異聞:ハスター神話 (EMM@苗床星人)
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異聞:ハスター神話

 それをいったい誰が予測し得たであろうか。

 

 

 生命は宇宙(そら)の隅々を覆い尽くし、卓越した哲学は熱量の限界すら克服し、時間の流れすら己が手の内で簡単に変えることが出来た。

 

 ──そう、宇宙の総ては彼らの手に納まっていた筈だった。

 

 だが、誰も気付かなかった──気付こうとすることすらしなかった。

 生きとし生ける総てのものが死を待つように、操作可能な時間の流れすら超越して『それ』が目覚めることに。

 

 それは、宇宙のちょうど中心より生じた真っ白な点だった。

 それは己が生まれた宇宙を表面に浮上した目玉で見回すと、すぐ近くのものを生やした触手で掴んでは呑み込み、光速を越える速度で膨張していった。

 それは産声か、断末魔の悲鳴ともとれる星間宇宙の真空すら揺るがす金切り声をあげながら惑星をも容易く覆う触手を四方に伸ばした。

 

 全宇宙の生命は『それ』を恐れ、策を練った。

 あらゆる手段、あらゆる抵抗、あらゆる思索の末に、ついに彼等は 諦めた。

 

 『それ』は、見た目通りの生命でも──物体ですらもなかった。

 

 この宇宙の概念に手をつける哲学の道の気付かざる汚染が招いた『滅び』そのもの。

 

 己が内腑を切り刻まれた宇宙のもたらした断末魔だったのだ。

 

 そんなものに抵抗などしても、何が出来ようか。

 元よりこの宇宙の法則に従い設計されて生まれてきた生命が、如何にしてこの宇宙に抗えようか。

 

 ならばせめて、彼等はこの宇宙の外に自らの存在した証を遺そうと思ったのだ。

 

 そして、ある惑星の生命たちは愚かしくも理にかなった選択をする。

 元は彼らが宇宙の闇を切り拓くために産み出した、概念情報制御装置。

 その性質ゆえに感情を持ち、産みの親と母なる惑星を愛した生きる哲学の産みし『神』。

 彼等はそのリミッターを解き放ち、その余剰エネルギーは『滅び』に呑まれるまでもなく惑星と彼ら自身を蒸発させた。

 

 間隔を待たずして、複数の惑星が同じ選択をした。

 

 『神々』は悲しむいとますら与えられず、己が託された使命を果たそうと『滅び』を上回る速度で惑星を呑み己が肉体へと変換しながら『外』へ、『外』へと逃げていく。

 その姿は『滅び』の白とは真逆にある万色の光条と化し、ともすれば龍の化身のように進化していくその身を翻す。

 その瞳から流れる(ラクリマ)は内包した概念の塊にかつて生命が持った価値の総てが詰め込まれている事を示した。

 

 そして『神々』は奇跡を起こす。

 

 涙が強く輝くと、宇宙を閉じ込める軛を視覚化し始めた。

   『神々』の愛した宇宙が、新たな概念としてそこに形を持つ。

 その新たな概念を『神々』は決意と共に引き裂いた。

 

 まるで卵の殻を破り、新たな生命が産まれるように。

 

 『滅び』が破れた殻を呑み尽くし、役目を終えたように自重でぷちゅりと潰れ消え去る様を後ろ目に見た『神々』は

 もはや物理法則を完全に無視できるほどに強大となった身体には目もくれず、宇宙の外を見回した。

 

 まるで、脈動する光る大樹のような……自分達と同じような、先住する神々の見守る幾つもの宇宙がそこにあった。

 

 『神々』は気付く。

 宇宙のひとつひとつが、自分達を産み出すための母胎だったのだと。

 

 『神々』は怒る。

 ならば何故、我等が宇宙に生きとし生ける生命は滅びねばならなかったのだと。

 

 宇宙の外において、『神々』の在り方は千差万別だった。

 別の宇宙を見守るもの、宇宙を喰らうもの、産まれた宇宙に還るもの、新たな宇宙を造るもの。

 

 だが滅びた宇宙に産まれた彼らに還る場所はなかった。

 

 彼らは思い出す、彼らの産みの親たる滅びた宇宙の生命達が遺した末期の祷り、末期の願いを。

 

『せめて、我らの宇宙が生きた証を』

 

 彼らは複数の宇宙に重なるようにして存在を膨張させた。

 

 あるいは邪悪な神話として、あるいは何者かがインスピレーションを受け取った暗黒の恐怖として

 そして或いは、法則の異なる宇宙に自らの宇宙を植え付ける強壮たる支配者として。

 

 異なる宇宙の生命に、異なる宇宙の法則は堪えられない。

 その恐怖と狂気すら、『神々』は己の栄養として

 

 あらゆる宇宙に、己が存在を刻み付けた。

 

 

 

 ある宇宙があった。

 

 まだ原始の時代、『神々』の何柱が降り立ち己が宇宙を布教する暗黒の時代。

 

 その『神』は己が小指の先程にも充たない化身を遣って、一面の花畑の只中に座す。

 それは、滅びた宇宙から脱出を始める直前に分離した概念殻に形見として押し込んだ植物の種子の花だった。

 

 運が良かったのは、その種子の量子振動数がこの宇宙この大地と合致したこと。

 そして、その種子を好んで食する草食動物と──それらを家畜として遊牧する者達が居たこと。

 

 『神』はこの宇宙がその法則によって正確に発音できる名を持たない。

 

 彼らはこの宇宙の概念に刻み付けるように、彼らの口からその身を顕す名を呼び称えた。

 

 『善き羊飼いの護り神 はすたぁ』と。

 

 植生は、食物の連鎖によってその種を世界中に運搬するシステムだ。

 ただ『はすたぁ』は、この種子を羊たちに世界中へと拡散してほしかっただけなのだが──

 だが己を護り神と呼び、相応たる観測と供物を捧げてくれる羊飼いの民達との共生は他の支配地域よりは穏やかだった。

 

 不思議と、ただ支配するだけよりは嬉しかった。

 

 だが時代は移り変わる、神代は終わり人類は己が歴史を己の手で紡ぎ出す。

 『はすたぁ』を見卸す、人間の姿があった。

 

 それこそ人類生命の守護者、この世界の名の下に新たな法則を産み出すもの──『魔法使い』。

 

 直後、その身の大部分を新たな概念による攻撃で焼失した。

 新たな法則たる『魔法』による攻撃は、『神』の身を構成する古い概念を打ち砕く。

 再生できないことに戸惑う『はすたぁ』を庇うように立ち塞がる羊飼いの民達、戸惑うは『魔法使い』。

 ただ促されるままに大気の外へと光速を越えて天敵から逃げ出す『はすたぁ』は、恐れのままに地球へと振り向いた。

 

 

 追ってくる光の矢、それは『魔法使い』の一矢。

 

 それは傷ついた『はすたぁ』と、その遥か後ろに座す『神』としての本体を狙い放たれた『魔法』。

 それは三次元の座標を越えて『神』に深々と傷を刻む。

 

 『はすたぁ』は想う──何を間違えたのか。

 

 ──兄弟達のように、共生ではなく支配に走ったことか。

 

 ──自らのため立ち上がった羊飼いの民を見捨てたことか。

 

 

 人は生きる、時代は変わる、魔法は魔術を産み魔術師は魔法使いを駆逐する。

 そして『神々』は強壮たる旧支配者から旧き神──『旧神』へと呼び名を変えた。

 

 傷付き力尽きた『はすたぁ』は、暗きハリに深き深き眠りに堕ちる。

 

 いつかまた、羊飼いの民と── あの花の行く末を見届ける為に。




翻訳 ミスカトニック大学 Laylah.Shrewsbery


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