Яe:birthday (ひばり)
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序歌
Piece 1 プロローグA ある少年の場合


はじめまして、ひばりと申します。

処女作ですので、拙いところ、至らないところがあるかもしれませんが、お手柔らかにご指摘いただけると幸いです。

では、お楽しみください。


 ここは、隔絶された魔境。力なき者が、等しくあっさりと命を奪われていく、弱肉強食の蟻地獄(ありじごく)である。

 悪鬼の類はいない。

 あるのは、ただ火花の音だけを響かせて、激しく燃え盛る、炎。消費されるだけの、木造の施設。

 そして、元がどんなモノなのか判らない、灰と塵の群れ。

 辺りには、むせ返るような煙と、焼けた木のにおいが充満している。

 ヒトの慟哭の声も、ほぼ全て灰になった。

 ここで亡くなったのは、三十名余り。身寄りのない施設の子供たちと、その施設の職員。

 それは、たった三十名ほど、なのか、そんなにも多く、なのか。

 どちらにせよ、皮肉なことにその光景は、ある種の幻想を想像させるほど、美しさを見せつける。どこまでもリアルに、鮮明に、地獄絵図が謳われながら。

 ──ひとりの少年がいた。炎の熱気が蔓延しているが、暑さを感じる余裕はない。

 崩れおちて肩を震わせ、頬に涙を伝わせている。

 すぐそばには、十字架に(はりつけ)にされた、最愛の人。

 (むご)たらしく杭で串刺しにされ、全身には杭で貫かれて開いた穴と、火傷の跡が刻まれている。時折、さびた鉄のにおいが少年の鼻腔を鈍く刺す。

 服も、絹糸のような黒髪も、かろうじてその美しさをとどめている程度。煤がまとわりついている身体が、申し訳なさそうに力なく揺れる。

 

「泣か­­──ないで」

 

 体の大部分に傷を負っていても、一刻の命も保証されていなくても、必死に言葉を絞り出そうとする慕い続けた人の姿に、少年のココロは軋みをあげる。

 身体中が小刻みに震え、言葉を発することができない。せいぜい、肺を蝕むような黒煙でこほこほと咳をするのが精一杯だ。

 そのかすかな影響で頼りなく「お守り」が揺れるくらいで、細い身体は鉛のように動かない。

 仮にいま乾いた土を弱く握っている、ちっぽけな手を伸ばせたところで、届いたところで、助けることなどできない。身代わりになることなど、できはしない。

 

「しあわせに、いきて」

 

 なんとか振り絞られた最期の言葉が紡がれ、愛しい人の命の灯火が、消えた。

 最期に、(ぼう)、と『視えたモノ』に、さらに小さな心が追い打ちをかけられる。心臓を握りつぶされるような感覚に眩暈がする。吐き気を催し、胸が業火に焼かれるが如く悲鳴をあげる。

 ──どうしてなのか。どうして、自分たちが不幸でなければならないのか。

 一緒に遊んでくれた。人と関わるのが苦手で、内気な自分に、寄り添ってくれた。

 苦しくて、泣きそうになった時は、優しく手を握ってくれた。やわらかな匂いとともに抱きしめてくれた。

この人がいるだけで、笑顔でいられた。

 ささやかで幸せな日々は約束されたものではなかったのだろうか。

 踏みにじられて当然のものだった、とでもいうのか。

 

 ただ、そばにいられるだけで、幸せなのに。

 

 

 ──崩れる。

 

 まるで、「お前には人並みの幸せなど保証されない」と告げられているようで。

 

 ──壊れる。

 

絶え間なくこぼれ落ちる雫は、ぽっかりと空いた穴を埋めることはできない。

 ただ、意味もなく──この惨状を変える力など持たず──流れつづける。それからすぐに見えなくなり、炎が支障をきたすことなく一帯を焼き尽くすことだろう。

 

 運命だったのかもしれない。

 すべて、仕組まれた事だったのなら、仕方ないことかもしれない。

──或いは、何かしらの天命を帯びていたのかもしれない。

 

 だが、

 

 ──呪う。この苦しみを、生まれてきたことを、この運命を呪う。

 

 

 呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って──────気が遠くなるほど呪って。

いつの間にか、糸が切れたようにまどろみに落ちて。終わって。潰えて。

 空になった意識の中で、なお手を伸ばす。

 

 ──もし。

 もし、あなたと過ごした日々を、忘れずに済むのなら……

 この苦しみが消えなくても、きっといつか、逢えるなら……

 渇望しよう。

 喪ったものを、もう一度──────。

 

 

 

 

 

 201X年 11月9日 日本 X県A市

 

 ∀&∃₁

 

 

 週末、昼間のA市は賑わっていた。

 均等に街路樹が植えられ、ビルが立ち並ぶ地方都市の街並みの周辺は、じきに銀杏が彩ることだろう。

「──では、次のニュースです。外資系製薬会社のメビウスは、きょう研究成果を発表し……」

  と、街頭ビジョンでニュースが流れている。

  交差点がある広場には、

「昨日言ってた、Intsuta(インツタ)で流行ってるスイーツのお店っていうのが……」

 などと騒ぐ、流行りの服をそろえて着ている、数人の女子高校生。

ほかには、目的地の思案をしている男性たち、家族連れなどが、それぞれの行き先に向かう。

休日になると、この辺りは老若男女がショッピングや娯楽を楽しむ。大都会ほどではないものの賑わっており、多様な営みが感じられる。

 

 その中を、一人の少年が紛れ込みながら歩いていた。

 歳は十五、いや、十六だろうか。

 細身の身体は、これまでと同じように目立つことなく溶け込んでいく。

 同時に、黒を基調として赤いラインが入ったロングコートが、フードと共に風に舞う。

しかしながら、人々は少年のことを気に留めないままだ。

 七、八分ほど歩き、この辺りで最も大きなショッピングモールに入る。中は途中で通った街路よりも混んでいた。

 ちらと見えた『何か』に気を取られた少年は、思わず人にぶつかりそうになる。少し慌てながらも、なんとか避けて先に進む。

 そこから迷わず書店に向かい、新刊のチェック。続いて文学作品、心理学、哲学書のコーナー、ライトノベル……と移りながら、惹かれたものを手に取っていく。

 いちばん興味を持った群像劇のライトノベル、ダークな世界観の伝奇小説、有名な名探偵が活躍するミステリーなどを満足げに眺めながらレジに向かう。

 ああ、そういえば『羅生門』も帰ってから見なきゃいけない。これから買う本と合わせて今日中に読み切れるだろうか、などと考える。

 店員から値段の合計を聞き、代金ちょうどを支払った後、思わず「ありがとうございました」と少年は店員に礼を返してしまう。

 顔を上げて目に入ったのは──

 

 ──尖った水晶……?

 

 錯覚だと思い、歩き始めた瞬間──

「……あっ……!」

 ぶつかってしまった。手に持っていた本が散らばる。それは互いに同じようで、数冊の本がばらけてしまった。

「す、すみません……大丈夫ですか……?」

 と相手──眼鏡をかけた少女が尋ねてくる。セミロングの茶髪はふわりと揺れ、心配そうな目をして少年を見つめていた。

 いえ、大丈夫です、こちらこそすみません。と返答した少年にすこし安心したのか、わずかに顔がほころんだ。

 先程からそのまま散らばっていた本を集めていると、文学作品を好んでいるようであった。それも有名どころ──芥川龍之介、太宰治などが目に入る。

 このあとはそれぞれ別の場所に行くことを知ったので、少年は次の目的地であるカフェで読書をしようと決めた。

 コーヒーの匂いが香る落ち着いたカフェの中。

買ったばかりの数冊の本は、いつも通り新作を買って読むよりも、なぜかやたらと心地よく読了できた。

 あの女の人がきれいだったからかな、いや、それなら僕はちょっと軟派な人間かもしれない。

彼はそうぼんやりと考えたのである。

 

 

 §§§

 

 ゆるりと休息を楽しんだのち、外に出ると、月が闇に煌々と輝いていた。星がぽつり、ぽつりと瞳に映る。

 時刻は七時。休日であるので、夜であっても人通りは多い方だが、きょうはなぜか物寂しい。

 それを裏付けるように、いや、あくまでも当然のことであろうか──数分歩いただけで、人通りは減ってしまった。点々と人影が見えるが、帰路についている様子だ。

 街中の中心部であるこの辺りも、今日はそれぞれの家庭での生活を満喫する予定の人が多いのであろう。

 少年の家はショッピングモールから1kmほど離れている。商店街を通り、少しばかりとりとめのない考えをしていれば到着する程度の距離だ。

 

 今日は楽しかったな、帰ってからは予定通り『羅生門』を読めそうだ、と心を弾ませていると、

 ──また、あの尖った水晶……

 何回か見たそれは、やはり幻の類だろうと判断しそのまま帰ろうとすると──

 ズズズ、と鈍く低い音を生じさせて、ソレは現れた。

いくつもの水晶が組み合って構成されたソレは、近いものを挙げるとすれば、骸骨を刺々しい水晶で作ったかのようだ。

 おそらくこの世のものではない。

 いや──

 

 この世に存在していいモノではない──

 

 ソレの存在を認識した少年が呆然とするより(はや)く、ソレは少年に向かってくる。

 何が起こったのか知覚できない。

 しかし確かにソレは、少年の右腕を切り裂いていた。

 状況に感覚が追いついた少年は、痛みに倒れ、のたうち回る。

 痺れ、そして灼熱。右腕を支配する痛みは尋常なものでなく、同時に日常のものでもない。

 

 幸運なことに右腕が繋がっているのは、この時の少年には考慮に値しないことだった。

 痛い、痛い、痛い、いたい。

 ただそれだけに蝕まれる、(よわ)い生物。

 ヒュウウウウ、と鳴き声のようなものを発する、鋭い水晶の骸骨は、二撃目を加えるために突進してくる。

 闘争はおろか抵抗すら許されず、逃走を選び取り、這いずる少年よりもソレが疾いのは是非もなく──

 二撃目。左足のふくらはぎの肉が削がれる。

 

逃げなければ死ぬ。逃げ切らなければ、死ぬ。しかし逃げたとて逃げ切れるのか。

このまま斬殺され、翌日は惨殺死体としてメディアに取り上げられるのではないか。

 一瞬よぎった雑念を切り捨てる。必死の逃亡を、生きることだけを本能で思考する。

最適な逃走ルートなど知らず、これからどうなるのかも考えない。

 ただただ、いまだに動かせる左腕と右脚を駆動。

 

 頭が鈍く痛む。

 

 水晶骸骨は、ヒュウウウウ、という唸り声を周期的に繰り返している。

 何かを堪える──(くら)いものであろう──ような仕草。かたかたと身体を震わせてもいる。

 それを()る余裕もなく、少年は生存本能の叫びを声無きままに反復。距離を空けつつあったが、

 

「……え…………!?」

 望まぬ来訪者。しかし必然であったのやもしれぬ、運命という名の事象が引きずり込んだのは。

  ──あの子は……!?

 眼鏡をかけた、茶髪の少女。

 少年と水晶骸骨、気づいたのは同時だった。

 新たな人間を視認した骸骨は、ヒュウウウウ……!と()え、尖った身体を震わせる。

 

「え……? 痛……っ……」

 突然、少女が頭を抱えはじめた。

 怪物は、少女に起こった異変など関係なく、先刻までの疾さで、脚を横薙ぎに、少女を蹴り飛ばす。

大型トラックが衝突したかのような威力で放たれた蹴りが、疾風のように少女を吹き飛ばす。そのまま威力が減衰することない。

閉じられていた店のシャッターに打ちつけられてしまった。

 轟音。だが、誰も気づかない。

 それ以前にここには──否、この辺りには少年と少女、そして水晶骸骨を除いては誰もいないのだ。

 一帯の異様さに恐怖を(つの)らせた少年が少女の方を見ると、内蔵が傷ついたのか、意識がないまま徐々に吐血し始めた。

そのまま動かずにいる少女に駆け寄る暇はもちろん無く、水晶骸骨の昏い眼が次のターゲットを捉える。

 頭が、割られるように痛い。

 

  ──しにたくない。

 

 水晶骸骨は斬撃を放つために、少年に向かって三度目の突進。

 狙うは頭部。当たれば即死は(まぬが)れない。

 

 ──まだ──しにたくない──

 

 わずかな余命。残された時間。

 そのとき少年が考えたのは命乞いではない。恨み辛みではない。呪詛ではない。

 独りの人間によって零れ出た、死の間際の(ことば)は──

 

 ──やらなきゃいけない事があるんだ──

 

 左腕に力を入れ、なんとか立ち上がろうと試みる。そして、

 

 

 こんなところで──────死ねない!

 

 

 呼応するように、待ちわびていたかのように、声が聴こえる。

 

 その意志、確かに聞き届けた。

 君に与えられるもの。生きようとする意志に与えられるもの。

 かりそめのモノではあるけれど、ここに。

 

 枷を外そう。

 約束の時は来たれり。これを使いなさい。

──さあ、『君』の番だ。

 

────────────そして、世界は■■した。

 

 

斬撃。切り落とされる。

 

 ソレは、鋭利な水晶。すなわち死を与えるはずの、死神の腕。

 

「ヒュウウウウ…… !!!?」

水晶骸骨に感情があったならば、それは純粋な驚愕。

 取るに足らぬ少年が、死神に比肩しうる力を得た瞬間。

 右手に一振りの打刀。左手には脇差。

 それでも何か、決定的な何かが異なる。

先刻と同様に容易(たやす)く間合いに入れるほどのものでもない。だというのに。何か──。

 水晶骸骨の戦闘思考はそう判断を下し、油断ならぬといった様子で注意深く距離を詰める。

 

「僕だけなら、よかった」

何を指しているのかは分からないが、少年の発する言葉を理解できている様子の水晶骸骨は吼える。

 それに反応することなく少年は続ける。

 

「生き足掻くだけの僕が傷つくだけなら、まだ良かった」

 

 死神は、全く怯えることのない少年に怒りをぶつける。もっとも、その咆哮はすでに効力を失った。

 

少年は、願いを紡ぐ。

 

「もう、やめてください」

 

 憤怒を抑えきれず怪物が駆ける。

 蹴り、斬撃、頭突き。おおよそ可能な攻撃の連打。肉が裂ける。血飛沫(しぶき)が舞い散る。骨を(えぐ)る。

抵抗しようとも確実に傷ついている。

何かしらが変わったとて、所詮は人間。刀が現れたところで水晶骸骨の支障をきたすことはなく、少年のダメージは蓄積されていく。

 

 同時に、あるものも蓄積されていた。

 日本には古来よりこのような言葉が伝わっている、ということを識らない水晶骸骨は、その誤算に気づいていなかった。

 

 窮鼠猫を噛む。

 それさえ()っていれば、確実に一撃で仕留めたのであろう。

 

 斬。

 二度目。

 少年の打刀が胴部を薙いだ。致命傷ではないものの、驚愕を隠せない。

 たった一度ならば、運が良かったと済ませられる。自分のミスであったと、少年を舐めていたのだと認められる。

 狙っていた。

 狙って繰り出された、バケモノの生命活動を停止させようと試みる斬撃。

 それだけではない。眼前の敵は痛みも感じている。

 先程の激痛もあり、自身が加えたダメージがある上で切りつけてくる。

 このカラクリの正体を紐解くことができない水晶骸骨は、戸惑いを隠せないでいた。先程から鎌首をもたげているモノも解らず、なおかつ。

 

 新たに生まれた、死神の手は──同時に死神自身をも殺そうとしていることに気が付かないのだから。

 

 ──何故なのかは、直感的に解っていた。

 『何か』と同化している代わりに、当然のものとして代償を支払っているのだと、吐き出しそうになる血を飲み込みながら少年は感じていた。

 そうでなければ、帳尻が合わない。

 これは、ヒトが行使していい力でも、行使できる力でもない。

 異形のチカラ。

 振るった暴力は、同様に彼を蝕む。

 

 この時の少年は、微々たるものではあっても壊れはじめていた。

 ゆえに目の前の存在を抹消すること。危機を脱すること。これらをし果たせるならば、血反吐を吐く程度のことは思案するに値しない。

 

 よって、異形の世界に足を踏み入れた少年は更なる力を行使する。

 身体には、臓器などが燃えるような痛みがある。

剣技も未完成であるし、子供が棒きれを振り回しているのと変わらない。ただし、稚拙な剣技であっても、もう一つの異形を使役すればよい。

脳が火花を上げるような苦悶。いまにも発狂してしまいたくなるような肺の痛み。それらを(こら)えるように。

 悲鳴をあげる右腕を横に薙ぎ、ソレを発現させる。

 ごう、と放たれ、ソレは少年に仇なす敵に直撃。

 

 ──其は、悪鬼を粛清する焔。少年が手にした、より正確には■■■■た、純然たる意志の象徴。

奈落で猛威と善をふるう絶対の法、悪性の焼却炉。それそのもの。

 

名は、『地獄道』。

 

 罪人に罰を与え、苦悶へと墜す業火。

 

「シュアアアアアアアア!」

総身が喰い尽くされる感覚。おぞましくも荘厳。異形のモノに下された、罪科。

 無我夢中で水晶骸骨は少年の存在を殲滅せんとする。

 対する少年もまた、残された力を余すことなくぶつける。

 一方は脇差で腕を削ぎ、打刀を水晶の頭蓋に突き刺す。引き抜いて致命傷をなんとか避ける。自分が自分でない──否、そうではなく、『■■■■■■』が自分という機構を操作しているかのような駆動感。

他方は斬撃の乱打。後に回り、横を取り、裂く。先にヒトの脆い身体を壊滅させればそれで終わる。終局は見えている。はっきりと視えている。

 

 そして──

「──────っ……」

 地に伏したのは、少年だった。

 機能を停止し、その身体は痛覚を伝達することを放棄した代わりに微動だにしない。

「シュゥゥゥゥ……!」

 勝利を確信した水晶骸骨は、佇んでいた。

 それから少しばかりの時間が経ち、咆哮。

 更に、咆哮が轟く。

「シュアアアアアアアア……」

「シィィィィイイイ!」

 二体。水晶の悪魔が、外敵を潰すために襲来。

 水晶の死神の手は、一つだけではなかった。一つだけだと少年は楽観的に考えていたのかもしれないし、考えたかったのかもしれない。

 状況を把握したのか、増援の二体はなんとか一命を取り留めていた少女を狙う。

 少年には、打つ手はない。少女を助ける術もない。ここで少年の抵抗は終わった。

 三体の死神が、死を振りまこうと腕を振り下ろし──

 少女に止めを刺そうとした二体が死を遂げた。

 響いたのは、銃声。

 死神は、狩られるだけの水晶の髑髏と化した。

「破滅型のステージ(ワン)が三体か」

 元水晶の死神が、どさり、と倒れ、塵となって消えた。

 残った一体は、何が起こったのか、識ることを拒否しようと現実逃避的に呆然と立ち尽くす。

銃声のした方を見るのも、自分という存在全てが拒む。

 抵抗すれば死ぬ。かといってそのままここに居ても死ぬ。ならば、「シュェェェェウァァァウ!!!」

 少年がそうしたように、少年にそうさせたように、逃げる他ない。「おいおい、人を痛めつけておいて自分はトンズラ、なんてことは無理だろう」

 

 再度、銃声。

水晶骸骨は全て、虚空に散った。

「──大丈夫か」

返事すらも満足に返すことが出来ない少年は、話しかけてきた人物の顔も見ることができない。

「ったく。明日は学校欠席だな、おまえは」

 ぼんやりと声が響き、意味を考えることもままならないでいる。

「まあ、今は休んでおけよ。向こうのお嬢ちゃんも安全な所に連れていくからな」

 ──この声は──

「教師ってのは苦労するもんだ、ほんと」

 

 

 

 

 ──暗転。

 螺旋は唸りを上げて■■に向かい加速する。




いきなり「少年」tueeみたいな展開がありましたが、ちゃんとした理由があり、それは何話も後で語られる予定です、ご了承ください。

楽しんでいただけたなら、作者として光栄です。

では、縁が続けば、また次のお話で。


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Piece 2 プロローグB ある少女の場合 その1

投稿が恐ろしい程に遅れてしまいました……申し訳ございません。投稿を待って下さった皆様、ありがとうございます!
ボリュームアップでお届けする今回、お楽しみいただけると幸いです! よろしくお願い致します!


 ☆

 

 ──星を、見た。

 

 どこの恒星なのだろう。名前はなんというのだろう。

 星に手を伸ばした。

 当たり前だけれど、届かなかった。

 届かせたいけれど、届きそうにない。

 けれど──

 新しい願いができた。

 

 それは、

『あの星のように、否、あの星とは違っていてもいい』

 遥か遠く。それは理想郷のよう。

 いつか、いつか……

 

 

『あの星と同じ蒼天(ソラ)で、輝きたい』

 

 

 

 ∃

 

 

『──ゆうくん』

 聴こえる。

 懐かしくて、帰りたい。

 その慈しみは海よりも深く、しかし誰にも誇ることはない。

 ただ、そこにある。ただ、そこで待ってくれている。

 

『ゆうくん』

 優しい。どこまでも。いつも、いつも、いかなる時も。

 どれだけ救われただろう。

 けれど、恐らくは、あなたは知らないのだろう。知っても、はにかんで照れるだけで。

 

 なんて美しい在り方。

 

 

 なんて美しい、硝子細工。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月10日 X県A市

 

 微かに、しかし次第にはっきりと光が包む。

 瞼を開くと、日常が在った。

 一日めくり忘れたカレンダー。棚に入り切らず床に置かれた大量の本。ぽつりと佇むラジオ。九時半過ぎを知らせる掛け時計。思い出を飾った写真立て。 家の鍵が置かれた、小さなテーブル。その隣にある、いま自分が寝転がっている布団。

 

 装飾品の類はほとんどない。

 高校生ならばもう少し遊びの効いた部屋なのかもしれないが、少年は違った。

 

「──おお、起きたか。おそよう」

 不意に声をかけられ起き上がろうとすると、鋭い痛みが少年の総身を刺す。

「しばらくはできるだけ安静にしておけよ。かなり痛めてたからな。……治るには一週間ってところだ」

 病院を用意してやりたかったが、一緒にいたお嬢ちゃんしか入れられなかった。申し訳ない。と続く言葉を耳にする。

 首をなんとか声のする方へ向けると、よく見知った顔があった。目が冴えるほどの美貌が眩い男である。

 

「──先生……? あっ、おはようございます」

 少年は目を伏せる。

それを見た『先生』は、勝手に上がり込んだのはこっちだろう、遠慮しなくていいんだが、と呟く。

そういえば、『先生』がここまで運んでくれたのだろうか。

 この怪我でもたったの一週間で治るのか。

近くにいた少女はどうなっただろう。

という疑問が浮かんでいた。それを察したのか、美貌の男は、「──ちょっとした手品みたいなもんだ。

 ……意識不明だったお嬢ちゃんは、確実に回復してきている。恐らくは大事ないだろう」

そう言いつつ、 ペットボトルを二つと、粥を運んでくる。安堵した少年はようやく、

「看ていただいてありがとうございました」

と痛む首を縦に振る。

「どういたしまして。……今日、学校で出されてる課題は後で渡す。──まあ、快復してから提出──として、だな」

 

『先生』の目がすっ、と細まる。

「──おまえ、殺されかけただろう? おまえが戦った昨日のアレはなんだと思う?」

 

「────藤堂先生。 ……いえ、わかりません。 なにもかも」

 

 ハハッ、と乾いた笑いで応え、『先生』──藤堂が小さく息を吐いたのが耳に入った。服が擦れる音と共に、男は寝転んでいる少年の隣に座った。

 

「そりゃあそうだろうよ。これからする話は、いままでおまえが暮らしてきた世界とは離れた──いわば魔境の話だから」

 

 藤堂は喉を鳴らして水分補給をしてから、切り出した。

「まず、あの骸骨水晶についてだ。

アレは、一応は生物のカテゴリーに属している。普通はありえん事だが」

 

 学校でも説明好きの教師として有名な藤堂は、すら、と続く言葉を紡ぎはじめる。

 

「『閉ざされ、普通とは異なる空間』の中にいるようなものだ。その存在を認識できる人間は限られている。

 だが、そいつらを視認できる専門機関の人間が、遭遇した個体のようすを長期間にわたって調査した。

結果、もちろん生態が掴めてきたわけだが。

とりわけ目を引いたのは、奴らの『エサ』と呼べそうなものだ」

 自身の組んだ両手を見ながら、藤堂が軽く息を吐いた。

 

「『人間のネガティブな感情』だよ」

 

「──? ……!!」

 本能的に察知したのであろうか、瞬く間に背筋に鳥肌が立ったのを少年は感じた。恐れ──かつて視た、胸を刺す痛みを思い出したように見える。

『エサ』と少年の目の前で教師は言った。それはつまり──。いや、考えるのはまだ早いのだろう。

昨日異常事態に放り出されたばかりの少年。彼は落ち着いて、冷静に、話を聞こうと試みていた。

「すまんな。……こんな話を意識が戻ってすぐにやらねばならんのは、心苦しくある」

 暫し目を伏せた藤堂をちらと見て、少年は微笑む。

「……いえ、大丈夫です。──先生、その生物たちの行動原理のようものはあるんでしょうか?」

「──ある。まず、人間のネガティブな感情を喰う、というのは、人間が食事することと大差ない。

 しかしながら、いや、だからこそ、そういった人間の感情を誘発するために活動しているのは確かだ」

 再度、藤堂がペットボトルの水を口に含んだ。おまえも飲んでおけよ、と促す。

 

「一般人には認識できず、そこにいるだけでネガティブな感情を誘発する。

 加えて、奴らは『こっちの世界』にほとんど一方的に干渉でき、隠密性に優れている。

最悪の場合、世界各国の要人に強烈なストレスを与えて、心臓麻痺あたりを起こせば──殺害できる。それがトリガーになって戦争勃発、なんてことも十分にありえる。

こいつらは、下手をすると人類を滅亡させうる存在なんだ」

 

 藤堂の眉間に皺が刻まれた。

「──その性質から、〈マインドキャンサー〉。精神の癌、と呼ばれている」

「……」

悲しみ、怒り、苦しみ、憎しみ、恐怖、憎悪。さまざまな負の感情。それらを喰う。喰うために、活動する──。

それでも、なんの抵抗もできないわけじゃない、と耳にした少年は、僅かに見開いた目を合わせた。

 

「幸い、各国の首脳部は〈マインドキャンサー〉の存在に気づいている。しかし一般人には、混乱を避けるために絶対に知られてはいけない。

 まあ、幸か不幸か、『そこにいる』ことを『何も知らない一般人』が認識するのは困難だ。世界の『裏側』みたいな所に()んでるからな。

 だから、いまのうちに隠密に排除しておくべきだ、という考えが国連総会で一致した」

 近年では、対〈マインドキャンサー〉用の兵器の研究が進められている、とも藤堂は言った。

 

 事情の半分ほどを説明した藤堂は、間を置くための癖か、何度目かの小さい息を吐く。

 説明そのものは好む藤堂だが、出来ることなら少年を非日常に巻き込みたくない、という躊躇いが見て取れた。

 

「じゃあ、ほかにはどういう対策をとったか、って話だが──」「──はい……」

 少年がここまでの話についてきたことを確認し、藤堂は続ける。

 

 

「簡潔に言えば、さっきも触れたように、〈マインドキャンサー〉の駆逐を専門とする機関を創設した。

それには奴らのことが『視える』人間が必要だ。もちろん、〈マインドキャンサー〉たちが活動している場所に向かうこと。そして駆逐すること──が求められる。

……ここまではいいな?」

 

こくり、と頷いたのを見て、教師は続ける。

 

「さらに、嬉しい誤算だが、特殊な器具に頼らず〈マインドキャンサー〉が視え、駆逐を行える者たちは、世間一般でいう超能力者でもある」

 

「超能力者……実在、するんですか」

 少年は念のために問い(ただ)した。

 やはり、先程から説明を受けていても、ほんの少しではあるが、作り込まれたフィクションではないのかと思ってしまう。

 不思議なことに、今までは命がけであったからか、気にすることはなかった。

 だがいまは、藤堂の人柄を信用していても疑ってしまうのである。

 

「そうだ。己の人生の結晶。ARTS(アーツ)と呼ばれるモノ。これを所持している。だから異能力が使える、と言っても過言ではないな。

前述したような特徴を備えた者たちのことを、〈成しうる者(ギフテッド)〉と呼んでいる」

 

何らかの作為めいたものを感じるがな。と藤堂は心中で呟く。

 数秒間の沈黙。

つまり。と、藤堂が再び早口になる。

 

「〈マインドキャンサー〉を認識でき、ある程度は能力も行使できる。おまえは〈成しうる者(ギフテッド)〉としての適性がある」

 

 ただし。当然これは国家の一大事でもあるから、正式に〈成しうる者〉として活動するには国の認可が必要だ。

何より未成年者だから、成人よりもさらに慎重に考えなければならんが。と念を押す。

 

「また、〈マインドキャンサー〉には『元凶』が存在する、ということが確定している。

 その『元凶』を討てば──────」

「消滅する、ということですか」

 

遅々としているものの、一つ、また一つと、巣食っていた(もや)が晴れていく。

「その通りだ。──それだけじゃない。願いが叶う。その正邪を問わず、貴賎を問わず、ヒトに可能か不可能かを問わずに、な」

 

「ヒトの領域を超えた願いすら、叶える──?

 ま、待ってください。

 そんなことが可能なら、世界でその『元凶』を討つのに、協力なんて出来ないんじゃないでしょうか……? 対立することだって、十分にありえるんじゃ……」

 

 静かに、藤堂は頷いた。

 至極当たり前のことである。

 人に、ヒトに、訴えかける、『何でも願いが叶う』という触れ書き。それはおそらく、諸人を魅了することだろう。

 それでも眼前の男は、「一般人に限っては、そういう訳でもない」と否定した。

 

「──『元凶』もまた、〈マインドキャンサー〉と同じく、通常、認識は無理だ。

そして、基本的には〈成しうる者(ギフテッド)〉のような者にしか駆除ができない。

──まあ、だからといって、非能力者の技術力が決して役に立たないわけでもないぞ。

非能力者は、多くの国で研究機関を創設しているし、サポートや駆逐のための器具を発明。

短時間なら戦場に立つことだってできる」

 

一般人と〈成しうる者(ギフテッド)〉が協力しなければ、人類史は終わる。そこまで断言した藤堂であったが、

「……もっとも、勝てるかは判らんが」

彼の所見を以てしても厳しいと言わざるをえない、ということらしい。

 

 

 ──そして俺は『元凶』を視たことがある。……アレは、人間が好き好んで観ていられるモノじゃない。

 そう語る端正なかんばせの双眸(そうぼう)に在ったのは、恐怖ではない。憎悪でもない。

ただただ、強い不快感であった。

 

「──色々と脱線したな。すまない。

……そのうえで、基本的に叶うのは〈成しうる者(ギフテッド)〉の願いのみ。なおかつ、心の底からの願い、だ。

誰かに強制された願いは間違いなく叶わない」

 つまり、前提として、叶えられる願いは〈成しうる者〉の私欲ということになる。

 「人類の敵を駆逐すると同時に、願望の成就を求める者のバトルロイヤル、という側面があるわけだ」

 

 説明を終え、では質問だ。と藤堂が問いかける。

 先ほどまでの話をふまえてのものだろうと少年は予測した。

 

「おまえは、願いを叶えたいと思うか? 危険を冒してでも、叶えたい願いはあるか?

自分の願い──心の底から願うことのために、将来を投げ出すことになるだろう。それでも、命を賭ける覚悟は?」

 

 真っ直ぐに、少年の両眼を見据えた藤堂にとって、この質問は一人の人間の人生を潰してしまう、という暗い想像を殺した上でのものだった。

 

「……もちろん、話を聞いただけ損かもしれんが、ここでやめることはできる。

さっきも言ったように、お前は未成年だ。まだ先があるし、命を大切にしないといけない。

 むしろ、やめる方が当然の答え、とすら言える。

  ……提案した俺が言うのもなんだが、『あの時』のこともあるだろう」

 

 強引に引き入れるのではない、と、藤堂は補足する。

 

「僕は……一つだけ、叶えたい願いがあります。死ぬかもしれない、あの時拾った命を、(なげう)つことになるかもしれない。けど、あります──」

 ぽつりぽつり、呟いた。

 

「…………そうか。だが、『あいつ』は、それでいい、とは答えないかもしれんぞ」

矛盾している。ここまで事実を話しておきながら、無理に参加する必要はないのだ、などと。そんなことは馬鹿げている。一人の教師は、胸中でそんな苦痛を噛み締めるしかなかった。

 

「それでも僕は……僕は──叶えたいです」

 藤堂が、自身の美しい髪をわしゃわしゃとかき混ぜながら嘆息した。

成しうる者(ギフテッド)〉は一人でも多く欲しい。

 しかしながら、これまでも考えたように、手段を問わず集めれば倫理的な問題が生じる。

 ましてや、少年は藤堂が受け持つ生徒である。教員、そして人としての思いと、〈成しうる者(ギフテッド)〉としての考えを秤にかけ……。

 

 沈黙が場を包む。それから、ゆっくりと息を吸い込む音。

 

 これが最後の質問だ。と、少年に向かって男は身を乗り出した。

「では、問おう。──天宮(あまみや)幸乃(ゆきの)。おまえの悲願は何だ」

 

 

 封じ込めた願い。叶うのならば、手を伸ばそうと、全てを託そうと、そう決意した願い。焦がれるほどに欲したモノ。

 

 

「『死者を蘇らせること』、です」

 

 

 

 

 ∀ 201X年 11月20日 X県A市

 

 應地(おうじ)暁葉(あきは)は災難だった。

 何日か前、いきなり正体不明の怪物に襲われたことを覚えている。

 その翌日に目覚めた時、人生で最大の災難にどう折り合いをつけていいかわからなかった。

なにせ、なぜあの場所に行ったのか、記憶がない。

太宰治、芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外──数々の文豪。そんな偉人たちでさえも、体験していないであろうことに巻き込まれた。

 

 その後、見知らぬ病院のような医療施設で目覚めた。

彼女をここまで運んできたという『藤堂』──名前は『時嗣(ときつぐ)』というらしい──男から話を聞いた。

 化け物じみた、否、化け物でしかなかったアレのこと。

 秘密裏にされていた事実。世界の人々がパニックにならぬよう、秘匿された現実。

 そして、自分が〈成しうる者(ギフテッド)〉と呼ばれる超能力者の適性を持っていること。化け物──〈マインドキャンサー〉を殲滅するための素質があること。

 

 はじめは、ただただ、冗談じゃない、と思った。

危険すぎる。リスクが高すぎる。

 そして最も理解しがたい、排除すれば願いを叶える、という条件がついた『元凶』なるものの存在。

 これはスケールの大きいドッキリです、などと言われたほうが遥かに信用できた。

 さりとて、あのとき感じた激痛は明らかなリアルだった。

あれは、紛れもなく應地(おうじ)暁葉(あきは)に刻みつけられたもの。

 それを考慮すれば、あの化け物は実在するということになり、これ以上付け狙われることがあってはいけない。とは思っていた。

 ついには、自分があの現実を直視したくなかった、ということを理解し、なんとか受け入れた。

 

 

 そして、今日。

 辺りはわずかな太陽の光が街並みを照らすだけとなっていた。

 

 決して油断があったわけではない、のだが──

 

 

 暁葉は、秀才である。日常生活においては、成績優秀者であり、運動神経も上位に入るだろう。だが、それは紛れもなく、彼女自身の研鑽の賜物。

 なるほど、この行動については、油断なきように運んだとはいえ迂闊だったと言わざるを得ないかもしれない。

 施設からほんの少し出るだけであっても、外出許可の手続きを済ませる際、安全のためにガードマンをつけてもらうのはすぐに思いつく。

 

 実際、そのことについては思い至っていた。

 自分が〈成しうる者(ギフテッド)〉としてだけではない、重要人物であることも。

 そのことで苛立っていたことと、職員に気を遣わせるわけにはいかない、という二つの思いが、護衛をつけない、という考えに至らせたのである。

仮にそれが、傍から見れば愚かと笑われることだったとしても。私にだって意地というものがある。譲れないものがある。そんなふうに思うほどの要因が存在していた。

 

 

 もうひとつの問題としては、これまで培ってきた実力が、非日常で通用するかは判らない、という、ただそれだけ。

 

 

 ──夕暮れ、特殊な病院施設から、百数十メートル離れた、少々幅が狭い路地。

 

 陰の多いこの場所で〈マインドキャンサー〉と遭遇し、暁葉は歯噛みした。

 辺りに人の気配はない。もう既に異空間に転移してしまったということだろうか。

 

 ──私が家族のことを考えなかったら、この〈マインドキャンサー〉を呼び寄せることはなかったはず……。

 自分が至らなかった。

 ふと親族のことを考えてしまうと、それにいい感情を生み出すことは出来ないことに気づいていた。それでも護衛をつけなかった。それがミスなのだ、と。

 

──でも、根拠としては弱すぎる。どうして私は……?

 

思考は、中断せざるをえない。

 

 五、六m先には鎌を所持した鋼鉄の騎士──数タイプ存在する〈マインドキャンサー〉のうちの一つ。独裁型〈マインドキャンサー〉が佇んでいた。

 兜をしているため、その(かお)を見ることはできない──そもそも、元から貌はないのかもしれないが。

 かたかた、と総身を震わせる相手を観察し、暁葉はエスケープの準備を始める。

 応援を呼ばなければならない。いま能力が覚醒していない彼女は、戦闘などできるはずもない。

異空間でも何らかの対策は取ってくれるだろうし、といささか楽観的な展望を抱いた。

 が──

 ヒュリュ、と啼いた、というのを確認する間もない。疾風(はやて)のごとく独裁型が一瞬で距離を詰め少女を鎌で斬り飛ばし開けた道へ吹き飛ばした。

 勢いよくゴムボールのように跳ね転げ回る。

掛けていた眼鏡はどこかへ行ってしまい、栗色の艶やかな髪も血が着いていた。

 声を上げることも出来ない。一週間ほど前、この感覚を味わった。人生で味わった中でも指折りの苦悶。

頭が、鈍く痛む。

なぜ自分が死んでいないのか、それすらもわからない。

 

 ──また、私は──

 思い出す。最近のことだけではない。何年も前からずっと、この痛みを心が味わい、虐げられ、ここにいる。

 ──こんなところで、何も出来ないまま死ぬ……? 嫌だ……私には叶えたいことが──……?

 あれは──

 

 ──扉が、開く。

 

 鋼鉄の騎士──独裁型〈マインドキャンサー〉は、欲する感情(もの)……負の感情が湧き出てこないことに疑問を抱いていた。

 本来ならば、負の感情はあっさりと発露するはずなのに、どうしてこの人間はそうならないのだろう、と。

死にかけているのに。

なぜ、呪うように(うた)わないのか、と。

 

 それは──既に手のつけられない存在が、狙いを定めていたという証左なのだが。

 驟雨(しゅうう)が降り始めた。

曇天の下。

腹部の傷が裂けた状態の暁葉にとどめを刺せるにも関わらず、鋼鉄騎士は実行しなかった。それは何故か。

 凄まじい轟音とともに雷鳴が轟き、全身が消滅したからである。

 

 ──いやぁ、危なかった。〈星詠の巫女〉を保護。これで(アイツ)に怒られないで済むぞぉ……。

 

 突如、危機を文字通り消滅させた漆塗りのような雷雲が、放電しながら暁葉の元へ接近する。

そして、そう語った──ように聞こえた。

不思議なことに、近くに居ても電気が暁葉に当たることはなかった。それだけに留まらず、身体が光り輝いて、出血は止まらないものの意識が遠のくことがない。

 

「あな……たは……?」

 呆然と問う暁葉に対し、雷雲は答えた。

 

 ──そうだなぁ……『雷神さま』って呼んでくれ。

 あと、まだ敵が他にもいるかもしれないから注意して……。

 

 

 ────ヒュリュゥゥゥ……

 

 ……おっと、やっぱり新手か。

 

 暁葉と雷雲──『雷神さま』が振り返ると、一週間前と同じ数──三体の〈マインドキャンサー〉。三体ともが鋼鉄騎士──独裁型である。

 先程、暁葉を襲ったステージI(ワン)より刺々しい甲冑と、装飾のついた鎌を身に纏っていた。

 

 ──うーん、これはまずいなぁ。ステージII(ツー)が三体……さっきのステージI(ワン)より数段強いし、キミの相性からしてもなぁ……

 

「相性、って何ですか……?」

 暁葉の問いに対して、『雷神さま』は頷く。

 

 ──人にはね、相性のいい、つまり、克服しやすい〈マインドキャンサー〉と、苦手な〈マインドキャンサー〉がいるんだ。

 相性はその人間が生きてきた環境に左右されるんだけど、キミは独裁型に弱い。けどね──呪文を教えてあげよう。

 

「……?」

 何のことかわからず聞き返そうとすると──

「ヒュリュゥ!!!」

 三体の独裁型ステージII(ツー)がそれぞれ地を蹴り、別方向から急襲を仕掛ける。

 

「──ッ!!!」

 死ぬ、と思った。先程のステージI(ワン)を凌駕する速さ。だが……

 

 ──合言葉は──

 

『雷神さま』の声が脳裏に直接届いた。腹部の強烈な痛みを意識しながらも、なりふり構っていられず、それに従って(ことば)を紡ぐ。

 

call(出でよ)Scorpio(天蠍宮の守護者)!」

 

 瞬間、光が辺りを包む。

門から召喚されしその守り手は──英雄殺し。その毒は(おおよ)そ全ての生きとし生けるものの権利を剥奪する、悪魔が如きモノにして、天に昇りてその威光を轟かせる。

 

 すなわち、天蠍宮の守護者とは、かのオリオンを死に至らせるほどの毒を持つ蠍である。

これが、應地暁葉の人生の結晶。その具現化であり、一端。すなわちARTS(アーツ)の一部である。

 

 一帯を静寂が支配した。外気は冷え、その場にいる全ての者が動きを止める。

全長二m程の蠍、対するは鋼鉄を纏いし(まがつ)騎士。

膠着、殺り合うための前準備。──駆けた。両者甲乙つけ難き(はや)さ。

 毒蠍は巨大な鋏を掲げ、三体の鋼鉄騎士はそのまま鎌を振り下ろす。衝突、金属音。

 蠍は二体の鎌を受け止め、へし折る。

 だがそこにもう一体が迫る。瞬間的なら小型ジェット噴射にも負けぬ斬り下ろし。

 

 がちり、と外骨格と拮抗し、数秒の硬直。

毒蠍が鋏の片方で身体をむんずと掴む。

魔の手から逃れようとするものの、〈マインドキャンサー〉は羽交い締めに匹敵する束縛を受けている。

そして……

 ぶすり、と刺す音が聞こえた。

 蠍の本領発揮。毒針である。ヒュリュゥゥゥゥゥゥ、と呻きながら、一体が脱落、命を潰えさせた。

 このまま形勢逆転……することは叶わぬ夢となる。

 何故なら、

「あ……っ! なんで……!?」

 頼もしい援軍は、本当に夢であったかのように霧散消滅したからである。

 

 ──ああ……魔力切れか……っ。

しまった……キミが召喚を行使できる時間を超えたときの対策してなかった……あああ、くそっ……。ほんとにごめん……。

 

『雷神さま』がぱちぱちと静電気を放出しながら唸る。どうやら、再召喚にはクールタイムが必要らしい。

 

「じゃ、じゃあどうしたら!?」

 半狂乱になり暁葉は叫ぶ。死ぬわけにはいかないのだ。悲願の達成。その為には、ここで命を落とすことは出来ない。ここで終わるなどと、そんなことは許せない。

だが無常。状況は変わらない。

 

 ──ここは俺が……うん?

 

 雷雲が寸でのところで放電を止める。

 もし『雷神さま』に目があればそちらを見ていたであろう方向──そこには。

 

 ……全速力。ラストスパートをかける。右手を薙ぐ。渾身の一撃。

──業火が、(まがつ)騎士を喰う。

 

 総身を濡らし、息せき切ってそこに居たのは。

「だいじょうぶ、ですか」

あの時のちっぽけな──それでいて芯の通った心を持つ、少年。

 

「一緒に、戦いましょう」

 

 天宮幸乃が、そこに居た。

 

 

 

 Code:U.N.K.N.O.W.N.

 

 戦場から数百mほど離れた地点。ビルの屋上に、その人物は居た。

 

「執行者と星霊使いか……」

 にやりにやりと口を歪ませ、独り、悦に浸る。

 

「あいつらが噂の〈ガイアの子〉か? いいねぇ……面白い」

 ゆらりゆらり。ゆら、ゆらり。総身を揺らす。右手を軽く振って独りごちる。

 

「いまここで、かの雷神は二人をどう導くのか?

何故こいつらが〈ガイアの子〉だと『社長』は言うのか?

何故『魔人』はここに来ていないのか?

何故、天宮幸乃は素人(トーシロ)にも関わらずある程度の強さに達しているのかァ……」

 

 揺れる、揺れる。亡霊のように。

 

 人形劇の登場人物(キャラクター)の一人。喜々楽々。怒哀が消えたその心。

 

「さあ、開演(ゲームスタート)だ」

 

 

 

 To be continued……




いかがでしたでしょうか?
少年=天宮幸乃、少女=應地(おうじ)暁葉(あきは)となっております!
分かりにくい、と感じた方、申し訳ございません。この場を借りて補足させていただきました。

では、ご縁があればまた次回お会いしましょう。


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piece3 プロローグB ある少女の場合 その2 +etc(キャラクター、用語解説あり)

また時間が空いてしまいましたね……
私生活のあれこれでかなり進行が遅くなってしまっています……すみません……ボリューム増えてますのでお許しを……(次回からはもうちょっとだけ文章量が抑えめです)

さて、今回からは、前書きにあらすじを入れさせていただこうと思っています。ストーリー展開に分かりにくいところがある、という方にも安心していただけるよう、簡潔なものです。
では、どうぞお楽しみください。


前回のあらすじ

天宮(あまみや)幸乃(ゆきの)は、担任である藤堂(とうどう)時嗣(ときつぐ)から、自分を襲った怪異の正体を聞かされる。
〈マインドキャンサー〉と呼ばれるそれは、人間のネガティブな感情を誘発し、喰らい、生存する生物であった。
應地(おうじ)暁葉(あきは)もこのことを聞かされたのだったが、外出した隙に〈マインドキャンサー〉の魔の手が迫る。
間一髪、『雷神さま』に助けられた暁葉。自身のARTS(アーツ)であろうものを覚醒させ、危機を逃れたかと思いきや、またしても窮地に立たされる。
そんな彼女を再び救ったのは、先日出会った、天宮幸乃であった。





 ∀ 201X年 11月18日 X県A市

 

 幸乃の怪我が回復した後、藤堂(とうどう)時嗣(ときつぐ)は戦闘の指南を行っていた。

「いいか、幸乃。〈マインドキャンサー〉と戦うにあたって、大切なことがある。『ネガティブな感情を出さない』ってことだ。殺意はもちろん、怒り、悲しみ、恨み、慢心、焦り──これらは全てアウト。

 もう一つ、今から説明することだが、〈マインドハザード〉に(かか)らないようにする。この二つを徹底して、戦いに臨んでほしい」

 相手の動きを冷静に観察する。博打(ばくち)を避けて、できる限りのリスクがないようにする。

 そうすれば、余程のことがない限りは達成できるはずだ、と続ける。

 

 

 数分後……

 

 

「──さて、実践に入っていくぞ。まずは攻撃を捌いてみろ。おまえの持病が悪化しない程度のレベルで行う」

 

 

 

 Code:U.N.K.N.O.W.N. (other)

 

 

 (せい)(すい)☆1999 さんのブログ 『全国いろいろ!? 都市伝説!by清水☆』

 

 No.146 11月21日 a.m.2:48 更新

 

 ハローみんな!

 元気にしてたかい? 初めましての人もいるかな?

 初めてここへ来た人のために説明しておくと、このブログは、世間で起こってる、でもニュースにはならない、なんて話を取り上げているんだ。

 主に、都市伝説的な話を面白おかしく語るブログなのさ。

 ああ、裏社会とかそのへんの事情を書くとコンクリートに詰められて東京湾に沈められるからさ、それはしないよ(笑)

 

 じゃあ、本題に移ろうか。

 前回は、『闇に潜む! 〈マインドキャンサー〉ってなに?』というタイトルでお送りしたんだけど、実は今回、この続きの話をしようと思うんだ!

 だんだん面白い話になってきてる! 期待してスクロールしてみてほしい!

 興味深いことばっかり起こってて、僕としてはほんとにワクワクとドキドキの連続かつ興奮もののアツいバトルだったんだけどね、

 

 ああ、本題に入るって言ったのに……僕ったらお茶目さんだなぁ(*´∀`*)

 

 今度こそ本題に入ろう。

 〈マインドキャンサー〉っていうのは、人のネガティブな感情をより多く生むために行動している、ヤバい怪物──って話を前回やったよね。

 そこに数奇な糸が絡まりつつあるんだ。

 しかも、聞いて驚け、なんとなんと、高校生! ただの高校生が関わってきたんだ!

 

 え? なんだそのフィクションじみた展開は、って? HAHAHA、心配はいらない!

 だって、この話を信じるかどうかは君しだいだからさ!

 また始まったよwって気楽に楽しむのもOK! もちろん没頭してみるのもOK!

 

 で、その高校生がなんで関わってきたかっていうと、願いを叶えたいと思っているからなんだ!

 人知れず〈マインドキャンサー〉を倒すために活躍する、「ヒーロー」たちの冒険譚……いやあ、カッコイイなぁ……!

 お人よしそうな少年と、カワイイ娘と、イケメンの先生がいてね、これがかなり面白い話で──

 

(中略)

 

 さて、今回はここまで。楽しんでもらえたかな?

 

 うん? そもそも俺は何者なのか、って?

 

 そうだねぇ、強いて言うなら、しがない情報屋さん、ってヤツさ。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月20日 夕方ごろ X県A市

 

 幸乃は、暁葉がいるという病院に来ていた。

『ネビュラ』という、外資系製薬会社が運営しているらしい。

 時嗣が言うには、国連の特別な認可を受けているらしく、〈マインドキャンサー〉についての研究も行われている、とのことだ。

「すみません、藤堂時嗣先生の知り合いの、天宮幸乃という者です。

 應地暁葉さんのお見舞いに参ったのですが、許可をいただくことはできますか」

 受付で応対してくれた看護婦は、少々お待ちください、と言いつつ、資料らしきものを取りに向かう。

 しばらくしてから、幸乃の顔写真──おそらく時嗣が事前に渡したもの──を持って戻ってきた」

「藤堂時嗣さんからのご紹介ですね。

 ──はい、確かにお伺い致しております。

 当院では、機密保護や、関係者を騙った、関係者以外による当院への侵入などを防ぐため、初めてお越しになった方には、左奥の部屋で顔写真と、指紋と声紋、網膜認証を受けていただくことになります。

 ──それでは、私がご案内させていただきますね。こちらへどうぞ」

 

 ややあって、幸乃は再び受付に戻り、面会の手続きに移る。

應地(おうじ)暁葉(あきは)様は──申し訳ございません、ただいま外出しておられるご様子です。

 五分ほどで戻る、とおっしゃられていたそうですが、それまで当院でお待ちになりますか?」

「ええと、少しこの辺りを歩き回って、見てきます。入れ違いになるかもしれませんから、数分で戻ります」

 結果として、この判断が暁葉の命を救うことになる。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月20日 X県A市

 

 

 天宮(あまみや)幸乃(ゆきの)は、『地獄道』の炎を食らわせた〈マインドキャンサー〉から目を離さず、暁葉に問う。

「暁葉さん。あなたの能力は、時間制限付きで精霊のような存在を()び出すものですか」

 これに対し暁葉(あきは)は、

「は、はい。だから、あなたが来てもらえてとても心強くて……」

 それを耳にした幸乃は微笑み、言葉を紡ぐ。

「ありがとう。──当面は僕の能力で時間を稼ぎます」

 再召喚までの時間は七分だ、と『雷神さま』が知らせる。

「──っ、魔力回復に集中します。どうか、持ちこたえてください……っ!」

 暁葉は、回復の手段がない腹部の裂傷に耐えながら、精神統一を始めた。

 

 それを確認し、幸乃は自身の武器を顕現させる。右手に打刀、左手に脇差。

 これこそは、〈成しうる者(ギフテッド)〉のみが持つ、個々の人生、その結晶であり具現。

 その総称を、ARTS(アーツ)

 

 

 肺の痛みを押し殺しながら、幸乃が()ける。

 傷を負わせた鋼鉄の騎士──独裁型〈マインドキャンサー〉ステージ(ツー)の元へ、まっすぐに。

 鋼鉄の騎士も対応するように、幸乃を超える(はや)さで間合いを詰めた。

 先程のように、【地獄道】の炎の奇襲によるダメージを受けないよう、ということだろう。

 

 ──相手の動きをよく見て、捌く!

 左切り下ろしに対応し、鎌の外側を脇差で受け流す。

 対する独裁型は流された分のパワーを乗せ、鎌で弧を描き、正面から斬り下ろす。

 バックステップで対処。

 無防備な鋼鉄の騎士の首に斬撃を見舞う。少し浅いものの裂傷がはっきりと見える。

 迅速に返し刀で一閃。

 さらなる首の傷で、ヒュウウウ、と鋼鉄騎士が呻く。

 ここで距離を置き、呼吸を整え集中。

 油断なく幸乃は間合いを測る。

 

 

 もう一体の〈マインドキャンサー〉は、何を思ったのか東の空を凝視していた。

 

 

 ──まずいな。さっきから嫌な気配がする。

 

 やや優勢のこの状況でそう考えたのは、『雷神さま』だった。だが、幸乃の戦いのことを指しているのではない。

 

 ──来る…………!? 場所は……東京か!

 焦りを隠さないまま、漆塗りのような雲が二人の脳内に語りかける。

 ──今、壊滅的な被害を与えうる〈マインドキャンサー〉を感知した。ステージは……(エイト)だ。

「Ⅷ!? そんな……」

 困惑を隠せないまま少年が呟く。

 ──俺が向かう。藤堂くんが向かうより俺のほうが早い。出現した地点は東京。間に合わなかったら、その時は……。──ごめんね、行ってくる。

 

 語り終えた次の瞬間には、雷を(ほとばし)らせ東の天を駆けていた。

 

『雷神さま』が飛び立った数秒後、二体の禍騎士の猛攻が幕を開けた。

 一体が脚を狙い斬りかかる。

 反応が遅れたものの、後ろに跳躍し、(かわ)した。が、胴を薙ぐ重い一撃。

 二本の刀を交差させ辛うじて直撃を防ぐも、反動で二、三m吹き飛ぶ。

「──っ!」

 あまりの膂力に両腕が痺れ、更に体勢が崩れる。そこに手負いの鋼鉄騎士からの追い打ち。

 着地する寸前、またも脚に一刀。

 

 ──避けきれない……!

 賭けに出る。至近距離で【地獄道】──業火を放つ。狙うは禍々しい甲冑──頭部。

 爆発音と共に、またもや幸乃は後方に飛ばされる。街路樹にぶつかり、数秒呼吸が止まったものの、大事には至らなかった。

「──っ、は……っ」

 半ば無理やりに酸素を取り入れながら、状況確認のために周囲を見渡すが、

「──!?」

 肌が粟立つ。後ろ──禍騎士の一体が街路樹ごと頭蓋を刈り取ろうとしていた。

 倒れ込むようになんとか回避する少年。死神が鎌を薙いだ、その数秒後にみりみり、と軋みを上げる街路樹。大音量で横に倒れる。

 その影響で起きた地鳴りに気を取られたのを好機と見たか、追撃の鎌が前方から迫る。

 

 フリーズを望む脳をリセット。

 

 切り上げを回避──できない。

 右肩を数センチ抉られる。寒々とした感覚。次いで灼けるような痛み。初めて〈マインドキャンサー〉と戦った時を思い出す。

 思わず顔を歪め叫びたくなるが、遮二無二(しゃにむに)苦悶を押し殺す。

 距離が足りていなかったことが幸運か、完全に注意をもぎ取られてはおらず、追撃されぬよう左側への前転回避でやり過ごす。

 

 だが、離れていた〈独裁型〉の方の接近があまりにも早い。木をへし折ってから追撃に向かう行動までのタイムラグがゼロに等しい。

 そのまま幸乃の回避方向を遮るように横薙ぎを一斬。

 さらに、追い打ちをかけるが如く右肩を抉った禍つ騎士も鎌を振り下ろす。

 迫る逆三日月の(やいば)(ふた)つ。辛くもその二刃を受け止めるも、巨岩級の体感圧力に押し潰されそうになる。

 両膝を叩きつけることとなったアスファルトが、どん、と悲鳴をあげ、亀裂を入れた。

「は──ああああああッ!!!」

 裂帛とともに地獄よりの業火が唸りを上げる。(もっ)て二体の〈マインドキャンサー〉を強制的に引き剥がした。

 

 爆炎で仰け反った二体を焼却せん、と立て続けに焔が躍る。

 忌憚なく述べるならば、幸乃の疲労は着実に蓄積している。じわりと蟻地獄に(はま)っていくような寒気を覚える。

 パワーが衰え、スタミナも減衰。俊敏さも失われつつある。敗北(とき)が、もう見えるところにまで迫っている。

 

「まだだ──ッッ!!」

 百火(ひゃっか)が繚乱する。(あるじ)の意志に応え、地獄を幻視させる災禍の群れ。

 精神を侵す癌の切除のために。

 煌々と燃え盛る。

 

 あの怪物に殺される前に。死神(じぶん)が自らの身体を喰い尽くす前に。

 二体のステージ(ツー)を寄せつけない。()()(ばや)に撃ち放って。そして気づけば、彼我の距離は数メートルに開いていた。〈マインドキャンサー〉たちは、ほぼ全て反撃の手段を封じられたのだ。

 

 ──これなら、押し切れる……!

 あくまで油断なく、慎重に、だが同時に大胆に、ひと時の地獄を顕現させる。

 

 ──まだ、まだいける、もっともっと、強く!

 ここに来て獄炎はその勢いを増した。やはり主の想いを忠実に体現する。

 血管が至るところでぶちり、ぶちりと切れていく不快感。

 手を休めない代わりに、全身が叫びを上げる。それでも、それでも──。

 

 戦闘は続行する。してみせる。そう身体に言い聞かせ、駆動する。

 両眼が光を受け取らなくなってきた。視界が曇る。肺が激痛に(おか)される。心臓が今にも爆発し、裂けてしまいそうだ。

 

 まだ、まだ、まだ──。

 

 

 終わるわけには、いかない──のに。

 

 

 何かが、切れる音がした。何なのかはわからないままだ。しかしただ一つ、勝敗を決するのに充分なこと。それだけはわかった。

 

 幸乃は、倒れ伏した。

 ()った二本の刀も、霧となって消えていく。

 指一本動かすことすらままならない。

 ひどく、全身──特に肺が痛む。

 

 

「あ──天宮さん!!?」

 魔力回復のための集中が途切れ、星霊を使役して戦った暁葉(あきは)が叫ぶ。

 ただでさえ罪悪感と心配だらけ。

 それを無理やり押さえつけて(おこな)っていたものを、この状況下で続けることができようか。

 駆け出し、救出したい気持ちに駆られるも、二体の死神が邪魔をし、行けない。

 

 

 二つの甲冑が幸乃のもとに近づいてくる。

 そのまま幸乃を囲むように立ち、ロックオンするように手を向ける。そして、

 

 黒と、赤と、紫と、少しの白。

 四色のオーラが猛烈な勢いで幸乃から吹き出した。

 

「──ぁ、ぁ」

 本来ならば声が出ないほど疲弊(ひへい)しきっている。

 だが声を出さずにはいられなかった。

 苦しかった。痛かった。泣き叫びたかった。

 身体が痛めつけられているのではない。

 実際にその感覚があったわけでもない。

 そんな状況でも明確にわかったのは、『心が痛い』ということだった。

 

 奪われていく気がする。

 意識が、どこか遠くへ連れ去られる気がする。

 黒い感情(モノ)が放出されていく気がする。

 

 苦しい、悔しい、恨めしい。

 悲しい、悲しい、悲しい。

 渦巻いて、取り込まれて、ああ、これは。これこそは。

 

 

 地獄だ。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月18日 X県A市

 

 〈マインドハザード〉は、例えるなら、『「うつ病」が激しい負の感情の動きを伴う』ようなものだ。

 〈マインドキャンサー〉が『負の感情』を摂取するときに行うもので、場合によっては、重大な心の傷を負う危険性がある。

 

 と、幸乃の学校の担任──藤堂時嗣(ときつぐ)は言った。

 

「恨み、苦しみ、悲しみ、妬み、恐怖、後悔。そういったものが一気に押し寄せる。

 数秒間ならまだしも、数分にわたって〈マインドハザード〉が続くようなら、精神が汚染される可能性が高い。」

 

 だから、絶対にこれは回避するように。

 何がなんでも逃げろ。

 と、口早に続けられた言葉を、しかと肝に銘じた幸乃だった。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月20日 夜 X県A市 某路上

 

 

 悲しいかな、そう言われたことすら、いまの天宮幸乃には思い出せなくなってしまっていた。

 

 どうして、どうして、どうして。こんなところで。あとすこし、もう少しで守り切れるのに。

 

 また無力なのだろうか。また、誰かに手を差し伸べてもらわなければ、いけないのだろうか。時嗣先生がいなければ、何もできないのだろうか。

 

 また、大切な人を失うのだろうか。

 

 

『──ゆうくん』

 声が聴こえる。どうせ帰らぬ人となったのに。天宮幸乃が、自分自身に見せる幻影(亡霊)なのに。

 みっともなく(すが)りついて、自己満足で泣いているのに。

 帰らぬ人と、なったのに。

 

 

 無念と慚愧(ざんき)に耐えかねて、涙を流すことすらできない。もう、そんな力も枯れ果てた。

 

 怪物が二匹。少年を睥睨(へいげい)している。

 至るところに損傷が見られ、そこそこのダメージは与えられているのだろう。それでも、もう、そんなことも関係ない。

 

 死んでしまうのだから。ここで、終わるのだから。

 

 ああ、恨めしい、憎たらしい。苦しい悲しい辛い妬ましい。

 

 温かい家庭で、ぬくぬくと生きていられる、ほかの人間どもが憎らしい。恨めしい。妬ましい。でも、どうして。

『僕』はこんなにも悲しいのに。苦しいのに。辛いのに。でも、どうして。

 そうだ、わかってくれないのだ。『あの人』以外は誰も。そうだ、その通りだ。でも、どうして。

『俺』のことなんて、(つい)に誰もわかってくれなかった。でも、どうして。

 

 

 ──どうして。『僕』ばかりが辛い目に遭わないといけないんだ。

 

 

 

 〈独裁型マインドキャンサー〉・ステージ(ツー)

 満足しているのだろうか。嘆きを聴いて。久々に捕食する、極上のご馳走に。

 美酒に酔っているのだろうか。

 かたかた、かたかた、と鎧が震える。

 

 

 しばらくの間、途切れることはなかったものの。終わりを告げる金属音が幸乃を切り裂き。

 

 

 倒れ込んだ少年の身体を数センチ刺したところで、バケモノは吹き飛んだ。

 文字通り、なんの比喩もなく。全身を空中に(さら)して。

 

 だし抜けに起こったことへの驚愕があったのだろうか。二体の悪魔は、着地してから数秒間、呆然と立ち尽くしたように思えたのである。

 

「よかった……本当に、本当に、間に合ってよかった」

 少年が立っていた。

 緑のパーカーが、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。

 二体の〈マインドキャンサー〉が動きを止めているのを確認してから、パーカーのポケットから何かを取り出す。

 それから闖入者(ちんにゅうしゃ)は、依然(いぜん)として伏したままの幸乃に、取り出した手のひらサイズのボトルに見える何かを近づけた。

 ボトルの中で時折(ときおり)光る、水色の液体が揺れる。

 そのまま幸乃の口に、ゆっくり、ゆっくりと、液体を流し込む。

 

 決して見間違いなどではないだろう。

 些細な変化ではある。と同時に、見ればそれとわかること。

 先程まで苦痛に歪んでいた少年の顔が、穏やかになった。

 

 

「よく頑張ったね、幸乃。もう大丈夫だから、ゆっくり休んで」

 (いたわ)る声。

 安心して、幸乃は暫しの眠りにつける。

 意識はないけれど、(わか)ったのだろうか。身体を預けたその人のことを。

 ただ一つ、ぼんやりと視えたものが、『安心』と『少しの怒り』だったから。

 

 絆を結んだ、生涯の友だったから、きっと──。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月20日 夕方ごろ X県A市 S高校

 

「突然で申し訳ないんだが……この前話した、應地(おうじ)暁葉(あきは)ちゃんの身辺警護に行ってもらえねぇか。

 身の回りの心配がないように、警戒をしておきたくてな」

 

 呼び出されるなり、時嗣(ときつぐ)先生にそう言われたのを思い出す。

「ああ、あの人ですね。えーと、何も持たずに行って怪しまれませんか?」

「ごもっともだ。だから、お前の素性がわかるように、今からお前のスマホで言伝(ことづて)のための動画を取らせてほしい。……構わないか?」

 

 なるほど、ボクを應地(おうじ)さんに紹介するための動画を作るのか。

 

「はい、わかりました。じゃあ、どうぞ」

 

 

 数分後……

 

「よし、これで大丈夫だろう。すまないな、面倒をかけてしまって」

「いや、これくらいはお安い御用です! ──あ、先生はこれからどうするんですか?」

 

 一、二秒の沈黙のあと、時嗣は顔を僅かに(しか)めた。

「『王』たちとの会合(かいごう)だ」

「……!!」

 思わず自分が息を呑んだのを、はっきりと覚えている。

 だってそれは、

「……死なないでくださいね、先生」

「任せろ。あいつらなんかに殺されやしねぇよ」

 

 時嗣先生と話していたときには五時近くになっていた。

 外資系製薬会社・メビウスが運営する病院に着いたのは、五時を少し過ぎたくらい。

 それからボクは、應地(おうじ)暁葉(あきは)さんに面会をしようとしたけれど、不在。

 いきなりの雨に驚いたいたものの、特に大事はなかった。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月20日 夜 X県A市

 

 

 ──ここに来るまで、何か一つでも、厄介な困り事があったら。

 幸乃は助けられなかったかもしれない。

 ……いま、心から自分の幸運に感謝してる。

 

 

 これによって、運命は、また一つ歩みを進める。選び取られた運命はどこへ帰着するのか。

 

 いまはまだ、誰にもわからない。

 

 

 二体の〈マインドキャンサー〉に立ちふさがった人物は、幸乃を慎重に宙に浮かせる。

 ふわり、ふわりと暁葉のもとへ幸乃を運び、

 ひとまず安全圏へ離脱したのを確認してから、二体のバケモノに向き直る。

 静かに、声を届かせた。

「ここからは選手交代。この鳴海(なるみ)玲真(りょうま)がお相手するよ」

 

 

 今度は間を置かず、二体の〈マインドキャンサー〉が駆ける。

 既に全員が広い路地に出ているが、それでもなおスピードと迫力には目を見張るものがある。

 逃がさぬという意思の表れか、挟み撃ちを試みる二体。対して玲真(りょうま)は動かない。

 

 ──どうして動かないの!?このままじゃ……。

 

 暁葉の心配をよそに、玲真(りょうま)は微笑む。

 

「大丈夫!二体なら、いける!」

 

 どん、と空気が鈍い音を立てた。

 突進していた〈マインドキャンサー〉の動きが止まり、鋼鉄の身体が抗うようにカタカタと揺れている。

 

「はっ!」

 玲真が腕を押し出すと、またしても鋼鉄の騎士が吹き飛ばされる。

 少年が身体の前で手を叩くと同時に、怪物は互いに正面から衝突した。

 間髪入れずに駆け出し、ARTS(アーツ)であろう槍を投擲。槍は二つに分裂し、悪魔をそれぞれ深く刺し貫いた。

 

 立ち上がろうとする方の独裁型を再び跳ね飛ばし、ガードレールに叩きつける。手応えがあったのか、玲真の顔には笑みがあった。

 

「あれは……斥力(せきりょく)と引力を操る能力……?」

 暁葉が呟いたことが耳に届いたのか、返答があった。

「いや、ボクのARTSは……!」

 言葉を途切れさせ、倒れ込んだもう一体を見()える。

 起き上がれないものの、反撃の意思があるのを確認し、小さな空気の動きを作り出す。

 道路の中心に陣取ったそれは、みるみる大きくなっていき、完成した。

 生き物のように渦を巻いて、唸りを上げるのは──

 ()いている。風が、啼いている。

 正確には、小さな竜巻。

 されどそれは、数メートルの道路を覆うのに十分(じゅうぶん)であった。

 

「ヒュウウウウウ……!!」

 二体の〈マインドキャンサー〉が呻く。竜巻に引き込まれまいと踏ん張るが、徐々に引きずり込む力に負けていく。

 ついに足を踏み外し、一体が巻き上げられた。振り回され、空高く上昇する。

 残る一体も同じようにして仲間とともに昇っていった。

「す、すごい……!」

 暁葉は幸乃を抱え、必死に踏ん張りながらも思わず呟いた。

 距離をとっているからか、玲真が何らかの対策をとっているからか、あの怪物たちのように飛ばされることはない。

 一方その化け物はというと、抵抗も虚しく、勢いに呑まれざるをえない。もがいてみるものの、結果は変わらないのである。

 (にわか)に、〈マインドキャンサー〉を苦しめていた風の牢獄が消えた。

 玲真は、最も深刻なダメージを与えられる一手をチョイスしたということだ。

 つまりそれは──

 どんどん地面が近づいてくる。何秒なのか数えたくもない。盛大に衝撃音が響き渡る。墜落し、動けない悪魔たち。

 ようやくと言うべきか、独裁型〈マインドキャンサー〉・ステージ(ツー)、その一体が塵となって散った。

 

「ふう、これで大丈夫かな。──應地さん、ですよね。ケガは大丈夫……ですか?」

 すぐ駆け寄って、心配そうに尋ねる玲真に、暁葉は、

「助けていただいて、ありがとうございました。ほんとうに助かりました。──ええと、私より、幸乃くんの傷が……」

「ああ……そうですね……幸乃…………」

 不安げに幸乃を見つめて、

「あ、それと、失礼になってしまいますけど……幸乃くんのお知り合い……ですか?」

 その問いには微笑みが返ってきた。

「はい、中学校からの付き合いです!」

「ああ、そうなんですか!じゃあ、幸乃くんも安心ですね!」

「────っ、ぁ──」

 呻きながら幸乃がわずかに瞼を動かす。ゆっくりと瞼を開いて、苦しそうではあるが、途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「りょう、ま──あきは、さん、」

 思わず二人はほっと息をつく。

「幸乃くん……!!」

「幸乃……! よかった……ほんとによかった……!

 ──無理はしないで、大丈夫だから。ボクたちがすぐ病院に連れていくよ」

「私が運んでもらった病院に行きましょう。たぶん、いまなら()てもらえると思います」

 玲真が幸乃を背負い、病院へ急ごうとすると、

「ヒュウウウウウウウウウ!!!」

 うつ伏せになっていた残りの一体。それがすでに立ち上がろうとしていた。

 まだ生きていたということか。

 最後の力を振り絞るかのように手に持つ鎌を思い切り投げつける。

 狙うは無防備な玲真──。

「……!? 玲真さん!」

「あ、っ──」

 

 

 ∃ 五年前 G県T市

 

「いいですか、お嬢さま」

 昔、憧れの人が言ってくれたことが、いまも忘れられない。

「人には、大切な人を守るときが来ます。

 そのとき、一生懸命になって、その人のことを守ってあげてください。それが『愛』です」

「うん、わたし、頑張るよ!」

 大切な人──守りたい。けれど私は、守れるのだろうか。

 

 

 

 ∀ 201X年 11月20日 夜 X県A市

 

 深く深く、傷がつく。

 やはりそれは、灼けるような痛みだ。冷たくはなかった。

「あ……っ──」

 痛みを押し殺す。耐えて、心配ないと伝えなければ。

「だい、じょうぶ。ですから──」

「應地さん……!で、でも、ボクの、せいで……」

 少年が呻く。少女が痛みに耐える。

 玲真を庇ったその傷は背中を切り裂いていた。

 暁葉の全身が震える。声が出なくなってきた。

 そんなときに〈マインドキャンサー〉は三人目掛けて迫り来る。

 この際なんでも構わない。人間三人分の、死ぬ間際の負の感情を喰うのだ。

 三人もの生命を奪えば──運良く生き残れるかもしれない、と。

 

 ──身体が、勝手に動いていた。

 ──動くはずもないのに、動いていた。

 ──ふたりを見ることも叶わない。

 ──それでも僕は、二人を守りたい。

 

 ──あと十秒、いや、三秒でいい。……僕に、力を。

 

 顕現せし刀一振り、そして、咆哮。

 天宮幸乃の持ちうる全てを賭けて。

 いざ、解放。

 

『ああ、そうか。

 天宮幸乃。やはりきみは、また、運命を越えるのだね』

 

 時が緩やかに流れる。されどそれは刹那。

 総身の駆動が明瞭。されどそれは掴み取った力。

 ニトロを加えたかのように疾駆する。されどそれはこれまで不可能であった。

 己が人生の結晶。ソレに秘め、■■■■た六道が一つ、『修羅道』に在るARTS(モノ)を顕現せしめた故に。

 今、此の時、唯ひたすらに斬るのみ。

 唸る一刀。翔ける剣閃。

 そして両断。

 

 ──暗転。また一つ、運命がヒトを呼ぶ。

 

 

 

 Code:U.N.K.N.O.W.N.『s』.

 

 

 戦場から数百メートル離れた、ビルの屋上。先程──喜悦に浸っていた男一人「だけ」が嗤っていたとき──とは違って、二人分の声が聞こえる。

 そのうちの一人が、スマートフォンを片手に()う。

「──で? お前さん、結局来なかったな。期待してるって聞いてたから、『生で戦闘を見たい』って来ると思ったんだけど」

 

 すると、一人目の男とは打って変わった声音で、もう一人が口を開く。

 

「いやあ、こっちはこっちで『満喫できる』からね。

 ま、『雷神さま』? だっけ?

 ふふっ、ネーミングセンスがアレな大神(たいしん)が高ステージの〈マインドキャンサー〉の対処に行ったのは、無難な判断だけど面白くない。

 もっと言えば興ざめだったね」

「ふーん。まあそれについては俺も同意見だぜ。あの行動がなかったら俺たちが死んでた、ってことを除けばな」

「うん、ま、そうだろうね〜」

 いい加減な返答をした男の手元で、ガチャガチャと音がする。ルービックキューブを弄んでいるようだ。

 その様子に、ほんの少し青筋を立ててしまいそうになってしまった男は深呼吸をする。

 

 

 それから数秒の沈黙。

 あ、そう言えば、と、思い出したかのように、電話の向こう側の声が言うには、

「いま、クライアントとお話しててさ。こっちはこっちで久々に楽しいし。

 このクライアントさん、幸乃くんたちのことも気になってるみたいで」

 クライアントの前で電話していいのか。

 あとオモチャ弄ってんじゃねぇか。

 何より顧客の情報を漏洩(ろうえい)するなよ。

 と一人目の男は軽くため息をつく。

「──アンタは色々とよくわからねえよ。俺が『社長』に拾ってもらった時からそうだ。

 一体、何考えてんのか」

 対して、もう一人の男は嬉しそうに微笑んだ。

「『楽しいこと』だよ。人間って面白いからさ、いくらでも楽しいことが出来る。

 例えば、そうだなぁ、仮面ライダーみたいに改造人間となって戦う!みたいな筋書き(シナリオ)もいいなぁ。

 ──あまりに人気すぎて王道になっちゃったけど」

 紡がれた言葉を聞いて、一人目の男が眉を(ひそ)める。

「やめてくれよ、冗談じゃねえ。アンタさあ、嫌味言ってんのか?」

 明らかに険を帯びた声に、ああ、いやいや、それは違うよ。とスマートフォンの向こうで(のたま)う。

「俺はただ楽しみたいだけさ。そのために幸乃くんたちの『協力』が必要なんだよね。それに、」

 

 君だって幸乃くんに興味があるだろ? という問いかけを耳にして、思わず肩をすくめる。

「……まあ、いいさ。お互い観察対象には事欠かないってことが言いたいんだろ?

 お前さんは玩具(オモチャ)。俺は──どうなんだろうな…………まあ、大体そんな感じだな」

 適切な言葉を選択できずに、またもや肩をすくめる。

「そんなに肩をすくめなくてもいいじゃないか。

 人の『悦』のカタチは流動するし、逆に何かしらに固執する場合もある。

 何が快楽なのかがわからないことだってあるし、それも含めて楽しいんだから」

「流石はプロフェッサー。立派な哲学を持っていらっしゃるぜ」

「おいおい、からかわないでくれよ。それに俺はプロフェッサーじゃなくて──」

 もう一人の男は、口元に弧を描きながら、ゆっくりと、言葉を紡いだ。

 

「しがない情報屋さんさ」

 

 

 To be continued……




お楽しみいただけましたでしょうか。やはりそうであったなら、心の底から幸せです。

最後に、登場人物、並びに用語の解説の欄を設けたいと思います。

天宮(あまみや)幸乃(ゆきの):男。16歳。9月20日生まれ。この物語の主人公。ARTS名は不明(まだ幸乃が決めていない)。花のイメージは彼岸花、青薔薇。

應地(おうじ)暁葉(あきは):女。15歳。11月30日生まれ。ARTS名は不明(まだ暁葉が決めていない)。花のイメージはカスミソウ。

鳴海(なるみ)玲真(りょうま):男。16歳。10月31日生まれ。
ARTS名は不明(決めてはいるが、明かされていない)。花のイメージはネコヤナギ。

藤堂(とうどう)時嗣(ときつぐ):男。48歳。9月20日生まれ。幸乃が通う高校の担任。ARTS名は不明(決めてはいるが、明かされていない)。花のイメージはヤブラン。


成しうる者(ギフテッド)〉:異能力──ARTSを使うことができる者たち。これまでも、これからも、〈マインドキャンサー〉の討伐に大きな貢献を果たすことが予想される。

ARTS:〈成しうる者(ギフテッド)〉のみが持つ、その人が歩む『人生の結晶』を擬似的に具現化したもの。これによって、〈成しうる者〉は異能力を行使できる。

〈マインドキャンサー〉:人間の負の感情を誘発し、食料とする存在。人類の社会に脅威を与えうる存在として各国から排除対象に指定されている。
特殊な空間に住んでおり、〈成しうる者〉や〈マインドキャンサー〉に干渉するための器具を使わない限り、一般人には認知も干渉も困難。


それでは、今回はここまでということで。ご縁が続けば、また。


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