Fate/advance 【完結】 (うぇい00)
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一話 一日目 プロローグ

一話です。


夢を見ていた。

それは、私の望み

それは、私の奇跡

それは、私の夢でした。

 

******

 

それは、当たり前の日常。

ごくごく普通の少女の朝。カーテンの隙間から零れる朝日の光と共に、起床時間を知らせる目覚まし時計のアラーム音。

寝ぼけながらも、鳴り続ける目覚まし時計に手を伸ばし五月蝿い音を止める。

少女、氷継マナはようやく布団から這い出る事にした。

ふと、先ほどまで見ていた夢を断片的に思い出し、なかなかユニークな内容だったと頬を吊り上げる。

明日からは朝起きるたびに見ていた夢を書きとめよう。そんな少女の小さな決意は、夢と共に数時間後、あるいは数分後には忘れ去られているだろう。

マナはドレッサーの鏡に映る自分の寝癖を見て酷い頭だと漏らす。

ふと、鏡に映った右手の甲に見慣れない模様が浮かんでいる事に気づいた。一瞬、その模様がチクリと痛みを発した気がするも、杞憂だと、あるいは寝起きで上手く思考できていないのか、マナは気にも留めなかった。

コンコン。扉を叩くノック音。

それと共に聞こえてくるのは機械の様な音声。

 

「おはようございます。マナ様、お支度の方はお済みでしょうか?」

 

その声にマナはハッとし、慌てて身支度を始める。

 

「ちょ、ちょっとまっててー」

 

彼女の声に、扉の向こうからは盛大なため息が漏れていた。

パジャマをそそくさと脱ぎ捨てベッドに放り投げると制服に袖を通し、ドレッサーの前へと腰掛けるとファンデーションで顔をはたき、ささっと眉を書き上げる。

アイラインを入れてビューラーでまつ毛をあげてからマスカラを塗る。

一連の動作を手馴れた手つきでこなしていき。

 

「おまたせ!」

 

ダンっと勢いよく扉を開けると、目の前にはこの屋敷の使用人の一人でもあるエルザが眉一つ動かさず彼女を出迎えた。

 

「おはようございます。マナ様。十七分三秒です。昨日より七秒遅い。こうも毎日寝坊されては困ります。少しは、氷継家の娘としての自覚をもってください」

 

淡々と説教を説くエルザに、マナは適当に相槌をうつ。

氷継家には複数の使用人が在住しており、とりわけこのエルザはマナと非常に仲がいい。

身分としては雇い主の娘とその使用人ではあるが年も近い事もあり、二人は他愛もない会話もよく行っている。

この様に、マナに説教ができるのも気心が知れた仲であるからだろう。

エルザの説教をBGMにマナ達は長い廊下を歩いていく。

マナの部屋は、突き当りに位置しておりエントランスにたどり着く間に彼女たちは右手に扉を五つ確認できるだろう。

つまり、マナの部屋を入れて六つ部屋がある。各部屋は住み込みの使用人が使用しており、どの部屋もマナの部屋と同様の造りになっているが、基本的に使用人たちは複数人で一部屋を使用している。

 

「……マナ様それは?」

 

エルザの問いにマナはわかんないと、あっけらかんとした様子で答えた。

マナの右手の模様。彼女が眠たいと瞼を擦る際にエルザの視界に入ったようだ。

呆れながらエルザは、早くも本日二回目となるため息を尽く。

 

「わからないではありません。当主様からお聞きになったではありませんか!それは、令呪ですよ」

 

「ごめんなんだっけ……それ?」

 

エルザの説教が待っているのにも拘らずマナは懲りずに呑気な言葉を繰り返す。

しっかりしてください。とエルザは肩を竦めたところで二人は屋敷のエントランスに出た。

中央に大きな階段があり、それは屋敷で唯一の入り口の正面に位置している。彼女達の向かいには先ほど二人が歩いて来たのと同様の長い廊下が続いている。

 

「朝食の準備はもうできています。当主様もお待ちですよ」

 

エルザはマナを急かすように足早に階段を下っていき、マナもそれに追従する。

階段を下りきったところで、階段から左手にあるリビングからマナの姉であるサラが出てきた。

マナは直ぐに目を逸らしたつもりだったが、それに気づいたサラの視線をズキズキと感じ、エルザの背中に隠れるようにマナは進んでいく。

 

「お、おはようございます。姉さん」

 

マナは恐る恐る挨拶をするもサラからの返事はない。

代わりにジロリとすべてを見透かすような目でマナを睨みつけた。

エルザは、会釈をし「おはようございます」と、挨拶をした。

 

「お忘れ物ですかサラ様?」

 

「……ええ、少し忘れ物よ」

 

サラはエルザの問いに適当に返事をし、取り澄ました顔つきで階段を上っていくと、マナ達の部屋とは反対側の長い廊下に消えていく。

それを見たマナはそっと胸を撫で下ろしてから、はぁ、と深いため息をついた。

 

「姉さんはやっぱり私のこと嫌いだよね」

 

マナの言葉にエルザは首を傾げる。

 

「いえ、サラ様はいつもマナ様の事を気にかけていらっしゃいますよ」

 

そういって微笑む使用人兼友人にマナは本気で言っているのか、と首を傾げた。

氷継家の次女がマナならば、当然姉のサラは長女である。

姉に対してマナはいい印象を抱いてはいないし、サラもそれは同じだろう。

そもそも、「魔術師」の家系として、マナは決定的にその才能が欠如している。

逆に、姉のサラは彼女達の父曰く「天才」と評するほど才に溢れ、それのみならず勉学、運動にも長け全てにおいて完璧な人間。

マナはこれといって何かの才能に秀でているわけでもなく平凡を地でいく存在だ。

魔術にしても、幼い頃から姉と一緒に父より学んではいるが一向に上達する気配もない。

それは、マナ自身もまったく魔術に興味がないという事もある。

火が欲しかったらライターを使えばいい、水が欲しかったら蛇口を捻ればいい。電気だってボタン一つで明るくなるご時勢だ。

魔術などと言う物は時代錯誤とすらマナは認識している。

それでも、非凡なマナにとって優秀なサラはあまりにも遠く眩しく妬ましい存在だ。

自身が姉ほど魔術を扱えたのなら、まず時代錯誤などと認識はしない。

「自分ができないから」否定しているに過ぎない逃避なのだとマナ自身が一番理解している。

故に姉のサラはマナを嫌うのだろう。

魔術師として高みを目指す事も、魔術師として歩む事も放棄している。

そもそも、人にとって上を目指すという根本的な向上心と言う本能が欠けている。

自ら歩みを止めた自身を、上へと進み続けるサラが蔑むのは当然なのだと言い聞かせて、マナは『いつもの逃避を繰り返す』

そして、なによりもサラが自身を嫌う原因がこの後待ち構えているのかと思うとマナは憂鬱で仕方がなかった。

ギィ、と古めかしさを感じる音と共に、リビングの扉をエルザが開けマナを中へと招き入れる。

中には、数人の使用人達がせっせと働いており、中央の大きなテーブルには二人分の料理が並べられていた。

 

「おはようマナ。昨夜はよく眠れたかい?」

 

両手を広げ満面の笑みでマナをテーブルへと招くのはマナの、そしてサラの父親であり、この家の当主、氷継弦一郎。

彼こそが、サラとの確執の原因なのだとマナは自身に言い聞かせてきた。

弦一郎は、異常なまでにマナを溺愛している。

それこそ魔術師として、自ら天才と評した姉のサラなど眼中にないほどに。

その溺愛ぶりは過保護を超え異常とまでいえるだろう。

魔術もろくに扱えない見習い以下のマナを何故そこまで溺愛するのか。

普通の魔術師ならばマナなどさっさと切り捨て姉であるサラを後継者として大事にするはず。

なにより、弦一郎ははっきりと明言しているのだ「後継者は、サラ」だと。

それなのに、弦一郎はマナばかり目をかける。

マナにとってそれは苦痛でしかなかった。

弦一郎に手まねかれ、マナは大人しく自身の席に座ると弦一郎もマナの対面に座りテーブルに置かれた朝食を食し始める。

 

「姉さんはもう食べたんですか?」

 

「……サラはもう食べた。すれ違わなかったのか?そんなことより、マナ。右手を……右手を見せてごらん」

 

サラの話題を振るもそんな事はどうでもいいとマナの事ばかり聞いてくる。

毎日毎日。それは、今日とて例外ではなく、むしろいつもよりがっついてきている様にさえ見えた。

マナは大人しく弦一郎に右手を見せる。

彼女の手の甲に浮かぶ令呪の刻印をみて弦一郎は歓喜の或いは狂喜の声を上げた。

言葉には形容しがたい声。

それを聞いたマナはおろか使用人たちでさえ気味悪がり顔を顰めた。

 

「ははは。まさかとは思っていたが。マナにも令呪が宿るとは!勝った!この戦争勝ったぞ!我が陣営のサーヴァントはこれで四騎!過半数を超える英霊を有して負けるはずがない!喜べマナ!私達の。我が氷継家の念願は、願望は、奇跡は終わりを向かえ。今、新しい野望と共に始まるのだ!」

 

まるで、プレゼントを貰った子供のように弦一郎は狂ったように喜ぶ。

言っている意味がわからないとマナがあっけに取られていると、苦笑いを浮かべたエルザがマナに耳打ちをする。

 

「聖杯戦争の事です。これも、お話されたでしょう。興味はないと言っても、マナ様は氷継家の人間です。一生、魔術と付き合っていかねばいけないのです」

 

嗜めるようにエルザは言うが、マナはいまいちそのイメージがわかなかった。

後継者は、姉なのだ。

自分には、関係ないことだと、都合の悪い事は考えないようにするマナの悪い癖。

これ以上狂った父の前で飯など食べていられないとマナは朝食に出されたトーストを口に放り込み牛乳を一気に飲み干すと胃袋に無理矢理流し込む。

 

「私、もう学校行くから」

 

逃げるようにリビングを出るマナは屋敷の入り口で靴に履き替えると、傍らで鞄を持って待つエルザが少しニヤついている事に気づき何かあったのかと問いただす。

 

「いえ…それよりマナ様。サラ様の専属使用人よりサラ様からの伝言を預かっていますがお聞きになりますか?」

 

意地の悪い言い方をするエルザから強引に鞄を奪い取るといかにも嫌そうな顔でマナは

伝言の用件を伝えるように促した。

ごほん。とエルザはワザとらしく咳払いをしてから。

 

「その寝癖はなんとかならないのか?氷継家の人間として身なりくらい整えた方がいい。との事です」

 

「ああぁ!寝癖を直すの忘れてた!」

 

思わず大声を出すマナに肩を竦めエルザは耳元でマナに告げる。

 

「直す時間なんてありませんよ。嫌なら寝坊癖を直してください。マナ」

 

「わ、わかってるわよ…いってきます」

 

顔を真っ赤にしてマナは学校へと向かうためエルザを含め数人の使用人達に見送られ屋敷の外へと踏み出した。

 

「いってらっしゃいませ、マナ様」

 

******

 

季節は、冬。

丈の短い制服のスカートでは、その寒さを嫌でも実感できる。

冷たい風がマナの細く白い足へと容赦なく引き抜けその度にマナは身震いを起こす。

 

「うぅ外は寒い寒い」

 

誰かが見ているわけでもないのに何故か芝居がかった独り言を呟く。

マナは屋敷のある山の麓を歩いていた。

マナの住む氷継家の屋敷は山の中腹辺りに位置する。とりわけ、高いという山ではないがそこから街を一望できる程度の高さはある。

山には氷継家の屋敷以外は何もなく屋敷への道は緩やかな傾斜のS字カーブの道路が続く。屋敷までの道はそれしかないが、その道自体使用する人も車もほとんどいない。

通学にマナ、そしてサラが毎日利用している程度。

山への入り口からは田んぼが点在しているのが見える。この「月宮市」も大分開発が進んでおり、点在する田んぼの殆どが使用されておらず数キロ先には一般的な住宅街に入る。

マナがその住宅街まで歩いていく必要はまったくなく、ごくごく普通に学校前の停留所行きのバスを喉かな空気が残る小さな停留所で待つだけでいい。

昔、学校まで魔術で簡単に行けるようにならないのかと父親に言ったら怒られたのをマナは思い出し少し苦笑いをした。

 

「魔術は神秘でなくてはならない」

 

マナからしてみれば、魔術なんてものは手品と何が違うのか良くわからない。

根源にいたるための手段。そのための魔術。では、根源とは何か?それがわからないから魔術を極める。

マナには、到底理解できず、バスの中でまとめられない思考がグルグルと脳内を走り回った。

 

******

 

この日が日曜日という事もあり、校門にほとんど生徒はおらず、グラウンドでは運動部が朝から声を張り上げランニングを行っている。

そんな熱心な彼らにマナは目もくれず校舎へと歩みを進めていく。

マナの通う「月宮東高校」はマナの家からバスで揺られること一時間はかかる。

わざわざ休みの日に登校し行う事といえば部活動だ。

街で一番新しいこの学校は、部活動専用の校舎が設けられ休日にも拘らずいくつかの部活も各々の部室で活動を行っている。

マナが所属している部活は「美術部」で割とポピュラーな部活ではあるが何も部員全員で毎回デッサンを行うような事は一切おこなっていない。

無論、デッサンに励む部員もいれば、ただ自分の好きな絵を好きなように描く部員もいる。どんな形態でアレ自身の「表現」をもっとも活かせる事を自由にすればいいだけの部活であり、部室は部員専用の作業場と化しているに過ぎない。

「魔術とか聖杯戦争とか、そんなものはおとぎ話やファンタジーで充分」

と言いきり。マナは独自のある種の魔術を表現する作業に取りかかる。

物語を創造するという行為。

0或いは1から作り出す。無形を有形に変え人の心を魅了する。

マナにしてみればこちらの方がよっぽど魔術的で神秘な行為と自称する。

マナ自身もその神秘に魅了された一人だ。

彼女がこの美術部において行う「表現方法」は絵本。

子供っぽいという自負はあるが、マナが最初に魅了された絵本の物語という魔術の形。

自分でも高校生になってもなぜこんなに熱心に取り組んでいるかはわからない。

ただそれに魅力を感じたからであろう。

そういった原動力、或いは執着的なモノはマナにだって存在する。

ただ、魔術師の家系にありながらその執着は別のモノへと向けられていた。それが絵本だっただけの話。

外の寒さを感じさせない暖房の効いた部室の一角でマナは早速自身の信じる魔術の準備。

鞄から取り出した大きめのスケッチブックを広げ自分の想像を創造していく。

彼女が、最初に読んだ本。

それは、本当に印象深く、その記憶は色あせない。なにせ、今でもその絵本を持ち歩いているくらいだから。

魔術師を信じなくてもマナは、神秘を求めてしまう。

いつか、絵本に登場するような騎士が自分を迎えに来るのだと。

そんな非現実的な夢をマナは叶える為に今日もスケッチブックを埋めていくのだった。

 

******

 

「氷継さん、最後に電気よろしくね」

 

「えっ……あ、はい」

 

年上の部員に声を掛けられマナは数時間ぶりに現実への帰還を果たす。

壁にかけられた時計を見れば時刻は午後4時を過ぎていた。

この時期は日が落ちるのが早い、モタモタしていると直ぐに真っ暗になってしまう。

部室にはマナ以外人影が見当たらず、彼女はようやく自分が最後の一人だという事を自覚した。

慌てて机の上に散らばった画材道具を鞄に押し込み教室を後にする。

我ながら凄い集中力だと感心しながらマナは家路のバスに揺られた。

昼食もとっていない事を思い出し、空腹で鳴く腹部を右手で摩る。

ふと、令呪が視界に入りそれをマジマジと見つめてみる。

改めてそれを見直すと、意外にかっこいい。などと言う呑気な感想が湧いてくるのだからつくづく自分は魔術師に向いていないのだろうとマナはため息をついた。

車窓から見える景色は、どこも真っ暗に静まり返る。

住宅街からは、電灯の光だけが漏れ外を出歩く人間はほとんどいなかった。

 

「この時期は日が落ちるのも早いし…何より寒いからねぇ。みんな外にな―――」

 

―――ぎり。

その痛みをマナは感じた。

―――ぎり、ぎり。

その痛みをマナは思い出した。

ぎり。ぎり、ぎりぎり。

ギリギリギリギリギリギリ

はっきりとマナの痛覚を抉る。

ギリと右手の令呪がはっきりと痛みを発する。

それは、今朝感じた曖昧なものではなく、はっきりとしたモノだった。

家に近づくにつれ、それは加速を繰り返す。

山の麓の停留所に着く頃には、右手を押さえ顔を顰めていた。

痛い。

痛い、痛い。イタイ。イタイ。ニゲロ。

それは、脳髄を刺激する本能的な答え。

これは、『痛みではない』

後天的に痛覚が敏感になっているに過ぎないのである。

氷継マナは、魔術師ではない。

正確には。魔術を扱えない、扱おうとしないだけで魔力はある。

その魔力が、本能的にマナに訴えているのだ。

ようやくマナは、真意に気づく。

ここから先、もっと言えば自分の住む屋敷で膨大な魔力が発現しているのだと。

 

「こんなの、わかるわけない。ファンタジーじゃないんだから」

 

マナは、それを認めない。

今まで、目を背け続けてきた神秘に。

今ここで、屋敷に戻ればマナは認めなければならない。

認めざるをえなくなってしまう。

未熟なマナでもわかってしまったのだ。

ここから先に進めば、自分の日常が反覆することに。

自分の日常が崩れる事に、そして何より体で感じてしまった魔力の膨大さに恐怖し足が竦む。

 

「私は、私は―――」

 

「―――様。マナ様―――マナ」

 

その声にハッとしマナは無意識に荒げた声を押し留めた。

気づけば隣には、心配そうな顔で自分を見つめるエルザの顔に少しばかりの安らぎを感じた。

どうしてここに?等という疑問が沸くよりも速く自身の精神の安定のほうが先だと感じマナは口を閉じる。

精神の安定を図れる相手が、自分の居たくない場所にしかいないのは、なんとも皮肉な事だと苦笑しエルザに支えられながら屋敷への道を歩いていく。

 

「やはり、魔術師というより魔術は怖い?」

 

道中エルザにそんな言葉を投げかけられた。

怖い。というよりわかりたくない。マナをそう感じていた。

姉への劣等感は、魔術を否定させた。

この人には勝てない。そして、魔術で勝てないのなら、自身がこの家にいる存在意義がなくなってしまう。

それならば、いっそできないほうがいい。

自分は魔術など扱えない普通の人間なのだと。マナはひたすら自分に言い聞かせてきた。

 

「でも。それも今日で終わりみたい」

 

マナの右手がそう告げる。

お前は魔術師なのだと。

令呪はその証のようなもので、彼女の描いた夢のような日常は非日常に。

本来の彼女の日常に、氷継マナは引きずり戻されたに過ぎない。

 

「エルザ……私は、きっと魔術師なんだ。たとえ未熟でも、未熟以下でも私は魔術師なんだ。……だって、そうじゃなきゃ、令呪がかっこいいだなんて思わないじゃない」

 

「……マナ」

 

エルザに支えられていた腕を振りほどきマナは、いつもの笑顔で友人に告げる。

 

「まだ言ってなかったね。ただいま」

 

「ええ。おかえりなさいませ。マナ様」

 

屋敷への道はまだまだ長く、二人はゆっくりと歩を進める。

道路に点在する外灯は辛うじて道を照らす。

ほぼ真っ暗といっていい彼女の道。

その入り口に立つまでは、非日常の自分達でいようと。

マナもエルザも何気ない会話が途切れない事を願った。

 

******

 

「おや、マナさん」

 

屋敷を目前としたところでマナたちは後方からやってきた男に呼び止められた。

 

「あっどうも神父さん」

 

振り返り声の主を確認すると同時にマナは挨拶を返し、エルザは深々とお辞儀をする。

 

「今帰りかな?ちょうど私も君のお父さんに呼ばれてね」

 

真っ黒な法衣に身を包んだ長身の男性。

その長く美しい女性的な黒髪。常に笑顔を絶やさない。

まさに全身から溢れ出る善人というオーラはマナにはとても眩しすぎた。

彼の名はライル・ライル。

この街唯一の協会の神父であり、魔術師として弦一郎の弟子でもある。

サラやマナの兄弟子にあたり最近はあまり屋敷に来る事はなかったが、マナ達が幼少の頃は屋敷に住み着き魔術の手ほどきを弦一郎より受けていた。

 

「呼ばれた?もしかして、聖杯戦争の事?」

 

恐る恐る問うマナにライルは少し苦笑いする。

ライルの認識では、氷継マナは魔術を嫌っていたからだ。

魔術師として屋敷に来た自身をマナが歓迎するわけがない。

ライルは、申し訳なさそうに口を開く。

 

「ええ、そうです。サーヴァントの召喚に成功したので戦力の把握をしたいと」

 

「そっか。じゃライルさんもマスターなの?」

 

「……も?そういう含みをした言い方マナさんらしくないですね?」

 

「えっ?あーそういうつもりではなかったんです。ごめんなさい。私も、マスターに選ばれてしまったようで」

 

そう言ってマナは右手の刻印を惜しげもなくライルに見せ付けた。

その行為にライルは、ため息をつき。

片膝を付いてマナと目線を合わせ、その右手を優しく握り締める。

 

「……やはり貴女は魔術師にむいていない。令呪をそんな軽々しく他人に見せてはいけません。それは、恐ろしいものだ。サーヴァントを律すモノであり、願いを叶える切符であり、殺して合いの道具」

 

ライルは、立ち上がり屋敷へ歩を進める。

 

「……私は、先に行っています。後ほど」

 

ライルの背中を見送り、マナ達もゆっくりと歩を進め、それは、確信に変わる。

この屋敷には『人』以上の何かがいると。

 

「マナ、行きましょう」

 

今もこうして隣で支えてくれているエルザとの日常も壊れてしまうとわかっていて、自らそれを壊す意味などあるのだろうか。

マナの迷いが歩みを遅くさせていた。

 

「……マナ様。聖杯戦争は単純に魔術師同士の殺し合いです。マナ様では、簡単に殺されてしまうでしょう。ですがそれは、本来の聖杯戦争の場合。今回、行われる聖杯戦争は違います。全てが決まっている聖杯戦争。言い換えれば出来レース。安心してください、戦争の勝者は弦一郎様です」

 

エルザの言葉に、マナは素直に頷く事はできなかった。

なぜその様な事が言い切れるのかと、それを察してかエルザは小さくため息をつくと、優しい口調で説明する。

 

「前にも当主様からお聞きになった筈です。聖杯戦争とは、七人のマスターと七騎のサーヴァントによるバトルロワイヤル。勝者には全てが叶う願望機が与えられます。本来このシステムは別の地で行われていました。六十年前その地で行われた聖杯戦争に先代の氷継家当主も参加していましたが、偶然にも聖杯のカケラを手に入れました」

 

六十年前、冬木の地で行われた聖杯戦争。

聖杯のカケラを手に入れた氷継家は、聖杯戦争を再現するべく、まずは、サーヴァントシステムの解明から始めていった。

過去聖杯戦争に関わったとされる、古今東西様々な魔術師から、聖杯に関する情報を高額で買い取ったりもした。

聖杯戦争の再現は、氷継家に取って宿願である。

そして、その意思を引き継いできた弦一郎が聖杯戦争の構造を解明したのが二十年前。

聖杯を有形にする事に成功したのが、ここ数年の出来事。

エルザの説明にマナは、自分なりに解釈を組みつつ頷いた。

 

「でも、今回の聖杯戦争の聖杯って偽者なんでしょ?願いなんて叶えることが出来るの?」

 

マナの素朴な疑問に少し躊躇った後。

 

「……所詮は贋作です。ニセモノ。ですが、構造は同じです。本来の聖杯戦争の聖杯も元より人が創り出したモノ。重要なのは聖杯そのものでなく、そこに至るまでの過程と仕組み。七騎のサーヴァントの魂を器に注げばいいだけですから」

 

少し、少し寂しそうに。

 

「さぁ、いきましょう大丈夫。願いを叶えるだけだったら結果だけ付いてきます」

 

エルザは、マナに笑顔を振りまき、彼女の手を取り屋敷の中に足を踏み入れた。

マナは、自分の家の筈なのに、どこかの森に迷い込んだかのような圧迫感を感じた。

膨大な魔力の塊。

マナはごくりと息を飲み、入り口から左手にある客間へと向かう。

ドクドクドクと押し寄せる圧迫感に、心臓が押しつぶされそうになるのを、必死に堪えるマナとは対照的に、エルザは淡々と客間の扉を開け『いつもの』機械的な口調で「どうぞ」と言われて客間へと足を踏み入れた。

 

『ようこそ。非日常へ』

 

告げる。マナの、彼女の、本能が告げた。

逃れられない。逃れる術等、どこにもない。

―――日常は反覆する。

客間は、豪華な装飾が施されたテーブルに、高級感に溢れるソファが、並んでいる。

とりわけ豪華なソファには、弦一郎が腰を掛けており、その傍には、先ほどマナ達を追い抜いていったライルの姿もあった。

 

「おかえり。マナ……ご覧、父さんのサーヴァントだ」

 

弦一郎は、客間に入ってきたマナを見ると微笑んだ。

彼の傍らにいる人型の魔力の塊。

それが、いわゆるサーヴァントという存在だと、マナは気づいてしまった。

恐ろしいまでに人間より上位の存在。

 

「さて、ライル。私のキャスターをいれて、既に召喚されたサーヴァントの数は?」

 

「ええ。師のキャスターで五体目です。残るは、セイバーとランサーのサーヴァント」

 

「……ほう。つまり三騎士の内二騎は我が陣営になるわけか」

 

弦一郎は、使用人達にワインボトルとグラスを用意させ、グラスに注がれたワインを仰ぐ。

その後ろでただ立ち尽くしたままのキャスターのサーヴァントにマナは視線を引き寄せられた。

深く被ったフードに、全身を包み込む淡い青色のローブ。

背丈から察すると、マナと同じくらいの少女だろうか。

その風貌は、一般的な人々が思い描くポピュラーな魔法使いの風貌だった。

依然として体内と魔力はぎりぎりと呻きをあげているが、不思議と目の前にいるサーヴァントからは恐怖と言うものを感じてはいなかった。

彼女はきっと伝承により、存在が歪められた人物なのだろう。

英霊として呼ばれて、この世に現界する以上、彼女らは彼女らの歴史を当然持つ。

その歴史が数年、数十年、数百年と語り継がれてきたのならば、その歴史は途中でねじまがってしまうかもしれない。

長い長い終わりのない膨大な伝言ゲームの成れの果ての存在が、サーヴァントとしての彼女を象ったのだろう。

 

「キャスター、魔術師のサーヴァント。直接的な戦闘は不得意ですが、陣地作成能力や、戦術戦闘に長けたサーヴァントと言えるでしょう」

 

「……そう」

 

気を利かせたつもりなのかエルザはキャスターについて解説をするのだが、マナは心の安定を求めていた。

(そういったところが少しズレているんだ)とマナは内心愚痴を零す。

どこか、こうしてわけのわからない傍観者を気取っている。

それは無意識で、無意識に、自分には関係のないことだと逃避しているのかもしれない。

弦一郎とライルの二人はワインを片手に真剣な表情で話し込んでいる。

今の内に自室に逃げ込んでしまおう。

そんな思考がマナの頭を過ぎった瞬間だった。

まるで雷に撃たれたかのような衝撃。

実際に、落雷があったとしたら間違いなくこの館は丸焦げにされていただろう。

それほどの衝撃を受けて、マナは恐怖で足が竦み、弦一郎とライルは顔を見合わせて頬を吊り上げた。

マナは、恐怖で足が竦む。

気づいてしまったのだ。

その落雷の正体に。

溢れる魔力の異臭。

暴れる魔力の渦。

間違いなく、この瞬間に、この屋敷で、二体目のサーヴァントが召喚されたのだ。

 

「大丈夫ですよマナ様。私が付いています」

 

「……エルザ」

 

震えるマナの手をエルザはぎゅうっと優しく握り締める。

彼女に支えられ直ぐ近くのソファに腰をかけたマナはゆっくりと息を吐いた。

これ以上この空間にいたら心臓が圧迫されてしまう。

マナは、客間に控えていた使用人がもってきた水を一気に仰ぎ客間の扉を凝視した。

ここの扉が開けられれば、来てしまう。

気味が悪いほどの魔力の塊が。

マナは願う。サラとサーヴァントが、この扉を開けないことを。

 

「セイバーかランサーか。どちらにしてもサラならば強力なサーヴァントを召喚しただろう」

 

「サラさんは本当に優秀な魔術師です。この戦争が終わった後にでも、時計塔に留学させてはいかがですか?」

 

「そうだな、検討しておこう」

 

もはや、弦一郎にとって聖杯戦争など通過点に過ぎない。

この戦争をどう戦うかではない、勝者となった後、どうするかを彼らは話し合っていたのだ。

数分後、気分が悪いと自室に逃げ込めなかった事を後悔する。

客間の扉はサラによって開かれ、彼女の後ろに追従するのは間違いなくサーヴァントだった。

 

「あら神父さん、来ていらしたんですか?ちょうどいいです、紹介しましょう。私の

サーヴァント、セイバーです」

 

セイバーのサーヴァントは、こくりと頷き弦一郎とライルの前で一礼した。

セイバーは、一言でいうと男装の麗人だった。

身長は、サラと同等で、女性としてはやや高い部類に入る。

まるで、王のような気品と勇猛な戦士のような、それでいて母性的な女性の印象もあり、セイバーを見たマナは不思議な感覚に襲われた。

 

「セイバーを引きましたか。流石は、天才といったところですね」

 

「ふん、氷継家次期当主として、当たり前です。それで、父さんのサーヴァントは?」

 

ライルの賞賛の声も、サラは当たり前のことをしただけだとそっぽを向く。

 

「私のサーヴァントは、彼女だよ」

 

弦一郎は傍らに控えた少女を紹介する。

そんなキャスターを見て、サラは眉間にしわを寄せ不快感を露にする。

幼すぎると。

それこそ、マナと同じくらいの少女だったからだ。

 

「戦力になるのですか?」

 

「なるさ。戦闘は基本サラとセイバーに任せるがね」

 

弦一郎はサラを軽くあしらい、キャスターの方へと視線を一瞬やり、ニヤリと微笑んだ。

それに対し、気味の悪さを感じたサラは踵を返し。

 

「では、私は部屋に戻ります。なにか作戦でもあれば教えてください」

 

苛立ちを込めて言い放ち、サラは、ソファに座ったままのマナの目の前で足を止めた。

無言の重圧。

マナはとっさに目線を逸らしたが、どうにも動いてくれる気配はない。

仕方なしに目線をあわせる。

 

「マナ、貴女が聖杯戦争に参加する意味はないわ。どうせ殺されてしまうだけ。だったら戦争が終わるまで部屋に篭ってなさい。貴女は戦わなくていい」

 

言われなくてもそのつもりだ。

マナは、自分に言い聞かせる。

こんな非日常を歩けるわけがない。

そもそも、歩く必要もどこにも感じていない。

 

「私も今日は休みます。お休みなさい」

 

サラを振り切るように、マナは客間から抜け出していった。

 

「マ、マナ様!……サラ様、もう少し言い方があると思います」

 

「……ふん」

 

態度を窘めるエルザだが、サラは、聞く耳は持たないといった態度で客間をでていってしまった。

そんな光景をみて、弦一郎はやれやれと肩を竦めるのだった。

 

******

 

自室に戻ったマナは隠れるようにベッドへと潜り込む。

 

「やっぱり私は、魔術師なんかじゃない。そうだ、きっと明日になれば元通り。そうでなくてもきっと強い騎士様が私を救ってくれるに違いない」

 

認めない。認めない。

はっきりと事実が突きつけられたにも関わらず氷継マナは逃避を繰りす。

グルグルと思考の輪廻を繰り返す内に彼女は眠りに付く。

『そんなことはありえない』と解っていながら、朝になれば、自分の日常が元通りになる事を願っていた。

 




続きは二日後


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二話 二日目① なにしてんの

あの日の出来事を、彼女は一生忘れることはないだろう。

あの日から、彼女の人生は変わり。

あの日から、彼女の日常は反覆した。

 

******

 

―――数年前。

 

「おはよー、姉さん」

 

寝ぼけた声で瞼を擦りながら、マナはリビングで朝食をとっていたサラに挨拶をした。

少女にはまだダイニングチェアは高いのか、「よいしょっ」と声を出して、飛び乗るように椅子に乗る。

それと同時に、使用人が朝食をマナのテーブルへと並べていく。いつもと代わり映えのしない光景だ。

上品に焼かれたトーストとスクランブルエッグに、ミニトマトを二つ添えたサラダ。氷継家の朝食は、毎日決まってこのメニューだ。

 

「おはよう、マナ。今日もお父様に魔術を教えてもらうのだけれど、貴女も来るのかしら?」

 

「うん、行くよ。私は魔術が下手くそだけど、姉さんの魔術は見ていたいな」

 

「マナも、少しは出来るようにしておかないと駄目よ。ある程度の心得はもっておきなさい」

 

「はーい」

 

まだ十歳にして、大人の様な振る舞いを見せるサラは、落ち着いた口調で話す。

一方のマナは、年相応に無邪気な顔を見せていた。

 

「では、朝食を食べたら早速いきましょう。今日は朝から鍛錬があるのよ」

 

「やった」

 

姉の魔術が早く見たいとトーストを無理矢理掻き込むも、少女の口に入りきるわけもなくむせ返る。見かねたサラはマナの後ろに回り、優しく背中を摩った。

 

「ふふっ、大丈夫よマナ。貴女が食べ終わるまで待ってあげるから」

 

「う、うん」

 

サラの優しい微笑みに、マナは安堵したかのように微笑み返し、ゆっくりと朝食を再開した。

彼女たちの父である弦一郎による魔術の鍛錬は、彼の工房で行われる。その工房は屋敷の地下に存在しており、そこへの入り口は、ロビーから二階へと向かう階段の裏側にある。他の部屋の扉とは雰囲気がまるで違い、鉄製で作られたそれは、重い重厚感に溢れていた。

しかし、その見た目に反して扉自体は軽く、少女一人で簡単に開けられる程だ。

朝食を食べ終えたマナと共に、サラは地下へと続く扉を開ける。

彼女たちの目の前に広がるのは、暗闇。

まるで、その空間だけくり貫かれたかのように、闇が広がっていた。

 

Invite(インバイト)

 

サラが、自身の魔術起動音を唱えると、闇には一瞬で光が走り抜ける。

何もなかった暗闇には地下へと続く階段があり、それが壁に取り付けられたランタンに照らされ姿を現した。

 

「いつ見ても、これ好きだな」

 

少量の魔力を通すだけで灯りがつく仕組みになっており、その光景にマナは毎回心を躍らせる。

キラキラと目を輝かせるマナの頭を、ポンとサラは叩く。

 

「マナも、このくらいは出来るようになってね。マナはやろうとしないだけ。本当は出来る子なのに」

 

「姉さんには敵わないよ。それに、私は姉さんの魔術を見ているのが好きだから」

 

「もうっ、行きましょう、マナ」

 

呆れながらもサラはマナの手を引いて、地下への階段を下っていく。

螺旋状に続く石階段は何処か不気味さを醸し出しており、その雰囲気には馴れそうにないと、マナは顔を強張らせた。そんなマナの手を、サラは優しく握りしめ、姉の気遣いにマナは体を彼女の腕に絡ませる形で答える。

 

「マナは甘えん坊さんね。でもいつまでもそんな事じゃ駄目よ」

 

「むぅ、だって姉さんは優しいから、甘えたくなるんだもん」

 

「あら、じゃ今から厳しくなろうかしら」

 

「そーれーはーだーめー」

 

猫の様に甘える妹と、注意しつつ結局、甘やかしてしまう姉。

二人の関係は、第三者の人間が見たのならば、大変仲睦まじい光景に映るだろう。

事実、この屋敷の使用人達はこの姉妹の仲睦まじい光景をみては、癒されている者ばかりだからだ。

しかし、それと同時に彼女達を憐れむ者もいた。

 

******

 

サラとマナの母、つまり弦一郎の妻である『氷継サナ』は、二年前にこの世を去っていた。

彼女の死に、多くの人間が嘆き悲しんだ。

この屋敷の使用人からも慕われていたし、勿論、サラとマナも母のサナが大好きだった。

そして、何よりも弦一郎は、妻であるサナを愛していたと言えるだろう。

サナを失った彼は、一時期酒に溺れた。当時は使用人達に手をあげるほど、彼の心は荒んでいたのだ。

近頃は自身の工房に引きこもり、以前にもまして魔術に没頭していった。

勿論魔術師として何ら不思議ではないのだが、彼を昔から知る者のほとんどが、「氷継弦一郎は人が変わった」と答えるだろう。

かつての弦一郎は大変社交的で、誰しもが彼を紳士と讃えるほど高潔な人物だった。魔術師として質の高い人物ではあったが、彼は家族を思いやり、親としても立派な人物だったのである。

彼は心から妻を愛し、また妻であるサナも、弦一郎を愛していた。その愛情は子供達、即ちサラやマナにも惜しみなく注がれた愛情だ。

魔術師は本来、一子相伝である。

己が家系で育て培ってきた神秘を授けられるのは、ただ一人。

その為、魔術の家系で産まれる二児以降の子供達の多くは、養子に出されたりする。だが、弦一郎とサナはそれを拒み、二人の子供にしっかりと魔術の鍛錬を付けることにしたのである。

勿論家督を継ぐのは長女であるサラであり、本人もそのつもりでいる。何よりマナ自身が、魔術に対して消極的だったために、さほど問題は起きなかった。

二人の子供たちは、両親の愛と知恵を存分に受け育っていくことになるのだが、その幸せは長くは続かなかった。

氷継サナが、この世を去った。

何の変哲もない事故死である。

氷継サナは、魔術師として言えば0点と言われるだろう。

それは魔術師としての素質や実力の事を指しているのではない。彼女自身、魔術が扱えないわけではなく、寧ろその才能は十分に持ち得ていた。

彼女の実家も、魔術師の家系としての歴史と実力は十分にあった。

だが、氷継サナは、人間過ぎたのである。

魔術師であり、魔術の家に嫁いでいながら、彼女は普通でありたいと願った。

極々日常的な生活を望んでいたのである。

街に出ては買い物に興じ、食事も自身で作った。

最初の頃は、弦一郎も使用人にやらせておけばいい、と彼女の行動に疑問を感じてはいたが、次第にそれを後押しするようになっていた。

弦一郎とサナは、恋愛婚などというものではなく、魔術師としては当たり前の様にある政略婚である。

より良い魔術師としての血を残したい弦一郎側の家と、質の良い魔術師の家と繋がりが欲しい、サナの家との思惑が合致して、彼は籍を入れることになった。

初めの内は突然の婚姻に困惑していた弦一郎も、彼女の人間的な魅力に惹かれていった。またサナも、彼の他の魔術師とは一線を画す紳士的な振る舞いに惹かれていった。

そんな最愛の妻を亡くした弦一郎は、狂っていく。

しかし、彼は目的を見つけた。

成すべき事を。たどり着くべき場所を。

 

******

 

長い石造りの螺旋階段の行き着いた先。二メートル程伸びた一本道の先に扉がある。

弦一郎の工房への入り口だ。

ツン、と鼻に突き刺さるような匂いが、サラとマナに襲い掛かる。

咄嗟に自身の鼻を摘み、匂いを如何にか遮断しようと試みるマナを横目に、サラは足を止める事無く進んでいく。

 

「まっ、待ってよ、姉さん」

 

「馴れないと駄目よ、マナ」

 

置いて行かれないようにと、マナは小走りで後を追った。

階段の入り口にあった鉄製の扉とは裏腹に、工房への扉は何も変哲のない、シンプルな木製扉だった。

サラは、その扉をゆっくりと開ける。

途端に、先ほどまでとは比較にならない程の異臭が部屋の様子と共に撒き散らされた。流石のサラも、今度ばかりは異臭に顔を顰め、マナは嗚咽を漏らした。

 

「……来たか。マナ、はしたないぞ。母さんが見たら、さぞため息をつくだろう」

 

見るからに高級なスーツに身を包んではいるが、顔は草臥れ、手に填めた厚手の手袋は真っ赤な鮮血で染まっていた。

弦一郎は、サラ達の方を一瞬見て呟いた。

 

「朝から一体何を?今日は私達に魔術を教えていただけるのでは?」

 

そんな父親の奇行に、臆する様子はなく、サラは一歩前へと歩み出た。

 

「……そうだったな。あぁ、いよいよだ。今日で終わり、始まる日でもある」

 

ブツブツと、独り言の様に呟きながら、弦一郎は部屋に散乱する書物を手に取ると、数ページ捲った後深いため息をついた。

 

「マナ、こちらに来なさい」

 

部屋の奥、更に言えば弦一郎に指示された場所に行くのに、マナは躊躇した。

部屋は依然として異臭を撒き散らし、奥に行くにつれ、その匂いは強くなる。更に床には乱雑に積まれた物や、マネキンの様なモノが散乱し、足の踏み場を見つけるのも一苦労だ。

部屋の最奥、弦一郎の後方にもう一つ扉があり、その扉の向こう側にはサラもマナも入ったことはなかった。

 

「マナ、はやく、早くこっちに来い!」

 

戸惑うマナに苛ついたのか、弦一郎の口調が急に荒々しくなり、マナは余計に足が竦む。

 

「マナ、大丈夫よ」

 

見かねたサラは、マナの、手を優しく握りしめ、彼女の背中を押す。

 

「う、うん」

 

戸惑いつつも、マナは部屋の奥へと踏み込んだ。散乱したモノを踏まないように、慎重に。

 

「よし、良い子だ。そこに立っていなさい」

 

無事に自分の元に来たマナの頭をそっと撫でると、弦一郎は彼女の背中に指を滑らせた。

異様な感触に、マナは身を強張らせるが、声を上げては父に何を言われるかわからないと、声を必死に押し殺した。

 

「ひひぃ、で、できたぞ。サラ、こっちに来なさい。マナはまだ動いてはいけないよ」

 

奇妙な声を漏らす弦一郎を、訝しめに見るサラだが、彼の言う通りにマナの前に立った。

 

「ね、姉さん?」

 

「大丈夫よ。きっとこれも魔術の勉強の一環よ」

 

何時もの魔術の鍛錬とは違った趣と、弦一郎の異様な雰囲気に怯えるマナに、サラは安心させるように声を掛けた。

 

「あぁ、もちろんだとも」

 

不安がる娘達に対して、問題はない、と弦一郎は念を押して、幾つかの言葉を紡いだ。

それは、サラやマナには理解も出来ない言葉であった。

先ほどマナの背中に描かれた刻印が赤黒い光を放ち、それを見て弦一郎は、汚らしい笑みを浮かべた。

 

「さぁ、サラ。マナの胸に手を当てて、魔術を通してご覧」

 

「え、えっでも……」

 

唐突で不可解な指示にサラが困惑していると、弦一郎は眉間に皺を寄せ、声を荒げた。

 

「はやくしろと言っているのだ!」

 

「えっう、は、はい」

 

言われるがまま、サラは先ほど階段の灯りを灯した時と同じ要領で、魔力を流し込んだ。

一瞬、光が零れたと錯覚するほどに、サラの流した魔力が視覚化する。

 

「やっぱり、ね―――」

 

マナは、やはり姉さんの魔術は綺麗だ、と言葉を発しようとしたのだろう。

だが、それはかなわなかった。

代わりに彼女の口からは、真っ赤な鮮血が吹き出し、胸の肉と骨が、観音開きの様に躍り出た。

心臓は鼓動を打ったまま活動はしているが、その命の鼓動は次第に小さくなり、ものの数秒で活動は停止した。

その衝撃的な光景はサラの眼球に焼き付き、マナが噴き出した血は、彼女の全身に降り注いだ。

 

「あ……え……」

 

思考が、追いつかなかった。

弦一郎の言われた通りに、魔術を行使しただけのサラには、今の光景は到底理解しがたい。

ただはっきりと知覚したのは、氷継マナが、死亡した、という事実だけだった。

 

「あぁあああああああ」

 

彼女は膝から崩れ落ち、無残な屍と化したマナは、自身の血でできた湖に倒れ、生々しい水音を立てた。

 

「これで……これでいい。後はこの地の魔力を吸い上げ、期が熟するのを待てばいい」

 

弦一郎はマナを抱きかかえると、工房の奥の扉へと、消えていった。

 

******

 

「はあぁぁ」

 

彼女はベッドの上でだらしなく欠伸をした。冬場にも関わらず、上半身はワイシャツ一枚、下半身はショーツ一枚だけといういでたちだ。

 

『寒くないのか?』

 

そんな彼女の姿を見てか、脳に直接声が飛んできた。

念話。マスターとサーヴァントとが、契約関係にある状態で行える、声を発しない傍受不可能の会話。

 

『寒くないわよ。で、何を笑っているのかしら?』

 

少し苛ついた口調でサーヴァントに念話で返事をすると、彼女は自室の扉の前を睨みつけた。

霊体化を解き、やれやれ、と肩を竦める。その実体をさらけ出したのは、彼女の契約したサーヴァント。

 

「本当に寒くないのか?それにしても、君もそういう顔をするのだな。昨夜とは大分印象が違う」

 

真っ黒なスーツに身を包んだその姿は、女性にしてはやや背が高い。髪は美しい金色をしており、肩程の長さはあるが、後ろで束ねられている。

 

「私だって、常にああいう態度でいるわけじゃないわ」

 

寝起きの無防備な姿を見られた事への苛立ちを隠そうとはせず、氷継サラは諦めたようにだらだらとベッドから這い出ると、セイバーと向き合った。

 

「もっと粗悪で野蛮な英霊と思っていたけど、考えを改める必要がありそうね」

 

「所詮は人から人に長年にも渡ってきた果てのない語りであろう?私とて、その被害者だよ。まぁ、中には性別まで曲解された英霊もいると聞くが」

 

サラは、自身の呼び出したサーヴァントが実際のイメージと違うと、嫌味気味に言葉を投げかけるも、当のセイバーは軽く受け流した。

嫌味もここまで軽くあしらわれると、サラは余計に苛立ち、口喧嘩でそもそもセイバーに敵うわけがないと後悔した。

諦めた様に、サラはドレッサーの前に座る。もう一度大きく欠伸をし、セイバーの存在を気にしないように身なりを整え始める。

一方、セイバーは部屋の中央にある北欧風のカフェテーブルの椅子に腰かけ、サラの部屋を見渡す。

セイバーは、自身の生前とは違う雰囲気を奏でるインテリアに興味津々の様子だ。

 

「しっかし、どれも私の時代の物より価値としては低いな」

 

「……貴女のレベルで生活していたら、私は破綻するわよ」

 

セイバーの言葉に、サラはムスッと頬を膨らませ、セイバーはそんなサラの苛立ちを知ってか、彼女をからかう様に笑う。

 

「ハハハッ、そうかい。そこまで私を粗悪で野蛮だと言うなら、その辺りの話を聞かせてあげようじゃないか。そうだな、あれはヴァイキングとして戦場を駆け巡った時の話だ」

 

「別に聞きたくないわよ、貴女の話は。それよりも今日、実行するからそのつもりでいて」

 

「……サラがやろうというのなら基本的には指示に従おう。しかし、君が今から行おうとすることは、決して褒められることではないぞ?」

 

部屋の空気が一新された。

先ほどの穏やかな空気とは、訳が違う。

セイバーはじろりとサラを睨みつける。

英霊として、戦士としてのセイバーの鋭い眼光が、サラを自身の主として相応しいのかを見定める。

しかしサラはセイバーに臆することなく、決意を口にした。

 

「私は決めたの。罪も、全て私が背負う。あの子が失った日常は、私が取り返す。その為なら、私は悪魔にだって魂を売り渡す覚悟はある」

 

サラは立ち上がり、セイバーの目を見つめ、彼女に自身を誇示する。

その眼で、定めたければ好きにすればいい、自身が付き従うべきではないと思うのならば、今すぐにでも切り捨てればいい。

氷継サラの発する気迫にセイバーも折れたのか、諦めたように首を左右に振り、降参だ、と両手をあげた。

 

「サラ、いや私のマスターよ。私は、君の剣となり、君の敵を討ち滅ぼし、必ずや君に聖杯をもたらそう」

 

凛としたセイバーの態度に、サラは彼女に戦士の面影をみた。

 

「ありがとう、セイバー」

 

「気にするな。ただ、これは忠告だ。その選択は愚かで、間違っている道のりだ。簡単には通れぬ険しい道のり。君は闇に落ちるかもしれないぞ」

 

「……」

 

「私は、自分を愚かだと後悔したこともある。だが、君はもっと愚かだ」

 

セイバーは、小さく呟き、霊体化してサラの前から姿を消した。

サラの行為は愚かだ。生前、自身の行為を愚かだと、後悔するセイバーのそれよりも。

サラの行為は、古より愚とされてきた行いである。あってはならない。そもそも、ありえてはならないのだ。

製造された個体が、創造主に牙を向けるなどあり得てはならない。

故に、サラの決断と計画は、愚かと言わざるをえない。

あってはならないのだ。『親殺し』などは、決して。

それでも、セイバーはサラを止めなかった。

どれだけ愚かであろうと、彼女が、若き日の自分に似ていたのだから。

強さを求めた。

それが、無謀だとしても。

自身の道は自らこじ開け、その運命を切り開いたセイバーが、歴史から愚と評されようと、自らの道を決断したサラを止めることなど、できはしないのだ。

 

******

 

氷継マナが夢から目覚めて、七分が経過した。

彼女は思考が完全に目覚めているのにも関わらず、ベッドから起き上がる様子はない。

ただ仰向けに寝転がり、白くて華奢な自身の腕で、視界を遮っていた。

時刻は、朝の四時。

季節も相まって、室内は冷えきっていた。

現在の時刻であれば、普段のマナはまだまだ夢の中で過ごしている。昨夜の連続した非現実的な出来事に脳は落ち着くことなく、中途半端な睡眠となってしまった。

まだまだ寝ていたいと願うマナだが、脳はそうはさせまいと、思考が大雨のように降り注ぎ彼女の安眠を拒んだ。

その決定打となったのが、右手に宿る令呪だった。

昨夜、眠りにつく前。

こんなモノは、夢物語だと、必死に否定したのにも関わらず、目覚めと共に視界に入ったそれは、最高で、最悪のモーニングコールとなった。

認めたくない、と幾ら願い、懇願しようと新しい日常は、常に彼女に付き纏う。

 

「助けて」

 

小さく呟いた処で、彼女の声は誰にも届かない。

枕元にある一冊の絵本。

幼少の頃からの、マナにとっての心の支えであるそれについつい手を伸ばし、そのまま胸に抱く。

あり得てしまった非日常に、あり得ない非日常へ彼女は逃避する。

あり得ないとわかっていながらも、絵本に登場する主人公である騎士たる王が、自身を、この日常から救い出すことを願う。

 

「たすけて」

 

そっと、氷継マナは、そっと呟いた。

 

―――コンコン。

 

マナの呟きとほぼ同時に。

彼女の部屋の扉がノックされた。

こんな時間に誰かが訪ねてくる筈もない。

仮にエルザだとしても、彼女のノック音はもっと機械的だ。

この様な愉快そうな音は、奏でられない。

だとすれば今のは、エルザではない。エルザでなければ、わざわざ相手にする必要もない。深く目を瞑るマナだが、どうにもそれが気になって、余計に眠る事が出来なかった。

 

「―――こんにちは。いいえ、こんばんは、かしら?違う、おはよう。ええ、きっとこれね。おはよう、マナ」

 

その声は、ハッキリとマナの耳に届いた。

それも、耳元でその声を、はっきりと知覚した。

 

「―――えっ?」

 

マナは目を開くと、ベッドの傍らには昨夜みた非日常の象徴である、キャスターの少女が立っていた。

困惑した顔を浮かべるマナに対し、キャスターは言葉を投げる。

 

「おはよう、マナ。この時間なら起きていると思ったわ。少し、お話いいかしら?寝られてないわよね?」

 

キャスターは、どこか嬉しそうに話す。

マナにしてみれば昨夜にひと目見ただけだというのに、キャスターはやけに馴れ馴れしい態度だった。

 

「……なにか用なの?」

 

マナは再びベッドに顔を埋め、キャスターに返事をした。

無視しても構わなかった。というより、マナはキャスターを無視するつもりでいたのだ。そもそも扉のノック音がした時点で、マナは外に居たであろうキャスターを無視していたのだから。

そこでマナは初めて理解したのと同時に、驚きの声をあげた。

 

「え?貴女どうやって入ってきたの!?」

 

「それを今更いうの?」

 

思わずベッドから飛び出たマナとは対照的に、キャスターは呆れながらため息をつく。

 

「貴女に言いたいことは一つだけ。それを今から言うわ。私は、その為に呼ばれた様な

ものだし」

 

「何を……言っているの?」

 

意図が分からない、とマナはキャスターを恐る恐る観察してはみるが、キャスターの顔を窺い知ることは出来ない。

深く被ったフードが、キャスターの顔を包み隠しているからだ。唯一確認できるのは、少女らしき口元のみ。

未だキャスターの真意を掴めていないマナを置いていくように、キャスターの少女の口からは、呪文の様に言葉が紡ぎだされた。

 

「前に歩くためには、前を見る。前に進むためには、自分で歩く。歩くためには、歩く決意をする。ゆっくりでも、ゆっくりでも、それを咎める人はいないわ」

 

「い、意味がわからない。貴女は何を伝えたいの?」

 

困惑するマナを無視して、キャスターは言葉を続ける。

 

「人は、雲の様にふわふわして生きていくことは出来ないわ。だって、人は自由ではないのだから。縛られ、閉じ込められている。有限の時間と制限の中で、限られた自由をただ生きる。でも、上限は、無限よ。自分で幾らでも広げられる」

 

キャスターの言葉の意味を、マナは一片たりとも理解できなかった。

いや、正確には理解しようとすらしなかった。

それは、彼女が拒んだ思考だったから。

キャスターは、言う。

自分自身の力で歩け、と。道は、真っ直ぐしかない。その中で、お前は立ち止まり、道の上を歩く障害物が、退くのを待っているだけだと。

それでは幾ら時間があっても、足りるわけがない。

道は増やせる。障害物も越えられる。

そのための努力を、破棄しているお前が、何を望んだところで―――。

―――日常は、再び反復することなどない。

マナは、理解を破棄する。

いきなり目の前に現れた彼女を、マナは否定する。

 

「な、なんなの?いきなり出てきて、言いたいこと言って……お父さんに何か命令されたの?一体何が言いたいの!?」

 

マナは叫んだ。

それでも、キャスターにはマナの叫びなど届いてはいないのか、唯一見える口元はニヤリと歪む。

 

「そう、答えから出すから解けないのよ。学校でもそうでしょう?答えだけ書いても点数は貰えない。方程式も書かないと。答えは与えられるものじゃなくて、見つけるものよ」

 

キャスターはマナに自身の言葉の真意を説くが、彼女には伝わらない。

それは、マナが歩くことをやめてしまっているから。

マナはキャスターの声に応えることはない。

 

「意味が分からない。だから、一体何が言いたいっていうの?」

 

「だから言ったでしょう?見つけなさい、と」

 

可能性という見えないものを、マナはまだ追う事はできない。

そもそも、そのスタートラインにすら立っていないのだから。

まず、マナがすべきことは解き方を探すこと。その後で、解き始める。

氷継マナという、逃げ回ってばかりの人間がすべきことを、キャスターは伝えているのだ。

 

「いきなりは流石に難しいよね。確かに、一方的すぎた。だから、ヒント。それは、ある種の答え。それを、見せてあげる」

 

キャスターは、クスリと笑い。

マナは未だ追いつかない思考で、頭は爆発寸前。

最後に呟いたキャスターの声は、彼女に届いていなかった。

 

「お休みなさい。そして、さようなら」

 

******

 

それは、新しい日常。

ごくごく普通の少女の朝。カーテンの隙間から零れる朝日の光と共に、起床時間を知らせる目覚まし時計のアラーム音。

寝ぼけながらも、鳴り続ける目覚まし時計に手を伸ばし、五月蝿い音を止める。

少女、氷継マナはようやく布団から這い出る事にした。

ふと、先ほどまで見ていた夢を思い出し、頭が混乱した。

眠れずにいた処にキャスターが現れ、彼女が残していった言葉。

自分の本質が抉られた気がして、マナは気分が悪くなったのをはっきりと覚えている。

が、問題はその後だった。

氷継マナは、夢を見た。

それは、キャスターとの会話の後なのか。それとも、それより前なのか。

それがいつ見た夢なのか、マナにはわからなかった。

ただ、その夢はやけに、現実味を帯びていたのを覚えている。それが、『夢』だと、わかっているのにも関わらす。

一面に広がる広大な花畑。美しい高原にあるそれは、漫画の様な夢の世界。

そこに立っているのは、一人の少女で。

その世界は、その少女によって構成されていた。

それは、創られた贋作の世界。

にも関わらず、その世界は本物だった。

マナはそれが夢だとわかってはいるのに、その夢は、現実だという奇妙な錯覚を感じていた。

―――コンコン。

そんなマナの頭の中を整理するかの如く、いつもの機械的なノック音が耳に届いた。

 

「おはようございます。マナ様、お支度の方はお済みでしょうか?」

 

「え、うん。ちょっと待ってて」

 

いつも朝は大慌てのマナだが、この日はやけに落ち着いているという印象をエルザは抱いた。

昨夜のこともあり、落ち込んでいるのかと思い、何か声を掛けるべきかと思案するが、エルザは上手い言葉が見つからなかった。

マナの友人を自称しながらも、そういった人間的な思考が、エルザには難しく思えていた。それでも、この屋敷の使用人達に比べてみれば、彼女は人間という個体に一番近い存在と言えるだろう。

『ホムンクルス』

この屋敷の使用人はエルザを含めてこの様に呼称される、人造生命体。

マナの父親、氷継弦一郎が製造した人の形をした人形。その命は、短命ではあるが生まれ持って魔術回路を持つ。正しくは魔術回路が人の形をしている、といった方が近いだろう。

肉体的にも人間的思考も欠落しているそれは、魔術師にとって動く道具他ならない。

この屋敷の使用人は、いわば歩く弦一郎の魔術礼装と言っても過言ではない。

その中で、エルザは異質だった。

彼女は、人に近い思考をし、人を思うことができる希有な個体だった。

それ故に、外の世界から隔離されたかの様な密閉空間を誇る屋敷で、マナにとって唯一の話し相手になりえたのだ。

 

「おまたせ」

 

ゆっくりと部屋の扉が開けられ、マナが瞼を擦りながら現れた。

 

「……おはようございます。マナ様」

 

「今日は、怒らないの?」

 

「昨夜の事を考えれば、眠れないのも当然でしょう?」

 

「あぁ、ありがとう」

 

エルザはうまく気をつかえた、とニンマリと微笑むなか、マナはキャスターと夢の事を考えていた。

リビングのテーブルには、既に朝食が並べられていた。当然弦一郎も椅子に座り、マナが起きてくるのを待っていたようだ。

 

「おはよう、マナ。調子はどうだい?」

 

「よくないです。それより、キャスターはどこですか?」

 

「キャスター?キャスターがどうかしたのか?それより、マナも早くサーヴァントを召喚しなさい。なに、マナなら触媒なしでも召喚できるだろう」

 

弦一郎の反応を見る限りでは、今朝の事はキャスターの独断だ、とマナは認識した。

しかし、またわからない単語が出てきた。マナは朝食のトーストをかじりながら、チラリとエルザの方を見る。

しかし、エルザも自身の仕事に勤しんでいるのかせっせと動き回り、到底マナの疑問に答えられる状態ではなかった。

エルザが側にいないのなら、この朝食は大変苦しい空気になる。

一刻も早く抜け出そうと、昨日の様にトーストとハムエッグを口に掻き込み、牛乳で流し込む。

 

「マナ……万が一、ありはしないとは思うが、私になにかあれば、ライルの教会にいきなさい」

 

突然、いつもとは違い、重たく冷たい口調で弦一郎はマナに言葉を投げかけた。

この様な父の態度を見るのは久しい、とマナは感じた。

それは、魔術師としての忠告か、父親としての忠告か、マナには理解できなかった。しかし弦一郎が真剣だと言う事は汲み取れた。

 

「え?えぇ、いってきます」

 

父親の態度に、困惑しつつマナは、学校へ向かうべく屋敷を出た。

キャスターの事や父の言葉は気がかりではあったが、今のマナは魔術とは無縁の学校へと逃避をしに、バス停までの下り坂を下っていく。

魔術師は、秘匿に重きを置く。聖杯戦争は魔術師同士の抗争だ。神秘を秘匿するためにも、昼間から魔術やサーヴァント同士の表立った戦闘は避けるだろう。

ならば、昼間の学校は安全だろう、と結論付け、マナはバスへと乗り込むのだった。

 

******

 

氷継マナが屋敷を出て、数時間が経過した。

サラの自室では、退屈そうにセイバーが椅子に背中を預けている。

 

「暇そうね、セイバー」

 

「それはそうだろう。暇に決まっている。元々、サーヴァントという使い魔として現界した身だ。戦わないのであれば、暇に決まっているさ」

 

悪態をつきながら、セイバーはカフェテーブルの上に置かれたティーカップを手に取り、口元まで運ぶ。

 

「ふむ。紅茶は美味いな」

 

「それはどうも」

 

「まぁ、私が一番腑に落ちないのは、未だに迷っている、私のマスターだがね」

 

じろりと、サラを睨みつけると、彼女はばつが悪そうに、目を背けた。

暫くの沈黙の後、サラは本棚の奥から一冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。

 

「全てよ。私が、父を殺すと決めた、理由の全て」

 

サラの表情こそ変わってはいないものの、低い声のトーンで発せられたそれは、感情を押し殺している様だった。

セイバーは数ページ捲ると、興味がなさそうに言う。

 

「私がこれを読んで、何か意味はあるのか?サラの目的が分からないな。同情か?それとも共感?私に何を求めるマスター?何を、私に求めた?私はサラのサーヴァントだ。君の剣になると誓ったのは今朝の事だぞ?それに、嘘偽りはない。それでも私を信用できないというのなら、令呪を使えばいい」

 

「今回の聖杯戦争における、根本的な部分の話でもあるわ。貴女も気づいたでしょう?マナが、普通じゃないって」

 

「違う。話を反らすな。私は今、サラの決意の話をしている。君が欲しいのは、共感か?違うだろう?求めなければならないのは、その先だ」

 

閉じた本を、サラに突きつける。

サラとて、セイバーの言葉の意味は理解している。

実行を前にして、足踏みしていたのは事実だ。しかし、今回の聖杯戦争の最終目的を共有する事は、必然だ。

 

「わかった。私から話すわよ。それで良いんでしょう」

 

「あぁ。勿論だ。必要なのは、サラの目的だ。それに生憎、私は本を読むのが苦手でね」

 

サラはセイバーから突き返された『弦一郎の日記』を本棚に戻し、今回の聖杯戦争の成り行きと、真の目的を、願いを語る。

 

******

 

屋敷の客間では、弦一郎とサラが向かい合う様に、互いが椅子に腰を掛けていた。

 

「ちょっとした質問ですが、スクランブルエッグは、お好きですか?」

 

「なんだ唐突に。そんな事を聞くために、わざわざ呼びつけたのか?」

 

「……まさか、違います」

 

「で、サラ。話というのは?聖杯戦争に関してか?まだ、マナがランサーの英霊を呼びだしていないだろう。開戦していないのだよ」

 

「随分と余裕ですね。マナは召喚用の触媒も用意していないのでしょう?」

 

「あぁ、それならば問題ない。聖杯戦争に必要なサーヴァントは七騎。残り一騎となれば聖杯側から最後の一騎を召喚するよう、圧をかけるさ。その為に今日、ライルのサーヴァントを使い、マナにサーヴァントを召喚させるまでに至らせる」

 

弦一郎は、テーブルに置かれたティーカップに注がれた紅茶を一口飲み、対面に座る娘を観察するように目を細める。

 

「聖杯戦争を始めるために、大聖杯が、強制的に駒を用意するということですか。更に言えば、小聖杯からならリンクも繋がっているでしょうし、召喚のための陣も必要なさそうですね」

 

サラの言葉に、弦一郎の眉間がピクリとしわをよせた。

一方で、サラは澄ました目で、弦一郎を見据える。

 

「一つ聞こう、サラ。なぜ、マナが聖杯たる器だという事を知っている?」

 

弦一郎の声は、重たく。客間の空気を一瞬にして書き換えた。

 

「ええ。私も一つ聞きたいわ、何故、気づかれないと思ったの?」

 

じりじりとした空気が、二人を包んだ。

そこに、親子という続柄は存在しない。

客間の二人を包み込む空気は、親子のそれとはほど遠い。

明確な敵意を持った、魔術師同士の空気だった。

次にでる声は、互いを問う言葉ではないだろう。それは、互いを狙う言葉で、互いを殺す言葉。

弦一郎も、サラも。次の瞬間には、互いを殺す一手を指すだろう。まさに、一発触発の状態だった。

 

「一つ教えてやろう、サラ。師として、父として。ここが、私の拠点だという事を」

 

先に言葉を紡いだのは、弦一郎だった。

 

Spielen(スピリネン)

 

懐から黒色の液体が入った、手のひらほどの大きさの小瓶を取り出し、床に零す。

それは呻きをあげ床を這いずると、徐々に一体の鉄の兵士へと、象っていく。

その光景を、サラはただ見つめている。

 

「どうした?いや、そういえばお前にはまだ見せてなかったな。私の、戦闘用のゴーレムだ」

 

二メートル程の体躯を誇るゴーレムの傍らで、弦一路は己を誇示するかのように、サラを見下ろす。

一方のサラはニヤリと頬を歪ませた。

 

「なにが、おかしい?」

 

サラの態度に、弦一郎は問わずにはいられなかった。

ゴーレムに気圧され、頭がおかしくなったのか、それとも。

 

「ええ、おかしいわ。―――父さんが、この程度だったなんて」

 

サラは、弦一郎を見下した。

父であり、師である弦一郎を、この程度と見下したのだ。

決して、威圧などされてはいない。

彼女は、初めから余裕だったのだから。

サラの傲慢な態度に、弦一郎が黙っているわけもない。

苛ついた表情で、ゴーレムをサラへと向かわせる。

二メートル程の鉄の兵士は、自らの腕部を強大な槍へと変え、その矛先でサラを穿とうと突撃する。

 

Invite(インバイト)

 

サラは、自らの魔術の起動音を唱えた。

右腕を前方へと突き出し、全てを炎獄へと誘う魔術を行使する。

体内の魔術回路が熱を吹き出し駆け巡る。

彼女が身に着けているブレスレットが赤黒く発光し、その指に填めている指輪は黄金に煌めく。

 

「焼き殺せ」

 

サラの言葉と同時に、彼女の魔術が炸裂した。

右腕から放たれるは獄炎の炎。赤黒く燃えたそれは鋭い矢と成って、鉄の兵士へと疾走する。

放たれた炎の矢は突進する鉄の兵士を瞬時に溶解し、飲み込んでいく。

動く足すら失ったゴーレムは悲鳴とも取れる呻きをあげ、崩れ落ちる。

残るのはサラの魔術が生み出した炎の残り香。

 

「使い魔が敗れた時点で、父さんの敗北は決定的ね。命乞いなんていらないわ。さようなら」

 

サラは、魔術回路に魔力を通す。

炎の矢は再び具現し、使い魔を破壊され立ち尽くす弦一郎へと放たれた。

しかし、その炎の矢は弦一郎に届くことはなかった。

炎の矢は弦一郎の目前で、四方へと飛散したのだ。

 

「この程度か。残念だよ、サラ」

 

弦一郎の前には、先ほど溶解した鉄のゴーレムと同様の者が、彼を庇うように仁王立ちしている。その後ろで弦一郎は眉も動かさず言った。

 

「一体のみだ、と言った覚えは無いがね」

 

その余裕はサラの感情を逆撫でにする。

 

「……そんなにも、そんなにも、お母様を、蘇らせたいの?聖杯を使って!」

 

怒りを隠すことなく、サラは感情を向きだしに叫んだ。

弦一郎は対照的な笑みを浮かべ、静かに言う。

 

「いけないか?聖杯戦争の再現が氷継家の願いであろう?私は、それを達成したのだ。それならば、聖杯に掲げる私の願いなど、安いものだろう」

 

「その目的の為に、私に、マナを殺させた」

 

「サラ、自分を責める必要はない。君は間接的に殺しただけだ。私の言われたとおりに、マナを殺しただけだ」

 

「―――許さない」

 

サラの周囲を取り巻く熱量が増大する。

先ほどとは比べ物にならない魔力の塊が具現し、彼女の右腕を渦巻くように炎が湧き上がる。

 

「アンタの、日記を読んだ。狂っていたよ。お母様を蘇らせるためだけに、私達を利用した。マナを、マナを―――」

 

「人の限界はある。死んだ人間を完全に蘇らせるなど、不可能だ。私ができるのは所詮、人間に近い人形ごっこに過ぎない。いけないか?私は自分の最愛の妻を取り戻すために、全てを犠牲にしても構わない。聖杯なら、その願いは叶う」

 

「許さない。私は、マナを救う。お前を殺して」

 

「そうか。なら、サラは私と一緒だな。家族を殺して、家族を守るのだから」

 

「黙れ!お前と、一緒にするな!」

 

跳躍、サラは弦一郎に飛びかかる。

当然それを拒むように、ゴーレムもその巨大な体躯で彼女に襲い掛かる。

 

「邪魔よ!」

 

薙ぎ払う様にサラが右腕を振るう。纏っていた魔力の炎はゴーレムを豪快になぎ倒した。

 

「言ったはずだ。私の領地だと」

 

瞬間、サラは驚愕する。

四方から別のゴーレムが、複数同時に彼女に襲い掛かっていた。

 

「―――なっ」

 

その数は、七体。突如として現れた巨大な群れに、圧力に、勝てる道理などない。

正面のゴーレムに、先ほどと同じ様に炎を纏った右腕を振るう。しかしそのゴーレムが怯む事は無く、七対の巨大な腕をサラへと伸ばした。

眼前に迫る死の恐怖に、サラは思わず目を瞑った。黒ずんだその巨大な腕は、容易に彼女の体を握りつぶすだろう。

 

「―――やれやれ、見てはおれんな」

 

その女性はため息をつきながら、サラに迫る巨大な腕を一閃する。当然のようにそこにいた剣士は、一瞬で七体のゴーレムを鎮圧した。

 

「セ、セイバー……?」

 

サラの目の前には、戦闘用の鎧を纏ったセイバーが、凛とした姿で佇んでいた。

 

「何を呆けている、サラ。さっさと君の役目を果たせ」

 

「わ、わかっているわ」

 

サラは再び、弦一郎へとその右腕を向けた。

魔術によって構成された炎の矢はが弦一郎に直進する。

ゴーレムは全て、セイバーによって沈黙させられており、彼に防御するための手段は残されてなどいない。

そう、彼には。

彼女の放った炎は、またしても弦一郎に触れる事さえかなわなかった。彼の眼前で、サラの魔術は完全に掻き消えたのだ。

 

「……キャスターか」

 

セイバーは舌打ちしながらも、冷静に今の状況を把握していた。

 

「遅いぞ、キャスター」

 

「すみません、マスター。それよりも先ほどの話、本当ですか?」

 

弦一郎の横に、少女……キャスターの姿があった。彼女の魔術によって、サラの魔術はかき消されたのである。

 

「話?なんの事だ」

 

「氷継マナの事です」

 

「……あぁ、本当だ。私の願いは、妻を蘇らせること。その為に娘を一度殺し、彼女の身

体を弄繰り回した。先代や、私の製造したホムンクルスでは器と成り得なかった。しかし、人間のマナならば可能性はあった。そして、成功したのだよ。マナは器として完成した。あとはそこに、魂をくべればいい」

 

「そうまでして蘇った奥様は、本当に喜ぶのでしょうか?」

 

キャスターは悲しい声で、主に問うた。

 

「喜ぶさ、私が喜ぶのだ。妻だって喜ぶに決まっている!そうでなくてはならないのだ!私の人生は、私のしてきた事は一体……一体なんの意味を持つ?後に、後に引くことなど、できはしないのだ!」

 

「娘を犠牲にして喜ぶ親などいません!心が、痛みませんか?」

 

キャスターは悲しそうに言い、目を背けた。

 

「そんなものは捨てた。でなければこんな事、出来る訳がないだろうが!」

 

弦一郎の怒声と共に、三度、鉄の巨人達は立ち上がる。唸り声を上げたゴーレムは、サラ達にその巨大な腕を振りあげる。

 

「セイバー、宝具の使用を許可するわ」

 

「あぁ、待っていたぞ、その言葉!」

 

セイバーが腰に差した剣を鞘ごと引き抜く。その鞘は、豪華絢爛といった装飾が施されているのにも関わらず、どこか禍々しいオーラを帯びていた。まるで生き血を啜る狂人を思わせるそれは、周囲の目を一手に吸い寄せる。

それは、呪だ。人が背負うには大きすぎる呪いを、その剣の担い手であるセイバーと呼ばれる女性は、自らの力と、意思の強さによって制御しているのだ。

セイバーが剣を抜こうとした瞬間、キャスターはその動きを遮るべく魔術を行使する。しかし、セイバーは自身の持つ対魔力スキルによってそれを無効化した。キャスターの魔術はサラにも及び、彼女の四肢から自由を奪うが、彼女の自由を奪っているリング状の拘束具はセイバーによって即座に破壊される。

 

「サラ!」

 

セイバーの声に弾かれるように、サラは弦一郎の前に躍り出る。彼女は魔術を纏った右腕を突き出し、その心臓を穿った。弦一郎は苦悶の表情を浮かべ、キャスターを見た。キャスターは俯いたまま、彼の目を見ようとはしない。

 

「何故だ!何故だ、何故だ、何故だ!貴様も願いを聖杯に委ねる為に召喚された英雄であろう?何故だ!何故私を見殺しにした!」

 

「貴方は、勝手すぎる……」

 

「キャスター、貴様!ふざけ―――」

 

「ふざけているのは貴方よ、父さん。もし、もし天国に行けたのなら、お母様によろしく。それと、私は好きでしたよ。使用人達が作ったスクランブルエッグ。もう、作る事の出来る人は残っていませんけど」

 

サラの炎は、弦一郎の心臓を焼き殺し、彼の命を死へと誘った。

 

「……以外と、あっけないものね」

 

弦一郎の亡骸を見下して、サラは呟く。

初めて人を殺したというのに。肉親を殺したというのに。彼女には感情が沸いてはこなかった。

第一の目的を、長年の復讐を成し遂げたというのに、彼女の心は晴れることは無かった。

寧ろ、逆。底のない奈落へと、石は簡単に転がり落ちる。彼女に、永遠の虚無が襲うのだ。

 

「……ありがとう。でも、やはり貴女は、辛い道を選ぶのね」

 

傍らで、主を失ったキャスターがサラの手を取った。

 

「なんで、ゴーレムの動きを止めたの?それに、貴女は父さんのサーヴァントでしょう?」

 

サラは、疑問を真っ先にぶつける。あの時、自分も含めゴーレム達を魔術によって制止させたのは彼女だろう。それは明白だったが、彼女にはそんなことをする理由がないのだ。他に契約するマスターもいないこの状況で、自らのマスターを裏切る理由が。

 

「そうね、生前のゴタゴタ、って奴かしら?少なくとも、私が彼を手助けする理由はない」

 

「だから、見捨てた?」

 

「……結局私は、自分で彼を殺す事が出来なかった。ズルいわね、貴女にばかり背負わせて」

 

「……貴女、一体どこの英霊なのよ」

 

サラはやけに親しげに話す彼女の素顔が、気になって仕方がなかった。手を伸ばし、その深く被ったフードの中を見ようと試みるが、彼女の手は空を切る。

 

「残念、時間切れよ」

 

後ろに飛び跳ねて、サラの手を躱したキャスターのフードが、一瞬、捲れあがった。

だが、彼女はマスターを失ったサーヴァント。足元から静かに消えていき、顔をしっかりと確認出来ないまま、キャスターはサラの前から消滅した。微かに覗かせた少女の顔は、何処か寂しげな顔を浮かべていた。

 

「……いや、そんな筈は―――」

 

―――ヒィっ。サラの独り言を遮るように、短い悲鳴が静寂に包まれた客間に響き渡った。

 

「な、何、これ……」

 

入り口には、客間の光景を前に顔を強張らせるマナの姿があった。

 

「マ、マナ……」

 

「ね、姉さんが、やったの?姉さんが、父さんを殺したの?」

 

捻り出すように声を出すマナに、そうだ、などとはサラが言えるはずもない。

 

「マナ、まっ―――」

 

サラの言葉を待たずに、マナは一目散に駈け出した。サラは追いかけようとするも、足に力が入らず、その場に座り込んでしまう。

 

「セ、セイバー、追いかけて!」

 

「いいのか?私が追いかけても、逆効果だと思うぞ?それに、妹はサーヴァントも連れていた。私が行っても戦闘になるだけだ」

 

「既にサーヴァントを召喚してしまったの!?……間に合わなかった」

 

セイバーは肩を竦めて、自身のマスターに駆け寄ると、彼女を抱きかかえた。

 

「ちょ、ちょっと、なにするのよセイバー」

 

「なに、心身共にお疲れのマスターを、部屋までお連れするだけさ。それに、今の君にはすることが山ほどある。まずはこの屋敷に住む新しい主として。使用人達をどうにかしないと」

 

「それについては問題ないわ。彼女たちは、明確な意思を持って動いているわけじゃない。唯一人間に近い思考ができるエルザも、当の昔にこちらにひきこんでいるわよ」

 

「ほう、それは仕事が早いな、マスター」

 

セイバーはクスリと笑い、サラをお姫様の様に抱えなおし、屋敷の階段を上っていく。

その光景を、エルザが眺めているのがサラの視界に入り、思わず赤面してしまう。

 

「セイバー、恥ずかしいわ。降ろして頂戴」

 

セイバーはサラの自室に入ると、ベッドの上に部屋の主を放り投げる。

 

「君は、思ったより気に留めていない様だから構わないけど。虚無は一瞬ではない。永遠に、逃れることはできない」

 

「わかってる……わかっているわよ、私は、罪を一生背負っていくつもり」

 

「なら、かまわないが」

 

ベッドに横たわったサラは、程なくして眠りについた。

セイバーは彼女の髪をそっと撫で、天を仰ぐ。

幕は、上がった。月宮市を舞台にした聖杯戦争は、開幕したのだ。




続きは二日後


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三話 二日目② 夢の続きへ

―――時間は遡って、現在の時刻は午前七時三十分。

マナは自身の通う月宮東高校の校門前に到着した。校門はここに通う生徒達で賑わっており、各々友人を見つけては「おはよう」と声をかけ、昨日のテレビの内容などの他愛もない会話をいつもと同じように行っていた。

一方で、マナはそういった輪に混ざる事もなく、昇降口へと足早に進んでいく。

彼女が『友達』と呼べる人間は少ない。

なにせ自分の屋敷の使用人が『親友』なのだから。

『人付き合い』も、彼女が苦手としている分野で、学校では専ら一人で居る事が多かった。

 

「おはよう、氷継さん」

 

「……」

 

氷継という苗字は、この学校にマナしかいない。しかし、朝の校門で声を掛けられるなど、彼女にはあり得るはずのない事だ。

マナは、空耳だと決めつけ無言で歩く速度を速めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

男の声だ。彼女に朝から「おはよう」などと挨拶をする変わり者は、あからさまに無視をしたマナを後方からあっさりと追い抜くと、彼女の行く手を拒むように両手を広げ仁王立ちを決め込んだ。

 

「ううぅ」

 

進行方向に現れた男に、マナはどうすることも出来ずに足を止めてしまった。

 

「おはよう、氷継さん。なんでいつも無視をするのさ」

 

男は首を傾げながら軽い口調で、マナに問いかける。

 

「べ、別に、無視したわけじゃないよ……。それで何か用?日立君」

 

「はぁ―――。僕は、おはようと挨拶したじゃないか。それが君の言う『用』だよ」

 

日立は呆れた顔でため息をついた。

日立一護。彼は、マナのクラスメイトである。

クラスでは、学級委員長を務めるなど、何かと人の輪の中心にいる人物だ。

立ち位置で言えばマナとは対極に位置する続柄である。

そんな対極的な人物である日立は、数週間前から頻繁にマナに話しかけてきていた。

彼の、そういった行動をマナは偽善だと切り捨てる。

 

「私がクラスに馴染めていないから声をかけてくれているんですよね?無理しなくて結構です」

 

マナは、ハッキリと言い切ってしまう。

日立がマナに話しかけているのは、クラスの秩序の為だと。

マナがクラスで浮いた存在になれば、自然とそこに予期せぬ膿が溜まってしまう。

日立はクラスの秩序を円滑に維持するために、彼女がクラスに溶け込めるようにと、積極的なアプローチを仕掛けている。しかしマナは尽く打ち砕いてきた。

そもそも、何もない、なかったと考えれば何も起きない。氷継マナという人間がいなくても、クラスの秩序は円滑に回っている。寧ろ、そこに余計な因子である彼女が混ざったならば、それが崩壊する可能性もあるわけだ。自身を認知させない事こそ、自分を守る最大の上等手段なのだから。

 

「そういうわけじゃない!」

 

普段の彼は穏やかな人物だが、珍しく声を張り上げる。マナも、そして当の日立本人も驚いたように目を丸くした。何事か、と他の生徒達が彼らに視線を差し向ける。

 

「すまない。柄にもなく声を張り上げてしまった」

 

わざとらしく取り繕うような咳払いの後、日立は改まってマナへと、真剣な眼差しを向ける。

 

「君は、僕の行為を偽善と言うが、それは大変な間違いだ。僕は、君の為にやっている

のではないからね。自分の為に、君に話しかけているんだよ。自分の目的の為に、ね」

 

目的、とは大きくいったものだと、マナは内心捻くれた思考をした、たかがクラスのハグレ者に声を掛けたところでメリットなど生まれない。

 

「……やっぱり、偽善よ。自分の自尊心を潤したいだけじゃない」

 

これ以上話をしても無駄だ、とマナは日立の横を通り過ぎ、昇降口へと歩みだした。しかし強引に腕を掴まれてその足は止まり、急な出来事に思わず小さい悲鳴を零した。

 

「やっぱりね。僕は、自分の為にやっているといった。それなのに君は、僕の行為を偽

 

善と言う。それは、少なからず『僕が君に話しかける』という事を悪くはないと受け取っている、と思っていいんだね?」

 

「……なんでそうなるの!意味わかんない」

 

日立に掴まれた腕を引き離そうと、マナは腕を上下左右に振り回す。しかし、日立は彼女の細い腕を強く掴み、それを許さなかった。

 

「だって僕が話しかけても、君は何だかんだこうやって会話してくれているじゃないか」

 

「それは、日立君がこうやって強引に引き止めるから」

 

「……でも、嫌じゃない?」

 

―――唐突に。唐突に、腕を引き寄せられる、マナの鼻の先には日立の顔がすぐ傍まで迫った。人とこんなにも顔を近づけた事はなく、ましてや相手は男だ。体内の血が湧き上がり、マナの顔を真っ赤に染めるのは必然だった。

 

「……やめてよ」

 

マナは日立の腕を振りほどき、掴まれていた右手首を摩りながら彼を睨みつける。

 

「ごめん、やりすぎたよ、ごめん―――それ?」

 

平謝りしながらも、日立は視線に入った彼女の右手を凝視した。一際目立つそれは、彼の視線を奪っても仕方がない代物だ。

 

「別になんでもないよ」

 

マナは、右手を隠すようにするが、日立はそれが気になって仕方がないというように彼女の手を見つめている。彼女が踵を返し歩き出すと、それに並走して一緒に歩き出す。

 

「それ……刺青かなにか?校則違反だよ」

 

冗談交じりに言う日立の無邪気な笑顔は、マナを苛立たせるも、先ほどの彼の顔を間近でみたせいか変に意識をしてしまっていた。

 

「ち、違う。日立君には、関係のない事だよ」

 

あくまで平然を装いマナは、適当な受け答えをしたのだが、次の日立の言葉で急いでいた足をとめてしまう。

 

「へー。もしかして、氷継さん魔術師だったりする?」

 

「―――えっ」

 

なぜその事を彼は知っているのだと、マナは息を呑んだ。完全に油断していたからである。聖杯戦争について、弦一郎やエルザから散々説明されたにも関わらず、彼女は慢心していたのだ。サーヴァントを無力化するのならば、マスターである魔術師を殺してしまえば手っ取り早い。例え、サーヴァントを召喚していないこの状況であっても、マナ自身がマスターであることには変わりはない。ならば、他のマスターにとってマナは、ただの標的にしか過ぎない。

 

「どうしたのさ、そんなに目を丸くしてさ」

 

日立は前屈みになりマナの顔を覗き込んだ。

 

「……なんで、なんで私が、魔術師だって……」

 

全身の血の気が一目散に引いていき、眼球が目まぐるしい反復運動を繰り返した。喉奥から乾いていくのをハッキリと認識する。魔術の神秘と聖杯戦争の秘匿に重きを置く魔術師達が、こんな朝早くから殺し合い等するわけがないと、高を括っていた自分の甘さをマナは後悔する。もし仮に、目の前にいる日立が、魔術師でマスターであるならば、自分はもう殺されるしかないのだろう、とマナは恐怖から俯いたまま顔を上げる事ができないでいた。

時間が停止したかのように長く感じられたそれは、マナの死を持って終わりを迎える……等という事はなく、日立一護の恍けた声で切り裂かれるのである。

 

「え?そんなに驚くことかな?みんな噂をしているよ?氷継さんの家はなんせ山の中だからね、あんな所―――は、失礼だね。あそこにある家は氷継さんの家だけだし、随分と大きいお屋敷だろう?変な噂も立つものさ。あの屋敷では秘密の実験を行っているとか、魔女が住んでるとか―――ま、気分を害したなら謝るよ。そういう与太話はどこにでもあるしね」

 

「そ、そうなんだ。そっか、そっか―――ふぅ」

 

マナは、大きく息を吸い込んだ後、自身の勘違いを吐き出す。

物事を決めつけて考える自分の悪い癖に嫌気がさしながら、マナは日立の話に耳を傾ける。自分の家に変な噂話がついて回っているのは彼女自身知ってはいたが、いざ実際に聞いてみると大変ユニークな発想の話が多い。どれも出所不明の信憑性のない話ばかりではあるが、それでも火のないところには煙は立たない、自身の家は事実として魔術師の家系であり、現在、聖杯戦争の最中だという事を言い聞かせるように、マナは思考を飲み込んだ。

 

「おっと、立ち話も過ぎると遅刻しかねない、急ごう氷継さん。君は、僕の誘いを断るほど僕を嫌っているわけじゃないよね?」

 

事実だった。彼が言う様に、マナは日立が話しかけてくれることを好意的に受け取っていることは。ただ、それを素直に受け取ることができていないだけ。自分自身の弱さを隠すために、彼女は今日も殻に籠る。変わろうという意識はあっても、実行するのは簡単ではないというのは、変わらない者の言い訳に過ぎない。変化というのは、自分自身の小さな勇気で訪れるものなのだから。

キャスターに言われた言葉を思い出して、マナはほんの少しの勇気を振り絞ってみる事にした。

 

「う、うん。じゃ、教室に行こうよ」

 

決して、一緒に行くなどとは言えないのは、彼女がまだまだ殻に籠っている証拠だ。しかしそんなマナの勇気を汲み取ったのか、日立は笑って彼女の手を取り歩き出す。

 

「まだまだ四十点てとこかな?でも、いいよ。そうやって変わっていけているのなら」

 

そんな彼の笑顔に、マナは思わず赤面してしまうのだった。

教室に入るなりマナは自分の席である窓際の一番後ろに即座に移動する。同じタイミングで日立と教室に入るのを拒んだのもマナだった。異様なほど人の目を気にするのも自分の駄目なところだと、彼女は、鞄の中身を机にしまいながらため息をつく。

程なくして担任の教師が教室に入ってくると、先ほどまで喧騒にまみれていた教室内は静まり返る。

 

「切り替えが出来て羨ましい」

 

生徒達を見てマナはそんな事を呟く。

八方美人とまでいかなくとも。適切な態度を直ぐに切り替える能力は必要だと考えているにも関わらず、どこか他人事のようにマナはぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

「―――隣の学区で事件があったのは、みんな知っているな?もう日が落ちるのも早いし、部活に勤しむのも友達と遊ぶのもいいが、早めに帰宅しろよ。それじゃ、出席取るぞ」

 

担任の教師の何気ない言葉もマナの耳を横切っていく。

もし、もし本当に日立がマスターだったらマナは確実に標的にされている。最近、やけに話かけてきたのも聖杯戦争が始まる前に接触しておき、色々と利用するためだったのかも知れない。何せ自分はこの聖杯戦争の首謀者である娘の一人なのだから、と不安に駆り立てられる。

 

「大人しく姉さんの言う通り部屋に籠ってた方がいいのかな」

 

深いため息の後、ふと視線が斜め前に座る日立に吸い寄せられる。マナが、彼について知っている情報は少ない。彼をマスターと決めつけ徹底的に警戒するという事は、今の彼女には不可能に近い。なにせ、対極的な立ち位置にも関わらず、彼からは自分と近い匂いを感じたからだ。

 

「……とりあえず今日は、早く帰ってエルザに相談しよう」

 

と独り言を呟き、マナは変わらない日常を過ごそうとした。

 

******

 

「……やってしまった」

 

氷継マナは、情けない声をあげる。

今朝、決めたばかりの決意を反故にし、彼女は放課後部室に籠ると、部活動に一人取り組み、休憩と称し居眠りをしてしまっていた。当然、辺りは暗闇に包まれており学校内に灯りは存在しない。

 

「相変わらずというか、やっぱり駄目だなぁ。どうやったら変われるのさ」

 

何度となく繰り返してきた自責の念を呟きながら、マナは身支度をし始める。時刻は既に七時を回っていた。朝礼で担任が言っていたように最近市内では事件が頻繁に起きており、何よりも聖杯戦争の渦中にいる筈のマナがこうも呑気で居るのは、何をすべきかをわかっていない証拠なのである。

 

「はぁ……帰ろう」

 

人工的な光に照らされていない暗闇の校内では、物音一つ立てれば端から端まで音が響き渡るような静寂に包まれていた。扉を開ける音でさえ、その静寂を破る不愉快な音に成り果てる。

人間は学習できる生き物ではあるが、学習しない者もいる。マナの様な後悔ばかり繰り返している人間はその典型だ。失敗を繰り返してから悔やみ、修正を試みようとするのでは遅すぎる。そういった感性の人間は反省を活かせないのだから。

 

「怖いけど……やっぱり夜の学校っていうのは、結界みたいなものでちょっと面白い」

 

好奇心は、恐怖心を上回る。現状、最優先すべき感性を選択できない彼女は、好奇心に釣られ昇降口へ真っ直ぐには向かわず、少し探索しようと、昇降口とは反対方向に足を向かわせた時だった。

彼女の視線は、それに奪われる。

廊下の奥、20メートル程の距離に黒衣に身を包んだ影。月明かりに照らされたそれは、マナの目にしっかりと焼き付いた。

間違いなくそれは、サーヴァントだった。

先ほどの好奇心は失意し、潜めていた恐怖心が、足元から一気に這い上がってくるのをはっきりと理解する。

影がゆらりと揺らめいた瞬間。20メートルの距離は一瞬で0になった。瞬きする間もなく、サーヴァントの両手に握られた剣がマナの喉元を掠めた。

 

「ヒッ」

 

恐怖で本能的に後退りしたおかげか、それとも目の前にいるサーヴァントが加減をしたせいか、幸いなことにマナには傷一つ傷付いてはいない。しかし、それでも今の状況は氷継マナの死を確定させるものだった。マナの頭に高速で思考が蠢く。

 

「サーヴァント……殺される……嫌だ嫌だ嫌だ……死にたくない」

 

行動は的確だった。彼女の逃げるという行為は、至極当然で必然の行動だ。死という恐怖が彼女の原動力になったのだ。

極限的な状況下で、マナはようやく変化するための行動を得た。それでも、相手が悪すぎる。

即座に振り返り、サーヴァントに対して見向きもせずに駈け出したマナだが、黒衣のサーヴァントはあざ笑うかのようにマナを一瞬で抜き去り、痛烈な前蹴りを彼女に見舞った。

 

「うっ……」

 

まるで、風に飛ばされた葉のように、マナの体は簡単に宙に飛び上ると二メートル程吹き飛ばされた。

衝撃で息が詰まる。それと同時に痛みが全身を這うようにマナの身体を蝕んでいく。蹴られた痛みも、全身を強打した痛みも。

 

「死にたくない……死にたくない……」

 

繰り返す言葉はまるで呪いの様。無意識の内に死がなんたるかを理解しているかのように、マナは死を拒んでいた。ゆらりと立ち上がったマナを見て、サーヴァントは驚きで思わず声をあげる。

 

「ほう?」

 

「……みればわかる?ステー……タス、クラス……アサシン」

 

断片的に記憶している聖杯戦争の知識を脳から引きずり出す。

サーヴァントをしっかりと視認することでマナの脳内に明確な映像としてサーヴァントのステータスが表示される。把握できた部分はクラス名と大まかなステータスだけだが、それだけでも彼女が現実を理解しうる情報には十分だ。

認める。マナは、サーヴァントという異様な存在を認める。そして、理解する。ようやくこれが逃れられない日常なのだと。

現実から目を背けて逃げ回ることしかできないマナは、明確な死を理解して日常を受け入れる。

 

「それでも、今は逃げる事しかできないけど」

 

サーヴァントがどれだけ強力で、圧倒的な存在なのかは身をもって理解した。敵わないのならば立ち向かう意味もない。これは、逃避ではない、生きるための逃避なのだ。

 

「自分にできる事を、やってみるしか」

 

満ちている。閉じていた道は半ば強制的に開かれた。

マナは、再び振り返り駈け出す。今度は、ただ走るだけではない。閉じていた道に自分の意思を通すのだ。

熱を浴びせられた様な感覚がマナを襲う。無理矢理に開かれた魔術回路に自身の魔力を通したからだ。彼女が、魔術をまともに行使するのはいつ振りだろうか。やっている振りだけ上手くなっていったのは何時からだろうか。魔力を通じて肉体を。そして、決意と勇気をもって精神を。

マナは自身を『強化』する。先ほどよりも力強い踏み込みは、マナ自身が驚愕する程強烈なものだった。その一歩で、アサシンとの距離は大きなものとなる。

 

「なんだ?魔術は使えないと聞いていたが……まぁいい、仕事をさっさと済ますか」

 

アサシンはあっさりとマナの背後に追いつくと右手の剣を彼女に振り下ろすが、それは虚空を裂いていた。

マナは跳んだからだ。

強化した脚力によってマナは跳躍する、彼女の狙いは初めから階段まで走り、そこから踊り場に跳躍する事だったのだ。

着地と同時に、骨が軋むような衝撃伝わる。幾らか魔術で衝撃を和らげているとはいえ、体の痛みは癒せない。

 

「な、なんだ、私だってやればできるじゃないか」

 

痛みで顔は引き攣っているが、咄嗟の判断と魔術行使の成功は、半端な彼女に自信を与える。『やればできる』と昔から姉に言われたのを思い出し、マナは今まで出来なかったのは、やれないからではなく、やろうとしなかっただけだという事を真に理解する。自分に甘えてきた弱さを握り潰し、マナは再び跳躍する。踊り場から下の階へ若干の助走をつけて飛び込む。

マナは二度目の跳躍を成功させるが、その結果と自信を突き崩すかのように、そこにはアサシンが待ち構えていた。

 

「面白い事をする」

 

「うっ!?」

 

咄嗟に両手を翳す。具現したのは、円盤状の膜だった。マナの魔力によって形成されたそれは、アサシンの放った斬撃を受け止める。

 

「やった!できた!」

 

「ほう……流石は器といったところか……そろそろ呼んだらどうだ?」

 

アサシンは感心した表情を一瞬みせた直後、先ほどより速い速度で右手の拳を突き出す。その軌道は決してマナには解らない。体が一度宙に浮きあがると、そのまま地面に叩きつけられた事実だけがマナが唯一認識した事象だった。

 

「え……う、ううぅ」

 

立ち上がる事すら出来なかった。全身をのたうち回る痛みが、マナから立ち上がる気力を奪っている。何とか上体だけを起こしたが、目の前にいるアサシンによって迎えられる死から抗う術はもうない。

 

「殺す気でいくぞ。はやく呼べ、死す前に」

 

アサシンは呟くように言葉を吐き捨て、同時に剣を投擲する。マナには、その動作すら視覚することも敵わず、迫る剣の刃先と自身の死を理解して目を瞑った。

―――五度目だ。今日、彼女がそれを満たしたのは五度目だった。閉じきった回路に魔力が満ちる。

そして、彼女は死を破却する。聖杯は呼応するように彼女に力を、理想を授ける。

彼女を守る。彼女の理想。

光。閉じている筈のマナの目に、光が差した。それは、視覚情報ではない、もっと深層的なもので、脳が直接みせた映像。

 

「―――えっ」

 

マナは、視界を取り戻す。死は、彼女に届かなかった。代わりにあるのは、理想と希望。

目の前には、彼女を守る青年の背中があった。

 

「騎士様……」

 

マナは、その理想を呟いた。

彼女が、望んだ。彼女が、欲した。彼女だけを守護する最強の騎士。

 

「ふぅ。ようやく来たか。俺の仕事はここまでだが、アサシンのクラスとはいえ俺も騎士の端くれでな。少し手合せして貰おう」

 

アサシンが駆ける。その刃は、マナの目の前にいる青年に向けられた。

 

「君は、そこで見ていてくれ」

 

青年はマナに告げ、身の丈以上ある自身の獲物を構えた。

それは、黄金に輝く槍。

その槍をひと目見れば、誰もが名槍と謳うだろう。

アサシンの斬撃を青年はその槍を持って受け流す。狭い校内の廊下で、身の丈以上ある槍を操り、その技量を魅せつける。

数合打ち合い、アサシンは大きく後退し、青年と距離を取る。

その表情は、先ほどの飄々としたものから、ハッキリとした憎悪に変わっていた。

 

「……貴様、ランサーの英霊とみたが、まぁそれはいい!だがな!何故、貴様がその槍を持ち得ている!それは、我が王にこそ相応しい者だ!真名を名乗れ!」

 

「聖杯戦争において、真名が知られることは、致命的だ。申し訳ないがそれに答える事はできない」

 

ランサーは拒絶を口にする。アサシンは、歯ぎしりをし、再びランサーに剣を振るおうと踏み込む直前、彼の脳に言葉が届いた。

 

『アサシン、そこまでです。引きなさい、これ命令です』

 

『―――くっ、だが、目の前に我が王の聖槍を振るう盗人がいるのだぞ!見過ごせるわけがないだろう!』

 

『アサシン、命令です。令呪を使いますよ?』

 

『……ちっ』

 

彼のマスターからの念話によりアサシンはその足を止め、ランサーを睨みつける。

 

「盗人よ、覚悟しておけ!その命は俺が貰う」

 

言葉を言い残し、アサシンは霊体化し姿を消した。ランサーは用心深く他のサーヴァントの気配を探る。

 

「た、助かった?」

 

怯えたマナの声に、ランサーは慌てて振り向くと、膝をついて彼女と目線を合わせた。

 

「あ、あの……」

 

マナは戸惑いつつ、青年の目を見て彼がサーヴァントだとはっきり感じ取る。また自身の魔力が彼と繋がっていることも理解した。

 

「心配ない、脅威は去った。おっと、まだ自己紹介がまだだったね。僕は、ランサー。

―――問うまでもない。君が僕のマスターだ」

 

ランサーの微笑みをマナは知っていた。それは、彼女の理想だったから。夢に描いた理想の騎士にマナは笑顔で答える。

 

「ありがとう、ランサー。助けてくれて」

 

「当然だ。僕は、君を守る、君だけの騎士といったところかな」

 

「……私は、マナ。氷継マナ……よろしく。早速で悪いんだけど、私もう体動かないみたい

で、起こしてほしいのだけれど」

 

「あぁ、了解だ、マナ」

 

ランサーは、マナを引き起こし抱きかかえる。

 

「ラ、ランサー?」

 

「問題あるかい?他のサーヴァントの気配は感じられない。行き先は?」

 

そういう事じゃない、とマナは赤面する。男の人に抱きかかえられるなど初めての経験だからだ。そんなマナの気を知ってか知らずかランサーは彼女の顔をまじまじと見つめ困惑した表情を浮かべていた。

 

「い、家。家に帰らなくちゃいけない。場所、場所教えるから、連れて行って」

 

「了解した」

 

ランサーは片腕でマナを抱きかかえたまま、槍で窓ガラスを割ると、そこから外に出る為に飛び跳ねた。

夜の街。家屋の屋根をランサーは素早く移動する。

 

「ランサー、恥ずかしい。降ろしてよ」

 

「それは出来ないな。もう、君の体は限界なんだろう?」

 

抱きかかえられている事が恥ずかしいマナの要求は、ランサーにあっさりと拒否され、体の痛みすらも忘れさせる程、マナの心は理想の騎士にほだされていた。

屋敷に近づくにつれて、それは明確なものとなった。

昨日も感じた魔力の渦は、マナとランサーに不快感を与える。

 

「なにか嫌な感じがする!ランサー急いで」

 

「了解した。しっかり掴まっていて」

 

高い敏捷性のステータスを持つランサーは、みるみる内に速度をあげ、数分でマナの屋敷の前まで辿り着く。

膨大な魔力を屋敷内から感じつつも、マナは屋敷の扉を開く。

 

「サーヴァントが二体……いや、一体か?」

 

ランサーは、サーヴァントの気配を探る。

しかし、彼の言葉を疑問に感じたのはマナだ。

屋敷にいるサーヴァントはランサーを除いて最低二体でなければならない。元々、キャスターとセイバーがこの屋敷にいる筈だからだ。にも関わらずランサーが一体しか感知できないのは妙だ。

珍しくマナは思考より体か動く。

向かう先は客間だ、魔力を最も感知した箇所。

 

「マナ、待つんだ!」

 

ランサーの制止も聞かずマナは客間の扉を開ける。

 

「―――ヒッ」

 

それはマナの想像を遥かに超えた光景だった。

それは死へと誘う業火。

その犠牲者となったマナの父親である氷継弦一郎の骸が転がり、その魔力の発生源であるサラと視線が交錯した。

その目は、マナを写した。

マナだけを視ていた。

マナは、恐怖する。弦一郎と同じ結末が自分にも降り注ぐと。

 

「ね、姉さんが、やったの?姉さんが、父さんを殺したの?」

 

喉が乾く。

今日、何度目だろう。死への恐怖を味わうのは。通常の人間ならば精神が壊れそうな程の暴力。

とうに彼女の気力は限界を振り切っているのだ。

 

「う、あぁぁあ」

 

悲鳴をあげる。乱暴な悲鳴を。

一目散にその場から駆け出すが、直ぐに何かとぶつかり停止する。

 

「落ち着いてくれ、マスター」

 

「う、あ、逃げる。逃げてランサー。今すぐ連れてって!」

 

「あぁ、そのつもりだ」

 

ランサーは、一瞬客間の中を覗き見た。

黒い鎧を身に纏ったサーヴァントと、悲しい目をした女の姿がそこにはあった。

 

「……行こう」

 

マナを抱きかかえ屋敷を飛び出すと、ランサーは凄まじい速度で山を下っていく。屋敷からの追ってが来ないと確信して、ランサーは後方に意識を向ける事はない。追手を出すくらいなら屋敷からこうもたやすく出してくれるとも思えない。

十分程駆け抜け、月宮東高校につく頃には、屋敷から零れる魔力の残滓は、届いていなかった。

 

「行く先の当ては?」

 

長い距離を駆け抜けた筈のランサーは、息を乱さず己がマスターに問うた。一方のマスターであるマナは、呼吸を乱し落ち着かない様子。

 

「き、教会……そこに行けって、父さんが……」

 

彼女の声に覇気はない。生気を吸い取られたかのように目が曇っていた。

 

「了解した。場所はこの辺りにあるのかい?」

 

マナが差した方角を見て、ランサーは頷き駈け出した。

 

******

 

そこは神聖というには些か暗い雰囲気を醸し出していた。

マナも先ほどよりは、呼吸も整っており落ち着いた様子だ。

 

「……来ましたか。待っていましたよ、マナさん」

 

教会の前では、ここの神父であるライルが彼女たちの到着を待っていた。

 

「僕達が来るのが分かっていたのか?」

 

「……師が、君のマスターのお姉さんに殺されたのだろう?知っているよ」

 

ライルは落ち着いた表情と声で応対し、マナとランサーはシンプルな造りの教会の中へと通される。玄関ホールを抜け、二階の応接室へと案内された。

ライルは革で作られた重厚なソファに腰を下ろし、センターテーブルを挟んで対面にマナが座った。その後ろにランサーが神妙な顔つきで立ち尽くしている。

 

「……これからどうします?」

 

ライルは、優しい口調でマナに問う。

なにを?なにが?これから?なにを?

しかし、マナは質問を理解できないのだ。

これから?先を見つけられない。見つけようとしないマナにその問いかけは難しい。

結局、事象が起きてからでなければ彼女は動けないのだ。

 

「……そうですね、もっと具体的な話をしましょう。今回の聖杯戦に参加するか否かを。一応のルールとして、監督役である私はサーヴァントを失ったマスターなどの保護を行っています。マナさんがここで聖杯戦争から降りるというならば、それはそれで構いません」

 

「降りる?もう殺される心配はない?襲われる心配はない?」

 

自分がマスターでなければサーヴァントに襲われる心配もない。魔術師でなければこんな殺し合いの戦争に巻き込まれる道理もない。マナの答えは決まっていた。

これ以上の恐怖など味わえたものではない。

 

「私の答えは―――」

 

息呑む。一瞬だがマナは振り返り、自身の背後に立つ彼と視線が交差した。

 

「仮に、私が聖杯戦争を降りるって、マスターをやめるって言ったら彼はどうなるの?」

 

素朴な疑問だった。自身が望んだ理想の騎士である彼は一体どうなるのだろうと。

 

「そうですね、他のはぐれマスターと契約する事が出来れば現界し続ける事も可能ですが、現段階でサーヴァントを失ったマスターはいません。マスターを失えば彼は消滅します。……個人的な意見ですが、マスター権は破棄した方がいいのでは?マナさんには荷が重い。この戦いが終わるまで貴女の安全は私が保証しますよ」

 

と、ライルは穏やかな笑みと浮かべる。

それはマナにとって待ち望んでいる答えの筈なのに、彼女の心がそれを素直に受け入れない。自分の望んだモノを簡単に手放す者がどこにいる?内心、めんどうくさい女だと自傷する。だが、マナは手放せない。自らの理想の騎士は自身の死を上回る。

 

「私は……降りません」

 

「ほう……それは何故ですか?」

 

普段は見せないであろう顔をライルはした。マナの答えに納得がいかないからだ。

 

「彼は……私の理想だから。私は、ずっと待っていた、私を奈落から引きずりあげてくれる存在を。それが彼なの。理由はない。でも、確信はしているの。彼こそが私の理想の騎士だって。だから、私は彼を消す事なんてできない。彼を手放す事なんてできはしない」

 

「……貴女は思っていたより我が強い様だ。貴女の二つの希望は相容れない。だが、結果として相いれなくては存在できない。ふむ、わかった。君の要望は受け入れよう。だが、今後より凶悪な恐怖が君を襲うだろう。それに君は堪え切れるのかい?逃げ出さないと誓えるのかい?」

 

ライルの問いにマナは小さく頷く。彼女にその自信はない。だが、それよりも自らの死を救済する騎士の背中に心酔し、それに高揚感を抱いたマナは、ある意味でそれは生を実感できた瞬間と言える。

死という恐怖を乗り越えた先には、生きているという実感は彼女に自身の意味を与えたのだ。不安な表情は崩さないマナの肩にはランサーの手が優しく添えられる。

 

「安心していい、彼女は僕が守る。それが、僕の役割で使命だ」

 

「……好きにすると言い。だが、無理はしないように。死んでしまえば元も子もない。宿

泊室の場所はわかりますね?そこを使いなさい」

 

ライルは、話はこれで終わりとばかりに腕を組み、何やら思案している様子だ。そんな彼の姿を見て「ありがとうございます」とマナは頭を下げると、ランサーを伴って応接室を出る。

一旦、教会を出たら入り口から回り込むように迂回し中庭に出る。その奥にあるのがこの教会にある宿泊施設だ。利用者はあまりいない様子だった。

適当な空き部屋に入る、室内は丁寧に清掃されているものの、マナには狭く感じる部屋だ。普段は広々とした部屋に住む彼女からしてみれば、お世辞にもいい部屋とは言い難い。

部屋の角に設置されたベッドにマナは飛び込むように倒れこむ。

 

「……よかったのかい?また怖い目に合うのは明白だ」

 

ランサーは扉横の壁に背中を預けるとマスターに問う。彼女は自分で守ると言ったものの敵うのであれば、そもそも彼女が襲われないのが一番だ。

 

「騎士様が助けてくれるんでしょう?だったら問題ない」

 

ふて腐れた口調でマナは返答した。彼女の死への恐怖は、『騎士が自分を守る』という理想に上書きされる。

 

「君は目先の感情しか見えていないのか?僕が君を助ける前に死んでしまうかもしれない。過程を考慮すべきだと僕は言っているんだ」

 

ランサーの声は穏やかだったが、どこか攻めるような響きを持っていた。それに対しマナは体を一瞬震わせ、歯ぎしりをした後言葉を吐き出した。それは、怒声だ。彼女の深淵の声だった。

 

「じゃあ、じゃあどうすればいいっていうの!私がマスター権を破棄すれば誰も私を襲わないの?そんな事実どこにもない!そんなの絶対あり得ない!この聖杯戦争を父さんが始めたんでしょ!なのに真っ先に死んじゃったじゃない!姉さんだ!姉さんは私を殺すんだ!」

 

「それは……そうかもしれない。でも、言い訳にするな。僕にはわかる。君は、望んでいるんだ、誰かが助けてくれることを。でもそれは、とても難しい事なんだ」

 

ランサーは、マナの中を知っている。彼女の深淵を。そしてそれを掘り起こす。そんな事をすれば彼女が癇癪を起すに決まっている。

 

「じゃあどうすればいいっていうの!教えてよ!私が何をできるの?私ひとりじゃ何もできない。価値なんて私にはない、私は何にもできない。くずでどうしようもない女だ。何も、何も!できない!周りだってそう思ってる筈なんだ!姉さんだってきっとそう思ってる!学校のみんなだって!私は、くずなんだって私自身が思ってる!魔術の才能だってない!アサシンに襲われて咄嗟に使った魔術だって簡単に駄目にされた。すこしは出来ると思ったけど違った!私はやっぱり何もできないくずなんだ!だから・・・・・・、だから私に価値なんてない!うぅぅ、ぅぅ」

 

もがく様にマナはベッドの中で呻き声を上げる。

 

「人の価値は他人が決めるものだ。自分で決めつけるものではない」

 

「だから!だから言っているじゃない!私は何もできない!何も出来ない私を他人は認めるの?自分の能力の限界なんて自分が一番わかってる・・・・・・」

 

「それでも君はその限界を破ったじゃないか?結果は確かに良いとはいえない。でもその良し悪しを決められる結果を出した事に意味はある」

 

「意味なんて、意味なんてない!結果だけ、世界は結果だけで回る!良くやった?頑張った?それだけじゃ何も得られないじゃない!」

 

「進むのも停滞するのも 決めるのは君だ、マナ。でも、僕は君が道を外せば修正する。それが正しいのかはわからない。でも、道は一つじゃない。自分自身で見つけて進むものだ。僕が提示出来るのは可能性だけ」

 

「貴方に何が解るの?何で解るの?私の事一番わかっているのは私。なんで私を知らない貴方が私をわかるの?」

 

「僕は君を知っている、君をわかっている」

 

「じゃあ、じゃあ……助けてよ……」

 

マナは泣く。自分の無力さを分かっているから。

 

「……勿論さ、言っただろう?僕は君を守る騎士だと。でも僕は止まっている人は助けられない。僕が進んでも守るはずの君がいなければ意味がない」

 

ランサーは言う。『守られる』だけでは駄目なのだと。

 

「……私は駄目だと思う、成長するのも遅いと思う。それでも、貴方は私を守ってくれるの?」

 

ランサーはベッドに横たわるマナに目線を合わせて彼女の手を握りしめる。

 

「あぁ。僕は君を支えよう。だから、勇気をもって進んでくれ」

 

「……ありがとう、ランサー。いえ―――」

 

「言い忘れていた。僕の真名だ―――」

 

二人は同時に言葉を紡ぐ。

 

―――あぁ、私は彼を知っている。

 

―――あぁ。僕は君を知っている。

 

―――彼は私の望んだ騎士。

 

―――僕は君に望まれた騎士。

 

―――なら、彼の名は。

 

―――そう、僕の名は。

 

「―――アーサー・ペンドラゴン」

そして少女は前をみた。

その眼には漠然とした闇。何も見えない暗闇。

しかし、彼女は前を見た。自分の歩く道を見つける為に、自分のあり方を見つける為に。自分の価値を見つける為に。

 




続きは二日後


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四話 三日目 なあなあ

彼は常に微笑んでいる。

絶やすことなくその笑みを振りまく彼を聖人と称する人は多い。月宮市に唯一存在する教会の神父であるライル・ライルはそういった人物だ。

そんな彼が自室で眉間に皺をよせながらソファに背中を預けていた。原因は、氷継マナ。もとい今回の聖杯戦争に関して彼は頭を悩ませていた。

今回の聖杯戦争の監督役としての役割とは他に彼にはやるべきことが、やらなければならないことがある。

『氷継弦一郎の願いを成就させる』

ライルの行動理念はこれだけに尽きる。

弦一郎の完璧なまでの傀儡。それが、ライルの根本的な理念であった筈なのに、それに狂いが生じたのはここ最近の事だ。

 

「私が、私の望みは……」

 

ひとり呟くようにライルは天を仰ぐ。

ライルには元々、人間的道徳を思考する事が出来なかった。

 

******

 

「躊躇も戸惑いも無いというより、君は知らないのかな?」

 

そう言って目の前の魔術師は呆れたように彼に手を差し伸べる。

彼には魔術師の行為が一片たりとも理解できなかった。

焼け焦げた教会の中。

煙の匂いの残り香が鼻を少し刺激する。

一般人であるならばここで火事があったと誰もが思うだろう。

だが、それは半分事実ではない。

火事で済んで良かったと言い切れる事態がここで起きたのだ。

半壊した礼拝堂内に背中を預け崩れ落ちた体をライルは起こそうとはしなかった。

その差し出された手を弾き返したからだ。

 

「……ふむ。では、無理矢理に引き起こすとしよう」

 

手を差し伸べた魔術師、氷継弦一郎は弾かれた手をブラブラとワザとらしく左右に振る。

彼の両脇に控えていた2メートル程の体躯を誇る鉄製ゴーレムがライルの体を軽々と拾いあげる。

 

「何故助ける?何故助けた?殺せ!貴様に救ってもらう道理などない!」

 

「……少しは考えてみるといい。君は知らなすぎる。感情を、思考を。そして何よりも生きる意味を。ただ望まれたから存在する事は悲しすぎる。もっと自分を知りなさい。人間は、君が人間でいたいなら、存在する事を望みなさい。その結果、自身が存在する事を望まれる事はとても。とても幸せと感じられるものだ」

 

そう言って魔術師は笑う。

それは純粋な笑み。

ライルにとってそれは。

心を知らない青年にそれは―――

―――それは余りにも眩しすぎたのだ。

 

******

 

「おはようございます。神父さん」

 

宿泊施設内には食堂スペースもあり、マナの為にライルが朝食を持ってきていた。

 

「マナさんの家のメイド達よりはいいものは作れませんよ」

 

一般的なダイニングテーブルに並べられたのは、ロールパンとコーンスープ。

「いえ、ありがとうございます」

マナは椅子に座ると「いただきます」と両手を合わせロールパンへと手を伸ばした。

対面には両肘をついて険しい顔をしたライルが座り、マナの横の席にはランサーが腰を下ろした。

 

「ところでマナさん今日のご予定は?」

 

「えっと、普通に学校に行こうかなと……」

 

深いため息。マナの言葉を聞いたライルは、そういった反応をするしかできなかった。

 

「マナさん、学校に行くのは構いません。ですが、どうやって自身の身を守るのですか?」

 

「い、いや、それはランサーが私を守ってくれるし……大丈夫、霊体化?だっけ?していれば他の人には見えないんでしょう?」

 

乾いた苦笑いと共にマナは言い訳まがいの言葉を口にし、隣に座るランサーをチラリと見た。

 

「……それはそれで構いませんが、咄嗟に自分の身を守れる様に常に心構えをしておく様に。後手の行動はいい結果に結びつかない」

 

ライルは呆れた様子で席を立とうとした。重苦しい空気の中、ランサーは低いトーンで口を開く。普段の自信に満ち溢れた活力ある声は何処に消えていた。

 

「すまない。マナ。実は、僕は霊体化できないんだ……」

 

「え?」

 

「ランサー、貴方は一体何を……」

 

マナは当然、ライルも口が塞がらないといった状態で体が制止する。

ランサーの言葉の意味に理解が追いついていないのだ。

 

「そんな道理はない。サーヴァントは英霊の死後、座から呼ばれるものだ。死して英霊となっている筈だ。だからこそ霊体化が可能なのだ。座から精神だけを引っ張ってきていると言った方がいいのか?どうにせよサーヴァントであるなら霊体化できる筈だ!」

 

ライルは困惑した表情で言葉を漏らす。

 

「いや、そうだな……これは、僕という存在が、いや。これは僕の問題だ。とにかく僕霊体化する事はできない、それを踏まえてマナは今日の行動を決めてくれ」

 

「……で、でも私は学校に行くわ」

 

それでも、マナは意見を変える事をしなかった。

恐怖も危機感も抜け落ちているのかとライルは頭を悩ます。

 

「どうして頑なに学校に行きたがる?私には理解しがたい」

 

「……違うんです神父さん。私は、変わりたい、変わらなきゃいけないんです。籠っている、籠る事しかできない私から」

 

「それが学校に行く理由だと?ますます理解できませんね」

 

「……私、友達っていないんです。人付き合いとか苦手だから、でもそういう事から克服したいっていうか、少しでも自分の何かを変えたいの」

 

彼女は真剣だった。言葉にこそ、口調にこそまだ不安が透けて見えている。

それでも、彼女の『変わりたい』という願いと決意はハッキリと汲み取れるものだった。

 

「……いいでしょう。人は変わる為の努力は常に必要と感じています。学校に行っても構いません。ただし、遅くならないように」

 

「ありがとう神父さん。私行きます」

 

マナはライルに笑顔を向け、朝食を一気に掻き込むと自室に引き上げていく。

 

「はぁ、強情な子だ。ランサー、学校付近で待機しておいた方がいいですよ、現代社会のルールはわかりますね?流石に校門前でうろうろしていると通報されますよ?」

 

ライルはランサーに告げ食堂を後にする。ランサーは彼を引き止めるように返事を返す。

 

「わかっているよ。ただ、わからないのは神父さんの方だ。なぜマナにあそこまで肩入れをするんだい?」

 

ランサーの質問にライルは踵を返す。

 

「……そうですね、私は師よりある頼みごとをされていたんです。聖杯戦争が終結するまでマナさんを守るようにと。ただそれだけのことです」

 

「でも、マナの父親はもう死んでいる。それでも、その約束事を守るのかい?それに、その父親を殺したのはマナの姉だ。そこまでの師を敬うならば復讐とかは考えないのかい?」

 

ランサーの疑問はもっともだろう。

マナを守るという弦一郎との約束をライルが守り続ける理由はある。ライルにとって氷継弦一郎はそこまでの人物だったのだろう。その弦一郎を殺したサラにライルが何の感情を抱かないのははっきり言って異常だろう。

 

「そうですね。サラさんに対して特にどうという感情は湧いてきませんでした。あの結果は予想の範疇でしたから。ただ私が気になったのはサラさんの動機でした。それも、察しはついています」

 

「……」

 

「ですが、私にはそれが理解できない。私もね、人として、いや、人を目指しているんです。もっと感情的に、感情を理解したい。そう思っていましたし、少しは理解できたと思っています、ですが、どうして理解できない感情があるんです。どうしても誰かの為に懸命になれない。誰かに尽くす事は出来ても、心の底からはできない。私はそれを知りたいし、理解したい。そもそも、それが私が師と最初にした約束でしたから」

 

そう言ってライルはいつもの笑顔をランサーに向け、今度こそ食堂を後にした。その背中を見届けたランサーは彼の笑顔をとても空っぽだと評した。

 

******

 

自室へと戻ってきたマナはごく当たり前の事を思い出す。

 

「あっ……着替えがない」

 

それは彼女にとって、いや現代人にとって致命的なものだろう。

昨日から何も変わっていない彼女の服装。制服とはいえ、下着まで昨日から変わっていないのは精神衛生上よろしくはない。

 

「うあ……そうだ、シャワー浴びよう。とりあえず落ち着かなきゃ」

 

身に着けていたものを乱雑に脱ぎ捨てると、部屋にある小さなシャワールームで汗を流す。

 

「そうだ、昨日もすぐに寝ちゃったからシャワーも浴びてなかったんだ……」

 

最近の出来事は彼女の脳をパンクさせてもおかしくない出来事の連続だった。

聖杯戦争、サーヴァントの存在、そして、サーヴァントに襲われ、父親は姉の手によって殺されたた。いや、現に彼女の脳は思考すらまともに出来ない程ショックを負っていたのだ。

にも、関わらずマナはまた正常な精神を取り戻した。

 

「……大丈夫かな?何とも思われていないかな?」

 

シャワーの熱は熱い。通常ならばとても浴びていられる温度ではない。それでも、マナは震える身体を温めるかのようにそれを浴び続けている。

 

「だって……昨日から入ってないんだもの。匂い……とか気になるし。大丈夫かな?嫌われていないかな?」

 

ブツブツと呟く声は小さい。マナの声は自身が浴びているシャワーの音にかき消されるほどに。

 

「嫌われていないかな?私の騎士様に」

 

それは、彼女の本心だ。

氷継マナは、今現在間違いなく『正常』だ。

それを異常という人は数多くいるだろう。それでも、彼女は正常だ。

マナの思考も精神も、彼女が手に入れた理想の前に跪くしかない。

 

「あぁ、私、おかしくなっちゃいそう」

 

シャワールームから出たマナを出迎えたのは想定外の人物だった。

 

「おはようございます、マナ様。早くしないと遅刻してしまいますよ?」

 

「えっ?なんで?え?エルザがなんでいるの?」

 

今まで夢でも見ていたのかとマナは部屋を見渡すが、ここが屋敷の自室である訳がない。どこをどう見ても教会の宿泊室だ。

ならばエルザがここにいる事はあり得ない筈なのに、いつもと変わらないエルザがいたことにマナは驚き半分、安堵半分といった面持だ。

 

「昨晩、神父さんから連絡がありまして、どうせ着替えがなくて狼狽えるだろうから、こうして着替えを持ってきてあげたのよ?感謝してよ」

 

そういってエルザに投げつけられたトートバックを受け取る。中にはマナの下着一式といつも彼女が来ているパジャマが詰められている。

 

「はぁ……明日の分もあるけど、明後日の分は自分で取りに来てくださいね?」

 

「あ、ありがとう」

 

「……大丈夫なの?」

 

「えっ……うん、私は大丈夫」

 

エルザのそれ給仕係としての言葉ではなく、マナの親友として投げかけたモノだ。だからこそ、マナは無用な心配もかけたまいと必死に笑顔を振りまくのだ。

 

「そう……じゃ、はやく着替えましょう、体が冷えてしまいますよ」

 

エルザはまた一介のメイドとして彼女に尽くすのだった。

 

******

 

「こっち側から学校へ行くのなんて初めてだ。いや、当然なんだけどさ」

 

独り言の様にマナは呟いた。教会をでて彼女達は学校へ向かう。ランサーは彼女の護衛の為に途中までは一緒に向かう手順だ。

マナの通う学校を中心点とした場合、教会は氷継の屋敷とは正反対の位置に当たる。屋敷が山の中腹にあるとはいえ田舎という言葉が綺麗にあてはまるあちら側に比べ教会の近辺は開発が十分に進んでおり都市と呼べるに十分な街並みだ。

月宮市は近年、教会もある西側の開発に着手している。都市部からの交通アクセスも西側を中心に開発されており、人口や建築物も増加傾向にある中で東側は、まったくと言っていいほど開発が進んでいない。元々、東側は山々が広がっており隣県との境界になっている事から昔ながらの風景が残されていた。

ランサーは周囲を警戒しながら、街の風景に目を配っている。自身の知っている景色とは当然違うのだから無理もないかと、マナは彼に言葉を投げかける。

 

「ねぇ、ランサー。私が学校に行っている間貴方はどうするの?」

 

「どうもしない……訳にはいかないからね。学校から離れないように付近の地形の確認でもしておくよ。もし、何かあれば令呪を使ってくれ。直ぐに君の元に駆けつけるよ」

 

そう言ってランサーは屈託のない笑みをマナに向けた。その笑顔はマナの心を鷲掴みにすし、顔を真っ赤にさせ「う、うん」と小さく頷くことしか出来なかった。

 

「マナ……これだけは忘れないで欲しい。僕達は今、聖杯戦争の真っ最中だという事を」

 

そんなマスターの心情を察してか、ランサーはマナに釘を刺す。今の彼女は昨夜に死の恐怖を味わった人間には見えない程浮かれていたのだから。

 

******

 

「それでは、神父さんマナ様をお願いします」

 

マナとセイバーを教会前で見送った後、エルザはライルに会釈をしその場を後にした。

彼女の後姿が見えなくなったのを確認してから、彼はその場にいない何かに言葉を投げる。

 

「アサシン、昨日はご苦労様です。ですが、あのやり方では下手したらマナさんが死んでしまうところでしたよ」

 

彼の背後に何かが揺らめいた瞬間、黒衣の騎士が姿を現した。

 

「それがどうした?そんな事より俺は今無性に腹立たしい、あの盗人め!よくも、我が王の代物を」

 

「盗人、ですか?貴方も似たようなものではありませんか?槍は持ってき忘れたんですか?」

 

ライルは冗談っぽく笑うが、アサシンは彼の言葉に顔を歪めた。背後から自身のマスターに向け左手に持った剣を首筋へと宛がう。

 

「怖いですね。冗談ですよ、アサシン」

 

「気を付けろマスター。人の感情が理解できない貴様が冗談だと?笑わせてくれるな」

 

アサシンは剣を自身の腰に収め再び姿を消すと、ライルの首筋には、新鮮の真っ赤な血液が滴り落ちる。

 

「やれやれ、まだまだ道のりは遠い様ですね」

 

肩を竦めながらライルは教会へと踵を返す。

 

『あぁ、言い忘れていました。仕事を一つお願いします、ホムンクルスを1人探してください。えぇ、私の知らないのが1人潜んでいるらしいいので。もちろん、殺してしまって構いませんよ』

 

******

 

「ここらで一旦お別れだ、神父にも言われただろう?自分の身は自分の身で守れる準備と覚悟をしておくように」

 

「え、えぇ、それじゃランサーまた後で」

 

名残惜しそうにマナはランサーと別れ、自身の通う校門の前まで歩みを進めた。今日の彼女の足取りは軽い、今まで億劫に感じた学校への入り口もスムーズに敷地内へと足を踏み入れる。

 

「やぁ、おはよう氷継さん。今日はやけにご機嫌だね?」

 

まるで、マナを待っていたかのようなタイミングで日立一護が彼女の前に姿を現した。

 

「ああ、日立君おはよう」

 

マナはそれをものともせず、いとも簡単に返事を返す。彼女自身驚くほど自然にだ。目を丸くして呆気に取られる日立を置いてマナは校舎へと歩を進めていく。

 

「ちょっと、ちょっと待ってよ」

 

慌てて日立が彼女の後を追いかける。追いつくのに小走りをし、マナの横に並ぶともう一度、声をかけた。

 

「あらあら、日立君どうしたの?そんなに驚いた顔をして?」

 

「そりゃ、驚くよ。一体なにがどうしたっていうのさ?昨日までの君とはまるで別人だ」

 

「そう見えるのならそうなんでしょう?私、決めたんだ、変わるって。勿論、それが機嫌の良い理由ではないんだけど」

 

と、マナは笑顔を振りまいたのだ。天変地異の衝撃を受けた日立は、彼女の笑顔にただ驚くばかりだ。

 

「変わるっていってそんなに簡単に変われるものなのかい?僕の今までの苦労はなんだったのさ?」

 

「貴方の苦労は自分で勝手に背負い込んだ苦労でしょ?私には何の関係のない事だもの。それでは、私は急いでいるのでさようなら」

 

マナは日立を振り切るように校舎へと駈け出していく。日立は、彼女の背中を呆気に取られて見送るしか出来なかった。

 

教室についたマナは一目散に自分の席に座ると、腕を枕代わりに机に突っ伏した。

周りからその表情は読み取れないものの、その顔は真っ赤に染まり、彼女の心音はバクバクとその鼓動を加速させていた。

 

「うへぇ、上手くはなせたのかな?難しいな会話ってどうするんだろう?」

 

昨日までの、ぶっきらぼうの受け答えよりは幾分かマシだろうと自己採点。

しかし、ただ自身のテンションに身を任せただけに過ぎないのはご愛敬だ。

彼女は、今『いつもとは違う自分』を演出しただけに過ぎない。もちろん、それを定着化させればいいのだが、それは気の遠くなるような長いながい道のりだ。人の印象というのを覆すのは難しい、マイナスイメージを払しょくするのはなおの事だ。マナがここから更に次のステップに進むには、より多くの人間に認知してもらう事しかないのだから。

マナが机に突っ伏して数分、始業を知らせる呼び鈴が学校に鳴り響いた。彼女は、顔を上げて周囲を見渡すと、教室内はいつもと変わらない光景が広がっていた。周りの生徒達は各々の友人と談笑し盛り上がる中、自分一人が教室の一角で取り除かれた様な感覚。いや、現に彼女は取り除かれているのだ。そして、マナは今朝の自己評価を赤字で塗り潰して×印を付けた。

 

「あぁ、結局何もかわっていない」

 

それも、当たり前の事だ。氷継マナが変わったと思っているのは、氷継マナだけなのだから。そんな、当たり前の事に彼女は勝手に気が付いて勝手に落胆する。

やはり自分は駄目なのだ、とマナはため息をつこうとした時だ、やけに刺さる視線の方を向く。

そこには、にこやかな笑みをして、こちらに手を振る日立の姿があった。

 

「……少しずつでいいんだ、ゆっくり歩こう」

 

マナは彼に小さく手を振り返した、それは大変ぎこちなく不格好なものだが、マナにとっては小さくても大きな一歩に違いなかった。

程なくして、クラスの担任教師が教室へ入室してきた。

 

「さてホームルームを始めるが、再来月に文化祭があるのは知っているか?そこで、クラスの中から2人実行委員を決めたい。まずは、立候補だ、誰かいるか?」

 

こんな時クラスの視線は一気に1人の生徒に注がれる。日立だ。周りから見て彼はそういった役割に位置しているからだ。

誰に言われるでもない、だが、周りは彼にその役割を望んでいる。だから、彼はその役割を演じるのだ。

 

「やりますよ、先生。だって、僕しかいないのでしょう?それと、提案が1つ。もう一人の実行委威をは、氷継さんがいいと思います」

 

瞬間、クラス全体の視線が切り離された一画に注がれる。それは、マナにとって異様な出来事だ。日立が何故この様なことをするのか理解できないでいる、それは、勿論クラス全体もマナと同意見だ。何故、日立は彼女を指名したのか、最近、日立がマナに頻繁に話しかけているのを彼らは知っている、それが、意味のない行動だという事も。浮いた存在を輪に取り来ないようにしてきたのはマナも彼らも同じことだったからだ。

 

「どうでしょう先生?氷継さんが承諾してくれるのならば別に構わないでしょう?」

 

「……む、無論だ。ど、どうだ氷継いい機会だ、今までの自分を変えるチャンスだとは思わないか?殻を破ってみたらどうだ?」

 

担任教師の意見は至極当然の意見だ。彼とてクラスで浮いた存在のマナを放置するわけにもいかないのだから。

 

「えっと、えっと……」

 

マナは困惑した表情で俯いてしまう。自分がどうしていいかわからない。いや、正確にはもっと違う。自分自身で一番わかっている筈なのだ。『このチャンスを逃すべきではない』ことぐらいは。それでも、マナは尻込みしてしまう。自分がこれを承諾した結果、バランスが崩れてしまうのではと懸念する。彼女が実行委員を承諾しても、しなくても氷継マナの選択に誰しもが関心を抱くのは間違いない。

なら、一層今までと何も変わらない方が誰も嫌な思いをしなくて済むのではないかと。

『人と関わるのを拒むくせに、人からの評価を一番気にしている』自分が嫌でマナは固まってしまうのだ。

そんな彼女に助け船を出すように日立は立ち上がると、クラス全体に呼びかけた。

 

「皆さんはどうでしょうか?確かに氷継さんはクラスに馴染めていません。僕達も彼女と馴染もうとしていません。それでは、いつまでたっても何も変わらない、変わらなくちゃいけないのは彼女も僕達も同じです。クラス一丸となり文化祭を成功させるためにも、僕達も彼女に歩み寄るべきです。なので、僕は彼女を推薦しました。みんなの意見はどうでしょうか?」

 

それは、まるで演説の様。いや、演説といって問題なほど、日立は落ち着いた口調で力強く自らの意見を口した。彼の意見に反対するものなど出るはずもない程完璧に。

既にクラスの意見は一つに集約している。後は、マナが決断するだけだった。

 

「私は、私は、」

 

変わると口にした、決意はあった、その後押しももらった、今この状況でも彼女は尻込みしてしまう。見たことのない景色を見るのは怖い、誰だって怖い。馴れは一番人を安心させ、一番人を堕落させる特効薬だ。

新しい何かは、その安心を捨てる覚悟が必要不可欠なのである。

 

「―――っ」

 

マナは立ち上がる、勢いが付きすぎたせいで椅子は無様に転倒し、慌ててそれを引き起こしてから、深い深呼吸。

 

「私、やり……ます。こういうの馴れて、ないので、皆さん助け、てください」

 

小さな声の大きな決意は、クラスに拍手で迎えられ、マナは顔を赤面させ照れたまま、静かに着席した。

言葉にはしがたい高揚感がマナに湧き出るのはその直後だった。

 

******

 

陽も落ちかけた教室に2人の生徒が机を向かい合わせて居残っていた。

その1人であるマナはきょろきょろと何もない辺りを見渡して落ち着かない様子。一方、そんなマナの向かいに座る日立はそんな彼女を見て笑っていた。

 

「は、早く帰らなきゃいけないから、手短にしてね」

 

「わかってるよ。昨日、担任にも言われたしね、まずは何をするか決めようか?」

 

朝のご機嫌な様子は何処かに消え、マナはいつものビクビクとした言葉使いで話す。

そんなマナの様子に日立が気づかない訳もなく彼は悪びれもせず、その事を問いただす。

 

「で?朝は超ご機嫌だったのに、今はそんな感じ全然しないよね?一体どうしたの?」

 

「……わざと聞いてるよね、それ?日立君のせいなんだけど?」

 

「うん……わざと」

 

悪意満載の素敵笑顔にマナはため息をついた。マナは一刻も早く帰りたいという衝動を抑えられない。勿論、目の前の日立に苛ついた事もあるが、何よりも彼女はランサーに会いたいくて堪らないのだ。

 

「じゃ、私帰るから。話し合いは明日の朝にしましょう」

 

そういってマナが席を立った瞬間。

いつか感じた背筋を這うような恐怖が、彼女を襲った。

それは、昨日感じたそれと全く同一。

 

「―――サッ」

 

彼女の声より速く。

それは、彼女が先ほどまで使っていた机を両断した。

音などない。ただ響くのは半分に割れた机が儚く床に倒れこんだ音だけ。

残ったのは立ち尽くす黒衣のサーヴァント。

 

「ア、アサシン……」

 

マナの漏らした声と同時にアサシンの鋭い眼光が彼女の視界を塗りつぶす。恐怖で足は竦みその場に座り込んでしまう。

アサシンは、両手に剣を携えていた。

西洋の騎士を思わせるその剣は、鋭い切れ味を持つと同時に、驚異的な破壊力を持つ鈍器に近い、それをアサシンは軽々と振るった。

並みの人間ではその動作すら視覚することすらできないだろう。英雄と謳われる彼の技を視認できるのは同じ英雄だけだ。マナにそれを視認することなど不可能だ。だが、それが 『何に向けられた』のかぐらいは容易に想像がついた。

 

「―――日立君逃げて!」

 

それは、日立に向けられたものだった。マナが言い終わる前に日立の体は教卓へと激突しそのまま崩れ落ちる。マナは、失念していた。

聖杯戦争は、魔術は秘匿されるものだと。基本的に狙われるのはマスターとそのサーヴァントだ。しかし、例外もある。その様な神秘を目撃したものが居ようなら間違いなくその人物は記憶を操作されるか、もしくは、『殺される』のだと。

 

「待って、狙うのなら私でしょう?その人は関係ない」

 

マナの声は震えていた。死にたくない。それでも、無関係の人間が巻き込まれるのはもっと嫌だから。しかし、彼女の声を、願いを聞き入れる者などどこにもいない、居はしないのだ。アサシンは、ゆっくりと倒れこんだ日立へと近づきその凶器を振り下ろす。

 

「だ、大丈夫だよ氷継さん。僕は、嬉しいよ。とっても―――」

 

「何を?言って」

 

アサシンの凶器が日立に迫る。

日立は倒れたまま右手を突き出し声を張り上げた。

 

「―――来い、アーチャー」

 

それは、一瞬の出来事。

それは、一瞬の神秘。

アサシンが振り下ろした凶器は、2メートル近い体躯を誇る屈強な男に阻まれたのだ。

それは、間違いなく人間ではなく。

間違いなく英雄と謳われた存在。

強大な弓を背中に携えた彼は、間違いなくサーヴァントだった。

 

「え?サーヴァント?それに、日立君がマスターって?」

 

「……説明は後だ。アーチャー。頼むよ」

 

アーチャーとアサシンの距離は至近距離だ。

名の通り、アーチャーとは弓の扱いに長けた英雄が召喚される。そのアーチャーが近距離で、それも二刀使いのアサシンに対して対抗できる手段があるのだろうか。当然、アサシンもそれを分かってか不敵に笑う。

 

「いいのかアーチャーよ?この距離で俺に挑むのか?」

 

「構わん。それよりいいのかアサシン?卑怯な奇襲がお前の唯一のアドバンテージだろう?姿を現して私に勝てるとでも?」

 

「弓兵がッ!なめるなよ!」

 

弾丸の如く打ち出されたアサシンの体が一瞬でアーチャーに肉薄する。

繰り出される剣戟はふたつ。

ほぼ同時に2方向から繰り出されたそれを、アーチャーは懐から取り出した短刀で弾き返すと一瞬後退したアサシンに向けて背中の背負った矢を一瞬で手に持ち変えると、続けざまに3本の矢を速射する。

 

「氷継さん、逃げるよ」

 

気が付けば側にいた日立に手を取られマナは教室からの脱出に成功する。

 

『アーチャー、教室は狭い。どうせなら広い校庭におびき出せ!別に、そこで倒してもいい。とにかく時間を稼げ』

 

『言われるまでもない』

 

日立はアーチャーとの念話を終わらせると、マナを連れて校舎の外へ出るべく走り出す。マナも遅れまいと彼の後を追う。何より聞きたいことがあり過ぎる。

 

「ちょっと、日立君がマスターだなんて聞いてない」

 

「……いってないからね。けど、それは氷継さんだって同じじゃないか」

 

「でも、君は気づいていたんでしょう?私が、マスターだって」

 

「……当たり前だよ。君は月宮市のセカンドオーナー、氷継弦一郎の娘なんだから。それに、昨日君の令呪をみているからね」

 

「だ、だましたの?」

 

「騙していない。それに、君がマスターであろうがなかろうが、僕が君に話しかけていた事は変わらない」

 

階段を下りながら2人は言葉を投げ合う。マナは益々、日立の事が分からなくなった。自身がマスターであろうがなかろうが、話しかけていたと日立は言う。その目的は何だというのだろうか?弦一郎の娘だからか?だとしたら今までのは全て演技だとでも言うのだろうか?昇降口を抜けた所でマナはその足を止めてしまう。日立の目的が分からないから。彼女は迷って足を止めてしまう。

 

「氷継さん!」

 

日立の叫ぶ声と同時に。ガラスの割れる音が校庭に届いた。

落下するのは窓ガラスの破片と。

 

「空中で受け止められるかな?この矢を」

 

アーチャーとアサシンだ。

アーチャーは、アサシンの上を取るとその大弓を引き絞る。放つ矢は9本。

超高速の9連撃を体制が不自然なアサシンが凌ぎきれる筈もなく、数本の矢が彼の体を抉り地表へと叩きつけた。その衝撃音と砂埃が思考を停止させたマナに正気を取り戻させる。

 

「日立君、貴方一体何者なの?」

 

「僕?僕は―――」

 

日立は言いかけて、その声は彼のサーヴァントであるアーチャーにかき消される。

 

「マスター!逃げろ!」

 

彼に迫るは黒衣の騎士。

アサシン、暗殺者のクラスだとしても、彼の英雄としての勇猛さは不変だ。

アーチャーから受けたダメージをものともせずに彼は、その刃を日立に向ける。

アーチャーの距離からでは間に合わない。だが、矢なら別だ。数本放たれた矢はアサシンの膝を射抜く。

それでも、黒衣の騎士は止まらない。

その剣が日立を捉えようとした刹那。

 

「―――助けて。ランサー!」

 

マナの右手が光を纏った大魔術ともいえる令呪が唸った。

令呪は、サーヴァントを律する拘束具とも呼べる代物であると同時に、一瞬でサーヴァントを呼び寄せる等、空間跳躍をも可能にする強力な大魔術。

 

「マナ、遅くならないようにと言った筈だよ?」

 

アサシンの剣を受け止めたのは、令呪によって即座に現れたランサーだった。

その黄金の聖槍を持ってして軽々とアサシンを退ける。

 

「―――盗人か。しかし、2対1では分が悪い」

 

その背後にはアーチャーがアサシンの霊核を射抜かんと弓を引き絞っていた。

 

「懸命な判断だアサシン。去るなら好きにしろ」

 

「―――チッ」

 

舌打ちをしてアサシンは姿を消した。気が抜けたのか安堵したマナは、大きく息を吐いてその場に座り込んでしまう。

 

「それで、日立君の目的は何?」

 

真意を探るようにマナは彼の目を見つめる。

その表情は、マナがみた事もないほどに真剣な表情だった。

 

「僕はね、こんなふざけた戦いを止めようと思ってる。だって、意味がない根源に至るだが知らないけど、そんな勝手で死ぬ思いをしてたまるかって話さ。僕が聖杯に掛けるとしたらそんな願いしかない。でも、氷継さんに話しかけた理由は、聖杯戦争とか関係ない。只、僕が話しかけたいと思っただけなんだ」

 

彼の言葉を聞いてマナは、ランサーを一瞬視界に写す。自分一人では判断できないと思ったからだ。ランサーもマナの考えを理解し自身の意見をハッキリと伝える。

 

「彼が嘘を言っている様には少なくとも見えない。ただ、信用しきるのはどうかと思う」

 

「当然だな。只それは、私達にも言える事だ」

 

日立のサーヴァントであるアーチャーも語気を強めながら口を開いた。ただ、戦闘の意思はないのか大弓は背中に背負い両腕を組んでいる。ランサーも戦闘状態を時マナの前に立ち壁になるように位置取りをする。

 

「アーチャー、そういう言い方はやめろ。氷継さん良かったらでいい。僕は、この戦争を止めたい。だから協力して欲しいんだ」

 

「―――条件は?」

 

マナが返事をする前にランサーは日立の狙いを問う。

 

「条件なんてない。僕は、本当に聖杯戦争を止めたい。信じてくれとは胸を張っては言えないけれど。協力してくれるのならばアーチャーの真名を教えよう。勿論、ランサーの真名をこちらに教える必要はない」

 

「……私は、役に立たないよ?だって―――」

 

「構わないよ。それだけの価値が君にはある教えようアーチャーの真名はピロクテテス。かのギリシャの大英雄ヘラクレスよりその弓を受け継いだとされる英雄でもトップクラスの存在だ」

 

「待ってよ。私は協力するだなんて言ってない」

 

一方的に真名を告げられ強引に協力関係を結ぼうとする日立に困惑するマナだが、それはいつもの事だった。

彼は、いつも強引だ。だが、結果としてマナの変化のきっかけになったのは紛れもない事実。

 

「……わかったよ。日立君はいつも強引だ。でも、きっかけを作ってくれているのには変わりない……」

 

「マ、マナ、もう少し慎重に―――」

 

「いいのランサー、私が決めた事だから。日立君いいよ、協力しましょう。私だって殺されるのも死んじゃうのも嫌。それに、学校に協力者がいれば安心して通えるじゃない」

 

そういってマナは気の抜けるほどの笑みを浮かべた。

校庭に夜風が吹き込みマナの体を凍えさえる。震えを止めようと自身の体を抱き込むと同時に少女らしい小さなクシャミをしてしまうが、情けなく鼻を垂らしてしまう。カーディガンの袖口でそれを拭った。

 

「そうだ。ランサー助けてくれてありがとう。そして日立君、今日はありがとう。貴方のおかげで私は一歩また踏み出せそう」

 

それは、彼女が日立に初めて向けた純粋な笑顔だった。




次は2018/1/15


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五話 四日目 ジレンマ

その空間は辛気臭いという表現が実に合っていた。薄暗い室内に趣味の悪い標本、腐敗した人の形をした何か。それらを払いのけながら氷継サラは奥の扉に手をかける。

屋敷の地下にある弦一郎の工房は、部屋の主を失いその意義を損失している。工房の奥ある扉の向こう、その先はサラも知らない未開の地。開拓者として進むサラはセイバーとエルザを引き連れていた。

 

「本当にこの部屋は嫌いだわ。できれば入りたくなかった」

 

とサラはつい愚痴を零す。彼女が探し求めているのは、今回の聖杯戦争に至るまでの記録だ。聖杯戦争を引き起こした弦一郎の動機も目的も彼女は把握してはいたが、戦争までのプロセス。つまりは、今回の聖杯戦争の大聖杯の在りかまではわかってなどいない。

 

「大方の目星はついているのだろう?」

 

「ええ。でも、問題は場所ではないの。結局、蓄えておくための器……つまりマナがどれほどの許容量を持っているのかの方が心配よ。既に、キャスターが脱落して魂は一つくべられている、早いに越したことはないわ」

 

そういってサラは開かずの扉を開く。

 

「―――えっ」

 

中は驚くほどに簡素だ。六畳ほどの大きさしかない空間。壁一面が真っ白に塗りたくられ、先ほどの工房とは別次元の異空間となっていた。中央に備えられた大人程の大きさの台の上には、鮮やかに彩られた棺が置かれている。

―――あぁ、そういう事か、とサラは息を飲んだ。氷継弦一郎の愛は本物で、彼の熱意は本物で、氷継弦一郎の狂気も本物だったのだ。

サラは、何も言葉を発さずにその扉を閉じる。

 

「どうしたサラ、何があった?」

 

「サラ様?」

 

困惑するセイバーとエルザを遮るように彼女は扉に背を向け辛気臭い部屋を見渡した。

 

「ここには何もない。何も残ってはいなかったわ。ただ、あったのは届かなかった愛情よ」

 

「……そうか。で、どうするつもりだ?まさかこの部屋を漁る訳じゃないだろうな?」

 

セイバーは部屋を一瞥すると苦笑を浮かべサラに問う。

 

「えぇ、大正解よセイバー。この辛気臭い部屋を漁れば聖杯に関する手記くらい見つかるでしょう」

 

「なっ、ふざけるな!私は絶対やらないからな!」

 

壁に背を預けたまま腕を組みセイバーはその場を動こうとはしない。ふて腐れた様子でサラとエルザの作業を眺めている。

埃を被った本棚。古めかし書籍が並ぶ中一か所だけ何回も取り出したのか埃が積まれていない本がサラの目に飛び込む。

 

「これかしら?」

 

手を伸ばせば届くという高さではなかった。

それを見ていたエルザは部屋から手ごろな台座を手に取りサラに渡す。

 

「えぇ、ありがとうエルザ。ところで、マナの様子はどうだった?」

 

「サラ様、そんなに気になるのでしたら自分で様子を見に行かれてはどうですか?」

 

「そ、そんな事できるわけないでしょ!?」

 

思わず声を張り上げた。サラは振り返りエルザの方へと体を捻る。その結果、彼女は乗っていた台の上でバランスを崩し手に取りかけた本は宙に舞い、サラの悲鳴と共に落下する。

 

「全く、私のマスターはもう少し落ち着いて欲しいよ」

 

―――ドサ。と落下音は一つ。その正体は古びた分厚い手記の様なものだった。それを落とした張本人であるはずのサラは自身のサーヴァントに抱えられ体を打ち付けずに済んでいる。サラの体が急激に熱を帯びて熱くなる。全身の毛穴が開口し頬を赤く染める。

 

「―――私は駄目ね、全然。ありがとうセイバー降ろしてちょうだい」

 

そしてサラは悔しさで唇を噛んだ。

氷継サラは凡人だ。それでも、彼女は天才と言われ続けてきた。

それは、期待という重圧に打ち勝つほどの努力を彼女が繰り返してきたからだ。サラからしてみればマナは恨めしかった。自分とは違う、自分とは違って普通で居られるのを許されたのだから。魔術を早々に諦め、それが許されたマナをサラは羨ましいと思った。自分が幾ら魔術師として努力しようともそれを心の底から賛美する者などいない。褒められたくて、認められたくて、少しでもマナに向けられていた愛情を彼女に振りまくことができたなら。

 

「―――いえ、それはない。だってあの人がマナに向けていたのは、そんな優しいものじゃない」

 

彼女は自分の願望も理想も現実で噛み砕く。

それは、受けてはならない愛情だ。醜く、恐ろしいエゴの塊。だからこそ、サラはマナを開放するために聖杯戦争を駆け抜ける決意をしたのだ。彼女の望みはたった一つ。称賛でも賛美でもない。ただ、たった一人の妹を魔術師とは無縁の普通の女の子に戻す事だけ。

当たり前の日常を謳歌してきた彼女を、非日常によって取り戻す事が氷継サラの願い。

 

「サラ?」

 

立ち尽くしたままのサラにセイバーは首を傾げるが、それはすぐに杞憂へと変わる。

 

「何でもないわ。さて、目当ての物これかしら?」

 

そういって彼女は床に落ちた手記を拾い上げる。それは、氷継家の歴史ともいえる代物だ。事の成り行きから研究の過程および成果まで緻密に書かれている。

 

「ここにもう用はないわ。二人とも行くわよ」

 

サラは、数ページ捲りこの本が探していたものだと理解すると足早に地上への階段を駆け上がるべく工房を後にした。

 

******

 

―――ここはどこですか?

美しい情景がそこにはあった。

一人の青年は、小さな小さな少女を守る。

一人の少女は、大きな大きな背中を見つめる。

襲い掛かるは、狂気を満ちた謎の影。

青年は、少女を守るべくその槍を振るう。

全ての影を撃退し、青年は笑顔で少女へと振り返る。

そして、少女は彼の胸に飛び込んだ。

これは。ここは。これは、これは、そう。

これはそう、貴方の夢で、貴方の記憶。

それは、私の知っている彼だった。

私の知っている限りの彼だった。

目新しいものなど何もない。

だって、

だって、だって、だって、だって。

―――だって。

それは私の作った彼なのだから。

彼は、騎士王。アーサー・ペンドラゴン。

ブリテンを収めた王。

そして、そして、そして、そして。

私の求める理想の騎士。

私の求めた理想の騎士。

私が、私の、私が、生み出した。

私だけの騎士様。

それが、それが、それが、それが。

それが、私の……

 

******

 

「―――うっ」

 

―――眩しい。それが、彼女の率直な感想だった。窓から差し込む朝日は彼女の瞼の動作を阻害する。すぐ横を向けば夢で見たのと同じ笑顔があった。

 

「―――あぁ、あれは、あれは夢?なのかな?」

 

上体だけ起き上がりマナは緩慢な動作を続ける思考で記憶を辿る。

彼女は夢を見ていた。

それは、英霊の記憶。

令呪で繋がれたサーヴァントの記憶を垣間見る事はあり得ない話ではない。

しかし、彼女が見たのは英霊の記憶というよりも、自身の記憶だった。

かつて王としてブリテンを収めた彼の前世の記憶、とマナは感じたにも関わらずその中身は彼女が思い描いた理想の産物。そのズレを彼女は払拭する事が出来ない。

 

「ねぇ、ランサー。貴方はあのアーサー王なの?」

 

傍らに佇む彼にマナは問う。ただ、その視線は彼に向けられているものではなく、遠くを見つめていた。

 

「……僕は、僕は―――」

 

「―――いや、やっぱりいいよ。貴方はアーサー。私の理想の騎士。それでいい」

 

ランサーの言葉を遮りマナは思考を結論付ける。知らなくても、わからなくてもいいことだってあるのだと。

ベッドから這い上がり彼女は、ランサーの背中を押した。突然の事に困惑するランサーを無言で部屋の外まで押し出してしまう。

 

「マ、マナ?一体どうして?」

 

「如何に騎士様でも着替えを見られるのは恥ずかしいよ」

 

照れ隠しにマナは俯いたまま小さな声を漏らす。

 

「―――ああ、気が回らなくてすまない」

 

「うん、いいのよ、ランサー」

 

そういってマナは部屋の扉を閉めた。

部屋の外に締め出されたランサーは廊下の壁に背中を預け天を仰いだ。

 

『貴方はあのアーサー王なの?』

 

マナの問いが彼の頭を錯綜する。

彼は自分自身が何かを、何者かを重々把握している。彼は、紛れもなく彼女が望んだ騎士そのものなのだ。それに偽りはない。

だが、彼事態は、偽りそのものと言っていい。

ランサーはマナの理想の騎士であり、アーサー王であり、アーサー王ではないのだから。

 

「僕は、君の一部。強くありたいと願った君の理想。だから、君は強くなれなければならない。本質に気づいているからこそ、そうでありたいと願うのだろう?君が、本当に欲しいのは。君が本当に願うべき、叶えるべきものは、自分を守っていく誰かじゃなく、自分を強くする自分なのだから」

 

彼の声は彼女には届かない。

だから、だからこそ彼がいる。

 

「僕の役割は、そう。彼女を強くする事。それこそが彼女の本当の願い。だから僕は、そう。僕のやるべき事はそう。とても、とても簡単で、とても難しい事に違いない」

 

ランサーは大きく息を吐いた。

それは区切りの深呼吸で、決意の深呼吸。

まもなく部屋から現れるマナに、彼は告げる。

 

「僕は―――」

 

何事かとマナは身構えるが、当のランサーはそこから先の言葉を発しない。声どころか体一つ動かさずただ彼女を見つめているだけだった。

 

「ど、どうしたのランサー?」

 

耐えかねたマナが思わず訪ねる。身を硬直させていたランサーも彼女の声でふと我に返ったのか慌てて口を開いた。

 

「あっその……いや、何でもないんだ。その、そう。やはり、あぁそうだ。君は僕の事を知っているだろうけど、僕は君の事をよく知らないからね。その……なんだ」

 

数秒前の決心は霧となって散り果て、ちぐはぐな言葉を羅列してしまう自分自身をランサーは嫌悪した。

 

「あ、あぁ……えぇ!ええ、そうよね!そうよね!決めたわ、ランサー!学校には行かないで二人でデートに行きましょう!私は、もっと貴方の事を知りたいの!」

 

「えっああ、今日は駄目だ。せめて明日、いや、違う。そうじゃなくて!」

 

「わかった!じゃ明日にしようよ!やったね、じゃあ行くね!言ってきます、私の騎士様」

 

マナは満面の笑みを浮かべ彼から遠ざかっていく。ランサーの手は虚空を掴み、自身の情けなさに落胆する。

なにが、

なにが。

―――なにが、騎士様だ。

と。彼は、『自分』の弱さを悔やむのだった。

 

 

薄暗い部屋だった。時刻は朝。だが、この部屋は、その外の明るさ、清々しい陽気さなど微塵も感じる事が出来なかった。

部屋の主はここにはいない。今、ここにいるのは二騎の人ならざる者。英霊だった。

 

「ほお、貴様も中々に薄情な男じゃな」

 

女だった。軍服を纏った女は軽薄に笑う。

赤いあかい瞳。その奥はまるで底が図りきれない闇だった。

或は、全てを飲み込まんと炎上する紅蓮の双眸を彼女は宿しているのだ。

一方で、対面する男は無骨に口を閉ざし彼女の言葉を聞き流していた。

 

「なんじゃ、ものも話せんかアーチャーよ。貴様とて英雄であろう。それでいて、あれを見逃すのか」

 

軍服の女は傍らに転がるそれを見据えていった。それは少女だった。まだ幼い少女だというにのの体は異様にか細く呼吸する事すら億劫な様子にさえ見える。

だが、常人と違うとすれば、その体だけではない。少女に左手には微かに魔力の鼓動があった。紛れもなくそれは令呪であり、この少女とそれを足蹴にする英雄との繋がりを纏ったものであった。

軍服の女英霊は、アーチャーの反応がないのに対して退屈な顔を浮かべるも、何かを思いついたのか口元を吊り上げる。

 

「なら、これはどうじゃ?」

 

女英霊が発した声と同時。彼女は自らのマスターである少女の腸を蹴り上げた。

 

「―――っ」

 

短い悲鳴と共に少女の体が宙を舞い、そして床に衝突した。少女は、咳き込むことすら出来ないのか、只苦痛の表情を浮かべているだけだった。

 

「―――全くを以ってつまらん男じゃなアーチャー。目の前で娘が甚振られ様とも動じぬか」

 

「私にとっては関係のない事だ。マスターの望みも、お前がここで何をしようとも私には関係ない。私の望みは一つだけだ。その娘が死に、お前がどうなろうと知った事ではない」

 

「ならば、聞こうじゃないかアーチャーよ。貴様の望みとはなんじゃ?」

 

「強者との決闘、それだけだ。それ以外は何も望みはしない」

 

「やはりつまらん男じゃ」

 

軍服の女英霊は、自ら蹴り上げた少女の首元を掴み引きずるように彼女を抱える。

 

「ワシは娘と戯れる故、貴様は何処かへ失せるがよい」

 

虫でも払うかのように彼女を口を鳴らす。

アーチャーは無言で頷き背を向けた。

 

「そうだ、バーサーカー一つ言っておこう」

 

霊体化し半ば消えゆく中、アーチャーは口を開いた。

 

「貴様とて強者には違わないのだろう?その娘をそれ以上傷をつければ貴様も現界する事が危ぶまれるだろう。精々、私と雌雄を決す前に消えぬことだ」

 

「くっ―――くははははは。面白い事の一つ言えるではないかアーチャー。よかろう、貴様に免じてこの娘を甚振る真似はやめておいてやろう。そろそろ外にも出てみるか」

 

バーサーカーと呼ばれた英霊は、アーチャーが居た場を睨みつけ高らかに笑う。

そして、バーサーカーのサーヴァントとしての気配も消失した。

 

*****

 

今朝の彼女は頗る調子が良かった。

今の彼女を見れば誰もがそう思うだろう。

鼻歌を奏でながらマナは自身の通う学校付近まで来ている。

 

「でえと!でぇと!明日は騎士様とデート」

 

謎の歌を口ずさみ彼女は軽い足取りで校門前までやってくると、そこには人だかりができている。

 

「メイドさんかわいい」

 

「コスプレかぁ?」

 

等という雑音がマナの耳を刺激する。

そして、彼女はその人だかりの意味を理解してしまう。

一歩、二歩と後退り。

上手く人ごみに紛れてやりくりしようとした直後だ。

 

「―――マナ様」

 

人だかりの中心部から聞きなれた我が友人の声にマナは背筋をピンと張り詰める。

人だかりの視線がマナの背中を射抜き、かきたくもない汗が全身から噴き出るのを確かに肌で感じ取った。

 

「や、やぁ、エルザじゃない。どうにかしたのかな?」

 

恐る恐る振り返りマナは声の主であるエルザと視線を交わす。

 

「どうにかしたかではありません。少しお時間良いですか?」

 

「えっいや、それは」

 

マナの答えなど問答無用とエルザは彼女の腕を取り連行する。

 

「なんだ今のは?」

 

「あれってお前のクラスの氷継だろ?どうなってんだ?」

 

そんな学生達の声を受け、また今までの暗い学校生活を送るのかと内心マナは落ち込みため息を漏らした。

 

「で、何の様なの?」

 

学校からやや離れた場所で解放されたマナは、口調を少し尖らせてエルザに問う。

 

「着替え。今日までの分しかないでしょう?だから、学校が終わったら取りに来てほしいのだけど?」

 

「……嫌よ。姉さんが、姉さんにそうやって言えって言われてきたの?私の、私を殺すためにそうやって命令されたんでしょう!?

 

「ち、違う!サラ様は貴女の様子が気になっていたから」

 

「えぇ。えぇ、そうでしょうね!なんせ、私が生きていたら不都合だから。直接私も殺したいに決まっているんだ!絶対にそうだ!」

 

マナは金切り声の様に声を張り上げ、大きく息を吸い上げ髪を掻き毟った。

恐怖。先ほどの意気揚々とした気分は彼方に消え今の彼女を蝕むのは圧倒的死の恐怖。

思い出したかの様にそれは発現し、彼女を一瞬で闇へと蹴落とす。

 

「違う!本気でサラ様は貴女の事を心配しているのに!なんでわからないの!」

 

「―――うっ」

 

マナは思わず身を硬直させた。エルザにこの様に怒りの感情を込めて怒鳴られたのは初めての事だったからだ。

 

「……お願いよ、マナ。顔を少し見せるだけでいいから、ね?私も一緒にいくわ。麓のバスの乗り場で待っているから」

 

涙ながらにエルザは懇願する。マナからしてみれば彼女が嘘をついている様にはとても見えない。ましてや、一番心を許している相手に対してここまで頼まれればそれを無下にできるほどマナは心無い人間ではなかった。

観念したかのようにマナは俯きながら「わかった」と小さな声を漏らす。

 

「あ、ありがとうマナ。私からサラ様にちゃんと伝えておくから絶対に安心して!」

エルザは笑みを浮かべると駆け足でマナの前から姿を消す。

 

「はぁ……学校いこう」

 

マナは朝の気分を削がれそれは急激に角度を変えて暗転した。自然と足取りは重くなり彼女は時計を確認するととっくにホームルームの時間は過ぎていた。

 

******

 

教室の扉を開けると中の視線は一斉にマナへと向けられた。一限目が始まるにはまだ時間はある。

 

「―――うぐっ」

 

なに?

なに?なに?なに?

その視線の意味も訳も彼女は理解しているし承知している、覚悟もあった。それでも、自身を刺すその視線にマナは戸惑ってしまう。

扉の前で困惑するマナにクラスメイトの女子が声を掛けた。

 

「どうしたの氷継さん?中に入りなよ?それよりさ、校門にいたメイドさん氷継さんの家のメイドさんなの?すごいね」

 

「えっうぅあ、そう……です」

 

困惑仕切りのマナを余所にそのクラスメイトは目を輝かせ彼女に質問を繰り出した。それによって火蓋が切られたかのように、マナを中心としてクラスの大半の生徒が疑問をせめぎ合う。

 

「氷継さんの家にはいっぱいメイドがいるの?」

 

「氷継さんの家って広いの?」

 

「私、氷継さんの家にいってみたーい」

 

「あうあぅあううう」

 

脳内にマナにだけ聞こえる破裂音が響いた。この様な経験が初めてだからだ。せめて、一対一で話すならばできたかも知れないがこうも大人数との会話などマナにした事などなく、彼女の思考は停止してしまう。

 

「はいはい、質問は後にしてあげなよ。氷継さん困っているだろ?それに、もうすぐ一限目も始まるよ。みんな席について」

 

見かねた日立が助け船を出した。両手を二度打ち付ける仕草と共に声を張る。生徒たちは日立の声を聞くや名残惜しそうに自分たちの席へと散っていく。

 

「あ、ありがとう」

 

日立と目が合い小さく感謝の言葉を呟いた。恐らく彼には届いていないだろう、しかし仕草から読み取ったのか日立はマナに向けウィンクを一つしてから自分の席に着いた。

 

「あう、ビックリした」

 

マナは安堵し息をスッと吐きだした。

日立以外のクラスメイトに話しかけられたのはいつ振りだろうか。部活でも、他の部員とは必要最低限の会話しかしてこなかったマナにとってこれほど『嬉しい』ことはなかった。

程なくして一限目を担当する教師が教室へと入ってきた。いつもと変わらない退屈な授業を受けた後、空き時間になる度にクラスメイトが自分の元へ大挙する。

家の事から、他愛もない会話まで。

まだまだぎこちない形ではあるが、マナはクラスメイト達と共有していく。

こんな光景を。

こんな日常を。

マナは、望んでいた。

当たり前の様に、当然の様に。

こんな簡単な事がどうして出来なかったのだろうかと、マナは悔やんだ。

 

 

「―――で、今日はどうするんだい?」

 

放課後。陽が沈みかけた教室内には、マナと日立の姿があった。他の生徒の姿はなく教室には二人だけだ。

 

「どうって何を?」

 

マナは呆けた声をあげて彼へと振り返った。彼女の体は既に教室の外へと飛び出す動作に切り替わっている。日立はそれを受けため息を一つついた。

 

「なにをって……文化祭の話さ。昨日はあんな事があったからね、少しでも話を進めて行いと」

 

「あ、あぁそうか。でも、ごめんなさい。私一回家に戻らないといけないから」

 

「一回家に戻る?変な言い方をするね?」

 

思わず聞き返した日立と思わず口走ってしまい慌てて口元を抑えるマナ。両者の表情は対極にあった。

 

「と、ととととりあえず今日は無理だからまた今度ね」

 

マナは慌ただしく教室を後にする。一人残された日立はただ一人空しく立ち尽くしていた。

 

******

 

「……それに賭ける願いなどない。私はただ戦えればそれでいい。戦争でしか自身の存在意義を見出せない野蛮な生き物だ」

 

彼は、一人呟くように言葉を漏らした。

月宮市に存在するビルの屋上。現代社会を象徴する様なビル群に対して彼の姿は異形だ。

その荒々しい肉体。

二メートル程の体躯にその強靭な肉体を見せつけるかのように上半身は半裸。

英霊として現代に現界した彼に今の風景は似合わない。

 

「―――英雄?人々は私をそう呼ぶ。ただの戦争の勝者でしかない私を。それは、人として

疑問に思う。人殺しを正義と肯定しているようなものだ。便利だよ、一度その矛先が自身に向けられれば必死の抗うというのに」

 

苦笑し彼は自身の獲物を構えた。

彼の屈強な肉体に負けず劣らずの大きさを誇る強大な弓。

 

「だが、それは私にとっては只の賛美だ。私は兵士。私は兵器。ただ敵を殲滅する為の。誇りなどない。私は只命令に従うだけだ」

 

アーチャーの名を関するサーヴァント、ピロクテテスは弓を引き絞る。

狙いは、遠くとおく離れた山中。

更にその奥。屋敷の外にいる人物まで正確に彼は観る事ができる。

それ程の眼を彼は有しているのだ。

 

「悪く思うな。なに少しちょっかいをかけるだけだ」

 

―――放たれた。

数十キロ離れた距離から彼は目標の人物への超遠距離射撃を放つ。

風を斬るように鋭く放たれた矢は合計で十四発。その凶器は数秒で彼女の元へと飛来する。

 

******

 

「……遅いですよ」

 

バスから降りたマナを出迎えたのはエルザの呆れた第一声だった。

 

「うぅ、そんな事ないよぅ」

 

頬を膨らませブーブーとマナはふて腐れた表情を見せる。

 

「さぁ、行きましょう」

 

最早どちらが従者かわからない。エルザはマナの手を引き屋敷までの坂道を登っていくとそれを遮るように金髪の青年が姿を現した。

 

「マナ、少しは警戒して欲しい」

 

ランサーは呆れた顔で自身のマスターの顔を見た。

 

「うぅ、ごめんなさ―――」

 

彼女の言葉の途中で突如ランサーは後方へと視線を向けた。

その直後だった。山を揺るがす様な地鳴りが響く。

 

「な、なに今の?」

 

「マナ達はここで待っているんだ。様子をみてくる」

 

ランサーは自身の獲物を構えて屋敷へと駈け出していく。

 

「エ、エルザ?」

 

「わ、私にもわからない。サラ様は無事だといいけど……」

 

二人はそれぞれの不安を口にし、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。

 

******

 

「やけに機嫌がいいじゃないかマスター?」

 

意地の悪い笑みを浮かべセイバーは自身のマスターを眺めていた。

 

「機嫌がいい?貴女にはそう見えるのかしらセイバー?」

 

サラは眉間に皺をよせ怒りの表所を露わにする。

 

「あぁ、見えるとも少なくとも私は楽しい」

 

ケタケタと笑うセイバーにため息をつきながらサラは父親の工房で見つけた本の続きを読み始める。

 

「―――なんだ、もっと揶揄えると思ったのに。まぁいい、私は外に行っているぞ」

 

「揶揄わなくていいわよ!それに、貴女がいたら余計に警戒されるでしょう?大人しくしていてちょうだい」

 

「やっぱり妹が来るのが嬉しいんじゃないか」

 

「そんなんじゃないわよ!あぁもう、外でもどこでもいっていなさい!」

 

「おぉ、こわいこわい」

 

セイバーは楽しんだとばかりに笑みを浮かべ霊体化し姿を消す。

 

「あぁ、実に楽しい」

 

今、彼女の姿は屋敷の外にあった。

屋敷は広い。それを囲むように積み上げられたコンクリート塀は来訪者を威圧する様に高く積みあがられている。唯一の門扉も大変豪勢な代物ではあるが、まるでそれは外界とを区分する監獄の様な圧迫感を醸し出していた。

その塀に背中を預けてセイバーは天を仰ぐ。

 

「ふふ。ついつい揶揄ってしまう。私に娘はいなかったからな。可愛くて仕方がない。それに―――」

 

自身の紡いだ言葉を強引に喉の奥へと引っ込めた。これ以上は感傷に浸る意味もない、聖杯さえ掴めばその必要も無くなるのだから。

 

「あぁ、待っていろ。私は必ずや聖杯を手にしお前を救い出す」

 

それは、彼女の願い。この聖杯戦争に掲げる唯一の願望だ。

 

「さて、もうそろそろ着く頃だろう。サラがどういった顔をするか見ものだな」

 

悪い顔をしてセイバーはまた笑みを浮かべるが、一瞬にしてその表情は無に帰った。

直後、彼女は黒の鎧を身に纏い無粋な飛翔物を弾いた。

轟音。弾かれた飛翔物はコンクリート塀を破壊しそこに大穴を開ける。

 

「ほぉ、まだ来るか!」

 

二発、三発、四発、五発。

それらを華麗に回避して見せる。

 

「弓兵か。余程の腕をお持ちの様だ」

 

セイバーは即座に相手を見極め、自分の位置では相手の位置を特定する事も出来ないのを理解した。そんな彼女の思考を遮るように弓兵の放つ矢はまだ続く。計十四発の必殺の矢を全て叩き落とし彼女は大きく息を吐いた。

 

「い、一体何の音よ!」

 

慌てた声を上げてマスターであるサラが屋敷から飛び出てきた。

 

「なんのって?敵襲だ。生憎、妹はまだ―――下がっていろ!!」

 

突如としてセイバーは声を張り上げ、視線は目の前のサーヴァントを睨め付ける。

 

「ランサー……」

 

サラは息を飲んだ。黄金の槍を携えた英霊はこちらへと突進してくるのが見えたからだ。

 

「へぇ、こっちもかなりのやり手の様だ。あぁ、いいぞ。防戦だけではつまらないからな!」

 

跳ねた。鞘に納めたままの剣を携え剣士は槍兵へと飛び跳ねる。数メートルの間合いを瞬時に詰める為に。無論、ランサーもそれを十分に理解したうえで彼女を迎え撃つ。その槍の長さを生かし接近させまいと鋭い突きをセイバーに見舞う。その回数は一秒間で七回。並みのサーヴァントならば一撃貰うであろう神速の槍捌きだ。それを、セイバーは全て回避して見せ渾身の一振りを見舞った。

セイバーによって振り下ろされた一撃をランサーは辛うじて避けるも追撃を警戒する様に大きく後方へ飛びのいた。

 

「待ってほしい、こちらに争う意思はない」

 

「争う意思はないだと?よく言うね色男。思い切り敵意を乗せた槍を繰り出してきたっていうのに」

 

呆れたようにセイバーは言葉を吐き出した。彼女の言い分通りランサーは未だに槍を構え戦闘態勢を解かない。

 

「そ、それは……あんな殺気を込められれば誰だって応戦するさ」

 

「なにいってんだ?先に仕掛けてきたのはお前らだろ?まぁいいよ。争う気がないなら大人しくシテろ!」

 

二度セイバーはランサーへと突貫する。

 

「セ、セイバー!やめなさい!」

 

サラの制止も届かず剣士と槍兵の打ち合いは続く。互いに有利な距離を保とうし、相手に有利な距離を取らせない為の攻撃が果てしなく継続していた。

 

「やるじゃないか色男。で、そっちのマスターはどうした?まさか命令されたとか?」

 

「マナに争う意思はない。それは僕も同じだ」

 

「そうかい、なら私達は互いに争いなど求めていなかったということになるが?」

 

「初めからそういっている!」

 

槍のリーチを生かしたランサーの横薙ぎをセイバーは容易く受け流す。

 

「ラ、ランサー」

 

息を切らしたマナがその名を叫んだ。

その声に一瞬ランサーは意識を削がれる。それは致命的なものだった。

 

「おい、歯食いしばれよ!」

 

貫いた。その一瞬の隙をセイバーが見逃すはずがなかった。すぐさま懐に飛び込むとその鈍器のような剣を振るう。

直後、ランサーの体は地面を離れ重力に抗う事になる。コンクリート塀を破壊し彼はそれに埋もれ、外壁の一部が飛散しそれはマナとエルザに襲い掛かる。

 

「―――えっ」

 

突然の事にマナは体が動かなかった。それは、隣にいたエルザも同じだった。ただ、ただその飛散物がやけに遅く見えたに違いない。

 

「―――っ」

 

一瞬だった。飛び込んできた飛散物とそれが一瞬にして塵へと変わり果てたのは一瞬の出来事だった。マナは横目でそれをみる、その魔術を行使した人物を。

 

「―――満足かしらセイバー?一度頭を冷やしなさい。それと貴女の荷物はこれでしょう?」

 

サラは手にしていた大きめのバックをマナに向けて投げつけた。それは、一人の少女が持つには少し重たくエルザと二人がかりで何とか受け止める。

 

「貴女の用はそれでしょう?他に用がないなら今すぐ立ち去りなさい」

 

サラは、語気を強めマナを威圧する様に睨みつける。

 

「う、うぅうう。ラ、ランサー?」

 

逃げ場を求めるように騎士の名を彼女は呼んだ。それに応えるように瓦礫の山が崩れランサーが姿を現す。

 

「僕の方は大丈夫だよ、マナ。それより―――」

 

そう言うとランサーはセイバーを見据えるが、当のセイバーは既に黒い鎧を外しており戦闘状態を解除していた。

 

「マスターの指示に従っただけさ」

 

ランサーの視線を感じセイバーはおどけた口調で言葉を発しはするが眼だけは嘘をついていなかった。またやり合うというなら今すぐにでもといった目力を孕んでいる。

 

「……マナ、帰ろう。これ以上ここにいても無駄だ」

 

「う、うん」

 

ランサーは警戒しながらもセイバーのすぐ脇を通り過ぎていく。勿論、何もない、何も起きない筈なのにその空気は張り詰めていた。

 

「エルザは下まで送っていきなさい。セイバー、話は中で聞くわ」

 

サラは踵を返し足早に屋敷へと駆け込み、セイバーはニタニタと笑いながら彼女の後を追った。

屋敷の扉を勢いよく開け直ぐ後ろに自身のサーヴァントしかいないのを確認してからサラはため息交じえながら言葉を漏らす。

 

「―――で、一体なにがあったのよ?」

 

「別にランサーが来る前に奇襲を受けただけさ。相手は確認していないが矢による遠距離狙撃だ、ほぼ弓兵の仕業だろう。何者かは分からないが腕はかなりのものと見た。それと、そのアーチャーとランサーは無関係だろうな」

 

「えっ?無関係ってどういう?じゃあ、なんでランサーと闘ったのよ?」

 

少しムッとしてセイバーは顔を尖らせる。

 

「だから、最初はランサーも敵だと思ったんだよ。でも、直ぐに違うってわかったさ、でもさ抑えきれなかったね。自分で言うのも何だがね、根っからの戦好きなのさ私は。それよりも―――」

 

セイバーの口元がニヤリと歪んだ。嫌な予感がするとサラは足早に自室に向かおうとするも肩口を抑え込まれ彼女の動きは停止した。

 

「な、なによ?」

 

「なに?じゃないよ、わかっているんだろう?なんだあの態度は?思わず吹き出しそうになったぞ」

 

やっぱりとサラは視線を横に流しため息を一つついた。一方のセイバーも予想道理の反応だと笑みを浮かべる。

 

「もういいじゃない。それより大事な事があるわ。私達は他のサーヴァントとマスターの情報を知らなすぎる」

 

「なんだ?やっと本腰を入れる気になったか、こちらの所在はバレているのだ行動は早い方がいい」

 

「ええ、だから頼りたくもない相手を頼ることにする」

 

と俯くサラに後ろから覆い被さるようにセイバーは彼女の背に体重を預けた。

 

「……誰かを守るために、救うために戦うのだろう?それは私も同じだ。君が、妹を心の

底から救いたいと願っているから私は君の為に剣を振るう。安心しろ、君のサーヴァントは私だ弱いわけがないだろう?先ほどのランサー相手に私が遅れを取ったように見えたのか?」

 

「いいえ、貴女ははランサー相手に互角いやそれ以上だったわ」

 

「そうだろう?ならば前をしっかりと見ろ。不安なんてものは前に進まない者の言い訳だ。得てもいない何かに怯えても仕方がないだろう?それに相対して初めて怯えればいい。まず必要なのは相対するまでに至る道を創る事だ」

 

セイバーはサラに語り掛けるように言葉を紡いだ。それは、まるで子を手なずける親の様な優しい口調だった。セイバーは、彼女の不安を看破していた。自身のやり方だ聖杯を手に入れる事が出来るのかと、自分のやった事は間違いでは無かったのかと。それを決めるのは今ではなく。全てが終わった後に決まる事だ。まずは、そこまで行かねばならない。その為にセイバーはマスターの背中を押す。

 

「ふふ。君は実に私好みだ」

 

スルリと腕を絡ませセイバーは自身の体をよりサラに寄せた。

 

「……そう。その、ありがとうセイバー。これからも私は貴女に頼りっぱなしになると思うわ」

 

「任せろといっただろう?私は負けない」

 

絡んだ腕をそっと掴みサラはもう一度感謝を口にした。

 

「ありがとう、セイバー」



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六話 五日目① ヌイテル?

「……」

 

「……」

 

重い空気が流れていた。

 

『何があったのランサー?』

 

『いや、お互い誤解もあったのだろうけど少なくとも彼女は強い』

 

『……答えになってないよランサー』

 

自身のサーヴァントと念話をし、横目でエルザをチラリと視界に入れる。その表情は酷く落ち込んでいる様子だった。

誰しもが言葉を発しないままバス停へとたどり着いてしまう。マナが時刻表を覗き見ると五分ほどで次のバスが到着予定だという事がわかり、頼りない外灯が立っている小さく古びたベンチに座るとその横にエルザがそっと腰を下ろした。

 

「……姉さんの感じから敵意?みたいのはないってのくらいはわかったよ?エルザが私を

騙したなんてのは思っていないよ?」

 

「……はい」

 

普段のエルザとは程遠い落胆しきった返事にマナはそれ以上の見繕う言葉が見つからず、ただただ無言でバスが来るのを待つことにした。

時折、冷たい風が吹きかかり身を強張らせるとそっと手を握ってきたエルザにやはり彼女は彼女のままだとマナはそっと安堵した。

 

「バス……来たね」

 

「マナ……いいえ、何でもない。今日はごめんね。サラ様の事を悪く思わないで」

 

「う、うん」

 

マナがバスに乗り込むと名残り惜しそうにエルザは言葉を漏らしマナは曖昧な返事をする事しか出来なかった。ゆっくりと閉まるバスの扉の音はやけに大きく彼女達の耳に響いた。

バスの乗客はマナしかおらず、適当な座席に腰かけるとバスはゆっくりと発車した。

 

『ねぇ、ランサー近くにいるの?』

 

『もちろんだ。で、どうかしたのかい?』

 

『ランサーは姉さんの事どう思う?私にはもうわからない』

 

『客観的に見てって事かな?少なくとも君を殺すだなんて物騒な事考えている様には思えないし見えない。それこそ、幾らでも君を殺す機会はあった筈だよ?それをわざわざしないで生かす理由がない』

 

それもそうだ、とマナはランサーの意見に内心相槌を打つと『続けて』と先を促した。

 

『マナのお姉さんの目的は少なくとも君を殺す事ではなく、初めから君たちの父親の殺害だけが目的だったんじゃないかな?それと話は少し変わるんだけどセイバーは僕に「お前達」と言った。僕達より先に他のサーヴァントと対峙していたのかも知れない』

 

『でも他のサーヴァントの気配を感じなかったのでしょ?私もそういった気配は感じなかったけど』

 

『……なら遠距離から狙撃を受けたとか』

 

『それってアーチャーって事?日立君がそんな事するなんて思えない……』

 

『―――可能性はあるって事だよ』

 

窓枠に頬杖を突きながらマナは外の景色に視線をやった。そこには見慣れた景色があった。何年も見続けてきた景色があった。それは変わらない不変の景色。変わって行くのは自身を取り巻く環境とガラス越しに映るマナ自身だった。

 

******

 

「―――はぁ」

 

マナを見送り一人バス停に佇むエルザは大きなため息をついた。吐き出された息は冬の寒さも相まって白色に染まる。

 

「同じ。私だってマナと同じ息を吐けば白くなる。人間と変わらない。だから、マナだって正直に伝えた方が受け入れられるのでは?」

 

そんな疑問を彼女は口にした。ホムンクルスは本来短命である。戦闘用ホムンクルスとなれば能力は増幅するも更にその命は小さくなる。幸いエルザは戦闘向けのホムンクルスではない為それよりは長く生きられる。

エルザは、自身の境遇を受け入れていた。短い人生でも、その分一日を謳歌しようと。真実を受け止める強さを持った彼女だからこそマナに真実を伝えるべきだと感じているのだ。

 

「その必要はないわ」

 

エルザの耳に声が伸びる。それは、自身の主の声。

 

「えっ?」

 

顔を上げると氷継サラがセイバーを伴っていた。自身の心を見透かされエルザは思わず声尾を漏らす。

 

「……真偽は別としてまぁ予測ね。エルザがマナの事を考えてるって、なんとなくだけどそう思っただけ。あの子にはまだ言わなくていいわ」

 

主の言葉を聞きエルザは俯き沈黙する。本来ならばそれでこの話は終わる筈だった。本来ならば。

 

「サラ様、本当に言わなくてもよろしいのでうすか?わかっているからこそ、それを受け入れて人というのは前に進めると思います。マナ様だって……マナだってきっと―――」

 

「いいのよ。まだいいのよ。出来れば何も知らずに全てが終われば、あの子は普通に戻れるの。何も気づかずに元に戻れば何もなかった事になる。業を受けるのも、罪を受けるのも私だけでいいのよ」

 

悲しい目をした。サラは悲しい目で虚空を見上げる。それでも、エルザは主の答えに首を縦に振る事は出来ない。

 

「サラ様はそれでいいんですか?元に戻るという事は、中の良かった二人に戻るという意味ではないのですか?」

 

「―――それは貴女の知らない過去よエルザ。その時に貴女はいなかった。元に戻すのも戻れるのもあの子だけ。在るものを失くすのは簡単だわ。でも失くしたモノを取り戻すのはとても難しいのよ」

 

エルザはサラを悲しい目でみた。それは、哀れみにも感情を抱いたからかもしれない。ただ、ただ目の前の女をエルザは哀れんだ。

 

「……いくわよ」

 

小さくサラは声を発し踵を返すとエルザは黙って付き従った。

悲しい、空しい、哀れむ。哀れんだ。何故ならばサラの理想とする、目指すべき場所にサラ自身の姿がないのだから。だから、エルザはそれを哀れむ。できる事ならば、許されるのならば、いつかの様に仲睦まじい姉妹に戻れるといいのにと。

 

******

 

現在の時刻は朝9時。本来ならば学校に居なくてはならない時間だというのにマナは慌てる様子もなくゆっくりと髪を梳かしていた。

彼女の心は踊っていた。いつもの必要最低限な化粧とは違い入念に丁寧にそれでいて濃すぎずにあくまでもナチュラルに女としての氷継マナを作り上げていく。

 

「ふふ。いつもと違うね、なんていってくれるかな?」

 

内心、化粧の方がよっぽど古代より続く神秘の塊だなんていう事を呟きながら、昨日受け取ったカバンを漁り衣類を引っ張り出す。出てきたのはマナが一番気に入っていた洋服だ。一番のお気に入りをしっかりと用意してくれた友人に感謝しつつマナは洋服に袖を通す。

純白のブラウスに花があしらわれた紺色のフレアスカート、立ち鏡の前でくるりと回るとフレアスカート独特のアサガオ形がふわりと広がった。

 

「……うん。大丈夫……だよね?」

 

自身に暗示でも掛けるかのようにマナは息を一つ吐き出すとベージュ色のコートを纏いリュック鞄を背負い部屋の扉を開けた。

 

「おはよう、ランサー」

 

「あぁ、おはようマスター」

 

思わず、思わずマナはその顔を笑顔に変え、ランサーも彼女の姿に一瞬目を奪われていた。

 

「マナ、その……いつもと雰囲気が違うね」

 

「―――わ、わかる?わかるの?ランサー!へへへ、ありがとう。騎士様」

 

マナは笑った。屈託のない彼女の最高の笑みは目の前の騎士だけに向けられたものだ。

 

「君は、本当に真っ直ぐだ。素直でとても、とても。だから、僕は―――」

 

「あっ―――そうか。そうね、その恰好じゃ一緒に歩けない……先に貴方の服を買いに行きましょうランサー」

 

マナはランサーの声を遮ると彼の手を取り廊下を駈け出して宿泊室を出る。

振り返る無邪気な笑顔にランサーは顔を伏せた。自らの役目を忘れそうになるからだ。

こんなにも普通に笑えるのに。

こんなにも明るくできるのに。

彼女の道はなぜ、こんなにも歪んでいるのだろう。

それは、彼女が享受するのには有り余る荷物だというのに。

 

「マナ……僕は、僕は君を必ず……」

 

騎士の決意は今日も一人の少女に掻き消される。満面の笑みを浮かべたマナに腕を引かれランサーは仕方がないと歩を進めた。

 

「そうね、どんな服装が似合うかな?やっぱりクールな感じがいいと思うな」

 

「……そう、かな?ところでお金はあるのかい?」

 

当然の質問をランサーは投げかける。

 

「心配しないで、いっぱい持ってるから」

 

リュック鞄からマナが取り出したのは少女の手には有り余る程分厚い二つ折りの財布だった。

 

「嫌な言い方しちゃうと私の家は裕福なの。よくわからないけど魔術教会で特許だか何だかを持ってるから相応のお金が父さんの口座に振り込まれてたみたいだし、一応この辺り開発が進んでいる方の土地の地主だしお金は有り余ってるみたい」

 

「そ、そうなんだ」

 

他人事の様に語るマナにランサーは適当に返事をした。

教会の敷地を出ると目の前には大きな公園が広がる。周囲に建てられたマンション群に住む子供たちの用にと設置されたものだが、時間帯のせいか利用者は見当たらない。教会の周囲も例にもれず土地開発が進んでおり、とりわけマンションが立ち並ぶ箇所に大きめの敷地を持つライルの教会は中々に目立っていた。目の前の公園を横切るようにして教会とは正反対の出入り口まで歩いていくとバスの停留所があり、マナが時刻表を確認すると同じタイミングで彼女の目的のバスがこちらへと向かっているのが視界に入った。

 

「じゃあ、ランサーここで一旦お別れ。私はバスに乗っていくからしっかりとついてきてね」

 

「わかったよ」

 

ランサーはマナがバスに乗り込んだのを確認した後、跳躍する。霊体化できない彼は一般人に目撃されぬよう細心の注意を払いながらビルからビルを駆けマナを乗せたバスを追う。

ビルを駆け巡る金髪の甲冑男性を見れば誰しも不思議に思うだろうが、英雄と謳われるサーヴァントならば常人では目視出来ぬ程のスピードで移動する事も可能でありランサーが一般人に目撃される可能性は万の一つにもあり得ない事だ。

 

『ところでどこに向かっているんだい?』

 

『うん、月宮新駅よ。開発が進んだ事もあって他県からもアクセスしやすいように大きな駅を作ったのだけど市はそこをランドマークにしようとしているみたいで、大型複合施設みたいになっているんだって。私も行ったことはないんだけど色んなお店があるみたい』

 

『現代の知識は聖杯から得られるとしても、中々に想像しがたいものだね』

 

『そう言われると私も少し困ったりしちゃうな。私もね、実際に行くのは初めてなの。だから、貴方と最初に行けて私はすごく嬉しいの』

 

『……そうか』

 

念話で行う遠距離での会話。マナの表情をランサーは見る事が出来ないが彼女の弾んだ声でランサーは安堵した表情を浮かべた。

 

マナがバスに揺られて四十分程で目的地である月宮新駅前へと到着する。

 

『少し待っていてね騎士様。貴方に合う素敵な洋服を買ってくるわ。これで、一緒に歩けるね』

 

現代とは不釣り合いな出で立ちのランサーでも現代の衣服を身に纏えば話は別だ。わざわざ隠れる必要もなくマナの近くに居れるのだから彼女の意見には十分同意するのだが、ランサーがこの選択を後悔するのは彼女が男性向け衣類を販売する店が並ぶ階層に来て直ぐだった。

まるで子供の様に目を輝かせては「これも似合いそう」「これも素敵」など各店舗を数十分づつ吟味し、ランサー用の衣類を購入したのは実に約二時間後の事だった。

 

「あぁ、素敵。とっても似合っている。カッコいいよランサー」

 

黒の厚手パーカーに白の長袖Tシャツ。ベージュのツイルチノパンツ今風の服装に身を包んだランサーにマナは嬉しそうに目を輝かせ、気恥ずかしそうに頬をかく騎士の胸に飛び込んだ。

 

「さぁ行きましょうランサー」

 

駈け出そうとするマナをランサーは引き止め、不思議そうな顔をする彼女の手を取り前に出る。

 

「今からは僕にエスコートさせてくれないかい?行こうか、マナ」

 

「―――はい」

 

マナは完全に殺された。彼の差し出された手をそっと握り頬を赤らめて俯く。

彼の言葉にマナは完全に心を射止められたのだ。

 

「―――とはいったものの実際にはどうすればいいか分からないな。マナは何か買わなくていいのかい?」

 

一歩目を踏み出し、早速足踏みしてしまったランサーは照れくさそうに頬を掻いた。

 

「そうね……」

 

とマナは短く答えると腕を組み何かを吟味している様子。それから、暫くうーん、と首を捻る。

 

「マナ?」

 

そのまま動かなくなったマナを案じてかランサーは彼女顔を望み込む。

そんな彼の心配とは裏腹にマナは流れる喧騒を眺めながら言った。

 

「少し早いけれどご飯にしましょう」

 

「え?」

 

「だから、昼食。お昼時に行くと混むじゃない」

 

「いや、そうではなく」

 

ランサーの声に聞く耳を持たずマナは歩を進める。

エレベーター付近にある柱に掛けられた飲食店案内図を見ながらマナは言った。

 

「ランサーは何がいい?」

 

「僕かい?僕は何だって構わないよ。マナは何が食べたい?」

 

「私も何でもいいかな」

 

「それじゃ決まらないよ」

 

「じゃあ、見て回りましょう」

 

マナはランサーの手を引いて再び歩み始める。

飲食店が立ち並ぶこの階層は昼前ではあるが人がフロアを人々が埋め尽くしていた。

どの店も開店前ではあるが既に数店舗は長蛇の列を形成しており、マナはそれをみてゲンナリした様子だった。まだ、列を作っていない店舗のみを吟味する。店前に並ぶ商品サンプル。各店舗のそれらをマナはじっくりと見ていた。

 

「決まったかい?」

 

「いいえ、まだよランサー。だって、どれも美味しそうだもの」

 

「せめて、絞らないと。ほら、和洋中とか」

 

「中々せっかちなのね、騎士様は。まだ開店まで五分程あるよ」

 

「このまま何も言わなかったら君は食品サンプルだけでお腹を満たしてしまいそうだからね」

 

そんな事はないと言いかけてマナは口を閉じた。腹をすかしている事は事実ではあるが、ランサーの言う通りこのまま時間だけが過ぎてしまうかもと懸念したからだ。

 

「分かったよ、じゃあ直ぐ決める。ここでいい?」

 

「投げやりになってない?」

 

「なってないよーだ」

 

ヘソを曲げた子供の様な反応をした。その指した先はオムライスの店で、オムライスだけでもかなりのレパートリーがあるようだった。

そんな他愛もないやり取りをしていればあっという間に開店時間になり、結果的にその店にマナ達は一番に通されることとなった。

窓際のテーブルに案内されるとメニューを広げてマナは真剣な表情を浮かべる。

 

「何を食べるにしても早めに決めて欲しいな。マナは優柔不断すぎる」

 

「わかってますよー。でも、こういう無駄な時間ってとっても愛おしいと思えるけど」

 

「良い事をいって誤魔化そうとしても駄目だよ。ほら、選んで」

 

うぅ、と小さな呻き声をあげながらマナは再びメニューに視線を落とした。

時折、その視線をあげて対面に座る青年の顔色を窺う。

言葉とは裏腹に彼の表情は穏やかだ。 頬杖を突きながら窓の外を眺める彼の横顔を見ながらマナはそう思った。

 

「決まったかい?」

 

「え?ええ、決めたよ。ランサーはどうする?」

 

メニューをランサーに手渡しマナは尋ねた。本来、サーヴァントに食事など必要にない事くらい知ってはいるが、何も注文しないのは不自然だからだ。

 

「そうだね。僕もマナと同じものにするよ」

 

「じゃあ、注文しよう」

 

呼び出し用のベルを押すと直ぐに店員がテーブルに駆け寄ってきた。

 

「このチーズの入ったオムライスを二つ。それからサラダとこの鳥のソテー、あとポテトも欲しいかな。あ、紅茶は食後でお願いします」

 

早口でマナは注文を羅列すると店員は注文を復唱した後慌ただしく厨房へと戻っていった。

店内を見渡す。気が付けば空席を数えた方が早い程度には客が埋まっており、人々の会話や店員の慌ただしい様子。厨房から溢れる料理の熱と匂いで店内は満たされていた。

そんな中、マナはふと対面に座るランサーの視線に気がついた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、結構食べるんだなと思って」

 

「え?そうかな?あ、でも、私太りにくいし大丈夫だよ」

 

「そ、そう。他の女性が聞いたらさぞ羨ましがられるだろうね」

 

「え?なんで?」

 

「いや、いいよ」

 

「……そういう所よね、自覚してる」

 

低いトーンで、いやそれよりは深いという表現の方が正しい。重い声でマナは言った。

そんな彼女の変化にランサーは過敏に反応を示した。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもない」

 

淡白なマナの態度にランサーは露骨に顔を顰めた。先ほどの愉快な会話は一瞬で彼方に消えてしまった。マナは退屈そうに頬杖をついて窓の外を眺めた。

 

「怒ってるのかい?」

 

「そういうわけじゃないよ」

 

「じゃあ、なに?」

 

「わからない?不思議だよね、私達って互いの事をよく分かってるつもりでいるのだから」

 

「急になに?君は君だし、僕は僕だろう」

 

「うん、そうであるべきなんだと私も思ってる。きっと、それでいいのだと思っているよ」

 

「―――何の話をしているんだい、マナ?」

 

「鏡に映っている姿が違うんじゃ眩しすぎるって話」

 

「なんだい、それ?」

 

ランサーが呆気にとられているとタイミング良く注文した料理が運ばれてきた。

鮮やかな赤と白の縞模様のテーブルクロスの上が一瞬で彩られていく。

視覚と嗅覚を擽る品々にマナはニンマリと笑みを浮かべた。

 

「さぁ、ランサー。面白くのない話はやめにして、ご飯を食べましょう。折角の料理が冷めては勿体ないよ」

 

「あ、あぁ。そうだね」

 

「はい、じゃあいただきます」

 

丁寧に手を合わせた後、マナは勢いよくオムライスを頬張るのであった。

 

 

食事を終えたマナとランサーは駅内をウィンドウショッピングをしながら散策していた。

 

「少しお腹が空かない?ランサー、何か食べない?」

 

時刻で言えば午後三時過ぎ頃。小腹がすいてもいい時間帯だろう。

あれだけ食べておいて、とランサーは一瞬考えたが口に出すのはやめた。

 

「……そうだね、じゃあ、あれでも買ってくるよ」

 

腹部を摩り照れくさそうな顔をしたマナに、ランサーが指を差し示したのはクレープのお店だった。マナは、嬉しそうにランサーの意見に首を縦に振った。

 

「結構、並んでいるみたいだね。マナはここで待っていて」

 

「うん、ありがとう」

 

クレープ屋の前には休憩用のベンチや小さなカフェテーブルが設置されており、他の買い物客が陣取りそれぞれ談笑していた。マナは開いているベンチに腰掛けふぅと小さく息を吐く。

とても、不思議な感覚だった。

ふと、自分自身が置かれている状態を思い出すとマナは不思議な感覚に襲われるのだ。

 

「みんな普通に生活してる、ほんと普通に。それって凄く当たり前な事なんだ」

 

今、この月宮市では聖杯戦争などという殺し合いが毎晩行われているというのに、そんな事実を知らない人間たちは今日も自分達の日常を謳歌している。そうでなくても最近は、物騒な事件が起きているのにも関わらず周りは平然と暮らしている。

 

「あっ、でも―――それは私も同じ」

 

小さくマナは呟く。自分も彼らと大して変わりはないと。寧ろそれよりも平然としているのではないかと。聖杯戦争の渦中にいて、英雄という一般的には異質な存在とデートをしているのだから。チラリと列に並ぶランサーを見るその姿はやはりマナにとって目を奪われもう一度小さく息を吐いて俯いた。

 

「―――騎士様はもう少しかかりそ―――あれ?」

 

クレープ屋の列を確認するマナの視界に学友の姿が映った。列とは反対方向に位置する階段の入り口。すぐ隣にはエレベーターが設置されている為利用者はあまりいないそこには日立がいた。

 

「なにしているんだろう?日立君も学校さぼっちゃったのかな?」

 

などという間抜けの事を考えながらマナの視線はそちらに向けられた。よくよく観察してみると何やら言い合いをしている様子が分かり何となく気になったマナの足は自然と日立のいる階段の方へと向かっていた。

 

「―――日立君?」

 

恐る恐るマナは少し離れた位置で声を掛けた。その声に気づいた日立は少し階段の向こう側を睨みつけてからマナの方へと向き直すと、いつものように振りまく愛想の良い顔を彼女に向けた。

 

「やあ氷継さん奇遇だね、買い物かい?」

 

「え?う、うん。そうね、そんなところかな。日立君は?」

 

「ぼ、僕かい?僕はねぇ―――」

 

「なんじゃ、一護―――ほう、これはこれは」

 

日立の言葉を遮るように彼の後ろから現れたのは女性だった。

随分と派手な服装だとマナは思った。

 

「えぇーと、知り合い?」

 

「知り合いと言えば知り合いだ。ほら、もう行くぞ」

 

女性を促すが、彼女はマナを凝視して傍から動こうとはしない。

 

「お、おい」

 

「―――貴様は誰に口を聞いておる?わしは今この娘をみておるのじゃ。ふむ、これは面白い。貴様らが並んで立つと実に面白いぞ」

 

「あの、その、それってどういう?」

 

女性は日立をマナの隣に立たせケタケタと笑い出す。マナは彼女の言葉の意味を想像してもじもじと体をくねらせた。恥ずかしいというか照れた表情でチラリと日立の顔を見た。

 

「あまり馬鹿にするなよ」

 

表情はそれぞれ三者三様だった。日立は眉間に皺をよせ女性を睨みつける。

 

「えっと、その―――」

 

「氷継さん悪いね、また今度」

 

戸惑うマナを余所に日立は女性を連れて階段を下っていく。階段を下る途中で女性は振り返り口元を歪ませた。

 

「―――っ」

 

その視線は凶悪なものだった。まるで、品定めをするかのような凶悪な視線にマナは思わず身を硬直させる。

 

「―――マナ」

 

「うっ、あ。ラ、ランサー」

 

ランサーの声を聞いてマナはふと我に返り振り向くと、そこにはクレープを両手に抱えた騎士がキョトンとした顔つきで立っていた。

 

「どうかしたのかい?」

 

「う、ううん。何でもないよ。それよりも、それ美味しそう」

 

彼に手に収まったままのクレープにかぶりつきマナは微笑みを目の前の騎士に向けた。

 

「美味しい。買ってきてくれてありがとうランサー」

 

口元にクリームをつけた少女はそう言って笑い、その笑顔に青年は優しく微笑み返すのだった。

 

******

 

「サーヴァントってものは睡眠を必要としないものだと聞いたけど?」

 

「戦士の休息ってやつだよマスター」

 

「……毎度毎度よくそんな口を聞くわね、わざとやっているのかしら?」

 

「あぁ、勿論わざとだ。安心してくれ」

 

深いため息を吐きくと項垂れるようにサラは座席のシートベルトを締めた。

 

「しっかし、これが車って奴か。少しワクワクするな、まぁ運転くらいなんとかなるか」

 

「なによその子供みたいな反応は。安全運転で頼むわよ」

 

「―――あぁ、了解だマスター」

 

ニヤリとセイバーの口元が歪む。車庫の前ではエルザが深々と頭を下げ主たちの出庫を見送る。

 

「それじゃ留守をお願いするわエル―――」

 

途中でサラの声は掻き消えた。車は急アクセルで発車し猛スピードで山を下っていく。

 

「ちょっと、セイバー安全運転っていったじゃない」

 

「あぁ、いったな。でも、生憎これが私の限度だ。騎乗スキルDの範囲内だから許してくれ」

 

「意味わからないわよそれ―――」

 

教会の前に一台の車が停車した。運転席側からは楽しそうな顔を浮かべるスーツ姿の男装した麗人と、助手席からはやつれた顔をした女性。

 

「サラが急げと言うから」

 

「そもそも貴女が寝坊などしなければ急ぐ必要もなかったのだけど?」

 

口論しながら二人は教会の門を潜ると丁度ここの神父が顔を覗かせた。

 

「おやおや、これは珍しい来客だ。どうなさいました?」

 

「少しお話を。よろしいですか神父さん?」

 

ライルの柔らかい物腰と口調とは裏腹に、サラは即時に口調を整えて応対する。ライルは、「そうですか」と二人を一瞥してから教会内の応接室へと通した。

 

「で、話とは?」

 

サラとセイバーはソファに腰を掛け、ライルは紅茶をいれたティーカップを二つ差し出すと彼女達の対面にゆっくりと腰を落とした。

 

「単刀直入にいうわね。今回の聖杯戦争のマスターと召喚されたサーヴァントを貴方はどの程度把握しているのかしら?」

 

小さくため息をつき「まぁいいでしょう」と神父は小声で漏らすと口を開く。

 

「正直に言いましょう。私が実際に把握しているのは、そこにいるセイバー、マナさんのランサーに私のアサシン。そして、マナさんのクラスメイト、日立とかいう青年のアーチャーです」

 

「日立?ちょっと待ってどこかで聞いたような気がする?」

 

「なんだ?妹の友達のサーヴァントがアーチャーか?やっぱり手を組んでいたとみるべきか?」

 

サラとセイバーはそれぞれ別の思考を巡らせ思案する。

 

「続けていいかな?」

 

「え、えぇ、ごめんなさい」

 

それを遮るようにライルは言葉を続けた。

 

「残りはライダーとバーサーカーです、それぞれ召喚したのは確認していますが、まだ舞台には壇上してないようですね」

 

「様子見ってことかしら?」

 

「まぁそれはどうですかね。まぁ、初日から有力候補が脱落すれば様子見したくなる気持ちもわかりますけどね」

 

とライルは鋭い視線をサラに投げかける。それに、臆することなくサラは気丈に返事をした。

 

「……なにか父の事で言いたい事があればお伺いしますが?」

 

「―――いえ、ありませんよ。何も。何となく予想もしてましたし」

 

ライルの言葉に肩透かしを食らったようにサラの緊張の糸はプツリと切れた。

監督役であるライルから情報を聞き出すのが今回の目的だったとはいえ、相手は父を慕っていた弟子である。ライルがサラ自身に対して復讐心を滾らせていてもおかしくはない。彼との戦闘になる事もサラの頭の中にはあったのだが、予想外な言葉に彼女は完全に気が緩んでしまっていた。

 

「サラさん、一応監督役とはいえ私もマスターである事には変わりはない。気を抜きすぎるのもよくありませんよ?私のサーヴァントはアサシンです。その首、気が付いた時にはとんでますよ?」

 

ライルの冷たい声が、背筋を凍らせる様な音がサラの脳内に響き、彼女は気を引き締める。

 

「ええ、忠告ありがとう神父さん。油断しないわ。でも、それは貴方も同じよ?私は貴方を殺しに来たかもしれないというのに?」

 

ライルのこうした上から目線で人を見透かしたような発言に昔からサラは嫌悪感を抱いていた。言ってしまえばサラはライルを苦手としている。こうして言い返せるようになったのもごく最近の事なのである。

 

「ふふ、言う様になりましたねサラさん。まあ、いいでしょう。で、残り二人のマスター何ですがね?」

 

「ええ」

 

差し出されたティーカップを口元にやりながらサラは続きを促す。

 

「一人は分かっています。魔術協会から派遣された魔術師、名をカーネル・アルマー。時計塔の講師で階位は開位(コーズ)ハッキリ言いますと何故、彼が選ばれたのか私にはわかりかねますね。実力で言えば低いレベルです。アルマー家もさほど歴史を積み上げてきた家ではありません。という事は魔術協会はこの聖杯戦争を重要視していないとみるべきでしょう」

 

少し苛立ちを込めてライルは言う。師がなし得た聖杯戦争の再現を魔術協会は『脅威』として見なしていないのだ。

 

「で、その魔術師はどの程度の実力なのかしら?」

 

「実力で言えば高くはないでしょう。ただ、相性というものがあります。彼は死霊魔術師です。十分警戒するに越したことはないでしょうね」

 

「―――そう」

 

ティーカップをテーブルに置きサラは相槌を打つ。

 

「話は変わりますが、これはこの聖杯戦争に関わる話です。最近、この月宮市で怪事件が起きているのはご存知でしょう?」

 

「えぇ、知っているわ」

 

サラはライルの問いにしっかりと頷いた。

連続怪死事件はこの聖杯戦争が開始される一か月前から発生している事件である。どの事件も人の手ではあり得ない殺され方をされている事件で、綺麗に分断された肉体や、至近距離で何かが爆発でもしなければあり得ない程バラバラになった変死体、獣様に肉を食い荒らされた様な死体までその事件に関連性が見つけられないまま一ヵ月が過ぎていた。

ただ唯一の共通項と言えばその惨たらしい死に方だけだ。

 

「―――恐らくは、彼の仕業でしょうね」

 

ライルは力を込めて言葉を発した。明確な敵意の表れだ。

 

「でも、アルマーは魔術協会から派遣された魔術師なのでしょう?魔術協会は神秘を隠匿する集団。そこから派遣された魔術師がそんな目立つような事をするのかしら?」

 

サラの疑問は最もだ。本来ならばサラの言う通り魔術協会という組織は、魔術の隠匿を良しとしている、魔術を隠匿するならば自らの傘下以外の魔術師にも刺客を送り込むほどの組織の講師がこの様な事をするはずがないのである。

 

「えぇ、本来ならばその通りです。ただ、アルマーが雇ったとされる人物にはその方式は通じない」

 

「雇った?」

 

「ええ、アルマーはこの戦争に参加するおり一人の魔術師殺しを雇っています。この人物がね大変厄介なんですよ。聖堂教会の知人にアルマーの動向を探らせていたのですがね、数週間前から連絡がないんですよ。恐らく殺されたと思いますが」

 

淡々とした口調でライルは語るが、ハッキリとしない言い方にサラは少し声を荒げた。

 

「で、その人物ってのは誰なんです?せめて名前だけでも教えてください」

 

「名前ですか?残念ですが彼にそんなモノはないですよ。つけるなら殺人鬼。そう、殺人鬼……彼にはこれが相応しいです。ただの殺人狂ですよ。殺して、殺して、殺して。人を、魔術師を殺す事を生業とした化け物です」

 

「―――もしかしたら彼らでサーヴァントを二体使役している可能性もあるのかしら?それぞれ、マスターとしてライダーとバーサーカーを召喚しているっていう可能性が」

 

「……可能性としてはあるでしょうね」

 

そう。とサラは短く返答して席を立つ。

 

「おや、もういいんですか?」

 

「ええ、十分ですありがとう神父さん。行くわよセイバー」

 

サラは途中から退屈そうにソファに踏ん反りかえっていた剣士の肩を叩き応接室を出ようとする。

 

「あぁ、サラさん気づいていると思いますが連続怪事件の現場少しずつですがここに近くなってきていますよ」

 

どこか他人事に言うライルに苛ついた表情のままサラは振り返りもせず返事をした。

 

「気づいているわ。で、私も一つ聞いていいかしら?その殺人鬼と私が相対したときはどうなるのかしら?」

 

「―――死にますね、サラさんが」

 

「―――そう」

 

一瞬、サラの足がピタリと止まる。そして、短い返答をした後、サラとセイバーは応接室を後にした。

 

******

 

―――三週間前。

カーネル・アルマーが自身の腕にも令呪が宿ったのを確認し、そろそろサーヴァントの召喚に移ろうとしていた時だった。

 

「お前に与えた仕事は一般人の殺害ではないのだが?」

 

ホテルの一室でカーネルは影に向かって声を投げた。

 

「あぁ、だからこれは俺が勝手にやっている事だ。それに、死霊魔術師さんだって死体

は好きだろう?」

 

影は笑った。その表情はカーネルを苛つかせるに十分だ。

 

「確かにそうだ。だが、それも質というものがある。ただ手当たり次第に死肉を弄っても仕方がない。そもそも、俺は魔術協会の人間だ。それをお前は理解しているのか?」

 

カーネルが恐れているのは、無関係の人間が死ぬことでも何でもない。彼が恐れているのは神秘の漏洩だ。魔術がらみの犯行だと判れば魔術協会が黙っている筈もない。あそこは、神秘の漏洩を真に嫌っている。そこから派遣された魔術師が聖杯戦争を理由に無益な殺害を犯し魔術を行使している事が知れれば地位も名誉もはく奪される。そして何より自身の命そのものが毟り取られてしまう事を恐れているのだ。

 

「そんな心配すんなよ。俺はただ普通のナイフで、普通の人間を殺しているだけ。魔術なんてものは一切使ってないんだぜ?」

 

影は軽口を叩く。カーネルは後悔した。なぜこのような人間を雇ってしまったのだろうと。

―――殺人鬼。彼に名前などはない。それが彼を指す唯一の言葉だ。カーネルが魔術協会の魔術師ならば、殺人鬼は何処にも所属していない魔術使いである。依頼とあらば標的を確実に殺す。その標的がどんな相手でも別け隔てなく殺す。そして、もう一つ彼には異名がある。

『魔術殺し』。これが魔術師からも殺人鬼と呼ばれる理由。元々、退魔の一族出身であり、彼らの一族は自らの身体の一部を魔術礼装として運用している。

殺人鬼の場合、自身の肋骨と永久歯で作られた奇形のナイフ。これ自体の殺傷能力は低い。

それはこれが人を殺すモノではなく、魔術事態を殺すモノだからだ。魔力によって発現した魔術を『殺す』。それが彼の魔術礼装であり、彼の起源であり、『魔術殺し』たる所以なのだ。

 

「―――出鱈目すぎる。ただそれを振るうだけで組み上げられた神秘を殺すだと?モノの死を視る眼があるとは噂には聞いたことがあるが、それとは別でこいつの力は異常だ。対象は魔術だけだが、その効果は単純で壮大だ」

 

カーネルは呟いた。殺人鬼は魔術を殺す。数十年を掛けて作り上げた魔術師の神秘を、プライドを、尊厳を。たった一振りのナイフでいとも簡単に殺す。魔術では殺人鬼を殺せないのだ。それは、同時にカーネルが殺人鬼に勝つ手段がない事を意味する。

もし、もしも。

脳内で嫌な未来を想像する。それは、考えてはならない思考だった。

(―――もし、殺人鬼が自身に対して反旗を翻したら)

なす術がない。カーネルは自らの領地に猛獣を招き入れてしまったことを、今更理解する。

―――笑った。目の前の殺人鬼はカーネルを見て笑う。

背中から噴き出す汗が止まらない。全身の毛穴が拡張し緊張を吐き出す。ねっとりと張り付いた衣服が気味の悪さを膨張させる。

 

「―――何に怯えてんだ?死霊魔術師。さっさと、サーヴァントとやらを召喚しようじゃないか。英雄を拝謁するのは初めての経験でね、そりゃもう楽しみで仕方がない」

 

殺人鬼は嘗め回す様にカーネルの全身を視姦した。その視線に気づきカーネルは口に中に溜まった唾を飲み込む。

安心しろ。安心しろ。安心しろ。

殺人鬼の契約者は俺だ。優位に立っているのは自分だ。主従関係で言えば俺が主だ。自らに言い聞かせるように、自らを振るい立たせるように脳内で言葉を紡いでいく。

部屋に描いた召喚用の魔法陣の前に立ちカーネルは降霊の詠唱を唱えた。

彼の用意した触媒はフリーゲート船のマストに使用された木材の欠片である。聖杯戦争に興味はないと言いつつも、それなりの触媒を用意したのも確かな事実である。何しろ勝たなくては死体など手に入らないのだから。

 

「―――っ!」

 

直後、カーネルの視界に光が走った。呼吸する度に感じてしまう。目の前の存在に自身の魔力が吸い上げられている事も。即ち目の前のサーヴァントとカーネルが確かに繋がっているのだ。開けた視界を取り戻すようにカーネルは目を擦り眼前の英霊を確認する。鍛え上げられた肉体と、悍ましさを感じさせる髭を蓄えたそれは確かな風格があった。

 

「―――それで?吾輩のマスターはどちらかな?」

 

サーヴァントは不敵に笑った。威圧。視るだけで大抵のモノを怖気させるだけの眼力がこの英霊には備わっていた。

 

「―――俺だ。俺がお前のマスターだ。ライダーのサーヴァントよ」

 

カーネルが一歩前に出た。例え相手が歴史に名を残す偉大なる者だとしても、今それを従えているのは自分なのだと。不思議と高揚感が脳内を支配していた。カーネル自身は戦闘などはっきりいって不得意だ。それでも、目の前にいるライダーのサーヴァントとならば勝ち残れる、それにそれを補う為に殺人鬼まで雇ったのだからと。

 

「―――そうか、アンタがマスターって事でいいんだな?じゃあ、最後の挨拶だ。サラバだ元マスター」

 

「何を言っている?俺はお前のマスターだぞ!」

 

取り乱した。声を荒げた。無理もない。召喚して数秒で自身のマスターに歯向かうなどあり得はしない。それなのに何故ライダーは自身にその手に持ったサーベルを振り下ろそうとしているのか?カーネルの思考が追いつかない。

 

「―――馬鹿な!?令呪を以って命ずる」

 

その為の令呪とばかりにカーネルは右手を突き出し、その神秘を行使する。魔術回路を伝動し魔力を込めるがライダーの狂気は止まらない。

 

「―――あ」

 

声が漏れた。それは、彼の真横から漏れていた。

―――クスクス。

笑う声だった。

―――クスクス。

あざ笑う音だった。

―――クスクス。

その対象は自らに向けられたモノだった。

笑っていた。殺人鬼が愉しそうに笑っていた。

 

「き、さま―――」

 

ビリビリと脳が警告を告げた。それは、余りにも遅すぎる通告だった。

痛覚が自身の右手が切り取られているのを、ようやく教えてくれたのだ。それは、あまりにも遅すぎた。

 

「やっぱ魔術師ってのは頭の悪いヤツしかいねぇのナ」

 

笑った。殺人鬼は笑った。自らの主から剥ぎ取った右腕を愉しそうに眺めながら。

直後、カーネルは視認する。自らの胴体が縦から袈裟斬りにされているのを。そして、首からは噴出花火の様に夥しい量の血液が噴き出ているのを。

 

******

 

転がっている魔術師の顔面を、まるで蟻でも踏みつ潰すように足蹴にすると殺人鬼は口を開いた。

 

「死霊魔術師が言うにアンタ、あの海賊エドワード・ティーチでいいのか?」

 

「如何にも。吾輩が、虐殺と強奪の限りを尽くした世界に名を残した海賊でござる」

 

先ほどの圧倒的までの尊厳なオーラは消え失せたライダー、エドワード・ティーチが軽快な口調でマスターの問いに答えた。

 

「ところでマスター?この血なまぐさい部屋移動しない?どうせならナイスでバディなオンナのとことかさァ?あーでも、マスターにそんな知り合い居そうにないじゃん」

 

直ぐにしょぼくれた顔になったライダーに殺人鬼はまた笑う。腹を抱えて大笑いした。

 

「クハハハハハ。面白れぇ。世紀の大海賊ともあろー奴がこんな馬鹿をするたぁ傑作だ。いいぜ、お前はオンナが欲しいんだったな?なら取りにいこう。面白い娘がこの街にいるのを見つけたんだぜ?」

 

マスターの言葉の意図を汲み取りライダーも笑った。

 

「ぐははははは。小僧気に入ったぞ。あぁそうだ。欲しいものは自分で手に入れればいいだけだ。もし、それを誰かが先に手に入れていたなら奪えばいい。そうだ。自分の手で手に入らないモノってのは、初めからテメェじゃ掴めねえって事だ。誰かにシテもらうなんざまっぴら御免だ。その辺を前のマスターは理解していないようだったがお前は違う。もう一度言う、気に入ったぜマスター。さぁ、奪いに行こうぜ。人の夢を。自分の願望も叶えられない哀れな命達を」

 

笑う。笑う。笑う。鮮血に染まった男達は笑い合った。自らの欲を満たすために。

 



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七話 五日目② それじゃあバイバイ

「すっかり暗くなっちゃったねランサー」

 

マナは振り返り後方の騎士と相対した。可愛らしい自分でもアピールするかの様に、クルリと綺麗に回って見せた。

 

「そうだね、あんまりはしゃぐと危ないよ」

 

注意しつつもランサーの顔は笑っており、その声もどこか優しく発せられていた。

二人が月宮新駅を出て一時間以上が経過したバスですら四十分掛かる道を歩いて帰ろうと言い出したのは当然マナであり、「疲れたら私をおぶって帰ってね」等という始末であるが、今の彼女を咎める者はいない。その役目を担う筈であるランサーは笑って彼女の我儘を了承したのだから。二人の足取りは軽く話す話題も尽きる事はなかった。

 

「流石に少し疲れたよ。少し、休憩しよ―――」

 

一軒家が立ち並ぶ住宅街で、マナが休憩をしようと適当な自販機で飲み物を購入しようと財布に手を伸ばした時だった。

痛烈にそれは襲ってきたのである。

それは、憎悪にも似た魔力の塊だった。

 

「ラ、ランサー」

 

思わず声を上げマナは騎士へと振り向く。既にランサーは彼女の買った服から戦闘用の甲冑を着込みそのままマナを抱きかかえていた。

 

「か、感じた?」

 

「あぁ、魔力もそうだが……この気配は間違いなくサーヴァント」

 

騎士は駆ける。住宅の屋根から屋根へと飛び跳ね、サーヴァントの気配を近づけていく。マスターを置いて自らだけ接近しようとも考えたが、マナを一人置いていくことは出来ないと判断して直ぐにそんな思考を掻き消えた。

 

「ここだ」

 

ランサーは一軒の家の前へと立つ。何の変哲もない平均的な大きさの一軒家だ。しかし、その中から感じる禍々しいまでの魔力の渦は二人をこの中へと誘う魅惑の香辛料。確かめずには居られないのである。

 

「マナはここで待って居て。僕が中を見る」

 

ランサーは黄金の槍を携え家の扉をけ破った。

―――赤。

そこは、赤だった。只の赤色。只の赤色。

見渡す限りの赤色が敷き詰められていた。それと同時に漂ってくるどす黒い匂いがランサーの鼻をつつく。

 

「―――血か」

 

冷静にランサーはその惨状を分析した。おぞましい程の赤は人間という具材から出された最高の絵の具だろう。それが廊下というキャンパスに残酷に描かれているのだ。

その廊下の先に蓋が避けた人間だった具材が三体横たわっていた。

 

「い、やあああ」

 

悲鳴。それは、マナの悲鳴だった。それと同時に一発の銃声と窓ガラスが割れる衝撃音。その弾丸は正面からランサーに向けられたもの。そして、窓ガラスが割れる音は、上からマナに目がけて飛来物が押し寄せる音だった。

それは黒。真っ黒な影だった。人の形をしたそれは確かに笑ったのである。

 

「見つけたぜ。器のお姫様」

 

笑う。笑う。笑う。影は、黒い影は笑う。

マナは見た。それを確実に、明確に認識した。

圧倒的な、完全的な殺意。そして、それが自らに向けられているという事も。

 

「―――さようなら」

 

影は言う。笑って、笑って。それは、優しい微笑みだ。死者を見送る優しい微笑み。

影の右腕から振り下ろされたそれはマナの肩口を犯す。得物越しに伝わる肉が裂ける感覚に影は甘美の声を漏らした。

一方でマナはそれが知覚できないでいた、頭の中で認識を拒んだとも言っていい。だが、現実は違う。彼女が認識するよりも早く別の感覚がマナの痛覚を抉ったのだ。

 

「―――えっ」

 

声が出ない。声がでない。苦しい、苦しい。

私は、今は肩を切り付けられた筈なのに。

理解が出来ない。思考が追いつかない。

 

「なんで?」

 

なんで?なんで?なんで?なんで?

なんで?

―――なんで私の胸にナイフが刺さっているのだろう?

それに気づいた時。マナがそれに気づいてしまった時、彼女の口元から赤い赤い血が噴き出したのである。

 

「―――美しいな、お姫様。綺麗、鮮やか、君の鮮血はとてもとても、愛おしい」

 

笑う、影は笑う。自らが突き出したナイフによって人体から噴き出す鮮血に影は狂ったように笑う。

 

「―――マナ」

 

ランサーがマスターの異常事態に気づいたのは自身に飛来した弾丸を弾いて直ぐの事だった。今すぐにでもマナの元に駆け寄りたいという衝動と意思を圧し折るかのように。自身と対面するサーヴァントは居るだけで彼の足を釘つけにしたのだ。それ程の狂気を目の前のサーヴァントは有していたのである。

 

「一瞬でも気を反らすとは心外ですぞ」

 

刹那。目の前のサーヴァントはランサーの懐に潜りこむと右手に携えたサーベルを掬い上げるように槍兵へと振るう。

 

「―――くっ」

 

ランサーはその一撃を弾き、すぐさま後方へと飛びのいた。一軒家から飛び出し横目でマスターの状態を確認する。

 

「死んではない。マナ!マナッ!」

 

彼は叫ぶ。自身のマスターの名を。だが、返事はない。一人の青年の前で彼女は伏していた。

 

「あらら?殺してしまったでござるか?中々に可愛い娘だったのに」

 

蓄えた髭を摩りながら残念がるのは、ランサーと相対したサーヴァント。

 

「いいや、ライダー。殺してはいないよ。まだ、生きてる。でも、直ぐに殺すけどね」

青年はナイフを振り下ろす。マナに振り下ろされたそれは彼女の頭蓋を確実に潰すだろう。

 

「―――やめろっ!」

 

跳ねる。槍兵は跳ねる。それは、ライダーと呼ばれたサーヴァントが一切の反応も許さない程の速度だ。英霊ですら反応出来ない神速の槍を只の青年は躱す。

 

「マ、マナ」

 

ランサーは青年もサーヴァントも顧みずマナを左腕で抱きかかえると、右手に槍を構えその表情を憎悪に染め上げた。

 

「アチャー、滅茶苦茶怒ってる。こんな怖い顔されたら吾輩失禁ものですぞ」

 

ライダーはケタケタと笑う。そんな自らのサーヴァントに呆れながら、青年は怒りに震えるランサーを見据える。青年は、先ほどの槍を避けられたのは偶然に過ぎないとハッキリと理解していた。本能、彼の防衛本能が咄嗟に肉体を飛び退かせたに過ぎない。それでも、自身のサーヴァントであるライダーが余裕の表情を浮かべているのにある意味関心していた。

 

「ライダー、抑え込めるか?」

 

青年は問う。

 

「モチのロン、あんまり見縊られると流石の吾輩も少しナイーブになりますぞ」

 

ライダーは答える。

 

「―――あまり戯言をぬかすな!」

 

一瞬だった。ランサーの言葉に青年が眉を顰めた一瞬。ランサーの持つ黄金の槍がライダーの腹部を貫いていた。

 

「―――オウフッ。これは中々に強烈で……」

 

血が滲む。ライダーの腹部から溢れる血が黄金に輝く槍を濡らす。

そして、苦悶の表情を浮かべた。

油断したつもりなど毛頭もない。確実に仕留めるつもり、いや、仕留めたつもりだったのだ。この一撃にランサーが手を抜いたなどということは一片もない。ただ、相手が悪いとしか言いようがなかった。目の前のサーヴァントは苦悶の表情を浮かべた後。

―――笑ったのだ。

 

「これで、両手使えませんなぁ」

 

「しまっ―――」

 

ランサーがライダーの意図に気づいた時。それは既にランサーの死が確定した瞬間となる。

 

「怒れる時こそ頭はクールに。これ、吾輩からの餞別ね。それでは、良い夢を。ナイト気取りのイケメン小僧」

 

狂気の笑みを浮かべてライダーは左手に持つピストルの銃口をランサーに向けて引き金を引く。乾いた音、銃声の音が響く。

だが、次に漏れた音はライダーの呻き声だった。

ランサーは槍を起点に自身の体を捻り、その回転でライダーの顔面を蹴り上げたのだ。

吹き飛ぶ衝撃と勢いで槍を引き抜き、横たわるライダーへ追撃すべく得物を突き出そうとする。しかし、その槍がライダーを貫くことは無い。ランサーは一瞬で体を反転させ、防御姿勢をとっていた。

彼がその槍で受け止めたのは青年の振り下ろした一刀のサーベル。それは、先ほどまでライダーが握っていたものだ。

 

「―――流石はサーヴァント。今の反応するかよ普通に」

 

「―――悪い言い方をしよう。魔術師程度で僕に傷をつけられると思うな」

 

青年は槍を蹴り鮮やかに宙を舞い華麗に着地すると、いつの間にか起き上がったライダーが彼を庇う様に間に立ちふさがる。

 

「いやはや流石吾輩のマスター。英霊に切りかかるって自殺行為するとかマジ尊敬しちゃう」

 

「お前みたいな不細工に褒められても嬉しくないネ。ライダーさっさと殺すぞ」

 

一人と一騎。二つの死を運ぶ狂気はランサーを死に追いやろうと同時に距離を詰めた。

本来ならばマスターが前線に出るなど自殺行為に等しい。事実、マスターだけ狙えば確実に殺せる自信がランサーにはあるからだ。しかし、今は状況が悪い。仮にランサーがマスターである青年を殺せても、ライダーの攻撃からマナを守り切れる保証など何処にもない。

彼が取る選択として望ましいのはこの場からの早急な脱出。ならば二人を同時に退かせなければならない。だが、ランサーにその手段は現状ない。せめて、両手でこの槍を振るう事が出来たのならばとランサーは顔を曇らせるが、出来ない事への希望など無意味なことと彼は重々承知している。

 

「―――打つ手がない」

 

それでも、彼に諦めるという選択は毛頭ない。せめて、せめて自身のマスターだけでも守らねばと。そう槍を力強く握りしめた瞬間だった。

後方から声が漏れた。ため息にも似たそれは本当に一瞬。直後にそれはランサーと並行する。

 

「マスターの方を狙え!私は、サーヴァントを止める!やれるな、色男!」

 

女の声。ランサーはその声に返事を返さない。代わりに彼女の指示通り、迫るマスターの青年に槍を振るった。

鈍い金属音と共にランサーの槍と少年の持った奇形なナイフが交差する。

 

「おろっ?いやそうだよナ。それは、お前の武器だ。俺自身もそう認識した。ならきれねぇナ」

 

「何を言っている?」

 

青年は、再びランサーと距離を置く。一方でライダーは困惑と怒りを帯びた顔をしていた。

 

「おいおい女ァ!邪魔をするか!」

 

「悪いな髭野郎!この色男は私がやりたい相手だ。雑魚はすっこんでな!」

 

セイバーの剣とライダーのサーベルが拮抗する。しかし、その時間は余りにも短い。すぐさまセイバーは自身の剣技でライダーの両腕を叩き上げると無防備になった胸元へ鋭い突きを放つ。

 

「―――ぐっ。マスターどうするでござるか?吾輩、大分テンション急降下気味」

 

「まぁいい。切り上げるぞライダー」

 

「あいあいさー」

 

嵐のように、突風の様に、二つの狂気は闇へと消える。一瞬、安堵の表情を浮かべるランサーだが目の前のサーヴァントの顔をみるや再び顔を引き締めた。

 

「なぜ助けた?」

 

当然の問いだ。ランサーにすれば自身を助ける理由が思いつかないからだ。肩を竦めて剣士の女性は呆れた顔を見せる。

 

「おいおい、別に私はやり合ってもいいけどさ?お前、マスターの心配が先だろう?」

 

「―――そうだ、マナっ」

 

ランサーとて忘れていたわけではない。だが気を散らさせる程にはセイバーの気に圧されていたのだ。

すぐさまランサーは自身の腕の中にいるマナに目線を移す。

 

「息は……ある。まだ、生きてる、良かった」

 

「……あー、どうでもいいけど早く治療してやれ―――あっ」

 

セイバーが声を漏らす。彼女の目線の先からは、一人の少女がこちらに駆けつけてきて

いた。

 

「セ、セイバー、どうなっ―――マナ?」

 

直後にセイバーのマスターであるサラは直ぐに現状を理解し、その表情を怒りに変えた。

 

「―――ランサー、貴方これはどういう事かしら?返答によっては直ぐに殺すわ。セイバー剣を取りなさい」

 

「おいおい落ち着けマスター。そら、色男説明しろ」

 

思わずセイバーが制止するほどサラは激昂していた。当然、サラがサーヴァントに敵う筈もない。それでも、サラは迷わずランサーに対し魔術を行使するであろう。

 

「―――悪いが説明している時間はない。ここからなら教会はまだ近い方か……。すまない

が、まずはマナの治療をしたい。彼女が落ち着いた状態になれば幾らでも話をする。だから―――」

 

「とりあえず応急手当てを」

 

コツコツと靴音を鳴らしサラは妹を抱いた騎士へと歩みを進める。ランサーも意図を理解してそれを拒もうとはしない。それは、彼女から明確な敵意を感じなかったからだ。

マナの肩と胸に手を当て言葉を紡ぐ。その動作に無駄というものは一切も存在しなかった。

洗礼された魔力がマナの傷口を覆う。瞬時にその傷口は塞がるが、彼女が目を開ける事はない。

 

「―――意識が回復するのはまだみたいね。とりあえずは一安心といったところかしら。……で、貴方はどうするの?教会に戻るのかしら?」

 

サラは淡々と言葉を告げる。ランサーは、彼女の表情を探りつつ空いた手で口元を抑えながらしばし思考した。

 

「―――いや、君の話を少し聞きたい。正確には、目的と真意を」

 

真っ直ぐと見据えた目でランサーはサラに提言する。

 

「―――わかったわ。それじゃ教会に向かわなくてもいいかしら?」

 

「構わない」

 

ランサーが頷くと、サラはセイバーに視線を送る。やれやれ、とため息をつきながら彼女は置いてきた車を取りにいく。その場に残ったのはサラとランサーだけになった。

 

「随分と信用してくれているみたいだね?僕はいつでも君の事を殺せるのに」

 

「そんな事を貴方がする気なら、とっくに私は死んでいるわよ。貴方が私に聞きたいこ

とがあるように、私は貴方に聞きたいことがある」

 

昨日の屋敷の件といい、氷継サラにマナを殺す理由はないとランサーは考えている。

そして、マナが負傷しているのを知り激昂する彼女を見て、それはランサーの中で確信に変わっていた。サラの戦う理由がマナにあるならば共に手を取り戦う事ができるのでは、と。

マナの閉じ込められた記憶にある、姉妹の仲睦まじい姿を彼は知っているのだから。

 

******

 

「マナの部屋は階段を上がって左の突き当りよ」

 

そうサラに言われ、ランサーはマナを抱きかかえながら彼女の部屋へと入っていく。

 

「そう言えば実際に入るのは初めてか」

 

マナをベッドに寝かしつけると部屋の周りを少し見渡す。部屋の主が寝ている間の物色まがいな行為に、若干の後ろめたさを感じながら、ランサーは本棚へと視線を落とした。

明らかに子供向けといえる絵本たちが、そこには詰め込まれていた。

 

「―――今はしっかり寝て、明日には目を覚まして欲しい」

 

騎士は眠る少女の顔を見ながら、そう呟き退室した。

廊下には屋敷のメイドが一人立っており、彼女に案内されるがままに応接室に通された。そこは、自身が召喚された初日に訪れた場所であり、サラが父親を殺害した場所でもある。勿論、そんな事があったとは思えない程に部屋は跡形も無く片付いていた。

 

「来たわね。で、まず何から話しましょうか?」

 

サラとテーブルを挟んで対面の椅子へと腰を落とすと、メイドが彼の前にティーカップを置く。

 

「―――まずは君の目的を知りたい。なぜ君は父親を手にかけてまで戦うのかを」

 

「そうね……少し長くなるけど、構わないかしら?」

 

「―――勿論だ」

 

サラはティーカップに注がれた紅茶を一口飲み、口を開いた。

 

「私の目的は、マナを普通に戻すこと。あの子が普通じゃないっていうのは貴方も知っているわよね」

 

ランサーは無言で首を縦に振り肯定する。

氷継マナは、今回の聖杯戦争において小聖杯の役割を担っている。それは、この場に居る全員の共通認識だ。担うまでの経緯をサラは端折って説明したが、ランサーとて大体の想像はついていた。

サラとマナの父親である氷継弦一郎、そして氷継家の目的は聖杯戦争の再現にあった。そして、問題として小聖杯。英霊たちの魂をくべる器の作成が課題として残っていた。氷継家は、ホムンクルスを器として数十年に渡り試行錯誤してきたが、成果としては良くなかった。

ホムンクルスを造っては廃棄、造っては廃棄。最初に造られたホムンクルスには聖杯の欠片を埋め込んだが失敗に終わってしまった。そして、自身の目的の為に歪んでしまった弦一郎は、魔術師としての才能はないものの、魔力の『純度』が高いマナを小聖杯の器にするべく、彼女を一度殺害し、心臓に聖杯の欠片を埋め込むと、それに適応できるよう体中をホムンクルス同様に弄り回したのである。

こうしてマナは小聖杯として現に機能を果たしている。無論、本人がそれを知る余地もない。

 

「―――ヒドイ話だ」

 

「ええ、だから私はあの子を元に戻してあげたいの。昔のように」

 

サラは悲痛な表情を浮かべた。それだけで、ランサーは彼女を信用出来ると確信する程に。

 

「さて、私の話はおしまいよ。次は貴方の番だけど?」

 

喋りすぎたと言わんばかりにサラをティーカップに残る紅茶を一気に飲み干すと、空になったカップはメイドによって直ぐに満たされる。熱を帯びた湯気と紅茶の香りが部屋に満ちる。

 

「それで、僕はどこから話せばいいのかな?」

 

「どこからというよりは何を、だと思うけど?まぁいいわ。私が貴方に聞きたいのは貴方の願望とマナの夢―――それと」

 

「それと?」

 

サラが少し口を濁らすと彼女の後方からクツクツと笑い声が漏れる。その正体は壁を背にして腕組みをしているセイバーだ。サラは、彼女の方へと振り向いて「うるさい」と一喝しながら、わざとらしく咳ばらいをした後にこう告げた。

 

「―――マナの様子を教えてほしい。なんだっていい。学校はどうとか、そんなありふれた内容でいいから」

 

「―――そうか。わかったまずは僕の願望から話そう」

 

ランサーはゆっくりと口を開くのだった。

 

******

 

―――なにかがいた。

それがなにかはよくわからない。

―――なにかをいった。

ここがどこだかわからない。

―――本当にわからない。

わからない。

―――いいえ、それは嘘。

わからない。

―――いいえ、わかるわ。

わからない。

―――いいえ、知っているわ。

わからない。

―――いいえ、

知らない。

知らない、しらないしらないしらない。

―――そう、それじゃあおやすみ。

 

******

 

マナは夢をみた。遠いとおい。遥か昔の夢。

それは、縛られていた。閉じ込められていた。

隠匿されていた。

ちがう。ちがう違う。違う。

それは、違う。

これは、彼女自身が忘れていたモノ。

これは、彼女自身が切り捨てたモノ。

ちがう。ちがう。ちがう。

これは、彼女自身が失くしてしまったモノ。

彼女が彼女に彼女であったモノ。

これは、氷継マナの夢で、氷継マナの記憶。

―――遠いとおい遥か昔の日常。これは夢に成り果てた記憶。

 

「おはよう姉さん」

 

氷継マナは普段と変わりなく自らの姉に朝の挨拶をした。姉は、マナを一瞬視界に入れると焦燥した顔をみせた。

 

「なんで?」

 

マナには言葉の意味が分からない。

 

「なんで?」

 

サラには現実の意味が分からない。

 

「なんで?貴女は生きているの?」

 

なぜ?なぜ?

なぜ姉はこんな事を言うのだろう?

不思議で不思議でたまらなかった。

氷継マナという幼い少女には言葉の意味が分からなかった。

 

「―――だって貴女は私が殺した筈なのに」

 

プツンと。何かが切れた音がした。

脳内にノイズが走る。走る、走る。

それは、耳元に永続的に流れ続けている。

あり得ない映像がマナの脳内を駆け巡る。

―――伸びる。

姉の手が自身の胸に伸びる。

怖い。怖い、こわい。―――こわい。

なんで、なんでなんでなんで。

―――なんで私を殺したの?

誰かが言った。誰かが。私じゃない。この声は氷継マナの声ではない。

だって、だってだって。私は現にここに居る。

生きている。それなのに。それなのに。

―――なんで、私はこんなにも姉に恐怖を抱くのだろう。

何かを言ってほしい。声を掛けてほしい。

悪い夢でも見たのかと言ってほしい。

それでも、氷継サラは何も言わずに部屋を去っていく。

 

「待って姉さん」

 

マナの声はサラに届かない。

何か悪い事をしたなら謝るから。待って、待って。

マナの声はサラに届かない。

 

「待ってよ、姉さん。いつもみたいに綺麗なま―――」

 

声が出なかった。喉が渇く。急激な頭痛が迫る。ノイズが消えない。

怖い。姉さんの魔術は怖い。

だって、私殺されているから。

誰かの声がした。誰かの声がした。

それは、それは、それは。

それは、私の声だった。

氷継マナの根本的な深層心理。魂が、魔術を、姉を拒んだ。

その理由がマナにはワカラナイ。

理由を思い出そうとするだけで頭が割れそうになる。

だから、だから、だから。

考えるのをやめた。苦しい事から逃げた。

嫌なことから逃げた。辛い事から逃げた。

その方が楽だって気がついた。

氷継マナの心が歪んだ。

 



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コーヒーブレイク

サーヴァント情報。
真名を開示されたサーヴァントは真名を公開しています。
折り返し地点なので
次から本編に戻ります。


【CLASS】アーチャー

【マスター】日立 一護

【真名】ピロクテテス

【性別】男

【身長・体重】200cm・110kg

【属性】中立・中庸

【ステータス】筋力C 耐久A 敏捷B 魔力C 幸運C 宝具A

【クラス別スキル】

対魔力:C

二節以下の詠唱による魔術を無効化する。

大魔術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

 

 

単独行動:B

マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。

ランクBならば、マスターを失っても二日間は現界可能。

 

【固有スキル】

矢よけの加護:B

飛び道具に対する防御。

狙撃手を視界に収めている限り、どのような投擲武装も肉眼でとらえ、対処できる。

ただし超遠距離からの直接攻撃は該当せず、広範囲の全体攻撃にも該当しない。

 

 

千里眼:C

視力の良さ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。

 

 

 

【クラス】アサシン

【マスター】ライル・ライル

【真名】***

【性別】男性

【身長】184cm

【体重】72kg

【属性】秩序・善

筋力C 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運E- 宝具D

 

【クラス別スキル】

気配遮断:D

 サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。

 ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。

 

【固有スキル】

戦闘続行:B

 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

 

蛮勇:B

 後先を省みない攻撃性。

 攻撃力を向上させる代わり、防御力がランクダウンする。

 

 

 

 

【CLASS】キャスター

【マスター】氷継 弦一郎

【真名】***

【性別】女性

【身長・体重】

【属性】中立・善

【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運D 宝具EX

【クラス別スキル】

陣地作成:B

 創作家として、自らに有利な陣地を作り上げる。

 作業用の”密室”の形成が可能。

 

道具作成:- 

キャスターにこの能力は存在しない。

 

【固有スキル】

なし

 

 

【CLASS】セイバー

【マスター】氷継 サラ

【真名】***

【性別】女

【身長】160cm

【体重】48kg

【属性】中立・善

【ステータス】筋力B 耐久A 敏捷B 魔力A+ 幸運A 宝具B+

【能力】

対魔力:EX

魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。

大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、

傷つけるのは難しい。Aランク相当の魔力は無効化する。

また『呪い』による効果を一切受け付けない。

 

騎乗:D

騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。

 

【保有S】

カリスマ:C

軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。

カリスマは稀有な才能で、一軍団の長としてはCランクで十分と言える。

 

勇猛:A

 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。

 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

 

直感:B

 戦闘時、常に自身の『最適解』を感じ取る能力。

 

 

 

【CLASS】ライダー

【マスター】カーネル・アルマー→殺人鬼

【真名】エドワード・ティーチ

【性別】男性

【身長・体重】190cm・104kg

【属性】混沌・悪

【ステータス】筋力B 耐久A 敏捷D 魔力E 幸運D 宝具A+

【クラス別スキル】

騎乗:C+

 騎乗の才能。幻想種を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。

 更に船舶を乗りこなす際、有利な補正が掛かる。

 

対魔力:D

  一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。

  魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 

【固有スキル】

嵐の航海者:A

 船と認識されるものを駆る才能。

 集団のリーダーとしての能力も必要となるため、軍略、カリスマの効果も兼ね備えた 特殊スキル。

 

地形適応:D

 特殊な地形に対する適応力。

 海賊として、足場の不安定な水上や水中での活動に適応する。

 

戦闘続行:A

 往生際が悪い。 

 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、致命的な傷を受けない限り生き延びる。

 

仕切り直し:C

 戦闘から離脱する能力。

 不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。

 

 

 

【クラス】ランサー

【マスター】氷継 マナ

【真名】アーサー・ペンドラゴン

【性別】男性

【身長】184cm

【体重】72kg

【属性】秩序・善

筋力B 耐久B 敏捷A 魔C 幸運D 宝具A

 

【クラス別スキル】

 対魔力:C

  第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。

 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

 

【固有スキル】

直感:A

 戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。

 研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 

 

魔力放出:A

 武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。

 いわば魔力によるジェット噴射。

 強力な加護のない通常の武器では一撃の下に破壊されるだろう。

 

 

カリスマ:B

 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。稀有な才能。

 カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。




本編次話は1月25日 予定


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八話 六日目① アイムファインセンキューアンジュー?

「駄目ね」

 

朝。姉は妹の問いに即回答をした。

 

「な、なんでよ。いいじゃん別に」

 

ふて腐れ口を尖らせる少女、マナは傍らに控えるエルザに助けを求めるように擦りついた。

 

「マナ、貴女は昨日襲われたのよ?更に言えば死にかけた」

 

「わかってるよ……」

 

「いいえ、わかってないわ。それが、朝になって奇跡的な回復力を見せたのは良い。でも、学校に行くというのは自覚がなさすぎる」

 

相変らずの鋭い眼つきと口調にマナは思わず尻込みした。

 

「うぅ、でも私はいきたい」

 

「違うでしょうマナ?貴女は学校に行きたいんじゃない。ここに居たくないだけ」

 

正確な指摘だった。図星を突かれたマナは益々小さくなるしかない。

頼りの筈のエルザでさえサラの言葉に頷くばかり。

 

「ね、姉さんはそうやって私を抑え込もうとする。いつも、いつもそうだ。そうやって私を圧迫する」

 

「貴女を思って言っているつもり」

 

「私は、私はそうは思ってない」

 

「そう、なら私は貴女にとって邪魔って事かしら?」

 

「そ、そうだよ。姉さんはいつも、いつもそうだ。私にとっては憧れでもあった。でも、いつも私の前を行く。分かった様な口ぶりで言う。疎ましいってこういう事をいうんだなって教えられたよ」

 

「それで?」

 

「それでじゃないよ。そうやって澄ました態度をする。私は姉さんが怖い。今もこうやって面と向かって話しているだけで吐いてしまいそう。ほっといてよ。私に関わって欲しくない」

 

そこまで言ってマナは自身が肩で息をしているのがわかった。

呼吸は荒く、目に渇きを覚える。サラの顔をみて彼女の考えが全く分からない。

サラは無表情でただマナを見据えていた。それが余計にマナにとっては気味が悪かった。

だが、次の言葉が出てこない。マナもサラも互いの顔を見合わせ言葉を詰まらせていた。

 

******

 

今朝、マナが目を覚ましてから最初に行った事は、自身の傷口の確認だった。

意識を覚醒させた事に対し圧倒的な違和感を覚えたからだ。

 

「……死んだと思った」

 

率直なマナの心理が零れる。不思議と、こんな気持ちを抱いたのは二度目だ。という感覚がこみ上げたが、直ぐに首を横に振り、思考を切り替える。

上半身を起こし辺りを見渡せば、そこは見慣れたマナの自室であった。

誰かがというよりは、間違いなくランサーが自身を救ってくれた。そう考えたマナにとって、屋敷の自室にいるという事は限りなく不可解な出来事だ。

 

「なんで教会の宿泊施設じゃないの?」

 

目を覚ましてから違和感だけが纏わりつくのが気味悪く感じ、マナは頭を掻き毟る。

 

「マナ様、お目覚めになられましたか?」

 

扉をノックする音と共に、聞きなれた友人の声が聞こえる。安堵とため息を零し、マナは意識をそちらに向けた。判りきってはいるが、やはりここは氷継の屋敷なのだと諦めて、扉越しの相手に返事を返した。

 

「起きているよ。入ってきて」

 

「失礼します」

 

落ち着いた声と同時に扉が開き、エルザが顔を覗かせる。その声とは裏腹に彼女の表情には安堵が浮かんでいた。そんな友人の顔をみたマナも、ゆっくりと息を吐いて平常心を取り戻す。

 

「心配したよ。昨夜は何というか、災難なんてものじゃなくて、そう、とにかく安心した。マナが無事で」

 

ベッドに腰を落としてエルザはマナの顔をみるや、今にも泣きそうな顔で言葉を捻り出していた。

 

「ごめんね。私はなんか無事みたい。傷口もほら、全然ないみたい」

 

おどけた表情でマナは洋服の肩口をずらしエルザにそれを見せつけた。

それは、何もない。という表現が正しいだろう。マナの傷つけられた筈の肩は何にもない。

無傷。外傷などというものは何一つないのだ。それは、同じく傷つけられた胸部も同様だ。瞬間、エルザは目を背けるようにして視線を外して俯いた。

 

「ちょっとエルザ、大丈夫だよ。なんかグロテスクな感じのを想像したの?違うよほら、本当に何にもないんだよ」

 

「えぇ、分かっています。知っています」

 

エルザは、重々理解していた。マナの傷がない事など。それは、サラの医療魔術が卓越していたという事などでは決してない事も。

 

「―――ところで、さ。私はなんでこの部屋にいるのかな?いや、自分でもおかしな言い回しだと思うけれど」

 

話題変更とマナは話を切り出す。これ以上エルザに心配けなまいという彼女なりの配慮だろう。だが、エルザはマナの思いやりが見当違いな事を理解する。しかし、これ以上は逆にエルザ自身がマナに心配を……というよりは、何か勘繰られてしまうという懸念を抱き、マナの話題に乗る事にした。

 

「えぇ、じゃあ私も聞いた話だから」

 

と一言添えてエルザは昨夜の出来事をマナに説明した。

マナとランサーの窮地を救ったのがサラとセイバーだという真実を。

 

「―――そっか。一昨日もそうだった。瓦礫から助けてくれたのは姉さんだった。そして昨日も……。やっぱりエルザの言っていた事は本当だったのかな」

 

「えぇ、サラ様はいつも貴女の事を想っている。これは、前にも言ったことあると思うわ。それは、紛れもない事実」

 

「……そう、そうなんだ……。ごめんねエルザ、少し一人にして」

 

「―――かしこまりました」

 

エルザは腰を上げ扉の前で一度マナに会釈をし、部屋を出た。扉の閉まるのを確認してマナはゆっくりと息を吐きだす。

 

「わかっていた。ううん、違う。これは、分かっていたには入らない。だって、今も気持ちは変わらないし、変わっていない。でも、覚えている。覚えている……のに……う、うう」

 

自身を、心を隠すようにマナは顔面を枕に沈めた。咽び泣く。自分が弱いから。認められないから。マナは自分の思いが認められないから泣くのである。

 

「私は覚えている。だって、だって。あの人の、姉さんの魔術が温かいって事を。覚えてる、それを私が好きだった事も。分かっているのに」

 

秒針の様に刻まれるが如く、マナから漏れる音だけが部屋に響いた。

 

******

 

「行くって言ったら行く」

 

断固としてマナは自分の意見を曲げなかった。

この屋敷から一刻も早く出たい、という気持ちがにじみ出ているのが、他人にハッキリとわかる程に。だが、それはサラに対する憎悪や嫌悪から来ているモノではない。寧ろ、マナが自分自身にそう言った感情を抱いているからこそ、彼女は屋敷の外へと出たがるのである。

サラに対する罪悪感。それが、氷継マナの心を占めていた。

だが、サラがその事には全くと言っていいほど気づいてはいない。

 

「―――もう行くから!行く!」

 

半ば強引にマナは逃げるように屋敷の外へと飛び出していく。そんな後ろ姿をため息をつきながら呆れた表情で見送るサラ。

 

「ランサー。責任もってマナを守りなさい」

 

「言われずともそのつもりだよ」

 

「それと、ライダーの件。恐らくバーサーカーも出てくるでしょう。不本意だけどアーチャーの力も借りれるなら借りたいわ。正体のわからない狂戦士は危険すぎる」

 

「―――わかった」

 

まるで虫でも払うかの様に手を振るサラに苦笑いをしながら、ランサーは自身のマス

ターの後を追った。

 

******

 

「やっぱり駄目だ私は。だめだめだよ」

 

罪悪感から抜け出すために屋敷から逃げ出したマナだが、それを上回る自身への嫌悪感に苛立ちの言葉を呟いた。

後悔なのだから後から湧いてくる感情なのは当然である。それでも毎回、自身の選択が後手なのに何故気づかないのだろう、とやり場のない感情が噴出し頭を掻き毟る。

 

「―――マナ」

 

後方からの声。それは、優しくマナの耳に浸透した。

 

「あっ」

 

振り向けば理想の騎士が居た。いつだって、彼は自分の味方。彼だけが、彼だけは。マナは今の今までの思考を投げて彼に陶酔する。

 

「ラ、ランサー、あのね私学校に行くから。その守って、守ってね」

 

「それは、勿論だけど。……マナ、君はいつまで止まっている?時間は有限だ。……僕だっていつまで君の横に居られるかわからない」

 

違う違う。マナは首を横に振る。そんな言葉が欲しいわけではないとマナは我儘を通した。

 

「マナ……そうか。逆だ。僕という存在が君をあまやかしているのでは?」

 

「言わない、そんな事。そんな事言わないでよ!違う!私は!私だって好きでこんな性格しているんじゃない!」

 

マナが暴発した。感情が噴出して子供の様に地団駄を踏む。ランサー自身も今のは失言だったと顔を顰めたが既に遅い。暴風の様に駄々を捏ねるマナに対して、只々、それを慰めようとすることしか出来なかった。

 

******

 

「おはよう。昨日はお互いにサボっていたみたいだね?それでも、随分と機嫌が悪いみたいだけど?」

 

朝のホームルームを終え、気怠そうに窓の外を眺めていたマナに、日立一護が声を掛けてきた。

 

「おはよう日立君。サボり魔同士仲良くしましょ?それと、放課後時間ってある?少しお話しない?聖杯戦争の話」

 

マナの言葉に少しばかり日立の眉間が動いた。率直に言えば珍しいと思ったのである。

なので、日立は思いのままを口にするのだった。

 

「へぇ、氷継さんからその話を振ってくるとは思わなかった。そうだね、僕自身もそろそろ動かなくてはいけないと感じていたところだし。いいよ。では、放課後に」

 

やけに日立の口が饒舌だとマナは内心不思議に思うが、直ぐに自身の思いにふける。

聖杯戦争。自身がこの戦いに置いてできる事など存在せず、成すべきことも存在しない。この戦いに意味も価値もない。だが、存在してくれる人はいた。

 

「騎士様……」

 

その名を呟く。今朝言われた言葉を思い出す。

『甘えすぎている』そんな事は重々理解しているつもりだ。この戦いが終わればランサーも居なくなる。そしたら、自分はまた一人に戻ってしまう。それが、怖い。

だが、その打開策を思い描けないでいる。

変わろう。変わろう。変わろう。変わろう。

頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。頑張ろう。

何度決意し、挫折してきたのだろうか。

停滞している事が嫌なのに、それに慣れてしまって安心している自分、そんな自分が嫌になる。

抜け出せない負の無限ループ。

うつ病をはじめとする心の病は、現代医学で明確にされてはいるものの、心の弱さは甘えという文化が根強くあるのも実情だ。

マナ自身も、自分は心の病気なのかもしれない。と何度も何度も思考した事もある。それでも、病気のせいにしては、何も変わらないし、変えられない。もっと頑張らなきゃいけない。と踏ん張ってきた。

 

『その時点で氷継マナは敗北している』

 

何故ならば、彼女には明確な未来が見えていないからである。目先の負担や苦労に対して、頑張ろうと意気込むだけだ。

何をどう頑張ると言うのだろうか。

何を以ってすれば『頑張った』になるのだろうか?

その明確化が出来な以上。彼女は一生、敗者のままなのだ。

 

「―――そんな事知っている。でも、ないの。何にもない。やりたい事も、したい事も。やっていて楽しかったことも。これは、ただ逃げているだけなんだと、嫌になる。楽しかった事も嫌になる。私は何時まで経っても空っぽの器なんだ」

 

それを声に出して叫んでも、誰も助けてくれなどはしないと、マナは今日も自己嫌悪の渦でもがき苦しみ、溺れて沈む。

 

******

 

「日立……日立……」

 

自室の椅子に背中を預けたサラは、同じ言葉を繰り返し呟いていた。

 

「―――なんださっきから。気味が悪い」

 

テーブルを挟んで、同じく椅子にもたれていたセイバーは思わず口を挟まずにはいられなかった。マナが、学校へ行くと屋敷を飛び出して数分後、サラは自室に籠ると先ほどから同じ言葉を繰り返していた。

それは、マナのクラスメイトであり、アーチャーのマスターでもある男の名。

 

「何か引っかかる事でもあるのか?」

 

「―――ごめん、セイバー少し黙っててくれるかしら?あと少しで思い出せそうなんだけど。どこで聞いたのだっけ……」

 

「はいはい。黙っているよ。ただ、記憶ってのはさ、大抵何かと関連付けているモノさ。それも、無意識に。だから、その記憶を呼び起こすとき、その時、なにを、どこで、どうしてたかってのも一緒に思い出してみなよ。ほら、たまにあるだろう?何気ない動作一つでも、そう言えば前こんな事あったなとか、急に思い出すとき。記憶ってのはそれだけ掘り起こすなんて、とんでもなく面倒なのさ」

 

そう言うとセイバーは伸びを一回大きくすると、怠そうに背中を椅子に預けた。

 

「いつか?そうね、あれはいつだったかしら?」

 

セイバーの助言は的確であった。サラはそう認識している。故に癪に障ると苛立ちを覚

えるのだが、それは決して居心地の悪いものではなかった。寧ろ、そういった事を言ってくる人間が彼女の周りに居なかった事から心地よく感じる事もあり、まさにそれが今だった。

もう一度、サラは記憶の海に沈む。今度はより深く、そして目的地の深さも明確に。

それが、どの程度の深さまでは分からないが、何も考えずにただ沈むよりは、気分は良かった。

 

「―――そう、あの時」

 

こうして、サラは辿り着く。目的の記憶へ。

 

******

 

「日立?聞いたこともない名前だな」

 

「それは、そうでしょう。魔術師としての血は三代前に途絶えています。今の代の子供達は魔術の魔の字もしらないでしょう」

 

それはサラにとって幼少の記憶。

会話をしているのは、弦一郎とライルだった。

客間。ライルが報告しているのは、直近で月宮町に移住してきた人物だ。

彼らより少し離れた位置で退屈そうに頬杖をついていたサラは、とりあえず彼らの会話を耳に垂れ流していた。

正確に言えば、頭に入ってこないが正しいだろう。上の空。そんな表現が今の彼女には似合っていた。

 

「マナ……マナ……どうして……どうして……」

 

繰り返す。繰り返し言葉を回す。グルグルとグルグルと同じ言葉を繰り返していた。

それは、後悔。なぜあんな事になってしまったのだろう。

それは、憎しみ。どうしてこんな事をしたのだろう。

それは、これは。悲しみ。

もう戻る事は出来ないのだろうか。

一日を同じ思考で埋め尽くす。

マナを殺してから一週間。彼女を拒絶し、拒絶されて一週間。

頭の整理が追いついてなどいなかった。

 

「―――サラ、聞いているのか?」

 

「えっ、あ、はい」

 

強引に思考を遮られたサラは、弦一郎の方へと視線をやった。

この一週間、サラは彼と同じ問答を何度繰り返しただろうか。

 

「なぜあんな事をさせたの?」

 

「なんで?マナは殺させたの?」

 

「返して、返して、返して」

 

何を言っても弦一郎の答えは同じだった。

 

「心配するな」

 

何を言っても、訴えても、弦一郎は同じ答えを繰り返してきた。

そんな言葉で彼女が納得するはずもない。それでも、サラはこの環境から逃げ出す事をしなかった。責任や負い目などではない、ここにしか彼女の居場所がなかったからだ。

彼女にとって唯一誇れるものと言えば、魔術ぐらいだった。逆にサラはそれしか知らないで生きてきた。自分という存在を支えるアイデンティティを失う事の意味を彼女は無自覚に認識していたのかも知れない。

 

「あの……なんでしょう?」

 

「聞いていなかったのか?ならもういい。部屋に戻っていなさい」

 

生きた心地がしないといった顔のサラを弦一郎は一瞥して言葉を投げ返した。それっきり、サラは居ないものと考えているのか弦一郎は再びライルと向き合うと話を再開した。

何故?何故こんな思いをしなければならないのだろうか。私は、父にとってどのようなモノなのだろうか?意味も分からない苦しみにサラはただ立ち尽くすことしか出来なかった。

断片的に二人の会話がまた頭を通過する。

 

「霊脈の影響を受け、回路がまた通るかもしれない」

 

「だとしても、それを扱う術がなければ意味もない。急に箸を渡されて日本食を食えと言われてすんなり扱える外国人などいないだろう?」

 

「それは……そうですね」

 

戻ろう。サラは自室に戻る為に踵を返す。この人達は聖杯戦争にしか興味がない。そう結論付けてサラは客間を後にした。

 

******

 

サラが客間から出たのを確認してから、ライルは口を開いた。

 

「よろしいのですか?あの様な扱いをして?」

 

「―――ライル。君は少し変わったな。丸くなったというべきか。初めて会った時とは大分変わってしまった」

 

まるで遠くを見るように。弦一郎はライルから視線を外し窓の外を眺めた。

同様にライルは苦笑しつつ窓の外に視線を移す。

話題をすり替えられたと認識しつつも、それを蒸し返す事をライルはしなかった。

 

「そう……ですか?そうであるならば嬉しいと私は思います。こうありたい。そう思う様になったのは最近でしょう。環境というのは悪魔的です。人の在り方まで変えてしまう」

 

「それは、私に対しての皮肉かな?ライル。確かに人というのは常に変化を求められる。良くも悪くも。そうでありたい。そうでなくてはならない。人によって変わる理由もそれぞれだろう。私の場合は後者だな。そうでなくては自分を保てないのだよ。今でもそうだ。精神が破綻しそうになる。少しでもこれを受け入れれば私はまた違う何かになってしまいそうだ」

 

「でも、後に引く事は出来ない。それが―――」

 

「ああ、そういった感情がまた私を縛りつける。いや、解放するといった表現の方が正しいか。自ら退路という別の生き方を切り捨てているのだから」

 

「―――悔める心があるのならば、まだ貴方は正常だと思います」

 

「違うなライル。悔める心があるから人は壊れるのだ。善悪の境が絡まる。理性の境界がなくなる。最初からその価値観がなければソイツは正常だ。自分が間違っている等と後悔しなくて済むのだから。ライル。私はね、当の昔に壊れているのだ」

「そうですか。では、私は弱くなりました」

 

「―――それも、違うさライル。おかしなモノでね。そうやって強くなる種類もいる。ただ、それが大きくなりすぎると駄目になってしまう時もあるんだ。そういう人はまた一周回って弱くなっていく。墜ちていく。ただただ墜ちていく。酷いぞ、何といっても底がないのだから」

 

二人は視線を一度も合わせずにただ窓の外を眺めていた。同じ景色が二人の眼に映っている筈なのに。二人の脳はそれぞれ違う景色を描いていた。

 

******

 

薄暗い。陽が沈み切った現在。校庭に設置された照明も今は眠っているのか、照らすという役割を全うしていなかった。

 

「全く、生徒に教室の施錠までさせるとはね。教師としていかがなものかな」

 

呆れた顔を浮かべ日立は校庭の真ん中で背を伸ばす。

 

「災難……だったね」

 

「これが災難だったら随分と軽いよ」

 

苦笑いを浮かべながらマナは言葉を発し、日立はそれを受けて真顔で返答した。

日中、特に何かが起こるわけでもない。ありきたりな学校生活が終わり、放課後は日立と教室で文化祭の話を繰り広げていた。

マナ自身、日立に言われるまですっかり頭から抜け落ちており、こんな話をしている場合ではないと、実行委員としての役割は碌に果たせる事ができなかった。

 

「で、聖杯戦争についての話ってなんだい?」

 

「あ……そう、その話がしたかったの」

取りは重く、二人はゆっくりと歩き出した。

 

「昨日の夜の事なんだけどね。襲われたんだ、ライダーのサーヴァントとそのマスターに」

 

「―――その割にはって感じだけど」

 

「う、うん。朝起きたら傷もすっきりなかったんだ。それに、姉さんにも助けてもらったりしました」

 

そう言って笑うマナに対して日立は苦笑する。

 

「傷がないか。それは、君の元々の性質というか体質なのかい?」

 

「いや、違うと思うけど……姉さんの医療魔術が効いたのかと思ってた」

 

二人は暗い街を歩く。外灯の灯りが二人をわずかに照らしていた。マナは今の時間が楽しいと思えた。

今までこんな事なかった。友達と会話しながら下校など経験した事がなかったからだ。

当たり前の様な生活。

―――憧れだった。

だから、だから。不思議と自然と、マナは笑っていた。だが、彼女とは対照的に日立は顔を顰めていた。マナが日立のその表情を窺い知る事は出来なかった。

 

「―――楽しそう?なんで氷継さんはわらっているの?」

 

「―――えっ?私笑ってた?」

 

思わず口元を手で覆い隠す。吊り上がった口元が指先に触れる。

 

「―――いや、別に咎めるつもりなんてないよ。君が楽しいと思えているのなら、別にそれは構わない」

 

「日立君?」

 

ほんの僅か。マナは日立の雰囲気がおかしいと思えた。ただ、その違和感がどこから来るもので、何がズレているのかまでは彼女の想像の外にあった。

しばらく無言で歩いた。何となく気まずい空気だと感じたマナが口を閉じてしまったからだ。先ほどまで気にもとめていなかった冬の風が、マナの体を揺らす。思わず寒さに身震いした所で二人は足を止めた。

橋の上だった。マナの足取りは自然と屋敷の方へと向けられている。それを知覚したのは今この瞬間だ。屋敷から抜け出したくて学校に行ったにも関わらず、無意識に帰路を屋敷に向けていたのだから、マナは口を尖らせた。

それが、マナが足を止めた理由だった。

では、なぜ日立も足を止めたのだろうか。そんな疑問が頭をよぎり横に立つ日立に視線をやった。すると、彼はただ前を見ていた。外灯がチカチカと点滅して、先がよくみえないとマナは首を傾げる。

 

「日立君?」

 

彼の名を呼んだ瞬間。マナの体は宙に跳んだ。

吹き飛ばされたのだ。隣にいる日立の手によって。

なんで?そんな彼女の思考より早く日立の声が飛んだ。

 

「君は下がって、アーチャー!」

 

マナの疑問は一瞬で溶解した。何故日立が足を止めたのか。何故自分は後方に突き飛ばされたのか。答えは直ぐに訪れたのだ。

日立の視線の先。其処には影が立っていた。

闇に紛れた影。いや。紛れてなどいない。

真っ黒な影は暗闇の中で一際光っていた。邪悪な雰囲気を携えて。

 

「なんだいお姫さん。今日は男連れかい?つれないな―――いや、これは失礼だな。男に対して」

 

影は笑った。興味は直ぐに日立へと切り替わる。そして、その鋭い眼光で彼を舐め回す。

 

「あまりジロジロ見てほしくないな。気分が悪い」

 

日立の言葉と同時。殺人鬼の視線を覆う様に。アーチャーが現界し日立の前へと歩み出る。

 

「いいね。いいね。イイネ。わかりやすい。ただ、もう少し待てよ。役者がまだ足りない」

 

どこまでも二人は対照的だった。

眉一つ動かさない日立とケタケタと笑う殺人鬼。

 

「やれ、アーチャー」

 

日立の号令を合図に、アーチャーは弓を引き絞り矢を放つ。その動作に一切の無駄はない。正に神速の矢。英霊と謳われたサーヴァントならいざ知らず、如何に殺人鬼といえどその矢を躱す事など不可能。ましてや、矢が放たれた事にすら気が付けない。

 

「―――ムッ」

 

と、アーチャーは眉を顰めた。彼の放った矢は、殺人鬼の前で墜落したからである。

 

「あいやあいや。せっかち者は嫌われますぞ」

 

殺人鬼の前方には現界したライダーは、その蓄えた髭を左手で摩り、もう一方の右手に持ったカトラスを得意げに回していた。

 

「ライダーか。その得物からして海賊か?まぁいい。次は撃ち落とせると思うなよ」

 

アーチャーが再び弓を引き絞った。狙いをライダーに向けて矢を放つ瞬間だった。

アーチャーの真横を一体の英雄が駆け抜ける。

黄金の槍を携えた騎士が、ライダーへと一瞬で肉薄する。

槍と剣が交差する。鈍い金属音が衝撃と共に橋を揺らす。

 

「ライダー!!」

 

「ほほほほ。ここにも一人せっかち者が!もう少し待てねぇのか、若造!」

 

鍔迫り合いの状態でライダーは前蹴りを繰り出す。それを躱す為にランサーは跳び下がる。

ライダーはフリントロック式の銃を構え鉛球をランサーの着地地点に立て続けに放っていった。

 

「ラ、ランサー」

 

後方で呼ぶマスターの声を無視してランサーは眼前の敵を睨み続ける。

 

「そう怖い顔をしたもんじゃない。じきに……いや、もう来たみたいだな」

 

ライダー、そして殺人鬼は後方へと視線を移す。釣られるように、ランサーとアーチャー、そしてマナと日立も意識をそちらに向けた。

ランサー達は丁度、橋の中央部にて接敵している状態である。全員が視線を向けた先。つまり、マナ達がこの橋に足をいれた向かい側。その先には、黒髪を靡かせた女性と、それに付き従う黒衣の鎧を纏った剣士。

 

「あら?ほぼ全員揃っているってところかしら?」

 

サラは笑った。

 

「いや、これで全員だ。そろっているよ」

 

殺人鬼も笑った。

 

「さぁ、始めよう!ただの殺し合いを」

 

それは獣だった。ただただ血肉に飢えた獣。

全てを貪り尽す殺人鬼は愉しそうに笑うのだった。



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九話 六日目② NEWS

深いため息を彼はついた。

 

「今なんといいました?」

 

軽蔑に近い眼差しをライルは自らのサーヴァントに向ける。それに対しアサシンは悪びれる様子もなく先ほどと同じ言葉を口にした。

 

「ランサーと戦わせろ」

 

「……アサシン、私の目的と貴方の希望は対極的だ。それに、戦わせろなどという要求では貴方は満たされない。貴方の目的はランサー。いや、アーサー王の首でしょう?」

 

憤怒。抑える気もない怒りの表情をアサシンは見せる。

 

「あいつがアーサー王であるはずがない。あれは、贋作者だ。我が王の聖槍をあのような者が振るっているのが気に食わん!マスターの目的があの娘の保護ならば君自身が管理していればいいだろう」

 

アサシンの語気は強く。マナに対しての言い分に関しては彼がいう事は最もだとライルも自覚してはいた。

 

「迷っているのだろうマスター?君は師との約束。いや、目的というべきだろうか。それを果たす為に動いている。彼の目的は、妻である女を蘇らせる事。ならば彼を殺した長女は真っ先に排除すべきだ。にも、関わらず君はそれをしない。今回の聖杯戦争も勝ちに行くような動きをみせない。なぜか?君は、本来の目的を果たす気がない。君は氷継マナを守る。更に言えばあの姉妹を生き残らせる様に動いている。君は迷っているんだ。目的をはき違えている自分に。そして、何故自分がはき違えているかもわからない事に対して」

 

「―――」

 

沈黙だった。ただ、ひたすらにライルは沈黙を貫いた。自身の中身がごっそりと覗かれた様な恐怖。立ち止まっている理由が自分に判らない。それを見抜かれたライルは押し黙る事しか出来なかった。

長く続いた沈黙をライルは自らの言葉で掻き消す。

 

「では、アサシン。この様な事を聞くのは大変おかしいですが……私は、どうしたらいいのでしょう?」

 

間抜けだとライルは自分でも自覚した。それでも、ライルは聞かずにはいられない。自らの心の内を覗いた彼ならば何か答えをくれるかもしれない。そんな願望を抱いてしまったのだ。

 

「違うなマスター。君はどうしたい?何がしたいのだ?それが分からなければ俺としても言いようがない」

 

「―――そうですね。では、私はやりたいと思った事をします。何故その考えに至ったかはわかりませんがね……アサシン。約束してください。あの子達に手を出さないと」

 

「あぁ約束しよう。俺の目的は偽りのランサーの首のみ」

 

「十分です。ですが、その前に私の我儘に付き合ってもらいますよ」

 

ライルは教会を後にする。自分の目的を果たす為に。自分自身を見つける為に。

彼らは一瞬で跳躍した。闇夜に紛れるように家屋の屋根を跳ねる。

 

「で、まずは何処に行く気だ?」

 

「―――カーネルの安否が、気になっていたんですよ。サラさんには言いませんでしたが、

バーサーカーの事です。既に消滅しているのではないかと」

 

唐突に何を言い出すのかとアサシンは眉を顰め、ライルの発言の真意を直ぐに問いただす。

 

「それは、一体どういう意味だ?」

 

「では、説明しましょう。サーヴァントの召喚を知らせる霊基盤が異常を示したのはバーサーカーが召喚された直後でした。バーサーカーの反応が数分後に消えたんです。これは、一体何を示しているのでしょう?故障?いや、それはありえません。ならば、召喚して直ぐに殺人鬼に殺されたのでは?私はそう考えました」

 

ライルの言葉にアサシンは沈黙した。それは、おかしいと沈黙したのだ。

 

「なにかおかしな点でも?」

 

自身のサーヴァントが沈黙した事でライルは疑問に思い彼の考えを問いただす。

 

「ならば氷継マナには既に英霊の魂が二つくべられている事になる。それにしては、些か普通すぎる。四体程くべられれば体に何らかの異常をきたすと言ったのは貴様であろうマスター。既にその半分を器に詰めているのにあの娘に変化は見られない」

 

「……そうですね。それを確かめる為にもカーネルの生死の確認は必要でしょう」

 

暫く駆け抜けた後、彼らは再び地表へと着地し地面を足で踏みしめた。

彼らの前には、最近になって建設されたこの市で一番高価な宿泊ホテル。

 

「まぁ潜伏場所は知っているので。では、行きますか。貴方は霊体化していてください」

 

アサシンは、ライルに言われた通り瞬時に姿を消す。それを確認した後、ライルはホテルへと歩を進めた。従業員達には暗示をかける事で楽々と内部に潜入。エレベーターでカーネルが貸切っている最上階のフロアへと簡単に辿り着いてしまった。

 

「ふむ。拍子抜けというわけではないですが。本当に死んでいるとなるとそれはそれで退屈ですね。アサシンもういいですよ」

 

「サーヴァントの気配は感じられないな。当然だが」

 

霊体化を解いたアサシンもライル同様に拍子抜けをした表情で現界する。

最上階の廊下。突き当りの部屋に濃い魔力の残滓を、そして他の部屋からは腐敗した肉の匂いを感知したライルは迷いなく歩を進める。

扉を開けると、首と腕を切断された死体が一体転がっており、床には魔法陣が一つ描かれていた。

 

「……恐らくですが、この無残な姿に成り果てたのがカーネルでしょう」

 

死体を眺めながら腕を組み思案するライル。

一方で、アサシンは腰から二本の剣を引き抜く。

 

「おやおや、気が早いですよ」

 

窘めるようにライルがアサシンへ説いた。

 

「ふん。たかが死者の残骸だろう?」

 

「だからこそですよ。貴方が出張る必要もない」

 

二人が居る部屋の異臭が唸るように増していた。その正体は部屋の入り口で蠢いている。

腐敗した肉体は歪に歪み異臭と敵意を二人に放つ。それは、カーネルの残した魔術の残骸の様な物だ。人間だったもの、犬、猫だったモノ。様々な生き物が原形を失い地を這いずりながら、ライルとアサシンに狂気を送っていたのだ。発動条件は不明だが大方、侵入者が現れた時に発動する仕掛けだったのだろうとライルは予想を立てた。

 

「さて、と。汚物はどかしてしまいましょう」

 

そう言ってライルが取り出したのは三本の柄だった。それに刀身はない。だが、ライルがそこに魔力を通した瞬間にそれは具現した。魔力で編まれた刀身は美しくしなやかだった。

『黒鍵』と呼ばれるそれは、自身の魔力を編み込むことで完成する剣の形をした投擲武装である。それをライルは一切の投げる素振りを見せずに呟いた。

 

「あまり人気ないんですけどね。これ」

 

一瞬だった。ライルは亡者たちの隙間を縫う様に駆け抜ける。彷徨う亡者達は、糸を失った操り人形の如くその意味を消失していたのだ。確かに先ほどまで九体の亡者がそこにはいた。だが、一瞬でそれらは崩れ落ちてしまったのだ。そのライルの身のこなしに思わず英雄と謳われるアサシンでさえ息を飲んだのである。

 

「いや。確かに無駄のない完璧な動きといえるだろう。だが、機械的過ぎる。何の感情も抱かずにその剣を振るったというのか」

 

思わずアサシンは言葉を漏らしてしまった。だが、それは称賛ではない。寧ろ、恐怖に近い感情だった。そして、関心したのである。

腕を組んだまま思考するアサシンを、ライルは眺めていた。そして、同じ様に思考に墜ちていたのだ。

暗殺者の英霊といえど彼は騎士だとライルは思った。そして、暗殺者である筈なのに英霊である筈なのに、彼は感情的過ぎると。英霊という一種の神格化されたモノである筈なのにアサシンの思考はただの人間のそれに近い。悲しい時に泣き。怒れるときには憤怒する。英霊という枠組みの中の居るのにも関わらず、直情的すぎる。

自分よりもずっと『人間らしい』と。ライルはそう思えたのである。

―――羨ましい、と。

一方で、アサシンも似たような思考に行き着いていた。人間でありながら感情を殺し続けている自身のマスターに対してある意味の憧れを抱いていたのである。生前の自身の行動を顧みながらアサシンは思考する。

もしも―――もしも、と。

彼の様な忠実な機械として王に仕える事が出来ていたならばと。

ライルとアサシンは対照的で対極的だ。

だからこそ、互いを嫌悪し合う。

しかし、だからこそ。

だからこそ互いを見つめる事ができたのである。

それが、ただ一点のみだとしても。

だが、彼らが互いを理解し合う事はない。

何故ならば、自分自身が間違っていたなどと認めたくないからだ。

所詮は、課程。自分自身を照らし合せこそするが、認める事は決してあり得ないのだ。

 

「さて、アサシン。私はもう一か所行くべき場所があります。しかし、そこに貴方がついてくる必要はありません」

 

「俺としてもそのつもりだ。好きにさせてもらう」

 

「―――元来、サーヴァントとマスターは主従の関係であるべきと思っていましたが、どうやら私は貴方の事が好きではないのでしょう」

 

「何をいきなりいうか?俺もお前を好意的になど思っていないさ」

 

口調では互いを貶し合う。だが、二人の顔は憎悪をむき出しにする事もなく、敵意をむき出しにするわけでもなく。落ち着いた表情だった。

 

「ええ。それで結構です。後は、もう好きにしてください。それでは……何といえばいいのでしょう。機会があればまた会いましょう」

 

「あぁ、その機会があればまた会おう」

 

二人は自らの戦いへ赴く。それは、心のしこりなのかもしれない。自らの欲を満たすだけの贅肉なのかもしれない。

だが、それは不必要でありながら必要なのだ。

一方はそれを求め続けた。

一方はそれに忠実すぎた。

しかし、それはどちらも間違いでは無い。

彼らは、人間だ。自らの意思をもった個体だ。

だとすれば、自らの欲に溺れて何が悪いというのか。人の欠点をあげるとするならば、必ず後から来る後悔を抑えられない事だろう。

しかし、後悔をしない為には、進まなければならない。そして得なければならない。立てなければならない。

自身が悔いない為に。納得のいく結末を。

 

******

 

肌をつくような冷気をものともせず、氷継サラは言う。白い息を吐きだすがそれは、寒さを感じているわけではない。彼女にとってそれは自身を振るい立たせる為に結果として出てしまったある意味の恐怖なのかもしれなかった。

 

「さて、殺人鬼さん。とりあえずは三対一になりそうだけど、問題ないかしら?」

 

橋の中央に殺人鬼。そして、ランサーとアーチャーはライダーと対峙している。橋の両端をマナと日立。反対側にはサラとセイバーという構図だった。

 

「三対一?あぁ、数の問題は関係ねぇよ。なぁ、ライダー?さっさと始めよう」

 

「デュフ。では、マスター手筈通りに」

 

殺人鬼が躍動する。標的は日立とマナだった。

しかし、眼前には二体の英霊がいる。人を超えた規格外の個体の脇を抜けようと試みる。

そんな、無理がまかり通る訳がない。

常人ならばそんな無茶をする筈もない。それでも、殺人鬼はそれをする。恐怖など彼にはない。一体何に恐怖をするというのか?傷を負い痛みを感じる事か?致命の一撃をもらい死に絶える事か?だとしたら、それは彼にとって無意味だ。そんな事に恐怖など感じないのだから。死ぬ覚悟などを抱いているわけがない。彼はそもそもこの二体の英霊を前にして初めから突破できる事しか考えていないのだから。

 

「いかせはしない」

 

突貫する殺人鬼へとランサーは槍を突き出す。それは、彼を進撃を止める行為であり、彼の命を奪う為の行為。前傾姿勢をとり一直線にランサーへと突き進む殺人鬼の眼前へ黄金の聖槍が迫る。この時、ランサーは確信していた。この槍が殺人鬼へと突き刺さる事を。

だが、現実はその答えを導く事をしなかった。その真っ直ぐに伸びた神速ともいえる槍を殺人鬼は体を反らし避けきったのである。真横に飛び跳ねる形となった殺人鬼は足を止める事はない。その勢いのままランサーの脇をすり抜けて見せたのだ。

 

「―――しまった」

 

ランサーは状況をすぐさま理解した。だが、その理解が遅すぎたのだ。ほんの僅か数秒その判断が遅れたのである。

殺人鬼の狙いはランサーに槍を振らせることにあった。そうすれば、確実に抜ける自信があったのだ。直線的な動きで正面から正直に彼へと向かったのはその為だ。仮にランサーが槍を薙ぎ払う様に振るえばそれは阻止できたのかもしれない。だが、それでは、意味がない。確実に殺せないからだ。必殺の一撃をもってして殺さなければならなかった。

そして、ランサーは殺すつもりで槍を放った。

殺人鬼の読み勝ちだった。如何にサーヴァントの一撃だろうと、致命の一撃だろうと、放たれる場所さえわかればどうとでもなるのである。それが可能なほど、彼には実力と自信があったのだ。そして、それを実現させたに過ぎない。

殺人鬼は、笑った。当然の事をしたまでだ、と。

 

「―――っ!」

 

ランサーはすぐさま反転して追撃を試みるが、ライダーがそれを許さなかった。

 

「いかせませんぞ!いかせませんぞ!」

 

殺人鬼とランサーの間に躍り出ると、その槍をサーベルで弾き返す。

その光景を横目で確認したアーチャーは無言で弓を引き絞る。標的は勿論、殺人鬼。

だが、その矢が放たれることはなかった。

アーチャーは肩口から溢れる出血に目もくれずライダーに鋭い眼光を送る。

 

「小賢しいなライダー」

 

「んふふ。プライドが高いのが仇になりましたな弓兵のサーヴァント。その程度の出血と傷なら矢を射抜くのも容易かっただろう」

 

ライダーは、ケラケラと笑いながらアーチャーを傷つけたラッパ銃を手の中で躍らせる。

 

「さぁ、拙者たちの狙いはほぼぅふお」

 

ライダーの顔面が歪んだ。突如としてその顔面を地面で強打しながら転がり回る。

ライダーが先ほどまでいた場所には、漆黒の鎧を着込んだセイバーが佇んでいた。

 

「ったく。ランサー、アーチャーその気があるなら手を貸しな!」

 

「利害が一致している今だけは手を貸そう」

 

「―――ライダー、悪いが全力でそこを退いてもらうぞ」

 

セイバーは剣を。

アーチャーは弓を。

ランサーは槍を。

各々は武器を携え発した。ライダーを倒すと。

三対一。それに加え、聖杯戦争において優秀と謳われる三騎士のクラスを前にして騎乗兵の名を関する英霊は笑っていた。

 

「あぁ。多対一はこちらも望むところ。英霊が何人いようが関係ねぇ。全員地獄に落としてやる!」

 

吠えた。ライダーは吠える。たが、それは決して弱者の遠吠えなどではない。

それこそ戦士が戦いを前にして、自らを奮い立たせるそれだ。だが、決してライダーは臆しているわけではなかった。確固としての自信があるのだ。

 

「大方、こちらの思惑通り!ふははははは!野郎ども!戦の準備だ!錨を上げろ!帆を靡かせろ!相手は、歴史に名を残す豪傑猛者の英霊どもだ!相手取って不足もなければ、ぬかりもねぇ!さぁ!略奪の限りを尽くせ!」

 

ライダーは立ち上がり、その手に持つピストルの銃口を天に掲げて発砲した。その姿たるや、かつてイギリスを恐怖に叩き落とした大海賊。エドワード・ティーチの雄姿だった。

 

復讐の女神(クイーンズ・アンズ・リヴェンジ)

 

ライダーの声と銃声が鳴り響く。

瞬間、グツグツと風景が蠢いたのだ。彼を中心として、風景を塗りつぶす様に、荒れ狂う波が周囲を巻き込んでいく。

 

「―――ちっ。まさか固有結界か!」

 

反射的にセイバーは飛び退くも既に遅かった。

風景の捻じれはセイバーを、そしてランサーとアーチャーを飲み込むと次は蓋を閉じるように収束していく。文字通り三騎士の英霊はライダーの宝具に飲み込まれたのである。

 

「セイバー!」

 

サラの声は虚空に消える。その名を関する彼女は居ないのだ。

 

「三対一だがどうする?俺は構わねぇぜ?」

 

足を止め殺人鬼は不敵に笑う。

 

「……関係ないわ!貴方は私一人で十分よ!」

 

サラは右手を翳す。距離にして二十メートルだろうか。対内の魔力をかき回し暴発させる。

 

「―――っ」

 

その瞬間。それよりも速く。圧倒的速く。

それは、駈け出した。

身に何一つ持たず。それは駆けだしたのである。

 

「―――なんだ?お前?」

 

彼の疑問は最もであった。そもそも、彼を頭の片隅にすら置いていなかったのだから。

―――駆ける。

日立一護は、殺人鬼へと駈け出していた。

 

「―――邪魔」

 

だが、無力。殺人鬼からすれば日立一護という人間は余りにも無力。道端に転がる石。

何が出来る訳でもなく。

日立は側頭部に手痛い蹴りを食らい橋から落下していったのである。

 

「―――なんだ、アイツ」

 

まるで虫でも払いのけたような感覚だった。

だが、それは殺人鬼にとって圧倒的違和感を感じたのだ。

確かに、日立は虫同然だった。だが、何かしこりが残る。呆気なさすぎる。わざわざ、自ら命を投げ出す理由が分からない。

そもそも、なぜ彼から『氷継マナ』と同じ匂いを感じたのだろうか。

殺人鬼の興味と思考は日立一護よって浸食されていく。

その隙をサラは突いたのだ。完全なる奇襲と言っても過言ではないだろう。日立が落下して殺人鬼が思考に耽けった時間は僅か一秒にも満たない。だが、サラはその一秒の時間の中で彼の背後を取り右手に停滞させた魔力の炎を突き刺したのである。

 

「―――嘘」

 

次にサラが口にしたのは勝利の音でも何でもない。ただ、驚きと恐怖の喘ぎ声だった。

依然として、殺人鬼はサラに背を向けていた。

だが、突き出した筈の右手が。サラの纏っていた炎は完全に消失していたのだ。

 

「―――あぁ。みんなそうやって驚くんだよなぁ。何度見ても飽きねぇよ。魔術師どものその顔はよぉ」

 

振り向いて殺人鬼はサラの下腹部を蹴り倒す。

痛みで悶絶し膝をつくサラに彼は笑って告げる。

 

「弱いね」

 

それは、とても綺麗で濁りのない透き通った言葉だった。

 

******

 

「日立君!?」

 

マナの思考は追いつかなかった。

隣にいた筈の日立は突如として殺人鬼へと駈け出したからだ。

その少し前。ライダーが、ランサー達を固有結界の中に閉じ込めた事にも驚きはしたマナだったが、ランサーよりそういった宝具の存在は知らされていた。何より令呪で彼と繋がったパスが途切れていない事に安堵していた。

だが、日立の行動は本当に想定外過ぎたのだ。

何を思って彼がその様な行動に出たかなどマナには皆目見当もつかない。だが、事実として彼は呆気なく返り討ちにされ、橋から落下した事だけだ。

 

「ね、姉さん」

 

そして、その後が今だ。

自身の姉が、殺人鬼を前にして膝をついていた。まるで、完成された一つの作業の様に。

一連の流れは、一切の狂いもなく完璧すぎた。

台本でも用意されていたのであろうか。だとしたら、最悪な脚本家だとマナは顔を引きつらせる。

何故ならば、この脚本のままでは姉はおろか自らも舞台から退場しなければならなかったから。

 

「―――でも、でもでもでも。どうしたらいいのかわからないよ。私は、私じゃ何もできないもの……教えて誰か―――教えてよ」

 

彼女の嘆きは風に流され冬の夜に霞んでいった。



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十話 六日目③ Re:START

地面に伏したサラを横目に殺人鬼は一歩また一歩マナへと歩みを進めた。

その靴音は彼女の耳にやけに深く入ってきた。その音は、死の音だ。彼女に近づく死を知らせる鐘の音だ。

 

「何を恐れている?死ぬことか?それとも、殺される事?または、痛みを感じる事かい?」

 

卑しい顔を浮かべながら殺人鬼はいった。

その質問に何の意味があるというのだろうか?どの選択を選んだところで結末は同じではないか。

ならば明白だ。自分は弄ばれている。他人の恐怖を肴にしている目の前の殺人鬼に。

殺したという事実は彼にとってどうでもいいのだろう。殺す過程で発生する被害者の恐怖こそが彼にとっての殺人なのだ。

 

「狂ってる」

月並みのセリフも吐き出すも、もはや何一つ意味などなかった。

迫る危機にマナはゆっくりと後退した。踵で蹴り転がした小石の音がやけに耳に響く。

 

「さァ、聞かせてくれよ?お前はどうなんだ?」

 

「……どれでもないよ」

 

「アァ?」

 

「どれでもないっていったの」

 

震える身体で、震える声を全身から絞り出した。

殺人鬼は足を止めケタケタ笑う。距離にして五メートル程だ。

 

「じゃあ、どう思っているっていうんだ?教えてくれよ?」

 

「だって貴方を倒した後、どうやって謝ったら姉さんが許してくれるかなって。また、怒られたらいやだもん」

 

「あ、アヒヒヒヒ。面白い事をいうじゃないか。でも、そんな心配いらないんだぜェ?お前はここで死ぬからな!」

 

地面を蹴った。ナイフを構え笑いながら殺人鬼はマナにそれを突き出した。

他者からみて氷継マナは流動的という評価が大半を占めていた。自らの意見を言うわけでもなくただ流れに身を任せる生き方をしていると。それを疎ましく思う人も少なからず居たのも事実だ。

だが、実際の氷継マナはそうではない。彼女は決して流動的ではない。何かに流されてい居るわけではないのだ。カテゴライズするならば彼女は意固地であろう。ただその中身は空に近い。『何となくやりたくない』その思考だけで彼女は歩みを止めていた。その後は流れに身を任せる事もなく無を演じてきた哀れな人間。それが氷継マナの正体。

そうして彼女はスポットライトを浴びる事を拒み、かといって客席でそれを鑑賞するわけでもなく。

 

『自分にはできない』

 

と舞台袖からそれを見ていただけだった。

今回も例外ではなかった。

ただ殺されゆくであろう姉を見ている事しか出来なかった。

―――自分には出来ない。

―――自分では無理。

―――誰かが何とかしてくれる。

マナはいつものように思考を止める。

それでも、と

 

『何とかしたい』

 

マナが本当に心の底から思っていた部分がいつもより膨張していた。

別に脚光など浴びたい訳ではない。ただ、自分の壇上を舞台袖から俯瞰しているだけが嫌だった。

いつも諦めているだけだった。それが自分にとって最善だと思っていたからだ。

ただ、本音は違う。

 

「私は!」

 

飛び出せ。飛び出せ。飛び出せ。

いつも誰かから言われ続けた言葉を思い出す。

変われ。変われ。変われ。

これも言われ続けた言葉の一つ。

恐れるな。恐れるな。恐れるな。

自身の核心を突き刺す言葉。

勇気を、勇気を持て。

 

「―――私は!」

 

マナは一歩進み出る。それは、数センチ程度のものかも知れない。それでも、彼女にとっては大きなものだ。

何かが駆動する音が聞こえた気がした。

熱を帯びた全身の魔術回路が唸りを上げる。

同時に彼女の身体が悲鳴を伴うが、構うものかとスロットルを加速させる。

バチバチと血液の様に胴体の中心から魔力を組み上げ回路を走りだす。

 

「もう嫌。みているだけなのは」

 

叫ぶ。マナは叫ぶ。例え非力だろうと微力だろうと。

その翳した右手は本物で本能だった。

 

「―――アっ?」

 

殺人鬼は瞬時に後方へと飛び跳ねた。

マナに突き刺した筈のナイフが彼女の作り上げた魔力の壁に阻まれたからだ。

 

「―――チッ。お姫様よー。そんな元気あったわけかィ?」

 

鋭く殺意の目をマナに向けると思わず彼女はたじろいだ。

 

「貴方の相手は私でしょう!?」

 

殺人鬼を中心に周囲からサラの魔術が文字通り火を噴いた。

荒れ狂う炎が彼を焼き焦がさんと降りかかったのだ。

 

「チッ」

 

舌打ちし殺人鬼は左手に持つ異形の短刀を逆手に持ち周囲の炎を切り刻んだ。

まるでその場で踊っているように。その足取りは華麗で無駄が一切なかったのである。

その光景を目にしたサラそしてマナは思わず驚愕するしかない。

 

「―――姉さんの炎がなんで?」

 

「左手に持つあの短刀。恐らくはアレが殺人鬼の強みと言っていいでしょうね。そして、それは何らかの方法で私の魔術を殺した」

 

「―――そうそう、その顔いいネ。驚いて驚いて自分が年月を重ねて築き上げてきたモノを訳も分からず粉砕された気分はどうだい?」

 

一歩。殺人鬼は歩み出た。

それだけでサラは大きく後退する。魔力を下半身に集中させ超人的な跳躍をして見せる。

気づけばマナと同じ位置まで下がっていたのだ。

 

「ね、姉さん?」

 

マナは姉を見上げる。その表情は強張っていた。こんな姉の表情をマナは一度たりともみた事がない。自身に対して向けていた表情とは似ても似つかなかった。

サラがマナに向けていた表情はもっと悲しそうな顔だった。マナは今までそれを自身を哀れんでいる故の表情だと思い込んでいた。

しかし、それは違うと。

そうではなかったと昨日の出来事で確信を得ていた。

目を背けていただけだった。向き合っていなかっただけだった。

途方もない後悔がマナを蝕む。マナはサラをこれ以上は直視出来なかった。俯きそれ以上の言葉が出てこなかった。

謝らなければいけない。感謝しなければいけない。それ以上に、もっと言いたいことが山ほど有るというのに。口が渇き声が喉の奥でつっかえて音に変換できないのだ。

 

「―――マナ。貴女にいう事があります。いいえ、言わなくてはいけない事が山ほどあります。でもそれは目の前の男を倒してから。でも、まずは一言だけ。今までごめんなさい。信じてもらえる。許してもらえる等とは思ってないわ。でも、これだけは先にどうしても言っておきたかった」

 

「ね、姉さん。わ、私も。私だって」

 

マナは初めてサラの気持ちに気づいた。自身と同じように苦悩していた事に。そして、同じ様に接し方が分からなかった事に。

原因は、自分にあるのだろうと何となく察しはついていた。エルザの昨日の反応をみれば自分が普通ではないことぐらい頭の悪い自分でも気が付くと。

 

「あ、謝らなきゃいけないのは私だって!姉さん!」

 

「その先は言わなくていいわ。貴女はただの被害者よ。だから貴女が謝る必要なんてどこにもない。だから、早く逃げなさい」

 

サラはマナの頭を優しく撫でると彼女の前に歩み出る。

 

「だ、駄目だよ姉さん」

 

「あら?私が負けるとでも?」

 

「―――そ、そいうわけじゃないけど……でも!」

 

サラは溜息をつくと振り返りマナの目を見た。

真っ直ぐに。彼女の奥底を見るように。

 

「やっぱりマナは意固地ね。頑固すぎるわよ。わかったわ。でも、危ないと思ったら直ぐに逃げなさい。覚悟があるのなら手伝いなさい」

 

「う、うん」

 

怯えながら震えながら。マナは地面を踏み抜き姉と並ぶことを選んだ。

 

「素敵なお話は終わったのかイ?」

 

殺人鬼は歩み始める。一歩、一歩ゆっくりと。

それは余裕の表れなのだろうか。

彼が一歩近づくたびにマナの緊張が大きく膨れ上がる。今なら逃げても間に合うだろうと。

今なら自分だけでも助かるだろうと。

囁きかける。胸の中の自分が、自身の決断を揺れ動かす。

それでも。

 

「それでも、私は。に、逃げないって決めたから。姉さんを見捨てたりしたくないから!」

 

縛られた鎖を振り払う様にマナは声を。

決意の声を張り上げた。

 

「―――マナ。相手は恐らく左手に持つ短刀。魔術礼装だろうけれど、それを用いて魔術を打ち消してくるわ。まずはそれを確定させる。私にさっき振り下ろした右手に持つナイフは貴女の魔術防壁に阻まれている。まずは動きを止める」

 

「や、やってみる」

 

「Invite to purgatory」

 

「わ、私も」

 

サラの詠唱を聞きマナも隣で自らを駆動させる。依然としてゆっくりと歩みを進める殺人鬼に向けサラは魔力で編まれた炎を穿つ。

一直線に伸びたそれは膨大な熱量を纏っていた。その温度は一瞬で金属を溶解するだろう。

だが、それ程の威力を有していようとも殺人鬼の前にはそれはただの『魔力の塊』にしかすぎないのだ。

 

「おいおいその程度か?」

 

殺人鬼が笑った直後。彼の両端から挟み込むように炎が湧き上がるこれを包み込まんとしていた。

 

「ああそれも駄目だ」

 

まず左側の炎を切断、すぐさま両手の獲物を切り替えて右側の炎をも殺してみせる。

 

「まだ!」

 

直後、魔術で形成された防壁が幾重にも折り重なり殺人鬼の行方も阻む。

しかし、彼は動じない。ゆっくりとそれに異形の短刀を突き刺し、瞬時にそれを消滅させた。

 

「終わり?まぁいい。こいつの正体が気になるんだろう?」

 

そして彼は満面の笑みを浮かびあがらせる。

 

「―――へえ?わざわざ教えてくれるっていうのかしら?」

 

冷静を装うもサラの顔を引きつっていた。それは誰の目にも明白だった。そして、マナもまた殺人鬼の真意に気づけはしなかった。

魔術戦闘において自身の強みを教えるなど具の極みだという事くらい心得ているからだ。

 

「あぁ。教えてやるよ。寧ろいつも教えてやっているんだ」

 

「それは随分と余裕だこと」

 

悪態をついて見せるも只の悪あがきだという事もサラは重々承知している。だが、そうでもしなくては彼の余裕のプレッシャーに食い殺されなかった。

 

「まぁいい。俺のこの魔術礼装。『起源尾刀』っていうらしくてな。何でも俺の起源である『殺す』事に特化しているって話。理屈は俺にもよくわかっていないさァ。要は

『俺が殺せる対象として認識した魔力・魔術全てを殺せる』って事」

 

「な、なにそれ滅茶苦茶すぎるわ……それならサーヴァントすら消滅させられるって事じゃない!?」

 

「あぁ、そりゃそうさ。そういうもんだからなこいつはァ。でも、魔力でできたもん全てを殺せるがその実はそうでもない。結局は俺がそれを『殺すと認識しなければいけない』からな。結局、サーヴァントの獲物は殺せなかったよ。それは俺が『武具』として認識しちまったからな。昔、殺した魔術師に全身魔力で編んだ鎧を纏った奴が居てね。俺はてっきり本物の鉄の塊を着込んでると思ったが違ったらしくてよ。それが魔力でできてるって聞いた瞬間あっさりと殺せたよ」

 

「それは理屈が通らないわ。その短刀自体に『魔術を殺す』能力があるとして斬ったもの全てが対象になる筈。目や耳、手足。貴方事態と連結している肉体的干渉があるのならばまだしも。その短刀自体が独立した存在である以上、貴方の自由意思で『殺す対象』を制御できるというのかしら?」

 

サラの疑問は最もだ。目や耳。視覚、聴覚、手足による触覚等、自らの意思で『魔力』を認識しているのならばまだしも、魔術礼装となる短刀を挟んでから彼の自由意思を汲み取るというモノ自体それこそ英雄の用い得る宝具クラスの代物と言えるだろう。

 

「いや、だから厳密には制御しているわけじゃない……まぁどっちも同じか。どの道お前らここで殺すし」

 

瞬間、殺人鬼は加速する。打ち出された弾丸を拒むように彼の眼前に炎が迫る。だが、それは彼にとって道端に生える雑草な様なものだ。右手に持った起源尾刀を振りかざし、殺人鬼は草を刈りとっていく。

蹂躙。まさに圧倒的だった。彼のそれは魔術師にとってただの脅威でしかなかったのだから。

 

******

 

彼らは瞼を擦った。各々信じられないという表情で苦笑を浮かべていた。

 

「デュフフフ。ようこそおいでくれたな!拙者の船へ!拙者の象徴へ!」

 

「お前が呼んだ様なものだろ?わけのわからん事をいうんじゃないよ」

 

セイバーは悪態をつきそれを見上げた。

セイバーをはじめランサーとアーチャーは船体の上にいたのだ。甲板というべきか。周囲には広大に広がる海。そして、英霊が立つ船の周囲には髑髏を帆に掲げた海賊船という言葉が相応しい船が数百と取り囲むように漂っていた。ライダーはメインマストの横支柱に腰を下ろしケタケタと笑う。

 

「さぁ我が同胞よ!血肉を啜れ。今宵の獲物は英霊どもの首よ!気高き精神を掻き毟り!その誉を地に落とせ!」

 

ライダーの叫びと共に彼らは現れた。まるで目の前の獲物を前にして。飢えた獣のようにその眼は滾っていたのである。

 

「なんだ?只の雑魚だろ?これがお前の宝具っていうなら笑ってしまうよライダー?」

 

セイバーは肩を竦めて笑うと同時に剣を水平に振るう。眼前にまで迫っていた一人の海賊兵が声もなく消えていった。セイバーら三人を囲むのは名もなき海賊達だ。彼らはライダーに付き従ったもの。彼を志したもの。彼を尊敬したもの達と言ってもいい。言うなればそういった人間たちの怨念に近かった。

大海賊。エドワード・ティーチに付き従う亡霊。個々としては、本当に力を持たない空っぽの人形達。動きは単純にして明解。剣を持つ者は敵にそれを振るうだけ。銃を手にした者はそれを放つだけ。英霊として現界しているサーヴァントにすれば赤子を捻るも当然の集まりだった。

 

「ライダーよ。少し拍子抜けだ。所詮は烏合の衆。私達の敵ではない」

 

そういうと弓兵の名を持つアーチャーはその技量をいかんなく発揮した。高速で放たれた矢は瞬く間に亡霊を飛散させる。

 

「ライダー!この程度ならそれでいいさ。でも、僕は君を許す事はない!一気に片をつけさせてもらう」

 

ランサーはその槍を振るいメインマスト目掛けて直進する。行く手を阻む有象無象を薙ぎ払う姿はまさに英雄そのものだろう。

それは数秒でライダーの元へと辿りつけるほどに。

 

「いやはや流石は三騎士でござるな。拙者もこの程度と思われては海賊の名が泣くでござるよ」

 

それでもライダーは飄々とした態度を崩さなかった。想定内と笑って見せる。

ランサーの行く手を阻むように彼らは立ち上がる。何処からともなく湧き出てはその槍に掻き消されていく。無限に無限に湧き上がる。

何度槍を振るっただろうか?何人薙ぎ払っただろうか?ランサーは文字通りその場に釘付けにされていたのである。無限に湧き上がる亡霊に周囲を取り囲まれたままに。

 

「いやはや。中々に粘りますな。では、ちょっとした余興をば」

 

ライダーはいつの間にか手にしていた酒樽を煽ると立ち上がり叫ぶ。

 

「さぁ野郎ども英霊さん達はそろそろ飽きてきていらっしゃる様だ。ちょいと俺達の戦いも進ませてやろうじゃねぇか!」

 

船長の号令と共に亡霊たちは雄たけびを上げる。それに、呼応するように彼らを乗せた船体が大きく揺れた。

 

「船が進んでいる?」

 

ランサーの言う通り先ほどまで停滞していた船団は何処からともなく噴き出した風に帆を靡かせ突き進む。荒れ狂う波に飲まれながら進むそれはまさに海賊の行進だ。

 

「―――くっ。踏ん張りがきかない」

 

揺れる船体に釣られてランサーは槍を振るうと同時に態勢を崩す。その隙を突かんと亡霊が食らいつく。剣を振るう。乱暴に。横暴に。

敵を食い尽くさんと爛れた剣先がランサーを掠めたのだ。

 

「おうおう。イケメンの小僧や。船の上での戦闘は不慣れかい?そいつはいい!野郎ども!イケメンに教えてやりな!船上の戦い方って奴をよぉ!」

 

足を取られた瞬間。ランサーは領地を犯された。略奪する兵士は六体。四人は湾曲した剣を携え地平を駆け、残る二人は跳躍し上空より彼を脅かす。

 

「―――しまった」

 

後悔が脳裏を疾走する。足を取られた瞬間、敗北がランサーを手招きしていたのだ。

 

「―――貸し一つだ色男」

 

直後、ランサーを脅かした侵略者は飛散した。

彼らの間に入ったセイバーが、逆に海賊らを蹂躙したのである。その黒い輝きを放つ剣を振るった女性は振り向くこともせず告げる。

 

「頭を冷やせよ、ランサー。お前の目的はなんだ?あの髭を殺す事か?違うだろう?お前が成すべきことは妹の方を守る事だろう。その為にあの髭を打倒する。順序が逆だ。ただ噛みつけば倒せると思っているなら野良犬以下の思考かよ。落ち着け」

 

「セイバーの言う通りだランサー。ライダーは明らかに持久戦を仕掛けてきている。その意味がわかるか?」

 

弓兵の冷えた声がランサーの耳を突く。上空の侵略者は彼の矢により射抜かれ消滅していた。

 

「―――すまない」

 

叱咤されランサーは一度構えを解く。

激昂に身を委ねては相手の思う壺だという事を彼は理解した。

そんな彼、彼らを目にして、面白くないと嘆くのはマストの上で胡坐をかいているライダーだった。その蓄えた顎鬚を摩りながら彼は呟く。

 

「おうふ。拙者の目論って既にばれてる?そんな事よりセイバー!船上で意気揚々と動きすぎじゃない?もしかして同じ海賊だったとか?だとしたらキャラを被ってるし拙者このまま持久戦するのもちょっと苦しいかも?」

 

ゲタゲタと笑うライダーは景気よくピストルを発砲する。その音に釣られてか亡霊がランサー達を取り囲む。

 

「質問が多いんだよ髭野郎!こちとら伊達にバイキングを纏め上げてたんじゃない。船上の戦い方なんざ心得てる。それより、さっさと降りてきて私と戦え。直ぐにその首を刎ねてやるよ」

 

鋭い眼光を放つセイバーに、大きなリアクションと共にライダーは声を漏らす。

 

「んんんん。残念ながらそれは出来ませんぞ。察しの通り拙者の目的は時間稼ぎ。君達、自分の存在を勘違いしていませんかな?我々はサーヴァント。武勇を謳う英霊?馬鹿馬鹿しい。我々の在り方は只の使い魔。それを騎士の決闘だの、武勇を競うだの、戦士のプライドだのとちゃんちゃら可笑しくて反吐が出る。所詮はマスターが居なければ存在もできぬ、哀れな個体だと言う事を認識しているのか?要は道具だよ道具。そして、この戦いに勝つ方法はとってもシンプルなモンだ!マスターさえぶっ殺せばいいってもんだろうがよぉ!」

 

ライダーは立ち上がり怒声を上げた直後。

火薬の匂いがサーヴァント達の嗅覚を刺激した。その答えは直ぐに訪れる。大量の煙を漂わせ船上へと降下してくる鉄の塊。それを砲弾といわれるそれだった。

 

「ライダーめ見境なしか!」

 

アーチャーが弓を上空に放ちそれを射止めんとするが数が多すぎた。その数は数百にも及ぶ。圧倒的物量が三騎士へと降り注いだのだ。

 

「船ごと沈める気か!」

 

セイバーが船上の亡霊を薙ぎ払いながら叫ぶ。

それをライダーはあざ笑う。

 

「まさかまさか!ここは拙者の空間で世界。そうまさに主人公補正ってやつよ!痛みもがき苦しむのはテメェらだけなんだよ!」

 

次々と着弾する鉄塊は爆発をもたすも甲板に傷一つついてはいない。更には亡霊も爆発で掻き消えるもののすぐさま元の形を成してランサー達に牙を向ける。

 

「―――くっ。滅茶苦茶だが彼の戦法は理に適っている」

 

ランサーは唇を噛む。それは憎しみと悔しさからくるものだった。

ライダーの言う通り聖杯戦争に置いてサーヴァントは強力すぎる程の戦力だ。しかし、その実態はただの使い魔に過ぎない。英霊とは名だけの抑止力だ。

始まった時点で勝敗など決まっている。英霊同士の戦いと言えば聞こえはいいが、実際はただの魔術師同士の殺し合い。聖杯戦争に必要な触媒を選定する段階で順位は確立されている。後は、魔術師が英霊という核兵器をチラつかせながら腹を探り殺し合うだけの単純なゲーム。起爆する人間が居なければ兵器は永遠に埃を被ったままなのだ。その兵器を使わせないのがライダーの役目であり、後は起爆装置を持つ国家を蹂躙するのがマスターである殺人鬼の役目だった。

 

「流石に拙者もこの宝具を使うのは少々疲れる。だが、その為のエネルギーは十分に確保してきた!そう、人間の心臓を喰らってな!そして、貴様らのマスターである魔術師の心臓を更に喰らい尽くしてバーサーカーとアサシンも纏めて深海に沈めてやるよ!野郎ども!間抜けな英霊共を思う存分足止めしな!ぐわははははは」

 

「―――面倒だ、が……」

 

セイバーは舌打ちし周囲を見渡した。その動作をランサーとアーチャーが見逃す筈もない。

 

「何か手があるという顔だなセイバー?」

 

「それはお前も同じだろう?宝具を使った後で私に殺されるか、ここでのたれ死ぬか決めなアーチャー」

 

「―――フン」

 

セイバーとアーチャーそれぞれライダーの固有結界を破る方法はあった。各々が持つ最強の『宝具』を使用するならばという条件付きではある。だが、それを使用すれば真名をそして弱点を晒す事他ならない。今彼らは共闘こそしているが、ライダーを倒せば次は闘う定めなのだから。

だからこそ、セイバーもアーチャーもここでの宝具の使用を躊躇っていた。

 

「―――二人ともいい。僕がやる」

 

視線で殺し合う二人を遮るようにランサーが一歩歩み出る。

 

「おいおい正気か?お前宝具を晒すというのか?」

 

「どの道、宝具を使用しなければライダーを破る事は出来ない。それでは、僕はマナを救う事すら叶わない。それに。僕の真名が知られたところで君達二人に後れを取る事はないさ!」

 

「言ったなランサー。良いだろうその自信、気に入ったぞ。時間は稼いでやる。何分だ?」

 

アーチャーが弓を構えてランサーに並ぶ。

仕方ないといった表情でセイバーもそれに習った。

 

「アーチャー、別にお前も宝具を晒しても言いのだぞ?お前らの宝具を見定めるのも悪くはない」

 

「―――ぬかせ。そもそも宝具は単一とは限らんぞ」

 

「ありがとう二人とも。一分でいい。僕が宝具を使用する時は直ぐに下がって欲しい。巻き込みたくはない」

 

「フン、大した自信だ。いくぞ」

 

アーチャーが弓を引き絞る。狙いはただ上空から降り注ぐ鉄塊。

セイバーが剣を構える。殲滅するは目の前に群がる有象無象。

 

「何を考えているか知らねぇが!野郎ども!時間稼ぎもいいが!奴らを殺したってかまわねぇ!略奪しろ!」

 

ライダーの号令と共にその亡霊達は雄たけびを上げた。その数は先ほどまでとは比較にならない。甲板に敷き詰められたそれらは軍勢としてセイバーに迫りくる。

 

「悪いなサラ。私もここで死ぬわけにはいかないからね。―――使わせてもらうぞ!」

 

そして、ランサー達に降り注いでいた鉄塊も激しさを増していた。もはやアーチャー一人ではそれを防ぎきる事など不可能な程に。―

 

「―――一分だ。その約束は果たすぞランサー」

 

アーチャーの弓が呻きをあげた。それは魔力が膨大に充填された呻き。寧ろ歓喜の喘ぎと言ってもいいかもしれない。その弓は笑っているのだ。殲滅。破壊。蹂躙。全てを可能にする大英雄ヘラクレスの大弓はその力を開放せんと喘いでいたのだ。

その担い手たるヘラクレスよりこの弓を譲り受けたピロクテテスもニヤリと口元を歪ませる。

 

「これより放つは唯一無二の我が宝具」

 

それは最強の一撃。

大英雄より授けられた最強の弓。

そして、担うは戦争を終結させるべき呼び戻された英雄ピロクテテス。

放つは一矢。九本からなる一矢。

 

「しかと目に焼き付けよ、その眼にて追いきれる者ならば!

―――必滅・射殺す百頭(アポクテイノー ・ナインライブス)

 

直後、光が走った。アーチャーが放った矢は総数九つ。その一矢一矢が上空を駆け巡った。それらは一つのに収束し、一本の光の矢へと変質する。

それが駆け抜けた先、降り注いだ全ての砲弾を消滅させ、そこには巨大な光の矢が柱の様に佇んでいた。

 

「フンッ。ハッキリ言って五割といった所か。全力で放たれた我が宝具はこんなものではないぞ」

 

アーチャーは横目でランサーとセイバーを見た。自らの仕事はやってのけたといわんばかりに。

 

「―――全く。仕方がない。だが、私にしてみても手の内を晒したからと言って負けるわけがないがな!」

 

セイバーは未だ鞘を被ったままの剣を水平に持ち正面へと突き出す。左手に鞘を持ち、右手には剣の柄を握りしめる。

直ぐにそれは現れた。禍々しいオーラがセイバーの握る剣から放たれる。

 

「―――呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)

 

セイバーがその剣を抜いた瞬間。剣により、そしてセイバーにより圧殺されていた『呪』が解放された。その刀身を全て抜き切っただけで。只、それだけで船内を埋め尽くしていた海賊達は一瞬で塵へと消えていく。

呻きをあげ苦しもがく瞬間すら、海賊達には与えられなかった。それをも上回る呪が、怨念が、執念が、セイバーの宝具、呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)に込められていたのだ。

彼女の剣は正に異質と言えるだろう。刀身には漆黒の炎を纏いそれを視覚で認識するだけで底知れぬ深い闇に引きずり込まれそうになるからだ。それはサーヴァント―――英雄であるランサー、そしてアーチャーですらそう認識してしまう程に痛烈なモノだった。

 

「私の仕事は終わりだ。後は好きにすればいい」

 

セイバーにしてもアーチャーにしても、各々の宝具を全力で使えばライダーの固有結界を打ち破れると確信していただろう。だが、それでは『聖杯戦争』を勝ち残る事が出来ない。

それでは、意味がないのだ。故に彼らは宝具の使用を躊躇った。だが、その中で一人ランサーは宝具の全力使用を躊躇いなく発揮しようとしていた。

本来ならそれを黙って認めてしまえば終わりだった。しかし、セイバーもアーチャーも『英雄』だった。ライダーがあざ笑う愚かな英雄だった。そうプライドが許さなかったのだ。一人に全てを負わせ自身が楽々と勝ち上がりなど戦士としての誇りが許さなかった。戦術としての奇襲ならば問題なく彼らは遂行するだろう。だがしかし、共同戦線を張っている今、ランサー一人に手の内を晒させるなど許せなかったのだ。

 

「―――マナ。魔力を借りる。そして、セイバー、アーチャー礼を言う。この借りは後に雌雄を決する事で返そう」

 

ランサーは自らの槍に魔力を装填させる。黄金の聖槍は輝きを増し本来の『輝き』を取り戻す。それは世界を震撼させる輝き。それは世界を形成する輝き。その槍は。

この槍こそ。この槍の在り方こそ。世界そのもの。それを振るう青年は謳う。

その世界の真名を―――

 

「―――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 

その刹那に世界は形成され槍から放たれた輝きはライダーの世界を崩壊させる。

アーチャーの放った宝具より、セイバーが見せた宝具以上に、その一撃は圧倒的だった。

それは果てのない輝き。

捻じれた輝きの一撃は世界に穴を穿つ。

世界の主であったライダーですらその崩壊をただ傍観する事しか出来なかった。

 

*****

 

それは停止する事を忘れた猛獣が如く。

そして、彼女らは只捕食者に喰われるのを待つ無残な得物だったのだろう。

年月を重ね努力を積み上げてきたサラの魔術は彼の一振りで抹殺されてゆく。

 

「諦めな魔術師。魔力で錬られる魔術じゃ俺は殺せない」

 

「―――そうみたいね。その魔術礼装がある限り私では貴方を殺せない。でも、貴方もそれだけじゃ私を殺せない。その魔術礼装では『魔力』しか殺せない。だから、貴方は私を殺そうとした時、普通のナイフを振りかざした」

 

「なんだァ?やっと理解したのか?じゃあ!死ね」

 

一歩踏み出した時、殺人鬼はその歩みを停止させた。全身の血管が筋肉が急速に委縮し脳髄が警鐘を鳴らす。

振り向くな。振り向くなと。

自身の後方で膨れ上がるそれは振り向かずとも認識できた。再度、警鐘の音が鳴る。

今度は明確にそれを提示したのだ。

 

「―――避けっ」

 

咄嗟に身をよじきり殺人鬼は地面を蹴り背後を見た。

それは『輝いていた』。

何がとは彼には説明出来ない。ただ一つ彼が分かったのは先ほどまで自身がいた場所は、その『輝き』に穿たれていた。

 

「―――ライダー、固有結界を破られたのか?」

 

使い魔からの返事はない。彼のサーヴァントであるライダーは両膝を地につけていた。胸部に突き刺さされた槍が、彼の今を物語る。その肉体は自らの血液で赤く染めあげられていた。

ランサーは険しい表情を崩さぬまま槍を引き抜いた。穿った穴を見て確実にライダーを仕留めたと確信に至る。

 

「おい、色男。完全に殺したのか?幾つか此奴には聞きたい事があったのだが……」

 

「―――あぁ。殺したよ。それより今はマナを助ける」

 

ランサーは駆けだす。それに続きアーチャーとセイバーもそれに習うも、直ぐに足を止め背後から噴出する異形のオーラを垣間見た。

慢心でも、怠慢でもない。だが、彼はまだそこに居た。

 

「―――何処へ行くつもりだ?誰が死んだって?誰を殺したって?面白い冗談だ……なら今ここにいる俺は。何者なんだぁ?小僧?」

 

ライダーは立ち上がる。その胸部には確かにランサーに穿たれた風穴が空いている。

『死んでいてもおかしくない』その傷を、彼は負ったまま立ち上がる。

 

「―――っ」

 

アーチャーは無言で正確に、そして確実にライダーの両肩と両足を射抜いた。並みのサーヴァントであるならば、その矢により立ちあ上がる事など不可能な程痛烈なものだ。

だが、彼は伏しない。鮮血を零しながら彼は笑う。ただ、不敵に笑う。

 

「言った筈だぞ。俺は、俺達は使い魔だ。ただその役目を果たす道具だと。俺の今の役目はお前たちの足止めだと」

 

地面を蹴った。それは今ここにいるどの英霊よりも機敏で俊敏で、最速だった。セイバーとアーチャーが反応すら出来ぬ程のスピードで、彼女らの間を潜り抜けるランサーに肉薄し、彼の纏う鎧にサーベルを乱雑に叩きつけた。

 

「―――ライダーっ!!」

 

ランサーはすぐさま聖槍を突き返す。だが、ライダーはすぐさまに真上へと跳躍しラッ

パ銃の音を靡かせる。その風貌からは想像出来ぬ程軽やかな動き。ランサーの背後に着地するとサーベルを再び振るう。

 

「―――速い」

 

その一撃をランサーは、槍を両手で支え何とか防ぐ。

 

「―――お前っ……」

 

思わずセイバーは身震いした。ライダーは既に『瀕死』なのは誰の目にも明らかだった

からだ。にも拘わらず彼はそこに立ち続ける。それは、彼の執念なのか。先ほどまでの飄々とした態度を見せていた海賊の姿はそこにはない。今、目の前に居るのは紛れもなくかつて世界を震撼させた恐怖の大海賊。エドワード・ティーチの凄まじき執念だった。

 

「行かせはしねぇぞ。ここで俺が死のうとも貴様らも道連れだ。大海賊と謳われたエドワード・ティーチの本懐、思う存分味わっていけや」

 

その凄みは、思わず三騎士の名を関するサーヴァントの動きを一瞬でも戸惑わせるに値した。

そして、その一瞬はライダーにとって十分な時間だったのだ。

そして、彼のマスターである殺人鬼は笑う。

遊びは終わりだと。これ以上長引かせる意味もないと。

 

「ライダーを失うのはまだこの時ではない。さっさと殺す。抗うなよ?そんなものは何の意味も持たないからなァ!」

 

殺人鬼は、駆けた。余裕も、慢心も全てを置き去りにして。ただ駆け抜ける。目標を、標的を食い散らかすためだけに。

 

「―――死ね」

 

獣は一瞬で噛みついた。彼の魔術礼装『起源尾刀』で殺せぬ魔術は存在しない。幾らサラが炎の渦を鳴らしても、マナが美しい防壁を形成してもそれらは全て無に帰る。

サラに突き出された起源尾刀の一閃。それ自体の殺傷能力は高くはない。だが、魔術師の胴体に突き刺すだけで、それらは存在意義を失った。

 

「―――姉さんっ」

 

マナの悲鳴が、叫びが木霊する。

殺人鬼に突き出された異形の短刀は、マナが咄嗟に発現させた魔術障壁を瞬時に切り裂く。その一秒もないタイムラグ。

再び突き出された異形の短刀。

サラはそれを左手で掴みとった。掌を貫通する痛みは遥か遠くに消える。それもその筈だった。そんなものが痛みに入らない程の激痛が左腕に走ったからだ。血管がねじ切れるようない軋み。殺人鬼の魔術殺しは彼女の身体を侵食する。

ブチブチと何かが千切れる音。ポタポタ何かを消失する音。彼女の左腕に通う魔術回路が悲鳴を上げて断線する。

 

「―――よく反応して左腕で受け止めたと褒めてはやる。だが―――お前は死ぬ。魔術師として死ぬか?人間として死ぬか?まぁ選択肢はやらねェ!朽ち果てなァ」

 

「―――っ」

 

痛い。それは、肉体的損傷に対してではなかった。サラは悔しかった。長年の努力を一瞬で無意味の烙印を押されたのだから。自身が守るべきだった妹の前でこんな無残な姿を晒したのがどうしても許せなかった。

 

「―――貴方言ったわよね?その魔術礼装でしか殺せないって」

 

笑った。こんな無残な姿を晒しておきながらサラは笑った。殺人鬼は彼女が死を前にして鳴いているだけかと認識した。だが、サラは笑う。不気味に、不気味に口元を歪ませた。

その笑いの正体に殺人鬼は気づかない。確かに起源尾刀は彼女の魔術回路を破壊した。その浸食は次期に全身の回路を犯し続けて廃人へと成り果てるであろう。にも関わらず何故彼女は立っていられるのか?

 

「―――ア?」

 

「―――魔術を殺すのでしょ?当然、魔術回路も殺せる。いいえ、魔術回路を殺しにくるって思ったわ。えぇ、確かに私の左腕の魔術回路は殺されたわ。死んだ……もう使い物にはならないでしょうね」

 

「何を言ってやがんだ?お前は!」

 

殺人鬼は焦る。人生で初めてと言っていいかも知れない。理解が追いつかなかった。目の前に居る氷継サラの言動が理解できなかったから。だから、確実に殺す為に。

 

「死ね」

 

振るったそれは、只のナイフである。だが、人間を殺すには十分な威力を持ち合わせていた。故に彼は気に入っていた。起源尾刀では、魔術師しか殺せない。只の人間に突き刺したところで何も殺せない。

それが、彼は嫌だった。肉を抉る感触。筋肉を削ぎ落す快楽。臓物を切り刻む快感。骨を削る取る悦楽。全てがナイフ越しに伝わる感覚は彼にとって何事にも代えられぬクスリだった。殺人鬼は魔術師を一度殺し、人間として再び殺す。故に魔術も殺せぬ金属の刃物は彼にとってトドメを刺すための一撃なのである。

 

「姉さん!」

 

無意識に大降りになっていた一撃はマナが作り出した魔術障壁に阻まれる。

小賢しいと舌打ちし、その障壁を殺そうと起源尾刀を振ろうとした瞬間彼は気づいた。

 

「―――な……に?」

 

焦げ付くような痛み。胸部が震源地となってそれが全身を巡る。痛覚が悲鳴を上げ、全身の神経が逆立ちした。殺人鬼は思考に追いやられる。理解が出来ない。何故?疑問だけが脳内を侵食する。

 

「何故、自身の胸がこの女の右腕に貫かれているのか?何故、この女はその右腕に炎を灯しているのか?何故、この女は魔術を使えているのか?そう、思っているのでしょう?」

 

「―――何故?」

 

殺人鬼はサラの言葉を反復する。だが、問わずにはいられなかった。燃え行く自身の身体には興味もなかった。それよりも何故自身が燃えている事が疑問で仕方なかった。

 

「ええ、教えてあげるわ殺人鬼さん。どうせ、死ぬのでしょうし」

 

サラは殺人鬼から起源尾刀を奪い取ると口を開く。決して彼女自体余力が残っているわけではない。それでも、手向けだと言わんばかり言葉を紡いだ。

 

「魔術回路は魔術師にとって魂そのもの。疑似神経と解釈するとして、一度それさえ開いてしまえば、自身でスイッチを切り替える。要は、自身を電源として魔術回路は全身に巡らされたケーブルの様な物。私は、その在り方を他の魔術師よりも弄ってあるだけ。まさかこんな事に使えるなんて思ってみなかったわ。そもそも、使う必要もそうする必要もないのだから」

 

ともすれば独白のように続けるサラを、殺人鬼は呆然と見つめる。

 

「私の回路はね、それこそケーブルごと抜き差ししてそれを収納できるの。はっきり言って何の意味もないわ。ただ、人と違う事がしたかっただけかも知れない。私の魔術回路の総数は三十二個。貴方が殺したのはサブで使っている二本。貴方がその魔術殺しの短刀で私の魔術回路殺した時点で他の回路は私の中にしまっただけ。だから、私はまだ魔術師で魔術も扱える」

 

「―――そうかい、そうかい。じゃァ俺が殺したのは要らないケーブルだけだったわけかい」

 

「―――えぇ。でももう左腕にはそのケーブルを通す事は出来そうにないわね。崩落したトンネルはもう道ではないもの後続の車はそこを通る事はできないでしょう?」

 

「―――」

 

サラの問いに殺人鬼は答えない。答えられない。答えるための機能が既に肉体から剥がれ落ちてしまっているのだから。そう、魔術殺しと謳われた恐怖の殺人鬼はここで死に絶えたのだ。

 

「―――あっあ……」

 

緊張が解けた影響か、マナがその場でへたり込んでしまう。

 

「―――貴女のおかげよ。マナ、ありがとう」

 

そう言ってサラはマナに右手を差し出した。その表情はマナに日頃向けられた厳しい表情と同一だった。だが、今のマナにはハッキリとその表情の意味が。別にそれが自身に向けられた嫌悪や憎しみといったものではない。

只、彼女はその気品を崩さぬよう無理をして見繕っているだけなのだと。

 

「ね、姉さん。その、左腕」

 

衣服は裂け鮮血が滴るサラの左腕をみてマナは顔を青ざめる。紛れもなくそれは、自身の所為だと痛感したからだ。

 

「―――いいのよ気にしなくて。貴女の責任ではないのだから」

 

サラはマナの心中を察して直ぐに声を上げる。

おずおずと顔を上げるマナに向けられた表情は数年ぶりに見せるサラの穏やかな笑顔だった。



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十一話 六日目④ FLY HIGH

「―――人避けの結界。それにしても雑というよりは、未熟というべきでしょうか」

 

住宅街。一軒の家の前でライルは苦笑する。

その家には人避けの結界が張られていた。だが、それは魔術師が行うにしてはお粗末と言わざるを得ない程に陳腐なものだった。確かに魔術を知らない一般人には有効ではあるが、魔術師であるならば直ぐに看破できるだろう。

 

「いや、だからこそ重要視もしない……か」

 

どこか自身に言い聞かせるようにライルは結界を軽々と破ると中に侵入を試みた。

一瞬、表札をチラリと横目でみる。ここまで来て違うという事はあり得ないだろうが、念を押す為に確認を行ったのだ。

 

「―――日立」

 

その表札にかかれた性を呟き、ライルは扉に手を掛けた。特に、何らかの術式が施された形跡もなく彼を歓迎する様に開かれる。

 

「―――拍子抜けです」

 

肩を竦めて懐に手を伸ばし黒鍵の柄を数本取り出した。彼が用心深いからではない。廊下に広がる光景を目にし、それが必要だと感じたからだ。

まるで壁に植え付けるようにしてそれらは並んでいた。死体の数は三体。骨格から成人した者が二名と子供が一名。おそらくは男の子であろう。ふと、思いついたようにライルは思考した。部屋に残った血の匂いと腐敗した肉の欠片に意識を取られる事もなく、彼は結論を直に導き出した。

 

「一つ足りませんね。日立家の家族構成は、父、母、長男、長女の四名。祖父母はこちらに越してきて直に亡くなっているのでいいとして。まぁ気長に探しましょう」

 

ライルは歩を止める事はない。魔力の残滓が鼻をつつくが、どれも古いものばかりだ。

だが、微かに新しいものもある。正確には『今も漂っている』それを感じ取った。

 

「―――まだ生きている?」

 

廊下の奥、リビングへと入る扉を前にライルは踵を返し、玄関正面にある階段を駆け上がった。微かに感じたそれが二階より漂っていたからだ。複数ある扉を乱雑に開け、一部屋ずつ確認して回り、最奥の扉の前で立ち止まった。

 

「お約束というか、大抵こういう場合最後の扉に当たる物ですね」

 

苦笑しつつその扉を開けた。

第一印象でライルは率直に「雑」と感じた。

そこには両手と両足の自由を奪われた少女が一人転がっていたのである。両手の自由は文字通り奪われている。その言葉が示すのは残酷なものだった。左腕は天井から吊るされた鎖によって拘束されており、右腕は無残にも引きちぎられている。赤々しい血が彼女の衣服を美しく染め上げていた。

 

「―――血が新しい?いや、新しすぎる。この腕はほんの数時間前に奪われたのでしょう」

 

では、なぜ?誰が、なんの目的で?

再び思案したライルに一抹の不安がよぎる。

それは、予想だにしない最悪の結果。

いや、その可能性があったからこそ彼はここに赴いたのだ。そして、それが今証明された形となった。

 

「あぁ、最悪です。いや、嘆くより後悔するよりも、やらなくてはいけませんね」

 

一応と少女の脈を図るとまだ生きらえている様子。ライルは渋々といった表情を隠さぬまま彼女の拘束を解く。

 

「後は、人間社会で発達した医学におまかせしましょう」

 

家を後にしたライルは近隣住民に暗示をかけ直ぐに救急車を向かわせる。これが自身にできる最善だと言い聞かせながら。

 

「―――では、答え合わせに」

 

真っ黒な修道服に身を包んだ神父は歪んだ微笑みを崩さぬまま真の目的地へと赴く事にした。

 

******

 

何度目だろうか?この一撃で彼は絶命すると確信しての槍を放つのは。

既に、彼は人としての形を成してなどいなかった。受けた致命の一撃は七つ。胸部はランサーに突かれ穴を空けた。その右肩から骨盤に掛け裂かれた様な深い傷はセイバーによるものだ。その全身には矢が突き刺さっている。

幾度となくアーチャーの矢を食らった証だ。

 

「エドワード・ティーチ。君がそこまでする執念は一体なんだ。何が君を其処まで駆り立てる?」

 

ついに膝を突き頭を垂れるライダーにランサーは槍を突き立てて問う。

 

「は?理由?そうさな……しいて言うなら『誇り』だ。俺が生きた証。恐怖として人間に刻み込まれた大海賊エドワード・ティーチの生き様をよぉ。お前ら英雄に刻み込み、俺は伝説になる。いいやぁ、既にこうして『英霊』として存在している以上俺は既に伝説なのかもしれねぇ……だが、それだけじゃ俺はおわれねぇ。何がいいてぇかって?俺はまだ何も成し得てねぇ!何も勝ち取ってねぇ!何もだ!俺は生きる。おとぎ話のなかじゃねぇ!俺は生きて伝説になるんだ!」

 

彼の生き方は伝説として今も人々の中にる。

だが、それをライダーは認めなかった。自身は生きて人々に恐怖を与え続ける。『現世への受肉』それこそが彼の望みだったのである。

 

「―――こいつの在り方なんてどうでもいい。……マスターの方もサラが仕留めたようだ。終わりだよライダー。だが、死ぬ前に一つ答えてもらう。バーサーカーに関してだ。こちらとしては、お前のマスターの雇い主がバーサーカーのマスターと踏んでいたのだが違うのか?」

 

セイバーは、ライダーに疑問を投げつけた。彼が固有結界内で発言した言葉が気にかかったからである。三騎士を倒したのちアサシンとバーサーカーも打ち倒す、と。セイバーとサラは、カーネル・アルマーがバーサーカーのマスターと考えていたがライダーの口ぶりからしてそうでないことは明白だった。

 

「―――そうかい。だが、俺もそうそう口を割るつもりもない。マスターが死んだ以上俺も消える。せいぜい聖杯戦争を楽しみな」

 

その言葉が餞別だと言わんばかりにライダーを押し黙る。それを合図と認識したランサーは彼の胸部に槍を突きささんと振りかぶった直後、ライダーは後ろに跳ね跳びそれを受け入れなかった。

ライダーはニヤリと笑う。エドワード・ティーチの最期。彼の死に際は伝説とされている。イギリス軍との戦闘の果て彼は、二十五以上の傷を受けてなお暴れまわり、その首は『死後』切り落とされたという。それは、彼の意地だったのであろう。そして、その意地は、執念は今サーヴァントとして現界しても健在だった。

 

「悪いな、イケメン小僧。この身、この首は易々とはやれん。生前の死に間際もこの首はとらせなんだ。……マスターが死んだ今どうせ消えゆく身だ。最期まで抗わせて―――」

 

高らかに笑うライダーの顔は言葉の最後を張り上げる事もなく苦痛に歪んだ。

張り詰めた風船に穴を穿ち空気が勢いよく噴き出すように、彼の胸元から鮮血が零れ落ちる。

 

「テ、テメェ……」

 

憎悪の表情で満ちた顔は、やがて光となって散ってゆく。骸すら残さず消えた大海賊。彼を仕留めた背後の影がランサー達の前に姿を見せた。黒衣の布を纏ったそれは両手に携えた二刀の剣を燻らせる。

 

「アサシン……」

 

ランサーは顔を顰めた。目の前に佇む英霊を目にして。アーチャーは肩を竦め、セイバーは目を丸くしたように驚いた。

 

「俺の標的は偽りの英霊。ランサーただ一人。他のセイバーとアーチャーは手を出さないでいただきたい」

 

「ハッ!?そんな言葉で私達が手を出さないと思ったのか?」

 

セイバーは一度は鞘に納めた剣を再び開放せんと柄に手を掛けた直後、痛みがそれを停止させた。右手の甲から漂う痛覚。それを現実のものとしていたのを彼女は直ぐに視認する。一本の矢。それが彼女の右手の甲に深々と刺さっていたのだ。

 

「―――何の真似だ?アーチャー」

 

鬼の形相で威嚇する剣士に弓兵は一瞬天を仰ぎ目を細めた。

 

「―――何の真似とはなんだセイバーよ。忘れたか、ライダーを打倒するだけの協力関係だったという事を。それとも、私と戦う事に怖気づいたか?」

 

「お前……いいだろう。いつぞやの不意打ちの借りを返す時だ。色男、加勢はしてやらん。精々、やられぬことだ」

 

「フッ、悪いなセイバー。ランサーと相対するは私の予定だ」

 

「―――笑わせるなよ、弓兵!」

 

******

 

距離にして三メートル。当然の様にセイバーはその距離は一瞬で詰めて剣を振りあげる。その速度は速く、アーチャーは辛うじてその一撃を大弓で受け止めるが、振り上げられた剣を防ぐだけで両腕は空へと舞い上がった。

 

「―――がら空きだぞ!」

 

続けざまの追撃。守る術を失くしたアーチャーの胸元へ、剣を突き立てた。

 

「―――やるな」

 

弓兵は不敵に笑う。突き立てられたその剣戟を躱すべく宙がえると、橋の主塔を跳ねながらその頂へと辿り着く。

 

「―――教えてやろうセイバーよ。私に令呪が使用された。一つ、セイバーとランサーを打倒せよ。一つ、朽ち果てるまで戦い抜け。一つ、セイバーとランサー打倒後に自害せよ。……我が望みは強者との死闘。今、私の願いは果たされた。いくぞ、北欧の王よ。神に捧げし祈りは済ませたか?」

 

アーチャーが弓を引き絞る。これよりは彼が駆る聖杯戦争最後の戦いとなるだろう。体内に残る魔力を吹き絞り彼は吠えたのだ。

戦士の決意、英雄として聖杯戦争を駆け抜ける―――それが彼の望みであった。

その彼の意をセイバーは感じ取った。だからこそこの決闘を受けたのである。戦士としての本能。彼女とてそれがわからない訳ではない。寧ろ望むところと言っていいだろう。

 

「―――あぁ、その意しかと受け取った。お前の主従の話はお前を打倒した後たっぷりと搾り取ってやる。受けてたとう、ギリシャの英雄よ。我が魔剣にてお前を―――打ち滅ぼす!!!!」

 

剣士は剣を掲げ、弓兵はそれを合図とし矢による豪雨を降らせた。

それは、空に舞う星々よりも多く流れた。セイバーの眼には『矢』しか映らない。いや、映せない。

 

「―――ぐっ」

 

視界に広がる矢は彼女を押しつぶす。物量による圧倒的殲滅。だが、彼女は屈しない致命傷となる矢だけを、その手に持つ一振りの剣で砕いていく。肩を貫く。膝を貫く。だが、剣士は倒れない。彼女は剣を振るい続けた。やがて雨が止むとまるで弓兵は肩を竦めた。

 

「―――流石は呪いを唯一受けなかった女だ。この攻撃を凌ぎきるとはな」

 

それは心からの称賛だったであろう。だが、それ以上の感情がアーチャーを滾らせていた。

『―――あぁ、これでも屈しない戦士に出会えた』と。これこそが彼が望み続けたモノならば、理不尽な命令も受け入れようと。

 

「さて、第二陣だセイバーよ。まだ倒れるわけないだろう?」

 

「当たり前だよ、弓兵。お前の望みが戦いだけだっていうのはお笑い草だけどね。残念ながら、私はその先しかみてない。それにな!祈りを捧げる神なんざ私にはいないよ!私は神を憎み、神を殺す!その為にならこの魔剣にすら魂を売る覚悟さ!!」

 

セイバーは跳躍する。数多に降り注ぐ矢を弾き、叩き、切り伏せながら。

鉄の柱を駆け、頂に陣取るアーチャーに肉薄して見せたのだ。

 

「―――墜ちろ!」

 

「見事っ!―――だが!」

 

セイバーの振り下ろした剣は、アーチャーの隠し持つ短刀に阻まれる。そして、アーチャーは力任せに片腕一本で彼女を受け流す。彼の類なまれる肉体と修練による技量の高さが成し得る『技』がセイバーの肉体を宙へと跳ね上げさせた。

 

「―――避けれるか、空中で我が弓を!!!」

 

放たれた矢。空中に浮かぶセイバーに逃げ場はない。

 

「―――マズい」

 

彼女は瞬間的に思考を巡らせた。その最適化された直感は一つの答えを導き出し、自らの肉体にトレースする。

体を丸め致命傷を避けながらセイバーは墜落した。受けた矢は漆黒の鎧を貫通し、彼女に肉体的損傷を与える。

落下したセイバーに向け、アーチャーは手を緩める事など決してない。追い打ちの矢をすぐさま射る。地に足をつけたセイバーは一瞬で体制を立て直し、降りかかる矢を薙ぎ払いながら、そのまま足を止める事なく駆ける。

アーチャーの陣取る主塔と対を成す、もう一本の支柱を駆けあがる。その際もアーチャーは矢を放ち続け、幾重もの矢が鉄を穿ち塔に穴を開けた。

塔の頂に二人の英霊が鎮座する。二人は己が武器をそれぞれ降ろし問う。

 

「このままでは埒があかない。そう思うだろう、アーチャー?」

 

「―――フンッ。皆まで言うなセイバーよ、分かっている。勝負は一撃一殺……死ぬぞ、セイバー」

 

「あぁ、殺すぞアーチャー」

 

アーチャーは魔力を捻出する。既にマスターからの魔力供給は絶たれている。弓兵のスキルとして単独行動を有しているが、そんなものに回している余力など当にない。出し惜しみも悔いもない。彼は眼前の戦士との殺し合いを渇望しているのだ。

―――ピロクテテス。ギリシャ神話において二大英雄と謳われるヘラクレス、アキレウス両名と少なからずの関係がある。トロイア戦争開戦以前はイアソンのアルゴナウタイにも参加しており、大英雄ヘラクレスからは彼の大弓を授かった。またヘラクレスの死後、彼の鎧を身に纏ったともされている。一方トロイア戦争において大英雄たるアキレウスを射抜いた弓の名手パリス。その彼を弓にて射殺したのがピロクテテスであった。言うまでもなくこのピロクテテスも大英雄である。

しかし、彼は英雄としての称賛も地位も必要としなかった。それよりも飢えていた。戦いに、戦いに、戦いに。

彼はトロイアに赴く前に負傷してしまいとある島に幽閉されてしまった。戦士として戦うことも出来ず、祖国の為に武勇を振るう事も出来ず、彼は一人嘆き苦しんだ。後に、ギリシャ側の預言者によってピロクテテスが呼び戻されるに至り彼はその武勇を遺憾なく発揮した。やがて戦争が終結しても、彼は戦いを欲した。島に置き去りにされた失われた十年は彼の戦士としての誇りを食い殺し、闘争のみを与えたのだ。故に彼の望みは真なる戦いだった。誰の為でもない。自らの為にひたすら武勇を振るう。それだけが彼の望みだった。

 

「―――感謝するぞセイバー。屈しないその心。我が弓にて討ち滅ぼして見せよう。行くぞ!!」

 

アーチャーを中心に魔力が軋みを上げた。彼の周囲の空気が震撼しているのだ。弾き零れる魔力の熱。膨張し捻じれきれる筋肉組織。腫れあがる血管。彼の肉体が悲鳴を上げる。

これより放たれるは彼の至高の一撃。

 

「セイバー、全力で抉る……!―――必滅・射殺す百頭(アポクテイノー ・ナイン・ライブス)

 

まるでそれは流星だった。ただ膨大な光の矢。ただ強大な光の矢。それがいまセイバーに放たれた。この矢はヘラクレスの大弓を用い、アキレウスを射殺したパリスさえ殺した大英雄ピロクテテスの渾身の一撃。躱す事など不可能、抗う事さえ不可能、その光を見たもの全てを終焉へと導く。

まさにそれは。

―――必滅の一矢であった。

 

「―――おもしろい」

 

自身を飲み込まんとする光を目の当たりにしてセイバーは笑って見せた。数多の戦場を駆け抜け、今は目的を果たさんと英霊などという形で過去に固執する自分を、内心やっかんではいたが、こうも痛烈な戦いを行えるとは思ってもいなかっただろう。

だからこそ、セイバーの中に戦士としてのかつての血が躍動するのだ。

 

「あぁ、お前を救うのならばこの程度の試練。乗り越えねばな。何故なら私は神をも殺さなくてはならないから」

 

彼女は静かに目を瞑る。それは、決して諦めから来るものではない事は明白だ。

魔剣のグリップを握り、セイバーはその真名をぶちまけた。

 

「―――呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)

 

瞬間、周囲の魔力がこの魔剣に引き寄せられた。禍々しい黒炎を纏った刀身が解放され、アーチャーの宝具を食い殺さんと喚きたてる。

 

「―――ハッ!!!」

 

そして、セイバーは振り下ろす。光の矢を両断せんと、魔剣でそれに抗った。

 

******

 

「―――許す。顔を上げられよ卿よ」

 

それは、騎士の記憶だった。彼の仕える王がまだ国を平定する前の時代。言わば古参の騎士であった彼は自らの王に許しを乞うていた。

騎士が犯した罪は、大罪だった。王が王たる聖剣を授けた貴婦人を己が復讐の為に殺害してしまったのである。一度は宮廷を追い出された彼だったが、敵国の王を襲撃しこれを捉える事で騎士は許しを得たのである。

だが、騎士は顔を上げる事は出来なかった。

 

「―――何故、許したのだ。愚かな私を」

 

彼の中の心の膿は彼自身を犯していた。許しを得る為に闘争を続けてきた筈なのに、許しを得た瞬間、彼の心を空になった。一度は、王の逆鱗に触れた自身を王は本当に許すのだろうか?疑心が思考を蝕み闇に染め上げる。

 

「―――私は、まだ貴方の元に戻るには早すぎる。必ずや更なる武功を建て、王の元にはせ参じます」

 

こうして騎士は自ら王の元を去った。

以後、彼は死すまで王に謁見する機会は訪れない。

 

「待たれよ、■■■■卿」

 

王の呼び止める声も、彼の耳には届いていなかった。

 

******

 

そして現在、相対する英霊は自身が敬愛してやまない王の武具を振るっていた。それはアサシンには耐えがたい恥辱を与えていたのである。

 

「その槍を何処から盗んだ!だが貴様は何者だ!」

 

苛立ちを彼は隠そうともしない。ランサーの顔を見ているだけで、体内から憎悪の煙がたかれ続けていた。認めなければならないからだ。幾ら姿形は違えど紛れもなく目の前に居るのは自身が使えた王。アーサー王に他ならない。

だから、アサシンは問う。例え肯定の言葉が彼から吐き出されようと。認めない為に彼は問う。

 

「―――貴様は誰だ、ランサー」

 

「……僕は、僕はアーサー。ブリテンを統治した王だ」

 

「戯言を―――抜かすな!」

 

感情に任せた足が唸った。両手に携えた剣で目の前の虚構を惨殺する為に。ランサーも自らに迫る狂気を認識した。それを近づけさせまいと槍を突き出す。

 

「汚らわしいその手で王の武具を振るうな!」

 

その槍をアサシンは自らの二刀の剣を用いて叩きつける。重力によって下限した槍を踏み台にしてアサシンは宙を跳ぶ。

 

「死ね!死ね!死ね!」

 

殺意だけを込めた言葉を投げ捨て、アサシンはランサーの身体を袈裟斬りに伏した。

 

「―――ガっ」

 

王の体に深い傷が出来る。

振り下ろされた二刀の剣により刻まれた傷跡。

彼の纏う鎧すら両断したそれはランサーから血液を絡めとる。

 

「まだ立つか。盗人。ならばその仮面が剥がれ落ちるまで切り刻んでやろう」

 

再びアサシンが躍動する。その二振りの剣は赤く染めあがり彼の蛮勇さを物語っていた。

一方でランサーは思考が混濁していた。

先ほど受けたアサシンの攻撃。本来ならば容易く受け流せる程単純なものだった。だが、それが出来なかった。

―――一体何故?

その答えは確かに彼の頭に明確に出ている。だが、それが不可解だとランサーは苦心していた。

アサシンの攻撃を受ける前。彼が跳躍し上空より剣を振り降ろそうとした瞬間だ。ランサーにはそれが『どの様にして繰り出されるか』が分からなかった。そして、そのアサシンの刃が自らを切り刻んだ瞬間。ランサーは初めて自身が『振り下ろされた剣によって傷つけられた』事を認識したのだ。

脳が思考する順序が逆だった。本来ならば、振り下ろされた剣を認識し、それによって自身が『傷つけられる』事を察する事が出来る。

だが、今しがたの攻撃はそれが当てはまらなかった。『傷つけられて』からそれが振り下ろされた剣によって起きた傷だという事を認識できたのだ。突然の奇襲や不意打ちならいざ知らず、だがランサーはハッキリとその凶器が自らに襲い掛かろうとしていたのを認識している。にも関わらず『その判断が出来なかった』

再び襲い来るアサシンに対しランサーは槍を構えな直す。今度もその一撃を見逃さないように。

 

「―――ぐっ」

 

だが、現実はそうではない。アサシンの振るった刃がランサーの腹の肉を削ぎ落す。そして、ランサーはその剣が横薙ぎに振るわれた事を知った。

 

「―――分かっていても知覚する事など不可能だ。ランサー」

 

「な、に……」

 

三度振るわれた二刀の剣。その『軌道がランサーには視えない』今度は両肩を抉られ苦痛に顔を侵食される。

 

執着と盲執の忠義(アウトサイダー)。これが俺の宝具。この能力は『対象に攻撃判定が発生するまで攻撃の軌道をわかなくする』俺自身の逸話の具現でね。―――死んで貴様は初めて知覚するだろう。俺に殺されたと」

 

ランサーは、強く槍を握りしめる。アサシンの宝具は単純だが強力なものだと。分かっていても分からないという事象は無意識に恐怖を植え付ける。

 

「あぁ、苛つかせてくれる。それでも立ち向かおうとするその姿勢。それではまるで王の様だ」

 

アサシンは舌を鳴らし眼前の敵を睨みつけた。

やはり彼は自らが仕えた王だった。

正確には違う。だが、紛れもなくランサーはアーサー王に違いはない。その事実が彼の苛立ちを加速させる。

 

「―――君の言う通り僕は『本物』のアーサー王ではない。僕は王でも何でもない。ただの小さな少女が望んだ幻想だ。ここに現界しているのも王の殻を被っているに過ぎない。それでも、僕はアーサー王でなくてはならない。それは、その小さな少女を守るためだ。だから僕はその殻を被り続ける。例え、贋作と蔑まれようとも、僕という個体の存在意義はその少女にしか持ち得ない。その少女でしか作れない。僕は、彼女の為に生きて死ぬ。それが僕に唯一許された意味だから」

 

「……そうか。なら今解放してやる。苦しいだろう?何かになろうとするのは。悲しいだろう?それしか出来ないのは。空しいだろう?そうでしか自分を見出せないのは」

 

どこか自身に言い聞かせるように。アサシンはランサーを殺す為に、今宵四度目となる剣を振るった。その動きは単純に尽きる。ただ相手を殺そうとする意識だけが前面に押し出される傲慢な動き。だが、彼にはそれだけで十分だった。彼の宝具『執着と盲執の忠義(アウトサイダー)』はそれを可能とするだけの力がある。『認識する事が不可能な剣筋』、いわば不可視の剣は偽りの王の命へと侵攻した。狙うはその命、その首ただ一つ。それは、ランサーの首元を確実に跳ね落とした。

 

「―――何故だ?」

 

刹那に木霊したのは、金属と金属が紡ぎ出す不協和音だった。アサシンの放った不可視の剣戟はランサーの持つ聖槍に食い止められていた。

 

「―――僕もさっきやられた手でね。視えなくても分かってさえいれば対処は出来る。君が僕を殺すつもりで剣を振るったのは分かった。ならば狙いはどこか、だ。霊核?それは違う。君は僕を殺すだけでは足りないだろう。王の顔へと泥を塗る僕を地に貶めなくてはならない。ならば狙うとすれば、僕の首だ。その首を刎ね落としにくるであろうと」

 

事実、ランサーの読みは正しかった。だからこそその事実が受け入れられないアサシンは苛立ちを覚えるのだ。

 

「―――次はこちらから行くぞ。アサシン」

 

苛立ちはアサシンの判断を一瞬鈍らせた。ランサーの振るう槍の軌道。それを避ける為の行動が一歩遅れてしまう。

 

「―――ッ」

 

痛みは一瞬。だがそれがもたらしたのは暗闇だった。槍の穂先が彼の視界を斬り殺したのである。瞼から溢れる血を彼は痛覚でしか認識できない。アサシンは更に憎悪した。心の闇は、自らの内面だけでなく外面の視覚までも奪うのかと。王は、王は、またしても自らを深淵に突き落とすのかと。

 

「あぁあああああ。王よ、何故だ!何故、何故!私を、私を、私を!許したのだ!」

 

騎士の内面が剥がれ零れる。それはあまりにも、英霊としてあまりにも醜かった。だが、ランサーはそれをあざ笑ったりはしない。それを美しいとすら形容した。

眼前の騎士は純粋で愚直。

全う過ぎたのだ。彼は騎士よりも人間すぎた。

 

「―――僕が君に何かを言える存在ではないだろう。ならば最期ぐらいその命を看取ろう」

 

ランサーは槍を突き立てる。視界を奪われ闇雲に剣を振るう騎士へと。

 

「―――王よ、王よ!アーサー王よ!何故だ、何故だ!私は貴方の為に武を振るってきた、貴方の為に成果を上げた!何故だ、何故私の役割を、意義を!うばっ―――」

 

突き立てられた槍は彼の霊核を穿る。

停止した。蛮勇な騎士は存在を停止した。

 

「何故……王……私は……」

 

アサシンの肉体が現世より剥がれ落ちていく。

それはあっさりと光の塵となっていった。



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十二話 六日目⑤ ココロのつぼみ

彼に映る景色はない。だが、その命を散らす直前そこには確かに光が差した。

それを彼は走馬灯の様なものだと形容した。

眼前には王が玉座にて鎮座している。

向ける顔がないと彼は俯くが王は、何時かの様に同じ言葉を投げかけてきた。

 

「顔をあげられよ」

 

「―――出来ません。私は……愚かだ。感情に任せて行動しすぎたのです。蛮勇の騎士らしい醜態を晒し死にましょう」

 

「―――顔を上げてくれ。卿」

 

それでも構わないと王は彼に言う。

彼にはわからなかった。何故、王は私を許すのだろう。その意図も目的も理由も分からない。だから、彼は顔を上げて見せた。

 

「―――何故です王よ!何故、私を許すのです!私は罪を犯した。私は、今もこうして醜態を晒している。何故、何故だ王よ!」

 

彼は撒き散らす。ひたすらに己をまき散らす。

そんな彼に王は、あろうことか微笑みを覗かせていたのだ。あぁ、王は私の無様をあざ笑っているのだと。そう納得しようと思った。

 

「卿よ、もういいのだ。貴方は私にとって優秀な騎士なのだ。だからもういい、もういいんだ。許してやってくれないか、自分自身を」

 

「―――王……」

 

―――あぁ、理解できた。

騎士は自らの罪に初めて気づかされたのだ。

それは、心の弱さだった。憎かったのは自分自身だった。それを何かの所為にして逃げ回っていた事に。

王からの許しが欲しかった訳ではない。

自分自身が許せなかった。だから―――自身を許す自分が欲しかった。

それを甘えだと感じたからこそ、彼は王の元を去った。だが、それを恥じる事ではない、と王は告げる。

 

「―――もういいのだ。許そう。私は、許す。卿を追放した私自身を。だから卿も自身を許せばいい。それは、我儘でも何でもない。卿は騎士であって人なのだから。人だからこそ騎士なのだから……」

 

「あぁ、勿体ない言葉です。我が王よ……私は……」

 

「―――そうだ。自らの罪を刎ねのけた卿は更なる強さを手に入れたのだろう。ならば、その剣を再び私の隣で奮ってはくれまいか?」

 

王の手が差し出される。彼は、その手を握りしめ立ち上がる。

 

「―――蛮勇の騎士よ。共にこの国を平定し秩序を守っていこうではないか。―――行こう、ベイリン卿」

 

王の微笑みは決して穏やかとは言い難い。

だが、それは彼が見慣れた王の顔。そう。王とは勇ましくなければならない。だからこそ、彼は王に仕えようとしたのだ。

 

「―――ありがとうございます。このベイリン。蛮勇の名に恥じない武勇をこの大地に刻みましょう」

 

そして、一人の騎士は眠りについた。

自らの愚かさを受け入れた彼の贖罪の道は終わりを迎えた。

 

******

 

「―――見事」

 

アーチャーは自らの魔力を絞り出して声を上げた。それは、対面に位置した剣士に向けた称賛であった。

己が魔力を全て絞り出した必滅の矢。それは、魔剣を有する彼女の一刀にて両断された。

それを彼は讃えたのである。

 

「―――あぁ、全力で戦えた。悔いはない」

 

崩れゆく体を立て直す気力すら彼には残されていなかった。その身は重力に逆らわず墜ちてゆく。地面に主塔から墜落したアーチャーの肉体を、コンクリートが受け止めた。

口から零れる鮮血、それを吐き出す力すら彼には残されていない。

 

「―――トドメを刺すかセイバー?」

 

彼の傍らに剣士が降り立つ。だが、彼女は首を横に振り肩を竦めた。その手に持つ剣も既に鞘に納められている。

 

「いいや、そのつもりはないさ。この通り私にもそんな余力がないみたいでね」

 

そうため息を尽き彼女は腰を落とす。立っている事さえも困難だと言わんばかりに。

 

「セイバー!」

 

その彼女にマスターであるサラが駆け寄った。

 

「悪いなサラ。大分魔力を貰った……」

 

「そんな事どうでもいい。それより貴女大丈夫なの?」

 

「あ、あぁ、少し休ませてくれ……」

 

サラは改めてセイバーの状態を直視する。正に満身創痍という言葉が相応しい。彼女の纏う鎧はその意義を消失していた。力を込める事さえできない右腕はだらしなく爛れている。

直後、アサシンを打倒したランサーとマナも彼女らの元へと駆け寄ってきた。ランサーの負傷もまた酷くマナが顔を真っ青に染め上げた。

 

「―――アーチャー、答えてもらおうか?君のマスターについて」

 

ランサーが仰向けに横たわるアーチャーへ穂先を向けた。

―――瞬間、思わず振り返らずにはいられないほどの、異様な気配が彼らを包み込んだ。

 

「―――その必要はない。さて、残るサーヴァントはワシを含め三騎。いい加減、うつけを演じるのも疲れてのう。どれ、久しく『英霊』となっておらなんだ。ちいとばかし肩慣らしに付き合ってはくれんか?」

 

その姿を見たマナは目を見開き硬直した。

日立一護、彼が生きていたと安堵するよりも、その横で佇む一人の女性に違和感を感じたからだ。

 

「うむ。そこの器の小娘と会うのは二度目じゃが、他の者共は初めてじゃの」

 

その女性は品定めでもするかのようにマナ達を眺める。だが、マナの中の違和感は消え去る事はない。確かに、マナは彼女と一度会っている。昨日、駅で見かけた日立と一緒にいた女性だ。だが、彼女は今、自らをサーヴァントと名乗った。これが氷継マナの違和感の正体。

昨日、遭遇した時彼女は確かに『人間』だった。あの距離ならばランサーですら彼女をサーヴァントとして探知できた筈である。マナは直ぐ横のランサーを見るが彼に驚きの様子はない。ただ、目の前の邪悪に敵意の眼差しを送っているだけだった。

 

「そうか。小娘は見破れんかったか、ワシの正体を。なに、ワシの宝具の一つでな。サーヴァントとしての能力を使えん代わりに、その気配を完全に人とするモノじゃ。うむ、現世の俗世も中々に愉快じゃった」

 

軍服に身を包んだ女は愉快そうに笑う。本当に心から笑っているのだ。

 

「さて、一護。これよりどうするかのう?」

 

傍らで立つ日立に女性は視線を送る。

 

「あぁ、氷継さんがあまりにも面白い顔をするから思わず見とれてしまったよ。好きにしろ。随分と溜まっていたんだろう?」

 

日立は顔を歪ませる。汚く、不敵に。それは悪魔の微笑みだとマナは顔を顰めた。

 

「では、好きにやらして貰おう」

 

女性は、右手に刀を持ち、左手に銃を持って高らかに宣言した。

 

「ワシの名は信長、織田信長!此度の聖杯戦争にバーサーカーとして現界した。ワシに平伏しろ!頭を垂れ、自らの命の尊さを知れ!我こそは第六天魔王、織田信長也!!」

 

「―――信長」

 

マナは息を飲んだ。目の前に居る女性は自らを織田信長と名乗ったのである。

―――織田信長。日本人であるならば誰もがその名を知り、その偉業を知るだろう。天下統一を志し、あと一歩で命を散らした英傑 。

第六天魔王信長がバーサーカーとして現界しているのだ。

そして、マナは彼女を知っていた。昨日、日立を交えてしっかりと彼女を視認したにも拘らず、サーヴァントとしての気配も情報もマナには知覚できなかった。目の前に居た信長を名乗る女は昨日の時点で間違いなく『人間』だったのである。

衝撃的な事実の現実にマナは顔を青ざめさせた。そんなマナの表情をニヤリと歪ませた口元でバーサーカーはクツクツと肩を鳴らす。

 

「実に愉快じゃ。娘よ、不思議であろう?わしを何故英霊と認識できなかったのかが?」

 

一体、何の話だとその場にいるサラ、そしてセイバーとランサーが首を傾げた。

 

「わしの宝具は、自らのサーヴァントとしての気配を完全に遮断し、視認した相手の認識すら誤認させる。流石に、高い対魔力を保持したサーヴァントには通じはせんが、一般人に紛れるには十分よ。現代人を観察するのは実に愉快であったわ」

 

バーサーカーは、その高慢な態度を変えずに高笑う。

宝具『尾張のうつけ』―――バーサーカーのあだ名にもなった逸話の具現である。

自身のサーヴァントとしての内装を誤認させる代わりに戦闘行動の一切を取れなくする。デメリットが余りにも大きいが彼女にとってそれは苦などではなかった。行われていた聖杯戦争を影でただ見に徹し続け、ついに勝機とみるや自ら出陣し、こうしてマナ達の眼前に現れた。

だが、それすらも彼女にとっては余興に過ぎない。何せ、彼女には聖杯に託す願望など存在しないからだ。

全てを自らの手で手繰り寄せてきた生前の行いを顧みれば、それは至極当然。ただ自らの野望を、熱意を強さを見せつけるための余興。

前座も前座。彼女にとって聖杯戦争は自らの野望を果たすための、天下に再び名を轟かせるための戦にしかすぎないのである。

 

「さて、此度の現界で初の戦じゃ。肩慣らし程度に遊んでやろう」

 

バーサーカーが手を掲げる。何の声も音もなくそれは現れた。

マナの頭上を囲う様に六丁の火縄銃。

 

「―――放て」

 

振り下ろされた腕とバーサーカーの号令は同時。瞬間、六丁全ての銃が音を立て火を噴く。

それら全ての流れは一秒にも満たない。

六発の鉛球がマナに迫った。

 

「―――っ!?」

 

動けない。マナはその場を動けない。それは彼女のサーヴァントであるランサーもそれは同じだった。それを察知するのが余りにも遅すぎたのだ。

肉を弾き、内側を抉り、削ぐ。痛みという感覚すらも失わさせる様な強烈な攻撃。

そこから噴出する血がマナに降り注いだ。

 

「―――えっ?」

 

それを受けたのはマナではなかった。彼女の前に一つの影があった。それは、何も言わず、何も発さずに崩れ落ちた。

 

「―――ほう、阿呆が。じゃが、余興にしては面白かったぞアーチャー」

 

マナを庇い弾丸の全てを受けたアーチャーが塵と変わって行く。

 

「アーチャー……なぜ?」

 

その真意が分からないとランサーは疑問を率直に投げた。彼にマナを庇う理由など何処にもないのだから。

 

「なにランサーよ。借りを返しただけの事。ライダーの固有結界を破る為、宝具を晒した借りをな」

 

「それは君も同じだろう?」

 

「違うな、ランサー。私は自らの為だけに闘った。貴様とは器が違う……。守れよ、最期まで」

 

弓兵はそれだけを言い残し、英雄ピロクテテスは消滅した。

闘争の中で生きた彼は、最後に人として死んだのだ。

 

「莫迦めが。素直に伏して居れば楽に死ねたモノを。―――ふむ、奴の魂は娘にいったか……。一護どうする?これで、数で言えばお前と同等よな」

 

クツクツと笑いを堪えるようにバーサーカーは日立を見た。日立は少し苛つい様子でマナを見据える。

同等?日立君と私が?何の話?マナの頭が混乱する。訳が分からないと首を左右に振り続ける。

 

「なんじゃおぬしら小娘に言っておらんのか?ならばわしが教えてやろう」

 

バーサーカーの言葉にサラが声を上げた。

それは怒りの声だった。

 

「やめなさい、バーサーカー。あなたがどこまで知っているかは知らないけれど、それを言う必要はないわ」

 

「一体……何の事?」

 

恐怖がマナの青筋を立てる。

何を姉さんは必死になっているのだろうと。

そんな事自分に心当たりなど―――。

 

「う……あっ―――」

 

停止する。思考が停止する。

心当たりがあってしまうと。自分が本当は何者かを。自身の奥底で自分のモノでない鼓動が鳴く。

 

「―――バーサーカー」

 

ランサーは駆けた。膝から崩れ耳元を抑えるマスターを『守る』為に。

だがそれは彼の一歩目で阻まれる。

眼前に広がる無数の暴力。それは、バーサーカーが扱う数百と並ぶ銃器だった。その銃口が全てランサーに向けられていた。

 

「そう慌てるな、それとも所詮は幻の王に過ぎんか。余興は大事じゃて。さて、小娘貴様の正体を教えてやろう」

 

―――聞きたくない。

―――知りたくない。

―――わかりたくない。

マナが幾ら耳を塞ごうと、声の暴力は聴覚を犯す。

 

「貴様はな、人間などではない。大聖杯を映す為に『造られた』只の器よ。もう一度言うぞ小娘!只の空の器。貴様は父親に身体を弄られた聖杯の器よ」

 

思考がグラつく。自身を組み立てる心が軋みをあげ砕けた。

 

「わた……しは……」

 

「そういう事だよ氷継さん。いやぁ、ビックリした?僕はね、君を初めてみて震えたよ。だってさ君も僕と同じなんだって!でもね、根本的な部分がまるで違う。僕は所詮失敗作でね……いや、本当に君が憎らしいよ」

 

心底から湧き出る憎悪を顔中に染み込ませて日立一護は声を絞り出した。

 

「バーサーカー、手心を加えてやる必要はない。さっさと殺せ」

 

「―――そう急くな一護。貴様とて長年望んだ復讐がいとも簡単に成せばつまらなかろう?」

 

「冗談を言うなよバーサーカー。僕が何年、何十年と苦渋を味わってきたと思っている。従わないなら令呪を使用するまでだ」

 

日立は自らのサーヴァントを睨みつけ、その右手に宿す令呪にてそれを律しようと試みた。

一方、バーサーカーはそんな一護に目もくれず口を開く。

 

「―――阿呆が。まだ虫が一匹残っておるわ。わしは、焦るなといったのじゃ」

 

バーサーカーは隣に立っていた一護を突き飛ばす。アスファルトに彼の身体が叩きつけられた。

 

「馬鹿か、バーサーカー!」

 

直ぐに起き上がり怒声を上げる日立だが、直ぐにその目を驚愕へと移し替えた。

先ほどまで彼が立っていた地面に数本の魔力を帯びていた何かが突き刺さっていた。

日立はそれが何だが知っていた。実際にそれが自身に向けられたのは初めての事ではあったが、それを知識として有していたのだ。

 

「―――神父」

 

舌を鳴らし日立は悪態をつく。

マナ達と日立の間に入るように乱入してきた人物を睨み付ける。

 

「―――おや?私の事を知っていましたか?意外ですね、もっと考えなしに行動しているかと思っていましたよ」

 

彼は両手に鍵を束ねていた。黒鍵と言われるそれは代行者である者の証明にもなろう。

ライル・ライルは絶えない笑みで日立を見据えたままだった。

 

「神父さん、どういう風の吹きまわしかしら?」

 

自分達を庇うつもりなのかと、サラは率直に問うた。目的を教えろと。

彼女の問いを汲んだライルは、振り向きもせず言葉を投げ返す。

 

「わからないですか?時間を稼ぐという事です。さっさとお家に帰りなさい」

 

「馬鹿にしているの?」

 

その余裕な態度が気に入らないとサラは歯ぎしりをする。そんな自身のマスターにため息を零しながらセイバーは彼女の腕を強引に掴むと自らに抱き寄せて後退した。

 

「何のつもりかは問わん。だが、助太刀は感謝しよう。貴様の腹まで探る気はないよ。色男、マスターを連れて引くよ」

 

言葉を受けランサーはマナを抱きかかえると撤退していくセイバーに続いた。

途中、後ろを振り返るが、ライルは一度たりとも彼らを振り返る事などしなかった。

 

ライルは「やれやれ」と肩を竦め、体の中の空気を一新した。

 

「―――流石は信長公。無粋な真似、いや猿の演芸はお好きですか?」

 

「ははははっ。貴様、面白い事を言う。見せ物が始まるのだ。それをみすみす見逃す筈ものうて」

 

「そうですか。一秒でも長くお楽しみ頂ければ幸いです」

 

「―――嗚呼、精々足掻けよ虫けらよ」

 

瞬間、ライルは地面を駆った。

相手は、サーヴァント。一介の人間風情が太刀打ち出来るほどモノではない。それこそ、人が虫を捻りつぶすほど簡単な行為だ。

だが、ライルは駆けた。今でも何故こんな無意味な事をしているのだろうと疑問にすら思っている。だが、こうしなければ自分はその答えを一生得られないと確信していた。

これは脳内の軋みだ。

それを人は、思い出や記憶という。

そして今この瞬間、それらが彼の脳裏をひた走った。

 

******

 

聖堂教会の任務の果て、聖遺物の回収の際に遭遇した弦一郎に、一時的にではあるが身を預けられていた。弦一郎がいうには、ライルに足りないものがあるとすれば、それは『愛情』だと言い放ったのである。ライルは、それが何か知らなかった。それが何なのかも分からなかった。

 

「ならば教えてやろう。ついて来い」

 

そう言われ、ライルは弦一郎の家で居候として住み始めた。それから既に一月が経とうとしている。

 

「これは何をしているのですか?」

 

屋敷の使用人が慌ただしくリビングを駆けまわっていた。忙しそうに働きまわる使用人達ではあったが、誰もみな楽しそうに笑顔を零していた。

ライルはテーブルを挟み対面に座る女性に疑問を投げかけた。

そして、彼の疑問に女性が言葉を発した。

 

「ふふっ、貴方はこういった経験もないのでしょう?それはとっても寂しい事ね。でも、これから理解していけばいいと思うわ。今日はね、弦一郎さんと私の子供の誕生日なの。それをみんなでお祝いするのよ」

 

笑うその女性を見てライルは只「そうですか」と短く返答するだけだった。

娘とはどちらの事を指すのだろうとライルは首を捻る。子供は二人いた。一人は長女、彼女はとても礼儀正しく、幼いながらも自身が魔術師として生きる事を分かっている風な佇まいだった。生粋の魔術師だとライルは彼女の第一印象に思った。

もう一人は次女の方だ。歳は八つくらいだろうか。姉と比べてこの子は普通の少女だと思えた。魔術の心得は多少あろうとも、きっとこの子は無縁だろうとそう考えたのだ。

グルグルと頭を回していると、再び女性が声を掛けてきた。弦一郎の妻である氷継サナは実におかしな女性だった。

魔術師であり、魔術師の家に嫁いできながらその責務を全くと言っていいほど全うしていない。そして、弦一郎はそれを咎めもしない。こんな魔術師に自分が敗れたのかと考えただけで一週間は食事が喉を通らなかった。

憎らしい。憎悪の感情が噴出しこの館を幾度となく血の海に染めてやろうかと思考していた。しかしその度に、氷継サナに窘められていた。

怒りも憎しみも全ての負の感情が、この女性と話すだけで削ぎ墜ちていく様な感覚をライルは覚えてしまった。それほど奇妙な女性だったのだ。初めは何らかの魔術でも掛けられているのではと錯覚するほどに。

 

「今日はマナの誕生日なのよ。あの子はとっても純粋な子だから、プレゼントを渡すときとっても嬉しそうな顔をするの。それがとっても可愛いのよ」

 

氷継サナは顔を赤らめているのがライルにもわかる程だった。

―――一体何がそんなに嬉しいのか?

ライルがそんな事を疑問に思った時だった。

 

「―――嬉しいとはなんだ?」

 

混乱した思考が言葉を留める事すら出来ず噴出した。慌てて口を塞ごうとするも、自身の思考の違和感に身体がうまく動かない。

呆けたように開けた口が塞がらなかった。

 

「……私が何かをする、何かを達成したとき。それによって何かの為になった時、誰かが喜んだとき、誰かを楽しませる事が出来た時、私は嬉しいのよ。―――そうね、弦一郎さんが喜んだとき、サラやマナが喜んでくれた時、私はとても嬉しいの」

 

「―――ただの自己満足だ、そんなモノは。何の価値もない」

 

「違うわ。自分で何かをしてあげなくては人を喜ばせる事は出来ない。そう、価値がないというよりは価値が残らないものかも知れないわね。形としてのそれらは、残らないもの。でもね、ライル。私はそれだけで十分なの。嬉しい思い出というものは、心にカタチとして記憶される。それだけ十分だし、私は満足するわ」

 

「―――その紙遊びもそうですか?」

 

ライルは彼女の手元を見ながら言った。

色のついた細長い紙の両端をテープで留め輪っかを作り、その間に違う紙を通しまた両端を留める。この作業を繰り返し、鎖のような何かを彼女は作っていた。

 

「ええ、そうよ。壁に飾りつけるの。この手間も全てあの子の喜ぶ顔が見たいからそうするの。貴方はこれを無駄と思うでしょう。それは、貴方はまだ知らないから。人を喜ばす喜びをね。さぁ、立っていないで手伝って頂戴」

 

サナに言われるがままにライルはそれを手伝う事にした。すると彼女は彼に向かって微笑みかける。

これが、答えと言わんばかりに。

何か胸の中で弾く感覚に陥るが顔には出さないように努めるので精一杯だった。

 

「それは?」

 

ライルはテーブルの上に置かれていた包みに視線を落とした。

 

「あぁ、これ?マナにあげるプレゼントよ」

 

「いえ、そうではなく……」

 

ライルが言いたいのはその中身の事だった。丁寧に包装されたそれを見れば、話しの流れでこれがプレゼントだという事は流石の彼でも分かっていた。ライルがサナの顔を見上げると舌を出してウインクをしていた。

 

「―――で、中身は?」

 

ライルは、せかすように言葉を流す。彼女の仕草から自身が揶揄われている事に気づいたからだ。だが、自然と怒りはこみあげては来なかった。

 

「絵本よ。あの子は子供っぽいから。未だに絵本を読んでいるのは少し心配ね。新しいのを買ってあげているのだけど、一番最初に読み聞かせしてあげたのを後生大事に持ってているのよ。ボロボロになっていたからまた新しく買ってきたの、同じものをね」

 

そういってサナは溜息をつく。「逆にサラは少しおませさんな所があるのよね」と付け加えた。

 

「そうですか」

 

今までならばこんな事すら訪ねもしなかっただろう。時間の無駄だと思っていただろう。

だが、彼は今このゆったりとした時間が心地よくも思っていた。無駄だと排除してきた感情が別の何かに映り変わっていた。

 

「ライルはいつも真顔ね。少しは笑っていたらどう?嘘でもいいから。マナがね貴方の顔怖いっていっていたわ」

 

「―――努力はしてみます」

 

「あら、言い心掛けね。楽しみにしているわ。貴方が心から笑える日を」

 

******

 

自然とそれを痛みと感知しなかった。

それは、気分が高揚しているわけでもなく、ただ自身の神経が欠損してしまっているのだろうと結論づけた。

痛みを感じる事すら出来ないのだと。

受けた弾丸は既に十を超えていた。溢れ出る鮮血は自身が傷ついたことをようやく認識させてくれた。

 

「―――ほお。意外と粘るものだな」

 

歪んだ口元が愉快な声を上げた。

それは、邪悪な微笑みなのだろう。

だが、それすらもライルは羨ましいと思えた。

バーサーカー織田信長は瀕死の自分をみて心の底から面白がっているのだと。

 

「―――喜んで頂けて嬉しいですよ」

 

苦し紛れの嫌味を放つ。こういう事は出来るようになってしまったと奥歯を噛んだ。

 

「……バーサーカー、さっさと終わらせろ」

 

苛ついた少年の声が耳を掠めた。

日立一護。彼の境遇は少しばかり同情はする。

しかし、その刃が自身の守りたいと思ったものに向けられていると思った時、こんな馬鹿げた事をしてしまった。

後悔する事はない。

やっと、少しは誰かの役にたてたと嬉しく思えた。

きっとこれは途方もない自己満足。結果として彼女達を一時的に救ったに過ぎない。

自然と。ライルは自然と笑ってしまった。

 

「何がおかしい?」

 

バーサーカーの声が少し苛立ちを乗せている。

 

「いえ、お気になさらず。少しは変われたのだと思ったら少し嬉しくなっただけです」

 

「気味の悪いヤツよ。……興ざめだ、死ぬがよい」

 

直後、ライルに降り注いだ豪雨。バーサーカー信長の殺意を全身に浴びたのだ。

 

「全く、つまらんな。行くぞ一護」

 

飽きたとバーサーカーは述べた。だが、マスターである日立はそれを良しとしなかった。

 

「何を言っているバーサーカー。まだ氷継の奴らが残っているだろう?」

 

「たわけが。貴様の復讐は氷継家の聖杯戦争を失敗に終わらせる事と、氷継家の皆殺しであろう?そもそも今回の聖杯戦争は、貴様とあの娘が器と成っている時点で大聖杯を起動させるにいたらんわ。あの様な中途半端の贋作でよう七騎も呼び出せたもんじゃ。余程この土地の霊脈が良かったのじゃろうて」

 

「そんな話はしていないだろう」

 

日立が令呪をバーサーカーにチラつかせる。

実力行使も辞さないという訴えだった。

 

「―――わしが奴らを仕留めるのは容易い。じゃが、わしとて万全ではないわ。貴様がその不足分を働くというなら別じゃがな」

 

バーサーカーは呆れた顔をしてその場を立ち去った。一方、日立は奥歯を噛み怒りでその顔を塗りたくる。舌を鳴らし彼もこの場を後にした。

 

「―――ふぅ」

 

大きく息を吐き出した。体内の空気を一新する当たり前の行為が、実感として何一つ湧かなかった。脳の機能が正常に働いていなかった。意識が掠れる。

 

「あぁ、そうか。私が守りたかったのは師の愚かな願いではなかった。私は、彼の家族を守りたかったのですね……ですが、彼の行いを当時の私は良しとした。枯渇した生物に水を与えれば元に戻れると信じていました。―――あぁ、愚かなのは私だったのか……」

 

辛うじて動いた腕で這いつくばりながら何とか背中を壁に預ける事が出来た。

ライルには、何が可笑しいのか分からなかった。それなのに、自身の頬が吊り上がっていたのに気づいてしまう。

 

「こうまでしないと私は気づけなかったのか……申し訳ありませんでした―――」

 

風が靡くと彼の乱れた長髪が揺れる。

何も果たせなかった。だが、それが後悔として彼に残る事はなかった。

自己犠牲の果てにあるただの自己満足にしか過ぎない。

だとしても―――。

 

「―――私は、笑えていますか?」

 

意識が途絶え、鼓動が止まる。ライルの生命としての活動が停止する。それでも、彼の表情は安息に満ちていた。

 



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十三話 六日目⑥ フレーム

あと4話で終わるんで毎日あげます


「落ち着いたかい」

 

エルザから渡されたコップの水を勢いよく飲み干したマナにランサーが声を掛けた。

 

「うん、少しは―――」

 

浮かない声でマナは言う。バーサーカーから逃げおおせてきた彼女らは屋敷に戻ってきていた。

 

「サラ様、ライル様より手紙を預かっております」

 

エルザから差し出されたそれを受け取るとサラは視線をそれに移した。

手紙に書かれていた内容は、サラにとって非常に有益な情報ではあった。

 

「日立一護……。なるほど、彼にはそういった思惑と経緯があるのね。信じがたい事ではあるけれど、こんな陳腐な事を彼が残す訳ないもの」

 

サラはマナの対面にあるソファに腰を落とした。正面に座るマナの視線は俯いたままだった。

 

「今日は疲れたでしょう?もう寝なさい」

 

「……うっ、でも―――」

 

言葉が詰まって声が出なかった。

サラはランサーに視線を移し、マナに退室を促す。彼もそれを察し、マナを抱きかかえると客間を後にする。

 

「ラ、ランサー待って」

 

腕の中でもがくマナだが、今の彼女にそこを脱出する程の力は残されてなどいない。

二人が客間を出るとゆっくりと扉が閉められた。

 

「―――おやすみ、マナ」

 

「今言うくらいなら、面と向かってさっき言えばよかっただろう」

 

「―――うるさいわよセイバー。それより体はまだ動くかしら?それとエルザも手伝って頂

戴。探すものがあるわ」

 

何を?とセイバーとエルザは顔を見合わせた。

 

「神父さんの残した手紙。―――この人、ここまで知っていながら理解出来ていなかったみたいね。本当に最後まで好きになれなかったわ」

 

サラはソファから腰を上げ立ち上がる。

 

「何処へ行く?」

 

「―――今までは闇雲に探してた。でも、今は違う。必要な物の場所もわかる。この聖杯戦争の愚かな歴史と記録の場所を」

 

サラは、セイバーとエルザを引きつれ地下にある弦一郎の工房へと足を向けた。

 

「おい、あそこにはもう何もないって言ったのはお前だろう?それにこの間、必要なものは調べ尽くしたんじゃないのか?」

 

「ええ。あそこはね。私が知りたいものはそれより奥にあるの」

 

「そこにも何もないと言っただろう?」

 

セイバーは呆れながら肩を竦める。エルザも顔には出さないものもセイバーと同じ考えをしていた。

 

「―――あの時は知らなかったのだから仕方ないでしょう?ほら、探すわよ」

 

またあの辛気臭い部屋に行くのかと、セイバーは愚痴を零すのだった。

 

******

 

この家の景色は気分を害する。つまらなすぎると、退屈そうにバーサーカーは欠伸をした。

 

「何故さっさと殺しに行かないんだ、バーサーカー」

 

怒気を強めた日立の声に彼女は鬱陶しそうに視線だけを背後に立つ彼に送った。

 

「―――なんだ?文句があるのか?」

 

その鋭い視線に思わず日立の声が上ずった。

マスターである自分が優位だという理性が一瞬で吹き飛ぶ。それは恐怖だった。

 

「―――まったく。貴様は大変に器の小さい男だ、一護よ。そんなに復讐したくば一人で行くがよい、わしは止めん」

 

バーサーカーは心底つまらなそうに椅子に腰を掛けると、テーブルの上に足を置き悪態をつく。

 

「僕の器が小さいだと……?馬鹿にするなよ、バーサーカー!確かにお前にしてみれば僕の望みは些細な事だろうな。だが、僕が味わった苦しみは本物だ。だから、僕は復讐すると誓ったんだ!」

 

「ほーん、そうか。で、日立一護の皮を被った人造人間風情が、わしに歯向かうのとどう関係があるというのじゃ。述べてみよ、人形」

 

瞬間、鋭く殺意の籠ったバーサーカーの視線が日立を抉る。それは、彼の口を塞ぐのに十分なものだった。

 

「氷継はかつて別の地で行われた聖杯戦争に参加し、偶然にも大聖杯のほんの一部、欠片を手に入れた。そして、それを用いての聖杯戦争の再現。それが氷継の奴らの望みだった。しかし、そもそも七騎分の許容量がある器がなかった。本来ならばそんなモノ、入りさえすれば『何でもよかった』のじゃが、氷継という奴らはよっぽど頭が悪いらしい。それを自由に操る為にホムンクルスなぞ造ったのじゃから」

 

バーサーカーは日立に言葉を突きつけていく。彼の在り方を思い知らせるために。

 

「―――氷継家の造った最初の器。ホムンクルス一号。それが貴様なのだろう一護。本当に扱いたいのなら無機物で十分じゃて。適当な筒でよかったのじゃ。それをわざわざホムンクルスなぞ用いるから『成功しなかった』。出来損ないの人形を生み出したというのに」

 

「……そうさ、バーサーカー。そんなモノの為に生み出されて失敗作の烙印を押されたのがこの僕だ。人間の欲望という名の夢物語から生み出された廃棄物、それが僕」

 

日立の言葉をバーサーカーは鼻で笑った。

愚かだと口にした。そして、彼へと向き直り言葉を発した。

 

「―――じゃが、実に人間臭いモノの見方は気に入っておるぞ一護。魔術師等という人の手を超えたモノを切望する阿呆共より、復讐等という下らん理由で数十年地べたを這いずり生きながらえてきた貴様をわしは評価しよう。一護、復讐というならばもっと劇的にせねばならん。明日の夜仕掛ける。奴らの屋敷を焼き討ちにしてやるわ」

 

部屋に響く高笑い。その誇示する圧倒的な力強さを残し、バーサーカーは霊体化して日立の前から姿を消した。

 

******

 

「もういいよ。ランサー降ろして」

 

自室に入るなりマナはベッドに腰掛ける。

ランサーは壁に背中を預けた。

 

「ねぇ、私、前に聞いたよね?貴方は本当にアーサー王なの、って。私は自分が何なのか分からなくなっちゃった」

 

「―――マナ。君は君だよ。不確かな事で言えば僕の方が曖昧さ」

 

「それってどういう意味?」

 

「―――わからない?」

 

ランサーはとぼけたように肩を竦めて見せた。

だが、その眼差しは先ほどと何ら変わらない。

真っ直ぐと自らのマスターを見つめていた。

 

「―――いいえ。何となく貴方の存在は理解してると思う。貴方が何かっていうのを。だからますます分からなくなっちゃう。それを呼び出せる私は何者かって、さ」

 

マナは理解した。してしまっていた。

もしかして、と思っていた事が。想像の範疇を飛び越えていたからだ。

彼女の呼び出したサーヴァント。ランサーの英霊。真名をアーサー・ペンドラゴン。

だが、眼前の男性は彼の王ではない。

それを模したマナの空想の産物。

 

「でも、なんで貴方は宝具を扱えるの?私はあそこまでの妄想した事ない。それに、アーサーって言えば剣でしょ?」

 

「あぁ、僕は君に呼び出されたと言っていい。内装は君の描くそれだろう。だが、それがこうして表に出てくるには外装的な肉体が必要だった。だから、座から引っ張ってきたのはアーサー王という英雄の皮だけだ。……因みに剣は持ってこれないよ、枠がないからね。残っていたのはランサーのクラスだけ。それに、この槍も本物という言い方は出来ない。真名を開放してもオリジナルのそれには敵わない」

 

「それでも、ライダーの固有結界を破ったんでしょ?」

 

「それほど本物が強力すぎる力だという事さ」

 

ふーんとマナは相槌を打つ。持て余していた右手で布団を軽く叩く。

隣に座れという意だった。

 

「―――あぁ、わかったよ」

 

自分の隣に座ったランサーの顔を見る。

その顔は、とても優しかった。

一寸の狂いもない自らの理想。

それは、彼女の恋心を満たすモノでは断じてない。

彼女が望んだモノ。

それは、彼女を導くモノ。

ほんの少し背中を押してくれるモノ。

それが、彼だった。

幼い頃から、読みふけった絵本の中の騎士。

それが、自身を導いてくれると信じていた。

 

「あぁ、そうか―――」

 

吐き出すように声が零れた。

そう、その願いが叶った今。

自分がすべき事は一つしかないのだ。

 

「―――後は、私が前に進むだけなんだ」

 

そう呟いた時だった。隣に座るランサーは、そっと彼女の肩を抱き寄せた。

突然の行動にマナは顔を赤面させる。

 

「な、なに?」

 

見上げれば瞳に映ったのは自らの理想の騎士。

 

「やっとわかってくれたのかって安心した。これで僕の役割の一つも果たされたってものさ」

 

「―――ランサー、私やりたい事が決まった。この聖杯戦争でやるべきことを決めたの」

何処か寂しさを感じさせるランサーの顔をマナは振り切るように声を絞り出した。

 

「あぁ―――教えてくれないか?君の願いを」

 

耳を撫でる様な、優しい声が彼女を包んだ。

 

******

 

―――辺りは一面の草原。

小さな丘はあれど、緩やかなそれは広大に広がっていた。

この夢を見たのは何度目だろうか。

この夢を見せられたのは何度目だろうか。

美しい景色だった。

墜ちる事の無い永遠に降り注ぐ暖かい陽の光。

自由に走り回る野生の小動物達は、『私』を見つけるとタッタッと小走りで駆け寄ってきた。

また夢を見ているのだろうか?

また夢を見せられているのだろうか?

足元のウサギを一羽抱きかかえ、自然と言葉を発していた。

 

「―――いいえ、これは違う。これは、ランサーの記憶でも、キャスターに見せつけられたモノとも違う。これは、そう。これはきっと―――私の夢なんだ」

 

その事実を口にした瞬間。今まで広がっていた青々とした空の一部に雲がかかった気がした。

慌てて首を振り、もう一度顔を上げるとそれは既になく美しい空模様に映り変わっていた。

 

「―――マナ」

 

ふと、名を呼ばれた。

振り返れば、ランサーが立っていた。

それも、違う。

 

「騎士様ね。ううん、私の夢の方の」

 

「―――正解」

 

彼は、優しく笑いマナの横で腰を下ろした。

釣られるように彼女も座り込んだ。

突如、風が吹く。

とても、暖かい風が吹く。

 

「ええと、今は私の夢でいいんだよね?」

 

「―――あぁ。そうだよ。これが君の描いていた夢なんだ。とても、静かで温かい空間だね。今は君と僕の二人だけ。君の理想には二人しかいない。僕は、それをとても悲しいと思ってる」

 

「―――どうして?」

 

マナは思わず問わずにはいられなかった。

自身と二人だけの何がいけないのかと。

 

「―――まるでアダムとイヴ。でも、大きすぎる世界に二人だけは寂しすぎる。何より、君自身も既に理解している筈だよ。ここに閉じこもっていては、何も進まない、何も変わらないと」

 

「逃げるのはいけない事くらい私も分かってる。でも、じゃあ、辛くなった時や悲しい時私はどうすればいいの?どこに逃げればいいの?誰が助けてくれるの?」

 

「―――その考えも間違いだって分かっているのに、それを聞くのかい?」

 

「―――うっ」

 

騎士の言う事は最もだった。

ここは夢。ここが夢。

この空間こそが、氷継マナの殻の中。

とても侘しい空の殻。

中身はあって、中身はない。

ただ永遠と同じ軸を廻る人工衛星の様に停滞している。

 

「ここと向こう。どちらが君の生きる世界かなんて明白じゃないか。殻があるならばまだ間に合うよ。だって殻は破る為に被るものだろう?」

 

そんな答えはとっくに知っている。

マナが恐れているのはそこではない。

 

「―――だって、ここを失くしてしまったら、貴方はどうなるの。―――私は、どうなるの?」

 

「ここが君の根本だなんて分かってる。本当に君が苦しかったらまた戻ってくればいい。ただし、それは本当にもう駄目なときだけだ。君が思っているより、現実は今より過酷で苦しいかも知れない。でも、君が思っているより現実は温かくて優しい場所だよ」

 

「―――騎士様、私……」

 

「大丈夫だよ、マナ。君は大丈夫。言っただろう?また戻ってきてもいいって。だから、勇気を持って、前を見て、一歩踏み出して。いつでも、僕はここに居る。いつでも僕は君の中に居る。だから、君は君の居る世界で生きるんだ」

 

「―――私、私の選ぶ道は正しいのかな?」

 

「それは、君自身が決めるんだ。君自身が見るんだ」

 

陽が傾いた。

落ちる事がないと思われていた陽が落ちる。

 

「そろそろ時間だ。マナ」

 

マナは立ち上がりスカートを軽く払う。

 

「―――うん。もう少しで聖杯戦争も終わる。その終わりで私は答えを出す。もし、駄目だったら―――」

 

「―――それ以上はいけないよ。決意が鈍る。……さぁ、行って」

 

騎士は立ち上がりマナの背中を優しく押す。

 

「えぇ、あと少しだけ。騎士様には手伝って貰うから―――」

 

******

真っ暗な部屋の中だった。

だが、ここには見覚えがある。マナの部屋だ。

当たり前の事だが彼は先ほどまでこの部屋に居たのだ。

いや、正確には『ここ』ではない。

未だに足元の浮ついた感覚。思考が定まらない。頭の中にかかった霧が晴れない。

―――何かがおかしい。

その違和感の正体に気がつくのに少々の時間を要した。

 

「おはよう」

 

目の前の少女が言った。

彼女がそこに何時からいたのか、いつ現れたのか、考えても答えは浮かばない。

 

「……マナ?」

 

彼は少女に声を掛けた。彼の目の前には氷継マナがいた。

いや、氷継マナの姿をした少女が居た。

 

「そうね、私はマナ。うんマナで合っているわランサー」

 

彼女は俯いていった。

―――あぁ、そういう事か。

彼、ランサーのサーヴァントは『ここ』をどこか理解した。

これはきっと夢なのだ。

サーヴァントが夢を見る事などない。だが、ここはれっきとした夢なのだ。

そう、彼女が見せた夢。

 

「ごめんなさいね、こんなやり方でしか貴方と話す機会はないの」

 

マナは笑みを浮かべて傍らにあるベッドに腰を掛けた。

彼が普段みている彼女とは大きく印象が異なっていた。お淑やかというか随分と落ち着いた正確に思えた。

少女は隣にどうぞと手招きをしたが、ランサーは首を縦には振らなかった。

クスリと少女は微笑みはしたが、少し寂しそうに見える。

 

「君は、誰?」

 

「私はマナよ」

 

「いいや、違う。僕の知ってる君じゃない」

 

「―――えぇ、そうね正確には違うわね」

 

「もう一度聞くよ、君は誰?」

 

ランサーは苦笑いを浮かべもう一度同じ問いをした。

 

「ごめんなさい、つい面白くって。私はキャスター。真名は、言わなくてもわかるで

しょ?」

 

「君は、消滅した筈だろ?」

 

「えぇ、でも私は私に帰ったの。限定的だけどこんな事もできるわ。まぁこれっきりだけど」

 

得意げな表情を浮かべキャスターは微笑む。

煮え切れない表情でランサーは質問を続けた。

 

「何故、こんな事を?」

 

「聞いてみたかったから」

 

「何を?」

 

「分かっているでしょ?どう思っているの?自分自身の事よ」

 

「―――僕は彼女を守るためにいる。それだけだ」

 

「違うわ。それは貴方の居る意味。私が聞きたいのは『貴方が存在した意味』わかるでしょ?」

 

「―――わからないよ」

 

「本当に嘘が下手ね、『私』って。貴方も私もあの娘も、みんな私じゃない」

 

「馬鹿な事をいうな!」

 

ランサーは怒鳴りつける様に叫ぶ。だが、目の前の少女は怯まない。

むしろ、彼を、彼の目を見据えたまま言い放つ。

 

「そういうところよ。もう少し俯瞰した方がいいわ」

 

「君の言葉は聞けないな。僕は―――」

 

「そう、ならいいわ。貴方はそうやって停滞すればいい。これじゃ、私達も浮かばれないけれど。そうね、時間もないしもういいわ。さようなら、騎士様」

 

彼女はそう言い残し、霧の様に消えていく。

そして、彼の視界も霧がかかったかの様に、視界が霞んいった。

 

「僕は……」

 

******

 

「―――んっ」

 

腕で瞼をこする。

昨晩の夢の感触が、まだ残っている。その所為か頭の中がまだ混濁している様だった。

 

「―――おはよう、マナ」

 

状態を起こし横を向けば、ランサーが笑顔で迎えてくれた。

 

「―――えぇ、おはようランサー。着替えるから少し部屋から出て貰えるかな?」

 

「―――あ、すまない。直ぐに消えるよ。準備が出来たら教えてくれ」

 

「―――うん」

 

髪を梳かしながらマナは夢の事を思い出していた。

アレは自身が幼い頃から内包してきた、夢と語るにはいささか卑屈な心の内。

彼女自身の根底心理。

そこを自らの意思で飛び出そうとしていた。

 

「―――そこまでして変わる必要があるのかな?」

 

動かしていた手を止め鏡越しの自身に語り掛ける。

それを無意味な問答として分かっていながら。

 

「―――それは違う。私は誰かに求められて変わる訳じゃない。自分が何とかしたいと思っているから変わるのだから」

 

身支度を整え、着替えも済ませたマナは、自室の扉を開け部屋を飛び出す。

 

「行こっ、ランサー」

 

「マナちょっとま―――」

 

廊下で待機していたサーヴァントの手を強引に引いていき廊下を駆ける。

階段を駆け下りるとリビングへの扉を開け足で踏み入れた。

既にサラが席についており、紅茶を嗜んでいた。テーブルの上には既に朝食が配膳されている。

 

「おはよう―――姉さん」

 

マナは元気よく声を発した。

笑顔で席に着くと、目の前にあるコップに飲み物を入れるようにとメイドの一人を急かした。

 

「―――なっ」

 

何かが割れる音がした。

マナの対面に座るサラからその音は発せられた。

一つは、手に持っていたティーカップを落として割れた音。

そして、繋ぎ止めていた微かなモノが割れるような音。

それは、心の内に響いた音だった。

 

「マ……ナ……」

 

サラは衣服に零れた紅茶に気にも留めず肩を震わせていた。

慌ててメイドがサラの衣服をナプキンで吹いていくが、彼女の目にそれは入ってすらいない様子だった。

目の前にいる姉の奇行にマナは不思議と首を傾げた。

 

「おいおい、どうしたサラ?妹が『昔』みたいに挨拶してくれたんじゃないのか?素直に返事をしてやればいいじゃないか?」

 

冷やかすような口調でセイバーはマスターの肩を叩いた。

 

「え、ええ、そうね。お、おおおはよう、マナ」

 

「―――姉さん変だよ?どうしたの?」

 

「ど、どうもしてないわよ」

 

クツクツと笑いを堪えていたセイバーは遂に堪えきれず腹を抱えて笑い出した。

マナは本当に意味が分からず困惑する。

 

「サラ様は嬉しいんですよ、マナ。だって貴女、普通に挨拶できてたじゃない。今まで、ぎこちないくらい畏まった挨拶しかしていなかったから」

 

嬉しそうにエルザはマナに耳打ちをすると、コップに牛乳を注いでいく。

 

「え、ごめん。どういう意味?」

 

「―――わからないの?この前までマナは『お、おはようごございますう、ね、姉さん』みたいに言ってたじゃない」

 

「そ、そこまでどもってないよ……」

 

オーバー気味のエルザのモノマネにようやく理解が追いついたマナは、恥ずかしさを間際らす様に、目の前の食事を口に掻き込んだ。

 

「―――マナ、はしたないわよ」

 

「―――うっ、あ、はい」

 

落ち着きはらったサラの指摘に、マナの背筋が驚いた猫の様に伸びる。

 

「そうそう、そんな感じ」

 

傍らのエルザが笑顔と感想を零した。

 

朝食を終え、客間に場所を移したマナ達はソファに座り、束の間のゆったりとした時間を過ごしていた。

落ち着かない様子でマナは辺りをキョロキョロと見渡すが、突如として口を開いた。

 

「―――姉さん、本当の事を教えて……」

 

幸せに感じられる時間は、彼女の小さく呟いた、掻き消える程細い声によって引き締められる。

 

「……それは―――」

 

「大丈夫。多分だけど……私は姉さんの口から聞きたい」

 

顔を上げたマナの視線がサラを突き刺した。

いつの間にか妹は自分が知っている彼女より少しだけ強くなっていた。

昨日の殺人鬼との戦闘でもそうだった様に。自分の本当の意思を示す事が、僅かながらに出来るようになっていたのだと。

 

「―――そうね。昨日の神父さんの手紙と合わせて、貴女に真実を伝えるわ。一部、憶測も交じるけどそれは勘弁して頂戴」

 

「よろしいのですかサラ様?」

 

エルザは困惑した表情を浮かべながら言った。

 

「あら?これを伝えたがっていたのはエルザの方でしょう。―――お水くれるかしら」

 

「―――かしこまりました」

 

頷いてエルザは直ぐに水を取りに部屋を出ていった。

客間に残ったのは、マナとサラ。そして、ランサーとセイバーの四名。

 

「……マナ、貴女が聞きたくないと思ったら直ぐに言いなさい」

 

小さく頷いたマナを確認してからサラは彼女に真実を告げるべく口を開いた。

それは、サラがマナに隠し続けてきた真実。

それは、マナが否定し続けてきた現実だった。

 

******

 

薄暗い室内で日立一護は目を覚ました。

カーテンは閉め切られており、朝日の光がカーテンから覗く事はない。

 

「―――今日で終わらせる。全て」

 

決意の言葉を吐き出し、日立は立ち上がると冷蔵庫に真っ直ぐ向かう。

冷蔵庫内にあったペットボトル飲料を一気に飲み干すと部屋の隅に投げつける。

 

「随分と行儀が悪いのぉ、一護」

 

ふと眼前に現界してきたバーサーカーを睨みつける。

 

「そんな怖い目で見るな、一護。腹が立って殺したくなる」

 

ケタケタとバーサーカーは笑う。

 

 

「―――まぁよい。で、一護よ。貴様は、復讐が終わった後どうするのじゃ?」

 

唐突な問いに日立は表情を変えなかった。

ただ、淡々と自身の言葉を述べる。

 

「何もないよ。元々、僕には意味すらなかったんだからね。その後の事なんて考えた事ない。必要ないだろう?そんなものは。聖杯が欲しいならくれてやる」

 

「―――まぁ、貴様の様な存在はそれでよい。身分相応のちっぽけな願望じゃな。だが、今回の商品は聖杯とは無理な話じゃ。いうたじゃろ?あれは、只の再現装置。願望を果たす程の力もない」

 

「―――知ってるよ。アレは聖杯戦争というシステムを模倣できただけの欠陥品ってことぐらいはさ。現に英霊の魂を留めて置くだけの器ですら二分されているんだから」

 

日立は、椅子に腰を掛け、ぼぅーと天井を眺めた。

 

「小聖杯となった貴様とあの娘の二人。だが、どちらも必要のないものじゃな。氷継の再現できたモノはサーヴァントシステムだけじゃて。仮に最後の一人になろうとも、大聖杯は出現せんよ」

 

「―――そもそも本当に大聖杯はあるのか?それすら僕には疑問だね」

 

「在るには在る。じゃが、それは只、膨大な魔力を貯蓄しているだけじゃ。まぁ、魔術師であればそれを欲するかも知れんがな」

 

バーサーカーはふと日立と同様に天井を見上げ、思い出したように呟く。

 

「そう言えばここの家の娘はどうした?」

 

「あぁ、昨日帰ったらいなかった、それに誰か入った形跡があったな。大方、あの神父が逃がしたんだろう」

 

日立は、退屈そうに返答した。

 

「ほーん。しかし、巡り合わせというのもあるもんじゃな。まさか貴様が入れ替わった餓鬼の家族に令呪が宿るなど」

 

「あぁ、僕はそういう意味ではついていたのかもね……」

 

日立の言葉にバーサーカーは興味もなさそうに頷いた。

 

「―――お前から話を振ったんだろう……まぁいいよ」

 

「―――一護、攻め込むのは陽が落ちてからじゃ。それまで、退屈しておれ」

 

バーサーカーは投げ捨てるように言葉を残すと霊体化して消える。

日立ももう一度欠伸をするとそのまま眠たそうに瞼をこする。

 

「―――あと少し。少しだ。僕の復讐は終わる。待っていてね氷継さん。僕が君を殺してあげるから」

 

******

 

「―――」

 

言葉が浮かばなかった。

氷継サラには氷継マナに掛ける言葉が見つからなかった。

対面に座るマナは、俯いたまま顔を上げる事をしない。

サラはマナに自分の知りうる真実を全て伝えた。

氷継マナは、氷継サラによって一度殺されている。そして、氷継弦一郎によって聖杯の器にされるべく肉体を弄られたと。

―――氷継マナは、人間ではないと。

マナ自身覚悟はあったのだろう。

だから、こうして真実を教えて欲しいと姉に懇願した。

サラ自身も言葉をもう少し選ぶべきだったと後悔した。

だが、それにより変な甘さや優しさがでて、曖昧にするのを拒んだ。

 

「―――マナ」

 

精一杯優しく語り掛けたつもりだった。

だが、マナは顔をあげない。

振り返りセイバーをみても、彼女は黙ったままだった。

マナの後ろにいるランサーにしても同じだった。

罪の意識がサラを蒸し殺す。

何かを言ってほしかった。

それは、甘えなどという事は分かっている。

自分が楽になりたいからだと分かっている。

 

「―――ね、えさん」

 

マナが小さく言った。

 

「大丈夫……だよ。姉さん。何となく、何となく分かっていたから」

 

「マナ。私は……」

 

「いいんだよ。姉さん、謝らないで。姉さんのせいじゃないから。ビックリしすぎて、整理できてなかった。でも、大丈夫。私は、大丈夫だから」

 

「―――マナ」

 

マナはようやく顔を上げた。

その表情は凛々しかった。清々しかった。

そして、サラは自分の知る妹はもういないと少し寂しい気持ちになった。

 

「―――強くなったのね、貴女。ずっと停滞していたのは私の方だった」

 

「もう、いいよ姉さん。私ね、願いがあるの。そして、姉さんにもお願いがあるの」

 

「―――えぇ、何かしら?」

 

マナは一度、息を吐き出し告げる。

 

「今日、一日遊びに行きたい。姉さんと」

 

「―――は?」

 

開いた口が塞がない。

 

「一体何を言っているの貴女」

 

思わず怒鳴ってしまう。慌てて口元を抑えマナの表情を伺う。

 

「―――分かっているよ、姉さん。でも、最後だから。最後だから。この意味を、姉さんには分かって欲しい。……我儘だって分かってる。でも、お願い姉さん。私の『最後』のオネガイ。聞いてくれる?」

 

サラは、マナの言葉の意味を理解してしまった。

してはいけなかったと直ぐに後悔した。

だから、

だから、無下に出来なかった。

無視できなかった。断る事など到底不可能だった。

 

「―――わかったわ、マナ。今日は、一日貴女に付き合う。だから、教えて頂戴。貴女のオネガイではなく、願いの方を」

 

出来るだけ優しくいったつもりだった。

感傷を殺していったつもりだった。

 

「―――ありがとう姉さん。私の願いを言うね。私は、もう二度とこんな事起きて欲しくないの。日立君や私を生み出さない為にも。―――大聖杯を、壊してしまいたい」

 

それは、哀れな少女の、尊い願いだった。



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十四話 七日目① ボクハミタサレル

冬の風はマナの体を硬直させるに十分な寒さだった。

 

「―――寒い」

 

当たり前の感想を零す。

時間で言えば午前九時。

氷継家の敷地内に無造作に止められた車の横で彼女は体を固めて冬というものを味わっていた。

 

「姉さんまだー?」

 

そんなマナの呑気な声に応えたのはセイバーだった。

 

「もうちょっと待て、妹。―――おかしいな」

 

車内ではセイバーが車のエンジンを付けようとキーを何度も捻っては首を傾げていた。

 

「貴女の運転が荒いから壊れるのよ。弁償よ、弁償」

 

助手席に座るサラが、運転席を睨みつける。

 

「ったく、妹の事になると、めんどくさくなるな君は」

 

「―――いいからはやくしなさい」

 

今のサラには嫌味を言っても無駄だと、セイバーはつまらなそうに同じ動作を繰り返す。

 

「おっ、やっとかかったか。このポンコツめ」

 

ご機嫌な声でセイバーはメータークラスターをバシバシと叩く。

 

「また壊れるからやめてちょうだい」

 

「はいはい。ほら、妹乗りな」

 

セイバーの声を合図にマナとランサーは後部座席に乗り込む。

 

「―――これに乗るのも久しぶりだなぁ」

 

感傷深い声を上げたのはマナだった。

懐かしむように車内を見渡す。

 

「で、どこに行くんだ?」

 

「と、とりあえず月宮新駅で買い物かな?」

 

「あいよ」

 

踏み込んだアクセルペダル、セイバーとは裏腹に軽快とは遠く言い難いエンジン音が鳴る。

 

「―――大丈夫?」

 

マナは一抹の不安を抱くのだった。

 

変哲もない枯れた田んぼ道を抜け、マナ達を乗せた車は市の中心部へと進む。

開発が進んでいる地域の為か、建築中或いは工事中の建物が軒連なっておりその風景は会話を飽きさせない程度には話題を提供していた。

 

「あのお店潰れちゃうんだ」

 

「―――行ったことあった?」

 

「え、姉さん覚えてないの?あのお店で姉さんが買ってくれた―――」

 

「―――あぁ、覚えていたのって意味よ」

 

「―――よかった」

 

後ろから聞こえるマナの嬉しそうな声にサラは満足そうに微笑んだ。

頬杖を突きながらぼんやりと外の景色を眺める。

 

『―――変わっていくのね』

 

と心中サラは呟いた。

それは、ある種の歓喜であると同時に寂しさもあった。

それでも、こうして昔の様な日常を歩めるとは思ってもみなかった。

『当たり前』のモノがすり替わってしまったのは考えるまでもなくあの日から。

絶望が復讐を産み、復讐が希望をもたらした。

だが、それは彼女の心に楔を何重にももたらしている。

どう足掻こうと罪からは逃げきれない。

どうもがこうとそれは、サラを蝕み続ける。

いくら、マナが自らに笑顔を振りまこうとも、失ったモノは帰ってこないからだ。

マナを殺した罪ではない。

父親を殺した罪でもない。

マナをここまで苦しめた己が罪。

マナの笑顔がそれを嫌という程湧きたてる。

―――ここに居る資格があるのか?

問いたてる。

心地の良い音楽を奏でるかのように、マナはランサーと談笑を続ける。

それが、とても愉快で苦痛だった。

 

「―――嫌ね、ほんと。面倒くさい性格だわ、私」

 

言葉にして言い聞かせるようにサラは自身の心境を吐き出す。

 

「なんだ?自覚があるのか?それは結構な事じゃないか」

 

「―――うるさいわよ。黙って運転しなさい」

 

耳聡くも、隣の席から冷やかしが飛ぶ。

だが、サラはそれを悪くないと思ってしまう。

セイバーに対して精神的に寄りかかってしまっている自分を、サラは友好的に捉えていた。

 

「―――何笑ってんだ?キモチワルイ」

 

「……うるさいわよ、セイバー」

 

少し怒気を込めたつもりだったが、ウインドウに映る頬が吊り上がった自身を見つけサラは笑ってため息をついた。

 

「少し眠るわ。近くなったら教えてちょうだい」

 

背もたれに対し、大胆に背中を預けて瞼を閉じる。今なら心地の良い夢が見れそうだとサラは意識を沈ませた。

 

******

 

―――崩れ落ちた。

崩れ落ちていた。

その人影は、その場で崩れ落ちた。

真っ黒に染まった空。周囲の森林は風に揺られて不快な音を奏でている。

それはまるで壮大な演奏隊のようだった。

中心の人影はすすり泣く。ひたすらにすすり泣く。

後悔、後悔、後悔、後悔。

悔いだけがその人影を、彼女を覆い尽くした。

 

「ごめんなさい」

 

女は言う。

 

「ごめんなさい」

 

女は、ただ言葉を繰り返す。

声は当に枯れ果てていた。

掠れるような音を鳴らし続けた。

それでも、女は同じ言葉を繰り返す。

例えそれが『何も意味をなさない』と分かっていながら。

女はこうすることしかできないと、無意味な事を繰り返す。

 

「―――もう戻ろう」

 

女を連れ戻しに来たであろう男が、後方から声を掛けた。

だが、女はそれを無視して懺悔を続ける。

 

「君は悪くない」

 

男は言う。

しかし、そんな言葉は彼女の心をより侵食するだけだった。

何が?一体何が?

それは『呪い』

とても、とても単純な呪い。

罪の意識という自らが生み出す呪い。

女は男に向けて言う。

 

「なら、何が悪いの?誰が悪いの?蝕まれたあの子が悪いの?それは違う。断じて違う。そもそもの悪は、この私。私が、悪い」

 

自らの言葉で彼女は自身の首を絞める。

 

「―――君が悪いと言えば納得するのかい?」

 

男は溜息交じりで返答する。

それは、彼女を苛立たせるのに最適解だった。

 

「―――ない」

 

掠れた声。小さな声だった。

 

「納得するわけない」

 

そうして、女は願った。

あり得もしない夢を。

あり得るはずがない希望を。

あり得てはいけない歴史を。

 

「呪う。私は私の歴史を呪う。私の生き様を呪う。私は、自らを―――呪う」

 

******

 

「起きろ、サラ。着いたぞ」

 

「―――え?あぁ」

 

澱む意識を沸き立てる。

覚醒しきっていない思考を先ほどまで見ていた夢が侵食した。

―――不愉快だった。

運転席から覗くセイバーの顔をサラは直視しないように心掛けた。

先ほどまでの夢を間違いなく記憶だと認識する。それは、当然サラ自身のモノではない。

アレはセイバーの記憶だと、サラは理解する。

 

「―――貴女、いいえ何でもない」

 

「なんだ?言いたい事でもあるのか?」

 

「いいえ、何もないわ。それより、着く前に起こすように頼んだはずだけど?」

 

「起こしたさ、何度も。ほれ、妹も外で待ってるよ。早くしろ」

 

促されるようにサラは車外へと出る。

心なしかセイバーの表情が曇っている様に感じられた。

 

「さて、どうするのマナ?」

 

眠気と嫌悪を振り払うようにサラはマナに問う。

月宮新駅近くの立体駐車所。料金は親切とは言い難いが、一番近い場所となるとここしかない。良い商売をしているなとサラは内心思うが、そこまで氷継の経済事情は苦しい訳ではない。寧ろ一般家庭に比べれば遥かに潤沢だ。

 

「とりあえず買い物がしたいかな?正確に言うとウィンドウショッピングになるけど」

 

「ええ、わかったわ」

 

サラ、セイバーとランサーは歩を進める。

が、マナだけは車の側から動かなかった。

 

「どうしたの?行くわよ」

 

振り向いてサラが声を掛けるが、マナは俯いて動かない。

 

「マナ?」

 

「寒い」

 

「は?」

 

「姉さん、私寒い。だから……ね?」

 

差し出された右手。

 

「―――あぁ」

 

サラもその意味を理解した。

その手を握り返そうとするが、心の内の何かがそれを躊躇させる。

 

「……姉さん?」

 

戸惑う声。困惑の眼差しがサラには痛く突き刺さる。

望んでいた景色がこんなにも苦しいなんて思ってもみなかったから。

 

「サラ、何を躊躇う?君の決意はその程度か?君の成した成果がこれならば、報酬は有りがたく受け取るべきだ。犯してきた事など、今という結果にしてみれば些細な事さ。そう、些細な事なんだよ」

 

セイバーはマナに聞こえないように、サラに語りかける。その声音は優しくサラの背中を押す。

 

「―――えぇ、行きましょうマナ」

 

妹の手をサラは握りしめる。

冬の寒さで冷えきった小さな手。

だが、不思議と温かかった。

それが、心の温もりだとわかったから。

 

******

 

「二日ほど前も来た気がするな」

 

その風景と光景をランサーは思い出した。

今、自身が纏っている衣服はここでマナが購入したものだからだ。

だが、今回は用が違う。マナが自ら身に着ける衣服から小物まで一つ一つの店を入念に見て回る。時には、先ほどまで見て回っていた店に戻り「なんか違う」、「さっきの方がよかったかな」と堂々巡りを繰り返す。

時間で言えば既にこの階だけで一時間以上経過していた。

 

「マナ、そんなに悩むなら全部買ってしまえばいいじゃない」

 

「姉さんはわかってないよ。そんなに買っても全てを着れるわけじゃないもん。そう

だ、姉さんの服も私がコーディネートしてあげる。もっと可愛いのを着たらいいよ」

 

マナの提案をサラは「いいわよ」と短く断った。つまらなそうに顔を膨らませるマナの表情はサラを退屈させなかった。

一方、店の前でその光景を見ているランサーは苦笑いを続けていた。

 

「なんだ?あんなにも面白いモノを見せられているのに退屈するのかお前は?」

 

対照的にケタケタと笑うセイバー。

それは、ランサーにとって不思議でたまらなかった。

 

「いや、それにしても君は随分とマナのお姉さんの肩を持つね。そんなにも彼女が魅力的だというのかい?」

 

「なんだ?妹からサラに鞍替えする気か色男。まぁいいよ、私がサラに肩入れだと?それはそうだろう。私達英霊は願いを果たす為に現界している。マスターである者にその様に接するのは当たり前だろ?お前だってそうさ、ランサー。妹に随分と入れ込んでいる。異常だね。はっきり言って気味が悪い。まぁ、お前の存在理由を考えれば当然か」

 

吐き捨てる様に言うセイバーに、ランサーは無言で答える。

 

「―――いいさ。どの道バーサーカーさえ倒せばお前との一騎打ち。悪いが同情もしないし負けてやるつもりもない」

 

「ならば逆に問おう、セイバーよ。マナの望みは大聖杯の破壊だ。君のマスターもそれに同意している。そうであるならば、君は望みを叶える事は出来ない。それなのに君は戦い続けるのかい?」

 

「―――破壊か。ならば、バーサーカーも倒し、お前も倒す。私の願いを叶えた後に聖杯を破壊すれば問題ない」

 

セイバーは当たり前の様に言い切る。

ランサーは呆れた顔をし息を吐き出す。

 

「僕と戦うとして、そんな事を許してくれる様には思えないな」

 

「驕るなよ色男。お前の願いはほぼ全て果たされている。ならばもう何も望むまい。最期に私とその武を競え。まぁ、お前が黙って退場してくれるのならば、こちらも話が早い」

 

「―――そうかい。そう言えば君の願いを聞いてなかった。聞いてもいいかい?」

 

ランサーの問いに今度は呆れた顔を見せたのはセイバーだった。

 

「お前、それを聞くのか?聞いてもいいけどな、その時は覚悟してもらうぞ」

 

空気が張り詰める。

それ程鋭い視線をセイバーは隣に立つ男に放った。

彼もそれを理解する。直ぐにでも鎧を纏い戦闘に挑める様に。

 

「お待たせ!」

 

それを一蹴するかのように、柔らかい言葉が空気を緩和させた。

それは、両手に抱えた大きな紙袋を持ったマナだった。

買いすぎちゃったと、とぼけた様子で舌を出す。

 

「はぁ。この話はお預けだ色男」

 

セイバーはその眼を和らげるとサラの方へと視線を移す。

 

「随分と買ったな……いくら使ったんだ?」

 

セイバーの問いに、なんでもない事のようにサラは金額を口にする。一般的に一度の買い物で使用する金額とは言い難い数字だ。

 

「え、このくらい普通よ?」

 

「あぁ、聞いた私が馬鹿だったよ」

 

マナは両手に持った紙袋をランサーに押し付ける。

ランサーはやれやれといった顔で受け取った。

 

「ありがとうランサー。今日は荷物持ちをお願いね」

 

満面の笑みで少女は言う。

 

「いやはや、騎士様は大変だねぇ」

 

「セイバー、まだ買うのだから。物が増えれば貴女も持つのよ?」

 

「は?嫌だぞ。私は」

 

「駄目」

 

上機嫌でマナとサラは上の階へ続く階段へ足を向かわせる。

 

「いやぁ、剣士様も大変だね」

 

皮肉交じりのランサーの言葉に、セイバーは肩を竦めながらマスターらの後を追った。

 

上の階も女性モノの店が並んでいた。

下の階に比べると趣向はやや隔たりがある。

所謂ファンシー系であったり、ゴシック調の物であった。

 

「うーん、ちょっと私の趣味とは合わないかな?」

 

首を捻るマナの横ではサラは興味ありげにそれらの陳列された商品を眺めていた。

 

「ま、まさか姉さん……こういうのに興味があるの?」

 

「―――えっ……あー、そうね」

 

何とも歯切れの悪い言葉であった。

サラは商品とマナを交互に見比べながら頭を振る。

 

「マナ、ちょっと」

 

サラはマナの手を取ると試着室に放り込んだ。

次に両手に抱えるほど商品であるフリフリとした装飾が施された衣類をマナに突きつけた。

 

「え、……え?」

 

困惑した表情でマナは姉の顔を見つめている。

率直に怖いと感じた。

 

「着なさい。それ全部着てみなさい」

 

「姉さん?」

 

「いいから早く」

 

「ひっ」

 

ぴしゃりと閉められたカーテン。その奥からマナは確かに禍々しいモノを感じ取っていた。

 

「うぅ……姉さん急にひどいよ」

 

つまらない愚痴を零しながらマナは身に着けている衣類に手を掛けた。

仕方ないとため息をつきながら商品であるゴシック服を手に取るが、そもそも身につけ方すらおぼつかない。四苦八苦しながらもなんとか身を包む事が出来た。

自然とサイズはピッタリと合っていた。

 

「うーん。派手というか可愛らしすぎるというか。違うんだよなぁ」

 

自分には合わないと姿見で確認しながら小言を漏らしながらカーテンを開ける。

 

「ど、どうかな?」

 

「―――いいわ」

 

「へ?」

 

「いいと言ったのよマナ。ホラ、ランサーちょっと来なさい。見なさい。このマナはとっても愛らしいわ」

 

何事かとランサーは試着室の前に駆け寄る。

 

「あ、あぁ……」

 

思わず彼は言葉を失った。似合っていると感じたから。寧ろ、似合い過ぎていると彼は思った。まるで、絵本の中の登場人物の様に。

 

「どう……かな?」

 

照れくさそうに頬を赤らめたマナとそれをただ眺めているランサー。時が停止したかのように二人はただ見つめ合っていた。

 

「うん……いいと思うよ。似合っている」

 

「うん……ありがとう、ランサー」

 

むず痒い空気に耐え切れないとマナはカーテンを閉め、熱くなった体温を覚まそうと試みたのだった。

 

******

 

「なんというか雑多ね。こんな場所で食事をするの?」

 

サラとセイバーは六人掛けのテーブルを陣取っていた。対面の椅子には必要以上に買われた衣類の入った紙袋が積まれている。

サラが雑多と評したのは勿論この紙袋の山の事ではない。

同一のテーブルが一定間隔に置かれ、フロアの両端には飲食店が立ち並ぶ。所謂、フードコートと呼ばれるこの場所は人々の喧騒が鳴りやまない。

 

「食事ってもっと落ち着いてするものだと思うけど」

 

頬杖をつきサラは周囲をぼんやりと眺める。

 

「ここはそういう場所なんだろ?諦めな」

 

隣に座るセイバーは背もたれに背中を預けこの風景を面白がっているようにも見えた。

 

「貴女は楽しそうでいいわね、セイバー。興味が湧くのかしら?まぁ、自分の生きた時代とはだいぶ異なるのだから当然よね」

 

「まぁそうだろ?時代は違えど人が生きている。歴史が育んできた成果がこれならば興味も沸くさ……というか本当に買い過ぎだ」

 

「え?そうかしら?」

 

「いや、少しは自分で作るとかしないのか?編み物くらいサラでも出来るだろ」

 

「できないわよそんなの……というか、そういう貴女は出来るのかしら?」

 

「心外だな、サラ。こう見えてもその程度なら私だって出来る」

 

「……え?」

 

「え?」

 

思わず同じ言葉を反復する。サラもセイバーも互いに何を言っているか分かっている。だからこそ困惑した表情で見つめ合っていた。

 

「え、セイバーは編み物とか出来るの?」

 

「だから、その程度なら出来ると言っているだろ。何だったら今度教えてやってもいいぞ?」

 

「え……えぇ、考えとくわ」

 

何か女として負けた気がするとサラは納得いかない表情で沈黙した。

 

******

 

すっかりと陽は落ちていた。辺りは夜の闇が覆う。

そんな中、満足そうに笑みを浮かべ、サラの手を引きながらマナは先頭を歩く。

その後ろ大量の荷物を抱える英霊が二騎。

不満げな顔を浮かべるセイバーと、姉妹の後姿を優しい瞳で見るランサー。

 

「馬鹿みたいに買い過ぎだ。車が重くなる」

 

運転席に乗り込むや否や愚痴を零す。

今度は一度で掛かったエンジンに彼女の機嫌は直ぐに戻った。

 

「さて、ここまでだよ。この日常は」

 

ハンドルを握りながらセイバーは切り出す。

車内の誰もがそれを分かっていた。だが、こうして口に出す者は一人もいなかった。

 

「うん……分かっています。セイバーさん。でも、いい結果になったなら、これもずっと続くと思います」

 

後部座席に座るマナははっきりと、自分の展望を口にした。

 

「―――そうだといいな」

 

セイバーは突き放すように冷たい声で返答した。自らのマスターの望みも、マナの望みも自らの願いと相反するから。

 

「セイバー?」

 

サラが不安げな声をあげる。だが、それでもセイバーは自らの理想を、望みを覆すわけにはいかなかった。

 

******

 

寒いという感性は彼女にはなかった。

他の個体と同じように淡々と作業をこなしていく。

 

「何やら騒がしいですね」

 

客間の手入れをしていたエルザはその意識を扉の外、ロビーの方へと流した。

騒がしい。それは彼女に違和感と不信感を植え付ける。

荒々しい足音、陶器が割れるような音。

最期に響いたのは男の怒声だった。

流石にこれ以上は見過ごせないとエルザは客間の扉を開いた瞬間だった。

 

「―――まだ一人隠れていたんだ」

 

背筋が凍るような声。

身を固めるほどの恐怖がこちらに視線を送っていた。慌てて扉を閉めようとするが、それを何者かに拒まれる。

 

「―――う」

 

「逃げようとするでない人形。どれ、貴様には一つ仕事をやろう。さっさとこの館の主を呼び戻してこい」

 

女だった。だが、それは禍々しいオーラを纏った魔王そのもの。

軍服の様なその衣服に赤々としたマントを靡かせ女は言う。

 

「―――はよせい」

 

サーヴァントバーサーカーはエルザの腕を掴み上げるとその勢いのまま入り口の扉へ投げつける。

浮かびあがった体は一秒も満たない速度で床に叩きつけられた。

 

「―――う……あぁああ」

 

小さく呻きを上げる。だが、それを一瞬で吹き飛ばしてしまう程の光景がそこには広がっていた。

自分が転がっていた。無数の自分達が転がっていた。屋敷にいた自分を覗く全てのホムンクルスの残骸がそこにはあった。

赤いあかい鮮血を零し活動を止めたそれらを足蹴に男は言う。

 

「さぁ、早く氷継さんを連れてきてくれるかな?僕はもう待ちきれなくて。こんなおもちゃを幾ら潰したところで気が収まらない」

 

日立一護は笑っていた。冷静に笑っていた。

返り血を浴び赤黒く染まった顔を滲ませて。

 

「う……ああああ」

 

駈け出す。エルザは悲鳴を伴い屋敷を飛び出した。

理性が蒸発する。マナを呼んでは行けない。呼べばマナは殺されてしまうと悟ったからだ。

だが、今の彼女を圧迫する恐怖に打ち勝つ術などない。彼女は至極簡単な答えを叫んで山を下る。

―――助けて、と。

 

******

 

山の麓。屋敷へと続く坂道の入り口で車は急停車した。舌を鳴らしたセイバーは車から飛び降りる。

 

「どうしたの?」

 

車内からマナは驚きの声を上げるもその答えは直ぐに現れた。

 

「あ……マ……ナ―――」

 

息を切らし顔面蒼白のエルザがそこには居た。

慌ててマナも車から降り彼女の元へと駆け寄った。

 

「どうしたの?ねぇ、エルザってば?」

 

「う……マナ……屋敷に行っては駄目……」

 

「な、なん―――」

 

掠れたエルザの声。問い返したマナの声は意識をそれに奪われた。

その視線の先。屋敷へと向かう先道。

深いふかい闇の中。

その奥にそれはあった。

禍々しい魔力の異臭。

零れ落ちる怨嗟の渦。

溢れ出る死を。

肩が震える。この先に進んではいけない。

根底から警鐘が鳴りやまない。

―――行けば死ぬ。

はっきりとそれを彼女は認知した。

 

「ね、ねえさ―――」

 

恐怖で足が竦む。それを振り払う様に。

振り払ってほしくてマナは叫んだ。

だが、それは。それらは。

マナの声より速く、はやく。

―――駆けだしていた。

その奥にある明確な悪。敵を目指して。

 

******

 

「エルザ大丈夫?」

マナは足元がおぼつかないエルザの背中を優しく撫でた。

横目でランサーに視線を送る。彼は、ただマナと視線を交錯させたまま動かなかった。

 

「ランサー?」

 

「マナ、怖くないのかい?」

 

彼の目は真剣そのものだった。既に、その身なりは武具を着込んでいる。

だが、彼からは覇気が感じられなかった。

 

「怖いに決まってるよ。でも、進まなくちゃいけない」

 

「マナ、行っては駄目」

 

「大丈夫だよ、エルザはここで待っていて」

 

マナはエルザを車の後部座席に乗せ再びランサーと視線を交錯させた。

彼の態度は先ほどと余り変わっていないように見える。

 

「どうしたの?ランサー」

 

「いや、君は強くなったなと思ってさ」

 

「私は弱いままだよ」

 

「気持ちの問題さ。君は十分強い娘だ。僕は……」

 

「―――もう決めたの。私は私の道を行くから。だから、貴方は貴方の道を見つけて」

 

マナは優しく微笑むと屋敷へと駈け出した。

 

******

 

その言葉は優しかった。

その言葉は痛かった。

やけに胸に突き刺さった。

ランサーは自身のマスターの背中を見つめながら思う。

いつの間にか自分達の立場は入れ替わっていたのだと。

彼は彼女にとっての理想。氷継マナが作り上げた理想像。

それは、純粋な言葉通りの意味に相違ない。

負けない心、挫けない心。

何よりも自分自身を信じる強い精神力。彼女が望んだモノはそういう事だったのだ。

ならば、今ここに居る自分は一体何者なのだろう。

自らの存在意義を失いかけた自身は何処に向かえばいいのだろう。

この戦いに意味はあったのだろう?

自分は一体―――

―――何になれるのだろうか?

 

******

 

言葉は不要だった。

交わす意味もなかった。

それぞれの行動は率直だった。

走り出すのに必要な合図はそれだけで十分だった。

紛れもなく屋敷から零れだしたそれを直感的に感じとる。

魔力を下半身に集中させ、己を強化する。

魔術回路は直ぐに熱を通した。

駈け出す足を加速させる。

それは、隣に並び立つ英霊を感心させるには十分だった。

 

「速いな。だが、妹を置いてきてよかったのか?」

 

そんな問いをサラは愚問だと笑う。

「あの子にはランサーがいるから問題ないでしょう。それに―――」

 

言いかけた言葉をサラは喉奥に引っ込めた。

その光景は赤々しかった。ドロドロとした視線が彼女の身体に纏わりつく。

 

「―――やってくれたわね、バーサーカー」

 

サラはそれを睨みつける。

視線の先には恐ろしいほど愉快な顔を浮かべた男と、それより一歩前に立つ魔王の姿。

 

「ほう、剣士の方が先じゃったが……まあよい。あまりわしを退屈させるなよ」

 

その言葉が開戦の合図だった。

現界せしは数百にも及ぶ火縄銃。

織田信長の代名詞ともいえるソレが並ぶ光景は、長篠の戦いの再現のようだ。そしてソレら全ての砲口が、殲滅すべき敵であるセイバーに向けられていた。

 

「な、なに……この数。そもそも本当にバーサーカーなの、アイツ?理性的過ぎる」

 

圧倒的物量の前に思わずサラは身震いした。

その光景を実に愉快そうにバーサーカーは笑っていた。

 

「今更か、小娘。まぁよい」

 

まるで力を誇示するかのように、魔王は右手を上げる。その号令が下った時には、バーサーカーの前からは文字通り何も残らないだろう。

 

「―――サラ!我がマスターならばこの程度でビビるな!お前のサーヴァントは誰だ!?こ

の私、セイバーだろうが!」

 

バーサーカーはその剣士の動きを認めると、すぐさま待機した己の力の具現に号令を下す。

 

「……放てぇ!」

 

その言葉より刹那の速さで、剣士はマスターの前に躍り出る。そして『それ』を躊躇なく抜きさった。

魔王の禍々しいオーラに匹敵する。或はそれすらも凌駕する呪を。

 

「―――呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)

 

黒い炎を纏った呪い。それをセイバーは横薙ぎに振るう。

 

「―――ハッ」

 

全てを飲み込む呪いの炎は一瞬で陣形を焼き払う。

バーサーカーが誇る数百の鉄砲隊はその力を振るうこと無く、セイバーのたった一振りで消失した、

 

「なん……じゃと」

 

その威力。その光景。その真実は、流石のバーサーカーですら驚愕の表情を隠しきれなかった。

 

「―――この程度か?遥か島国の魔王って奴は?笑わせる。今度はこちらからいくぞ!」

 

セイバーは突貫する。ただ、己が標的を目掛け。距離にして数十メートル。それを一瞬で彼女は魔王に肉薄した。

 

「―――消えな」

 

振り下ろした呪。魔王を両断する一刀。

 

「―――で?」

 

次に驚愕の顔を浮かべたのはセイバーの方だった。

 

「―――貴様」

 

セイバーに油断も慢心もなかった。だが、それをバーサーカーは自らの刀によって防いでいた。

拮抗する力。セイバーは握る剣に力を込めるがそれを打ち破る事など到底できなかった。

 

「消えるのは貴様じゃ」

 

弾け飛ぶ。拮抗ししていた筈のパワーバランスはバーサーカーが一瞬で崩壊させる。

 

「な……に?」

 

「がら空きじゃぞ?」

 

その踏み込みは神速。押し返した刀でバーサーカーはセイバーを切り伏せた。

その漆黒の鎧の上からでもハッキリと伝わる重たい衝撃。

 

「―――チッ」

 

後退りし顔をあげたセイバーの眼には絶望が広がっていた。

 

「死ね」

 

第六天魔王の冷たい宣告がセイバーに突き刺さる。

広がるのは無数の死。先ほどとは違う。百、二百、三百。膨れ上がる鉄砲隊の数々はセイバーを殺す為に用意された精鋭部隊。

そして、バーサーカー自身もその手に火縄銃を握っていた。

 

「―――お前」

 

彼女は一瞬でそれを理解した。その銃口の先を理解した。今、先ほどと同じようにこの有象無象の鉄砲隊を薙ぎ払うのはセイバーにとって容易い。だが、それでは彼女は敗北する。

光る。ひかる。ひかる。

銃口が炎を上げた。

 

「―――サラ!」

 

駈け出す。セイバーは駆けだす。目の前に広がる三百を超える死を無視して駈け出した。

バーサーカー自身が直接放った一発の弾丸はマスターであるサラを狙ったものだ。

背後から幾重の傷を受けようとセイバーは止まらなかった。直感で感じたそれはマスターとサーヴァントの関係でいえば最も適した答えだったのであろう。

砲火の音が止む。

マスターであるサラの前には、仁王立ちするセイバーの姿があった。

 

「―――え?」

 

サラはその意味が分からなかった。

その光景が不可解だった。

それを認めようとは思いたくはなかった。

 

「なにしてるのよ、貴女は!」

 

戸惑う様にサラは声をあげた。

 

「なにをだと?私が少し本気を出せば玉っコロの一つ追い抜いて見せるさ」

 

「そうじゃない。そうじゃないのよセイバー」

 

サラが見る眼前の女は。

セイバーはその身体を赤く染めていた。

立派な漆黒の鎧は血が滲み、その無残なモノと成り果てている。

背後から受けた傷は数えきれない。そして真正面から受け止めた一発の弾丸は、彼女の霊核を確実に傷つけているだろう。サラはそれを感じ取っていた。

何よりも彼女との繋がりが薄れた気がしたからだ。

 

「セイバー!貴女にここで倒れられたら困るといっているのよ」

 

「何を心配している?この程度でくたばってしまう程、私は弱くないさ」

 

よろめく体は剣を地表に突き刺し何とか留める。

 

「ほう、まだ息はあるかセイバーよ。良いぞ、貴様には褒美をやらねばなぁ。極上の死

を味わうがよいわ」

 

三度目。今宵、バーサーカーは三度目となる鉄砲隊を周囲に展開させる。

 

「―――放てェ!」

 

だが、バーサーカーの放った声と現実は相反した。魔王のそれは放たれる事はない。

その場を跳躍し、後退する。

 

「全く人がトドメを刺そうというに……邪魔をするでないわ」

 

バーサーカーの眼前にそれがいた。

金色の槍を携えた王がそこにはいた。

 

「―――バーサーカー」

 

ランサーは静かにその名を呼ぶ。しかし、その形相は凄まじいモノだった。

 

「姉さん、セイバーさん!」

 

サラの背後から声がした。走ってきたのか、肩で息をするマナがセイバーの姿を見て目を丸くした。

 

「え?そ、その……」

 

「慌てるな妹。私はまだ死んじゃいないよ」

 

セイバーはククッと短い笑いを零す。

それが、苦し紛れだと。満身創痍だとマナでも理解できた。

 

「―――妹。ここはお前と色男に預けていいか?私達は大聖杯を破壊しに行く」

 

「貴女、何を言っているの?自分の体がどうなっているかくらいわかるでしょう?」

 

「サラ、お前こそ分かっているのか?自分の目的をさ。君の目的。いや、お前たちの目的は大聖杯の破壊だろ?ならさっさと行くぞ。こんな所で時間を食う必要はない」

 

「で、でも……」

 

俯くサラを咎めたのは彼女の英霊ではなかった。直ぐ側にいた妹の声だった。

 

「―――大丈夫だよ姉さん。ここはランサーに任せて。だから、姉さんは私のオネガイを叶

えてきてほしい」

 

「―――えぇ、そうね」

 

俯いていた顔をあげ、自分の相棒に向ける。

 

「行くわよ、セイバー」

 

「あぁ」

 

二人は駆けだす。目的地は明白だった。

 

「―――行かせるわけにはいかんのじゃ」

 

ランサーと剣戟を繰り返すバーサーカーは、火縄銃を彼女らの前方に展開しそれを拒む。

 

「邪魔だ!」

 

それらをセイバーは一振りで根絶する。

足は止まらない。止められない。

 

「無視していいよバーサーカー。どうせセイバーも瀕死みたいなものだし。それよりも」

 

醜悪な笑みを浮かべた。

醜い視線の先。

 

「―――待っていたよ氷継さん」

 

「……日立君」

 

マナと日立は相対する。

 

「日立君、なんでこんな事を?」

 

その問いに、歪んだ笑みを一層深くする。

 

「実につまらない質問だね氷継さん。そんなもの決まっているだろう?僕は僕を生み出

した氷継家に復讐する。その為だけに生きてきた」

 

「そんなの……」

 

「笑うかい?僕の目的を?終着点を?別に、別にそれは構わないよ?何の意味も価値もないって言うんだろ?―――ウザいんだよそういうの。この復讐を成した後、君は何も残らないといいたいんだろうが?このクソアマが!!そういう身勝手な!個人的な感性が!感情が!君の言う無駄なものが!この僕を生み出したことに気がついていないとでもいうのか!!馬鹿が!」

 

「―――う」

 

マナには小さく呻くしか出来なかった。

彼女にだってそんな事は理解できた。

 

「私は、ただ。ただ日立君は友達だと思ってた。だから、だから」

 

「またお得意の逃避かい?鬱陶しいな。この僕の、個人的な怨念の標的になったからってよしてくれよ。そういう逃避はさ。思っているんだろ?自分には関係ないって。先代がやってきた事だから無関係だと。寧ろ、自分だって被害者だと!―――諦めろよ氷継マナ。お前は僕と同じさ。好きに恨めよ先代を。父親を。僕をさぁあ?黙って僕に殺されるのもいいけどそれじゃあツマラナイ。せいぜい苦しめ、泣け喚け―――そして死ね」

 

「―――そんなの嫌だよ。私、死ぬのは嫌だけど。日立君は私の―――」

 

「バーサーカー!さっさとランサーを始末しろ」

マナの音を遮り日立は叫ぶ。

 

「わかっておるわ」

 

煩い耳鳴りだとバーサーカーはランサーにその武を振るう。

刀と銃を携え、また周囲には無数の火器を展開し、まさに要塞ともいえるそれらはランサーを圧倒するに十分なものだった。

―――だが、彼は倒れない。既に幾つもの傷を負った。鮮血は止まらない。痛みは消えない。だが、精神は何一つ穢れていない。

 

「なんじゃこいつ?」

 

既に死んでいてもおかしくはなかった。放った銃弾は既に千を超える。だが目の前の騎士は決して地に伏せない。

 

「なんだ、だと?何でもないよ……僕はただの願いさ。たった一人の少女の形。その子が

前を向いて歩けるようになるまで……僕は死ねない」

 

見開かれた眼は目の前の敵を据えていた。

 

「見るがいい。我が宝具を―――」

 

「莫迦が。させるわけなかろう」

 

放たれたバーサーカーの幾重もの剣撃が、銃撃が、ランサーに降りかかる。千切れる肉も、削ぎ落される血も彼は気にも留めなかった。

ただ、その心だけは切り伏せれない。

 

「――-最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 

込められた魔力は十分だった。解き放った魔力の奔流は強力だった。

サーヴァントの放つ最強の一撃。ランサーの宝具は驚異的な威力を誇っていた。

地表は抉れ、轟音を奏でる。

破壊と蹂躙の跡地。立ち込める硝煙の中。

影が揺らめく。

 

「あぁ―――やるではないか偽りの王。このクラスで現界したことが惜しいくらいじゃて。

アーチャーであるならばこの牙。数千と展開して見せるモノを……じゃが、ないものを強請っても仕方があるまいて。いいだろう王よ」

 

軍服は千切れ、マントはその殆どを失っている。しかしその影は、一層の強大さをもっ

てランサーに告げた。

 

「その首、その尊厳。全て、わしを我が剥ぎ取ってやろう。わしは全てを欲す。全てを蹂躙す、全てを掌握す。今、しかと我が名を刻み込ませてやろう。第六天魔王の全てをもって」

 

それは魔王の賛美。怨敵におくる最大級の称賛と殺意。

 

「―――これほどとは。流石だ……魔王」

 

ランサーは槍を持ちなおし、その魔王を見据えた。

溢れ出た殺意。溢れ出る覇気。溢れ出る牙。

全ては魔王が噴出した感情という狂気。

 

「―――殺してやるぞ、ランサー」



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十五話 七日目② 君の声で 君のすべてで…

屋敷の中へと足を踏み入れたサラは沈黙した。

予想できていた事態だとしても後悔が沸き立つ。この惨状も自身の罪だと自覚している。

サラは、彼女達を見捨ててマナとの時間をとった。それがこの顛末。

ロビーは赤色に染まっていた。

辺りに転がる無数の残骸が彼女らの停止を物語っている。

屋敷のメイド達。いや、ホムンクルスたちは逃げてきたエルザを除いて全員紛れもなく無残に死んでいる。

弦一郎が死亡した後も彼女らが活動できていたのは彼の生成技術が高かったから。

だとしても、彼女らの活動期間は大幅に減少していた。だから、だからこそ死ぬ時くらいは自身が看取ってやらなければいけないと痛感していた。

 

「あぁ……私はやっぱり駄目ね。下手すぎる。一刻の感情で動けばこうなる事くらい分かっていたのに」

 

「馬鹿者。分かっているのならば貫き通せ。それが出来ないのなら今ここでこいつ等と同じように死ぬといい。何も考えずに永久に罪に囚われていたいのならな」

 

「そう……そうね、セイバー。ありがとう」

 

そうだったとサラは理解していた。

この戦争が始まって彼女を召喚してよかったと。セイバーの言葉は何時でも自分を奮い立たせてくれると。

 

「行くわよ」

 

「で、どこに?」

 

「……貴女は知らないし、言ってなかったけれど、大聖杯の所よ」

 

「なんだ屋敷にあるのか?それを先に言え」

 

「―――昨夜、飽きたと言って地下室の探索を抜け出したのは貴女でしょう。まぁいいわ、行くわよ」

 

薄暗い螺旋階段。石造りのそれをサラは下っていく。何時来ても辛気臭く、色濃く根付いた薬品の異臭は消えそうにない。

地下への終着点。氷継弦一郎の地下室。

その奥にある開かずの間にサラは足を踏み入れる。

 

「おいおい、ここには棺があるだけで何もないって言ったのはサラだろ?今更―――」

 

「いいから黙って手伝いなさい」

 

真っ白な空間。その中央に鎮座する純白の棺をサラは懸命に動かそうと試みるが、ピクリとも動かない。その様子を見ていたセイバーはやれやれと肩を竦めた。

 

「ほれ、ズラすだけでいいのか?」

 

サラが幾ら試みても動かなかったそれを、セイバーはいとも簡単に動かして見せた。

 

「―――最初から手伝いなさいよ」

 

そこにあったのは更に地下へと続く道筋だった。雑多に作られた階段を降りると、後は人工的に掘られた洞窟が続く。

 

「この先にあるのか?―――確かに並々ならぬ魔力を感じてはいるが」

 

どこか浮き出し立った様な声を上げるセイバーをサラは睨みつける。

 

「―――それより、分かっているんでしょうね?私達の目的は大聖杯の破壊。貴女にはそれをやってもらわなければ困るの―――正直に言うと私だって心苦しい。貴女に死ねと言っているのも同義な事だし」

 

サラは俯く。

大聖杯。この戦争を統括する、いわばメインコンピューターを破壊するとなれば、サーヴァント達の消滅は免れない。願いを賭けて戦う英霊たちにとって、その選択を良しとするモノなどいないだろう。

 

「―――あぁ、それについては話し合いをしておかないといけないな……サラ、本当にいいのか?」

 

突如として冷酷な声をセイバーはマスターに浴びせた。

 

「セイバー?」

 

サラは足を止めた剣士へと振り返る。

 

「聖杯に願いを託さないのか?妹が必要ないと言おうと、その命を救えることだって可能なんだぞ?」

 

「それは、私の願いであってあの子の願いじゃないわ。あの子初めてよ、自分で何かを決めたの。……初めてなのよ、自分でレールを敷いたの。初めて、自分の道を歩く事を決めたの。それを私が邪魔する権利なんてない」

 

「たとえそれが妹の意向に背く事だとして、彼女を救うことができるなら、未来を作ってあげる事だってできる!ただ闇雲に進ませたって行き着く先は絶望しかないんだぞ!」

 

セイバーの怒気が飛んだ。サラ自身も何が最善かなど分かっている。それでも、感情を優先させるなんて馬鹿げているとも思っている。

それでも、サラはマナの意思を尊重したかった。

 

「それがお前の罪滅ぼしっていうのなら間違いだよサラ。そんなものは優しさに甘えた腐った感情だ。本当にサラが願うもの。それは大聖杯の破壊なんかじゃない!妹の日常を取り戻す事だろう?お前はここまでして、結局は自分だけが満足したと、また妹を殺すのか?」

 

サラは沈黙した。空洞の中にセイバーの声だけが反響する。

 

「それが、それが貴女の望みなのね。セイバー」

 

口にした言葉が答えに等なっていない事などサラは承知の上。

それでも、彼女は言わずにはいれなかった。

自身と同じ痛みを持つ英霊に。

自身と同じ願いを持つ女性に。

 

「―――なにがいいたい?」

 

強烈な殺意をサラは自身のサーヴァントに向けられた。息が詰まる。恐怖で喉が逃げ場を求めて唸りを上げる。

だとしても、サラは続けた。

言葉をぶつけた。

 

「あなたは変えたかったのでしょう?救えなかった自分の息子の運命を。呪われた魔剣からの一族の解放を望んだ。でもそれは本当に救済かしら?それによって救われるのは、セイバー……いいえ、ヘルヴォール。……貴女だけよ」

 

「言ったな、サラ―――」

 

鋭い眼光が突き刺さった。

サラの脳裏に浮かぶ死の予感。

セイバーは迷わず抜き去った。その呪いを。

自らの弱さと強さを備えた剣を。

確かに眼に映ったのはセイバーの怒れる瞳と、自らに振り下ろされた剣の軌道。

恐怖で何も出来ない。というよりは覚悟を決めたように。サラはその場から動けなかった。

この話をした時点で殺されてもおかしくはないと自嘲した。

今、自らに剣を振るうはセイバーの英霊。

真名を、ヘルヴォ―ル。

北欧神話の叙事詩に登場する魔剣を駆る女性。ティルヴィングを巡る一族の物語であり、その中で唯一彼女は魔剣の呪いを受けなかった。だが、彼女の息子は魔剣の呪いにより悲壮な人生を送ったとされる。

サラは眼を閉じた。覚悟をしていたとはいえ、死自体に恐れを抱かない訳がなかった。

―――冷たい。

それがサラの感想だった。

ただの液状の何かが降りかかり、それを冷たいと感じた。

 

「―――眼を開けろサラ」

 

「―――え?」

 

死んだと思えた自身に声が降り注ぐ。

恐る恐る開けた視界にはセイバーの姿があった。

 

「―――なんでこんなモノがここに?」

 

サラは気づく。傍らに倒れた機械人形。

脳天から両断された哀れなゴーレムの骸。

 

「……助けてくれたの?」

 

「勘違いするなよ、マスター。話の途中だ」

 

極めて淡々とセイバーは話す。

喉元に突きつけられた魔剣が死を再び予感させる。鞘は被ったままといはいえ、この魔剣の持つ零れ落ち続ける呪いがサラの思考を澱ませる。

 

「―――貴女だって気づいているのでしょう?そんな事をしたって―――」

 

「―――黙れ!私は、私は!助けられなかった!救えなかった!魔剣の呪いから、あの子

を!当然だろ?信じて託したさ!でも魔剣の力はあの子の意識を、心を、魂を。蝕み殺した!その魔剣を与えたのはこの私だ!この魔剣を再び掘り起こしたのは私だ!私が魔剣さえ与えなければ、あの子は死なずにすんだのよ!未来を潰す選択を私は死んでも後悔し続けた。今だってそうよ!同じ苦しみを、私は貴女に味合わせたくはないのよ!」

 

そこにはセイバー、ヘルヴォ―ルの姿はなかった。

英雄でも何でもない一人の母親の姿があった。

息子を苦しめた罪を背負い続け、もがき苦しむ女の姿があった。

サラは知っている。彼女の伝承も結末も。

そして、何よりも夢で視た彼女の悲観を。

だとしても、サラは引くことはしなかった。

この決断はマナがもたらしたものだとしても、この決意は自分自身が選んだ選択なのだから。

 

「それでも私は、あの子の道は遮らない!例えその果てが地獄であろうとも、私はその

道を遮らない!私はマナの隣であの子を支え続ける。逃避はマナの決意を殺すことになる。私にはできない。あの子の魂まで奪うことなんて。セイバーだってそうでしょう?貴女の息子は貴女から受け取った剣を誇りに思った筈よ!貴女は息子に誇りを託した筈よ。その誇りまで否定したら誰も救われない!息子の生きた証まで貴女は殺すの?誰が貴女の息子を受け止めてあげるのよ!それこそが貴女の役目で役割ではないの?貴女が許してあげなくて一体誰が貴女の息子の誇りと罪を許してあげるというのよ!」

 

「そんな事―――そんな事分かっている!」

 

「そう、貴女だって私と同じよセイバー。自分の罪から逃げては駄目よ。そう言ったのは、言ってくれたのは貴女じゃない!」

 

「―――」

 

「……セイバー?」

 

突きつけられていた剣が降ろされる。

だが、セイバーは未だサラに敵意を向けたままだった。

 

「何故だサラ。何故その決断が出来た?お前が其処までしてその選択を『せざる得なかった』訳を聞かせろ」

 

「―――えぇ、私も最初は疑っていただけど昨夜見た神父さんの残した手紙。もう一度初めから調べた結果よ……この月宮市の、氷継家の再現した聖杯戦争に願望機だなんて機能は初めからなかったのよ……」

 

「な―――に?……ふざけるな!ならば一体何の為に私は呼び出されてきたというのだ!」

 

「―――それは。兵器よ。英霊をサーヴァントと令呪という機能で抑え込み運用する」

 

「そんな事がありえてたまるか?じゃあこの奥から溢れだす異様な魔力はなんだというのだ!」

 

珍しく狼狽するセイバーを嗜める様にサラは口を開く。

 

「この月宮市から魔力を吸い上げ続けるただの魔力炉よ。それにね、セイバー。お父様も神父さんも知っていたのよ。こんなモノは只の魔力の貯蔵庫だって。それでも、あの人達は夢をみた。万の一の奇跡に掛けて。こんな贋作のまがいでも、願望機として機能するのではないかってね……ほんと……バカみたい」

 

「―――笑えない話だ。馬鹿馬鹿しい。本当に」

 

冷たい空気が空洞の奥底から流れてきた。

それと同時に奇怪な音も。それは整っていた。

奇怪音。それは歪な歪な「機械」の音。

 

「―――まさか、ね。お父様も用心が過ぎる。こんなモノ隠していたなんて」

 

その先を見たサラがつい愚痴を零す。

その視線の先にはゴーレムの兵隊たちが足並みを揃えて進軍してきたからだ。

その数は優に百を超えていた。

 

「流石にこの数は厳しいか」

 

サラは集中し即座に詠唱を開始する。

が、それは彼女の前に立ち塞がる何かによって停止する事を余儀なくされた。

 

「セイバー?」

 

彼女の名前を口にする。

セイバーは振り向かない。

 

「―――私は魔剣の呪いを制御出来ていたと思っていた……でも、違ったよ。最もこの呪いに縛られていたのは私だったのか―――」

 

その表情をサラからは伺い知る事は出来ない。

ただ、サラは自身のサーヴァントの名を呼ぶだけだった。

 

「セイバー……」

 

「託した誇り……許す事も分かってはいたさ、そんなものは。―――サラ。君は私を許してくれるか?君に託された思いも私に託してくれるか?」

 

「―――えぇ、勿論よセイバー」

 

「―――あぁ。なに、ちょっとばかし、ぶっ壊して来るだけだろ?聖杯をさ」

 

「セイバー。ありがとう」

 

セイバーは更に一歩踏みでるとその宝具を開放する。

 

「―――どけ!有象無象のガラクタ共。我が名はセイバー、英雄ヘルヴォ―ル!この魔剣の糧と成りたくなければ早々に道を開けろ!」

 

機械人形達の行進は止まらない。歪な足音はより深く彼女らの聴覚に響くだけだった。

 

「―――そうか。ならば散り逝くがいい。我が魔剣の呪いを浴びて!―――呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)

 

セイバーより放たれた呪いの炎は兵団を一瞬で飲み込む程だった。その威力にサラは目を丸めた。ジリジリと鉄の焦げる匂いと言葉にしがたい恩讐の異臭が空洞を包む。

 

「―――行くわよ、セイ……バー」

 

「―――あ……あぁ」

 

サラは驚嘆した。すっかり頭の中から零れ落ちていた自身を叱責する。

先ほどの、バーサーカーから自身を庇って受けた傷は彼女の稼働時間を狭めていた事を。

壁に腰を落とし口から鮮血を零す。

 

「―――あぁ、ついな。君と話すのは愉しいからね。忘れてしまっていたよ、自分が結構限界だってことをさ」

 

「ば、馬鹿な事言ってないで立ちなさいよ」

 

自分でも無茶苦茶な事を言っているとサラは思った。だが、これより先は彼女の力なしでは意味がない。

 

「まぁまて落ち着けよサラ。少し、少し休むだけ。なに直ぐに追いつくさ」

 

「―――わかったわ。待ってる。ごめんなさい、一番サーヴァントを兵器として扱っている

のは私ね」

 

「―――いうな。元々、サーヴァントはそういうものだろ?ホラ、行け」

 

「―――ありがとうセイバー、ごめんなさい」

 

サラは駆ける。色濃くでた魔力。溢れ出る魔力の泉。この月宮市の大聖杯の元へ。

 

******

 

駆け抜けた先は一つの開けた空間だった。

天井は高くその先は闇に飲まれて見えなかった。その空間は円形状で灯りが所々に灯されていた。

 

「―――あれね」

 

サラは呼吸を整えながらそれを視認した。

中央に鎮座した五メートルを超える円形の台座にそれは居た。

その形は確かに人々が想像する杯の形を模していた。だが、それ程この偽物の聖杯は美しいものではない。聖杯の下部から伸びる管は今もこの土地の霊脈を淡々と吸い上げていた。

サラがそれを見つめる現在も膨れ上がった魔力が貯蔵限界量を増していく。

 

「―――こんなモノが、本当に壊せるの?」

 

恐ろしかった。目の前のただ魔力の塊と化したそれが恐ろしい。これほどの魔力があれば、とサラの思考を駆け抜ける。

 

「―――いいえ、それは駄目よ。セイバーにあんな啖呵を切っておいて。いざそれを前にし

て、目が眩むなんて事あってはいけない」

 

自らを奮い立たせサラはそれに右手を翳した。

全身の魔術回路全て右腕に収束させる。

 

「―――こんな事をして救えると思ったのが馬鹿みたい。でも、不必要ではなかった」

 

小言を零す。サラは自身の魔術回路を実験に使用した。妹を元に戻すための。全身に血管の様に張り巡らされた回路を人体から剥がすなど到底不可能と知りながら。彼女はそれを試みた。だが、そんな希望は失敗に終わる。魂と同義に等しいモノを失くせる訳がないのだから。

結果として彼女が身に付けた術は自身の回路の身体の至る所に移動させるだけだった。そんなモノ何の利点にもならない。幾ら大量の水を流そうと、噴出口からは一定量の水しか吐き出されないのだから。

 

「Invite to purgatory Do antidepressant Do antidepressant

Kneeling Be drunk by my flame」

 

唱えるは彼女の持つ最高の魔術。

その右腕に填められたのブレスレットは集った魔力を最適化させる。その指、全ての指に填められた指輪はその噴出口を広げるためのモノ。

 

「―――Disappear, please be held heartlessly」

 

右腕が軋みをあげる。呻きを上げる。限界値を超えた魔力の行使。圧が筋肉を、血管を鳴かせ続ける。

痛みに溺れる猶予等、存在しない。その右腕に纏った炎をサラは聖杯に向けて振るわんとしていた。

 

「―――■■■」

 

「な、なによ!?」

 

しかし、突如何かが鳴いた。サラの痛みの音ではない事は明白。ならば、この声を一体何が生み出したものだというのだと。

 

「―――う……そ」

 

それがサラの前に這い出た。

金属でできた質量感のある肉体。五メートルはある巨大な機械人形がそこには居た。

 

「■■■」

 

機械人形は鳴く。聖杯の守護者として君臨する。

 

「―――全く、さっきの兵隊といい、お父様は本当に面倒なモノを残してくれたわね……。いいわ、これが残したものならば、氷継を継ぐものとして先代が残した負の遺産は破壊する」

 

そびえ立つ巨兵は未だ鳴き続ける。

振り払う。サラは氷継が重ねてきた業を振り払う様に、その右腕を振り切った。

 

「邪魔よ!」

 

「―――■■■」

 

炎に飲み込まれた機械人形は、いとも簡単に崩れ去った。墜ち行くそれにサラは目も向けず真の標的をもう一度見据えた。

 

「終わらせるわ」

 

そう呟いた瞬間。彼女の景色は一変した。

全身にそれが纏わりついていた。奇怪な形をした歪な指先がサラの身体を締めあげる。

その正体は崩れ去った筈の機械人形だった。

 

「―――くっ、邪魔をしないで」

 

未だ炎に飲まれている機械人形は立ち上がるその歪に作られた顔が妖しくサラを見つめる。

締め上げられる力が増幅する。骨が軋む。肉が軋む。心が軋む。

ここまで来て倒れるのかと。ここまで来て何も出来ないのかと。悔しさが心の底から湧き上がる。

 

「―――■■■!」

 

いくらサラが足掻こうとも、この力は強まる事はあれど、弱まる事など決してない。

先にサラの心が折れるか、肉体的な死を迎えるか。どちらにしてもここで氷継サラの目的は潰えるだろう。

 

「―――セイバー」

 

前にもこんな事があったとサラは苦笑した。これでは、まるで走馬灯の様だと。それでも、サラの脳内に彼女の雄姿が蘇る。弦一郎のゴーレムに囲われた時、颯爽と現れたサーヴァントの姿を。それは在り得もしない奇跡だとサラは知っている。

 

「馬鹿みたい……セイバーはもう」

 

心が折れる。俯いた視線。閉じ様とした聴覚に届いたのは不快な機械人形の声が響く。

 

「―――■■■!」

 

顔を見上げる。虚ろな視線の先。

そこには、両断された機械人形。

そして、サラが求めるモノが立っていた。

漆黒の鎧。後ろで束ねられた髪を微かに靡かせる。その手に握られしは呪いの炎を纏う魔剣。

 

「―――私がなんだって?」

 

セイバーの英霊。サーヴァント、ヘルヴォ―ルは振り向き自身のマスターに軽く手を振って見せた。

 

「セイバー……貴女、なんで?」

 

「なんで?言ったろ、必ず追いつくってな」

 

「―――馬鹿じゃないの?そんな―――そんなボロボロになって……貴女。もう、もう消えかけてるじゃない!」

 

顔面をクシャクシャに泣き崩してサラは声を上げた。セイバーの身体を真っ直ぐ見る事が出来なかった。既に彼女の霊核は半壊している。パスの繋がりもうっすらとしか感じられない。何よりもその肉体は既に消えかかり、現界している事すら奇跡に等しかった。

 

「馬鹿とは心外だな、サラ。こうしてゴーレムから二度も救い出してやったというの

に。あぁ、思えばあれが最初の戦闘だったな」

 

何処か懐かしむようにセイバーは天を見上げる。

だが、そんな余韻に浸る時間は許されなかった。

 

「―――セ、セイバー」

 

サラの激が飛ぶ。セイバーが切り伏せた筈の機械人形は三度立ち上がる。サラは驚嘆するがセイバーは冷静にそれを見つめた。

 

「―――なるほどな。此奴は、そこの聖杯を介して魔力を抽出しているんだろうな。だが、関係ない。そこの聖杯ごと壊してしまえばいいだけだ」

 

「―――セイバー、そんな事出来るの?」

 

「出来るさ、私はサラのサーヴァントセイバーだからな。やらなきゃいけないんだろ?―――その為にはこの魔剣に残る魔力の全てを注ぐ。サラの役目はここで終わりだ。先に戻っていろ」

 

「何を言ってるの?私だって残るわ」

 

「馬鹿を言うな。隣にずっと居てやるんだろう?お前まで巻き込んで死なれたら死んで

も死にきれない―――いけ」

 

「―――い、嫌よ。セイバー私……」

 

「―――私はそんな情けないマスターのサーヴァントになった覚えはない!サラ、罪を許す

というのは簡単だ。だが、自身の罪を償うのは難しい。お前にはそのチャンスと資格がる。妹の側に居てやれ」

 

「セイバー……。ごめんなさい、私」

 

「君はそうやっていつも謝ってばかりだな、日本人はどいつもそうなのか?こういう時はありがとうっていうもんだよ」

 

セイバーは立ち上がった機械人形を今一度切り伏せる。

 

「―――行け!」

 

「―――えぇ」

 

走った。サラは走った自身の無力さを悲観しながら。自身のサーヴァントに感謝しながら。

 

「―――令呪を以って命じる。セイバー貴女の全てを以って聖杯を破壊しなさい」

 

告げる。気休めにしかならないと分かっていながら、少しでもセイバーが戦えるようにと。

 

「―――重ねて令呪を以って命じる……セイバー、貴女の全ての魔力を宝具の一撃に使用しなさい」

 

「―――よく言った。それでこそ、私のマスターだ」

 

「―――重ねて……令呪を以って命じる……」

 

言葉が詰まる。走り出す足が止まる。

 

「―――何をしているサラ!早く行け」

 

セイバーの怒声が飛ぶ。それでも、サラは進めなかった。もうこんな風に自分を奮い立たせてくれる人は現れないだろう。こんなにも自身を気遣ってくれる人は現れないだろう。

こんなにも心を許せる人は現れないだろう。

 

「―――セイバー、私。貴女を呼んでよかったと本気で思ってるわ。―――貴女は私の大切な友達よ。セイバー。だからごめんなさい」

 

「―――一体何を言っている?」

 

サラは振り向き友の顔を見つめた。

 

「―――令呪を以って命じる。セイバー、私を忘れないで……。ごめんなさい、こんな事反則ね。後は、頼んだわ」

 

サラは再び駈け出した。零れ落ちる涙を払いながら妹が待つ世界へと。

 

「―――全く、下らんことに令呪を使うとは。馬鹿者め……」

 

あぁ、下らない呪いを最期に受けてしまった……と、セイバーは溜息を零した。

こんなに心地の良い呪いは初めてだ、と。

 

「―――そんな事、するまでもない。貴女を忘れるわけないじゃない」

 

溢れだす滴が頬を伝った。だが、今の彼女にそんな感傷は不必要なモノ。

 

「約束は果たそう、サラ。立て、醜い機械人形。お前共々我が剣が滅ぼしてやる」

 

セイバーは魔剣を振り上げた。

彼女を中心として黒き炎が巻き上がる。

忌々しく輝かしい燃え盛る呪いの炎。

それは彼女が持ち得る最強の宝具だった。

穿つは呪。その剣に込められた呪。

放つは怨。その呪に酔って狂わされた数々の怨念。

その全てを彼女は解き放つ。

 

血塗られた運命を(ティルヴィング)―――」

 

穿つ。

放つ。

それは、

それは、魔剣の解放。

そして、魔剣から真なる意味での解放。

彼女自身がその呪縛から抜け出すための。

彼女は、魔剣の呪いに抗い。

彼女は、魔剣に束縛された。

だが、今は違う。

そう、彼女は。

ヘルヴォールはその呪縛を。

 

「―――乗り越えし者(ブラッドフェイト)

 

解き放たれた黒炎の呪いが世界を飲み込んだ。

崩れ落ちる事も倒れ伏す事も不可能。

放たれた呪いはこの魔剣により生まれし全ての執念。人より生まれし怨嗟の炎。

聖杯も機械人形も炎に焼かれ墜ちる。

呪いはそれに込められた魔力すらも食い散らかす。

 

「―――ふふっ。折角、生前の哀しみを断ち切ったというのに……君に会えなくなると考えると少し寂しくなるではないか」

 

燃え盛る地下空間。崩れ落ちる瓦礫の中彼女は一人呟いた。

最早、痛みなど通り越した。指先一つすら動かない。腰を着くために折りたたむ足など、とうに消え去った。

後は、この世から消え去るのみだった。

 

「それでも悔いはない、寧ろ感謝しているくらいだ。あぁ、そう言えば言いそびれてしまったな」

 

天を仰ぐ。

その顔はとても美しかった。

 

「―――ありがとう、サラ。いつか……いつかまた会おう、我が友よ」

 

彼女は優しい笑みを浮かべて光となって消滅した。

魔剣に抗い蝕まれてきた彼女の人生は終幕を迎える。

セイバーのサーヴァント。

英雄ヘルヴォールのサガは、ここに完結したのだった。



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最終話 七日目③ その先にあるもの

「何故じゃ……何故倒れぬランサー!!」

 

怒号が飛んだ。何度切り伏せようと、銃弾を撃ち込もうと目の前の騎士は倒れない。

そればかりか、自身を視るその眼が気に食わなかった。

力の差は歴然だった。その武具の特性を生かしバーサーカーは攻撃と後退を繰り返し、ジリジリとランサーを痛めつける。一方で遠距離を攻撃できる手段を持たないランサー

にとって現状を打破する事など不可能だった。

 

「忌々しいといっておる。その態度、その眼。全てが気に食わん」

 

「傲慢だね魔王。そうやって他者を見下してきたから君は『天下を統一』出来なかったんだ」

 

「き、貴様―――」

 

バーサーカーの顔が歪む。憎悪で歪む。

「確かに君の様なカリスマ性は混沌としていた世を進むに必要なものだったろう。だが、君は夢半ばで倒れた。裏切りによって」

 

「偽物風情が!英雄の殻を被ったに過ぎん只の人形がわしに!わしに申し立てるというのか!良いぞ!所詮、国を統べたことすらない貴様はわしの『手』自ら葬り去ってやろ

う。一護、離れておれ。わしの宝具を使う」

 

「―――チッ、好きにしろ」

 

ランサーは感じ取った。並々ならぬ邪気を。

その中心点たるバーサーカーは笑う。

 

「解き放つは英雄が背負いし、伝承、逸話、歴史。語り継がれてきた無限の業―――」

 

―――マズい。ランサーの根底が警鐘を鳴らす。この宝具を開放させてはいけないと。

直感が告げていた。槍を携え駈け出す足を止まらない。

 

「―――邪魔をするでないわ。わしを誰と心得る。魔王ぞ。第六天魔王ぞ」

 

放たれた号砲。ランサーに迫る百を超える銃弾。

 

「させない!」

 

弾く、弾く、弾く。

その槍にて、ランサーは自らに降りかかるそれをはじき返す。致命傷でなければ問題ない。

当にこの体は幾重の傷を負った身。ならば、それ以上の傷など死ななければ到底安い。

距離にして残り三メートル。ランサーの行進は止まらない。

 

「バーサーカー!」

 

吠えた。ここで終わらさなければ全てが終わる。踏み出す足に鞭を打つ。武具を振るう腕に力を込める。折れぬ心を奮い立たせる。

 

「―――これより現界せしは魔王の本懐。我にひれ伏せ―――」

 

「うおおおお!」

 

突き出せば届く。放てば届く。ランサーはその槍をバーサーカーに向けて穿った。同時に百を超える銃弾が彼の肉体を抉る。痛みなどない。それを超える絶望が彼の心を抉った。

突き立てた槍をバーサーカーの眼前で停止した。その答えは明白。その槍の先端は文字通り魔王の手により阻まれていたからだ。

引き抜くも、振り抜くも、突き立てるも不可能だった。それ程に魔王の力は圧巻だった。

 

「―――残念じゃな、ランサー」

 

歪な笑み。バーサーカーは叫ぶ。その宝具の真名を。

 

「―――夢幻転生・第六天魔王也(我こそは、第六天魔王織田信長)

 

瞬間、世界は反転した。否、収束した。

空を覆う闇、影に潜む闇。全てが魔王に収束する。その景色は闇でもない只の真っ黒な風景。それらがバーサーカーの身体を芯に膨れ上がる。その全長は十メートルを超える。

腫れあがる狂気。鳴りやまぬ怨嗟。

バーサーカーが解き放ったのは彼女の歴史。

逸話と伝承。現代まで語り尽し尽くされた織田信長という存在。人々が作り上げてきた織田信長の象徴。

今まさに。

―――魔王は現代に再臨した。

 

「―――馬鹿な」

 

ランサーは見あげる。それは虚無を見るのと等しかった。十メートルを超える憎悪、恐怖、狂気、多種多様な人物が作り積み上げてきた織田信長という存在そのもの。

魔王と現代まで語り継がれてきた畏怖の称号。

それらが蠢き絡まって生まれた巨人。

それが今彼の前に現れていた。

身体が動かない。恐怖などではない。本能が彼の生命としての本能が率直に死を告げた。

 

「どうした、偽りの王。我が真の姿に言葉すらでないか。安心せい。我が手で容易く葬り去ってやろう」

 

魔王の剛腕が振り下ろされる。たったそれだけで大地が震撼した。

 

「―――勝てない」

 

例え抵抗しようと無駄な事。例え槍にて迎撃しようとも赤子の如く蹂躙されるだろう。

 

「―――ごめんマナ。僕はここまでのようだ。無責任でごめん。力になれなくてごめん。僕は本当の騎士なんかじゃなかった。きっと本物だったならば巨人退治も容易かっただろうに……僕は只、君の笑顔をただ守りたかった」

 

俯く。その視線の先に映るモノなど何もなかった。

それなのに。

それなのに、それなのに。

なぜ、なぜ。

こんなにも、こんなにも。

悔しさが込み上げてくるのだろう。

 

「―――」

 

彼方で呼ぶ声がする。自身を未だ現世に留めてくれている声がする。

 

「―――ンサー」

 

あつい、あつい、熱い。

なぜこんなにも女の子の笑顔が脳裏をひた走るのだろう。

 

「―――ランサー!!」

 

それは少女の祈り。

自身が守りたかった少女の嘆き。

自らが存在意義を見出した象徴。

 

「あぁ、そうか―――」

 

ずっとおかしいと思っていた。

どこかが捻じれていると分かっていた。

ただ守らなければいけないと闇雲に走っていたわけじゃない。

守りたいと思っていたから。

ずっと言わなければいけないと思っていた言葉があったから。

 

「―――うだ。そうだね、マナ。君も僕も同じ、同じだったんだ。」

 

自身を圧殺せんとする剛腕が迫る。

暗闇の中にあるにも関わらずその闇に佇む掌はランサーの視界を蝕んだ。

にも関わらず黄金の槍を携えた騎士は笑う。

明確に打ち倒すべき標的を睨みつける。

同時に彼の身体から溢れだすは魔力の渦。

零れ落ちる闘気を放出させる。

 

「僕は英雄になりたかった。少女を守る英雄に。巨人の魔王を倒すなんて、とってもらしい逸話になるじゃないか」

 

「―――■■■■」

 

魔王が吠える。その言葉は既に言葉ではなかった。数多の人々の己が罪が肥大化した魔王にその様な知力はない。いや、必要ない。バーサーカーにあるのは「世を平定する力」のみ。

 

「あぁ、でもこれは僕の願い。そして、君の、僕達の願いはまた違うんだよね。君は僕に自身を映した」

 

「■■■■」

 

再度魔王は声を上げた。だが、それは驚嘆と驚愕。不可解だと吠えたのだ。

振り下ろした筈の腕は標的を押しつぶす事なく停止する。

 

「―――終わらせよう、バーサーカー。君の野望も僕の夢も」

 

その槍は魔王の腕を受け止めていた。その槍は一人の英雄を作り上げようとしていた。

 

「ランサー!何をするの?」

 

少女の声がした。

その音はとても心地よく彼の脳髄を巡る。

 

「―――これでいい。生まれてきてよかった」

 

それはランサーの本心だった。

この存在は偶像に過ぎない。だが、それは当然だ。

英雄の殻を被った空っぽの『自分』

少女の真の夢は、強くあることだった。心の中に自分の理想を作った。

だが、それは本当に夢だ。その答えを知らないままの少女に真の理想は、到達点は描けない。

だとしても、それは間違いでもないのだろう。

自身を客観視出来ない彼女が生んでしまったのは、本当の自分自身。

役割を与えられた人形だとしても、彼女の理想であろうとした青年と、理想のままであって欲しいと願った少女。

少女は、青年に理想を見た。自分を救い出してくれる存在に。

ランサーはそれに応えようとするのは、当然だった。彼女自身を救うのは他ならぬ自分自身なのだから。

そんな物は初めから互いに分かっていた事なのに。

それでも、彼も彼女も変われないのなら、それでもいいと思ってしまう。

そんな物は間違いだと分かっていても。

悔いが残るとすれば、少女が本当の明日を迎えるまで側に居られなかった事ぐらい。

だが、そこに自身が側に居ては駄目な事ぐらい承知している。

進むために、少女も彼も互いという自分自身を直視しなくてはいけないのだから。

自分の弱さを別の何かに投影したもう一人の弱い自分。

氷継マナが生み出したもう一人の自分自身。

それがこのツギハギだらけのサーヴァントの本質。

 

「僕は君の王子さまなんかじゃない。それは、それで少し寂しいな。でも、僕らはいつまでも互いに縋っていてはいけないんだよ」

 

ランサーは振り返りマナ(自身)を見た。

 

「……ランサー」

 

「マナ、難しいね。僕達は互いに嘘をついてしまっていた」

 

「―――わかってる、分かってたつもりでいた。でも、貴女は私の理想で居て欲しかった」

 

「……それは、僕だって同じだよ。君は僕の理想で居て欲しい」

 

「そう、そうだよね。貴方は私。私は貴方だもの。私は自分の中の理想を貴方に押し付

けた。私は、貴方に夢を見過ぎていたの」

 

「僕もそうだよ。だって僕は君の中の弱い部分だから。僕が君の前に立っても君は進んではいけないよ」

 

「ごめんね、ランサー。私は貴方に何もしてあげられなかった。只、自分の弱さを貴方に擦りつけていただけだもの」

 

「謝る必要はないよ。僕達は共存できない。だって君は君だもの。君の道は僕が押すものじゃない。君自身が押すものなんだ」

 

「―――そうだね」

 

「僕は先に行くよ、マナ」

 

「うん、さようなら。弱かった私」

 

ランサーは自身を振り切り、眼前に立つ敵を見据えた。

 

「我が聖槍。真の名を聴け。これよりは王を裁く一撃。自らに鉄槌を下す一撃。全てを君に返そう」

 

振り上げられた槍。巨人の身体が安定を求めて膝をついた。

 

「―――生誕と終幕を迎える少女の夢(メイデン・オブ・ロンゴミニアド)

 

放たれたのは至高の一撃。

放ったのは魂の奔流。

黄金に輝ける聖槍の一撃。ランサー自身が穿たれる牙となった究極の槍。

 

「―――■■■■!!!」

 

魔王を照らす闇が飛散する。

暗闇を掻き消さんと輝き続ける黄金の槍は魔王の胴体を貫いていた。

 

「■■■■ッッッッッ!!!」

 

崩れ去る。魔王は地に伏した。轟音をあげその巨体は崩れ去る。未だ輝き続ける槍の一筋を残して。

彼女は空を仰いだ。微かに浮かぶ星の光が眩しいと思えた。

穿たれた心臓から血液と魔力が吐き出され続ける。

 

「くくく、ははははははは」

 

笑う。人の形に戻った魔王は笑う。

 

「よもや、名もなき英雄に敗れるとはのぉ。いや、しかし見事。貴様はわしを殺し英雄となったであろう」

 

「―――違うさ、バーサーカー。僕は英雄以前に人間だ」

 

「ほう?人間とな……そうじゃな、無駄に苦悩し他者がおらねば立てない愚か者じゃったか」

 

「それでいいのさ、それで構わない。英雄なんていう完成された偶像よりも、僕は、僕達は不完全な道を愚かに進む。それが、人間だ。そして、それを人は乗り越えて成長してく」

 

「……やはり愚か者じゃな」

 

「でも、もう違う。僕らは変われる。マナに僕がいなくてもいいように、僕にもマナがいなくても大丈夫なんだ」

 

ランサーはその槍を振り下ろす。

最早、バーサーカーに抵抗する力などない。

だが、彼女は自身を殺す男を今も見据えていた。既に一度死んだ身。死の恐怖などは一滴もない。

突き刺した槍はバーサーカーの息の根を確実に絶った。

第六天魔王信長は最期まで不敵な笑みを浮かべて霧散した。

 

******

 

「なに?何をしたの……騎士様?」

 

マナは、ただ困惑していた。

まだランサーとのパスは繋がっていた。だが、それは微々たるものだと分かってしまった。一秒、一秒が惜しいほどそれが弱まっていくのが苦しかった。

 

「ランサー、ランサー!ねぇ!」

 

ランサーの元へマナは走る。

彼の元に辿り着いた頃には光の渦も消えていた。

地表に槍を突き立てたままのランサーはゆっくりと彼女に振り向いた。

 

「―――ランサー……」

 

息を飲んだ。彼の肉体は既に消えていると言っても等しかった。それでも、ランサーは笑みを浮かべた。

 

「マナ、見ていてくれたかい?君だって……僕だって頑張れば次に進める。僕はそれを示したかった。決して君は弱い女の子じゃないって証明したかった」

 

「わかってる。でも、今の貴方はもう私の中の卑屈でも理想なんかじゃない。一人のカッコいい英雄だった」

 

俯く。彼を直視できない。この感情は後ろめたかった。自身の我儘で生まれた彼を。マナはもう一人の自分を生み出し、そして見殺しにした罪に対面していた。

 

「顔をあげてほしい、マナ。僕は、君に言いたい事は一つだけ。これは、本当に『僕の』気持ち。―――ありがとう。僕は君に生み出されてよかった。本当にありがとうマナ」

 

ランサーはマナの髪を撫でた。温かくて大きな手はとても優しかった。

 

「―――私、泣かないよ。ぜったいな……かない、から。だって、騎士様、私が泣いたら帰れなくなっちゃう……か、ら」

 

「―――マナ、違うよ。僕は帰らない。一歩先に進んだだけさ」

 

「騎士……様」

 

ランサーは目の前の少女は抱き寄せた。

もうこの手に感覚はない。感触はない。それでも、彼はこうせずにはいられなかった。

 

「―――ありがとうマナ。そして、さようなら」

 

「ええ、さようなら」

 

消える。何の境もなく名もなき英雄は掻き消える。その腕の感触も優しい声も全てすべて霧散する。

マナの手には何も残らない。彼女が掴むのはただの虚空だった。

 

「―――ありがとう、名もなき英雄、ランサーのサーヴァント……」

 

もういない。彼はもう存在しない。彼女の理想。彼女の夢に描いた理想の騎士は消滅した。

 

「―――いやいや、泣かせるね。三流劇団で上演されてそうな陳腐な芝居だ」

 

その心を踏みつけた男を、マナは睨みつける。

ニタニタと厭らしい笑みを浮かべたまま日立一護は言葉を続けた。

 

「おお!怖いこわい。そんな顔もできるんだ?氷継さーん、折角の顔が台無しだよ?まぁそれも、じきに僕が歪めてあげるけど!」

 

「……なんで?」

 

「んんー?声が小さくて聞こえねーんだよ!」

 

日立の怒声が飛ぶ。それでも、マナは怯まなかった。

 

「なんで?笑っていられるの?何が面白いの?」

 

「面白いよそりゃーさ!だってそんな悔しそうな顔をするんだから!もっと、もっと見せてくれよ」

 

「……そう。日立君はそれだけが目的なんだ。じゃあ、私は絶対に屈しない。日立君の思い通りになんかならない」

 

マナは日立を見据える。恨んでなどいない。憎んでなどいない。ただ、自身の理想の騎士を笑われた事だけは許さない。

 

「なに?笑われて怒るくらいなら初めからそんな妄想を垂れ流すなって話でしょ?気持ちわりーな。その歳になって騎士様だって?笑わせんなよ!」

 

踏み込む。日立はマナの腹部にその拳を叩き込んだ。

 

「―――うえ」

 

胃液が逆流する。痛みが全身を掻き回る。

膝から崩れた。

 

「―――ズルいね、日立君は。私の夢は笑うのに。自分の夢、復讐を笑うと怒るんだ」

 

「―――は?」

 

「心があるなら、感情があるなら、それらは等しく抱けるのが願望でしょ?」

 

「……それはそうだろう?それこそが感情だ。生きる者なら万物が抱くそれは当たり前の理念だろう―――だからか。君はこう言うんだろう?復讐は馬鹿馬鹿しいと。さっきも言ったろ?それは『人として』の道徳が備わった者だけが抱ける常識だ。僕を今でも人として扱うのかい?」

 

「―――だって、日立君は……私の初めての友達だから。だから、私はあの時笑った。日立君と話すのが楽しかったから。日立君はそれを分からないといったけど」

 

「―――今でもわからないよ、それは。いや、正確には分かりたくもない。それは僕にとって必要じゃないからね。氷継さん僕は、いや『僕達』は人じゃないよ」

 

日立は溜息をつきながら自らの首筋に指を突き刺した。赤い鮮血が噴き出る。マナはただそれを傍観していた。

 

「な、なにするの?」

 

「なにって?分からせてあげるのさ」

 

ミチミチと不快な音がなった。それは剥がれる音だった。削がれる音だった。日立一護は自身の顔面の顔を剥いでいた。

 

「―――うっ」

 

零れ落ちる鮮血。異様な不快感にマナは口元を抑え嗚咽する。行動理念も彼の真意も読み取れないからだ。ただ目の前にあるのは只、ただ不快な塊だった。

 

「……顔をあげてくれよ氷継さん。わかるだろう?僕が何者かって事がぁさ」

 

「―――ヒッ……う……ぇ」

 

恐るおそる見上げた先にマナの不快感は最高潮に達した。日立の顔面は右側の半分が削がれていた。だが、その奥には何もなかった。人体を形成する骨や肉は何も存在しなかった。

あるのはただ白い肌。黒ずみかかった白い肌。

まっさらな白だった。そこには何もなかった。眼も鼻も耳も口も存在しなかった。

 

「あぁこれが僕、僕達だよ氷継さん。屋敷に居たメイド達はどうだか知らないけど。僕達はこんなモノだ。ただの器としての皮を被った人形。ただ人の形をして人の皮を被った道具。感情だなんて人間の真似事に過ぎないのさ!」

 

「真似事?その真似事を―――」

 

「うるさい!君にはわからなくていい。分かる必要もない。君と僕は同じだ。だが、そ

んなものは身体の在り方だけだ。根本的な部分が違う!もういい、もういいだろ、終わ

らせよう」

 

日立は容赦なくマナの顔面へと膝を打ち付けた。ぐにゃりと顔面が歪み脳が揺れそのまま仰向けに倒れた。

自然と痛みは感じなかった。そんなものを遥かに上回る感情がマナを覆う。

悔しかった。目の前の彼は昔の自分と同じだったから。彼女とて明確な答えが見つけられたわけではない。それでも、悔しかった。彼に伝えなければいけないことは沢山あった。溢れるほどあった。

 

「―――そうだね。私は日立君とは違う。もうやめたの。私はやめようと思ってる。そんな、そんな考え方では前に進めない。綺麗に歩けるなんて思ってない。でも、その気さえあれば、進むことは誰だってできるから」

 

立ち上がる。そう努めようとした瞬間。ようやく神経が痛みに追いついてきた。それでも、マナはそれを必死に抑えて再び日立と相対する。

 

「馬鹿なやつだ。大人しく倒れていれば直ぐに殺してあげたのに。いたぶって泣き腫らした顔面を殴って殴って殴り倒して」

 

日立は拳を振り上げる。彼は魔術をほとんど行使できない。精々自身を強化する事と幼稚な結界を張る程度。だが、今の彼のはそれだけで十分だった。目の前の無垢で華奢な女を殺すにはそれだけで十分だった。

 

「―――私は死ねないから」

 

マナは独り言の様に呟いた。自身の中に収納された英霊の魂は大聖杯が破壊された今。行き場を失った魔力達は自身の中で蠢いている。

 

「―――ごめんなさい。私は、貴方達の様に気高くもないし、誇り高くもない。いいえ、だから人というのはきっと、きっと、貪欲なまでに高い理想を抱くのだろう。例えそれに辿り着くことが出来なくても。きっとそれは間違いじゃない。だからそれを目指して私は前に進むんだ」

 

「独り言を言ってさ!気持ち悪いな!そうやって悲劇のヒロインでも一生気取っていなよ!!」

 

日立の拳がマナを目掛けて振り下ろされた。だが、それを彼女は手を翳して受け止める。

 

「―――へー。まだ抗うんだ」

 

日立と拳とマナの翳した手の隙間には薄っすらと円盤状の膜があった。それは、マナが具現させた魔術の膜。まともな魔術師ならばそれを容易く破る事が出来たであろう。だが、日立はそれすら破る魔術を持ち得ない。

 

「前に歩くためには、前を見る。前に進むためには、自分で歩く。歩くためには、歩く決意をする。―――ゆっくりでも、ゆっくりだったとしても、それを咎める人はいないよ日立君」

 

「何の話だ!?」

 

マナは言う。それは、いつか誰かに言われた言葉。自分自身に必要な方向性だった。マナは力を込める。自身の言葉に、自身の身体に、その心に。体内で溢れんばかりの魔力が行き場を求めて活動する。

 

「人は、雲の様にふわふわして生きていくことは出来ない。だって、人は自由ではないのだから。縛られ、閉じ込められている。有限の時間と制限の中で、限られた自由をただ生きる。でも、上限は無限。自分で幾らでも広げられる」

 

マナの体内から異常な程の魔力が溢れだす。必要以上に閉じ込められた魔力が溢れだす。

貯蔵庫としても、排出口としても、既に彼女の許容量は限界値を振り切っていた。自身の魔力回路など等に焼き切れていた。繋いでいるのは彼女の四肢に植え付けられたホムンクルスとしての回路。既にマナは人としての許容を超えていた。

 

「自分自身の力で歩けなければ意味はない。立ち止まり、障害物が退くのを待っていては進めない。道は増やせる。障害物も越えられる。そのための努力を破棄していては、何を望んだところで―――。停滞は終わらないよ」

 

「―――うるさい、鬱陶しいな君は!」

 

日立はマナに強化された拳を振るう。

されど、されどマナに傷一つ付ける事すら敵わない。その拳は届かない。マナの周囲に漂う魔力の層が日立の拳を何度も阻み続ける。

 

「これはきっと『(キャスター)』が教えてくれた。これをきっと私は知っていた。これは間違いなんかじゃない。不必要なものでもないって」

 

その瞬間、世界は停止した。停止、停止、停止。

それは、いつかみた風景。

それは、いつかみた情景。

それは、いつかみた景色。

 

「―――これはきっと。誰が思い描いた物語。

彼女は、私にそれを見せてくれた。

私は、私にそれをみせてくれた。

彼は、私に教えてくれた。

それは、私が紡ぎだした物語。

これは、私が描く何も変哲もない夢物語―――」

 

刹那の中で彼女の日常は反覆した。

彼女を起点に周囲は鮮やかな草原へと変貌する。それは、世界から切り離された様な夢物語。

 

「な、んだこれは?馬鹿が、固有結界だとでもいうのか!?」

 

日立は狼狽した。だが、彼の足元も周囲の情景も例外なく景色を変える。

気づけばそこにはマナと日立の二人だけだった。ただ広大な草原。遠くには森林が賑わう。

照らし続ける太陽は辺りを暖かく照らしていた。

 

「へ、へー。これが君の深層心理ってわけ?だったら何?平和な日常が欲しかったてわけ?だったら自身の運命を呪いなよ?こんな場所に引きずり込んだところで君に何が出来るというのさ!」

 

マナとの距離は五メートル程だった。この空間に引き摺り込まれた事で彼女との距離に僅かに差ができていた。だが、それは日立にとって些細な事に過ぎない。再びその拳を振るう為に駈け出そうと一歩目を踏み出した。

 

「な……に?」

 

だが、それは不可能だった。日立の思考が停止する。足元を覗けば地表から生えた草が異様な程伸びては彼の足に絡みついていた。

 

「―――非日常の創造(エクストラ・ファンタズム)

 

告げた。マナはこの世界の名を。

ここは彼女の理想の空間。空想の産物。

マナの作り上げたもう一つの日常であり非日常。

 

「クソ!離せ―――なんだこれは!?」

 

気づけば日立の身体は草木が絡みついていた。

彼の自由などここには存在しない。首筋を伝う葉が彼に一抹の予感をさせる。

 

「……日立君違うよ。貴方いったよね?私はね、復讐どうこうを咎めるつもりはないの。

私が怒っているの(.......)はそこじゃないよ」

 

「じゃ、じゃあなんだっていうのさ」

 

「私がね怒っているのは私の騎士様を笑った事。日立君だって怒るでしょう?自分の夢を笑われたら。私ね、あまり怒ったことないの。……まぁ、癇癪の一つは起こすけど、

ね。とりあえず私は今凄くすごく怒ってる。貴方は『私』の夢を笑うんだもの」

 

妖しく笑うマナがそこには居た。つい先程までとは違う、只ならぬ雰囲気を漂わせた彼女に日立は思わず恐怖を抱いた。

 

「―――私ね、実際に人を殺した事は流石にないの。そういえば日立君さっき言ったよね?私の妄想はこんな綺麗な場所。それってどういう意味だと思う?私しかいないこの世界はどういう意味だと思う?教えてあげる。それはね、私以外の人はこの世界に要らないの。だから、だからね?みんな、みんな……殺してしまうの」

 

マナは笑う。無邪気に無邪気に。無邪気に笑う。

 

「お、お前―――」

 

「怖い?日立君、私も怖い。私の世界が侵されるのが怖いの。だから、私以外の人は要らないわ。そうね、選ばせてあげる。日立君はどんな死に方がいいのかな?教えてくれる?貴方の希望は限りなく汲み取るわ」

 

「ふ、ふざけるな!僕は……僕は死にたくない!死にたくない!死ぬわけにはいかない!だってそうだろう?こんな所で死ぬのはオカシイ。……氷継さん、君がこれだけの魔力を行使できたのには驚いたけど、これだけの大魔術。君一人の魔力で到底出来るとは思えない。そうだろう?君は自身に灯ったサーヴァントの魂を魔力に変換させたんだ。ははっ。そういう事か。君に出来て僕に出来ない筈がないよなあ!」

 

「―――うるさい男ね。まずはその口を縫い合わせてあげようか?」

 

鋭い眼光を放つマナに日立は一瞬身体を硬直させるが直ぐに言葉を吐き捨てる。

 

「馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって!みとけよ僕だってそのくらい!!」

 

自身に留まったていた大量の魔力を探り当てるのに時間は一秒とかからなかった。日立はニヤリと口元を歪ませるとそれらを自身の回路に大量に流し込む。

 

「……ははっ!こんな雑草直ぐに引きちぎって―――」

 

ブツリと鈍い音がした。焦げた様な匂いが鼻をつつく。日立はその音の正体も、その『痛み』の正体にも気づくのに数秒の時間を要した。

 

「な―――あ、あああああああっぁぁっぁああぁぁぁぁ」

 

悲鳴が飛ぶ。力を込めた両腕が、両足が力なく垂れさがる。痛みが脳を掻き毟る。

大量の魔力は日立の魔術回路を一瞬で破裂させた。千切れた神経は痛みを加速させる。千切れた魂は神経を侵食する。

 

「いた―――い。いたい痛い痛い。ひ、氷継さん。これも君の魔術なんだろう?これは君が

見せている幻影なんだろう?痛い。痛いよ。助けて―――氷継さ」

 

懇願する。日立は目の前にいる少女に助けを乞う。だが、マナはその光景を愉快そうに眺めているだけだった。

 

「あらあら。とっても痛そうね。私が手を下すまでもないのかしら?死にたくないの?でも、それは私も同じ。苦しいのは嫌?なら直ぐに殺してあげましょうか?」

 

「―――ヒッ」

 

短い悲鳴と共に日立の右腕があらぬ方向へと曲がっていく。ただの細いツタが万力の様な力で彼の腕を曲げていく。

 

「やめ、やめて―――やめてくれ。いやだ。嫌なんだ僕はもう嫌だ。痛いのは嫌。怖いの嫌。やめてくれ。やめてください、やめてくださ―――」

 

「―――ねぇ?言ったよね日立君は。どうしてそんなに我儘なの?言ったよね?その業が自分に降りかかってから、弱者みたいに言うのは駄目だって。さっきまであんなにひどい事私にしたじゃない。痛かったな。お腹殴られて私―――凄い痛かった」

 

「―――ああ、ああぁあああ」

 

日立の右腕が完全に意味を消失した。捻じ曲げるなど生ぬるかった。彼の肉体から引きちぎられた右腕はまるで石ころの様に転がっていた。

 

「痛い日立君?ねぇ……痛い?」

 

マナは彼に顔を近づけ微笑んだ。

 

「痛い―――痛いです。お願いですもうやめてく―――」

 

「だーめ」

 

無垢な声とは裏腹に日立の左足は軽やかに宙を舞った。日立は茫然とそれを見届けた後、初めてそれが自身のモノだと気がついた。

 

「あ、ぐうう……あぁ」

 

「あら?まだ意識はあるのね?凄いわ?流石ね。じゃあこれはどう?」

 

嬉しそうな声が飛んだ。日立の眼前には信じがたいモノが居た。存在しない男が居た。

白銀の鎧を着込み、黄金の槍を携えた金髪の男。

 

「な、なん―――で?ランサー……お前は消滅した筈」

 

「そんな事どうでもいいじゃない日立君。じゃあ、やっちゃって!」

 

彼女の声と同時。騎士は日立の心臓目掛けて槍を穿った。

 

「や……やめろぉおおおおおお」

 

それが完全に突き刺さる直前で槍は彼の目の前で停止していた。

日立は恐怖で気を喪失している。

 

「―――あら?気を失っちゃったみたい……バカな子。一番人間らしいのは日立君よ。貴方は一番生きたいと願っていた。それは生物が抱く本能。生命が抱く当たり前の本能。貴方は生きていたの。貴方は生きているの。こんな事ができたのよ?貴方には選べた筈よ。人として生きるって事が。残酷だけど日立一護として生きることだって……これは無責任ね、謝るわ。でもね、日立君。私は本当に君の事を友達だと思っていたわ」

 

「―――私はこんな事しない」

 

怒気を含めた声が彼方からした。

 

「ごめんなさい。でも、作品にリアルはつきものよ」

 

「―――嘘。貴女……いいえ、(キャスター)だって演技してた」

 

マナはマナの姿をした少女に言う。

 

「わかりづらいでしょ?キャスターでいいわ。(マナ)

 

いつしか少女の姿は変容していた。淡い青色のローブを纏ったキャスターはマナと向き合う。

 

「わかった……ねぇ、どうして貴女は生きているの?姉さんが消滅したって言っていたけど」

 

「―――まぁ、そこは上手く隠れてた……ってのは冗談よ。私の宝具、作者の妄言と読者が抱く幻想(ロジックエラー)この宝具は私の意識を相手に植え付ける。別に凄い宝具って訳じゃないわ。相手が盲目な信者であれば操る事も出来るけど」

 

「じゃあ、キャスターは私の中にずっといたって事?」

 

「それも少し違うわマナ。私は確かに消失した。そして、その魂は小聖杯である貴女に留まっていたわ。こうして形が在るのは貴女が固有結界を展開するのに私の魂、まぁ魔力を使ったからね。夜に貴女の部屋に行ったでしょう?宝具を掛けたのはその時。でも、こうして出てくるのは予想外ね。私自身も驚いてる」

 

「そうなの?正直、私はよくわからない」

 

「いいのよわからなくて。私は貴女の可能性の一つに過ぎないのだから。貴女はもうそれも分かってるでしょ。マナ、貴女のこれからは今よりきっと苦しいわ。気づいていると思うけど貴女の―――」

 

「分かってるよキャスター。でも、私決めたの。私はもう振り向かない。止まらない。自分で歩き出したから。だからこれは私が受け止めるべき障害物。乗り越えて見せる

よ」

 

キャスターは目を丸くする。この自分はきっと世界に絶望する事もないだろうと。仮にそうなったとしても乗り越えるだけの力があるのだろうと。

 

「―――少し、少し貴女が羨ましいわマナ。貴女は凄く純粋すぎる。私は出来なかった。裏切られて立ち直れなかった。でも、確実に貴女は私とは違う結末を歩いてる」

 

「キャスターがこの先どういう未来を歩いていたかは知らないけど、私はどうあるべきなのかな?」

 

「―――さぁ?もう私の時とは全然違うモノ。そんな事知らないわ。でも―――」

 

「―――でも?」

 

 

言い淀んだキャスターにマナは首を傾げる。だが、キャスターはその先を言葉にする事はなかった。ただ、自身の眼を見つめていた。

 

「いややっぱりいい。よく聞いて私。貴女はとっても強い子よ。自信を持ちなさい。ただし、調子には乗らない事。……いい?」

 

「ね、姉さんみたいな事言わないでよ……」

 

一瞬、キャスターは遠くを見るように視線を外す。が、直ぐにマナに視線を戻した。

 

「―――姉さんか……いいわ。もうそろそろ時間よ、貴女の魔力もう底をつくわ。最後にランサーを呼ばなくていいの?今なら間に合うけど」

 

「―――ううん、大丈夫。約束したの、ここにはもう戻らないって……。私が居るべきなのは非日常じゃないの。私戻るから、私の日常に」

 

そう言ってマナは笑うとキャスターもそれに釣られる様に笑みを零した。

 

「―――そう。それじゃ、さようなら、正しい道を歩く私」

 

「―――さようなら……私」

 

解けていく。溶けていく。二人の姿は消失していく。美しい緑も消えていく。眩しい太陽も沈んでいく。

 

 

*******

 

 

そして、マナは夢から目を覚ます。

眼に広がったのは暗闇だった。点在する星々だった。

 

「あぁ、私倒れてるのか」

 

見ている風景で自身の状態を認識した。

身体を動かそうとも感覚がなかった。まるで動かし方を消失したかのように彼女の身体は依然として伏せたままだった。

 

「―――あぁ、痛みも感じない……私、このまま死んじゃうのかな?」

 

それを意識したとき瞼がやけに重く感じられた。眠い訳ではない。ただ、意識があやふやに感じられた。

 

「寒い?眠い?もう分からないなぁ……ねぇランサー、私頑張ったよ……」

 

マナ自身は知覚出来てはいなかった。その声は音として発せてはいなかった。その眼は既に閉じられていた。

 

「あぁ―――クソ……なんだ、やっぱり、幻覚か……バカにしやがって!」

 

息を荒げた声は日立のモノだった。彼は立ち上がろうとも地面をもがく。それは叶わない。肉体的には五体満足していた。だが、そこから生えた手足は意味を消失していた。

赤黒く染まった四肢は既に動かない。

 

「クソが!なんだっていうんだ!意味が分からない!クソ、クソ、クソ!殺してやる!殺してやる!殺して―――」

 

彼の声を遮るように後方で音がした。コツンコツンと規則正しい足音は徐々に彼に近づいてきていた。

 

「な、なんだ!?誰だ!?」

 

身体が動かない彼にとってその足音は不気味だった。

 

「―――誰?その質問に意味はあるのかしら?わからない?だとしたら貴方は相当頭が悪いみたいね。この場に誰が残っているというの?」

 

「お、お前!氷継サラか!クソ!お前も!お前もお前も殺してやる!殺してやる!」

 

「―――最近の芋虫はよくしゃべるのね。マナを痛めつけたお礼はしっかりさせてもらうわ」

 

「ふ、ふざけるな!復讐してやる!お前もだ!必ず殺してるからな!必ず、必ず!」

 

「―――そう楽しみにしてるわ」

 

「殺してや―――」

 

瞬間、日立を飲み込んだのは炎の渦。あまりにもあっけなく、塵すら残さず日立一護の肉体は消失した。

 

「―――エルザ!マナの様子は?」

 

直ぐ近くで仰向けに伏したマナの体をエルザが抱き起すが反応はなかった。まるで眠っているかのように穏やかな顔だった。

 

「マナ様……マナ!ねぇ、マナ!」

エルザはマナの体を揺するが反応はない。

 

「マナ!―――サラ様、マナはもう……」

 

「馬鹿な事言わないでちょうだい!―――マナ!ほら起きなさい!マナ!」

 

サラもマナの元へ駆け寄ると彼女に声を掛け続けた。

 

******

 

声がした。

それは私を呼ぶ声だった。

 

「―――ナ―――マ―――」

 

ずっと声がしている。ずっと音が鳴っている。

私も目を開けたいけど今はそれが難しい。

 

「マナ!―――マナ!」

 

次はハッキリと聞こえた。姉さんの声だ。

姉さんの声は聞き取りやすい。じゃあ、もう一つの声はエルザかな?

はやく目を開けたいけど身体がいう事聞かない。このまま目を瞑っている方が楽だってわかっているけど、それじゃダメだって事もわかってる。

私の中の騎士様と約束したし、そう簡単には眠っちゃいけないんだと思う。

ううん、違った。思うじゃいけない。

私の居るべき世界はこっちだもの。

キャスターはどんな世界を生きていたのか分からない。でも、私はこっちに戻らないといけない。今も、こうして私を心配してくれる人がいるんだもん。

二人だけって言えば少ないかも知れないけど。

それに私を加えれば三人だ。

ほれ、私と騎士様だけの非日常より数は多いよ?それを誇って良いかは分からないけど。

私は戻らないといけないんだ。

 

「―――マナ」

 

まだ声がする。何とかして答えなければいけない。

 

「―――さ……」

 

口を動かしてみた。音が出ているのかは自分にはわからないけど。

さっきより私を呼ぶ声が大きくなった気がする。多分、聞こえているんだろう。ならも少し頑張ろう。

 

「―――ね……えさ……ん」

 

「―――マナ、マナ!」

 

多分伝わったと思う。身体が浮く感じがしたから。もうなんか感覚もない。自分が今どういう態勢なのかも不確かだ。

 

「ね―――えさん……エ……ルザ」

 

「マナ!」

 

「マナ様!マナ」

 

でも、何となく分かる気がする。

暖かい気がする。

だから、騎士様。私、頑張るよ。

私の日常はきっと綺麗な道じゃないと思う。

でも、ずっと目を背けていた私の日常はきっと反復すると思う。

だから、さようなら。

ありがとう。私、貴方を忘れない。

でも、寂しくなんかないよ。

だって、こんなにも。

こんなにも、近くに居てくれる人が居た事に気が付けたのだから。



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おまけ①

ピクシブの方でサーヴァントのステータスが知りたいと言われたので載せておきます。
ネタバレになるため、まだ読んでない方はぜひ 一話から読んで頂けると幸いです。


クラス セイバー

マスター 氷継サラ

真名 ヘルヴォール

性別 女

身長 160cm

体重 48kg

属性 中立・善

ステータス 筋力B 耐久A 敏捷B 魔力A+ 幸運A 宝具B+

 

クラススキル

 

対魔力:EX

魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。

大魔術、儀礼呪法等を以ってしても傷つけるのは難しい。

Aランク相当の魔力は無効化する。

また『呪い』による効果を一切受け付けない。

 

 

騎乗:D

騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。

 

 

保有スキル

 

カリスマ:C

軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。

カリスマは稀有な才能で、一軍団の長としてはCランクで十分と言える。

 

勇猛:A

威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。

また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

 

直感:B

戦闘時、常に自身の『最適解』を感じ取る能力。

 

 

【宝具】

『呪われし漆黒の魔剣(ティルヴィング)』

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1-2 最大補足;1人

一度鞘から剣が放たれれば必ず誰かを殺さなければならない。

所有者の願いを三度叶えるが必ず所有者の命を奪う。

二つの呪いを受けた魔剣。しかし、セイバーはこの呪いを受けずに宝具を使用する事ができる。

真名を開放する事で筋力、耐久、敏捷、をワンランクアップし刀身に漆黒の炎を纏わせる。

 

 

『血塗られた運命を乗り越えし者(ティルヴィング・ブラッドフェイト)』

ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~40 最大捕捉:50人

呪われし黒衣の魔剣(ティルヴィング)を発動した時のみ使用できる

セイバーの大軍宝具。

膨大な魔力を消費し黒衣の炎を放つ呪われた魔剣。

 

 

クラス ランサー

マスター 氷継マナ

真名 アーサー・ペンドラゴン

性別 男性

身長 184cm

体重 72kg

属性 秩序・善

筋力B 耐久B 敏捷A 魔C 幸運D 宝具A

 

クラス別スキル

 

対魔力:C

第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。

大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

 

固有スキル

直感:A

戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。

研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 

 

魔力放出:A

武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。

いわば魔力によるジェット噴射。

強力な加護のない通常の武器では一撃の下に破壊されるだろう。

 

 

カリスマ:B

軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。稀有な才能。

カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

 

 

【宝具】

『最果てに輝ける聖槍(ロンゴミ二アド)』

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:5~80 最大補足:300人

かつて息子を討ち、その生涯を閉じたランサーの聖槍。

真名を開放し、発動する事放つその一振りは魔力を帯びた巨大な光弾となり敵を穿つ。

 

 

『生誕と終幕を迎える少女の夢(メイデン・オブ・ロンゴミアント)』

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:5~200 最大補足:1000人

彼自身の霊核すらも魔力に変換し 肉体すらも槍として穿つ自爆宝具。

その威力は 拘束を五つ外したオリジナルに匹敵する。

 

 

クラス アーチャー

マスター 日立一護

真名 ピロクテテス

性別 男

身長 200cm

体重 110kg

属性 中立・中庸

ステータス 筋力C 耐久A 敏捷B 魔力C 幸運C 宝具A

 

クラス別スキル

対魔力:C

二節以下の詠唱による魔術を無効化する。

大魔術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

 

 

単独行動:B

マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。

ランクBならば、マスターを失っても二日間は現界可能。

 

固有スキル

 

矢よけの加護:B

飛び道具に対する防御。

狙撃手を視界に収めている限り、どのような投擲武装も肉眼でとらえ、対処できる。

ただし超遠距離からの直接攻撃は該当せず、広範囲の全体攻撃にも該当しない。

 

 

千里眼:C

視力の良さ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。

 

【宝具】

 

『必滅・射殺す百頭(アポクテイノー・ナインライブス)』

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:5~80 最大捕捉:1~5

アーチャーがヘラクレスより受け継いだ弓と技術。

本来の使用者であるヘラクレスは弓以外での使用も可能だが

アーチャーは弓による対軍宝具のみ放つことができる。




鯖の概要というか説明いりますか?裏設定とかになってしまうんじゃが?じゃが。


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おまけ②

ピクシブの方でサーヴァントのステータスが知りたいと言われたので載せておきます。
ネタバレになるため、まだ読んでない方はぜひ 一話から読んで頂けると幸いです。


クラス ライダー

マスター カーネル・アルマー→殺人鬼

真名 エドワード・ティーチ

性別 男性

身長 190cm

体重 104kg

属性 混沌・悪

ステータス 筋力B 耐久A 敏捷D 魔力E 幸運D 宝具A+

クラス別スキル

 

騎乗:C+

騎乗の才能。幻想種を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。

更に船舶を乗りこなす際、有利な補正が掛かる。

 

対魔力:D

一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。

魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

 

固有スキル

嵐の航海者:A

船と認識されるものを駆る才能。

集団のリーダーとしての能力も必要となるため、軍略、カリスマの効果も兼ね備えた特殊スキル。

 

 

地形適応:D

特殊な地形に対する適応力。

海賊として、足場の不安定な水上や水中での活動に適応する。

 

戦闘続行:A

往生際が悪い。 

瀕死の傷でも戦闘を可能とし、致命的な傷を受けない限り生き延びる。

 

仕切り直し:C

戦闘から離脱する能力。

不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。

 

【宝具】

『黒髭の執着(ブラック・ビアード・テネシティ)』

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1

25箇所以上の傷を受けても、なお暴れまわったと言うライダーの逸話を具現した宝具。

戦闘中に負った傷による行動制限を25回まで無効化できる。

 

『復讐の女神(クイーン・アンズ・リヴェンジ)』

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:5~80 最大乗員:300人

固有結界。 黒髭の海賊船の具現。

300トン級のフリゲート帆船である。

40門の大砲が搭載され、200人を越える幽霊の船員達が乗船している。

船上・船内は平衡感覚を奪う結界となっているため、ティーチと船員達以外には不利な補正が掛かる。

 

****************

 

クラス キャスター

マスター 氷継弦一郎

真名 ひつぎまな

性別 女性

身長・体重 153㎝ 40㎏

属性 中立・善

ステータス 筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運D 宝具EX

 

クラス別スキル

陣地作成:B

創作家として、自らに有利な陣地を作り上げる。

作業用の”密室”の形成が可能。

 

道具作成:- 

キャスターにこの能力は存在しない。

 

固有スキル

なし

 

 

【宝具】

『非日常の創造(エクストラ・ファンタズム)』

ランク:EX 種別:- レンジ:- 最大捕捉:-

固有結界。

彼女の唯一にて最大の魔力行使。

彼女が創るのは自身の夢。物語。彼女の信じる創造(魔術)

の心象風景を具現化する。

この結界内では 彼女は唯一の創造主として君臨する。

すべてが、彼女の思い通りの世界。

 

『作者の妄言と読者が抱く幻想(ロジックエラー)』

ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:EX 最大捕捉:EX

自身の存在を他者に植え付ける対人宝具。

盲目な読者は作者の妄言すら良しとする。それはある種の呪い。

この宝具はキャスターの意識を他者へと擦りつける対人宝具。

だが、この宝具を使用するにはキャスターの描く本を読んでいなければならない。

また意識を植え付けるだけで 操る事は難しい。盲目な彼女の信者であれば操る事も可能である。

対魔力がDランク以上であればこの宝具は無効化される。

 

 

****************

 

 

クラス アサシン

マスター ライル・ライル

真名 ベイリン

性別 男性

身長 184cm

体重 72kg

属性 秩序・善

筋力C 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運E- 宝具D

 

クラス別スキル

気配遮断:D

サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。

ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。

 

【固有スキル】

戦闘続行:B

瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

 

蛮勇:B

後先を省みない攻撃性。

攻撃力を向上させる代わり、防御力がランクダウンする。

野蛮なベイリン、蛮人ベイリンと二つ名で呼ばれる。

 

【宝具】

『執着と盲執の忠義(アウトサイダー)』

ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:0~1 最大補捉:1人

対人宝具。

武器を隠し持ち対象を暗殺した逸話の具現。

相手にアサシンの攻撃判定が発生するまでアサシンの攻撃の軌道がわからなくなる。

 

*********

 

クラス バーサーカー

マスター 日立一護

真名 織田信長

性別 女性

身長・体重 152cm・43kg

属性 秩序・悪

ステータス 筋力A 耐久A 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具EX

 

クラス別スキル

狂化:E 筋力を1ランク上昇させるが、複雑な思考ができず放棄する。

しかし、宝具によりバーサーカーの理性は保たれている。

 

保有スキル

 

勇猛:A+

威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。

また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

 

カリスマ:A+

大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。

 

【宝具】

『我れは、総てを欲す魔王也(第六天魔王信長)』

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:一人

常時発動型の宝具。

バーサーカー、織田信長の俗称。彼は、一回の大名でもなく、君主でもない。

総てを欲し、総てを手に入れる魔王。

故に、思考は欲のみを求めるが、欲を手にするために彼は必要最低限の理性を必要とする。

効果は、狂化スキルを凶化事態を無効化し 筋力 耐久 敏捷をワンランク向上させる。

 

『尾張のうつけ』

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:一人

バーサーカーのあだ名にもなった逸話の具現。

自身のサーヴァントとしての気配を失くす代わりに戦闘行動の一切を取れなくする。

またこの状態を解除するのに3ターン必要となる。

 

『夢幻転生・第六天魔王也』

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:一人

歴史が積み重ねてきた織田信長の偶像をバーサーカーに収束させる宝具。

怨念、執念、罪。尊厳、憧れ。人が思い描いた信長を固めて作り上げる

偶像の巨人。

バーサーカーは理性を失うが それと引き換えに余りある力を有する。



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