辞めたい提督と辞めさせない白露型 (キ鈴)
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提督とドラム缶

時雨
提督相手だと喧嘩腰になってしまうのを気にしている。

春雨ちゃん
提督大好きっ子。
提督が粗相をするとドラム缶に仕舞う。

夏鮫ちゃん
ご主人様は麻婆春雨しか食べさせてくれない。





「報告以上です!」

 

「ご苦労、下がりたまえ」

 

 1500晴れ、戦果報告を済ませた榛名を下がらせる。本日の出撃は先ほどの榛名率いる第一艦隊の帰投を持ってすべて終了した。つまりは艦娘が本日、俺に会うためにこの執務室を訪れることはない。

 

 脱走チャンスだ。

 

 あとは俺の横で黙々と書類に目を通している時雨さえなんとかすればいい。

 

「時雨、君も休憩に入るといい、残りは私が片しておこう」

 

「ありがとう提督。でも秘書艦として提督の傍らに居ないとだからね。提督がまだ執務を続けると言うなら僕も残るよ」

 

「そう窮屈な考えをするものじゃない。ほら、この間宮のアイス券をあげるから仲間と一緒に食べてきなさい」

 

「真面目なのも僕の個性だからね。でもこの券はもらうよ。後で食べにいくね」

 

「……」

 

「……」

 

「時雨てめえ、下がれって言ってんだろなに居座ってんだ?あ?」

 

「君を一人にしたら確実に脱走するだろ?というかあからさますぎるんだよ。もう少し頭使いなよ」

 

「こんな真昼間から脱走なんてしねえよ。やるなら夜だ。あと出てかないなら間宮券返せ」

 

「先週泳いで鎮守府から脱走しようとしたじゃないか、見つからないように100メーター潜水するとか馬鹿じゃないかい?券は返さないよ」

 

「あ?やんのかこら?」 「いいよ、相手になってあげる」

 

「……」「……」

 

「ケッ、トイレ行く」

 

「お供するよ。逃げようとしたら春雨呼ぶからね」

 

 春雨ちゃんは勘弁してくれ……。

 

  ◇ ◆ ◇

 

 便座に腰掛け作戦を考える。時雨がトイレの前で待ち構えている以上余り時間もかけられない。

 

 脱走計画が失敗続きなのがここに来て響いてきた。やるなら初回で確実に。失敗を繰り返すから時雨に完全に警戒されてしまった。

 

 時雨に信用させる為にしばらく脱走を企てるのは辞めるか?いや、今日この鎮守府にいる白露型は時雨1人、他の奴らは全員遠征や演習に出ている。このチャンスを逃す手はない。

 

 ぶっつけだが今日の作戦はあれでいくか……。

 

「どこに行くんだい?」

 

 トイレから出た俺に時雨が声をかける。いちいち煩わしいことこの上ない。

 

「食堂。駆逐艦達にお菓子でも作ってやろうと思ってな」

 

 駆逐艦、というよりうーちゃんが美味しそうにお菓子を頬張る姿を見ると癒されるのだ。うーちゃんほんまラブリー♡時雨も見習え。

 

「ふーん。いい事だとは思うけどもう少し駆逐艦以外にも構ってあげた方がいいよ?駆逐艦とそれ以外で対応が違うって悲しんでる娘結構いるよ?」

 

「善処はする」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「提督ってわりと器用なんだね」

 

「わりとは余計だ」

 

 完成したクッキー、マカロン、ドーナツetc.をラッピングしていると時雨がそんなことを言い出した。

 

「あの鉄底海峡を解放した英雄、さらに家庭的なところもある。提督って普通にしてればモテそうだよね」

 

「お前達以外からは慕われてるっつーの…」

 

「そう言えばそうだったね。まっ僕達も君を慕って無いわけじゃないんだけどね、脱走さえしなければ文句はないよ」

 

「あーはいはい、もうしませんよー」

 

「嘘くさ…次逃げたら春雨に怒ってもらうからね」

 

 春雨ちゃんなぁ…なんであんな風になったんだろうな。

 

「完成っと」

 

 時雨と無駄話している間も手を動かしていたおかげでようやく全てのラッピングが終わった。

 

「こっちも終了だよ」

 

 時雨の方をみると綺麗にラッピングされたお菓子が並んでいる。こういうなんでも卒なくこなすところがちょっとムカつく。

 

「ごくろう。ほらよっ」

 

 余ったクッキーの乗っているトレーを滑らせ時雨の方にやる。

 

「食っていいぞ」

 

「…なんか変なもの入れたりしてないよね」

 

「失礼な奴だな。嫌なら食わなくていいぞ」

 

「ウソウソ、ありがとうね」

 

 時雨はえへへ、提督の手作り、えへへ、なんて言いながらクッキーを食べる。気に入ったのか10枚はあったクッキーをペロリと平らげてしまった。

 

「うっ!!」

 

 突然時雨がその場に蹲る。どうやらようやく効果が現れたらしい。本来なら10枚も食べられる様なモノではないのだよ。

 

「身体が…動かない、テイトク…」

 

 時雨は助けを求める様に俺をみる。馬鹿め、まだ騙されたと理解していないのか。俺は時雨を見下ろしながらニヤリと笑う。

 

「まさかっ、さっきのクッキーに」

 

「ガハハハハ!そうだ!さっきのクッキーに一時的に艦娘の動きを止める薬液をかけておいたんだよ!」

 

「くっ、どこからそんなものを…」

 

 ちょっと相棒(深海妖精)に頼んでな。

 

「じゃあな時雨。お前と過ごした時間悪くなかったぜ」

 

「…どうせ捕まるんだからやめておけばいいのに」

 

 時雨の負け惜しみを背にしながら俺は食堂を後にする。馬鹿が、この鎮守府からさえ脱走してしまえばこっちのものなんだよ。たぶん。

 

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 

「ぴいいいいいいい」

 

 俺は抜錨ポイントにて指笛を吹いた。すると1尾の鮫が近づいてくる。

 

 このサメは春雨ちゃんが使役しているサメで名を夏鮫と言う。ちなみに他にも冬鮫と秋鮫がいる。

 

 夏鮫ちゃんは春雨ちゃんの従順な下僕であり、春雨ちゃんが敬愛する俺にも従順なのだ。

 

「んじゃ!頼むぜ夏鮫ちゃん!」

 

夏鮫ちゃんの背に鞍をつけその上にまたがる。乗馬ならぬ乗鮫だ。ジョーズだけに、なんてね。

 

「れっつご!」

 

 合図と共に夏鮫ちゃんがものすごいスピードで泳ぎだす。風を切り水を弾き進んで行く、恐らく時速50kmは出ているだろう。

 

 このまま本土まで逃げきれると思ったそのとき。

 

バンっっっ

 

 1発の砲撃の音。それを聞いた途端、夏鮫ちゃんは震えだし迷いなくUターンをする。

 

「おっおい!夏鮫ちゃん!?本土まで連れてってくれるって約束したじゃん!なんで!?」

 

 俺の制止を聞くことなく先程以上のスピードで引き返す夏鮫ちゃん。その先で待ち構えていたのは。

 

「おかえりなさい、司令官」

 

 春雨ちゃんだった。

 

「嫌な予感がしたので3分で演習を終わらせて戻って来ました」

 

 口調こそ丁寧だがとてつもなく怒っている。いつもは綺麗なピンク色の髪が色素を失い真っ白になっているのが証拠だ。

 

「よいしょ」

 

 春雨ちゃんが手を空に掲げると一本のドラム缶が落下してきた。

 

「入ってください」

 

「はい」

 

 俺は大人しく指示に従いドラム缶の中に入る。これ以上春雨ちゃんを怒らせると取り返しのつかないことになると知っているから。

 

「ちゃんと反省してくださいね」

 

 ドラム缶の蓋が閉められ暗闇が俺を襲う。この中は寒く、暗く、寂しい。だけど幾度となくこのドラム監禁を受けたせいか、ここが俺にとって少しだけ特別な場所になっている、そんな気がした。

 

  

 

 

 

 




提督とちょっと変な白露型の物語。はじまりはじまり。


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提督と山風と濡れ衣

提督
ついつい山風にちょっかいを出してしまう。

山風
からかわれてばかりなので何時か提督はシバく。

春雨ちゃん
趣味はB級サメ映画鑑賞

夏鮫ちゃん
流石に麻婆春雨にパイナップルはNG。





 

 

 一二○○快晴、執務室の自席で書類に目を通す振りをしながら状況を整理する。

 

「ねえ、司令官、ごはん」

 

 大体俺がここに居ること自体がおかしい。妖精が見えるからなんて理由で言葉巧みに連れてきやがって、次の提督が見つかるまでの繋ぎって話だったじゃねえか。それがちょっと手柄あげたからって英雄扱いして辞めさせない。労基違反とかそういう問題ですらないぞ。

 

 白露メンツに至っては上官の俺に折檻とか言ってやりたい放題する始末。

 

「げしげし」

 

「山風、なに人の椅子蹴ってんだ」

 

 白露型の幸薄そうな緑……山風が俺にちょっかいをかけてくる。

 

「むし、すんな」

 

 今日の秘書白露は山風か……勝ったな。山風はちょろい。ざるだ。白露メンバーの中で最も脱走が容易だ。山風の日に逃げないで他の日に逃げる理由がないってレベル。ちなみに一番危険なのは春雨ちゃん。春雨ちゃんの日だけはどんなチャンスがあろうとも脱走しないようにしている。捕まったらシャレにならない。以前はドラム缶の中に次元幽閉されて3日だしてもらえなかった。

 

「んで、なに」

 

「一二○○、ごはん食べに行こ」

 

「俺はここでカップ麺食べるから他のやつ誘いな」

 

「秘書は一緒にいないとダメ」

 

 いくらちょろ風でも流石にこんなやり方じゃダメだわな。

 

「それに皆から提督を食堂に連れてきてって頼まれてる」

 

「あ?何で」

 

「提督、駆逐艦以外と話とかしないから、皆嫌われてるのかなって不安になってる。食堂にも来ないからコミュニケーションとれないし」

 

 あー何か時雨もそんな事いってたな。

 

「間宮さんも『私の料理が口に合わないのでしょうか…』ておちこんでた。なんでこないの?」

 

「飯を食べるときは誰にも邪魔されずなんというか自由で救われてないといけないんだよ……。俺が食堂に行くと何故か皆あつまって来て息苦しいんだよな」

 

「山風だけなら静かだし一緒でもいいんだけど」

 

「それは嬉しいけど今日は食堂」

 

「はいはい、んじゃいくかちょろ風」

 

「ちょろ風てなに」

 

  ◇ ◆ ◇

 

「連れて…きた」

 

『『『!?』』』

 

 山風と仲良く手を繋いで食堂にはいると一瞬食堂の時間が凍ったかの様なラグが走る。

 

『えっえっ山風ちゃん本当につれてこれたの?!』

 

『加賀さん!?どうしてラーメンの食券を破り捨てているんですか!?』

 

『間宮さん今日はサンドイッチでお願いします』

 

『榛名私にも鏡貸してくだサーイ』

 

『姉様まだ髪が整ってないのでもう少し…』

 

「提督さーんこっちこっちーーー」

 

 カウンターでラーメンを受け取り席を探そうと振り返ると瑞鶴、翔鶴、瑞鳳の空母組が手を振っていた。

 

「司令官あそこにしよう。にげちゃだめ」

 

「いや人の少ないとこで食おうぜ」

 

「どうせ人のいない席に行っても皆集まってくる」

 

「さいですか…」

 

 言われて空母組の方に向かう。後ろからぴったりと北上、大井がくっついてきていた。

 

「提督さんが食堂に来るのほんとに珍しいね!」

 

 五航戦の明るい方である瑞鶴の正面に座る。

 

「ああ、たまには君たちとコミュニケーションを取らないと、と思ってな」

 

「ホントですよ、皆提督と話したいのに執務室にこもってばかりなんですから」

 

 この白いのは……確か瑞鶴の姉か。艦娘が多くなりすぎて把握しきれねえ。

 

「すまない。上官がいては息が詰まると思ってな」

 

「そんなことないよー。大井っちなんて『以前私が失礼な事をいったから私たちをさけているのでしょうか……』て言ってたし」

 

「ちょっ北上さん!?」

 

「そんなことがあったか?まるで記憶にないが」

「ほらー言った通り全然気にしてないでしょ?」

 

「そっそれなら良かったです……」

 

げしげし

 

(んだよ山風足を踏むな)

 

(私たち白露型とは全然対応が違う。食堂に来なかった理由もさっき言ってたのとも違う)

 

「提督、先日の南方海域進出作戦の指揮お見事でした!本来なら何度も出撃を繰り返し情報を集める必要がある海域をたった一度で攻略されるなんて!」

 

 こいつは……確か瑞鳳か。卵焼きが大好きだったな。

 

「当然よ!なんたって私たちの提督さんは【英雄】なんだからね!」

 

 情報は全部相棒の深海妖精さんから事前にもらってたんだけどな。

 

  ◇ ◆ ◇

 

「ごちそうさまでした」

 

「では私達は先に失礼するよ。呼んでくれてありがとう」

 

「提督さんまた一緒に食事しようね!他の娘も話したいと思うから」

 

 

      ・・・・・

 

 

「山風、冷蔵庫に買い置きのアイスがあるから食べていこう。提督のおごりだ」

 

 食堂には共用の大型冷蔵庫がありそこに各自食品に付箋を貼り名前を書いて保存するようにしている。

 

 数ヶ月前アイスを買い置きしていたのを思い出した。

 

「ありがとう」

 

 大型冷蔵庫を開けると中から冷気が飛び出してきて気持ちがいい。

 

 その中から自分のアイスを見つけ出す。がその横にあるアイスをみてはたと考える。

 

【ごーや】付箋にはそう書かれていた。

 

 はーーー。ちょろ風だからな、これでいけるだろ。脱出チャンスだ。

 

「ほらちょろ風、お前はイチゴチョコ味。俺はミントチョコな」

 

「ちょろ風てなに。でもありがとう」

 

 嬉しそうにアイスを食べる山風をみながら俺もアイスを食べる。

 

「信じなくてもいいけどさ。今日は俺逃げないから」

 

「だからまあ。気楽にいこうぜ」

 

「……うん」

 

 という具合に警戒心を少しでも緩めることも忘れない。

 

山風のアイスが半分ほどになったところであいつがくる。

 

「あーーーーそのアイスごーやのアイスでち!!」

 

「いや、これはちがっ」

 

「やっぱり冷蔵庫にもないでち!!楽しみにしてたのにひどいでち」

 

 58に詰め寄られおろおろとする山風を尻目に食堂を去る。だからちょろ風なんだよ。

 

  ◇ ◆ ◇

 

 いつもならここで速やかに脱出するんだが今回は違う。いま鎮守府には春雨ちゃんがいるからな狙うなら彼女が遠征に行っているタイミングだ。というわけで相棒の深海妖精さんにつくってもらっていた秘密部屋に身を潜める。ここで時間を稼げば白露メンバーは俺を探しに本土に行くか遠征に行くはずだ。そして奴らがいなくなったタイミングで脱走する。完璧だ。

 

「さてと、白露メンバーの様子をみるか」

 

 予め部屋に用意しておいたノートPCの電源をいれる。すると画面には鎮守府全体の様子が細かく映し出される。この日の為に防犯カメラをセットしておいたのだ。

 

山風が涙目で鎮守府を走り回っているのが見える。ハッハッハ見つかるものか!早く時雨、春雨を連れて本土に探しにいけい!!

 

 自分一人では見つけられないと判断した山風は泣きじゃくりながら白露メンバーに助けを求めていた。がどうやら白露覇王である春雨ちゃんが見つからないようだ。何やら春雨ちゃん以外の全員で本土まで探しに行くらしい。

 

 白露全員が抜錨したのを見届ける。山風が号泣していたのを見てちょっと心がチクっとしたが悪いのは俺ではなく辞めさせない軍だと言い聞かせ平静を保ち立ち上がる。今この鎮守府に白露はいない。すなわち敵はいない。

 

 山風が見つけられなかった春雨ちゃんが鎮守府全域にしかけられたカメラにも一度も映らなかったのは気になるが多少のイレギュラーはあるだろう。今なら確実に逃げられる。

 

 ……永かった。騙されて着任してはや3年。毎日いやいや執務をしていたがそれも今日で終わり。そう思うと少し悲しい気分になってくる。艦娘達の事は嫌いではなかった。むしろ良い娘たちばかりだった。……きっと俺がいなくなれば涙を流す娘もいるだろう。必死の捜索は続けられるだろう。だけど何時か忘れられる日がくる。

 

 最初のうちはすこしづつ私の事を忘れていくことすら辛いだろう。だけど必ず乗り越えられる日が来るから。だから

 

「さようなら、みんな。好きだったぜ」

 そう言い秘密部屋から立ち去ろうとしたとき。

 

 ガンっ。

 

 薄いステンレスを床に叩きつけたような音と共に目の前が真っ暗になる。

 

 この窮屈で息苦しい、真っ暗な世界を俺は知っている。春雨ちゃんのドラム缶の中だ。

 

 ああそうか。納得だ。防犯カメラに映らないという事はカメラに映らないところにいる。映らないのは艦娘の個々人の部屋だ、だがそれは山風が全て確認していた。

 

 一つだけ例外がある……この部屋だ。

 

「私も好きですよ司令官。だからさよならはダメです。はい」

 

 俺は覇王の折檻を想像し震えることしかできなかった。

 

 



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提督と春雨と交渉の余地

提督
毎日の血と汗と涙の弛まぬ鍛錬によって強大な戦闘力を得た。が白露さんに5秒で沈められた。

春雨
提督が捕獲した駆逐棲姫を深海妖精さんに頼んで解体したらなんか出てきた。

不知火
落ち度しかない。

夏鮫ちゃん
麻婆春雨10辛チャレンジ成功。




 明朝0400。脱走兵の朝は早い。

 

 洗顔をし、枕元においてある黒と赤が主色のジャージに着替える。基本的に俺の着替えは春雨ちゃんが洗濯・購入してくれている。以前自分でやると申し出たら正座させられて怒られた。内容は覚えていないが妙に反省させられたのだけは印象にある。

 

 ジャージに着替えをすませ自室から出る。

 

 「お?」

 

 いつもなら部屋から出たタイミングで白露十傑の誰かが現れるのだがどこにも見えない。ということは。

 

「監視は五月雨くんか」

 

 俺の監視役はどうやら3交代制を採用しているらしい。

 

 俺が執務を行う8時~17時の秘書艦の時間。17時~24時。24時~8時の時間を白露達でローテーションを組んでいるようだ。

 

 現在の監視だと思われる五月雨くんは基本的に姿を見せない。いや見えない位置にいる。具体的には俺の真後ろにいる。常に俺の死角に回り込み気配を消している為彼女の存在を把握できないが、確実にいる。以前防犯カメラ(2話参照)の映像をチェックしていた際に五月雨くんが常に背後にいたと言う事を知ったときはゾッとした。

 

 しかし脱走さえしなければ基本的に俺に関与してくることはないので白露のなかでは当たり枠だと思っている。

 

 五月雨くんは居ないものとしランニングに向かう。途中、『指揮官の身でありながら肉体の鍛錬を怠らないその姿勢、見習わせて欲しい』とかいう長門や『速さとは一体なんなのか』という何か哲学っぽいことを探求している島風くん、そして『ご指導ご鞭撻』の不知火がついてきた。練度90の島風くんの目標は宇宙最速のバータさんらしい。

 

 

 首筋を張り詰めた冷気が撫でる中、まだ日も昇りきらず霧で覆われた鎮守府の周りを走る。スピードは意識しない、ただただ持久力を求めて走る。脱走には体力が必要だから。

 

 このランニングは白露捕獲班が結成されたのとほぼ同時期に始めたのでもう1年以上になる。毎日行っているが大概誘った訳でもないのに艦娘が付いてくる。白露以外の艦娘は俺の事を純粋に英雄として慕っているからだろう。

 

『ごっ!し!どー!ごっ!べん!た!つー!』

 

 不知火その掛け声呼吸しづらくない?やめたら?

 

 

       ・ ・ ・

 

 

 ランニング後シャワーを浴び執務室の自席にて業務を開始する。

 

かつかつかつ。

 

 扉の向こうから聞こえる軽快な足音で悟る今日の秘書艦。

 

 世界には3人の覇王がいる。

 

覇王十代、覇王龍ズァーク、そして覇王鮫春雨。

 

 執務室の扉が開かれる。

 

「今日の秘書艦は私ですよ、司令官」

 

 今日は脱走おやすみです。

 

  ◇ ◆ ◇

 

 春雨ちゃんは俺の膝に腰掛け書類に目を通し俺が優先的に記入する必要があるものを選別する。俺はその選定された書類にサインをする。春雨ちゃんが膝の上にいる為覆いかぶさる様な態勢になるのは仕方ない。

 

 膝の上に乗られると執務がやりづらいので専用の机と椅子を買ってあげたら無言でドラム缶を使ってすり潰されたのはいい思い出。そのあと丸一日膝から降りてくれなかった。

 

 喉を潤す為机上のお茶に手を伸ばす。春雨ちゃんの手刀で払われる。春雨ちゃんがお茶を持ち俺の口に運ぶ。

 

 こんな具合に春雨dayでは俺の行動はかなり制限されてしまう。

 

「ところで司令官、昨夜は夜遅くまでskypeしてたみたいですけど誰と話してたのですか?こそこそ変なことしてるとまた盗聴器しかけますよ?」

 

「佐世保の提督だよ。もう盗聴器はやめてね」

 

 なんでこの子盗聴するのに堂々と正しい事をしてるみたいな態度がとれるんだ。

 

「来月さ各地の提督で集まって勉強会しようって話されたんだけど参加していい?」

 

「開催地はここですか?」

 

「……佐世保だけど」

 

「ならだめです」

 

「はい……」

 

 このやりとり、母親におもちゃをねだる子供と躾ける母みたいだな。

 

 もちろん俺が佐世保提督と話した内容は勉強会の打ち合わせなどでない。

 

 先日の密談を思い出す。

 

  ◇ ◆ ◇

 

 昨夜、偶然にも自室にて春雨ちゃんの盗聴器を発見した俺は盗聴器を処分し唯一の理解者である佐世保提督に連絡ををとったのだ。

 

「よおよお、佐世保んさんよお。先日お願いした脱走の計画考えてくれたかあ!?」

 

『なんでお前は俺に対してそんな強気なんだよ』

 

「……ストレス溜まってんだよ」

 

『はあ、まいいや』

 

「んで、計画は」

 

『ない、てか無理ゲーだろ』

 

「…やっぱり?」

 

『だけど、だ』

 

『お前の話を聴くかぎり春雨さえ何とかできれば脱走できてた場面もあったんだろ?』

 

「ああ」

 

 確かにそうだ。今までに脱走そのものは成功したことがあった。だけど一度眠り、目を覚ますと何故か春雨ちゃんのドラム缶の中にいるのだ。

 

『だからさ。春雨さえ説得すればいい。10人全員は無理でも1人ならいけるんじゃないか?』

 

  ◇ ◆ ◇

 

 絶対に無駄だとは思うが佐世保の案を一応試してみる。試すだけ試さないともう協力してくれないかもだしな。

 

「はあ……」

 

 麻婆春雨(朝)中「はあ…」

 

 艦隊指揮中「つれえよ…」

 

 麻婆春雨(昼)「もう…だめなのかな」

 

 麻婆春雨(晩)中「うっうっ……」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

「司令官、何か悩みがあるのですか?」

 

今日一日うざったい位に悩みがありますよアピールをした。全てはこの言葉を引き出す為に。てか俺、麻婆春雨しか食わしてもらってないな。そりゃ辛いわ。

 

「いや、ちょっとね」

 

「話してください。司令官の元気がないと私も悲しいです…。泣きそうです」

 

 

「春雨ちゃん……ありがとう。じゃあ聞いてくれるかな」

 

「はい!!」

 

 ここが正念場、ここの交渉ですべてが決まる。

 

「俺さ……提督辞めt

 

「一生悩んでろ」

 

ガンっ!!

 

 頭上からドラム缶が降ってきて俺を閉じ込める。あっという間に暗闇と静寂が俺を襲う。

 な?こうなるんだよ。交渉の余地なんざないんだよ。はい、切り替えて次に活かしましょう。

 

……今回は禁固12時間ってところかな。

 



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時雨と英雄のいる鎮守府

提督
シリアス編とか柄じゃないから止めようぜ。

時雨
自分の過去語とか辛すぎて大破。

夏鮫ちゃん
過去に海峡のジンベイと七武海の座を争っていた。








 何度も……何度も出撃を繰り返した。

 

 僕達の鎮守府だけじゃない。数多の艦隊が攻略作戦に参加した。

 

 だけど、どの艦隊も攻略を果たす事はできず多くの艦娘が沈んだ。

 

 沈んだ艦娘の艤装が海底を覆う様な数になった時、その海域を人は鉄底海峡…アイアンボトムサウンドと呼ぶようになった。

 

 僕の妹の春雨もそこに沈んでいる。

 

 その難攻不落の海域がとうとう攻略されたらしい。聞けば攻略を果たした鎮守府の提督は着任からわずか半年で作戦を完遂したということだ。

 

 馬鹿げている。僕達が永い年月をかけて仲間を失いながらも少しづつ情報を集め、それでも攻略できなかった海域をそんな簡単になんて。

 

 貴方がもっと早く来ていれば皆は……春雨は…。

 

 自分が理不尽に憤っているのは分かっている。だけど皆が沈まなかった『もしも』を考えずにはいられなかった。

 

  ◇ ◆ ◇

 

「僕が鉄底の英雄の鎮守府にですか?」

 

 僕の所属する鎮守府の提督である大将直々に話されたのは僕……時雨の転属命令だった。

 

「ああ、時雨だけじゃない。各鎮守府に散らばっている白露型全員だ」

 

 そう応えた後、大将提督はすこし顔を歪ませた。集まるのは自分が沈ませてしまった‘春雨’を除く白露型全員だからだろう。

 

「あそこは僕達が行かなくても戦力は充分なんじゃないかい?なんたって英雄の鎮守府な理由だし」

 

 今のちょっと皮肉っぽかったかな……そんなつもりはないんだけど。

 

「戦力増強の為の移動って訳じゃないんだよ」

 

「?」

 

「あそこの提督……鉄底さんでいいか。元々は提督になるつもりなんてなかったらしいんだ」

 

「ああ…」

 

 よく聞く話ではある。提督になるために必須の条件である妖精さん可視の才は本当に貴重なもので滅多にその才能を持つ者は現れない。だからその才が見つかれば無理やりにでも軍学校にいれられてしまうとか。

 

 まあ、かなりの高待遇だから拒む人はそうそういないらしいけど。

 

「鉄底さんはそうとう軍に入るのが嫌だったんだろうね。断固として入軍を拒んだらしいよ」

 

「んで、大本営が彼に折衷案を出した。【アイアンボトムサウンドを攻略したら辞めてもいいよ】てね」

 

「まさか……」

 

「そう、彼は提督を早く辞めたいが為に着任から半年でアイアンボトムサウンドを攻略しちゃったんだよ」

 

「皆があれだけ涙をながしてきたあの海域をそんな理由で…」

 

「俺も悔しいよ」

 

「ということは鉄底の英雄さんは提督を辞めてしまうのかい?」

 

「そこで君達白露型の出番というわけだ」

 

「どういうことだい?」

 

「このままだと鉄底さんは脱走してでも提督を辞めてしまう。だけど彼の様な英雄を辞めさせるのは戦力的にもマイナスだし艦娘の士気にも関わる」

 

「彼には悪いけど提督適性持ちは本当に枯渇してるからね・・ここ数年、提督適性持ちは1人しか現れてないし」

 

「だから君たちは彼の監視役…いや、彼が脱走した時の捕獲班として着任してもらおうってわけだ」

 

「…それ向こうの艦娘にやらせればよくないかい?」

 

「向こうの艦娘は彼への忠誠心が強すぎて無理なんだって」

 

「はあ…まあ他にもいろいろ聞きたいけど僕が知ってどうなるってものでもないしね。了解しました!時雨、英雄の鎮守府に着任します!」

 

「よろしくね」

 

  ◇ ◆ ◇

 

 面倒な手続きがあるかと思いきや、そんな事はいいからと急かすように英雄の鎮守府に向かわせられ1日かけて鎮守府に到着した。

 

 ここにくるまでの道すがら英雄について考えた。

 

 どんなに優秀でも真っ当な方法では、たった半年でアイアンボトムサウンドの攻略は無理だ。

 

 つまりブラック鎮守府……艦娘に無理を強いているのだろう。もしそうであったならそんな英雄はいらない。僕が摘発してやろう。

 

 そう意気込んで門をくぐると

 

【わああああああああああ!】

 

「でたよ雪風ちゃんの超ロング3ポイントシュート!」

 

「どうしてコートの端から打ってはいるの!?」

 

「人事を尽くしている雪風のシュートは落ちません!!」

 

 ……駆逐艦がバスケしてる。

 

 もの凄い和気藹々と楽しそうにしてる・・・駆逐艦には甘いブラック鎮守府…かな?

 

  ◇ ◆ ◇

 

 コンコン

 

 大淀さんに案内され執務室の扉を叩く

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

「本日付で着任しました。白露型2番艦時雨です」

 

「うむ。私も着任したてで若輩の身だがよろしく頼む」

 

 若い……20歳前後かな。この提督があのアイアンボトムサウンドを…。

 

「君がこの鎮守府になれるまでは大井に君の世話をするよう頼んである。1ヶ月後には他の白露型も着任するようだからそちらは君に面倒を見てもらうことになると思う」

 

 必要以上に僕とコミュにケーションをとる気はないらしい。用件だけ淡々と喋っていく。

 

「それと明後日から君には、先日攻略したアイアンボトムサウンドの残存敵の掃討作戦に参加してもらう。恐らく駆逐イ級程度しか居ないだろうがくれぐれも油断しないよう」

 

「了解しました!」

 

 敬礼をして執務室をあとにした。

 

  ◇ ◆ ◇

 

大井さんに案内され共に食堂で昼食をとる事にした。

 

ワイワイガヤガヤ

 

 食堂は僕が元々いた大将提督の鎮守府以上に賑わっていた。

 

 大体の鎮守府ではその大食漢ぶりから肩身の狭い思いをしている正規空母もここでは堂々と嬉しそうに、楽しそうにしゃもじを片手にごはんを掻き込んでいる。

 

 いや、しゃもじって……お箸を使おうよ。

 

 しかしこの食堂と先程の駆逐艦達の様子だけでこの鎮守府がブラック等ではないことが分かってしまう。…自分の中で灰色と茶色を混ぜた様な薄汚い感情が渦巻いているのを感じる。

 

 正直ブラックであって欲しいと思っていたのかもしれない。そうでないとあまりにも僕たちが報われないから。

 

「どうかしました?」

 

 きっと僕が何とも言えない表情をしていたからだろう、大井さんが僕に尋ねる。

 

「着任して半年でアイアンボトムサウンドを攻略するような鎮守府はきっと艦娘に無理ばかりさせているんだろうな…て思ってたんだけど違うみたいだね」

 

「僕達の立場がないや……」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 大井さんは気持ちは分かりますよと枕言葉をつけしゃべり出す。 

 

「身内贔屓に聞こえるかもですが実力ですよ、あれは。それにうちの提督は指揮以外もほぼ完璧です」

 

「ほぼ?」

 

「あの人、私達とまっっったくコミュニケーションとってくれないのよ」

 

「まったくかい?」

 

「そうなんですよ!ああ!思い出したら腹が立ってきた。この前なんて私がせっかくショッピングに誘ったのに『いや、その日はちょっと…』とか取ってつけたような理由で断ってきたんですよ!?私がどれだけ勇気を出したと思って……!」

 

 提督の人柄が少し分かった気がする。

 

「次は無理やりにでも」

 

 大井さん提督のこと好きなんだなー。

 

  ◇ ◆ ◇

掃討作戦参加1日目

 

 

 暫くぶりのアイアンボトムサウンドは以前とは見違えていた。

 

 あの酸化した血液の様な、どす黒い色をしていた海の面影はもうない。

 

 今日はあいにくの雨模様だが、晴れた日には海面が太陽の光を反射させ美しいものになるんだろう。

 

 今はざーざーと雨がふり海面に波紋を起こすだけだ。

 

 僕は川内さんを中心とする隊に組み込まれこの作戦に参加していた。

 

「んじゃ、残存深海棲艦の索敵していくよー今日は海域の南西側ね」

 

 これがあのアイアンボトムサウンド……綺麗な海だと思う。だけどどうしてか僕は『綺麗』であるという事を認めたくなくて、その理由を考えているとつい返事が遅れてしまった。

 

「了解」

 

 慌てて返答して川内さんの後ろを追いかけた。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 掃討作戦に途中参加したがもう作戦は大詰めのようだった。

 

 深海棲艦なんて1匹もいやしない。

 

 川内さんが言うにはあと3回の出撃で全エリアの索敵が終わるらしい。

 

「南西の索敵異常ありませんでした。戦闘も0です」

 

 提督から作戦報告に来るよう指示を受けていた僕は執務室に来ていた。なぜ旗艦の川内さんでなく僕なのだろう?

 

「ご苦労。掃討作戦も大詰めだ、あと少しよろしく頼む」

 

「はい!」

 

 敬礼をし執務室をあとにする。

 

 関わりはまだ少ないがここの提督は本当に真面目な人だと思う。仕事一筋、そんな印象だ。

 彼が脱走を考える様な人間にはとても見えない。

 

(彼、かなり自分のキャラクターを作るのが上手いみたいだから騙されないようにね)

 

 大将提督からそう聞いていなければ僕もここの艦娘と同じくあっさり騙されていたかもしれない。

 

 大将が言うには掃討作戦終了までは脱走しないという話だったけど油断できない。

 

 っと大井さんに入渠施設の案内して貰うんだった。

 

  ◇ ◆ ◇

掃討作戦参加2日目

 

 

 夢を見ているんだとすぐに分かった。

 

 だって、沈んだ筈の春雨が目の前にいたから。

 

 夢の中で今見ているものが夢だと理解する…確か明晰夢って言うんだっけ。

 

 

「待って!春雨!」

 

 

 人によっては明晰夢を自分の思う様にコントロールする事ができるらしいけど僕にはできないらしい。

 

 春雨は僕に背を向け逃げて行ってしまう。

 

 僕はその後を追いかける。

 

 後ろから僕を呼び止める川内さん達戦隊の声が聞こえるけど行かせてもらう。

 

 だってこれは夢なんだから。

 

ざーざーざー

 

 そういえば夢の中で雨が降ってるシチュエーションなんてこれが初めてだな、なんてどうでもいい事を考えた。

 

□■□

 

「沈んだ仲間の白昼夢を追いかけて、隊列を崩した…と」

 

「…はい」

 

 一人勝手な行動をとり隊列を崩した僕はまた提督に呼び出され執務室に来ていた。

 

「今までもあったのか?」

 

「夜、眠っている時に仲間の夢を見ることはあったよ。けど白昼夢は初めて…だから今回も夢だと思って…」

 

 

「そうか…」

 

「きっと君の中では、アイアンボトムサウンドの戦争は終わっていないんだろうな。いや、終わらせたくないのか」

 

「っ、そんなことは」

 

「いや、いい。そんな君だからこそ、頼みたいことがある」

 そういって僕に1発の砲弾を差し出した。

 

  ◇ ◆ ◇

掃討作戦最終日

 

 

 夕暮れ。最後の索敵を終えた僕達は鉄底海峡…アイアンボトムサウンドと呼ばれた海域の中央に集合していた。

 

 日が沈み始めた海の風は冷たくて肌を張り付かせる。

 

 ここに鎮守府のほぼ全ての艦娘、総勢100名あまりが集まっていた。

 

 昨日提督から渡された1発の砲弾、どうやら作戦終了を告げる祝砲らしい。

 

 英雄の鎮守府は作戦終了の度にこの祝砲を撃っているのだという。

 

「いいのかな…僕が撃っても」

 

 この鎮守府で作戦攻略に関わらなかった僕が打っていいものではない…そう思う。

 

 これはここで命をかけて戦った艦娘にこそ相応しい。

 

 砲弾を持て余す僕の横に長門さんが立つ。

 

「良いんだよ。むしろ君以上の適任はこの鎮守府にはいない。文句を言う奴がいれば私が説き伏せてやるさ。そんな奴はいないがな」

 

「…僕が適任なはずないと思うけど……」

 

「まぁまぁ。さぁ日が暮れる前に撃ってくれ」

 

「…」

 

 言われるまま砲口を上に向け、引き金に指をかける。

 

 その瞬間、元いた鎮守府、演習相手だった鎮守府、春雨といったここで沈んでいった仲間の顔がフラッシュバックする。

 

ドン

 

 砲弾はまっすぐに夕暮れの真っ赤に染まった空へと飛んでいき破裂した。

 

 暫くすると。

 

ひらひらひら

 

 と二種類の花弁が舞い落ちてくる。

 

 春雨は花が好きだったから僕も知っている。

 

 シオンとオダマキの花だ。

 

 確か花言葉は…。

 

「……」

 

 涙が止まらない。拭っても拭っても止まらない。

「提督が言っていた」

 

 舞う花びらと慈しむように見ながら長門さんは僕に教えてくれる。

 

『鉄底海峡を終わらせるのは時雨だ』

 

『命を賭して戦い情報を集めてくれた、今は海の底に眠る者達の仲間であるべきだ』

 

『彼女達がいなければ沈んでいたのは私達なのだから』

 

 嬉しかった。

 

 初めからここの提督が指揮をとっていれば誰も沈まなかったのではないか、皆は無駄死にだと思われているのではないか。

 

 そんな事を思っていた。

 だけど提督は、そんなことはないと。僕達のおかげだという。

 

 そして僕にこの戦争を終わらさせてくれた。

 

 頬を伝っていた涙をもう一度拭う。

 

 もう泣いていられない。だって僕が終わらせたんだから。

 

 

 僕の涙が作っていた海面の波紋はもう現れない。

 

 

 

 

 

 

 あっそういえば

 

 

 

 

 

 今日、雨降ってないや。

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 街を走る。走る。

 

「ガハハハハ!今頃時雨の奴は感動のあまり泣き崩れているだろう!」

 

 急な、それも明らかに不自然な白露型の転属。恐らく俺を提督として縛り付けるための人員だろう。

 

「大本営め、あからさまな監視役を送りつけてきやがって。だが白露型が集合する前に逃亡してやったぞ!!」

 

「時雨のやつもまさか掃討作戦終了と同時に逃げるとは思うまいガハハハハ!っぐへっつ!?」

 

 なんだ!?急に何かに引っ張られた!?あ?体に縄が巻きついているだと!?

 

「なんだこのロープどこから!?動けねぇ!」

 

「僕だよ」

 

 物陰から誰かが歩いてくる。あいつは……

 

「はぁ!?時雨!?もう追って来たのかよ!」

 

「もう少し気持ちの整理をしたかったんだけどね。君を逃がすわけにはいかないから」

 

「くそ!縄解きやがれ!」

 

「ほんとにキャラ作ってたんだね…口調がぜんぜん違う」

 

 たりめえだ!あんなキャラ素でできるか!

 

「なぁ逃がしてくれよ。こんなやる気のないやついても仕方ないだろ?」

 

「昨日までの僕ならそう考えたかもね。でもいまは君のこと素敵な提督だと思うよ。その口調と脱走癖は何とかして欲しいけどね」

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「降ろせ」

 

「だめ」

 

 提督を執務室に連れ戻し、逃げない様に天井に吊るして置いた。ずっとギャーギャー騒いでいるけど降ろす気はない。

 

「なぁ時雨、賄賂があるんだが」

 

 全くなにが賄賂だよ。僕はお金なんかいらないって言うのに。

 

「受け取らないよ」

 

「まぁそう言うな。後ろを見てみろ」

 

「後ろ?」

 

 ふっと反射的に振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには薄ピンクの髪をした少女が立っていた。

 

        

 

 ────ああもう、絶対にこの提督を逃がす訳にはいかないや。

 

 

 

 だって、返さなきゃいけない恩が大きすぎるもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は提督を縛る縄をより一層強く、締め直した。

 

 

 



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提督と艦娘と記憶喪失(嘘)

夕立
駄犬。

夏鮫ちゃん
以前春雨ちゃんから間違えて「フカヒレちゃん」と呼ばれたことにより生命の危機を感じている。




「次で今日中に目を通さないといけない書類は最後だよ」

 

「ようやくか、疲れたわ」

 

一四○○、今朝まで大量に重ねられていた書類の整理をなんとか終えた。なんだかんだ執務スピードが上がってきているのは時雨との息が合ってきているからなのだと思うと少し癇に障る。

 

「はいこれ、この鎮守府に着任希望を出してる艦娘のリスト」

 

「おう」

 

 リストをパラパラとめくる。げっ、まだこいつここに希望だしてんのかよ。いい加減執拗いな。

 

「秋月、矢矧は承認。あとは他に回せ」

 

「了解。……いつも思ってたんだけどどうしてこの浜風を承認してあげないんだい?成績はかなり優秀だし何よりずっとうちに希望出してる」

 

「色々あんだよ」

 

その浜風はな……やべーんだよ。

 

「ふーん」

 

「んだよ、その目やめろ」

 

「別にー。春雨みたいに何処でいつの間に誑かしたのかなー、なんて思ってないよ」

 

 ちっ、ここであまりツッコまれるとろくな事にならない気がする。

 

「そんなんじゃねぇよ。それより飯行こうぜ飯」

 

「あからさまに話を変えられて引っかかるけどまぁいいや。従順な時雨ちゃんは提督のお誘いに尻尾を振ってついて行くよ」

 

「おう、んじゃ行くぞ」

ガチャ

 

 扉を開けて廊下に出る…と

 

「ぽぉぉぉぉぉぉぉいぃぃぃぃぃぃ」

 

 20mほど先から時雨と同じ黒の制服を着た肌色の髪をした少女が突っ込んでくる。

 

 …四足歩行でだ。

 

「出やがったな駄犬がぁぁ!!」

 

「あっ夕立」

 

 俺が戦闘態勢をとる間に駄犬は既に俺の眼前に迫ってきている。

 

「俺がいつまでもてめぇの好きにされると思うなよごらぁ!」

 

 俺は関節技を決めようと夕立の腕に手を伸ばす。

 

タイムアルター…ダブルアクセル!

(捉えた!!) 

 

 が夕立は急激な加速をし俺の腕を置き去りにする。

 

(これは…ロデオドライブ!?何故こいつがこんな高等テクを!?)

 

「ぽいぃぃぃ」

 

 俺の背にしがみつき勝ち誇った夕立の声が聞こえる。

 

「くそ!くそ!離せ!」

 

「んーいい匂い」

 

 背に張り付いた夕立は首筋に顔を埋めふんふんと匂いを嗅ぐ。

 

「やめろ、ごらぁ!!」

 

 暴れても暴れても引きはがす事ができない。それどころか最初は点と点で重なっていた身体が段々と面と面へと密着の範囲を広げていく。

 

「くちゃくちゃ」

 

「襟をしゃぶるなぁ!!!」

 

 くそっくそっ何時も鍛錬を欠かさず鍛えているというのにこんな駄犬にいいようにされるのか。

 

「こら!暴れないで!服が脱がしづらいっぽい!」

 

 夕立の手が俺のレベルB地区に手をかけた辺りで覚悟を決める。

 

「いつまでもてめぇのレ〇プ紛いのスキンシップに付き合えるかぁ!!」

 

ガッシャーン

 

 俺は夕立を背負ったまま窓をぶち破る。

 

 ここは3階だ落下すればてめぇも只ではすまねぇだろ。一泡吹かせてやったぜ…

 

夕立の顔を見ようと後ろを振り返ると、

 

 

 …いねぇし

 

 俺は1人落下していくのだった。

 

  ◇ ◆ ◇

 

「あ、れ…?」

 

 西日の刺す部屋のベッドの上で目を覚ます。

 

「気がついた!僕、君が死んじゃうかと…うっうっ」

 

「良かった……よがったでずぅぅぅ」

 

「心配かけないでくださいよ、貴方だけの身体じゃないんですから…グスッ」

 

「そうだよ……提督さんがいないと私達なにもできないんだから」

 

「えっ…?」

 

目を開けると時雨、榛名、大井、瑞鶴の泣き腫らした顔があった。

 

あっそうか…俺3階から飛び降りて…

 

「ごめんね提督、僕が夕立止めてれば良かったんだけど。夕立は向こうで春雨がシバい…絞ってるから」

 

「…」

 

「どこか痛むのかい?何か様子が変だけど」

 

「えっと」

 

「君達…だれ?」

 

 

  □■□

 

 

 ぶぁぁぁぁか共めがぁ!!

 

 簡単に俺が記憶喪失だと信じ込みやがった!そんな簡単に記憶が消えるわけねえだろ!

 

 しかしこの状況…脱走に最適じゃねぇか。

 

 

  □■□

 

 

「提督、まだ記憶は戻らないのかい?」

 

「ああ…すまない」

 

 記憶喪失(嘘)になった次の日の朝、時雨が俺を起こしにきた。

 

「謝らないでよ。提督は悪くないんだから」

 

 おおう。時雨が俺に優しいとか気持ちわりいな。

 

「それにしても……なんか落ち着かないな。可愛い女の子ばかりだから」

 

「そう……だね。ところでなんだけど提督の好みの子はいたかい?」

 

「いたが名前がわからないんだよな」

 

「……ふーん。ちなみに僕の名前は時雨だよ」

 

「えっ?」

 

「時雨だよ」

 

 こっっっわ!!!なんだよこいつ何が言いたいんだよ。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 着替えて自室を出るとうーちゃんが待ち構えていた。うーちゃんはスカートを皺ができるほど握り締め俯いていた。

 

「しれいかん、うーちゃんはしれいかんに忘れられたくないぴょん。うーちゃんはしれいかんとサッカーしたり御飯食べたりした時間が宝物ぴょん。だから忘れて欲しくないぴょん」

 

「うーちゃん……」

 

 うおおおおん、泣かないでくれようーちゃんんんんん!ごめんよ、ごめんようーちゃん。俺だってうーちゃんを泣かしたいわけじゃないんだよおおおおお!

 

 ぽんっ。うーちゃんの頭に手を置いて俺は言う。

 

「ごめんなうーちゃん。俺絶対うーちゃんとの思い出思い出すから、ちょっとだけまっててくれないか?」

 

 覚えてるよおおおおお!忘れるわけないよおおおお!

 

「ぐすっ、絶対ぴょん?」

 

「ああ、絶対だ」

 

「ならうーちゃんちょっとだけ待つぴょん」

 

「ありがとな」

 

「ぐすっ、うーちゃんお花の水やりがあるからもういくぴょん。約束、絶対ぴょんよ!」

 

 そう言ってうーちゃんは行ってしまった。

 

 こ こ ろ が い た い。

 

「提督、かっこよかったよ」

 

後ろから時雨にそう褒められた。ほんとこいつに優しくされると調子狂うな。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 俺が一番よくいた場所である執務室の机に座っていれば記憶が戻るのではないかと言う事で現在は執務室にいる。

 

「春雨ちゃん?俺はいつも君を膝に乗せて仕事をしていたのかい?」

 

「そうですよ?」

 

 さも当たり前のようにそう応える。いや、元々君が勝手に乗ってきてたんだけどね?降ろすと怒るし。

 

「いやー、流石に女の子が男の膝に乗るのはどうかと思うよ?」

 

「気にしなくていいです。はい。だって私と司令官は結婚していますから」

 

 前々から春雨ちゃんのことはちょっとやべぇ奴だなとは思っていたが認識が甘かったらしい。めっちゃやべぇ奴だ。記憶捏造しておられる。

 

「司令官から告白してくれたんですよ?私の事が好きだって、私も司令官の事が大好きで両思いでしたからね。直ぐ結婚しました」

 

 こわいこわいこわい。俺の知らない過去を語らないでくれ。

 

「でも……いまの司令官は覚えてないんですよね。春雨悲しいです」

 

 そう言うと俺の膝の上の春雨ちゃんはぐるん!と俺の方を振り返り

 

「そうだ!覚えてないならもう一度すればいいんです!司令官、春雨にもう一度プロポーズしてください!」

 

「いや、それは……」

 

がっしゃーん。

 

 言葉を濁そうとした瞬間春雨ちゃんの急な重心移動によって椅子もろとも俺と春雨ちゃんは倒れる。がそのまま春雨ちゃんは俺の腹の上に馬乗りになる。

 

「早く言ってください。早く結婚をやり直しましょう。早く。早く。早く」

 

 春雨ちゃんの目は獣のそれだった。ケッコン(狩)そんなしょうもない事を考えた。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 記憶喪失(嘘)になって二週間がたった。そろそろ仕掛けるか……。

 

 艦娘を食堂に集める。

 

「皆、今日集まってもらったのは俺の今後についてだ」

 

ざわざわと艦娘が動揺する。ククッああそうだよ。お前らが今想像した通りの事がおこるんだよ。

 

「俺が記憶を失って二週間……この鎮守府で過ごせば回復すると思ったが未だに何も思い出せない」

 

「だから俺は一旦故郷に帰ろうと思う。俺が長年過ごした街で生活すれば何か思い出せる気がするんだ」

 

 ざわっざわっ

 

「安心してくれ!もちろん代理の提督を呼ぶ。回復したら俺も復帰するつもりだ」

 

「何よりこんな状態では君達の命を預かることはできない……」

 

「嫌ぴょん!しれいかんは直ぐに思い出すってうーちゃんと約束してくれたぴょん!今すぐ思い出すぴょん!うっうっうわあああああああん!」

 

 ごめんよおおおおお!うーちゃあああああん!うーちゃんだけでも連れて行きたいよぉぉぉ!

 

「すまない、卯月」

 

「そうですよ、ここの指令は貴方だけなんです。不知火達を置いて行かないでください」

 

 不知火までそんな顔を……。

 

「榛名は……大丈夫じゃないです」

 

「僕はついていくよ。護衛としてね」

 

「だめだ」

 

「なんでさ!!」

 

「何時戻るかも分からない俺の為に貴重な戦力である君達の時間を奪う訳にはいかない」

 

「安心してくれ、必ず戻る。約束だ」

 

 その夜、鎮守府の全ての艦娘が泣いた。

 

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 うーーーーーーーーーーーついたあああ!!!

 

 数年ぶりの故郷は何も変わっていなかった。岡山県。都会なのか田舎なのか分からないこの街が俺は大好きだった。

 

「ようやく……ようやく開放されたんだな」

 

 胸が熱くなる。春雨ちゃんも時雨も五月雨くんの監視もない。夕立の過剰なスキンシップを警戒する必要もない。なんという開!放!感!

 

 俺は携帯を撮りだし旧友へと連絡する。

 

『よお!久しぶり!突然で悪いんだけどさ、今日飲みいかね?えっ?提督?そんなもん辞めたよ!はっはっはっww』

 

  □■□

 

 久しぶりに会う友人達との宴会は本当に楽しかった。艦娘とはできなかった下世話なトークがこいつらとなら遠慮なくできる。下ネタ万歳!

 

 一通り飲んだあとはスナックやキャバクラを梯子した。

 

「うーーーーい!あそこに新しいキャバクラができてるぜ!」

 

「突撃だ!」

 

 

 店内は薄暗く冷房がよく聞いていた。ちょっと寒いくらいだ。席について数分で俺の横に2人の女の子がついた。

 

「好きなお酒開けてくれ!今日は俺のおごりだ!」

 

 そういいながら右の女の子のお尻を触る。さらに左の女の子の膝にのったハンカチをとる。キャバクラの女性が膝に乗っけるハンカチはスカートが短すぎるため座った時に見えてしまうパンツを隠す為のものらしい。

 

「ずいぶん羽振りがいいんですね。社長さんですか?」

 

「違う違うw海軍で提督っていうまあまあ偉いポジションにいただけw鎮守府にいるとお金の使い道なくてさーw」

 

「えーー提督さんなんですかー?すごーい。提督さんて艦娘を指揮するんですよね?」

 

「そうそう!でもあいつら個性強すぎてさー。手に余るのよ」

 

「俺が提督辞めようとしても無理やり続けさせるしさー。今日ようやく提督やめてきたのよw」

 

 ピシっ

 

 空気が、いや空間が凍りついたのかと思った。それほどに部屋の空気が張り詰めた。

 

 俺がお尻を触っていた娘が俺の右腕を締め上げる。

 

「いたい!いたい!何すんだよ!」

 

 ようやく暗い店内に目が慣れた俺は初めて女の子の顔を認識した。その女の子は

 

 

 時雨だった。

 

 

「へーやっぱりそういう事だったんだ」

 

「ひっ!おっおい!助けてくれ友人!」

 

 あたりを見渡すもそこに友人の姿はない。いたのは

 

「いかがわしい店に行ってたんですか?司令官……」

 

「はっ春雨ちゃん…」

 

「あたしずっと心配してたっぽい……」

 

夕立まで…

 

「まあまあ、皆とりあえず鎮守府に帰ろうよ」

 

「そこでじっくりと話をしようじゃないか」

 

 

 くそ……こんな終わり方ありかよ……。

 



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提督と白露型とマジギレ浜風さん

提督
夏鮫ちゃんを己に封印すれば人柱力になれるのではと考えている。

浜風
提督絶対ぶっ殺すガール。

夏鮫ちゃん
かつて一尾の尾獣と呼ばれていた。



 一三○○、快晴。今日も今日とて執務仕事を身を粉にしてこなしていた。ちなみに今日の秘書艦は時雨だ。

 

「はい、今月の着任希望リスト」

 

 時雨から艦娘の性能の書かれた紙を渡される。

 

「もう艦娘いらねえよ」

 

 いい加減名前も覚えられん。覚えてない奴らから慕われるというのも気まずいものがあるしな。

 それにあまり人数が多くなると脱走難易度あがるし。

 

「うちは最前戦で戦ってるからねそう言うわけにもいかないよ。ほら早く目を通して、今日の演習相手の大将さんを出迎えに行かないとなんだから」

 

「へいへい」

 

 ぺらぺらと艦娘の名前と性能が記載されたリストをめくる。まあ今回も適当に駆逐艦でも迎えとけばいいだろ……てあれ?

 

「おい時雨、何年も前からここに着任希望出していた浜風いたろ?あいつの名前がないが何かあったのか?」

 

「ああ、あの浜風なら大将さんの所に着任したみたいだよ」

 

 ほーん大将の所にねえ。ようやく諦めやがったか、たくっしつこいんだよ……ん?大将?

 

「おい、今日の演習相手どこつった?」

 

『私達、大将の艦隊ですよ先輩』

 

 どこからか声が聞こえた次の瞬間に扉は吹き飛んだ。

 

「くそっ、俺とした事が!油断したっ!」

 

「えっなんなの、こわっ」

 

時雨てめー吞気か。扉吹っ飛んでんだからもっと驚けや。

 

 吹き飛んだ扉の向こうにいたのは件の浜風。

 

「お久しぶりです、先輩……死ねえええええええ!」

 

「ちったあ会話しろや!」

 

 浜風は挨拶と同時に殺気を放ちながら俺に殴りかかってくる。俺はピーカブースタイルのガードでその拳を防いだ……はずだった。

 

「ガハっ」

 

 俺の両腕のガードを浜風の拳は回転でこじ開け、そのまま俺の腹部へと突き刺さった。これは……コークスクリューブロー……。

 

 どさっ。俺は耐えられず前のめりに倒れる。その俺の背中に浜風は馬乗りになり関節をキメる。

 

「時雨ぇ!助けろ!」

 

「えっ?その浜風は提督の知り合いでしょ?どうせ君がまた変な事したんだよ、早く謝りなよ」

 

「ばかっろくに状況判断もできねえのか!こいつの殺気を感じろ!」

 

「えー、確かに怒ってはいるけど殺気は出してないよ」

 

 助けようとしない時雨に抗議していると浜風は俺の右腕に力を加え……

 

「ようやく捕まえました……どうしてくれようか。取り敢えず腕、もらいますね」

 

「えっちょっま」

 

「ストーーーップ!。浜風ストップだ」

 

 腕を持っていかれようかというところで救いの手・・・浜風の提督である大将が浜風にストップをかけてくれた。うう大将・・・しっかり手綱にぎってくれよ……。

 

「あっ大将。久しぶり」

 

「おう、久しぶり」

 

 時雨てめえ……何普通に挨拶交わしてやがる。いい加減俺を助けろ。

 

「……何ですか」

 

 止められたのが気に食わないのか浜風は大将相手にも怒りを隠そうとしない。

 

「悪い様にはしないから俺に任せろって。おーい大丈夫?」

 

「大丈夫にみえますか」

 

「見えないかな……。助けようか?」

 

「お願いします」

 

 明らかに何か企んでいる風だが頼れる相手が他にいない。時雨許さんからな。

 

「なら1つ条件。今日の演習で負けた方が勝った方のいう事を聞く。なんでもだ」

 

「それは……っ痛い痛い浜風!今話してるから!」

 

「大将さんは変な命令しないから大丈夫だと思うよ?」

 

 そういや時雨は元々大将の鎮守府にいたんだっけか。

 

「呑まないんですか?」

 

 浜風の力が強まる。右腕がポッキリいく寸前だ。

 

「分かりましたその条件呑みます。だから助けてください」

 

「おっけー。浜風」

 

「はい」

 

 ようやく開放された……右腕めっさ痛てぇ……

 

「んじゃっ!約束わすれないでね」

 

「忘れたらぶっ殺します」

 

 

 ……最後に毒を吐いて部屋から去っていく浜風。

 

 

「嵐みたいだったね」

 

「……時雨、演習メンバー総入れ替えだ」

 

「了解、メンバーは?」

 

 うちの最高戦力でぶっ飛ばしてやる。

 

「金剛、榛名、加賀、瑞鶴、卯月そして……春雨ちゃんを呼べ」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 艦娘になれば先輩は私を見てくれるって言いました。

 

 だから私は浜風となって軍学校で強くなった。人の何倍も訓練して実力が認められ先輩の鎮守府への推薦がもらえた時は飛び上がるほど嬉しかった。・・・だけど先輩は私を迎えてはくれませんでした。

 

 練度が足りないんですね!分かりました!もっともっと強くなります!

 

 

 □■□

 

 

 鍛錬に鍛錬を重ねました。ですがいつの日からか私の練度は上がらなくなっていました。ここが【駆逐艦浜風】の限界のようです。

 

 限界に達しても先輩は迎えにきてくれません。

 

 

 □■□

 

 

 先輩がアイアンボトムサウンドを攻略しました。英雄になりました。流石は私の先輩です。でも、私は間に合わなかった・・・私は英雄の浜風になれませんでした。先輩の鎮守府に思い出がどんどんできていく。ですがそこに私はいません。

 

 私、できる事は全部やりましたよ?何が足りないんですか?どうして迎えにきてくれないんですか?

 

 

 □■□

 

 

 もう何度目になるかも分からない位私の着任希望が却下された時気づきました。

 

 

 

 ……先輩、私との約束を破るつもりですね。それだけは絶対に許しません。そんな事をするならこちらにも考えがあります。

 

 

 

 □■□

 

 

 

「浜風頑張ってね」

 

「はい」

 

「向こうは強いよ」

 

「はい」

 

「いってらっしゃい。お別れだね」

 

「……お世話になりました」

 

「浜風、抜錨します」

 

 

 

  □■□

 

 

 

「あの浜風の強さ異常だね。加賀と瑞鶴を瞬殺って」

 

観覧席で時雨と共に演習を見守る。演習場はドーム状の野球スタジアムの様にしてある。

 

「でもうちには春雨ちゃんがいるし大丈夫だろ」

 

「で?どうしてあの浜風はあんなに怒っていたんだい?」

 

「さっき俺を助けず傍観してたやつには答えたくねぇ…」

 

「ごめんって。ただ大将さんのとこの艦娘だから悲惨な事にはならないだろうと思ったんだよ」

 

「……次は助けろよ?」

 

「もちろん。だから教えて?」

 

「あいつは俺が提督になる前……学生時代の後輩なんだよ」

 

「ああ、だから『先輩』なんだ」

 

「んでだ、学生の時にあいつに告白されてな。『好きです』って」

 

「は?」

 

 なんだよこいつ急に怖ぇな。

 

「断ったんだよ。『俺は軍に入る事が決まってる。一緒にいられる時間はほとんどない。だからごめん』ってな」

 

「そうしたらあいつよ『なら私が艦娘になれば何も問題ありませんね!』ていうんだよ。でもまあ、艦娘の艤装の適性がでるなんて滅多にないからな。適当にそうだなって返事した」

 

「そしたら見事に浜風の適性をだして艦娘になったと」

 

「そうなんだよな~~~。まさかこんな事になるとは」

 

「浜風はずっと、僕がここに来る前から君のところへの着任希望出してたんでしょ?そんな約束しといて無視すればそりゃ怒るよ……」

 

「だよな」

 

「僕ならどうするかわかんないや」

 

「!?」

 

「あっ金剛もやられたよ。残ってるのは……浜風と春雨だけだね」

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 身体が重い、もう大破状態だ。12.7cm連装砲も砲口が潰されて使い物にならない。だけど目の前の春雨は無傷で、途方もなく強い。きっと万全の状態でも勝てない。

 

「もう降参してください。それ以上やると沈みますよ。はい」

 

 そうはいかない。今日という日を、この鎮守府に来る時をどれだけ待ち望んだか。いつも先輩の横にいる貴方にはこの想いは分からないでしょうね。

 

「あああああああ」

 

「向かってくるなら慈悲はありません」

 

 拳を握り締め春雨に殴りかかる。だけど簡単に躱されて

 

「貴方にはうちに来てもらいたかったです。はい」

 

 春雨のドラム缶型爆弾が私の胸の前で爆発した。

 

 

 私だって行きたかった。私だって貴方みたいに先輩と居たかった。そのためにずっと努力してきました。ずっとずっと諦められなかったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「強い人でした」

 

「貴方もね」

 

「!?」

 

 春雨の背後をとり、首筋に修復した砲口を押し付ける。

 

「確実に沈めたはずですが」

 

「沈みましたよ。でもこれです」

 

 私に敬礼をし消えていく応急修理女神を見せる。

 

「演習でこんな貴重なものを……」

 

 卑怯だろうがなんだろうが構いません。私の目的は先輩と共に生きること。勝利の栄光なんかではありませんから。

 

「それでどうしますか?降参してもらえますか?」

 

「……仕方ありませんね」

 

 春雨が両手を上げる。

 

 

 

 ─────ああ。ようやくなんですね

 

 

 

 ─────ようやく英雄の浜風になれるんですね

 

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 執務室で時雨・大将・浜風を前に処刑の時を待つ。まさか春雨ちゃんが負けるなんて……いやあれは女神なんて非常識なものを持ち込んだ大将が悪い。なにされるんだろ……痛いのはもう嫌だな……。

 

「じゃあ、賞品のお願いなんだけどさ」

 

 大将に何命令されるのか……クビとかがいいな……

 

「この浜風、君のところに迎えてよ」

 

 えっ、それだけ?てか浜風まだこの鎮守府に来たがってたの?まあでもその程度なら・・・もちろん迎えたくはないが背に腹はってやつだ

 

「わかり……ました」

 

 そう答えた瞬間浜風が俺に抱きついて来る。あ?なんだ?こいつ泣いてるのか?

 

「もう……逃しませんからね」

 

 




今回の話の『沈む』とは艦娘としての艤装を失うことを指します。
また、『女神』は『妖精』とは別種で提督適正がなくても視認できまふ。


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辞めさせない白露型の円卓会議

白露
ソシャゲーマー。
人類最後のマスター兼、騎空士兼、指揮官。
最近はZ/Xというカードゲームにもお熱。

時雨
提督に距離を取られると結構傷つく。

夕立
駄犬・・・というより頭のネジが数本吹っ飛んだ馬鹿。
やっていいことと悪いことの区別がついていない。

春雨ちゃん
主武装であるドラム缶型爆弾で全てを破壊する。

五月雨くん
山風と久しぶりの登場。

海風さん
お兄さんすきすき。かまってかまって。

マジギレ浜風さん
元は穏やかな心を持つ少女だったが提督への怒りにより激変。マジギレ浜風という亜種艦娘となる。
最近は激おこくらいに抑えられる様になった。

夏鮫ちゃん
黒塗りの深海棲艦に追突してしまった夏鮫ちゃん。彼女に言い渡された示談の条件とは?





 草木も寝静まる丑三つ時。唯一あかりの灯る部屋がある。あたしこと白露が率いる円卓の騎士の部屋だ。

 

「はい!第19回白露型円卓会議を始めます!今回司会を務めるのはあたし、白露です!」

 

「円卓っていうかこれ、ただの中華テーブルですよね」

 

「こんどはアーサー王伝説がブームみたいです」

 

 春雨と海風がなんか言ってますが気にしません。あっこら山風、テーブルのくるくるする部分をくるくるしないで!雰囲気台無し!

 

「はい!点呼とります!呼ばれたら返事してね!」

 

「パーシヴァ↑ル↓さん」

 

「海風です。ヴァルの発音面白いので止めてください」

 

 うるさいなあ!難しいの!

 

「ランスロットさん」

 

「春雨です」

 

「モードレットさん」

 

「江風だ。誰が裏切りの騎士だよ」

 

「ベディヴィエールさん」

 

「はい」

 

私のネタに乗ってくれるのは五月雨だけだよ…

 

「ガウェインさん」

 

「ちがう!夕立!」

 

「アグラヴェインさん」

 

「なんで僕がアグラヴェインなのかな?ん?」

 

 こっわ、お前そういうとこだぞ。

 

「……山風」

 

「なんであたしだけ普通……?円卓の中に山風交じってたらおかしいでしょ」

 

 もーーーーー、皆ノリ悪い!山風はなんかごめん。もういい!なんか疲れた!

 

「村雨は提督の監視、涼風は哨戒任務中だったね。では全員そろったところで会議をはじめます!五月雨、ホワイトボードの準備を」

 

「べディヴィエールです」

 

 ちょっと気にいってたのか……。

 

 

「今回の会議の議題は3つ!」

 

 あたしはきゅっきゅっとボードにマジックを走らせる。

 

①浜風について

②提督はどうして軍を辞めたがっているのか

③②を踏まえてどうすれば提督にここにいてもらえるか

 

「今回はこの3つについて情報の共有と意思の統一を行いたいと思います!まずは①の浜風についてだね。この件は時雨が詳しいんだよね。時雨、彼女は提督の腕をいきなり折ろうとしたらしいけど何があったの?」

 

「あーこの件はちょっと説明が難しいんだよね。簡略化すると浜風は提督の為に艦娘になったんだけど提督はずっと着任拒否してて浜風が怒ったってところかな」

 

「そういや、何年もここに着任申請出してる浜風がいたな」

 

「江風も知ってたんだね。後で詳細をまとめて白露型の情報共有SNSに貼り付けておくよ」

 

「それで今はどうなんですか?また提督に危害を加えるなら放っておけません」

 

うんうん、春雨に次ぐ提督大好きっ子の海風としてはそこは重要なポイントだろうね。

 

「それは大丈夫。今回の件も提督が悪いしね。それにここに着任してから浜風は提督にずっと甘えてる。提督が大好きなんだ彼女。それに戦力にもなる」

 

「加賀さん、瑞鶴さん、それに援護があったとはいえ金剛さんを倒したんだよね。それに女神を使って春雨も」

 

「はい、まともな戦闘なら私の方が強いでしょうけど浜風さんの執念はすごいものでした。今思えばあの執念は司令官を思ってのものだったんでしょうね。はい」

 

「ならいっそ捕獲班に浜風もさそえば……?」

 

 山風、あんた一人でも捕獲班の人員を増やして自分の負担を減らそうとしてるのがバレバレ……。

 

「あーそれは無理だと思う。捕獲班は機密保護の観点から僕達白露型に限定されてるからね。これ以上人を増やすっていうのは上が認めないよ」

 

「そう……」

 

「んじゃあ①の浜風については経過観察及び警戒ってことで!」

 

 ボードに記入する。

 

①浜風について→経過観察、監視

 

「じゃあ次②!提督はどうして軍を辞めたがっているのか?について。これ知ってる人挙手!」

 

「はい」

 

「海風さんどうぞ!」

 

「以前私が直接伺った時は『俺は引きヲタクソニートだからな。こんな人が沢山いるとこにいられるか。俺はダンゴムシみたいに、冷たい石の下の暗い空間の様な場所で一人丸まっていたいんだよ』と仰ってました」

 

 言いそうだなあ……。

 

だが 海風の説明を聞いて江風が納得いかないと声を出す。

 

「その引きヲタクソニートってのが何かわかんないけどよ、普通こんなハーレム状態でまだ引きこもりたいなんて言うか?艦娘全員に慕われてるのによ」

 

「もしかして男色の気が」

 

「ちがう、よく榛名さんの腋みてる」

 

「詳しく」

 

「詳しく」

 

「ひっ、それ……だけ」

 

「はいそこ!私語禁止!」

 

 我が妹ながら春雨と時雨は提督絡みだと恐怖を感じる、、、山風じゃなくても怯えるわ。

 

「はいはい!ならつぎは③のどうすれば提督にここにいてもらえるか!これが一番重要なんだから!」

 

「はい!提督さんを鎖で繋いでおけばいいっぽい!」

 

 過激派がおるな?

 

「いや、そうじゃなくてね。提督がどうすれば自分の意思でここにいてくれるかって話ね?それに鎖につないだりしたら他の艦娘が怒るよ」

 

「ぽい……」

 

「やはり私がお兄さんの子供を宿すしか・・・」

 

 過激派(実動)もおるな?

 

「……」

 

「どうしたの時雨?まさかあんたも子供を……」

 

 この子もちょっと危ないところあるからなあ。

 

「そうじゃないよ。ただこの前大将さんが来た時に気になる事を言っててね」

 

 そういえば演習で浜風を連れてきたのは大将だったわね。

 

「詳しくは教えてもらえなかったけどこう言ってたんだ」

 

「『ケッコンカッコカリの実装はもうすぐだぞ』って」

 

        ・

        ・

        ・

        ・

        ・

 

「「「「「「詳しく!!!!」」」」」」

 

 

 

 



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キャラクターデータベース

この章は各キャラクターと世界観についてまとめた物です。
目を通して頂ければ今後の物語が読みやすくなるかと思います。

本日2017/12/29に『海風編』を投稿しますので宜しくお願いします。




『提督』

本名は表島 良太郎(おもてしま りょうたろう)

妖精視認の才を軍に見つかってしまい強制的に提督として鎮守府に着任させられた。

アイアンボトムサウンド攻略は軍から提示された『提督を辞める為の条件』だったが反故にされた。

 

『深海妖精さん』

何故か提督が幼少期の頃から彼に付き纏っている敵サイドの妖精さん。提督がアイアンボトムサウンドを攻略できたのはこの妖精の助言のおかげ。多分何か企んでる。多分。

 

『白露』

ソシャゲーマー。

人類最後のマスター兼、騎空士兼、指揮官。最近動物の森の住人となった。妹達がかなり個性的なのでまとめ役として割としっかりお姉ちゃんしてる。

 

『時雨』

元大将提督の艦娘。執務仕事などが得意でもっとも秘書艦適性が高い。

提督に春雨を助けてもらったことで多大な恩を感じており、この恩を返しきるまでは逃がす気がないらしい。返しきっても逃がすかは不明。

提督を辞めたいという願いを叶えて上げたいと思ってはいるがそれを叶えると一緒にいる事が出来なくなるというジレンマに悩んでいる。

主武装は『12cm仕込み傘単装砲』

 

 

『村雨』

unknown

 

『夕立』

駄犬…というよりは頭のネジが数本吹っ飛んだ馬鹿。

やっていい事と悪い事の区別がついていないやべー奴。

 

『春雨』

捕獲した駆逐棲姫を提督が深海妖精さんと共に解体したところ現れた艦娘。後日語られる『春雨と無くしてしまった返事』参照。

趣味はB級サメ映画鑑賞。

主武装はドラム缶爆弾。砲撃精度は著しく低い。

戦力は絶大だが彼女が本気で戦えば周りに甚大な被害を与えるため実力を発揮出来る機会は少ない。

ドラム缶の中身はナフサ、界面活性剤、アスファルトなど多岐に渡り多種多様な戦闘が可能。

例えばアスファルトを相手に浴びせ動きを封じる。ナフサ入りドラム缶を相手にぶつけ硫化水素で意識を奪うなど。

1000KLℓ以下のドラム缶を準特型、1000KLℓ以上のドラム缶を特型と呼称している。なぜか危険物屋外タンクに適用する消防法を参考にしている。

 

『五月雨』

任務を忠実にこなす仕事人。断じてドジっ子などではない。

 

『海風』

構ってちゃんなお姉さん。詳細は本日投稿の『海風編』参照。

 

『山風』

緑色のかわいいやつ。提督からはチョロ風、ざる風と侮られているが同時に最も可愛がられている。

 

『江風』

史上初の艦娘適性と提督適性をもったやつ。神童。

 

『涼風』

unknown

 

『マジギレ浜風さん』

提督を慕って軍に入り〖浜風〗となったが提督から着任を拒否され続け激怒。亜種艦娘である〖マジギレ浜風〗となった。

最近は少し落ち着いて激おこくらいに抑えられているらしい。

通常の浜風とは異なりかなり強引な性格。『押してダメなら押し倒す』くらい壊れた思考回路を持つ。

 

『悪磨さん』

デビル型軽巡洋艦!悪磨さんクマー!

ダークサイドに堕ちてしまった球磨さん。敵か味方か不明。

 

『追いつきたかった天津風ちゃん』

追いつきたくて、追いつきたくて、後を追いかけた。

だけど貴方に並ぶことはできない。

だから私は貴方とは反対方向に走ることにした。

そうすれば…いつか貴方と正面からぶつかれるはずだから。だって地球は丸いものね。

 

『夏鮫ちゃん』

サメ……ではなく実はイルカ。何をどう間違って鮫だと勘違いされているのかは今後投稿する『夏鮫ちゃんのなが〜い一日』参照。

春雨ちゃんの従僕。

他にも秋鮫ちゃんと冬鮫ちゃんがいる。

 

 

❮用語❯

 

『艦娘』

艦娘とは女性のうち【適性】を持つものがそれぞれの艤装を身につけた状態を指す。艤装を適合させた後は身体的成長が止まる。

 

『提督』

妖精視認の才を持つものを指す。希に妖精視認の才と艤装への適性の両方を備える者がいる。

 

『艤装』

建造、もしくはドロップによって入手される艦娘を艦娘たらしめる物。

艤装適合後は肉体的成長が停止する。

 

『捕獲班』

白露型のみで構成されたチーム。

脱走を企てる鉄底英雄の捕獲と監視が主な業務。

白露型以外の艦娘には秘匿されているチームなのでバレないよう出撃や遠征もこなす。

 

『母なる深海棲艦』

別名は『乙姫』。深海棲艦を生み出しているとされる敵。これを倒せば人類の勝利だと噂される。

 

 

 

 

 

 

 

 



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提督候補生とお姉さんな海風さん

提督
安易に過去編をやるんじゃねぇ!

海風(リリイ)
パワー系。パワー系と言われると怒る。





パコン パコン パコン

 

 私は一人、川原にあるコンクリートの壁に向かってテニスボールを打ち続けます。

 

パコン パコン パコン

 

 数週間前までは一人ではありませんでした。3人の妹が何時も一緒でした。……6人の義姉さん達もですね。

 

 姉妹は全員『艤装適性』が認められて軍学校へと行きました。私にも海風の適性がありましたが艦娘になるかは保留にしてもらいました。お恥ずかしい話ですが怖いんですよね、戦うの。山風ですら泣き言を言わずに巣立って言ったのに……情けないです。

 

パコン パコン ブチっ

 

 あっ、ガットが切れてしまいました……まあフレームで打てばいいですね。

 

パコン パコン パコン

 

「いやいやいや、何でガット切れてるのに壁打ち続行してんだよ」

 

「?」

 

 私に茶色いダッフルコートを着た20歳前後くらいの男性が話かけてきました。……誰でしょう?

 

「ああ、悪いな急に話しかけて。ほい」

 

 そう言って彼は私にラケットを渡してきました。

 

「一人だろ?テニス付き合ってくれよ」

 

 当然ガットは張ってあります。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

パコン パコン パコン

 

 愛しのコンクリート壁に別れを告げて男性とテニスコートに移動しました。この川原はテニスコートがあったりサッカーフィールドがあったりと田舎の有り余る土地を有効活用しています。

 

「お兄さん、見かけない顔ですが地元の方ですか?」

 

 こんな田舎にこのお兄さんみたいな若い人が居れば目立つはずですが。

 

「いんや違うよ。ただ爺さんの家がこっちにあってな。ちょくちょく遊びに来てんだよ」

 

パコン シャッ パコン シャッ

 

「そうですか。それでどうして私に声を?」

 

「お前がここのところ寂しそうに壁打ちしてるのが目に入ってな。いつも姉妹一緒にいたのにどうしたんだろうなって気になった。それにお前は俺と人種が似てる気がしてな……仲良くできるかもなんてガラにもなく思っちまった。」

 

「……ストーカーですか?」

 

パコン シャッ パコン シャッ

 

「ちげぇよ……お前ら見たいなカラフルな姉妹がいたら嫌でも目につくわ」

 

「ですか」

 

「「……」」

 

パコン シャッ パコン シャッ

 

「さっきから変な回転ばかりかけるの止めてもらえません!?やりづらくて仕方ないんですけど!」

 

「馬鹿、お前これが大人のテニスだぞ。何の為にゴムボール持ってきたと思ってんだ。まともにやったら勝てねぇし」

 

「小狡い真似を……」

 

「ヘカトンケイルの門番……お前のボールもうネットを越えないぜ」

 

パン!

 

「普通に越えますけど……」

 

「クソっこれだからパワー系はよぉ!!」

 

Prrrrrrrr

 

 ラリーを続けていたところでお兄さんのスマートホンが鳴りました。

 

「っと。ちょっとすまん。げっ、鹿島の奴だ・・・悪い!今日はここまでだ!えーと、名前なんて言うんだ?」

 

 名前……。知らない人にあまり本名を教えるものではありませんね。

 

「海風です」

 

「じゃあ海風、もしここに変に余裕ぶった白髪の姉ちゃんが来ても俺の事は知らないって言っといてくれ」

 

「え?ちょっと!」

 

「じゃあな!明日また来るから遊ぼうぜ!」

 

 行ってしまいました……。ラケット返してないのに。明日返しますかね、今日はわりと楽しかったですし。

 

 ちなみにお兄さんが去った数分後に白髪の綺麗なお姉さんがやってきました。とても怒っていました。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「アメフトやろうぜ!!」

 

 次の日お兄さんは縦長の変な形をしたボールを持ってきました。あっ今日も川原です。

 

「アメフトってどうやるんですか」

 

「二人だからな。キャッチボールしたりボールを遠くまで蹴ったりくらいかな」

 

「はあ、意外とアウトドア派なんですね」

 

「んーどうだろうな。基本一人が好きな引きこもりだけどスポーツも好きなんだよな」

 

「難儀な性格ですね」

 

「自分でも面倒くさいやつだとは思う。よっと、ほらこうやって投げるんだ」

 

 お兄さんは手本をかねて私にボールを投げました。

 

「やってみ?」

 

「わかりました……ハッ!!」

 

 シュウウウウウウウウ 私が全力で回転をかけたボールはキャッチしたお兄さんの手を摩擦で焦がします。

 

「あっつ!あっつ!どんな回転かけてんだよ!?」

 

「私はパワー系ではありませんので回転くらいかけられます」

 

「昨日の根にもってたのかよ!?悪かったよ」

 

 パワー系って女の子に言うセリフではありませんよね。

 

「ほい!」「はい!」「ほい!」「はい!」

 

 慣れるとこの変なボールでやるキャッチボールも楽しいものです。

 

「あー、これ聞いていいのか分かんないんだけどさ」

 

 バツが悪そうにお兄さんは喋ります。

 

「何で最近一人なん?姉妹は?」

 

 なるほど。そういえばそれを気にかけて私に話かけてくれたんでしたね。

 

「他の姉妹は全員艦娘になりましたよ。白露型です」

 

「なるほど……ん?お前の名前って確か」

 

 凄いですね。気づいちゃうんですか。

 

「はい、私も海風の適性でちゃいました」

 

「おめでとう……じゃないんだよな?」

 

「そうですね。私は嬉しくないです」

 

 普通、艦娘になるというのは喜ばしい事です。艤装適性は貴重な才能として認知されていますからね。祖国の為に戦えば家にもたらされる名誉も相当なものです。

 

「だろうな、表情見れば大体わかる。というか喜々として軍に行くやつらの感性の方がどうかしてると俺は思うぜ。あまり大きい声では言えないけどな」

 

「……へー」

 

「なんだその呆けた顔」

 

 シュッ ちょっと強めに変な形のボールが飛んできます。

 

「いえ、そんな事言う人いませんでしたから」

 

 シュドン! 私もちょっと強めにお返しです。

 

「何で艦娘になりたくないんだ?」

 

 なんで……ですか。

 

「単純に怖いっていうのもありますが……どうして私が戦わないといけないのかっていう気持ちが強いですかね」

 

「わかる!わかるぞ!ほんと今の世の雰囲気腐ってるよな!?艤装適性者は艦娘に妖精視の才があれば提督になれ、そういう空気が完全にできてしまってる。俺はどうかと思うね!徴兵令とさして変わらねえよ!」

 

「ふふっ、ほんとに過激な発言をする人ですね」

 

「俺に近い思考のやつとは滅多に会えないからな。熱くなっちまった」

 

 そう言いながらお兄さんは持っていたボールを軽く地面に突き刺しました。

 

「そろそろ手が痛いからキャッチボールは止めだ。次はこのボールを蹴ってみ?飛べば飛ぶだけいいんだ」

 

「わかりました」

 

 ドガン!!!

 

 私は助走をつけて思いきりボールを蹴飛ばします。蹴られたボールはひゅるるるると回転しながら青空に向かって飛んでいきました。

 

「お前っ……!まさか伝説の60ヤードマグナムの武蔵!?」

 

「武蔵さんではありません、海風です」

 

 お兄さんが訳の分からない事を言っている間に勢いをなくしたボールは落下していきます。

 

「あーあ、ボールどこいったかわかんねぇな。探してくるから今日はお開きだ」

 

「いえ、私も探しますよ」

 

「いいってそういうの。茂みの方にいったから怪我とかされると困るし」

 

「私は気にしませんよ?」

 

「俺が気にするって話だよ」

 

 ちょっとかっこいい事いいますね。

 

「そうですか・・・申し訳ないです」

 

「気にすんな、じゃあな」

 

 お兄さんは手をひらひらと降って去ろう

 

「あの!明日も……遊んでもらえますか?」

 

 お兄さんはちょっと驚いた後ニコっと笑い。

 

「ああ、明日までこっちにいる予定だ。明日は釣りでもしような」

 

 明日までですか……なんてちょっと悲しくなっている自分に不思議な気持ちになりました。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「ねえ、お兄さん」

 

「あん?」

 

 太陽が一番高いところで私たちを照らしてる時間、私達は約束どおりいつもの川原で釣りをしています。

 

 私の釣り針にミミズのような餌をつけてくれるお兄さんを見ながら私は胸の引っ掛かりを相談することにしました。

 

「私、お姉さんなんですよ」

 

「知ってる。カラフル姉妹のだろ。」

 

「私にも姉さんはいるんですけど血のつながりはないんですよね」

 

「急に反応に困る話を……じゃああれか?黒いのとかは義姉?」

 

「そうですね。義姉を除けば私が一番のお姉さんです。ちなみに妹は緑と赤と青です」

 

 どっちの青いのだ……とお兄さんはつぶやいていました。

 

「それでですね。私、艦娘になるのはあまり乗り気ではないんですが、妹達とは一緒に居たいわけですよ」

 

「昨日は私が戦う理由がない、見たいなこと言いましたけど妹の世話をする理由はあるんですよね。お姉さんですから」

 

「そんなもんかね。長女だからって背負い込みすぎだと思うが」

 

「お姉さんてそんなものなんですよ。やっぱり艦娘になるのは不安ですけど」

 

「そっか。ほら餌つけたぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 竿を受け取り糸を川に垂らします。

 

「まっそう言う考えなら俺は艦娘になるのを勧めるぜ」

 

「なぜですか?」

 

「妹が沈んだらお前相当後悔するだろ?その後の人生がどうでもよくなるくらいにな」

 

「それに……よっと」

 

 下流に向かって放たれたお兄さんの糸は信じられないくらい遠くまで飛んで行きました。

 

 ぽちゃん と川に重りが落ちた途端にお兄さんは全力でリールを巻戻します。

 

「こんな感じにお前が沈んでも俺が直ぐに引き戻してやるよ」

 

 カッコイイこと言いますね……もしかして口説かれてるのでしょうか。

 

「ふふっお気持ちだけ受け取っておきますね」

 

「信じてないな?」

 

「さあ、どうですかね?でも冗談でも勇気になりました。そういう約束をしたっていう事実が安心感というか保険になるというか……上手く言えませんが良かったですよ」

 

「そうか。なら良いんだ」

 

 お兄さんはそろそろ時間だなと言って立ち上がります。

 

「じゃあそろそろ行くわ。門限守らないと鹿島教官がうるさいんだわ」

 

「また……会いに来てくださいね」

 

 どうして会って3日の人にこんな事を言っているのでしょう?と思いましたが答は直ぐに分かりました。

ずっと妹達のお姉さんであろうとしていた私は余り人に甘えるという事ができませんでした、悩みを相談するなんてもっての他です。特に義姉ができてから顕著にその考えをもっていました。

 

 ですからこの3日間、お姉さんではなく女の子としてお兄さんと過ごした時間は私にとってとても心地よいものだったのです。

 

「爺さん家には時間を見つけて行くつもりけど……お前の選択次第では直ぐに会うことになるかもな」

 

「?それってどういう……」

 

「こういうことだ」

 

お兄さんはリュックから取り出した帽子をかぶりニヤリと笑います。

 

「軍の人だったんですか」

 

「ああ、一応提督候補生って事にされちまってる」

 

 妖精可視の才は艤装適性よりも数段希少です。きっと拒否権はなかったのでしょう。そうでないと戦線を維持できないそうです。

 

「な?さっき言った引き戻すってのもあながち冗談じゃないだろ?」

 

「ええ……とても、とても心強いです」

 

「だったら後悔しないようにだけしとけな」

 

 そう言ってお兄さんは走って行ってしまいました。本当は時間がなかったのかもしれません。

 

ポチャン

 

 1人になりましたが川に糸を垂らし釣りを続けているとふと自分の心境の変化に気づきました。昨日まで感じていた不安が本当に薄くなっています。

 

……もしかしたらお兄さんとのあの約束を私は想像以上に頼もしく感じているのかも知れません。

 

 

……そうですね。あのお兄さんの言葉を信じて海風になるのもいいかもしれません。何よりまた構って貰いたいですしね。

 

 構ってもらいたい。これが妹の気持ちなんですかね?

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 それから数年後、海風となった私の耳にお兄さんの輝かしい功績がどんどん届きます。その中の一つに一度沈んだ艦娘を蘇らせたという物があります。

 

 そうです。きっとお兄さんはあの時の約束が冗談ではないという事を私に実績で示してくれたのです。しかも助けてもらったのは春雨姉さんです。

 

 お兄さん凄い人だったんですね。私もお兄さんの鎮守府に行けたらどんなにいいか…また沢山おしゃべりしたいです。

 

 そんな私に新たな任務が言い渡されました。詳細は現地の時雨姉さんから聞けとのことなので何もわからないままこの鎮守府にやってきました。

 

コンコン 執務室の扉をノックします。

 

「はいれ」

 

 懐かしい声です。ゆっくりと扉を開けて中に入ります。

 

「久しぶりだな海風」

 

 

 お兄さん、これから海風に沢山構ってくださいね?

 

 

 

 



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提督と白露型とケッコン(狩)

激おこ浜風さん
怒りによって目覚めた亜種浜風。他にもマジギレ浜風形態があるがそちらはパワー重視になりすぎる為激おこモードが最もバランスが良い。
ムキンクスではありません。シールダーでもありません。 

白露
真のデュエリスト。デッキを発光させることができるが意味はない。

夏鮫ちゃん
実はサメではなくイルカ。
ずっと前書きに登場しているが本編での登場は1話のみ。今回も登場しない。

村雨、江風、涼風
基本遠征。


コンコン

 

 昼食のカップ麺にお湯を注ぎ忍耐を試される3分間を待っていたタイミングで執務室の扉をノックする者が現れる。チッ、またカップ麺を食べているところを見られると間宮の食堂に連行されるかもしれない。そう考え俺は机のしたにカップ麺を隠す。

 

「誰だ」

 

『浜風です』

 

「帰れ」

 

 頭を抱えてしまう。一番めんどうくさいやつが来てしまった。

 

「失礼します」

 

「帰れって言ったよな!?」

 

「先輩の指示には基本従いません」

 

 昔はまだ可愛げのある後輩だったと言うのにこんな問題児になってしまって……。

 

「だったら何でこの鎮守府にきたんだよ……」

 

「先輩がそうすれば付き合ってくれると言ったからです」

 

「そんな何年も前に言った言葉は覚えていない」

 

「というか軍にはいって数年した頃には気づいてましたけど、先輩は私との約束をないがしろにする為に私の着任許可を出しませんでしたよね?」

 

「……要件を言え」

 

「そんなあからさまな話題転換ありますか……」

 

 下手なこと言うとまたマジギレしそうだからな。

 

「まあいいです。今日はこれを持ってきました」

 

 そういう浜風の手にはタッパーがある。

 

「スパゲティです。先輩の事だからお昼食べてないだろうなと思って作ってきました」

 

 なるほど。今日『は』善意でここに来たというわけか。正直カップ麺があるので大きなお世話なのだがそんな事を言えば又マジギレさせてしまう。なんで俺こんなビビってんだ。

 

「ありがとう、感謝する。ではそのタッパーを足元に置いて下がりたまえ」

 

「いえ、私が食べさせてあげます」

 

 そう言って浜風は俺の制止を聞かずこちらに歩みを進めようとする。

 

「それ以上こっちにくんじゃねえ!」

 

「何故ですか。折角可愛い後輩が食べさせて上げようというのに」

 

「自分で可愛いとか言う!?いいからそれ以上こっちにくるな」

 

「普通に傷つきました。どうしてそんな事言うんですか」

 

「お前が怖いからに決まってんだろが……」

 

 俺は忘れない。先日、再会して1分で俺の右腕を折ろうとしたこいつの怒りを。大破炎上しながらも春雨ちゃんに立ち向かった狂気を。

 

「怖がらなくてもいいですよ。『今日は』お昼を一緒にしたかっただけなので」

 

「今日はってなんだよ……」

 

「どうしても拒むなら強引にいきますけど……怪我しても知りませんよ?」

 

「……一緒に食うか」

 

「それがいいと思います」

 

  ・・・

 

「どうぞ。口あけてください」

 

「いや、ほんと自分で食えるから」

 

「……」

 

「ごめんなさい、食べさせてください」

 

「はい。分かりました」

 

 もぐもぐ。

 

「どうですか?」

 

「普通においしい」

 

「ならよかったです。まずい何て言われたら怒ってたかもです」

 

「……なあ浜風、お前性格変わりすぎじゃねえか?」

 

 昔はもっとこう……先輩!先輩!って言いながら俺の後ろをついて回るような可愛いやつだったのに。今じゃ俺への攻撃に迷いが全くない。

 

「性格は変わってないですよ。ただ怒っているだけです、先輩に。激おこです」

 

 年単位でこいつの事無視してたもんなあ……怒るのもやむなしか。

 

「許して欲しいですか?」

 

 え?許してくれんの?そりゃ以前の浜風の方が御し易い……ゲフンゲフン!接しやすいからな。

 

「ああ、許して欲しい」

 

「そうですか。では仲直りの印をください」

 

「仲直りの印?」

 

 なんだこいつ可愛いこと言うな。

 

「指輪です」

 

「は?」

 

「は?じゃないです。指輪ですよ指輪」

 

やべえこいつ。求婚の仕方が強引すぎる。いっそ男らしいまである。

 

「悪い浜風。俺にはまだそこまでの覚悟はねえよ……」

 

「そうではなく……いや、意味は似たようなものなんですけど……ケッコンカッコカリ用の指輪ですよ」

 

「ケッコンカッコカリ?」

 

「その雰囲気、本当にご存知ないようですね……」

 

 聞いたこともねえよ。そんなわけわからんシステム。

 

「いいですか?ケッコンカッコカリとはですね」

 

 浜風の話によるとケッコンカッコカリとは

 

 ・擬似的なケッコンを行うことによって艦娘の秘められた力を開放する。

 ・ケッコンをするには最高練度に達している必要がある。

 ・提督と艦娘が指輪をはめることによって成立する。

 ・ケッコンシステムは限られた鎮守府にのみ実装されている。

 

「ちなみに大将さんのところは実装されていましたよ」

 

「ふーん。俺に知らされてないのは少し面白くないがまあいいか」

 

「んで?お前なんで指輪欲しいの?もう十分強いじゃん」

 

「はあ~~~」

 

 そのため息腹立つからやめろ。

 

「先輩とケッコンしたいからですよ。仮でもね。今更そんなこと聞かないでくださいよ」

 

 ……くそっ反応に困ることいいやがって。

 

「まあうちにはまだ実装されてないし……関係ないな」

 

「チキン」

 

 うっせえ。お前が肉食すぎるんだよ。ティラノかよ。

 

「はい。あーん」

 

 もぐもぐ。しかし何故うちの鎮守府に実装されてないんだ?うちは前線でなおかつ誰も攻略できなかった鉄底海峡も開放した、戦果は十分なはずだ。俺に情報が伝達されていないのは明らかに不自然だ。

 

「あーん」

 

 もぐもぐ。ケッコン……!!まさかっ!

 

 部屋を見渡す。何時もなら必ず一人はいるはずの白露型が誰もいない。五月雨くんが気配を消しているだけかと思ったがそうでもない。

 

「やられた!!!」

 

 今ならまだ間に合うはずだ。急いで鎮守府の門にいかなくては!そう思いたった瞬間

 

「……スパゲティ残すんですか?」

 

 めっさ怖かったので急いで食べた。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 門に向かって走る道すがら電話をかける。

 

『はい、こちら168運送』

 

 伊168。潜水艦である彼女は各鎮守府への郵便物の配達員をしている。この間Line交換した。ふるふるした。

 

「イムヤ!?今日のうちへの配達ってもう終わった!?」

 

『いえーまだですよ。でももうすぐ着きますよー』

 

 あっぶねーーーーーー!浜風の話を聞いてなかったら完全にアウトだった。

 

「そっか。悪いんだけどさ今日の配達鎮守府の裏手から届けてくれない?そこで俺が直接うけとるからさ」

 

『?まあいいですけど』

 

 裏手でイムヤから配達物を受け取る。配達物の宛先は案の定白露型になっていた。その包を遠慮なく開封する。

 

「やはりな」

 

 なかにはケッコン指輪10式と一枚の指令書が入っていた。……10セットてどういうことだよ。指令書にはこう記述されていた。

 

『鉄底提督と夫婦の契を交わせ』

 

 俺の思った通りだ。恐らく大本営は俺にここの艦娘とケッコンさせこの鎮守府に縛りつける要因をより強固にするつもりだったのだろう。kuzuどもが。

 

 そうはいくかってんだ。ケッコンなんかしたらあいつらの俺への対応がどうなるか……春雨ちゃんなら尋常じゃない束縛、時雨なら完全に尻にしかれる、夕立は考えたくもない。

 

 取り敢えずこれは隠しておこう。海に捨ててしまいたいがそれだと夏鮫、秋鮫、冬鮫ちゃん達に見つかり春雨ちゃんに届けられるかもしれない。

 

 

「これでよしっと」

 

 取り敢えず執務室のクローゼットの中に隠しておいた。

 

「そういやあいつらまだ門でイムヤを待ってるのか?」

 

  ◇ ◆ ◇

 

 建物の影から門の様子を伺う。

 

まじでいた。門の入口で白露、時雨、夕立、春雨、海風、山風が体育座りしている。他のやつらは遠征させたんだっけか。

 

「ねえ、イムヤちゃんくるの遅くない?」

 

「遅い……。いつもならもうきてる」

 

「僕が電話してみるよ。この間Line交換したんだ」

 

 

 やっべ。俺はその場を一目散に逃げ出した。

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「ひどいじゃないか。僕達宛の荷物を勝手にあけるなんてさ」

 

 直ぐ見つかったよね。

 

「はっ!なんの事か分かんねえな」

 

「イムヤちゃんから聞いたよ。それに……」

 

 ポケットをごそごそとする時雨。

 

「提督のクローゼットからこれも見つけたしね」

 

「!?」

 

 はあ!?見つかるのはや過ぎすぎるだろ!!!どうなってんだ!

 

「じゃあこの指輪をはめてもらうよ」

 

「断る」

 

「僕だって君との結婚なんてゴメンなんだ。だけど上からの指示だからね。割り切ってよ」

 

「お前とケッコンしたら尻に敷かれる未来しかみえない」

 

「そんなことないよ。これでも結構旦那様には尽くすほうだよ?」

 

「どうだかな」

 

 尽くす尽くさない以前に今以上に自由はなくなるのは確定だろう。そんなのはごめんだ。

 

「それにここで僕とケッコンしといた方がいいと思うよ」

 

「あ?どう言う意味だ」

 

「海風や山風はともかく春雨や夕立に捕まってもしらないよ?」

 

 ……一理あると思ってしまった。

 

「提督は狩られる側だよ。これはケッコン(狩)だ。どうせ誰かに捕まるんだから諦めて僕とケッコンしなよ」

 

 確かに春雨ちゃん、ましてや駄犬に捕まればどうなるか……だけど

 

「俺は諦めねえ。逃げ切ってみせる」

 

「ふーん。なら僕は力づくで君の薬指に指輪をはめるよ。ちなみにこれ一度つけたら外せないから」

 

「やってみろや。俺を舐め過ぎるとどうなるか教えてやる」

 

 俺と時雨が構える。俺はボクサースタイル。時雨は手刀を作る。

 

「「いくぞ(よ)!!」」

 

 こうして俺と時雨の戦いは始まった。

 

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

 

 艦娘には勝てなかったよ……。

 

 時雨の拳1発でノックダウンした俺は時雨にマウントを取られ両腕を押さえつけられていた。

 

「こんなはずじゃあ……」

 

「じゃあ指輪はめるね」

 

「嫌だっ嫌だっ、20代でバツ1になんてなりたくねえよ」

 

「なんで離婚前提!?絶対離婚なんてしないよ!?」

 

 くそっ、こんな形で俺は妻をとることになるのか。もっと自由気ままに、野良猫の様な何者にも縛られない人生を歩みたかった。

 時雨のもつ指輪が俺の指にはめられる。ああ・・・さらば自由。

 

「あれ?この指輪サイズが大きすぎるよ。君の指じゃぶかぶかだ」

 

……。勝ったな!!ガハハ甘えんだよ大本営!そもそも無理やりケッコンさせて俺を縛ろうなんて考えが頭おかしいんだよ!

 

「そうか。残念だがサイズが合わないんじゃしょうがないな。いやー残念だ」

 

「心にも無いこと言わないでくれるかな。僕は落ち込んでいるんだよ。はーあ、期待して損した。間宮さんのところでも行こっと」

 

「……」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 果たして本当にただの大本営のミスなのだろうか。そもそも何故俺の指のサイズが時雨の持っていた指輪のサイズだと勘違いしたのか。

 

 答えは簡単だ。あの指輪はミスではなくあくまでも『候補のひとつ』ということだ。

 

 俺は執務室のクローゼットを開ける。そこには元々10セットの指輪があったはずだが現在あるのは4セットだけだった。恐らく今日非番だった白露型が持って行ったのだろう。

 

 俺は残った指輪を調べる。

 

「やはりな」

 

 艦娘用の指輪のサイズは全て同じだが提督用……俺の指輪のサイズは4つ全てばらばらだった。

 

「俺の指のサイズが分からないから色んなサイズを送ってきていたのか」

 

 確か数ヶ月前に指のサイズを教えろとか言われた気がするがガン無視したんだっけか。

 

 4つ全ての指輪に指を通す。しかし全て俺の指には収まらない。

 

「って事はここから持ち出された指輪の中に、俺にあうサイズの指輪があるって事か」

 

 なんか俺シンデレラみたいだな……。ガラスの靴じゃないけど。

 

 俺の勝利条件は指輪の回収。敗北条件は指輪を付けられること。

 

 厳しいな。つい先程時雨に手も足も出なかったばかりだ。

 

「みつけました!」

 

「!?」

 

 反射的に振り返る。執務室の入口にいたのは海風だ。とりあえずほっとする。海風ならなんとかなる。こいつは夕立(駄犬)の逆、忠犬だ。

 

「お兄さん!お兄さん!ケッコンしましょう!」

 

「どうどう。落ち着け。どうしてケッコンしたいんだ?」

 

「ケッコンすれば提督がもっと構ってくれると思いますので!」

 

 こいつほんま構ってちゃんだな。

 

「海風、ケッコンなんてしなくても俺は遊んでやるぞ?」

 

「ほんとですか!?でもケッコンしたいです!」

 

 おっ?今日は少し頑固だな。ちょっときつめに言うか。

 

「ケッコンしません」

 

「ケッコンしてください!」

 

「しません」

 

「ケッコン」

 

「しません」

 

「……」

 

 すこしきつすぎたか?まあ素直なこいつなら諦めるだろう。

 

「お兄さん、海風は知ってますよ」

 

「あ?何をだよ?」

 

 海風の様子がおかしい。いつもの明るい雰囲気が消えてしまっている。この雰囲気は春雨ちゃんに近い。

 

「デキ婚です」

 

 ゾクリと背中を気色の悪い虫が這い回ったような感覚に襲われる。

 

「男の人は子供ができちゃうと責任をとってケッコンしないといけないんですよね……?」

 

「海風?」

 

 一歩、一歩と海風が近づいてくる。それに合わせて俺も一歩ずつ後ずさる。が、直ぐに壁に突き当たる。まずい、このままではパパにされてしまう。

 

「わ、わかった。海風、指輪を受け取ろう」

 

 分の悪い賭けではない。5分の1だ。勝てる可能性は高い。

 

「ほんとですか!?ではどうぞ!」

 

 俺は受け取った指輪を薬指にはめる。一応右腕に。

 

「海風、この指輪はサイズが大きすぎるぞ」

 

「えっ!?そんな」

 

 賭けに勝った。

 

「そう落ち込むな。こんな大本営から送られてきた様なのじゃなくて、何時か俺がちゃんとしたの買ってやるから」

 

「ほんとですか!?絶対ですよ?」

 

「ああ、約束だ」

 

 まあその何時かが来る頃には俺はもう脱走成功させてる(予定)けどな。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 のこる指輪は4つ。

 

 恐らく白露、春雨ちゃん、駄犬、山風がもっていることだろう。やはり一番の問題は春雨ちゃんだろう。他の白露型なら活路があるかもしれないが春雨ちゃんはエンカウントした時点で詰みだ。春雨ちゃんの持っている指輪がハズレである事を祈るしかない。

 

 作戦を考えているところで勝算のある相手を発見する。

 

「おい白露、魔法のりんごカードやるから指輪返せ」

 

「ざっつ!雑いよ!あたしも乙女だよ!?いくらソシャゲーマーだからってappleカードと指輪交換できないよ!」

 

 ちっ、流石にそこまでちょろくないか。

 

「ならデュエルだ。俺達デュエリストが互いに反する意見を持つとき、優劣を決めるのはデッキだろ?」

 

「ふん、私が勝ったらちゃんとケッコンしてよね」

 

「約束する。お前が勝てばケッコン、負ければ指輪を俺に返せ」

 

 俺と白露はスマホでショウボウバースのアプリを立ち上げる。その瞬間スマホが光り輝く。真のデュエリストのデッキは光輝くのだ。

 

「「デュエル!」」

 

   ・

   ・

   ・

 

「馬鹿が」

 

 食い入る様にスマホ画面を凝視する白露の背後に回り、首筋に手刀を当て気絶させた。起きたらぶん殴られるかもしれない。

 

 気絶している白露のポケットから指輪を取り出しサイズを確認する。・・・ハズレだ。

 

 残り3つ。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 工廠にて何か状況を打開できるアイテムがないか捜索していた時だった。

 

「見つけましたよ司令官」

 

 はい詰んだーーーー。おーーーしまい!ゲームセットッ!

 

「春雨ちゃん……」

 

「司令官なら言葉にしなくても私が何を望んでいるか分かりますよね?」

 

「……」

 

 俺は左手を春雨ちゃんに差し出す。だって無理だもん。春雨ちゃんに見つかった時点で負け確定だもん。もう春雨ちゃんの指輪がハズレと願うしかない。

 

「ふふっ。流石は司令官ですね。大好きです。はい」

 

 春雨ちゃんの指輪が俺の指にはめられるその時

 

 俺は突き飛ばされた。

 

「……邪魔するなら慈悲はないですよ夕立姉さん!浜風さん!」

 

「先輩と先に恋人となる約束をしたのは私です。勝手はさせません」

 

「春雨には私一人じゃ勝てないから共闘っぽい」

 

 俺を突き飛ばしたのは浜風らしい。浜風と夕立は単騎では春雨ちゃんに勝てないと踏み、手を組んだのか。何はともあれ助かった。今のうちに態勢を立て直さなくては……。

 

 俺は体を引きずりながら工廠を跡にした。後ろではドラム缶爆弾の爆発音が聞こえる。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 とりあえず水分を補給しようと食堂に向かう。がそこには山風がいた。呑気にストローでジュースすすってやがる。

 

「やっ」

 

 山風が俺に片手を上げ挨拶をする。身体は痛むが山風ならなんとか……。

 

「山風、指輪を渡せ」

 

「んっ。どーぞ」

 

 ぽんっと、事も無げに俺に指輪を渡す山風。指輪のサイズは俺に合うものだった。

 

「……いいのか?」

 

「いいよ」

 

「そうか」

 

 工廠から持ち出したバーナーで指輪を溶かす。これで俺の勝ちだ。

 

「私もケッコンには憧れあったけど。やっぱりちゃんと旦那さんの意思で渡して欲しいから」

 

「山風……」

 

 だからお前はちょろ風なんだよ。でもまあ、ちょっと見直したわ。

 

 今度アイスでも食おうな。

 

 

 

 








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夏鮫ちゃんのなが~い一日

夏鮫ちゃん
まさかまさかの本編再登場。しかも主役です。
主演ジョーズ賞受賞。

提督
まぁ、たまにはこんなのも悪くないんじゃねーの。

夕立
ナンバーズハンター。



 

 

 

 拙者、名を夏鮫と申す。

 

 鮫の名を頂戴しているが・・・実はサメではなくイルカでござる。拙者を初めてみた艦娘どもが『見て!見たことのない魚がいる!』『いえ、あの背鰭を見るに魚ではなくサメですね。なんと勇ましい』『サメ!?やばっ!超やばい!』『ええ、やばいです』と勘違いした事が原因でサメ認定を受けてしまった。

 

 やばいのはお前らの頭でござる。どう見てもイルカでござろうが、拙者あんなに厳つい顔してないでござる。ぐっ・・・思い出したら拙者の乙女心が傷を・・・。

 

 しかし、深海棲艦が現れてからというものサメやイルカを見ることはさっぱり出来なくなってしまった。故に拙者とサメの区別がつかないのも詮無きことでござろうか・・・。

 

 だがサメと勘違いされているが拙者もこの鎮守府に身を置くようになってかなりの月日が流れ、それなりに楽しく暮らしているでござる。本日は拙者がこの鎮守府でどのような暮らしをしているか貴殿らに紹介したいと思う。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

8:00

 

 朝、どこででも眠る事のできる拙者は眠くなればその場で睡眠を取り、見たことのない海域に流されるということがままある。乙女なのだから其の辺もう少し気を遣わねば。しかし、運のいい事に今日は波止場の窪みに身体がはまり流されずに済んだようでござる。

 

 ちょうど我が主君が拙者に朝食を与えてくれる時間でござる。鎮守府正門まで行くでござる。

 

「はい夏鮫。今日の朝ごはん」

 

 この御仁は我が主君である春雨殿。昔、『王下七武海』『一尾の尾獣』『十刃(エスパーダ)』と恐れられていた拙者は我の縄張りを荒らす深海棲艦共に単身奇襲をかけた。

 

 しかし何分多勢に無勢・・・返り討ちにあい瀕死の状態で海を漂っていた拙者を助けてくれたのがこの春雨殿でござる。

 

 そしてこの御方に忠義を尽くそうと決めた拙者は七武海、尾獣、十刃全ての称号を返上し春雨殿の配下になったのでござる。

 

「口開けてください。はい」

 

 春雨殿が皿を傾けて乗っていた麻婆春雨を拙者の頭上にヌルンと落とす。それを拙者は口で受け取り咀嚼する。もきゅもきゅもきゅ。・・・うっ・・・!今日の辛さレベルは8!体全身に痛みが走り1時間は動けなくなる辛さ!ちなみにMAXは15で某CoCo○の10辛カレーの100倍の辛さでござる。いやCoCo○のカレー何て食べた事ないでござるが。

 

 ちなみに春雨殿は麻婆春雨しか食べさせてくれない。多分ドックフードか何かだと思っている。

 

「美味しい?」

 

 鬼辛麻婆春雨を食す拙者を可愛いものを愛でる様に見つめる春雨殿。ぐ・・・武士として主君を悲しませる訳には!

 

もきゅもきゅもきゅもきゅ!

 

「え?もう全部食べちゃったの?もう、ゆっくり食べないとだめよ?」

 

 ・・・・これが武士道とは死ぬことと見つけたり。グハッ!

 

 

 

10:00

 

 麻婆春雨によって与えられた状態異常【麻痺】から回復した拙者は腹ごなしに鎮守府近海をゆらゆらと散歩していた。

 

「おーーーい!夏鮫さん!」「こっちだZE!」

 

「おっ!秋鮫に冬鮫!」

 

 拙者に話しかけてきたこの2匹は秋鮫と冬鮫。拙者と同じくこの鎮守府のペット枠でござる。ちなみに両名とも鮫でない。秋鮫は秋刀魚で冬鮫はサーモンでござる。

 

「どうしたでござるか二人仲良く」

 

「今から秋鮫と一緒に夕立に闇のゲームを仕掛けに行こうと思ってYO」

 

「闇のゲーム」

 

「あの駄犬、一回分からせてやらないときがすまねえYO!」

 

おいおいこいつ死んだわ。拙者は秋鮫殿に止めてやれよと目線でめっせーじを送る。

 

「もちろん僕は止めましたよ?でもダメでした。」

 

「夏鮫もついてこいYO!」

 

「あー拙者、ちょっとお花を摘んでから向かうでござるよ」

 

 多分このままついて行ってもろくな事にはならないでござる。

 

「わかった!絶対だZE!」

 

 

   ・   

   ・  

   ・  

 

 

 さて、冬秋コンビはどうなったでござろうか。正直夕立殿には近づきたくないが義理人情としてあの2匹を放って置くこともできない。・・・と2匹の元へ向かうところで声が聞こえた。

 

『夕立はLv4の冬鮫とLv4の秋鮫でオーバーレイネットワークを構築!!』

 

『やめろ・・・!やめてくれ!もう逆らわないから!』※魚類語です。

 

『もう遅いっぽい!現れろNO.101!満たされぬ魂を乗せた方舟よ、光届かぬ深淵から浮上せよ!S・H・Ark Knight!!』

 

『『ぐわああああああああ』』※クドい様ですが魚類語です。

 

『・・・雑魚が』

 

「秋鮫!?冬鮫!?」

 

 2人の悲鳴が聞こえる場所に急いで駆けつけた拙者が見たもの・・・それは異形の生物。やたら身体がトゲトゲしていて顔もない。

 

「ああ、夏鮫こんな所でどうしたっぽい?」

 

「夕立殿・・・。その生物は・・・」※魚類語

 

「ああこれ?新しいナンバーズっぽい。さっきできたの」

 

『タ ス ケ テ』

 

 異形の生物が拙者に助けを求める。その目には涙が浮かんでいた。

 

「・・・こいつは鮫のナンバーズでござるか?」※魚類

 

「・・・そうっぽいね」

 

「もう一つ質問いいですか・・・冬鮫と秋鮫どこにいった?」※魚

 

「・・・君のような勘のいい魚類は嫌いっぽい」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

14:00

 

 とりあえず秋鮫と冬鮫は速攻魔法『エクシーズ解除』で救出した。2匹は気絶しているのでまたひとりでゆらゆらと泳いで散歩していると。我が主君、春雨殿が懸想するこの鎮守府の主がいた。

 

「うーちゃん俺に力を貸してくれ」

 

「フッ、何があったかは知らないけどうーちゃんに協力要請とはお目が高いぴょん」

 

「先日うちに着任した浜風の野郎が生意気なんだ。一泡吹かせてやりたい」

 

「得意分野ぴょん。任せるぴょんぴょん」

 

 

   ・

   ・

   ・

 

 

 一時間後、司令官はパンツ一枚で海に落ちてきた。

 

  

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

16:00

 

「ちっ、強えな!おい!」

 

「おい暁達!応援を呼んで来い!その間、俺と天龍は時間を稼ぐ!」

 

「だめよ!摩耶さん達が持たない!」

 

 鎮守府から少し離れたところまで散歩にくるとうちの艦むす達が戦艦ル級と交戦している。遠征メンバーの彼女達では少々手に余る敵でござる。

 

「ああ?なめんなよ?沈めるのは難しいが時間位いくらでも稼いでやるよ。なあ天龍?」

 

「ああ。とうとう使う時が来たみたいだな。俺の改二を!」

 

「改二!?天龍さん改二になったの!?」

 

「ああ。だけど俺の改二はちょっと恐ろしい姿になっちまうからな。あまり人に見られたくないんだ。だからお前は応援を呼びに行ってくれ」

 

「天龍さん・・・わかったわ!直ぐに呼んでくる!それまで沈んじゃダメなんだから!レディとの約束よ!」

 

 そう言って暁は鎮守府に向かって行ったでござる。

 

「んで?お前ほんとに改二になったのか?」

 

「なわけないだろ」

 

「だよなあ・・・まっ!しゃあない!沈むの覚悟でやってみるか!」

 

 

 見事。 見事なり。貴殿らの男気確かに見た。

 

 

「うお!夏鮫!?なんでこんな所に・・・危ないから早くもどれ」

 

 ここは拙者に任せるでござる。

 

 大きく、大きく口を開けて~

 

ドンドン

 

 敵の砲弾を全て口で受け止めて~

 

 敵を頭から

 

「がぶり!」

 

 もっちゃもっちゃ。やっぱり深海棲艦はまじぃでござるな。春雨殿のまーぼーはるさめで舌が肥えてしまったでござる。

 

「艦娘ってなんなんだろーな」

 

「・・・さーな」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

18:00

 

 そろそろ春雨殿が晩御飯を用意してくださる時間でござるかな等と考えながらゆらゆらと泳いでいると波止場に腰掛ける夕立殿が見えた。その手にはマグカップが握られている。

 

「夕立姉さんこんなところでなにしてるんですか?」

 

「ぽいっす海風、春雨。私もたまには海も眺めて黄昏たい時があるっぽい」

 

「そういうの素敵ですね。はい。因みになにを飲まれているんですか?」

 

「これ?提督から絞りとった白い液体」

 

「もう夕立姉さん!そういう誤解を招くような発言は辞めてください、ただの牛乳でしょ!春雨姉さんからも怒ってください!…てあれ?春雨姉さん?」

 

「一瞬で何処かに消えたっぽい…」

 

『うお!?春雨ちゃん!?どこから現れたの?えっちょっとなんでスボン脱がそうとするの。ちょっちょっとやめてくれーーーーー!』

 

「……夕立姉さん後で提督に謝ってくださいね」

 

「ぽいぃ…」

 

 

 

 

 拙者はおおよそこんな毎日を過ごしているでござる。春雨殿の手料理を食べ、お兄さんや艦娘達と戯れる。こんな毎日が結構気に入ってるでござるよ。

 

 



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提督と白露型と王様ゲーム

悪磨さん
デビル型軽巡洋艦クマー
突如として現れた球磨さんであって球磨さんでない何か。
敵か味方か不明。

大将さん
時雨と春雨ちゃんの元提督。

深海妖精さん
鉄底提督だけが見える妖精さん。なお、ここまで一度も登場していない。

夏鮫ちゃん
十体の十刃の持つ数字が1から10だと誰か言ったか?



『行きなさい』

 

ちょっと待って。今準備の最終確認してるから。

 

『行きなさい』

 

えーと艤装おっけ、食料おっけ、水おっけ。

 

『行きなさい』

 

うん。準備バッチリ。

 

『行きなさい』

 

さあ、行こうか。

 

『行きなさい』

 

気に入らない物、全部ぶっ壊しに!

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 ここ、佐世保は時雨や春雨が元々所属していた大将提督率いる鎮守府。そこで大将VS呉の提督の演習が行われていた。

 

「よろしくお願いします」

 

 最強の戦艦と名高い大和が私、山城に頭をさげる。

 

「演習で大和型を出すなんて、呉の提督さんは加減がないわね」

 

「私は先日艤装をいただいたばかりで練度が低いんです。だから今日は経験を積ませていただきます」

 

 それはそれで気に入らないわね。いくら大和でも艦娘になったばかりで扶桑姉さまや私たちと演習なんて。

 

 互いに一列に整列する佐世保と呉。

 

 大和、比叡、鳥海、龍驤、千歳、文月

         VS

 扶桑、山城、飛龍、五十鈴、睦月、高波

 

「艦娘になりたてでも手加減はしません」

 

「そうね山城。それに以前戦った鉄底さんの春雨の方がよほど怖かったわ」

 

「そうですね姉さま……あのドラム缶爆弾は思い出すだけで鳥肌が立ちます」

 

 

  ドン。

 

 

「ガッ!?」

 

「姉様!?」

 

 突然の発砲音。次の瞬間には姉様は大破していた。演習はまだ始まっていない。呉も佐世保も整列したままだ。

 

 許さない。誰が姉様に不意打ちを!

 

 発砲音のした方を振り返る。そこには

 

 ケラケラと楽しそうに笑う黒い艦娘がいた。何あの艤装……なんか全体的に黒くて羽見たいなの生えてるし、持ってる武器は……フォーク?

 

「なにあいつ……艦娘なの?いや深海棲艦?どうやってこの場所に侵入したの?」

 

 千歳が困惑している。当然だ、突然あんな得体の知れないものに攻撃されたのだから。

 

「睦月は扶桑さんをつれて帰投して。他は全員であれを撃退しましょう。即席連合艦隊です」

 

 流石に五十鈴は立ち直りが早いわね。まあ私達大将の艦娘はあれによく似た相手と一度戦ってるものね。春雨はあそこまで邪悪な雰囲気はではなかったけれど。

 

「山城さん、あいつ……」

 

「そうね。鉄底さんのところの春雨ちゃんの雰囲気によく似てるわね」

 

「恐らくかなり強いわ。でもこの人数差なら勝てる」

 

 大和にも協力を要請しないと……てあれ!?いない!?

 

「貴方は何者ですか?」

 

 目を離した間に大和が対話を試みている。バカっ勝手なことするんじゃないわよ。

 

『デビル型軽巡洋艦の悪磨さんクマー。』

 

 デビル型軽巡?馬鹿にされているの?

 

「悪魔さんが何のようかしら?扶桑姉様を傷つけたんですもの覚悟はできてるのよね」

 

『覚悟?んなもんねえク魔』

 

『ただ、お前ら全員気に食わねぇク魔。うぜぇク魔。お前らが動いてるのを見ると体がムカムカしてきて狂いそうになるク魔』

 

『だからここで沈んでク魔っ☆』

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「炬燵はよお……俺の聖域なんだわ」

 

「だからこの領域だけは侵してくれんなよ」

 

「はいはい別に炬燵で執務するな、なんて硬い事は言わないよ。ハイこれ今すぐ読んで」

 

 年末、最近特に寒さが厳しくなってきていたので炬燵で執務をしていると時雨に数枚の紙を渡される。 

 

「なんだこれ?」

 

「さっき大本営から緊急通達されたんだよ。ほらちょっとスペース開けて」

 

「いやだよ。他の場所が空いてるだろそっちに入れよ」

 

 炬燵に入る俺を押しスペースを開けようとする時雨。

 

「秘書艦の僕もそれ読まないとだから。隣じゃないと読みづらいよ」

 

「ちっ、読み終わったらどけろよ」 

 

「なになに、えー、緊急通達」

 

 聞けや提督の話。

 

 通達の内容を要約すると以下のような物だった。

 

【12/25佐世保と呉の演習中に乱入者あり。演習メンバーであった。大和、比叡、鳥海、龍驤、千歳、文月、扶桑、山城、飛龍、五十鈴、睦月、高波は襲われ全員大破。乱入者は逃亡。乱入者は自らを『デビル型軽巡洋艦悪魔さん』と呼称。他鎮守府は警戒されたし」

 

「大将さんと呉の12人が敵一人相手に全員大破?こんなことって……大和さんもいるのに」

 

「……」

 

 添付されていた写真を見る。

 

「敵のつけている艤装……これ球磨のじゃないか?」

 

「ちょっと黒いけどそう見えるね。でも先代の球磨はアイアンボトムサウンドで沈んだ……。新しい球磨艤装の建造にはまだ成功してないはずだよ。……まさかこの球磨も春雨みたいに君が蘇らせたとか?」

 

「ちげえよ」

 

「そっか。というかどうやって春雨を生き返らせてくれたのかそろそろ教えてよ」

 

「だめだっつってんだろ。それに関しては譲る気ないからな」

 

 偶然捕まえた駆逐棲姫の処分に困りはて、解体したら春雨ちゃんが出てきた!なんて言えるか。

 

 艦娘は深海棲艦で深海棲艦は艦娘。オセロの駒のようなものなのだろう。こんな情報が艦娘に知れ渡ればろくに深海棲艦に攻撃出来なくなる艦娘も多く出る。そうなれば防戦一方になり人類の劣勢は免れない。これ以上戦争が長引くのはごめんだ。いや、終戦まで提督続ける気ないけれども。

 

「まっこの件に関しては鎮守府近海の警戒を強めて鎮守府に最高戦力の春雨ちゃんを常に待機させておけばいいだろ。そんなことより年末なんだ、まったりいこーぜ」

 

 

 

  ◇ ◆ ◇  

 

 

 

「提督ゲーム?」

 

 白露、時雨、夕立、春雨ちゃんと炬燵でぬくぬくしていると突然白露が提督ゲームなるものをしようと提案してきた。

 

「ルールは簡単!割り箸のくじを全員で引いて、当たりを引いた人が全員に命令できるの!」

 

「ただの王様ゲームじゃねえか」

 

 春雨ちゃんが剥いたみかんを食べさせてもらいながら応える。筋が綺麗に取られてて美味しい。

 

「そうとも言うかもね」

 

 ふむ、しかし何でも……か。

 

「いいじゃないか。やろうよ」

 

「あ?珍しいな時雨がこういうのに乗っかるなんて」

 

「年末だしね。僕もゆっくり遊びたいよ」

 

「やりたいっぽい」

 

「私もやりたいです。はい」

 

「おいこら、春雨ちゃんがやりたがってんぞ早く用意しろやダボ共」

 

「態度に差がありすぎる……」

 

「はい。僕が用意しておいたよ」

 

「はあ?」

 

 ありえねえ。今の今まで4人で炬燵でぬくぬくしていたのに何故こいつは割り箸を持っているんだ。まるで白露が王様ゲームがしたいと言い出すのが分かっていたかのようだ。

 

 まさか……こいつら謀りやがったな。しかしこういうのを逆に利用してこそ活路が開けるというもの。

 

「何でもいう事を聞かせられるのか?」

 

「もちろん可能な範囲でだよ」

 

「提督を辞めさせてくれ、なんてのは?」

 

「もちろんダメだよ」

 

「んだよならやるいm

 

「でも1時間だけ私達はここから動かない……なんてのならいいんじゃない?どうかな皆」

 

「僕はいいと思うよ」

 

「構いません。はい」

 

「ぽい」

 

「ほう……」

 

 今この鎮守府にいる白露型はこいつらのみ。他は全員遠征に出ている。つまりこいつらさせ抑えることができれば……。

 

「その勝負のった」

 

 

  □■□

 

 

「提督ゲ~~~ム!最初の提督だ~~~れだ!!」

 

 コップに入れられた割り箸を全員で一斉に引き抜く。

 

 このゲーム何らかのイカサマがあるのは間違いない。でなければこいつらがこんな条件提示するはずがない。

 

 なんどか負けるのを覚悟で観察し、そのイカサマを暴く必要がある。でなければ勝機はない。

 

「あっあたしですね」

 

 当たりは白露か。クソっ!何もトリックがわからなかった。一体どういう仕掛けなんだ。

 

「じゃあ~1番の人は王様に膝枕で耳かきをしてください!」

 

「チッ!!」

 

 やはりピンポイントで俺の番号を当ててきた。イカサマは疑いようがない。

 

「おら、頭乗っけろ」

 

「へへ、では失礼しまーす」

 

 かりかりかり。こいつの耳ぜんぜん汚れてねえな。

 

「へへっ、こうやって提督に頭を掴まれてるとなんか征服されてるみたいでゾクゾクします」

 

「キモいこと言うんじゃねえ……」

 

「おら、右側終わりだ。ひっくり返れ」

 

「あっあれやってください!最後に耳にフッて息吹きかけて汚れ吹き飛ばすやつ!」

 

「ええ……」

 

「早く!早く!」

 

「しゃーねえな。フッ!」

 

「ん~~~~~~」

 

 アヘ顔晒すのやめろ……。

 

 

  □■□

 

 

「次の提督だ~~~~れだ!」

 

「私ですね」

 

ざわっ ざわっ

 

 春雨ちゃん……だと。

 

「では1番の人は私にキスをしてください」

 

「はい……」

 

 キス程度で良かった。キスなんて散々やられてきたから今更だ。

 

 春雨ちゃんにキスをする。すると

 

 ガシっ

 

「!?」

 

春雨ちゃんは俺に飛びついてきた。脚で俺の腰を完全に固定し全体重を俺にのせてくる。

 

 外せない!!そのまま俺の口に吸い付くようにキスする春雨ちゃん。

 

 まって舌入れるのはちょっと!歯の裏舐めないで!あっ息が!

 

 

          ・ ・ ・

 

 

「すいません。司令官からキスをしてもらうのは初めてだったので興奮してしまいました」

 

「だい……じょうぶ。ただちょっと休ませて……くれ」

 

 

  □■□

 

 

「次の提督だ~~~~れだ!!」

 

「ぽおおおおおおおい!」

 

 くったれえ……駄犬かよ。

 

「提督は何番?」

 

 あ?こいつイカサマで知ってるんじゃないのか?いや、余りに馬鹿だからトリックを教えて貰えなかったのか。こいつに教えたらバレそうだしな。

 

「教えるわけねえだろ」

 

「なら無理やり見るっぽい」

 

そう言うと割り箸を握る俺の右拳をつかみ無理やり開こうとする。

 

「やめろ!お前ほんとそう言うとこだぞ!?だから駄犬って言われんだよ!」

 

「駄犬なんて言うの提督だけ!」

 

 結局艦娘の馬力には勝てず番号はバレてしまった。

 

「じゃあ~1番の人は今度夕立を買い物に連れてって!」

 

 

「あっずるい。あたしもそれにすれば良かった」

 

「……意外だな」

 

「なにが?」

 

「お前の事だから下着よこせとか言って来るのかと思った」

 

「それはいつもみたいに欲しい時に無理やり剥けばいいっぽい」

 

 さいですか……。

 

「それに私もたまには甘やかしてもらいたいぽい・・・」

 

 ぐっ、可愛いとこあるじゃねえか。

 

 

  □■□

 

 

「次の提督だ~~~~れだ!!」

 

 くそ!いい加減このクソゲーを終わらせねぇと身がもたねぇ!

 

「僕だね」

 

「出やがったなクソが」

 

「ひどっ!?もっと僕に優しくしてよ!」

 

 正直こいつは温厚そうな顔して一番タチが悪いからな。何言われるか分かったもんじゃない。

 

「うーんそうだね……。少しでいいから1番の膝に座らせて欲しい……かな?」

 

「どうした大丈夫か?熱あんのか?」

 

 何こいつまで甘えてきてんだ気色悪い。

 

「だから酷いって。ときどき山風にねだられてるでしょ?山風が凄く良い物だって言ってたからちょっと気になったんだよね」 

 

 あいつ他の奴にそんなこと言ってんのか。だが膝に座らせるくらいなら安いものか。俺は炬燵との間に少しだけスペースを作り時雨を呼ぶ。

 

「おら座りたいなら座れや」

 

「う、うんありがと」

 

 何かもじもじとしながら俺の胡座の上に座る時雨。しかし山風といいこいつといいやたら軽いな。

 

「……」

 

「何で黙る……」

 

「いや何かこう・・・凄い安心するというか・・・これ良いね」

 

「満足したならようございました」

 

「えっと・・・注文なんだけど、こう僕の前に手を回して抱え込む様にしてもらえないかな?」

 

「ええ……いいけどさ。他の奴らの前で恥ずかしくない?春雨ちゃん何かやばいオーラでてるし」

 

「おねがい」

 

「しゃーねぇな」

 

 俺は注文通り時雨の腹のあたりに手を回し抱きかかえるような体勢をとる。するとガシっと時雨に手をロックされた。

 

「おい、何手を掴んでんだ」

 

「……」

 

「無視!?この体勢で!?あっこら頬ずりすんな!」

 

「ごめん、ちょっと1時間くらいこのままでいさせて」

 

「馬鹿なこと言うなや……」

 

 

 

  □■□

 

 

 

 何か様子がおかしくなった時雨を春雨ちゃんに引き剥がしてもらって次のゲーム。

 

「次の提督だ~~~~れだ!!」

 

 未だにイカサマの尻尾を掴むことができない。やつらに全く怪しい様子がないのだ。

 

 やつらの一挙手一投足に注意を払いながらくじを引く。

 

「……お?」

 

 割り箸の先端が赤く塗りつぶされてる。これあたりじゃねえか。

 

 ほんとに?当たり?俺の勝ち?お前らイカサマしてなかったの?

 

「じゃあお前ら1時間経つまでここ動くなよ……?絶対だぞ?」

 

「「「「はーい」」」」

 

 

 ようやくこの日がきた。何度心を折られてきたか。それでも諦めなかったからこそ今がある。

 

 俺は自由だ。

 

 さあ、あの扉の向こうに新しい世界が待っている。

 

 ガチャり

 

「先輩、ここにいたんですか。20分後には他鎮守府との演習が始まります。はやく演習場に向かいますよ。

 

「えっいや俺ちょっと用事が……」

 

「演習が用事ですよ。ほら、はやく」

 

 後ろの白露たちをみる。

 

「私達は、ここから動きませんよ。私達は」

 

「ふっざけんなあああああああ」

 

 

 

 

 余談だが赤く塗られた当たり棒以外は全て1番の棒だったらしい。

 



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提督とデビル型軽巡洋艦 悪磨さん

悪磨さん
デビル型軽巡洋艦クマー。
突如として現れた謎の艦。敵か味方か不明。

マジギレ浜風
練度max

春雨ちゃん
元駆逐棲姫。提督と深海妖精さんの手によって解体され春雨にもどる。
闇気味。

※今回のお話には元ネタがあります。






『行きなさい』

 

うん。準備はできてる。

 

『行きなさい』

 

今日の相手はすごいよ。なんたってあのアイアンボトムサウンドを終わらせた提督だからね。

 

『行きなさい』

 

鉄底英雄って呼ばれてるらしいよ。

 

『行きなさい』

 

そんなに急かさないでよ。ちゃんと行くから。

 

『行きなさい』

 

……行くってば。行くから。

 

 

 

 

『行きなさい』

 

 

 

 

そんな悲しそうな声ださないでよ。

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

『クーーーーー魔――――☆』

 

 執務室のモニターに噂のデビル型軽巡洋艦とやらの姿が映る。鎮守府近海を哨戒させていた島風が発見したのだ。くそお……俺が提督辞めてから攻めてこんかい……。

 

 現在やつの前方には春雨ちゃんを始めとするうちの第一、第二、第三艦隊を待機させた。

 

 しかし今回はやつも一人ではない、大量の深海棲艦を引き連れている。駆逐級ばっかだが。

 

「……なんつーかテンション高いな、悪磨さん」

 

 なんか小踊りしながらこっちに向かってきてるし。てかあの羽なに?悪魔のコスプレ?

 

「で?どーだ時雨。あれは沈んだ先代の球磨か?」

 

「いや。顔はよく似てるけど違うと思う。髪の色も長さも違う」

 

 ふーむ、なら一体あの艤装はどう言う事だ?球磨のものにそっくりだが。

 

『さーてはじめるク魔!おめーら全員しずめク魔☆っ』

 

「始まったか」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 私が合図を出すと深海棲艦共は艦娘達に向かって突貫する。こいつらを従えるなんて虫唾がはしるけどしょーがない。私の指示に従って沈むんだし良しとしよう。

 

「おまえらーーーー一!一人一殺だかんな!帰ってくんなよ!」

 

 突っ込んだ駆逐級達は目標の艦娘目がけてただ進む。反撃もしない。砲撃を受けながら目標の眼前に到着した時にはもう満身創痍だ。もう攻撃する力もない状態。だけど

 

 ボーーーーーーン!

 

 水柱が上がる。艦娘の前に到達した駆逐が自爆した。

 

「霧島!クソっ、こいつら自爆するぞ!絶対に懐に入れるな!」

 

 うんうん。やっぱりこれが一番効率がいいよね。気に入らない艦娘と深海棲艦を同時に沈めれる。スーパーゴーストカミカゼアターーーック☆なんてね。

 

「貴方が悪磨さんですか」

 

 お?こいつの艤装……春雨?てか駆逐爆弾全部躱してもうここまでたどり着いたの?

 

「お前……私と同じじゃねーか」

 

「一緒にしないでください。私は普通の春雨です。はい」

 

 どう見ても普通じゃないんですが……なんか黒いし

 

「司令官の敵のようなのでここで沈んでもらいます」

 

 そう言うや巨大なドラム缶を取り出す。でっかいな、1000ℓくらい入りそう。中身は水じゃなくて爆薬だろうけど。

 

「ざけんな☆お前が沈むんク魔☆」

 

 合図をだして駆逐級をつっこませる。ドラム缶爆弾には駆逐艦爆弾で対抗だ。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「提督!大破艦が多すぎて入渠が間に合わない!」

 

「高速修復剤は温存せず使えっつったろ!」

 

「使ってるよ!それでも間に合わないの!」

 

「はあ!?チッ!なら練度30以上の艦全員ローテーション出撃だ!敵の自爆食らったら練度関係なく大破なんだ、多少練度が低くても関係ねえ!」

 

「了解!」

 

「全員に応急女神持たせるの忘れんなよ!」

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「手こずらせんなク魔!めんどくせぇ!!」

 

 大破状態の春雨に砲口を向け罵声を浴びせる。なんでこいつこんな強いの!?私が大破よりの中破まで追い詰められるなんて!

 

「どう……して」

 

「ん?どうしてお前が負けたかって?そりゃお前、爆弾の性能の差ク魔。お前のドラム缶は手動操作、私の駆逐爆弾は全自動ク魔」

 

『行きなさい』

 

 またあの声が聞こえる。はいはい、お喋りせず早くやれってことね。

 

「あーごめんお姉ちゃんすぐ殺るよ」

 

 砲口を春雨に向け直す。もはや観念したようだ。

 

ドンドンドン

 

「おっと、あぶねえク魔ね」

 

「春雨さん大丈夫ですか」

 

 ちっ、仲間かうっとおしい。この艤装は多分浜風ね。

 

 あーしかもこいつ強い。立ち姿見れば分かる。春雨みたいな邪道な力じゃなくて艦娘としての力を最大限まで極めてるって感じ。正直こっちのが厄介。

 

「今度は私が相手をします。春雨さんはさがっていてください」

 

 ちょっときついかも。春雨戦で消耗しすぎた。駆逐級も他の艦娘の所に向かわせちゃったし……。

 

『行きなさい』

 

 ですよねー。ま、こう言われちゃしょうがない。腹くくりましょ。

 

「さっさとかかって来いク魔。おめーも沈めてやっから☆」

 

「いきます」

 

 はあっ!?早すぎ!浜風艤装でだせるスピードじゃないでしょそれ!

 

ドンドン! 痛ったいなあ!!バカスカ撃つな!!

 

 ボロボロと艤装が損傷して欠け落ちていく。

 

 ……お前はいっぱいいっぱい頑張ってそんだけ強くなったんでしょうね。少なくとも浜風としての強さを極められるくらいには。私は艦娘としては中の下がいいところだった。

 

 だけど私は欲しくもなかった深海棲艦の力を手に入れた。その力を捨てようにも私の一番大切なものと混ざり合っていたから受け入れるしかなくて、色んなものを捨てて受け入れていくうちに強くなっていた。だから・・・頑張っただけのお前なんかに負けてあげられねぇク魔!!

 

「深海アンカぁぁぁぁ!!!!」

 

「!?」

 

 海中に忍ばせておいたアンカーを浜風の足に巻きつけた。これでちょこまか動けない。あとは火力の勝負。

 

「沈めク魔」

 

「ちょっとこっち見てください。はい」

 

「!?」

 

 春雨!?まだ逃げてなかった!?急いで声のする方に振り返る。

 

「超特大ドラム缶爆弾です」

 

 ……なによそれ1万キロは容量あるでしょ……アンタそれもうドラム缶じゃなくてタンクだからね?知ってる?1000キロ以上のタンクは特定危険物タンク扱いなのよ?ちゃんと保安検査受けてる?

 

「そんなの使ったらお前も他の艦娘も吹っ飛ぶク魔よ?」

 

「でしょうね。でもうちの艦娘は全員応急女神を常設していますので。はい」

 

 ……そんなのあったわね。支給された試しがなかったから完全に忘れてた。

 

「でどうしますか?できれば捕縛されて欲しいです。はい」

 

『行きなさい』

 

 分かってる分かってるク魔よお姉ちゃん。

 

「沈むク魔☆」

 

「なら慈悲はないです」

 

 春雨はなんの躊躇いもなく導火線に火をつけようとする。あーこりゃもうどうしようもないや。

 

『ちょーーーと待った』

 

 今度は何……声の聞こえた上を見ると一機の艦載機が飛んでいる。声を遠隔で届けてるのか。

 

「だれク魔」

 

『ここの提督』

 

 ってことは鉄底英雄か。

 

 

 

『俺さーお前の正体分かったわ』

 

 

 

『なあ、軽巡洋艦多摩さんよお』

 

 

 

『にゃー』

 

 

私の真似すんな。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「球磨が時間を稼ぐから逃げるクマ」

 

 深海棲艦の大艦隊に追われ、命からがら逃げ込んだ島で球磨姉ぇはそう言った。

 

多摩は他の4人の顔を見たニャ。

 

 この島はきっと深海棲艦に囲まれている。時間が経過すればするほど包囲は厳しくなる。だけど、それでもきっと、この4人は球磨姉えを囮に自分達だけ逃げたりはしない。ずっと一緒に戦ってきた仲間なんだから。

 

「球磨……ごめん」

 

 耳を疑った。そんなあっさりと。えっえっ嘘ニャ?

 

「かまわんクマ。こういうシチュエーション憧れてたクマ。10分後に球磨はこの島の北から飛び出すクマ。あとは上手くやれクマ」

 

     ・

     ・

     ・

     ・

 

 球磨姉ぇと別れ島の南側を5人で進む。他の4人は唇をかんで悔しそうな顔をしているけど今の多摩にはどれも嘘っぽく見える。

 

 島の南の海岸に着いたときそこには深海棲艦は1隻もいなかった。

 

「やった……!やった!助かる!」「はやく、はやく逃げよう!」

 

 

 ……あ?お前ら何喜んでるニャ?何笑ってるニャ?ぶっころすぞ。

 

 激しい怒りを覚えたニャ。抑えきれない、自分の体を引き裂いてしまいそうな怒り。

 

 こいつら全員沈めたい。だけどその時間はない。

 

 多摩は4人を放って島の北に走ったニャ。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「なんできちゃうクマかなー」

 

「多摩もこういうシチュエーション憧れてたニャ」

 

「来ちゃったものは仕方ない。敵に一泡吹かせて一緒に沈むクマ」

 

     ・

     ・

     ・

 

 海の中は冷たいニャ。

 

 ごめんね球磨姉ぇ。多摩は球磨姉ぇが沈む所は見たくなかったから……最後わざと魚雷をくらったニャ。本当はもうちょい踏ん張れたニャ。

 

 先に深海で待ってるニャ。

 

 

    ・

    ・

    ・

    ・

    ・

 

「ニャ?」

 

 ぷかぷかぷか。海に浮いてるニャ。太陽眩しい。どうして?多摩は深海にいるはずニャ。

 

 生きてるニャ?てことは球磨姉ぇも?

 

立って球磨姉ぇを探して見る。

 

「球磨姉えーーーーーーーーー!!!」

 

 どんなに大声で呼んでも返事はない。だけどその時

 

『行きなさい』

 

 そんな声が聞こえた。どこから?辺りを見渡しても誰もいない。

 

『行きなさい』

 

 ……多摩自身から聞こえてるニャ?

 

 自分の胸の当たりを見て気がついた。

 

 多摩の着けている艤装・・・多摩艤装に球磨艤装が混じってるニャ。球磨姉ぇが助けてくれたんだ。

 

『行きなさい』

 

 声が艤装から聞こえる。……そっか、やっぱり球磨姉ぇも悔しかったニャ。

 

 先程4人に覚えた激しい怒りを思い出す。同時に私達を沈めた深海棲艦への怒りが上乗せされる。

 

 『行きなさい』

 

 分かったニャ。球磨姉ぇの無念は多摩がはらすニャ。

 

 これは球磨姉ぇの艤装で行われる球磨姉ぇの復讐。

 

 多摩は悪魔になる。

 

 

 

 

「デビル型!軽巡洋艦!悪磨さんク魔―――――!!」

 

 

 

 

 悪魔の産声をあげてみた。

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「どうして私が多摩だと分かったク魔」

 

『さっきお前【お姉えちゃん、すぐやるよ】って言ったろ?球磨は長女だ。それにお前と球磨以外の球磨型は全員まだ現役だ』

 

 ずっと私を見ていたのか。まあ正体がバレても関係ない。

 

「流石英雄ク魔。まぁ多摩はここで沈められるし正体ばれても関係ないク魔」

 

『いいのか?お前のその艤装……球磨艤装は悲しそうな声を出してるが』

 

「な!?お前聞こえるク魔!?」

 

『ああ聞こえる聞こえる。通信機越しでもうるさいくらいにな』

 

 こいつ一体なんなの……。

 

「聞こえるなら分かるはずク魔。ずっと『行きなさい』と言ってる球磨姉ぇの思いが。悔しくて悔しくてどうしようもなくて多摩にお前らを殺すようお願いする思いが」

 

『行きなさい』

 

 ほら今だって催促してる。

 

『あ?お前馬鹿か?お前の姉ちゃんはそんな事一言も言ってないだろ』

 

 

 

 

『【生きなさい】お前に自分の分まで生きてくれって言ってんだろ』

 

 

 

 

『生きなさい』

 

 

 

 

 提督のその言葉を聞いた途端に艤装は何も言わなくなってしまった。まるで伝えたかった言葉がようやく伝わったと言わんばかりに。

 

 嘘……ほんとうにあいつの言う通りなの?

 

 球磨姉ぇはあんな仕打ちを受けても……全く恨んでなかった?。それどころか一度は置いていった多摩の心配を艤装になってまでしてくれていたの?。

 

「ちがう!ちがう!ちがう!」

 

 嘘だ!嘘だ!嘘だ!私は信じない!もし本当にあいつの言う通りならもう一度言って見ろク魔!

 

『生きなさい』

 

 ……そういえばいつもそうだった。面倒くさがりで喋るのも億劫て言ってたのにいつも多摩の事を気にかけていた。思い返せばいつも多摩の近くにいてくれた気がする。今だって艤装になってまで多摩と一緒にいてくれる。

 

 大粒の涙が止まらない。なんで……そんなのってないよ……分かるわけないよ……もっと分かるように言ってよ。多摩とちゃんとお話してよ……。

 

 

『生きなさい』

 

 

 ごめんね球磨姉ぇずっとずっと心配かけて悪さばっかりして。もうこれからは私もちゃんとするから。無茶はしないから。心配かけないから。

 

 

 

―――――球磨姉ぇも逝ってください。私もゆっくりそっちに行くから―――――

 

 

それまでどうか待っていてください。

 

      ・

      ・

      ・

 

『本当にうちにこなくていいのか?お前は沈めた事にするから大本営は動かないぞ?』

 

「いいク魔。流石に今そっちに行けるほど顔の皮は厚くないク魔」

 

『そうか、来たくなったらいつでもこいよ。手伝ってもらいたいこともあるしな』

 

「手伝い?」

 

『あー、内容は言えないけどな』

 

「ふーん。まっ気が向いたら行ってやるク魔。それじゃもう行くク魔」

 

 踵を返して場を後にする。艤装からもう声は聞こえない、だけどそれでいい。もう一人でも大丈夫だから。

 

『おい』

 

 まだ何かあるのか。正直今は一人にして欲しい。声のした方に振り返る。

 

『生きなさい』

 

 ちょっと照れくさそうにさっきまで敵だった私にそんな事を言う。この提督はもしかするとツンデレないいやつなのかもしれない。

 

「生きるニャ」

 

笑顔でそう返してやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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提督と時雨と最後の戦い

提督
最終回を始めようか。

時雨
嫌だ嫌だ嫌だ。終わりたくない。

村雨
まだ1度も登場してないんですけど!ですけど!




「ああ、そうだ。お前に頼みがある」

 

『           』

 

「ごちゃごちゃいうな。以前の借りを返しやがれ」

 

『        』

 

「ああ?わーったよ。そのぐらいの配慮はしてやる」

 

『          』

 

「よし。詳細は追って連絡するからな。ばっくれるんじゃねえぞ」

 

     ・

     ・

     ・

     ・

     ・

 

  ◇ ◆ ◇

 

ざわざわ

 

 鎮守府に身を置く全ての艦娘がこの集会に呼び出された。

 

 今回の集会の内容は僕こと時雨も何も伝えられていない。一体何なのか?いつもなら執務関連は僕に話を通すはずだけど今回はそれがない。あの提督の事だ、また良からぬ事を考えているのかもしれない。

 

「まず、急な招集に応じてくれた君達に礼を言おう。ありがとう」

 

 ……様子がおかしい。纏っている雰囲気が違う。確かに、いつも私達白露型以外には頼れる提督としての姿を見せているが、そんな作り出された偽りのオーラではない。今の彼は本気で何かを成そうとしている様に見える。

 

「今回諸君らに集まってもらった理由……それは次の作戦が我々の最後の戦いになると言う事を伝えるためだ」

 

「「ざわざわ」」

 

 次が最後!?どう言うこと!?

 

「司令!次が最後とはどう言う意味でしょうか!」

 

「不知火、言葉通りの意味だ。……母なる深海棲艦が見つかった」

 

 母なる深海棲艦……深海棲艦を生み出す文字通り深海棲艦達の母。彼女を倒す事ができればもう新たな深海棲艦は生まれないと言われているが、今までその消息はつかめなかった。

 

「この母なる深海棲艦を我々の手で沈め、この戦争を終わらせる!」

 

「提督、我々とはどう言う事だ?他の鎮守府はこの作戦には参加しないのか?」

 

「本作戦は我が鎮守府のみで決行する。そもそも母なる深海棲艦発見の情報は大本営に報告していない」

 

「なっ!?馬鹿な!戦果に目が眩んだか提督!母なる深海棲艦の元に行くとなれば敵もこれまで以上に強力になる!他鎮守府との連合艦隊を結成し、最高戦力で望むべきだ!」

 

 提督は静かに首を横にふる。

 

「そうじゃないんだ長門。確かに戦争終結は俺達の悲願だ。だがな、そうじゃない奴もいる。戦争が続く事で私腹を肥やしている奴もいるんだ。」

 

 提督は悲しそうな表情で言葉を続ける。

 

「そんな奴らに母なる深海棲艦発見の情報が伝われば、作戦を妨害される恐れがある。そうなれば母なる深海棲艦を逃がしてしまう」

 

「故に!信頼するお前達にのみ話した!ここまで俺に着いてきてくれたお前達だからこそだ!」

 

 提督、僕は嫌だよ……。終わらせたくないよ。

 

「本作戦は今までとは比べ物にならない程の激戦が予測される。……沈んでしまう者も現れるかもしれない。5分待つ!それでも俺に着いて来てくれる者だけこの場に残ってくれ!」

 

 この戦争が終わったら君はどこかに行ってしまうじゃないか。僕達を置いて行ってしまうじゃないか。

 

「誰も去らないか……。ああ、分かっていたさ!それでは作戦概要を発表する!」

 

 君を失うぐらいなら戦争なんて終わらない方がいい。

 

 

 

 

 

 ……これじゃあ、戦争が続く事を望む者って僕のことだね。

 

 

 

 だけど、それでも僕は君の横に居たいんだ。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 星を見ていた。僕の吐く息が途端に冷やされ白くなっている。年の終わり間近の冷たい空気が今は心地いい。

 

 決起集会が終わった後、僕は直ぐにこの波止場にきた。他の皆が最後の戦いに向けて戦意を高めている中、僕の今の顔を見られるのが怖かったから。……いや、違うか。こうして一人で居ればあの人と二人っきりで会えると分かっていたのかもしれない。

 

「何一人で黄昏てんだ。お年頃かよ」

 

「ほんと、もうちょっと違う声のかけ方はなかったのかな」

 

「俺がお前を気遣う方が気色悪いだろ」

 

「そうだけどさ」

 

 よっと、何て吞気な声を出しながら提督は僕から1m程間隔を開けて横に腰掛けた。僕は1m近づいた。

 

「んだよ、ちけえよ」

 

「ずっとここに居たから身体が冷えたんだよ。少し暖をとらせて」

 

 しゃーねぇなと言って提督は僕が横にいる事を許してくれた。しゃーねぇなでずっと提督を続けてくれないかな。ずっと横に居させてくれないかな。

 

「明日の戦いについて考えていたのか?」

 

 そうだけどそうじゃない。君の事を考えていた。

 

「提督はさ……やっぱりこの戦争が終わったら提督を辞めちゃうの?」

 

「……そうかもな」

 

「……どうして今嘘をついたんだい?」

 

「あ?嘘なんざついてねぇよ。ずっと言ってきただろ、提督を辞めたいってな」

 

「君は嘘をつくとき必ず最後に‘かもな’をつけるんだよ。気づいてなかったのかい?」

 

「……」

 

「ただ、今の嘘がどういう意味なのかは分からなかった。教えてよ」

 

「まあ、いいか」

 

「俺が提督を辞めるのは‘この戦争が終わったら’じゃない‘明日の戦いが終わったら’だ。つまり明日、俺はこの鎮守府を去る」

 

「……なにそれ。いつもの脱走かい?逃がすわけが」

 

 腹が立ってきた。僕がこんなにも君を恋しく思っているのに君は一日も早く僕の前から去ろうとしてるなんて。

 

「違うな」

 

「違わない!確かに母なる深海棲艦を倒せば新たな敵はもう生み出されない!だけど今いる深海棲艦が急に消え去るわけじゃないんだ!きちんと掃討を終えるまでは辞めさs

 

「聞け、時雨」

 

 提督は僕の肩を掴んで僕を黙らせる。その表情は真剣そのものだ。

 

「確かに母なる敵を倒してもその場で戦争が終結するわけじゃない。お前の言う通りだ」

 

「でもな、俺は必要なくなる。あとはもう敵を殲滅するだけだからな。むしろ俺は海軍にとって邪魔な存在となる」

 

「そんなわけない!君は英雄だ!それだけの戦果をあげた!」

 

 提督はゆっくりと首を横にふった。

 

「その戦果が問題だ。俺は手柄をたて過ぎたんだ。俺みたいな提督適性がたまたまあったから海軍に入れた様な男が、そんな栄誉を手に入れるのは色々と問題があるんだよ……まして俺は若すぎるしな」

 

「それに明日の作戦は俺の独断だ。上はそこを突いて俺を処分しようとするだろう。だから俺はさっさと姿を消さないといけないんだ」

 

 そんなの……そんなのってないよ。

 

 彼はずっと、嫌々ながらも戦ってきたのに。鉄底海峡を終わらせたのも、春雨を助けたのも、浜風という強大な戦力を生み出したのも、悪磨さんを改心させたのも全部提督なんだ。きっと僕がこの鎮守府に来る前にだって誰かを助けてる。

 

 なのにその栄誉を受け取ることもできずに去るなんて

 

「僕が……僕が君を守るからっ!」

 

上の好き勝手になんて絶対にさせない!

 

「時雨」

 

「そうだ!大将提督に連絡して助けてもらおう!」

 

「時雨」

 

「他にも色々手を考えるから!僕何でもやるから!」

 

「いいんだ時雨」

 

 提督はそっと僕の背に腕を回して言葉を遮ってきた。あったかい、あったかい。

 

「元々ガラじゃないんだよ。俺が英雄なんてさ。照れくさいばっかだ」

 

 そんな事ない、そんな事ない。

 

「俺はそんな栄誉欲しくない。だからお前が頑張る必要なんてないんだ」

 

 そういって僕を悟す。もう涙が堪えきれない、嗚咽がもれる。

 

「うっえ、うう、嫌だよ僕。お別れなんてしたくない。戦争を終わらせないでよ」

 

「ごめんな」

 

 僕のお願いを聞いて欲しい。もう二度と我が儘なんて言わないから。一生君に尽くすから。

 

「だったら僕を一緒に連れて行ってよ!」

 

「ごめんな」

 

 ちょっとくらい悩むふりしてよ。

 

「ならどうしたらいいの!?どうしたら君と一緒にいられるのか教えてよ!」

 

「ごめんな」

 

 謝って欲しいわけじゃない。ただ教えて欲しいんだ。

 

「僕は……僕は!君とずっと一緒にいだいよおおおおおおお」

 

 僕がずっと伝えたかった事。一番のお願い。

 

「ごめんな」

 

 ほんと……君は僕のお願いをちっとも聞いてくれないんだ。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 決戦当日の朝。抜錨地点にて提督が僕達を激励してくれる。提督の軍服は昨日僕が泣きついたせいで少し皺になっていた。

 

 

「第一艦隊!時雨、浜風、武蔵、長門、加賀、大鳳」

 

「第二艦隊!春雨、夕立、海風、山風、村雨、江風」

 

「第三艦隊!白露、五月雨、金剛、榛名、大井、北上」

 

「以上三艦隊!貴殿らにこの戦いの運命を賭ける!必ず勝ってくれ!」

 

 

 「「「「「はいっ!」」」」」

 

 

 最後の戦いが始まった。

 

 

     ・

     ・

     ・

     ・

     ・

 

 

「時雨さん何かおかしいと思いませんか?」

 

「何がだい?僕はここまでとても順調だと思うけど」

 

「いえ、順調すぎると言いますか……ここまで敵との戦闘がほとんどありません。あっても駆逐級やはぐれの単独戦艦級ばかりです。もう母なる敵が居るとされている5-X地点は目前なのに……流石に違和感を感じます」

 

「きっと提督がくれた羅針盤のおかげだよ。この戦い用に改造したって言ってたよ」

 

「……先輩にそんな事が出来るとは思いませんけど」

 

『時雨姉さん聞こえますか』

 

 浜風と話をしていると春雨から通信が入ってきた。きっと準備ができたのだろう。

 

「聞こえるよ。状況は?」

 

『第二艦隊、敵12時の方向に待機完了です。ここまでの道中大きな損害も出ていません』

 

『白露だよ。私達第三艦隊も敵8時の方向にスタンバイOK。同じく損害なし』

 

「了解。第一艦隊も4時の方向にて準備完了してるよ。提督聞こえてた?」

 

『ああ。それでは今から5分後の2100より3方向同時突撃の後、夜戦を開始する。皆これが最後の戦いだ。ここまで私に付いて来てくれてありがとう。これが私から君達に出す最後の指令だ』

 

 第1艦隊の皆はもの音一つ立てずに提督の言葉を聞いている。きっと第2,3の皆もそうなのだろう。敬愛する提督の言葉だ、僕だって一言一句漏らさないように聞いていた。だけど何故か波の音や風の音ばかりに耳がいってしまう。……きっと最後の言葉を聞きたくないのだろうね。

 

「全艦突撃!必ず生きて帰れ!」

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

 全員で突き進んだ。進めば大切な人を失うっていうのは分かってる。だけど進む事を大切な人が望んでいるんだから仕方ないよね。

 

 ほんと、惚れた弱みってのいうのはどうしようもないね。

 

 

      ・

      ・

      ・

      ・   

      ・     

 

「あれが母なる深海棲艦ですか」

 

 母なる深海棲艦は5-X地点に一人浮かんでいた。取巻きに多量の姫、鬼級を想定していた為驚かされる。いや……取巻きなどいらないという自信の現れか。

 

「あれは……一体艦種は何になるんでしょうか」

 

「僕にもわからない。戦艦、軽巡の主砲に魚雷、艦載機まで積んでるね」

 

 異形としか言えない。ありとあらゆる艦種の武装を無理矢理、それも効率性など全て無視してただ繋ぎ合わせたかの様な姿。

 

 

『!?アアアアアアアア!?』

 

 

 

「しまった気づかれた!皆聞こえてる!?これより全三艦隊による一斉雷撃を開始する!倒しきれなかったらそのまま撤退!深追いは禁止だよ!」

 

 

「すうううううう」

 

 深く深く息を吸い込む。第一艦隊旗艦として皆に迷いが生まれないよう、明確な指示を出すために。

 

 

「雷撃!開始!!」

 

 一斉に魚雷が放たれる。暗闇の為見えないがきっと第二、三艦隊も発射しただろう。あとはもう当たるのを祈るだけ。……当たらなければいい、とはもう思わない。

 

「アアアア」

 

「躱される!?」

 

 母なる深海棲艦は魚雷に気づいている。恐らく優秀なソナーを備えているんだろう。

 

 だけど、やたらめったら着けた艤装の重みでろくに移動も儘なならないようだ。魚雷に気づいていても避けられない。

 

 

 魚雷は

 

 

ずうううううううん

 

 

 当たった。

 

 

『アアアアアアアア』

 

 

 悲痛な声を上げながら母なる深海棲艦は沈んで行く。

 

良かった。これで良かったと思う。これで戦争は終わる。この時をずっと待っていたんだ。

 

 なのに・・・なのに。涙が止まらないよ。また出会ったあの時みたいに僕の雨をやませてよ、提督。

 

 

 

  □■□

 

 

 

 鎮守府の門の前で提督の見送りをする。春雨は付いて行く気みたいだけど提督はどう説得するのかな。

 

「あー、あれだ。まあ迷惑かけたな。達者でやれよ」

 「私も皆にはお世話になりました。」

 

「ほんとに行っちゃうんですね……」

 

 海風はうつむいて涙をこらえてる。夕立なんて唇を噛み切ってしまいそうだ。

 

「色々と事情があってな・・・しばらくは連絡も取れないと思う」

 「海風泣かないで。いつかきっとまた会えるから」

 

「あう……あう」

 

 山風も何か言いたいんだろう。だけど涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまい上手く喋れないみたいだ。

 

 そんな山風の頭を無言で撫でる提督。それだけで山風は言いたい事が全部伝わったのだと理解して余計に泣いてしまった。

 

「別に私達も連れていけばいいじゃないですか……」

 

「白露・・・悪いな」

 「ごめんなさい」

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 

「いや……ね?春雨ちゃん何かさっきから付いて来る気満々みたいだけど……ダメだよ?」

 

「はい?いえ、付いて行きますけど?」

 

「ダメなんだって。これにはきちんとした理由があるんだ。あとから時雨に聞いてくれ」

 

「でも!司令官と離れ離れなんて私は耐えられません……」

 

「いつか……きっと迎えに来るからさ。それまで俺を待っていてくれないかな。絶対に迎えに来るって約束するから」

 

 少しの間春雨は下を向いて黙っていた。だけど何かを決めたのだろう。

 

「司令官は平気で嘘をつきますからね……、でも私は待っています。それくらいの事をお兄さんはしてくれましたから」

 

「春雨ちゃん……」

 

「言っておきますがこれは相当譲歩した結果ですからね。もしも迎えに来なかった時は覚悟してくださいね」

 

「ああ、ありがとな」

 

そして提督は僕の方を向く

 

「時雨、お前には一番世話になったな」

 

「ほんとだよ。世話ばっか焼かせてさ」

 

 そんな世話くらいで僕の受けた恩はまだまだ返せていないよ。

 

「はっ、手厳しいな」

 

「けど、春雨だけじゃない。いつか僕達全員を迎えに来てくれるっていうなら今日のところは気持ちよく見送ってあげるよ」

 

 提督はぼくたち全員の顔を見たあと。

 

「もちろんだ」

 

 そう応えてくれた。ああ、その約束があれば僕は何時までも待つことができる。ずっとずっと。

 

「なら、俺はいくよ」

 

 もう提督でない彼は背を向けて歩いて行く。その背中を見ているとなんだか視界がぼやけてきた。きっと僕の目から雨が降っているんだ。しかもこの雨は君じゃないと止ませる事はできない。だから……ここでずっとずっと待ってるから、いつか君が迎えに来てくれるその日を

 

『クううううううううう魔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

「やべっ」

 

「「「「「「は!?」」」」」」

 

 提督が向かっていた門のさらに向こうにある海から何かが現れた。

 

「クソ提督はどぉぉぉぉぉこぉぉぉぉぉク魔ぁぁぁ!」

 

「悪磨さん!?どうしたの!?それにその格好……」

 

 悪磨さんは体中に壊れた艤装をつけていた、それも様々な艦種の物を。まるで昨日の母なる深海棲艦の様に。

 

「どうしたもこうしたもないク魔!クソ提督が私に対深海棲艦の演習相手になってくれって言うから応じたらこの様ク魔!」

 

 対深海棲艦の……演習?

 

「演習時に着けてくれって渡された艤装も一度つけたら外せない、声も出せなくなるで最悪だったク魔!」

 

 んんんん?これはまさか……

 

「おまけにお前らは遠慮なしに夜戦雷撃してくるし!渡された女神がなかったら絶っっっっ体死んでたク魔!」

 

「……つまり昨日の母なる深海棲艦は悪磨さんが変装してたってこと?」

 

「ああ?今更何言ってるク魔!お前らの提督がそうしろって要求してきたんク魔!」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・。

 

 

「提督、どこにいこうとしてるのかな」

 

「ヒッ!」

 

「流石に……流石に今回は僕も完全に怒ったよ」

 

「いや、お前いつも怒ってんじゃん……」

 

「いつもとは比較にならないってことだよ」

 

「やっ、その悪い。謝るかr

 

「春雨、連れていくよ」

 

「ですね。はい。ブチ切れました」

 

「一日二日で僕のこの怒りが収まると思うなよ」

 

「ほんとごめんなさい。悪かったですから」

 

「うるさい、とにかく来い」

 

 

 許す気はないけど、はあ……きっと許しちゃうんだろうな。

 

 

 だって怒りよりも喜びの気持ちの方が何倍も大きいから。

 

 

 もしかしたら僕は案外ちょろいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







評価にて点数を付けて貰えると嬉しく思います。


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提督とお仕置きと帰ってきたアイツ

時雨
最終回詐欺絶対許さない。

海風
60ヤードマグナム。武蔵ではないです。

帰ってきたアイツ
ウルトラマンではないです。

村雨
私の出番まだですか!?



 

 

 

 

 母なる深海棲艦(ver悪磨さん)が偽物だったとばれた俺は執務室に強制連行され尋問というリンチを受けていた。正座する俺の前に座るのは時雨、春雨ちゃん、海風、山風の4人。

 

「で?僕達に何か申し開きはある?」

 

「面目次第もございません」

 

 バレてしまったらもうひたすら謝るしかない。下手に言い訳なんてしたら余計に怒りを買ってしまう。提督は学びました。

 

「そもそも司令官はいつの間に悪磨さんと打ち合わせをしていたんですか?あっ春雨は今凄く怒ってるので嘘はつかないでくださいね」

 

「この前悪磨さんが攻めて来た時にこっそり海軍Phoneを渡したのでそれで……」

 

 海軍Phone!それは海上どこでも使える通信機!てかスマホ。

 

「へー僕達に黙ってこそこそと他所の艦娘と連絡とってたんだ。へー」

 

「ギルティですね。はい」

 

「海風的にもそれはないです。情状酌量の余地なしです」

 

「うう、、、やまかじぇ……」

 

「ふんっ」

 

 やべぇ・・・なんだかんだ俺には甘い海風と山風にまで見放されてしまった。

 

「というか司令官の海軍Phoneまだ怪しいですね。はい。少し貸してください」

 

「……」

 

「貸してください」

 

「どうぞ」

 

 俺から海軍Phoneを受け取った春雨ちゃんはぽちぽちと操作する。もちろんロックをかけているので中身は見れない。

 

「暗証番号を教えてください」

 

「いや春雨ちゃん、ほんと許してお願いだから」

 

「はい?」

 

「8670です……」

 

「8670ですね……時雨姉さん、海風、山風見てください。これ知らない女性の名前が入っています」

 

「本当ですね。お兄さん、この海風達の知らない女性はだれですか。恐らく一般人ですよね?」

 

「確か浜風の本名だったかな……」

 

「提督?」

 

「以前記憶喪失(嘘)の時に行ったキャバクラのお姉さんです」

 

「ほんとに君は一人にするとろくな事をしないね」

 

 やれやれって風に時雨が大げさなポーズをとる。こいつ・・・いまにみてろよ。てか春雨ちゃん?俺の海軍Phone強く握りすぎじゃない?なんかミシミシ言ってない?

 

「提督、暗証番号の8670って榛名(867)さんのこと?」

 

バキッ

 

「あっごめんなさい。つい力が入ってしまいました……ほんとについ……」

 

 粉々になってしまった俺の海軍Phoneを前に謝る春雨ちゃん。恐らくほんとうについ力が入ってしまったんだろう。

 

「やまかぜぇ……思いつきで余計な事を言うんじゃねぇ……」

 

「新しい海軍Phoneは海風が申請しておきますので……次は私用に使ってはだめですよ」

 

「はい……」

 

「あと今回の件は鹿島さんに報告しますので」

 

 そういや海風と鹿島は面識があるんだったか。くそっあの時会わせるべきじゃなかったか。鹿島のやろうとこいつらが手を組んだらどれだけ面倒な事になるか……

 

「それで?傷ついた僕達の心はどうしてくれるのかな?君の軍服を濡らした僕の涙は一体なんだったのかな?」

 

 時雨ぇ……こいつここぞとばかりに弱みにつけ込んできやがって、なんて汚い女だ。

 

「どうすればいい……」

 

「皆!提督が僕達の言うこと何でも聞いてくれるって!何して欲しい?」

 

 このやろう……一言もそんな事言ってないだろうが。

 

「私は浮気さえ止めてもらえれば。はい」「海風もちゃんとしてもらえるだけでいいです」「アイス」

 

「ふむふむ。特にこれといった要求はないと。ならここは僕にまかせてもらえないかな?」

 

「構いません」「いいですよ」「いや、アイス」「アイスは後で僕が買ってあげるから」「ならいい」

 

 こいつ自分の都合のいい展開に持っていこうとしていやがる。俺だって山風にアイス買ってあげたかったわ!

 

「提督、君お正月はどうするのかな?」

 

「……特に予定はないが」

 

 嘘だ。本当は実家に帰省することになっている。もちろん脱走する可能性があるからと取り外し不可のGPSをつけられるがそれでも久しぶりの自由、今からウキウキだ。ちなみにこいつらに話すと面倒な事になりそうなのでまだ隠している。

 

「嘘だね。実家に帰る事になってるでしょ」

 

「な、お前何故知って」

 

 この事はこの鎮守府の誰にも話してないはず……まさか鹿島!?

 

「はい?私初耳なのですが」

 

「春雨、この提督は僕達に黙って実家に帰省しようとしていたみたいだよ」

 

「今日は本当にぼろぼろと司令官の隠し事が明るみにでますね。はい」

 

「ちゃうねん……」

 

「そこで僕達からのお願い!僕達も一緒に提督の実家に連れてってよ!」

 

「いいですね!」「海風も賛成です!」「山風も」

 

「まさか断るとは言わないよね?」

 

「わかった……」

 

 さらば俺の自由な時間。さらば俺の乱れた生活。こうなっては断る方が難しい、向こうでトラブルを装ってこいつらと別行動をしよう。そう俺が自分に言い聞かせているとドタドタと部屋の外で誰かが走る音が聞こえてきた。

 

バンっ! 

 

 扉はゆっくり開きなさいね。

 

「提督いるっぽい!?」

 

 部屋に飛び込んで来たのは駄犬……夕立だった。珍しく息を切らせて慌てた様子だ。

 

「おう、いるぞ。何か用か」

 

「涼風が帰ってきたっぽい!」

 

「なに!?」「「「ほんと!?」」」

 

 あいつが帰ってきたか。いつもより少し早いな。

 

「お前ら!5人がかりでいい涼風を捕まえて来い!絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」

 

「「「「「了解」」」」」

 

「俺はその間にアレをとってくる!」

 

「逃げちゃだめだからね!」

 

「涼風が帰ってきたタイミングじゃ流石の俺も逃げねぇよ!!」

 

 良心が痛むからな。

 

 

 

 




次回、最も愛の重い?白露型登場。


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提督と依存体質な涼風さん①

提督(候補生)
昔は提督になるのをそこまで拒絶していなかった。というか提督業をあまり理解していなかった。

涼風
依存症なやべーやつ。

不知火
あとがきの人。

夏鮫ちゃん
昔は超ワルだった。どのくらいワルだったかというと破壊王子くらい。

※今回訳あって地の文多めです。許してにゃしぃ。




 

 鎮守府の廊下を全力で走り抜錨地点へ向かう。とある艦娘を捕まえる為に。

 

 『白露型十番艦 涼風』

 

 我が鎮守府最凶の艦娘である春雨ちゃんに勝るとも劣らないヤバさを持つ駆逐艦だ。彼女は春雨ちゃんの様に特別強い訳でも嫉妬心が強い訳でもない。では何がヤバイのか?

 

 バンっと扉を勢いよく開け放つ。

 

「離せぇ!!あたいはまだまだ資材を集めに行かなきゃなんないんだぁ!!」

 

「もう十分だってば!これ以上持ってこられても保管場所がないから!」

 

「涼風が頑張って資材を集めないと!集めないと提督はここに居てくれない!だから休んでる暇なんてないんだ!!」

 

 扉を開けた先には涼風と彼女を押さえつける5人の姉妹の姿と抜錨地点を埋め尽くさんとする大量の資材。燃料、鋼材、ボーキサイトが所狭しと置かれている。

 

「あっ提督!はやく涼風を止めて!僕達の言うことなんてちっとも聞かないんだ!」

 

「提督!?」

 

 俺に気づいた涼風が姉妹を振り切ってこちらに走ってくる。

 

「おっ提督!あたいこんなに沢山資材を集めたよ!」

 

「ああすごいな、助かるよ。でもお前もうずっと休んでないだろ?とりあえず睡眠を取れ。凄い隈だぞ」

 

「大丈夫大丈夫!今からまた遠征行って資材探してくるからさ、楽しみにしててよ!」

 

「涼風、話を聞け。資材はもういらない、だから休め」

 

「え……?資材……いらない?」

 

 休む様に促すと涼風はどんどん表情を曇らせる。

 

「て……てやんでぇ……。資材はいくらあってもいいんだから!いくらでも取ってくるっての!」

 

「だからもう資材保管上限に達してんだよ!これ以上持ってこられても処理に困るわ!」

 

 そう、この涼風はとんでもない社畜根性の持ち主なのだ。一度遠征に行けば最低でも1週間は帰ってこない、帰投したと思えば集めた資材を降ろして直ぐにまた遠征に行くという事を繰り返している。自発的に休むという事をしないので俺達で無理矢理休息を取らせる必要がある程だ。こうなってしまった原因は俺にあるのだが・・・・。

 

「……ほんとにもういらないのかい?」

 

「ああ、いらんいらん」

 

 シッシと手を降って自室に戻るように促す。

 

「いやだ……」

 

「あ?」

 

「嫌だ!あたいが頑張っていないと提督はまた涼風を置いてどこかにいっちゃう!そんなの嫌だ!!」

 

「!、時雨取り押さえろ!」

 

「分かってる!」

 

 俺の制止を振りきって遠征に行こうとする涼風を時雨に取り押さえさせる。

 

「離せよ姉貴!あたいは資材を集めないといけないんだ!」

 

「だからもういらないって提督も言ってるだろ!?それよりも君の身体が心配だよ!最後に休んだのはいつだい!?」

 

 俺達の言葉が全く伝わっていない。恐らく睡眠不足と疲労で言葉の意味を理解できていないのだろう。仕方がない、さっき取ってきた物を使おう。

 

「時雨、そのまま抑えておけよ」

 

「わかってるからはやく!!」

 

 俺はポケットから薬液を染み込ませたハンカチを取り出し涼風の口元に押し付ける。

 

「んんん!?んんーー!……」

 

 数秒後、暴れていた涼風は大人しくなり時雨の腕の中でスヤスヤと眠り始めた。

 

「ふう、毎度の事ながら涼風を取り押さえるのは大変だね」

 

「時雨、涼風を医務室のベッドに寝かせて見張っておいてくれ」

 

「りょーかい。よっと」

 

 時雨に涼風を連れて行くよう指示する。少し寝かせて落ち着かせれば話もできるようになるだろ。

 

ぐっ

 

「あ?」

 

 腰の辺りを何かに引っ張られた。見てみると俺の服を涼風の手が掴んでいる。

 

「くそっ、こいつどんな力で握ってんだ。全く外せねぇ」

 

 涼風の手を外そうと四苦八苦するが万力に挟まれた様に全く離す気配はない。

 

「仕方ないから添い寝くらいしてあげたら?涼風は君の為に頑張ってるんだし」

 

「しゃーねぇな……」

 

    ・

    ・

    ・

 

 涼風をベッドに寝かせて俺もその横に腰掛ける。これ涼風が起きるまで・・・下手したら8時間くらい離してもらえないのでは・・・。

 

「涼風について質問いいかな?」

 

 医務室の暖房の電源を入れ椅子に座った時雨がじとーとした目線を向けながら話しかけて来た。

 

「……んだよ」

 

「どうして涼風は君の為にあそこまで尽くしてるのさ。君、傍から見ると完全にヒモ男だよ」

 

「昔いろいろあったんだよ」

 

「そのいろいろを聞いているんだけど」

 

 じー、と俺から視線を外さない時雨。はあーどうせ涼風が起きるまで動けそうにないしな、話してもいいか。

 

「最初に涼風に会ったのは俺も涼風も候補生の時でな」

 

 少し思い出話でもするか。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 カッカッカッと俺の腕を掴んだまま歩く艦娘のヒールの音が廊下で反響する。

 

「鹿島さん、もう離してもらえません?」

 

「ダメです」

 

 俺はどこにあるかも分からない無人島に建てられた訓練校に連れてこられていた。

 

 提督、又は艦娘としての適性が認められるとまず候補生として座学校にぶち込まれる。座学校で様々な教育を施され知識・人格共に問題無いと判断されるとそのまま訓練校に移動となる。訓練校では主に実技だ。座学校で学んだ事を実践で活用できるかを試されるらしい。

 

「座学校卒業祝いに3日間自由行動できるように取り計らってくれたの鹿島さんじゃないすか!俺怒られる様な事してないっすよ!」

 

「自由行動を許したのは2日です。それに私との連絡は常に取れる様にと言う条件も付けたはずです」

 

「そうですっけ?」

 

「……あとで指導ですね」

 

 しまった、ここは余計な反論はせずただ平謝りする場面だったか。火に油を注いじまったよ・・・。

 

「それで俺はどこに連れて行かれてるんです?」

 

「今日から提督候補生として3人の艦娘候補生を訓練してもらいます。これからその3人との顔合わせです」

 

「そんな!俺聞いてないっすよ!!」

 

「貴方が逃げ回るから説明する時間が取れなかったんです!」

 

「すんません……」

 

 別に意味もなく逃げた訳じゃない。白髪の・・・確か海風とかいうのとちょっとボーイミーツガールやってたら期日を過ぎていただけだ。

 

「着きましたよ」

 

 一つの教室の前で鹿島が立ち止まり俺に中に入るよう促す。

 

「中に3人の艦娘候補がいるので互いに挨拶をしてもらいます。……威厳のある態度でお願いしますよ?」

 

「了解です」

 

ガラガラ

 

 教室はだいたい7m×9mくらいの平均的な広さだが中にあるのは3つの机に教卓、ホワイトボードくらいのものだった。俺が中に入ると座っていた3人の候補生が起立し、鹿島が俺の紹介を始めた。

 

「おはようございます。先日お話をしましたがこちらの方が今後、貴方方3人の指揮をとる提督候補生になります。では自己紹介を」

 

「吹雪型駆逐艦1番艦の吹雪です!はい、頑張ります!」

 

「陽炎型駆逐艦2番艦の不知火です。ご指導ご鞭撻よろしくです」

 

「……涼風だよ。あまり頼りにはしないで」

 

 あれだな。自己紹介でもう大体のキャラが分かるな。

 

 吹雪は優等生タイプ。たぶん誰にでも優しくとっつきやすい奴だろう。

 

 不知火とかいうやたら目つき悪いのは仕事人タイプ。多分プライベートで話しかけたら無視されるな。

 

 涼風は・・・何か昔見た時とキャラ変わってねぇか?海風とかカラフル姉妹と遊んでる時はもっとキラキラしてた印象だったが。てか他の姉妹はいないんだな。

 

「本日より貴艦らを指揮することとなった。まだ若輩の身だが必ず貴艦らを訓練校から卒業させよう。宜しく頼む」

 

 挨拶を簡単に済ませると俺達4人に鹿島から紙を渡された。なんだこれ?予定表?

 

「今配った紙には貴方達に学んでもらうカリキュラムが書いてありますのでまず一読ください。その後私の方から説明を行います」

 

 紙には訓練の内容とルールが書かれていた。要約するとこうだ

 

・3人の実施する訓練の内容は全て提督が指示する。

・2ヶ月の訓練期間内に3度実技試験を実施する。不合格なら留年。

・初期資源は支給するが以降自分たちで調達する事。

 

「監視役として私、鹿島が同伴しますが基本的に訓練には関与しませんのであしからず」

 

「うるさい小言を聞かずに済んで助かる」

 

「……貴方個人への指導は行います」

 

「!?」

 

「では訓練開始です。提督、艦娘としてのそれぞれ技能を高めてください」

 

 そう言って鹿島は教室の角の方に移動していく。監視役だもんな。

 

 しかしどうするか……いきなり訓練開始とか言われても何をすればいいか分からん。取り敢えずコミュ二ケーション?一緒に飯でも食べる?

 

ぐいぐい

 

「?」

 

 何をすればいいのかと悩んでいるとやたら目つきの悪いのに服の裾を引っ張れた。確か不知火だったな。

 

「司令、意見具申いいですか」

 

「ああ」

 

「艤装を使ってみたいです。早く扱いになれるのは重要な事かと」

 

 そうキラキラした目で俺に意見する不知火。そういや訓練校に入学するまでは艤装を使うのは禁止されてるんだったな。早く使ってみたいって事か。

 

「お前らは?」

 

 吹雪は不知火と同じ表情で何度も顔を縦に振っている。涼風は……苦笑いしながら一度だけ頷いた。

 

「分かった、今日は艤装を使って海上を走る訓練をしよう」

 

 

 □ ■ □

 

 

 夜、ドキ☆ドキ☆初めての艤装展開訓練!を終えた俺達は一先ず解散し自由時間をとることになった。俺は風呂に入った後リビングのソファーに座りコーヒー牛乳を飲みながら今日の訓練を振り返っていた。

 

 初めて海上を走る吹雪と不知火は何度も何度も転倒していたが訓練終了間際に吹雪は何とか海上に立てる様になっていた。不知火は3秒と持たない。

 

 意外だったのは涼風だ。挨拶の時からやたら俯いていたので運動神経に自信がないのかと思いきやスイスイと海上を走っていた。涼風、よく分かんねぇやつだな。

 

 取り敢えずあと数日は今日と同じ訓練でいいか。涼風は早めに砲撃訓練に移らせてもいいな。

 

「こんばんは候補生さん」

 

 コーヒー牛乳を飲み終わったタイミングで鹿島が現れた。

 

「どーも」

 

「隣いいですか?」

 

「……はい」

 

 やべぇ……これ指導か?指導タイム入っちゃうやつですか?クソっさっさと自室に篭っておくべきだった。己の危機管理の甘さが恨めしい。

 

「3人、どうでした?」

 

 俺の隣に座った鹿島が始めたのは指導ではなく艦娘達の話だった。助かった。

 

「艦娘の訓練何てするのは初めてなんで分かんないですけどまぁ普通の奴らだと思いますよ。最初は上手くいかなくて当然ですし」

 

「そうですね。そう考えているなら良かったです」

 

「てかこの訓練意味あります?提督候補がいない時は鹿島さんが艦娘の訓練やってるんでしょ?提督になる俺が訓練の方法を覚える必要も余りない気がしますし」

 

 提督適性がある者は滅多に現れない。過去の例をみるとだいたい3~4年に一人見つかるかどうからしい。艦娘適性者も珍しいとはいえそれよりは多く見つかるので基本的には鹿島と香取が訓練しているようだ。

 

「訓練の意図はもちろんあります。貴方達提督に艤装がどういった物なのかをきちんと理解してもらう為です。熟練の艦娘が艤装を使っている所だけを見て【便利な兵器】なんて認識をされると困りますから」

 

「ほー、なら今回の艦娘的には運が悪かったって感じですかね。俺なんかより鹿島さんに訓練された方が余程いい」

 

「……そうとも限りませんよ」

 

「?」

 

「私は涼風さんを2度も留年させてしまいましたから」

 

 ……なるほど。涼風だけやたら艤装の扱いが上手かったのはそう言うことか。初めてじゃなかったと。試験は1年に2度実施されるから涼風はもう1年も訓練生のままなのか。

 

「今日見た感じどこも問題なさそうでしたけど」

 

「海を走る事はできます。ですが砲撃など戦闘面は・・・」

 

「あーそういう事っすか」

 

 昔カラフル姉妹達がサッカーをしているのを見た時は別段運動神経が悪い様には見えなかったけどな。

 

「候補生さん、涼風さんのことお願いしますね」

 

「……うっす」

 

 この空気ならもう指導が入る事はないだろう。だがついさっき己の危機管理の甘さを悔やんだばかりだ、この辺で自室に撤退しておこう。

 

「では俺はこの辺りで休ませて貰います。貴重なお話あざした」

 

「はい、おやすみなさい」

 

 ソファーを立ちリビングから撤退しようとした所でまた鹿島に呼び止められる。

 

「あっ、言い忘れていました。卒業後は3人の内1人を初期艦に指名して様々な鎮守府に研修に行ってもらうことになります。今から誰を初期艦にするか考えておいてくださいね」

 

 

 □ ■ □

 

 

 次の日の朝9時、昨日と同じく海上歩行の訓練を実施していた。

 

ばっしゃーーーん!

 

 相変わらず不知火は派手にすっ転んでいる。吹雪は多少慣れてきたようで転倒する頻度はかなり減ったがまだ海上を滑るというより走っているような感じでスケート初心者のようだ。

 

「不知火、ちゃんと涼風を参考にしろ。お前筋肉で無理矢理艤装をコントロールしようとしてるだろ。そんなフィジカルだよりじゃ直ぐバテるぞ」

 

「……涼風さんのやり方は不知火に合いません」

 

「馬鹿、最初は違和感があるかもしれんがちゃんと手本通りにやれ。変な癖ついて困るのお前だぞ」

 

「はい……」

 

「涼風、悪いが今日一日二人に指導してやってくれ。明日からお前は別メニューにするから」

 

「ガッテンダー……」

 

 日が暮れる頃には不知火は海上を走れる様になっていた。

 

 

 □ ■ □

 

 

 2日目の訓練終了後4人で食事を取り各自休息を取ることとなった。食事中、海上を走れる様になり興奮していた不知火が若干うざかった。

 

コンコン

 

 自室で明日からの訓練どうすっかなーと考えていると誰かが訪ねてきた。

 

「誰だ?」

 

 扉を開けた先に立っていたのは目つきの悪いやつだった。

 

「不知火です」

 

「おお、何かようか?」

 

「今日はご指導ご鞭撻ありがとうございました。お礼にこれを」

 

 渡されたのはぬいぐるみ。どこかで見たような目つきの悪さだ。

 

「……これは?」

 

「不知火のぬいぐるみ、通称ヌイぐるみです」

 

「そ、そうか」

 

 通称ができるほど巷で話題となっているでござりますか……。

 

「お礼なら涼風に渡してやってくれ」

 

「大丈夫です。もう一つ予備がありますのでこれから涼風さんに渡してきます」

 

 なんでそんなもん複数個持ち込んでんだよ……。

 

「それでは不知火はこれで失礼します。良い夜を」

 

 そう言って不知火は涼風の部屋に向かって行った。

 

「これどうすりゃいいんだよ」

 

 ヌイぐるみをどう扱えばいいか分からないが取り敢えずひっくり返してスカートの中を確認してみた。

 

「スパッツかよ」

 



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提督と依存体質な涼風さん②

不知火
近接格闘の方が得意。拳で語りたい。

村雨
私の改二実装されましたよ!そろそろ出番もらえませんか!?




訓練3日目

 

 昨日、俺の素晴らしいアドバイスと涼風のまあまあなお手本で海上を走ることができる様になった吹雪と不知火。今日の特訓メニューは昨日に引き続き海上走行訓練だ、成長スピードを見るに放っておいてもあと2,3日も練習すれば『海上走行試験』はパスできる様になるだろう。

 

「んじゃ涼風、撃ってみろ」

 

 問題はこいつ。鹿島の話では涼風は砲撃・・・戦闘面のセンスがまるでなく既に2度留年をかましているらしい。

取り敢えず涼風の腕がどんな物なのか見るために俺は小舟に乗って涼風と共に演習地点に来ていた。

 

「……いいけど絶対当たんないよ?」

 

「だから練習してんだろが。いいから撃て」

 

「ガッテン……」

 

ドン ドン ドン

 

 涼風の打った3発の砲弾はそれぞれ的の上、右、左を通過していった。

 

「別にそこまで下手くそって訳じゃないんだな。わりと惜しいじゃねぇか」

 

「でも絶対に当たらないんだよね……。才能ないからさ」

 

 『才能がない』この言葉だけで自信の無さが伺える。自信ってのはマジで大事だ。自信が無ければ本来なら出来ることも出来なくなる、逆に有れば自分の持つ能力以上の力を発揮する事ができる。

 

 実際こいつの運動神経は悪くないと思う。あのイカれた身体能力(力)を持つ海風とサッカーとかやってたしな。

 

「別に才能が無いとは思えないけどな。何でそう思う」

 

「姉妹で私だけ留年したし……」

 

 そういや海風が姉妹全員艦娘になったって言ってたな。こいつだけ訓練校にいるって事は他の姉妹が順調に卒業していく中こいつだけ取り残されたんだろうな。んでさらに自信をなくしたってとこか。

 

「涼風、砲撃はもういい。不知火と吹雪を連れて資材を集めに行ってくれ」

 

 このまま涼風に練習をさせても泥沼に嵌るだけだ。それに鹿島からもらった初期資材の量も多くない、ここらで遠征させとかないとな。

 

「あいよー……、あんま期待しないでね」

 

 そう言って涼風は吹雪達の方へ向かって行った。

 

 さて涼風をどうするか。俺の見るかぎり涼風に足りないものは自信だけだ。先程の砲撃時の構えもまあ様になっていたと思う。ではどうやって涼風に自信を持たせるか……。

 

 人間は誰かに劣っていても何か一つ勝るところが有れば自尊心を保つ事ができる。だが涼風の場合身近にいたのがあの10姉妹だ、自分には取り柄が無いと思い込んでしまったのかもしれない。

 

 だから何か一つ涼風に誰にも負けない取り柄を自覚させてやればいい。それだけで今の泥沼から抜け出せると思う。問題はその取り柄をどうやって見つけるかなんだが……。

 

  ◇ ◆ ◇

 

「なんだこの量……」

 

 問題即効で解決したわ。

 

 目の前にあるのは200本のドラム缶。中を覗くと燃料、鋼材、ボーキサイトがこれでもかと詰め込まれている。

 

「この量をお前たちが集めたのか?」

 

 これを持ってきた本人達に尋ねる。

 

「違いますよ!」

 

 吹雪は首と手を横にブンブンと振って否定する。そりゃそうだ、こいつらが遠征に行っていたのはわずか2時間。今目の前にある10分の1も集められないだろう。

 

「ほとんど涼風さん一人で集めてしまいました!」

 

「は?」

 

 これを一人で?

 

「マジ?」

 

 念のため不知火にも聞いてみる。

 

「マジです。涼風さんが海底にドラム缶を沈めるだけで大量の資材を引き上げる事ができました。百発百中です」

 

 んだよそれ……運が良いとかいうレベルじゃねぇぞ。しかし、昔見た探偵ナイト○クープって番組で四葉のクローバーを見つけるのが上手すぎる幼女ってのがいたな。なんでもクローバーの声が聞こえるとか、その類か?いや資材の声ってなんだよ。

 

「涼風ぇ・・・」

 

「えっと、これって多いのかい?」

 

 頬をポリポリと掻きながら困惑している涼風。お前そういうとこだぞ。これは運が良かっただけとか判断してるんだろ。自分のマイナス要素とだけ向き合ってプラス要素をないがしろにしてるんだろ。

 

「涼風、お前凄いよ」

 

「やっ、そんな事ないって。あたいは二人より先輩だからちょっと多く集められただけで……だから『次も』なんて期待しないで」

 

「いーや凄いね。次も期待する」

 

「うう……期待しないでって言ってんだろ。今回のはマグレなんだってば」

 

「そう思うなら納得するまで遠征行って来いよ。結果は同じだと思うけどな」

 

「そうするよ。勘違いで期待なんてされたくないし」

 

 

 

 

 それから涼風は3度遠征に行ったがその全てで大成功を収めた。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 涼風が遠征を繰り返したその夜、俺達は4人で夕食のカレーを食べていた。

 

「まさか4回の遠征全て大成功するなんて……」

 

「な?お前は遠征の天才なんだって」

 

 俺は目配せして吹雪と不知火にも涼風をヨイショするよう指示を出す。

 

「本当に凄いですよ涼風さん!私達の何倍も資源を集めて!」

 

「不知火も凄いと思います。というかちょっと怖いくらいですね」

 

 こんな感じで遠征を繰り返し涼風を3人で褒めちぎるという毎日を7日繰り返した。

 

 涼風は毎日毎日大量の資材を持って帰ってくるがそれで得意げになるような事はなく。『マグレだから。期待しないで』と繰り返し応えた。

 

 涼風に自信をつけさせる作戦は失敗に終わった。何故涼風は頑なに自分を認めようとしないのか、それが分からない事にはお手上げだった。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 あたいは中学進学と同時にバレーボール部に入部した。優秀な姉貴達に勝る何かが欲しかったんだと思う。

 

 だけどバレー部は小学生の頃からの経験者ばかりで初心者のあたいは肩身が狭かった。他の部員の足を引っ張りたくなくていつも一人で壁打ちをした。練習時間が終り、皆が帰った後はまた一人でネットを貼り直してサーブの練習をずっとしていた。

 

 サーブは良い。練習は一人でできるから他の部員の脚を引っ張る事がない。バレーボールという団体競技の中で唯一、サーブには個人技のみが求められた。だからあたいは誰もいなくなった体育館で毎夜サーブを打ち続けた。

 

 そんな日々を続けていると、他の部員からあたいのサーブが褒められた。速くて重い、威力のある球だと。そしてあたいはピンチサーバーというサーブを打つだけのポジションに顧問から指名された。

 

 嬉しかった。認めて貰えたのはサーブだけだけどそれでも嬉しくて舞い上がった。ようやく部の一員に慣れた様な気がしたから。

 

 それから1ヶ月、自分で言うのもなんだけど大活躍だった。他校との練習試合ではバンバン点数を稼ぎチームメイトにはレシーブの練習になるからサーブを打ってくれと頼まれた。特に練習試合での皆からの期待は本当に心地よかった。

 

 ある日公式戦で出番が回ってきた。24-25あと1点相手に取られると負けてしまう場面。皆はあたいを信頼していた。あたいも自分を信じていた。だけどあたいの打ったボールは相手コートを大きく、大きく越えてアウトになりチームは負けてしまった。

 

 仲間はドンマイドンマイ!と声をかけてくれた。けどあたいのボールがアウトになった瞬間の皆のガッカリした顔が脳裏に焼きついて離れない。

 

 いやだ……いやだ……。もう皆をガッカリさせたく無い。期待を裏切りたくない!あたいにはサーブしかないんだ!

 

 そう考えれば考えるほどプレッシャーは重くのしかかりサーブの成功率はどんどん下がった。それでもあたいが復活すると皆は信じてくれたけどその信頼すら重荷にしか感じなくなりあたいは部を辞めた。

 

 それからしばらくして艦娘になったけどやっぱりダメだ。『神童』江風の妹ということで周囲から期待を受けたあたいはこの時のことを思いだし直ぐに潰れてしまった。

 

 

 

 もうあたいに期待するのは止めてほしい。きっとまた応えられないから。

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「涼風、これを使え」

 

 沖にある演習場に小舟を停泊させ涼風にあるものを渡す。

 

「スコープ?あたい達は艤装で視力が上がってるからこんなの必要ないよ?」

 

「普通のスコープじゃない、魔改造スコープだ。砲撃の命中精度が格段に上がる」

 

「本当かい!?良い!そういうの欲しかったんだ!」

 

 もちろんそんな都合のいい物はない、真っ赤な嘘だ。

 

「さっそく使ってみろ。絶対に的に当たるぞ」

 

 俺は涼風が繰り返し言う『期待しないで』という言葉が気になっていた。この方法なら期待するのは涼風自身ではなくスコープの性能という事になるから問題ないだろう。

 

「ガッテン!」

 

 早速スコープを付けて砲撃の構えをとる涼風。いつもよりリラックスしている様に見える。

 

ドン 

 

 放たれた一発の砲弾は見事的のど真ん中に命中した。やっぱお前やれば出来る子じゃねぇか。

 

「当たった……」

 

「な?そのスコープすげぇだろ」

 

「凄い凄い!」

 

ドン ドン ドン

 

 はしゃぎながら何度も砲撃する涼風。その全てが的に命中している。いやそれ普通のスコープだぞ、どんだけ精度上がってんだ。

 

「これが有れば試験に合格できる!」

 

 おーおー、簡単に自信取り戻してくれちゃってまあ。自信の源が道具への信頼ってのはどうかと思うけど実際は自分の力だし良しとしよう。

 

 

 それから不知火、吹雪、涼風の3人は海上走行試験をクリアした。砲撃試験の方も不知火、吹雪は危なげなく突破し、スコープを信じきっている涼風も合格することが出来た。いよいよ明日は最終試験。試験内容は『VS鹿島』。3人がかりで鹿島と演習を行い各員一撃ずつペイント弾を当てることができれば合格となる。

 

「まぁVS鹿島とは言ってもお前らの練度が充分だと判断したら適当に負けてくれるらしいぞ」

 

「今のあたい達なら問題ないよ!」

 

「はい!」「不知火もそう判断します」

 

涼風も自信満々か。吹雪と不知火の練度も充分だ。鹿島も合格にしてくれるだろう。

 

「涼風」

 

「なんだい?」

 

「期待してるぞ」

 

「大丈夫大丈夫!提督から貰ったこのスコープがあるからね!合格間違いなし!」

 

 そのスコープは普通のものなんだよ。だから俺が期待しているのは涼風自身だ。今種明かしをして調子を狂わされても困るから言わないが。

 

「では健闘を祈る」

 

「「「はい!」」」

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 晴れ晴れとした空。あたい達を温めてくれる春の日差しが気持ちいい。だけどその気持ち良さをかき消す様な敵意をぶつけてくる敵が目の前にいる。

 

 練習巡洋艦 鹿島。この人を倒せばあたいは艦娘になれる。

 

 ようやくここまで来た。艦娘になるのは無理だと諦めていた。もう自分に期待することも止めていたから。だけど提督からもらったこのスコープは凄い、これが有ればきっと鹿島さんに認めてもらう事もできる。

 

 自分には期待できないけど、このスコープの事は信用できる。だってもし失敗したとしてもそれはあたいの責任ではなく道具が悪かったということだから。あたいは誰の期待も背負わなくて済む。

 

「どうぞ遠慮なく来てください」

 

「いきます」「はい」

 

 鹿島さんが余裕の表情で開始の合図を出す。直ぐに不知火と吹雪が動いた。真っ直ぐ事前に決めておいた配置に向かっていく。

 

ドン ドン ドン

 

 鹿島さんがあたい達に向かって一発ずつ砲を放つがどれも海面に水飛沫を立てるだけだ。

 

「へぇ。想像よりずっと速く動ける様になっているんですね。素晴らしいです」

 

 余裕たっぷりと言った風に鹿島さんは呟いている。

 

「不知火さん!涼風さん!行きますよ!」

 

「問題ありません」

 

 当初の予定通りの配置に辿りついた吹雪が合図をだし、不知火が返答する。

 

 ここまで完璧だった。2時,6時,10時の位置にそれぞれが配置、鹿島さんをトライアングルの形で取り囲み3人同時に砲撃する。これできっと鹿島さんはあたい達を合格にしてくれる。

 

「ガッテンだ!!いくよ!!」

 

 赤、緑、青の三色のペイント弾が一斉に放たれる。あたしの青の弾もこちらに背を向けている鹿島さんの背中にまっすぐに飛んでいった。よし!提督にもらったスコープの調子は今日もバッチリだ!当たる!

 

 そう思った時くるりと鹿島さんがこちらに振り返った。

 

ドン! べちゃ! べちゃ!

 

「流れる様な綺麗な連携でした、砲撃の精度も申し分ありません。吹雪さん、不知火さん合格です。ですが……」

 

 放たれたペイント弾は鹿島さんにしっかりと命中しその体を赤と緑に染めていた。だけどあたいの青の色だけは着いていない。鹿島さんの放った砲弾に撃ち落とされてしまった。

 

「涼風さんの付けているそのスコープはなんですか?規定外の物ではなさそうですが少し気になりますね」

 

 ポケットから弾薬を取り出しこちらを見る鹿島さん。すると急に野球の投球の様な構えをとった。

 

「ちょっとそれなしで再受験しましょうか・・・ねっ!!」

 

 バキっ!

 

「あっ!!」

 

 鹿島さんの投げた弾薬でスコープが破壊されてしまった。

 

どうしよう!これが無いと……これがないと!!

 

「本来艦娘にはスコープなんて必要ないんです。さあ、もう一度私に撃ってみてください。先程の動きは素晴らしかったので命中すれば涼風さんも合格ですよ」

 

 無理だ・・・提督のくれたスコープがないとあたいの弾は絶対に当たらない。

 

「涼風さん撃ってください!」「涼風さんならできます!」

 

 やめて……やめてよ……!あたいに期待なんてしないでよ!

 

『涼風!撃て!お前なら当てられる!』

 

 嫌だ!あの時の様な皆の表情何て見たくない!もう期待を裏切りたくない!

 

「やはり、あのスコープに何か細工していましたか。残念ですが終わりにしましょう」

 

 鹿島さんがあたいに砲口を向ける。うん……もう終わりにしよう。もう艦娘になるのは諦めよう。どこかで一人、誰にも期待されることの無い仕事を探して、細々と暮らそう……嫌だな、嫌だな。本当はあたいだって誰かの期待に応えてあたいも誰かに期待しながら生きていきたかったな。

 

ドン ドン

 

「っ!、不知火さん吹雪さん貴女方は合格だと言ったはずですが」

 

「仲間を助けるのは禁止だなんて聞いていませんから」

 

「そうですね。今涼風さんは調子が悪いみたいです。良くなるまで私達に追加講習をお願いします」

 

「仕方ありませんね。1分で大破を経験させてあげましょう」

 

 どうして。もうそんな事しなくていいよ。あたいはもう無理なんだよ。ほらあっという間に中破にされた。

 

「吹雪!不知火!もうそんな事やらなくていいから!」

 

「どうします?涼風さんはああ言ってますが」

 

「もちろん続けます」「当然です」

 

「……良い関係ですね。」

 

 いいって言ってるのに。どうしてそんなに期待を押し付けるの。重い。重い。背負いきれない。潰れてしまうよ。

 

「2人の期待に応えなくていいんですか?」

 

 あっという間に2人を戦闘不能にした鹿島さんがこちらに向かってくる。できれば応えたい。だけど無理だから、仕方がない。

 

『涼風えええええ!』

 

 提督の声が聞こえる。ごめん、色々世話焼いてもらったけど無理だった。

 

『お前に渡してたスコープ、本当は細工なんて何もしてないぞ!!』

 

え?

 

『今まで当たってたのは全部お前の実力だ!だから大丈夫だ!撃て!』

 

 なんだよそれ。嘘吐いてたのか。でも……そっかあたいもやればできるんじゃん。今は期待に押しつぶされて立っているのがやっとだけど。

 

『いいから撃て!』

 

 ごめん無理。腕が重くて上がらない。

 

『ここで留年しても俺はお前が艦娘になれるって信じ続けるからな!ずっとだ!』

 

 それは困るな。一生期待に縛られたまま何て辛すぎる。

 

『だから今だけ頑張れ!ここだけ頑張れ!やるだけやってみろ!』

 

 仕方ないな。

 

「本当にやるだけだからね……!」

 

 腕を無理矢理あげて砲口を鹿島さんに向ける。プレッシャーで腕がまた下に垂れ下がりそうだ。砲口はブレブレ、だけどとにかく1発は撃ってみせる。

 

「期待しないでよね!!」

 

ドン!

 

「いーや、俺はお前に期待してるよ」

 

 撃った後にそういう事言うのずるいよ。でも、もう撃ったし関係ないか。

 

 当たれ。当たれ。当たれ!

 

 

べちゃ

 

 

「涼風さん合格です」

 

 

 誰かの期待に応えたのは何年ぶりだろう。

 

 思い出した。期待に応えるというのはこんなにも気持ちよくて嬉しいものだったんだ。

 

「提督!」

 

 振り返り提督の顔を見る。提督もまた嬉しそうだ。

 

 そういえばスコープは改造されていなかったというのに何故提督はあたいが合格できると信じて疑わなかったのだろう……いや、分からない振りは止めよう。そんな事は分かりきっている。

 

 提督は最初から最後まであたいを信じていた。あたい自身が信じていない自分を提督はずっと信じていてくれた。

 

「合格おめでとう」

 

 きっと、期待に応えられたのはマグレなのだと思う。だけど

 

 この人の期待にならあたいは応え続ける事ができるかもしれない。何度裏切る事になっても応えられるまでチャレンジしたい、そう思えるから。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 吹雪、不知火、涼風の3人の合格が決まった夕方、俺は鹿島のいる教官室に呼ばれていた。恐らく研修に同行させる初期艦を誰にするかを尋ねられるのだろう。

 

「提督」

 

 教官室に入る直前、一人の艦娘に声をかけられる。

 

「涼風、何か用か」

 

「今から初期艦を決めに行くの?」

 

「そうだ」

 

「ふーん、そっかそっか」

 

 涼風は俺の周りをぐるぐると周りながらそっかそっかとくり返す。何か言いたい事があるのだろう。それから+10周ほどしたところで漸く決心したのか俺の顔を凝視しながらこう言った。

 

「提督!あたいを初期艦にしてよ!」

 

 不安そうに目をうるうるとさせながら訴えてくる。

 

「あたいもう大丈夫だからさ!提督の期待になら応えられるから!」

 

「……だからお願い」

 

 最後は力なく俺の軍服を掴み俯きながらそう言った。

 

「涼風」

 

 俺は涼風の名を呼び優しく頭をなでてやる。

 

「?」

 

 不安そうな表情のまま俺の顔を見た涼風を安心させるために笑顔をつくる。

 

「部屋で待っててくれ」

 

「!!うん!」

 

 俺の言葉を聞き笑顔になった涼風は自分の部屋の方に走っていった。かと思えば途中で振り返りもう一度

 

「待ってるから!!」

 

 そう言い残していった。

 

……さて鹿島が待ってる。

 

コンコン 

 

「どうぞ、開いてますよ」

 

「失礼します」

 

「待っていました」

 

 教官室には長机を挟む様、両サイドに2つソファーが置かれていた。なんか生徒指導室みたいで嫌な部屋だ。

 

「座ってください」

 

「では失礼して」

 

 鹿島の対面にあるソファーに座る。無駄に柔らかい。

 

「まずは訓練校卒業おめでとうございます、それに3人、特に涼風さんも合格に導いていただき感謝しています」

 

「正直なにもしてないんですけどね」

 

 したことといえば嘘を吐いた事くらいのものだ。

 

「で?なんで呼んだんですか?祝辞を言う為だけです?」

 

「いえ、違います。以前お伝えした様に訓練校を卒業した貴方は次に3つの鎮守府に行き研修を受けてもらう事になります。それに同行させる初期艦を決めておくようお願いしましたが……ふふっ、聞くまでもありませんね。」

 

「さっきの涼風との会話聞いてたんすか・・・趣味悪いですよ」

 

「聞こえてきたんですから仕方ありません。ですが一応言葉にして宣言してください」

 

「吹雪、不知火、涼風。この3人の内、貴方は初期艦を誰にしますか?」

 

 考える間でもない。もう、この部屋に入る前には決めていたのだから。

 

 

「あっ、吹雪でお願いします」

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 ぶおぉぉぉぉぉ~~~と船の汽笛が鳴る。船はゆっくりゆっくり俺と吹雪を研修現場である鎮守府へ運んでいく。

 

「提督、本当に私で良かったんですか?」

 

「いいんだよ。お前がベストだ」

 

「でも涼風さんきっと悲しみますよ?」

 

 吹雪を初期艦に指名した俺は直後に吹雪を連れて訓練校をあとにし、軍の用意したこの船に乗った。もちろん涼風には黙ってだ。別れの挨拶なんてしていない。

 

「涼風は俺に依存しかけてたからな。あのまま一緒にいても良いことにはならない」

 

「そうですか……」

 

 どこか納得いかない様子の吹雪。涼風に後ろめたさがあるのだろう。

 

「おら、もう休んどけ。研修で何をやらされるか知らんがきっと馬鹿みたいにこき使われるぞ」

 

「はい……」

 

Prrrrrrrr

 

「あっ涼風さんから電話だ」

 

 はっ?お前らもう海軍Phone支給されてんの?俺まだもらってないんだど?

 

「もしもし?うん、うん、今一緒にいるよ。分かった代わるね」

 

 俺に海軍Phoneを差し出す吹雪。

 

「涼風さんがお話したいそうです」

 

 ……嫌だなぁ……でたくないなぁ……でもでないとだよなぁ。

 

「もしもし」

 

『逃がさないから』

 

 ぴっ。

 

「提督!電話切っちゃダメですよ!ちゃんとお話してください!」

 

「いやこれほんとに涼風?なんかめっちゃ低くてドスの利いた声になってるんだが」

 

「怒ってるだけですよ」

 

Prrrrrr

 

「今度はちゃんとお話してくださいね」

 

「分かってるよ……」

 

意を決して通話ボタンを押す。

 

『切るな』

 

「はい」

 

 涼風さん激おこですわー。

 

『何で置いてったのさ……』

 

「そうするのがお前の為だと思ったからだ」

 

『約束したじゃん』

 

「待っていろと言っただけだ」

 

『……』

 

 返答がない。何か考えているのか。

 

『うっうっううううう』

 

電話の向こうから嗚咽の様なものが聞こえる。

 

「は?えっお前泣いてるの?」

 

『嫌だよおおおお!置いて行かないでよぉぉぉ!あたいを連れてってよぉぉぉぉ』

 

「ちょっ、泣くな!泣くなって!」

 

 まさかこんな大声で泣き出すとは。俺が思っていた以上に依存されていたのかもしれない。置いてきて正解だった。

 

『戻ってきでよぉぉぉ!』

 

 ぴっ。俺は黙って電話の通話を切り涼風の番号を着信拒否に設定した。

 

「な?置いてきて正解だったろ?」

 

 吹雪は苦笑いしながら頷いた。

 

「さあ、研修場所の鎮守府はもうすぐそこだ、気合い入れてくぞ!」

 

 

 

     ・

     ・

     ・

     ・

     ・

 

 

 

「てな過去があったわけだよ」

 

 時雨に俺と涼風の過去を教えてやった。未だ涼風は眠ったまま俺の軍服を掴んでいる。

 

「うわぁ……最低だね君」

 

「しゃーないだろ。あのまま連れて行ったら涼風は俺が居ないと何も出来ないダメな奴になりそうだったんだよ」

 

「でも結局君に依存しちゃってるじゃん」

 

「最後の着信拒否が良くなかったんだろうな……アフターケアくらいするべきだったわ」

 

 涼風と再会した時を思い出す。初めはもの凄く喜んでいたが暫くするとまた俺に置いていかれるのでは無いかと不安になったようだ。また捨てられないようずっと俺の為に尽くす様になった。

 

 正直心が痛むから止めて欲しい。

 

「うう……」

 

 涼風が何か寝言を言っている。

 

「提督、あたい頑張るから、期待しててね」

 

 

 

 

 




今回の涼風編のテーマは『期待』でした。ちなみに時雨編は『無念』、海風は『長女』、浜風は『執着』、悪磨さんは『遺言』です。皆さんに気に入ってもらえた話はありますか?

さて過去編は暫くお休みして次回からは日常脱走回です。
次話のタイトルは『提督と帰省と白露型』です。久しぶりにマジギレなあの人も登場します。



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提督と帰省と白露型 祭編

マジギレ浜風さん
提督の学生時代の後輩。昔は純粋ないい娘だったが今はわりとヤベー奴。

悪磨さん
出番が少ないのを気にしている。

夏鮫ちゃん
お留守番;;

村雨ちゃん
お留守番;;








「司令官、お蜜柑食べますか?」

 

「ああ、じゃあもらおうかな」

 

「はい♪」

 

 ガタンゴトン ガタンゴトンと走る電車に揺られながら俺達一行はとある場所へ向かう。パーティメンバーは俺、時雨、春雨ちゃん、山風、浜風の5人だ。

 

「春雨姉、あたしもみかん食べる」

 

「ん山風、ちょっとまっててね」

 

 4人掛け席に座る俺の正面にいる春雨ちゃんが蜜柑の皮を剥いた瞬間電車内に甘酸っぱい香りが広がる。その匂いに俺の隣に座る山風も釣られてしまったようだ。

 

「はいどうぞ」

 

「ありがと」

 

 春雨ちゃんから蜜柑を受け取りもきゅもきゅと咀嚼する山風。小動物みたいでとってもラブリー。

 

 もう一つ蜜柑の皮を剥き始める春雨ちゃん、恐らく俺の分だろう。ゆっくりと丁寧に筋まで取って行く様は現在の春雨ちゃんの服装のせいもあってメイドさんにしか見えない。……いやメイド服着てるのおかしいだろ。

 

「ねぇ春雨ちゃん、ずっと気になってたんだけど……その格好どうしたの?」

 

 そう尋ねると変えたばかりの髪型を彼氏に気づいてもらえた女の子の様に嬉しそうな表情を浮かべ春雨ちゃんはこう応えた。

 

「はるさメイドです!はい!可愛いですか?」

 

「……ん、可愛い可愛い」

 

「えへへ、褒められちゃいました」

 

 春雨ちゃんの笑顔を見てると何故、どうしてなんて質問がとても無粋な物の様に思えてどうでも良くなった。車内に他のお客さんもいないし気にするのはやめよう。

 

「ねえ、僕もメイド服着てあげようか?」

 

 後ろの座席から時雨がひょっこりと顔をだして尋ねてくる。

 

「あ?お前は喪服でも着てろや」

 

「はい?折角人が君の為に着飾ってあげようってのにその言い草はあんまりじゃないかな?」

 

 両手で拳を作り万力の様にグリグリと俺の頭を締め付ける時雨。痛ぇ!野原み○え流の怒り方やめろ!

 

「いたいいたい!時雨には黒っぽい服が似合うかなって意味だから!悪意はないから!」

 

「ならばよし」

 

 くそお……この歳になってしん○すけの気持ちを理解させられるなんて……時雨許さねぇ……。

 

「先輩、私にはどんな服を着て欲しいですか?」

 

 今度は俺の斜め向かいに座った浜風が尋ねてくる。

 

「浜風ぇ……てめぇ何勝手に付いてきてんだ」

 

 今日の日付は12月31日、条件付きで実家への帰省が認められた俺は白露型を連れて爺さんの屋敷に向かっているところだ。浜風は浜風で自分の実家に帰っているはずなのだが気づいたらくっ付いてきていた。

 

 本来なら白露型メンツの同行もないはずだったのに……時雨の野郎!※『提督とお仕置き回と帰ってきたアイツ』参照

 

「元々一緒に帰るつもりでしたから。先輩と私の実家は同じ地域ですし」

 

「いや、今向かってるのは俺の爺さんの家だから」

 

 俺と浜風の実家は大都会岡山NO.2の街である倉敷市にある。だが今回向かっている俺の爺さんの家は矢掛町……岡山県南西部の片田舎にある。

舎。

 

「どちらにせよ付いていきますよ」

 

「親に顔見せに行ってやれよ……」

 

 倉敷と矢掛町は距離的にはさほど離れていない。時間を見て実家に帰るつもりはあるのだろうが・・・嫌だなぁ、こいつ連れて行きたくねぇよ……。特にこいつと俺の両親を会わせたくない。

 

「それにしても僕達の実家と提督のお爺さんの家が同じ町にあったなんて驚いたよ」

 

「俺と海風は結構前から知っていたんだけどな。そういやお前らには言ってなかったな」

 

 懐かしいな、海風とテニスやらアメフトやらして遊んだっけか。

 

「え?海風は知っていたんですか?春雨達には教えてくれなかったのに海風にだけ……どういうことでしょう?」

 

 春雨ちゃんから黒々しいオーラが立ち上る。元々黒を基色としていたメイド服がそのオーラでさらにドス黒く塗りつぶされている様な錯覚を覚える程だ。

 

「いやいやいや、海風が艦娘になる前に偶然会っただけだから!!その頃は春雨ちゃんともまだ出会ってなかったし!」

 

 そう説明すると黒いオーラは春雨ちゃんの中へと戻っていく。戻ったということはまだ春雨ちゃんの中にあるということだから恐ろしい事に変わりはない。

 

「そういうことでしたか。では私達にこんな重要な事を隠していた海風が悪いです。帰ったらお話ですね……」

 

 悪いな海風、俺の口が滑ったせいで姉ちゃんに怒られる事になるかもしれないけど許してくれ。何で隠していたかは知らんが話してなかったお前が悪いんだからな。

 

「司令官、お蜜柑剥けましたよ。あーんしてください」

 

 俺の口に向って蜜柑を差し出してくる春雨ちゃん。綺麗に筋まで取ってくれている。

 

「むっ、そういうのいいですね。先輩、私の蜜柑もどうぞ」

 

 春雨ちゃんに負けじと浜風も蜜柑を突き出してくる。浜風、お前直ぐに春雨ちゃんと喧嘩になるんだから無駄に張り合うのやめろ。

 

「浜風さん、今は私が司令官に蜜柑を食べさせているんです。邪魔をしないでください」

 

「どちらの蜜柑を食べるのかを決めるのは先輩です。貴方ではありません」

 

ギャーギャーギャー

 

 ほら言わんこっちゃない、喧嘩が始まってしまった。やはりこいつらを一緒に居させるべきじゃないな。

 

「提督、提督」

 

 俺が頭を抱えていると横にいる山風にクイっと引っ張られた。

 

 何かと思い山風の方を向くと口に何かを押し込まれる。もぐもぐと咀嚼すると口の中に甘酸っぱさが広がった。これ蜜柑だ。

 

「おいしい?」

 

 こてんと首をかしげる山風。ほんとお前だけが癒しだよ……。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「うわーーー!懐かしい!僕ここに帰ってきたの久しぶりだよ!」

 

「そうだね」「ですね」

 

 数時間、新幹線や鈍行を乗り継いでようやく到着した矢掛町。もう日も落ちかけ夕方になっている。時雨たち3人の白露は久しぶりの帰省ということもあり感傷に浸っているようだ。

 

「聞いていた程田舎ではありませんね」

 

 この町に初めて来た浜風は拍子抜けしたように言う。

 

「駅の周りだけはしっかり整備されてんだよ。爺さんの家は山の中にあるからな、本当に何もないぞ」

 

「ですか。それでここからどう移動するんですか?タクシーも見当たりませんが」

 

「ああ、迎えが来ているはずなんだが……」

 

プップッーーー!

 

 辺りを見渡していると1台の軽トラックがクラクションを鳴らしている。

 

「ジジイ……何で軽トラなんだよ。連れがいるって連絡したろうが」

 

「うるせぇ!お前の金で買ってもらった車は儂には合わん!やっぱ軽トラが一番よ!」

 

 相変わらず減らず口のなくならない爺さんだ。だがまあ、健在そうでなによりだ。

 

「提督、このお爺さんはもしかして……」

 

 時雨が俺の隣に付き小声で尋ねてくる。こいつもしかして人見知りするタイプか?

 

「ああ、俺の爺さんだ」

 

「かなりお若いね」

 

「そうか?」

 

 今まで意識した事はなかったが確かに若々しいのかもしれない。60代後半とは思えないキビキビとした動きに軽トラをブンブンと乗り回すアクティブさ。成人した孫を持つ男には見えない。

 

「おい!行くぞ馬鹿孫!嬢ちゃん達は荷台に乗ってくれ。荷物も載ってて狭いかもしれんが堪忍な」

 

 

 

 

 ガッタンゴットンと揺れる爺さんの運転で整備の行き届いていない山道を走っていく。木々の枝が道にはみ出てきており度々軽トラのフロントガラスにぶつかっている。

 

「ジジイ、後ろに人乗っけてんだからもう少し気を使って走れねぇのか」

 

 この程度であいつ等がどうこうなるとは思えないが一応客人だしな。

 

「ああ?嬢ちゃん達なら手刀で木の枝を切り落としてんぞ」

 

 バックミラーで荷台を覗くと確かに時雨と浜風が自分たちに迫る枝を切り落としているのが見えた。やっぱあいつ等やべぇな。

 

「んで、あの嬢ちゃん達はなんだよ」

 

 ニヤニヤとしながら俺に尋ねてくるジジイ、いい歳してまだ下世話な話が好物のようだ。

 

「ただの部下だよ」

 

「部下が上司の帰省に付き添ってくるのか?しかも4人も」

 

「うっせえな。護衛だよ護衛。俺は軍に取って重要人物だからな」

 

「ケッケッケッ、そういう事にしといてやるよ。まぁ飛龍がその説明で納得するかは知らんがの」

 

「ゲッ、飛龍も来てんのかよ」

 

 飛龍……俺の従姉妹にあたり艦娘でもある。俺よりも1つ歳が上で何かとちょっかいを出してきた鬱陶しいやつだ。現在は俺のいる鎮守府とは別の場所で空母として活躍している。

 

「おお、来とるぞ来とるぞ。今は祭りの準備に行っとるがの」

 

「あの祭りまだ続いてるのか。危ないから止めた方がいいぞ」

 

「馬鹿言え、何年も前から続いてる伝統行事だ。おいそれと無くせるものか」

 

 俺とジジイが久しぶりの会話をしている間に車はようやく整備が整った道へ出た。夕暮れの太陽が照らす昔と何一つ変わらない風景を眺めていると段々と懐かしさを感じ、俺もセンチメンタルな気分になってしまう。

 

「なあ」

 

 風景を眺めていると爺さんが口を開いた。先ほどの俺を揶揄うような巫山戯たものではなく、らしくもない真面目な声音だ。

 

「浦島さんは元気か?」

 

 爺さんの言う浦島さんとは俺の相棒である深海妖精さんの事だ。相棒とガキの頃に出会った俺は両親と爺さんに彼の事を話した。両親は目に見えない相棒の事を俺のイマジナリーフレンドと勘違いし信じてくれなかったが爺さんだけは信じてくれた。それどころか興味深そうに話を聞いてくれた。何故相棒の事を浦島さんと呼ぶのかは俺も知らない。

 

「元気だよ、今日は付いて来てないけど」

 

「そうか、元気ならいいんだ」

 

 俺の方をちらりと見ることもなくまっすぐ前を向いて運転する爺さん。俺も爺さんに釣られ前を向く。夕焼けでとても眩しかった。

 

 何故爺さんは相棒の事を信じてくれたのか。ガキの頃は何も感じなかったが大人になった今、爺さんはもしかしたら何かを隠しているのではないか、そんな事を考えた。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「ここが提督のお爺さんの家……」

 

「とても大きいですね」

 

「くつろげそう」

 

 爺さんの家を前にして驚いた様子の白露型3人組。確かに敷地は広いが1階建ての古びた屋敷だ。築何年になるのかも定かではない。

 

「先輩の家ってもしかしてお金持ちですか?結婚すれば玉の輿ですね」

 

 浜風……昔は本当に可愛らしく純粋な後輩だったのにどうして……いや俺が原因だったわ。

 

「ちげぇよ。昔はどうだったか知らんが今はごく普通の一般家庭だ。爺さんの家はちょっと広いかもしれんが」

 

「おい馬鹿孫、さっさと客を中に通せ。客室は空いてるとこ好きに使っていい」

 

「わーってるよ」

 

「それと荷物を置いたら挨拶にこい。皆居間にいる」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 爺さんに指示された通り時雨たちを客間に案内した後4人を連れて居間に来た。正直こいつらと親戚……特に両親を引き合わせれば面倒な事になるのは容易に想像できるが隠しておける問題でもない。厄介事は早々に片付けてしまうに限る。俺は覚悟を決めて居間の襖を開けた。

 

「うーす……」

 

俺が入るとギャーギャーとやかましかった部屋が一瞬静かになり直ぐにまた騒がしくなる。

 

「おーーーー!提督様がやってきたぞ!」

「あらあら大きくなったわね~おばちゃんの事覚えてる?」

「おいおいおい、後ろに女の子連れてるぞ!しかも4人も!」

 

 うるせぇ……見覚えのある様な無い様な親戚の爺さん婆さんたちが2つの長机を囲んで既に宴会を始めていた。いい歳なんだから酒はほどほどにして欲しい。

 

 俺は部屋をぐるりと見渡し2人の人物を探す……いた。

 

「久しぶり。親父、お袋」

 

「ああ」

 

 寡黙な親父だ。基本的に必要な事以外は喋らない無愛想な男。だが必要な事は言葉ではなく行動で示す良い親父だと少なくとも息子の俺は思っている。

 

「ほんと久しぶりね~。全然連絡してくれないんですもの。ねっねっ!ところで一緒にいる娘さん達はどなた?もしかして彼女さん?」

 

 お袋は親父とは逆でお喋りの過ぎる母だ。親父がどんなに適当な相槌をうっていても永遠と一人で喋り続ける。今こうして2人を見てみると案外バランスのとれた良い夫婦だなと思う。

 

「ちげーよ。こいつらはただの部下だ。痛っ」

 

 急に左右の腹の辺りを痛みが走った。振り返ってみると浜風と時雨に抓られていた。

 

「僕は艦娘の時雨です。後ろにいるのは妹の春雨、山風です。提督にはいつもお世話になっています」

 

「あらあら、彼女さんではないのね。お母さんがっかり」

 

「そうですね……今はまだ」

 

「あら?あらあらあら?」

 

 時雨ぇ……勘違いさせる様な事を言うんじゃねえ。(仮)の件は一般人には認知されてないんだ。そもそもあの件は白紙になったろうが。

 

「お義母さん、お久しぶりです」

 

「あら、浜風ちゃん。お久しぶり。社会人になってまで息子が面倒かけてるみたいで申し訳ないわ~」

 

「いえ、先輩は私がいないと何もできませんから。当然のことです」

 

 学生時代ちょくちょく俺の実家に遊びに来ていた浜風はお袋と仲がいい。別にそれ自体は構わないのだがお義母のイントネーションがおかしい気がするので直ちに直して欲しい。

 

 そういえば残りの二人、春雨ちゃんと山風がやけに静かだ。部屋を見渡してみる。

 

「山風ちゃん!これも美味しいよ!」

「これもこれも!この黒豆おばちゃんが煮たのよ。とっても甘いから食べてみて!」

 

「ありがと」

 

 山風は爺さん婆さん達に捕まりあれもこれもと食べ物を与えられ可愛がられていた。確かに山風は孫的可愛さが抜きんでてるからな、年寄りには堪らないだろう。

 

 春雨ちゃんは……

 

「お義父さん、息子さんを私にください」

「……好きにしろ」

 

「春雨ちゃん!?」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 夜21時。親戚達への挨拶も一通り終わり年越しそばをズルズルと食べていると叔母さんに話しかけられた。

 

「ねっ、飛龍ちゃんにはもう会った?」

 

「……まだですけど」

 

「なら会いに行ってあげて。あの子貴方に凄く会いたがってたのよ」

 

「正直気が進まないんですけど」

 

「そう言わずに。会いに行かないとあの子きっと拗ねちゃうから」

 

「仕方ないですね…。確か祭りの準備してるんですよね」

 

「うん、お願いね」

 

 気が進まないのは確かだが拗ねられると余計面倒くさい。特に今回は部下とはいえ4人も艦娘を連れて来てるからなご機嫌を取っておくに越したことはない。

 

「お?何やってんだ?」

 

コートを取りに客室に戻ると山風が物珍しそうにある物を手に取り眺めていた。

 

「あっ提督、この綺麗な箱なに?」

 

 山風は手に持っていた箱を俺に手渡す。懐かしい……その箱は何年もたった今も昔と変わらず訳の分からないものだった。見た目は木箱のようだが手触りはガラス、そして恐らく強度は鋼鉄以上。

 

「さあな、ただ爺さんはこれを玉手箱って呼んでた」

 

「玉手箱?てことは竜宮城から持ってきた?」

 

「まさか、そう呼んでるだけだ。第一竜宮城なんて御伽話だろ」

 

「つまんない。中身は?」

 

「空っぽだよ」

 

 今はな。

 

「ふーん」

 

 俺の話にがっかりした様子の山風だが相変わらず箱への興味は尽きないようだ。ずっと箱を凝視している。

 

「気に入ったならやろうか?」

 

「いいの?」

 

「どうせずっと客間に放置してたもんだ。構わんだろ」

 

 そう言って山風に箱を手渡す。

 

「……ありがと」

 

 嬉しそうに箱を胸に抱える山風を見てこいつにやって正解だったなと思った。

 

「ところで山風、今からデートにいかないか?」

 

「デート?」

 

「ああ、近くの神社で祭りをやってるんだ」

 

「……屋台ある?」

 

「数は多くないけどな」

 

「なら行く」

 

 ヨシっ!と俺は心の中でガッツポーズをした。今回の帰省期間、基本的に俺の単独行動は禁止されている。外出するときは必ず白露型を同行させなければいけない、しかし時雨や春雨ちゃんが一緒にいたのでは脱走が成功する可能性は極端に低くなる……だが山風なら勝機は十分にある!

 

 俺は笑みが溢れるのを我慢しながら山風を連れ玄関の扉を開け外にでた。

 

 

『これぞ大軍師の究極陣地……石兵八陣です!はい!』

 

 外では春雨ちゃんが謎の呪文を唱えていた。春雨ちゃんの呪文に呼応して空から幾つものドラム缶が落ちてきて屋敷を囲う様に6本の塔を創りだす。

 

「春雨ちゃん……?何してるの?」

 

「あっ司令官!ちょっと結界を張ってました!はい!」

 

「結界」

 

「ですです」

 

 俺にはもう春雨ちゃんが分からない……。

 

「ところで司令官と山風は2人でどこに行くんですか?外はもう暗いですよ?」

 

「デート」

 

 間髪いれず山風が応える。バカっさっきのは冗談だろが!

 

「へーこんな夜中に二人でデートですか……」

 

「いやっ違うから!ちょっと叔母さんに祭りに行くよう頼まれてさ!ほら俺は単独行動禁止されてから山風に付き添いを頼んだんだよ!」

 

「……ですか。では私や時雨姉さんが付いて行っても問題ありませんよね?」

 

「もちろん」

 

 そう応えるとゲシゲシと山風に踵を蹴られた。仕方ないだろ。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 爺さんから借りた軽トラに乗り祭りの会場である神社を目指す。助手席には浜風、荷台には白露型達が乗っている。

 

「星……綺麗ですね」

 

「田舎でさらにここは山だ。倉敷で見るよりは綺麗だろうな」

 

「先輩とこんな時間が過ごせる何て……ここに来て良かったです」

 

 何ともらしくもない殊勝なことを言う浜風。

 

「……無理にロマンチックな雰囲気作ろうとするの止めてくんない?気味が悪い」

 

「失礼な先輩ですね。そこは合わせてくださいよ」

 

「俺に何を期待してんだよ・・・ほら神社が見えてきたぞ」

 

「……燃えてますね」

 

「そういう祭りなんだよ」

 

 この矢掛の神社にある浦島神社では毎年12月31日に盛大な焚き上げを行う。何でも今年の厄を全て焼き切るとか何とか、詳しい事は覚えていない。ただ高さ7~8m位まで昇る火柱を神社のど真ん中で上げるのだ。

 

「こんな山中であんな火柱上げて大丈夫なんですか?山火事にありますよ」

 

「俺もどうかと思うけどな。昔からやってる伝統行事で今まで一度も火事にはなってないから大丈夫なんだとよ」

 

「ええ……」

 

「おら着いたぞ降りろ」

 

 神社の駐車場とも呼べない様なただの空き地に車を止め5人で火柱の元へ向かう。

 

「相変わらず凄い火だね」

 

「ですね」「うん」

 

「ん?お前ら来たことあんの?」

 

「うん。昔両親に連れて来てもらった事があるんだ。初めてこの火を見たときは僕も驚いたよ」

 

 なるほど流石は田舎町だ、世間の狭さを感じる。

 

「浜風、こうやってそこに置かれている木を火に投げ入れるんだ」

 

 俺は手本をみせる為に用意されていた木を掴み火柱に投げ入れる。

 

「こうすることで自身の厄を来年に持ち越さずに済むんだとよ。やってみ」

 

「はい」

 

 浜風は積まれていた木の中でも一番大きな物を掴み投げ入れる。投げ込まれた木は一瞬にて燃え上がり火柱をさらに高くしたような気がした。

 

「綺麗です」

 

「確かにな。真っ暗闇のなか星空に向って燃え上がる星空……お前の好きなロマンチックってやつか?」

 

「からかわないでください」

 

「私たちも投げましょう」

 

 浜風に釣られて木々を投げ入れる春雨ちゃん達。何とも微笑ましい光景だ。

 

今日は冷える。もう少しこの光景を見ながら火柱で暖をとろう……。

 

「み~つ~け~た~」

 

「うっ、飛龍……」

 

 俺が火で温々と暖を取ろうとしていたところで従姉妹のそいつは現れた。

 

「母さんからあんたがこっちに向かったって連絡があったからずっと待ってたのよ!どんだけ待たせるのよ!」

 

「悪い、軽トラの荷台にそいつら乗せてたからゆっくり走ってたんだよ」

 

 俺は時雨達の方を指指す。

 

「……誰、この子達」

 

「艦娘だよ。俺の部下」

 

「何が部下よ。偉そうに」

 

「事実なんだからしょうがないだろ」

 

 何で不満そうなのか訳が分からん。

 

「まあいいわ。ちょっとあんたに頼みがあるのよ」

 

「ええ……」

 

 出たよ。この従姉妹はいつも俺に面倒ごとをふっかけてくるのだ。おかげでガキの頃は何度もひどい目にあったものだ。

 

「なによ、大した要件じゃないわ。ただちょっと鬼が足りないのよ」

 

「鬼?あの菓子や餅をばら撒くやつ?」

 

 この祭りでは炊き上げ以外にもう一つ行事がある。それが菓子投げだ。ただ鬼の面を付けた大人が舞台に上がり菓子を撒く、それだけ。昔はそれが凄い楽しみだったのを覚えている。

 

「そっ、だからあんた鬼になって」

 

「俺はいいけど……」

 

 俺は春雨ちゃんに視線を合わせてお伺いを立てる。

 

「私が舞台の裏まで同行できるなら構いませんよ」

 

「なら決まりね」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 鬼の面を付けて舞台に立つ。子供も大人もこぞって手を上げお菓子が投げ込まれるのを待っている。本当に懐かしい、俺もガキの頃あんな風に目を輝かせてお菓子を待っていたな。

 

 音楽が流れ出すのと同時に飛龍や他の鬼たちが菓子を投げ始める。俺もそれに続く。

 

 時雨、山風、浜風の姿を見かけたのでそこに向ってサッポ○ポテトを投げる。時雨と浜風にはサラダ味、山風にはバーベキュー味だ。時雨には日頃の恨みを込めて野球投法で投げつけたがあっさりキャッチされた。おのれ。

 

 鬼役になって気づいたが餅を投げるのはなかなかに気を使う。硬い餅が子供の頭にあたったら一大事だ。気を遣いながらまた時雨、浜風にサッ○ロポテト(サラダ)を投げつけた。

 

 これ意外と体力使うな・・・遠くに菓子を投げるだけでなく鬼っぽい動きも意識しなければならない。日頃鍛えていなければダウンしていたかもしれない。そんな事を考えながらまた時雨、浜風にサッポロポ○ト(サラダ)を投げつけた。

 

『ちょっと!何で僕達の所にサッポロ○テトしか投げないのさ!しかもサラダ味!』

『バーベキュー味を所望します』

 

 なるほど、鬼には野次に負けない強い精神力も要求されるのか。歴代の鬼役達には頭が下がる思いだ。過去の英雄達に敬意を払いながら俺はもう一度サッ○ロポテトを振りかぶった。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「ありがと、助かったよ」

 

「いや、案外楽しかった」

 

 菓子撒きが終わり飛龍から礼を言われる。今回の頼みは飛龍からの物にしては珍しく本当に楽しむ事ができた。こんなのばかりなら悪くない。

 

「司令官お疲れ様です。カッコよかったですよ?」

 

「ありがと」

 

 春雨ちゃんから渡されたスポーツドリンクで喉を潤す。すると飛龍が何やらもじもじしているのが目に入った。

 

「なんだよ」

 

「いや、その……ちょっと話があるというか……」

 

 飛龍からの話。思い当たる節がないわけではない、恐らく江風の件だろう。

 

「春雨ちゃん、少しだけ飛龍と二人にしてもらえないかな」

 

「?」

 

 俺と飛龍を交互に見つめる春雨ちゃん。少し間をおいて

 

「大事な話のようですね。分かりました、でも逃げちゃだめですよ?」

 

「ああ」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 神社から少し離れた空き地に移動し小さな焚き火を起し飛龍と共に地面に腰掛ける。

 

「ほら、やるよ」

 

 屋台で買ってきたチューハイを飛龍に手渡す。

 

「私がアルコール弱いの知ってるでしょ」

 

「素面じゃ話しづらいだろ。だったら酒の力を借りたほうがいい、特に飛龍は意地っ張りだからな」

 

「……そうね」

 

 プルタブを開けちびちびとチューハイを呑む飛龍。ちなみに俺は運転があるので瓶ラムネだ。

 

「江風は……元気?」

 

 チューハイを半分程飲んだであろう頃にようやく飛龍は重い口を開いた。

 

「元気だよ」

 

「そう」

 

 また沈黙が訪れる。

 

「私の事何か言ってた?」

 

「いんや、特になにも」

 

「そう」

 

「後悔してんのか?」

 

「別に。私は間違った事をしたとは思ってない」

 

「なら何でそんな事を聞くんだよ」

 

「間違ってなかったと思ってる。けど最善だったかと言われると分からないから……」

 

 コテンと俺の肩に頭を乗せる飛龍。その目は小さく燃える火をじっと見つめていた。

 

          ・

          ・

          ・

 

 眠ってしまった飛龍を横にして俺の着ていたコートを上から掛けてやる。ついでに使い捨てカイロもおまけだ。

 

 飛龍がまさかここまで江風の事を気に病んでいたとは、いつもガサツな彼女の意外な一面をみた。

 

 江風と飛龍の件を思い返す。俺の目から見ても飛龍の行動は間違っていなかった。それでも江風の事を気にかけてくれていたのか……。

 

 すうすうと寝息を立てる従姉妹の優しさに触れ少し温かな気分になった俺は飛龍の頭を一撫でした。こんな事を起きている時にやればどやされてしまう。

 

「さてと」

 

 俺は立ち上がりジーンズについた砂を払う。

 

「逃ーげよっと♪」

 

 

 

 



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提督と雪降る夜とネオン街

提督
逃走中。※前話参照

村雨ちゃん
劇場版『村雨これくしょん』公開!・・・の夢を見たらしい。

裏陽炎型
マジギレ浜風さんに匹敵するやべー奴らの集まり・・・らしい。


 

 

 

 とにかく走った、無我夢中に。

 

 幾度となく街並みが変わったような気がしたけどその変化を楽しむ余裕なんてない。ただ、直ぐ後ろには奴らが迫っている様な気がしたから何度も何度も振り返っては誰もいない事を確認した。

 

 日が昇り、日が落ちても走り続けた。走り続ける俺の体温は相当高くなっているのだろう、肩に落ちた雪があっという間に溶けてしまう。

 

 どこまでもどこまでも走り続けろと俺の中のオルガが囁いた。ああ、俺は止まらねえよ。

 

 そう思っていたけど案外早く限界は訪れた。どこまでも走り続けられると思っていた俺の足は突如として動かなくなってしまった。まるで打ち付けられた杭の様に次の一歩を踏み出すことができない。必死になって進もうとするとバランスを崩して顔面からコンクリートに倒れ込んでしまった。気づいていなかっただけで最早限界など疾うに越えていたらしく立ち上がることもできない。

 

 コンクリートは冷たく、俺の背中に積もり始めた雪と共に体温を奪っていく。ああ……ここまでか、せめて飛龍に掛けてやったコートがあればもう少し暖かかったんだがな……。まあ仕方ないか。

 

「     」

 

 ?誰かが俺に話し掛けている様だ。すまない、相手をしてやる体力がないんだ。今はゆっくり眠らせてくれ。

 

「       」

 

 何度も何度も語りかけてくる声を子守唄に俺はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「ここは……」

 

 目を覚ますとそこは見覚えのない一室だった。状況確認の為に部屋をぐるりと見渡す。部屋には俺が横たわっていた敷布団にゴーゴーと熱風を吐き出す電気ストーブがあるくらいだ。部屋の様子から想像するに古いアパートの一室の様だ。

 

「目ぇ覚めたか」

 

 困惑していると突然男が部屋に入ってきた。恐らく40代中盤だろうが髪を金髪に染め上げやたらテカテカした黒スーツを着ている為、およそ落ち着きというものは感じられない。

 

「おっさん誰スか?」

 

「テメエを助けてやった奴をおっさん呼ばわりとはな」

 

 なるほど、体力が尽きて倒れていた俺をこのおっさんが助けてくれたらしい。

 

「で?お前どうして倒れてた。家は?仕事は?」

 

「……」

 

「訳ありか……」

 

 ええ、白露型の少女達に追われてましてね。そう応える訳にもいかず黙っているとおっさんは少し考え込んだ後こう言った。

 

「お前うちで働くか?」

 

「……いいんですか?」

 

 この申し出は正直ありがたい。現在俺の所持金は5千円、年始の凍える様な寒さを過ごすには余りにも心もとない。だが下手に銀行で金を下ろせばそこから足がつく恐れがあり使えない、さらに身分を証明できない俺はバイトで日銭を稼ぐことすらできない。だからこのおっさんの申し出は救いの蜘蛛の糸のようにも感じた。

 

「ああ、ちょうど人手も足りなかったからな」

 

「助かります。それでその仕事というのは……」

 

 おっさんはドヤ顔を決めながらこう応えた。

 

「ホストだ」

 

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 ホストクラブ『May Rain』ここが俺の新しい職場だ。髪の毛を金髪にしスーパーベ○ータ顔負けのトゲトゲヘアーにセット、そしてテッカテカに黒光りするスーツに袖を通し俺は今日も夜の街で女を狙う。

 

「お姉さん方!May Rainどうっすか!」

 

 つっても俺はただの客引きなんですけどね。

 

「……」

 

 声をかけてもほとんどが無視されてしまう。年始の寒さと心の冷たさが相まって挫けそうになってしまう。

 

「あっ!お姉さんホストクラブどうですか!きっと貴方の心をポカポカ温かくしてくれますよ!」

 

 だけど俺はめげない、だって働かないと生きていけないから。

 

「じーーーーー」

 

 うっ、地雷踏んじまったかもしれねぇ。この女、俺の声掛けに返事することもなくジッと俺を睨みつけてきやがる。よく見れば服装もおかしい、黒っぽいマントにやたらでかい帽子を被っている。いやその帽子デカ過ぎだろう。

 

「あ、あはは、忙しかったみたいですね。すんません」

 

 ここはさっさと立ち去るのが吉だな。うん。

 

「待ってください」

 

「へ?」

 

「貴方は……指名できますか?」

 

「へ?俺ですか?」

 

「はい貴方を」

 

『ちょっと待ってくださいね』

 

 俺は無線機で店長であるおっさんに連絡をとる。

 

「店長!客引きしてたら何か俺が指名されたんすけど!どうしたらいいですか?」

 

『ほーやるじゃねえか。いいぜ連れてきな、そろそろお前にも店に出てもらおうと思ってたしな』

 

『まじっすか……了解です』 

 

 無線機を胸ポケットにしまい黒帽子の女性に向かい直す。

 

「ようこそMay Rainへ。楽しい夜をお約束します」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「良かったんですかVIPルームで、結構値段張りますよ?」

 

「はい、貴方とゆっくりお話がしたかったので」

 

 複数人の客ならいざ知らず、お一人様でVIPルームとは……もしやこの人は結構な金持ちなのかもしれない、ここは何としてもハートを掴んで俺の常連になってもらわなくては。

 

「お姉さんのお名前を伺っても?」

 

「そうですね……ではオーちゃんと呼んでください。貴方のお名前は?」

 

「……太郎です」

 

 やっぱこの源氏名ダメだろ……クソ店長め適当な名前付けやがって、俺だってもっとキラキラした名前がよかったわ。ラディッツとかな。

 

「……やっぱり」

 

「やっぱり?」

 

「いえ、何でもないの。気にしないで」

 

「そっすか。お姉さん飲み物は何にします?」

 

「そうね……じゃあルイ13世を」

 

「ルイ13世!?いや、あれ値段ヤバイやつですよ!?」

 

「フフっ、大丈夫です。お金はありますから」

 

 この女……オーちゃんは一体何者なんだ。

 

 

 

結局オーちゃんは閉店時間ギリギリまで延長して俺との時間を楽しんでくれた。デビュー戦としてはなかなか良かったのでは無いかと思う。俺は彼女を見送る為に店の出口まで出る。

 

「今日は楽しかったです。また来てもいいですか?」

 

「もちろんですよ。ところでどうして俺なんかを指名してくれたんですか?あんな高いボトルまで……」

 

「そうですね……何といいますか、凄く懐かしい匂いがしたんです」

 

「匂い?」

 

 スンスンと着ているスーツの匂いを嗅ぐ。店長からもらった柑橘系の香水の匂いがするだけだ。

 

「嗅いだってわかりませんよ。きっと私達にしか分からない匂いですから」

 

「?」

 

 おーちゃんはあれだな。結構不思議ちゃんなタイプなのかもしれない。ファンションも独特だし。

 

「では私はこれで。楽しい夜をありがとうございました」

 

 徒歩で帰って行くオーちゃんを見送り続ける。段々とオーちゃんの背中が小さくなりとうとう見えなくなるというタイミングで雪が降ってきた。

 

 ひらひらと舞う雪の一つを俺は手の甲で受け止める。数日前にこの冷たい雪に体力を奪われ行き倒れたというのに今ではとても美しく愛おしいモノの様に感じる。

 

 充実しているからだ。気のいい店長にノリはうざいが良い奴らばかりの同僚。それに今日は常連客候補までgetした。なにより提督業とは違い仕事時間外は完全なプライベートが約束されている。……もしかしたらホストとは俺の天職なのかもしれない。最初は少し稼いだらホスト何て直ぐに辞めるつもりだったが続けてみるのも案外悪くない。

 

 未だひらひらと降り続ける粉雪を見ながらそう思った。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 提督が逃亡してもうすぐ1ヶ月が経とうとしている。彼がいなくなった鎮守府は阿鼻叫喚……そんな言葉がぴったりの地獄絵図だった。

 

 当然だ。この鎮守府はあの英雄がいたからこそここまで来ることが出来たのだ。彼が居たから戦えた、彼の為だから戦えた、そんな艦娘ばかりなんだ。そもそも彼が逃亡したという事実を知る艦娘は私達白露型だけ、他の艦娘達は彼の身に何か不幸な事が起こったのだと本気で思っているのだからタチが悪い。こんなに女の子達に心配をかける何て罪作りな人だ。

 

 彼が無事なのは分かっている。だけどこのままではこの鎮守府が崩壊してしまう、涼風の精神も崩壊してしまう。だから私は姉妹を集めて会議を開くことにした。

 

「はい!緊急白露円卓会議始めます!司会進行は私、白露です!」

 

 ぐるりと部屋を見渡す。集まっているのは黒、白、緑、金色の姉妹。

 

「……時雨、他の皆は?」

 

「涼風はショックで寝込んでる。他のは多分、鎮守府の外まで探しに行ってるよ」

 

「春雨はパスポート持って外に行ったぽい」

 

 くっ、何て落ち着きの無い姉妹なんだ、少しは冷静な行動を心がけて欲しい。特に春雨はアクティブが過ぎる、流石にまだ海外を探す段階ではないでしょうに。

 

「まあいいです。皆さん分かっていると思いますが今回の議題は【どうやって提督をみつけるか】です。海風、提督のクレジットカード及びキャッシュカードの使用履歴は?」

 

「ダメです。お兄さんは逃亡してから一度もカードの類を使用していません」

 

「そう……。山風、提督の交友関係は?」

 

「だめ。浜風にも協力してもらったけど手がかりなし」

 

「そんな……この季節に大したお金もなく長期間過ごすなんて無理なはずなのに」

 

「白露、こうなったら形振り構っていられないよ。本当は身内の恥を晒すようで余り使いたくなかったけどそうも言っていられない」

 

「何か手があるの?」

 

 時雨は口を三日月の様な形にし笑う。我が妹ながら何て邪悪な笑みなんだ。

 

「指名手配しよう」

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 いつもの様に昼前に起床してコンビニのおむすびに齧り付きながらテレビを付ける。昨晩は飲みすぎたらしく頭に鈍い痛みが未だ残っている。

 

 

『かの悪魔の海域、鉄底海峡を攻略に導いた提督が行方不明になったようです。現在艦娘達総出で部隊が編成され昼夜を問わず捜索が続けられています』

 

「!?」

 

『提督……一体どうしてこんなことに。うっうっ』

『しれいがんんん、早くがえってきでよおおおお』

『提督、またあたいを置いて行っちゃうの?そんなの嫌だよ、嫌だよ、嫌だよ』

 

 涙ながらにインタビューを受ける艦娘達の映像が流れる。特に泣きじゃくるうーちゃんの表情に酷く心が痛んだ。ごめんなうーちゃん……うーちゃんだけでも連れてきたかったよ……。涼風はいい加減俺に依存すんのやめろ。

 

『この様に英雄の身を案じ多くの艦娘達が涙を流しています。こちらが鉄底英雄の写真です、提督の所在に心あたりの有る方がいましたら下記番号までご一報ください』

 

 げっ、デカデカと俺の顔写真を公共の電波で放送しやがった……。これじゃ指名手配と変わらねえじゃねえか、髪型も服装も以前とはまるで違うからそうそうバレる事は無いと思うがこれからはなるべく外に出るのは控えよう。

 

「おう太郎、今朝は早いな」

 

「もう今朝なんて時間じゃねえよ」

 

あれから俺はおっさんのアパートに居候させて貰っている。衣食住と世話になりっぱなしで頭が上がらない。

 

 おっさんは俺と同じ様に冷蔵庫からおむすびを取り出し俺の向かいの椅子に腰掛けた。

 

「お前を拾って一ヶ月……立派なホストになったな」

 

「なんだよ急に止めてくれよ照れくさい」

 

「いや、本当にお前は良くやってるよ。売上ならもうNO.1だ」

 

「売上だけだよ。それだってオーちゃん・・・黒帽子の客が毎日通ってくれるからだ」

 

「いいや……お前は凄い奴だ。俺の息子にしたいと思えるほどに」

 

「おっさん……どうしてそこまで俺の事を……」

 

 おっさんはタバコを一本吹かすと照れくさそうに頬をポリポリと掻いた。

 

「俺も……お前と同じだったからな」

 

「俺と同じ?」

 

「ああ、あれはカゲロウの見える日だった」

 

「カゲロウ……?まさか!」

 

 裏陽炎型と呼ばれる艦娘がいるという噂を聞いたことがある。奴らは軍にとって邪魔な存在を処分する為に結成された非公式チームなのだとか。処分・・・といっても命を取る訳ではなく奪うのは記憶。方法は不明だが軍にとって都合の悪い記憶を根こそぎ奪っていくのだ。そして記憶を奪われた人間は必ずこう言うらしい「カゲロウを見た」と。

 

 そうか……だからおっさんは俺を助けてくれたのか……同じく艦娘に追われる俺を。

 

「おっさんも軍から裏切られていたんだな……」

 

 俺はおっさんの境遇に涙した。散々利用されるだけされてこんなのあんまりじゃないか。

 

「軍?裏切り?何を言っt」

 

おっさんの言葉を遮って彼を抱きしめる。

 

「いいんだ!辛い記憶を無理に思い出さなくても!!」

 

「おっおう?」

 

「いつまで一緒にいられるかは分からないけど……それまでは 俺がおっさんを守るから!」 

 

 それが俺に出来る唯一の恩返しだから。

 

 

        ・

        ・

        ・

 

「太郎!お前に指名入ってるぞ!」

 

「オーちゃんですか?何時もより早いような」

 

「いや、見たこと無い客だ、多分初顔さんだな。VIPルームに通しておいたから使っていいぞ、もちろんサービスだ」

 

「マジすか先輩!あざっす!」

 

「おう、その代わり絶対にモノにしろよ」

 

 脱走してから1ヶ月が経った。正直初めはホスト何て仕事は俺に務まるモノじゃ無いと思っていたが案外楽しくやれている。俺の事を息子の様だとまで言ってくれたおっさんの為にも俺はこの街の……鳥取の夜王になると決めたんだ。もっともっと常連を獲得してやる!

 

 自由を手に入れ人生の目標まで出来た俺はやる気に満ち満ちていた。毎日が希望で溢れていて楽しくて仕方がなかったんだ。だから……あいつらの影に気づくことが出来なくて終わりは唐突に訪れた。

 

 

「ご指名ありがとうございます。貴女に楽しい夜をお約束します」

 

 VIPルームには3人の女性がいた。全員が黒コートに付属しているフードを深く被っておりその表情は分からない。なんか俺を指名してくれる客はこんなんばっかだな。

 

「おっと、3名のレディー達の来店でしたか。これは少々私では力不足というもの、応援を呼んできますので少しお待ちを」

 

「いえ、結構です」

 

 部屋から出ようとした俺のスーツを一番近くにいた客が掴む。その際にちらりとフードから白い髪が溢れた。

 

「私達は貴方とお話したいんです。他の方は結構です」

 

「はあ……そうすか?」

 

 それから俺は散々飲まされ歌わされた。しかもその間彼女達は一口もお酒に口をつけないのだ。素面の女性達の相手ができるほど俺のコミュニケーション能力がそれほど高く無い、現に彼女達は俺のトークを聞いてもピクリとも笑わない、正に地獄の様な時間だった。

 

「あの……そろそろ閉店時間ですので」

 

「あら、もうそんなお時間ですか。お兄さんと過ごす時間が楽しくてあっと言うまでした」

 

 お兄さん、その言葉を聞いた途端に何故か背筋が凍る様な感覚に襲われた。別におかしな事なんてない、ホストをお兄さん呼び何てよくあることだ。

 

「ね、ところでさ」

 

 お兄さんと呼んだ方とは反対側に座っていた客が俺の肩を掴んで囁く。

 

「君ってアフターはOKなの?」

 

 たまにこういう勘違いした客がいるのだ。俺達が提供するのはあくまでこのMay Rain での楽しい一時。だというのにそんなルールをぶち壊しにする輩だ。

 

「いえ、うちはそういうのNGですんで……」

 

「え~いいじゃんホテルは取ってるからさ……もちろん鎮守府にね」

 

 突然女達全員がフードを取る。フードの下から現れたのは俺のよく知った顔……時雨・海風・春雨ちゃんだった。

 

「ほら、早くいくよ。こんな店で働いて……色々聞くことがあるからね」

 

 目の前が真っ暗になる。この店での日常にヒビが入ってくのを確かに感じだ。

 

「どうして……なんでお前らが!!俺はこの二ヶ月足が着くようなことは何もしていない!バレるはずがないのに!」

 

「この店の人から良いホストがいるって紹介されたからだよ。ねっ?店長?」

 

 振り向くとそこにはいつの間にかおっさんが立っていた。そんな……まさか

 

「嘘だろおっさん……俺を騙してたのか……?俺を息子の様に思ってるって言ってくれたじゃないか。なのに……裏切っ」

 

 それ以上先を言うことは出来なかった。

 

 だっておっさんは歯を食いしばり爪が手に食い込んでしまうくらい強く拳を作っている。悔しそうでやりきれないそんな表情を浮かべていた。やめてくれよおっさん……俺はおっさんのそんな顔見たくねえよ……。

 

おっさんとの思い出がフラッシュバックする。

 

 全てはあの雪の降る夜に拾ってもらったことから始まった。それからホストのいろはを教わった。一緒におにぎりを食べた。銭湯で背中を流した。俺に初めて常連が出来た時に自分の事の様に喜んでくれた。全部……全部大切な思い出だ。

 

 仕方なかったんだよな?こうするしかなかったんだよな?だったら俺はあんたを恨まない。それだけの事を俺にしてくれたから。だけど……またいつか俺がこの店に戻って来た時……その時はまた一緒に……!

 

「店長これ今回の謝礼です」

「あっどうも」

 

「こんな店潰れちまえやああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 



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涼風と拗ね拗ねバレンタイン

白露
きの○の山が好き。

時雨
アルフォー○が好き。

夕立
神羅○象チョコが好き。

山風
スー○ーBIGチョコが好き。

春雨ちゃん
司令官が好き。

マジギレ浜風さん
先輩が好き。







 今日は2月14日バレンタインデー。恋に恋する乙女である艦娘達もソワソワと浮き足立つ日だ。

 

 もちろんそれはあたい達白露型も例外じゃない。

 

「おいしくな~れ♪おいしくな~れ♪」

 

 部屋の中では春雨の姉貴が弾丸・ボーキサイト・深海棲艦の腕・液体Xをドラム缶に入れお玉でぐるぐるとかき混ぜている。

 

「おいしくなーれ!おいしくなーれ!」

 

 今度はドラム缶を両手で掴み縦横にシェイクしだした。姉貴の身長より大きなドラム缶を振り回す様はまるでゴリラだ。・・・言わないけど。

 

「できました!はい!」

 

 どうやら完成したらしい。ドラム缶の中から出てきたのは手のひらサイズのハート型チョコ。

 

 ・・・最近の春雨姉貴の奇行には慣れてるので今更あたいは驚いたりしない。うん。むしろ期日ギリギリまでチョコ作りの試行錯誤をくり返す姉貴可愛い。うん、そう思うことにしよう。

 

 部屋をぐるりと見渡す。時雨姉貴は腕を組んであーでもないこーでもないと独り言を呟いている。どうやらチョコを渡すシチュエーションを考えているらしい。時雨姉貴は提督との距離が近すぎるから逆に渡すの照れくさそうだもんな。海風姉貴はおっにーさーん♪おっにーさーん♪と上機嫌、幸せそうで何より。夕立姉貴は・・・多分何も考えてない。

 

 他の姉貴達も大体そんな感じでソワソワとしていて落ち着きがない。ふー、やれやれ、末妹のあたいを見習って欲しいってもんよ。・・・はい嘘です、緊張してらぁ。だけどあたいには他の艦娘達にはないアドバンテージがある。それは

 

『提督、バレンタインのチョコはあたいのとこに一番に貰いにきてよね!』

 

『おお?ああ、うん分かった』

 

 という約束を既に交わしているのだ。だから今日、提督は真っ先にあたいの所にきて一番にあたいのチョコを受け取ってくれる。一番教の白露姉貴には悪いけど戦いは既に始まっているんだ。

 

 さてこの部屋で待機していては提督が来たときに大変な事になってしまう。少し寒いけど廊下に出て待つ事にしよう。

 

 ガチャリ。うーやっぱり二月の朝風は冷てえなあ。

 

「    」

「      」

 

 お?提督の声だ。なんでぇ待ちきれなくてもう取りにきたのか。仕方ないなあ。

 

 提督の声がする方に振り向いた。きっとこの時のあたいはニコニコニヤニヤしていたのだと思う。だけど振り向いた先の光景を見て世界が凍りついた様なそんな感覚がした。

 

 確かにそこに提督はいた・・・吹雪と一緒に。

 

 過去の、訓練校時代の記憶が蘇る。あたいを初期艦にしてくれると約束したのに吹雪を連れて行った提督、それを知ってずっと膝を抱えて泣いたあたい。

 

 嫌だよ、嫌だよ、また吹雪を選ぶのかい?また約束を破るのかい?

 

 呆然と二人を見ているうちに段々とあたいの意識が暗い闇に沈んでいくのを感じた。

 

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

 

「・・・重い」

 

 俺が歩く度にズルズル ズルズルと何かを引きずる音が廊下に鈍く響く。音の発生原因を確認する為に首を回し後ろを見る、そこには俺の腰辺りにしがみつきダラリと足を放り出し引きずられる涼風がいた。

 

「おい涼風、重い、離せ」

 

「・・・・」

 

 返事はない。屍か。

 

 仕方がないので俺は涼風を引きずったまま執務室に向かう。人間を一人引きずるのがここまで重労働だとは・・・でも勇者は死んだ仲間を棺桶に入れて教会まで何人も運ぶんだよな、そういう仲間思いな所が勇者たる所以か。俺は今すぐにでもこいつを捨てて行きたい。

 

「あっ提督!ハッピーバレンタイン・・・てっ何引きずってるの?」

 

「てめぇの妹だよ、何とかしてくれ」

 

 ズルズルと涼風を引きずっていると廊下の角から白露が現れた。曲りなりにも長女のこいつなら涼風がどうしてこうなったのか分かるかもしれん。

 

 白露はん~どれどれと俺の後ろに周り込み涼風の姿を確認する。

 

「ありゃりゃ、拗ね風さんになっちゃってる」

 

「なんだよ拗ね風さんって・・・」

 

「この子昔からたま~にもの凄く拗ねる事があるんだよね。その間はもう何言ってもダメ、全く口も聞いてくれなくてずっと顔を何かに埋めてるの。いつもは枕とかに埋めてるんだけど・・・今回は提督のお尻みたいだね。何かあったの?」

 

「知らん、吹雪と話をしてたら急に飛びついてきたんだ。どうすれば元に戻る?」

 

「それは私にも分からないかな。その時々だし」

 

 肝心なところでこの長女は。俺は後ろに手を回し涼風の頭をぽんぽんと叩き話しかける。

 

「おい涼風、何か気にいらないことでもあったのか?」

 

「・・・」

 

 やはり返答は無い。どうすりゃ良いんだ。

 

「あっそんな事より提督!はい、ハッピーバレンタイン!」

 

 こいつそんな事って言いやがったぞ、仮にも長女だろうが。

 

「ちゃんと食えるのか?」

 

 今日は2月14日バレンタインデーだ。朝から何となく鎮守府全体にふわふわと落ち着きの無い雰囲気が漂っていて大変居心地が悪い。

 

「失礼な!ちゃんとネットを見ながら作ったポッキー型チョコだよ。ソシャゲのお供に食べてね」

 

 なるほどゲームをしながら食べても手が汚れない様にポッキー型にしたのか。実に白露らしい配慮だ。

 

「ほーん、まっありがとさん」

 

「ちなみに本命だよ?」

 

「はいはい、嬉しい嬉しいって痛い痛い痛い!」

 

 白露の冗談を適当にあしらっていると急に腰にしがみついていた涼風の腕が万力の様に締め付けてくる。何!?俺何かした!?

 

「涼風!ギブ!ギブ!」

 

 涼風の頭を叩き降参を宣言、15回目のタップでようやく力が緩み痛みから開放された。

 

「何なんだよ・・・訳が分からん」

 

「あー、私だいたい分かったかも」

 

 苦笑いを浮かべながらそういう白露。流石長女、今のでわかったのか。

 

「何なんだ、教えてくれ」

 

 白露に教えを請うが白露はベーと舌を出してゆっくりと後ろに下がっていく。

 

「私の告白を適当に受け流す様な人には教えてあげませんよーだ」

 

 そう言うと白露はくるりとターンをし走り去ってしまった。

 

 

  ◇ ◆ ◇

 

 

「あ、見つけた」

 

 またズルズルと涼風をひきずりながら執務室に向っていると今度は後ろから時雨が現れた。

 

「何それ、新しい遊び?」

 

 時雨は俺の腰にしがみつき尻尾の様な状態になっている涼風を指差して首をひねった。

 

「拗ね風さんモードだと」

 

「あー懐かしいね。最近はなかったけど昔はよくこの状態になってたっけ。何か悪いことしたの?」

 

「どうして白露といいお前といい俺を悪者にしたがるんだ・・・」

 

「だって涼風が拗ね風さんになるにはそれなりの理由があるからね。意味なくってことはないよ」

 

 そうなのか。単に虫の居所が悪いだけかと思っていたがそういう訳ではないと。うーんでも今日はこいつと一言も口を聞いてないしな、わからん。

 

「そうだ、はいこれチョコレート。もちろん手作りだよ」

 

「毒見したか?」

 

「僕が料理得意だってこと知ってるでしょ?」

 

 俺の知り合いに料理がめっちゃくちゃ上手いけどスウイーツ作りだけは有り得ないレベルで下手くそな奴がいてな。浜風って言うんですけど。ま、こいつのなら大丈夫か。俺は礼を言ってチョコを受け取った。

 

「そういえば他の艦娘達も提督にチョコ用意してるみたいだから食堂に顔だしてあげて。執務室まで押しかけると迷惑になるって遠慮してる娘も多いみたいだからさ」

 

  ◇ ◆ ◇

 

 時雨に言われるままに食堂に赴くと沢山の艦娘達に囲まれもみくちゃにされた。

 

「しれえ!雪風の双眼鏡ちょこです!」

「さんきゅな雪かz・・・いたいいたい!涼風!尻に噛み付くな!」

 

「う~ちゃんのは~うさぴょんチョコ~!しれいかんに~突撃!」

 

 あ~うーちゃん可愛いさが限界突破していく~!もううーちゃんが可愛いのか、可愛いがうーちゃんのなのか分からなくなる~~~。このうさぴょんチョコ何とか加工して永久保存できないだろうか。

 

「その・・・私からも提督さんに・・・。翔鶴姉に手伝ってもらったから変な味はしない・・・と思う」

 

「柄ではないのは分かっているがこのビッグ7からもチョコだ。何、口に合わなければ捨ててもらって構わん・・・だから受け取ってもらえると嬉しい」

 

 こんな感じで大量のチョコをもらった。だがチョコを受け取る度に腰にしがみつく涼風が尻に噛み付いてきたり締め付けてきたりと多大なダメージを受けてしまった。ほんとこいつ何が気に入らないんだ。

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◇

 

 

 

 

 提督は女心が本当に分かっていない。それかあたいの事を女として扱っていない。だってそうじゃないとあたいが後ろにしがみついてる状態で他の艦娘達にデレデレなんてできないってもんだ。

 

 ほら今だって

 

『提督、はいこれバレンタインのチョコっぽい』

『夕立ぃテメェこれビック○マンチョコのウエハースをタッパーに詰め込んでるだけじゃねえか』

『違うっぽい!神羅○象チョコだし!失礼しちゃうわ!』

『知らねえよ!!』

 

『お兄さん!お兄さん!海風は色んな味のチョコボールを作ってきました!どうぞ!あっ今食べて感想聞かせてください!』

『えっ今じゃないとダメ?』

『お願いします!』

『わかった。・・・うん美味しい美味しい』

『こっちも食べてください!全部味が違うんですよ!』

『えっいや、今全部食べるのは・・・』

 

 

 ほんとは分かってんだ。何時までも拗ねてないで姉貴達みたいに素直になれば良いなんてことは。だけどどうしてもそれが出来なくて、でも一人で蹲っていてもきっと忙しい提督はあたいなんて相手にしてくれないから・・・だからこうやってしがみついてる。自分でももう何が気に入らないのか分からなくなってきた。

 

『先輩、私もチョコレートを作ってきました』

 

 今度は浜風か。ほんとどれだけこの提督は部下に慕われてんだ。

 

『浜風・・・貴様にはスウイーツの類を作ることは禁止したはずだが』

『先輩の私的な命令は聞かないと以前にも言ったはずですが』

『以前俺が泡吹いて倒れたの忘れたのか!?』

『煩い先輩ですね。そこを耐えて食べるのが男の甲斐性ってモノでしょう』

 

 いいな浜風は。あたいもこんな風に素直になれたらどんなにいいか。

 

『・・・てめえのスウイーツ(破)なんぞ食ったら胃がいくつあっても足りねぇ』

『あっそれいいですね。胃袋を掴めないなら破壊してしまう、うんありですね』

『・・・やっぱお前のチョコだけは食う訳にはいかねぇ・・・あばよ!!』

 

バリーン

 

 突然ガラスの割る音と共に襲い来る浮遊感。あっこれ窓から飛び降りてんな。全くいつものことながら無茶するなぁ、今回はあたいもくっ付いてるってのに。

 

        ・

        ・

        ・

 

「はあ、はあ、はあ、ようやく撒いたか」

 

 執務室の窓から飛び降りた提督は浜風から逃げる為に全速力で鎮守府を逃げ回った。ひきずられるあたいはいい迷惑だ。艤装で強化されてるから痛くはないけど乙女的にはダメージはでかい。

 

 ちらりと視線を横にずらしてみると今居る場所が波止場ということがわかった。沈み行く夕焼けを海が反射していて綺麗だ。

 

 ・・・もう夕方なんだ。まだチョコ、渡せてないってのに。

 

 どうしようかと悩んでいるとぽんぽんと提督が頭を叩いてきた。

 

「なあ涼風、お前はチョコ、くれないのか?」

 

 どうやらこの提督はこの期に及んで何故あたいが拗ねているかを理解できていないらしい。はぁ・・・仕方ないこの唐変木にヒントをあげるか。

 

「・・・約束破ったからあげない」

 

「約束?破ってないだろ」

 

「一番最初にあたいの所にチョコ貰いに来てくれるって言った」

 

 どうだこれで言い逃れできないってもんだ。ふん、でも拗ねてるもの疲れたしちゃんとごめんなさいしたら許す。

 

「だから破ってねえって」

 

 まだ白を切るってのかい、だんだん怒りが再燃してきた。

 

「嘘。吹雪と一緒に居るの見た」

 

「今朝の話か?あんときは演習の打ち合わせの話をしていただけだぞ?チョコはもらってない」

 

「え」

 

 今朝の事を思い出す。言われて見ればあたいが見たのは会話をしているとこだけだ。

 

「わざわざ朝からお前に会いに行ったのに拗ねてるんだもんな。訳分かんねぇよ」

 

 言われて見ればそうだ。今朝提督が吹雪と話していた場所は艦娘達の部屋があるだけで他に何もない。そしてあたいがしがみ付いてから提督はそのまま執務室にとんぼ返りしている。つまり初めからあたいにだけ用があったということ。

 

 なんだ・・・そっかぁ・・・。あたいが勝手に拗ねてただけかぁ。

 

 心の中のモヤモヤがスーッと抜けて行くのが分かる。そして抜けたモヤモヤの代わりに満足感というか安心感というか上手く言えないけど幸せなモノが流れ込んでくる。

 

「提督、あたい勘違いして勝手に拗ねてたみたい。ごめん」

 

「そうか、まっ勘違いなら仕方ない。それで?チョコくれないのか?」

 

「・・・ん」

 

 あたいはしがみついたまま提督にチョコを渡す。提督はありがとなと言ってあたいの頭を撫でてくれた。嬉しい。

 

 あれ?そういえば今日は提督が沢山あたいの頭を撫でてくれたような気がする。

 

「それで涼風、誤解も解けたところでそろそろ離してくれない?」

 

 そういえば今日は提督が沢山話掛けてくれたような気がする。

 

「あの涼風さん?聞いてる?」

 

 何よりずっと提督と一緒にいられた。

 

「涼風さん?あのね、提督もうずっとトイレを我慢してて限界間近なんですよ、ね?聞いてる?」

 

 案外拗ねるっていうのも悪いことばかりじゃないのかもしれない。あたいは提督にしがみ付く力をより一層強くしながらそう思った。

 

 

 

 

 

 




拗ねデレとかいう謎電波の受信により誕生してしまった拗ね風さん。これはこれで可愛いかも。かもかも。

次回は春雨過去編です。
評価で点数付けてもらえると嬉しいです。はい。


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春雨と失くしてしまった返事

提督
シリアスは苦手

悪雨
私が悪い子だった時期のお話です。

深海妖精さん
たびたび名前は登場していたが実は今回初登場。










 

 

 

 振り返った瞬間、私の目は砲弾を捉えました。砲弾はまっすぐに殿(しんがり)を務める天津風さんに向かっています。天津風さんは気づいていません。

 

 何故だか砲弾のスピードはとても遅いです、新型の兵器でしょうか?しかしこれなら充分に天津風さんを助けられます!

 

 私は急いで天津風さんの元へ向かいます。

 

 あれ?おかしいです。体がちっとも進みません。いえ、進んではいます。ゆっくりとゆっくりと。まるで砲弾のスピードに比例して私の動きも遅くなっている様です。

 

 私は理解しました。砲弾も体も遅くなっている訳ではなく私の意識だけが早くなっているんですね。

 

 あと少しなんです。あと少し。

 

 私は天津風さんに向かって右手を突き出します。砲弾もそこまで来ています。

 

 まにあって!!

 

 

ドン バガン!!!

 

 

「春雨!!」

 

 砲撃を受けた艤装は吹き飛び私は海面に浮くための浮力を無くしてしまいました。ゆっくりゆっくり私は沈んでいきます。そんな中、右を見ると天津風さんが信じられない物を見るような顔で私を見ていました。よかった…間に合いました。はい。

 

 天津風さんの無事を確認して私の体は完全に海中に沈んでしまいます。海中で体は反転し頭から海底に落ちていきます。

 

ガシ!

 

 沈みゆく私の足に何が巻き付きました。これは…時雨姉さんのアンカーですね。

 

「春雨!春雨!」

 

 海面から微かですが声が聞こえます。どうやら姉さんが私を引っ張りあげようとしている様です

 

 私は残った力を振り絞って何とか右腕を動かします。

 

ドン

 

 至近距離で私の砲弾を受けたアンカーの鎖は破壊され、私の体はまた沈み始めます。

 

「春雨…なんで!なんで!」

 

 ダメですよ、姉さん。敵はまだすぐ近くにいます。そんな隙を見せては他の皆さんまでやられてしまいます。

 

「春雨!春雨!返事してよ!」

 

 はい。

 

「春雨!」

 

 はい。

 

「春雨!何処にいるの!」

 

 もう私の声は届いていないようです。私、お返事だけは自信があったんですけどね。

 

「ー雨ーーーーーー!」

 

 もう姉さんの声も聞こえません。

 

 意識も薄くなってきました。ごめんなさい姉さん勝手なことして。他の姉妹のことをよろしくお願いします。はい

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 気づいた時ワタシは一人海の上に立っていました。ここはどこでしょう?ワタシは何故ここにいるのでしょう?何もわかりません。確かワタシは天津風さんを助けて─────

 

「!っ駆逐棲姫!」

 

 突如声が聞こえました。振り向くと4人の艦娘がいます。良かった、迷惑をかける事になりますが姉さん達のいる鎮守府まで道案内をお願いしてみましょう。

 

ドン ドン

 

 え?

 

 4人の艦娘はワタシに向けて砲撃を始めました。

 

「アーーーーー、アーーーー」

 

 止めるよう訴えますが上手く発声できません。

 

 どうしてこんな事をするのですか。

 

 どうしてそんな怖い顔をしているのですか。

 

 ワタシはその場から逃げ出します。

 

 砲撃は続けられ幾つかの弾が私の背中に命中しました。ですがおかしいのです。衝撃は伝わり身体の動きが鈍くなっているのは確かです、ですが痛みを全く感じません。どういうことでしょう?なんにも、なんにもわかりません。

 

 どれくらい逃げたでしょう。振り向くことなく走り続けているといつの間にか砲撃音は聞こえなくなっていました。後ろをみるともう彼女達の姿はありません。

 

 ワタシは安堵のあまりその場に手をつき崩れ落ちました。私が倒れた衝撃で海面は大きく波紋をたてながら荒ぶります。疲れ果てたワタシはじっとその波紋を見て休むことしかできません。だんだんと波紋が収まり海面が元の姿に戻ります。そして完全に元の姿を取り戻した海は太陽の力を借りて私の姿を映し出します。真っ黒な艤装に血色の悪い顔。そう海面に浮かんだのは駆逐棲姫の姿でした。

 

ドン

 

 ワタシは怖くなり海面を砲弾で撃ち付けます。その瞬間に駆逐棲姫の姿は消え去ります、ですが数秒後またワタシの前に姿を現すのです。何度、何度やっつけても彼女は蘇ります。

 

「アーーーー、アーーーー」

 

 上手く言葉を発することもできません。

 

「アーーーー、アーーー!」

 

 悔しくて、辛くて、何より悲しくてワタシは声にならない声を上げ続けます。

 

 声を上げる以外のことは出来なくて、結局ワタシはその場で絶望するしかありませんでした。

 

 

 

 

 

 どのくらい泣いていたかは分かりませんが泣きながらワタシは考えていました。これからどうするかを。

 

 もう皆さんの元へ帰ることはできません。なのでここでお別れです。

 

 

 

 さよならです。ハイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人で生きて行くと決めてからワタシは一つの孤島を住処にしました。人は誰もいません。ワタシも人ではありませんから。

 

 この島を見つけて1週間が経ちました。住めば都、あまり不自由はありません。強いて言うならそうですね……娯楽がないのでいつも皆の事を思い出してしまうことでしょうか。この島でワタシはいつも泣いています。今だって砂浜に体育座りして泣いています。ハイ。

 

「おまえは……」

 

 おや?後ろから声が聞こえます。この島には誰もいないはずですが。

 

 振り向くと男性が立っていました。黒いアンダーウェアに軍のズボンとかなり着崩した格好です。確かに最近は暑いですがアンダーウェアの上になにか着て欲しいものです。

 

「アーーー、アーーー」

 

 やはりワタシは声を出すことができません。ですがこれでいいです。私の不気味な声を聞いたこのお兄さんは直ぐに立ち去ってくれるでしょう。

 

 なんてワタシの浅はかな目論見は失敗に終わります。

 

「怪我してるな。見せてみろ」

 

 そう言ってお兄さんはワタシの手をとります。あれ?もしかしてワタシが深海棲艦だと分かっていないです?

 

「アーーー、アーーーー!」

 

 ワタシは声を荒げて艤装を展開します。これなら気づくでしょう。

 

「わーってるよ。お前が深海棲艦だってのは。それに元艦娘だってのも」

 

 え……?何故そんな事を知っているのでしょう。艦娘本人であるワタシだって艦娘が沈めば深海棲艦になるなんて事は知りませんでした。いえ、他の誰だって知らないでしょう。だって深海棲艦は喋れない、自分が元艦娘だと伝えられないのですから。

 

「腕、折れてるな。相棒、治せるか?」

 

「ヒトリダカラ時間カカル」

 

 彼の肩には真っ黒な服装に血色の悪い顔をした小人が乗っていました。恐らく深海棲艦側の妖精さんだと思われます。艦娘だった頃は妖精さんを見ることはできなかったので確証はありませんが。

 

「どのくらいの時間かかる?」

 

「100時間」

 

「ゲっまじかよ。まあしゃーないか」

 

 お兄さんはそのまま私の横に胡座を掻いて座ります。距離が近いのでお兄さんの体温が伝わってきます。温かい……温かい。凡そ(およそ)体温というものが無い私の体にお兄さんから伝わる暖かさはとても気持ちの良いものでした。日光とは全く別の心地よさです。

 

「つーわけだからよ。これから100時間よろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからお兄さんは毎晩私の元へやってきました。日中はどうやら用事があるとのことです。

 

 今晩もやってきて私の横に座っています。

 

「艦娘だった頃の記憶はあるのか?」

 

「アーー」

 

 ワタシは頷きます。

 

「ほーん」

 

 何故こんな事を聞くのでしょう?そもそもこの人は一体何者なのでしょう?妖精さんを見る事が出来る人は極希にいますが深海妖精が見えるなんて話は聞いたことがありません。

 

「ならこれやるよ」

 

 手渡されたのは大きなスケッチブックにサインペン。

 

「記憶あるなら文字書けるだろ?」

 

 ワタシはサラサラとスケッチブックにサインペンを走らせます。

 

『はい』

 

 お兄さんはニヤリと笑いました。

 

 それから私にとってお兄さんとの時間はとても大切なものとなりました。この時間だけが唯一、私が深海棲艦ではなく人であると錯覚できるからです。

 

 ある日お兄さんはいいました。

 

「なあ、あと1ヶ月くらいしたら俺は今居る場所を離れてここから遠く離れた場所に行く予定なんだ」

 

 ワタシはとてもショックを受けました。お兄さんとの会話がなくなっては人としての自我を保つ自信がありません。

 

 何よりもっともっとお兄さんとお話がしたかったです。

 

「だから、その……付いてくるか?」

 

 嬉しかった。胸から熱い何かがこみ上げて目から溢れました。もう、ここでずっと一人で生きていくしかないと思っていたから。

 

 ワタシは急いでスケッチブックに返事を書こうとします。もちろん『はい』です。

 

 ……だけどスケッチブックを膝に置きサインペンを持ったところで固まってしまいました。

 

 文字が分かりません。『はい』と書けません。

 

 あれ?あれ?おかしいな。えっとえっと。あれ、何でどうして。

 

「やっぱ嫌か?」

 

 ブンブン ワタシは文字を書くのを諦めてジェスチャーでお返事します。

 

「そうか、良かった」

 

 そう言って笑ってくれたお兄さんの顔を見て私も嬉しくなりました。

 

「もう直ぐ怪我も完治だからな。でも艦娘に会うとまずいから怪我が治っても海には出るなよ」

 

 もちろんです。お兄さんが外に連れて行ってくれるまでこの島から出るつもりはありません。

 

 

 

 

 

 

 次の日の夕方、ワタシは一人で考えごとをしていました。お兄さんが来る夜までまだ時間があります。

 

 ワタシはスケッチブックを手に取り文字を書こうとします。やはり書けません。文字の形がわからないのです。ワタシは文字そのものを忘れてしまっていたのです。

 

 ワタシは怖くなりました。

 

 急いで他の記憶を辿ってみます。

 

 お兄さんの事は覚えている。この島に来た日のことも覚えている。初めて深海棲艦になった日も覚えている。どうして深海棲艦になったかも……あれ?

 

 思い出せません。ガタガタと身体が震え始めます。

 

 どうして……!少し前まで思い出せていたのに!

 

 違う!違う!ワタシは深海棲艦なんかじゃない!ワタシは駆逐艦──────

 

 もう自分の名前も思い出せません。

 

 もしかしたらワタシは初めから深海棲艦だったのかもしれません。ワタシが勝手に艦娘だと思い込んでいただけ。だってワタシが艦娘だっと証明するものが何もないのですから。記憶すらないのですから。

 

ドンドン

 

 震えていると海から砲撃の音が聞こえました。見ると艦娘と戦艦棲姫が戦っているのが見えます。

 

 艦娘側は軽巡2隻に駆逐1隻。勝ち目はなくどんどんダメージを負っていきます。既に駆逐艦は大破しています。

 

 ワタシは迷わず艤装を展開し助けに向かいます。深海棲艦と戦えばワタシが艦娘であることの一番の証明になるとそう思ったから。

 

ドンドン

 

 ワタシは戦艦棲姫に砲撃しながら艦娘との間に割って入ります。

 

「アーーーー」

 

 今のうちに逃げてください。ワタシが時間を稼ぎます。そういう思いを込めてワタシは叫びました。

 

ドン

 

 ですが後ろから返ってきたのは砲撃音と私の背に鈍く響く衝撃でした。振り向くと艦娘達は鬼の様な形相を浮かべていました。私が初めて深海棲艦になった時に見た艦娘達と同じ顔です。

 

「駆逐棲姫っ!!!」

 

 ああ、やっぱりそうなんですね。ワタシは深海棲艦なんですね。私が艦娘だと思い込んでいただけ。

 

 こんどは正面からも衝撃がきました。戦艦棲姫からです。

 

「ガーーーーー」

 

 ワタシはその場から逃げ出しました。一体ワタシは何なんでしょう。最初から最後まで何も分かりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか島まで戻った時ワタシの意識は消えかかっていました。戦艦棲姫の砲弾を受けた箇所から少しずつジワジワとワタシの中に何かが侵入してワタシを追い出していくのです。もうワタシの居場所はワタシの中にすらありません。

 

「アーーーー!アーーー!」

 

 このままではワタシは心まで深海棲艦になってしまう。嫌デス、嫌デス。

 

「……何があった」

 

「アーーー、あーーーーー」

 

 ワタシは艤装を解除してお兄さんに訴えます。ワタシを殺して、完全に深海棲艦になる前に。

 

 ワタシの言葉にならない訴えをお兄さんは全て理解してくれました。

 

「ッ──────」

 

 お兄さんは何も言わずに鉄砲を構えます。唇を噛み締め表情は歪んでいます。そんな顔をさせてしまってごめんなさい。

 

 ごめんなさい、お兄さん。ワタシはお兄さんと一緒には行けないようです。約束、守れなくてごめんなさい。そして

 

パン

 

 助けてくれてありがとうございます。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永い、永い夢を見ていた気がします。

 

 目を覚ますと私はベッドの上に寝かされていました。

 

 ここはどこなのでしょう?

 

 体を起こして部屋を見渡します。窓が開いているようでカーテンをはためかせながら気持ちのいい昼下がりの風と日光が部屋を満たしました。

 

 部屋には私が使用しているベッドの他に4つもベッドがあります。どうやらここは医務室の様ですね。

 

 ふと、私のベッドの上に便箋が置いてあるのに気が付きました。

 

『目が覚めたら執務室にこい』

 

 便箋にはそう書かれており、裏には手書きで見取り図が記されています。

 

 私は素直に便箋の指示に従うことにします。ここにいても何が何やらさっぱりですから。

 

 ベッドから降り立ち上がると膝がかくんと曲がりそのまま倒れこんでしまいました。うー、どうやら私が眠っていたのは数時間なんてものではないのかもしれません。今度は気合を入れて立ち上がります、できました!足はぷるぷる震えているものの何とか立てました。

 

 あとはこのまま指定された場所に行くだけですね。幸い見取り図によるとここからそう離れていないようです。階段もありません。

 

 扉を開けて廊下にでます。廊下には誰もいません。私は左手の壁に寄りかかりながらゆっくりと進みます。

 

 しかし、私はどうしてあそこで眠っていたのでしょう?そもそもここはどこなのでしょう?何もわかりません。

 

 ふと左足に切れてしまった小さなアンカーが巻きついているのに気が付きました。これを外せば少しは歩くのが楽になりますね。ワタシはしゃがみ込みアンカーに触れます。

 

 …やっぱりこれを外すのは止めましょう。理由は分かりませんが外したくありません。

 

 私はそのまま進み続けます。あともう少しです。もう部屋の扉は見えています。

 

「   」

 

 声が聞こえました。どうやら私が目指す部屋からの様です。

 

 懐かしい声です。私は震える足に鞭打って歩む速度を速くします。

 

 扉の前についた時には立っているのがやっとでした。さあ、扉を開けましょう。

 

がちゃ

 

 私はそうっと、そうっと、扉を開けて侵入します。中には男性と少女の2人がいます。男性は縛られ天井から吊るされています。二人はまだ私には気づいていません。

 

 …これはどういう状況なのでしょう。

 

 あっ男性が私に気が付きました。男性は私に背を向ける少女に言います。

 

『なあ時雨、賄賂があるんだが』

 

『受け取らないよ』

 

『まぁそう言うな。後ろを見てみろ』

 

 少女がゆっくりとこちらに振り向きます。

 

 少女は黒髪をおさげにして赤い簪を刺しています。私のよく知っている人です。

 

 少女は目に涙を溜めて何度も、何度も私の名前を呼びます。

 

 呼ばれたからにはお返事しないとですね。あの時届かなかった分も一緒にお返事しましょう。

 

 口癖の様になんども口にしていたはずですが随分久しぶりな気がします。上手く言えるといいのですが。

 

 それではせーのでお返事しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

         せーの

 

 

 

 

 

 

      「ただいまです。はい!」

 

 




今回のお話は第4話『時雨と英雄のいる鎮守府』の裏側となりました。


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辞めさせない白露型の円卓会議 カゲロウ編

白露
歴代白露の中でも苦労人。だいたい妹達のせい。

春雨ちゃん
提督絡みでなければ割と普通の春雨。

夕立
サッポ○ポテト美味しいっぽい。

裏陽炎型
十三組の十三人(サーティーン・パーティー) 裏の六人(プラスシックス)



「第21回!白露円卓会議を始めたいと思います!」

 

 私、白露はホワイトボードの前に立ち円卓に座る騎士達に視線を合わせる。

 

 円卓(中華テーブル)に座っているのは時雨、春雨、夕立、山風の4人。山風はいつもの様に中華テーブルを回して遊ぼうとしているが何故か回転しないテーブルに一人困惑している。ガハハハ、その中華テーブルは回転しないよう私がボルトで固定しておいたのよ!大人しくアンタも会議に参加しなさい!

 

 しかし今日は特に集まりが悪いわね。5つも空席があるじゃない。というかこの会議全員が集まった試しがないわね・・・。

 

「他の皆は?」

 

「五月雨、涼風、海風、村雨は遠征に出てるっぽい」

 

「それなら仕方ないか。・・・ところで夕立、何食べてるの?」

 

 夕立は会議中だと言うのにボリボリとスナック菓子を食べていた。

 

「これ?サッポロポテ○っぽい。時雨がくれたの、白露も食べる?」

 

「食べんわ!!そうじゃなくて会議中にお菓子を食べない!」

 

 夕立を叱っていると急に山風が立ち上がった。

 

「白露ねえ、この中華テーブル壊れた」

 

「中華テーブル言うな!円卓よ円卓!あと壊れてもない!」

 

 何でこの緑は頑なに円卓だと認めようとしないのよ。お姉ちゃんに合わせてくれたっていいでしょうに。

 

「白露、江風の姿も見えないけど」

 

「あっ、江風は提督とデートに行ったっぽいよ」

 

「はい?どういうことですか?私聞いてないんですが」

 

「夕立!平気で嘘をつくのやめなさい!提督と江風はお客さんのお出迎えに行ってるだけでしょ!春雨もそのドラム缶爆弾を仕舞って!」

 

 はあ、はあ、はあ。何で始める前からこんなに疲れないといけないの・・・皆自由気まますぎる。

 

 落ち着くのよ私、この妹達がちょっと変なのは今に始まったことじゃないでしょ。それでも手綱を握ってこそ長女ってものよ。よし、一回深呼吸しましょう。すーはーすーはー。うん、もう大丈夫。

 

「では改まして第21回!白露円卓会議を始めます!」

 

 私はホワイトボードにペンを走らせる。いつもなら五月雨が書記をやってくれるが今回は欠席なので私が司会兼書記だ。

 

「今回の議題はこの3つです!」

 

①悪磨さんについて

②これからの白露型

③鹿島さん襲来

 

 ③を書いた瞬間にヒッと小さな悲鳴が部屋に響く。数秒後、声の主である夕立が声を震わせながら私に尋ねてきた。

 

「鹿島先生が・・・くるの?」

 

「その件は最後に話すね。・・・とても重要な話だから」

 

「いやだ・・・鹿島先生・・・怖い」

 

 自分の両肩を抱きしめブルブルと震えだす夕立。いや、どんだけびびってるのよ。

 

「はい、じゃあまずは①の悪磨さんについてだね」

 

 私は指示棒でペシペシと悪磨さんの文字を叩く。

 

「先日この鎮守府にせめてきた悪磨さんを名乗る謎の敵対勢力。彼女は春雨と浜風の二人が協力して沈めた・・・そう言う事になってたはずだよね?」

 

 私はジトっと春雨を睨む。

 

「年末の母なる深海棲艦発見騒動。あれは何だったのかな~?ねえ?春雨さん?」

 

「何のことでしょう」

 

 しれっと嘘をつく春雨。こやつ姉に平気で嘘をつくか。

 

「しらばっくれない。母なる深海棲艦に化けてたのは悪磨さんだったじゃないの。何でピンピンしてるのよ、しかも提督の脱走に加担してるなんて」

 

「・・・沈めてませんので」

 

「だから何でよ」

 

「私が大型ドラム缶爆弾を取り出したところで司令官に止められました。その後、艦載機越しに司令官と通信した彼女は憑き物が落ちた様に艤装を解除したんです。何を話していたのかは分かりませんが」

 

「何それ。提督の説得が通じたってこと?ますます分からないわね。時雨は何か知ってる?」

 

「僕も知らないよ。提督に聞いてみたけどはぐらかされちゃった。ただ、悪磨さんはもう敵ではないって言ってたね」

 

 うーん皆詳しくは知らないってことね。これは後で提督を問い詰める必要があるわね、敵ではなくなったと言っても春雨を追い詰めた不確定因子を放置しておくことはできないし。

 

「りょーかい、悪磨さんについてはあたしと五月雨で少し調べてみる。何かわかったら連絡するね。じゃー次の議題」

 

 次にわたしは②の項目を指示棒で叩く。夕立は未だに鹿島さん怖いと震え、山風はどこからともなく取り出したラチェットでテーブルを固定するボルトを外そうとしていた。あんたら会議に参加する気なさすぎでしょ。

 

「白露、これからの僕達ってどういう事ことだい?」

 

「時雨、お姉ちゃんは気づいたのよ。とんでもないことに」

 

「とんでもないこと?」

 

「提督の女の子の趣味よ」

 

「詳しく教えてください」

 

 急に春雨が立ち上がりこちらに詰め寄ってきた。落ち着きなさい。

 

「春雨、座りなさい。ちゃんと話してあげるから」

 

「座りました」

 

 私の言葉を聞くやいなや一瞬で自分の席に戻る春雨。どんだけ聞きたいのよ。

 

「こほん。私達白露型以外の艦娘には優秀で堅実な提督としての仮面を被り一定の距離を保っている彼だけど一部例外があります。それはどの艦か、時雨わかる?」

 

「・・・駆逐艦と潜水艦、あとは海防艦かな」

 

「正解。じゃあその中でも特に提督に気に入られてる艦は?」

 

「僕だね」「私ですね。はい」

 

「あんた達のその自信はどこからくるのよ・・・正解は卯月、それと山風ね」

 

「むっ、確かに司令官は卯月さんと山風によく構っていますね。海風が悔しがっていました」

 

 件の山風を見るとようやくボルトを取り外し終わったようで中華テーブルを回転させて遊んでいた。もう好きにしなさいな。

 

「そうね、では彼女達とあたし達で何が違うのか・・・それは」

 

「「それは?」」

 

「保護欲を掻き立てられるかどうかよ」

 

「「???」」

 

「なんでそんな解せぬ見たいな顔してるのよ・・・」

 

「私、保護欲を掻き起てることには自信がありますよ?恐らく守ってあげたい艦娘NO.1かと。はい。」

 

「僕も提督には大天使時雨って呼ばせ…呼ばれてるよ」

 

「あんたら正気か?」

 

 なに言ってんだこいつとでも言いたげな表情であたしを見る時雨と春雨。こいつら本気で言ってるのか。

 

「あんた達はガツガツ行き過ぎ。そういうのが提督の脱走の要因になっているとお姉ちゃんは考えてるわ。私達が提督のストレスの原因になってちゃ本末転倒よ?」

 

「私は草食系のはずなのですが・・・」

 

 いや春雨、あんたは草食系じゃなくてゴジラ系よ。しかもシンゴジの方。

 

「つまり何が言いたいかというと、私達も卯月達みたいな小動物系艦娘になりましょうって事。彼に好かれて私達とずっと一緒に居たい!って思わせることが出来ればwinwinでしょ?」

 

「まあ試してみる価値はあるかもね」

 

「私も司令官に好いて貰えるのなら文句はありません」

 

「決定ね。本日より本作戦をオペレーション:卯月と名付けます。まあ、モノは試しくらいの作戦だと思って気楽にやりましょ。あっ、あと海風と涼風を巻き込むと面倒なことになりそうなので私達3人のみで実行します。何か異議は?」

 

「ありません」「ないよ」

 

「よし、では次の議題に移ろうと思います。次は③鹿島さん襲来です」

 

「Σ! 鹿島さん・・・こわい!」

 

 夕立あんたまだ震えてたの…どんだけ鹿島さん怖いのよ。

 

「白露、別に鹿島さんが来るのに問題なんてないと思うけど。むしろ僕は久しぶりに会えて嬉しいくらいだよ」

 

「時雨、鹿島さんは遊びに来るわけじゃないのよ。私達白露型が捕獲班として相応しいか、それをテストしにくるの…裏陽炎型をつれて」

 

ザワっ

 

 裏陽炎型…その名を出した途端に時雨にあの春雨さえも息を呑むのが分かった。

 

「白露!どういうことだい!?何故鹿島さんが裏陽炎と一緒にここへくるの!?いや、そもそも実在していたなんて!」

 

 裏陽炎型。その名は私達艦娘達の間では恐怖の象徴として語り継がれている。

 

 曰く命令に背いた艦娘を消す為の組織、軍の機密情報を知ってしまった人間の記憶を末梢する為の組織、人体実験の結果作り出された改造艦娘である、等など彼女達には黒い噂が絶えない。

 

 だがそれは全て眉唾物の都市伝説、実際にはそんな組織は実在しない。昨日まであたしもそう思っていた。

 

「あたしも信じられない。けど昨日鹿島さんから直接連絡があったのよ。裏陽炎をつれて貴方達をテストしに行きますって」

 

「そんな・・・どうして・・・」

 

「思い当たる節はあるわ。そうよね、春雨」

 

「・・・先月の『ホストクラブ脱走事件』ですね、はい」

 

「正解。あの時の私達は1ヶ月も提督の逃亡を許してしまったわ。恐らくそれが原因でしょうね」

 

 あの時は捜索にメディアを使ったりとかなり大事にしてしまった。その責任もあるのだろう。

 

バタン

 

 突然扉が開かれ赤い髪の艦娘が入室してきた。私達姉妹の9女である江風だ。特に怪我をしている風には見えないが何故か左腕を抑え右足を引きずっている。訳がわからない。

 

ドサッ

 

 あっ倒れた。

 

「江風ぇーーーー」

 

 急に仰向けに倒れた江風に駆け寄る夕立と山風。美しきかな姉妹愛。意味わかんないけど。

 

「ポロポロ、江風・・・誰にやられたっぽい・・・こんなに胸が小さくなって」

 

 胸?あっ確かに小さくなってる。たしかあの子改二になったら辺りからパッド入れるようになってたのよね。分かる、お姉ちゃん気持ちわかるよ。夕立とか村雨とか無駄におっきいもんね。コンプレックスを持つ気持ちすっごいわかる。

 

「江風っ!何があったの!どうして胸が小さくなったの!」

 

「ぺしぺし」 

 

 江風の右胸を掴み泣き叫ぶ夕立、ぺしぺしと左胸を叩く山風。あんたら止めてあげなさい。江風ぷるぷる震えてるでしょ。

 

「カゲロウが・・・カゲロウがでた・・・」

 

 カゲロウ!?まさかもう鹿島さんが来てるってこと!?

 

「提督が・・・攫われ・・・たガクッ」

 

 あっ死んだ。

 

「江風ぇーーー」

 

 半笑いの状態で泣き叫ぶ夕立。あんたほんと鬼ね。

 

 しかし、提督が攫われたってどういうこと?まさかもう私達を試す試験は始まっている?

 

「春雨?どこへ行くんだい?」

 

 時雨の声に反応して顔をあげると春雨が部屋から出ようとドアノブに手をかけている。

 

「決まっています」

 

 こちらに背を向けたまま話す春雨。その体からは暗黒のオーラが溢れ始めていた。

 

「司令官を取り戻しに」

 

 あっこれスイッチ入ってるやつだ。

 

「戦争です。はい」





次回は決戦!白露型VS裏陽炎型!


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【番外編】提督とまだマジでキレていない浜風さん

浜風乙改実装記念の番外編です。



浜風(12)
まだマジでキレていない頃の浜風。だが片鱗はあった。

深海妖精さん
この頃は浦島さんと呼ばれていた。


 

 

 

 暖かな春の日差しが心地良い執務室。開け放たれた窓の外からは駆逐艦達の無邪気な笑い声が聞こえてくる。そんなのどかで何だか時間の流れすらもゆったりに感じる昼下がりに俺は

 

「くたばれや浜風ぇぇぇぇぇ!」

 

 浜風と戦っていた。

 

「くたばりません」

 

 浜風は俺の放った3cm連装砲拳銃のBB弾を全て手刀で切り伏せそのまま右ストレートをぶっぱなしてきた。

 

「んな大振りが当たるか!」

 

 俺は浜風の拳をバックステップで躱し背後にあった執務机を浜風に投げつけた。

 

「危ないですね」

 

「てめぇ……机を拳で粉砕してんじゃねえぞ。後で俺が時雨に怒られるんだぞ」

 

「こんなもの投げつける先輩が悪いです」

 

 俺は3cm連装砲拳銃を、浜風は手刀を再度構える。

 

「浜風、少し大人しくしてろ。今日こそはテメエを厳重に梱包して大将の元へ送り返してやるからよ」

 

「先輩こそ大人しくしていてください。そうお時間は取らせません、天井のシミでも数えていてもらえれば直ぐ終わりますので」

 

「「……」」

 

「相容れねえな」

 

「そのようですね」

 

「なら……」「では……」

 

「「くたばれ!!」」

 

俺と浜風は再び接近し攻撃を繰り出す。互いに譲れないものがある以上拳で語るしかないのだ。

 

「司令官、浜風さん……これは一体どういうことですか?」

 

「げっ春雨ちゃん」

 

「まずいですね」

 

 いつの間にか扉を開けこちらを見ているのはピンクの魔王こと春雨ちゃん。いつもよりその髪の毛は若干白みがかっており肩をぷるぷると震わせていた。

 

「司令官、浜風さんそこに正座してください」

 

「はい」「はい」

 

 俺達を座らせた後春雨ちゃんは部屋をぐるりを見渡し、ため息をついた。部屋には粉々となった机が木屑となり書類が散乱、壁には銃弾の跡が残っている。

 

「それで?どちらが悪いんですか?」

 

「こいつです」「先輩です」

 

「……一人ずつお話を聞きます。まず司令官からどうぞ」

 

「俺が椅子に座って本を読んでいたら浜風が急に襲いかかってきたんだ」

 

 

「なるほど。では浜風さんは何故司令官を襲ったんですか?」

 

「別に襲ったわけではありません。少し指のサイズを測らせてもらおうと思っただけです」

 

「?何故指のサイズを?」

 

「……約束を守ってもらうためです」

 

「約束ですか……。そういえば司令官と浜風さんは旧知の仲のでしたね。浜風さんは司令官のご両親と親しいようでしたし・・・何があったか気になりますね」

 

「「……」」

 

「司令官?教えてくれますよね?」

 

「いや、昔のことはちょっと……」

 

「春雨がいつも司令官の為を思って掃除しているこの部屋……それを一瞬でこんな惨状にされて春雨は悲しいです。どんどん髪が白くなってしまいます」

 

「あれは俺がまだ中学生だった頃の話です」

 

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 

 中学2年の5月。新学期が始まり毎日が憂鬱な土曜日の午後。外には出たくないが何となく身体を動かしたい、そんな俺の贅沢な悩みを解決してくれる神のゲームWi○スポーツリゾートで汗を流していると突然ラブリーマイシスターかすみちゃんに尻を蹴られた。スパーンという音がリビングに木霊する。

 

「クズ兄貴、図書館行きたいから自転車だして」

 

 何だか最近傍若無人に育ってきている妹にたまにはガツンと言ってやろうかと思ったが結局妹に甘い俺は今こうしてかすみちゃんを自転車の荷台に乗せえっさほいさをペダルを漕いでいるのだった。

 

「かすみちゃん、お前もそろそろ自転車くらい乗れるようになれよ」

 

「嫌よ。そしたら兄貴が荷台に乗せてくれなくなるじゃない」

 

 そう言ってかすみちゃんは自転車特訓を拒否した。捻ているのか素直なのかよく分からない。

 

 

 

 駅前にある中央図書館は相変わらず大勢の人が集まっていた。勉強している学生、暇な時間をつぶしに来た主婦、ドラ○もんを読みに来た小学生など様々だ。

 

 そんな多種多様な人たちがいる中で一人の人物に目が止まった。銀髪でどことなく無愛想な印象をもつ女の子。綺麗な顔立ちをしておりそれだけでも目立つがその豊満な胸がさらに彼女を目立たせていた。

 

 そいつは本棚の陰から顔だけ覗かせじっとこちらを見ていたが俺が気づくとサッと顔も隠してしまった。

 

(あれ、あいつは……)

 

「知らない女の人をじろじろ見んな!」

 

 またかすみちゃんに尻を蹴られた。今回は図書館なのでスパーンと軽快な音はならないよう配慮したらしくその分鈍い痛みが俺の臀部に突き刺さった。

 

「痛ってえ……。違うんだよかすみちゃん。アレを見てくれ」

 

「アレ?」

 

 俺が指指す方向を見るかすみちゃん。先ほど銀髪の少女が顔を覗かせていた本棚の陰に顔はなく代わり胸が飛び出していた。頭隠して胸隠さず。

 

「……おっぱいね」

 

「……おっぱいだな」

 

「やっぱりいやらしい目で他人を見てたんじゃない。最低ね」

 

「いやそうじゃなくて、ほら銀髪の」

 

「銀髪?……ああ、あの人。てゆうか又なの?」

 

「ああ、又だな」

 

 実は彼女を見かけたのは今日が初めてではない。新学期になってからというものいたるところで目撃している。

 

 例えばかすみちゃんと二人ででかけた三○デパートで。例えばかすみちゃんと二人で行ったスイーツバイキングで。例えばかすみちゃんと二人で行った動物園でといった具合にどこに行っても彼女は出没するのだ。つーか俺、妹と二人で出かけすぎだな。

 

「もしかしてストーキングされてるんじゃないの?気を付けた方がいいわよ」

 

「いや、それは考え難いと思うんだけど……流石にこうも偶然が重なるとな」

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 かすみちゃんに言われたように何だが不気味な物を感じた俺は少し周囲を警戒することにした。

 

 彼女と俺は同じ中学に通っているらしく校内でも頻繁に目撃した。上履きの色から今年入学したばかりのピカピカの1年生であることが分かった。

 

 同じ学校なのだから見かけるのは当然と思っていたがよく考えると不審な点がある。

 

 俺が便所に行こうと教室から出て廊下にでると彼女はいつも廊下にいた。これがおかしい。2年である俺の教室は2階にあるのだが1年である彼女の教室は1階なのだ。毎回この廊下にいるのはおかしい。

 

 次に図書室。図書委員である俺は毎週火・金曜日の放課後は図書室に残り本の貸出の受付をしている。俺が当番の日は必ず彼女は図書室に来ていた。きっと毎日来ているのだろうと思っていたが他の委員に聞いたところ他の曜日には現れていないらしい。

 

 次に登校時。必ずと言っていいほど俺と彼女の登校時間が被っていた。いつもより早い時間に家を出ても、遅い時間に家を出ても絶対に彼女と同じタイミングで門をくぐっていた。明らかに不自然。

 

 

 今まではやけに見かけるなー、可愛い子だから俺が意識しすぎてるだけなのかなー、と思っていたがやはりおかしい。だが実害もあるわけでもないので取り敢えず放っておくことにした。というか何もできることがなかった。

 

 

 

 ある日の金曜。いつもの様に委員の仕事で最終下校時刻まで学校に残っていた俺はそろそろ戸締りして帰るかー、いやその前に便所行ってくっかなと用を足して図書室に向かっていた。

 

 図書室の扉を開けると誰かがいたようでビクっ!と体を震わせていた。驚かせてしまったらしい。

 

 

「あー悪い、もう戸締りするから出ていってもら……」

 

 俺は最後までその言葉を続けることができなかった。

 

 部屋にいたのはあの銀髪少女。足元には何故か俺のカバンが置かれておりその手には体操服が握られていた。

 

「えっとあーと、……それ返してもらえる?」

 

「!~~~~~!」

 

 俺がそう言って近づくと銀髪少女は顔を真っ赤にして全開にしてある窓に向かって走り、そのまま飛び出してしまった。

 

「まじかよ!ここ2階だぞ!」

 

 慌てて俺も窓から身を乗り出し下を見てみる。が、銀髪少女は2階から飛び降りたことなどなんでもないとでも言うように見事な着地を決めそのまま校門に向かって走り去ってしまった。

 

「わけわかんねえ……」

 

 

 

 

 

 

 次の週の火曜日、俺は銀髪少女と話をする事にした。別に放っておいてもよかったのだが流石にこのままエスカレートされると困るからだ。だが先週の奴の様子から察するに恐らく俺が近づくだけで逃げられてしまう。というわけで浦島さん(相棒)に協力してもらいとあるアイテムを作った。

 

 その名も銀髪捕獲ネット。

 

 名前とかつけて見たが別に大した物ではなく単純にネットを俺のカバンの中にセットしスイッチを入れる。スイッチが入ったままカバンのチャックを開けるとネットが飛び出し対象を捕獲するというものだ。

 

 本日火曜日の図書委員はまた俺の当番。先週と同じ様に最終下校時刻を過ぎた図書室には誰もいない……はずだ。だが奴が再び現れ俺のカバン開けていたとしたら……。

 

 捕まっていて欲しいと思う反面、捕まっていて欲しくないという思いもあった。奴がしかけにかかっていたとして正直対処に困る。ストーキングを止めろと本人に直接言うとなるとそれはそれでなかなか辛い。先週のあれは思春期特有のリビドーがたまたま限界に達していたが故の過ちで普段の銀髪は常識ある少女だと信じたかった。

 

 「……」

 

 誰もいないはずの図書室の扉の前に立ち深呼吸をする。ふー、よーし、いくぞ。いっせーの!!

 

 ガラガラ 勢いよく扉を開け部屋にはいる。

 

「……誰もいないか」

 

 あるのは部屋から出る前と何ら変わりなく置かれている俺のカバンだけ。何だか肩透かしをくらった様な気になったがこれでいいのだ。

 

 俺はテーブルに置かれているカバンを右肩に掛けそのまま帰宅した。なんだかカバンが少し軽くなった様な気がしたがきっと少し安心して肩の荷が降りたからなのだろう。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 その日の夜、何故か急に料理に目覚めたかすみちゃんの作った夕食を食べた俺は自室でぶっ倒れていた。別に不味かったわけではない、普通に美味しかった。が量がおかしかった明らかに家族4人で食べられる量ではなかった。だけど

 

「兄貴……残しちゃうの?」

 

 ラブリーマイシスターかすみちゃんにそう言われてしまえば残す等という選択肢が俺にあるはずもなく兄のプライドをかけ完食した。おかげで現在ベッドから動けずにいる。

 

Prrrr

 

 うーんうーんをうなされていると俺の携帯に着信があった。画面を見ると知らない番号、だが最初の3つの数字から相手も携帯からかけてきていることが分かった。

 

(誰かが番号変えたのか?)

 

 そう思い俺は電話に応答した。

 

「もしもし?誰だ?」

 

『……』

 

 返事はない。だが息遣いは微かに聞こえる。

 

「イタ電なら切るからな」

 

『私です先輩』

 

「いや、誰だよ」

 

 俺の事を先輩と呼ぶ人間は委員会の下級生くらいだが生憎と連絡を取り合う様な仲のやつはいない。

 

『浜風です……』

 

「いや、知らねえよ」

 

『先週の金曜日に図書室で先輩のカバンを漁りました』

 

「……銀髪か」

 

『多分それです』

 

 驚いた。まさか向こうから直接電話してくるとは、何だか声も暗いしあれから気にしていたのかもしれない。

 

「なんだ、先週の謝罪か?別にもういいぞ、反省してるみたいだし」

 

 何で俺の携帯の番号知ってんだとか気になる点はあるがまあいいそれも目を瞑ろう。

 

『いえ、謝罪ではなくお願いが……』

 

「色々言いたい事はあるけど先に聞くだけ聞いてやる」

 

『ありがとうございます。えっと、その・・・先ほど先輩のカバンを開けたら中からネットが飛び出してきまして・・・解けないんです』

 

「はあ?カバンなら今俺の目の前にあるぞ?」

 

『それ本当は先輩のじゃありません。私がすり替えました』

 

「うっそだろお前……」

 

 俺は慌ててカバンを開け中身を確認する。中身はいつもと変わらず俺の筆箱とお菓子が入っているだけだ。教科書の類は全て学校においてきている。一見、俺のカバンの様に見えるが言われてみれば確かに細かな点が違うように見える。なんというか汚れ方が不自然というか新品のカバンを故意に汚したような違和感、何より俺が仕掛けたはずのネットが入っていない。

 

『すみません……ネットが解けないんです。助けてください』

 

「……今から向かうから住所教えろ」

 

 

 




お久しぶりです。
なんだか続きがありそうな終わりになりましたが続きません。浜風編は番外編という形でたまに話の合間に差し込めたらなと考えています。


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提督と春雨と暗躍する者

前回のあらすじ

提督が攫われる→春雨ちゃん激おこ








 私が司令官と初めて出会ったのは鎮守府の執務室ででした。

 

 司令官は何故かロープで天井から吊るされ、その横では時雨姉さんが腕を組んで仁王立ちしていたのです。

 

 意味が分かりませんでした。普通の艦娘ならばきっと、見なかった事にしてそっと扉を閉めて立ち去るような異様な光景です。

 

 ですが私はその二人から目を離すことができませんでした。

 

 仁王立ちしている時雨姉さんを見ると何故だか懐かしさと嬉しさが私の胸を満たし、やがて涙となって頬を伝いました。

 

 どうして私は泣いているのでしょう?時雨姉さんとはいつも一緒に居るはずなのに何故こんなにも懐かしく感じるのでしょう?不思議です。

 

 時雨姉さんを見ていられず、私は吊るされている司令官の方へ視線を移しました。すると今度は切なさと経験したことの無い不思議な感情が私の胸を縛り付け、心がキュウキュウと悲鳴をあげました。

 

 司令官とは初対面のはずなのにどうしてこんなにも心が痛むのでしょう?そもそもどうして私は彼が司令官だと知っていたのでしょう?

 

 

 なにも、なにも分かりません。

 

 

『なあ時雨、お前に賄賂があるんだ』

 

『受け取らないよ』

 

『まあそう言うな。後ろを見てみろ』

 

 そんな二人の意味の分からないやり取りの後、時雨姉さんが私の方へ視線を移しました。

 

『春…雨?』

 

 時雨姉さんは一瞬、信じられないものを見たという表情を浮かべました。ですが直ぐに私を抱きしめわんわんと泣き出してしまいました。

 

 

 

どうして時雨姉さんは泣いているのでしょう?

 

どうして私は泣いているのでしょう?

 

やっぱりなにも分かりません。

 

 

 

 時雨姉さんの向こう側で吊るされている司令官の顔が見えました。司令官は何も言わず、ただ泣きじゃくる私達を優しそうな目で見守っていました。

 

 なんにも、なんにもわかりません。何が分からないのかすら分かりません。ですが私はただ一言、

 

 

 ありがとうございます、司令官。

 

 

 初めて会ったはずの名前も知らない司令官に向けて、心の中でお礼を言いました。

 

 

 

 

 

 

 

『春雨!!一人で先に行かないで!ここはもう危険海域なんだよ!姫や鬼だっているかもしれないでしょ!』

 

 耳に付けている無線機から白露姉さんの声が聞こえました。ですが言葉の意味が理解できません、脳のリソース全てを司令官捜索の為に使っている私には、姉さんの言葉はただ邪魔な騒音でしかありませんでした。

 

「うるさい!!」

 

 無線機を引きちぎって海に投げ捨てます。聴覚という貴重なリソースを奪われる訳にはいかなかったからです。

 

「司令官、司令官、司令官」

 

 司令官が連れ去られてから既に2時間、どんなに海を走っても走っても司令官を攫った船を見つけることができません。もしかしたら私は見当違いの方向へ進んでいるのかもしれない、そう考えると焦りがどんどんと肥大化していきます。だけど今から進路を変えても鹿島さん達の乗る船に追いつけるとは思えず、私はただ進むことしかできませんでした。

 

「ガァァァァァ」

 

「邪魔です」

 

 突如海の中から現れた駆逐イ級をパンチで沈めます。返り血で私の髪が赤く変色してしまいました。

 

 一体何隻沈めたのかもう分かりません。初めから数えてもいません。

 

 ここまで現れた深海棲艦は全て迅速に対処することができています。ですが砲撃やパンチを繰り出すたびにその反動で私の速力が低下し、苛立ちを増長させました。

 

 

 ジャボン

 

 

 そんな音と共に海面に大量の駆逐イ級が現れ私に砲口を向けました。ざっと見ただけで20隻はいます。

 

「邪魔するなあああああああ!!」

 

 私は1000ℓ準特型ドラム缶爆弾をイ級の群れに投げつけます。瞬間、ドラム缶は爆破し、イ級を火炎の中に飲み込み、爆風で私の体も吹き飛ばしました。

 

「ぐう…」

 

 海面を四度ほどバウンドさせられ、私は元居た地点から20mほど後退させられました。ですがあの数の敵を一体づつ相手取るよりはこちらの方が時短になったはずです。

 

「早く…行かないと」

 

 立ち上がると右肩からミシッと艤装の軋む音が聞こえました。後ろを向いて確認すると中破と小破の中間くらいまで損傷しています。

 

「お前はいっつも怖い顔しているク魔ね」

 

「!?」

 

 先ほどまで誰もいなかったはずの前方から不意に声が聞こえました。驚き、前方へ視線を戻すとそこには最悪の相手が気味の悪い笑みを浮かべて立っていたのです。

 

「悪磨さん…」

 

「久しぶりク魔ね。クソ提督に騙されて始まりの深海棲艦に化けてお前らの相手をした時以来ク魔」

 

 数ヶ月前に『デビル型軽巡洋艦 悪磨さん』を名乗り私達の鎮守府を強襲した謎の艦娘。あの時は私と浜風さんとで協力し、なんとか追い返すことができましたが、今の負傷した私では彼女に勝つことはできないでしょう。

 

「今貴方の相手をしている暇はありません。どうしてもというのであれば後日、鎮守府を訪れてください、私は逃げませんから」

 

 そう言い、私は悪磨さんの横を通り先へ進もうとします。ですが悪磨さんは私の肩を掴み静止させました。

 

「待つク魔、そんなボロボロの状態でこの先に?しかも一人で」

 

「貴方には関係ありません」

 

 私の肩を掴む腕を振り払い悪磨さんを睨みつけます。

 

「あーあ、そんな態度で良いク魔か?私、お前のとこの提督の居場所を知ってるク魔よ?」

 

「えっ!?」

 

 私が先ほどまでとは打って変わって感情をむき出しにした表情を浮かべると、何がおかしいのか悪磨さんはニヤニヤと満足したように笑いました。───失態だ───そう思いました。ですが今の私は相手が何者であろうとも縋り付きたい、それほどまでに焦っていたのです。

 

「条件しだいでは手を貸してやってもいいク魔」

 

 それがたとえ、悪魔であろうとも。

 

 

 

 

「まあまあ、そんな警戒しないで。ゆっくりくつろいでください。あっ、いま紅茶淹れますね」

 

「いや、ぜんっぜん状況が分かんないんですけど」

 

 数時間前、江風と共に海岸を歩いていた俺は突如現れた黒マント4人に襲われた。江風は奴らの手刀により一撃で意識を刈り取られ、その直後に俺も意識を失った。気づけば見知らぬ船に乗せられており、目の前にはかつての恩師である鹿島が座っていた。

 

「いきなり攫った割にはロープで縛ったり拘束したりしないんですね」

 

「そうですね、まあこの海のど真ん中ではどうせ逃げられないでしょうから」

 

 そう言いながら鹿島は俺の目の前のテーブルに紅茶を置き、対面の席へと座った。

 

「今回貴方にここへ来てもらったのにはちゃんと理由があります」

 

「なかったらビックリですよ」

 

「茶化さないで。そうですね、色々と詳細は伏せますが上から指示がありまして」

 

「指示ですか…俺は昔みたいに教育的指導(力)でもしに来たのかと思いましたよ」

 

「指導されるような事をしているんですか?」

 

「とんでもない、品行方正です」

 

 本当はこの数年でかなりやらかしている。『悪磨さん』の轟沈虚偽報告、度重なる脱走、出撃拒否、ホストクラブでのあれこれ、江風と飛龍の件、どれか一つでも彼女の耳にはいれば指導の対象となることだろう。軍のお偉いさんにどれだけ目をつけられようがどうでもいいが彼女の怒りを買うのだけは未だに恐ろしい。

 

「で、その指示ってのはなんです?白露達の同伴なしで外へ出ると俺が怒られるので手短にお願いします」

 

「指示は二つです。一つは貴方のところの春雨さんの戦力を計ることです」

 

「春雨ちゃんの?」

 

「はい、数ヶ月前に現れた謎の敵対勢力『デビル型軽巡洋艦 悪磨さん』。彼女の襲撃によって多数の鎮守府が被害を受けました。あの大将と呉の連合艦隊が大破撤退させられるほどです」

 

「ありましたね、そんなの」

 

「その悪磨さんを沈めた春雨さんの戦力を計ってこいというのが上からの指示です」

 

 嫌な汗が頬を伝った。春雨ちゃんは一度沈み、深海から復活することで強大な力を手に入れた艦娘だ。だが俺は訳あって彼女が一度沈み深海棲艦となっていた事を秘匿している、そのことは春雨ちゃん本人にすら伝えていない。艦娘=深海棲艦だと知られると都合が悪いからだ。

 

「いやいや、それは違いますよ。確かに悪磨さんとの戦いでは春雨ちゃんも尽力してくれましたがあくまでもサポート役としてです。主戦力として奴を倒したのは浜風ですよ。アイツの優秀さは鹿島先生も知ってるんでしょう?」

 

「浜風さんは確かに優秀でした。それでも連合艦隊と単艦で渡り合うような敵を倒せるほどではありません。彼女はあくまで普通の駆逐艦です」

 

「…春雨ちゃんが普通じゃないみたいな言い方ですね」

 

「それを調べに来たんですよ。外を見てください」

 

 そう言うと鹿島先生は窓を指差した。窓の外では2隻の艦娘が海面を並走しているのが見える。

 

「彼女達はチーム裏陽炎、現在組員である6人全員でこの船を囲んでいます」

 

「裏陽炎!?実在していたんですか!?」

 

「ええ、噂通り戦闘力はかなりのものです…が如何せん問題児ばかりなのであまり表だった運用はされていません。そのせいで都市伝説みたいなモノまで生まれてるようですね」

 

 海面を走る裏陽炎の一人に見覚えのある顔があった。アレは確か俺と江風を倒した奴だ。なるほど、戦闘力が高いというのは本当らしい、油断していたとはいえあの江風を一瞬で倒したんだからな。

 

「貴方を攫ったのは春雨さんとあの裏陽炎達を戦わせる為です。貴方がここに居れば春雨さんは追いかけてくるのでしょう?」

 

「なるほど」

 

 納得はできたが正直不安だった。裏陽炎の強さがどれほどなのかは分からないが春雨ちゃんを怒らせてはたして無事でいられるのか。なんならこっちまで火の粉が降りかかってくるのではないかと思ったからだ。

 

「もう一つの指示ってのはなんです?」

 

「貴方と少しお喋りするように言われています。テーマは深海棲艦四つの謎について」

 

「深海棲艦四つの謎?それって…」

 

「はい長年深海棲艦と戦争をしてきた我々ですが未だ解明できていない四つの謎についてです。

①深海棲艦とは何者なのか。

②奴らはどうやって個体数を増やしているのか。

③奴らを轟沈させると希に艦娘の艤装を落とす、いわゆるドロップが発生するのは何故か。

④そもそも深海棲艦の目的とはなんなのか

この四つについて鉄底英雄と呼ばれる貴方の意見を聞かせてください」

 

「そんなの俺が知るわけないでしょう。買いかぶりすぎです」

 

「どう考えているかで結構です。まず①深海棲艦とは一体何者だと思いますか?」

 

「…地底人とかUMAとかその類でしょう」

 

「なるほど。では②、奴らはどうやって個体数を増やしているのか。過去に捕獲した戦艦ル級を解剖したところ奴らに生殖機能がなかったことはご存知ですね?」

 

「そのくらいは知ってますよ。てか②についてはもう結論が出てますよね?『母なる深海棲艦』とかいう女王アリのような個体がいてそいつが子を産んでいる…でしょう?」

 

「本当にそう思いますか?」

 

「?」

 

「深海棲艦には駆逐イ級、戦艦ル級、姫級、鬼級、他にも多様な種類が確認されています・・・がどの個体も一様に形態が異なります。本当に全てが『母なる深海棲艦』から生まれた“兄妹”なのでしょうか?」

 

「何が言いたいんですか」

 

「…次に③です。何故奴らを倒すと艦娘の艤装をドロップするのか」

 

「…奴らが沈んだ艦娘の艤装を奪っているからです」

 

「本当に?」

 

「はい?て言うかさっきから何なんですか、これじゃあ議論というより鹿島先生の考えを俺に押し付けてるだけじゃないですか」

 

「…先ほどの②、深海棲艦に個体差があるという話と③、何故深海棲艦が艦娘の艤装を持っているのかという謎…この二つから成り立つ仮説は『沈んだ艦娘を艤装ごと深海棲艦に改装している』…くらいですよね?」

 

 また冷や汗が俺の頬を伝った。心臓がバクバクと俺に警笛をならしているかのようなほど喧しく振動する。俺はここに来てようやく理解した。鹿島先生は俺と議論をしに来たのではない、『お前が何か隠してるのは知ってんだ。さっさと白状しろ』とそう伝えに来ているのだ。

 

 俺のそんな様子を見て鹿島先生は何かを確信した様にニヤリと笑い、また口を開いた。

 

「ところで鉄底さん、貴方のところの春雨さんって誰かに似てますよね?例えば…大将さんのところで沈んだ春雨さんと」

 

 

どーーーーーーーん!

 

 

 鹿島先生が決定的な言葉を口にする途中、突如として爆発音が船内に鳴り響き彼女の言葉を遮った。音の方へ顔を向けるとさっきまでそこにあったはずの壁が吹き飛び粉塵が舞い上がっていた。

 

「しっれいかーーーーーん!!」

 

 粉塵の中から真っ白な髪の少女が飛び出してきた。少女は俺に抱きつき司令官、司令官と何度も俺を呼ぶ。

 

 状況がわからず鹿島先生へと視線を向けると彼女もまた困惑した表情を浮かべていた。

 

「嘘、もう追いついたんですか?というか外の裏陽炎さん達は…」

 

「全部そこの春雨が瞬殺したク魔。外でぷかぷか浮いてるク魔よ」

 

 粉塵の中からまた一人姿を現した。そいつは少し前に海軍を騒がせた最悪の問題児。

 

「偽球磨ぁ・・・お前なにやったんだよ・・・」

 

「偽球磨ゆーな、悪磨さんと呼べク魔。私はなにもしてない、ただそいつの道案内をしただけ」

 

 偽球磨はそう言って未だ俺に抱きついて泣き続ける春雨ちゃんを指さした。

 

「鉄底さん」

 

 鹿島先生が俺を呼んだ。その声は俺の教導艦だった頃と同じか、それ以上に低いものへと変わっており俺のトラウマを刺激する。あっ、これお説教される奴だ…と感づいた。

というか恐らくお説教では済まない、軍を襲撃した敵対勢力『悪磨さん』が轟沈したと虚偽の報告をしたことがバレたのだ。なにをされるのか想像もつかない。

 

「やっぱり色々隠していたみたいですね。色々聞きたいことはありますが…それは今度にしましょう」

 

「へ?」

 

 どんな教育的指導(力)がくるのか…と怯えていた俺にかけられた言葉はそんな拍子抜けするものだった。

 

「ここにいると春雨さんに何されるか分かりませんから」

 

 そう言って鹿島先生はスタスタと大穴の空いた壁の方へと歩いていく。恐らくはそのまま海へ降りて自身の艤装で本部にもどるつもりなのだろう。

 

 助かった…そう安堵の息を吐くとピタリと鹿島先生の足音が止まった。

 

「一つ、これだけは聞いておくように言われていたのを忘れていました」

 

 鹿島先生はこちらへ顔を向けることなく言葉を続ける。

 

 

 

 

「貴方、カメ型の深海棲艦を見たことはありますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

「悪磨さん、只今帰投したク磨☆」

 

 私が与えられた任務を終え、アジトへと帰投すると中で待っていたのは海軍から空母ヲ級と呼称されている深海棲艦だけだった。ヲ級は持っていたティーカップをソーサーの上に置くとゆっくりと私の方へ体を向け口を開く。

 

「あら、おかえりなさい」

 

「ただいまさん!天津風はお出かけ中?」

 

「彼女もお仕事ですよ、貴方はちゃんと自分のお仕事を完遂できましたか?」

 

「あったりめぇだク魔。ちゃーんと大将の奴とのアポイントメントの約束を取り付けてきたク魔よ」

 

「流石ですね、貴方はやれば出来る娘だと信じてましたよ」

 

 ふっふっーんと得意げに胸を張ってみた。ヲ級から褒められたのなんていつぶりだろうか。

 

「それで、約束の日時はいつですか?」

 

「あ…決めてくるの忘れたク魔」

 

 私がそう答えるとヲ級はこめかみを抑えヤレヤレといったポーズをとった。このポーズも見慣れたもので馬鹿にされているのは分かっているが不思議と腹は立たなかった。褒められるより余程しっくりくる。

 

「あなたって人は・・・まあいいです。悪磨さん、私は先に出撃しますので直ぐに追いかけてきてください」

 

「えっ!?今から行くク魔!?私帰ってきたばっかなんだけど!」

 

「我慢してください、貴方のミスなんですから。このままアポの約束をなかった事にされてはたまりません」

 

「マジかー……まっしゃーないク魔ね…すぐ用意しま~す」

 

「では私は先に行っていますので」

 

 ヲ級はそういうと艤装を展開しながら隠れ家の外へと向かっていく。展開された艤装は黒マントに異様に大きな帽子といった如何にも深海棲艦といった姿だ。

 

 ヲ級は完全に艤装を展開し終えると手に持つ杖を鉄底鎮守府がある方角へと向け、いつものように出撃時の口上を叫ぶ。

 

 

 

 

 

「空母ヲ級改め(あらため)『おーちゃん』抜錨、出撃します!」

 



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提督と春雨とB級サメ映画

春雨ちゃん
趣味はサメ映画鑑賞。

夏鮫ちゃん
イルカ。

秋鮫ちゃん
秋刀魚。

冬鮫ちゃん
しゃけ。




「司令官!一緒にサメ映画を観ましょう!」

 

 季節は夏真っ盛りの八月。肌にまとわりつくような暑さと喧しい蝉の鳴き声がにうんざりしていると、大量のDVDディスクを抱えた春雨ちゃんが執務室へと押しかけてきた。

 

「まだ観たりないの?こないだデスマーチ(サメ映画20本観終わるまで寝かせません)やったばっかじゃん…」

 

「もう先月のお話ですよ!一ヶ月の間にサメ映画はどんどん新作が出ているんです!このままだと積みサメ映画になっちゃいます!はい!」

 

 白露型の五番艦にして我が鉄底艦隊最高戦力『駆逐艦 春雨』。彼女は無類のサメ好きだった。自身のペットであるイルカには夏鮫、秋刀魚には秋鮫、鮭には冬鮫といった名前をつけるほどだ。サメの何が彼女をそこまで魅了するのか…それは彼女にしか分からない。

 

「また今度にしない?今日はそういう気分じゃないし…」

 

「え…」

 

 俺がそういうと春雨ちゃんは両手いっぱいに抱えていたDVDディスクをぼとぼとと床へ落とし、しゅん…と落ち込んだ表情を見せる。

 

「そうですよね…司令官は私みたいな髪がピンクになったり真っ白になったりするような変な艦娘とは映画鑑賞なんてしたくないですよね…」

 

「いや、そういう意味では」

 

「この前のお正月だってせっかく司令官のお家に遊びに行ったのに私達を置いてホストクラブで働いてましたもんね…春雨と一緒は嫌なんですよね…」

 

「いや、アレは春雨ちゃんが嫌いとかじゃなくてただ脱走しようと…」

 

「私みたいに海防艦の娘達から駆逐棲姫と間違われるような艦娘いるだけ迷惑ですよね…」

 

「もう分かったから!サメ映画観ます!一緒に観させてください!」

 

 そう言った途端、春雨ちゃんの白くなっていた髪はいつものピンク髪に戻り太陽のような笑顔を俺へ向けた。

 

「本当ですか!?嬉しいです!今から用意しますね!」

 

 春雨ちゃんは執務室の窓を全て閉め、エアコンの電源を入れる。次にいつもランドセルのように背負っているドラム缶を床に置くと、その中からテレビモニター、お菓子、飲み物を取り出しあっという間に場を整えた。

 

「司令官、用意が出来ました。ここに座ってください」

 

 テレビモニターの前に一枚だけ置かれた座布団を指さす、俺は誘われるがままにそこへ胡座をかいて座った。

 

「では失礼しますね」

 

「おう」

 

 春雨ちゃんは胡座をかく俺の脚の上に腰を下ろした。まだ冷房の効いていない室内で春雨ちゃんの体温が直接伝わってきたが不思議と不快感はなかった。

 

「今日は沢山面白そうなのを持ってきました。まず初めに上映するのはこれです!」

 

 そう言いながら春雨ちゃんは空のパッケージを俺に見せてくれた。パッケージには『シャークネード』とでかでかと書かれたタイトルと共に、イカついサメの姿が描かれたいた。

 

「へー、サメ映画にしては何だか柔らかな印象のタイトルだね。どんな内容なの?」

 

「サメが竜巻に乗って陸地まで飛んで来て人々を襲うみたいです!シャーク(サメ)トルネード(竜巻)にちなんで付けられたタイトルみたいですね!」

 

「ごめん、ぜんっぜん春雨ちゃんがなにを言ってるのか理解できない」

 

 俺は頭を抱えた。今日の春雨ちゃんセレクションもやはり俺の理解できる範疇を大幅に飛び越えているようだ。

 

「観れば分かりますよ、はい!」

 

 そう言い、春雨ちゃんはうきうきとしながらリモコンの再生ボタンを押した。

 

 

〜2時間後〜

 

 

「面白かったですね!!」

 

「いや、やっぱ何一つ意味が分からなかったんだけど」

 

 映画は終始意味がわからずツッコミどころ満載の内容だった。むしろツッコミをして楽しむのがこの映画の見所なのではと錯覚してしまう程だ。

 

「その訳の分からなさもサメ映画の醍醐味ですよ!でも空飛ぶサメさんは可愛かったですよね!」

 

「可愛い…?」

 

「夏鮫も竜巻に乗せたら空を飛べたりするのかな…」

 

「やめたげて」

 

 

 

 

 

 

「次の映画はこれ、『ダブルヘッドシャーク』です!」

 

 

「それはどんな映画なの?」

 

「一つの体に二つの頭を持つサメさんが次々と人々を襲う映画です!見てくださいこのパッケージの鮫!すっっっごく可愛いです!」

 

 

 

 

〜2時間後〜

 

 

 

「なんでサメ映画のサメって当たり前のように陸地まで攻めてくるんだろうな」

 

「陸でビチビチするサメさん可愛かったですね!」

 

「あっ、うんそうだね」

 

 二本目の映画を観終え、俺はかなり疲労していた。B級映画特有の超展開を受け入れることができず毎度毎度心の中でツッコミを入れ続けていたからだ。ここは1度休憩を挟み、体力を回復したたかったが春雨ちゃんは間髪入れずに次のディスクを取り出した。

 

「次はこちら、『トリプルヘッドシャーク』です!」

 

「増えてる!?」

 

「ちなみにファイブヘッドまであります」

 

 正直これ以上はサメ映画を観たくなかった。だけど嬉しそうにサメ映画のパッケージを俺に見せながら映画の解説をしている春雨ちゃんを見ているとその場から逃げ出すこともできず、もう少し付き合ってやるか…と優しく膝に乗る春雨ちゃんの頭を撫でた。

 

 

 

 

「あれ…?」

 

 目を開けると部屋が少し暗くなっていた。窓へと目をやるといつの間にか太陽が傾き夕日となって部屋を照らしていた。

 

「寝ちまってたのか…」

 

 腕時計を見ると時刻は19時を示していた。最後に時間を確認したのは確か15時だったから約4時間も眠っていたことになる。

 

「ごめん春雨ちゃん、寝ちゃってたみた…あれ?」

 

 4時間も放置してしまった事を謝罪しようと膝の上に座る春雨ちゃんに声をかけようとする…がスースーと聞こえる寝息に気づいて俺は言葉を引っ込めた。

 

「珍しいな春雨ちゃんが映画を観ながら寝るなんて…昨日の鹿島先生の件で疲れてたのか?」

 

 滅多に見られない春雨ちゃんの寝顔を眺めていると彼女の身体がブルブルと震えているのに気がついた。確かに冷房を低めに設定してあるので睡眠中の体温が下がっている状態では肌寒さを感じてしまうのかもしれない。

 

 俺はエアコンのリモコンを取りに行くために、一度春雨ちゃんを膝の上から降ろそうとした。だが彼女の両手は皺ができるほどの力で俺のズボンを握り締めており、引き剥がすことはできそうになかった。

 

「しれいかん…」

 

 引き剥がすのを諦めると春雨ちゃん小さな声で呟き、俺の膝の上で猫のように丸まった。俺は少しでも彼女を温めてやろうと制服を脱ぎ、布団代わりとして春雨ちゃんの体に掛けてあげた。

 

 不意に窓の外からツクツクボウシの鳴き声が聞こえた。俺は春雨ちゃんの頭を優しく撫でながら夏の終わりを告げる虫の鳴き声に耳を傾ける。

 

「八月ももう終わりだな…」

 

 鉄底英雄と呼ばれるようになって二度目の夏が終わりを迎えようとしていた。カメとの約束の日まで残り一年、それまでに膝で眠る少女や時雨、他の艦娘達の前から姿を消さなければならない。

 

 別に寂しいとは思わない。確かに彼女達と過ごした時間は楽しいものだったがいずれにせよ別れは来るのだ。今回はそれが少し早いだけ。だから俺は寂しいとは思わない。

 

 だけど────俺が居なくなった鎮守府で彼女達はどんな表情を浮かべるのだろう?そんならしくもないことを考えるとすこしだけ胸が痛んだ。

 



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提督と時雨とサブリミナル

時雨
なんだかんだ提督に甘い。
艦これ二期主人公説が濃厚になり少し浮かれている。

春雨ちゃん
趣味はB級サメ映画鑑賞。
鎮守府内でダブルヘッドシリーズを布教する彼女の姿がしばしば目撃されている。

夏鮫ちゃん
春雨ちゃんのペット。

マジギレ浜風さん
鎮守府ぶっちぎりのヤベー奴。最近では春雨ちゃんですら少しひいている。








「時雨!うしろ!」

 

 夕立の声に反射的に反応しその場にしゃがみこむ、直後コンマ5秒前まで僕の頭があった場所をビュンという音と共に不知火の長い脚が風を切り裂いた。

 

「くっ!」

 

 僕はしゃがんだ体勢のまま左手を軸に回転し背後から蹴りを放った不知火の足を払う。不知火を倒しても息をつく暇はない、今度は正面から山城が僕の鳩尾に向かって掌底を放ってきた。僕はすんでのところでそれを躱すと山城の勢いをそのまま利用し彼女を背負い投げる。

 

「時雨、大丈夫っぽい!?」

 

「うん。ありがとう夕立、助かったよ」

 

 駆け寄ってきた夕立と互いに背を預け合いながら辺りを見渡す。周囲には山城や不知火の他にも沢山の艦娘達が僕達を捕らえる為にじわりじわりと迫ってきていた。仲間である筈の僕達を見つめる彼女達の目はどことなく虚ろで理性を感じ取れない。

 

「時雨!みんなどうしちゃったの!?なんで仲間のはずの私達を襲うの!?」

 

「分からない……分からないけどここで捕まる訳にはいかない。一旦逃げよう!」

 

 僕は夕立の手を掴み時雨艤装の第三スロットから照明弾を取り出し、それを最も包囲網の薄い場所に向かって投げつけた。

 

 

□□□

 

 

「なんとか逃げ切れたっぽい……」

 

 僕と夕立は照明弾で皆の目をくらました隙をつきなんとかその場の逃走に成功した。現在はとりあえずの避難場所として夏鮫の住処である海沿いの洞窟に避難していた。

 

「時雨、なんで皆は私達を襲ってきたの?それに山風は何処に連れて行かれたぽっい?」

 

「……」

 

 僕は夕立の不安げな問いに応えることができない、あまりに突然の事態で本当に何も分からないのだ。

 

 今から30分前、遠征から帰投した僕と夕立、そして山風を待っていたのは大勢の仲間達だった。そんな長い遠征でもなかったのに出迎えなんて大袈裟だよと笑いながら僕は皆にただいまと声をかける。

 

 その直後だった、僕達を迎えたのはおかえりという言葉ではなく仲間達からの無慈悲な攻撃だった。

 

 驚きながらも僕と夕立はなんとか初撃を躱すことに成功したが山風は複数人に取り押さえられそのまま何処かへ連れて行かれてしまった。

 

 山風を救おうと試みたが多勢に無勢、僕らは撤退を余儀なくされ今に至る。

 

「夕立達、皆を怒らせちゃったっぽい?」

 

「いや、そうじゃない。そもそも皆の様子がおかしかった。夕立、皆は君にどんな攻撃を仕掛けてきた?」

 

「どんなって……鳩尾にむかっての掌底とか関節技とか……」

 

「だよね、僕に対してもそうだった。まるで僕達を倒すことが目的じゃなくてただ無力化するのが目的みたいな……、山風も連れて行かれはしたけど実際には手足を押さえられだけで怪我はしていなかった」

 

「……つまりどういうことっぽい?」

 

「多分みんなは……提督に洗脳されてる」

 

「洗脳って……提督さんはそんなことできないっぽい」

 

「どうやったかは分からない、だけどそうとしか考えられないんだ。仮に深海棲艦がこの鎮守府を乗っ取ってみんなを洗脳したのだとすればわざわざ駆逐艦の僕達を無傷で捕獲する必要がない。もう充分な戦果を上げているんだからそのまま沈めて仕舞えばいいんだからね」

 

「人間……悪い人が忍び込んだ可能性はないの?」

 

「夏鮫、僕達が遠征に行ってる間にだれかこの鎮守府にやってきたかい?」

 

 夏鮫は僕の問いに海水の中に顔を沈めたまま背鰭を左右に振り僕の言葉を否定する。夏鮫はこの鎮守府近海の主だ、もしも提督や艦娘以外の人間、もしくは深海棲艦が接近すれば直ぐにそれを察知できるはずだ。だがその夏鮫も知らないというのならば侵入者がいるという線は限りなく薄い。

 

「つまりこれは提督の脱走作戦なんだと思う。方法は分からないけど提督はみんなを洗脳、さらに洗脳した艦娘を使って僕達を捕獲して鎮守府から脱走しようとしているんだ」

 

「なら急いで提督さんを捕まえに行かないと!このままだともう二度と会えなくなっちゃう!」

 

 慌てて洞窟から抜け出し提督の元に向かおうとする夕立を止める。このまま無策で行っても洗脳された仲間たちに捕まってしまうだけだ。

 

「いいかい、夕立。鎮守府のみんながどれだけの人数洗脳されているのかは分からない。さっき僕達を襲ってきた娘だけかもしれない、だけどその逆、僕達以外全員ということだって考えられるんだ。だから白露や村雨……春雨だって敵ということも充分有り得る。山風も今頃は……」

 

「そんな……」

 

「もう提督を止められるのは僕達二人しか居ないかもしれない。ここは慎重に動こう」

 

「ぽい……」

 

「どういう手段を使ったのかは分からないけど僕達でとっ捕まえて懲らしめてやるんだ」

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「ありがとう夏鮫、ここまでで大丈夫。あとは僕達だけで行くよ」

 

 洞窟を出た僕達は夏鮫の背に乗り鎮守府の裏手へと移動した。艤装を展開することも出来たがそうすれば大きな音が発生し、見つかる危険性が高まるのでそれは控えた。

 

「このまま提督さんを捕まえにいくのよね。何処にいるか分かるっぽい?」

 

「ああ見えて提督は用心深いからね。きっと僕達を捕まえるまでは執務室に籠城してると思うんだ」

 

「ぽい!ならとりあえずの目標は執務室ね。夕立、いい道を知ってるから付いてきて欲しいっぽい」

 

「いい道?」

 

 夕立の誘導に従って僕は食堂の裏手へと向かった。道中何人かの艦娘と遭遇したが正門付近と比べると明らかに人数が減っており、僕ら二人だけでもなんとか切り抜けることができた。

 

「ここっぽい!」

 

 案内された食堂の裏手にはやはりというべきか何もない、あるのはどこにでも常設されているような20型消火器が二本だけだった。

 

「この消火器の下に隠し通路があるっぽい!」

 

 夕立は消火器を退かすとその下にあった1m×1m程の鉄板に手をかけて持ち上げる。するとその下から洞窟状の通路が現れた。

 

「すごいねこれ、夕立が掘ったのかい?」

 

「ううん、掘ったのは提督さんぽっい。きっとこの穴を使って逃走しようとしてたんだと思う。だけどその前に夕立が見つけたからこの鉄板を載せておいたっぽい」

 

「そっか、でもだめだよ夕立、鉄板を載せるくらいじゃまた退かされて簡単に再利用されるじゃないか。ちゃんと埋め戻さないと」

 

「大丈夫っぽい!この鉄板けっこう重いから提督さんには動かせないっぽい!」

 

「ああそういうこと…」

 

 夕立の先導で洞窟内にはいる。太陽の光の届かない洞窟内は真っ暗で数歩進めばもう何も見えなくなる。僕達は夕立の探照灯の明かりだけを頼りに前へ進んでいく。

 

「時雨、もしも本当に白露や春雨まで洗脳されてたらどうするっぽい?夕立達じゃ春雨には勝てないっぽい」

 

「いや、春雨相手ならまだ勝機はあるよ。春雨の強さはあの無茶苦茶な艤装によるところが大きいからね。肉弾戦なら僕達に分がある」

 

 春雨は確かに強い。この鎮守府で最強と言えるだろう。だけどその強さの由縁はあのドラム缶爆弾によるところが大きい、深海棲艦相手ならあの圧倒的破壊力で敵を沈めることが出来るが彼女達の今回の目的は僕達の無力化だ。となればドラム缶爆弾を使うことは出来ずに素手での戦いになる。徒手空拳であるなら夕立と僕でも充分に対抗出来るはずだ。

 

「問題は浜風だ……」

 

 春雨を除く駆逐艦で最も強いと呼ばれる浜風……。その強さは演習においては女神を使用したとはいえ一度は春雨を倒した程だ。噂では艦娘の練度上限とされる練度(レベル)99の壁を突破しているとか……。とにかく浜風と遭遇すればアウトだ。彼女との戦闘は何としてもさけないと。

 

「時雨、出口っぽい」

 

 頭の中で浜風と遭遇した際の対処を思案しているといつの間にか出口に辿り着いていたらしい。夕立の手を借りて外へ出るとそこは鎮守府の中だった。

 

「ここは……。工廠の中?」

 

「ぽい、ここには明石や夕張くらいしか艦娘が来ないっぽい。だから提督さんはここを隠し通路の入口に選んだっぽい」

 

 なるほど、相変わらずそういうことに関しては頭の回る人だ。確かにここに出入りするの明石と夕張、そして提督くらいのものだ。それにここなら穴を掘るための道具はいくらでもあるだろうし常に騒音が響いているから穴を掘る音も気づかれ難いと言うわけか。いや、感心している場合じゃない、早く提督を捕まえてみんなの洗脳を解かせないと。

 

「流石先輩ですね、本当に夕立さんと時雨さんが出てきました」

 

「ぽい!?」「えっ!?」

 

 突如声のした方に慌てて視線を移す。そこには文庫本を片手に椅子に腰掛ける浜風の姿があった。まるで僕達がここから出てくるのを読書でもしながら待っていたとでもいうかのようだ。僕は動揺を悟られないよう、冷静を装いながら浜風との対話を試みる。

 

「やあ浜風、こんなところで奇遇だね。工廠に何か用事でもあったのかい?」

 

「工廠に、ではありませんね。貴方達に用があってここで待っていました」

 

「だよね……。ところで君は洗脳を受けてないみたいだけどどうして僕達を狙うのか理由を教えてもらってもいいかな?」

 

「先輩の指示です。貴方達を捕まえれば何でも一つ願いを聞いてくれるそうです。私事で貴方達には申し訳ないと思っていますが大人しく捕まってもらえると助かります」

 

「そういう訳にはいかないんだよね……」

 

「でしょうね。ではあまり気は進みませんが力づくで捕獲させてもらいます。安心してください怪我はさせませんから」

 

 

 

 

 

□□■

 

 

 

 

 サブリミナル効果と呼ばれる現象が存在する。それは『意識』と『潜在意識』の境界に刺激を与えることで人をコントロールする、いわゆる催眠術の一種だ。

 

 例えば、テレビCMの合間に一瞬、それこそ人が認識できないような時間だけ『コーラを飲め』といった文字を表示したとする。するとそれを見た人はコーラを飲めという文字を視認できていないにも関わらずコーラが飲みたくなり、結果的にコーラの売れ行きが向上する。これがサブリミナル効果と呼ばれるものだ。現在の日本ではこのサブリミナル効果を含む映像を公共の電波によって発信することは法律によって固く禁止されている。

 

 今回、俺が艦娘共の洗脳に利用したのはこの『サブリミナル効果』と『モスキート音』を掛け合わせたものだ。モスキート音と呼ばれる人の聴覚では認識できない超高周波の音を利用し鎮守府全域に『時雨と夕立を捕獲せよ』という指示を発し続けた。効果は想定外に覿面だった。

 

 サブリミナルを発し始めて僅か1時間後、鎮守府にいた艦娘全員が時雨と夕立を捕獲する為に鎮守府を徘徊し始めたのだ。2人は遠征に行っていて鎮守府内には居ないにも関わらずだ。

 

 このサブリミナルモスキート音を使えば今度こそ鎮守府を抜け出すことができる……俺はそう確信した。

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

「はあ……はあ……ようやく見つけた!」

 

 執務室の扉を蹴破り、息も絶え絶え、今にも倒れてしまいそうなほど疲弊しながらも俺の元まで辿りついた時雨は、怒りを顕にしながらそう言った。

 

「……まさか浜風を突破してくるとはな」

 

 ガチャンと時雨は自身の艤装の一部、12.7cm単装砲を展開するとその砲口を俺に向ける。

 

「さあ、早く皆の洗脳を解くんだ!まったく今回は少しやりすぎだよ、その分のお説教は覚悟してもらうからね」

 

 俺を追い詰めた時雨は息を切らしてはいるが安堵の表情を浮かべながら俺に命令する。どうやら既に俺を捕まえた気でいるらしい。

 

「時雨、一つ問題だ。艦娘達を洗脳できるはずの俺は何故遠征から帰ったお前達を直接洗脳せず、わざわざ捕獲なんていう不確実な手段で無力化しようとしたと思う?」

 

「そんなことは皆の洗脳を解いた後にゆっくり聞き出すよ!さあ早く皆の洗脳を解くんだ!」

 

「それはな……」

 

 俺は時雨の怒号を無視しながらゆっくりと言葉を続ける。

 

「洗脳が完了するのに少し間がかかるからだ。個人差はあるがだいたい一時間ってところか……。ところで時雨、お前遠征から帰って時間どれくらいになる?」

 

「え……」

 

 俺の言葉に時雨の表情が固まる。いや、表情だけじゃない。艤装を展開し12.7cm単装砲を俺に向けた直後から奴の体は硬直し1mmも動いてはいない。どうやら時雨にもようやくサブリミナルの効果が表れたらしい。『時雨を捕獲しろ』というサブリミナルによる命令を受け時雨は自分自身を捕獲、自身の動きを封じてしまったのだろう。

 

「なん…で」

 

「どうやら今回は俺の勝ちのようだな……」

 

 そう言い残し、既に言葉すらまともに発せなくなった時雨の横をゆっくりと通りぬけ執務室を後にする。もうこの部屋に帰ってくることは二度とないだろう。

 

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 追っ手のいなくなった鎮守府の外を悠々と、堂々と歩く。

 こんな風に一人で外を歩くのは何時ぶりだろうか。

 鉄底海峡を突破し白露達がこの鎮守府に来てからというもの俺にプライベートと呼べるものはほとんどなかった。常にアイツらが俺を見張っていたからだ。だけどその鬱陶しい白露達ももう俺の隣にはいない。この鎮守府から出ようとする俺の手を掴む者は、もう誰もいない。

 

 そう考えるとチクリと少し寂しさを覚えたような気がした。無理矢理居座らされていたとはいえ3年もの年月をこの鎮守府で過ごしたのだ、愛着が湧いていてもおかしくはない。だけど俺はここ去る。サブリミナルが解けて正気に戻れば皆は悲しむのだろうか?いや俺がそんなことを考える必要はない。俺は首をブンブンと振り、脳裏をよぎった艦娘(あいつら)の悲しそうな顔を振り払う。

 

 空を見上げる。空には雲一つ浮かんでおらずただ青空がどこまでも続いていた。そんな空を見て俺はまるで海の様だなと一人呟いた。

 

「……急ごう」

 

モタモタしてるとサブリミナルの効果が切れるかもしれない。俺は歩を早め、迎えが来ているはずの船着場へと急いだ。

 

 

 

------------

---------------

------------------

 

 

船着場へと着くと既に迎えの船が到着しており、船長が俺を出迎えてくれた。

 

「司令官、お待ちしてました。はい」

 

「司令官はよしてくれ。俺はもう提督じゃなくなるんだ」

 

「いいえ、司令官はずっと私の司令官です。はい」

 

 はて、この船長と俺は面識があっただろうか、確かに見覚えのある様な気はするが思い出せない、いや思い出せないというより気づけない?今まで体感した事のない感覚を覚えた。

 

 考えても分からないのでとりあえず俺は船長との挨拶をそこそこに船へと乗り込んだ。すると船内で俺はまた不思議な感覚に襲われた。

 

なんというか、初めて乗る船だと言うのに既視感がある。今まで幾度となくこの船に乗っていたというような、まるで免許を取ったばかりの頃初めて購入した愛車にも似た感覚。

 

「どうかされましたか?」

 

「いや、なんでもない。船を出してくれ」

 

 いくら考えても違和感の正体は掴めない。俺は気の所為だと自分に言い聞かせると船長に出航するように頼んだ。

 

「わかりました」

 

 そう言って船長はゆっくりと蓋を閉じ始める(・・・・・・・)

 

「あっ、そう言えば司令官」

 

 蓋が完全に閉じられる直前、船長は思い出したかのようにある言葉を俺に投げかけた。

 

 「サブリミナル効果ってご存知ですか?」

 

 『知っている』――そう答える間もなくドラム缶(・・・・)の蓋は閉じられ、一筋の光も届かない、完全な闇が俺を包みこんだ。

 

 

 

 




秋刀魚祭り&艦これJAZZに参加してきました。
秋刀魚のお刺身は油くがよく乗って美味しく、JAZZの方は目まぐるしく変わる舞台の様子に「目がたりねぇ!」っと思わず叫んじゃまいした。何度でも参加したい、そう思える催しでした。

最新話の投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。次回はあまり間隔を開けずにお話をお届けできる様に頑張ります。
次回はお説教&合コン回の予定。



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提督とお説教と合コンのお誘い

悪磨さん
かつて大将鎮守府と鉄底鎮守府を襲った謎の艦。外見はほぼ軽巡洋艦 球磨だが背にコウモリのような小さな羽を生やしている。
現在は敵か味方か不明。

おーちゃん
提督が脱走しホストクラブに身を潜めていた際に彼に接触した。※20話:提督と雪降る夜とネオン街参照
特徴的な帽子に黒いマントを羽織っている。

大将さん
マジギレ浜風さんを鉄底鎮守府に送り込んだ張本人。目的は不明。

春雨ちゃん
最近のお気に入りはIK〇Aで購入したサメのぬいぐるみ。







「こんな島があったとは知りませんでしたね」

 

「大将の奴も知らなかったみたいク魔ね。この島を密会の場所に指定したのは春雨のヤローだけど、なんで知ってたのかは知らねーク魔」

 

 私、デビル型軽巡洋艦 悪磨さんの案内でこの島にやってきた空母ヲ級は興味深そうに島を見渡した。

 

「春雨さん……確か貴方を倒した艦でしたね。興味深い人です」

 

「いや、負けてねーし。ちょっと急用を思いだしたから帰っただけだし」

 

「私の命令以上に大切な用事があったのですか?それはそれは……」

 

「あっいや、嘘ク魔。はい、春雨と浜風にやられて逃げ帰りました」

 

「よろしい」

 

 このいやに偉そうな空母ヲ級は私にとってのflagship、つまりはボスだ。普段は丁寧な言葉遣いに穏和な態度を取っているが一度怒らせると手がつけられなくなる。

 

 以前、このヲ級に喧嘩を吹っかけた防空棲姫が為す術もなくいたぶられているのを目撃して以来、コイツにだけは逆らうまいと私は心に誓った。

 

「ところで悪磨さん、約束のお相手の姿が見えないようですが本当にくるんですか?」

 

「そのはずなんだク魔が……春雨の奴が嘘をつくとも思えないし」

 

 二週間前、私は裏陽炎とかいうワケのわからん奴らから鉄底の提督を取り返す為に春雨の奴に協力した。その時の見返りとして、春雨にとある人物とのアポを取ってくれと要求したのだ。そして今日、春雨の指定したこの島でその人物と落ち合う事になっている。

 

 だが辺りを見渡すも人の姿は見当たらない。

 

「やっ、お待たせ」

 

 不意に背後から声がした。驚いた私とヲ級が艤装を展開しながらそちらへ振り向くとそこにはヘラヘラと笑いながら手を振る男が立っていた。かつて私が襲った鎮守府のボス、『大将』だ。

 

 つーかありえない、私だけならともかくヲ級の背後を、しかもこの至近距離でとるなんて。私が言うのも何だがこいつ、おかしい。そもそも敵であるはずの私達と会うのに護衛の一人も付けていないというのが逆に不気味だ。

 

「遅れたのは謝るからさ、そんな怒らないで。ほら艤装しまって」

 

「……失礼しました」

 

 ヲ級が艤装を解くのにならい私も艤装を解く。

 

「悪磨さん久しぶりだね。僕の鎮守府を一人で攻めてきた時以来だ」

 

「私はおめーなんて知らねーク魔」

 

「んー?ああそうか、そう言えば直接会うの初めてだったね。ボクの方はうちに攻めてきたキミの映像を何度も見てたから旧知のように錯覚してたよ。それで?春雨ちゃんを使ってまでボクを呼び出したのは何でかな?あの時のことを謝りたいとか?」

 

「ちげーク魔。用があるのはこっち。私のボスだク魔」

 

 そこでようやく大将は私からヲ級へと視線を移す。

 

「初めまして。ご紹介に預かりました空母ヲ級、今はおーちゃんと名乗らせていただいています。お見知りおきを」

 

 ヲ級はスカートの代わりにマントを摘んで大将にお辞儀をする。様になってはいるが、彼女の本性を知っている私の目にはその所作がなんとも不自然に感じられた。

 

「ふーんキミが悪磨さんとこのボスなんだ……。それで?おーちゃんさんはボクに何か用があるんでしょ?聞いてあげられるかは分からないけど言う分にはタダだ。言ってごらん」

 

 ヲ級が名乗っているというのに大将の奴は名乗らない。言外に対等な立場ではないぞと私達に言っているのだ。私はヒヤヒヤしながらヲ級の表情を伺う。

 

 ヲ級は笑っていた。大将の態度に怒るでもなくただ笑っていた。その笑みを隠そうともせず大将に自身の要求をつきつける。

 

 

「あの鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)を終わらせた提督に会わせていただきたく」

 

 

 

 

 

 

 

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 あれだけ煩わしかった蝉の鳴き声もいつの間にか聞こえなくなり、ブナの木の葉が鮮やかなレンガ色へと変化した初秋の昼下がり……俺は正座させられていた。

 

「すみませんでした……」

 

 後ろ手に腕を縛られ身動きの取れない俺の背中には夕立がしがみつき、俺の軍服の襟をくっちゃくっちゃと音を立てながらしゃぶっている。背中にまで唾液が浸透してきて不快感を覚えるが、残念ながら今の俺には抵抗する力も権利もなかった。

 

「…ゲシゲシ」

 

「痛いっす山風さん……今脚痺れてるので蹴るのは勘弁してもらえないっすか……」

 

 長時間正座させられ、感覚のなくなった足を執拗に蹴り続ける山風。止めるよう訴えても返ってくるのは冷ややかな視線と蹴りだけだ。いままでになくお怒りでいらっしゃる。

 

 だがこの二人の怒りはさほど脅威ではない。本当に恐ろしいのは目の前で笑顔を浮かべながらもその背に鬼の蜃気楼を浮かべる時雨、そしてドラム缶を縦に押しつぶして作った座布団に座りお茶を飲む春雨ちゃんだ。

 

「鎮守府の皆に催眠術をかけるなんて流石に今回はやりすぎたね」

 

「はい、反省してます」

 

「全く、どうせ失敗するって分かってるんだから最初からやらなければいいのに。どうしてそこまでして逃げようとするんだい?」

 

「それは…言えねぇけど…」

 

「ほんと、何が気に入らないのか…僕には理解できないよ。確かに提督も可愛そうだとは思うよ?続けたくもない提督業を無理矢理続けさせられてさ、でも仕方ないじゃないか」

 

 時雨はやれやれといった様子で今まで何度となく俺に言い聞かせてきた言葉を口にする。その表情からはいつの間にか怒りがなくなり、背の鬼の蜃気楼もなくなっていた。時雨もなんだかんだといいながら俺を無理矢理海軍に縛り続けることに罪悪感を感じているのかもしれない。

 

「提督の適性、つまりは妖精を見る才能を持つ人間は少ないんだ。確か今発見されてるのは君と江風を含めて20だっけ?江風はあの事件があったからもう提督への復帰は不可能だとして、そうなると日本には19人しか提督がいないんだ。全然足りてない。そんな中、軍が君を逃がす訳ないじゃないか」

 

「分かってるっつの……」

 

「いーや、分かってないよ。そもそも君は自分が深海棲艦に狙われていることを分かってないね。奴らからすれば艦娘を全員沈めるより提督を狙った方が遥かに効率がいいんだ。だからここを出ればまず間違いなく殺される。それが分かってるなら脱走なんてできない筈だよ」

 

「……」

 

「はぁ……。春雨、君からもこの分からずやに何か言ってやってよ」

 

「私ですか?そうですね……」

 

 春雨ちゃんは飲んでいたお茶を床に置くと座布団に座ったまま俺の目を見つめながらいいですか?と言葉を続ける。

 

「司令官、いつも私が怒って貴方をドラム缶にしまっちゃうのは何故だと思いますか?」

 

「……?そりゃ俺が脱走するからだろ?」

 

「ちがいます」

 

「じゃあなんで…?」

 

「私を連れて行ってくれないからです」

 

「春雨!?」

 

「いいですか司令官!」

 

 春雨ちゃんは驚く時雨をよそに俺に顔を寄せ真剣な表情で瞬きすらせず続ける。

 

「ぶっちゃけますと私は平和とかどうでもいいです、はい。確かに昔は平和を守る使命感に燃えていましたがこの髪が白く変色するようになったくらいからそんな感情はなくなりました」

 

「ではそんな私が何故駆逐艦春雨でい続けるのか……それは貴方と一緒にいられるからです。なのに司令官は私をおいてどこかに行こうとする、私は何処へでだって付いていくつもりなのにです。だからいつも怒っています、はい」

 

 衝撃の告白に時雨も、山風も夕立もぽかんと口をあけて何も言えない。俺だってなんと返していいのか分からない、まさか『なら一緒に行こう』なんて言うわけにもいかず無言の時間が流れた。

 

 そんな時幸か不幸か執務室の扉が開けられた。

 

「貴方達……何をしているんですか?」

 

 入室した浜風は汚いものでも見てしまったかのような表情を浮かべた。現在、俺の背には襟をしゃぶる夕立、腿を蹴り続ける山風、詰め寄る時雨と春雨ちゃん。確かにそういういかがわしい何かをしているようにも見える。

 

「まったく、次からそういうプレイに興じる際には私にも声を掛けてください。っと、それより先輩、封書が届いてましたよ」

 

 浜風が聞き捨てならない言葉を吐いているがこいつがイカれているのは何時もの事、無視して差し出された封筒を受け取った。

 

「時雨、中見ていいか?」

 

「うん、もう足を崩していいよ。お説教はもうお終い。たくっ、貧乏くじを引くのはいつも僕だ……。僕だって提督にお説教なんてしたくないのに……」

 

 差出人は浜風を俺に押し付けた大将の奴だった。正直この時点で嫌な予感がビンビンとした、だが受け取ってしまった以上中を改めない訳にもいかない。俺は嫌々ながら封を切り、中に入っていた手紙に目を通した。どうやら大将から俺への任務指令書のようだ。

 

『第一次!鉄底&大将鎮守府による合コン作戦を決行せよ!』

 

 直ぐに丸めてゴミ箱に捨てた。何も見なかったことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 



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提督と合コンと玉手箱

時雨
あまりお酒に強くはない。チューハイならなんとか。

浜風
始めは周りに合わせて生、中盤以降はマッコリをちびちび飲むのが好き。

悪磨さん
特にこだわりはない。質より量でとにかくお酒をちゃんぽんするのが好き。翌日に吐くのも含めてお酒の楽しみ方だと考えている。
一番のお気に入りはムーンシャイン。

春雨ちゃん
お酒は嗜まない。







 

 

 

 合同コンパ。世間一般では合コンと呼ばれるこの催しは通常、面識の無い男女のグループ同士が異性との出会いを求めて開催される、一種の食事会だ。

 

 曰く、戦争。曰く、蹴落とし合い。そんな欲望渦巻く食事会の席に、一介の提督である俺が何故連れてこられているのか?

 

 答えは分からない。

 

「ここ、ボクが贔屓にしてる居酒屋なんだ。貸切とはいかないけど個室を予約してる。さっ入って入って」

 

 夏が終わったばかりとはいえ既に日が落ちて数時間、少し肌寒さを感じる夜道を俺達は大将の先導で歩き続けた。案内されたのはどこにでもあるような居酒屋、暖簾をくぐると秋刀魚の香ばしい匂いが鼻腔を撫でる。

 

 大将ともなれば料亭でも用意しているのかと思ったから少し拍子抜けだ。いや、そもそも料亭だろうが居酒屋だろうが関係ない、この際何故おれが合コンなんぞに連れてこられているのかも置いておく。問題はメンバーだ。

 

「へー……、これが居酒屋さんかぁ。僕初めて入ったよ」

 

「春雨もです」

 

「私は昔、先輩と入ったことがありましたね。記憶は残ってませんが……」

 

「えっと……悪磨さん、私はどうすれば……」

 

「あー、おーちゃんはちょっと待ってろク魔。たいしょー!私らの席ってこの部屋でいいのかク魔ーー?」

 

「うん、そこそこー!先入っててーー!」

 

 合コンのメンバーは俺、大将、春雨ちゃん、時雨、浜風、悪磨、そしてあの正月、雪降るネオン街で出会ったおーちゃんの計七人。

 

「大将……あんた何考えてんすか……」

 

「んんー?なんの話?」

 

「なんの話?じゃないっすよ。何で悪磨の奴がここにいるんですか、それにおーちゃんも……俺がここに呼ばれたことも含めて意味が分からないことだらけなんですが」

 

「悪磨くんとは友達なんだよ、少し前にネットで知り合った。おーちゃんさんもまあそんな感じかな」

 

「友達って……あんた少し前にあいつに自分の鎮守府を攻め込まれたばっかでしょうが」

 

「えー?そうだっけ?覚えてないや。それより鉄底くん、僕達も部屋に入ろうよ、皆待ってるよ?」

 

 話をはぐらかされた俺は仕方なく大将に続いて部屋に入る。

 部屋には八人がけのテーブルが用意されており、既に七人分のお通しが用意されていた。それを見て俺は思考を巡らす。

 

 合コンで最も重要なのは座る席だ。最初に腰を降ろす場所でその後の運命が決まると言ってもいい。今回俺はここに出会いを求めてきたわけじゃない、大将命令で連れてこられただけだ。そもそも顔見知りしかいないメンバーでの合コンとかどういう罰ゲームだという話。しからば今回の俺のスタンスは空気となり合コン終了までやり過ごすというのが無難だ。

 

 つまり今回俺が狙うのは角席!角席で適当に食事の注文でもしながら時間を潰せばこの訳のわからん混沌(カオス)な空間をやり過ごすことができる。

 

「あっじゃあボクは此処に座るねー。角席で皆の注文とか取るのワリと好きなんだよねー」

 

「なら悪磨さんはその対面にすわるク魔。大将、この悪磨さんがお酌してやるク魔、ありがたく思えク魔」

 

 俺が狙っていた席に大将と悪磨が腰を降ろす、俺は慌てて大将をその場所からどかそうと説得を試みる。

 

「大将、そこはあんたが座る様な場所じゃない。あんたは上座で偉そうふんぞり返っててくださいよ」

 

「君はほんとにボクを敬っているのかい……?いいよ、上座だとか下座だとか今日はそういうの抜きでいこう、そういうの気にしだすとシラけるぜ?」

 

「そうだク魔!大将の相手は悪磨さんがしててやるから、お前はおーちゃんの相手してろク魔!」

 

 このクソ悪磨……。だがまあいい、角席はまだ二つあるんだ。俺はそこに座ればいい。

 

「じゃあ俺は大将とは反対側の角に座るかな……」

 

「いや、提督の席はそこじゃないよ。君の席はここ」

 

 角席へと向かう俺の腕を誰かが掴んだ。振り返ると時雨が俺の右腕を掴み、もう片方の手で真ん中の席を指差している。

 

「うるせぇ、俺は角席に座るんだ。そこにはお前が座ってろや」

 

「男性陣二人に対して女性陣は五人なんだよ?大将が角に座って君まで角に行ったらもう合コンの体裁を保てないじゃないか」

 

「元々このメンバーで合コンの体裁なんざ保てる訳ねえだろ!?」

 

「我が儘言わない、ほらここに座って。大丈夫、僕が隣に座ってあげるからさ」

 

「なにが大丈夫なのか全く分かんねえんだが……」

 

「いいじゃないですか先輩。ほらここに座ってください。私がお酌くらいしてあげますよ?」

 

 いつの間にか大将の隣に座っていた浜風は、ペシペシと大将とは反対側の座布団を叩く。俺にそこへ座れと言っているらしい。

 

「おまえお酌とかできんのかよ……」

 

「失礼な。私をなんだと思っているのですか」

 

「やべー奴」

 

 腕折られかけたしな。

 

 だがこのまま立っていても仕方がない。時雨は俺を角席に座らせるつもりは無いようだし大人しく浜風の横に座る。無理に断って怒らせてもつまらんしな。

 

 俺が浜風の横に座ると時雨が俺の隣に腰掛けた。ついでおーちゃんが俺の斜め向い、そして春雨ちゃんがその隣、俺の対面に腰を降ろす。

 

 最終的な並びとしてはこうだ。

 

 入口側から『悪磨:おーちゃん:春雨』

 机を挟んで『大将:浜風:鉄底(おれ):時雨』といった席順に落ち着いた。なんともバランスが悪い。第一に男女比がおかしいのだ、なんだよ2:5てこんなんで合コン成り立つわけねぇだろ。そもそもこんな会を開いた大将の目的が分からない、まさか本当に出会いを求めているわけでもないだろうに……。

 

「さーて、席も決まったことだし注文しようか。ボクは生中にするけど皆は?」

 

「悪磨さんはカルーアミルクにするク魔!おーちゃんはどうするク魔?」

 

「えっと……では私も生中で」

 

「僕はカシスオレンジかな。春雨は?」

 

「えっと……、私お酒はあまり詳しくなくて……はい…」

 

「なら僕と同じのにするといいよ。甘くて飲みやすいよ」

 

「ではそうします」

 

「俺も大将と一緒で生かな。浜風、お前はどうすんだ」

 

「私も初めは生ですかね」

 

「りょーかい、ご飯は一応コースになってるけど食べたいものがあったらどんどん頼んでいいからね」

 

 全員から注文を取った大将が店員にドリンクを頼む。直ぐに俺達の前に飲み物が並び、大将が挨拶を始める。

 

「えー皆さん、今日はボクの急な呼びかけにご参集いただきありがとうございます。今回は合コンという名目で皆さんに集まっていただきましたが、まぁぶっちゃけただの懇親会です。あまりそのへんは気にせず自由気ままにのんじゃってくださいな。それじゃあ乾杯!」

 

「「「「「「乾杯」」」」」」

 

 

 

 

 

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---------------

 

 

 

 

「まさか春雨ちゃんがここまでアルコールに弱いとは」

 

「僕もしらなかったよ」

 

 乾杯の音頭から約二十分、先程まで春雨ちゃんが座っていた場所に彼女の姿はなく、代わりにドラム缶が座布団の上に置かれていた。缶の中からはすーすーっという小さな寝息が聞こえてくる。カシスオレンジ一杯で酔いつぶれた春雨ちゃんが中で眠っているのだ。

 

 チラリと大将の方へ視線をやる。大将と悪磨、敵同士であるこの二人が何か問題を起こさないか気になったからだ。だがそれも杞憂だったようで、二人は意気投合し独自の世界を展開していた。

 

「大将、お前なかなかいい趣味してるク魔!PT小鬼群の可愛さに気づける奴は深海広しといえど中々いねーク魔よ!」

 

「皆見る目がないんだよね……。小鬼くん達のあの不気味でよくわからない泣き声、鬱陶しさ、何よりキモ可愛いとしか評せないあのフォルム……できれば一匹うちで飼いたいくらいだよ」

 

「仕方ねー奴だク魔!こんど悪磨さんが育ててるのを一匹分けてやるク魔!」

 

「いいのかい!?是非お願いするよ!」

 

「その代わりこの間攻め込んだことは水に流せよク魔?」

 

「もちろんさ!」

 

 いや、それは水に流しちゃだめだろ。なに仲良くなってんだよ。お前ら敵同士って分かってんのか?

 

「太郎さん……とお呼びすればいいですか?」

 

 意気投合する大将達に気を取られていると斜め向いに座るおーちゃんが自信なさげに誰かの名を呼んだ。ああ、そうか。あのネオン街ではおーちゃんにそう名乗ったんだっけか。

 

「ごめん、その太郎ってのは源氏名なんだ。本名は表島(おもてしま) 良太郎(りょうたろう)っていうんだ。でも皆は提督って呼ぶしおーちゃんも好きに呼んでよ」

 

「おもてしま……裏島ではないのですか?」

 

「裏島?いや、違うけどどうして?」

 

「いえ……違うならいいんです、私の勘違いでした。あっ、提督さんのグラス空いてますね。次は何を飲まれますか?」

 

「んじゃあコークハイで」

 

「分かりました」

 

 おーちゃんは俺から飲み物を聞くと店員に注文するため席を立った。それにしてもおーちゃんは何故俺の苗字に疑問を持ったのだろうか?裏島なんて苗字は聞いたこともないが……。

 

「いてっ」

 

 裏島という名について考えていると突如腿の辺りに痛みを感じた。発生元を見てみると隣に座る浜風が俺の足を抓っていた。

 

「……なにすんだよ」

 

「随分とあのおーちゃんという子と仲がいいんですね。どこで引っ掛けてきたのですか」

 

「めんどくさ……。引っ掛けたとかそういうんじゃねえよ。以前俺が脱走してホストクラブに匿ってもらってた時あったろ?おーちゃんはその時の客だったんだよ」

 

「ああ……お正月に私や飛龍さん達を置いていなくなったあの時ですか」

 

 おーちゃんとの馴れ初めを説明すると浜風は意外にも直ぐに抓るのを止め、代わりにグラスのマッコリを一気に飲み干した。

 

「おい浜風、お前マッコリってそんなグイグイ飲むような酒じゃねーだろ、大丈夫なのか?」

 

 マッコリは米を発酵させて作る朝鮮半島伝統の酒だ。甘く、アルコールを感じさせない優しい口当たりが特徴なのだがそれでも酒は酒。アルコールを感じさせないが故に飲みすぎて倒れる人も少なくない。斯く言う俺もなんどこの酒に煮え湯を飲まされたことか……。

 

「だいじょーぶれすよ。わたしそれなりに強いですから」

 

「いや、もう若干呂律が怪しくなってんじゃん……。ほら、お前も春雨ちゃんと一緒に少し休んでろ」

 

「……先輩の膝を貸してくれるなら言うとおりにします」

 

「膝?ああ枕にするってことか。いいぞ、その代わり吐くなよ」

 

「吐きません」

 

 そういうやいなや浜風は胡座をかく俺の足を枕にして眠ってしまった。浜風が眠ったのを確認して顔をあげると時雨のヤローがニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「んだよ」

 

「いや、なんでもないよ。ただ君はなんだかんだ優しいなと思ってただけさ」

 

「そんなんじゃねえよ。それより開始30分でもう二人も潰れたぞ。どうすんだこれ」

 

「仕方ないさ。僕たちは普段お酒なんて飲まないからね。自分たちのキャパシティがよくわからないんだ」

 

「その割にはお前は平気そうだが」

 

「僕はまだ一杯目だよ。流石に僕まで潰れたら君が逃げ出すのはわかってるからね」

 

「気にせず潰れちまえばいいのに」

 

 時雨と話しているとコークハイと生ビールを持ったおーちゃんが席に戻ってきた。どうやら店員から直接酒を受け取ってきたらしい。

 

 

「おや?浜風さんまで眠ってしまったのですか?」

 

「うん。彼女、ジュースみたいにマッコリを飲むものだから……。明日は二日酔になってるかも」

 

「ふふ、それは仕方ありませんね。悪磨さんと大将さんは二人で楽しんでいるようですし、私達は三人でお話しましょう」

 

 

 

 

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「はい!みんなちゅうもく!」「ちゅうもくだク魔!」

 

 合コンが始まって一時間、この催しも中盤に差し掛かろうかというところで突如大将と悪磨が立ち上がり声を上げた。大将の右腕には何故か数本の割り箸が握られている。

 

「いまから合コンの定番、王様ゲームをしたいと思います!ルールを知らない人は挙手!」

 

「おーさまゲーム?」

 

 おーちゃんが首をかしげながら手を上げる。どうやら知らないらしい。

 

「悪磨くん説明を!」

 

「まかせろク魔!王様ゲームってのは簡単に言うとくじ引きだク魔。まずは人数分の割り箸に1~6の数字を書いたくじ+先を赤く塗りつぶした当たりくじを用意するク魔」

 

「悪磨せんせい!用意しました!」

 

「流石大将、仕事がはえーク魔。くじを用意したらあとはそれを引くだけク魔。当たりを引いた奴が王様、他の奴になんでも命令できるク魔。つっても命令は番号での指定だから命令を受ける側は基本的にはランダム、それに相手が不快になるような度の過ぎた命令は無効だク魔」

 

「なるほど……楽しそうですね。やりましょう」

 

「流石おーちゃん、ノリがいいク魔。お前らはどうする?」

 

「もちろん僕も参加するよ」

 

 おーちゃんの参加表明に続いて時雨も参加を明言する。まあ、今回は春雨ちゃんも浜風も眠ってるしめっちゃくちゃなことにはならないか。

 

「俺も参加する」

 

「OK。それじゃあ七人全員参加ク魔ね」

 

「いや、五人だろ?春雨ちゃんと浜風は潰れてるし」

 

「なに言ってんだク魔?二人ならお前の後ろで既にアップ始めてるク魔よ?」

 

 そう言って悪磨は顎で俺の後ろを指し示す。振り返るといつの間に目を覚ましたのか二人が屈伸や柔軟体操を始めていた。いや、王様ゲームのウォーミングアップてなんだよ……。

 

「王様ゲームならお任せください。はい」「駆逐艦浜風、でます!」

 

 帰れ。

 

 

 

□□□

 

 

 

「んじゃあ悪磨さんが仕切ってやるク魔。いくぞ~おーさまだーれだ!」

 

「ボクだ」

 

 名乗りをあげたのは大将。当たりを引いた大将はくじを見せびらかすとニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。こいつ何を命令するつもりだ……。

 

 名乗りを上げたのは大将。当たりくじを引いた彼はニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。

 

「んー、そうだね。じゃあ7番さんが8番さんの事をどう思っているのかここで発表してもらおうかな?7番と8番はだれだい?」

 

 祈りながら俺が引いた棒を確認する、だが無情にも棒には7番の文字が書かれている。

 

「……7番」

 

「8番は僕だね。やった。さぁ提督は僕の事をどう思っているんだい?教えてよ」

 

「……別に何とも。まぁ他の艦娘と比べて少しは使える奴だなとは思ってるけど」

 

「おい鉄底、そーいう事を聞いてるんじゃねーク魔。ここは合コンの席ク魔よ?異性として時雨のことをどう思ってるのか答えるク魔」

 

 くそクマがぁ……毎度毎度邪魔してきやがって。いつかぶっ飛ばしてやるからな。

 

「まあ、あれだ。容姿は整ってるんじゃねーか?けど言っとくけど一般的な感性としての話だからな!」

 

「良かったですね姉さん。可愛いって言ってますよ」

 

「うん、照れるけど嬉しいね」

 

「先輩、男性のツンデレはどうかと思いますが」

 

「うっせぇ!」

 

 

□□

 

 

 

「んじゃ第2回戦やるク魔。おーさまだーれだ!って、悪魔さんがキングだク魔。んー、ならいっちょ際どいとこいってみるかク魔!3番は王様のほっぺにちゅーしろク魔!」

 

 またいきなり飛ばしてきやがったな……幸いにも俺の棒は6番、難を逃れた。前回時雨達とやった時のようなイカサマを疑っていたが今回は大丈夫らしい。

 

「さあ、3番はだれク魔!」

 

「私ですね。はい」

 

 手を挙げたのは春雨ちゃん。彼女はゆっくりと立ち上がるとそのまま悪磨さんの方へと歩いていく。キスを敢行する気のようだ。

 

「まっ、まじかク魔……はは、なんか怖ぇク魔」

 

 いやお前が命令したんだろが、何ビビってんだ。

 

 

 

□□□

 

 

 

「おーし、飲み放題の時間も終わりが近いから次でラストク魔。いくぞーー、おーさまだーーれだ!」

 

「……私ですね」

 

最後に当たり棒を引き当て王座についたのはおーちゃん。彼女はどうしましょうか……と少し考え、思いついたように俺達に命令を告げた。

 

「皆さん、私が良いというまで目を瞑り耳も塞いでください」

 

「全員かク魔?」

 

「はい、全員です」

 

「りょーかい、おらお前ら王様の命令だ!目と耳を塞ぐク魔!」

 

「貴方もですよ悪磨さん」

 

 言われ通りに目と耳を塞ぐ。すると誰かが席から立ち上がるような気配がした。耳を塞いでいるとはいえ完全に音を遮断することはできない、微かにだが誰かが俺の方に近づく足音が聞こえ、やがて足音は俺の背後で消えた。数秒おいて生暖かい風が俺の首筋を撫でる。

 

 匂いを嗅がれている?誰が?そりゃあ目をつぶる様にという命令をしたおーちゃん以外にいない。

 

 何故匂いを嗅がれているのかについて考えていると、耳を塞ぐ俺の手を誰かが掴みその手を引きはがした。開放された俺の耳元で背後の人物が囁く。その声は周囲に聞こえないようにする為かとても細く、小さなものだった。

 

「実は今回の合コン、私が大将さんにお願いして開いてもらったんです」

 

 そのカミングアウトに俺も小さな声で応答する。

 

「でしょうね。いくら変人の大将といえど意味もなくこんな会を開いたりしない。悪磨の奴なんかがいるなら尚更です。理由は分かりませんけど」

 

「私がもう一度貴方に会いたかったからです」

 

「俺に?どうしてまた?」

 

「結果的に言えば人違いでした。あのネオン街で貴方に初めて会った時、私()がずっと探している人の匂いが貴方からしたんです。しかも貴方は太郎って名乗るものですから、すっかり勘違いしてしまいした」

 

 なるほど、だからさっき俺の匂いを嗅いでいたのか。その探し人の匂いが微かにでも残っていないか確認する為に……。

 

「勘違いってことは今はその匂いはしないわけですか」

 

「はい。元々微かに感じられる程度の匂いでしたけど今は完全に匂いません」

 

「そうですか……それはなんというか…すみませんでした」

 

「いえ、私が勝手に勘違いしただけですので」

 

 おーちゃんの声はいつの間にか初めよりさらに小さくなってしまっていた。ようやく探し人を見つけたと思い

、大将を利用してまで俺にあったのにそれが勘違いで落胆しているのかもしれない。

 

「でも─────貴方が本当にその人なら良かったのにな……私はそう思います」

 

 最後にそう言ったおーちゃんの言葉はどこか悲しげに感じられた。

 

 

 

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「今日は楽しかったです。このような会に参加したのは初めてでしたので良い経験をさせて貰いました。ありがとうございました」

 

 会計を済ませ暖房の効いた部屋から空気の冷たい外へと出た俺達は、体をさすりながら別れの言葉を交わす。

 

「悪磨さんも潰れてしまいましたし。私達はこれで失礼しますね」

 

 そう言うおーちゃんの背中には酔いつぶれ、だらしなくよだれを垂らす悪磨が背負われている。こいつは本当に何しに来たんだろうか。

 

 

「あっそうだ、提督さん最後に一つよろしいですか?」

 

「ええ、なんですか?」

 

 思い出したようにおーちゃんが鞄から四角い物体を取り出した。それはカメの姿が彫られた古びた木箱のようなものだった。

 

「このような箱をどこかで見たことはありませんか?」

 

「あっ、それ山風が持ってるのと同じ箱だね。確か提督の実家にあったのを山風が貰ったんだっけ?」

 

「……そうだな。俺の実家にあった箱と同じものだ」

 

 俺と時雨の言葉に突如おーちゃんから殺気が発せられた。驚いて箱からおーちゃん自身へと視線を戻すといつの間にか彼女は艤装を……しかも深海棲艦のそれをまとっており、さらに彼女の持つ機銃の砲口は俺へと向けられていた。

 

「なんのマネですか」

 

 俺を隠すようにして前にたった浜風がおーちゃんに尋ねる。春雨ちゃんも既に小型ドラム缶爆弾を構えている。

 

「事情が変わりました。申し訳ありませんが提督さんには私達と一緒に来てもらいます」

 

「そんな事僕達が許すと思うのかい?それに3対1、君が僕達から提督を連れ去れるとも思えないけど」

 

「そうですね、確かに悪磨さんを担いでさらに貴方達から鉄底さんを奪い、脱出するのは難しいでしょう。ですが……勝てないまでもそこらを歩く民間人に危害を加えることはできます」

 

「脅しのつもりかい?」

 

「脅しではなく交渉です。この場で提督さんを渡して貰えるのであれば民間人に危害は加えません」

 

 

 一触即発。どちらかが1mmでも動けばすぐにでも戦闘がはじまる。だが動けない、こちら側が動けば民間人がやられる。おーちゃんが動けば民間人に危害を加えることができてもその直後に自分達が捕まってしまう。

 

 だからどちらも動くことができない。

 

 そんな膠着状態を壊したのはこの状況を作り出した本人、大将だった。

 

 

「まぁまぁ両方とも落ち着きなよ。このままだと結末は見えてる。おーちゃんは鉄底君を手に入れられなくてボク達は民間人に攻撃をされる。誰も得しない最悪の結末だ。どうだろう、ここは一つ日を改めて勝負……演習をして決着をつけるっていうのは」

 

「ダメです。日を改めればその約束を反故にされる恐れがあります。私にはあなた方を信用する材料がありません」

 

「ボクが人質になるよ」

 

「大将!?」

 

「元はと言えば僕がこの合コンの席を用意したのが発端だしね。そのくらい体ははるさ」

 

 大将の提案におーちゃんの顔が強ばる。嵌められた……!そう考えているのがその表情から伺えた。

 

「大将さん……まさか、貴方初めからこれが目的で……!」

 

「何を言ってるのか分からない。ボクは君が鉄底君に会いたいというからその場を用意しただけだ。なのに裏切ったのは君達の方じゃないか。それよりどうする?このまま誰も得しない結末を迎えるか、それともボクを人質にして一度撤退、後日決着をつけるか」

 

 いつの間にか形勢が変わっている。艤装を持たない大将が艤装を展開したおーちゃんに詰め寄っている。そしておーちゃんは確かに追い詰められている。選択の余地はない。

 

「早くきめてよ」

 

 







次回
『おーちゃんと悪磨さんと追いつきたかった天津風ちゃん』

評価にて点数を付けて貰えると嬉しく思います。


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追いつきたかった天津風ちゃん

たまーにやってくるシリアス回。


「で?結局のところ何が目的だったんすか?」

 

「なんのこと?」

 

 二年前、俺が春雨ちゃんと出会った島、仮に『春雨島』と名付ける。その島の砂浜で俺と大将は海で睨み合う二つの艦隊を眺めていた。

 

 天気は晴天、海に立つのは時雨、春雨、浜風、そして三人に向かい合うようにしておーちゃん、悪磨、天津風の三人が艤装を展開して立っている。

 

 今から戦う六人を見つめながら俺は大将に尋ねる。

 

「あの合コンの本当の目的っすよ。わざわざあんな場所選んで、わざと自分を人質にするよう仕向けといて知らないじゃ済まないでしょ」

 

「だよねぇ……ただ現段階ではまだ君に話していいのかどうか……。まぁ秘密だよね」

 

「あんたねぇ……」

 

「そんなことよりほら、演習が始まるよ。君のこれからを決める大事な戦いだ。実際のとこ勝率としては君はどう見てるんだい?」

 

「……まあ、うちの勝ちでしょうね。時雨は何だかんだと優秀な奴でタダでは負けない。浜風も戦艦顔負けの戦闘力、それに加えて今回は切り札も渡してあります。それに何より……春雨ちゃんが負けることはないでしょうし」

 

「へー、信頼してるんだ」

 

「けれど懸念もあります」

 

「懸念?」

 

「あの天津風です。アイツ、多分春雨ちゃんに近い何かでしょ。随分前に行方不明になった天津風がいるとは聞いてましたけど、なんであっち側にいるんですか」

 

「さあね」

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 風速20m、天候晴れ、視界良好。

 

 提督をかけた大事な戦い、僕は海に立ちながら戦闘環境の確認と共に敵艦隊に目を向ける。前方50m先には昨晩お酒を飲み交わしたおーちゃん、悪磨さん、そして『天津風』の艤装を纏う艦娘の姿があった。

 

「春雨……、あの天津風って……」

 

「はい、間違いありません……私が嚮導艦を務めていたあの天津風さんです」

 

「だよね……行方不明になっていた彼女がどうして深海棲艦側に……」

 

 元大将鎮守府の天津風、かつての僕達の後輩だ。あのアイアンボトムサウンドの戦いで春雨が天津風を庇い沈んで以降、行方不明になっていた。その彼女がどういう訳か今、敵として僕達の前に立っている。

 

「時雨姉さん、天津風さんの相手は私に任せて貰えませんか?」

 

「……大丈夫なの?彼女は君の元生徒だからやりづらいんじゃ……」

 

「だからこそです、はい。嚮導艦である私が天津風さんにお説教をしてきます」

 

「……そっか。いいよ分かった、その代わり危なくなったら僕か浜風を呼ぶんだよ。何も一対一で戦う必要はないんだから」

 

「ありがとうございます」

 

「さて、じゃあ浜風、僕達はおーちゃんと悪磨さんの相手だ」

 

「いえ、時雨さん、私も一対一で戦わせてください。悪磨さんにはまだ不覚をとったままですし……それに時雨さんの切り札に巻き込まれたくはありません」

 

「ええ……まぁでも確かにそっちの方がいいかもね。三人での連携練習とか今までしたことないし、春雨や浜風は下手に仲間を意識するよりは個人技で戦った方が強そうだ。うん、分かったよ。なら僕はおーちゃんの相手だね。問題は向こうが乗ってくるかどうかだけど……」

 

ピーーーーーー!!

 

 島の浜辺から妖精さんの笛の音が響いた、演習開始10秒前の合図だ。僕達はそれを聞いてそれぞれ艤装を展開する。浜風は12.7cm連装砲、春雨は小型ドラム缶爆弾、そして僕は提督から貰った12.7cm仕込み傘単装砲を構える。

 

ドンっ

 

 浜辺から46cm砲弾が放たれた、演習開始の合図だ。春雨は左舷に、浜風は右舷に、僕は傘を握りしめて正面のおーちゃんに突撃する。

 

 偶然か必然か、敵も一人一殺の戦略を選んだらしい。天津風は春雨の元へ、悪磨さんは浜風の方へと向かっていった。

 

 僕はおーちゃんの正面10m地点まで接近し航行を緩やかに落とす。おーちゃんは未だに艤装を展開していない。余裕のつもりなのだろうか。

 

「やぁ、おーちゃん昨晩ぶりだね」

 

「はい、先日はあの様な無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした。ですが私達にも理由があるのです。鉄底さんにはどうしても一度深海に来てもらわなくてはなりません」

 

「理由があるのは分かるさ。昨晩、君と食事をして感じた、君達は他の深海棲艦とは違うってことをね。そもそも意思疎通できる深海棲艦に会うのそのものが初めてだけどね」

 

 僕はおーちゃんの周りをグルグル航行しながら攻撃のタイミングを伺う。だけどそんなスキは何処にもない、彼女の背中を取った現在でも攻撃を始めれば直ぐに返り討ちに遭う、そんなイメージが頭を過ぎった。

 

「何故君は僕達の提督を深海に連れて行きたいんだい?」

 

「乙姫様がお怒りなのです」

 

「乙姫……?新種の姫級か何かかい?」

 

「……喋り過ぎました。もういいでしょう、戦いを始めましょう。安心してください、提督さんを深海に連れて行ってもその身の安全だけは私が保障します……最も、もう二度と陸に戻ることはないでしょうが」

 

 

 

□□■

【浜風vs悪磨さん】

 

 

 

「悪磨さん、貴方は一体何を考えているのですか」

 

「なーんにも考えてねーくま」

 

 私の12.7cm連装砲の放つ砲弾を悪磨さんはまるでスケートでもしているかのように、優雅に、腹立たしく躱し続ける。無駄な動作ばかりの彼女の動きを何故か私は捉えることができない。現に今まで放った計十発の砲弾は全て海面へと着弾し水柱を上げている。

 

「質問の仕方を変えましょう」

 

 悪磨さんのペースに乗せられている。そんなことは分かってはいたが私は砲弾と共に、彼女に言葉を放ち続ける。

 

「貴方はどちら側なのですか?」

 

「どちら側でもねーくま。『卑怯なコウモリ』の童話は知ってるだろク魔?イソップのやつク魔」

 

「知っています」

 

 卑怯なコウモリ。有名な童話だ。

 獣であり、鳥でもあるコウモリはその特徴を利用して獣族と鳥族の間で何度も寝返りを繰り返した。その結果としてコウモリは獣からも鳥からも疎まれ仲間から追放されてしまう。裏切りを繰り返したコウモリは太陽の下を飛ぶことは出来なくなり、陽の落ちた夜にだけその姿を現すようになった。

 そんな教訓めいた童話だ。

 

「私は常に面白そうな方につく。今回はたまたまこっちについただけク魔」

 

「ふざけた人ですね」

 

 そんな面白半分で先輩を連れ去られる訳にはいかない。私は連装砲を構え直し連続で四発の砲弾を放った。だがそれも全てギリギリで躱される。

 

「なんつーか、浜風、お前はいつも余裕がねぇク魔。この間もそうだった。案外、私とお前を足して2で割ったらちょうどいいかもしんねーク魔ね」

 

 そう言いながら悪磨さんは左手をお尻の部分、装備スロットNO.1に差し込んだ。ようやく装備を出す気になったようだ。私も気合いを入れ直した……が、彼女がスロット1から取り出したのは装備などではなく、『戦闘糧食』……いわゆる『おむすび』だった。

 

「……何をしているのですか」

 

「ああ?見てわかんねぇク魔か?おむすび食ってるク魔」

 

「そんなこと聞いていません。何故戦闘中におむすびを食べているのかと聞いているのです。それも貴重な装備スロットを潰してまで……!」

 

 艦娘の装備出来る艤装には限りがある。基本的には駆逐や軽巡なら3つ、戦艦なら4つだ。もちろん例外的にスロットの多い艦娘だっているが、それでも装備スロットが貴重なことに変わりはない。そんなスロットに長期任務でもないのに戦闘糧食を装備するなんてことは通常まずありえない。

 

「ちなみにあと2つあるク魔」

 

 悪磨さんはさらに2つのおむすびを取り出し私に見せびらかす。軽巡球磨型のスロットの数は三つ、例外はない。つまり彼女はこの演習において主砲や魚雷を一つも装備せず、おむすびだけを持って抜錨しているということになる。

 

 まるで遠足気分だ。

 

「……付き合い切れません。直ぐに貴方を倒して時雨さんの応援に向かいます」

 

「そー言うなク魔。ほら、おむすび分けてやるからもう少し私と駄べってよーぜ!」

 

 悪磨さんはおむすびのひとつを私に向かって放り投げた。「いりません」、私はそれを連装砲の砲身で弾く--------その瞬間おむすびが爆発した。

 

「アッハハハハ。引っかかったク魔。そのおむすびの具材は爆雷、衝撃を与えたから爆発したんだク魔」

 

───────やられた。

直ぐに損傷レベルを確認する。所詮はおむすびに詰めていた程度の爆薬、大したダメージにはなっていない、せいぜいが小破といったところだ。

だが直接爆発を受けた連装砲の砲身は曲がり、使い物にならなくなってしまっていた。

 

私は連装砲を捨てスロットNO.2から10cm連装高角砲+高射装置をとりだす。

 

「ほー、秋月砲かク魔か 。随分レアな装備貰ってるク魔ね。でも……それもぶっ壊してやるク魔!」

 

 悪磨さんが2つ目のおむすびを私に向かって投擲した。

 

 同じ手はもう食わない、今度は砲弾で撃ち落とす。

 

 飛んでくるおむすびに標準を合わせ高角砲の引き金を引く直前、今度はおむすびが発光した。昼間だというのに目を開けていられない程の輝きに私は視力を奪われる。これは……照明弾!?

 

「おむすびの具材が全部爆雷だなんて誰も言ってねーク魔よッ!!」

 

「くっ!!」

 

 視力を奪われている間に悪磨さんに懐への接近を許してしまった。彼女から放たれた回し蹴りに私の高角砲ははじき飛ばされ海へと沈んでしまう。

 

「おら、もう目は見えるだろ。さっさと最後の装備を、第3スロットから出せク魔。それもぶっ潰して戦えなくしてやるク魔」

 

「……」

 

 悪磨さんの挑発を私は無視する。いや違う、挑発に乗らないのではなく乗れないのだ。なぜならスロットNO.3の装備は主砲でも高角砲でもまして魚雷でもない。戦うための装備ですらない。

 

「なんだ?もう装備はないク魔か?ははーん、秋月砲を装備してたってことはさては最後の装備は13号対空電探ク魔ね?おーちゃんの艦載機対策で持ってきてたんだろーけどお生憎さま、お前は悪磨さんに負けるんク魔!!」

 

 悪磨さんの最後のおむすびが私に向かって投擲された。おむすびは途中で霧散し、中から零式水上偵察機が飛び出す。偵察機はそのまま私に突っ込み、私の胸元で爆発した。───────神風特攻、そう言えば悪磨さんの十八番だった。

 

偵察機の特攻爆発を受けた私の艤装は完全大破、もしも装甲値が数字として視認できていたとすれば既に一といったところだろう。

 

 大破し浮力を維持できない艤装が私の重みに耐えきれず沈んでいく。あと一撃でも攻撃を貰えば完全に轟沈してしまうだろう。

 

 そんなボロボロの私に興味を失ったか悪磨さんは私に背を向けどこかへ去ろうとする。

 

「どこに……いくつもりですか」

 

「天津風のところへ。アイツ一人じゃ春雨の相手はキツイ。手を貸しにいくク魔」

 

「……行かせるわけないでしょう」

 

「はっ、沈みかけのお前に何ができるク魔。恨むなら悪磨さん相手に油断した自分を恨むんク魔ね」

 

 鼻で笑う悪磨さんを私は睨み返す。まだ負けてない、先輩から渡された切り札が残っている。

 

「私の最後の装備……第三スロットに入れていたのは何だと思いますか?」

 

「……まさか女神ク魔か?だとしても無駄ク魔。女神の発動条件は艦娘の轟沈、けど悪磨さんはお前を沈めない、つまり女神は使えないク魔」

 

「女神ではありません」

 

 私は第三スロットからその装備を優しく、潰してしまないよう両の手で包み込むようにして取り出す。

 

「……?何にも持ってないじゃねぇかク魔」

 

「そうですね……私達には見えません、だって今私の手の平にいるのは妖精さん、それも工廠妖精さんですから」

 

 妖精さんは提督適性を持つものにしか視認できない。そもそも戦場に連れてくるものでもない。

 

「工廠妖精……?そんなもの連れてきてどうする気だク魔」

 

 困惑する悪磨さんを傍目に、私は昨晩の先輩との会話を思い返す。

 

 

『艦娘の改装って不思議だよな』

『不思議?何がですか?』

『だってさ改装すると艤装の損傷が完全に回復、燃料や弾薬が補充されてさらに新しい装備まで手に入るんだぜ?』

『その為に必要な材料は工廠妖精さんに渡してるじゃないですか。それを使用しているんじゃないですか?』

『まぁそうなんだけどな。でもさ───────仮に戦場に工廠妖精を連れてって改装をお願いしたらどうなるんだろうな?』

 

 

 先輩は思いつきでこんな発言をしたのだと思う。ただ、私は彼の言葉に酷く説得力を覚えた。だからこの演習の直前、13号対空電探を外し、装備スロット3に工廠妖精さんを装備して貰ったのだ。

 

「妖精さん、お願いします」

 

 私は残った弾薬と燃料を目に見えない妖精さんに差し出し、改装をお願いする。妖精さんを見ることのできない私にはこれから先できることはない。ただ改装して貰えるように願うだけだ。

 

 突如、差し出した燃料と弾薬が消滅した。次いで私の艤装が発光を始める。改装時特有の発光現象……どうやら工廠妖精さんは私の依頼を聞き届けてくれたらしい。

 

 直ぐに発光は収まり、私の新たな装備が現れる。

 

スロットNo.1:10cm連装高角砲

スロットNo.2:13号対空電探改

スロットNo.3:25mm三連装砲機銃

 

装備だけではない、艤装の修繕も完了しているだけでなく、以前よりも出力その物が上がっているのが感じられる。

 

これが私の新たな艤装───────浜風乙改。

 

「さて─────悪磨さん、続きをやりましょうか」

 

「冗談じゃねぇ。おむすびも使い切ったのにパワーアップしたお前となんか戦えるかク魔。降参、降参だク魔」

 

 

 

 

 

 

□■□

 

 

 

 

 

【春雨vs追いつきたかった天津風ちゃん】

 

 

 

私は貴方の隣に立ちたかった。

私は貴方と肩を並べたかった。

 

だけど貴方はどうしようもなく速すぎて、私ではどれだけその背を追いかけても追いつくことは出来ない。

 

いつの間にか私は貴方の背を見失っていた。

だけど、貴方の背を見失いはしたけれど、貴方が何処にいるのかだけは知っていた。冷たくて暗い海の底。

 

行きは良い良い帰りは怖い。昔聴いた童謡にこんなフレーズがあったのを思い出した。

 

そこに行くのは簡単だけど一度行けばもう帰って来られない、そんな場所に貴方はいる。

 

私は迷わなかった。貴方がそこ()にいるのは私のせいでもあるのだから、私がそこに行くのは当然だもの。

 

私は迷うことなく帰り道のない道を進んだ。

 

底で私は貴方を探し続けた。

 

だけど……探せど探せど貴方の姿は見当たらない。

 

諦めることなく貴方を探していると私は古ぼけたお城を見つけた。海の底にお城があるなんてまるで昔聞いた童話のようね。カメを助けていない私にはきっとこのお城に入る資格はないのでしょうけど。

 

だけどここに貴方がいるかもしれない。なら中を調べないと。

 

お城の中に貴方はいなかった。だけど代わりにお姫様がいた。お姫様は私に言う。

 

「貴方の探してる人はもうここにはいませんよ。元居た場所に帰ってしまいましたから」

 

───────ああ、やっぱりなのね

分かっていた。どうやったって私では貴方に追いつけない。私がここに来たのなら貴方は向こうへ行ってしまう。私は絶対に追いつけない。

 

涙を流す私にお姫様は言葉を続けた。

 

「今の貴方なら上に返してあげられますよ」

 

お姫様の気遣いを私は断った。

 

私はあの人を追いかけてここまできた。もう戻れなくてもいいと覚悟を決めてここに来た。だけどやっぱり貴方には追いつけない。

 

ならきっと何処まで追いかけても私は貴方に追いつけない。

 

───────だからもう私は貴方を追いかけない。

───────貴方とは反対の方向に走り始めることにするわ。

 

そうすればきっといつか貴方と正面からぶつかれるはずだから。

 

───────だって地球は丸いんだもの。

 

どれだけ時間がかかるのかは分からない。だけどきっと貴方の前に立つ。この暗い海の底では私の大好きな風を感じることも出来ないけど……それでも頑張るから。

 

 

だから待っててよね──────春雨。

 

 

 

■□□

 

 

 

「行方不明になったとは聞いていましたが、まさか深海棲艦の味方になっているとは思いませんでした」

 

 貴方(春雨)はわたしにドラム缶と言葉を投げつける。わたしは高温缶とタービンに負荷がかからないよう少しづつ出力を上げながらギリギリのところでそれを躱す。

 

 一秒前までわたしがいた場所で爆音と共に水柱が上がる。どうやらあのドラム缶の中身は爆薬らしい。装甲を極限まで削り落としたわたしが貰えば恐らく一撃で大破するであろう威力だ。

 

「天津風さん、どうして其方にいるのですか?」

 

「……貴方がそっちにいるからよ」

 

 貴方はドラム缶を投げ続け、わたしはそれを躱し続ける。

 

「……私、何か天津風さんに恨まれるような事をしましたか?」

 

 違う。恨んでなんていない。わたしはただずっと前から貴方の隣に並びたかっただけ。貴方が私のせいで、わたしの目の前で沈んだあの日にそう強く願った。

 

「無視ですか……わかりました。どちらにしても私は天津風さんをやっつけなくてはなりません。お話はその後でしましょう」

 

 春雨が今まで投げていたものとは比べものにならないサイズのドラム缶を海中から取り出す。今まで投げていたのが350mlのジュース缶サイズだとしたら今度のは900KLの準特型タンク程もあろうかというサイズだ。

 

「このサイズの爆弾なら貴方がどれだけ躱すのが上手くても避けきれません。半径20m内は爆風で吹き飛ばされるでしょうから」

 

「……やってみなさいよ」

 

「もちろんです。はい」

 

 一瞬の迷いもなくドラム缶は投擲された。

 

 

----------

--------------

-------------------

 

 

 

「やりすぎたかもしれません……」

 

 爆発から十秒、貴方はドラム缶の中から外へと姿を現した。どうやら爆発の中、自分が巻き込まれないよう中に身を潜めていたらしい。

 

 私は油断している貴方の背後へと回り込んで思いきり背中を殴り付けた。

 

「うっ……!」

 

 わたしに殴られた貴方は吹き飛ばされ、海面を二度バウンドして体勢を立て直しわたしを睨みつける。

 

「……あの爆発をどうやって凌いだのですか」

 

「躱しただけよ」

 

「不可能です。隠れる場所もどこにも無い、それこそ爆風より早く動くくらいでないと……」

 

「そうよ。爆風より、風よりも早く走ったの」

 

「そんなことが……!」

 

「さっき貴方を背後から殴った時、どうして主砲で撃たなかったと思う?背後から後頭部を主砲で撃てば勝負は決まっていたかもしれないのに。」

 

「……」

 

「答えは簡単よ。わたし、武器を装備してないの。装備してるのは新型高温高圧缶に改良型艦本式タービン×2、武器はこの拳だけ。装甲も連装砲くんも全部置いてきた。─────とにかく速力を上げるために、貴方に追いつく為に!」

 

「くっ!!」

 

 真っ直ぐ貴方に突撃する私に対して貴方は上空に向かってドラム缶を放り投げた。上空約20m程の地点でドラム缶は爆発し、中から黒い液体を辺りに撒き散らす、まるで黒い雨のようだ。

 

 流石のわたしも雨を躱すことは出来ずに黒い液体を浴びてしまう。対象的に貴方はドラム缶を頭から被り黒い液体から身を守っていた。

 

「なによこれ……油?」

 

「アスファルトの原液です、浴びれば直ぐに硬化して動けなくなります。司令官を捕まえる為に私が調合したのですが、アスファルトを液状に保つには100℃以上の高温を維持しなくてはいけません。そんなものを司令官に浴びせる訳にもいかず処分に困っていたのですが……使い道ができてよかったです」

 

 液体を浴びた箇所を見てみる。確かに貴方のいうとおりに大気に晒されたアスファルトは冷やされ、硬化し始めている。このままでは艤装が動かなくなるのも時間の問題だ。

 

「天津風さん、貴方の負けです。降参して私達の所へ帰って来てください。大丈夫悪いようにはしません、司令官には私から話をしてあげますから」

 

「帰るってどこによ……」

 

「ですから私達の所へです」

 

 甘い言葉だ。甘すぎて、甘すぎて、縋り付きたくなるほどに魅力的な言葉。

思えば何時もそうだった。貴方に追いつけないわたしはいつも貴方を見失って、そして最後にはやっぱり貴方に迎えに来てもらっていた。

 

 だけどその結果があのアイアンボトムサウンドでの轟沈だ。わたしを迎えに来た貴方はそのまま沈んでしまい、一人残されたあたしは迷子になってしまった。

 

 もう迎えにきて貰うんじゃダメだ。私が貴方に追いついて、追い越さないと行けない───────。

 

 高圧缶とタービンの出力を最大にする。オーバーヒートを起こした艤装は煙を上げてわたしに限界を伝えると共にその身に熱を帯び始める。そしてその熱は直ぐにアスファルトを溶かし、わたしの体を自由にする。

 

 体を貴方の方向に傾けた。瞬間、今までを遥かに超える速力で艤装はわたしを貴方の目の前へと運んでくれた。

 

「追いついた!!」

 

思い切り握り締めたわたしの拳が、貴方のお腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 



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時雨とおーちゃんと決着

決着


 天津風が消えた───────そう認識した次の瞬間に、奴は春雨ちゃんの正面に現れ春雨ちゃんを殴り飛ばした。

 

 島の浜辺で遠目に戦いを見ていた俺と大将には天津風の常軌を逸したスピードに目が追いつかない。まるで瞬間移動(テレポート)をしているかのようだ。

 

 現れたと思ったらまた消える。

 

「鉄底くん、春雨ちゃん負けちゃいそうだけど大丈夫なの?」

 

「……」

 

 大将の言う通り、天津風と戦う春雨ちゃんは彼女のスピードに付いていけずただ殴られ続けている。天津風の攻撃は所詮は拳によるもの……春雨ちゃんの艤装にダメージはなく小破にもなっていない。

 

 だが拳を受ける春雨ちゃん自身は確実にダメージを蓄積している。いくら艦娘化によって身体が強化されているといってもこのままでは危険だ。

 

けど───────

 

「負けませんよ、春雨ちゃんは。絶対に」

 

 春雨ちゃんの恐ろしさは彼女と戦い(から逃げ)続けた俺が一番よく知っている。ただ速いだけの奴に負けたりしない。

 

 

 

 

 

ーーーーー

ーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 限界を超えた出力を発揮する高圧缶とタービンが悲鳴をあげる。プスプスと真っ黒な煙を上げるわたしの艤装は今にもその機能を停止してしまいそうだ。

 

だけど出力を落とすわけにはいかない。そんなことをすれば直ぐに貴方に捕まってしまう(追いつかれてしまう)

 

───────もう永くは持たない

 

 だというのに貴方は殴っても殴っても立ち上がる。攻撃をするわたしの拳の方が先にダメになりそうだ。

 

「はるさめぇぇぇぇぇ!!」

 

 私はさらに出力をあげ、助走をつけて貴方のお腹に拳を叩き込んだ。

 

「がっ───────」

 

 吹き飛ばされた貴方は海面を転がる。だけどまた直ぐにふらふらとよろけながら立ち上がってくる。

 

「なんで立つのよ……いい加減に倒れてなさいよ」

 

 立ち上がった貴方は口元の血を拭うと私を真っ直ぐに見つめる。その目にダメージの色はまるでない。

 

「もう……追いつかせてよ!!」

 追いつかせて──────いつの間にかそんな言葉がわたしの口から漏れていた。『追いつきたい』子供の頃からの私の口癖だった。負けず嫌いなわたしは何時もその言葉を口にしていた。

 勉強であの人に追いつきたい、かけっこであの人に追いつきたい、憧れのあの人に追いつきたい─────それは島風という艦のプロトタイプとして作られた天津風のコンプレックスなのかもしれない。そして天津風という艤装の適性者であるわたしの願い。

 

 わたしは、嚮導艦としてわたしに指導をしてくれる貴方に憧れていた。同時に貴方に追いつきたいと思っていた。

 

 いつか生徒としてでは無く、パートナーとして貴方の隣に立ちたい。

 

 だけど、あのアイアンボトムサウンドで貴方は沈んだ。わたしを庇って沈んだ。

 

 

あれ──────?

 

 

 そういえば、わたしは貴方とは反対方向に走り出したはずなのに、どうして『追いつかせて』なんて言葉が出たのだろう?

 

 不思議だわ。

 

「追いついていますよ」

 

 貴方がわたしの言葉を口にする。だけど貴方の言葉は間違っていた。

 

「追いついていないわ」

 

「追いついています。それでも貴方が追いついていないと言うのなら───────きっと貴方はわたしを追い越してしまったんですよ」

 

 貴方の目つきが変わった。あの時……わたしの嚮導艦だった時と同じ目。

 

「だから……今度は私が追いつかないとですね。はい」

 

 突如、わたしの身体が宙に浮かんだような、浮遊感が襲った。

 

 足元を見てみるとそこにあるはずのものが……水が、海が無くなっていた。

 

 海に穴が空いていた。

 

「海中で私の持つドラム缶を大量に爆発させ、半径20mほど海を蒸発させました」

 

 為す術もなく落下するわたしとは対象的に、貴方は小さな爆弾を自身の背中で爆発させ、その爆風を利用して私の目の前まで飛んできた。

 

「追いつきました。はい」

 

 貴方の取り出した空ドラムの中に私は閉じ込められる……何だかとても懐かしい。

 

 真っ暗で、何も聞こえない、だけど何だかとても温かい。昔は悪さをするとよくこの中に閉じ込められてたわね。

 

───────そういえば、わたしはどうして貴方の隣に立ちたかったんだっけ?ダメね……走り疲れて頭が回らないわ。久しぶりにゆっくり休みましょうか。

 

このドラム缶の中は温かくて、わたしが知る中で一番安心できる場所。

 

ゆっくり休めそうね──────。

 

 

 

 

 

 

ーーーー

ーーーーーーー

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

(海に潜るのは久しぶりだけど、案外身体が覚えているものだね)

 

 

 春雨と浜風と別れて、僕とおーちゃんは直ぐに戦闘に突入した。

 おーちゃんの装備はスロット1,2にそれぞれ艦攻と艦爆、スロット3,4に機銃を搭載していた。この機銃が曲者だった。

 

 遠距離攻撃の艦載機の包囲を掻い潜っておーちゃんに接近しても機銃によって蜂の巣にされてしまう。かといって中距離から砲撃を放ったのでは駆逐艦の僕の火力ではおーちゃんにダメージを与えられない。

 

 おーちゃんの不意をつく必要があった。

 

 だから僕は一度艤装を解除し海中へと潜った。『駆逐艦:時雨』ではなく、『人間:臼井(うすい) 時乃(ときの)』として海中を泳ぎ、敵空母おーちゃんへと接近する。

 

 深海棲艦によって汚染された海域では使えない、この綺麗な海ならではのウルトラCだ。

 

 おーちゃんの立つ海面から約7m程の真下の地点まで泳いだ。僕は海面へと向かって急上昇する。

 

ザッバーーーン

 

 海面から浮上するとともに艤装を展開、スロット1と2から12.7cm仕込み傘単装砲を取り出し構える。おーちゃんはこちらに背を向けていた。

 

「とった!!」

 

 二本の傘を刀のように振り回しておーちゃんの背に叩きつける。

 

一撃!二撃!三、四撃!

 

 傘がおーちゃんに触れる度にトラックがコンクリートにぶつかったかのような鈍い音と共に火花が散る。

 

 傘を叩き込んだ回数が10を超えたあたりからその反動で僕の腕まで痺れ始めた。

 

「これで……おわり!!」

 

 最後に二本の傘の先端……砲口を振り返ったおーちゃんのお腹へと押し当て引き金を引く。瞬間、とんでもない爆発音と砲撃がおーちゃんに放たれた。

 

 12.7cm単装砲のゼロ距離発射。いくら駆逐艦の主砲とはいえ無事ではすまないはず。その衝撃は砲撃を放った方の僕が吹き飛ばされ小破のダメージを追うほどだ。効いてないはずがない。

 

「所詮駆逐艦ですね……」

 

「参ったね……流石に硬すぎるよ」

 

 砲撃の爆煙が薄れおーちゃんの姿が顕になる。そこには小破どころか傷一つ負っていない彼女がため息をつき立っていた。

 

「申し訳ありませんがもう脱落して貰います。悪磨さんや天津風さんの応援にいかないといけませんので」

 

「そういう訳には……いかないね!」

 

 おーちゃんの機銃が放たれる。僕は傘を広げそれを盾にするようにして一旦彼女から距離を取る事に成功する。

 

 だが攻め手がない。仕込み傘砲のゼロ距離発射は僕の放てる最大火力の攻撃、あれでダメージがないのならお手上げだ。

 

 開いた仕込み傘砲で機銃を防ぎ、もう一本の仕込み傘砲で艦載機を落とす。何とか耐えれてはいるがいつまで持つか。

 

「何を手間取っているのですか」

 

 不意に背後から声をかけられた。振り返るとそこには演習開始前とは明らかに様子の違う浜風の姿があった。ここにいると言うことは悪磨さんを倒したのか、流石だ。

 

「やぁ浜風。なんだか随分と格好よくなっているみたいだけどどうしたんだい?」

 

「改装しました、浜風乙改です。そんなことより何を苦戦しているんですか。あの程度の敵、貴方の切り札を使えば直ぐに倒せるでしょう」

 

「それがダメなんだ。上を見てよ」

 

 浜風と共に僕は上を見上げる。そこには雲一つない綺麗な青空がどこまでも広がっている。

 

「僕の切り札は空に『雲』が浮いてないと使えないんだ。だから今はこの二本の主砲(かさ)で戦うしかない」

 

「そんな弱点が……分かりました。二人で戦いましょう。私が特攻を仕掛けますので時雨さんは援護をお願いします」

 

「どうするつもりだい?僕はゼロ距離砲を放ったけど彼女に傷一つつけられなかった。生半可な攻撃じゃ返り討ちに遭うだけだよ」

 

「知っています、見ていましたから。確かにあの装甲強度は脅威です。私達駆逐艦の主砲ではダメージを与えられないでしょう……ですが、彼女の急所、眼球や口内、恥部に放てば少しは効くはずです」

 

「浜風……やっぱり君、クレイジーだね」

 

「よく言われます」

 

 

□□□

 

 

『ああ……本当にもう、この提督を逃がす訳にはいかないや』

『だって、こんなにも返さなくちゃけない恩が大きすぎるから────── 』

 

 提督の手で僕の中でのアイアンボトムサウンドとの決着がつき、暗い海の底から春雨を連れ戻してくれたあの日、確かに僕はそう誓った。

 

 提督に恩を返さなくてはいけない。

 

 だけどそれと同時に僕は自身の中での矛盾にも気がついていた。

 

『提督を辞めたい』

 

 それが提督の一番の願いだ、なのに僕はその提督をこの鎮守府に縛り続けている。

 

 もちろん、理由はある。提督適性をもつ人間は深海棲艦から命を狙われる。アイアンボトムサウンドを終わらせ『鉄底英雄』なんて呼ばれるようになった彼なら尚のことだ。

 

 彼はもう外では生きていけない。

 

 だけど彼はそれでも外で、提督としてでは無く一般人として生きることを望んでいる。

 

 理由は知らない。何か僕達に隠していることがあるのは察しているが彼は決してそれを口にしない。

 

 ならば僕の恩返しとはきっと『提督が一般人として生きられる世界を作る』ことなのだと思う。

 

 つまりこの戦争を終わらせる──────それが僕にできる提督への恩返しということになるのだろう。

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

「時雨さん、まだやれますか」

 

「いや、僕もそろそろ限界かな」

 

 僕は浜風と協力しておーちゃんに挑んだ。僕一人で戦っていた時とは違い、数の有利を利用して何度もおーちゃんに攻撃を叩き込むことが出来た。だけど……

 

「もういいでしょう……貴方達では私には勝てません。地力が違うんです」

 

 何度攻撃してもおーちゃんにダメージを与えられない。やはりその異常な装甲値の前に僕達の攻撃は彼女にかすり傷一つ負わせることが出来なかった。

 

 硬すぎる。どう足掻いても勝てない。きっとおーちゃんがこの場で居眠りを始めたとしても勝てない、それほどに力の差があった。

 

「浜風……何かいい作戦はないかな?」

 

「残念ながらお手上げです」

 

 浜風は既に大破、僕も大破直前の中破だ。艤装は所々破損し顔を伝う血で視界もボヤける。

 

 だけど諦める訳にはいかない。ここで僕達が負ければ提督はどこともしれない場所に連れていかれてしまう。

 

 きっとそこは暗くて冷たくて寂しい場所……そんな場所に彼を行かせる訳にはいかない、そして何より提督ともう会えなくなるなんて嫌だ。

 

「私の勝ちです」

 

 おーちゃんの艤装からおびただしい量の艦載機が飛び出した。そのあまりの数に視界が黒く塗りつぶされる、まるでイナゴの軍勢だ。撃ち落とせるような数ではない、だけど僕は最後の力を振り絞って仕込み傘砲を艦載機の群れに向けた。

 

「時雨姉さん、何を苦戦しているんですか」

 

 背後からドラム缶が艦載機の群れに投げ込まれ爆発した。突然の奇襲におーちゃんの艦載機達は奇声を上げながらボトボトと海に落ちていく。

 

「春雨……」

 

 僕達をピンチから救った春雨は真っ直ぐにおーちゃんに視線を送る。その姿は天津風との戦いでのダメージが色濃く残っていた。

 

「春雨さん……貴方がここにいるということは天津風さんは負けてしまったのですね……仕方ありません、三人纏めて相手をしてあげます!」

 

 おーちゃんの艤装から再び艦載機が発艦する。春雨にあれだけの数を沈められたというのに先程と同等かそれ以上の数だ。

 

「勘違いしないでください。貴方を倒すのは私ではありません。時雨姉さんです。はい」

 

「……無茶を言いますね。貴方のお姉さんの姿をよくご覧になってはどうですか?既に大破直前、到底戦える状態ではないでしょう」

 

「時雨姉さんならこの程度の損傷ハンデにもなりません」

 

 春雨はくるりとこちらに振り返り僕に語りかける。敵に背を向けているというのにまるで緊張した様子はない。

 

「時雨姉さん、私は天津風さんに勝ちました。浜風さんは悪磨さんに勝ちました。そろそろ姉さんもお願いします、姉さんの切り札を使えばそれができるはずです」

 

 僕は首を横に振り春雨の言葉を否定する。

 

「ダメなんだ。僕の切り札は空に雲がないと使えない……この快晴じゃあ……」

 

「ありますよ、雲」

 

「え?」

 

 春雨が空に向かって指を差した。つられて僕は空に首を傾ける。

 

「うそ……」

 

 空には爛々と輝く太陽、宙に海があると錯覚する程に澄み渡る青空、そして─────大きな大きな入道雲がそこに浮かんでいた。

 

「どうして……さっきまで確かになかったのに、何で急にこんな大きな雲が──────」

 

 入道雲が風によって流されてきたのかとも思った。だが快晴、障害物もなく水平線の果てまでも見渡すことのできるこの場所でいくら距離が離れていようとこのサイズの雲を見落とすなんてことはありえない。この雲は今、この場所で発生したんだ。

 

「私が作りました。はい」

 

「雲を作った!?」

 

「はい。先程の天津風さんとの戦いで私は少しだけ海を蒸発させたんです。恐らくその水蒸気が空に昇り温められ雲になったのだと思います」

 

 海を蒸発させた……その言葉が比喩なのかそうでないのかは分からない。

 

 だけどそんなことはもうどうでもいい。今重要なのは空に雲があるという事実だ。

 

 これで僕の切り札を使うことができる。

 

「ありがとう春雨……これで勝てる」

 

 僕は仕込み傘砲を仕舞い、最後の艤装、『長距離用WG42(ロケットランチャー)』をスロット3から取り出し海面に浮かべる。

 

 砲身の角度を調整、狙うは敵ではなく空に佇む入道雲。

 

「鉄底砲……発射!」

 

 撃ち出された6発のロケットは白い煙を撒き散らしながら真っ直ぐに雲に向かい、やがて雲に飲み込まれ見えなくなった。

 

「本当に貴方は何がしたいのですが……私に傷を与えられないと分かっていながら特攻をしかけ、今度は空に向かってロケットを放つ……付き合い切れません」

 

 宙に浮かぶ大量の艦載機が僕に砲口を向ける。だけどもう遅い、僕の切り札は既に発動している。

 

「ねぇおーちゃん……君、傘は持っているかい?」

 

「深海に潜む私達がそんな物を持っている訳がないでしょう」

 

「なら──────僕達の勝ちだ」

 

 ぽたり、っと僕の頬を一粒の雨粒が伝った。ぽたりぽたりと最初の雨粒を追いかけるように数多の雨粒が降り注ぎ海面に波紋を作る。僕はスロットから仕込み傘を取り出し、開いたそれを浜風に渡した。

 

「ねえおーちゃん。僕が空に放ったロケット、あれは『雲』を『雨雲』へと変化させ、やがて雨を降らせる効力を持つんだ」

 

 ポツポツと降っていた雨足は次第に強くなり、気づけば20m先にいるおーちゃんの姿すらぼやけるほどの土砂降りとなる。

 

 浜風は傘をさし、春雨はドラム缶を被り身を守っている。この海上で僕とおーちゃんだけが雨から身を守る術を持たず、ずぶ濡れになっていた。

 

「終わりです」

 

 おーちゃんが手を空に掲げ艦載機に合図をだした。

 

 だけど艦載機は動かない、それどころか一機、また一機と海に墜落していく。

 

「なっ……!なぜ私の艦載機が!?」

 

「僕の降らせたこの雨……実はただの雨じゃないんだ。僕が何度も……何度も後悔を繰り返した海、『鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)』で採取した海水を反転させたものなんだ」

 

鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)

 

 最悪の海と呼ばれ、数多の提督と艦娘が挑み、涙と共に沈んだ海。

 

 あの海域の攻略を僕達の提督以外、成し得なかったのは深海棲艦の強さも然ることさがら、真髄はその性質にあった。

 

 鉄底海峡の海風は艦娘の艤装を破損させる。

 

 この特異な性質によって艦娘は長時間の航行ができず、短時間での早期決着を強いられた。そして焦りはミスを生み判断を誤らせる。

 

 それが鉄底海峡を最難関たらしめた理由だ。

 

 アイアンボトムサウンドを攻略後、その海水を採取していた提督はその成分を解析し反転させた。艦娘に害を為す海水から深海棲艦に有害な海水にしたのだ。まるでアルカリ性の水を酸性に変化させるようにいとも簡単にだ。

 

 僕が雲に放ったロケットはその応用。深海棲艦に有害な雨を降らせるための物、おーちゃんほどの装甲でもその効果に変わりはない。

 

「これが僕の切り札、鉄底の雨(アイアンボトムレイン)だ」

 

「アイアンボトムサウンドの反転……なるほど、そういうことですか」

 

 ずるり、とおーちゃんの機銃が腐り落ちた。よく見れば彼女自身の身を守る装甲も溶け始めているのが伺える。

 

「ヲ級!!!」

 

「悪磨さん……無事でしたか」

 

 突然現れた悪磨さんがおーちゃんに駆け寄る。悪磨さんも雨に濡れているというのに艤装の損傷は軽微だ。彼女は結局、艦娘なのか深海棲艦なのかどちら側なのだろうか。

 

「ヲ級、ここは一旦逃げるク魔。流石にこれは勝ち目がねぇク魔」

 

「……そうですね。悔しいですが、貴方の意見を聞きしょう」

 

「逃がすわけがないでしょう……!」

 

 おーちゃんと悪磨さんが僕達に背を向け、それを浜風が追う。だけど突然提督から僕たちに無線で指示が入った、『浜風、追わなくていい』。きっと僕達の損傷を見ての判断だろう。おーちゃんの艤装はこの雨で腐り始めているが僕たちも既にボロボロ……混戦になればどうなるかわからない。

 

「時雨さん……一つ貴方達の提督に伝言をお願いします」

 

「……なにさ」

 

 雨のカーテンの向こう側から声が聞こえた。雨に遮られるこの視界ではゆらりと影が浮かぶのを確認出来るだけだ。

 

「乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありません」

 

 おーちゃんはその言葉を残し、2人の影はフっと完全に消滅した。

 

 残ったのは降り続ける雨とその雨粒が海面にぶつかる水音だけ。

 

『乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありません』

 

 おーちゃんが残した提督への伝言。乙姫と玉手箱というキーワードから連想されるのは【浦島太郎物語】だ。浦島太郎と提督、二人に何の関係があるのかはわからない。けれど間違いなくおーちゃんが提督を狙った目的はそこにある。

 

 提督は何かを隠している。

 

 そんなことはずっと前から分かっていた。きっと彼が僕達から逃げる本当の理由もそこにあるのだろう。

 

 でも僕は提督の身が一番大事で、恩を返し終えるまで彼を逃がす訳にはいかない。

 

「時雨姉さん、司令官の元に帰りましょう」

 

「うん、そうだね」

 

 だけど……もしも提督が僕に全てを打ち明け、助けを求めて来たのなら僕はどうするのだろう?

 

 彼と共にこの鎮守府を離れるのか、それともこの鎮守府で彼を守り続けるのか。

 

 それは今の僕には分からない。

 

 

 

 

 






初めてちゃんとした戦闘シーンに挑戦しました。ムズいっす。


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提督と艦娘と湯けむり暴行事件

春雨ちゃん
最近、消防設備士乙6の資格を取得した。どうやらドラム缶に変わる新たな兵装として消化器に注目しているらしい。

追いついた天津風ちゃん
別名ステゴロ天津風ちゃん。スピードを求める余りに主砲や艤装、連装砲くんまで何処かに捨ててしまった。主人を失い野良となった連装砲くんが今、何処で何をしているのか……それは誰も知らない。

山風
提督から貰った木箱(第18話参照)にお菓子を詰めていたら次の日消滅していた。この不可思議な現象に山風は首を傾げる。深海棲艦誕生から数百年、誰も知りえなかったその誕生の秘密に山風ちゃんはたった一人到達しようとしていた!
なお、今回特に出番はない。


 

 

 

 

「チッ……くず鉄共が。そのまま沈んでいればいいものを……相変わらず相棒の甘っちょろさには反吐がでるぜ」

 

 オレ、浦島太───じゃねぇ、『深海妖精さん』は鉄底提督(相棒)の頭上で胡座をかき、無様に撤退していく空母ヲ級達を見ながら唾を吐いた。

 

 まさか俺を捕獲する為にヲ級の奴が動くとは予測していなかった。奴は乙姫とは仲の悪い丙姫の部下だったはずだ。その奴が動いているということは向こうもなりふり構ってねぇということか。

 

「流石は鉄底英雄の精鋭だね。期待通りだ」

 

「何が期待通りですか……全部アンタが仕込んだことでしょうに」

 

 俺のケツの下、浜辺に腰を下ろし会話する相棒とクソ大将の会話に耳を向ける。

 相棒の言う通りだ。今回のヲ級達の襲撃は明らかにこの大将が一枚噛んでいる。だが解せねぇ。ただの人間であるはずのこいつがどうやって奴らとコンタクトをとったのか、そもそも今回の一件こいつの目的はなんだったのか、そして───こいつはどこまで知っているのか。

 

 思い返せば不自然な点は多々あった。

 

 何故こいつは相棒の元に『浜風』を送りこんだのか。

 何故元々こいつの鎮守府にいたはずの『天津風』は行方をくらまし、ヲ級と行動を共にしていたのか。

 さらに言えば相棒の監視役として送り込まれてきた『時雨』と『春雨』も元はこいつの鎮守府に籍を置いていたという。

 

 明らかにおかしい。この大将という男を中心に確実に何かしらの思惑が蠢いている。

 

 ただでさえ最近は相棒が提督を辞める等と言い出して計画に狂いが生じているのだ、これ以上のイレギュラーは見過ごせない。

 

 ……消しとくか。

 

 

 

 

□□■

 

 

 

 

 

 俺が監禁───もとい籍を置かされている鎮守府には幾つかの娯楽施設が存在する。

 

 例えば、映画を楽しむ為のシアタールーム、最新器具完備のトレーニングルーム、TVゲーム等を楽しむ六畳間の和室。どれも日本の海を守る対深海棲艦海軍鎮守府には凡そ不必要なものばかりだ。何故そんなものがあるのかと問われれば何のことはない、ただの俺の反逆でしかない。

 

 俺が軍から退役する為に提示された《鉄底海峡を攻略せよ》という任務を達成しもうかなりの年月が経った、だというのに大本営(うえ)は未だ俺の後任を寄越さないばかりか、代わりに送りつけて来たのは俺の監視役である白露型達という始末なのだから手に負えない。

 

 そんな不義理な上へのささやかな抵抗がこれらの娯楽施設の建設(資金の無駄遣い)だった。しかし、上への嫌がらせでしかなかったこの施設増築は結果として艦娘達からは歓迎され更なる支持を得ることになるのだから人生分からないものだ。あのイカレあきつ丸が似合わない笑みを浮かべていたのにゾッとしたのをよく覚えている。

 

 そんな経緯で増設&改築された施設の中でも取り分け人気なのは入渠施設、ようは風呂だ。

 

 艦娘といえどもやはり女、風呂好きな奴らが多いらしい。入渠施設には新たに増設した浴槽、露天風呂、サウナ、マッサージ器を設置と特に金をかけているのだから彼女らが入り浸るのも無理はない。

 

 斯く言う俺も風呂は好きだ。

 

 制服という重りを脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿となって湯に足を浸ける。少しづつ体を湯船に沈めていくとそれに比例するかのように身体から疲れが滲みだすのだ。肩まで浸かる頃には口からおっさん臭いうめき声が漏れるのを抑えることは困難になる。

 

 風呂は人類が生み出した英知である。どれだけ過酷な一日を過ごそうと湯に浸かれば立ちどころに癒され翌日の活力とすることができる。

 

 ただし、それが一人での入浴であった場合に限るが───。

 

 時刻は深夜二時、草木も眠る丑三つ時。オーちゃん達との戦闘を終えた俺はその日の汗を流す為風呂場へと向かった。

 

 だが悲しいかな一人ではない。そりゃ俺だって風呂くらい一人で入りたい。だが脱走常習犯である俺を一人で入浴させるほど奴ら(白露型)は甘くなどないのだ。基本的に入浴時も就寝時も常に誰かが監視役として俺と行動を共にするのだ。そして今現在の監視役は時雨の野郎だった。

 

「なんでこうなった……」

 

「それはこっちのセリフよ。なんでわたしが貴方なんかとお風呂に入らなきゃいけないのよ」

 

 湯船に浸かり天井を見上げ呟いた俺の隣からそう無愛想な答えが返ってきた。時雨ではない。奴は今浴槽から5mほど離れた位置にある流し場で髪を洗っているところだ。

 

 では時雨でないのなら俺の隣にいるのは誰なのか?それは数時間前に俺達の敵として現れた艦娘、陽炎型駆逐艦『天津風』その人だった。

 

「あ?ざけんな。ここはそもそも男風呂だ、女であるお前がここにいるほうが異端なんだよ。わかったらさっさと出て行け」

 

「嫌よ、今湯船からでたら貴方に裸見られちゃうじゃない!」

 

 俺は天井から右隣へと視線を移す。そこでは天津風が首から上だけを湯から出していた。どうやら湯の中には大量の入浴剤が投入されているのだろう、湯は濃い乳白色に変化しており天津風の身体をすっぽりと覆い隠している。

 

「自意識過剰か。てめえの貧相な身体になんざ興味ねえよ」

 

「はあ!?言ってくれるじゃないのよ!貧相かどうか見てみなさいよ!」

 

 そう言って立ち上がろうとする天津風の肩を俺は右腕で押さえつけて制する。なにやらギャーギャー喚いているが全て無視する。

 

 しかし、天津風の身体には興味ないが、こいつが知っているであろう情報には少し興味がある。現状、俺には分からないことが多すぎるのだ。

 

 そもそも何故こいつがこの鎮守府にいるのか、何故艦娘であるはずのこいつがオーちゃんと行動を共にしていたのか、沈んだのだとしたら何故深海化していないのか……聞くべきことはいくらでもある。

 

「つーか男湯女湯以前になんでお前がここにいんだよ。オーちゃんに捨てられたか?お?」

 

「違うわよ。この娘に連れてこられたのよ。割と手荒にね」

 

 そう言って天津風は俺が居る方とは反対側を指差した。そこにはいつの間にいたのか春雨ちゃんが頭に手ぬぐいを乗せて乳白色の湯船に浸かっていた。男湯とはいったい……。

 

「春雨ちゃんがこいつを連れてきたの?」

 

「です、はい。ドラム缶に閉じ込めて連れ帰りました。元々彼女は私の教え子です、理性があるとはいえ深海棲艦(オーちゃんさん)には任せておけません」

 

「え、このままここに置いておくつもりなの?」

 

「お願いします、はい」

 

 そう言って春雨ちゃんは俺に頭を下げる。うぐぅ……何故だか彼女にそう頼まれると弱い。

 

「面倒はしっかり春雨がみますから。司令官、お願いします」

 

「なんだかわたし、犬や猫みたいな扱いね……別にいいけど」

 

 俺は少し考える。特にこれといって天津風を此処に置いておくことに対してデメリットは思い当たらない、強いていえば彼女がスパイだった場合だが正直それも些末だ。さしたる問題ではない。問題はメリットだ、これは案外でかいのではないだろうか?春雨ちゃんは天津風の面倒は自分が見るといった、つまり天津風に時間を割くということだ。それはイコールで俺を監視する時間を減らすということになる。白露型のなかで最もやっかいな(怖い)のは彼女だ。それを引きつけてくれるというのなら願ったり叶ったりだ。

 

「春雨ちゃんがそこまで言うのなら俺は構わない。そいつ(天津風)が望むのなら……だけどな」

 

「私はどっちでも……ただ春雨とは一緒にいたい……けど」

 

「では決まりですね!はい!」

 

 俺と天津風の返答に春雨ちゃんはひまわりが咲いたかの様な笑みを浮かべた。仮に断っていたならとても悲しそうな表情を浮かべたのだろう。脱走するたびにその悲しそうな顔を見せつけられたが未だなれない。もしかしたら俺はその表情が見たくないから彼女に甘いのかもしれない。

 

「その代わり天津風、俺の質問にいくつか答えろ」

 

「いいわ。ただし嘘か本当かの判断はしっかりね」

 

 少し離れたところで時雨がまだシャワーを浴びている音が聞こえていた。

 

 

 □

 

 

 それから俺は天津風から話を聞いた。

 

 春雨ちゃんを追いかけ自ら轟沈したこと。海の底で大きなお城を見つけそこでお姫様に助けられたこと。オーちゃんとはそのお姫さまの紹介で出会い、そのまま行動を共にしていたこと。そしてそのお姫様が行方不明になってしまったこと───。

 

「行方不明───とは言ったけど。本当は分かってるの。もうあの人、鉄底海峡(アイアンボトムサウンド)のBOSSだった彼女は殺されてしまっている。当然よね?だって深海棲艦だもの、わたしだって沈む前まではずっと姿も知らないあのお姫様の事を倒そうと何度も出撃していたんだもの」

 

 天津風は乳白色の湯船を見つめながらそう言った。その目元には抑えきれなかったのかうっすらと雫が浮かんでいた。

 

 おや?これってもしかして(鉄底英雄)が悪いのでは?事態を把握しようと反対側に視線を向ける。そこには体を洗い終え湯に浸かる時雨が気まずそうに虚空に視線を彷徨わせている。気まずそうにする俺達に気づかないのか天津風は言葉を続ける。

 

 天津風は鉄底海峡のBOSS『飛行場姫』が死んだと勘違いしている。それも当然だ、そう全員が勘違いするように俺が隠蔽したのだから。奴が生きていると知っているのは俺とあきつ丸だけ、春雨ちゃんや時雨達すら知らないのだ。

 

「分かってる誰も悪くないって。お姫様ももちろん悪くないけど、お姫様を殺した奴も悪くない。全部……全部この戦争を始めた奴が悪いんだって」

 

 良かった……どうやら俺を恨んでいるわけじゃないらしい。さらに俺がその鉄底海峡を終わらせた提督ということにも気づいていないようだ。

 

「辛かったのですね……」

 

 ほっと胸を撫で下ろし安堵する俺とは対照的に春雨ちゃんは優しく天津風を抱きしめた。

 

「そしてごめんなさい。仕方なかったとはいえ春雨達があの海を終わらせてしまって……」

 

「へ?ちょっと待って」

 

「なんですか?」

 

「鉄底海峡を終わらせたのってまさか春雨達なの……?」

 

「いえ、正しくは違います。春雨達がこの鎮守府に来たのはあの海が終わってからのことです。ですが、そんなのは言い訳です。この鎮守府と春雨、司令官は一心同体、過去の責任も全て私のものです」

 

「ああうん、いや、そういうのはよくて……。つまりあの海を終わらせたのはこの鎮守府ってことでいいのよね?」

 

「です、はい」

 

 春雨ちゃんに抱きしめられていた天津風がゆっくりとこちらに振り向く。瞳孔の開いた天津風の目が俺を見つめた。

 

 

「みつけた──────」

 

 

 その瞬間水飛沫が舞い目の前から天津風が消えた。あの時と同じだ、春雨ちゃんが天津風と戦っていた時と。あの時は遠く離れた所から眺めていたからまだ何とか天津風の残像の様なものを目で捉えることができた。だが目の前だとまるで違う、その影すら目で追うことができない。

 

「死ね」

 

 背後からそう聞こえた。反射的に振り返るといつの間にか天津風はそこにいた。怒りに満ちた表情で俺を睨み、俺の首に手を伸ばす。

 

 だがその手が俺の首にかかることはなかった。

 

 天津風の手が俺の首まで残り数ミリという所でまた天津風の姿が消え、その姿の代わりに細く白い足が天井目掛けて真っ直ぐに伸びていた。

 

 浜風の足だった。いつからこの浴場にいたのか、どうして男湯にいるのか、それら全てのツッコミ所を無視して浜風は突如現れ、その白い足で天津風を天井目掛けて蹴りあげたのだ。そしてそれだけでは終わらない。

 

「人の男に手を出そうとはいい度胸ですね」

 

 浜風はそう言うと天井から落下してきた天津風の顔面を掴み、そのまま壁に彼女の頭部を叩きつける。それも一度ではなく何度も、何度も。

 

 叩きつけられるうちに初めは浜風のアイアンクローを振りほどこうともがいていた天津風の腕から力が抜けていく。あっ、これやばいやつだ、殺しかねない。浜風がここまで切れているのを見るのは久しぶりだ。数ヶ月前、大将と共にこの鎮守府に来て数年ぶりに俺と再会し腕をへし折ろうとした時と同じかそれ以上のブチ切れっぷりだ。

 

「止めろ浜風、やり過ぎだ」

 

「先輩は今は殺されかけていたんですよ?やり過ぎということはないでしょう。」

 

 俺の制止にも耳を貸さずそのまま天津風の頭部を壁に叩きつけ続ける。まずい、天津風がもうピクリとも動いていない。

 

 俺が力ずくで浜風を止めようと動いたその時、もう一本の白い腕が天津風を掴む浜風の腕を掴んだ。

 

「やめてください……。天津風さんには私がキツく言い聞かせますから」

 

「春雨さんがそういうなら……」

 

 このやろぉ……。なんで俺の言うことは聞かねぇのに春雨ちゃんの言うことは素直に聞くんだよ。

 

「……分かってるわよ。貴方は提督でお姫様は深海棲艦、貴方がしたことは間違ってなんていない、それくらい分かってる、理解してる」

 

 浜風のアイアンクローから解放された天津風はそのまま湯船に落下し顔を上げることもなくポツリポツリと独り言のように話し始めた。

 

「お姫様ってのは飛行場姫のことか」

 

「そうよ……。鉄底海峡を支配していたお姫様よ……」

 

「だよな……」

 

 飛行場姫。かの悪夢の海域と呼ばれ俺が『鉄底提督』と呼ばれる所以となったBOSSだ。確かにあそこの飛行場姫はうちのイカれあきつ丸が倒した。そして、その飛行場姫と面識のあった天津風は飛行場姫の仇が俺なのだと勘違いし襲ってきた───どうやらそういうことらしい。

 

「飛行場姫のことで俺を恨むのはお門違いだぞ」

 

「分かってるって言ってるでしょ!でも理屈じゃないの!お姫様は他の深海棲艦とは違った!春雨を追って鉄底海峡に沈んだ私を助けてくれた!敵であるはずの私を匿ってくれた!」

 

 涙を流しながら天津風は続ける。

 

「分かってる……。貴方は提督として職務を全うしただけなんだって……。でも、それでもわたしは……お姫様を殺した貴方がどうしようもなく……憎い……」

 

「いや、そもそもアイツ死んでねぇし」

 

「はぁ!?」「はい?」「……」

 

 俺の言葉に時雨、春雨ちゃんはそれぞれ驚愕の声を上げた。浜風は我関せずと言った表情。そして天津風は……

 

「うそ……」

 

「嘘じゃねぇよ」

 

「だって貴方達があの鉄底海峡のボスを見逃す筈がない、見逃す理由がないじゃない」

 

「さっきお前が言ったろ?アイツは他の深海棲艦とは違うって。だから生かした。なんなら通話でもするか?一応アイツには通信機を渡してるから会話くらいならいつでもできるぞ」

 

「ほんとう……なの?」

 

「めんどくせぇな……おい時雨、脱衣所から俺の通信機持ってきてくれよ。私用の方な」

 

「いいけど……本当にあの飛行場姫が生きてるのかい?だとしたらかなりの大問題なんだけど……」

 

 時雨はぶつくさ言いながらも大人しく俺の指示に従い脱衣所へと向かう。数秒して指示した通り通信機をもって浴場へと帰ってきた。

 

 できればアイツとは話をしたくないのだが……致し方ないらしい。俺は意を決してお姫様に通話をかけた。

 



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海風と天津風の策謀

春雨ちゃん
夏サメちゃんの餌は麻婆春雨。

天津風ちゃん
春雨ちゃん大好き。同じくらい飛行場姫も好き。二人の為なら割と何でもする。

山風
玉手箱────それは時間を閉じ込める箱である。かつて箱の中の煙を浴びて老人になったという浦島太郎の逸話から山風ちゃんはそう考えていた。だが違う、玉手箱とは『時を閉じ込める箱』ではなく『時を司る箱』、真に価値があるのは煙ではなく箱そのもの。そう玉手箱とは『小型タイムマシン』だったのだ!
玉手箱の真実を知った山風ちゃんはたった一人物語の深奥へと足を踏み入れる!なお、今回特に出番はない。


「いいか、飛行場姫と話はさせてやる。ただしスピーカーモードだ、この場にいる全員に会話の内容は聞かせてもらう。それでもいいか?」

 

「構わないわ」

 

「チッ……」

 

 気が乗らないまま俺は飛行場姫に通話をかける。通信機が待機状態になったのは一瞬だった、直ぐに奴の声が浴場全体に響渡る。

 

『旦那!?』

 

 直ぐに通話を切断した。だが間に合わなかったらしい。目の前の春雨ちゃん、浜風の目は深い黒に沈み時雨は頭を抱えていた。

 

「司令官……?『旦那』ってどういうことですか?」

「先輩……いい加減にしないとほんとうにぶち犯しますよ?」

「提督も男だからね……でもね浮気するのなら最低限僕達にバレないようにしてくれないと……こっちも困るんだよ」

 

 三人はそれぞれ意味の分からないことを虚ろのようにくり返している。浜風はそろそろ大将の所へ送り返す必要がありそうだ。伊号型郵便は人も郵送してくれるのだろうか……。

 

「そういうんじゃねーよ。『旦那』つってもあれだ。商売人が男の客のことをそう呼んだりすることがあるだろ?アレだよアレ」

 

「いえ、今のは明らかに牝の声でした。下の口から声が出てました」

 

「春雨ちゃん、君そういう下ネタ発言する娘じゃなかったよね……」

 

「後で詳しくお話を伺います、はい」

 

 気づけば春雨ちゃんの髪が白みを帯び始めていた。これ以上この会話を続けるのはまずい、俺は会話を断ち切る為に天津風の方へと視線を向ける。

 

「間違いない。お姫様の声、ほんとうに生きてた───」

 

 天津風はボロボロと目から雫を零していた。俺は天津風と飛行場姫の関係性を知らない。たが今の天津風の姿を見れば飛行場姫が彼女に取ってどういった存在なのかは伺い知ることができた。俺はもう一度、通信機を手に取り飛行場姫へと通話をかける。待ち構えていたのだろう、奴は直ぐに通話に応じた。

 

『コホン、先程は失礼しました。旦那とお話出来るのが嬉しく、ついはしたなくも大きな声を上げてしまいました。ええ、もう大丈夫です落ち着いてます。ですのでどうが通話を切らないでください、貴方の嫁に声を聞かせてください』

 

「お前と話をしたいって奴がいる。変わるぞ」

 

『えっ!?ちょっと!』

 

 そう一言だけ告げて俺は天津風に無線機を放った。涙で視界がぼやけていたのだろう、天津風は取りこぼしそうになりながらも何とか無線機をキャッチする。

 

「おひめ……さま?」

 

『────その声は天津風さんですね。そう、良かった。そちら側へ戻られたのですね。春雨さんには追いつけましたか?』

 

「追いつけたかは分からない。けど春雨はわたしの隣にいる、今一緒にお風呂に入ってるの。今はそれで充分────」

 

『そうですか。それは本当に良かった。やはり貴方はそちら側にいるべきです、もう……あのお城へ戻ってはいけませんよ』

 

「うん、お姫様が居ないのならもうあそこに未練はないわ。これからはここで春雨に置いていかれないよう努力する」

 

『そうしてください、そこにいればいつかまた私と会える日もあるかも知れません。────ところで天津風さん、話は変わるのですが貴方今、春雨さんと入浴中とおっしゃいましたか?』

 

「ええ、言ったわ。それがどうかしたの?」

 

『いえ、私の記憶が正しければ天津風さんの声を聞く直前、私の旦那────表島さんの声を聞いた筈なのですが』

 

「表島……?ああ、提督のこと?いるわよ?彼も一緒に入浴してるもの」

 

『………。天津風さん、春雨さん、旦那……もう一人、いえ二人いますね。微かですが息遣いが聞こえます』

 

「よく分かるわね。正解よ」

 

『……天津風さん、すみませんがこの通話、その場の全員に聞こえるようスピーカーモードにしていただくことはできますか?』

 

「へ?ああごめんなさい、言い忘れてたわね。この通話、既にスピーカーモードになってるわよ」

 

『そうですか。では────顔も知らない皆様お初に。私はかつて悪魔の海域と呼ばれた『鉄底海峡』のBOSSを勤めておりました、飛行場姫と申します』

 

 まずい────俺は瞬間的にそう察知した。直ぐにこの通話を切断しなければ。これ以上、飛行場姫に話をさせては面倒なことになる。俺は天津風から通信機を取り返そうと右手を伸ばす─────が俺の手が届くよりも早く飛行場姫はその言葉を捲し立てた。俺はまた間に合わなかった。

 

『単刀直入に言います────そこにいる男は私のだ、手を出せば沈めるぞ』

 

 俺が天津風から通信機を奪い返し通話を切断する頃にはそこまで言わせてしまっていた。

 

「ちょっと!!なんで切るのよ!もっとお姫様と話させなさいよ!」

 

「喧しい!もうそんな状況じゃねぇんだよ!周り見てみろ!」

 

「周り?」

 

 俺は天津風と共に恐る恐る春雨ちゃん達の方へと首を向ける。

 

 そこには鬼がいた。2体の鬼だ。どちらも髪が真っ白な白い鬼。角こそ生えてはいないがその無理矢理に顔に貼り付けたような笑顔はどうしようもなく不気味で恐ろしく、彼女達を鬼と幻視してしまうには充分なものだった。

 

 時雨に助けを求めるように視線を向けるが、時雨は湯船に顔を半分ほど沈め逃げるように俺から視線を逸らした。助け舟は期待できないらしい。

 

「司令官、とりあえずお風呂から上がりましょう。お話は私達の自室でゆっくりと。はい」

 

 

 

 

□□■

 

 

 春雨達がここの提督を引きずるようにして出ていきわたし、天津風は一人浴場に残された。このままここに居てもゆでダコになってしまう。わたしも少し遅れて浴場をあとにした。

 

 脱衣所で春雨が用意してくれていた予備の制服に袖を通し外にでる。廊下に出るとになんだが香ばしい匂いが辺り一帯に充満しているのに気がついた。この匂いは……カレー?

 

 そういえばもう随分と食事を取っていない。最後に食事にありついたのは春雨との戦闘前だからもう丸一日なにも食べていない。ここも鎮守府だというのなら大将の所と同じく食堂があるはずだ。匂いを辿ればわたしもカレーにありつけるかもしれない。わたしは匂いの軌跡を辿るため歩を進めることにした。

 

 食堂へと向かう道すがら、私は先ほどの浴場の一件について考えた。どうやら少しまずいことになっているらしい。

 

 問題なのはここの提督を見る時のあの春雨の顔だ。一目見れば誰でも分かる、春雨は提督に完全に心奪われている。そもそも当たり前のように一緒に入浴している時点でおかしいのだけれど。

 

 しかしまあ、これはいい。春雨だって年頃だ、意中の相手がいることに不思議はない。わたしだけの春雨が奪われたようで少し妬けるが致し方ない。問題はもう一人、お姫様────飛行場姫までどうやら提督に惚の字らしいということだ。

 

 これはまずい、非常にまずい。わたしにとって春雨もお姫様もどちらも同じくらいに大切な人だ。けど、それゆえにどちらの恋路を応援するのかと問われるとわたしは答えることが出来なくなってしまう。

 

 春雨もお姫様も両名とも想い人を諦めるようなタイプでは決してない。このままだと彼女達二人の間に修羅場が発生してしまうのは火を見るより明らかだ。

 

 わたしは二人が争う姿を見たくはない。むしろ逆、三人で仲良くしたいと思っている。その為には二人の修羅場を回避しなくてはならない。 

 

 わたしの手で提督を消してしまう?ダメだ、上手くいったとしても守れなかったという責任から春雨も跡を追いかねない。それに経緯は分からないけどお姫様を匿ってくれていた恩もある。

 

 禍根を残さず春雨とお姫様の両方に提督を諦めさせる方法……。

 

「アイツと他の女をくっつける……」

 

 正直言ってこの方法も確実とは言えない。提督が他の女とくっついたとして春雨達が諦める保証などどこにもないのだから。けど……今は他に方法がない。この案にすがるしかない。

 

 問題は提督と誰をくっつけるのか……だ。

 

 宛がない。当然だ、わたしはまだこの鎮守府に来て数時間しか経っていない、ここにいる人で面識があるのは春雨に提督、それにさっき浴場に居合わせた時雨と浜風とかいう艦娘だけだ。

 

 時雨と浜風ならどうかと考えたが直ぐに首をふってその考えをかき消す。ダメだ、さっきの提督の様子を見るに彼女達は提督に異性として認識されていない。一緒に裸で入浴しているというのに視線が全く彼女達の身体に向けられていなかったのがいい証拠。戦力外だ、使えない。

 

 誰でもいい……他に宛はないものか。

 

「カレーの匂いは……ここからね」

 

 考えが纏まらないままどうやら食堂に到着していたらしい。お腹がすいて考えが纏まらないのかもしれない、取り敢えずお腹に何か入れよう。

 

 食堂の扉を開くとそこは広間になっていた。幾つもの長机に食事を受け取るのであろうカウンター、さらに食券を得るための券売機が置いてある。

 

「誰もいないの?」

 

 食堂には誰もいなかった。厨房の方から水や食器のぶつかる音が聞こえるのでそちらには誰かいるのだろうがこの広間に人影は見当たらない。ふと壁にかけられた時計へと視線を移すと15時30分を示していた。なるほど、今は仕込みの時間なのかもしれない。

 

「天津風さん?」

 

 不意に背後の入口から声が聞こえた。振り返るとそこには短く切り揃えられた綺麗な白髪に見覚えのある制服に身を包んだ艦娘が立っていた。いや、制服だけじゃない。なんとなくその顔にも見覚えがあった。

 

「もしかして……海風?春雨の妹の」

 

「そうです!海風です。春姉さんからお話は伺ってます。行方不明になったと聞いて心配していましたが戻ってこられて本当によかった……。ところでこんなところでどうし……って食堂ですから食事に来たんですよね」

 

「えっ、ええ。少しお腹がすいちゃって。何か食べに来たのだけど仕込み中のようね。出直すわ」

 

「いえ、ちゃんと営業してますよ。というよりここは24時間営業です。遠征なんかで艦娘はそれぞれ生活習慣が異なりますから」

 

「そうなの?それにしてはお客さんが誰もいないようだけど」

 

「おやつ時ですから。皆さん甘味処の方へ行っているのだと思います」

 

 甘味処────そんなものまであるのか。ここは大将のところとは随分様子が違うらしい。

 

「私も先程遠征から帰投しまして。よければご一緒しませんか?」

 

「いいわよ」

 

 特に断る理由もなく海風の申し出を快諾する。春雨の妹と仲良くしておくに越したことはない。

 

 海風に先導されて食券を入手、そのままカレーを手にした私は海風と共に食堂の隅にある席へと腰を降ろした。

 

「いただきます」

 

「……いただきます」

 

 行儀よく手を合わせる海風にわたしもつられる。元々、接点があまりないわたし達は特に会話が弾むでもなく黙々とカレーを口に運んだ。食堂にはスプーンと食器のぶつかる音が響くばかりだ。

 

 カレーを食す海風をチラリと盗み見る。やっぱり美人ね。春雨は可愛い系だけど海風は美人系、大人びた顔と落ち着いた雰囲気がきっとそう感じさせるのだろう。

 

 ……この娘を提督にあてがうのはどうだろう?思いつきだったがなかなかに名案な気がした。まあそれにしたって提督に対して彼女に気がなければお話にならないのだけど……。取り敢えず探りは入れてみよう。

 

「海風はここの提督のことどう思っているの?」

 

「提督ですか?そうですね……少し、いえ大分困った方ではありますがそれ以上に頼りになる方ですね。春姉さんともう一度会えたのも、私が海風の艤装を着ける決心をしたのも、あの人がいたからです。提督がいたから今の私がいる……それは間違いありません」

 

 脈ありありじゃないの……。あの男を語る目が完全に春雨と同じだ……。なんならちょっと重いし……。あの男の何処にそんな魅力があるのか、わたしにはさっぱり理解できない。けどそれなら話は早い、この娘を提督にあてがう。上手く行けば春雨とお姫様の修羅場を回避出来るかもしれない。もともとダメで元々、試してみる価値はある。

 

「困った人って言うのは彼が脱走常習犯だから?」

 

「……それ、どうして知っているんですか?この鎮守府内で知っているのは私達姉妹だけの筈なんですが」

 

「春雨に教えてもらったのよ」

 

「春姉さんが……姉さんは随分貴方を信用しているんですね。こう言ってはなんですが一日前まで敵だった貴方を」

 

「春雨に信用して貰えてるのなら嬉しいんだけどね。まあ、春雨も説明するしかなかったんだと思う、状況が状況だったし。それで?困った人って言うのはそういう意味なんでしょ?」

 

「そうですね。白露姉さんや時雨姉さん、特に村雨姉さん何かは色々と不満を持っているみたいですが私は脱走さえ止めて貰えれば他に言うことはありません。理想の男せ────こほん、提督です」

 

「ふーん。それで?どうして彼は脱走するの?」

 

「わかりません。理由は何度か聞いたことがはあるんですが聞くたびに言うことが変わっていて……きっと本当の理由はだれも聞いたことがないのだと思います」

 

 海風は少し寂しそうな表情を浮かべながらそう言った。きっと本当の理由を教えて貰えないこと自体はどうでもよくて、自分を信用して貰えていないことが悔しいとかそんな所だろう。この娘はそういうタイプだ。多分。

 

「ねえ、海風。提督に脱走を止めさせる方法、教えてあげましょうか?」

 

「そんな方法があるんですか!?」

 

 私の言葉に海風は机から身を乗り出し今までにない反応を見せる。

 

「簡単よ。人質を取ればいいの。彼に取って一番大事な人をこの鎮守府に閉じ込めちゃえば彼は脱走なんて出来なくなる。例えばそうね……彼に奥さんや子供なんかがいれば最適ね」

 

「悪魔のような事を言いますね……。ダメですよ、提督にはご子息はおろか学生時代から恋人だっていません。それくらい調べてあります」

 

「いないのなら作ればいいじゃない」

 

「えっ?」

 

「奥さんも子供もいないのなら作ればいい……それだけのことよ」

 

「何を言って……」

 

「子供の作り方くらい知っているでしょ?。私達艦娘は男より力が強い、押し倒すくらいわけないわ。そうやって子供を作ればそのままなし崩し的にケッコン(ガチ)」

 

 海風は信じられないものを見るような目でわたしを見る。けどわたしの眼から目をそらさない、悪魔と称したわたしの言葉を決して遮らない。イケる────そう確信したわたしはトドメの言葉を口にする。

 

「人質がいないのなら、作ればいい。海風……貴方自身が人質になればいいのよ」

 

 

 

 

 

 



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竜宮城より愛を込めて

乙姫様
深海棲艦の本当の意味での姫。人類側からは『始まりの深海棲艦』、『母なる深海棲艦』と呼ばれる存在。言うなればラスボス。
彼女が何故人類と敵対するのか……それを知るのは浦島太郎ただ一人である。

鉄底提督
本作の主人公。本名は表島良太郎。長年攻略不可とされていたアイアンボトムサウンドを開放し鉄底提督の異名を得た。






 天井の抜けた竜宮城の中から空を見上げた。

 

 空、とは言っても私達のそれには真っ白な雲は浮かんでいない。遠くに浮いているのであろう太陽の光もここまでは届かない。私達の空には雨も雪も降らなければ星も月も浮かばず、朝も昼も夜も存在しない。無愛想で感情の無いその空にはどこまでも濃すぎる青が続くばかりだ。

 

『オレはこの空もわりかし好きだけどな』

 

 けれど、貴方は私達の空を見てそう言ってくれた。この空の下で私と暮らすと言ってくれた。私に浦島の名をくれ、子まで授けてくれた。

 

 貴方と息子と娘の4人で暮らした日々はとても幸せだった。慣れない子育てに四苦八苦したり貴方と喧嘩をしたこともあったけれど、それでも毎日が幸せで輝いていた。あの生活はもう何百年も前のことだというのにその記憶は未だに錆びつかず私の宝物として保管されている。

 

 もう一度あの日々を取り戻したい。

 

 貴方がどうして私を裏切ったのか。どうして私と娘を置いて、玉手箱と共に息子だけを連れてここを出て行ってしまったのか……それは今になっても分からない。けれど私はあの日々を、貴方達を忘れることができない。

 

 あの輝かしい日々をもう一度。それだけを夢見て私はここで貴方達を待ち続けた。本当は直ぐにでも迎えに行きたかったけれど、貴方が玉手箱を持ち出してしまったのでそれは出来なかった。けれど幸いにも貴方達が向かった『時間』は分かっていた。

 

 だから気が遠くなるような時間を貴方達との思い出が詰まったこの竜宮城で待って待って待ち続けた。

 

 待って待って待って待ち続けて────そしてついに私は貴方達の『時間』に追いついた。

 

 もう────待つのは終わりです。迎えに行きます。

 

 

 今度は貴方達が待っていてください。太郎さん、そして私の可愛い良太郎────もう少し時間がかかるかもしれませんけど貴方の妻が、貴方の母が必ず迎えに行きますから。

 

 角が生え、真っ赤に染まった私を見て最初は驚くかもしれません。けど大丈夫、姿は変わっても私は私のまま何も変わっていません。貴方の妻で、貴方の母の『乙姫』のままです。

 

 そういえば良太郎は今何歳(いくつ)になっているのでしょう?きっともう私の知る赤ん坊の貴方ではないのでしょうね。太郎さんは目つきが悪いから、そこだけは似ていないといいのだけど……。貴方の妹の■■姫は父さん譲りの目つきの悪さなので心配です。

 

 

 ああ、はやく、早く、速く。成長した貴方に会いたいわ。

 

 また家族四人、この竜宮城で仲良く暮らしましょうね。

 

 拒否なんてさせませんから。ゼッタイ二。

 

 



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提督と春雨とプロポーズ

春雨ちゃん
主武装はドラム缶。その中身はナフサ、ノルマルパラフィン、アスファルトなど多彩。ナフサを利用した硫化水素による毒攻撃など個人としての戦力は絶大だが、仲間を巻き込むため艦隊を組んでの戦闘は苦手。

海風
割と手段を選ばない。

提督
普通に手段を選ばない。



「ぐぅぅぅぅぅがぁぁぁぁぁぁ、、、、やっと終わったぁぁぁ……」

 

「お疲れ様です、はい」

 

 日中はどこからともなく聞こていた艦娘達の笑い声もすっかり身を潜め、代わりに鈴虫と波の音が鎮守府を覆い尽くす真夜中の執務室。私、白露型五番艦の春雨は司令官と共にようやくお仕事を終え、二人でホットミルクを飲みながら一息ついていました。

 

「春雨ちゃん、付き合わせてごめんね。俺はデスクの整理をしてるから先に風呂に入ってきなよ」

 

 司令官は壁にかけられたアナログ時計を見ながら私にそう指示します。時刻は既に二四○○(フタヨンマルマル)を回っていました。

 

「ダメですよ。そういってまた脱走するつもりなのは分かってますから」

 

「チッ、流石に春雨ちゃんは山風みたいにはチョロくはないか」

 

「当然です、はい。さぁ明日も早いんです、早く飲んでお風呂に入って寝てしまいましょう」

 

 私はそう言って司令官を急かしました。ですが私の本心としてはもう少しこの時間を過ごしたい……そう惜しく思っています。

 

 私達が司令官と二人きりの時間を過ごせる機会というのは実はあまり多くありません。

 

 そもそも、司令官が『脱走提督』であると知っているのは私達白露型を除けばあきつ丸さん、吹雪さんしかこの鎮守府にはいません。鉄底英雄と呼ばれる司令官を慕う艦娘はとても多く、そんな彼が鎮守府を去ろうとしていると知れば鎮守府、いえ海軍全体の指揮に影響が出る為、ひた隠しにされているのです。とはいえ、司令官本人が声高にそれを宣言したなら隠し通すことはできないのですが何故か彼はその様な行動をとったことはありません。

 

 それどころか私達や浜風さん以外の前では『鉄底英雄』に相応しい態度を示しています。

 

……話を戻します。

 

 そんな風に表向きはアイアンボトムサウンドを終わらせた英雄としての体裁を保っているものですから艦娘からの信頼はとても高いです、中には私や時雨姉さんと同じような感情を司令官に向ける方も少なくはありません。

ですから彼の周りはいつも誰かしらが付き従っています。隻腕でありながらもなんとか司令官の役にたとうとする赤城さん、ただ単純にかまって欲しくて彼の四肢にしがみつく睦月型の皆さん、口は悪いですがやはり彼の事が大好きな浜風さん、他にも沢山です。

 

 そんな彼と二人きりの時間を過ごせる数少ない機会がまさに今、夜の秘書艦(かんし)なんです。……エッチな意味ではないですよ?

 

 私はこの時間がとても好きです。

 

 夜の鎮守府はとても静かです。特にこの執務室で窓を締め切っていれば互いの呼吸音が聞こえてくるほどです。この呼吸音が司令官の存在を強く認識させ私を安心させてくれます。日中なんて少し目を離すともうそこからいなくなっていて、二度と会えないのでは……なんて不安で押しつぶされそうですから。

 

 でもそんな時間ももうお終い。私の我儘で司令官の睡眠時間を奪うにはいきません、はい。

 

 もう寝ましょう、手元の書類を整理しながら司令官にそう進言しようとすると急に執務室に冷たい空気が侵入してきました。どうやら司令官が窓を開けたようです。

 

「うお、まだ秋になったばっかだと思ってたけど夜風はなかなか冷たいな。今の火照った頭には気持ちいいけど」

 

「ダメですよ司令官、寝る前に身体を冷やしては風邪を引いてしまいます。さあ、お風呂に入って今日はもう寝ましょう」

 

 私がそう言っても彼は窓の前から動こうとはしません。こちらに顔を向けることもなく空に浮かぶ満月を指さしながら、私に驚くべき提案をしてきます。

 

「ねぇ春雨ちゃん……今から俺とデートしない?」

 

 

  □□□

 

 

 秋は情緒の季節です。

 特に秋の夜というのはなんとも透き通り、漂う冷気が冬の足音を聞かせるとともにツクツクボウシが夏に別れを告げる時間を私達に与えてくれます。

と言っても今の私にはそんな風情を味わう余裕はまるでないのですが、ええまったく。

 

「はぁー。今まで気に止めたこともなかったけど結構星見えるんだな。春雨ちゃんは知ってた?」

 

 なんでしょう?なんでしょう?なんでしょう?この状況は一体なんでしょう???どうして私は司令官と手を繋いでこんな夜更けに波止場を歩いているのでしょう。いえ覚えているのですが、ええ。司令官がデートに行こうと春雨を誘ってくれたからです。デートといっても既に真夜中、何処かに遊びにいく訳にもいかず鎮守府近くの波止場をお散歩しているわけなのですが……ダメです、頭が熱くて考えがまとまりません。

 

「春雨ちゃん……?聞いてる?」

 

「あっ、はい。私達は遠征に行くので空はよく見上げますね。まさか司令官と見れる日がくるとは思いませんでしたけど」

 

「まぁ、俺はこういう風情みたいなのはあんま解さないからね」

 

 不思議な感覚でした。いつもあれだけ私がアプローチしても暖簾に腕押しだった司令官からこうして誘われ手を繋いで歩いているなんて、実感が湧きません。しかも何だか雰囲気もいい感じです、はい。

 

「月……綺麗だね」

 

「……何かあったのですか?」

 

「どういうこと?」

 

「今の司令官は少し変です。いつも春雨がどれだけアプローチしてもはぐらかすだけなのに急にデートなんて、さっきの月が綺麗っていうのも普段の司令官なら絶対に言いません」

 

 私の言葉に司令官は頭をぼりぼりと痒いてバツが悪そうな表情を浮かべます。

 

「分かりました。何か春雨に怒られるような事をしたんですね?だからそれがバレる前に少しでも私の機嫌をとっておこうと……違いますか?」

 

「違うよ」

 

 私の言葉に司令官は少し悲しそうにそう答えました。彼のこんな表情は今まで見たことがなくて私はさらに困惑してしまいます。

 

「じゃあどうしたんですか?何故急にデートなんて……」

 

「春雨ちゃんはさ、覚えてないだろうけど俺と君が出会って実は今日でちょうど3年なんだ」

 

「……初耳です、はい。一度沈んだ私をどうやって引き揚げてくれたのか、司令官は絶対に教えてくれませんでしたから」

 

 私はこの鎮守府に来た日のことを知りません。天津風さんを庇い、一度沈んだはずの私は気づけばこの鎮守府のベッドの上に横になっていました。私が眠っている間に何があったのか……なんど聞いても司令官がそれを口にすることはありませんでした。

 

「色々な事があった。記憶喪失を偽装したりケッコン(狩)騒動なんかもあった。他にも怒り狂った浜風や悪磨の襲撃、サブリミナル効果を利用した催眠術騒動なんかもあったっけ。なんか怒られた思い出ばっかり出てくるな……」

 

「もっといい思い出もありますよ……一緒にサメ映画を観たり、バレンタインにはチョコプレゼントもしました。司令官の実家に挨拶にも行きました」

 

「そういやそんなことあったな……」

 

「はい、ありました」

 

 気の所為でしょうか司令官の右手から伝わる体温が高くなったような気がします。とても熱くて熱くて、私の体温まで火にかけられたヤカンのように沸騰している気さえします。

 

「渡したい物がある」

 

 不意にそう言って司令官は握っていた私の手を離しました。急速に私の左手から司令官の温もりが失われ私は不安に押しつぶされそうになりました。けれど次の瞬間に私の体は火山が噴火したかの如くこれまでの人生での最大瞬間体温を記録します。

 

 先程まで私の手を握っていた司令官の右手には小さな箱が載せられていました。見覚えのある箱です、そうそれはいつの日か姉妹や浜風さんと取り合ったあの箱……指輪の入った箱でした。

 

「もしも受け取ってくれるなら目を瞑って」

 

 その箱を見た瞬間にもう目を瞑る必要のないくらい涙でぐちゃぐちゃになっていましたがそれでも私は目を瞑りました。固く固く、力を込めて。司令官に向けて左手を差し出すことも忘れません。

 

 この日をどれだけ焦がれたことでしょう。時雨姉さんや浜風さんの登場に焦りを押さえられない時もありました。ですがこれで……これでようやく……!

 

「…………司令官?」

 

 目を瞑ってどれだけの時間が経ったのでしょうか?未だに私の薬指に重みがかかる気配はありません。司令官も柄にもなく緊張しているのでしょうか?そう思い声を掛けましたが返答はありません。

 

 心配になった私はそっと右目だけを薄く開きました。私の視界に映ったのは月夜に照らされた美しい海とどこまでも続く美しい星空だけ。

 

 司令官の姿は何処にもありませんでした。まるで彼という存在は初めから存在せず、これまで過ごしてきた時間は全て私の夢だったのではと錯覚する程に司令官の姿は忽然と、なんの脈絡もなく消滅していたのです。



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海風と蝋燭と天津風

春雨ちゃん
最近、工廠で明石からアーク溶接と磁粉探傷検査のレクチャーを受ける春雨の姿がしばしば目撃されている。彼女が一体どこを目指しているのか、それは誰にも分からない。

村雨
白露型の中で唯一提督のことを敵対視している。表向きは。

夏鮫ちゃん
最近出番のない春雨ちゃんのペット。





 フッ、と机の上に置かれた蝋燭が燃え尽き、夜の帳が室内を覆い尽くした。僕こと白露型二番艦、時雨は窓から差し込む微かな月日を頼りに替えの蝋燭とライターを手繰り寄せる。

 

「節電期間とはいっても流石にこんな短い蝋燭じゃ嫌になるね……」

 

 今、僕の所属する鉄底の鎮守府では大本営からの通達で節電強化週間というのが実施されている。その内容はというと単純なもので二一○○を過ぎると執務室及び食堂、入渠施設、通信室を除く鎮守府中のブレーカーが落ち、それ以降は支給された一本20分も持たないようなとても短い蝋燭を使用しろとのことだった。

 

 実際問題として、その時間帯は元々電力を多く消費するような時分ではないので大した節制は見込めない。では何故このような取り組みが行われるのかというとそれは対外的なアピールなのだろうと僕達艦娘は認識している。

 

 アイアンボトムサウンドを終わらせ鉄底の鎮守府の異名を持つこの鎮守府は世間でも何かと持て囃されているらしい。そんな注目度の高い鎮守府が節電強化週間等を実施すればどうなるか……恐らくはこの鎮守府の好感度はさらに上昇しそれは軍全体の支持率に繋がる。邪推ではあるけれどきっとそういうことなのだろう。

 

「しぐれぇ?何時まで起きてるつもり?」

 

 次の蝋燭に火を灯そうとした所で背後の3段ベッドの最上段で眠るはずの白露姉さんに声をかけられた。時刻を見ると既に〇〇四〇を過ぎている。どうやら調べ物に夢中になるあまり時間を忘れていたようだ。

 

「ごめんね姉さん。眩しかったよね」

 

「別に気になるほどじゃないけど。実際、村雨はぐっすりみたいだし」

 

 そう言って姉さんは隣のベッドで眠る村雨に視線をやった。その目は何だか自分の子供を見守るお母さんのようでこうしたふとした瞬間に見せる白露姉さんの姉としての顔にドキッとさせられる。

 

「あれ?二人はまだ起きてたっぽい?」

 

 つられて僕も村雨の寝顔を見ていると部屋の扉が開かれ夕立が戻ってきた。

 

「うん。でも今から寝るところだよ」

 

「夕立、あんた何処に行ってたのよ。随分遅かったじゃない」

 

 僕は調べ物をしていて気が付かなかったけどどうやら夕立が部屋から出てそれなりの時間が経過していたらしい。夜遊びはダメだかんね、と姉さんは夕立を窘める。

 

「ちょっとお腹の調子が悪かったぽい!」

 

「ふーん、まあいいけど。さっ、時雨も早く寝るわよ。二人とも明日は早いんでしょ」

 

「うん」「ぽーい」

 

 ベッドに入る途中、春雨の様子を見ようと顔を覗かせたが生憎不在のようだった。そういえば今日、彼女は提督の秘書艦だった。今頃二人きりの時間を楽しんでいるのだろう。春雨の下の段、五月雨のベッドも覗いてみるがそこにも人の姿はない。五月雨は涼風と一緒に遠征に行っているのを思い出した。

 

 妹の寝顔を見られず残念に思いながら、僕は毛布にくるまって先程まで調べていた『浦島太郎伝説』について振り返る。先日のおーちゃんとの戦闘後、彼女が残した言葉がどうにも気になるからだ。

 

『乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありませんよ』

 

 あの時、アイアンボトムレインの向こう側でおーちゃんは確かにそう言った。

 玉手箱……有名な箱だ、恐らく日本で知らない人はいないくらいに。

 確かその箱は亀を助けた浦島太郎という人物が竜宮城に招待され、そこで乙姫様に貰ったという物のはずだ。伝説によると乙姫は浦島太郎に決してこの箱を開けるなと言って玉手箱を手渡した、けど浦島太郎はその約束を反故にして箱を開けてしまう。

 結果、中から発生した謎の煙を受け浦島太郎は老人となり物語は終わる。

老人となった浦島太郎がその後どうなったのか……それは伝説では語られていない。

 

 まさか提督が伝説の浦島太郎?いやありえない。提督は老人じゃないしそもそも伝説になっているような大昔の人が生きている訳がない。

 

 じゃああのおーちゃんの言葉は何を意味している?玉手箱と乙姫と言うのは何かの暗号で提督に何かを伝えようとした?だとすればいくら考えても僕に分かるものではないのかもしれない。

 

 やっぱり今の僕がいくら考えても意味がない。今日はもう寝て明日、浦島太郎伝説の由来についてもう少し調べてみよう。

 

 そう決めて寝返りをうったタイミングで部屋の外、廊下からドタドタと誰かの走る足音が聞こえてきた。どうしたんだろう?トイレにでも向かってるのかな?けれど足音はだんだん大きくなりやがて僕達の部屋の前で消え、直後に扉が開かれた。

 

「司令官が!!司令官が消えてしまいました!!!」

 

 扉を開け放ったのは今まで見たこともない程に慌てふためく僕の妹、春雨だった。

 

 

 

 

 ▫️▫️▫️

 

 

 

 

 息を切らせた白露姉さんに自分たちの部屋に来て欲しいと頼まれた私、海風は同室の山風、江風と共に姉さん達の部屋を訪れました。節電期間ということもあり部屋の明かりは小さな蝋燭一本で薄暗く、表情を窺うのも難しい状態でしたがその雰囲気から徒ならない空気を読み取ることができます。

 

「しれいかんが!!!しれいかんが消えてしまいました!!!」

 

 姉さん達の部屋でまず私達を迎えたのは春姉さんのそんな言葉です。あのいつもニコニコとその小さな身体には似つかわしくない貫禄を備えた姉さんが狼狽え、困惑していました。

 

 ただ事ではない──私だけでなく山風と江風も事態の異常性を認識したようです。

 

「春姉さん落ち着いてください!お兄さんが消えたって一体何があったのですか!?」

 

「だから消えてしまったんです!!ああ、また裏陽炎の事件の時のように攫われてしまったのかもしれません!はやく、はやく助けに行かないと!!」

 

 ダメです。事情を聴こうにも冷静さを失っている春姉さんからではまるで情報を得られません。

 

「海風、状況ならさっき僕が春雨から聴いたから説明するよ、みんなもよく聞いてね」

 

 暗闇の中、部屋の中心に置かれた1本の蝋燭を八人で取り囲み、私達は時雨姉さんの説明に耳を傾けました。

 

 

 

 

    □□■

 

 

 

「時雨姉貴の話を纏めるとつまり……春雨の姉貴は仕事の後、提督と二人で波止場へ散歩に出かけた。そこで姉貴が提督のプロポーズを受ける為に目を閉じ、次に目を開けた時には提督の姿はなかった──ってことでいいんだよな?」

 

「うん江風、どうやらそういうことみたいだ」

 

「なんっか嘘くさいというか……信じられないんだよなー……。いや春雨の姉貴が嘘をついてるとは思ってないんだけどさ、あの提督がプロポーズなんてすると思う?」

 

「いや、白露お姉ちゃん的にもそれはないと思う。つまり提督のプロポーズはフェイク……春雨の視線を自分から外すのが目的だったんじゃない?」

 

 白露姉さんと江風が事件を分析します。元々、司令官としての適性を持ち事実、一時期は提督候補生であった江風は今回のような頭を使う案件には向いています。

 

「プロポーズをしたのは春雨の目を閉じさせるのが目的だった……つまり今回の提督消失事件は『誘拐』ではなく『脱走』ということでいいのかい?」

 

「そうなりますね……」

 

 時雨姉さん言葉を私は渋々肯定します。本当に渋々……です。だってその事実はあまりにも残酷で無慈悲でどれだけ春姉さんの心を傷つけるのか……同じくお兄さんを慕う私にもその気持ちが痛いほど理解できたからです。まさかお兄さんがこんな手(・・・・)を使うとは想像もできませんでした。

 

「フェイク……?あの指輪も、あの言葉も全部……ですか?」

 

 案の定というかやはり春姉さんは俯き、震えていました。が、急に顔を私達の方へ向け目を開きました。誘拐、ではなく何時もの脱走である可能性が高いという事実に少し冷静さを取り戻したようです。

 

「ケジメ案件です。はい」

 

「ぇ?……春姉さん?今なんと?」

 

「ケジメ案件と言いました。フェイクだってなんだってプロポーズをした事実に変わりはありません。ならそのことに対してケジメはとってもらいます」

 

 そう言う春姉さんの目は血走り髪は白く変色していました。久しぶりに見ました、姉さんがここまで怒っているのは……。

 

「海風ねぇ……発信機……は?」

 

「あ、そうでした!山風、スマホで確認できる?」

 

「いえ、確認しても無駄です。司令官が消えて春雨も直ぐに発信機の位置情報を確認したのですが何故か表示されませんでした」

 

 山風のアイディアは敢え無く春姉さんに否定されてしまいました。けど発信機の電波が表示されない……?それは一体どういうことなのか。

お兄さんの腕に巻かれている発信機はお兄さんの生命エネルギーを動力源としています。つまり彼が生きている限り発信機は電波を発し続ける……

 

「海風?何か気になる事があるのかい?」

 

「はい、時雨姉さん。発信機の電波が途絶えたと言うのがどうにも気になりまして……。お兄さんに付けられた発信機は大本営でしか着脱することはできません、そしてその動力エネルギーは実質的に半永久です。だというにのどうしてその電波は途絶えたのか……考えられるとすれば提督は今、電波を完全に遮断する場所……それもここからそう遠くない場所に身を潜めているということになります。皆さん、心当たりのある場所はありませんか?」

 

「あそこ……は?ずっと前に提督が作った……秘密部屋」

 

「秘密部屋?……!確かにあの部屋は鎮守府の地下に作られていて部屋の壁はアルミ鉄板で作られていました!あの部屋にいるのなら電波は完全に遮断されます!」

 

 忘れていました。一年ほど前にどうやって作ったのか提督が私達に隠れて秘密の部屋を作りそこに身を隠していた事がありました。(※第2話提督と山風と濡れ衣)そこに隠れている可能性は十分にあります。

 

「あー、その部屋なら事件のあと私が埋め戻したわよ?また悪用されても面倒だし何より山風ちゃんを泣かした罰でね」

 

 流石は村雨姉さんです。普段は提督のことなんてどうでもいい、というようなことを言っていますが、何時も裏で動いてくれています。もしかしてこれがツンデレという物なのでしょうか?だとしたら村雨姉さんもライバルということになるのでしょうか……。

 

「そうですか……では他に電波を遮断できる場所は……」

 

「深海……ってのは?」

 

 次に江風はそう口にしました。しかし、江風自身、自分の言葉に自信がないようです。

 

「確かに深海でなら発信機の電波を遮断できるかも知れません。ですが司令官が底へ行くには深海棲艦の力を借りなくてはなりせん。もし、この鎮守府近海に深海棲艦が接近すれば私に夏鮫達からのエコーが届くはずですがそれもありません」

 

「だよなぁ……まあ、江風も本気で提督が深海に行ったとは思ってなかったんだけどさ、他の場所に心当たりがないもんで口にしちゃったよ。おーちゃんの一件もあったしさ」

 

 江風のその言葉とは裏腹に私には一つ心当たりがありました。いえ、きっと白露姉や時雨姉さんも気づいていて口に出来ていないのでしょう。その場所が意味するのは私達姉妹の中に裏切り者がいることを示唆するのですから……。

 

「いや……もうひとつだけ電波を遮断できる場所があります」

 

 白露姉さんと時雨姉さんが言えないのならと私がそれを口にすると春姉さんは必死の形相で私の肩を掴み揺らします。

 

「それは何処ですか!?」

 

「そもそも、もっと早くに気づくべきだったんです。私達は今までなんども提督に付けられた発信機の電波が途絶える瞬間を見てきているんですから」

 

「あ……」

 

「気づきましたか……そうです」 

 

 私はなるべく感情を押し殺しその言葉を口にします。

 

「春姉さんのドラム缶の中です」

 

「ちょっと待って」

 

「なんでしょう、村雨姉さん」

 

「提督が春ちゃんのドラム缶に隠れているかもしれない……それは可能性としては十分にあり得ると思うわ。けど……じゃあそのドラム缶は誰が開けたの」

 

「あっ……!」「……?」

 

どうやら江風もそれが何を意味するか気づいたようです、純粋な山風はまだ首を傾げています。

 

「そうです。問題はそこになります」

 

 春姉さんのドラム缶は通常の物とは一線を画す物です。それはそもそもの話、用途が異なるからです。通常、ドラム缶と言えば燃料やボーキサイト等の資材の輸送に使われます。ですが春姉さんはドラム缶の中に爆薬、油、中にはナフサや重油、硫酸等といった劇物までもを貯蔵し武器としているのです。

 ですので万が一にも内容物に外的要因が加わり、誤爆等しないよう彼女のドラム缶は外部からの干渉を一切受け付けない特注品として作られているのです。そして当然、外部からの干渉を受けないということは内部から外部……つまり発信機の電波も遮断されるということになります。

 

「春姉さんのドラム缶内には危険物が大量に貯蔵されており、開閉には危険物取扱者『特甲』のライセンスを要します。そしてこの鎮守府内でその資格を有しているのは白露型……私達姉妹だけです」

 

「海ねぇ……?何を言ってる……の?」

 

「分かりませんか山風。つまりは私達白露型の中にお兄さんの脱走を手助けした裏切り者がいるということです」

 

「うそ……!」

「まぁ春雨のドラム缶を開けられるのは私達しかいないんだからそうなるわよね」

 

 私の出した結論に山風は狼狽え、村雨姉さんは諦めたかのようにため息をつきます。実際、私だって皆にこんな事は言いたくはない。だけど状況が状況です、私的な感情は捨てて推理する必要がある……それは姉妹の皆さんも理解してくれると『信用』しての結論でした。

 

「白露姉さん……どうしますか?」

 

 私は長女にこの後の展開を委ねます。きっと白露姉さんなら全てを丸く収めてくれると、これも『信頼』のことでした。

 

「……認めたくはないけれど海風の推理を無視するには状況が整いすぎてる。お姉ちゃんとしては心が酷く痛むけど……ここはみんなの事を信用する為にそれぞれが犯人じゃないという証拠、つまりはアリバイを提示してもらう必要があるわ。春雨、提督がいなくなった時間は何時か分かる?」

 

 白露姉さんの決定に姉妹の誰も異議は唱えません。それはきっとこんな提案をしなくてはならない彼女こそが一番辛いのだと皆が理解しているからでしょう。

 

「司令官と外に出たのが二四○○でした。そこから20分ほど二人で波止場を歩いたと思います。ですので時刻は〇〇二○、誤差は10分くらいだと思います」

 

「ありがとう春雨。じゃあ皆には0時10分から0時40分までの30分間のアリバイを聴いていくわ。当然だけど先ずは私から」

 

 白露姉さんは時雨姉さんと村雨姉さんの方へ一瞬視線をやって自身のアリバイを語り始めました。

 

「提督が攫われた時間なら私はベッドの中で寝たフリをしてたわ」

 

「寝たフリ……ですか?」

 

「ええ。最近、時雨が夜遅くまで調べ物をしてるみたいだったからさ、お姉ちゃんとして今日も夜更かしするようなら注意してやろうと思って。結局今日も21時からついさっき、春雨がこの部屋に飛び込んでくるまで時雨は机に向かってたけどね」

 

「なるほど……では白露姉さんだけでなく時雨姉さんのアリバイも同時に証明されるわけですね」

 

「時雨だけじゃなくて村雨もね。村雨は二二○○にベッドに入ってそれからぐっすりだったわ。だから村雨についても私と時雨が証明できる」

 

「白露ちゃん……!ありがとう!」

 

村雨姉さんは自身のアリバイをどう証明するか悩んでいたようだが運良く白露姉さんからの助け舟に拾われたらしい。白露姉さんの話を聞くに白露、時雨、村雨姉さんのアリバイは完璧です。二人は容疑者から除外しても問題なさそうです。

 

「おいおい、夕立の姉貴のアリバイは証明してやんないの?同室なんだから姉貴だって自動的にアリバイは証明されると思うんだけど?」

 

「ぽいぃぃぃ……」

 

「夕立は二三四○くらいに一度部屋を出てるわ。残念だけど私には夕立のアリバイを証明してあげることはできないわね」

 

「ええ……夕立姉貴そんな時間に何やってんだよ……」

 

「トッ、トイレっぽい?」

 

「夕立が部屋に戻ってきたのはたしか僕が姉さんに夜更かしを怒られた直前だった。ただでさえせっかちな君が40分以上も御手洗に行っていたというのはちょっと信じられないかな」

 

「しぐれぇ……」

 

 こういう時、時雨姉さんは良くも悪くも公平です。夕立姉さんは捨てられた子犬のような目で時雨姉さんを見つめます。どうやら自身のアリバイを証明できない、若しくは話せない事情があるようです。しかし妙です。夕立姉さんは犯人では無いはずなのに何を隠しているのでしょうか……。

 

「僕に泣きついてもダメだよ。ほら、夕立がその時何をしていたのか、僕達に説明してよ」

 

「それは……ちょっと言えないっぽい……」

 

「言えない?夕立姉さんそれはどう言うことですか?まさか司令官を連れ去ったのは……!」

 

「ちがう!司令官本人を連れ去ったのは夕立じゃないっぽい!」

 

「なら司令官が消えた時どこで何をしていたのか言えますよね?」

 

 立ち上がり春姉さんから距離を取ろうとする夕立姉さんですが正座をしていて足が痺れたのかそのまま尻餅をついてしまいます。

 

「?これ……なに?」

 

「ぽい!?それだめ!」

 

 転倒した際に夕立姉さんのパジャマのポケットからはみ出た何かを山風が引き抜きました。それは真っ黒な布のような物で蝋燭と月明かりが頼りのこの部屋では何かを理解するのに少し時間を要しました。

 

「提督の下着……?あっ!こら夕立!あれほど提督の下着や衣類を脱衣所から持ち出したらダメだって注意したじゃないか!提督は服をあまり持たないからローテーションが崩れると大変なんだからね!!」

 

「ごめんなさいっぽい〜〜〜」

 

 どうやら夕立姉さんのポケットに入っていたのはお兄さんの下着だったようです。夕立姉さんは時雨姉さんに叱られ涙目になりながら謝罪しています。

 

「けどこれで夕立のアリバイも証明されたわね」

 

「?なん……で?」

 

「だってあれ、今日提督が着てた下着だもん。んで皆知ってると思うけど提督は夜遅くまで仕事をする時は夕食前に一度服を全部着替える……。夕立は二○○○まで私と演習があってずっと私と一緒に行動してた。その下着を盗むタイミングがあったとすれば提督が消えた時間帯しかない。春雨、ここから脱衣場までどれくらいかかる?」

 

「夕立姉さんの足でも往復30分はかかります」

 

「そっ、んで夕立が部屋から出ていたのも大体それぐらい。アリバイとしては十分でしょ」

 

「なるほど……では次に私のアリバイをお話し……する前に蝋燭を替えますね。燃え尽きてしまいそうです」

 

 私は残りわずかとなった蝋燭の火を消し、新たな蝋燭に火をつけ自身のアリバイについて語りました。

 

「私はお兄さんが消えたとされる時間、一度部屋から出ています。私も時雨姉さんと同じく調べ物をしていてついつい夜更かしをしてしまい、就寝する前に一度御手洗へと向かったからです」

 

「それは一人で行ったのかい?」

 

「はい、ですがアリバイはあります。トイレで天津風さんと遭遇したんです。元々同期で知らない仲ではなかった私達はそこで40分程昔話に花を咲かせました。天津風さんに電話をして貰えれば証言して貰えると思います」

 

「なるほど、アリバイとしてはバッチリね。じゃあ次は」

 

「次のアリバイを聴く必要はありません、はい」

 

 私のアリバイを聴き終え、次のアリバイを促そうとした白露姉さんを突如春姉さんが遮りました。次を聴く必要がない……?何故、私のアリバイにおかしな点はなかったはずなのに、何故そうなるのか……まさか……まさか……!

 

「海風、貴方が犯人です。いえ、違いますね……こんな質の悪い策を海風が考えつくとは思えません。天津風さんに吹き込まれましたか。あの子は昔からどうにも口が上手くて困ります」

 

「なっ、何を言って……!」

 

「海風、貴方は昔からこうと決めたら最後までやり通す芯の強い子でした。それは貴方の美徳ですが欠点でもあります。もう少し視野を広く、自分の行動がどういう意味を持つのか考えるべきです。でないと何時か取り返しのつかない事になります。……いえ、指導は後日しっかりとするとして今は司令官の居場所が先決ですね」

 

「春姉さん!だから何を言っているんですか!まるで私が犯人であるかのような口ぶりは止めてください!」

 

「言ったはずです、貴方が犯人だと」

 

「海風、貴方は言いましたよね。御手洗で天津風さんと会ったと。でもそれはおかしな話なんです」

 

「何がおかしいと言うんですか!」

 

「私達白露型の部屋があるのはこの駆逐宿舎の三階です。そして天津風さんの部屋は駆逐宿舎の一階……それぞれの階に御手洗はあるというのに何故二人が遭遇するのでしょう?」

 

「それは……!天津風さんはまだこの鎮守府に着任したばかりだから迷って三階まできてしまったのでしょう!」

 

「それにもう一つ。海風、貴方は先程こう言いました。『天津風さんとトイレで会って40分程談笑しました』と」

 

「同期ですから世間話程度はします!」

 

 私がそう反論した瞬間フッと、室内が暗闇に覆われました。どうやら蝋燭の灯が消えてしまったようです。

 

「……蝋燭、替えますね」

 

「替えないでください」

 

「え……?」

 

 私が蝋燭を替えようとすると春姉さんはそれを制しました。

 

「時雨姉さん、この状態で私の顔が見えますか?」

 

「難しいね。輪郭が分かるかどうかってところだよ……そうか!」

 

「そうです。今行われているこの節電期間中、私達はこの一本20分も持たないような蝋燭の灯りを頼りに夜の生活を送っています。なのに貴方は40分も談笑したと言いましたよね?」

 

「それは……!それは……!」

 

「こんな相手の顔もまともに見れないような状況でお話し、できますか……?」

 

「………………流石は春姉さんですね」

 

 私は観念して自身の犯行を認めます。犯行を認めても犯行を諦めた訳ではありませんが。

 

「諦めが良いのも貴方の良い所であり欠点でもあります。そこも後日ゆっくりと指導しましょう」

 

「ですが最後に一つ……春姉さんに解いて欲しい謎があります」

 

「解いて欲しい謎……?」

 

「春姉さんの言う通り、私が提督を隠した犯人です。けどおかしいとは思いませんか?提督を誘拐するのならわざわざ春姉さんが秘書艦の日を選ばずとも私自身が秘書艦の日に実行すればいい……だと言うのに私は春姉さんが秘書艦の日を選んだ。何故でしょう?」

 

「それは……」

 

「答え合わせです。それは……今日この夜がもっとも姉妹が鎮守府に集う日だったからです!!」

 

そういうやいなや、私はその場から真後ろへと飛び跳ね姉妹達から距離をとります。

 

「!!しまった!!」

 

 犯行を認めても犯行は諦めていない……それが意味するのはまだ私の犯行は完結していないということ、これからだと言うこと。

 いち早く察知した時雨姉さんと夕立姉さんが動きますが長時間正座していたせいか、足が痺れ立ち上がれないでいます。これも、私の犯行が見破られるのも含めて全てお兄さんと天津風さんの想定通り。

 

「もう手遅れです!!」

 

 私は姉妹から三歩分離れた所定の位置でポケットに忍ばせていたボタンを押します。瞬間、天井、と床から飛び出した鉄棒が鉄の牢屋を形成し私を除く姉妹を閉じ込めました。

 

 

 海風の勝利です。

 

 

 

 

  ■■■

 

 

 

 

 

「ここまでは本当に予定通り……後は海風しだいね」

 

 私は波止場に置いたドラム缶に腰掛け、秋に浮かぶ満月を見つめそう独りごちた。

 

「おう!?天津風、こんな所で一人なにしてるのー?」

 

 不意に背後から声をかけられた。振り返るとドラム缶を担ぎ上げた島風がわたしを不信そうな面持ちで見つめている。

 

「月を眺めてるだけよ。貴方は今から遠征?気をつけなさいよ」

 

「うん!提督に舞鶴までお使い頼まれてるんだー。提督の為に最速で届けです!天津風も風邪ひくから早く部屋に戻りなよー」

 

 そう言い終わらないうちに島風は走り出し直ぐに私の目の届かない場所へと行ってしまった。本当に速きこと島風の如し、ね。

 

「貴方の為ですって。随分慕われてるのね」

 

 そう言ってわたしはお尻の下にあるドラム缶を軽く蹴った。応答はない。代わりにカンッ、という音が虚しく辺りに響いた。

 

 そう、今私が椅子代わりに使っているドラム缶の中には春雨の想い人であるここの提督が入っている。数時間前に私と海風、そして本人の協力もあり春雨から奪取することに成功したのだ。

 

『人質がいないのなら、作ればいい。海風……貴方自身が人質になればいいのよ』

 

 数日前、ここの提督と春雨との仲を引き裂きたかったわたしは、偶然にも食堂で再会した海風にそう持ちかけた。しかし当然というべきかその場ではすげなく断られてしまう。

 わたしはどうにか海風を味方につけられないかと頭を傾けたけれどいい案は思いつかない、あの子は一度こうと決めたらなかなか自身の考えを曲げない、よく言えば芯の強い、悪くいえば頑固な子だった。

 

 そんな風に悩んでいたある日、廊下ですれ違った提督にそっとメモとカセットテープを渡された。提督と一緒に歩いていた時雨はどうやらその行動に気づいていないようだった。

 

 渡されたメモ用紙にはこう書かれていた。

『このカセットテープにはサブリミナルが仕込まれた海風の好きな曲が入っている。アイツに聴かせれば少しだけ海風の価値観を変えることが出来る』

 

 サブリミナルとはなんなのか?聞きなれない言葉だったのでネットで調べてみるとどうやら催眠術の一種らしかった。

 

 というより何故アイツはわたしの計画を知っているのか、そもそも何故わたしに協力するような真似をするのか。考えても分からなかったので元々提督は春雨やお姫様ではなく海風の方に気があったのだろうと都合よく自分を納得させた。

 

『海風、これ聴いてみてきっと気に入ると思うわ』

 

『これは?』

 

『1MYBの曲が入ったテープよ。貴方好きなんでしょ?』

 

『わぁ!ありがとうございます!』

 

 そう言って渡したサブリミナルの仕込まれたテープの効果は抜群だった。提督のメモにあった通り海風の価値観を狂わせるというのは正しかったらしく次の日もう一度、『海風人質作戦』を提案すると拍子抜けするほどあっさりと海風はそれを承諾した。

 

 海風を仲間に引き入れたことで、彼女が秘書艦の日に提督、わたし、海風の三人で作戦会議をすることができた。そうして作戦決行日の最低条件として春雨、時雨、夕立、江風が鎮守府にいて尚且つ白露型ができるだけ遠征に出ていない日ということになった。これは提督が脱走した際、どういう行動をとるか分からない春雨、夕立と頭の切れる時雨と江風を檻に閉じ込め大手を振って鎮守府から脱出しようと考えたから。そしてその条件が揃ったのが満月の今日だった。

 

 生憎、涼風と五月雨は遠征に出ていて檻に閉じ込めることは出来なかったけれどあの二人ならさしたる脅威にもならない、早期に閉じ込められた春雨達を発見されたとしてもあの檻を開けるにはそれなりの時間を要するだろうから解錠される時には既にわたし達の目的は達成されている。

 

完璧な作戦だった。

 

問題は今日の秘書艦の春雨の視線をどうやって掻い潜り提督を攫うのかという点だった。その点に関しては提督に考えがあるということだったから任せていたけれど……まさか偽のプロポーズをして目を瞑らせている間に100m離れた先にある海風が用意したドラム缶に身を潜ませるとは思いもしなかった。

 

きっと普段の春雨ならこんな手は通用しなかった。けれど春雨も女の子だ、想い人からのプロポーズに胸を高鳴らせ、その鼓音が邪魔をして自身から距離を取る提督の気配に気づかなかったのだろう。

 

 不意にカツっ、カツっ、カツっ、という足音が背後から聞こえた。どうやら春雨達を閉じ込めた海風が戻ってきたらしい。わたしは座っていたドラム缶から降りながら背後の海風に向かって声をかける。

 

「遅かったじゃない。さっ、早く島に行きましょうか。いくら閉じ込めたといってもどれだけ時間が稼げるかは分からないわよ」

 

「海風なら来ませんよ」

 

「!?」

 

 そこにいるはずのない人物の声に驚き体をそちらへと向ける。そこに居たのは言葉通り海風ではなく、牢に囚われているはずの春雨だった。

 

「はるさめ……なん……で」

 

「天津風さん、後でじっくりをお話をしましょう。そんなことよりも司令官は……その中ですか」

 

 春雨はわたしの傍らにあるドラム缶を見据えると近づき、その蓋を開け放った。こうなっては計画は失敗だ、わたしにはどうすることもできない。

 脱走する為の嘘だったとはいえ、ここの提督は一時間前に春雨にプロポーズをしている。当然、春雨もそれが嘘だったとは分かっているだろうが、そんなこと彼女が認めるはずがない。きっと春雨はこのまま提督と結ばれるのだろう。二人の仲を引き裂く為にわたしは今回の計画を実行したというのに……わたしはなんてことをしてしまったのか。

 わたしは提督と乳繰り合う春雨の姿を見たくなくて春雨に背を向けてその場を立ち去ろうとする。

 

「どういうことですか……」

 

 けれど春雨はそう言って去ろうとするわたしを引き止めた。春雨はどれだけ残酷なのだろう、わたしは涙を堪えながら再度彼女の方へと向き直った。

 

「なによ……もういいでしょ。春雨、しあわ……あれ?」

 

 振り返った先にわたしの想像していた景色はなかった。そこにはただただ空っぽのドラム缶に顔を突っ込む春雨の姿があるだけだ。

 

「中に司令官、入っていませんよ?」

 

 春雨のその言葉に冷や汗が頬を伝うのと同時に数分前に交わした島風との会話がわたしの脳内でフラッシュバックした。

 

『うん!提督に舞鶴までお使いを頼まれてるんだー。提督の為に最速で届けです!天津風も風邪ひくから早く部屋に戻りなよー』

 

何故気づかなかったのだろう。あの時、島風が運んでいたのは通常のドラム缶ではなく春雨のドラム缶だったではないか。

 

すり替えられた━━━

 

気づいた時にはもう遅い。とりあえずわたしは目の前で髪が真白く変色し始めている春雨に背を向け逃げ出した。

 

一歩、二歩、三歩目にコンクリートを蹴り上げることは叶わずに捕まってしまう。

 

ああ、やっぱりわたしはまだまだ遅いらしい。

 




次回から『提督京都真相編』スタートですって!
感想、評価を貰えると嬉しく思います。


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提督と浦島太郎伝説

※今回の話を読む前に第八話『キャラクターデータベース』に目を通しておくことを推奨致します。




「おい良太郎!考え直せ!お前が居なくなってきっと白露の嬢ちゃん達は泣いてんぞ!特にあのピンクの嬢ちゃんは自沈しかねん!」

 

 海風と天津風を利用し鎮守府からの脱走に成功した俺は現在、舞鶴から少し離れた場所である京都府の伊根町を走っていた。俺は少し息を切らせながら、肩の上で騒ぐ相棒の深海妖精さんに言葉を返す。

 

「アイツ等がそんなタマかよ……。つーか既にこっちに向かって来てるはずだ。俺がドラム缶の外に出た以上、居場所はアイツ等に筒抜けだからな」

 

「だったら尚の事鎮守府に戻るべきじゃろ。ピンクの嬢ちゃんの折檻は免れんじゃろうが自首するのとしないのとじゃ心証が大きく変わってくる。どうせ捕まるのなら少しでも機嫌を取っておくべきじゃ」

 

「自首するくらいなら始めから脱走なんてしやしないさ。というか相棒はどうして俺を鎮守府に戻らせたいんだ?何時もは俺のやることに口を挟んだりしないのによ」

 

 相棒と口論をしながら伊根の町を全速力で走り抜ける。正確な時刻は分からないが太陽がちょうど頭上辺りにあることから正午近くだという事が推測できた。真上の太陽が眩しかったこともありふと辺りを見渡す。俺が走る直ぐ右手には日本海が広がり、その海の上に浮かぶかのように何軒もの家屋が立ち並んでいた。建築様式こそ日本の木造式ではあるがその海上に浮かぶあり方はイタリアに於いて‘“水の都“と称されるヴェネツィアを思い起こさせる。行ったことはないがテレビかなんかで見た。

 

「なあ良太郎?オレはお前の為を思って言ってんだ。いいか?お前は深海の連中に狙われてんだ。なのに護衛も付けずノコノコとこんな場所に来て……。な?悪いことは言わねえ、今すぐに帰ろう。オレの言うことが間違っていた事があったか?」

 

「言っている事が間違ってたことはない……そこは信用してるさ。けど、知ってて俺に隠している事はまだまだ沢山あるよな?相棒がそれを教えてくれないから俺はこうして自分の足で調べるしかねえんだ」

 

「オレが何を隠してるってんだよ」

 

「色々あるぜ?そうだな……まずは玉手箱とか。オーちゃんが探していたあの箱は俺が5歳の時に開けたものだ。どうして相棒はあの箱の中で眠っていたんだ?」

 

「……」

 

 痛いとこををつかれたのか相棒は黙り込んでしまう。いつもこうだ、都合が悪くなると相棒は途端に口をつぐんでしまう。

 

「別に答えたくないなら無理にとは言わないけどな。相棒には相棒の事情ってもんがあるんだろうし……。おっ、見えてきたぜ。今回の目的地、『浦嶋神社(うらしまじんじゃ)』だ」

 

 俺は浦嶋神社(目的地)の入口前で一度立ち止まり呼吸を整える。足を止めたとたんにこれまで気づいていないフリをしていた疲労が一気に俺の全身に絡みついてくる。舞鶴から何度かヒッチハイクで車に乗せてもらったとはいえ、そのほとんどを自身の足で進んできたのだから無理もない。普段から島風や不知火とランニングをしていなければここまでたどり着くことは出来なかっただろう。

 

 しっかり五分ほど休息をとり神社の中へと足を踏み入れた。まず目に飛び込んで来たのは二体の銅像だった。実物大かと思われる男と女の銅像が互いに向き合いながら立っているのだ。そして何故かその二体の銅像の間には直径2mほどの巨大なリングが二人の間を遮るかのように置かれている。

 

「なんだ?この銅像は」

 

 俺の探しものに何か関係があるのかもしれない。そう思い銅像へと近づくが何もない。ただ、男の銅像の側に『悠々時空』と彫られた石が置かれているのみだ。

 

「悠々時空?相棒、どう言う意味か分かるか?」

 

 肩に乗る相棒へと疑問を投げかけるが返答はない。どうしたのかと視線を移すとと相棒は女の像へとじっと視線をやり固まっていた。いつもニヤニヤと何かを企んでいるかのような相棒からはイメージできない、何とも複雑な表情を浮かべている。

 

「相棒?」

 

「ッ……!わりぃ、ボーっとしてた。ほら、オレのことなんて気にせず早く用を済ませちまえよ」

 

「ああ……」

 

 相棒の変化は少し気になるがあまり時間も残されていない。こうしている間にも奴ら(白露達)はここへ迫って来ていることだろう。早く見つけ出さなくては。

 

 二体の像の先にある本殿へと足をすすめる。が、これといっておかしなところはない。本殿があり、その周囲に手水舎や売店、池があるだけの至って普通の神社だ。強いておかしな点を挙げるとすれば参拝客が他に誰もいないことくらいか。

 

「おかしいな……ここに来ればヒントがある、そうカメ型の深海棲艦が言っていたのに……」

 

「騙されたんだよ良太郎。所詮はアイツも深海棲艦ってこった」

 

「けどカメから教わった『艦娘が沈めばその艤装は深海棲艦に、深海棲艦が沈めばその艤装は艦娘艤装になる』ってのは本当だった」

 

「木を隠すなら森の中、嘘をつくなら真実の中。嘘つきの常套手段じゃろ、信じるに値しねぇ」

 

「ぐうう……」

 

 どうやら相棒はどうしてもカメ型の深海棲艦が信用ならないらしい。俺としてはなんとかしてもう一度アイツと会い情報を引き出したいのだが……。

 

「ご参拝ですか!?!?」

 

 不意に背後からやたらと大きな声で話しかけられた。いつの間に後ろを取られたのか、先程確認した時は境内に人影はなかったはずだ。俺は慌てて声のする方へと視線を向ける。しかしてそこに立っていたのは俺のよく知る人物だった。何故か巫女装束に身を包んではいるものの、そのピンクの髪に赤を基調とした瞳を俺が見間違うはずもない。

 

「はるさめちゃん!?!?」

 

 驚きのあまり俺は横っ飛びで彼女から距離を取る。何故だ、いくら何でも早すぎる。いや、違う、今はもうそんなことを考えている場合ではない、どうやってこの場をやり過ごすのかだ。

 

 今回はプロポーズ紛いのことをして彼女を騙し、脱走しているのだ、ここで捕まれば何をされるか分かったものじゃない。せめて目的を達しなければ割に合わない!どうすれば!どうすれば!!!

 

「落ち着け良太郎。似てはいるがあの娘、ピンク髪の嬢ちゃんとはまた別人じゃぞ」

 

「え?」

 

 言われて再度、巫女装束の方へと視線をやる。なるほど、言われて見れば確かに春雨ちゃんより身長が高く、スラリとメリハリの付いた女性的な体付きをしている。もしも春雨ちゃんが艦娘にならず、普通の女の子として成長していたならこの人のようになっていたのかもしれない。

 

「失礼しました。貴方が知人に似ていたもので驚いてしまいました」

 

 俺は巫女装束に頭をさげた。巫女は手をブンブンと左右に振りながら「気にしないでください!」と俺に頭を上げるよう促す。

 

「間違いではありませんしね……」

 

「へ?」

 

 間違いではない?どう言う意味なのだろうか。もしかして今は引退した先代の『春雨』という意味だろうか?それならそれで聞きたいことはある。だが、何をどうやって聞くべきか悩んでいるうちに巫女は本題だとばかりに話を切り出してくる。

 

「そんなことより!ご参拝の方なんですよね!?」

 

「え?まあ……そんなところです。ちょっと浦島太郎の伝説について調べてまして。この神社は浦島太郎伝説と縁のある場所と聞いて訪れた次第です」

 

 俺のその言葉を聞いた巫女は長年待ち続けて居た恋人を見つけた乙女のように上気した表情を浮かべながら俺の右腕を掴んだ。

 

「こっちです!ついてきてください!!」

 

「え!?ちょっと!?」

 

 巫女に連れていかれたのは神社の裏手にある一軒の古い平屋だった。玄関の表札付近には『資料館』の文字がかけられている。巫女は俺の手を引きながらこの神社について語り始めた。

 

「貴方が先程仰った通り、この神社は『浦島太郎』という人物を祀っています。それなりに古く、由緒のある神社なのですが何分場所が悪く、参拝に訪れる方はほとんどいません。ですから貴方が参拝に来てくれて、しかも浦島太郎について調べてると聞き嬉しくなってしまいました。驚かせてしまってすみません」

 

「いえ、それは構わないんすけど……ここは一体……」

 

「資料館です。浦島太郎に興味のある方にはここの一室で伝説についての説明を行ってるんです。あっ、この部屋です。用意しますので中の椅子に座ってお待ちください」

 

 言われるがままに中へと入る。中は畳部屋となっており、ストーブや食器、お茶菓子などが有り、何だかおばあちゃんの部屋を思い起こさせるような雰囲気だ。しかしただ一つ、部屋の側面にかけられた巨大な絵が部屋の統一感を崩し、厳かな雰囲気を醸し出している。

 

「その絵は『浦嶋明神絵起(うらしまめいじんえおこし)』と呼ばれる巻物です。浦嶋子(うらのしまこ)が亀と出会い、蓬莱山の国(とこよのくに)……今で言う竜宮城へ招かれ老人になるまでをこの一枚の絵に表しているのです」

 

 いつの間にか戻っていた巫女が手に持った棒をペシペシと叩きながら絵巻の隣に立つ。あの棒は学校で教師がよく持っている指し棒だろうか。

 

浦嶋子(うらのしまこ)?浦島太郎とは違うんですか?」

 

「太郎とは元々人の名前ではなく、身分の高い豪族達の総称だったんです。ですので専門家の間では『うらのしまこ』又は『うらしまこ』と呼ばれています。さらに言えば浦嶋子は弥生文化前期の主力を担った海人族(かいじんぞく)の末裔であるともされているようです」

 

 なんだか難しい話になってきたな……。どちらかと言えば理数系の俺はこういう歴史の話は苦手だ。

 

「では浦嶋明神絵起の説明をさせてもらいますね。右端をみてください。一人の男性が船に乗ろうとしていますね」

 

 そう言って巫女は絵の端を指し棒で示した。彼女の言う通りそこには釣竿を担いだ男が今まさに船に乗ろうとしている様子が描かれている。

 

「これが物語の始まり、浦島太郎が漁をしに海へ出るところから始まります」

 

「漁に出るところからスタート?虐められている亀を助けるところからではないんですか?」

 

「それは現代向けに脚色されたストーリーですね。浦島太郎が亀と出会うのはここです」

 

 次に巫女は絵の右端少し上部を指した。そこには船に乗った男が両手で亀を空に掲げている様子が描かれている。

 

「浦島太郎は一匹の亀を釣り上げるのです。亀はたいそう美しく、その甲羅は五色に輝いていたそうです」

 

「なるほど、その亀が竜宮城へと案内し乙姫と会わせてくれるわけですか」

 

「少し違います。そもそも伝説ではこの釣り上げた亀そのものが乙姫の化身、彼女本人であったとされています。ですので乙姫は別名として亀姫と呼ばれることもあるのです」

 

「えっ!?マジですか!?」

 

「マジです」

 

 そんな馬鹿な、亀が乙姫本人?ありえない、だとしたらあの日取引したカメそのものが乙姫だったという事になる。そんなはずはない、だって乙姫本人が『乙姫を終わらせてください。その為の協力なら惜しみません』等と言うことを俺に頼むはずがないのだから。もしも、仮に本当にそうなのだとしたら俺はアイツにいいように踊らされていたと言うことになる。

 

 そんなのは認めない。

 

「次にこちら、絵の一番上を見てください。竜宮城へと案内された浦島太郎は『不老不死』の薬を与えられ、そこで乙姫と永遠の時を過ごすことを誓います。けれど数年後、故郷が恋しくなった浦島太郎は一度だけ陸の上に帰らせてくれと乙姫に懇願します。故郷に帰るに際し、乙姫から彼に出された条件は一つ、『玉櫛笥(たまくしげ)の箱を持っていくこと、そしてそれを絶対に開けないこと』でした。ここから先はもうご存知ですね?」

 

「陸に戻った浦島太郎は玉手箱を開けておじいさんになる。そこで物語は御終いです」

 

「その通りです。ですが不可解な点が二つあります」

 

「不可解……ですか?」

 

 その物言い自体に俺は不自然さを覚えた。そもそも、これは伝説上の話なのだ。不可解とするならばこの物語そのものという事になる、だが巫女は不可解なのは二つだけという……どうにも釈然としない。

 

「まず一つ目、なぜ浦島太郎は老人になったのか」

 

「なぜって……玉手箱を開けたからですよね?」

 

「そうです。ですが浦島太郎は竜宮城で『不老不死』の薬を与えられ、飲んでいたはずです。不老です。不老というのは時の輪廻から外れた存在、そんな彼がどうして老人となってしまったのか……司令官(・・・)は分かりますか?」

 

「……浦島太郎は老人になどなっていない……ですか?」

 

「私と同じ考えです」

 

「けど、それじゃあ浦島太郎はどうなったんですか?老人になっていないならその後の物語があってもおかしくないはずだ」

 

「消えたんですよ。玉手箱を開けた浦島太郎は始めからそこにはいなかったかの如く綺麗さっぱり消滅してしまった。まるで未来や過去にタイムリープしたかのように……」

 

「タイムリープ……ですか」

 

「私の勝手な考察ですけどね。けど面白いじゃないですか、伝説に出てくる玉手箱は実は現代の人間が欲してやまない『タイムマシン』だった!なんていうのは」

 

 玉手箱がタイムマシン……考えたこともなかった。だが仮にそうなのだとすれば、色々と仮定のようなものは生まれてくる。オーちゃんの言っていた『乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありませんよ』という言葉の意味も見当がつくというものだ。なぜアレを俺に言ったのかはさっぱり分からないが……。

 

「もう一つの不可解です」

 

 突如巫女は俺の目の前に立ち、ぐぐぐっと俺の顔を下から覗き込むかのように接近してきた。近くで見るとやはり春雨ちゃんにそっくりだ。もしかしてこの人は未来から来た春雨ちゃんなのではなかろうか、とそんな突拍子もないことを考えてしまう程だ。

 

「そもそもなぜ乙姫は浦島太郎を陸に帰してしまったのか、です」

 

「どう言う意味です?」

 

「だってそうでしょう?浦島太郎のことを愛していたのなら乙姫は彼が泣いて叫ぼうが陸へと帰す必要はなかった。そうすれば彼は永遠に乙姫だけのものになるのですから。……けど乙姫は帰した」

 

 巫女は俺から距離を取り、俺に背を向けてゆっくりと絵巻の方へと歩いて行く。

 

「なぜ乙姫は浦島太郎を帰してしまったのか……ねえ、貴方はどう思いますか?」

 

 こちらに背を向けた巫女の表情を窺うことはできない。けれど何故だか、彼女がどういう表情を浮かべているのか俺には容易に想像することができてしまった。

 

 

 



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提督と浜風と甲羅棲姫

マジギレ浜風さん
鉄底提督の中学時代の後輩。
まともな駆逐艦としての練度は歴代最高。

春雨ちゃん
鮫が好き。

深海妖精さん
提督の相棒。現状、提督以外には視認できないらしい。






 殺し合わせる必要があった。

 

 それも永遠に。ずっとずっと終わらない戦争が必要だった。

 

 嘘だ。

 

 本当はオレが大切な物を二つ(・・)、たったそれだけを諦めれば戦争なんて始める必要はなかった。だけど……どうしてもオレはそれを諦めることが出来なかった。

 

 だからオレは『艦娘』と『深海棲艦』という輪廻を作り出した。『人間』と『竜宮』に終わらない戦争を強いた。

 

 玉手箱を使い、大切な二人から逃げ、作り出した戦争だ。

 

 この戦争を終わらせる訳には絶対にいかない。終わればまた全てが振り出しに戻ってしまう。それだけは……それだけはゼッタイに許さない、認めない、終わらせない。

 

 さあ、今日も殺し合おう。

 

 人間よ、深海は敵だ。殺せ。

 

 竜宮よ、人間は敵だ。殺せ。

 

 殺して仲間を得て、殺されて仲間を失え。

 

 存在しない暁の水平線を求めて永遠に殺しあえ。

 

 □□□□の輪廻は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「また何か知りたいことがあれば此処に来てください。私はいつだって待っていますから……はい」

 

 そう言って巫女は浦島太郎伝説についての話を締めくくった。お礼を言い資料館を後にし外へ出ると真っ赤な夕日が目に飛び込んできた。おかしいな……そんなに長居したつもりはなかったのだが……。

 

「結局なにも重要な手がかりはなかったな……」

 

『人間と深海棲艦、この戦争の真実が知りたければ浦島神社へ向かってください。そこにヒントを用意していますので』

 

 三年前、日本海に面したこの京の町でカメ型の深海棲艦は俺にそう言って姿を消した。

 奴の言う戦争の真実とやらが何なのか……それを知るために俺はこの浦島神社に足を運ぶ必要があった。だが、記録にない型とはいえ奴も深海棲艦であることに変わりはない、もしも春雨ちゃんや他の連中に見つかれば問答無用で処分される恐れがある。俺は単独でこの場所に来る必要があった。

 

 だから俺は鎮守府を脱走しこの神社までやって来たというのに得られた情報は『浦島太郎の本名』と『玉手箱の正体はタイムマシン』等という巫女の考察とも呼べないような戯言だけだった。

 

 春雨ちゃんに嘘のプロポーズまでしてここまで来たというのにこれではまるでリスクに見合わない。いや、ほんとマジでどうすんだよこれ……春雨ちゃん絶対ブチ切れてるよ……誰か助けてくれぇ…。

 

「じゃから言ったじゃろう。深海棲艦のいう事なんざ当てにするからじゃ。今からでも遅くは……いや遅いじゃろうけど鎮守府に戻ろう」

 

 頭を抱えていると肩に乗る相棒が俺を諭した。相棒は三年前からこうだ。俺のやることなすこと全てを肯定し手助けするが鎮守府からの脱走にだけは非協力的だった。いや……違うのか、正しくはカメが言うところの『戦争の真実』とやらを俺が探るのを極端に嫌がっているのか。

 

「巫女が言っていた玉手箱がタイムマシンだとかいう説について相棒はどう思う?」

 

「どうもこうもねぇ。あんな世迷いごと一考の価値すらねえ。なんじゃ?まさかお前、真に受けてんのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないが……」

 

 俺だってタイムマシン等というSFの存在を信じている訳ではない。だが、カメ型の深海棲艦はここに戦争の真実があると言っていた。なのに今日得られた情報で唯一それらしいものと言えば玉手箱=タイムマシン説のみ。戯言と切って捨てるにはここまでに費やした労力がデカすぎる。

 

『乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありません』というオーちゃんの言葉からも玉手箱が何らかの形で関わっていることが予測できるしな。

 

「そういえば……俺と相棒が初めて会った十五年前、相棒は木箱の中から現れたよな?確かあの箱のことを爺さんは玉手箱って呼んでたような」

 

 今あの箱は山風が所持している。数ヶ月前に時雨、春雨ちゃん、山風、浜風と共に実家へ帰省した際に奴にくれてやったのだ。※(18話「提督と帰省と白露型」を参照)

 

「それっぽい見た目してたからそう呼んでただけじゃろ。よしんば本物の玉手箱が存在してたとしてあのごく普通の爺さんが持ってるわけがねえ」

 

「そりゃそうだけど……そもそも相棒はどうしてあの箱の中で眠ってたんだ?」

 

「言ったじゃろ。オレにはお前と出会う以前の記憶がない。じゃけんあの箱の中にいた理由もオレには分からん」

 

 そう言って相棒はぶっきらぼうに話を打ち切った。

 だがおかしいのだ。記憶がないのなら何故自身を『深海妖精さん』等と呼称したのか、なぜ鉄底海峡のギミックを知っていたのか……明らかに相棒は何かを隠している。

 

 相棒が何を隠しているのか、それはまだ分からない。けどそれは何か彼なりの考えがあるからなのだろうと俺はそれ以上追求はしなかった。

 

 

「仕方ない、とりあえず新幹線にでも乗って出来るだけ遠くに逃げるか」

 

「いや、じゃから大人しく鎮守府に戻れと。どうせその腕に巻かれてる発信機を外さんことには捕まるのも時間の問題じゃろうが」

 

「かもな。でも逃げるだけ逃げてみるさ。今春雨ちゃんに会うのすっげえ怖いし……ほんと俺どうなるんだ……」

 

「情けない話じゃな……」

 

 ため息を吐く相棒の声を聞きながら俺は神社の出口へと向かった。急がねば、こうしている間にも白露達はここへ向かって来ているはず、もしかしたらもう俺のすぐ背後に迫ってきているかも……そう意識すると奴らの足音まで聞こえてくるような気がして背筋に寒気が走った。

 

「やっと……やっと見つけた」

 

「!?」

 

 突如誰もいないはずの背後から声が聞こえ、背筋だけでなく全身が凍った。まさか本当に白露達が!?だが今の声……聞き覚えのないものだ。俺は恐る恐る首をひねり声の主の方へと視線を向けた。

 

 そこにいたのは若い女だった。身長は150cm前半と低く、服装はショートパンツに『I LOVE 深海魚』とプリントされたTシャツと少し子供っぽい。しかし険しく、どこか憂いを滲ませたその表情からは人生の過酷さを経験してきたのだろうという往年の雰囲気を漂わせている。

 

 チグハグな女だ。それが女の第一印象だった。

 

「ようやくだ。ようやく見つけた。たまにはあのクソ亀も役に立つ」

 

 ボソボソと俺に聞こえないような声で女が独り言を発する。もしかしたらヤバイ奴なのかもしれない。こういうのには関わらず無視を決め込むに限る。中学時代、俺は浜風の一件で学んだのだ。くそっ……もしもあの時アイツに深入りしなければ……。

 

 思い出すと後悔の念に押しつぶされそうになる。だが大切なのは後悔ではなく今に繋げ同じ過ちを繰り返さないこと。俺は過去の教訓を活かし目の前のチグハグ女に背を向け神社を立ち去ることにした。

 

「良太郎!!しゃがめ!!」

 

「!?」

 

 慌てた様子で肩に乗る相棒がそう叫んだ。俺が反射的にその場にかがみこんだ直後、ビュンという風切り音が頭上を通過する。

 

 チグハグ女が蹴りを放ったのだ。俺は直ぐに女から距離をとり敵意の視線を向ける。

 

「よく避けたわね」

 

「てめぇ……初対面の俺に向かって随分な挨拶かましてくれるじゃねえか」

 

「初対面……ね。ご挨拶なのはどっちよ。少なくとも妹に言うセリフじゃないわね」

 

「あん?何言ってんだ?俺の妹はラブリーマイシスターのかすみちゃんだけだ。お前みたいにやたら乳のでかい妹は俺にはいねぇよ」

 

「チッ……!妹にセクハラとか!まあ良いわ。アンタがどんな男になっていようと関係ない、とにかくワタシと一緒に来てもらうわ」

 

「ざけんな、俺は忙しいんだ。お前の訳のわからん話に付き合ってる暇はないんだよ」

 

「そっ。だったらアンタのその四肢を全部へし折って無理矢理連れてくだけだけど……ねッ!!」

 

 そう言い終わるやいなや女は一呼吸の間に俺との間合いを詰めた。

 -----速すぎる。

女の身体能力は明らかに人間のそれを超えていた。

 

 女は勢いそのままに俺の頭部へと蹴りを放った。俺はなんとか反応し右腕でそれを防ぐ。だが蹴りはその細く枝の様な脚から放たれたとは思えない程に重く、衝撃を受けきることができず俺は吹っ飛ばされた。

 

 

 ろくに受身も取れず境内を転がった。右腕から伝わる激しい痛みに視界が滲む。ダメだ動かせない、確実に折れている。

 

良太郎逃げろ、ありゃ深海棲艦だ。人間じゃ勝てん

 

 肩にしがみつく相棒がそう耳打ちした。深海棲艦……?何故深海棲艦がこんな場所にいるんだ。ここは最凶と名高い舞鶴のお膝元じゃないのか。それに深海棲艦だったとしてもここは海から離れすぎている。奴らも艤装の恩恵はほとんど受けられないはずだ。なのに今のスピードと蹴りの威力はどういう訳だ。

 

「ぶっっっ殺す」

 

 歯を食いしばり虚勢を吐いて痛みを耐えた。フラフラと立ち上がる俺にはお構いなしに女はゆっくりと近づいてくる。

 

「ぶっ殺す、ね。ワタシも昔は自分の兄がどんな人なのかと期待に胸をふくらませたものだけどまさか妹にそんなことを言うクズだったなんてね。ガッカリだわ」

 

 まだダメージが抜けきらず足が覚束無い。このままでは逃げることもままならない。少しでも時間を稼ぐ必要があった。

 

「てめぇ本当に何者だ?何故海から離れたこの陸上でそこまでの力が使える」

 

「答える義理も筋もない。だけど教えてあげる。ワタシの名は甲羅棲姫(こうらせいき)、かつて兄と父に捨てられた深海棲艦よ!」

 

 そう言い終わると今度は俺の左腕へ蹴りを放ってきた。どうやら宣言通り本当に俺の四肢全てをへし折るつもりらしい。

 

 躱そうにも未だ痺れから回復しない。覚悟を決め左腕に力を入れ衝撃に備え目を瞑った。

 

 だが一秒たっても二秒経っても衝撃はやってこない。恐る恐る目を開くとそこにいるはずの女の姿は消え去り、代わりに現れたのは銀髪で無駄に乳のでかい後輩の姿だった。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「浜風、なんでお前が……」

 

「舞鶴からずっと跡を付けてました。ストーキングは久しぶりだったのでバレるかもと思いましたが相変わらず先輩が鈍くて助かりました。まぁ、あの巫女は気づいていたようですが……」

 

「跡をつけてた!?舞鶴から!?だとしたら助けに入るのが遅すぎるだろ!右腕一本持ってかれたぞ!」

 

「すみません……。先輩のことなのでまた女性関係のいざこざかと思い傍観していました。先輩は一度その辺反省して私一筋に考えを改めてもらおうと思ったのですが……どうやらそんな状況ではないようですね」

 

 そう言って浜風は視線を北の方角へと向け臨戦態勢を取った。つられて俺もそちらへ目をやると甲羅棲姫と名乗った女が服についた砂を叩きながら立ち上がっていた。

 

「不意打ちで蹴飛ばすとか……兄さん、ちゃんと狗の躾はしときなさいよ」

 

「黙ってください。よくも人の先輩に手を上げてくれましたね。これ以上好き勝手はさせません」

 

「家族の問題に他人が口を挟むものじゃないわよ」

 

「先輩の家族はお義父様とお義母様、義妹(ラブリーシスター)のかすみさん、それに妻の私だけです。貴方のような妹はいません。中学時代、寝る間を惜しんで先輩をストーキングしていた私を欺けると思わないことですね」

 

「……兄さん、もう少し伴侶は選んだ方がいいと思うわよ?」

 

「そいつが勝手に言ってるだけだ。後、俺を兄と呼ぶな」

 

「……まっ良いわ。イカれた彼女をシバキ倒して私が助けてあげるわよ!!」

 

「誰がイカレ彼女ですか」

 

 浜風VSチグハグ女、イカれた女同士の殴り合いが幕を開けた。

 

 今のうちに逃げよ。

 



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時雨と春雨と提督の行方

「しっれいかーん♪しっれいかーん♪」

 

 提督が海風と天津風を利用し鎮守府を脱走して丸一日。提督のお目付け役である所の白露型は僕、時雨を先頭に、村雨、山風、江風、最後尾に春雨という単縦陣で日本海を航行していた。

 

「ねぇ時雨ちゃん……後ろの春雨ずっとあの調子だけど、どうしてあんなにご機嫌なの?何時もなら提督が脱走した直後はリコリス棲姫並に不気味な雰囲気になるのに……」

 

 後の村雨が不安そうに僕に尋ねてきた。確かに、今の春雨は少し変だ。村雨の言う通り、提督の脱走直後の春雨は髪を真っ白に変色させ口数も少なく深海棲艦のような状態になってしまう。

 

「なあ時雨姉貴、隊列の順番変わってくれよ!今の春雨姉貴の前を走るの不気味でしょうがないよ!」

 

「えぇ……もう仕方ないなぁ……」

 

 泣き出しそうな江風の声に僕は不満気にそれを了承した。「恩に着る!」と大袈裟に手を合わせる江風と隊列を変わって春雨の前方へと僕は入った。

 

「しっれいかーん♪しっれいかーん♪ふふっ、ふふふふふふふふふふふ」

 

 なるほど、先頭からでも充分に不気味だったが春雨の前に立つと先程の比ではない。不気味、と云うよりはもはや『怖い』と言った方が正しいかもしれない。

 

「は、春雨……?どうしてそんなにご機嫌なんだい?」

 

「決まってます!司令官にプロポーズされたからです!はい!」

 

「えっ?でもそれって脱走する為の嘘だったんじゃ……」

 

「はい、春雨も最初はそう思いました。でも少し違和感があったんです。時雨姉さん、どうして司令官は逃亡先にわざわざ舞鶴を選んだのだと思いますか?」

 

「言われてみれば……舞鶴といえば三大鎮守府に数えられるほど規模の大きな鎮守府だよね。当然軍の人間も多い。逃亡先としてそんな場所を選ぶのは不自然だね……。春雨は理由が分かったのかい?」

 

「はい!司令官が舞鶴に向かった理由……それは─────私の親に挨拶する為です!!」

 

「……なんて?」

 

「ですから!私の親に挨拶する為です!」

 

「いや、僕達の両親は舞鶴にはいないよ……」

 

 春雨は一体何を言っているのだろうか?僕達姉妹の両親は現在は岡山の田舎でのんびりとした生活を送っているはずだ。提督が向かった京都になんているわけがない。

 

「分かっています。ですから司令官が挨拶に向かったのは人間としての私、『臼井(うすい)くしげ』ではなく、艦娘としての私、『春雨』の親に挨拶へ行ったんです!時雨姉さんなら知っていますよね?軍艦としての私が一体どこで建造されたのか─────」

 

「あっ、そうか」

 

「はい、舞鶴海軍工廠です。つまり!今回司令官が姿を消したのは脱走したのではなく、『春雨』の親、つまり舞鶴提督さんへ私とのケッコンの挨拶をする為だったんです!はい!」

 

 春雨の超理論に僕は頭を抱えた。どういう思考回路をしていればそんな結論に達するのだろう……けど、春雨の向日葵が咲いたかのような満面の笑みを見せられ、姉として僕はそれを否定できなかった。

 

「舞鶴で生まれたのは海風姉ぇも一緒……」

 

 僕の前を航行する山風がボソッと呟いた。

 

「山風、今はそっとしておいてあげよう……」

 

 今余計な事を言って春雨を白髪modeにするのは得策じゃない。ご機嫌なままの方が彼女は遥かに扱い易い。提督と再会した後のことは……うん、それは僕が気にすることじゃない。全部提督の自業自得だしね。

 

 けど、提督は本当にどうして舞鶴に向かったのだろう?普通なら近くに鎮守府のない場所へ行くと思うんだけど───そもそも付けられた発信機も外さずに出ていったというのが引っかかる、何時もの提督らしくない。今、どうしてもこのタイミングで舞鶴に行かなければならない理由があったというのだろうか?そんな理由は見当もつかない。

 

「時雨ちゃん!提督の反応でたわよ!」

 

 突然村雨がそう叫んだ。、その言葉に僕達全員は急いで端末を取り出し提督に付けられた発信機の情報をみる。彼女の言う通り先程まで表示されていなかった提督の位置情報がそこにはしっかりと記されていた。

 

「やっぱ提督、舞鶴で降りたみたいだな。けど時雨姉貴、これ舞鶴鎮守府からどんどん離れて行ってないか?」

 

「うん。何故だか分からないけど東に向かってるみたいだね。この速度からして車かな?どうやって調達したんだろう」

 

 江風の言う通り提督の反応はどんどん鎮守府から遠ざかっている。本当にあの人は何がしたいのか、幾ら車を調達しようと僕達から逃げられるわけが無いのに。

 

「しれいかん……?しれい……かん?何処へ向かっているのですか?そっちに舞鶴鎮守府はありませんよ?」

 

 背後の春雨の雰囲気が変わった。振り返らずとも分かる、今春雨は白髪modeへと移行した。ああ、本当に僕はどうなってもしらないからね……。全部提督が悪いんだから……。

 

「江風、急ぎましょう」

 

「うっ、うん」

 

 春雨の言葉に先頭を航行する江風が速力を上げる。余り速力を上げすぎると高圧缶とタービンが痛むのだが舞鶴までの距離もあと少し、これなら充分耐えられるだろうと僕も速力を合わせた。

 

「!?江風!十一時の方角!!」

 

 ぐんぐんと速力を上げ最大戦速に達しようかというタイミングで村雨が叫んだ。彼女が示した方角を見ると艦載機─────それも真っ白なたこ焼きの形状のような物が接近していた。あれは艦娘のではない、深海棲艦の艦載機だ。

 

「時雨姉貴、アレ墜としていいよな?」

 

 江風が高角砲を構え旗艦の僕に尋ねた。いいよと言おうとしたがどうにも違和感を覚えて僕は江風にストップをかける。

 

「待ってあの艦載機何か変だ」

 

 通常、あの手の艦載機は口から出した砲口を艦娘に向けてくる。けどアレは砲口を向ける所か装備すらしていないように見える。最初から攻撃する気がないかのようだ。

 

「時雨姉ぇ……多分アイツの艦載機……だ」

 

 山風が指差す方を見ると水平線の向こう、目視で視認できるギリギリの距離に艦影があった。影は真っ直ぐに此方へ進んできて、やがてそれが先日戦ったアイツだと確認できた。

 

「時雨さん、春雨さん、数日ぶりですね。その後いかがでしたか?」

 

「オーちゃん……奇遇、なのかな」

 

「必然ですね。先日の戦闘の際、時雨さんの艤装に私の艦載機(はっしんき)を忍ばせてもらいました」

 

「気づかなった……」

 

「気付かれないようにしましたので。今回は貴女方にお願いありここまでやって─────」

 

ドカン

 

 僕とオーちゃんが話していると背後で突然爆発音がした。驚いて振り返るとそこにいるはずの春雨の姿がない。

 

「はるさめ!?」

 

「こちらですよ……全く、妹の躾はしっかりお願いしますよ」

 

 再びオーちゃんの方へ視線を戻すと背中を焦がした春雨がオーちゃんに踏みつけられていた。背が焼けているということは自分の背でドラム缶を爆発させその爆風で加速したということか、、、相変わらず無茶苦茶だ。

 

「春雨さん、貴方は根本的に艦隊での戦闘に向いていませんね。今だってそう、貴方一人だったならわざわざ私相手に接近戦に持ち込む必要はなく、中距離でドラム缶爆弾を放つだけで良かった。そうしなかったのはお仲間を巻き込んでしまうから……ですよね?」

 

「違います。ただ急いでいて貴方の相手をしている暇がなかっただけです、はい」

 

「まぁそういうことにしておきますか」

 

 春雨の返答に気を悪くしたのかオーちゃんはそのヒールを春雨の背にグリグリと押し付け、春雨の口から小さな呻き声が漏れた。

 

「貴方、その脚を退けなさいよ」

 

「待って村雨。どうやら向こうは僕達と戦う気は無さそうだ」

 

「でも春雨が!」

 

「春雨なら大丈夫、それに先に仕掛けたのは春雨だよ」

 

 今にもオーちゃんに飛びかかりそうな村雨、江風を制した。ただ、何故だか分からないけど山風だけは妙に落ち着いているのが気になった。まるでオーちゃんを敵として認識していないかのようだ。

 

「時雨さん、貴方は話の出来る方のようですね。悪磨さん、天津風さんに春雨さんといいそちらは会話の出来ない方が多いので助かります」

 

「言っておくけど少しでも変な動きを見せればまたアイアンボトムレインを浴びてもらうからね」

 

「今日は傘を持ってきているので問題ないのですが……まあ争う気はないので素直に頷いておきましょう」

 

「それで用件は」

 

「私を貴女方の提督の元へ連れて行ってください」

 

「ふざけないでください!」

 

「春雨さん、今貴方とは話していません」

 

 オーちゃんは叫ぶ春雨の背中へ軽く力を加えて押さえつけ「時雨さん、どうしますか?」と再度尋ねてきた。

 

「……詳しく、聞かせてよ」

 

「もちろんです。では……今回、貴女方を尋ねて来た理由ですが私の直属の上司、『丙棲姫(ひのえせいき)』から貴女方の提督を守るよう命じられまして、その為に鉄底さんとお会いする必要があるのです」

 

「僕達の提督を守る?意味が分からない。むしろ提督を狙っているのは君達じゃないか」

 

「私達も一枚岩ではないということです。私達が鉄底さんを攫えればそれが一番だったのですが、丙棲姫(ひのえせいき)と仲の悪い甲羅棲姫(こうらせいき)が動きだしたようで……其方(そちら)に鉄底さんを奪われることだけは避けなくてはなりません」

 

「それなら勝手に足を引っ張り合えばいいじゃないか。僕達に接触する必要はないよね」

 

「甲羅棲姫の方は鉄底さんの居場所を掴んでいるようですが私達は知りません。このままでは出し抜かれるのは目に見えています」

 

「なるほど、それで僕達に提督の場所を教えて欲しいと。理由は分かった。けどそれだと僕達にリスクがあるばかりでメリットがまるでない。悪いけど深海棲艦である君と提督を会わせる訳にはいかない。さっ、話は終わり、早く春雨の背中から足を退けてもらえるかな?」

 

「……」

 

 僕の言葉にオーちゃんは素直に足を退けた。解放された春雨はオーちゃんには目もくれず直ぐ様全速力で舞鶴に向かっていく。一刻も早く提督に会いたいのだろう。

 

「僕達も行こう」

 

 僕の言葉に村雨、江風が春雨を追っていった。山風は何故か控えめにオーちゃんに向かって手を振ってそれに続く。

 

「貴女方では絶対に甲羅棲姫には勝てませんよ」

 

 僕も春雨を追おうとするとオーちゃんが捨て台詞のようにそう言った。

 

「……どういう意味?」

 

「そのままの意味です。彼女は本当の意味での『姫』ですから」



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提督と甲羅棲姫とマジギレ浜風さん

春雨ちゃん
サメが好き。

マジギレ浜風さん
ワニが好き。

山風
カタツムリが好き。

提督
睦月型が好き。




「めんどくさい。めんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさい。なんでなんだよ!!せっかく私がこんな場所まで迎えにきて上げてるのに……なんで兄さんは抵抗するのよ!!」

 

 日が落ち始め、夕日に照らされる神社の境内で甲羅棲姫と名乗った女が感情のままに吠えた。怒りにより踏みつけられた大地は大きく抉れ、その度に地響きという名の悲鳴を上げる。

 

 やばい───甲羅棲姫の異常な力を目の当たりにし冷や汗が頬を伝う。ここは陸だ、いくら奴が深海棲艦とは言っても海から遠く離れたこの場所では普通の人間より少し強い程度の力しか出せないはずだと高を括っていた。なのにあの馬鹿力はなんだ。地団駄で大地を震わせるとか冗談じゃない。

 

「もういい。もういい。やっぱり兄さんなんて嫌い。予定通り両手両足へし折って連れて帰るっ!!!死ねっ!!」

 

 甲羅棲姫は叫びつつ飛び上がり5mはあったはずの俺との間合いを一気に詰める─────が、突如側部から飛び出た浜風の細く長い脚によるかかと落としによって地面に叩きつけられ小さな悲鳴を上げた。

 

「沈みなさい」

 

 浜風の猛攻は止まらない。倒れた甲羅棲姫の背に馬乗りになると地面に落ちていた鋭く尖った木の枝を掴み、それを勢いよく敵の耳に突き刺した。

 

「浜風……お前それはやりすぎじゃ……」

 

「?、何故躊躇する必要が?」

 

 浜風は馬乗りになったまま甲羅棲姫の鼓膜を木の枝で掻き回す。その表情は全くの無感情でやはりこいつは普通じゃなく、敵に回すべきではないと俺に再認識させる。

 

「というか先輩、早く逃げてください。足手まといです」

 

「そうはいくか。お前だって陸じゃあ普通の女と大して変わりはしねぇんだ。こんな危ない奴と二人にさせるわけないだろ」

 

「なんですかそれ。もしかしてプロポーズのつもりですか?回りくどいです。ちゃんとストレートな言葉で指輪を用意してからお願いします」

 

「言ってる場合かよ……」

 

 浜風の戯言に付き合っているとまた地面が揺れた。足元を見ると甲羅棲姫が地面に腕を突き刺し、地中から何かを引っ張り上げている。

 

 ズズズという地響きと共に地中から現れたのは木の根だった。甲羅棲姫は境内に生える大木の根を素手で引き摺りだしていた。根の主である大木が悲鳴を上げながらゆっくりと此方へと倒れてくる。潰されては敵わないと俺と浜風は慌ててその場から避難した。

 

 大木が倒れ砂煙と木片が境内に舞い上がり視界を遮る。数秒後、その中から現れた甲羅棲姫は当然のように無傷で更に苛立ちを募らせているのが見て分かった。

 

「アンタ達本当にいい加減にしろよ……こっちが殺さないように手加減してるのに調子にのって……!耳に木の枝刺す普通!?」

 

 耳に刺さったままだった木の枝を引き抜き、甲羅棲姫は此方へ歩いてくる。耳からは多量の血液が流れ出ているがさして気にした様子も見せない。

 

「やべぇなあれ……おい浜風、お前もう逃げろ。邪魔だ」

 

「は?馬鹿を言わないでください。私が先輩を置いて逃げる訳がないでしょう。シバきますよ」

 

「なんでシバかれにゃならんのじゃ……。目的は知らんがアイツの狙いは俺を生け捕りにすることらしい、だから骨を折られても俺が殺されることはない。でもお前は違う、普通に殺されるぞ」

 

「関係ありません。先輩も逃げるというのなら話は別ですが」

 

「いや、それは無理だな」

 

 浜風の提案を受け俺は自身の右腕に視線を移す。そこには甲羅棲姫の蹴りによって折れ、ダランと力なくぶら下がる利き腕があった。こんな状態で逃げても直ぐに追いつかれ、奴の宣言通り他の四肢も折られてしまうことだろう。

 

「なら交渉は決裂です。私はあの化け物と戦います」

 

「ほんっとにお前は昔から俺の言うことを何一つ聞かないな……お前、俺の事が好きっての嘘なんじゃねぇか?」

 

「好きですよ。少なくとも命をかける程度には」

 

 そう言うと浜風は俺の返事を待つことなく甲羅棲姫と相対した。握られた拳もその体も小さく頼りない。だがその目は真っ直ぐに迫り来る甲羅棲姫へと向けられ恐怖など微塵も感じさせない。

 

 こいつは昔からこうだ。

 

 取り繕うということを知らずいつも自分の本能のままに行動し周囲への影響や迷惑なんてまるで考慮しない。けど、一度こうと決めたら絶対に諦めない。俺を追いかけ艦娘になり、着任を拒否されても諦めず俺と敵対するという道を選び、最後にはその目的を達しこうして俺の横に立っている。

 

 不器用で自分勝手で倫理なんて言葉すら知らなくて、だけど自分の意地だけは絶対に貫く。普段喧嘩ばかりしている俺と浜風だが、そんなこいつのことが俺は案外嫌いではない────本人には絶対に言わないけれど。

 

 

「沈み……なさいッ!!」

 

 浜風の貫手が真っ直ぐに甲羅棲姫の左目へと放たれる。だが甲羅姫はそれを事も無げに躱すとお返しとばかりに浜風の左上半身へ蹴りを直撃させた。

 

 ボキリという異音と共に浜風の体がまるでサッカーボールのように境内の外の竹林へと蹴り飛ばされた。地団駄だけで地を揺らす甲羅棲姫の異常な脚力。そんな奴の蹴りを浜風はモロに食らってしまった。

 

─────死んだかもしれない。

 

 その可能性が脳裏を過ぎり頭が真っ白になった。

 

『ストーカー野郎』『また大将の所へ送り返してやる』『くたばれ』

 

 何時もあれだけ浜風を口汚く罵り邪魔に思い消えて欲しいとすら思っていた。なのにいざ浜風がゴミのように吹き飛ばされるのを見て困惑し、酷く胸が傷んだ。俺にとって浜風はただの迷惑なストーカーでしかないはずなのにどうしてこうなるのか。考えても答えはでない。

 

「邪魔者はもういない。次は兄さんの番ね」

 

「…………いきなり現れて好き勝手ばっかしやがって。はまかぜ───違う、アイツはどうでもいい、関係ない。とにかくお前はシバく」

 

 瞬きの間に甲羅棲姫が俺の目の前へ接近し上半身へ蹴りを放ってくる。俺はそれをしゃがみ込んで躱し、左腕を軸に遠心力を利用した蹴りを甲羅棲姫の片足へぶつけた。

 

「うざい!!」

 

 バランスを崩させることすら出来ない。当然だ、木の枝を鼓膜に突き立てられて平気な奴に俺の蹴りなんかが効くはずがない。だがこれでいい、俺の狙いはダメージを与えることではなく別にある。

 

「はい、おしまい!!」

 

 蹴りを放ちしゃがみ込んだままの俺の頭部へ甲羅棲姫の拳が降ってくる。その拳が直撃する寸前で俺は回転蹴りを放った際に掴んだ砂を甲羅棲姫の顔面へぶちまけた。

 

「ッ!?、なにこれ!?痛い!痛い!!」

 

「砂だダボ。ここは海上じゃない、陸には陸の闘い方があんだよ」

 

「くそっ!!弱い癖に!!なんでこんな抵抗ばっかするのよ!大人しく捕まればさっきの浜風とかいうのも兄さんも怪我なんてせずに済むのに!ほんとにめんどくさいめんどくさいめんどくさい!!」

 

 目を擦り、涙を流す甲羅棲姫に背を向け俺は吹っ飛ばされた浜風の元へ走る。鳥居を潜り境内の外の竹林の中で浜風を探す。直ぐに見つかった。

 

 浜風は直接蹴られた右腕だけでなく、左足も異様な方向へと曲がっている。恐らく蹴り飛ばされ、落下した際の打ちどころが悪かったのだろう。そんな状態でも彼女は地面を這いつくばって境内へと戻ろうとしていた。

 

「くぅ……!!あッ!良かった先輩無事だったのですね」

 

 骨は折れ、砂にまみれ、目元には涙を浮かべ苦痛に表情を歪めていたというのに浜風は俺の姿をみるやそう言って安堵の笑みを浮かべた。自分の方がよほど重症だというのに……本当にこいつは壊れてる。

 

 けど、だからこそこれ以上こいつを壊させる訳にはいかない。どれだけうざったい奴でも俺を慕ってくれた後輩だ。これ以上俺の事情に付き合わせる訳にはいかない。

 

「逃げ切れると思った?」

 

 背後から奴の声が聞こえた。俺は甲羅棲姫に背を向けたまま言葉を返す。

 

「思ってねぇよ。もう諦めた、連れてけよ」

 

「先輩ッ!?何を言って!」

 

 浜風は目を見開き折れていない方の手で俺の右足首を掴んだ。その力は凄まじく、痛みと共に絶対に離さないという強い意思までもが伝わってくる。

 

「遅っそい……もっと早くに判断してればその娘だって怪我をすることもなかったのに。まっ、私とやり合って生きてるんだから及第点か」

 

「お前は黙れ!!」

 

 浜風が吠えた。足首を掴む力は一層強くなり、表情は絶望に染まっていく。俺は浜風を安心させる為今まででは考えられないような優しい声音で彼女を諭す。

 

「大丈夫だ浜風、俺に策がある。必ず逃げ帰って来るから安心しろ。こう見えて逃亡には自信があるんだ」

 

「信じません」

 

 俺の言葉を浜風はバッサリと切って捨てた。どこまで信用がないのか。

 

「先輩は嘘つきですから。先輩は何時だって私に嘘をつく。今回も絶対に嘘です」

 

「俺がいつお前に嘘をついたよ」

 

「いくらでも言えます。中学時代、私の告白を他に好きな人がいるからと断った、そんな人いないくせに。先輩が提督になる前、もしも私が艦娘になれたら付き合ってくれると言った、けど今もその約束を守ってくれていない。初めてあった時もそう、自分の名前すらも私に偽った」

 

「分かってます。全部私を傷つけず拒絶する為の嘘だったなんてことは。実際、普通の女の子だったなら仕方がないと諦め次の恋を探し始めるのでしょう。ただ私は普通じゃなくて、先輩の気遣いを全て無にした。貴方をただの嘘つきにしたのは他でもない私だという事も分かっています」

 

「けど……それでも諦めたくなかった。 どれだけ邪険にされても私は貴方が好きで、傍に居たかった。あの日、先輩がついたあの優しい嘘が忘れられなかったから」

 

「だから行かせません!!一度は置いていかれ、追いつく為に艦娘になった。着任拒否という形で拒絶され、それでも諦めきれず血の滲む修練を経て春雨さんを倒しようやく……ようやく貴方の傍に立てた。なのに───なのに何処の馬の骨ともしれない奴に先輩を連れて行かせるものか……!!」

 

「うん浜風、君はそれでいいと思う。それでこそ浜風だ」

 

浜風の絶叫に何処からか応える声があった。夕日の沈みゆく方角からアイツらが歩いてくる。

 

「時雨さん……!それに春雨さんに江風さん、山風さんに村雨さんも!!」

 

「間に合って良かったです、はい」

 

 そう言って現れた春雨ちゃん達は俺と浜風の前に立ち甲羅棲姫と対峙した。まるで俺達を守る為に自身を盾にしているかのようだ。ただ一人、村雨だけは「後で〆ますね」と俺に耳打ちし浜風を背負った。

 

「司令官は後でお仕置きですからね?」

 

「そうだな……こいつを倒せたら暫くは脱走はお休みだ。腕も折れてるし治るまでは大人しくしてるよ」

 

「そうしてください。式の段取りもありますから余りうろちょろされると困ります」

 

「式……?なんの?」

 

「……結婚式に決まってます、はい。一応言っておきますが有耶無耶にはさせませんよ。本心はどうあれ、司令官は私にプロポーズをしたんです。もう脱走も言い逃れも出来るとは思わないことです」

 






評価にて点数を付けて貰えると嬉しく思います。


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提督と時雨と丙

 アレはいつのことだったか、私がまだ幼く、母である乙姫にまだ理性が残っていた頃に尋ねたことがある。

 

「ねぇかあ様、とう様とにぃ様ってどんな人?」

 

「そうね……太郎さんは口の悪い人だったわ。ガサツで不器用で目つきの悪い人だった」

 

「……悪い子なの?」

 

「いいえ」

 母はゆっくりとかぶりを振った。薄く涙を溜めたその目が何を見ていたのか、当時の私は知る由もない。

 

「確かに見た目は少し怖いけど本当はとっても優しい人だった。自分の事を蔑ろにしても他の生き物を助けるようなそんな人……。お兄ちゃんはまだ赤ん坊だったから分からないけど…きっと太郎さんに似て良い子になってると思うわ」

 

「二人は今どこにいるの?」

 

「……。いい甲ちゃん?貴方の父さんとお兄ちゃんは今陸にいるの」

 

「りく?」

 

「そう。そこで『人間』っていうとっても怖くて悪い生き物に捕まっているの」

 

「とう様達……大丈夫なの?」

 

「……わからない。でも生きているのは間違いないの。だから……きっといつか、私と甲ちゃんの二人で迎えに行きましょうね」

 

「うん!」

 

 実を言うと会ったこともない父と兄のことなんてどうだって良かった。ただ、父と兄の話をする母はとても生き生きとしてて、そんな母をずっと見ていたいと思った。だから私は母とそんな約束をしたのだ。

 

 

 

 

 

▫️▫️▫️

 

 

 

 

 

「くたばれ!!」

 

「だまれクソ兄貴!!死ね!死ね!!」

 

 にぃさんの拳が躊躇なく私の眉間に迫ってくる。私はそれをすんでの所で躱してにぃさんの左足を蹴った。ボキリ、とまるで水分の抜けきった小枝のようにそれは簡単に折れる。

 

「いっっっっってぇなぁ!!」

 

「痛いなら倒れなさいよ!なんで片手片足折られて立ってられんのよ!?頭おかしいの!?」

 

 なんでこの人は倒れないんだ。既に痛みで気を失っていてもおかしくないのに。このままでは本当に殺してしまいかねない。

 

「僕の提督をまた傷つけたね?」

 

「くっ!!」

 

 にぃさんに気を取られ過ぎて背後に回り込まれた。慌てて裏拳を放つが黒髪の艦娘は既にしゃがみ込んでおり、拳は空を切った。

 

「残念……だったね!!」

 

 黒髪の持つ二本の傘が私の腹部を殴打する。殴られた箇所から鈍い痛みが伝わってきた。

 

「うっざい!!」

 

「!!僕の傘が!」

 

 二本の傘に手刀を叩きつけてへし折った。次に黒髪本体を気絶させようと脚に力を入れるが、目の前が急に真っ暗になった。まだ夕方だと言うのに星まで見えた気がした。頭部からガンガンと痛みも走る。

 

「痛い、痛い、痛い」

 

 頭を押さえながら振り返るとピンク髪をした艦娘が二本の消火器を構えている。アレで私の頭を殴ったのか……こっちが殺さないように加減してるというのに向こうはまるで容赦がない。

 

「時雨姉さん、司令官を連れて私の後ろに下がってください」

 

「うん!」

 

「逃がすか!!」

 

「貴方の相手は私です!」

 

 にぃさんを追おうとする私の前に尚もピンク髪が立ち塞がる。なんなんだコイツは、雰囲気が他の奴らと違う。深海に近いものを感じる。

 

「こういうのって深海棲艦の姫に効きますか?」

 

 ピンク髪は首を傾げながら私に消火器のホースの先端を向ける。何か発射している?けどおかしい、消化器の中身って確か火を消すための泡だったはずじゃ……。

 

「って、臭っ!!何この匂い!?」

 

 直ぐに異変に気づいた。なんというか卵の腐ったような匂いがするのだ。たまらずその場から離れようとするが何故か動けない、段々と呼吸まで苦しくなってきてその場に崩れ落ちてしまう。

 

「なに……よ、これ」

 

「硫化水素ですよ。そちらは風下ですから好都合でした、はい」

 

 硫化水素……?そうか、あの消火器から発射していたのは毒ガスだったのか。油断した。

 

「なるほど、姫級にも毒ガスは有効なんですね。参考になりました、はい。司令官、運よく無力化に成功したのですがどうしますか?」

 

「艤装も無しに姫を生け捕りとか……流石春雨ちゃん。(やっぱこえーわ)」

 

「何か言いましたか?」

 

「いえ、何も言ってないです……」

 

 なんなんだこれは。

 

 なんなんだこれは。

 

 兄に殴られ、傘で殴られ、消火器で殴られ、挙句に毒を吸わされ……なんで私がこんな目に遭わなくては行けないんだ。

 

 私はただにぃさんを迎えに来ただけなのに……なんでそのにぃさんに目の敵にされているのか。

 

「巫山戯るな」

 

「春雨!この姫まだ動いてるよ!」

 

「そんな……もう効果がきれて!?ずっとガスは噴射し続けているんですよ!?」

 

 黒髪とピンク髪が再び構えをとる。いや、この二人だけじゃない。後ろにまだ赤いのや緑色のまで控えているのが見える。私は一人で戦っているのにぃさんは寄って集って私を虐める。

 

 母様は嘘吐きだ。

 

 にぃさんは優しい子に育っている筈だなんて言っていたのに、そんな事は全くない。兄を心配して迎えに来た妹を殴って追い返すイジメっ子になっている。

 

「ねぇ兄さん、どうして人間に味方するの?」

 

「……。時雨、春雨ちゃんトドメを」

 

 にぃさんは答えない。ただ私の言葉を無視して艦娘に指示を出す。私を殺せと命令している。

 

 ああ、もういいや。もういいや。

 

 全部終わらせよう。

 

 

 

 

▫️▫️▫️

 

 

 

 見誤った。見誤った。見誤った。

 

 確かに、甲羅棲姫の常軌を逸した身体能力は目の当たりにしていた。脅威であると理解していた。だが、浜風や時雨達の攻撃で少なからずダメージを受けているのも確認できた。だからこそ、勝てる戦いだと判断していた。

 

 だというのに……まさかまだ手加減されていたなんて!!

 

「提督、早く逃げて。邪魔だから!早く!!」

 

 ただ一人甲羅棲姫の前に立つ時雨が吠えるようにそう怒鳴った。彼女の周りには甲羅棲姫の一撃の下に沈んだ春雨ちゃん、村雨、山風、江風、浜風が倒れている。

 

「逃げるなよ」

 

 恐ろしく低い声で甲羅棲姫が俺を制止した。先程までとはまるで様子が違う。数分前までのただ感情に任せて拳を振り回していた奴とはうって変わり、冷静に、冷酷に、ただ目的を達成しようとしている。

 

「……逃げねぇよ。つーか手足折られた状態で逃げれるか」

 

 そう強がってみたが、状況は最悪だ。春雨ちゃんもやられた今、時雨だけでは太刀打ちできない。ヲーちゃんを倒したアイアンボトムレインを使おうにもアレは相手の艤装を破壊する技だ、素の身体能力だけで戦っている甲羅棲姫にはまるで意味をなさない。

 

 奥の手を、飛行場姫を使おうかとも考えたがダメだ。アイツをこんな舞鶴の御膝元に呼び出せばその後どうなるかは想像に難くない。そもそも飛行場姫でもコイツを倒せるとは思えない。

 

 詰み……だな。

 

「いいぜ甲羅棲姫、深海でも宇宙でも好きな所へ連れて行けよ」

 

「提督!?」

 

「ようやく諦めた……」

 

 俺は片足を引き摺りながらゆっくりと甲羅棲姫へと歩みを進める。だがそんな俺の前に時雨が立ちはだかった。

 

「退け、時雨」

 

「行かせない」

 

 時雨は退かない。手を大の字に広げ、その真っ直ぐな目でもって俺を行かせる気がないことを伝えてくる。

 

「なら、この状況お前に何とかできるのか?」

 

「……」

 

「二つに一つだ。このまま俺を行かせて死者0でこの場を乗り切るか。俺を行かせず妹達をアイツに殺させるか」

 

「ッ……!そもそも!!提督が!!提督が脱走なんてするからこんなことになってるんじゃないか!君のせいなんだから何とかしてよ!!提督なら出来るんでしょ!?」

 

「無理だ」

 

「無理じゃないッ!!!」

 

 時雨はそう怒鳴ってそのまま下を向いてしまった。何とかしてくれ、甲羅棲姫へと視線を向けるも奴は何が面白いのか興味深そうにただこちらを見ていた。話が付くまで待つつもりらしい。

 

「時雨安心しろ、直ぐに帰ってくる。忘れたのか?俺は脱走のスペシャリストなんだぜ?何度お前達の妨害の中、あの鎮守府を抜け出したと思ってるんだ」

 

「最後には捕まってばかりじゃないか……」

 

 下を向く時雨の頭に手を乗せた。直ぐにその手は弾かれてしまうが何度も、何度も諭すように手を乗せ続けた。

 

「今回の件は俺のせいだと言ったな。その通りだ。だから俺に責任を取らせてくれ」

 

 頭に乗せた手はもう弾かれない。変わりに時雨の両腕が強く、強く俺の腕を掴んでいる。

 

「ごめん……」

 

 腕を掴んだまま時雨が謝った。何故謝ったのか、下を向いたままの時雨の表情を窺うことは出来ないが、ポタポタと彼女の足元に滴る雫から泣いているということは理解できた。

 

「なんで謝る」

 

「本当は提督のせいだなんて思ってない。だって提督は提督でいたくなくて……僕達の都合で無理矢理縛られてるだけで……。僕は提督を守る為にこれは仕方がない事なんだって自分に言い聞かせてたのに……結局最後はまた君に守られることになって……」

 

 時雨の声は涙と鼻水でぐじゅぐじゅで、更に言葉が纏まらないのか要領も得ない。そんな彼女にかける言葉がなくて、俺はただ一言

 

「行ってきます」

 

とそう言った。

 

 行ってきます。ただいまとセットの言葉。それは帰ってくることを約束する言葉でもある。そう言えば提督になって以来一度も口にしたことはなかった。

 

「行って……らっしゃい」

 

 涙を堪えそう送ってくれた時雨の横を通り過ぎる。

 

「待たせたな甲羅棲姫。さぁ何処へでも好きな所……はぁ!?」

 

 時雨の立つ先へ進んだ先で甲羅棲姫が倒れ、地に伏している。変わりにその傍らには小さく薄緑色の髪をした少女がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら立っていた。

 

「やぁやぁ初めまして、ワタシの名前は丙棲姫(ひのえせいき)。君達の敵だよ」

 

 (ひのえ)棲姫────何処かで聞いた名だ。確かおーちゃんがその名を口にしていたか。

 

「提督、下がって」

 

 再び時雨が俺の前に立ち丙棲姫を牽制した。しかし丙は「おー、怖い怖い」と言いケラケラと笑っている。

 

 状況が理解出来ない。丙棲姫、その名からして深海棲艦なのは間違いないのだろう。しかし何故甲羅の方は倒れているのか?状況からしてやったのは丙で間違いない、だとしたら何故同士討ちを?ダメだ思考が追いつかない。

 

「安心しなよ。君達の敵とは言ったけどワタシはこの甲羅棲姫と乙姫の敵でもあるんだ。敵の敵は味方────つまり今この場に限りワタシは君達の味方だ」

 

「だったらそいつは────殺すのか?」

 

「そいつ?ああ甲羅ちゃん?嫌だなぁ殺すわけないじゃん。敵とはいってもそれは裏の話。表向きはワタシも乙姫の忠実な下僕だからね、まだ殺せないよ」

 

 またケラケラと笑いながら丙は甲羅を背におぶった。時雨は折られた傘を構え尚も丙を威嚇している。

 

「だからさ、話を合わせて欲しいんだ。ワタシが甲羅ちゃんを気絶させて君達を逃がしたなんてバレると殺されちゃうからね。ほら、君の所にいる黒いの、なんて言ったっけなー。あの子だよあの子、アイアンボトムサウンドでうちの飛行場姫を沈めてくれたあのヤバいの」

 

「あきつ丸────か?」

 

「そうそう!!あの子がさ不意打ちで甲羅ちゃんを倒した。んで気を失った甲羅ちゃんを助けたのがこのワタシだったってことにしといてよ」

 

「……わかった」

 

 断る余地などなかった。今はただ、目の前の得体のしれない奴を刺激せずなんとかこの場を切り抜けなくてはならない。

 

「さんきゅーーー!。んじゃま今回はこの辺で。また会おうね、浦島(・・)

 

「まて!最後に一つ、なんで俺を助けたかだけ答えていけ!」

 

 ぐるん、と背を向けたまま首だけでこちらを向いた丙の表情に先程までの不気味な笑みはない。無表情で瞳孔の開いた瞳でじっと此方を見据え

 

「戦争を終わらせたくないから」

 

 そう言い残し海に沈み行く夕日に溶け込むようにして、丙棲姫は甲羅棲姫と共にその姿を消した。






次回のタイトルは『提督と春雨と人生の墓場』です。
春雨ちゃんへ偽プロポーズをしてしまった提督がどうケジメをつけるのか、そんなお話です。既に書きあがっているので近日投稿します。


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提督と春雨と人生の墓場

 

 

 

 結婚は人生の墓場である、という言葉が存在する。

 

 これは元々、フランスの詩人シャルル・ボードレールが当時国中に蔓延していた性病を憂い残した言葉が誤訳されたものらしいのだが……なるほど、的を射ている。少なくとも誤訳されるのも無理はないと俺は目の前の地獄を何処か他人事の様に見ながら痛感した。

 

「司令官♪春雨に似合うドレスはどれだと思いますか?」

 

「どれでも凄く似合うと思うよ……うん」

 

 秋も深まり暑さよりも肌寒さを覚えるようになった九月の昼下がり、俺は執務室の椅子に座らされていた。すぐ隣では肩と肩がぶつかり合うような至近距離で春雨ちゃんがウエディングドレスのカタログをパラパラと恍惚な表情で捲っている。

 

「もうっ、司令官!春雨はそんな玉虫色の答えが欲しいんじゃありません!司令官の好みが知りたいんです!一生に一度の結婚式……司令官には一番綺麗な春雨を見てもらいたいんですっ、はい!」

 

「ハハっ……ウレシイヨ」

 

 結婚────春雨ちゃんの口にしたその余りに現実感のない言葉に乾いた返事が零れた。そりゃ俺もいつかはそういうことが有るのかもしれないと漠然と考えてはいたが、それはまだまだ先、少なくとも二十代の事ではないと思っていたのに。なぜ、どうしてこんなことに。

 

「一応断っておきますが……次逃げたら本当に許しませんよ?といってもその折れた両手片足では逃亡なんてできないですね、はい」

 

 そう言ってギプスでぐるぐる巻きにされた俺の左足を愛おしそうに撫でる。彼女の手は俺の左足から下腹部、胸、やがて首へと移動し最後に顔を近づけこう俺に耳打ちした。

 

「ようやく────司令官が春雨だけのものに───」

 

 ゾクリと身体中を蛞蝓が這いまわる様な悪寒に襲われる。いや、悪寒なんて生易しい表現では足りない。これは────恐怖だ。

 

 このまま春雨ちゃんとなし崩し的に結婚し家庭と言う名の牢獄に永遠に囚われてしまうのではないか。そんなイメージが俺の脳内を侵食していく。

 

「しれいかん……」

 

 逃げなくては。そう身体へと指令を送るが折れた手足ではそれは敵わない。

 

 もうダメだ

 

 諦めにも似た覚悟を決めた時、春雨ちゃんの背後にある執務室の扉が開け放たれた。扉の向こうにいたのは時雨と村雨。二人ともその艶やかな髪を少し湿らせ、その先端からは水滴が滴っている。

 

「お待たせ春雨。お風呂空いたから君も入ってきなよ」

 

 俺に手を這わせていた春雨ちゃんは名残惜しそうに身体を離す。そして去り際にそっと俺の耳元で囁いた。

 

「残念です。お話の続きはまたお風呂から上がってからしましょうね、司令官」

 

 言い残すと春雨ちゃんはテッテッテと軽い足取りで入渠施設へと向かって行った。

 

「助かった……いいタイミングで来てくれたなお前ら」

 

 九死に一生を得た気分だ。あのままこの二人が来なかったらどうなっていたか想像もできない。

 

「別に提督を助けに来たわけじゃないわよ。今回の偽プロポーズは流石に貴方が悪いもの、自業自得よ。まあでも提督を取られたくない時雨はどうだったかは知らないけどね」

 

「余計なことを言わない」

 

 ポカンと時雨は村雨を軽く小突き黙らせた。普段なにかと俺に噛み付いてきて可愛げのない村雨だが実の姉には弱いらしい。

 

「提督、僕達が何をしに来たのか……わかってるよね?」

 

 時雨は首を傾げトレードマークである黒髪のお下げを揺らしながら問うた。優しい声色と表情ではあるがこいつと永い付き合いの俺には分かる。今、時雨は過去最大級に激怒している。記憶喪失を偽装した時やサブリミナルで洗脳した時だってここまではキレていなかった。返答を誤ればシバかれる───

 

「分かってるよ。甲羅棲姫のことだろ?」

 

 そう応えると時雨から発せられていた怒気が萎んでいった。良かった、どうやら正解らしい。

 

「そう。他にも色々と聞きたいことはあるけどまずはそれだね。あの深海棲艦は一体何者なんだい?陸でも力を使えていたし、君の妹を名乗っていた」

 

「分からない」

 

「この後に及んでまだ隠し事を……?ねぇ提督、気づいてないのかもしれないけど僕は今凄く怒っているんだ。僕は何度も忠告したよね?君はあのアイアンボトムサウンドを終わらせた英雄、深海棲艦はいつだって君の命を狙っているって。だというのに何度も……何度も……脱走して今回は手足も折られて死にかけてる」

 

「し、時雨さん…?」

 

「僕達はいつだって君の事を心配しているのに君はそんなのお構い無し。ねぇ提督、僕はもう疲れたよ。どうすれば君は僕達の想いに気づいてくれるのかな?」

 

 時雨の身体から黒く、禍々しい空気の様な物がとめどなく溢れでる。何時もの時雨ではない。これは春雨ちゃんの髪が白くなる時と同質のものだ。その異様な雰囲気に村雨までもが顔を引き攣らせている。

 

「本当に知らねぇんだよ!!アイツとはあの浦島神社で初めて会った!妹がどうのこうの言うのだってデタラメだ!」

 

 あまりの迫力に慌てて時雨に弁解する。すると時雨から漏れ出ていた黒い雰囲気が少しづつ霧散しやがて消えていった。

 

「ハァ……どうやら本当に知らないみたいだね」

 

「信じて……くれるのか?」

 

「まぁ、僕達は今まで散々、何度も何度も君に騙されてきたからね。君が嘘を言っているかどうか何となく分かるようになったんだ。その感覚から云えば君は『嘘は』ついていない。何か隠してはいるようだけどね」

 

 呆れたように言って時雨はため息をついた。そしてどかりと秘書艦用の椅子に腰を下ろして脚を組んだ。村雨は興味が無くなったのか一人で珈琲を淹れて寛いでいる。俺の分は当然ない。

 

「もういいよ。知ってる事、喋れることだけ教えて」

 

「知ってる事って言われてもな……」

 

「なら質問。提督は脱走した後、どうしてあの場所に向かったんだい?」

 

 あの場所というのは浦島神社の事を指しているのだろう。しかし何故、と問われると答えに窮する。元々はカメ型の深海棲艦と接触する為にあの場所へ行った(結局いたのは甲羅棲姫と丙棲姫だけだったが)けどそれをこいつらに言う訳にはいかない。カメの存在はまだ隠しておきたい。

 

「えっと……観光…かな?」

 

 瞬間、俺の折れた腕に巻かれていたギプスが木っ端微塵に消し飛んだ。パラパラと破片や埃が舞う向こう側で時雨が拳をこちらへ突きつけている。

 

「僕、さっき怒ってるって言ったよね?」

 

「へへっ、冗談だろ。ちゃんと話すからそんな怒るなよ」

 

 顔を引きつらせながら宥めると時雨は拳を下ろし、村雨に「ごめん、提督のギプスを巻き直してあげて」と頼んだ。村雨は面倒そうにしながらも渋々と時雨の指示に従う。

 

「それで?本当のところは?」

 

 時雨はもう一度、邪気のない笑顔で俺に問うてくる。その笑顔の下にとんでもない悪魔を飼っているというのにどうしてそんな顔ができるのか。巷ではこいつを大天使時雨等と呼ぶ奴らが居るらしいがそいつらにコイツの本性を見せつけてやりたい。

 

「浦島太郎について調べてたんだ」

 

 俺はカメの事を伏せつつも本当の話すことにした。

 

「浦島太郎……やっぱり何かあるんだね」

 

「ああ、この間おーちゃんが言っていた『乙姫が怒っているのは玉手箱を開けたからではありません』とか言う言葉の意味が気になってな。あの神社は浦島太郎伝説と縁のある場所らしいから何か手掛かりがあるんじゃねえかと思ったんだ」

 

「ふーん。それで何か分かったのかい?」

 

「いいや。春雨ちゃんによく似た巫女さんに色々教えて貰ったが眉唾な話ばかりだったな。挙句には玉手箱の正体がタイムマシンだったとかいう始末だ」

 

「タイムマシン……そういえば最近山風がそんな事を言ってたような……」

 

 時雨は顎に手を当て何かを考えるような仕草をした。思い当たる点でもあるのだろうか。

 

「なら次の質問。丙棲姫はどうして君を助けてくれたんだい?」

 

「俺が知る訳ねえだろ……。本人は『戦争を終わらせたくないから』なんて嘯いていたがどういう意味なのやら」

 

「そっか……本当に提督も今回の件は何も知らないんだね。なら次は天津風のところへ行ってくるよ。彼女も何かしら隠してそうだしね」

 

「ああ、行ってこい行ってこい」

 

 シッシと折れた腕を軽く振って時雨を追い払う仕草をした。時雨は頬を膨らませたが何も言わず村雨と向き合う。

 

「じゃあ村雨、提督がまた逃げ出さないようにしっかり見張っててね」

 

「うん、村雨に任せといて。といってもこの怪我じゃあしばらくは一人で歩くこともできないと思うけどね」

 

 

 

□□■

 

 

 

「助けてくれ村雨」

 

 時雨が天津風の元へ行き村雨と二人きりになった直後、俺は土下座をした。元々、俺の事を毛嫌いしているこいつに頼み事をするのは癪だが最早手段を選んでいられない。

 

「ぜっっったい嫌」

 

「まだ用件も言ってないだろ……」

 

「聞かなくても分かるわよ。どうせ春雨との結婚式を潰してくれとか言うんでしょ」

 

「分かってるなら話が早い!その通りだ。頼む!頼れるのはもうお前しか居ないんだよ」

 

「い・や!自業自得でしょ。脱走する為の嘘で貴方は春雨にプロポーズをして春雨はそれを受けた。なら貴方はその責任を取らなくちゃいけないわ」

 

 そう言って村雨は俺の折れた右手を軽く叩いた。彼女の正論に俺はぐぅの音も出ない。

 

 確かに俺はこの鎮守府から脱走する為に春雨ちゃんに偽りのプロポーズをした。そして脱走には成功したものの本来の目的であった亀型の深海棲艦に会うという目的も達成できず、さらに甲羅棲姫などという俺の妹を自称する深海棲艦に遭遇しボコボコにされた。何とか命は拾ったものの両腕片足は折られ脱走は疎かまともな生活すらままならない。

 

「お前の言う通りだ。確かに、偽のプロポーズをしたのは間違っていた。やっちゃいけないラインを超えていた。でもな!だからこそ春雨ちゃんが可哀想だと思わないのか!?偽のプロポーズだぞ!?心の籠っていないそんな言葉でお前の妹は結婚をしようとしている……それでいいと思うのか!?」

 

「いや、あの子あれが偽のプロポーズだってことくらい気づいてるわよ?」

 

「は?」

 

「あの子も馬鹿じゃないし、当然よね。けどあの子はそれでも良いと思ったのよ。偽のプロポーズでも何でも貴方と結婚できるならそれで十分なの。健気よね、ほんと」

 

 それじゃ、話は終わりね。式には参列させてもらうわ。そう言ったきり村雨は俺の言葉に耳を貸さなくなった。

 

 このままでは不味い。本当に不味い。洒落にならない。

 

 春雨ちゃんと結婚させられ子供でも作ろうものならもう本当に脱走なんて出来なくなる。そうなれば一生俺はこの鎮守府に縛りつけられることになる。それだけはダメだ、何とかしてこの絶望的状況を脱しなければ……!

 

 しかしその方法がない、この折れた手足では何も出来ない。何か─────何かないのか!!

 

「なぁ村雨さん……?」

 

「煩い。仕事して」

 

 藁にもすがる思いで村雨に声をかけるが取り付く島もない。村雨はこちらに視線を寄越すこともなく黙々と執務をこなしている。

 

 最早これまでか────そう諦めかけたその時、突如執務室の扉が再び開け放たれた。

 

「先輩!!春雨さんと結婚とはどういうことですか!?事と次第によってはぶっ飛ばしますよ!?」

 

 いつもあれだけ鬱陶しく思っていた浜風がこの時ばかりは救いの女神に見えた。

 

 

 

▫️▫️▫️

 

 

 

「なるほど……春雨さんに嘘のプロポーズをしてそれを春雨さんが真に受けてしまったと」

 

「ああ……」

 

「普通に先輩が悪いですね」

 

「ぐっ、分かってるよ。流石にやり過ぎたと後悔してたとこだ」

 

「それで結局どうするつもりなんですか?まさか本当に結婚するつもりですか?」

 

「まさか。俺は誰よりも自由を愛する男だ、春雨ちゃんには悪いがまだ家庭を持つつもりなんてサラサラないね」

 

 俺がそう答えると村雨は右手で額を押さえため息をついた。

 

「そうは言っても春雨は納得しないわよ。下手な言い訳をしたらどうなるか……死にはしないでしょうけどそれなりの覚悟は必要ね」

 

 村雨の言う事は正しい。もしも馬鹿正直に『あのプロポーズは嘘でした!ごめんね!』なんて言おうものならどうなるか───ドラム監獄に幽閉される程度では済まないのは明白だった。

 

「その通りだ村雨。だから教えてくれ、お前の妹である春雨ちゃんの怒りを鎮めるにはどうすればいい」

 

「そんなの私にも分からないわよ。あの子、アイアンボトムサウンドで沈む前と貴方にサルベージされた後とでは少し性格が違うのよね……。今の春雨のことは正直よく分からないわ」

 

「使えねぇな……」

 

「いちいち頭に来る言い方ね!まぁいいわ、これから私達は姉弟になるんだから見逃してあげる。ね、義弟くん?」

 

「勘弁してくれ……」

 

 打つ手なし。頼みの綱の村雨も俺に協力する気はないらしく、当てにならない。唯でさえ手足が折れて身動きが取れないのにこの状況でどうすればいいんだ……

 

「先輩と結婚するのは私です。不本意ですが協力しましょう」

 

 俺が絶望していると浜風が協力を申し出てきた。普段、というか昔から常に俺の敵だった浜風だが味方になればそれなりに頼もしい。ブレーキの壊れた非常識なこいつにしか思いつかない発想もあるかもしれない。

 

「助かる。それで浜風、俺はどうすれば春雨ちゃんを怒らせることなく、穏便に結婚式を潰せるんだ?」

 

「いえ、最早結婚をなかったことにするのは不可能です。そんなことをすれば春雨さんが人類の敵になる可能性があります。そうなれば人類は終わりです」

 

「笑えねぇな……」

 

 春雨ちゃんが人類を裏切り深海棲艦に与する。そんなことはありえないと自分に言い聞かせるが脳裏を過ぎったその光景があまりに鮮明で現実味を帯びており、俺は浜風の言葉を否定することが出来なかった。

 

「ですからここに至っては先輩と春雨さんの婚姻を阻むことはもう出来ません。ただし……結婚は結婚でもするのはケッコン。そう、ケッコン(仮)です」

 

「ケッコン(仮)……?そうか────その手があったか!」

 

 数ヶ月前、突如としてこの鎮守府に送られてきたケッコン指輪(※第9話提督と白露型とケッコン(狩)参照)。確かアレは艦娘と【ケッコン】という形だけの婚姻を結んで艦娘の潜在能力を解放する為のアイテムだった。

 

 あの時はなんて悪趣味で品のない物を作るんだと上に呆れたものだったが────なるほど今の状況にお誂え向きじゃねぇか。

 

 春雨ちゃんに結婚指輪ではなくケッコン(仮)指輪を渡す。そうすればあの時のプロポーズも春雨ちゃんの潜在能力を開放するためのものだったと言い訳もできる。完璧だ……むしろそれしかない。

 

「ナイスアイデアだ浜風。やはりこういう不義理を考えさせればお前の右に出るものはいないな」

 

「嬉しくないです。それよりも早く指輪を手配してください春雨さんはもう、明日にでも式を執り行うつもりですよ」

 

「分かってる。村雨、話は聞いてたな?直ぐに指輪を用意してくれ」

 

「できる訳ないでしょ。アレはまだ実験段階の試行品なのよ?以前あなたのところに送られてきたのだって運用データを取るためだったんだから」

 

「そんな……」

 

 絶望した。アレがなければ(仮)作戦は使えない。

 

「そもそも前回送られて来たのはどうしたのよ。誰もケッコン(仮)してないってことは提督がまだ持ってるんじゃないの?」

 

「アレは……その……バーナーで燃やした」

 

「ほんっとにこの提督は……」

 

 村雨はため息を吐きながら再び天井を仰いだ。

 

「仕方ねえだろ!?持ってたら春雨ちゃんや時雨がおかしくなるんだよ!処分するしかなかったんだ!もう一度入手する方法はねえのか!?」

 

「あるわけないでしょ!正式に運用されるまで大人しく待ってなさい!」

 

「待てるか!その間に春雨ちゃんが式の準備を終えちまうわッ!」

 

 グルルルと村雨と威嚇し合うが直ぐにその不毛さに気づき膝を折り前に倒れた。折れた両腕では受身を取ることもできず額が床に激突する。鈍い痛みが走ったがそんなことよりも詰んでしまった現状に目の前が真っ暗になった。

 

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」

 

 絶望し悲観していると誰かが俺の肩を叩いた。首だけを曲げそちらを向くと浜風が一枚の紙を持っている。浜風はニヤリと、口角を上げ不気味な笑みを浮かべながら言った。

 

「ありますよ、指輪を手に入れる方法」

 

 

 

 

 




村雨編スタート。
評価にて点数を付けて貰えると嬉しく思います。


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提督と村雨と深海の起源

春雨ちゃん
最近jis8501を完璧に暗記した。

マジギレ浜風さん(乙改)
最近、提督がやたらとカルシウムを勧めてくるのが気に入らない。
提督以外には別に切れない。

提督
甲羅棲姫に手足を折られ現在は車椅子生活を余儀なくされる。
本名は表島良太郎。


 

 

 

「本当に良かったの?春雨を連れて行かなくて」

 

 ガタンゴトンと揺れる鈍行の車窓から景色を眺めていると向かいに座る村雨がそう尋ねてきた。その隣に座る時雨、俺の横に座る浜風も視線を此方へ寄越し興味深げに回答を待っている。

 

「しゃーないだろ。春雨ちゃんに渡す指輪(仮)をゲットしに行くんだ、まさか本人を連れて行く訳にもいかねぇよ」

 

「後で絶対に面倒なことになるよ……」

 

 そう呟いた時雨の表情はなんだか気だるげだ。頼りにならない長女に代わりいつも面倒事の始末をするのはコイツなので少し同情する。まあ、自重はしないのだが。

 

「でも春雨抜きで合同演習大会で勝てるの?参加するのは高練度の艦娘ばかり、しかも舞鶴での開催ってことは当然あの人も出てくるんでしょ?」

 

 数時間前、春雨ちゃんへ送る為に必要なケッコン指輪の入手方法として浜風が提示したのクシャクシャになった一枚の紙、そこに書かれていたのは対深海棲艦海軍により開催される合同演習大会の案内だった。

「何故お前がそんな物を持っているのか」と浜風に問うと「企業秘密です」

と表情一つ変えることなく言い放った。こいつ、俺がろくに目を通さずに捨てた書類を漁ってやがる……。

 

 しかし今回に限って云えば浜風の奇行に救われた。なんと言ってもその演習大会の景品は都合の良いことに試作段階であるケッコン指輪の支給、これを入手して春雨ちゃんに送ればケッコン(ガチ)を回避出来るかもしれない。しかも開催は翌日、こうしちゃいられないと現在俺は時雨、村雨、浜風を連れて開催場所の舞鶴鎮守府へと向かっている最中だった。

 

「あの人、とは誰のことですか?」

 

 続く村雨の言葉に再び浜風が首を傾げた。そうか、自分の身内以外に興味を持たないこいつなら有名な舞鶴中将の事を知らないのも不思議はない。

 

「舞鶴の提督。通称『最強の鎮守府』の中将だ」

 

「えっ。最強って私達の鎮守府ではなかったのですか。春雨さんや私もいるんですよ」

 

「すげぇ自信だな……。いや、お前の言う通り現時点での艦娘最強は春雨ちゃんだしお前(浜風)も上位に食い込む。けどあくまでもそれは個々の強さだ。艦隊としての完成度は舞鶴のが圧倒的に上なんだよ」

 

 春雨ちゃんは確かに強い。けれどその強さはドラム缶爆弾や硫化水素、アスファルト等の危険物の使用による所が大きい。そんな物を使えば味方まで被害を受けるのは明白だ。

 最近は『兵:消防設備士』等の資格を取得し消火器を新たな兵装として研究しているようだがまだまだ運用段階にはない。つーか普通に連装砲やらを使う気はないのだろうか。

 

「随分詳しいんですね、舞鶴のこと」

 

「まぁな。俺と村雨は一時期アソコで世話になってたからな」

 

「先輩と村雨さんが?鉄底の鎮守府で知り合った訳ではなくそれ以前から面識があったのですか」

 

「そうよ、(村雨)は元々舞鶴の所属だったの。それで訓練学校を卒業したこの人が現場研修のために舞鶴に来たのよ。昔はこの人ももう少し提督らしかったのだけど……今じゃ見る影もないわね」

 

「大きなお世話だ」

 

 過去と現在の俺を比べ溜息を吐く村雨に俺は毒づいた。確かに思い返して見ればあの時の俺は今よりもやる気に満ち、小っ恥ずかしい事を言っていた気もする。

 

「けどまぁこっちには浜風がいるから大丈夫だろ。案内によると今回の演習は個人戦で相手を大破させた方の勝ちで他の細かいルールは書かれてねぇ。浜風の外道(げどう)戦術が使えるなら余裕だろ」

 

 言うまでもないことだが細かな裁定が取り決められていないのは参加者全員の『良識』を信頼してのことだろう。そもそも軍のそれなりの役職の人間が集まる中で常識から外れた行動をする者などいないという考えもあるのだろうが……生憎と提督を辞めようとしている俺に上からの評価など関係ない。どんな手を使おうと指輪さえ手に入ればいいのだ。

 

「釘を刺しておきますが私はタダでは出場しませんよ。一試合毎にそれなりの対価を先輩に要求します」

 

「わーってるよ」

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 甲羅棲姫に手足を折られ歩く事すらままならない俺は時雨と浜風に担がれ、鈍行とタクシーを乗り継ぐこと数時間、ようやく目的地である舞鶴鎮守府に到着した。デカい、元から大規模な鎮守府ではあったが俺が居た研修時代よりも更に改築が進んでいる。

 

「流石は最強の鎮守府……僕達の鎮守府とは比べ物にならないくらい大きくて綺麗だねって……どうして提督と村雨まで驚いているんだい?二人は元々ここの所属だったんでしょ?」

 

「いや、確かにそうなんだが……俺達がいた頃よりも更にデカくなってる。村雨、お前も知らなかったのか?」

 

「えっ、ええ。あの事件の後から少しづつ改築をしているとは昔の仲間から聞いてたけどまさかここまでとは……。いや、でも中将ならやりかねないわね」

 

 俺達が驚愕していると門の方から誰かが此方に歩いてくるのに気がついた。男だった。180cmは有るだろう長身に軍服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体。最も特徴的なのはその片袖だろうか、彼が歩く度にヒラヒラと風に舞うその袖口が男の隻腕を知らしめている。けれどその男には人体の欠損などまるで気にした様子はない。隻腕というハンデがあって尚、他者に劣ることなどないも無いという絶対的な自信をその佇まいから感じさせる。

 

 舞鶴中将だ。

 

「走れ時雨ッ!」

 

 ソイツを認識した瞬間、俺を担ぐ時雨に奴から距離を取るよう命令した。時雨は困惑していたようだがそれでも俺の指示に従って走り出す。クソったれ、まさか中将自ら出迎えに来るなんて思わなかった。合同演習の申し込みだけしてあとはコソコソと身を隠そうとしていたのに!!

 

「おいこら。折角オレが出迎えに来てやったのに直ぐに逃亡とはどういう了見ですか」

 

 耳元でそう声が聞こえた。有り得ない。さっきまで少なく見積もっても50m以上は離れていたのにこの一瞬で───────

 

 ドスン、と思考が終わる前に俺の脇腹に拳が叩き込まれた。その余りの威力に俺の身体が一瞬中に浮く。痛いけど懐かしい拳だ。研修生時代は何度貰ったか分からない。

 

「痛ってぇ。クソっ、わざわざ遠方から尋ねてきた弟子をいきなり殴るとはどういう了見でだッ!?」

 

「黙ってください種無し野郎。お前など弟子でもなんでもない。ここで介錯してやります」

 

「種くらいあるわ!!」

 

 腹に拳がめり込んだまま抗議するが中将はさらに拳に力を込める。

 こいつは昔からこうだ。普段は丁寧な言葉遣いに紳士的な態度の癖に自分の気に入らないことは全て力ずくで解決する脳筋野郎。凡そ上に立つものとは思えないそのやり方に何度苦汁を飲まされた事か。

 

 だが俺だってこの数年、何もしてこなかった訳じゃない。幾度となく白露達と死闘を繰り広げてきたのだ。もう暴力に屈していた頃の俺じゃない。

 

「なめんなクソ中将!!」

 

 中将の拳を支点に体を回転させ唯一残された折れていない方の足を中将のこめかみへ向けて振りかぶる。これまでの恨み辛みそれら全てを込めてその足を振り下ろした。

 

「しゃらくせぇですね」

 

 俺の右足は確かに中将の首にヒットした。だと云うのにそいつは顔色一つ変えずそう言い放つと俺をコンクリの地面に叩きつけそのまま意識を刈り取った。

 

 こいつ人間じゃねぇよ……

 

 

◻️◻️◻️

 

 

 

 目を覚ますとベッドの上だった。体を起こし辺りを見渡すと椅子に腰掛けナイフで林檎の皮を剥く中将、それに不安げに俺の顔を覗き込む村雨の姿があった。

 

「ようやく起きた……。まったく、無茶ばかりするんだから。手足が折れた状態で中将に喧嘩を売るなんて無謀もいいところよ」

 

「村雨……お前も見てただろうが。俺は襲われたから抵抗しただけ、悪いのはソコの脳筋野郎だ」

 

「誰が脳筋野郎ですか」

 

 そう言って脳筋野郎(舞鶴中将)は林檎を持ったままこちらを睨んだ。

 

「まったく、久しぶりの再会だというのに憎まれ口ばかり……。貴方が研修を終えてここを出て以来ですか。貴方の活躍は聞き及んでいますよ。誰も、オレさえも攻略の糸口すら掴めなかった鉄底海峡を終わらせたと。かつての師として鼻が高い」

 

「そりゃどーも。んじゃ俺はこれから所用があるんで失礼しますわ。村雨、おぶってくれ」

 

「待ちなさい。貴方をここに拉致したのは協力を要請したい件があるからです。村雨さん、少し彼と話をします。その間こちらを召し上がってお待ちください」

 

「はーい。いただきまーす」

 

 そう言って中将から林檎を受け取った村雨は満足そうにそれを頬張り始めた。このやろう、俺が中将のこと苦手なの知っていてわざと放置してやがる。

 

「さて、先ずは質問なのですが表島君、先日、人語を解す上位種の深海棲艦に襲われたそうですね?」

 

「さすが耳が早いっすね。ええ、一体どこで気づかれたのやら伊根の観光の最中に襲われましたよ」

 

「提督適性、即ち妖精視認の才を持つものは深海棲艦に狙われる。だから提督は不用意に鎮守府の外に出るべきでは無い。研修生時代に教えたはずです。ですが……どうして深海棲艦は私達提督をこうも容易に見つけだすのか、貴方は考えた事はありますか?」

 

「……」

 

 俺は目を瞑り思考する振りをする。正直な話、先日の甲羅棲姫との遭遇は亀型の深海棲艦に仕組まれたものである可能性が高い。だから見つけられたと言うより嵌められたと言った方が正しいのだが……それを中将に言う訳にもいかない。ここは適当に話を合わせておこう。

 

「さぁ?内部に情報を流してる裏切り者がいるか、それか提督にだけ反応するレーダーを持ってるとかそんなとこじゃないすかね」

 

「同意見です。しかし裏切り者がいると仮定してもソイツが提督達の動向を全て把握出来るとは思えません。だから恐らくは後者、提督レーダーを所持していると考えるのが妥当でしょう。ここまでを踏まえて次の疑問です。現在世界で確認されている妖精視認の才を持つ人間の総数は五十人です。何故ここまで極端に少ないのか、貴方の意見を聞かせてください」

 

「……深海棲艦がそのレーダーを使って提督が赤ん坊、もしくは胎児の間に殺しているから……ですかね」

 

「流石、鉄底英雄と呼ばれるようになっただけはありますね。それもオレと同じ考えです」

 

「けどこの仮説が正しいとするなら今回開いたこの合同演習会は失策もいい所っすね。鎮守府同士の交流だか研鑽だかしらないけどそこを敵に狙われて一網打尽にされたら最悪だ」

 

「いえ、今回の演習の狙いはそこにあります。今この舞鶴には提督と共に各鎮守の精鋭も集結しています。貴方の所の浜風、あきつ丸、うちの子日、その他戦力を投入し攻め込んできた深海棲艦の上位種を鹵獲する」

 

「俺達は生き餌ってわけですか」

 

「言葉を選んで貰いたいものです。ですがこの作戦に協力してもらうにあたり、もう一つ、貴方に聞いておきたいことがあります」

 

 そう言って中将の視線が鋭さを増した。

 

「単刀直入に聞きます。表島君、あなた何処まで知っているんですか?」

 

「……俺は何も知りませんよ。妖精視認の才があったが為に無理やり今の階級に据えられている人間に何を期待しているんですか」

 

「質問が悪かったですね。では具体的にお尋ねします。貴方は原初の深海棲艦の本当の名が『乙姫』である事をご存知ですか?」

 

「ッ……!」

 

「知っている様ですね。次の質問です」

 

「待ってくれ。どうしてあんたがソレを知っているんだ。おかしいだろう、だってソレを知るには──────」

 

「その質問には最後にお答えします。では次の質問です。貴方はこの戦争が何故始まったのか、その理由を正しく把握していますか?」

 

「教科書通りに答えるなら、海に住む深海棲艦の領土侵略……。少なくとも俺は研修生時代にあんたからそう教わった」

 

「そうですね、そう教えました。けれどそれは嘘です。汚くも醜い人類が自分達に都合よく捻じ曲げた偽りの歴史です」

 

「……いいのか?中将であるアンタがそんな事を口にして」

 

「貴方と村雨さんの事()信用していますから」

 

「はッ、嫌われているのか好かれているのやら。相変わらず読めない人だな」

 

「閑話休題です。ここからはこの戦争の真のルーツを貴方にお話ししましょう」

 

 

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 そもそもの話、この世界には『深海棲艦』等という生物は存在していなかったんです。

 

 ただ、かつて海の底の底、太陽の光すらも届かない深海に佇む城に蓬莱山(とこよ)の民という一族が暮らしていました。

 

 ある日蓬莱山(とこよ)の国は陸地から初めて客人を招き入れます。彼の名は浦島太郎といいそれはそれは実直で心の清らかな青年であったそうです。

 

 そんな青年に蓬莱山の姫である乙姫は恋をします。やがて二人は結ばれ、()を成し、蓬莱山の秘宝である不老不死の薬を飲んだ浦嶋と乙姫は悠久の時を共に過ごす……はずでした。

 

 ある日、浦嶋はこう言ったんです。

 

 『一日だけ陸に上がりたい。故郷の皆に別れを告げたいのだ』

 

 乙姫は悩みました。このまま返せば二度と浦嶋は蓬莱山に帰ってこないのではないか。陸で女に誑かされでもしたら、そんな不安が脳裏をよぎったからでしょう。

 

 ですが結局、乙姫は浦嶋の願いを聞き届けました。

 

 一日千秋。乙姫にとって最も永い一日を彼女は過ごしたのです。

 

 けれど、その一日が過ぎても、さらに一日が過ぎても浦嶋は帰って来ません。

 

 それからも浦嶋を信じ乙姫は待ち続けました。けれど一年が経っても彼は帰ってこない。そして遂に痺れを切らした乙姫は決意を固めます。

 

『彼を迎えに行く』

 

 そう、深海棲艦の首領『乙姫』はただ想い人を求めていただけだったのです。それこそ、私達人類が彼女達を『深海棲艦』と名付け、敵対するようになるずっと前から一人の男を探していただけでした。深く暗い深海に沈む竜宮城から乙姫はたった一人、この浦島を求め陸にやって来たのです。

 

 当然、乙姫に人類と争うつもりなどありませんでした。それどころか乙姫の想い人浦島太郎はこちら側の人間、友好的にすら思っていたことでしょう。深海と人類は手を取り合える可能性を秘めていたのです。

 

 だがその可能性を潰してしまったのは人類(我々)でした。

 

 人類は彼女の想い人、浦島太郎を利用し乙姫を捕獲しようとした。だがその計画は利用しようとした浦島太郎本人の妨害により失敗に終わる──────浦島太郎はその命をもって乙姫を守ったのです。

 

 人類に裏切られ、骸となった浦島太郎の前で乙姫は泣き続けました。

 

 涙が枯れると、代わりに血の涙を流し乙姫は泣き続けました。悲しみはやがて人類への憎悪へと変換され、その恨みは乙姫の頭部に禍々しい二本の角を生やし、綺麗な薄桃色だった着物は赤黒く血の色に染まってゆきます。

 

 どれくらいの間泣き続けたのか……ついには血の涙すらも枯れ果てた時、そこにはあの美しき乙姫の姿はなく、代わりに憎しみと想い人への執着だけに囚われた『化物』がただ一人空を見上げていたのです。

 

 これが深海棲艦の誕生の瞬間(ルーツ)です。







前回の投稿11月でびっくりしてます。
お待たせしてすみません。
評価にて点数を付けて貰えると嬉しく思います。


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