普通がいいと思うのですが!? (ニュイン)
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Action1 入学式

 色々とキャラ崩壊がある作品です。
 俺の嫁を汚すな! こんなの違う!
 そう思った人は回れ右した方がいいです。


 入学式というのは心踊るイベントの1つであり、高校生にもなるとこれまた感慨深いものである。

 だが、勘違いしてはいけない。それは一般的な感想で普通の高校に限定される。

 

「ーーでは自己紹介をしてもらいます。次は……織斑一夏くん!」

「はい! 僕の名前は織斑一夏です。趣味は女装することで好きなタイプの人は……きゃっ!」

 

 自分の右斜め前に位置する女子生徒の制服に身を包んだ親友は、俺を見ると顔を紅潮させ勢いよく着席した。

 この変態女装癖野郎が! すぐにでも天罰が下らないだろうか。

 

「次は……篠ノ之箒さん!」

「はい。ーー私は篠ノ之箒だ、趣味というわけではないが小・中と剣道をやっていた。もちろんここでも剣道をやるつもりだ。好きなタイプだが……ふっ」

 

 自分の前の席に位置する女生徒。自己紹介をしたその姿は大和撫子のようだが何故、俺をガン見しながらだったのかはたとえ幼馴染であっても理解したくない。

 色々ツッコミたくなる自己紹介もそろそろ佳境になってきていた。

 

「では最後に七星暁人くん!」

「はい。俺は七星暁人ーーとりあえず普通が1番というのがモットーです。趣味は安寧な生活を探すこと。好きなタイプは世間一般的な女性です」

 

 これからの3年間、俺の安寧は成層圏を突き抜けて宇宙の彼方へと飛んでいってしまったんだと分かってしまった入学式だった。

 何故なら副担任である山田真耶先生に進行を任せ、担任である我が親友の姉の織斑千冬はせっせと携帯を可愛くデコレーションしていたからだ。

 

 

 自己紹介も終わり、ちょうど休み時間となった瞬間2人の変態がこちらに近づいてきた。

 捕まり、心身共に疲弊している自分は関わりたくない思いで胸が一杯だった。

 

「ねぇ暁人、僕の制服姿はどうかな? 似合いすぎて欲情してきたかな?」

「おい暁人! お前は剣道部に入るだろうから入部届けは2人分持ってきたぞ。……入るだろ? 入ってくれ頼む、というか入れ!」

「待て待て、俺は聖徳太子じゃないんだからいっぺんに喋るなよ。一夏はまず男子の制服を着てくれ、それに欲情はしねぇから! それで箒は剣道部だったか……入らない以上」

 

 自分がここまではっきりと言っているのにも変態2人はまたまたそんなこと言って、という顔をしている。

 責任は誰にあるのかはわかっているのだ、自分であると。

 一夏の女装癖は顔が整ってるなら女の子の格好でも似合うのではないか? という言葉。

 箒は一見するとわからないが、痛みを快感としてしまう超が付くほどの被虐趣味全開なのだが、これは剣道素人の俺が小手を防具に包まれている部分ではないところへ強打してしまったからだろう。

 

「クソッ、クソッーークソが!」

「暁人! 机を殴るなら私を殴ってくれ!」

 

 優しく俺に木刀を握らせる箒。

 まだこれならいいが腕を広げ、嬉々として待ち構えないでほしい。

 

「どうした暁人、遠慮せずともいい。渾身の一撃を私に……さぁ、きてくれ!」

「ちょっと暁人! 何でなの? 髪も伸ばしたし、無駄な毛も処理したのに!」

「だから努力の方向性が間違ってんだよ! このクソ野郎が!」

 

 どこか遠くへ、変態がいない場所に行きたい。俺はただ普通に生活したいだけなのだ。

 一夏が女性にしか反応しないISを動かしてやっと平穏に暮らせると思ったのに。

 何が世界一斉男性操縦者検査だ! というか何で俺はISに反応してIS学園に入らなきゃいけねぇんだ!

 

「ちょっと、よろしくて?」

「見ればわかんだろ、取り込み中だ!」

「まぁ何ですか、そのお返事は!」

「お嬢様、取り乱してはいけません。貴族としてーーオルコット家の当主としての器で許容すべきです」

 

 話しかけてきた金髪ドリルの女生徒は自分の返答が気にくわなかったらしく、メイド服の女性に宥められてはいたが怒りは収まっていないらしい。

 だが、この女生徒も女生徒だ。この状況で話しかけてくるだろうか?

 この学園はISについて学ぶ学校、故に生徒も女性に限る。これはISが女性にしか反応しないからだろう。それでも空気を読んでほっといてほしかった。

 

「んんっ! 私はイギリス国家代表候補生にして貴族のセシリア・オルコット。オルコット家の当主ですわ!」

「流石お嬢様、先程の無礼を許すとは立派にご成長なられて。このチェルシー・ブランケット感激いたしましました」

 

 誇らしげに胸を張るセシリア・オルコットとハンカチで目元を拭うチェルシー・ブランケット。

 正直、変態2人と比べると普通のカテゴリーに入るだろう。

 

「それに素晴らしい立ち姿ですお嬢様。これは貴族ポイントプラス10、このままいけば今夜はパンの耳にジャムを使用してもいいでしょう」

「そそ、それは本当ですのチェルシー!」

「はい。このままいけば、ですが」

「やっと、塩と水だけの生活から抜け出せるのですわね」

 

 撤回。このお嬢様は普通ではなかった。

 それにメイドの方も普通ではないだろう。なにせオルコットを色々なアングルで写真を撮っているのだから。

 手鏡で自分をチェックしている女装野郎、息を荒げて両手を広げるドM少女、夕食がパンの耳とジャムで号泣する金髪お嬢様、涎を滴ながら金髪お嬢様を撮り続けるメイド。

 予鈴のチャイムが鳴り響き、自分の目の前で起こっていることが現実だと再認識させてくれていた。

 

「この時間の授業はISについての説明をする。では山田先生、私はやることがあるので頼む」

「わかりました。……では皆さん、ISというのはですねーー」

 

 山田先生の説明は丁寧で、かつ理解しやすいように配慮されていた。

 けど千冬さん、授業を山田先生に任せて自分はアップリケ制作に没頭するのはおかしい。

 

「さて、ここまでの説明でわからない人はいませんか? 特に織斑くん、七星くんは大丈夫ですか?」

「僕は大丈夫です、どうぞ先に進んでください」

「俺も大丈夫っす。山田先生の説明がわかりやすかったので」

「なら良かったです。では先に進みますね」

 

 本当に良かった。山田先生だけが俺の心のオアシスになりつつある。

 山田先生の笑顔があれば俺は後10年は戦える。

 

「そういえば、再来週に行われるクラス対抗戦の代表を決めなくてはいけなかったな。……七星、お前がやれ」

「そういえば、でしたね。七星くん、1組を代表するといっても仕事は学級委員のようなものですし、他のクラスとの実力も入学して間もないですから大丈夫ですよ」

 

 千冬さん、アップリケ制作が上手くいかなかったからって俺に八つ当たりしないでください。

 山田先生も少しは自分を庇護してくれると思ったが、千冬さんの威圧感が半端無さすぎてチワワみたいに震えていて期待できそうにない。

 

「わ、わかりまーー」

「納得いきませんわ、そんなふざけた選出では!」

 

 渋々承諾しようとした時、オルコットが異を唱えてくる。

 いいぞオルコット! 今日のお前は凄く輝いてる、もっとあの乙女チックな理不尽大魔王に言ってやれ!

 

「ほぅ、この私に意見するか小娘。……最期に言い残すことはあるか?」

「ひぃ! せ、せめてケーキを……ケーキをお腹一杯食べてからにしてくださいですわ!」

「お嬢様、今ので貴族ポイントマイナス20。今日の夕食は塩と水です」

「そ、そんな……。あんまり……ですわ」

 

 あんまりだよ、本当にあんまりすぎるよオルコット。

 今まで教室にいなかったのに何処から出てきたんだよこのメイド。

 

「ですが織斑先生、オルコットさんの言い分もわかりますしここは多数決でーー」

「ならばこうしよう。七星、オルコット両名は1週間後に模擬戦をして勝者がクラス代表とする。これでいいな」

 

 山田先生の提案を遮り、千冬さんが強引に終わらせる。

 流石だぜ千冬さん、理不尽さでいったらあなたの右に出る人はいないな。

 

「勝ちますわよ、オルコット家の名にかけて!」

「流石です、お嬢様。ですが、涙目により貴族ポイントの変動はありません」

 

 俺は逃げられるのだろうか。

 

「羨ましいな、痛みを味わえる戦闘がやれるとは」

「うーん。枝毛が気になるなぁ」

 

 理不尽な現実から抜け出して普通の生活を送れる日は来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 




七星暁人……苦労人。

織斑一夏……1度、女装してその魅力に目覚める。

篠ノ之箒……小学生の頃にドMに目覚める。

織斑千冬……世界最強は健在。だが未だに少女趣味。

セシリア・オルコット……ハリボテお嬢様。最期の晩餐はお腹一杯にケーキを食べること。

チェルシー・ブランケット……完璧なメイド。神出鬼没はデフォルトで装備。

山田真耶……唯一の常識人。暁人の心のオアシス。


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Action2 若さゆえの過ち

前回のあらすじ!

一夏「ほら、見ろよ見ろよ!」
暁人「やめてくれよ……」

箒「いいよ! こいよ!」
暁人「まずいですよ!」

千冬「クラス代表やってくれよ~、頼むよ~」
暁人「えぇ……(困惑)」

多分こんな感じだった。


 人というのは第一印象で大体決まる。

 内面的な部分を見るという人もいるかもしれない。だが、そんなもの初対面でわかれというほうが無理な話である。

 付き合う中でその人の性格等を考慮した距離感という目には見えない不確かなものに頼らねばならない。

 するとどうだろう?

 人間関係の取捨選択を間違うだけで面白くもなく、ただただ苦痛な喜劇の出来上がりである。

 

「あぁー……」

 

 昼休みの教室。

 普通なら友人と食事をしながら会話に花を咲かせ、午後の授業を迎えるための小休止に使う時間。

 

「うぁー……ぅぐっ」

 

 憂鬱。

 ただその一つの感情だけが重い枷となり、身体の自由と心の余裕をガリガリと食い潰していく。

 

「あーきーとっ!」

 

「うびゅっ」

 

 机に突っ伏して現実逃避をしていたというのに自分を呼ぶ声した後、何かが背中にのし掛かってきた。

 

「暁人。項垂れてないで一緒にお昼ご飯食べようよ!」

「そうだぞ暁人。午後からの授業が学園内の施設説明とはいえもたないぞ?」

 

 自分が好きでこうしていると思っている変態二人。

 一夏は背中に抱きついたまま、箒はというと弁当箱を手にしている。

 普通にしていればまともに見えるのだから厄介極まりないことこの上ない。

 

「暁人? ……あー! やっぱり僕の隠しきれない魅力に声も出ないんでしょ?」

「あ、暁人……。無視は酷いぞ。いや、これは俗にいう放置プレイというものか! ふふっ、これは……なかなかクルな……」

 

 俺が黙っているのを自分の魅力に言葉を失っていると思っている女装変態野郎と、一種のプレイと勘違いして興奮で身体をクネクネとよじっているドMサムライガール。

 何故こうも自分に都合のよい方向に解釈ができるのか不思議で理解できない。

 

「そ、そんな暁人。駄目だよ、僕達は親友で男同士なんだよ? え! それでもいいって……もうしょうがないなぁ」

「放置プレイの次は亀甲縛りからの目隠し拘束プレイだと! 胸が熱いな……」

「……俺、学食で済ますから」

 

 妄想の世界へと旅立った変態達に別れを告げて教室から出るという賢明な判断をする。

 

 

 

 普通。安寧。

 どれだけ求めても手に入れることができなかった理想。

 簡単だったではないか。

 ひどく遠回りしたがそれだけ達成感はあるというものだ。別にあの二人が嫌いというわけではない。幼馴染であり、大切な友人であるのは間違いない。

 原因は自分にあるのは認めよう。負い目を感じ軌道修正はした、何度も何度もだ。初期よりも酷くなるのはどう考えてもおかしい。

 

「クソがっ!」

 

 自分の不甲斐なさ、ぶつけようのない苛立ちを吐き出すように握り拳をテーブルに叩きつける。

 折角学食のおばちゃんが作ってくれた旨い食事に、水を差すわけにはいかないと頭をふり気持ちを落ち着かせる。

 

「……それでオルコット。何でお前は俺の目の前にいるんだよ」

「お気になさらなくて結構ですので。さぁ、わたくしのことは居ない者として食事を続けてください」

 

 無視するのは到底無理というものだ。

 オルコットはテーブルを挟んで自分の対面に座っているのにも関わらず塩と水を持ち、俺のミックスフライ定食を涎を滝のように垂れ流しながらガン見しているからだ。

 

「なぁ、オルコット。一口食べるか?」

「よよよよ、よろしいんですの!?」

 

 別に哀れみで譲渡するわけではない。ただ、あまりにも血走った目で見ていて怖かったからだ。

 カツを一切れオルコットの目の前に持っていくと淑女とは思えない程の大きな口を開けて待ち構える。

 涙を流しながらモキュモキュと頬を膨らませて咀嚼する様は可愛いとは思う。だが、それでいいのか英国貴族。

 

「お嬢様、私はとても悲しい気持ちで一杯です」

「んぐ! んぐぐぅ!」

「弁明は後程伺います。お仕置きが終わったら、ですが」

「んぐぐ! んぐ、んぐ、んぐぐー!」

 

 金髪のハムスターは突如現れたメイドのブランケットに首根っこを捕まれドナドナされていった。

 

「ねえねえ~ちょっといいかな~?」

「はい?」

 

 呼ぶ声に振り返ると袖がだいぶ余った制服を着た女生徒が一人ケーキセットを持って立っていた。

 

「ここ、いいかな~?」

「あ、ああどうぞ……」

 

 自分の隣に座ると持ってきたケーキセットを食べ始める。

 残すはショートケーキの苺だけとなったころ、隣の女生徒が不意にこちらに身体ごと向く。

 

「そういえば私達って~同じクラスだよね~」

「そ、そうだったけか?」

「む~。酷いよ~」

 

 ぷくー、と頬を膨らませて怒ってますという意思表示をするがどうにも名前がわからない。

 自己紹介の時は一夏と箒に加え、職業が不明だった千冬さんが担任だったことがショックでまともに聞いていなかった自分が悪いのだから仕方ない。

 

「布仏本音だよ~。ちゃんと覚えてよ~これからよろしくするんだから~」

「あはは……悪い……」

 

 なかなか名前を言ってこない自分に痺れを切らした布仏が自己紹介してくれたが、本当に困った。

 そっぽを向いたままの彼女はまだ怒っているだろう。

 

「あー……布仏ってショートケーキの苺は最後に食べる派なのか?」

「ん~。……最後に食べるっていうより~そのまま見るだけかな~」

「え! そのまま……見る? 食べないのか」

「うん~そのまま~。大事に大事に見るかな~。友達は変だよって言うんだけどね~」

 

 上手く彼女の意識をそらすことができた。なんとも狡いがあのままというのも致し方ない。

 けれど、布仏本音という少女は自分の周りで見れば普通の女の子だ。苺を最後に食べるのではなく見るだけで満足する点を除けば、だが。

 山田先生を含め、久しぶりのまともな人物との邂逅で油断したのだろう。

 ましてや同年代の異性ということもあって間違ってしまったーー己の選択で起こることをーーそれは蟻地獄に落ちていくように。

 

「いや、変じゃないだろ。可愛いと俺は思うけどなぁ」

「本当かな~?」

「本当だって。女の子らしくていいし、布仏みたいな可愛い子が“彼女”だったら俺は嬉しいけどな! ……なあんてな!」

「…………」

 

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 周りを見るとぞろぞろと他の生徒は席を離れて教室へと向かっている。

 

「布仏。チャイム鳴ったし俺達もーー」

「本音」

「え? 布仏どうした……っ!」

 

 最後まで言葉を言い切れなかった。

 彼女の瞳を見て身体が金縛りにあったような感覚に陥る。

 

「あ、や、えっと……」

「“本音”って、名前で呼んでアキくん?」

「痛っ!」

 

 痛みを感じた右腕を見ると、爪が食い込むのではという程に布仏の両手がっしりと捕まれていた。

 

「何をしている七星。もし遅刻してみろ楽しい個人指導が待っているぞ?」

「す、すんません織斑先生! 先に行ってるからな布仏!」

「…………」

「ん? 布仏、貴様も遅れないように急げよ」

「……はい」

 

 千冬さんの個人指導が嫌で、無理やり腕の拘束を抜けて俺は教室に向かった。

 後ろを振り向かずに一直線に。

 

 

 

 放課後。

 長く、とてつもなく濃い一日。後は暖かい布団の中で現実逃避をしたくてたまらない。

 

「暁人! 放課後だ、部活だ、剣道場に行くぞ!」

「ちょっと箒! 暁人は僕と一緒に放課後デートの約束してるんだから邪魔しないでよ!」

 

 一夏と箒は俺の目の前で取っ組み合いの喧嘩を始める。

 何で現実はこうも残酷なのか。

 不幸中の幸いなのは二人が午後の授業開始までトリップしていて、千冬さんの鉄拳によって昼休みの記憶が飛んだことで急に居なくなったのを追及されずに済んだ。そのせいか二人の記憶は自分に都合のいいものへと書き換えられていた。

 

「今日は疲れたから二人とも今度な、今度」

「うー……わかった」

「ふむ……仕方ないな。では暁人、明日の朝に剣道場で稽古だからな」

「了解」

 

 二人の喧嘩が終わったので教室から出た瞬間、千冬さんと山田先生に鉢合わせする。

 

「織斑くん、七星くん! まだ帰ってなくてよかったです」

「どうかしたんですか山田先生?」

「それはですねーー」

「諸事情により貴様ら二人は自宅通学ではなく、学園内の寮に入ってもらう。……生活用品などは既に部屋に届けておいたから安心しろ」

 

 千冬さん、山田先生の言葉を遮ってまで言わなくてもいいじゃないっすか。

 ほら、山田先生を見てください。涙目でプルプルしながらスカートを掴んでるから!

 

「千冬姉ーーじゃなくて織斑先生!」

「何だ織斑?」

「僕は暁人と同じ部屋ですか?」

「違う。……それと篠ノ之、お前でもないぞ。というより織斑と篠ノ之が同室だからな」

 

 一夏と箒がああだのこうだのと、いまだに抗議しているがラッキーだ。

 俺は小さく誰にも見えないようにガッツポーズをする。

 想像しよう。

 どちらかでも一緒の部屋になっていたら十中八九いや、確実に発狂していただろう。

 

「あの、七星くん?」

「はい! 山田先生何ですか?」

「これが七星くんの部屋の鍵ですので無くさないでくださいね。それと、くれぐれも同室の人には迷惑をかけないこと以上です。それじゃあまた明日」

「はい! ……はい?」

 

 それだけを言うと山田先生は去っていき、一夏と箒は千冬さんに引きずられながら遠くへと消えていっていた。

 

 

 渡された鍵に記された番号の部屋に来てみたが、正直不安しかない。

 一人部屋だと思っていたのにまさかの同室の人がいる。

 ここはIS学園。俺と一夏を除けば他は全員女子というハーレムのような状況。

 

「ヤバい……冗談抜きでヤバい」

 

 思春期男子の性欲を舐めないでほしい。

 下手をすればドアの鍵穴でも欲情できるどうしようもないエロの魔神だというのに。

 

「マジでどうすっかな。……とりあえず入るか」

 

 部屋に足を踏み入れると、部屋は電気が点けられておらずまだ同室の人は帰っていないと予想する。

 手探りで進むと左手にスイッチらしき感触があったので押すと部屋に電気が点いてよく見える。やはりというか自分の他には誰もいなかった。

 

「待ってたよ~ア・キ・く・ん」

「っ!?」

 

 誰もいなかった。

 確認もしたーー自分以外の人間はいない筈だった。

 声が聞こえた。

 自分の背後から最近聞いたことがあるーーやけに間延びした少女の声を。

 

「んぐぐ!」

「暴れてもだめ~。でもビックリしたよ~同室の人がアキくんだなんて~」

 

 反応なんてできなかった。

 気づけばベットの上に押し倒されていた。さらに口の奥までハンカチを捩じ込まれ、両手を頭の上で拘束されている。

 全力で抵抗しているのに彼女ーー布仏本音は左手一本で押さえつけている。

 

「私ね~嬉しかったんだよ~。周りからは変わってるとか言われてるのにアキくんは私を肯定してくれた」

「んぐ、んぐぐ! んぐぐぐ!」

「それに~アキくんは言ってくれたでしょ~?」

「ん、んぐ!?」

「私を~『彼女』にしたいって~」

 

 見てしまった。彼女の瞳を。

 どこまでも暗く、淀みきった眼を。

 それは俺の存在しか映していない。

 

「ふふふ~。ア~キ~く~ん」

 

 彼女は俺の上に乗りながら右の人差し指で円を描くように胸板をなぞっては笑みを浮かべるだけ。

 男というのはどうしようもない生き物だ。

 女の子特有の甘い香り、柔らかさによって微弱な電流が終始身体を駆け巡っている。

 ふと、冷静な部分が答えを出してしまった。

 彼女にとって今の俺はショートケーキの苺なのだと。




七星暁人……ショートケーキの苺。

織斑一夏……ホモではない。ただ暁人が好きなだけ。

篠ノ之箒……放置プレイ、拘束からの目隠しプレイもバッチこい。

セシリア・オルコット……強く生きろっ!

チェルシー・ブランケット……拷問はしません。ただO☆HA☆NA☆SIするだけです。

織斑千冬……愛の鉄拳制裁。

山田真耶……チワワ。小動物。可愛い。

布仏本音……綺麗な花には棘がある。


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Action3 賽の目の行方

前回のあらすじ!

一夏「男同士でヤルのに何の問題が?」
箒「ええやん!頂戴、そういうのもっと頂戴!」
暁人「お前ら精神状態おかしいよ……」

暁人「しょうがねぇなぁ……。俺のカツ、一口やるよ!」
セシリア「ありがとナス!」

本音「暴れるなよ、暴れるなよ!」
暁人「んぐぐ! んぐぅ!」

多少違っているけど大体あっている。


 人生山あり谷あり。

 この諺は今の自分に深く、それも抉るように刺さるものがある。

 人生というのは幸せも不幸もあるのは当たり前。人の数だけその種類も様々であり、捉え方でさえ度合いが違ってくるもの。

 例えばだ。

 幸福・不幸という振り子の振り幅が小さいと自分では思うが他人から見た時、それは大きいではないかと言われることもあるということ。

 だが少し考えてみればわかることかもしれない。

 他人は所詮他人で、それを感じる当事者にしか計れない。

 いくら視野を広げても考え方を変えても、ましてや自分の立ち位置を変えても無駄である。

 そこには山も谷もありはせず、観客も居ない。舞台袖からはナニかが手招く手が見切れ、気づくと視界は暗転して意識はフェードアウトする。

 進んだ先が奈落ならどれほど良かっただろうか? 実際は回転する独楽のようなものが人生であり、回り続けた先には何も無い。

 あるのはただ消費し、失い続けた操り人形がポツリと落ちているだけかもしれない。

 

 

 

 

 朝、全身に感じる重さによる息苦しさで目が覚める。

 目線を下げてみると、そこには気持ちよさそうに寝息をする布仏が俺の腹の上にいた。

 

「あ~。……なるほど、ね」

 

 息苦しさの正体は人一人の重さによるもの。理由も昨日の顛末も把握した。それでも、これが未だに自分の夢であり日々のストレスによる妄想が作り出した幻覚であってほしいのである。

 時間はもうすぐ七時を記録しようとする。同居人でもある布仏を起こし、身支度を整えなくてはならない。

 意を決して幸福な夢を見ているであろう白雪姫を起こすとするが、王子様の口づけで起こすのがセオリーだろう。しかし自分の配役は王子様ではなく、毒林檎がふさわしい。

 

「おい布仏! そろそろ起きてくれ」

「うみゅ~……」

 

 俺が声をかけると、目元を擦りながら呻き声を発する姿は素直に可愛いと思う。

 その手に握りしめられた注射器は見なかったことにしたい。

 

「やっと起きたか布仏ーー」

「本音……」

 

 何故だろうか?

 寝起きの彼女の眼はまだ据わったままなのは。

 

 思考が追いつかない。

 瞬きをしていないのに注射器を俺の首筋にあてがう動きが全く見えなかったのは。

 

「あ、あの……」

「本音……。昨日~名前で呼んでって~言わなかったっけ~?」

 

 名前を言えば事は収まるだろうが、言ったが最後のような気がしてならない。

 

「呼んでくれないんだ~。そっか~……そうなんだ~」

 

 彼女の人差し指に力が加わり、撃鉄を起こそうとする。

 一刻の猶予などなく、判決が下されようとされる。

 

「ほ、本音! そ、そろそろ時間だから準備しないと!」

「……時間? あ~本当だ~!」

「な! な! もう、いい時間なんだよ。だから、な!」

「そうだね~。じゃあ~準備しよっか~」

 

 判決に待ったが通り、一時的に助かった。これが俗に言う首の皮一枚というやつだろうか。

 俺という毒林檎を捨ててほしいが、彼女はそれ以前の問題だと気づくべきだったのかもしれない。

 例えそれが毒林檎だとしても彼女は大事にするだろう。それは不安定な神様のように意味もなく自分の領域に置きたいだけなのだから。

 

 

 

 

 何とも朝から寿命が縮んだものだ。およそ十年は減っただろう。いや、十年の時間を僅か数分の間に進んだと解釈すると、気分も超能力者になるかもしれない。

 

「七星ここにいたか」

 

 自分を呼ぶ声に振り返ると、そこには仁王立ちする理不尽大魔王こと織斑先生。

 逃げるコマンド連打待ったなしの状況が作られた瞬間だった。

 

「おい、私の顔を見るなり嫌そうにするな。一応これでも非の打ち所がない美女だぞ?」

「痛い痛い痛い、玉が割れる! 玉がぁぁぁぁ!」

 

 非の打ち所がないというのはありえない。

 他人の、それも男の大事な部分を握り潰さん勢いで掴む筈がない。恥じらうどころか嬉々とした顔でやるなんて以ての外だろう。

 

「仕方ないな……。『あなたはとても美しく、儚く、完璧な程の絶世の美女にも拘わらず何故男は言い寄ってこないのか不思議でなりません』……さぁ、復唱しろ。すれば解放してやろう」

「あなたはとても美しく……は、儚く……か、か完璧な程の絶世の美女にも拘わらず……何故男が……言い寄ってこないのか不思議でなりません!」

「そうか、そうか! そこまで言われたら仕方ないな解放してやるが、次は気をつけろよ?」

「は、はい……気をつけます……」

 

 脂汗が止まらない。それも尋常ではない量が噴き出している。

 軽い走馬灯を見たが、まともな人生を歩んできてはいないので反吐が出る情景を見せられただけだった。

 

「それはそうと、貴様に専用機をと話があってな。貴重な男性操縦者だ、一応織斑にもこの話をするつもりだがな」

「そう……なんですか……」

「専用機だぞ、もっと喜ぶかと思ったが違うのか?」

「い、いえ。嬉しいといえば嬉しいです。でも、変に目立つのはちょっと……」

 

 正直な話、専用機というのは嬉しい。ISの核となるコアが有限であり、増やすというのが無理な状況で個人専用に使うのはそれだけの価値がそいつにあるからだ。

 だが、自分には誇れるものはない。ましてや一般家庭で育ったために強力なバックがいないのも問題だ。

 

「そうか……なら七星、逆に考えればいい。これはチャンスだとな」

「チャンス? 何でですか」

「簡単なことだ。貴様はここにいる三年間で結果を出さなくてはならない。出せなかった場合生きた実験台としての未来が待っているからだ」

「そんな馬鹿な話がーー」

「あるのさ。それも神も仏もいないこの肥溜めみたいな世界は、な。だが安心しろ七星、もしそうなる場合この私が貴様を貰ってやろうじゃないか」

 

 最悪だ。それも永遠に続く悪夢だ。

 何がなんでも結果を出さなくてはいけない理由ができてしまった。それも死に物狂いで挑まなければならないほどに。

 確かに織斑千冬という女性は容姿端麗、高収入。さらには世界最強の称号“ブリュンヒルデ”を得ている。

 しかしそれは奈落へと続く落とし穴だ。なぜなら、それを余りあるマイナス要素が揃っている駄目人間だからである。

 

「と、とりあえず頑張ってみます……」

「遠慮なんかせず素直に私と結婚しろーーというかなってくださいお願いします!」

「用事を思い出したのでここで失礼します!」

「待て七星! いや、待ってくれマイダーリン!」

 

 音を置き去りにするほどの全力疾走する自分の後方で、切なく必死な声が聞こえるが立ち止まった瞬間に何もかもが終わる気がした。

 

 

 

 格納庫。

 ここは訓練機である『打鉄』や『ラファール・リヴァイブ』が置かれているだけでなく、各ISを整備するための施設である。

 何故に自分がここへ来たかというと訳がある。それはーー

 

「やぁ、よく来てくれたね。待ってたよ、あっくん!」

「久しぶりっすね、束さん……」

 

 両手を腰にあて、仁王立ちする目の前にいる女性は篠ノ之束。IS開発者にして自称天才科学者のマッドサイエンティストである。

 

「それで? わざわざ山田先生を脅してまで自分をここに呼んだ理由を聞きたいんですけど」

「そんなの簡単な話だよ。あっくんはちーちゃんと結婚したいかい?」

「死んでも嫌です!」

「あっはっは! だよね~!」

 

 プルプル震え、さらには涙を限界ギリギリまで溜めた山田先生が自分に頼んできたのだ。頼むから格納庫に至急行ってくれ、と。

 自分も山田先生の頼みならと何も疑わずに来てしまったことに些か後悔しているが、もう遅いだろう。なぜなら自分は簀巻きにされた状態なのだから。

 

「さて、と。面倒だからさっそく本題に移ろうか。あっくんはちーちゃんと結婚したくない、束さんはあっくんをちーちゃんなんかにやるつもりもない。ここまではいいかい?」

「はい……。大丈夫じゃないけど大丈夫です」

「おーけーおーけー。ならあっくんには、この大天才科学者の束さんが作ったISに乗って世界最強になり束さんのお婿さんになってもらいます。以上!」

「ちょっと待てアンタ! 前半はいいが後半のお婿さんっていうのはおかしいだろうが!」

「え~。全然おかしくないよ?」

 

 駄目だ、この人本当に色んな意味で駄目だ。

 馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったもので、この人のためにある言葉だろう。

 だが、今はいい。一度機嫌を損ねると危険な人で、昔に起こった事件ーー白騎士事件でガンを飛ばされたという理由で、日本に攻撃可能な各国のミサイルを一斉にハッキングして日本に向けて発射した程なのだから。

 

「……わかりました、わかりましたよ! やればいいんでしょ!」

「あっくんならそう言ってくれると思ってたよ! じゃあ早速乗ってくれるかな、かな?」

 

 彼女は後ろにあるISを俺に見せるように横にずれる。

 ゴツゴツとした外見をしていて、さらに紫色というのがまたなんとも無骨感を際立たせている。

 

「機体名は“ワンダー・ラビット”さらには戦闘用AIを搭載しているというオマケ付き! 武装はなんとたったの六個。だけど初心者にも安心安全な規格外な物ばかりなので問題ナッシング!」

「え、待って。今、なにかーー」

「じゃあ早速試してみよっか!」

「人の話を聞けよぉぉぉぉ!」

 

 無理やり機体に乗せられ試運転することになり地獄は始まる。

 六基のチェーンソーが付いた剣のようなモノが駆動する。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ腕がぁぁぁぁぁぁ!」

「あっちゃー」

 

 右肩に折り畳まれた砲身らしきモノから弾が発射される。

 

「ほあぁぁぁぁぁぁ!」

「これぞロマン砲!」

 

 四角い棒が扇状両肩から左右に展開した。

 

「うわぁぁぁぁぁぁアリーナが焼け野原になってるぅぅぅぅぅぅ!」

「最っ高だね!」

 

 右肩にあるユニットが展開した後、ミサイルが発射した。

 

「ふぉぉぉぉぉぉ!」

「たーまやー!」

 

 超デカイ剣。いや、建築資材。

 

「待って待って、ちょ、俺まで引っ張られてるぅぅぅぅぅぅ!」

「ちょうどいらない柱があったから……つい、やっちゃたんだぜ!」

 

 フジツボが太くて長い筒状になった。

 

「アリーナのバリア切り裂いたんですけどぉぉぉぉぉぉ!」

「歓迎しよう、盛大にね!」

 

 俺が地獄の片鱗を味わっていた頃。

 

「あ、暁人……。これ以上放置されたら私は……私は!」

 

 ドMサムライガールが一人、剣道場で幸せそうな顔をしながら悶えていた。




七星暁人……真っ黒に燃え尽きる。

織斑一夏……予約していたエステへ行っていた。

篠ノ之箒……昨日の夜から剣道場でスタンバってました。

織斑千冬……婚活中の世界最強。

山田真耶……兎恐怖症。

セシリア・オルコット……ベッドの上で省エネ生活。

チェルシー・ブランケット……主人のために半纏を購入するため外出中。

布仏本音……隠密行動。

篠ノ之束……色んな意味でぶっ飛んだ兎。


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