ぱんどらぼっくす~新新トレ番外編集~ (とぅりりりり)
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しょうもない日常小話【SS複数】

はじめに、この小説は作者の『新しい人生は新米ポケモントレーナー』の番外編を掲載するところです。本編に関係ない、本編のシリアスをぶち壊す訳にはいかない、本編で書けないどうでもいい話やIFのストーリーをかなり不定期にのんびり書いていくものです。
要するに初見バイバイな内容なのでご理解ください。
また、サブタイトルで【IF】【死亡ルート】などどんな話か書くので苦手なものは読まないことをおすすめします。基本的に最新話までのネタバレを含む可能性がございますので何話までのネタバレ等前書きに書きますが本編をお読みの上でこちらを読むことをおすすめします。

こちらの話は1話にも満たない小話をいくつかまとめたものとなります。


 ワコブ道場小ネタ

 

 

 ――ケイに挑戦する前の話。

 

 

 ジム戦に挑む緊張はあるものの、数日住んだだけで実家のような安心感を抱く道場に居心地の良さを感じてしまい、ふと、道場をよく観察するとそういえばケイ以外人がいないことに気づく。

 道場って言ったらもっと人がいるというか、弟子とかとってるイメージだが……。

「そういえば道場ってポケモンはたくさんいるけど弟子っていうか人があんまりいないよな」

「ジムの方にいるのがほとんどだからな」

 ケイは食事の準備をしているシアンをぼーっと眺めながら眠そうに寝転がっている。家主。

「ジムトレが弟子なのか?」

「まあそうだな。俺の代になってから弟子がそっちばかりで住み込みの弟子は今のところ一人もいないんだよ」

 昔は道場に住み込んで掃除に洗濯炊事と分担していたらしいがこのご時世、道場という古臭いものを忌避する若者が多く、ジムトレも正式な弟子じゃないらしい。

「現代にやっぱ道場ってのは難しいんかね。まあ俺が主ってのもあるんだろうが」

「……そ、そんなことは」

 ケイの見た目は控えめに言っても細身だしメガネをかけていてインドアな印象があるし確かにこの見た目で格闘技の師として従おうと思うのは難しいと思う。

「つっても2番目の兄貴くらいしか見た目ゴツいのいないしあんまり変わんねぇと思うけど」

「そういえば末っ子なんだっけ」

 雰囲気的にあんまり兄っぽくはないとは思っていたがどうやら三兄弟の末弟のようだ。

「どんな兄さんなんだ?」

「次男じゃ脳筋。シアンを男にしてもっと真面目にしたようなやつ」

「恐ろしいワードを並べるなよ」

 シアンの見た目で筋骨隆々の男を想像してしまった。ケイの方にしたほうが違和感少ないだろうに。

「長男は?」

「……………………出落ち」

 まさか兄がどんな人物か聞いて出てきたワードが出落ち。出落ちってなんだよ出落ちって。

 

「お前例えばバトルで生まれたてのワンリキー出してくるベテラントレーナーいたらどう思う?」

 

「出落ちだわ」

 

 こう、ふんわりとわかった気がする。奇をてらいすぎる人なんだな。

「あいつまともにやればつえーのにわざわざ相手の意表を突こうとするからそれで結局負けてるんだよ。あれもあれで馬鹿。育成の方針も俺と合わねぇし」

「仲悪いんだな……」

 一応こっちは姉と仲がいいので他人の家庭事情を聞いているとちょっとしたカルチャーショックだ。

「いや、俺は別にどうでもいいんだよ。あいつが俺のこと嫌いだから相手にするの面倒なだけ。会うたびに蹴ったり殴ったりしてくるんだぜ?」

「それは普通に家庭内暴力では……?」

 なんか、軽く流しちゃいけない他人の家の闇が見えた気がする。

 ケイがあっさり言うものだから深刻そうに感じないが弟に暴行する兄ってやばくね?

「一種のイジメだよ。ガキの頃からそうだったしもう俺も慣れたから仕返しに道場の後継者の座とジムリーダーの座を奪って家から追い出しただけだ」

「お前の家怖すぎない?」

 こう、後継者とかお家騒動って生々しいというか、古い家ってのもあってかなり陰湿そうだ。

 

 

『バーカバーカ! てめぇなんかどうせ女作る甲斐性もないくせに! とっとと道場潰しちまえ!』

『はよ出てけ』

 

「とまあこんな感じだ」

 追い出したときの状況をすごく興味がなさそうに語られたがどう反応すればいい?

 ケイの様子からして別に本当にどうでもよさそうだがそのうち報復とかされるんじゃねぇのかそれ。

「スイセン兄の話です?」

 準備を終えたのかシアンが手を拭きながらこちらにやってくる。そうか、シアンも知り合いなのか。

「スイセン兄はボクの婚約者の候補に出たこともあるですよ」

「へぇー。断ったのか?」

「はいですよ」

 

『筋肉つけて出直してくるですよ』

『うるせー! この年中筋肉フェスティバル女がぁ!』

 

「とまあこんな感じで丁重にお断りしました」

「ごめん、俺会ったこともないのにその人がかわいそうに思えてきた」

 対ケイについてはともかく、シアンのそれはちょっと気の毒である。

「まあそんな話はどーでもいいですよ。お皿運ぶの手伝えです」

「あーはいはい。そうだ、イオトたちも呼んでくるか」

 そんなワコブ道場での他愛ない会話は終わり、夕食のために皆を集めに俺達は一回解散したのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 ハマビシティの小ネタ

 

 

 ナギサに挑戦する前の話――。

 

「あ、マンタインサーフだ」

 修行のために広いところを探していると、目ざとくエミが浜辺の方を指差した。

 それはマンタインの看板が掲げられたエリアでサーフボードと一緒にマンタインが海でぷかぷか浮いている。

「マンタインサーフ?」

 そんなのあったっけ、とゲームのときの記憶を手繰るが記憶にない。

「マンタインに乗ってサーフィンするやつだっけ? 一時期はやったよな」

 イオトも知っているらしく、結構有名なレジャーらしい。

 すると、マンタインサーフのテントの近くにナギサがいることに気づく。色んな所で見かけるなぁ。

「あ、ヒロ兄ー! シアンちゃーん!」

 こちらに気づいたナギサが手を振ってくれ、俺達も揃ってそこに行くと相変わらず太陽のような笑顔で声をかけてくれる。

「マンタインサーフしにきたの? うちの町も最近はじめたばかりなんだ」

「へぇーどうやるんだ?」

 興味はとてもあるのでどうにか挑戦してみたいが、かなり身体能力を要求される気がする。サーフィンとかしたことないし。

「意外と簡単だよ。なんなら一緒にしてみる?

「ボクもやるですー!」

 俺とシアンがナギサに習いながらマンタインサーフをするということで、イオトとエミはビーチの休憩エリアで陽を避けながらくつろぐことにしたらしい。こういうとき二人はノリがよくない。マリルリさんも泳ぐのかついてきたけど。

 マンタインに乗ってサーフィンとか本当に夢見たいだなぁ。

 

 

 

 

 ――2時間後。

 

 

 

「無理……」

「無理ですよ……」

「えー? 楽しくなかった?」

 

 ずぶ濡れで浜辺に打ち上げられた海藻みたいにボロボロの俺たちにナギサは不思議そうに言う。

 楽しいとか楽しくないとかそういう話じゃなかった。

 マンタインがジャンプすると回転するから目が回るししょっちゅう障害物にぶつかって落ちるしジャンプに失敗すると沈んで危うく溺れそうになるし、はっきり言って俺たちにはまだ早かった。

 え、何、これすぐにできるやつとかいるの?

 マンタインがぐるんぐるん回るだけで三半規管がイカレそうになった俺には絶対に無理だ。

 マリルリさんだけが妙にスッキリしたようにドヤ顔をしており、まあ楽しかったならいいんじゃないかなと半ば投げやりになてきた。

「おー、死んでる死んでる」

 呑気に様子を見に来たイオトとエミが異常にニコニコしている。こいつらさては知ってたな?

「で、修行どうする?」

「……し、しばらく休んでから……」

 あまり悠長に修行するわけにもいかないので少し辛いが休憩したら修行しよう。

 

 

 今度からああいうレジャーはちゃんとどんなのか調べてからやるようにしよう。そう心に誓った。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 レンガノジム小ネタ

 

 

 裏口から外に案内されている時のこと――。

「そういえば結局、なんでこんな脱出ゲームじみたジムなんですか?」

「あー、それなー」

 オズがへらへらと笑いながら思い出すように語る。

「昔はもっとホラーハウスっぽい演出だったんだけどさー、無料で入れるもんだからカップルのデートスポットみたいになっちまって」

「うわぁ」

 ジム戦目的じゃない人間の出入りが増えたのか。なるほどこれならカップルはそんなに来ないだろうな。別の意味で怖すぎるし。

「いやーリコリスがほんっと面白くてさぁ。何が悲しくて乳繰り合うのを見せつけられなきゃいけないのよ!ってキレてたんだ」

「そりゃ当然だと思いますけど……」

 トレーナーの育成施設がカップルのたまり場になったらそりゃなぁ……。

「まあ男がいたことないデカ乳のくせして偉ぶってる罰――」

 失礼なオズの発言にどこからともなくナナシのみが飛んできてオズの脳天に直撃する。

 びっくりしてあたりを見渡すが誰もいない。ゴーストポケモンの仕業だろうか……。

「だ、大丈夫ですかー……?」

「へーきへーき……いつもこんな感じだから。賑やかだろう、うち」

 命の危険を感じる。

 そうとは言えず、そのまま出口までたどり着く間ちょっとだけびくびくしながらオズと会話したのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 レグルス団のしょうもない日常

 

 

 ――ある日のレグルス団。

 テオはとりあえず今アジトにいるメンバーを確認しつつイリーナの研究室へ向かうために廊下を歩いていた。

 するとそこに、レグルス団が面倒を見ている幼い子供たちがテオを見つけ駆け寄ってくる。

「テオさまー」

「うん?」

 冷徹なテオだが、子供には比較的優しい表情を見せ、視線を合わせるためにその場にしゃがむ。

「どうかしたか?」

「あのね、テオさまにいつもおせわになってるからかんしゃのちゅー」

 しゃがんだテオの頬に唇を当ててきた幼女に驚きつつも何かの本に影響されたのかと苦笑しながら頭を撫でる。

 

 が、テオの後ろでバサッと何かが落ちる音がし、振り返ると顔を真っ青にしたリジアがぷるぷると震えていた。

「リジア? どうした?」

「リジアおねーちゃん?」

「て、テオ様……今の……」

 震える指先でテオを指差しながらリジアはあわあわと口をもごもごさせ、テオもなんだと不思議そうに首を傾げた。

「だからどうした。はっきりしろ」

 

 

「テオ様そんな小さい子を妊娠させるおつもりですかーっ!」

 

 

 その時、テオに激震が走る。

 ――こいつは何を言っているんだ?

「お姉ちゃん、にんしんって?」

「いいですかユズコちゃん。女の人と男の人がキスをすると赤ちゃんができるんです。不要ににキスなんてしちゃいけませんよ!」

 

 ――……こいつは何を言っているんだ?

 

 テオは本気で困惑した。付き合いが長いとはいえ、リジアの思考がまったく理解できない。

 確かに昔からちょっと純粋なところはあったがキスって、しかも頬程度で。そんなの挨拶だぞ。

「赤ちゃんできるの?」

「そうです。でもユズコちゃんはまだ小さいので赤ちゃんの面倒も見れませんし、愛し合う夫婦じゃなければ赤ちゃんを育てたらいけません。なのでキスは簡単に男の人にしちゃ駄目ですよ」

「うん、わかった!」

 言ってることはわりとまともに聞こえるのにキスという部分で妊娠というあたりがひどくファンシーな発想でテオは頭痛がした。

 もしかしてリジアはかなり世間ズレしているのでは? 不安になってきたテオは恐る恐るだがユズコがその場から離れるとやや掠れた声でリジアに問うた。

「なあ……その、キスで子供ってどういう……」

「え? テオ様知らないんですか? 男女がキスをすることによってペリッパーさんがお腹に赤ちゃんを授けてくれるってイリーナ様が――ってテオ様!? お待ち下さい! どうされたんですか!?」

 

 

 

――――――――

 

 ――イリーナの研究室。

 

「イリーナお前! リジアの教育はちゃんとしろ!」

「え、何よ急に。うるさいわねぇ」

「テオ様、うるさいですよ」

 入るなりイリーナとココナに注意され妙に苛立つテオだが深呼吸して落ち着きを取り戻す。

「リジアに子供がどうやったらできるか教えたのはお前だな?」

「やだ、何テオったらセクハラ?」

「黙れ。いや黙らなくていいから答えろ」

「そうね~。リジアかわいいからついつい夢見させたくて~」

「19にもなってキスで子供ができるとかアホか! こっちが居た堪れないだろうが!」

 何が悲しくていい歳した人間から脳内お花畑な子供のできかたを聞かされないといけないのか。そして、そんな状態ではいつか誰かに騙されたらどうするんだとテオは不安に思う。妹のような存在であることもそうだが、リジアが外で何かあったら困るのは幹部たちだ。

「じゃあテオが教えてあげなさいよ」

「それこそセクハラだろうがふざけんな!」

 いい大人の男が19歳の子作りの正しい方法を説く。

 

 

 どうあがいてもセクハラである。

 

 

 しかしテオとしては本気で憂いていた。さすがに19にもなってそんなことも知らないのはまずいだろう。が、イリーナが全く教える気がなさそうだということもあって本当に自分がやるハメになりそうだと頭を抱える。

「……いや、待てよ?」

 

 

――――――――

 

 

 

 数時間後、アジトにある会議室。

 そこには何人かの団員が集まって席に座っており、まるで授業風景のようだった。

「テオ様、急にどうされたのですか?」

「いいか、今日はお前らに……その……正しい知識を身に着けてもらおうと思う……」

 リジア一人にするのが問題であって何人かにまとめてやるという形ならまだセクハラ度合いは低いだろうとテオは考えた。そう、要するに保健の授業だ。

 実際、リジアのように子供の頃からろくな教育を受けてない団員もいたのでその辺どうなっているのか怪しいし、念のためだ。まさか知識がないまま団員同士でおめでたとかされたら堪ったものではない。

「とりあえずだな…………ん? ちょっと待て、リジアはいないのか?」

「リジアさんならさっき『そういえばモーモーミルク切らしてました』って買いに出かけましたよ」

 ゴンッとテオが壁に頭を打ち付け、団員たちが困惑する。テオの様子がおかしいと不安そうに視線を集める中、テオはよりにもよって肝心のリジアが不在という事実の頭痛と胃痛が更に悪化したのは言うまでもない。

 

 

 

 結局、リジアに正しい知識を教える試み第一回は失敗に終わったのであった。

 

 

 

 




本編優先なのでこちらはゆっくり追加していきます。


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黒歴史は今もなお【過去話】

ジムリーダーたちとかの過去話シリーズ。
完全に初出のやつがいるけど気にしない。


 

 

 ――今から4年前。

 

 ジムリーダーや四天王、その他優秀なトレーナーや上流階級の人間が集まるパーティーが行われていた。

「にしてもケイのやつがジムリーダーとはな。スイセンのやつ、今頃イドースで地団駄踏んでるだろうな」

「スイセンってあのムカつく和メガネ?」

「そうそう。お前、ミールから聞いたことないのか?」

 ホールの一角で、チャンピオンのユーリと四天王のギフトが飲み物片手に談笑しており、時折挨拶されるもののみな同じことしか言わないためかユーリは非常に退屈そうだった。

「ミール? 知らないなー、誰だっけ」

「そろそろ仲直りしたらどうなんだぞ……」

「やだね。あたしはあいつが頭下げようが二度と復縁するつもりないよ。あの馬鹿弟子……」

 少々愚痴っぽくなったものの、ギフトはちらりと視線の先にいた人物に反応してユーリを軽くつつく。

 そこには涼やかな笑みをたたえた男がいた。婦人たちの黄色い声に微笑みを向けながら、微妙な表情のアンリを連れ回している。

「アーサーは相変わらずだな」

 アーサーと呼ばれた男はアンリと瓜二つの美形で、並ぶと血の繋がりが濃く感じられる。アンリの兄であり、ユーリとも幼馴染の彼は外面はいいがにじみ出る腹の黒さは隠しきれておらず、子供の頃からいじめられていたアンリは非常に嫌そうに付き従っている。

「それにしてもあいつ、最近アマリトから離れてるようだが何してるんだか……」

「アンリ放っておいていいの?かわいそうじゃん」

「どうせあいつ何かしらの理由でっちあげてアンリをそばにおいてるから無理だぞ」

「なんで仲悪いのにそんなことするんだか」

「いや、アーサーは――」

「俺の話なら俺の耳元でしてくれよ、二人とも」

 音もなく近づいてきたアーサーにユーリは露骨に嫌そうに顔をしかめ、ギフトもびっくりして肩を揺らす。

 アンリが助けてほしいと視線を送るが二人はそれに気づかないふりをした。

「久しぶりだっていうのに挨拶もなしか? 寂しいじゃないか、兄弟」

「お前と兄弟になった覚えはないぞ」

「従兄弟だし似たようなもんだろ? それよりユーリ。いいネタないか?」

「お前みたいな意地汚い記者に提供するネタはないぞ」

 ユーリはシャンパンをちびちび飲みながら答えると、アーサーはまるで悪役みたいに声を押し殺してくくく、と笑う。

「ひどいこと言うなぁ。俺だってちゃんと良し悪しくらいは考えるさ」

 そう言って、アーサーはアンリを連れて再びどこかへ行ってしまった。飽きたのか、ほかの用ができたのかはわからないがユーリはむっとした様子だ。

「あいつ、どーも最近きな臭くてかなわんぞ。いつも澄ました顔して……」

「酒に弱いとかなら酔い潰せるんだけどなー」

「あいつ、酔わないように飲むから難しいんだぞ」

 二人してうーんと唸る。一方でフィルたちは会場を取り仕切っており、ホールの前方でなにやら話をしている。客もそちらに注目しているのかほとんどがユーリたちを見ない。

「あ、そういえば面白いもの作ったんだよねー」

「お、なんだなんだ」

 イタズラを計画する子供のように、ギフトがどこからともなく謎の小瓶を取り出し、小声で「じゃーん」と得意げに言う。

「酒を飲まなくても強制的に酔っ払う薬〜。エチルアルコール摂取による酔い、つまり気分の高揚や本能の表層化状態を引き起こすことができるってわけ! 急性アルコール中毒の心配もなし、体に優しい酔い薬だ」

「なんのために作ったのかまったく理解できないが面白そうだぞ!」

 完全にノリがイタズラ小僧である。

 ユーリは手持ちのピカチュウに瓶を持たせ、アーサーが飲みそうな飲み物にそれを仕込み、さり気なくそれを設置した。

 アーサーも話を聞きながら薬の入ったそれを手に取る。いつの間にかアンリがいなくなっており、アーサーは何気なくそれを顔に近づけ――ぴたりと止まった。

 

「……ん?」

 

 それを遠くから見ていたユーリたちは動揺する。匂いでバレたか、と思ったが無臭なのでバレるはずがない。

「あれ、アーサーさん。お久しぶりですね」

 そこへケイが現れアーサーに声をかける。ケイは和装だからか会場では少しだけ浮いていり、まだ16歳ということもあってか年齢層が高めなこの場ではとりわけ幼く見えた。

「あ、ケイ君じゃないか。ジムリーダーになったんだって? おめでとう」

 アーサーはグラスを揺らしながら口をつけようとはしない。

「スイセン、キレてたけど何したんだい?」

「別に。兄貴がしたことを全部まとめてぶちまけて勘当しただけです」

「やるねぇ。ま、イワシャのやつもあれはどうしようもないって言ってたし、詰めの甘いスイセンの自業自得か」

 早く飲めよとユーリとギフトは内心キレるがアーサーは口をつけない。

「あ、ケイ君これ飲む? 酒かと思ったらジュースだったからさ」

「はあ。まあ別に構いませんけど」

 無警戒にグラスを受け取ったケイにユーリとギフトは慌てるが、常日頃からテンションの低いケイが酔っ払ったらどうなるのか。妙に気になって思わずそれを見守った。未成年ということもあり、酒を飲ませる機会もまだないため合法的にその姿を拝めると思うと面白そうだなどと二人は考える。

「だ、大丈夫だよな?」

「体に害はないしアルコールも実質ないと同じだから多分……」

 ケイが普通に薬入りの飲み物をあっという間に飲み干し、しばらくアーサーと取り留めのないやり取りを続け、酔わないのか?と思い始めたあたりで異変が起きた。

「……う……」

「ケイ君?」

「なんか……ここ、暑くないですか?」

 ケイの顔が赤くなっているのがわかる。これは酔ったのか?と二人が遠くから見ていると、ジルコンがそこにやってきた。

「ケイ君、顔が赤いみたいだけど大丈夫かい?」

「……んー……」

 なんだか眠くてぼんやりしている子供みたいだなとユーリは他人事のように考える。ふと、アーサーを見るとケイの様子を見て笑いを堪えていた。やはり薬に気づいていたらしい。

 と、そこへ、アリサとアンリが近づいてきた。

「ちょっとケイ、あんた顔赤いけど間違ってお酒でも飲んだの?」

 少しいい方はきついが心配したようにアリサが顔を覗き込む。するとケイはぼんやりしたまま口を開いた。

「ありさ……おまえ、ジムリーダーになるとか四天王になりたいとか、ある?」

「え? まだ特に考えてないわよそんなこと。そのうち挑戦はしてみたいけど――」

 

「なら結婚しようぜー!」

 

 パーティー会場に突然の求婚の言葉が響き渡り、しんと静まり返る。

 言われたアリサもぽかんとしており、ただひたすら混乱している。

「な……なに、えっ何?」

「俺跡継ぎ作らないといけないから嫁必要なんだよ〜。お前のことは好きでもなんでもないけど上手くいきそうな気がするか嫁にきてくれ〜」

 ケイの表情は完全にいつもの不機嫌そうなものではなく、へらへらと子供が甘えるときのような顔でアリサに寄りかかった。

「はあ!? ちょっとあんた落ち着きなさいよ! ていうかそれで結婚するわけないでしょうが!」

「頼むよ〜。俺が結婚しないと爺ちゃんの道場がさ〜」

「ああもう! 水! アンリ、水取って!」

 くっつこうとするケイを引き離そうとアリサが抵抗し、手持ちのオノンドが間に入る。その様子はまさに乱痴気騒ぎという言葉にふさわしく、完全に周囲の注目を集めていた。

「くっ……駄目だ面白すぎる……!」

 アーサーがついに吹き出して顔をそらし、少し離れたところで見ていたユーリとギフトも腹を抱えて笑っていた。

「け、ケイがあんなになるの初めて見たぞ! というか誰かれ構わず口説くんじゃないかアレ! スイセンに見せるために動画撮っとくか!」

「いやー面白いなー。真面目だと思ってたけど結婚願望強すぎでしょー!」

 二人して笑っているとぽん、と肩を叩かれ振り返る。

 

 そこには笑顔であるが完全にキレたフィルがいた。

「君たちは何をしでかしてくれたのかな?」

「あ、いや、伯父上これはだな……」

 すると、酔っぱらいケイに水を飲ませようと近づいたアンリが目線を合わせようと少しだけかがむのがユーリたちの視界に映る。

「ほ、ほらケイ君! しっかりして、水飲もう?」

「アンリねぇちゃんでもいいんだよな〜」

「えっ?」

 その瞬間、部屋の温度が下がったかのような錯覚に陥るユーリ。

 

「アンリねぇちゃん、俺がもらってやるからさ〜、結婚しようぜ」

 

「は?」

 

 今まで聞いたことのないほど低いアーサーの声をが空気を裂く。

 殺気が目に見えるほどに怒りに満ちており、ユーリすら思わずビビったほどだ。

 そう、アーサーはアンリが嫌いとかではなく好きな子ほどいじめるタイプのシスコンであり、アンリ本人には一切その愛情は伝わっていないため、不仲に見えるそんな関係なのだ。

 そんないじめたくなるほどかわいい妹に結婚などと言い出すものだから、アーサーは今まで見たことのない顔でケイを睨み――しかしケイがこうなったことの責任は自分にもあるからか最終的にすべての怒りをユーリへと向けた。

 

「こ、困るよケイ君! 冗談でもそういうことは――」

「なー、だって俺らいじめられっ子同士だし仲良くしようぜー」

「け、ケイ君〜! でも君背が……うぅ……」

「なにちょっとその気になってんだクソ妹」

 アーサーがアンリを突き飛ばし、ケイから引き離すと酔ってぐだぐだのケイを抱えて迷いなくユーリとギフトの元へと近寄る。

「おい、戻せ」

「いや、戻せと言われても」

「戻せ」

 完全にキレているアーサー。更には騒ぎを起こしたことでフィルもキレており、ユーリとギフトは四面楚歌。

 そして、酔いが冷めたケイに確実にキレられるのは間違いなく、完全に詰んでいることに気づいたユーリとギフトは――

 

「逃げるが勝ちだぞ!」

 

 全力でその場から逃げ出したが、不幸にも逃げた先にいたのはリコリスであった。

「リコリス、二人を捕まえろ!」

「え〜? フィルおじ様唐突ね〜。承り〜」

 舞うようにスカートの裾を持ち上げると無数のゴーストポケモンがユーリたちの足止めをし、ユーリがポケモンを出す前に動きを封じることに成功する。逃げの一手を決め込んだ時点で二人に逃げ切れるという未来はなかったのだ。

 

 

 

 ――2時間後。

 

 

「おい」

 いつになく怒気を孕んだケイの声。普段なら鼻で笑い飛ばせるユーリだったが、今のケイなら本気で人を殺しかねない迫力があったためか終始縮こまっている。

「おい、なんか言え」

「す、すまなかったぞ……」

「ごめんちゃい……」

 ユーリに続いてギフトも頭を下げるが、ケイは怒りに任せてユーリの顔のすぐ横に蹴りを入れ、後ろの壁を壊す暴挙に出る。

「謝って済むなら警察もジムリーダーもいらねぇよ」

 壁から引き抜いた足からパラパラと破片が落ちる。パーティーは一応続いているがジムリーダーと四天王たちがほぼ抜けたせいで会場は白けていることだろう。

 一応年上に敬意を払うはずのケイが完全にチンピラみたいに口が悪くなっていることからどれだけ怒り狂っているかがわかる。酔いが覚めて早々、まず八つ当たりなのか手近な壁を殴ってヒビを入れたほどだ。

 ちなみにアーサーはアンリの頬をつねっており、ケイが正気に戻ったからかどうでもよさそうにしている。

「なに男女の癖してちょっとプロポーズにその気になってるんだよアホ妹が」

「兄様痛い、ひっぱらないでー!」

 歪んだ愛情である。

「何よそ見してんだ」

 ケイの第二撃。今度はかすったため思わずユーリも生唾を飲み込む。この状況で逃げ出すのはさすがのユーリにも無理だった。

「も、もう二度とこんなことはしないんだぞ。ゆ、許して……」

「兄貴に言ったらどうなるかわかってんだろうな」

「言わないんだぞ……」

「次は絶対に殺す」

 アーサーと比較にならないほどの殺気にユーリとギフトはこくこくと頷きながら許しを乞う。

 フィルも深くため息をついてケイを一旦なだめ、ひとまずパーティーに戻る者と強制退去、帰りたい者を確認して個室から出ようとする。

 が、その前にケイは低い声でその場にいる全員に告げた。

 

「今日のことを話すやつは全員殺す……」

 

 あまりに本気の言葉すぎて誰もが口をつぐんだ。会場に戻ったあとも箝口令が敷かれ、知る人ぞ知る伝説の事件になるのだがそれはまた別の話。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ――そして現在。

 

 コハクに挑むため修行中のヒロは休憩がてらジムトレたちと話していた。

「そういえばケイさんとアリサさんって昔何かあったみたいな噂があるけど知ってる? 弟だし聞いてないのか?」

 ケンガが話題を切り出すとヒロは首を傾げ、思い当たることを探すが特にない。

「いや、俺は聞いたことないな」

 元々あまり自分の話はしない姉だとヒロは言う。ケイは顔色一つ変えずジムリーダーの書類仕事を片付けている。

「一時期デキてるなんて噂聞いたけどどこが出処なんだろうねー。二人の接点ってジムリーダーになる前に何かの同期とか聞いたけどそれくらいだし」

 アオイの言葉にケイはペンを折りそうになるが堪えてケンガの眉間にペンを投げつけるケイ。

「馬鹿な話するならお前らの仕事増やすぞ」

 いつものじゃれるような言い方ではなく、明確に苛立っているのがわかる声音に全員それ以上は何も言わなかったが、なにかやっぱりあったのか……と思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 




その後、ケイは絶対に酔っ払わないと誓い、酒にめっぽう強くなった。ケイは初恋もまだです。


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ピカピカダンス

名探偵ピカチュウの影響により衝動で書きなぐったのでかなり短め


 

 某日、ヒナガリシティにあるユーリの探偵事務所。たまたま他の職員が出払っていたからか、ユーリは手持ちのピケと共にある動画を見ていた。

 

 延々と探偵帽をかぶったピカチュウが踊り続ける動画である。

 

 それは名探偵ピカチュウの映画のものなのだが、ユーリとピケにとって名探偵ピカチュウとはとても重要なものである。

 そう、何を隠そうユーリがそもそも探偵を志したのは名探偵ピカチュウの影響だった。

 まだ幼い頃に連続ドラマ、名探偵ピカチュウの影響を受け、将来かっこいい探偵になると一人と一匹は誓いあい、今こうして探偵事務所を構えている。

 

 要するに大ファンなのだ。

 

 それが時を経てイッシュ地方で映画化されることになり、密かに見に行きたいと思いつつまとまった時間が取れずにこうして動画を見ていたのだが……

 

「なあ、ピケ……お前も踊れるか……?」

 

 極めて真面目な声音のユーリ。一緒に画面を見ていたピケは「ぴっ!?」と驚いた反応を示すと無理と言いたげに首を横にぶんぶんと振った。

「できるだろ……なあ……お前ならできるはずだ……」

「ぴかぁ……」

 無理と強く否定され、ユーリは少しだけしょんぼりし、再び画面を見る。

「円盤が出てからかな……」

 映画館に行く時間がない。というかユーリが行くと嫌でも目立つのでそれも忌避している理由の一つなのだが仕事が終わったと思っても映画館の上映時間と合わないしとにかくタイミングが合わない。

「頼むぞピケ~。俺に癒しをくれ……」

 だいぶ疲れているのか机に突っ伏したユーリを見たピケはしょうがねぇな……とため息をつきながら事務所の少しだけひらけた場所に立ち、自分専用の探偵帽を被る。

「さすがだぞ! よし! ミュージックスタート!」

 端末のカメラを構えながらPCから音楽を流すとピケは軽やか……とは程遠い動きでダンスというより盆踊りを始める。しかもその盆踊りもお世辞にはいいとは言えない出来栄えで傍から見ると奇妙な儀式をしているかのようだ。

「おい……ピケ……もうちょっとこう、なんとかならんのか……」

 カメラを構えつつもあまりのキレの悪い動きに苦言を呈するユーリは(戦闘ばっかりやらせていたからか……?)と自分の育成方針に不安を抱く。

「ぴ……」

 苦言にムキになったのかピケは今度は技を使ってのかげぶんしんと高速移動で複数のピカチュウが踊っているかのような状況を作り出すも、動きそのものがやはり儀式か何かの踊りにしか見えない。むしろ数が増えたことで邪教の集会感が増してしまった。

「ううん……ピケ……俺が悪かった……」

 あんまりにもあんまりな絵面だったのでユーリが制止するとピケはぷくぷくと頬を膨らませてユーリの足を叩く。

 するとユーリは撮った動画を不満そうなピケに見せ、次第に沈黙していくピケと顔を見合わせた。

「な……?」

「ぴ、っかぁ……」

 ひでぇ……という声が聞こえてくるような低い、悲しそうな声だった。はたからみた自分の姿が意外だったのか顔をしわくちゃにしてしょぼくれるとユーリも申し訳なさそうに口を引き結ぶ。

「うーん……練習すればいける……んだろうか……?」

 尋常じゃない落ち込み方に改善できるかを考え始めたユーリは再び元の動画を見て指を鳴らした。

「よし、俺も一緒にやるからピケは動きを真似してみろ。お前は物覚えはいいはずだからこれならいけるだろ」

 PCに映るピカチュウダンスを見ながらユーリは少しだけ肩を回すとピケの横に立って軽快な動きでピカチュウダンスをやってみせる。ピケも感心しながらそれに習うと先ほどの邪教踊りから辛うじて動きが鈍いダンスへとランクアップした。

「さすがだぞピケ!」

「ぴかっ!」

 一緒にその場でターンしてジャンプしたピケとハイタッチをするとガンッという音に反応してユーリもピケも動きを止める。

 事務所の入り口の方の扉が不自然に少しだけ開いている。ユーリは嫌な予感がしつつ一歩、二歩と近寄ると気まずそうな表情のイオリがそこにいた。

 

「あ、どうぞ続けて……?」

 

 ポケフォン片手に明らかに撮影しているのがわかるその姿を見てユーリは自分が踊っていたことを思い出し、一瞬で顔が赤くなった。

「ばっ、馬鹿野郎! 今すぐそれを消せ! 早く消せ!」

「え、なんのことかなー。よくわかんない」

「おいこら逃げるな! 待て! クソ、ピケあいつのポケフォンを奪え!」

 キレたユーリの後ろ姿を見ながらピケはやれやれと手を広げずっと鳴り続けているダンス用BGMを止めてからユーリとイオリを追いかけるのであった。

 

 

 

 




その後めちゃくちゃジムトレと事務所の職員に動画拡散された。


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