Re:ゼロからやり直す異世界生活 (草バエル)
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出会い

体が動かない。

朦朧とした意識の中で目の前の男を見つめる。

 

まだ話すべきことがある。

俺の口から伝えるべきことが、伝えなきゃいけないことがあるのに。

俺の口から出るのは独り言のような呟きばかりだ。

そして、過去に飛べたのなら一目だけでも……。

 

――あ。

 

『もう、いいんだよ』

『たった一人でよく頑張りましたね』

 

「ああ、シルフィ、ロキシー……くそう、相変わらず可愛い、なぁ……」

 

それが幻だったのか、この騒ぎを聞きつけて入ってきた本物だったのかは分からない。

でも……最後に二人の顔を見れたこと、ヒトガミの思い通りにならない可能性が出来たことに満足した。

 

ここでルーデウス・グレイラットの人生は幕を閉じた。

 

 

ーー

ーーー

ーーーー

 

 

「――い。おい、大丈夫か?」

「……え?」

 

目が覚めた。

……目が、覚めた?

待て待て待て。俺は確かに失敗とはいえ過去に戻った。

そして、過去の自分に未来で起こる出来事を伝えた後はシルフィとロキシーの姿を見て死んだ。

 

……死んだ、はずなんだ。

 

それに、ここはどこだ?

ヒトガミを殺すために様々な場所を見てきたけど、こんな所は知らない。

……てことは、ここが死後の世界なのか?

こんな、昔のフィットア領みたいな場所が死後の世界だというのか?

 

「……えっと、ここはあの世、なのか?」

「兄ちゃん頭大丈夫か?ここは俺の家前だ。さっさと起きてくれねえか」

 

多分まだ生きているってことでいいのかもしれない。

……失ったはずの肉体はしっかりと戻っている。

魔力も完全回復している。

そしてなにより、目の前の男は俺を「兄ちゃん」と呼んだ。

こんな年寄りを兄ちゃんなんて呼ぶやつはいない。

つまり、つまりだ……。

 

「……強く頭を打ったから、てっきり死んでしまったのかなと」

「そう簡単に人が死ぬもんか。ほら、しっかり目が覚めたならさっさと向こう行ってくれ」

 

起き上がり、軽く謝ると男は家の中に入って行った。

近くのガラスで確認してみたところ、疑問は確信に変わりつつあった。

……そこには若い頃の俺の姿が映っていた。

 

更に周りには俺の知らない言葉に、何故か通じる日本語。

どういうわけか、俺は死んだ後にルーデウス・グレイラットとしてまた異世界に転生……この場合は転移と呼ぶべきか。

別世界に飛ばされてしまったようだ。

 

「……は、ははは」

 

乾いた笑いが出た。

これじゃあ、若い頃の肉体に戻ったとしても、膨大な魔力が復活したとしても、倒すべき敵もいなければ守らないといけない人もいない。

……何もかも失ったあの時と全く変わらないじゃないか。

 

「……こんなことなら、いっそ死んで……」

 

楽になってしまおうと考えていた。

 

「衛兵さーーーーん!!」

 

なのに、どうしてだろうか。

 

「……ああ、クソ!」

 

数十年間、俺は怪しいと思った人間は見境なく殺してきた。

助けを求める声も全て見捨てて、ヒトガミを殺すためだけの醜い復讐鬼に変わり果てていた。

なのに、今更人助けをしようと思ってしまったのはなぜだろう?

 

「……あ」

 

不意に、背中にあった違和感を確認してみた。

そこには傲慢なる水竜王(アクアハーティア)があった。

 

……ああ、そうか。

この姿だからか。

 

地道な人助けなんかもして、人も殺せなくて、二人の妻と妹、リーリャさんにゼニスの皆と幸せに過ごしていた頃の俺の姿だから……。その記憶を汚さないように、咄嗟に体が動いてしまったのか?

綺麗事なのは分かっている。

でも、そういう感情が出てきたのはきっとシルフィとロキシー、若い頃の俺を見たからなんだろうな。

そう思うと少しだけ若い頃の自分を思い出したような気がした。

 

「……声は西の方からだよな」

 

宙に浮き、上から声のした方でなにか問題事が起きてないか確認する。。

するとチンピラに囲まれたジャージの男が……。

 

「……ジャージ?」

 

周りを確認しても、あんな現代的な服を着ているやつはいない。

となると、あそこにいるのは俺と同じ転移者か?

 

「俺と同じ、というよりはナナホシと同じっていうのが合ってるかな」

 

チンピラの近くに降りて、すぐさま泥沼の魔術を使う。

突然のことで混乱してるうちに、ジャージ男を連れて走り去った。

 

「おい、大丈夫か?」

「あっぶねぇ……また死ぬかと思ったぜ……」

 

また死ぬかとという言葉に妙な違和感を覚えたけど、おそらくそういう表現方法なのだろうと思った。

……とはいえ、ここは俺の知らない世界だ。もしかするとこいつはどこぞの狂戦士みたいに十二回ぐらい殺さないと完全に死なない能力とか持っているのかもしれない。

 

「……見たところお前は転移したばかりなのか?異世界じゃその格好は目立つぞ」

「……は?え、ちょ、待ってくれよ。異世界ってまさか……」

「俺の場合は前世で死んでるから異世界転生っていうのが正しいけど、お前と同じだ」

「え……はぁ!?」

 

男はかなり煩い声で驚いた。

 

ーー

ーーー

ーーーー

 

菜月昴。

転移したきっかけは唐突で、ある理由から捜し物を届けて、助けたい人がいるため、どうすれば助けられるか試行錯誤しているらしい。

どうして助けるのに試行錯誤が必要なのか聞いたが、それに答えようとはせずに話を逸らされた。

それからは俺の話をした。

……まあ、話したとはいっても殆ど省いてはいるが。

 

「……えっと、つまりだ。ルーデウスさんはトラックに轢かれて死んだ……と思ったらこの世界に転生してて……何十年も旅をしているのか?」

「そうなる、まさか他にも俺のいた世界から来たやつがいるなんてな。あと、俺のことはルーデウスでいいよ」

「そういうわけにもいかないですよ。俺より歳上なんスから」

 

本当のことを話せば色々とややこしくなるため、俺が転生者であることと色々な場所を旅しているということだけを話して他のことは伏せた。

旅をしたと言ったって、それはこの世界じゃないからそもそも基礎的な知識すら欠けている。

 

「それで、その助けたい人を助けるのに困ってることがあるんだよな?」

「……いや、そこまでは頼めねえスよ。あとは俺の力でなんとかやってみるんで」

「そうか。俺はもう少しこの辺を歩いているから、ダメそうなら頼ってみてくれ」

 

ナツキはそういうと立ち上がって表通りと思われる方向に走っていった。

……なんというか、あいつは放っておけない。

ナツキは絶対に何かを隠している。

その隠しているのは何かと考えた時に浮かび上がるのは……あの野郎だ。

この世界にも同じようなのがいて、そいつがナツキを利用しているのかもしれない。

……それを黙って見過ごすことは出来ない。

もはや何も残ってはいないのだ。

ならせめて、俺と同じように異世界に来た人が俺と同じような道を歩まないように導くのも、一つのすべき事なのではないか。

 

ナツキに気付かれないように後を追うことにした。



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闘気

「……まあ、強く生きろよ?」

「サンキューな!!」

 

「……何やってんだあいつ」

 

ナツキを追ったのはいいけど、それからのあいつは貧しい者を演じるためか服を泥塗れにして人からの同情を買い、誰かを探している。

確かにそれなら裕福そうに見えないし、俺も場合によっちゃあんなことしてたかもだけど……。

あれ、汚れ落ちるのか?

 

持ち物見てもこの世界のお金持ってなさそうなのに、たった一着の大切な服をあんなに汚してどうするつもりなんだか……。

 

……と、ナツキが誰かとぶつかった。

この辺りじゃ珍しい格好の女性だ。

それを見た瞬間にナツキはかなり動揺する。

ああいうイカれたのは転移したばかりのナツキには耐えられないか。

 

その女を適当にあしらうとまた歩き出した。

俺もそれを追おうとしたが……

 

「……俺はあいつの後を追ってるだけだ。お前は関係ない」

「あら、簡単に止められたわ」

 

背後から現れたさっきの女に別段驚くことなく適当に攻撃を受け止める。

大きく騒ぎを起こしたくないからか動きが鈍い。

 

「そんな疑う目をするな。俺はお前とは無関係だから襲うつもりもない」

「……無関係ならいいわ。今は騒ぎを起こしたくないの」

 

女の手を離してやると瞬時に遠くに移動した。

それから俺を監視する様子もなければ、俺も追うことはしなかった。

数分ほどは警戒してみたが、本当に消えたことを確認して再び観察に戻った。

……のだが、さっきのでいつの間にかナツキがいなくなっている。

 

「……あの時も、急にいなくなって、探した時には遅かった……」

 

昔のことが思い出される。

……一度守ってやろうって決めたんだ。

今度こそ守り抜いてみせる!

 

久しぶりに広範囲の声を聴き取る魔術、地獄耳を使ってここ一帯の声を聞いてみる。

ここは人の声がしないためナツキが話しているならすぐに気付けるはずだ。

 

『……元の持ち主に返したいからだ』

 

聞こえた、声の大きさからしてそう遠くはないな。

急いで近くまで行ってみるか。

 

『盗品が集まるのはこの先ね!』

 

走ってる最中で元気そうな女の子の声も聞こえてきた。

正確な位置は分からないが、その声はナツキのいる場所に近い。

 

「……嫌な予感がするな」

 

さっきの女を見た時ナツキがした表情の意味。

もし、それがあの女を知っているという意味でのものだったら?

それに、ナツキが言ってた助けたい人。

それがあの声の女の子なら……。

 

「通信は……ダメか……!」

 

通信出来れば気を付けるように連絡できたのに、それが出来そうにない。

おそらく魔力の質が違うのだろう。

この世界と俺のいた世界の魔力の原理が同じとは限らない。

移動系の魔術はこの国のことを理解出来ていないから使えない。

 

魔道鎧(マジックアーマー)があればもっと速く動けるのに……!」

 

闘気を纏えるならこんなことに頭を抱えはしなかったのに。

ああクソ、別世界に来たんだから闘気ぐらい新スキルって感じで使えても……。

 

「……っ!!」

 

突然走る速度が上がった気がする。

闘気?……いや、俺が見た闘気はこんな感じじゃなかった。

なら、これは一体?

 

「……今は後回しだ」

 

前いた世界と違ってこの世界じゃ魔術対策の装備や乱魔のようなものがあるかもしれない。

近くに立てられていた短刀を奪い、再び地獄耳を使う。

 

『殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ』

 

声が近くで止まっている。

 

『……おかしいわね。どうして持ち主がいるのかしら』

 

同時にさっきの女の声も聞こえる。

俺の予想は正しかった。

お前にアレは倒せない。

……この力は元々大切な人を助けるために得た力だ。

大切な人ってわけじゃないけど、守るって部分は間違っていない。

 

「この世界でぐらい誰かを守らせてくれ!」

 

岩砲弾の準備をし、曲がり角を抜けた先、

 

「岩砲弾!!」

「――!?」

 

あの女が見ている方向に全力で撃った。

俺の叫びに全員が気付き、外に出てくる。

 

「あいつは!」

「エルザ……それに、ルーデウスさん!?」

「殺気を放ってたからな、攻撃を加えたけど問題ないよな?」

 

力を加えたつもりの岩砲弾を喰らってあまりダメージを受けていないように思える。

やはり、なにか耐性でもあるのか。

 

「ふふ、外套がなかったら危なかったかもね」

 

エルザと呼ばれた女は武器を構え、ナツキたちの方に向く。

だが、同時に俺の動きもしっかり観察している。

やはりというか、ただの盗賊ではなさそうだ。

 

「おい、どうして武器を構えてる」

「持ち主まで連れてきてしまったなら商談なんてとてもとても……だから予定を変更することにしたのよ」

 

エルザは足が速い上に手癖が悪い。

こういうのは予知眼で予め行動予測を立てて……

 

〈右方向から襲い、腹を斬る〉

 

予知はするがかなりブレて見える。

だが、どれを見ても一つの結果だけは同じだ。

 

「そんなに腹を斬りたいか!!」

 

雷撃を使ってエルザを移動させる。

そして、予知と同じタイミングで攻撃を仕掛けたため水神流で受け流し、剣神流で攻撃した。

 

「魔法も剣も一流ってことかしら……」

「……この感覚」

 

剣を使った時に感じるこの闘気……。

……きっと俺は、あっちじゃパウロの近くに埋められたんだろう。

この闘気は、パウロを思い出すような温かいものがあった。

 

……この世界で力を貸してください、父さん。

 

「うおぉぉお!!!!」

「かなり手強いわね……」

 

剣神流で攻撃を行い、敵に休む隙を与えさせない。

確実に俺が押しているのに、決定打が出ない。

やはり剣技は少し荒さが裏目に出るか。

 

〈ククリナイフをナツキたちの方に投げて不意打ちをする〉

 

「……やることは読めてるんだよ!!」

 

投げようとした腕ごと岩砲弾で撃ち抜く。

あれは泥沼でもフロストノヴァを使っても動けない部分は切り捨てて動くタイプだからどうすべきか。

……思った以上にタフだな。人間、というわけじゃなさそうだ。

 

「……ナツキ!その家に隠れろ!!」

「る、ルーデウスさん?」

 

傲慢なる水竜王を取り出す。

……あの時はそれだとロキシーに間違われたんだったな。

 

「全力の一撃……になるかは分からないけど、久しぶりに大技を使いたくなった」

「……へぇ、あれより強力ならさすがに避けるしかないわね」

 

どうだろうか。岩砲弾のほがよく使う魔術だし、多分全力なら今ならオルステッドも倒せる気はする。

……もちろん魔道鎧もあればの話だが。

 

「早くしろ!」

 

そう叫ぶとナツキたちはすぐに家の中に避難してくれた。

エルザが追いかけようとしたが、泥沼で少し動きを止めてやる。

 

「それで動きを止めたつも……!」

「はぁ!!」

 

剣神流で突っ込み、反撃を見越して瞬時に水神流に切り替える。

そうして完全に家から引き離したところで、魔術を発動する。

何をするつもりか気付いたのか、泥沼で一瞬隙を作らせる。

 

「魔術を使うのに時間は掛からない。一瞬あれば全体を凍らせるなんて簡単なんだよ」

 

ましてや、こいつは魔王どころか俺が殺した相手の中では弱いか普通より下の部類だ。

……それに時間をかけてしまったのだから俺も怠けているな。

 

「――絶対零度(アブソリュート・ゼロ)

 

全てが凍りつく。

と同時に闘気が消えていく。……自分の力で制御できるようにしなければ。

 

そんなことを考えつつ、あることを思い出した。

 

「……これ、俺がなんとかしなきゃあいつら閉じ込めたままになるんじゃないか?」

 

やはり大技は街中だと後の処理が面倒だ。

エルザの凍っている場所を溶かさないように凍った扉を溶かしながらそう思った。



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ロズワール邸

エルザの凍死が王国中に知れ渡るのに時間は掛からなかった。

絶対零度の規模に驚いてか急いでやって来た兵に事情を教え、エルザのことを説明すると腸狩りという異名を持つ殺人犯だと分かった。

ことの一件が収まった時には腸狩りを凍死させた氷の魔法使いなんて言われ始めていた。

 

「……すっげぇな、あんな綺麗に凍るのかよ」

「ボクの知る魔法とは違った原理……興味深いね」

 

次に分かったことはこの世界の魔力と俺の持つ魔力の違いだ。

妖精の言葉を信じるならこの世界と俺の魔力は原理が違うから今後も変に怪しまれる可能性は高い。

この世界の魔力を扱えるようになれば新しい発見でも生まれそうだが、今はそんな余裕もなさそうだ。

 

 

……で、それからの行動だが、ナツキが助けたいと言っていた人が白髪の――エミリアと呼ばれている少女だったため、人助けは終わった。

ナツキも助けれた上にエミリアの探していた物も取り返せたため全てが無事に済んだ。

盗人は捕えられる予定だったが、ナツキの説得でエルザが全ての元凶ということで今回は見逃すという話し合いになったという。

俺の仕事は全て無事に終わらせることが出来たんだ。

 

……のだが、今の俺は出来ることがない。

過去転移ですら魔力切れを起こしたのに異世界転移となればより膨大の魔力を消費するはずだ。

早い話、今のままなら元の世界に帰ることが出来ない。

そうなると暫くは金が必要になる。

情報を手に入れようにも、研究をしようにも金が必要だ。

 

 

 

 

「お客様、ロズワール様がお呼びです」

「……分かった。俺も準備が出来たから向かう」

 

エミリアがお礼をしたいということで俺たちをロズワール邸に案内した。

ナツキはそのままロズワールとかいうのに言われるがまま食事の場に移動させられる。

俺も呼ばれたが一緒には行かなかった。

理由としては、ここのメイドだ。

……でも、まだ確証がないため一先ずそれは置いておく。

何はともあれ、自分の言いたいことに整理もついたため彼女に付いて行った。

 

「――君が腸狩りを凍死させたルーデウスだぁね?」

「ルーデウス・グレイラットだ。ナツキとは同じ村の出身なんだ。……外の常識に疎くてな、色々説明してほしい」

 

……まず、第一印象としてヒトガミを思い出すため長く話をしていたくはないと思った。

道化顔のロズワールはナツキに話したのであろうこの国のことやエミリアのこと、ロズワールがどういう存在なのかということを教えてくれた。

どうやって入国したかは多少強引だが転移魔術を使ったと説明した。

実際出来ないことはない。空間転移程度なら過去転移と違って術式を組めば不可能ではないはずだ。

 

ロズワールの説明の中で、エミリアが王不在のこの国の新たな王候補の一人であり、ロズワールがそのバックアップ的存在であることを聞かされた。

エミリアの盗られていたらしいそれがどうやら王候補の証となるキーアイテムだったらしいが、その資格を盗られるなんて甘すぎるにも程がある。

アリエルならそんなヘマをするどころか、しっかりとしたバックアップがあればあれこれと対策を練ったはずだ。

……いや、そういうやつだと考えていた矢先のクーデターだったんだ。あの時、彼女がもっと大胆に行動してしまう可能性も考慮していれば……。

ああクソ、昔を思い出すのは今は止めだ。

 

話を戻そう。

事情はどうであれナツキはエミリアのために王候補の証を取り戻そうとした恩人、俺は腸狩りといつ魔の手からエミリアを助けた命の恩人という状況になっている。

……と同時に王候補の証を一時的にでも盗られたことを知る者として口封じ――場合によっては裏で消さなければならない対象だ。

だが、こいつは消すという考えではなくあくまでも恩人として俺たちを扱おうとしている。

……それはつまり、俺たちを何かに利用しようとしているのだ。

 

「……ナツキが証を取り返そうとした恩人なら、俺もエルザの魔の手から救い出し、王候補から外れることを防いだ功績者とも言えるよな」

「その通ぉりだね」

 

あいつは見たところかなりのお人好しだ。

そしてエミリアに恋してる。

多分あいつはここに残るための何かを言ったのだろう。

だが、俺はここに長居はする気がない。

あいつほどお人好しにはなれないし、そんな気持ちも殆ど薄れている。

 

……が、前世のように一人で出来ることも少ない。

過去の俺に人に頼りすぎだと言ったが、こうも知識がないと暫くは誰かに頼るしかない。

ナツキをしばらくの間助けてやるって意味でもここで雇われるとするか。

 

「俺をエミリアの護衛として雇ってくれ。後悔はしないはずだ」

「エミリア様の護衛かぁ。腸狩りを倒した氷の魔法使いなら確かにいい護衛になりそぉだ」

 

この人を見下した感じ、とことんヒトガミに似ているな。

前世ならヒトガミを知っているか聞き出したあとに焼き殺しただろう。

 

「……俺はお人好しじゃないから長く雇われるつもりはない。王国で家が買える程度金が貯まるまでの期間っていうのはどうだ?」

「もちろん問題ない。僕としては君のほうが信用できる」

「そう思うのは勝手だが、俺とナツキになにか危害を加えようとすれば……エミリアを殺す」

 

ロズワールが一瞬険しい目付きになる。

こいつとヒトガミの違うところは、こいつにとって都合の悪い展開は読めているし、何よりこいつは俺の手の届く場所にいる。

 

「知り合いが惚れてる相手なんだ。俺に殺させないでくれよ?」

 

手の届くやろうなら、いつでも殺すことが出来る。

その自信が俺にはあった。



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想定外の再会

「……分かったよ。エミリア様が殺されるとなると困るからね」

「さっきも言った通り、危害を加えない限り俺はいつでも味方のつもりだ」

 

この男が何を企んでいるにしても、最初の方は俺を油断させるために仲間のように接してくるだろう。

同じ失敗は二度と繰り返さない。

 

繰り返してはいけない。

 

「……最後に一つだけ」

「なんだい?」

「アレのことで自分は知らなかったなんて言い訳が通じると思うな。その時も俺はエミリアを殺す」

「……はて、何のことか分からないけど手厳しいねぇ」

 

これで通じたならこいつは黒だ。

唯一分からないとすれば……。

 

「……考えるより行動か。気を付けなくちゃな」

 

ロズワールのいた部屋を出た。

相変わらずここは居心地が悪い。

さっさと出たいものだ。

 

「でも、とりあえず寝床と食事だけは確保出来たんだ。まずはここのことを学ぶか」

 

文字が分からないが、言語は日本語だ。

人間語が通じるなら多少は……なんて考えていたが、まさか日本語をまた使うことになるとは思わなかった。

エミリアから文字を学ぶとして、魔法はどうしようか。

ナナホシは転生者と転移者の違いとして魔力の有無を挙げていたが、俺はあの世界の魔術を使えてもこの世界の魔術は使えない可能性が高い。

 

そうなると試したいことが出てくる。

……が、エミリアとナツキぐらいしか頼る宛がない現状でロズワールに手の内を見せるのは得策じゃない。

一瞬で分かることだからこの疑問は後回しだ。

今日は少し出来ることだけやって明日から本格的に動いていこう。

まずは……。

 

 

 

気付けば、白い場所にいた。

もはや二度と見ることがないと思っていたこの場所だ。

この空間にもう一度入れた時のためにこの空間でも魔術を使える訓練はしてきたのだ、絶対に殺してやる。

殺意と憎悪を増幅させてヤツがいるであろう方向を振り向いた。

 

「ヒトガミ――」

 

絶句した。

そこにいたのはヒトガミ……なのだが、どうにも様子がおかしい。

ヘラヘラしていた笑顔はなく、俺と同じ怒りを見せていた。

それに体がバラバラで封印魔術のようなものがされてある。

なぜ?と一瞬考えるが、俺はある仮説を立てた。

 

ここにいるヒトガミは、過去転移で未来が変わったヒトガミではないのだろうか。

それが正しいのなら、俺はどうやってか知らないがヒトガミを追い詰めている状況なのかもしれない。

そう考えただで笑みがこぼれる。

俺の過去転移は無駄ではなかったのだと、達成感が生まれる。

 

「……君は、未来から来たルーデウスか」

「お前のそんなイライラした口調は初めてだな。そんなに俺が憎いか?」

「ああ憎いさ。それもこれも君が未来から来さえしなければ僕が封印されるなんてことにもならなかったんだ、君さえいなければ!!」

「そっくりそのまま返してやる!お前さえいなければ俺は何もかも失わずに済んだんだ!!今ここでお前を殺して……!」

 

魔術を使おうとして、止めた。

この時代の俺がなんのために封印なんて手段をとったのか理解した。

それを、俺が壊してはいけない。

 

「……お前が封印されるなら、多分この時代の俺は何も失わずに済んでるんだろうな」

「そうさ、君がオルステッドと手を組んだことで君の知る未来は全て変わった。その結果、君の子孫とその仲間がなぶり者にしてこうして封印したのさ」

「子孫たちが?……俺は、どうなった」

「それを君に教えるとでも?」

 

こいつ……。

ダメだ、ここであいつの思惑通りに動くな、考えろ。

子孫たちがこいつを封印したということは、俺はもう歳で動けないか、寿命で死んだ可能性がある。

あるいは……。

いずれにせよ、俺が死んだことで子孫たちがオルステッドと打倒ヒトガミのために戦い、勝利した。

 

……ん、ならどうして封印なんて手段をとったんだ?

いや待て、思い出せ、あの石碑には他にもなにか書いたはずだ。

たしか……そうだ、六面世界の崩壊だ。

あの石碑にはヒトガミを殺すということは最後に残った人界が滅ぶとか書いてあったはずだ。

やはり若い体だと記憶もはっきりしている。

その時はこんな世界滅びたってどうにも思わないとか考えていたが、たしかに皆が無事な世界なら滅んでもいいなんて思わない。

それを考えて封印という手段をとったのかもしれない。

 

オルステッドに関してはナナホシと話し合った結果共闘する形になったのだろう。

味方になればこれほど心強いやつもいない。

 

「……それにしても、君は今大変なことに巻き込まれてるみたいだね」

 

疲れきっているように見えるが、最後の足掻きのように笑ってみせる。

……何故だろう。あれほどまで殺したくて手が届かないと思っていた相手がいるというのに、ここまで無様で弱々しい姿を見せられると、色々な感情が込み上げてきて逆に冷静になれる。

 

「……俺の異世界転移はお前とは無関係みたいだな」

「当然さ、こんな状態になっててまだ何か出来るとでも?……それに、そんなモノまで連れてくる気は僕にはないよ」

 

そんなモノ?こいつは何のことを話しているんだ。

ここには無様な格好のお前といつも通り前世の姿の俺が……。

 

「――え?」

 

しっかりと見ていなかったというのもあるが、そこにいたのは前世の俺の姿でもなければ、ルーデウス・グレイラットの姿でもない。

もっとおぞましい異物が混ざりあったような体をしていた。

 

「な、なんだこれ!?」

「さあね、僕もそんなの見たことがない。……君の不幸は僕の幸せのはずなのに、未来の君が不幸でも僕をこんな姿にした君が不幸じゃないから全然面白くもないな」

 

自分の体の異変に気付いた途端、体が重くなり、闇の中に沈んでいく。

なんだ、何がどうなってるんだ……!

 

「もう二度と来ないでほしいな。……いや、どうせ誰にも会えないなら話し相手がいるだけマシか……」

「待て!俺はまだ……!!」

 

ヒトガミに手を伸ばそうとして、届かない。

足掻こうと足掻こうとして、最後に見たのは――。

 

 

 

 

「――ロキシー!!」

 

目を覚ました。

……ここはロズワール邸の俺の寝室だ。

起き上がろうとしたが、妙に体がだるい。

この現象は魔力が切れた時と同じ感覚だ。

あの空間……あの世界に転移したことで魔力を消費したのか。

 

「……体も問題ない」

 

他にも色々考えるべきことはあった。

でも、最初に出てきたのは喜びだった。

最後に見たあの光景。

 

オルステッドの周りにいた人の中にたしかにロキシーとエリスに似た子供がいた。

きっとシルフィの子供や子孫もいたはずだ。

あれが、もう一つの未来なのか。

未来から俺が来たっていうきっかけ一つでここまで変えることが出来たのか。

俺は、家族を、助けることができたのだ。

そう思うだけで涙が溢れる。

 

「……また山ほど考えることが増えたけど、そうだな」

 

もっと実験を繰り返していけば、過去転移も安定できるだろうし、俺の世界の地獄を変えることが出来るはずだ。

やはりヒトガミは万能ではなかったし、俺がどうするべきかも分かった。

 

そのためにもまずはこの世界で転移魔術の原理をしっかりと把握しよう。

無の世界に異世界から行くことが出来たのだから秘宝や秘術なしで行く方法がここならあるのかもしれない。

それとは別にもしこの世界の魔法が使えるのなら、俺の世界のものと組み合わせることで秘宝や秘術を作ることが出来るんじゃないか。

 

それと、今日から日記をつけるようにしよう。

未来の俺が困難にあった時、やむを得ず過去に転移するための起点を作ってやろう。

 

この世界に来て二日目の朝。

僅かな希望の光に元気とやる気が出た。



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束の間の休息

この世界のことを知るためには文字を覚えなくちゃいけない。

これだけ広い屋敷なら文字の本ぐらい置いてあると思っていたが見つからない。

本屋で買うしかないが、その為にはお金が必要になる。

くそ、ここまでお金に困る日が来るとは……。

 

……仕方ない、今日は魔術の実験をするか。

実験をした後に転移魔術を研究していこう。

俺のやろうとしたことを突き詰めればもっと安定して転移が可能になるはずだ。

だが問題もある。

失敗すればもしかすると大規模な転移事件が起きるかもしれない。

 

今なら仮説を立てられるが、あの転移事件は本当にナナホシが関与しているのではないか。

ナナホシがあの世界に転移するには膨大な魔力が必要になった。

俺が転移するのに体の一部を失う程度だったが、それがナナホシのような魔力のない人だった場合……。

それが転移事件の正体なのではないだろうか。

 

……なんて、考えてみたところで答えは分からない。

そもそもナナホシを転移させた理由がわからない。

 

「さて、まずは……」

 

遠方にいる相手と通信をする魔術は魔力の違いから使用不可能なことが分かっている。

魔力の違いだと断定できるのは通信をしようとした時に魔力がかき消される感覚があったからだ。

それも乱魔のような強制解除ではなく何とも言えない感覚の解除だった。

となると、一先ずテレポートだな。

過去転移の研究の際に原理は理解している。

 

「場所は庭でいいか」

 

正確にテレポートできるのかやってみたいが生憎地形を把握出来ていない。

今度ナツキの部屋教えてもらってそこにテレポートできるか試してみよう。

……そもそもこの世界で使えるならの話だが。

 

「テレポート」

 

一瞬世界が真っ白になり、俺の体は下に降りていく。

……この魔術は使わないでおこう。無駄に消費する魔力が大きい。

魔導鎧の10%出力程度の魔力を持っていくのは使い物にならない。

やはり転移魔術はもっと研究が必要だ。

そうして世界が白から色を取り戻した瞬間。

 

「いくぜエルザ――!!?」

 

素振りをしていたナツキの目の前にテレポートしてしまい、咄嗟に右手で受け止めた。

 

「適当にテレポートしたのが悪かったか。悪いな、次からは人のいない所にする」

「る、ルーデウスさんか……。ほんと同じ異世界人と思えない高スペックしてるっスよね」

「転生して長いからな。俺のいた地域の魔術は殆ど使えるぞ」

 

土魔術を使って久しぶりに人形を作ってみる。

作品は魔法少女。

うん、もう作れないと思っていたが随分いい感じの仕上がりになった。

 

「魔法少女!?何の作品か分からねえけど完成度高ぇし買ったら万は超えるんじゃねえか……」

「……それもそうか、これも売って金を儲けるのもアリだな」

 

これが繁盛するなら楽な仕事だ。

一度ロズワールに売ってみて反応次第では商売をしてみよう。

いや、あの野郎に売れる気がしないな。

やっぱりロズワールに売るのはなしだ。

 

……それにしても、相変わらずナツキは俺といると他人行儀というか、硬いな。

年上だからって見た目はナツキと変わらないからタメで話しても問題ないが……、それとも別の理由でもあるのか?

 

「いいなー、俺も魔法とか使ってみたいっスよ」

「異世界転移ならもしかすると魔法とか使えないかもしれないな。この世界の肉体じゃないから」

「んな!?俺の異世界生活早くも絶望的……?いや、そんな時は剣を極めて剣士として生きていくのも一つの手か」

「その時は俺が魔術師として助けてやるよ」

「それ俺いらないやつっスよね!?ルーデウスさんに寄生してるコバンザメ程度の扱いになるやつっスよね!!」

 

相変わらずというか、ナツキは動きがオーバーだな。

きっと日本じゃオタクだけど普通に学校生活楽しんでる系の人間だったんだろうな。

 

「俺は暫く魔術の研究をするつもりだけど、剣の練習をしたいなら付き合ってもいいぞ」

「そういやルーデウスさんって剣も凄かったスよね。……よく見る異世界転生ものの主人公みたいで羨ましいっス」

「……羨ましい、か」

 

俺はお前が思っているような勝ち組じゃない。

むしろ俺は負けたんだ。

ただ、そうだな。

守りたいものを守れて、ハーレムを作って、少々のエロいこともして……。

 

「……お互いそんな主人公みたいな存在になれるといいな」

「俺はこれからっスね!当面はラムとレムの仕事手伝いながら、エミリアたんを俺が守れるぐらい強くなるための稽古をルーデウスさんにつけてもらおうかなーと」

「いいぞ、もし俺から一本取れればそうだな……エミリア人形ミニサイズを作ってやろう」

「え、エミリアたん人形……!」

 

唾を飲む音が聞こえ、同時に木刀を持つ手が強くなっている。

握り方を見ると初心者という感じじゃなさそうだ。

剣道でも習っていたのかもしれない。

 

「でも、習い事と実戦は全く違う」

 

土魔術で作り出した短剣で木刀を受け流し、泥沼で体勢を崩す。

全くの初心者じゃない分闘気は纏えなくても数年あれば何か一つは中級の域には到達出来るだろう。

いずれはナツキがエミリアを守ることになる。

自分の惚れた女ぐらい自分で守れる力が必要だ。

 

「お前に教えるのは俺の知る剣術の一つ、水神流だ」

 

水神流という響きがカッコ良かったのか、目をキラキラさせて「よろしくお願いします!」と改めて頭を下げた。

剣神流は闘気あっての剣術だが、水神流なら自分の身を守りながらエミリアを守るための力にもなるはずだ。

剣神は初級をマスターできる程度に教えて水神をメインで教えよう。

俺だって剣術はそこそこしか扱えないしな。

 

「いいか、俺の動きを見てしっかりと受け流してみろ」

「お、オス!」

 

力強く踏み込み、闘気を纏おうと試してみる。

……ダメだ、稽古で闘気を使うのはパウロが許してくれなさそうだ。

いや、俺自身が闘気をマスターするためにもそこは使わせてくれよ……。

 

「俺の攻撃を連続で二回受け流せれば今日の稽古は終わりだ」

「ルーデウスさん、それは流石に甘く見すぎじゃねえっスか?二回ぐらいなら俺だって――」

「ほい」

「あだぁ!?」

 

無駄口を叩いている間に一撃だけ入れる。

……無駄口叩くだけの反応はできるのか。そこに早さもあれば意外と早く終わるかもしれない。

 

「……って、今のは初見殺しじゃねえっスか!」

「戦闘なんてそんなものだ。ゲームと違って初見殺しだからリトライとかはねえんだ」

「……まあ、それは、そうっスよね……」

 

それから俺も闘気を纏った剣での戦闘を想定した動きでナツキに攻撃をした。

最初の方こそ受け流せずいいとこなしだったが、日が暮れかけた頃には三度斬りかかれば一度受け流せる程度には俺の動きについてこれるようにはなっていた。

そして、俺も少しばかり熱くなっていた。

 

「よし、これはどうだ!」

「こんの……!」

 

大きく振りかぶった一撃を入れる瞬間に体勢を低くし、懐に入り込む。

これに反応できるか……。

 

「こういう動きにも慣れておかないとエミリアを守れないぞ!」

「う……うおぉぉ!!」

「……!!」

 

ナツキはあろうことか剣を右手で受け止めた。

それは、稽古だからできる行為だ。

今のは自分の手を失う行為だった。

だが、同時にこいつはエミリアを守るために自らの手を犠牲にしたという考え方もできる。

……いずれにせよ。

 

「――お前はバカか!次稽古で手なんか使ったら全裸にして水ぶっかけるからな!!」

「いつの時代の拷問!?てか……ルーデウスさんってそういうの」

「無詠唱でできる魔術をあえて詠唱付きでやってやろうか?」

「ごめんなさい!」

 

全く、人をとんでもないやつ扱いするなんてどういう教育だ。

……まあ、少し前までやってたことを思い出すと間違いじゃないが。

 

 

二日目、昼

魔術の実験と転移魔術の研究をしたかったが、ナツキとの稽古で意外と時間を使ってしまった。

こんな暇をしている場合は……と思う反面、久しぶりに楽しいと思えた。

……ノルンは今でも素振りなんかは続けているのだろうか。

もしかすると、パウロのように強い剣士になっているのかもしれない。

それにルーシーだって……。

……そうだ、どんな理由があってもヒトガミだけは、あいつだけはどんなに時間がかかっても殺さなければならない。

……殺さないと、いけないのだ。



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遅かった

ー???視点ー

 

気付けば暗い所にいた。

どこを見渡しても真っ黒な世界で立っているのかどうかさえ怪しい場所で頭を整理しようとする。

なぜ、こんな場所にいる?

一体何があった?

丸一日分の記憶が抜け落ちている感覚だ。

 

……そうだ、たしか死んだのか。

どうしてかも覚えていないが自分が死んだということだけは理解した。

だとするとこの暗黒は死んだ後の世界というわけか。

 

(……なんだか疲れた、一眠りしよう。そうして消えるのを待つだけだ)

 

記憶が曖昧で思い出せないというのに、死んだとはっきり理解してからは何もかもどうでもよくなる。

もう、出来ることは何もないのだから。

 

(……あぁ、ただ……)

 

――最後に、一目見ておきたかったな。

 

そうして目を瞑る。

それがどれほど続いたのか、次第に意識を取り戻す。

 

(……まだ、意識があるのか)

 

眠っていると起きるのは生物として当然だ。

そんな当たり前のことが自分にできた。

できてしまった。

 

まだ自分という存在は消えないのか。

それとも、死後の世界とはこんなにも孤独なのか。

 

「――おい、大丈夫か?」

 

声がした。

そして突然の異変に目を開いた。

その光景は、彼を混乱させるには十分なものだった。

 

 

ールーデウス視点ー

 

この世界に来てから五日ほど経過した。

相変わらずこの屋敷にはうんざりする。

だが、そんな俺にもまだマシだと思える空間が出来た。

 

「……また来たのかしら」

「外のことに疎いからな。ただ本を読むだけだからなるべく迷惑かけないようにするさ」

 

文字を覚えることに関して初めこそどうしようか悩んでいたのだが、たまたまこの空間に入ることに成功し、それ以降コツを掴んだためこうして出入りしている。

文字は昨日で全て覚えたため、早速魔法や歴史について学んでいるのが、この世界はやはり全く原理が違う。

どんな生物にも存在しているゲートか。

俺のような異端者にもそれはあるのだろうか?

使えない可能性が高くなったが、ゲートさえあれば魔術と兼用していくことで新しい発見にも繋がるだろう。

そして、気になることがもう一つ……。

 

「……魔女サテラか」

 

封印されているということはまだ死んでいない。

それが意味するのは様々な可能性が考えられるということだ。

 

「魔女教徒……ヒトガミの使徒みたいなものか。見分ける方法はないのか……」

 

怪しいヤツには要注意ってことだろう。

……待て、もしヒトガミのように被害に遭ったものにしか分からない特徴があるとすれば……。

……それはないか。そもそも覚えがない。

 

「よし、今日はこれぐらいにしておくか。また明日も来ると思う」

「……勝手にしたらいいかしら」

 

彼女もこんな何度も来る俺を下手に扱おうとはしない。

……意外と贈り物で渡したパック人形が気に入ったのか。

ベアトリスは一度食事に来ていたのだが、パックと仲が良かったように見えたから手土産で渡したのだが、それが大好評。

以後、ベアトリスは俺が来ることも一応認めてはくれている。

 

「今日はアレを作らないのかしら?」

「魔導鎧か。……一人で作るには限界があった」

 

ベアトリスは許容してくれているものの一つ、魔導鎧。

……の形をしているだけの人形と変わらないものだ。俺が作るには何かが足りない。

クリフとザノバがいれば……。

闘気と魔導鎧を合わせればと考えてこいつを作ろうとしているが、やはり俺一人で作るのは無理なのか?

 

「……何を作ろうとしているのか分からないけれど、一回り大きくすればその術式とやらも組みやすくなるんじゃないかしら?」

「大きく、か」

 

いつだって小さいものより大きいもののほうが不格好でも作りやすいものだ。

たしかに大きいものを作ってコンパクトに出来そうなら俺サイズに小さくしていくのもありか。

ネオジ〇ングのようなものを考えてみよう。

俺が安定して作れるサイズだとザノバと作ったものより一回りもふた回りも大きくなるが、俺が作るものとしては出来は良くなるだろう。

焦らず確実にヤツを殺す準備を整えていくんだ。

 

「なんにせよ、今日はもう遅い。明日にするさ」

 

図書館を出て浴場に向かう。

ここの浴場は基本俺とナツキぐらいしか入ることがないため落ち着ける場所の一つになってきている。

 

「はぁーい、久しぶりだねぇ」

「……ちっ」

 

目の前にいる野郎がいなければ今日も平和ではあったと思えるものを……。

最近見ていなかった野郎だが、外出でもしていたのだろう。

俺自身メイド共とも極力話さないようにしていたのは失敗だったかもしれない。

 

「……まあいい、魔法のことで少し聞いておこうと思っていたところだ」

「氷の魔法使いとそんな話が出来るなんて光栄だねぇ」

 

人を小馬鹿にしたように俺の方を向くが、イライラしてはいけない。

よし、リラックスだ。

あいつのペースに乗せられないように……。

 

「俺がどの属性が得意か分かったりするのか?」

「?氷の魔法使いだから火じゃないかぁ」

「いいや、あれは独学で学んだものなんだ……実際のところ何が一番なのか分からなくてな」

「ふぅむ、その言い方だと全属性使えるような言い方だねぇ」

「信用ならんって顔されてもな……こんな感じだ」

土魔術で作った岩を投げ、落下地点に泥沼を発動させる。

砕けたものがこちらにいくつか飛んできたからそれを凍らせる。

 

「どうだ、全属性に適正があると思ってもおかしくないだろ?」

「……これはこれは。才能だけ見れば私以上かもしれない」

 

感嘆と共にロズワールの瞳がギラつく。

それはもうとてもいい人材を見つけた時のように。

こいつは使えるといった顔をしていやがる。

 

「それだけのことが出来るならわざわざ適正を確認する必要はないんじゃないかなぁ」

「それは……いや、そうだな」

 

あまりがっつきすぎても良くない。

とりあえず力を見せておくっていうことは成功したんだ、欲張らないでおこう。

そこで、俺はもう一つの疑問を解消するために行動に出る。

 

「ロズワールの魔法を見せてくれ。俺も気になっていたんだ」

「大したものは見せられないと思うが……君になら特別に少しだけ見せてあげようじゃぁないかぁ」

 

ロズワールは嬉しそうに小さな炎を出した。

それを俺に近付けて「今はこれぐらいで我慢してくれ」と言うが、それを無視して俺は火に触れた。

 

「――乱魔(ディスタブ・マジック)!」

 

火がかき消される。

成功だ。この世界でも乱魔は使えるようだ。

原理が違うものでも、魔法がどうやって発動しているのか理解できれば応用しだいで消せそうだ。

 

「騙して悪かったな。こいつも独学で学んだんだが、使えるのか不安だったんだ」

「――」

 

ロズワールはとんでもないものを見るような目で見ていた。

こういうのは初めてか?

……いや、それでも完全に余裕は消えてないってことは魔法以外も使えそうだな。

 

「……本当に、君は私を驚かせてばかりだ」

「大抵の生物なら殺せると思っているからな。それ相応の技術だけはある」

 

ロズワールが魔法だけの男じゃないとなると、闘気をもっと練習しつつ魔導鎧も完成を早めるべきか。

今の俺は強いが列強並かと言われればそうではない。

闘気を使って列強並、魔導鎧も合わせれば不老不死でもない限り殺せない相手もいないだろう。

 

 

五日目

乱魔の発動に成功した。

魔導鎧も詰まっていた部分がベアトリスの助言で少しは進展があるかもしれない。

 

転移魔法の研究に関してはまだまだこれからだ。

とりあえず明日俺の部屋とナツキの部屋を自由に転移できるか試してみることにする。

 

 

「なんせあそこには……!!」

 

日記を書いていた手が止まる。

なんだ、これ。

 

「うっ、おぇ……」

 

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

今までに感じたこのとない寒気と苦しみに支配される。

……ロキシーも、同じ苦しみがあったのだろうか。

こんなにも、辛かったのだろうか。

 

「ぐ……くそっ……なにが、どうなって……」

 

瞬間、扉越しから殺意が向かってくる。

泥沼で動きを止め、即座に岩砲弾で吹き飛ばす。

殺しては困る、治癒魔術で体を回復させながらどうして俺を狙ったのかを聞かなければならない。

 

「答えろ、何が目的だ」

 

片手で治癒魔術を使いつつもう片方で岩砲弾で狙い殺す準備をする。

しかし、答えるはずがない。

 

「なぜ俺たちを狙った……青髪メイド」

 

レムだかラムだかニアだかメロだか知らないが、そんな感じの名前だったメイドにただ真っ直ぐな殺意を向ける。

当たりどころが悪かったのか、もうすぐ死ぬだろう相手に尚も殺意を向ける。

 

「……治癒魔術で治る気配がない……はっ、もうダメだな」

 

俺も今度こそ死ぬ。

原因もわからないまま俺は死ぬ。

どこで間違えた。どこで油断した。

分からない。原因が分からない。

ああそうだ、いつだって俺は分からないままだった。

そうして気が付くのは誰かを失った後だ。

今回は気付かないまま俺が一人死ぬだけだと考えれば少しは楽なものか。

 

そんなことを考えていると、メイドが虚ろな目で呟いた。

 

「……――」

 

俺はその時どんな顔をしたのだろうか。

だが、彼女のそれを理解した。

もしかしてと思っていたことが当たってしまった。

 

つまり、そうか……そういうことなのか。

くそ、こんな時に気付くなんて……。

ヒトガミが言っていたのは……。

 

――やはり、俺は、いつも気が付くのが遅すぎた。

 

そんな後悔ばかりが俺の心を支配していき、意識が途絶えた。

 

 

 

 

数時間後、俺は自分の部屋で目を覚ました。



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死に戻り

「――これ、は……」

 

ルーデウスは自分の身に何が起こったのか理解出来なかった。

あのメイドが治したというのか?バカな。

神級の治癒と解毒魔術を使っても治せなかったんだぞ、あのメイドに治せるとは思わない。

……そもそもあのメイドももうすぐ死ぬところだった。

なにが、どうなっているんだ?

 

「……ロズワールがなにかしたのか」

 

あの道化なら何か知っているかもしれない。

この世界特有の魔法を使って治した可能性もあいつなら考えられる。

……それならよかったと思ったのだが、そうもいかないらしい。

 

「……転移魔術の陣がない」

 

人一人を転移させる程度の陣を作ってみたのだが、その跡がどこにもない。

もう片方のメイドが青髪を殺した怒りで壊しやがったのか。

……そう思いたいが、それにしては……。

とにかく、一度外に出よう。

 

 

「死体どころか、血の臭いも何もかも綺麗に無くなっている」

 

数分とはいえ、泥沼に岩砲弾まで使用したのだ。多少の跡はあるだろう。

それすら全く残さない、そんなことも可能なのか。

オルステッドのような男なら可能かもしれないが、ロズワールにはあの男のような強さはない。

そもそも、列強の強さすら持ち合わせていない。

俺は謎の症状としても、青髪は人を殺せるぐらいの岩砲弾で攻撃したのだ。エミリアならあの事態に気付くはずだ。

 

……何故、あんなお人好しが向こう側で呑気に青髪のメイドと話をしている。

なぜ、あいつは昨日のことをなかったようにしている?

せめて口封じぐらいとか思わないのか。

これではまるで……。

 

……ありえない。

一瞬考えたことはありえない、不可能だ。

どうかしている。

理論上それは……。

 

「……日記だ」

 

日記を読めば分かる。

もう一度部屋に戻り、日記を確認する。

 

 

二日目、昼

 

その内容で日記が終わっている。

……過去転移なんてものじゃない。

俺は、死んだはずなのだ。

そして、過去転移をすれば起きるはずの魔力を消費した感覚もない。

 

「だからって、受け入れろっていうのか」

 

もっと柔軟に思考をしろ。

柔軟になってみれば分かることは……。

 

考えれることは……

 

「……なんだよ、考えれば考えるほどこれしかなくなるだろうが」

 

何を考えても頭が痛くなる。

ただ、さっきの答えを使うと嫌なほどそれが正解だという気持ちになる。

 

死んで過去転移をした可能性。

 

原因は魔女とやらが関与している可能性が高い。

なんのメリットが魔女にあるのか分からないが、魔女的にここで死ぬ運命ではないと戻されたらしい。

……まあいい。死んで戻ってきたのならやり直しが出来るし、もっと上手くできるはずだ。

 

ついでに確認しておきたいこともある。

 

 

「ルーデウス様、お待ちしておりました」

「俺が最後だったか。……丁度いい、秘密を教えてやる」

 

青髪と赤髪の表情が驚きに変わる。

おそらく、場合によっては戦闘でも始めようとするつもりなんだろう。

生憎だが、俺はお前たちと戦う気は失せたがな。

エミリアは何のことかと頭にハテナを浮かべ、ロズワールはただ面白そうに見ているだけだ。

ナツキは……ナツキも驚いた顔をしている。

 

「まず、そこのメイド共が俺を不審に思っているな?……考えている通り、俺は魔女に魅入られた人間だ」

「やはりお前は……!!」

「――俺の目的はただ一つ、嫉妬の魔女を殺す」

 

メイドたちは呆気にとられる。

魔女に対してなんの恨みも怒りもない。なんなら俺にもう一度ヒトガミに対抗する猶予をくれた恩人……とまではいかないが、とにかく今は敵対する意思がない。

だが、魔女の部分をヒトガミに脳内変換するだけで魔女に対しての怒りを演じることが出来る。

 

「あいつは家族を、仲間を奪った。……復讐のために俺は魔女にあえて魅入られた。そうしていけば必ずやつは俺の手の届くところに来ると信じてな!!」

「なら、スバル君の臭いは!」

「俺が原因だ。これは俺の推測だが、俺の住んでいた村の人間は魔女に気に入られやすい体質なのかもしれない。それとも……。いずれにせよ、ナツキは無害だ」

「なっ……」

 

青髪は動揺を隠し切れないといった表情でたじろぐ。

このメイドは俺のような復讐鬼になる一歩手前だ。

メイドという立ち位置で姉妹一緒に働いているのが抑えになっているだけで、赤髪が魔女に殺されれば俺のようになるのは目に見えている。

 

『……ゆる、さない……お前たち、を……』

 

……それは、少しだけ哀れだ。

 

「魔女を利用して魔女を殺そうとした代償だ。ナツキには悪いと思っているから、魔女の臭いが消えるまではナツキと共にいる」

「……嘘は言ってなさそうだねぇ。放つ殺意がそれを証明している」

「ロズワール様……くっ!」

 

さて、こうして波乱ともいえる朝食前の会話が終わったが、まだ今日中に聞かなければならないことがある。

寧ろそれこそが今日のメインだ。

 

 

 

ナツキ・スバルについて。

今回の過去転移のそもそものトリガーとなったのはナツキの可能性が高い。

何度考えても俺の死因だけが思い付かなかった。

それは俺が、俺だけが死んで過去転移したからと考えれば思いつくはずがない。

そこでナツキのことを思い出した。

よくよく考えると彼の動きはおかしいと思うところがあった。

そう、おかしいのだ。

いかにも異世界転移したばかりの格好でエミリアもエルザもナツキを知らないのに、ナツキは二人を知っていた。

その理由がもし、ナツキが一度エルザに殺されて過去転移をしていたのだとすればあの表情も納得出来る。

 

ナツキにとって俺の存在と動きは初めてのことなのだろう。

それは過去転移できるのは自分だけだと思っているからのはずだ。

だから俺も前回と同じ動きをすると思っていて、全く別の行動を起こした。

俺は、その理由を同じ転移者としてナツキが死ねば俺も死ぬ――連帯責任形式に嫉妬の魔女が切り替えたと考えている。

 

 

「――とまあ、あくまで俺の推測になるがどうだ?」

「……色々考えることが多いってのに、本当にルーデウスさんって何者だ?」

「長く生きただけの異世界転生者だ。ここではな」

 

反応から察するに俺の予想通りだ。

そして、ナツキの表情が険しいものに変わる。

その雰囲気はたった数日異世界で生活しただけの学生が出せるものではない。

俺が考えているよりも多く、何度も死んでは過去に転移を繰り返しているだろう。

青髪メイドのことは話していない。

もし今回でもあいつが俺たちを殺しにくるなら、ナツキを多少強引にでもここから連れ出す。

俺だって今のところは何度も同じ日を繰り返したくはない。

 

「……でも、ルーデウスさんになら、大丈夫、なのか……」

「俺がどうかしたか?」

「……死に戻り」

 

死に戻り、過去転移の別の言い方か。

ナツキからすれば死んで過去に戻るこの現象を死に戻りと呼んでいるのだろう。

もしかすると既に嫉妬の魔女と出会っているのだろうか。

それで嫉妬の魔女を知っているのかとか聞かれるかもしれない。

昔俺もそんなことがあった。

どれだけ年老いてもあの死んだ時の恐怖だけは未だにある。

もしナツキがそういう感じの質問をしてきたのなら、知らないけど絶対にそいつを信用したらダメだし迂闊に人に話すなと言ってやろう。

そう言ってやる準備をしている時だった。

ナツキはよしと意気込むと少しだけ濁った瞳で口を開いた。

 

 

「――俺は、エミリアを王にする。そのための、手伝いをしてください」

 

そして、ゴム人間の兄みたいなことを言ってきた。



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