多忙な雑用職員さんとオルタ二人 (グナードン)
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社畜になった経緯

初めて投稿します。

あたたかい目で見てくれれば幸いです。

勢い……なのかな?分からないですけど……。

アニメで職員さんが映ってるのをみて大変そうだなと思い閃きました。

まぁ、暇な人はどうぞ。




カタカタとパソコンのキーボードを打ち、資料を作成していく。かれこれ三時間、トイレにも行かず、食事にも行かず、コツコツとやっている。が、仕事が終わらない。職員がめっきりと減ってしまったここでは、何とか分担してやらなければ行かないので結構大変である。俺は光るモニターを見ながら自分の作業に専念する為、何回か首を振った後、再びモニターを見る。

 

 

 

ここ、人理継続保障機関フィニスカルデアと呼ばれる通称『カルデア』は標高六千メートル雪山の地下に作られた巨大地下工房で、百年後に時代設定したカルデアス表面の文明の光を観測する事により、未来における人類社会の存続を保障する事を任務とする……らしいです。いや、正直言おう……わからん。

 

ここに就職として採用されたのは数年前であり俺の仕事は主に雑用。仕事ができなくて雑用になったのではない。そういう仕事である。ことの経緯はというと、国連に勤めている物凄いビックな先輩から電話がかかってきたと思ったらいきなりこんなところまで飛ばされた。

 

「先輩⁉︎久しぶりですね!元気にしてますか?」

 

「おー、そうだな……ところでさ」

 

「はい?」

 

「……山、登らん?」

 

「……登りたいです」

 

本当に軽いノリであった。その後に「よう言うたな!さすが俺の後輩や!」とか言いながらブチッと切られ、それから一週間後俺は黒塗りのお車(外国車)に乗せられ飛行機で飛ばされ、気がつけば山にいた。そこで地図と登山グッズをその場で渡された。

 

「行ってよし」

 

「……ちょっと待ちたンゴ!」

 

理解できないまま、その場で立ち尽くしていると、車は走り去っていた。慌てて携帯を出し、先輩に電話するも繋がらず、山を登っている時にメールが届き、「親御さんにはちゃんと伝えてあるから」と大量のお札を持っている母ちゃん達の写真があった。俺は嵌められたと思いながら、泣きながら山を登り、無事、ここまでたどり着いた。嘘、拾われた。後もうちょいのところで倒れたていたのを誰かが拾ってくれて、気がつけばフカフカのベッドの上だった。

 

後に分かったが拾ってくれたのはDr.ロマニいや、ロマンという人だった。彼は優しい笑顔を見せながら俺に理由を訪ね、俺は鼻水や涙を流しながらことの経緯を話した。

 

すると彼は同情的な視線をむけつつ、俺に此処がどんな機関かを説明してくれた。それが上記の内容だ。本当はそれ以上の事も話してくれたような気がするし、俺がここで何をするのかも話してくれたのだが、俺の脳みそでは理解できなかった。しかし、彼は理解したかを促したので俺もそれに従って返答をした。

 

「さて……理解できたかい?」

 

「なるほど、分からん」

 

「ええ⁉︎」

 

あの驚いた顔は一生忘れない。いや、すごい顔であった。するともう一人の人物が部屋に入って来た。彼もまた俺にここの機関の事と、俺がここで何をするのかを話してくれた。しかし、ここでも分からなかった。

 

「分かってくれたかい?」

 

「……江戸川意味がわか乱歩」

 

と言って呆れさせた。これも後に分かった事だが、その人の名前はレフライノールという人だった。

この二人はこの時点でもうダメだと思ったのか心配気に俺の方を向いて「とりあえず安静に」と言って出て言った。

 

数日後、俺は完全回復をしたその日にレフさんが来てくれた。そこで俺は上記に書いてある『雑用』という仕事を当てられた。

 

「君がこれからやっていく仕事は……さまざまな細かい仕事だ。いいね?」

 

「はい(それって雑用……)」

 

これだけの返事の後に彼はその辺の職員に俺を当てた。職員は俺を怪訝そうに見つめながら「じゃあ……」と言い早速余っている部屋の掃除をさせた。こうしてめでたくこのカルデア内唯一の雑用係が誕生した。主な仕事とというものがない代わりにとこどおりなく何かをしなくてはいけない。その為普通の職員よりも仕事の数が多い……江戸川意味がわか乱歩。

 

 

そして現在に至るまで、俺の雑用係としての仕事の量は日に日に増えて行った。理由を端的に纏めるとレフさんの所為である。

 

その日はちょうど四十七人のマスター候補?を集めての説明会と早速のお仕事がカルデアの予定にはあった。俺が全部のテーブルや資料の配布、作成全てしたとは知らずに座っているいけ好かねえバカ共、くたばれ。と心の中で思いつつ寝ようとした時、すごい音が響いた。何だ?と思いつつ走り回っている人に聞く。

 

「どうかされたのですか?」

 

「ウルセェ!殺すぞ!」

 

「おいこら」

 

引き留めれずその場を走っていく職員に怒りを覚えるもどうやら異常事態が起こっている事が分かったので職員が逃げた方面へと走った。後にあらゆる職員の話を要約して、レフさんがマスター候補者を吹っ飛ばしたという事実が分かった。いっときは呆然としたがとりあえず今できる事をやろうと俺も協力して多忙な処理に当たった。

 

 

レフさんが何故そんな事をしたのか、皆目検討つかないが、俺の雑用係としての仕事がメチャクチャ増えたのはこの所為であるのは間違いない。

 

今までは部屋の掃除やトイレの掃除、床の掃除などが殆どで、偶にちょっとした資料の作成をしていたが、今ではどれそれの資料の作成やあれそれを持って唯一のマスターに渡してこいなど、今までとは比べ物にならないレベルで俺の雑用が増えて行った。

 

レフさんの吹っ飛ばしたのはマスター候補だけでなく職員もかなりの人数を吹っ飛ばした。殆どが重傷を負いアイスクリームになっているかお釈迦様になっているかのどちらかである。今では職員が殆ど減ってしまったので以前よりも慌ただしさが半端ない。当然のように仕事の量は以前の倍になってくる。中でも一番厳しいのは「今日中にやれ」である。

 

「おい、これをダヴィンチさんのところにレポートとして今日中に作成して渡しといてくれ」

 

「え?い、いや、俺……二日も寝てなーー」

 

「関係ない、やれ」

 

「ーーはい」

 

狂犬の睨みをされたらこちらは黙るしかない。流石のディオ様も黙るしかない。

 

しかし、必ずと言っていいほどレフさんが悪い訳ではない(九割レフさんだが……)。色々と増えたサーヴァントと呼ばれる奴等の影響もあるし、本格的に動きだした人理修復?の影響もあり俺はもう寝ない仕事の世界に突入していったのだ。官僚もびっくりな時間でしかも金が発生しているかも分からないままなので、俺は不安を募らせながら生活をしている。けれども悪いものばかりではない……いや、嘘です。誰かたぬけて……。

 

母ちゃん、父ちゃん、今元気に過ごしていますか?旅行行きましたか?車買いましたか?あの札束は本物ですか?

俺は今、大変な作業をしています。白髪が増えていないか心配です。ハゲていないか心配です。社畜以上の働きをさせられています。ヤバイです。ヤヴァイです。リヴァイアサンです。

けれど心配しないで下さい。僕はここでいい生活をしていくので、どうか何卒心配をせず生活を過ごして下さい。

 

あと、あの札束、あれ本物ですか?俺の分、ありますか?有馬記念たのしみですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ーー!」

 

「……」

 

俺の後ろで誰かが声にならない笑いを上げながら、ボフボフと俺のベッドで暴れている。そして、微かに笑いを堪えているような震え声も聞こえる。ウゼェと思いつつ、集中を切らせないようできるだけ声を耳に入れないように心がける。

しかし、人間は奇妙な生き物で心がけるもどうしてもその時だけ意識が声の主にいってしまう。俺はその会話を堂々と聴くはめになってしまう。

 

「何これ?意味わからない」

 

「時々二回書いているところがあるな」

 

「それにコレ、アンタの親に対しての手紙?重すぎよ!この手紙読んだら心配になるわよ!」

 

「有馬記念とは何だ?何かの行事か?」

 

「ていうか長い。それに最後の辺りに僕ってなってるわよ。たぬけてとかそれボケ?」

 

「ヤヴァイとリヴァイアサンとはどんなつながりがあるのだ?」

 

「そうよ、それこそ、江戸川意味がわか乱歩よ」

 

そういって彼女らは笑い出した。一人は声を出し、一人は声を嚙み殺しながらも笑っている。そんな事を言われてしまったらもう頭にグサリ、グサリと棘が刺さってしょうがない。文字の入力のミスも増えてきた。

 

「ディオとは何だ?」

 

「あれでしょ?ジョ、ジョジョウの冒険?とかいう漫画の……」

 

「ああ、以前話をしていた……」

 

「全く……仕方がないから私が直すわよ」

 

「ならば私も……」

 

そう言うと、俺の肩を叩き、ペンが何処にあるかを訪ねた。その瞬間、俺の怒りのボルテージがマックスになった。

 

「ダァァ!集中できねぇよ!」

 

「何よ、邪魔って言いたいの?」

 

「当たり前だ!後、ジョジョだから!」

 

「語尾にンゴとつけるのは何故だ?」

 

「お前いつからそんな質問体質になったの?なに?フラグ回収してるの?昨日まで普通だったじゃん。アレか、幼児退行したのか」

 

「アンタの手紙の内容が分かりづらいのよ」

 

二人ともそれぞれ違う反応を示しながら俺と向き合う。何故か俺が逆ギレしてるみたいで恥ずかしい。マジで何なん?一人に至っては幼児化したみたいに「あれってなに?」と聞いてくる。自分で考えろ。

 

「分かりづらいってなぁ。お前ら勝手に探し出してよく言うな…………そもそも手紙じゃねーし」

 

「は?違うの?」

 

「では何だ?この腐った書き物は」

 

そう言われて少し考えてしまった。アレは何?と聞かれて何と答えればいいのかわからない。元々誰かに見せる為に書いたわけじゃない。ただ「このカルデアの鬱憤を晴らしてやる!」と書いただけ。徹夜のテンションで書き上げた一日日記みたいな感じである。それが偶々最後の方で手紙みたいになったのでそのように見えるだけ。

だから答えようにも難しい。あの時の徹夜のテンションを此奴らに、特にこの質問体質女に教えるのは無理だな。

 

「あー……何つーの?い……」

 

「い?」

 

「……?」

 

「……い、遺書?みたいな?」

 

迷った挙句変な言い訳をしてしまった。口から出たでまかせは時に恐ろしい事になると国連の先輩が飲み屋の席で言っていた気がする。あの時はあの人の職業的な感じと天才の頭が考えることだと割り切って変なニュアンスとして捉えていたので、足蹴にしていたが、今になって分かる。後悔しかないな。

彼女らは呆気にとられたように口を開きながら俺を見ていた。俺の顔は因みにどうなっているのかわからないが、多分寝不足による疲労が料理のアクように浮いている事だろう。

 

「……アンタ、それ終わらないの?」

 

「は?ああ、そうだな……あと三時間はかかるな」

 

「それだけ?」

 

「いや、後はダヴィンチさんに持っていくレポートと次のレイシフトでの注意点の紙をマスター用に……それからーー」

 

「寝たのはいつだ」

 

「へ?三日前……四日か?忘れーー」

 

 

その瞬間、俺の目に映る景色が果てし無く回った。気づいたら天井の壁が俺の目に映っていた。久しぶりに横になる身体に変な感覚がある。俺をこうさせていない方……ジャンヌに視線を向けると、彼女は机に腰を下ろしこっちを無表情のまま見ながら俺の書いた「カルデアの鬱憤」を燃やしていた。俺としては有難いが、此奴らに読まれているので意味がない。

 

「寝ろ」

 

「……は?」

 

そう言ったのはこうさせた犯人であるアルトリア。彼女は俺の直ぐ側に立って、鋭い目付きでこちらを睨んでいる。その顔に怖さを少しだけ感じるが、その顔には怒りというより呆れさがある。

こいつらは俺に寝てほしいようだ。だが、俺は自分の身体をよく把握している。徹夜の最高記録は約五日。無論、ずっとではなく、時に三十分くらい寝たりしている。今回も、考えて徹夜をしている。つまり、無理をしない程度の徹夜を続けている。所謂「徹夜勉強の進化版」と言った方がいいだろう。これを俺はこのカルデア生活で身につけた。無論、眠気は襲ってくるのでダヴィンチさんが作った「眠気?何それ美味しいの?」を飲んでやっている(名称は俺)。流石の俺も漫画の神様みたいな徹夜はできない。

 

「……とは言っても眠たくねぇし。今さっきエナジードリンクを飲んだばっかでーー」

 

「もう一度言うぞ、寝ろ」

 

「ーー!」

 

俺は声も出せない程の衝撃を腹にくらった。腹を中心にくの字に曲がる俺の体。それに伴い一瞬のまばゆい覚醒と徐々に襲ってくる眠気とは違う何かが俺の意識を遠のかせる。BJ先生、ピノコ助手、どうか俺に手術を……最後の力を振り絞りながら、口を開いた。

 

 

「え……江戸川……意味がわからーー」

 

「……」

 

「んボゥ⁉︎」

 

もう一度の衝撃で俺は確実に意識を無くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……なんかやった感半端ないような気がする。
けど、後悔はない!!


最後に……『ネオオタク語』ってなんか良くないですか?


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仕事と食事は大切に

……遅くなりましたでいいのかな?

やってる途中でヤバと思いましたがなんか五千を超えていた。
そして気づいたら一万……遅くなるわけですね。

暇な人は見てくだされば幸いです。


「……うん、今日も完璧だ」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って俺はダヴィンチさんにサーヴァントに関するレポートを渡した事の証明に端末にサインするよう促す。

この仕事は本当なら研究部の人がやらなければいけないはずだが、レフさんはその人たちの多くをアボーンさせたので今では俺がこのレポートの作成をしてダヴィンチさんに持っていく。研究者は俺に研究データを渡して次の研究に取り組むのである。

これを完成させる為に三時間は費やした。最初は慣れずに五時間以上を費やしていた。それには理由がある。このレポートだけでなく、こういった類のものは基本的に「誰が見ても分かりやすく」という共通概念がどこの部署にも存在しており、それが出来てないとどこも受け取ってくれない。なんでも、レフさんの爆発の影響で死んでしまった所長さんが「誰が見てもわかりやすく、かつ迅速に」というような事を口煩く言っていたらしい。無茶にも程がある。しかし、色々な職員さんに聞いて見ると、所長さんはレポート作成などを何度もやっており、それはそれは丁寧で分かりやすく、物凄い速さで作成をしていたという。そう思うと、俺はまだまだ未熟者のようである。

 

「はい、書いたよ」

 

「ありがとうございます。では……」

 

俺の三時間の苦労を五秒のサインで終わらすという凄技を見終えた俺はその場を立ち去ろうと一度頭を下げ、後ろを向いた。しかし、直ぐその後に「待ちたまえ」と言いながら俺の肩を叩いた。

 

「なんですか?」

 

「ん?いや、最近はどうかなってね。ほら、君寝てないでしょ」

 

「……まぁ、大丈夫ですかね」

 

ダヴィンチさんは俺の多忙さを知っている。俺が眠いといえば、「眠気?何それ美味しいの?」を無料でくれたり、更に眠いといえば「眠いといったな?あれは嘘だ」をくれる。因みにどちらも俺が名付けた。

こんなしょうもない名前にしたのは俺しか飲まないからだ。

他の職員さんはきちんとした睡眠を取っていらっしゃる。本当にこのカルデアは職員不足なのにホワイトな職場だ。誰もが羨む職場だ。そう、俺がいなければね。

 

 

「そうか、いや、安心したよ」

 

「……」

 

彼女はうんうんと何かを納得したように頷いた。一見俺の事を気遣ってくれているようなその言葉。しかし俺は、この言葉を聞いた瞬間、脳裏で誰かをちらつかせた。それは彼女の今の言葉を言っている国連の先輩であった。彼はこれと丸っ切り同じ言葉を言うと八割の確率で面倒な事を俺に押し付けていた。それも陰湿きわまりないものばかりだ。大学時代は俺にとって少し苦い記憶。

俺は瞬時に危ないと悟り、一言挨拶をしてそそくさと出口に向かった。

 

「いやー、他の職員も君を見習ってほしいよ」

 

「そうですね。では、これで……」

 

「え?もう行くの?ゆっくりすれば?」

 

「いえ、まだまだやる事があるので。では……」

 

歩く速さはいつもの三倍。相手に自分の心を悟られないように……。体よ、もってくれ!そう願いつつ俺は天才ダヴィンチ様から逃げる。振り返ったら何かに引っ張られて仕事というデスボールをくらいそうで怖かった。そして遂にドアまであと一歩。その瞬間だった。

 

「次に使うであろう素材と必須データ、必要研究費とか君のパソコンに送っといたからね。カルデア職員会議の時までによろしく」

 

「……」

 

 

デスボールではなく、デスビームだった。

 

 

彼女の言葉に俺は振り返り絶望したような顔を彼女に見せる。彼女はそれを見ると此方に何かを放り投げた。綺麗な放物線を描きながら飛んでくるその物体をキャッチすると薄茶色の瓶であった。ラベルには「眠いといったな?あれは嘘だ」と大きく書かれていた。第一段階を吹っ飛ばし、第二段階のブツをくれるとは……。やられたね。呆気なくやられたよ。

 

「……ちょっと何いってるかよく分からないですけど」

 

「今は分からなくても、部屋に戻れば、嫌でもやらなくちゃいけないよ。君は程々という言葉を覚えたら同じ天才になれるかもね」

 

「……ご冗談を」

 

「ま、一つ頼んだよ」

 

ふざけた返しを入れながらニコッと笑うその姿に少しの怒りと強い憤りを感じた。マジで天才は嫌いだ。自分の発明、発言、行動でドン底の人生に堕ちろ。天才死ね。

 

 

工房から出て直ぐの所の自販機でお茶を買い、少しずつ飲みながら次の仕事の確認をする為に胸ポケットから手帳を取り出した。このカルデア内では端末機がそれぞれの職員に支給されており、何もかもがそこで見れるようになっている。彼等はこれを使っている。しかし、俺はそれとは別に手帳を持って行動する。カルデア唯一の手帳持ちである。理由なんてものは特になく、俺がこっちの方が見やすいからだ。

 

「次の仕事は……掃除、か」

 

引きつった笑いを浮かべながら、手帳を閉じ何度目か分からないため息をつく。幅広い仕事の中で二番目くらいにキツイ仕事。一つ一つが短いのに部屋の数が多すぎる。その為、これだけで一日はかかる事も……。おまけに三日後にはカルデア職員会議ときた。これはまた徹夜だな。

その時、不意に肩を叩かれた。誰だと思いつつ振り返ると俺と同じ服を着ているカルデア職員さんがニコッと笑っていた。

 

「よぉ、元気か?」

 

「え、ええ……まぁ」

 

彼は久しぶりに友人と再会した見たいに、白い歯を見せながら、肩を組んできた。いや、誰です?正直なところ最近、あまりにも寝なさすぎて職員の顔やサーヴァントの顔が同じに見えてくる。この前なんてジャンヌとアルトリアを間違えてひどく怒られてしまった。

 

「なんだよー……お前って入った時から連れねーよなー」

 

「そう、ですかね……」

 

目線をやや下に下げながら俺は曖昧な返事をした。彼はその反応を見て「そこ!そこなんだよ」と人差し指で俺の顔を指した。

 

「もっと笑った方がいいぜ……ん?」

 

彼は何かに気づいたような声をだした。それに反応し彼の顔を見ると目線が俺の右手にいっていた。右手に持っているのは手帳である。なるほど、カルデア職員さんには要らないもんね。

 

「ほら……掃除とかあるので」

 

「……あ、あーはいはい!確かにな!端末では掃除はできねーもんな。お前にとっては端末とか関係ねーわな」

 

 

「………………………………まぁ、そうっすね」

 

 

「お前はお前で大変だな……おっと、こんな時間だ。俺はまだ飯食ってないから……じゃあな」

 

彼はそう言いながら歩いていった。マジで何だったんだ。いきなり絡んできて話すだけ話してその場を去る。典型的な自己中心型だな。ああいうタイプはマジで苦手だ。よく高校の時とかテストの日だけ絡んで「今日、勉強してきたん?」とか言ってくる奴とかいたな。あれと一緒だ。ああいうのと一緒にいるのは自分の中では酷だ。

 

「あ、あとお前のパソコンに必要経費とか新しい技術開発のプロジェクト関係のデータとか送ったから。カルデア職員会議の時までに資料作成、よろしくな」

 

「ちょっと何いってるかよく分かんない!」

 

俺は今日も明日も寝れねーのかよ。本当、いい職場だな。俺を除いて。マジで何?このままいくと死ぬよ?元気があれば何でも出来るとかのレベルじゃなくね?限度ってものあるだろ。スピードうてばいいの?チョコ吸えばいいの?大体それくらいお前がやれよ。飯食う暇があるなら仕事しろ!社畜としてあるまじき行為だぞ!

 

「こちとらニ週間乾パンぐらいしか食ってねーんだぞ」

 

「……え?」

 

「……ん?」

 

俺のボキャブラリーが可笑しくなりつつあった(決壊はしかけていた)その時、後ろに誰かの声がした。え?というたったの一音。その声で誰が発したか、俺は即座に分かった。

ゆっくりと後ろを振り向き、彼女の顔を見る。その顔には何時もとは違う何かがあった。

 

「……」

 

「……」

 

彼女と俺は何も話さず、ただ顔を見つめ合っていた。この暗黙に何かがある。それと同時に体の一ミリも動かしてはいけないという直感が働いた。つまり、彼女の怒りに触れるぞ。この空間はそう語っていた。しかし、俺はその直感とは違う方へと動いた。ゆっくり、ゆっくりと後ろに下がり、彼女との間合いをとっていく。時が止まったような空間を動くには凄く体力を使うがここを切り抜ければ……。その瞬間、対峙していた彼女とは違う人の声が俺の耳に入った。

 

「あの……」

 

「ひゃい⁉︎」

 

あまりの事にビクッと肩を強張らせ、反射的に後ろを向いた。驚いて変な声が……、自分の何処からでたのか分からない声を上げてしまった。

声をかけたのは、薄い紫色の髪が片目を隠しているのが特徴の少女、マシュキリエライトであった。カルデア職員はマシュの事を「マシュ」や「マシュさん」や「マシュちゃん」と呼んでいる。ある奴は陰で「マシュたん」とか気持ち悪いことを言っているが今は関係ない。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもないです」

 

彼女はこちらを不思議そうに眼鏡越しに見つめていた。俺は自分に言い聞かせるように言った。彼女は小さくそうですかと言うと俺の後ろに気配を感じたのか、俺の後ろを見た。

 

「あれは……ジャンヌさん?」

 

彼女はまた不思議そうに呟いた。しかし、ジャンヌは彼女の言葉に一切反応を示さない。ヤバい、俺は瞬間的に感じ、彼女の意識を俺に向けさせるように声を少し張り上げた。

 

「あ、あのー……俺に何かようがおありで?マシュさんが来たということはレイシフト関係ですよね?」

 

俺の問い掛けにマシュは自分の仕事を思い出したかのように、そうでしたと小さく言いポケットの中から小さなSDカードを取り出した。

 

「これ、今日のレイシフトの結果です。よろしくお願いします」

 

「分かりました。では、明日にでもまとめてロマンさんとダヴィンチさんに渡しておきますね」

 

俺は今までで一番の営業スマイルを顔に貼り付けた。勿論、声も今までよりも元気で張った声を出している。

しかし、俺の営業スマイルとは裏腹に後ろにいるジャンヌはただ、無表情に俺の背中を見つめている。マシュは少しだけ顔を困ったような顔にしかめた。

 

「それが、今日は新しいものが手に入ったりしたので、その関係で今日中にという事なのですが……お願いできますか?」

 

彼女は少し上目遣いをしながらそう言った。言ったのは多分、カルデア職員の奴だろう。成る程、確かにそういう場合、報告書が今日中に欲しいだろう。おまけに数日後にはカルデア職員会議だ。これで必要経費以上の予算が出るような代物だったらと思うと尚更報告書が欲しいわけだ。

 

「……分かりました。では、今日中にやりますね」

 

俺は言いながら彼女からカードを受け取った。その瞬間、左腕に冷たい感覚が走った。俺の後ろからジャンヌが腕を掴んだのだ。ヤベッ……と思わず声が出そうになった。どうやら彼女の何かに俺は踏んだらしい。

 

「……ジャンヌさん?」

 

マシュがそう言った瞬間、俺は腕を引っ張られた。足がもつれそうになりつつも、彼女についていく。マシュはただ呆然と俺たちを見つめていた。最後に彼女に向かって営業スマイルをするとマシュはぺこりと一礼し俺たちと逆方向へ歩いていった。

コツコツと黙って歩いているが、手の力が強くなっていく。最初は耐えれたのだが徐々にその強さが冗談では通用しないレベルに達する。

 

「ジ、ジャンヌさん?痛いです」

 

「……」

 

「イ、痛いのですが……」

 

「…………」

 

「マジで!マジのマジ!お前サーヴァントだからね⁉︎人間死んじゃうから!」

 

俺の意味の分からない言葉でやっと力がゆるまった。しかし、腕を掴んだ手は離そうとしない。だが今から何処に行くのか、それは分かる。

彼女の逆鱗に触れたのは俺の食生活である。何せニ週間乾パン生活だからな。無理もない。俺が逆の立場だったら有無も言わせずにジャンヌと同じ行動をしている。

 

「あー……ジャンヌ。分かったから、手を離せ。今度からは食生活を見直すから」

 

「…………」

 

「今度はしっかりとしたもん食うから」

 

「…………」

 

「けど、今日は無理。三日後にカルデア職員会議があるし。その関係で滅茶苦茶資料を作らなきゃいけないし。後、この報告書も書かなきゃいけないし、それから……あ、部屋の掃除だ。後……あれだ、新しいサーヴァント召喚されただろ?その影響でそいつの部屋の登録。あとーー」

 

「アンタどんだけ掛け持ちしてるのよ!」

 

ジャンヌは驚いた顔を俺に見せた。どうやら俺の仕事量に彼女は怒りを通り越したらしい。だが、俺の腕は相変わらず解放されておらず、足も止まらず歩き続けている。

 

「仕方がないだろう?職員の人数がめっきり減ったんだから」

 

「減ったからってアンタの仕事が増えていいわけないじゃない」

 

「何言ってる?増えるに決まってるだろ。他の人たちは研究やら開発やら、ましてやレイシフトとかで忙しいんだ。人数が足りないいま、多忙なんだよ?だから新たなデータを集めたり発見するのが専門になり、それを資料にまとめるのが専門外になるのが有ってもいいわけだ」

 

「けど限度ってものが……!」

 

「確かに、限度はあるな。だが、やる奴がいないいま、限度なんてものはない。だから俺はあえて言おう……限界突破している俺は最強であると!ジークジオン!」

 

「…………」

 

昔、国連の先輩が大学生の時に合コンの席でそんな事を言っていた。なんでそれを言ったのかは忘れてしまったが、ドヤ顔でそう言った。

国連の先輩は「これいうと絶対落ちるのよ。お前みたいなやつでもな」とヘラヘラして言ったのを何故か今のタイミングで頭に浮かんだ。

結局その合コンの女性陣をみんなお持ち帰りし、その言葉の威力を証明してみせた。

俺はドヤ顔でジャンヌに今の言葉をぶつけた。それを見てジャンヌはジト目になりながら「何言ってるんだ、こいつ」というような雰囲気を醸し出していた。その顔になるのは当たり前だな。キモいわな。

 

「……昔、先輩がこんな事を言ったら女子全員をメロメロにしたから、言ったんだが……」

 

「……私で良かったわね。アイツだったら宝具使ってたわよ」

 

「……二度とやりません」

 

ジャンヌは片方の手を眉間に当て、ため息をついた。呆れた、そんな言葉を彼女の口からもれた。先程とは違い、その顔は何時も見ている彼女の顔に戻っていた。

 

「……アンタの言いたい事も分かるし、否定もしない」

 

「だろ?これからはしっかり……とまではいわないが体と向き合いながら食生活整えるから。だからこの手どかせ」

 

「……アンタの言葉で言ったら、“だが断る”かしら?」

 

「……露伴先生じゃないか。漫画だぞ。なんで知ってんの?」

 

「アンタが一度力説してたじゃない……その漫画というものを読んだ事ないから今度読ませなさい」

 

「……部屋に漫画ないから必要経費で落とすわ」

 

ジャンヌにそう言うと綺麗な笑顔で「はい」と答えた。俺はその笑顔の返事に完全な負けを認め、彼女についていき食堂に行く事を決めた。帰ったら速攻で終わらせなきゃな……ホント、飯も仕事も嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

食堂に行くとそこにはポツポツと人がいるだけだった。時計を見ると二時半を回っていた。思えばこの二、三週間、殆どロクなものを食べていないのにも関わらず、一向に腹が減るといった現象がおきていなかった。グゥという可愛らしい音もなった事もない。何故か腹が減らないのだ。

 

「……いきなりぼーっとしてどうしたのよ?」

 

「いや、ここのところ乾パンとか変なもんしか食ってないのに腹が減らなかっ……なんでもない」

 

ヤバいと思った時には既に遅かった。ジャンヌは俺を睨んだ。

 

「アンタはあそこで待ってなさい」

 

「…………あい」

 

そう言ってジャンヌが指した場所には大量のハンバーガーが乗せられトレイがあった。その横にアルトリアの姿が……。

俺はアルトリアの向かいに座り、おう、と小さく挨拶した。アルトリアは食べていたハンバーガーから視線を上げて俺を見た。

 

「……貴様か」

 

「ああ、社畜様だ」

 

彼女は鼻で笑い、また自分が食べていたハンバーガーに視線を戻した。彼女は結構なジャンクフード好きで特にハンバーガーが好物らしい。普段はその凛々しい表情と結構な物言いに若干の憎たらしさを感じるが、いざ食べるとなると少し可愛さが出てくる。その証拠に口の周りにケチャップが付いている。

 

「おい。食べるのはいいがな、もう少し綺麗に食えよ。口の周りについてるぞ」

 

「そんなものは後で拭き取ればいい」

 

「ハァ……ほらとってやる」

 

俺はポケットからハンカチを出し、口を拭ってやる。その時、俺は気づいた。彼女が食しているハンバーガーの包みについているシール。そこに賞味期限が書かれていた。

 

「お前、これ非常食だろ」

 

「何を言っている。作った」

 

「いや、見れば分かるぞ。俺が確認してるから尚更分かるぞ」

 

「心配するなまだある」

 

「そういう問題ちゃうし!怒られるの俺だからね!」

 

俺はテーブルを少し強めに叩いた。すると彼女はまた鼻で笑い新しいバーガーの包みを破った。

 

「そこも心配するな。その時は私が助けてやる」

 

「……話し合いだよな?」

 

「ああ、私にとっての話し合いだ」

 

「…………非常食をもうちょっとハンバーガーにするか」

 

「それは賢明な判断だな」

 

「賢明じゃないわよ」

 

ジャンヌの声が途端に聞こえたので、ふと隣を見ると少し大きめのトレイに丼が二つと味噌汁がのっていた。

 

「お前も食べてなかったのか?」

 

ジャンヌは俺の言葉を聞くと、キョトンとした顔になった。その後に深くため息をついた。

おい、そんな疲れた顔されると俺の心に響くから止めろよ。なんか鈍感な主人公みたいじゃないか。

 

「…………今日はレイシフトに行ったのよ」

 

「……あれ?そうだっけ?」

 

「そうよ!アンタが『お前今日レイシフトだろ?この資料マスターに渡してくれ』って言ってたじゃない!」

 

「……最近寝てないからそこら辺も危ういわ。それ昨日?今日?」

 

「今日に決まってるでしょ!」

 

ジャンヌはガミガミと俺に言った。顔は狼の様に怖かった。

 

「お前最近怒ってばっかだな。なんかあった?」

 

「アンタの所為よ!アンタの!」

 

顔をこっちに凄く近づけ、胸辺りを人差し指でグリグリされる。もうこれでガルルと唸れば、比喩としてではなく、本当の狼そのものである。

 

「わ、悪かった。だからそんな怒るなよ。ほら、冷めちゃうと美味いもんが上手くなくなるぞ。腹ペコ王が怒るぞ」

 

「それは私か?随分偉くなったな。命が惜しく無くなったか?」

 

「……すいません」

 

俺はアルトリアに謝り、素直に腰を下ろした。ジャンヌはそれを見て、ジャンヌも座る。

怖……。そう思うのは今更な感じがするし、何回もこういうのがあったがやっぱり慣れない。

そんなことを考えていると、ジャンヌは俺の前に丼と味噌汁を置き、箸を俺に渡した。俺は黙ってそれをもらい、丼の蓋を開ける。トロトロとした卵と少し大きめのカツ……。

 

「……カツ丼ね」

 

「何でも今日は偶々らしいわよ。アンタも知ってるでしょ?エミヤってサーヴァント。何時もはもう少しヘルシーなんだけどマスターが食べたいって言ったのが原因。ラッキーね」

 

「……正直いうとあんまり食いたくねーな」

 

「どうしてよ」

 

「いや、眠くなるんだよ。消化が始まると眠くなる体質だから」

 

そう思いながら、味噌汁を啜る。口に広がる味噌の味が懐かしく感じた。乾パンとかでは大違いの美味しさがある。

しかし、カツ丼は別だ。この後にも仕事がある俺にとって重いものは食べられない。いや、食べられないというより食いたくても食えない。この後の仕事に支障をきたすわけにはいかないからな。実際のところ、アルトリアが食ってるあのハンバーガー一個でも重い。

 

ジャンヌは俺の言葉を聞いて、また鋭く睨んだ。その顔に「だったら寝ればいい」と書いてある。

もし、そんな事を言われれば正論すぎて何も言い返せない。そして、無理やり食わされるのがオチだ。

 

「……なぜだ?」

 

「……ん?」

 

突然、アルトリアがそんな事を口にした。

アルトリアは複数の意味がこもっているであろう言葉を俺に言った。彼女の目は真剣そのものであった。

 

「なぜ貴様はそこまで仕事に固執する。貴様のそれは異常だ」

 

その言葉は俺を一瞬だけ動揺させた。若干の悪寒がはしり、体からは鳥肌がたったような感覚がした。

なぜ、か。確かに異常と思えば異常だろう。俺も自覚はある。どっかの主人公みたいに悪役を演じたりそれが普通という神経があったりするわけではない。

 

「貴様の本来の仕事はもっと違うはずだ。いや、違わなくてももっと少なくなっても良いはずだ」

 

「まぁ……な」

 

「私にはお前が自らそういうところに陥っているとしか思えない」

 

「……まぁ、あながち間違ってない。俺から突っ込んでいるんだと思う」

 

「それはなぜだ」

 

彼女はじっと俺を見つめた。その瞳から俺は逃れられないような気がした。彼女の凛々しい姿がこんなにも怖くて恐ろしいものと感じたのは多分初めてだ。

だから俺も彼女に伝える。

 

「……俺はさ、このカルデアに貢献したいとそう思った事は一度もない。寧ろ逆で恨むというものではないけどそれに近いものを感じてはいる。今もだ」

 

「なら尚更ーー」

 

「けど、今のカルデアの現状はとても厳しい状況だ。人数が少ない。おまけに外からの援助は期待できない。だったらやらざるを得ないだろう?雑用と言われるヤツが文句を言いながら、愚痴を言いながらでも少しでも負担を減らせなきゃと思うのは当たり前だ。もっとも仕事が無い方がいいに決まっているし、寧ろそっちをお願いしたいが……」

 

アルトリアは尚もジッとこちらを見つめている。彼女の真剣さは未だ消える事なく俺を捉え続けている。そんな彼女に俺はとうとう耐えきれなくなって視線を外した。

 

「まぁ、要するにあれだ。『子は親よりも大切』ではなく『親は子よりも大切』って事だ。まぁ、このカルデアが俺の最後の経歴になったりしたら俺はここを恨むがな」

 

俺は彼女から視線を外しながら言葉を続けて言った。いつになく真面目に話した所為で恥ずかしさが徐々に募ってくる。次第に体がほんのり熱くなる。後で賢者タイムに突入する感じだな。

 

「……そうか」

 

彼女の口から出たのはそれだけだった。俺は目だけを彼女に向けると彼女は目を伏せていた。何だ?俺の言葉を反芻してるのか?だとしたらやめて欲しい。俺が恥ずかしさで死んでしまう。

 

「おい、どうしーー」

 

「では、これは私がもらってやる」

 

そう言った彼女は俺の目の前にあったカツ丼と味噌汁を自分のところに持っていった。

その行動に俺もジャンヌも驚いた。しかし、そんな俺らとは違い、何時もと変わらぬ凛々しい顔のままであった。

アルトリアは自分の横にあるハンバーガーを一つを包みから破くとパクパクと食べ始める。その行動を見ていたジャンヌは痺れを切らしたのか声を少し荒げた。

 

「ちょ、ちょっとアンタねぇ……!」

 

「仕方がなかろう、彼には食べられない理由がある。ならばこれは誰かが処理しなければならない」

 

「だからと言ってこのままじゃーー」

 

「ああ、貴様がいいたいのも分かる。だから……」

 

彼女はジャンヌの言葉を遮った。そしてあろうことか彼女は左手を俺に向けた。

 

「こいつと交換だ」

 

彼女の左手には先ほど食べていたハンバーガーがある。それと交換と言い出した。その時の彼女の目はうっすらと笑っていた。

 

「……は?」

 

俺はあまりの事に少し頭が急ブレーキを踏んだみたいに一気に止まった。しかし、脳の信号が緑になるのはそう遅くはなかった。

 

「貴様はこれを食え。どうせロクなものしか食っていないだろう?これだけでも充分栄養になる」

 

さっきの言葉をどうやって受け止めたかは分からないが、どうやら俺の食生活が乱れていたのは見透かされていた。

 

「貴様の事だ。これ一つでも重いというだろう。ならば半分だ。それならば貴様も文句はないはずだ」

 

「……まぁ」

 

「ならば受け取れ」

 

彼女の手からハンバーガーを受け取る。そこそこの重量感が手に伝わってきた。半分でもこれなら一個はもう少し重いのだろう。改めてアルトリアを見ると彼女は綺麗な微笑をして俺を見ていた。

 

「じゃあ……」

 

そう言い、半分のハンバーガーを口に入れる。ハンバーグとレタスやピクルスの味が一度に口の中で広がる。美味しさが口を包んだ。

そうして、数分の間、ハンバーガーをゆっくりと堪能した。

食い終わったらいよいよ腰を下ろしていた椅子から立ち上がって気合いを入れるように、よし、と小さく呟く。

 

「……アルトリア、ありがとうな」

 

アルトリアに礼を言うと彼女はハンバーガーを食いながら、最初の時のように鼻で笑った。

 

「礼はいい。貴様が食べれないから交換しただけだ」

 

「そう言ってもらえると助かるな……ジャンヌもありがとうな」

 

「私は何もしてないわよ」

 

「それでもだよ」

 

ジャンヌはそっぽを向きながらつまらないような声で答えた。

 

「じゃあ……」

 

俺はそう言い食堂を出て行った。

ポケットの中にはヒンヤリと冷たい瓶がある。俺はそれを強く握り締めた。

 

 

 

 

 

「……バカ」

 

ジャンヌは無表情で彼の後ろ姿を見てそう言った。その言葉にアルトリアは先程彼にしていたように鼻で笑った。

 

「ああ、バカだ。だが、それはこちらも同じだ。魔女といわれ憎悪を求めるバカ。剣を振るい戦闘にしか価値を見出せないバカ。自分の事より仕事を優先するバカ。これ以上にない組み合わせだ」

 

「……その通り、って言ってもいいのかしら」

 

「言わざるを得まい」

 

アルトリアの言葉を聞き、ジャンヌはうっすらと笑った。そしてもう一回うわごとのように「バカ」と言い、綺麗に箸を持った。

 

「それにしても、アンタもアイツもよくやるわね。見てるこっちは驚いたわ」

 

「……ふん、恥じらいというのは今の私にはない。それはアイツもそうだ。それにその言葉がお似合いなのはもう一人の私だ。貴様は違うのか?」

 

「まさか。ただ、驚いただけよ。どうせアンタの事だから分けてから食べるのが面倒ってだけでしょ」

 

「……いつになく察しがいいな何か変なものでも食べたか?」

 

「喧嘩売ってるの?それともバカにしてるの?」

 

「両方だ。貴様も早く食え。それは冷めてから食べるものではない」

 

「知ってるわよ」

 

ジャンヌ達はそれぞれのテーブルにある丼に手をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、やりますかね」

 

「お、いたいた。お前のパソコンに研究データと必要経費とかの予算とか送っといたから。カルデア職員会議の時よろしくな」

 

 

「……チョットナニイッテルカヨクワカンナイ」

 

 

「あ、あと今日中にレイシフトの報告書。研究部の方とDr.ロマンに送っとけよ」

 

ちょっと何言ってるかよく分かんない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




余談ですが、皆さんジャンヌオルタガチャ引きましたか?
私は三万課金しました。

「よっしゃやったンゴ」

ガチャ「やあ」

「よし、最初から飛ばすぜ!十連やったンゴ」

ガチャ「おっやるか?」

「ジャンヌこい」

ジャンヌオルタ「どうしました?さ、契約書です」

「……ちょっと何言ってるかよく分かんない」

課金って何だっけ?爆死って何だっけ?


三万がある意味無駄でした。


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サーヴァントが召喚されました

遅くなりました。
遅くなった理由について少しだけ後書きの方で話させてください。
言い訳になるかもですが話させてください。
今回も長いです。暇な人はどうぞ見てください。


高校二年の時だった。

自分は友人達と一緒にテスト勉強に励んでいた。俺のいた学校は進学校でかなりの人がもうその時期から大学へ向けての勉強をやり始めていた。大半は、どこそこの国立大学やらどこそこの私立大学など、有名なとこばっかだった。

無論、俺もそうである。俺は有名な私立大学を既にその頃から狙っていた。倍率は非常に高かった。

俺の友達もまたそれぞれの違う国公立や私立を志望していた。

……テスト。その言葉が書かれたカレンダーの日付は明日に迫っていた。俺等は必死になってやった。

よく深夜遅くまでやると逆にダメだ。なんて言葉を先生達は言っていたが、あの時分ではその言葉に耳を傾けなかった。

結局、朝までやり続けた。時計を見ると五時だった。ふと、友人等を見ると少なくとも二人は寝ていたような気がする。こいつ等はダメだなと何処かでそう思ったのは覚えている。

気分を変えようと閉め切っていたカーテンを開けた。眩い日差しが一気に入り込んだ。太陽は光輝いてその強さと存在を大きく強調していた。お前はよくやった。と言われているような気がした。頭はいい方向に働いていく感覚があるし、倦怠感や疲労感などといった負のオーラはどこかに飛んでいった。まるで聖女を見たような気になった。俺は太陽を凝視して目を瞑るという行為を何度も行なった。その行為の意味は未だに分かってない。ただ、紅葉をハンカチに叩きつけてそれを写すように太陽を目に焼き付けたかったのかもしれない。俺のこういう行動は「眩しいからやめろ」という友人の声が聞こえるまでやっていた。俺は綺麗な笑顔をして「やっぱ……こういうのいいよな」と言った。友人はただ訝しそうに俺を見つめていた。

 

 

 

二時間が経つと嫌な機械音が鳴った。

端末に手を触れ、その音を止める。やけに耳に残るその音は俺を不快にさせ頭を痛くさせる。しかし、これがないと起きられない。試しに無しでやるものなら体内の水分が無くなるまで寝ていると思う。

ベッドから上半身を起こすと直ぐに頭痛と気怠さが襲ってきた。徐々に増していくその感覚にやはり寝るべきでなかったという後悔をした。俺は近くにある冷蔵庫からお茶を飲み、全ての倦怠感を何処かに排出するために深いため息をついた。しかし、その行為が逆に倦怠感を増していく。むしろ少ししかなかったやる気や、モチベーションが出て行ったような気がした。今日は一段と冗談が言えないレベルで疲れているのではないかと思う。

端末のロックを解除し時間を見ると時刻は午前十時になっていた。それを見てもう一度ため息をつきたくなった……。ヤバい、マジでモチベーションがゼロになる。俺は頭を振った。

 

「さて、やりますかね」

 

肩を二、三回回して無理矢理そう言ってみる。今までの経験上からしてこの行為は価値がある。無理にでも言えばその通りに体が動いてくる……。嘘、ウソついた。動くはずがない。どう考えても無理だ。

それでも、重たい体を動かして自身のパソコンの前に座る。まだやる事があるからだ。

 

つい先日にあったカルデア職員会議の報告書を作成しなければいけないからだ。くだらない作業だ。

カルデア職員会議というものはつい最近出来たばかりである。此処では各部署のそれぞれの方針の確認や必要経費、今迄の結果などをそれぞれ話し合う。本来、このような会議はなかった。何故なら、これらのものは全て所長さんかレフさんが全て一人でやっていたからである。一番上の人に報告書と方針を伝えれば、後は上が妥当であろう予算を考え、それぞれの部署にその報告をするだけであった。

しかし、一番上の人がいなくなった今、この会議は月一くらいの間隔でやっている。これにも理由がある。それは、予算の問題だ。一つの部署にお金が集中するとバランスが崩れるからである。要は皆が集まり納得がいく割合にするまで話し合う。それがこのカルデア職員会議をやる意味だ。だからといって月一でやるのはどうかと思うが……。それぞれの部署のお偉いさん三人から五人が集まり今後について話し合う。どの部署も出来るだけ予算を取りたいので中々結果が見えてこない。俺はその話し合いの記録を残す作業と参加していないロマンさんとダヴィンチさん、そして各部署に向けての報告書を作成しなければならない。

 

「技術部ではカルデアの唯一のマスターに新たな魔術礼装を作る為さらなる費用がいる」

 

「研究部はサーヴァントのスキルを向上が日々の課題となっている。しかもサーヴァントの数も増えているのだ。我々の方が費用が膨らむと思うがね……」

 

「いやいや、こちらの開発部の方が……」

 

そのような言葉を互いに言いながら、自分達が出来るだけ獲得できるよう工夫をする。時には相手の前回の成果を嫌みたらしく言いながら自分のところの部署の成果の功績をちらつかせるといった企業顔負けの事までしている。

こういうものを俺は記録に残し、それらを一時的に保管する。せめてこのカルデアが前までの活気に戻るまでデータとして保存しとかなければならない。一語一句間違えるなとは言われてないが、できるだけ正確な記録を残す必要があるので常に神経を働かせなければいけない。

結局、今回の話し合いは技術部に少し多く譲渡するという事で決まった。だが、技術部は不服といった感じであり、勿論他の部署も同じである。

ここまでの話し合いは深夜の二時を超えていた。朝から始まり昼食をとりそこからまた話し合いという結果である。やっと終わった……。というのはそれぞれの部署の人々であり、俺は違う。むしろ、そこから俺の作業といっていいのである。

最優先するものを終わらすだけでも一つに何時間とかかる。途中から「なんでやってるんだろ」という事まで考え出す始末。一応、ロマンさん用とダヴィンチさん用のものは終わらし、そこから二時間だけ睡眠をとり、今はそれぞれの部署の方面に正式な書類を作成中である。どうせなら上の奴らが下にそのまま教えればいいのにそうしない。単純にバカなのか、それともそれだけ丁寧に扱わなければならないものなのか……。後者であってほしい。でなければ俺の作業の意味が……。

 

「本当にバカバカしいな」

 

「本当ね」

 

ふと、後ろから誰かの声がした。椅子を回転させるとジャンヌが俺のパソコンを覗き込むように見ていた。そんなジャンヌはめんどくさそうな口調で言った。

 

「いつからいたんだ?」

 

「さっき。ノックしても返事がなかったから勝手に入ったわよ」

 

「……反応なかったら勝手に入るもんか?」

 

「悪い?」

 

「……いや、別に」

 

そう言いながら椅子を回転させ再びパソコンに集中する。暫く文字とデータとを睨めっこしながら少し霞んでいる頭で考える。俺の中にある余裕というものが今は欠如している。頭は遠く薄れていく景色を望んでいるが現実はハッキリとした景色を望んでいる。この白と黒の狭間にある俺の精神はハッキリといって正常ではない。

 

「今日はダメかもな」

 

突然とそんな独り言を呟いてしまった。後ろにいたジャンヌに案の定「何が?」と言われた。俺はそれに答えるつもりで右手をヒラヒラと振ってなんでもない事を示した。こいつに知られると何かと言われると思ったからだ。

そんな漠然とした考えをしている時にパソコンにメールが入った。宛先を見るとダヴィンチと書かれていた。そんなメールを不思議に思いながら、開けてみると、たった二、三行の短いものであった。

『新しいサーヴァントを召喚した。今すぐ来てほしい。

ついでにカルデア会議の資料もよろしく』

ため息が何処と無く出た。今日で何回出してるんだよ。鬼畜だな。あの人の正体って天才画家とかじゃなくて天才資本家とかじゃね……?何か産業革命時代にいそうじゃん?『働けー!私のためにーー!』とか言ってるところなんか脳内再生余裕だわ。『嫌ならいいよ?代わりならいくらでも……』とか言いながら笑ってそう……。ダヴィンチさんヤバいな。

 

「……大丈夫?」

 

「うん?ああ、ブルジョアジーに対抗できるのは団体で抗議する事だよな。俺は一人だからクビになって終わりそうだわ」

 

「………………大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だ。産業革命なんてなかった事にすればいい。そうだろ?俺が終わらしてやる。これは俺の革命だ。革命はいつもここから始まるんだぜ」

 

「……誰か呼ぼうかしら」

 

「……うそ。嘘だから。本気で心配するのやめて」

 

冗談がキツかったのか本気で心配したジャンヌに俺は椅子から立ち上がり、彼女を宥めた。彼女は目を細めながら「本当に?」と聞いてきたので親指を立てた。その後、引き出しを開けて資料を出しる。鉛筆で小さく「ダヴィンチ」と書かれたプリント。そこには必要予算の事と研究の依頼など様々なことがびっしりと書かれている。一番早く提出しなければならないもので、一番長く時間がかかるものでもある。優先順位はダヴィンチさんが一番でその次はロマンさんのものである。

彼女はこの内容をザッと見てサインをするだけである。これが彼女のカルデア職員会議の仕事である。正直すごい。あんな手間と労力をかけたものを僅か何分間で終わらせるなんて……。

 

「尊敬するわー……本当に天才死ね」

 

「さっきから、アンタの口から愚痴と訳がわからない言葉しか出てないわよ」

 

「なんだと?じゃあ、真面目な話をしよう……お前はだれ?」

 

「……本当に大丈夫なの?死ぬとかないわよね?」

 

「俺か?俺は雑用。分かってねぇジジィどもはちとばか泣かす」

 

「……ちょっと本当に休みなさい」

 

「冗談だ。マイケル」

 

「ジョーダンとか言いたいの?兎に角もうそういうの言いから」

 

そう言いながらジャンヌは近くの冷蔵庫からお茶を取り出した。

 

「ジャンヌ、ついでにそこから茶色い瓶を取ってくれ」

 

ジャンヌは一瞬こちらを見たが、何も言わず茶色い瓶を取りだした。ラベルには『眠いと言ったな?』から続く例のやつが書かれている。俺の冷蔵庫には現在第一段階と第二段階の瓶が数本あるだけでそれ以外は何もない。唯一あるのはアイスくらいである。

あれはいいよな。甘いし、手軽に食べれるし……なんか栄養高そうだし。

ジャンヌから瓶をとり、それを一気に飲み干す。体内に溜まるような感じがした。吸収されていない液体が胃の中で暴れているのが伝わってくる。

 

「……行くか」

 

「ちょっと……」

 

扉に向かって歩こうとした瞬間にジャンヌに止められた。ジャンヌの右手には何かの薬があった。左手には当然お茶を持っている。

一瞬、訳がわからなかったがそれを俺に差し出した。

 

「なに?それ俺が飲むの?」

 

「当然よ。これ、栄養剤だから」

 

「……白い粉とか中に入ってないよね?」

 

「入ってない。ロマンっていう人から調達したのよ。安心なさい。あんな液体よりも安全です」

 

ジャンヌは無理やり俺の手に薬をのせ、コップを渡してきた。ここまでされてしまったら、飲み干すしかない。俺は一気に飲み干した。確かにロマンさんがくれたのなら安心する。あの人が俺の多忙さを知ってるかどうかは別として、あの人は優しいイメージがあるからな。

 

「……どう?」

 

「どうと言われてもな……薬とかそういうのは吸収されるまで時間がかかる。大体四十分くらいはかかるぞ。だからそんな早くに効果はでない」

 

「…………流石ね」

 

「だろ?社畜の神とでも呼べ」

 

「神は私の敵よ」

 

「……そうだったな」

 

ジャンヌにそう言いながら哀れみの目をおくった。こいつ憎悪を求めてるようだが、ジャンヌってこんな負を求める女性だったのか?何か自分が思っているような女性とは違う。イメージ的に『神は……』とか言いながら導いていそうだったが……。やっぱり歴史って当てにならない。

俺は瓶を机に置いて部屋を出た。機械音とともに横にスライドされる扉が開くと、一人の男性がいた。彼は俺を見ると「おう」と言った。その声と顔立ちで、いつか会った男性だとわかった。彼は相変わらずの笑顔で俺の前に立っている。俺はそれに嫌悪感を抱きつつも小さくお辞儀した。

 

「相変わらずの無愛想だな、お前が笑ってるところなんて見たことねぇーぞ」

 

彼は以前やったように肩を組んだ。横で小さな声をあげながら笑っている彼に若干の怖さを感じた。時に嫌悪は恐怖に変わるのだ。ジャンヌに助けを求めるように顔を向けた。彼女は俺を見ず、彼を怪訝そうに見つめていた。

「……ん?お前相当やつれてるな」

 

「……まぁ、最近寝てないので」

 

「夜更かしか?そんなことしてるといざという時ダメになるぜ」

 

「……まぁ、そうですね」

 

軽い返事をしながら視線を斜め下にやる。原因はお前らの資料まとめたりしてるからなんだけど……。そんな事を言うとまた面倒なことになりそうだから言わないけどね。

 

「あの……何すかね?」

 

「お、そうだったな」

 

彼はポケットに手を突っ込みSDカードを取り出した。それを俺の顔の前に見せてきた。彼は相変わらずの笑顔でそうやっている。もしや……と、思いながらも彼の言葉を待った。

 

「これ……新しい魔術礼装のデータ。といっても大まかでまだまだ実験とか必要なんだがな……。昨日の職員会議に間に合わなかったんで上の人は怒りまくりなのよ」

 

「……で、どうするんですか」

 

「だからこの大まかなやつをお前にきっちりとしたものにして欲しいわけ」

 

「…………」

 

「つってもまだ実験が必要だからよ、現段階のやつをまとめてくれればオッケーだから。そしたらさ、幾分か上の人の怒りも治るだろうってことよ。なにぶんこういうのできないやつ多くてよ。お前ならできるだろ」

 

 

彼はSDカードを俺の左手に渡した。俺が彼に反論を言おうとしたが、彼は「あと……」と俺の言葉を待たずに次の目的に話を変えた。

 

「会議の方の書類、あれもう出来たか?」

 

「…………いえ」

 

「……ふーん。まあ、昨日の今日だしな……できれば明後日くらいには欲しいからそこんとこ頭に入れといてくれよ」

 

彼はそれだけ言い、扉に向かって歩き出した。部屋を出る直前に何を思ったのか突然振り返り、付け足すように「夜更かしして何かするのはいいけど、やることやれよ」と言って今度こそ出て行った。取り残された形の俺はただ呆然と立ち尽くしながら彼が出て行った扉を見てるだけで、その他の行為ができなかった。頭の回転が一瞬だけストップし回転しだすかと思うと深い溜息吐いただけだった。

俺はSDカードを机に置いた。もうね……ここまで来たら仕事とかそういうレベルじゃないと思う。いうならそうだな……機械、ロボットとかのレベルだな。

 

「休みてー……仕事多すぎ。でも、やるしかねーよな。俺の仕事だし」

 

「……休めば?」

 

「…………いたのかペリー」

 

「何それ?大体ねアンタも断りなさいよ」

 

「……つってもなお前も見ただろう?断る隙も作らなかったじゃないか」

 

「そんなのアイツの目の前でそれを燃やせばいいじゃない」

 

人間そんなことできたら、サーヴァントなんか召喚してねーよ。第一あんな自己中心的なやつにそれやったところで効果なんざ目に見えてるだろ。絶対に『……ま、パソコンにデータあるからそっから送るわ』みたいに言うだけだな。

おそらく、自己中心的な彼からすればあれが普通なのだろう。見た目は若いし、就職だってここが初めてだろうから社会なんざしらない野郎だと思うわ。あんなの社会に出たら一発でアウトだな。せめて人に有無を問え。たとえそれがイエスマンだろうとな……。

 

「……俺はお前じゃねーからできねーよ」

 

「……比喩よ。人間そんな能力あったらサーヴァントなんか召喚してないわよ」

 

「……おうむ返しみたいだな」

 

「……は?」

 

「何でもねーよ。そういう事じゃなくてだな……要はお前みたいに単調にいかねーってことだよ。解るか?イヤイヤやらなきゃでもやらなければいけない事もあるんだよ。お前の単調な考えを押し付けるな」

 

彼女に少し辛辣な言葉を言うと、彼女は表情を変えた。彼女の癪に障ったのだろう。視線を下に落とすと白い手にグッと力を入れている。俺はそれに気付きながらも言葉を重ねる。彼女がここにいてはいつまで経っても何も出来ない。実際に早くダヴィンチさんのところに行かないとマズイ。もうかれこれ十分は経過してる。

 

「……なにそれ」

 

「べつに悪気があって言ってるつもりはない」

 

「だったらなに?私を怒らせたいわけ?」

 

「それも違う。ただ思った事を言ったまでだよ。誇張でも何でもない。ただの本音だ」

 

「…………そうですか。じゃあもういいです。勝手になさい」

 

そう言って彼女は出て行った。もう一回溜息を吐き、暫く経ってから出て行った。

廊下を歩いている途中に何人かの人に書類はどうだと聞かれた。その度に「まだ……」と言うと全員興味のないような無表情の顔をして出来るだけ早くというのを言って通り過ぎて行く。人員が不足してるのは解るがだからといってあの膨大な量を一人でやらすのはどうかと思うのだが……。

そんな事を考えながら工房に向かった。向かってる途中、後ろから小さく「おい」と聞いた事のある声がした。振り返ると案の定アルトリアがこっちに向かって歩いてきていた。

 

「……どうした。俺は今から工房に行かないといけないから」

 

「知っている。あいつから聞いた」

 

「ジャンヌから?」

 

「ああ、いきなり私の部屋に来て何を言うかと思ったら『後はよろしく』と言われてな……」

 

「……まじかよ」

 

アルトリアはスッと俺の前を通り過ぎていった。その時に俺と目を合わせた。俺は少し早歩きをし彼女と並立に歩く。どうやらアルトリアも工房へ行くようである。

 

「……で、何をやらかした」

 

「ああ…………ジャンヌは何処に?」

 

「貴様の部屋で冷蔵庫を漁ってたぞ」

 

アイスが……俺の唯一の食べ物が……。ジャンヌよお前はいつからそんないじめっ子になったんだよ。俺と関わった時は…………変わってねーな。やっぱりジャンヌだな。

 

「やっぱりジャンヌだったわ」

 

「聞いてはいたが今日の貴様はいつもの何倍もおかしいな」

 

「何時もおかしいみたいな言い方はよせ」

 

「おかしいさ。そうでなければ私は貴様なんぞと関わっていない」

 

「……何そのかっこいいセリフ。よくそんなの言えるな。カルデアマスターくらいだぞ」

 

 

そう言いながらアルトリアを見ると相変わらずの凛々しい顔で前を見続けていた。嘘や讒言などを絶対に言わない。彼女の言う言葉は何時も本心であり、他人の心に刺さる。良くも悪くも彼女の言葉は的確だ。いや、俺が彼女を信頼しているから、あたかもそう思ってしまうだけかもしれないが……。

 

「まあ、お前が言うなら本当だろうな」

 

「……貴様があいつにどんな事をしたのかは知らん。だが、悪気があったわけではない。あいつは何かと心配しいる。そういう奴は大切にするべきだ」

 

「知ってるよ。だから後で謝るよ……」

 

俺はそっぽを向きながら、ばつが悪そうに頭を掻いた。あまり経験がない謝るという行為に自分がどれだけできるかは分からないがやるしかない……。まあ、素直に許すとは思わないけど。

 

「謝るけど、素直に許してくれるとは思わないけどな。そうなったら気まずいな」

 

「そうでもない。あいつは貴様の事となれば態度が変わる」

 

「理由になってないだろ」

 

「許してくれる」

 

「だと良いんだがよ……まあ謝るよ。完全にこっちに非があるからな」

 

「……だが、その必要はないかもしれながな」

 

「……は?どういう事だよ」

 

アルトリアは小さな声でそう言った。まるで独り言のように。俺の口から腑抜けた声が出ると彼女は俺がジャンヌにしていたように手をヒラヒラと振り何でもないといった感じで会話を終わらせた。俺もそれについて言及はしなかった。少しだけそこに怖さを感じたからだ。こうして俺とアルトリアは前だけを見てゆっくりとカーブのある廊下を歩き続けた。誰一人として廊下ですれ違う事はなくただ歩くという単純な音だけが廊下に響いた。彼女と俺の足から出るこの音に今後の不安が少しだけ和らいだように感じた。

 

 

工房につくともう既にマスターの姿が見当たらなかった。もう挨拶等のものを済ませたのだろう。因みにだが、俺がマスターに会ったのはつい一ヶ月前のことだ。そりゃあそうだ。カルデアの職員と戯れるほどマスターは暇じゃない。けど、渡さなければならない書類とかあるから出来るだけマスターと会って大抵何処にいるのかとか把握しておきたい。

ダヴィンチさんは俺に「やあ、久しぶりだね」と言いながら近づいてきたので俺は苦笑を浮かべながら一礼する。ダヴィンチさんは俺のその反応を見ながらいつもの笑顔でうんうんと頷いた。

 

「君みたいな良い子が増えればいいけどね。世の中そう上手くいかないもんだね」

 

「……翻訳すると『組織に忠実な人間が増えないものかね』という事ですね」

 

「君は言葉を素直に受け取るべきだよ。捻くれ者さん」

 

「…………」

 

俺は彼女を濁った目で見つめるだけで、敢えて何も言わなかった。これ以上言っても拉致があかない。ここは何も言わない方が良い。国連の先輩風に言えば『生産性のない会話は省け。それは自分自身の向上の妨げとなる』これを言ってのけるのは流石だと思う。国連に勤める人の言葉は違うなと思わせられる。カッコいい。

ダヴィンチさんに書類を手渡し端末にサインするよう促す。彼女は書類を確認する事なくそのまま端末にサインをしていく。俺はその行動に少しだけ違和感を覚えた。その行動は普段しない。仮に俺を信頼しているのだとしても誤字脱字くらいは見るはずだ。俺がここのところ寝てないのを知っているなら尚更だ。

 

「……確認は」

 

「確認?何の?まさかこの書類に関してかい?だったら必要ないよ。何故なら君が作ったんだ。幾ら多忙でも君はしっかりとしたのを作ると信じてるからね」

 

ダヴィンチさんは相変わらずの笑顔でそう言った。その笑顔に優しさが見られた。しかし、俺の違和感はまだ心の中にある。そう、これは本音じゃない。何か企んでいる……。

 

「……本音は」

 

「これで信用を勝ち得て次の仕事をお願いする」

 

やっぱりか。違和感の正体が分かったわ。この人やっぱり産業革命時代の資本家だろ。天才とかじゃなくて工場の経営者だろ。

 

「本音がだだ漏れですよ」

 

「気付かれているのに隠す事はしないさ」

 

「……上手くいくという確率は?」

 

「半分かな。けど君の反応を見てもう言った方がお願いしやすいと思ってね……。つまり、茶番になったということだ」

 

「……鬼ですね」

 

「鬼?理解できないね……あ、君の言葉で言うなら『ちょっと何言ってるよくわからない』」

 

「……ホタテはありませんよ」

 

「茶番はそこまでにしておけ。他にやるべき事があるだろう」

 

俺の後ろにいたアルトリアが少し声を張り上げてダヴィンチさんと俺にむかってそう言った。つい先程国連の先輩がどうのと言ったが本当にその通りだな。生産性のない会話って自分自身の向上に繋がらない……いや、単純に恥ずかしいだけだな。

俺風に言い換えれば『生産性のない話は省け。誰かに聞かれたら恥ずかしいから』だな。

ダヴィンチさんは突然の声に少し驚いていた。俺と話していたためかアルトリアの姿を捉えていなかったらしい。目を俺から外しアルトリアの姿を確認すると少しだけ彼女の特徴的な笑顔が歪んだように感じた。歪んだというのは誇張しすぎたが確かに反応がおかしい。俺はそれを不思議に思いアルトリアの方を向くが別段と変わった様子はない。アルトリアもその反応を見て不思議に思っている様子だ。

 

「あの……どうされました」

 

ダヴィンチさんは俺に視線を戻しつつ、首を横に振りなんでもないといった感じで俺に端末を返した。明らかに動揺していたダヴィンチさんに俺も少しだけ驚いていた。

 

「君が……いや、ここの職員がある特定のサーヴァントと仲がいい事に少しだけ驚いただけだよ」

 

「……そうですか」

 

「君たちは付き合いが長いのかい?」

 

「その通りだ」

 

ダヴィンチさんの質問に答えたのはアルトリアだった。彼女は即答するように俺たちの会話に割って入った。ダヴィンチさんはまたアルトリアの返答を聞き、またしても何時もとは違う笑顔を作った。なんだかダヴィンチさんは俺とサーヴァントとが仲がいい事を危惧してるみたいだ。何でかははっきりいって解らない。しかし、彼女にとっての都合が悪いのかもしれない。俺はそこにあえて何も聞かない事にした。

 

「あの……本題に入りましょう。新しいサーヴァントは?」

 

「ああ、そうだね……。こっちだよ」

 

ダヴィンチさんに案内してもらいながら召喚システムがあるところまで行く。召喚されたサーヴァントは召喚システムのすぐ隣にある椅子に座っていた。

召喚されたサーヴァントの特徴はクリーム色の髪を三つ編みにしているところであった。その髪は長く、彼女の腰のところまでいくのではないかと思う程だった。俺は彼女の青色の瞳に吸い込まれそうになりながらも全体を見るよう心掛けた。身につけている鎧や腰に備わっている剣まで事細やかに見た。そして魅了されるその容姿にどこかしらの既視感を感じた。

 

「……あの」

 

サーヴァントの言葉で俺は我に返った。そして急激にに耳が熱くなる。俺は反射的に視線を外した。

そして外した先に目に入るのはアルトリアの姿だった。アルトリアは俺をあの凛々しい顔で見つめていた。

 

「……惚れたか」

 

「いや、違うからね?可愛いとか思ってないよ?本当だよ?」

 

「惚れたな」

 

「いや、違うから。違うからね?違う?あれ?違うのか?違うな。アレだから。少しだけ誰かに似てると思っただけだから。それだけだから。決してあのクリーム色の髪とか顔とか別に何とも思ってないし、本当だよ?本当だから。俺はクリーム色を見るとついシチューを思い出して食べたいなーと思っただけで決して可愛いとか可愛いとかあと可愛いとか思ってないから」

 

「そうか。つまり惚れたでいいな」

 

「違うと言ってるの解らないの?アルトリアさんは話し通じない人だったけ?何かずうっとローマとか言ってる人だっけ?叛逆のとか言ってるごっつい人だった?あれ?そもそもお前アルトリアか?違うな。お前はアレだなアルトリアになりたがってる別のやつだろそうだろ?なあ、そうだと言え。令呪をもって命ずる。肯定しろ。俺の言葉に肯定しろ」

 

途中から何を言ってるのか分からなかったが何か口から込み上げてきた。ヤバいと思った時には遅かった。俺は肩で息をしながらアルトリアが何か言うまで待ったが、アルトリアもダヴィンチさんもサーヴァントも何も話さなかった。一瞬だけ時が止まったのではと思った。一番最初に口を開いたのはダヴィンチさんだった。

 

「……今日の君は情緒が激しいね」

 

「……まあ。正直言ってこの三週間本当に寝てませんよ。唯一の食事がアイスって笑えるでしょ?」

 

「そうだね。笑えるね。まあ、それだけの会話ができるならまだいけるよ」

 

「……正直言うとガタきてます。もう第二段階とか飲んでも効果がないくらいですよ」

 

「まだいけるよ」

 

「いけませんよ……。もうやめましょうこれ以上はキリがない」

 

俺は改めて新しく召喚されたサーヴァントを見る。やはり、何処かで見たような感じがする。やはり先程感じている既視感というべきものか、それともまた別の……。俺がじっと彼女の顔を見ながら思い出すように考えていると彼女は困った顔でこちらを見つめてきた。

 

「あ、あの……」

 

「……すみません。何処かで見たような顔だったので。気をつけます」

 

「い、いえ……お気になさらず」

 

そう言って俺と彼女はほぼ同時に目を逸らした。初々しいカップルのようで嫌だ。童貞感溢れてるよ。もう今は何をやっても恥ずかしいと思う。

それを見ているアルトリアは呆れたように俺を見ていた。その目にはやはり「カップルか」みたいな事を言っている。悪かったな。童貞で。こういうのに慣れてねーよ。

 

「けど童貞をなめるなよ」

 

「貴様はさっきから何を言ってる。あいつが言っていたように、やはり素直に休むべきだったな」

 

「アルトリア……俺はまだいけるぞ。常に冗談を言ってないと死ぬ性格だから言ってるだけだ」

 

「冗談の域ではない。貴様は崩壊しかけている」

 

「確かにボキャブラリーは決壊してるけどなーー」

 

「まあまあ、もういいじゃないか」

 

そう言って無理に入ったダヴィンチさん。嘘くさい咳を一回してこの場を一旦落ち着かせた。俺は小さくため息をつき、端末を取り出し空いてる部屋の確認をする。

部屋の番号が赤くなっているところは誰かが既に入っているという証拠である。部屋の管理は全て俺がやる事になっているため俺の端末に部屋の番号を登録しないと正式に自分の部屋にはならないのである。もし俺の端末に登録せずに勝手に部屋に住むのであればそれは即ち『誰がやってきても文句言うなよ』と言う事になる。

俺は新しいサーヴァントに端末を渡して適当なところに選ぶよう促した。彼女は少しだけ迷いながらも選択し俺に端末を渡した。確認のため選択した箇所を見ると……俺の隣だった。えー……なんで?と思いながらも顔に出さないように我慢する。彼女は俺の左側を選択した。因みに俺の右側は空き部屋である。

部署の人間もそれぞれ部屋はあるが全員固まっている。当然仕事とかの都合がいい事がそれの理由であるが、俺は違う。サーヴァントが召喚される前からどの部署にも属していないため俺は一人だけ離れた位置に部屋を取ったのだ。それが今ではどうだろうか……。俺の左に女子が住もうとしてるではないか……。ていうかなんでそこ選んだんだ?理由を聞きたいわ。

俺が暫く端末を持ったまま固まっているとアルトリアが端末を覗き込んだ。俺はそれに気づいたが隠そうとせず彼女に端末を渡した。

 

「……俺が選んだとかじゃないからな」

 

「ああ、承知している」

 

「あの……ダメでしたか?」

 

「いえ、そうじゃないです。ただ俺の横というだけで……選び直しますか?」

 

「え……べつにいいですよ」

 

サーヴァントは俺に向かって微笑んだ。『え……』とかいう辺り本当に適当に選んだっぽいな。というか普通は空いてる部屋ならどこでもとかいったら左右誰もいないところ選ぶのが普通だと思うが……。

これで何度目か分からない気まずさが漂いだすと、俺はダヴィンチさんがやったように軽く咳をして話をずらす事にする。まあ、話す話題とかないから咳払いしても意味ないけど。もう行くか……。

 

「あの……。行きませんか?」

 

「はい……あ、申し遅れました。ジャンヌ・ダルクといいます。宜しくお願いします」

 

「…………は?」

 

俺は目を点にした。その反応を見てサーヴァントからも「へ?」という腑抜けた声が出た。いや、出したいのは俺だから……。だってジャンヌはもう……。

 

「アルトリア」

 

「どうした。まさか貴様は知らずに会話をしていたのか。私はてっきり知っていると思っていたが……」

 

アルトリアは既に知っていたかのように驚きもせず話した。俺はダヴィンチさんに目を合わせるとダヴィンチさんは首を傾げた。

 

「……ジャンヌって既にいますよね?」

 

「あれ?君に話さなかったけ?オルタのこと」

 

「……オルタ?」

 

「あれ?君書類とか作成してるよね?オルタの事とかサーヴァントの種類とか必ず一枚はあるとは思うけど……」

 

サーヴァントの種類に関してなら確かあったような……気がしない事でもない。けど、あまり覚えてない。いや、そんな一々記憶してたらどんだけ時間が掛かることか。答えを写すか考えてやるかの違いだ。答えを写す方が絶対に時間が短縮になる。それも多ければ多いほどそっちの方が手っ取り早い。俺は勉強をしているのではなく飽くまで仕事をしている。だからそんな一々記憶に留めていない。

 

「サーヴァントに関してなら何枚かは……けど覚えてませんよ」

 

「そうかもね。じゃあ凄く簡単で手短に言おう……同じサーヴァントでもタイプが違って召喚される事もあるんだよ。オルタに関してはまた違うけど……まあ、それは君が知っていても何も役に立たないから同じだと思ってくれいい。以上、天才ダヴィンチちゃんの説明でした」

 

ダヴィンチさんはにっこりと笑いながら本当に手短で簡単に言った。確かにサーヴァントなんて俺が知っていても、だからどうしたのという具合で終わるのが落ちだしな。あまり聞かなくても問題ないかもしれない。だって雑用だし。何も所属してないし……肩が軽い身分なのはいいことかもしれない。

 

「……じゃあアルトリアも?」

 

「ああ、私はオルタだ。私と同じタイプでいうならばもう一人いる」

 

「……アルトリアでいい?なんかオルタつけるの面倒だし長い」

 

「それでいい。今さらそんな呼び方されても私が反応に困るだけだ」

 

「ジャンヌに関してもオルタなしでいいかな?」

 

「いい。寧ろそっちでないと怒るかもしれん」

 

「なんでだよ」

 

「なんとなくだ」

 

俺は疑問に思いながらもアルトリアとの会話を終わらせる。いい加減この工房から出て自室に戻って作業をしないと今日も徹夜になってしまう。あと部屋にいるジャンヌにアイスを食われる。俺はジャンヌさんに部屋の案内をする事を伝えこの工房を出た。途中、アルトリアがいない事に気づいたが彼女なりの都合があるのだろうと思いそこまで気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ジャンヌさん行きましょうか。案内しますよ」

 

「は、はい。宜しくお願いします」

 

彼のいきなりの呼び声に少し驚きつつもジャンヌはしっかりとした返事をして工房の扉へと歩いて行った。するとそのタイミングでダヴィンチが彼に声をかけた。しかし、アルトリアがそれを制止する。

 

「あ、ちょっとーー」

 

「おい」

 

小さな声でダヴィンチに言うと彼女は驚きながらもアルトリアに目を合わせた。何時ものあの笑顔はまた歪んだものになっていた。アルトリアは横目で彼が工房を出たのを見送った。早い段階で制止したので彼に対しての呼び声は彼の耳に届いていなかった。

 

「なんのつもりだい?」

 

「それはこちらの台詞だ」

 

アルトリアは目線を下げダヴィンチの手元を見た。ダヴィンチの手には数枚の紙がある。彼に渡す予定だったものだ。

 

「貴方はそれを彼に渡すべきではない」

 

「………なぜ?彼の仕事だよ。君には関係がない」

 

「ああ、私には関係がない」

 

「だったらーー」

 

「だが、私はそれを止めなければならない」

 

アルトリアは何時もの凛々しい表情を一切崩さずそう言った。ダヴィンチはアルトリアの言葉を聞き小さく「何故?」と呟いた。アルトリアはそれに答えるように「約束だ」と答えた。そして後ろを向き、扉に向かって歩き出した。

 

「そういう約束だからだ」

 

「……彼との約束かい?」

 

「違う……別の馬鹿とだ」

 

「もう一人いるのかい?それにしてもオルタのする事じゃないね」

 

「そうだ……。だがら私も馬鹿だ。しかしそれでいいと思っている。貴方ならその意味が解るだろう」

 

アルトリアはそう言い終わると同時に扉が開いた。アルトリアは振り向くことなく出て行った。工房には数枚の紙を握りしめているダヴィンチだけが残っている。ダヴィンチはアルトリアの出て行った方を暫く見続けた。そしてクシャッと紙を丸めた。

 

「……いただけない」

 

ダヴィンチにとっては彼がサーヴァントと関わることは都合が悪かった。彼にはもっと仕事をしてもらなければならない。彼はこのカルデアにおける仕事のほぼ八割を担っている。彼がいなければほぼ機能しないのに等しい。いや、正確に言えば機能しないのではなく情報が回らない。このカルデアにおいてそれは致命的というしかない。しかし、どうしようもない。どの部署にもそれを担うような人数が揃っていない。だから彼には全ての部署の『雑用』が回ってしまう。だからこそ彼のやる事は沢山増える。

ダヴィンチがその事を知ったのは彼から所属している部署はないと言われた時だった。彼の事に探りを入れると彼に関する書類が見つかり、そこには雑用とだけ書かれていた。それで不審に思い聞いてみると彼は自分の仕事を話した。彼の多忙さを知ったダヴィンチは彼の助けになるようなものを開発しそれを与えた。それはこの多忙さを改善するのは無理と言っているのと同じ意味であるが、ダヴィンチはそれを肯定した。つまり、彼の多忙さがなければ回らないこの現状を肯定した。実際本当に回らないのだから……。更にそれを肯定するのに拍車をかけたのは彼に対しての多忙さがはっきりとした形で誰一人知らないという事だった。ダヴィンチだけが彼の多忙さを知っているだけ。ロマンもマスターもだれも知らない。また彼も性格上そういうことをあまり公言しない性格であったのも好都合だった。

だから彼には休まれては困るのだ。いや、少しならいい。具体的には二週間に一度。それ以上はこのカルデアに支障をきたす。ダヴィンチはそう推測している。未来を担っているこのカルデアに一人の人間が犠牲になる事はやむを得ない。天才はそう結論を出した。だがらこそ彼の味方がいる事が都合が悪い。そいつはきっと彼の多忙さを知り休むよう促し、彼に対して仕事の意識を薄くさせる要因に繋がってしまう……。

 

「……いただけない。彼にはもっと頑張ってくれなければならないのに。その為に彼専用のドリンクまで作ったんだから……」

 

ダヴィンチは上を向いた。シミ一つない天井が眼に映る。面白さを感じない天井をジッと見つめていると頭の中でアルトリアの顔がぼやけながらも浮かんできた。ダヴィンチは手に力を入れながら苦笑する。

 

「君がやっているのはエゴだ……させないから。君の思い通りには……彼にはまだやるべき事がたくさんあるんだよ」

 

ダヴィンチはパソコンを起動させて彼のパソコンにメールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はジャンヌさんと会話をしながら廊下を歩いた。この時には俺の中に既視感はなかった。部屋に着くと俺は何か分からない事があったら隣に来るよう伝え、その場を去ろうとした。するとジャンヌさんが俺を呼び止めて変な質問をした。

 

「あの……具合とか悪いんですか?」

 

「……へ?」

 

ジャンヌさんの質問に俺は腑抜けた返事で答えてしまった。彼女は心配そうに俺を見つめている。俺はどう答えたらいいか分からず曖昧な言葉しか出なかった。

 

「えっと……」

 

「いえ……その、別に私の個人的な感想なんですが顔がやつれているように見えます」

 

自分で言うのも何だか歯がゆいが、俺は疲れなどが顔に出てこないタイプの人間でその所為もあってよく勘違いされてしまう。ここに気づけるとは流石ジャンヌだなと思ってしまった。ジャンヌは最初に気づいた一人目だ。

 

「まあ、そうですね。正直いえば二、三週間本当に寝てませんよ」

 

「二、三週間……ですか?」

 

「まあ、大丈夫ですよ。いざという時は倒れるだけですから」

 

そう言ったその時だった。視界が揺れた。揺れは時間が経つとともに大きくなり、ジャンヌさんの姿も捉えれないほどになった。どうやら俺の言葉はフラグだったようだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

揺れる世界でジャンヌさんの声がする。俺はそれに答えるように手を振ったが体は思うようにいかず、ジャンヌさんにもたれるように倒れる。彼女は俺を支え、ベッドに寝かせた。

 

「誰か呼んできます!」

 

「……お、お願いします」

 

頭が異様に重い。それに瞼も重くなってくる。意識が薄れそうになりながらもそう答えるともうダメだった。まだやるべき事があるのに…………。

 

 

 

 

 

ジャンヌは部屋を出ようとしたがその前に扉が開いた。ジャンヌが振り返るとそこには先ほど彼といたアルトリアがいた。

 

「……どうした」

 

「あの……彼が」

 

そう言ってベッドを指した。アルトリアはベッドまで寄って彼の容態を見た。規則正しい寝息を立てながら寝ていた。

 

「どうやら効いたようだな」

 

「……ど、どういう意味ですか?」

 

ジャンヌの質問に答えずアルトリアは彼を抱きかかえる。そしてチラッとジャンヌを瞥見し、そのまま扉に歩いて行った。

 

「あ、あの……」

 

「貴様に答えるつもりはない。これ以上突っ込むのならもう一人の貴様に聞け。それだけだ」

 

ジャンヌは呆然としたままアルトリアの後ろ姿を見ているだけでそこから暫く動く事が出来なかった。

 

「……どういう意味なんでしょうか」

 

当然、誰もその質問に答える者はいない。ジャンヌは何だか自分が取り残されたような感じがした。彼女にとって召喚されてからまだ数時間しか経ってないのにとても濃い一日となったのはいうまでもない。

 

 

アルトリアは彼の部屋に入ると、ジャンヌの姿が目に入った。ジャンヌはベッドで寛ぎながらアイスを食べていた。近くのゴミ箱を見ると無数のアイスの棒などがある。アイスだけをためていた彼にも呆れるがそれを食べるジャンヌにもまた同じように呆れる。

 

「許可なしに食べるのは文句は言わないが、食べ方は考えるべきだ」

 

「それ貴方が言うの?お互い様よそんなもの……」

 

ジャンヌの言葉にアルトリアの口からため息が漏れた。これ以上言ったところで何も変わらないのなら言わない方がいいと判断した。アルトリアはベッドに近づきながらジャンヌに退くように目配せをした。彼女はそれに素直に従った。

 

「……寝てるわね」

 

「効いたのはついさっきだがな」

 

「……あの瓶ってそんなに強いの?」

 

「そうらしいな。だがとりあえずはこれでいいだろう。明日には起こすが……」

 

「……二日くらい寝かせても問題ないわよ」

 

「ああ。だがそれはダメだ。何せこいつには仕事がある」

 

「あんなの仕事じゃない」

 

「仕事だ……。少なくともこいつにとってはな」

 

そう言ってアルトリアはまだ言い足りないような表情を浮かべるジャンヌから離れて近くの椅子に座る。ジャンヌはそんな彼女を見て小さくため息を漏らし再び彼を見た。小さな寝息が聞こえる彼を見て少しだけ安心した。

ジャンヌが彼に渡した薬は眠気を誘う薬と眠気を促す薬を調合されたものだった。ロマンから貰った薬で彼には「最近眠れてない」と言い薬をもらった。ロマンは「サーヴァントに効くか分からないけど」と言いながら素直に渡した。ジャンヌがこの薬について聞くと一番効くものだと答えた。だが……。

 

「……負けてるじゃない」

 

彼が愛用していたドリンクに負けていた。結局効果が効きだしたのはドリンクの効きめが薄くなってきてからだった。

それでは意味がない。ジャンヌは手に力を入れた。

 

「……どうでもいいが召喚されたサーヴァントはもう一人の貴様だ」

 

「本当にどうでもいいわね。誰が来たところで変わらないわ」

 

「…………そうだな。では、これはどうだ」

 

アルトリアの言葉にジャンヌは疑問をもちつつアルトリアの方へと歩いた。彼女は彼のデスクに置いてあるパソコンをジャンヌに見せた。パソコンにはメールが一つ入っていた。ダヴィンチからだった。

 

「これが何よ。どうせ仕事のメールでしょ?そんなもの無視に決まってーー」

 

「ああ、これがそうなら私もそうする。しかし……」

 

アルトリアはメールを開き内容を見せる。ジャンヌは横から覗くようにそれを見る。そして、アルトリアは小さな声で「こういうことだ」と言った。ジャンヌは目を細めながら無表情で小さく「へぇ……」と言った。

 

「……あの天才は敵ってことね」

 

「貴様もそうだが、大げさに捉えすぎている。そこまでの事ではない」

 

「大げさ?勝手に言ってなさい」

 

「……どうするつもりだ」

 

「別に?むこうがやってきたら私もやるだけよ」

 

ジャンヌの答えに「そうか……」と呟いた。彼女の彼に対する思いはアルトリアよりも強い。それは自覚をしていたつもりでいたアルトリアだが自分が想像していた以上のものになっていた事に少し驚いた。真剣さを感じるジャンヌを見ていると彼女の口が再び開いた。

 

「聖杯を使いましょう」

 

「……言っている意味が分からない」

 

「死んだらよ。彼がここで死んだら聖杯を使いましょう」

 

ジャンヌの真剣さは今だ消えていない。むしろ、強くなっているように感じる。アルトリアは改めてメールを見る。一文で『彼はカルデアのものだ』と書かれている。

 

「……貴様は馬鹿ではなくなったな」

 

「馬鹿よ。だから私は彼と一緒に地獄に行く運命にあるのよ。馬鹿同士でお似合いでしょ?」

 

「貴様は狂ってる……」

 

「狂ってる?何を今更……。貴方もそうじゃない」

 

「私は違う。私は狂ってなどいない」

 

ジャンヌはその言葉に小さく舌打ちをしパソコンから離れ彼が寝ているベッドの端に座った。そんなジャンヌを見てアルトリアは「だが……」と言った。アルトリアの言葉に彼女は訝しそうに見つめた。

 

「だが、その時は私も一緒に堕ちよう。貴様とこいつでは心配だ。堕ちるところまで行けば私も狂うようになるだろう」

 

そう言ったアルトリアにジャンヌは驚きつつも小さく鼻で笑った。

 

「貴方も既に狂ってるじゃない」

 

「私は馬鹿なだけだ。でなければこんな事は言わない……。貴様と一緒にするな」

 

「そう……狂ってるのは私だけね。いずれ解るわよ。貴方も私と同じだって事に」

 

「ああ、それを待とう。私はもう行こう……貴様はどうする」

 

「アイスはあるからここでゆっくりする」

 

「そうか……」

 

アルトリアはそう言って出口に向かって歩き出そうとしたが、もう一度パソコンの前に座った。そしてダヴィンチに対する返信を送った。それを不思議そうに見つめていたジャンヌはアルトリアが出て行って暫くした後、返信の内容を見た。ジャンヌはそれを見てクスッと笑った。

返信のメールには一言だけ『だが断る』と書かれていた。

 

「なんであいつも知ってるのよ」

 

ジャンヌの質問は寝ている彼の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい。ね?長いでしょう?

では、言い訳を……。

一月の終わりぐらいに喉が痛かったんですよ。
でも、風邪なんて直ぐに治ると思ってたので何もしないで過ごしてたんです。

けど、二月に入っても治らない。けど、病院も行かずに過ごしてたんです。それである日友人と一緒にカラオケ行ったんですよ。

「誰の連れかワッチャネームブラザー!誰の女かーー」

友「お前声ガラガラじゃね?」

「そう?まあ風邪だしな。別に大したことじゃないっしょ」

友「いやいや、インフル流行ってるから安静にしろ」

「あ、はい」

私はねそう言って渋々安静したわけなんですよ(歌いましたけど)。だけど次の日熱が上がってきてウワッと思ったら三十八度オーバーしてるんですよ。病院行ったら医者に「インフル」と言われてこれまた安静にしたんですよ。
けどねそこからなんですよ。どうやらインフルをこじらせたかなんか知らないけど持病だった喘息をね引き起こしたんですよ。
それはもう酷いのなんの……。
ですからただいま入院してます。
それくらい酷いです。はい。

「病院食まず」

ナース「我慢して食わんかい!」

「すいやせん!」

みたいな感じです。今回はそういう状況下の中でやっているのでもしかしたら「うん?」と思った人もいるかもですが、ご了承ください。

もうすぐ退院できそうで何よりなんですが……そんなわけで皆様も気をつけてください。ではお休みなさい。


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二回目の覚悟

……おまたせしました。
普通にノリで書いたような感じです。
今回も一万五千字以上です。「ええ〜そんなにでっか?」みたいな感じでしたら『これからは新体制』でやっていきます。
まぁ、一度裏切った奴は何度でも裏切りますから?私も似たようなものです。だから私は敢えてニヒルに笑ってこう言います「野球やろっか?」
え?ちょっと何言ってるか解らない?大丈夫。意味がない文章ですので、こんな文すっ飛ばしても大丈夫です。


パソコンに表示されている時間を見ると、三時を過ぎていた。もう直ぐで日が出る時間だなと思うと、なんだかやる気が起きてこない。

うーんと声にならない声を一つあげながら、手をしっかりと伸ばす。体の隅々が痛いような感じがした。欠伸を一つ漏らすと、そのまま気分転換の為に部屋から出る。

 

「真っ暗だ」

 

当たり前のように感じるが、実際この時間帯に出るのは二桁もいっていない。廊下を歩きながらボサボサの頭を掻いてまた一つ欠伸を漏らす。

何処へ行くかも決まっていないこの散歩は一種の夢遊病にも似ている感じがした。頭ははっきりとしていないし、目の前が真っ暗で見えない。一定の距離に光が灯されているがその先は見えていない。

目的を意識すればなにか見えるのではと思ったが、考えれるのは仕事だけ。

俺の仕事なのかも解らない仕事。それはある意味恐怖でしかない。

それを感じていると一つの部屋に明かりがついていた。近くまで行くとそこは倉庫部屋と呼ばれているところだった。

その部屋には、非常用の食料と飲み物だけしか備えられていない。

サーヴァントを抜いて百人以上いた人間がここで共同生活をするのだ。それなりのものは無いともしもの時が大変だ。

これは俺が推奨したもので、その時にはまだ局長もいたのですんなりと受け入れられた。

もしもなんか無い。そう言ってしまえば本当にないが、孤独な場所に位置する限りそれがないとは言えない。

安全は十分に確保しろ、これはホワイト企業なら当然である。

その部屋に明かりが付いている。それは扉が開かれた状態であることを意味している。

 

「…………」

 

ここで引き下がれば、良いのだが俺の心は行けと言っている。それは恐怖からなる行けに違いないが、好奇心も含んでいるように見えた。

近くに寄ると、ガサガサと音がしつつ時々ダンボールが落ちる鈍い音がする。

 

「……の辺に」

 

あらかた夜好きのサーヴァントかと思ったが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。自分の知っているかつ、最近よく絡んでくる人物に違いなかった。

内心でため息を吐くと、少しだけ納得のいかないモヤモヤが残った。このまま見過ごしても良いが、何も話しかけないで行くことはない、そう考え、開きっぱなしの扉の前に立つ。

 

「おい」

 

「……ん?」

 

彼はゆっくりとした動きをしながら、後ろを向いた。面倒そうな目つきと俺と同じくらいボサボサな頭が俺の頭に上書きされた。彼のイメージである清潔感というものが影形なく無くなっていた。俺は怪訝そうな目つきで、彼に近づくと彼はニヤニヤと笑いながら、片方の手を広げ俺の前に出し、行動を制止させた。

 

「まあ、待てよ。聞きてぇことは解るが、あんまり人のやる事にグチグチいうもんじゃあねぇぞ」

 

「グチグチは言ってませんよ。ただ、ここは立ち入り禁止なんで」

 

「まあそう言うなよ、俺だってこんなところに来たくねぇよ、ただ…………」

 

「ただ……?」

 

彼はそう言い淀むと、あれこれと探しながら一つのダンボールを開ける。周りをよく見ると開いているダンボールがそこら中にあり、物資が乱雑に散らばっていた。

こんなにされたら、またやる事が増えるだろうが、そう言いそうになったのを喉に詰まらせながらグッと堪えた。ここで言ってもどうしようもない。だったら好きなようにさせてやれば良い。

暫くして彼は「おっ、あったあった……」と言いながら一つのダンボールから大きな瓶と箱を俺に見せて来た。

 

「……それは…………?」

 

「ん?お前、本気で言ってるのか?」

 

彼はニヤッと先ほどよりも悪い笑みを浮かべながら、俺の目を見た。その目には普段働いているような、あの輝かしい眼ではなく、悪戯をする子供のような笑みであった。

 

「酒とタバコだよ」

 

 

彼はその後俺を自分の部屋へと招き入れ、グラスを二つ用意し始めた。自分もこのまま仕事に戻るのは、と迷っていたところなので何も言わずについていった。隠し持ってこと、どうやって俺の目を掻い潜って、それを在庫に入れたのか、そういうことも何も言わなかった。それを問いただしても、俺にはもう取ることもできやしないし、これからの事も考えるとそういうものも必要になってくるだろう。

 

彼は暗い部屋に中央だけ電気をつけただけで、それ以外の電気は消していた。彼の自室は、滑稽なほどに何もなく、ただテーブルにパソコンと本が数冊置かれていただけであった。グラスをテーブルに置くと俺の目を見て、早く座るように促し始めた。

俺はそれを承諾するように彼の対面に座った。

「……よかったよ、お前に会えて。酒はサーヴァントと飲むのが嫌でよ、あそこでは飲めねぇんだわ」

 

「……どうしてですか?」

 

「固いのはよせよ、俺だって今まで以上に軽いんだ。お前もよ殻外してくれや……ムズムズして仕方がねぇ」

 

「じゃあ…………なんで?」

 

「何でもだよ、アイツらはたち悪いゴロツキと一緒さ。あんなもんと飲んでる奴ら見かけると寒気がしてくらぁ……」

 

そう言い終わると自分のグラスに酒を入れ始めた。よく見ると酒の色が赤く、まるで血のように見えた。今まで暗かったからその色までは見る事がなかった。

自分のグラスに入れると俺のグラスにも入れ始め、終わると同時に自分のグラスを持ちはじめる。

 

「乾杯……」

 

「……乾杯」

 

小さくいうとその声に合わせてか、カチンとこれまた小さな音をグラスが奏でた。彼が確かにぶつけてその音が鳴ったが、俺のグラスは鳴っていないような感覚が一瞬した。それはこの空間にまだ一種の緊張感を持っているからだろう。一つ一つが途切れ途切れに気になるのだ。見たことの無い雰囲気。けれど、それが何かしら彼の存在を主張し、訴えているようにも見える。幻覚だろうか、それ程までに鮮明に感じてしまっていた。しかも、それを肯定しようとする自分もいる。つまり、彼に心髄しても良いようなそんな感覚がした。

これを飲めば本当にそうなってしまう。彼は気味の悪い顔をしながら俺の顔を見つめていた。

 

「このワイン、俺のお気に入りでね、偶にこのワインに本物の血が入っていたらと思うよ」

 

「悪いことを言うなよ。もう飲めやしない」

 

「冗談だよ。さ、飲めよグッと飲んでる酔いしれようぜ」

 

「……いや、やめとくよ」

 

「んだよ、つまらん」

 

彼はチッと舌打ちを打ちつつ、今度はズボンのポケットに入っていたタバコを口に咥えた。ベッドからゴソゴソと探し出してライターに火を付けると一気にそれを吸う。

 

「タバコ……やるんだ」

 

「いっとくけど、煙が嫌いとかいうなよ?俺はそんな者と関わりたくない」

 

「いや、平気だよ。俺の先輩も吸ってたし」

 

俺は変な薄ら笑いを浮かべながら、彼の目を見てそう言った。自分ではなんの意味もこもってない言葉だったが、彼は俺の言葉を聞くと、目の色を変えてグラスを少し荒く置いた。

 

「……お前の先輩、というのは国連の奴か?」

 

「…………え?」

 

彼はタバコを口に咥えてまた吸い出すと、俺に向かって煙を吐いた。少しだけ煙臭くなったこの部屋に違和感が漂い始める。彼に対する違和感も増しているようだった。なぜ国連の先輩の事を知っているのだろうか。いや、ここにいるなら国連の人の顔は把握しているのは当然か……いや、そうでも…………。

俺が頭を巡らしていると彼は口を再び動かし始めた。

 

「どうして……っていう顔してるな。図星だったか。まあ、理由教えても良いが、まあ、俺のナゾナゾ……。余興とでも名付けようか。なんでだと思う?」

 

ニヤニヤと笑いながら俺の顔を見つめている彼は気味が悪い。ユラユラと揺れている煙がまた彼をそういう風に見せているのかもしれない。俺はそんな彼に当てずっぽうな言葉を並べようとする気にはならなかった。彼の余興は人を不愉快にさせる。俺はそう感じた。

 

「いいよ、そういうのは……。君の余興は人を不快にさせる」

 

「つまんねぇ事をいうな。不愉快や不快は買って買われてナンボだ」

 

彼の言葉が意地らしく、汚いものになってているのはなぜだろうか。彼の先ほどから吐いている言葉には明らかな感情が入っていた。普段の仕事では見たことが無いような本音、とでも言うのかそういう態度がある。しかし、そんな事を言う奴はどうかしてる。買われてナンボ、買ってナンボ、そんな自己中心の奴はこの世に何人もいない。世間はそれを許さない。俺は変な薄ら笑いを浮かべながら目線を外し、少し荒くした声で彼に言った。

 

「俺はそういう奴が嫌いだ」

 

彼は、俺の言葉を聞くと、「へぇ……」といった具合に、腑抜けた返事をした。タバコの火を消し、グラスのワインをグイッと一気に飲み干すと同時に、顔をズッと近づけてきた。俺の目の前にある彼の顔はニヤニヤしているにもかかわらず、先ほどまでとは違い、目だけは笑っていなかった。

 

「俺を侮るなよ……。お前がそんな事をほざく人間じゃないのはお見通しだ。お前がそんな人間であれば、あの人がお前に関わる筈がねぇんだよ」

 

まるで俺を、俺の本心を知悉しているかのように彼は言った。彼が俺のことをどう思っているのかがその言葉であらかた解ったような気がした。

彼の中での俺は、どこまでも人の畑に入り、荒らし、勝手に気味の悪い種を蒔く畑荒しなのだろう。俺の先輩がそうであったように、俺も荒くれ者だと……。

なぜか手に力が入った。

 

「全く違う。俺は先輩とは違うんだ。君がどんな奴かは知らない。荒くれ者だとでも言いたいんだろうけど、俺は違うんだ。無論、俺は年上の荒くれ者とよく一緒にいて、気に入られ、そのお墨付きを与えられたかもしれない。けど、そこに俺はいない。そこにいるのはお面をつけた俺だ。全てが余興だっただけだ」

 

「へぇ…………。あの人といた自分は全部偽者で、今いる自分が本当の自分である、てか?そんな都合がいいことがまかり通るかよ。あの人と関わっていれば、絶対に荒くれ者になるに違いーー」

 

「いい加減にしろ。俺は君とそんな話しをしたくてここに来たわけじゃない。もう止めろよ。そんな無駄話し……。不愉快だ。そもそも君には関係がないだろ。先輩と君が繋がってないじゃないか」

 

「繋がり……?」

 

彼は俺の一言を口にした。

首を傾げながらゆっくりと後ずさりながら、もう一度グラスにワインを入れ始める。タバコに火をつけると、口を小さく開きながらタバコを咥える。

 

「繋がりがあったら、話してもいいのか?」

 

「……そういうことじゃない」

 

「だが、お前から言ったんじゃないか。言っとくが俺はお前と同じで繋がりはある」

 

「だからと言ってそれを引き合いに出すなよ。酔ってるのか?そもそも、俺は仕事の合間の休憩がてらに寄っただけだ。君とそんな話し……。重い話しを聞きに来たわけじゃないんだ」

 

スパーッと煙草を吐くと、彼は顔を下に向けてボソボソと口を動かした。よく聞こえないが、今は聞きたくない。

俺は手で机をグッと力を入れ、重い腰を上げて彼を見下ろした。彼の顔はもう見えない。

 

「俺は行くよ……。ただ、一つ。君は誤解をしている。確かに、俺の先輩は頭が狂った天才だ。しかし、それが俺になんの関係がある?繋がりは後輩だけで思想や思考まで、正確に教えてもらったり、あれやこれやで改変されたわけでもない。俺は俺だ。環境の変化でいつだって思考やキャラが変わる普通人だ」

 

先輩みたいに心に鏡があり、いつだって自分を把握しているやつはいない。事故して足が動かなくなり、車椅子生活にでもなれば、そいつが鏡になる。自分を見ることができる。それは普通だ。常人はいつだって信念を重ね重ね大事にできやしない。生活の中で忘れるのが当たり前だ。

それができるのは先輩みたいな天才だけだ。

 

「俺は帰るよ……じゃあな」

 

「俺はな……」

 

突然、彼が話し始めた。

彼は右手に持っていたジッポをカチャカチャと音を立てながら、ゆっくりと俺の方を見た。その目は暗がりでも判るような死んだ魚の目をしていた。

 

「俺はな……あいつの弟だ」

 

「…………え」

 

言葉をなくす、とまではいかないものの、衝撃が襲いかかる。グッと堪えなければ立っていられないほどの衝撃が一気に来た。彼はそんな苦痛の顔を見てさらに言葉を続けた。

 

「あいつは俺をここに送った。俺はお前よりもここにいる。数年前、あいつに俺は嵌められた。言い方がおかしい、と思うか?だが、これはーー」

 

「だからなんなんだ」

 

俺は彼の言葉を遮った。もう聞きたくない。何故かそう思った。感情は高ぶり、緊張さえして来た。

 

「お前が弟で、先輩に嵌められ、行きたくもないここに来たからってなんなんだ。俺が知ったことかよ」

 

「……そうか……。お前はそうなのか」

 

「……何が」

 

「お前はそういうやつなのか……」

 

「……君の中ではどういうやつだったんだ」

 

彼はニヤリとも笑わずにワインを飲みながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「さっきの通り、お前がもっと荒くれ者だと信じてたんだ。お前の仕事の量、どういうやつと関わっているのか……あいにくだが、俺は全部知っている。だからーー」

 

「幻だよ」

 

俺は彼の言葉を遮ると、彼は呆然とこちらを見た。そして「なんのことだ?」と呟くような声で言った。

手を握り締めながら、彼の目を見る。耐えられないような悲壮感が俺に襲いかかる。なぜだかは解らない。知りたくもない。けれど、俺はそこにいながら、冷静だった。

 

「君は幻の俺を見てたんだ。幻に毒されていたんだ。空想の世界で俺はそんなヤツになり、それは現実でもそうなっていった。

まるで恋心を初めて抱いた子どものように……。何も見ようとしなかった……。いや、知ろうとも、探ろうとも、調べようともしなかったんだ。性格の問題じゃない。甘さだよ……君は幻の俺を見てたんだよ」

 

俺はそれだけ言い、彼の部屋から出た。

 

 

 

 

「ーー君は幻の俺を見てたんだよ」

 

彼はそう言って部屋を出た。

辺りは先ほどの会話を無かったかのように深閑としていた。扉が開かれた時の音がやけに耳残ってしまった。

酒をもう一杯だけ入れながら会話を反芻させると、今度は、次第に笑みがこぼれてくる。それとともに、自分の心がウキウキと踊り出しそうになった。

 

「……ハハ」

 

ニヤニヤと、とても人の前では出来ない笑みが浮かび、その笑みのまま口にワインを運んでいく。アルコールと赤ワインの独特の味が中で広がりつつも、そのくせ、ワイン特有の苦味はない。口はすんなりとその味を受け入れ、その液体は喉を潤した。箱の中に入ったタバコに火をつけ、口を小さく開けてそれを咥え、タバコを呑む。

 

「……あいつが、あそこまでとは思わなかった…………。兄貴はスゲェー奴を見つけたな」

 

彼の言葉の節々には全て感情が入っていた。横目でこっちを睨んだ目には、あまり舐めるな、と訴え来ていた。浴びせられた暴言にも、冗談にも感情が入っていて、どの誰よりも『人間らしさ』があふれていた。彼は兄貴の力を借りてできた存在だと思っていたが、あの人がいなくとも元々から、その素質……。つまり、人間味があったのだろう。優しさや弱さを肯定するような、そんな生き方が果たして他人に出来るだろうか……。世間はそれを許してはくれないだろう。ジェンダーや個人の主観で語ってくる輩には到底解るまい……。だからいけないのだ。人間の本質というのは、弱さを肯定し、自分をより弱く見せ、如実的に物事を捉える事をしない。つまり、自分一人で生きれないことを肯定することである。

そして、その中に組織を当て、自分という存在をその中に見出そうとする……。それが人間の本質だ。

 

「拍車をかけてしまったのは兄貴か……。これもまたいい」

 

暗がりの部屋をしっかりとした目で見渡しながら、机の上に置いてある写真を見る。あの人と彼が写っているその写真はとても良いものとはいえないが、誰もを引きつけるような蠱惑的なものがあるに違いなかった。自分はこれを美しいと評価するが、誰もがこの二人の笑顔の写真に対して何か眉をひそめるものがあるだろう。

一人の笑顔には作り笑いとも呼べるようなものがあり、それを隠すように手をポケットに入れている。

一人の微笑には迫真とも呼べるものが、存在し、誰にも見破れるものではないが、身内やそれに近い人物には、彼のその演技がどうにも悲しくなる。そんな微笑であった。

 

「……お似合いだ。不具合を一切感じさせない」

 

彼等の間には一切の隔たりが存在しない。しかし、自分とあの人ではそれが障害物のように存在し、何に対してもぎこちなさを感じる。

 

「……そろそろ、か」

 

タバコの火を消しながらワインを飲み干すと、今度は自分に与えられた端末に目を向ける。

端末の光が部屋の中央で、星のように輝いて見えた。自分のやっている事がどんなに悪趣味な事なのか……と、自分に歓喜したい。それどころか、真実をこんな遠回しなやり方で彼に伝える自分に惚れてしまう。

 

「エゴイスト…………いや、一種の狂乱か」

 

自分の品定めが終わる頃には、彼に送る内容が全て出来ていた。あとはこれを押すだけだ。

ニヤニヤとした歓喜の笑顔が徐々に顔に浮かび上がってくる。なるほど、計算というのはこういう事なんだ。

数学や算数を一生懸命学ぶより、こういう緻密な物事の計算の練習すれば、どんなに応用が利くだろうか。学校では教えまい。

自分で磨くしかないのだ。けれど、それを磨けば…………。

 

「……バカになる。義務も権利もないものだ。この世界にあるのはいつだって……」

 

彼の端末のアドレスに送信した。

 

「慢心と自惚れだよ」

 

自分は自分に酔っている。その感覚を留めて起きたく、まだ名残惜しいので、ワインを一口飲んでそれを保持させた。上手く口に運べてなく、服に赤い液体が付いてしまったが、逆にそれが欲求を満たす条件になった。

 

「彼は俺のプレゼントを気に入ってくれるかな?」

 

彼との会話中に近づいて彼の懐に入れた酒が俺にとっていいものなるのなら良いことである。彼はそれをすんなり理解して飲むであろう。その飲んでからの会話を想像してまたワインを飲んだ。

 

「……これはうまい」

 

頭はクラクラしていつ寝てもおかしくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りは暗がりで、点々と光があるだけだった。その先が何も見えない。

 

「……俺の未来かよ」

 

ヘッと乾いた笑いをこぼすと、ゆっくりと歩き出した。いや、歩く……という表現はここでは合わない。引きずる、そういう風に歩いた。

部屋のすぐそばに来るまで、ずっと彼との会話が反芻される。クラっと頭が重くなり、壁に寄りかかった。頭の回転が遅くなるにつれ、彼の言葉が頭から離れない。

 

『あの人がお前に関わる筈がねぇんだよ』

 

彼は何を言ってるんだ。たかが大学の先輩じゃないか。

 

『俺はな…………あいつの弟だ』

 

だからなんだっていうんだ。弟だから、兄のことを知悉しているとでもいうのか?

 

「……ふざけてやがる」

 

いや、対して変わらない。自分も全く同じだ。彼のことを何も知っていなかった。調べようとも、探ろうとも、知ろうともしていなかった。

彼はもっと冗談を言い、社会について何も知らない若い男性というイメージが俺にはあった。そうしていながら、俺はあんな言葉を吐いたのか?

先輩の弟……。なんでそんな重大なことを……。

 

立ちくらみがさらに悪化すると、フラフラと歩き出す。それと同時にポケットに重みを感じた。

手を突っ込むとそこにはウィスキーの瓶が入っていた。

今までなぜ気がつかなかったのか、不思議でならなかった。それを見つめて色々と思考をめぐらしていると、今度は携帯端末が鳴った。

 

端末を見ると一件のメッセージが入っている。それを開くと写真が貼り付けられていた。その写真は随分前の新聞で、有名な新聞社のものだった。

 

「……あいつか」

 

送り主が分からないため、判断はつきにくいが、如何にもそれらしかった。

新聞の記事には赤い丸で覆われたところが一番先に目がいった。

字が細かく何が書いてあるか解らない。

拡大して見ると事故死と書かれていた。

 

「…………もしかして」

 

俺は息を詰まらせながら、ゆっくりと新聞に目を通す。一字一句見逃さずに、瞬きもしないで読んでいく。

 

『日本の国連代表一名が事故死』

 

俺はその言葉に息を詰まらせた。

先輩はとうの昔に亡くなっていた。

俺が来てまもなく死んだ。

 

写真を横にスクロールすると国連関係書と書かれたものだった

やはり赤い丸……。

俺はそれを見ようとしなかった。

 

「…………信じるな」

 

誰かに言い聞かせるように呟いた言葉は、やけに掠れて何も力を発揮させることはなかった。その時、ハッと思った。もしかして、これが言いたいがために俺を…………。

 

仮に、俺があそこで出会わなくても彼は俺の部屋に来て居たのか?いや、そんなことは……。待て、だとすれば最初の会話の『よかったよ、お前に会えて』このセリフは何だ?意味がない、なんてことは……。

 

「あり得ないだろ」

 

彼に限って意味のない会話なんてしないはずであろう。俺はたしかにそう確信している。彼は俺のことを知悉しているように話し、一切の虚言がないかのように俺に語っていた。

全ては計算のうち……。計算の…………。

 

「……まさか」

 

こうなることも予想していたのだろうか、こうなってもいいような計算もしていた、ということは考えられるのではないか。だとしたら……。

 

「踊らされていたのか」

 

 

俺は力のない目でポケットに入っていたウィスキーを見つめ、そして蓋を開けた。爽快な音とともに力なく地面に落ちた。

先輩は死んだ。もう誰からも縛られていない。

彼は言った。あの人がお前とつるむわけがないと。

俺は感じた。俺は何をすればいいのかと。

けれども、先輩は俺に頼んだ。ふざけ半分で先輩が俺に頼み、俺はそれに了承した……。それは消えない。それだけが今、ここにいることの理由だ。だったらやるしかない…………。

 

「……何を?」

 

俺は何もできていないじゃないか。

もう一度ロマンさんに相談するのか?ダヴィンチさんに相談……?やりがいなんてないだろ。まだこんな雑用やるのか?俺には何があるんだ?毎日毎日同じじゃないか。だったら何を…………?

 

「……俺何やってたんだっけ」

 

何も思い出せない。何もやれない。ここに居てもどうでもいいような扱い。

 

「…………ハハ」

 

笑いが込み上げてくる。そして手に持っている酒が美味く見えてくる。俺はウィスキーを一気に飲んだ。

次第に喉が焼けるように痛くなり、そこからさらに喉に向かって何かが込み上げてくる。

吐きそうになるのを必死にこらえ、なんとか飲み干した。

クラクラな目で端末を見るともう一つメッセージが入っていた。

それを開き内容を見る。やはり名前はない。けれど彼だというのは簡単に予想できる。

俺は自嘲するかのように笑いながら彼のメッセージを見た。

 

『負けの人生 負けの半生

貴方はそれでいい

考えなど捨てろ 幻なんかありゃしない

全ては計算 全ては予想

私の頭は全て正解である 全ての世界がある

貴方の範疇にはないものが浮かんでいる

私は計算の頭 貴方は狂った頭

思考の違いではない 思想の違いではない

人生の問題である

貴方の人生は過去に狂わされた

貴方の行動はそれによって改変された

あの人が貴方を作り 貴方を魅了した

しかしどの行動も関係ない

これは貴方の問題 あの人は関係ない

そして私は貴方に質問する

狂っているのは私であるか 貴方であるか』

 

 

全ての力が抜けて立っているのがやっとになっている。何だ、今日という日はなぜこんなにも…………。

 

「狂っている、か……。正常ではないのか?いや、とうに狂っているんだな」

 

なら問題はない。考えは捨てる。どのみち元もこうもないのなら、俺は自分を狂わせる。

 

「……全ての元凶は俺にーー」

 

「ーーおい」

 

後ろを向くとアルトリアがいた。

彼女は光に照らされその顔がより白く見えた。その瞬間、急に自分の体が前に倒れた。

彼女は目を見開いて、明らかに驚いていたが、俺をしっかりと抱きしめた。少し甘い香りを漂わす彼女に幾分かの安心感を覚えた。

 

「……どうした」

 

彼女はハッキリとした声で俺に呼びかける。ハッと自嘲するように笑いながら、「忘れた」と独り言のように小さく呟いて答えた。その返答あと、彼女は俺の匂いに気づき、俺の身体を見渡す。手に持っている瓶を見て察したかの様に口を開いた。

 

「酔っているのか。珍しいな酒なんて……」

 

「珍しい?俺は酔っている感覚はないぞ」

 

「貴様の感覚は知らない。しかし…………何があったかは答えてほしい」

 

「…………忘れたよ。何もかも思い出せない」

 

「……そうか」

 

小さくそう答えると、アルトリア俺の肩に手を回そうとする。少し先には自室が見えている。あと数メートルで……。俺は彼女の身体をギュッと抱きしめた。

 

「……アルトリア」

 

「どうした」

 

「……一度だけ俺に『助けを求めたら助ける』って言ったよな」

 

「……言ったな。それがどうしーー」

 

「助けてくれ」

 

声が低くなり、自分の声ではない様な感じがした。何を求めているのか、自分でも解らず、何を言っているのかも分からなかった。アルトリアの表情はこっちからは見えず、ただ目の前に広がる暗い世界に目を向ける。目頭が熱くなりつつあるその目に映る世界は、暗いながらも歪んでいる。息遣いが荒くなり、心臓の音が体全体を通って聞こえてくる。静かなこの世界で唯一音が自分の中から鳴り続けていた。

 

「……いま助けてくれないか」

 

辺りが深閑としている。足音も何も聞こえない。ただ彼女の身体を強く抱きしめながら俺は懇願した。切なさが一気に襲い、とうとう一滴の涙が頬を伝った。

アルトリアはそれを察したのか俺を壁に押し当て、両肩に手を置いた。手には力が込められていて、身体にその力が伝わってくる。感情の現れともとれるそれに、少し驚いた。

アルトリアの顔はいつもの凛々しい顔ではなく、厳しい顔になっていた。悩み……のような顔にも見えず、決心の顔立ちにも見えないその表情に俺は視線を外した。

 

「……私はたしかに言った。しかし、その救いに答えるのはまだ早い」

 

「意味がわからない」

 

「貴様はいま酔っている」

 

そう言われ、酒が入っていた瓶を見つめる。数滴だけが残っているその瓶は、今の俺の状態を見事なまでに表現していた。その黄色がかった液体には隠れた美しさがあるような感じがした。酒の力とはこれかもしれない。そう密かに思った。

 

「酔っているんじゃないんだ。これは身体が反応しているだけだ。俺自身は酔っちゃいないよ」

 

「酔っていては何もならん。その後に後悔するかもしれん。それにーー」

 

「やめてくれ」

 

アルトリアが続けていう言葉を咄嗟に止めた。心では解っていた。助けなんか求めても助けてくれない……と。今の状態を助ける奴なんか現れはしない。解っていた。どうしようもない感情をただ無くしたく、誰かにそれを背負わせようとしていた。

解りながらも俺は彼女に求めようとしていた。

『誰かに助けを求めるようじゃいけない。誰かが自分の事を知悉していて、あたかも解ってもらえてるなんて思ってはいけない。それは妄想だ。学校はみんなを大切にするから、救うんだ。けれど、世の中はいつも自分だよ。信頼しちゃいけない』

 

先輩の言葉が頭をよぎった。

涙が絶え間なく頬を伝う。

 

「……疲れた」

 

『疲れた、なんて言ってはいけない。それはお前の弱点を教えることになる』

 

「……もういい」

 

『諦めは敗北だ。出来ないことを最初からわかっていないから、諦めという形になるんだ。お前は何年自分と付き合っているんだ?いい加減自分の出来る事、出来ないことを知れ。知れば、勝ちの人生が待っている』

 

「……負けだ」

 

だからといって誰が得をするんだ。

自分が負けを認めて誰が何を得るんだ。

俺はアルトリアを見た。

 

「……二回目」

 

「……何がだ」

 

「二回目の救いには答えてくれないか」

 

学校とは違う。子どもとは違う。救いを求めてはいけない。だけれど……それに頼ってしまう俺がいる。

 

「……俺のお願い、叶えてくれるか?」

 

強くそう言いながら、歪みきった目でアルトリアを見る。彼女の頷く姿が目に映った。

 

「承知した。貴方の願い受け入れた」

 

「……ありがとう」

 

アルトリアに礼を言い、気を失うように前に倒れた。彼女はその細い手で俺を抱きしめた。

 

「礼は要らない……もう決めた」

 

彼女の言葉が曖昧ながら耳に入ったが、俺は理解せずに目を閉じた。行き先は闇か、それとも光か、それは解らない。けれどここで寝たら、今日のことを忘れてしまうということは何故か理解できた。なんの理解かは解らないが、今後の俺はこのことを思い出せないだろうと、頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿め。これが二回目だ」

 

アルトリアは静かに、意識のない彼に向けてそう言った。暗がりの中で響く言葉は重みがあり、そこから何かが起きるような感じさえしていた。

彼が急に可笑しくなったのはいつからだろうか、今日だけの出来事、という簡潔の答えを安易に考えてしまうほど、アルトリアと彼の仲は浅くはない。

 

「……蓄積、か」

 

蓄積、という言葉が浮かんだが、それだけではないようにも思われる。彼がまず酒を飲むということが第一可笑しいのだ。自分のやるべきことがまだあるにもかかわらず、それを謂わば、拒否するようなものである。『人間は嫌なものを拒否するように出来ているものではない。それを拒みつつも、やるべき事を嫌々やる生き物だ。俺はそう思う。それが出来ずにいる奴は、恐らく快楽主義者かそれとも発狂者のどちらかだ。俺は発狂者じゃない。だから忠実にこなすんだよ。親より子どもが大切であるなら、俺は真っ先にここから出てる。けれど、子どもより親が大切、という生き方をしていれば組織が優先される』

 

深夜の中の会話にこのような事を話しいていた。彼のその時の顔は、異様に綺麗であり、そして真っ当なことを今している、と自覚しているようであった。それが今になって拒否するようなことになってしまうなら、あそこまでの言葉を話してはいないだろう。

アルトリアには確信があった。その確信は彼に対する信頼の証でもある。その信頼は異様な程に彼女の心髄にまで達していた。日々を過ごしていく内に毒され、知らない内に生活の中にさえ彼がいた。こういう風に言葉を並べると、嫌悪を抱くが、逆に言えば、それだけ彼には魅力があったのだ。

その彼がこんな状態になるのだ…………。

 

「……親密な奴か」

 

親密になるほどの人間がどれだけ、彼の周りにいるか……。実際、アルトリアの考えている辺りでは、悪女ぐらいしか思い浮かばない。その他の交友関係といったら……。と、考えはしたものの、やはり思い浮かばない。

 

「困った奴だ。見ていると、危なくて仕方がない。思い悩んだらいっそ辞めれば……」

 

そこまで口にすると、彼を抱えて数メートル先の自室まで運んでいく。辺りは深閑としていて足音が響く。つい先程の会話はもう遠い何処かに行ってしまい、頭の片隅には、最後の会話しか残っていなかった。

彼には組織に属し、それに忠実になるだけの才能はあるが、個性を持ち、自立した力で拒むことがない。彼には否定する能力の天分がない。

 

「冷たい人だ。貴方はなぜそこまで考える。私は理解できない。子どもより親と考えるのは、我々の方だろう……貴方が考えるのは逆ではないのか……」

 

組織というワードでここまで動く人がどれだけいるだろうか。しかし、結局は自分、と考えて動くほど人間は出来ていない。組織があり、恋人がいたり、大切がいる人がいれば、人間はそれに大義を誓う。そして自分に当てられた宿命を基として役目を果たす。

それはある意味どの職でも一緒だが、彼の役目は、それよりも低い位置にあってもいいのだ。

彼女は彼の自室に入る。辺りは一気に明るくなり、昼間のような感覚さえした。しかし、それよりも彼のイスに座っていた女性が気になった。ベッドの方を見るとイスに座る女性と同じ顔立ちの女性がこっちを見ていた。

 

「……何の用だ」

 

「私のセリフよ。アンタ、何してんの?」

 

イスに座っているジャンヌは訝しそうにこっちを見つめた。ありのままの事を話したいのはあるが、彼女に対して変な事は言えない。

 

「私は彼の付き添いだ。少しは酒でも……と勧めたら、このように酔ってしまーー」

 

「嘘つかないで。貴方がそんな事するはずない」

 

彼のことをアルトリア以上に知悉している彼女にとって、その発言は効果をなさない。その答えは逆に彼女の怒りを駆り立てるものとなった。

アルトリアは少しのため息を吐いたあと、彼をベッドに寝かせる。ベッドの横では心配そうに座っているジャンヌダルクが彼を見つめていた。

 

「……何故こいつがいる?」

 

「それはどうでもいい。私も知らないし、今は貴方の嘘が気にくわない」

 

ジャンヌは本気でそう感じて、アルトリアを睨む。やはり、彼女に嘘をつくべきではなかった。その証拠に、彼女の姿は戦いの真っ最中といわんばかりのオーラを漂わせている。

辺りはその空気に包まれる。彼の寝息がその部屋から漏れる事はない。しかし、このオーラはこの部屋全体を包み、そして、それは大きくなっていく。

 

アルトリアは空気を察したが、何も言わず、彼の横に座っているジャンヌダルクに目を向けた。

 

「……すまないが今は二人にしてくれ。貴様はこの場にいるべきではない」

 

アルトリアはまだ解らなくてもいいと判断し、ジャンヌダルクに目で扉を指した。

しかし、ジャンヌダルクは、チラリと扉を瞥見するだけで、その場を離れようとせず、彼の寝ている顔を眺めた。

アルトリアはその行動に眉をひそめるも、何も言わずジャンヌの方を見た。

 

「……なぜ嘘だと?」

 

「アンタね、そんなの見れば分かるじゃない。彼の顔、とても酔いましたっていう顔じゃない。それと、アンタ嘘つくの下手よ」

 

「……心外だな。もっと人を信じたらどうだ?」

 

「私はいつアンタと友情深めたの?」

 

「友情なんていう言葉が出てくるとは……。なるほど、少しは成長したとみて間違いないな」

 

アルトリアの口調に腹を立てたのか、それとも、当たっていたのかは判らないが、ジャンヌは軽い舌打ちをして目線を外した。その姿を見てアルトリアは深いため息を吐いた。

本当の事を話せばことが収まる、とは考えてはいない。それに彼に何があったのか、アルトリア自身も解ってはいない。その状況下の中での会話に何の意味も持たない。それが頭の思考にあるアルトリアには、この空間が、少し意地っ張りの輩が集った、汚い空間に感じてきていた。

この問題にジャンヌは関係あるのか?自分が体験した事を話す義務はある。しかし、それを彼女に伝えれば、何か仕出かすに違いない。

アルトリアの思考の順位には彼が一番、という自分がここに呼ばれた宿命を忘却したようなものにはなっていなかった。

しかし、彼女は狭い心を彼によって開かれた為か、その宿命を転換させた。自分の目的の転換。それは大義を変えたといってもいい。そんな彼女に何を伝えれば良いのか、全く見当がつかなかった。

あいにく、アルトリアにはその場をうまく濁すといった能力には長けていない。直感はあるにもかかわらず……。

 

「……貴様は解っているはずだ。彼に何があったのか……」

 

「知らないわよ。だからアンタにーー」

 

「内容の話ではない。私が言いたいのは……彼の心の闇だ」

 

「闇……」

 

ジャンヌはその言葉を小さな口で呟くと。目線を徐々に下に下げていく。反芻しているような表情で彼女は目を伏せた。しかし、すぐさま目を開き、再び、アルトリアを見つめた。キッとした目つきで、もう一度黒いオーラを漂わす。

 

「あなた、それで逃げるの?そんな抽象的な言い方で?闇?それはあるでしょう。誰にだってあるわよ。けどね、人はそれを滅多に出さないのよ……。だから私は内容が知りたいのよ。貴方、もう一度そんな事言って見なさい……」

 

ジャンヌはスッと立ち上がり、アルトリアを前に立った。眼前のジャンヌは敵を見つけたような攻撃的な目でこっちを睨んでいた。

 

「燃やすわよ」

 

ジャンヌは間髪入れずにそう言った。

スッと手を伸ばし、どこからともなく現れた剣で、アルトリアに突きつける。

ゾッとしてしまうような光景が広がりるが、彼の隣で座っているジャンヌダルクはその光景をまた、瞥見しただけであった。

ジャンヌのそのすごい険しい姿を見たアルトリアは、目を少し見開いた。

 

「私は前に『やられたらやり返す』と言った。私はそれを遂行する。私の行動を邪魔されるのだったら、私はどんな手段も選ばない」

 

「呆れてモノも言えん。貴様の手段は何処か飛躍している。先走り過ぎだ。もっと慎重になった方がいい……。それではただのーー」

 

「狂人でしょうね。でもね、それでいいのよ……。お似合いじゃない。貴方のようなの雅趣を装っている奴より、ずっとマシよ」

 

アルトリアはグッと手に力を入れると、彼を見た。穏やかな眠りとは似ても似つかぬような、苦渋の顔で眠っていた。酒のせいではない……。酒は彼に特有の反応しただけだ。ではなぜ、ここまで苦しみが……。頭に過るのは彼が苦しんでいる姿であった。人が通り過ぎるのを彼は慎重に通る。スッといけないその性格が、彼をここまで苦しめた。そう捉えてしまう自分がいた。

アルトリアは大きく息を吸いながら、自分を落ち着かせようとした。しかし、落ち着くよりも、もっと別な意味をそれはもたらした。自分の意思……それをここで決める必要がある。

ジャンヌダルクは彼女等をジッと見つめながら、その澎湃していく環境をただ傍観していた。

徐々に進展していくその空気のさまは、一種の特性を持って彼女等にそれぞれの影響を与えた。彼は愛されているに違いなかった。ここまでになる彼女達をとても「できた人間」とは呼べず、「できていない人間」とも呼べない。両方の意味では、とても説明つかない別次元のものへと変わっている。いま、彼が眠りから覚めて、この状況を見れば、自分が作り上げたに違いない……。そう彼は思い、とても嘆くであろう。

 

「……私は彼の苦しみを知らない。だからこそ何も出来ないのだ。現に私は救う時期ではないことを知っている。無論、見捨てるのではない」

 

「だったらーー」

 

「聞け。私は貴様のように、狂人にもなれない。それは私の弱さだ。保身を守っているのか、それとも、そこまで行く自分を危惧しているのか、それは解らん……。けれど、私はあの場面で嘘をつける人間ではない」

 

『俺を救ってくれるか?』彼はたしかにそう言って、アルトリアはそれに同意した。それを嘘と言って誤魔化すような技術を持っていないのを十分すぎるほど、アルトリアは知っている。

 

「私はいま、貴様に嫉妬しているかも知れん。私には出来ない愚考だ。召喚された時からの宿命を転換させるなど、私には出来ない……。だが、私は嘘や讒言を言わない」

 

「……だから?」

 

「ーーー次に何かあれば私は狂人になってもいい……。私は貴様と同じ方法をとろう」

 

アルトリアはそれだけ言うと、ジャンヌに背を向けた。コツコツと足音を立てながら、彼に近づき、顔に触れる。

 

「こんな気分にさせてくれるとは……。貴方には驚きだ。貴方も考えや思考が定まっていないように、私も定まっていない……。お似合い、か。貴方の優しさには驚かされる」

 

ジャンヌはアルトリアの背中をジッと見つめている。

 

「……今さら気づくなんて遅いわよ」

 

「…………遅いのがいい。そうでないと私は変われない」

 

誰かが動かないと動けない、と言うのではなく、自分に出来る範囲が解っているからこそ、動けない。アルトリアは自分の性格や行動原理などを全て知悉している。自分に出来ない考え方を、愚考と決めつけるのは彼女のそういう性格上の問題でもあった。

アルトリアは彼の姿を確認すると、重い腰を上げるように立ち、背中を向けた。その背中は何時もの彼女とは違い、弱いイメージをジャンヌに与えた。ジャンヌはその背中に既視感と空虚感を感じ取った。その姿はまるで彼が憑依したかのような少し弱く、少し頼りないようなものだった。

ジャンヌは小さな口を開きながらも、言葉をかけず、ただ見ているだけだった。

 

「……貴様がいれば安心だ」

 

「…………本来の目的はなんだったのよ」

 

「貴様と一緒だ。夜中まで続く仕事にとても一人……とは寂しいものだ。夜中になるとどうしてか、彼は独り言が増える……。その付き合いのようなものだ」

 

「……そう。じゃあもう行きなさい。貴方にはもうこれ以上いる意味がありません」

 

「ーー待って下さい」

 

二人の間で会話が終わろうとした時、ジャンヌダルクが言葉を発した。

ジャンヌダルクは我に返ったような顔をしながらも、真剣な眼差しで二人を見た。

そのあまりにも迫力がある眼に、二人はその場で静止せざるを得なかった。

しばらくすると静かな雰囲気が漂い始める。彼についてあまり知らない彼女が、どんな言葉を発するのか、この二人は何も解らなかった。ジャンヌダルクはその重い口でなぜ二人を静止させたのか、中々言わなかったが、この静かさが、ジャンヌには答えだと感じていた。ジャンヌは少しだけ息を吐き、口を開いた。

 

「……貴方には関係ないのよ。これは私達の問題で、まだ何も知らない貴方が口を出すなんて……おこがましい」

 

「……私はそんなつもりはありません。その言葉を辛辣とも感じませんし、どんなことがあっても口を割らない自信はあります」

 

 

キュッと手に力を入れながら、シーツを掴む。その姿は思入れをしている彼女等とそっくりであった。彼女のそんな姿を見ると、ジャンヌは苦虫を噛み潰したような、顔をしながら、小さく舌打ちをした。

面倒くさいような言い回しと、何も解ってないような口ぶりが、どうにも苛立ちを感じた。

 

「だったらなに?お説教のつもり?それとも彼との過去を話せばいいの?言っとくけどね、私は貴方には話さないし、誰にも話すようなことはしない」

 

「そんなことじゃありません……」

 

「……じゃあなによ」

 

ジャンヌダルクはもの難しいような顔で、彼を見つめた。

 

「……私は彼について何も知りません。だからこそ、静かに見守りたいのです……。この先の未来を……」

 

ジャンヌダルクの言葉には、それ相応の重みが感じられた。彼とは幾分か話したくらいで、それ以上の言葉を積んでいない。けれど、この状況、彼との言葉を反芻する内に感情が徐々に変化していった。

空気の流れと一緒に彼女にも、何かしらと変化していくところがあったのだろう。ジャンヌとアルトリアの言葉を聞く内に、その先の未来に何か不思議なものを感じていた。

何かと言われれば、多分彼女自身も解らないであろう。その先にある、不安や恐怖などというものを彼女は考えていなかった。これが欠点になるのが普通なのだが、もはやその必要もなかった。

 

「私も入れてください。その未来に……」

 

ジャンヌは彼女のその純粋な無垢な眼で見つめられると、思わず目を逸らした。もはや話す必要もない、そう感じられる。彼女には自分達が何をやろうとしているのか解っている様子だった。しかし、さっきの言葉の裏には、ジャンヌ達を止めようという意思はなく、むしろ肯定している。

 

「……勝手になさい。貴方も狂人になるならいいわ……。けど、止めようというのならーー」

 

「安心して下さい。私は止めるつもりはありません。尊いものを守るなんて、綺麗じゃないですか」

 

ジャンヌダルクの言葉にアルトリアが答える。

 

「綺麗なものではない。ただ、やりたい事をやっているだけだ。欲望の塊といっていいのかもしれん」

 

「構いませんよ、それでも。私は尊いと感じただけですから」

 

ジャンヌダルクは綺麗な笑顔を作り彼女らに言ってみせた。ジャンヌは眉をよせて、彼女を見たが、それ以上に彼女の言動に不思議に思った。

 

「あなた、こいつと何かあったの?」

 

「………別に答えるつもりはありませんよ。あっ、彼の言葉を使えば、有馬記念ですよ」

 

「は?」

 

ジャンヌダルクはクスッと笑って「韻を踏んで見ました」と言った。ジャンヌはその言葉に確信し、何も言わずに彼に近づき、頭を撫でた。

その後、アルトリアに目を向けて、呆れたようにため息をついた。

 

「今日は彼とアンタに免じて何もしません。けれど………。これだけは覚えておきなさい。私はいつか復讐する。聖杯を使って彼を理解するって事を……」

 

 

「……承知した」

 

アルトリアはジャンヌの言葉に微笑だけを浮かべ、扉の方まで近づいた。扉は彼女を待っていたかのように、従順に開いた。小さな機械音が部屋に響くと、彼のことを思い出した。

 

あたりは深閑としていて、蛍光灯が点々とついているだけであった。先程の会話を反芻しようとするが、考えるだけ無駄と感じてしまった。ジャンヌが言った言葉を鵜呑みに出来てしまう自分がいる。果たして自分が行く未来は何処だろうか……。蛍光灯の光に照らされた道が点々とそれを物語っているような気がした。たしかに自分は、歩かなければならない。方向が全く違ったとしても一途の光があるとすれば、そこへ……。あたりは深閑としていて、道は点々と続いている。

 

「私の未来か……」

 

アルトリアの言葉は静けさに包まれ、響もせず、自らの頭にも残らず、何処からともなく消えていった。けれど、不安を心に残り、自分の情けなさに強い遺憾を感じずにはいられなかった。アルトリアはグッと力を入れて彼に関する出来事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ね?長いでしょ?しかも主要な二人との絡みが全体の四割って……。まぁ、構成上こうなるところがあってもいいとは思うんです。
やっと東風が終わったところですかね?南風がやっと入っていける気がします。無理に鳴いて、単騎待ちもいいですが、私はリャンメン重視、七対子よりも対々、チャンタよりも断么、みたいなやり方な人なんで、これからもそっと続けていきます。


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IF物語 大晦日の夜

まあ番外編みたいなものです。
ちょっとだけ本編に関わることがあるので、こういうので表現するのもありだなと感じました。

今回は約二万文字です。

本当に時間かかるわ。週一も無理です。結構省いた方なんですけどね……。


外の街灯の明かりで見える雪を見ながら、何も考えずただじっとしていた。寒い日になるとついつい外を見たくなる。風が強いせいで窓ガラスがよくガタガタと音を立てていた。当てつけが悪いのかとも思ったが自分にはどうしようもないのでそのままじっくり見ていた。

雪の一つ一つを見ながらなにもしないでいるこの状況に何か感慨深いものを感じてしまう。

そんな風に呆然と外の景色を見ているとコンッと小さな音がした。外の景色から視線を外し音のした方を見ると俺の前にお茶が置かれていた。更に俺の左側に人の気配がしたので目線をそちらに向けるとジャンヌさんがそこにいた。ジャンヌさんは俺と目を合わせるとニコッと笑った。

 

「どうしたんですか?外をジッと見つめて」

 

彼女の柔らかい声が俺の耳に入るとなぜか心地よさが生まれた。暫く考えたがその質問の答えが見当たらず俺は微笑しながら湯呑みを手に取ってお茶を軽く啜った。俺はテーブルの上にあったリモコンを手に取りテレビをつけた。しかし自分の中で興味が湧いてくるものが見つからなかったのでいつまでも番組を変え続けた。

ジャンヌさんはそんな俺を不思議そうに見つめていたがやがてクスッと笑い始めた。俺がそれに気づきジャンヌさんの方を向くと彼女はなんでもありませんと言いながら楽しそうにお茶を啜った。

結局何も面白さを感じなかったためテレビを切った。またしても深閑となってしまった俺の家(アパート)だが、彼女は何も言わずただ俺を見ていた。別に何も面白いはずも無いのに彼女はいつまでも笑顔だった。俺はまた外を見始めた。偶に車やバイクの通り過ぎる音がこの部屋に響くと何ともいえないくらいに心地よかった。今ここに録音機があるなら思わずスイッチを入れていると思う。今のこの気分にはそういう一瞬の大きな雑音がオーケストラの演奏を聞いているように感じてしまう。

俺はその気分を払拭させようと頭を軽く振った。それと同時にテーブル上に置かれていた俺の携帯が揺れた。画面にはジャンヌとだけ表示されていた。俺はその表示されている文字をジッと見つめたままでいた。五、六回くらいで止むだろうと思っていたが中々止まない。

俺は出ようかどうか迷ったがその前にジャンヌさんが俺の携帯を取った。

 

「……もしもし」

 

『もしもし……じゃないわよ!おっそい!』

 

ジャンヌは呆れにも怒りにも似た声で怒鳴っていた。ジャンヌさんは俺にも聞こえるようにスピーカーにしていたため俺にもその声が聞こえた。その声とジャンヌの顔を思い浮かべると少しだけ不快に感じた。少しだけ顔を歪めながら大きく息をはくと、ジャンヌさんは俺の感情を汲み取ったのか苦笑していた。俺は重たい口を開け電話越しのジャンヌに何処にいるか聞いた。

ジャンヌは先程の声で家の前だと言った。俺は近くの壁に掛けてあった時計を見ると夜の十一時を回っていた。俺は怠い体を手で押して立ち上がらせる。立ち上ると同時に少しだけ目眩がしたがそれを無理やり治すように頭を何回か振った。無駄な動作なのは分かっていたが、何故かそうしなければならないような感じがした。

ジャンヌさんは俺が立ち上がると電話越しのジャンヌに今から行くと言い電話を切った。俺は立ったまま少し温くなったお茶を一気に飲み干し、ハンガーに掛けてあったチェスターコートを着た。ジャンヌさんもそれに合わせて自分のダッフルコートを着た。彼女は俺を見ていつもの笑顔で行きましょうと言う。俺はそれに小さく頷き部屋を見渡した。先程まで感慨深いものを感じていたはずの部屋が空虚な形で残ったようだった。汚く、薄暗く、とても陰惨であった。それは何かを予感しているように感じた。つまり、俺の身に次に起こる何かをこの部屋は予言しているようだった。俺は電気を消そうとしているジャンヌさんを止めて電気をそのままにしておくよう言った。ジャンヌさんは少しだけ驚いていた。

 

「電気をつけたままにしておいでください」

 

「……え?いいんですか?」

 

「いいんです。なんだか気持ちが和らぐんですよ」

 

俺は出来ているかわからない笑顔で彼女に言った。ジャンヌさんのような綺麗な笑顔は一生無理だがある意味の汚い笑顔なら彼女以上にできる。俺はそれだけが誇りに思えてしまう。汚い誇りだ。

ジャンヌさんは不思議そうにしていたが玄関へと向かった。俺はそんな彼女を後ろから見てそしてまた部屋を見た。空虚な空間になっているこの部屋は先程よりマシになってはいたがまだ足らないような感じがした。俺はテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取りテレビをつけた。テレビでは名も知らない芸人が一生懸命になってコントをしていた。男性が警察の格好をしてもう一人が泥棒の格好をしていて、客の笑い声がそこそこ聞こえる。俺はそいつらにこの部屋を任せることにし、そのまま玄関に向かった。

ジャンヌさんは不思議そうにこちらを見つめていた。俺は苦笑しながらクツを履き冷たいドアノブを回して外に出た。彼女は部屋を一瞥したが戻らずに外に出た。俺はズボンのポケットから鍵を出そうとした。しかし、あるはずの鍵がなかった。そういえばバイトから帰ってきた後に台所に何となく置いたような気がする。俺はため息をついて再びドアノブに手をかけた。しかしその行為はジャンヌさんの手にあるものを見て直ぐにやめた。俺の鍵を彼女が持っていた。彼女は俺の目線が手元にいっているのに気づき申し訳なさそうな顔をした。

 

「あの、鍵が台所にあったので……」

 

「いえ、助かりました。このまま戻るのは少しだけ面倒だったので」

 

俺は笑顔で答え、行きましょうと声をかけた。ジャンヌさんは鍵をかけて俺の後をついてくるように階段を降りた。自然に下に向いていた視線を前にやると少し遠くの方にジャンヌとアルトリアが待っていた。アルトリアは何時もの凛々しい顔で目を瞑りながら下を向いていた。耳から下にかけて何か白いものが見える。多分イヤホンをしているのだろう。ジャンヌは俺たちの方を見ながらまるで遅いというように表情を歪ませていた。

 

俺は彼女達の元へ歩くと案の定ジャンヌから「遅い」と言われた。悪かったなどと適当にあしらいながら彼女を宥める。ガルルと聞こえてきそうなその態度に一体どのくらい待っていたのか聞きたくなった。

 

「お前達は何分前くらいにいたんだよ」

 

「十分だ」

 

アルトリアは静かに答えた。俺は小さく「そうか……」と言いながらジャンヌに向かってもう一度悪かったと言った。ジャンヌさんは「まあまあ」と言いながら苦笑していた。結局、ジャンヌの怒りが治るまで俺は意味のない言葉を彼女に投げかけていた……。

 

近くの公園を通り過ぎた辺りから人と通り過ぎる回数が増えていった。この先にはちょっとした繁華街がありその先を抜けると地元の神社がある。繁華街はよく小さい時にきた覚えがあったが家族と離れて暮らすようになってから全く来なくなってしまった。繁華街とは逆の辺りにあるアパートで生活をしているのも原因だろう。

繁華街に行くともう直ぐ深夜の十二時だというのにまだ大半の店が開いていた。ラーメン屋からは元気のいい声が聞こえ、服屋からは中年の女性が呼び込みをしながら何かしていた。人々はその声を無視しながら真っ直ぐに伸びる道を歩き続けている。俺等もその人たちに続くように歩いて行く。

途中、歩いていると当然、視線が此方に向けられる。十人いたら十人振り向くだろう女性を三人も連れて歩いているこの馬鹿な男性を一体どういう風に思っているのだろうか。俺は目を此方に向けている男性を見た。男性は俺ではなく彼女等に向けていたが、俺と目を合わせると驚いたような表情を浮かべ、さっと目線を店に向けた。俺は自嘲の意味を込めて乾いた笑みを浮かべてしまった。

 

「……どうした」

 

隣にいたアルトリアはそんな俺を見て静かにそう呟いた。彼女の耳には相変わらずイヤホンがある。俺は苦笑を浮かべながら手を横に振った。

 

「いや、何でもない。ただこの状況が可笑しいなって……」

 

「私にはさっぱりだがな」

 

「ほら、男性一人に女性三人なんて可笑しいだろ?」

 

そう言うとアルトリアはクスっとこれまた美しい笑顔で「確かに」と言った。

そこに一歩前を歩いていたジャンヌが鼻で笑い、顔を此方に向けた。

 

「そんなの今さらよ」

 

「確認だよ」

 

「確認?なんの?」

 

「俺が冴えてない普通の大学生ということをだな……」

 

ジャンヌは俺がそう言うと吹き出すように笑う。ジャンヌの隣にいたジャンヌさんが少し怒ったような顔をしてジャンヌを見た。彼女はそれに気づき「何よ」と言う。ジャンヌさんは「何でもありません」と答えたが不服そうだった。

俺はその彼女の表情を見て苦笑を浮かべていると横から中年の男性の声が聞こえた。辺りの雑音からその声が耳に入る。俺はその声を知っていた。俺は隣にいるアルトリアの肩を軽く叩き、彼女にあの店を見るよう促すと、彼女はそれを見て何時もの凛々しい顔で小さく頷いた。俺は足早にその店に駆け寄り小さな声で「一つ下さい」と言うと、男性は俺に中華まんを一つ渡した。俺は財布から一万円札を取り出した。

 

「すいません、これしかなくて」

 

「あいよ」

 

男性はお釣りを用意しようとする。しかし、俺はそれを手で制した。男性は俺を怪訝に見つめた。自分がやろうとしている当然の行為を歯止めするかのように制止させられると人間は思わずその人の事を訝しそうに見つめる。以前、俺の先輩がそう呟いていた。

 

「お釣りはいいです」

 

「……は?でもーー」

 

「では、また来年」

 

「お、お客さん?どういうーー」

 

俺は男性の言葉を待たずその場を去った。人混みの中にいる彼女等の元へ向かう。歩いている途中にも当然、男性のあの腑抜けた表情が脳裏にちらついている。アルトリアの側まで来てもその顔が頭から離れずついつい笑ってしまった。

アルトリアは俺から中華まんを受け取りながら不思議そうに俺を見つめていた。

 

「どうした。いきなり笑い出して」

 

「いや……ずっと前に金を川に捨てたんだ」

 

「ほう……」

 

「その時の男性の顔がつい面白くて……」

 

「笑いのツボとやらが可笑しいな」

 

アルトリアは手中にある中華まんを食べながらそう呟いた。

俺はそんな彼女を見つつ、先程の行動の可笑しさにまた笑いが込み上げてくる。彼女はそんな俺をもう一度見て小さく呆れたようにため息をついた。そして、俺の顔の前に中華まんを差し出してくる。彼女が食べていたため、中に入っている具が見え美味しそうな匂いが漂ってくる。俺は彼女が先程そうしていたように不思議そうな顔をした。彼女はいつものあの凛々しい顔で俺を見ている。

 

「貴様が川に捨てたんだ。捨てたものは拾え」

 

「……相変わらずだな。勘のいいガキは嫌いだよ」

 

「償いをしろ」

 

「……お前なりの優しさか?」

 

「……勘のいいガキは嫌いだ」

 

アルトリアの言葉に「やられた」と苦笑しながら、自分の目の前にある中華まんを一口食べる。口の中で広がる肉と生地とを堪能しているとジャンヌさんとジャンヌがこっちを見ていた。ジャンヌはアルトリアの手にある中華まんをジト目で見ている。ジャンヌさんは俺を膨れっ面で見ている。

 

アルトリアがジャンヌに向かって「どうした」と言うとジャンヌは俺を見てジャンヌさんと同じように膨れっ面をした。俺はジャンヌに後で買ってやると伝える。ジャンヌはそう言うとそっぽを向いてしまった。これは肯定と捉えるべきなのか……。

しかし、ジャンヌさんはいまだ俺を見ながら膨れっ面をしている。

 

「どうしました?勿論、ジャンヌさんにも買ってあげますよ」

 

「そっちじゃありません!」

 

ジャンヌさんは俺に顔を近づけた。

俺は訳が分からずどう返事をしていいのか戸惑った。アルトリアに彼女は何が言いたいのかと目配せをするとアルトリアは鼻で笑った。

 

「貴様もやればよかろう」

 

「……何を?」

 

俺はアルトリアの言葉に訳が分からずにいたが、ジャンヌさんは意味が解ったのか急に頬が赤くなり、変な驚いた声を上げる。しどろもどろな話し方になりながらも「そういことではありません!」と言い、再び俺に顔を近づける。顔と顔とが触れ合いそうになるくらいまで近い。俺の目にはジャンヌさんの顔しか映っておらず、他のものが目に入らない。いや、俺が意識的に彼女の顔しか見ていないのかもしれない。彼女は怒っているような表情を浮かべながら若干頬を赤くしている。その顔が逆に普段の顔よりも美しいと感じてしまっている。

 

「もうこういう事はしないように!」

 

「……何をですか?」

 

「だ、だから……」

 

「無理な話だ。自覚がないからな」

 

突然、アルトリアは独り言のように呟いた。すると、今まで黙っていたジャンヌがジャンヌさんのコートを引っ張る。

その直後、アルトリアはまたしても俺に中華まんを近づけてきた。俺はアルトリアを見たが、彼女は前を見ていた。俺が目の前にある中華まんを食べると彼女も再び食べ始めた。

ジャンヌさんはその行為を見ながらまた膨れっ面をした。

 

「貴方もいい加減なさい。みっともない」

 

「わ、私はただーー」

 

「顔を赤くしながら言い訳するつもり?貴方もやればいいじゃない」

 

「私はーー」

 

「できないなら指をくわえてなさい。言っとくけどね、貴方が思っている以上に理解してないわよ、この男」

 

「………」

 

「それと、隣の女には恥じらいというものがない」

 

「うッ………」

 

「負けたくないなら貴方も恥じらいを捨てるべき……いえ、捨てなさい」

 

ジャンヌの言葉が響いたのかジャンヌさんはがくりと項垂れるように俯いてしまった。俺は隣のアルトリアに「どうしたんだ」と聞いたが彼女は「察しろ」というだけであった。俺は歩きながら考えたが、どうもその答えが見えてこない気がした。頭を振りながら考えるのを止めようと思い、上を向いた。もう雪は降っていなかった。俺は少しだけ心に余裕が出てきた事を自覚した。テレビと部屋の明かりの効果が出たのだろうと感じた。

 

 

 

繁華街を抜けるとすぐに沢山の屋台と行列とぶつかった。地元の人が多数だが他県からも来ているらしい。ご利益とかはそれほど知らないが縁結びにはここの神社が良いと母に言われたことがある。それがこの行列の原因なのかと言われれば納得ができない。

俺等は素直にその行列に並ぼうとした。その途端、俺の肩に何か不快な感覚が走った。冷たくもなく熱くもないその感覚に何か予期せぬ不安を抱え込みそうになる。鼓動が速くなるのを全身で感じながら後ろを振り返ると先輩が立っていた。先輩は俺の顔を見ると笑顔になり「久しぶり」と声をかけた。俺は顔を歪ませた。

 

「なんだよその顔。変な化け物を見たような目でこっちを見んなよ」

 

「いえ……すいません」

 

「辛気臭い面して言われてもな……」

 

先輩は苦笑しながら頭を掻いた。

 

「……誰ですか?」

 

ジャンヌさんが顔を覗かせながらそう言った。先輩は俺から彼女達に視線を向けた。

 

「お前の連れか?」

 

「まあ、そうです」

 

「誰よこいつ」

 

ジャンヌは怪訝な目つきで彼を見る。警戒しているのがこっちにも伝わってくるが、彼はそんなジャンヌとは真逆でにこやかに少しお辞儀した。

 

「私は彼の大学の先輩でした。今はちょっとした仕事をしています。名前は……教えなくても問題なさそうですね。よろしく」

 

彼はジャンヌに近づき手を伸ばす。どうやら握手を求めているようであった。しかし、そんな彼を突き放すように彼女は手を払う。そして「胡散臭い」と言い放った。

彼はそんなジャンヌを見て驚きながらも直ぐに先ほどの顔に戻した。

彼は暫く彼女達を見た後俺に視線を戻した。

 

「どうやら引っかかる体質な奴等ではないな」

 

「ええ、そういうのと無縁な奴等ですよ」

 

「そうか……なんか食おうぜ。俺は腹が減って仕方がない」

 

「……拒否権は?」

 

「あると思うか?」

 

 

彼は笑顔でそう言った。

俺は小さくため息を漏らした。この人とは縁を切るというよりできるだけ関わりたくない。そう思ったのは今日だけじゃない。

 

「……解りました。という事で、俺は抜けるわ。お前らのぶんは何か適当に買ってやるから、心配はするな」

 

「え?ちょ、ちょっと待ってくださーー」

 

ジャンヌさんが何か言っていた気がしたが、俺はその言葉を待たずに先輩と一緒に歩き出した。

 

 

 

彼は俺の二個上の人で、容姿も顔も恵まれている。俺が大学一年の頃に知り合ってからは長い付き合いになった。合コンにも連れてかれ、変な遊びにも連れて行かれる。時には犯罪ギリギリの事をやってのける。そんな人だった。結局、彼が卒業するまでの間に俺は彼に振り回される羽目になった。

俺以外にも、彼を苦手というなの嫌いと感じている人物はいる。その中には彼の幼馴染もいたりしているらしく、堂々と「嫌いだ!」と言って退けた者もいた程だった。しかし、彼はそういう人達を平然とヘラヘラと笑いながら「そうか」というだけである。理由を聞くと逆に質問され「人を好きになるのは当たり前で、人を嫌いになるのは違うのかよ」と言われてしまったのを覚えている。その後彼はその言葉の意味をいつになく熱弁していたような気がするが、覚えていない。しかし、彼はその頃から普通の大学生というカテゴリーを出ていたような気がする。

 

「しかし、美女だったな……。どれが本命だよ?」

 

「本命?言ったでしょ?そういうのとは無縁のやつらだって」

 

「それはお前以外だろ?お前は違うだろ」

 

「……無縁ですよ」

 

「違うな。お前が無縁と思い込んでいるだけだな」

 

俺は目を左右の屋台に向けながら彼の言葉を聞かないように専念したが、何故か手には力が入っていた。

 

「釣り合わないとか、そんな事を思ってるなら、御門違いだ。ましてや、その後の関係とかーー」

 

「違う。違いますよ。俺はそんな事を考えたことはない」

 

「……まさか、本当にそういうのがないという結末はねぇよな。俺の目は誤魔化せねえぞ……」

 

「俺が……ダメなんですよ」

 

「……ダメ?」

 

彼は訝しそうにこっちを見つめていた。俺はそんな彼の顔を見たくない為に、下を向いた。

そして、俺はその答えをはっきりとした形では言いたくなかった。それは今後の俺を左右するからでもあり、今の俺には軽い言葉になりかねないからだ。決してそんな贅沢な意味でないのにそういう意味で捉えかねない。今の俺には彼を納得できるような言葉を重ねてその意味を重くさせる事ができない。さらに俺も曖昧なのだ。その答えに自信がない……。

 

「ダメ?何に対してだよ?」

 

「彼女達に対する……」

 

「……は?」

 

俺はさらに手に力を入れた。痛みが伝わってくる。しかし、それ以上に胸が痛かった。俺の中にあるものを無理矢理吐き出されるような気分だった。

 

「彼女達に対するって……お前ーー」

 

「たこ焼き食べたい」

 

突然、ジャンヌの声が背後から聞こえた。

俺と先輩は一緒になって振り向くと腰に手を当てながら、少し怒った様子のジャンヌがいた。

 

「たこ焼きね……」

 

俺が独り言のように呟くとジャンヌは俺と先輩の間を割って入り、俺の右腕を引っ張り早くするように急かせる。

 

「ほら、あそこのやつ……。美味しそうじゃない。あれ、食べたい」

 

「お前いつからそんな強情になったんだ?ていうか、お前、並んでたんじゃないの?」

 

「私、神を信じてないから……」

 

「……ならなんで来た」

 

「そっくりそのままお返しします」

 

「……納得」

 

ジャンヌの澄ました顔を見て諦めにも似たため息を漏らした。先輩に目を向けると呆気な顔をしながら、ジャンヌの顔を見ていた。

 

「……先輩?」

 

「…………んー?」

 

俺が呼びかけると反応は鈍く、生半可な返事をし、目もジャンヌから離さなかった。

 

「先輩、聞いてるんですか?」

 

「……おう。お前、俺の分を買ってこいよ」

 

どうやら聞いていたようだ。俺は小さく「解りました」といい、そのまま列に並んだ。その時にジャンヌの声が聞こえたような気がしたが、あえて振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

「あ、ちょっとーー」

 

 

彼はジャンヌの言葉を待たずして屋台に並んだ。本当のことを言えば、そこまで食べたくなかった。彼に対しての問い詰めが横にいる男性から始まったため、話しをはぐらかしたに過ぎない。

 

「……察しが悪いってのはバカの証拠だな」

 

「アンタがきっかけを作った……。彼は悪くないわ」

 

ジャンヌは屋台に並ぶ彼の姿を見ながら、少し声を張ってそう言った。男性はフッと鼻で笑い、口角を上げる。その様子を見てジャンヌはその横にいる男性を怪訝そうに見つめた。

 

「俺がアイツを作ったんだ。あの性格、人に……いや、女性に好かれやすい所謂『弱さ』を武器とする人間……。感謝ぐらいしてくれても良いんだぜ」

 

「…………馬鹿は程々にしなさい。殺されたいの?それとね、私達の関係に口を出すのなら貴方はここから去るべき……それは忠告しとく」

 

「……忠告?」

 

「後ろを見なさい」

 

彼はジャンヌの言われるがままに後ろを向いた。そこには美女二人が立っていた。一人は凛々しい顔で剣を持ち、一人は鋭い目付きでこっちを睨んでいる。

 

「……なるほど、なるほどねー」

 

男性はそれらを見て小さく笑う。グツグツと湧き出るような笑いと、心が踊っていることに気づき、一瞬だけ震えた。

 

「悪寒が走るのであればここで去れ、アイツが言ったように、これ以上言うのであれば容赦はしない」

 

「その覚悟は貴方にありますか?」

 

アルトリアは剣を彼の首付近に当て、鋭い声でそう言った。ジャンヌは恐怖を与えるように目で睨む。

辺りは賑やかな声で包まれながら、その場を通り過ぎて行く。まるで彼女達がいないかのように誰もその光景を見ずに行き来する。

 

「……ない、と答えれば良いんだろうが、あいにくと俺はそういうのには免疫があるんだ。それより、お前らはいいのか?こんなところアイツに言ったら何もかも台無しだぞ……。まあ、言わないけどね」

 

「貴様に選択肢があると思うな」

 

「…………その時は覚悟がありますよね」

 

「貴方はここで消えなさい」

 

三人は各々の言葉を男性に吐き捨て、三角形に取り囲んだ。男性はそれを見ながらもまだ、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、上着のポケットに入ってるタバコを咥えた。

 

「……随分と余裕があるのね」

 

ジャンヌがそう言うと彼は鼻で笑い、火を付ける。スゥッと煙を吸うとゆっくりと吐き、自分の吐いた煙を見つめた。

 

「……俺はね、彼に何もしやしない。ただ……」

 

「ただ…………?」

 

「あいつの将来を知りたい」

 

男性は空を見上げながら、ユラユラと揺れている煙を見つめている。ボソッと呟いているようにも聞こえるその言葉に、アルトリアは怪訝な顔をした。

 

「将来……。貴様はなぜそれが見たい?」

 

アルトリアの質問に力の抜けた笑いを浮かべた。

 

「知りたい、ではなく見たい……か。いや、俺の単純な興味だよ。さっきも言ったが、今のアイツを作り出したのは俺だ。これは本当だ。ただ、俺がいなくなった後のアイツは、どのようになっていくのか、俺はそれが知りたい」

 

「……余計なお世話だ」

 

「そうでもないさ。だって俺はアイツのことを知悉しているんだ」

 

「それは昔の話でしょ?今は違う」

 

殺気立ったような雰囲気が男性を覆うが、彼は怖気づく様子は一向に表れない。タバコを下に落として揉み消すと、彼はジャンヌの方を向いた。

 

「君は彼の懐に入った事はあるか?」

 

「……」

 

ジャンヌは黙ったまま男性をにらみつけながら、グッと力を入れて一歩だけ歩み寄った。彼はそのなんともいえない怒りの表情を見ながら少しだけ笑みを浮かべた。

 

「入ると面白いものが見えるぞ」

 

「……黙りなさい」

 

「彼はまだ子供のように何色でも染まる」

 

「黙りなさい……」

 

「君たちの色に染めたければ染めれられーー」

 

「黙りなさい!」

 

男性は力の入ったその声がどこまでも響き、彼女らの周辺の音は絶えたようにシーンとしたように感じられた。なるほど、あいつの連れのことだけはある。愛という言葉で片付けるにはもったいない。

訴えるような目で見つめるジャンヌを他所に、男性はまたタバコを口に咥えた。

 

「君らがどんな形であいつを見ているのかは解らないが、これだけは言っておく……彼は泳がせることで力を発揮させる。手中で踊らせろ……奴には自分で決める為の権利を持っていないし、一定の考えを持ち合わせてもいない。極端な言い方をすると、オポチュニストってところか」

 

ジャンヌはその直後、男性の襟をグッと掴みにかかった。ひどく怒ったような視線が男性に注がれるが、男性は怯える様子はなく、うんざりしたような視線をジャンヌに送るだけだった。

実際、男性はうんざりしていた。彼からあらゆるものを抜き、否定をまずしない人間を作ったと自負していたのにも関わらず、彼女らは彼のことを全く理解できていなかった。現に彼女らはまだ彼の行動を縛っていない。彼は縛られている状況でその力を発揮させ、そしてその環境に応じるのだ。文句の一つを言葉として言わず、それに乗っかっていく。そんな都合のいい人間なのに、まだ彼を自由にさせている。彼は自由にすると、彼には魅力がなくなってしまう。

男性は自分がいなくなってから、彼の状況を想像していた。彼がいまどんな状況下で縛られているのだろうか、そしてそれが毒となり、自分で自身の体を蝕んでいることに気づかずに倒れ、終いには死んでいくその姿……。それはなんとも人間らしく、稀に見るケースではないだろうか。しかも支える要因はあまりなく、行動それ自体が彼の救いのように彼を動かす。

その姿を男性は自由に頭の中で想像していた。元々、人間はそうでなくてはならない。自分が好きで、自分が危ない状況であるというように、冷静に思考を巡らせているようでは、とても人間らしいとは入れない。冷静というのは科学を取り入れたような思考である。人間らしさというのは己より他人という思考を常に持ち、それに加えて社会が優先されるという生き方でないと、とても人間らしさなんてことはない。

人間味のある人間は、不満を抱いてもそれを公に言わず、何かで訴えるわけでもなく、ただ自分の感情の中で完全燃焼されるまで待つものだ。それによって自身が壊れたとしても狂人になり変わり、また人間味が増す材料が増えるものだ。

男性の頭の考えは常にそうであった。しかし、男性は自分のこの思想を自分に課すことは出来なかった。自身で自分は出来る人間であり、人間の上に立つ存在だと自負していたからだ。組織の上に立つ存在だと気づくような点はいくつもあった。それは学校でも、家庭内でもましてやバイト先でもあった。その過程の中で、男性は周囲の上に立った。そのような結果的の中で、男性は自分の思想を投げ出すより他なかった。組織の上に立つ存在が組織に忠順になるなんてありえないからだ。上に立つ存在は科学、論理を要する。科学はあくまで現実になんの作用をしないと解っていながらも、男性は自身が望んでいなくてもそこに当たるような運命なのだと感じていた。

その悲観の考えの中を彷徨っていると、ある一人の人間を見つけた。見つけた時の彼は少し笑っているような顔ではあったが、その笑みには無理があった。手をポケットの中に入れてはいたが、その中ではきっと拳を作っているのだろうと感じられた。

不意に気になったため、適当に一年生の女子をひっかけて偵察するように頼むと、彼の様子が次第に解った。彼は講義の参加には必ず参加していたが、ノートを開いていてもそこには何も書かれておらず、あとで女性がそのことを聴くと「考えていなかった」と話していた。女性はひどく困惑した。また、必須科目にある体育も出席はしていたにも関わらず誰とも組もうともしないでその場で立っていたりと、自分から主張しない人間であった。

男性はその話を聞くとすぐに彼に接触した。この子は自分と真反対の人間である。そうであるならば、彼は自分の思想を全うにこなす人間になるのではないだろうか。

男性は、色々なことを彼に教え、彼を自分の思想に染めた。自然的な形でそれを教えその都度何かをやらす。犯罪ギリギリなことにも彼は付いてきた。面白がって付いてきていたのではないと直ぐに解った。けれど、それが自身の思想に染められていると理解するための素材になる。男性は歓喜した。彼には勇気がない。彼には否定がない。人がスッと通る道を、まるで地雷が仕掛けてあるのではと疑うように少しずつ、確認しながら歩く……。男性は心の中で歓喜した。

 

ジャンヌは男性の襟を離すと、冷静になろうとフゥーッと一度深呼吸した。男性の目が心底うんざりしているのを不思議に見つめたが、直ぐに皮肉そうに笑った。

 

「満足してないようね」

 

「当たり前だ。彼は俺が作り上げたんだ。先程は感謝しろなんて言ったが、それは間違いだった。君らは理解せず彼を行動させている。君らは彼を知悉しているのか?何も解ってない」

 

「それでいいのよ……。好きなこと、自分がしたい事が彼にはない。なら私が提供する。それでも悲しんでいるんだったら私も彼も堕ちていく。当然私が率先してね」

 

「そしてそれを私が食い止める。無論、食い止めれない場合は私も同様に堕ちるところまで堕ちる。そして隣で静かに歩く」

 

アルトリアは剣を消して、静かに言った。後ろの彼女の声を聞いて男性はますます目を細め嫌悪感を表に出す。

 

「私は後ろで彼が迷わないように支えます。迷ったら彼女らがいる方向を指差して優しく丁寧に教えてあげます」

 

横目で確認できる彼女の声を聞いて男性は舌打ちする。持っていたタバコを下に落とし、揉み消すとタバコに火をつけていなかったことに気づいた。男性は手にグッと力を入れて後ろを振り返る。アルトリアは小さく笑う。

 

「人間はどこまでも変化する。それは彼も同様だ。この先の関係で永遠に変わりゆくものだ。私は経験した」

 

「自身の経験が他人にも該当するなんて妄想だ。幸福論って知ってるか?あれと同じだ」

 

「解っている。しかし、変わらなくとも理解がある奴が増えれば、堕ちるにせよ上るにせよ、支えにはなるだろう」

 

「それは幻想だ。彼には支えなど必要ない。彼に必要なのは縋る何かだ。それもひどく抽象的な何か……。そして縋ったらそこに留まる」

 

アルトリアは小さくため息つくと、男性の足元を見た。彼の下には潰れたタバコがある。それを見つめると、彼の姿がチラついて見えた。一つでも大事を抱えるとこうなってしまうような危ない存在である……。しかし、変えることをしてはいけない。それは今の彼を否定することになる。だから自分達がそこに歩み、出来るだけ理解させないまま変化させていく。それが自身らにとっての役割である。

それを何の根拠に男性は否定しているのか見当もつかない……。徐々に変換しつつある姿を見て嬉々としないながらも、このように怒りを感じるようなことでは無いはず。

アルトリアが口を開こうとしたが、その前に後ろにいたジャンヌが口を開いた。

 

「まあいいわ。貴方はずっとそう思ってなさいよ。貴方の思い通りにはさせないし、なったとしてもその姿を見せたりなんかしない……さようなら」

 

ジャンヌはスッと男性の前を通り過ぎ、彼が並んでいるであろう屋台に紛れ込んでいった。彼はタバコを再び吸おうと一本口に咥えると口を開いた。

 

「あの子はどうも解ってない。あれではまるで狂言ではないか。俺は一向に理解してないし、彼女も彼女で理解してない。俺はああいう性格の奴がどうしてアイツとつるんでいるのかわからん」

 

「解らなくていいんですよ。貴方には一生かけても解らないはずです。自分の考えだけが正しいと思っている人に、他人の気持ちなんか解りません」

 

ジャンヌダルクは一回お辞儀をしてからその場を去った。彼女も彼女で、彼のところに向かっていた。

その姿を確認すると、男性は小さくため息を漏らし、タバコに火を点けた。肺の中に煙が入っていくのが感じられる。その瞬間身体が一気に倦怠感で包まれたように気だるくなった。まるで子供と遊んでいたかのように疲れが襲いかかってくる。『理解することを遮断するような連中は人ではないく、狂人である』大学時代に彼にそんな昔の言葉を吐いた事を思い出した。

男性は胸ポケットから一枚の名刺を取り出してアルトリアに渡した。彼女はそれを受け取ると怪訝そうに男性を見た。

 

「彼に渡してくれ……。その名刺に俺のメールアドレスと電話番号が書かれてる。飯くらい奢るとでも言ってくれよ。久しぶりの再会がこんな結果を生むとは想像してなかったからな」

 

「これを私が渡すと思うのか」

 

男性は不気味そうに笑いながら、ゆらゆらと揺れて上る煙を見ながら退屈そうな表情をした。

 

「君が一番まともだと感じた。あの丁寧そうな女性でもよかったが……あの子も何処か怖いものを感じた。きっとアイツに渡すところを見たら破るだろうな」

 

「……一応渡しておこう」

 

アルトリアは男性に背を向けて静かに歩き出した。男性はただ彼女の背中を見つめながら何も言わず無表情で見つめ続けた。彼女の姿が確認出来なくなると、その場にタバコを落とし揉み消す。そして靴の音をわざと鳴らすように歩いて行った。靴の音が耳に入ってくると軽快な音楽を聴いているように感じられ、もっとかき鳴らしたくなった。

 

「きっと破くよな……彼女も」

 

男性の声は低く、掠れていた。男性は小さな笑みを浮かべるも、爪痕が残るくらいに力を入れた拳を隠すために、ゆっくりとポケットに手を入れた。

 

 

 

 

 

ゆっくりと進んでいる列の中で特にやることもないのでスマホをいじっていたら、不意に肩に手を乗せられた。反射的に振り向くとそこにはジャンヌがいた。彼女は呆れたように俺を見ながら隣にだった。

 

「まだ買えてなかったの?早くしなさい」

 

「お前の辞書に並ぶっていうワードないの?」

 

「燃やすというワードに変換したわ」

 

「変換ミスだろ」

 

ジャンヌの言葉に小さくため息をつきながら他の二人はどうしたかと尋ねると、時期に来るという。神さまに何かお願いしたのか少しだけ気になるが、願い事を人にいうと叶わないと聞くのであえて聞かないことにしておこう。

 

「そういえば、先輩はどうした?」

 

ジャンヌはその言葉を聞くと、少しだけ怒ったような顔をしながら、呆れたように口を開いた。

 

「帰ったわ」

 

「……まあ、昔からよく分からない人だったからなぁ」

 

「そんなやつ、連む必要ない」

 

「やむを得ない場合は連むよ。いや、自分から行ってたのかもしれないな……」

 

俺がこういう風に彼女と居られるのも先輩のおかげでもあるし、俺に色々な事を教えてくれたのも先輩だ。それ以外の人とは殆ど仲良くなった記憶はない。『これからの奴がどう言おうが、正解は俺だ。大学じゃ中途半端な奴が残っているだけに過ぎないから、お前みたいな奴は流される。お前は俺に教われ……。俺はお前に説くから』

初対面から数日後にそんなことを言われて以来、先輩としか連まなくなった。世の中は出来た人間が多いが中々教えてくれる人はいない。しかし、先輩は丁寧に事細かに教えてくれた。

そんな先輩だからこそ今のことも何かあったのではと感じてしまう。

 

「なぁ、先輩とどういう会話してたんだ?」

 

ジャンヌは呆れたようにため息をつきながらも、手にグッと力を入れていた。彼女は俺の目を見つめながら、何か訴えているような様子だった。

 

「なんだよ、変な会話をしたのか?」

 

「特に何もしていないな」

 

話に割り込んできたのは、アルトリアだった。隣にはジャンヌさんがいた。気づいた時には俺らの後ろに並んでいた。ジャンヌさんと目が合うと、ニッコリと美しい笑顔を作った。

 

「……彼は急用ができたらしい」

 

「そうなのか?だったら心配する必要はないな」

 

なんやかんや言ってあの人も重役だから、何かと忙しいのだろう。俺や普通人の忙しいより、彼の忙しいという言葉の方が重みがある。人間みな平等という名言があるが、それは間違いだ。何かを成し遂げた人の言葉はひどく重い。学校では人を大切にするから勘違いする。人間みな平等だ……。それを本当に信じる大人は馬鹿なんだろう。神は人の上に人は作らなかったが、人の下に人を作った。だから下の人間はいつも重い言葉に耳を貸す。

 

「あの人は重いな」

 

「……何がですか?」

 

俺は皮肉な笑みを浮かべながら、自分を貶すように呟いた。ジャンヌさんはその言葉に反応したのか、それとも俺の笑みに反応したのかは定かではないが、不思議そうに見つめた。

隣にいるジャンヌも怪訝そうに見つめた。

俺はそんなジャンヌを見て、少しだけ顔を強張らせつつも、適当に言葉を並べた。

 

「いや、何でもない。それより、たこ焼き買ったらみんなで鍋しないか?」

 

ジャンヌは相変わらず怪訝そうな目で睨み黙っていた。どうやら彼女には隠し事を出来ないようだ。いや、隠した訳ではないのだが、別に汲み取られればまた何か言われるに違いない。

 

「……なんだよ。腹一杯か?」

 

ジャンヌは呆れたようにため息を吐いて、食べましょうと言った。諦めにもにたその表情に少しだけ安堵し、フゥーッと胸をなでおろす。吐いた息が白くなったが、何故かそこまで寒いとは感じなかった。ジャンヌから出たため息もまた白くなったが、彼女も寒さを感じてはいないようだった。

寒さは夜中になると一気に来る、というのを昔親から言われた事があった。しかし、俺には寒さとやらがどうも解らないところがあった。無論、手はかじかんで痛くなるし、鳥肌だって立つが、それが本当に寒さの証拠であるとは、何処か言えないような気がした。『へぇー、お前はそうやって人との区別をつけているのか?』そう言われた事が前にあったが、これが区別であるならば、それは俺がズレているという意味である。大概の人はそうやって言うのだ。だったらジャンヌはどうだろうか。彼女もまた、感じてはいないのだろうか。もし、感じているのだとしたら、果たして大数と同じの寒さであるのか……。ジャンヌは退屈そうな表情で前を見ていた。

 

「なあ、ジャンヌ」

 

「……何よ?」

 

「お前は寒さを感じた事がある?」

 

「……意味わからない」

 

つまらなさそうに言いながらも、彼女は少し間を開けた。考えた素ぶりは少しもなく、素っ気ない返事をしただけだったが、つまらなさそうにそう呟く姿を見て、少しだけ嬉しくなった。

 

「感じた事がありません、て答えたら正解?」

 

「いや、正解も不正解もない。けど、それが一番単純で解りやすい」

 

「単純なもので答えられる世界なんて狭いだけよ」

 

「その世界がいいんだ。狭ければ狭いだけ人がいない………。その中で生きるのは心地いいんだ」

 

「心地がいいで終わるなら、それは自己満足……。勝手に満足して他人は入れないんだから」

 

ジャンヌは再び俺の方を向き、諭すように言葉を選びながら答えているようだった。なるほど、それは確かにあるかもしれない。しかし、それだけで終わる人生もそれはそれでいいと思う。

ジャンヌさんやアルトリアは俺たちの会話を後ろから聞いているのか静かだった。

俺は手をポケットに入れながら、軽く足踏みをした。

 

「それでも俺はそこがいい……かな?だってそこは自分の有無だけで決めれるんだからな……」

 

「有無?自分の?それになんの得があるのよ。そんなことしたって意味がーー」

 

「そうやって議論するのも良いが、そろそろ注文したらどうだ」

 

アルトリアの言葉を聞き、目の細い屋台の男性がこっちをジッと見つめていた。睨んでいるようにも見えるその姿を見て、少しだけ申し訳なく感じた。

すいません、という意味を込めて軽く会釈しながら苦笑を浮かべた。男性は目をより細めて苦虫を潰したような顔をしながら、注文はと聞いてきた。低くなったその言葉に少しだけ怒りが混ざっているような気もした。

俺はその表情を見て軽く吃りながらも口を開こうとするとジャンヌが一歩前にでて口を開いた。

 

「三つ」

 

「……は?」

 

ジャンヌはそういうと、男性はそそくさと準備を始めた。ジャンヌに目を向けるが、彼女は俺の方を見ず、前を見続けていた。

後ろにいるアルトリアが少しだけめんどくさそうに、半分ずつということだろう、と言った。なるほど、と納得しないもののそれもありだなと考えながら財布を取り出し、丁度の金額を男性に渡した。

 

ジャンヌは袋からたこ焼きを出すと、一つを爪楊枝で刺すと俺の口元に持っていった。黙って差し出されたそれに、少しだけ嬉しくなった。

 

「用意はあるんでしょうね?」

 

「……え?ああ、鍋か。まあ、四人で正月にでもやろうと思っていたから、それが前倒しになっただけだから……。ていっても、もう十二時超えてるし、正月でもーー」

 

「少しは自分の意見を貫きなさいよ。この面子だったら、貴方の意見を否定しないわよ」

 

「逆に申し訳ないよ……」

 

たこ焼きを口に含むと、熱さが一気に口に伝わってくる。噛めば噛むほど、その熱さが伝わる。熱いな、と呟いたがそれは所謂文句みたいなもので、実は食べれないほどではなかった。

ジャンヌは俺と隣で歩きながら、俺の呟きを少しだけ気にするような表情をしたが、そのまま口に入れた。ジャンヌの顔は至って普通だった。

 

「普通ね……。でも、少しは美味しい」

 

「美味しいに程度はないんだけどな」

 

「貴方、まだ私と口論する気なの?もっと軽くなりなさいよ」

 

「いやいや、これからもこれで行くからね?お前も知っているだろ?」

 

「解らないわよ……」

 

ジャンヌは少しだけ上を向いた。空は少しだけ曇っていて、そこから月が見えたり曇っていたりしていた。星などは出ていなく、ただ半分かけた月だけが煌びやかな世界を作っていた。一生懸命に月は半分の力で雲と空とを分けて見えるものにしている。感慨深い気持ちは家にいた時分とは違い、何か喜びを求めていた。心中では少しだけ、踊っているような仕草があるように感じられる……。表現の違いか、それとも感覚の違いか、俺には何故このような気分になったのか解らない。

ジャンヌは間を置いてまた一つ口元に持ってきた。俺は少しだけ微笑浮かべてそれを口に含んだ。モゴモゴと食べながら自身から笑みが消えるのを待つ。口から喉を通ったのを認識すると、俺はジャンヌの肩に手を回した。ジャンヌは肩に置かれた腕を瞥見したが、何も言わなかった。俺はまた笑みを浮かべた。

 

「明日は晴れかな……?」

 

「晴れなんじゃない?貴方がそういうなら」

 

「晴れじゃなかったらどうする?」

 

彼女は少しだけ考えた素ぶりしたが、また上を見上げると、少しだけ笑みを浮かべた。

 

「その時は燃やして晴れにします」

 

爪楊枝にたこ焼きを刺すと、また俺の口元に持っていく。

 

「いい考えだな……。俺もそれには賛成だな。そしたらきっと寒くない」

 

「寒さなんかとうにないわよ……。もっと楽しく生きなさい」

 

俺は口元に差し出されたたこ焼きを手で持ち、逆にジャンヌの口元に差し出さす。ジャンヌはその行動に少しだけ驚いたが、何も言わず口に入れた。

 

「そうだな……ちょっとだけ頑張ろうかな」

 

ジャンヌは綺麗な笑顔を作った。

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌの肩に手を回す彼を見ると、アルトリアは少しだけため息を吐いた。

 

「相変わらず突拍子に変な行動をするな……彼は。それを否定しないアイツも同じだが……」

 

彼女は苦言を少しだけ漏らすと、手元のたこ焼きを口に入れる。横で歩いているジャンヌダルクは少しだけ頬を膨らませるが、のちに彼女と同じようにため息を吐いた。

 

「そこがまた彼の魅力です」

 

彼女は魅力という言葉には万能というものでも含まれているようだった。本来、魅力というのは他人引き寄せる何かを指し、それは行動によって表現されるものではない。表現の結果に対して使われる言葉は魅力ではなく、カッコイイやら、可愛いやらの形容詞が使われるのが普通だと感じられる。

 

「……行動には魅力という言葉は使われないのではないだろうか」

 

「……主観の魅力には他人の行動も含まれますよ?彼の行動は私にとって魅力的です」

 

「……随分と軽いな」

 

「軽いのかは解りませんが……」

 

ジャンヌダルクは少し苦笑しながら、たこ焼きを口に入れた。アルトリアは前に歩く彼等を見つめた。

 

「しかし……随分と惚れていることは解った」

 

ジャンヌダルクは少し驚き、顔をうつむかせた。頬は薄っすらと赤くなっていたが、そこに羞恥心が含まれているのかは微妙であった。アルトリアは一つ間を置き、彼女が何かを言うのを待った。

 

「わ、私は別に……て言えればもっと聖女らしいんですけど、もう肯定します」

 

気さくな言葉に対してアルトリアは何か落胆したような表情を作った。それを見たジャンヌダルクはもっと赤くなり今度こそ焦りながら話題を変えた。

 

「そ、そ、そういえば何か貰いませんでしたか?あの人から」

 

アルトリアは何も言わず、その答えに小さく頷いた。彼女は何をもらったのか聞いたが、アルトリアの口を開かず、その問いを行動で応えた。一つだけたこ焼きを食べると、ポケットから小さな名刺を彼女に渡した。

ジャンヌダルクはそれを受け取ると、少しだけ目を開いた。目線をアルトリアに向けると、今度はアルトリアも口を開いた。

 

「あの男は何か勘違いをしているらしい……」

 

たこ焼きを飲み込むと直ぐさまそのような言葉を呟いた。ジャンヌダルクはジッとその言葉に耳を傾けていた。

あの男性は一番間違ってはいけないところを間違えていた。最終の手を自分で渡さなかった事は彼の傲慢さが生んだ過ちだった。アルトリアをまともに話が通じる者だと見込んだことだった。ジャンヌダルクよりも付き合いが長い彼女がなぜ嫌悪している人間の言葉を信用できるか……。

 

「……渡すんですか?これ……」

 

彼女は少しだけ低くなった声でアルトリアに問う。その問いには答えず、名刺をスッと彼女の手から奪った。ジッと見つめていると、男性の顔と咥えていたタバコとが小さくチラついた。脳裏にはそれほど印象に残ったのだとアルトリアはこの時初めて感じ、少しだけ目を細めた。

 

「……私が話を通じると思っていたのがあの人の勘違いだ」

 

アルトリアは名刺を半分に破ると、もっと細かくしようと名刺を重ねた。すると、ジャンヌダルクがその名刺を直ぐさま奪った。その行動に不快感を示すと、彼女に目を向けた。

 

「……私もその行動に賛成です」

 

クスッと笑いながらジャンヌダルクはもっと細かく破いた。紙くず同然になった名刺をパラパラと地面に落とした。

その笑みのままアルトリアに目を向けた。

 

「随分と惚れてますね」

 

彼女はクスクスと笑う。アルトリアは少しだけ口角を上げると、あと一つ残った最後のたこ焼きを食べる。口を動かしながら小さく頷くとそれを飲み込んだ。

 

「当たり前だ。私は今隣に歩いているアイツと同じ……」

 

そこで一つ区切ると空になった入れ物をジャンヌダルクに渡すと、早歩きをし始めた。彼の後ろに着くと、アルトリアは後ろから抱きしめた。突然の行動に彼女は呆然としていた。

 

「……どうした、頭悪くなったのか?」

 

彼は突然の行動に少しだけ驚いていたがアルトリアは少しだけ笑みを浮かべながら小さく何でもないと言った。

 

「離れなさいよ。歩きづらいじゃない」

 

アルトリアはスッとその場を離れて、後ろのジャンヌダルクの隣に戻った。先ほどの行動に彼等は不思議に思ったが、直ぐさま自分達の会話に戻った。

ジャンヌダルクは少しばかり呆気に捉われていたがすぐにアルトリアの方を向いた。

 

「……大好きという事でしょうか?」

 

「貴様もやってみればどうだ……いくばくか気持ちが和らぐと思うが……」

 

彼女はその言葉に耳を赤くしたが、アルトリアがやった意味がすぐに解った。

 

「私の為にやったのなら、少し遺憾です。けれど……ありがとうございます」

 

アルトリアは少しだけ鼻で笑う。ジャンヌダルクは、彼女が笑う姿がとても綺麗に見えたが、それは自身に出来ない表現をしたからかもしれないと感じた。

ジャンヌダルクは綺麗な笑みを浮かばせて彼を見た。その美しい微笑は彼の背中を温かくしたかのようだった。その証拠に彼は不意にこちらを振り向いて、少しだけその場で留まった。ジャンヌはイラついた表情をしているが、それすらも可愛らしく感じた。

 

「早くこいよ。鍋出来ないからさ」

 

「はい。今行きます」

 

ジャンヌダルクは少しだけ走り、彼の隣に立った。彼はちらりとアルトリアを見たが、彼女も少しだけ笑っているような気がした。

 

「置いてくぞ」

 

「私は人に合わせることが難しい」

 

「それなら、俺が合わせるからさ。お前は俺の横に立ってくれるんだろう」

 

「当然だ……と言えば正解か。解釈は人それぞれだからな」

 

彼は苦笑しながら彼女の方に向かって歩いた。彼は彼女の手を握り、小さく頷いた。

 

「もう、それでいいよ……。寧ろ、それに縋るよ」

 

「縋らなくていい。ただ理解してただ共に進めばいい。まるでーー」

 

「常人のように?」

 

彼は食い気味に答えたが彼女は彼を追い越し、一番の先頭に立った。彼女は笑みを浮かべた。その笑みと比例し、だんだんと気分も高揚していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほら?ね?長いでしょ?

実は友人にこれが少しバレました。多分私が言ったと思うんですけど、記憶がないので知りません。
で、友人が私に言うんですよ。
「なんか台詞じゃないところ多くない?ジェットストリームナイナイだわ」
あのねぇ……。たしかに多いけどさぁと考えていたところ……。
「文学やん。これ……ジェットストリームナイナイだわー!」

だから私は言ったんです。「お前本当はジェットストリームナイナイといいだけちゃうんか」と。心の中でですよ?本当は質問したいんです。問い詰めたいんです。小一時間問い詰めたい!だけど、それをやると仲が悪くなるから危険なんですけど。諸刃の剣ですかね?
まあ、今後も絶対に長くなるので時間かかりますね(もうこれでしか書けなくなってきた)。地道にやって来ます。


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