ロクでなし魔術講師と異能兄妹 (宮枝嘉助)
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序章 落ちこぼれなボクが退学になれないワケ

あまり深く考えずに始めてしまったので、後々色々とおかしい所が出て来るかと思いますが、致命的なモノでない限りは修正無しで行きますのでパラレル系だとでも思って気楽にご覧下さいませ(・ω・)ノ


 それは、とある早朝の一幕。

 

「オレ、この食事が終わったらもう一眠りするんだ…………」

 

 食卓に並んでいる朝食を目の前にして、突然少年はそんな事を言い出した。まるでこの食事が大きな戦いであるかのように……。

 

「何バカな事言ってるの、兄さん」

 

 それに対して至極当然の反応を返す少女。多分の呆れと、僅かな怒りを含んだ声色をしているが、それすらもどこか心地良く聞こえる清涼な声だ。

 

「オレ、学院を辞めようと思うんだ」

「え? に、兄さん……?」

「1年間お前と一緒に通ったけど、()()()()()()()しな。ぶっちゃけ卒業出来るかも怪しいし」

「それは、……確かに怪しいけど」

「ほら!? 妹にすら卒業を見込まれてないし!? ええ、分かってましたよ!? 2年次生に進級出来たのも奇跡というか権力によるゴリ押しだったという事はね!?」

「いや、でも座学は私よりもいいんだから、そんな事は……」

「その分実技は壊滅的だけどな!? その座学だって、お前と()()()なのに負けたら兄としての威厳(プライド)が無くなるから本気出しただけだし!?」

「その台詞の所為で威厳も無くなったと思う…………」

 

 少女は呆れながらも朝食に手を付け始めた。パンと目玉焼きとサラダというごくごく一般的な朝食だ。作ったのは少女自身で、少年が作る時もあるが、その時は肉料理が中心になる。

 両親は帝都で働いていて、ここフェジテにある小さな一軒家は2人が学院に通う為だけに両親が買ったモノであり、故に現在は兄妹2人きりで暮らしている。

 

「…………とにかく、お前よりもオレの方が()()がバレる可能性が高いし、もう行く必要無いんじゃないかと」

「それは、……確かにそうかもしれないけど」

「お? その反応……もしかしてソフィアちゃんは寂しいのかな?」

「そんな当たり前の事言わないで!」

「ひぃっ!? すいませんでしたぁっ!」

 

 茶化そうとしたら真顔でキレられて平謝りする情けない兄の姿がそこにはあった。しかし兄が頭を下げた途端、ソフィアの頬が僅かながら紅潮し、兄が頭を上げた途端に頬の朱みが消えた。とても器用なモノである。

 

「──この1年大丈夫だったんだし、一緒に卒業まで頑張ろう? その()()だって今は制御出来ないだけで、出来るようになれば、兄さんならきっと実技も…………」

「今出来てないんだから、そんなたらればは意味無いよ。だからソフィア。学院を卒業したら立派な魔術師になって兄を養って下さい!」

「…………は?」

「やっぱりこんな()()のあるオレが宮廷魔導士団“公務分室”室長を継ぐなんて土台無理な話だったんだよ。その点お前の()()はお前が我慢するだけでバレずに済むし、“特務分室”みたいに女性の室長でいいじゃないか。そして表に出る訳にも行かないオレは引きこもってソフィアちゃんに養ってもら──」

「──ヴァルドさん?」

 

 いつの間にか、席を立ったソフィアの手には細剣(レイピア)が握られていた。その剣の切っ先はヴァルドの喉元にピタリと当てられており、今この時ばかりはソフィアの蒼い瞳からは一切の輝きは消え、あたかもゴミを見るような目でヴァルドを見下ろしている。

 

「ソフィアちゃんそれだけは止めて下さいお願いしますそれ以上そんな瞳で見下されると何かに目覚めてしまいそうにな──」

「黙ってさっさと食べて下さいお兄様。学院に遅刻してしまいますわ。今日から新しい講師の方がお見えになるんですから、しっかり致しませんと…………ね?」

「は、はい…………」

 

 ソフィアの言葉遣いが普段より丁寧になった時はヤバい。そう、今までの経験からよく分かっているヴァルドはイエスマンになるしかなかったのであった。

 

 そして、今日からやって来るという講師。その者との出会いが、兄妹の運命を大きく変えていく事になる。




人物の描写は追々やっていきます。

どこに描写を挟むのが自然か考えてたら全く思い付かなかったのでスルーしたなんて事はありませんよ、ホントだよ!?←


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第1章 やる気の無い兄と非常勤講師

しばらく原作とほぼ代わり映えのしない話になりそうですが、お付き合い下さいませm(_ _)m


 北セルフォード大陸の北西端に位置するアルザーノ帝国。

 その帝国の南部のヨクシャー地方にはフェジテと呼ばれる都市がある。そのフェジテには、国内外でも知らぬ者は居ないとまで言われる“学院”──アルザーノ帝国魔術学院──があり、帝国内に限らず北セルフォード大陸全体から見ても有数の学究都市だった。

 そこには古式建築様式で建てられた重厚で趣のある建物が建ち並び、その一方で有数の学究都市ならではの交易が非常に盛んで、人の出入りも非常に多い都市だ。

 

 そんな都市に敷かれている石畳の街路の一角で、未だ微かに朝もやが立ち込める時間帯に歩く2人の人影があった。

 

 1人は、赤黒いざんばらの髪の少年。日々鍛えている事が伺える引き締まった身体をしているが、細身と言って差し支えない。件の学院の学生服を着ており、年齢は学院の一般的な2年次生と同じ16歳だ。しかし、寝不足なのか元からそういう顔つきなのか、ほんの僅かに青みがかった黒い瞳に全く覇気が無い。その瞳に覇気さえあれば中々人気が出そうな顔立ちをしている……そんな少年の名前はヴァルド=リドル。件の学院の2年次生の2組に在籍している。

 

 もう1人は、上質な絹のように滑らかな桜色の髪を後頭部に纏め上げている少女。芸術的な域に達しているとさえ思える輝きのサファイアブルーの瞳に、精巧な人形と見紛うばかりに整った目鼻立ちと、開花の時を待ちわびているかのように瑞々しい薄桃色の唇。彼女も件の学院の学生服を着ており、年齢はヴァルドの2つ下の14歳。軽装な学生服から覗く肌はしっとりとした質感の乳白色で、ヴァルドと同じように鍛えているのか、程よく筋肉が付いたしなやかな体つきをしており、胸部を覆うベストは既に膨らみが分かる程度には押し上げられている。少年とは違い瞳の輝きは失われていないので、学院でもさぞや人気があるであろう少女の名前はソフィア=リドル。一般的に15歳で入学するとされる件の学院に13歳で入学しており、ヴァルドと同じく2年次生の2組に在籍している。

 

「ほら兄さん、もっとシャキッとして。目が死んでるよ?」

「え~だって行きたくないんだもん」

「そんな事言わないで、ね? ヒューイ先生が泣いちゃうよ?」

「ヒューイ先生、ね……何か慌ただしい辞め方だったよな」

 

 ヒューイ先生、というのは彼等が在籍している2年次生2組の担任を務めていた人物だ。とても親身になって生徒の質問にも誠心誠意答えてくれる事で生徒達からの人気もあった好人物だったのだが、数日前に突然辞職してしまった。

 

「凄く急だったよね。一身上の都合で、としか聞いてないけど、まるで急用でも入って予定をキャンセルしたみたいな感じ」

「急用、ね…………」

(少し、気になるな……何なら親父に連絡して調べてもらうか? いやしかし、()()()オレ達の何の証拠も無い話を聞いてくれるか……?)

「あれ──ッ!? 俺、空飛んでるよ──ッ!?」

「「!?」」

 

 ヴァルドは少しだけ真面目な顔つきになって思考を開始したのだが、それは突然の風の音と天高く打ち上げられた男の叫び声が耳に入って中断された。

 ヴァルドとソフィアはお互いに目配せし、叫び声がした方へと駆け出して行った。

 

 

 

 

「アンタ、何をやっとるかぁああああああああああ──ッ!?」

「ズギャァアアアアアアアアアア──ッ!?」

 

 現場に辿り着いたヴァルド達の目の前では、純銀のように輝く銀髪のロングヘアと、やや吊り気味な翠色の瞳が特徴的な、凛とした佇まいの少女──同じクラスのシスティーナ=フィーベル──の怒声と共に放たれた上段回し蹴りが男の延髄に直撃し、吹き飛ばす光景が繰り広げられていた。

 情けない悲鳴をあげて長身痩躯の男が地面を転がって行く。恐らく下ろし立てであったのであろう小洒落た服はずぶ濡れな上に地面に擦れてボロボロになっており、見る影もなくなっていた。

 

「な、何事!?」

「あ、おはようルミアさん」

 

 驚愕するヴァルドを他所に、ソフィアはもう1人の人物へと挨拶する。その人物はシスティーナとは対照的なミディアムの金髪と、清楚という言葉を絵に書いたような容姿と天使のような可憐さを持った顔立ちを併せ持つ少女──ルミア=ティンジェル。

 システィーナとルミアは2人のクラスメートだ。誰とでも仲良くなれる心優しいルミアと、何のかんのと面倒見のいいシスティーナは、問題児のヴァルドとその妹とは思えない程よく出来た妹であるソフィアとは何かとよく話す仲だ。

 

「あ、ソフィアちゃんにヴァルド君、おはよう」

「え、あ、ああ、おはようティンジェルとフィーベル」

「あ、2人共おはよう……って、何で被害者のルミアまでそんな他人事みたいになってるのよ!?」

「え? だって挨拶はちゃんと返さないと」

「いやいや、それどころじゃないでしょ……」

 

 と言いつつちゃんとシスティーナも2人に挨拶を返す辺り、彼女の生真面目な性格が如実に表れていた。

 

「……で、被害って?」

「そうよ、こいつ! 不注意でぶつかってくるのはまだいいとして、何よ今のは!? 女の子の身体に無遠慮に触るなんて信じられないッ! 最ッ低!」

「ちょっと待て、落ち着け!? 俺はただ、学者の端くれとして、純然たる好奇心と探究心でだな!? やましい考えは、多分ちょっとしかないッ!」

「なお悪いわッ!」

「ごぼほぉっ!?」

 

 脇腹に絶妙な角度で刺さったシスティーナの拳に悶絶する男。

 ただ、ヴァルドはほんの僅かに違和感を覚えた。男がシスティーナの拳に反応していたような気がしたのだ。だが、その情けなく悶絶する姿を見て気のせいかと思い直した。

 

(ところでなお悪いってどういう意味なのかね? やましい考えがちょっとしかない事か? それは……僅かでもあったから悪いのか、それとも少ししか無かったから悪いのか……?)

 

 と、ヴァルドが益体も無い事を考えている間に、大の男が明らかに年下の少女達の足下に土下座しているという恥も外聞もない姿が。

 そんな姿を見るに見かねたのか、ルミアがシスティーナに声を掛ける。

 

「あの……反省はしているみたいだし許してあげようよ」

「はぁ? 本気? 貴女って本当に甘いわね、ルミア……」

「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません! ありがとうございます!」

 

 そして、すっくと男は立ち上がり居丈高に言った。

 

「さて、お前達。その制服は魔術学院の生徒だろう? こんな所で何やってる?」

「許してもらえるとなった途端に、これよ……何なの? この人」

「あ、あはは……」

 

 システィーナとルミアはもはや呆れるしかなかったが、ヴァルドとソフィアの反応はその2人とは異なっていた。

 

「あれ? もしかして、グレンさん?」

「グレンお兄ちゃん珍しいね、こんな朝早くに外に居るなんて」

「な!? お前等……そうか、そういやお前等も魔術学院の生徒だったな。ってお前等も走れ! 今何時だと思ってんだ! 遅刻するぞ?」

「……遅刻? ですか?」

「嘘よ、そんなの。まだ余裕で間に合う時間帯じゃない?」

「んなわけねーだろ! もう8時半過ぎてるじゃねーか!」

 

 グレンは懐から出した懐中時計をシスティーナの眼前に突き出す。

 

「その時計、ひょっとして針が進んでませんか? ほら」

 

 システィーナも負けじと懐中時計を取り出し、グレンの眼前に突き出す。彼女の懐中時計が指している時間は8時。ちなみに学院の授業開始時間は8時40分である。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 5人の間に不思議な沈黙の時間が流れる。そして。

 

「撤収!」

「逃げた──ッ!?」

「待ってグレンさん、ティンジェルの身体を無遠慮に触った件について感想を詳しく──ッ!」

「アンタも変態かぁあああああああああ──ッ!?」

「プギャァアアアアアアアア──ッ!?」

 

 グレンは猛然とした勢いで4人の前から走り去って行く。それをヴァルドが追いかけようとしたが、やましい目的を口にしてしまった所為かシスティーナの上段回し蹴りがヴァルドの側頭部に炸裂し、グレンに負けず劣らずの情けない悲鳴を上げながら地面を転げ回るのであった。

 

「ソフィア、さっきのグレンって人、知り合いなの?」

「はい、グレンお兄ちゃんは私達の家の近くに住んでる人で。見てて飽きない面白い人なんですけど……」

「そうだね、私も面白い人だと思ったよ」

「いやいや、面白いを通り越してダメ過ぎるでしょ、アレ」

 

 地面に倒れ伏しているヴァルドを他所に、3人は仲睦まじく歩いて行く。その3人の姿が見えなくなる前には何とか立ち上がり、ヴァルドは3人を追って歩き出す。

 

「…………さてと、今日も1日頑張りましょう? ルミア、ソフィア」

「うん」

「はい」

 

 やがて歩く3人の前に、その敷地を鉄柵で囲まれた魔術学院校舎の壮麗な威容がいつものように現れるのであった──

 

 

 

 

「……遅い! どういうことなのよ! もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃない!?」

「確かにちょっと変だよね……」

「何かあったのかな?」

「じゃ、オレは寝るから来たら起こしてくれ」

「アンタは寝るんじゃないわよ!?」

 

 授業開始時間から早1時間が経過し、大陸屈指の第七階梯(セプテンデ)の魔術師であるセリカ=アルフォネア教授の『まぁ、なかなか優秀な奴だよ』という言葉を信じられる者はどんどんと減っていた。

 

「あのアルフォネア教授が推す人だから少しは期待してみれば……これはダメそうね」

「そ、そんな、評価するのはまだ早いんじゃないかな? 何か理由があって遅れているだけなのかもしれないし……」

「私もルミアさんと同意見かな。初日で遅刻なんてきっと何かあったんだよ」

「甘いわね、ルミアとソフィア。いい? どんな理由があったって、遅刻するのは本人の意識が低い証拠よ。本当に優秀な人物なら遅刻なんて絶対にありえないんだから」

「そうなのかな……?」

「いや、どんな人だって事情があれば遅刻ぐらいすると思いますけど……」

「そうそう、つい2度寝したら始業時間過ぎてたとかな……ぐー」

「だからアンタは寝るなっつってんでしょうがッ!?」

 

 と、その時だ。

 

「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」

 

 どうやらその噂の非常勤講師とやらがようやく到着したらしい。既に授業時間は半ばを過ぎており、恐らく学院始まって以来の大遅刻だ。

 

「やっと来たわね! ちょっと貴方、一体どういうことなの!? 貴方にはこの学院の講師としての自覚は──」

 

 早速、説教をくれてやろうとシスティーナが男を見遣って……硬直した。

 

「あ、あ、あああ──貴方は──ッ!?」

 

 そこに居たのは、登校途中に遭遇した変態──ヴァルド達にグレンと呼ばれていた男──だった。

 

「…………違います、人違いです」

 

 システィーナの姿を認め、流石に気まずかったのかスルーを試みる変態……もとい、グレン。

 

「グレンお兄ちゃん!? グレンお兄ちゃんって魔術師だったの!?」

「──何!? グレンさんだと!? グレンさん、朝の件について詳しく──」

「アンタは黙ってろぉおおおおおおお──ッ!?」

「ごふぁっ!?」

「げっ!? ヴァルドとソフィア、お前等このクラスだったのかよ」

「ていうか貴方、なんでこんなに派手に遅刻してるの!? あの状況からどうやったら遅刻出来るっていうの!?」

「そんなの……遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、時間にはまだ余裕があることが分かってほっとして、ちょっと公園で休んでたら本格的な居眠りになったからに決まってるだろう?」

「何か想像以上に、ダメな理由だった!?」

 

 グレンの物言いは突っ込み所が多すぎて、遅刻を咎める気にもならない。周囲の反応も同様で、現れた講師の異様な姿に教室中の生徒達もざわめき立つ。

 

「えー、グレン=レーダスです。本日から約1ヶ月間、生徒諸君の勉学の手助けをさせて頂くつもりです。短い間ですが、これから一生懸命頑張って行きま……」

「挨拶は良いから、早く授業を始めてくれませんか?」

 

 システィーナは苛立ちを隠そうともせずに冷ややかに口を挟む。

 

「あー、まぁ、そりゃそうだな……かったるいけど始めるか……仕事だしな……よし、早速始めるぞ……1限目は魔術基礎理論Ⅱだったな……あふ」

 

 すると、たちまち素の口調になったグレンはあくびを噛み殺しながらチョークを手に取り、黒板の前に立つ。

 途端に約1名を除いたクラスの生徒が気を引き締める。約1名──ヴァルド──はあくびを噛み殺したりもせずに舟を漕いでおり、いつ寝てもおかしくない状態だ。

 しかしまだ寝ていないのは、グレンが近所に住む知り合いだったからに他ならない。普段会う時は飽きない面白さを提供してくれるグレンが、一体どんな授業をするのか。ヴァルドはセリカの前評判を聞いていなかったが、正直かなり期待していた。

 そして、そんな普段やる気の無いヴァルドすら注目している中、グレンが黒板に書いた文字は。

 

 

 自習。

 

 

 黒板に大きく書かれたその文字に、クラス中が沈黙した。

 

「えー、本日の1限目は自習にしまーす。……眠いから」

 

 その沈黙を肯定と受け取ったのか、グレンは最悪の理由を呟きながら教卓に突っ伏した。

 10秒も経たない内に、いびきが響いて来る。

 

「何だ、1限目は睡眠学習か、よし寝よう」

「………………」

 

 更に10秒もしない内に2人分のいびきが響いて来る。圧倒的な沈黙がクラスを支配する。そして。

 

「ちょおっと待てぇええええ──ッ!?」

「ヴァルドさん、起きて下さいな?」

 

 システィーナは分厚い教科書を振りかぶって、猛然とグレンへ突進して行った。同時に、ソフィアも分厚い教科書を振り上げ、隣で眠る兄の頭に振り下ろそうとしていた。

 

 

 

 

「うわー、見ろよ、ロッド、あの講師を……」

「あぁ、スゲェな、目が死んでる……」

「あんなに生き生きとしてない人を見るのは……」

 

 ちら、と視線がヴァルドへと向けられる。その視線は明らかにヴァルドとグレンを同列に見ているモノだったが、妹のソフィアが側に居る手前で言い辛かったのか、言葉はそこで途切れていた。

 しかし、その後に続いた授業と呼べるかも怪しい時間は惨憺たる有り様であった。全く要領を得ない説明、判読すら難しい板書。その上、生徒の質問には答えない。グレンの記念すべき初授業は最悪の終わり方となったのであった。

 

 そんな初授業終了後の学院の女子更衣室にて。

 制服を脱ぎ捨て上下の下着姿となったシスティーナは木製ロッカーの中にそれら衣類を叩き込みながら、苛立ちのあまり吐き捨てた。

 

「まったくもう、なんなの!? あいつ!」

「あはは……まあまあ」

「きっとまだ眠かったんじゃないかな?」

 

 ルミアとソフィアが宥めるが、システィーナの怒りは収まらない。

 

「やる気無さ過ぎでしょ!? なんであんな奴が非常勤とはいえ、この学院の講師をやっているわけ!?」

「そうだね……グレン先生にはもうちょっと頑張って欲しいかも」

 

 次の授業は錬金術。様々な薬品や素材を扱うこの授業では、制服が汚れてしまう危険性がある為、実験用のフード付きローブに着替える必要がある。その為に2年次生2組の女子生徒一同は現在女子更衣室で着替えを行っているのであった。

 半裸になった少女達の、瑞々しく張りのある肌。身体を観察すると見えて来る、思春期の少女特有の艶かしさと清楚さを併せ持つ独特の曲線。年頃の男子生徒達には刺激が強過ぎる肌色のユートピアがそこにはあった。

 

「はぁ……その次の錬金術もアイツが担当なんでしょ?」

「うん、そうだよ。グレン先生はヒューイ先生の後任だから」

「どんな授業になるんだろうね?」

「うぅ……胃に穴が空きそう」

 

 その時、システィーナが突然何か閃いたようにほくそ笑んだ。システィーナと同様に下着姿になったルミアを流し見る。

 

「これは……癒しが必要だわ」

「システィ?」

「ん? システィさん、何を……?」

 

 システィーナは戸惑うルミアの背後に素早く近付き、抱き付いた。

 

「えい!」

「きゃ!?」

 

 システィーナはルミアのすべすべの背中に思いっきり肌を密着させ、下着に包まれたルミアの胸の2つの膨らみに手をあてた。

 

「あー、ルミアの身体はやっぱり気持ちいいなー、肌は白くて綺麗で、きめ細かくて……むむむ、ルミア、貴女……何か順調に育ってるわね……」

「きゃん! システィ、あっ、だめ!」

「あっ、本当だ。ルミアさん、前よりおっきくなってる」

「ちょっと、ソフィアちゃんまで!?」

 

 ここでソフィアも参戦。システィーナが背後からルミアを触っているので、ソフィアは正面からルミアの双丘に手をあてる。巨乳ではなく美乳と表現すべきルミアの双丘のしっとりとした弾力のある感触に、ソフィアは感動を禁じ得ない。

 

「はぁ……良いなぁ、これ。私は何故か胸には栄養行かないからなぁ……2つ下のハズのソフィアちゃんにも最近抜かれちゃったし……うぅ……癒しどころか私、何だか落ち込んで来たんだけど……」

「ちょっと……止めてってば、システィ。そんなに強く……あ、あんッ!」

「あー、もう、羨ましいなぁ! ほれほれ、良いのはここかー? ん? ん?」

「ひゃんっ! い、いやっ! 止めて……」

 

 システィーナ達に限らず、更衣室内のあちこちで似たような悩ましい光景が展開されていた。

 だがその時、突如更衣室の扉が勢い良く開け放たれた。

 

「あー、面倒臭ぇ! 別に着替える必要なんかねーだろ、セリカの奴め……ん?」

 

 そこに立っていたのはグレンであった。

 まるで魔術でも使ったかのように時間が止まる。つい先程までの姦しさが嘘のように静まり返る女子更衣室。

 最初に口を開いたのはグレンだった。

 

「……あー……昔と違って、男子更衣室と女子更衣室の場所が入れ替わってたんだな……全く、余計な事しやがる」

 

 我に返った女子達から殺気が渦を巻き始める。それを見て取ってか、グレンが続ける。

 

「あー、待て。お前等落ち着──」

「何貴様妹の裸見てくれとんじゃぁああああああ──ッ!?」

「グハァアアアアアアアアアア──ッ!?」

 

 グレンの言葉は最後まで綴られる事なく、ヴァルドの飛び蹴りによって強制的に終わりを告げられた。吹き飛んで行くグレンを後目に、ヴァルドは脇目も振らずにソフィアへと駆け寄る。

 

「大丈夫か、ソフィア!? グレンさんに何も変な事されなかったか!?」

「………………ヴァルド()()()?」

「……へ? ソフィア? 何を怒って…………あ」

 

 ソフィアの絶対零度の声色で、ヴァルドはようやく気付く。

 自分がグレンをぶっ飛ばした理由と全く同じ愚行を自分もやらかしている事に。冷静になって周りを見回してみれば、まだ全員が下着姿のままで。そこにあったのは間違い無くユートピアであった。

 

「──よし、オレは覚悟を決めたぞ」

 

 先程渦を巻き始めていた殺気の矛先は完全にグレンからヴァルドに変わっていたが、女子達はヴァルドの言葉の続きを促す。修羅と化した女子達と言えど、辞世の句を読ませてやるぐらいの優しさはあるのだ。

 

「どうせボコるのなら今日の授業が終わるまで目を覚まさなくなるぐらい思いっきりやってくれ!」

「「「「この──ヘンタイ──っ!」」」」

 

 この日、アルザーノ帝国魔術学院2年次生2組の女子生徒達による、1男子生徒への凄惨な校内暴力事件が発生した。

 この事件により男子生徒は放課後まで保健室で療養を余儀なくされ、事件の切っ掛けとなった講師はその後の錬金術の授業も適当にやり、生徒達にとっては全くもって不毛な1日となるのであった。




昼食のシーンが大好きな方は申し訳ありません。丸々カットさせて頂きました。

ちなみにヴァルドはグレンよりちょっと少ないぐらいの量で、ソフィアはルミアと同じぐらいの食事量です。だからあまり食べてない彼女はある特定の部位が育たな──おっと、こんな時間にお客さんか……誰だ、こんな時間に──


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第2章 子猫と子犬と子狸

原作と同じ所で章を区切る感じでやってますが、段々長くなっていく未来を幻視しました_(:3」z)_


 有り体に言ってしまえば、グレンという非常勤講師はとことんやる気が無かった。

 どの教科であろうと分け隔て無く投げやりに行われ、理由は不明だが逆に全力でそうしている節さえ見られた。

 そんな態度で授業をしていれば必然的に生徒達との軋轢が生まれ、特にシスティーナは事ある毎に小言をぶつけていたが、全く効果は無く。むしろまるで意固地になっているかのように悪化の一途を辿って行った。

 初日こそ授業に見えなくもない事をしていたが、次第に教科書の丸写しをし始め、次に教科書のページをちぎって貼り付けだし、しまいには教科書をそのまま黒板に釘で打ち付け始めた段階まで到達した時、システィーナの怒りが爆発した。

 グレンが非常勤講師に着任して7日目の5限目の事である。

 

「いい加減にして下さいッ!」

 

 システィーナは机を乱暴に叩きながら立ち上がった。

 

「む? だからお望み通りいい加減にやってるだろ?」

「そうそう、いい授業じゃないか。おかげさまで夜の営みが捗るぜ」

 

 グレンとヴァルドは抜け抜けとそんな事を言い放ち、グレンは日曜大工さながらに釘を口にくわえながら金槌を肩に担いで教科書を黒板に打ち付ける作業を続け、ヴァルドはそのまま机に突っ伏して睡眠の続きを取ろうとする。

 

「子どもみたいな屁理屈こねないで! ってヴァルド! アンタは寝てるだけでしょうが!」

 

 システィーナは律儀にヴァルドにもツッコミを入れつつ教壇に立つグレンに歩み寄って行く。“夜の営み”という言葉も気になったが、言うとやぶ蛇になる予感がしたのか触れなかった。

 

「まぁ、そうカッカすんなよ? 白髪増えるぞ?」

「だ、誰が怒らせていると思っているんですか!?」

「ほら、そんなに怒るからその歳でもう白髪だらけじゃないか……可哀想に」

「……ハッ!? そうか、だからシ()ティーナって言うのか!?」

「違うわよ! ヴァルド、アンタ張っ倒すわよ!? 私はシ()ティーナ! それからこれは白髪じゃなくて銀髪です! 先生も、本当に哀れむような目で私を見ないで! ああ、もう! こんな事あまり言いたくありませんけど、先生が授業に対する態度を改める気が無いというなら、こちらにも考えがありますからね!?」

「ほう、どんなだ?」

「授業をボイコットするのか?」

「んな事しないわよ!? ……私はこの学院にそれなりの影響力を持つ魔術の名門フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば、貴方の進退を決する事も出来るでしょう」

「え……マジで?」

「マジです! 本当はこんな手段に訴えたくありません! ですが、貴方がこれ以上、授業に対する態度を改めないというのならば──」

「お父様に期待してますと、よろしくお伝え下さい!」

 

 グレンは紳士の微笑を満面に浮かべていた。

 

「──な」

 

 このグレンの反応に、システィーナは言葉を失うしかない。

 

「いやー、よかったよかった! これで1ヶ月待たずに辞められる! 白髪のお嬢さん、俺の為に本当にありがとう!」

「貴方っていう人は──ッ!」

 

 もうシスティーナの忍耐も限界だった。

 逆にヴァルドは納得の行った表情をしていた。今までの態度は全て、授業態度が何らかの形で学院長に伝わる事でクビにされる事を期待しての行動だったのだと。

 しかし、この場の誰も知る由も無い。そういう話は既に学院長に届いていて、大陸屈指の第7階梯(セプテンデ)であるセリカ=アルフォネア教授が全責任を取る、という形でそういう話を黙らせていたという事を。

 システィーナにはグレンの言動が本気なのか、それともシスティーナを侮ってのモノなのかの判断がつかなかったが、別の決断は下す事が出来た。左手に嵌めている手袋を外し、グレンに投げつける。

 

「痛ぇ!?」

「貴方にそれが受けられますか?」

 

 一瞬、教室から全ての音が消えた。だがそれはあくまで一瞬の事で、すぐにこれまでとは違う意味でざわめき始める。

 

「お前……マジか?」

 

 グレンは、生徒達にとっては始めてといってもいい程の真剣な表情で床に落ちた手袋を注視する。

 

「私は本気です」

「シ、システィ! だめ! 早くグレン先生に謝って、手袋を拾って!」

「グレンお兄ちゃんも、拾わなくていいから離れて!」

 

 見るに見かねてルミアとソフィアが駆け寄るが、システィーナは頑として動かずに烈火のような視線でグレンを射貫き続ける。その視線を受け、グレンは静かに問う。

 

「……お前、何が望みだ?」

「その野放図な態度を改め、真面目に授業をやって下さい」

「……辞表を書け、じゃないのか?」

「もし、貴方が本当に講師を辞めたいのなら、そんな要求に意味はありません」

「あっそ、そりゃ残念。だが、お前が俺に要求する以上、俺だって何でもお前に要求していいって事、失念してねーか?」

「承知の上です」

「はぁ……お前、馬鹿だろ。嫁入り前の生娘が何言ってんだ? 親御さんが泣くぞ?」

「それでも、私は魔術の名門フィーベル家の次期当主として、貴方のような魔術を貶める輩を看過する事は出来ません!」

「あ、熱い……熱過ぎるよ、お前……だめだ……溶ける」

 

 グレンはうんざりしたように頭を押さえてよろめいた。

 頭を抱えながらシスティーナを見遣ると、強気な言葉とは裏腹に彼女の身体は緊張で強張っていた。それはそうだろう。この後の結果如何では何を要求されても文句を言えないのだから。

 それでも、システィーナはグレンに立ち向かったのだ。その気概だけはグレンですら馬鹿にする事は出来なかった。

 

「やーれやれ。こんなカビの生えた古臭い儀礼を吹っ掛けて来る骨董品が未だに生き残ってるなんてな……いいぜ? その決闘、受けてやるよ」

 

 グレンは不敵な笑みを浮かべながら床に落ちた手袋を拾い、頭上に投げて横に薙ぎながら掴み取ろうとするが、失敗。グレンは気まずそうに拾い直す。

 続いて、グレンは決闘のルールを【ショック・ボルト】のみと定め、システィーナはそれを了承。そしてグレン側の要求だが──

 

「で、だ。俺がお前に勝ったら……そうだな? よく見たらお前、かなりの上玉だし、俺が勝ったらお前、俺の女に──」

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・──》」

「いやちょっと待てソフィア!? お前それ軍用攻性呪文(アサルトスペル)じゃねーか! 学生のお前が何でそれを覚えてんだ!?」

「え? やだなぁ~呪文を知ってるだけだよ、グレンお兄ちゃん? そんな凄い呪文が私に使える訳無いじゃない」

「いや、そんな危ねーの冗談でも唱えるなよ!? 心臓に悪いわ!」

 

 流石にその要求は悪ノリが過ぎると思ったのだろうか、満面の笑みを浮かべながら全く全然これっぽっちも目が笑ってないソフィアが【ライトニング・ピアス】を使うふりをしてグレンの言動を咎めた。

 しかし、グレンは半ば確信していた。ソフィアは恐らく()()()()()()と。照準がズレていたのがその証拠。もし本当に撃てないなら照準をわざわざズラす必要が無いからだ。

 

「──はぁ……わぁーったよ、さっきのは冗談だ。ガキにゃ興味ねーよ。俺の要求は、俺に対する説教禁止、だ。安心したろ?」

「…………っ! ば、馬鹿にして!?」

 

 さっきグレンが何と言いかけてたのかが分からない程システィーナは鈍くない。ソフィアが遮ってくれて助かったが、正直にいって決闘を申し込んだ事を少し後悔しそうになる程の恐怖感が胸を過ったが、子ども扱いされた事による怒りで顔を真っ赤にして食ってかかる事でその感情を誤魔化した。

 そして同じように察していたルミアと、グレンの言葉を遮った張本人であるソフィアも、その言葉に胸を撫で下ろし、ほっと一息をつく。その様子を見たヴァルドも安堵の溜め息を吐いたが、何に対して安心したのかはヴァルド自身も判然としなかった。

 

「ほら、さっさと中庭に行くぞ?」

「ま、待ちなさいよッ! もう、貴方だけは絶対に許さないんだから!」

 

 そそくさと教室を出て行くグレンの背中を、システィーナは肩を怒らせて追いかけて行った。その後を教室の生徒達が野次馬根性丸出しで追って行く。ヴァルドは行かずに寝ようかと思ったが、ルミアとソフィアから何かを強く訴えるように見つめられ、行く事になった。

 

 

 

 

 結果からいうと、決闘は一方的な展開になった。

 黒魔【ショック・ボルト】のみの勝負で、一節詠唱が出来るシスティーナと三節詠唱しか出来ないグレンでは勝負にすらならなかった。グレンが何のかのと理由を付けて勝負の回数を増やしたが、全く寄せ付けずにシスティーナの24連勝が決まった時。

 グレンは屁理屈をこれでもかとこねまくり、決闘を引き分けと決めつけて当初の要求も飲まずに逃げていった。

 

「何なんだよ、あの馬鹿」

「まさか【ショック・ボルト】みたいな初等呪文すら一節詠唱出来ないようなのが()()()()()なんてな」

 

 ギイブル、という眼鏡を掛けた男子生徒がヴァルドの方を見ながら呆れたように呟く。その言葉はヴァルドの耳に届いていたが、今までも散々言われ続けて来た事だ。今更気に病む事も無い。それに自分の場合、出来ない原因は恐らく()()の所為だ。むしろ三節詠唱だったら発動出来るという事そのものが奇跡と言ってもいい。

 だがそれ以上言うと、右手で左手の手袋を弄んでいるソフィアが何をしでかすか分からないので誰も何も言わなかった。

 その代わりに、先程のグレンの行動に対して辛辣な言葉が飛び交う。

 

「ふん、見苦しい人ですわね……」

「魔術師同士の決め事を反故にするなんて最低……」

 

 そんな中、ルミアは心配そうにシスティーナの隣に歩み寄る。

 

「大丈夫? システィ、怪我は無い?」

「私は大丈夫、だけど……心底、見損なったわ」

 

 システィーナはグレンが走り去った方向を険しい表情で見つめながら、まるで親の敵であるかのように呻く。

 こう見えて、システィーナはグレンに一応の敬意を払っていた。講師としてのやる気は無いようだが、それでも先達の魔術師ではあるのだから何か学べるモノがあるハズだと思っていた。

 だが、もうだめだ。魔術を侮辱しているあの男だけは許せなくなった。あの男が学院に居る限り、自分とあの男は不倶戴天の敵だ。

 

「グレン先生……」

 

 ルミアは激しく憤る親友を前に、途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

 

 グレンの学院内における評判を地に落とした決闘騒動から3日が経った。グレンの授業のやる気の無さは相変わらずで、生徒達からの評判はすこぶる悪い。

 しかし、当のグレンは全く意に介していない様子でのんべんだらりと日々を過ごしている。

 そんなグレンに反発してか、生徒達はグレンの授業を無視して自習するようになった。それでもグレンは全く気にしていない様子で授業のようなモノを進めて行く。

 

「はーい、授業始めまーす」

 

 日に日にグレンは遅刻が増えて来ており、この日も大幅に遅刻してやって来た。そして死んだ魚のような目でやる気の無い授業を始める。

 生徒達は溜め息を吐きつつ自習の用意をする。

 最早毎度お馴染みとなりつつある光景だが、こんな授業でもまだグレンから学ぼうとする真面目な生徒が居たらしい。

 

「あ、あの……先生。今の説明に対して質問があるんですけど……」

 

 授業開始から30分程経過した所でおずおずと手を挙げる小柄な女子生徒が居た。初日の授業の時に質問し、あっさりあしらわれてしまった少女──リンだ。

 

「あー、なんだ? 言ってみ?」

「え、えっと、その……今、先生が触れた呪文の訳がよく分からなくて……」

 

 するとグレンは面倒臭そうに溜め息を吐いて、教卓の上にあった本を1冊取り上げた。

 

「これ、ルーン語辞書な」

「……え?」

「3級までのルーン語が音階順に並んでるぞ。ちなみに音階順ってのは……」

 

 グレンがルーン語辞書の引き方を解説し始めた時、グレンに関しては無関心を決め込むつもりだったシスティーナも流石に黙っていられなくなり、立ち上がる。

 

「無駄よ、リン。その男に何を訊いたって無駄だわ」

「あ、システィ」

 

 質問をしたリンは、グレンとシスティーナに挟まれて所在無さげにおろおろする。

 

「いや、今のはティティスさんがダメだろ。一体グレン先生を何だと思ってんだ」

「……は?」

 

 そこに突然、普段はグレンの授業が始まった瞬間に寝ているヴァルドが割り込んだ。しかも、グレンを擁護するかのような言い回しで。

 システィーナは戸惑いを隠せない様子で聞き返す。

 

「は? じゃねーよ。説明そのものが理解出来なくて、その内容の解説を求めるってんなら解る。それが何だ? 呪文の訳が分からない? グレン先生は全自動辞書じゃねーんだぞ? そりゃ先生だって辞書渡すわ。呪文の訳で質問するなら、せめて自分で辞書引いて調べて、その答えで合ってるかどうか訊くようにしろよ」

「あ、アンタね……っ!」

「何だよ? グレン先生寄りの意見でムカついたからってだけじゃないちゃんとした反論があるなら言ってみろよ、フィーベルさんよ」

「ぐっ…………」

 

 ヴァルドの口から出たのは、教室内であちこちから聞こえていた自習で本をめくったりノートにペンを走らせる音が消える程のド正論だった。

 システィーナは文字通りぐうの音も出ない。普段全く授業受ける気の無さそうな態度をしていたヴァルドからそんな言葉が出たからか、グレンですら驚いたように目を見開いている。

 

「大体、こんなクソみてえな授業受ける価値あるのか? ああ、グレン先生の授業がクソって意味じゃねえぞ? こんな、調べる時間さえあれば独学で何とでも出来そうなぐらい中身の無いこの学院の授業そのものが、だ」

「「「「「「なっ……!」」」」」」

「ほう…………」

 

 ヴァルドの横暴とも言える言葉に驚きを隠せない生徒達。しかし彼等はそこにも反論する事が出来ない。

 何故ならヴァルドはその言葉の通り、座学の授業は初期の頃以外はそのほとんどを寝て過ごし、ほぼ独学のみで座学の首席を1年次生から取り続けていたからだ。ちなみに実技は本来なら落第である。

 

「まあ、肝心の実技がてんでダメなオレが言えたもんじゃないが、実技の授業以外全く面白くない。理想を言えば……もっと、こう、1番最初に習い始めた時のような、魔術そのものを突き詰められるようなのがやりたい」

 

 ヴァルドの言葉は、生徒達の心にも少なからず響くモノがあった。

 確かに、最近の授業は知識だけを無理矢理詰め込まれるかのような、息苦しささえ感じるような授業が多かったのだ。

 そしてもう1つ、ヴァルドの授業態度は一応彼なりの主張があっての事だったという事で、彼への誤解が少しだけ解けたのであった。

 

「…………だから、こんな下らない授業はグレン先生ぐらいのやり方で丁度いい。そんな訳でグレン先生、残り20日ぐらいですけど今の感じでよろしくお願いします」

「おう、任せろ」

「いえ、それとこれとは話が違います! 偉大なる魔術の崇高な深奥に到る為の授業をそんないい加減にやらないで下さい!」

 

 だからといっていい加減に授業をしていい理由にはならないとばかりに2人に噛み付くシスティーナ。

 そこで普段なら聞き流されていつもの授業風景に戻る……と、噛み付いたシスティーナ自身すら思ったのだが。

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方のような人には理解出来ないでしょうけど」

 

 反応が返って来たので、刺々しい物言いで攻撃的に返すシスティーナ。これも普段のグレンなら適当に聞き流して終わるはずだが──

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

 ──その日は何故か食い下がった。ヴァルドが「魔術そのものを突き詰められるような」授業を受けたいと言った事が多少関係あるのかもしれない。

 

「……え?」

「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ? それを訊いている」

「そ、それは……」

 

 今まさに、魔術とは何なのかを突き詰めていた。答えに詰まるシスティーナ。言われてみれば、深く考えた事は無かったかもしれない。

 だから、一呼吸置いて言葉をまとめ、自信を持って返答する。

 

「ほら。知ってるなら教えてくれ」

「……魔術は、この世界の真理を追究する学問よ」

「……ほう?」

「この世界の起源、この世界の構造、この世界を支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自分と世界が何の為に存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、そして、人がより高次元の存在へと到る道を探す手段なの。それは、言わば神に近付く行為。だからこそ、魔術は偉大で崇高なものなのよ」

 

 自分では会心の回答だとシスティーナは思っていた。しかし──

 

「それ、意味分かって言ってるのか? フィーベル」

「え?」

「世界の起源や構造や法則。更に自分や世界が何故存在するのかなんていう哲学的な疑問が本当に魔術を学べば全て解けると思ってるのか? 考古学や物理学や天文学を差し置いて、魔術こそが万物の真理に到る唯一の手段だって?」

「そ、それは勿論、魔術はそれらの先を行くものだから……」

 

 ヴァルドからの横槍にしどろもどろになるシスティーナ。そこに更にグレンが不意討ち気味に言葉を発する。

 

「しかも、そうやって世界の秘密を解き明かした所で、何の役に立つんだ?」

「少なくとも、オレの好奇心は満たされるが」

「いやヴァルド、ここでは社会的に、で頼む」

「だ、だから言っているでしょう!? より高次元の存在に近付く為に……」

「より高次元の存在って何なんだよ? 神様か?」

「……それは──」

 

 即答出来ない悔しさにシスティーナは打ち震えていた。

 しかしそこでグレンの追及は終わらない。

 

「そもそも、魔術って人にどんな恩恵をもたらすんだ?」

 

 グレンは医術や冶金技術、農耕技術等を例に挙げて行き、魔術が何の役に立っているのかという疑問を提示する。秘匿性の高い魔術というものはむしろ一般人からは白い目で見られていると言ってもいい。

 なので、確かに大々的に役に立っているかというと残念ながら否定的にならざるを得ないのだった。

 

「魔術は……人の役に立つとか、立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ。人と世界の本当の意味を探し求める……」

「でも、何の役にも立たないなら実際、ただの趣味だろ。苦にならない徒労、他者に還元出来ない自己満足。魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種って訳だ。違うか?」

「違わないと思いますが、娯楽の一種として見るなら経済的には多少は役に立っていると思います。グレン先生の給料もそれで出てる訳ですし」

「だがそれもごく一部の人に、だろ? それじゃあ一般人にとってのスポーツとそう変わらねーよ」

 

 システィーナは歯噛みするしかなかった。どうしてこんな俗物的な意見を切り返す事が出来ないのか。ヴァルドがグレンに近い視点から切り返しているが、それもシスティーナにとっては魔術を貶めているかのようでとても我慢ならない事だった。だが事実として圧倒的といっていい程に言い負かされてしまっている。

 あまりもの悔しさにシスティーナが唇を震わせていると……

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」

「……え?」

 

 グレンの突然の掌返しに、システィーナやクラスの一同は勿論、ヴァルドですら目を丸くする。ここまでの話から、立派な娯楽として役に立っているだとか、そういう意味では無さそうだが……。

 

「魔術は凄ぇ役に立っているさ……人殺しにな」

 

 瞬間、教室内の全員の首筋に等しく冷たい刃物を当てられたかのように一同の背筋が凍りついた。

 その姿は……普段の怠惰なグレンとはまるで別人のようだった。

 

「実際、魔術ほど人殺しに優れた技術は無いんだぜ? 剣術が人を1人殺す間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊が戦術ごと焼き尽くす。ほら、立派に役に立つだろ?」

「なるほど……大砲や爆弾でも同じ事は出来るが、造る手間を考えれば魔術の方が遥かに効率がいい」

「だろ? 人を殺すなら魔術が1番って訳だ」

「ふざけないでッ! 魔術はそんなんじゃない! 魔術は──」

 

 流石に看過出来なかった。魔術を無価値と断じられるのはまだしも、外道に貶められるのは我慢ならない。しかし──

 何故帝国が魔導大国と言われるのか。

 何故帝国宮廷魔導士団に莫大な予算がつぎ込まれるのか。

 何故魔術師の決闘にルールが出来たのか。

 何故学生が習う魔術は攻性呪文(アサルトスペル)が多いのか。

 グレンの口から次々に提示される問い。システィーナはその問いに何1つ答える事が出来ない。

 

「──それは」

 

 システィーナが考えるのを妨げるかのように、グレンは更に続ける。

 魔術によって200年前の『魔導大戦』や40年前の『奉神戦争』で何が起きたのか。

 近年、外道魔術師が起こす凶悪犯罪の年間発生件数とその内容の凄惨さについて。

 最後まで何1つ答えられずにいると、グレンは嗤いながら続ける。

 

「ほら、見ろ。今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。何故かって? 他でもない魔術が人を殺す事で進化・発展して来たロクでもない技術だからだ! まったく、俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外何の役にも立たん術をせこせこ勉強するなんてな。こんな下らん事に人生費やすなら他にもっとマシな──」

 

 ぱぁん、と乾いた音が響いた。

 歩み寄ったシスティーナが、グレンの頬を掌で叩いた音だ。

 

「いっ……てめっ!?」

 

 グレンは非難めいた目でシスティーナを見て、言葉を失った。

 

「違う……もの……魔術は……そんなんじゃ……ない……もの……」

 

 気付けば、システィーナはいつの間にか目元に涙を浮かべ、泣いていた。

 

「なんで……そんなに……ひどい事ばっかり言うの……? 大嫌い、貴方なんか」

 

 そう言い捨てて、システィーナは涙を袖で拭いながら荒々しく教室を飛び出して行く。

 後に残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙だった。

 

「──ち」

 

 グレンはガリガリと頭をかきながら舌打ちする。

 

「あー、何かやる気出ねーから、本日の授業は自習にするわ」

 

 溜め息を吐いて、グレンは教室を後にした。

 その日。グレンがその後教室に姿を現す事は無かった。

 

 

 

 

 グレンとシスティーナが教室を出た直後の事。

 教室では先程の“授業”についての議論が展開されていた。

 

「ヴァルド、お前は魔術を何だと思っているんだ?」

「オレか? オレは魔術の事、世界一面白い学問だと思ってるぞ。偉大? 崇高? そんな、宗教じゃあるまいし。少なくともオレとソフィアは今の所そんな事は思ってねーよ。なあ?」

「ええ、私も兄さんと同意見です。偉大で崇高なモノかどうかはもっと魔術を学んで、自分で決めたいと思います」

 

 ヴァルドとソフィアの返答に、教室内では少なくない衝撃が走った。システィーナと同じような事を考えていた生徒が大半だったからだ。

 

「そんな、魔術への冒涜ですわ!」

「たった1年ちょっとの勉強で魔術を語るな、ナーブレス。グレン先生の言い方は無茶苦茶だったけど、何も嘘は言ってなかった。凶暴な面は確かにある」

「それに、私……グレンお兄ちゃんが授業を真面目にやらない理由が何となく分かっちゃったから、グレンお兄ちゃんをあんな風にしちゃった魔術をそんなに神聖なモノだとは思えないよ」

「「「「………………」」」」

 

 生徒達とて、そこまで能天気な馬鹿ではない。あの時のグレンは、間違い無く普段の授業の時よりも根っこの部分を生徒達に見せていた事ぐらいは分かる。

 最初から魔術に対してあんな風に思っていたのなら、少なくとも自分達より上である第3階梯(トレデ)に到る程魔術を学んでいるハズが無いからだ。

 ああして、憎々しげに語る程の何かを経験したのだ。それが、魔術で大切な人を殺されたのか、自分が殺す事になってしまったのか。本人から語らない限り、訊いてはいけない内容ではあるが。

 

「だから、さ。別に1ヶ月ぐらい自習だっていいんじゃないか? ここらで自分達にとって魔術って何なのか、改めて考えてみる時間にしようぜ。言っちゃ悪いが、フィーベルのさっきの意見は流石に気持ち悪いと思う」

「こら、兄さん。それ、システィさん本人には絶対に言っちゃダメだからね?」

「いや、言わねーけどよ。だって、世界の真理を追究するとか、より高次元の存在に到るとか、どこの新興宗教の教祖の台詞かと思っちまったもん」

「あ、あはは……」

 

 確かに、システィーナが言っていた事は高尚過ぎて逆に胡散臭い。

 ルミアは親友であるシスティに悪いと思いながらも、ヴァルドの毒舌に少し同意してしまい乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。

 ルミアは改めて考えてみる。魔術に人殺しとしての面がある事は()()()()()()()

 あの時に出会った魔術師の苦しそうな顔を思い出すと、今でも胸が締め付けられるような気持ちになる。

 あの魔術師以外にも、あんな風になってしまった魔術師が居るのなら、何とかして救いたいとも思う。

 そういう想いが根本にある為かは定かではないが、白魔術は得意だが、黒魔術は苦手とするルミア。なら、その得意な白魔術で人を救うのが単純だが、もっと根本的に何とかしたい。魔術そのものの在り方を根本から変えるような……そんな何かを。

 

「兄さん、今度の法陣のテスト、どうするの?」

「どうするも何も……オレ、法陣組めないしな。寝る!」

「もう、兄さんったら……」

「あ……」

 

 だが、その前に。ルミアも法陣が組めない事を思い出し、今日の自習は法陣の勉強にしようと、そう思うのであった。




没カット。

「偉大で崇高? バカじゃねーの? フィーベル、お前は魔術教の教祖様か何かですか?」
「な……ッ!?」
「兄さん、私も魔術は凄いモノだと思うんだけど……」
「ソフィア様の仰る通りだ貴様等! 魔術は凄い! 否定する事はこのオレが許さんッ!」
「「「「変わり身早ッ!?」」」」

あまりにもカオスな話になって収拾が着かなくなったのでボツになりましたwww


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第3章 ほんの少しのやる気と改心

遅くなって申し訳ない。

原作を電子版でしか持ってない為、確認しながら書くのがめっちゃ大変だった、と言い訳してみる。


 騒動があった次の日。

 システィーナはフェジテの上空に浮かぶ『メルガリウスの天空城』を眺めて黄昏ていた。実は毎日こうして眺めて思いを馳せる事を日課にしているぐらいだが、今日は普段と少し様子が違った。

 昨日のやり取りがあった所為だろうか、脳裏に祖父との晩年のやり取りが蘇る。そうだ、魔術が偉大だとか、崇高なものだとか、そういう事じゃない。ただ、祖父の夢を継いで『メルガリウスの天空城』の謎を解く。その結果として、もしかしたら世界の真理を追究する事になるかもしれないが、システィーナの魔術に対する想いの源泉はそこにあったのだった。

 

「おい、白猫」

 

 頭上から突然、ぶっきらぼうな言葉が降ってきた。

 システィーナの背中がびくりと震え、その意識が現実に戻る。

 声の主は見るまでも無い。不倶戴天の敵と定めた憎き非常勤講師だ。

 

「おい、聞いてんのか、白猫。返事しろ」

「し、白猫? 白猫って私の事……? な、何よ、それ!? 人を動物扱いしないで下さい!? 私にはシスティーナっていう名前が──」

「うるさい、話を聞け。昨日の事でお前に一言、言いたい事がある」

「な、何よ!? 昨日の続き!? そこまでして私を論破したいの!? 魔術が下らないモノだって決めつけたいの!? だったら私は──」

 

 システィーナは身構え、敵意に満ちた視線をグレンに送る。

 昨日の1件で、この件についてグレンに口論で勝つ事は出来ないのは身に染みている。だがそれでも、想いの源泉を思い出せた今なら、勝てないまでも徹底抗戦ぐらいは──

 

「……昨日は、すまんかった」

「え?」

 

 そして、最も予想だにしていなかった言葉に、システィーナは身体も思考も硬直する。

 

「まあ、その、なんだ……大事なモノは人それぞれ、だよな? 俺は魔術が大嫌いだが、その……お前の事をどうこう言うのは、筋が違うっつーか、やり過ぎっつーか、大人げねえっつーか、その……まぁ、ええと、結局、なんだ、あれだ……悪かった」

 

 グレンは気まずそうなしかめっ面で、目をそらしながらしどろもどろになりながら謝罪らしき言葉を呟き、僅かに頭を下げた。

 ひょっとして、謝っているつもりなのだろうか?

 

「…………はぁ?」

 

 戸惑い唖然としているシスティーナをよそに、グレンは話は終わったと言わんばかりに彼女に背を向けて離れ、教壇へと向かう。

 

「何だよ……? 何が起きてるんだよ……?」

「なぁ、カイ? ありゃ一体、どういう風の吹き回しなんだ?」

「お、俺が知るかよ……」

 

 クラスの生徒達がざわめく。生徒に謝罪した事自体もそうだが、そもそも今はまだ授業開始時間の前なのだ。こんな早い時間にグレンが教室に居た事は今までに無い。今までとはあまりにも違う光景に、様々な感情の視線がグレンに集中する。

 当のグレンは腕を組んだ姿勢で黒板に背中を預け、目を閉じて静かにしている。視線を気にしている様子は無い。

 システィーナを含めたほとんどの生徒達から送られるのは猜疑の視線だが、ヴァルドとソフィア、そしてルミアだけが何かを期待しているような視線を送っている。ヴァルドとソフィアは普段のグレンを知っている為か、何か面白い事が始まるような予感がしていた。ルミアは、昨日の放課後の話で何かが変わってシスティーナに謝ったのだと察し、もしかしたら授業も何か変わるのかも、という期待だ。

 やがて、予鈴が鳴る。どうせ立ったまま寝てるんだろう、なんて考えていた生徒達の予想を裏切り、グレンは目を開いて教壇に立った。

 

「じゃ、授業を始める」

 

 今までに無く緊張感を感じさせる言い方に、逆にどよめいてしまう生徒達。ヴァルドとソフィアとルミアはまだ表情を変えていない。

 

「さて……と。これが呪文学の教科書……だったっけ?」

 

 グレンはおもむろに呪文学の教科書を取り出すとぱらぱらとめくり、めくるにつれて苦い顔になって行く。やがて、溜め息を吐いて教科書を閉じた。

 

「そぉい!」

 

 何事かと構える生徒達の前で、グレンは窓際に目掛けて助走して教科書を外に投げ捨てた。

 なんだ、いつものグレンか。と、奇行に慣れてしまった生徒達は失望の溜め息を吐きながら自習の用意を始める。しかし──

 

「さて、授業を始める前にお前等に一言言っておく事がある」

 

 教壇に戻って来たグレンは一呼吸置いて──

 

「お前等って本当に馬鹿だよな」

 

 何かとんでもない暴言が飛び出した。

 

「昨日までの11日間、お前等の授業態度見てて分かったよ。お前等って魔術の事、なぁ~んにも分かっちゃねーんだな。分かってたら呪文の共通語訳を教えろなんて間抜けな質問出て来る訳無いし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りやるなんていうアホな真似する訳無いもんな」

 

 今まさに羽ペンを片手に教科書に書かれた魔術式の書き取りをしようとしていた生徒が硬直する。

 

「ふん。【ショック・ボルト】程度の一節詠唱も出来ない三流魔術師に言われたくないね……って止めろソフィア!? 今のはヴァルドに言ったんじゃないぞ!? だからその右手を手袋から離せ!」

「おいギイブル貴様何妹を名前で呼び捨てにしてるんだ? あぁ?」

「いや何故君まで手袋投げようとしているんだよヴァルド!?」

「何故って、妹の事を親しげに名前で呼んだから?」

 

 ヴァルドは何を当たり前の事を、と言わんばかりに真顔だった。

 

「リドルだとクラスに2人居るんだから仕方無いじゃないか!?」

「ふっ、妹に話し掛けなければいいのだよ、ギイブル君」

「話し掛けなきゃ手袋投げつけられてたんだよ!?」

「拾わなきゃいいじゃないか」

「年下の女の子からの決闘の申込から逃げろと? そんな情けない真似出来る訳無いじゃないか」

「うわぁ大人げねえこいつ……」

「妹を名前で呼んだからなんて馬鹿な理由で決闘申し込もうとした君にだけは言われたくないね」

「よろしい、ならば決闘だ!」

「止めて兄さん! ってか兄さんは魔術の腕はからっきしなんだから決闘しても勝てないでしょ?」

「うぐっ…………!」

 

 もっとも、本当に戦り合えば()()があるので負ける気はしないが、そんな事でバレる訳にも行かない。

 何だか変な空気になったが、気を取り直してグレンは続ける。

 

「ま、一節詠唱の事を言われると耳が痛いんだが」

 

 グレンはふて腐れたかのようにそっぽを向く。

 

「残念ながら、俺は男に生まれた割に魔力操作の感覚と、略式詠唱のセンスが致命的なまでに無くてね。学生時代は大分苦労したぜ。だがな……誰か知らんが今【ショック・ボルト】『程度』とか言った奴。残念ながらお前やっぱ馬鹿だわ。ははっ、自分で証明してやんの」

 

 教室中に、あっという間に苛立ちが充満して行く。

 

「まぁ、いい。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】の呪文について話そうか。お前等のレベルならこれで丁度いいだろ」

 

 あまりにも酷い侮辱にクラスが騒然となった。

 

「今さら、【ショック・ボルト】なんて初等呪文を説明されても……」

「やれやれ、僕達は【ショック・ボルト】なんてとっくの昔に究めてるんですが?」

「……………………」

 

 クラス内のあちこちから不平不満が挙がる中、ヴァルドは何か予感めいたモノを感じ、真剣な表情でグレンの言葉に耳を傾ける。

 

「はいはーい、これが、黒魔【ショック・ボルト】の呪文書でーす。ご覧下さい、何か思春期の恥ずかしい詩のような文章や、数式や幾何学図形がルーン語でみっしり書いてありますねー、これ魔術式って言います」

 

 グレンは呪文書を掲げながら話を続ける。

 

「お前等、コイツの一節詠唱が……ああ、出来ない奴も居るんだったか。まぁ、でも、ちゃんと使えるならいい。基礎的な魔力操作や発声術、呼吸法、マナ・バイオリズム調節に精神制御、記憶術……魔術の基本技能は一通り出来ると前提するぞ? 魔力容量(キャパシティ)意識容量(メモリ)も魔術師として問題無い水準にあると仮定する。てな訳で、この術式を完璧に暗記して、そして設定された呪文を唱えれば、あら不思議。魔術が発動しちゃいまーす。これが、あれです。いわゆる『呪文を覚えた』って奴でーす」

 

 そして、グレンは壁を向いて左指を指し、呪文を唱えた。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 グレンの指先から紫電が迸り、壁を叩いた。そしてそのまま黒板に今唱えた呪文をルーン語で書き表していく。

 

「さて、これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。魔力を操るセンスに長けた奴なら《雷精の紫電よ》の一節でも詠唱可能なのは……まぁ、ご存知の通り。じゃ、問題な」

 

 グレンはチョークで黒板に書いた呪文の節を切った。

 

《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

 すると当然ではあるが、三節の呪文が四節になった。

 

「さて、これを唱えると何が起こる? 当ててみな」

 

 クラス中が沈黙する。

 何が起こるか分からないというより、グレンの問いがちゃんと問題として頭に入って来ていないという困惑の沈黙だ。

 

「詠唱条件は……そうだな。速度24、音程三階半、テンション50、初期マナ・バイオリズムはニュートラル状態……まぁ、最も基本的な唱え方で勘弁してやるか。さ、誰か分かる奴は?」

 

 沈黙が教室を支配していた。答えられる者は誰1人として居ない。

 優等生で知られるシスティーナすら、額に脂汗を浮かべて悔しそうに押し黙っている。

 

「これはひどい。まさか全滅か?」

「そんな事言ったって、そんな所で節を区切った呪文なんてあるはずありませんわ!」

「ぎゃ──はははははッ!? ちょ、お前、マジで言ってんのかははははははっ!」

 

 クラスの生徒の1人、ツインテールの少女──ウェンディが堪らず声を張り上げ、立ち上がるが、返って来たのは下品な嘲笑だった。

 

「その呪文はマトモに起動しませんよ。必ず何らかの形で失敗しますね」

 

 今度はシスティーナに次ぐ成績優秀者のギイブルが立ち上がり、眼鏡を押し上げながら応戦する。

 

「必ず何らかの形で失敗します、だってよ!? ぷぎゃ──はははははははっ!」

「な──」

「あのなぁ、敢えて完成された呪文を違えてるんだから失敗するのは当たり前だろ!? 俺が訊いてんのは、その失敗がどういう形で現れるかって話だよ?」

「何が起きるかなんて分かる訳ありませんわ! 結果はランダムです!」

「ぶっ──!」

 

 あっさり返り討ちに遭ったギイブルに代わって再度ウェンディが吠えたてる。すると、何が可笑しいのか、ヴァルドが吹き出した。

 

「 ラ ン ダ ム!? お、お前、このクソ簡単な術式捕まえて、ここまで詳細な条件を与えられておいて、ランダム!? お前等この術究めたんじゃないの!? 俺の腹の皮をよじり殺す気かぎゃはははははははははっ! 止めて苦しい助けてママ!」

 

 ひたすらグレンは人を小馬鹿にしたように大笑いし続ける。

 

「じゃあ、今そいつの事を笑ったヴァルド、答えてみ?」

「いや、答えは正直分からんけどさ、流石にランダムじゃないのは分かるよ。魔術式ってのは先人達が長い間その式を突き詰めていって洗練されて完成されてるモノだと思う。だから、それを少し崩したぐらいで滅茶苦茶な事になる訳がない。そう考えると、この問題では第2節を弄ってるから…………真っ直ぐ飛ばなくなる、とか?」

「おっ、結構いいセンいってるじゃねーか。正解は右に曲がる、だ」

 

 ひとしきり笑い飛ばした後、グレンは四節になった呪文を実際に唱えてみせた。すると宣言通り、迸る紫電が途中で右に曲がった。

 

「更に、こうしたらどうなると思う?」

《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》

 

 更に区切り、四節が五節になった。ヴァルドは考える。

 

「更に第1節を弄った…………威力が落ちる?」

「残念。正解は、射程が3分の1ぐらいになる」

 

 これも宣言通り。グレンは文句をつけられないように最初に撃った時と同じ場所から同じ方向に撃ち、途中で消えた。

 

《雷精よ・紫電   以て・撃ち倒せ》

「そんで、威力が落ちるのはこれだな」

「え、ちょ、待──」

 

 グレンはいきなりヴァルドに向けて呪文を撃った。

 ヴァルドは()()()()()()()かのように平然としていた。

 一部始終を見ていたソフィアの表情がひどく強張っている。兄を心配してというよりは何かを恐れているかのようだった。

 

「ま、究めたっつーなら、これくらいは出来ねーとな?」

 

 しかし、撃った本人であるグレンも周りの生徒達も、そんなソフィアの様子には誰も気付かなかったように授業は進んで行く。

 

「そもそもさ、お前等、なんでこんな意味不明な本を覚えて、変な言葉を口にしただけで不思議現象が起こるか分かってんの? だって常識で考えておかしいだろ?」

「言われてみれば、確かに……」

「考えた事も無かったなぁ……」

「そ、それは術式が世界の法則に干渉して──」

 

 その言葉を素直に受け止めているヴァルドとソフィアを他所に、ギイブルがぽつりと溢した発言をグレンは即座に拾う。

 

「──とか言うんだろ、分かってる。じゃ、魔術式って何だ? 式ってのは人が理解出来る、人が作った言葉や数式や記号の羅列なんだぜ? 魔術式が仮に世界の法則に干渉するとして、何でそんなものが世界の法則に干渉出来るんだ? おまけに何でそれを覚えないといけないんだ? で、魔術式とは一見何の関係も無い呪文を唱えただけで魔術が起動するのは何でだ? おかしいと思った事はねーのか? ま、ねーんだろうな。これがこの世界の当たり前だからな」

 

 これはまさしくグレンの言う通りで、クラス全員の総意だと言ってしまってもいい。確かに、どの生徒もそういうモノであると疑問すら抱いていなかった。そんな事を考えなくても、術式と呪文を覚えれば魔術を覚える事は出来てしまうからだ。よって、根本的な疑問を持った生徒は居なかったのである。

 

「つー訳で、今日、俺はお前等に【ショック・ボルト】の呪文を教材にした術式構造と呪文のド基礎を教えてやるよ。ま、興味無い奴は寝てな」

 

 しかし、今この教室内において眠気を抱いている者は誰1人として居なかった。

 

 

 

 

 グレンはまず、魔術の二大法則の1つ『等価対応の法則』の復習から始めた。

 大宇宙すなわち世界は、小宇宙すなわち人と等価に対応しているという古典魔術理論である。世界の変化は人に、人の変化は世界に影響を与えるというモノだ。

 では、魔術式とは何か?

 それは世界に影響を与えるのではなく、人に影響を与えるモノだ。人の深層意識を変革させ、それに対応する世界法則に介入する。それが魔術式の正体だ。

 つまり魔術式とは高度な自己暗示であり、世界の真理を求めるモノではない。人の心理を突き詰めるモノなのだ。

 

「何? たかが言葉ごときに人の深層意識を変える程の力があるのが信じられないって? ……ったく、あー言えばこう言う奴等だな……おい、そこの白猫」

「だから私は猫じゃありません! 私にはシスティーナって名前が──」

「……愛している。実は一目見た時から俺はお前に惚れていた」

「は? ……な、……な、なななな、貴方、何を言って──」

 

 瞬間、システィーナの顔が真っ赤に茹で上がる。

 それはまるで、生まれてこの方1度も異性から告白された事が無いかのように初心な反応であった。

 

「はい、注目ー。白猫の顔が真っ赤になりましたねー? 見事に言葉ごときが意識に影響を与えましたねー?」

「おお、本当だ。可愛い反応するじゃないか、フィーベル」

「え? ……な、か、かかわ、可愛い……っ!?」

「……愛している。実は今惚れた」

(うわぁ……雑過ぎるよ兄さん)

「えぇっ!? ……な、あ、ああ貴方まで何を言って──」

(えぇっ!? システィさん、チョロい……)

 

 未だにグレンの嘘告白の衝撃が意識を揺さぶっているのか、明らかにからかい口調のヴァルドの告白にまで過剰に反応してしまうシスティーナ。

 その様子を見て、ソフィアとルミアの目が妖しく輝いた。

 

「システィさん、兄さんの事をよろしくお願いします」

「ソフィア!? 何を言ってるの!?」

「システィ、1度に2人から告白されるなんてもてもてだね!」

「ちょっと、ルミアまで!?」

 

 流石にこれだけ弄られれば逆に落ち着いて来るのか、システィーナの理性は仕事をし始める。そして落ち着いて来ると、羞恥心から来る怒りで身体をぷるぷると震わせ始めた。

 

「──このように、比較的理性による制御の容易い表層意識ですらこの有り様な訳だから、理性の利かない深層意識なんて──ぐわぁっ!? ちょ、この馬鹿! 教科書投げんなッ!?」

「うわ、痛ぇっ!? オレは嘘は言ってねぇぞ馬鹿!? からかい甲斐のある玩具(おもちゃ)的な意味で愛して──ごふぁっ!?」

「馬鹿はアンタ等よッ! この馬鹿馬鹿馬鹿──ッ!」

 

 一騒動の後、教科書の跡が顔に残ったままグレンは術式と呪文の関係について話し始め、ヴァルドは教科書の跡が顔に残ったまま真面目な表情でグレンの話に耳を傾ける。

 

「核心を先に言っちまえば、やっぱ文法と公式みたいなのがあるんだよ。深層意識を自分が望む形に変革させる為のな」

 

 そして、グレンは呪文とは深層意識に覚え込ませた術式を有効にするキーワードと説明する。このキーワードを唱える事で、術式が深層意識を変革させる。つまりは連想ゲームなのだと。

 

「要するに、呪文と術式に関する魔術則……文法の理解と公式の算出方法こそが魔術師にとって最重要な訳だ。それをお前等と来たら、この部分を平気ですっ飛ばして書き取りだの翻訳だの、覚える事ばっかり優先させやがって。まぁ、教科書も『細かい事はいいんだよ、とにかく覚えろ』と言わんばかりの論調だしな」

 

 生徒達も今度こそ、ぐうの音も出ない。

 

「要するに、だ。呪文や術式を分かりやすく翻訳して覚えやすくする事がお前等の今まで受けてきた『分かりやすい授業』であり、ガリガリ書き取りして覚える事が『お勉強』だったんだろ? もうね、アホかと」

 

 グレンは肩をすくめて、呆れ返ったように鼻を鳴らした。

 

「で、その魔術文法と魔術公式なんだが……実は全部理解しようとしたら、寿命が足らん……いや、怒るな。こればっかりはマジだ。いや、本当に」

「「え~じゃあ先生も理解してないんじゃん」」

「うっさいわ、そこの兄妹! だーかーら、ド基礎を教えるっつったろ? これを知らなきゃより上位の文法公式は理解不能、なんていう骨子みたいなもんがやっぱあるんだよ。ま、これから俺が説明する事が理解出来れば……んーと」

 

 少しの間、グレンはこめかみを小突きながら考え込んで。

 

「《まぁ・とにかく・痺れろ》」

 

 三節のルーンで変な呪文をゆっくり唱えた。

 すると、驚く事に【ショック・ボルト】の魔術が起動した。生徒達は目を丸くした。

 

「あら? 思ったより威力が弱いな……まぁいい、こんな風に即興でこの程度の呪文なら改変する事くらいは出来るようになるか? 大抵精度落ちるからお勧めしないが」

 

 ここに来て、ようやくヴァルド達以外の生徒達の見る目も変わって来る。

 

「じゃ、これからいよいよ基礎的な文法と公式を解説すんぞ。ま、興味無い奴は寝てな。正直マジで退屈な話だから」

 

 しかし、今この教室内において眠気を抱いている者は、やはり誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 ────。

 ──あっという間に時間が過ぎた。グレンの授業は特に奇抜なモノでも何でもなく、ただ教授する知識に精通し、それを理路整然と解説するだけの授業だ。しかし、生徒達の目は冴え、グレンの一言一句を聞き逃さんと真剣に聞き入っている。まさに本物の授業だ。

 

「……ま、【ショック・ボルト】の術式と呪文に関してはこんな所だ。何か質問は?」

 

 グレンは昨日までの授業内容からは到底信じられない程に小綺麗な文字や記号、図形を描き、それらでびっしりと埋まった黒板をチョークで突いた。

 

「……つまり一節詠唱っていうのは、魔術式の本筋の部分だけを読み取って、それを支える部分を省略し、そこを個人のセンスで半ば強引に起動させてるって事なんですか?」

「まぁ、そんな所だ。三節を一節に切り詰めるっていうのは、本当はかなりの綱渡りで危険極まりないモノだ。略した部分を魔力操作のセンスで何とかしている訳だからな。だから、詠唱事故による暴発の危険性は最低限理解しておけ。軽々しく簡単なんて口にすんな。舐めてると、いつか事故って死ぬぞ」

「──だそうだ。ソフィアよ、気をつけるんだぞ」

「うふふ、ありがと。兄さんも気をつけて……って、兄さんは三節しか出来ないから気をつけなくても大丈夫だね」

「うぉぉぉぉおおおおグレンさぁぁぁあああん! 妹がオレをいじめるよぉぉぉおおお!」

「うおっ!? 気持ちはよーく解るが気持ち悪ぃッ!? 止めろヴァルド、抱きつくな気色悪い!」

「こっ、これは……ッ!? 兄さんが行ってグレンお兄ちゃんが受け……その発想は無かった……!」

「キャァァァアアア──ッ! 止めてッ! オレ達のライフが0になるわ!」

「だぁぁぁあああうるせぇぇぇえええ──ッ!」

 

 滂沱の涙を流しながら近寄るヴァルドを押さえながら、グレンはかつてない程の真剣な表情を生徒達に向けた。

 

「はぁ、はぁ、…………で、最後にここが1番重要なんだが……説明の通り、魔力の消費効率では一節詠唱は三節詠唱に絶対に勝てん。だから無駄の無い魔術行使という観点では三節がやはりベストだ。だから俺はお前等には三節詠唱を強く勧める。別に俺が一節詠唱出来ないから悔しくて言ってるんじゃないぞ。本当だぞ。本当だからな?」

「はい、分かりました先生! でもオレは悔しいです! 正論なのにオレ達が一節詠唱出来ないばっかりに負け惜しみにしか聞こえないのが悔しいです!」

「止めろヴァルドッ! それ以上言うんじゃあない! 俺達は無駄の無い魔術行使をする優等生なんだ! こいつ等は無駄に魔力を浪費している浪費家共なんだ! 悔しがるのは俺達じゃなくてあいつらなんだよ! ちくしょう!」

(うわぁ……めっちゃ悔しそう……)

 

 その瞬間、ヴァルドを除く生徒達の心中は見事に一致した。

 

「……とにかくだ。今のお前等は単に魔術を使えるだけの『魔術使い』に過ぎん。将来、『魔術師』を名乗りたかったら自分に足らん物は何なのかよく考えておく事だな。まぁ、お勧めはせんよ。こんな、くっだらねー趣味に人生費やすぐらいなら、他によっぽど有意義な人生があるハズだしな……さて」

 

 グレンは懐から懐中時計を取り出し、針が指し示す時刻を見る。

 

「ぐあ、時間過ぎてたのかよ……やれやれ、超過労働分の給料は申請すればもらえるのかねぇ? まぁ、いいや。今日は終わり。じゃーな」

 

 ぶつぶつ愚痴をこぼしながらグレンは教室を退出して行く。

 それを生徒達は茫然自失の体で見送る。ばたんと扉が閉まった瞬間、まるでそれが合図であったかのように生徒達は板書をノートに取り始めた。皆、何かに取り憑かれているかのような勢いだった。

 

「何て事……やられたわ」

 

 システィーナが顔を手で覆って深く溜め息を吐いた。

 

「嘘の告白をされた事?」

「ち、違うわよ!? 授業よ、授業。まさか、あいつにこんな授業が出来るなんて……」

「そうだね……私も驚いちゃった」

 

 隣に座るルミアも目を丸くしていた。

 

「悔しいけど……認めたくないけど……あいつは人間としては最悪だけど、魔術講師としては本当に凄い奴だわ……人間としては最悪だけど」

「あ、あはは、2回も言わなくたって……」

「でも、あいつ……なんで突然、真面目に授業する気になったのかしら? 昨日はあんな事言ってたのに……あれ?」

「? どうしたんですか、システィさん?」

 

 何気無くルミアに目を向けて、システィーナは気付いた。

 

「ルミア……貴女、どうしてそんなに嬉しそうなの? 何か笑みがこぼれてるわよ?」

「ふふ、そうかな?」

「本当だ、すっごい嬉しそう」

「何かかつてない程ごきげんじゃない。何かあったの?」

「えへへ、何でもないよー?」

「嘘よ、絶対何かあったってその顔は」

「えへへへ……」

 

 何度訊いても、のらりくらりとかわして嬉しそうな微笑みを崩さない親友にシスティーナは首を傾げるしかなかった。

 

「システィさんが知らないなら、昨日学院で何かあったのかな? 兄さんはどう思う?」

「さぁ、お前と似たような想像しか出来んな……」

(もう少し突っ込んで想像するなら、あの後法陣の練習か何かで居残って、その時にグレン先生と何か話したって所か……今日のグレン先生の変わり様に繋がるような何かを……)

 

 想像に想いを馳せるヴァルドだったが、考えても埒のあかない事だったので程々にして止めた。

 

 

 

 

 ダメ講師グレンがカリスマ講師グレンになって10日が経過した頃。グレンの授業が他のクラスや講師からも注目を集めるようになっていた。しかし本人はそんな事全く気にも留めていない様子で面倒臭そうに授業を行っていた。

 この日のテーマは『汎用魔術』と『固有魔術(オリジナル)』について。固有魔術(オリジナル)という響きが心地好いのか、生徒達が汎用魔術を蔑ろにするかのような発言をした事を受けて、それを完膚なきまでに論破する。

 曰く、汎用魔術とは先人達の叡智の結晶であり、固有魔術はその叡智の結晶を何らかの形で超えたモノを独力で作らなくてはならない。でなければ作る意味が無い、と。そして、もしそれでも作るつもりなのであれば、超えるべき対象である汎用魔術を究めなければならないのだと。

 そしてあらかた論破した頃、グレンは懐中時計の指す時刻を見る。

 

「……時間だな。じゃ、今日はこれまで。あー、疲れた……」

 

 授業が終わり、弛緩した空気が流れ出す。

 グレンは黒板消しを手に取り、黒板に書かれた術式や解説を消し始めた。

 

「あ、先生待って! まだ消さないで下さい。私、まだ板書取ってないんです!」

 

 その言葉を聞いてグレンの表情が変化する。露骨にニヤリと笑い、腕が分身する勢いで黒板を消し始めた。クラスのあちこちから悲鳴が上がる。

 

「ふはははははははは──ッ! もう半分近く消えたぞぉ!? ザマミロ!?」

「子どもですか!? 貴方はッ!」

 

 システィーナは呆れ果てて机に突っ伏した。

 

「あはは、板書は私が取ってあるから後で見せてあげるね? システィ」

「ありがとう……しかしまぁ、良い授業してくれるのはいいんだけど、ホントあのねじ曲がった性格だけは何とかならないかしら?」

「そう? 私、先生はあれでいいって思うな」

「オレもあれこそがグレンさんって感じがするから好きだぜ」

「私も、グレンお兄ちゃんはああでないとって思うな」

「あれ!? ひょっとして私の感性がおかしいの!?」

「……あ、先生!」

 

 その時、突然ルミアが席を立ち、子犬のようにグレンの元へと駆けていった。

 

「あの、それ運ぶの手伝いましょうか?」

 

 見ればグレンは分厚い本を10冊程抱えて教室を出る所だった。

 

「ん? ルミアか。手伝ってくれるなら助かるが……重いぞ? 大丈夫か?」

「はい、平気です」

「そうか……なら少しだけ頼む。あんがとさん」

「まだ重そうですね……オレも手伝いますよ」

「グレンお兄ちゃん、私も手伝うよ」

「おお、助かる」

 

 するとグレンはルミアとソフィアに1冊ずつ、ヴァルドに2冊渡した。グレンは普段は決して見せないような表情を3人に向けている。その仲睦まじそうな光景がどうにもシスティーナには面白くない。

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

 渋々といった表情でシスティーナもグレンに歩み寄る。

 

「ん? お前は……えーと、シス……テリーナ? だっけ?」

「違います先生。ヒスティーナです」

「システィーナよ! システィーナ! 貴方達、絶対わざと言ってるでしょ!?」

「へーいへいへい。そのシス何とかさんがボクに何の御用でしょうか?」

「わ、私も手伝うわよ……ルミアやソフィアにだけ手伝わせる訳には行かないでしょうが……」

「あれ? オレは?」

「……ほう? じゃ、これ持て」

 

 そう言ってグレンは残りの本を全てシスティーナに押し付ける。

 

「きゃあっ!? ちょ、重い!?」

「いやぁ、あはは、手ぶらは楽だわー」

 

 よろめいて倒れそうになるのをすんでの所で堪えていたシスティーナを尻目に、グレンは意気揚々と歩いて行く。

 

「な、何よコレ!? アンタ、ルミアとソフィアとヴァルドと私とでどうしてこんなに扱い違うの!?」

「ルミアとソフィアは可愛い。ヴァルドは同志。お前は生意気。以上」

「この馬鹿講師……お、覚えてなさいよ──ッ!?」

 

 背中に罵声を浴びながらも、グレンの口元は笑みを形作っていた。




さて、次回はようやく例の事件を通して兄妹の異能が明かされる予定です。

妹の異能は全く伏線を張っていないのでともかく、兄の異能は伏線多過ぎてバレバレな気がしなくもありませんが、どうかしばしお待ち下さいませm(_ _)m


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第4章 日常の崩落、兄の秘密

さて、まずは分かりやすい異能の兄から、という事でどうぞヽ(・∀・)ノ


 翌日。

 その日はグレンのクラスだけが学院で授業を行う日。

 というのも、グレンのクラスの前任者であるヒューイが突然失踪し、それを補う形でグレンが来た訳だが、ヒューイが失踪してからグレンが来るまでの間には数日の空白期間があり、その空白を埋める事が出来ていない為だ。

 だからこうしてクラス一同、教室に集まっている訳なのだが……

 

「……遅い!」

 

 システィーナは懐中時計を握り締める手をぷるぷる震わせながら唸っていた。

 現在の時刻は10時50分。本日の授業開始予定時間は10時30分。既に20分が経過している。

 だというのに、グレンは未だ教室に姿を見せない。つまりは、遅刻だ。

 

「あいつったら……最近は凄く良い授業をしてくれるから、少しは見直してやったのに、これなんだから、もう!」

 

 システィーナは苛立ち混じりにぼやいているのを横目に、ヴァルドとソフィアは真剣な表情でひそひそ話をする。普段なら2人はシスティーナとルミアの近くに座るのだが、今日は何故か教室の隅にひっそりと潜むようにしている。

 

「様子はどうだ?」

「校門の前に2人組が居る。……ッ!? まずいよ、兄さん」

 

 遠見の魔術を使う事が出来ないヴァルドに代わってソフィアが使い、逐一状況を報告する。何やら状況が逼迫しているような様子が伝わってくるが、周りの者達は気付かない。

 

「昨夜『例の組織』の動きに不審な点が見付かったから気をつけろ、なんて親父からわざわざ速達で届いた手紙を読んだ時はぶっちゃけ信じてなかったが……そんなにか、ソフィア?」

「うん……守衛さんはもう……やっぱり、バレちゃったのかな?」

「人の口に戸は建てられない、とは言うが……学院長とセリカ教授にしかオレ達の事は話してないのにバレるか……この情報収集能力の高さは向こうを褒めるしかないか?」

「兄さん……私、この人達を巻き込みたくないよ……」

「勿論だ。……なら、する事は1つか」

 

 ヴァルドは不意に立ち上がり、大声で周りの人間全員に聞こえるように話す。

 

「グレン先生の事だ、どうせ今日は休校日だと勘違いでもしてるんだろう。オレがグレン先生の家に行ってみるよ。幸い、オレ達の家とグレン先生の家は近い。行き違いになる事も無いと思う」

「な……ちょっと、待ちなさいよ! アンタ、サボる気じゃないでしょうね!?」

「──と、オレだけじゃ信用無いだろう? だからソフィアも一緒に連れて行く。それにオレ、グレン先生の授業は大好きなんだぜ? 絶対に連れて来るさ」

「しょうがないなぁ、兄さんは。そんな訳で、システィさん。ちょっと行ってきますね?」

「いや、待って! まだ話は終わっては──」

 

 システィーナの制止の声を最後まで聞く前に、2人は教室を飛び出した。まずは、身を潜める事にする。

 学生の時分に過ぎない自分達では、いくら()()があるとはいえ『例の組織』──天の智慧研究会──の凄腕魔術師達に勝てる可能性は非常に低い。自分達の能力を知られていないならともかく、向こうの狙いが自分達なのであれば当然対策は取られてるハズだからだ。

 

「オレ達が居ない事に気付いたあいつ等が教室の皆に何をするか分からない。一応教室の様子を覗ける所に潜むぞ」

「うん。すると……西館かな?」

「だな。お前、最悪の場合は狙撃出来るか?」

「っ! …………うん。皆を奪われるぐらいなら、撃つよ」

 

 愛しい妹にそんな決死の表情をさせてしまう事に言い知れぬ罪悪感を覚えながら、ヴァルドはソフィアと共に西館へと駆けるのだった。

 

 

 

 

「な、何なんだよ、これ……」

「ごめん兄さん、撃てなかった……」

「いや、いい。【ライトニング・ピアス】をバカみてーに連射出来る奴といい、まさか狙撃態勢に入った瞬間にこっちを振り向く程の化け物といい、一応誰も殺さなかった訳だしな。しかしなんだってティンジェルさんを連れ出した? まさか、狙いはオレ達じゃない……?」

「どうしよう、兄さん? 拘束されちゃった皆を助けに行く? それとも、システィさんとルミアさんを助けに行く?」

 

 西館からソフィアの遠見の魔術で教室の様子を見ていたヴァルド達だったが、そこで繰り広げられた光景は全くの想定外だった。

 自分達を探してる様子は全く見せず、ヴァルドが化け物と称した男はルミアを連れ出し、もう1人の連射男は教室の生徒達を全員拘束した後、何故かシスティーナを連れ出したのだった。

 そんな一部始終を見ていたソフィアから発せられた問いに、ヴァルドは即答する事が出来ない。

 最も難易度が低いのは拘束されたクラスメートの救出だが、正直に言って緊急性は低い。テロリスト達に対抗する戦力になるとも思えず、わざわざ殺さなかったのだから、生かすつもりなのが明らかだからだ。もっとも、その目的はあまり想像したくは無いのだが。

 するとやはり、直近で命の危険があるシスティーナとルミアを助けなければならないが、2人の腕前は正直ヴァルド達の想像以上だった。それでもこちらの事が知られていなければ、という条件付きでなら連射男の方は何とかなるかもしれない。

 だが、化け物と称した男の方は、正直に言って勝てるビジョンが何も浮かばなかった。負けないように立ち回る事はもしかしたら出来るかもしれないが、勝つとなると正直難し過ぎる。

 

「クソッ……オレ達には荷が重すぎるぞ……ッ!?」

 

 そう、ヴァルドが悪態を吐いた時だった。

 

「まさか余計な人物は誰も居ないハズのこの状況で狙撃しようとするとは、一体何者かと思っていたが……そうか、そういえばお前達もあのクラスだったな。宮廷魔導士団“公務分室”室長ジョージ=リ()()()ドルの息子で、ごく一部の魔術しか使えない『落ちこぼれ』のヴァルド=リオフェドルとその妹にして弱冠14歳で既に第()階梯に到った『天才』ソフィア=リオフェドル。我々の動きを察知してここに逃げたのであれば、一応褒めておこうか」

「ッ!? ……皆には伏せてる姓といい、学院に頼んで第2階梯って事にしてもらってるソフィアの位階といい、よくご存知で……『天の智慧研究会』さん?」

 

 距離はまだあったが、背後に化け物と称した方の男が来ていた。ヴァルドは内心の動揺を必死に抑え込みながら平静を装って返事を返す。思わず疑問形になってしまったのは、ほぼ確実とはいえ確信が無かったからだ。

 しかし、男のおかげで自分達が目的でない事は解った。そういえば、と明らかに眼中に無かった言い方だからだ。となると、もしかしたら()()の事はバレていないのかもしれない。

 

「ほう……貴様の親の所は特務分室程の情報収集能力は無いと見ていたが、甘く見ていたか。まあいい。お前達は他の学生と同様に実験体にしてやる。捕らえさせてもらうぞ」

(という事は、オレ達の()()の事は知らないのか。ならまだチャンスはある……!)

 

 しかも僥倖な事に、相手の男は自分達を『捕らえる』と言っている。2対1という事で数で勝る上に向こうはこちらを殺す気が無く、しかもこちらの()()を知らない可能性がある。

 これは、もしかしたらこの化け物染みた男を倒す千載一遇のチャンスかもしれない。

 この状況を好機と見るや、ヴァルドは一瞬ソフィアを見遣った後動き出した。

 

「はいそうですかって捕まる訳に行くかよ! 《白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆()け──》」

 

 ヴァルドは以前ソフィアがグレンに撃とうとしていたのとはまた別の軍用攻性呪文(アサルトスペル)の【アイス・ブリザード】の詠唱を行った。

 ヴァルドは確かに使える魔術が非常に少ないが、使える魔術の中には軍用攻性呪文(アサルトスペル)も存在する。しかし──

 

「《霧散せよ》」

 

 男の一節詠唱の【トライ・バニッシュ】であっさりと消されてしまう。だがそれはヴァルドにとって予定通り。ヴァルドはその場から横っ飛びで退くと、その後ろからソフィアが魔術を発動した。

 

「《《雷精よ》》! ──《《紫電よ》》、《《撃ち倒せ》》!」

「ッ!? 何だとッ!? 《光の障壁よ》!」

 

 男の表情が驚愕に彩られる。【ショック・ボルト】は初等呪文とはいえ、それを二反響唱(ダブルキャスト)連続起動(ラピッドファイア)するなど、学生の範疇を大きく超えている。

 1発でも命中してしまえば、動きが悪くなりヴァルドの軍用攻性呪文(アサルトスペル)に撃ち抜かれる可能性が出て来る。よって確実を期す為に【フォース・シールド】で防いだのだ。

 それを見てヴァルドが猛然と駆けた。直感的に、こちらを見くびっている今しか勝機が無い事を感じ取っての決断だった。

 

「《猛き雷帝よ・──」

「捕らえるとは言ったが、五体満足だと思わない事だな──《炎獅子よ》!」

「──極光の閃槍以て・──」

 

 今度は【ライトニング・ピアス】の詠唱を行ったヴァルドだったが、2節目まで詠唱した所で男の一節詠唱が割り込んだ。ヴァルドは成す術も無く【ブレイズ・バースト】の爆炎に飲み込まれ、煙の中へと姿を消す。

 しかしそこで、男の中でこれまでの長年の殺し合いの中で培われた直感が警鐘を鳴らした。何かがマズイ。何故兄が爆炎に飲まれたというのに、妹はほとんど狼狽えている様子が無いのか。まさか、あの爆炎を受けてなお、詠唱が続いて──

 

「《──》」

「──刺し穿て》!」

 

 嫌な予感がした男が何かの呪文を唱えるのと、煙の中から呪文を完成させたヴァルドが【ライトニング・ピアス】を放ったのはほぼ同時だった。パッと見【ショック・ボルト】と変わらない紫電の閃光が男を撃ち貫かんとする。

 

「チッ、ダメか……それは、【トライ・レジスト】を付呪(エンチャント)済みの剣か?」

「貴様こそ、何故()()なのだ? 私の【ブレイズ・バースト】は死なんように加減したとはいえ【トライ・レジスト】程度で無傷で済むモノではないハズだが……。──ッ!?」

「《雷帝の閃槍よ》! ……兄さんの予想は正解みたいね」

「兄が使える時点で当然とは思ったが……やはり貴様も使えるのか」

 

 思わず舌打ちしたヴァルドの目の前には、【ライトニング・ピアス】を受け止めても傷1つ付いていない剣を2本掲げた男が立っていた。その剣でソフィアから放たれた雷槍も受け止め、弾く。並の剣士では到底不可能な芸当に、ヴァルドは目を見開いた。

 一方のヴァルドは、男の言う通り【ブレイズ・バースト】をまともに喰らったハズだが、全くの無傷だった。だが、男の表情は然程疑問には思っていなさそうな様子。すぐさま、男は答えを出した。

 

「──ヴァルド、貴様さては『異能者』だな? それも、魔術を無効化する類いの。『落ちこぼれ』なのは、その異能の所為か?」

「勘良過ぎだろアンタ……まぁな、体内のマナの感触では一節詠唱も問題無く出来そうなんだが、最高の魔力効率の三節詠唱でないとオレ自身の異能でかき消されて発動しないんでな。そんなこんなで【ショック・ボルト】すら一節詠唱出来ない『落ちこぼれ』の出来上がりって訳だ」

 

 まさかたった1度の無効化──しかも、爆炎ではっきりと見えない状況──で自らの異能を見破られるとは思っていなかったヴァルドは、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

 ──『魔術無効化能力』……それが、ヴァルド=リオフェドルが持って生まれてしまった異能だった。

 発覚したのはまだ物心が付くよりも前の幼い頃。幼いヴァルドが転んで擦りむいた怪我を親が【ライフ・アップ】で治療しようとした時の出来事であった。全く魔術が効力を発揮しない事に困惑した親が秘密裏に調べ、判明した事だった。

 その為、自らが放出する魔術は略さずに詠唱すれば辛うじて発動出来るが、自らに掛けるような魔術や、自らの身体が触れてしまう錬金術等の魔術は全て無効化され、全く使えないという『落ちこぼれ』になってしまったのだった。

 この事を知るのは両親とソフィア、魔力容量や適性を調べようとして全く調べられなかった事に驚愕したセリカ、そして実験等の授業が0点でも進級出来るように取り計らった学院長の5人だけだったのだが……

 

「隠そうとしても無駄だ。だから貴様、身体能力の向上も身体構造の強化も出来んだろう?」

「……………………」

 

 辛うじて表情には出さなかったが、完全にバレていた。先程見せた剣技から、近接戦闘の技量でも勝ち目は無さそうな上に、こちらが身体を強化出来ない以上膂力や速度でも太刀打ちは不可能。

 ソフィアは既にC級軍用攻性呪文(アサルトスペル)の一節詠唱が出来るとはいえ、その程度ではこの男にとって大した障害には成り得ない。まだ学生用の魔術でしか二反響唱(ダブルキャスト)連続起動(ラピッドファイア)といった高等技法は出来ないのだ。

 兄妹はまだ五体満足ではあったが、状況は既に詰んでいた。しかしその時──

 

「何だとッ!? バカな……ッ!?」

「ッ! 今だソフィアッ!」

「《吠えよ炎獅子》!」

「ッ!? 《光の障壁よ》!」

 

 突然男が何事かに狼狽え出し、その瞬間しか無いとばかりにヴァルドはソフィアに指示を出しながら駆け出した。ソフィアはすぐさま【ブレイズ・バースト】を一節詠唱で放ち、男に【フォース・シールド】で防がせ、ヴァルドと共に駆け出した。

 

「ち──逃がしたか。まあいい。奴等の実力は見切った。いつでも処理出来る。それよりもあの男だ。ジンをいとも簡単に倒した男──グレン=レーダス。見た所、ジンの魔術を封じていたようだが──」

 

 ヴァルド達が逃げた方向に一瞬目を遣ると、男は興味を失ったようにグレンが居る部屋の方向を向いて呪文を唱え始めた……。




基本的に主人公(または妹)が居ないシーンは書かない予定で居ますので、オリジナルの場面になるとどえらい短くなりましたwww

なので、次の章は原作だとまるまるグレン対レイクなのでめっちゃ短くなりそうです(汗)

だが原作と同じ章数で行くぜ!(殴)


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第5章 愚者と妹の秘密

すいません、遅くなってしまいました。

プリコネRe:Dive楽しい(殴)


 ヴァルドとソフィアは、恐ろしく冷静な判断力を持った難敵と遭遇したが、全くの偶然で発生した相手の隙をついて逃走する事が出来た。しかしそれは、相手がこちらを追跡して来なかったからに他ならず、追って仕留めなければならない敵と見なされなかったからでもあった。

 あの男が追って来ていない事を確認した後。

 

「それにしてもあいつ、一体何に驚いてたんだ?」

「……多分、グレンお兄ちゃんかな? 今、システィさんの所に居る」

「え? そっちは確か連射男が──」

「何か変な縛り方で縛られてるよ。どうやってか分からないけど、グレンお兄ちゃんが勝ったみたい」

「……つー事は何か? オレ達を相手にしながらあいつ、グレンさんの方の様子も見てたってのか?」

 

 ヴァルドの予想は正解で、男は片目で遠見の魔術を使いながらもう片目でヴァルド達の相手をしていたのだった。それであれ程正確な状況判断……ヴァルドは改めて、男の化け物っぷりに戦慄した。

 

「え……何、これ……!」

「どうした、ソフィア?」

「ボーン・ゴーレムがあんなに沢山……って、私達の方にも来てる!」

「なっ……くそったれ! 何だこの数は……これでグレンさんの方にもって本当に化け物かあいつは!?」

「数は20ぐらい居るよ! グレンお兄ちゃんの方は50ぐらい召喚されたみたい!」

「あいつ、グレンさんを重点的に狙ってやがるな……。オレ達だけじゃ勝てなかったけど、連射男に勝ったグレンさんと協力出来ればもしかしたら……何とかして合流するぞ!」

「うん! まずはこのボーン・ゴーレム達をどうにかしなきゃね。《氷狼の爪牙よ》!」

 

 方針も決まった所で、ソフィアが一節詠唱で【アイス・ブリザード】を放つ。氷弾が吹雪のように乱れ飛ぶという、そんじょそこらのボーン・ゴーレムが相手ならこの1発だけで全滅せしめる威力の軍用攻性呪文(アサルトスペル)だが……

 

「え? ……全然効いてない!?」

「なっ……こいつ、竜の牙製じゃねーか!? 基本三属の魔術はほとんど効かねーとかとんだチートゴーレムだぞ!? 物理的にぶっ壊すか、まだ多少は効く風の魔術でやるしかないか!?」

「兄さんの異能で何とかならないかな?」

「いや、多分ダメだ。オレの異能は【ディスペル・フォース】みたいな使い方は出来ない。お前の制服に付呪(エンチャント)されてる【エア・コンディショニング】を打ち消したりは出来ないからな。素材から錬金や召喚されるのを阻止するなら出来るが……わざわざ【ディスペル・フォース】を掛けてまでそんな事をするぐらいならぶっ壊した方が手っ取り早い」

 

 『魔術無効化能力』といえど、魔術で作ったモノを消し去れる訳ではない。錬金や召喚『している』モノを中断させる事なら可能だが、錬金や召喚『された』モノを元に戻したりする事は出来ないのだ。

 付呪(エンチャント)に対しては少し特殊で、それがヴァルド自身に作用するモノであればその効果を打ち消す働きをする。例えば防犯の為に【ショック・ボルト】が付呪(エンチャント)された金庫があったとしよう。鍵が開いてない状態で触ると【ショック・ボルト】が襲い掛かるが、ヴァルドにはその発動した【ショック・ボルト】は効かない。しかし付呪(エンチャント)そのものが打ち消される訳ではないので、その後でまた誰かが触ったら【ショック・ボルト】が再度襲い掛かるのだ。

 ちなみにややこしい話だが、制服に付呪(エンチャント)された【エア・コンディショニング】はヴァルドにも効く。これは【エア・コンディショニング】そのものがヴァルド本人に作用している魔術ではなく、周囲の空間に作用している魔術だからだ。

 まあそれはヴァルドにとっては高価な制服を台無しにする心配が無く、貴重な魔術触媒の素材を台無しにする事もないという事でヴァルドにとっては非常に助かっているのだが。

 

「だったら──」

「どうする気だ?」

「私が時間を稼ぐから、兄さんはアレを準備して!」

「アレか……はぁ、確かにそれしかねぇか」

 

 ソフィアの言葉に従い、ヴァルドがチョークを取り出して床に様々な幾何学的模様を描き始めた。ヴァルドは確かに錬金術や法陣の成績が悪いが、それは異能の所為で全く起動出来ない為に成績が悪いだけであって、法陣を描く事は全く問題無く出来る。

 

「今のソフィアでは、ただ撃つだけじゃダメだ。あの数の竜の牙を破壊するならもっと硬く──もっと鋭く──もっと多く──」

「《大いなる風よ》! ──《駆けよ》、《打て》、《打て》!」

「──この威力を出す為には今のソフィアの残りの魔力では足りない──魔力の増幅を──」

 

 ヴァルドが成績の悪さを感じさせない程の精密かつ迅速な動きで法陣を描き上げるまでの間、ソフィアが【ゲイル・ブロウ】を連続起動(ラピッドファイア)させてボーン・ゴーレムを近寄らせない。

 ──そして。

 

「──よし、出来たぞソフィア! 後は頼む!」

「うん、分かった! 代わるね!」

 

 五重にも及ぶ複雑な法陣が完成。しかしヴァルドでは異能の所為で法陣を起動する事が出来ないのでソフィアを呼び寄せる。そしてソフィアと入れ替わるようにヴァルドは魔力を集中させながらボーン・ゴーレムの群れへと駆ける。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても向かって来るボーン・ゴーレムの群れに対し、ヴァルドは風の軍用魔術を発動させる。

 

「《集え暴風・戦槌となりて・撃ち据えよ》!」

 

 空気を集束させて圧縮し、迫る不可視の壁。風の破城槌とまで形容される【ブラスト・ブロウ】の暴力的なまでの風がボーン・ゴーレムを20体まとめて廊下の奥まで撃ち飛ばした。

 それで充分な距離を稼げたと判断したヴァルドはソフィアが居る法陣の方に駆け寄り、法陣よりも奥へと走る。

 

「行けるか、ソフィア?」

「うん、行くよ……! ──《森羅万象に(こいねが)う・其は万物を創造せし者・土は鉄に鉄は鋼に・幾千の鋼鎗(こうそう)となりて・(ことごと)くを撃ち貫け》!」

 

 ソフィアの詠唱が終わると、その法陣が淡く輝き、一瞬にして無数の鋼の鎗が地面から突き出し、ボーン・ゴーレムの群れを刺し貫いた。その一撃でヴァルド達に襲い掛かって来ていたボーン・ゴーレムは破壊され、塵芥へと還る。そしてその直後、地面から突き出した鎗も砕け、目の前は瓦礫の山と化した。

 ──錬金改【サウザンド・スピアーズ】。今のソフィアではヴァルドに五重の複雑な法陣を描いてもらって補助を受けた上で五節にも及ぶ詠唱を必要とするという、現段階では実戦に全く向いていない魔術だ。しかし、彼等の父親の宮廷魔導士団“公務分室”室長のジョージ=リオフェドルはこれを実戦レベルで使いこなし、B級軍用攻性呪文(アサルトスペル)として軍に認めさせている。

 

「何とか、なったな……魔力は大丈夫か、ソフィア?」

「はぁ、はぁ、……うん、何とか。私達のパパってやっぱり凄いんだね」

「ああ、そうだな。これを法陣無しで三節で使えて、しかも連発出来るってんだから……ソフィア、危ないッ!」

「え──」

 

 突然、ヴァルドの顔色が変わり、ソフィアをその場から突き飛ばした。突き飛ばされたソフィアがヴァルドの方を振り返ると、ボーン・ゴーレムが剣を振りかぶり、さっきまでソフィアが立っていた所に振り下ろされる光景が繰り広げられていた。どうやら先程の【サウザンド・スピアーズ】の直撃を免れた個体が居たらしい。

 そしてそのソフィアが立っていた場所には丁度彼女を突き飛ばしたヴァルドが立っており、ボーン・ゴーレムが振り下ろす剣がヴァルドを捉え──

 

「ぐぁぁぁぁああああッ!」

「兄さんッ!? この──《その剣に光在れ》ッ!」

 

 咄嗟に身体を捻ったらしく、剣はヴァルドの脳天に直撃こそしなかったものの、右胸を深く抉った。ソフィアは激痛に喘ぐヴァルドを気遣う素振りを一瞬見せたが、すぐさま思い直して【ウェポン・エンチャント】を起動。ヴァルドを斬って死に体になっているボーン・ゴーレムを思いきり蹴り飛ばした。

 その一撃で最後のボーン・ゴーレムの頭蓋は粉々に砕かれ、この場に居たボーン・ゴーレムの群れは今後こそ全滅したのだった。

 

「大丈夫、兄さん!? すぐに()()から──」

「あぐっ! くっ……ソフィア、待て。まだ治さなくていい」

「えっ、でも……」

「うぐっ……オレが1番酷い怪我とは……限らないだろ?」

 

 ボーン・ゴーレムを倒したソフィアがヴァルドの元に駆け寄り、すぐに治療を開始しようとしたのだが怪我人であるヴァルド自身がそれを止めた。

 言われてソフィアは改めて今の状況について考える。兄の言う通り、今は他にも怪我人が出る可能性は大いにあり得る状況だ。特にグレン達の方は自分達以上に多くのボーン・ゴーレムに襲われている上に、自分達が追われていない事から、先程戦った化け物のような男はグレンの方に向かって行き、それと戦う事になる可能性も高い。となると1番重い怪我をする可能性が高いのは──

 その時、凄まじい轟音が響き渡った。まるで校舎が半壊したかのような音に、ソフィアは思わず窓に駆け寄って様子を見る。

 

「なっ、あれはまさか【イクスティンクション・レイ】!? 対人で撃つとは思えないし、もしかしてグレンさんがボーン・ゴーレムの群れに撃ったの? 凄い……!」

 

 遥か彼方まで伸びる光の残滓を見てソフィアはそう判断し、同時に確認の為に遠見の魔術を起動。見るとシスティーナがグレンに【ライフ・アップ】を掛ける様子が映った。だがそこへ、さっき自分達が戦っていたダークコートの男が現れる。

 

「兄さんまずいよ! さっきの奴がもうグレンお兄ちゃんとシスティさんの所に! グレンお兄ちゃんは【イクスティンクション・レイ】を使った所為か消耗が酷いみたいだし、早く加勢に行かないと!」

「そうだな……そういう事なら、先に行けソフィア。はぁ、はぁ……オレより間違い無くグレンさんの方が酷い怪我をしそうだ。……お前はグレンさんを優先的に治してやれ。ぐっ、……オレはまだ何とか動けるから後から向かう」

「…………分かった。兄さん、無理はしないでね!?」

 

 ヴァルドの言うように、ソフィアもそんな予感が頭を過っていた。

 ソフィアは兄の言葉に頷くと、グレンに加勢する為に駆け出して行った。

 

「くそったれ、情けねえなオレ……この程度の怪我で思うように動けなくなるなんてよ……」

 

 ヴァルド自身は『この程度』と評しているが、ボーン・ゴーレムから受けた傷は決して浅くない。確かに普通の魔術師であれば【ライフ・アップ】で治療すれば数分で動けるようになるぐらいの怪我ではあるが、魔術の無い一般人ならすぐに病院で処置しなければならない程の深手だ。

 ヴァルドは魔術師ではあるが、『魔術無効化能力』という異能を持っているのだ。それはヴァルドを傷付ける魔術だけでなく、強化したり、()()()()する魔術も無効化してしまう。

 

「まあ、内臓や骨は大丈夫そうだし、死にゃしねえだろ……ゆっくり行こう……」

 

 ヴァルドはふらつく身体を壁に預けながら、ゆっくりとソフィアの後を追うのであった。

 

 

 

 

 ソフィアがグレン達を目視出来る位置に来た時、ダークコートの男が操る5本の剣がグレンの身体を刺し貫いた。思わず息を飲むソフィア。ここで声を出すのはマズイ。

 その直後、グレンの身体に刺さっている剣が白く輝いた。

 

(あれは【ディスペル・フォース】? ダメ、あれじゃ足りない。私も使えば──)

 

 グレンが自らに刺さった剣に【ディスペル・フォース】を掛けるのを見て、ソフィアは重ね掛けしようと動き出すが、それより早く動き出した人影があった。

 システィーナだ。ダークコートの男の背後の位置からグレンの身体に刺さっている剣に【ディスペル・フォース】を飛ばしていた。その【ディスペル・フォース】でグレンの身体に刺さっている5本の剣から魔術的な輝きが消え失せる。

 

(わざわざ剣を無力化したという事は、あれさえ無ければグレンお兄ちゃんに勝算があるって事? でも、ダメ……あいつは近接戦闘も強い……! 動きを止めなきゃ!)

 

「《《雷精よ》》! ──《《紫電よ》》! ──《《撃ち倒せ》》! ……あれ? どうして?」

 

 グレンの背後の位置に居たソフィアは咄嗟に駆け出しながら、得意の【ショック・ボルト】を二反響唱(ダブルキャスト)連続起動(ラピッドファイア)で放つ。しかし、その【ショック・ボルト】は3連射ではなく最初の2発しか発動しなかった。

 ソフィアは一瞬失敗したのかと思ったが、自分のマナ・バイオリズムがカオスになっている事から自らの失敗ではなく、何らかの原因で魔術の起動を阻害された事を悟る。

 

 

 

 

「ち──《目覚めよ刃──」

「遅ぇッ!」

 

 再び剣に魔力を送って、浮遊剣を再起動しようとする男に先んじて、グレンが愚者のアルカナを引き抜いた。

 グレンの固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】が一瞬早く起動する。

 この場における、全ての魔術起動が封印された。

 

「うぉおおおおおおお──ッ!」

「ち──1度この場を離れ──ぐおっ!?」

 

 グレンが自身の肩に刺さった剣を引き抜いて迫る。

 ダークコートの男はこの状況が不利と見るや瞬時に体術を使った離脱を図る。自分はほぼ無傷で、グレンは重傷。この場を離れられれば態勢を立て直すのは容易かと思われたのだが。

 突然グレンの背後から飛来して来た二条の紫電の閃光がダークコートの男──レイクに直撃した。

 それがグレンの身体で死角になっていた位置に居たソフィアから放たれた【ショック・ボルト】であった事にレイクが気付いた時には、既にグレンが突き出した剣が眼前に迫っており、──そして。

 

「……………………」

 

 静寂。剣はレイクの心臓を完全に捉え、貫通していた。

 

「……ふん、見事だ」

 

 レイクは微動だにしない。直立不動のまま、自分に剣を突き立てた者に称賛を送った。

 不意討ちが卑怯だとかそんな事を言うハズもない。魔術師は騎士じゃない。魔術師の戦いは1対2だろうが1対3だろうが、あらゆる手段と策謀を尽くして相手を陥れ、出し抜き、そして最後に立っていた者こそ正義で強者なのだから。

 

「ち……胸くそ悪いコトさせやがって……」

 

 勝利の余韻や興奮など微塵も無く、グレンは後味悪そうに顔をしかめた。

 

「そうか……愚者、か。なるほどな」

 

 床に落ちた愚者のアルカナを一瞥し、何かを納得したようにレイクは呟いた。

 

「つい最近まで帝国宮廷魔導士団に1人、凄腕の魔術師殺しがいたそうだ。いかなる術理を用いたのか与り知らぬが、魔術を封殺する魔術をもって、反社会的な外道魔術師達を一方的に殺して廻った帝国子飼いの暗殺者」

「……」

「活動期間はおよそ3年。その間に始末した達人級の外道魔術師の数は明らかになっているだけでも24人。その誰もが敗れる姿など想像もつかなった凄腕ばかり。裏の魔術師達の誰もが恐れた魔術師殺し、コードネームは──『愚者』」

「何が……言いたい?」

 

 暗く冷え切った目をするグレンの問いに、レイクは口の端を吊り上げ凄絶に笑った。

 

「さぁな?」

 

 最後にそう言い残して。

 レイクは崩れ落ちるように倒れた。もう、息をしていなかった。

 

「さ……て……」

 

 レイクが死んだ事を確認すると、グレンも壁にもたれかかるように崩れ落ちる。

 

「俺も……ここまで……か……」

 

 いよいよ限界らしい。誰がレイクに【ショック・ボルト】を放って動きを止めてくれたのか確認する余裕も全く無い。誰かが駆け寄って来る足音と、誰かが自分の声を呼ぶ声を遠退く意識の中で感じながら──

 

「なんて……つまんねえ……人生……」

 

 グレンの意識は闇の中へと沈んだ──

 

 

 

 

「先生!? しっかりして下さい、先生!?」

 

 倒れたグレンの元に真っ先に駆け寄ったシスティーナがグレンを抱き上げるが、全く反応が無い。非常に危険な状態である。

 

「システィさんはさっきの【ディスペル・フォース】でもう魔力が無いでしょう? 私に任せて」

「あ、貴女は……ソフィア!? 貴女はヴァルドと一緒に先生の家に向かったんじゃ──」

「システィさん、細かい話は後にしましょう? まずはグレンお兄ちゃんを治療しないと──《天使の施しあれ》」

 

 システィーナにわずかに遅れて駆け付けたソフィアがグレンに【ライフ・アップ】の魔術を掛けるが、先程の【ショック・ボルト】と同じように起動しない。

 

「また失敗? いや、これはまだ阻害が……?」

「そんな……まだ先生の固有魔術(オリジナル)の効果が残ってるんだ……これじゃ魔術での治療が出来ない……!」

「……………………」

 

 システィーナの言葉を聞いて、この現象はグレンの固有魔術(オリジナル)によって引き起こされている事を理解したソフィア。

 数秒間逡巡したソフィアは、意を決したように目を見開いた。

 

「……システィさん、これからやる事は、出来れば誰にも話さないでいてもらえますか?」

「ソフィア……貴女一体何をするつもり……?」

 

 怪訝な表情のシスティーナを無視するような形で、ソフィアは目を閉じて精神を集中してグレンに触れた。

 その直後、眩いばかりの光がソフィアの身から発せられ、システィーナは直視出来ずに目を伏せる。そしてその光が次第にグレンに移り、その身を柔らかく包み込む。

 しばらくして光が収まると、そこにはまだ目覚めてはいないが傷1つ残っていないグレンの姿があった。

 

「良かった、これは使えた」

「……え!? あんなに酷かった先生の傷が全く残って無い!? 貴女、一体何をしたの?」

「何って、ただ治しただけですよ、システィさん」

「治したって、先生の固有魔術(オリジナル)の効果で魔術が使えないのに、どうやって……?」

「ちょっと考えたらバレちゃうので言っちゃいますけど。私、実は異能者なんです」

「え──?」

 

 『完全治癒能力』……それが、ソフィアが持って生まれた異能だった。いくつかの制約はあるが、その異能を使うその瞬間に死んでさえいなければ例え生命力が尽きていようとも完治させる破格の異能だ。

 その始まりは奇しくもヴァルドの怪我に起因する。大した怪我ではなかったのだが、魔術での治療が出来ないヴァルドにとっては痛い怪我を、ソフィアが慈しみ労るように触れた瞬間、魔術が効かないヴァルドの怪我が治ったのだ。それで両親はすぐさまソフィアも異能者である事に思い到り、ヴァルドを治す時以外は絶対に使わないように厳命したのだった。

 人が見ている前でヴァルドを治す時には【ライフ・アップ】の詠唱を行って魔術を使ってるふりをしながら異能を使う事で、ヴァルドの異能を隠す役割も担っていたのだが、今回は【ライフ・アップ】の詠唱をして魔術のふりをする意味も希薄だった為、そのまま異能を使用したのであった。

 

「だから……出来るだけ内緒でお願いしますね?」

「え、ええ、それは全然構わないけど、ヴァルドは勿論この事を知ってるのよね?」

「ああ、勿論だフィーベル。……ソフィア、やっぱりグレンさんの方が重い怪我だったか?」

「うん、もうちょっと遅かったら危なかったかも」

「そう……って、ヴァルド!? 貴方も酷い怪我じゃないの!? ソフィア、治してあげないの?」

「私の異能、1度使うと2時間ぐらい使えなくなるの。だから先に怪我をしてた兄さんを敢えて治さずにグレンお兄ちゃんを治すのに使ったんだけど……」

「それならそれで【ライフ・アップ】ぐらい掛けてあげたら?」

「いや、それは──」

 

 システィーナのもっともな疑問にソフィアが答えを言い淀んでいると、システィーナは痺れを切らしたのか首に提げていた結晶のペンダントを握り締めながらヴァルドの元へと駆け寄る。

 

「《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》──……?」

 

 システィーナが抱き締められそうな程近くに来た事にどぎまぎしてしまったヴァルドだが、それどころではない。既にシスティーナが自身の魔術が全く効いていない事に怪訝な表情を見せ始めている。

 

「え? どうして効かないの……?」

「もうよせ、フィーベル。無駄だ」

「え、嘘……そんなに普通に喋れてるのに『死神の鎌に捕まった』っていうの!? 嘘でしょ!? 死んじゃダメよヴァルド、しっかりして!?」

「いや、しっかりしてるから! 命にも別状は無いから! ──痛っ!」

「じゃあどうして【ライフ・アップ】が効かないのよ!?」

 

 グレンとレイクの命のやり取りを見た後だからか、取り乱すシスティーナ。その様子を見て、ヴァルドはソフィアに目線を送るが、ソフィアは観念したように目を伏せるだけだ。

 ヴァルドは1つ深い溜め息を吐くと、取り乱すシスティーナの両肩を掴んだ。

 

「いいから落ち着いて聞いてくれ!」

「──っ! ……う、うん」

 

 ヴァルドの一喝で少し平静さを取り戻すシスティーナ。しかし先程まで取り乱していた影響か、両眼の端には涙が零れそうになっている。

 両眼に涙を浮かべて、身長差から自然と上目遣いになる銀髪の美少女と、その両肩を掴んでいるので全く目線をそらせずに正面から見つめ合うという図。

 その図を意識してしまったヴァルドの顔に赤みが差すが、今は本当にそれどころではない。頭を振って、ヴァルドはシスティーナに静かに言い聞かせるように言った。

 

「──オレも異能者なんだ。その異能の所為でオレには一切の魔術が効かない。だからオレの怪我はソフィアの異能でしか治せないんだ」

「え……貴方も、異能者……? という事は、兄妹揃って……?」

「ああ、オレもどんな確率だよ、と言いたい気持ちは常々あるが。事実だ。オレ達兄妹は、2人共異能者だ」

 

 そのヴァルドの言葉に、システィーナはただただ言葉を失うのみであった……。




さて、かなりの難産になりましたが、何とかお届け出来ました。
次回がどのぐらいの長さになるかは、ぶっちゃけ不明ですヽ(・∀・)ノ


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