ギルド魔王 (星座)
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プロローグ(説明回)

何も知らない友人の為にプロローグを改修してキャラクター説明をいれました。
無理やり感が半端ない…


1、プロローグ

 

 無事3年に進級した夏休み明け、午後の特別棟3階の空き教室。

 ここ奉仕部は、今は勉強会会場となっている。

 今まで奉仕部の部室では、ラノベを読むか暇つぶし機能付き目覚ましでゲームをするくらいしかやってこなかった俺『比企谷八幡』は、とある事情で国立大学を目指す事になった為に壊滅的だった理数系の勉強を重点的にしている。

 目の前に置いてあるマッカンに手を伸ばし、一口煽った直後に「はぁ…」と長い溜息が口から洩れ出した。いくらかなりマシになってきたとはいえ、苦手な科目の勉強は脳の疲弊が半端じゃない。マッカンで糖分を補給した位では回復は見込めなかった。

 

「何溜息をついているのかしら、あなたにそんな余分な時間は残されていないのよ。それにいつも以上に目が腐っていて気持ち悪いわ。ゾンビ谷くん」

「分かってるよ。でも後半のdisりはいりますかね?腐っているのは眼だけで他は腐っていない」

「相変わらず目が腐っているのは認めるのね…」

「……………事実だからな」

 

 俺の左隣から辛辣な言葉を投げかけてくるこの女性は『雪ノ下雪乃』。

 この奉仕部の部長であり平部員である俺の上司。

 学校一と謳われるほどの黒髪ロングの美少女で、成績優秀、運動神経抜群(体力は無いが)、家事までこなせる完璧超人。告白された回数は数知れず。でも胸は絶…貧乳はステータスだから問題ない。

 俺が国立大学を目指す事になった一番の要因。

 そう、俺と雪ノ下は今年の7月初旬から雪ノ下の告白を俺が受け入れて男女交際をしている。

 おい、今「ヘタレ」って言った奴、正直に手を上げなさい。先生怒んないから。まあ、そうね、ヘタレだよね。うん。ハチマン、ワカッテル。

 でも昔は長机の端と端に座っていたのが今や肩と肩が触れ合うくらいの距離だ。ここを評価して欲しい。ダメ?うんダメだよね。人数が多くて詰まっているだけだもんね。

 などと思考の海に潜っていると右隣の席から声が掛かる。

 

「ヒッキー…キモいし!!」

「結衣ちゃん、言葉を選ぼう?親しき仲にも礼儀ありだよ」

「シタシキナカ…?」

 

 ジト目で俺の思考をバッサリと切り捨て、たぶん漢字変換出来ずに喋っているであろう女性は、アホの子『由比ヶ浜結衣』。

 俺と同じ奉仕部部員で、後から入ってきたくせに俺より奉仕部内ヒエラルキー上位である。なにそれ酷い…

 容姿はピンク髪のお団子頭、ダブルメロンを胸に装備している。入部してから暫くは俺もよく胸部装甲をチラ見していたらしくそれに気付いた雪ノ下に冷たい視線を向けられたものだ。だって男の子だもん仕方ないよね。

 それと2年の3学期終業式の日に告白されて断っている。しばらくギクシャクもしたが、後で聞いた話だと前に進む為に「ケジメ」の告白だったらしい。

 告白前も後も親身になって話を聞いてくれた男性と今は男女交際している。

 

 由比ヶ浜に注意をしてくれた男性?は、『戸塚彩加』。

 言わずと知れた大天使トツカエルであり、世界の戸塚、性別は戸塚、異論反論は認めない。

 まあ、冗談?はさて置き、容姿は「男の娘」。女性であるなら美人と言っていいレベル。

 なんで神様は戸塚を男にしたの。女だったら即告白して振られるまであったのに。結局振られるの確定かよ…

 それと由比ヶ浜と付き合っているのは戸塚なんだよなぁ…

 

「結衣あんたそんなんで受験大丈夫なんだし?」

「タハハ…」

「まあまあ優美子、結衣も頑張っているんだから。結衣には雪ノ下さんと比企谷それに戸塚も付いているし抜かりは無いさ」

 

 由比ヶ浜の事を本気で心配しているオカン属性を持つこの女性は『三浦優美子』。

 金髪縦ロールでモデル体型の持ち主。前に読者モデルをしていたという噂もあるくらい。我が高校女性部門のトップカーストグループの長、クイーンオブクイーンである。

 身内に優しく、それ以外には平気で牙を剥く。そこから付いた渾名は「獄炎の女王」。

 最近は少なくなったが「氷の女王」の渾名を持つ雪ノ下とよくぶつかっていた。口喧嘩ではあるが、よくあの雪ノ下に突っかかれるなと。2年の夏休みの合宿の時なんて、完全論破されて泣かされているのに。

 

 それと三浦を窘め、由比ヶ浜にフォロー?をいれた男は『葉山隼人』。

 超絶金髪イケメンで、成績優秀、運動神経抜群(今は引退しているが元サッカー部キャプテン)男性部門のトップカーストグループの長、キングオブキングである。

 みんな仲良くがモットーで、誰も選ばないなんて言っていたくせに3年の夏休み前から三浦と男女交際を始めた。どんな心情の変化があったのか知らないが、変われば変わるものだ。

 それはさておき、由比ヶ浜の件については一言物申さなければ。

 

「由比ヶ浜が壊滅的な事は、葉山お前もわかっているはずだ。少しは手伝え!」

「結衣に勉強を教える自信は俺には無いな…」

「ヒッキーと隼人くんヒドい!」

「由比ヶ浜さん、現実を受け入れないと…」

「ゆきのんまで……彩ちゃんみんなが虐めるー」

「あはは、結衣ちゃんなりに頑張っているもんね」

 

 戸塚に抱きつき助けを求める由比ヶ浜。それを笑顔で受け止め頭を撫でている戸塚。

 天使だ…天使がいる、やっぱり戸塚は天使だったんだ。

 プロポーズはやはり「俺に味噌汁を一生作ってくれ」でいいか?それとも…そんな事を考えていると三浦の隣から奇声が上がる。

 

「隼×八キターーーーー!!」

 

  鼻血の噴水を撒き散らしながら後ろに倒れる女性。

 

「姫菜擬態しろし!」

 

 後ろに倒れるのを抱きとめ、鼻にティッシュを詰める三浦。

 いつもの事ながら余りの手際の良さに感心してしまう。

 

 今、三浦に介護されているのは『海老名姫菜』。

 三浦の女子トップカーストグループに所属し、俺とは違うところが腐っている。俗に言う「腐女子」である。

 黒髪セミロングに赤ふちメガネ、スタイルもよく顔もかなり可愛い部類に入る。

 この子のBLでのカップリングでは必ず俺がウケになっているのだが、藪蛇になるのが目に見えているので聞くに聞けない。

 

「比企谷何とかしてくれ…」

「やめろ、これ以上燃料を投下するな!」

 

 葉山の言葉をバッサリ切り捨てて、顔を背けると雪ノ下と視線が合ってしまった。

 

「何度見ても理解に苦しむし、もう二度と布教活動の対象にはなりたくないわね…」

 

 両肩を両手で抱き震える雪ノ下。彼女を怯えさせるとは、いったいどんな内容だったのか…気になるが、気にしない、気にしたら負けなきがする…

 

 

 突然軽快な足音と共に奉仕部の扉が勢い良く開かれる。

 

「ひゃっはろー、雪乃ちゃん比企谷くんそれとみんな!!」

「姉さん…」

「ひゃっはろーです。お義姉ちゃん!」

「はるさん先輩、ひゃっはろーです」

 

 突然入ってきたこの女性は「雪ノ下陽乃」。

 雪ノ下雪乃の実姉であり、この高校のOGだ。

 容姿端麗・成績優秀・スポーツ万能・スタイル抜群等、人間を褒める言葉は全て当てはまるんじゃないかというほどの超人、いや人間離れしすぎている為に「魔王」である。

 俺の理数系の成績が右肩上がりどころか垂直のように伸びているのは夏休み前からこの人が家庭教師を引き受けてくれたおかげである。

 

「陽乃お義姉ちゃーん!」

「よしよし小町ちゃんは雪乃ちゃんと違って可愛いな~」

 

 陽乃さんに抱きついて頭を撫でられているのはマイスイートシスター『比企谷小町』。

 世界一可愛く、世界の妹。

 雪ノ下は宇宙一可愛いから世界一は小町で問題ない。(だからやめてって)

 

「姉さんどういうことかしら?それと小町さん、その女は「お義姉ちゃん」ではないわよ。万が一・億が一、私が比企谷くんと結婚する事になっても、義姉ではなく…」

「雪乃ちゃん!?その先は言っちゃダメ!私まだ21歳なんだよ!」

「オバよ!!」

「義弟くん~実妹が虐める~!」

 

 そんな事を言いながら俺の右腕に抱きついてくる陽乃さん。近い・やわらかい・良い匂い、3点攻めに脳の処理が追いつかない。

 

「姉さん早く比企谷くんから離れなさい!比企谷くんが困っているじゃない」

「えー、比企谷くんは寧ろ喜んで私の胸の感触を楽しんでいると思うんだけど~。雪乃ちゃん独占欲強すぎじゃな~い?嫌われちゃうよ?」

 

 陽乃さんやめて、確かに右肘に当たる双丘の感触をやわらかいって表現したけれども、もっと味わっていたいけれども、それを雪ノ下の前で言ったら…

 雪ノ下から氷の視線が突き刺さる。

 ……ほら、こうなっちゃうでしょ。俺のライフが凄いスピードで削られていく。

 

「私は比企谷君のもの比企谷君は私のもの、男女交際しているのだからそれくらい当たり前でしょう」

「雪乃ちゃん強くなったねー」

 

 やめろ雪ノ下、顔どころか首筋まで真っ赤にしながらそんな事言うんじゃない。そんな反応されたら俺に効く、八幡のライフはもうゼロよ!やめたげて…

 

「は!これは…小町ちゃん私にもチャンスがまだある可能性が…」

「いろは先輩…お兄ちゃんは先輩の事、手間の掛かる後輩位にしか思っていませんよ?」

「そんな事…」

「一色さん?」

「ひゃい!」

 

 雪ノ下の感情の欠片も籠っていない声で呼びかけられ顔面蒼白で返事をしたのは「一色いろは」。

 この高校の現生徒会長であり、男を手玉に取る小悪魔。

 陽乃さんの超劣化版の仮面を持っているが、女子に嫌われている時点で御察しである。まあ、最近は裏表の使い分けを止めた様だから少し安心している。

 

「一色お前も懲りないな…俺なんかじゃなく隣の葉山にでも甘えとけよ」

「これだからゴミいちゃんは…」

「小町ちゃん?前から言っているけどゴミいちゃんはやめて、お兄ちゃん泣いちゃうよ」

「はぁ…」

 

 本当の塵屑でも見るような視線を兄に浴びせてくる妹。

 なんか死にたくなってきた、うん死のう。短い人生だったなぁ…

 

「比企谷さん、お兄さんも悪気があるわけじゃないから」

「おい大志、お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない!幕張沖に沈めるぞ」

「あん?何て言った比企谷!?」

「うっ…」

 

 凄みを利かせ俺を黙らせたのは『川崎沙希』そしてお兄さん呼ばわりしたのは『川崎大志』。

 実の姉弟である。

 姉は長い髪をポニーテールにまとめ、細身の長身でスタイル良好。因みに下着は黒のレースを好む。

 弟2人に妹1人という大家族の長女で俺に負けず劣らずのシスコンでブラコンでもある。

 弟の大志は中3時の進学塾で小町と一緒だったらしくちょくちょく小町にアプローチしているように見える。

 だが小町は嫁に出さん!というのは家族の決定事項であり例え姉の力で俺を倒してもその先には親父とお袋が構えているのでどだい無理な話だし小町自身も「大志君とは友達だよ、これからもずっと友達だよ」なんて止めを刺していたからな。我が妹ながら容赦がない…少し大志に同情し始めた俺ガイル。

 

「そこのシスコン・ブラコン四人組は放っておいて、姉さんは何をしに来たの?用が無いなら帰りなさい、いえ用があっても帰りなさい、さっさと帰りなさい」

 

 俺と川崎姉の「千葉の兄妹なら当たり前だ」・「比企谷なんかと一緒にしないでくれる」という抗議は見事にスルーされ雪ノ下姉妹の会話は続く。

 

「そうだった今日はみんなをゲームに誘いに来たの。」

「姉さんゲームって…ここにいる人達が受験生だと分かって言っているのかしら」

「私と雪乃ちゃんは、雪ノ下家の名代としてオープニングイベントに強制参加だよ」

「はぁ…分かったわそれで」

「うん、誰かソードアート・オンラインってゲーム知っている人いる?」

「我が知っているぞ!」

 

 今まの沈黙を破って大声を上げたのは『材木座義輝』。

 肥満体形で、中二病と作家病を患っている。何の心境の変化か急に理系の大学を目指す事にしたらしく雪ノ下と俺に頼み込んでここで勉強している。

 

「中二ウルサイし!」

「あ、はいすみません…」

「材木座君だっけ説明をお願~い」

 

 陽乃さんから続きを促され「うぉっほん!」などとワザとらしい咳をして材木座が説明を始める。

 

「ソードアート・オンラインとは、第2世代VRマシンで初の家庭用ゲーム機『ナーヴギア』で使えるゲームソフトであり天才量子物理学者『茅場晶彦』が開発した世界初のVRMMORPGである」

「VRMMORPG?」

「雪ノ下嬢、VRはお分かりかな」

「ええ、Virtual Reality仮想現実でしょう」

「そのとおり、ではMMORPGについて説明しよう。Massively Multiplayer Online Role-Playing Gameの略語であり、和訳すると「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」となる」

 

 少し説明が脱線しているような気がするがどうやら説明は終わりのようである。

 ウンウンと頷きながら陽乃さんが俺に視線を合わせてくる。

 

「比企谷くん、君αテストのアルバイトしていたんだから補足説明お願ーい」

「何!?八幡、貴様ソードアート・オンラインのαテスターなのか」

「あー…陽乃さんに夏休み中のバイトとして紹介してもらったんだよ」

「ぐぬぬ…」

「姉さん、もう皆で遊ぶ流れになってしまっているけれどこの人数分のゲーム機とゲームソフトを用意できるのかしら」

「そっか私が確保できたのは雪ノ下家に送られてくる3台と知り合いから譲り受ける予定になっている4台の合計7台だった」

「それみなさい、この場には姉さんを含め13人の人間がいるのよ。半分じゃないの」

「隼人、葉山家にも送られてくるんじゃないの」

「うん陽乃さん、家にも2台送られてくる予定で、両親は行かないから俺が譲り受ける事になっているよ」

 

 これで合計9台。残り4台をどうするのかで議論が始まった。

 ナーヴギアの価格がソードアート・オンライン同梱版で12万8000円もする事に川崎家を中心に学生にはそんな金額は無理との反発があったが、材木座が先行ネット販売でもう予約済みである事と、一色の父親が材木座と同じく予約済みであるが海外出張が後から決まり借りる事が可能である事、小町も親父に頼めば大丈夫だとの事(会社を休んで3日間並んだらしい、親父哀れ)、残り1台。

 事ここに至ってはどうしようもないのでαテストの最終日にナーヴギアとソフトを貰っている事を明かす(ソフトは正規の販売日当日からナーヴギアをネットにつなげば勝手にアップデートされるらしい)。

 

「これで台数は確保出来たね。さっきの続きを比企谷くん宜しく-」

 

 働きたくないが拒否権の無い俺ではどうしようもない。やらなきゃいけないならさっさと終わらせるか。

 

「材木座の説明で概要は分かっただろうから細かな所を補足していく」

 

 ナーヴギアは現在ある他のゲーム機と違い指等で動かすのではなく、「フルダイブ技術」を使い意識をゲーム世界に飛ばしキャラクターに憑依するような形で遊ぶ事、その際、身体は完全に無防備になるので戸締りをしっかりする事と空調なども利かせておかないと体調不良を起こしかねない事。

 ソードアート・オンラインというゲームは、「無限の蒼穹に浮かぶ巨大な浮遊城アインクラッド」という場所で全100層からなるステージのクリアを目指すのが大目的であるが他にもいろんなクエストが用意されている事。

 自らの体を動かし戦うというナーヴギアのシステムを最大限体感させるべく魔法の要素を完全に排し、ソードスキルという必殺技とそれを扱うための無数の武器類が設定されている事。

 戦闘職の他にも、サポート職として商人や鍛冶師・お針子さん等で遊ぶ事も可能である事等を説明して話を終える。

 

「姉さん、肝心の日付は?」

「えーと、11月6日日曜日の13時からだよー、式典が17時30分からだからそれまで皆で遊ぼーって訳、そのあとも息抜きだったり皆の大学が決まってから遊んでも良いかなって」

「最初に言うべき事だと思うのだけれど…まあいいわ、細かい打ち合わせは後日するとして、今日はもういい時間だし解散しましょう」

 

 雪ノ下の言葉に皆片づけ始め、片づけの終わった者から順次帰って行く。俺は雪ノ下が日報を書き終わるまで待ち、一緒に部室を閉め彼女が職員室に鍵を返しに行っている間に校門で先に待っている。

 

「お待たせしたわね」

「おー、じゃあ帰るか」

 

 最近は雪ノ下を自宅のマンションに送り届けるのが日課となっている。元々2人とも出不精であるし休みの日にデートに誘う事もままならないコミュ症でもある。そんな2人の代替え案がこの帰宅時デートである。

 手を繋ぐわけでもなくましてや腕を組むわけでもない。2人並んで会話もほとんどなくただ只管に雪ノ下のペースに合わせ歩いて行く。

 雪ノ下のマンションが見え始めたころこちらを見ながら珍しく雪ノ下から声が掛かる。

 

「ねえ比企谷君、あなたさっきナーヴギアをかぶっている間は身体が完全に無防備になるって言っていたわよね」

「ああ、言ったなそれがどうかしたか」

「いえ、確認したかっただけよ」

 

 前を向き歩き出す雪ノ下。なんだ?雪ノ下がそんな事を態々確認する?あり得ない、この言葉の裏には何かがある。

 言葉の裏を読もうと頭をフル回転させる。ふと思い当ってしまった。多分間違いない素直に雪ノ下が発せる言葉ではない。かと言って俺が気障ったらしく言葉に出来る事でもない。どうするか。

 

「なあ、雪ノ下」

「なにかしら比企谷君」

「ゲーム当日なんだが俺と小町を雪ノ下の家からログインさせてくれないか?家のネット回線じゃあ少し心配でな」

 

 目を見開きこちらを見る雪ノ下、徐々に顔が赤くなってゆく。どうやら正解だったようだ。

 陽乃さんは、夏休み明けに雪ノ下のマンションから出て一人暮らしを始めている。今はこのマンションに雪ノ下一人で住んでいる。怖かったのだろう。セキュリティの高いマンションに住み一人暮らし歴が長いとしても身体が完全無防備な状況で家に一人、女性として怖くない訳が無い。

 彼氏として妹が一緒にというのもどうかとは思うが俺一人だと今度は小町が一人きりになってしまうし俺にはそんな度胸も甲斐性も無い。

 

「しょ、しょうがないわね。いいわ2人分の布団を用意しておくわ」

「迷惑掛けて悪いな」

「小町さんの為ですもの迷惑だなんて」

 

 顔の反応と小町の為なんて言っている所を見る限り、気付いた事はバレているんだろうな。

 そんな、会話をしながら歩いているうちに雪ノ下のマンションの前に着いたようだ。

 

「じゃあな、雪ノ下また明日学校でな」

「ええ、さようなら比企谷君」

 

 腰のあたりで手を振る雪ノ下に軽く手を上げて応えてから歩き出す。小町に何か買って帰る物はあるのか連絡しようとポケットからスマホを取り出すと後ろから声が掛かる。

 

「比企谷くん!」

 

 うん?と上半身だけ振り返るとそこには雪ノ下の顔が迫っており…避ける暇もなく唇と唇の距離をゼロにされた。

 

「ありがとう比企谷くん、また明日ね」

 

 真っ赤な頬を両手で隠しながらマンションのエントランスに駆け込んで行く雪ノ下。

 ほーん、何してくれてますの。そんなに恥ずかしいならしなきゃいいのに…数秒の思考停止からの再起動に成功した頭でそんな事を考えながら現状を把握する。

 夕方のマンション前で顔を真っ赤に染めたゾンビが上半身を振り返った格好で固まっている。うん…通報されるなこれは…おまわりさんになんて言い訳しようか。

 動き出すまでに更に数分を要し家路に着いたのは、辺りが暗くなってきてからだった。

 




この話は随時改修していますがどう直していいのかもう分からない…
誰かアドバイス等あればお願いします。


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俺の青春ラブコメは大きく変わり始めている。①

感想を頂けるのって嬉しいですね。


2、俺の青春ラブコメは大きく変わり始めている。①

 

 無事に帰宅した夕食後の自室。俺は勉強をしている。陽乃さんは、家庭教師を引き受けて貰ってからというものほぼ毎日来てくれている。どうしても忙しい時は課題を前日に置いていってくれる。あまりにも毎日来てくれているので心配になり家の用事は大丈夫なのかと聞いた事があるが、返ってきた答えの「未来の義弟くんの教育の方が大事だよー、両親も納得しているから大丈夫」に赤面してしまい、それ以来何も言えなくなってしまった。

 

「うーん、今日はこんなところかな」

「ありがとうございました、陽乃さん」

 

 時刻は23時を過ぎ、だいたい陽乃さんに教えて貰える時間は1日4時間位、陽乃さん曰く集中すれば勉強なんてこれくらいの時間で十分だそうだ。

 それでも理数系が壊滅的だった俺はこんな少ない時間で大丈夫なのか不安だったが模試の結果等がその不安をぬぐいさってくれた。

 

「比企谷くん、少しお喋りする時間ある?」

「ええ、俺も確認したいことがありますし大丈夫ですよ」

「確認したいこと?勉強でどこかわからない所でもあったの?」

「いえ、勉強のことではなく今日の奉仕部でのことです」

 

 今日の陽乃さんの奉仕部での行動は、普段の彼女を知っていればあり得ない行動のオンパレードだった。

 

「うーん、何のことかなー」

「惚けないでください。家庭教師を引き受けてくれる条件の1つがソードアート・オンラインのαテスターのバイト、そして今日の奉仕部での話、気付くなって言うほうが無理でしょう?」

 

 

 勉強を教えてくれるかわりにアルバイトをしろという余りにも矛盾だらけに思える要求に面食らってしまい、口をポカンと開けていた俺にこの事を決心させたのは雪ノ下の「姉さんの事だから何か考えがあるのでしょう。どうせ問い詰めても何も喋らないでしょうし、それにあなた私と付き合っていくのなら専業主夫なんて夢物語は私が許すはず無いのだからしっかり社会勉強してきなさい、社畜谷くん」顔を赤らめながらも俺をきっちり罵る事を忘れない一言だった。

 まあ、アルバイト中もステルスヒッキーは絶好調で、まともに話をしていたのは1人だけだったけどな。

 

「あはは、まあそれもそうか。それに私の話もその事だったからちょうどいいね」

「だったら素直に話してくださいよ。茅場晶彦でしょう」

 

 陽乃さんの目が一瞬鋭くなる。

 

「へぇ、分かってたんだ」

「簡単な二者択一ですよ、陽乃さんがゲームに興味があるとは思えなっかただけです」

「そうね、私と茅場の話は聞いてる?」

「ええ、雪ノ下から大体は聞いています」

 

 珍しく雪ノ下から電話がきたと思ったら、開口一番「姉さんが男に振られたの」だもんな。その後も嬉しそうに詳細を話してくれたっけ。

 陽乃さんと茅場がお見合いをした。それだけなら絶賛売りだし中の若手男性と良家のお嬢様のお見合いで珍しい事もないんだろうけど、そのプロセスが不味かったみたいだ。

 お見合いで交際を断るのは女性からで、男性から先に断るのはタブーらしい。それなのに茅場は当日のお見合い直後に断りの連絡を入れて来たのだ。陽乃さんと雪ノ下家の顔は丸潰れである。

 

「どんなふうに伝わっているのか雪乃ちゃんに確認の必要性がありそうだけど」

「お見合いの復讐って訳でもないんでしょう?」

「まあね、今度直接顔を見たら一発ぶん殴ってから、す巻きにしてマンションの基礎にぶちこんで、人柱にしてやりたいけど、今回は違うよ」

「うわぁ…」

 

 もちろん冗談だよ、なんて笑顔でフォローする陽乃さん。黒い部分を少しは知っている俺にとって、その笑顔が一番怖い訳で…本気で怒らせないようにしようと深く心に誓った。

 

「それで本当のところは何なんです?」

「う~ん、お見合いの時に感じた茅場の違和感というか危うさが気になってね」

「危うさ!?あの天才がですか?」

「うん、その危うさの正体が少しは分かるんじゃないかっていうのが今回皆をゲームに誘った理由の半分、純粋に世界から天才の呼び名を欲しいままにする茅場の作った世界を見てみたいっていうのもあるけれど」

「ふーん、ゲームの世界を見て分かるもんなんですかね?」

「まあ、見てみない事には何も分からないよ。そもそも君がアルバイトの時にもっと茅場と接触してくれれば済んだかもしれない話しなんだけどね」

「俺にそれを期待されても…無理なのは分かってたんでしょう?」

 

 まあね~、と笑う陽乃さん。この人の考えを全て理解するのは、俺には無理のようだ。もう一点だけ気になる事があるので聞いてみよう。

 

「もうひとつ聞きたい事があるんですが、なぜあの大人数なんですか?」

「それがもう半分の理由、雪乃ちゃんと比企谷くんの為だよ」

「俺と雪ノ下の為?」

「雪乃ちゃんは勿論の事、近い将来雪ノ下家に入る比企谷くんにも成長して貰わないと困るんだよ」

 

 俺の将来は色々と確定してしまっているらしい。もう最近馴れたというか諦めた、どうせ何を言っても聞く耳を持ってくれないんだろうし。

 

「雪ノ下家に孤高や孤独は要らないの。たったあれだけの人数、掌握してくれないと」

 

 大学や大学院も考えるとまだ4年以上あるから今回の事はその第一歩かな、と軽くフォローを入れてくれはしたがさっきの言葉が俺の心に突き刺さり言葉を発する事が出来ない。

 暫く沈黙が続き、不意に家の外に車の止まる音が聞こえた。

 

「まだ時間はあるししっかりと考えてね。迎えも来たみたいだし今日は帰るね」

「玄関の外まで送ります」

 

 階段を下りて玄関を開け、車に乗り込む陽乃さんを無言で見送る。いくら考えても答えは出そうもないし今日のところはベッドに潜り込み泥のように眠ることを選択した。




後半の修正が難航している為
①と②にわけさせて頂きました。


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俺の青春ラブコメは大きく変わり始めている。②

明けましておめでとうございます。

ゆきのんの誕生日が近いことに気づき、八雪成分てんこ盛りで修正を進めた結果、SAO成分が皆無になりました。
反省はしているが、後悔はしていない(本当に申し訳ありません)。
そんな内容ですがぜひ読んでやってください。


3、俺の青春ラブコメは大きく変わり始めている。②

 

 翌日の朝6時前俺はベッドを抜け出しランニングに行く準備をしている。時間ギリギリまで寝ていた頃が懐かしいがこれも陽乃さんとの約束の一つである。

 護身術を身につける、これが約束の内容で「雪乃ちゃんに守って貰うつもりなの?」の一言で否応なしに決定した。まあ、小町も守れるしね、お兄ちゃんとして必要だよね。誰か肯定してくれ…

 バイト代で買ったジャージの上下とランニングシューズを履き、まだ寝ているであろう家族に聞こえないように「いってきます」と呟き家を出る。

 家から海沿いの公園を目指し公園にあるランニングコースを走り家に戻ってくるルート約10Kmを一時間を目標に走破する。体力をつけるのが目的であり脚力は二の次なのでそこまで無茶なタイム設定はされていない。始めた頃は5Kmも走れなかったけどな。

 走ることより意外とキツいのは走り終わった公園を出る前にやる筋トレだ。体力を失った後にやる腕立て伏せ・腹筋・背筋は残っている体力をごっそり持っていく。家に帰る迄の体力も残しておかないといけないので尚更キツい。

 でも夏休みの時はこの後武術の先生による教えという名のシゴキが午前中一杯続いたからな。

 午前中武術の稽古、午後から夕方までバイト、夕飯後から寝る前まで勉強という夏休みを耐え抜いた俺を誰か誉めてくれてもいいのよ。雪ノ下だけでなく小町も誉めてくれないんだもの…

 学校が始まった今は稽古は土日だけとなっている。

 午前7時過ぎ、起きているであろう小町に向けて「ただいま」と声を発しながら家に入っていく。

 

「お帰りなさい比企谷くん、今小町さんと朝食を作っているから先にお風呂に入ってきて、沸かしておいたから」

「おう、悪いな雪ノ下そうさせてもらうわ」

 

 雪ノ下の横をすり抜けサニタリールームに入り汗でベトベトのジャージを洗濯機に突っ込んでから風呂場に入る。体と頭を洗い流してから、風呂に浸かって「ふぅ」と一息ついた。

 今日は朝から豪華だな、雪ノ下と小町の合作朝食か…

 ん?ん~ん?雪ノ下?うん?あいつなんでいるんだ?慌てて風呂から飛び出し腰にバスタオルを巻きリビングの扉を開け放つ。

 

「おい、何で雪ノ下がいるんだ!?」

「きゃあ、あなたレディの前になんて格好で出てきているのよ」

「おお、悪い今着替えてくる。ってそうじゃなくて…」

「確かに私とあなたは恋人でそういう事をする日も近い将来来るでしょう。私もやぶさかではないのだし。でも時と場所を選びなさい。ここはあなたの実家で今は小町さんも居るのよ。それに私達は今受験生なの。情事に溺れて受験を失敗したらどうするの。せめて大学に受かってから、いえ大学生活が落ち着いてからでも遅くは無いと思うの。それから…」

「雪ノ下、ストップ、ストップだ。感情が駄々もれになっている。小町もニヤニヤしてないで雪ノ下を止めろ」

 

 とりあえず小町に雪ノ下を任せ、自室戻り着替えを済ませリビングに戻ってくるとテーブルの上には豪華な朝食が並んでいた。席に着き手を合わせて「いただきます」の発声と共にさあ食べようと朝食に手を伸ばした所で雪ノ下から声が掛かる。

 

「忘れなさい」

「あ?」

「忘れなさい、全て」

「ああ、忘れた忘れた超忘れた、何なら今日起きてから今までの事全て忘れたまである」

「そう…小町さんもいいわね」

 

 小町がアイアイサーと敬礼付で可愛くポーズを決めたあと口角が少し上がる。何かイタズラを思い付いた時の顔だ。

 

「で、雪乃さん」

「何かしら小町さん」

「小町は何時叔母さんになれるんでしょうか?」

「なっ…」

 

 顔どころか全身を真っ赤に染め上げ両手で口を塞ぐ雪ノ下。

 朝食を口に詰め込み、お邪魔虫は先に学校に行きまーすと出ていこうとする小町をリビングの外で捕まえて軽く拳骨を頭に落とした後にあまり雪ノ下を弄らないように伝える。

 だって雪乃さんの反応可愛いんだもんと言って出ていく小町を見送ってからリビングに戻ると雪ノ下がまだ固まっていた。

 

「おーい、雪ノ下早く朝食を食べないと学校に遅刻するぞ」

「んんっ…そうね、早く食べてしまわないとね」

 

 やっと再起動した雪ノ下と朝食を済ませる。

 

「ごちそうさん、相変わらず雪ノ下の料理は旨いな」

「ふふっ、お粗末様、私が作ったのですもの当然ね」

 

 腰に手を当て、胸を張る雪ノ下。男性に優しい双丘を一瞬視界に捉えるも凝視してしまえば罵倒が飛んでくるだけなので早々に学校に行く準備を整えに自室へ向かう。

 リビングに戻ってくると雪ノ下は台所で朝食の後片付けをしているようだ。

 

「後片付けは、帰って来てからやるからそのままでいいぞ、遅刻しちまう」

「もう少しで終わるわ、それに今日は車で来ているから遅刻の心配もしなくて大丈夫よ」

「は?ランニング帰りに見なかったけど」

「あたりまえでしょう、家の目の前に車を長時間横付けにしていたらご近所に迷惑を掛けてしまうでしょうに。学校に向かう時間に戻ってくるように指示してあるわ」

「さいですか…」

 

 車で登校決定か…目立つだろうな…学校行きたくねえなぁ……

 

「なに朝から不景気な顔を晒しているのかしら、車も戻ってきた様だし早くしないと本当に学校に遅刻するわよ」

 

 右腕を引っ張られ強引に車に連れ込まれる。

 

「都築、宜しくね」

「畏まりました、雪乃御嬢様」

 

 学校に向けて車が発進する。先ほどうやむやになってしまった事をこの時間で確認するか。

 

「なあ雪ノ下、今朝は何で家に来たんだ?」

「……」

 

 暫くの沈黙。

 

「姉さんから…」

「ん?」

「姉さんから昨日の夜に電話があったのよ。比企谷くんが少し落ち込んでるから元気付けてあげてって」

 

 あの人は、何処までカバー範囲内なんだ?最近は雪ノ下だけではなく俺にまで甘いような気がするけど。

 

「迷惑掛けて悪かったな」

「迷惑だなんて。その…こ、恋人ですもの当然よ」

「そうか…」

「そうよ…」

「じゃあ、言葉のチョイスを間違えたな。ありがとう雪ノ下」

「ええ、どういたしまして比企谷くん。その言葉の方が何倍も嬉しいわ」

「そうか…」

「そうよ…」

 

 激甘な車中の空気に耐えきれなくなってきた時、ちょうど学校に着いたようだ。

 

「到着致しました。雪乃御嬢様、比企谷様」

 

 聞こえるやいなや後部座席の俺側の扉が開く。素早く車から降りて雪ノ下を待っていると、車のソファーに腰掛け両足をチョンと車外に出した彼女から声が掛かる。

 

「エスコートしなさい比企谷くん」

 

 は?なんて宣われましたこの御嬢様は?

 

「姉さんに色々と躾られているんでしょう?実践も必要よ」

 

 あの人は何でもかんでも妹に喋りすぎじゃないですかね?どうせ雪ノ下がこうなる事も織り込み済みなんだろうけど。

 はあ、とため息を一つ付いた後、鞄の外ポケットから眼鏡を取りだし装着する。他人の視線が気になる時に掛けなさいと陽乃さんから貰った物だ。

 

「では、御嬢様お手をどうぞ」

「ええ、善きに計らいなさい」

 

 何処の殿様だよと心で突っ込みつつ雪ノ下の手を取る。車を降りるのを補助し雪ノ下の手を俺の左腕に導く。嬉しそうに俺の左腕に自分の右腕を絡ませてくる雪ノ下を確認した後ゆっくりと歩き出す。校門から下駄箱迄の短くて長い道のりのスタートだ。

 案の定、男性からの嫉妬の視線と女性からの黄色い悲鳴が聞こえてくる。中には凄い美男美女カップルなんて言葉も聞こえてきたので美女は隣にいるけど美男は何処だ?葉山でも近くにいるのかと雪ノ下の方を確認すると笑い声さえ聞こえてくるんじゃないかという位の満面の笑みを湛えた彼女の顔がそこにあった。何このヒーリング効果、俺の視線やら声に傷付いた心が回復していく。

 あまりの光景に視線が釘付けになっていると視線に気付いた雪ノ下が視線を合わせ首をコテンと傾ける。

 ヤベエ、こいつ俺を殺しに来やがった。顔を真っ赤にして視線を外す俺を「ふふっ」と笑う声が横から聞こえる。

 ライフが満タンなんだかゼロなんだかわからない状態でやっとの事下駄箱に到着した。

 

「御嬢様、ではまた放課後に」

「ええ、また放課後にね」

 

 俺から外れていく腕の感触に名残惜しさを感じつつ、眼鏡をしまい、上履きに履き替えて教室に続く階段を昇る。

 

「先輩、今の何なんですか?」

「おう、一色おはようさん」

「おはようございます先輩って、そうじゃなくて」

「何なんですか?私に見せつけて嫉妬させて私から告白させるつもりですか今の眼鏡を掛けた先輩超素敵でしたけど二人っきりの時にしてください、ごめんなさい」

「おっ、おう相変わらず早口で何言ってるか分からんがまた振られたのかよ俺は」

「もお、先輩はこれだから…」

 

 何か口ごもっている一色に、また放課後にな、と声を掛け教室を目指す。

 着いた教室のドアをスライドさせると

 

「ヒッキー!!」

 

 思わず、ウルセエと突っ込みたくなる様な大声で話し掛けてきた由比ヶ浜を無視し、自分の机に着席する。

 

「何で無視するし!」

「ウルセエからだよ」

「むぅ…それよりさっきのヒッキー超かっこよかったよ!!ねえ、彩ちゃん!」

「うん、八幡かっこよかったよ」

「比企谷もやればできるじゃないか」

「ヒキオ、あんたさっきの眼鏡ずっと掛けときな」

「ヒキタニくん、隼人くんというものがありながら浮気は感心しないなー」

 

 皆の言葉に適当に相づちを打ちながら今朝からのイベント盛り沢山で疲れきった身体を一限目から眠ることで回復しようと心に決めたのだった。




次話で、SAOにログインします。


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悪夢の足音

やっとSAOの世界に飛び出せた。
お待ちいただいていた方すみません。
今回は「リンクスタート」迄です。


4、悪夢の足音

 

 2022年10月31日月曜日の放課後、ここ奉仕部の部室には何時ものメンバーが集まっている。昨日の30日にSAOが発売となり自分で手に入れた者以外は今日陽乃さんから配られる事になっている。

 陽乃さんが来るまでは、皆おもいおもいに勉強を進めている。何時くるか分からない陽乃さんを待つため今日のところは雪ノ下の対受験教室はお休みだ。

 

「お兄ちゃん、陽乃お義姉ちゃんは何時頃来るの?」

「大学が終わったら直接来るって言っていたからもうそろそろなんじゃねえの?知らんけど」

「チッ、相変わらずお兄ちゃんは使えないなー」

 

 舌打ちと相変わらずって言葉要ります?お兄ちゃん本気で泣いちゃうよ?それにしても最近小町の陽乃さんへのなつき具合がヤバくないか?小町を取られてしまいそうで怖いんですけど。

 

「シスコン」

「うっせ、お前が自称も他称も美少女で問題ないように、俺も自称も他称もシスコンだから問題ない」

「相変わらず意味の分からない論理回路ね。しかも私を美少女って…」

「はいはい、そこイチャイチャしないでください。一人者には辛いですよ」

「イチャイチャって一色さん、今のどこがイチャイチャしていたのか私に説明しなさい。さあ、今すぐ」

 

 小町の背中に隠れてガタガタ震える一色、今のは誰が聞いても一色に非はない、だが噛み付いた相手とタイミングが悪い。陽乃さんが来る事が確定していて機嫌の悪い雪ノ下に噛み付けば、噛み付き返されるのは目に見えている。後でこっそり一色に教えてやろう、触らぬ神に祟りなし、触らぬ雪ノ下に毒舌なしってな。

 一人どや顔を決めていると廊下が騒がしくなってきた。どうやら待ち人が来たようだ。

 奉仕部の扉が勢いよくスライドされる。

 

「ひゃっはろー、皆お待たせー」

「姉さん、ノック位しなさい。それじゃあ平塚先生と同レベルよ。行き遅れたいの?」

「雪乃ちゃん、静ちゃんに辛辣過ぎない?元奉仕部顧問で恩師でしょうに」

「事実を述べたまでよ」

 

 平塚先生誰かいい人見つかったかな…誰か貰ってやってくれよ、俺はもう無理みたいだから。

 もうこの場に居ない平塚先生に思いを馳せていると陽乃さんが話を進めるようだ。

 

「静ちゃんの事はどうでもいいや、今はソードアート・オンラインの事だよね。誰か当日都合の悪くなった人いるー?」

 

 この人に予定を約2ヶ月前から押さえられ今さら都合が悪いです、なんて言える人間がこの場に居るんだろうか。でも待てよワンチャン有るんじゃね?試しに…

 

「比企谷くんは強制参加だから~予定が無いのも知ってるし~」

 

 先回りされてしまった…それにしても俺の個人情報駄々漏れ過ぎやしませんかね?流してるのは、小町なんだろうけど…

 

「誰もいないみたいだね、次にナーヴギアとソードアート・オンラインの配布なんだけど、嵩張るし重いから昨日雪乃ちゃんと隼人に住所を聞いて送っておいたから家に帰ったら確認してー」

 

 皆からの分かりましたの返事を受け、更に話が続く。

 

「じゃあ、後は遊ぶまでにしとかなきゃいけない事の確認だねー、比企谷くん宜しく~」

 

 また俺かよ、陽乃さん最近俺使い荒くね?しょうがない働きますか…

 

「まずは、同梱されている説明書をよく読んでくれ、まーそれだけだとあれなので基本的な要点だけ確認していくぞ」

「うへぇ…説明書嫌いなんだよねー、漢字読めないし」

「アホの由比ヶ浜は、ユキペディアさんが読んだあとに要約して教えて貰え」

「ユキペディア呼びは止めなさいと…」

「ゆきの~ん、宜しくね~」

 

 由比ヶ浜が雪ノ下に抱き付く。奉仕部名物ユルユリである。

 

「暑苦しいわ、由比ヶ浜さん少し離れて…」

「雪ノ下さんと結衣はいくら進めてもBLに興味を示さないとおもったらGL好きだったの…」

「海老名さん、変な誤解は止めなさい。ほら由比ヶ浜さんいい加減に離れて頂戴」

 

 えぇー、と言いながら渋々雪ノ下から離れる由比ヶ浜。このままじゃ話が進まないので手を叩いて注目を此方に集める。

 

「話を戻すぞ。やっておいて欲しいのは、ナーヴギアの充電とネットへの接続、それが済んだらナーヴギアにソードアート・オンラインをセットしてハードとソフトのアップデートの確認と実行、此処までで分からない事はあるか?」

「比企谷、ネットへの接続は無線LANでもいいのか」

「ああ葉山、無線でも大丈夫なはずだが、推奨はLANケーブルによる接続だったはずだ。LANケーブルは同梱する予定だとαテスターの時に聞いた覚えがある」

 

 他に質問も無いようなので先に話を進める。

 

「次にナーヴギアを被って音声ガイダンスに従いキャリブレーションをしておいてくれ」

「キャリブレーション?機械の較正が必要なのか?」

「いやそうじゃない川崎、ゲームアバターの身体感覚をプレイヤーの身体感覚と対応させるためにプレイヤーの体のサイズを測る手順だと考えてくれればいい。具体的にはナーヴギアを被って身体のあちこちに手で触れる感じだ。結構恥ずかしいから誰にも見られないように部屋に籠って行うといい」

「あのー先輩、私はお父さんのナーヴギアを借りてプレイするんですけど私が登録しちゃって大丈夫です?」

「ああ、問題ない確か数アカウント分が登録出来る筈だ」

 

 良かった、と胸を撫で下ろす一色。

 

「その他のナーヴギアの設定も音声ガイダンスに従っていれば終わる筈だ、次にソードアート・オンラインを起動してID、パスワード、プレイヤーネーム、アバターの作成、後は暇が有ればチュートリアルをやっておくと良いかもな」

「比企谷くん、アバターの作成はどんな姿でも作成可能なの?」

「人間の姿限定だけどな、女性なのに男性のアバターでプレイするって事も可能だぞ。でも雪ノ下は家の名代としてオープニングイベントに参加するのに制限は無いのか?」

「どうなの姉さん?」

「流石に男性アバターは、まずいと思うけれど、他は好きにしていいんじゃない?ゲームだもの」

 

 名前は雪ノ下、陽乃さん、葉山は家の名代だから『ユキノ』『ハルノ』『ハヤト』で決定。俺はαテスターの時のアカウントを使うからそのまんまの『ハチマン』他の皆もあまり突飛なものはつけずに名前を少しいじる位に留める事で合意した。

 当日の集合先も始まりの街転移門広場に面した所にある『黒鉄宮』の前に決定。初期スポーンが転移門広場なので混雑が予想されるが若干1名迷子スキル持ちがいるので近場の目立つ所に決定した。

 アバター姿じゃあ誰が誰だか分からないという意見が出たので俺のアバターは現実世界と変わらないから俺を目印にすることにした。

 

「仮想世界でも目が腐っているのね」

「仮想世界の俺のアバターは、目は腐っていない…………再現出来なかったんだ」

「再現出来ない程の腐った目の持ち主なのね、あなたは…」

 

 俺の彼女、辛辣過ぎやしませんかね?俺じゃなければ自殺してるレベル。

 取り敢えず今日は解散し分からない事があったら電話か後日確認することにした。

 

 ーーーーーーーーーー

 

 11月5日土曜日の午後11時過ぎ、陽乃さんが帰宅した後にナーヴギアにソードアート・オンラインのソフトをセットしていないことを急に思いだし、慌ててセットしてアップデートの必要時間を確認する。12時間…やってもうた…明日雪ノ下のマンションから小町を含めた3人でログインする、昼食を雪ノ下が用意してくれる事になっている為に訪問時間は昼の12時、ナーヴギアを持っていかなければならないので電車での移動時間は45分、ギリギリだな…

 拙いパソコン知識をフル動員しセーブデータをパソコンに移したら速くなるんじゃね、とアップデートを中止し実行してみる。αテスター用のナーヴギアの為に入出力端子が付いている。パソコンにセーブデータを移動し終わり、再度アップデートをしてみると、12時間…変わってねー。成るようにしか成らないとアップデートは継続して、ふて寝する為にベッドに潜り込んだ。

 

 ーーーーーーーーーー

 

 11月6日日曜日、ソードアート・オンライン正式サービス日の午前10時、念のためアップデートの進捗率を確認しようとナーヴギアを手に取る。終わってる…12時間て何だったんだよと思いつつもLANケーブルを抜き、セーブデータをナーヴギアに戻し全てを箱にしまって雪ノ下のマンション訪問の準備をする。

 

「小町、そろそろ出発するぞ準備は出来ているか?」

「ごめーんお兄ちゃん、小町所要があるから先に行ってて」

「お前ナーヴギアを1人で運べるのか?」

「お兄ちゃんと違って頭のいい小町は既に雪乃さん家に発送してあります」

 

 小町、お前うちの高校に入る為に俺がどんだけ勉強を教えてやったんだ?高校に入ってからも文系で赤点を取っていないのは誰のおかげだと?まあ、確かに発送しちまうって考えは無かったけどさ…小町の頭を片手でワシャワシャしていると

 

「ほらほらお兄ちゃん、小町で遊んでないで準備が出来たならさっさと行く」

「あ?今から行ったら30分以上前に着いちまうぞ」

 

 その間も小町の頭をワシャワシャする手を止めない。あーもう、と俺の手を小町が振り払う。

 

「お兄ちゃん、雪乃さん家でただご飯を食べて遊んで帰ってくるつもり?早めに行けばご飯のお手伝いも出来るでしょ」

 

 皿を並べる位は、という小町の迫力に負け家を追い出されてしまった。仕方ない雪ノ下のマンションに向かいますかね。とぼとぼとナーヴギアの入った箱を持ちながら歩き始める俺だった。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 時刻は11時20分、いくらなんでも早すぎるとエントランスのソファーに腰掛けていると布団を2組運び出すクリーニング業者がマンション内から出てきた。日曜日なのにお仕事ご苦労様ですと心の中で敬礼し、せめて働くなら週休2日制の会社がいいなと考えていた。

 11時30分、そろそろいいかと雪ノ下の部屋番号を押す。

 

『どちら様でしょうか?』

「俺だ」

『誰?』

「分かってるんだろう?」

『俺さんという知り合いはいないのだけれど?』

「あーもう、俺だ比企谷八幡だ」

『ふふっ、始めからそう言いなさい。時間より随分と早い様だけれど』

「小町に追い出された」

『そう、取り敢えずあがって』

 

 目の前の自動扉が開く。中に入りエレベーターに乗って雪ノ下の部屋に到着するとインターホンを押す。

 

「いらっしゃい、少し肌寒いでしょ?早く中に入りなさい」

「おー、お邪魔します」

 

 中に入り催促されたのでジャケットを脱いで雪ノ下に手渡す。ここに掛けておくからと玄関脇の来客用のハンガーに掛けてくれたようだ。雪ノ下に続いてリビングに入る。

 

「ソファーにでも腰掛けて待っていて、今昼食を作っているから」

「それを手伝うように言われて、小町に追い出されたんだよ」

「そうなの?手伝って貰う事なんて特に無いのだけれど。お皿を並べる位?」

「それも小町に言われた」

 

 そうなの?、とクスクス笑いながら、じゃあお願いしようかしら、と指示を出してくる雪ノ下。

 皿を並べ終わってソファーに座って待っていると昼食の準備が終わったようだ。

 

「さあ、冷めない内に頂きましょう」

「悪いな、昼食迄用意して貰って」

「比企谷くん違うでしょう?」

 

 ん?何を間違った?ああ…

 

「ありがとう雪ノ下、昼食を用意して貰って」

「はい、良くできました。正解者には私特製の昼食をプレゼントよ」

「でも、小町を待たないと」

 

 大丈夫よ、と雪ノ下

 

「あなたが来る少し前に小町さんから連絡があってナーヴギアの送り先を私の家ではなく、姉さんの家にしてしまったから今日は姉さんの家からログインするそうよ」

 

 俺の事さんざん馬鹿扱いしといて何やってるんだあいつは。少し抜けている所も小町の魅力ではあるんだが。

 

「じゃあ、遠慮なくご馳走になります」

「ええ、召し上がれ」

 

 昼食を食べ終わり、今は雪ノ下が入れてくれた紅茶を飲んでいる。今頃になって2人きりだということに気付いて顔が赤くなったが、ソードアート・オンラインにログインする時は別々の部屋だろうし大丈夫かと気を取り直し雪ノ下に声を掛ける。

 

「なあ雪ノ下、そろそろログインの準備をしたいんだが俺はどの部屋を使えばいいんだ?」

「私の部屋よ」

「は?」

「だから私の部屋よ」

「いやいや、聞こえてない訳じゃなくて何でこんなにいっぱい部屋が有るのにお前の部屋なんだ?」

「あら、比企谷くんは私に余分な電気代を払えというの?」

「ぐっ…」

 

 お嬢様が、電気代なんて気にした事無いだろうと言いたいが、家主にこう言われては、俺には何も言えない。

 

「分かった、セッティングの時間があるから早くこの場を片して部屋に案内してくれ。勿論片付けは俺も手伝うから」

「ええ、じゃあお願いしようかしら」

 

 二人で洗い物を済ませ、ナーヴギアを持って雪ノ下の後ろをついていく。部屋に入るとベットが一台あるだけで布団も敷いていない。

 

「俺に床で寝ろと?」

「そんな鬼畜じゃあないわよ。布団がクリーニングから戻って来なかったのよ。2組一緒に出したから時間が掛かっているのね。だから、今回は仕方なくだけれど、非常に遺憾ではあるのだけれど、私のベッドで一緒に横になる事を許可するわ」

 

 雪ノ下は何を言っているんだ?青春真っ盛りの男子高校生が雪ノ下みたいな美少女と同じベットに並んで横になる?いやいやいやいや、いくら理性のバケモノと言われる俺でも理性を保てる自信はないぞ。

 あれ?さっき布団を2組運び出すクリーニング屋に会わなかったっけ?うん?あーこりゃ、小町もグルだな。多分陽乃さんも。ほーん、3人して俺を嵌めたのか…逃げ道なしか…悔しいから家に帰ったら小町だけにでも説教しよう。雪ノ下と陽乃さんには出来ないもんね…

 

「分かったよ。どうせログインしちまえば身体は動かないしな、セッティングさせてもらうぞ」

「ええ、お好きなように」

 

 満面の笑みの雪ノ下を見ると、お前虚言は吐かないんじゃなかったの?という嫌みも言えず淡々とセッティングを進める。セッティングが終了すると丁度良い時間である。

 

「雪ノ下、ナーヴギアを被って横になれ、時間だ」

「ええ、分かったわ」

 

 俺もナーヴギアを被り雪ノ下の隣に横になる。すると俺の手を握りしめてくる雪ノ下。まあ、これくらい良いかと俺も握り返し、二人声を合わせて魔法の呪文を唱える。

 

『リンクスタート』

 

 俺と仲間たちのソードアート・オンラインが始まる。




SAO系の設定は独自設定を含みます。

今回は修正の裏側を一つ
この小説のもとになっている小説は3年前に入院していた友達の暇潰し用に頼まれて書いた物です。
その頃はまだ、静ちゃんが八幡達が3年生の時には転任してしまうとは思っていなかったのでレギュラー位の勢いで小説の中に登場してるんです。
今回の修正で一番手間の掛かっている所ですね。



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悪夢の幕開け

3日に間に合わなかった。

まだプレイヤーネーム呼びでないのは、まだそのルールを知らない及び四半日の遊びで必要ないと思っているからです。


18/01/04 加筆修正、誤字・脱字修正。


5、悪夢の幕開け

 

 はじまりの街の中央広場。

 

 そこは石畳の敷かれた円形の広場で、周囲には街路樹と中世ヨーロッパ風の建築物、正面には黒く巨大な城『黒鉄宮』がある場所だ。中心に転移門があるだけで見通しの良いこの広場は、このゲームの初期スポーン地点に設定されている場所でもある。

 

 俺こと比企谷八幡も、御多分なくそんな場所にスポーンした。懐かしい、ほんの数ヶ月前にαテスターのバイトで毎日のように訪れていた場所だ。物思いに耽っている時間もないので集合場所の黒鉄宮を目指す事にする。

 それにしても予想していた事とはいえ、人多くない?仮想世界なのに人ごみ酔いしそうになるのは、元ボッチの悲しい性なのか。

 ん?現在進行形でボッチだろうって?だってボッチって言うと雪ノ下が目くじら立てて怒るんだもん。そんな事を考えていると、後ろから声が掛かる。

 

「比企谷くん、近くにスポーンしたみたいね」

「そうみたいだな雪ノ下、迷子のお前を捜す手間が省け……」

 

 振り返りながら答えた俺の言葉が、アバターのある一点に目が釘付けになってしまった為に止まる。

 雪ノ下のアバターは、本人を再現したらしく黒髪ロングにスレンダーな体、そこまではいい。胸部に由比ヶ浜並みのダブルメロンが再現されている。こいつ、俺と2人きりなら兎も角、これから学校の皆と会うんだぞ?絶対に皆に笑い者にされるぞ。まー皆、優しいから苦笑い位で済ませてくれるかも知れないが、陽乃さんは絶対に大声で笑うに決まってる。そしてその副次被害が俺に来るんですね、分かります…

 

「下卑た視線を感じるのだけれど」

 

 しまった、ガン見しすぎた。誤魔化さないと罵詈雑言の嵐に俺の心が殺されてしまう。

 

「おおう、時間が無いから早くチュウ合場所に行こうぜ」

 

 カミマミタ、死にたい…

 

「誤魔化すなら、噛まないで喋りなさい。しょうがない人ね、そもそも…」

 

 今度は雪ノ下が固まった。俺の顔を凝視している。

 

「あなた、目がマトモだとかなり……いえ、なんでも無いわ。急ぎましょう」

 

 話終わるや否や、急にあさっての方向に歩き出す雪ノ下。

 

「おい、そっちじゃない真逆だ」

「そ、そういう事は、早く言いなさい」

 

 顔を真っ赤にして戻ってくる雪ノ下を伴い、目の前にある黒鉄宮を目指した。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 黒鉄宮に近づくにつれ見覚えのある顔が2人見える。まったく同じ顔、え?俺の知り合いに双子っていたっけ?

 

「遅いぞ、比企谷くん」

「遅いよ、比企谷くん」

 

 左右の腕に抱きついてくる謎の双子。

 

 え?え?陽乃さんが二人?どうなってんの?

 

「小町ちゃん、大成功だね。イエーイ」

「陽乃義姉ちゃん、やったね目論見どおり。イエーイ」

 

 俺の腕を離れ、目の前でハイタッチをするダブル陽乃さん。ていうか片っぽは、小町か。どうやら俺を驚かせる作戦の様で成功して喜んでるらしい。「子供か!!」と、口に出すと怒られそうなので心の中で突っ込んでおく。

 

「あれ?雪乃ちゃんその胸…」

「何かしら姉さん、何か問題でも」

 

 俺に顔を向けてくる陽乃さん。無言で顔を左右に振り、俺は関わっていない事をアピールする。

 

「な、なんでも無いよ。雪乃ちゃん」

「そう、それならよかったわ」

 

 あの陽乃さんが突っ込まないだと!?この話題は、姉妹でもタブーなのか。小町は陽乃さんの隣で苦笑いしている。うん小町、この場合はそれが正解だ。後で褒めてやろう。

 

「ヒッキー!」

「八幡~!」

 

 由比ヶ浜と戸塚か、さてどんなアバターにしたのかと思い振り向くと…

 

 ムキムキマッチョの身長2M越えの大男が2人いた。完全に虚を突かれて固まってしまう。

 

「やったね。彩ちゃん大成功!!」

「うん、結衣ちゃん大成功だね!」

「お前らもかよ!!」

 

 俺にしては、あり得ない位の大声で思わず突っ込んでしまった。なぜか負けた気がする。超悔しい。

 あと戸塚の癒し成分が何処にも無いんですけど、それは…

 

 この後に合流した面々は、

 葉山は、そのまま現実世界と一緒。イケメンはいいですね。

 三浦は、自分を少し大人にした感じ。モデルで通るぞ。また葉山の隣に立つと絵になるんだこれが。

 海老名は、BLに出てくるような男性。嫌な予感しかしないから近くに寄るのは止そう。

 一色は、三浦と同じで自分を大人にした感じだが、完全に小悪魔。世の男性諸君、気を付けて下さい。骨の髄までシャブられますよ。

 川崎も自分を大人にした感じだが、一言で言うならエロイ、男子中学生なら目の前に立たれただけで身体をくの字にしてしまうだろう。俺も思わずなりそうになって雪ノ下に睨まれたし。

 大志は、如何にもRPGゲームにでてきそうな勇者って感じ。俺もそうしたかったんだけどな。いいよね、勇者って。

 最後は…

 ゆっくりとこちらに歩いてくる麻呂って感じのアバター…

 絶対にあいつだよね。しかも後ろに格闘ゲームのキャラクターみたいな奴を何人か連れているし。

 

「皆の衆、待たせたか?」

「中二、遅いし!」

「あ、はい、すみません遅くなりまして」

「で、その後ろの人たちは?」

 

 あれ?、陽乃さん本気で怒ってる?

 

「はい、ゲームセンターの仲間で運良く買えた連中です。邪魔しないようにキツく言い聞かせてありますので、同行させてもらっても宜しいでしょうか?」

「ふーん、私達の邪魔をしないならいいけれど」

「はい、ありがとうございます」

 

 何時ものキャラは何処へやら、直角に腰を曲げ頭を下げる材木座。その姿勢はいいが、一言アドバイスしとかないと死人が出そうだ。

 

「材木座、ちょっと此方に来い」

「なんだ我が同朋八幡よ」

「陽乃さんの言う『邪魔をしない』の意味分かってるか?」

「え?」

「話し掛けるな、近くによるな、視界に入るなだぞ。破れば黒鉄宮に死に戻りすることになるからな、仲間に良く言い聞かせておけよ?」

「そこまでか?」

「そこまでだ」

 

 顔面蒼白になりながら仲間の所に歩いていく材木座。それを横目に見ながら先にフレンド登録だけでも済ませようと皆に提案した。

 

「よかったわね。ゲームの中とはいえ友達がたくさん出来て」

「雪ノ下、盛大なブーメランだって気付いてるか?」

 

 なんて、やり取りもあったが確かに俺のスマホに登録されている人数より多いかもしれない…

 

 フレンド登録をした時に分かったことだが戸塚が『サイト』由比ヶ浜は『ユイッチ』(その体格でユイッチって…)他は本名と同じだった。あー、1人『剣豪将軍』ってのも居たわ。

 

 

 ーーーーーーーーーー

 

 

 取り敢えず次は武器屋に行くことになり、歩きながら今回はスキル構成どうしようかな?と、右手で操作しスキルウインドウを展開させた。え?

 

「ええ~!?」

「うるさいわよ比企谷くん、こんな往来で奇声を発しないでくれるかしら。そんなあなたと知り合いだと思われたらどうするの。死んで責任を取って貰うわよ」

「すみません。以後、気を付けます」

 

 俺の彼女、怖すぎませんかね?平気で彼氏を殺そうとするんですけど?

 それよりも、奇声を上げた理由は、スキルはセットされているしレベルも完ストしているもある。慌ててステータスウインドウを開くと…やっぱり…αテスター時のステータスだ。今度はアイテムウインドウを開くが極一部を除いて文字化けしている。装備している物は初期装備だけど。コルもαテスターを辞める時に8並びにしといたのがそのまんま。運営さん?大丈夫なんですか?これ低~中階層序盤位までなら一人で突破出来るレベルだぞ。

 まあ、攻撃センスゼロの俺じゃ無理だけど。なんとかソードスキルを発動出来る位のレベルだけれども。でもねパリィ技術は凄いんだぞ。余りにも俺がどんな攻撃でもパリィするから、パリィのタイミング時間を短くされたくらいだぞ。それでもパリィしてたけどな。結局最後には他のαテスター全員から難し過ぎるという事でもとに戻されて、俺が変態扱いを受けるという黒歴史の1ページになったけれども。

 

 何か説明で疲れた…

 

 まあ良いやどうせ遊ぶのは今日1日だけだろうし、混雑していて運営も気付かないでしょ。それに次にプレイすることがあって、アカバンされてても、一から作って勇者顔にすればいいし。

 開き直って、文字化けしているアイテムを次々に捨てていく。残ったアイテムは装備品が7点ばかり。確かかなり高階層のモンスターのレアドロップ品。≪隠蔽スキル≫の効果を高め状態異常耐性が高い黒いマント<隠者のローブ>が3着、状態異常耐性がかなり高い黒い布服装備<隠者の服>が2着、足音を消しAGIにボーナスが付く黒いブーツ<隠者のブーツ>が2足、流石に此は不味いだろうと捨てようとしたが、アイテムを集めた時の苦労を思い出してして躊躇してしまう。

 ドロップ率のテストの時、どうせやるならとステルスヒッキーに必要そうなアイテムを狙って検証をしたんだが、必要な装備を落とすモンスターが高階層にしか居らず、攻撃センスの無い俺は、ひたすらパリィして通常攻撃を当てるという作業を繰り返したんだよな。勘違いしたスタッフに誉められて時給が少し上がったのは嬉しかったけどさ。

 結局使わなければ良いかと捨てるのを止めてしまった。

 そんな事をしていると武器屋に着いたようだ。

 

「比企谷く~ん、何か武器を選ぶコツってあるの?」

「初期金額じゃあそんなに種類は買えないんで、売っている武器を一種類づつ皆で買って、フィールドで順番に回して自分に合う武器を探すっていうのはどうですか?」

「え?お金なら有るわよ。ね、雪乃ちゃん」

「ええ、うちの父が、世界の注目するゲームなのだから世界に向けて放送が有るかもしれないから雪ノ下家として恥はかけない。それに友達と遊ぶんだからおこずかいも必要だろうって、姉さんと私にウェブマネーをくれたのよ」

「そーそー、で二人してこのゲームの課金ページを見てみたんだけど何を買っていいか分からなかったから全額このゲームの通貨に変えたのよ」

「は?幾らづつですか?」

「うん?100万円づつよ、確かこの世界の通貨と桁は同じだったわ」

 

 このブルジョワさん達め。俺には課金するシステムさえ無かったぞ。招待客専用か?

 

「おい、葉山お前もか?」

「ああ、俺は10万円だけどな」

 

 やっぱり金持ち限定のシステムかよ。俺にあったとしても課金するお金が無いから関係無いし、それに課金してないのにこの中で1番のお金持ちだし!ゲーム内通貨だけどな…言ってて泣きたくなってきた…

 取り敢えず適当に数本ずつ武器を買い漁りフィールドに出ることにした。

 

 敵の居ない場所で、皆に武器を試し振りをしてもらっている。俺は使いなれた≪片手槍≫ブロンズスピアと≪盾≫ラウンドバックラーを装備して感触を確かめる。

 αテスターの時に唯一話していた人が作っていたあるスキルに合わせた組み合わせだ。茅場に内緒で作っていたスキルらしく茅場が居ない日にテストプレイをさせられていた。

 感覚を取り戻す為に槍のソードスキル<ツイン・スラスト>(踏み込みながらの2連続突き)を発動させてみる。最近の走り込みのせいか、下半身が安定していてスムーズにスキルが発動出来た。ゲームの中にまで影響あるの?スゲーな走り込み。攻略サイトに書き込んでやろうかな?

 

「比企谷くん、今のは何をしたの?」

「見てたのか、ソードスキルだよ」

「今のがそうなのね。私も使ってみたいのだけれど」

「武器は決まったか?」

「ええ、この≪曲刀≫ブロンズシミターという武器が刀に似ていて扱い易かったわ」

「ご明察だな。≪曲刀スキル≫はレベルを上げていくと≪刀スキル≫を獲得出来るぞ」

「ますます気に入ったわ」

「そうか、じゃあまず≪曲刀スキル≫を取得しようか」

 

 システムウインドウを呼び出させて、スキルスロットに≪曲刀スキル≫をはめてスキルを取得させる。

 

「これからどうするの?」

「曲刀の初期ソードスキルは<リーパー>(曲刀を肩に担いでからの突進しながらの振り下ろし)だな。誰も居ない方向を向いてから曲刀を肩に担いでみてくれ」

「ええ、分かったわ」

「曲刀が光を放ち少し感覚が変わる瞬間に思い切り振り抜いてみろ」

「ええ」

 

 光った次の瞬間に曲刀を動かした時、<リーパー>が発動して身体が強制的に突進し、曲刀を振り下ろす。

 

「きゃあ、身体が勝手に動いたわ」

「それが<システムアシスト>だよ。ソードスキルは、発動さえさせてしまえば勝手にシステムが動かしてくれるんだ」

「妙な感覚ね」

「そうだな、慣れて身体に覚えさせるしかないな」

 

 そんな事をしているうちに皆も武器を決めたようだ。

 陽乃さんは、両手剣。

 小町は、短剣。

 葉山は、片手剣と盾。

 三浦は、両手槍。

 由比ヶ浜は、片手棍と盾。

 戸塚は、細剣。

 川崎は、両手棍。

 大志は、短剣。

 海老名は、片手斧と盾。

 一色は、細剣。

 材木座は、曲刀にしようとしたが両手斧にさせた。理由?余って勿体なかったからだ。

 残った武器は材木座の友達に陽乃さんの指示で渡した。何だかんだいっても面倒見のいいお姉ちゃんである。

 

 各自に武器のスキルを取得させ、ソードスキルの練習をさせる。全員が一通り様になってきた所で、モンスターと戦ってみようという事になったので場所を移動することにした。

 初期敵のノンアクティブモンスター<フレンジーボア>を狩ってみる事に決め、各々ソードスキルを放つ。どんなソードスキルスキルでも一撃当てれば倒せる雑魚なので、予め練習してきた俺達の敵ではなかった。

 途中飽きたのか陽乃さんと小町がMPKばりのトレインで大量の青いイノシシを引き連れて来た時には焦ったが、所詮雑魚、俺が突進してくる猪を次々にパリィでひっくり返し、他の皆がソードスキルを叩き込み事なきを得た。陽乃さんと小町には、雪ノ下にマナー違反だということを教えて説教をしてもらったけど。

 皆で楽しく遊びながら、全員のレベルが2に上がった頃には時刻は17時を回っていた。

 

「悪いんだけど、妹の京華の様子が気になるから先に落ちるね」

「自分も一緒に落ちるっす」

「おー、川崎、大志お疲れさん。ケーちゃんに宜しくな」

 

 他のみんなからもお疲れさまと声が掛かる。

 

「じゃあ、俺達はオープニングイベントを見に始まりの街に移動するか」

「そうね、遅刻する訳にもいかないでしょうからそろそろ移動しましょうか」

 

 皆が始まりの街に向けて歩き出した。

 

「待って、比企谷。ログアウトってどうするの?」

「そういえば教えて無かったな。システムウインドウを開いてシステムのボタンを押すと一番下にあるぞ」

「私も説明書にそう書いてあったから確認したんだけど、無いんだけど?」

「はあ?ちょっと待ってろ。俺も確認してみる」

 

 システムウインドウを操作し、ログアウトのボタンを探す。確かに無い。有るべき場所がただのスペースになっている。

 

「無いな。バグかもしれない。少し様子をみるしか無いな。」

「そんな、困るんだけど」

「悪いが俺に言われてもどうしようもない。可哀想だが」

「悪かったね。確かにあんたの言うとおりだ、でも何か手はないのかい?」

「1つ手があるとすればGMにメールしてみるのもアリだが、多分他の奴もメールしてるだろうからな」

「ありがとう。ダメ元でメールしてみるよ」

 

 川崎は、メールを送っているようだ。だが俺には一抹の不安が押し寄せる。あの天才茅場晶彦が、こんな決定的な事故を起こすだろうか?そんなことを考えていると

 

『ゴーン、ゴーン、ゴーン』

 

 と不気味な鐘の音が鳴り響き、俺達は強制転移させられた。




SAOの設定は独自設定を含みます。

材木座の友達を存外に扱い過ぎたかな?


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死の遊戯、開演

茅場さん登場

今回は短いですが切りがいいので許して下さい。


6、死の遊戯、開演

 

 はじまりの街の中央広場。

 数時間前に訪れたこの場所に俺達は強制転移させられた。

 次々に強制転移してくるプレイヤー達。広場を瞬く間にプレイヤーが埋め尽くす。全プレイヤーが集められているのか?

 何かがおかしい。俺のボッチセンサーが警告音を最大音量で鳴らしている。

 陽乃さんを視界に入れる。苦虫を噛み潰した様な顔で下唇を噛んでいる。

 

「陽乃さん……」

 

 俺の顔を見て心情を察してくれたのか、頷いてくれる。

 

「ええ、此はただ事ではないわね。少なくともオープニングイベントではないわ」

 

 俺もそう思う。オープニングイベントでも、ログアウトの不具合で集められた訳ではないように感じる。何が起きるというのだ。

 

 急に上空が赤く染まっていく。真っ赤な「WARNING」というフォントとフォントの間から滲み出る、血のような赤黒い液体が、ドロリと垂れて来る。液体は垂れ落ちる事なく、空中で形を変えた。

 ローブを着た巨大な顔も胴体も無い亡霊が、この場に集められたプレイヤー達の上に優雅に浮いている。

 

 ローブの亡霊は話しを始めた。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間である』

 

 やっぱり茅場か、何をしてくるつもりだ?

 

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない、繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。』

 

 仕様?

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることができない。』

 

 自発的?

 

『また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる。』

 

 なっ…そんな事が可能なのか?

 

『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク切断、ナーヴギアのロック解除または分解または破壊の試み、以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果。残念ながら、すでに二百五十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

 亡霊の回りにニュースの画面ウインドウが幾重にも展開され、子供にすがって泣き崩れる母親や家族の映像が多数写し出される。

 

 茅場ァァ、お前ェェ

 

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネット等のメディアはこの状況を、多数の死者が出ている事も含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険はすでに低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他施設へと搬送され、厳重な介護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君には、安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される。』

 

『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』

 

 憤る俺をよそに急にプレイヤー達が光始める。何が…

 

「あれ?彩ちゃん、何時もの姿になってるよ」

「結衣ちゃんも何時もの姿に戻ってる」

 

 何?顔を後ろに向ける、そこにはいつも学校で見ている皆の姿があった。

 日常の姿で戦いもがき苦しめと?日常の姿で死んでいくかもしれない仲間を見送れと?

 

『では、諸君の健闘を祈る』

 

 亡霊が赤い天井目掛け上昇していく。

 

「茅場ァァーーーー!!!!」

 

 ブロンズスピアを亡霊目掛け投げつけようと構える。

 

「比企谷くん、ダメーーー!!」

 

 陽乃さんが俺の身体を押さえつけようとするがレベル差があり押さえつけられない。

 

「雪乃ちゃん、皆も比企谷くんを止めて!!」

 

 12人で覆い被され俺は床に押さえ付けられる。レベル差を使って振りほどく事は可能だが、その頃にはもう茅場の姿は消えていた。

 ブロンズスピアを手放すと皆が俺の上から退いてくれた。立ち上がりながら陽乃さんに向けて声を発する。

 

「何で止めたんですか?何で…」

 

 バチーン!

 

 え?

 痛みはないが違和感が左の頬にある。俺は陽乃さんに叩かれたようだ。

 

「冷静になりなさい。私達は1日も早くこの世界をクリアして現実世界に帰らなければならないの。その為にはあなたのSAOの知識は必要不可欠なのよ。それをこの場で万が一にも失うわけにいかないわ!」

「それに、可愛い義弟くんも失うわけにいかないのよ、雪乃ちゃんの為にも私の為にもね」

 

 冷静な思考が戻ってくる。俺らしくもないバカをやらかしたもんだ。陽乃さんの言うとおりだ。今優先すべきは皆を安全に現実世界に還す事。

 

「すみませんでした。陽乃さん。そしてありがとうございます止めて頂いて」

「冷静になったみたいだね。可愛い義弟くんの為だもの、貸し1個でいいよ」

 

 わお、この人に貸しを作っちまたか。かなり高くついたな。まあ、今はそれよりも。

 

「皆もありがとな。止めてくれて」

 

 私達も貸し1個でいいわ、何て聞こえて来る。あ~あ、俺としたことがでっかい借りを作っちまったもんだ。

 

「皆、聞いてくれ。ここは混乱が始まっている。今後の方針を皆で話し合わなければいけないがここでは無理だろう。近くに教会があるから一先ずそこまで移動しないか?」

 

 皆の了承を得て、俺を先頭に走り始めた。




次回
魔王始動
7、第一の犠牲者その名はアルゴ
で、お会いしましょう。

一回やってみたかっただけです。


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魔王始動

遅くなりました。新年会で飲み過ぎて二日酔いで寝てました。


7、第一の犠牲者その名はアルゴ

 

教会

 このソードアート・オンラインでの教会の役割は、解呪と対アンデッド用の祝福を武器にエンチャント出来る唯一の場所である。

 

 その教会敷地内礼拝堂の大きな扉の前に、俺達13名プラスα(材木座の友達)は、集まっている。

 

「皆、言いたいことは有るだろうが、まずは俺に陽乃さんに質問させてくれ。今後の大きな指針にもなると思う」

「私に?」

「ええ、いいですかね」

「うんいいよ~」

 

 まずは、茅場の話した内容について聞いていく。

 

「ナーヴギアで人を殺すことは可能だと思いますか?」

「可能だよ」

 

 まさかの即答。1週間しかなかったから詳しいことは分からなかったけど、と前置きをして陽乃さんは、話を続ける。

 

「私が確保したナーヴギアは7台って皆には言ったけど、本当は8台だったの。その内の1台を分解して調べさせたんだけど、必要以上に多いマイクロウェイブ発生装置、必要以上に大きな内蔵バッテリーが積んであったわ。この事実と茅場の話を合わせると高出力マイクロウェイブを照射し人間の脳を破壊することは可能だね」

「はるさん先輩、高出力マイクロウェイブ?を脳に照射すると何で破壊されちゃうんですか?」

「そうねぇ~、簡単に言えば脳を電子レンジでチンしちゃうって考えると分かりやすいかな?」

「うわっ、グロッ!」

 

 これで、この世界での死=現実世界の死は、ほぼ確定。念のためにもう1つ確認しておくか。

 

「茅場が嘘を吐いている可能性はあると思いますか?」

「無いね。あの場で嘘を吐く意味も必要性もないもの。それにその聞き方、君もそう思ってるんでしょ?」

「はい、念のために陽乃さんの意見が聞きたくて確認させて貰いました」

 

 次は、現実世界にある俺達の身体についてだ。

 

「俺達の身体のタイムリミットは、どれくらいだと考えられますか?」

「そうねー、体力、受けれる医療・介護等により個人差は出てくると思うけど『3年』かなぁ」

「姉さん、その根拠は何?」

「雪乃ちゃんで計算したのよ。この中で一番体力が少ないから。寝たきりで痩せ細っていく筋肉、経口摂取で栄養を得る事が出来ないから点滴。それらの弊害による内臓へのダメージ。通常の医療・介護では、2年持たないでしょうね…」

「姉さん、私の事を詳しすぎじゃないかしら」

「雪乃ちゃんの事だもん、なんでも知ってるよ」

「気持ち悪いのだけれど…。まあいいわ、ではなぜ2年が3年になるのかしら?」

「それは、雪ノ下家の力。両親は…いえ父さんは、必ず私達姉妹の為に雪ノ下家の総力をあげて最高の医療・介護を私達に受けさせるでしょうね。それでも延命は1年が限界。だから3年」

「父さんが…ええそうね、父さんならそうしてくれるでしょうね」

 

 100層クリアのタイムリミットは3年。雪ノ下の身体を考えれば2年以内か…

 

「比企谷くん、質問は終わり?」

「いいえ、後は自分個人として聞いておきたい事があります」

 

 ここからが核心。

 

「陽乃さんは、こうなる事を予測していたんですか?」

 

 俺の質問に周りがざわつき始める。

 

「どういう事?」

「陽乃さんの茅場晶彦へのこだわり方が普通ではなかったので」

「なるほどね、そういう事」

 

 納得したのか、口を開き始める。

 

「今のこの状態については予測出来るわけがない。こんな事を予測出来たら神の御業」

「万が一、予測出来ていたとして、私がこの場に雪乃ちゃんを連れてくると思う?」

 

 雪ノ下の名前を出されれば、納得せざる得ない。押し黙ってしまう。

 

「君が納得しやすいように、雪乃ちゃんの名前を出したけど、他の皆だってそうだよ?」

 

 義弟くんとウインクをしてくる陽乃さん。

 まだ何か隠していそうな気もするが、今は話してくれないだろうな。

 

「最後の質問、というかお願いです」

「お願い?内容に因るけど取り敢えず話してみて」

 

 

 陽乃さんの前に立ち、腰を90度に曲げて頭を下げる。

 この世界のイレギュラーは、俺と陽乃さんだ。俺のαテスト時の知識、陽乃さんの統率力と見識及び支配力。茅場が予想しているとは思えない。

 

「この狂ったゲームをクリアーする為に俺達を導いてください」

 

一瞬の静寂

 

「なーんだ、そんな事なの?」

「え?」

 

 拍子抜けして頭だけを上げ、陽乃さんの顔を覗き込む。

 俺の頭に手を置き、可愛いな~義弟くんは、と言って撫でてくる。

 

「私達をこんな世界に閉じ込めた茅場晶彦を、私は許すつもりは無いわ。1日でも早く現実世界に戻って必ず殺してやる。その為に存分に扱き使ってあげるから覚悟しておいてね、義弟くん」

 

 此は先払いの報酬ねと、撫でていた手で俺の頭を押さえ、頬にキスをしてきた。

 

「姉さん、何をしているのかしら?そこの男は私の物だと何度言えば…」

「まーまー、雪乃ちゃん仮想世界なんだし、これくらいは許してよ」

「そうですよ雪乃先輩、仮想世界なんですから、それくらいは許してあげないと。先輩~私のキスも…」

「一色さん?」

「ひゃい!」

「雪ノ下さんといろはのこの掛け合いは、伝統芸の域に達しているんじゃないか」

 

 葉山の言葉でその場に笑いが起きる。こういう場の和ませ方は流石だな。

 

 

 ーーーーー

 

 

「さて、私も質問に答えたし、今度は比企谷くんにも答えて貰おうかな」

「俺に?」

「そうよ、さっきの私を振りほどこうとした力は何?」

 

 あー、その事か。確かに異常だったもんな。別に今となっては、このメンバーに隠す必要は無いか。他の誰にも話さないようにと念の為に注意をしてから詳細をばらすことにした。

 

「俺のアカウントは、αテスター時のレベルが引き継がれてるんですよ。ステータスの差が有りすぎる為に陽乃さんは俺を押さえつける事が出来なかった、って事です」

「え?それって凄い事でしょ。レベルは幾つなの?」

「レベルは…」

 

 教会の外に人の気配を感じる。念のために≪索敵スキル≫を展開し確認をしたあと、陽乃さんに目配せをしてから言葉を発する。

 

「続きは取り敢えず教会の中に入ってからにしよう。方針決めにもまだ時間も掛かるだろう。椅子やテーブルも中にはあるから」

 

 陽乃さんと俺以外が中に入ったのを確認し、教会の外に向かって話し掛ける。

 

「そこに隠れてるのは分かってる。何の用だか知らんが出てこいよ」

 

 するとフードを目深にかぶったプレイヤーが1人壁の後ろから現れる。

 

「にゃっハハハ、オラっちの≪隠蔽スキル≫を見破るとは中々やるナ」

「何者だ?盗み聞きとは、趣味が悪いんじゃないか?」

「オイラは、『鼠のアルゴ』情報屋サ。別に盗み聞きをしてたわけじゃないヨ。≪聞き耳スキル≫は持ってないから壁越しじゃあ殆ど聞こえなかったヨ。中央広場で茅場に槍をぶん投げようとしてた面白い奴がいたからついてきただけサ」

「鼠ねぇ…殆どって言っている時点で聞こえてたって自白している様なもんだが?」

「グッ、ヤルネ。αテスターって単語が聞こえただけだヨ」

 

 聞かれてたか。まあいい、それよりも情報か。デスゲームと化したこの閉鎖空間で情報の価値は非常に高い。俺達にも情報収集の担当が必要だな…

 誰が適任だ?やっぱり小町か?次世代ハイブリッド型ボッチのあいつが適任だよな…コミュニケーション能力が高く、ボッチ特有の気配遮断も使えるし。もう1人は大志か。小町よりは幾分見劣りするがあいつも次世代ハイブリッド型ボッチだしな。

 

「鼠、情報屋のお前に依頼を出したい」

「ホウ、仕事カ。じゃあまず名前を教えてくれヨ」

「俺の名は、比企谷八幡だ」

「ハ?プレイヤーネーム!プレイヤーネームでお願いしマス!」

「プレイヤーネーム?じゃあ『ハチマン』だ」

「ハー坊は、オンラインゲームやった事無いのカ?」

 

 ハー坊とは俺の事か?誰かさん並みのネーミングセンスのなさだ。

 オンラインゲームでは、リアルの話は基本NGらしい。現実世界で親い関係であってもダメ。ミバレを嫌いそんな会話が聞こえてくるだけで不快感をしめすプレイヤーも多いとの事。元ボッチだから基本的に1人でも出来るゲームを1人でしかやってこなかったからな。ハチマン、シラナカッタヨ。

 

「ハルノさん、鼠とO・HA・NA・SHIしといて貰えますか?ちょっとコマチとタイシを連れてきます」

「分かったよハチマンくん、アルゴちゃんとO・HA・NA・SHIしとくね」

「オイ、2人して何かイントネーションがオカシクなかったカ?」

 

 大丈夫だ鼠、逆らわなければ殺される事はない。お前の能力は有用だ、悪いが利用させてもらう。その為にちょっと怖い思いをしてくれ。トラウマにならない事を教会で祈っとくから。

 

 2人をこの場に残して教会に入る。

 

「比企谷くん、遅かったじゃないの。2人っきりで何をしてたのかしら」

「変な勘繰りは止せユキノ、一寸した来客があっただけだ。今からその事を話すよ」

「なっ…あなた今、雪乃って私の名前を…」

 

 顔を真っ赤にし固まるユキノ。

 そうか、まだ知らないんだったな。プレイヤーネームってスゲーなぁ、現実世界じゃあ絶対に恥ずかしくて呼べないだろうし。

 とりあえず鼠とのやり取りを皆に伝える。

 

「我は知っておったぞハチマン」

 

 ほーん、知ってたのに話さなかったのか。そのせいで俺が恥をかいたのか。ほーん、ほーん、死刑だな。おもむろにブロンズスピアを装備し槍のソードスキル<ディガグリント>(閃光のような一撃を標的に突き立てる)を剣豪将軍の腹を目掛けて発動させる。

 

「ぶへらっ!!」

 

 変な鳴き声と共に壁に吹き飛ばされる剣豪将軍。

 

「な、何をするのだ、ハチマンよ」

 

 起きあがろうとする剣豪将軍の眉間に槍を突き立てながら、ドスの効いた声で話しかける。

 

「そういう重要な事は隠さずに直ぐに情報共有しような」

「はい…すみませんでした…」

 

「ハッチー、相変わらず中二に容赦ないね…」

「こいつにはこれくらいでちょうどいい。それに『圏内』である限りダメージは1も負わないし、『ペインアブソーバ』があるから痛みも感じないから問題ない。それよりハッチーってなんだ、蜂か?蜂なのか?」

「ハチマンだからハッチー。可愛くない?」

「…………好きにしろ」

「うん!好きにする!!」

 

 今日はよく変なあだ名を付けられる日だな。

 

 話が脱線し過ぎた。本題に戻そう。

 

「コマチとタイシ、ちょっと此方に来てくれ」

「なーに、お兄ちゃん」「なんすか、お兄さん」

 

 2人が此方に小走りで近づいてくる。

 こいつらプレイヤーネームで呼ぶ気無いな。まあいいか、こいつらに名前で呼ばれても違和感しかないし。

 俺はシステムウインドウを操作し、虎の子の隠者のローブ・服・ブーツを1セットづつ2人にトレード機能を使って送る。

 

「2人とも、そのアイテムを受け取って装備してくれ」

「お兄ちゃん、これ真っ黒でなんかドロボーさんになったみたいだよ…」

「確かに、ゲームに出てくるシーフみたいっすね」

「見た目は勘弁してくれ。それでもαテスター時代から持ち越せた数少ない貴重な装備なんだぞ。この階層の雑魚敵じゃあダメージを与えられない位強いんだから」

 

 ステータスウインドウを各々開いて、スゲーとか確かに強ーい等騒ぎ出す2人。俺はそんな2人の頭の上に手を置き皆に話し掛ける。

 

「外に居るのは情報屋で名前は鼠のアルゴだ。おそらくβテスターだ。俺はコマチとタイシを鼠に預けてこの世界での情報収集の仕方を叩き込んで貰おうと思っている」

 

 頭に俺の手を置かれたまま、真剣な眼差しで俺を見てくる2人。

 

「ハチマンくん、そこまでして情報が必要なの?その情報屋さんから仕入れるだけではダメなの?」

「ユキノ、分かっていると思うが情報はナマモノだ。このデスゲームと化した閉鎖空間では、情報の鮮度がプレイヤーの生死を別ける事になる」

「タイシは危なくないのかい?」

「サキ、この世界に危なくない場所はない。いくら適任だからといって俺がコマチを送り出す位に情報は重要なんだ」

「でも…」

「姉ちゃん、お兄さんは俺を信用してこんな大事な装備をくれたんだ。その想いに答えられないでどうするのさ。俺はやるよ」

「タイシ…」

「サキさん、コマチも一緒ですから大丈夫ですよ。何かあった時は、コマチがタイシくんを守りますから」

「コマチちゃん、勘弁して欲しいっす。それじゃあ俺の男としてのプライド丸潰れっすよ」

「タイシくん、プライド何てあったの?」

「ひどいっす!」

 

 場に笑いが起きる。

 

 

 ーーーーー

 

 

「コマチ、タイシそれにサキ一緒に外に出るぞ」

 

 3人を伴い建物から外に出る。

 

「ハルノさん、O・HA・NA・SHI終わりました?」

「うん。終わったよー、ねぇアルゴちゃん」

「イエス、マム」

 

 何処の軍隊だよ。この様子じゃあ、俺の祈りは届かなかったかもな。

 

「ハルノさん、コマチとタイシをお願いします。今度は俺が鼠と話をします」

 

 2人をハルノさんに預けて鼠の方へ歩いていく。

 

「どうした鼠、顔色が悪いぞ」

「ハー坊、アの人はなにもんダ」

「魔王だ」

「魔王カ、確かにナ納得しタ」

「何をされたんだよ?」

「世の中にハ、絶対に逆らってはいけない人がいる事を再認識させられただけダ」

 

 ただでさえ悪い顔色を更に悪くして震え出す鼠。俺が頼んどいて何ですけどやり過ぎじゃないの、ハルノさん。

 

「仕事の話は出来るか?」

「アア、問題ないゾ」

「1つ確認しておきたい。お察しのとおり俺はαテスターだが、鼠はβテスターで間違いないか?」

 

 鼠の震えが止まる。

 

「ソうだな、コッチだけ知っているのも不公平だナ、確かにオイラはβテスターだヨ」

「αテストとβテストの情報交換は、可能か?」

「モチロン!コッチからお願いしたいくらいダ」

「そうか、じゃあここからが仕事の話だ」

 

 俺は、最後の<隠者のローブ>を鼠に渡す。

 

「まず、それが報酬だ、αテストの時から引き継げた最後の装備品だ」

「なんだこの装備ハ?強すぎるゾ」

「ああ、売れば数百万コルは下らないだろうな」

「こんナ装備品を寄越すってことハ、オネーサンのスリーサイズでも知りたいのカ?ハー坊はオマセさんだナ」

「そんな情報に1コルだって払う気はねーよ」

「そうカ?それは残念だナ」

 

 自分のスリーサイズを売り付けてくるなんてとんだビッチだな。

 

「頼みたい仕事は3件、俺達のチームとの専属契約、プレイヤー2人の情報屋としての育成、『嘆きの祠』の発見だ」

「3つ目は、イイとして、前の2つハ?」

「詳しく説明する。専属契約といっても優先的にうちに情報を流してくれるだけでいい。勿論情報料もその都度払う」

「そういう事なラ、了解ダ」

「最後のプレイヤー2人の情報屋としての育成はそのままの意味だ。あそこにいるコマチとタイシに情報屋としてのノウハウを全て叩き込んで欲しい」

「正気カ?危険な仕事だゾ」

「あー、分かっている。それ以上にこの世界で情報がどれだけ重要か理解もしている。素質が無いようなら送り返してくれてもいい。頼む」

「分かったヨ。全ての仕事を情報屋鼠のアルゴとして引き受けタ」

「助かるよ」

 

 コマチとタイシに鼠と挨拶をさせている間に、ハルノさんに状況を説明する。

 

「へー、そんないいアイテムをあげたんだ。もう1つ位、お仕事お願い出来るかな?」

「何を頼むんです?」

「アルゴちゃーん、お姉さんからもお仕事の依頼があるんだけどいいかな?」

 

 ビックと身体の震える鼠。

 

「お姉さん、この世界のプレイヤーさん達と沢山O・HA・NA・SHIしてみたいの、使えそうな人を紹介してくれないかな?」

「オラっちに、生け贄を捧げろト?」

「そういう事言うんだ。別にアルゴちゃんが毎日O・HA・NA・SHIしに来てもいいんだよ?」

「紹介しまス、紹介させてくださイ、お願いしまス」

 

 勢いよく頭を下げる鼠。本当になにされたんだよお前。

 まだ頭をペコペコ下げている鼠を横目にコマチとタイシを左右の腕で抱き締める。

 

「お兄ちゃん?」「お兄さん?」

「コマチ、寂しくなったら何時でも帰ってきていいからな」

「タイシ、コマチの事を宜しく頼むぞ」

「お兄ちゃん…」「任せてくださいっす」

「2人とも自分の命が最優先だ。無茶はするんじゃないぞ。早く一人前になって帰ってこい」

「うん!!」「はいっす!」

 

 2人を離し、鼠に向かって頭を下げる。

 

「2人を頼む…」

「アイアイ、このアルゴ様に任せておきナ」

 

 街中を走って遠ざかる3人の背中と街並みを、俺とサキはその姿が見えなくなった後も暫く眺めていた。




アルゴのセリフって難しいですね。


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とにかくチーム魔王をつくってみる。

俺ガイル風のサブタイトルは難しい。
後でサブタイトルを変えるかも。


8、とにかくチーム魔王をつくってみる。

 

 コマチとタイシを見送ったあと、俺達は教会内の食堂にある大きな長テーブルを皆で囲んでいる。知らぬ間に奉仕部での席順で座っているのは長年の習慣か。

 この場にいないコマチとタイシの座るはずだった空席を、皆無言で見つめている。

 気持ちは俺も一緒だが何時までもこうしている訳にもいかない。

 重苦しい場の空気を払う為、話を振ることにした。

 

「何時までもこうしていても仕方がない。今後このチームでどう攻略していくか、何かアイデアの有る人はいるか?」

「そう言われても、あーしはゲームの事なんて知らないし」

「ユミコと同じで私もゲームは詳しくないなぁ、BL関係ならドンと来いだけど」

 

 いやヒメナさん?今BLは関係あります?ないですよね?ないって言って…

 

 でも確かにこの場にはゲームに詳しい人は少ないように思える。聴き方を変えてみるか。

 

「アプローチの仕方を変える。この中でオンラインゲームをやった事のある人は手を上げてみてくれ」

 

 手を上げたのは、剣豪将軍とその仲間の合計4名のみ。

 分かっていた事とはいえ、少なすぎる。でもそこから手掛かりを見付けていくしかない。

 

「今、手を上げてくれた人で何かアイデアはないか?」

「そうは、言ってもハチマンよ。このゲーム始まって直に捕まってしまい攻略サイトすら見れていないから詳しいことは分からんぞ」

「攻略サイト?β版はクローズドとはいえ、そういうサイトは無かったのか?」

「うむ、あったぞ。でもな、人数が限定1千人のうえに、募集の仕方が各種メディアを使い大々的に行われた事により、あまり廃ゲーマー達が参加出来なかったようだ。その為にいい出来とは言えなっかたな」

 

 なるほど、つまりこのゲームはβ版を含めてもあまり攻略が進んでいないのか。αテスターで開発に少しでも絡んでいた俺の知識はかなり有効に使えるんじゃないか?

 

「逆に何が足りないと感じた?」

「うーむ、そうじゃな、鍛冶等のサポート職のデータなどほぼ見られなかったぞ」

「何?サポート職による生産品はプレイしてくれる人がいないと困るからとボスドロップよりも良い物が作れるように設定していたはずだ」

「そうなのか?確かに他のゲームでもそういう傾向にあるな」

 

 突破口が見えた気がする。

 

「うちのチームで良質の武器や防具を生産し、それを攻略にいかす。戦闘に参加出来ない人を攻略に参加させることで、攻略速度を上げる事が出来るんじゃないか?」

「何?商売を始めて、会社でも立ち上げるつもり?」

「それです。ゲーム初心者のハルノさんでも、会社経営としてチーム運営を考えれば分かり易いんじゃないですか?」

「なるほどね、会社経営か。そうね、そう考えれば容易そうね」

 

 いい感じだ、取り敢えずの骨組みが見えた。会社としてならハルノさんが上手く回してくれるだろう。あとは担当決めか。

 サポート職のスキルは何がある?≪鍛冶スキル≫≪裁縫スキル≫≪細工スキル≫等の武器・防具・アクセサリーを生産出来て直接攻略に貢献できるもの。≪鑑定スキル≫等の出来あがった商品を売るスキルも必要か?いっそうの事、商人が1人いたほうがいいんじゃないか?

 

「取り敢えず誰か鍛冶を担当してくれる人はいないか?」

「それなら我ら4人が担当しよう。本来ならゲームに慣れている我らは、攻略に参加するべきなのだろうが<フルダイブ不適合(通称FNC)>が出てしまっておる。普通のゲームなら問題無いのだろうがデスゲームと化したこの世界では我らは役にたたないであろう。それに生産は確立との勝負でもある。人数が多ければ多いほどよい武器等が出来る確率が上がるはずである」

 

 それに、ゲーム知識もあった方がいいだろうしな、と付け加える剣豪将軍。

 ゲームセンスのある彼らの戦闘からの脱退は正直痛いが、そのセンスを生産に向けてくれればお釣りが来るかも知れない。

 サポート職のリーダーを剣豪将軍に決め、他の担当も決めていった。

 裁縫担当は、サキ。自分からの立候補。現実世界でも裁縫が得意との理由から。

 細工担当は、ヒメナ。彼女も自分からの立候補。マンガを描くなど手先が器用との理由から。

 商人担当は、イロハ。彼女は他薦。生徒会長の経験をいかせるとの理由から。

 イロハは、最初はゴネていたが俺のユイッチに言わされた「頼りにしているぞ」の一言で手のひらを返しやがった。こいつの考えはよう分からん。後でこっそり俺に耳打ちで「責任とってくださいね」なんていってたし。

 

「ねえ、ハチマンくん。料理のスキルがあると説明書に書いてあったのだけれど、それもいかせないかしら」

「ナイスアイデアだユキノ。この世界には娯楽と呼べるものが確か食事くらいしかないはずだ。旨い食事は明日への活力源にもなる。それに茅場は味覚エンジンの開発には成功したが、組み合わせが多過ぎて料理の再現を早々に諦めたと聞いている。そのあと専門スタッフをつけたらしいが。剣豪将軍、その辺は攻略サイトに何か書いていなかったか?」

「うむ、確かに食事が不味いとの書き込みが多かったな」

「決まりだな。味の再現が難しいだろうから少しづつ進めようか」

 

 取り敢えず≪料理スキル≫はユキノ、サキ、イロハが取得することになった。炭の錬金術師ユイッチの取得はユキノを筆頭に全員して阻止した。デバフのポイズンも付きそうだし。

 

 チームの方針が固まった。サポート職に属していない俺を含めた7人は、攻略兼素材集めが担当となる。

 

「チームの方針も決まったみたいだし、チームの名前を考えようよ!!」

「ユイッチは、本当にそういうの好きだな。確か3層でギルドを結成出来るクエストが有るからそれからでいいんじゃないか?」

「今決めたいの!!ねえ皆、何かいい名前ない?」

 

 席を立ち上がり、皆の顔を覗きこむユイッチ。

 

「チーム魔王ね」

「ユキノちゃん!?」

「何かしら姉さん。周りを見てみなさい、皆もそれでいいみたいよ」

「う~、みんな後で覚えてなさい!」

 

 笑いに包まれながら、1回目の方針決め会議を終えた。




チーム魔王発足


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仮想世界でも俺の青春ラブコメは進んでいく。

WARNING!!

八雪書きたい病発症!
ご注意ください。

2018/01/10 加筆修正。誤字脱字修正。


9、仮想世界でも俺の青春ラブコメは進んでいく。

 

 方針決め会議も終わり、教会とは中央広場を挟んで反対側にあるレストラン街のNPCレストランに皆で食事をしにきている。

 この店に入る前にちょっとした騒動があり、ハルノさんが「お嬢様」なんだなと再認識させられた。一食10数万コルはする超高級店に何の躊躇いもなく入って行き、慌てて全員で止めるという一件が発生したのだ。

 ハチマンくんお金たくさん持っているでしょ?なんて言っていたが、考えて欲しい14人いるのだ、皆で一食150万コル近い金額だぞ。そんな食事を毎食していたら3日と持たずに俺の財布は干上がってしまう。

 現実世界との金銭感覚のズレを早急にハルノさんには改めてもらわないといけないようだ。

 

 メニューを見て料理を決めNPCに注文すると直ぐに料理が運ばれてきた。ファーストフード店も真っ青なスピードだ。

 早速、口に料理を運ぶ……予想以上の不味さである。食えなくはないが現実世界で出されたら「え?なにこれ?これでお金取るの?」ってレベル。俺でこんな状態ならあの姉妹は…

 

「これは料理とは呼べないわね…」

「だからさっきのお店に入っておけばよかったのに~」

「多分さっきのお店でも、ここよりは多少はましなくらいじゃないかしら。料理スキルのレベルを急いで上げる必要性があるわね」

 

 ナイフとフォークはとうの昔に手を離れており、今後の対策に夢中の様子。

 結局、殆どの人が料理を残して店を後にした。料理スキルを取った彼女達の今後に期待しよう。

 

 

「これからどうするのかしら?また教会に戻るの?」

「いや、ここから教会だと結構な距離だ。近くの宿屋に泊まろう」

「それがいいし、早くお風呂に入って眠りたいし」

 

 あー、忘れてた。第1層の宿屋には確か風呂はないはず。これはひと悶着有りそうな予感。βテストか製品版で改善されている事を願おう。(結局風呂は無かった為にこの後ひと悶着あり、後日、俺の所持コルで風呂つきの小さなプレイヤーホーム(80万コル)を買わされた。このあとの女性プレイヤーの勧誘に一役買う事になる)

 

「みんな~ちょっと座って待ってて、私が部屋を一括でとってくるから」

 

 宿屋のフロントに走っていくハルノさん。お言葉に甘えて近くの椅子に座らせてもらう。今日は色々ありすぎて正直疲れた。身体の疲れなんて仮想世界には無いんだろうが、脳の疲れはどうしようもないようだ。

 

「この宿、全室二人部屋でちょうど7室空いてたわ、女性から順番に鍵を渡すから取りに来て~」

 

 部屋の予約が終わったハルノさんの周りに集まり鍵を受け取っていく女性陣。他のお客さんの邪魔にならないようにか、鍵を受けっとった人から順番に宿屋の奥に消えてく。

 

 俺は座った椅子で少し呆けていた為に鍵を最後に渡された。立ち上がり部屋に向かおうとした時、ハルノさんに声を掛けられる。

 

「宜しくね、義弟くん」

「何をです?」

「まあまあ、後で分かるよ」

 

 意味がわからない。何か嫌な予感はしたが眠気の方が勝り、考える事を放棄し部屋に向かう事にした。

 

 

 ーーーーー

 

 

 今俺は、部屋に入ったところで固まっている。

 何故かって?部屋の中にあるダブルベッドにユキノが腰かけていたからだ。部屋番号はちゃんと確認した筈なんだが…

 これ以上の沈黙に耐えられず、ギギギッと擬音がつきそうな速度で回れ右をして「間違えました」と一言謝ってから部屋を出ていこうと一歩足を踏み出した。

 

「間違っていないわよ」

「え?」

「ここがあなたの部屋で間違っていないと言っているの」

「は?なに考えてるんだあの人。ちょっと抗議してくる」

「諦めなさい。姉さんにそんな事をしても無駄だと分かっているでしょうに」

 

 うん。ハチマン、ワカッテル。

 ハルノさんと知り合って1年半、特にユキノと付き合いだしたここ半年弱は、こういうハルノさんの悪戯は毎週のように何かしら受けていた。

 そして必ず抗議や過剰な反応をすると、次回は必ずエスカレートした悪戯を受ける事になる。そこで俺とユキノの取った対策は、反応するから過激になるなら反応しなければいいとの後ろ向きな考えから導き出された「無反応」という対応方法だった。結果はあまり変わらなかったのだが、からかわれる時間が減っただけでも良しとする事にした。

 

「取り敢えずベットにでも腰かけていなさい。今お茶を淹れてあげるから」

 

 ユキノに促されベットに腰をかける。慣れた手つきでお茶を淹れるユキノを見ながら、料理スキルが低くてもお茶は淹れられるのだななどと考えていると俺の目の前にお茶が差し出された。差し出された黄色いお茶を一口飲んでから、ベッド横のナイトテーブルにカップを置いてからユキノに話しかける。

 

「不味いな。あれから1日も経っていないのに、ユキノの淹れてくれた紅茶が懐かしい」

「そうね。確かに懐かしいわね」

 

 俺の横に腰かけてくるユキノ。暫くの沈黙の後、不意に俺の左腕を絡め取り顔を肩に埋めてきた。

 え?何してくれてるのこの子?俺は2人きりで理性を保つのに必死だっていうのに……

 

 ……震えている?

 微かに嗚咽も聞こえてくる。ああ、ハルノさんの言っていた事はこの事だったのか。

 

 分かっていた、いや分かっていたつもりだった。幾らいつも気丈に振る舞っているユキノといえど、一皮剥けばただの女子高生である。こんないつ死ぬかわからない世界に閉じ込められて恐くないはずがない。現実世界の身体の残り時間を3年などと宣告されショックを受けていないはずがない。

 俺は彼氏失格だな、本当にそう思う。こんな俺が彼女に触れることは許されない、心底そう思う。でも、でも……

 気が付けば俺の右手は彼女の頭の上に置かれ、仮想世界でも変わらないその艶やかな黒髪を撫でていた。

 

「何をしているのかしら」

「…………嫌か?」

 

 ずるい言葉だと思う。そんな事を言えば彼女が断れない事を知っているのに。

 

「嫌…ではないわ。続けなさい」

 

 ほら、許してくれた。俺は彼女の言葉に甘えて髪を撫でていく。

 

 何分経ったのだろう…いや何十分か?何時間か?時間感覚が失われている。気付けば横にいる彼女の震えも止まっていた。こんな俺でも少しは役に立てたのだろうか…髪を撫でていた右手をそっと下ろした。

 暫くの沈黙の後、意を決したような顔を彼女が俺に向けてきた。

 

「ハチマンくん、お願いがあるのだけれど」

「ん?」

 

 ユキノがお願いとは珍しい。今迄一度もされた事はないんじゃないか?

 

「寝るときに手を繋いでいて欲しいのよ」

 

 顔を真っ赤にしながら俺の返答を待っているユキノ。恥ずかしいが滅多にない彼女からのお願いだ。彼氏としては叶えてやらないとな。

 

「ん、今日だけな」

「ええ、今日だけ」

 

 気の利いた言葉も返してやれない俺を許してほしい。

 装備を解除しベッドにもぐりこむ俺とユキノ。肌掛け布団の中で指と指を絡ませギュッと強く握りしめる。せめて良い夢をとの願いを込めて。

 

「おやすみなさい、ハチマンくん」

「おやすみ、ユキノ」

 

 何があってもどんな事をしても、例え俺が犠牲になってでも…彼女だけは…『雪乃』だけは現実世界に還してみせる。

 そう決意を新たにし、ゆっくりとゆっくりと深い深い眠りの中に落ちていった。




唐突な八雪で失礼いたしました。

当方、社畜の為に平日のアップは難しくなります。
ご承知おきください。


次話、10、第2の犠牲者たち?

野武士面の彼が登場します。


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第2の犠牲者たち ?

明日と明後日の仕事が決定した為に
代休の昨日と今日で書き上げました。


10、第2の犠牲者たち?

 

 ソードアート・オンラインの世界に閉じ込められてから1週間、チーム魔王の現在の所属数は64名。内訳はサポート班41名、攻略班23名である。

 教会では手狭になってきたので、教会とは真逆に位置する町外れの廃工場を日払いでレンタルしている。サポート班の商品は現在売れるレベルにはなく、現在の収支は大赤字。食費や宿代等のチーム運営に掛かる費用は俺のαテストから持ち越されたコルで全て賄われているが、これからも増え続けるであろうチームメンバーの事を考えると何かしら売れるものの目処がつかないと1ヶ月と持たずに資金が尽きるだろう。

 かといって今はスキルレベルを上げる事が最優先で結果は二の次で構わないと思う。鍛冶班なんて武器をインゴットに戻し、また武器に打ち直すなんて作業を永遠と繰り返して頑張ってるし。

 

 攻略班の平均レベルは8。俺がパワーレベリングで絶賛引き上げ中。今も鼠達「情報屋」から買ったレベリングスポットへ、つい先日入隊した6名を連れて向かっている最中だ。

 こいつらの入隊経緯は一風変わっている。元々、自分達でチームを組んでいたのだがリーダーがハルノさんに一目惚れしたらしく、面接(O・HA・NA・SHI)時にいきなり猛アタックしたらしい。そんな事があったのに入隊を認められたんだから優秀な人材なんだろう。でも可哀想なのは他の5人、いきなりチームを解散されて他チームの傘下に入らされたんだからな。

 

「クライン、お前たちの入隊経緯は本当に変わっているな。仲間に悪いとは思わなかったのか?」

「いーんだよハチの字、俺の仲間達はそんな小さな事は気にしねぇ。それにハルノさんは『風林火山班』って俺達のチーム名を残してくれた。嬉しいじゃねえか、ますます惚れちまったぜ」

 

 ハチの字?俺は仁侠の道に足を踏み入れた覚えはない。それにあれだ、この世界では人に変なアダ名を付けるのが流行ってんのか?かれこれ3つ目だぞ。

 

 それと悪いがクライン、班名の経緯は少し違うと思うぞ。ハルノさんの事だ、鼠を使ってコイツらのチーム名を含めた情報は調査済みだろう。人が一番喜びそうな部分を的確に突いて懐柔する人心掌握術には恐れいる。

 

「お前達は本当にそれでよかったのか?」

「いーんすよ。俺達は何があってもリーダーについていくだけっすから」

 

 クラインは随分と仲間に信頼されているようだ。これは思った以上に頼もしい奴が入隊してくれたのかもしれない。

 

 

 ーーーーー

 

 

 レベリングスポットに到着した俺達は、早速レベル上げを開始した。俺のパワーレベリングのやり方は至極単純で、俺が敵の攻撃を弾いた所にソードスキルを打ち込んでもらうだけ。俺は味方のピンチな時以外には攻撃をしないから経験値は一切入らないが、その分レベル上げ対象者に割り振られる。

 

「お前達、ソードスキルに振り回されているぞ。システムアシストに任せっきりにしないで自分自身でソードスキルを放っているイメージで身体を動かせ」

「わかったぜ、やってみる」

 

 これも鼠から買った情報で攻撃力と攻撃速度及びスキル後の硬直時間が短くなるというもの。俺達はこの技術を<トレース>と呼んでいる。システム外スキルに分類されるらしい。

 

「それにしてもハチマンよ、お前強すぎないか?」

「俺はαテスターだからな、お前達より1ヶ月くらい多くプレイしているから、なれているだけだ」

「αテスターねぇ…それあまり言いふらさない方がいいぞ。ネットゲーマーは嫉妬深い奴が多いからな。まー俺達は大人だからそんな事ねえけどよ」

 

 クラインの話しによると、ネットゲーマーなる人種は嫉妬深い奴が多く、他のゲームでよく嫉妬による喧嘩を見てきたそうだ。そのほとんどがイチャモンレベルの程度の低いものらしい。うちには口ではハルノさんとユキノ、しかも数の有利もあるが一応みんなの耳に入れておいた方がいいかもしれない。知っているのと知らないのでは対処の仕方も変わってくるだろうからな。

 

「言いふらすつもりは始めからねえよ。お前達だから話したんだ」

「あのハチマンがデレただと!?」

 

 有り得ないとか天変地異の前触れか等、6人全員が騒いでいる。失礼な奴らだ。俺くらい素直な奴はいないというのに。

 

 

 ーーーーー

 

 

 クライン達のレベルが2上がったところで俺達は始まりの街に戻ってきた。時刻は17時過ぎ、もう少しで日も落ちるだろう。

 

「クライン達は、廃工場に寄ってさっき入手したアイテムを渡してきてくれ。俺は教会に顔を出してみる」

「おう、今日はサンキューな。助かったぜ」

「気にするな。同じチームの仲間だろ」

「ハチマンがまたデレた!」

 

 本当に失礼な奴らだな。泣いちゃうよ?グスン。

 

 クライン達と別れ俺は教会に足を向けた。

 

 

 俺達の出ていった教会は今は孤児院の様相を呈している。この世界に閉じ込められたプレイヤーの中にはR-15のゲームにもかかわらず10歳前後の子供たちが少なからずいた。そんな子供たちを保護して俺達がまだいた教会を訪ねてきたのがサーシャという女性プレイヤーだった。ちょうど教会では手狭になってきていたので俺達はサーシャさんに教会を譲り、廃工場を借りたわけだ。そんな子供たちの今の人数は23人。サーシャさんにチームに入ってもらい子供たちはチームの庇護下にある。

 

「うっす」

「あなたは何時になったらまともな挨拶が出来るのかしら」

「ハッチー、やっはろー!」

「ハチマン、やっはろー!」

 

 どうやら先客がいたようだ。

 

「お前ら何でいるんだよ」

「サーシャさん1人じゃ何かと大変かなと思って、ユイちゃんとユキノさんを誘って来てみたんだ」

 

 教会に天使が降臨された。思わず両膝を地面について拝みそうになる。

 

「気持ち悪い顔をさらしてないで、こちらを手伝いなさい。これから食事の準備なのよ」

「ユキノン、私も手伝う~」

「ユイさん、ここは私とハチマンくんで十分よ」

「おう、俺とユキノでなんとかなるから2人で子供たちの面倒でも見てきてくれ」

「えー、でも大勢で作った方が早く終わるよ?」

「ユイちゃん、ハチマン達を2人っきりにしてあげよ?最近2人とも忙しかったみたいだしさ」

「うーん、わかった。サイちゃん行こ。2人ともごゆっくり~」

 

 ユイッチの頭の中のお花畑具合はどうにかならないものか。絶対に恋愛の話をふられた途端に料理の事はどっかに飛んでったよな。「ごゆっくり~」ってこれから食事の準備するってーの。

 

「料理スキルの上がり具合はどうなんだ?」

「順調よ。でも食材のレベルが低いものしか手に入らないから、それなりの物しかできないけれど」

 

 今現在食材はモンスタードロップと採取でしか入手できない。モンスタードロップは安定しないし、採取もリポップ迄の時間がランダムだ。それを考えると≪農業スキル≫や≪漁業スキル≫を専門にしたサポート班の設立も将来的な視野に入れたほうがいいのかもしれない。

 

「ねぇ、料理班で面白いアイデアがあるみたいなのよ。皆のレベルがもう少し上がれば実現出来るみたい」

「面白いアイデア?」

「ええ、<料理代行>よ。みんな食材は持っていても料理スキルが無かったからお店に売るしかなかったでしょ?それをこちらで料理して、その分の手数料を頂こうというわけよ。みんなの料理スキルのレベルも上がるし一石二鳥でしょう?」

 

 ほーん、確かに面白いアイデアだ。宿屋にある無料キッチンスペースを使えばラウンジを食事スペースとして使う事も可能だろう。それに中央広場に面している巨大な宿屋なら場所も一等地だし、確かレンタルカウンターもあったはずだ。イロハにも隣に並んで商売してもらえば良いんじゃないか?

 そんな事を考えながらユキノと話しているうちに、夕食の準備も終わり机の上に配膳し終えると騒がしい声がだんだん近づいてくる。子供たちが集まって来たようだ。

 

「お、ハチマンにいちゃん来てたの?」

「ハチマンにいちゃん、また槍の使い方教えてー!」

「ハチマンにいちゃんだ、突撃!!」

「ごふっ」

 

 腹に見事な人間ロケットをくらい、その場に尻餅をついた俺を子供たちが囲んでくる。みんなそれぞれ違うことを話し掛けてくるから何を言っているのかよくわからん。

 

「こら、ハチマンさんが困っているでしょ。せっかくユキノさんが美味しいご飯を作ってくれたんですから冷めないうちにいただきましょう」

 

 サーシャさんの言葉に「はーい」と返事をし自分の席に座り食事を始める子供たち。

 

「あなたはなぜか昔から、子供にはモテるのよね」

 

 ユキノの言葉を背に受けながら、俺も席に座り子供たちとの騒がしくも楽しい夕食に混ざることにした。




次回
11、女鍛冶師

バレバレですね。


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女鍛冶師

うーん、最後の部分イロハをリズに変えてみたんですけど…




11、女鍛冶師

 

 

 この世界に閉じ込められて2週間が経過しようとしている。先週からの一週間でチームの人数は倍以上に増えている。原因はプレイヤーハウスのお風呂の存在が口づてで広がり、サポート班への女性の加入申請が後を絶たないからだ。加入申請者には1日1回の集団面接で対応しているが、ハルノさんは女性のプレイヤーの入隊をほとんど断っていないようだ。まあ、追加面接の必要なプレイヤーもいるみたいだが。そんな事情によりあの家は、プレイヤーハウスの拡張機能を使い全室が風呂場に改築されている。風呂場しかない家なんてもう家じゃないし、風呂屋で良いんじゃないかとハチマンは思うの。

 

 サポート班のスキルレベル上げは順調で、店売りの物よりもいい装備が出来始めている。特に順調なのは、料理班による<料理代行>だ。毎日長蛇の列が出来ている。今度テラス席を勝手に宿屋の前に作る案まで出ているくらいだ。このまま順調に売り上げを伸ばしていくなら、専用の店を持つのも有りかもしれない。

 

 そんな頑張っているサポート班の拠点である廃工場に今俺は来ている。新しく出来た盾を受け取る約束があるためだ。

 

「遅いわよハチマン!待ちくたびれたじゃない」

「約束の時間ピッタリじゃねえか。遅刻はしてねえよ」

「男は女性を待たせた時点で遅刻なのよ!」

 

 え?そうなの?男女平等は何処へいっちゃたの?泣かれちゃたらそれまでなの?ネタが古すぎる?けど好きなんだよあの曲。夏だけ活動して春秋冬はお休みという生活スタイルに若干の憧れもあるし。

 

「まあいいわ。それよりこれがあんた用に私が鍛えた盾<クリティカルガード>よ」

「ほーん、さすが天才女鍛冶師リズベット。名に恥じない良いできじゃないか」

「お、おだてても何もでないわよ。それよりさっさと装備して感想を聞かせなさいよ」

 

 さいですか。せっかく素直にほめてやったのに。まあいいかとカウンターの上に置かれている盾を手に取り装備してみる。良い盾だ。重くもなく軽くもない左腕にしっくりと収まっている。しかもその名の示すとおりクリティカル攻撃の無効化の能力まで付いている。間違いなく第1層なんかで手に入れられる代物じゃない。リズベットの鍛冶師としてのセンスの良さに改めて関心してしまう。

 そういえばこいつの入隊時も凄かったな。ハルノさんに向かって開口一声「将来自分の店を持ちたいから力を貸して欲しい」なんて堂々とチームを利用して成り上がってやる宣言をしたのだ。一瞬目が点になっていたが次の瞬間には大笑いをしながら入隊の許可をハルノさんは出していたっけ。向上心のある人は大好きだもんな、あの人。俺も凄いと思う。閉じ込められた事に悲観して自殺した人や宿屋に引きこもっている人がいるなかで、この世界でも自分の夢を持ちそれに向かって邁進するなんて、なかなか出来ることではない。例えそれが閉じ込められた事実から目を背ける為であっても。

 

「良い出来だよ。腕に馴染んでいる感じと言えばいいのか?分からんけど」

「なにそれ。まあハチマンらしい感想だけど」

「うっせ。評論家じゃないんだから上手く伝えられないんだよ」

「取り敢えず気に入ってくれたようで安心したわ。それと今更だけどなんで盾なの?強化するなら普通は武器からじゃない?」

 

 まあ、普通はそうだよな。昔RPGで遊んでいた時は俺もそうしていた。でも今は事情が違う。俺の役目は敵の攻撃をことごとく弾き、味方を守る事。その為に新しく武器を作ってくれると言われた時、店売りの盾では耐久値等に不安があったので、迷わず盾を作ってくれるように頼んだ。

 

「プレースタイルの違いだ。俺はまず守ってから隙を見付けて攻撃するスタイルなんだよ」

「そういうものなのかしらね。まあいいわ、それより今日の夜にサポート組の上位レベル者も連れて大掛かりな狩りがあるんでしょう?私も参加するから護衛宜しくね」

「出来る限りは頑張る」

「男なら「任せとけ」くらい言いなさいよ」

「出来ない事は約束しない主義なんだよ」

 

 その後もやいのやいのと騒ぎ、腹が減ってきたので「また後で」とリズベットと別れてから、昼食を取る為に料理班のいる中央広場沿いの宿屋へ向かった。

 

 

 ーーーーー

 

 

 どうしてこうなった?

 今俺は、イロハの隣のカウンターで武器等のアイテムを販売させられている。

 俺が宿屋前に到着した時は、相変わらず大盛況のようで並んでいるプレイヤーの長蛇の列があった。チームメンバーだしバックヤードで飯を食わせてもらえるかな?なんて考えて列を無視して店内に入ったのが運の尽き、カウンター内で馬車馬の如く働いていたイロハに「先輩、暇なら手伝ってください。忙しすぎて目が回りそうなんです」と有無を言わさず首根っこを捕まれ「買い取りは無理でも販売は出来ますよね」との言葉と一緒に、空いていた隣のカウンターに放り込まれた。不慣れなアイテム販売を何とかこなして解放されたのは15時過ぎ、店の前の列が無くなった後だった。

 

「商人班の連中はどうしたんだよ」

「隣の村に出張中です。武器等の売れ行きはあっちの方がいいですから」

「さいですか…」

 

 遅めの昼食をとった俺は、20時から予定されている狩りの為に<クリティカルガード>の試運転をしようとフィールドに足を向けた。

 

 

 ーーーーー

 

 

 現在時刻は20時、ボルンカ村にチーム魔王の攻略班38名とサポート班8名が集まっている。今回の狩りの目的は鍛冶班からの注文である「アニール・ブレード」を1本でも多く手に入れる事。その為にはクエスト「森の秘薬」を受注する必要がある。

 クエストの内容は、病気によって寝込んだ娘を「リトルネペント」の「花付き」から手に入る「胚珠」というドロップアイテムを娘の母親に渡すこと。 だが花付きは滅多に出現せず、「実付き」か普通のリトルネペントしかポップしない。この実付きが厄介で、もしも実が割れてしまえばたくさんのリトルネペントを引き寄せるし、ポップの促進もさせてしまう。普段なら絶対に実付きの実は壊してはいけない、そう普段なら。

 俺達の考えた作戦は実付きの実を積極的に割り、リトルネペントを集め、さらに調合班の開発した<集蜜薬>(実付きの実と同じ効果)でもっと集めて大量撃破してしまえ、とのおバカな考えから生まれた<リトルネペントほいほい>という作戦名までおバカな代物。しかもこの作戦をプレイヤーが少ない、敵の再ポップまでの時間が短いとの理由から夜にやろうと言うのだから、最早目も当てられない。こんな作戦考えたバカは何処のどいつだ?

 …………はい、俺とユキノです。だって効率がいいじゃん、普通にチマチマやってたら何日もかかるよ?

 

 ハルノさんの「出発~!」という合図で、俺たちは「ボルンカの森」へと進軍を開始しした。

 

 結果、やりすぎた……いくらみんなが下位ソードスキル一撃で倒せるレベル(攻略班の平均レベルは12)とはいえ、数が多すぎる。完全にやらかした…

 

「サポート班は攻略班のの後ろに隠れろ!」「実付きは実を壊さずに本体を一撃で倒せ!」「もう集蜜薬は使うな!」「円陣を崩さないように!サポート班を守って!」

 

 いろんな指示が飛び交い混乱しているのが手に取る様に分かる。俺も事ここに至っては攻撃しないなんて言ってられないので、円陣を飛び出し遊撃として敵を一撃で倒しまくり、頭数を減らすのに必死だ。

 

「きゃあぁ!」

「リズベット!?」

 

 どうやらリトルネペントの酸攻撃を浴びたようだ。急いで駆けつけリズベットの目の前にいたリトルペネントを一撃の下に切り伏せる。

 

「大丈夫か?」

「なんとかね。助かったわ」

「お前その格好は…」

 

 立ち上がったリズベットの姿を見て、慌てて抱き寄せ俺の身体と盾で挟み込む様にしてリズベットの身体を周りの視線から隠す。

 

「ち、ちょっとなにするのよ、とっとと離しなさいよ、黒鉄宮に送られたいの!?」

「自分の身体をよく見てみろ。アウター装備がさっきの酸攻撃で壊れてインナー装備が丸見えだ。早く替えのアウターを装備しろ!」

「ええ?わっ!本当だ。でも替えの装備なんてまともな物を持ってないし…」

「選り好みしてる場合か!リトルネペントが近づいて来ているからもう離すぞ」

「ちょっと待って!すぐ装備するから」

 

 リズベットの身体に装備時のエフェクトが視界の片隅に見えた瞬間に、抱き寄せていた手を離し迫って来ていたリトルネペントを切り伏せ、他のターゲットに向かって走り出す。

 

 

 しばらくして、リトルネペントのポップも落ち着いたようだ。幸いな事に犠牲者は1人も出ていない。入手した「胚珠」の数は12個。時間は夜中の12時を過ぎている。4時間以上の戦闘でみんなクタクタだがここはフィールド、ホルンカの村に引き返してから休む事にして歩き始める。余談だが<集蜜薬>は危険すぎるとの判断から製造と販売を中止する事になった。

 

「ハチマン、さっきはありがとね」

「リズベットか、無事で何より……」

「なによ、何かあたしの顔についてる?」

「……その格好どうした」

「ああこの衣装ね。ユイッチとユミコが私に似合うからって、無理やりサキに作ってもらったのよ」

「そうか……」

「それといいかげんに『リズ』って呼びなさいよ。長いでしょ私の名前」

「俺にあだ名呼びは、ハードルが高いんだよ」

 

 ポルンカの村への帰り道を、いくら緊急事態とはいえ大胆な事をしてしまったと顔を赤らめながら<メイド服>姿のリズベットと並んで歩いて行く。この後、ボルンカの村に着いた途端に一部始終を見ていたユキノにその場で正座させられて説教を受けることになるのは、また別のお話。




次回
第1層フィールドボス戦①
12、決戦前夜

次回更新は週末以降になりそうです。


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第1層フィールドボス戦①

遅くなりまして申し訳ございません。



12、決戦前夜

 

 閉じ込められて15日目。サポート班は売り上げもスキル上げも順調で、チームメンバーが日々増え続けているにもかかわらず、利益を着実に積み重ね黒字幅を伸ばしている。それと上手くいくまで内容は秘密らしいが鍛冶班は先日手に入れたアニール・ブレイドを使って何か試しているようだ。

 攻略班のレベル上げも順調、ただし順調すぎてチームトップレベルの者達は、第1層でのレベル上げは限界に近づいてしまっている。それもあってか、ようやく第1層のフィールドボスを倒そうということになり、始まりの街の中央広場沿いにある宿屋のラウンジにチーム魔王の攻略班と情報屋の鼠が集められた。

 

「ハヤト、これで全員?」

「ああ。ハルノさんに集めるように言われたチーム魔王の攻略班でレベルが15を超えている者は37名だから全員集まっているよ」

 

 いくら大きな宿屋のラウンジとはいえ、40人近い武装した人間が集まると狭く感じる。しかも、これからフィールドボスを倒そうとする意気込みからか熱気も凄い。昔の俺なら、こんな雰囲気の場所に来たら即Uターンしてバックレるまであったな。ユキノやコマチに首根っこをひっ捕まれて連れ戻されるまでがワンセットだろうけど。

 

「そう、じゃあ始めよっか。アルゴちゃん、情報を宜しく~」

「アイヨ、まずベータテスト時の情報から話していくヨ」

 

 鼠が言うには、フィールドボスの名前は『コボルト・ジェネラル』。HPバーは2本。身長4メーターくらいで両手槍を装備している。特に変わった攻撃はしてこないが、HPバーが赤くなると攻撃力と攻撃速度が上がるのが唯一の注意点か。

 ただし、このボスには取り巻きがいて名前は『コボルト・ソルジャー』。HPバーは1本で、身長は2.5メーターくらい。フィールドボスとの戦闘開始と同時に3体湧いて、武器はそれぞれ違うものを装備しているらしい。倒した後のリポップは無しとのこと。

 それとボスはコボルト・ソルジャー3体全員が倒されるまで動き出さないとのこと。たぶん、こちらから攻撃を仕掛けないかぎり待機状態なのだろう。

 

「ココまでが、ベータテスト時の第1層フィールドボスの情報ダヨ。何か質問はあるかイ?」

「チーム内のベータテスト経験者達は、アルゴちゃんの情報に追加や訂正はある?」

 

 βテスター達は一様に首を横に振ったりしており、特に手や声を上げるものはいないようだ。

 

「特に質問もないようだシ、次は確認されているベータテスト時との相違についてダナ」

「相違?何か仕様変更でもあったのか?」

「アア、ハー坊の言うとおりボスのHPバーについて仕様変更があったみたいデ、2本から3本に増やされてたのをこの眼で昨日確認したヨ」

 

 第1層のフィールドボスから強化されている?何があったんだ?

 俺の存在がバレたのか?相手はGMだ、バレていても何らおかしくない。それともベータテスト時にあまりにも弱すぎた為の仕様変更か?鼠も弱いと言っていたし。分からない、分からないが嫌な予感がする。

 

「大丈夫なの?現実世界のあなたの眼みたいな顔色をしているわよ」

「俺はどんな顔色をしてるんですかね。何?ゾンビ化が眼から顔にまで進行したって言いたいの?ユキノさんも大変ですね、そんな奴が彼氏で」

「私は大丈夫よ、もう慣れたもの」

「……さいですか」

 

 慣れたって、ゾンビの部分は否定してくれないのね…まあ、いつもゾンビ扱いされてるし俺も慣れたわ。

 

「さすがユキノン!ハッチーのキモイ顔が一発で直ちゃったし」

「おい、キモイ顔ってなんだよ?」

「えー、気付いてないの?ハッチーって考え込むと顔がかなりキモくなるんだよ?」

「そうなのか?」

「うん、そうだ!」

「…悪かったな、迷惑かけてたみたいで」

「大丈夫!私も慣れたし」

 

 何でこう奉仕部の女性2人は、まるで挨拶でもするように「ゾンビ」やら「キモい」やら言うのかね?まあ、見慣れるほどそんな顔を見せていた俺も俺か。

 

「はーい、奉仕部の3人によるじゃれあいショーは終わりかな?会議を進行するよ?」

「姉さん、じゃれあいって…」

「タハハハ…」

「うっ…すみませんでした。進行してください」

 

 三者三様に顔を赤らめながらも会議の進行をお願いする。周りの微笑ましい家族を見るような温かい視線が痛い…

 

「ハチマンくん、フォーメションはどうする?」

「コボルト・ソルジャー1体に2チーム12人で対応するとして、3体で36人。ハルノさんは指揮官ですから後ろから全体の把握と指示でいいんじゃないですかね?」

「えー、それだと私の出番がないじゃない」

「指揮官なんですから自重してくださいよ。万が一の事があったらチーム魔王が崩壊します」

「ちぇっ、つまんなーい」

 

 大丈夫なのこの人?指揮官としての自覚あるのか疑いたくなるレベル。このゲームのクリアは今やあなたの双肩にかかっているんですよ?お願いしますよ、頼りにしてるんですから。

 その後、ハヤトとユキノの説得に渋々了承したハルノさんにより、今日のところは最前線の街トールバーナに移動して休息し、フィールドボス討伐は明日の14時から開始する事が告げられこの場は解散となった。

 

「鼠、ちょっといいか」

「ナんだいハー坊。お姉サンに愛の告白でもするつもりカ?」

「誰がするか。そんな事よりコマチとタイシはどうしてる?元気か?使い物になりそうか?」

「ハー坊は、顔を会わせるといつもそれダナ。2人とも元気だシ、頭のキレもいいからオイラも助かってるヨ」

「そうか…元気か…引き続き2人の事を宜しく頼む」

「アイアイ。シスコんのお兄ちゃんガ寂しがっているから顔を出すようにって、コーちゃんに言っておくヨ」

「ああ宜しく頼む…って、おい鼠!」

「アハハハ、またなハー坊」

 

 笑いながら走り去って行く鼠を見送りながらも2人の無事に俺は胸を撫で下ろしていた。

 

 

 ーーーーー

 

 

 時刻は15時。俺達攻略班は、食事の世話や回復アイテムの補充、武器のメンテ等に必要とのハルノさんの判断からサポート班の護衛をしながらトールバーナに移動している。

 

「先輩~遅れてますよ。早く早く」

「イロハ、なんでお前がいるんだよ?商人班の同行は聞いてないぞ」

「先輩はバカなんですか?最前線の街なんですよ?商売しなくてどうしますか」

「いつからそんなに商魂たくましくなったんですかね…」

 

 いいから早く早くとイロハに手を引かれて前の集団に追い付いて行く。

 ヤメテ、そんなに簡単に手とか繋がないで!勘違いしちゃうでしょ?まあ勘違いのしようも無いんだろうけど。こいつも思いの外諦め悪いよな、数少ない大事な後輩に嫌われるのを怖がって強く言えない俺も悪いんだろうけど。

 だけどこんな事している所をユキノに見つかったら2人して16小地獄の一つ寒氷地獄に落とされてしまう。それだけは回避しないと…

 

「わかった、わかったから取り敢えず手を離せ」

「ダメですよ。先輩は手を離したらどっか行っちゃうじゃないですか。そんな事を言う先輩にはこうです」

 

 えいっ、と俺の腕に抱きついてくるイロハ。良い匂いや、柔らかい感触が……ってそうじゃない。慌てて顔を正面に向けると両拳を腰に当て仁王立ちするユキノの姿がそこにあった。

 

「イロハさん?」

「ひゃい!!」

「私の所有物に何をしているのかしら?」

 

 俺の後ろに隠れてガタガタと震えだすイロハ。俺にも責任の一端はあるんだから少し庇ってやろう。

 

「ユキノ、遅れてた俺も悪いわけだし、そんなにイロハを……」

「あなたは黙っていなさい」

「……はい」

 

 俺弱ぇぇぇ、言葉でユキノに勝てるわけはないけど一言で何も言えなくなってしまった…

 次の手を打たなければ凍え死にそうだが何も思い浮かばない。

 

「ユキノン!」

「急に抱きつかないでくれるかしら、暑苦しいわ。それに今はそんな事をしている場合じゃ……」

「えへへへ」

「何を笑っているのかしら?聞こえなかったの?今は……」

「えへへへ」

「だから何を……」

「えへへへ」

「…………」

 

 ユキノ沈黙。

 

 ユイッチさん、ぱねっす。急にユキノに抱きついたと思ったら、会話の要所を上目使いの笑顔で断ち切り最終的には黙らせてしまった。次の機会には俺もその手を使ってみよう。俺の上目使い…キモいか?キモいな…うん、やめよう。なんの躊躇もなく黒鉄宮に送られそうだ。

 

「もういいわ、ぐずぐずしていないでトールバーナに早く向かいましょう」

 

 踵を返して歩き出すユキノを確認したのか、俺の後ろのイロハから声が掛かる。

 

「先輩…怖かったです…」

「ああ、怖かったな。これに懲りたらもうこんな事するんじゃないぞ」

「そうそう、ユキノンはああ見えて独占欲が強いから気をつけないとね」

「ユイッチ、まじ助かったよ。ありがとうな」

「ユイ先輩、ありがとうございました。でもユキノ先輩には真正面からぶつかって先輩を勝ち取りたいんです。だからこれからも攻めていきます」

「おお、確かにユキノンやハッチーには搦め手は効きづらいもんね」

「ですです」

 

 あのー、御2人さん?本人の目の前でそういう会話は止めてもらえます?勘違いで逃げられないので…

 キャイキャイ騒ぎながら遠ざかって行く2人の背中を真っ赤な顔で眺めていると入れ替わりでクライン達がこちらに近づいてくるのが見えた。

 

「おうおう、モテモテだなハチマン」

「うっせ、俺の気苦労も察しろ」

「モテる男の悩みってか?かぁー、俺もそんな苦労してみてぇ!」

「なんなんだよクライン、わざわざそんな事を言いに来たのか?」

 

 クライン達の顔付きが真剣なものへと変わる。

 

「いや、これからボス戦って考えたら、柄にもなくみんな緊張しちまってな」

 

 頭をガシガシと掻くクライン。

 

「なんか騒いでるのが見えたから混ざって、笑いでもとって緊張を解そうかなと…」

 

 ばつが悪そうに目を反らすクライン達。俺は小さく溜め息を1つ吐き、からかわれるのは勘弁願いたいがと前置きして話しだす。

 

「デスゲームと化したこの世界で戦闘前、特にボス戦前に緊張しない奴はいないんじゃないか?知らんけど」

「あんなに強い八の字でもか?」

「ああ、緊張してるよ。見ろこの手を」

 

 クラインの前に小刻みに震える掌を差し出す。

 

「なんか安心したぜ。ハチマンでも緊張してるんだな」

「ああ、それと戦闘前の緊張を解すという意味ではお前の考えもありなんじゃないか?笑いをとるなんて俺には絶対出来ない芸当だよ」

「そうか?」

「ムードメーカーとして働いてくれればハルノさんの負担も減らせるし」

「ハルノさんの役に立てるのか…なんかやる気が出てきたぜ!」

 

 カラ回りしてくれるなよ、と心の中で突っ込みを入れつつクライン達と肩を並べてトールバーナへの夕日に染まった道のりを進み始めた。

 

 




調子に乗って書いていましたら、前半部分だけで四千文字を超えてしまった為、①と②に分けさせて頂きます。

次回
第1層フィールドボス戦②
13、魔王舞う



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