IS 〜地中海の愚者〜 (liris)
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前回の一夏戦でお気に入りにしてくれた方が増えて自分でも驚きました。新しくお気に入り登録してくださった方々、以前から登録してくれている皆様、本当にありがとうございますっ!

今回は設定的なものです。
話を書きながら少しずつ作っていたので、おかしな点の指摘があれば随時直していきます。






リーヤ・カテドラール

 幼い頃に事故で家族を亡くし、本人もある感情を失っている。

 事故から数ヶ月は孤児院で過ごしていたがカテドラール家に引き取られ、次期当主になる義姉の護衛兼手足として育てられている。

 数年前から非公式にエルトリア社に所属しており、本文にあるように調査課という汚れ仕事を行う部署の所属なので物事の割り切りをつけるのが早い。

 IS適正に関してはエルトリア社内部での検査を受け、適性がある事が発覚。が、エルトリアは公表せず社内でも機密扱いにしており、彼にIS適正がある事を知っていたのは上層部とIS部門の一部だけだった。

(なので事実上彼が一人目の男性操縦者という事になる。ちなみに彼の適正ランクはB)

容姿は銀髪紅眼に女性寄りの顔立ちと麗人を思わせる容姿をしている。

 

 

 

カテドラール家

 イタリアの名門家だが、ただの名門ではなくイタリアという国を裏側から護る家。(更織家のイタリア版)イタリア国内の孤児院に援助を行い、有望そうな子供をカテドラール家やエルトリア社にスカウトしている。本家は地中海にある島々の一つにあり、正確な位置は公にしていない。

 現当主はエルトリアの情報部門統括。次期当主となる長女はイタリアの代表候補生で、代表候補生の中でも最も国家代表に近い“代表次席”という文武両道を行く家。

 

 

 

エルトリア社

 イタリアに本社を置く企業で、ISに関してもコアを国から供給されるほどの技術を持ったイタリア有数の企業。

 が、それは表向きの話。実際はイタリアの国内外を問わず情報活動を行うために数代前のカテドラール家当主が興した企業で、IS部門も含めエルトリア社の企業活動は情報部門が活動するためのカムフラージュ兼資金源となっている。そして情報部門、特に調査課は必要なら非合法の手段も行う部署でもある。

 会社は各部門の統括と社長の合議制で経営(ただし情報部門は例外)されており、様々な分野に進出している。イタリア国内ならず国外にも支部を持つ大企業。実力主義の社風の為か女性権利団体には批判的で、度々要求を突きつけられるも全て退けている。

 リーヤの属する情報部門は表向きは存在しておらず、社長と一部の統括や社員しか存在を知らされていない。

 

ストレガ

 和名:魔女

 エルトリア社が開発・運用している第二世代ISで、リーヤの専用機はその発展型。

 全身を淡い紫色の装甲で覆った全身装甲型(フル・スキンタイプ)のIS。生身の露出を頭部のみにした事で絶対防御の誘発を防止している。(ちなみに通常型は他のIS同様身体が露出している)

 最大の特徴はスラスターで肩部の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に鏃状のものと腰部から鳥の翼をモチーフにした固定型のウイング・スラスターが左右に一対ずつ。更に左右両脚サブ・スラスターの計6機のスラスターを装備している為その機動性と速度は全IS中でもトップクラス。

 機体のカラーリングは淡い紫が中心だが、肩部と腰部のスラスターは影のような黒を基調に血を連想させる真紅のスポットペイントとなっている。

武装は中・遠距離装備であるエネルギーカノン『ルシフェリオン』と近接装備となる実剣・実弾仕様のブレードライフル『ヒラリオン』が主な装備となっている。

 

 

ルシフェリオン

 ストレガの主武装で新機構であるカートリッジシステムを搭載しており、カートリッジをロードすることで機体のシールドエネルギーを消費せずに大威力の砲撃を可能にしている。また槍のような形状をしており、エネルギー刃を展開する事で白兵戦にも対応出来る。が、展開中はエネルギーを消費し続ける為あくまで“緊急用”である。

 

 

ヒラリオン

 ストレガの近距離用ブレードライフル。

 取り回しのしやすさと連射性を重視した実剣・実弾仕様になっており、一撃の火力を重視したユリシーズとは真逆の武装となっている。

 

 




クラス代表決定戦時点なので追記等で更新はしていきます。


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Pagina Zero エルトリアから来る者


―――――――これが、愚者となった始まりの原風景。





 ―――――――そこは、赤と黒しかなかった。

 

 

 

 

 

 ―――――――燃え上がる赤と焼けていく黒。目に映るのはそれだけで、それがとても怖かった。

 

 

 

 

 

 ―――――――だから、必死に逃げまわった。

 

 

 

 

 

 ―――――――けれど逃げ道なんてどこにもなくて、気が付いたら立っていられなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――そうして倒れて、あっという間に目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 † † †

 

 

 

 ―――――――旧い夢。

 ()()()()()()()自分でも未だに嫌悪感のある最悪の夢だった。

 

「……最悪」

 

 時差ボケを防ぐために眠っていたが、代わりに視たくないモノを視てしまった。これからの先行きを暗示しているようで正直、気が滅入る。

 

(IS学園、か……)

 

 そうして、数日前に告げられた時の事を思い出した。

 

 

 

 † † †

 

 

 

「IS学園に入学?」

 

 それがオレ、リーヤ・カテドラールに言い渡された任務だった。

 

「理由は……日本の織斑一夏ですか?」

 

 と、いうか理由はこれしかないだろう。それ以外の理由は考え付かない。

 

「そうだ。その様子だともう既にある程度は知っているみたいだな」

 

 そう言うのはオレの義父であり、上司であるベルゼー・カテドラール。エルトリア社の情報部門統括だ。

 

 ―――――――エルトリア社。

 イタリアに本社を置く企業で、ISに関してもコアを国から供給されるほどの技術を持ったイタリア有数の企業だ。

 が、それは表向きの話。実際はイタリアの国内外を問わず諜報活動を行うために数代前のカテドラール家当主が興した企業だ。はっきり言ってIS部門も含めエルトリアの企業活動は情報部門が活動するためのカムフラージュ兼資金源といってもいい。そして情報部門、特に調査課は必要ならマフィア並みの手段も辞さない部署でもある。そしてオレはその調査課に属しているので、そういった裏側についてもよく知っている。

 ……調査課に属する以上、知らざるをえなかった、とも言うが。

 

 

「連日ニュースに出ていましたから。それで、自分はIS学園に入学して何を行うのですか? まさか彼の護衛が任務、というわけではありませんよね?」

「当然だ。むしろお前には彼のデータを入手してもらうのが当面の任務となる。異なる男性操縦者のデータが手に入れば男でもISを動かせる要因が解析出来るかもしれんからな」

 

 そう言われてオレがIS学園に派遣される理由に一応納得がいった。公式か非公式の違いはあるが同じ男性操縦者だ。加えて国籍どころか人種も違うならデータ解析のサンプルとしては申し分ないだろう。

 

「それと今回の任務は()()()()()()()()()()()()()()()()()()、入学してもらう。それに伴いお前の所属も表向きはIS部門へ異動となる。もちろん正式な異動は発表後になるが、な」

「……は……?」

 

 ―――――――今、なんて言われた……?

 

「あの……、聞き間違いでなければ男性操縦者として、と言われました……?」

「ああ、これは私だけでなく他の者たちも承知している。その上で公表すると決定した」

「……初耳、なんですが……」

 

 反対、というほどではないが事前通告ぐらいはしてほしい。言われていればあんな間の抜けた返事なんてせずに済んだのだが。

 

「お前のIS学園への転入は以前から度々議題に挙がっていた。が、これまではわざわざお前を派遣する必要性がなかった。だが―――――――」

「自分以外の男性操縦者が入学するとなると話は別、という事ですか?」

「その通りだ。そしてこれこそがお前を男性操縦者として公表する理由だ。織斑一夏のデータやサンプルを手に入れるなら同性の方がやりやすいだろうというのが理由の一つだ」

 

 ……確かに男が二人しかいない状況なら行動を共にしていても自然だしデータのコピー等も容易い。生体データに関しては多少強行手段になるがそこまで難しいことではない。

 だが、それは調査課の人間(オレ達)なら十分出来る任務だ。単に難度が上がるか下がるかの違いでしかない。なのになぜわざわざ痕跡を残すような方法を採るのか……?

 

「色々考えているようだが最後まで聞け。データやサンプルの入手はあくまで理由の一つだ。最大の目的は日本の更識家との提携とIS学園で()()()()()()()()の調査だ」

 

 ……??

 これから起きる事の調査、とはどういう事だろうか? 前者はともかく後者の意図はオレにはよく判らない。

 

「腑に落ちない、という顔だな」

「それはそうです。更識家への打診はともかくこれから起きる事の調査、と言われたら困惑します。無駄骨になったらどうするんですか?」

「それはないだろう。逆に訊くが希少な男の操縦者が入学するのに手を打ってくるところがゼロだと思うか?」

「……確かに、ないですね。自分だって何かしらの手を打ちますし」

 

 そこまで説明されてようやく自分がIS学園へ入学までして潜入する理由に気付く。

 それは―――――――

 

「自分が入学する本当の目的は……干渉してくる国や企業への交渉カードを手に入れること、ですか?」

 

 そう答えると義父さんは口元を緩め笑みを浮かべる。……どうやら予想は当たったみたいだ。

 

「話は以上だ。何か訊いておきたい事はあるか?」

「そうですね……自分の判断で動けるのはどこまでですか?勿論緊急時は自分の判断で動きます。が、見込みがありそうな人のスカウトや向こうでの協力者をどうするか、等は独断で行うわけにはいかないでしょう」

「それに関してだが、今回お前にはかなりの権限が与えられている。協力者が組織に属しているなら手を組むかどうかはこちらの指示に従ってもらう。が、人材のスカウト等はお前の判断に任せる。

 ―――――――つまり、お前がこちらからの指示が必要だと判断したら連絡しろ。そうでないならお前に判断を任せる。今回の任務はお前の判断力を鍛えるいい機会になるだろう」

 

 確かに今回の任務は自分の判断力を鍛えられるいい機会だ。自分の判断力がどの程度まで育っているのかも図ることが出来る。

 ……もっとも、自身を試す事と独断で動く事を履き違えてはいけないが。

 

「判りました。期待に応えられるよう、注力します」

「ああ。上司として、そして義父として期待しているぞ」

 

 

 

―――――――これが数日前、オレがIS学園に入学することになった経緯であり、オレが表舞台に立つ事になった始まりだった。

 

 

 




少年は表舞台に立つ。
―――――――様々な思惑とともに。




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エルトリアの愚者
Pagina I 入学したイレギュラー


かくして、彼らの話の幕は上がる。


原作に入っていきます。


―――――――珍獣にでもなったみたいだ。

 

 それが教室に入って感じたことだった。

 ……というよりIS学園(ここ)ではオレや前の席にいる彼はまさに珍獣そのものだろう。本来ならあり得ないイレギュラーなのだから。

 もっとも、同じ男でも注目の度合いはオレより彼の方が上だろう。オレの方は男か女か迷ってる人が多いようだが、彼は一目で男と判る。注目を集めるのは当然だろう。

 ……自分の容姿で不審に思われない、ではなく注目されないことに感謝するとは思わなかったが。

 

 そんな事を考えているうちに始業を知らせる鐘が鳴り、それと同時に一人の女性が入ってきた。

 

「皆さん揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよ―」

 

 黒板の前でにっこりと微笑む女性。身長自体は平均より少し低い程度だと思うが服のサイズが大きいのか小柄に見える。……正直、服に着られているという感じだ。

 

「このクラスの副担任を務めさせて頂く山田真耶です。皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

「「「………………」」」

 

会釈程度に礼をしたが、教室の中はおかしな緊張感とこちらに向けられる好奇心が相まって自分以外に反応を返した人はいなかったようだ。それもあってか教室の空気はますますおかしなものになっていく。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

「は、はい。出席番号一番、相川清香です―――――――」

 

涙ぐんだ目で副担任の山田先生が促し、自己紹介が進んでようやくさっきまでの空気が薄れていく。

オレは意識の半分をクラスメイトの自己紹介に向け、もう半分を未だに落ち着かない様子の織斑一夏に向ける。が、彼は窓際の方を見て何故か落ち込んでいる。そのせいか彼は自分の順番が回ってきた事に気付いておらず、さっきまで順調に進んでいた自己紹介が止まり、再び教室の空気がおかしくなっていく。

 そして―――――――

 

「……えっと、織斑くんっ。 織斑一夏くんっ!」

「は、はいっ!」

「だ、大丈夫? び、びっくりさせてごめんね。お、怒ってる? 怒ってるのかな? ゴメンね、ゴメンね!? あのね自己紹介『あ』から始まって今『お』なんだよね。だからね、じ、自己紹介、してくれるかな?」

「い、いえ、山田先生、大丈夫ですから頭を上げてください。ちゃんとしますから」

 

 止まりかけた空気を山田先生が彼に呼びかけて何とかしてくれた。が、この人本当に教師なんだろうか? 生徒に下手に出過ぎている気がするが。

そしてあの二人、いつの間にか手を取り合っているから教室内の注目を集めている。

 ……いい加減、先に進んでくれないだろうか? このままだとクラスメイトになった人達に、話すたびに名前を訊かないといけなくなる。と、いうか時間内に全員の自己紹介は本当に終わるんだろう?

 

「えーと・・・織斑一夏です。一年間よろしくお願いします」

 

 と、益体もない事を考えていると彼が自己紹介を(ようやく)してくれていた。

が、

 

「・・・以上です!」

 

ガタタッ! ガッシャーンッ!!

 

 周りにいる人達が一気に席から崩れた。

 ……うん、気持ちは判る。幾らなんでも今のは簡潔過ぎるというか手を抜き過ぎではないだろうか? 何もないならさっさと終わらせた方がまだよかった気がするが。

 

「あ」

 

 バキーン!

 彼がそう言った瞬間、教室の後ろから入ってきた女性が彼の頭に黒いファイル(のようなもの)を叩き付けていた。 ……その女性はIS関係者なら誰もが知っている人物であり、無視出来ない人物だ。

 

「げぇ、スパルタクス!?」

 

 バキーン!!

 再度黒いファイル状のものが彼の頭に振り落とされた。

 

「だれが古代ローマの叛逆者だ、馬鹿者。自己紹介すらまともにできんのか」

 

 ごもっともだ。そもそも自分の姉をかの叛逆の英雄呼ばわりするとはどうかと思う。

 

「千冬姉!? どうしてこk」

 

バキーン!!

 

 ファイルアタック3回目。というか、人の頭を叩いても歪むどころか皺ひとつ入らないなんてあのファイルは一体何で出来ているのだろうか? そもそもどうやったら人の頭を叩いてあんな音が出せるのか正直謎だ。

 

「織斑先生と呼べ」

「・・・はい。織斑先生」

 

 そう、この女性こそが織斑千冬。第一回モンドグロッソで総合優勝を果たし、世界最強(ブリュンヒルデ)の称号を持つIS界の生きる伝説だ。戦歴も第二回モンドグロッソでの諸事情による棄権を除けば公式試合で無敗を誇る。まさに、世界最強(ブリュンヒルデ)の称号に相応しい女傑だ。

 

「織斑先生、会議のほうは終わったのですか」

「ああ、一人で任せてすまなかった。山田先生」

 

そう言い織斑先生は教壇に立ち生徒たちに言い放った。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。お前達新人をこれから一年で使い物になるよう徹底的に鍛えるのが私の仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。分からないことがあれば遠慮なく質問しろ、分からないのに黙っていて後悔するのはお前達だ。

 それと、逆らってもいいがそれ相応の理由と実力、そして覚悟が要ることを理解しておけ。いいな」

 

 ……なんという独裁発言。まるで私が規則(ルール)だというような言葉だ。どこまで本気で言っているかは判らないが、個人的にはあまりお近づきになりたくない考えだ。

 ―――――――なのだが、

 

「「「キャアアアアアアアアアアア!!!」」」

「千冬様!本物の千冬様よ!!」

「ずっと前からファンなんですっ!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!アメリカから!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんて幸せです!」

「千冬様のためなら死ねます!!」

 

 独裁者のような暴言に対し歓喜の返事が音響兵器のレベルで殺到した。耳を塞がなかった事を本気で後悔するレベルである。

 

「……まったく毎年毎年よくもこれだけ馬鹿者が集まる。それとも私のクラスにだけ馬鹿を集めているのか?」

 

 生徒達の返事を聞いた織斑先生が呆れたように言ったにも関わらず帰ってくる言葉はますます熱を帯びていく。

 

「きゃあああああっ!お姉様、もっと叱って!罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 

 ……うん、前言撤回。毎年こんな感じだというならさぞ大変だろう。少しだけ織斑先生に同情する。特に最後の三人は思わず引いてしまうほどだ。

 

「で? 自己紹介すらまともにできんのか、お前は」

「いや、千冬姉、俺は―――――――」

 

 バキーン!!

 4回目となるファイルアタック。ついさっき『織斑先生』と呼ぶよう注意されていたのに彼はもう忘れたのだろうか?

 

「織斑先生、だ」

「……はい……」

「え? 織斑くんってあの千冬様の弟……?」

「それじゃあ男なのにISを使えるっていうのも、それが関係してるの?」

「えぇ? でもこのクラスいるっいう二人目はどうなの? そもそもその人ってどこの席にいるの?」

 

 先ほどと似たようなやり取りをする織斑先生と織斑君。そしてさっきは織斑先生に気を取られて彼が織斑先生の弟だと気付かなかった人達も二人の関係に気付いたみたいだ。

 ……最後の人の自分が男だと思われていない発言はスルー。初対面の人に男だと認識されないのはもう慣れたし。

 

「はぁ、まあいい。時間も押しているからな、次の者でこの時間は終わりだ。他の者たちは休憩時間に各自で行え。……カテドラール、自己紹介をしろ」

 

……一応考えていたとはいえ、本当にこの状況でするのか。出来ればもう少しまともな状況でやりたかったけど仕方がない。取り敢えず彼よりはまともな紹介をしましょうか―――――――。

 

「リーヤ・カテドラールです。イタリア出身でエルトリア社に所属しています。よく女性と間違えられますが男です。専用機を持ってはいますが、自分の場合はテスターとしてなので代表候補生の方達とは与えられている理由が少々異なります。これからよろしくお願いします」

「よし、ではこれでSHRは終わりだ。あまり時間が無いので残りの者たちは各自で自己紹介をするように。それと諸君らにはこれからISの基礎知識と基本動作を約一ヶ月をで覚えてもらう。いいな、いいなら返事をしろ。文句があっても返事をしろ、私の言葉には絶対に返事をしろ。いいな?」

「「「「「はい!」」」」」

 

 自分の自己紹介の後、再び横暴とも言える発言をする織斑先生。それにクラスメイト達は即、大声で返事を返す。

 ……オレ自身は返事をする事はしなかった。オレにとって優先すべきはエルトリア社の社命であり、織斑千冬(ブリュンヒルデ)の言葉ではない。

 だからこそ、クラスの人達とどう接していくかはよく考えないといけないだろう。―――――――優先する価値感が違うが故に。

 

 

 




エルトリアの少年は自身の立ち位置を述べる。そして、クラスメイトとのズレを感じ取る。


……スパルタクスは完全にネタです。作者がISの話を書くなら絶対やろうと思っていました(笑)


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Pagina II 意識の違いと背負ったもの

一人目と二人目はお互いを知る。

……それはそうと不定期更新はどこにいった、という突っ込みはまだなしの方向でお願いします。


「なあ、ちょっといいか?」

「いいですよ。なんでしょう?」

 

 1限目が終わり、次の授業が始まるまでの休憩時間。クラスの人達の名前を覚えようと思い、近くにいるクラスメイトに声をかけようと思っていたら織斑一夏(公式一人目)から声をかけられた。

 

「いや、男って俺達二人しかいないだろ? だから仲良くやっていこうぜっ!」

「ええ、よろしくお願いします、織斑さん」

「一夏でいいって。水臭いぜ?」

「……申し訳ないですが人を名前、それも呼び捨てにするのは好きじゃないんです。そちらが自分をどう呼ぶのかは好きにしてもらって構いませんので」

「あ、ああ。よろしくな、リーヤ」

 

 ……正直、初対面の人にいきなり呼び捨てにされるのも好きではないがこのあたりで妥協するべきだろう。―――――――今はまだ。

 

「いやー、それにしても男がもう一人いてくれてホント助かったよ! 一人だけだったらどんなに心細かったかっ!」

「そうですね、そうなっていたら確かに少し同情しますね。……自分はエルトリア社で慣れたので今はもうクラスに男一人だったとしても平気ですけど」

「げ、マジかよ。この中に一人でいて平気ってうらやましいな」

 

 他愛のない話をしながらもやはりまだ注目されているのは感じる。個人的には他の人達とも話しておきたいところだけどそれをするには織斑さんの話を何処かで切り上げなくてはならない。どうしたものか、と考えていると―――――――

 

「……すまない、少しいいか?」

 

 ―――――――先ほどから話しかけるタイミングを窺っていたクラスメイトが話しかけてきた。

 

 凛としたを雰囲気を纏い、黒髪を後ろで結ったロングポニーテールの刀を思わせる女生徒。本社の資料で見た覚えのある彼女は確か―――――――

 

「箒?」

「あぁ、久しぶりだな」

「六年ぶりか? すぐ箒だってわかったぞ!」

「そ、そうか」

「リーヤ、紹介するぜ。俺の幼馴染の―――――――」

「篠ノ之 箒だ。それと一夏、自己紹介ぐらい自分で出来る」

 

 やはり、篠ノ之 箒さんか。あの篠ノ之博士の妹で確か……重要人物保護プログラムで日本各地を転々していた、とあったな。保護プログラムを受けているのに本名なのは、織斑さんがいるから偽名だと不審に思われるからか。

 

「それでその……すまないが一夏を借りてもいいだろうか?」

「ええ、構いませんよ。織斑さんの言う通りなら六年ぶりなんでしょう?自分に構わずどうぞ」

「……ありがとうございます。ではいくぞ、一夏。ここではなんだからな、外で話したい」

「あ、あぁ。じゃあリーヤ、またあとでなっ!」

 

 そう言って二人は教室の外に出て行ったが、次の授業まではまだ時間がある。オレもクラスの人達と話しておこうかな。

 

 ……そうして近くにいたクラスメイトと話していたが、自己紹介をしても『本当に男の子なの?』と訊かれるのは

 慣れていても何とも言えない気分になる。いつもの事だから諦めるしかないのだが。

 

 そして完全に余談だが、織斑さんと篠ノ之さんは休憩時間内に戻ってこなかったため二人揃って織斑先生からの一撃が落とされた。

 ……篠ノ之さんはともかく、織斑さん、さっきあんなに叩かれていたんですから学習しましょうよ……

 

 

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

休憩時間が終わり、再び授業が始まったけど、この辺りの内容は既に教わっているので問題ない。自分にとっては復習を兼ねた確認のようなものだ。

 が、織斑さんは落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見ている。その織斑さんの様子は教壇の山田先生も気付いたらしく、

 

「織斑君、今までの範囲でわからない所ありますか?」

「え、えーっと……」

「私は先生ですから、わからないところが遠慮なく訊いてくださいね?」

 

 山田先生はにっこりと微笑んで織斑さんに言葉の続きを促す。それに織斑さんは―――――――

 

「全部わかりません!」

 

 と言い切った。いや、待った。ほとんど判らないってどういう事? 入学前に渡された参考書の最初の数ページの内容だから、少しでも目を通していたら判ると思うんだけど……

 

「え、……その、ぜ、全部、です、か……?」

 

 織斑さんの言葉に笑みが引き攣る山田先生。確かに判らないところがある、といってもまさか全部とは思わないだろう。

 

「えっと……、他にわからない人はいますか……?」

 

 涙目になりかけた山田先生がクラス全員に訊くが自分を含め、挙手する人はいない。当然だろう。自分達のようなイレギュラーを除き、IS学園に正規の方法で入学した人達は一般の大学とは比較にならない程の狭き門を突破した人達だ。このレベルで躓く人はそもそもここにいないだろう。

 

「あ、リ、リーヤ、おまえはどうなんだよっ!? わからないなら強がらずに素直に訊いといたほうがいいぜっ!?」

 

 ……いや、自分が判らないならオレ(こっち)も判らない、なんてどうして思えるんだろうか?

 

「……織斑さん、貴方には悪いですがオレはこのぐらいの内容なら判ります。自分が判らないからといってオレの方も判っていないだろう、なんて考えは押し付けないで下さい。そもそも特例で入った自分達は他の人達よりも勉強をしないといけない義務と責任がある、少なくとも自分はそう考えています」

「……なんだよ、俺たちの義務と責任って」

「説明しても構いませんが今は授業中です。自分達の都合でこれ以上授業の流れを中断するのは良くないでしょう」

 

 ただでさえ、自分達のやり取りで時間を使っているのにこれ以上時間を使うわけにはいかないだろう。だが―――――――

 

 

「構わんぞ、カテドラール。私が許可してやる。お前の言う義務と責任とやらがなんなのか説明しろ」

 

 このクラスの最大権力者である織斑先生はどうやら此方の考えに興味を持ったようで説明を促してくる。……正直、余計な事を言ったかもしれない。

 

「……いいんですか? 少し時間を使わせてもらう事になりますが……」

「構わんからやれと言っている」

 

 有無を言わせない発言に呆れつつも機会を貰った以上はきちんとやるとしましょうか―――――――

 

「では、言わせて貰います。―――――――そもそもIS学園に入学する為の倍率は一般の大学や名門大学よりも厳しい倍率です。それは自分よりもそこを勝ち抜いてきた皆さんの方がよく知っていると思います。年度毎の定員があるからIS学園の倍率は高いものになるわけですから。

 そしてここからが本題ですが、今年は自分と織斑さんがイレギュラーとして入学しました。なら、自分と織斑さんの席は()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ざわり、と教室の空気が一変する。それはそうだろう。ここにいる人達なら今の言葉がどういう意味なのか判ってしまう。イレギュラー(オレ達)の入学の為、学園側がどこを空けたのか。

 だというのに、

 

「なあ、それってどういうことなんだ? 二人しか増えてないんだから単に席を増やせばいいだけだろ?」

 

 ……呆れを通り越して頭が痛くなってくる。まさかとは思っていたが、本当にそんな風に考えていたとは。

 

「そんな訳はないでしょう。学園の設備には限りがあるからこそ定員があるんですから。

 ……判っていないようなので答えを言いますがね、自分達が入学する事になった為に押し退けられた人達がいる、という事です。恐らくですが時期的に見て一度は合格の通知を受けた後にそれが取り消しになったんでしょう。それも自分の実力不足や学園側のミスではなく、他に入学させる人間が見つかったから、という理由でです。そして、自分の代わりに入学した人間が努力を怠っていて納得出来るでしょうか? 自分は出来ないと思います。

 だからこそ、自分は押し退けた側として最低限の義務と責任―――――――押し退けられた人の分まで努力しないといけないですし、結果を出さないといけないと考えています」

「……そんなこと言われても、俺は別に自分の意志でここに来たわけじゃないし……」

「黙れ織斑。カテドラールの言う通り、確かにお前達が入学したことで人生に大きな影響を受けた者がいる。今のお前の言葉はその者達への侮辱でしかない。自分がそこにいる理由をもう少し考えろ」

「……はい」

 

 なお異論ありげな織斑さんだったが織斑先生の言葉で引き下がった。……納得したから引き下がったのか、それとも織斑先生に言われたから引き下がったのか。……あの様子を見ると後者のようだが。

 

「さて、話を聞いていたお前達にも言っておく。織斑とカテドラールはレアケースだが周りを押し退けてここにいる、という意味ではお前達も同じだ。カテドラールの言った義務と責任はお前達も忘れてはならないものだ。そのことを忘れないように。いいなっ!」

「「「は、はいっ!!」」」

 

 最後に織斑先生が締め、クラスの人達も声を返したが当然の事ながらオレの考えに同意してくれる人、出来ない人は間違いなく出てくるだろう。けれど、自分の考えをきちんと伝えられたのだから後悔はない。

 さて、これがこの先どう出るかな―――――――

 

 

 

 




二人の違いは少しずつ、しかし確実に表面化する。

IS学園のような学園でイレギュラーとはいえ何の問題もなく入学出来るとは思えなかったので、この作品では押し退けられた人がいる、という設定にしています。


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Pagina III 英×日×伊=……

一人目と二人目、立場と考えの違う二人に更に異なる者が関わっていく。

イギリスのお嬢様のご登場です。


「頼む、リーヤっ! 俺に勉強を教えてくれっ!」

 

 自分の考えを盛大に披露した授業が終わり、自分の席にやって来た織斑さんは手を合わせてそう言ってきた。

 

「……あの、何故自分に? さっきの授業で山田先生が判らないところは放課後に教えてあげます、って言っていたじゃないですか」

 

 そう、オレが持論を言った後に山田先生が織斑君に授業についていけるよう放課後に教えてあげます、と助け船を出してくれていた。……のだが『ほ、放課後……放課後にふたりっきりの教師と生徒……』と顔を赤らめながら言っていたから不安に思わなくもない。

 が、

 

「そもそも自分が教えるのは出来ません」

 

 出来ないものは出来ないのではっきりと本人に言う事にした。

 

「な、なんでだよっ!? 男同士友達なんだから助けてくれてもいいだろっ!?」

 

 ……前の休憩時間でも思ったが、彼は何故こうもフレンドリーなんだろうか? 個人的には男同士だからとかそんな理由で親しみを持たれても困るのだが。

 

「……はっきり言います。オレはエルトリア社に所属していてIS学園に入学した今でも仕事があります。書類仕事だけでなく武装の運用テスト等色々です。そもそも自分の知識も自分が理解するには問題ないですが人に教えられる程じゃありません。オレなんかより山田先生の提案を受けた方がいいと思いますよ」

 

 嘘は言っていない。教えるならオレより教師である山田先生の方が上手いだろう。オレはあくまでも必要だから覚えただけであり、人に教えられる程じゃない。仕事があるのも本当の事だ。

……彼の生体サンプルを入手するなら親しくしておいた方が楽に出来るのだろう。が、今のところ彼とは考えが合わないから距離を取っておきたい、というのもある。血液等の生体サンプルは別に親しくならなくても入手は可能だし。

 

「そ、そうだけどよ。男同士の方が気が楽だし……仕事ってそんなにあるわけじゃないんだろ? 少しぐらい手伝ってくれてもいいじゃねえか」

 

 ……呆れてものが言えないとはこの事か。オレは仕事がある、と言っているのに『自分の気が楽だから』という理由でまだ言ってくるのか。自分本位なのかそれとも周りが見えていないのか、どちらにせよ今のところ彼に肩入れする理由はないな。

 

「……織斑さん。オレはこれでも企業から報酬を貰っています。なのでオレにとって優先すべきは仕事の方です。貴方に勉強を教える、という個人の事情で仕事をしない、または疎かにするわけにはいかないんですよ」

 

 ここまで言って(不満はありそうだが)ようやく織斑さんは引き下がってくれた。

 ……問題があるとすればそれは――――――

 

「貴方達、少しよろしくて?」

 

 別方面から次の厄介そうな人が来た事か。

 

「ん?」

「なんでしょうか?」

「まあ! なんですの貴方達のその返事は!? わたくしがわざわざ話しかけているのですから、相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 

 ふむ、今の返事ではお気に召さなかったらしい。相応の態度というと……こんな感じか?

 

「失礼しました、オルコットさん。来ているのが貴女と判らなかったものですから礼を失してしまいました」

「あら、貴方の方はきちんとわきまえていらっしゃるようですね」

 

 どうやら今のでよかったようだ。これであとは織斑さんが何も問題を起こさなければいいのだが――――――

 

「なあ、リーヤ。誰なんだ? 彼女」

 

 ……そんな事はなかった。オレの希望は空しく潰れてしまった。

 

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを?」

「いや、だって俺君のこと知らないし」

 

 ……まぁ、自己紹介が自分で切られたから彼が知らないのは仕方ないと言えば仕方ない。ただ、言い方というものがあるだろう。せめて『自己紹介がリーヤで切られたから判らなかった』という旨の事を言えばいいだろうに。

 

「彼女はセシリア・オルコットさんですよ、織斑さん。更に言うならイギリスの代表候補生です」

「ええ、その通りですわ。……その口ぶりですと、わたくしのことを以前から知っているみたいですわね?」

「ええ、ヨーロッパでオルコット家は有名ですから」

 

 オレの言葉で機嫌を持ち直してくれたオルコットさん。内心これで大丈夫だと思ったのだが――――――

 

「代表候補生ってなんなんだ?」

 

 本当に、比喩ではなく頭痛がしてくる。どうして彼はわざわざ人が消そうとしている火種を炎上させようとするのかっ。

 同じ事を考えているのは自分だけではないようで、オルコットさんや聞き耳を立てていた他のクラスメイトも信じられない、と言いたそうな表情(かお)だ。

 

「あ、あ、貴方、本気でおっしゃってますのっ!?」

「おう、知らん」

 

 ……まさか織斑さんは『正直は美徳』等と考えているのだろうか。確かに正直なのは悪い事ではないが、少しは場というものを考えるべきだ。

 

「信じられない、信じられませんわ。極東の島国というのはここまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビが無いのかしら……」

 

 オルコットさんはオルコットさんでぶつぶつと日本を罵倒してクールダウンを図っている。……一国の代表候補生が言うには少し不味い内容だが。

 

「代表候補生というのは文字通り、IS競技の国家代表操縦者の候補生として選出される人達の事です。いわば選抜されたエリートです。単語からでもどういう人達なのかは想像出来るでしょう?」

「そう言われればそうだ」

 

 出来れば説明せずとも察してほしかったが。

 

「そう! エリートなのですわ!」

 

 オレの説明を聞いてオルコットさんも持ち直した。流石は代表候補生。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのです。その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか。それはラッキーだ」

 

 織斑さん、いい加減その言動が彼女を煽っている事に気付いて下さい。貴方が原因でオレの方にも飛び火するんですから。

 

「大体、貴方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。もう一人の彼はともかく貴方の方は期待外れですわ」

「俺に何か期待されても困るんだが」

「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわ。ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれれば教えて差し上げてもよろしくてよ。わたくしは入試で唯一教官を倒したエリートなのですから」

 

 流石は代表候補生。入試での実技試験で試験官を倒したか。

 

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

「は(え)……?」

 

 織斑さんの言葉にオレもオルコットさんも言葉を失う。ISの基本知識はおろか、代表候補生の事を知らなかった程ISに疎い人が実技で試験官に勝った……?

 

「つまり、教官を倒したのはわたくしだけではないと……?」

 

 ……後から知った事だが織斑さんが試験官に勝った、というのは試験官だった山田先生が緊張のあまり目測を誤って壁に突っ込みそのまま動かなくなった為一応形として勝った、という事だった。

 不戦勝に近いのに『倒した』、なんてよく言えたものである。

 

「貴方! 貴方はどうなのですっ! 貴方も教官を倒したのですかっ!?」

 

 オルコットさんがこちらに顔を向けて訊いてくる。

 

「残念ですが自分は倒していません。結果だけ言うなら引き分けでしたし」

「では、教官を倒したのはわたくしと貴方ということですわね!?」

「うん、まあ。たぶん」

「たぶん!? たぶんってどういう意味かしら!?」

「えーと、落ち着けよ。な?」

「これが落ち着いていられ−−−」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

 話に割って入る三限目開始のチャイムが鳴り響く。ようやく解放される。

 

「っ……! またあとで来ますわ!逃げない事ね! よくって!?」

 

 ……オレとしては全くよくない。とばっちりもいいところだ。出来るなら、というより全力で遠慮したいのだが――――――

 

「なあリーヤ、なんで彼女あんなに怒ってたんだ?」

 

 織斑一夏()がこんな調子では無理そうである。

 ……はぁ、これならエルトリアでデスクワークをしている方が何倍も楽だったなぁ……

 

 




三人の会話は火種を残す。その火種はきっかけさえあれば燃え広がろうとしていた――――――


……あれ、なんかオリ主が苦労人っぽくなってしまった?


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Pagina IV クラス代表は誰の手に?

火種は燃え上がり、大火となる。

オリ主、吠えます。


「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 オルコットさん達との一幕の後に授業が始まったが、よほど大事な授業なのだろう。山田先生ではなく織斑先生が教壇に立っている。山田先生はノートを手に持ち、後ろに控えていた。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表を決めないといけないな。クラス代表とは、対抗戦への出場だけでなく、生徒会の開く会議や各種委員会への出席などを行う、クラス長のようなものだ」

 

 思い出したように言う織斑先生だが、会議や委員会への出席等も行うなら割と大事ではないのだろうか?

 

「ああ、それと自薦他薦は問わん。が、就任したら一年間変更はないからそのつもりでいろ」

 

 織斑先生の言葉に色めき立つ教室。やはり自薦他薦問わず、というところに反応したようだ。

 

「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私もそれがいいと思いますー」

「私も織斑君に一票!」

 

 まぁ、こうなるか。オレよりも織斑さんの方が色々と目立つし。

 

「では候補者は織斑一夏…… 他にいないか? 」

「お、俺!?」

 

 人から推薦されていて何故織斑先生が言ってから反応するのか……まさかとは思うが今まで聞いていなかったのだろうか?

 

「織斑。席につけ、邪魔だ。 さて他にいないか? いないなら無投票当選決定だが」

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな−−−」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権はない。選ばれた以上は覚悟しろ」

「だ、だったら俺はリーヤを推薦します!」

 

 ……何を考えているんだ、彼は? 自分がやりたくないから人を推薦して押し付けようとするなんて。人の事をなんだと思っているのだろうか。

 

「私はさっきの授業でしっかりした考えを見せてくれたカテドラールくんを推薦します」

「私も同じ理由でカテドラールさんを推薦しますわ」

 

 うん、こうしたきちんとした理由で推薦されるなら素直に嬉しく思う。

 しかしこの流れはよくない。非常によくない。クラス代表になる事はそんなに大きな問題じゃない。(任務があるからやらずに済むならそれに越した事はないが)()()()()()()()()()()事が問題なのだ。

 

「では、織斑とカテドラールで決戦投票をすることになるが――――――」

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

 そうして机を叩いて立ち上がったのは、オルコットさんだった。

 ……ああ、やっぱりこうなったか。こうなる気がしたから推薦されたくなかったんだ……。

 

「そのような選出、認められません! 男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 オルコットさんは頭に血が昇っているのかまだ止まりそうにない。恐らく、さっきの件が後を引いているんだろう。

 

「実力でならわたくしがクラス代表になるのは必然であり、物珍しさを理由に極東と南欧の野蛮人に任せるべきではありませんっ! わたくしがこのような島国まで来たのはIS技術の修練の為であり、サーカスをするためではございませんわっ!」

 

 ……オルコットさん、先の休憩時間もでしたがそれ以上の言葉は代表候補生の言動として問題になります。抑えて下さい。

 

「そもそも、文化として後進的なこの国で暮らすこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――――――

「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

「なっ……!?」

 

……織斑さん、貴方もですか。いい加減にしてほしいんですが。

 

「あ、あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!? 決闘ですわ!」

「おう。いいぜ。四の五のいうより分かりやすい」

 

 ………………

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い―――いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

「そう? なんにせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すいい機会ですわね!」

 

 …………………………………………

 

「ハンデはどのくらいつける?」

「あら、早速お願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデつければいいのかなーと」

 

 織斑さんの言葉にクラスからは大きな笑いが響く。が、オレは頭を冷やすために必死でその笑い声に反応する余裕などなかった。

 

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」

「男が女より強かったのって、大昔の話しだよ?」

「確かに織斑くんとカテドラールくんはISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 

 あー、不味い。頭を冷やすのが間に合わない事が自覚出来てきた。

 

「……じゃあ、ハンデはいい」

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデをつけなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 

 もうオレにはオルコットさんや織斑さんはおろか、隣のクラスメイトが浮かべている表情すら窺う余裕もない。

 

「あなたも頭を下げればそこのお猿さんと同じように、特別にわたくしが相手をして上げても構いませんわよ?」

 

 …………その言葉に、今まで抑えていたモノが限界を超えてしまった。

 

「……いい加減にしてください。二人とも」

 

 自分の声は決して大きくなかった筈だが、自分でも判る程怒気が籠っていたせいか、騒がしかったクラスの雰囲気は一気に静まった。

 

「いつまでそんなくだらない事に時間を使う気です? オレから見れば貴方達二人がやっているには子供の言い争いです」

「「なっ……!」」

 

 自分の言葉に絶句する二人。さっきまでいがみ合っていたというのに二人は矛先をオレに向けてきた。

 

「わたくしがこのような男と同レベルですってっ!? 」

「俺がこんなやつと同レベルってどういうことだよっ!?」

 

 あぁ、それすらも判っていないのか。……だから同レベルなんですよ、貴方達は。

 

「当然でしょう。貴方達の言っているのは相手を理解しようとせず、ただ侮るだけの言葉です。人はそれぞれ価値観や思想が違います。それが判っているならあの程度の言葉は我慢出来るでしょう。それが判っていないから子供の言い争いだって言ったんですよ、オレは」

「「……っ」」

 

 オレの言葉に思うところがあったのか、二人は反論せずに押し黙る。が、生憎オレはまだ止める気はない。

 

「加えて二人は他にも問題発言だらけです。オルコットさんは一国の代表候補生だという自覚が悪い意味で足りません。代表候補生の立場で他国を罵倒したらどれほどの問題になるか知らないとは言わせません」

「そ、それは……」

「織斑さんもです。代表候補生相手にハンデをつける? 莫迦言わないで下さい。代表候補生の座に就く事がどれほど大変だと思っているんですか。その苦労を知らない人が、軽々しくハンデをつけるなんてよく言えたものです」

「う……」

 

 ここまで言って、ようやくオレも頭が冷えてきた。が、今更冷えたところでもう遅い。取り繕うには遅過ぎる。

 

「お前……、どっちの味方なんだよ……」

 

 織斑さんがそんな事を言ってくるがそんなのは決まっている。

 

「そんなの貴方達両方の敵に決まっているでしょう。オレは男は女に傅くものと考えてる女尊男卑の人も、女は男より下だなんて考える男尊女卑の人も好きになれませんから」

 

 両方の敵だと言い切ったオレに、織斑さんとオルコットさんだけでなくクラス中が息を呑む。……当然か。どちらか一方ではなく、両方の敵だと断言したんだから。

 

「……カテドラール、お前もそのあたりにしておけ。これ以上時間を使うわけにはいかん。選考の方法だが三日後の放課後、候補者3人によるIS試合を行い勝者に選択権を与えるものとする。それでこの話は終わりだ。授業を再開する」

 

 ぱん、と織斑先生が手を打って自分達の言い争いを半ば強制的に切る。

 ……しかし、ISによる試合で決定か。流石にこれは報告をしておかないと不味いか。色々と言われそうだけど今は授業に集中してこの事は後で考えよう。

 

 

 ――――――しかし、自分が出来ていない事を人にあれこれ言うなんて人の事を言えないなぁ……。

 

 

 




三者はぶつかる。それぞれの怒りを以って。


……内心やり過ぎたと作者も書いてて思った。
ここから下はちょっとした報告です。


まずはお気に入り登録してくださった方々ありがとうございますっ!!
作者としても嬉しい限りです!
そして申し訳ないのですが、ストックはここまでなので次回以降から不定期更新のタグが仕事を始めます。
出来れば今月中には次話を投稿しようと思いますのでこれからも地中海の愚者をよろしくお願いします。


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Pagina Ⅴ ランチタイム

自身の理念を吠えた少年はクラスの中で浮き始める。――――――しかし、全員が彼と距離を置こうとしているわけではない。


オリ話です。コメディっぽくなってれば、と思います。
キャラ崩壊?してるかもしれません。


 午前の授業が終わり、昼休憩の時間となった。クラス代表を決める時に色々とやってしまったせいか、その直後の休憩時間に話しかけてくる人は流石にいなかった。(話しかけてくる人がいなかっただけで、視線は向けられていたが)

 そうして昼休みになり、色々と一人で考えたい事があったので授業が終わったと同時に食堂に向かってこうして食堂の人ごみに紛れているわけである。IS学園は制服の改造が認められているし、女子でもスカートではなくズボンタイプの制服を着ている人も少数ながらいる。なので食堂の広さも相まり、席に座ってしまえばパッと見で特定の誰かを探すのは難しい。

 ……流石にオレもあんな事を言ってしまった以上、クラスの人達と一緒にお昼を食べるのは気まずい。少なくとも織斑さんとオルコットさん寄りの人は敵に回したも同然だし、そうでない人達にしても入学早々クラスで悪い意味で目を付けられるのは避けたいだろう。

 なのでこういう時は大勢の中に紛れてしまうのが一番なのだ。

 

 

「ねぇカテドラールくん、一緒に食べてもいいかな?」

 

 ……訂正、それでもなお声をかけてくる強者はいたみたいだ。それも他のクラスの人じゃない。自分だとはっきり判っているから1組の人だ。

 

「いいですよ、どうぞ」

 

 声をかけてきた人達を見て少し納得した。話しかけてきた二人は、クラス代表の時に自分を推薦してくれた二人だ。                 

 残念ながらまだ話していないから名前が判らないが。

 

「……すいません、名前を教えてもらってもいいですか? そちらは自分の事を知っているとは思いますが自分は貴女達の事をまだ知らないので……」

 

 本当ならあの時間の後、推薦してくれた二人に話しに行くべきだったろう。それぐらいはするべきだった。

 

「あ、そういえばそうだったね。私は鷹月 静寐。改めてよろしくね」

「私は四十院 神楽と申します。午前の授業中で言っておられた言葉、ご立派でしたわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。……それにしても、これだけの人がいるのによく自分が判りましたね? 我ながら上手く溶け込めたと思っていたんですけど」

 

 そう、教室と違って自分の近くには遠巻きに見ている人もいない。なのにどうして二人はオレが判ったんだろうか?

 

「あ、それは簡単だよ?」

「ええ、私達が見つけられたのは『真剣に探した』からですわ」

「……?」

 

 席に座りながらそう言う二人だが、オレは四十院さんの言葉が気になった。……真剣に探したから、って四十院さんは言うけどどう言う事だ?

 その疑問が顔に出ていたのか四十院さんは少し笑みを浮かべて説明する。

 

「私と静寐は貴方と話してみたかったのです。もちろん男性だからという興味本位ではありませんわ。だから真剣に貴方を探したのです。これだけの人がいれば興味本位だけの人はすぐに諦めると思いますが、本当に貴方と話したいと思っている私達のような者は多少の時間を使っても探しますわ」

 

 ……なるほど、それなら確かに大勢の中に紛れても意味はない。四十院さんは多少、と言っていたが間違いなく見つけるまで探す気だったろう。正直侮っていた。

 それと同時に嬉しいと思う。クラスの大半どころか全員を敵に回したと思っていたオレとしては予想外だったからだ。……覚悟していたとはいえ、やはり嬉しいものは嬉しいのだ。

 

「……それなら二人には申し訳ないですね。自分が言える事ではないですけど探すの、大変だったんじゃないですか?」

「それはカテドラールさんが気にする事ではありませんわ」

「うんうん、私達が勝手にやってたことだしカテドラールくんの気持ちもわかるしね」

「……そう言ってくれると助かります」

 

 こうも気遣われるとオレとしてはこう言うしかない。

 ……というか、一つ前の休憩で話しに行かなかった事に本気で後悔した。

 

「ところでカテドラールくん。カテドラールくんがよければなんだけど……この休憩の間、ここで一緒にお話ししない? ほら、教室だと落ち着いて話せないし」

「そうですわね。 静寐の言う通り、今は教室よりこちらの方が落ち着いて話せますわ」

 

 二人の方からそう言ってもらえるとありがたい。教室で話していると、二人が自分のとばっちりを受けるかもしれないからだ。

 

「それじゃあ、人が少なくなるまでここで話しましょうか。……とは言っても、自分の方からは何を話したものか判らなかったりするのですが」

 

 我ながらこれには苦笑いするしかない。実際、自分から『話しましょうか』なんて言っても何を話すか浮かばないのだ。

 

「あら、意外ですわね? こういったことには慣れておられると思いましたわ」

「四十院さんの言葉は半分正解ですね。エルトリア社のIS訓練で女性と話したりする事は慣れていますから。ただ、その内容も仕事やIS関係が中心だったのでこういうなんでもない話はあまりしていないんですよ」

「そうなんだ。あ、それなら一つ聞いてもいいかな?」

「質問の内容にもよりますけど……なんです?」

 

 なんだろう、鷹月さんの訊きたい事って。

 

「えっとね? カテドラールくんって本当に男の子なんだよね?」

 

 …………はい?

 

「……静寐? あまりの内容の酷さにカテドラールさんが固まっていますわ」

「あ、あはは……。……やっぱり? でも、その、カテドラールくんを見たときに『格好いい』っていうより『麗人』ってイメージが浮かんだんだよね」

「……それは……気持ちは分かりますが」

 

 ……麗人は女性に対しての褒め言葉なので素直に喜べない。貶されているんじゃなく褒められている(と思いたい)から余計フクザツだ。

 

「……他のクラスメイトにも訊かれましたが、自分は正真正銘男ですよ。身体の線が細いのは元々ですけど、胸は控えめを通り越して『ない』ですから。……なんなら触ってみます?」

「えっ!?」

「あら」

 

 ……あれ? 冗談のつもりだったのに予想外の反応。もしかしてマズった?

 

「わ、私はやめとくねっ!? さすがに、その、恥ずかしいし……」

「あら、なら私はお言葉に甘えさせてもらいますわ」

「神楽っ!?」

 

 ……意外だ。お嬢様っぽい四十院さんが乗ってくるとは思わなかった。(後日聞いたが四十院さんはお嬢様っぽいんじゃなく本当にお嬢様だった)とはいえ、自分から言い出した事だし胸ぐらいは別にいいか。

 

「いいですよ、四十院さん。どうぞ」

 

 そうして目を瞑り四十院さんに向けて胸を差し出す。……やっておいてなんだが机を挟んでいるから少し変な姿勢になってしまった。

 

「では、失礼させていただきますね?」

 

 そうして躊躇いなく手を伸ばす四十院さん。

 そして――――――

 

 

 ――――――ぐにっ――――――

 

 ……ん? なんだ? 今の擬音? 明らかに触られた音じゃない。そもそも胸の辺りから変な感じがするし。

 気になったので目を開けて視界に入ったのは――――――

 

「……何してるんです? 四十院さん?」

 

 オレの胸を触るどころか思いっきり揉んでいる四十院さんだった。

 ……いやホントに何してるの彼女!?

 

「あら、触っていい、と言われたので触らせてもらっているのですが?」

 

 え、女の子にとってコレ触るレベルなのっ!? 鷹月さんは『いいなぁ』て言って四十院さんを羨ましそうに見てるし。

 そこに、

 

「あら、静寐もすればいいじゃない」

 

 ――――――四十院さんが更に爆弾を投下してきた。

  四十院さん、貴女そういう人だったんですかっ!?

 

「えっと、それじゃあカテドラールくん。……いいかな……?」

「……どうぞ」

 

 そうして今度は鷹月さんに胸を差し出す。

 

……今後こういう事を言うのは控えよう……。

 

 

 

 ――――――余談だが、この光景を見ていた生徒の多くは三人の後ろで咲き誇る百合の花を幻視したとか……。

 

 

 

 

 † † †

 

 

 

「では、楽しいお話はここまでにして、真面目なお話をいたしましょうか」

 

 そうして話を切り替えてくれる四十院さん。ちなみに鷹月さんは四十院さんのように揉んだりはしなかったが、こっちが恥ずかしくなるぐらい真っ赤だった。それを見て楽しいお話というあたりイイ性格をしている。

 

「真面目な話、というと三日後の試合の事ですか?」

 

 他だと自分がなんでああいう事を言ったかだけど、それは一緒に言ったような気がするし。

 

「ええ、そうですわ。織斑さんはともかく、オルコットさんは専用機を持つ代表候補生。実力は私達よりずっと上ですわ。……勝ち目はあるのですか?」

「うん、私達にも話は聞こえてきたけどオルコットさんは実技試験で試験官に勝ってるんだよ?」

 

 確かにそれは気になるだろう。自分がISを動かせると発表されたのはつい最近だからだ。

 

「ええ、IS学園に来る前にエルトリア社で義姉にさんざん鍛えられましたから。義姉はイタリアの代表候補生、それも代表次席です。なのでそれなりには動けると思いますよ?」

 

 嘘は言っていない。いつから鍛えられていたかを言っていないだけである。

 

「カテドラールくんのお姉さんってそんなに強いの!?」

「ええ、相当強いですよ? ……イタリアの国家代表が現モンド・グロッソ優勝者(ブリュンヒルデ)なのは知っていますよね?」

 

 自分の言葉に頷いてくれる二人。自分の言葉にどんな反応をしてくれるのかちょっと楽しみだ。

 

「義姉はその代表相手に()()()4()()()()()()()

「「えっ!?」」

 

 自分の言葉に二人は驚きとともに固まるが仕方のない事だと思う。五分程ではないが決して軽視できない勝率だからだ。

 

「その義姉にさんざん絞られたおかげで格上相手は慣れているんです。なので勝算がないわけではありません」

 

 オルコットさんのデータがエルトリア社にあれば対策も立てられるだろうし。その辺りは報告ついでに要求しておこう。

 

「とは言ってもあくまで『ゼロ』じゃないだけですからね。このままオルコットさんがこっちを見くびってくれたら油断を突けるんですが」

「……勝つためなら見くびられていてもいいんですの?」

「少し違います。勝つために()()()()()()()()()()()()。自分も見くびられるのは気に障りますが、勝つために使えるなら使うべきですから」

 

 そう、たとえ自分の気に障る事であっても利用出来るなら利用し、成果を出す。……まぁ、それで成果を出せなければ腑抜けの誹りは避けられないが。

 

「……やっぱり、カテドラールくんは考え方が違うね。勝つため、というか結果を出すために自分が悪く言われたりしてもそれを利用するなんて普通考えないよ?」

「そうですわね。なんというか、私達とは考え方がだいぶ異なりますわ」

「……その辺りはどう言ったものか判らないですね。過程より結果を重要視する企業にいるからなのか、自分自身がズレてるのか……自分としてはその両方としか言えないですから」

 

 もっとも、失敗が許されず、汚れ仕事も行う情報部門にいると自然と『利用出来るものはなんであれ利用する』という考えになるのだが。

 

「話は逸れましたけど、そういう訳で何も出来ずに終わる事はありませんから安心してください。三日間ですが準備に使える時間もありますしね」

「そっか……。ねぇ、カテドラールくん。もしかして私達の心配って余計なお世話だった?」

「そんな事ないですよ。二人は心配してくれたからわざわざ探してまで来てくれたんでしょう? それなのに余計なお世話だなんて思えないですよ。

 それに、色々とやらかした自分としては一緒に過ごしてくれる人がいるってだけで嬉しいですから」

 

 鷹月さんと四十院さんは織斑さんのように『男だから』という理由で来たんじゃなく、オレという個人を見て来てくれた。だから嬉しいのだ。

 

「それを聞いて安心しましたわ。カテドラールさんは私と静寐が推薦しましたから気になっていましたの。静寐は話しかける直前まで『私達が推薦したから嫌われてたらどうしようっ!?』とずいぶん気にしていましたわ?」

「か、神楽っ!? なんでそれを言うのっ!?」

「ふふっ」

 

 二人のやり取りを聞いていてつい笑みが出てしまう。なんというか、見ていて少し楽しい。

 

「ふふ、ようやく笑ってくれましたわね」

 

 ……? 教室にいる間も笑みを浮かべるぐらいはしていたハズだけど。

 

「カテドラールくん、教室だと愛想笑いだけだったからね。ようやく笑顔を見れたかな。……ダシにされたからちょっと複雑だけど」

 

 あー、納得。確かに教室でこんな楽しいから笑うのはなかったし。

 

「そうですね。二人の話が面白いのでつい笑ってしまいました。教室で織斑さんと話しているより二人と話している方が楽しいですね、自分は」

 

 うん、というか二人と話していると地が出そうになる。(今でも少し出ている気がするが)

 

「あ、それならカテドラールくん。その、よかったら名前で呼んでほしいんだけど……どうかな?」

「そうですわね。折角仲良く出来たんですもの。いつまでも名字で呼び合うのは堅苦しいと思いますわ?」

「では、静寐さん、神楽さん。改めてよろしくお願いします。オレも、リーヤで構いませんから」

「うん、よろしくね、リーヤくんっ!」

「リーヤさん、よろしくお願いしますわ」

 

 

 それからオレ達は教室に戻る時間になるまで楽しく話し合い、教室に戻った。オレと親しげにしている二人を見て他のクラスメイトは驚いているようだったけど、二人はそんな事を全く気にしていなかった。自分には勿体ないぐらいいい人達と仲良くなれた事を喜びながら、午後の授業を迎えるのだった――――――。

 

 

 




彼は自身の在り方を見てくれたから彼女達を招き、彼女達は彼に自身にないものを見たから踏み出した。


オリ主に同じクラスの中にも一人か二人ぐらいは理解してくれる人がいるだろう、というコンセプトだったのにどうしてこうなったのか……
(特にオリ主と神楽。そして静寐はイジられキャラになりそう……)
男の娘のオリ主でも自分から胸を触らせる、というのはあまりいないんじゃなかろーか。


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Pagina VI 勝つ為に

――――――勝敗とは、戦う前に決まっている。

全てがそうであるわけではないが、準備を重ねるか否かは大きな差になって現れる。


二つに分ける予定のものをくっ付けたので少し長くなってしまいました…… 



「失礼します。織斑先生と山田先生はおられますか?」

 

 授業が全て終わった放課後、オレは三日後の試合について詳しく確認したい事があるため職員室を訪れていた。

 

「あ、カテドラール君。入ってもらっていいですよ」

「失礼します」

 

 許可を貰ったので中に入る。同じクラスの担任と副担任のためか、織斑先生と山田先生の席は近かったため相談しやすそうだった。

 

「それで、どうしたんですか? 授業の内容でわからないところがあったんですか?」

「いえ、三日後の試合について訊きたい事があったのでそれで来たんです」

 

 そう来た理由を伝えると織斑先生と山田先生は表情を変えた。

 

「……山田先生、カテドラールを連れて進路指導室に行ってもらえますか? 私は織斑に部屋のことを伝えてくるので」

「はい、わかりました。それじゃあカテドラール君、試合の事は進路指導室で聞きますのでついてきてください」

 

 そう促されて来たばかりの職員室を後にする。もし織斑さんとオルコットさんが来たら面倒な事になりそう(特に織斑さん)なので場所を変えてくれるのはありがたかった。

 

「ここが進路指導室です。先に入って待っててくださいね」

「判りました」

 

 そう言って山田先生は来た道を戻っていった。おそらく何か取りにでも行ったんだろう。

 

 

 ―――――――そうして数分後、ブリーフケースを持った山田先生が戻ってきた。

 

「カテドラール君、お待たせしました。それで訊きたいことというのはなんですか?」

「はい、訊いておきたいのは試合の順番とその組み合わせ、それと試合に備えてアリーナで訓練をしたいのですが今から使用申請を出して間に合うのか、という事ですね」

 

 アリーナの使用に関しては正確には試合の事ではないが、一応関係はしているから訊いても大丈夫だろう。

 

「えっと、まず一つ目の試合の順番と組み合わせですが……これはカテドラール君が決めてもらって大丈夫です。特に希望がなければ私と織斑先生で決めることになりますが……どうしますか?」

 

 順番と組み合わせをオレが決めていい、というのは予想外だったが嬉しい誤算だ。……しかし、なぜこっちで決めて大丈夫なんだろうか。疑問に思ったのでそのまま訊いてみた。

 

「どうして自分が決めても大丈夫なんですか? 先生たちが決めたならともかく、自分が決めたら後で公平じゃないとか色々言われると思うのですが」

「組み合わせと順番に関しては織斑先生と相談して、このことを訊きに来た人に決める権利をあげることにしていました。わざわざ訊きに来てくれる、ということはそれだけ真剣に取り組もうとしてくれるわけですから私と織斑先生からの評価に対する報酬です」

 

 成程、それなら遠慮なくその権利を使わせてもらいますか。

 

「では一戦目に織斑さんとオルコットさん、二戦目に自分とオルコットさん、最後に自分と織斑さんの組み合わせでお願いします」

 

 オルコットさんに関しては後で義父さん(直轄の上司)に報告した時に要請すれば交流戦等でのデータを送ってもらえるだろうが、実際に見てから戦るのに越した事はない。織斑さんは素人同然のようだから余程の事が無い限りその場で対応出来るだろう。

 

「わかりました。ではこの組み合わせと順番で織斑先生に伝えておきますね。次にアリーナの使用についてなんですが……先に申請を出している2・3年生の人達が優先なので、申し訳ないんですけど今からはもう一般アリーナでの練習は出来ないと思います」

 

 やはりアリーナの使用は難しいか。予想してはいたが残念だ。

 

「ただ、カテドラール君は企業所属ですから機体や装備の稼働試験という名目なら第6アリーナの使用許可が下りるかもしれません。ただその場合は稼働試験の名目で使用許可が出るので出来る内容は最低限の練習内容になると思います」

「判りました。それで構いませんので使用申請を出したいのですがどこに行けば手続きが出来るのでしょうか?」

「それなら今回は私が申請を出しておきますね。今日はもう難しいですが明日は使えるように申請しておきますね」

「ありがとうございます」

 

 よし、取り敢えずこれで準備運動程度には動かせる。手配してくれる山田先生には感謝だ。

 

「すいません、山田先生。色々とありがとうございます」

「いえ、私は先生ですからこれぐらい任せてください。あ、それとカテドラール君にいくつか連絡事項があります」

 

 ? なんだろう、連絡事項って??

 

「まず一つ目ですが部屋のことです。今日から学園の寮で過ごしてもらいますが……その、なにか聞いていますか?」

「はい、それなら聞いていたので日本支部の方達にホテルのチェックアウト等の手続きをお願いしていました。自分の荷物も多分日本支部から送られてきていると思います」

「は、はい、そうです。それで届いた荷物なんですがもう部屋のほうに運んであります」

 

 そうして山田先生は部屋番号の書かれたメモと鍵をケースから取り出した。

 

「これが部屋の鍵になります。なくすと罰則があるので注意してくださいね」

 

 そうして先生から鍵を受け取る。……1037室か。

 

「それと、今回は元々の部屋割りに無理やり割り込みをかけた形になってしまったので相部屋になります。来月には個室が用意できますから、それまでは我慢してください」

「自分の方は構いませんが……」

 

 むしろオレと相部屋にされた人が我慢しなければならない気がするが。

 

「それと、エルトリア社からカテドラール君宛てにISの装備品が届いています。こちらは整備室の方に運んであるので後で確認しておいてください」

 

 装備も届いたのか。とはいっても試合で使うだろうから報告ついでに一緒に補充申請しておこう。

 

「連絡事項は以上ですが、まだ訊いておきたい事はありますか?」

「いえ、大丈夫です。ただ今回の事を社に連絡しないといけないので、もう数分ほどここを使わせて頂きたいのですが大丈夫ですか?」

 

 部屋に戻ってからでもいいが、この部屋は防音になっているので連絡出来るならそれに越した事はない。

 

「ええ、だいじょうぶですよ。それでは鍵をここに置いておくので後で職員室まで返しに来てくださいね」

 

 そうして山田先生は職員室へと戻っていった。ここの使用許可を快く出してくれたで盗み聞きされる心配なく(元々聞かれて困る話をするつもりはないが)社に連絡出来る。

 そうして連絡用の端末を取り出し、コールする。イタリアとの時差は約8時間だが、義父さんなら今かけても大丈夫だろう。

 

「……私だが、初日からなにか動きがあったのか、カテドラール」

「はい、統括。実は……」

 義父さんに三日後の試合について説明する。事後報告なので出来るだけ主観を交えず、簡潔に説明する。

 ……余談だが、オレと義父さんは普段からこんな形で会話をしているわけではない。今はエルトリアの社員として報告をしているのであって、プライベートではここまで固い会話ではない。(それでも固めの会話であるのは確かだが)公私の区別をつけるのは当然の事だからだ。

 

「……以上が、三日後に行われる試合とそれを行う事になった経緯です。ご不明な点等はありますか?」

「いや、お前の説明に不備はない。疑問なのはその内容だ。……イギリスの代表候補生の立場にある者が本当にそんな短慮な事をしたのか? 俄かには信じがたいが」

 

 やはり義父さんから見てもオルコットさんの言動は問題のようだ。なにせ下手をすれば外交問題に発展しかねない内容だ。代表候補生としてあの言動は余りにも軽率だったと言えるだろう。

 

「残念ながら事実です。……もっとも、彼女があそこまでの暴言を放ったのは彼女だけの問題ではないと個人的には思いますが」

「そうだな、それには私も同感だ。……日本政府も彼に必要な知識を教えておけばここまでの事にはならなかっただろうに」

 

 義父さんの言う通り、日本側も彼にIS関係の勉強をしっかりやってくれていれば、と思わずにはいられない。今更な事ではあるが。

 

「それで、統括。オルコットさんのデータ等があれば閲覧したいのですが……手に入りますか?」

「……彼女自身の情報なら問題ないだろう。が、戦闘データに関しては難しい。時間がない上に此方では今デュノア社の調査に多くの人員を割いている。悪いが戦闘データの方は期待するな」

 

 デュノア社の調査、ね。以前から何度か調査をしてきたがそこまで人員を割く程ではなかった。……なにか仕掛けるつもりか?

 

「……デュノア社の動きは男性操縦者(オレ達)に関係しているのですか? それとも何か別の理由が……?」

「現時点ではまだ判らん。元々デュノア社はエルトリア社(我々)の技術に関心を持っていたからな。だがまあ、デュノア社に関してはそういう動きがある、という事だけ今は知っておけ。」

「判りました]

 

どのみちデュノア社に関して自分に出来る事はない。義父さんの言う通り頭に入れておく程度でいいだろう。

 

「さて、上司ではなく親として訊くが……どうだ? IS学園に入学した感想は。上手くやっていけそうか?」

「え……」

 

 驚いた。何に驚いたかって義父さんが仕事の話の直後にプライベートの話を事にだ。義父さんは公私混同をしない人だから今みたいにこういった話をしてくるのはかなり珍しい。というか初だ。

 

「……一応言っておくが、私も報告の直後にこういった事を訊くのはらしくないという自覚はある。だがやはり親としては我が子の事は気になるものだ。……お前はカテドラール家(我が家)に迎えてから知識面は家庭教師に教えていたし、分別がつくようになってからはエルトリア社で実践教育や任務に就けていたからな。学校に通わした事のない身としては気になるものだ」

「義父さん……」

 

 我が親ながらこれはズルいと思う。というか嬉しくてニヤけそうになるしっ!

 ……うん、これは濁さずストレートに言おう。ここまで言ってくれてるのに嘘を吐くなんて義父さんに悪い。(どうせ吐いても義父さんにはすぐバレるというのもあるが)

 

「……一番感じたのはISを扱うというのにその意識が低い、という事ですね。勿論、一年という事もあるのでしょうけど……なんと言うか、知識としては知っているが実感が伴ってない、という感じですね。それと、織斑一夏(オレ以外の男子)を含めて悪い意味で男女意識があるように思いました」

 

 残念だけどこれは本当の事だ。入学直後だから浮かれている、というのも勿論あるのだろうが。

 ただ――――――

 

「……それでも全員がそうという訳ではありませんでした。中にはオレ個人としても、エルトリア社の人間としても気兼ねなく話せる人もいました。だから、IS学園(ここ)に来たのはそう悪くはなかったかな、と思いますよ」

 

 言うまでもなく静寐さんと神楽さんの事だ。それに今日オレが接したのは同じ一組の人達だけ。それで学園全体の人達を同じように断ずるのは早過ぎる。

 ……もっとも、友好的な人よりそうでない人の方が多くなりそうだが。

 

「……そうか、少し安心した。信を置ける者がいるのといないのでは大分違うだろうからな。……悪いが、そろそろ時間だ。次の連絡は試合が終わった後か?」

「そうですね。吉報を届けられるよう尽力しますよ」

「そうか。……リーヤ」

「はい?」

「いい知らせを期待しているぞ」

「……! はいっ!」

 

 そうして義父さんへの報告(という名の話)は終わった。……三日後の試合負けられない理由がもう一つ出来てしまった。

 万全を期して挑む為にも明日のアリーナでどれだけの事が出来るかが前準備の鍵だろう。……明日の時間を有効に使う為にも準備は今日の内にしておいた方がいいか。夕食までは時間があるし、今のうちに整備室に届いている装備品の確認もやってしまおう。

 

 




彼は尽くせる手は打つ。自分に向けられた期待に応える為に。


……今後もこういった堅苦しい話は出てきますがご容赦を……


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Pagina VII 始まりはエルトリアの印から

人の縁は何がきっかけで始まるか。
――――――それはきっと、当人達も判らない。


……遅くなりました。
それでは、どうぞ。


 義父さんとの話が終わったオレは、エルトリア社から送られてきているハズの装備品を確認する為整備室に向かっていた。

 部屋の方は一度戻って荷物の確認を行ったが、不足品はなかったので取り敢えずそのまま放置してきた。と、いうのも部屋に誰もいなかったので荷物を開けられなかったのだ。(ルームメイトになる人がどれぐらいの荷物を持ち込むか判らないため)自分がいない間にルームメイトになる人が来ても大丈夫なよう、スペースを使ってもらって大丈夫です、と書いたメモを残してきたから大丈夫だろう。

 

「さて、山田先生に教わった通りなら整備室はこの辺りのハズなんだけど……」

 

 今日の内に準備を済ませてしまえば、明日は放課後に即訓練に入る事が出来る。たとえ内容が限られていたとしても、時間に余裕を作っておくのは悪い事ではないからだ。

 

「と、ここか」

 

 思いのほか早く見つかったか。入室すると部屋の隅にそれらしいコンテナが置いてある。荷札を確認するとやはりエルトリア社からの装備品だ。

 

「……よし、きちんと社外用の装備で一式揃ってる。」

 

 そうしてコンテナの中身を確認していると、先にここにいた水色髪の生徒がオレ、というより正確にはエルトリア社からの荷物に目を向けていた。

 

「……何か、自分に用事でしょうか……?」

「……エルトリア社の装備品は珍しいから気になっただけ……気に障ったのなら……ごめん……」

 

 あー、確かにエルトリア社の武装は割と珍しい部類に入る。実弾系の武装はともかく、エネルギー系の武装は基本設定は共通だが、本来の機能をオミットしている為に性能がピーキーなものが多いからだ。(当然、機能制限の事は公表していない)これは技術漏洩の防止の他にもう一つ、重要な理由があるのだが……まぁ、今はいいだろう。

 それはともかく、

 

「……よかったら近くで見られますか? 自分としても自社製品に興味を持ってもらえるのは嬉しいですし」

「……いいの?」

 

 そうは言うものの彼女の目が期待に満ちているのがありありと判る。オレが来る前から何か作業をしていたようだし技術系を志望している生徒なんだろうか?

 

「では、どうぞ」

「あ、ありがとう。……その……名前、聞いてもいい……?」

「リーヤ・カテドラールです」

「え……、あなたが、二人目……?」

 

 なんと言うか、静かに驚かれるというのは新鮮な反応だ。ある意味器用と言えなくもない。

 

「その、ごめん……。ニュースでは名前しか発表されてないからわからなかった……」

「貴女が謝る事じゃないですよ。オレ自身も、そしてエルトリア社も発表するのは名前だけで詳しい事は伏せていましたから」

 

 そう。メディアに発表したのはオレの名前だけで、顔はおろか経歴等も全て伏せている。公表してしまうと色々と煩い事になるからだ。それはオレも、そしてエルトリア社も望むところではない。

 

「……そう、なんだ」

「ええ、だから貴女が気にする事はありませんよ。……その、慣れてますから」

「……大変、だね……」

「…………」

 

 その、そう言われると結構クるものがあるのですが。

 

「それで、どうです? 間近で見てみたエルトリアの装備は?」

 

 このままだと気不味い空気になりそうだったので少し強引だがこのまま流す。多少苦しい感はあるが。

 

「……パッと見ただけだとかなり独特……。……これって、射撃装備……? 槍みたいなデザインだけど……」

「ええ、射撃装備ですよ。ただ白兵戦にも対応出来るように槍のような形状になっているんです。銃剣のような後付けではなく、設計段階から白兵戦での使用も用途に入れた射撃装備、ってのはあまりないですよ?」

 

 というか普通はそんな設計をしない。オリジナルならその設計思想を生かせるのだが、社外用ではほとんど意味がなく単純に槍の形状を模してるだけとなっている。

 なので本社仕様にする為には改修キットを運んでもらわないといけなかったりする。

 

「……噂には聞いていたけど……本当に独特な設計思想……」

「そうですね。エルトリア社(ウチ)の装備は他の企業のものと違って扱いにクセがありますね。その分使いこなせれば他の武装より対応出来るレンジは広くなりますが」

「……でも、技術的にはすごい……。射撃武器として必要な機構をこんなにコンパクトにまとめてる……」

 

 へぇ、しっかり見てるな。

 この装備を見て大抵の人は槍のような外観に注目するだけで、彼女みたいにそれを実現する技術までは注目しない。開発部や技術部の人達にとって一番の褒め言葉だろう。

 

「凄いですね。そこまで考えて見る人はそういないですよ?」

「……私も、自分でISを組んでからそれがどれだけすごい技術なのかは、わかる……」

 

 …………ん?

 今さらっと凄い事を言っていたような?

 

「あの、今ISを組んでいる、って言いました? そこのISを? ……オーバーホールをしているのかと思っていました」

 

 勿論オーバーホールを一人で行うのも十分凄いのだが、彼女がやっている事は学生のレベルを超えている。 いや、社の技術者でもそういないだろう。

 

「……凄いですね、ISを一人で組むなんて。自分なんてメンテナンスが精々、といったところですから」

「……数週間前に動かして……もうメンテナンスが出来るなら充分だと思う……」

 

 彼女はそう言うが難易度としては天と地ほどの差がある。同列に扱うのはどうかと思う。

 

「いや、貴女が行なっている事の方が何倍も凄いですよ。そんなに自分のしている事を卑下しなくてもいいと思いますよ?」

 

 それぐらい彼女のしている事は凄いのだ。オレどころか代表候補生でも出来る人は少ないだろう。

 

あ、ありが、とう…… 

 

 小さく、聞き逃しそうなほどだが、確かに彼女の言葉が聞こえた。が、オレとしてはそれどころじゃなかったりする。

 なにせ彼女、顔を赤らめて、少し顔を背けて言っているのだ。見ていてすごく小動物っぽい可愛さというか、静寐さんや神楽さんとは別ベクトルの魅力が――――――って、なに考えているんだオレは――――――っ⁉

 

「そ、そうだ。良ければ名前を教えてもらっていいですっ⁉ その、話していていつまでも名前を飛ばして話す、というのは貴女に失礼なような気がして」

 

 内心の動揺を隠すために話題を変えようとしたが、言ってから気付いた。これ、なんかますます深い穴に落ちた気がする。隠すどころか表に思いっきり出ているし。

 

「……更識、簪。……名字で呼ばれるの好きじゃないから……簪でいい……」

 

 彼女――――――簪さんは自分の事に気付いていないのか、それとも元々気にしていないのか判らないがそのまま名前を教えてくれた。

 

「では改めて、―――――――よろしく、簪さん。自分の方は好きなように呼んでもらって大丈夫です」

「……うん。……よろしく、カテドラールくん」

 

 ……それにしても、更識、か。日本人でその家名となると心当たりがあるが、身内だろうか? ……まあ、その辺りはおいおい知ればいいか。

 

「簪さんは基本、ここでそのISを組んでいるんですか?」

「……そうだけど……どうして?」

「いえ、邪魔になるようなら社から荷が届いた時は違う場所に運んでもらおうと思ったので。……邪魔になったら悪いですし」

 

 簪さんが何かをする時は静かな方がいい、という人だったらオレがいると邪魔になるしプラスにはならないだろう。

 

「……大丈夫。……むしろ新しい物が送られた時は見てみたい」

 

 どうやら自分の心配は杞憂だったようだ。

 さて、ならあともう一つさっきから気になっている事を片付けるとしますか。

 

「自分は今日はもうこれで戻りますけど……簪さんはどうします?」

「……私は……まだここにいる……」

 

 よかった。簪さんはまだいるようだから一人で済ませられる。

 

「それじゃあ簪さん。また明日」

「…………うん」

 

 簪さんに一言告げて整備室を後にし、少し歩いて周囲に人がいない事を確認する。

 

 

 ――――――よし、問題ないな。

 

「……さて、わざわざ察して一人になってあげたんです。いい加減出てきたらどうですか?」

 

 そうして、オレの後ろにいるであろう誰かに呼びかける。流石にこれ以上放置しておくのは落ち着かない。()()()()()()()()()()()()()ら面倒な事になってしまう。

 

「……驚いたわ。いつから気付いていたのかしら?」

 

 そうして柱の陰から出てきたのは、IS学園の生徒会長にして、現ロシアの国家代表。……そして更識家の現当主、更識楯無だった――――――。

 




きっかけは偶然だったが、彼はクラス以外の生徒と関わり始める。
――――――果たしてそれがどんな未来を呼ぶのか。


……ヤバい。更識姉妹と関わらせたらセシリアとの試合が十話以降になる気がしてきた……。


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Pagina VIII 裏側にいる者達

彼女は確信する。彼と自分は似ていると。


以前投稿した内容ですが、次話の関係で投稿し直しました。
楯無視点が中心ですが、最後にオリ主の視点での一日の終わりにしています。
原作キャラ視点でのテストに近いので駄文注意報発令です。


――――Side 楯無――――

 

「……さて、わざわざ察して一人になってあげたんです。いい加減出てきたらどうですか?」

 

 そうして、彼は隠れている私に声をかけてきた。見破られるとは思ってたけど、まさか気付いた上で無視していたのかしら?

 

「……驚いたわ。いつから気付いていたのかしら?」

「……驚いた、なんてよく言いますね。わざわざ同業にしか判らないような気配の消し方をしていたでしょう。自分がそちら側の人間だと知っていたんでしょう?」

 

 そう言って彼は笑みを浮かべて私に訊いてくる。……その姿は銀色の長い髪と紅い眼が合わさり、空想でしかない筈の魔女のようだった。

 

「さて、自分になんの用でしょうか生徒会長? ……それとも、自分を尾けていたのは更識の人間としてですか?」

「っ!!」

 

 やっぱり侮れないわね、この子。尾けていたことだけじゃなくて、私の立場を知った上での意図を訊いてきてるわ。

 

「そんなに驚く事ではないでしょう? 貴女がこちらを調べていたように、こちらも貴女の事を事前に調べていただけです。自分達にとってそれは当然の事でしょう?」

「あら、女の子の事を勝手に調べるなんておねーさん感心しないわよ?」

 

 口ではそう言うものの、楯無は内心で冷や汗をかいていた。自分の方から相手を調べたことは何度もあるが、彼のように自分の事を調べて対峙してくる相手、というのはいなかったからだ。

 目の前の少年は『暗部として自分より格上かもしれない』という思いが楯無の中に渦巻いてきていた。

 

 ――――――しかし、楯無の考えはある意味では正しく、そして間違っている。

 楯無もリーヤも裏に関わる家の人間として育てられているので物心ついた頃から相応の修練を積んでいる。しかし、二人には大きな違いがある。それは組織の当主として育てられたか、手足として育てられたか、という違いである。

 楯無も更識家の当主としてそれなりの修羅場をくぐってきたが、リーヤは実働部隊の人間として()()()()()()修羅場を生きてきた。お互いの能力というよりは経験の差である。

 

 ――――――もっとも、楯無がこの事を知るのはもう少し先の話になるのだが。

 

「……まぁ、いいです。自分もこんな探り合いをする為に呼びかけたわけではありませんから」

「……? おねーさんに何か用事があるのかしら?」

 

 尾けられるのが嫌だから声をかけてきたと思ってたけど、違うのかしら?

 

「ええ、二つほど。まず一つ目ですが……更識生徒会長、自分を鍛えてもらえませんか?」

「……あなたを?」

「ええ、技量を向上させるには自分より優れた人に師事するのが確実ですので」

「……それなら、私である必要はないんじゃないかしら? あなたが求めているのは『自分よりISの技術が高い人』でしょう?」

 

 さて、彼はどう出てくるのかしら?

 

「そうですね。確かに貴女の言う通り、鍛えてくれる人が貴女である必要はありません。しかし、それとは別に貴女でなければならない理由がこちらにはあるんです」

「熱いお誘いね。私じゃないといけない理由はなに?」

「……率直に言いましょう。エルトリア社情報部門と更識家で手を結びたいのです」

「……それ、本気で言っているのかしら?」

 

 エルトリア社と手を結ぶ、ですって?

 

「本気です。そちらと手を結ぶ事が出来れば我々は日本での諜報活動のレベルが大幅に向上し、そちらは色々ときな臭い欧州の情報を早く、そして正確に入手出来るようになります。お互いにとっても悪くない話だと思いますが?」

 

 彼の言う通り確かに悪くない。いえ、『更識』としては十分メリットがある。エルトリア社の情報網を活用出来るなら、ヨーロッパでの情報収集は格段にやりやすくなる。

 ……そうなると問題はお互いにどこまで情報を開示するか、ね。

 

「仮に受けたとして、お互いどの程度情報を開示し合うのかしら? まさか、持っている情報の全てというわけじゃないでしょう?」

「それは当然ですね。ただ……その質問には自分では答えられませんね。それは自分ではなく、上が決める事ですから。どこまで開示するかは上と貴女の交渉次第、というところでしょうか」

 

 まぁ、そうよね。流石にそこまでの裁量はないか。それは現場の人間の判断を超えているし。

 だから、そうね――――――

 

「悪いけどこの話、少し考えさせてもらってもいいかしら? 私としても即断出来る内容ではないわ」

「構いません。即断出来る内容ではないと承知していますから。ただ、出来れば自分を鍛えてくれるかどうかは即断願いたいところですが」

 

 やけに食い下がるわね。一組はクラス代表を決めるのにISの試合をするそうだけど、それに関係があるのかしら?

 

「鍛えてあげる事にずいぶん急ぐのね。急ぎの用があるの?」

「……三日後に自分のクラス代表を決める為、ISでの試合を行いますがその為です。より正確にいうなら鍛えてくれたのが貴女なら納得してくれる人も多いでしょうから」

「納得って……何に対しての納得?」

「勿論、代表候補生相手に拮抗、又は勝つ事です」

 

 ずいぶん大きく出たわね。そこまで強気になれる理由は何かしら?

 

「……言っておくけど、簡単に勝てるほど代表候補生は弱くないわよ? そう言い切る自信は?」

「代表候補生が実力者なのは知っています。自分の姉も代表候補生ですから。自信の根拠は……ここに来るまで自分は姉から鍛えられました。そのおかげで訓練終盤で何度かイタリアの代表候補生に勝てるところまではこれました。それが自分の根拠です」

 

 代表候補生相手に勝った事があるですってっ⁉︎ イタリアの代表候補生のレベルは世界でもトップクラス。それが本当なら実力は十分過ぎるわ。

 

「それなら尚更、私が鍛えてあげる必要はないわね。いえ、それだけの実力があるなら十分だと思うわ」

「……自分としては、面倒な事にしたくないんです。独力で勝った、と数日とはいえロシアの国家代表に教えを受けた、では後者の方が納得する人は多いでしょう? それに代表候補生が初心者に負けたとあっては余計な査問が来る可能性もあります。そうなると自分の事が調べられる可能性も十分ありますからそれは避けたいんです」

 

 確かにそうね。ISを動かして数ヶ月の初心者が代表候補生に勝てば話題になるのは十分だし、彼の事を調べる国や企業も出てくるでしょうね。

 ……あのエルトリア社の内部情報をそう簡単に調べられるとは思わないけど。

 

「いいわ、そういう事なら協力してあげる。ただし条件付きよ?」

「……その条件の内容は?」

「本格的に鍛えてあげるのは試合で君の実力を見てからよ。だから三日後の試合までにしてあげられるのは実戦的な戦術ぐらいよ」

 

 そもそも技術面のアドバイスをしても三日(実質には二日だけど)で役には立たない。むしろそれに気を取られるから戦術等の選択肢を広げた方がいいでしょうね。

 

「十分です、ありがとうございます。お礼とは言ってはなんですが、エルトリア社と手を結ぶかどうかの判断材料を一つ提供しましょう。……フランスのデュノア社で不穏な動きがあります。何をしようとしているかはまだ調査中ですが」

 

 ……これだけでもエルトリア社の情報収集のレベルがわかるわね。火のないところに煙は立たない、というけど彼らは()()()()()()()()()()()。そして、少なくともフランスにはそれを調べられる人員が既にいる。フランスだけじゃなくエルトリアの支部にはそういう人間がいると考えた方がよさそうね。(当然、日本にもエルトリアの支部はある)

 

「……そう、参考にさせてもらうわ」

「では、自分はこれで失礼します」

「待ちなさい。最後に私からもあなたに訊いておきたいことがあるわ」

「……なんでしょうか?」

 

 楯無の訊きたいこと、それは更識の人間としてではなく楯無個人のものだ。それは――――――

 

「……簪ちゃんに話しかけたのは……私への牽制なの……?」

 

 彼は私が尾けていることに気づいていた。そしてエルトリア社の能力なら簪ちゃんが私の妹だと調べていても不思議じゃない。もし簪ちゃんを交渉に使うなら、その時は――――――

 

「それは違います。自分は簪さんが貴女の妹だとは知りませんでした。……上の方は知っているとは思いますけどね。今回の話は協力関係を築く為のものです。威圧や脅しをしては軋轢を生みます。――――――だから彼女を利用する気はありません。彼女と会ったのはただの偶然ですから」

「……そう、ならいいわ。けど忘れないで。簪ちゃんになにかするようなら容赦しないわ」

「ええ、覚えておきます」

 

 そう言って彼は楯無の前から去っていく。それは裏側の人間とは思えないほどの警戒のない自然さだった。

 

「……興味半分だったけど予想外のものが出てきたわね」

 

 エルトリア社との提携と情報収集のレベルの高さ。ほんの数分の話だったのに大きな影響を呼ぶ内容だったわ。本家の人達とも相談はしないといけないけど、エルトリア社とは手を結んだ方がいいでしょうね。そうなったら彼の手綱を握らないといけないんだけど……どうしたものかしらね?

 

 

 そう言う楯無の表情は困り顔ではあったが、口元は楽しむように小さく笑っていた――――――

 

 

 † † †

 

 

――――Side リーヤ――――

 

 更識生徒会長との話が終わり、オレは寮の食堂に向かっていた。途中で静寐さんと神楽さんに誘われたのでそのまま一緒に食べる事になった。

 色々と話しながら夕食を摂っていたがいたが、話題はやはり試合の事……ではなく

 

「それじゃあリーヤくん、まだルームメイトと会ってないんだ?」

「ええ、部屋の確認ついでに自分の荷物を固めてすぐ整備室に行きましたから」

 

 部屋割りを始めとしたちょっとした雑談だった。が、静寐さんと神楽さんはオレのルームメイトが誰なのか気になるらしい。

 

「もしかしたらリーヤさんのルームメイトは他のクラスの生徒なのかもしれませんわね」

 

 神楽さんの話ではルームメイトは同じクラス同士の生徒が多い(現に二人もそうなっている)らしい……のだが、オレのルームメイトになったという話はまだ聞いてないからそう考えたそうだ。

 

「日中やらかした身としてはそっちの方が気が楽かな。他のクラスの人でも経緯は知ってるだろうけど、やっぱり一組の人からは距離を置かれてる気がするしね」

 

 こうしてオレに接してくれるのは静寐さんや神楽さんぐらいだ。……もっとも、他のクラスや学年の人達はそもそもオレに気付いていなさそうだが。

 

「……と、そろそろ片付けましょうか。食べないのに長居するのもアレですし」

「そうですわね。リーヤさんはもう部屋にお戻りに?」

「ええ、いい加減荷物を開けないといけないですし」

「そうなんだ。私と神楽は談話室でもう少し話してるからまた明日ね」

 

 

 そうしてオレは談話室の前で静寐さん達と別れ、部屋に戻る。当然の事ながら廊下には他の生徒もいるが一組の人は(幸いにも)おらず、面倒な事が起きる事なく部屋に着けた。

 ……少し離れたところが騒がしかったが、面倒事に首を突っ込みたくはないからもう部屋に戻るか。

 

「……ルームメイトになる人、もういるかな?」

 

 自室にはなるが、一応ノックする。

 

「ルームメイトのリーヤ・カテドラールですけど入っても大丈夫ですか?」

「……どうぞ」

 

 ……あれ? もしかしてルームメイトって

 

「ルームメイトは簪さんだったんだ。自分の荷物、邪魔じゃありませんでした?」

「……大丈夫、部屋の隅に固めてあったから気にならなかった。……リーヤは、今から荷物を開けるの?」

「ええ、少しうるさいかもしれないですが……大丈夫です?」

「大丈夫……。……その、手伝う、よ……?」

 

 それは助かる。大した量はないけど一人でやるより二人の方が早いし。

 

「自分としては助かりますけど……いいんですか?」

「うん……エルトリア社の装備を見せてくれた……お礼……」

 

 お礼をされるほどの事じゃないんだけど……簪さんがそういうならいいか。お礼と言ってるから断る方が失礼だし。

 

「ではお願いします。と、その前に改めてよろしくお願いしますね、簪さん」

「うん……よろしく、リーヤ」

 

 そうしてオレのIS学園での生活は始まった。親しくなった人、反発した人と初日から色々とあった(というかやらかした)けど……うん、悪くはなかった、かな?

 

 

 




裏の二人はお互いを知る。果たしてこの二人はお互いをどう見るか――――――


原作キャラ視点は難しいですね。前書きではテストと書きましたが、たぶんもうやらないと思います。
(そしてこっそりオリ主の容姿の一部を楯無Sideに加えました)
少し無理やりですが、一日目が終わりました。出来れば十話(遅くても十一話)にはセシリア戦に持っていければと思います。


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Pagina IX 猶予期間(モラトリアム)

一日は平等に過ぎていく。異なるのはその使い方だ。

多少詰め気味ですが試合までの日常です。


 色々とあった初日を終えた翌日、オレは簪さんと神楽さん、そして静寐さんの三人と紹介を兼ねて朝食を摂っていた。

 その時に簪さんがやっている事を話したら静寐さんと神楽さんはかなり驚いていた。

 

「それじゃあ簪は一人でISを組んでるの?」

「……うん。ちょっと理由があって」

 

 昨日のように色々話しながらの食事だと簪さんはどうかな?、と思っていたけど食堂に行くまでに話していたせいか時折話すが基本的には静かな食事だ。昨日のように話しながらの食事もいいが今のように落ち着いた食事も悪くない、そう思っていたのだが――――――

 

「リーヤ、一緒に食べようぜっ!」

 

 ……どうやらそれはここまでか。というか後ろの篠ノ之さんからかなり敵意の籠もった視線を感じるけど……オレ、彼女に何かしたか? 身に覚えが全くないが……と、今は織斑さんか。

 

「……すいません織斑さん。自分は彼女達と一緒にしてるんです。なのでお断りさせてもらいます」

 

 ……これで退いてくれるといいんだけど。そもそも昨日の事があるのに何故オレを誘うのかっ。

 

「いいじゃん、それなら一緒に食べようぜっ! みんなで食べた方が楽しいしなっ!」

「む……」

 

 やっぱり駄目だったか。……どうするかな、そう言われたらオレの考えだけじゃ断れないし。三人がどうするかだけど――――――

 

「……私、彼と食べるの、嫌……」

「「「え……??」」」

 

 ……意外だ。まさか簪さんがそう言うとは。しかもかなり強い拒絶だ。……何かあったのか……? ともあれ、利用するようで悪いが好都合だ。

 

「……そういうわけです、織斑さん。貴方と同席するのを嫌がっている娘がいますから遠慮してもらえますか?」

 

 これが実質的な最後通告だ。これ以上食い下がってくるならオレとしても強く出ざるを得ないのだが――――――

 

「……わかったよ。行こうぜ、箒。」

「あ、ああ。そうだな」

 

 ……行ったか。簪さんのおかげで助かったな。理由がは気になるところだけど……こっちから訊いていい事じゃないかもしれないな。

 

「……意外だね。簪があんなに強く言うなんて思わなかった。まだホントにちょっとしか話してないけどあんな強く出るなんて思わなかったな」

「……私にも嫌いな人は……いる……」

「そうなんだ。……うん、でも理由は訊かないでおくね。神楽もリーヤくんもそのつもりなんでしょ?」

「……まあね」

「ですわね」

 

 どうやら二人もオレと同じ考えらしい。

 

「……いいの?」

 

 簪さんの疑問はもっともだろう。……気にならないと言ったら嘘になるが、踏み込むとしたらそれは簪さんから言ってくれた時だろう。

 

「何か理由があるんでしょう? なら今は深くは訊きません。簪さんが教えてくれる気になったら、でいいですよ」

「……ありがとう。少し、考えさせて……」

「えぇ、どうぞ」

 

 さて、これでようやく重い空気が去ってくれたからゆっくりと――――――

 

「……三人とも? 折角の雰囲気を壊すようで申し訳ありませんが……あまり時間は残っていませんわよ?」

「「「………え……???」」」

 

 神楽さんに言われて時計を見ると、間に合わない訳ではないが急がないといけない時間だった。

 

「うわ、ホントだっ⁉︎……って神楽っ! どうして言ってくれなかったのよっ!?」

「それはまぁ、いい雰囲気なので言いにくかったといいますか」

 

 神楽さん、それ絶対嘘でしょう。……口元笑ってますし。ホント、イイ性格してるなぁ……。

 

「……ねぇ、リーヤ。神楽ってこういう性格だったの……?」

「……自分も昨日知り合ったばかりですけど……多分」

 

 

 ――――――もしかしたら気を遣ってくれたのかもしれないけど、今それを言うのは癪だから心の内に留めておこう。

 

 

 

† † †

 

 

 

 さて、午前中の授業が終わり(特にコレという事はなかった。強いて言うなら織斑さんがまたも知識不足を露わにしたのと篠ノ之さんの事で一悶着あったぐらいか)、昼休みとなった。

簪さんは用事があって昼食は一緒に出来ないと言われたので三人で授業について話しながら昼食を摂っていた。

 

「――――――午前の授業にあった生体機能の補助って……どれぐらい身体を安定させてくれるの?」

「んー、個人的な実感になりますが、激しく動いてもすぐにクールダウンして動ける、と言うのが感覚としては近いですね」

「……では、操縦者が負傷した場合だとやはり傷の治療等は行われないのですね?」

「えぇ、痛覚を一時的に鈍くしたりする程度が限度です。負傷の他だとブラックアウト(視野喪失)レッドアウト(眼球への血液集中)のように急激なG変化にも対応はしますが反応は鈍いですね」

「やはりもう動かされている方は違いますわね。その辺りの内容は教科書に載っていませんでしたし」

「ISの実技が本格的に入ってきたら習うと思いますよ? この辺りは経験談みたいなモノですから」

「……って事はリーヤくんはもうそれを経験として知ってるんだね……」

 

 授業が本格的に始まったのもあって話す内容も自然と授業の内容が中心となる。二人は実際に『動かしている側』としての意見も訊いてくるので内容には困らない。

(余談だが、この時リーヤに話しかけようとした生徒は割といたのだが話の内容で諦めている)

 ……というか、この二人の意欲はIS学園の中でもかなり高いんじゃないだろうか。少なくとも一組の中ではダントツだ。エルトリア社の訓練生でもここまでの人は中々いない。二人のこの意欲は入学しての一時的なものか、それともずっと続いていくものなのか。もし、後者なら――――――

 

 

「リーヤっ! 今度こそ一緒に食べようぜっ!」

 

 ……来たよ。矢鱈と一緒にいたがるのが。今回は簪さんがいないから断り辛い。静寐さんと神楽さんも諦めたような表情(かお)だ。

 

「はぁ……判りました、いいですよ。……篠ノ之さんもどうぞ」

「おう、サンキューなっ!」

「……その、すまないな……」

 

 何というか、朝と違って篠ノ之さんは申し訳なさそうだ。……もしかして話してる中に割って入った事を気にしているんだろうか?

 

「にしても三人とも飯の時も授業の話をしてるのか? もうちょっと楽しい話をしようぜ?」

 

 こっちはさっきまでそれで楽しく話していたんだから余計なお世話である。

 

「……話の内容、じゃなくて話そのものを楽しめるかが大事だと思うんだけどなぁ……」

「ん? 鷹月さん、何か言ったのか?」

「別に? ただの独り言」

 

 今の静寐さんの言葉にはオレも同意だ。……内心、あの内容で楽しんでくれていた事にホッとしたが。

 

「いやー、朝も思ったけどIS学園の飯ってうまいよなっ!」

 

 食べ始めるなり話し始める織斑さんだが、正直暢気過ぎるんじゃないかと思う。目を逸らしてるだけなのか、単に何も考えていないのか……この感じだと何となく後者の気がするが。

 

「織斑さん? 明後日の試合どうするつもりなんですか? あまり時間はないと思いますが」

「そうだけどよ、お前に聞こうと思ったらいつの間にかいないし。お前どこに行ってたんだよ?」

 

 ……どうやら織斑先生はオレが訊きに来た事を黙っていてくれたらしい。ならその辺りの事は適当にぼかすとしよう。

 

「エルトリア社から送られていた荷物の点検や社への報告をしていたんですよ。特に荷物は不備があれば送り返す必要もありますから」

「一緒に帰るぐらいしてくれてもいいじゃねぇか。男同士なんだしよ」

「……勘違いしてるようだから言っておきます。オレはこの学園の生徒である前にエルトリアの社員です。なので学園での事よりも職務を優先しなければいけません」

「……なんだよそれ。友達より仕事を取るのかよ」

「それで報酬を得ている以上は当然でしょう」

 

 勿論、人にもよるが。

 

「織斑さん? リーヤさんの言っていることは正論ですわ。学生と社会人の違いと言ってしまえばそれまでなのですけど」

 

 神楽さんの言葉に織斑さんは押し黙る。……静寐さんもだけど神楽さんも割って入って来た織斑さんに思うところがあるか、やっぱり。

 

「――――――ねぇ、君達が噂のコでしょ?」

 

 昨日、よく知った声が聞こえてきた。

 

「……どんな、噂でしょうか」

「ん? イギリスの代表候補生と試合をするって噂よ?」

 

 話しかけてきた更識会長は昨日会った事はないように装っている。オレとしても都合がいいのでそれに乗る事にした。

 

「それでしたら当たりですね。自分と彼が行います」

「でも君達……素人なんでしょ? IS稼働時間はどれくらい?」

「えーっと、20分くらい……」

「自分は彼よりは多いですね」

「ふーん?」

 

 濁したように言うオレに更識会長の目が僅かに険しくなる。が、静寐さんと神楽さんだけならともかく対戦する彼に情報を渡すつもりはない。

 

「どっちにしてもそのままじゃ負けるわよ? 代表候補生なら軽く300時間はやってるもの」

「は、はぁ……」

「………………」

 

 織斑さんはイマイチその重要性が判っていないようだ。午前の授業でも思ったが部屋で予習や復習の類いをしなかったのだろうか?

 

「おねーさんが教えてあげよっか? ISについて」

 

 ……これは、オレに対しては昨日の返事だろう。確認を取る必要はあるがこれで『ただの素人』が勝つ、という風聞は避けられる。

 

「ではお願いしてもいいでしょうか」

 

 僅かに考えるそぶりを見せ、答えを返す。……元々持ちかけたのはオレだから断る事はないのだが。

 

「こっちの美人の彼はこう言ってるけど……君はどうするのかな?」

 

 余計な一言を言わないでほしい。……そして笑いを堪えてる静寐さんと神楽さんには後で一言言っておかなければなるまいっ。

 

「お、俺は……」

「結構です。彼は私が教える事になっていますので」

「ふーん? 彼と同じ一年生なのに?」

「……私は、篠ノ之 束の妹ですから」

「そう……」

 

 更識会長の目がはっきり判る程険しくなる。……いや、それは恐らくオレもなんだろうな。今の篠ノ之さんの言葉には道理がない。こういうのを確か東洋では虎の威を借る狐というのだったか?

 

「それじゃ、君の方に私の連絡先教えとくね。後でまた連絡ちょうだいね~」

 

 そう言って、ひらひらと手を振りながら更識会長は食堂から去って行った。こうして会うと何となくだが気さくな、というより自由な人という感じだ。

 

「……なぁ、箒。教えてくれるのか?」

「そう言っただろう。……今日の放課後、剣道場に来い。腕がなまってないか見てやる」

「いや、剣道じゃなくてISを――――――」

「いいから来い」

「……わかったよ」

 

 ……正直に言わせてもらおう。侮るつもりはないが、貰ったな、と。

 

 

 

† † †

 

 

 

 放課後、山田先生から第6アリーナの使用許可が下りたので更識会長にその旨を伝えてアリーナに向かう。許可を取ってくれた山田先生には感謝だ。

 

「いらっしゃ〜い。案外早かったわね?」

 

 ……おかしい、何故に更識会長がもう着いているのか。

 

「早いですね。連絡したのはついさっきでしたが」

「ふふふ、生徒会長だと色々とわかるのよ?」

 

 ……恐らく申請書類をチェックしたのだろう。山田先生の話でもこのアリーナはあまり開放していないとの事だったし。

 

「本来なら監督する先生もいるんだけど私が見るから、と言って外してもらったわ。その方がいいでしょ?」

「助かります。……それで、昨日の返事はOKと捉えていいんですね?」

「君を鍛える、ということに関してはね。提携についてはまだ保留よ」

「構いません。慎重になるのは判りますから」

 

 むしろ昨日の今日で結論を出されたら驚きだ。

 

「それで、どんな事を教えていただけるんですか? せっかくアリーナが使えるので実際に動いて試したいのですが」

「もちろんそうしてもらうわよ? ……その前に確認だけどISの機動は一通り出来るのよね?」

「そうでなければ代表候補生に勝てる等言いませんが」

「なるほどね……もう一つ訊くけど、あなたのお姉さんって代表次席のフィオーラ・カテドラール?」

 

 ま、イタリアの代表候補生を調べたら姉さんの事は判るか。

 

「ええ、そうです。やはり知っていましたか」

「そりゃあ彼女は有名だもの。部門優勝(ヴァルキリー)に最も近い代表候補生。彼女と現総合優勝(ブリュンヒルデ)のアリーシャ・ジョセフターフが別々の国で生まれていれば国家代表に選ばれていた、っていわれているぐらいだもの。」

 

 イタリア代表候補生の中でも姉さんは文字通り別格だから国家代表クラスなら知ってるか、やっぱり。

 

「ま、今はそれは置いときましょ。ここが使える時間は限られてるんだし、約束通り戦術を教えてあげる。……とは言っても代表候補生レベルのコに教えられる戦術なんて少ないけどねー」

 

 そう言う更識会長だがオレも教わった戦術が試合までに使えるとは考えていない。重要なのは『知らない戦術』を知る事にある。オレが知るISの戦術は姉さんから教わったもの。その為内容が偏っている。使えるかはともかく、知っていればその戦術を使った『狙い』に見当をつけられる。少なくとも、その場その場で考えるよりはマシだ。

 

「構いません。お願いします」

「それじゃあ、まずは――――――」

 

 

結局、更識会長との修練はアリーナの閉館ギリギリまで続いた。更識会長がどんな意図を持っていたかは判らないが、様々な戦術を教えてもらえた(教えても支障のない範囲だろうが)のは大きい。二日後の試合が終わったら使いものになるようにしたいところだ。知識だけに留めるのは勿体ない。

 

 

 そんな事を考えていた為だろう。楯無の疑惑の籠もった視線に、リーヤは気付いていなかった

 

 

 

† † †

 

 

 

 さて、この翌日に関しては特別変わった事は起きず、この日と同じように時間は流れた。

 

 そして、とうとう試合を行う当日を迎えた。試合を行うアリーナには多くの生徒が詰めかけるが、その多くは試合ではなく二人しかいない男性操縦者を見る為だ。試合そのものは代表候補生のセシリアが勝つと考えている者が殆どだ。

 

 ――――――だが、何事にも例外は存在する。それを証明するのは、果たして――――――

 

 

 




幕は上がる。舞台に上がる役者達はどう舞うのか。


……最後は詰めた感が拭えないですね。
ようやくセシリア戦……なんですがオリ主の策略の結果、まずは一夏対セシリアです。観戦なので短めにして出来るだけ早く対オリ主戦にしようと思います。


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Pagina Ⅹ 戦力観察

役者達は踊る。
――――――始まりは白と青。


ようやく代表決定戦までやってきました。
短く、と前回書いたのに結局いつも通りの長さになった……

また、アナウンスやマイクの声は≪≫で囲っています。
今後も肉声以外の声では≪≫を使っていきます。


――――Side リーヤ―――― 

 

 いよいよ行われるオルコットさんと織斑さんとの試合。事前の取り決め通りオルコットさんと織斑さんの試合が行われる予定なのだが――――――

 

(……マズいな)

 

 そう、試合の開始時刻は既に迎えている。だというのに織斑さんに用意されている(という話の)専用機がまだ到着していない。静寐さんと神楽さん、そして織斑先生は順番の理由を知っているのでかなり苦い顔をしている。

 

(急遽決まった事だから仕方ないと言えば仕方ないが……)

 

 このままだと考えられる展開は二つ。一つは織斑さんに学園のISが貸し出される事。もう一つは……順番を入れ替えてオレが先に出る事。そして可能性は後者の方が高い。時間があればまだ前者の可能性もあったがもうその時間もない。

 

「……カテドラール、悪いがこれ以上延ばすことは出来ん。準備を――――――」

「お、織斑先生ーーーーーーっ‼」

 

 織斑先生がオレへ準備するよう言おうとして外から山田先生の声が響いてきた。

 

「た、たった今織斑君のISが到着しましたっ! 今ここに搬入してもらっていますっ!」

「間に合ったか。……織斑、すぐに準備しろ。時間が押しているからな」

「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えてみせろ、一夏」

「え? え?」

「「「早く」」」

 

 どうやら織斑さんは『初期化(フォーマット)』も『最適化(フィッティング)』もせずに出されるようだ。……無謀にも程があるがわざわざ忠告する義理もないし、そもそもそれを行う時間もない。

 

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

「大丈夫、千冬姉。いける」

「そうか」

 

 名字ではなく名前で問う織斑先生。声が微かに震えているからやはり心配なんだろう。

 

「リーヤ」

 

 ……? オレに何の用だ?

 

「勝ってくるぜっ!!」

 

 ……本気で言ってるのか能天気なんだか。彼の事だから両方なんだろうけど。

 

「……そう。それじゃ、戦果に期待していますよ」

「ああ、任せろっ!」

 

 ……やっぱり言葉の意味を判ってないか。戦果の意味が勝つ事じゃなくて『オルコットさんの()()()()()()()()』、なんていったらどんな顔をするやら。

 

「箒」

「な、なんだ」

「行ってくる」

「あ、ああっ! 勝ってこいっ!」

 

 そうして織斑さんはアリーナへ上がっていく。——————さて、お二人の手の内がどこまで見えるのやら。

 

 

――――Side 静寐――――

 

 

 織斑くんが上がって、残った私達はピットに備えてあるモニターで試合を見る。本当なら私と神楽も観客席なんだけど私と神楽はリーヤくんと親しいから付き添いというカタチでここに来る許可をもらえた。(ちなみに簪にも許可が出たが織斑くんがいるから、という理由で観客席に行った)

 モニターではオルコットさん優勢で織斑くんは避けるので精一杯という感じだ。

 

 ――――――なのに。

 

「『初期化(フォーマット)』も『最適化(フィッティング)』もなし……。まさか『一次移行(ファースト・シフト)』もなしでああも動けるのか……彼を見くびっていたな」

 

 リーヤくんは優勢のオルコットさんじゃなくて劣勢の織斑くんに目を向けていた。

 

「ねえ、リーヤくん。私には避けるのに精一杯に見えるんだけど……」

「ええ、織斑さんはオルコットさんの攻撃を避けるので精一杯です。……けど、()()()()()()()()()()()なんです」

「……どういうことですの?」

 

 あ、神楽も気になるんだ。

 

「……二人も見ていたでしょう? 織斑さんは装着してすぐ出ました。だからあのISはまだ『初期設定』のままの筈なんです」

「「あっ!!」」

 

 そう言われて私も神楽もそこに気づく。確か『初期設定』のままのISはすごく扱いにくいって聞いたことがあるっ!

 

「これで判ったでしょう、彼がどれだけ出鱈目なのか。この試合の脅威度は勿論オルコットさんが上ですが、彼にも目を向ける必要がありますね……」

 

 そう言ってリーヤくんはモニターに視線を戻す。……やっぱり凄い。私も神楽も試合そのものを見ていて、リーヤくんみたいに考えてはなかった。……たぶん、というか観客席で見ていたら絶対わからなかった。

 

「オルコットのみを見ていると思ったが意外とよく見ているな、カテドラール」

 

 織斑先生にとっても意外だったのだろう。モニターから目を逸らさずに織斑先生がリーヤくんに話しかけていた。

 

「当然です。足元を掬われるのは避けたいところですから。……はっきり言って、織斑さん程度の動きなら特に問題なく勝てるでしょう」

「……なんだと」

 

 うわぁ、言い切ったよ。篠ノ之さんが凄い目で見てるけど全然気にしてなさそうだし。

 

「……だからといって注意しない、というわけにはいきません。むしろ何をしてくるか判らない、という意味では織斑さんの方が注意すべきです。……そういう意味ではオルコットさんのほうがやり易い、と言えますね。彼女の方が強い事に変わりはありませんが」

「で、でも織斑くんもよくやっていますよっ⁉ 起動してまだ二回目なのにあれだけ健闘してるんですからっ!」

「ええ、確かにその『才能(センス)』は認めますよ。ですが()()()()ソレに技量(経験)が追い付いていません。だから勝てると言ったんです」

 

 ……意外、嫌ってそうに見えたけど見るところは見てるんだ。

 

「ほう、ではオルコットへの勝算もあるのか?」

「……ええ、オルコットさんの『ブルー・ティアーズ』の強みは四機のビットによる多方向からの攻撃。厄介ですが対処出来ない、というわけではありません。見ている限りオルコットさんとあのビットは同時に動けないようですし、多方向から攻撃してくるなら()()()()()()()()()()()だけです」

 

 まだ始まって15分ぐらいなのにそこまでわかったんだ。……なんか、へこむなぁ。

 

「はぁ…………」

「…………」

 

 

 もし、この時視線を向けていたのがリーヤだったなら静寐は気付いていただろう。……それとも()()だから気付けなかったのか、果たして――――――

 

 

――――Side リーヤ――――

 

 

(……27分か、よくもまぁあんな状態の機体でここまで持たせたな)

 

 腕時計で計っていた時間を見た率直な感想だ。おかげで両者のISや動きの特徴をじっくり見る事が出来た。……まぁ、オルコットさんは自身のISの事を勝手に話してくれたのだが。

 

≪では、閉幕(フィナーレ)と参りましょう≫

 

 ――――――決める気か。

ブルー・ティアーズのビット二機が織斑さんを襲うもソレはビットで削り切る為ではない。おそらく本命は―――――

 

≪左足、いただきますわ≫

 

 やはり、オルコットさん自身による狙撃。

 あれだけのダメージを負ってあのライフルの狙撃を貰うのは致命的だ。終わったな、と思ったが

 

≪ぜあああぁぁぁーーーっ!!≫

 

 織斑さんは無理矢理機体を加速させ、ライフルにぶつかる事で狙いを逸らした。……無茶だが距離を取っていれば間違いなく彼は撃墜(おと)されていた。あの行動は確かに彼の首を繋げた。

 そして、それを皮切りに彼の動きが変わり始めた。彼が攻めに転じたからだ。

 

(……気付いたか)

 

 織斑さんがビットを一機撃墜(おと)し、オルコットさんが驚愕して後退する中、織斑さんが更に二機目を撃墜(おと)し、ビットの弱点を看破する。そうして一気に距離を詰め残るビット二機も切り伏せ撃墜。あの距離ではライフルは間に合わないと思ったが――――――

 

≪かかりましたわ≫

 

 ブルー・ティアーズのスカート・アーマーが可変する――――――いや、アレは装甲じゃない……ビットっ⁉

 

≪おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ!≫

 

 そしてそのビットから放たれたのはこれまでのようなレーザーではない、……ミサイル(実弾兵装)だ。

 

 ――――――ミサイルが直撃し、モニターの画面が鮮烈な爆炎一色に染まる。

 

「一夏っ……!」

 

 モニターの画面は黒煙で占められ、何も見えなくなっている。……あれはどう見ても直撃だった。決まったと思ったが――――――

 

「ふん、機体に救われたな馬鹿者め」

 

 ――――――煙が吹き払われる。そこにあったのはさっきまでとは異なる姿の織斑さんのISだ。

 

(……あのタイミングで『一次移行(ファースト・シフト)』が間に合ったのか)

 

 だがそれより気になるのがあのブレードだ。似たものをどこかで見た気がしてならない。

 

(……一体どこで見たんだ? 姉さんの遠征にサポートとして同行した時か?)

 

 眼や耳はモニターのやり取りに向いていても意識はその事を考えているからあまり入ってこない。判っているのは織斑さんが何かを言って、オルコットさんに突っ込んで行った事。

 だからだろう。≪試合終了。勝者———セシリア・オルコット≫「——————は?」なんて我ながら間抜けな声が出たのは。

 静寐さんと神楽さんだけでなく、篠ノ之さんと山田先生、そして当の本人達ですらオレと似たような表情(かお)をしている。

 織斑先生だけが、呆れたように苦笑していた――――――。

 

 

† † †

 

 

「さてカテドラール、次はお前の番だ。準備はいいな」

 

 あの後戻ってきた織斑さんは織斑先生から色々と言われていたが「お前の次の相手がいるからな。反省点を教えてやるのは試合が全て終わってからだ」とひとまず区切られたようだ。

 試合の方も補給等の関係で20分のインターバルを挟む事になっていた。その間にオレもISスーツに着替えたりと準備をしていた訳である。

 

「はい、問題なく」

 

 改めて自身のコンディションを把握する。うん、――――――どこも問題なし。

 そうして胸ポケットから一枚のカードを取り出し――――――

 

「出番だ、『ストレガ』」

 

 ――――――そうして、彼のISが展開した。

 淡い紫を帯びた装甲。鎧のように全身を装甲で纏った全身装甲型(フル・スキンタイプ)。だが何より目を引くのはその背にあるスラスターだ。肩部の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)には鏃のような形、そして腰部からは鳥の翼を思わせる機体固定型のウイング・スラスターを備えている。機体そのものは淡い紫だが、この二対のスラスターだけが影のごとき黒を基調に血のような赤を纏っている。

 

「これがエルトリアのIS……」

「噂には聞いていましたが本当に独特な機体ですのね……」

 

 二人がそう言うのも仕方がないだろう。オレとしてもストレガは他のISと比べて独特な機体形状だと思う。初めて見た時は機体を設計した人の趣味なんじゃないかと思ったぐらいだ。

 

「頑張れよ、リーヤっ!」

「……そこの馬鹿よりは期待している」

「……ええ、期待に添えるとしましょう」

 

 織斑さんと篠ノ之さんから声をかけられるが適当に流す。出る前に話したいのはこの場ではあの二人だからだ。

 

「静寐さん、神楽さん。貴女達がオレを推薦してくれた事、正しかったと証明してきますね」

 

 そう言うと心配そうに見ていた二人に少しだけだが笑みが戻ってくれた。

 

「うん……うんっ!頑張って、リーヤくんっ!」

「私達のためではなくリーヤさん自身のために勝ってくださいましね?」

「ええ、見ていてください。少なくとも、さっきの試合よりも見応えがあるのは約束しますよ」

 

 さて、本当の意味で表舞台に上がる時が来た。オレにとってもエルトリア社にとっても賽は既に投げられている。だから――――――

 

「リーヤ・カテドラール、上がりますっ!」

 

 後は進むのみ――――――

 

 

 




とうとう彼が舞台に上がる。
『魔女』の名を冠する機体と共に。


次回ようやくオリ主vsセシリアです。
原作キャラ視点はもうやらないと言いつつも書いてしまいました。
ちなみに次は神楽視点を予定しています。
(初期設定云々は出荷時の本当に真っ新な状態だからという理由で納得して頂けると助かります……)

そろそろタグに静寐と神楽を付けるべきだろうか?


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Pagina XI エルトリアの魔女

舞台に上がるは淡紫と青。
両者の二重奏は何を奏でる―――?


お待たせしました。ようやくオリ主の実力披露です。
視点が何度か変わりますがご容赦を……

それと今回の投稿でタグを追加しました。


――――Side リーヤ――――

 

アリーナの閉じられた空へ上がる。そこでは既に補給を終えたオルコットさんが待ち構えていた。

 

「……お待ちしておりましたわ」

 

 ……? なんだろう、この反応。もう少し高飛車に何か言われると思っていたが。

 

「意外ですね。三日前のように色々と言ってくるのかと思いましたが」

「……いくらわたくしでも先の試合であそこまで踏み込まれれば慢心はしませんわ」

(個人的にはしてくれてよかったんだけどな)

 

 内心でそんな事を考えながらも頭の中は既にどう仕掛けていくかの案が浮かんでは消えていく。

 

「ですので、たとえ相手が第二世代の機体であっても全力でいかせていただきますわ」

「言ってくれますね。……こちらとしても未完成の第三世代機に後れを取るつもりはありませんが」

 

 そうしてオレとオルコットさんは示し合わせたように武装を展開する。

 オルコットさんはエネルギー型のライフル『スターライトmk-Ⅲ』を、オレは本社仕様のエネルギーカノン『ルシフェリオン』を構える。

 

「さあ、踊っていただきますわ。わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

「どうかな、踊らされるのは案外そっちかも知れませんよ?」

 

 そうして試合開始を告げるブザーが鳴り、その瞬間オレとオルコットさんはお互いを狙い撃つと同時に回避機動に移る。——————互いに一射目はほぼノーダメージ。オレの砲撃は外れ、オルコットさんの射撃も掠った程度で大したダメージにはなっていない。だが、今の攻防でも判った事もある。再確認に近い事だがやはり射撃の精度そのものはオルコットさんの方が上。だが、装備の火力ではこちらが上か。

 

「いきなさい、ブルー・ティアーズ!」

 

 織斑さんの時と違ってもうビットを使ってくるか。ならこっちも動くとしようか。

 先の回避機動でオレはオルコットさんより少しだけ高度を下げている。なので必然的にビットは上から向かってくるカタチになる。それらの攻撃をギリギリで躱しながら、かつ高度差を利用する事を気付かれないよう避ける。

 ――――――そして、ビットを展開しているオルコットさんの攻撃には波がある。ビットの攻撃はあくまで陽動。本命は――――――

 

「その翼、いただきますわ」

 

 やはり、オルコットさん自身による狙撃――――――っ!

 

「ッ!!」

 

 狙撃態勢に入ったオルコットさんを捉え、引き金(トリガー)を引かれる前に加速しライフルによる狙撃を避ける。すかさず軌道を反転させ、ルシフェリオンにエネルギーをチャージ。だが初撃と違うのは取り付けられたマガジンに装填されたカートリッジをロードし、そこからエネルギーをチャージする事だ――――――っ!

 

「なっ⁉」

 

 ルシフェリオンから放たれた()()()()()の内、片方がオルコットさんに命中する。そしてオルコットさんは有り得ないもの見たかのような表情(かお)だ。

 

「……どういう事ですの? わたくしもそれがビームタイプの装備というのは知っています。しかし()()()()()()()はずですわっ⁉」

「……わざわざ教えてあげる必要がありますか? それに言ったでしょう? 『踊らされるのはそっちかも知れませんよ』と―――っ!」

 

 再びカートリッジをロードして砲撃を放つも流石は代表候補生。こちらが連射出来る理由は判らなくても連射を前提にした機動を採って回避する。だが、それで終わる彼女ではない。回避しながらビットを操作していたのか再びビットによるレーザー攻撃を仕掛けてくる。それを機体の機動性にモノをいわせて躱しきる。

 

 

 ――――――試合は、一戦目と異なり両者による撃ち合いと動きの読み合いになろうとしていた。

 

 

――――Side 神楽――――

 

 

「……すげぇ。オルコットは俺の時より動きがいいのに互角に渡り合ってる」

「何者なのだ、あいつは……」

 

 リーヤさんの動きに驚く織斑さんと篠ノ之さんですが私はそこまでではありませんでした。彼は代表次席のお姉さんから鍛えられた、と言っていましたから私達よりISの技量が上でも不思議ではありません。

 

「……ふん、あいつめ。口だけではなかったようだな」」

「千冬姉、それどういうことなんだ?」

「織斑先生だ、馬鹿者。まぁそれは今はいい。カテドラールは先の試合でオルコットの弱点を見破った」

「それなら俺だって……」

「お前が気付いたのはオルコットとビットは同時に動けないということだけだろう。カテドラールはそれに加えてあのISを攻略する方法にも気付いた。篠ノ之、オルコットのISの最大の長所はなんだ?」

「は、はいっ。あのビットによる多方向からの攻撃ですか?」

「正解だ。カテドラールはそれをさせないようビットを視界に捉え、オルコットに気付かれないよう垂直・水平両方向を上手く使って距離を取っている」

 

 けれど、だからこそ気になります。ISの技術よりも単純なことですが、なぜ彼はあんなにも()()()()()()()()()()()()()()。絶対防御があるとはいってもダメージを受ければ相応の痛みはあると聞いています。リーヤさんはオルコットさんが引き金(トリガー)を引く瞬間を見切って避けていますが、一歩間違えれば撃たれます。

 ……怖く、ないんでしょうか。

 

「加えてあのISには不可解な点がある。……あの機体、シールドエネルギーの消費が少ないどころではない。()()()()()()()()()()()()()()()。……あれだけの火力と機動に使っているエネルギーをどこから用意している?」

「そう言われるとそうですね。最初は効率がいい機体なのかと思っていましたけど、それにしてもおかしいです。」

 

 織斑先生と山田先生が彼のISについて意見を交わしておられますがその内容が全然頭に入ってきません。私が気になっているのは彼の事と、そして――――

 

「はぁ…………」

 

 ……隣でさっきから何度も溜息をついている静寐ですわね。

 

「静寐、どうしたんですか? さっきから何度も溜息をついて」

「ねぇ神楽。私達、リーヤくんに追いつけると思う?」

「それは……」

 

 静寐から問いかけられたその質問は、私には答えられないものでした。……いえ、違いますね。答えは判っていても、口にしてしまうと本当になってしまいそうだから言えない、というのが正しいのでしょうね。

 

「私は不安なんだ。リーヤくんはどんどん先に行って追いつけないところまで行っちゃいそうで、さ」

「静寐……」

 

 静寐の不安は、同時に私の不安でもありました。今でさえリーヤさんは私達よりだいぶ前にいます。そしてなおも進み続けるのでしょう。……きっと、今の試合のように傷付くことを恐れることなく。

 

「そうですわね。正直、私も静寐と同じようにそれは不安ですわ」

「そうなんだ……」

「……だから、一緒に考えていきませんか?」

「え……?」

 

 静寐が驚いたように私を見返してきますが、私自身今の言葉が出てきたことに驚いています。……もしかしたら、どこかでそう願っていた本心だから出てきた言葉なのかもしれませんね。

 

「一人では届かない手も二人なら届くかもしれませんし、追いつけないからといって最初から諦めないといけない理由にはならないでしょう? ……そもそも私達はまだ、スタートラインにすら立っていないんですから」

 

 これは紛れもない今の私の本心。私の言葉は静寐に届いたのでしょうか……?

 

「……そうだね。やる前から諦めてたら何もできないよね。――――――ありがと、神楽」

「……お礼を言うのは私の方ですわ」

「えっ、なにか言った?」

「いえ? それより試合の方に集中しましょう?」

 

 改めてモニターに目を移すと、試合はいよいよ決着へと向かおうとしていました――――――。

 

 

――――Side Out――――

 

 

 リーヤとセシリア二人の試合の天秤は、徐々にだが確実にリーヤへと傾いていた。

 

(なぜですのっ⁉ なぜわたくしの狙撃を避けきれるんですのっ⁉)

 

 そう、セシリアだけでなく上級生を始めとした一部の生徒は気付き始めていた。―――リーヤの被弾はビットによるものだけで、ビットよりもダメージのあるセシリアの直接狙撃は全て躱しているという事に。

 実はリーヤはエルトリア社からセシリアの戦闘データを入手出来ていた。そしてそのデータからセシリアの戦法に共通点がある事を見つけていた。

 それは――――――

 

(やっぱり彼女は決め手となる攻撃は()()ライフルで狙撃してくるか)

 

 考えてみれば当然の事だ。ビットは攻撃の他に独立稼働を行う為のユニットも必要となる為、レーザーの出力はライフルに比べてどうしても落ちる。ならば、避けた先がビットの射線であってもライフルによる直接狙撃を受けるよりは結果的にダメージは少ない。加えてリーヤはビットが視界から見失わないようにしている。()()()()()()()()()()()()()()、という事だ。

 

 

 ジャキン、ジャキンッ!――

 

 カートリッジが二発ロードされ、チャージしたエネルギーがルシフェリオンと()()()()()に供給され、ビットからの集中攻撃を速度で躱して即、撃ち返す。

 

「くっ―――‼」

「チィッ―――!」

 

 しかし、セシリアも代表候補生。放たれた砲撃をすんでのところで躱す。が、試合開始時に残っていた余裕は残されていなかった。

 

(わたくしの狙撃を躱すならそれを逆手に取れば―――っ!)

 

 セシリアはビットのうち二機をすぐ操作出来るよう頭の中にビットへの命令(コマンド)をを浮かべそれを待機させる。が、これはセシリアにとっても容易な事ではない。同時操作ではないがそれに近い連続操作だ。ブルー・ティアーズを駆り始めた頃に感じていたBT兵器操作特有の頭痛を感じていた。

 

(……くっ、やはり今のわたくしではここまでの連続操作は二機が精一杯ですわっ……!)

 

 事実、セシリアは頭痛から額に汗を浮かべている。それでもなおビットへの命令を留め続ける。

 

(負けられませんわ。イギリス代表候補生としてではなく、セシリア・オルコットとして‼)

 

 そうして残りのビットとライフルの狙撃を躱すリーヤの軌道をセシリアは読み――――――

 

「もらいましたわっ!!」

 

 留めていた命令を解き、躱した先へとビットを攻撃させる。

 狙うは頭部(ヘッドショット)。あのISで唯一絶対防御を発動させられる箇所(ポイント)――――――っ!

 

「マズっ……!」

 

 火力が劣るビットとはいえ流石に重ねられると無視出来ない。絶対防御が発動する頭部なら尚更だ。

「……このっ……!」

 

 スラスターの出力を一気に上げ上へと離脱する。無理矢理加速させた為身体にかなりのGがかかるが、それを気にしている場合ではない。

 

(オルコットさんは決めにきた。長引かせるとマズいかっ!)

 

 カートリッジをロードし、腰部の固定スラスターで『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を行い急降下しながら距離を詰める。

 

「……くっ、墜ちなさいっ‼」

 

 セシリアもビットを散開させず攻撃箇所とタイミングをライフルと同期し、降下するリーヤへ攻撃を集中させる。

 

 ――――――が、

 

 リーヤは非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のスラスターと腰部のスラスターを時間差でフル稼働させ、V字に軌道を変える事でセシリアの攻撃を躱し、距離を詰める。

 

「『重装加速(フラクタル・ブースト)』ッ⁉」

 

 『重装加速(フラクタル・ブースト)』。ISの特殊機動の一つで『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』中に別方向にスラスターを稼働させる事で『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を行いながら軌道を変えるという特殊機動。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』中に軌道を変えられるという大きなメリットがあるが好んで使う者は少ない。

 ……なぜなら、使用には条件と代償がある為だ。一つはISにスラスターが複数有り、かつそれぞれが独立稼働可能という機体条件。二つ目は『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』中にスラスターを稼働させ機動をコントロールする操縦者の技量。――――――そして、下手に行えば骨折どころか激痛で失神しかねない程の負荷が操縦者にかかる為だ。

 だからこそ、『重装加速(フラクタル・ブースト)』を使う者は少ない。機体と操縦者が条件をクリアすれば出来る技術ではないからだ。

 

「っ……!」

 

 距離を詰められた事でセシリアは反射的に距離を取ろうと後退する。

 

 

 

 ――――――だが、それは失策だった。

 

 

 

「なっ……⁉」

「もらったっ‼」

 

 あろうことかリーヤはセシリアが退がろうとした瞬間、機体に()()()()()()強引に砲撃姿勢に入ったのだ――――――っ!

 

(至近距離だとオルコットさんが急機動を取れば避けられる可能性がある。なら、避けようとしてもこっちで狙えきれる距離で撃てば―――っ!)

 

 そう、リーヤが距離を詰めたのは至近距離から撃つ為ではない。距離を詰める事で射撃型であるセシリアなら距離を離すと踏み、一気に距離を詰めた。

 リーヤは高等技術である『重装加速(フラクタル・ブースト)』を使ってまで距離を詰めた為に、セシリアはリーヤが至近距離から撃ってくると考えた。

 だが、それはリーヤの仕掛けた(トラップ)。リーヤの狙いは()()()()()()()()()()()()()()狙いを修正して当てられる、必中距離から放つルシフェリオンの砲撃―――っ!

 

「……くっ……!」

 

 この時点でセシリアもリーヤの狙いに気付くがもう遅い。退がる為に姿勢と思考を崩した為にビットによる攻撃をするにも狙いを定めなければならない。

 

 ――――――既に態勢を整えたリーヤと、狙いを定めなければならないセシリア。どちらが早いのかは火を見るより明らかだった。

 

 それでもセシリアは試合を投げず、最後まで抗う。

 

 

 

 

 ――――――そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガキンッ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「っ!!?」」

 

 ルシフェリオンからこれまでとは明らかに異なる音が響く。そして、同時にルシフェリオンの安全機構(セーフティ)が起動し引き金(トリガー)がロックされる。

 

(嘘っ⁉ よりにもよってこのタイミングでカートリッジが排莢不良(ジャムる)なんて‼?)

 

 

 

 

 ――――――そしてこの排莢不良(ジャム)によって両者の優劣は逆転した。

 

 

 

 

「やぁぁぁぁぁぁ…………‼」

 

 

 

 リーヤが装備を換えるよりも早く、セシリアの放ったレーザーの全てがリーヤの頭部に命中(ヒット)。ストレガの絶対防御が発動し――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪試合終了。勝者———セシリア・オルコット≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着を示すアナウンスが流れ、割れんばかりの歓声が響き渡った。

 

 




魔女と蒼雫の戦いは決着した。
――――――そして、この試合に影響を受けた人達がいる事を当事者達はまだ知らない。


この試合でどちらを勝たせるか悩みましたがセシリアにしました。
初の戦闘描写だったので読みづらいところもあったと思いますが読了、感謝します。


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Pagina XII 試合前後の間奏曲(インタールード)

両者、青との試合を終えた。残す試合は淡紫と白――――――男性操縦者(イレギュラー)同士の試合を残すばかり。


前話と次話のすり合わせ回です。あまり中身がないかもです……


 ――――――オルコットさんとの試合はオレの負けだった。最後に起きたカートリッジの排莢不良(ジャム)。原因はやはりというか『重装加速(フラクタル・ブースト)』だった。

 といっても原因はルシフェリオンではなく、カートリッジ本体の方だ。ルシフェリオンは様々な耐久試験を行っているので一度や二度の『重装加速(フラクタル・ブースト)』でトラブルが発生するほどヤワな造りではない。……けど、カートリッジ自体はそうではなかった。加速Gに耐えられずに薬莢部が変形(マガジン内の残りカートリッジも幾つか変形していた)し、変形したカートリッジを排出した事でルシフェリオンのカートリッジ排莢孔が歪み、次のカートリッジ排出で排莢不良(ジャム)が起きてしまった。

 ……カートリッジが暴発しなかったのが幸いだったといえるだろう。

 

「しかし勝負に『もしも』、なんてないけどオルコットさんが諦めていたら結果は変わっていたかもなぁ……」

「?? リーヤくん、それどういうこと?」

 

 ピットに戻り補給とメンテナンスをしながら思わず出た言葉に静寐さんがなぜ?と訊いてきた。

 

「オルコットさんが勝負を投げていたら別装備を出してそれで倒せたかもしれないから。……こういう言い方はオルコットさんに失礼だとは思うけど、ね……」

 

 そう、もしあの時オルコットさんが勝負を諦めていたらどちらが勝つか判らなかった。オルコットさんが諦めなかったからこそあの結果になったのだとオレは思う。

 

「……リーヤさん? 内容の割にはあまり悔しくなさそうに見えますけど?」

「……まぁ、悔しくないわけじゃないけどお互いに持てる手を打ち合った結果だからね。オルコットさんの勝ちに懸ける想いが天秤を傾けた。……負けではあったけど悔いはないよ、この結果は」

 

 時折いるのだ、確実に勝ったと思える時でもそれを覆してくる人というのは。勝ちへの執着、というと言い方は悪いが『想い』の差が勝負の明暗を分ける事は確かにある。

 今回の試合ではオルコットさんのソレがあの結果を呼んだ。だから悔しくはあるけど悔いはない。

 

「そうなんだ。色々としてたみたいだからもっと気にしてるかと思ったけど……それはないんだ?」

「全くないってわけじゃないですけどね。あれだけの熱を向けられたら負けを気にするより『次』は負けないって思いの方が強いかな」

「……それは……戦った当事者でないとわかりませんわね」

 

 神楽さんの言う通り、コレは当事者以外の人には判りにくいと思う。そして改めて試合というカタチで『次』を経験出来る事のありがたさが判る。オレはまだIS関係で経験出来ているが、エルトリア社情報部門の人間(オレ達)には『次』がない事だってあるのだから。

 

「……ところでリーヤさん、故障した装備の整備はしなくていいのですか?」

「ええ、このルシフェリオンは本社に引き取ってもらいますから」

「えっ? でもそれ、故障部分を直せば次の試合でも使えるんじゃないの?」

「使えますよ? けど一応トラブルが起きたら本社に送るよう言われているんです。今回の原因自体はカートリッジですけど装備の方で対策が出来るかもしれませんからね。さっき使っていたものは出来るだけ現状維持で引き渡したいんです。なのでこれは本社の人に渡すまで『拡張領域(バススロット)』で保管ですね」

 

 このルシフェリオンは本社仕様なので社の規定で輸送出来ない。なので改修キットを受け取る際に本社の担当者へ引き渡す。面倒ではあるけど輸送中に強奪されないようにする為の措置だ。(ちなみに引き渡す担当者もISの『拡張領域(バススロット)』に格納して持ち帰る)

 

「なので次の試合は送られていた予備のルシフェリオンを持っていきます。少し使い勝手が悪くなりますけどね」

 

 ピットには既に以前送られた予備のルシフェリオンを運んでもらっている。が、こっちは社外向け(カートリッジシステム未装備)のままなので運用が本社仕様とは異なる。その為戦い方を変える必要がある。

 

「幸い織斑さんは見る限り近接特化型。戦術を変えても対応出来るでしょう」

 

 不安要素があるのは織斑さんのあのブレード。織斑さんの試合はあの装備が何か判る前にいきなり終わった。だからアレの正体が未知数のままだ。

 

「オレはアレに見覚えがあるんですが……どこで見たのか思い出せないんですよ」

 

 そう、織斑さんが使っていた光刃を展開するあのブレード。どこで見たのかどうしても思い出せない。ここまで思い出せないという事は直接見たモノじゃないのか?

 

「……確かに織斑さんのあの武器は私もどこかで見た気がしますわ。……どこで見たのでしょうか……?」

 

 神楽さんも見覚えがあるのか。そうなるといよいよ直接見たって線はなさそうだ。

 

「ねぇ、リーヤくん。織斑くんのあのブレードって……織斑先生が現役の時に使ってた『雪片』じゃないかな?」

 

「「えっ⁉」」

 

 静寐さんの言葉にオレと神楽さんの言葉が重なる。織斑先生が使っていたモノと同じっ⁉

 

「……静寐、それは本当に?」

「たぶん……そうだと思う。織斑先生の試合映像で見たことがあるし……それにさっきの試合で織斑くん『千冬姉と同じ力で』っていってたし……リーヤくん聞いてなかったの?」

 

 ……そんな重要な事を聞いてなかったのか、オレは。不覚にも程があるだろう。

 ――――――って待った。

 

「……まさか、あのブレードは『唯一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』も再現してるのか?」

 

 突拍子もない考え。だがもしそうなら厄介だ。

 

「……それはありえませんわ。『唯一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』はISと操縦者の相性が最高の状態になってようやく発現するものです。第一形態で、それも今日初めて乗ったISで発現するなんて……」

 

神楽さんの言っている事は正しい。本来ならそれはありえないからだ。

 

「でも神楽、そうじゃないのに織斑くんあんなこと言う? ……私はそう思えないんだけど」

「それは……」

 

 静寐さんの意見にはオレも賛成だ。……この数日で見た程度だが、彼はそんな腹芸が出来るような性格ではない。どちらかと言うと直情的だ。

 

「……どちらにしろ彼が織斑先生の『唯一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』を使える、という前提で行った方がいいでしょうね。……彼のISは未知数過ぎる」

 

 用心し過ぎる、という事はない。ストレガのような全身装甲型(フル・スキンタイプ)にも通用してくるのかは判らないが受けないに越した事はないだろう。

 

「でもリーヤくん……大丈夫なの? もし本当に織斑先生と同じ能力なら――――――」

「大丈夫ですよ、静寐さん。織斑さんの実力はオレには及びません。油断せず、()()()()()躱すか防げばいいだけですから」

 

 そう、相手の切り札が不明なら――――――それを受けなければいいだけの事。格上相手なら難しいだろうが織斑さんなら……まぁ、問題ないだろう。

 

「……そろそろ時間ですね、今度は勝ってきます。同じ立場の相手には負けられませんしね」

 

 少し冗談めかした言葉で再びアリーナに上がる事を二人に告げる。――――――さて、公式一人目(二人目)のお手並み拝見だ。

 

 

 




相手が誰であろうと油断はしない。その危険を彼は知るからだ。


ようやく次で一夏戦です。プロットでは5~6話ぐらいでここに来る予定でしたがだいぶ伸びてしまいました。
ここから先は投稿が更に遅れるかもしれませんがご容赦を……


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Pagina XIII 魔女の(アギト)

――――――自身の立ち位置を見据えた者とそうでない者。

二人の違いは突き詰めればソコなのかもしれない。





――――Side リーヤ―――― 

 

 アリーナで対峙する二人の男性操縦者。しかし、両者に対する観客の印象は大きく異なっている。

一夏に対してはやはりというか『織斑千冬の弟』というのが強く、先の試合の結果からか肩透かしを受けた観客も多い。

 そしてリーヤに対しては代表候補生のセシリアに肉薄したからか、好奇の目を向ける者、実力に注目する者、そして僅かながら疑問の目を向ける者と様々だ。が、向けられている本人はそれらの視線に動じる事なく自然体だ。そういった視線は慣れていると言わんばかりである。

 

「さっきの試合見てたぜ、リーヤ。お前、あんなに強かったんだな」

「……結局は負けました。どんなに善戦しても記録には『敗北』として残ります。なら、その内容に意味はありません」

 

 ……そう、どんなにいい勝負をしても記録にされるのは敗北という言葉だけ。試合に負けて勝負に勝った、なんて言葉もあるが判るのが当事者だけなら意味はないとオレは思う。

 

「なっ⁉︎ お互い全力でやったんなら意味がないなんてことないだろっ! 結果しか見ないなんてそんなの――――――」

「そういう考えの人がいる事は判りますし、考えそのものを否定するつもりもありません。……ただオレは過程より結果を重視します。内容を重視しても伝わるのは個人レベルまでです。より大きな集団・組織から見られるのはやはり結果ですから」

 

 少なくとも企業に属する以上は結果を出す事が求められる。勿論全てを成功させる、なんて事はオレには出来ない。が、()()()()()()()()()()()成功させなければならない局面は確かに存在する。

 

「……リーヤ、俺はそんなの認めねぇ。結果だけ見てそいつの努力を見ないなんて、俺は絶対認めねぇっ‼」

「……えぇ、構いませんよ。オレは自分の考えを肯定出来ない人もいる、と判っていますから。以前にも言ったでしょう。『人はそれぞれ価値観や思想が違う』、と。オレは織斑さんの考えも否定はしませんが肯定もしません」

 

 両手にブレードライフル『ヒラリオン』を握りつつ、我ながら性質(タチ)が悪いと思う。そういう考えの人もいると判った上で否定してるのだから。

 

「……ならお前のその考え、俺が叩き直してやるっ!」

「相手の考えが気に入らないから力ずく、ですか……」

 

 力ずくより悪どい事をしてきたオレが言える事ではないが正直勝手だと思う。どうやら織斑さんは自分が気に入らない考えを許容する気はないようだ。

 

「……するのは構いませんが、織斑さんの実力でオレを降せるとでも?」

 

 ――――――なら、それを利用させてもらう。

 

「なっ⁉ てめえっ‼」

「断言しますよ。――――――貴方ではオレには勝てないと」

「リーヤぁぁぁぁぁぁっ‼」

 

 

 

 ――――――――――――そうして、学園の多くの人間が注目していた男性操縦者(イレギュラー)同士の試合が今、始まった――――――

 

 

――――Side Out――――

 

 

 ぶつかり合う鋼と鋼。打ち合う剣戟に銃撃が混じる近接戦。雪片を握り攻め立てる一夏とヒラリオンを構え迎撃に徹するリーヤ。一見すると一夏が優勢に見えるが実際は逆だった。

 

「くそっ!」

 

 試合が始まってから何度もリーヤに踏み込むも、その全てが防がれ一夏は後退を余儀なくされる。――――――否、それだけではない。リーヤは片方のヒラリオンで一夏の剣撃を防ぎ、もう片方で切り返しながら銃撃による追い打ちをかけ一夏のシールドエネルギーを着実に削っていく。

 

(あと一歩踏み込めれば届くのにその一歩が届かねぇっ!)

 

 一夏に相手を見る余裕があればここまで一方的に削られる事はなかっただろう。だが、今の一夏にそんな考えは浮かばない。

 なぜなら――――――

 

「どうしました? 手応えがあるのは口だけですか、織斑さん?」

 

 ――――――一夏が冷静にならないよう、リーヤが煽り続けているからだ。

 

(……織斑さんは感情的に見えたから挑発してみたけど予想以上に効果があったな)

 

 リーヤ自身、ある程度の効果がある事は確信していた。今の状況はリーヤの狙い通りに進んでいる。

 

(冷静さを欠いた人は動きが単調になる。そうなれば動きを読むどころか誘い込むのも容易になる。このまま織斑さんを煽り、今の動きをさせ続ける―――っ!)

 

「どうしました? その程度ではオレを降すどころか一撃入れる事すら出来ませんよ?」

「てめぇぇえぇぇぇぇっ‼」

 

 一夏は気付かない。頭に血が昇り、リーヤの言葉が挑発である事が。そして……自身の動きが先ほどから同じパターンになっている事にも。

 

(ねぇ、なにかおかしくない? 攻めてる織斑くんがダメージを受けて防戦一方の彼の方が無傷なんだけど)

(そうだよね、普通は逆だよね)

(もしかしてさ、ペース握ってるのってあっちの押されてるように見える子のほうなんじゃない?)

 

 観客の中にも攻め立てている一夏だけが消耗している事に気付く人が出始めていた。……増え始めた、というべきか。

 先の試合でリーヤはセシリア相手に機動戦を仕掛け、その実力を見せている。が、この試合では開始位置からほとんど動いていない。二・三年の上級生の一部は早い段階でそれに気付き、また主導権を握っている事にも気付いている。

 

 

 

 ……試合の流れは、秒単位でリーヤへと傾いていた。 

 

 

 

 ギイィン―――

 

 幾度となく繰り返されたブレード同士がぶつかり合う音が響くが結果は変わらない。

 

 ヒュン、タタタタンッ―――

 

 ブレードを振り抜く音と数舜遅れて聞こえるライフルの銃声。既に一夏は踏み込むタイミングすらリーヤに読まれている。

 煽られて頭に血が昇っている上に、自分の攻撃が全て防がれるという現実。それは、一夏からまともな判断力を奪うには十分過ぎた。

 

(なんでだよっ⁉ 同じ男で俺は千冬姉と同じ力を持ってるのに、なんで一度もアイツに届かねぇんだよ⁉ 俺はアイツに負けるわけにはいかねぇのにっ!)

 

 一夏は自身の間違いを知らない。同じ男ではあるが技量、経験においてリーヤは一夏に勝っており、一夏にアドバンテージがあるのは一撃の威力しかない。

 ……この試合において、その前提の間違いはあまりに致命的だった。

 

(……よし、織斑さんが踏み込んでくるタイミングも掴めてきた。)

 

 対してリーヤは平静だ。既に一夏の攻撃を見切り、容易く防いでいる。その為本人もISも未だ万全に近い状態だ。

 ――――――故に

 

(そろそろ仕留めにいきますか)

 

 この状況を動かしにかかった――――――。

 

「うおぉぉぉぉっ!」

 

 きっかけはやはり一夏の何も変わらない突撃。そしてそれをあしらうリーヤだが、今回はこれまでとは違う。

 返す刀で剣撃と銃撃によるカウンターはこれまでと変わらないが、そこから一気に距離を詰めて一夏に肉薄する――――――っ!

 

「なっ⁉」

 

 ……驚きの声は一夏のものだけではなかった。アリーナも観客席からも驚きの声が上がる。それはそうだろう。これまで守りに徹していたリーヤが突如攻めに転じたのだ。そしてリーヤの攻めの苛烈さは一夏の比ではない。

 

「ハッ‼」

「っ⁉ くそっ!」

 

 放たれる剣撃と銃撃。間断なく攻められる一夏だがダメージを負いながらも辛うじてそれを防ぐ。

 ――――――が、

 

「イヤァァァァァァッ!」

 

 リーヤはそれに構わず烈破怒涛と攻め立てる――――――っ!

 

「……っ!」

(くそっ! 『零落白夜』を使おうにもこのままじゃ展開する間にやられっちまうっ!)

 

 リーヤの激しい攻撃に防戦一方に追い込まれる一夏だが、押し込まれているのにも理由がある。

 勿論、二人の技量の差というのもあるがそれだけではない。技量と同等に両者の武装に差があった。

 一夏の『雪片弐型』は確かに強力だがその本領は光刃を展開しての『零落白夜』にある。今のように展開していない状態では一般的なブレードとさほど変わらない。

 それに対し、リーヤの『ヒラリオン』はブレードライフルという一風変わった装備ではあるが性能として突出している訳ではない。が、今のような状況でブレードライフルは剣撃で跳び退いた相手をライフル部で間髪入れずに追撃出来る為、相手に立て直す間を与えずに攻め立てる事が出来る。加えてリーヤは両手にヒラリオンを握り攻撃が途切れない。弾倉の再装填(リロード)も『拡張領域(バススロット)』から直接行っている為に間が空かない。

 ……それが、この状況を生み出した両者の武装の特性差。性能ではなく武器としての特性そのものの差だった。

 

「ハァァァァァァッ!」

(攻めの流れは取ったっ! このまま一気に押し切るっ‼)

 

 リーヤはブレード・ライフルの双方で確実にダメージを与えられる距離を保ちながら攻め続ける。苛烈に、しかし確実に一夏のシールドエネルギーを削っていく。

 ……このままの状態では一夏は最後まで削り切られるのは明白だった。

 

 ――――――故に、

 

「……っ! おぉぉぉぉぉぉっ‼」

 

 一夏はダメージを負う事を覚悟し、ライフルによる追撃を受けながらも全力で後退する事でようやくリーヤの連撃から抜ける事に成功する。

 

(ここで決めねぇとまたやられるっ! 一か八か『零落白夜』で一気に決めるっ‼)

「リィィヤァァァァァーーーッ!」

 

 距離を離した一夏は即座に光刃を展開し、リーヤへ向けて吶喊する――――――っ!

 

(来るか―――っ!)

 

 それでもなお、リーヤは冷静だった。吶喊してくる一夏を焦る事なく見据え、ヒラリオンを握る手に力を籠めてリーヤ自身も吶喊し――――――

 

「うおおぉぉぉぉっ‼」

「ハァァァァァァッ‼」

 

 両者は互いに咆哮しながら距離を詰め、相手に必殺の一撃を叩き込むべく肉薄する。

 

 

 

 

 

 

 

 轟、という剣を振り抜く風斬り音が聞こえるもよりも先に、ガァン、という銃声が響く。

 

 

 

 

 振り抜かれた筈の雪片弐型が宙を舞い、地面に向けて墜ちてゆく。

 

 

「なっ⁉︎ てめえっ‼︎」

 

 

 

 ――――――そう、リーヤは一夏が振り抜くタイミングを見切って雪片弐型を狙撃し、一夏の手から弾き飛ばしたのだ――――――っ!

 

 

 

 加えて、リーヤの手には既にヒラリオンではなくルシフェリオンが握られ――――――

 

 

 

詰みです(Scacco matto)

 

 

 ――――――放たれたルシフェリオンの赤黒の奔流が一夏を飲み込んだ――――――

 

 

 




――――――試合は終わった。
……しかし、これは一つの大きな舞台の序章に過ぎない。



ようやくセシリア編の山場ともいえるクラス代表決定戦が終わりました。
打ち上げや授業を幾つか挟んで中華娘の登場です。


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Pagina XIV グラジオラス

道筋は定まる。
しかし、どう進むかは歩むもの次第。

今回は二話投稿です。
本来は一話にする予定でしたが長くなったので分割しました。


――――Side リーヤ――――

 

「では、クラス代表は織斑一夏くんに決まりました。一繋がりでいいですね!」

「「「わあぁぁぁぁぁっ!」」」

 

 翌朝のSHR、そこでクラス代表は織斑さんになった事が山田先生から発表された。クラスメイトも一部を除いてかなり盛り上がっている。

 ……当の本人は口を開けて呆けているが。

 

「あの、山田先生。俺は昨日の試合で二人に負けたんですが、どうしてクラス代表になっているんですか?」

 

 ……織斑先生の話を聞いていなかったんだろうか、彼は。いやオルコットさんがならなかったのも意外だけど。

 

「それはですね――――――」

「――――――わたくしは辞退したからですわ」

 

 山田先生の言葉に被せるカタチでオルコットさんが言う。あれだけ言っていたのにどういう心境の変化だろうか?

 

「数日前のわたくしの態度はクラス代表になる人間にあるまじきものでした。……特に日本の方には不快な思いをさせてしまい申し訳ありません……」

(へぇ……)

 

 正直オルコットさんを見直した。

 間違いは誰だってする。けど自分が正しいと思っていた事を間違いだと認め、謝罪する事は中々出来る事じゃない。それが時間の経った事なら尚更だ。

 

「なのでわたくしは辞退する事にしたのです。推薦されたならともかく、クラスの方達を侮辱した立候補で代表になるわけにはいきませんので」

 

 オルコットさんはそう言うけど自身の間違いを認め、謝罪出来る人なら十分上に立つに足りるだろう。……本人が降りると決めた以上どうこう言うつもりもないが。

 

「じゃ、じゃあリーヤっ! なんでおまえじゃないんだよっ⁉」

 

 ……確定だ。やっぱり彼は織斑先生の話を聞いていなかったみたいだ。というか試合であれだけの人の事を認めないだの言ってくれたのに、自分がやりたくないから代表にさせようなんていい度胸だ。

 

「……自分も代表を辞退しました。自分は属している企業からの仕事がありますし、そちらの方が優先です。なので辞退させてもらいました。……そもそも、自分もオルコットさんも辞退出来るのは当然権利ですからアレコレ言われる筋合いはありません」

「な、なら俺だって――――――」

「お前に拒否権はないぞ、馬鹿者」

 

 オレの言葉に自分もと言おうとした織斑さんだが、教室に入ってきた織斑先生に止められた。

 

「私は『勝者に選択権を与えるものとする』と言った筈だ。勝ち星を挙げたオルコットとカテドラールには選ぶ権利がある。そしてその二人が断った以上、代表は残ったお前になる。まだ何か文句があるか?」

「ありません……」

 

 ……流石織斑先生。織斑さんはまだ納得いってなさそうだがああ言われては反論は出来ないだろう。

 

「それとオルコット、時間がある時で構わん。織斑とカテドラールにISの事を教えてやれ」

「……あの織斑先生。わたくしは構わないのですが“一夏さん”はともかく……“リーヤさん”にわたくしがお教え出来ることは恥ずかしながらありませんわ……」

 

 ……ん? オルコットさんのオレ達への呼び方が変わった……?

 

「お前がそう思うなら織斑だけでも構わん。クラス代表として恥ずかしくない程度には指導しろ、いいな?」

「は、はい」

「ではこの話はこれで終わりだ。授業を始める」

 

 ――――――こうして、一悶着あったクラス代表はようやく決まった。オルコットさんの心境の変化は気になるけど実害はなさそうだし問題はないだろうが……織斑さんの方は距離を置くべきだろう。

 ……少なくとも、自分の都合が悪いから人に押し付けようとする人と深く関わりたくはないし。

 

 

 

† † †

 

 

 

 授業が全て終わった放課後、オレは生徒会室に来ていた。更識会長に呼び出されたからである。コンコン、と扉を軽くノックをすると中から「どうぞ」と許可が出たので入室する。

 中に入ると更識会長ともう一人、リボンの色から見て三年生と思われる生徒が彼女の傍に控えるように立っていた。

 

「わざわざ来てもらって悪いわね、リーヤくん?」

「いえ、呼ばれた事には心当たりがありますから大丈夫です」

 

 このタイミングで呼ばれたなら用件は間違いなく以前の提案だろう。それ以外は少し思いつかない。が、『こちら側』の話をするのに人がいていいのだろうか。

 

「彼女は私の幼なじみで、更識がどういう家なのかも知っているわ」

 

 オレの表情(かお)から言いたい事を悟ったのか、更識会長は隣にいる彼女について説明をする。『こちら側』の人なら問題はないだろう。

 

「布仏 虚です。お嬢様には幼い頃からお仕えしています」

「ご存知とは思いますがリーヤ・カテドラールです」

 

 なんというか秘書やメイド長を連想させる人だ。

 

「メンバーはもう一人いるんだけど、今日はいないから後日紹介するとして本題に入りましょうか。エルトリア社と手を結ぶかどうかの話だけど……私達更識は承諾するわ。ただし、二つ条件があるわ」

 

 まぁ当然と言えば当然だろう。こちらから持ち掛けたのだから受ける側としては条件を付けやすい。

 

「……どんな条件でしょうか?」

 

 ――――――もっとも、それを顔を出すつもりはないが。

 

「条件といってもエルトリア社に対してじゃないわ。条件を出すのはあなたに対してよ?」

「自分にですか?」

「ええ、あなたには生徒会に入ってもらうわ。役職は……そうね、副会長でどうかしら?」

「……生徒会に、ですか?」

 

 ……意外だ。条件と言うからなにかしらの制約かと思ったけど。

 

「そうよ? あなたには生徒会でそれなりの役職になってもらわないと困るの。虚ちゃん、アレ持って来てくれる?」

「はい、お嬢様」

 

 そうして目の前に置かれたのは教科書ぐらいある紙の束だった。

 

「……なんです、コレ?」

「あなたと織斑くんを部活に入れたい、っていう嘆願書よ。最初は数枚だったけど今はここまで増えているわ。生徒会の副会長に就いてほしいのはこれが理由よ。織斑くんはともかくエルトリア社との繋ぎ役になるあなたを部活に入れるわけにはいかないわ」

 

 なる程。確かに副会長なら部活の勧誘を断るのに十分だろう。

 

「それに副会長なら私が呼び出したり、あなたが私のところに来ても不自然じゃないでしょう? あなたが私に師事した理由にそれがあったと思うけどそれなら副会長の立場の方が自然なはずよ?」

「……確かにそうですね」

 

 オレが彼女に師事したのは連絡役(つなぎ)として接触しても周りに不自然に思われない為だからそれがより自然になるなら言う事はない。

 多少の仕事はする事になるだろうけど断る程のデメリットじゃなさそうだし。

 ……理由としてはもう一つありそうだけどわざわざ口にする必要はないか。

 

「判りました。それは受けましょう。……もう一つの条件は?」

「もう一つはあなた自身のISに関する経歴よ。数日前に聞かせてもらったものじゃなく、エルトリア社での()()()()()()()()()よ」

 

 ……やはりそう来たか。当然と言えば当然の事だが。

 

「……どういう事でしょうか? 自分は嘘等は言っていませんが」

「けど本当のことも言ってないでしょう? あなたのあの動きは数ヶ月で出来るようなものじゃないわ。あなたは()()()()ISを動かしているの?」

「…………」

 

 更識会長の顔からこちらを射抜くような視線が向けられる。

 確信を持たれている以上、これ以上はマイナスにしかならないか。

 

「……自分がISを初めて起動させたのは四年前です。本格的にISに関わり始めたのはそれから一年後ですが」

「「…………っ!」」

 

 オレの言葉に二人の表情が強張る。流石にそこまで前とは予想していなかったのだろう。

 

「……その事をイタリア政府は知っているの?」

「知っているのはエルトリア社……更に言うならカテドラール家と近い一部だけです。秘匿するなら知らせないのが一番確実ですから」

 

 知らないものは話しようがない、という事だ。

 

「詳しい内容は後でデータにして提出します。……生徒会室(ここ)は大丈夫だとは思いますが自分の事はエルトリア社(ウチ)の機密事項です。口頭で伝えるのは避けたいですし、そちらも詳しい内容で知りたいでしょう?」

「なら――――――」

「ええ、契約成立です。詳しい内容は情報部門統括(自分の上司)と更識会長で詰めてもらう事になります。段取りは自分が行いますが希望の日時はありますか? ……一応言っておきますがイタリアは時差で8時間遅いので午前は避けた方がいいかと」

 

 緊急なら統括(義父さん)は夜中だろうと起きれる人だが今回その必要はないだろう。契約内容を決めるだけなら日中で十分だ。

 

「そうね……、なら三日後の17時。あちらの時間で午前9時はどうかしら?」

「判りました、ではその時間帯で伝えておきます」

「ええ、それでよければ同じクラスの本音ちゃんに伝えて。あの娘は虚ちゃんの妹で更識(ウチ)のことも知ってるから」

 

 布仏さんか。……何度か話した事があるけど更識の関係者だったのか、あの娘。

 

「判りました。では失礼します」

 

 そう言って生徒会室から退室する。さて、夜にやる事も出来たしそれまでゆっくりするかな。

 

 

――――Side 楯無――――

 

 

「……お嬢様、本当によろしかったのですか?」

「ええ、これは必要なことよ」

 

 リーヤくんが生徒会室から出るなり、側にいた虚ちゃんがそう言ってくるけど彼を副会長にしたのはもう一つ大きな理由があるのよね。

 

「彼を副会長にしたのは連絡役としてそばにいてもらう、というのもあるけどそれ以上に彼を監視する必要があったからよ。……もっとも、彼は生徒会に入って監視を受けることに気付いているでしょうね」

「……彼は、気付いた上で了承したということですか?」

「気付いていない素振りだったけどおそらくね」

 

 たぶんだけど彼は連絡役として都合がいいというのが表向きで、本当は自分への監視だということに気付いてる。それをわかった上で引き受けたんだからいい度胸をしてるわ。

 

「本音ちゃんには一夏くんのことを見てもらってるし……リーヤくんとはあまり接点がないって言ってたから難しいでしょうね」

 

 余談だが、一組の中でも特に人と打ち解けやすい本音がリーヤとあまり接点がないのは本音自身が一夏と接している事と、リーヤが静寐と神楽を除いて基本的にクラスメイトと距離を取っているからだ。(昼休みは三人で食堂に紛れ込み、放課後になるとすぐに教室から出て行っていたのも大きいが)

 

「だから私が彼に注意を向けるの。彼だって監視されてると判ってるならおかしな真似はしないでしょ」

「確かにそうかもしれませんが……」

「それにこの数日彼を見てきたけど彼自身は手綱をきちんと握っていれば問題はないわ。……私としては複雑だけど簪ちゃんとも上手くやっているみたいだし」

 

 彼としても持ちかけた契約を自分から反故するつもりはないでしょうし、親しくしてる娘がいるから妙なことはしないでしょう。

 

「しかし――――――」

「大丈夫よ、虚ちゃん。もし彼が何かするようなら――――――その時は私が責任もって『処理』するわ」

 

 ……そう、彼が学園に何か仕掛けるというなら、その始末をするのは私の責任であり責務。それが彼を生徒会に入れた私の負うべき責任でしょうね。

 

「……わかりました。しかしお嬢様、彼への責任を負うのは()()です。お嬢様一人だけに責任を負わせるつもりはありません」

「虚ちゃん…………ありがとう、もしそうなったら頼りにさせてもらうわね?」

「もちろんです。私はお嬢様を支えるためにここにいるのですから」

 

 なら、私はその『もし』が起きないよう彼に首輪をつけておかないとね。虚ちゃんはああ言ってくれたけど、そんな時は起きないに越したことはないんだから。

 




当作品のセシリアはあくまで見直した、という程度なので二人への恋愛感情は持っていません。あくまで友人と言う位置です。


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Pagina XV ささやかな夢

二話投稿ですので最新話から来られた方は一話戻りで時系列順になります。


 夕食を終えたオレは簪さんと静寐さん、それに神楽さんに試合の話が詳しく聞きたいと言われて静寐さんと神楽さんの部屋に呼ばれていた。

 織斑さんとの試合はともかく、オルコットさんとの試合で『重装加速(フラクタル・ブースト)』を使ったから多分ソレについては訊かれるだろうな……。

 

 

「「リーヤくん(さん)、試合おつかれさまーっ‼︎」」

「……お、お疲れ様……」

 

 ――――――等と考えていたオレの考えは思いっきり外れてるのかもしれない。静寐さんと神楽さんだけじゃなくて簪さんもなんか乗り気だし。

 

「……あれ? どうしたの、リーヤくん?」

「……いや、予想外過ぎる出迎えに少しね」

 

 何というか、真面目な話になる事を考えていたけど肩透かしを受けた気分だ。

 

「それにしてもいいんですか? 自分を部屋に呼んでも。他の人達に見られたら――――――」

「……それなら、大丈夫……」

「えっ?」

「今の時間、ほとんどの娘は食堂にいるんじゃないかな。織斑くんがクラス代表になったパーティーをしてるから」

 

 あぁ、だからあまり人がいなかったのか。……それなら気にする事はないか。

 

「そういうわけだから、入って入って」

「なら、お邪魔します」

 

 三人に連れられて部屋に入るとお菓子や飲み物の他に小さいながらケーキまで用意してある。……凄いな、そこまで準備をしてたのか。

 

「飲み物はどれにします?」

「それじゃあコーヒーをお願いします」

 

 神楽さんから飲み物を受け取って三人の方を見ると三人はもう自分のものを用意していた。

 

「それじゃ改めて…………せーの、「「「リーヤ(くん・さん)、クラスの代表決定戦お疲れさまーっ!」」」

「あはは……ありがとう」

 

 何というか、反応に困る。こういう風に祝われるなんて久し振りだから嬉しさ半分、照れ半分だ。……本当、こんな風にしがらみ抜きで祝ってもらうのはいつ以来だろう。

 

「神楽と一緒に見てたけどすごかったよっ!」

「私も観客席で見てたけど……代表候補生をあそこまで追い詰めるのは簡単にできることじゃ、ない」

「……肝心の結果は負けでしたけどね」

 

 ストレートに褒められてつい自嘲気味の言葉で返してしまう。……子供か、オレは。

 

「意外ですわね。リーヤさんは褒められてもあっさり受け流すと思っていましたが?」

「……あながち間違いでもないですね。どうとも思っていない人からなら神楽さんの言う通り流しますから」

 

 そういう人達からの賞賛は社交辞令だと思うようにしている。……企業にいるとそういった社交辞令は頻繁に聞くというのもあるのだが。

 

「けど、友人からの言葉は流石に自分も照れますよ」

「「「意外……(だね、ですわね)」」」

 

 三人揃ってそれはヒドくないだろうか。遠慮なく話せるから言えるんだろうけど。

 ――――――余談になるが、今回の事を考えたのは静寐さんで、それに神楽さんと簪さんも賛成したんだとか。ついでに言うと、部屋でする事にしたのは食堂では織斑さんがクラス代表になったパーティーをしていて、そこだとオレと簪さんが居づらいだろうという二人の配慮だ。

 

「……でもリーヤくん、身体は大丈夫なの? 『重装加速(フラクタル・ブースト)』って身体にすごい負担がかかるって聞いたんだけど……」

「それは大丈夫。一応超えるとマズいラインは判ってるからね。クラス代表を決めるぐらいの試合で骨折とかは割に合わないし」

「……それって割に合うならやる、の……?」

「……まぁ、ね」

 

 そんな事が早々起きるとは思えないが、骨折程度で収拾出来るなら安いものだし。一応無茶をするべき時か否かは弁えてるつもりだが。

 

「そのことについて一つ訊いてもよろしいですか?」

「……なんでしょうか?」

「オルコットさんとの試合で思ったことなのですが……、リーヤさんは怖くなかったのですか? 『重装加速(フラクタル・ブースト)』を使う危険ではなくオルコットさんの攻撃を避けたことなのですが」

「そうですね……怖い、というのはありませんでした。あのやり方は義姉さんから仕込まれていましたから」

 

 本当は別の理由があるのだが、彼女達といえど()()言う事は出来ない。カテドラール家(ウチ)も絡んでくるからオレの判断だけでは言えないからだ。

 

「ねえ、リーヤくん。……お姉さんってもしかしてスパルタ?」

「…………察してください……」

 

 身内相手だと加減をしないからな、義姉さんは。……一体何度ゼロ距離砲撃を撃ち込まれたか。

 

「ちなみにリーヤくんはお姉さんに勝った事ってあるの?」

「……あるわけないでしょう、あんな『人間やめました』みたいな機動が出来る人に。花を持たせてくれるような人じゃありませんしね」

 

 むしろ伸び代のある相手には『上』の実力を見せ、花を持たすどころか茨の道を見せるような人なんだよな……。

 

「……ねぇ、リーヤ。リーヤはお姉さんのこと……どう思ってるの……?」

「どうって……難しいな。自分と義姉さんの関係は少し複雑ですから」

「複雑って?」

「言っていませんでしたっけ? 自分は養子でカテドラール家の実子じゃありません。だから自分にとって義姉さんは仕える主でもあるんです」

 

 義姉さんはいずれカテドラールの家督を継いで当主になる。そしてオレはその手足として動く身になるけど……ここまで言う必要はないだろう。

 

「……本当に複雑ですわね……」

「ええ、尊敬してるのは確かですけどね。……劣等感を抱いたり色々ありましたけど」

「……そうなの……?」

「傍から見たら優秀な姉と出来が並程度の弟でしたから。色々と思う事がありましたよ、子供の頃は」

 

 義姉さんとは色々と比べられる事があったし、それが原因でぶつかる事もあった。

 ――――――が、

 

「けどそこから抜けるきっかけをくれたのも義姉さんです。義姉さんは『私とリーヤは違うわ。だから、私と同じ場所じゃなくてリーヤにしか行けない場所を目指しなさい』、と。そこからは変に意識する事はなくなりましたね」

 

 おそらく、義父さんや義母さんから言われても納得はしなかったと思う。義姉さん自身の言葉だったから当時のオレは納得したんだろう。

 

「リーヤのお姉さんは……リーヤのことを受け止めたんだね……」

「えっ……?」

 

 ぽつり、と簪さんから言葉が零れる。

 ……薄々感じてはいたが、簪さんと更識会長の仲はあまり良くないみたいだ。ただ何というかお互い嫌ってる、とは少し違う気がする。避けあってる、というのが近いだろうか?

 時間があれば更識会長に訊いておこう。事情を知らないまま生徒会に入った(それも副会長として)なんて言ったら距離を取られるかもしれないし。

 

「ほらほら二人とも。せっかく集まってるんだから難しい顔してないで楽しも? 隣りのこととか気にせず騒げるなんてあまりないんだし」

 

 ……何というか、この空気でソレを言える静寐さんは凄いな。オレじゃそんな風に雰囲気を変えるような言葉は出てこないし。

 

 ――――――そんな風に感心しているリーヤだが、その静寐も内心では『うわぁ、失敗したらどうしようっ!?』と思っていたりする。

 ……言った時点で空気を変えているようなものなので、失敗したとしても静寐が涙目になるというおまけがつくぐらいなのだが。

 

「……驚きましたわ。まさか静寐の口からそんな言葉が出てくるなんて……」

「ちょっと神楽っ! それどうゆう意味っ⁉」

 

 二人の言い合いに部屋の雰囲気が柔らかくなる。……うん、この二人って本当にかみ合ってる。実は学園に来る前から仲が良かったんじゃないか、と思うほどだ。

 

「……リーヤ、変なこと言って……ごめん、ね……?」

 

 簪さんはそう言って謝ってくれるけどコレは簪さんのせいじゃない。むしろ不用意に言ったオレが悪いだろう。

 

「簪さんが謝る事じゃないですよ、コレは。――――――だから、そんな顔をしないでください」

 

 そんな『悪い事をした』、みたいな顔をされると心苦しい。

 

「うん……ありがとう」

「いえいえ。……で、どうしてそこの二人はそんなに笑顔なんです?」

「え……?」

 

 顔を向けるとそこには実に含みがありそうなイイ笑顔を浮かべた二人がこっちを見ていた。

 

「だって……ねぇ?」

「さっきまで重い空気でしたのにもう二人だけの世界に入っておられたので、お邪魔してはいけないと思いまして」

「……あぅ…………」

「……絶対それだけじゃないですよね、二人とも……」

 

 まったく、神楽さんだけじゃなくて静寐さんまで……。

 ……勘弁してほしいな。

 

 

 ――――――リーヤは気付いていない。そう思ってはいるものの、表情(かお)は笑顔になっている事に。

 その事に気付かないまま、和気藹々と過ごすリーヤ。そこにいるのは『エルトリア社のカテドラール』ではなく、『リーヤ』という一人の学生だった。




大変長くなってしまいましたが、次回から鈴編に入ります。
更識姉妹とこの時点で関わったからなのかまさかここまで長くなろうとは……。

次話では鈴が転入してくるところまで時間を進め、装備の受け取りや楯無とエルトリア社の橋渡しはダイジェストにしようと思っています。
(要望次第では書くかもしれませんが)


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Pagina XVI  騒ぎの足音

つかの間の平穏。
しかし、イレギュラー達のそれは足早に去っていく。

中華娘の登場です。


 クラス代表が決まって一週間。四月も半ばとなり学園での生活にも少しずつではあるが慣れてきた。

 ……この一週間は代表を決める時ほどではないがそれなりに忙しかった。情報部門統括(義父さん)と更識会長の交渉に始まり、ルシフェリオンの交換のため日本支部に来てもらった本社の人への引き渡しと中々落ち着ける時がなかった。なので結局更識会長には簪さんとの事を訊けないでいる。(生徒会に行くと結構な量の書類が待っているのもあるが)

 が、それもようやく区切りがついた。公的な仕事が一段落したから個人的な事に手を付けられる。……余計なお世話になりかねない、と判ってはいるが。

 

「では、これからISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、カテドラール。実際に飛んでみろ」

 

 ――――――と、今は授業中。二人と一緒に織斑先生に指名されたので意識を切り替えて『ストレガ』を展開する。

 オレとオルコットさんは即展開したが織斑さんは上手くいかないようだった。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者なら展開(オープン)まで一秒とかからんぞ」

 

 ……いや、織斑先生、素人に近い彼にそれは無理でしょう。展開する為のイメージすらまだ掴めていないでしょうし。

 そこから数秒して織斑さんもISを展開する。オレもオルコットさんも織斑さんが展開したので即飛べるよう態勢を整える。

 

「よし、飛べ」

 

 そうしてオレ達は空へと飛翔する。上がる速度はオレ、オルコットさん、遅れて織斑さんの順だ。ストレガは突出した速度なので加減をしたのだがそれでも速かったみたいだ。

 

「遅いぞ織斑。白式のスペック上の出力はブルー・ティアーズよりは上だぞ」

 

 ふらつきながら飛ぶ織斑さんに織斑先生の注意が飛ぶ。……おかしいな、試合の時の方がよっぽど動きがよかったが……。

 

「授業じゃ『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』って言われたけど全然イメージ沸かねぇ……」

「一夏さん、イメージは所詮イメージなのですから自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ?」

「そう言われてもなぁ……そもそもこうやって飛ぶ感覚自体まだあやふやなんだよ。なんで浮いてんだ、これ」

 

 一足先に予定高度に着いたオレは、開放回線(オープンチャンネル)で話している二人の会話を聞きながら待っていた。

 

「はぁー、やっと着いた。リーヤもセシリアみたいにちょっとぐらい待っててくれてもよくないか?」

「……これでも出力は絞りましたし、わざわざ三人一緒に上がる必要はないでしょう?」

 

 というか急上昇は急下降と一緒に昨日の授業でやった内容なのに、放課後アリーナで練習しなかったんだろうか? 折角専用機を与えられて、アリーナの使用申請だけで練習出来るのに勿体ない。

 

「そうかもしれねぇけど……そうだ、さっきセシリアとも話してたんだけど、お前はISで飛ぶのってどんなイメージでやってるんだ?」

 

 相変わらず織斑さんはフレンドリーに話しかけてくるけど……まぁ、実害は(今のところ)ないからいいか。変に避けると余計に話しかけてきそうだし。

 

「自分はドラーネ……(ドラゴン)が飛ぶイメージですね。一番イメージとして掴みやすいので」

「……実在のものではなくどうして架空の生物であるドラゴンを?」

 

 オルコットさんの質問はもっともだ。イメージの容易さでいえば鳥等の翼を持つ生物の方がしやすい。

 なのだが――――――

 

「空想の生物ならどんな動きをするのか自分のイメージで固められますから。――――――だからどんな動きをするのかを自分の好きなようにイメージ出来ます」

「あ、それいいじゃねぇか」

 

 簡単に言う織斑さんだがこれはそう簡単じゃない。なぜなら――――――

 

「一夏さん、それはやめておいた方がいいですわ。リーヤさんは簡単そうに言っていますが、それをするなら動き方の全てを()()()()()イメージしておかなければなりません。それは簡単にできることではありませんわ」

 

 オルコットさんの言う通りこの方法はどんな動きをするのか、それを一から十まで全て自分のイメージで固めなければならない。そんな事をするより自分が飛ぶイメージをつかんだ方が早い。

 ……オレの場合は急機動をするのに上手くいかず、このやり方を勧められ自分に合っていたからしているのだが。

 

「げ、そうなのか。ならセシリア、今度また放課後に――――――」

「一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りてこいっ‼」

 

 いきなり通信で篠ノ之さんの声が入る。見てみると山田先生のインカムを奪い取っていた。

 ……いや何をやってるのか、篠ノ之さんは……。

 

「三人とも、次は急降下からの完全停止をやってみせろ。停止位置は地表から10センチだ」

 

 10センチか……。少し攻め気味で降りるか。

 

「ではお先に行かせてもらいます」

「あ、おい」

 

 織斑さんが何か言おうとしたようだが無視して降下する。風を切りながら降下していき、目標の高さの辺りで身体を反転、停止させる。

 結果は――――――

 

「……地表から8センチか。悪くはないがもう少し安全圏を取れ」

「判りました」

 

 目標を少しオーバーしての停止。少し攻め過ぎたか。

 オルコットさんも降下してきたが彼女はぴったり10センチの位置で停止。……流石だ。

 残る織斑さんは――――――オレやオルコットさんより遥かに速いスピードで降下してきている。……アレ、間違いなく墜落コースだ。

 そして――――――

 

 ―――ドゴォォォンッ!―――

 

 豪快な音と共に彼が墜落。大量の砂塵が舞ったのでスラスターで風を生み、織斑さん(爆心地)へ押し戻す。彼には悪いが、自分の失敗は文字通り自分で被ってもらおう。

 

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

「……すみません」

 

 いや、本当にそうだ。減速せず地面に墜ちてきたからあれじゃ急降下ではなく爆撃(爆弾は彼本人だが)だ。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 一応、練習はしてたのか。……モノにはなっていないみたいだが。

 

 ――――――リーヤは知らないが、箒の教え方というのは『上がる時はこう、ずばーっといき降りる時はぐんっといって、くいっという感じだ』という擬音のみで形だけの教えだったりする。

 

「まぁいい。織斑、そのまま武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」

「は、はぁ」

「返事は『はい』、だ」

「は、はいっ!」

「よし、ではやれ」

 

 織斑先生に言われ、突き出した右腕を左手で握りしめて織斑さんが武装を展開する。……展開まで約4秒といったところか。

 

「遅い。0.5秒で出せるようになれ」

 

 容赦ないダメ出し。確実に出せるだけ上出来のような気もするが。

 

「オルコット、武装を展開しろ」

「はい」

 

 左手を肩の高さまで上げ、真横に突き出す。――――――瞬間、圧倒的な光量と共にオルコットさんの左手には狙撃用エネルギーライフルが握られていた。

 ……やっぱり早い。しかもオルコットさんが視線を送るだけでセーフティも解除。ここまでで1秒もかかっていない。

 

「さすが代表候補生だな。――――――だが、そのポーズは直せ。横ではなく正面に銃身を展開できるようにしろ」

「で。ですがこれはわたくしのイメージをまとめるのに必要な――――――」

「直せ。――――――いいな?」

「……はい」

 

 ……オルコットさんにもか。これは、オレもなんらかの指摘がありそうだな。

 

「オルコット、次は近接用の武装を展開しろ」

「は、はい」

 

 ライフルを収め、近接用の装備を展開しようとするオルコットさんだが……何故か出てこない。

 ――――――正確には粒子がカタチを結ばず、空中で彷徨っている。

 まさか……。

 

「くっ……」

「……まだか?」

「す、すぐです。――――――ああ、もうっ! 『インターセプター』!」

 

 中々展開しない事に焦れたのか、オルコットさんは名前を呼び出(コール)して展開する。

 ……得意ではない間合い(レンジ)の装備とはいえ差が極端過ぎやしないだろうか。

 

「……何秒かけている。実戦の相手は待ってはくれんぞ」

「じ、実戦ではそこまで近づけさせません! ですから大丈夫ですわ!」

「ほう、初心者の織斑にそこまで踏み込まれ、カテドラールには距離を取ろうとするのを利用されたように見えたが?」

「そ、それは……」

「近接でも勝てるレベル、とまでは言わん。だが代表候補生なら最低限戦えるレベルにまでは鍛えておけ。……いいな?」

「はい……」

 

 アレを見ると両方使えるようになっていてよかったと心底思う。

 ……個人的にはどちらにせよ手早く出来るならイメージ展開に拘る必要はないと思う。そもそも実戦なら初見の相手が殆どだから武装の名を呼んだところで相手にはどんな装備が展開されるのか不明だし。

(ラファールや打鉄のように装備が広く知られているなら別だが)

 

「では最後にカテドラール。お前も展開しろ」

「……自分が使っている武装は今二つありますがどちらを?」

「メインに使っている方を展開しろ」

「判りました」

 

 右腕を下げ、槍を握るイメージで右手を軽く握り、粒子がルシフェリオンのカタチに沿って集まり展開する。

 ……時間的には0.8秒ぐらいか。

 

「ふむ……もう一つの方も展開してみろ。両手にだ」

「はい」

 

 ルシフェリオンを収納し、新たにヒラリオンを両手に展開する。両手、という違いはあるが展開の仕方とかかる時間はルシフェリオンとさほど違いは出ない。

 

「お前は展開する際に粒子が武装の形に集まって展開するな。オルコットのように一瞬で展開出来るようにするのと展開にかかる時間をもう少し縮めろ、いいな?」

「判りました」

 

 ……意外だ。織斑先生の事だからもっとキツい指摘が来るかと――――――

 ―――あイタッ⁉

 

「貴様、今余計な事を考えていただろう」

 

 ……なぜ判ったのか。アレ、対織斑さん用じゃなかったのか……。

 

「もう一度受けたいならしてやるぞ」

「いえ、大丈夫ですっ!」

 

 織斑さんじゃあるまいし好き好んで受けたくはない。織斑先生の前では余計な事は考えないようにしよう……。

 

「時間だな、授業はここまでだ。織斑、グラウンドはきちんと片付けておけ」

 

 これで今日の授業は全て終わり。やはり授業が全部終わったら開放感がある。

 

「なぁリーヤ。この穴埋めるの手伝ってくれよ」

 

 ……来たよ、折角の気分をぶち壊してくれるのが。

 

「お断りします。グラウンドに穴を開けたのは織斑さんの失敗でしょう。自分の失敗の後始末は自分でするべきと思いますが?」

「そんなつれないこと言うなよ。男同士なんだから手伝ってくれてもいいだろ?」

 

 ……まだそんな事を言うのか。友達になるのに女も男も関係ないと思うし、気兼ねなくいられるかはその人を信頼出来るかどうかだろう。

 

「……何度言われても返事は変わりません。後始末を手伝う気はありませんよ」

「あ、おい待てよリーヤ!」

 

 織斑さんの言葉を無視して更衣室に向け歩きだす。……これで少しは話しかけてくるのを控えてくれるといいのだが。

 

 

 

† † †

 

 

 

 放課後、更識会長に簪さんとの事を訊こうと思い生徒会室に行ったのだが――――――

 

「お嬢様なら今日はいません。……用事という名のサボりなので今日は仕事をする必要はありませんよ」

 

 ――――――と布仏先輩に言われ、時間が空いてしまった。……会長が堂々とサボるとかいいのだろうか。

 

「ねぇちょっとっ! あなたここの生徒よねっ!」

「はい?」

 

 渡り廊下を歩いていると唐突に呼ばれ、一応周りを見るもここにはオレしかいない。……面倒ごとじゃないよな?

 

「なんでしょうか?」

 

 振り返った先には、ツインテールの快活そうな女の子が立っていた。小柄な身体とどこか野性味を感じる雰囲気もあってヤマネコや小さな虎のような印象の娘だ。

 

「えっと……あたし、今日からこの学園に転入するんだけど……この本校舎一階総合事務受付ってどこなのかわかんなくて。どう行けばいいのか教えてほしいんだけど……」

 

 転入生? まだ一月も経っていないのに?

 ……所属している国の思惑が透けて見えるけど本社からも更識会長からも特になかった、という事は(今のところ)彼女は問題ないんだろう。

 ま、それを抜きにしても案内程度なら断る事もないか。

 

「いいですよ。総合事務受付でしたね?」

「ほんとっ!? いやー助かったわ。ここって案内板みたいなのもないし似たような建物ばっかで渡された地図見てもわかんなかったのよ」

 

 そう言って彼女はポケットから地図を取り出すもかなりグシャグシャになっていた。これだと地図自体も見にくいだろう。

 

「地図がそんなだと余計判りにくいと思うんですが?」

「う……それを言われるとなにも言えないわね……。まぁでも少し迷ったけどこうして案内してくれる人に会えたから結果オーライじゃない?」

 

 いや、迷ってる自覚あったんですか。

 

「と、そういや名前聞いてなかったわね。あたしは凰 鈴音。中国の代表候補生よ。そっちは?」

「リーヤ・カテドラールです。イタリアのエルトリア社に所属しています」

「えっ!? アンタが二人目っていう男のIS操縦者っ!?」

「ええ、そうです」

 

 織斑さん(一人目)と違って国と社の方針でオレは名前以外を公開していない。だから国外のIS関係者はおろか、国内でもオレの顔はあまり知られていない。わざわざ公表するメリットはないし、余計な面倒を呼びたくはない。

 

「……男でそんな美人なんてなんか負けた気がするわ……」

「…………」

 

 何度言われてもその手の言葉には慣れないな。……慣れたらそれはそれで問題だけど。

 

「ところで、さ。……アンタ織斑一夏って知って――――――」

 

 そう言いかけた凰さんの言葉が唐突にきれる。がその理由はすぐに判った。

 ――――――その本人が篠ノ之さんとオルコットさんと一緒にアリーナから出てくるのが見えたからだ。

 

「……ねぇ、リーヤ。アンタ一夏と一緒にいる二人って誰か知ってる?」

「ええ、自分と彼のクラスメイトですよ?」

「……そうなんだ」

 

 そう言って三人の方を見る凰さんの表情(かお)は険しい。さっきまでころころ変わっていた表情が抜け落ちたみたいだ。

 

「凰さん? 彼に用があるならここで待っていますよ?」

「……いいわ。明日自分から会いに行くから。受付ってここから近いの?」

「すぐそこです。あそこの校舎に入ってすぐ左ですね」

「そ、ならここでいいわ。案内してくれてありがと」

 

 そう言って早足で向かって行く凰さんとは対照的にオレの足は大変止まったままだ。

 

「面倒事……にならないければいいんだけど」

 

 困った事にこの手の望みは叶った試しがない。口ではそう言うものの、内心では面倒事になるな、という得たくもない確信があった。

 

 

 ――――――そして、その確信は当たる事になる。だがその面倒事に自分から首を突っ込む事になるとは、この時のリーヤは考えもしなかったのだが。

 




図らずも彼女は、一人目と二人目双方と知り合う。
そしてそれは、後に起こる事の種火となる。


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Pagina XVII クエスチョン・チャイニーズ

信じたい言葉と主観を排して伝えようとする言葉。
あなたが信じるのはどちらの言葉?


「ねぇ、リーヤくん。転入生が来るって話知ってる?」

 

 凰さんと会った翌日、いつもの四人で朝食を食べていると鷹月さんが(おそらく)凰さんの事について訊いてきた。……噂になるの早いな。

 

「知ってますよ。ついで言うと昨日会いました」

「えっ! ウソっ!?」

「あら」

「……詳しく」

 

 三者三様の反応で食いついてくる三人。心なしか目が怖い気がするのは気のせいなんだろうか?

 

「昨日の放課後に会ったんですよ。道に迷ってたので案内しただけですけど」

「……それだけなの?」

「それだけですけど?」

 

 念押しするように訊いてくる鷹月さんだけど、何かするようなヤツだと思われてたんだろうか。

 

「……言っておきますけど初対面の娘を口説いたりする程見境いなしじゃないですよ、自分は。むしろこの容姿ですからそんな事してもそういう趣味の人以外からは引かれると思いますけど」

「……リーヤ。ここ……そういう趣味の人結構いる、よ?……」

 

 少なからず、じゃなくて結構なのか。……イタリアにもいたし仕方のない事か。

 

「それはそうとリーヤさん、どんな娘でしたの?」

「確か……中国の代表候補生で、なんというか小型のネコ科動物みたいな人でしたね。猫、じゃなくてネコ科というところで察してくれると助かります」

「あ、もしかしてライオンとか虎とかそんな感じ?」

「……それ、猛獣……」

「…………」

 

 人が折角ぼかしていたのにそれ言うかな、この二人は。

 

「ただ織斑さんに用がありそうだったので自分に関わってくる事は少ないでしょうね」

「あら、わかりませんわよ? 意外にリーヤさんに興味を持ってるかもしれませんわ?」

「……うわぁ、相変わらず神楽すごくイイ笑顔」

 

 静寐さんの言う通り、こういう時(主にオレや静寐さんにちょっかいを出す時)の神楽さんは実に楽しそうだ。

 ……オレとしては非常に不本意だが。

 

「……それでリーヤ。リーヤ自身はその娘のこと……どう思ってるの?」

「どうって言われても……特になにも、としか言いようがないですよ? 案内した時に少し話した程度でしたから。強いて言うならいい意味で裏表がなさそう、ぐらいですかね」

 

 本当に少ししか話さなかったけどそう外れてはいないと思う。……なんとなく、としか言いようがないのがアレだけど。

 

 

 ――――――そして、その印象はあまり外れていなかった。SHRが始まる前に彼女が一組の教室に来て(おそらく)考えていたであろう登場をしたのだが、織斑さんと織斑先生のやり取りであっという間に地(と思う)を出していた。

 ……それにしても自分のクラスの生徒じゃない娘を叩いていいのだろうか、織斑先生は。

 

 

 

† † †

 

 

 

 ――――――昼休み。いつものように四人で集まって昼食を食べていると意外な人がテーブルにやって来た。

 

「探したわよ、リーヤっ!」

 

 ……ご飯じゃなくデザートの杏仁豆腐だけ持って。

 

「凰さん? よくここが判りましたね。ここ、入り口からは死角になっている筈ですが?」

「ええ、探すのに苦労したわよ? 一夏は割とすぐ見つかったけどアンタは全然わからなかったし。それで食べ終わって出口の方に行ったら、ここで食べてるのが見えたからこっちに来たのよ。さすがになにも持たずに来るのは気が引けるからこれだけ持ってきたけど……一緒に食べていい? 少しの間だけだから」

「自分はいいですけど……みんなはどうです?」

「「いいよ(ですわ)」」

「……大丈夫」

「というわけで凰さん、どうぞ」

「それじゃ、失礼するわね」

 

 元々六人ぐらい座れそうなテーブルなので凰さんが座っても特に狭いということはない。こういう時は備品にお金がかけられているのはありがたいと思う。

 

「さてリーヤ。あんまり時間ないからストレートに訊くけど……アンタ、一夏となにやったの?」

 

 ……本当に彼女はストレートに訊いてくる。オレと織斑さんの間に何があったのかなんて彼と一緒にいたなら聞いただろうに。

 

「……凰さん、さっきまで織斑さんと一緒に食べてたんですよね? それなら何があったか彼の方から聞いているんじゃないですか?」

「聞いたわよ? ただなんていうか一夏の話じゃ冷たいだの男らしくないだのばっかりでさ。イマイチわからないからリーヤにも訊きに来たのよ」

 

 人がいないところでそんな事を言っているのか、彼は。……実際そうだから特に訂正する気もないけど――――――

 

「……リーヤには男らしくないとか言って自分は陰口を言うんだ。……リーヤは隠すことなく言ったのに」

「そうですわね。私からしてみれば彼の方が女々しいと思いますわ」

「……同感」

 

 ――――――この三人にとっては違ったみたいだ。

 

「へぇ? 詳しく聞いてもいい? ええっと……」

「そういえば私達はまだ自己紹介していませんでしたね。彼のクラスメイトの四十院 神楽です」

「わたしもリーヤと同じクラスの鷹月 静寐。で、この娘が――――――」

「……4組の更識 簪。……リーヤのルームメイト……」

「知ってるかもしれないけどあたしは凰 鈴音。2組のクラス代表で中国の代表候補生よ。――――――で、続き聞いてもいい?」

「ええ、実は――――――」

 

 

 四人が自己紹介をしたところで事の始まりとなったクラス代表の推薦、そして代表を決める為に行った試合について凰さんに説明する。

 発端となった代表推薦の時は呆れたような顔で聞いていたが、オレと織斑さんが試合前をした時のくだりになると目に見えてオレを見る目が険しくなってきた。

 

(当然と言えば当然か。勝つ為に彼の性格を利用したんだから、友人である彼女からしてみたら面白くはないだろうな)

 

 が、話終えて真っ先に口を開いたのは凰さんではなく静寐さんだった。

 

「……ねぇリーヤくん。なんで肝心なところを言わないの?」

 

 あー、やっぱりそれ言ってくるか。

 

「……? 静寐……だったわね。それ、どういう意味?」

「だってリーヤくんは試合までの間放課後はずっとアリーナで訓練してたし、そもそもリーヤくんが織斑くんに距離を置こうとしてるのだって、織斑くんが自分でリーヤくんのことを認めないとか言ったからなんだよ? なのに自分に都合のいい時だけリーヤくんに頼ろうとして――――――」

「静寐さんっ!」

 

 ヒートアップしていく静寐さんを止めるも時すでに遅し。その言葉をオレは否定できないし、神楽さんと簪さんもその気はないみたいだ。

 

「ちょっと。それ本当?」

「……それに関しては自分からはなにも。」

 

 静寐さんの言葉を聞いた凰さんの言葉にオレはそう返すしかない。こちら側からしたら静寐さんの言った事が事実なのだから。

 

「……色々とありがと。いきなり押しかけて悪かったわね」

 

 そう言って凰さんは席を立って行った。……心なしか気落ちして見えたのはオレの気のせいなんだろうか。

 

「それでリーヤさん? 静寐が彼女に言った事をどうして黙っていたんですの? 確かにリーヤさんの説明に嘘はありません。けど、本当のことも言っていませんでした。……どうして自分が悪く見えるような言い方をしたんですか?」

「……彼女は元々織斑さんと親しいようでしたからあまり織斑さんが悪い、という言い方はしたくなかったんです。久しぶりに会った友人が悪く言われるのは皆も嫌でしょう?」

「それは……そうだけど」

 

 だからこそ、あまり言いたくはなかった。確かにオレは織斑さんにいい印象は持っていない。……だからといって、久しぶりに彼と会う人にそれを吹き込んでいい理由にはならないだろう。

 

「それに、彼女は織斑さんの話だけじゃ判らないから自分にも話を訊きに来てくれたんです。――――――なら、どう取るかは凰さん自身が決める事です。自分がアレコレ言うべきじゃないでしょう」

「……だから……言わなかったの? ……彼女が織斑くんの味方をするかもしれないのに?」

 

 するかも、どころか彼の味方になる率の方が高いだろう。元々凰さんは織斑さんの友人なんだし。

 

「それに自分の場合打算もありましたしね」

「打算って?」

「友人の悪口を聞かされていい印象を持つ人はいないでしょう? なので自分が織斑さんをどう思っているかは黙っていたんです。その方が少しはいい印象になるでしょう?」

「うわ、なんていうか悪党みたい」

 

 いくらなんでも悪党はひどいと思う。嘘は言ってないんだし。

 

「どのみち決めるのは凰さんです。この先自分の事をどう見るかは彼女次第ですから」

 

 そしてこの後、授業の合間でも凰さんをオレ達が見る事はなかった。……もっとも、鈴音も含め、リーヤ達は意外なカタチで会う事になるのだが。

 




彼女は迷う。一体どちらの言葉が正しいのか。
……二人目が自身ではなく、傍で見てきた娘が感情的になったが故に。


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Pagina XVIII 魔女の秘密(デュノア社への撒き餌)

デュノア社への布石としてエルトリア社は魔女の真価を明かす。


大変お待たせしました。
難産だった割に話はあまり(原作的には)進みません。


 夕方。IS学園の生徒会室にはオレの他にこの部屋の主とも言える更識会長、そして布仏先輩と布仏さん姉妹と生徒会の役員が揃っていた。

 というのもエルトリア社からデュノア社の動きに関する調査である程度の結果が出たので、調査内容をオレと更識家側に開示するという連絡があったからだ。

 この場にいる全員が参加出来るよう、端末をスピーカーとスクリーンに繋いで連絡が来るのを待っていた。

 

「それにしても仕事が早いわね、エルトリア社は。あれからまだ十日ぐらいしか経ってないのに」

「十日もあれば十分調べられる範囲ですよ、デュノア社ならば」

 

 元々デュノア社には情報部門(こちら)の人間がそれなりに潜っている。というのもデュノア社はラファールのおかげで量産機のシェアこそ世界三位なのだが、言ってしまえばそれだけだ。次世代となる第三世代機の開発は相当遅れているので欧州の統合防衛計画である『イグニッション・プラン』から外されている。企業として追い込まれているデュノア社の動向を探るのは防諜面からもだが、場合によってはこちらから仕掛ける事もあり得る。

 そして今回デュノア社に動きがあった以上、調査にあてる人員を増やすのは当然とも言える。

 

「流石はエルトリア社の情報部門ね。ヨーロッパの大企業はみんな調査対象、ということかしら?」

「そこはまぁ、ご想像にお任せします」

 

 更識会長の言葉通り、ヨーロッパの大企業――――――特にIS関連の企業には何か動きがあればすぐに調査が出来るようにしている。(今はデュノア社の調査が優先となっているのですぐには人を割けないと思うが)

 ……欧州は昔から権謀術数が渦巻く地なので情報の早さと精度は文字通り生命線になるのだ。

 

「え~。りーやん、そんなこと言わずに教えてよ~」

「本音、カテドラール君を困らせるようなことを言ってはいけません」

 

 布仏さんが不満そうに言ってくるけど仕方がない。いくら手を結んでいるとはいえ言える事と言えない事がある。だから布仏先輩が窘めてくれるのは正直非常に助かる。

 

「そもそも自分が連絡を取れる人は限られていますからね。同じ情報部門の人でも連絡を取り合わない人達の事は知らないんですよ」

「あら、そうなの?」

「知らない、に勝る機密保持はありませんから」

 

 万が一身体に訊かれる、という尋問を受けさせられても知らなければ喋りようがない。だから情報部門の人間を全員把握しているのは統括(義父さん)だけ。オレも含めて情報部門の人間は基本的に特定の相手以外とは連絡をしないものなのだ。

 

「徹底してるわねぇ……。日本政府も情報にそれぐらいの危機感を持ってくれればいいんだけど」

「更識会長には悪いですが無理でしょう。言い方は悪いですが日本は平和ボケが過ぎました。自分達欧州の人間から見たら日本の政治家は外への危機感がなさ過ぎます」

 

 自分達のように笑顔で握手しながら、もう片方の手に毒塗りの短剣を隠し持つような外交というのもアレだが。

 そんなやり取りをしている内に義父さんからの連絡が入り、通話と同時にスピーカーとスクリーンがオンになる。

 

「……どうやら待たせてしまったようだな。予定時刻丁度だと思ったが……?」

「気になさらないでください。デュノア社の情報となれば私達にとっても重要ですから」

 

 今回は情報部門の人間として同席しているので余計な口は挟まない。自分が口を開くのは確認等だけでいいだろう。

 

「初めまして、と言うべきか。エルトリア社情報部門統括、ベルゼー・カテドラールだ」

「私はIS学園生徒会長を務めています更識 楯無と申します。本日はこちらからの会談に応じてくださってありがとうございます」

 

 更識会長のきちんとした挨拶を見るのはもしかすると初めてかもしれない。

 ……普段もこの一割でいいから真面目に仕事をしてほしいものである。

 

「では単刀直入にデュノア社が行おうとしている事を伝えよう。……代表候補生を一人、男子としてIS学園に送り込むつもりのようだ」

「「「「え?」」」」

 

 いや、待った。デュノア社は本当にそんな事が成功すると思っているのか?

 

「デュノア社は本気でそれをすると? 代表候補生という事はフランス政府も噛んでいますよね。……これが表に出たらデュノア社とフランス、双方に小さくないダメージが出ると思うのですが?」

「間違いなくしてくる。向こうもそれは承知していると思うが、それよりも男子として送り込むメリットの方が高いと判断したんだろう」

 

 メリット、ね。わざわざ男子として送り込むメリットなんて一つしかないな。

 

「デュノア社の狙いは……ここにいるリーヤくんと一夏くんですね?」

「その通りだ、デュノア社の狙いは今IS学園にいる男性操縦者の本人とISのデータと思われる。デュノア社にとっては両方とも起死回生となり得るものだからな」

 

 更識会長の言葉を義父さんは肯定する。確かに自分達は男性操縦者という希少性に加え、IS自体も特徴的だ。

 オレのストレガはカートリッジ・システムで高火力と継戦能力を両立してるし、織斑さんの白式は一次移行(ファースト・シフト)からもう単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を使用可能という機体だ。デュノア社としては最悪機体データだけでも手に入れたいんだろう。

 

「今デュノアは国からの支援を大きく削られていて、次回のトライアルで落ちたらISの開発許可も取り上げられるそうだ。……予算を削っているにも関わらずトライアルに受かれ、というのも無茶な話だがな」

「そこまで追い込まれているんですか、デュノア社は?」

 

 正直、そこまで追い込まれているとは思わなかった。それなら確かに性別を偽って送り込もうというのも頷ける。

 ……もっとも、送り込む前からこうして露見しているから失敗は目に見えているが。

 

「そこで、だ。IS部門統括であるアリアロド統括と協議してストレガの本社仕様にしか積まれていないシステムをエサにする事になった。本社仕様のストレガにのみ搭載されているクロスリンク・システムによるカートリッジ・システム本来の運用法をな。学園側には現状、ミス・更識をはじめとしたここにいる人達にのみ公開する」

 

 ……とうとうあのシステムを一部とはいえ外に公開するのか。

 確かにエサとしてクロスリンク・システムは申し分ない。このシステムは第二世代機でも第三世代機への勝算があるからだ。

 

「カテドラール統括? ……そのクロスリンク・システムというものについて説明をしてもらっていいですか? デュノアに対するキーのようですけど私達はそれがどんなものなのかがわからないので」

「あぁ、すまない。ではクロスリンク・システムがどんなものなのかを説明しよう。まず大前提としてカートリッジ・システムがどんなものかはご存知か?」

「えぇ、弾丸状のカートリッジにエネルギーを充填してシールドエネルギーを消費せずに火力を出せるシステムでしたね?]

 

 更識会長の予想は大体合っているけど、それはカートリッジ・システム単体でみた場合。クロスリンク・システムを積んだストレガの強みはそれだけじゃない。

 

「その通りだ。そしてクロスリンク・システムはカートリッジでチャージしたエネルギーを()()()()()()ものだ」

「「えっ⁉」」

 

 更識会長と布仏先輩の驚きの声が重なるけど当然か。ISの戦術を根底から変えかねないシステムだし。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!? チャージしたエネルギーを機体側に廻すなんて、それじゃ――――――」

「そちらの考えている通りだ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)重装加速(フラクタル・ブースト)といった機動でもストレガは機体のシールドエネルギーを消費せずに行える。……その気になればストレガがシールドエネルギーを使うのは被弾した時のみ、というわけだ」

「なんて破格な……」

 

 そう、クロスリンク・システムの積んだストレガの強みはまさにそこにある。通常高機動・高火力の機体は総じて燃費が悪い為短期戦を強いられる事が多い。だが、ストレガは高機動・高火力と継戦能力を両立している。カートリッジを籠めたマガジンも拡張領域をさほど喰わないから実質使い放題だ。

 ……下手に公開すると公式試合や大会で使用制限される可能性が高いからこれまで秘匿してきた、と聞いていたけど。

 

「……話を戻させてもらうが、デュノア社には本社仕様のストレガにはこのクロスリンク・システムが積まれている事を掴ませる。現在国外で稼働しているのはお前のものだけというのもな」

 

 しかし、そこに布仏先輩からの質問が入る。

 

「少しよろしいでしょうか? いくらデュノア社が切羽詰まっているとはいえ、意図的にリークした情報に釣られるでしょうか?」

「いや、こちらからリークはしない。正確にはデュノア社はこちらの仕掛けだと気付かずにこの情報を掴む」

「それは、どういうことですか……?」

「こちらの手の者がデュノア社とフランス政府と繋がっている人間を誘導する。向こうに自力で手に入れたと思わせるわけだ」

「相手が仕掛けてくることを逆に利用する、ということですか」

「そうだ。向こうも苦労して開けた金庫の中身が罠だとは思わんだろう。加えて、情報自体も嘘ではなく事実だからな」

 

このやり方の要点は情報自体は本物、というところだろう。加えてアクションを起こす向こうだから場合によってはそれ自体交渉材料に成り得る。

 

「……ずいぶんと手の込んだ方法をするですね。エルトリア社がそこまでする理由は一体なんなんです……?」

「情報を向こうに掴ませてその転入生に手を出させる、ですか?」

「流石だな、リーヤ。こちらとしては転入生の性別偽装とスパイ行為をデュノア社への交渉カードとしたい。……そこでIS学園側にはこの一件、我々がコトを済ませるまで手出しをしないでいただきたい」

「「なっ!?」」

 

 IS学園側に手を出すな、とは思い切った決定だ。それだけデュノア社への交渉カードは大きいという事か。

 

「……IS学園は外部からの介入は認めていません。なのでそれは――――――」

「勘違いしないでいただきたい。我々は介入するのではなくそちらに()()()()()()よう言っているのであり、我々自身が動くのはデュノア社に対してとなる。……こちらとしては今後デュノア社がおかしな真似をしないよう釘を刺しておきたい。IS学園としても余計な仕事をせずに済むが……どうする?」

「……っ」

 

 流石義父さん……いや統括と言うべきか。エルトリア社が手を出すのはあくまでデュノア社であり、IS学園ではない。加えて学園側としてもこの一件に関して労力を使わなくて済む。(更識会長から聞いたがIS学園の教師は未だに人手不足らしい)

 だから――――――

 

「……わかりました。この一件に関してこちらは手を出しません」

 

 ――――――この条件を呑まざるを得なくなる。

 

「ただし条件として、その代表候補生が何らかの形で問題を起こした場合はその限りではありません。……学園の人間として問題を起こした生徒になにもしない、ということはできませんから」

「……いいだろう。ではその代表候補生が問題を起こさない限り学園側には手を出さないでいてもらう」

 

 更識会長が条件を捻じ込んだものの、学園側に手出ししないという確約を得られたからだいぶやりやすくなる。代表候補生個人の情報も転入してくる頃には判っているだろうし、この一件に関してはオレが出来る事は現状なさそうだ。

 

「この一件に関してこちらからは以上だが……追加してほしい調査等があれば請け負うが?」

「……転入してくる代表候補生個人について調べてもらうことはできますか?」

「可能だ。……というより既に調査している。こちらに関しては少しガードが固いのでな。少しばかり時間をもらう事になるが……」

「それで構いません。お願いします」

「ではこれで失礼する」

 

 そうして通話が切れると更識会長は重く息をはいた。

 

「はぁ……わかってはいたけど一筋縄じゃいかなかったわね。手強いわ」

「……言っておきますが自分はエルトリア社の人間ですから同意はしませんよ。むしろ代価を取られなかっただけサービスしてくれたと思いますし」

 

 今回の情報なら有料でもおかしくない内容だ。言い方は悪いがフランス政府とIS界では有名な企業、両者を纏めて揺さぶれるチャンスは滅多にない。

 ……そう考えると義父さん達は『学園の手を取らせない』という名目で、学園に利権が渡らないようにしたのかもしれない。

 

「ね~、りーやん。エルトリア社はデュノア社となんの交渉をするの~?」

「……本音の言う通り、それは気になりますね。エルトリア社の目的は一体……?」

「――――――さぁ? あぁ、そんな風に怖い顔をしないでください。これは本当に自分も知らないんです。自分は情報部門の人間としては手足に過ぎないので余分な情報は与えられていないんです」

「……家族だとしても教えないのね」

「暗部である更識会長達なら判るでしょう。情報漏れがどれほど大きな問題になるのかを」

 

 実際には必要なら開示されるので嘘は言っていないが本当の事も言っていない、というところだが。

 

「どのみちデュノア社に対して本格的に動くのは問題の代表候補生が来てからです。今の時点でこちらから出来る事はないでしょう」

 

 そしてここ最近捕まらなかった更識会長がここにいるのはオレにとっても都合がいい。事情を(おそらく)知っている布仏先輩達もいるなら尚更だ。

 

「自分からも一つ訊きたいですが……どうして会長は簪さんの事を避けているんです?」

「「「っ!!」」」

 

 オレの言葉に生徒会室の温度が一気に下がる。それだけこれは更識会長達にとって地雷といえる内容なんだろう。

 

「……リーヤ君。そのことは部外者が立ち入っていい内容では――――――」

「それは承知しています、布仏先輩。会長と簪さんにとってこの事が地雷(タブー)だっていう事は。……まだ短い付き合いですが会長と簪さんの態度を見ていれば判りますから」

「ではなぜ――――――」

「……副会長になって自室に戻るのが遅くなるのを誤魔化していくのはいずれ限界が来ます。今の簪さんは自分が会長の近くにいるのをよくは思ってくれないでしょう。……出来れば地雷を踏むのは避けたいんです」

 

 自分にとって数少ない友人ですから、と言うと更識会長は微妙そうな顔をした。

 ……まぁ、オレのような『真っ黒』な人間が大事な妹を友人に思っているなんていい気はしないだろう。

 

「そこでまぁ、更識会長に簪さんとの事を訊こうと思っていたんです。……なんとなくですが簪さんに訊いたら態度を硬くさせそうな気がして」

「……そうね。たぶんそうなるでしょうね」

 

 あの子は私を意識してるから、と呟く更識会長。そこにはいつもの飄々とした雰囲気等はなく、心なしか少し小さく見えた。

 

「……ねぇ~お嬢さま。私はりーやんに話してもいいと思う~」

「「「え(は)っ!?」」」

 

 布仏さんの突然の言葉に彼女以外(オレも含めて)から驚きの声が上がる。

 ……いや、本当に驚きだ。まさか布仏さんからそんな意見が出るとは。

 

「……本音、本気で言っているの?」

「だって~、私達がかんちゃんにお嬢さまとのことを言おうとしてもダメなんだもん~。だったらりーやんに手伝ってもらった方がいいと思う~」

「それは……」

 

 布仏先輩の反応を見るに、これまでもなんとかしようとしてきたんだろう。

 

「……いいわ、リーヤくん。簪ちゃんとのことを話してあげる」

「お嬢様っ!?」

 

 言い出したオレが言えた義理じゃないが、布仏先輩が驚くのも無理はないだろう。更識会長にとって弱味に成り得る事を外部……それも『裏』のある人間に話すことになるのだから。

 

「ただし私が話した事は簪ちゃんには言わないで。……意味がなくなるから」

 

 そうして更識会長は語りだす。過去に簪さんとなにがあったのかを。

 

「発端はだいぶ前……わたしが更識の跡を継ぐ時のことよ。自分で言うのもなんだけど私は小さい頃からいろんなことが上手くできたの。だからなんでしょうね、簪ちゃんじゃなくて私の方が更識の当主を継ぐことになったのは」

 

 独り言のように、けれどこの場にいる全員に聞こえるように言う更識会長。語られるその言葉には、部外者であるオレにも判るほど想いが載せられていた。

 

「更識の当主を継ぐ時に私は簪ちゃんのことが心配だった。私が原因で簪ちゃんが危ない目に遇うんじゃないかって。その時私は考えたの。……簪ちゃんを突き放すよう接すれば更識の家から離れて、家のことに巻き込むことはないんじゃないか、って」

「それは……」

 

 更識会長の言っていることは穴がある。確かに家の『仕事』からは離れられるだろう。が、()()()()には関係がない。巻き込まれる、という意味でなら大して変わらないだろう。

 

「リーヤくんの言いたいことはわかるわ。今思えば私の考えは浅はかだった。……少し考えればわかることなのにね」

「お嬢様……」

 

 布仏先輩の痛ましい声で更識会長の話が核心に近づいている事が判る。

 

「話を戻すけど、当時の私は簪ちゃんが私に引け目があるのを知ってた。それをわかった上で私は簪ちゃんに言ったの。『更識の家は私が継ぐからあなたは家のことには関わらなくていいわ』って」

 

 その言葉は、引け目を感じている人にトドメを刺すには十分過ぎる。簪さんを家から離すという意味では確かによかっただろうけど……

 

「更識会長、敢えて言わせてもらいますが……不器用過ぎませんか?」

「リーヤ君、お嬢様は不器用なのではなく簪お嬢様には“ヘタレ”なのです」

「二人ともヒドくないっ!?」

 

 意外だ。まさか布仏先輩からそういう言葉が出てくるとは。というか布仏先輩は更識会長の付き人、というか側近といえる人なのにそんなそんな事を言っていいんだろうか?

 

「けど、それで更識会長と簪さんがお互い変に意識してる理由が判りました。方法はアレでしたが更識会長は簪さんの事を思ってやったんですね」

「そうよ、今見たいに簪ちゃんから避けられるのはちょっと嫌だけど簪ちゃんが危ない目に遇うのはもっと嫌だもの。そのためなら私はどんな泥でもかぶるわ」

 

 たとえ簪ちゃんに嫌われてもね、と言い切る更識会長の言葉には簪さんへの想いが込められていた。

 ……『裏側』の人間ならそれは覚悟しておくべき事。が、更識会長はそれよりも『姉』である事を取ったのか。

 

「……能力があるから向いてるってわけじゃないか」

「ん~? りーやん~、なにか言った~?」

「いえ、なんでも。……更識会長、お話してくれてありがとうございます」

「お礼なんていいわよ。……私だってあなたを副会長にした時から訊かれるのは覚悟していたもの。……さっきも言ったけど、絶対に簪ちゃんに言っちゃダメよ?」

「ええ、判っています」

 

 ――――――確かにオレは()()つもりはない。けど更識会長達は気付いているんだろうか。

 今のオレの言葉には落とし穴があった事に――――――

 




色々詰めましたがメインはストレガの特性披露回

次話は原作的に進展します


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Pagina XIX 踏み出す一歩

少女は踏み出す
――――――その一歩に勇気を持って

大変遅くなりました
こちらの方も徐々にペースを戻していければと思います


「……凰さん? どうしたんですか、こんなところに」

「こんなところって……ここアンタの部屋でしょうが。まぁ、確かにあたしがここにいるのは変かもしれないけど」

 

 そう。部屋に戻るとそこには意外な来客がいたのだ。

 静寐さんと神楽さんがいるのはそんなに珍しくはない。が、昨日の今日知り合った凰さんが部屋に来ているのあまりに予想外だった。

 ……その凰さんの様子も昼に会った時に比べてどことなくおかしく見えるのは気のせいだろうか?

 

「……私達が呼んだの」

「え?」

「……私達が彼女を部屋に呼んだの。……見ていられなかった、から」

「見ていられなかった……?」

 

 彼女になにかあったみたいだけど……いいんだろうか、この場にオレがいても。

 

「……あー、実は私達リーヤくんが戻るのを待ってたんだ」

「自分を?」

「私達は彼女の事情を聞きましたが異性であるリーヤさんの考えも聞いた方がいいと思いまして」

「自分は大丈夫ですが……。凰さんはいいんですか? 」

 

 彼女からすればオレは部外者もいいところ。それなら織斑さんに言った方がいい気がするけど……

 

「ええ。戻ってくるまでの間簪達と話して決めたことだし。……アンタがこのことを一夏に言うっていうなら話は別だけど」

「しないですよ、そんな事は。……まぁ、織斑さんは自分にいい感情を持ってないでしょうからそもそも自分の話を聞くか怪しいところですけど」

 

 というか織斑さんが関係、それも言いたくない事なのか。

 ……本人にその気はないのかもしれないけどこうもトラブルを呼ぶなんてなにか持ってるのだろうか、彼は。

 

「ならいいわ。……その、あたし……一夏と約束をしてたんだ――――――」

 

 そうして凰さんは織斑さんとしていた約束を話してくれた。

 

 

† † †

 

 

 

 ――――――凰さんは一年前まで日本にいて、その時に織斑さんと『料理の腕が上がったら毎日酢豚を食べてくれる?』という約束をしていた。聞いた時はよく意味が判らなかったけど静寐さんから『日本のプロポーズの言葉を少しアレンジしたもの』と言われ、当時(今もだけど)の凰さんがどれだけ本気だったかが判る。

 それを織斑さんは『毎日酢豚をおごってくれる』と思っていたらしい。……子供の頃とはいえヒドい勘違いだ。それが原因で織斑さんと喧嘩して、部屋から飛び出したところで簪さん達が見つけた、というところか。

 

「なんというか……大変ですね。織斑さんって昔からそういう事に鈍感だったんですか?」

「そうなのよ。いつだったか女の子から『付き合って』って言われて『買い物に付き合う』って意味で聞いてたのよ、アイツ」

「「「「うわぁ……」」」」

 

 凰さんの言葉にオレだけでなく三人も開いた口が塞がらない。どこをどう解釈すればそんな発想になるんだろうか?

 

「……それ、普通に断るよりタチが悪いと思う……」

「ホントにね。アイツ、自分が気づいてないところでどれだけ女の子を振ったのかわかったもんじゃないわ」

「なら、凰さんはこれからどうするんです? このまま喧嘩別れする、ってわけでもないんでしょう?」

「そうね。取り敢えずあたしから歩み寄ってみるわ。たぶんだけど明日になっても一夏とはあたしが怒った理由わかんないだろうし」

 

 凰さんの言葉に思わず苦笑する。確かにそんな気もするけど言い切るあたり織斑さんの事をよく判っているんだろう。

 

「みんなありがと。聞いてもらったおかげで落ち込んでた気分が晴れたわ。特に簪、……その、声をかけてくれてありがとね」

「え……その、私、そんな大したこと……」

「簪からしたらそうかもしれないけどあたしにとっては大きなことだったのよ。簪が声をかけてくれなかったらまだ沈んでたわ」

 

 人によって受け取り方は異なる。簪さんにとっては些細なことだったかもしれない。けど凰さんにとっては決して些細な事じゃなかった。

 ……そもそも簪さんにとって自分から踏み出すのは些細な事じゃないだろうに。

 

「そうそう。こうして話すきっかけを作ったのは間違いなく簪だもん。簪はもう少し自分に自信を持っていいと思うよ?」

 

 こういう事をさらっと言えるのは静寐さんのいいところだと思う。何かの意図がある言葉じゃなくて何気ない言葉だからこそ相手に届く事もある。そういう言葉が自然に出てくるっていうのはオレには出来ない事だ。

 

「……その、頑張ってみる……」

 

 それは小さな、しかし彼女の『これから』に大きな変化をもたらす事になる始まり。

 引っ込み思案の彼女が踏み出した一歩だった。

 

 

 

† † †

 

 

 

「簪さん。自分も話があるんですけどいいですか?」

 

 凰さん達がそれぞれの部屋に戻ってから数分、オレは簪さんにとっての劇薬――――――生徒会室でしていた話を彼女に話すべく口を開いた。

 

「いいけど……なに?」

「……更識会長についてです」

 

 そう言った途端、簪さんの表情が曇る。……今までは避けていたけどやっぱり更識会長の事は簪さんにとって 地雷だったか。

 

「……単刀直入に訊きます。更識会長が貴女の事をどう思っているか。その本心を聞ける、と言ったらどうしますか?」

「…………え?」

 

 簪さんの返事を待たず、制服のポケットから生徒会室での話を録音しておいた端末を簪さんに見せる。部屋に戻る途中、きちんと録れているか確認したが問題はなく録音出来ていた。

 

「この中には楯無会長の本心が記録されています」

「お姉ちゃんの……」

「どうします? 聞くかどうかは簪さんにお任せしますけど」

 

 正直なところ簪さんが聞いてくれるかは判らない。けど簪さん自身も更識会長の事を積極的に嫌っているという風にはあまり見えなかった。

 ……実際、簪さんは端末を前に迷っている。本当に嫌っているならそもそも迷ったりはしないだろう。

 

「……もし自分がいると困るようなら少し外に出てきますよ?」

「……いいの?」

「それで簪さんの考えが定まるなら」

 

簪さんが自分の中での折り合いを付けられるならここは出るべきだろう。これに関しては、簪さんが自分一人で決めるべき事なのだから。

 

「30分ぐらいで戻ります。……出来ればその間に決めてくださいね?」

「うん……ありがとう」

 

 

 

 ――――――30分が経ち、部屋に戻ると簪さんの雰囲気に変化があった。

 迷いが消えた、と言えばいいのだろうか。さっきまでの簪さんとは明らかに違っていた。

 

「リーヤ、……その……ありがとう」

「……言っておきますけど自分は特に何かしたわけじゃありません。どうするかを決めたのは簪さん自身ですから、お礼を言われるような事じゃないですよ」

 

オレがしたのはきっかけに過ぎず、踏み出したのは簪さん自身だ。だからお礼の言葉を受け取るわけには――――――

 

「――――――私はずっとお姉ちゃんを避けてた。……でも……本当はわかってた。お姉ちゃんが私を家から遠ざけてたり、私に話しかけたりしてくれなかったのは私を『更識』のやってることから遠ざけるためだったんだって。……でも、私はずっと目を逸らしてた」

「…………」

 

 簪の言葉はリーヤに向けられていない。彼女の言葉は――――――彼女自身に向けられていた。

 

「気付いてても……認めたくなかった。私は自分の力でお姉ちゃんに認めてほしかったけど……そもそもそれは的外れだった」

 

 そう、楯無が簪の実力を認めれば『更識』の行っている事に巻き込む事になる。それは家の事から簪を遠ざけようとした楯無にとって許容出来ない事だった。

 

「……でも私はお姉ちゃんに並びたい。ううん、私はずっとお姉ちゃんを支えたかった。――――――だからお姉ちゃんに私の気持ちを伝えたい」

 

 それは簪の踏み出した一歩。そしてリーヤはそれを無下にする気等なかった。

 

「――――――判りました。自分に出来る事があるなら協力しますよ。……自分が焚き付けたようなものですし」

「……ありがとう、リーヤ」

 

 オレの返事に簪さんが嬉しそうに笑う。その笑みはこれまでオレが見た簪さんの笑みの中で一番眩く見えた。

 

「でもリーヤ。お姉ちゃんは私には言わないようって言ってたけど……いいの? 約束を破った事になるけど……」

「自分はあくまで会話の記録を聞きますか、と訊いただけで自分から話すとは一言も言ってません。だから言いつけを破ったわけじゃありませんよ?」

 

 言うまでもなく詭弁である。がこういった揚げ足取りは権謀術数渦巻く欧州の政府や企業にとっては割と普通の事だったりする。

 

「……あとで怒られるんじゃないの?」

「でしょうね。……まぁ簪さんと楯無会長が仲直りしてくれれば多分お咎めなしになると思うんですが」

 

 更識会長、簪さんに対して未練が凄くありそうだったし。文句は言われるだろうけど非難される事はないだろう。

(非難されたとしてももう遅いというのもあるのだが)

 どのみち、会話記録を簪さんが聞いた時点で賽は投げられた。誰にも邪魔されずに二人が会えるのはやはり生徒会室。問題は更識会長が居てくれるかだけど……本社(エルトリア)絡みの話があると言えばいてくれるだろう。

 

 

 

† † †

 

 

 

 翌日の放課後、オレは簪さんと一緒に生徒会室へ向かっていた。――――――理由は勿論簪さんと更識会長を引き合わせる為だ。

 

「……さて。簪さん、準備はいいですか?」

 

 今からする事の主役は彼女であってオレじゃない。だから簪さんが引き返すなら意味はなくなる。

 

「――――――大丈夫。自分の気持ちをお姉ちゃんに伝えるって、決めたから」

 

 一瞬だけ目を瞑り、覚悟を決めた簪さんにこれ以上訊く必要はないだろう。

 

「それじゃ、行きますよ。……失礼します」

「……失礼、します」

「……リーヤくん? どうして簪ちゃんが一緒にいるのかしら?」

 

 オレ達が生徒会室に入ると先に来ていた更識会長がこっちに向けて敵意を隠そうともせずに向けてくる。……いや、更識会長が敵意を向けているのはオレだけか。

 

「答えてリーヤくん。理由によっては許さないわよ」

 

 更識会長の言葉にはこれまでにない“重さ”があった。会長は理由によっては、と言っているがオレが簪さんを連れてきた理由は察しているんだろう。

 だからこれは問答ではなくただの確認。オレが答えたら会長は即行動に移るだろう。

 

「……自分が彼女を連れてきたのはそれが彼女の意志だからです」

 

 簪さんの意志という言葉に少しだけ更識会長の圧が緩むも『きっかけを作ったのは確かに自分ですが』と言うと途端に圧が戻る。

 ……簪さんから『どうして余計な事を言うの』と言わんばかりの視線を感じるけどそれは承知の上。オレがあの会話記録を簪さんに渡した以上、少なくともその責は負うべきだ。

 

「――――――お姉ちゃん」

 

 ――――――だが、その圧は簪が話しかけた事で霧散する。それは簪が話しかけたからなのか、それとも簪の言葉“なにか”を感じたのか。

 ……おそらくは後者だろう。

 

「……お姉ちゃん。私はずっとお姉ちゃんに敵わないから追いつけないって思ってた。お姉ちゃんはなんでもできるから……私なんかいらないじゃないかって」

「簪ちゃん……」

 

 楯無にとって簪の胸の内を聞くのは初めてだ。――――――そして、今楯無の胸にあるのは後悔だ。

 楯無は簪が家の事に関わらないようにしてきたし、例え自分が嫌われてもそれでいいと思っていた。

 ――――――だが、皮肉な事に楯無が簪を想ってやればやる程簪は劣等感を深めていっていた。

 

「……打鉄弐式を倉持技研から引き取ったのだって……お姉ちゃんに認めてほしかったから……。私は……他の誰よりも……お姉ちゃんに認めて……褒めて……ほしかった……」

 

 半ば涙交じりの簪の言葉は楯無の心に深く突き刺さる。楯無は自分が嫌われてもと思っていたが――――――簪がどんな気持ちで自分を嫌うか考えていただろうか。

 そう思った瞬間、楯無は心の赴くまま――――――簪を抱きしめていた。

 

「……おねえ、ちゃん……?」

「……ごめんね、簪ちゃん。……私、簪ちゃんがどんな気持ちでいたか……想像するだけで……知ろうとしなかった……」

「わ、私も……お姉ちゃんが私をどれだけ大事に思ってくれてたのか……わからなかった……」

 

 互いに謝りながら自分の気持ちを伝えあう楯無と簪。不器用なところが似ている姉妹は、お互いにあったわだかたまりが涙と共に流れていくのを確かに感じていた。

 

 

 

† † †

 

 

 

 お互いに伝えたい事を伝えた更識会長と簪さんは揃って顔を赤くしていた。……わだかたまりは解けたようだけど今はお互い気恥ずかしいんだろう。

 というのも――――――

 

「よかったねー、かんちゃん」

「私達もお二人が昔のように戻ってくれて嬉しいです」

 

 ――――――オレ以外にも布仏先輩達もいたからだ。(二人とも生徒会役員なので当然と言えば当然なのだが)

 

「……その虚ちゃんと本音ちゃんもごめんね? 私と簪ちゃんのこと……ずっと気にしてくれてたんでしょう?」

「気にしないでください。私達はお嬢様たちが仲直りしてくださって充分報われていますから」

「うんうん~。お嬢様と~、かんちゃんが昔みたいになってくれてなにより~」

 

 布仏先輩達はオレなんかよりもずっと二人の事を想ってきたのだろう。……その言葉にどれ程の想いが籠められているのかそれは彼女達にしか判らないだろう。

 

(……席を外すか)

 

 感動的なムードに居辛さを感じてこっそりと生徒会室から出ようとしたのだが――――――

 

「と・こ・ろ・で、リーヤくん? 簪ちゃんには話さないって約束……破ったわね?」

 

 ……それが仇となったのか更識会長に気付かれてしまった。しかも追及のおまけ付きで、だ。

 

「……結果的にいい方向に転がったんですからそれで不問、というわけにはいきませんか?」

「きっかけを作ってくれた事は感謝してるわ。――――――でもそれはそれ。これはこれよ?」

 

 扇子を広げながらそう言う更識会長。広げた扇子には『契約違反』とある。

 ……いつの間に書いたのか訊いてみたい気もするけど今は更識会長に説明するのが先か。

 

「破ってはいませんよ。簪さんにも言ったんですが自分は――――――」

 

 更識会長達に事の経緯を説明する。やはりというか更識会長はオレが会話を記録していた事にいい顔をしなかった。

 ……当然といえば当然なのだが。

 

「言っておきますがこれからもエルトリア社(義父さん達)とやっていくのでしたら注意した方がいいですよ? 曖昧な言葉は解釈次第でどうとでもなりますから」

「そうね。よーく覚えておくわ。……ただ簪ちゃんと仲直りできるきっかけをくれたことは感謝してるわ。……ありがとう」

 

 本当、この人は――――――

 

「素直じゃないですね」

「お嬢様ですから」

「おじょうさまだからねー」

「……お姉ちゃんのヘタレ……」

「みんな揃ってヒドくない!?」

 

 ――――――リーヤの採った方法は荒療治とも言える方法であったが確かに効いた。

 それは楯無と簪、そしてその二人を支えてきた虚と本音。四人の笑顔が何よりも語っていた。

 



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Pagina XX 分岐点

前回の投稿から約一年

長らく間が空いてしまい申し訳ありません。
また少しずつでもペースを戻せるよう頑張ります!


 更識会長と簪さんが仲直りして数日、IS学園生徒会にも変化があった。

 

「簪さん。そっちの書類はどうですか?」

「こっちは……もうすぐ終わる」

 

 ――――――簪さんが生徒会のメンバーに加わったのだ。

 元々生徒会のメンバーは自分を除いて更識会長の関係者で固められていた。そこに会長と仲直りした簪さんが加わるのは不思議な事じゃない。

 そして簪さんが生徒会に入った事は意外なところで助けになっていた。

 

「しかし簪さんが生徒会に入ってくれたおかげで会長が仕事をサボらなくなったので仕事が捗りますね」

「そうですね。お嬢様がきちんと仕事をするようになってから私とカテドラール君も早く帰れるようになりましたから」

 

 暗に『仕事をサボらないでください』と言う虚先輩だけど実際更識会長がサボらなければ割と早く終える事が出来るのだ。

 ――――――リーヤと虚がこれまで楯無が仕事をサボっても本腰を入れて探したりしなかったのは大半の内容は二人で処理出来たからだったりする。リーヤも虚も楯無を探すことに時間を使うより仕事を薦めた方がいいと判断していたのである。

 

「……お姉ちゃん。いつもリーヤと虚さんにこれだけの仕事を押し付けてたの?」

 

 そう言う簪さんの目は全く笑ってない。むしろ氷点下と言っていい冷たさだ。……更識会長にはいい薬だろう。

 

「い、いやねぇ簪ちゃん。お姉ちゃんいつもサボってるわけじゃ――――――」

「「サボって(おられ)ますね」」

 

 自分と虚先輩の肯定にますます冷ややかな目で見る簪さん。この仲直りした二人の力関係は簪さんの方が圧倒的に上みたいである。

 

「……うぅ。虚ちゃんもリーヤくんも少しぐらいかばってくれてもいいじゃない……」

「お嬢様の自業自得ですから」

「仕事をサボっているのをかばえ、というのは無理があるかと」

 

 むしろサボり続けてきた上でかばって、という更識会長の図々しさに驚きだ。

 そもそも更識会長はやろうと思えば一人でも捌けるのにやらないからどんどん溜まっているのだが。

 

「……リーヤ。そろそろ時間」

「……と、もうか。虚先輩。申し訳ないんですが自分と簪さんはここで切り上げていいですか?」

「大丈夫ですよ。なにか用事が?」

「ええ。少し友達と勉強会を」

 

 言うまでもなく希望したのは静寐さんと神楽さんの二人。この二人の向上心は本当に凄い。自分と簪さんがいない時は山田先生からも教わっているというからものすごい勢いで追ってきてる。

 だからその勉強会の目的も、オレと簪さんが企業の所属や代表候補生として教わった中で役立ちそうな事を教えるというモノ。

 ……一学期が終わる頃には学年でもかなり上にいくだろうな、あの二人。

 

「あらリーヤくん、クラスに友達いたの?」

「…………」

 

 もしかしなくても喧嘩を売られてるんだろうか、オレは。

 

「……虚先輩。更識会長に仕事の残りを渡してもらえますか?」

「そうですね。まだまだ余裕があるようなのでお嬢様の分をもう少し増やしても大丈夫そうですね」

「ちょ、ちょっと二人ともっ!?」

 

 オレ達の仕事増やす発言に慌てる更識会長だけど少しは自重するという事を覚えていただきたい。これはそのためのペナルティであり、決して仕返しではない。

 

「では虚先輩、後をお願いしていいですか?」

「ええ。仕事の残りは私とお嬢様でしておくのでお二人は切り上げて大丈夫ですよ。……それとお嬢様? 今日は目を放すつもりはないので」

 

 言葉だけ聞いていると主従が逆になってるようにしか聞こえないけどそれは仕方ない。書類関係の仕事に関しては虚先輩が生徒会のトップだし。

 

「それじゃ失礼します。……会長きちんと仕事してくださいね。マジメにやれば片付くんですから」

「……わかってるわよ。というか私ってそんなに信用ないの?」

「え? 信用あると思ってたんですか?」

「ヒドくないっ!?」

 

 そう言われたくないなら普段からマジメに仕事をしてほしい。本当に。

 

 

 

† † †

 

 

 

「二人ともお待たせしました」

「……待った?」

 

 生徒会室を出て二人が待っている図書室に行くと、静寐さんと神楽さんは教科書や参考書を広げて待って……ないな。この二人もう始めてるし。

 

「あ、二人とも生徒会の仕事はもういいの?」

 

 ちなみにだが、静寐さんと神楽さんにはオレと簪さんが生徒会に入った事を話してる。他の人達にはまだ秘密なので二人にも生徒会から発表するまでは離さないよう口止めしているけど。

 

「ええ。一区切りついたので残りは会長に放り投げてきました。課題の方はもう終わらせたところだったりしますか?」

「ううん、まだ途中。でももう少しで終わるかな」

 

 静寐さんの言う通り二人の課題はもう終わりが見えてる。

 これなら課題を進めるよりも二人に今日教えるところの準備を――――――

 

「……二人に訊きたいことがあるんだけど、いい?」

 

 ――――――進めようとして簪さんの声に手が止まった。

 

「あら、私達からではなく簪から私達に、というのは珍しいですわね」

 

 確かに珍しい。基本的に簪さんは訊かれたら答えるというスタンスだから今日みたいに簪さんの方から二人に、というのは初めてかもしれない。

 

「……二人はどうしてそんなに熱心にやってるの? 二人とも、内容がわからないわけじゃないんだよね……?」

 

 ふむ。簪さんの疑問はもっとも……というかオレとしても疑問に思っていた。

 どこかの誰かさんと違って二人は基礎もしっかりしてるし、予習や復習を疎かにしてる訳でもない。このままでも十分出来ていると思うけど。

 

「んー。今はまだ秘密にしといていい? 言いたくないわけじゃないんだけどきちんと形になってから言いたいというか……」

「私も今は秘密ですわ。」

 

 と、そこなにかが布の中で振動する独特の音が聞こえる。音源は……簪さんか。

 制服のポケットから端末を出して画面を確認すると席を立った。

 

「……ごめん。少し、出てきていい?」

「うん、いいよー」

 

 そう言って一旦図書室の外にでた簪さんだけど本当にすぐ戻ってきた。

 ……深刻そうな表情からなにかあったのは明らかだ。 

 

「簪さん?どうしたんですか?」

「今の……鈴からの電話で……やちゃった、って……」

 

 それで凰さんなにがあったのかここにいる面子はだいたい判ってしまった。

 ……仕方ない、予定変更。勉強会は切り上げだ。

 

「神楽さん、静寐さん。悪いんですが――――――」

「うん、大丈夫。多分私達も同じことを考えてるから。でしょ、神楽?」

「そうですわね。勉強を見てもらうのはまた別の日でも大丈夫ですわ。それより今は鈴さんの方が大事ですわ」

「……とりあえず鈴には私達の部屋で聞く、って言ったから部屋に戻らないと……」

 

 部屋に戻る途中、階段に座り込むカタチでオレ達を待つ凰さんがいた。

 ……その、見るからに消沈しているのが判る。

 

「……鈴さん? まさかここで待っていたのですか……?」

 

 神楽さんの問いこくり、と頷く凰さん。それを見て相当な事を『やらかした』かなと思うけどそれを聞くのは取り敢えず後回し。

 

「とにかく中に入りましょう。こんなところで話すわけにもいきませんし」

 

 座り込んでいる凰さんを促して全員で部屋に入る。

 取り敢えず全員分のお茶とコーヒーを用意して凰さんの話を聞く用意を整える。

 

「それで……何があったんですか? 簪さんからは『やっちゃった』、としか聞いてないのでアドバイスするにも内容が――――――」

「…………のよ」

 

 凰さんの声は呟きのようで聞き取れない。

 なんていったのか訊こうとして――――――それよりも先に凰さんが溜め込んでいた怒りを爆発させた。

 

「だから! つい頭に血が昇っちゃってまた喧嘩しちゃったのっ!!」

「「「……はい?」」」

 

 オレと静寐さん、神楽さんの三人は凰さんの“やらかした”内容に思わず呆れ混じりの声が出る。

 いや、凰さん。貴女前に自分から『歩み寄ってみる』って言ってたのになんでそんな事に?

 

「そりゃあたしだってやっちゃったって思ったわよ。……けどあいつあたしのこと貧乳って言ったのよっ!? あたしがそのこと気にしてるって知ってるくせにっ!」

 

 ……あー、それはどう考えても織斑さんが悪い。

 知らなかったならまだ救いはあるけど知ってて言ったならどう考えてもアウトだ。

 

「うわ織斑くんそんなこと言ったんだ。……リーヤくん、同じ男の子から見てどう?」

「――――――有罪(Colpevole)。本人が気にしてると判っててそういう事を言うのはナイですね」

 

 オレも自分の容姿でずいぶんと言われたから凰さんの気持ちは少しなら判る。

 自分の身体で、しかも気にしてる事を悪口に使われるのはハッキリ言って気分が悪い。織斑さんの言った事はこの場にいる全員で満場一致の有罪だった。

 

「……凰さん。凰さんがよければですけど対抗戦までに手伝える事があれば手伝いますけど」

「え? そりゃ嬉しいけど……いいの?」

「いくら同じクラスでもこの話を聞いたら織斑さんに協力する気なんて湧きませんよ」

 

 うんうんと頷いてくれる他三人。四組の簪さんはともかく、静寐さんと神楽さんも優勝賞品のフリーパスよりも凰さんの味方を取ったみたいだ。

(というよりこれで織斑さんの味方をするならちょっと付き合い方を考えていたが)

 

「それじゃリーヤ、あたしと戦ってくれない?」

「自分とですか? 大丈夫ですが……自分程度の技量じゃ代表候補生の相手は役不足だと思うんですが」

「「「いや、どの口でそんなこと言うの(よ、ですか?)」」」

 

 ……三人揃って即答で返さなくてもいいんじゃないだろうか。

 オレとしても自覚はあるから言い返せないところだが。

 

「あんたの実力は知ってるわ。こっちに来てからクラスの子から代表候補生に肉薄したやつがいるって。最初は一夏かと思ってたけど試合の映像を見てリーヤの方だってすぐにわかったわ。……というかあんた最後のトラブルさえなけりゃ勝ってたでしょ」

 

 ……確かにあの時カートリッジ排莢不良が(ジャムら)なければ勝てた試合だった。終わった勝負の事を引きずるつもりはないけど確かにアレがなければ間違いなく勝てていただろう。

 

「それにアリーナの使用申請が通っても肝心のISが貸し出しで使うことになってんだから戦えるのは専用機持ちしかいないでしょ」

「それは確かに」

 

 この辺りは絶対数が少ないISの避けられない問題だろう。生徒が自主練をしようにもそもそもの数が足りないし、使える時間も限られるから課題も見えにくい。

 ……こうして考えると専用機持ちになる事がどれだけ恵まれているか改めて判る。

 

「で、どうなのよ。してくれるの?」

「……受けましょう。個人的にも凰さんには勝ってもらいたいので」

 

 元々織斑さんと仲良くする気があまりないから痛むモノがないというのも大きい。他のクラスメイトからも距離を置かれるだろうけどそれも些細な事。凰さんの頼みを断る程のデメリットには成り得ない。

 

「それじゃ早速明日からいい? アリーナの申請はあたしの方でやっとくから」

「ええ。……あぁ、申請するなら他に誰が使用するのかもチェックしておいた方がいいですよ。織斑さんと被ったら面倒な事になる気がするので」

 

 気がする、というより間違いなく面倒な事になるのは目に見えてるのでそこはしっかり忠告しておく。

 ……凰さん自身にもだけどオレにも絡んできそうだし。

 

「あ、ならわたし達も二人の模擬戦見学していい? 学年別のトーナメントがあるでしょ? それに向けて立ち回りを近くで見ておきたいんだけど」

 

 まだ先の予定であるトーナメントに目を向けてるのは流石というべきだろう。

 実習がまだなのにこの意欲は見習わないといけない。……うかうかしてると追いつかれかねないな、これは。

 

「簪さんはどうしますか? 私も静寐と一緒に二人の模擬戦を見学させてもらおうと思っていますが」

「……私も手伝う。私も、彼の言葉は許せない……!」

 

 ……もしかするとこの中(凰さんは除く)で一番気合が入っているのは簪さんなんじゃないだろうか。

 物静かな簪さんがこうも感情を露わにするのは珍しい。余程織斑さんの言葉が気に入らなかったらしい。

 ともあれ、ここにいる全員の考えは凰さんの味方をする事で決まった。織斑さんにとって簪さんを除いたオレ達三人は獅子身中の虫になったわけだけどそれは彼の自業自得だろう。

 

「……まぁ織斑さんじゃ獅子にはほど遠いけど」

「……? リーヤ、今なにか言った?」

「ただの独り言です。……それと、一応訊いておきますが簪さんはともかく二人は本当にいいんですか? もしかするとクラスの大半を敵に回すかもしれませんが」

 

 オレに関してはもう既にやってしまった後だし、元々性格的に織斑さんと仲良くするのはハッキリ言って避けたかったから別にいい。

 けど静寐さんと神楽さんは違う。オレ寄りではあるけどまだ“戻れる”。そう思って訊いたんだが――――――

 

「今更それ訊く? ここまで聞いて降りるなんてしないよ、わたし達」

「静寐の言う通りですわ。その程度の事で降りるなんてあり得ません」

 

 キッパリと断言する二人に余計なお世話だったと反省するしかない。当の本人達がこう言ってるからこれ以上言うのは野暮というものだろう。

 

「それじゃ決まりですね。――――――凰さん、オレ達は貴女が織斑さんに勝つ為に出来る限りの事をしますよ」

「よろしく頼むわ。……ぜっったい一夏のやつに勝つから」

 

 対抗戦(リーグマッチ)まであと三日。そして彼等が完全に一夏と袂を別った日となった。




口は災いの元

特に人の身体を悪く言うのはダメ、ぜったい


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Pagina XXI 猛火咆哮

幼馴染みの二人はお互いに譲れない想いをその刃に籠める
“重み”を持つのは、果たして――――――





……オリ主と鈴の模擬戦を期待された方には申し訳ありませんがその辺りはカットして対抗戦当日へ
リクエストがあれば頑張らせていただきます


――――Side リーヤ――――

 

「ねぇリーヤくん。鈴ちゃんと織斑くん……どっちが勝つと思う?」

「8:2で凰さんの勝ちですね。技量と経験、双方で凰さんの方が上ですから」

 

 あっさり言いきったオレの言葉に周りからの視線が集まる。

 視線の種類は一組の人からは織斑さんが負けると断言した事に対する非難。それ以外の人からはおそらく興味だろう。

 

「……では、逆に織斑さんの勝ち目の二割はなんなのですか?」

「凰さんが油断するか手加減をしてソレを突けたら、ですね。普通に戦って凰さんが負ける要素はないでしょう」

「でも織斑くんには『零落白夜』があるけど……」

「確かにアレは決まれば一撃で勝負を決しますが、当たらなければどうとした事はないですよ」

 

 一組の人達からだけじゃなく織斑先生のファンからも非難の混じった視線が向けられるけど無視。

 実際使い手より格上の技量があれば封殺出来る能力であり、織斑先生レベルならともかく織斑さんレベルなら問題ない。

 そして何度か模擬戦をしたから判るけど凰さんの実力は織斑さんより上。だからこそ凰さんが勝つと言い切れる。

 

≪それでは両者、試合を開始してください≫

 

 始まりのブザーが鳴り終えると同時に、ガキンと金属同士の打ち合う音がアリーナに響く。それと同時に凰さんが距離を詰め、中華系独特の形状をした長柄武器『双天牙月』を連結した状態で振り抜く。かろうじて織斑さんは防いだけど凰さんが追撃で放った不可視の砲撃で叩きつけられていた。

 

「やっぱり織斑さんじゃ初見であの『衝撃砲』を躱すのは無理でしたね」

 

 凰さんのIS『甲龍(シェンロン)』の第三世代兵器である『衝撃砲』は空間そのものに圧力をかけて砲身にし、余剰で生まれる衝撃自体を砲弾として撃ちだすというモノ。コレが厄介なのは砲弾はおろか砲身も視えないから射線が読めないというところだ。一応ハイパーセンサーで感知出来なくもないがハッキリ言って間に合わないから意味がない。

 接近戦――――――それも初見で対処するにはなかなか骨が折れる武装だ。

 

「そういえばリーヤくんとの勝負で鈴はあまり使ってなかったよね?」

「衝撃砲はストレガとの相性が悪いですからね」

「「相性?」」

 

 衝撃砲がストレガとの相性が悪いという言葉に疑問を浮かべる二人。砲身も砲弾も不可視の武装に相性の悪さがありのかと言いたげだ。

 

「……二人とも、ストレガの特徴を思い出したらわかる」

「ストレガの特徴ってあのアタマおかしいレベルの機動性でしょ?」

 

 ……静寐さん。そういう事は思ってても本人の前で言わないでくれません? 地味に傷付くんですが。

 

「それもだけどもう一つ。ストレガは他のISより重装甲。……たぶんだけど装甲から操縦者までの間にも衝撃を軽減する仕組みがあると思う」

「正解です。付け加えるならどういうものか判れば躱せなくても備えられますからね。そうすればいざ来ても耐えられますし」

「「えー……」」

「……脳筋」

 

 ……三人ともその反応はヒドくないですか? 特に簪さん、脳筋はないでしょう、脳筋は。

 

「でも改めて考えるとリーヤくんのストレガってかなり戦闘向きだよね」

「それは否定しませんけど……なんでまたそんな事を?」

「ん? だってストレガって火力はあるしスピードも速い。その上防御力も高いじゃん。……乗り手は確かに選ぶかもしれないけど」

「まぁ、そうですね。ピーキーなので静寐さんの言う通りかなりのじゃじゃ馬ですけど」

 

 ――――――表情(かお)には出さないけど背中を冷汗が伝う。静寐さんの所感はストレガの設計思想、その核心を突いている。対IS。それも競技ではなく()()()使()()()()()()()()()()()事は今はまだ知られる訳にはいかない。

 

「エルトリア社に来たら扱うISも自然とストレガになりますよ。ついでに言うとIS部門から他の部門に移る事も出来るので進路としてはアリだと思いますよ?」

「え、もしかしてわたし達勧誘されてる?」

「簪さんは日本の代表候補生なのでエルトリア社(ウチ)に来るには色々と手を回さないといけませんが、静寐さんと神楽さんは特に問題なく来れると思いますよ?」

 

 話を逸らしつつ三人を勧誘する。入学して間もないから実績がないのが難点といえば難点だけど、今の時点から学年別トーナメントを見据えてるなら好成績を残せると思う。そして残した後だと他の企業も目をつけるだろうから()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なので三人ともエルトリア社に興味があればいつでも言ってください。……特に簪さん。エルトリア社に来てくれるなら必要な手続きや交渉は社の方でやってくれるハズなので」

「……一応、考えておく」

 

 軽くではあるが勧誘し、三人の進路にエルトリア社を意識してもらったところで試合の方に目を向ける。

 ――――――凰さんと織斑さん。二人の試合も動こうとしていた。

 

 

――――Side Out――――

 

 

 試合の流れはリーヤが言ったように鈴にあった。当人同士も対称的で一夏が肩で息をしているのに対し、鈴は余裕そうにしている。

 とは言っても油断しているわけではない。一夏が動けばその瞬間に四肢に力を籠め、即座に動けるようにしている。鈴は相手が自分より格下だと感じても侮るつもりはない。むしろ自分が上だからこそ相手は起死回生の一手を打ってくると、代表候補生になるまでの道のりで身をもって知っていた。

 ――――――故に、彼女は加減はすれど油断する事はない。

 

「少しはやるじゃない。もっと早くへばるかと思ってたけど」

「お前相手にそんなだらしのないところは見せられないだろ」

「そ。じゃ、こっからギアを上げてくわよ」

 

 そう言って鈴は先ほどよりも巧みに双天牙月を操るだけでなく、そこに衝撃砲を組み合わせて猛然と攻める。これまで鈴は双天牙月と衝撃砲をそれぞれ分けて使っていた。しかし今は両方を組み合わせ、隙のない苛烈な攻めに入る。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 双天牙月で護りを崩し、衝撃砲を撃ち込む。撃ち込まれた一夏はたたらを踏むもなんとか持ちこたえ、自分の間合いに入るべく再び吶喊する。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!」

「甘いわよ!」

 

 しかし最後の一歩を踏み出す直前、鈴は意図的に威力を落とした衝撃砲を撃って一夏の体勢を崩し――――――

 

「もらったぁぁぁっ!」

 

 ――――――ガラ空きとなった身体に双天牙月が振り抜かれた。

 

「ぐぁっ!?」

 

 衝撃砲ではなく双天牙月を通し、甲龍の膂力を直接受けた一夏はバットで打たれたボールのように飛ばされる。隙を作られて受けた一撃に辛うじて空中で体勢を整えるも、今の一撃はシールドエネルギーを大きく削り痛みもシールドバリアを貫通して身体に届いていた。

 

(くそっ、モロにくらった。今のみたいなのを何度もくらったらヤバいっ!)

 

 セシリアの時はまだ彼女に慢心があった。が、鈴にはそれがない上に鈴の得意とする間合いも一夏と同じ近接戦。更に言うなら戦技においては鈴が遥かに上回る。

 リーヤの予想通り、試合の流れは鈴にあった。

 

(……こんなもんなの?)

 

 焦る一夏とは対照的に、鈴はあからさまではないものの物足りなさを感じていた。

 確かに一夏の技量はISに乗り始めてまだ一か月程度という事を考えれば高いだろう。が、代表候補生と同じ土俵で戦うには明らかに技量不足だ。逆転するためになにか手を打ってくると期待していたが今のところその気配はない。

 

(……リーヤの方とやり合ってた方が試合としては楽しかったわね。比べるようで悪いけど一夏はワンパターンだし)

 

 三日だけだったがリーヤとの模擬戦は鈴にとっても楽しかった。接近戦で自分とマトモに打ち合えたというのもあるが、リーヤの場合は武装の性質もあって様々な手を打つからやり合っていて飽きなかったからだ。

 

(……こっちから決めにいこうかしら?)

 

 一夏がなにかしてくると期待して鈴はここまで加減をしてきたが、あまりにワンパターンな攻め手にそろそろ自分から動くことを視野に入れ始めていた。

 

「鈴」

 

 唐突に呼んできた一夏の声に思考を打ち切る。真剣に見てくるその視線に鈴は思わず笑みがこぼれる。

 

(……ようやくその気になったのかしら?)

 

 内心でようやく、という思いとともにこれで全力で叩き伏せれるという高揚感が沸きあがってくる。

 

「なによ」

「本気で行くからな」

 

 が、そう言う一夏の言葉に鈴は盛大にため息をついて呆れる。――――――いや、落胆したと言った方がいいかもしれない。

 

「……なんだよ。そんなため息ついて」

「……そりゃつきたくなるわよ。そんなこと言うってことは、今まで本気でやってなかったってことでしょ? ……あたしをナメてんの?」

 

 ――――――訂正。鈴の心に去来したのは呆れでも落胆でもなく、そんな事を言う目の前の相手に対する怒りだった。

 

「ちょ、ちょっと待てよっ!? 俺はそんな意味で言ったんじゃ――――――」

「いいからさっさと来なさいよ。……叩きのめしてやるから」

 

 一夏の言葉は幼馴染みに対する想いがあったのだろう。だがそれは鈴にとっては侮辱でしかなく、触れなくていい逆鱗に触れてしまった。

 

「……っ! うぉぉぉぉっ!」

 

 自分の言葉が悪い意味で伝わってしまい、半ばヤケ気味に『零落白夜』を起動させて『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で勝負を決めにかかる一夏。

 これまでの吶喊を遥かに上回る速度で鈴に肉薄する一夏は、内心でこれなら届くと期待を抱く。確かに白式はISの中でも早い部類。その白式が『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で吶喊すればその突撃速度は目を見張るものがあるから一夏の考えはそう間違ってはいない。

 

 

 

 ――――――だが、

 

 

 

「なっ!?」

 

 この試合で最速ともいえる速度で踏み込み、振られた雪片。しかしそれを鈴は完璧なタイミングで打ち合わせ、その刃を真正面から受け切った。

 

「はっ、悪いわね一夏っ! あんたがを『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』使ってくるとは思わなかったけど――――――」

 

 受け止めた雪片を双天牙月で絡め捕った上で弾き――――――

 

「――――――リーヤはのやつはもっと速かったわよっ!」

 

 ――――――その無防備となった胴にこれまでにない力と速さを以って双天牙月を叩き込んだ。

 

「が、は……っ!?」

 

 フルスイングで放たれた一撃に、一夏は強制的に肺の空気を吐き出さされる。身体の芯まで届くような痛みに雪片を構える事すら忘れ、地に手を付けて倒れかける。

 そんな一夏を見つめる鈴の視線に戦い始めた時ほどの熱はなくなっていた。

 

(……わざわざなにかするって言わなければ当てれたかもしれなかったのにね)

 

 酸素を得る為に呼吸を整える事で精一杯の一夏は鈴の視線に気付かない。――――――気付く余裕がない。鈴の自分を見る目が変わりつつある事に。

 

「それじゃ、そろそろ勝負を決めましょうか」

 

 呼吸を整える一夏の前に鈴は立ち塞がる。今の一夏にとって、双天牙月を上段に構えた鈴は処刑台(ギロチン)そのものだ。

 未だ立ち直っていない一夏にこれから振り落とされる一撃を避ける術はない。鈴が振り落とそうと腕に力を籠めた瞬間、

 

 ズドォォォォンっ!

 

 ――――――アリーナ全体を揺さぶる衝撃と轟音が(はし)る。二人が発生源である天井を見上げると、中央近くに穴が開いて外が見える。……アリーナの遮断シールドを貫通したのは明白であり、その下、立ち込める砂煙の中からその“異形”は姿を現した。




決着がつこうとしたその瞬間、水を差すようにソレは現れた
幼馴染み同士の戦いに決着はつかず、二人は対応を迫られる。


……鈴強化のタグをつけるべきか迷う


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Pagina XXII 黒鉄の襲撃者(ヘビーメタル・レイダー)

物的損害と人的損害
どちらを優先するかは秤にかける者によって変わるだろう


 アリーナ全体を揺るがすような轟音の後、ステージ中央からは煙が上がりその中にうっすらと人型――――――ISのシルエットが見える。

 侵入者なのは疑いようもないけど問題はその火力。アリーナの遮断シールドを貫通出来るほどの武装は明らかに競技用の範囲を超えている。

 

(一体どこの誰だ? IS学園を襲うなんて真っ当なところならしない筈)

 

 ステージにいる二人に正体不明の相手(アンノウン)が空間を薙ぎ払うように熱線を放つも、幸いにも二人は避ける。その直後にアンノウンが未だ立ち昇る煙の中から姿を現す。

 

「……なに。あのIS……」

 

 隣りにいる静寐さんが思わず、というように言葉を零す。それだけそのISは“異形”といえるものだった。

 濃い灰色をしたそのISは腕が異常に長く、明らかに何らかの武装が仕込まれている武装一体型。加えてストレガ以外ではほとんど見ない『全身装甲型(フル・スキンタイプ)』。そしてなにより目を引くのがその構造だ。大きさは腕を含めると二メートルを超え、あちこちにスラスターの噴射孔が見える。頭部のセンサーレンズは不規則に配置されていて合成獣(キメラ)のような歪さを感じさせる。

 

(けど今は観客席にいる人達を避難させないと……ってなんで誰も避難しないんだ)

 

 侵入者という事態にも関わらず観客席にいる人達は一向に減らない。

いや、異常に気付いた人はもう動いている。しかし出入り口の周りで騒ぎになっているようだった。

 

(まさか避難しないんじゃなく出来ないのかっ!?)

 

 急いでピットで見ているであろう織斑先生に連絡する。

 

「織斑先生、カテドラールです。今すぐ観客席の出入り口を開けてください。このままではパニックが起こります」

 

 しかし帰って来た答えは最悪と言えるものだった。

 

「アリーナの遮断シールドがレベル4で稼働して扉も全てロックされている。今三年の精鋭がシステムクラックをしているがまだ時間がかかる」

 

 予想を上回る事態に思わず舌打ちする。

 こうなると状況を変えるにはこちらから動くしかない。

 

「……織斑先生。一つ提案が」

 

 今必要なのは観客席に閉じ込められた人達を逃す事。アリーナのシールドを破って侵入する相手に観客席を仕切るシールドが破れない、なんて考えない方がいい。

 時間が経てば経つほど状況が悪化するのは明白だし、いつパニックが起きてもおかしくない。

 

「観客席の一部の破壊許可を。扉がロックされ遮断シールドが作動しているといってもそれは元々ある出入口のみですよね。通路の壁にあたる部分に穴を開ければそこから避難が可能になります」

 

 出入り口がロックされているなら作ればいいだけの事。多少壊す事になるが死傷者が出るよりはいいだろう。

 

「……いいだろう。許可する」

「ありがとうございます」

 

 ストレガを腕部だけ部分展開し、ヒラリオンを取り出し床に向けて一発だけ撃つ。

 突如響いた銃声にパニックになりかけていた生徒の動きが止まり、視線が自分に集まるのを感じる。

 

「(今なら聞いてもらえる筈……!)皆さん落ち着いてください。今から壁を撃ち抜いて出口を作ります。危ないので少し離れてください」

 

 言いながらヒラリオンを収め、代わりにルシフェリオンを取り出す。それでオレが何をするつもりなのか判ったのか、出入り口の近くにいた人達が一斉に距離を取る。

 

(貫通させるとマズい。上手く威力を絞らないと)

 

通路を貫通させると反対側にいる人達を巻き込みかねない。それだけは避けないといけなかった。

 

(……四割程度でいけるか?)

 

 ルシフェリオンから通常時よりも抑えられた赤黒の奔流が放たれ、爆発音とともに砂煙が立ち昇る。

 スラスターを稼働させ、煙を消しさるとそこには人が通れる程の大穴が開いていた。

 

「皆さん、今出口を作りました。前の人を押したりせず落ち着いて避難してください!」

 

 オレがそう言うと近くにいた人達から順にアリーナをから脱出していく。

 

「皆もここから外に。ここは危険ですから」

 

 観客席にいる生徒を避難させる為の出口は一つじゃ足りない。せめてもう一つぐらいは作っておきたいところだ。

 

「リーヤさん、お気をつけて」

「それは相手次第ですね。……努力はしますけど」

 

 心配そうにオレを見る三人を背に、ストレガを完全展開して他の出入り口に向かう。

 上から見ると、落ち着くよう指示している人もいるけど突然の事態にパニックを起こす手前だ。指示してる人がいなかったら間違いなくそうなっていただろう。

 ……というかあの指示してる人、布仏先輩じゃないだろうか。

 

「布仏先輩っ!」

「カテドラール君、なぜここに?」

「出口を作る為に来ました。これから通路側面の壁を吹き飛ばして出口を作るので周囲の人を下がらせてください」

「わかりました。――――――みんな、下がって!」

 

 布仏先輩の指示で集まっていた人達が一斉に下がる。完全に出入り口から離れてくれたおかげで気兼ねなく撃てるようになる。

 

(流石は布仏先輩。見事な統率)

 

 さっきと同じように壁を撃ち抜いて出口を作る。そこから近くの人達が脱出していくが、上級生が中心という事もあってスムーズだ。

 

 ――――――警告。不明機にロックされました。

 

(――――――っ!?)

 

 ISからの警告にアリーナ内を見てみるとアンノウンの首……というべき部分がオレの方を向いている。

 ストレガのIS反応をキャッチされたか、それともルシフェリオンのエネルギーに反応したのか――――――いずれにせよ補足されたことに違いはなかった。

 

「マズ……っ!」

 

 あんな大火力が向けられればISを纏っているオレはともかく、布仏先輩達、生身の人間は一瞬で蒸発する。

 防ぐには――――――

 

(――――――ルシフェリオンで相殺するしかない。)

 

 現状ではそれしか防ぐ手がないけど問題は撃つタイミング。

 相手より早く撃つとアリーナと客席を隔てるシールドに威力を殺される。故に、相殺するにはアレが撃ってから撃つしかない。シールドによる威力減衰はアレの攻撃にさせ、こちらの攻撃は極力減衰させずに撃たなければならない。

 ――――――おそらく、猶予はアレが撃って一秒に満たないだろう。

 

(シビアだけどやるしかない。一射目を相殺してアレが二射目を撃つ前に倒す。アレが避難している人達に手を出さないか判らない以上、長引かすわけにはいかない!)

 

 出口から距離を置いたところで足を止め、カートリッジを二発ロード。呼吸を整え、アンノウンに目を凝らし、引き金(トリガー)に指をかけ砲撃姿勢に入る。

 

(――――――くるか)

 

 アンノウンから高密度のエネルギー反応。オレとアンノウンは互いを撃滅すべく機体のエネルギーを収束させる。

 数秒後に両者の武装(エモノ)から互いに向けて放たれるハズだった破壊の奔流はしかし、

 

「一夏ぁぁぁっ!」

 

 ――――――予想外の闖入者によって止められた。

 

「男なら……そのぐらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 キーン、という耳障りなハウリング音とともに篠ノ之さんの声がアリーナ全体に響く。

 声の出所を見てみると、本来審判とナレーターがいるハズの中継室で篠ノ之さんが叫んでいた。

 

(いや、なに考えてんだ彼女っ!? あんな目立つ真似をしたら――――――)

 

 その声に反応するようにアンノウンはその腕を篠ノ之さんのいる方へ向け、オレに放つハズだったモノを彼女へ放たんとする。

 

(ああ、クソっ! 手をかけさせてくれる――――――!)

 

 アレの狙いがオレから外れた以上、カートリッジ二発分のチャージじゃアリーナのシールドを貫通させる(抜く)には心許ない。

 残ったカートリッジを全弾装填(フルロード)し、ルシフェリオンの最大火力を撃ち込む――――――っ!

 

「撃ち抜けぇぇぇ――――――!」

 

ルシフェリオンから放たれた赤黒の奔流はアリーナの遮断シールドに阻れるもそれは一瞬。シールドを貫いたルシフェリオンの砲撃はアンノウンの右半身を吹き飛ばし、残った左半身も――――――

 

「――――――オオオォォッ!」

 

 織斑さんの零落白夜によって上下に両断され、ようやくアンノウンはその活動を停止した。

 

 

 

 ――――――かのように見えた。

 

 

 

 完全に沈黙した筈のアンノウンから再び反応が戻り、エネルギーの収束された左腕が織斑さんに向けられる。

 が、ソレをみすみすやらせる気はない。すでに遮断シールドを貫通させた今、カートリッジを使うまでもない。

 

詰みだ(Scacco matto)

 

 そうして今度こそ、アンノウンは沈黙した。

 

 

 

 

 

 直接対峙していた二人の様子を見るため(個人的には織斑さんよりも凰さんの方が大事だが)に近くまで行くとアンノウンの破片があちこちに散らばっていたが、その大破したISの正体に多少のことでは驚かないオレも驚いた。

 ――――――本来人がいるハズのスペースには配線や回路類が見え、血や肉片の類が全くなかったからだ。

 

(まさかこの機体……無人機だったのか? IS部門(アリアロド)統括から『ISの無人機は技術的に困難』だって聞いた事があるけど)

 

 どのみち今回の一件は本社に報告すべき事案。アンノウンの正体に関しては現場の人間にすぎないオレよりも専門家であるアリアロド統括に見てもらうべきだろう。

 そう判断したオレはストレガのアイセンサーのREC(録画)モードを起動させ、出来る限りアンノウンの断面やそれなりの大きさの破片を記録する。おそらく中枢があったであろう頭部と胸部は特に念を入れて記録しておく。

 が、それはガシャリ、とそれなりに質量のある金属の塊が倒れるような音で止められた。見ると織斑さんがISを纏ったまま、前のめりに倒れこんでいた。

 

「い、一夏!?」

「緊張の糸が切れたんでしょう。自分が医務室まで運びますよ。凰さんも一応診てもらった方がいいでしょうし」

 

 倒れ込んだ織斑さんに肩を貸し(本人は気絶しているが)保健室まで運ぼうとすると、凰さんが不思議そうにオレを見ていた。

 

「どうしました?」

「いや、アンタ一夏のこと嫌ってなかった?」

「……流石に目の前で倒れられてそのまま放置しておくつもりはありませんよ」

「そ。ならそうさせてもらうわ。……正直ヘトヘトだし」

 

 そう言って凰さんはISを解除し、ひらひらと手を振ってピットの方へ歩いていく。その足取りはしっかりしていて心配はなさそうだった。

 

(オレも行くか。“荷物”があることだし)

 

 ここまで走ってきた山田先生からISの展開許可をもらい、織斑さんを医務室まで運ぶ。ストレッチャーの用意もしてあったからそのままお願いしてもよかったが、個人的な“仕事”もしておきたかったから丁重に断りそのまま保健室まで彼を運ぶ。

 保健室に着いて彼をベッドに寝かせるとストレガの拡張領域(バス・スロット)から小箱を取り出す。その小箱は文字通り小さな箱で、どう見てもIS用のものではない。

 

(意外と早く機会が出来たな。いや、好都合だったけど)

 

 織斑さんをここまで運んだのはこれが理由。手早く行うとはいえ採血というあまり……というより絶対に見られたくない行為。男性操縦者の血液というサンプルはどの国も喉から手が出るほど欲しがっているし、日本としては絶対に外に出したくないシロモノだ。

 だからこそわざわざ彼を運んだ。採血が出来る時間があり、軽傷で血が出ていても不審に思われない上に彼の意識と人目の両方がないというこれ以上ない好条件が揃うと踏んだからだ。

 結果は大当たりでオレは彼の血液サンプルの入手に成功する。血液サンプルは拡張領域で保管し、引き渡しの方法は指示を仰げばいい。

 

「――――――と、今夜の報告にアリアロド統括も一緒に聞いてほしい事を伝えていかないと」

 

 今のうちにその旨を伝えておけば夜報告する時に同席してくれるかもしれない。時間的にはあまり余裕がないけどしないよりはマシだろう。

 

 

 

† † †

 

 

 

 夕食を終えたオレは報告を行う為に借りた整備室に来ていた。名目上はストレガの武装のメンテナンスで借りたので他に人はいない。ISが悪縁の整備室はどの部屋も防音仕様になっているから部屋に誰もおらず、盗聴器の有無をチェックすれば第三者に話の内容を知られずに済む。

 今回のように生徒はおろか、学園側の人間にも聞かれたくない話をするには絶好の場所だ。

 

「そろそろ時間か」

 

 部屋から持ってきた端末とディスプレイを繋げ、オンラインでの報告を行う用意を整える。

 

「――――――時間通りだな」

「久しぶりね、リーヤ」

「お久しぶりです、アリアロド統括」

 

 指定された時間になると情報部門統括(義父さん)IS部門(アリアロド)統括の二人がディスプレイに表示される。普段から報告をしている義父さんはともかく、アリアロド統括の方は出てくれるか微妙なところだったけどおかげでこの場での詳細な説明も聞けるかもしれない。

 オレは今回の一件をに報告し、それに対する二人の反応は思っていた通りのものだった。

 

「アリアロド統括。貴女はどう思う」

「……無人機には遠隔操作(リモート・コントロール)独立稼働(スタンド・アローン)、この二つの技術のどちらかが不可欠。しかし両者とも未だ完成していない技術です。それが実戦で使えるレベルまで完成されているとなると心当たりは一人しかいませんね」

「篠ノ之博士、ですか」

 

 現在国際的に指名手配されているISの生みの親。無人機に必要な未完成の技術であっても篠ノ之博士なら完成させている可能性は充分ある。

 その場合何が目的だったのか、という問題が出てくるけど篠ノ之博士は色々“外れている”と聞いているという聞いているから考えても答えは出ないかもしれない。

 

「リーヤ、その無人機だけど回収できる?」

「無理ですね。アレは駆け付けた教員の人達に抑えられてどこかに運ばれました。おそらく生徒では入れない区画に置いていると思います」

 

 あんな代物を生徒が使う整備室に置いてはおかないだろうし、他の教室も同様だ。となるとアレが保管してあるのは一般生徒では入れない場所だろう。

 

「一応その無人機を撃破した後の断面等はストレガのメモリに記録しました」

「撃破後ね……。稼働している時のものはないの?」

「……申し訳ありません。この無人機は遮断シールドを破って侵入してきました。なので自分は当初観客席にいた一般生徒を非難させる為に動いていたのでそこまで気が回りませんでした」

 

 今思うと惜しい事をしたかもしれない。専門家であるアリアロド統括ならなにか判る事があったのかもしれないからだ。

 

「それなら仕方ないわね。ここはIS学園側に信用を作れた事を喜ぶとしましょう」

「情報部門としてはお前の採った行動の方が利になるな。今はIS学園側に貸しを作っておいた方が後に融通が利くだろうからな」

「……ありがとうございます」

 

 本来なら咎められてもおかしくないのだが二人は今後に利になる可能性があるから、と許してくれた。

 ……後でアイセンサーの設定を変えてISを展開している間は録画が自動的に行われるようにしておこう。不要なデータを消すのは大した手間じゃないし、今回のような一件を撮り逃がす方がマズい。 

 

「それともう一つ報告が。今回の騒ぎに乗じてもう一人の男性操縦者である織斑一夏の血液の採取に成功しました」

「ほう」

「それはうれしい知らせね」

 

 オレとしても織斑さんの血液をこんなに早く手に入れられるとは思っていなかった。何かの拍子で彼が怪我をした時に採取するつもりでいたから今回の一件は願ってもないチャンスだった。

 

「こっちには貴方の血液をはじめとした遺伝子サンプルがあるからIS適正に関する研究が進められそうね」

「それに関してですがどうやって引き渡しましょうか? 今はストレガの拡張領域で保管しているので露見や劣化する心配はありません。が、モノがモノなので手紙や荷物のように送るわけにはいかないでしょう」

 

 中身が血液で発送元がIS学園となれば輸送中に狙われる(中身が判るようにする気はないが)可能性は高い。出来れば本社の人間に直接渡すに越した事はないのだが……。

 

「そうねぇ……私が直接そっちに行くのはどうかしら? ちょうどIS学園から招待状が来てることだしね」

「……アリアロド統括が直接?」

 

 確かにアリアロド統括が直接来てくれるなら奪われる心配はない。けどアリアロド統括がわざわざIS学園に来るような用事なんて……あったな、そういえば。

 

「来月にある学年別の個人トーナメントですか?」

「ええ。その前後ならIS関連企業の人間がいても問題はないでしょ。ボディーガードにベルゼーも連れて行くし」

「……待てアリアロド。そんな話は聞いていないぞ」

 

 ……珍しい。義父さんがこんな焦った表情(かお)を見せるのは滅多にない。

 

「社長からは許可をもらってますよ。それにたまには息子の顔が見たいんじゃない? ――――――親としては」

「…………」

 

 実際アリアロド統括は社の重要人物なので護衛の人選は慎重に行う必要がある。加えて統括という立場だけあって義父さんはISに関してもそれなりの知識もある。護衛としては少し……いやかなり立場が上過ぎるというのが問題だけど。

 

「……社長からの許可が下りているなら断るわけにはいくまい。たとえこの場で断ったとしても理由を付けて私を同行させる気だろう」

 

 違うか? と問いかける義父さんにアリアロド統括はその通り、と肯定する。……という事はアリアロド統括はどうあっても護衛に同行してもらう気だったらしい。

 

「そういえばリーヤ。報告書にISを一人で組み立ててる娘がいる、って書いてたけどその娘はまだ続けてるの?」

「ええ。そうですが……」

「その娘に会ってみたいから話をしておいてくれない? 出来れば貴方の眼鏡にかなった娘が他にいるならその娘達にも会ってみたいんだけど」

 

 アリアロド統括の言葉を聞いて脳裏に浮かぶのは簪さん以外には二人の友人。実技に関しては今の段階ではなんとも言えないけど二人の熱意……向上心は目を見張るものがある。

 おそらく、実際に会ったらアリアロド統括は三人を気に入るだろう。

 

「判りました。では話をしておきます」

「楽しみにしてるわ」

 

 話す事がもうなくなったのか、その言葉を最後にアリアロド統括はログアウトする。

 

「さてリーヤ。聞いての通りだ。来月のトーナメントに私も行く。楽しみにしているぞ」

「それは、トーナメントの結果ですか?」

 

 より正確には他の代表候補生との対戦結果だろうけど。

 

「それもあるが、お前と会う事自体もだ。お前にIS適性ある事が判明してから訓練と仕事以外で会う事があまりなかったからな」

 

 加えて言うならそういう時に会う時に公私混同はしない。はっきり言ってお互い上司と部下として接するので家族としての会話は雑談すらしないのだ、自分達は。

 

「それじゃ、その時話のタネの為にも勝ち上がらないといけませんね」

「……あまり無茶はするな。ただでさえお前はその手の自覚が薄いからな」

「判っています。それでは」

 

 ああ、という短い返事。その言葉を聞いてから回線を切断し、手早く片付けて整備室を後にする。

 寮まで戻るとなにやら織斑さんの部屋の方で騒ぎがあるみたいだけど……ほっとこう。多分織斑さんが何かやってトラブってるだけなんだろうし。

 ……これがいつもの事、と思えるあたりオレもだいぶ染まってきたのかもしれないが

 

 




ようやく一巻相当分が終了
二巻分からはいよいよデュノア社との抗争が本格化……するのかもしれない


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Pagina XXIII 金銀来訪

嵐の種、欧州より来たる





「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「そう? ハヅキのってデザインだけじゃない? いいの」

「そのデザインがいいんじゃないっ!」

「私はミューレイのスムーズモデルがいいな」

「あれいいよねー。……高いけど」

 

 教室に入るといよいよ実習が始まるからか、クラスのみんながISスーツのカタログを手に賑やかに談笑していた。

 

「リーヤくんのISスーツはどこのなの? やっぱりエルトリア社?」

 

 周りでそんな話がされてるからか、静寐さんがオレの使っているISスーツについて訊いてきた。

 

「ええ。自社製のフルオーダーメイドです」

「……フルオーダーってやっぱり高い?」

「まともに買ったらかなり高価ですね。とはいっても自分のは会社からの支給品ですから自分がお金を出しているわけではないですね。……ISスーツ本来の用途以外の為の特殊加工もされてますからフルオーダーにならざるを得なかった、というのもありますが」

 

 ……そもそも男用のISスーツなんて既製品にはないからフルオーダーにならざるを得なかった、というのが本当のところだが。

 

「フルオーダー品が支給品とはすごいですね」

「自社製品にISスーツがあるところは大体そうだと思いますよ? 支給品とまではいかなくても社員価格で買えるところもありますし」

 

 この辺りは企業に所属している人間の強みだろう。きちんと報告書等を出していればIS関係での出費は殆どない、もしくは抑えられるケースは多い。

 

「ちなみに特殊加工とはどんな加工がされているのですか?」

「主に防弾・防刃加工ですね。女性権利団体からしてみれば自分は始末したい人間の上位でしょうから」

「あー、そっか。そういう用なんだ……」

 

 特種加工の内容が護身用という事に若干引く*1静寐だが、その辺りは想定している“危険”の違いだろう。流石に徹甲(アーマーピエシング)弾やフレシェット弾のように貫通力の高い弾丸は防げないが、拳銃弾より威力のあるライフル弾なら防ぐ事は出来る。なのでリーヤはISスーツを四六時中ずっと着ている。

 

「まあそれを抜きにしてもエルトリア社のISスーツの品質は学園どころか世界的にもトップレベルですけどね。高いのは確かですがそれに見合った品質ですし」

 

 身内贔屓と思われるかもしれないがエルトリア社のISスーツは既製品でもデザイン・性能ともにいい(デザインに関しては個々の感性によるだろうが)。ISスーツは性能かデザインのどちらか一方に比重を振っているモノも少なくないので両立しているものは意外と少なく、両立しているモノは基本的に値が張る事が多い。

 

「確かにエルトリア社のって評判はいいんだけど高いからなぁ……。神楽ぐらいならぽーんと買えるんだろうけどわたしにはちょっとキツイんだよね……」

「静寐? 言っておきますけど私もそんな簡単に買えるわけではありませんわ」

 

 そんな風に言う二人にとある案を思いつく。出来るかどうかは社に問い合わせてみないと判らないけど提案ぐらいはしてみてもいいか。

 

「二人とももし興味があれば社員価格で売っていいか社の人に訊いてみましょうか? 一人二人ぐらいなら融通出来るかもしれません」

「そんなことできるの?」

「問い合わせてみないと判りませんけど……訊くだけ訊いてみますよ」

 

 却下される可能性もあるけど将来的なリピーターになる可能性を考えれば安い投資だろう。実際に使って不満があれば買い替える時に別メーカーに流れる事はあるけど、モノがよければ買い替えの時に同じメーカー、モノによっては同シリーズのものが選ばれる事は案外多いからだ。

 

「それではお願いしてもいいですか?」

「わたしも。……値段を聞いてから決めても大丈夫?」

「大丈夫ですよ。授業が終わったら社に連絡して訊いておきますね」

 

 ISスーツはその性質上、肌の上に直接身に付けるものだから性能面だけでなく肌との相性も重要になる。少し違和感を感じる程度ならマシな方で、アレルギー持ちの人だったり肌の弱い人だとに蕁麻疹が出たりかぶれたりする事もあるらしい。そういったケースを防ぐ為にもISスーツは個人で注文したものを使う事が推奨されている。

 

「みなさん、おはようございます。SHRを始めるので席に戻ってくださいね」

 

 そう言いながら入ってきた山田先生の声を聞いてオレ達は自分の席に戻る。

 ……ところで、クラスのみんなは山田先生の事を『まーやん』や『マヤマヤと』色んな呼び方で呼んでるけどアレっていいのだろうか? 慕われやすい、という意味でならいいんだろうけどどうも違う気がする。

 少なくとも同年代じゃないんだから『先生』ぐらいはちゃんと付けるべきじゃないだろうか。

 

「諸君、おはよう」

 

 山田先生にとって救いの声……かは判らないが、教室の扉が開き千冬の声が響き渡る。

 自分の席に戻らずにいた生徒もすぐに席へと戻り、一瞬にして教室内が緊張が張り詰める。

 

「今日から本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるが実際にISを使用するので事故が起きないよう気を引き締めるように。それと各人注文したISスーツが届くまでは学校指定の物を使って貰うので忘れるな。言っておくが忘れた者は代わりに学校指定の水着で代用して貰うがそれも無かったら……まぁ下着で構わんだろう。自業自得だしな」

 

 問題大有りでしょう。異性がいる場で下着姿になれというのは公開処刑(同性しかいなくてもだが)だろう。こう思ったのは絶対にオレだけではないだろう。

 

「では山田先生、続きを」

「は、はい」

 

 連絡事項という名の一方的な通達を行った織斑先生は自分の役目は終わった、とでも言うように山田先生に交代する。

 

「ええっとですね、今日からこのクラスに転校生が入ります! しかも二人です!」

「「「「「ええええっ!?」」」」」

(……来たか)

 

 転校生が来るという発表にクラス中がざわつくがその中でオレ来るべきものは来たか、と冷めた思いで聞いていた。

 が、ひとつだけ予想が違ったのは転入してくるのが一人ではなく二人だという事だ。

 

「よし、まずは転校生を紹介する。ボーデヴィッヒ、デュノア、入ってこい」

「失礼します」

「…………」

 

 そしてくらす中に広がったざわつきは、その転校生が入ってくることでさらに大きくなる。

 一人は小柄な銀髪の女生徒。眼帯をしているのが特徴的だが纏っている気配は軍属のソレ。その容姿と気配から一般生徒ではないのは明らかだがこの学園においてはもはや騒ぐほどではないと言えた。誰のせいとは言わないが。

 問題は、もう一人である。中性的に整った線の細い顔立ちに、綺麗な金髪を後ろに束ねた姿はかのシュバリエ・デオンを連想させる。

 

「え、男……?」

 

 クラス内のどこからか漏れた呟き、そしてそれこそがこのざわつきが大きくなった原因だ。

 その転校生はオレや織斑さん同じ制服……男子用の制服を着ていたのだ。

 

「フランスから来ましたシャルル・デュノアです。この国に来るのは初めてなので不慣れなことも多いと思いますがよろしくお願いします」

「「「「「き……」」」」

(あ、マズい。これはクるな)

 

 数秒後に起こる事を確信したオレは耳を塞ぎ、

 そして――――――

 

「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」

 

 予想通り、他のクラス……一番離れている四組どころか上の階まで届くような黄色い歓声が鳴り響く。二人の隣に立つ織斑先生も脇で少しだけうんざりした表情をしている。

 

(成程。彼が例の“彼女”か)

 

 かく言うオレは三人目の男子が来た事にはしゃぐクラスメイトの歓声を聞き流しながら数日前の事に思いを馳せていた。

 

 

 

† † †

 

 

 

 ――――――数日前、IS学園生徒会室。

 

「楯無会長、エルトリア社から例の転入生の詳細が届きました」

 

 そこに書かれていたのはシャルル・デュノア=シャルロット・デュノアの調査結果。そこには名前や顔だけでなく、家庭環境を含めた詳細な事までが書かれていた。

 

「……すさまじいわね」

 

 彼女個人に関することだけでなく、関連事項としてデュノア社の内情にも及んでいる内容に楯無は嘆息する。これだけで出すべきところに出せばデュノア社を追い込めるだけの内容が記載されていた。

 

「よくここまで調べたわね。まさか家庭環境までここまで詳しく調べてあるとは思わなかったわ」

「流石にここまでの個人情報を調べるのはガードの硬さもですが純粋に手間がかかったと思います。その価値はあったと思いますが」

 

 この調査結果でもっとも価値があるのは彼女が正妻の子ではなく愛人の子で、それ故に今の両親……特に正妻から疎まれてるというのと、父親の方は彼女の事を嫌っていないというところだ。正妻はデュノア社内でも女尊男卑の派閥の中心のようだから上手く使えば大きな利が得られるだろう。

 

「そうね。この件に関してはもう調べる必要はないでしょうね」

「改めてエルトリア社の諜報能力には驚かされましたね」

 

 おそらくデュノア社関係で調べてもらう事はもうないだろう。そしてどう動いてくるかもある程度は予想が出来る。

 後は彼女がIS学園(ここ)に来てとる行動に合わせて動けばいい。

 

「……更識会長。こちらとの契約は覚えていますよね?」

「ええ。デュノア社関連のことではIS学園は手出しをせず静観する。けど――――――」

「判っています。彼女が何らかの形で問題を起こした場合はその限りではない、ですね」

 

 オレとしても何も知らない一般生徒を巻き込むのは本意じゃない。問題はその問題がどんな方向性なのか、という事だが……これに関しては彼女が学園に来てからの動き次第だろう。

 

「それじゃあリーヤくん。彼女が来たら一組に転入されるよう私の方からも手を回しておくわ。その方がいいでしょ?」

「助かります。目を離さないようにするには同じクラスの方が都合がいいですから」

 

 

 

† † †

 

 

 

 ――――――以上がほんの数日前にシャルロット・デュノアについてオレ達が話していた内容だ。

 更識会長が上手くコトを進めたのか、彼女は一組に編入されたので様子を見るだけでなく何か仕掛ける事になっても機会を作りやすいだろう。

 

(……それにしたってあまりに雑過ぎやしないだろうか、あの男装は)

 

 オレは彼が“彼女”だという事を知ってるからその先入観は勿論ある。が、オレが女に化ける時はもう少し手を凝らして初見で怪しまれるような真似はしない。本気でアレで大丈夫と思っているのか、バレても構わないと考えているのか判断に困るところだ。

 

「み、皆さん。まだ自己紹介が終わっていないので静かにしてください~」

 

 山田先生がオロオロしながらその場を鎮めようとするが、相変わらず威厳が感じられないその声に従う生徒は少ない。大半の人達はまだ騒いでいる。

 

「黙れ、騒ぐなと言っている」

 

 だが、続くこの声に逆らう愚か者はこのクラスには残っていなかった。入学して間もないとはいえ織斑先生の厳しさは浸透している。主にその弟に振り下ろされてきた出席簿によって。

 

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「了解しました、教……織斑先生」

 

 千冬は周りが静かになったことを確認して、もう一人の転校生に挨拶を促す。

 それに了承の意を伝えようとした矢先、途中で織斑先生が睨んでいることに気付いて慌てたように呼び名を正す。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 一瞬で再び硬質な気配を身に纏った簡潔な紹介。

 あまりに簡潔すぎる自己紹介に周りの反応は鈍い。というよりもどう反応していいのかわからないんだろう。

 

「あ、あの……終わりですか?」

「以上だ」

 

 恐る恐る問いかけた山田先生への返答は無情だった。山田先生が悪いわけではないのにあまりの拒絶に涙目になってしまっている。

 そんな山田先生を無視してボーデヴィッヒさんは何かに気付いたように歩き出し、織斑さんの前で立ち止まり――――――

 

「貴様が……!」

 

 そう言いながら彼の頬に強烈な平手打ちを見舞う。あまりの衝撃に、一夏は椅子から転げ落ちてしまった。

 

「ぐはっ!?」

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど認める者か……!」

 

 織斑さん、というより織斑先生となにか関係があったんだろう。理由を聞こうとする織斑さんを無視して空いている席に向かうボーデヴィッヒさんだが、何を思ったのかその途中にあるオレの席の前で立ち止まった。

 

「……なにか?」

「……ふん。少しはまともなのがいるようだな」

 

 それだけ言うと今度こそ彼女は空いている席に座り、腕を組んで目を瞑り周りからの声を拒絶する。

 ……どうやら彼女に目を付けられたらしい。個人的には他の人達同様、侮ってくれた方がよかったのだが。

 

「……ではHRを終わる。今日の一限目は二組と合同でISの操縦訓練を行うからすぐに着替えて第二グラウンドに集合。織斑とカテドラールはデュノアの面倒を見てやれ。以上、解散っ!」

 

 やはりというか彼女の事をサポートするのはオレ達か。当然といえば当然だが。

 

「君達が織斑君とカテドラール君?初めまして。僕は――――――」

「申し訳ありません。自己紹介は後にして移動しましょう。皆さんが着替えられるので」

 

 デュノアさんの言葉を遮って教室から出る。悪いけどこれからの事を考えるとゆっくり自己紹介してる暇はない。

 

「基本的に男子は空いているアリーナの更衣室で着替えます。なので各アリーナの更衣室が何処にあるのか早めに覚えた方がいいです」

「う、うん」

「急ごうぜ。そろそろ――――――」

「あ、転校生発見っ!」

「しかも他の二人も一緒!」

 

 ……遅かった。他のクラスのHRが終わって他クラスの人達が出てきた。今捕まれば質問攻めに遭うのは目に見えている。教室で座学の人達はいいだろうけどこっちはアリーナまで行かなければならない。それで遅れたらペナルティは免れない。そんなのは全力でご遠慮願いたい。

 

「みんなっ! こっちよ!」

「者ども、出会え出会えいっ!」

 

 その言葉を皮切りに一斉に教室から他クラスの生徒が出てくる。……少なく見積もっても十人以上はいるな。中世の砦か、ここは。

 

「織斑くんの黒髪やリーヤくんの銀髪もいいけど金髪もいいわね! いかにも王子様って感じで!」

「しかも瞳はきれいなアメジストみたいな色っ!」

 

「な、なに? なんでみんなこんなに騒いでるの?」

「そりゃ男子が俺たちだけだからだろ」

「……?」

 

 本気で意味が判ってなさそうな彼女に本気で呆れてくる。自分が男装して入学し、それが秘密という自覚があるんだろうか。

 

「いやISを動かせる男って俺達しかいないから男子って俺たちしかいないだろ?」

「あっ! う、うん。そうだね」

「それにこの学園の女子って男子と話したりする機会がないから俺たちは珍獣扱いなんだよ」

「ち、珍獣……」

「…………」

 

 織斑さんの言葉には否定したいところだけど、残念ながらオレ達がこの学園でそういう扱いなのは事実だから否定は出来ない。一組の人達は慣れてきたけど他クラスの人達からは未だ珍しがられているのが現状だ。

 ……そろそろこの現状はなんとかしないとな。アリーナに行くたびにコレじゃ困る。

 

「けどシャルルが来てくれてよかったよ。学園に男二人は辛いもんがあるからな。一人でも仲間が増えてくれれば心強いってもんだ」

「そうなの?」

 

 織斑さんの言葉に首を傾げながらオレの方を見るデュノアさんだが、生憎とオレの方は織斑さん程辛いと思っているわけじゃない。

 

「その辺りをどう感じるかはその人次第でしょう。自分は特に何も感じていませんから」

 

 それよりも今のオレとしては自覚が無さ過ぎる彼女の言動に頭を抱えたくなるのを抑える方が重要だ。

 バレてもオレの知った事ではないがその手の事を『仕事』で行うオレとしては色々と突っ込みたくなる。

 

 

「ま、なんにしてもよろしくな。俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれ」

「リーヤ・カテドラール。自分の方は好きに呼んでくれて構いませんよ、デュノアさん」

「シャルルでいいよ、リーヤ」

「気にしなくていいぜ、シャルル。俺もリーヤからは名字にさん付けだからな」

「……ファーストネームで呼ぶのは慣れていないので」

 

 以前も同じような事を言ったけど今回はただの名目に過ぎない。デュノア社の狙いがこちらのISにあると判っているから彼女と親しくする気がおきないというのが大きい。

 

 

 なんとか振り切ったオレ達はアリーナに着いたが、思っていたより時間を取られていたようで授業の開始まであまり余裕がなかった。なのでボタンの上から二つだけを外し、一気に脱ぐ。オレはISスーツを制服の下に着てるから制服を脱げばもうそれで着替え終わ――――――

 

「わぁっ!?」

 

 ――――――るのだが後ろからデュノアさんの叫び声が聞こえて思わず手が止まる。

 

(よし、もう気にしないようにしよう。彼女のそういう言動を気にしてたらこっちがボロを出しかねん)

 

 後ろから聞こえる会話を極力スルーして制服をロッカーにしまい、準備を整える。二人は話しながら着替えているせいかもう少しかかりそうだった。

 ただ……

 

(織斑さん、『引っかかって着辛い』というのは例え同性でも人によってはセクハラです)

 

 その後、結局織斑さんが着替え終わるまで待っていたオレ達だったがやはりというか時間的にはギリギリだった。幸いオレとデュノアさんは注意だけだったが織斑さんはしょうもない事を考えていたのか、織斑先生から出席簿が振り落とされていた。

 ――――――オレ達にとってはもう見慣れた光景。それを睨むように見ていたボーデヴィッヒさんの眼がやけに気になった。

 

 

*1
元々ISスーツは拳銃程度の弾丸なら防げる程度の強度はある為。




ようやく原作二巻に突入
ここからデュノア社関連のフラグを回収していきます


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Pagina XXIV 疑念実習

些細な事でもきっかけは起こり得る
重要なのはそれが何のきっかけか、という事


……それはそうと、FGOのフリクエの全クエストで戦利品を全コンプしたら友人一同から『ばか』だの『あたまおかしい』だの散々言われました
何故だ



「では本日から実際にISを用いての訓練を行う。内容としては主に格闘と射撃の基本だ」

「「「「はいっ!」」」」

 

 合同での実習だけあって人数が多い分返事も大きい。これまで授業では座学のみだったから本格的にISと使うという事も関係してるんだろう。何人かは気合の入った目をしている。

 

「まずはISでの戦闘がどんなものか実際に見てもらう。――――――凰! オルコット!」

「「は、はい!」」

「代表候補生として他の生徒への見本を見せろ」

 

 織斑先生に指名された二人が一歩前に出て、それぞれの専用機を展開する。やはりというか代表候補生となると手本を示すような事もしないといけないのか。

 

「織斑先生、お相手は凰さんとの一対一でよろしいのですか? わたくしとしてもちょうどいい相手ではありますが」

「言うじゃない。その言葉、そのまま返してやるわ」

「逸るな、バカども。お前達の相手は――――――」

「――――――お待たせしました、織斑先生」

 

 織斑先生の言葉に重ねるカタチでラファールを纏った山田先生が降り立つ。スラスターをむやみに吹かしたりせず、最小限の出力で下降時の慣性を相殺し、ふわりとした軽い動きでの着地。これは地味だが難しい技術で、地面に降りる前に時間にして一秒程度だけ慣性力を少しだけ上回る程度の出力制御をしないと出来ない。

 オレだけでなくオルコットさんと凰さんも山田先生の技量に驚いたのか目を見開いている。

 

「見ての通りだ。お前達の相手は山田先生にしてもらう」

 

 無論二対一でな、と織斑先生が付け加えるが二人の目に油断等はない。ここに来るときにさらりと見せた高等技術で山田先生の実力の高さにあの二人は気付いたんだろう。

 

「……準備はよさそうだな。でははじめ!」

 

 織斑先生の号令と同時にオルコットさんと凰さんが空に上がり、それを確認して山田先生も飛翔する。

 オルコットさんが先制攻撃を放つもそれを山田先生はあっさりと避け、二人に肉薄する。

 

「さて……このまま見ているだけというのもあれだな。――――――デュノア、山田先生が使っているISの説明をしてみせろ」

「あ、はい」

 

 三人の戦いを見ながら織斑先生はデュノアさんにラファールについて説明しろと促す。デュノアさんも自信があるのかしっかりとした説明を始める。

 

「山田先生が使っているISは『ラファール・リヴァイブ』といって第二世代機の中でも最後期に開発された機体です。最後期に開発されたこともあってスペックでは第三世代の初期型機にも劣らず、安定した性能と高い汎用性、そして後付けの装備のバリエーションが豊富なのが特徴です。それを活かすために操縦の簡易性が高く、操縦者を選ばないのと多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立しています。簡単に言うと操縦にクセがなく、格闘・射撃・防御とどんな戦い方にも対応できる機体です。なので十二ヵ国で正式採用されていてその国にあったチューンをされています。それもあって世界三位のシェアでここIS学園でも訓練機として使われています」

「そこまででいい。説明としては完璧だ。では次にカテドラール。お前はこの勝負どちらが勝つと思う。遠慮せずに言ってみろ」

 

 デュノアさんの次はこっちか。期待されてると見ていいのか、それとも単に目に入った目立つ生徒だからなのか迷うところ。

 ……と、出席簿が頭に落とされる前に答えるとしよう。

 

「では言わせて頂きますが……山田先生が勝ちますね」

 

 全く躊躇わずに断言したからか、周りの人達がどよめく。時に織斑さんから非難めいたモノを感じるけど気にする程のものじゃない。故に彼からの視線は無視する。

 

「ほう。その理由は?」

「一見すると山田先生が押されているように見えますが、山田先生はあの二人に効果的な攻撃をさせていません。具体的に言うと位置取りと攻撃のタイミングが巧みで二人を連携させないように立ち回っています。今は二人とも自分が倒す事に意識が向いていて連携する事を重要視していませんが、長引けば連携する事のメリットに気付きます。なのでそうなる前に山田先生が決着をつけると思います」

 

 もっとも、即席の連携で勝てる程山田先生は弱くないだろう。普段は優しく、親しみやすいという印象を持たれている山田先生だけど、山田先生は織斑先生が現役だった頃の代表候補生。同じ代表候補生でも今とは基準が厳しかった筈だからその実力は相当だろう。

 

「……ふん。どうやらカテドラールの読み通りになったようだな」

 

 上では山田先生の弾幕に誘導されたオルコットさんが凰さんと衝突し、お互い文句を言っているところに山田先生が両手に構えたライフルで追撃。

 これ以上続けるとISのエネルギーが尽きてしまうのでここで終了となったが、地上に降りた二人はお互いに文句を言い始める。

 

「アンタねぇ……なんであんな簡単に動きを読まれてんのよ! 肝心なところで援護もないし!」

「り、鈴さんこそ! あなたが何も考えずに突っ込むからわたくしが撃とうと思ってもあなたが邪魔で撃てなかったのです! もう少し考えて動いてはどうなのです!?」

 

 今にももう一戦――――――今度は二人で始めそうな雰囲気になるもそれはこの場における絶対権力者によってあっさりと終わりを告げる。

 

「貴様ら……まだずいぶんと元気そうだな? そんなに元気があるなら今度は私とやるか?」

 

 背後に効果音が聞こえてきそうな気配を纏って二人を圧倒する織斑先生。

 ……言い争いを止める為とはいえ教師が生徒を威圧するのはどうかと思うのですが。

 

「さて諸君。これで山田先生がどれ程の実力者なのかよくわかっただろう。今後は敬意を持って接するように」

 

 どうやら織斑先生の本当の狙いは模擬戦を見せる事じゃなく、山田先生が生徒に気安く……悪く言えばあまり教師らしく見られていない事を改善する為だったらしい。

 

「では班を分ける。専用機持ちは各班のリーダーとして散らばり八人一班で分かれて実習を行う。いいな? では分かれろ」

 

 ……織斑先生。それだけだと間違いなく問題になる気がするのですが。

 

「リーヤくん、よろしくね!」

「リーヤさん、ご指導お願いします」

「織斑君、一緒にやろ!」

「デュノア君手取り足取り教えて~」

 

 予想した通りというかなんというか。オレと織斑さん、そしてデュノアさんの三人に人が集中する。

 そして静寐さんと神楽さん。こうなると判ってこっちに来ましたね。二人とも織斑先生から見えないようオレを見て笑いを堪えてるし。

 

「この馬鹿どもが……専用機持ちは織斑、オルコット、カテドラール、デュノア、凰、ボーデヴィッヒの順に並べ! そこから出席番号順に分かれろ! それでももたつくようならISを背負ってグラウンド百周だ、いいな!」

 

 怒声に近い織斑先生の指示であっという間にグループ分けが完了する。自分が指示を出すとあっさりと済んだ事に織斑先生は頭が痛いと言わんばかりに額に手を当てる。

 

(織斑先生、心中お察しします)

 

 オレとしても男だからという理由で集中されてもむしろやる気が削がれる。

 うち二人は揶揄い目的があったようだが。

 

「ふっふーん。改めてよろしくね、リーヤくん♪」

 

 静寐さんをはじめ上手く男子がいる班に振り分けられた(なお、今ので判る通り静寐さんはオレの班になった)人達は割と気分がよさそうだ。オルコットさんと凰さんの班に振り分けられた人達もなんだかんだで楽しげだ。

 それに対して――――――

 

「…………」

 

 ボーデヴィッヒさんの班は話し声等は一切聞こえず、重苦しい沈黙が支配している。班のリーダーであるにも関わらず、全く口を開かず、周りを見下したような冷徹な視線と協力する気は欠片もなさそうな雰囲気だ。

 

(あそこの様子も見ながらやるか。神楽さんもいるし)

「ではみなさーん。用意した訓練機を一班一台で取りに来てください。数は『打鉄』が三機、『ラファール』が二機です。好きな方を選んでもらっていいですが早い者勝ちなので希望がある班は急いでくださいねー」

 

 さてどっちにするか。個人的にはトラブルが起きても勝手の判るラファールの方がいいが。

 

「皆さんは希望はありますか?」

「わたしはないかな」

「私もー」

 

 希望はなさそうだからラファールにさせてもらおう。デュノアさんのところもラファールにする可能性が大きいから早く選ぶに越した事はない。

 

「それじゃ始めるけど……一番手は?」

「「「「はいっ!」」」」

 

 一斉に手を挙げる班員五名。

 順番で揉められても困るから出席番号順でやってもらおう。

 

「では皆さん出席順に並んでください。一人ずつ装着、起動、そして歩行と解除までをやっていきましょう」

 

 ちなみ訓練機は授業での使用上、フィッティングとパーソナライズは切ってある。そうしないと一人終わる毎にその都度設定をしないといけなくなるからだ。

 

「それじゃ始めましょうか。時間内に終わらない、となると補習になるかもしれませんし……ああなりたくはないでしょう?」

 

 ちらりと自分が視線をデュノアさんの班に向けると、何かやらかしていたのかデュノアさん以外のメンバーが織斑先生にはたかれていた。

 それを見た皆は素直に指示に従ってくれた。

 

「……そうだね。アレ絶対痛いと思うし」

「補習も嫌だしねー」

「自分も補習に駆り出されるのは遠慮したいのでそうしてください。あ、それとISを解除する際は必ずしゃがんでください。そうしないと次の人が困るので」

 

 そうして一人、二人と順調に進んでいく。が三人目の人が解除する時に問題が起きた。

 

「あ、待ってください! そのままだと――――――」

「え?」

 

 慌てて止めようとするも時すでに遅し。

 歩行までは問題なかったのだが装着を解除する際にしゃがまず、立ったままの状態で解除してしまったのだ。

 

「ご、ごめん! 忘れてた!」

「やってしまった事は仕方ありません。次に乗る時は注意してくださいね?」

「う、うん。ホント、ゴメンね……?」

 

 さて問題はこれをどうするか、だが……。

 

「ねぇリーヤくん。これ、どうやって乗ればいいの?」

 

 次は静寐さんか。

 ……静寐さんなら大丈夫か。ストレガを展開して静寐さんを抱きかかえる。

 

「自分が抱えていくのでそこから乗ってください」

「え? きゃあっ!?」

 

 返事を聞くよりも先に静寐さんを抱きかかえて。……下から羨ましいとかズルいとか色々聞こえてくるけどそれは無視。

 そのままコクピット近くまで運ぶ……と言っても少し浮遊する程度だが。

 

「それじゃここから入って。いける?」

「うん、大丈夫」

 

 そのまま静寐さんはラファールのコクピットに乗り込み起動。そのまま問題なく歩行に入る。歩くじゃなく、少しだけだが走ったりして動きに緩急つけて限られた時間を有効に使い、ISを解除しようとする。

 

「……静寐さん。一応言っておきますがわざと立ったまま解除しないでくださいね?」

 

 周りの視線が気になったので静寐さんに一応釘を刺しておく。なんというか自分が抱きかかえたせいだと思うが静寐さんに圧の籠った視線を向けてたからだ。

 

「えぇーっ!?」

「鷹月さんだけズルいよー」

「私達もしてほしーい」

 

 静寐さん以外の班員からブーイングが来るけど今回のコレは不可抗力。文句を言われてもこま――――――待てよ? オレが抱きかかえるのが目当てなら今じゃなくてもいい、のか?

 

「アレぐらいでよければ休み時間にしてあげますから、それで引き下がってください」

「「「ホントにっ!?」」」

「こんな事で嘘は言いませんよ。それで皆さんのやる気がでるなら安いものです」

 

 抱き上げる程度で言う事を聞いてもらえ、しかもスムーズに進むなら休憩時間が少し減る程度問題ない。

 ……後で来るであろう神楽さんの追及は少しばかり怖いが。

 

「というわけなのでちゃんとしゃがんで解除してくださいね?」

「うん、りょうかーい」

 

 向けられていた圧がなくなったからか、静寐さんは手順通りしゃがんで解除してくれた。次に乗り込んだ二組の人も危なっかしい所はなく順調そうだ。

 まだやってないのは四人だけどこのペースなら全員終わるだろう。

 

(で、気になるのはボーデヴィッヒさんの班だけど……)

 

 少しだけ見てみると相変わらず重苦しい雰囲気が漂っていて、班長であるボーデヴィッヒさんよりも神楽さんが積極的にサポートに回っている。

 ……昼食の時神楽さんに何か奢ろう。本来ならボーデヴィッヒさんがやるべき事を代わりをしてるんだし。

 そうしてボーデヴィッヒさんの班を見ていたけどISの歩行音が徐々に大きくなってきたから意識をそっちに戻す。

 

「カテドラールくん。このまましゃがんで解除すればいいんだよね?」

「ええ。それじゃ次の人――――――」

 

 そうしてオレ達の班は順調に進み、片付けもみんなが協力してくれたから時間に余裕を持って終わる事が出来た。

 協力してくれた報酬は放課後に、という事で落ち着いたから少し時間を作っておきますか。

 

 

 

† † †

 

 

 

 ――――――昼休み、授業で同じ班だった人達を約束通り抱き上げた後(少しトラブルもあったが)、いつもの面子で食堂のもう自分達の指定席ともなったテーブルで昼食にしていた。

 ……織斑さんからデュノアさんと一緒に、と誘われたけどオレとしては余計な交流をする気はないから食堂にいつもの面子で食べている。凰さんが一緒に行ったようだから機会があれば彼女に訊けばいいだろう。

 

「ねぇリーヤくん。転入生のデュノアくんのことなんだけど……彼、本当に男の子?」

 

 食べ始めると、静寐さんがトンデモナイ爆弾を投下してきた。

 

「一応訊きますけど……なんでそう思ったんです?」

「なんていうか……『女子から見た男子』っていう感じがするんだよね。それで逆に女装が似合いそうなリーヤくんはどう思ったのかなって」

「静寐もそう思ったんですね。私もデュノア君には違和感を感じましたけど」

「……そうなの?」

 

 オレに訊いてきた理由はかなり不本意だけど静寐さんの直感は正しい。

 織斑さんを含めてクラスの大半の人達は()()が男だと信じてるみたいだけど、疑いを持つ例外もいたみたいだ。

 ……改めて思うが、内情を知っているオレどころか一般生徒である二人に怪しまれる時点でデュノアさんの変装は穴だらけだろう。

 

「それでリーヤさん。どうなのですか?」

「……今のところはノーコメント。それで察してほしいというところかな」

 

 ほとんど肯定したのと同じだけど大っぴらにはまだ言えない。とはいえ三人ともそれでこっちの事情を察してくれるからそれ以上の追及はしないでくれた。

 

「分かりました。しかしリーヤさんはデュノアさんのことより学年別トーナメントもことを気にした方がいいのではありませんか?」

 

 神楽さんからこの話はここまで、という口調で学年別トーナメントが挙げられる。

 いやオレとしては何故に学年別のトーナメントを気にする必要があるのか判らないのだが。

 

「蔑ろにする気はないですけど……なぜです?」

「あー、やっぱり知らなかったんだね。仕方ないと言えばそうなんだけど」

「……? トーナメントでなにかあるの?」

 

 静寐さんだけじゃなく神楽さんからも気の毒そうな顔をされる。

 どうやらこの面子で知らないのはオレと簪さんだけらしい。

 

「……驚かないでね? 学年別トーナメントに優勝したらリーヤくん達男子三人の誰かと付き合えるって噂が流れてるんだよ」

「……は(え)?」

 

 予想外の言葉にオレと簪さんから我ながら間抜けな声が出たとは思うけど仕方ないと思う。いや、何がどうなったらそんな噂が流れるんだ?

 

「……一応訊くけど織斑くん達はともかくリーヤくんはそんなことしないよね?」

「しません。そもそもそんな景品扱いに了承した覚えはないですし、そんなカタチで付き合えと言われても全力で遠慮します」

 

 全く、一体どんな話が元となってこんな噂が流れたんだか。オレとしてはいい迷惑としか言いようがない。

 

「しかしそんな噂が流れているとなるとトーナメントは負けるわけにはいきませんね」

「負けるわけにはいかないって……そんなに誰かと付き合うのがいやなの?」

「自分も男なので嫌というわけじゃないんですが……本人の意思を無視して景品扱いにされるのが気に食わないだけです。皆だってそうでしょう?」

「「「確かに」」」

 

 判ってもらえたようでなにより。

 ……そういえば学年別トーナメントといえば簪さんに訊いておかないといけない事があったな。

 

「トーナメントといえばエルトリア社から自分の上司が来るんですが良ければ会います? 進路にエルトリア社を考えているなら簡単な面接ぐらいはしてくれると思いますけど」

 

 元々ISを一人で作ってる簪さんには興味を持ってたし、静寐さんと神楽さんも二人が希望すれば簡単な面接ぐらいはしてくれるだろう。三人は女性権利団体が幅を利かせている日本のIS関連企業に渡すのは惜しいし、向上心も一年の中でもかなり高い。推薦するには十分過ぎる。

 

「リーヤさん。それは代表候補生である簪さんだけでなくわたくしと静寐もなのですか?」

「勿論。現状で推薦するとしたら三人ともです。……一応言っておきますが自分が三人を推したのは私情抜きで純粋にエルトリアの社員として、です」

 

 そもそも友人だからという理由で推薦しても間違いなく落とされるだろう。そんなコネで入社してやっていける程エルトリア社(ウチ)は甘くないし。

 

「エルトリア社かぁ……興味はあるけどどんな人が来るの? やっぱりIS関係の人?」

「ええ。エルトリア社のIS部門統括です」

「「「と、統括っ!?」」」

 

 やはり統括クラスとなるとこういう反応になるか。企業関係者でトーナメントに来るのは代理人(エージェント)が中心で、直接来る事はあっても重役クラスが来る事は少ない。

 今回統括が来るのは織斑一夏の血(血液サンプル)の引き渡しが一番の理由だけど折角来るから有望株を見つけておきたいというのもあるんだろう。

 

「とはいっても今すぐ決めるのは難しいと思うのでその気になったら教えてください。あ、受けるなら早めに教えてくださいね。その方が印象も良くなると思いますから」

 

 簡単とはいっても面接をするなら統括にもそれを前提とした予定を組んでもらう必要があるし、もしかしたら静寐さん達にも準備してもらうもの等があるかもしれない。それを考えると答えは出来るだけ早いうちにほしい。

 

「……リーヤ。返事はいつぐらいまでなら大丈夫?」

「そうですね……トーナメントが最終週なので遅くてもその前週までにはお願いしたいですね」

「なら……私は今週中に決める」

「なら私も」

「わたくしも今週中にに決めますわ」

 

 確かに速い方が助かるけど……大丈夫なんだろうか。

 非公式の面接になるだろうからこれで入社の合否を決めるような事はないと思うが……いや、彼女達が一週間でいいと言ったんだからオレはそれを信じよう。

 

「判りました。それじゃその時の返事を楽しみにしてますね」

 

 そのまま食器類を片付ける為に席を立つ…否、立とうとしたところを神楽さんに制服の裾を掴まれ止められた。

 

「……ところでリーヤさん? 先ほどのは大変楽しそうなことをしていらっしゃいましたね?」

「神楽さん……何故それを」

「わたくしの班は静かでしたから他の班の人達の話がよく聞こえましたの」

 

 そう言う神楽さんは表情こそ笑顔だけど目が全く笑ってない。

 ……見られていたのか、アレ。

 

「神楽……? なにかあったの?」

「ええ。実はですね……」

 

 話を聞いた簪さんの視線が絶対零度と思えるほど冷たくなる。ただどちらかと言えばオレより静寐さんの方に向いているような気がする……?

 それが気になって静寐さんの方を見ると彼女はあはは、と困ったような笑顔だけど冷や汗をかいているのが判る。

 

「……リーヤ、静寐。詳しく説明してくれるよね?」

「ええ。特に抜け駆けのようなことをした静寐にも詳しく話をしてもらう必要がありますわね……?」

 

 対面に座った二人から立ち昇る明らかな不穏な気配。

 これは……逃げるのは無理だな。

 

「「詳しく説明して(ください)」」

 

 結局二人への説明(という名の尋問兼お説教)は昼休みが終わる時まで続いた。しかも終わりじゃなく一時休廷と言っていたから放課後にまたあるんだろう。

 ……取り合えずやる気を出してもらう為の飴はもう少し内容を考えよう、今度からは。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 授業でした約束を果たすため、一足先に着替えたオレは再びISの格納庫前に来ていた。

 抱き上げる、とは言ったものの教室でやれば間違いなく面倒な事になるから授業後――――――それも休憩が昼休みなら食事も摂らずにいきなり来る人はいないと踏んだからだ。

 事実彼女達にしてあげる間は誰も来ず、何事もなく終わると思ったのだが――――――。

 

「最後はわたしだね」

「いやなに当然のように混じってるんですか。静寐さんは授業でしてあげたでしょう」

 

 今してるのは皆が静寐さんだけズルいというからその埋め合わせだ。授業でしてあげた静寐さんにしたらまた揉めると思うのだが。

 

「だってわたしはIS越しだったのにみんなは直接だもん。ズルいっ!」

 

 それを言われるとオレとしては無碍に出来ない。ストレガは全身装甲型(フルスキン・タイプ)だから抱きかかえたと言っても今のようにオレが直接、ではなく装甲越しだったからという静寐さんの言い分も判る。

 

「……判りました。してあげますから力を抜いてください」

 

 我ながら甘いなと思いつつも静寐さんを抱き上げる。これで満足してくれたかな、と考えていると腕の中にいる静寐さんが驚きの行動に出た。 

 ――――――オレの首に手を回し、身体をより密着させてあろう事か胸元に頭を擦り付けてきたのである。

 

「「「「あぁ――――――っ!?」」」」

 

 静寐さんの行動に見ていた人達全員から非難めいた声と羨望の両方が混ざった声が挙がる。

 ……いや自分から爆弾を落とさないでほしいんですが。

 

「あの、静寐さん何やってるんですか?」

「え? 見ての通りだよ? せっかくなんだからちょっと甘えようかなって。それにリーヤくんもじっとしててとか言わなかったでしょ?」

 

 あー、確かにそれはオレの失敗だったかもしれない。最初の人からずっと皆が大人しくしていたから油断していたのは事実だ。

 

「ちょ、ちょっとしていいなら私だって!」

「もう一回! もう一回してくれたらわたし達だって!」

 

 静寐さん以外の娘から口々にもう一回と言われるけど流石にもうするつもりはない。キリがないしオレも含めて気付かなかった方の負けだろう。

 

「申し訳ありませんがしません。……彼女の作戦勝ちですね」

 

 そう言いながら静寐さんを降ろすと彼女は顔を赤く染めながらもご満悦そうだった。

 

 

 

 ――――――この事が原因で昼休みに窮地に立たされるとは思わなかったが。




疑惑を持つのは一人ではない
一つ一つは小さくとも、それらが集まれば大きくなる


段々と一般生徒から逸般生徒への道を行きつつある静寐と神楽
果たして二人はどこまで行くのか


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Pagina XXV 真相露見(=情報確証)

事前に知らされていた者
知られていないと信じ切っていた者

――――――相まみえる時、来たる





今回はかなりのシャルロットアンチです
批評は……あるか、間違いなく


 放課後になって再び開廷した神楽さん主催の弾劾裁判は二人だけでなく、一部始終を見ていた人達も加わってちょっとした騒ぎになった。あんな事をした静寐さんもだけど、そもそもの原因はオレが横抱きした事にある。なので静寐さんには抜け駆けしない事、オレには不用意にああいう事しない事、という厳重注意で閉廷した。

 ――――――したの、だが

 

(イタリアにいた頃、姉さんや先輩達から『笑顔で怒っている女ほど怖いものはない』って言われた事があるけどアレってこういう事だったのか。出来れば知りたくなかったけど)

 

 個人的にはずっと笑顔で圧をかけてくる神楽さんに一番参った。なんせ表面上は笑顔なのだが、その背には殺気や敵意とはまた違ったものを背負っていたからである。……どちらか言うとその圧はオレより静寐さんに向けられていたが。

 そんな弾劾裁判が終わり、寮の部屋に戻って簪さんと彼女のISの方向性について話しているとドアが少々……いや、かなり乱暴にノックされた。

 

「……自分が出ますよ。簪さんにこんな訪ね方をしてくる心当たりはないでしょう?」

 

 どう考えても厄介事の気配しかしないのでチェーンをかけてドアを開ける。すると案の定というか織斑さんが勢い良くドアを開けようとし、かけておいたチェーンに阻まれて廊下に鈍い音が響く。 

 

「……ドアを壊す気ですか? 何の用です」

「リーヤ、話があるんだ! 頼む、一緒に来てくれ!!」

「行くかどうかはどんな話か聞いてから決めます。なのでここでどうぞ」

「大事な相談があるんだ! 男として!!」 

 

 はっきり言って気は乗らない。断りたいところだけど彼のこの様子だと騒ぎ続けるだろうし、それをされると周りにも迷惑がかかる。

 ……仕方ない。不本意だけど行くしかないか。

 

「判りました、行きますよ。……簪さん、少し出てきます」

「……うん、気をつけて」

 

 部屋から出て案内された先はやはりというか織斑さん達の部屋で、中に入ると当然と言えば当然だがデュノアさんもいた。が、あからさまに沈痛な面持ちをしているのを見て呼ばれた内容にも察しがついた。

 

(とうとう気付いたか。それともバレるような事が起きたか?)

 

 なお、流石のリーヤも彼女がシャワーを浴びているところで鉢合わせたとまでは考えていない。リーヤとしては『あり得ない』事なので精々彼女が胸を潰していないところを見られたか、程度の認識である。

 

「……それで自分に何の用です?」

 

 呼ばれた理由は間違いなくデュノアさん絡みだろうけど、連れてこられた身として一応訊く。

 

「あ、ああ。その、力を貸して欲しいんだ!!」

「……何に、ですか? 内容を言わずに力を貸せ、なんて白紙の小切手を切るのはお断りしますが」

 

 勿論そんなものを切る気はない。相手によってはするかもしれないが取り敢えずこの二人にそこまでするつもりはない。

 

「わ、悪い。シャルル、言っていいよな?」

「う、うん」

「じ、実はシャルルのことなんだが―――「彼じゃなくて彼女だったんでしょう。知っていますよ、それは」―――「「は?」」

 

 織斑さんの言葉を遮ってもう知ってると言うと当事者二人は唖然としている。予想外過ぎて言葉もないというところか。 

 

「し、知ってたっていつから知ってたんだよっ!?」

「彼女がIS学園に来る前から。社の方からフランスが性別を詐称して代表候補生を送り込んでくるから注意しておけと。……まぁ、自分から見れば粗末な変装だったので事前情報がなくても気付けるレベルでしたね」

 

 現にクラスメイトの人達でも疑ってる人達はいますし、と加えると二人は信じられないと言いたげな表情だ。

 ……本気で気付かれてないと思ってたんだろうか、この二人は。

 

「そ、そうなんだ。……初めから気付かれてて、その上で見逃されてたんだ」

「ええ。ついでに言うとデュノアさんの事情も全て知っています。家庭の事も、どういう理由で送り込まれたのかも、ね」

 

 証拠としてデュノア社の内情やデュノアさんの家庭事情――――――彼女が愛人の子である事や二年前に母親が亡くなってから父親に引き取られた事についても話すと彼女の顔色が目に見えて悪くなる。

 ついでに言うと見逃していた、というのは正しくない。彼女が尻尾を出すまで泳がせていた、というのが適当だろう。

 

「なんで……そこまで知ってるの?」

「エルトリア社の耳は貴女方が思っているよりいいという事ですよ」

 

 流石にエルトリア社(こちら側)に通じている――――――というよりエルトリア社の人間が潜り込んでいる事まで教えるつもりはない。潜っているのは複数だろうけどわざわざデュノア社側にそれを教える必要はない。

 

「それならシャルルを助けてやろうぜ!」

「いえ、お断りします」

 

 オレがあまりにも自然に断ったからか、織斑さんは何を言われたのか理解出来ないようだったがそれも一瞬。オレが何を言ったのか理解するとすぐに激昂した。

 

「な、なんでだよ!? 友達だろっ!?」

「さっき言ったでしょう。デュノアさんがどういう理由で送り込まれたかを知っていると。自分は産業スパイを助ける気はありません」

「なっ……!?」

 

 オレとしてもデュノアさん個人に肩入れする気はない。そして織斑さんからも採るもの(血液サンプル)を採ったからもう親しくなる必要は特に感じない、というのが正直なところだ。

 

「さ、産業スパイって……」

「事実そうでしょう。……デュノアさん、貴女は織斑さんの白式の雪片とストレガのカートリッジとクロスリンク、両システムのデータを得るよう言われてたんじゃないですか? ――――――特に、デュノア社としては汎用性の高いストレガのシステムを優先するよう言われていた筈です」

 

 彼女からしてみれば今のオレはさぞ得体が知れない男だろう。なんせ家庭の事情どころか秘密である筈の命令すら把握されているのだ。

 ……まぁ元々デュノア社がストレガのシステムを入手出来たのはエルトリア社(ウチ)が意図的に仕向けたもので、デュノア社はソレに踊らされたようなものなのだが。

 

「そういう訳で自分は社の不利益になる相手を助けるつもりはありません」

 

 ――――――が、それに納得しない男がここに一人。

 

「たかがデータだろ! そんなのよりシャルルを助ける方が大事だろっ!?」

「未遂だから許せと? それなら世の未遂と名の付く罪状は不要という事になりますね」

 

 前々から思っていた事だけど、彼は考えの基準に自分の価値観以外が見えていない。見えていないのか…それともわざと見ないようにしているのかは知らないけど。

 

「そもそも織斑さん……貴方は自分が何を言ってるか判っているんですか?」

「リーヤこそなに言って――――――」

「自分は社の研究開発を行っている人達がどれ程研究を重ねてきたのかを見てきました。それは断じて『たかが』と片付けていいものじゃありません。そんな事も考えないでたかがデータだから渡せ? ……ふざけないでください。貴方の言っている事は自分達IS操縦者を支えてくれている技術陣の人達への侮辱です」

 

 オレとて誰かを助ける事自体は否定しない。が、そうする事で自分や自分が属する社に不利益が出るというなら手を伸ばすつもりはない。

 オレにとっての優先事項(ファースト・プライオリティ)は基本的にエルトリア社であり、この二人ではない。

 

「それに織斑さん。貴方、今回の一件でエルトリア社が何らかの不利益を被ったらその責任を取れるんですか?」

 

 具体的には数億というレベルでの賠償責任ですが、と加えると織斑さんは黙り込む。

 これぐらい考えれば少し考えれば判るだろうに。

 

「そもそもこれは一生徒の手に負える問題ではありません。織斑先生や山田先生をはじめとした先生方に相談するべきだと思いますが」

「いや、千冬姉には心配かけられない」

 

 そう即答する織斑さんに、ただでさえ高くなかった株が音を立てて暴落する。

 ……本当に彼女の事を考えているなら相談するべきだろうし、事はIS学園とフランスの間での問題になりかねない。打つ手を間違えれば今後フランスの子達はIS学園に受験する事すら出来なくなる可能性だってある。

 そもそもオレは事前に知っていたからいいが、彼は『男だから』という親近感だけで相談する相手を巻き込もうとした。その自覚があるんだろうか?

 

「……それで? 織斑さんはどうするつもりですか。自分は協力するつもりはありませんし先生方にも頼らない。それでどうやって彼女を助けると?」

 

 もしこれで何も考えておらず、オレを引き込む事で大丈夫と考えていたなら笑うしかないが。

 

「……IS学園の特記事項第二十一。IS学園には在学中に外からの干渉は本人の同意なしには許可されないってのがあるだろ。それがあれば少なくとも三年間はシャルルは大丈夫なんだから、その間になんとかする方法を考える」

 

 一応は考えていたのか。

 とは言っても織斑先生達に相談しないなら一生徒に出来る事はないと思うが。

 

「なら、話はこれで終わりですね。一応オレの方から学園側に暴露する事はしないでおきます。ただし、他にデュノアさんを怪しんでいる人達が調べたとしてもそれを止める事もしません」

 

 そもそも学園側でも生徒会メンバーはデュノアさんの事を知っているし、会長達を通して学園の上層部は知っている筈。それでも何もアクションを起こさないのはエルトリア社から『手を出すな』と言ってあるからに他ならない。

 これで用件は済んだと思い部屋に帰ろうとすると、織斑さんに腕を掴まれ止められる。

 

「……まだ、何か?」

「お前……シャルルの話を聞いてなにも思わないのかよっ!?」

「ええ。自分は()()()()()()()()()()()()()()ので」

「み、見慣れてる?」

 

 ……情報部門の人間として親を何らかの理由で亡くし、孤児院に入る子達は何度も見てきた。けど孤児院にいる子の中でその子達はマシな方。孤児院にいる子達の中には親に捨てられた子や売られた子もいたし、路地裏で襤褸切れのように死ぬしかなかった子達も見てきた。イタリアではエルトリア社をはじめとした企業の寄付等もあり、そういった子達はだいぶ少なくなったけどいなくなったわけじゃない。それに世界的にみればむしろ増加傾向にある。

 不幸の比べ合いに意味なんてないけど、それでも彼等に比べればまだ自分で選ぶ事の出来る彼女はいい方だろう。

 ――――――もっとも、彼女が自分に選択肢がある、と気付いていればの話だが。

 

「敢えてキツい言い方をしますが……デュノアさんの境遇は今の世界ではありふれたものですし、彼女が拒めば避けられたものです。こうなったのはある意味彼女の自業自得でしょう?」

「――――――っ!」

 

 トドメと言わんばかりにデュノアさんの境遇をバッサリ切り捨てる。織斑さんは絶句してるけど対照的にデュノアさんは諦めたような表情で何も言い返してこない。

 ……そんな風に受け入れてしまっているから手を伸ばす気になれないんですよ。

 

「そもそも自分はIS学園(此処)に入るより前からエルトリア社にいます。……判りますか? 自分はIS学園の生徒である前にエルトリアの人間です。IS学園の人達よりも社の方を優先するんですから社のデメリットになるような事に首を突っ込む気はありません」

 

 実質的な最後通牒。オレ個人に彼女を助ける気は全くない。が、傍観するとはいえ露見した時にオレが密告したと思われるのは気に入らないので一言だけ助言をしておく。

 ……聞き入れるかどうかは怪しいところだが。

 

「一応忠告しておきますが、その方法では時間稼ぎしか出来ないので根本的な解決にはなりませんよ」

「……どういう意味だよ」

「そのままの意味です。そのやり方ではデュノアさんを助ける事は出来ないと断言しておきます」

 

 織斑さんは学園の特記事項を盾にするようだけどはっきり言ってそれは()()()()()()()()()()()。織斑さんと違ってデュノアさんなら気付きそうなもの……というより気付かなければいけない筈だがそこまで考える余裕もないか。

 

「では自分はこれで失礼します」

 

 そう言って今度こそ二人の部屋を後にする。二人がこれからどう出るかはもうオレの知った事ではない。とはいえ動きがあったのは確かなので社の方には報告する。

 オレが黙っていると言ったのはあくまで学園側に対してあって、エルトリア社へも黙っているとは一言も言っていない。むしろ社員として報告を挙げるのは当然の義務でもある。

 ――――――一瞬。ほんの一瞬だが相手が神楽さん達であっても同じ事が出来るのか、という考えが頭をよぎるが出来る筈だと自身に言い聞かせる。

 

(……いつの間にか彼女達は随分とオレの中で大きくなっていたんだな)

 

 自分の中で予想以上に彼女達の存在が大きくなっていた事に苦笑する。入学すること前は特定の誰かと親しくなる事はあまり考えていなかったからオレとしても意外ではある。

 

(とはいえこれは問題だ。()()()()()()()()()けどその時が来るのはまだ数年先の事。そしてその時敵に回す相手はもっと大きい。その時迷う相手がいるのはいい事じゃない)

 

 オレとしてはそうならない事を祈るしかないのだが……こればかりはオレ自身はともかく、彼女達がどんな進路(選択)をするかで変わってくる。彼女達がエルトリア社に入ってくれればその可能性は大きく下がるけど強制は出来ない。

 

 

 ――――――たとえ、その時に会うのが『敵』というカタチだったとしても。

 




立場や思想。様々な違いがあるが故の衝突
それによって起きた衝突は互いの『違い』を更に深く、明確にしていく


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Pagina XXVI 種火

前回の更新から丸一年……大変お待たせしました
仕事が夜勤に変わってから一番執筆に集中出来る夜が仕事で使えないから少しづつ作っていたからビックリするぐらい時間がかかってしまいました

……原作だと数ページの話が呆れる程長くなるまで肉付けするから自業自得でもあるのですが


そしていつも誤字報告してくださる皆様、本当にありがとうございます


 デュノアさんの一件から数日、週も明けて月曜となったがオレは彼女に対して何もアクションを起こす事はなく過ごしていた。というより既にこの一件はオレの手を離れ、上の人達がどう収拾するかというレベルになっている。だからオレ自身はあの時言ったように彼女にこれ以上関わるつもりはない。

 が、織斑さんとデュノアさんの方はそれを信じなかったらしい。織斑さんは神楽さん達だけじゃなく他のクラスメイトの人達にも判るほどあからさまにオレを見る目がキツくなったし、デュノアさんはオレに対してビクビクするようになった。

 ……まぁ、おかげで織斑さんの方から近づいて来る事はなくなったからその点はプラスだが。

 

「リーヤくん。ホントにデュノアくん達をほっといていいの?」

 

生徒会室での仕事が一段落し、布仏先輩の淹れてくれたお茶で休憩していると更識会長からそんなどうでもいい事を訊かれる。いつもの持っている扇子に『疑問』の文字が出てるけどアレ、どうやってるんだろうか?

 

「構いませんよ。あの二人は害にすらなりません。そもそも自分が何かしてもしなくても結果は変わらないので無駄な労力を使いたくないんですよ」

 

 ……この一件についてはもうオレの手を離れ、上の人達の意向次第。だからオレ個人としては正直どうでもいい、というのが正直なところ。彼女が煮られようが焼かれようが興味はない。

 

「……すごい言いようですね。リーヤ君はもう彼女達に関心はないと?」

「ええ。関心がない、というよりデュノアさん……デュノア社をどう転がすかはもう上の人達の仕事ですから。ま、かなり毟り取られる事は間違いないですね」

「毟り取るって……まさかエルトリア社はデュノア社を潰すつもりなの?」

「あくまで私見ですが潰しはしないと思います。施設も人員も揃ってるのにデュノア社を潰してまた一から人を集めるのは効率が悪いでしょう? 一般の社員や技術者はそのまま雇い続けると思います」

 

 が、女性権利団体と繋がっている人間は別だ。エルトリア社は女性権利団体にあらゆる面で協力する事はないと公言している。だから一般社員でも全員調べて繋がりがある人は解雇するだろう。

 

「そもそもデュノア社を潰してもエルトリア社にメリットがありません。 表立って潰したらフランスでのエルトリア社の評判が下がるだけですし。それよりも残して利益を産んでもらった方がいいでしょう?」

 

 エルトリア社にとってデュノア社はいわば金の卵を産む雌鶏。今は業績が下がっているがきちんと手を入れれば文字通り、金の卵を生んでくれる。それをむざむざ殺すのは勿体ない。

 さっき毟り取ると言ったのは比喩でもなんでもない。殺して潰してしまったらデュノア社が生む利益を得られなくなる。だから搾れるものがあるうちは潰さない。デュノア社を潰すのは資産や技術を全て押さえ、社員も全て引き抜いて搾るものがなくなってからになるだろう。

 ……とはいってもソレを素直に言うつもりはないので黙っているが。

 

「前から思っていたのですが、エルトリア社の方々はあまりラテン系の印象がありませんね。」

 

 布仏先輩の言葉の意味を察して思わず苦笑する。

 確かにラテン系と聞いて思い浮かべるのは陽気で、細かい事を気にしないというイメージだろう。確かにエルトリア社の人間はそのイメージから外れてるだろう。とはいえ情報を扱う人間が大雑把というのは問題があり過ぎるし、そもそもオレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ラテン系の全員が全員イメージ通りの人間ではないですよ。日本人だって真面目で勤勉なイメージですがサボったりする人はいるでしょう?」

「それはそうですね」

「……(じーっ)」

 

 そう話しながらお互いの手元にある書類を処理していると、更識会長がやたらジトっとした視線を向けてくる。そんなに気に障るような事を言った覚えはないのだが。

 

「どうかしたんですか、更識会長。なにか言いたげな視線ですが」

 

 むくれたように更識会長が不満の混じった様子で訊いてくる。

 ……何かおかしな事でも言ったか? 心当たりが全くないのだが。

 

「……リーヤくんと虚ちゃんって仲いいわよね」

 

 ああ、そういう事。幼馴染みの従者が自分よりオレと話が弾んでいるのが気になると。

 ただコレに関しては更識会長にも責任がある。なにせ――――――

 

「生徒会では会長より布仏先輩との方が一緒に仕事をしていますから。特にデスクワークに関しては自分と布仏先輩が主にしていますからね。……まぁ、そうなっている理由はただ一つ」

 

 言葉を区切り、布仏先輩へアイコンタクトをすると向こうもこっちの意図が判ったのか、小さく頷いてくれた。

 そうしてお互いのタイミングを揃え――――――

 

「「更識会長(お嬢様)がサボるからです」」

 

 仕事を頻繁にサボってくれる生徒会長に言葉と非難の視線を揃えて糾弾する。オレと布仏先輩から息を揃えて言われた会長はというとよよよ、とわざとらしく泣き崩れる。

 ……決断すべき時に決断出来というのが上に立つ素養の一つ。が、ソレはソレとして仕事をサボるのはいただけない。

 

「……布仏先輩。主への躾がなっていないと思うのですが」

「残念ながらそのようです。お嬢様にはきちんと反省するよう後で躾けておきます」

「ふ、二人とも目がちょっとこわくない……?」

 

 冗談めかして言う布仏先輩だけど目が本気だ。やはり布仏先輩としても会長がああも頻繁にサボるのは思うところがあるらしい。

 オレとしてもああも仕事をサボられるのは困るから、この件において味方をするのは布仏先輩の方になる。

 

「会長、大人しく受けた方が身の為かと」

「え゛」

「お嬢様。お嬢様が生徒会の仕事をサボっても私が何も思わないと?」

「そもそも会長がサボって溜まった書類を誰が処理してると思ってるんですか?」

 

 更識会長への圧を更に強くする布仏先輩。ソレに便乗してオレの方からの不満を上乗せする。

 真面目にやってくれればオレも布仏先輩もこんな小言を言わなくて済むのだが。

 

「わ、わかったわ。ちゃんと仕事をするから許してっ!?」

 

 布仏先輩から発する気配に押されたのか抵抗する事なく謝る更識会長。

 それでも懲りずに二、三日したらまたサボる気がするが。

 

「はぁ……。折角お礼を言おうと思っていたのに一気に言う気がなくなりましたね」

「あら。おねーさんにお礼なら遠慮せずに言っていいのよ?」

 

 ……さっきまで布仏先輩に怒られていたのにコレだ。現に布仏先輩はこめかみに手を当てて呆れたように溜息を吐いている。 

 

「……隣で布仏先輩が頭を抱えているのによくそんな事言えますね。その辺りは感心しますよ」

 

 勿論、これは皮肉だ。本当に感心してる部分もあるが比率的には二割の感心と八割の呆れといったところ。

 

「まぁその辺りは後で纏めて布仏先輩に絞ってもらうとして……今朝、HR前に放送で自分達男子生徒の行動の邪魔をしないよう言ってくれたでしょう。アレのおかげで実習のように着替えないといけない時に無駄な時間を取られなくなりましたから」

 

 教室から移動する時に起きる騒ぎ。アレをどうにか出来ないか楯無会長と布仏先輩に相談したら今朝には各教室に通達され、行った生徒には罰則(校庭20周)が課されるためパッタリと止んだ。追っかけをされた側が遅刻に追い込まれるのは教員の人達から見ても問題があったし。

 おかげで教室移動のたびに鬼ごっこをする事がなくなり、余裕を持って動けるようになった。昨日の今日で手を回してくれたお二人には感謝しかない。

 

「欲を言えばもう少しキツく言っても大丈夫な気はしましたが」

 

 それでも会長の通告を無視して追っかけてきた人達はいた。

 とはいえその人達には罰則+織斑先生による説教があったから今後はしないだろうし、その様子を皆見てたから真似する人もいないだろう。

 

「……私も少し侮ってたわ。でも織斑先生直々のお説教もあったから破ったらああなる、っていい見本になったでしょ」

「ま、そうですね。流石にアレを見てなおやろうという莫迦はいないでしょう」

 

 もしいたらその人達はある意味では尊敬する。

 ……勿論、後先考えない大莫迦という意味でだが。

 

「それにしてもタッグトーナメントですか。……あの無人機や男性操縦者(オレ達)の影響ですか?」

 

 今は取り掛かっている書類に記載された例年行われる学年別トーナメント。いつもなら個人戦のソレは、今年はタッグで実施する旨が書かれていた。

 

「ええ。代表戦の時みたいにいつまた侵入者が来るかわからないもの。周りと連携することを訓練するのは大事だもの」

「……下手に戦う事を覚えると『逃げる』事が選択肢から消えませんか?」

 

 オレとしては傲りという根拠のない自信を付けられるよりも、手に負えないと判断したらすぐ逃げてくれる方が助かるのだが。

 

「格上から逃げるのは相応の地力も必要になるし、学園の性質上一人で戦う事になる方が稀でしょ? だからタッグにしたの」

 

 確かに更識会長の言葉にも道理はある。 

 IS学園は一人でいる事が禁止されているわけじゃないけど、進んで一人でいる人は少ない。例外はボーデヴィッヒさんや会った当初の簪さんぐらいだろう。

 

「……一年の間で自分達目当ての騒ぎが起きそうですね」

 

 具体的にはオレと織斑さん……ああ、デュノアさんの事をバラしてないから彼女にも向かうか。

 出来ればあの二人に集中してくれると助かるが。

 

「ずいぶん余裕そうね。もう少し焦るかと思ったんだけど」

「騒ぎが起こるのはもう確定事項として半分諦めてますから」

 

 こういう時はもう『そういうものなんだ』と考えてしまった方が気が楽になる。学園に来てまだ二ヶ月程度だけどその手の騒ぎが起きるのには悲しい事にもう慣れてしまった。

 

「ならカテドラール君、今日の仕事はお嬢様にしてもらうので今日はもう上がっていいですよ」

「「えっ?」」

 

 予想してなかった布仏先輩の言葉に思わず間抜けな返事になる。

 

「他の生徒への公式発表は明日ですが、今日決めておけば明日起こる騒ぎが早く鎮まるでしょう?」

「自分としてもそれは嬉しいのですが……いいんですか?」

 

 学年別トーナメントがタッグ形式になるならそれなりに仕事が増えるから上がるのは気が引けるのだが……

 

「ええ、今日はお嬢様に仕事をしてもらいますので。なので今日はパートナー選びに時間を使ってください」

 

 そういう事ならここは布仏先輩の厚意に甘えさせてもらおう。

 とはいってもパートナーに選ぶ人はある程度決まってる。言うまでもなく簪さん、神楽さん、静寐さんの三人だ。正直あの三人以外で組みたい相手となるとオルコットさんと凰さんぐらいだけど、オレとしては組むならやはり気心の知れている彼女達がいい。

 

「ではお言葉に甘えさせてもらいますね?」

「ええ。パートナー選び、頑張ってください」

 

 布仏先輩に促されて生徒会室を後にする。……アリアロド統括からも伝言を預かってるから丁度いい――――――。

 

「さてお嬢様。仕事の前にこの数日どうして仕事をサボっていたのか、トーナメントをタッグにした事以外の説明をお願いします」

「う、虚ちゃん? ちょっと目が怖いんだけど……」

 

 ……うん。後ろから聞こえるお二人の話は聞かないようにしよう。世の中、知らない方がいい事もあるのだ。

 

 

 

 † † †

 

 

 

「失礼します」

「あ、来たね」

「珍しく早いですわね」

「……なにか、あったの?」

 

 図書室では既に神楽さん達が集まって図書室にある教本を広げていた。

 

「今日は早上がりしていいと言われたんです。皆に話したい事もありましたし」

「話したい事……私達がエルトリア社に希望出した事でしょうか?」

 

 実は週末に昨日談話室で集まっていた時、静寐さんと神楽さんからはエルトリア社を受けるという返事を持ってきていた。エルトリア社は彼女達から見れば海外の企業で親と話し合うにしてももう少し時間がかかると思っていただけに意外だった。

 

『随分と答えを出すのが早かったですね。重要な進路ですからもう少し時間をかけても大丈夫ですよ?』

『それには及びません。私達はよく考えた上での選択ですわ』

『うんうん。家族とも話したけどエルトリア社みたいな大企業なら、って賛成してくれたんだ』

 

 日本にも支社があるのもそれも大きかったと思う、と言う静寐さんからは家族と揉めたようには見えない。それは神楽さんも同様だ。

 そうなると気になるのは――――――

 

『……私の方は、まだ。私自身の立場もあってまだ決められない』

 

 そう。静寐さんと神楽さんと違って簪さんは日本の代表候補生。加えて更識会長の妹なら家の関係上、海外の企業に行く事を簡単に許すとは思えない。

 

『だから……もう少しだけ待って。お姉ちゃんと話して……それから家の方にも話をつける』

『待つのは大丈夫なんですけど……』

 

 そう話していたのが数日前。簪さんがどう話をつけるのかは気になるけど彼女が望まない限り深入りするのは良くないだろう。

 

「社の方から連絡がありまして。アリアロド統括……エルトリア社のIS部門統括から面接をしたいと返事が来ましたよ」

「ほんとにっ!?」

 

 興奮気味の静寐さんのリアクションに思わず苦笑する。

 本来こういった面接は人事の人間が担当する。が、今回は元々の来訪予定もあってアリアロド統括が直々に来る。静寐さんの興奮は当然といえば当然だった。

 

「元々今度の学年別トーナメントを見にくる予定だからそのついでに、と。それと今回は簡単な面接だから履歴書とかそういった書類は用意しなくていいそうです。採用の合否を決めるものじゃなく貴女達がどんな人なのか会ってみよう、という事らしいので」

「あの……? 本当にそれでよろしいのですか?」

「ええ。統括も『トーナメントへの準備をしながらその手のものを用意するのは大変だろうからいい。……その代わりトーナメントでの活躍を楽しみにしてる』と言ってましたけどね」

 

 そもそもまだ入学して二か月程しか経ってない。その状態で履歴書等の書類を用意しろ、というのは無理がある。だからアリアロド統括からすればトーナメントで実力を十分に発揮してもらう事の方が大事なんだろう。

 

「それってトーナメントの結果が履歴書の代わりになるってこと?」

「少し違います。統括が見るのはトーナメントの戦績ではなくその内容……どんな戦い方をしたかですね」

 

 推薦したのはエルトリアの社員としてだけど、個人的にも彼女達にはアリアロド統括の眼鏡にかなってほしい。

 自分の上司に友人が認められるというのはそれだけで嬉しく思うし。

 

「それとそれに関係してもう一件。今年の学年別トーナメントは個人戦ではなくタッグ形式で行われます」

「「「え?」」」

 

 やはりトーナメントの形式が急に変更になった事に三人から驚きと戸惑いの混じった声が漏れる。

 ……気持ちはよく判ります。オレもこの件聞いたのはついさっきですから。

 

「リーヤさん。それは本当ですか?」

「こんな事で嘘をついたりはしませんよ。自分もこの事を聞いたのはついさっきですから」

「……もしかして、いつもより早かったのは……パートナー選びのため?」

「正解です」

 

 例年の個人戦からタッグになった理由は少し暈して説明し、生徒会室からすぐに此処に来たのは組むなら貴女達がいい、と率直に言うと三人は顔を見合わせてこっちを見てくる。

 

「それで……どうします? 実績という面からみれば自分と簪さんで分かれて組んだ方がいいと思いますが」

 

 ただ勝つ事を考えるなら代表候補生である簪さん一択だ。けどそれは神楽さんと静寐にとっても同じ筈。だからオレが専用機持ちなのも加味するとオレと簪さんが分かれて組むのが妥当な――――――

 

「なら私は静寐と組みますわ」

「――――――は?」

 

 本当に僅かな間、それこそ即答に近い神楽さんの言葉に思わず間抜けな声が出る。

 いや、驚いてるのはオレだけじゃない。簪さんも呆気に取られてるし、神楽さんに指名された静寐さんにいたっては言葉が出ないのか唖然としている。

 

「……神楽さん。即断が悪いとは言わないですけどせめて静寐さんに声をかけた方が……」

「そ、そうだよっ! いきなりなに言ってんの神楽っ!?」

 

 再起動した静寐さんが神楽さんに物凄い剣幕で詰め寄る。静寐さんもまさか自分が指名されるとは思っていなかったんだろう。それだけ神楽さんが静寐さんを選んだのは衝撃的だった

 

「落ち着きなさいな、静寐」

「いきなり指名されて落ち着けるわけないでしょっ!?」

 

 さっきとは別の意味で声を荒らげる静寐さんとは対照的に神楽さんはいつも通りだ。

 

「私と静寐で組んで勝ち進んだ方が印象に残るでしょう?」

「それは、そうだけど……」

 

 神楽さんの言う事には一理ある。確かに一般生徒である二人が組んで勝ち残れば外部から来る人達も印象に残る。けどそれは勝ち進めればの話。途中どころか一回戦で負けたりしたら目も当てられない結果になる。

 神楽さんの考えはハイリターンではあるけどそれ以上にリスクが高い……高過ぎる。

 

「神楽……それ、かなり危険な賭け……」

「簪さんの言う通りです。神楽さんの考えはリスクが高過ぎます」

「承知の上ですわ」

 

 そう言い切られるとこれ以上は言えない。そんな神楽さんの揺るがない考えに根負けしたのか、さっきまで『理解は出来るが納得はしてない』という表情(かお)だった静寐さんが諦めたように溜息をついた。

 

「……わかった。いいよ、神楽。その賭けにわたしも乗るよ」

「ありがとう、静寐」

 

 静寐さんが根負けしたような形ではあるけど二人がペアを組む事が決まった。

 なら自分が組むのは――――――

 

「では簪さん。自分とペアを組んでもらえませんか?」

「……私で、いいの?」

「勿論。神楽さんと静寐さんが組んだ以上、自分が組むのは簪さん以外あり得ません。――――――さっきも言ったでしょう? ペアを組むなら貴女達がいい、と」

 

 そう言うと簪さんは顔を赤らめ、神楽さんと静寐さんは『うわぁ』と言いたげなジト目でオレの方を見てくる。

 ……少し言葉を間違えたな。今のはなんというか……口説いたようにしか聞こえない。

 

「……リーヤ。今の言葉、私達以外に言っちゃ……ダメ……」

「判ってます。今のは自分でも不味かった自覚はありますから」

 

 さらっと『私達以外には』と言う簪。暗に自分達には言ってほしいという言葉に思わず苦笑する。個人的にはこういう事を言うのはいいけど、下手に言うと神楽さん一人が愉しむという事になりかねない。……勿論、言ったオレと言われた方を揶揄って遊ぶという意味で。

 

「ねぇリーヤくん。ペアも決まったし今日はもうこれからフリーなんだよね?」

「ええ。後はこの用紙に必要事項を書いてもらえればフリーですね」

「それじゃ今日は久しぶりに四人で勉強しない? ほら、リーヤくんは最近生徒会室にいる事が多かったし」

 

 ……ふむ。確かに最近の放課後はデュノアさんの事もあって生徒会室に行っていたから皆との勉強会に出てなかった。

 ――――――決まりだな。

 

「では久しぶりに参加させてもらいますね。今日はどんな内容をするつもりだったんですか?」

「それなのですが……もしよろしければエルトリア社の事を詳しく教えていただけませんか? 私達はエルトリア社がISだけでなく、様々な分野に手を伸ばしているのは知っていますが具体的なところは詳しくないので。二人もそれでいい?」

「異議なーし」

「賛成」

 

 エルトリア社について、か。確かに言われてみれば詳しい説明はした事がなかったな。神楽さんと静寐さんが目指すのは確定。簪さんも希望してくる可能性は高い。

 ――――――なら、今日は社の事について教えていこう。

 

「それじゃ、まずはエルトリアが手掛けている分野から説明していきますね。まずエルトリア社が手掛けている分野ですけど――――――」

 

 流石にオレが属している情報部門等の暗部に関しては伏せる。だからそんなに時間はかからないと思っていたけど、思いのほか彼女達からの質問が多くて何回も話が脱線して時間がかかってしまった。まさか図書室の閉館時間までいる事になるとは思わなかった。

 司書の先生から少しジト目で見られたけど代わりに彼女達にエルトリア社……というよりヨーロッパ系企業の事を知ってもらえたからそれぐらいは必要経費だろう。

 磨けば必ず素晴らしい宝石となる原石が未来の同僚になるかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 おまけ ヨーロッパの休暇事情

 

 エルトリア社について話す中での何度目かの脱線。――――――休暇の取りやすさについて話すとかなり驚かれた。

 

「そんなに取りやすいの?」

「バカンスシーズンだと十日や二十日。長い人だと一月丸々休みますよ。むしろ自分からしたら日本の人達はなんであんなにも休みを取りたがらないのか不思議ですよ」

「……たぶんみんな、体調を崩したりした時のために取ってるんだと思う」

「あー、そういう事ですか。ならエルトリア社に入ったらその心配はありませんね」

 

 基本的にヨーロッパの企業では体調不良や子どもの病気には有給休暇や公休以外に“健康上の理由で休む”場合に使える休みが保健の中に含まれている。*1。だから病気等で自分の有給を使うにとは殆どいない。

 この事を言うと三人は『信じられない』と言いたそうな顔をしていた。

 

「ついでに言っておきますと向こうでは残業は非推奨……というよりするとマイナス評価になります。残業が多いと時間の使い方が悪いと見られるんですよ。*2

「……やはり、日本とは全然考え方が違うんですね」

「向こうでは休みを使うのは当然の権利ですからね。たとえそれで仕事が滞ってもそれはお互い様でそれで文句を言う人はいませんよ」

 

 そして休みを取る事が権利ならその間に溜まった仕事を片付けるには義務である。義務を果たさずして権利を行使する事は出来ないのだ。

*1
勿論、診断書をはじめとした医師の証明書は必要

*2
一際厳しいのはドイツ。監督局による抜き打ちの監査もあり、違反した場合は残業を命じた上司や経営者に罰金や禁固刑が科されるケースもある




彼女達は進む。自身の未来へ挑戦する為に。そして少しでも彼の見ている景色み近づく為に



次話でトーナメント前の話はお終い。その次からはいよいよタッグトーナメントに入ります


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