不老不死の少女は友達を作りたい 〜目指せ脱ぼっち〜 (ふなや)
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第1章『月の都』
第1話「轗軻不遇の少女」


※拙作ですが、どうぞ。



 ある密室。

 

 その光が遮断された部屋には、血糊が付着した器具が散乱しており、腐乱臭が立ち込めている。

 

 思わず吐きそうになる、鼻腔を刺激する血腥さだった。

 

 不規則にばら蒔かれた臓器や肉塊は暗紅色を帯びて化膿し、粗雑に爛れ、そして古びた血が変色しているせいで原型を留めてはいない。

 

 幾十、幾百、幾千もの人体実験の痕跡が、その凄惨な情景を顕著化していた。

 

 そう、その部屋は即ち、拷問部屋──。

 

 散在する歪な器具を見れば、誰彼構わず嫌でも分かってくるだろう。

 鉄の処女、三角木馬、凌遅刑。

 そう言った、苦痛を浴びせる為に作られた拷問器具らは、恐怖を煽るかのように所狭しと置かれていた。

 何の用途に使うのかと、聞きたくもない代物ばかりであり、また、年季の入った罅や錆は悠久の時間を遂げてできたものだろうと窺えることが出来た。

 

 

 さて。

 そんな惨たらしい拷問部屋の中央に、ある銀髪を靡かせた少女が一人。

 手枷と足枷が装置された審問椅子に腰掛けており、猿轡を被せられている。

 厳重な設備なだけあって、脱出経路を見出すために試行錯誤するも非力な少女ゆえか徒労に終わるだけであった。

 それに、幾千もの蓄積された生々しい傷跡は、華奢な少女にとって生命力を削減され、脆弱の兆候を見せている。

 

 このままでは、いずれ時間の問題──。

 

 そう思うのは、至極当然だった。

 しかし、その少女は死なない。何をされても死ななかったのだ。

 例え、素粒子を全て消滅させられても、宇宙空間に放り込まれても、灼熱の太陽に飲み込まれても、その少女は必ず死なないのだ。

 何事も無く、血液や肉の皮、爪の垢さえ元通りに再生される。

 

 そう、その少女は『蓬莱人』という不老不死の種族であり、忌み子として讒謗(ざんぼう)されていた。

 

『蓬莱の薬』と呼ばれる禁薬を服用をした極刑から『月の都』の都心部の投獄に永遠という名の幽閉をされている。

 実質『蓬莱の薬』は永遠の苦しみと穢れを発生させることから服用は禁止とされている。

 少女にとっては不可抗力であったのだが──と、見苦しい言い訳は当然のように流され、周囲からは忌避され、侮蔑され、嫌悪されている。

 それ程の禁則を犯したから。

 不甲斐ないが、罰は受けなければならないと、少女は深く項垂れる。

 

 しかし、少女以外にも一人、投獄に幽閉されている人物が居た。

 床に寝そべっいる、傲慢そうな小柄な女性である。

 蟾蜍(ヒキガエル)に似た容姿と言えば分かりやすいだろう。

 と言っても、美醜の差を比較すれば間違いなく美だ。

 まるで、醜すら烏滸がましいほどの美麗さを誇っている。

『月の女神』と謳われる女性なのだから、それはもう筆舌に尽くし難い。

 

 

 そんな拷問部屋に二人蟄居。

 何処と無くシュール感が溢れるのだが、ここでは誰も口は挟まないだろう。

 幾百年かを数えるのも億劫な程、辛酸を嘗めさせられているのだから。

 笑談というものは遥か遠くへと忘却してしまっている。

 

 と言っても、小柄な女性は如何なる罰も与えられていない。

 彼女は『月の女神』と称されるのは伊達じゃない程、玉兎の支配者である名誉な功績を持ち、しかも脅威な力を保有していることから不動の地位を確立している。

 しかも、禁薬を服用したその厳罰を足したとしても、その偉大な功績の前では意も介さないだろう。更に力まで抑制しようとするならば周囲に甚大な被害が齎すのは想像に容易い。

 ならば、最低限のマナーだけを遵守してもらい、ある程度自由の身にもらった方が『此方』も安堵できるものである。

 しかし、本人が物好きなのか、自らの意思で投獄に居座った。

 悲愴が漂うその面影には、罪を償わなければならない使命を抱かせているような、過去に囚われた末路、がヤケに似合う風貌を見せていた。

 凡そ、それが原因だろうが、その漠然たる真相は誰にも分からない。

 

 

 ──という悲劇的な諸事情のもと。

 

 犬猿の仲ほどでは無いが、二人はそこはかとなく相容れないせいで異質な空気を纏っている。

 不穏でもなく、不気味でもなく、まるで時が止まったかのように静謐な時間を過ごしているような。

 口に出すのも躊躇う。

 しかし、小柄な女性は、寝惚け混じりな声で少女に話し掛けた。

 

「・・・・・・・・・お主、これで何千回目?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 少女は押黙る。

 猿轡のせいで顔色は窺えれない。

 まるで、死体のように静止を保っていた。

 だが、心の琴線に触れたのか、気迫篭った返事をした。

 

「・・・・・・あ"?・・・なに"?」

 

 非難混じりの、ピリピリとした声。

 露ほどの悲痛さも感じられない。

 まるで、拷問など児戯に類する行為だと言っているかのような。

 強がりでは無く、そのようなは圧迫感を漂わせていた。

 

「・・・・・・し、失言だったな。すまない」

 

 小柄な女性は、心情を逆撫でしてしまったと謝意を表し、それと同時に思わず後退る。

 少女の声色を察してか、温厚だった昔日の面影はないと確信する。

 それは、拷問を受けたゆえか、最近は性格が歪んで狂暴性を増しているように見えた。

 猿轡越しだが、きっと中の顔は蟒蛇すら恐れるだろう。

 

 と言うより、そもそもの話なのだが、この少女は“話せる”時点で常軌を逸した異端であり、堅牢無比な精神面を持ち合わせていると言える。

 当然だろう、何千何万の苦渋を浴びせられているのだから。

 

 簡単な話、常人ならば、藁にも縋れない状況下の中で必死に拷問を耐え続けなければならないし、もはや肉体的にも精神的にも只では済まなくなる。

 それも、人形のように生気は伴わないはずだ。

 生きる屍と化し、死よりも残酷無欠な苦悶で息絶えることは目に見えている。

 

 しかし、少女はそうならなかった。

 肉体面、精神面が突拍子に強靭なのか、それとも不老不死の作用なのか。

 少女の相識か『蓬莱の薬』の製作者に聞かなければ、全容は明らかにならないだろうが、例えそれでも欠片ほどの精神は決壊するはずなのだ。

 

 不老不死な少女であれど、食事、睡眠はきちんと取るれっきとした人間だ。

 不老不死ゆえに、死生観や価値観の相違のズレは多少変わってくるが、それを差し引いたとしても一般的な人間であると言える。

 

 しかし、そう、人間という生物は精神面が脆い。

 それはもう、砂上の楼閣に等しい。

 精神が追い詰められれば、人は簡単に自殺するし、発狂、錯乱、心神喪失にだってなる。

 ほんの些事な切っ掛けでも、天秤に掛けた精神は平衡を保てなくなるのだ。

 その人間にとって必需である感性は、少女にとってもしかすると必要性が無く、そしてそれこそ、もはや耐えに耐え抜いた心身の平衡を保てなくなり、精神の範疇を越えたゆえに体現した形而上の存在なのかもしれない。

 

 それは、彼女しか知る由もないだろう。

 覚妖怪を連れて来れば話は変わるかもしれないが。

 

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 そして、再びの沈黙。

 場に静寂が訪れ、不穏な空気が支配する。

 しかし、この慣れた空気は二人にとって気不味いものではなく、馴染み深いものだった。

 暇潰しの会話らしい会話など一切せず、ただただ普段通り沈黙を押し通すだけだ。

 寧ろ、会話する方が稀である。

 長い時では、一年。最高で五年ほど。

 

 人間にとって弛み無い時間だが、不老不死にとっては瞬きに等しい短さだろう。

 必ず死なない彼女等にとって、永遠を生きるというのはそれほど須臾なのだ。

 

 そして再び会話が訪れるまで、あと何年か、それとも何日か。

 気紛れ且つ楽観的な不老不死には、もしかすると会話が訪れることなく永遠の時を経るのかもしれない。

 送る月日に関守なしとは、不老不死にとって適当な言葉だと実感が湧くことだろう。

 

 無論、二人にとってどうでもいいことこの上ない。

 今日も今日とて、暗澹とした日々を過ごしていくだけなのだから──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハローエブリワン。

 今日も燦々とした素晴らしき一日が訪れたよ。

 玲瓏たる月影が私の素肌を清らかに、そして爽やかに照らし私の気分も最高潮だ。

 

 さて、こんな最低で最高な日には外に出ないと勿体ないし、何をしようか。

 友達と鬼ごっこ? それともおままごと?

 両方とも天啓を得たかのようなワンダフルなアイデアだったのだが悲しいかな。私ってここ数百年ぼっちなのだ。

 

 ならばどうするか。

 ここは不甲斐なくも仕方なく、冷酷無比な現実を受け入れて独りで遊ぶに限るしかないだろう。

 

 しかし再び問題発生。

 手足両方とも拘束されて、尚且つ何かを被せられているのか視界が暗転としている。

 数回「これは夢だ」と思って目蓋を開閉しても、何事も変わらずにいつも通り(・・・・・)の視界に戻るだけであるし、普段通り(・・・・)に華奢な体躯は動かない。

 

 そして、ここで私は悟る。

 

 

 

 ・・・・・・嗚呼ジーザス、私が一体なんの罪を働いたのかと。

 

 

 幾星霜の時を経た今、私は追求したい。

 慈悲深き神よ、私の哀れな願いはただ一つだけ、それもほんのちょぴりな哀願を成就してくだされば私はそれで満足なのです。

 

 そう、それはボッチにして最高最大の夢であり、泡沫のような淡い一炊の夢なのだ。

 あらゆるボッチが悉く挫折感を味わって、そして出不精になり、もはや心の中に巣窟するパンデモニウム──。

 

 そう、その残酷な悲願こそが・・・・・・。

 

 

 

 

 この憐憫な私に友達を恵んで下さい!!!

 

 

 そう、たったそれだけで良いんですよ。

 なのに、なのに私の儚き願いは一向に成就されない。

 何で? 一体私が何をした? 前世でほんの些細な悪事を働いたことが要因なのか?

 

 確かに、前世の私はちょっと荒れていた。

 と言っても、前世の記憶は朧気だ。思い出せる範囲なら、友達の鞄に淫猥なグッズを入れたり様々な種類のジュースを混合して友達に飲ませてぶっかけたりしたことだ。

 まだ友達の枠内なら許容出来る範囲である・・・と思いたいけど私って録なことやってねぇわ。

 

 しかし、神の悪戯か、それとも神の気紛れか。唐突に安眠から目が覚めるように目蓋を開けると見知らぬ光景であったのだ。

 

 え・・・何このテンプレ・・・。

 

 そう感嘆するも束の間、気づけば某CMより長いお付き合いをしてしまった訳だ。

 しかも前世の生より何十倍も。

 

 ぶっちゃけ意味が分からん。

 プラトーンのシーンを無意識に演じてしまいそうだ。けど、気づけば多分だが、この少女に憑依したことが原因なのかもしれない。

 確信はないが、この体になってから時間の進み具合が突発的かつ飛躍的に格段された。

 

 そして、ここで懸念事項が湧くのも当然だと言える。

 そう、殆どの日本人が根付く平和主義な私が拷問などに耐えられるだろうか。

 

 

 答えは断然ノーだ。

 多分一日も耐えられないし、耐えられたとしてもいずれ心が堰を切ったように崩壊してる。

 自虐的だが私の精神は非常に脆い。

 キツイことがあったりしたら現実逃避したいし、目前に吊るされた欲があれば犬みたいに縋り付く。

 そんな私が何故、悠久の時間を耐えることに出来ているのか、それは後述の通りだ。

 

 

 

 謂わば痛覚麻痺と言えばいいのだろうか。

 

 恐らく、憑依する前の本体である少女が拷問を耐えに耐え続け、痛覚が麻痺してしまったのだと憶測を建てている。そして私が本分になっても本体はそのままなので感触はあれど痛覚は無い。

 

 憶測なだけで正解ではないだろうが、妥当な線は通っているはずだ。現実的だと思うし。

 根本的に間違っていても、この華奢な体に刻まれまくった幾千もの傷はその証拠を大いに表している。

 ちょっと見るに堪えない無惨な傷痕だけれど・・・・・・何回も見れば人は慣れるものだとつくづく思う経験である。

 

 そして、この体は殺されれば元通り復元するし、例え馬鹿で間抜けな私でもここまで来れば察することは容易い。

 

 あーこれ不老不死だわ、と。

 

 あまりにも楽観でスッと腑に落ちた感覚だったが、人間の本性にして人類最大の夢である不老不死になって喜べばいいのだろうが私の心は暗雲の如く晴れやしない。

 

 何故なら、死ねないのだ。

 

 無限すら容易に超越する時間を過ごさなければならないし、例え苦悶を上げるほどの苦しみを味わっても決して死ぬことは無い。

 

 そして、いずれ地球も太陽も消滅する運命。

『星』も生命であり、最期は必ず訪れる宿命を背負っているのだ。

 

 そんな永遠の命がある不老不死が、居場所なんて存在するだろうか。

 否、する訳なかろうコンチクショウ。

 宇宙空間に放り出されて無限の時を一生過ごさなければならないのは目に見えている。

 それこそ、私の未来の生涯だろう。

 絶望過ぎて何も言えねぇ。

 

 

 しかーし。

 ここにして一縷の希望があったりする。

 それは、この世界が『東方Project』という妖怪が跋扈する摩訶不思議な世界であることだ。

 拷問を仕切り行う執行官が、偶に愚痴を吐く「綿月豊姫」とか「綿月依姫」「稀神サグメ」のキーワードに疑念を抱いたのだ。

 というか確信している。

 此処で居候をしている「嫦娥」という美貌を持つ女性も、原作では名前だけ登場して詳細はハッキリしていないけれども辻褄を確認すると得心がゆくのだ。

 

 まぁ、真実を知って欣喜雀躍、狂喜乱舞したいのはやまやまであるが『東方Project』の舞台である「幻想郷」には結局は行けなかったりする。

 

 悲しい。それはもう滂沱の涙を跳躍して滝の涙ぐらいに悲しい。

 

 しかし、私は諦めたりする弱い女ではない。

 絶対「幻想郷」に行ってみせる。

 それはもう、どんな手段を行使してでも。

 知人以上友達未満の嫦娥には申し訳ないが、もしかしたら逃走を図る口実によって罵詈雑言を吐かれるかもしれない。

 しかしそもそも、何故か嫦娥は私に対して一歩身を引いていると言うか、刺激を与えないような素振りをしてたりする。

 理由は定かではないが、態々私から「友達になって下さい!」と上目遣いで土下座しても露骨に顔を顰めて逆効果しかならないだろう。

 それ以上に顰蹙を買うかもしれない。

 

 だからそう、私は、こんな場所からさっさと脱獄して「幻想郷」で友達を作りたいし、少なからず希望はあると思っているのだ。

 

 まだまだ恒久的な話だが、それでも絶望的な運命はいずれやってくるし、煩悩を働けば後先は楽なことだろう。

 

 しかし、仏陀は仰る。

「無間地獄に死はない──不老不死こそ最大の責苦である」と。

 

 清々しいほど鮮烈にお先真っ暗。でも、行動で示せば幸福が待ち侘びている道筋は幾らかある筈・・・・・・だと思いたい。

 多岐に渡らなくとも、ハッピーエンドルートは確保したいと思うのは当然だし。

 因みにトゥルーエンドは許容範囲。バットエンドは普通に論外。

 

 ホープを持つことは、不老不死の私にとって甚だ重要であること。そして、これから歩む開闢は序盤に過ぎないのだ。

 

 改めて、不老不死という存在は『恐怖』以外何者でもないと、時代の趨勢に恐れを抱いた。

 

 憂鬱が溜まるばかりだわー・・・・・・。



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第2話「日々の屈服」

 どうも、久方振りでございます。

 

 あれから数年経った。

 今日も今日とて、私の不遇な状況は健在である。

 

 さて。

 私の冗漫な話を聞いて、さぞ悲哀や同情の念を抱いたことだろうが、別に現段階、不幸に陥ってるわけでもないのでアンニュイの人生を謳歌している。

 しかし、せめてもの食事や日光浴をしたいと思うのは人間の性だろうか。

 まぁどうせ無理だから黙認するけど。

 

 憑依した当初は、血飛沫の感覚に粟立ち、意味不明な状況に慟哭し嘆いたことだったが、今や黄昏れる余裕すらあったりする。

 あの頃の私は若かったよ──と、老輩じみた言葉がついつい漏れてしまいそう。

 まぁ、心の中で呟くだけだが。

 思わず口が滑ってしまったら、きっと嫦娥に揶揄されてしまう。

 

 そして、当の本人である居候の嫦娥は、相も変わらず怠慢そうに惰眠を貪っている。

 時折に「ふわぁ〜」とか「ふにゃ〜」と、涙目ながら可愛いらしい欠伸をして凄く微笑ましい気分になるが、如何せん、現在の私の状況から双方の視線を去来すると羨望と嫉妬が相剋して複雑な気分になったりする。

 勿論、嫦娥も私と同様に、不遇な環境と何ら遜色はないのだが、ある程度の自由と不自由ではかなり違うのだ。

 

 正直言って、めちゃくちゃ羨ましい。

 

 ちょっと立場を逆転して欲しい。

 一日。いや、半日だけでも。

 椅子に座りっぱなしも結構、体に負担が掛かるから腰骨とか歪むんだよね。

 拷問プレイ(受け)の玄人の私が言うんだ、間違いないわい。ほっほっほっ。

 

 ・・・・・・・・・ゴホン。

 

 まぁ私の小さな願い事はさておき。

 

 一応、前々から『脱出計画』するに当たっての目論見は図ったりしているのだが、進歩は芳しくない。って言うか無理難題すぎる。

 設備が厳重なだけあって、出入口に鉄鋼の閂が掛けてあったり、壁の隅に監視カメラが装着していたりするので行動も何も状況が詰んでいるのだ。

 

 ちょっと心が折れそう。ってか寸前。

 千古不易このままかと想像すると、身の縮む思いが募ってしまう。

 そんな生涯、絶対に嫌に決まっているが、兎にも角にも焦って愚行を重ねてはならないのは承知の上かな。

 監視が著しく弱まった時、逃走を実行するに限るが、そんな千載一遇の状況など訪れる訳もないし、例え脱出できたとしても途中で身を確保されてしまう未来予想図は想像に容易い。

 そもそも、この密室から出ることすら怪しいのだが、実は痛覚麻痺であるこの華奢な体躯は予想外に膂力があり、四肢を切断できたりするので一応は絶体絶命の窮地では無いので安堵できている。

 切断しても、元通り再生されるしね。

 いよいよ人間離れの体と思考になってきたような実感が湧く。

 

 さて『脱出計画』は一旦後回しにしておくとして。

 

 ところ変わって今度は『時系列』の話に移るのだが、これも難航を極めていたりする。

 拷問を仕切り行う執行官──下卑た笑みを浮かべる男の月人が、僥倖にも様々な情報を饒舌に喋ってくれるのだが実はコイツ、下層部の人間なのだ。

 有力な情報など仕入れている筈もなく、無益な愚痴ばかりペラペラ喋るだけなので何の役にも立たない。

 正直、上層部の奴等と盥回しをしてもらえば、甘味な有益情報を仕入れるかもしれないと期待を寄せていた反面、非現実的な規定なのでもはや諦念を抱いている。

 歯に衣着せぬ物言いで暴言を浴びせば、もしかすると嫌気がさして退職するかもしれないけど。

 

 なんか我ながら素晴らしき考えだ。

 希望的観測に過ぎないが、やってみる価値は十分にありそうかな。

 

 取り敢えず『脱出計画』と『時系列』の話を纏めると、今のところは双方とも机上の空論であり、大凡の時代も明細不明である。

 もしかすると「幻想郷」がとうに消滅していて、近未来的な時代に発展しているのかもしれないし、それこそ神話時代にタイムスリップしているのかもしれない。

 

 あまりネガティブ思考に偏ってはいけないが、ある程度の現実を受け入れる覚悟は必要となるだろう。

「紅魔郷」とか「妖々夢」辺りに「幻想郷」へと赴きたいが、それは運が良すぎるし強欲というものかな。

 しかし、禍福は糾えるもなんとやら。

 不幸に思った神が同情して、私の祈願が成就されるかもしれない。

 あまりにも非合理的だが。

 

 しかし、前世の私は、神の概念という存在を信仰するどころか信憑性すら皆無だったのだが『東方Project』の幾許の神が群雄割拠する世界に生まれ落ちた今だからこそ、私は帰依することが出来て謹厳の精神を心掛けていることを優先しているのだ。

 手のひらを返す現金なヤツ──と、実際その通りなのだが、そもそもとして人間なんてそう言う生物だろう。

 やらない価値は全く以て無いだろうし、寛容な神もある程度許容してくれる・・・・・・と思う。

 口から出た災いで、逆鱗に触れてないことを願おう。

 

 トラストミー。

 

 

 まぁ、見たこともない神に信仰する云々の前に、取り敢えずは行動を起こすべきなのは確実だろう。

 一応、私は無宗教なのだし、それこそ本当に手段が皆無と判断したら最終手段として縋り付くことにしよう。

 結果は変わらないかもしれない──と言うよりもはや濃厚なのだけれど。

 

 

 

 さて。

 ここまで長たらしい話を述べてきたが、もう推察の通り、私は暇で暇で暇で暇でしょうがないのである。

 大事なことなので四回言いました。

 暇を潰すために嫦娥に話そうとするも、察知機能が備えているのか自然と畏まれるし、機嫌を取るような素振りをしたりする。

 一々、私から無理矢理話しかけても、相手に不快な思いをさせるし今後の関係に亀裂が生じるかもしれないだろう。

 現状維持のままが最適で最善だと思う。

 

 そして、そうなってくると、私は暇潰しの手段が全て消え去ってしまう。

 放心状態をいつまで維持できるかと謎の競技に獅子奮迅するも当然に飽きてくるし、空想の物語を描いて世界を救う王道ストーリーを想像させるも虚無感が猛烈に湧いてくるし。

 

 実際問題、やることが無い。

 

 これは現在進行形で一大事件である。

 不老不死に娯楽と好奇心は必要不可欠なのだ。

 それが無くなってしまえば、不老不死は不老不死でいられない。

 哲学的だが、要するに、精神が崩壊してしまうという道筋に繋がってしまう。

 それは絶対あってはならない。

 生憎、私は『東方Project』の原作知識があるので、知的好奇心は熾烈の如く旺盛だ。

 キャラクター全員に会うまで私は諦めん。

 

 まぁ、記念すべき一人は幾百年と同居しているのだけど。

 

 流石に三桁を超える年月を一緒に過ごしていれば情も冷めるだろうよ。

 それとは裏腹に、気安く話し掛けるぐらいの友誼には進歩したけどね。

 

「嫦娥〜」「なんじゃい、我が愛しの娘よ〜」ぐらいまで発展したかったけれど、現実は非情というものである。

 あ、因みに執行官は友達候補にいれてない。

 あんな必要以上に体を触ってくる穢らわしい存在且つゴキブリ並に生理的嫌悪が生じる下卑た笑みを浮かべられたら、不思議と顔が引き攣ってしまうのは必然だろう。

 学校のクラスでは陽キャラ的存在だけど、裏では全員に散々陰口とか叩かれてそうなタイプだ。

 きっと此処でもそうなのだろう、ご愁傷様である。

 

「─────ゎ─った、分かったよ。今月分も宜しく頼むぜ、へへ」

 

 そして、噂をすればなんとやら。

 執行官の御出座だ。

 こちらへ向かう途中に誰かと話していたのか、一旦区切りを付けると話題を中断し、鈍重そうな扉をガタンと開けて鍵を閉める。

 そして、大儀そうな足音を立ててこちらへやって来る。

 

「はぁ、ったく、毎度毎度、お前のその仏頂面な顔を見てると腹が立つなぁ」

 

 なら来なければいいのに。

 そう苛々が抑えられないように私の目前に立つと、私の顔を想像して鬱憤が溜まったのか、被せられた猿轡を乱暴に脱着する。

 そして、挨拶替わりに──。

 

 あ、ちょと待──

 

「フンッッ!!」

 

 視界が鳴動した。

 

 痛覚が麻痺しているので現状確認が遅れたが、恐らく、一瞬視界の端に映った拳が頭部に殴打したのだろう。

 それと同時に遅れて「ゴキッ」と、首の骨が折れる音が、真実を躍如するかのように木霊する。

 

「へへ。その美貌を歪める背徳感、やっぱ堪らねぇぜ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そして、毎度の如くこの科白を並べる。

 もはや日常茶飯事である。

 何千回、何万回この科白を聞かされただろうか、もっと他のボキャブラリーは無いのか。

 無いんだろう、無いんだったな。

 幾百年経ってもお前は能無しなのか。

 

「さて、今日はコレを使うか・・・・・・ぐへへ、お前が助けを乞う姿が目に浮かぶぜ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 いや、そんな嗜虐的な顔をして恐怖を抱かせるようそばたてても、私は痛し痒しも無いんだけどね。

 実際コレとは、拷問器具の一種である『ファラリスの雄牛』と異称されるもので、形容は中が空洞の雄牛の像であり、その腹の下で火が焚かれる仕組になっている。

 真鍮は黄金色になるまで熱せられ、中の人間を炙り殺すという類を見ない残酷な処刑装置だ。

 まぁ、私にとっては鼻くそホジホジしたりオナラを放く余裕すらありますけどね。

 絵面を想像すればかなりシュールだ。

 ちょっと下品だが、それぐらい退屈って事。

 

「ほら、とっとと立て、そして跪け」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そして催促するように、私の頭を鷲掴む。

 目前の男は圧死させるかのように腕力を込めているのだろうが、正直、私は何処吹く風だ。

 頭が凹む感覚だけが残る。

 徒労に終わるだけなのに、こいつはいつになったら気付くのだろうか。

 多分、嫦娥は百年前に気付いてる筈だ。

 

「何ボーとしてやがる。テメェは俺の言うことさえ聞いていればいいんだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 へいへい。

 私が黙ってることを良いことに好き勝手命令しやがって。

 実行に移さばいいんでしょ、実行に移せば。

 だからさり気なく虚乳(ちっぱい)を揉むんじゃねぇよ。

 はっ倒すぞ。

 

「・・・・・・・・・チッ。感度がねぇのか知らねぇが、こういう時も役立たずだな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言うことが最低極まりないぺドフィリア。

 しかし、痛覚が麻痺した影響か、感度も鈍くなっているのは不幸中の幸いだったと思う。

 こいつに思うがまま弄ばれるのは流石に嫌悪感が滾ると言うか、御免蒙りないのだが、流石にこの状況が毎度続くなら堪忍袋の緒が切れてしまう。

 嫦娥も絶対零度の如くに侮蔑の視線を向けているし、あんな目で見られてしまったら新たな性癖に目覚めてしまいそうになる。ってかなりそう。

 

 あれ、私も大概な気がしてきた・・・。

 

「ほら、さっさと中に入れ。お前の絶叫する声が楽しみだぜ・・・・・・へへ」

 

 にしても、こいつはイイ趣味してる。

 私の血飛沫が舞う度に、昂奮の雄叫びを上げて拷問の熾烈を極めるのだから精神疾患者なのかと本気で疑ってしまう。

 って言うか重度の疾患者だろう。

 やばい時は「これ(・・)を咥えろ」とか言い出してポルナレフ状態に陥ってしまったことがあった。

 まぁ、即座に嫦娥が幇助してくれたお陰で事なきを得たが。

 感謝してもしきれない。

 恩を返したいが、その日は来るのか分からないな。

 

 因みに「これ」は「これ」である。余計な詳細は省くとしようか。うん。そうしよう。

 

「ッチ、愚図かお前は。さっさと入れってつってんだ」

 

 そして、私が思い耽ていたせいか、苛々とした声色で無防備な背中を蹴飛ばし、前屈みに『ファラリスの雄牛』の中にへと落ちる。

 

 あまりの慈悲の無さに文句を一つ二つぶつけてやろうと思ったが、それを嘲弄するかのように突如として暗黒の視界が烈火に包まれた。

 

 篝火のような生易しい音は消えて、轟々とした灰燼に帰す猛烈さが耳に反響する。

 それを現実付けるように、素肌が一瞬にして黒焦げに染め上げて爛れ、それを再生と焼却を反復した。

 

 視界は鮮血の如く真っ赤である。

 無論、これは私の血ではなく、猛炎だ。

 大凡の温度は二千度を優に越しているだろう、普通に体が灰塵になりかけてるし。

 

 因みに『ファラリスの雄牛』の詳細を補足しておくと、雄牛の頭部は複雑な筒と栓からなっており、苦悶する犠牲者の叫び声が、仕組を通して本物の牛の唸り声のような音へと変調されている。

 曰く、これは執行官の言であるが私は別段、苦しくとも何ともない。

 轟々と木霊す音が耳に響くだけである。

 まぁこれが熟練の慣れというやつだ。

 常人には分からない。

 

 しかし、そもそもなのだが、何故、私は拷問など受ける必要があるのだろうか。

 憑依する前の本体の少女が重罪を犯したのか、はたまた忌み子であったのかは全く以て無知だが、密室に隔離してまで拷問をする浪費は無い。

 普通に投獄に幽閉しとけば済む話じゃね。

 そこまで嫌われているのか私は。

 いや、まぁ、情報源など皆無だから分からないのは当然なのだが、延々と拷問を行う必要性など感じられない。

 永遠の命だぞ、死なないのだから人件費諸々を削減して幽閉しとけば手間など掛からないだろう。

 

 もしかすると、人体実験の研究材料としてレポートを纏めているのかもしれない。

 不老不死の臓器は一般の人間と比較してどうとか、日々苦痛に耐える時の精神の安定感はどうとか。

 それなら嫦娥も拷問しろよって話なのだけれど、どうやら嫦娥は上層部並の権力を保有しているらしい。

 自らの意思で此処に居座り、永遠の贖罪を受け入れているのだとか。

 

 ちょっと良くわからない。

 

 それとは裏腹に、私は一介の非力な少女であり、差詰め権力などありはしない。

 日々、拷問を受けるだけの蛻けである。

 そして、いざとなったら公平関係有無に断罪も容易く、宇宙の彼方へと漂流物として流される運命も十分に有り得るだろう。

 

 それと嫦娥曰く『月の都』の権力を担う賢者達が、互いに下衆の勘繰りを働かせ瓦解寸前まで陥っているらしい。

 そして『月の都』の僭主である月夜見(ツクヨミ)が何とか現状維持を持ち堪えており、歪んだ国是を元通りにしようと奮闘しているんだとか。

 

 ・・・・・・うん、政治関係は小難しくあまり理解できないな。

 私を巻き込まないで欲しいと願うばかりだ。

 

 

 少し話が逸れてしまった。

 

 あらゆる物事を考えても、結局のところは結論に至らない。

 まずは『脱出計画』についての目論見を図るのが最優先事項だ。

 政治関係とか知ったこっちゃない。

 そっち方面はそっちの関係者達で解決するべき。

 私は無関係を突貫する。

 

 ・・・・・・しかし、何でだろうか、政治に関わる臭いがプンプンするのだが・・・・・・余計なフラグを立ててしまったのかもしれない。



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第3話「父無し子」

 ──さて、時間軸は少々異なり。

 

 

 

 彼女は聡明だった。

 

 彼女は清廉だった。

 

 彼女の頭脳は鬼才であり続けた。

 

 

 

 月の都建造において、月の都の始祖である月夜見に最も頼りにされており。

 

 月の使者のリーダーとして長年働き。

 

 量子印などの、現在でも本人以外作製不能な技術を独自開発。

 

 月の公転周期をずらす、太古の月と地球を複製して経路を入れ替えることで月と地球の行き来を不能にする、といった天体規模の特殊な術をも操る、その『月の頭脳』と称される貴人は。

 

 単独で名誉ある功績を凄烈に築き上げ、年の耄碌を感じさせないほど依然として学問に造詣が深く、その神すら凌駕する才色兼備は他の追随を許容しない圧倒的な存在感を漂わせていた。

 

 あらゆる物事、不変の真理の理解者にとって、八面六臂である彼女の右に出るものは絶対的に存在しないことだろう。

 

 年の功によるノウハウも卓越なものであるが、なによりその頭脳明晰は人類にとって早過ぎていたのだ。

 

 

 ───そう、それは正しく降誕である。

 

 

 しかし、彼女は『月の都』を排撃した。

 月の賢者として教育係を任命していた主人の一人、今では『永遠と須臾の罪人』と謂れているが、その地上へ流刑に処された人物と主従関係を結んで逃走を図ったのだ。

 

 禁忌である『蓬莱の薬』は永遠の罪だ。

 それを服用した重罪は計り知れないのだが、何を血迷ったのか、その禁薬を自らの意思で服用し、蛮族が徘徊する穢土で生活すると寝返ったのだ。

 

 こればかりは『月の都』の僭主である月夜見も驚愕を隠せない。

 猶予が過ぎ、刑期を終えた主人を送迎するだけと思っていたが、まさか月の使者を皆殺しにするとは一抹も露ほども考慮していない。

 

 月の道具と云えば表現が悪いが、実際その通りである彼女は恭順の意を人一倍に見せていた信用度があったので寝返るなど全く以て突拍子もないことだった。

 

 そして、それと同時に期待を裏切ったせいか、はたまた信頼感が崩落したせいか、或いは両方か。

 月夜見は怒髪天を衝くほど怒り狂った。

 確固に結ばれた信頼関係ほど、容易く崩れさる喪失感と湧きたつ激憤は無い。

 

 それは、心を強烈に打ちひしがれるものである。

 

 しかし、その信頼関係の差違は月夜見の勘違いであり、彼女にとってその程度の関係に過ぎなかったという証明を示唆に表していた。

 それを心中に密かに理解していた月夜見は、事実を受け入れようとしなかっただけに過ぎなかったのだ。

 

 そう、要するに、面従腹背の関係。

 

 

 

 彼の底意に渦巻くのは、憤懣、喪失、悔悟。

 

 その裏切った起因により、あらゆる負の感情が攪拌した月夜見は長年培った精神の亀裂が生じ始めていた。

 

 それは神の存在意義として消滅に導くもの。

 

 それを解消するため自ら奮起を促して、彼女の要因となった根源を熟考するも、裏切った真実が認容できないゆえ呆然とした思いが募るせいかそれらしき元凶は思い浮かぶことすら儘ならないし、そもそも喪失感と遣る瀬無い気分のせいで堕落した日々が続くばかりであった。

 

 懊悩たる思いをしても現状は変わらない、逆に自分がポジティブに変わらなければならないと分かっていたが、深意に僅かな希望を寄せていたのだ。

 

 きっと戻ってくれると。

 話せば分かると。

 

 そんな期待に溺れた彼は、傍から見ればまるで獲物を睨むような般若の形相であった。

 腐心ゆえに澱んだ瞳孔は、自然と畏怖を周囲に与えていたのだ。

 

 その姿を目にする賢者達はそれと同時に戦慄し、月の使者達は今後に心配を抱いた。

 

 ここまで君主が感情を露わにするなど、生涯一度も拝見したことなかったからだ。

 常時は凛々しい御尊顔をしており、我が物顔で発言する態度を振舞っている。

 そんな傲岸不遜な彼に反感を買うのは当然のことなのだが、カリスマ性と栄誉ある実績が相俟ってか存分に行使する政治に民は不満や危惧は抱いていない。

 

 それは彼の実績を冒涜する行為に値するし、厚顔にも相当するから。

 

 例え一抹の心配は抱いたとしても、月の民は彼の崇高な実績と政治運動の働きに一役買って信託を寄せていたのだ。

 安寧秩序の生活はもはや当然の事であり、内憂外患には至らない平穏を保ち続けていた。

 

 

 ただ。

 梯子を外された月夜見が憂いを抱いている。

 

 それだけの事だった。

 

 

 

 しかし、ある日、事件は起きた。

 

 月の賢者の一人である貴族、それなりの権力者が、秘匿していた彼女の子供を発見したのだ。

 しかも『蓬莱の薬』を服用させたのか、不老不死である銀髪の少女を。

 

 その少女は感情の起伏が激しかった。

 それはもう、楽しい事があれば笑う、悲しい事があれば泣く、嫌な事があればむくれると、無邪気な子供と同じように。

 

 更に、その少女は神童でもあった。

 その類まれない圧倒的な美貌と叡智は息を呑むほどであったのだ。

 

 と言っても、その容姿は異質である。

 遺伝情報の欠損なのか、病的までの白磁な素肌をしている。アルビノというやつだ。

 

 しかしながら、その完璧に整った顔貌は不思議と忠誠心を植え付けるものがあり、教祖的存在を大いに上回るカリスマ性を発揮していた。

 それと同様に、その知性が溢れる瑪瑙の瞳孔は、人々を魅惑に陥れるには十二分過ぎていたのだ。

 

 どんな“男”と同衾すれば、こんな異端児が生まれのかと疑問が湧いたことだったが、あの美しい彼女ならば不思議ではないと左程重要視はしなかった。

 

 彼女ならば、その神異の能力『あらゆる薬を作る程度の能力』で、どんな荒業も成し遂げる確信があったからだ。

 彼女にとって、宇宙の真理も、不可解な現象も意のままに解き明かすかもしれない。

 

 それもまた、この少女にとっても可能な存在なのだろう、しかし、月夜見はその利便性を良しとしなかった。

 裏切った彼女の面影が重なったのか、それとも瓜二つまでの姿に憎悪が湧いたのか、鬱憤が溜まっていく月夜見は腹癒せに拷問をさせると決断した。

 

 無論、独断である。

 それと同時に、確証のない噂を民達に浸透させた。

 

 曰く、穢れた愚息であると。

 曰く、罪深き忌み子であると。

 曰く、リーサルウェポンであると。

 

 所謂プロパガンダというやつである。

 

 所詮は月夜見の八つ当たりに過ぎない。

 神の存在意義を一時的に現状維持するためには、彼女の子女に対して鬱憤を晴らす対象は適確であると言えたのだ。

 

 しかし、少女にとっては不遇以外の何者でもないのは確かだ。

 

 幾重となる拷問と精神的苦痛を浴びせられ、少女は理不尽な境遇に滂沱として泣き喚いた。

 

 それはもう、慟哭と比較にならないほど涙腺が決壊して、名も知らない“生みの親”に対して腸が煮え返るほど怒り狂った瞬間であったし、暗澹たる未来に一色の絶望顔にと変貌を遂げていたのだった。

 

 例え驚異の目を見張る神童であったとしても人間の感性と左程は変わりないのだ、拷問の苦痛など耐え難いに決まっているし、頓智が効くおかげで現状認識は嫌でも頭にスッと入る。

 

 その無垢な笑顔が穢されたかのような姿に見ていられない嫦娥は、渦巻く激情を押しとどめて当の本人に代理して訴訟したのだが胸糞悪いことに月夜見は聞く耳を持たなかった。

 

 それなりの権力は有していても、月夜見の政権にとっては意も介さないからだ。

 情状酌量の余地も無いのだから、状態は正しく最悪である。

 

 

 しかし。

 

 その反発を幾度と繰り返す二人だったが、ある日、何の前触れもなくソレ(・・)は訪れた。

 

 それは忽然と、凶兆も無く。

 

 

 そう、少女が豹変したのだ。

 

 

 それはまるで、悪魔が憑依したかのよう。

 悪神に入れ替わったように

 

 それなりの温厚だった少女が、虚無感を漂わす無表情をするようになり、しかし不思議ながら寒気がするほどの禍々しい存在に変貌したのだ。

 少女にとって、喜怒哀楽という言葉は消失し、不吉を漂わすだけの歪な存在に成り果てた。

 

 嫦娥も心配が募ってただけに、会話する限り精神の亀裂が生じていないと杞憂に安堵を吐くが、ここまで豹変させた己の不甲斐無さに自己嫌悪が増して沈痛していた。

 

 日々の愚痴を聞き、無責任だが拷問に負けるなと熱意を鼓舞させ、かなり友誼を深めていた筈だった少女がまさかここまで変貌を遂げ沈黙するなど想像もしていなかったからだ。

 

 しかし。

 少女の胸中にある感情は誰も知らないことだろう。

 

(早く友達を作りたいなぁ・・・)

 

 威圧感を与える仏頂面をしながらそんな風に思っていることは、頭を絞るほど悩ましても誰もが結論を出せ得ないことだし、例え思いついたとしても拷問を受ける悲惨な待遇なゆえ「いや、ないな」と自嘲で終わる結論に至ることが当然だろう。

 

 勿論、嫦娥もその結論である。

 

 そう。

 少女はお転婆になった。

 

 それだけしか変わっていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『月の都』に広がる林立した中華街。

 

 その都心部の多重塔の大広間に、幾十人もの賢者達が集まっていた。

 豪華絢爛とは言えないが、それなりの気品ある和室は非常に悠長なもの。

 そこに無精髭を生やした老輩、精悍な若輩、器量のよい女性。そういった権力を担う老若男女の賢者達が、今宵の集会を鬼気迫る表情で待ち望んでいた。

 

 文面的に見ればさぞかし重大性ゆえ緊迫感を漂わせているように見えるだろう。

 しかし、第三者から見れば、この空気は最悪以外の何者でもなかった。

 何故なら、彼、或い彼女らは、笑顔を装いながら表面的な社交辞令を交わし、此処に居る全員を敵視してるゆえ強迫観念を強いられているのだから。

 

 言うなれば、醜悪な政権争い。

 

 しかも、此処に集結する大半の賢者達がそうだ。

 油断を垣間でも見せてしまえば、ある陰謀詭計で権力が失墜、もしくはヒエラルキーが陥落してしまう可能性が十二分にあるし、謂れなき讒言(ざんげん)で失脚させる強引な策謀も過去にはあったので警戒感は緩めない構図が出来上がっていた。

 

 もはや蝸牛角上の争いである。

 

 しかし、その権力が失墜した後日に待ち受けている処遇は、民からの謂れなき糾弾と、それによって拍車を掛けた公開処刑だ。

 要するに、穢れと同等の意味を持つと言われる『死』が待ち侘びているということになる。

 私益も当然のことだが、そういった理由で政権争いを繰り広げていた。

 

 それに伴い、全般の生物がそうなのだが、古代から生きる月人は『死』という固定概念を恐れた臆病な種族であった。

 

 それを他者より蛇蝎の如くに忌避する月人は『死』は穢れそのものだと経験から周知していたので賢者達は陰謀家になる手段を選ばざる得なかった。

 

 

 余談になるが、元来、生物に寿命という制約などはなかった地球は、往代から闘争は根絶せず続き、海の蔓延る生命は自身を育んだ海を穢した。

 

 勝者は地上に進出したが、今度は他者を食料とする為の壮絶な抗争となった。

 

 ある者は闘争の無い世界を求めて飛翔し、またある者は帰巣本能が芽生えたのか海に戻った。

 

 

 こうした生物の血塗られた歴史が地上に『穢れ』を生んだのだ。

 

 その古代に生きていた月人だからこそ、本能的な『死』の恐怖心を覚えているので何が何でも死にたくはなかったのだ。

 

『死』と同等の意味である『穢れ』に染まりたくない一心に。

 

 そんな厭世的な月人は、生に縋りつく執着心はあらゆる生物にとって随一だろう。

 そもそもの話、禁忌である『蓬莱の薬』を服用すれば簡単に済むのだが、大前提として『蓬莱の薬』は重罪であり穢れそのものだ。

 服用する物好きはまず存在しない。

 

 生命は存在自体が穢れなのだが『蓬莱の薬』を服用せずとも澄みきった浄土()では永久の時を生きられることができていた。

 態々、永遠の命を入手してまで不名誉と重罪を課せられ流刑に処されたくは無いだろう。

 例外(・・)を除いて当然だ。

 

 さて。

 勿論、我先にと先手を取ろうと陰謀を諮る賢者達が大半なだけあって、少数だがこの内政を改善しようと意気込む者もいる。

 しかし、大体が身柄を死守することで精一杯であるし、その措置を快く思わない者も少なからず存在したので手も足も出ない現状であった。

 

 

 

 その状況に歯噛みする少数派の二人──綿月姉妹は、笑顔を装う賢者達を睨みつけながらこの腐敗した政治をどう回復するか思案をしていた。

 

 手っ取り早いのは『戦闘要員兎達』の戦術指南という権力と『地上往来の経路と使者兎の先導』という強大な二つの権力の乱用であるが、それを行使すれば此方の立場が危うくなるし、権威を失う結果に繋がってしまうことだろう。

 

 綿月家そのものである『地上の監視』という立場を行使すれば何分安全を図れると踏んでいたのだが、そもそも前提条件として地上に関係することだけの経緯だけであった。

 

 内政では例外規定の範囲になるだろう。

 

 ならば『月の都』を守衛する立場にある権力を行使するのが何より最適なのだが、僅か二人だけの力など上層部の賢者達にとっては赤子の手を捻る程度にしかならない。

 

 実際問題、何も手が付けられない。

 

(・・・・・・何より今の状態では、墜落した月夜見様も当てにならない、サグメ様の『口に出すと事態を逆転させる程度の能力』が何より手っ取り早いけれど・・・)

 

 綿月姉妹の姉である豊姫は唸る。

 舌禍をもたらす女、と異称される『稀神サグメ』は月の民の一人であり、その中でも重要な地位に着任している神霊だ。

 何より、その地位が認知された一番の理由はその神すら凌駕する能力であろう。

 自身の思うが侭に事柄を運ぶことが可能であり、まさに世界の行く末を変動させる協力無比な力だ。

 

 しかし、それとは裏腹に、その能力の使用を誤ればあらゆる事象を歪ませることになる。

 

 運命など抽象的な不動の事柄に能力を使用してしまえば、もはや世界の時空を歪んでしまうと言っても過言では無い。

 使い方一つで世界が脅威となり得るのだ、国の手許に置いておくのは当然だと言えるし、能力の汎用性の高さに国は重宝していたのだった。

 

 しかし、それには多分の欠点があった。

 汎用性の高い強大無比な能力には変わりないのだが、あまりにも形容し難いほどの強大な力ゆえ自身の抑止力では制御が出来ないのだ。

 

 そして、とても使い勝手が悪い。

 

 逆転したい事態に深く関係のある者に向かって言葉を発しなければならないし、事態が逆転を催すには何らかの要諦が必要であり、サグメ自身が話しかけた者を事態逆転の基点としなければならない。

 

 更に言えば、能力の発動は本人の意志と関係なく、ただ言葉を発しただけで事態を逆転させてしまうのだ。

 

 他にも様々な規定はあるのだが、これ程までに制限が科せられた能力に辟易してしまうのは当然の結果だろう。

 

 当の本人であるサグメも、無口を突貫しているため気楽に話せないでいたし、どのような形で事態が反転するのか不明瞭であるため後先を良く熟考して発言していた。

 

 

 だから、豊姫は唸った。

 

 同じく少数派のサグメの能力を発動すれば、この醜悪な政権争いに終止符を打つことができるかもしれない。

 善政を奪回することができるのだ。

 しかし、それは最終的な『結果』でしかなくて、幾分の道筋を辿る『事態』は物事の成り行きを指す。

 

 つまり、現在の状況を逆転させることになる。

 するとどうなるか。

 最終的な『結果』は不明確だが、必ずしも善政に著しく変貌するとは限らない。

 逆に、更に内政が悪化するかもしれない。

 ただ『事態』を逆転するだけで『結果』は逆転しないのだから。

 

(何より不安要素が大き過ぎる。ならやっぱり、地道に回復していくのが妥当・・・だろう・・・。はぁ、胃痛薬が欲しくなるわ・・・)

 

 豊姫は内心に溜息を吐きながら、空虚をぼんりやり見つめて今後の方針に最優先事項を選定する。

 

 その選定から、綿月姉妹の師事として剣術を学んでいた師匠の近況報告を最優先の処理とする。

 

 それは重大のある報告だからだ。

 

 そう、近々、穢土から数多の妖怪が『月の都』の技術を略奪しようと意気込んで襲撃して来るのだ。

 

 しかし、師匠の報告を受けなくとも、遠方にある場所の『静かの海』から澱んだ穢身を感知ができるゆえ、その報告は余計なお世話と子供の扱いな文面にムッと眉を顰めてしまうものだった。

 もう何億と生きているのだからと、師匠の性格から察するに冗談な報告に苦笑を零してしまえざる得ない。

 

 しかし、報告の文面を目で追跡しながら真摯に感受していくと、最後の行文にだけ真面目な字で綴られていたのだった。

 

 それは、姉の豊姫の事でもなく、ましてや妹の依姫でもない、宛先が不明の文面だった。

 綿月姉妹の宛先なのだから、当然のように本人に投稿されたものだ。

 しかし、それはその重大性の報告よりも、余程に枢要なものだと直感的に伺えた。

 

 

 

『──恨みなさい』

 

 

 

 と、ただ一言で、不思議に気迫が漂わせる実字で健筆を振るっていた。

 正直に言って、綿月姉妹は何の冗談かと目を疑うものであったし、誤字だとしても、あの完璧超人な才媛の師匠がそんな過ちを犯すはずがないと思っていた。

 

 では一体、何の意図で書かれたのか。

 

 意味深な言葉なのかと熟考しても思い当たる節は一向に無いし『恨みなさい』って何を恨むんだよ、と当然のツッコミが入るのも明白の理であった。

 

 しかし、師匠の言葉なのだから示唆を含む内容なのは間違いないと確信していたのだったが、仔細な事柄で悩み呆けるほど綿月姉妹は暇ではなかった。

 

 兎達の戦術指南、使者の兎達の先導、それに伴い『月の都』を守衛する立場に就任しているのだから休日は皆無に等しい。

 

 そんな無駄な考えを持つ暇があれば、一刻も早く腐敗した内政を改善しようと奮闘するし、剣術の師説を復習したり実技練習をしたりする。

 不要な時間は省く性分であったのだ。

 

 そして、此処最近、懸念する事柄が一つあった。

 それは、拷問を受ける少女のことだ。

 

 大凡の年月に誕生したのか分からないが、出自、身分、系譜などは秘匿されているのか詳細不明である彼女は時折に悪評を耳にすれば嫌な予感が募ることが多々あった。

 

 それは剣術としての勘ではなく、政治的に関係する勘だろう。

 

(・・・・・・月夜見様なら、きっと知っているはずね)

 

 豊姫はそう結論を出し、この集会が御開きになれば謁見の間で質問を投げ掛けてみようと決心した。

 

 しかし、嫌な予感の元凶は月夜見であることを豊姫は知らない。

 

 ただ月夜見の腹癒せに悲惨な待遇を受けている少女のことを知らずに「罪深き者」と勝手に認識しており、少なからずの蔑視を向けていたのは周知の事実だったのだから無意識に流されていた。

 

 誤認も甚だしいことだろう。
 

 所詮はただの噂話にしか過ぎないのに、それが真実かのように民達に浸透しているのだからもはや概念化となっていた。

 

 しかし、そのアジテーションが定着してしまえば、楽観主義な月人達にとっては後は時間の問題であったのだ。

 

 半永久的な生活、それに平穏な環境が相俟ってか物事を深く考えるのを止めてしまっていたのだ。
 


 

 醜悪な政権争いをする賢者達とはまた違う環境下にあるので、当然だと言える。

 

 

 ──そして、その今回の集会も同様に、表面的な社交場は水面下の争いを繰り広げていただけであった。


 

 

 

 近々、大妖怪の『八雲紫』が率いる『月面戦争』が勃発するとも知らずに──。

 



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