呆れ顔をしているゼロに噛み付く。

 まさか窓を割ったりドアをブチ破ったりしてないだろうな。もししてたらーー

 

 

「アクアに入れてもらいました」

 

「おいゴルァ、アクア!ちょっとこっち来い!」

 

 

 あんの馬鹿、知らない人を家に入れんじゃありません!

 

 しかし俺の声色から怒られる事を察したらしいアクアは一向に姿を見せる気配がない。

 覚えてろよ、後でお仕置きしてやる。

 

 

「あ、アクアはもういないぞ?

 俺がここに来た時、ちょうどアクアが外出するためにドアを開けてな。その隙間を見逃さず、するっと入って←今ここ」

 

「それは入れてもらったんじゃなくて勝手に入ったって言うんだよ!結局不法侵入じゃねーか!」

 

 

 何さらっとさも当然の如く言ってんだ。これ法廷に出たら10対0で俺が勝つぞ。

 

 

「よお、そんな事よりジャイアントトードが繁殖期に入るんだよ。良さげなクエストをルナさんに英雄権限で止めてもらってあるから小銭稼ぎに行こうぜ。

 俺もそろそろ休養明けて本格的に活動したいからな、身体の調子を見るのにうってつけだ」

 

「………はぁ、お前も懲りないよな、どうせまためぐみんになんか言われたんだろ?」

 

 

 もう入ったものはしょうがない。こいつに力で勝とうなんてバカな事はアクアでも言い出さないしな。

 

 疑問系ではあるが、これはまず間違いないだろう。アルカンレティアの一件から、こいつはこうやって度々俺に外に出て冒険者として活動するように催促してくるようになった。

 恐らく、以前めぐみんから依頼を受けたと言っていたからその延長ではないだろうか。

 

 

「……そりゃ分かるか、白状するとその通り。

 アルカンレティアから帰って以降またカズマが引きこもるようになったーってわざわざギルドまで来てチクチク嫌味言ってくるんだよあいつ。

「あなたは一度私から依頼を受け、報酬も受け取っているはずです。なのにこのまま放置して知らんふりをするのはどうかと思いますけどね!」ってな」

 

 

 確かに言いそうではある。

 

 しかし先も言ったように、俺には危険な目に遭う必要がまるで無い。

 冒険者として頑張ってモンスターを倒して僅かな金を稼ぐよりも、こうして日本での知識を活かして作った物を売った方が遥かに楽に大金が貰えるんだからこんな馬鹿な話もあるまい。

 めぐみんやダクネスには悪いが、冒険者としてはたまに刺激が欲しくなった時に活動するくらいでちょうど良い気がしている俺である。

 

 

「大体だな、あんなデカいモンスターとそんな細っこい剣でやり合おうっていうお前らがおかしいの。

 俺はモンハンではボウガン系しか使わないんだ、その他のアクションゲームでも遠距離からチクチクやるのが性に合ってるんだよ。

 強力な魔法も使えない俺が刀一本で冒険者やってもすぐにおっ死ぬのが関の山だって」

 

「お前弓使えるんだろ?弓は遠距離武器じゃねえのかよ」

 

「曲射が無い弓は弓とは認めん」

 

「2ndG勢に怒られるぞお前………」

 

「ワールドでは復活するからセーフ」

 

 

 俺は常に最先端を行く男なのだ。

 

 ゼロが何と言ってこようとその瞬間に反論が出来るように、頭の中でゼロの次の発言を考える。

 どう言おうと俺は外に出る気は無いんだからさっさと諦めて帰ってくれないだろうか。

 

 

「最先端ねぇ……」

 

 

 しかしゼロもしばらく何かを考えるように顎に手を当て。

 

 

「………うん、よし。なら造るか」

 

 

 と、呟く。

 

 

「……作る?何を?」

 

 

 予想していた物とは完全に異なる類の言葉に困惑しながら聞き返すとゼロは、

 

 

「だから自分で造るんだよ。遠距離武器、もっと言やあ『銃』をな」

 

 

 自信満々にそう言った。

 

 

 

 ※

 

 

「散らかっちゃいるが足の踏み場くらいはある。適当にその辺に座っててくれ」

 

「お、おう」

 

 

 言われるがままに部屋に入り、置いてあった椅子に腰掛ける。

 本人はそう言うが、別に散らかってはいないように感じる。精々が部屋の隅にモンスターの素材と思われる物体が整理されずに放置されている程度だ。これならば普段からアクアの部屋を見慣れている俺にとってむしろ片づいているとさえ言えよう。

 

 

「……何だこりゃ。糸?が束ねて……蜘蛛の糸か?」

 

 

 何とは無しにそのモンスターの物らしき素材、その中の白い糸の様な物が気になって近寄ろうとすると。

 

 

「あ、おい。そこに置いてあるもんには触るなよ、毒がまだ残ってるかもしれん」

 

「どど、毒⁉︎そんなもん床に置いとくなよ!」

 

 

 何やら奥でビンに入った液体を鍋に移し替えているゼロが注意を飛ばして来たので急いで離れる。

 

 前々から思っていたんだがこの世界危険物の管理が杜撰過ぎるだろ。日本みたいに免許制にしないとその内事故起こすぞ。免許持ってない奴は危険物その他諸々全処分、みたいな。

 

 

「そうなるとお前の刀や弓も銃刀法違反で没収だな」

 

「そんで、何でお前はいきなり料理始めてんだ」

 

 

 二十本程のビンの中身を鍋に入れ、火にかけ始めたゼロに突っ込む。

 

 俺は『銃』という単語に興味を抱いたのであってこいつの料理の腕には一欠片も興味が無いのだ。本題に入らないというのなら帰らせていただきます。

 

 

「まあ待てよ。俺だってなにも料理の腕自慢するためにお前呼んだんじゃねえんだ、これは銃造りに必要な事なのさ」

 

 

 ゼロが鍋の蓋と鈍い銀色をした金属の棒、それに携帯用のコンロを持ってそれを俺の前の机にゴトンと置き、自分は俺と向かい合う形で椅子に座る。

 

 必要だと言っていた鍋自体は火に掛けっぱなしだ。

 

 

「さて、話に入る前に確認だ。銃の定義……どんな物が『銃』と呼ばれるのか。分かるか?」

 

「定義ぃ?そりゃお前『銃』ってんだから、火薬の力で弾丸飛ばすのがそうなんじゃねえの?」

 

「お、90点。A判定をやろう」

 

「残りの10点どこ行った」

 

 

 アクアもたまにこの表現するけど結局最後まで残りの点数の正体を言わないんだよな。あれ絶対適当に言ってるぞ。

 

 しかしそこはゼロ、アクアとは格が違った。

 

 

「正確には『銃』は火薬に限らず何かの力で弾を射出する筒の事を言う。これは今も昔も変わらずな。

 点数の理由としちゃ全体の90%はお前の言った通り火薬の力で撃つ銃だからね。残りは空気圧だったり、珍しいのは電磁力だったりするな」

 

「……なるほど」

 

 

 納得はした。けどそれが今何の関係があるんだよ。いや今から造るんだから関係はあるのかもしんないけどさ。

 

 

「その通り、関係は大有りさ。何せ今から造るのはその残りの10%の方なんだから」

 

 

 残りって事は……空気圧?まさか電磁力では無いだろう。もしこの中世風の世界観で電気が自由に引けるんならもっと色々物が普及していないとおかしい。

 

 

「今度は残念、火薬でも空気圧でも、もちろん電磁力でもない。正解はこちら」

 

 

 コトン、と軽い音がして机にビンが乗る。色形からして先ほどゼロが鍋にぶち込んでいた物のようだが。

 

 

「これは俺がよく使ってる、ウィズの店でしか取り扱ってない衝撃を加えると爆発するポーションだ。ちなみにお値段は一本一万エリス」

 

 

 結構高いな。

 正解はこちらと言っていたがまだ話が見えてこない。これを一体どうすると言うのか。

 

 

「うん、火薬があれば手っ取り早いんだが、この世界は火薬に相当する物が存在しない、または発見されてないと来てる。

 まあ火薬なんて消耗品に頼るより爆発魔法や炸裂魔法に頼った方が効率も良いからなぁ。

 人間ってのは一番効率の良い方法を見つけたらそれ以外の面倒臭いやり方には見向きもしない生き物だからしょうがねえんだけど………あ、たまにいる物好きは例外としてな?」

 

 

 それはそうだろう。使うと無くなり、一々補充しなきゃいけない物体よりも燃料が魔力で一定時間経てば自然回復する上、威力も高い魔法の方を優先するのは当然だ。

 それこそ手間を掛けるのが好きだと云う一部の物好き以外は大多数の人間がそうするはずである。かく言う俺も出来るなら楽な方法があるならそれが一番。

 

 

「まあそういう訳だからこいつを火薬の代わりにしようと思ってる」

 

「これを?液体じゃねーか」

 

 

 ビンを持って振ると中身が波打つ。爆発すると言うなら推進力は得られるのだろうが、こんな物でどうやって弾丸に指向性を持たせるというのか。

 火薬は固形だからこそ一方向に固定出来るが、液体だとどうなのだろう。試してみないと分からないな。

 

 

「はい、ここで店で買った爆発ポーションに俺が一手間加えた強化版、炸裂ポーションをどうぞ」

 

 

 もう一つビンが机に置かれる。

 

 今度の物は固形というよりグリースの様な状態になっているようだ。

 

 

「そいつは爆発ポーションの水分を飛ばして濃度を上げて作る。

 濃縮されてるもんだから威力は跳ね上がるけど、難点を言やあ炸裂ポーションをその一瓶分作るのに普通の爆発ポーションが二十個必要になるんだよなあ。コスパ超悪いの」

 

 

 ………水分を飛ばして作る。

 

 

「……なあ、もしかしてあそこで煮てるのって……」

 

「うん、そのポーション。作るの面倒だけどアルカンレティアでも世話になったし、出来れば数個は確保しときたいから暇な今のうちに作り溜めしてるの。

 これが無かったらハンス倒せなかったまであるからなぁ」

 

「……………」

 

 

 これ一応爆発物なんだよね?それを火に当てるとか正気かこいつ。急に爆発とかしたらどうすんだ。

 

 

「だからそいつは衝撃に反応するポーションで、それ以外の方法じゃ爆発なんかしねーんだってば。落としたらヤバいけどあれくらいなら平気へっちゃらよ。

 これを弾丸自体に塗るか銃本体の薬室に入れるかして、撃鉄みたいなのを作れば威力は充分稼げる」

 

「それならまあ良いけど。これで火薬の代わりはOKとして、じゃあ次はいよいよ銃そのものを造るのか?」

 

「いや、悪いけど本体は無理だよ。俺鍛冶スキル持ってる訳でも無いし、本職に頼るしかねえわ」

 

「は?舐めてんのかお前、偉そうに銃造るかとか言っといてそんな寸止めが許されるとでも思ってんの?あの時の俺のワクワクに対してどう責任取ってくれんの?」

 

「……そんな楽しみにしてたの?悪かったよ、でも銃身を造るのはマジで難しいぞ。

 曲がってちゃもちろん駄目だし熱と衝撃にも強くなきゃいけない。おまけに今言った撃鉄的な機構も組み込まなきゃならんとなると、この世界じゃ本職でも難しいかもな」

 

 

 ゼロは王都で顔が利くらしいし、当然王都の鍛冶屋もある程度知っているはず。それでも尚難しいと言うのならまあそうなんだろう。

 

 

「なんとか出来そうな鍛冶師に当ては無いのか?」

 

「ふむん。まあいっちゃん可能性が高いのは紅魔の里に行く事かな」

 

「紅魔……確かめぐみんの故郷だったよな。魔法使いが多いって聞いたけど、それと鍛冶屋に何の関係があるんだよ」

 

「魔法使いが多いからこそだ。あそこの鍛冶屋は普通の鍛冶スキルとは別に特殊な魔道具を使って色んな物を作れる。

 この…………」

 

 

 ゼロが言葉を続けながら何も無い背中に手を回し、しばらく空間をさすったかと思えば。

 

 

「この……今は亡き俺のマントもそこで作ってもらって……俺のマント………」

 

 

 非常に悲しそうな声でまた手を戻す。

 こいつが常に身に付けていためぐみんのローブと良く似た色合いのマントはアルカンレティアで色々あってマントとしての体裁を保てなくなったので処分したと聞いている。

 この様子を見るに相当大切にしていたようだ。お気の毒様。

 

 

「そ、それはともかく、火薬の他にここで俺が示してやれるのは弾丸の造り方くらいだ」

 

 

 弾丸か。そういやそれはどうするんだろう。

 現代の銃弾は到底再現出来ないだろうし……。

 

 

「そこはそれ、温故知新ってな。古き良き伝統的な銃弾の造り方はこの世界でも出来そうなんでね」

 

 

 するとゼロは机に置いてあったコンロに火を付け、鍋の蓋と金属棒をそれぞれの手に持つ。

 ゼロが金属棒をコンロの火に当てると見る内に金属棒が赤熱し、先端が溶け始め、しばらくすると熱された部分が滴となってポトリと落ちた。

 木製の机にあんな物が落ちたら火事待った無しと冷や汗をかいたのは一瞬、落ちる前に滴を鍋の蓋でキャッチし、バランスを取りながら円を描くように蓋を動かしていく。

 蓋の上でコロコロと転がる溶けた金属は形を整えられ、段々と冷えていきーー、

 

 

「……………よし、完成」

 

 

 熱された赤から冷えて元の鈍色に戻った金属を机に転がす。形はかなり球形に近い。

 

 

「デデン!これが現実的な範囲で製造可能な銃弾である!」

 

「随分単純だな……。そもそもこれ何で出来てるんだ?」

 

 

 ゼロが手に持つ残りの金属棒を指差しながら問う。

 

 

「こいつは鉛だよ。鉛は融点が300℃前後でな、普通の火でもあっという間にドロドロになる。

 この弾丸の造り方は昔の猟師……マタギって呼ばれた奴らが実際にしてたんだ。あいつら基本的に山奥に住んでるから、市販されてる物を買う為に街まで降りる手間を惜しんで弾は自作してたんだとさ。

 現代じゃ別に球形じゃないのに銃弾の事を鉛『玉』って呼ぶだろ?それはこの頃の名残なんだよ」

 

「ふーん………」

 

「これで弾と火薬が揃った訳だ。まあ問題は山積みだけどな。

 これだと弾の大きさや形がバラバラになっちまうし砲身の経口に合わない可能性もある。

 使う炸裂ポーションだって素材になる爆発ポーションの絶対量が少ないせいであんまり作れないし、銃本体はポーションの爆発の衝撃に耐えられる頑丈なヤツを造らなきゃならん。そいつは俺じゃどうしようもないからどっかから優秀な鍛冶屋を引っ張ってくるってのも必要か。それでも要望通りにモノが出来るかなんて保証も無い。

 そして仮に全部揃えたとしても弾の形が形だから精度は多分ゴミそのものだろうな。威力に関してはポーションの量で調節は効くだろうが、そうすると今度は鉛玉が耐えられない可能性も出て来る」

 

「めっちゃ早口で喋ってそう」

 

「……しょうがねえだろ、まさかこの世界で銃なんて代物を造ろうだなんて考えもしなかったからな、俺もちょいとテンション上がっちゃったよ」

 

 

 バツが悪そうにコンロや残りの鉛を片付け始める。多少恥ずかしかったらしい。気持ちはわからんでもないから構わないのに。

 

 ………しかしサラリとやって見せるけどこれ結構革命的な事じゃないか?

 もしこいつが挙げた問題点を全部解決して、一般にも出回るようになれば、それこそ普通の市民でもモンスターに対抗出来るようになる。

 弓矢などよりも遥かに強く、速く、精度も高い、そんな夢のような武器。

 俺としては何故この知識がありながら今まで造ろうともしなかったのか不思議で仕方がない………

 

 

「ふはは!そりゃお前よく考えてみろ、そんなちっこい弾ブッ放すよりただ殴った方が強い俺に銃なんざ必要あるかよ」

 

「…………………」

 

 

 忘れてた、こいつこれでも化け物みたいに強いんだった。

 

 

 

 

 







※よい子は真似して作ろうとしないで下さい



FGO:


贋作イベお疲れ様でした。今回はインフルダウンと作者のやる気の影響で合計30箱くらいしか開けられなかった……。証も骨も塵も八連双晶も足りないのに……!

まあその他は軍師が過労死して大英雄が流星と散る、おおむねいつも通りのイベントでしたね。




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この種が芽吹くのはいつになるのか。全然分からん!



今期は色々と女の子が主人公のアニメが多い印象ですねえ。嫌いじゃないわ!

ゆるキャン、宇宙よりも遠い場所、スロウスタート、CC桜、etcetc……。
あと女の子主人公じゃなくてもりゅうおうのおしごととか、案外デスマ次郎も好きですよ。
ポプテピピック?一話見てトラウマになったのでNG。





 

 

 

 ※

 

 

「ほい、そんじゃその炸裂ポーションを一本、サンプルとして譲ってやるから色々試してみな。

 ちなみにその量が全部爆発したらお前の屋敷でも一部屋は丸々消し飛ぶだろうから、実験する時は外に出てなるべく開けた場所でしろよ」

 

「サンキュー。もし造れるようになったらお前にも見せるから」

 

「うーい。期待して待ってるよ」

 

 

 カズマに炸裂ポーションについての注意点を教えて別れる。

 

 炸裂ポーションは今述べた通り破壊力に関しては群を抜いている。必然的に実験をするには屋外の拓けた場所が必要になり、カズマも引きこもってばかりはいられないって寸法よ。めぐみんの一日一爆裂に付き合ったついでにでも模索すると良いさ。

 どうよこの頭脳プレイ、結果的にカズマの引きこもりを解消した事になるのだから、これでめぐみんに対しての義理は一応果たしたと言えなくもなかろう。

 

 さて、俺はウィズのところにでも行きますかね。

 バニルからカズマと共同で作った商品の試作の件で呼ばれてるし、カズマにくれてやった分のポーションの補充もしたいからな。

 

 

『にしてもお前よくあんな昔の銃弾の作り方なんて憶えてたよな。あんなもんそっち系の職業に就いてなきゃまず出てこねえだろ、オレだってお前が言わなきゃ多分永遠に思い出さなかったぞ』

 

 

 ジャックが感心した、と言うように頷く。

 

 俺もあんなにすらすらと出てくるとは思ってなかったんだが、そういや俺って何かを思い出そうとして詰まった事ってあんまり無い気がする。

 自分が完全記憶能力を持っているなんて自惚れはしないけどこの辺りはどうだろう。俺の特殊な生い立ちと関係あったりするんだろうか。

 

 

「一応銃身の事も教えてやったけど、お前どう思う?あいつ、いつか銃とか造れるかね」

 

『いつかと言わず、そのうちに近しい物までは辿り着けるんじゃねえかな。

 お前がそんなに心配する必要はねえ。日本人ってのは制限された中で物を作るのに特化した人種だ、基礎知識さえありゃ何とかするさ。

 自分で出来ないことは他人の力を借りて、他人に出来ないことは自分の力を貸して。そうやってオレ達は文明を発展させて来たんだよ。

 オレは日本人至上主義を掲げるつもりは毛頭無いしそれに値するとも思ってないが、そこんとこは日本人に対して素直に凄えと思える数少ない箇所だ』

 

「………そうか」

 

『そうさ』

 

 

 こいつは特に他意なく言っているのかもしれない。

 ただ、今のオレ達という言葉には日本人ではない俺は含まれていないと考えると、少し、寂しいかもしれないな。

 

 

 

 ※

 

 

 まあそれはさておきウィズの店である。

 

 

「おーすバニル、来たぞー」

 

 

 最近はエプロン姿の大悪魔がすっかり手慣れた様子で店番をしている事が多いので名前を呼びながらドアを開けると、目立つ仮面を身に付けた大男が立っていた……りはしなかった。

 

 

「あ、ゼロさん!いらっしゃいませ、お久しぶりですね!」

 

「………………」

 

 

 無言で引き返して空を仰ぐ。

 

 ……快晴、雲一つ無い青空が広がっている。これは不思議な事もあったもんだ。

 

 

「………?あの、なぜ店に入ったのにわざわざ外に出ているんですか?上を見ていらっしゃるようですが……」

 

「いや、ウィズがいつもみたいに店の奥で黒焦げになってないから、季節外れの雪でも降るんじゃないかと」

 

「ひどい!私だっていつもいつもバニルさんに怒られたりはしてないんですよ!

 それにバニルさんは今日、新しい商品の契約がどうとかで留守にしてるんです」

 

 

 ぷりぷりと怒るウィズの言葉を聞いて得心する。

 

 そりゃ怒る奴が留守にしてるならそんな事件は起きないわな。

 誤解を招かないように言っておくと、俺はウィズをからかってこんな事を言っている訳ではないのだ。単に事実を述べているだけなのである。

 引っ切り無しに変なモノを仕入れるのを理由に、基本的に訪れる度にウィズはバニルに殺人光線だか破壊光線だかソーラービームだか分からん魔法で真っ黒になってそこら辺に転がっているものだから、俺が珍しい物を見たように感じるのも理解して頂きたい。

 実際店にはよく来るのにまともなウィズを見たのは久しぶりなのだからその頻度たるや。

 

 

「というかバニルの野郎、人を呼び出しておいて自分は留守にするとかどういう了見だ。

 せっかく新商品の試作品が完成したって聞いたから見に来てやったのに」

 

 

 あとはついでにマジックスクロールの礼も言いたかった。アレは間違いなく切り札として相応しい活躍をしてくれたからな。

 

 俺が正当な文句を垂れ流していると、ウィズがポンと手を打つ。

 

 

「新商品!新商品のことなら私が聞いていますよ!バニルさんが、ゼロさんが来たら見せるように。ゼロさんなら見ればどういう物かわかるから、と。

 こちらなんですが、何に使う物かご存知ですか?私はまだ教えてもらってはいないので……」

 

 

 と、バニルから受け取ったらしいソレを手渡してくる。

 

 手に収まる小さな細長い箱。上部には穴が空いていて、そこから何かが出てくるのだろうというのが容易に想像できる。

 そして特徴的な形の火打ち石。ギザギザした円形に削られた火打ち石がその穴の付近に設置されている。

 なるほど、これは日本人なら知らない人間などいなかろう。バニルが俺が見ればわかるというのも道理だ。

 

 

「これはライターだな。こんなモン作れる技術があったのかこの世界」

 

 

 そう、それはどこからどう見てもライターだった。

 イメージとしては百均で売っているアレを想像してもらえればそう掛け離れてはいまい。

 差異としては燃料の容器がガラス製ではなく金属製だというところくらいか、よく形まで再現したものである。

 

 

「ライター、と言うんですか?どうやって使う物なのか見せて頂いても?」

 

「ん、ああ。ほれこうやって」

 

 

 シュッ、シュッ、と独特の音を立てて火打ち石を廻して小さな火を灯す。

 原理としては中に入れた燃料を気化させたガスに火を付けるだけなのだが、これを実際に作ろうというその根性が凄い。

 

 

「こ、これは凄いですね!これを持っているだけで誰でも初級魔法の『ティンダー』が使えるようなものじゃないですか⁉︎」

 

 

 ライターを初めて見たウィズは大興奮だ。

 確かにライターがあるのと無いのでは生活レベルに雲泥の差が出るだろう。

 これがあれば毎回火付けに手間取る事もなくなると考えるとなあ。

 俺なんか上手く使えないのを理由に火打ち石も持たずに燃えやすい物を思い切り振って、空気との摩擦で火を付けてたからな、いつも。誰も突っ込んでくれなかったけど。

 

 しかしこれで初級魔法と同じ事が出来ると思うと、ただでさえ覚える必要の薄い初級魔法さんの肩身は狭くなる一方である。

 魔法系統は初級しか使えないはずのカズマは自分でライターを開発して虚しくはならないのかね。

 

 

「あ、魔法と言えば。アクア様からお聞きしたんですが、ゼロさんとうとう魔法を覚えたそうですね、それも上級の回復魔法を。おめでとうございます」

 

「あ?あーそういや覚えたんだっけな。……自力で使用出来ない魔法に果たして存在意義があるのかどうか」

 

 

 確かにね?確かに俺は回復魔法を覚えたよ?

 ここで思い出して欲しいのは、依然として俺の保有する魔力が散々虚仮下ろした初級魔法すら使えないという史上最低クラスなのだという厳然たる事実についてだ。当然ながら上級魔法などとてもとても。

 魔力の消費を肩代わりしてくれる高価なマナタイトを常に持ち歩く以外に活用方法が見当たらない。雨の日の大佐よりひでえや。

 

 

「そ、それでもいざという時に回復出来る手段が出来たのは良いことですよ!

 それに安心しました、私はてっきりあの、なんでしたっけ。聞いた事も無い、やたらと消費するスキルポイントが多いあのスキルを習得してしまうものと」

 

「『一刀両断』か」

 

 

 この設定憶えてる人いるのかよ。

 

 俺が魔法やスキルの習得を渋っていたのには、魔力が少ない事もあるがそれ以外にもう一つ理由がある。

 使用するスキルポイントが変動する謎のスキル、『一刀両断』の存在だ。

 このスキル、どういう訳か俺がレベルアップしてスキルポイントが増える度に同じだけ必要ポイント数が上がるという意味不明な挙動をするのだ。

 習得する為に全てのスキルポイントを消費せねばならないこのスキルは、どんなスキルを覚えたら良いのか迷っていた最初期の俺にとりあえず保留にしておこうと思わせるには充分な衝撃を秘めていた。

 俺が考えた必殺技と名前がまるきり同じだったのもそれに拍車を掛けていたとも言っておこう。

 

 アルカンレティアの件でかなりの量のポイントを使って上級魔法を習得してしまった俺にはもう何の関係も無い話……だと、俺もそう思っていたのだが。

 

 

「そうでもないみたいなんだよねえ」

 

『どうした?冒険者カードなんかじっと見て。前見て歩けよぶつかるぞ』

 

 

 ウィズの店からの帰り道、カードを眺めて首を捻る。

 

 俺が見ているのは話の流れで名前が挙がった『一刀両断』の項目だ。

 記載されている必要ポイントは80。そして俺に残されたポイントもジャスト80。これはもちろん覚えた魔法の分を減算した数値である。

 

 ーー必要ポイントが減っている。

 

 謎である。そもそもポイントに関する数字が変動するスキル自体聞いたことが無いのだから当然かもしれないが。

 

 この世界でのスキルという物は職業や種族に応じた、固有のユニークスキルが無数に存在しているとされる。

 ウィズの『ドレインタッチ』なんかは発生条件がリッチーである事だし、バニルの放つよくわからない光線もそれに分類されると見ている。

 そう考えると未だに発生する条件がはっきりしていないスキルもある訳で、このスキルもそれの一種だと思えばそれはそれで良いのかもな。

 

 ……そういえばバニルで思い出した。

 

 

「ちょっとお前に聞きたい事があんだけど」

 

 

 隣をふわふわ移動するジャックに声をかける。つーかこいつ浮けるんか。

 

 

『おん?お前がオレに?………スリーサイズはひ・み・つ♡』

 

「俺ってバニルと初めて会った時に寄り始めてるとか何とか言われたんだけど、あいつに聞いても詳しい事分かんなかったんだよな。お前何か知らないか?」

 

『………ああ、それなあ』

 

 

 ボケを華麗にスルーしてストレートをインハイ高めに投げ込む。ジャックは不服そうにしていたが、それでも質問には答えてくれるようだ。

 

 ここ数日で分かったけどこいつ、好きにさせておくと回収も出来ないネタでボケ倒すからどうすればいいか扱いに困るんだよな。ある程度こっちでコントロールしてやらないといつまでも頭沸いたような事くっちゃべってそう。

 

 ……ん?特大ブーメラン投げてる?気の所為気の所為。

 

 

『オレもその時側に居たからそれについて考えてはみた。考える時間だけは大量にあったからな。

 オレなりに結論まで出てるから、オレの考えで良ければ答えてやる事は出来るぞ』

 

「お、マジで?なら頼むわ。正直期待してなかったけど」

 

 

 駄目元で聴いたのに既に答えが出ているとはなんたるラッキー。謹んでご静聴しますとも。

 

 止まる事なく歩きながら耳だけを傾ける。あまり口を出すと独り言を割と大きめな声で喋り続ける不審者に見られかねないからね、しょうがナス!……美味そう(唐突)

 

 

『うむ、まず「寄り始めてる」ってのは多分オレにだな。お前あの頃からオレの存在認識してただろ?それが原因だと思う』

 

 

 ほう。

 

 

『お前は昔から何つーか、感受性が高いってーの?良くも悪くも周りに影響されやすいイメージあんだよな。

 だからその所為で一番近くに居たオレに考えとか性格が寄っちまったんじゃねえかと』

 

 

 ふむ?しかしおかしいではないか。

 あの時バニルはこちら(・・・)に寄り始めていると言っていたし、その後アクセルで再会した時も俺の考え方は悪魔に近しいなどと無礼極まる発言をしている。

 その理論だとそれについての説明が一切つかない気ガス。

 

 

『そりゃお前あれだよ。オレってお前ら人間の魂より若干悪魔の魂に近いから、それに寄ってってるお前も自然とそうなっちゃうんじゃねえ?

 考え方だけだから実際に悪魔になるとかそんな事は無い、あくまで精神的な面でな』

 

「…………………?」

 

 

 ……あれ?聞き捨てならねえな、何今の。

 

 悪魔の魂に近い(・・・・・・・)?どういうこった。

 

 

『そうか、お前は知らないんだったな。死んだ人間ってのは基本的に女神の元へ送られる……これはお前も知ってるな。

 けど天界から悪人と判断された奴は女神に導いてもらう事が出来ずに直接地獄に送られるんだと。んで、地獄に堕ちてしばらくすると悪魔になっちまう。

 オレも本来はご多聞に漏れず悪人として地獄に堕とされる予定だった所を、まあ、色々な理由で特別措置として転生させてもらうことになったのよ。

 でもほら、それに失敗してオレ今こんな宙ぶらりんの状態じゃん?だから普通の魂よりかは悪魔に近いんだと推測してる』

 

 

 質量が無いのを良いことに頭を中心にグルグル縦回転し始めた大車輪野郎。回転してるためにほとんどの言葉は明後日の方向に飛んでったが、今のだと特に何か害があるって話ではなかったっぽいな、良きかな。

 

 それよりも俺が気になったのは。

 

 

「悪魔が元人間?じゃあバニルも元は人間だったってのか」

 

『そう言ってる。大悪魔だって言うんだからそりゃもうエライ極悪人だったんだろうよ。

 バニルって野郎に限らず、今まで見てきた悪魔は全員人型をしてただろ?そうである必要は無いのに、だ。あれは人間だった時の姿を自然と取っちまうんじゃないかね』

 

 

 ーー思い返してみるとその通りかもしれない。

 サキュバスのお姉さん達しかりバニルしかり。知り合った中で一番人間の姿形から離れていたのは鬼のような、まさに悪魔といった容貌のホーストだが、あれだって人型と言えなくも無いし。

 

 

「…………………」

 

 

 バニルはそこそこ付き合いやすい部類だ。多少人間を下に見るきらいはあるが、こちらが気にしなければ諍いに発展する事もまず無い。自分から人間に害為す事はしないと公言もしている。

 

 そんなバニルが人間だった時に何をして地獄に堕ち、大悪魔として、地獄の公爵として君臨するに至ったのか。

 

 ふと、知りたくなった。

 

 

 

 

 







これである程度の苗の回収と新しい種の植え付けは終わりましたんで次回は閑話をもう一話挟んで、次々回から新章突入しましょうかね。
ここから先はアニメ組の方は未知のエリアでしょうし、脳内補完しにくそうなんで作者の描写の下手さが際立ってしまうやもと今から胃が痛む思いでございます……。


FGO:


節分イベお疲れ様でした。100階で終わりかと思ってたらまさかその倍あるとは……。
作者は低レアのバサカ組をそこそこ育ててたんでカレスコ持たせてフォイアで結構トントン拍子に駆け上がる事が出来ました。

今回のMVPはやっぱり居ないと困るアーラシュさん、スパさん、きよひー、あとは意外な所で北斎……応為ちゃんが活躍してくれました。
ほとんど等倍で殴れる上にバサカに防御優位取れるのって実は凄い事なんですねえ。
ラスト付近の頼光ママと金時は凸礼装待たせた応為ちゃんの宝具連打でゴリ押してもらいましたわ。
控えなんて要らなかったんやなって。




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閑話
無題3




クラリキャットカッター(C.C.C)=相手は死ぬ

……はい。特に意味はありません。ただ憶えたての言葉を使ってみたかった一心ですとも。






 

 

 

 ※

 

 

「すみません、俺はゼロ。それは了解しました。それでは貴女は?それと、ここがどこかも教えて頂けると助かります」

 

「「えっ」」

 

 しばし時が止まったような停滞、その後の阿鼻叫喚を、オレはどこか沈んだ気持ちで見ていた。

 

『………………』

 

 最初にこいつに抱いた感情は罪悪感だった。

 オレのせいでこいつはただ生きるだけなら不必要な、ここではない世界の知識と、異能とでも言うべき人には余る力を持ってしまった。

 オレがいなければ。

 オレがいなければこいつは冒険者なんて危険な職業を目指す事もなく、もっと違う何者かになれたかもしれないのに、オレのせいで。

 ………いやよく考えたらオレは何もしてないな。悪いのは一から十までアクアとかいうアホだ。そういうとこやぞアクア。

 とにかく、一人の人間の人生を変えてしまったという負い目のような何かをこいつに対して抱いていたのは間違いない。そう、最初は。

 

 

 

 ※

 

 

 こいつが産まれてからしばらくして、とある疑問を持つようになった。

 

 こいつは誰だ(・・・・・・)

 

 オレの記憶を受け継いだというなら、当然性格などはオレに似通っていないとおかしい。だと言うのに、こいつとオレでは考え方も性格も何もかもが違う。

 オレはもっとクールだし、こんなにアニメやネットのネタを日常に差し挟む事もしなかったはずだ。こいつは一体誰の性格を受け継いでいるのだろう。

 

 頭が良くないオレにとってその疑問は、誰にも相談出来ないこの環境では非常に難しかった。それでも一応の解を捻り出せたのはそれから二年ほど経過した時だったか。

 こいつの発する言葉があまりにもアニメのキャラやネットスラングそのまま過ぎるという事に気付いたオレはそこでようやく合点がいった。

 こいつは真似をしているんだ。自分という物を持っていないから。何処のものかも分からない知識を頼りに、必死に自分を、自我を構築しようとしている。

 

 自我は本来、子供が成長していく過程で周囲の環境から少しずつ学び、確立していくものだ。こいつはなまじ初めから学べる物を持っていた為にその過程を無意識にすっ飛ばしたのだろう。

 その無理矢理な模倣から生まれたのがこの、テンションが高いんだか低いんだか分からない、真面目かと思えば急にふざけ始める不安定な男だというのはなんと言うべきか。というかコレ自我の構築失敗してない?

 

 

 その頃からだ。こいつが父親の形見である剣を振り始めたのは。

 それまでは重過ぎて持つことが出来ないという理由で見送りにしていた訓練を、地道な筋トレの成果で重さに耐えられるようになったから始めるとの事。

 まだ産まれて数年の男児が持つには大きく重いその剣を、ゆっくり、しかししっかりと振るうその姿を見るのは少し楽しかった。

 実はオレはこいつの父親と面識がある。もちろん誰からも認識されないオレであるからそれは一方的な物だが。

 こいつの誕生とオレがこの世界に飛ばされたのには多少のタイムラグが存在したらしく、ほんの半月ほどであるがオレは確かにその男を見ていた。

 こいつの父親は普段は控えめに言ってクソ野郎だった。

 と言っても何かが破綻している訳ではなく、する事と言えばただ単に自分の事を棚上げして周りに当たり散らす程度の日本によくいるタイプの人間だ。

 ただ、女性の扱いは上手かった。よくギャルゲやエロゲをやっていたのか何なのか、そういう台詞に疎いこちらの世界の女性に対しては本当に強かったとだけ言っておこう。

 こいつの母親、あの聖母みたいな娘もそうやって捕まえたのだと思うと、こう、ぶん殴りたくもなってくるが、故人ゆえに見逃してやろう。

 家族を庇って魔王軍と相討ちになったという最期も含めてテンプレな男だった。かっこいいじゃねえか。

 願わくばこいつにはあの男のそういういざという時の部分は見習って、普段は母親を見習って。そんな奴になってもらいたいもんだ。

 そんな資格もないしどの口が言うのかというツッコミはあるが、この時のオレは弟が出来たような心持ちでいたんだと思う。

 

 ……兄弟か。いたことが無いから想像も付かねえけど、そうだな。いたとしたらこんな感じなのかもなぁ。いつかこいつと会話する事が出来たなら、どんな気持ちになれるんだろう。

 

 そんなことを思っていたようないなかったような。

 

 

 

 ※

 

 

 それから数年。オレはこいつが恐ろしくなってきた。

 朝から晩まで毎日、休むことなく剣を振る。手の皮が破れようと腕が疲労で痙攣しようとお構いなしに。

 それだけで異常ではあったが、それでもよく頑張るもんだという、ある種微笑ましい気持ちで済んでいたのだ、その心証が変わるきっかけがあるまでは。

 

 ある時を境にこいつは村人に迫害され始めた。

 

 最初は友達も作らず黙々と鍛えるこいつを同い年くらいの子供が揶揄いにくる程度だった。

 子供の無邪気な嘲りに対しては反応しないという満点の対応をしていたが、それが面白くない子供達は段々とエスカレートしていき、こいつに向かって石を投げるようになった。

 流石にこうなるとこいつも黙ってはおれず、口頭での注意、治らなければ多少のショックを。オレからは色目無しでそれは正当な物に思えたが、どうやらその子供達の親からは違ったようで。

 村ぐるみでこいつを厳しく糾弾した。

 

 無邪気な子供とは違う悪意のある大人の言葉。多少成熟した精神を持っているとはいえ、年端もいかない子供にはさぞ辛かっただろう。

 不幸中の幸いは本人の人柄故かこいつが日中はほとんど一緒に過ごしていなかったが故か、こいつの母親にまではその糾弾が届かなかった事か。

 あるいはそれを見越してこいつはあえて母親から遠ざかっていたのかもしれない。

 

 いつだったか母親から鍛える理由、冒険者になりたい理由を聞かれた時、こいつは「他人の役に立ちたいから」と答えた。そして今日もそれを掲げて鍛え続ける。

 それがどうしようもなく恐ろしい。

 果たして、幼少期からあれだけの悪意に晒された人間が他人の役に立ちたいなどと言えるだろうか?こいつは何か別の事を企んでいるのでは?強くなって何をするつもりなんだ?

 そんな疑念ばかりが膨らんでゆく。

 

 生前からオレは人の気持ちを考える事が出来なかった。だからこそ他人に対して何の感慨もなく危害を与える事が出来たとも言えよう。

 そんなオレから見るとこいつのその理念は酷く不自然で歪で、得体の知れないナニカに感じられてしまった。

 

 

 

 ※

 

 

 その疑念はこいつが旅に出て、紅魔の里、王都、そしてアクセルと渡り歩いても払拭される事は無く、むしろますます膨らむばかりだ。

 

 その頃からか。何故かオレの姿がこいつに見えるようになったようだった。

 何かしらのコンタクトを取れるようになったのだから色々と伝えたい事ももちろんあった。けどオレは一切現世に干渉できないし、その方法が無い。

 オレなりに考えた末、オレ自身が導くことで戦闘に協力する事にした。幸いにもオレには生まれつき『力』の流れが視える眼があったし、それはこの状態でも使えるみたいだったからな。

 こいつに対する疑念が晴れた訳ではない。それでもずっと成長を見守ってきたんだ、多少力を貸すくらいはしたかった。

 ……まあ、こいつが魔王を倒してくれればオレの今の状態も改善されるんじゃないか的下心も当然ありましたがなにか?

 

 そうして相も変わらず何を考えているか分からないこいつと過ごしていく中、こいつとクリスちゃんが暮らす宿に王都からクレアさんが訪ねて来た。話を聞くに王都のピンチがどうたらこうたら。難しい事は聞き流してたから憶えていない。

 話の流れでカズマ君の屋敷に行くことになり、その道中。クレアさんがこいつに一つの質問を投げかけた。それはオレがずっとこいつに尋ねたかった事。

 その質問に対してこいつは。

 

「俺は親父が依頼主に感謝の言葉を掛けられた時のことを聞いてさ、すっげえ羨ましかったんだよ。

 それで思うようになった。俺も冒険者になれば皆から必要とされるんじゃないか、感謝してもらえるんじゃねえかってな。それが俺が冒険者になった理由だ。

 最初は適当に魔王倒すか、他にやりたい事があればそっちに移れば良いだろう、くらいの軽い気持ちだったんだけどな。そう思ったらそれが俺の夢になってた」

 

 と、そう答えた。

 

 ………ああ、そうか。

 

 聞いてしまえば単純な、拍子抜けしてしまうような内容。それでもその瞬間、オレがずっと抱いていた疑念は確かに氷解した。それはオレにも覚えのある感覚だったから。

 特にこいつは幼少期から周りの心無い大人から不必要とされていた。だからこそ人一倍承認欲求が強いのかもしれない。

「他人から必要とされたい」、ああ、いい理由だ。

 

 この時オレはこいつを疑う事を止めた。もう力を貸すのに躊躇もしない。オレが今出来得る限りの支援をしよう、そう決めた。

 

『つって決めた所でオレの声が聞こえるでも無し、やれる事は結局今までと変わんねえんだけどな!』

 

 誰にも聞こえない声で叫んだ。

 

 

 

 ※

 

 

 アルカンレティア近郊の草原にて、これまた要因は分からないが、とにかく初めてこいつと対話した。

 もっと驚いたりするのかと思ったのに意外なほどすんなりとその事実を受け止めたこいつと共に魔王軍幹部と対峙した。

 物理無効に猛毒の身体、相性最悪の敵にこいつは命を賭けて立ち向かった。街に住む一般人のために。今も尚苦しんでいる子供のために。

 

 オレは何かにこんなに真剣に命を賭けた事はあっただろうか。

 確かに毎回命は賭けていた。抗争、暗殺、その他。相手を殺すのだから自分もそのリスクを負うのは当然だ。

 けれどオレの眼の性質上、真に命の危険を感じた事があったかどうか。せいぜい最期の戦闘の時くらいか。あの時だって致命傷を受けてから初めて覚悟を決めたもんだ。

 そこまで追い詰められないとそうなれないという所は、オレに似ているのかもな。

 

 

 

 ※

 

 

 そして今。

 

 

「ジャック、出て来ーい」

 

『お呼びですかゼロイチ様』

 

「誰がナンバーズだ。ちょっとそこの爆発ポーション沸騰しないように見ててくれよ」

 

 

 会話できるようになって数日しか経っていないが、どうだろう。見る人によるとは思うが。

 

 

「あんま激しく沸騰すると衝撃でドカンいくからさ、一煮立ちする前に上手い事俺に教えてくれ」

 

『お前オレをなんだと思って…………まあいいか』

 

「サンキュー」

 

『かわいい弟のためにいくらでもお兄ちゃんをこき使って、どうぞ』

 

「誰がお兄ちゃんで誰が弟だ。俺のめぐみんに対する芸風をパクるんじゃねえよ」

 

『へへへ』

 

 

 

 いつか夢見た兄弟のように。

 多少は接せているんじゃないだろうか。

 

 

 

 






はい、それでは予定通り次回から新章の方に移らせて頂くんですが、その前に評価について少し書かせて下さいな。

この作品今まで5文字コメントしないと評価付けられないようになってたんですよ。
理由としては全編消去事故起こしちゃったんで完全復帰するまではなるべく評価されたくなかったからなんですが、それでも18人も評価してくれてて作者びっくり。
それでですね、コメント無しで付けて頂けるようにするんですが、今後は低評価だろうがなんだろうが黙って付けて頂いて、この作品に対して何か物申したい時は感想に書くようにして欲しいんです。
と言うのも、消去前の作品は初期から基本的にコメント無しで付けて頂けるようになってたんですが、ある時にふと
「みんなどんな事を思って評価付けてくれてるんだろう」
と思って同じように5文字コメント有りで設定してみたんですね。
そうしたらその、出して良いのか分かりませんが上手く説明出来ませんので例として挙げさせて頂くと、


①『ここの部分について説明がされてない。作者が設定を忘れちゃ駄目でしょ』

いやいや、忘れた訳では無いんですよ!それは伏線として後の方で回収する予定だったんですって!ホントホント!


②『オリジナル展開多すぎて萎える』

えっ……。あの、オリ主である時点でオリジナル展開仕方なくないですか……?
それとタグにもオリジナル展開って入れておいたのになーおかしいなー……。


③『ああああああああああああ』

……⁉︎…………⁉︎⁉︎


とまあこんな感じで中々にアレだったんですよ。感想で書いてもらえれば弁明とか言い訳も出来たんですが、評価のコメントだとそういう訳にもいかず。
というか最後の本当になんだったんだよ。『単純につまらない』でいいからせめて意味のある言語で書いてくれよ。

評価アテにならねえな⁉︎というのが連載してきて作者が得た結論なんですよね。
ですので、基本的に評価に貰ったコメントは一切参考にしないとその時決めたんです。
まあ評価って個人がどう思うかで付ける物なんで人それぞれだっていうのは分かっているつもりですがね。
もちろん面白いと言ってもらえるのは嬉しいですし、ごく稀にちゃんと考えてくれてるなってのもあるんですが、今後の展開も考えて作った話を今ある材料だけで
『ここのくだり要らないよね?出した意図が分からない』
って返信できないコメントでバッサリ切り捨てられるのも心にクるものがあるので……。

消去前のこの作品の初期の初期から作者に付き合って下さっている方がもしまだ読んで下さっていれば分かると思うのですが、作者は感想であればどんな罵詈雑言でもあんまり気にせずにグッド付けて返信しますのでね。

とにかくこの作品のここがおかしい、ここはどうなってるなどの質問があればネタバレしない程度であればお答えしますので、これからは感想でお願いしますとだけ言いたかったんですよ!なんでこんな長くなったんだ……。





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一年前に解決した事件
96話





今期のダリフラを見た作者の感想。
青髪の負けヒロイン率の高さは異常。むしろ勝ちヒロインに覚えがない。(異論反論は認める)






 

 

 

 ※

 

 

 大きく深呼吸、全身に酸素を行き渡らせながら目の前の一人の男に集中する。

 こちらは既に武装してこんなにも緊張しているというのに、男は自身の剣を腰に提げたまま自然体でいる。

 

 

「どうしたー?ただ突っ立ってるだけなら幼児だって出来んぞ。俺は未来ある青年の幼児プレイに付き合うためにここにいるんじゃないんだけどなー?」

 

「よっ…!す、少し深呼吸していただけでなんという言い草……!こちらにだって心の準備があるんですよ!」

 

 

 的確に呼吸を乱す言葉を振り払いつつ、改めて彼の立ち姿を見る。

 やはり、はたから見れば隙だらけだ。隙だらけだが、これはどんな攻撃だろうと来た瞬間に反応出来るという彼の自信の顕れなのだろう。彼には実際にそれだけの実力と経験がある。

 けれど。

 

 

(今日の僕は一筋縄ではいきませんよ……!)

 

 

 愛剣である神器、魔剣グラムを持つ手に力を込めながら思い返す。

 

『ナイト』系統の上級職である『ソードマスター』、さらに(・・・)その上級職、

ブレイブ(勇者)』。それがつい先日ミツルギキョウヤが新たに得た力だ。

 冒険者の職業というものはそれぞれ条件を満たさないと発生ないし派生することが出来ない。

 例えば、魔力と知力のパラメータがある程度以上無ければ『ウィザード』系の職業に就けないように。一切条件無しでなれるのは目の前の彼や同郷の知り合いであるサトウカズマのような『冒険者』くらいである。

 

『ブレイブ』への派生条件は二つ。

『ソードマスター』であること、そして

『困難』に立ち向かい続けること。

 

 この『困難』が何に当たるのかは幾つか解釈が出来るが、

 

 

(これはきっと、あなたの事……なのでしょうね)

 

 

 ギルドに掛け合ってみた所、『ブレイブ』などという上級職の存在はギルドでも知られていなかった。つまりこの職業を開放したのは確認されているだけだとミツルギが初めてということだ。

 上級職の者は多かれ少なかれ困難に立ち向かう事になる。

 その中でも『ソードマスター』は人気の職業であり、転職する者も多い。そうであって尚、今まで開放する者が現れなかったというのは、ここに記されている『困難』が並大抵ではないことを如実に示している。

 ミツルギにとり、それほどの『困難』、『超えるべき何か』。そんなものは彼しか思い浮かばなかった。

 

 

(感謝します、ゼロさん)

 

 

 恐らく、彼と知り合っていなければミツルギはこの力を手に入れる事は無かっただろう。

 神器の力を自分の力だと思い込み、過信した。この世で自分が一番強いのだと自惚れた。

 彼と出会わなかった、そんなミツルギのままであればこの力には届かなかったに違いない。その事に、深い感謝を。

 

 

(そして、あなたのくれたこの力であなたを超える事を以って返礼としたい!)

 

 

『ブレイブ』となった時、特典として大量のスキルポイントと全パラメータの大幅な上昇、さらにはいくつかの固有スキルを獲得した。その中の一つを意識しながら口を開く。

 

 

「ゼロさん。今から放つのはあなたには見せた事のないスキルです。つい最近新しく覚えた物でして」

 

「新しいスキル?へえ、まあ俺だって全職業のスキル全部記憶してる訳でもないし、見た事ないスキルだってたくさんあらあな」

 

「躱して下さい」

 

「あん?」

 

 

 気さくに返答してくれる彼には申し訳ないが、今回のミツルギは教えを請いに来たのではない。ゼロを倒しに来たのだ。

 

 

「これをまともに受けてしまえばあなたとてただでは済まないでしょう。

 ですので、絶対に躱して下さい。せめてそのデュランダルで防いで下さい。決して受けようなどと思わないで下さい」

 

「………………」

 

 

 その言葉を受け、ゼロがようやく棒立ちを解いて身構える。眼は真剣に、恐らく自分では気付いていないだろうが、こめかみに微かに青筋を浮かべて。

 

 挑発。相手を口車に乗せて冷静な判断を不可能にする、シンプルにして強力な、戦闘以外で相手の戦闘力を削ぐ術。

 ゼロもよく使うが、本来はこうして格下が格上から勝利をもぎ取るために使用する技巧。……そのはずなのだが。

 

 

(うっ…し、失敗したかな。これじゃあかえって警戒させてしまった。油断したままでいてもらった方が良かったかも……)

 

 

 いや、むしろこれで良い。彼の性格であればここで一度様子見に入るはず。そしてこのスキルはその様子見の一瞬が致命的だ。

 言葉を交わす間にグラムに通しておいた魔力を起動。張り詰め、緊張した重い空気を振り払うように持ち上げ、放つ。

 

 

「『クロス・グレイヴ』!!」

 

「っ⁉︎うえぇっ⁉︎クソ、目が、目がああああああ‼︎」

 

 

 極光の斬撃。縦と横の十文字に放った二連撃が巨大化し、交叉点を中心に回転しながら超高速でゼロに向かって伸びていく。

 ミツルギは何が起こるかを知っていたために対策が取れたが、ゼロは集中していたが故にかなりの光量を誇るこのスキルで目を多少焼いてしまったようだ。こんな時だというのにどこかで聞いたような台詞を叫んでいる。

 

『ブレイブ』の固有スキル『クロス・グレイヴ』。

 高速かつ高威力広範囲超射程で、その上かなり強い光を発しており、目潰しにまで使えるという、利点だけを挙げれば非の打ち所の無い必殺のスキル。

 ただ唯一の欠点は。

 

 

(ぐっ…なんて消費魔力だ、一撃で三分の一近く持っていかれた……!)

 

 

 燃費の悪さ、これに尽きる。今のミツルギでは二度三度と容易に使える代物ではない。

 

 多量の魔力を消費したせいで息が乱れるミツルギ。

 冷静に考えて三発撃ったら倒れてしまうスキルはどうなんだ、と思う者もいるかもしれないが、とある頭のおかしい少女は一発放っただけで倒れてしまう大魔法を覚えている事を忘れてはならない。

 

 とにかくこれほどの技、常人であれば反応する事も出来ないだろう。

 

 

「こらあかんわ……‼︎」

 

 

 その全てが常人離れしたこの男にそれを期待するのはこの男を知らないか楽観が過ぎるかのどちらかでしかないだろうが。

 

 光を嫌がり目を細めながらもその群を抜く速度で横っ跳びに身体を投げるゼロ。ミツルギの斬撃はギリギリの所で当たってはいない。

 

 先の二者であればここから攻守が逆転していただろう。

 しかし。

 

 

「やはり避けますか‼︎」

 

 

 無論の事、ミツルギはそのどちらでも無い。おそらく戦闘面では、アクセルにおいてミツルギ以上にゼロの事を知っている者は存在せず、その恐ろしさも十二分に理解している。この程度でゼロをどうこう出来るなど考えられる訳がない。

 ゼロが一発目は絶対にどうにかするというある種の信頼と確信を持っていたミツルギはわざと会話を引き延ばして用意しておいたもう一発分(・・・・・)の魔力を剣に通し、

 

 

(もう一度!!)

 

「『クロス・グレイヴ』ッッ!!」

 

 

 再び全力の二連撃。ゼロはかなり際どいタイミングで一発目を躱していた。二発目を同じようにやり過ごす余裕は残っていない。

 しかしこちらも消耗が多大なスキルの二連発、目眩がして脚が崩折れそうになる。かなりの無茶だが、それでもここまでしなければゼロを追い詰める事は出来ない。

 

 まさか二連続で大技が来るとは思っていなかったらしいゼロはこれは避けられないと判断したのか、距離のあるミツルギにも聴こえる程に歯を軋ませ、泳いだ体躯から片脚を無理矢理地面に落とした。

 

 

(……⁉︎まさか‼︎)

 

 

 ミツルギはゼロが空中に浮いたからこそこの技を使ったのだ。

 空中にいる間であれば技そのものさえ防げれば衝撃は逃げ、結果的に受ける影響は軽くなる。戦闘は本気であれど決して重症は負わせない、それを期待していた。

 ゼロがしたのはその真逆。わざわざ身体を接地させるなど衝撃が直接に身体を伝う事になる。当然ダメージは前者の比ではないだろう。これがただの判断ミスでなければーー

 

 

(ゼロさんはコレを弾けるのか⁉︎)

 

 

 衝撃を真っ向から受け止め、力で押し切る事が可能であれば空中にいるよりは接地した方が都合は良い。

 だが超威力の『クロス・グレイヴ』を純粋な生身の力で弾き飛ばす。そんな事が……?

 

 

(いや!彼ならきっと……!そのつもりで動かなきゃ駄目だ!)

 

 

 全身を叱咤し、上昇した敏捷のステータスに物を言わせて一度目の『クロス・グレイヴ』の軌道を準えるように走り出す。

 ステータスが大幅に上がった恩恵でまるで風のように走れる。ゼロほど速くはないが、それでも以前のミツルギと比べると別格の速度だ。

 

 疾走を開始した直後。ゼロと閃光が接触するその瞬間、ミツルギはゼロの手が腰に挿した剣の柄を握っているのを見る。

 

 ゴオオォォオオンンッッッ!!

 

 居合気味の一撃。鐘を撞く音を何倍にもしたような轟音が響き『クロス・グレイヴ』が勢いと進行方向をそのままに角度を変え、斜め上空の彼方へと飛んでいった。

 

 ゼロの、一見すると素人が闇雲に放った抜き打ち様の一振り。彼は誰かに師事した訳ではない、完全なる我流故に効率的な剣術等は一切使えないと言っていた。自分の振るう剣は所詮ただの棒振りの延長だと。

 しかし地面に付いた片脚から発生するエネルギーと自身の腰の回転に何よりも腕力、それら全てが噛み合った一撃。これを崩した体勢から動体に向かって繰り出せるのは脅威に他ならない。

 いかに効率の悪い我流であれ、例え本人がまだ齢二十に達していなかろうとも、その人生を費やして鍛えた技は既に一つの剣術に昇華している。決して侮れる代物ではない。

 とはいえこちらの最大火力との真正面からの激突。握っていた剣は弾かれて手元を離れ、ゼロの身体は無理に回転を作り出したせいで錐揉みしながら宙を泳いでいる。

 

 

(千載、一遇……っ!)

 

 

 既にミツルギは魔剣がゼロに届く位置にいる。以前までであればこの距離まで近づく事も出来ずに体勢を立て直されてそこ止まりだっただろう。

 

 

「『ルーン・オブ』………」

 

 

 残り少ない魔力を集めて最も使い慣れたスキルを発動させる。魔剣グラムが光を纏い、一段と加速する。

 

 ほんの僅かに迷う。

『ルーン・オブ・セイバー』。『クロス・グレイヴ』には及ばないものの、未だにミツルギの主力のスキルだ。

 並大抵のモンスターなら何の抵抗も無くその身体を分断でき、強力なモンスターにも有効な一撃。ゼロの肉体がどれほど強靭であっても無傷では済まないだろう。特に今のゼロは先ほどまでと違い、体勢も整っておらず、防ぐ術も剣も持っていない。

 

 ……果たしてそんなスキルを使って良いものか。

 

 

「『セイバー』ァァァッッ‼︎」

 

 

 直前の躊躇いをさらなる加速で振り払いゼロに突進する。

 

 

(ここで全力を出さなければ駄目だ!もしかしたらゼロさんはまだ奥の手を持っているかもしれない。

 全力で立ち向かって敗れるならそれは良い、けれど全力を尽くさずに負けて悔いを残すのだけは嫌だ!)

 

 

 そうとも、この時、この瞬間を作るために自分のポリシーに反することまでしたのだから。

 戦闘開始前の挑発、二度に渡る身体への負担の大きい技の連発、その光による目潰し、そしてこの奇襲。どれも普段ミツルギがしないような戦い方。ゼロに教わった、対人戦に特化した戦い方だ。

 普段の自分を押し殺してまで欲しかった一撃。ゼロに勝利する為の一撃。そう、全ては。

 

 

(全てはこの一撃の為にーーー!!)

 

 

 渇望する想いを剣先に乗せ、ゼロの無防備に晒す背にグラムを振り下ーーーー

 

 

 

 ぞわり。

 

 

 

 背筋が凍る。全身の毛が逆立つような感覚。その悪寒は瞬時に自身のある一点に集まる。人体の急所、鳩尾へ。

 

 

「っっうわぁぁああああぁあああ!!??」

 

 

 考えがその悪寒の正体を拾うよりも先に無意識に身体が動く。

 もう発動してしまったスキルはキャンセル出来ない。『ルーン・オブ・セイバー』の光を纏った魔剣グラムへ無理矢理自らの体を引き寄せ、正中線を守るように構えると同時にゼロの輪郭がボヤける。

 

 

(いや、ボヤけるというよりこれは……っ⁉︎)

 

 

 ゴッ、とミツルギの全身を鈍く重い衝撃が貫いた。

 

 

「がっ…ふ……!」

 

 

 呼吸が詰まり、脳が揺さぶられたのか音すら消し飛び、天地の判断が曖昧になる。

 今自分がどうなっているのか把握出来ない。立っているのか倒れているのか、意識があるのかどうかさえ。

 完全に目を回したまましばらくすると、ようやく自分の状態が分かってきた。自分はどうやら天を仰いで大の字に倒れているらしい。ぐるぐると揺れる視界に青い空が映っている。

 

 

「………………」

 

 

 試しに腕を持ち上げようとしてみるも、どこかしらの骨が折れたり負傷している様子は無いのに指一本動かない。直接攻撃を食らう事だけは辛うじてグラムで防いだはずだが、その衝撃はミツルギの肉体にダメージをしっかりと刻み込んでいた。

 

 もしあの反撃を防げなかったら今頃自分はどうなっていたのか。そんな事は考えたくもない。

 

 

(あの悪寒……あれが『第六感』……かな)

 

 

『ブレイブ』の固有スキルの一つ、『第六感』。

 確か効果は「全ての物事が少しずつ自分にとって都合の良い方向に進むようになる」だったか。

 なるほど、本来防げなかった相手の攻撃を防御出来たのだからこれは自分にとって都合の良い方向なのだろう。

 いまいち何に役に立つのか分からなかったので覚えるかどうか迷ったものだが、こうして戦闘面でも危機を教えてくれるというのはかなり便利と言えるだろう。

 

 

(それよりもあの時、ゼロさんは一体何をしたんだ……?)

 

 

 あの時、ミツルギは確かにゼロが反撃出来る状態に無いことを確認して追撃に踏み切ったのだ。だと言うのに今地に伏しているのはミツルギの方ではないか。

 ミツルギはゼロの本気を見た事がある訳ではない。それでも立ち振る舞いから自分とどれほどの差があるのかはなんとなく察せる。

 そのミツルギから見てもあの状態から反撃するなどありえない(・・・・・)と断言できる。

 上手く言い表せないが、あの瞬間のゼロの動きは格が違うというよりも次元が違った。

 まるで一瞬、ゼロだけが違う時間の流れにいたかのようなーーー

 

 ジャリ、と地面を踏み、遠距離からこちらに歩み寄る音が聴こえる。

 その音から推測するにミツルギはゼロの一撃を受けて相当遠くまで転がってきていたようだ。

 立ち上がりたくとも体が言うことを聞いてくれないので失礼とは思いつつも寝たままで待たせてもらう事にすると、足音がミツルギの頭の上で止まり、青一色だった視界に見慣れた人物の顔が逆さまに現れた。

 

 

「……あー、その、悪かった。結構マジに追い込まれたから思いっ切りぶん殴っちまった。……立てるか?」

 

 

 なんと、あのとんでもない衝撃はゼロがただ単に拳で殴っただけだと言う。

 ゼロのデュランダルは自分が弾き飛ばしていたのだから、よくよく考えると当然ではあるが。

 

 

「……ぐっ、……すみません、まだ少し掛かりそうです」

 

 

 もう一度力を入れてみるが、やはり動いてくれない。正直にそう告げると、「そうか」と一言だけ発して自分の横の地面に腰を下ろす。自分が動けるようになるまでそこで待つつもりらしい。

 その横顔からはあの戦いが何かの影響を与えた様子は見られない。当然だ、結局自分は彼に一撃も入れる事が出来なかったのだから。

 自分はこんなにもボロボロで、同じことをしろと言われてももう二度とやれる気がしないというのに、彼はきっと同じことを何度でも出来るのだろう。もしくはそれよりも更に良い結果を出せるのだろう。

 

 

「敵わないなぁ…………」

 

 

 自分と彼との間に横たわる歴然とした力の差に、晴々とした気持ちで自然とそんな言葉が口を突いてしまった。

 それでも手応えはあった。今の自分ではまだ(・・)勝てないだけだ。いつか必ず勝利して、この人と対等の位置で物を見たい。

 

 今はそれを目標に、楽しみにしながらより一層奮起するミツルギであった。

 

 

 

 

 

 







はいスーパー懺悔タイム。作者が三週間何をしてたか?

まあ結論から言うとサボってたの一言ですよね。一つだけ言い訳すると「リアルが忙しかった」になるんですが、そんなもん皆一緒ですしねえ。

今回の話は……何だろう。すみませんね、作者基本的に書きたい物を好きに書いてるんですが、日ごとに何を書きたいのかが違ってくるんですよね。
多分これを書き始めた頃は「たまには真剣なバトルが書きたい」とか思ってたんでしょう、それが描写出来てるかはさておき。
作者の厄介な所はその時自分で何が書きたかったのかが今の自分にはまるで見当が付かないってトコなんですよねえ。後から読み返しても「あれ?こんなこと書きたかったんだっけ」ってなっちゃいますもの。
それでも後の展開に使うべき設定なんかはちゃんと出してる辺り考え無しではない……と思いたいですが。
ともあれ今回はこの辺で。また次回でお会いしましょう。



次回:会社が受注倒産の危機を脱したら




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97話



はいどうも、一ヶ月以上振りの王の話をしようです。

エタったかと思った?残念、ただ時間が無いだけでした!

本当ね、申し訳ないとは思っていたんですが思ったより時間の工面が難しくて……え?じゃあアップしたからには時間の都合が付いたんだろうって?

ハハハソウデスネー、モウイソガシクナンカアリマセンヨー、ベツニカンソウデセカサレタカラアセッテシアゲタトカソンナンジャアリマセンヨー






 

 

 ※

 

 

「痛ってー……」

 

 

 上半身全体が軋んでいるが、特に痛みの強い腰を撫りながら草原から自宅へと歩く。

 ついさっきまで俺と一緒に暴れていたミツルギは何やら高揚した様子で、

「僕は今の感覚を忘れないうちに色々と試して来ます!」

 なんて事を言いながらギルドへ走って行った。ほんのちょっと前までぶっ倒れてたってのに今からクエストを受けに行くらしい。勤勉なこって。

 

 

『なあ、最近やたらと構うようになったよな。前まで面倒だからって追い払い気味だったのに』

 

 

 隣を浮遊する怪人が主語が抜け落ちた文章を呟く。主語述語はしっかりしないと誰に何を言ってるのか分からないとあれほど……。

 

 

「なんだ、そりゃ俺に言ってんのか?」

 

『いやお前以外誰が俺の声聞いてくれんだよ。で、何で?』

 

「別に大した理由でもねえよ」

 

『あれか、いつもの気分次第か。それで振り回されるミツルギ君も気の毒なもんだよなあ』

 

 

 何やら勝手に答えを得たつもりになって納得している。そんならそれで良いけどじゃあ聞くなよってね。

 本当に大した理由は無い。ただ思い知っただけだ。

 俺は自分がこの世界で一番強いのではないかと思っていた。最近はまずもって苦戦という言葉を知らなかったし、今まで鍛えてきてそれ相応の自信も持っていた。

 でも、アルカンレティアの一件でそれが間違いだという事を思い知った。

 純粋な力比べなら多分最強に近い所にはいるのだと思う。俺の知る限り、肉体面で最も強靭であった国王様ですら今の俺には勝てるまい。

 

 しかし俺との力比べに敵が付き合う必要が一体どこにあると言うのか。

 力で勝てない?なら魔法や毒、罠で完封すれば良い。わざわざ相手の土俵で勝負する必要など無い。互いの生死が懸かっているのに何故相手を気遣わねばならないのか。そんな当たり前の事を突き付けられた気がした。

 無論俺だってそうだ。簡単に倒されるつもりも無く、連中の得意分野でやり合う義理も無い。現時点での俺の目的が魔王討伐の更にその先にある以上、いのちをだいじにが大前提。ただ、その上で尚どうしようもない場合も考えなくてはならなくなった。

 俺が死ぬのはまあ俺の問題だ、目的を達成出来なかろうが自身の力及ばずで片付けられる。

 しかし俺のいなくなった後、この世界の人間はどうだろう。別に俺一人の力で魔王軍を押し留めているなんて自惚れはしないが、それなりに大きい部分を担っているのではなかろうか。

 そんな俺が死んだらパワーバランス的にどうだ?結構マズいのでは?と思ったのだ。

 

 そういう訳で心優しい俺は俺亡き後のこの世界の人間の為に俺の代わりを作っておく事にした。考え方はおよそ優しい物では無いことは自覚はしている。

 ともかくそういった面ではミツルギはピッタリだからな。俺とも接点が多く、元々の実力まで申し分無し。俺より強くなれとは言わない、魔王軍の幹部よりは強くあれ。

 

 そんな願いを抱いたつい最近。

 

 

「ちょっと強くなり過ぎじゃないですかね……」

 

 

 再び痛む腰をさする。こうしてると歳食ったみたいで嫌なんだけど実際痛いんだからしょうがない。

 

 何だったんですかねあれ。

 本人は日頃の鍛錬の成果です!とか言ってたが嘘言えバーカ、前回あいつの腕見てやったのつい一昨日だぞ?たった二日で何で体感で三倍くらい強くなってんだ。超神水でも飲んだのかっつーの。

 おそらくはスキルか何かを新しく覚えたんだろうが、ミツルギ自身が俺に隠してる以上は詮索すべきでもねえし歯痒い所だ。

 あいつが手の内を明かさず、本気で俺に勝ちに来るってんだから良い傾向でもある。というか最後のアレ俺が防げなかったらどうしてたんだよ。あんなもん生身で食らって生きてられるなんて楽観するほど俺は自分の耐久力に自信持てねえぞ?ダクネス連れて来いダクネス。

 あんまり押されたもんだからこっちも意地張って脳内でしか考えてなかった奥の手まで使っちまったじゃねえか。

 

 

『そうそう、お前最後何したんだあれ?あんな動き今まで出来たっけ?』

 

「だから脳内でしか完成してなかったんだって。ぶっつけ本番もいいとこだチクショウ」

 

『どうやったのか教えてくれよ。分身使えるとか忍者みたいでカッコいいじゃん、オレも使いたい』

 

 

 僅かに興奮した様子で催促してくるジャック。

 お前もう死んでるだろ。そんなもん覚えたって使う機会ねえっつーのに………うん?

 

 

「……なあ、分身って言ったかお前」

 

『?おう、ブンシンジツ』

 

「いや何でニンスレ風に言ったのか知らんけど」

 

 

 何言ってんだこいつ頭湧いてんじゃねえの?

 分身なんか使えるわけあるかい、そんなもん俺だって使いてえわ。さっきの戦闘の何を見てそんな勘違いしてやがんだよ。

 

 

『ああ?でも最後のお前はオレにゃ複数人に分かれたように見えたぞ。ミツルギ君も驚いて一瞬動き止めてたじゃねえか、そういう技なんじゃねえの?』

 

「マジで?」

 

 

 全然気付かんかった。でも俺がした事って言やあ技ってより結局ただのゴリ押しだし分身の意味が分からんのだが。

 技の仕組みをこいつに言えば何か分かるかね。一応俺より戦闘経験豊富らしいしな。

 

 

「さっきのは一瞬だけ『スイッチ』使ってーー」

 

『おい、あれ見てみ』

 

 

 ジャックが俺のせっかくの説明を気にも留めず、いつの間にか到着していた宿屋の前を指差す。見ると、顔見知りではあるものの久しく見ていなかった人物が二人ほど立っていた。

 

 

「うげ」

 

 

 嫌な声が漏れてしまうのも無理からぬ事、そこにいたのはミツルギのオトモであるフィオとクレメアの両名だった。

 比較的気の強いフィオは腕を組み、クレメアはその陰に隠れる形でこちらを睨んでいる。やだ家まで特定されてるとか怖い。

 

 しかしこいつらが俺に何の用だろうか。最初の頃ならいざ知らず、最近はミツルギと俺の師弟関係擬きも黙認してくれているものと思っていたのだが。

 

 

『お前が今日ミツルギ君ボコした事が伝わってんじゃねえの?思いっきりぶん殴っちまったからなあ』

 

「情報網広すぎだろ」

 

 

 ミツルギと別れたのついさっきだってのにどこからそんな事聞いたんだよ、もう普通にストーキングしてましたって言われた方がまだ納得いくわ。

 いや、まだ俺に用があると決まっちゃいねえか。こちらを睨んでいるのも待ち人が来ない苛つきからというのもワンチャンあるでないで。

 

 方針が決まれば後は動くだけである。嫌でも視界に入る二人を華麗に無視して自室に戻ろうと二階への階段を上がりーー

 

 

「ちょっと!あんた今絶対こっち見たでしょ!シカトしてんじゃないわよ!」

 

 

 おっと普通にノーチャンスでしたね。

 

 通り過ぎようとした俺の肩を冒険者らしい力強さで掴み、無理矢理自分の方向へ向かせるフィオ。心の中で舌打ちをしながら仕方なしに振り返る。

 それでも無視する事は出来たのだが、何用なのかは気になる所だし、声をかけられて無視というのも気が引ける。優しいって辛いね。

 

 

「………………………」

 

「………………………」

 

「………………………」

 

「……………………?」

 

 

 それで、向き直ったのに一向に話が始まる気配が無い。

 

 ただの無言ゾーンならまだ良かったが、この間俺は女性二人の視線に射抜かれっぱなしなのだ。居心地が良いはずもない。

 誤解を招く言い方するけど女性ってこういう吊るし上げの雰囲気作るの上手いよね。警察の取り調べとかでも強面のおっさんに責められるより普通のJKに集団で罵倒された方が受ける方としてはキツいと思うんですよ僕ぁ。耐えられる自信無いもの。

 

 

『なんでぇいきなり。つーかそれだとごく一部の奴にはご褒美になっちまうからダメだろ』

 

 

 そんなごく一部なんて考慮しとらんよ………。

 

 

「……んで?俺に何の用なんですかね。俺としては早く目の前の階段上がりたいなーって思ってるんですが。

 あ、ちなみにミツルギならギルドの方へ行ったぞ。なんかクエスト受けるらしいけど今なら走れば間に合うんじゃねえの?」

 

「……………………」

 

「えぇ……」

 

 

 ミツルギを探しているのだと予測し、せっかく助け船を出したにも関わらずのこの無言である。だったらもう解放してくれませんかね。正直この責められそうな雰囲気昔を思い出してちょっと鬱になるんですけど。

 そう思いながらフィオの背後に回っているクレメアにも目を向けてみる。相方がお話にならないのでこっちが何とかしてくれないかと期待しての視線だったが、こちらは俺と目が合った瞬間に顔ごと隠れてしまうのでどうしようもない。まだ顔突き合わせてる分フィオの方がマシだ。

 

 

「さ、最近……キョウヤの調子はどう?」

 

 

 お、ようやく会話が成立しそうだ。何故かどもっているのは気になるが無言タイム終了のお知らせに乗っからせてもらおう。

 

 

「調子……まあ良いと思うよ。今日だって危うく一撃もらうとこだったしな。このまま行けば俺を追い抜く日もそう遠くないかもなあ、はっはっは」

 

「そ、そう………」

 

 

 ……おや、意外だな。てっきり「今だってキョウヤはあんたに負けてないわよ!」辺りの台詞が飛んで来ると思ってたんだが。最後の愛想笑い未満の乾いた笑いが反応しにくかったのかな。

 

 

「……最近のキョウヤは本当に嬉しそうにあんたの話をするわ、あんたのおかげでまた強くなれたって。

 実際私たちの目から見てもキョウヤの実力は伸びていると思う。あんたに比べれば素人目で悪いけどね」

 

「うん」

 

「あんた、アルカンレティアから帰ってきた後、前よりキョウヤに付き合ってくれてるでしょ?それがまた嬉しいみたいで、そんなキョウヤ見てると私たちも悪くないなーって思えるようになって」

 

「うん」

 

「最初の頃はこんな性格の悪そうな奴に師事するなんて何考えてるんだろうって思ってたけど」

 

「……………うん」

 

 

「そんな事ないよ!俺性格良いじゃん!」って否定出来ないのがつらたん。なんかナルシストみたいで嫌だし、そもそも本当に自分が性格良いなんて毛ほども思ってないし。

 この流れは首振り人形のイエスマンになっといた方が確執も作らないだろう。

 ひたすら一文章の区切りに相槌を打つ作業に戻ろうとするが、またもや言葉が詰まってしまったのか続きが聞こえてこない。

 不思議に思ってフィオを見ると、少しずつ顔に血が上っているように赤くなっているのが分かった。

 

 

「……そ、そう思ってたんだけど、今はあんたがそこまで悪い奴じゃないって分かってるし、キョウヤを鍛えてくれてる事にも感謝してるって言うか……」

 

「……うん?」

 

『ん?流れ変わったな』

 

 

 と、話の邪魔をしないようにか壁にもたれかかって沈黙を保っていたジャックがUCのBGMを鼻歌で流し始める。

 うるせえから黙っといてくれねえかな、今割と大事そうな話なんだぞ。あと忘れてるかもしれないけどお前の声変声機当てたみたいで耳触りだから歌っても上手いかどうか分かんねえんだよ。

 

 

「ほら、私たちあんたに酷い事結構言ったじゃない?ちょうど良いからそれについても謝っておこうと思って。……ごめん」

 

「今までごめんなさい!」

 

「きょ、今日はそれだけだから!これからもキョウヤをよろしく!じゃあね!」

 

 

 心の中でツッコミを入れる俺には気付かない様子でまくし立てるように話を締め、真面目に謝罪するのが恥ずかしくなったのか、顔を赤らめたままギルドの方向へ走り去る女性陣。残されたこちらはポカーンである。

 

 

「……………………」

 

『……………………』

 

「……わざわざそれだけ言いに来たのかあいつら」

 

『落ちたな』

 

「はっ、あの反応だけ見てそう思うのは間違いなく童貞定期」

 

『………………………』

 

「………お前、本当に?え、だってお前25歳……」

 

『他人を童貞と貶す時は自分がどうなのかを考えろ定期』

 

「お、おう、そうだな……」

 

 

 珍しく敵意のある態度で言い捨てる。意外と気にしているのだろうか。

 

 

「それにしてもごめん、ねえ」

 

 

 謝るも何も暴言については特に気にして……まあ気にしてないと言えば嘘になるが、そもそも何故急に謝罪するつもりになったのだろうか。ちょうど良いと言っていた気がするが一体何がさ。

 謎は深まるばかりであるが、少々険悪だった相手に認められたとなれば気分も良い。心なしかいつもよりも軽い足取りで予定よりも遅くなってしまった帰宅を果たすべく、自室がある二階へ続く階段を上り。

 

 

「ぅ……ぅ……ぅ……」

 

「…………………」

 

 

 ビタリと硬直する。

 

 そりゃそうなるよ、いきなり女性の物と思しき泣き声が聞こえてくるんだもの。若干のホラー味を感じた俺は暫しその音源を観察する事にした。

 自室の扉の前に誰かが居る。体操座りで丸まっているため顔は見えない。見えないが、服装と雰囲気、そして啜り泣くような声には聴き覚えがあった。

 

 

「ゆ、ゆんゆんか?何してんだこんなとこで」

 

「うぇ、うゔぁいのおどもぶるぁいぃぃ」

 

「何でそんな泣いてんだ、分からん分からん」

 

 

 そこに居たのはこの街に二人いる紅魔族の片割れ、通称『まともな方』ゆんゆんであった。何やら泣きじゃくってこちらに訴えかけている。何を言っているのかは一切理解出来ない。

 しかしまあ俺の部屋の前で蹲っていたというのが偶然でしたというので無ければ俺に用があって訪ねて来たのだろう。依頼か何かであれば無碍にはしない。

 

 

「話したい事があるならちいと落ち着きな。何だ?俺に頼みたい事でもあるのか?」

 

「ず、ずびばぜん……べいわぐでずよねわだし……」

 

「いいから言ってみな、今なら何でも請け負ってやんよ」

 

『ん?今何でもって』

 

「本当に大抵の事なら何でもだ」

 

 

 本来なら気持ちとしては泣いている子供など面倒臭いというのが先に来てしまう俺であるが、今は非常に気分がよろしい。さあお嬢さん如何したのかな?

 

 

「……ほ、本当ですか……?本当にお願い、聞いてくれますか……?」

 

 

 何度か自身が身に付けているマントで鼻や目を擦ったおかげで落ち着いてきたのか今度の言葉は聞き取れる。

 俺としてはどうでもいいけど用が済んだらさっさと自宅に帰って洗濯する事をお勧めしたい。流石に色んな体液でぐしょぐしょな状態はどうかと思うからね。

 

 

「俺に可能な事ならって制限は入れさせてもらうがそれ以外ならOKだ。大丈夫大丈夫、俺は何でもない時に嘘は吐かない男だ」

 

「一緒に子供を作ってくれませんか?」

 

「………なんて?」

 

 

 予想だにしていなかった単語が飛び出た為に脳が認識してくれなかった。

 子供、と聞こえた気がしたが作るとは一体どういう事だ。赤ん坊はキャベツ畑から収穫してきたりコウノトリさんが急降下爆撃機並の速度で置いていってくれるんだぞー作るなんてもんじゃないんだぞー(棒読み)

 

 

「で、ですから……」

 

 

 認識が追い付いていない俺に改めて口を開こうとするゆんゆん。しかし自分で何を口走っているのかを自覚してしまったようで視線を彷徨わせ、挙動不審になった挙句、意を決したように全力で叫んだ。

 

 

「わ、私と子供を作ってくれませんか!?私ゼロさんの子供を産みたい!!!」

 

「ごめんなさい」

 

「!?」

 

 

 はい前言撤回。俺は何でもない時にも嘘吐きまくるクソ野郎だからさっきの話無しね。

 いやーフラグ回収早いっすね^^

 

 

 

 

 

 







20代童貞で何が悪いんすかね?(正論)



理由は言いませんが今回の話は誤字脱字が多いかも知れません、気付いた方は脳内補完するなり誤字報告していただくなりして下さると嬉しいです。

もぅまぢ無理疲れた会社行ってくる。




FGO:

第2部アナスタシア、皆さんはどうでした?個人的にはこれからのストーリーが楽しみになるような熱い展開でした。
来月にまた更新来ると予想されていますがその前に復刻イベじゃあ!なお周回( )

それではまたの更新をお待ち下さいノシ





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