いつかどこかの鎮守府で・2 (華留奈羽流)
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1話

マルナナマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「おはようございます、司令官!」

 

執務室の朝。元気な駆逐艦・吹雪の声が響き

まだ眠たげな提督の声がそれに答える。

 

「ああ……おはよう、再生吹雪」

 

吹雪が盛大にずっこけ、提督に食って掛かる。

 

「その再生ってのやめてくださいよ!」

 

「だって実際に再生されて出てきたんじゃん」

 

いわゆる「最終決戦」で、他の多くの艦娘とともに

一度は轟沈した吹雪だったが

なんだかんだあって、それまでの記憶などを引き継いだまま

自分で勝手に建造ドックから出てきたのである。

 

「それはそうですけど!なんか悪の組織の再生怪人みたいじゃないですか!

 たいてい再生怪人って最初の登場時より弱くなっててカマセなんですよ!?」

 

「でも再生されても、どこか強化されたわけじゃないんだろ?そんな様子はないよな」

 

そう言って提督が吹雪を見つめる。主に胸部装甲のあたりを。

 

「ちょ、どこ見てるんですか!?……少しは強化されたもん(ボソッ)」

 

「えー?全然変わってないような……」

 

吹雪はバンバンと執務机を叩きながら叫ぶ。

 

「元のサイズも今のサイズも知らないのにわかったようなこと言わないでください!」

 

興奮する吹雪の後ろから、目頭を押さえ戦艦・長門が執務室に入ってくる。

 

「朝から騒がしいなお前ら……」

 

「あ、おはようごさいます長門さん」「おはよう、長門」

 

「おはよう、提督。おはよう、吹雪。

 人が減って、寂しくなるな、とか思ったが……かえって騒がしくなった気がするぞ」

 

「えー?昔からこうでしたよ?」

 

轟沈した艦娘たちが、慰霊碑の建立をきっかけに再び建造が可能になったため

宇佐美の鎮守府に集まっていた艦娘たちのうち

元々は別の鎮守府の所属だった者たちは

本来の所属鎮守府に帰っていったのだ。

 

現在、宇佐美の元にいる艦娘は、元から配下だった

戦艦・長門。軽空母・鳳翔、隼鷹。重巡・高雄。駆逐艦・潮。

そして再生吹雪の6名……

 

「だから再生言うなー!」

 

「……誰に言ってるんだお前」

 

「まあ騒がしいのは吹雪だけのせいではないのだろうが……」

 

と、長門が口にしたとたん

 

バアン!と勢いよく執務室のドアが開かれる。

 

「おはよー、提督ー!」「おはよう」「おはようパパー!」

 

入ってきたのは港湾棲姫、戦艦棲姫、軽巡棲鬼の3人だった。

 

「……騒がしい原因の二つ目が来たか」

 

戦いが終わってから、彼女たち深海棲艦は

鎮守府のある島から少し離れた別の小島に居留地を設けられ、そこで暮らしていた。

だが、艦娘たちが各鎮守府に散り散りになり

ここに残った艦娘だけでは、保護という名目での監視もままならなくなった。

そこで、所属する鎮守府に戻っていく艦娘たちに同行するかたちで

深海棲艦もバラバラに連れて行かれることになり

残ったのはこの3人だけとなった。

 

3人だけで離れた島にいるよりは

部屋の空きも増えたこともあり

鎮守府の一棟をあてがわれ一緒に暮らすことになったのである。

 

「ああ、おはよう、姫、ケイ……えーと、戦艦」

 

「待て、私の呼び名だけなんかおかしくないか!?」

 

港湾棲姫。通称「姫」。軽巡棲鬼。通称「ケイ」。

 

戦艦棲姫は最終決戦で撃沈されていたが

姫が強く希望して建造ドックを操作し、再生されたばかりだった。

提督の中では彼女を何と呼ぶか決めかねていたのだが

だからといって「戦艦」という呼び方は

さすがに引っかかるものがあったらしい。

 

「いやだって、名前とか知らないしさぁ……姫は普段、なんて呼んでるんだ?」

 

「ま、待て、言わなくて……」

 

「呼び方?『センちゃん』だけど?」

 

戦艦棲姫が止めようとするが間に合わなかった。

 

「そうか。おはよう、センちゃん」

 

「お……おはよう」

 

ニッコリ笑いかけて挨拶する提督に

顔を赤くしてうつむくセンちゃん。

 

(可愛いな)(……可愛いぞ)(なんか可愛いです!)

 

挨拶が済んだところで長門が姫たちに問いかける。

 

「ところで……お前たち、もうちょっとこう……喋り方がぎごちなくなかったか?」

 

姫がニッコリ笑って答えるには

 

「上達したの」

 

「いや、なんかこう……文字にするとカタカナになるような喋り方だった……」

 

「上達したの」

 

「……そうか」

 

そう、上達したのである。決して書き手が面倒になったとかではない。

 

そうこうするうちに、他の艦娘たちも執務室にやってくる。

 

「おはようございます、提督」「おはようございます、鳳翔さん」

 

「おはようございます提督!」「おはよう、高雄」

 

「おはようございます、提督……少し、遅れちゃいました……?」「大丈夫、おはよう潮」

 

「あー……おはよー提督ー……」「また二日酔いか……おはよう隼鷹」

 

最後の隼鷹が入室したところで、長門が提督に声をかける。

 

「皆揃ったぞ、提督」

 

「あいよー。じゃまあ、今日も一日、無事故でよろしくー!」



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2話

今さらのお正月ネタです。


ヒトサンマルマル 鎮守府 食堂

 

「ごちそうさまでしたー」

 

鎮守府の昼食は、朝食とは違い、シフトの都合などもあって

なかなか皆が揃ってとるわけにいかないのだが

流石に正月ともなると、そうそう業務も入れていないため

今日は提督以下顔を揃えての昼食となった。

 

「あ、吹雪、潮、ケイ……ちょっとおいで」

 

食べ終わったころ、提督がテーブル越しに3人を手招きする。

 

「はい?なんですか司令官?」「何か潮に御用でしょうか?」「何々~」

 

「去年までは年末年始もバタバタしてたけど

 今年はのんびりできたから……はい、お年玉」

 

そう言って3人にお年玉袋を手渡していく。

 

「わ、ありがとうございます!」「嬉しいです!」「え、何コレ?何が入ってるの?」

 

軽巡棲鬼―ケイはお年玉の記憶はなかったらしい。

 

「年の初めに、子供たちに配るお小遣いみたいなもんだ。

 この鎮守府にいると、あまり金の使い道はないかもしんないけど

 誰かに頼んで通販で買い物するときにでも使うといいよ」

 

「なるほど……ありがと、パパ!」

 

3人ははしゃぎながら食堂を出て行った。

買い物の相談でもするのだろう。微笑ましい光景なのだが

他の艦娘たちの見る目はちょっと違う。

緊張していたり、異常に高揚していたり、悩んでいたり。

 

「ねー提督ー、アタシの分はいくら入ってるのー?」

 

目をキラキラさせながら、すでに貰えることを前提で隼鷹が尋ねる。

 

「いやお前もう貰う側じゃないだろ」

 

「えっ」

 

「えっ、じゃないよ。毎晩酔っ払ってるようなヤツが、お年玉貰えるわけないだろ」

 

「ヒドーイ!お酒は飲んでるけどアタシまだ子供だよぅ!」

 

「子供はお酒飲んじゃいけません。そうだな……

 もし今後酒を飲まないっていうんならお年玉やってもいいぞ?」

 

「はい!もう飲みません!だからお年玉ちょーだい!」

 

周りが冷ややかな視線で隼鷹を見る。

 

(嘘だな)(嘘ね)(嘘でしょうね)

 

だが、周囲の予想を裏切って、提督はお年玉袋を差し出す。

 

「わかったわかった……ほら、お年玉」

 

「んもー、用意してあるじゃん。サンキュー提督!」

 

喜色満面で隼鷹も食堂を出て行く。

このやり取りで、さらに緊張が高まったのが二人。

 

(あれっ?隼鷹さんが貰えるなら……わ、私も貰っちゃってもいいのかしら……?)

 

隼鷹と年齢的がそう違わないように見える高雄が、そう思うのも無理はない。

チラッ、チラッと提督を見る。が、特に声をかけてくるようなこともない。

 

(ど、どうしよう……隼鷹さんみたいに自分からねだるのは……

 別にお金が欲しいわけじゃなくて、提督から何かを貰うのが嬉しいかな、と……

 あれ?でもアレよね、お年玉貰うってことは提督から子ども扱いされてるってこと?

 じゃあ貰わないほうがいいの?でも提督から貰うのは嬉しいし……

 ああああああどうすればいいのー!?)

 

頭を抱える高雄。

 

(高雄はどこか具合悪いのか)

 

提督がちょっと心配そうに見ているのだが、それにも気づかない。

 

(どうなんだ私は。あげる立場なのか貰う立場なのか、ますますわからなくなってきたぞ……)

 

長門は自分の立ち位置を決めかねて冷や汗を流していた。

 

(あれかな、駆逐艦たちにはあげて、提督からはもらう、とかはアリなのか……

 いやあげるとしたら隼鷹にもやらないとならんのか?

 それは……なんか違う気がするぞ……どうするべきなんだ……)

 

頭を抱える長門。

 

(……長門もか)

 

そして鳳翔は

 

(提督がお年玉を渡すだろうと予想して、提督の後から渡そうと準備はしていたのですが……

 吹雪ちゃんと潮ちゃんのお年玉は準備していましたが、ケイちゃんを忘れていましたね)

 

懐に忍ばせた2つのお年玉袋をそっと奥にしまう。

 

(確かに、あの子もお年玉を貰ってもよさそうですよね。

 提督があげたのに、私はあげないというわけにはいきません。

 ケイちゃんの分を用意して、改めて夕食の後にでも……

 でもいかにも提督が渡したのを見て思い出したみたいで体裁が悪いです。

 何かいい渡し方はないものでしょうか……?)

 

頭を抱える鳳翔。

 

(鳳翔さんまで!?)

 

頭を抱える3人を見て、自分も正月早々頭を抱えたくなる提督に

港湾棲姫―姫が声をかける。

 

「提督ー、私たちにお年玉はー?」

 

言われて我に返った提督が苦笑いを浮かべる。

 

「……あるぞ。正直、姫やセンちゃんには渡すとかえって失礼かなと思ったんだが

 まあ、よかったら受け取ってくれ。ほんの気持ちだがね」

 

「ありがとー!」「あ……ありが、とう……」

 

姫とセンちゃんが受け取ったお年玉を手に

何事か相談しながら食堂を後にする。

 

残ったのは提督と

頭を抱えていたものの、今のやり取りを見て呆気にとられた3人。

 

「あー……まあこの際だからぶっちゃけるけど

 皆の分もあるから……はい、取りに来て」

 

そう言って、提督がポケットから3つお年玉袋を取り出す。

 

「高雄はもうお年玉って感じじゃないけど、正月ぐらいはいいんじゃないか?」

 

「そうですね、ありがとうございます!」

 

「長門も、変に気を回さなくていいからな。部下を労うのは俺の役目だからさ。

 たまには俺に皆を労わせてくれよ?」

 

「そうだな……ありがたく頂戴しよう」

 

「鳳翔さんは、お年玉というよりはご祝儀かな?

 あ、鳳翔さんも、年少の子たちにお年玉とかあげなくていいですからね?

 普段、十分にあの子達によくしてあげてるんだし

 あまり子供に大金を持たせるのもアレなんで」

 

「ありがとうございます……ホント、お見通しですね」

 

こうして皆にお年玉が行き渡り、提督が1人食堂に残された。

 

(正直、この出費は痛い……が、悪い気分じゃないな)

 

冷めかけたお茶を飲み干すと、上機嫌で執務室に戻っていった。



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3話

今回は前編・後編に分かれます。
まずは前編から~。


ヒトマルマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「いや、環境の変化に慣れるまでは、だな……」

 

「だから、それはもう慣れましたって!」

 

珍しく言い争う長門と吹雪。

提督はオロオロしているだけで口を挟めない状態。

無線機の前の隼鷹と、ソファで読書中の高雄は困り顔。

 

事の発端は、朝礼の後のことだった。

 

吹雪は鎮守府設立のときから、ほとんどの期間を秘書艦として過ごした。

彼女が轟沈してからは、秘書艦は長門が勤めていたのだが

再生されて、大戦後の状況も把握できたから、と

吹雪が秘書艦に戻ると言い出したのだ。

 

長門としては、戦時中とはまた違った苦労のある

戦後の秘書艦をずっとやってきた自負もあり

そう簡単に秘書艦の座を明けわたす気になれなかった。

 

(ケッコンカッコカリもまだなんだし、せめて秘書艦でいないと

 司令官と一緒にいられる時間がなくなっちゃうよ!)

 

(指輪を貰っているのは私だけではないのだ。

 そう簡単に秘書艦というアドバンテージは譲れん!)

 

まあ本音はこんなところである。

 

「提督!」「司令官!」

 

二人が、最終的に決定権のある提督のほうに目を向ける。

そこには空っぽの椅子が残されていた。

 

「ん?」「あれ?」

 

キョロキョロする二人に隼鷹が呆れながら

 

「提督なら、さっきコソコソ出てったけどー?」

 

「なんですって!?」「何故それを早く言わん!」

 

「……なんで怒られなきゃなんないのよ。いいけどさー。

 あと、提督に決めてもらおうってのは無理だと思うよ?」

 

「何故だ?」「どうしてですか?」

 

パタン、と読んでいた本を閉じて、隼鷹に代わって高雄が答える。

 

「そういう、『どれかを選んで残りを切り捨てる』という決断は

 あの人苦手なんじゃないですか?

 だから4人もケッコンカッコカリしておきながら

 まだ誰にも……その、手を出されないのかな、と」

 

「そーゆーこと……なーんで4人まとめて面倒見るって発想にならないんかねー」

 

「ケ、ケッコンカッコカリは今はいいんです!

 今は秘書艦をどうするか、ということで!」

 

1人だけケッコンカッコカリをしていない吹雪が声を荒げたとき

執務室に鳳翔が入ってくる。

 

「あらあら、どうしたの吹雪ちゃん?そんな大声出して」

 

「あっ……あの、司令官と会いませんでしたか?」

 

「提督?……さあ、見かけてないけど……何かあったの?」

 

「実は……」

 

(事情説明中)

 

「そう、そんなことに……」

 

事情を聞いた鳳翔が、困ったわね、と首を傾けたあと

 

「それじゃ、何かゲームでもして決めましょうか?」

 

「は?」「はい?」「えー?」「ゲーム、ですかぁ!?」

 

「だって、決定権のある提督は雲隠れ。話し合いでは解決しない。

 となれば、何らかの勝負で決めるしかないでしょう?」

 

「……確かに、そうかもしれんが……どのような勝負で決めるのだ?」

 

「そうねえ……隼鷹さん、高雄さん、あなた達も秘書艦、やってみたい?」

 

「ほえ?」「わ、私ですか?」

 

急に話を振られた二人は、しばらく考えてから

 

「まあ……できれば、やってみたいかな」「私も……」

 

「これ以上競争相手増やさないでくださいよ……」

 

ぼやく吹雪をスルーして鳳翔が

 

「それでは!今から『提督探し』をしましょう!

 ルールは簡単、提督を最初に見つけた人が勝者です!」

 

「そんな子供の遊びで決めてしまってよいのだろうか……」

 

「確かに遊びですけれど、どれだけ提督のことを理解しているか、という

 秘書艦としての資質を確かめることにもなりますからね」

 

「なるほど……そういうもの、か……?」

 

上手く言いくるめられる長門。

 

「それじゃ、ちょっと構内放送で提督にもお知らせしましょう。

 うふふ、鬼ごっこなんて久しぶりだからちょっとドキドキするわね」

 

「え?……あの、鳳翔さんも……参加するんです、か?」

 

おずおずと問いかける吹雪に

 

「ええ、参加しますよ?私も秘書艦、やってみたいですもの」

 

(そうだった……)(この人……)(見た目より……)(お茶目さんでした!)

 

残った4人は、今、最強の敵が出現したことを理解した。

 

マイクを握った鳳翔が、嬉しそうな顔で語りかける。

 

「あ、あー、提督、聞こえますか?鳳翔です。

 今から、秘書艦の座をかけたゲームをすることになりました。

 皆で提督を探し、最初に提督を見つけた者が秘書艦になります。

 提督は鎮守府の敷地からは出ないでくださいね。

 あと、お手洗いなど中から鍵をかけられるところに篭るのもご遠慮ください。

 それでは、ヒトヒトマルマルにゲーム開始としますので

 それまでに上手く隠れてくださいね、提督。以上です」

 

こうして、鎮守府秘書艦の座を賭けた

「提督を探せ」ゲームが始まったのだった。 



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4話

前後編のつもりでしたが話が終わりませんでした。
とりあえず中篇?

前回のあらすじ:提督を探して秘書艦になろう!


ヒトヒトマルマル 鎮守府 場所は伏す

 

「くそっ……どうしてこうなった」

 

提督は息を整えながら小声で悪態をつく。

 

(いや……元はといえば、ちゃんと結論を出さなかった俺のせいか)

 

わかってはいるのだが

簡単に見つけられたくもないという妙な心理状態だった。

 

もちろん、隠れる場所を選ぶことで

ある程度は選んだ娘を秘書艦にすることはできる。

たとえば、野菜畑に隠れれば鳳翔に、酒保に隠れれば隼鷹に

トレーニング室なら長門に、といった具合だ。

 

(はあ……んなことするぐらいなら最初から指名するよな)

 

ならば誰にも見つからないような場所に、とこの場にやってきたのだが

 

(……誰も見つけられなかったらどうなるんだろう?)

 

ちょっと食べ物とか持ってくればよかったと思ったが、後の祭りだった。

 

 

同時刻 鎮守府 酒保

 

「いやー見つからないなー提督どこかなー」

 

棒読みな感じで声を上げながら酒蔵を漁っているのは隼鷹である。

 

「お、大吟醸霧島めーっけ!こんな所に隠れていたとはフヒヒヒヒ」

 

酒瓶を一本、懐にしまおうとしたところで、背後から声をかけられる。

 

「私が隠したんですけどね」

 

「!?」

 

「ときどき、在庫の数が合わなくなるので

 目に付かないところに仕舞ったつもりだったのですけど」

 

ギ、ギ、ギ、と音が聞こえそうな動作で隼鷹が振り返れば

 

「……ほ……鳳翔……さん?」

 

ニッコリと

顔だけ笑っている鳳翔がいた。

 

「探すのはお酒ではなくて提督ですよ?」

 

そう言うと、懐にしまいかけていた酒瓶を回収し、元の場所に戻す。

 

「これでよし。あと、所在が不明になっている在庫についてのお話は

 ゲームの後でうかがいますからね?」

 

そう言うと、ススーッと酒保を出て行く鳳翔。

 

残された隼鷹がうなだれてつぶやく。

 

「悪夢だ……」

 

 

同時刻(?) 鎮守府 厨房

 

「あっさりー、しーじみー、はーまぐーりさーん……は今はどうでもよくて」

 

吹雪は厨房に来ていた。

当日使用する食材を保管するためのスペースはかなり広い。

人一人隠れるには十分な広さがあり

食料があるここなら長時間隠れていても飢えることはない。

隠れるにはもってこいだと、あちこち探していたのだが

 

「あっ……三笠山だーっ!」

 

嬉しそうな声で吹雪が叫ぶ。

見つけたのはどら焼きの銘菓である三笠山。

 

(今日のおやつかな……どうしよう……一つなら今貰っちゃっても……)

 

一つを手にとってしばし考えていたが、思い直して元の場所に戻した。

 

パチパチパチパチ!

 

「うわぁっ!?」

 

突然の拍手の響きに振り返ると

そこには笑顔でこちらを見ている鳳翔がいた。

 

「あ、あの、えと……」

 

「えらいわ吹雪ちゃん!今ちょっとダメな方を見てきちゃったから余計に感激よ!」

 

「ダメなほう?」

 

「誘惑に打ち勝った吹雪ちゃんには、私から特別にこれをあげるわね」

 

そう言って、鳳翔が吹雪に小さな包みを渡す。

 

「あっ、カステラだーっ!うわーっ、ありがとうございますー!」

 

「どういたしまして。それじゃ、私は次の場所に行くけど

 引き続き頑張ってね!」

 

「はい!」

 

鳳翔が去ったあと、カステラをパクつきながら吹雪は思う。

 

(次の場所、ってなんだろう?)

 

 

同時刻(??) 鎮守府 図書室

 

(書架が沢山あるので隠れやすいと思ったんですけど……)

 

書架の間をウロウロする高雄。

 

(隠れやすいって事は探しにくいって事ですものね)

 

はあ、とため息をついて何となく本の背表紙を眺める。

 

(やっぱり戦史系が多いわね……あら?……これは?)

 

書架の一角、一番上の段に

背表紙に何も書かれていない一群の本があった。

一冊を手に取ってみる。

タイトルは「宇佐美総受け」となっている。作者は「オータムクラウド」。

パラパラとページをめくる。

 

(こっ……これはっ!?……これはぁっ……!!)

 

見る見るうちに顔を真っ赤にしながらも

ページを繰る手を止められない高雄の肩に

 

「それ以上、いけない」

 

という声とともに、ポンと手が置かれる。

ビクッとして手をかけた人に恐る恐る高雄が目をやれば

ハァハァと息を荒げている鳳翔だった。

 

「え?鳳翔さん?……あ、あの……

 こ、これは、私たまたま見つけちゃっただけですね!?」

 

「ええ、わかっています。とりあえず、回収しますね」

 

高雄の手から読みかけの本を取り

書架からもゴソッと一角の本を抜き取ると

それらの本を抱え、そそくさと鳳翔は図書室を出ていった。

 

(回収……?没収じゃなくて、回収……?っていうことは……)

 

しばらく考えた後

 

(見なかったことにしよう)

 

賢明な判断をする高雄であった。



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5話

後編!後編です!秘書艦決定ゲーム、決着!

あらすじ:もうゲームになってなくね?


同時刻(!?) 鎮守府 トレーニング室

 

「ど、どうした鳳翔さん!?そんなに息を切らして、何があった!?」

 

様々なトレーニング器具の置かれた室内。

誰を探すでもなくぽつねんとしていた長門の元に、勢い込んで鳳翔がやってきた。

まるで一人で中部海域を回っていたような疲れ方である。

 

「いえ……よく考えたら……ここには急ぐ必要……なかったです……」

 

「?よくわからんが……提督はまだ見つかっていないのだな」

 

「ええ、たぶん……簡単には見つからない場所にいらっしゃるのでしょう」

 

それを聞くと、長門はプレス台に腰を下ろした。

 

「長門さんは、提督を探さないのですか?」

 

「ん?……ああ、つまらん意地を張ってしまったが

 冷静になって考えてみれば、私よりは吹雪や、それこそ貴女のほうが適任だ。

 鎮守府のことを考えれば、私は降りるべきなのかな、と思ってな」

 

そう言って、長門が寂しそうに苦笑いを浮かべる。

 

「いいんですか、それで?」

 

「ああ。鳳翔さんのほうはどうなのだ?

 あまり提督を探しているようにも見えないが」

 

「実を言うと、おさんどんや畑仕事で手一杯で

 秘書艦の仕事までは流石に無理なんですよね。

 そんな感じで、他の皆はどうかな、と様子を見て回ってるというところです」

 

「なるほど。さて……どうなることやら」

 

 

ヒトヒトサンマル 鎮守府 作戦司令室前

 

抜き足、差し足、忍び足。

油断なく辺りを窺いながら、ソロソロと歩く怪しい人影……

 

いや、怪しくはない。提督だった。

 

(とりあえず、何か食べ物と飲み物を調達せねば)

 

どこに向かうかと考えているその背中に

 

「あのー」

 

「うあひゃいぉおぅっ!?う、後ろっ!?」

 

変な声をあげて飛び上がる提督に、声をかけたほうも驚かされる。

 

「ひゃあ!?……う、後ろじゃなくて潮ですっ!」

 

「……あー……すっげえビックリした」

 

「そんなに驚かせちゃいましたか……すいません、哨戒任務が終わったので

 ご報告しようと執務室にうかがったんですけど、誰もいなくて

 ひょっとして提督はここかなーと思って来てみたんですけど」

 

どうも探しているにしても皆と理由が違うようだ。

 

「?……潮が哨戒に出たのって、何時?」

 

「えと、マルキュウサンマル、です」

 

「じゃあ今の騒動は知らないのか……」

 

「騒動?何かあったんですか?」

 

「うん、まあ……とりあえず、司令室に戻ろう」

 

二人で作戦司令室に入ると、おもむろに提督が尋ねる。

 

「潮、秘書艦をやってみる気はないかな?」

 

「え……ええーっ!?ひ、秘書艦、ですか?あの、長門さん、どうかしたんですか?」

 

「そういうわけじゃないんだが……実はかくかくしかじかで」

 

事情を説明すると

 

「なるほど。私でも……お役に立てるのでしょうか?」

 

「まあ覚えなきゃならないことはちょっとはあるが

 そう難しいことでもないよ。何より、いい経験になると思う」

 

「経験、ですか……あっ、それなら!」

 

何か思いついたように、潮が目を輝かせた。

 

 

ヒトフタマルマル 鎮守府 敷地内全域

 

『あー、あー。こちら宇佐美。秘書艦は決定した。

 繰り返す、秘書艦は決定した。総員、作戦司令室に集合。

 深海棲艦の3人も来るように」

 

厨房で

 

「いつの間に!?と、とりあえずカステラ食べちゃわなきゃ(ムグムグ)」

 

酒保で

 

「あー、見つけて秘書艦になって酒の件をうやむやにしたかったのにー!」

 

図書室で

 

「もう1冊ぐらい残ってないかなと思って探してたのに……」

 

トレーニング室で

 

「おや、誰が見つけたのかな」「……意外な人かもしれませんよ」

 

それぞれが作戦司令室に向かう。

 

「何故私たちまで……」「秘書艦とか、私たち関係ないわよね?「でも、パパの秘書とかやってみたいかも」

 

深海棲艦の3人もやってきて、ほぼ全員が作戦司令室の前に揃う。

 

「ん?……なんだ、皆ここにいる……あっ!」

 

長門が顔ぶれを見て、潮だけがいないことに気づく。

 

「あら……そういえば、潮ちゃんはゲーム開始より前に哨戒に出ちゃってましたね」

 

「探している人には見つからず、探していない人が見つけたわけか……

 皮肉なものだな。とりあえず、入ろうか」

 

ゾロゾロと中に入っていく面子を出迎えたのは

提督とニコニコしている潮だった。

提督が咳払いをしてから口を開く。

 

「あー……もうわかったと思うが、俺を最初に見つけたのは潮だ」

 

「はい!提督を発見しちゃいました!」

 

「で、秘書艦の権利は潮にあるわけだが、その潮からの提案だ。

 秘書艦は全員で1日交代の当番制とする!……これで、どうかな?」

 

「全員で……」「1日交代の……」「当番制?」

 

皆が顔を見合わせ、少ししてからクスクスと笑い出す。

 

「そうだな……最初からそうすればよかったのだ。何故思いつかなかったのかな?」

 

苦笑いする長門に、提督も苦笑いで答える。

 

「まったくな。ちなみに、深海組の3人にもやってもらうからな」

 

「え、私たちも?……できる、かな?」

 

少しためらいがちな姫に提督が微笑む。

 

「何、わからないところは俺なり誰かに聞けばなんとかなるさ。

 これもいい経験になると思うよ……っていうのは、潮の受け売りだけどね」

 

そう。経験になるのなら、皆で平等に。そして人間社会での経験を特に必要とする

深海棲艦の3人にもやらせてあげたい、というのが潮の考えだった。

 

「これで一件落着ですね!……ところで、提督はどこにお隠れになっていたのですか?

 ここは一度チェックしたんですけど、その時には見つからなかったのですが……」

 

高雄の問いかけに、気が緩んだのか提督がつい口を滑らせる。

 

「ああ、ここの俺の席の後ろに隠し部屋……とかはないからね!」

 

「それは初耳だな」「私も知りませんでした」「で、そこには何があるのさ?」

 

「ない!何もないの!ホント何もないから!って吹雪開けるな!」

 

「わ、ホントにここ、開くようになってます」

 

「うん開くから!開くのわかったからもういいだろ入らないで!!」

 

提督の悲鳴を無視して皆が中を覗き、入っていく。

部屋には小さなテーブルと椅子、ベッド。

そして片隅には積み重ねられた本の山。

 

「これは……?」

 

吹雪が本の山から一冊手にとって、パラとめくって

 

「!?」

 

顔を真っ赤にして投げ捨てた。

 

その後、しばらくの間提督は「エロウサギ」と呼ばれることになった。

 

「なんでこんな中学生の頃みたいな経験を

 この年になってまたしなければばならんのだ……」



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6話

また続き物です。
どれくらいの長さになるかわからないので前編とか言わない。


ヒトヨンマルマル 鎮守府 サロン

 

「はーい、今回の郵便物でーす。各自取りにきてくださーい」

 

高雄が郵便物の束をテーブルに広げる。

離れ小島にあるこの鎮守府では

郵便物は週に一度の定期便でまとめて送られてくるのだ。

 

「あ、雪風ちゃんからだ」「あら、妙高さんからも」

 

これまでこの鎮守府に在籍していた艦娘たちや

 

「やりました!佐世保で、愛宕が再建造されました!」

 

「おー、おめでとう。どうだ高雄、佐世保ならそう遠くないし、会いにいったら?」

 

「あ、ありがとうございます提督!ちょっとスケジュール確認しますね!」

 

姉妹艦が再建造された報せなどが届き、喜びの声でにぎやいでいた。

 

「提督、司令本部からも来てるぞ」

 

長門が一通の封筒を提督に差し出す。

 

「ああ、どうせしょうもない通知だろ。まったく、普通郵便で送るなっての。

 あれ、まだ俺宛てが……」

 

提督が一つの封筒を手に取り

差出人を確かめようと裏返す。

 

「あ、実家から手紙だ」

 

「ほう。そういえば、お母上はご健在なのだな」

 

「ああ、うん、そのオフクロから。

 まあこれは後で部屋で見るわ。とりあえず、司令本部のヤツを、と」

 

そそくさと実家からの手紙をポケットにしまい

司令本部からの封書を開く。

と、パァッとその表情が明るくなった。

 

「やった!皆、建造許可が出たぞ!」

 

皆がオオーッと歓声をあげた。

 

戦時中、艦娘の建造は、各鎮守府の判断で

資源が許す限り自由に行われていた。

もちろん、事後承諾のようなかたちで政府の認可も得ていたが

深海棲艦に唯一対抗できる艦娘の建造について

その管理運用を任されていた鎮守府に意見をするものもいなかったのである。

 

しかし、戦争が終わり状況は変わった。

 

吹雪たちが慰霊碑建立のさいに突発的に建造されたのは例外として

それ以降の艦娘建造は、政府により厳しく管理されることになったのである。

戦いが終わったのに、兵器である艦娘を増産する理由はさしてなく

他国との軍事力バランスを考えればそうそう建造はできない。

さらに、資源もまだ潤沢とはいえない現状では

建造を制限されるのもやむをえないことで

以前のように鎮守府が独断で艦娘を建造することはできなくなっていたのだ。

 

また、宇佐美の鎮守府は他の鎮守府に比べて艦娘が多く

所属艦娘の少ない鎮守府に優先的に建造の許可が下りていたため

吹雪のあと、これが最初の建造許可だった。

 

「それで、どんだけ使っていいの!?」

 

隼鷹が勢い込んで尋ねる。

どれだけ使うか、というのは建造の際にどれだけ資源を使うか、ということだ。

空母や戦艦といった大型艦は、ある程度の資源を投入しないと建造できない。

 

提督が書面を読み進め、ちょっと落胆して

 

「えーと……ああ、うん……オール30で」

 

ああ~、というため息が周囲から漏れる。

許可された資源量は、最低水準のものだった。

もちろん、これでは空母や戦艦は建造できない。

 

「あ、でも私はちょっと嬉しいかな」

 

吹雪が落胆する皆を励ますかのように笑顔を見せる。

 

「そうですね、駆逐艦仲間が増えるかも、ですね」

 

潮の言うように、最低水準の資源量で製造されるのは

駆逐艦であることが多いのだ。

 

「とりあえず、工廠行ってみるか!善は急げって言うしな!」

 

「はいっ!」

 

皆がそろって工廠に向かった。

 

 

ヒトヨンサンマル 鎮守府 工廠

 

「こいつを動かすのも久しぶりな気がする……」

 

提督が建造ドックの操作パネルの前に立ち

感慨深げに巨大な機械を見上げてからパネルを操作し始める。

 

「オール30、と……よし、建造……開始!」

 

ごぅん、という始動音の後、機械が唸りを上げ始め

 

「建造時間は?」

 

すぐにパネル上の表示板を見上げると

 

01:22:00

 

「お、やった。夕張だ」

 

オール30の最低限の資源量でも

一部の軽巡洋艦が建造されることがある。

中でも、1時間22分という建造時間は軽巡夕張だけのものだった。

 

「夕張さんとなら、遠征任務のバリエーションが増やせますね!」

 

「うん、これで海上護衛任務もできるようになるよ!」

 

吹雪と潮は嬉しそうだ。

遠征には艦隊の中に軽巡を組み込む必要がある任務が多く

今まで軽巡が不在だったこの鎮守府としては夕張の建造はラッキーといえる。

 

「メロンちゃんかー。また装備の整備、頼めるなー」

 

ニヒヒと笑う隼鷹を提督がジロリと彼女を睨んで

 

「こら、あまりアイツに仕事押し付けるなよ?」

 

「いいじゃん、本人が喜んでたんだし」

 

夕張は軽巡洋艦でありながら

趣味で装備の整備や改造をしていた。

工作艦である明石ほどではないにしても

彼女の働きは宇佐美の鎮守府で大いに役立っていたのだ。

 

「……また変な改造されても知らんぞ」

 

そう、問題があるとすれば

ときおり妙な改造を装備に施すところか。

 

「そういえば長門、あの『連装砲さん』ってのはどうなったんだ?」

 

「いちおう、完成して装備倉庫にしまってある。あまりアレは使いたくなくてな」

 

「あ、『連装砲さん』って、夕張さんが作ったっていう

 島風ちゃんの『連装砲ちゃん』みたいなのでしたっけ?」

 

吹雪の問いかけに、提督が思い出しながら答える。

 

「確か、半自律式砲塔の41cm連装砲バージョンだったな。

 便利そうだと思って許可したんだが、長門はなんで使わないんだ?」

 

「いや……私よりデカくてゴツイし

 そのゴツイのが、図体がデカイせいか

 いつもすぐそばで息をハァハァしてるんだ……」

 

「それは、ちょっと……いや、かなりイヤだな。ていうか、息してるのかアレ」

 

「おまけに、砲撃のときに『あぁん三式弾出ちゃう~!』とか

 『もうらめえぇぇ撃っちゃうぅ!」とか言うんだ……」

 

「廃棄しろよそんなの!?」

 

「そう思ったんだが、半自律式のせいか廃棄しようとすると逃げられてしまってな」

 

「……ろくでもなさすぎる」

 

「提督ー、高速建造使わないー?待ってるのダルイー」

 

もう飽きたのか隼鷹が催促を始めた。

 

「またお前は……まあいいか、皆待たせてもしょうがないしな。

 よし、高速建造……開始!」



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7話

夕張編、続きです。


「はーい、お待たせ!兵装実験軽巡、夕張、到着いた……あれっ?

 提督どうしたの頭の毛真っ白じゃん!?あっ、目も真っ赤!?何、病気!?死ぬの!?」

 

「……病気じゃないし、死なない。相変わらずだな、夕張。おかえり」

 

建造ドックから出てくるなり騒がしい夕張を皆が出迎える。

 

「おかえりバリー」「メロンちゃんおかえりー」

 

「あ、うん、ただいまー!で、提督のこの様子はいったい?病気じゃないならイメチェン?」

 

「どんなテーマでのイメチェンだよ」

 

とりあえず照れながらも提督が事情を話すと

感激したのか、夕張はちょっと目を潤ませる。

 

「……そっかー。それだけ、私たちのこと想っててくれたってことだよね」

 

「まあ、そういうことになるのかな」

 

なおも照れる提督の手をガッシと夕張が握る。

 

「じゃ、治そう?」

 

「……は?」

 

「私も、明石ほどじゃないけど、ちょっとは修理できるから、ね?色々試してみても、いいかしら?」

 

「いいかしら?じゃねえよ!俺で実験しようとするな!」

 

「遠慮しなくていいのよ?」

 

「遠慮とかじゃねえよ!だいたい俺、艦娘じゃないからね!?キミには治せないからね!?」

 

「やってみなくちゃわからないじゃない!」

 

「わかるよ!修理とか言ってる時点でアウトだよ!」

 

「でも、明石だって『提督を修理したい』って言ってたわよ?」

 

「ああもう、ああ言えばこう言うし!」

 

ギャアギャアとうるさい二人に高雄がおずおずと近づく。

 

「あのー……記念写真とか撮ろうと思うんですけど、どうしましょう?」

 

「あ?ああ、そうだな……じゃあ夕張、隣に」

 

「はーい」

 

夕張がピタッと提督の横に張り付いたところで、パシャリとシャッター音が響く。

 

「えへへー」

 

嬉しそうな夕張に提督が

 

「じゃ、今の状況を説明しておくから、一緒に執務室に来てくれ。

 そのあと、ここの案内を吹雪に頼む」

 

「え?ここ鹿屋基地じゃないの?」

 

「そういうことも含めて、今から説明するよ」

 

こうして、軽巡夕張の新たな日々が始まったのだった。

 

 

およそ1ヵ月後 ヒトマルマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「なんなんですか、こそこそメモで呼び出したりして」

 

朝食のあと、提督がこっそり夕張に握らせたメモ。

そこには、誰にも告げずこの時間に執務室に来て欲しいと書かれていた。

不審に思いながらもやってきた執務室には、今日の当番の秘書艦の潮も、通信担当の隼鷹もいない。

提督と二人っきりである。

 

「……は!?まさか告白!?」

 

「何をだよ……まあある意味告白もするんだが。

 実は、お前が再建造された日に、俺宛てに実家から手紙が来ていてな」

 

「ご実家から?」

 

白髪頭をボリボリと掻きながらボソッとつぶやくように提督が答える。

 

「俺に……見合いをしろっていうんだよ」

 

「へー……お見合い……」

 

提督の答えをしばらく反芻した後

 

「ええええええぇっ!?お見合いって、あの、二人でやる合コンみたいなアレ!?」

 

ビックリするのがちょっと遅い。

 

「なんかお前の考えてるお見合いはちょっと違うかもしれないが

 結婚を前提にしたお付き合いをするかどうか、男女が互いを面接するようなアレだ」

 

「……オワタ。この鎮守府オワタ。こんなに提督LOVE勢ばっかなのに

 肝心の提督が他所の女とお見合いとか、マジオワタ……」

 

「いやもちろん断ったんだけどな?

 ただ、特に理由もなく断れない相手だったんで

 もうすでに将来を誓い合った恋人がいる、ってことにしたんだよ」

 

夕張は少し後ずさる。

 

「……なんだかすごくイヤな予感がするんですけど?」

 

「そしたら、相手の写真を送れっていうもんだから……

 その……お前の写真を送っちゃったんだよ。

 ほら、再建造のときに並んで撮ったアレ」

 

「なんで私の写真!?」

 

「他に適当な写真がなかったんだよ。たまたま、撮ったばかりのお前の写真が手元にあったし。

 で、写真を送ったら今度は……ここに会いに来るって言うんだ」

 

「会いに来るって……誰が?」

 

「オフクロが」

 

「……誰に?」

 

「お前に」

 

少しの間、夕張は考え込むようにうつむいて

そして顔を上げて、爆発した。

 

「なんで……なんでそんな嘘つくんですかあああぁぁぁ!!」

 

「いやわざわざ会いに来るとは思わなかったんだよ!」

 

「アレですか!?こう、事情があって恋人の演技を始めた二人が

 次第に惹かれあって本当の恋人になっちゃうとかいう

 お約束な展開がご希望なんですか!?ご希望なんですかッ!?」

 

「別にお前とそういう展開は希望はしてない!」

 

「ほらお約束!最初は二人ともツンなんですよ!

 デレませんよ!?私はデレませんよ!?」

 

うー、と唸りながら提督を睨みつける夕張に

ため息をつきながらも提督が話を続ける。

 

「はぁ……まあそういうわけで、オフクロが来てる間だけ

 俺と恋人のフリしてくれないか?別にデレなくていいから」

 

夕張も少し落ち着きを取り戻した。

 

「もう諦めて、お母様に本当のコト言っちゃったほうがいいんじゃないですか?」

 

「それだと俺の命がアブナイ」

 

提督が少し青ざめたのを見て

夕張も冗談ではないと気づく。

 

「……そんなおっかない人なんですか?」

 

「一度、戦争初期に俺の住んでる港街に深海棲艦が攻め込んできたとき

 陸から竹槍を投げて、100メートル先の深海棲艦を沈めたことがある」

 

「ナニソレコワイ。そんな人間大砲みたいな人なら

 本格的に深海棲艦と戦ってもよかったんじゃ?」

 

「船酔いするから陸からでないとダメなんだと。

 まあ人間大砲の的になりたくなかったら協力してほしいんだが」

 

「私も的にされるの!?」

 

「今のところ、お前も共犯だぞ?」

 

「酷い話ね……しょうがないなぁ、もう。

 それで?いつ来るんですかお母様?」

 

提督が頭を抱え、つぶやく。

 

「……明後日」

 

「早すぎるわよォ!?」




もうちょっと続きますよ。


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8話

夕張編の第3回。
まだ終わらないよ!


フタマルマルマル 鎮守府 サロン

 

夕食後、夕張によってサロンに艦娘と深海棲艦が集められる。

事情を説明するのに女子だけのほうがいい、という夕張の意見で提督はいない。

 

「……というわけで、私と提督が恋仲っていうお芝居に協力してもらいたいの」

 

皆の顔色をうかがいながら夕張が結論を述べる。

艦娘はほぼ全員、ムスッとして黙っている。

提督がいれば文句の一つも言いたいところなのだろう。

しばらくして、長門が切り出す。

 

「事情はわかった。不本意ではあるが、仕方あるまい。皆はどうだ?」

 

「まあ……仕方がありませんね」

 

ため息をついて鳳翔が賛同し、皆もうなずく。

 

港湾棲姫―姫が手を上げる。

 

「ゴメン、そのお見合いというのがよくわからないんだけど」

 

深海棲艦には説明不足だったかと夕張が捕捉しようとする。

 

「あ、そうか……えっと、合コンってわかる?……わけないか」

 

「あ、合コンならわかるわよ?」

 

「わかるんだ?えっと、二人でやる合コンみたいな?」

 

「それってデートじゃないの?」

 

「段取りつけるのが親だったりするからちょっと違うかも?」

 

「ふーん……で、お見合いすると最終的には提督は

 その相手の女と結婚しちゃうわけね」

 

「まあ……そうなる確率が高い、かな」

 

「じゃあ私も協力するわ。提督がこの中の誰かを選ぶならともかく

 他所の女に取られるのはイヤだもの」

 

全員がウンウンとうなずき、ホッとした夕張が

 

「それじゃ、細かい段取りとかちょっと話していきましょ!」

 

 

2日後 ヒトフタマルマル 鎮守府 桟橋

 

鎮守府への補給をする定期便船とは別に

一隻の水中翼船がやってきていた。

 

「……提督のお母さんって、ひょっとしてすごくエライ人なんですか?」

 

迎えに出ていた提督に、供をしている夕張が尋ね

苦虫を噛み潰したような顔で提督が答える。

 

「民間人なんだけど、親父も爺さんも軍人だったし

 オフクロの家も軍人の家系だからけっこう顔はきく……らしいんだが

 まさか船一隻チャーターさせるとは思わなかった」

 

「あ、降りてくるみた……ええええっ!?」

 

「どうした……何ィッ!?」

 

降りてきたのは病人を搬送するキャスター付のストレッチャー。

そこには和服姿の年配の女性が横たわっていた。

 

「あれ、お母様なの!?」

 

「そうだけど……まさか病身でやってきたのか!?」

 

二人が思わず駆け寄って

 

「どうしたんですか!?」「いったい何が!?」

 

と尋ねると、付き添っていた乗員が苦笑いを浮かべ

 

「いや、まあ……船酔いをされまして」

 

それを聞いて提督も夕張もガクーンと脱力する。

 

「このまま、ストレッチャーはお使いください。

 次の定期便に乗せてお返しいただければ結構ですので。

 では、私はこれで」

 

「……どうもすみませんでした」

 

階級的には提督のほうがかなり上なのだが

私事ということもあって深々と頭を下げる。

 

と、横たわっていた女性が少し眼を開けて

 

「ああ……忠孝?……ごめんなさい、やっぱり船はダメ……だったわ」

 

青ざめた顔で力なく笑う。

 

「母さん……船弱いのわかってるんだから、わざわざ来なくても」

 

「……そんなわけにはいきませんよ……ああ、貴女が……夕張さん?」

 

そばに控えていた夕張に気づき、顔を向ける。

 

「は、はい!」

 

「よかった……死ぬ前に、貴女の顔が見れて……」

 

「いや母さん死なないよね!?いまだかつて船酔いで死んだ人っていないよ!?」

 

「じゃあ……私が第一号、ね……ギネスブックに載るかしら?」

 

顔を見合わせる二人。

 

(……大丈夫そうだな)

 

(……そうね)

 

「さあ、夕張さん……もっとよく顔を見せて……?」

 

「はい……おそばにいますよ」

 

近寄って手をとった夕張の顔を、もっと良く見ようと上体を少し起こして

 

「ああ……あの忠孝が、こんな……可愛い……うぉっぷ!」

 

「え?……ギャー!?」

 

取り合った手の上に盛大に戻した。

 

「うわ、ちょ……あ、吹雪、バケツ!バケツ持ってきて!」

 

提督が近くで入港手続きをしていた吹雪に叫ぶ。

 

「え、バケツですか?わ、わかりました!」

 

提督が母親の背中をさすっていると、すぐに吹雪が戻ってくる。

 

「持ってきましたー!」

 

その手には、高速修復材の入ったバケツ。

 

「違う!そのバケツじゃない!いやバケツはバケツだけどもその中身はいらん!」

 

吹雪は重いバケツを揺らしながらなおも走りより

 

「ええっ!?でもバケツって言ったらったったったひゃあ!?」

 

転んだ。

転んだ拍子に吹雪がバケツを放り出す。

バケツが宙を舞う。

 

ガィン!

 

「ぐあっ!?」

 

バケツは提督に。

 

バシャーッ!

 

「ひゃあ!?」

 

中身は夕張に。

 

「うわわわわわ、ご、ごめんなさーい!」

 

起き上がってワタワタしながら詫びる吹雪。

 

「ああ、うん、まあ……洗い流せたから、いいわ」

 

夕張は高速修復材でびしょ濡れになったまま引きつった笑いを浮かべる。

 

「っ痛ー……とりあえず、ほら、母さん、バケツ」

 

提督が頭をさすりながら母親にバケツを差し出すが

 

「あ……ちょっと楽になったわ。もう大丈夫よ」

 

「ソウデスカ」

 

「ま、まあ、とにかく……鎮守府へようこそ?」




そしてまだ続く……


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9話

夕張編、まだ続きます。
今回は特にギャグなし。


ヒトサンマルマル 鎮守府 食堂

 

先ほどまで船酔いでぐったりしていたとは思えないほど

旺盛な食欲を見せて昼食を平らげた宇佐美の母。

一緒に食事を取った提督も、母親の回復具合に呆れていた。

 

「ごちそうさまでした。軍隊の食事というから、もっとこう、雑?な物を想像していたのですけれど

 意外に家庭的な料理でビックリしたわ」

 

そう言って、そばに控えていた鳳翔に目を向ける。

 

「お粗末様でした。お口に合いましたでしょうか?」

 

「ええ、どれも美味しかったわ。貴女がいつもお料理をなさってるの?」

 

「はい、だいたい私がお世話させていただいています」

 

「そう。忠孝は好き嫌いが多くて大変でしょう?」

 

「えっ?……いえ、何でも残さずよく食べていただいていますが……?」

 

「あらそう?いい年をして、やれほうれん草は青臭くてイヤだの

 やれサトイモはヌメヌメして気持ち悪いだのと、家ではもう我がままばかり……」

 

提督が慌てて母親の言葉をさえぎる。

 

「ちょ、母さんやめてくれよ」

 

が、鳳翔は今まで自分の出した献立を思い返してうなだれる。

 

「そ……そうだったんです、か?……お嫌いなものがあるとは知らず……」

 

「いや、軍に入れば好き嫌いとか言ってられないから!

 そう、克服したから大丈夫!鳳翔さんの作るものは何でも美味しいから!」

 

「あらあら。できれば、家にいるときに克服してもらいたかったわねぇ」

 

必死にフォローを入れる提督に、すまし顔で皮肉を言う母。

 

「でも、そうやって『何でも美味しい』なんて言うところをみると

 忠孝はよほどこちらの……鳳翔さんを、お気に入りなのね?」

 

「え!?……いやまあ……それは、長い付き合いだし」

 

頬を染めて恐縮する鳳翔と提督を笑顔で見つめる。

 

と、食堂に長門が入ってくる。

 

「失礼する。お母上はもう昼食はおすみだろうか?」

 

「ああ、今すんだところだよ」

 

「それでは、いちおう我が鎮守府のメンバーの

 自己紹介をさせていただこうと思うのだが」

 

「ああ、そうだな……正式に自己紹介したのは夕張だけだし、いいんじゃないか?」

 

「では……全員、入室して整列!」

 

長門の号令一下、艦娘たちが入室し横一列になる。

深海棲艦たちも入ってきて、艦娘たちの後ろに並んだ。

 

「ではまず私から。戦艦、長門です。艦隊旗艦を勤めさせていただいております」

 

「まあ!貴女があの、戦艦長門なの?」

 

「はい。私をご存知でいらっしゃいましたか?」

 

「もちろんよ。『陸奥と長門は日本の誇り』の長門でしょう?」

 

「それを言われますと面映いのですが、その長門です。

 しかし、失礼ながらお母上様の年代では、もうその言い方はされていないでしょう?」

 

「私の家は、代々海軍軍人の家系なの。父も祖父も、船乗りだったのよ。

 貴女のことは、祖父からよく聞かされたわ。

 とても美しく、見ているだけで誇らしくなる素晴らしい船だった、とね」

 

長門は顔を赤らめながらも嬉しそうだ。

 

「……恐縮です」

 

「こうして、実物……というか本人に会えるとは夢にも思いませんでした。

 貴女のような頼りがいのある人がいれば安心ね。

 これからも、忠孝を支えてやってくださいね」

 

こうして、一人一人が自己紹介をするたびに

それぞれの特徴や経歴を挙げては褒め称え、激励していく。

ただ最後に自己紹介をした夕張だけは

提督の嫁候補として、この後も話を続けるつもりなのか

ほとんど何も言われずに終わった。

 

「……母さんがこんなに軍船に詳しいとは知らなかったよ」

 

「何を言ってるのです。この艦娘の方々を指揮する海軍提督の母ですよ私は。

 これぐらい知らなくてどうします。それで、後ろの方々が……深海棲艦なのね?」

 

「ああ、うん……いちおう、この鎮守府で身元預かりというかたちをとってる」

 

わずかに提督の顔がこわばる。

 

「そう」

 

短くうなずいて、立ち上がり、深海棲艦のほうに歩み寄り

港湾棲姫の手を握った。

 

「今は大変でしょうけれど、腐らずに、ね」

 

「はい!提督にも、とても良くしてもらってるので大丈夫です!」

 

「そう、忠孝と、仲良くしてやってくださいね」

 

深海棲艦が民間人と接触することはほとんどないし

その情報も一般には知られていない。

姫や鬼クラスのものは人に近い、とはいえ、その姿はやはり異形だ。

 

提督も、まさか近くに寄って、手をとって話をするというのは想像していなかったのだが

その豪胆な人柄を思い出して、いらぬ心配だったと苦笑いする。

 

「さあ、自己紹介もすんだことだし、皆はそろそろ午後のスケジュールに戻ってくれ!」

 

「あら、もうおしまい?……よかったら、夕張さんは残っていただけないかしら?

 ちょっとお話したいことがあるの」



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10話

夕張編、今回は少し短めでしんみりです。


ヒトヨンマルマル 鎮守府 提督私室

 

夕張と話をしたいという母を

自分の私室まで夕張と連れてきた提督。

母親と夕張にはテーブルを挟んだ椅子を勧め

自分はベッドに腰をおろす。

夕張がお茶の用意をして一息ついたところで

 

「で、話って何?」

 

「そうね……単刀直入にうかがいますけど

 夕張さん、夜の生活はうまくいってる?」

 

「ブフッ!?」

 

単刀直入にしてもあまりにいきなりで

思わずむせる提督と夕張。

呆れながらも提督がたしなめる。

 

「……その前にもうちょっと訊くこととかあるだろ」

 

「そんなね、貴方も夕張さんも子供じゃないんだし

 恋仲の男と女が一つ屋根の下で暮らしていて

 行くとこまで行ってないわけないでしょ、ねえ?」

 

「はあ……いや、まあ」

 

困惑気味に否定とも肯定ともとれる生返事を返す夕張。

 

「問題は、相性ですよ、相性。

 どんなに好きあっていても、カラダの相性が悪いと

 ギクシャクしてきちゃうものなのよ。で、どうなの?」

 

どう返すべきか、答えに窮した夕張がチラと提督を見る。

半ば自棄になって提督が

 

「いや上手くいってるから!もう俺たち毎晩ハッスルだからね!」

 

「お前には聞いてませんよ。

 まあでも、その様子なら安心ね。

 これなら、孫の顔が見られる日もそう遠くないでしょ」

 

と、一口お茶をすすってから

それまでよりも真顔になって

 

「話は変わるのだけど……忠孝、私の実家の姓を覚えていて?」

 

いきなり変わった話題に、提督が記憶を掘り起こす。

 

「母さんの実家?……奈良、だよね?」

 

「え……?」

 

提督の答えに、夕張が目を見張る。

 

「そう。そして、私の祖父は奈良孝雄です」

 

ソファから立ち上がる夕張。

 

「そ、それって、、もしかして……?」

 

「覚えていてくださったのね。

 私の祖父が、貴女が艦だったときの、最後の艦長の奈良孝雄です」

 

「そうだったの!?」

 

提督は驚きのあまり立ち上がり、母親と夕張の顔を交互に見る。

 

「お祖父さんも海軍軍人だったことは何度も話してるでしょう?」

 

「いやそれは聞いてたけど……まさか実艦の夕張の艦長だったとは聞いてないよ」

 

「そうね……そこまで話す機会もありませんでしたからね。

 でも、今度の件でどうしても会ってみたくなってねぇ……」

 

夕張がうつむき加減になって尋ねる。

 

「あの……私が沈んだ後、艦長はどうなったのでしょう?」

 

「無事に日本に帰り、航空学校勤務になって……

 そのまま、また船に乗ることはなく終戦を迎えたそうです。

 長門さんにも言いましたが、祖父は私によく船の話をしてくれました。

 中でも……貴女の話を、一番よくしてくれました……」

 

遠い昔を懐かしむように、中空に視線を向ける。

 

「小さな体に、工夫を重ねて精一杯の装備を載せて、大きな船に立ち向かった。

 まるで、当時の日本のような船だったと、貴女のことを自慢げに語っていました」

 

ついで夕張の顔を正面から見つめる。

 

「そして、あなたを沈めてしまったことを、とても悔やんでいました。

 なんとかして連れて帰ってやりたかったけれど

 それもかなわず、沈めることになってしまって

 『実の娘を海に置き去りにしてしまったような気持ち』だったそうよ」

 

ドスン、と崩れるようにまたソファに腰を下ろし

夕張は両手で顔を覆う。

その隙間から涙が伝い、落ちる。

 

「……貴女と忠孝の事を聞いて、どうしても直接会って

 この祖父の思いを、貴女に伝えたかった。

 そして、忠孝に、この不思議な縁を大事にするように伝えたかった。

 色々な所に無理を言ってここまで来てしまったけれど、やっぱり、来てよかったわ」

 

顔を覆っていた両手を離し、夕張が涙の残る目で提督を見つめる。

 

「ゴメン……私……お母様に本当のこと、言いたい……」




太平洋戦争時の軽巡夕張の最後の艦長、奈良孝雄氏から
お名前や本土帰還後の状況などを拝借しました。

*本作はフィクションであり、実在した奈良孝雄氏や団体などとは関係ありません*


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11話

ダラダラと続いてしまった夕張編、ようやっと完結です。


夕張の訴えに、はあ、とため息をつく提督。

 

「いや、俺から言おう。元はといえば俺のまいた種だしな」

 

そう言うと母親に向き直り

 

「母さん……ホントのところ、俺と夕張は……別に恋人というわけじゃないんだ」

 

「……あら?」

 

キョトンとした母に提督が続ける。

 

「その……俺が見合いがイヤで、言い逃れのために

 たまたま手元にあった夕張の写真を彼女だって言って送っただけなんだ。

 母さんがわざわざ会いに来るとは思わなかったからさ。

 そういうわけで、夕張はいわば被害者なんで、叱るなら俺を叱ってくれ」

 

――そのときの様子を後に夕張はこう語る。

 

まるで、空間が歪んだかのようだった、と。

 

部屋のあちこちから、ピシリ、と家鳴りが聞こえてくる。

誰もピクリとも動いていないのに、茶碗がカタカタと震えだす。

部屋の周囲が何故か歪み、渦巻くように波うって見える。

 

その歪みの中心に、表情を変えず提督を見る母がいた。

 

(ああ……これは、かなりキツイのが来るなぁ……)

 

提督は自らの運命を悟ったように天を仰ぐ。

 

が、張り詰めた空気は突如として消え

母がガックリと肩を落としてため息をつく。

 

「……なんだか、男と女の関係にあるにしては

 雰囲気がぎごちないとは思ったのよねぇ」

 

二人が内心ホッとしながら頭を下げる。

 

「いやほんとゴメン」「申し訳ありませんでした」

 

「夕張さんはいいんですよ、むしろこんな茶番に巻き込んでしまって

 こちらのほうが申し訳ない気持ちだわ。

 でも、お祖父様の気持ちを伝えるという、もう一つの目的は果たせましたから

 お互い、それでよしとしましょうか……で、忠孝?」

 

じろりと提督を睨みつける。

 

「ハイッ!」

 

思わず直立不動になる提督に、冷徹な口調で母が告げる。

 

「貴方、今から夕張さんを口説いて彼女になってもらいなさい」

 

「は?」「へ?」

 

「何を呆けているのですか。嘘から出た実、とも言うでしょう。

 せっかくご縁のある夕張さんがお傍にいらっしゃるのだから、これはいい機会です。

 夕張さんを口説き落として、嫁に来てもらえるなら、それで今回のことは不問とします」

 

「いやそんな急には!夕張の気持ちだってあるし!?」

 

「……脈はあると思いますよ?

 本当にイヤな相手だったら、たとえ芝居でも恋人のフリなんか引き受けません。

 そうでしょ、夕張さん?」

 

「え!?……いや、まあ……その……」

 

言葉を濁してモジモジする夕張。

 

「ほら早くしなさいな。こういう時、女は男の言葉を待ってるものなのよ?」

 

「いや母さんが見てるところで女の子口説いたりできないし」

 

「……お前はホント、昔から女の子相手だと意気地がないのよねぇ」

 

「意気地があっても実の母の前では普通しないよ!?」

 

「じゃあ、母さんちょっと部屋を出ててあげるから

 その間にキメちゃいなさい。2時間あればいい?」

 

「何その休憩時間的な席の外し方!?ていうかキメちゃうって何を!?」

 

「何をって……ナニよ。ベッドもあるんだしちょうどいいじゃない」

 

「できるかー!?」

 

「いいからさっさとヤっちゃいなさい。

 ……2時間たって、デキてなかったら……わかってるわね?」

 

ほんの少しだけ、また周囲の空間が歪む。

 

助けを求めて夕張を見れば

何やら妄想中らしく、イヤンイヤンとか言いながら顔を赤くして身をよじらせていて

全然助けにはなりそうにない。

 

提督、絶体絶命と思われたそのとき

 

「お待ちください、お母上様!」

 

バァン!と勢いよくドアが開かれ

長門以下の艦娘たちが部屋になだれ込んでくる。

助かった、と提督が思ったのも束の間

 

「てっ…提督の嫁候補ということであれば、我らもお加えいただきたく!」

 

状況がさらに悪くなっただけであった。

 

「あら……忠孝、他の皆さんは口説き落としていたの?」

 

「いや別に口説いた覚えは……ないことも、ないような……あるような……」

 

「ハッキリしないわねぇ……ぶっちゃけ、もうヤっちゃったのは誰なの?」

 

「いや慕われてはいるけれどもヤってないから!」

 

「そうやってね、ズルズル答えを引き伸ばしてると結局誰も落とせないのよ。

 二兎を追うもの一兎を得ずというでしょう?」

 

夕張がうーん、と考えてからニコッと笑う。

 

「お母様、それはちょっと違います。

 追いかけてるのは私たちで……提督がウサギですからね!」

 

こうして

ウサギ提督の言葉の意味が一つ増えたのだった。



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12話

冬なのに幽霊バナシ


マルナナマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「……すいません提督、もう一度よろしいですか?」

 

今日の秘書艦当番の高雄が、ちょっと困った様子で提督に尋ねる。

 

「あー……まあ、司令本部からの伝達にしちゃおかしな話だからな。

 じゃ、もう一回言うぞ……『幽霊船が近海に出現したとの情報あり。調査せよ』。

 これが、今朝の通信内容だ」

 

「……最初聞いたときは、マジかコイツって思ったよ」

 

通信担当の隼鷹が思い出して呆れた顔になる。

提督も呆れてはいるのだが

 

「マジなんだよなぁ……実のところ、総司令が視察中にその幽霊船を見ちゃったそうでな」

 

執務室まで呼ばれた長門は少しご立腹の様子。

 

「バカバカしい!この科学全盛の時代に、幽霊船だと?

 あの新しい総司令はどうかしてるぞ、まったく」

 

「いやキミたちも軍船のタマシイ受け継いで生まれてくるとか

 あんまり科学的とは言えないんじゃないかな?」

 

「失敬だなオイ!?」

 

食って掛かる長門。

が、長門と一緒に呼ばれた姫はなるほどという顔をして

 

「確かに、私たちってオカルト的な存在よねー」

 

「オカルトって……ちょっと変わった能力のある女の子ぐらいでいいじゃないか……」

 

長門をまだ女の子と言っていいのかと提督は思ったが

それを口にするとタイヘンなことになるので黙っている。

 

「まあまあ、私たちのことは置いておいて

 問題はその幽霊船捜索が、司令本部からの通達だということですよね。

 提督、どうなさるおつもりですか?」

 

高雄がとりなしながら提督の指示を仰ぐ。

 

「無視するわけにもいかんしなぁ……

 とりあえずは哨戒任務を増やそう。長門、スケジュール調整を頼む。

 あと、姫やセンちゃん、ケイも哨戒に加わってみてくれ」

 

「私たちも?」

 

「さっき自分で言っただろ、オカルト的って。

 離れていても、同じ深海棲艦の存在を感知できるんだし

 だったら、そういう霊的なものを感知することもできるんじゃないのかな?」

 

「どうかしらねー……まあ、外に出るのは楽しいからいいけれど」

 

「適当なところで見つかりませんでしたーって報告すればいいんじゃない?」

 

姫も隼鷹もわりとお気楽に考えている。

長門は相変わらず渋い顔で

 

「やれやれ……この大事な日に、つまらん任務が増えたものだ」

 

「大事な日?……今日、何かあったか?」

 

「……いや別に」

 

と、コンコンとドアがノックされ、ひょこっと潮が顔を覗かせる。

 

「あの……提督、よろしいでしょうか?」

 

潮がちょっと困った顔をしていることに提督は気づいた。

 

「ああ、いいけど……何かあったのか?」

 

「桟橋に、お客さんが来てるんです」

 

「お客……?高雄、今日誰か訪問の予定あったっけ?」

 

首をかしげた提督が確認するが

 

「……いえ、今週はどなたの予定もうかがっていません」

 

別に度忘れしたわけでもなく、訪問予定などありはしなかった。

 

「だよな……潮、お客ってどんな人だ?」

 

「えと、外人さんのオジサンです。ちょっと変な服着てます」

 

「変な服着た外人のオッサン……誰か心当たりあるか?」

 

提督が皆の顔を見回すが、誰も首を横に振るばかり。

 

「うーん……誰かわからんが、無断で鎮守府ウロウロされても困るな」

 

「今は一緒にいた吹雪ちゃんが残って応対……というか、足止めしてます」

 

「おお、ナイス吹雪。じゃ俺ちょっと見てくるわ。

 潮、悪いけどもう一回、一緒に来てくれ」

 

 

マルナナサンマル 鎮守府 桟橋

 

「今日はやけに朝もやが濃いな……」

 

建物を出たとたん、濃いもやに視界を遮られる。

早朝ならともかく、この時間までこれほど濃く残っているのは珍しい。

 

「そうですね……私たちも、その外人さんを見つけたときは

 もやの中からいきなりヌゥッと出てきたみたいで、すごくビックリしました」

 

「そういや変な服って言ってたけど、具体的にはどんなカッコなんだ?」

 

「えっと……ピーターパンに出てくるフック船長っているじゃないですか?あんな感じです」

 

「……コスプレ外人か?」

 

「そうなのかなー……あ、あそこです!吹雪ちゃーん、提督連れてきたよー!」

 

もやに煙る桟橋に、二つの人影。

一つは見慣れたセーラー服姿の吹雪。

そして吹雪が、その行方を遮るようにしているのが

 

「……確かにフック船長、だな」

 

「でしょー?」

 

昔の海賊のような、大きな帽子を被り、派手でヒラヒラした服を着た

ガッシリとした体格、赤毛の白人、口ひげを生やした中年の大男。

 

「ご苦労、吹雪、助かったよ……言葉、通じるのかな」

 

通せんぼをしている吹雪の背後からそっと尋ねると

 

「あ、日本語大丈夫でしたよ」

 

正面の男から目を離さず答えを返してくる。

 

「そりゃ助かる……あー、そこの方、ここは日本国の軍事施設で

 一般の方の立ち入りには許可が必要なんですが……

 どこからいらしたんですか?」

 

と、男の前に進み出た提督が声をかけると

 

「どこからってキミィ、ここ離れ小島じゃないか、海から来たに決まってるだろう?」

 

オーバーなリアクションをしながら男が笑うように答えた。

 

「いやそれはわかりますが……お国はどちらです?」

 

「オランダだよ、オ・ラ・ン・ダ。

 もっとも、我輩はずっと南の海のほうにおったんだがね。

 おっと申し遅れた、我輩はヘンドリック・ファン・デル・デッケン。

 デッケン船長と呼んでくれたまえ」

 

そう言って右手を差し出してくる。

提督がその手を握り、反射的に引っ込めてしまった。

 

握った手が、冷たかったのだ。

 

握手した手をすぐに引っ込めるなど失礼極まりないのだが

デッケン船長は気にする様子もない。

 

「どうも、デッケン船長。この施設の責任者で、提督の宇佐美です」

 

それを聞くと、船長は羽飾りのついた帽子を脱いで、うやうやしく礼をする。

 

「おお!これは御見それしました、提督閣下であらせられましたか。

 ……いや服装が地味なんでてっきり下っ端の水兵かとウハハハハハ!」

 

「……で、どうやってここに?海から来たとおっしゃいましたが

 船はどこに?レーダーにも何も反応はありませんでしたが」

 

桟橋には吹雪とデッケン船長がいただけで

停泊している船は見当たらなかった。

 

「おっとこれは失敬。いやいきなり船をお見せして、ご婦人方を驚かせてしまってはと思いましてね?

 ちょっと隠しておいたのですが、よく考えたら船もないのに海を越えてやってきたら

 そりゃ不審がられますわなウハハハハハ!」

 

そう言ってデッケン船長が手をかざし、パチンと指を鳴らす。

と、もやが少し薄れてきて、そこにおぼろげに船影が浮かび上がってきた。

 

「これは……!」「うわぁ……」「何かすごいの出てきた……」

 

やがて船が全容を現す。

三本マストの大型帆船。だが、帆は破れ穴が空き、木製の手すりは朽ちかけている。

船腹にはフジツボがこびりつき、ところどころから千切れたロープが垂れ下がっていた。

 

「これぞ我輩の乗船にして長年の相棒、『フライング・ダッチマン』です!」

 

「フライング……ダッチマン……!?」

 

船――フライング・ダッチマンを見上げながら

少し顔を青ざめさせた提督が、潮にかすれた声でささやく。

 

「……潮、先に執務室に戻って長門に伝えてくれ。

 哨戒任務はもう必要なくなった、って」



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13話

幽霊バナシからの~ヴァレンタインネタ。しかも2日遅れ。


マルハチマルマル 鎮守府 食堂

 

フライング・ダッチマン。さまよえるオランダ人。

二百数十年にわたり伝わる、おそらく、世界でもっとも有名な幽霊船の伝承の一つである。

とはいえ、まさか提督も、総司令部から通達のあった幽霊船が

フライング・ダッチマンだったとは想像だにしていなかった。

そのフライング・ダッチマンの船長、デッケンが今

 

「うまあああぁぁぁい!!」

 

鎮守府の食堂で、ソーセージを齧って大声を上げていた。

 

(司令本部がお探しの幽霊船は現在、当鎮守府に停泊中で

 船長は今ウチで朝飯を食ってます……ダメだこんな報告できねえ)

 

頭を抱えたくなる提督の横で

鳳翔がデッケン船長ににこやかに語りかける。

 

「オランダの方、とうかがいましたので

 なるべくお口に合うようなものを選んだつもりなのですが……

 いかがですか?」

 

「いやぁ、どれも大変けっこうです!」

 

桟橋で保護(?)されたあと

デッケン船長が何か食べたいと言うので食堂に連れていき

鳳翔に急いで彼向けの朝食を用意してもらったのだ。

 

彼女が用意した朝食は

パンとたっぷりのコーヒーに

茹でたソーセージと固まりのままのチーズ。

細切りにしたジャガイモとキャベツの炒め物。

 

これらを船長はすごい勢いで食べ、舌鼓を打つ。

 

「……幽霊のくせによく食うなぁ」

 

向かいに座った提督も、話を吹雪から聞いて集まった艦娘たちも呆れる食べっぷりである。

 

(というか、普通に実体のある幽霊ってアリなんだろうか?)

 

「なんせ(モグモグ)……7年ぶりの食事(ムグムグ)……ですからな(ゴクン)」

 

「7年も食べてなかったんですか!?」

 

「いや、海にいるときは腹も減らんのですがね?

 こうして上陸すると、どういうわけか普通に腹も減るし喉も渇くしでね。

 あ、コーヒーお代わりよろしいかな?」

 

「そんなにガッツクくらいなら、もっとまめに上陸すればいいのに」

 

隼鷹がもっともな意見を言う。

 

「おや、我輩の呪い、ご存知ない?」

 

「知ってるけどさ……確か港に入ろうとしたけど、風向きが悪くてなかなか港に入れなくて

 神様に悪態をついたら呪われて、海をさまようことになった……だっけ?」

 

「そうそう。それでね、我輩ずーっと海を彷徨ってるだけって酷いじゃないかと

 神様に文句を言ったんですよ。ええ、どうせもう呪われちゃってるからね。

 そしたら『じゃあ7年に1回、1日だけ上陸していいよ』ってことになったんですな」

 

「ずいぶんフランクな神様だなオイ」

 

呆れる隼鷹をよそに提督が尋ねる。

 

「で、7年ぶりの上陸に、この鎮守府を選んだ理由は何なんです?

 まさか朝飯食いに上陸したわけじゃないでしょう?」

 

「もちろん、ちゃんと目的がありますぞ!

 実は、こちらから我輩に近い気配を感じましてね」

 

「高雄、利根って再建造されてたっけ?」

 

「まだです。仮に再建造されていてもここの配属にはならないです。

 というか、一人称だけじゃないですか近いの」 

 

「その利根さん、という方は知りませんが

 ここには、深海棲艦と呼ばれるお嬢さん方がいらっしゃいますな?」

 

「ええ、3人ほど……ああ、来た来た」

 

少し遅れて、深海棲艦の3人が食堂にやってくる。

センちゃんこと戦艦棲姫がデッケン船長に目を向け

 

「あら……やっぱり、貴方だったのね」

 

「はい、ご無沙汰しておりました。相変わらずお美しい」

 

「え、何……知り合い!?」

 

驚く提督にセンちゃんが

 

「ええ、だいぶ前のことだけど

 私の支配海域にデッケン船長の幽霊船がやってきてね」

 

「いやあ、何だか我輩のご同業っぽい感じがして訪問したんですが

 いきなり砲撃でご挨拶されて驚きましたウハハハハハ!」

 

「驚いたのはこっちよ。砲弾が全部すり抜けちゃうんだもの」

 

「……幽霊船だからなぁ。じゃあ、彼女に会いにわざわざここまで?」

 

「左様!しかも、今日が何の日かご存知でしょう?

 そう!聖ヴァレンタイン・デー!」

 

「……ああ、うん……そうですね」

 

提督とて、今日がヴァレンタイン・デーであることぐらいわかっている。

が、自分の状況を考えると色々トラブルが起きそうな気がして

あえて気づいていないフリをしていたのだ。

 

「この国では、女性がチョコレートを渡すことで

 男性に愛を告白する一大イベントの日!ですな?」

 

「そうだけど……どこからそういう情報仕入れてくるんですか」

 

「ま、色々ありましてね。

 で、この機を逃すわけにはいかん!ということでして

 わざわざ上陸日を今日にずらしてきたんですよ」

 

「……最初に会ったときからこうなのよこの人」

 

センちゃんは少しゲンナリしている。

 

「なんでまたそんなにヴァレンタインデーに入れ込んでるんですか?」

 

「おや提督閣下はご存知ない?

 我輩にかけられた呪い、上陸したときに女性の愛を受ければ解けるんですよ。

 歌劇にもなってるんですぞ?まあ我輩は見たことありませんがねウハハハハハ!」

 

ちなみに、歌劇に出てくるデッケン船長はこんなのではない。っぽい。

 

「さあ!貴女からの愛を受けて、我輩の呪いは解かれるのです!

 ギヴミーチョコレート!」

 

我輩の胸に飛び込んでおいで、みたいな両腕を広げたポーズで

デッケン船長はセンちゃんに近づくが

 

「悪いんだけど、貴方に特にそういう感情は持ってないの」

 

「うーん、相変わらずクールですなぁ。

 ……いかがですかな、他のお嬢さん方?

 我輩にチョコレートをお渡しいただける、心優しい麗しいお嬢さんが

 一人ぐらいはいらっしゃるのではありませんか?」

 

周囲を見回す船長の視線の先で、提督以外が顔を見合わせる。

 

もちろん、彼女たちもチョコは用意しているが

それは提督に渡すためのものである

そしてこの鎮守府には男性は提督しかいない。

つまり、義理チョコを用意する必要がないので彼女たちのチョコの用意は一つだけで

デッケンに渡してしまうわけにはいかないのだ。

 

皆が黙っているとデッケン船長は

 

「おや?……ふむ、なるほど人前で渡すのは流石に照れくさいですわなウハハハハハ!

 では我輩、この施設を見学させていただきますので

 頃合を見計らってお訪ねください!お待ちしておりますぞー!」

 

フタサンマルマル 鎮守府 桟橋

 

「……何故だ……何故誰もチョコをくれないのです!?」

 

海に帰る時間が近づき、デッケン船長は桟橋に戻っていた。

もう夕食もすみ、就寝時間もすぎた今になっても

デッケン船長にチョコレートを渡す奇特な人物は現れない。

そもそも、センちゃん以外は今日が初対面なのに

チョコをもらえると思っているほうが図々しいのだが。

 

「まあ……また来年があるから」

 

一緒に行動していた提督も同情するよりは呆れていたが

一応慰めの言葉をかける。

 

「ありませんよ!?次に来られるのは7年後ですよ!?」

 

秘書艦として随伴していた高雄にいたっては

せっかく秘書艦として二人っきりになり、提督にチョコを渡す絶好の機会がつぶされ

むしろ怒っていた。他の艦娘たちも提督にチョコを渡す機会を失っていたので

公平といえば公平なのだが。

 

「バカめ、と言ってさしあげますわ」

 

「あああんまりだああああ……」

 

騒いでいると、提督は物陰からこちらをうかがっている人影に気づく。

軽巡棲鬼――ケイだった。

近寄ってきて提督に耳打ちする。

 

(あの……いいかな、パパ?)

 

(どうした?)

 

(私、いちおうパパに渡すつもりでチョコを用意してたんだけど

 パパは他の皆からもらえるから

 このチョコ、船長さんにあげてもいいかな?)

 

ケイは提督のことを「パパ」と呼ぶように

異性としてはそれほど意識していない。

なので用意したチョコも最初から義理チョコだったのだ。

 

ケイの優しい一面を見て、提督は微笑ましい気持ちになる。

 

(ああ、かまわないぞ。俺は気持ちだけで十分だから

 そのチョコは船長にあげてくれ)

 

(うん、わかった)

 

ケイはくるりと泣き崩れているデッケン船長に向き直り

 

「船長さん、よかったら私のチョコ、受け取って!」

 

と小さなハート型の包みを差し出す。

 

「え……?……おお、なんと……!なんとお優しいお言葉!!

 いただきます!いただきますぞ、貴女のお気持ち!!」

 

悲しみの涙を喜びの涙に変えて

デッケン船長はチョコの包みを受け取り、押しいただく。

そしてそのポーズのまま

 

風に崩れる砂山のように、さらさらと崩れていった。

 

「え!?どうしたの船長さん!?」

 

一日だけの、騒がしい訪問客だったが

少ししんみりして、提督がささやくように告げる。

 

「……ケイ、彼は女性の愛を受けると呪いが解けるんだ。

 今、安らかな眠りにつこうとしている」

 

崩れていく、最後の船長の表情は穏やかだ。

ケイがぽつりと漏らす。

 

「……義理チョコだったのに」

 

と、崩れていった船長の姿が逆再生のように戻ってきた。

 

「え、何です義理チョコって!?」

 

肩透かしを食った気になって提督が怒鳴る。

 

「義理でも何でもいいから成仏しとけよ!」

 

「嫌ですよ!260年も呪われてて今さら義理チョコで成仏とか!

 我輩は真実の愛でこそ呪いを解いていただきたい!」

 

ジト目になったケイが手を差し出す。

 

「じゃ、チョコ返して」

 

「いやそれはそれ、これはこれで……

 おおっと、そろそろ上陸時間はおしまいのようです!」

 

船長がサッと手をあげると

再びフライング・ダッチマンがその姿を現し

次いで船長の姿が桟橋から消え、船の舷側に戻っていた。

 

「我輩はこれにて失礼!またお会いしましょう!ウハハハハハハ!!」

 

現れたときと同じように、深い夜霧が船体を隠し、そのまま消えていった。

 

「……行っちゃいましたね。

 それより……提督、私から、その……チョコレートが、ですね?」

 

高雄がもう辛抱できないといった感じで提督に迫る。

が、提督は悠々として懐中時計を取り出し、高雄に見せる。

 

深夜0時

 

「日付、変わってるけど」

 

ガックリと肩を落とす高雄。

 

「あっ!」

 

急にケイが声をあげる。

 

「どうしたケイ?」

 

「ホワイト・デーのお返し、どうするんだろう?」

 

「知らんがな」



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14話

イベントがあったり私事でいろいろあってだいぶ間隔が空いてしまいました。


ヒトヨンマルマル 鎮守府 提督執務室

 

変わりばえのしない書類仕事。

提督と今日の秘書艦・長門が退屈しかけたころ

執務室のドアがノックされる。

 

『提督ー、夕張だけどー』

 

「どうぞー」

 

提督が了承すると夕張が入室する。

その肩に小さな――夕張の頭ぐらいの背丈しかない――人の姿をした何かが乗っていた。

 

この小さな人が妖精さん。

鎮守府で艦娘の建造、艤装の製作といった職務に始まり

メンテナンスなどの艦娘たちの後方支援など様々な仕事が

沢山の妖精さんたちによって行われている。

提督がいなくなっても鎮守府は回るが

妖精さんがいなくなったら鎮守府は一日ともたないと言われている。

 

夕張の肩に乗った妖精さんに提督が気づく。

 

「おや?珍しいね、妖精さんがここまで来るなんて。何か緊急?」

 

普段はほとんどの妖精さんは工廠かドックにいて

鎮守府本棟には滅多に顔を出さないのだ。

 

妖精さんが執務机の空いたスペースにピョンと飛び降りると

 

「緊急というほどでもないけど、入渠ドックのボイラーが故障したよ」

 

それを聞いて、長門が思い当たるふしがあったのか独り言を漏らす。

 

「そういえば、この間から点火がうまくいかなくなっていたな……」

 

「そういうのちゃんと報告しろよ」

 

聞きつけた提督が渋い顔で苦言を呈すると

長門も少し気まずそうに答える。

 

「いや、叩けば点火できてたからなぁ」

 

今度は夕張が眉をひそめる。

 

「叩けばって……ボイラーの缶がところどころ凹んでたんだけど

 あれってひょっとして長門さんですか!?」

 

「ああ、こう……斜め上から手刀で、バシッと」

 

「操作パネルなんかベコベコになってましたよ!?」

 

「あ、そっちは正拳で……こうだな」

 

長門は悪びれもせず身振りで修理(?)法を再現する。

キレる夕張。

 

「こうだな、じゃないですよ!機械はデリケートなんですよ!?」

 

「ダメなのか?私の主機の缶も、調子が悪いときは叩くとたいがい直ったぞ?」

 

「貴女よくそれで生き残ってましたね!?」

 

二人のやり取りをヤレヤレと聞きながら

提督が妖精さんに向き直る。

 

「それで、ボイラーはどんな具合なんだい?」

 

「燃料噴射ノズルを交換しないとダメ。でも二つあるノズルが両方壊れた。

 ストックの部品一つしかないから足りない」

 

「むう……今から部品を発注しても、次の定期便で届くまでは時間があるしなぁ。

 とりあえずノズル一つで稼動させられない?」

 

「できなくはない。でも温度上がらない。効率悪い」

 

「そっか……夕張、ちょっと本土まで行って部品調達とかできないか?」

 

夕張は頭の中でちょっと考えをめぐらせる。

 

「うーん……いいけど、今からだと、行って帰ってで夜になっちゃうわよ?

 それに交換の作業時間だってあるから、使えるようになるのは深夜過ぎちゃうけど」

 

「それもそうだな……まあ今は誰も修復が必要なわけじゃないし

 今日一日は風呂は我慢してもらうか」

 

長門が何事か思い出して口を挟む。

 

「確か……提督の私室に風呂があったと思ったが、アレは使えないのか」

 

確かに、提督が艦娘用の入渠ドックを使うと不要なトラブルの元となりかねないということで

彼の私室には専用の小さな風呂場が設けられていた。

 

「あるけど、俺一人用だから小さなユニットバスで

 一度にせいぜい二人ぐらいしか入れないぞ?」

 

入渠ドックは、いつでも入りたいときに入れるように

巨大な浴場のようになっており

一度に全艦隊のメンバーが入渠しても余裕があるほどの広さがあるのだ。

 

「入れないよりはマシだろう。狭いなら交代で入るようにすればいい」

 

「となると、希望者を集めて時間調整とかしないとな……

 長門、事情を施設内にアナウンスして希望者はここに来るように案内してくれ」

 

そしてアナウンスの結果

 

「結局こうなるのか……」

 

艦娘7人に深海棲艦3人。執務室に全員が揃ってしまった。

要するに皆風呂には入りたいのである。

 

「とりあえず、それぞれ希望する時間帯を言ってくれ。

 狭い風呂で一度に入れるのはせいぜい2人までだから

 希望者が多い時間帯はクジなりジャンケンなりで誰が入るか決めよう」

 

が、提督が心配したほど希望が重なることはなく

スムーズに入浴時間割は決まっていった。

それでも、夕食の時間以外はほぼ風呂が利用されることになり

提督がはたと気づく。

 

「ちょっと待って……

 皆が風呂に入ってる間、俺はどこにいればいいんだ?」

 

 

 

フタヒトマルマル 鎮守府 サロン

 

「……別に見張りまでつけなくたって」

 

提督がぼやくその傍らで、見張り役の吹雪が備え付けのテレビを見ながらぞんざいに答える。

 

「間違いがあったら困るじゃないですか」

 

「いや俺が部屋に戻らなければすむ話だろ」

 

今は夕食がすんで艦娘たちの入浴中。

提督はサロンに見張りつきで待機させられていた。

彼の私室の浴室には脱衣場はなく

部屋の中から丸見えの洗面所で服を脱ぐようになっていたので

私室にいるわけにはいかなかったのだが

 

「最初は、椅子に縛りつけておこうって話もあったんですよ?」

 

「ヒデエなおい!?……そんなに俺って信用ないのか?」

 

普段は言い寄ってくる艦娘だっているのに

風呂に入ってるところは見られたくないのだろうかと

そこも合点がいかない提督である。

 

「信用はしてますけど……

 ぶっちゃけた話、司令官にハダカを見せちゃって

 抜け駆けしようとする人が出るんじゃないか、と」

 

「ああ、うん……ありそうな気もしないでもないが……

 どうせ部屋に戻れないなら、せめて執務室で仕事してたほうが……」

 

「ダメですよ、司令官の執務室って、私室の隣でドアで行き来できちゃうじゃないですか」

 

提督は想像する。

執務室で書類を見ていると、私室に通じるドアが開き、素っ裸の艦娘が

『あっ、間違えちゃったー』とか言いながら入ってくる……

 

(ありえる……のか?)

 

とか思いながら首をひねっていると、サロンに潮と夕張が入ってくる。

湯上りなのか、少し上気した顔で髪が塗れて光っている。

潮が吹雪に気づき声をかける。

 

「お風呂空いたよー。次は吹雪ちゃんと高雄さん」

 

「あ、はーい……どうしたんですか夕張さん」

 

うなだれる夕張。苦笑する潮。

 

「いや……間近で見ると、改めてスゴイというか打ちのめされるというか……」

 

「あ、あははは、は……」

 

提督も何に打ちのめされたのかはあえて訊かない。

 

「……今度は私が高雄さんに打ちのめされるのかな」

 

吹雪がそう言ってため息をつくと、夕張も

 

「組み合わせ、間違ってるよね……私と吹雪ちゃんなら釣り合い取れたのに……」

 

それでいいのか、と思ったがやはり提督は黙っている。

 

「じゃあ行ってきますね。潮ちゃん、司令官の見張り、お願いね」

 

 

フタサンサンマル 鎮守府 サロン

 

(ん……そろそろもう皆入り終わったか)

 

提督は普段あまり見ないテレビをぼんやり見ていたのだが

かえって退屈してしまっていた。

見張り役のはずの潮はすでにうつらうつらとしている。

テーブルに置かれた入浴順の予定では

すでに最後の長門、鳳翔組が入浴を終えて30分は経過しているはずである。

と、サロンに長門がやってきて、冷蔵庫を開けて中を物色しだした。

 

「もう出たのか」

 

提督が声をかけると、コーヒー牛乳を片手に長門が振り返る。

 

「ん?ああ、お先にいただいた。たまにはああいう風呂も悪くないな」

 

「狭くなかったか?」

 

長門は艦娘の中では一番の大柄だ。

鳳翔もそれほど小柄というわけではないのだが

 

「ん……そうでもなかったかな」

 

「……そうか」

 

提督の頭の中では長門と鳳翔が一緒に湯船につかって

モゾモゾしている場面を妄想していたのだが

よく考えれば、片方が浴槽で暖まっている間

もう片方が洗い場にいればすむ話なのだ。

 

長門が舟をこぎ始めた潮の肩をポンポンと叩く。

 

「潮、寝るなら自分の部屋に戻ってからにしないと湯冷めするぞ」

 

「ふぁ……あ、はい……提督、おやすみなさい」

 

「はい、おやすみ」

 

フラフラと潮がサロンを出て行く。

足元がちょっとおぼつかないのを見た長門が

 

「……ちょっとついていってやったほうがよさそうだな」

 

とその後を追って出ていく。

 

(さて……俺も一ッ風呂浴びて寝るとしますかね)

 

部屋に戻り、制服の上着を脱ぎ捨て

ベッドにドサリと横たわる。

 

カチャリ

 

軽い音とともに浴室のドアが開く。

 

「……え?」

 

思わず目を向けた先には

 

濡れて光る長い黒髪。

水滴をまといきらめく白い肌。

伏せたお椀のように盛り上がった胸。

滑らかそうな下腹。よく張った腰。太もも……

 

全てをあらわにした、鳳翔がいた。

 

声もなく、その姿を見つめてしまう提督。

鳳翔が彼に気づいたのは、バスタオルを手にとって髪を拭き始めたときだった。

 

「……え?」

 

「……あ」

 

黙ったまま、身じろぎもせず見つめあう二人。

先に行動したのは鳳翔のほうだった。

手早くバスタオルを体に巻きつけ

ペタペタと素足のままで提督に歩み寄る。

その顔は微笑んでいる。微笑んではいるのだが

とてつもなく圧迫感があった。

 

「……提督?」

 

「あ、ああ……その、すいません、もう、出た、かと」

 

喉がカラカラに渇いた感じで、声が途切れ途切れにしか出ない。

 

「朝食の下ごしらえとかあって、入るのが遅れてしまったんです。

 長門さんから聞きませんでしたか?」

 

「いや、アイツ、全然、そんなこと言ってなかったし!」

 

思い返せば

風呂が狭くなかった、というのは長門が一人で入っていたからなのかと

今にして合点がいったところで

ドアをドンドンと叩く音。

 

『鳳翔さん、まだ風呂ですか!?』

 

と長門のちょっと緊迫した声が響く。

 

鳳翔がささやく。

 

(提督、執務室に。急いで)

 

コクリとうなずいてから、物音を立てないように提督が執務室へのドアを潜り抜ける。

それを見届けてから

 

「今出たところですよー」

 

と鳳翔が答え、それを待って長門が部屋に飛び込んでくる。

入るなりキョロキョロと見回して、鳳翔しかいないことを確認すると

ホゥッと息をついた。

 

「どうしたんですか、そんなに慌てて?」

 

「いや、ちょっと目を離したスキに提督がサロンを抜け出してしまってな。

 まだ鳳翔さんが風呂に入っていると伝える前だったので

 ひょっとして、その……部屋に戻ろうとしてはいないかと」

 

「大丈夫ですよ、提督は『紳士』ですから」

 

ほんのちょっと「紳士ですから」のくだりが大きな声だったのは

隣の執務室で息を潜める提督に聞かせるためか。

 

「そのようだ……いや、お騒がせした」

 

「いえいえ。私もすぐ身支度を終わらせますから

 提督を見かけたら部屋にお戻りいただいてもいいとお伝えください」

 

「了解だ……しかし、アイツこんな夜中にどこほっつき歩いてるんだろう」

 

ブツブツ言いながら長門が部屋を出ていくと

鳳翔はそっと執務室のドアを開ける。

 

「もう、いいですよ。『紳士』の提督サン」

 

提督は執務室の自分のデスクで頭を抱えていた。

 

「……怒ってます?」

 

「うーん……驚きはしましたけど、それほどは。

 でも、この後の提督の対応次第では怒っちゃうかも?」

 

どうすれば。なんと言えば。

冷や汗を流しながら提督は頭をフル回転させる。そして

 

「ごちそうさまでしたッ!ありがとうございましたッ!!」

 

深々と頭を下げた。

鳳翔は一瞬ポカン、として、そしてプッと吹きだした。

 

「いえいえ、お粗末様でした……ずるいですよ提督。

 このまま責任とってもらおうかなと思ってたのに

 『ごちそうさま』なんて言われちゃったら

 ここでおしまいにするしかないじゃないですか、もう」

 

「……すいません」

 

「もう慣れました……でも……」

 

鳳翔が歩み寄り、提督の顔に手をかけて

少し上気した顔を寄せてくる……

 

「デザートぐらいは、召し上がっていただいても、ね?」



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15話

なかなか投稿ペースがあがりませんがもう少しお付き合いを。


ヒトマルマルマル 鎮守府 医務室

 

「よし、吹雪は次は身長だ」

 

「はい!」

 

長門の指示に元気よく答える吹雪。

今日は年に2回の身体測定の日だ。

艤装を外し、下着姿の艦娘たちが悲喜こもごもの表情を見せる。

 

「うあーちょっと太ったー!?」

 

「ご愁傷様。私は節制してるからだいじょ……あら?」

 

特に体重計の周囲は大騒ぎである。

その横では、潮の胸にメジャーを回した長門が目盛りを読み取っている。

 

「胸囲……88センチ……ん、前回より2センチ大きくなってるな」

 

「ええっ!?……ま、また……」

 

心なしか気を落としたような潮に

聞きつけた吹雪が羨望と嫉妬の眼差しを向ける。

 

(寄越せ……その2センチを寄越せ……)

 

視線に気づいているのかいないのか

長門は事務的に潮に告げる。

 

「まあ、ウエストやバストは体重に次いで増減しやすいからな。

 だが、着衣が窮屈な状態が続くようなら

 恥ずかしがらずにちゃんと報告しなければならんぞ?

 あと、吹雪は早く身長計に乗れ」

 

「あ、はいスイマセン」

 

ペタペタと素足で身長計に乗る吹雪。

 

「吹雪、154センチ……ん?……吹雪、ちょっともう一回計るぞ」

 

長門が計測地を読み取り首をかしげる。

 

「……はい?もう一回ですか?」

 

「ああ、うん……ちょっと見間違えたかもしれんのでな」

 

再測定をしたところで長門の顔が一瞬不自然に強張る。

が、そのまま吹雪に結果を告げた。

 

「154センチだ。前回……といっても再建造の前からだが、2センチ伸びているな」

 

「な!?……そこじゃない!身長伸びるのは嬉しいし確かに2センチだけど!

 伸ばしたかったのはそこじゃないー!」

 

地団駄を踏む吹雪に呆れる長門。

 

「何を言っているんだ……

 よし、測定の終わったものは順次シートを私に提出。改竄とかするなよー」

 

 

ヒトフタマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「提督、全員の身体測定、終了した。こちらが結果だ」

 

医務室から戻った長門が、全員の測定結果の記入されたシートを提督に渡す。

 

「おう、ご苦労さん……どうした、難しい顔して。誰か、異常でもあったのか?」

 

周囲を見回して、執務室にいるのが自分と提督だけなことを確認してから

長門が少し声を落として

 

「実は、吹雪の身長が2センチ伸びていたのだが……」

 

「なっ!?」

 

驚いた提督が思わず立ち上がる。

 

「提督は心当たりはあるか?」

 

「いや……大規模改装は2回目もだいぶ前だし……近代化改修もしていないし……」

 

「やはり、総司令部に報告したほうがよいのだろうか」

 

少し黙り込んだ後、提督がぽつりと告げる。

 

「そうしてくれ」

 

普通なら、吹雪ぐらいの年齢の少女が、身長が伸びるのは当たり前のことだ。

だが、彼女は艦娘である。

彼女たちの容姿や体格は建造時に固定され、そのまま変わることはない。

 

体重や、バスト、ウエストのサイズは多少の増減はある。

しかし、それもある範囲内での振れ幅に収まり

限度を越えて太ったりはしない。

身長となるとほぼ変わらないというのがこれまでの常識だった。

 

たとえて言うならば

積荷や積載した弾薬、燃料によって艦の重量が変わることはあっても

艦の全長が変わることなどない、ということか。

 

例外として、大規模改装を行ったときにそれらが変わることはあるが

それは艦としての性能が大幅に変わるからであり

艦の性能が変わらないのに人間の娘としての容姿や体格が変わるということは

これまでの艦娘ではなかったことなのだ。

 

「他の皆は気づいていないのか?」

 

「おそらく……鳳翔さんは気づいたようだ。驚いた顔でこちらを見ていたからな」

 

「そうか……はっきりしたことがわかるまで、あまり大事にはしたくない。

 彼女のことだから騒ぎ立てはしないだろうが

 一応、長門のほうからそれとなく口止めしておいてくれ」

 

「了解だ」

 

 

2週間後 マルナナマルマル 鎮守府 提督執務室

 

身体測定の結果を受けた総司令部は

1週間前に各鎮守府に検査員を派遣し

全ての艦娘と深海棲艦の精密検査を行った。

 

そして、結論は提督だけに知らされることになった。

艦娘たちに知らせるかどうかは、提督がそれぞれ決めるほうがよい、という判断だった。

 

(責任を押し付けられたような気もするな)

 

報告された結果を考えると

中には知らせないほうがいい艦娘もいるのかもしれないとも思ったが

 

(だが、いずれはわかることだしな)

 

各鎮守府の提督たちとも電話で何度もやり取りをし

結局、全員に知らせることにしたのだった。

 

「今朝の連絡事項は以上です。では提督、お願いします」

 

朝礼での業務連絡を終えた秘書艦の高雄が提督に目を向ける。

咳払い一つをして、提督が顔を上げた。

 

「先日、皆に受けてもらった精密検査の結果が出た。

 皆の身体に関わることなので、よく聞いて欲しい。

 あー……君たち艦娘の体は、これまで加齢はしないと思われていたが

 検査の結果、現在は普通に加齢をするようになったと思われる」

 

吹雪が首をかしげる。

 

「……カレー?カレー……する?」

 

「カレーじゃない、加齢。普通に成長し、年をとるようになったんだよ。

 吹雪や潮はもっと大人の女性になるだろうし……」

 

「ええ!?」「そ、そうなんですか!?」

 

「今すでに大人の女性の皆は、その、なんだ……そのうち、オバサンになる」

 

既に大人の女性っぽい艦娘たちが

一瞬の間を置いてからいっせいに叫ぶ。

 

「「「えーっ!?」」」

 

高雄が提督に詰め寄る。

 

「わ、私がオバサンになっても海に連れてくの?」

 

「そりゃ艦娘なんだから海には行かなきゃダメだろ」

 

続いて鳳翔が詰め寄り

 

「わ、私がオバサンになったら貴方はオジサンよ!?」

 

「うん、まあそうなるな」

 

「もうすでにオジサンなんじゃ……」

 

吹雪がボソッと漏らすが、提督は聞かなかったことにして話を続ける。

 

「さらに言うなら、もっと先には皆オバアサンになるぞ。

 あと、深海棲艦の3人は、だんだん人間に近づいてる。

 年を重ねながら、いずれは艦娘と同じようになるだろうと予想されてる」

 

長門が手を上げて質問する。

 

「その、年をとることで艦娘としての機能に問題は出ないのか?」

 

「すぐにどうこうということはないだろうが

 年齢とともに肉体が衰えれば、艤装の扱いも難しくなってくることは予想される。

 まあ、そうなったら……引退、かな」

 

「引退かあ……なんだかスポーツ選手みたいだね」

 

苦笑いを浮かべる隼鷹に、提督も苦笑して答える。

 

「ああ、そんな感じかな。

 引退後のこととか、これからいろいろ考えなきゃならんこともあるが

 そうすぐに大きく変わることはないから、とりあえずはこれまでどおりでいいと思う。

 他に質問はあるかな?なければ、今朝は以上だ」

 

提督が話をまとめたが、皆その場を離れずにいた。

 

「どうした?」

 

夕張がうーん、と考えてから口を開く。

 

「うん……今まではさ、提督だけどんどん年をとっちゃうんだなって

 ちょっと寂しかったのよね。

 でも、これからは私たちも提督と一緒に年をとるわけでしょ?

 正直、不安もあるけど……少し、嬉しいかな」

 

皆がその言葉にウンウンとうなずく。

 

「そういうものか……今まで、あまり考えたことなかったな」

 

「だったら、これからは『将来のこと』、ちゃんと考えてよね?

 皆がお爺さんお婆さんになっちゃう前に!」

 

 

1週間後 ヒトヒトマルマル 鎮守府 サロン

 

「お、これが今回の配達物か……やけに多いな?」

 

定期便で送られてきた荷物を

それぞれのあて先別に提督と秘書艦で振り分けていくのだが

 

「ええ……今回は、皆が色々買い物をしたもので」

 

鳳翔が少し気まずそうに提督の疑問に答える。

 

「ふぅん?」

 

提督が荷物の送り主をチラ、と見れば

○○化粧品とか××コスメとかばかりである。

 

「化粧品ですか」

 

「はい、その……今まではお肌のケアとか、それほど気にしてなかったんですけどね。

 年をとるということは、色々と、その……ね?」

 

「なるほど」

 

「年を重ねてオバサンになるにしても、なるべく、ですね?」

 

(オバサンになるにしても、可愛いオバサンになりそうだなぁ)

 

モジモジする鳳翔を見てなんとなく微笑ましくなる提督だった。




次話で「いつどこ2」最終話です。


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16話

最終話です。


マルナナマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「……了解です。ご配慮、感謝いたします……はい、それでは、失礼いたします」

 

電話機を置いた提督が、ふう、とため息をつく。

 

「お電話、総司令と、ですか?」

 

当番秘書艦の吹雪がお茶を出しながら尋ねると、苦笑いが返ってくる。

 

「ああ。ちょっと頼みごとをしていたんだが……思いのほか頑張ってくれたみたいだ。

 事なかれ主義の置物総司令と思っていたが……この件に関しては感謝しなくちゃな」

 

「総司令に頼みごとって、何だったんです?」

 

大きな湯飲みの茶をすすり、一息ついた提督が

 

「ん……この後、皆に集まってもらったときに話すけど……なあ吹雪?」

 

「はい、何ですか司令官?」

 

「お前、学校に行ってみる気はあるか?」

 

吹雪が驚いて自分の分の湯飲みを落としかける。

 

「……はあ!?ってったったあっと!……ふう……

 えっと、学校って、あの……勉強する学校ですか!?」

 

「他に何をする学校があるんだよ。

 ほら、お前たちが年をとるようになっただろ?」

 

「あ、はい……それが私が学校に行くことと関係が?」

 

「ああ。年をとって、艦娘としては引退するとしても、吹雪の人生は続いていく。

 でも、艦娘じゃなくなったら、鎮守府には基本いられなくなると思う。

 人間社会で普通の人として生きていかなくちゃならない」

 

「なるほど……それで、社会勉強もかねて学校に行け、ってことなんですね……」

 

「これまでどおり、高雄や鳳翔さんに勉強を教わるってことでもいいんだが

 できれば、お前と潮には学校に行ってほしいと思うんだ。

 まあ強制はしないけどな。どうだ?」

 

吹雪はうーん、と考え込む。

提督が微笑みながら

 

「すぐに答は出さなくてもいいぞ?大事なことだからな。潮と相談してもいい」

 

と声をかけると、ハッとした吹雪が顔を上げる。

 

「よく考えたら、この島に学校なんてないじゃないですか!

 というか、この島ってこの鎮守府しかないんですよ?まさかここから本土まで通うんですか!?」

 

「それな。その辺も含めて、後で皆に話するから。

 じゃ、とりあえず朝礼まで書類準備ヨロシク」

 

 

マルハチマルマル 鎮守府 作戦司令室

 

「……ここで朝礼は久しぶりだが……何か大きな作戦でもあるのか?」

 

通常、提督執務室で行われる朝礼だが

今日は作戦司令室に集まるように、との構内放送で

全員が大きなスクリーンのある司令室の小さな机に陣取っている。

提督はまだ来ていないのでそれぞれが小声ではあるが私語を発していた。

長門の疑問に吹雪も首をかしげる。

 

「いえ、そうじゃないと思いますけど……何か、司令官から重要なお話があるようで。

 なんでも、私と潮ちゃんを学校に行かせるとか……」

 

「ええ!?が、学校!?」

 

潮が飛び上がらんばかりに驚く。

隼鷹が呆れたように

 

「学校なんてないじゃーん。というかココ何もないじゃーん」

 

「そうなんですよねー。私もそれ司令官に言ったんですけど答えてくれなくて」

 

高雄がまあまあ、と少し不満そうな吹雪をなだめる。

 

「きっと何かお考えがあってのことなんでしょう。それを今からお話ししてくれるのでは?」

 

と、ドアを開けてノートPCを抱えた提督が司令室に入ってくる。全員の敬礼に答礼して

 

「スマン、資料を揃えてて遅くなった。

 あー……今日は大事な話があってな。

 実は、この鎮守府から引っ越そうかと思ってるんだ」

 

「え、引越し?」「どこに?」「なんで?」

 

ざわめく艦娘たちを提督が大きく咳払いをして黙らせる。

 

「さっき吹雪にもちょっと話をしたんだが

 これから、皆は人間と同じように年をとり、いつかは艦娘を引退することになる。

 そうなれば、人間社会に出て生きてかなきゃならない」

 

「なるほど……それで、吹雪と潮を学校に、というわけか」

 

「二人だけじゃないぞ。皆、現代日本の社会にそれほど慣れ親しんでるわけじゃないだろ?」

 

皆がこれまでの自分を思い出す。

艦娘として生まれてからは戦いに明け暮れていて

その戦いが終わってからはこの離れ小島の鎮守府に移ってきて

たまに本土に買出しに出るときぐらいしか

人間社会に接することがなかったのだ。

 

「このままこの鎮守府にいて、引退してからちゃんとやっていけるか?」

 

皆が顔を見合わせる。

 

「艦娘でいるうちに、ある程度普通の社会生活にも慣れておいてほしいんだ。

 だけど、この島にいるとそれも難しい。島に来るのは関係者ばかりだからな。

 で、思い切って、もうちょっと人と接する機会のあるところに引越しをしたいって

 総司令部に言ってみたら、空いてる施設になら、という許可が出たんだよ」

 

隼鷹が首を捻る。

 

「空いてる施設?そんなのあるの?」

 

「ああ、前に鎮守府の統廃合しただろ?

 規模の小さなところや、業績の上がらないところ、行状の悪い提督のいたところ……

 そういうところは解体して、所属の艦娘たちを横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊の

 各鎮守府に振り分けたわけだ」

 

高雄が思い返して口を開く。

 

「私たちがいた鹿屋には誰も来なかったですよね?」

 

「いや鹿屋も解体されるところだったんだけどな」

 

「「「えーっ!?」」」

 

一瞬の間を置いて艦娘たちが叫ぶ。

 

「だってウチそれほど大きなとこじゃなかったし。

 でも、皆が頑張ってたのが評価されて、残すことにしたらしい。

 で、話戻すけど、解散した各地の施設のいくつかは

 使わなくなっただけでまだ残してあるんだよ。

 その中のどれかに引っ越そうかな、と思ってるんだ」

 

「どこが残っているんですか?」

 

鳳翔の質問に、提督が資料を広げながら答える。

 

「海外の基地や泊地を除くと、宿毛湾泊地か柱島基地のどちらかなら

 引越し先として利用できるそうなんだが……

 基地周辺の民間社会とも交流を持つとか、吹雪や潮の学校のことを考えると

 柱島はちょっとどうかな、って感じでな」

 

長門が手を上げる。

 

「鹿屋に戻ることはできないのか?」

 

「今は航空自衛隊に委譲してるんでダメなんだよ」

 

潮が遠慮がちに口を開く。

 

「じゃあ……宿毛湾、でしたっけ?事実上そこしか選択肢ないのでは」

 

「ここに残る、というのもアリではあるぞ?

 で、現在の宿毛湾泊地の周辺地図を用意した」

 

提督が後方に下がってゴソゴソとプロジェクターを操作し

 

「よし、今スクリーンに出すから……センちゃん、灯り消して」

 

室内が暗くなると、すぐにスクリーンに映像が映し出される。

 

「これが施設とその周辺の地図だ。ここが施設で……ここが鉄道の駅」

 

「ほお、鉄道が通っているのか」

 

「ローカル線だけどな。施設からはちょっと距離があるから

 駅まで行くなら何か足が欲しいところだ。で、ここに中学校。

 吹雪と潮が通うとしたらここになる」

 

吹雪がちょっと不服そうな顔になる。

 

「あれ、私たち中学生で確定なんですか」

 

「小学校からにするか?」

 

「そっちじゃなくて!……高校生ぐらいには、見えないかな、と……」

 

「見た目もあるが、二人の普段の思考とか、知識量を考えると

 中学が妥当だと思う。背伸びしても、キツイだけだぞ」

 

「……はぁい」

 

目を凝らしていた隼鷹がスクリーンを指差す。

 

「ね、駅の周りもうちょっと拡大してよ」

 

「ん……これぐらいか?」

 

「飲食店とか結構あるみたいですね」「あ、本屋さんがある」「コンビニもあるね」「居酒屋は!?居酒屋はない!?」

 

「居酒屋は自分で探してくれ。

 まあ、普通の地方の街だな。日常生活に困るようなことはそうないと思う。

 で、どうかな、ここ」

 

「いいんじゃないですか?」「軍人たるもの、赴任先は選ばん」「あ、居酒屋あった!ヤリィ!」

 

と、今まで黙っていた港湾棲姫が手を上げる。

 

「仮にそこに引っ越したとして……私たち、街の人たちに受け入れてもらえるのかしら……?」

 

皆がハッとして静まりかえる。

 

「それは……」

 

提督も少し口ごもって、すぐには答えられない。

 

「それに、私たちのせいで、皆も白い目で見られるようにならないかしら……

 それなら、私たちはここに残ったほうがいいんじゃ……」

 

そこまで言った姫の言葉を、提督がさえぎる。

 

「姫。受け入れてもらうんじゃない、自分から溶け込むように努力するんだ。

 時間はかかるかもしれないけど、ここでは皆とうまくやってきたじゃないか。

 それに、俺の調べだと、宿毛の住人は戦争の被害をあまり受けなかったそうで

 深海棲艦にもそれほど嫌悪感は持ってないらしい。

 だから、大丈夫だよきっと」

 

「だと、いいんだけど……」

 

「……もし、どうしても無理だと思ったら、そのときは俺とここに戻ろう」

 

「!……いいの、それで?」

 

「かまわんさ。まあ俺と二人じゃ色々不便かもしれないが……」

 

センちゃんが提督の言葉をさえぎって

 

「あら、二人でってことはないでしょ?姫が無理だったら私はもっと無理だわ。

 だから、そうなったら私もここに戻る。いいでしょ、提督?」

 

「いやまあ戻らないですむにこしたことはないんだけどな。

 さて、他に何か反対意見とかあるかな?

 なければ、引越すってことで話を総司令部と進めるぞ!」

 

 

2ヵ月後 ヒトマルマルマル 鎮守府 桟橋

 

「……いろいろあったな、ここも」

 

提督が建物を振り返り、ポツリと漏らす。

輸送船のタラップを登りかけていた長門がそれに気づき声をかける。

 

「どうした提督、忘れ物か?」

 

「いや……そういうわけじゃないが」

 

苦笑いを浮かべて長門も鎮守府の建物に目をやる。

 

「……別にこれが見納めというわけでもあるまい」

 

定期的に、施設保全のため交代で見回りに訪れることになっているので

いつかまた来ることもあるのだろう。

とはいえ、離れるとなればやはり感慨深いものがある。

 

「そういえば、結局、この鎮守府は名前がつかなかったな」

 

「最初は非公式だったし、島に正式な名前がなかったからな」

 

「そうだったな……」

 

長門の後に続いて、提督もタラップを上がっていく。

 

(さらば、どこかにあった鎮守府よ)

 

 

時は流れ

 

そして、いつか、どこかで。

 

(やっぱり、街中に出ると人が多くて疲れる)

 

雑踏の中を歩く。

ふと、道行く人の話し声が耳に入る。

 

「ねえ、知ってる?あの『鎮守府』のハナシ」

 

鎮守府、という言葉につい聞き耳を立てる。

 

「あの、ってどこのだよ?」

 

「あー、それはハッキリしないんだけど……

 いつか、どこかの鎮守府であったハナシらしいんだけどさー。

 艦娘と、降伏した深海棲艦が一緒に暮らしてたとこがあるらしいの」

 

「えー……ナニソレ。マジなハナシ?」

 

つい、ニヤついてしまう。だが、それ以上は耳に入れる必要はない。

それは自分たちが紡いできた物語。

こうして、人々の間に語り継がれるのも悪くない……

 

そう、いつかどこかの鎮守府での話として。




いつかどこかの鎮守府fで、これにて閉幕です。
お読みいただいた皆様に感謝。


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