この愉快な二人に祝福を! (ブルーな気持ちのハシビロコウ)
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この転生者に女神のチートを!


初めまして、ハーメルン初心者です。
のんびり妄想の書き溜めを吐いていくスタイルです。

...このすば三期っていつ放送なのかな?

一月二十三日 サブタイトルを変更しました。


 キリリ…ッと何かを引く音が聞こえる。

 

 的の先にはジャイアントトードと呼ばれる蛙。

 

 それは大の大人すら容易に丸呑みにできるその巨体は、ドスンドスンと跳ねながら草原を移動していた。

  こちらからはまるで逃げるように背中を向けており、隙は多い。レンズ越しに獲物との距離を微調整し、そして。

 

 

「『狙撃』」

 

 

 彼は小さく息を吐き、矢を放った。

  バシュゥン!と何かが鋭く風を切り、ジャイアントトードに命中し、さらに矢は腹部を貫通して地面に刺さる。

 

「…よし。悪くない」

 遠距離からの自分の弓の技量に、一人小さく喜んだ。

 そして彼は一人静かに、ジャイアントトードの死体()を後にした。

 

 

 ◆◇◆

 

 

  彼は『イレイシア』の冒険者である。

  ジャリジャリと地面の上を歩き、人の流れが激しい大きな建物に入る。

 

  そこは木製で出来た建物からは素朴な木の匂いと、そしてむせ返るような酒の匂いが充満していた。

 

  慣れない最初こそ顔を歪ませたが、この匂いにも慣れてしまえばなんてことはないと彼は思っている。

  そのまま入り口から離れ、受付にいる笑顔の女性に向かう。

 

  そして「おかえりなさい」と丁寧に頭を下げる女性に、一枚のカードを見せた。

 

「いつものジャイアントトードのクエストを終えたから、精算を頼む」

「はい、わかりました」

 

  彼女は笑顔で受け取ったカードを確認する。

  そのカードは特殊な物で、本人の実力を数値化する代物だ。

 

『スキル』と呼ばれる特殊な技能も条件次第では訓練なしに習得をする事が出来る。

  熟練度は別だが。

 

  さらにカードには倒した怪物の数も記載されるのだ。故に『モンスターを○体狩ってほしい』という依頼などは虚偽の報告は出来ない。

本当にうまく出来ていると彼は思っている。

 

  そしてしっかり確認し、頷いて彼に麻袋を手渡す。

 

「はい、お疲れ様です。く……『ファントム』さん、それでは依頼金の十万エリスです。ご確認ください」

 

  名前を呼ぶ際に一瞬別の何かを言いだしそうだったが、彼は気にしない。

じゃりじゃりと音の鳴る麻袋の中身を確認する。

 

「確かに」

 

  確認を終えて、すぐ別の依頼を受けようと掲示板の方へ歩いて行こうとするが。

 

「あの!ファントムさん、一つお願いがあるんですが..……」

 

  すると唐突に彼女、受付嬢に止められた。

  名前はアリンという、他の受付嬢と比べて比較的若く『笑顔が一番!』がキャッチフレーズの彼女だが、珍しくその表情は曇っていた。

 

「何だ?」

「その…お願いといいますか、『依頼』という形式で受けてほしいものがあるんです」

 

「依頼……名指しでモンスターの討伐か?俺よりも適任者がいると思うんだが」

 

  そう言って彼は後ろを振り向く。

 

  昼頃から酒を浴びている、彼と同じ冒険者達だ。

  一人で活動する彼よりも、酒癖が悪くてもその冒険者達の方が適任であると彼は言う。

 

  アリンは首を振る。明るい赤色の髪がフワリと舞い、柑橘の匂いが彼の鼻孔をついた。

 

「いいえ。その……不思議なお話なんですが『てんせーしゃ』と名乗られる方がここに来まして、今相談室にて待機していただいているのですが。冒険者に強い関心があって是非お話を、と」

 

  アリンの説明に、彼は眉をひそめる。

  つまりは、話を聞けばいいらしい。

 

「……それでなんで俺なんだ?尚更俺じゃなくてもいいじゃないか」

「いいえ……適任かと!それに、ファントムさんはかなり博識な方なので。てんせーしゃ?についてご存知かなと」

(博識……?それは違う、ここの冒険者に脳筋が多いだけだろうに)

 

  そんな言葉を飲み込む。変なところで聞き耳をたてられているかもしれない。

 

  あくまでも弓使いである自分には、例え酔っぱらっい達でも近接では多勢に無勢と知っている為である。

 

(しかし『てんせーしゃ』だと?そんなの知らないけどな―――?)

  いや、と彼は思い出した。

 

「知り合いから聞いたことあるな。確か『黒髪黒目で

  色々規格外な奴、童顔の傾向もある』って、名のある冒険者に多いとも聞いたような気がする……」

 

  そもそも母数は少ないらしいが、と付け加える。

 

  ちなみにその知り合いも色々規格外なのだが。

  彼女(・・)が言うことには基本下らない嘘はないので、興味はあまりないものの素直に聞いて頭の片隅には置いていたのだ。

 

  ちなみにその知り合いはせっせと成果を挙げて今は国の核である『王都』で冒険者をやっている。今も元気にやっているだろうか。

 

「流石ファントムさんです!」

「……だが、それだけだぞ?それ以上はなんとも。その特殊な奴等の情報に関してはあまり助けにはなれそうもない」

 

 アリンは期待通りだと言わんばかりに目を輝かせて手をとった。しかし彼は呆れたように付け加える。

 

「そ、そうですか……ですがやはり!是非『彼女』の相談者になってくれませんか?」

  アリンは残念と項垂れた後に顔をバッ!と上げた。

 

  急な動きにいつか首を痛めそうである。

 

「なぁアリン、やはり適任は俺じゃないと思うぞ?大きな冒険譚も無く、弓以外に関してはボロボロだしな?近接技と汎用魔法を少し使える程度だ」

「それでも十分です!」

 

  必死そうな彼女の形相からは、一筋の汗が流れていた。

  というより、流石にここまで来ると彼に無理にでも任せようとしている気がする。

 

  それを察した彼は怪訝な表情で、静かに言った。

 

「………本音は?」

「その……冒険者の人は、色々粗雑な方が、多いので…素行や悪い噂を聞かないファントムさんに、お願いしたいんです……」

 

  おずおずとしながらアリンは言った。

  あぁ、と彼は納得した。

 

  彼等は昨日に狩りに行って、朝から彼が帰ってくるまでの間ずっと酒を呑んでいた。

 

  別にそれが悪いわけじゃない。

  個人の時間の使い方は自由だし、彼等は初心者の冒険者が集まる『アクセル』から離れ、この街『イレイシア』で稼げる腕を持つ冒険者なのだから。

 

(まぁ、俺の場合故郷から直でこの街に来たんだが……)

 

  アクセルとイレイシアでは同じモンスターでもスペックがこちらの方が少し上らしい。

  耐久とか精神面とか。

 

―――何故精神面も違うのかは不明だが。

 

  明らかにトドメを刺したのに関わらず。

『俺は、負けない!』的な感じでたまに起き上がってくる事がある。

  アクセルではない事例だそうな。

  そのお陰か冒険者側が悪者に感じる事もたまにある。

 

……まぁ棲み家や命を奪ってる分、悪者に違いはないのだが。

 

 

  閑話休題。

  イレイシアの冒険者ーーー彼等はそれなりの実力を持つ冒険者であり、そして同時に『雑な冒険者』の代表例でもあるのだ。

 

  同年代の冒険者達がいたアクセルの冒険者を『雑魚』呼ばわりする程度には実力を持ち、そして驕っている傾向が強い。

 

  その点でいえば、モンスターより厄介である。

 

  正直、駆け出しの多いアクセルの方が大人しいかもしれないとすら彼は思っていた。

  何故かアクセルには中堅レベルの冒険者も多いらしいが、愛着でもあるのだろうか。原因は不明である。

 

「そういえば彼女って言ったな?ならば同性の女の方が話しやすいんじゃないか?」

「この街、女性の冒険者……ほぼ居ないですよね?」

「……そだな。昔はいたがあれもゴリラだった、すまん忘れてくれ」

 

  イレイシアに女冒険者は少ないのもまた、事実である。

  というか殆どいない。いるにはいるもののマトモな奴というワードを付けると皆無となる。

 

「わかった。そのてんせーしゃとやらも気になるし、話だけなら俺でよければ受けよう」

「っありがとうございます!!」

 

  そう言って彼はアリンの依頼を受けることした。

  好奇心があったのもあるが、何かアリンに申し訳ない気持ちになったからだ。

 

 

 余談だが、そのゴリラが例の王都にいった知り合いである。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

  案内されたドアの前に立ち、アリンはノックをして開けた。

「ヒトミさん?冒険者の方をお連れしましたよ」

 

(ヒトミというのか―――ほぅ?)

 

  ソファに座っていた者は、噂通りの姿だった。

  黒髪黒目、そして、恐らく年より若い童顔なのであろう彼女。

 噂は本当だったのかと彼は内心で思った。

 

「あ!」

 

  ヒトミと呼ばれた彼女は目を輝かせてスクッと立ちあがり、ズカズカと早足で来て彼の手を取った。

 

「貴方が冒険者ですね!?会えて感激です!!」

 

 まるで宝石の山でも見ているかのような、そんな感じ。

 あまりの勢いに、彼は少し引いた。

 

「っあ、あぁ……凄いがっつきだな?」

「はい……朝にギルドに来てからこんな調子でした」

 

  アリンも苦笑する。ヒトミと呼ばれた彼女はブンブンと手を上下に振っていた。

 

「とにかく、まぁ。よろしく」

「はい!私は『アイガサキ ヒトミ』って言います!ヒトミと呼んでください!!」

「そう、か………俺は『ファントム』って呼んでくれ……それでヒトミ。その言っていた『てんせーしゃ』って何なんだ?興味がある」

「『転生者』ですね!分かりましたえぇ説明しますよ!夜が明けるまで!!」

「……今、昼ですよ?」

 

  アリンは窓から外を見て乾いた笑みを浮かべた。

  どうやら彼女は一日ぶっ通す気らしい。彼の気が少し遠くなる。

 

「いや、流石にそこまではいい。だが、話には付き合うよ。君も話したいことがあるんだろう?」

「はい勿論です!三日三晩語り合いましょう!」

 

  延長が入った。

  素性はわからないが彼女の体力は冒険者並みにあるようだ。

 

「で、では。私はお茶を用意してきますね」

「お願いします!」

「逃げるのか………アリン」

 

  こうして、てんせーしゃ...もとい『転生者』である彼女と彼の会話が始まったのである。

 

 ◆◇◆

 

 転生者とは。

 簡単な話、別の世界からやって来た者達である。

 彼等が住んでいた世界から訳あって離れ、生きていた世界とは全く別の世界、つまり彼女の場合は『日本』という世界からこの世界に来たという訳であった。

 

「―――つまりまず、世界はここの一つではないと?」

「はい!神様に会ってお話ししました!」

 

 彼女は背筋よくハキハキと喋る、面接だろうかと勘違いしそうになる程に。

 冒険者が好きなのも含めて受付嬢に向いていそうだと彼は思った。

 

「……ん?待て、神様に会ったと?」

「はい。フリューゲルと名乗ってました!あの人から『チート』を貰ったんです!」

「……悪いが色々付いていけない。待ってくれないか?」

「はい待ちましょう!」

 

 彼は顎に手を置き、脳内で話を整理する。

 

「……つまり信じがたいが、君は世界を移動する際にそのフリューゲル?という『神』に会った。その時に『チート』を………その、なんだ?チートって」

「う~んと、ですね。凄い能力です!」

「アバウトだな。凄い能力って一体―――あぁ、成程な」

 

 彼は腑に落ちた。ヒトミの話はゴリラの彼女と合致する。

 チート、つまり色々規格外とは、そういう神に授けられた能力の総称だと。

 

 最強クラスの武器や魔法、肉体を得てこの世界に来るらしい。

 

 代わりに魔王を倒してほしいと言われるらしい、その代償というか、転生の義務なのだろう。

 

(もはや夢物語だな。全て嘘という可能性も踏んだが、容姿も聞いた話も合致するか……それに、アリンの見る目が間違えているというのも考えにくいしなぁ)

 

 まぁ話を聞くだけだしな、と彼は割り切ることにした。

 しかし、彼は眉を寄せる。

 

「なんというか……ズルいな。神から力を貰って無双か?」

「そういう人も多いらしいですね、この世界にも転生者は一人や二人ではないので」

「そんないるのか……もはや妬ましいな」

 

 目の前で申し訳なさそうにする該当者がいるが、彼はやはり素直に妬ましいという感想を抱く。

 

 その話が本当なら自分の努力に泥を塗られる気分だった。

 まぁだからと言って何かするわけでもない。

 むしろそれ程までの力を持つのなら返り討ちに逢うのがオチだろう。

 

―――真正面ならば。

 

「ファントムさん?」

「……ん?すまない。それで、君は何を貰ったのか聞いても良いのか?」

「はい、私は『コレ』です!」

 

 そう言って、彼女はポケットからあるものを取り出す。

 小型なのか、と少し驚いている彼は更に驚く羽目になった。

 

 

 

  カードの束だった。

 

 

 

  なんというか、色んな絵札がついている、紙のカードの束である。

  ポカンとして、彼はそれに指をさす。

 

「………何だそれは?」

「『トランプ』です!」

「トランプ?」

 

  即答された。

  見慣れない、明らかに薄っぺらいカードだが凄い効果があるのだろうか。

 

「それは、凄いのか?」

「はい!私トランプが大好きで、よく小さい子と遊んでいたんです!」

「………遊んでいた?」

 

  まず遊戯の類いという点に、彼は首をかしげる。

 

「これは『超凄いトランプ』なんです!凄いでしょう!」

 

  えっへんと、それなりな双丘を張る彼女を見て。

 

「そう、だな」

 

―――彼は、とても反応に困った。

 一旦思考が止まる。

 

(……つまり聞く話では最高位の武器や能力を選べる中、彼女は遊び道具を選んだと?)

 

「質問だが、何が凄いんだ?」

「具体的にはなんとも。ただ女神様が『カタログに無くてもなんでもいい』と仰ったので迷わず即決しました!」

 

(カタログ?本なのか?そんな物件みたいなノリで選ぶのかそのチートとやらはっ)

 

「それで、凄さについて何かわかったのか?」

「はい、全く傷んだりしないんですよコレ!?防水性にも期待できます!」

 

(―――何の話だ?家庭用品の話か?) 

 

「ヒトミは、何か武器とか能力とかを得ようとしなかったんだな?」

「はい!トランプ一筋です!!」

 

(………成程、わかった。馬鹿だなコイツ)

 

  彼は内心で呟いた。

 

 それもそうだろう。

 神から得られる力と言われて、遊戯の類いを貰ったのだから。

 

 そんなに好きなら一から自身で作れば良い。

 量産はさておき、そこまで難しくはなさそうだ。

 

(しかし、まぁ……選ぶのは本人だからな)

 

  何より目の前にいるのは他人である。それも話を聞く限り一般人だ。

  冒険者でもない一般人なのだから、まぁ神様とやらの約束は反故にして魔王を倒す気が無いのだろうと彼は思った。

 

「それで私、冒険者になって魔王を倒したいと思うんです!だから冒険者の方に色々聞こうと―――」

「嘘だろ!?」

「えぇ!?」

 

  思わず彼は叫んだ。相談室に野太い声が響く。

 

「馬鹿か、馬鹿なのかヒトミは!?お前っ……いやだってそれはカードだよな?ただの紙だよな?」

「ただの紙じゃありません。防水に耐久に優れてしかも再生紙の様な手触りなんですよ!?自然を考慮されたまさしく神の代物です!」

「『神』じゃなくて『紙』だ!ちょっと凄い紙だ!武器にもならないだろ、どう使うんだそれ!」

 

 冒険者人生で数少ない驚きを今ここでしてしまった事も気にせず、彼は声を張った。

 

「おぉ!よくぞそれを聞いてくれました...!見ていてください」

「……なに?」

 

  そう言って彼女は、カードを慣れた手つきでテーブルに弧を描くように広げる。

 怪訝な顔をする彼に「一枚引いて絵を見てください」と薦めた。

 彼は疑問に思いながらも無言で端から五枚目を一枚を引き、裏返して絵を見る。

 

  そこには赤いハートが三つ書かれていた。

  ちなみにその間、ヒトミは此方の行動を一切見ていない。

 

「確認しましたか?では元の場所に戻してください」

「はぁ………?」

 

 引いたカードを戻せと。

 意味のわからぬまま彼はそのまま戻すと、ヒトミは視線を此方に戻した。

 

「では見ていてください!」

 

  そう言って再び流れるように弧を回収、束になったトランプをシャッフルし始める。

 

 

 

 ババババ、サッサッサ。

 

 

「「……」」

 

  二人が無言の中、トランプが踊るように位置を変える音だけが室内に響く。

 

  ふぅ、と一息を吐いたヒトミは……再び器用に均等に弧を描いた。

  しかし、今回は絵が表に、見えるようにしている。

 

  するとヒトミは口を開けた。

 

「ファントムさんが選んだ絵は、そこにありますか?」

「はぁ………!?いや、ないな」

 

  彼は目を通すが、全く赤いハートが三つ書いてあったカードが見当たらない。

 

  黒色の四角形を斜めにしたり、逆さのハートの凹みに何か刺したような絵はある。

  先程見たハートの絵柄も数枚あるが、ハートの三だけは見つからない。

 

  不思議そうな顔をして彼女を見る彼に、ヒトミはニコニコ笑い。

 

「貴方のカードは……」

「っ」

 

  ヒトミはそっと彼の首筋に手をやり、突然のことに少し驚く彼を他所に……離れたときには一枚のカードが彼女の手にあった。

 

「な!?」

 

  目を丸くする彼に、そのカードの絵を見せる。それは―――

 

 

 

 

 

「ハートの三、ですね?」

 

 

 

 

「……確かにそうだ!驚いたな」

「どうですか?これがトランプの力です!!」

「成程確かに凄い―――凄いがこれお前の技術だろうが!!トランプ関係ないだろ時間返せ!」

 

  どや顔のヒトミに彼は吠えた。

 

「何だこの時間!?お前の器用さだけが伝わったぞ?いや凄かったんだが冒険者はそんな真似しない!」

「これをやって驚いた隙にモンスターの背後からブスリですよ!」

「発想が雑だ!しかも少なくても二人必要だろそれ!?そもそもモンスターはトランプをしない!」

 

  はぁ、はぁ…と肩で息をする。

  少しして落ち着いた口調で、彼女に言った。

 

「……チートはやり直しが効くのか?」

「いいえ。多分もう神様には会えないかと」

「なら、伝道芸でも目指せ……この街には確か『花鳥風月』という宴会芸をネタで使える奴がいる。教えてもらえ、冒険者にはまっっったく必要ないが、それも組み合わせれば十分に食ってはいける事を約束するよ……後はそうだな、あまりその身の上は他人に話すな。嫉妬されるか頭がおかしい奴扱いされるぞ」

 

 はぁ、と大きく息を吐きソファに身を投げた。

 

「話を聞く限り、ヒトミはかなり平和な世界に生きていた。そんな奴がほぼ丸腰でいきなり冒険者になるなんて……自殺行為だ。それでも時間が掛かってもいいなら止めはしないがな」

 

  少し棘がある言い方で、相応しくないとキッパリ告げた。

 

―――所詮、他人である。

 

  今日限りの出会い、転生者の情報だけでも収穫だと。

  すると彼女は、少し不安げな顔をする。

 

「私は、冒険者になれないんですか……?」

「なれないとは言っていないだろう。だが近道をできるのに勿体無い事をしたと言ってるだけだ」

「そう、ですか!なら私は冒険者になります!」

「っ………そう、か。なら止めないさ。話にも終わりだ、それじゃあな」

 

 ソファからやけに重くなった腰を上げて、ドアに向かう。

 

「待ってください!まだ聞きたいことが!」

「何だ?冒険者についてならさっき話したと――」

「冒険者って、どうすればなれるんです?」

「……」

「……」

 

  その後彼女の登録代を奢るハメになるのを、彼は知らない。

 

 ◆◇◆

 

「で、ではヒトミさん。この資料に個人情報を書いてください……その後でこのカードをお渡ししますね。このカードに触れるとステータスと呼ばれる、貴女の攻撃力から運まで数値化されますし、冒険者であることの証明書にもなります」

「はい!」

 

  そう言ってヒトミはペンを走らせる。

  その時に彼女に適した『職業』をアドバイスするのも受付嬢の仕事だ。

 

  ちなみにその受付嬢アリンは今、そそくさとヒトミの後ろで腕を組みながら見物している彼の隣に来ていた。

  すると彼女は小声で、複雑そうな顔で言った。

 

「……ファントムさん。私、確かお話することをお願いしたんですが.……一言も勧誘してなんて言ってないんですが……?」

「俺は悪くない。冒険者のデメリットは伝えたし、というか最初から登録するつもりだったらしいぞ」

「そうなんですか?私てっきりファントムさんが薦めたとばかり……」

「まぁ、流れとしてはわからなくもないが。彼女との話は為にはなったぞ」

 

(宝の持ち腐れとか、転生者の事とかな)

 

「はぁ、それはよかったです?」

 

  その言葉の真意を理解できなかったアリンは小首を傾げるが、詳細を語るつもりは彼には無いらしい。

 

「書き終わりました!」

「あ、はい。それではこのカードに触れてください」

「わかりました!」

 

  書き終わったヒトミにカードを渡すと、愉快なリアクションをする。

  正確には飛んだり跳ねたり「何か色々出てきました!!」と叫んだり。

 

 正直うるさい。

 

  無論異世界なので言語も違うのだが、彼女は神から前もってその解決策を貰っているらしい。チートとは別で。

 

 

 

「………本当に、特別扱いされてるな」

 

 

  彼はポツリと呟く。

 どこか諦めに近い目で、虚無感に苛まれながら。

 嬉々として冒険者カードをマジマジと見ているヒトミを見ていた。

 

 

「レベルは一ですね!」

「それは、そうだろうな」

「……レベルというのは、この世のあらゆる者が持つ魂、その魂の一部を生命機能を停止させることで記憶するんです。つまりは経験値ですね、普通は目に見えませんがそのカードは吸収したものを数値化できます」

「おぉ!凄いですね!!」

(詳しい原理は誰も知らないけどな)

 

「では、私に見せてください……えっ?」

 

 アリンはカードを受取り確認する。そして、固まった。

 

「「?」」

「えぇ……と。ステータスは平均値よりも全体的に上です、攻撃は低いですがそれを差し置いてもかなり優秀かと思われます」

「おぉ!凄い私!」

「それで、何かあったのか?ヒトミ、俺も見るぞ」

「?はい、どうぞ」

 

 はしゃぐ彼女を横目に、アンリのリアクションが気になった彼はカードを見ようとアリンに近づく。

 

「えぇ、と。大体これなら遠距離から中距離の上級職業には就けるんですが。カードにこんな記載がありまして」

「?……これはっ」

 覗くと、そこには一つ、職業の中に見慣れない文字があった。

 

 

 

 

『マジシャン』と。

 

 

 

 

「マジシャン―――手品師って、あの手品ですよね?」

 

  確認するように質問してくるアリンに対して、彼は小さく顎を引いて答える。

 

「だろうな。しかしなんというか、お似合いだな?」

 

 先程のカードによる、一連の器用さを眺めた彼は思わず苦笑する。

 

 

  同時に、迷うことなく彼女はこれを取るであろうと確信した。




どうでしたか?
次の話は三日後に投稿します。
脱字誤字ありましたら感想ください。


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このゴロツキ共に粛正を!


お久しぶりです。
今日は同時にヒトミの閑話を出してます。
これは一個目ですので、お間違いなく。


 『ファントム』と呼ばれる彼の朝は早い。

 

  起床してまず鏡の前に立ち。

 顔を洗い、愛用の片眼鏡を拭くところから始まる。

 

  そして入念に準備運動をした後に外に出て、矢の試し射ちを行う。

  十本の例外なく長さの変わらない矢を、それぞれの離れた位置から放つのだ。

  最後の十発目は百メートルを越える。

 

  しかしそれでも、彼は弓を使い冒険者となって数年後には十発の中で一度も的から外さない的中率を誇っていた。

 王都でも中々このレベルの弓兵は少ないだろうと彼は自負している。

 

  そして的の的中具合を見て今日の調子を確かめる。

 

「……」

 

  顔をしかめる、今日はかなり不調だったようだ。

  彼自身、弓を引くときに変に力んでいるのがわかった。的を射てはいるものの、いつもよりもブレが大きい。

 

  その結果に眉を寄せながらも、その場を去りギルドに向かう。

  歩きながら、先程の矢の結果を思い出していた。

 

「しかし、やはり原因はあれか」

(最近はあれだと思っていたが、本当にあれだったみたいだな……)

 

  ギルドの近くまで行くと黒い誰かがたっており、彼女は彼に気付くと手を上げた。

 

「あ――『くろぐろ』さん!おはようございます!!」

 

  そこには、かなり目立つ服装の女性がいた。

  特性の黒スーツに身を纏い、ハットを被った長い黒髪の女性。

 

 その姿を見て、誰が彼女を冒険者などと思おうか。

 

「……ファントムと呼べ」

  そして、くろぐろと呼ばれた彼はげんなりした顔で訂正を求めた。

 

「いや~しかし意外でしたよ!『ファントム』って異名だったんですね?でも私、くろぐろもいいと思いますよ?」

「ファントムだって本名よりはマシだと思って名乗ってるだけだ……頼むからやめてくれ」

 

  彼はそう言って、というかもはや懇願した。

 

「ん~私はいいと思いますよ?くろぐろさん……黒いですし」

「やめろ…里から離れて、何度恥ずかしくて死にたくなったか」

 

  彼は深い嘆息を漏らす。

  まず彼の言う『あれ』の説明をしよう。

  結論から言って、ヒトミと彼はパーティを組むことになった。

 

  次に『彼』の説明をしよう。

  彼……くろぐろは『冒険者』であり、紅魔族(こうまぞく)である。

 

 

 ◆◇◆

 

 

  魔法の才がない紅魔族。それが『くろぐろ()』であった。

 

――そもそも紅魔族とは?と聞かれれば彼等を知っている者達は口々にこういう。

 

  頭のおかしい奴等、と。

 

  彼曰く頭が御花畑なのだが、端的に言うと彼等は彼等の中での偏った価値観の『格好いい』が大好きなのである。

 

  それはもう、存在そのものがうっとうしいと呼ばれる『アクシズ教』と呼ばれる宗教と似たレベルで。

 

 

  簡単に例えるなら。

 

  仲間は瀕死になるまで助けないでそれまで体育座りして物陰に待機とか。

 

  ド派手な物が大好きで爆発とか雷とかでお祭り騒ぎしたりとか。

  何故か興奮すると目が紅く光るとか。

 

  常にマントを付けて長くこちらが恥ずかしくなるような自己紹介をしたり眼帯とかとんがり帽子とか何事も形から入りたがる症候群とかetc。

 

―――とにかく、変な集団なのだ。

 

  それでいて魔法の才能がトップクラスで、冒険者になろうものなら魔法の上級職業の『アークウィザード』に初期から多くの紅魔族がなれるから厄介である。

 

 強くて性格に難がある。

 故に手がつけられない者が多い。混ぜるな危険である。

 むしろ何と混ぜれば安全なのか定かでないが。

 

  しかし彼等は基本人里を離れた場所で生活している、これは人にも、そして魔族にも都合が良かった。

 

  そんな、ハイスペック残念集団である。

  そんな中で、くろぐろは魔法の適正が常人レベル以下だった。

 

  まさしくそれは例外の部類だった。

 『例外』というワードに羨ましがられた記憶もあり、素直に馬鹿にされた頃もあり。

 

 その時はくろぐろも紅魔族してたので悪い気はしていなかった。

 

『我が名はくろぐろ!紅魔族でありながら魔力を得られなかった例外者なり!』

 

  なんなら自己紹介に使ってもいた。ポジティブである。

 

  しかしふと、何か自分が得意な物があってもいいのでは?と思い立って小さい頃に部族の村から出て森に入ったのが、冒険者としての彼の始まりである。

 

  モンスターを倒す冒険者がいたのだ。

  彼女は美しく弓を使いこなし、木々を移りモンスターの視界に映らず、淡々とモンスターを仕留めていたのだ。

 

 

  そこにいた人物と出会い、くろぐろは色々変わった。

 

 

  彼は顔を手で覆う。

 

「あの人に自己紹介したときの……その時のあの人の顔……今思い出すと苦笑してたよな絶対」

「そんな過去があったんですね…私、ファントムさんの故郷の紅魔族の里に行きたいです!」

「ダメだ絶対。俺あの日から旅を決意して数年で消えたし……俺は毒されていた、あの空間にはもういたくない」

 

 弓使いの彼女から一般常識を教えられたくろぐろだったが。

 実は元々から『危なくないかな?』なんて少し疑問を思う観点を持っていた。

 

  それは恐らく、魔力という点で周囲と違った環境に置かれた事があるからだろう。

  そして彼女、今は弓の師匠の様な存在に出会ってから現在の彼が形成された。

 

  巧みに親を説得し、腕はいいが変なオプションを付けたがる知り合いに弓矢と望遠鏡代わりになる片眼鏡を作ってもらった。

 

  弓矢と眼鏡のデザインには争いが起こったがそれはまた別の話。

 

 

「あそこって色々ハイスペックで、そんで残念だと思わされたよ……本当宝の持ち腐れだ」

 

  誰かさんみたいにな、と付け足してヒトミを見る。

 

「むっ。私は腐ってもいませんし、後悔してませんよ!」

 

  ちなみに、彼女はやはり案の定で『マジシャン』を取った。それでいてモンスターを倒す、魔王を倒してやるというからギルドーーというよりアリンは大慌てである。

 

 

『危険です、せめて経験者の誰かと同行してください!』

 

 

―――そして、何故かその矛先は彼に向けられたのだ。

 

 

「何故こうなったんだ……」

「でも『クロ』さんは優しいですね。私を構ってくれるなんて!感動です!」

「いや俺じゃなくてアリンが……今なんだって?」

 

  彼が脱力していると、ある言葉が飛んできた。

 

「くろぐろさんは嫌なんですよね?でしたら『クロ』さんなんてどうでしょう!」

「クロ……その名もやめろ、嫌なものを思い出す」

「そうなんですか?私の世界では良くペットの名前にされていましたね」

「誰がペットだ!何故つけた?ならまだファントムの方がマシだ!」

 

  朝早く、彼の声が響いた。

 

 ◆◇◆

 

『クエスト ジャイアントトードを五体倒してください』

 

 ジャイアントトードとは、例の巨大な蛙だ。

 ちなみにこれは駆け出しが受ける程度のクエストでもある。

 

  草原で、二人は岩影から頭を出し二体の目標を確認する。

  ヒトミは双眼鏡越しに、彼は片眼鏡のレンズ越しに。

 

「見えるな?あれがジャイアントトードだ」

「……デカくないですか?」

「一応、普通の感性を持っていて助かったよ」

 

 彼は唖然とするヒトミを見て苦笑する。

 まだこちらに気付いていない蛙達は目をギョロギョロと動かしてはいるものの、特に何かをする気配はない。

 

「ところで気になっていたんだが、その職業は何ができるんだ?」

「『マジシャン』の事ですね?スキル欄で取ったのは『シャッフル』と『カード投げ』と『コイントス』に『ナイフ投げ』『鳩出し』、取ってないのは『花鳥風月』と『イマジネーション』ですね」

「頭が痛いな……っというか花鳥風月いつ習得可能になったんだ?」

「屈強な冒険者さんが教えてくれました!『俺の花鳥風月見たいだろ?見たいよな!?いや見てくださいっ』って」

 

――それでいいのか屈強な冒険者。彼は思わず口を結ぶ。

 

  恐らく、その冒険者なりの彼女へのアプローチのつもりだったと思われるのだが、全く通じてないだろうと彼は内心で同情する。

 

「しかし、取ったスキルの中に使えるものあるか?」

「一応、カード投げは使えると思いますよ?」

「……いやトランプ投げてどうするんだ?」

 

  彼は先が思いやられ大きく嘆息する。

 

「スキルであることだし万が一もあるのか……?とりあえず俺が一体倒して、もう片方の動きも封じるから、見ておけよ」

「はい!」

 

  大きな声を出すな、と注意した後に彼はスキルを発動し矢を二本つがえる。

 キリキリと指で挟んだ矢を絞り。

 片眼鏡のレンズ越しに角度と力加減を微調整する。

 

「『狙撃・二連』」

 

  息を吐き、放った。

 

  その矢は真っ直ぐ風を切り、一本は蛙の胸を突き抜け倒し。

  もう一本は別の蛙の眼に当てて視界を奪った。

 

「上手くいったな」

「わぁ!凄いですファントムさん!」

 

  彼女は興奮して双眼鏡を外し彼に向く。

 

「では私も……!」

 

  そう言って彼女はカードの一枚を取り出し、右上の角を人差指と中指で軽く挟む。

  そして右下の角の部分を手の凹み当りに設置して少し指を折った。

 

  すると、指と掌に挟まれたトランプは小さな山の曲線を作られた。さらにヒトミは手首と肘を使って胸の方まで持っていく。

 

  まるで何か溜めるような動作に、なんとなく察した彼はまさかと口を開ける。

 

「まさか本当にここからカード投げるのつもりか?あそこまでの距離、五十はあるぞ?」

「このトランプなら大丈夫ですよ『超凄い』ので!私も普通のトランプでは十メートルしか狙い通り飛ばせた試しないですけどっ」

「その自信がどこから来るかわからないし、その記録も凄いのかわからないな……」

 

  呆れる彼を他所に、ヒトミは悶える蛙に狙いを定めて、

 

「それ!『カード投げ』!」

 

  放った。するとトランプは大きく弧を描きながら回転し、そして勢いは止まることなくジャイアントトードの元に、そして。

 

 シュパァァァン………!

 カードは一切の抵抗もなく蛙の胴体を突き抜けていった。

 ジャイアントトードは口をパッカリと開けて倒れ、絶命した。

 

「えっ?」

「は?」

 

  そしてそのままトランプは粘膜やら血やらを飛ばしながら帰ってきて、

 

「あっ……」

 

  ブーメランのようにヒトミの元に帰ってきた。

 反射的に片手で摘まむようにキャッチしたが。彼女自身流石に驚いているようだ。

 

  斬り口(疑問)から血とか内臓が溢れるという中々グロいことになっている蛙に視線が固まって、そして無言で二人は目を合わせて。

 

「「……え?」」

 

  超凄いトランプに、二人の間の抜けた声が重なった。

 

 ◆◇◆

 

  呑んだくれの溢れるギルドに、驚いたアリンの声が響く。

 

「もうレベルが上がったんですか!?まだ初日ですよ?」

「アハハ……そうみたいですね」

「あっ、ファントムさん!無理させちゃダメですよ!?」

「俺か悪いのか...?あと、無理はしてないぞ?」

 

  遠い目をして呟く。

 

  その後は、トランプの能力実験だった。

  どこまで飛ぶのか、そもそも切れ味はどのくらいか。

  というか頑丈性とか色々と。狩ったジャイアントトードは余裕でクエストの倍である十を越えた。

 

  結論から言うと、このトランプは超凄かった。

 

  飛ばしかたがうまいのか、場合によれば距離は百を越える。

  さらにトランプで斬ればまるで豆腐の如く真っ二つに斬れ、ふと彼が隙を見て至近距離で矢で射ってみたが傷一つなかった。

 

  ちなみにその後「トランプは一枚でも欠けちゃダメなんですよ!」とヒトミに怒られた。

  それ以前に彼の弓使いとしてプライドが欠けたが。

 

  さらにトランプは罠としても使える。

 というか地面に立てて置いてみたらその上歩こうとしたモンスターがスパスパ斬れる。

 

  試しに彼が恐る恐る踏むと、フニャンと曲がった。

 モンスターと人間を区別しているのだろうか。

 

  もはや包丁として一家に一枚欲しいレベルである。

  人体には何の影響もなく、なんならカード投げの時のように力の入れようで曲がり弧を描く事もできる。

 曲がっても決して折れない。

 しかも、一度放置してみるという方法も行ってみたが、帰ってきた。

 

  信じられないだろうが、クルクルと誰かが投げたように宙を回って帰ってきた。

 

  そしてこの辺りではもう、彼は考えるのを辞めた。

 

  これは確かに『紙』であり『神の代物』である。理屈を超越した品だと実感したのだ。

 

(今度、アリンにも見せてやろう……そうすればわかる筈だ)

 

「もうお昼過ぎましたね。遅くなりましたが、お腹減りました」

「そうか?俺は疲れたよ。紅魔の故郷といいお前といい、俺の中の常識はよく変わるんだな……」

 

  トボトボと彼女に付いていき、蛙の唐揚げを食べた。

  ヒトミは少し複雑そうだったが、一口食べてから問題なくなったようである。

 

  パクパクと食べる様子には疲れを微塵も感じない。

  順応性が高い。きっと彼女は長生きすると彼は確信した。

 

(まぁ、俺も冒険者として最低限の事を教える……後少しの我慢だしな。付き合うか)

 

『……』

 

  彼も本格的に食事をとった。

 

―――自分の周囲の視線には、気付かずに。

 

 ◆◇◆

 

  翌日、事件が起きた。

  ヒトミとパーティを組んで、数日が経った日の夕方の事である。

  机に座っていた彼は困っていた、というか呆れた顔でその光景をみている。

 

「おい嬢ちゃん?俺達とパーティ組もうや?」

「そうそう、そんな冴えない奴と付き合うなよ~?」

「楽しいぜ?」

「え、えぇと……?」

 

  三人の冒険者が、ヒトミを囲むようにして勧誘しているのだ。

  色々欲望が顔に出ているのだが、と彼は冒険者達を一瞥して嘆息を漏らす。

  彼女は困ったように、だが嬉々としてこちらに向く。

 

「ど、どうしましょうファントムさん!!私にモテ期が来ました!!」

 

  わかっていたが彼女は鈍感らしい。

  だが彼は同時に少し期待していた、これはチャンスだと。

 

(ヒトミをコイツらに押し付ければ俺の安寧は取り戻される……もうあのトランプとコイツはゴメンだからな)

 

  パーティを組んで数日にして、彼は軽くやつれていた。

  その原因は言わずもがな、驚きと呆れによる疲れは半端なものではなかった。

 

「……良かったな?ならばそいつらと組むといい。剣士の前衛二人に後衛のマジシャン、バランスはいいぞ?」

 

すると、冒険者達は彼に指をさしてわらう。

 

「ヒデエ男だな?見捨ちまうなんてよ」

「ハハハ!!流石『冒険者』様は違うねぇ!」

 

  一人の男の煽りに、ヒトミは反応した。

 

「?……皆さんも『冒険者』ですよね?」

「あ?違ぇ違ぇ、俺達が言ってるのは『職業』としての冒険者さ!『冒険者』ってのは何にも秀でていないクズがなるような最底辺の職業なんだよ!」

 

(……丁寧な説明ご苦労だな)

 

  彼は全く動じずに頬杖をつく、既に慣れたのだ。

  『器用貧乏』とすら揶揄される『冒険者』という職業の運命ともう受け止めている。

 

  『冒険者』という職業は浅く広く、と言った職業である。

  全てのスキルや魔法を使えるが、上級の魔法やスキルは熟練度を上げてもその職業には遠く及ばない。そんな職業である。

 

  残念ながら『アーチャー』等という職業は彼のカードにはなかったのだ。

 

 

  それでも彼は冒険者になり、弓を取ったのである。

 

 

  全く動じない彼に、反応が退屈だと舌打ちした一人の大男の口元が三日月に裂かれる。

 

「知ってるぜぇ…?しかもお前紅魔族なんだってなぁ!?」

「マジかよ!?いや髪は噂通りだが、瞳はどうしたんだよ?」

「お前知らねぇのかよ?紅魔族は怒らねぇと目が光らないんだぜ?」

 

  そう言ってジロジロと見てくるので、嫌悪を明らかにする。

 

「つぅかよぉ、何でコイツアークウィザードじゃねぇの?魔力しか取り柄のないネタ民族だろ?」

 

 

 

「――あ?」

 

 

 彼は低く唸ったが、彼等の耳には届かなかった。

 

「あのネタ民族が、とうとう魔力まで失ったのかよ?」

「いやコイツが無能で、単に里から捨てられただけじゃねぇ……のっ!!」

「っ!」

 

  すると、彼は近付いた冒険者の一人にいきなり頬を殴られた。

  彼はそのまま壁にぶつかり音をたてる。

 

「なっ!?何してるんですか!?」

「はいはい黙ろうね『バインド』」

 

 ヒトミが叫び駆け寄ろうとした瞬間、一人が魔法を唱えた。

 すると縄が自分の意思を持っていたかるかのように瞬く間にヒトミは拘束されてしまった。

 

「なんですか、これっ……!!」

 

  周囲もザワザワと騒ぎ始める。

 

「なぁ…弱いんだからよぉ?すました顔するなよ弓使い?」

「弓なんて臆病者の武器だよなぁ?」

「そんな目で見てくんじゃねぇよ?なぁ」

 

  殴った者への詫びの言葉の一つもないようだ。

 

(……流石、イレイシアの『冒険者』だな)

 

 周囲も、見知らぬふりをするか。

 酒の影響もあってか悪ノリする輩だけだった。

 

「いいぞ~やっちまえ!」

「そいつ前から嫌いだったんだよ!」

 

 壁に激突した事を心配する者はいない。

 少なからず同情の視線こそあれど、誰も助けにはこなかった。

 

「……ふぅ」

 

  彼は何も言わない。

  小さく血の味がする口から息を吐いて、真っ直ぐ三人組を見ていた。

  蔑むような、憐れむ様な目で見上げていた。

 

「なんだその目?まだやられ足りないのか?」

 

「―――なん、ですか。それぇ!!」

「……ぁ?」

 

  彼に近付く大男が再び腕を振り上げる中、魔法で縛られたヒトミは叫ぶ。

 

「格好悪いですよ!!貴方達は、冒険者じゃないです!!」

「?」

「はぁ……?」

 

  その言葉に大男はポカンと呆れた。

  笑うものがいれば意味がわからないという顔をする者もいる。

 

「何言ってんだ?冒険者じゃねぇとか?」

「……っ」

 

 ヒトミは周囲を見渡す。

 ここまで叫んでも、誰も彼を助けない。

 

(―――ならば、私が)

 

「成敗します!『鳩出し』!」

 

  スキルを発動した刹那、頭から外れたハットから大量の白い鳩が溢れだした。

 

「なっ、なんだよこれ!」

「クソが!」

 

  決死、とはいってもただの目眩ましである。

  だが、ポケットのトランプさえ取れれば勝機はある。

 

(トランプを取ってロープを切って、倒せれば……っ!)

 

 彼女は歯をくいしばって、三人組や傍観している者達を睨む。

 拘束さえ解ければこの距離ならトランプは外さない、確実に当てられる。

 

(後少し、指先に……!)

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーヒトミ、ダメだ」

 

 

 鳩の群れに混乱する中で、どこからか彼の声がはっきりと聞こえた。

 

「……え?」

「まだ加減を知らないお前が、人に向けてソレを扱うな」

 

  低い声が響き、思わずヒトミは手を止める。

 

  その方向を見ると……。

 

「ファントム、さん?」

 

 ヒトミの直ぐ背後だった。

 

(いつの、間に……?)

 

 驚く彼女を余所に彼は腰にさしてあった短剣でロープを切りながら口を開く。

 

「ヒトミ、そのトランプは異質だ。万が一お前が敵と認識した者に攻撃性を示すなら……まだ加減を知らないお前は目の前にいる奴等を殺す覚悟をしなくちゃいけない」

 

  その瞳は紅く染まっている。

  それは他でもない、紅魔族の証明でもあった。

 

「いいかヒトミ、覚えておけ。これ()冒険者だ」

 

  諭すように、親が娘に言い聞かせるように。

  その真っ直ぐな瞳は、もはや別人に思えた。

 

「っ、なんだお前……偉そうにしやがってよぉ!?」

 

 三人はすでに動ける状態になっていた。

 鳩が消えていたのだ。

 あくまでも瞬間的に発動した魔法で長く持続はしないらしい。

 

 まるで『最初からなかったかのように』床には羽一つ残っていなかった。

 

(アリンは確か非番だったな……ラッキーだ)

 

  一番自分を気にかけてくれた受付嬢がいないことを確認して。

  手を櫛にして、あまり長くない前髪をかきあげる。

 

「偉いかどうかは知らないが。なぁ?集団で攻撃してきた事は含めないとしても……一般的には一発殴られたからには『一発殴り返していい』よな」

「っ……なめやがって!臆病者が!」

 

  三人の内の一人が殴りかかり、既に背後まで絞った腕を放つ。

 

 

「おっ…?」

 

  が、既に懐に入っていた彼にその拳はスカッと通りすぎてしまった。

 

「おおぉぉぉぉ!!?」

 

  さらに、その伸ばした腕と勢いを利用されて逆に壁に投げ飛ばされた。

 

  あまりに一瞬で野次馬だけでなく、既に縄から解放されているヒトミですら固まる中。

 

  彼はパンパンと手に着いたゴミを払うような仕草をし、周囲を見て嘆息を漏らす。

 

「一応言っておくが……まさか弓使いが苦手な近接戦や魔法の対策をしていないと思ったのか……?万が一そう思っていたならアクセル(駆け出し)からやり直すことを薦めるよ」

『……』

 

(まさか...まさかだな?本当ならこの街はよく保っていたな)

 

  誰も反抗しないことに、彼は若干引いた。

  雰囲気もあったろうが。

 

「え、と。なんかスマン」

「……ッテメェ!!馬鹿にしやがって!」

 

  魔法使いであろう男が、杖を取り出した。

  魔法を唱えようとするが、それより早く彼はスキルを発動する。

 

「『潜伏』」

「っはぁ!?」

 

  その言葉と同時に、姿が消えた。

 

  いや、正確には隠れただけなのだが。

  タイミングや練度から、消えたように見えたのだ。

 

 それもこの人数で。

 錯覚するほどあまりにも鮮やかすぎる潜伏。

 

ーー誰が名付けたか、それが彼の『ファントム』の由来でもある。

 

  男は思わず護身の短剣を抜き、引け腰で両手で構えながら左右を見渡す。

 

「で、出てこいよ卑怯者!俺にはさっきのマグレは通用しないぜ?」

 

  その声は恐怖で若干上ずっている。

  そして、それに返ってきたのは魔法だった。

 

 

「『クリエイト・アース』『クリエイト・ウィンド』」

 

 

  両方とも初級の魔法である。冒険者でも会得可能な汎用魔法。

 

 土を生成し、更に風が吹く。

 冒険者の幅広さを利用した応用技で、相手の視界を奪った。

 

「うわっ...目が!!」

 

  恐怖と困惑で闇雲に腰の短剣を振る。

 

「くそ!クソォ!」

「それでは腰が引けていて、うまく斬れないぞ?魔法使い」

「なっ、ギャッ!」

 

  耳元で囁き背中に蹴りを入れ、テーブルに突っ込ませた。

 

「しかし、命のやりとりで卑怯かどうか言えるか……?まぁ、個人によるのか」

 

  動かない彼を一瞥して、大男に向き直る。

 

「一人になったな?強めの一発殴ったお前には、特にお返しをしたいんだよ」

 

  男は脂汗を流しながら、よろりと半歩下がる。

 

「な……お前、弱いんじゃなかったのかよ!?冒険者だろ!」

「確かに最弱職と言われる冒険者だが、それは弱いという理由にはならないだろう?それよかお前らが酒呑んで遊んでる間、俺はずっと狩りに行ってたよ。合間に多少の護身術も得た……職業も大事だが、一番は時間の使い方じゃないか?」

 

 ゆっくり歩きながら、息を吐く。

 

「さて、俺よりも才能があるお前らは、今はどんな気分だ?お前らは才能に遊ばれるだけなんじゃないか?……まさしく『宝の持ち腐れ』だな?」

「っ」

 

 散々胡座をかいてきたツケが回ってきたな?

 そう言外に、見下すように紅い瞳で薄く笑う。

 

(簡単な挑発だが、効くか?)

 

「冒険者はのらりくらりで陽気な奴等もいれば、仲間を大切にする奴等もいれば、お前らみたいな自分に正直すぎる奴等もいる。今回の件は、その事をヒトミに教えられたのはラッキーだったよ。感謝する」

 

  そう言って、頭は下げないが感謝を伝える。

 

「は、はぁ?」

「だが、許せないのが一つ」

 

  そして、さらに紅い眼光を輝かせて言った。

 

「これは自論だが。俺の家族を……紅魔族をバカにしていいのは俺だけだと思っている。ネタ民族だと?それを言えるのは紅魔族の境遇で生まれて……魔力をあまり得られなかった俺だけだ。紅魔族として皆と一番良く接してきた、この俺だけの特権だ。お前ら一度里に来るといい、そこで居を構えられたなら認めてやるさ」

 

「ひっ……!」

 

  その気迫に、男は小さく悲鳴をあげた。

 

「『バインド』」

「なっ!?おぉ!!」

 

  ヒトミが拘束された同じ魔法である。命が宿ったかの様に縄が動きだし、瞬く間にミノムシのように縛り付けられた大男は、力任せに暴れるが意味はない。

 

「さっきも見たろ。魔法は人並み以下なだけで、使えない訳じゃないんだ。アークウィザードには遠く及ばないがね」

「て、テメェ!俺に手を出してどうなると……」

「ーー知らないな?どうなるんだ?」

 

  淡白に返し、そっと膝を折る。

 

「それにな、今後に報復しようとするなら無駄だ。俺はこの街を離れる」

 

「「え?」」

「元々、近々そうする予定だった」

  この言葉に、唖然としていたヒトミも再び動き出す。

 

「そうだな……ま、知り合いのいる王都はまだ実力不足だろう、アクシズ教徒のいる『アルカンレティア』は論外だな……敢えて『アクセル』に行って初心に帰るのも悪くない。誰かのように中途半端な実力で傲るのは御免だからな?」

 

「て、テメェは……!」

 

「さて、送別会としゃれこもうじゃないか。どうせならパァッとやろう。それが冒険者だろう?お前らだって構うことはない、スカしてる?気に入らなかった……?なら冒険者らしく拳や剣や魔法で来い、得意だろう?拙いながらにまとめて相手しよう」

 

 そう言って皆に聞かせるように、ハッキリと言う。

 

 

「闇討ち?不意打ち?魔法の集中攻撃?剣の応酬?構わないぞ」

 

 

 来るなら来い、相手になってやる。と

 

 

「―――もっとも、魔法の才能も無い魔法特化部族で、かつ最弱職の冒険者に敗北した恥をお前らが背負えるならな」

『……』

 

 全員が、黙りこんだ。

 既に最初の一発が見きれなかった等と考える輩は一人もいない。

 

ーーその場にいた野次馬すら、完全にねじふせた。

 

「なんだ……この街の冒険者が達者なのは陰口と恥の上塗りだけか?酒がなければ拳も振れないのか?冒険職だろう?」

 

 少なからず興奮状態な事もあり、多弁だった彼。

 物足りなさそうな顔をして深呼吸をして落ち着きを取り戻し、彼は毛虫のように縄にぐるぐる巻きにされた男に再び視線を合わせる。

 

「なら……本題に入ろうか?」

 

  既に大男の戦意は喪失していた。

 

「わ……悪かったよ?な?ほら、俺ぁ酒が回ってたんだ。もう冷めたから、な?許してくれよ?」

「―――そうか、ならやっぱ殴らないでおこう」

「!本当か」

 

  顔をあげる大男に向かってそう言って、彼は嗤った。

 

「勿論だとも。殴るなんて可愛いことはしないさ?お前らと同じ『冒険者』だからな」

 

 

 ◆◇◆

 

 

  翌朝。

  アクセル行きの馬車に乗り込んだ彼は、ふと背後の街を見る。

  まだ出立はしていないが、どこか感慨深いものを感じていた。

 

(流石にやり過ぎたな。思ったより怒りがたまっていた様だ……恥ずかしい)

 

  というより、後悔していた。

 

  すると馬車に向かって走ってくる少女が見えた、同時に赤い髪が揺れる。

  どこか寂しそうな。そんな顔で彼に向かってきた。

 

「ファントムさん!本当に、行くんですか?」

「アリンか。まぁ、やはりあの連中がやっぱり気に入らないしな。アリンはヒトミの世話でも焼いてくれよ……流石にアイツも昨日の件で少しは自覚するだろうさ」

 

――冒険者は、彼女の思い描くものばかりではないと。

  まるで子供の様に夢を見る彼女には、いい教訓になったと。

 

「すっかり、先生が身に染みましたね?」

「やめてくれ、そんなんじゃない。ギルドには迷惑をかけたな?」

「はい、本当に後片付け大変でしたよ……それに、後は丸投げですか?」

「駆け出しのアドバイザーは、受付嬢の仕事だろう?」

 

  確かにそうですね、とアリンは笑う。

 

「でも後始末は違いますよ?でもまさか、私が非番の間にそんな騒ぎが……」

「だがいつも通りだ。毎日と同じように、血気盛んな冒険者の喧嘩だ………それに不本意だが弁償はしたろう?」

「そういう問題では……もういいですよ!どうか、お元気で」

「あぁ、互いにな。俺が駆け出しの頃から世話になったな」

「本当に、そうですよ?」

「気が向いたら連絡を寄越すさ」

 

 そう言って馬車に乗り込む。

 荷台に乗せてもらう形なので、あまり決まらないが別に気にしてない。

 

 すると、前方の馬使いから声がする。

 

「おい兄ちゃん、別れは済んだかい!?」

「あぁ、頼むよ」

「はいよ!行くぜぇ!」

 

  馬に鞭打ち、馬車は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 彼が見えなくなってから、手を下ろしたアリンは深い嘆息を漏らす。

 

「………ま。あの『二人』なら大丈夫かなぁ。確かにチートも見たけど、フリューゲルも贔屓するなぁ」

 

  砕けた口調とどこか意味深な発言と共に、アリンは馬車に向けて背中を向けた。

 

 

「さてと、ギルドの後片付け頑張りますか~」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

  小さく手を振り続けるアリンの姿は小さくなり、やがて見えなくなった。

  視線を前に戻し、身長程ある荷物にそっと体を預けて笑みを浮かべる。

 

「……これで少しは肩の荷も、降りるというものだろう」

(何より、ヒトミがいないのが大きいな)

 

 彼女が来てからは驚きと呆れの連続だった。

 短い間だったが、一年にも劣らない濃密さを感じる。

 

  結局、彼はアクセルの街を目指すことにした。

 

  やはり王都では荷が重そうなのもあり、むしろ駆け出しの多いアクセルの方が、冒険者としては都合のいい他のスキルを教授できる機会が多そうという打算もあった。

 

  知り合いに会いたくないことも否定できない。

 

「さて、アクセルの街を楽しむことにしよう」

「そうですね~何があるんでしょう」

「さてな、まぁ今よりは幾分か…………?」

 

目をパチパチとさせる。

 

「……は?」

「……」

 

  するとバキリと音がして、木箱から何かが這い出てきた。

  長い黒髪が顔を覆い、ゆらりと這い出てくるその姿はその手が苦手ではない筈の彼の背筋を凍らせた。

 

(いやいやいやいや、怖いんだが!?)

 

 

「なんとヒトミでした!種も仕掛けもございません!」

「そりゃ無いだろうなっ。ドキドキした点では間違いないが―――ヒトミ?」

 

  そして顔をあげて正体を明かすヒトミに、目を丸くする。

 

「………なんでいるんだ?」

「私、気付いたんです」

「何を」

「やっぱりファントムさんは、いやファントムさんだけが。あの場で私にとっての冒険者だって」

 

  彼女は自分の左胸を両手で覆って、真剣な表情で答えた。

 

「それに、アクセルは駆け出しの街なんですよね!?私にはちょうどいいと思うんです!」

「いや。それについては、否定しないが……」

「なので、お願いします!私とパーティを組んでください!」

 

 まるで愛の告白のようである。

 

 

「………神がいるなら、俺の行いはそんなに悪く見えているのか?」

 

  どこか諦めたように、彼は息を吐いた。

 

「ところで………ヒトミは冒険者に、何の思い入れがあるんだ?異世界から来たんだろう?」

「それは、ゆっくり馬車の中でお話ししますよ……はい」

 

  二人は馬車に揺れながら、二度目の長話に興じた。

  アクセルに着くまで長い間は、退屈することは無さそうである。

 

 ◆◇◆

 

 

―――一方、イレイシアのある場所では。

 

「ママ、見てー」

「見ちゃいけません!……プークスクス」

 

  そこには、下着一枚で一本の縄で木に吊るされている一人の男の姿があった。

 

『エサをあげないでください、懐かれます』

 

  と書かれた紙が下に置いてあり、誰もが一目見ては鼻で笑い通り過ぎるか、露骨に嫌悪を示す。

 

「もう、許して……」

 

  その言葉は、誰の胸にも響かなかった。




おかしいな、コメディのつもりで筆をとったよな...?

次話は明日には投稿できるかと。
確認してボロボロでなければ.....


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閑話 藍ヶ崎 瞳に祝福を。

今日二つ目ですね、お間違いなく。
ちなみに短いです。
ヒトミ目線の、前の世界のお話です。




 彼女は、トランプを片手にそっと窓を見る。

 

「.……」

 

 そこから見える景色は、いつも変わらない。車が走り、植えられた木々が風に揺れる。

 時計を見ると、短い針は昼頃を刺していた。

 

 藍ヶ崎 瞳は、苦笑する。

 他の皆は何を食べているのかと考えて。

 笑い合って談笑する彼らを想像して。

 

 そこには、自分がいないと知って。

 

 タタタと長い廊下を走る音がした。徐々に大きくなり、横引きのドアが開いて、自分よりもかなり年下の少年が笑っていた。

 

「お姉ちゃん! 今日も来たよ!」

「うん。じゃあ今日はどうしようか?」

 

 瞳は少年に笑みを向ける。

 

 人生、何が起こるかわからない。

 

 暇になって最初に手を付けた本で旅人や冒険者と呼ばれる者達に憧れたのも。

 様々なジャンルに手を出してふと、シルクハットを被った男が表紙のマジックの講座本を見つけたのも。

 その練習をしていると、今目の前にいる子と話す機会を得たことも。

 

「トランプを見してよ! 大好きなんだ!」

 

 屈託の無い笑顔の少年を見て、瞳の頬はさらに緩んだ。

 

「じゃあ、目の前に広げるから一枚取って。私は見てないから」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 藍ヶ崎 瞳は、今日も上体を起こして空を見る。

 

 今日は一枚のコインを手元で遊ばせて。

 一番気に入った本と彼の好きなトランプを膝の上に置いて。

 長くなった黒髪を、いつ切ろうかと考えて。

 

 複雑な顔をする友人と会話をし、マジックを披露する。

 ついに、友達は決壊したように泣き出してしまった。

 

 やはり、瞳のマジックを笑ってくれるのは彼しかいないようだ。

 自分すら、友達と共に泣いているのだから。

 涙に、トランプはしおれてしまった。

 紙なのだから、濡れればしおれるのは仕方ない。

 

 

 ◆◇◆

 

 藍ヶ崎 瞳は外の世界に目を向ける。

 紅葉は、見て楽しむというが。やはり外に出たくなるのが本音だ。

 勉強も頭に入らない、テレビも面白く感じない。

 そもそも、テストを受ける必要はあるのだろうか。

 高校生となって、瞳はふとそんな事を思った。

 

 それでも、彼女は柔らかく笑う。

 あの少年は、今日も来てくれるから。

 飽きさせないように、一つ、一つと芸を覚える。

 空いた時間を、読書に回した。

 

 ◆◇◆

 

 窓には純白のカーテンが付いた。お陰で窓から先は良く見えない。

 

 瞳は少し、ふてくされていた。

 

 .少年が来ないのだ。

 何故だろうか? あれだけ元気だったのに、怪我か、風邪でも直ったのだろうか。

 まぁ、また会えるだろう。

 瞳は目を伏せる。

 今日は、なにもする気になれなかった。

 

 ◆◇◆

 

 今日は、少年が来た。

 朝早く。とても、悲しそうな顔で。

 

「姉ちゃん」

「どうしたの?」

「もう、ここには来れないんだ」

「っどう、してかな?」

 

 目を丸くする。あまりの事実に、驚愕した。

 悲しい、とても。

 だが既に泣いている彼の前で、歳上の自分が泣くわけにはいかない。

 

「もっと大きな病院に、行くのかな?」

「うん」

「そっかぁ……なら私は、応援するよ」

 瞳は遠い目をする、寂しさ半分。やはり少年は、と。

「ごめん……もう、ここに来れないかも」

「それは困るな、また会いに来てよ」

 

 そっと彼の両頬に触れて、笑う。

 

「だから今のお別れは、笑顔で『またね』だよ」

「っうん!」

 

「それじゃあ、トランプから一枚選んで」

「うん!」

「確認した?」

「うん!」

「よし、なら戻してね!」

「はい」

「シャッフルするよ~君が引いたのはね~……『ハートの三』でしょ~?」

「.……わぁ、凄いね! お姉ちゃん! 当たりだよ」

「そうでしょ! お姉ちゃんだからね!」

「あっ、ごめん、もう時間だ! お姉ちゃん! 『またね』!」

「うん!」

 

「そっ、かぁ」

 

 少年は消えて、静寂が訪れた。

 彼女は、下唇を強く噛んで、泣いた。

 

 

 以来、少年はパタリと来なくなった。

 

 

 ◆◇◆

 

 真っ暗な空間に、瞳はいた。

 

「.……ここは?」

『藍ヶ崎 瞳さん。お目覚めですね』

 

 そこには凛とした、風格溢れる女性が椅子に座っていた。

 そして、自分も椅子に座っていた。まるで二人にだけスポットライトが当てられた様に、そこだけが白く、しっかりと見える。

 

「わぁ! 凄い美人さんですね! 私は藍ヶ崎 瞳といいます」

『ありがとうございます.私はフリューゲルと申します』

 

 名乗った彼女はフフフと笑う。

 

「ところで、ここは何処ですか?」

『.大変言いにくいのですが、ここは。貴女方の言うところのあの世に、該当する場所です』

「.あらら、成程」

『驚かないんですね?』

「驚いてますよとっても! 驚き過ぎてリアクションが薄くなっただけです!!」

 

『.そう、ですか?』

「はい!」

 

 彼女は背筋良く、ハキハキと話す。

 

『瞳さん』

「はい!」

『私は、貴女を見ていましたよ』

「っ.……そう、ですかぁ」

 

 瞳は少し、うつ向く。

 

『少年なら、無事に手術を終えました』

「え.……っ?」

 

 その言葉に、頭が上がる。

 

『ただその後親の都合があって引っ越したのですよ…….内緒ですよ? これがバレると私はここに座る権利を失いますから』

「も、勿論。それよりも本当ですか!?」

『神は嘘をつきませんよ』

 

 その言葉に、瞳は一筋の涙を流す

 

「.……良かったぁ」

 

 それを緩慢とした笑みで見ているフリューゲルは、そっと彼女の前に、何もなかった筈だが本を一冊出した。

 

『そしてもう一つ。瞳さん、貴女には二つの選択肢があります』

「はい?」

『一つはこのまま天国に行くこと。そしてもう一つは、貴女の記憶をもったまま別の世界に行くことです』

「選択肢.つまりそれは転生的なあれですか?」

『はい、その解釈で間違いないかと。その世界は魔王がいまして、勇者を送ることで平和を取り戻したいのです.訳あって前任もそちらの場にいますが』

「でも、私は正直無力ですよ? マジックと読書しかしてきませんでしたから」

『存じております。ので、その本です。開いてください』

「?何ですかこれは!? 『バストアップ』とは!?」

『一番にそれを見つけるとは、薦めませんよ? それは私達からの贈り物の一つです。異世界にいっては色々不便でしょう? 言語も含め、それらも一つだけ持っていくことを許可します。書いてない物でも構いませんよ』

 

 

「トランプを下さい」

 

 

『──え?』

 

 即答されてしまい、フリューゲルは戸惑う。

 

『トランプですか?』

「はい。それも『超凄い』トランプを!」

『えぇ、と具体的には?』

「お任せします。私よりも神様の方が賢いので!」

『は、はぁ.……わかりました。トランプですね?』

「はい、お願いします」

 

『承知しました.……藍ヶ崎 瞳さん。貴女に素敵な出会いと祝福があらんこと!』

「わわ!?」

 

 足元が光り、彼女を覆い.消えた。

 一人残ったフリューゲルに、何処からか声が聞こえる。

 

『フリューゲル.……何で嘘ついたの?』

 

『あら、フィーナ。どの話かしら?覚えが多すぎてわからないないわ』

 

『誤魔化さないでよ、わかってるでしょ?それに後が詰まってるし他の人だっているのよ?あの子に規定以上の時間掛けてちゃ駄目でしょ?そもそも送り場所だって……!』

 

『そうね。貴女は正しいわ』

 

 フリューゲルは一呼吸置く。

 

『でもね。この我が儘だけは通したかったのよ、自己満足かもしれないけど……それでも、ね?』

 

 彼女は、情けなさそうに笑った。

 

 

 

『──私は素敵なものが好きだから』

『なにそれ、意味がわからない』

『いずれ、全てわかるわよ』

 

 

 その言葉に、天の声は嘆息を漏らした。

 

『.……そ。まぁ文面だけ見た私が口を挟むのも、野暮よね』

 

『助かるわ、それじゃあ次の方を呼びましょう』

 

『りょーかい、んじゃ私も私の仕事に戻るわ』

 

 ◆◇◆

 

 

 

「おい.……おいヒトミ、聞いているのか?」

「も、モチのロンですよ!」

「じゃあ俺の言ったことを繰り返してみろ」

「『俺の瞳が紅い内は誰も傷つけない』ですよね?」

「どこの誰だそれは! 後衛の弓使いの俺には無理なセリフだろっ」

「そうですかね~?」

「はぁ。全く、もう一度言うから良く聞けよ?」

「はい.……ってあれ? 違う馬車とすれ違いました?ほら見てください、ほら.……っ」

 

「聞けよ! 何故テンションが高いんだお前は.……ってヒトミ?」

 

 急に固まった彼女に、くろぐろは怪訝な顔をする。

 

……それは、一瞬だった。

 

 だが。彼女には、黒髪の少年が見えた気がした。

 とても見慣れた、でも懐かしい、健気で無邪気そうな少年の姿が。

 

「……子供乗っていましたね」

「ん?珍しいな……まぁよほど腕が立つか、金に余裕であるのだろうな」

 

「…………きっと、そうですね」

 

 

「ありゃあ冒険者を連れたアクセルからの馬車だろう。アクセルにももうそろそろ着く……って。もう一人の嬢ちゃん誰だぁ!?」

「は?……まさか無賃乗車してたのかヒトミ!?」

「アハハ~払うタイミングを逃しちゃって」

「笑うな!! すぐ払え! 今すぐに! ……お前金あるのか?」

 

 馬車の中で彼は吠える。

 

 最初は素っ気なかったけど、本当はとても優しい人。

 本で読んで思い描いた彼に、どこか似ている。

 

 本当に、人生何が起こるかわからない。

 

「わわっ、大丈夫です! お金はありますからっ」

 

 私の代わりにお金を出そうとする彼に、ヒトミはそっと笑った。




次回はすぐかな?
直しの作業次第ですが一日後には投稿できるかと。


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このアクセルの街に祝福を!

有言実行、アクセルに来ました。


  駆け出し冒険者が集まる街『アクセル』

 

  そんな街に彼が向かったのは、何か理由があったのかと言われれば、あまり大きな理由はない。

  そもそも彼は、イレイシアの街で冒険者となり実力をつけている。

  かといって、彼は王都でもそれなりの立ち位置にいられるか、と聞かれれば迷わず首を横に振る。

 

  ゴリラの知り合いがパーティを組むなら話は別だが。

  そう何度も彼女を頼るのは、彼としてはあまり気が進まなかった。

 

  だからといって、他の街も癖が強い。

  アクシズ教団が蔓延る『アルカンレティア』に行こうものなら、間違いなく自殺行為だ。それに女神アクアを崇拝する気持ちは彼にはない。

 

  神がいても選ばれない限り見てるだけじゃないか?

  そう主張する彼は、比較的無神教であった。

  正確には『神はいたところで俺には関係ない主義』である。

 

  いてもいいし、いなくてもいい。

  いたらどうせ見てるだけだし、と。

  彼は紅魔の血統であるはずだが魔法の才に恵まれず、冒険者として生きている、中々なリアリストであった。

  だがヒトミの話を聞きそれとなく神の存在は掴んだ。

 

………それはつまり、問題言動や行為が目立つアクシズ教団が祀る『女神アクア』も存在する可能性が十分にあるという訳で。

 

  むしろ、アルカンレティアに行きたくなかった事に拍車を駆けた。

 

  王都は国の核だ。

  彼が知らない事、魔道具と呼ばれる特殊な器具も多いだろう。

  好奇心はとてもそそられるが、しかし、行きたくない。

 

  それは知り合いも含め………同族(こうまぞく)に会う可能性があるからだ。

  なんやかんや優秀な力を持つ彼等は重宝される為、なんやかんやで有名になる彼等。

 

  魔法の才が殆んど無くて、ステータスも攻撃と素早さに置いて平均よりも良心の範囲で上程度しかない彼等とは比べ物にならない。里では世代関係なく羨ましがられたが、それが嫌であった。

 

  才能が全てではないが、綺麗事の様に努力だけで全て決まるわけでもない。

 

―――そもそもその論だと才能がある奴が努力したらどうなるのか。

 

  少なくとも、彼等の様にカッコいいに生きる部属達にそんな悩みは葛藤は稀にも生まれないだろうが。

 

  閑話休題。

  その点アクセルは、理由は定かではないが中堅の冒険者もいるために多く新しいスキルも得られる可能性が高い。

  上級は職業柄、極めるのは無理なので中堅位が丁度いいのだ。下手に慣れている者達よりも得られることが多そうでもある。

 

  スキルポイントも着実に増えているのだから、何にしようかと迷い楽しめる余裕だってあったかもしれない。

 

―――思わぬ連れが出来なければの話だったが。

 

 ◆◇◆

 

  馬車使いと別れを告げ、二人は冒険者ギルドに来ていた。

 

  ヒトミが一人座って待っていると、彼はヒトミの元に歩いて来て彼女の冒険者カードを渡す。

 

「手続き……というか挨拶はしてきたぞ、レベルを見られて複雑な顔されたがな」

 

  まぁ仕方ないが、と言って彼女に対面する形で座った。

 

「レベル……そう言えばファントムさん、レベルってどれくらいなんですか?」

「聞いてどうする?」

「ただの好奇心です。私はレベル七ですけど、そう言えばファントムさんはどれくらいなのかな~って」

「四十八だな………まぁ、レベルだけならそれなりに高い方だろう」

「え!凄いです!!」

「五年近くずっとやってるからな、それに冒険者は他と比べてレベルの伸びが早いんだ。ステータスはあまり増えないがな」

 

  カードを一瞥してポケットにしまった。

 

「ちなみに歳は!?私は十八です!」

「何故唐突に歳を……二十一だが。それが?」

「おぉやはり歳上でしたか!大人ですね」

「二十代なんて全然大人じゃないさ。お前も後二年経てばわかる」

 

  そんな他愛ない会話をギルドでしていると。

 

 

 

 

 

「―――あーっ!くろぐろ兄さんじゃないですか!?」

 

 

  彼の背後から叫び声に近い甲高い声が響いた。

 

「っ」

 

  反射に近い速度で振り返ると、そこにいた少女に目を丸くする。

 

  小さい背丈と同じくらいの杖、黒と赤でデザインされたローブにトンガリ帽子、極めつけに左目に十字を切った眼帯をしている少女がいた。

 

  トンガリ帽子の陰で顔は良く見えないが、彼は何となく誰か察した。察してしまった。

 

「私を覚えていますか!?覚えていますよね!?ですが敢えて、我が名はめぐみん、爆れ「人違いだろ」……な、なんですとぅっ!」

 

「俺はお前を知らないから、人違いだ。それに俺の名前は『ファントム』っていうからな、そんなヘナヘナした名ではない」

 

(今………爆裂って聞こえた気がしたんだが、まさかな?)

 

  淡々と返す。一抹の疑問を残して。

  しかし少女も負けない、手をブンブンと振る。

 

「い、いえいえ私が小さい頃にお世話になった人を忘れるはずがありません!!置き手紙と共に消えた、貴方は間違いなくくろぐろ兄さんですよ!」

「いやだから人違いだ」

「黒髪……ひょっとあの人、紅魔族ですか?」

 

  ヒトミは首を傾げる。

 

「知らん」

 

  彼は目を合わせないよう必死である。

 

「本当に久しぶりですね!!元気でしたか!?やはり冒険者になってたんですね!」

 

  少女の怒濤のラッシュに、彼は青筋を立てた。

 

「……おいめぐみん!何してんだお前!?」

 

  少し茶のかかった黒い髪の青年が走って彼等の元へ。

  風貌は明らかに駆け出しといった感じだ。腰に挿してあるショートソードが揺れている。

 

  彼はすかさずめぐみんの頭を帽子ごと下げさせ、自分もブォンブォンと頭を下げる。

 

「すいません俺のツレが!本当にすいませんした!!」

「気にしてないさ、しかし彼女を早くどこかにやってくれないか?理由は……わかるだろう?」

「あぁ、本当に悪かった!ほら行くぞめぐみん!!」

「あぁ聞いてくださいよカズマ~!!くろぐろ兄さん!私は諦めませんからねぇぇ……」

 

  カズマと呼ばれた青年がめぐみんをドナドナしていく。

 

「「……」」

 

  急に訪れた静寂の中、ヒトミは目をパチパチさせる。

 

「ファントムさん。良かったんですか?」

「あぁ……いや、良くはないが」

「ファントム!?何ですかその名前はくろぐろ兄さ「いいから早く来い!」くぅ良い名前ですねぇぇ……」

 

  どうやらまだ足掻いていた様だ。めぐみんは視界の端から現れて、そして消えた。

 

  どうやら、いや予想はしていたがこの名前も彼等の琴線に触れるらしい。と彼は口を結ぶ。

 

「……疲れた、今日は宿をとって寝る」

「あ、はい」

 

(ファントムとかくろぐろとか……すごく改名したい。冒険者カードに名前を馬鹿正直に書いたあの時の俺を本気で殴りたい)

 

 

ーーー無難、平凡。

 色々特殊な彼にとっては、先程の青年のような姿が彼の望みであった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

  翌日、日を経て心のさっぱりした彼はヒトミに言った。

 

「さてと。悪いがヒトミ、今日一日は別行動にしてほしい」

「え?構いませんけど……何かあったんですか?」

「何て事はない。試射の場所決めと、街の把握だよ。地図だけじゃわからない事も多いからな」

 

  そう言ってヒトミに二つある地図の内一つを渡す。

  彼の方は既に中古の様にしわが出来ていた。きっと既に一通りの目を通してあるのだろう。

 

(本当に真面目ですね……ファントムさん)

 

  ヒトミは口に出さないが、内心少し呆れていた。

 

「じゃあ私は、美味しい食べ物屋さんを探します!そうすれば地図の情報も入りますし、手分けしましょう!」

「なら、頼んだ。なんならマジックで路銀でも稼いでこい」

「では夕方に落ち合いましょう!!」

 

  そう言ってヒトミは走っていく。

 

  ヒトミなりの気遣いもあったろうが、

  彼女も彼女で新しい場所に心を馳せていたようである。

 

「……さて」

 

  その背中を見送った後、息を吐いて後ろの壁際まで歩いていく。

 

「何をしているんだ?ゆんゆん」

「ひっ、ひゃい!?くろぐろ兄さん……?」

 

  ひょいと角を覗く。

  そこにいたのは、黒髪赤目の少女だった。

  何故か涙目で、目が紅く光っていた。

 

  紅魔族なのは一目瞭然である。

  しかしあまり彼は嫌悪を示さない。

 

 むしろ「まぁめぐみんがいるし、いるかもなと思ってた」といった感じである。

 

  先日彼に絡んできた少女、めぐみん。

  めぐみんと目の前の少女のゆんゆんは紅魔族であり、二人はライバル関係にある。

 

―――と言ってもゆんゆんが一方的にそう思っているとも取れるが。

 

  ゆんゆんが勝負を吹っ掛けて、卑怯な方法で金銭的にひもじいめぐみんが何度も勝ちゆんゆんが泣く泣く飯を奢るのは記憶に新しい。

 

  ちなみに彼が嫌悪を示さないのは、変な話だがゆんゆんが『紅魔族らしくない』からにある。

 

  彼女は族長の娘という立場にありながら、紅魔族の名乗りやその性格傾向に疑問を持つ、所謂『一般人』であった。

  無論、部属間では変人扱いされたりその後ろ向きな性格が祟る場面も多々あったが。

 

 しかし大体それを解決するのは、めぐみんだったり。

 仲悪いようでそんなことない二人の絆は固い。

 

 ポン、ポンと頭を撫でる。

 

(大きくなったなぁコイツも……まぁ、めぐみんが来たから自分もこのアクセルに来たというところだろうな)

 

  アクセルにいる理由も見当をつけていた。

  余談だが胸はヒトミより大きい。確かめぐみんとタメで歳は十二の筈なのだが。既に成人女性レベルにある。

 

(流石にこの歳差では……野暮だよな)

 

  一瞬目線を下げ、すぐに上げて理由を聞く。

 

「さっきからずっと見てたな?まさか話しかけるタイミングでも探していたのか?」

「………」

 

  図星らしい。顔を赤らめて俯く。

  彼は小さく息を吐き、励ました。

 

「少しは自信を持て、お前は優秀なんだから。そして俺の目が悪くなければお前は『才能を使いこなせている』んだからな」

「っ」

 

  彼女は努力家な点も、彼がゆんゆんを嫌いじゃない理由だ。

  しかし、酷だがそれ以上の介入はしない。

 

  彼がじゃあなと言って背中を向けると、呼び止められた。

 

「あのっ。どう、して出ていっちゃったんですか?兄さん」

「?……置き手紙に全部書いたと思うんだが」

「『旅に出ます』ですか?説明不足すぎますよ。何故か皆『やべぇ、魔王倒してきそう』とか『なんか凄い魔法を覚えてきたらどうする?』とか呑気な事言ってましたけど、私は心配したんですよ?」

 

(あ、やはり琴線に触れたのか。あの文言)

 

  内心で勝ち誇る。

  さりげなく周囲の反応が心配ではあったのだ。

 

「悪かったな。でも俺は彼処に居たくなかった、あの人に出会ってから―――というか一般的な価値観を得た俺には。あそこは苦痛でしかなかったんだ」

「そう、かもしれないですけど……」

 

  苦痛な点は、否定しないようである。

 

「それに知ってるだろう?俺は魔法の才能も体が特別頑丈な訳でもない……あそこにいても、劣等感しか生まれない。だから出ていった」

 

ーーいつか、教えてやるために。

 

『魔法を使わなくても、自分は……自分達(紅魔族)は凄い』ということを。

 

  格好よさよりも大切なものがあることを。

 

  そんな決心は声に出さず、内心で留める。

  話を戻し、彼は背後を見て眉をひそめた。

 

「……それでお前、仲間はいないのか?」

「うっ」

 

  彼の言葉がゆんゆんの胸に刺さる。

 

「魔法が使えるお前は俺みたいに後衛向きじゃないんだ。確かにどちらでもいけないこともないだろうが……もし近接で麻痺でもされたらどうする?誰も助けてくれないぞ」

「う、うぅ……わかって、る。よぉ」

 

  自分の服の裾を握り、涙目でウルウルしている。

 

……マジで変わらんのか、コイツ。彼はそう思った。

 

(大人びていると言っても十二歳にさっさと変われと言う方が間違いなのか……?ふむ。だがこの性格は、案外使えるか)

 

「なぁ……ゆんゆん、お前はここの地形に詳しいか?」

「え?は、はい。いつ通行人に聞かれても確実に答えられるように、一通り覚えたよ?」

「……そうか、なら道案内。頼めるな?」

「っうん!!勿論!付いてきて!」

 

  彼女は嬉し涙を流し、先行する。

 

(通行人とか…いや、予想通りなんだが。理由がなぁ)

 

 めぐみんなどの紅魔族とはまた別の意味で残念な子だ。彼は故郷にいたときはかなり苦労したことを思い出す。

 

 その背中を見て、彼女が将来悪魔と友達になろうとか言わないことを祈った。

 

 ◆◇◆

 

「!」

 

  ドアベルが鳴り、ピョコピョコと茶色の癖っ毛が跳ねる。

 

「それで。ここがウィズさんの魔道具店だよ、ここの店主さんがとっっても優しい方なんだよ」

「いらっしゃいませ~あ、ゆんゆんさん!こんにちは……えぇ、と。貴方は?」

「どうも店主さん、初めまして。この街で暫く滞在しようと考えている者だ―――ファントムと呼んでくれ」

「そうでしたか!初めましてファントムさん。私はウィズと申します」

 

  ウィズと名乗った柔らかい笑みを浮かべて握手に応じる。

  彼はウィズがとても包容力に溢れてそうな印象を受ける。

  丁寧な口調に態度、そして売り子に必要な整った容姿。

 

  今は朝早いので人はいないが、店はさぞ繁盛しているだろうと思った。

 

「くろぐろ兄さん……?ファントムって」

「気にするな。だが次からそう呼ばないと返事しないからな?」

「?」

「改名した、冒険者カードまでは無理だが」

「!そんな事できるなら、私も改名を―――兄さん、私の名前呼んでくれる人、いるかなぁ?」

「俺に聞くな」

 

  正直ゆんゆんの改名は問題があると彼は思った。

  恐らくゆんゆんと彼以外にマトモに話せるめぐみんは「面倒ですねゆんゆん」なんて言いそうである。

 

  つまり、改名しようが意味がない。

 

  お茶を淹れてきたウィズが、二人を見て笑う。

 

「仲がよろしいんですね。二人はどんなお関係なんですか?」

「くろぐろ兄さん「ん?」………ファントム兄さんは私とめぐみんと同じ紅魔族なんです。私達が小さい頃はよく遊んでもらいましたので、まるで本当のお兄さんみたいだなって」

「紅魔族ですか……?成程、確かに黒髪で黒目ですね。それに妹思いでお優しいんですね」

「別に。遊んでとしつこいから付き合っただけだ」

 

  遊びの内容も、今考えると恥ずか死できる。

(なんなんだ『適当な言葉を叫んでそれを説明する』って。俺や大人も混じってやるもんじゃねぇ……三日は止まらなかったし、里で流行ったし)

 

  実は彼、その頃には既に『あの人』に出会っていた彼は世間一般的な価値観を持っていた。

  故に、その手の遊びは同時に拷問の類いに感じた。

 

 

  過去に表情を歪めながらお茶をすすり、ふと店内に視線を回す。

 

「魔道具……か、殆んど見たこと無いな?これでも詳しい方だと思っていたが。特にあの壺はなんだ?」

 

  彼は床にサイズ別の壺がズラリと並んでいるのを指差す。

 

「あの壺は特殊な空間魔法を掛かっていまして、あの壺の中には制限なく、壷の口の入るサイズのものなら生き物を除いて何でも入る代物です」

 

  すると商人スイッチが入ったのかウィズがすらすらと説明する。

 

「それは凄いな。制限が無いのか?」

「はい!ですが取り出せないので割る必要がありまして、割ったらもう使えない上に、入っていた物が一気に溢れます」

「溢れる………それは、使えないな」

「で、でも凄く頑丈なんですよ!?ジャイアントトードが乗っても大丈夫です!」

 

  バインと服がはち切れそうな胸を張るウィズに淡々と返す。

 

「―――だったら無理しないと取り出せないんじゃないか?あのサイズだと荷物にもかさ張るしな」

 

  割れない上に割らないと中身を取れないとはこれ如何に。

 

「一応聞くが、値段は?」

「あそこに並んでいるのは、一番安いので十万エリスですね」

「…………」

 

  彼は無言で、ゆんゆんに視線を移す。

  彼女はサッと視線を明後日の方に。

  何も言えないとばかりに。

  むしろ言いたくないとばかりに。

 

  彼は別の商品に目を移す。

 

「……あの眼鏡は?もはや魔法道具にすら見えないんだが」

「あれは『相手のステータスが見えるようになる』眼鏡ですね。掛けることでモンスターのステータスだって数値化して見えるんですよ!」

「ほう、それは凄いな」

「はい!代わりに掛けたら視力は三日後にほぼ無くなりますが、どうでしょうか!?」

「ーーどうしようもないな?使って視力を失うとかもう呪の類いだろそれ」

「でも、頑丈なんですよ!?その上耳にかける部分が曲がるんですよ!?ほら!」

 

 デザインよりも見るべきところがあるのではないだろうか。

 彼は内心で呟く。

 

  視線をゆんゆんに向ける。

  ゆんゆんはとうとう口笛を吹き始めた。

  ちなみに口笛を教えたのは彼であり、中々に上手い。

 

  練習する時間が有り余っていたのだろうか?聞かないが。

  彼は息を吐き、窓の外を見る。

 

「………日が、明るいな」

 

  軽く現実逃避を始めた。この二回のやり取りで、なんとなく人がいない理由を察したのだ。

 

(成程。店主の人当たりはよくても、絶望的に商才は無いようだ)

 

「あ、あれはどうです?『やる気に溢れるハチマキ』結べばやる気に溢れて気持ちだけなら何でもできますよ!三日三晩外さない限り夜も眠りません!ちなみに外れません!ダイエットにぴったりですね!」

「過労死するな。それ」

 

  彼の呆れた言葉を溢した、その刹那ドアが勢いよく開く。

 

「たのもー!」

「あ、アクア様!?」

 

  水色の長髪の女性だ、服装も青がベースである。

  何故か羽衣まで付けている、しかし彼は容姿ではなく。

 

 

「―――『アクア様』?」

 

  彼女の名前の方に引っ掛かりを覚えた。

  誰もが知っている、紅魔族にならぶやっかい者共『アクシズ教』の連中が崇める神の名前だ。

 

  というかなんなら石像を見たことがあるが、どことなく似ている気がしなくもない。

 

  さらに。

「おや!くろぐろ兄さんではないですか!?何をしているんですかここで?」

「なっ」

 

  ひょっこりとめぐみんがやって来た。思わず露骨に表情に出る。

  続いて例の青年と、金髪を後ろで結んだ鎧の女性が店に入る。

 

「……めぐみん!?」

「えぇ、ゆんゆんまでいるのですか?」

「なによその嫌そうな反応!それに、までって何よ!?」

 

  二人の喧騒を他所に、青年は軽く手を上げる。

 

「よぉ、また会ったな?」

「……そうだな。君がめぐみんの保護者だったんだな」

「ほ、保護者ですとぉ!?」

「いや本当に大変だよ……アンタの話も聞いてるぞ?めぐみんが世話になっていたそうだな!よろしくなくろぐろさん」

「ちょ!カズマ!?否定してくださいよ!」

「名前はファントムにしてくれ。その名前は、好きじゃない」

「ん?そうなのか……そういえばあの独特の自己紹介はしないんだな?」

 

「何故わざわざあんな長くしなければならんのだ」

「!」

 

  その発言に、カズマは少し意外そうに口を開ける。

 

「へぇ……!アンタもゆんゆんみたいな感じか?」

「まぁ、そんなところだ。正直ファントムという名前も、あまり好きではないんだが」

「紅魔族なのに……か。驚いたな。仲良くなれそうだ!俺はカズマって言うんだ、よろしくなファントム」

「あぁ。よろしくな、カズマ」

 

  ウィズとは別の、今日二度目の握手を交わす。

 

「納得いきませんが……ところでくろぐろ兄さん」

「ファントムと呼べ」

「む……ファントム兄さんの、職業は何なのですか?」

「『冒険者』だ。それがどうかしたのか?」

 

  すると、ウィズ含めた全員が目を丸くする。

 

「冒険者!?あんた、俺と同じ冒険者だったんだな?」

「何だ?めぐみん、俺に魔法の才能が無いことは教えてなかったのか?」

「いえ、ですが他のステータスは高いかと……」

「特出したものは無かったぞ。精々攻撃と素早さが平均以上なくらいだな」

 

  ちなみに『狙撃』は本人の運で的中率が左右する。

  彼はその点運は平均だが、実力、もとい『経験』で弓の腕をカバーしていた。

 

「プークスクス!アンタ紅魔族のクセに全然駄目なのね。この私アクア様みたいに最初からカンストした存在を見習いなさいな」

「ちょ、アクア!」

 

  お茶を飲みながらアクアと呼ばれた彼女は笑う。

  カズマが咎めようとするが、手で制止した。

 

「いいさ。その通りだ、自称で水の女神を騙る女」

「え……自称?今自称って言った!?」

 

「……俺は人並みの才能が無いからな。だから村を出て強くなろうとしたんだ、俺を変えてくれたあの人を越えるためにな」

 

  その真剣な、少し赤みがかった瞳に周囲が息をのむ。

 

「そんな事が……くろぐろ兄さん、そこまで思い詰めていたのですね」

「だから、ファントムと呼べと」

「取り消してよ!ねぇ!自称ってところを取り消してよぉ!」

「……それに、今はレベルは四十八だ。弓兵にしては高いと自負し、幅広い知識とそれなりのスキルを修得している」

 

  まぁ、ここの魔法具は一つも知らなかったがな。と内心で呟く。

 

「よ、四十八っ!?何でわざわざアクセルにいるんだ?」

「そのレベルで駆け出しの街に来てはいけない理由があるのか……?まぁ初心に帰るという点もあるが、今ここにはいないが連れが駆け出しだから来たということにしてくれ」

「あぁ!ねぇ取り消してよ!お願いだからぁぁぁ……!!」

 

  一通り話を終え、涙ながらにしがみつく彼女を剥がし席を立つ。

  そしてウィズの方に近付く。

 

「ウィズ。そこにある小さい壺……あれよりももう一回り小さいのはあるか?もはや壺とは呼べないかもしれないが、俺の中指位のサイズが望ましい、縦の長さはこの際あまり気にしない」

「え……はい。そのサイズなら、在庫にかなりありますよ?」

 

  かなりあるのか。という呆れた言葉を呑み込む。

 

「見せてくれないか?値段次第では十個程欲しい」

「「「「「「えっ」」」」」」

 

  彼以外の声が重なった。

 

「……ウィズ、売る立場のお前が驚くのはダメだろ」

「ご、ごめんなさい……久し振りにマトモな食事が出来ると思ったら、実感わかなくてっ」

 

「ーーそうか。何で店やってるんだ?」

 

  商才はゼロではなく、マイナスだったようだ。

 

 ◆◇◆

 

  ゆんゆん達と別れ、彼は朝にいた場所でヒトミと合流した。

 

「あ!ファントムさん!ご飯食べに行きましょう……?あれ、疲れてます?」

 

  ヒトミは彼を見て手を振って走り寄り、そして眉をひそめる。

  彼女の言う通り、彼は若干。いやかなりげんなりしていた。

 

「……気にするな、あまり会いたくない奴と有益な情報と面白そうな物を発見しただけだ」

「かなり濃いと思いますよそれ?気になります!」

「なら、飯の時に話そう」

 

  今日は、いやアクセルは。

  彼にとって、色々と想定外であった。

  王都に負けて劣る魔法道具店に、キャラの強い冒険者達。

 

(そして一日で二人も紅魔族と会うとはな……まぁ、まだ知り合いだし会話が通じる相手な分マシだが)

 

  王都を行くのをやめた選択肢としては、もはや『スキル集めとヒトミのレベルアップ場所』という項目しか残っていない。それも一つは当初の目的ではない。

 

  だが彼はヒトミに対して、極端な話パーティの一人としか思っていない。

 

  そもそも行きなり現れて懐かれて、ふざけた奴と思っていたら『チート』とやらで色々規格外で。

  街を移動する決心を付けたのに付いてきて。

  振り返ると、彼は振り回されただけな気がした。

 

「……まぁ、振り回されるのは慣れているか」

「?」

「何でもないさ、それよりもヒトミが見つけた食事処を紹介してくれ」

「あ、はい!こっちです!!」

 

  そう言って彼女は案内する。

  二人は並びながら、ゆっくり歩いていた。

 

「ファントムさん知っていますか!?この街には『花鳥風月』を使える人がいるそうですよ!?」

「使うなよ?スキルに絶対使うなよ?お前が旅芸人を目指すなら応援するが、少なくとも俺とパーティを組んでいる間はやめてくれ」

「えぇ……残念です」

 

「露骨に残念がるな。というか対抗するな」

「でも、ファントムさんから別れた後で泣いている小さい子達にマジック見せていたら、いつの間にか人だかりが出来ちゃって...そこで話を聞いて。やっぱり対抗したくなりますよ!エンターテイナーとして!」

「エンター……なんだ?冒険者だろうお前、どこを目指しているんだ」

「皆を笑わせる冒険者です!私決めました、心がある人達なら魔族も関係ないです、マジックで皆を驚かせて楽しませます!」

「冒険者やめてしまえ」

「冒険者でもありたいんですよっ!」

 

  会話の間を挟み、アクセルの街並みに視線を向けたヒトミは言った。

 

「……素敵な街ですね」

 

  一人言のような大きさの声に、隣にいた彼は苦笑する。

 

「まぁ、魅力的ではあるな……一日でここの街は、イレイシアの比にならない曲者揃いだと確信させられたよ」

「でも、悪い意味じゃないですよね?」

「まぁな。だが……もっと厄介かもしれないぞ?」

 

  外灯の温かい光りの中、彼は小さく嘆息した。

(まぁ確かに、悪くはないのかもな)

 

「あれ?くろぐろ兄さんじゃないですか!?こっちですこっち!一緒に食べましょう!」

「あー!アンタ、自称って言ったの訂正しなさいよ、っていうかしてください!!ほら、唐揚げ一つあげるから!」

 

(―――いや、やはり悪いな)

 

  そして早速、喧騒に放り込まれた。

  めぐみんに手で招かれ、寄ってきた自称女神には箸で摘ままれた唐揚げをグリグリと押し付けられ。

 

「わぁ!凄いですねファントムさん、もうお友達ができたんですか!?」

 

  アクアの肩や顔を掴んで引き剥がし、唯一のパーティメンバーに視線を向ける。

 

「……ヒトミ、いや歩いている最中確かに疑問には思っていたんだが。ここは冒険者ギルドの酒場だよな?」

「はい!ここが一番美味しいと聞きました!」

 

  本当だろうか。

  実は聞いた呑んだくれの冒険者が騒いで他の店が出禁になったとかそういうオチなのでは?等と推測する。

 

  すると、カズマがこちらにやって来た。

  早足で、中々に鋭い形相で。彼の肩を掴む。

 

「……おいファントムさん。そこの綺麗なお姉さんは誰だ?」

「?俺のパーティメンバーだ、一応だがな」

 

  カズマは彼から視線をヒトミに移す。

 

  そして「ジィ~」と食い入る様にヒトミの体を物色する。

 

「?」

 

  ヒトミは首をかしげたものの、人懐こそうな笑顔で応える。

 

「っ」

 

  すると、カズマは彼の肩を掴んだまま前後させた。

 

「畜生!!可愛くて清楚系とか羨ましいぞ!?」

「なら代わってやろうか?外見がよくても中身があれだぞ?」

「ーーあれ!?あれってなんですかファントムさん!?」

 

  涙目で訴えるカズマに、呆れた顔で即答する。

  それに綺麗所というならば、カズマのパーティもそうだと彼は思った。

  既に三人中二人は既にろくでもないと知っているが。

 

「黒髪で長い髪の女……?あぁぁ!!まさかアンタ!噂で聞いた『女マジシャン』!?」

「え、もう噂になってるんですか?」

「私のいない間に人気を奪うなんて……!どれくらいのやり手か知らないけど、刮目なさい!私の『花鳥風月』を!!」

 

  そう言って、アクアは跳躍して人目の良いところに着地した。

  そしてどこからか扇を二つ取り出す、すると扇から小さい噴水の様に水が発生した。

 

『ぉぉぉぉ!』

「ほらほら!大サービスよ!!」

 

  周囲の冒険者が沸いた。

  それを見て硬直する男二人、彼は呟いた。

 

「花鳥風月……アイツだったのか」

 

  自称女神を騙る割りに、賢さは低そうだとも思った。

 

「あの人が……っ!私も、負けられませんっ!」

「っおい、ヒトミ!」

 

  そう言ってヒトミもアクアの元にまで行き視線が集まる中でハットから大量の鳩を出した。

 

「それ『鳩出し』!」

『ぉぉぉぉ!!』

 

  さらに周囲は沸き、アクアは愕然とした。

 

「何よそれ!?や、やるわね。ぐぬぬ……こうなれば奥の手よっ!私の花鳥風月の真髄を見せてあげるわ!」

 

  そう言って、さらに対抗する。

 

 

 

 

 

「「………」」

 

――その景色を眺めて、カズマはそっと彼から手を離す。

 

 

「なんか……ごめんな?あんな事いって」

 

「いいんだ……それに―――お互い苦労しているな?」

 

  そして通じ合った二人は、そっと握手した。

  多分、コイツ同志だ。と

 

 

 

 

「ふむ……男ってよくわかりませんねぇ」

 

  モクモクと食べるめぐみんは、二人を見て呟いた。

 

「気付いている筈なのに、ウィズの店からずっと放置―――いいっ!」

 

  ちなみに、同じパーティであろう金髪の女性は、一人悦に浸っていた。

 

「クルッポー」

  そんな金髪の彼女の頭に鳩が乗った。





ダクネスは空気、これは確信。
次の話は一日後です。


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このゲスい苦労人に祝福を!

『潜伏』スキルで木の上に隠れた二人は、遠くのゴブリンの群れを観察していた。

 片眼鏡を掛けた右目を見ながら、ブツブツと小さく呟く。

 

「数は三十。しかし初心者殺しは見当たらない……怪しいな」

 

 ──初心者殺しとは、大きな虎の名称である。

 初心者冒険者が狙うような弱いモンスターを誘導して、そして初心者冒険者がゴブリンを倒そうとした瞬間に襲う。

 中々に賢い。獲物であるモンスターを餌として使う知能を持つ。

 さらに速く、強い。駆け出しなら間違いなく食われてしまう。

 

(まぁ、弓兵の俺にはほぼ関係ないが)

「弓で仕留めるんですか?」

 

 彼のように特殊な片眼鏡がないので双眼鏡で覗いていたヒトミは、ゴブリンの群れを見てから小声で言った。

 

 潜伏スキルはあくまでも隠れるスキルなので、透明になれる訳でもない。声を大きくすれば居場所は割れるし、嗅覚に優れたモンスターにはあまり通じない。故に小声だ。

 

 流石に、百に近い距離でゴブリンが臭いが感じ取れるとは思えないが。

 警戒は怠らない。それが冒険者だ。

 

「いや、流石に弓では三十仕留めるのはキツいな。しかし逃がすつもりはない」

「では、どうするんですか?」

「方法はいくらでもあるが…….これを試したい」

 

 そう言って、矢を入れる革袋を通り過ぎ、腰に巻いたバックパックから一本の細い茶色い菅を取り出す。

 

「それは、ファントムさんがお店で買ったやつですよね?」

「あぁ、内容は説明したな?」

「はい、確かとっても頑丈で、見た目よりも沢山入るんですよね?」

「あぁ、その通りだ。そしてこれは大人数に対して有効な手だてだしな」

 

 会話をしながら彼は壺、というより菅を自分の矢に巻き付ける。

 

「矢は一本無駄になるが……まぁ、致し方ない。双眼鏡でゴブリンをよく見ていろ」

 

 そう言って、彼はロングボウの射撃体勢に移った。

 木の上で左膝を立て、弦の邪魔にならぬよう右膝を下げる。体を側面に向けて弓を斜め上空に向けた。

 管をくくりつけた矢を掛けて、ギギギと絞る。

 

 はぁ。と一度息を吐き、放った。

 

 

 

「──『狙撃』」

 

 スキルと、自分の鍛練を兼ねた一本の矢は上空で弧を描き、そしてゴブリンに当たることなく、群れの真ん中の地面に突き刺さる。

 

「おぉ!凄いです.……でも当たってないですよ?」

 

 感嘆の声を上げるが、首を傾げる。

 しかし彼は既に二射目の準備をしていた。その最中、ヒトミに聞く。

 

「ヒトミ、ここからトランプを投げてあの管は狙えるか?」

「え.無理、ですかね。流石にこの距離は.試したことないです」

「そうか、ならいい。そのトランプなら可能だろうが、トランプの正確な射程距離はまた後で計ろう」

 

 そう言って糸を絞り。

 

「俺が仕留める.……『狙撃』」

 

 放った。その矢は一射目と同じように弧を描き、そして。

 

「あ」

 

 ポツリとヒトミの声が漏れる。

 見事にその矢先はくくりつけられた管に当たり、管を砕いたのだ。

 

 同時に、ビックリ箱の様に管から大量の物体が飛び出る。

 

 ドォォォォン!!

 そして、爆発と共に地を揺るがせた。

 

「ひゃあ!?」

「っ」

 

 突然の爆音にバランスを崩したヒトミを、彼はヒトミの腰に手を回して支える。

 木々で抑えられたが、時間差で爆風が少し二人の肌に当たる。

 

 そして数十秒後、爆発の起きた場所はクレーターが出来ていた。

 

 

 

「.……配合量は間違っていない筈なんだが、多すぎたな」

 

 どこか呆れた顔をする彼とクレーターを見て、ヒトミは目を丸くする。

 

「な、何が起こったんですか!?」

「本の知識を元に調合した爆薬を入れた。適量も把握してある、好奇心と物を上手く使うとこういう使い方もできるという訳だ.……流石に量が量だったみたいだが、まぁ目的だけみれば成功だな」

 

 つまり、こういうことだ。

 特殊な草や砕いた石を混ぜ、火を入れる事で爆発する様に調合。

 壺の中の空間では混ざる事はないらしいので、水中に保存する自然発火する危険物質もそこに投入した。

 それが割れる事で出現し、空中で混ぜ合わさった火薬に自然発火した火が混じり、爆発を起こしたのだ。

 

 一通り説明を終え冒険者カードを確認して屠ったゴブリンの数を確認する。

 

「三十か.まぁ、細かい要素は省いて──端的にいえば爆弾だ。矢で砕けるか不安だったから試しで管は二本使ったがな」

 

 頭にクエスチョンマークが浮かんでいたが、とりあえずわかったようだ。ヒトミは感動する。

 

「おぉ……ファントムさんは理系ですね!」

「りけい?言っている意味がわからないが.量を入れれば『エクスプロージョン』に負けずとも劣らずの威力すら可能だろうな。材料は馬鹿にならないが。あれだけでも管を抜いて十万した」

「一本五万円ですから.十五万ですか」

「エクスプロージョンは実際に見たことがないから計りようがないが.とにかく多用は厳禁だな。でないと馬小屋に住むはめになる」

「それは嫌ですね……折角、化粧品とか買うお金ができたのに」

「その前にその動きにくそうな服装を変えろ.……っ!」

 

 すると、彼のレンズ越しにクレーターに煤とは別の黒い塊が動いているのが見えた。

 

「──ヒトミ、見ろ」

 

 ヒトミも望遠鏡を取り出して確認すると、黒い虎らしき姿がが見えた。それを見た彼は舌打ちする。

 

「『初心者殺し』か。やはりいたのか、爆発の音を聞き付けたみたいだな、少しマズイ」

「何故です?」

「実力に伴わない、撤退するぞ」

 

そう言って木から降りて、そそくさと去ろうとする。

 

「奴の嗅覚はかなり鋭い。まぁ、あそこからここまでの距離は遠いから余程臭くなければ.……」

 

 

 

(んっ?)

 

 ピタリと止まり、顔だけ彼女の方を向く。

 

「──ヒトミ」

「はい」

「そういえばお前さっき何か言ってなかったか?」

「化粧品とか前の世界で使っていた香水と似ているものがあったので……のところですか?」

 

 スンと彼が鼻を嗅げば、目の前で柑橘系の匂いがする。

……成程、道理で花畑も無いのに匂う筈である。

 

 彼は納得した、得心言った、府に落ちた。

 そして何か凄い勢いでこっちに来る黒い塊を目測した。

 

 

「おいヒトミ」

「はい」

「……マジシャンらしく、俺達を瞬間移動でもさせられないのか?」

「私まだ、見習いですので!」

 

 その後、鳩を出したり臭い袋をぶつけたりして逃げきった。

 

 ◆◇◆

 

「「疲れた……」」

 

 一応ギルドに報告を終え、ヒトミは酒場の机に伏していた。

 

「ファントムさんなら.…初心者殺し、倒せるのでは?」

「嘗めるな。レベル五十近くと言っても冒険職で弓使いだぞ?近接は余程レベル差があるか対人しか出来ない。腰に構えたナイフも剥ぎ取りようだからな、初心者に毛が生えた程度だ。鍛練不足だな」

 

 闘えないことはないだろうが、やりあうメリットもまたない。

 

「しかし出した鳩を食べようとするなんて.…初心者殺し、酷いです」

「消えたときは落胆していたな.喜怒哀楽の感情あるよな、頭が働きすぎだろあの個体」

 

 ふぅ。と彼は大きく息を吐いて。

 

「……俺はまだクエストを受けるが、お前は?」

「勿論、付いていきますよ。レベルも上げないとですし」

「そうだな、俺が倒しすぎても意味がないしな」

「はい。あ!でも、暫く森の中は勘弁です……それと、まだ休みましょう?」

「激しく同意だな。後、香水をするのは構わないがクエストに行くときは控えてくれ、さもないと次は……」

「次は?」

 

「ジャイアントトードの血や粘液で匂いを誤魔化す」

「辞めます、全力で辞めます」

 

 頷き合い、二人は休憩を挟みギルドを後にした。

 

 ◆◇◆

 

 その後のクエストを終え、別れた後。

 彼はカズマに呼ばれて酒場で向かい合っていた。

 

「.……なぁ、ファントム。ヒトミって転生者なのか?」

 

 そして、唐突に聞かれた。

 

「唐突だな。知りたいなら本人に聞けばいいだろう?」

「いや、何か聞きにくくて」

 

 視線を泳がせ、少し照れている様子だ。

 女性だからなのか、カズマは思春期なのだろうか。

 聞けば歳は十六、ファントムよりも五つも下であった。

 

「.そうだな。合っている、ヒトミも別に隠している訳でもないだろうしな」

「!やっぱり、そうなのか」

 

 カズマの反応に、彼は眉をひそめた。

 

「もしかしてカズマもか?」

「あぁ。俺も日本から来たんだ」

 

 ニホンというワードは知らないが、成程とうなずく。

 黒髪で黒目。確かに特徴は一致している。

 

「別の世界と言っても、お前達の世界とここは近接しているのかもな。俺が聞く転生者の特徴はお前と似ていて、今のところ例外がないからな」

「あぁ、確かにそうかもな。日本だけなのか?」

 

 カズマは考える仕草をするが、それよりも別の疑問に彼は首をかしげる。

 

「しかしカズマ。神からのチートとやらはどうした?ヒトミはあれだが一応凄い力を持っているぞ…….カズマ?」

「……聞かないでくれ。いや、聞いてくれるか?」

「?気になるな。教えてくれ」

 

 カズマは力の抜けた瞳で話す。

 

「俺のパーティに、アクアって奴いるだろ?」

「いるな。青い自称女神の」

「……実はマジにアイツ、女神なんだよ。俺が死んで変な空間にいたアクアに何が欲しいって聞かれて、『アンタ』って答えんだよ」

「……ほぅ」

 

 カズマはあらんばかりの力で拳を握る。

 凄く後悔してる、見るからにそんな感じだった。

 

 人一倍の観察眼から、彼はカズマの挙動から真偽を図る。

(嘘の可能性は……低いな。これで嘘ならば相当の役者だが)

 

「女神……か、にわかに信じられないな。それに、カズマはどうしてそんな事を?」

「女神であるアイツを仲間にしたら、知識とか力とかなんとななるかなって……それに、態度に腹立ったから」

「成程な、カズマは頭が回るのが逆に悪い結果を生んだようだな」

 

 というか後半が本音だろう。と、彼は確信した。

 

 今も尚、疲れきったヒトミに突っかかって鳩に襲われている間抜けな彼女が、女神だと。

 

「そして、当人は知恵も広い見識もなかったと」

「……」

 

 カズマは無言で頷く。

 

 彼は他にもかなりの苦労人を抱えているのは知っている。

 ──というか、嫌でも噂を聞く。

 

 めぐみんは彼の同郷の紅魔族、ネタ魔法と揶揄される『爆裂魔法』を習得しそれだけを鍛えている。

 

 金髪の女性は『クルセイダー』という上級の職業だが、攻撃が当たらない上に性格に難があると彼は聞いている。

 

 ……正直カズマだって、あまりいい噂は聞かないが。

 女性の下着をひんむいた『クズマ』と聞いている。

 

 だが少なくとも、彼から見たカズマは今のところ普通に苦労している青年であった。

 彼女達を制御する役割としてかなり苦労しているだろう。と

 

 彼は俯いているカズマにそっと口を開く。

 

「そうだな、カズマには一つ。偉そうに歳上であり同じ『冒険者』職としてアドバイスしておこう」

「え?」

「『何事も使いようだ』……これは当たり前だし、君もパーティメンバーに対して常に思考を巡らし翻弄されているだろうが。その苦労している『冒険者』の目線を忘れなければ、君達ならきっと大成すると確信している」

「っ」

「俺は才能が嫌いなんじゃない、自分の才能に気付きながら過信して溺れる奴等が嫌いなんだ…….その点。アクアは知らないが、君達は心配要らないからな。上級職業でありながら自分の力に貪欲に、求め続けている。時に暴走しても、君がストッパーとなって導いている。アクアは知らないが」

「そう、か?」

 

 カズマが顔をあげ、彼は頷く。

 

「あぁ、だから信じろ。お前の『努力』を、才能と違ってその場で失敗したとしても、少なくとも経験は残るんだからな」

 

 彼は話を終え、シュワシュワの入ったグラスを傾けて喉を潤した。

 

「……成程な!」

 

 カズマの心に響いたようだ。

 

「流石くろぐろ兄さんです!憧れます!」

「……」

 

 いつの間にかいためぐみんが瞳をキラキラさせていた。

 いつからいたのだろう、二人はそう思った。

 

「やめろめぐみん、ファントムと呼べ。お前に憧れられるとは、つまりはまだ『紅魔病』が抜けきっていないのか.」

 

 彼は落胆する。するとめぐみんが噛みつく。

 

「なっ、失礼ですね!というか紅魔病って何ですか.!?どうせその眼鏡だってデザインなのでしょう!?」

「違う、これは望遠鏡代わりだ。それに失礼ってお前は、爆裂魔法を極めるにせよ時と場合を考えているのか?成績だけは良かったからどうせ紅魔の里で首席でも取ったのだろう?その頭を使え。格好よくよりも『迅速かつ効率的』にだ」

「ぐっ」

 

 めぐみんはダメージをくらったように数歩下がるが、持ちこたえた。

 

「うっ……!ふ、ふん!いいんですよ理解されなくたって我が覇道は進むのですから……!ところでその片眼鏡、掛けてもいいですか?」

 

 そして、若干紅くなった瞳で片眼鏡を見て手をワキワキさせている。

 

「扱いを間違えると、左右の差に慣れないぞ?」

「いいのです!」

 

 彼が外してめぐみんに眼鏡を渡すと、めぐみんはワクワクと期待しながら十字の眼帯を外して、眼鏡を掛けた。

 

「装 着!」

「一々言わなくていいだろうに.」

 

 言った矢先に、めぐみんはフラフラと覚束無い足取りになる。

 

「これは気持ちですよ。っとお?これは、中々っ.!?」

「魔力を込めすぎると酔うからな?気を付けろよ」

 

 既に両目の遠近差にクルクルしているめぐみん。

 

 ──この片眼鏡は魔力を込める量に比例して遠近の調節が可能なのだ。込めれば込めるほど遠くがみることが出きる、冒険者の垂涎ものだろう。

 

 めぐみん程の魔力の使い手だと、最大視認距離は一キロを越えるかもしれない。一キロ先のものが、目の前にあるように見えるのだ。

 

 あくまでも平均的である彼の魔力で一キロを見ようものなら、十秒もつかわからない。

 魔力切れでその場に倒れてしまうと言えばその凄さが伝わるだろう。

 

「さて。そろそろ返せ、頑丈で予備はあっても倒れて割られでもしたら大事だからな」

「あぅ、はい…….うぅ。まだクラクラします」

「座ってろ」

 

 片眼鏡を外しためぐみんを誘導して座らせる。

 まだ視界が安定しないのか、体が大きく揺れている。

 

 呆れた視線を送りながらも、彼は握り拳を作る。

 

「何してんだよめぐみん……ファントム、何か俺頑張れる気がするぜ!ありがとな!」

「気にするな。同じ冒険者のよしみだ」

「カ、カズマッ」

 

 カズマ一行の一人、金髪のクルセイダーが来た。

 彼女が鎧の姿のまま、ガチャガチャて音をたてて困った表情でこちらに駆けている。

 

「ダクネス?どうしたんだよ慌てて」

「その、アクアが疲れたヒトミに勝負しろとしつこいんだがっ」

 

 そう言ってダクネスはある方向を指差す。

 三人がそこ視線を向けると。

 

 

「ねぇ!勝負しなさいよ!!ねぇったら、どっちが凄い曲芸師か決めたくないの!?」

「私、曲芸師じゃなくて手品師なんですけど.それに二つクエスト受けて、疲れてるので。勘弁してください.」

 

 疲労でテーブルに顔を伏しているヒトミの、その肩を揺らす女神の姿があった。

 

 彼はそれを見て、呟く。

 

「またアレか、女神うんぬんより.……なんとかならないのか?」

「「「本当にごめんなさい」」」

 

 アレはカズマ達が剥がして説教するまで、延々とヒトミを揺らしていた。

 

 ◆◇◆

 

 キャベツの時期がやって来た。

 今年のキャベツは活きがいいらしく、一玉一万もするらしい。

 

「.キャベツって、飛ぶんですか?」

 

 それを説明したヒトミの最初の言葉である。

 彼女の世界では、野菜は食べられまいと飛んだり跳ねたり攻撃してきたりしない事を知り、彼は少し驚いた。

 

 たまに食べようとして食べられる事例すらあるのに。

 明確に世界の違いを感じた瞬間だった。

 

「キャベツは経験値も豊富だからレベル上げにも適している.なんなら爆薬一つやるか?トランプでは心もとないだろう。お前のコントロールなら当てられるだろうしな」

 

 例のトランプは爆発にも恐らく耐えられるだろう。

 彼なりの気遣いだったが、ヒトミは頭を振る。

 

「ありがたいですが。ファントムさんに頼ってばかり、それではいられませんので今回は一人で頑張ります!」

「……そうか。なら今回は手を貸さないようにしよう」

 

 少し感心した。そして苦笑して頬を掻く。

 

「.まぁ、そもそも今回弓兵はあまり活躍しないだろうがな。爆薬も他の冒険者に当たらないとも限らないしな」

「そうなのですか?」

「持っているスキルを使えばなんとかな。ま、駆け出しの街で俺みたいな奴が出しゃばるのもお門違いだろう」

 

 一応、彼は既にレベル五十を越えている。

 冒険者と言っても王都でも十分通用するレベルなのだ。

 そんな彼が駆け出しの街で、未来ある駆け出しの成果を根こそぎ奪い名を挙げるというのは不粋だろうと。

 

(なにより勿体無いからな……経験値は欲しいが、それ以上のリターンがある)

 

 引け目こそ感じていない。が、惜しいとは思っていた。

 

「まぁ。先輩ヅラをして辛そうな奴等のフォローに回るさ」

 

 そう言って、冒険者の蔓延る街の外に出た。

 

 ◆◇◆

 

 一人の駆け出しの冒険者は、歓喜に満ちていた。

 キャベツの時期。この時期は冒険者にとっては本当にありがたい。

 

 経験値が溜まり、倒せば倒すぶんだけお金が入る。

 その分飛んでくるキャベツは強いが、それを差し引いても十分なお釣りが来る。

 そう、考えていた。

 

「っ.!」

 

 あまりの腹部の痛みに、膝が地につく。

 甘く見ていた。と名も知らない冒険者は後悔する。

 ダメージを気にせず十匹を倒した当たりから体が悲鳴を上げていて、先程腹部に当たった一撃が決定打となった。

 

 パーティメンバーがこちらに声をかけ、ハッとして顔を上げた。

 

「っ」

 

 勢いが止まらずに、既に眼前に迫っていたのだ。

 爛々とした瞳と眼が合い、確信した。

 

 

(あっ、死んだ)

 

 

 しかし、眼前でキャベツが方向を変えた。

 

「.え?」

 

 いや、違う。既にそのキャベツは絶命していた。

 

 キャベツの側面には一本の矢が刺さっていたのを見て、きっとこの矢のせいだろうと推測し、冒険者は眉をひそめる。

 パーティメンバーに弓矢使いはいない。

 

「──無事なら、逃げるかその剣を取るかしろ」

 

 誰が?そう思った刹那、自分の前を誰かが過った。

 

「倒せば金が入る、危険がつきまとう……冒険者の本望だろう?」

 

 すれ違い様にそう言って、長弓を構えていた男は走り去った。

 

 キャベツの収穫は、命懸けだ。

 知っているはずで、どこか楽観視していた事に気付かされる。

 彼は助けてくれた弓使いの恩人に詫びると同時に、剣を取った。

 

 

 体の痛みは、もう感じなかった。

 

 ◆◇◆

 

 彼は思ったよりも、怪我人が多い事態に歯噛みする。

 

「全く.金より自分の命を大事と知らないのかっ」

 

 普通なら自己責任と放るのだが、今はそうしない。

 

 感謝されたい訳ではない。

 義侠心でもなく、単に才能がある奴等を生かしたいという『投資』であった。

 

(律儀な奴は礼もくれるだろうし……新しいスキルが手に入る可能性だって少なくない)

 

 そんな打算のなかで彼は駆ける。

 既に射た数は二十を越え、同時にそれは彼が救った冒険者の数と同値である。

 

(カズマのパーティは.いい壁役がいたみたいだな)

 

 チラリと彼等の方を向くと、クルセイダーのダクネスが鎧を破壊されながらも、言葉通り的になっていた。

 しかし、顔は酔いしれるように笑っている。

 

「……職業といい相性の性格してるな」

 

 その表情を見た彼はかなり引いた。

 

 それにしても、ヒトミが見当たらない。

 既に怪我をして避難したのだろうか、そんな事を思っていると。

 

「……!」

 

 彼は見た、見てしまった。

 

 大量の鳩の群れが、キャベツとぶつかり勢いを弱めている。

 中にはサボって倒れたキャベツをつつき始める奴もいるが。

 

 そしてそんな所から、突然ザクザクとキャベツが斬られたように真っ二つになっていく様を。

 

 中々、信じられない画だった。

 見なくても誰仕業かわかるが、しかし。大量の鳩とキャベツがぶつかり合う様は、闘牛同士の衝突にも見えなくもない程の迫力があった。

 

 思わず、立ち止まってしまうくらいには。

 

「『マジシャン』って、何なんだ……?」

 

 乾いた笑みを浮かべて、呟いた。

 

「……『エクスプロージョン』!!!」

 そして終わりを告げるように、めぐみんの爆裂魔法が炸裂した。

 

 ◆◇◆

 

 酒場は賑わっていた。大量のキャベツ料理をウェイターが運び、せっせと行ったり来たりを繰り返す。

 

 そんな中、あるテーブルには人集りができていた。

 

「……本当に、ありがとうございました!」

「気にするな。精進してくれ」

「いえいえ、あの時の矢がなかったら今頃、これはほんのお礼です!」

 

 そう言って、五万エリスの袋を渡して居なくなっていった。

 どうやら彼の助けた剣使いの冒険者は、その後も奮闘し二十体ほど狩ったそうだ。

 

 そして既に、彼の金額は五十万を越えていた。

 倒した数は二十と少しだが、先程のように助けた冒険者達からお礼と称して貰っていく内にそんな額になっていた。

 

 半目で嘆息を漏らしたヒトミが言った。

 

「ずいぶんとモテモテですね?」

「思ったより、律儀な奴が多かっただけだ……にしても元気ないな?」

「私、頑張ったんですよ。でもお金はあまり貰えませんでした」

「?意外だな、何故だ」

 

 そう言うと、ヒトミは涙目で顔を上げる。

 

「──鳩さんが、半分くらい食べてたんです!中にはキャベツじゃなくてレタスもあったらしくて、マトモに換金できたのは十万でした」

「……クルッポー!」

 

 隣で別皿のキャベツをつついていた鳩が啼いた。

 フッと消えてしまう分際でメチャクチャしたらしい。

 

「そう、か。まぁそんな事もあるさ.レベルは?」

「二十三まで上がりました!」

 

 前に一度聞いたときはは十二だったので、かなり上がったようだ。

 

(というかそれだけ倒して十万とは.)

 

 鳩の恐ろしさを垣間見た気がした。

 正確にはその食欲だが。

 

「ならスキルの取り方にも注意しろよ?戦闘に役立つかは定かじゃないが、マジシャンは色々計れないからな」

「はい……」

 

 彼女は笑顔で頷いた。

 結局のところ、レベルが上がったことが何より嬉しかった様だ。

 

「そういえば.俺もレベルが一つ上がってるな」

 

 スキルを得るためのスキルポイントが増え、小さく笑う。

 

 

 

 

 

「──カズマざぁぁぁぁんお願いよお金かして必ず返すからぁぁぁ!!」

「報酬は個人でって言ったのはお前だろうが!!知るか!」

 

 

「……」

「……」

「アクアさん……収穫じゃなかったんですかね?」

「さてな、まぁ大体予想はつく」

 

 酒場の喧騒とは別に大きな声が聞こえるが、彼は無視した。

 




魔法道具『望遠眼鏡』
魔力を取り込むことで形状を変える、透明で特殊な鉱石から造られた一品で、魔力を吸収する事で望遠鏡代わりに遠くを見ることが出きる代物。
調節は慣れるのに時間がかかり、最初は左右の差に酔う。
紅魔の村で腕利きの魔法道具屋に造って貰った。
予備は二つ、非売品である。

余談だが名付け親はその魔法道具屋の店長。
真名は『みえる丸』その名で呼ばれた事は店長からしかない。


紅魔病
思春期時の少年、また紅魔族は常時発病しているある意味重く痛い病。自分は特別な存在とか、カッコいいと思うモノが一般とは引かれる傾向を示す。
その時期になったときは、紅魔の里に身を置くことを薦める。


一応補足ですね。
次の話は二日程後に投稿します。


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この初心者殺しに成敗を!

作者
最近になってプレビューというものを知る。
というかプレビューの意味を知る。

フッ、また一つ賢くなってしまった...
...元の知能が低いんですがね(遠い目)


 朝の修練を終え、彼はとある店に訪れる。

 

「あ!ファントムさん。いらっしゃい」

「ウィズ。言わなくてもわかると思うが、あるよな?」

「はい!毎度ありがとうございます!」

 

 ウィズは太陽のような笑顔でトタトタと奥に行き、例の管を五本ほど持ってきた。

 

「魔法の壺五個ですね……二十五万エリス、確かに受けとりました!」

 

 腰のバックパックにいれ、顔を上げる。

 

「しかし、ちゃんと生計を立てて飯は食えてるのか?顔色が変わらないが」

「それなんですが……あの、久しぶりにお金が入ったのでもっと別の魔法道具を買おうとしたら、いつの間にか……アハハ」

「何故その金で飯を食わない」

「で、ですが今回の商品は凄いんですよ!?」

 

 そう言って彼女は、一本のステッキを持ってきた。

 既に彼からの視線は冷たいのだがめげない。

 

「この魔法道具は振るだけでアークウィザードレベルの魔法が出せるんです!」

「ほぅ、それで?」

「属性は一つしかないのですが、魔力を消費しないんですよ!」

「ほぅ、それで?」

「使う度に、魔力の代わりに寿命が減ります!」

「成程。少なくとも人間には使えないな、長寿のエルフなら元々魔法に長けている者も多いだろうしな」

「うっ……でも」

「でもじゃない、ウィズ。ハッキリ言うが商才がない、もう少し考えてから買え、餓死したいなら止めないがな」

「すみません……」

 

 しゅんと縮こまる彼女に、嘆息を漏らす。

 

「今払ったその金は飯を食うために使え。いいな?」

「え、ですが新しい物をっ」

「ですがなんだ?」

「は、はいっ!」

 

 彼が少し睨むと、ウィズはピン!と背筋を伸ばしてコクコクと頷いた。

 ついでにたわわな双丘が弾む。

 

「デカイな、邪魔そうだ」

「え?何がですか?」

「……お前の将来の借金だ」

「まさかの未来視ですか!?」

 

ポロッと出てしまったと彼は後悔する。

なんとか誤魔化した、というよりは店長がちょろかった。

(しかし何で俺が心配を...死なれたら壺が得られなくて困るか。そうだな、困る)

 

 彼はそう言い訳した。

 

「用はもうないな、じゃあな」

「あっ、ありがとうございました!」

 

 頭を下げる彼女に背中を向け、ドアを開けて出ていった。

 

ーー聞けばウィズは昔、冒険者だったらしい。

 彼女はへりくだって「大した者じゃない」と言うが、彼は正直あまり真実味が無かった。

 

「なんというか、あんな商品に魅力を感じる程の環境にいたとするなら……かなり、相当。形容できない凄さがあるのだろうな。只者でないのは間違いない」

(なら何故わざわざ商人の道に入ったんだろうな)

 

 しかし、聞くタイミングを逃してしまったのも事実。

 

 そもそも。

 

「……彼女は、本当に普段何を食べて生きているんだ?砂糖のつけた綿でも限界があるだろう、死霊の類いじゃあるまいし」

 

 逆に貧困生活の食生活、そちらの方が興味があった。

 

 ◆◇◆

 

 二人は久し振りに、探索系のクエストを受けた。

 既に初心者殺しは棲み家を変えたそうなので、森に出向いて薬草を採取する事にしたのだ。

 

「そこの草は毒だからな?」

「は、はい!」

「そこの草も毒だからな?」

「はい!」

「そのキノコは食ったら幻覚を見るぞ?」

「……はい」

 

 そして、難化していた。

 

 それもそうだろう。

 彼女は元々別世界の人間で、慣れてきたと言ってもこの世界の知識には子供にも劣る面が多い。

 

「見ろ。お前から見て右が探している薬草、左は麻痺を起こす毒草だ。右は若干色が黒ずんでいるだろ?」

 

 じぃ~と見てみるが、首をかしげる。

 

「う~ん、黒ずんでいる方が薬草なんです?明るい方が安全そうですけど」

「なら生で食ってみるか?」

「遠慮します!」

 

 ヒトミから見て左の方の前に出され全力で首を振る。

 

 再び作業にはいるが、ヒトミの顔は優れない。何度も何度も本と手に持った草を交互に見て、肩を落とす。

 

「……何というか、凄いですねファントムさん?支給されたこの本を見ても、私にはよくわからないです」

「慣れさ。残念ながら専門家程の知識はないし、本を見て確かめて覚えているんだ」

「確かめる?」

 

 コテンと首をかしげるヒトミに何てことなく返す。

 

「実際に食べるんだ。本の知識は頼りになるが鵜呑みにはできない...まぁ、食べる際に安全を配慮した順序はあるし、文献で一口で致死と書かれているものや怪しい物は流石に手を付けないがな」

「ほぇ~それでも凄いですよ!でも、どうしてそこまで?」

「毒草は磨り潰して鏃に塗れば毒矢に出来る、鉱石なら鏃自体に使えることもある。役立たなくても見た目が綺麗なら金持ちに売る...大体自然にあるものは、役に立つものばかりだからな」

 

ーーもし森に迷っても食えるものがわかれば平気だ。

 そう付け加え、作業に戻る。

 

 ヒトミは感心を通り越して呆れてすらいた。

 

(この人、私の世界にいたらガリ勉になってそうですねぇ……)

 彼が制服姿で背筋を伸ばし授業を受ける姿が過り、シュールだなぁとクスリと笑う。

 

「どうかしたか?」

「い、いえなんでも!さぁ~て草を抜きましょうか!」

 

 内心で押し留め、草抜く。

 

「おい、それも毒だぞ」

「……はい」

 

 自分には採取は向かないのかも知れない。

 ヒトミはそう思った。

 

 しかし、ピンと思い付いたのかポケットを探る。

 

「あ!これなら何とかなるんじゃないですか!?」

「トランプか……?いや、流石に毒の識別は無理だろ」

 

 彼は苦笑する。

 

「そうですかね...あれ?ジョーカーのカードが落ち込んでます?」

 

 ヒトミは眉をひそめる。

 

「奇怪な格好をしている者が描かれているカードがか?最初からそうじゃなかったのか?」

「いえ初めは笑っていたかと...あ、あれ?笑いましたね?どういうことですか?」

 

 彼は口を結ぶ。

 

「……まさかな」

 

 彼はポツリとそう言って、毒草を近付けた。

 すると、ジョーカーの絵の顔が徐々に落ち込みだす。

 

「……」

 

 ふと、毒草を遠ざけて薬草を近づけると口角を上げ始めた。

 

「どうやら、一番近くの草の良し悪しの判別をするみたいだな……判断基準は、人体に害があるかないと言ったところか?」

「……本当に出来ちゃいましたね?」

「喜べよ?俺は少し落ち込むけどな、このトランプの謎が多すぎる」

 

 ヒトミは苦笑し、彼は呆れた表情をした。

 トランプの底が見えない。

 

「このトランプはどれだけ人の積み重ねを潰せば気が済むんだ.....?っ」

 

 刹那、ガサッ!と茂みが動いた。

 彼は迷わず弓でなく腰に挿していた短剣を構え、ヒトミは「わわっ」と慌てながらもそのままトランプを指で挟み構えた。

 

 しかし、出てきたのはモンスターじゃない。

 

 

 

 

「ーー助けてくれぇ!」

「えっ、えぇ!?」

 

 そこから出てきたのは、巨体を誇る一人の斧使いだった。

 二人の顔を見た瞬間、ヒトミに泣きついて助けを求める。

 

 脚に抱きつかれて慌てるヒトミを他所に、彼は斧使いの肩を掴み事情を聞いた。

 

「おい、何があった?」

 

 すると彼は……仮面をしているので表情はわからないが。

 野太い声で涙混じりに叫んだ。

 

「初心者殺しだ!!仲間が殺されちまう!アイツ居なくなったフリしてやがったんだ!!」

「っ!」

「え!?」

 

 二人を目を丸くする。

 初心者殺しは、彼が思ったよりも賢かったらしい。

 

 ◆◇◆

 

 彼の話を聞くと。

 五人でパーティを組んでモンスターの討伐クエストを受けていた所に遭遇したそうだ。

 初心者殺しの急襲に五人は散らばり、その一人である斧使いはここで二人に会ったという訳だ。

 

 それを聞いた彼は、深い溜息をついた。

 

「最悪だな。俺も初心者殺しの知識を見誤っていたのもそうだが……無責任な口依頼を受けたな?」

「う、だって可哀想じゃないですか!?助けましょうよ!」

 

 仲間を助けてくれ、という斧使いの願望にヒトミは二つ返事で了承したのだ。

 

ーーヒトミが。

 

 ちなみに彼には薬草と共にギルドに戻ってもらい初心者殺しの報告してもらっている。

 そして二人は初心者殺しと遭遇したと思われる、ギルドと真逆の方に向かっていた。

 

「初心者殺しを相手取る可能性があるのか……まぁ、なんとかするしかないが」

「頼もしいですね!」

 

 彼は目を輝かせるヒトミを呆れた視線で一瞥する。

 

「……お前もやるんだぞ?というよりお前がやるんだ。そのトランプはこの管ですら余裕で斬れる切れ味を持つ、奴は賢くて体が固いと言っても鉱石ほど固い訳じゃない。初心者殺しも容易に斬れるのは間違いないだろうな」

 

 彼は周囲を警戒しながら説明する。

 

「対して、弓矢は視界が広くないと使いずらい上に射った場所が悪ければ筋肉に邪魔されて致命傷にならない。短剣の腕は前も言ったが期待するなと言ったのは……覚えているな?」

 

  流れる様な言葉の嵐に、ヒトミは小さく唸る。

 

「うっ……そう、ですよね」

「今回、闇討ちならまだしも俺はそこまで使い物にならない。勿論死にたくないから隙は作る努力をする、トドメはヒトミ。お前に任せたからな」

「はい」

 

 それを聞いて、ヒトミは少し動揺する。

 

「なんだ……やはり不安なのか。なら断ればいいものを」

「だって!泣かれるのは、誰だって嫌でしょう?」

 

 ヒトミは、無意識か乞うような上目遣いで彼に言った。

 

「……」

 

  彼は落胆に近いトーンで言い放つ。

 

「ヒトミは、まだそれ(チート)を使いこなせていない。お前のご高説は立派だが、その言葉には力が必要なのは知っているだろう?」

「っ……」

 

 ヒトミにもわかっていた。自分が弱いと。

 それは力ではなく、精神の面でもあるとも。

 そして彼が文句を言いながらも、何故受けたのかを。

 自分が彼に寄生に近い形で、頼っていることも。

 

(それでも、心の中で悪い女だと思われても、偽善だって笑われても!)

 

「それでも。お願い、します……私では、足りません」

 

 ヒトミは頭を下げた。誠心誠意、心を込めて。

 彼はヒトミから視線を反らし、嘆息する。

 

「腐ってもパーティーだ……それに乗り掛かった船だしな。最後まで付き合ってやる、次からはババ抜き以外にもそのカードをしっかり使えるようにしておけよ」

「……っ!」

 

 すると彼女の表情はパアッと明るくなる、その目にはうっすらとだが潤んでいた。

 

「っはい!ありがとうございま「『潜伏っ』」」

 

 

 

 

「っえ……?」

 少し焦りが混じった彼の声が聞こえたと思ったら、突然ヒトミの視線が変わって茂みの中に移っていた。

 

 何事?と彼の方を見ると、此方には目を合わせずに口元に指を立てている。額には一筋の脂汗が流れていた。

 

 静かにしていろと伝えたいのはヒトミにも伝わった。

 

 ヒトミが小首を傾げると、その原因が目の前を通った。

 視界が、一気に黒に染まった。

 

「……っ!」

 

 思わず、息を飲む。

 

 それは、伏せている為かあまりにも巨大な。

 一歩一歩前肢が地に触れる度、地面が揺れる。

 

(これが、初心者殺し……!?)

 

 猫科で、見た目はサーベルタイガーに近かった。

 茂みの合間から見せる牙は、一度噛み付かれれば命は無いであろう太く曲線を描く。

 その双眸は鋭く、獲物に飢えているようにも見えた。

 

「……っ」

 

 ヒトミの体が、芯から寒くなり、震えが止まらなくなる。

 呼吸も激しくなり始めた。

 万が一にも聞かれたら居場所がばれる。

 頭ではわかっていても、動悸は激しくなる一方だ。

 

「……運が良かったな、野草ばかり触っていて。お陰でこの距離でもバレなかった」

 

 そして彼はそんなヒトミを見て静かに、そして小さく伝えた。

 

「ここにいろ、動くな」

「……え?」

 

ガサッ!

 

 ヒトミが反応した頃には、彼は弓を構えて茂みから身を離していた。

 同時に彼に気付き振り向いた初心者殺しに向けて矢を番え放つ。

 

「『狙撃・二連』」

 

 その一矢は真っ直ぐ眼を捉え、そして刺さった。

 もう片方は右前足に刺さる。

 

 しかし流石というべきか、初心者殺しは痛みに吠えながらその尖った爪を持つ前肢を振り下ろす。

 

「『潜伏』」

 

 だが、その爪は届かせない。

 彼は狙撃を終えて体勢を整えると同時にスキルを発動する。

 

 その場から彼の姿は消え、息を吐く声と共に再び二発の矢が放たれる。

 その矢は胴体に刺さり、血が黒い毛を伝ってポタポタと垂れる。

 

「流石初心者殺しだな。筋肉で矢の通りが浅い...『潜伏』」

 

 さらに姿を眩まし、再び風や木葉を切りながら矢が放たれた。

 

 彼の鍛え上げた『潜伏』スキルには、目を見張るものがあった。

 幽霊の様に消えたり出てきたりするその姿。

 故に『幽霊(ファントム)』という名前が付いていたのだ。

 紅魔族からニヤニヤされそうなネーミングだが、それがイレイシアでの彼の異名の由来であった。

 

ーー初心者殺しには敵わない?

 

 いいや、むしろ圧倒していた。目に刺さった矢以外は決定打にはならずど、着実に矢を当てている。

 

(凄い……あれが、本物の冒険者なんだ)

 

 ヒトミはそれを見て心が躍り、同時に自分の無力さに顔を伏せた。

 

 

 

 

 

(……また、反応速度が上がったか)

 

 しかし、ヒトミの期待に反して彼は内心で舌打ちをした。

 

(眼と脚を射ったのに動きが鋭いな……やはり最初の攻撃から致命傷を与えられないのは偶然じゃないよな)

 

 目の前の初心者殺しの知能は、同族でも軍(群を抜いていると感じていた。

 

(これならば、距離を取ればヒトミに気づく可能性もあるか……こんな個体がゾロゾロいたら街は終わるだろう。いてたまるかっ)

 

 矢を射ながら、即座に潜伏を使い視界から消える。ヒットアンドアウェイの中でも彼は頭を回していた。

 

(大量の失血で倒れてくれればいい……大丈夫だ、今の所は順調ーー)

 

 

「……え?」

(っ!?)

 

 しかし、ここで予想外の来客が来てしまった。

 

 恐らく、言っていた斧使いの仲間の一人だろう。

 女性は剣を背中にさしたまま、初心者殺しの姿に目を丸くして硬直した。

 

 バッタリと戦闘の場に遭遇し、そして正体不明の矢の雨を注がれ激昂する初心者殺しの視界に映った。

 

ーー映ってしまった。

 

 状況は、優勢から一気に最悪と転じた。

 

「クソっ、間の悪い!」

 

 彼は舌打ちして初心者殺しの少し遠い背後の茂みから飛び出し矢を番える。

 だが、経験から察してしまう。

 

(ダメだ!間に合わない!!)

 

 矢が到達するまえに、彼女の体は初心者殺しの振り上げた爪によって……凄惨な目にあうだろう。

 

 初心者殺しは一瞬体が止まったものの、吠えながらその爪を振り下ろす。

 

「っ、あ……」

 

 が、最悪の展開にはならなかった。

 

 初心者殺しはバランスを崩して的がずれ、そのまま倒れた。

 血を浴びた彼女がポカンとしている間、初心者殺しはその黒い巨体を数回痙攣させ、やがて動かなくなった。

 

「...これは」

 

 矢を放とうとした姿勢のまま彼も硬直していた。

 そして、何かが弧を描いて宙を飛んでいる姿が視界に映った。

 それは血を飛ばして回りながら、まるでブーメランのように持ち主に帰っていく。

 

 彼はそれを自然と目でおっていた。

 

「はぁ...はぁ...!」

 

 そして視線の終着は、涙目で返ってきたトランプを掴み、未だに息を荒らげていたヒトミだった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「ひゃ、百万エリスですか?」

「はい!ギルドの誤報に近い情報の件を含め、初心者殺しの討伐額として百万エリスが与えられました!おめでとうございます、ヒトミさん!」

「ありがとう、本当にありがとうぅ!!」

「あの時貴女がいなかったら...!」

 

「え、と...アハハ。無事で良かった、です?」

 

 斧使いのパーティに涙ながらに礼を言われ、未だ実感が沸いていないのか、思わずぎこちない笑みで返すヒトミ。

 

『すげぇな!そのレベルで初心者殺しとはな!』

『初心者殺し殺しだな!』

 

 大金を貰い、色々な人々から感謝と賛美の声が浴びせられる。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 だが、心には靄がかかって、晴れなかった。

 人集りからなんとか抜け、ヒトミはパーティメンバーの座る席まで来た。彼は一人ポツンと座り、シュワシュワを呑んでいる。

 

「ファントム、さん……」

 

 彼はヒトミの存在に気付き、その顔色を見て眉をひそめる。

 

「?表情が暗いな、どうした」

 

 相対するような形でヒトミは座った。

 そんなヒトミは、自覚はないが表情に影が射していた。

 それを察した彼は、首をかしげる。

 

 彼女はそっと先程貰った重い麻袋を机に置く。

 そして、彼の前にずらした。

 

 それを見て彼は、低い声で一言。

 

「……何の真似だ?」

 

 ヒトミはそれを聞いてビクリと体を震わせた。

 

「これは、初心者殺しを倒したお金です……本来はファントムさんの貰う物です」

「……はぁ?」

「私はっ、あの時に動けませんでした……!」

 

 ヒトミは下唇を噛み、消え入りそうな声で言った。

 

「元々、これは、ファントムさんの手柄の筈ですっ。私は茂みで震えていました……助けたのだって、ファントムさんがいたから大丈夫かと、頼っていました!私には、それを受け取る資格がありませんっ」

 

 途切れ途切れ、だがハッキリとヒトミは伝えた。

 この金は、自分が受けてるべきではないと。

 横取りに等しい、卑しい行為であったと。

 

 彼は俯いて震えるヒトミを見て、

 

「ーー何を言っているんだ、お前は?」

「……えっ?」

 

 不快ではなく、単に疑問でもって眉を寄せた。

 

「俺はてっきり。周りから褒められてもうちょっとおちゃらけて、はしゃぐとばかり思っていたぞ?お前ら転生者は律儀というより、馬鹿正直が多いのか?いや、カズマから別の転生者の話も聞いたが……単にソイツは馬鹿か。名前はミツルギだったか?」

 

「え、と...?」

 

「それに手柄なら、パーティなんだから同じだろう?むしろ経験値がお前に入って、俺としては寧ろラッキーだったよ。足引っ張られるよりレベルの一つでも上がった方が遥かにマシだ。むしろ普段今みたく俺の獲物に食らいつく位のがっつきを見せろ」

 

「で、でも」

 

「『お前は一つの命を救った』それでいいだろ……?言っておくが俺一人ならアイツの願いは間違いなく受けなかったぞ。わざわざ障害物の多い森の中で初心者殺しに近づくなんて、無駄にリスクを上げるだけなんだからな」

 

 それも見ず知らずの他人のためにな、と付け足す。

 

「で、でも!ファントムさんは動いたじゃないですか!?直ぐに、私を庇うようにっ」

「パーティだろ……それにお前だって動いただろ?俺が間に合わない中でトドメはお前が刺して、あの女を救った。結果だけ言うならお前の方が活躍してる……逆に俺はパーティメンバーとしては配慮も足りなかったな、駆け出しで初心者殺しを目の前に動ける者は滅多にいないだろう」

「っ……です、けど」

 

「なら俺の詫びも兼ねてその金は貰っておけ。それでも渡したいなら貰うが……お前がそれでいいならな?」

 

 彼は事実を淡々と述べ、席を立つ。

 そこに感情はない、ヒトミの靄は強くなる一方だった。

 

 彼にとってはそれが普通。

 しかしヒトミにとってはそれがどうしても苦しい。

 

 彼は小さく息を吐き「ヒトミ」と横まで来て彼女の名前を呼ぶ。

 

「だが、まぁなんだ……」

「?」

 

 

 

 

「ーーお前は勇敢だよ。怖いのによく頑張ったな、ヒトミ」

 

 

 そっと肩に手を置き、ぎこちないが静かな笑顔で。

 彼は本心から、そうヒトミに言った。

 

「……っ」

 

ーー彼の言う通り、初心者殺しを見たヒトミは普通の反応なのだ。

 今まで格下ばかりと相対してきて、さらに彼という補助ありきでの戦闘には緊張はあっても、決して死に直面するという臨場感はなかった。

 

 だが、初心者殺しを目の前にして明確な『死』を感じた。

 

 普通なら震えが止まらなくなり、声を上げて逃げ出すだろう。

 彼自身も、正直地の不利も重なって初心者殺しとの対面には表情を歪めた。

 

 それに彼女は、少し前まで死とは離れた平穏な地で生を謳歌していたのだ。

 

 ヒトミ自身は前世については詳しく話してくれないが、環境はなんてこともない話を聞く中で彼はなんとなく察していたのだ。

 

ーーそれでも、ヒトミは立ち上がった。

 それはきっと。本当に、凄いことなのだと。

 彼はそれを理解できなくても、その片鱗を理解しようとした。

 

 そして、評価した。

 見知らぬ誰かが死にかけた時に無意識でも立ち上がれる様な。

 その細い体に振りかかる恐怖を拭い立った、愚かとも笑われそうな彼女の誠実さを。

 

「う、うぅ……」

 

 そして、ヒトミは溢れんばかりの涙を流し、立っていた彼の腰に抱き着いた。

 

「っ!お、おいおい。人を楽しませる職業が、泣いてどうするんだ……」

 

 彼は呆れながらも、無理に引き剥がそうとせず髪を梳くように撫でた。

 

(昔はよくめぐみんやゆんゆん達にやったもんだな...いや主にめぐみんに泣かされたゆんゆんなんだが)

 

「今日、位は..うぅ、怖かったですぅ……!」

「そうかそうか、大変だったな……?」

 

 そう言いながら、ふと視線を反らす。

 

「……おい、何だあれ、羨ましいぞあの野郎」

「ヒトミちゃんの彼氏ヅラしやがって」

「素敵ねぇ、ああいうシチュエーション憧れるわぁ」

「ねぇ料理まだー?さっきから待ってるんですけど?」

 

 実は先程から女性陣からは暖かな視線を、男性陣からは黒い殺意を向けられていた。

 

 一人を除いて。

 子供のように不満を机にぶつけバンバンと叩く長い青髪の一人を除いて。

 

(さっきからやり取りを見られてるんだが。やめろカズマ、そんな親の仇の様な目で見るな)

 

  男性陣からの血涙を受け止める度量も、女性の正しい慰め方も、彼は持っていなかった。

 

  だが、未だに顔を埋めるヒトミを見て。

 ギャラリーという名の静かな野次馬達を見て、天秤に掛けようとして、小さく嘆息する。

 

(結果的にヒトミも精神的に成長した。助けたアイツらも無事だった。それにあの距離であの体格のモンスターへの矢の威力も把握した。まぁ、上出来か……確かに正直を言えばかませ犬みたいで少し癪ではあったが……)

 

「いや。打算は不粋か……」

 

 そう言って、彼は考えを放棄してそっと目を閉じた。

 

 チーン!

「おい待て、それは見過ごさん」

 服で鼻をかまれた。

 




おかしい、このお話このすばだよな...?
あっれ~?バリバリのコメディを始めるつもりでペンを取ったのになぁ...?

あれか、これは筆者である私が悪いのか?
...だろうな(自問自答)

あ、次話は明日に投稿できそうです。


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この筋肉女に黒騎士を!前編


新キャラ兼ベルティア篇です。


 

ヒトミが初心者殺しを倒して、翌朝。

 

「...」

 

ーー彼は、少し困っていた。

朝、いつもの弓の調整を邪魔されたのだ。

いつものルーティーンから離れた行動をすると人は慣れない感覚に襲われていつもの力が出ないらしい。

 

それを踏まえると、彼は確かに本調子ではなかった。

 

『リア充に天罰オォォォォォ!!!』

「……というより、この状況に調子を狂わされない方がどうかしているか」

 

彼は現在、突如覆面集団に連行されて冒険者ギルドの席に座らされていた。覆面というよりは被り物だろうか、目の部分だけ穴が開いている。

 

体こそ縄の類いで拘束されてはいないが、彼を囲むように大人数でというのは中々に不気味な絵だ。

 

子供なら間違いなく泣き出すだろう、宗教でもこんな絵面は珍しい、宗教と言えばアクシズ教徒なら赤子だろうと勧誘の一つでもしそうだが。

 

「っ」

 

すると、何故かライトの光をチカチカと当てられる。

ライトを当てていた覆面の一人が、こちらに顔を近づけて威圧的に言う。

 

「ファントムさんよぉ。アンタ、裏切ったな?」

「何の話だ?」

「しらばっくれるのか、俺は。いや俺達は知っているぞ!昨日同じパーティのヒトミに対して色々していたのをな!?そうだろ皆!」

『オォォォォ!!!』

 

首をかしげる彼を他所に太い男達の雄叫びが、ギルドに響く。

 

「....」

 

彼は、あぁ。と何となく察した。

聞き覚えのある声に、もはや被り物の意味なんてあるのだろうかとも。

 

つまりは一瞬でも女性と触れあった『嫉妬』である。と

 

(場所にギルドを選んだ点、正体に気づかないわけもない)

 

しかし、と彼はまず弁明を試みる。

 

「...いや、色々と言われてもあの後は普通に別れたんだが」

「あの後...?な、何て不埒な事を想像したんだぁ!?」

『ほら言ってみろよほら?』

 

一人がわざとらしく驚く仕草をして、他の男達は声を揃えて煽って来る。

 

(噂とはいえ女性の下着をひんむいた奴に不埒といわれてもな...)

 

彼はあまり動じていなかった。

被り物集団に敵意はあるが、どちらかというと暴力的ではなさそうだからだ。

そもそも、誰が誰か既に大方の見当がついた。

 

「な、なんだよ」

 

彼は目の前にいる被り物に対して半目で問い詰める。

 

「ーーなぁカズマ、お前は何をしているんだ?」

「ッカ、カズマ?そんな奴は知らんな...俺は...俺は」

 

早くにボロが出た。

抜け目が無さそうなカズマとしては少し意外だと彼は片眉を上げる。

 

言い訳、被り物状態の名前を考えていなかった様だ。

 

『....クズマ』

「そうクズマだっ...いや誰がクズマだ!?誰だ言った奴出てこいや!!」

 

更にボロが出た。クズマと呼ばれた被り物は声のした方へ突っ込んでいった。

 

すると、笑いながらもう一人被り物が出てくる。

 

「...ふっ、クズマは俺達の中でも最強!だから二番目の俺が相手するぜ!」

「丁寧な説明どうも」

 

ーー彼が最強だったらしい。

そう思うと、彼はクズマの片鱗を見た気がした。

 

「....して、お前はダストだろう?いつ貸した八万エリスを返してくれるんだ?」

「っ...お、俺様の名前はダストなんかじゃねぇし?借金も知らねぇな」

「ならば仕方ない。彼には賃貸料として倍額を請求するつもりだったのだがな」

「なっ....き、聞いてないぞ!?じゃなかった!俺様には関係ないね!」

 

少したじろいた男に半目で言葉を紡ぐ。

 

「今だったら借金チャラにしてやるから、現状の訳をすべて話した上でこの場から解ほ」

「羨ましかったんですすいませんでしたぁぁぁ!!!首謀者はカズマです!!」

 

言い終わる前に二番手の男、ダストと呼ばれた男は布を投げ捨て、

その場で地面に額を擦り付けた。

 

「...なっ、ダストテメェ!?」

「つーかこの全員が冒険者です!!参加者の署名もあります!」

『ダストテメェ!裏切るのか!?』

「へんだ!お前らなんか最初から仲間じゃねぇよ!?有象無象よりも金の方が大事だろうが!!」

『ぐっ...』

 

集団は拳を握り口を閉じたようだ。

 

「ーーいや、そこは負けるなよ」

 

何故か論破された様子に彼はツッコミを入れる。

アクセルの冒険者は仲間よりも金、協調性がないらしい。

(しかし相変わらずの清々しいクズっぷりだなダスト)

「それで、お前達も弁明はあるのか?」

「そうだそうだ!」

「お前も、借金をチャラにしただけで許した訳じゃないんだが?」

「えっ!?」

ダストは何故か彼のサイドに回っている。

 

余談だが。

ダストというのはヒトミやカズマの言うあちらの世界では『ゴミ』という意味らしい、名前を聞いたヒトミが「流石に名前は...偶然ですよね?」と苦笑していた。

 

名前に負けずとも劣らない性格、名前を付けた親は予知能力でもあったのだろうか。

だとしたら矯正してほしかったと彼は思った。

 

 

「……す」

『……す』

「す……?」

『「す、すいませんしたぁぁぁぁ!!!」』

 

結局、弁明なく他の全員も土下座した。

 

すると視線が開き受付嬢達と視線が合い、大変ですねの言わんばかりに苦笑される。

そして土下座する男達を、ゴミを見る目で見た。

 

「...」

(別に顔が悪い訳じゃないだろうに。コイツらが異性に好かれないのは、そういう所じゃないのか...?)

 

主に自分に正直すぎると、彼は思った。

だが口には、出さないことにした。

 

「まぁ、この街が愉快なのは違いないか」

 

彼は嘆息し、口角を上げた。

 

◆◇◆

 

新たに弓の調整を終えた彼がギルドに戻ると、見慣れた少女の姿があった。

 

「...あ、ファントムさん。おはようございます」

「クルッポー」

 

しかし、彼に気付いたヒトミにはあまり元気なく。

否、元気が無いと言うよりはどこか遠慮がちな様子だった。

 

「随分早いな、ところで」

 

彼の視線は別の方に向かった。

 

「クルッポー」

「ヒトミ...何故、鳩を出しているんだ?」

「あ、えと。これは『以心伝心』っていう新しいスキルで、出した動物とお話できるかな~と試しに鳩を出してみたんです...よ」

「ほう、そんなスキルがあるのか...ところでヒトミ」

「は、はい」

「何か色々距離を感じるんだが...気のせいなのか?」

 

ーーヒトミは二つ先のテーブルの、それも向かいの位置に座っていた。

近付こうとするとササッと逃げられるので、首をかしげる。

 

「気のせいでは、ないですよ」

 

するとヒトミはもじもじしながら、視線をおとして指を遊ばせる。

 

「でも...ファントムさんは、よくあんな事があってから普通に接していられますね?」

「ガキの頃に二回り程年下の奴等に絡まれてよくあやしていたからな、慣れた....昨日はそれと同じ感覚だ」

「あ、あれ?同じ!?私そんな歳離れてませんよね!?」

「いや子供だよお前は、俺も大人かと言われれば微妙だが」

 

(正直、六歳下のめぐみんの方が大人なんだが)

ちなみに、彼は精神年齢でカウントしていたりする。

彼はコツコツとヒトミに近寄る。

 

「それに別に思春期や前の世界との違いによる葛藤が抜けないのは構わないが、泣きたいときは泣くべきだと思うぞ?悲観も恥ずかしがる事じゃない、そこが戦場じゃないならな」

「っ」

 

彼がそう言うと、ヒトミは目を丸くして。

 

「...ファントムさんって、たまに紅魔病発症しますよね?」

「...してたのか?気を付けよう……」

 

彼本人は無自覚らしい、失言したと軽く口元を押さえる。

それを見て、ヒトミは笑った。

 

「でも、好きですよ。そういうところ」

「そうか。なら残念だが、俺は俺のこういうところが嫌いだ」

「むぅ....正直過ぎるのはダメだと思うんですが」

「元気付けるのに嘘はいらないからな、お前相手なら特に」

 

ヒトミ小さく頬を膨らませて彼を軽く睨むが、彼はどこ吹く風だ。

 

「元気は、出ましたが...」

「それならば、クエストに行けるな?他にも新しいスキルを修得したんだろ?...お前の職業は未知だからな、使えるものは吸収したい」

「む...ならしっかり見ていてください!瞬きしたらその間に全てを終わらせてみせますからね!」

「肝に命じておくよ」

 

そう言って二人並んでクエストを見に行く最中、

...そんな二人の背中を壁から頭を出して見ている姿があった。

 

「...何だあれ、ラブコメか?ラブコメなのか?いくらファントムさんでも爆発しろ」

 

一番上のカズマは下唇を噛みながら二人を見て。

 

「いえくろぐろ兄さん相手だと脈ないと思うんですが...カズマカズマ。覗きって趣味悪いと思いませんか?でもワクワクしますね!...あれ、今までくろぐろ兄さんに『さん』付けしてましたっけ?」

 

二番目のめぐみんは爛々と瞳を輝かせ。

 

「私二度寝してい~?退屈なんですけど~」

 

三番目は大きくアクビをして。

 

「下敷きとはこれもまた...いい!?にしてもファントムとやらと私が全く会話していないのは放置プレイか!そうなのかカズマ!?だがそれも、いやそれがいい!!」

 

四番目は悦に入りながら叫ぶ。

 

「...いやうるせぇよお前ら!!ファントムさんにバレたらまた怒られるだろうが!」

 

カズマは下の三人に向かって吠えた。

 

「ーーいや、全部聞こえてるんだが」

 

「え?どうかしました?」

「クルッポー!」

「...なんでもない」

 

面倒なので、彼は無視した。

 

◆◇◆

 

「ファントムさん!お便り来てますよ~」

 

依頼を終えてギルドで報酬を受け取っていると、会話をしていた受付嬢とは別の人に呼び止められた。

 

「...手紙、俺にか?」

「はい、王都の方から一通預かっています」

「王都...そうか奴か。ありがとう」

 

王都にいる彼の知り合いから、連絡が来たようだ。

その場で封を手で切り、中身を確認する。

 

「なになに...」

 

 

 

『拝啓 くろぐろ、もといファントム様。

貴方様におかれましては、益々ご健勝の事と大して喜ばずに申し上げます。

 

前略

イレイシアからアクセルに移動と聞いたが、何故王都に来なかったんだ?アタシか、アタシか原因なのか?アリンについては?世話になったんだからそれ相応の礼はしたんだろうな?

そんなに私に会いたくないなら上等だ、今度そっちに遊びに行ってやるから覚悟しとけ。

敬具

サンテリア・ハルマルト』

 

 

 

 

「......」

 

所々不思議な文面だが、彼女らしいと言えばそうであったと彼は感じた。

 

一通り目を通した彼を見て。

受付嬢の一人、ルナという女性がおずおずとした様子で聞いてきた。

 

「あ...あの、ファントムさん?」

「まだ何か?」

「あの、私の記憶が正しければ、サンテリア・ハルマルトさんって...粗暴の悪さで『暴虐』という異名が付いた腕利き冒険者なんですが...?」

「合ってるぞ。別に、馬鹿にでもしなければ普通に接してくれるがな」

「へぇ...いえいえそうではなくて!そもそも知り合いだったんですか!?」

「イレイシアの同郷だからな?よくパーティも組んだよ」

「そ、そうなんですか!?」

「っ変なことはないだろう?たまにパーティを組んでいた同郷の冒険者が大成しただけだ。俺は奴が苦手だが」

 

ルナが前傾姿勢で台を越えて来るのに対し、彼は淡々と返す。

すると背後にいたヒトミが、キョトンと呟いた。

 

「え、ファントムさんって私以外の誰かとパーティを組んでたんですか?」

「あぁ。流石に一人では荷が重い時もあるし合同で組むクエストもあるからな。一人が多かったのは単に合わせるのが面倒なのもあるし、冒険者だとその点不便でな...その点奴は心配なかったからな」

(そして...ヒトミ発言はまるで『俺がパーティを組む事が出来たのか』的なニュアンスに聞こえるんだが...他意ないか?)

 

そう思ってルナに視線を戻す。

 

「そ、それで。手紙にはなんと?」

「近々遊びに来ると...難易度の高い討伐クエスト、残しておく方が良さそうだぞ。さもないと強そうな奴見つけては喧嘩売るかもな」

 

彼がアドバイスすると、ルナは目を丸くした。

 

「え、ぇぇぇぇ!?」

「クルッポー」

鳩が首をかしげた。

 

ーーまだいたのか鳩、そう一瞥してから彼は決心する。

 

「よし、俺はしばらく旅行にでも行くことにしよう」

「え?突然ですね」

「言ったろう?俺は奴が嫌いだ...死ぬほど気が進まないがアルカンレティア辺りに避難することにしよう。まだアクシズ教徒ならなんとか撒けるしな」

「ちょ、ちょっと待ってください!そんな事したらハルマルトさんが来たときに対応に困りますっ」

「俺は知らん。無害な奴には無害だから安心しろ、そして行き先は絶対に告げるな。ヒトミは...ヒトミも来い、お前はボロが出る可能性が高過ぎる」

「唐突な上に理由が不本意すぎるんですが!?」

「まぁいい。とにかく行くぞ、奴は正確な日時を綴らなかったからな、今すぐに...」

 

その刹那。バァン!と、ギルドの扉が開いた。

 

◆◇◆

 

「ーーよぉ!クロ!遊びに来たぜぇ!」

 

突如ギルドの扉を開いてやって来た彼女に、彼は本気で自分の不幸を呪い、深い嘆息を漏らす。

 

「...大変だ。人型デストロイヤーが来たぞ。緊急クエストだ...めぐみんを呼べ、爆裂魔法を放て」

「っ誰が人型デストロイヤーだ!?久し振りに会ったがその口は減らないようだな!クロ」

「お前のその怪力っぷりは磨きがかかったな...サン」

 

胸ぐらを掴まれて宙に浮かされながらも、軽口を叩き合う。

乾いた笑みの紅魔族の顔は青い。

 

その巨体は二メートルを優に越えており、胸倉を掴まれて上げた彼の体は若干浮いていた。

 

隆々とした筋肉は美術品の様に曲線と隆起を描き、脂肪という無駄が無い体をしていた。

紅い髪は滾る血を連想させ、その肉体は女性だけで構成される民族...アマゾネスを彷彿とさせる。

さらに筋肉の上に強固な鎧を体の節々に取り付けており、背中にはその巨躯と同じくらいの大剣が背負われていた。

 

攻防に関して全く隙のないその姿は、まるで人間要塞である。

ーーちなみに、彼女は純血の人間である。

 

ヒトミは自分の予想を超えた姿に驚き、クロと呼ぶ彼女に怪訝な顔をする。

 

「えぇ、と?貴女がサンテリアさんですか?」

「ん、なんだいアンタ?」

「あ、私はヒトミと言います!ファントムさんとはパーティを組んでいまして...」

「へぇ!クロがアタシ以外とパーティを組むなんて、珍しいこともあるもんさな?聞いてると思うがアタシはサンテリアってんだ!サンって気軽に呼んどくれよ!」

 

女性にしては随分と野太い声で笑い、その様子にヒトミは少し付いていけない様子だ。

 

「しかし、本当にアンタがパーティをねぇ?」

「流れでそうなったんだ。あと...手を放せ、そろそろ、意識が、飛ぶ.....!」

「あぁ!すまないね」

 

握っていた手を離され、ようやく降ろされた。

彼は着地して咳き込み、息を整えて軽く睨む。

 

「ふぅ...それで、何故ここに?」

「手紙に書いたろ?まさか読んでないのかい?」

「およそ二分程前に読んだ手紙の事か?もはやタッチの差だったと言っておこう。(逃げる)の準備すら出来なかったよ」

(いまスキル使ってないのにファントムさんの心読めたんですけど...)

 

彼は深い嘆息を漏らす。

 

「しかし...今のお前の実力なら王都でも引っ張りだこだろう?よく来れたな」

「それなんだが...王都の連中は腑抜けばかりさ。正直ガッカリしたよ、アタシの姿を見るだけで逃げ出す奴ばかりでねぇ?挙げ句には騎士に『あまり彷徨しないでくれ』だなんて!その癖クエストはやれだのと言うから腹立って仕方ないね!!」

 

声に怒気が籠る、それだけで周囲の冒険者は一歩引いた。

 

「やめてやれよ。見た目は大切なアドバンテージなんだ、お前の見た目は怖いものは怖いんだからな。行為で心象を改めるかするか、まずはそれを認めろ...まぁ周囲の態度は物申したいがな」

「だろぉ?見た目の悪口くらいならアタシも目を瞑ってやれるがよぉ、勝手すぎるんだよ!まだアンタといたイレイシアの方がマシだね!」

「イレイシアでもお前は似たような扱いだったろ?」

「いーや、彼処ならアタシに喧嘩吹っ掛けて来る奴等がいたね」

「そいつら全員病院送りにして何をいっている?その見た目にそぐわない行動がお前の異名を呼んでいる、お前には精神面に成長がない」

「あ?クロこそアクセルなんて駆け出しの街に来やがって。腑抜けたんじゃねぇのか?」

「え、えぇと?」

 

徐々に棘が増す二人の会話に馴染めず、ヒトミはあたふたしていた。

ルナは既に固まっている。必死に会話を読み取ろうとした結果だろう。

 

彼は一息置き、呆れた視線を込める。

 

「...それで、本当は何の用だ?顔が見たかった何てセリフは、わざわざアクセルにまで来てまさかだろう?」

「...流石クロさな。大事な話がある」

 

そう言って、サンテリアは周囲を見渡して、口を開ける。

 

「ーーアタシと王都に来ないか?クロ、お前となら天下すら取れると私は確信している。紅魔族でありながら魔法に恵まれず、だが折れずに知識を身に付けひたむきに成長しているアンタなら!」

「...ぇ?」

 

その言葉に、ヒトミは自然と声が漏れた。

 

「ーー断る。頭まで筋肉なお前の、アクア以下の解答だな?神経衰弱でもやってろ」

「「え!?」」

 

彼は真顔で即答した。

ちなみに目がジワジワ紅くなっている、然り気無く紅魔病が出ているらしい。誰も口を出せる状況では無いが。

 

そしてサンテリアは再び彼の胸ぐらを掴み、再び持ち上げて睨み付ける。常人、冒険者でも泣き出しそうな迫力があった。

 

「...私が納得する理由は、あるんだろうなぁ?」

 

しかし彼は真っ直ぐサンテリアを見ながら、答えた。

 

「無いな。今何を話したところでお前は納得しないだろう、だが少なくとも...今のお前とはパーティを組む気すら起きんな」

「何故だ!?」

「まず、お前は王都に期待しすぎだ。夢が期待と違っていた事に対して苛立ちを覚えるお前は、まるでガキのようだ...それなら冒険者でなく、いっそ騎士団にでも入るんだったな?士気も上がるだろうし、腕だけ見るなら取ってもらえるぞ。間違いなくな」

「何だそりゃ...アタシが間違ってるとでも?」

「酷なようだが自分に全く否がないと何も見直さないのは、誰であろうと間違ってる。例えイジメられていても、救いがなくても、考えないのは停滞を生んで、停滞は後退を示す...俺が学んだことだ」

(……あと友達がいなくてもな)

彼の脳内に直ぐ様ゆんゆんが思い浮かんだ。

 

最近会わないが大丈夫なのだろうか、彼女は。

 

「お前は迷わず自分の道に進んでいるんじゃない。単に責任と理想を押し付けて勝手に失望する、我儘な奴だ」

 

サンテリアは歯噛みする。

 

「知った風に...!」

「イレイシアでのお前は、少なくとも人の利点を探そうと必死だったのにな?だからパーティにもなっても少なからずの連携がとれた、環境は人を変えるというのは本当らしいな...まぁ俺も体感しているがね」

 

彼はヒトミを一瞥する。

ーー彼も、何も変わっていないと言ったら嘘になると。

 

しかしサンテリアには響かなかった様だ。彼女はさらに吠えようとする。

 

「黙れっ!!お前に何が...」

「ーーあ、あの!」

 

唐突に、サンテリアは足下からの声に止まり、振り返る。

そこには真っ直ぐサンテリアを見つめながらも、小さく震えるヒトミの姿があった。

 

「...ん?なんだい、ヒトミ……言っとくが今は遠慮できる余裕はないからな?」

「ファントムさんを、放して。ください...!」

 

ポツポツとだが、ハッキリと。ヒトミは言った。

 

「……」

「……」

サンテリアとヒトミの視線が交錯する。

 

「……はぁ」

 

サンテリアはそっと腕を降ろし彼を解放する。

 

「...悪かったな、クロ」

「ほぅ。お前の口から詫びが出るとはな、まぁ気にするな」

「どうやらいいパーティメンバーを持ったようさね...しかしアタシは諦めた訳じゃないよ?ここには、そうさな。一週間は滞在する、その間にアンタの気を変えてやるさ」

 

サンテリアは豪快に笑う。

彼は小さく息を吐き、親指で掲示板を差す。

 

「身勝手は簡単に治らないか……残るんだな?ならば長く残ってる危険モンスターの狩りに貢献しろ。俺では手に余る」

「構わないよ...アンタも来るかいヒトミ?」

「え?」

「あんなアタシと真っ正面から意見を言える人間はねぇ...王都でもそこまでいなかった。気に入ったよ!危険モンスター達なら安心しな、アタシが守ってやるよ!なら防具の手入れしないとな!門の近くで待っててくれ!」

「は、はぁ...?」

 

どこか実感の無いヒトミを置いて、彼女は立ち去った。

 

ーー台風の様に過ぎ去った彼女に、彼は今日何度目かの嘆息。

 

「...これがアイツの嫌いな理由だ。腕は確かだし色々豪快なのは目を瞑れるが、内面がいささか俺と合わん」

「あの...ファントムさん、私サンテリアさんに気に入られたんですが...?」

「擁護する訳じゃないが悪い奴ではない。仲良くしとけ、嫌なら塩でも撒いとけ」

「悪霊の類いなんですか!?」

 

やけに静かなギルドにヒトミの声が響いた。

 

◆◇◆

 

二人が危険な討伐クエストを受けて門へと向かった中。

 

「...くろぐろ兄さん、いつの間に人脈を広げてたんですね」

「しかも王都でも有名なんだってな、スゲェ...つかよくあんな怖い奴に普通に会話できるな?」

「カズマカズマ、それよりも今日も爆裂魔法です!!早く例の城に行きましょう!今日は何だかいつも以上に行けそうです!」

「そうなのか?よし、なら行くか」

 

『爆裂魔法』はその威力の反面、とんでもない量の魔力を削がれる。紅族の中でも優秀なめぐみんですら一日一発が限度、撃った後には倒れて動けなくなるほどの倦怠感に襲われるのだ。

故に帰り道は誰かにおぶって運搬されている。

主にカズマ、たまにダクネス、稀にアクアといった具合である。

彼が聞いた話では古い城を見つけたらしく、誰もいないだろうと判断して毎日爆裂魔法を放っているらしい。

 

ーーそして、それが不幸の始まりだった。

 

◆◇◆

 

 

「遅いですね~」

 

準備がある、と戻った彼と彼の友人をヒトミは門の外で一人待っていた。ちなみにスキル『早着替え』で既に着替えは終えている。

 

『ーーおい、お前はそこの街の冒険者か?』

 

門の方を向いて二人を待っていて、そして黒髪を靡かせて声に振り返ったヒトミは息を飲んだ。

 

「はい?そうです....けど」

 

そこには、黒い騎士が馬に乗っていた。

恐々とした黒いオーラを滲ませ、大剣を背負っている姿に、ではない。

 

(...首が、ない?)

 

その鎧は、首から上がなかったのだ。

そして、手に持っている兜から紅い双眸が覗かせている。

 

目を丸くするヒトミに、鎧はどこか嬉しそうに笑う。

 

『フッフッフ、いくら駆け出しの冒険者といっても、俺の恐ろしさはわかっているようだな』

「……!」

 

 

 

「ーーっはい凄いです!貴方もマジシャンなんですか!?」

『そうだろうそうだろうーー何だって?』

 

うんうんとして、止まる。

ヒトミは首を傾げた。

 

「え?それは『胴体真っ二つのマジック』ならぬ『頭部離脱マジック』じゃないんですか?」

『んな訳あるか!?なんだマジシャンって俺の格好を見ろ!』

「...コスプレ?」

『お前ふざけんなよ!?俺は騎士だ!そんでデュラハンなんだよっ!!デュラハンのベルディアだ!』

「へぇ...デュラハンなんているんですねこの世界は?あ、この馬さん触ってもいいですか?」

 

 

ヒトミは知らなかった、目の前がとんでもない相手だと。

 

野菜が飛んだり跳ねたりするのが普通の世界は、彼女にとっては「まぁ首なしの人もいるんだな~」と言った感じだったのだ。

少なくとも、近付いて真っ黒な馬を撫でようとする程度には余裕があった。

 

そして馬の方も満更ではなさそうだ、持ち主と同じで首から上が無いが。

 

『えぇい寄るな!少しは緊張感を持たんか!!』

 

 

 

 

 

 

「ーー全くその通りだよ、『狙撃・三連』」

『っ!』

 

 

返ってきたのは、ヒトミの返事では無く三本の矢だった。

ヒトミを避けるようにして飛んでくる三つの矢に、ベルディアは片手で目に追い付けないような速さで剣を抜き、一本を避け、二本を剣で叩き落とす。

 

そして、剣で迎えた一本の矢にくくりつけられていた(・・・・・・・・・・)玉が破れると同時に大量の煙が二人の視界を覆う。

『っ!...煙玉か』

 

「な、何ですか!?...ひゃあ!?」

 

近くにいて視界を奪われたヒトミは、慌てていると突如服の襟元を引っ張られて、煙から抜けた。

そして引っ張られる方を見え、ポカンとして名を呼ぶ。

 

「えっ、ファントムさん?」

 

そこには、呆れた顔で煙の方向を見ている彼の姿があった。

いつもよりも腰の菅の数が多く、関節につけるガードナーや胸あてが普段と違い、より高価に見える。

 

恐らく危険モンスターへの対策だろうとヒトミは推測した、そして彼の視線は一度も煙から離れない。

 

「えと、もしかして..…もしかします?」

「……」

 

ヒトミもようやく事態を察し、申し訳なさそうに苦笑する。

 

「...お前は図太いのかバカなのか。それとも情報を伝えなかった俺が悪いのか?とにかく、つくづく感心させられるよっ」

 

なんて事を言いながら、不思議な形の鏃の矢をつがえて宙に射た。

 

「え?」

 

鋭い金属で多角の形をしていたそれは、太陽に反射しながら真上に飛んでいく。そう、向かう先は天上だ。

 

ベルディアと名乗った者を攻撃する訳でもないそれに、ヒトミは小首を傾げた。

 

「あの、今のは...?」

「後でわかる。今は前を見ろ、もうわかっているだろうが奴は敵だ...しかも不意の矢を全て捌かれた、少なくともアクセルとは釣り合わない使い手だろうな」

 

 

『...ほぅ、やっと話のわかる奴が現れた訳だな?』

「!」

 

その声が聞こえ、ベルティアが剣を大きく薙ぐと同時に煙が晴れ、その姿が露になった。

 

既に馬から降りている、戦闘する気まんまんらしい。

 

「剣圧で煙を晴らしたか...よく出来るものだな」

「え?出来ないんですか?」   

 

未だに緊張感のない言葉に少し呆れる。

 

「....お前がイカサマ無しにストレートフラッシュとやらを二度連続でできるなら今の発言は取り消してやる」

「...」

 

漸く黙ったヒトミを他所に、彼は内心で舌打ちする。

(マズイな...敵の力量も踏まえて、見晴らしが良すぎて『潜伏』が使えない。しかも真正面で矢が通じない相手とは、相性が最悪だな)

必死に思考を回すが、打開の一手が出ない。

 

『そろそろ話は済んだか?』

「...ベルディアと言ったな、まさかタダ者ではないだろう?」

『あぁ。その通りだ、俺は魔王の幹部の一人ベルディアという者だ...ここら近辺の調査の任に当てられて来ていた』

「……」

 

彼は少し脱力する。

単に身元をばらすどころか、説明を始めたからだ。

 

(誰もそこまでは聞いていないんだが...まぁ好都合か、情報は得られそうだな)

 

特に指摘せず、逆に話を聞こうとする。

 

「ならば、何故ここに来た?駆け出しの街にわざわざ出向く程の使い手でも見つけたのか?」

『駆け出しに俺に敵う奴など、驕らずともいないわ...だが、だがな?』

 

プルプルと震え始めた。

 

「「?」」

 

眉をひそめる二人をよそに、ベルディアが吠えた。

 

 

 

『ーー毎日毎日うるっっせぇんだよ!!馬鹿でかい爆発音が響いて夜も眠れねぇ!!部下に城を修復させるのもかさむしなぁっ!!』

 

 

(ーーあ、この件の犯人知ってるな)

 

彼は確信した、というか毎日の爆発など脳内に浮かぶ彼女以外思い当たらない。

確か、彼女は世間話に古城を的にしていると言っていた。

どうやらそこがベルディアの住み処だったようだ。

 

(めぐみんめ...何故だ、そして何故俺はこう...間が悪いんだ...!)

 

偶然幹部の住み処に攻撃していためぐみんもそうだが、騒音騒ぎに頭も痛めたベルディアも運が悪い。

 

そしてそんなベルディアと対峙している彼に至っては、完全なとばっちりであった。

 

『お前らここの冒険者何だってな!?悪いことは言わない、どうせ犯人は冒険者なのだろう?そいつの事を話せば危害は加えないと約束してやる』

「なっ、仲間を売る筈がないじゃないですか!」

「そもそも、危害を加えない点に根拠がないな」

『嘗めるなよ、俺は生前は騎士だった。一度交わした契りは必ず守ろう、悪い取引ではあるまい?お前らが敵わないのは、お前ら、特にそこの男が一番理解しているだろう?』

 

ベルディアは失敬だと言いたげだ。

だが、確かに。と彼はベルディアに一理あった。

 

彼と自分では明らかに差があり、ヒトミも一皮剥けたが未だにレベルとは別に戦闘の経験は不足している。

 

ここでめぐみんを見捨てて渡した方が利口だろう。

 

(自業自得な面もあるしな)

 

裏切り者扱いされたところで、元々冒険者になってから自分は非難の声は浴び慣れている、他人の命よりも自分を優先するのが普通だ。ダストの発言も完全に棄てられるものではなかった。

 

「ーーだが断る。それは俺のモラルに反するからな」

 

ハッキリと告げて、彼は紅くなった瞳で矢を絞った。

 

『ほぅ?』

 

(腐れ縁であっても妹みたいな奴だしな。少なくとも俺自らがアイツを売って見殺しにはしない)

 

「...そもそも、騎士だからというのはお前が口約束を反故にしない理由にもならない。信憑性に欠ける」

『そうか。甘さではなく最後まで見捨てないその姿、貴公は中々見所があるな...だが故にここで、その騎士道と共に剣のサビとなれ』

 

ベルディアは静かに剣を構えた。

 

「生憎、騎士道なんて大層な身ではないな...」

 

その動作で起こされる迫力に冷や汗をかきながらも。

彼は、薄く笑った。

 

『さて、始めようか!』

 

「ーーいいや、もう終わった」

 

『は?何を、言っている?』

 

「お前がとくとくと話をしてくれたお陰で、もう一人の馬鹿が来てくれた」

 

『?』

 

その言葉に、ベルディアは手の上で兜を傾ける。彼なりの首を傾げる仕草だろうか。

 

 

 

 

 

「ーーなんだぁコイツ?首から上が手にあんぞ?」

 

 

そして、傾げた兜は背後からひょいと掴まれ胴体から離れた。

 

『何っ..……ちょっ、おまっ!?誰だお前は!いつの間に後ろに、というか頭をとるんじゃねぇ!!』

「さ、サンテリアさんっ!?」

 

背後から現れた巨人に、ヒトミはあまりの唐突さに、そしてベルティアは気配の無さに驚いた。

 

しかし彼は違った。

安堵の息を漏らし、声を上げる。

 

「ナイスだサン、助かった....どうせならそのまま胴体から離れながら兜を回せ!」

「ん、こうか?」

『グワァァァァァォ!!!は、吐く、ヤメロォォ!』

 

サンテリアは胴体に体を向けて後ろ歩きしながら二人に近付いていく。

その間、サンテリアは器用に人差し指の先でベルディアの頭を回していた。

 

ヒトミはふとバスケットボールで似たようなものを前世の漫画から既視を感じた。

 

『アババババババ!!』

 

ベルディア(鎧)は視界が定まらず何やらワチャワチャしている。

首と胴体が離れているデュラハンならではの弱点であった。

 

サンテリアが二人の元まで歩いて来ると、困ったように眉をひそめる。

 

「...でもどうするんだ?多分コイツ、アタシの握力でも潰れないぞ?」

『フ、フハハハハ!!俺の固さを舐めるなよ女が!俺様の鎧は魔王様からの加護を得ている、故に頑丈性もその辺のアークプリーストの浄化は無意味...!無駄だったな、無駄だからぁ、はなさぇ!たにょむからぁ!!』

回っている内に呂律が回らなくなっているようだ。

 

しかし、トドメをさせないのは困る。

(話が本当なら浄化魔法『ターンアンデッド』が効かないのか...成程、流石に幹部なだけはあるな)

さらに不意を付いたとはいえ目の前にいるのは歴戦の戦士、いつこの戦況から逃れて戦闘可能になるかはわからない。

 

時間に猶予はない、さてどうするか。

彼は顎に手を置いて考え、答えを出した。

 

「ーーサン。そいつを思い切り遠くまでぶん投げろ」

『え?』

「そりゃあわかりやすい!よっしゃきたぁぁぁぁ!!」

 

サンテリアは目の部分の兜の凹みを掴み、腰のひねりの反動と全身の筋肉をフル活用して、放った。

 

『え!?まっーーはぁぁぁぁぁぁん...……!!』

 

そして、ベルディアは星になった。

 

 

 

「ーーしかしよぉクロ、助かった。アンタが『反射矢』で場所を教えてくれなかったらわからなかったわ」

「どうせお前の事だ。街で迷って高い門壁をよじ登って探していると思っただけだ...まさかよじ登ったのか?」

「流石だねぇ、アタシの事よくわかってるじゃないか。キラキラしてたぜ」

 

ーーよじ登ったらしい。

ヒトミが疑問を抱いた矢は、サンテリアにこの場所を知らせる物だったのだ。

 

「門だぞ...というか、よくこの街に来れたな?方向音痴は直せ」

(まぁ、今回に限ってはサンが門から出なかった為にベルディアの虚をつけたんだが...)

 

恐らくサンテリアが普通に門から出てきていたら、ベルディアは彼女の存在に気付いて警戒したろう。

それでは今回では勝利の望みがかなり薄くなってしまう。

 

彼は息を吐いた。

 

「俺は幸運はあれだと思っていたが、悪運は強いらしいな」

「...お~よしよし、可愛いですね。普段何を食べてるんですかお前は~?」

「それとあの馬...首から上ないんだが、あれは喜んでいるのか?」

「さてね。少なくともヒトミはあれを見て動揺しないところ、将来大物になりそうさね」

「動じないと力量がわからないは、全くの別物だと俺は思うんだが」

 

幹部の一人がやって来たとは思えないほど呆気なく。

そして撃退したとは思えないほど暢気な雰囲気だった。

 

 

「「「...さて、胴体をどうする?」」」

 

 

 

そう、これが不幸の始まりだった。

...ベルディアのだが。




ベルティアは帰ってきます。
正確に言うなら次話に帰ってきます。

次話は明日投稿です。
急ぎですので誤字脱字多いかもしれません。


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この筋肉女に黒騎士を!後篇

後編ですね。
今更ですが前後ともに一万字を越えております。
これでも圧縮しました、作者の実力不足です。


 

 受付にて。

 

「...スイマセン、色々追い付かないのでもう一度言っていただけますか?」

「無理はないが、三度目だぞ?」

「はい。そうなのですが、内容が内容でして...」

 

  彼は引き攣った笑顔をするルナを前に小さく息を吐く。

 

「まず、あのゴリラと共に受けたクエストは全部終えたよ。全部だ、三人分の冒険者カードにも討伐数が記載されている」

「は、はい。四回程確認しました...ゴリラ?」

 

「……そして門の前で魔王の幹部の一人と名乗ったデュラハンと遭遇した。二人も見たと言っているし、教えた馬小屋には首から上のない馬が大人しくしているぞ」

 

「あの……首を投げたと仰っていましたが……それは?」

 

「言葉通りだ。体の方は縛り付けて宙吊りにしたが、体の今後の扱いは冒険者ギルドに委託しようと思ってる。一応、あのゴリラでも束になるか不意をつかないと敵わないような化け物だからな」

 

……逆に束になれば、魔王の幹部に敵うと彼は考えている訳だが。

 

  とどのつまり、今回の騒動をこう言っていた。

 

『ベルディアの件は手に負えないんでそっちに丸投げするね』と。

 

 

「なぁクロ!この剣癖は強いが良さそうじゃないかっ」

「サン、出来ればその剣は金の足しに売りたいから、無闇に触るなよ!」

「えっ、売るんですかその剣!?」

 

 彼はその声に逆に片眉を上げる。

 

「売らない理由がないだろう。あんな剣あのゴリラしか持てないし扱えない、だがアイツは元々自分の上等な剣を持っている。どっかの物好きな貴族が大金で買うだろう。魔王の幹部の得物と聞けば飛び付くと確信している」

 

  ブランドの様なものだ、と付け足す。

 

「せ、セコいです……ファントムさん」

(それもありますけど、そんな大剣を棒切れのように振り回すサンテリアさんって一体...)

  もはやルナからは乾いた笑みしか出てこなかった。

 

  しかしなんとか、なんとかルナは脳内で事態を整理できた。

 

「で、では馬と胴体はこちらで預り王都の本部へと動向を伺います……流石に信じがたいですが。カードに名前も確認されていますし魔王の幹部と聞けば本部も無下には出来ないでしょう……サンテリアさんの名前を出せばある程度の説得力もありますし」

「助かる。本当に……予想通り予想外だったが、俺も驚いてはいるんだ」

「……仕事、ですから」

 

  少しばかり余裕を取り戻せたルナは、礼を言う彼にぎこちない笑みで返した。

 確かに一番現実味が沸いていないのは本人達だろう。

 

「ちなみに、何処まで投げたのか聞いてもよろしいですか?」

「……アイツは王都でさらにゴリラ化したから、正直わからん」

 

ーーひょっしたらイレイシア辺りまで行ってるかもな。

 

「アハハ……まさか、ですよね?」

 

  ルナは再び乾いた笑みを浮かべた。

 

「冗談だ、半分は」

 

  割りと本気で思っていたりする。

 

 ◆◇◆

 

  夜は宴だった。

  撃退とは言っても魔王の幹部。

 報酬自体は引き取りが来て確認するために後日だが、サンテリアが「アタシが奢ってやる」と男前な事を言ったのが発端である。

 女なのに、とは誰も言わなかった。

 

「うぅ...疲れました」

「だからこうしておぶってるだろ、俺の気持ちになれ」

 

ーーそしてそんな宴を終えた後、二人は帰路で歩いていた。

  彼は言葉通り、華奢なヒトミを背負っている。

 

「むしろ女としては軽いくらい言ってほしいんですが...うっ、体中が痛いです」

 

「サンに付いていった上に宴の席でマジックをするからだ、当然だろう。むしろ上出来だ……ところで人の体って二つに分かれるのか?」

 

「まさか、マジックはタネと夢が詰まってるんですよ...それにしてもファントムさんは、あんまり疲れていなさそうですね?」

 

「やつとの付き合いは慣れてたからな……不本意だが」

 

  その言葉に、ヒトミは小さく笑う。

 

「アハハ……お二人はとっても仲が良いんですね?」

「それほどではない。ただの同郷の腐れ縁だ」

 

「……お二人は、どうやって出会ったんですか?」

「ん?何て事はない、クエストの途中に出くわしただけだ」

 

「……本当ですか?」

「何を疑っている?」

 

「いえ。サンテリアさんの性格だと、それだけであんなに信頼を置くかなぁなんて……」

「信頼か……ヒトミ、今日は随分と鋭いな?」

「前世では、人の顔ばかり見てきましたから」

 

 その言葉に、深い嘆息を漏らす。

 

「……ならデュラハンの危険性を察しろ、聞けばそっちの世界にも架空だがいるそうじゃないか」

「その節は本当にすいませんでした」

「……サンテリアに話は戻すが、嘘は言っていないぞ?アイツとのファーストコンタクトはクエストの最中だ……奴は会ったとき、死にかけていたがな」

「え?」

 

 その言葉にヒトミは目を丸くする。

 少なくとも今まで会った冒険者の中で、純粋な力だけで計るなら最も強いとすら思っていたからだ。

 

「今も昔も無茶ばかりする奴だ。アリンも心配していた」

「そうなんですか、それでファントムさんが助けて……」

 

「ーーいいや?無視した」

「え?」

 

「残念だがその時の俺はお人好しなパーティメンバーなんていなかったからな。精々『強いくせに無茶ばかりで勿体無いな』程度に思ったくらいだよ、イレイシアの冒険者なら尚更だ……わざわざ介護してモンスターに襲われるリスクを背負う必要は無い」

「……」

 

  静かになった背中に、彼は言葉を紡ぐ。

 

「だがアイツは帰ってきた、正直感心したよ……そして奴は俺や皆にこう言った」

 

ーー見たか!運も持っている!これが私の冒険さね!

 

「大したバカだよ。そこから少しずつパーティを組むうちに会話程度には親しくなった、わかったか?」

 

「……ファントムさん」

「どうした、幻滅したか?」

 

  苦笑する彼に、間を置いたヒトミは真剣な表情で言った。

 

 

「何で嘘ばかりつくんですか?」

 

 

「っ……なに?」

  彼はピタリと足を止める。

 

「多分、いえ絶対……ファントムさんは、サンテリアさんを救いましたよね?」

「……理解できないんだが、何故そう思う?」

「ファントムさんは、そういう人ですから」

 

「ーー?」

 

 彼には意味がわからなかった。

 それは双方の顔が見えてないから、だけではないだろう。

 

「イレイシアに飛ばされた時。女神様が言ったんです『素敵な出会いがありますように』って……おかしいですよね?冒険者としてなら、何故最初から駆け出し冒険者の街『アクセル』に飛ばされなかったんでしょう?」

 

「ーーそれは俺も思ったが、女神のミスだろう?まだ信憑性は低いがアクアみたいな奴だっているわけだからな」

「私はそう思いません。私は言葉通り女神様が素敵な出会いをくれたんだと、そう思ってます……ファントムさんに会ってから」

 

  彼に掴まる腕が、少し力む。 

 

「はっ」

  それを嘲るように笑った。

 

「アホらしいな、俺はアリンから変な奴がいると聞いて好奇心からお前に近付いたぞ?そこまで神が計算通りだったとでも言うのか?ならばアリンにも嫌疑が向くぞ」

「かも、しれませんよ?」

 

 それは、どういうことだろうか。

 彼は久しぶりに、考える事が嫌になった。

 

「ヒトミ……俺は与太話に付き合うつもりはない。今回のサンと言い、俺はお前に出会ってから俺の計画は散々だからな」

 

  彼は再び、ゆっくり歩き出した。

  ザリザリと石を踏む音ばかりが響くなか、彼はポツリと呟いた。

 

 

「嘘はついていない……悪いとも、思っていないがな」

 

 

「フフフ、ならファントムさんだって同じじゃないですか?」

「黙れ………ったく、相変わらず可愛げもないな。あったらあったらで冒険者には不要だが」

 

そう言って彼は小さく嘆息を漏らす。

 

 

「ーーまぁ、通り過ぎ様に応急道具と予備の地図は落としたかもな」

「!」

 

 その言葉に、ヒトミは安心したように微笑んだ。

 

「それでこそファントムさんです!最初からそう言えばいいのに、ツンデレさんですね?」

 

  耳元で言われ、彼は少し口角をあげる。

 

「……意味は知らんが馬鹿にされた気がするから落とすぞ?」

「ええっ!?やめてください!」

 

  彼はふと、思い出した様に言った。

 

「ヒトミ……マジシャンとしては、調子はどうなんだ?」

 

「絶好調です!アクアさんとは仲良くなって一緒に芸をするようになりました!みてましたか?私達の連携芸!」

 

「それはよかったな...よかったのか?頼むから冒険者と両立してくれよ?」

 

「わかってますよ、それに盗賊スキルの『スティール』にも負けずとも劣らないレベルまで器用になりましたよ?ほら」

 

  そう言ってヒトミは、彼が腰に挿していた筈の余りの菅を指の間に挟んでいた。

 

「!」

 

  彼は目を丸くし、確認しようにも手を離せない事に少しもどかしさを覚えた。

 

「っいつの間に……それは器用とは言わない、手癖の悪いと言うんだ。さっさと戻せ」

「はい」

 

  下らないやり取りだが、二人は笑っていた。

 

 ◆◇◆

 

 

ーーベルディアが帰ってきた。

 

  翌々日の朝、街に『冒険者は門の外に出てください』という焦った少し口調の放送が響き、準備を終えて三人で門の外に出ると。

 

 

『おぉぉぉぉいい!アクセルの冒険者共ぉ!!体を返せやぁぁぁぁ!!!!』

 

  目がただれたゾンビに大事そうに持たれている、ベルディア(兜)があった、いやいた。

  息を荒げている気がする。

  声が出せる点、呼吸活動は怠っていないらしい。

  そもそも必要な事に彼は少し驚いたが。

 

  ギラギラとした紅い双眸で睨んでおり、憎悪に満ちた目で集まった冒険者達を見る。

 

  ふと、カズマが彼に寄ってくる。

 

「ファントム...どうするんだ?事情は聞いてるからめぐみんにも責任があるけど、あれは...どう見ても別件だよな?」

「そうだな。だがお前らのとばっちりだから責任はとるつもりは微塵もない」

 

  無責任な事を彼は堂々と言った。

 

『話は知っているのだろう!?お前ら冒険者の中に俺を憤慨させた奴が多数いる!!頭のおかしい爆発を何度も何度も何度もする奴等と、俺の頭を思い切りぶん投げた奴とその仲間だ!!』

 

  一斉にこちらに視線が向く。

 

「「『潜伏』」」

 

……前にスキルを発動し、二人は人混みに隠れた。

 

 

「……どうするんだよこの状況?」

「迎え撃つしかないだろうな?撃退が無理なら、再起不能にするしかない」

「再起不能って...魔王の幹部だろ?なんか魔王の加護とかあるんだろ?」

「そうだ。部下にも加護がわたっているならばマズイな、少なくともアクセルにいるアークプリーストやプリーストほぼ全員の魔法は効かないと思っていていいだろうな」

『おい!!どうするんだ!?』

 

  二人こそこそ話していると、冒険者の中から一歩でる。

 

「他の冒険者は下がっていろ...私はダクネス!クルセイダーだ、私は仲間を見捨てたりはしない。まずは私を倒してからにしろ!!」

 

  勇ましく一歩前に出たダクネスは、剣を構えた。

  ベルティアが興味深そうにダクネスをみる。

 

『ほぅ……相手が騎士とあらば是非もない。相手しようーーと言いたいところだが、生憎今は体がない。騎士ならば公平な闘いに望むだろう、後にしろ』

「なっ……放置する気か!?お前も私を放置する気なのか!?」

『お前も……?意味がわからないが、後にしてくれ』

 

「……カズマ。お前の仲間、なんか喜んでないか?」

「あのバカ……恥ずかしいっ」

 

  ベルディアを前に歓喜する金髪の女騎士に、訳を知っている者達は呆れた。

 

「なになに、逃げるつもり?プークスクス、体がないと戦えないから待ってとか、魔王の幹部のクセにチョーウケるんですけど!?」

『あぁ!?なんだお前は!』

 

 さらに、そこにアクアが加わった!

 

「カズマ、お前の仲間、煽ってるぞ?」

「何であんな奴等ばっかり俺のパーティに……」

 

  カズマは羞恥に顔を覆った。

 

「私の目が黒い内はアンタらみたいなアンデッドには容赦しないわ!くらいなさい!『ターンアンデッド』!」

『ふ、そんなもの効かなギャァァァ!!!』

 

  ベルディアを持っているゾンビは苦しみ、ベルディアは悲鳴を上げる。

  だが、ベルディアの宣告通り確かに浄化されていなかった。

 

「え!?か、カズマさん!私の魔法効いてないんですけど!?」

 

  折角潜伏していたカズマを見つけて、アクアは声を掛ける。

 

「お前バラすなよ...というかアイツギャァァァって、言ってたぞ?効いてるんじゃないか?」

『お、おかしい...何故、駆け出しの街だろ?なんレベルなんだ、お前?』

 

  ベルティアにも焦りが見える、どうやらかなり彼女の除霊は強力らしい。

 

(にわかに信じがたいが……やはり女神というのは嘘ではないのか?)

 

「『ターンアンデッド』」

『ひゃぁぁぁぁん!!』

 

  再び掛けて苦しみ出す。だがやはり消えない。

 

「おかしいわよカズマ!!本当に効いてないわ!?」

「ひゃぁぁぁぁん、とか言ってるけどな……?」

 

  カズマは首をかしげる。

 

『く、ふ。無駄だぁ!俺に敵う奴なんかこの街にいるわけないだろう!!』

 

  ベルティア(兜)が叫ぶ。確かに頑丈性では敵わない様だ。

 

「いる……ミツルギがいれば!あんな兜だけのやつっ」

 

「ーーえっ?」

 

「そうよ、そうよ!ミツルギさんがいればこの街は安泰だわ!」

「あ、あれ……?」

 

  冒険者達の声に、誰でもないカズマは慌てている。

  目も泳いで汗も凄い、彼はカズマを見て首を傾げた。

 

「カズマ?どうしたんだ?」

「べ、べべべべつに?何でもないですよはい!!」

「?」

 

  あからさまに慌てている。彼は片眉を上げた。

 

ーー実はカズマ、数日前の決闘でミツルギという転生者の特典である剣を奪い勝利。

 

  そしてその剣を売ったのだ。

 きっと今噂のミツルギは自分の得物を探して東奔西走しているだろう。

  そしてそんな事知らない彼等は、他でもないミツルギに希望を持っていた。

 

  そして彼も事情は知らない。

 しかしカズマが何かをしたことだけは察した。

 

  とにかく、今はベルティアを優先するべきだろう。

 彼は潜伏を外し、カズマの肩を叩く。

 

「カズマ、押し付けで悪いがお前は悪知恵や頭が良く回ると聞く……時間を稼ぐから、策を練っておけ」

「え?」

 

  彼はそう言って、ベルティアの元に歩いていった。

 

「……実に二日振りか?ベルディア」

『貴様は……!みすみす出てくるとはな、それで、体を明け渡す気にはなったのか?』

「悪いが行方はわからないな、まぁわかっても渡さないが。お前は魔王の幹部なんだろう……?俺は公平とか気にしないからな、弱っていても倒せば、懸賞金がはさぞ儲かるのだろう?」

『っ、嘗めるなよ弓兵が……!』

 

  すると、ダクネスが惚けた表情から戻る。

 

「なっ。ま、待ってくれないか!?このままでは私の出番が、もとい騎士にやられやがてくっ殺にまでのご褒美が……!」

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

  半目でダクネスを見て、水をかけた。

 

「ひゃぶっ...な、なにをしゅる!?」

「お前は頭を冷やせ。出来れば性根も直せ」

「っ!お前も、カズマには劣るが中々……」

「……」

 

ーー性根は直らなそうだ。

  彼はそう思って、人混みにいるカズマに同情した。

  そして、何故かゾンビと共に少し距離を取っているベルディアに向かった。

 

「待たせたな」

『いいや、それよりもツレはどうした?』

「片方は未だに筋肉痛で、もう片方は別のクエストに出ているよ」

 

  そうなのだ。

 実は昨日までクエストをこなし、ヒトミはサンテリアの無理が祟って流石にダウンした。

 そして、その元凶は未だに暴れていた。

 

 アクセル付近の生態系が滅びないことを祈る。

 

  三人の中でサンテリアの扱いに慣れていた彼だけが、今ここにいるのだ。

 

『そ...そう、か。なんか拍子抜けだな?』

「だろうな。それに俺では以前のお前の相手にはならない、が」

『っ!』

 

  矢がゾンビの脳髄に突き刺さり、勢いで後ろに倒れる。

 

「ーー別に、今のお前は頑丈なだけで脅威でも何でもないな?」

 

  そしてゾンビの手から溢れ、首だけ地面に落ちたベルディアは窮地にも関わらず余裕を見せた。

『グ、まさか俺がノコノコ数人でやって来たと思っているのか?』

「……何?」

 

『お前ら出てこい!!冒険者の悲鳴を聞かせろ!』

 

『あ、アンデットだぁ!!』

 

  その言葉と同時に、大量のアンデッド達が街に向かってやってきたのだ。

  あるものは森に隠れ、またあるものは地中にその身を潜めて。

 

「っち!爆薬を...を?」

 

 その数は目測で数えきれない。

 彼は笑うベルディアを他所にアンデット達に矢を番え。

 

「...きゃぁぁぁぁぁ!!!何で、何で私にばっかり来るのよぉ!!?」

 

「『...は?』」

 

  アクアだけを追跡するアンデッドの群れに、二人の声は重なった。

 

 ◆◇◆

 

『お、おいお前ら?そんな女にばかりかまけてないでもっと他の冒険者をだなぁっ!』

 

  声は聞こえていないのか、聞く耳を持たないのか。

  それともアンデッド故に耳自体が腐っているのか。

  定かではないが、誰もベルディアに従わない。

 

  何故か、例外なくアクアを追っている。

 

「ベルディア、お前人望ないのか」

『う、うるさいわっ!!そんな哀れむ目で見るな!』

(しかし何故……まさか、女神だからか?女神に赦しや浄化を求めているなら筋は通りそうだが……)

 

  彼は一人納得し、そしておもむろに穴を堀り始めた。

 

『お。おい?お前は何をしているんだ?』

「……」

 

  無言で堀り続ける。

 するとなにかを察したベルティアの目が見開かれた。

 

『ま、まさか……俺を埋めようとしているのかっ!?』

「少しは頭が回るようで助かる」

 

『や、やめろぉ!そんな事したら……したら!』

「安心しろ。かなり有名なアークプリーストを派遣されて浄化をされるまでの我慢だ」

 

『どっちにしろやべぇじゃねぇか!!く、クソォ!!お前達ぃ!!俺を助けろぉぉぉ!!』

 

  返事がない、ただの屍のようだ。

  聞こえるのは女神(笑)の悲鳴だけだった。

 

 いや、そこに巻き添えのカズマも加わったが。

  彼は無言で採取用の小型シャベルで穴を堀り続ける。

 

『あ...あぁ...!』

 

  少し同情するレベルで、ベルディアが憐れに見えてきた。

 

「....」

 

  だからと言って、全く手を緩めないのが彼なのだが。

 

  ドォォォォォン!!!と唐突に地が揺れる。

  彼は咄嗟に自分の顔とベルティアの兜を固定のために押さえた。

 

「っ爆裂魔法か……流石の威力だな」

『あれ、爆発はアイツが犯人か……!?というか、ここ本当に駆け出しの街だよな?』

 

  背後ではまとまったアンデッドが、めぐみんの爆裂魔法で一掃されてしまったようだ。

  ベルディアは呆れた事を言う、気持ちは彼にもわからないでもなかったが。

 

 

ーーもはや、ベルディアには仲間すらいなくなった。

 

『っ...は、ハハ!』

 

  すると、何かが切れたようにベルディアが笑いだした。

 

「どうした?とうとうおかしくなったか」

 

  彼が作業の中で聞くと、ベルティアはニヤリと一言。

 

『ーーいやなに。俺はツイているとな、それだけだ』

「?...っ!」

 

  経験か、眉をひそめた数瞬後に背後から全力で警鐘が鳴った。

 

「ファントム!後ろだぁぁ!!」

「!」

 

  カズマの声と共に反射に近い形で大きく横に飛ぶ。

 すると先程までいた場所には穴とは別に大きなクレータが出来ていた。

 

  そして、腕が振り下ろされた黒い鎧が、彼の見開いた視界に入る。

 

「チッ……ギルドめ、ツメを甘くしたなっ。爆発の揺れで縄が緩まりでもしたのか?」

 

  彼は舌打ちする。

 

『フハハ!!剣はないがこれで復活だ!これで貴様らには万に一つ、勝ち目などない!』

「『狙撃・三連』」

『甘い、甘いわ!!』

 

  そう言ってベルティアは機敏に矢をかわして彼の懐に入り、腕を絞る。

 

(マズイ!)

「っ『ライトニング』!」

 

  彼の咄嗟の魔法で眩い閃光が走る。

 

『また目眩ましか、小賢しい!』

 

  しかし二度目では、効果が薄かった。

  ベルディアの拳は振り抜かれ、マトモに彼の胸付近に拳が突き刺さる。

 

「ぐうっ...!!!」

 

  元々、彼はレベルは高くてもダクネスの様に防御に突出している訳じゃない。

 ミシミシと軋む音が体の中で響き、内臓物が一気に逆流する感覚に襲われる。

  そのままくの字を描いて、数メートル吹き飛んだ。

  何度か地面に激突し、片眼鏡が外れ、弓が手から溢れる。

 

「がはっ!」

 

  口内が、鉄の味がする。

 

「……くろぐろ兄さん!?」

 

  遠くから、めぐみんの悲鳴に近い声が聞こえる。

 

『……やはりおかしいな。駆け出しの街の筈だが妙に頑丈な奴ばかりだ。本気で殺すつもりだったのだが、本当におかしいぞ?』

 

「……ぐ、ぉ」

 

 近くから、ベルディアの重い足音が聞こえる。

 彼は動かない。咳き込み、血反吐を吐くだけだ。

 

『だが、もう終わりだ。お前には手間を掛けられたな……だが俺に立ち向かった点に敬意も評し、一撃で終わらせてやろう!』

 

  そう言って、手刀をとばかりに手を振り上げる。

 

 

 

 

「ーーっ」

 

  が、その前に彼が起き上がり大きく腕を横に振るった。

 

『っお前動けて……!馬鹿な!?お、俺の鎧が!』

 

  ベルティアは彼が動けた事。

 そして自分の鎧が斬られている事に目を丸くする。

 

ーー斬れ跡はまるで、鋭利な刃物による物のようだ。

 

(成程な。ベルディアの一撃を致命打から防げたのは、そうか……これのお陰か)

 

そういって、指に挟んだそれを見る。

 

(これは盗難は恐らく無理でも、譲渡は出来たと……そういうことか)

 

  何故、気づかなかったのだろう。

  腹部のポケットの中に入っていたカードは、きっと昨日入られたのだろうと回らない頭でなんとか推測する。

 

(まさかヒトミはこれを見越して?いや恐らく、単なる御守りみたいな感じだろうな……)

 

「どうやら、悪運なら俺も負けてないらしいな」

 

  ようやく、ベルティアが彼の手に持つものに目を向けた。

 

『何だ、それは?』

 

「これか?トランプというらしいぞ……夢の詰まった『マジック』だよ……成程な、本当にアイツは」

 

  ハートが三つあるカードを一瞥し、薄く笑う。

 

「ーー本当にアイツは、手癖が悪い」

 

『俺の鎧をそんな紙切れが……!!』

「なんていったって『超凄いトランプ』だぞ?それくらいは造作もない」

 

 そう言って、彼は不敵に笑う。

 

「……それに俺にばかりかまけていていいのか?」

『死に損ないが!何を訳のわからないことをっ!』

 

  ベルディアは再び腕を絞るが、彼は小さく息を吐き笑う。

 

「視野が狭いのは、戦闘に身を置く奴として致命的だと言っているんだ。二度目だし、戦闘の基本だろう?」

『!』

 

  彼の紅くなった瞳の先には、ベルディアに手を向ける青年の姿があった。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

『む!?』

 

  ベルディアは攻撃を中断し、生み出された水から大きく回避する。

 

「水だぁぁぁ!思い切り浴びせてやれ!!」

 

  カズマが、吠えた。

 

 ◆◇◆

 

  彼は痛みに耐えかねて倒れ、仰向けに青空を見ていた。

 

(クソ...俺は、冒険者は、脆いな。攻撃にも防御にも特化できず、魔法もロクに使えない)

 

  サンテリアやダクネスなら、先程の攻撃も大きなダメージにならなかったであろう。

 

  しかしトランプを用いても、かなり致命的な一撃となっていた。

  少なくとも先程まで余裕を出していたフリをしていたが、動く余裕はもうなかった。

 

「情けないな……はぁ」

 

 

『……くっ、くそ!やめんか!!』

「『クリエイト・ウォーター』『クリエイト・ウォーター』『クリエイト・ウォーター』!くそ、当たらねぇ!!」

 

  目を瞑れば、冒険者達の喧騒が聞こえる。

  痛みが鈍くなり、意識が遠退く。

 

 死ぬわけにはいかない。

 強くなる為に、他でもない自分が胸を張れるように。

 

 しかし……もし死ぬのならば。

 

(ヒトミの様に記憶があって違う世界に行けるのなら、これを教訓にでもするとしよう)

 

  そして、全身に倦怠感が襲い、力が抜けた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

『貴様らぁぁぁぁ!!』

「ん?」

 

……そして、再び喧騒が彼の耳に届く。

 

 

「お~い、あ。目が醒めたわね?」

 

 目を開けると頭上に青い髪の、カズマのパーティの一人がいた。

 まるで、朝御飯が冷めるからとベットから起こす様な。

 そんな緊張感の欠片もない声色で彼を呼ぶ。

 

  そして彼女の覗きこむような仕草に、彼は目をパチパチと瞬きする。

 

 

「俺は、死んでないのか?」

「痛みで気絶しただけよ?長い間放置したら死んだかもだけど治したわ……まぁ私の手にかかれば死人も生き返るけどね!」

 

「......?」

 

  彼は理解できなかった。

  一般的な倫理観とかも兼ねて。彼女の発言が。

 

 

「……とりあえず、直ったんだな?」

「そうよ?」

 

  そういわれて、彼は両手、腹部、両足と順に見る。

  確かに傷は消えている、固まった血で見にくいが。

 

「そう、か。動けるな...よし、避難するか」

 

  立ち上がり歩こうとすると、アクアが半目で言った。

 

「アンタ中々切り替え早いわね……まぁいいわ。ヒトミによろしく言っておいてね?」

「あぁ。わかった、感謝している。礼も後でしよう」

 

礼、という言葉に目を輝かせる。

 

「やった!期待していいのよね!?」

「過度なのはするな……早くカズマの所に行ってやれ、奴ならお前を有効活用してくれる」

「むっ、その言い方はまるで私が使えない子みたいで癪ね...ま、お礼とヒトミに免じて許してあげるわ!じゃあね!!」

 

  アクアは手を振りながらカズマの元へ走っていった。

 

「……女神、か」

 

  彼は小さく息を吐き、落とした弓と眼鏡を拾う。

  弓は無事だが、片眼鏡はその限りではなかった。

 

「……割れてるな。まだ予備はあるが、近い内に新しいのを買うか...」

 

  そう言って、街の中に移動しようとする。

  カズマとアクアは現在口論しているが、恐らく大丈夫だろう。

 

 

(しかし、なんだ。今回はヒトミに助けられたな......固定したパーティを持つのも、ひょっとしたらーー悪くないのかもな)

 

 胸から沸き起こる新鮮な感情に、自分は本当に変わったと呆れる。

 ベルディアだって、普通なら自分が知恵を振り絞って活路を見出だすか、一人離脱していただろう。

 

 なのにそうしなかった……何故かは、まだ彼自身わからない。

 

「大丈夫だろう。彼等なら」

 

  彼はフッと小さな笑みを浮かべ、立ち去ろうと門に向かい。

 

 

 

 

 

 

「『セイクリット・クリエイト・ウォーター』!」

 

「........は?なんだとぉっ!?」

  間抜けな声と共に、彼は地上で波に呑まれた。

 

 

 

 

  その日、アクセルは未曾有の水難に襲われた。

  全く、大丈夫ではなかった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

  翌日

 

  ギルドの席に、ヒトミとサンテリア、そして彼が座っていた。

 

「ファントムさん災難でしたね……私なんてカナヅチで泳げもしませんよ?」

「そこじゃないだろ論点」

「全く二日で帰ってくるとは、アタシの投げが甘かったな……」

「だからそこじゃないだろ論点」

 

  結局。

 アクアが弱点である水攻めで弱ったベルディアに『セイクリット・ターンアンデッド』と呼ばれる高位浄化魔法を浴びせて倒した。

 

  ベルティアの討伐報酬をMVPとしてパーティリーダーのカズマには二億エリス、そして確認の者が来て水難に一悶着を通した後、結果功労者として彼に一億エリスが入った。

 

ーーそして、即座に飛んでいった。

 

 なんでも、例のアクアが大量の水が原因らしい。

 それが街に入り込み入り口付近の家々が流され損壊。

 洪水を被って弁償額は三億四千エリス。

 

  彼とカズマの分を合わせてもマイナスだった。

 

 ……アクアの貸しが、思ったよりも早く返せたといえば聞こえはいいが、流石に額がおかしい。

 

「金にそこまで拘っている訳じゃないが......はぁ」

 

  彼は大きく嘆息する。

  金は多くても損はない。

戦闘の幅も増え、道具も新長出来るからだ。

 

「アハハ……凄い音に窓を開けたら外が水びたしで驚きました」

「アタシは結局新しい武器手に入れてラッキーだぜ!頑丈だしな!」

 

  そして武器に拘りのないサンテリアは、背中の黒い大剣に御満悦の様だ。

  結局、武器は変えることにしたらしい。

 

「それに……アタシは王都に帰るよ、今回は諦めてやるさね」

「?ほぅ、俺としては助かるが何があった?いややっぱり理由はいいから剣を持っていこうとするんだから手切れとしてもう二度と来るなよ?」

「殴るぞ……まぁ、お前に頼っている節があったのは事実さね。それに今のアンタにはヒトミもいるしねぇ。そしてこの剣に免じて……アタシはもう少し、王都で頑張ってみるよ」

「.....そうか」

 

(素直に俺の力を頼らずに自立すると言えないのか?)

 

  そう思ったが、疲れもあって言うのは止めた。

  ようやく筋肉痛から解放されたヒトミは応援する。

 

「サンさん!頑張ってください!サンさんの良さは私がよく知ってます!」

「ありがとねぇ、ヒトミ……いつか王都でパーティ組めるのを待ってるよ。いや、王都でマジックで驚かせてやんな!あとサンさんはやめておくれよ」

「っはい!」

 

  二人の仲はさらに深まった様だ。

  なんやかんや、ベルディアのお陰で得たものもあった。

 

  サンテリアは剣と精神的成長をクエストを通して学び。

 

 ヒトミは変わらず二人に追い付くことを目的としている。

 これからさらに常識と実力をつけていくだろう、彼によって。

 

……と言ってもベルディアの二戦目は二人とも欠場したのだが。

 

 

  余談だが、ベルディアの馬は引き取られた。

  主であるベルディアと一緒に消えるとかではなかったらしい。

 

 

「借金は無いが。骨折り損だな...本当に」

 

  彼は嘆息を漏らす。

 

 

 

『ーーいつか、私に追い付いてきてね?』

「..........」

 

  ふと、彼女の言葉が脳裏で再生される。

  長い金髪を靡かせて、ニッコリと彼に笑みを掛けた彼女。

 

 

 

  あぁ、彼女にはいつこの手が届くのだろうか。

  冒険者でありながら弓を目指すきっかけをくれた、彼女に。

 

  恋慕でなく、純粋な憧れを彼に抱かせた彼女にーー

 

 

 

 

「おれ頑張ったのに!!」

 

…………。

 

  まぁ。

 今回一番の苦労人が一番損しているのは間違いないのだが。

 

「もう嫌だぁ!こんなろくでもない世界から脱出してやる!!」

 

  ギルドに、その不遇な青年の声が響いた。

 

 

  ベルティア篇【了】




ベルティア強いはずだよな...?
原作もアニメも愉快にやられていたけど。
結論、ベルディアとカズマには同情。

次回はいつかな...二日後を予定します。


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この引っ込み思案に催眠を!前篇

「...文字数多いならきりよく分割すればいいじゃん?」
作者は分割を覚えたようです。

ので今回は七千字程度。


二月三日
『洗脳』となっていたものを『催眠』に直しました。


「……カズマが『キールの洞窟』に行くから、一時的にパーティに入れてほしい?」

「そうなのです!」

 

  それは、唐突だった。

 

  彼がいつもの通り朝の習慣を終えギルドでヒトミを待っていると、めぐみんが話しかけてきたのだ。

 

  それはまだいい。

問題はその話の内容にあった。

 

  彼は小首を傾げる。

 

「何故だ、パーティなんだからカズマと一緒に行けばいいだろう?」

 

  めぐみんは鼻で笑う。

 

「ふっ。わかってませんねくろぐろ兄さんーー洞窟内では爆裂魔法が撃てないではないですか!?」

「やめてしまえネタ魔法」

 

  彼は目をクワッ!と開けためぐみんに半目でツッコミをいれた。

 

  確かに巨大な爆発を起こす爆裂魔法は狭い室内や洞窟内では使えない。

 その威力による爆風もくらう可能性があるからだ。

 

(屋外でも無駄に大きい爆音とオーバーキルが過ぎるがな...)

 

  ならば屋外か、と言われればそういうわけでもないと彼は内心で吐露する。

  確かに離れていれば爆風等の圧は来ないが、爆音のお陰で付近のモンスターを呼ぶような形で集めてしまうのだ。

 

  その間、めぐみんは連れがいなければ魔力不足で動けない。

モンスターがもしも頭がよくて器用なら煮たり焼いたり好きにできるだろう。

 

  それにアークウィザードで、紅魔の里でもかなり優秀な部類のめぐみんが、魔力不足である。

 

  爆裂魔法がネタ魔法と揶揄される所以であった。

 

  故に、彼は呆れた顔で応えた。

「勿論断る。何故アクセルまできてお前に構わなくちゃいけないんだ...それにヒトミもいるんだ、負担が倍増する」

「むっ、まるで私がお荷物の子供の様じゃないですか!?」

 

「十二歳が何をぬかす...昔食べ物を恵んでとせがんだのは誰だ?」

「うっ」

 

「超低所得のお前の親父さんの魔道具数個を、知恵を振り絞って買い有効活用したのは誰だ?」

「うっ!」

 

「というかそもそも、冒険者でもなかったお前が食料を求めて森に行き、保護したのは誰だ?」

「うっ!!」

 

  めぐみんは胸と眼帯の付けた左目を押さえ始めた。

 

「胸が苦しい、私の封印された力が……!」

「喧しいわ」

 

  彼は嘆息を漏らす。

 

「諦めてカズマに付いていけ..…そうだな。爆裂魔法の決め台詞やポーズでも考えてろ……ほら、時間の有効活用だろ?」

 

  それを聞いて、めぐみんは顎に手を置く。

 

「むっ……確かに。それは少し、いやかなりいい提案ですね!うまく丸め込まれてるようで癪ですが」

「どうせなら求め続けろ。全てを放ってまで爆裂魔法を極めようとするなら、半端や妥協は嫌なんだろう?」

「そう、ですね!カズマ~私も付いていきます!そして新たな爆裂魔法の境地へと……!」

 

  そしてパーティメンバーの名前を呼びながら走り去っていった。

 

「なんとかなったな。やはりまだ子供だ」

 

(ヒトミですら制御できないと言うのに...これ以上増やしてたまるものか)

 

  彼は安堵の息を漏らした。フラグが立ったとも知らずに。

  バァン!

 

「ヒトミか、今日はいつもより遅....っ」

 

  ドアが開き、彼は見慣れたパーティメンバーに手を上げる。

 

「ファントムさん!今日はゆんゆんちゃんも一緒に冒険させましょう!」

「あの...よろ、しくお願いしましゅ!」

 

  安堵の息から一転、彼は再び嘆息を漏らした。

 

 

 ◆◇◆

 

 

  クエスト『ゴブリンを二十体倒せ』

 

  遠方で、八体ほどのゴブリンの群れを発見した三人。

 

  ゆんゆんはおどおどしており、ヒトミは爛々と目を輝かせて、そして彼の目は力が無かった。

 

(やけに、今日は紅魔族に縁がある...厄日か?)

 

  なんでも、ゆんゆんはしばらくの間修行をしていたそうだ。

 スキルの熟練度や使いかたの再度確認、距離の取り方から様々と。

 

  そして、朝に帰った時に姿を見ないと心配していたヒトミに捕まった。

 

(戦闘よりもゆんゆんは磨かなくちゃいけない物があるだろ)

 

  勿論言葉には出さない、今はゴブリン狩りを優先する。

 

「今回は俺は手を出さないから、お前らだけでやってみろ。慣れた小鬼とは言ってもレベル上げにも戦闘経験にも繋がるからな。危険ならアシストするからヒトミは今まで通り、ゆんゆんは...悪いが知らん。まぁ、各々の闘い方でやってみろ」

 

  そう言って彼は、ゆっくりと背中から弓を取り出した。

 

「私も新しいスキルを沢山習得しましたからね!殆んど戦闘向きじゃありませんが!」

「わ、私は...足を引っ張らないよう頑張ります……っ」

 

  ヒトミは嬉々として、ゆんゆんはひょこひょことヒトミに付いていく。

(ーーヒトミの発言聞き捨てならないんだが)

 

  二人の背中を見て、ふと彼は思う。

 

(まるで姉妹だな...ハキハキした姉に引っ込み思案の妹。黒髪もあって違和も感じないな)

 

  となると、自分は兄だろうか。

  勝手に想像して苦笑する。

 

(...ごめんだな、あんな何するかわからないじゃじゃ馬達なんて頼まれてもゴメンだ。それに、兄より保護者に近いだろうしな)

 

  辛辣だが、めぐみんが加わるとじゃじゃ馬からデストロイヤーに化けるのでまだ可愛い方だが。

 

 

  機動要塞デストロイヤー。

  天災レベルの制御の効かない巨大なゴーレムの名称である。

  通りすぎた場所はアクシズ教徒以外は残らないと呼ばれるほどの凶悪さ、魔物も人間も区別なく破壊し、さらに智者が振り絞った大掛かりな策も無に帰す、もはや自然災害の域である。

 

  にしても。

(それでもくたばらないアクシズ教徒は、ベルディア同様に加護でも与えられているのか?)

 

  ふと、彼の頭の中にとある水色の髪を持つ冒険者が過る。

 

「だとしても、金を積まれても入らないな」

 

  いつか、アクシズホイホイでも造られる事を期待して、彼は敵を発見し仲間を呼んで、ヒトミ達を囲もうとするゴブリン達に数本の矢をつがえた。

 

「は?」

 

  そして....放つことは無かった。

 

 ◆◇◆

 

  それは、ゴブリンと対峙する少し前のこと。

 

「フフフ……私の新スキルを見せるときです!」

  そう言って、ヒトミはある物を取り出した。

「ヒトミさん……それは?」

  ゆんゆんが首をかしげる。

 

  そこには。

  円形で真ん中に穴が空いた鉱石に糸を吊り下げた、どこか変な形の道具があった。

「新しく覚えたスキル……『催眠術』です!」

「さ、催眠術ですか?」

 

  ヒトミは胸を張って高らかに言った。

 

「そう催眠術です!他にもスキルは得ましたが今日はこれでいこうかと」

 

「で。でも、どうするんですか?」

「こう言ってはなんですが。ゆんゆんさんは、人付き合いが苦手ですよね?」

「っはい」

 

「それはつまり『自信』がないからですよ!ゆんゆんさんは強いし優しいので、自信さえ持てれば立派な冒険者になれると思うんです!」

「は、はぁ。それで、私はどうすれば...?」

 

「この揺れる鉱石をじっと見てて下さい...ゆんゆんさん、貴女はだんだん自信が湧く……自信が湧く……」

「はえぇ……!?自信が?……自信が……」

 

  どうやら、味方にかけるスキルの様だ。

  ゆんゆんから徐々に瞳からハイライトが消え、ブツブツと呟き始める。

 既に危ない匂いがするが、彼がいないためにツッコミ役もいない。

 

「今から数を数えて、手を叩きます。そしたら貴女は自信まんまんの女の子になっています……」

 

 

  さん、に、いち……パン!

 

「っ!」

 

  すると、ゆんゆんがビクリと肩を震わせて、瞳に色が戻る。

 

「せ、成功ですかね?」

 

  ヒトミがおずおずと聞くと、ゆんゆんは戸惑った様に答える。

 

「わかりません、わかりませんが……」

 

  ゆんゆんはそう言って、ゴブリンのいる方向に歩きだした。

 

 

「ーーなんか、いけそうな気がします」

 

  その瞳は、何にも揺らがないなにかがあった。

 

 ◆◇◆

 

「......」

 

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

『ギャァァァ』

 

  見ると目が紅く光り、仮面のように無表情なゆんゆんの手が剣のように白く輝き、それでゴブリン達を斬り倒していた。

 

  地を蹴り、武器を振りかぶるゴブリンの視界にも留めさせない。

  一匹を斬り、さらに踏み込み反動をつけて振り返り様に裏拳の要領でさらに一匹。斬った回転を利用してさらに二匹。

 

  踊るように、舞うように斬り伏せる。

  とてつもない勢いでゴブリンが数を減らしていく。

  そして十数秒後には、その場には立っているゴブリンはいなくなっていた。

 

「……」

(ライト・オブ・セイバー……は、確かアークウィザードが使える上級魔法では?いや、確かにゆんゆんはアークウィザードを職業にしていたはずだが……)

 

  魔法使いというよりは、狂戦士に近い立ち回りだった。

  彼は、素直に戸惑っていた。

 

「え、と……ゆんゆん、ちゃん?」

「ヒトミさん、無事で良かったです」

 

  倒れ伏すゴブリン達から向き直り、淡々と言い放った。

 

 

 

「……ふむ」

 

  彼は片眼鏡を外し、丁寧に拭き、もう一度かける。

  間違いない、ゆんゆんである。

 

  『闘いにおいて相手に間を与える事をしない、動じない』

 と胸に決めていた彼が、パチパチと何度も瞬きした。

 

(俺の知っているゆんゆんは...もう少し小心で、他人とのコミュニケーションが苦手な……)

 

「誰だ?あれ」

  彼から思わず出た失礼な一言を、誰が責めようか。

 

「……ヒトミ、か?修行だけであんなになるとは到底思えない。マジシャンのスキルなら、もしかしたらあるのか?」

 

  彼は思考を放棄しようとした頭を動かして、目で見たもの、耳を澄ませて聞こえた情報から推測する。

 

(相手の心を読み心から楽しませると前にヒトミはいっていたな.....精神支配?そんな真似をヒトミがするとは考えにくい、支配よりも、どちらかと言えばきっかけを与えたーーそんな感じか?)

 

「後で聞くか……しかし、どの結論にせよやはり戦闘向きじゃないロクなスキルしかないな……マジシャンは」

 

  そう言って嘆息混じりに息を吐きげんなりする。

 

『……』

 

  一匹のゴブリンが、そろりそろりと彼の背後に回るが。

 

『ギャッ!』

 

  彼は振り向き様に抜いていた腰の短剣を投げて額に命中させた。

 

「残党か、訂正しよう……『ナイフ投げ』は教えてもらって得だったな」

 

  何気無く使えそうなスキルは吸収しているのが彼らしいが。

 

 ◆◇◆

 

  どうやらゴブリンが仲間を呼んで数を稼いだ間に目標に達していたらしい。

  三人はギルドに帰ってきて、以来達成の報告をしてきた。

 

  そして、今。

 

「それが、あれですか?」

「そうだ。あれだ」

 

  そう言って、洞窟から帰ってきていためぐみんと彼は視線を向ける先には。

 

「ありがとうヒトミさん。私、目覚めました」

「それは良かったです!私のスキルも効いてるみたいでよかったです!いつもゆんゆんちゃんは自信を持てば出来る子だと確信していましたから!」

 

  向かいの席でガッシリと手を握り合うゆんゆんとヒトミの姿があった。

  その言葉に、彼は二人の元に向かう。

 

「催眠。やはり故意だったのか、ヒトミ?」

「う...はい。ずっと一人で...その、可哀想だったので」

「だがせめて、本人の意思を聞くべきだったろう?」

「そうなんですが...」

「ーーヒトミさんを責めないで、兄さん」

「……ん?」

 

  彼はゆんゆんの手を前に出され制止させられる。

 

「話を聞いたら、私はきっと断っていたわ。前の私は弱かったのよ、そう。一人であることに自信も持てず、かといって誰かと組む勇気もない。ヒョロヒョロとしていた甘えん坊だったのよ」

 

  流石にめぐみんも事を悟ったみたいだ。

 

「ゆ、ゆんゆん?何だか口調まで変わっていませんか?」

「気にしないでめぐみん。これが今の私なの、いえ。むしろ変わった事で本当の私になったのよ!例えるならそう!真ゆんゆんとでも言ったところなのよ!」

 

「おい?ゆんゆん?」

(おかしいぞ?これは……)

 

「一皮剥けた私には、敵なんていない!」

(おやおや?おかしいですね、これは……)

 

「そう、私は。いえ我が名は……」

(あ、あれ?良かれと思ったんですけど、これは……?)

 

 

  ゆんゆんはマントを翻し、掌で顔を隠すように覆いながら指と指の間から紅い双眸を覗かせる。

 

「そう。我が名は真・ゆんゆん!族長の娘にして、生まれ変わった女!!」

 

  女、おんな……と酒場にエコーし、ふと静寂が訪れる。

 

 

  気まずい沈黙の中、彼とめぐみんは内心で驚愕した。

 

((ーーこ、紅魔病が発病してるだと……っ!?))

 

「これは、やり過ぎましたかね?」

 

  ヒトミも乾いた笑みで、首をかしげた。

  しかし、真・ゆんゆんは止まらない。

 

「こうしちゃいられないわ!今の私なら何でも出来る、デストロイヤーですら倒せる気がするわ!」

「……いや、それは無いだろっ。て、おい?何処にいく?」

「決まってるでしょ兄さん!クエストよ!」

「なっ……!?あの受付嬢に話しかけられずに、逆に話かけられるまで三時間は待つゆんゆんが自分から行くですと!?」

 

「ーーゆんゆんもそうだが手伝ってやれよお前」

 

  それもそれで悲惨だと彼は思った。

 

「今なら三分で行ける気がするわ!」

「それでも三分かかるのか。もはや自信の類いじゃない別の病気じゃないかそれ?」

 

  彼はベンチから立ち上がりゆんゆんを引き止めようとする。

 

  ピタァッ……

 

  が。ふと冷静になり、過去を振り返ってみた。

 

 

 

 くろぐろ兄さん!後十七時間だけ!十七時間だけこのゲームに付き合って!!

 

 

 くろぐろ兄さん、恥ずかしいからあんまり見ないでよ?仲良くなるために個人情報まとめたノートなんて面白くないでしょ?兄さん?どうしたのそんなよくわからない顔して、兄さん?

 

 

 ……兄さん、モンスターとか悪魔って話せるのかな……?

 

 

 

「......」

 

  彼は、動かない。

 

「くろぐろ兄さん?どうしたんですか?」

「……ファントムさん?」

 

  二人の呼び掛けに応えるように。

  ようやく彼は手を降ろし、振り返る。

 

「正直……あの方が周囲にも本人にも良い気がするんだが」

「「……」」

 

  なんやかんや今のゆんゆんは生き生きしているのは言わずもがな。

 

  二人は否定しなかった。

 というか出来なかった。

 

 ◆◇◆

 

「……ゆんゆんは森の方に行ったそうだ、それも今受けられる最大難易度の依頼を受けてな」

 

  ルナにゆんゆんを行き先を聞き、二人の元に帰ってきた彼は大きく嘆息した。

  ヒトミの目が見開かれる。

 

「そ、そんな...!危険です、今すぐ助けに!」

「短絡的だな。それに勘違いさせたなら詫びるが、ゆんゆんなら工夫をすればこなせる程度の依頼だ...大体はサンが居たときに終わらせたからな?」

「そう、ですか。ならば今までのゆんゆんなら恐らく平気でしょう...ですが、あのゆんゆんなら...未知ですね」

 

  めぐみんの顔が険しくなる。

  彼も軽く顎を引く。

 

「今お前が勝負をしても、手の数で間違いなく負けるだろうな...それに。今のゆんゆんは自信が付いた、というよりは『過信』に近い雰囲気もある...実力がある程度あるぶん、厄介だな。早死にするタイプの典型だ」

「そんな!」

「お前も良心でやったんだろうが、説教なら後だ...確かに今のゆんゆんは人間性は一般に近いが、放置するには不安要素が多い」

 

  彼は二人に向く。

 

「結論から言うが。さっきはあんなことを言ったが俺はゆんゆんを止めに行くぞ……死なれたら目覚めも悪いしな」

「へぇ……本当はゆんゆんを救いたいですよね?たまにありますよねくろぐろ兄さん、そういうところ」

「めぐみん。ちょっと行って爆裂魔法放ってこい、使えるだろ?二時間後くらいに体なら拾ってやる」

「ごめんなさい口が過ぎました!」

 

「なら私も行きます!今回は私の責任です、私がまた催眠で...」

「なら、お前はゆんゆんを倒せるのか?」

「っ」

「言っておくが、ゆんゆんは持つスキルと能力ならアクセルで五本の指には入る。それに半端な自信がつくから厄介なんだ.....殺しと戦闘不能が全く違うように、まず勝負にならない。それでもやるなら止めはしないが、万が一があっても俺は助けない」

「それはっ」

「……くろぐろ兄さん、言い過ぎでは?」

「悪いな。だがヒトミ、お前は短絡的な面が見られる....本人が満足しているから?よかれと思って?全ての善行は自己満足だとしても、ここは異世界だ。いつも言っているが『死』が直結する世界だ」

 

  一息置き、彼は言葉を紡ぐ。

 

「俺も間違う。だからこれ以上偉そうに言わないが...少しずつでいいから、確実に知っていけ。そして俺が間違った時、お前が俺を叱れるようになれ」

「……はい」

 

(くろぐろ兄さんの眼が若干紅い。紅魔病って伝染するんですね……?)

 

「それでくろぐろ兄さん、行くんですね?」

「無論だ。ゆんゆんを戦闘不能にして催眠を解く」

「ならライバルたる私も「止めておけ」...はい?」

 

  言葉を遮られる。

 

「憶測だがゆんゆんは話を聞ける状態じゃない。爆裂魔法を放ったところで巻き添えと二次被害が俺は怖い。つまりめぐみん、お前は邪魔だ」

「酷くないですか!?」

「相手は俺だけでやる。その後でならなんとでもしてくれ...ここまで言っておいて俺も一つ我が儘を通したいんだ。それくらいの実力ならあると自負している」

「我が儘、ですか?」

「あぁ」

 

  ヒトミの疑問に、彼は頷く。

 

「あの小さかったゆんゆんがどれくらい成長したのか、一人の同郷としての好奇心さ」

 

  彼は薄く笑って、驚く二人をよそに言葉を続ける。

 

「......もしかすると、あのサンテリア(ゴリラ)よりも厄介な相手かもしれないしな」

 




次回
ゆんゆんVSファントム


約七千字じゃあ物足りない!
と感じるなら感想で一言下さい。

...とはいっても、実はデストロイヤー篇で完結予定ですがね。
書き溜めは五話目を過ぎてからとっくに無いのです。

あ、後編は明日投稿です。


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この引っ込み思案に催眠を!後篇

感想欄で六千字前後が良いって結論を出したんだ...。
でもあれこれと付け加えると文字数が増えるんだ...。

そして気づけば約九千字...ふむ。
さては作者反省してないな(遠い目)?
...至らず色々とすいません。


 夕暮れの森の中、彼はふと考えていた。

戦闘に備えて行う黙考とは全く別の、ふと頭に湧いた疑問を咀嚼するような、そんな思考だった。

 

 

  もし自分が彼女(あの人)に出逢わなかったら、ゆんゆんをどう思っていたのだろう、と。

 

  彼は魔力の才能が無かったが、だからと同郷の彼等から侮蔑の視線を当てられた記憶は彼には無かった。

 むしろ一部から羨ましがられる始末である。

その当時のまま自分が育っていたら。

 

  弓を使う彼女に憧憬の念を抱かなかったら、自分の常識に疑いを持たなかったら。

 

今の自分を、紅魔族の行動や仕草に羞恥を感じるゆんゆんをどう思っていたのだろう。

  自分を棚にあげて、変わり者と揶揄していたのだろうか?そもそも冒険者ではなくて、別の道に進んでいたのだろうか。

 

  それとも.....

「バカらしいな。どうした?『もし』の話は嫌いの筈だろう?」

  彼は苦笑して、自問する。

 

「全く。二十を過ぎても、昔と大して変わらないものだな」

つまらない間違いを繰り返し。

無い才能を妬んでも何も出ないとわかっていて尚、内心で抑えきれてないものがある事も。

 

「本当ならヒトミを叱りつける立場でも無いだろうに...いや。やはりヒトミはやりすぎだが」

  彼は自嘲する。

(...まぁ、悪くないがな。アイツから学ぶことも多い)

  彼はふと歩みを止め、顔をあげて呟いた。

「さて.....ゆんゆん。才能に溢れたお前は、それで何を得たんだ?」

  視線の先は、地面に伏す巨大なモンスターの上に乗るゆんゆんの姿だった。

 

  ゆんゆんは彼に気付き、小首をかしげる。

「あれ...兄さん?何でここに?」

「逆に聞こう、何しにここに来たと思う?」

  からかうように、まるで擽るように笑って言葉を放った。

 

「.....まさか、私を止めに来たの?なら邪魔しないで。兄さんでも承知しないよ」

  一気に敵意を示したゆんゆんに、彼は小さく驚く。

「ほぅ、賢くなったな...そして、やはり力づくだな」

  彼はそう言って、ゆんゆんの敵意を飄々と迎えた。

 

「「...」」

 

  二人の間に、沈黙が降りる。

間を置いて、ゆんゆんはそれを鼻で笑った。

「力づく...いいの?兄さんと私だと、レベルがあってもステータスでも敵わないんじゃない?」

どこか下に見るゆんゆんに、彼は笑う。

「ほぅ?お前は自信がつくと口まで達者になるのか。そうか...」

  彼は息を吐き、握っていた弓を構え矢を番えた。

「歳上にそんな口をきく。そんな奴には、痛いお仕置きが必要だな?」

 

  その言葉に、ゆんゆんはさらに嗤う。

「やれるの?面白い冗談だね...兄さんの背中を見て、私も兄さんみたく強くなろうって頑張ったんだよ。兄さんはまるで本当の兄さんみたいに接してくれて...嬉しかったし、羨ましかったよ?だから兄さんの事はわかってるつもりなんだ」

「そうか」

「っ」

  バシュン!

  彼は矢を放ち、ゆんゆんはそれを体を翻して避けた。

 

「ならば尚更、加減は出来ないな」

 

  しかし、ゆんゆんは眉を寄せる。

「何、今の。狙撃のスキル...無しで?」

彼は不敵に笑う。

「まさか反抗期のじゃじゃ馬に本気(スキル)が必要だと?全力だが、本気は出さないさ」

「っなめないで!『ライト・オブ・セイバー』!」

  ゆんゆんは接近して光剣を縦に斬ろうとする。

が、その前に矢が頬を掠めた。

 

「...ぇ?」

  ゆんゆん本人はどこか他人事のように、空いた方の手でそっと流れる血を傷口に沿うように指先で撫でた。

 

「弓使いにとってここは射程距離だ。そして、今のは牽制のつもりかゆんゆん...偉くなったな?そこまで余裕があるまで自信を持ったのか」

「兄、さん」

「俺にスキルを使って欲しいなら、わかるな?自信がついた程度(・・)で勝てるなら転生者も勇者なんていらないだろ」

冷たい口調で、言い放つ。

 

  彼の瞳は、静かに紅くなる。

  彼の奥底でふつふつと煮える、

  表面の冷静さと逆に明確な怒りを表していた。

「そして俺はお前にそんな背中を見せて、お前は羨ましがったのか...?俺の事を知っているなら、今のも避けれたはずだよな?」

 

  そんな棘のこもった発言に、ゆんゆんもようやくスイッチが入る。

「っ...兄さん、本気なのね?」

「目で見えた事を把握できず、聞かなくちゃわからないのかゆんゆん?なら、次はその使えない目を狙わせてもらうっ!」

  彼はそう言って矢を放った。

  宣言通り、その矢はゆんゆんの目に向かい。

 

  ギィン!

  と、手の光剣に弾かれた。

「やれば出来るじゃないか?ふむ、牽制をしようと思える程度には実力はついていたらしいな」

「...」

  決意を固めたゆんゆんの瞳には、彼が映っていた。

 

  その彼は、片眼鏡をしまった。

「ふざけないでよ!?」

さらに眉を寄せるゆんゆんに小さく笑う。

「勘違いするなよ?この距離なら裸眼の方がよく見えるんだ...来い。お前の尊敬する奴がステータス(才能)ではない経験(努力)の差を教えてやろう」

(さて、挑発も良い頃合いか)

  かなり紅魔病が出ているが、ツッコミをいれる者はいない。

 

「来い、ゆんゆん」

「!っ」

  ゆんゆんが地を蹴り、一気に接近して光剣を横に薙ぐ。

  しかし彼はそれをしゃがんで難なく避けた。

「はぁ!」

  するとゆんゆんは軸足を立てて、薙いだ反動をつけて回転し追撃をしようとするが。

 

「甘いな」

  彼はその間に軸となった細い足の首を蹴った。ゆんゆんはバランスを崩し転倒しそうになる。

尻餅を着く前に、ゆんゆんは歯噛みし次の手を打った。

「くっ...『ブレード・オブ・ウィンド』!」

  それを唱えた瞬間、ゆんゆんの光剣が消えると同時に手の周辺に風が纏われ、ゆんゆんが手刀を振るとそこから風の刃が彼真っ直ぐに飛んできた。

 

「ちっ」

  彼は舌打ちをして刃をかわしながら後ろに跳躍して距離をとる、その間に矢を二発放つも既に体勢を戻したゆんゆんに全て避けられた。

(...これも避けるのか。めぐみんがいなければ...アクセルにいる輩じゃないだろうに)

 

「くらえ」

  そう思いながら彼は宙から着地し、流れるような動作で腰のバックパックに挿していた菅を取り出して投げた。

 

  真っ直ぐとんでくるそれに、ゆんゆんは歯噛みする。

(刃物ですらないなんて....マトモに傷付ける必要もないって言うの!?)

「っなめないで!」

  ゆんゆんはそれを風の刃で斬った。斬ってしまった。

 

「なめるなよ?俺は確かに全力と言ったはずだ」

  それが、何かを知らずに。

 

「...っえ!?」

  そして割られた菅によって、ゆんゆんの視界は大量の黒い煙に覆われる。

(他に機能を付けようとしていた試作だが...勿体無いは、出し惜しみだな)

「さて、煙幕に紛れても動かなければ場所は把握しているぞ?トドメだゆんゆん」

彼はそう言って矢をつがえる、が。

 

「ゲホ、ゲホ...と『トル、ネード』!」

「っ....ち!」

  ゆんゆんは咳き込み、そして涙目で唱えた魔法に彼は舌打ちし、ほぼ反射的に背を向けて走り出した。

  その数瞬後、ゆんゆんを中心に木の葉が舞い、やがて大きな風となり、巨大な竜巻が現れた。

先程ゆんゆんが倒したであろうモンスターが宙に浮き、木々と激突する。

 

  彼はかなり後方の木の上まで避難し難を逃れた。それでも髪や服が揺れる。

「上級魔法、トルネード....竜巻を起こしたか。やっと殺す気で来たか」

(しかし。煙幕が飛ばされた上に、風圧でこれでは矢が通らないな...かといって近づけばその風圧の餌食になる)

まるで風でできた要塞の如く、近付く事は許されない。

  近づけない状況に、それでも彼は薄く笑った。

 

「考えたな、ゆんゆん...だが悪手だ。持続させるならな」

  それは魔法使いの、決定的な弱点であった。

  持続させる分、いくら紅魔族であり膨大と言えどゆんゆんの魔力は減っていく。持続させるトルネードという上級魔法なら尚更だ、魔力は湯水のように減っていくだろう。

 

彼は木の上から左右を見渡し、跳び移ろうとする。

「なら俺は...魔力が尽きるまで消えさせてもら「『ファイアボール』」...っ!」

  そして、彼は目を見開いた。

 

  そのゆんゆんの魔法の詠唱は、気配もなく背後から聞こえたのだ。

(後ろ、だと?竜巻は囮か!)

  竜巻の轟音と注意で気付かなかったのだろうか、ゆんゆんは彼の背中に向けて、大の大人の拳の一回りは大きい火の玉を放った。

 

「ちっ、馬鹿(・・)がっ!」

  その火球を彼は背中で受けて、さらに衝撃で木から落下する。

 

数秒後に竜巻は消え、木々が落下するのを遠目に。

 

勝負は決した。

 

◆◇◆

 

「...やっと、くらったね?兄さん」

  火の玉と言っても中級の魔法、さらに魔力の器量はめぐみんに劣ってはいても、紅魔族ではかなり優秀な彼女の一撃は甘く見られない。

 

  ゆんゆんは木から降りて、静かになった天を仰ぐ。

 

  既に夜の帳はおりていた。

月の光に照らされながら、ゆんゆんの紅い瞳が鈍く光る。

「魔力なら確かに残りは少ないけど『ライトニング』程度なら使えるよう残したんだ....本当に。やっと、やっと兄さんに追い付けるのね...!」

  歓喜に満ちた顔でゆんゆんで、まるで剣を振る場所を確かめる処刑人の様に、彼の首元に人差し指を向けた。

 

「知ってる?兄さん...ヒトミさんって異世界の人で、その世界では完全な敗北の時に『チェック・メイト(詰み)』って言うらしいよ?まるで。今みたいだね...?」

  その優しい口調の問いかけに返答はないが、ゆんゆんはさらに笑みを浮かばせて。

噛み締めるように魔法を詠唱した。

「チェック・メイトだよ兄さん...『ライトニ』...っ?」

  勝利を確信した笑みから一転、ゆんゆんはその場に倒れた。

 

 

  一気に現れる倦怠感、突然変わる視界。

 

  そして草と土の臭いが鼻をさすよりも先に、疑問が沸く。

 

(え...体が、動かない?)

 

「あ。ぇ?...どう、して...?」

  ゆんゆんは辛うじて口をパクパクと開けるが、そこからは呻き声が出るだけだった。

 

突如、静寂が訪れる。

 

 

 

「……全く、自信が沸くと多弁になるのか?だったら俺はいつまでも臆病でいいな」

 

「っ!!」

 

 

  そして。同じ視線でゆらりと暗闇に光るもう一つの紅い双眸に、ゆんゆんの瞳が驚愕に染まった。

 

「...現にこうして、ここに立っているわけだしな?死ぬかと思ったが」

  彼が二本の足で、ムクリと平然と立ち上がったのだ。

  中級魔力を、至近距離で。

しかも、魔力耐性もさして高くない彼が。何事も無かったかのように。

 

(何で!?どうして...!)

「『どうして立てるの』か?そんな事を言いたげな目だなゆんゆん?まぁ、まだ戦闘中だ。タネなど教えてやらないがな」

  彼はふぅ、と息を吐き...嘲け笑う。

 

「動けないお前と自由に動ける俺...この状況はまさしくチェック・メイト(詰み)だな?ゆんゆん」

「っ...!!」

  ゆんゆんは頬を羞恥に染め、必死に痺れに抵抗しようと動かすが、辛うじて指先で地面を掻くだけだった。

何が起こったのかわからない、わかるのは『負け』という二文字だけだった。勝てるかもと希望をもった分、憧れを抱いた分、その反動はあまりにも大きい。

 

「う、ぐぅ!」

「さて、どうしようか?まぁ動かない敵にすることなんて、一つしか無いが」

  そう言って彼はゆっくりと近付く、その姿に恐怖に駆られたゆんゆんの呼吸がさらに荒くなる。

 

 

「...ゆんゆん!!」

 

 

「っ!!」

  遠くで彼とは別の、聞き慣れた声が聞こえた気がした。しかし彼の足は止まらず、そしてゆんゆんは己の死を悟り...。

 

 

 

  彼はゆんゆんを起こし、木を壁にして座らせるような体勢にした。

 

 

「....ぇ?」

「何だその顔は?俺も悪ふざけが過ぎたとはいえ本気でお前を殺すとでも思ったのか?なら解せないんだが」

  意味がわからない、という顔をするゆんゆんに。

彼ははぁ、と嘆息を漏らす。

 

「...塗った毒は薄めだから、自由とは言わずともすぐにある程度は動けるようになる。ほら、解毒草を磨り潰したものだ、飲ませるぞ」

  そう言って彼は腰のベルトに挿してある一本の管を取り出して栓を開け、無理矢理顎を上げさせたゆんゆんに飲ませる。

 

「っ...ゲホッ、ゲホ!」

「苦いか?でも吐き出すな我慢して飲め。まぁ気付けにも使われるくらいだから慣れないと無理だが」

  彼は滅茶苦茶な事を言って、それでも全て飲んだことを確認すると、少し離れた位置に落ちた自分の弓を拾い付いた泥を落とす。

 

「大きな傷は付いてないな。しかしあのベルディアの時から調子が悪い...眼鏡も兼ねて新調するか?」

  だとしたら里に戻る必要がある、と彼はそう思うと遠い目をした。

 

「...いつ、どうして?」

  すると、彼の背後から消え入りそうな声が聞こえた。

 

「うん?もう喋れるのか?随分効き目が早いな」

「毒を、盛ったんでしょ?いつから...?」

  彼はゆんゆんの方を見て、苦笑。

 

最初から(・・・・)。初めの頬掠めた矢に、薄めの麻痺毒を塗っておいた....薄くしすぎて予想してた時間より随分かかったがな。薬剤の抗体でもあるのかと疑ったぞ」

  淡々と言った内容に、目を丸くするゆんゆん。

「そんな...!じゃあ、最初から」

「負け試合だった、か?だが痺れ矢を想像して迅速に解毒か血抜きすれば間に合ったぞ。つまりは考えが至らない、経験不足だ。ステータスや職業で劣っても、お前はまだまだということだ」

  彼はさらに言葉を紡ぐ。

「いいか?勝負にはルールが無ければ『何をやっても勝った方が勝つ』んだ。例え批難されても、死ねば終わりだと俺は思っている....俺の行いを責めたいなら責めろ。実戦なら責める頃にはあの世だがな」

彼はそう、断言した。

 

「...うぅ、今まで頑張ったのに」

  顔を伏せたゆんゆんに、彼は嘆息を漏らし半目でツッコむ。

 

「ふざけろ、十二歳が何を言っている...今がそれくらいなら、俺なんか二年もせずに直ぐに抜かせるだろう?」

「それでもっ!悔しいの!」

  ゆんゆんは自分の膝を拳で叩く。彼女の頬を伝って一筋の涙が顎から滴となり、溢れ落ちた。

 

彼は今日何度目か、嘆息した。

(泣くとは、そこまで思い詰めてたのか?いやいや。その歳で打てば響き、溢れる才能の差に泣きたいのは俺の方だと言うのに...)

お門違い、その言葉が頭を過る。

  彼はゆんゆんに近付き、目線を合わせる様にしゃがむ。

 

「...ゆんゆん、何故俺がわざわざ量を計らないで薄くした毒を矢に塗ったかわかっていないな?」

「え...?」

「そして何故俺が、スキルを使わないで戦ったかわかっているか?」

「そ、それは私が兄さんに敵わないから...」

「違う、挑発でもしないとお前の成長を知れないからだ...あのタイミングの上級魔法に、そしてあの不意の一発は心底驚かされたぞ?それは才能ではなく紛れもない積み重ねだ、今までよく頑張ってきたな。ゆんゆん」

  軽くゆんゆんの頭を撫で、そして彼はその手を前に差し出す。

 

「さて、帰ることにしよう?」

  ゆんゆんはどこか呆気に取られながらも、乾いた笑みを浮かべながらその細い手を伸ばし...

「アハハ。兄さん...私」

「『バインド』」

「えっ?」

  ...そして、彼の魔法の縄でグルグル巻きにされた。

 

「...え?あ、あれ?」

  あまりに唐突な事に整理がつかないゆんゆんをよそに、彼はよし、と一言呟いた。

 

「捕獲完了。では催眠を解く為にヒトミの元に帰ろうか?」

「え...?」

「なんだ?また暴れでもしたら困るからな、魔力も切れかかっているんだろう?なんなら麻痺したままでもと思ったが、それならば都合が良い」

 

  そう言って彼はゆんゆんを持ち上げ、土木作業のように右肩に乗せる。

「な、な...!せめて御姫様抱っことかじゃないの...!?」

「十二のガキのそんな我儘など聞くか。にしても歳の割りに少し重いな...?痩せろ」

  デリカシーの欠片もない発言も、含め、ゆんゆんは叫ぶ。

「待って色々納得いかないんだけどっ!?」

「お前の納得などいらん。それにさっきは本音で喋った。驚かされたし成長も感じた、だが」

彼は間を置き、

 

「それとこれは『話が別』だ」

  淡々と語る彼に、ゆんゆんは必死に体を動かす。

「あ、あぁ...!!い、いやよ!待ってぇ!真・ゆんゆんが!折角こんなに変われたのにぃ!」

「暴れるな....それに俺は催眠自体を否定しない。だが」

  彼はさらに短く、一言。

「お前もヒトミも、限度と自重を知れ」

「い、いやぁぁぁぁぁぁ...」

  こうして、真ゆんゆんの到来は半日で幕を閉じた。

 

 ◆◇◆

 

  冒険者ギルドに帰ってきて、催眠を解くとゆんゆんは眠ってしまった。

 

「何だお前ら、その目は」

「いえ...我々は遠くから見ていましたが、見ていて、そして催眠を解く際の会話を聞く限り...くろぐろ兄さんはカズマには劣っても中々ゲスい考えをお持ちだなぁと...普通、牽制の矢に毒を塗りますか?」

「戦況は常に優位に運ぶ必要があるからな」

 

  彼は悪びれる事なくめぐみんに言い放った。

「チェック・メイトは格好つける言葉じゃないんですよ!チェスというゲームで使うんです、使い方が違いますよ!!」

「お前に至っては何を言っているんだ」

  ヒトミもプンプンと怒っているが、怒る方向性が違う気がする。

今、彼は二人の黒髪女子から絶対零度な視線を浴びせられていたのだ。

 

  というか、と。

彼はヒトミの頭をガシリと掴み、話を切り出した。

「元はと言えば事の元凶はヒトミのせいだろう...?俺は寸毫(すんもう)も責任があるとは思っていないからな...めぐみんもだ。歳が近い上に同郷のライバルなのだろう?もう少しゆんゆんの事を気にかけてやれ、少なくとも話し相手にくらいなれば、今回ヒトミが催眠に手を出すことも無かったろうに」

「「うっ...すいませんでした」」

 

  彼は小さく唸り謝る二人をよそに、隣で自分の肩に体を預けてスヤスヤと眠るゆんゆんを見る。そして胸ポケットの一枚のカードを取り出した。

 

「...」

(しかしあの一撃、少し癪だがトランプには再び助けられたな)

 

 

  彼の虚をついてゆんゆんの放った『ファイアボール』

 

  実は、彼は咄嗟の判断で、まだヒトミに返していなかったトランプを胸から出して背へとその腕を回し、火の玉を背中で受けたのだ。

  そして運よく火球はトランプに当たり、衝撃だけが彼を襲い木から落下。そして受け身を取り倒れたフリをしていたのだ。

 

  確かに彼は真・ゆんゆんの急襲に驚かされたが、ならば無理に避けられないかと言われれば、彼は首を横に振るだろう。

 

  では何故避けれなかったのか...それは『ファイアボール』に原因がある。

  そう『森の中で火を放った』事にあった。

(竜巻ならともかく、山火事にでもなったら事だからな....しかしトランプには焦げ目一つ無いな。やはり深く考えるのはよそう)

  ゆんゆんには決して言わない。彼だけの秘密であった。

 

 

  そんな事は知る由もないヒトミは、深く溜め息を漏らした。

「『催眠術』は...封印ですかね」

「しかし、そこまで効果があるのか...?この目で見たがにわかに信じがたいな」

「ならくろぐろ兄さん、確かめてみます?」

「は?どういうことだ」

「ヒトミ、今ですっ」

  めぐみんは忍び寄り急に両肩に細い腕を回す。力は冒険者と比べてもあんまりだが、疲労もあった彼の虚をつくのには十分だった。

 

「ごめんなさいファントムさん!貴方はだんだん...」

「なっ。お前、ら...」

  彼は脱力し、理性という名の意識が手放された。

 

 ◆◇◆

 

「ハハハハハハ!!!」

  翌日、ギルドに高らかな笑い声が響く。

 

  そこにはマントを羽織り、片眼鏡でない目に十字の眼帯を付け、どこで手に入れたか髑髏の指輪を付けた彼の姿があった。

「我が名はくろぐろ!紅魔の例外者であり弓を操りし者!!俺の矢の餌食になりたい奴はいないのか!?神だろうが異世界の勇者だろうが相手取ってやろう。このレンズに見えないものは存在しない!!」

「あ、あのっ。ファントムさん、テーブルから降りてください!」

「ファントムではない、くろぐろだ!!ハハハ!」

 

  受付嬢達の注意に耳を貸さない彼。

 

カズマは自分の目を疑う光景を指差し、向かいのテーブルに座る二人の容疑者に向く。

「ゆんゆんと同様に...それで催眠を掛けた結果が、あれか?」

「「...ごめんなさい」」

 

  催眠術は強力だった。それだけは間違いのない事実のようだ。

 

「なんというか、噂のゆんゆんよりも厄介そうだな....ん?」

  そして、カズマにある疑問が浮かんだ。

「というか、どんな暗示をかけたんだ?まさか『紅魔族らしくしろ』だなんてかけてないよな?」

  そうなのだ。

催眠には元となる誘導や暗示が必要になるはず。「犬になれ」と言われて初めて『自分は犬だ』と錯覚して吠える様に、なんらかの指示と暗示が必要となる。

 

  彼が全力で紅魔している今、それ相応の暗示をかけたという事になる。それにカズマは気付いたのだ。

 

だが。

「そ、それは言えない。です...」

「カズマ。世の中には聞いていいことと悪いことがあるのですよ?」

 ヒトミは顔を赤らめて、めぐみんは子供に言い聞かせるように真顔で言った。

 

「...何だよそれ、遠回しに聞くなってか?」

  カズマは閉口し、ムスッと眉を寄せた。

(き、気になる...!)

 

  一方、彼サイドは朝からヒートアップしていた。

『埓あかねえ!捕まえろ!ボコボコにしちまえ!』

『合法的に逆恨みでとっちめるチャンスだやっちまえ!』

『いままでの礼なんて知るか羨ましいんじゃぁぁぁ!!』

『……っおい!消えたぞ!?どこいった!?』

『潜伏だ!近くにいるはずだ、探せ探せ!』

「残念ここだ!ハハハハハ!どうした、アクセルの冒険者共よ!?俺を捕まえるのだろう?やってみろ!俺も全力で応えよう!ファントム(幻影)と言われた男との追いかけっこだ。追うと同時に追われる諸君に死ぬ覚悟はあるか!?」

『死ぬ覚悟は無いわっ!!』

  冒険者と彼がギルドから出て、追いかけっこが始まった。

 

 

  突如訪れた沈黙に、カズマは若干慌てる。

「出ていったぞ...?おい、もとに戻せるんだよな?今日ファントムにはスキルとか弓とか色々教えてもらう約束してるんだけど、あれじゃあ会話すら出来ないぞ?」

「...」

「...」

「マジかよおい!?くっそぉぉぉぉぉ...!」

  カズマも彼を追いかけてギルドから出た。

 

 

「...めぐみんさん」

「...何ですか?ヒトミ」

 

  訪れた静寂の中、俯いたヒトミはどこか遠い目で、

「催眠は封印しますが...正直に言って私、あの元気なファントムさんも嫌いじゃないです」

「.....」

  そう言った。

反省はしていても、後悔はしていないようだ。

 

  ちなみに、余談だが。

  数日後にアクアによって無事捕獲(疑問)されて元に戻った彼は。

その場で「死にたい」と言って、丸三日自分の宿から出なかったそうな。





アクアの水攻め!ファントムは流された!
.....彼も催眠には勝てなかった様ですね。

ちなみにどんな暗示かは
読者様のご想像に任せます。
これは投げやりではない。
自らの想像で話に味を出すんだ!

と、大した語彙のない奴が無理をしたと供述。

...次話は明後日投稿予定です。


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この風邪引きさんに看病を!

昨日の内にタグとか色々いじりました。

昨日に頭痛がしたんですよね(唐突)...。
「頭痛い、流行ってるし風邪かな...はっ!」
という、思い付きの寄り道今話です。

皆さん、帰りの手洗いうがい忘れずに。


「ケホッ...ケホ!」

  駆けだし冒険者の街、アクセル。

  ある宿屋の一角で、咳が聞こえる。

 

  ヒトミは震える肩を抱く。

  朦朧とする意識、気だるさ、そして咳。

  ヒトミは靄がかった意識の中、ある結論に達する。

「うぅ...これは、風邪引きましたね...」

 

  ヒトミはベットからのそっと起き上がり、ふと気付く。

「温熱計は無い、ですよね。ファントムさんに連絡...あ、この世界携帯も無いんでしたけ...」

  この世界は、彼女のいた世界とは勝手が違うのだ。

  確かに過去の転生者達が奔走してある程度の知識や物は揃うが、それでも明らかな限界がある。

  ましてや、距離が離れた相手に小型で即座に且つ迅速に、電波で会話のやり取りをする物はない。似た魔法具があっても、ヒトミには手の届かないようなものであった。

 

  手詰まりした感覚に襲われ、ヒトミは無理にでもギルドに行こうかと考える。しかし、さらに倦怠感と咳が込み上げる。

「ケホケホ...流石に、厳しいですかね...どうしましょう」

「体を温めて安静に寝てればいいんじゃないか?」

「そうですけど、でもファントム連絡を...ぇ?わぷっ」

  ヒトミはふと、声の聞こえた方を振り向こうとする。

  が、その前に寝かされて布団を顔まで掛けられた。

 

  ヒトミが布団から顔を出し、声でなんとなくわかるが、目で確認する。

「....ファントムさん?」

  彼がいた。

  そして、苦笑している彼は静かな口調で言った。

「随分遅いから来てみればこの有り様か...お前が風邪を引くとは意外だな?馬鹿は風邪を引かないと聞いたが」

「うっ、すいません」

「謝るな冗談だ。こうなることは想定していた...むしろ遅かったがな」

「?」

「そっちの世界のこっちの世界は似ているんだな?俺は気候差に体を壊すことは考えていたと言っているんだ」

  彼は淡々と語る。

「...なる、ほど。ケホケホ」

「喋り過ぎたな。とは言っても...別に軽度の熱だろう、いまから看病する」

「っ...!」

  彼はスッとヒトミの額に触れて熱を確かめる。

  その動作にヒトミは目を丸くし...さらに頬を紅く染める。

 

「おい、年頃だからと恥ずかしがるな。熱が計りにくい」

  彼に鈍感とイチゴな雰囲気は存在しないようだ。半目で呆れながら注意する。

「そんな無茶な...なら直接触らないで下さいよっ」

「お前は手袋越しで触って熱を計れと言うのか?いいから病人は黙って看病されろ」

「むぅ...わかりましたよ」

 

「熱は軽度...と言っても慣れてないか?どうする?俺はその手に精通してないからな、万が一を考えて一応マトモな医者に診てもらうか?」

「いえ、いくら体調が悪くても...そこまでは」

「では聞くが、どんな風に体調が悪い?」

  彼の問いに、ヒトミはふと視線を置く。

 

「そう、ですね。頭が痛いです」

「ほぅ奇遇だな、俺もお前らに会ってからずっとだ」

 

「心なしかお腹の調子が悪いです」

「奇遇だな...俺は毎日ストレスで胃に穴が空きそうだ」

 

「身体中だるいです...」

「奇遇だな。どこかの誰かに催眠かけられて四六時中走って暫く感じたこともない疲労が溜まったんだが」

 

「「...」」

「冗談のつもりだったが...俺、お前よりも医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」

「...ごめんなさい」

  新たな病人が生まれた、しかも重度の。

 

  彼は頭を掻き、息を吐く。

「まぁ、いい。そんな事はいい...消化に良い飯でも作ってこよう」

「え?悪いですよ...」

「悪いと思うならさっさと治せ、体は十分に動かせるか?」

「え、と...あまり、キツいかもです」

「......そうか。ならヒトミ」

「?」

「年頃のお前にこれは正直に言ってキツいと俺は考えてる。サバサバしていれば助かったが...怒りたいなら後でいくらでも怒れ」

「は、はい?何をですか?嫌な予感しかしないんですが...」

  ヒトミはどこか嫌な予感に、頬が痙攣する。

 

  彼も少し言いにくそうに。

しかし再度聞かれるのを恐れてか、ハッキリと。

「今から服を脱がして布で汗を拭く」

「......えっ?」

 

 

  ...その後、暫くヒトミは羞恥で彼を直視できなくなった。

 

 ◆◇◆

 

  訳を話し、大家に台所を借りた彼は無言で包丁を握る。

  頬は紅くない、だがその表情はいつもよりも能面だった。

 

『~!~!』

  まるでそれは。逃げようとするために、彼が手で完全に固定している野菜の様に、何かを押さえつけるようだった。

「料理と着替え...順序を、間違えたな」

  ザクッザクッ

  慣れた手つきで包丁を振り下ろし、ポツリと呟く。

(陶器のような白い肌に柑橘系の香り女の肌とは何故あんなにも柔らかいのかあれで力が出るのかサンとは全く異な)

「やめろ。料理に支障が出る...全く、ここまで耐性がなかったのか?俺は」

  ちなみに彼は、彼女いない歴=年齢だったりする。

  彼自身。大してその称号に興味も引け目も後悔もなかったが、それが思わぬ弊害を呼んだようだ。

 

「ゆんゆんやめぐみん辺りを呼ぶべきだったか...っ情けない」

  彼はまな板の粉々になった野菜を見て、自分に呆れた。

 

 ◆◇◆

 

「おい、作ったから食え」

「すいません...わぁ、鍋ですか?」

「まぁな、野菜を中心にしたから消化にはいいだろう」

 

(おぉ...ファントムさんがいつもよりも優しいです)

「今失礼な事考えたか?」

「いいえ全く!」

  慌てて手を振る元気はあるようだ。彼はそう思った。

(にしても、鍋。ですか...)

「こういうのって、いいですね」

「風邪を引くのがか?」

「はい。迷惑を掛けられる相手がいるのって...なんか、幸せだなぁって」

 

「ほう。まるでいつもは迷惑を掛けていないみたいに聞こえるな」

「.....病人ですよ~労ってください~」

「帰る」

「待ってくださいすいませんでした置いてかないで!」

 

「冗談だ...二割くらい」

「何だ良かったです.....最後何て言いました?」

  彼は無視して鍋をテーブルに置き、テーブルごとベットの近くに移動させた。

「これで幾分か食べやすくなったろう...一人で食える、訳ないか」

「これは...甘えてもいいですよね?」

「まぁな」

(これはまさしく、マンガやアニメで見たフーフーの後にあ~んのアレですよね!まさか自分が体験する日が来るとは思ってもみせんでした!)

「ケホケホ!」

(...でも、辛いものは辛いですね)

  再び体が震える。

  そして素直に大人しくしようと誓った。

 

「で、ではその鍋を熱いので...」

「安心しろ『フリーズ』で熱すぎず温すぎずまで調節した......おい。何だその目は、訳を聞こうじゃないか?」

「...いえ。お気遣いなく、流石ファントムさんだなぁと思っただけです」

「どういう意味だそれは」

「乙女心は複雑なんですよ.....でもお心遣いはとても感謝します。では早速優しいあ~んをっ」

そう言って目を閉じて口を開けるヒトミに、

  ズボッ

と、彼は鍋の具を掬ったスプーンを押し込んだ。

「...」

押し込んだのだ。

「...?...!」

 

「「......」」

  カチャ、カチャ...パクパク

 

  彼はヒトミの凄みのある、だがなんとも言えない視線に疑問を持ちながら。

  しかし『あ、やらかした』となんとなく察した彼は何も言えず閉口し、今度はゆっくりとスプーンをヒトミの元に運ぶ。

 

  沈黙が訪れ、食事が終わるまで二人が口をきくことはなかった。

(...うぅ、どうせファントムに求めた私が馬鹿ですよ~)

  余談だが、鍋は塩味が効いていたそうな。

 

 ◆◇◆

 

  食事を終えて一息つくと、ヒトミはふと彼を見る。

「....どうした?」

「ふと思ったんですがファントムさんって、変な人ですよ痛いです痛いですこめかみ押さないで下さい」

「なら聞くが病人なら他人を変人扱いしていいのか?食事を終えたんだ、再び着替えをしないなら大人しく寝てろ」

「悪い意味じゃないんですよ、本当に...」

「?...どういう意味だ」

  彼はグリグリと押していたこめかみから人指し指を外し、怪訝な顔をする。

 

「イレイシアで会ったときと、だいぶ変わりましたね」

「俺がか?まぁ、否定しないが....」

「素直に優しくなったと言ってくださいよ?」

「優しさは甘えだ。人に甘くなると、俺は自分にも甘える面がある...悪い癖だ」

「むぅ、厳しい人ですね...でも私はそう思いませんよ。優しさは確かに甘えに近くてなっても、決して一緒ではないと思ってます」

「...?」

「言葉でうまく説明できませんが...私はファントムさんを『優しい人』だと思いますよ?」

「っ...もういい、寝てろ」

「おやおや、照れちゃいました?」

「違う。その言葉は好きじゃないんだ」

「?」

「ありがとうとか、優しいとか。そういう言葉を言われると自分の行いが、偽善見えてくる...それで...」

「...それで?」

 

 

 

 

「『偽善』が......何かこう、紅魔族っぽいだろう」

  ヒュゥゥゥゥ...

  室内なのに、乾いた風が吹く。

 

「...ファントムさん」

「...なんだ?」

「私のシリアス返してください」

「知るか寝てろっ」

 

「いいえ寝ません。そんなに紅魔族が嫌なんですか?」

「あぁ嫌いだとも。全く合理性の無い動きと装飾、そして長く中身の無い自己紹介。あの思考回路の血が俺の中に入ってると思うと...」

(私、あれ結構好きなんですけどね...)

  この間の催眠の件は、完全に封印しているため口には出さない。

「家出の際に親御さんは心配しなかったんですか?」

「しないとも、そういう母だ...むしろ『お土産待ってる』位のノリだろうな。父はいない、居ないというか十歳の頃に『俺の血が騒いどるわ!こっちじゃ、こっちじゃなぁぁ!!!?』とか意味不明な事を叫んで明後日の方向に消えた...未だに消息は定かじゃない」

「えっ。なんか...凄い家族ですね?紅魔族はみなさんそういう感じなんですか?」

「俺の家はある意味、紅魔族でも紅魔してる...流石に十二年も子供と妻を放る奴は親父くらいだろう......そうだよな?」

「お母さんはなにか言わなかったんですか?」

「『バツイチになっちゃった。これは名乗りに入れておくべきね!』と。怖いのがそれが本気で言っていたことだ...あれは、もはや紅魔族なのか?今思うと何か別なモノに思えてきたんだが」

 

「ファントムさん、若干家族から逃げてません?」

「否定しない。というかできん....最悪なことに弓が使い物にならなくなってきたからな、眼鏡の替えも兼ねて...近頃に行こうと考えている」

「!そうなんですか?」

「あそこの魔法具や鍛冶屋は頭はあれだが腕はいい、頭はあれだがな」

「二回言うとは...私も行きたいです」

「それは構わないが......先に言っておくが、お前に何か起こっても命の危機がない限り俺は見届けるぞ。最悪見捨てられると思え」

「え、と。そこまで言います?」

「行けばわかる。さて、もうそろそろ本気で寝ろ」

  彼はそう言って若干無理に寝かせる。

 

「.....お話ししましょうよ?」

「いつもしてる」

「むぅ...こう、女性の気持ちを汲むべきだと思います。風邪の時、一人は怖いんですよ?」

「寂しいのか?なら寝るまでずっと側にいてやるからさっさと寝ろ...おいどうした?」

「あ...いえ、恥ずかしくなるようなセリフをよくそんな平然と言えるなぁ...と。あ、若干ですが目が紅いですね?紅魔病でました?」

「それ以上その口を開くなら、希釈してない自作の睡眠薬原液で突っ込むぞ?三日は寝ていられる」

「おやすみなさいよい夢をっ」

「あぁ」

  ヒトミはガバッと布団を被り、彼は短く答えて椅子に座り、足を組む。

 

  そして、即座に帰るタイミングをうかがう。

(さて。さっさと帰るか...潜伏でもすれば音もなくいけるだろうしな...)

「ファントムさんいます?」

「っ...あぁ、早く寝ろ」

  無理っぽかった。

  定期連絡をする必要があるようだ。

 

  彼は深く嘆息し、ヒトミが寝付く夕方まで付き合うことになった。

 

 ◆◇◆

 

  朝になり、ヒトミは目を醒ます。

「...ん」

  ムクリと起きて、警戒心皆無な様子で小さく唸った。

  大きくアクビした後に目を擦り、あることに気付く。

「熱は...おぉ、一日で完全復活です!まるで疲れが吹っ飛んだよう、な....」

  ベットの上で上体を起こし肩やら腕やらを回しはしゃぐが、ある方向に視線が向いた瞬間、口を開けたまま固まる。

 

「スゥ......スゥ」

  そこには。椅子の背もたれに完全に体を預け、俯いたように頭を垂らし、足を組んだまま睡魔を迎えた彼の姿があった。

  いつもの緊張を巡らす彼は、そこにいなかった。

 

「!...」

  ヒトミは開けた口を閉じて、柔らかい笑顔を向ける。

(これで優しくないなんて...頑固な人ですね)

 

「ありがとう、本当に....貴方がいてくれてよかったです」

  その短い言葉には、沢山の想いがこもっていた。

  今の彼なら聞こえずとも、受け取ってくれるとも。

 

 

  ヒトミはそっと彼の体を揺らす。

「ファントムさん?起きてください。もう朝ですよ」

 

 ◆◇◆

 

  大家に微笑ましい笑顔で迎えられ、二人はそのまま玄関で会話していた。

「...まさか朝まで寝て、お前に起こされるとはな」

「アハハ...『すぐ帰ると思っていた』って。スゴく大家さん笑ってましたね...?」

「どうせ勘違いしたんだろう。いくらガキとはいってもお前は女なんだからな...むしろ邪推しない方が少ないだろう」

「むっ、子供扱いしないでくださいよ?」

「だったらもう少し節度と言うものを...っ」

「...ファントムさん?」

  彼はドアを開けたまま、硬直した。

  ヒトミが怪訝そうにドアの先を見ると、そこには丁度ドアノブを掴もうとして彼同様に固まった、めぐみん一行の姿が。

 

『あっ』

 

  彼以外の声が重なり。彼は遠い目で天井を見上げた。

先程の発言が脳裏をよぎる。

 ...むしろ邪推しない方が少ないだろう。

 

 ◆◇◆

 

  場所は移り...冒険者ギルド。

『いいかお前らぁ!もはやこやつに慈悲も無し!!』

『そうだ!』

『こんの色男は風邪で弱ったヒトミちゃんに対して看病と称してあんな事やこんなことを....!』

『万死に値する!』

『粛・清!粛・清!』

 

  彼を取り囲むのは、いつぞや被り物集団。

 

  彼は今回手首を縛られている、抵抗したが溢れる数には勝てなかった。

「しかし...成程、これが既視感と言うやつか」

  溜め息をつく彼に、軍団の外からヒトミが叫ぶ。

「み、皆さん誤解です!本当に只の看病してもらっただけで、昨日は何もなかったんですよ!?」

『皆そうやって言い逃れようとするんだよぉ!!』

『こんな可愛いパーティメンバーがいてなにもしないなんて男が廃るぜ!?』

 

「.....そうか?」

  彼は小さくツッコミをいれる。

『そして俺達はクズマとゴミ(ダスト)を除き女には手を上げない!』

『だからこの男を気がすむまで粛清するんだ!!』

『粛・清!!粛・清!!』

  ギルドに大量の低い声が重なる。

  まるで戦場に赴く鬨の声の様に。

 

「色々最低ですね...この状況」

「あんなに多くから睨まれて...羨ましいぞ!」

「ヒトミ~次のコラボレーションの打合せしましょ~?」

  女性人から凍えるような視線を向けられる。

  いや、正確にはめぐみんだけなのだが。

 

 

「フハハハハ、面白そうな奴等を発見したぞ...また嫉妬に溢れたこの空間も美味なり」

  そんな人混みの中、一人の男が不敵に笑った。




作者、文字拡大を覚える。

そしてくろぐろは『フラグを壊す者(フラグブレーカー)』の称号を得ました。
紅魔族らしいぞ、やったな。

これはラブコメじゃない、コメディなのだよ!

誤字脱字、この辺がわかりにくいよ作者!
といった心ある批判や意見、気軽に感想下さい。
作者が喜び勝手に踊ります。
心ある批判は前向きに受け止める所存です。

次回は明日に...行けるかな?頑張ります。


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この紅魔の彼に静かな帰郷を!

タイトル語呂悪いなぁ...


 

「...ここが紅魔の里ですか?」

「あぁ。変わらなすぎて腹が立つが、そうだ」

  ヒトミはウキウキしながら聞き、彼は死んだような目で答える。

 

  二人は、紅魔の里に来ていた。

  ここに来るまでに馬車は使っておらず、ゆんゆんの『テレポート』という魔法を使って一瞬でここまで来たのだ。

  まさしく馬車泣かせである。ちなみにゆんゆんはめぐみんと勝負をするらしく、この場にはいない。

 

  正直、ヒトミを押し付けようと考えていた彼は渋々了承した。

「とにかく、俺は鍛冶屋に向かう...ヒトミは観光だからな、遊んでいろ。ここは退屈だけはしないことを約束する」

 

  そう言って背中を向けようとすると、ヒトミはキョトンとした。

「え?なら待ちますよ、ファントムさんの事」

「は...何故だ?」

  聞くと、ヒトミは胸を張って言った。

「私サンテリアさん程じゃないんですが、方向音痴で地図読めませんから!」

「胸を張るな.....それは、トランプにでも教えてもらえ。ほら、行きたい場所を指定すれば飛んでいく的な機能はないのか?『噴水近くまで連れていけ』とか」

「ちょ、流石にそんな事できませんよ...あれ、出来ました!?出来ましたよ!?なんですかこのトランプ!?」

「それはお前が言うな...というか、本当に出来るのか...」

 

  フワフワと浮かぶヒトミのトランプに二人が驚いていると、二人の少女が二人を見つけて近寄ってきた。

  一人の長いツインテールの少女がニコニコと笑いながら口を開けた。

「...もしかして旅の人ですか?でしたらようこそ紅魔の里へ!観光なら私的には広場の本物の勇者にしか抜けない剣をオスス...あれ、くろ兄?」

「いや俺は観光では...ん?」

  そこで初めて、彼は二人の少女の顔をマトモに見た。

 

「くろ兄?くろ兄だよね!?」

「嘘!くろ兄さんじゃない!」

  もう一人のポニーテールの少女も声を上げる。

  二人の紅魔族の少女に驚かれ、そして彼は二人を見て黙考する。

  というか、思い出そうとしていた。

(ツインテールにヘアピン、ポニーテールにリボン...それに二人セットでの俺の呼び方...)

「お前らふにふらとどどんこか?」

「ふ、ふに?...どど?」

  横にいたヒトミが頭にクエスチョンマークを浮かばせるが、放置。

  基本、紅魔族の名前は受け入れられないことが多いのだ。

 

「随分、大きくなったな?」

「わぁ!やっぱりくろ兄なのね!?」

「凄い、くろぐろ兄さんが帰ってきた!これは里中に知らせなっ」

「待て!」

「「っえ!?」」

  途切らせ、彼は咄嗟に二人の肩を掴む。

 

  そして顔を近づけてあまり大きくない声で。

「...いいかお前ら、実は今回は忍びで来ていて今日中に帰る予定だ。必要以上にあまり目立ちたくないんだ、協力してくれるな?」

「「...お、お忍び」」

  二人はその言葉を復唱する。

 

  そして、目を輝かせた。

「...いいね兄さん!それなんか良い!」

「うんすごく良いと思う!わかった、なら誰にも言わないね!」

「あぁ、頼む」

  彼も頷き、二人を交互に見る。

 

(ふむ。しかし、めぐみんやゆんゆんもそうだが数年経つだけでここまで変わるものか....?)

  彼の中では、ふにふらとどどんこは自分の腰程度の幼気な少女たちだったはずだ。

  しかしこの数年で二人は彼の胸辺りまで身長を伸ばし、顔立ちも女性らしい柔らかい雰囲気を漂わせる。

  出るところも出ている、まだ十二歳という数字を疑う。

(女の成長が早いとはこのことか...)

 

  一人納得していると、おいてけぼりになったヒトミが小さく笑う。

「いや~くろぐろ兄さんモテモテですね~?扱いにも慣れてますよ」

「なんだその口調は。言っただろ、よくあやしていただけだ」

「どうですかね~」

  ガシッ

「...んっ?」

 

  そうヒトミと会話していると、今度は彼が二人に肩を掴まれた。

「「兄さん」」

「な...なんだ?あやしていたと言う表現が気に入らなかったのか?だがあの頃のお前らは」

  二人は首を振り、声を揃えてヒトミを指さす。

「「その人、誰?」」

「...え?私ですか?」

 

「ヒトミか?俺のパーティメンバーだ。俺は里を出てから冒険者になってな、帰郷ついでに来たいと言うから連れてきたんだよ」

  彼はスラスラと話始めるが、二人は何故か震え始める。

「パーティメンバー....?」

「つまりは、パートナー...?」

「おいまて、止めろ。無茶な邪推するな、嫌な予感しかしないぞ」

  だが、年頃の少女二人は「あ、あ...!」と驚きに染まっていた。

 

 

「「くろぐろ兄さんが女の人を連れて帰ってきたっ!!?」」

 

  二人が声を揃えて叫んだそれに、彼は軽く動揺する。

「っ!声がでか...!」

  そして、紅魔族達が眼を醒ました。

  というか、色々醒ました。

『くろぐろ...今くろぐろと聞こえたぞ!!』

『あのくろぐろが帰ってきたのか!?』

『どうなってる!?覚醒したのか!?』

『魔王でも倒してその首を持ってきたのか!』

『なに!?親父を見つける旅に出たんじゃないのか!?』

 

「...くそ」

  誰も「おかえり」と言わない点、しかしある意味歓迎されているのは間違いあるまい。

「...わぁ、沢山来ましたね?」

  ヒトミは呆けたように言った。

  彼はとてもヒトミを放っておきたいが、そういう訳にもいかない。

  彼はヒトミの肩を掴み、スキルを発動する。

「『潜伏』ッ」

「あ、あれ?くろ兄!?」

「くろぐろ兄さん!?」

  逃げの一手だった。

 

 ◆◇◆

 

「...に、逃げ切りましたかね?」

「事態は最悪だ。しかし恋愛事に敏感で思い込みが激しいのは、小さい頃から全く変わっていないようだな...」

  彼はふぅ、と一息つく。

  すると、背後から別の女性の声が。

 

「...フム、兄さん。再会を喜ぶ前に二人でそのまま動かないでくれるか?何かこう、インスピレーションが降りてきそうなんだ」

  すると背後から声が聞こえ、彼はげんなりした。

 

「羽ペンの音...そしてその淡々とした口調に覚えがあるぞ、お前はあるえだな?」

  彼がそう言ってふりかえると、一人の少女が噴水の縁に座っていた。

  そのあるえと言われた人物は頷き、そして筆を走らせる。

「如何にもあるえだよ兄さん、しかし名乗りは後にさせてもらおう。今は...!来たぞ来たぞ!筆が乗ってきた!」

  そして二人を無視しで筆を走らせ始めた。

 

  再び、ヒトミはおいてけぼりだ。

「え、と。ファントムさん?この人は...?」

「名前は言ったが、あるえだ。同年ではゆんゆんの次に優秀だったらしい、見ての通り本を書くのが好きらしくてな...よく長編小説を読まされた」

「ど、同年...?」

「うむ。兄さんはブツブツ文句を言いながらもちゃんと感想とか指摘してくれるから重宝していたよ...全く、別れの手紙も私の作品の様にもう少し凝ってくれればいいものを」

「羊皮紙何枚使わせようとしているんだお前は」

  やれやれと頭を振るあるえに、彼は半目でツッコミをいれる。

  ちなみに容姿は大人びており、正直にいってヒトミとタメと言われてもあまり違和がない。

  これはヒトミが童顔なのか、それとも出会う彼女達の成長がはやいのか、はたまた両方か。

 

(どちらにしても、怖いくらい性格が変わってないなコイツら)

「さて、俺はもう行くからな」

「待ってくれ兄さん!兄さんがいない間に私が書いた本を...何故走るんだ兄さん!?」

「ファントムさん!?あの、まっ...?」

  彼は光の速度で逃げ出した。

 

  ヒトミはそれを追おうとすると、あるえに肩を掴まれる。

「ファントムさん...だと?見たところ貴女はくろぐろ兄さんと縁があると見た。その時の話、深く聞かせてもらえないか?」

「......え?」

  その目は、まさしく面白い玩具を見つけたそれだった。

 

 ◆◇◆

 

  ドアベルが響く。中には髭面の男一人しかいなかった。

「ゆいゆいさんは留守か...相変わらずの寂しいな、ひょいざぶろーさん?」

「おぉ!くろぐろじゃねぇか....!?大きくなりやがって...出ていってから楽しくやってるか?」

「それなりに。しかし里の奴等は体だけ大きくなって、中身が変わっていないように見えますが?」

「ハッハッハ、そういうな。めぐみんはどうだ?元気にやってるか?」

「心配なく、めぐみんは元気ですよ。固定のパーティだって入りました」

「!そうかそうか...不安だったが、めぐみんはちゃんとやっているか...」

  彼はそう言って笑みを浮かべる。彼は娘大好きなので、目に入れても痛くないという程には溺愛している。

 

(よく冒険者になるのを了承したな?)

  彼は内心で呟くが、きりがないと予測して切り上げる。

「話を戻すが。わかっていると思うが、何個か頼み物がある」

「俺の魔法道具だろ?ったく...お前が頼むのはいつもダサいデザインだからあんまり好きじゃねぇんだよな...」

「だからアンタの家は貧乏なんだ」

「アクセルか。ならウィズって奴いるだろ?アイツはわかってるねぇ...」

「...あんた一枚噛んでたのかよ」

  思わぬ繋がりに彼は閉口する。

  思ってる以上に世間は狭いようだ。

 

「だがよ、例の眼鏡に関してはあるぜ?」

「そうなのか?ならば付けてみても?」

「勿論、ほらよ」

  そういわれて渡されたそれに、彼は固まる。

「待て。これはもう眼鏡と言うよりも...なんだこれは?」

「改良してみた...『すかうたー』って名前にしようと思ってんだけどよ、売れると思うか?」

「思わないし改悪するな。奇抜で付け外しが不便すぎる上に変な数字が浮かんでいるんだが...直してくれないだろうか?金に色は付ける、頼むから」

「っ金だと!?背に腹は変えられねぇ...さっさと終わらせるから家に帰ってろ」

  ちなみにこの家は極貧だったりする。理由は言わずもがな。

 

「それと『ゴブリン殺し』にも寄る予定だしな。夜までには終わるだろう?取りに来るよ」

「ん?そうなのか...ならあっちによろしく伝えとけよ?」

 

 ◆◇◆

 

  武器店『ゴブリン殺し』より。

「...おい、かたすけさん」

「ん~?どしたくろ坊...気に入った弓でもみつけたか?」

  店主のかたすけは、のんびりとした口調で言った。

 

「いや...なんだこれは?何故この弓はここまで奇抜なんだ?」

  彼が持っていたそれは、黒一色で弧を描いている弓だった。

  そこまでは、いいのだが...何故か手に持つところ以外、前後に長い刺が生えている。

「トゲトゲした方がかっこいいだろ?」

「射つ時に腕に刺さり、不便極まりないんだが」

「それはあれだよ、根性だよ」

「喧しいわ」

  腕は悪くないが、紅魔の里ではあまり需要がないこの店。

  紅魔族は魔法使いばかりのためであるが、コアなファンがたまに買いに来るそうだ。

 

(しかしひょいざぶろーさんもかたすけさんも、腕は悪くないのが腹立つな...)

  彼は額に青筋を浮かべながら交渉し、渋々で刺を取ったら買う所までこぎつけた。

 

 ◆◇◆

 

  一方、ヒトミは。

「成程...二人はイレイシアで出会い、半ば無理矢理に兄さんをパーティにしたのか」

『おぉ...くろぐろやるじゃねぇか』

『キャー!それで今までずっと一緒なのね!?』

「ずっとという訳ではないですが...」

「ふむ、流れとしては...悪くないな、ここに色仕掛け(ラッキースケベ)の一つでもあればさらに良かったんだが。私的には実はヒトミが神の使者とかいう使命もありだと思う」

「アハハ...まさか、ですよね?」

 

  そこは、既にヒトミを一目見ようとするギャラリーで集まっていた。

  彼の姿が見当たらないので、先程追いかけていた者や騒ぎを聞き付けた者ほぼ全員が此処に集まってきたと言っても過言じゃないだろう。

 

「しかし職業がマジシャンとは興味深い、観客もいることだし見せてくれないかな?」

「おぉ...!勿論ですよ!むしろリクエストされた方が嬉しいくらいです!鳩でも出しますか?トランプマジックしましょうか?」

『カッコよくて派手なのがいい』

「えっ...り、了解です!」

  全員の声が被り、ヒトミはすこしおどけた。

 

 ◆◇◆

 

  彼は一人、ある一軒家の前に立っていた。

「.....」

  鍵を回して。キィ、とドアを開ける。

  ドアを閉じ、鍵を掛けて部屋に上がった。

 

  ここは彼の家だ。家族と棲んでいた家なのだ。

(母さんなら俺を見つけ次第飛び付いてくるよな....)

  そしてそろそろと警戒しながら進むが、

「...?」

  誰も彼を迎える者はいない。

 

「!」

  彼は不思議そうに周囲を見渡し、ふとテーブルに置かれた手紙を見つけ、開いた。

 

『面白そうなので私も旅に出ることにしたよ!旅の話を楽しみにしてね!パパに会ったなら原型無くなるくらい殴ってね!母より』

 

  短くそう書かれた文字を見て、彼は苦笑する。

「...物好きめ。まぁ、この親あって俺がいるのか」

(土産話はこっちが持ってきてると言うのに)

  ちゃっかり後半の文章は読み飛ばす事にした。

  やはり根に持っているらしい、当然と言えば当然だが。

 

  母親は遠出している様だ。まぁヒトミがいる半面もあり都合がいいのか、と彼は少し無理に納得させた。

 

「しかしアイツは大丈夫だろうが、平気なのだろうか...っ」

  ヒトミを案じた、刹那。

  彼の視線が、一気に鋭くなった。

 

  彼は自身を落ち着かせるべく、息を吸って...

「っ」

  吐くと同時に振り向き、同時に腰の投げナイフを背後に向けて投げた。

 

  回転するナイフはそのまま背後に飛び。

「ほぅ、よく気付いたな」

 

  そして、壁に当たらず何者かによって止められた。

「やはり母さんではなかったか...勝手に入って来るとはな」

「これは失敬。フハハハ、これは実に美味な悪感情だ!」

 

  その不敵に笑う姿は、全く掴めないものだった。

  背広の紳士のような風貌に、目を隠すような、左右を白黒で塗られた仮面を付けていた。

 

  彼は予備の投げナイフをそっと掴む、

「...同族でもないな?顔に付けた悪趣味な仮面を売りにでも来たのか?ウケがよくて儲かりそうだ。まぁ、俺は絶対に買わないがな」

「フハハハ!まぁそう警戒するな紅魔の変り者よ。仮面は売ってもここで貴様の喧嘩を買いに来たわけではないのだ!そしてこれは非売品だ!」

  誰が少しうまいことを言えと。彼は内心でツッコミを入れる。

 

「しかし、警戒するなだと?不法侵入を知らない輩を敵対視しない方がどうかしているだろう?」

  彼が笑うと、男は少しトーンを下げて返した。

「だとしたらこの里の奴等は殆んどどうかしているぞ。寄り道で他の家を回ったが、我輩の嫌いな嬉しい感情ばかり。マトモな反応をしてくれたのは貴様が初めてだったぞ?」

「.....」

  閉口する、反論できなかった。

  紅魔族ならむしろ『何だこの展開は、なんか知らんが燃えるぞぉぉぉぉ!!!』とでも言って上級魔法をバンバン撃つだろう、撃つに違いない。

  それでも明日には壊れたり欠けたものが復活している。軽い恐怖すら覚えるレベルで。

 

  やれやれと男は肩をすくめる。

「全く。ちゃんと躾してくれ、悪感情が我輩の好物なのだからな。その点、ここはある意味地獄だ」

「おい、何故俺が叱られているんだ...それよりも本題に入るとしよう、お前は何者だ?」

  彼は瞳を紅くしてナイフを掴み、そう聞いた。

 

「フッ...我輩の名は」

「...」

「名乗らん。何故ならその方が面白そうだからな!我輩の事はX(エックス)とでも呼べばよい!」

 ...イラッ。

「おぉ悪感情!そしてナイフが飛んできたわ!フハハハ!!愉快愉快!」

「少なくとも故意な分、アイツよりも厄介なのは把握した」

  彼は歯噛みして、投げたナイフを指で挟み弄ぶエックスに言った。

  すると、エックスは嗤って言った。

 

 

「ほぅ、アイツとは『イレイシアの街で出会いパーティメンバーとなった転生者』の事か?」

 

  ピクン、と彼は眉を寄せた。

  紛れもない事実、そして極僅かの者しか知らない情報の筈だからだ。

  エックスは彼を見てニヤリと嗤う。

「どうした、まるで鳩が豆鉄砲食らったような顔をしておるぞ?」

「それはフェイクで放てる内容じゃないな...なぜ知ってる?」

「フハハハハハ!さてこの情報、どこで仕入れたと思う?本人に聞いたかもしれないぞ?もしそうならば聞いた本人は今頃、どうなっているかな?うん?」

「っ」

  わざとらしく、煽る口調だ。

 

  彼はエックスを睨み、そして腰の短剣を握る。

(嘘だな。ヒトミは今同族と戯れている、そう仕向けた(・・・・)...情報は本人に聞いたか、まさか読心術の類いか?)

「!...ほぅ」

  エックスは感心したような声を上げる。それで彼は確信した。

「後者が当たりか。お前が只者で無いのはわかったが、それを承知で聞こう。俺に何の用だ?」

「フハハハ!やるな貴様。ならばそれに敬意を評して我輩の真名を教えてしんぜよう!」

 

  エックスと名乗った男は手を広げ、そして顔を覆う。

「我が名はくろぐろ!紅魔の例外に「殺す!」おぉ素晴らしい悪感情頂いたぞぉ!そして自分の室内で矢を射つとはな!フハハハハハハ!!」

  真名を語ることはなかった。

 

 ◆◇◆

 

  夕暮れ時。

  なんとか紅魔族を満足させ終えたヒトミはくろぐろの家と道を案内され、家の前に来た。

 

  そしてヒトミが家に入ると。

 

  リビングで彼は床を向いて倒れていた。

「ファントムさん!?...どうしました?そんな死んだ目をして」

  目を丸くして駆け寄るって起こすと、彼は気絶をしていた訳でもなく、ただ倒れていた。

 

  そして、その瞳に光はない。

「気にするな、何も...何も聞くんじゃあない」

「...はぁ。わ、わかりました?」

  家での騒動を知らないヒトミは、首をかしげながらも了承した。

 

  彼は話題を変えようと、体を起こしながら聞く。

「...紅魔の里は、どうだったんだ?」

「いい人達ばかりでした!マジックも喜んでくれましたし!途中から『爆発しないのか!?』とか『星を降らしたり出来ないの!?』とか聞かれて...流石に困りましたが」

「まだ可愛い方だ。それで済んで良かったな...ん?」

  彼は木製の椅子に腰掛け、ふと疑問が生じてヒトミを見る。

 

「俺は家の鍵を掛け忘れたのか?まさか...いや、アイツは消えたしな」

「アイツ...?あ!そうです酷いですよファントムさん!言ってくれればいいじゃないてすか!?」

「は?いきなりなんだ?」

  ヒトミは酷いといいながらクスクスと笑っている。

  まるでイタズラをする子供のような含みのある笑いだ。覚えの無い彼は片眉を上げる。

 

  するとそのタイミングで、ドアからもう一人の人物が顔をだした。

 

「っ」

  彼は息を飲む、その人物は黒髪黒目、そしてヒトミの胸ほどしかない身長の女の子だった。

「まさか妹がいたんですね!道理でめぐみんさんやゆんゆんさんの扱いがうまいと思ってましたよ!道案内も鍵もあの子がやってくれました」

  そう言ってヒトミは彼女を見るが、彼はどこか、ぎこちない。

 

  数回ヒトミと彼女に視線を向かわせ、嘆息。

「そう、か。旅から帰ってきてたのか...ヒトミ。先に言っとくが、俺に妹はいない」

  その言葉に、ヒトミは一瞬固まる。

「はい?では、この子は?『くろぐろの家族だ』と言っていましたよ?」

「間違っていない。それはな...」

  すると、彼女はヒトミを通り過ぎて彼に飛び付いた。

「っ」

  椅子に座っていた彼は、そのまま抵抗せずに椅子ごと後ろに倒れる。

 

  驚くヒトミを他所に、彼女はニヒッと笑った。

「くろぐろ~久しぶりね!手紙読んだ?」

「つい先程...旅に出ていたのか?」

「その通り!まさか帰郷したと同時に会えるなんて!これはもう運命だね!私感動しちゃうよ~しかも、女子まで連れちゃった訳だ!」

「パーティメンバーだ...からかうのは止めてくれ。数年ぶりなのに、全く変わらないな」

  彼は呆れた様に苦笑する。

 

  二人の会話に、完全にアウェイなヒトミ。

「え、と?ファントムさん?」

「あぁ悪い...紹介しようヒトミ。この人は」

「おっとくろぐろ!ここは私が名乗る番だよ!」

  そう言って制止し、彼女はヒトミの前に立ち、無い胸を張る。

「我が名はりえりー!くろぐろを女手一つで育て上げた、紅魔一番のバツイチの女だよ!」

  だよ、だよ...とエコーし、ヒトミは固まる。

  ある一部分を理解できないと復唱する。

「ぇ...バツイチ?」

「そうだ、妹じゃない」

  彼は深く嘆息し、目の前のロリを見る。

 

 

「...俺の、母親だ」

 

 

「え、えぇぇぇ!?いやいや無いですよ!これはマジックですか!?ドッキリですか!?カメラは何処ですか!?」

  ヒトミは声を上げて周囲を見渡す。

  彼は起き上がりながらそれをなだめた。

「落ち着け。気持ちはわかるが、落ち着いてくれ」

「んじゃあ、私はご飯作ってくるね!久し振りに息子にお料理か~お客さんもいるし腕を振るっちゃうよ~!」

  そして彼の母親、りえりーは散々かけ回した上で我関せずと言った様子で台所に向かおうとする。

「いや母さんも弁護に回れよ?ヒトミがショートしているんだが」

「やだ母さんなんて...昔はママ~ってヨチヨチ駆け寄ってくれた癖に~今だってそう呼んでいいんだよ?」

「喧しいわ、何歳の話だそれ」

「並ぶと姉弟みたいだったなぁ、五歳だったかな?」

(くそ...何故俺の父親は合法ロリに...!!)

  彼は拳を握る。

 

  そして、ヒトミは再起動した。

「昔のファントムさん...?気になります!気絶している場合じゃないです!りえりーさん!是非お話を!」

「待て、それでいいのかお前は」

「ママで構わないよ~?お話ならご飯の時にしよっか...あ、ひょっとしてヒトミちゃんは料理出来たりする?」

「少しなら...手伝えます!その間に教えてください」

「いいよ、なら台所に行きましょ~」

「あ、おい待て!誰の勝手で俺の過去を赤裸々にされなければならないんだ!」

「母親の特権だよ?後で旅の話も語り合いましょ~さて行きましょうかヒトミちゃん?」

「はい!」

  男子禁制!とでも言わんばかりにはねのけられ、彼は一人取り残された。

 

「.....」

  静かになった居間で、彼は天井を仰いだ。

 

  いつの間にか、外は夜の帳が降りていた。

 

  同族に追い回され、武器や魔道具を改造され、最後の最後まで名乗らなかった変人に黒歴史を曝け出されて振り回され、挙げ句母親の手によってヒトミにまで知られる。

 

  彼は、ふぅ。と嘆息。

「......夜風、浴びるか」

  冷たい風を浴びるべく外に出た。

 

 ◆◇◆

 

  それは、数刻前の話。

「...近い内に、アクセル街に嘗てない災厄が降りかかるぞ」

  真剣な声色で、エックスはそう言った。

 

「...それは俺の目の前にいる奴ではなくてか?」

「フハハハ、違うな。我輩よりももっと大きなものだ...ま、その時が来れば自ずとわかるさ。貴様は特にその影響を受けるだろうな」

「読心どころか予知もあるのか...?もはや。隠すつもりも無くなったのか、お前は魔王の幹部クラスだろう?」

「ほぅ?何故そう思う?」

「むしろそれで下っ端なら、人間はとっくに滅んでる...それにベルディアが倒された時期も鑑みれば、倒した奴の調査か埋め合わせが目的なのは明白だ」

  彼が力なく言うと、エックスには笑う。

「フハハハハハ!!左様!我輩こそ魔王の幹部の一人、バニルである...!む。おや?何故悪感情を出す?その推察は見事当たっているぞ?」

  彼は半目で渋々言った。

「...わざわざ言わせる気か?無駄にためておいて名前をすんなりと言ったのが、単に気に入らなかっただけだ」

「なるほどな、これは僥倖!」

「....それで疑問だが、何故それを俺に話したんだ?魔王軍なのだろう?むしろこの場で俺を殺す方がいいんじゃないか?」

「その話だが、魔王様の目的もそうだが...我輩は人間の殲滅なんてもの望んでいない。むしろ人間の悪感情を求める我輩にとってはそれは逆に致命的であると思わないか!?」

「成程、お前のその問題な性格故にか...なら喜べないな。お前の信条もそうだが....つまりは近い内に起きる事態は人間の殲滅に直結する事態でもある訳だな?」

「御名答!いやぁ話が早くて助かる!まぁだからといってこれ以上の助け船は出さないがな!フハハハハハハ...ふむ?貴様、今回は絶望しないのだな?」

  悪感情が来ないことにバニルは怪訝そうに彼を見る。

 

  彼は息を吐き、一言。

「嘗めるなバニル、助けなど無しに逆境なら幾度も潜ってきた。修羅場も何度も乗り越えてきた。それにアクセルの冒険者は、一癖も二癖もあるのは身をもって知っているからな」

  紅く染まった瞳の視線でバニルを刺す。

  その視線を受けながらも、バニルは感嘆する。

「ほぅ...挑むのか、災厄に。言っておくが貴様が屠ってきた今までのモンスターとは、桁も格が違うぞ?」

「ならお前の忠告は、一応胸に留めておこう。信じる要素がないからな、嘘ならばそれで終わりだ」

「フハハハハ!貴様こそ嘗めるなよ?我輩は本気で人を小馬鹿にしても、煽っても、絶望させても、虚偽はせん」

「...それもどうなんだ?まぁ参考程度にさせてもらうよ」

  そう言って、二人は見つめあう。

 

「ならば、精々絶望に挑むがよい」

「あぁ、精々醜く足掻かせてもらうとしよう」

 バニルは不敵に笑い、彼は苦笑する。

 

  そして、バニルはそっと手からある物を取り出した。

『嘗めるなバニル、逆境なら幾度も潜ってきた。修羅場も乗り越えてき....』

「ところで先刻の恥ずかし~い発言を我輩が開発した録音機で全て録ったのだがどうす」

「この場で死ね。いや殺す」

「フハハハハハハ!!頂いたぞ悪感情!ではまた会おう!」

「二度と来るなっ!」

 

 ◆◇◆

 

  砂となって消えたバニルの方を見ながら、彼は呟いた。

「『災厄』か...何が起こるんだ?」

  彼は一人、夜風に波打つ草原に腰を乗せていた。

 

(サンテリアを呼ぶべきか...?それか、ウィズの店の壺と滅茶苦茶な魔道具を使う事も視野に入れておくか...今までの貯金の大半を使う可能性も考慮するべきなのか)

  バニルを信用する、というよりも『万が一に備える』と言った様子で、彼は全財産の大部分を果たす気でいた。

「確実に備えておくか....魔王の幹部がただ煽りに来るだけとは思えない...奴ならありえるな」

  彼が考えていると、ヒトミが来た。

「ファントムさん、ご飯の準備が出来ましたよ」

「わかった、すぐに行く」

  彼は立ち上がり、ヒトミに並んで家に向かう。

「....ファントムさんって子供の頃、りえりーさんとお散歩するのが大好きだったんですね!?それに花が好きだったって本当ですか?」

「...黙れ。頼むから黙れ。もう、飯は外で食ってこようか」

「りえりーさんは『外で食べてきたら里の真ん中で本気で泣くよ?』と」

「あの容姿で本気で泣くつもりか......八方塞がり、なのか」

 

  近い内に、アクセルに起こる危機。

 

  その前に、彼は高すぎるハードルを越えなければならなかった。

 




次回から、デストロイヤー篇です。

・三日後に、一日に朝昼晩で一気に投稿。
・一日待って、三日連続で投稿。
これ、どっちがいいですかね?

感想欄の多数決できめようかなと、
ちなみに無かった場合は前者にします。


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この理不尽な要塞に終焔を!前篇

予告通りデストロイヤー篇です。



 ピシュン...タァン!

 乾いた音が、朝露の残るアクセルに響く。

 

 その音を辿ると、アクセルでも少し外れた所の木に行き着く。

 その一本の木には、既に四本の矢が刺さっていた。

 その内三本は、木の腹に貼りつけられた紙の中心に塗られた、円形の握り拳程度の大きさの赤に当てられている。

 

 若干の、白い息を漏らして彼は息を吐いた。

「一本目は、力み過ぎたか...しかしやはり、鍛冶の腕は確かだな」

 そう言って、目を瞑り黙考する。

 

(....ひとまずこの弓の癖は把握した。魔道具や里の帰りにウィズの店での準備は終わった。試作は段階的に使えないとして、確認すべき事は全て済んだ)

「よし、今日来ても問題ないな」

 彼は目を開け、矢を抜こうと歩きながら眉を寄せる。

 

「しかし。バニルとやらの言葉には変な説得力があったから備えたものの...アクセルにそこまでの『ナニカ』が来るのか?」

(しかもバニルは魔王軍幹部と来た....事実だろうがどうだろうが、色々な意味で二度と相手にしたくない奴だな)

 彼は全ての矢を抜き、ふぅと汗を拭い一息つく。

 ようやく、マトモに太陽が顔を出し始めた頃だった。

 

 彼は目を細めて、その顔をだした太陽を見る。

 周囲は田んぼと叢で、未だに残る朝露が反射して光り輝く。

 それはまるで、宝石のように、地に広がる星のように。

 

 ようやく朝が来た。そんな雰囲気の中、突如警報が響く。

『デストロイヤー警報!デストロイヤー警報!機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です!冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ!そして、街の住人の皆様は、直ちに避難してくださーいっ!!』

「っ...デストロイヤーだと!?」

 

 彼は目を丸くし、突如慌ただしくなった街の方を見る。

 人々が寝巻き姿で家を飛び出し、荷物を落としながら逃げ惑う。

「成程...確かに、過去にみないな」

 彼は若干引きつった笑みを浮かべる。

 先程の美しい光景すら、今では嵐では生温い災害の、その前の静けさに感じられた。

 

 

 遠くの喧騒の中、彼は少し荒くなった息を整えて思考を巡らす。

(だが、これは....うまくいけば千載一遇のチャンス(・・・・)だ)

 

 そして、急いでパーティメンバーの元に駆けた。

「しかしバニル、これは手に負えないだろ....っ」

 

 ◆◇◆

 

 機動要塞デストロイヤー

 これはもともとは、魔導技術大国ノイズが対魔王軍用の兵器として開発した超大型ゴーレムだった。

 

 しかし開発されたと同時に暴走、魔王軍ではなくノイズの国を滅ぼす原因となってしまった兵器である。ある一説にはデストロイヤーを創った賢者が、まるで道具のように自分を使う王や国を滅ぼすのを目的としていたとも言われている。

 

 クモの様な外見を持ち、街に並ぶその巨大さに似合わず速度が異常に速く、さらに魔法の結界をもつために魔法による傷をつけることすら叶わない。物理をしようと近付こうとするものなら踏み潰される。

 

 一通りの彼の解説を終えると、丁度外で合流したヒトミはポカンとしていた。

「...そんなに滅茶苦茶なんですか?」

 彼は顎を軽く引く。

「気持ちはわかる。まさしく難攻不落の『災厄』だ...寝巻きを着替えろ、ギルドに行くぞ」

「えっと、ギルドにですか...何をしに?」

「とぼけた事を言うな.....警報でもいっていただろう。冒険者がギルドに集められるんだ、やることは一つだ」

 

 彼は一息置く。

「討伐だよ、機動要塞のな.....もしかしたら、もしかするからな」

 一寸にも満たない光の可能性に、彼は苦笑した。

 

 ◆◇◆

 

 ザワザワと、二人が来る頃には既に冒険者達が集まっていた。

「お集まりの皆さん!本日は、緊急の呼び出しに応えて下さり大変ありがとうございます!只今より、対機動要塞デストロイヤー討伐の、緊急クエストを行います。このクエストには、レベルも職業も関係なく、全員参加でお願いします。無理と判断した場合には、街を捨て、全員で逃げる事になります。皆さんがこの街の最後の砦です。どうか、よろしくお願い致します!」

 冒険者の喧騒の中、ギルドの職員が声をあげた。

 既に用意が整っており、テーブルをギルドの中央に集めていて会議室のような空間になり、張りつめた空気がよりその雰囲気を漂わせる。

 

 しかし、彼はその雰囲気に疑問を覚えていた。

「...思ったより多いな?てっきり半数近くは逃げるとばかり思っていたが」

「皆さん、この街が大好きなんですよ」

「そうか.....?にしても男の割合が多い気がするな。元々か?」

 場違いに嬉しそうにするヒトミを他所に、彼は小首を傾げた。

 

 実のところ。

 男性冒険者が通う、とある風俗店がこの冒険者大半をここに引き留めたと言っても過言ではないのだが。

 しかし答えを二人に教えてくれる者はおらず。そして、それどころではない。

「それでは緊急会議を行います。各自席に着いてください!」

 ギルド職員に言われて席につき、二人は見易くなった周囲を見渡す。

 

「カズマ達がいるな....やはり何かあるな?カズマなら間違いなく逃げると思っていたんだが」

「あの鎧の人、ミツルギっていう人じゃないですかね?アクアさんの事ずっと見てます.....なんか怖いですね」

 カズマの存在がさらに疑問に拍車をかける彼。

 アクアに送る、同郷の視線に若干の恐怖を覚えるヒトミ。

 妙に緊張感の無い二人だった。

 

「では、短くですがデストロイヤーの説明に入ります....」

 デストロイヤーの説明が入ると、その知名度から「知っている」とばかりに頷くほぼ全員。だが話が進むにつれて、冒険者達の顔に影がかかる。

 

「まぁ、そうだろうな」

 彼はボソリと呟いた。

 機動要塞デストロイヤー、王都の名のある冒険者が束になって、賢者達が知恵を絞り出して、漸く同じ土俵に乗れるか否かのレベルなのだ。

 いくら中堅が多いからと、駆け出しの冒険者のいる街では普通に考えれば太刀打ちすら出来ないのは目に見えていた。

(第一。魔法の結界を破らないと、物理だけじゃ無理があるだろうしな.....考えなしに来た奴ばかりか?チッ、こうなれば討伐は視野に入れずとも、俺一人・・・で...)

 彼は顎に手を置き、思考を巡らせ始めた。

「魔法結界をなんとかするには、魔法で壊すしかないがそんな使い手がこのアクセルにいるか訳がないからな....侵入には胴体部を地に着ける必要がある。こうなれば、紅魔の里で得たあれを使うべきか....ヒトミ?」

 独り言に集中していたため、いつのまにか横から消えていたパーティメンバーに遅れて気づく。

 ふと周囲をみるとすぐに見つかった。

 

 ヒトミはいた。

「アクアさん...ここをこうしたらもっと良くなりません?」

「まだまだねヒトミ。そこは敢えて余白をつくることで『わびさび』とかいうやつを出しているのよ、つまり必要な場所なの!」

 そしてアクアとコップの水でテーブルに絵を描き遊んでいた。

 

 彼は口を閉じ、遠目で無駄に芸術性の高いそれを眺める。

「.....何をしているんだ、アイツは」

 長い話に飽きたのか、それとも関係ないと非情になったのか。

 それは定かでないが二人は気が合うとはよく聞く、その理由が彼はなんとなくわかった。

 二人の精神年齢は近いようだ、片方は女神なのに。

 

 バシャン!

「あぁっ!なにしてんだよお前!?」

 そして気に入らなかったのか、アクアは水を上乗りした。

 水の絵にみいられていたカズマは驚いて叫ぶ。

 

 やはり、緊張感は無かった。

 

 ◆◇◆

 

 ポカポカとした日の光を浴びながら、彼は近くの見通しの良い丘に立っていた。

 

 柔らかい風が心地よく体を撫で、サワサワと草の波が揺れる。

 その光景を背景に彼は薄く笑っていた。

(僥倖だな...まさか魔法結界を壊せる可能性があるとは)

 

 ダメ元だが、なんとデストロイヤーの討伐の目処が立ったのだ。

 

 流れは以下の通りである。

 一、魔法結界を破壊できる可能性があるアクアが魔法障壁を破壊。

 二、めぐみんと遅れてやってきたウィズの最大魔法を使って脚を狙い、一気に行動不能にさせる。

 四、行動不能になったデストロイヤーの中に侵入し、中から機能停止に追いやる。

 五、まぁ、動けなくなった後はのんびり考えようや。

 

 と言った具合であった。

 動けなくなっても頑丈なデストロイヤーは厄介だが、危険性は動ける時よりも比べるまでもなくどっと落ちる。

 きっと、めぐみんの一日一発の爆裂の的にでもなるのだろう。

 

 その後の冒険者達はアクセル付近にバリケードや罠を仕掛け、完全とはいえないもののデストロイヤーを迎える準備を整えている。

 

 現在の彼は一人だ。そこにはいつものパーティメンバーの姿はない。

 彼女には「弓使いに出番はないからな」とだけ伝えて立ち去ったのだ。討伐において今回の彼が助力できることは少ない。

 

 尤も、彼の若干紅い瞳には最初から『討伐』の二文字など映っていないのだが。

 

「...追い風だな」

 彼は薄い笑みを浮かべながら、一点だけを見つめる。

 北西、デストロイヤーが来る方向だ。

 

 今回、弓兵の出番はない。強いて言うならデストロイヤーが行動不能になってから、ロープとフック付きの矢をかけてよじ登らせる役目があるが。逆に言えばそれ以外に出番はない。

 

 だが彼はそれでも、現時点で弓矢を持っているのだ。

(矢は通らないだろうがな...まぁ、普通の鏃では無理だろう...しかし、まさかこんなに早く頼んだ物を使う日が来るとはな)

 彼は首だけで背中の方を向く。

 コツンと指で、背中に掛けている矢を入れている箱を指で叩いた。

 カランカラン

 普段使う金属の鏃には似合わない、軽い音が響く。

「そしてこっちは...ほぼぶっつけだな」

 

 そして背中の腰辺りには、いつもは管や煙玉を付けている場所に全く別の、大きな釣り竿のリールの様な物がついていた。

 リールにはロープが巻かれており、その中心部には左右を分ける化のような金属のしきりがあった。

 側部には小さなレバーとつまみもある。その性能は現時点では、彼と造ったひょいざぶろーしか知らない。

 

 そしてその殆どが黒で彩られておりゴツゴツとしており、めぐみんが瞳をキラキラと輝かせそうなその風貌で、いつもの彼とはかなり違う格好だった。

 

「!....来たか」

 すると小さな揺れが起き、その一点にその巨大な頭を覗かせた。

 

『来たぞーッ!!』

 アクセルの門付近では、冒険者達が吠えているのが聞こえる。

 想像以上の速さで接近している。既にその全容は明らかになり、巨大な脚が高速で動かして、それに伴って地面の揺れも激しくなっていく。

 

 しかし彼は表情一つ変えず、視線でデストロイヤーを追いながら、小さく息を吐いて背中に腕を回す。

「さて、精々利用させてもらうぞ。冒険者アイツらも、機動要塞お前もな」

 そう言って、彼は箱から取り出した変わった鏃の矢をつがえた。

 

 ◆◇◆

 

 

 門の付近では、既に準備は完了していた。

 

「『セイクリッド・スペルブレイク』ッ!」

 迫り来るデストロイヤーに、アクアが魔法を唱える。

 すると複雑な魔方陣が浮かび、白い光の玉が浮かび上がり、デストロイヤーにそれを撃ち出された。

『す、スゲェ!』

 それはデストロイヤーに到達する前に薄い膜らしき物に阻まれたが、それはガラスの割れたような鋭い音と共に弾き散った。

『...やった、やったぞ!』

 魔力の結界が、壊れた。それだけで歓声が上がる。

『油断するな!まだ終わってないからなぁ!』

 そして他の冒険者が叫び、緩んだその空気も再び張り詰める。

 

 流石、戦闘に身を置く者達である。

「わ、わわわわたしの出番ですか....や、やってやりまひょう?」

 めぐみんの体は縮こまり、まるで携帯のバイブルの様に震えていた。呂律も回っていない。

 完全に緊張しているようだ。無理もない、彼女とウィズの魔法がデストロイヤーを無力化できるかどうかで、全てが決まるのだから。

 

『ウィズ頼む!そっちの脚を吹き飛ばしてくれ!』

 カズマが拡声器で遠くのウィズに指示をだし、そしてガクガクのめぐみんに向かった。

「めぐみん!お前の爆裂魔法の腕は本物なのか!?それともお前が毎日爆裂爆裂といってても、アレも壊せないようなへなちょこ魔法かよ!?」

「っ!」

 ピクン、とめぐみんは立ち上がる。

「な、なにおぅ!私がバカにされるよりも、一番言ってはいけないことを言いましたね....我が名はめぐみん!紅魔族の、最強の爆裂魔法使いです!!」

(よし、うまくいった!)

 内心でガッツポーズするカズマを他所に、めぐみんは完全復活した。

 

 胸を張り、ウィズと同様に力強く詠唱を始める。

「『『エクスプロージョン』』ッッ!!」

 

 そして、最大火力の二つの魔法が放たれた。

 ドォォォォォォン!!!

 

 空気が咆哮を上げ、距離があるにも関わらず一拍遅れて爆風が冒険者を襲う。

 巨大な爆発が機動要塞の脚を粉砕して底部が地面と激突。慣性の法則から地面を抉りながらもアクセルへと進み、そして門の前で構えていたダクネスの鼻先で、止まった。

 

 デストロイヤーの無力化に、成功したのだ。

 

(...あれ?)

 だが。

 最大火力の爆裂魔法に、いつものように魔力不足で倒れるめぐみんは。

 倒れていく最中。ふと、ほんの小さな違和を覚えた。

 

 ◆◇◆

 

 よし、と彼は丘の上で呟き。弓を降ろす。

「...ここまでうまく運んでるな」

 すかさず彼は丘を駆けおりた。

 否、もはや草の上を滑るようにして下っていた。

 

「『狙撃・二連』」

 そして滑りながら弓を上げ、持っていたフック付きのロープがついた二本の矢を左右からデストロイヤーに向けて放つ。

 

 ギュルギュルギュル!

 すると腰のロープが巻かれたリールがギュルギュルと両側から回転して、さらに二つの矢は飛距離を伸ばす。

 

『アーチャー』に支給された同様の物は、『冒険者』の彼には重すぎたのだ。『狙撃』を持ってしてもアーチャーには及ばない冒険者の弊害でもあった。

 

......という名目で彼は丁重に断り、そして一言。

 自作した軽い物で代用するからいい。と

 

(こちらの方が手間もなく速い(・・)からな)

彼は既にデストロイヤーまで数十メートルまで近付いてた。

「『そろそろ引くか』」

 彼はタイミングを見計らってそう言い。

腰元の縄が巻かれたリールの横に取り付けられていた、小さなスイッチを右手の人さし指の腹でカチリと入れ、さらに指二本でつまみを軽く時計回りにねじった。

 

 すると。魔力によってリールが高速で逆回転を始めた、すると必然的にロープが引かれ、

 ギュルギュルギュル...ガチンッ!

 そして。彼が地面に落下したデストロイヤーの底部まで走り寄った時点で、デストロイヤーの部品の部分に二つのフックが引っ掛かった。

 

「よし」

 彼はその丁度ロープがピンと張られて、パチンコのように腰を始めとして体が引っ張られる。

 このままでは無理矢理上部に引っ張られるが、彼は駆け降りたそのままの走りの速度でデストロイヤーの側部に足をかけ、腰の引っ張りに伴い思い切り壁を蹴って宙に浮く。

柔らかな『く』の字を描き、彼はさらに壁を今度は軽く蹴り続けてバランスを取りながら上部に向かう。

 

 それはまるで、重力を無視して垂直の壁を走る様にも見えた。

 

 ロープを掛けてよじ登るより、どちらが早いかは言うまでもないだろう。

(.....高所への移動用としてひょいざぶろーさんに作ってもらった品が、まさかこんな形で役に立つとはな...しかし腰の保護と固定をするハーネスが邪魔だ、重い上に場所もとる。こういう場でないとそこまで使い物にならないか?)

 

 彼は紅魔の里にいる間に、予備の望遠レンズと共に別で作ってもらったのだ。

 ひょいざぶろーもこのアイデアは気に入ったようで、すぐに他の商品に手を付けずにこの製作に取り掛かった。

 

 

 そんな背景もあり、彼は文字通りデストロイヤーの側部を駆け上がる。そして数十秒もたたずにすぐに終わりが見えた。

 そして地面と平行な部分に足を掛けたと同時に、高さの並んだことによって二つのフックが外れた。

 しかしフックは外れても勢いは止まらず、上部に引っ張られて数メートル宙に浮いた。

「っ」

 彼は上空に上がり、しかし焦ることなく次の行動に移る。

 その間に腰に取り付けていたハーネスを外して背後に投げ、上空から着地点を見極めてスタっと膝を折り衝撃を緩和して着地した。

 

そして。ふぅ、と彼は息を吐いた。

(....初めてにしては、驚く程上手くいったな。良しとしよう)

 彼自身、内心で驚きを隠せていなかった。

何かしらの失敗を考慮して別の案も考えいたのだが、それは杞憂に終わったようだ。

 

 こうして彼は同郷の紅魔族達が見たら狂喜乱舞しそうな、流れるような動作でデストロイヤーへの潜入を完了した。

 

 その船の甲板の様なひらけた場所に着いた彼が顔をあげると、そこには万が一の侵入を見越してか、小型や戦闘型と思しき大量ゴーレムがおり、彼等と目が合った。

 いや。目が合うというよりは、顔と思しき部位が全てこちらを向いているのだが。

 

「お前らに用はない」

 しかし彼はそれらを無視して視線を回し、砦のような建物のドアを見つけた。

 本来屈強な冒険者がハンマーで破壊するのが予定だったのだが。

 

 彼は迫ってくる大型ゴーレムを無視して、左手で弓を掴み背中に右腕を回して矢を取り出した。

 そして彼が矢を放つと、鏃の代わりに取り付けられた管・が金属のドアにぶつかり、割れる。

 バリン!と音をたてると、管から明らかに入りきらないサイズの黒い粉と火が混じり。そして彼はゴーレムの攻撃を背後に飛ぶことで避け.....。

 ドォン!!

 

 先程の二つの爆裂魔法とは比にならないほど小さいが、それでも十分な威力の爆発が生じた。

 小型のゴーレムがぶっ飛び、彼は攻撃しようとした近くの大型ゴーレムを壁にして爆風を防ぐ。後方に跳んだのはその為だった。

 そして爆発を終えるとゴーレムの股下をくぐる様にして攻撃をかわし、ドアを見る。

 

 火が小さく残り床でパチパチと火の粉が跳ねる中、その中心でドアを破壊しポッカリと穴が空いていた。

 

 彼は口角を上げる。

「よし、現時点では計画・・も、配合量は完璧だな」

 

 そう呟いて、彼は迷わず駆け出した。

 まだ他の冒険者は、ようやくアーチャー達がフック付きの矢を放って、縄を登ろうとしている最中である。

 

 彼はふと入り口付近で振り返り、そしてゴーレム達に言い放った。

「...悪いが俺はお前らでなく、お前らやこの要塞の『情報』に興味があるんだ。ここが熱で馬鹿になる前に、ギルドに収集されるより早く。この緻密で魅力的な仕組みを理解させてもらうぞ?」

 

 

 そう。

 彼が一人で動いたのは、決して弓使いの、しかも冒険者に役目がないからではない。

 

 機敏で、大きく、そして凡夫の魔法を通用しない。

 近付けば踏み潰され、遠くからの攻撃など痒くもない。

 そして通った後はアクシズ教徒しか残らない。

 

 もはや、自然災害と言っても過言でない要塞。

(.....それは逆を返せば、それだけの元となる『知識と技術』がこの要塞にはあるということ...完全な理解には時間がかかっても、無理ではないだろう)

 

 今回、彼のような非力な冒険職の弓使いは、あまり重要視されない。

 彼はそれを逆に利用して姿を眩まして、唯一のパーティメンバーには軽く嘯いて一人で行動してのだ。

 

 何故、彼の何がそこまで駆り立てるのか。

 

 彼の口元が薄い三日月に裂ける。

(これで、さらに強くなれるぞ....)

 

 そう。

 全ては、己の研鑽と精進のために。

 全ては、才能を持つ者達に追い付き抜かすために。

 

 彼は昔に抑えていた筈の、胸中から溢れる。

 まるで泥のような濁りドロドロとした粘着質なそれに囚われたまま、一人機動要塞の中に消えていった。

 

 

 

 

「...クルッポー」

 そしてそれを遠くから、白く無垢な双眸が覗いていた。




次回、シリアス先輩来たる。


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この理不尽な要塞に終焔を!中篇

目線がコロコロ変わりますので注意してください。


 

  彼が侵入して少し経つ頃。

  カズマ一行は周囲と出遅れながらも指示をだし、デストロイヤーへの侵入を試みていた。

 

「ダクネス、お前は重すぎるから登れないだろ!めぐみんはそのまま休んでろ!ウィズは任せる!アクアはやりやがったんだから責任とってついてこい!」

「お、おいカズマ!?ちゃんと『鎧が』と付けろ!それだとまるで私がロープで登れない程の巨躯みたいじゃないか!おい無言で登るな!訂正しろぉ!」

「ね、ねぇ待って!カズマ、前回は頑張ったけど私今回まだなにもしてないじゃない!でもなんか登ってった皆、目がギラギラしてて怖いんですけど!?何かしたいけど正直登りたくないんですけどぉ!?」

  実は爆裂魔法の作戦が成功した後、誰もが警戒して気を抜かない緊張感の中、アクア一人だけがおちゃらけた発言をしたのだ。

  すると偶然かそれが引き金となったのか、デストロイヤーに次のような警告が発令したのだ。

 

『この機体は、起動を停止致しました。排熱、及び起動エネルギーの消費ができなくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難してください.....温度調節不可、温度調節不可....内部にいる方々は至急ここから避難してください』

 

  恐らく、放置すると爆発するだろうとのこと。

  カズマ曰くアクアが『フラグを立てた』とのこと。

(何故ころダ女神はいつもいつも...!)

  そんな事を背景に、青筋を浮かべるカズマとアクアは縄を登り終わると。

 

『そっちいったぞ!』

『ゴーレムは囲め!デカイ奴はロープを使って引きずり倒せ!ハンマー持ってる奴は倒れたところを狙うんだっ!』

  そのギラギラした冒険者達は数にものを言わせてゴーレム達を次々と破壊していた。

『おらおらぁ!この街は潰させねぇぞ!』

『覚悟しやがれ、俺達を敵に回したことを後悔させてやるよぉ!!』

  ハンマー奮う冒険者、ロープを使ってゴーレムを翻弄する冒険者。駆け出しとは思えない動きでゴーレム達を蹂躙する。

 

  もはや、どっちが侵略者かわからない状況だった。

 

  アクアは何とも言えない顔で呟く。

「なんか...皆おかしいと思うのは私だけじゃないとと思うの」

  しかし反してカズマのモチベーションは上がったようだ。

「お前ら...!よし、俺もやるぞ。見てろアクア、これがスキルの有効活用と言うやつだ!」

『おい!そっちにデカイの行ったぞ!』

  迫り来るゴーレムにカズマは動じず、むしろ不敵に笑った。

 

(相手はゴーレム。ならば俺の昔のゲームの知識通りなら、盗む系は機械に使うと即死攻撃になる!)

  サトウ カズマは冒険者だ。その前は日本でニートをして時間の大半を家で過ごし、そしてもて余していた。

 

  彼は確信した。

  その時に得た知識が、この世界では役に立つ。と

「くらえ!『スティール』ッ!」

「え!待ってカズマ、それっ」

  アクアが何かを察した様に制止しようとするが、時既に遅し。

 

  カズマの思惑通りスティールは効き、その右手にはゴーレムの頭部が乗っていた。

  カズマは上手くいったと笑い、そして。

「ふっ、計算どお、り...?」

 

  そして、ゴーレムの頭部の重さに腕を持っていかれ、カズマの右手を下敷きにする。

 

「ギャァァ!俺の腕があぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

  デストロイヤーの上で、カズマの絶叫が響いた。

 

「あ~あ、止めようとしたのに」

「カズマさん!?重い物を持っている相手にスティールは駄目ですよ!?」

  ウィズは遅れて注意し、アクアは呆れた顔でカズマをみる。

 

  ちなみに、下敷きになった右手にはヒビも入っていなかったそうである。

 

 ◆◇◆

 

  そんな喧騒を他所に。

 

  バサッ!

  デストロイヤーの内部で、彼は無言で手に持っていた本を床に投げた。

  古い書物を投げたことで埃が舞い、そして彼の舌打ちが響いた。

「チッ...日記だからと取ったもののこの本はハズレだったか」

  彼は既にゴーレムを掻い潜り奥地に来ており、そしてこの部屋を発見した。

  椅子には男の骸骨が寂しそうに座っており、その手には一冊の本があったのだ。

 

  そして、その日記の中身は、実に馬鹿らしいものだった。

 

  要点を省くと。

「何か考えろと無理言われて何も思い付かない時に紙で潰した蜘蛛のウケがよかった。勝手に進む計画の最中、動力源はどうするんだと問い詰める王様に腹をたてて無理難題を返したら難なくこなされ、どうしようもないのでデストロイヤーを造った後にやけ酒で呷り、酔いが覚めた頃には暴走し国が崩壊、まぁ顎に使われるのは腹立ったし清々した!」

  といった内容だった。

 

  特に最後の

『これ作った奴絶対バカだろ...おっと!これ作った責任者、俺でした!』

  という一文に彼は軽い殺意すら覚えた。

  さらに仕組みなどの情報も得られず、読んだのは完全なる時間の無駄であった。

 

「まさか、デストロイヤーの制作者がここまで間抜けだとはな...まぁいい。知能はどうあれこの技術は本物だ、少ないが情報も着実に情報も得ている、だが...」

  まだ、足りない。と彼は呟いた。

 

  それはまるで、餓えて、渇いているような声色で。

 

  爛々と紅い瞳を輝かせ、さらに奥地へと向かう。

(災厄と言わしめた機動要塞の内部で、そこにつまる情報を得られる。こんな好機はもう二度と来ないだろう......一時の富や名声に盲目になる奴等には、それを理解もできないんだろうがな)

  彼は他の冒険者を見下して、若干の焦りと、胸に沸く期待と共に走る。

 

 

  彼もまた『力』を渇望し、盲目となりかけている事に気付かずに。

 

「もうそろそろ他の奴等も来る頃合いか。まぁいい、どうせ動力源の核がある中枢に向かい辿り着くはずだしな.....なら俺はまだ行っていない別ルートに行くか...っ?」

  途端、彼は背後に視線を感じ反射的に振り向いた。

  腰の短剣を右手に触れいつでも抜ける用意をながら。

 

「.....」

  しかし、背後には椅子に座る骸...デストロイヤーを作った責任者の骸骨以外には、何もなかった。

 

「?」

  彼は眉を寄せる。

(...巡回のゴーレムか?なら足音は聞こえないな、わざわざ冒険者がここで潜伏するメリットも無いし来るにはまだ早い...気にしすぎか?)

「いや。構っている暇もない、か」

  そして、謎の視線の気配よりも情報収集を優先する。

  彼は鋭い視線でもう一度だけ周囲を見て、再び背中を向けて走り出した。

 

 

『....』

  その後ろ姿を、純粋な瞳を通してどこか憐れむ視線があることに気付かず。

 

  彼は、既に盲目になっていた。

 

 ◆◇◆

 

  一方で、外。

 

  デストロイヤーを眺めていたヒトミは、下唇を噛んで俯いた。

「....」

  その表情は髪に隠れて見えない。

 

  その付近では。

  魔力不足で動けないめぐみんを背負っている一人の金髪の聖騎士が片方の拳を握りしめ、恨めしそうにデストロイヤーの上部を見上げていた。

「くっ、カズマめ....!私をオークのような重い女扱いしおって!帰ってきたら覚えていろ!」

「そこまでは言っていなかったと思いますよ、ダクネス」

  背中に乗っているめぐみんが呆れたように半目でツッコミを入れた。

 

  すると、めぐみんの視界にハットに隠れたヒトミが映る。

「...ヒトミ?元気なさそうですね、どうかしたんですか」

「...ぇ?」

  俯いていたヒトミが、パッと顔をあげた。

 

「あ...いえ。中に入った皆さん、大丈夫かなって...」

「なんだそんなことか?カズマ達なら心配ない。なんやかんや、腹が立つがやるときはやる男だ」

「えぇ、カズマはセクハラばかりですが、信用は出来ます...おや?そういえばくろぐろ兄さんは何処ですか?見ないですね」

「っ。えっと...ファントムさんは...わからない。ですかね?」

  歯切れの悪い答えに、ダクネスは確かにと首をかしげる。

「そういえばギルド以来見ないな...?残念ながらどれほどの弓使いであれ、あの装甲を貫ける力は無いだろう。それを理解したから、今回は引いたんじゃないのか?」

「いえ、多分それはありません」

  すると、ダクネスの背中にいためぐみんが即答する。

「何故だ?めぐみん」

 

  すると、めぐみんは落ち込んだ様子で言った。

「実は。私が撃った爆裂魔法ですが、正直に言ってしまいますとウィズの爆裂魔法に及びませんでした....撃った私やウィズしかわからないかもしれませんが。なんというか、手応えが違ったのですよ」

  その言葉に、ダクネスは怪訝な顔をする。

「ん?....だが、崩れた部品はこちらには来なかったぞ?つまりは力関係が拮抗しているか、めぐみんの爆裂魔法が勝ったんじゃないのか?」

「はい。だからおかしいのです....ですが勿論、爆裂魔法を使える者など私達二人以外にあの場では他にいません」

「それは、そうだろうな?」

  若干ダクネスは濁した。

  爆裂魔法を使い手自体、初心者殺しが群れを作る位稀有な存在だからだ。

 

  そんな心中を知らず、めぐみんは続ける。

「つまり誰かが横槍を入れたと思うのですよ.....威力も爆裂魔法には及びませんでしたし、殆んど私のタイミングとズレもなかったのですが」

「えっと...気のせいでは、無いんですか?」

「なにおうっ。私がどれだけ爆裂魔法に費やしてると思っているのですか?その私が言うのですから、間違いはありませんよ」

  その声色には倦怠感のせいか力はないが、確かな自信があった。

 

  しかし、とダクネスが苦笑する。

「お前の熱意は伝わっているが.....だが。それで?それはくろぐ...ファントムがやったと言うのか?めぐみん、それは流石に無理というものだぞ?」

「ですがっ、確かに違和感がありましたし...何が起こったかわかりませんが。そんな芸当が出来る冒険者はくろぐろ兄さん以外にいませんよっ」

「でも、それならどうやるんだ?めぐみんに強化魔法を使ったわけでもない、まさか弓で爆発を起こしたと?」

「いえ、方法まではわかりませんが...でも他の冒険者に出来る芸当でもないですし、あり得なくもない、かと」

  珍しく、あまり自信は無さそうであった。

  ダクネスはさらに苦笑する。

 

「...っ!」

  が、ヒトミは目を見開いた。

 

  心当たりがあったのだ。

  それは前に、ゴブリンの群れを倒す際の事である。

  彼はウィズの商店で買った魔道具の管に巻き付けた矢を地面に突き刺し、二射目で見事に管を砕き、中に入った爆薬を利用して巨大な爆発を起こして一掃した。

 

  量を入れれば『エクスプロージョン』に負けずとも劣らずの威力すら可能だろうな。

 

  彼はその際にそう言った。

  もし、めぐみんが魔法を放つとほぼ同時にそれが出来たら?

  否、出来たのだ。それがめぐみんの疑問と直結しているのだから。

 

  何の為か、恐らく...無力化の確率を上げるためだったのかもしれない。

(そこまでして...ファントムさん)

「クルッポー」

「っ...そう、ですか」

  ヒトミは鳩の方を見て、悲しそうに呟いてギュッと目を瞑り...立ち上がった。

「.....すいません、行くところが出来ました」

「ヒトミ?」

「うん?どこにいくつもりだ?」

  ダクネスにそう聞かれ、ヒトミは振り返って笑う。

 

「どうしても今、会いたい人がいまして...」

 

  そう言って、ヒトミはそっとハットを外し、大量の鳩を出す。

「っ」

「これは!?」

 

  唐突な事に驚いて目を丸くする二人に、ヒトミは言葉を紡ぐ。

 

 

 

「嫌われるかもしれませんが.....私はそれでも、私が思う恩返しがしたいんです」

 

 

 

  バサバサバサバサッ!

  二人の視界が、一瞬だけ鳩の白に覆われた。

 

「「....え?」」

  そして気付いた時にはヒトミはそこにおらず。鳩が空を羽ばたく。

  ヒトミがいた場所には、白い羽だけが置かれていた。

 

 ◆◇◆

 

  そこは、随分とひらけた場所。

  他とは比べ物にならない、巨大な扉の前に彼は立っていた。

「...ここが最深部か。大事な書類を隠す一番可能性が高いな」

  彼は未だに鳴り響くアラームを無視して扉に手を触れ、止まる。

 

「っ」

  先程とは違う。

  確かな気配を、背後から感じたのだ。

「クルッポー」

  振り返ると、そこには見慣れた白い鳥の姿が。

  彼は扉から離れ怪訝な顔で鳩に近づき、それを見る。

「鳩.....さっきの気配もこれか。なぜ此処にいる?」

  鳩は首を傾げるような動作をするだけで、何も語らない。

 

 

「『以心伝心』のスキルで、デストロイヤーに乗り込んでからファントムさんに付いて様子を見てもらってたんです....」

 

「っ...ヒトミか」

  彼は一瞬目を見開き、そして声の主の名前を呼ぶ。

  声は扉のある背後からするが、彼は振り返らない。

 

「ファントムさん。止めてください...」

  背後のヒトミは悲痛な顔で、乞うように言った。

 

  彼はそれを聞いて、嗤う。

「この際どうやって来たかは聞かないでおくが。それで、何をやめろと?」

 

「今のそれですよ!もう止めてください」

 

「それというのは、盗賊のようにデストロイヤーの情報を探るの事か?随分馬鹿げた事を言うな...何故だ?」

 

「そのやり方は、何て言うか...らしくないですよ!」

 

「...何だと?」

「いつものファントムさんならもっと淡々として、そこまで必死そうに、辛そうにしたりはしませんでしたよ?」

「っ...!」

  その背後からのヒトミの言葉に、彼はピクンと肩を震わせる。

 

 

 

 

 

  そして、彼は...深い。深いため息をついた。

 

「......辛そうだと?知ったように言うじゃないか」

  心底失望したように、呆れたとばかりにヒトミに向く。

  その表情は、いつもの様に呆れて苦笑する。

  というよりものではなく、心底ヒトミを嘲た乾いた笑みだった。

  冷たい、静かで変な重みすらある、鋭い視線だった。

 

  その刺すような紅い瞳で、真っ直ぐパーティメンバーを見る。

「お前は、俺の何を知っていると言うんだ?」

「っ」

  それは、ヒトミを突き放すような言葉だった。

 

 

 

  そして、気まずい沈黙を破り彼はポツリと言った。

「......八年だ」

「え?」

  唐突な数字に、ヒトミは声が漏れる。

「これは、俺がマトモに矢を射られるようになった年数だ。冒険者になってからじゃない。ガキの頃に弓矢を持って里でいつまでも射続けて、それでようやく戦闘で使えるモノになるまでの年数だ」

「...」

  ヒトミは、その言葉に息を飲む。

 

  すると、彼の笑みは自嘲に変わる。

「笑えるだろう?魔法どころか俺は、弓矢の才能も無かった...そして全て本と独学だ。弓矢なんて派手さがなくてダサいと言って、俺の里で使う奴は稀有だったからな...それでも追い付きたい人がいた、だから一人で一から今までやってきた......お陰で冒険者になってアーチャーから『狙撃』スキルを教えてもらった後は、運なんてなくても狙撃は楽だったがな」

  彼はそう言って、続ける。

 

「そしてヒトミは今、レベルはどれくらいまでいった。確か三十そこらだろう?俺は冒険者になってから約三年でやっとそこまでいった...冒険者はレベルが上がりやすいんだがな?」

「そ、それはファントムさんがトドメをくれたり戦い方を...!」

「かもな。だがもうそれは『お前の』だ、『俺の』ではない.....レベルはどうあれ、初期のステータスは残酷だと思わないか?そいつの才能が完全に数値化されるからな。お陰で俺に突出した才能なんてないと突き放される......そして、才能がある奴の殆んどがそれを使いこなせない...『宝の持ち腐れ』だな?」

  彼は肩をすくめる。

 

「ここも同じだ。もし情報がつまった書類があるならその知識がギルドに持っていかれ、ギルドは湯水のように溢れる金を得て。そして知識に肥えている連中が持っていく。そうしたらどうなる?答えは二の舞いだ。下手に才能がある奴等はどうしてか間接的な情報と自分の才能を特に盲信する傾向にあるからな」

  彼はヒトミの後ろを指さして言った。

 

「だが....俺はそうならない。決して『宝の持ち腐れ』はしない。その知識を吸収して有効活用し、今後の俺の為に役立てる」

「っ」

 

「油断なんかしない。盲信する才能は最初からない。俺にあるのは生きてきて得たこの『経験』と試してきた確実な『知識』だ....例え失敗するとしても、間違え時は見極めている上、反省し次に成功すればそれは失敗ではなくなる」

  彼はそう言って、ヒトミへ、扉へ一歩前に出た。

 

「この機動要塞は実に魅力的だ...その仕組みはまさしく間抜けだろうと稀代の天才が造り出した技術の結晶。何世代も先の技術だ...彼等は目先の危機と腐るほど溢れる金と上辺だけの下らない名声に囚われて、その価値とこの状況をわかっていない......まぁ、俺としては都合がいいがな」

  諭すように、ゆっくりと、丁寧に言った。

 

  だが、あまりにも無機質でもあった。

「お前もソイツらと同じだよ、その先にあるかも知れない可能性に気付いていない。そこをどけ、ヒトミ」

 

  しかし、緊張で胸を押さえていたヒトミも引き下がらない。

「っだ、駄目です。ここから先は行かせられません」

  扉を守るように、彼の進路に立つ。

 

「どけろ」

「嫌です。私は今のファントムさんを見過ごせません!」

「お前の勝手なんか知るか」

「駄目です、ファントムさん。戻ってきてくださいよ...!」

「ふざけるな、俺は俺だ。何も変わらない」

「いいえ、今のファントムさんは、違います」

「ならお前の見る目が腐っていただけのことだ」

「いいえ。私の目は腐っていません」

「時間の無駄だなっ、もう一度言う。そこをどけろ」

「嫌です!!」

「っ......!!」

 

 

  彼は青筋を浮かばせ歯噛みし、吠えた。

「邪魔をするなと言っているのがわからないのかっ!!!」

 

「ッッ!!」

  彼の咆哮に、ヒトミは悪寒がぞくりと走り目蓋が温かくなるのを感じた。

 

  彼は決壊したかのように息を荒げて、ヒトミを睨んだ。

「お前は才能がある!女神にみいられた!そして与えられた...!まさしく選ばれた存在だな?だが。俺は違う!俺がお前を理解できないようにお前に俺の理解はできない!」

 

「才能があるのは構わないさ!それを生かそうが殺そうがソイツらの勝手だ!!だがお前らは、それを持たない奴の気持ちを考えたことがあるのか!?理解しようとはしたのか!?」

 

  真っ赤な瞳で、殺せるような視線でヒトミを睨む。

「無理だな!『理解できる』は詐欺師の常套句、結局どんなに頑張っても互いを『理解したつもり』にしかなれないんだからな!!お前の行為は善意でも偽善ですらないただの愚行だ!!」

 

「っ.....!」

「一番気に入らないのは自分すら理解できずに自分の才能を野放しにした上で他の奴等に才能があると妬み吠える奴等だ...!そいつの積み重ねを才能の一言で片付けるのが、俺は腹が煮えくり返るくらい大嫌いだった!」

「それはっ」

「俺には間違いなく才能が無い!ステータスも平凡!紅魔族に生まれて才能もなく、特技と言える代物も持たずに数年を生きてきた...一度で覚えられないから何度も同じ本を読んで知恵を頭に叩き込んだ。森に行って体に毒物か否かを体に染み込ませた。矢を何度も何度も射てマトモ的に当てれるようにまで何年もかかった.....!それでも!そこまでやっても何度も死にかけた!」

「!」

 

「富も名声なんか知るか!選ばれなくたって構わない!所詮それを享受するのは俺じゃない他人だからな!!」

  選ばれない自分、才能の無い自分。

  それに比べて恵まれている彼等から、自分はどう映っているのか。

  悲観しても仕方ないと割りきって、それでも尚付いてくる足枷。

  嫉妬が、自分や周囲への怒りが意思に反して沸々と音をたてる。

 

  彼は肩で息をする。そして少しだけ落ち着いた声色で言った。

「『やれば出来る』は欺瞞だ...才能が無い奴を知らない、それは無意識な暴力だ.....必死にやっても出来ないことはある。死ぬほど積み重ねてやっと人並みに辿り着く奴だっている」

  それが、自分だから。

 

  それでも。彼は、小さい頃に憧れを持ってしまった。

  追い付きたいという彼女(目標)に会ってしまったのだ。

 

「それで何もかもを無駄と切り捨てれれば簡単なのにな.....なぁ、求める事の何が悪い?願い求める事の何が悪い?才能がある奴から技術を盗んで何が悪い?お前はここで俺の足枷になって、何が得られる?」

 

「俺はここで技術を盗み知識をえる。だがそれでも...どんなに積み重ねても才能がある奴等に容易に追い付かれるだろうな?これが笑わずにいられるか?」

  ここまで来ても、彼を抜かす冒険者は後を絶たないだろう。

  ゆんゆんやめぐみん。ヒトミだって、今は勝っていても数年もしない近い内に彼を優に越える存在になるという確信が彼にあった。

  才能がある者が努力をすれば、努力を重ねても届かない場所に行く。

 

  悲観ではなく、冷静に見れるが故に、突きつけられる現状。

 

  努力しても追い付かれる、届かない。

  それでもなお、足掻きたい理由がある。

  もはや、呪いに近かった。

 

  彼が溜め込んでいた心の嘆きは、あまりにも不遇だった。

「...ファントム、さん」

  ヒトミは涙を流しながら、パーティメンバーを見る。

 

  彼の積み重なった重荷は、誰も持つことを許さなかった。

  彼自身が、それを許さなかった。

 

「.....イレイシアで、ある奴が俺を後ろ指をさして『底辺に生きる憐れな運命』だと笑った。理不尽なのは百も承知だが、これが運命などと割り切ってやるものか...!」

紅い瞳は、真っ直ぐであった。だが、そこにはどこか『黒い意志』が揺らいでいる。

 

  彼は息を整えて、矢を(つが)える。

「それに同情なんかこっちから願い下げだ。お前(選ばれた者)が、勝手に憐れんで(何も得られなかった者)の邪魔をするな....頼む。これが最後の忠告だ。ヒトミ、そこをどけ」

  それは、先程とくらべて明らかに静かな。

  だが確かな殺意のこもった言葉に、一滴の哀しみが混ざっていた。

 

  その彼の胸中を聞いたヒトミは。

 

それでも、動かない。

「そうか...ならばこのパーティは解消だな。悪いがこれ以上はお前に付き合いきれん、ここでお別れだ」

  彼は怒りの感情を抑えるように目を閉じて、無理に落ち着いた声色で言った。

 

  すると、ヒトミは口を開ける。

「それ、でも...私、は。私は、前世では足が動かせませんでした。後天性の、重い病気です」

「....なに?」

片眉を上げる。

「言ってませんでしたよね?昔は普通に歩けたのに突然足が動かなくなったんですよ。でも今は見ての通りです、きっと、いえ絶対に女神様が与えてくれたんだと思います......確かに与えられてばかりにですね、私は」

「...」

  彼は、無言でじっと俯いたヒトミを見る。

 

「確かに私は馬鹿なので、私にはファントムさんの思いも苦しみもわかりません...わかりませんが、でも『理解したい』と思うのは、間違いじゃないと思います!」

「っ」

「...ファントムさん。私は、今までのファントムさんを間違っていないと思います...ですから、これは我が儘と言われて結構です。貴方から嫌われても...スゴく嫌ですが、それでも私は言います」

 

  ヒトミは一拍置いて、顔をあげて言った。

  赤くなった目尻で、ハッキリと彼の緋色の眼を見て。

 

()のファントムさんは間違っています。まるで、ナニかに取り憑かれているみたいです.....何かはわかりませんが、それは富と名声に拘っている人達と、私は変わらないと思います」

「!...ソイツらと、俺は同類だと?」

  そのヒトミ言葉に、彼は青筋を浮かべた。

 

「はい。だから、私が止めます...ファントムさんは前に言ってましたよね...『俺が間違ったらお前が正してくれ』って。それが、今です」

「間違い?お前が止めるだと...?ならやってみろ。お前に教えた技術や知識は、その全てが俺が教えたものだ」

  彼は抑えきれない苛立ちの中、それでも感情を押し殺して言った。

 

  今までのヒトミを知っているが故に、パーティメンバーとして接してきたが故に。

  だからこそ、絶対に油断(・・)しない。

 

「...かも、しれませんね」

  ヒトミは冷や汗を流しながら、でも笑って小さくうなずく。

「ですが...『マジシャン』はそのタネを明かしません。ファントムさんに教えたのはその極一部のスキルです。ですから...」

「勝てると?...時間は惜しいが、いいだろう」

  そう言って、彼は弓矢を下ろした。

「え?」

  その行為にヒトミは一瞬戸惑うも、彼は矢を入れた箱の、胸の留め金を外しながら静かに返す。

「勘違いするな。マモトな鏃、毒や麻痺矢はデストロイヤー戦では不要と判断したから持ってきていないだけだ。煙玉や他の管もな。だから移動用のハーネスを腰に付ける容量が空いたわけだが....それに、この鏃では俺も爆発に巻き込まれる。使うとしたらただの脅しだ。さっきみたいな、な?」

  彼は自分の弓を地面に放り、矢の入った箱をその近くに投げた。

 

  彼は投げた弓矢に視線を当てながら、仮面のような表情で言った。

「しかし。それが誤算だったな...とんだ伏兵だよ、ヒトミ。ここまで俺の怒りの感情を出させるとはな。この感情操作にはマジシャン冥利に尽きるんじゃないか?」

「...マジックは、人を楽しませる為にあります。怒らせるためではないです」

「そうか。ならこれからお前は人を楽しませる物で人を傷つけようとする訳だな」

  皮肉なものだな?と彼は苦笑しながら腰の横に挿していた短剣を抜いて、その刀身を眺める。

 

「これは付けられる余裕があってな...しかし、お前と会った頃は初心者に毛が生えた位だったが、今では駆け出しのこの街では上位レベルだと自負している」

  彼はそう言って指を器用に動かし、クルクルと短剣を回す。

 

  そして彼は指を止め、ヒトミにその刃を向けた。

「殺す気で行くぞ、ヒトミ」

「っ...」

 

  ヒトミはそれに一瞬息を飲み、そして。

 

「遅い」

「!」

 

  彼はその隙を突いて駆け、ヒトミの肩を短剣で刺した。

  その刹那。ヒトミの体は鳩と化す。

 

「なんだとっ...!?」

  彼は目を見開く。

 

 

「驚きましたか?ファントムさん」

  そして、背後からの声に歯噛みする。

 

「っ.....ふざけている。訳ではない、か」

  振り向くと、刺した筈のヒトミの肩には傷一つ付いていない。

「はい、大真面目です。これから行うのは私のマジックショー。観客はファントムさん、あなただけです.....タネも仕掛けもございません」

  ヒトミは鳩に紛れながら、ハットを胸の前に向かわせて深くお辞儀をする。

 

 

  最中、彼女の脳裏にある光景がフラッシュバックした。

 

 

 

『....あの子ったら、真面目すぎる事があるんだよね~....それに私じゃあ変に気を遣って抱え込んでいる物を吐き出してくれなかったんだ』

  台所で、りえりーは椅子を使ってヒトミと並んで楽しい会話をしながら下準備をしていた時。

 

  その言葉は突然放たれた。

『....りえりーさん?』

  突如変わった声色に、ヒトミが怪訝な顔で彼女の方を向くが、りえりーはどこか寂しい笑みを浮かべたまま、巧みに包丁を使い暴れていた野菜の皮を剥く。

 

『こんな事言うのは親としては失格かもしれないけど...ねぇ、ヒトミちゃんにお願いしてもいいかな?ずっと一人で、誰かと見えない壁で接してきたあの子が....勝手に何も言わずに里を出ちゃったあの子が、初めて誰かをここに連れてきた。貴女に』

『...っ』

  りえりーは手を止め。自虐的な、どこか切ない笑顔で言った。

 

『....彼の隣にいてあげて、意見を言える対等な存在になってくれないかな?』

 

 

  目を開けて、意識が現実に戻る。

 

「...もう、早すぎますよ?」

  そして、ヒトミはボソリと呟いて小さく笑った。

 

  あの時、何も言えなかった自分はどんな顔をしていたのだろう。

 

(いつも震えてばかり、足引っ張ってばかりの私に、こんな事が出来るかなんてわからないけど....)

「ファントムさん...是非、私の成長をご堪能してください」

 

  ヒトミは帽子を被り、そっと顔を上げる。

(やるしか、ない)

 

  そこに、もう迷いは無かった。




やばい....コメディが翼を生やして飛んでいったぞ...。
「俺を呼んだか?」
ハッ、その声はシリアス先輩!?

「次回はヒトミとファントムが闘うんだろう?俺の出番じゃねぇか!」
うっ、確かにそうですね...戦闘描写にコメディ要素は厳しい....ここはシリアス先輩の独壇場か。

「っしゃぁぁぁぁ!!」
......まぁ、とは言っても残り後篇とエピローグの二話ですがね?
「っ!?」


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この理不尽な要塞に終焔を!後篇

「.....」

 黒に塗られた空間の一室で、一人の女性がいた。

 

 彼女のいるところだけは、スポットライトが当てられたように白く光っており、その美貌と共にどこか嬉しそうに、だが物憂し気な顔でテーブルの上にある水晶を見ているのがわかる。

 

 そして、その水晶の先では二人の男女は、闘っていた。

 

『...ねぇ、見てほしいものがあるって言うから現世から来たんたけど...何しているのよ、フリューゲル?』

  すると、彼女の背後から別の声と共に歩く音が聞こえた。

  アリンだ。半目で赤髪を揺らしながら、受付嬢の時とは全く違い白と金で彩られた豪華なドレスを身に纏っている。

 

フリューゲルと呼ばれた彼女は、微笑む。

「よく来てくれたわね、フィーナ。その素敵なドレス似合ってるわよ?」

「ありがと。でも私はこれ嫌いよ....まぁ決まりだから守るけどさ」

  フィーナと呼ばれたが、間違いなくアリンの容姿をしていた彼女は、着ている美麗なドレスに顔を歪めた。

あまり、気に入っていない様だ。呆れた顔をする。

「お疲れ様ね」

「....アンタはずっとここか天界にいるから知らないだろうけど、現界との行き来って結構面倒くさいのよ?『生真面目エリス』はよくやってるけど、私は無理。いつか過労死するわねあれ...」

  彼女は疲れたような表情で、フリューゲルと呼んだ女性を軽く睨む。

「エリスちゃんは頑張りやさんだものね」

 

どこか会話に荘厳さこそ欠けるものの、二人は立派な女神であった。

ここは天界と現界の狭間。転生者を迎える場でもある。既に仕事は一段落ついているのであろう。

 

フィーナは本題に入る。

「それで?同期のよしみで来たけど、どうして理由も言わずにわざわざここに呼んだのよ?」

「ごめんなさいね。でも見てほしいものがあったのよ、それはアリンではなくてフィーナじゃなくちゃね?」

「はぁ?というか現界の名前を出さないでよ、一応区別してるんだから」

「あっちのフィーナの敬語は新鮮で好きよ?」

「.....アンタもし私にかまけてて真面目に仕事して無かったら上にチクるからね?」

「あらあら、怖いわ~」

 

  軽い会話を終えて、

  フリューゲルは低いトーンで水晶を見るよう促す。

「これを見てほしいの...あまり、あなたには見てて心地よいものではないけど」

「ん~?なによそれ、これで現界の様子を見てたのね...」

勧められた通り水晶を覗き、フィーナは息を飲んだ。

「...っ。クロと、ヒトミ?何してるの、これ?」

 

フリューゲルは説明に困ったのか、苦笑する。

「殺し合いと言うには物騒だけど、喧嘩と言うにはあまりにも本気すぎるわ...あら、クロ?彼一応ファントムって名乗ってるけど、それじゃなくていいの?」

そして水晶に映る一人の呼び名に、怪訝な顔をした。

「いや話した記憶無いのに何で知ってるのよ.....ここにクロはいないからいのよ」

「そういうものかしら?」

「いや、今は呼び名なんてどうでもいいでしょ...何でこうなったのよ?原因は?」

 

  フリューゲルは指の腹を自分の口に当てる。

「そうね...引き金はデストロイヤーかしら。彼は何としてでもデストロイヤーから得られる情報が欲しくて、ヒトミはあまりに必死過ぎる彼を見かねて止めようって状況ね、ざっくりだけど」

「ふ~ん...」

  かいつまんだ説明を聞くと、フィーナは難しい顔をする。

 

「デストロイヤーって確かアクセルに向かったあれよね....背景は何となくわかったけど、でも納得できないわ。それでここまで発展するかしら?」

「気持ちはわかるけど。この水晶から見える光景が現実よ.....彼は力に固執しすぎているみたいね。それよか、彼のことは貴女のほうがよくわかっているでしょ?」

 

「まぁ、それは私もたまに感じたけどここまで必死に.....あ、そっか。デストロイヤーだからね?」

フィーナは腑に落ちたとばかりに呟き、フリューゲルはそっと頷いた。

 

「そう。デストロイヤーはこの世界でも明らかにトップレベル、なら力が欲しい彼が放っておく筈がないのよ」

 

フィーナは、複雑な顔をする。

『アリン』として接してきたイレイシアの彼は。確かに、話が通じる相手からは情報という情報を、そして冒険者であるためにスキルを見せてもらっていた。

その表情は彼が言う気になる『好奇心』よりも、若干自分の物にするという『執着』に、近いものを感じていたのは、違和として感じていた為に否定できない。

 

好き嫌いはあっても決して贔屓をしない。そう決めていたフィーナは、アリンは、それを周囲と同様な忠告程度にしか出来ず、彼には響いていなかった。

 

「デストロイヤーすらも、ねぇ.....」

そんな背景からか、フィーナはポツリと呟く。

「確かこの機動要塞の制作者は...日本人の転生者じゃなかったかしら?アラアラ。彼ったら随分と転生者に縁があるみたいね」

「.....今の状況見たら笑えないわよ。それに縁とは言っても誰かさんを皮切りに、ね」

  フフフと笑うフリューゲルを一瞥するフィーナ。

 

すると、フリューゲルがピタリと止まる。フィーナはふと水晶に視線を送るが、特に決着が付いた訳ではなさそうだ。

怪訝な顔をすると、フリューゲルがフィーナを見る。

「フィーナ」

「ん、何かしら?」

「私思ったんだけど....『アラアラ』と『フフフ』って、合わせると『アラフ』にならない?」

「......何をいきなりトンチンカンな事言ってるのよアンタ」

いきなり唐突に馬鹿な事を言った彼女に、フィーナは嘆息した。

 

(本当に、同期じゃなかったら付き合いきれないわ.....)

「それで?フリューゲル、アンタ最後まで見届けるつもりなの?」

閑話休題、とばかりに呆れた顔を上げる。

「えぇ勿論。でも見てるだけよ?ここで何かちょっかいしたら、今度は『余計なことするな』って私が彼に恨まれて殺されそう....それに以外と、これは無理と断言できないし」

「『神殺し』の称号なんてクロが一番欲しがらないわよ...それに天界から現界にちょっかいなんてかけたら、天界のルールに反しまくってるからね?今まででも黒よりのグレーなのよアンタ」

  フィーナは半目で釘を打つ。

「フフフ、殺せないとは言わないのかしら?」

「現界に降りないくせに、揚げ足を取るわね......アンタよく気に入った子に贔屓しようとするし、他の女神からそういうところも嫌われてるのよ?自覚あるでしょ?」

「良いのよ、私は私。他は他よ...ちゃんと仕事はしているでしょう?それに、女神なら私にはフィーナがいれば十分よ」

「『癒し』の女神が聞いて呆れるわね.....」

「あ、ほら見てフィーナ。彼が頑張ってるわよ」

 

  そして既に話を聞かず、既に嬉々として水晶に向き直っていた。

 

  フィーナは嘆息する、もう慣れたと怒る気も沸かない様子だ。

「ったく、本当にそういう所よ...というかフリューゲル。アンタ案外クロの事買ってないかしら?」

すると、フリューゲルは少し意外そうに。

「あら?努力して前を向く人を応援しない女神なんていないでしょう...?あ、現界に堕ちたアクアちゃんは別でね?」

「あんた今然り気無く毒吐いたわね...まぁアクアは自業自得だけど。でも、少し意外ね?偏屈なあんたがそこまで買うなんて珍しいわ」

「そう?あまりそんな意識は無いけど.....彼は、なんというのかしら....才能の無さと周囲にうちひしがれながらも、折れない感じ...『不屈』って言うのかしら?私は彼の、そういう健気なところ結構好きよ」

  そう言ってフリューゲルは、穏やかな笑みを水晶の先の彼に向けた。

 

  フィーナは片眉を上げた。

「ふーん、健気ねぇ...でも何もしないのね?ヒトミと違って」

「えぇ。流石に私もルールに触れて堕ちるのは嫌だし、それに。私は贔屓されない、与えられないで尚足掻く彼のままでいてほしいわ....それよりフィーナ。まるで私がヒトミに沢山してあげてるみたいな言い方ね?」

フィーナは苦笑する。

「いやどの口が言ってるのよ、あんなトランプおかしいでしょ?あの異常な切れ味や頑丈性でさえ微妙なラインなのに。毒の判別から道案内まで出来るとか....あれはまさしく反則(チート)でしょ?」

「あら?この世界に慣れない転生者に贈り物(チート)をあげるのが役目よ?魔王を倒すためと上も言っているのだし、何も問題ないわ」

フリューゲルは悪びれる事なく。

むしろ逆に、いいことしたと言わんばかりだ。

 

フィーナは頭痛を諌めるように片手で頭をおさえる。

「あんたねぇ.....ホントにいい性格してるわ」

「あら、ありがとう」

「褒めてないわよ.....つーか今のあんた、まるで『真の悪役』的な立ち位置ね」

「あら?それは誰視点かしら。物語も闘いも正義も、視点次第で全てが変わるのよ?」

「癒しの神が言うことじゃない、それ」

  それを聞いて、フィーナは苦笑する。

 

そして、真顔で。

「ヒトミを『イレイシア』に送ったのは、このため?普通なら駆け出しの『アクセル』に送るはずなのに...クロに会わせて、ここまで計画通りなのかしら?」

「あら?彼に会わせたのはフィーナよ?」

「傲慢の無さと豊富な知識、一番の適任はクロだったからよ....」

実質、イレイシアにはそういう冒険者は多かった。アクセルから来たことで、自分に高くなる評価。心の奥底にある『コイツらと俺は違う』という視線。

 

彼には、それが無かった。例え口にしたとしても、そこに心は無く強いて言うなら挑発に使う程度。

無論全員がではないが。彼以上にアリンがイレイシアで『信頼』出来た人物はいなかった。

それはフィーナではなく、ギルドの一受付嬢として働いた、冒険者を見てきた彼女が。

 

故に、彼しかいなかった(・・・・・・・・)

フィーナの口が、自然と開く。

「......ねぇ、フリューゲル」

「なにかしら?」

 

 

「アンタ、どこまで本気なの?」

「『どこまでも』よ」

 

 

 

その蠱惑的な笑みに、フィーナは嘆息を漏らす。

「へぇ。紅魔病って、女神にもかかるのね.....ま。私は現界に帰るわ」

 

現界に帰る。

その言葉にフリューゲルは一瞬だけ、表情を固めた。

「...あら、最後まで観なくていいの?」

「えぇ。私的にそれ悪趣味だし、二人を信じてるし...見る必要もない.....何よりこのゴワゴワなドレスを着る今のフィーナより、アリンの方が気が楽だしね」

  そう言って、フィーナは振り返らずにヒラヒラと手を振りながら、スポットライトの当たらない闇の中に消えた。

 

その背中を見て、闇の中でまだ消えていないことを知って。

「フィーナは、変わり者ね」

『それ、アンタに言われるとかなり癪よ』

「こんな変わり者に付き合ってくれるのよ。フィーナも十分な変わり者でしょう?」

『なにそれ、喧しいわよ.....はぁ、じゃあね?』

「えぇ、また会いましょう」

『次会うときはその悪趣味、マシになってることを祈るわ』

そして、この世界から気配が一つ消えた。

 

  一人となったフリューゲルは、頬を膨らませる。

「もう。悪趣味だなんて.....私だってこうなることまでは想像してなかったわよ...まぁいつか衝突するとは思ってたけど」

  癒しの女神どころか、女神と疑う様な言葉が響く。

 

 

「でも....嫌われ役なんて、簡単ですものね?」

  フリューゲルはそう言って、緩慢とした笑みで水晶を覗く。まるで我が子を見るような瞳で。

 

 

水晶を通した二人の表情には、違っても嘘がない。

どちらも透くように純粋な、でも決して不純物が無いわけではない。

それでいて真っ直ぐだから、そこがどこか物寂しい。

 

その色違いな二人には明確な壁があるから。

黒と白が混じると『灰』になるように。

一度混じってしまえば、二度とその色は戻らないように。

 

「...だからこそよ。当たり前の事じゃない?彼等は色じゃなくて人間ですもの。完全なんて無いわ、私は応援したいだけ」

 

『癒しの女神』がそう言って、笑った。

「二人は呆れるくらい真っ直ぐなんですもの...だったら本音と本気でぶつかって、そして仲直りが一番よ。そうでしょ?」

 それは、誰への問いかけだったのだろうか。

 

 ◆◇◆

 

 

  水晶の先の世界では、片方の息が切れていた。

 

彼である。

「クソッ...!」

  彼はヒトミへ攻撃が届かない事に腹をたてており。

タイムリミットもかさみ焦りが怒りの拍車をかける。

 

(間違いなく、押されているのか......!)

ギリリと歯噛みする。

  彼は、ヒトミのマジックに翻弄されていた。

 

  頭で理解しようとすればするほど、彼の常識に靄がかかるのだ。

地上(・・)から出たトランプが舞い。

何もない(・・)ところから鳩が出る。

  物が床では無く天井に落ち(・・)

花束の花弁が文字どおり宙を舞う(・・)

  攻撃しても、消え、しかしどこから(・・・・)でも現れる。

  大胆不敵、神出鬼没。

  まるで雲を掴むような感覚、手応えなどもはや皆無。

 

欺くマジックは、彼に確かな手応えを与えていた。

 

実際のところ、二人の相性は最悪だった。

彼は常に視野を広く考えて、最善を見つけて行動する事を常に頭に置いており。

そして、そこには自分が持つ『経験』が生かされていると信じてきた。そう体が染み込んでいる。

 

だが、今の状況はどうだろうか。

行き過ぎた『遊戯』や『道化』による常識の疑惑、それは視界の暴力に匹敵する。落ちた物が上に上がり、なにもない空間に何かが出てくるのだから。

 

『錯覚を利用する』という考えが彼にはなかった分。

彼の目は欺かれ続ける。

マジックの類いがこの世界で広く伝達していない分。

情報のない彼はこの場で対応せざるを得ない。

 

『脳が現状を把握する為に反射的に考え続ける』事が、彼の『経験』が、彼を生かし続けたそれが。紛うことなくこの場では足枷となってしまっていたのだ。

 

 

  自分の常識が、ここでは完全に効かない。

まるで自分を否定されるかのようで、腹も立つのは必然だろう。

(まさか『千里眼』も使えないとはな、確かに不慣れな相手だ。だが、一番腹が立つのは...)

 

「っなぜ攻撃しない!隙ならばいくらでもある筈だ!」

  彼は吠えた。

  そう、未だにヒトミからの攻撃を仕掛けていないのだ。既に視覚を通して脳を勝手に使い続け疲弊している彼に、隙ならいくらでもあるはずなのだ。

 

  返事は、帰ってこない。

 

  彼は舌打ちし、ふと視線を自分が置いた特殊な鏃の矢に向ける。

  爆裂魔法とは言わないが、かなりの爆発を起こす鏃。

 

(...いや、駄目だ。それではヒトミを無力化できたとして。万が一ここが瓦解でもしたら助からない上に情報も得られない...短絡的になるな、冷静に考えろ)

  彼は熱のこもった頭を振り、深呼吸して息を整え。

 

「!」

  静かに、瞳を閉じた。

 

「.....ほぅ」

「クルッポッッ」

  そして、突如現れて右前から迫る鳩を、目を開くこと無く短剣で切り裂いた。

 

「そうだ。使えないものに頼るのは愚かだ」

まるで、自分に言い聞かせるように。

(目が使えないなら、他の五感を頼ればいいんだ....『千里眼』が使えない時に夜の戦闘を見越してだったが、ここで役に立つとは、僥倖だな)

  無論、それは簡単な話ではない。いきなり目を閉じて音を頼りに戦える者など、ほぼ皆無であろう。

 

  だが、彼はそれを成す。

  いきなりではなく、積み重ねによって。

  彼はあらゆる可能性を考え、そして考えうる万策に対しての努力を怠らなかったのだ。

 

先程はそれで押されていた、

不利になっていた筈の。

 そのもはや、狂気に近い努力故にだ。

 

それでは、今回のヒトミの点において思い付かなかったのは。偶然なのだろうか。

 

そんなことは、今の彼には無用な思考だった。

 

......ザリッ

  そしてその耳は、地面を擦る微弱な音を拾った。

 

「そこか」

 

  そう言って、彼は目を閉じたまま音のした方向に、左手で腰に挿していた一本の投げナイフを取り出し、放った。

 

「うっ!!」

  その一刀は、ヒトミの肩を軽く抉って通りすぎ、壁にぶつかりキンと音をたてて落ちた。

「やっと捉えたぞ...まさか予備の投げナイフを外し忘れていたとはな、俺はまだまだ管理が甘い」

  彼は瞼を上げて、肩をおさえるヒトミを見る。

 

 その顔に、感情は映らない。

血の色と同じ迸る紅い瞳は、彼女をただ写すだけだった。

 

短剣を、握り直す。

「さて、血が出てしまえばこちらのものだ...いくらマジシャンが欺く事が巧みでも、濃い血の臭いと血痕は消せないだろう?」

  彼はそう言って、片眉を上げる。

「さて。この状況、俺は迷わずお前を斬れるぞ...お前はどうだ?先程までの行為、人を傷つける事はできるのか?」

「...」

「やはり。前から思っていたがお前は冒険者に向いていないよ、ヒトミ」

「っ『鳩出し』ッッ!!」

  ヒトミは痛みに顔を歪めながらも歯を食い縛り、ハットを掴んで大量の鳩を出す。

 

鳩が怒濤の勢いで押し寄せるなか。

「しつこい、もう飽きたぞ」

  彼は迷わずヒトミのいた方に突っこみ、短剣を振るうが、それは空を切った。

 

その足場には、血が数滴落ちている。

(移動したか......っ!)

  そして、彼はあることに気付いて舌打ちする。

 

『クククルルッポーー』

出した大量の鳩が、消えていない。

その鳴き声が重複して、どの鳩がどの位置で話しているかもわからない。さらに数匹はヒトミの血痕らしき赤い斑点が見える。

(成程、耳を封じられたか...それにこの数に邪魔されてロクに臭いを判別する暇もない)

 

「咄嗟にしてはやるじゃないか、考えたな」

  色の無い顔で、見えないパーティメンバーを誉める。

 

「だが...!」

 

  彼は走り出し、羽ばたく鳩を無視してスライデイングの要領で滑るように自分が放った弓を掴み。そしてそのまま片膝立ちで短剣を矢の代わりにつがえて。

 

  先程いた自分の左後ろの、何もない方向に向けた。

「『狙撃』」

 

  低い声とともに、短剣は放たれた。

スキルによってさらに命中精度が増した短剣は真っ直ぐ飛び、

  何もない空間で、ドンッと鈍い音と共に止まった。

 

「......っ!!」

 

  同時に鳩が一斉に消え、そして宙を舞うトランプ達も、重力によってパサリ地面に落ちた。

 

  そして何もなかった空間に、ヒトミが前のめりになって動かない姿が視認できた。

 

当たったのだ。

 

「手間取らせたな......短いからしっかり引けないし、鞘で撃ったから殺してはいない。だが確実に骨は折れただろうな」

  彼はそう言って、息を吐いて立ち上がる。

 

「戦闘は悪くない線だが、癖があったな。俺の左後ろばかり隠れている節があった...目を閉じた時に確信したよ。正直に言って危なかった、まさかあのお前がここまでやる奴とはな」

まるで台本があるかのような、感情のない台詞。

 

 彼は口元を手の甲で拭い、踞って動かないヒトミの先にあった扉に向かう。

 

「驚いたよ。だが、その姿を見るのも最後だ」

 

  彼女を通りすぎる際、ヒトミはフラリと体勢を崩し横に倒れた。

 

  そしてそれをチラリと一瞥した彼は、目を剥いた。

「なっ...!?」

  倒れるヒトミの腹部から、溢れるように一枚のトランプが地面に落ちる。

 

  絵柄は、ハートが三つ描かれていたのだ。

(っ馬鹿な!?それは俺が持っている絵柄....)

  彼は咄嗟に胸のポケットに入っているのを確認しようとして。

 

  そして、ピタッと自分の失態に気付いた。

(いや、待てよ。そもそも何故、腹からトランプが出てきた...っ!!)

 

  だが。気付いた頃にはもう遅い。

「しまっ...!」

(絵柄を同じだと思わされたトランプも、気絶したように倒れたのも囮。くそ、騙された(・・・・)!!)

  既に飛び上がったヒトミが、その別だった絵柄のトランプを持って彼の元へ跳んだ。

 

彼は迫り来るそれに、だが思考を止めない。

短剣は足元。投げナイフも無い、魔法ではこちらも喰らう。この体勢では拳も、間に合わない。

 

この一瞬で、彼は間に合わないとわかっていた。

わかってしまった。

 

「なめ、るな!」

だが、折れない。

止まりかけた思考を無理矢理動かした。

 

(...俺には、コイツから譲渡されたトランプがある!)

そして。少しのけぞった若干無理な体勢からトランプを取り出そうと胸に右手を入れ。

 

 

(......なに?)

手が、体が。ピタリと止まった。

手応えで、トランプは確かにあった。

まだ間に合ったはずだ、彼女のトランプをトランプで受けて防ぐ。

それからなら、肉弾戦なら何とでもなる。

 

 

だが、止まった。

 

頭の指示じゃない。彼じゃない。

だが一瞬だけ体がピタリと、固まった様に止めたのだ。

 

(何故、だ?)

理由は、わからない。

わかるのは。その失った一瞬は、あまりに大きく。

既に、ヒトミをトランプで防ぐ猶予はなかった。

 

万策が、尽きた。

 

彼に抵抗の手だては無い。

(負けるのか?俺は...勝てないのか?ここまでやって?)

ふと赤く染まった瞳に、何かが込み上げた。

ゆっくりと流れる時間の中、彼の心底で何かが音をたてて壊れてしまったかの様に。

(また、負けるのか)

 

 

そしてヒトミは、もう目前で。

 

「っな...!?」

  その勢いのまま、彼の胸に抱きついた。

  予想外で思考が飛んだ彼から間抜けな声が漏れる。そして脱力した体はバランスを崩し、彼はヒトミに抱き付かれたまま尻餅をついた。

 

「「.....」」

  少しの間、静寂が訪れる。

 

「っ」

 ようやく動き出した彼は、剥がすよりも先に、胸から下に感じる違和に向けて片眉を上げた。

「お、おい。なんの、つもりだ....?」

いつもより戸惑いの入った彼に、ヒトミは涙声で。

「私、やっぱり我儘です.....ファントムさんを、最後まで恩人を攻撃できませんでした」

「......」

「喋ったらバレると思って...でも。それでも見破られて...驚かそうって隠れて練習してて、でも言われないと知らなかった癖もバレて....でも今のファントムさんは、私の知っているファントムさんです」

ヒトミは涙に濡れた顔を上げる。

「...そう、か」

  涙ぐみながらも心底安心したような顔に。

彼の瞳が、徐々に黒に染まる。

 

 

  それを見て、ヒトミはお日様のように笑った。

「良かった、です...うっ」

そして、少し苦しそうに笑う。

「それでも、お腹は痛いですけどね。後...魔力不足って、思ったより、辛い...です。ね?」

  そう言って顔が再び彼の胸に落ち、クタっと完全に彼に体重を預けた。

 

「...おい?」

彼はヒトミの肩を掴み、あることに気付く。

(気絶したのか...いや違う。安心して、寝ているな?)

安らかな笑みを浮かべたまま寝息を立てていた。

「この状況でか....?本当に、読めない奴だな」

  はぁ、と彼は息を吐く。

 

「だから、負けたのか.....最後の最後で気を抜くとはな。俺はやはり、まだまだまだ」

  彼はそう言って、苦笑する。

 

それに、と。先程のトランプを胸からスッと出す。

ハートの三。彼はそれを見て、冷静になった思考でふと頭上をみる。

(....俺はあの時、迷ったのか。これ(ヒトミの贈り物)を使うのを。ヒトミを傷付けるのを躊躇ったのか)

「甘いな」

さらに表情を緩め、自嘲するように笑う。

だがさっきまでとは違う、どこかスカッとした笑みで。

 

そして、一言。

「俺もまた、俺を理解できていなかったんだな」

 

 

そして嘆息を漏らしてトランプをしまい、彼は思考を切り替えて現状把握する。

(こいつを担いで深部のここから出る事を考えると、それなりに時間がかかる....そしてタイムリミットはほぼ無いと考えるのが妥当、か)

  彼はスッキリした思考を巡らして、結論を出す。

 

「仕方無い、戻るとしよう」

  そう言って、ヒトミをそっと横に置き、立ち上がる。

 

  弓矢を拾い、ふと奥で構える扉を呆れたように見る。

「まさか...宝を目の前にして、持つことも叶わないとは」

  『宝の持ち腐れ』ではなく、持ち腐らせる事すら出来ない事に、彼は嘆息した。

 

 

  そして視線を切り、矢の箱を腹部に掛けて横にしたヒトミを背中に背負おうとする、が。

 

 

「......いや」

  彼はなにかを否定するように呟き、弓矢ごと背中に掛け、そしてヒトミの脇と膝の下に手を通し、背中に回しそっと持ち上げた。

 

  俗に言われる、お姫様だっこだった。

 

 そしてカツンカツンと彼は揺らさないようにゆっくりと、だがそれ中で出せる最大の速度で、扉に背を向け、デストロイヤーから脱出した。

 

  彼の胸中から溢れていた泥は、まるで誰かに欺かれていたかのように消えていた。

 

 ◆◇◆

 

  デストロイヤーはその後、カズマの機転でアクセルに被害が及ぶことはなかったそうだ。

  アクセルには、だが。

 

  ほぼ活躍していなかったダクネスをいじっていたカズマは、どうやらテロリストの類いであるという疑いを持たれているらしい。

  なんでも核であるコロナタイトとよばれる石を、爆発寸前のところで転移魔法で飛ばしたのだという。

 

  そして、その転移先にはアクセルの地を治める領主の屋敷に飛ばされたそうだ。偶然にも出払いで死者はゼロだが、それに憤慨した領主によってカズマには国家転覆罪というそれはそれは重い罪に問われている。

 

  そして他の冒険者やパーティメンバーにも見限られ、カズマはドナドナされていくのであった。

 

 

 

 

  そして、二人は。

 

「.....実はありったけの資料をかき集めていた。だと?」

  彼は驚愕して、隣で座っているパーティメンバーを見る。

「は、はい....ファントムさんに会う前に、というよりも会う為に『以心伝心』で鳩さん達にお願いして...実はあの部屋も、その。調査済みだったんですよね~...?」

  言いにくそうに、とても言いにくそうにヒトミは答えた。苦し紛れの笑顔はあまり効果がない。

 

「それで、どうだったんだ何かあったのか?」

  彼は若干動揺しながら聞く。

 

「お、落ち着いてくださいファントムさん」

「あ、あぁ悪い....つい、気になってな」

  ヒトミに言われ、彼は若干浮いた腰を降ろす。

「私は見てないんですが。その鳩さん達いわく、確かに沢山本はあったんです、ですが...」

「ですが、なんだ?」

  ヒトミは頬を紅くして、指を遊ばせる。

「全部女性の裸とかの、エロエロな本だと...」

「......」

  それを聞いた彼から、表情が抜け落ちた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ...ヒトミ」

「は、はいっ」

「...俺達は、何の為に闘ったんだ?」

  その、若干時と場合を間違ったようなセリフに。

  ヒトミは羞恥もあるが「エロ本の為です」とは流石に言えなかった。

 

彼の嘆息がギルドに響く。

「きっと責任者が死後の拡散や独占を恐れて、関連する書類や情報は全て処分したんだろう....そこらの配慮は出来たと言う訳か....はぁ。ならば収穫はほぼゼロ、か」

みるからに落ち込んでいた。

「い、いえそれでも!本は見つけたんですよ?これだけですが...」

  そう言って、ヒトミは彼に一冊の本を手渡す。

 

 

「...」

  彼はそれを見ても喜ばない。

何故か?見覚えがあったから。

 

  それは古びた感じでいかにも情報が詰まってそうな..........例の日記だった。

 

  バシンッ

「『ティンダー』」

「えぇっ!?」

  彼は見覚えのある表紙を見や否や床に叩き落とし、驚くヒトミを無視して燃やした。

  歴史的価値とか一切考慮せず、かれは己の感情のまま燃やした。

 

  灰となっていく本を見て、何故か『アディオス....!』と面識の無い、髭の生やしたハゲた翁がウィンクしている光景が浮かんできた。

 

 

「『ティンダー』」

さらに燃やす。

 

  彼の心と向ける視線は冷たいが。

  二度火を付けた本は、それはよく燃えて二人の体を暖めた。

 

《了》




デストロイヤー篇、終了!

シリアス「ぐわぁぁぁぁぁ!」
ああっ、シリアス先輩が死んだ!

さようならシリアス先輩、
最後位しか出番なかった人(疑問)よ。

そして久し振りコメディさん、おかえりなさい。

彼には悪いですが骨折り損エンドです。
まぁ、それよりも良いものを手に入れたと思いますが。

しかし距離縮まったなぁ。
作者より先にリア充には.....ならないよね?

シリアス「このすば要素どんどん消えてる気がっ」
まだ生きていたか、しぶとい先輩です。

さて残すところはエピローグのみ!
最終話は明日投稿します!
最後まで見てね!最後くらい見てね!


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この愉快な二人に祝福を!

シリアス先輩「ただいま」


彼の一日は早い。

いつも通り、軽い準備運動をして。

いつも通り、弓の確認を終え。

いつも通り、朝早くに依頼を受ける。

 

 そして依頼を終えた彼は、一人ギルドの席に座っていた。

 

  何をするわけでもなく、ぼぅと虚空を見つめている。

「...っ!」

  すると、突如誰かに背中を叩かれた。

 

「よぉクロ!ぼーっとするなんて珍しいな!」

「...サン、加減しろ。背骨がずれたと思ったぞ」

  そこには豪快に笑う巨漢、いや巨大な赤髪の女の姿があった。

彼が軽く睨むと、サンテリアは肩を叩く。

外れるかと思った、学習知らないらしい。

「なんだい情けないね?ヒトミがいなくなって、そんな調子で平気かい?」

「....少なくとも。目の前にゴリラの幻覚が見える程度には元気だな」

「それ全然元気じゃねぇ....おいなんつったこの野郎」

  そう言ってサンテリアは彼を睨み、隣にドスンと座ってギルド嬢兼給仕の女性に「酒を大ジョッキ二杯くれ」と言った。

 

  彼は半目で一瞥し、警告する。

「おい、まだ昼だろう?」

「構わないさ、アタシは酒入った方が強くなるからな」

「錯覚だな....いいのか?王都で名を馳せる冒険者が、昼から酒を呑み、俺みたいな奴とパーティを組んで」

「おぅ構わんさ。漸く周囲の視線に棘が無くなったんだ、ある程度の自由くらいもらってもいいだろ?」

そう言う彼女の気色は、どこか穏やかにだ。

「....まぁ、それは否定しないが」

  彼は視線をそらし、頬杖をつく。

 

  サンテリアはベルディアから得た大剣を使いさらに名を上げ、さらに彼のアドバイスを聞いてそれなりの『自重と遠慮』を覚えたらしい。

  すると徐々にだが周囲のみる目は変わっていき、今ではサンテリアは王都の五本の指に入る冒険者の一人となっていた。ちなみに二つ名は彼女が「ま、間違ってねぇからな」と言って取り下げられていない。

 

彼女も、変わったようだ。

(俺には自重も遠慮もしていないようだが...)

  そんなサンテリアを横目に、彼は視線を前に送る。

 

  確かに。ある時を境に隣にいる存在が、今はいない。

(いや、いないと言うよりは...)

  ドンッ!

「っ」

  すると、突如彼の視界が重い音と共に茶色に染まる。

  サンテリアが運ばれた木製のジョッキを目の前に置いたのだ。

  揺れで泡が少し零れて、彼の鼻に付いた。

 

「.....」

  彼は親指で泡を拭い無言で彼女の方を見ると、サンテリアは笑って言った。

「ほら、クロも呑めよ?奢るからよ?」

「断る....その為の二杯だったのか。俺はてっきり二杯ともお前が呑むのかと思ったぞ」

「忘れたいことがあるなら呑めよ、んでパァッとやろうぜ?」

「お前はこの後のクエストがあるのを承知で言っているのか?だとしたらお前の頭がパァなんだが」

「プハァ!あぁウメェ!ホントにここの酒はうめぇな!」

「聞けゴリラ、人語を理解しろ」

  既に彼の話を聞かずに、サンテリアは既にジョッキを呷っていた。

 

  彼は自分の顔ほどあるジョッキを見ながら、嘆息を漏らす。

「いなくなった、か...」

  そう小さく呟いて取っ手を掴み、ゆっくりとジョッキを傾けて呑む。

「おっ、マジで呑むとはな!ノリが良くなったじゃねぇの!」

  既に酔いが回っているのか、顔が赤いサンテリアが横で笑う。

 

  彼は口から外し、口元の泡を手の甲で泡を拭った。

「黙れサン。全く....散々だな」

 

  彼の呟きは、ギルドの喧騒に紛れて消えた。

 

 

 

 

「.....あれ。二人ともお酒呑んでるんですか!?」

 

  すると長い黒髪の、冒険者ギルドには場違いそうな格好の女性が声を上げる。するとギルドで酒を呑んでいた者達が軽く沸いた。

彼女は周囲に笑顔を配り、そしてハットを胸の前に置いて大きく一礼。

「『鳩出し』」

そして呟きと共に、ハットから純白の鳩が溢れた。

 

さらに沸く観客から離れ、トトトとこちらに走ってくる彼女にサンテリアは笑う。

「おぉヒトミじゃないか!公演はもういいのかい?」

「はい!今回も大成功で終わりましたよ.....じゃなくて何でお酒呑んでいるんですか。駄目ですよ、今からクエストに行くんですからね?」

ムッとヒトミは注意する。

「アタシは酒を呑むほど強くなるさね」

「え......サンテリアさんって酔拳使いだったんですか!?」

「馬鹿か、冗談に決まっているだろう」

  彼は驚くヒトミに半目でツッコミをいれる。

 

  そして、深い溜め息を呑み込むように酒を呷り、一言。

「なぁ、サン。『いなくなった』と言っていたが...忙しくなって共に依頼に行く『機会が減った』の間違いじゃないか?」

「ん、それもそうさな!まさかあれから、こんなに早く二人と会うなんてアタシも思わなかったがねぇ!」

  彼の言葉に、サンテリアはうなずく。

  あまり深く考えての発言では無かったようだ。

  ピキリと彼の額に青筋が浮かぶ。

 

 

  実は。

デストロイヤーの一件を終えたアクセルで。

  王都の貴族が『デストロイヤーや魔王の幹部を倒した冒険者達がいる街』に好奇心からアクセルの街に寄ったのだ。

  そこで偶然にもヒトミのマジックを観て、心を打たれたという。

  そしてヒトミのマジックに魅了された貴族はヒトミの手を握り、一言。

 

王都に来てもっと多くの人に見せて上げてほしい。

 

  より多くの人を喜ばせられるとヒトミは大賛成、そして王都に来た彼女はその貴族の予想した通り、そしてヒトミの望んだ通り大盛況だった。

  その人気は留まることを知らず、噂を聞き付けた陛下の前でもその驚きと歓喜を魅せたという。

 

  引っ張りだこの公演で得た金は、ほぼ全て貧しい者達への募金や駆け出しの冒険者への応援金に回しており、それも彼女が人気の理由らしい。

『彼女のマジックを見ると幸せになる、さらにその金で人々を救う。まさに女神だ』と誰かが言ったそうだ。

 

  きっとこれからも彼女は人々に笑顔を提供することだろう。

 

そう。既にそれから数年が経過している。

 

 

  彼はヒトミを見て、嘆息。

「それはいい.....それはいいんだ。それで、何故。俺がここにいる?」

 ......そして現在、パーティメンバーである彼は彼女のとばっちりを受けて、ヒトミと共にアクセルの地を離れて王都にいるのだ。

 

  大きくアクセルに離れない理由はないが、また離れる理由もない。

  それをヒトミが良しとしなかった。

「ファントムさんがいないのは私が寂しいから嫌です!」

「いや、子供かお前は....」

  彼は呆れた口調で返す。

 

  すると、サンテリアは口笛を吹いた。

「おあついねぇ....だが、なんだかんだとアンタも忙しいだろクロ?なんでも王都の若手騎士や駆け出しの冒険者に心得とか色々教えてるんだって?教え子から『先生』って慕われているそうじゃないか?」

  サンテリアの発言に、彼は大して関心がなさそうに返す。

 

「大した事じゃない。出来ることと出来ないこと、俺が知ってること。ソイツの得意か不得意を俺がわかる範囲で教えているだけだ」

「だけねぇ。お陰で王都の冒険者の死傷者数が激減して、上からも目をつけられているのにかい......?どれだけ経っても変わらずの偏屈頑固な奴さな?」

「黙れゴリラ。よくも王都に来た俺を見るなり叫びながらタックルしてきたな?恐怖を感じた上に怪我をした。そういうのはヒトミにしろ」

「あまりに驚いたから近寄ったらクロが吹っ飛んだだけだろう?それにヒトミにやったら危ないじゃないか」

「自覚があるのにしたのか......!それに『だけ』だと?二十メートル吹っ飛ばされた身にもなれ。受け身をとれなかったら死んでたからな?」

「生きてたんだから問題ないだろう?」

 

「っ問題大有りだ。やはりお前は『クルッポー』...鳩?」

「あの。二人とも落ち着きましょうよ、ね?」

  青筋を浮かべて睨み合う二人の間に鳩が割って入り、そしてヒトミが苦笑しながら宥める。

 

『.....』

  二人はヒトミから視線を移し、互いに顔を見合わせて。

「...おいクロ。ここでの喧嘩は止めて、依頼を受けて勝負しないか?」

「猿知恵にしては悪くない提案だな、内容は?」

「数をこなす依頼は他の冒険者に任せるとすると...『一番討伐に貢献した奴』の勝利にしようじゃないか?」

その提案に、彼は軽く顎を引く。

「乗った。行くぞヒトミ、今度こそこのゴリラに人の礼儀と常識を躾として叩き込んでやる事にしよう」

「なめんなクロ。おいでヒトミ、このクッッソ堅物を一緒にぶっ飛ばそうじゃないかい?」

「アハハ...とか言って二人とも連携するんですよね?」

「「まさか」」

(息ぴったりなんですけど....!少し嫉妬するレベルでハモってるんですけどっ)

  ヒトミは依頼を確認しに行った二人に、ひくついた笑みを溢す。

 

「....」

  ヒトミはふと立ち止まり、前方で未だに口論する二人の後ろ姿を緩慢とした笑みで眺める。

 

 

  様々な気持ちが溢れる胸を手で押さえて、そっと目を瞑る。

(女神様......素敵な出会いを、本当にありがとうございます)

 

 

  心の中で、出会ったあの女神に祈った。

 

「弓使いにはハンデが必要かい?」

「なめるな。教えるためにも弓以外もある程度は扱えるようにしている。だが逆にハンデで弓を使ってやろうという俺の良心だ」

「なめんなよ?」

「そのまま返してやろう」

「.....ってまた喧嘩してる!?それに置いてかないでくださいよ!待ってください二人とも...!」

  そう言って目を開けて、ヒトミは慌てて二人の喧騒へと駆けた。

 

 

『クルッポー』

  一羽の鳩が、無限に広がる空へと羽ばたいた。

 

◆◇◆

 

「.....た、助けてぇ!」

  森の中、一人の少年の叫び声が聞こえる。

  少年は既に木の枝の擦り傷で血を滲ませながら、それでも必死に足を動かす。

 

『ギャギャギャ!』

  背後からは、ゴブリンの群れが少年を追っていた。

  ゴブリンの手には刃こぼれしたナイフ、木のこん棒などが握られており、その少年よりも少し小さい体でも武器として十分な脅威になった。

(なんでっ、なんでこんな事に...!?)

彼は涙目で籠を押さえながら走る。

 

  そして、こん棒を持つ一体が彼に跳躍し、そして無情にこん棒を振るい...

 

 

「有難い、わざわざ当てやすい的になるとはな」

『ギャ...!?』

 

  その低い言葉が聞こえた時には、ゴブリンの体に矢が貫通していた。

 

『ギャッ』

『グギャッ!』

  さらに、次々と彼を追っていたゴブリンが倒れる。

 

既に、全滅していた。

 

 

「......え?」

  少年が振り返りその光景に呆然としていると、横からガサガサと歩く音と共に無機質な声がかかる。

「運がいいな、お前は」

  短く低いその声の方を振り向くと。丁度弓矢を下ろした、黒でまとめられた服装の大きな男性がそこにはいた。

 

  彼はゆっくりと少年に近付き、そのボロボロな体を見て怪訝な顔をする。

「本当に運がいいな?地図も鎧も武器もなく、よくもここまで来たものだ...っ」

  そして。少年の手に持つ、溢れそうな程の草の入った籠が彼の視界に入った。

 

「ふむ」

  彼は片眉を上げる。

  そこには彼の記憶が間違いでなければ、全てが薬草の類いだった。ボロボロになりながらも、無意識か空いた片手は蓋をするようにして籠から必死に零れ落ちないようにしていた。

 

それを見て、

「どうやら...武器を持つ両手は空いていなかったようだな」

  彼はそう言って苦笑した。

 

「っ」

  少年は唖然としていたが、全滅したゴブリンにようやく実感が沸いたようだ。

  安心と共に自然と口元が緩み。

思わず換気の声を上げる。

「アハハ...す、すごい...!さっきので全部やっつけたの!?」

「ん、いいや?」

  彼はそう言って腰からナイフを取り出し、少年の方に向かって投げた。

 

  回転するナイフは少年の頬に当たるか否かの紙一重で通りすぎ。

 

  そして向こうの茂みの方へ飛んで。

『ギャッ!』

  そして見事、茂みから頭を出して矢を引いていたゴブリンの眉間に当たった。

 

「ぇ?あ...」

  一拍遅れて、少年は振り向いて口を開ける。

 

  彼は動じること無く、息を吐いて淡々と言い放った。

「今ので全部だ、また来たら面倒だ。森を抜けるぞ」

 

  彼は少年を回復魔法の『ヒール』で癒し、安全地帯まで送ろうと少年と並んで歩く。

  少年は彼をじぃと見ているが、彼は前から視線を外さず、口を閉じている。

 

  無口な人なのだろうか?そう思った矢先、その彼は口を開ける。

「...次から森に用があるなら冒険者に依頼でもすることだ。痛い目に遭いたくなければな」

  彼がそう言うと、少年の表情が歪み、俯く。

 

「家は貧乏だから、出来ないよ」

  彼は少年を一瞥する。

「そうか、ならその薬草は親の為か?」

「うん...ママがびょうきだから。パパもお金のために沢山はたらいてるからあんまり家にいなくて...だから、本にあった、よくきくやく草あげたら元気になるかなって」

「ほぅ。では薬草の知識は本なのか?」

「う、うん?そうだよ、先生から借りたんだ。僕ってあんまり才能ないってよく皆に馬鹿にされるから、僕もわかってるんだけど....籠を持たなきゃいけないし、覚えるのは大変だった」

  少年は苦笑する。

途中からちぐはぐだったが、少年の言いたいことは伝わった。

 

「それは、確かにおかしい話だな」

 

  そして、彼は苦笑する少年に笑う。

「言っておくが。よっぽどの物好きか、その手の専門家でもないとその籠は薬草のみで埋められないからな?他の似た草も必ずと言っていい程入る」

 

「...え?」

少年は驚いたように彼を見る。

「だが馬鹿だ。床に伏す母親の為とは言え、感情的になって森に足を踏み入れたのがな...現に死にかけたろう?」

「あ、あれ?僕、ほめられてるの?」

「いいや。馬鹿にしてる」

「えっ!?」

  少年はさらに目を丸くした。

 

  彼は子供に容赦がないようだ。さらに言葉を紡ぐ。

「才能が無いは言い訳にならない。無い物ねだりはさらに虚しいだけだ...その点、お前は知識を身に付けて薬草を得ようと行動した。だが頭が足りなかったな?その手の薬草は山と比べてかなり安全な場所でも自生している」

「え?」

「お前はその先生とやらにさらに明細を聞くか、ほかの大人にも聞くか、他の本も読むべきだった。惜しかったな?そして、その惜しいミスがここでは命取りでもある」

さっきがいい例だな、と付け加えた。

「そ、そんなぁ...それじゃあ僕、バカみたいじゃないか」

  少年はみるからに落ち込むが、彼は小さく笑う。

 

「確かに馬鹿かもな。だが誇れ、お前は立派だ。周りの嘲笑なんか気にするに値しない。本を読み、お前は知識をモノにした事も事実なんだからな」

「...えと、それは」

「あぁ。これは、お前を褒めている。そろそろか」

  その言葉と同時に、森を抜けて陽の光を浴びる。

 

  風に揺られる、草の波が街まで続いているのが見えた。その光景に年相応に少年ははしゃぐ。

「わぁ!スゴイ!」

彼はそれを見て、息を吐く。

「...もう安全だ、早く家に帰れ。俺は依頼を達成したし、ギルドに戻る...朝早くからこんな目に遭うとはな」

すると、少年がある言葉に反応した。

「!いらい...お兄さん『ぼうけんしゃ』なの!?」

「まぁな.....もう薬草を取りに山には行くんじゃないぞ」

「うん!お兄さん、凄くカッコよかったよ!」

「カッコいい、か。それは、俺にとってあまり褒め言葉ではないのだがな...ん?」

  彼は背を向けようとして...ふと少年のある視線に気付く。

 

 

「......」

  彼の映る少年の瞳は、どこかで覚えがあった。

 

 

「...っ」

  そうだ。それは、どこかで見た曇り一つない憧憬の眼差し。

 

 

 目標にしたいという人物が出来た、夢と目標に溢れる少年の瞳。

 

「!」

  そして、思い出す。

 

少年は言った。

「僕、つよくなってぼうけんしゃになりたい!お兄さんみたいなぼうけんしゃに、僕はなれるかな?」

少し不安の入り交じった、その顔。

 

 

  あぁ、あまりに身近で気付かなかったそれ。

 

(彼女は...いや彼女も、こんな感情だったのかもな)

  彼は小さく息を吐き、苦笑し。

 

 

 

「無理だな。俺みたいにはなれない」

「えぇ!?」

  そして、呆れた表情で言った。

  想定していなかった回答に少年は驚愕する。

 

彼は苦笑する。

「...俺なんて追い付かずに、さっさと追い越すんだな。お前がその籠を持つ限り、お前がその心を忘れない限り。お前にはそれが出来ると約束してやる。俺は後でゆっくりお前に追い付くさ」

「え...?」

「まぁ、教えられる事は教えてやる」

 

 

  あまりに唐突などんでん返しに付いていけず、パチパチと瞬きする少年を見て、彼は頭に手を置く。

「...お兄さんが、教えてくれるの?」

「あぁ、そうだな。例えば...」

 

彼はそう言って。

 

屈託無く、笑った。

 

「弓。やってるか?」

「!...うんっ!!」

  少年もまた、笑顔で頷いた。

 

 

 

 

この理不尽ながらも。

否、理不尽故に素晴らしい世界に。

祝福を。

 

《了》




はい、という訳で本編完結です。

書き終えたときに気が付いたけど文字数6666字だ、スゴい!

ふと『6』の数字について調べてみると
『バランスと調和』『無条件の愛』
という意味があるそうです、あら素敵。

そしてシリアス先輩は不滅だった。畜生。

ほぼ同時に投稿したであろう
次の話は『プロット』的なキャラ設定と
キャラの誕生の理由とかを紹介してます。
一応裏話とも言えるか微妙ですが、あります。


さて、ここまで読んでくださった
読者様には心から感謝申し上げます。

初めてのハーメルンで
拙い文章だったかもしれませんが。
私としては楽しく筆を執らせて頂きました。

まぁ、欲を言えば
もっと高評価欲しかったりしましたがね。

今からでも遅くない!
いいんです、いいんですよ?

投稿当初はUA千越えれば御の字
そんな予定での投稿だったんですがね。

気づけば千を優に超えて三千近く、
でもさらに欲しがる私もいる。

ふむ、欲は怖いですね(他人事)

長くなりましたね、すいません。

最後に感想や高評価。
また今作をお気に入りをしてくださり
本当にありがとうございました。
とても執筆の励みになりました!

もし、次の作品がもし投稿されたら
その時も読んでくださると嬉しいです。

読んでくださった皆様に、祝福を!


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余談
プロット兼キャラ紹介兼裏話的な何か。


タイトルのまんまです
・プロットのまんまだと日本語として意味不明なので勝手に読めるようにしてあります。
・読了感を感じていましたら読むのはあまり勧めません。
・作者のキャラが壊れてます。
なんなら勝手に先に読み返して吐血してます。

※この前の話で本編は完結しております。



どうも、作者のブルビロコウ(略)です。

本作を読んでくださり、誠にありがとうございます。

読んでない方でここにいます?駄目ソレ絶対。

全話読んでから来て下さい、お願いですからっ!

 

......ふぅ。

 

なんでたまにこういう『キャラ紹介』のをやりたがる作者さんがいるんだろうと、読み専だった頃は思ってました。

 

今になってその気持ちわかる。

うん、凄くやりたいな。ってなりました。

百パーセントの自己満足です。

いっそ、この作品の全てさらけ出したい的な。

知って!もっとこの作品の事!的な。

 

というか未熟で使えなかった設定が多すぎる的な。

本編の中で知らせろよ的な。

そもそも皆が持つ気持ちがこれかどうかも定かじゃない的な。

的な的な(迷走)

 

◆◇◆

 

おおまかな設定。

 

 このすばを舞台として、でもあまり原作の主人公達とは絡まない方向性を求めた作品。

・オリジナル主人公は正義感よりも合理性を求む。

・努力しよう、させよう。

・ヒロインもオリジナルにしてしまおう。

 

 これらを加味して、当初の目的は『このすば世界でのオリ主バリバリコメディ』を予定としていました。

 

それだけでした。

 

 強いて言うなら『ハーレムとチート無双はあんまり得意じゃないからな~』と言った具合で話が形成された感じですね。

 

↑チートへの批判のつもりは勿論ありませんし、好きな作品も多数あります。

 ただ相手を蹂躙しまくって圧倒しまくるのはなんか得意じゃないですね。

 

 そして読むのと書くのは違うなとも。

というかそもそも書けないなと(遠い目)

 

強くなりすぎで色々極端になりそう、いやそれがチートか?

 

...今度やってみるかな?といっても今作の主人公は既にチートな気がしなくもないのは置いておきたい(駄目だろ)。

 

 

 後はノリです、ノリとテンションが向くままに筆を執りました。

  風邪気味になったから風邪の話とか入れる気楽さはあります。勝手に四話くらい寄り道してるんですよこの作品。

初心者殺し、ベルディア、デストロイヤー。

出来ればWebでやってた玄武というデッカイ鉱石亀もいれたかったけど、弓の見せ場ないし、でも管で爆発させると余波で何人召すかわからないので却下しました。

 

今思えば『トランプでいけたんじゃね?』とは思います。本当に今更だなぁ。

 

プロット通りはいかない。

 でも作品へ後悔も反省もしていません。

ダメだこりゃ。

 

 

 登場人物達は楽しくやってくれましたし、ダクネスに並んでシーンが短いけど濃いオリジナルキャラもいましたね。

別に、ダクネスが嫌いなわけではないですよ?ただ接点を作り出せなかったんです。それでも悦んでくれると信じたので。

 

 後は主人公の子供時代の話を盛り込みたかったんですが、全く筆が乗らずに断念。期待していた方々がいましたら申し訳ないです。

 

さて、これからの話です。

 

 しばらくは読み専門に戻るかなぁと、語彙も表現もまだまだ未熟ですから。なにより書き溜めがあっても続きの筆も乗りませんので。

 

どうせなら、自分の書き溜めも見直してしまおう(後悔する天才)。

 作者としてじゃなくて第三者視点で今作も読み返すと...読み返すと。

 

 

...うん。どうしてこうなった(吐血)?

 

 

 

次はキャラ原案とかです(´щ`)グフッ

 

 ◆◇◆

 

  ファントム

  本作では『彼』と表記されている。

本作の主人公。

  真名はくろぐろ、よく溜め息を吐く。

  しかし大体の親しい者には『クロ』の呼ばれている模様。本人はあまりよく思っていない。

 

  紅魔族でありながら魔法の才能に恵まれず、ある人(疑問)への憧れと不断の努力で現在の地位に成り上がった男。めぐみんとゆんゆんには慕われていて、というより紅魔族全体になつかれる傾向にある。

 

とてもサバサバした性格で感情はあまり面に出さない様にしているが、割りと相手の事は考えていたりする。

  たまに紅魔族らしい言動がみられて、自覚がある時は直している。でもやはりたまに出る。

 

 

  経験と知恵に優れ、かつ才能を無下に扱う者が得意じゃない努力大好きさん。努力して強さに固執しすぎたが、終盤にヒトミに止められる。

 

 血液型 AB型

 好きな食べ物 保存が効く物。

 嫌いな食べ物 変に甘味の効いた物。

↑(何故かありました。血液型とかいるかな?)

 

 

  ぶっちゃけて『チートじゃない主人公』を予定していたのだが、結果的に思った二乗は強化されほぼチートに近いキャラになっちゃった感じ。

  途中からデストロイヤーを足で駆け登るというト○・クルーズもビックリなアクションもしました。あれやってみたいなぁ腰痛めそうだけど。

 

  読み返すともう少しカズマ達とのやりとりも増やしたかなったなぁと言った感想が出てきます。

近すぎず遠すぎずの距離感を保つのは難しいですね。この作品は極端な原作介入は防いでます。

 

  キャラ誕生時に明確なイメージはありませんでしたが

『紅魔族で魔法使えなかったらどうなるんだろうな~』といったふとした疑問から生まれ育ったキャラですね。

 

『チートに頼らない』というのもキーでした。

トランプ?あれはヒロインのだからセーフにしてください。

 

  ちなみに作品中『彼』という表記にしたのは『くろぐろ』や『ファントム』と別れていて、使い分けが面倒になった作者の思惑があったりなかったり。

 

 ◆◇◆

 

  アイガサキ ヒトミ

  今作のメインヒロイン。真名というより漢字では藍ヶ崎 瞳。皆からは『ヒトミ』と呼ばれる。

 

  マジックが大好きな、前世では高校三年生の女子。

病気で訳あり。この世界に来た。

  女神と出会ってチートを貰う際に、一番思い入れのある『トランプ』を望み転生、主人公と出会った。

 

 血液型 O型

 好きな食べ物 蛙の唐揚げ

 嫌いな食べ物 生野菜類(ただしこの世界の物に限る)

 

 

『ひたすら真っ直ぐで健気な女の子』をイメージされたキャラクター。

  それのお陰で最後に主人公は行き過ぎを正したわけですね。

 

  トランプ含めて『マジシャン』はもうチートですね、タグに付けといて良かった。まぁマジシャンの出番は殆んど最後しか無かったんですが。

 

  例の少年とのさらなる邂逅は無かった、期待していた方すいません。

  それにもっとアクアと絡ませたかったなぁ...暴走してカズマとセットで彼を困らせたかった。

 

ちなみに、彼女はかなり異世界での生活に慣れるのに苦労します。

『というかそもそも、君達異世界に来て順応性高くない?』という疑問から生まれたキャラクターでもありますので。

作者は面倒な奴なのです。

自分の作品になるとより細かいんです。

 

正直言ってマヨネーズすら作れないんです。

だから毎回買ってますよ赤いキャップの○ューピーちゃん。

 

何だ。何でできてるんだ?油と玉子と酢となんだ?何が必要なんだ?気持ちか?

 

閑話休題。

 

ヒトミ自身は臆病とは言っても、それなりに強化されていた気もする。精神面とかふまえて。

こわいだろ、あんなデカイ蛙。

あれ、私なら泣き出して逃げるぞ(確信)

でも現に最初はこの世界に全く馴染めず彼に依存に近い形で寄り、でも性格からその現状に罪悪感を抱いていました。たまに(疑問)ヘンテコな事をしますが。

 

  終盤では特に頑張ってくれたみたいですね。彼もデレたんじゃないかな?

愛いリア充め、許さん!

 

後、鳩は滅茶苦茶有能だったな...目眩ましからオチもこなせるし。

  どうせ小説(フィクション)なら、鳩じゃなくて作者が好きなハシビロコウ出しても良かったか....?

 

 

御存知ですか?

ハシビロコウ、動かない鳥で有名なんですよ。餌の魚が水面に顔をだすまで雨にも風にも負けず待ちます。

絶滅危惧種だったとも記憶してます、間違っていたらすいません。

ハシビロコウはあの雰囲気が好き。

 

うぅむ、本編に入れたかったな。

ふむ。ちょっとここで入れてみるか(唐突)

 

 

 

デストロイヤー篇から(謎チョイス)

 

 彼は昔に抑えていた筈の、胸中から溢れる。

 まるで泥のような濁りドロドロとした粘着質なそれに囚われたまま、一人機動要塞の中に消えていった。

 

『.........』

ハシビロコウは動かずその双眸で彼の後ろ姿て見ていた。

 

それはさながら、鷹のような刺す視線で

 

 

 

...うん、軽いホラーだこれ。鷹になってるし。

 

ってか、これだと存在感凄くて彼気付くんじゃね?

 

◆◇◆

 

  サンテリア・ハルマルト

  女性とは思えない巨体と鋼鉄の体の持ち主。

  多分矢も通らない。とにかく強さと頑丈さを追求したキャラ。

 

 血液型 O型

 好きな食べ物 大体好物、強いて言うなら肉。

 嫌いな食べ物 無し。

 

  何だろう...この子はなんだろう。

  確か当初は『我が儘で強いから手が付けられないヒャッハーな暴君、でも女!』を想像してた気がします。

ちなみにプロットには。

『ゴリラ』

としか書いてなかったです。ナニコレ?

 

  故に何か思ったよりイケメンになったと作者は錯覚しています。

 

 ◆◇◆

 

  りえりー

  主人公の母親。自称『紅魔一のバツイチ』 合法ロリ。

 

 血液型 A型

 好きな食べ物 果物全般

 嫌いな食べ物 塩辛い物

 

  あんまり出番が無いけどインパクトが欲しかったキャラ、突き詰めたら何故か『バツイチの合法ロリ』と化した。

 

ある意味一番作者の心に残った人物。紅魔族というよりも普通にお母さんしてもらいました。歳は三十三という設定。今更だけど詐欺だろこれ。いくつで産んだんだよ主人公。

 

  ちなみに、父親は出てくる予定が最初から無かった為プロフィールもない。残念。

 

 ◆◇◆

 

  かたすけ

  紅魔の里の武器屋の店主。

  作者が原作を見た中では多分見当たらなかったので勝手に創ったキャラ。主人公を『クロ坊』と呼ぶ。

 

終盤の黒い弓の銘は『クロクロ』

 

 血液型 B型

 好きな食べ物 塩辛いもの

 嫌いな食べ物 甘いもの

 

......咄嗟に作ったキャラなので今書きました。

 かたすけに関しては以上です。

 

かたすけ「解せぬ」

 

 ◆◇◆

 

  女神フリューゲル

『癒し』を司るの女神。

女神だが気に入った者へ機会があればとても贔屓したがる。

  また性格は癒しとはかけ離れている為に同期のフィーナ以外の女神とは殆んど交流は無い。かなり問題視されている。

  一応アクアとエリスの先輩に当たる女神。

 

『一つの世界に一女神ならアクアのアクシズ教徒の存在はおかしいよね?』いう若干無茶な作者の反抗期から生まれた。

邪神いるし無茶ではないか?

いやそもそも、こやつが邪神か?

 

 ◆◇◆

 

  女神フィーナ

  割りとサバサバした女神で、現界では『アリン』と名乗っており、イレイシアの街でギルド嬢をしている。

  主人公の事は気にかけていたようだが、女神の仕事として平等に接するために彼への深入りはしていなかった。

 

素の口調はかなり砕けているが、根は真面目。

  そして真面目なのでよく同期のフリューゲルに困らされる影の功労者。苦労人でもある。

 

 

  実は髪色の赤にちなんで『火を司る女神』という設定があったんですが、最後まで使いどころは無かったのでこれは割愛しました。

 

 ◆◇◆

 

 主人公の憧れの人物。

 

 重要なのに最後まで名前すら出なかった彼女。

メモを吐き出していくと割りと情報がありました。

 

 

 純血のエルフでアクシズ教徒。

 一応『ソフィアナ』という名前。

 エルフで弓兵、長い金髪のお姉さん系。

貧乳。スレンダーともいう。

 

 ひょんな事で(無理矢理)アクシズ教徒になったことで周囲から白い目で見られ、失意の中で小さい主人公に出会った。

憧憬の眼差しで自分を見る主人公に『自分から離れないで追い掛けてくれる存在』になってほしいと願った故のあの言葉を掛けた。

 

現在、アルカンレティアでアーチャーをしている。

 

  ちなみに彼は彼女がアクシズ教徒とは知らない。

  アクシズ教徒だけど、普通に常識と良識はある。しかし石鹸と洗剤に目がなくなった。

 

 

 自分で書いておいて見直し中...

(´・ω・`)フムフム

....いやここまでネタあるなら今作に盛り込みなさいよ。

 

アルカンレティア行きなさいよ。会えるじゃん。ハンス倒せばいいじゃん?もうちっと頑張ってよ作者。誰だよ作者?私だ。

 

続く予定は無いので悪しからず。

 

 歳は...(確認)...おっとゲフンゲフン。

 

 まぁ、エルフさんは長寿だしね(汗)?

 

 ◆◇◆

 

 その他魔道具。

 

 望遠眼鏡~主人公がいつも掛けている眼鏡、込める魔力で距離を調節できる優れもの。慣れなきゃ滅茶苦茶酔う。

  後半でひょいざぶろーに改悪されて『すきゃなー』という別物に変貌する。

  それのデザイン元はあれです、ほらドラ○ンボールの...あれです。

 

 魔法の壺~ウィズの店に置かれており、ほぼ無限の要領の代わりに超頑丈で割らない限り中身を取り出せない代物。中身では混ざらずに、割れるなら食べ物の保管にはぴったり。最終的に『壺』ではなく『管』という扱いになった。

ちなみにデストロイヤーの足下に設置するという案もあったけど、めぐみん達の出番が無くなるので却下。お金もバカにならないですしね。

 

 リール付き矢(フックとハーネス付き)

  イメージはほぼ進撃するデッカイ人のですね。ただ腰の負担とストーリーを兼ねて場所とる立派なハーネスを着けました。

  スイッチのオンでロープを引き、摘まみで引く勢いを調節します。動力源は魔力。やってみてー。

 

  超凄いトランプ

  魔道具と言われてしまうと

  違うけど一応補足(というかこの欄にあったので)

  とんでもない切れ味と頑丈性を誇るトランプ。

  作者の足りない頭で考えられる限りの

  要素を詰め込んだチートアイテム。

  防水防湿防火防圧盗難防止カーナビ機能や毒の有無を判断する。

  ちなみに持ち主のヒトミが譲渡するなら渡すこともできる。

  もはやトランプとして使う方が勿体無く感じる代物。欲しい。

 

  ちなみによくヒトミと彼で二人ババ抜きをやっていたりする。

  余談だが結果は彼の全勝。

 

◆◇◆

 

  はい、以上です。

  ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。

  最終話でも伝えましたが好評価、感想、しおりからお気に入りまで、皆様ありがとうございました。

 

  褒める内容の感想と好評価が来た日には勝手に一人でニヨニヨしていました。

  気持ち悪いですね?でもそれくらい嬉しいんですよとっても。

 

 

  それではまた、別作で会いましょう。

  その時は語彙も表現力も上がっている事を約束......約束できるかな?

  うん、頑張ります。

 

  では前もしましたが、どうか読者皆様に祝福を!




圧倒的感謝。


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愉快なアフターストーリー集
この遠距離な二人に祝福を!


違うんです.....完結はしているんです.....
言い訳は後書きにてするので.....

とりあえず、お久し振りです。
そして少し早いですが、明けましておめでとうございます!


 

「..........はぁ」

 

  朝露の残る早朝。

  まだ外は暗く、冷たい風が吹く。

 

  そんな中で、二つある人影の一つが嘆息を漏らした。

 

「ファントムさん、ため息は幸せが逃げますよ?」

「なら残念だが、ため息しなくても徐々に俺の幸せは逃げてるぞ.....というかこの程度で幸せが逃げるのか?」

 

  その男女二人は、王都から出て少しした所の茂みの中を歩いていた。

  男が先行して道を開き、女は男の袖を指でつまみながら進む。

 

  はたから見たら二人のカップルに見えなくもないが、

  残念ながら、そんな関係ではなく迷子防止である。

  彼の嘆息の原因も、呆れから来ていた。

 

  彼女、ヒトミは少し複雑そうな顔をする。

「久し振りに一緒になれたのに.....なんかこれ、子供扱いされている気がします」

「なら方向音痴もしくは直ぐものに飛び付く癖を直せ。本業は冒険者で合ってるよな?」

「失礼な..........あ、せめて手を繋ぎません?」

「モンスターが来たときに対処しにくい」

「お姫様抱っこは?」

「話聞いてたか?片手から両手を塞いでどうするんだ」

 

「.....子供っぽくないですか?なんか袖を掴むのは」

「大人になりたいならまず俺から離れても安心できる様になれ」

 

「ではいっそ私を背負いません?」

「..........もしかしてさっきから、触れてる箇所が多いのが大人だと思ってないか?」

  ヒトミは頬を膨らませる。

「むー、何ですかファントムさんわかったような言い方して。まるで経験があるみたいな」

 

  彼はとある人物の影響を受けてから、ずっと弓を握って生きてきた。

  不器用ながらにひたすら鍛え続け、他をおざなりにしてでも力と知識をその身に叩き込んだのだ。

 

  つまり、冒険者として以外の知識や経験は皆無に近い。

  と、ヒトミは考えている。

 

「いや、あるからな?お前の言うお姫様だっこも含めて」

「..........え?ええ!?」

  が、その返答は意外なものだった。

 

「おい、声がでかいぞ」

「え、いやだって.....嘘ですよね!?」

  淡々としている彼に、ヒトミは目を剥いて声をあげる。

 

「あ、相手は!?相手は誰ですか!」

「いや、まずは声の音量を低くしてくれ。頼むから」

「どこの女狐さぐむぅ!?」

「お前は.....一から教えないとダメか?大声を出すな、わざわざ敵を呼び寄せるのは前衛職の仕事なんだぞ?俺達が剣や盾、重厚な鎧を着けているように見えるのか?」

  振り向き様にヒトミの口を塞いで、彼はそう言った。

 

  内心で「ファントムさんのガードの固さは要塞並みですよ!」と言おうとしてやめたヒトミは偉い。たぶん。

 

「ここは比較的モンスターの発生は少ないが、ゼロな訳じゃない.....もし億が一にでもオークが出てきたら俺はお前を見捨ててでも全力で逃げるぞ」

「.....あー、そういえばそんな事もありましたね」

  彼の死んだような目を見て、彼の手をそっと外したヒトミが苦笑する。

  あれは酷かった、と珍しく彼は身震いした。

  思い出したくもないのか、再び歩き始めた歩調は早かった。

 

 

  彼は大量の雌オークに追われた経験があるのだ。

  目をハートにして、無限に近い体力で追い回され。

「抱いてやるぅぅ!!」「オスだ!オスダ!!!」「搾り取ってやるからまでぇぇぇ」と叫ばれながら。

  挙げ句隠れても匂いで追跡され。

  倒しても倒しても無限に湧いてくる。

 

  本気で貞操と命の危機を感じたと後に彼は語る。

  恐らく数年一緒にいたヒトミが彼の『本気』を見たのはあれで二回目だろう。

 

  ちなみに女性であるヒトミに実害は皆無だった。

  彼は知らないがむしろ一緒にオーク達とお茶をしていた始末である。

  魔王の幹部ベルディアの愛馬を手懐けた過去といい、謎のコミュニケーション力をヒトミは持っていた。

 

  そんな事を思い出していたヒトミは、まさかと言った。

「.....え?ひょっとしてオークを相手にしたんですか?」

「やめろ!それだけは間違いでもやめろ!」

  思いっきり否定された。

  本当に嫌だったらしい。

「ちょファントムさん、声が大きいですよっ!?」

 

「いいか?頼むから『名前を呼んではいけないその

 モンスター』の話題は出すな」

「そんな沸いて出る訳じゃないんですから........無駄に必死ですね、そんなに誰かバラしたくないんですか?」

 

  ファントムは呆れた様に、半目で拗ねそうなヒトミをみる。

「ほぼ全部お前にしただろうに.....待てよ。そうか、そういえばヒトミはあの時に気を失っていたか?覚えているわけもないか」

「えっ?ちょ。ちょっと待ってくださいよ」

「他と言われてもな。めぐみんは何度も背負っていた、ゆんゆんはよく迷子になって手を繋いで家に帰してた.....まぁ構ってほしくてわざとだと知ってからは放っておいたが」

  一瞬だけ彼の顔に影がさす。

 

「え.....と。ファントムさん、私にそんな美味しいイベントをしてたんですか?」

「イベント.....?まぁな。デストロイヤーの件で脱出するときにやったぞ」

「なんと.....つまりファントムさんは私が知らない内に私の体にイロんな事を」

「してないからな?出来る状況でもなかった、出来てもしないしな」

「.....ちっ」

「今舌打ちしたよな?」

 

  二人の間に、少しの沈黙が訪れた。

 

「なんだか、懐かしいですね。二人きりで冒険なんて」

「.....そうだな。王都では予定が合わないからな」

「たまに予定が合っても基本的にアルタリアさんが一緒ですしね。それも楽しくていいんですけど.....アクセルの頃が懐かしいです」

「今の方が大分.....マシになったか?」

「冗談でもそこは頷いてくださいよ」

  そういうことではなくてですね、と訂正する。

「彼処にはお世話になった人達がいるじゃないですか」

「まぁな。カズマ達なら名前を着実に上げている。たまに王都に来ているらしいぞ?」

「次会ったら連絡ほしいですね、またアクア様と遊びたいです」

「.....周りの迷惑を考えろよ?特に俺とカズマの」

  ヒトミには見えないが、真顔で彼は言った。

 

「.....あれ、そう言えば今回は何をするんですか?」

「お前は.....聞いてなかったのか?」

  彼は本日二度目の嘆息を漏らす。

 

「俺の生徒の一人が、洞窟に大切なものを落としたらしくてな。それを探しに来たんだ」

「........」

「ヒトミ?」

  返事がない、気配はするので彼は振り返らないが。

 

「ちなみに、生徒さんは女の子ですか?」

「そうだが?」

「.....」

  返事がない、理由は定かじゃないが嫌な気配がするので振り返らないが。

 

「?それで、依頼として出すには恥ずかしいから俺に頼んできたらしい.....どんな物なんだろうな?小さな箱に入ってるらしいが」

「小さな箱ですか?」

「あぁ。依頼として出して、不粋な冒険者に中身を見られたくないんだろ?そういう輩もいないわけではないしな、ゴリラとかは周囲の否応なしに箱を開ける。その点俺なら任せられるらしい」

「随分、信頼されてますね」

「いいように使われている気もするがな」

  彼は別に疑問を持っているわけではないがヒトミは少し嫌な予感がしていて、内心穏やかではなかった。

 

「別の先生ではダメだったんですか?」

「さぁな、別にダメという訳じゃなくて頼みやすいんだろう。今日は空いていたしな。俺も断る理由もない、元々アイツとは顔見知りなのもあるが」

「?それは、どういうー」

  彼の言葉の意味がわからず、聞こうと思った刹那。

 

「見えてきたぞ」

  茂みを抜け、二人の眼前には洞窟があった。

 

  着く頃には、陽が昇っていた。

 

 ◆◇◆

 

  洞窟の前で、彼は荷物の確認をしていた。

「全く........貴重品なら家に置いとけば良いものを。探索の依頼でもあったのか?」

 

  彼は現在、新米冒険者達の教鞭を取っている。

  新米の冒険者達も、学費や生活費稼ぎ、そして何より得た知識を使うために難易度に合った依頼を受けるのだ。

 

  王都では彼の持つ知識や経験を重宝する者も少なくない。

  元々物事を咀嚼する彼の癖が功を奏して、現在の職に至る。

  まぁ、性格が性格なので教師生徒共々好き嫌いはハッキリしているそうだが。

 

「良し、何も落としてないな.....ヒトミは大丈夫か?」

「あっ、は、はい」

「?.....その生徒の話だとそこまで奥にはいってないそうだから、直ぐに見つかればいいんだが」

  ヒトミの反応に怪訝な顔をするが、彼は話を続けた。

「そう、ですね」

「ヒトミは入り口から探してくれ、俺は少し奥から探してくる」

  そう言って彼は洞窟の奥に入っていった。

 

 

「.........おかしいです」

  ポツリ、と探す素振りをしながらヒトミは言った。

(女の勘というやつですかね.....すごく嫌な予感がします)

 

  彼の話を聞く限りでも、不審な点が多い。

『顔見知り』というのも、なんだか気になる。

 

 ..........結論から言うと、ヒトミは直ぐに箱を見つけた。

  どこか高そうな容器は土埃を被って、恐らく落としたそのまんまであろう形で発見された。

 

  どうやって見つけたかというと、彼女の『チート』だ。

  忘れかけているが、彼女は異世界から来ており、その際に神様から『超凄いトランプ』を貰っている。

 

  名前だけならば全く伝わらないが、かなりの高性能。

  敵ならば何でも斬れる、投げても帰ってくる、無くしても戻ってくる、耐水耐熱耐圧なんでもござれの、彼いわく一家に一枚は欲しい代物である。

 

  そして今回そこに、ダウジング機能が追加されたのだが。

 

  ヒトミはそんな事、気にしていなかった。

  否、気にする余裕がなかった。

 

「..........マジ、ですか」

  罪悪感を感じながらもその箱を開けて、中身を見ていたから。

  そこには女性にしては少し大きいサイズの指輪と、一枚の紙が入っていた。

 

(指輪.......それにこの手紙)

『毎日本当にありがとう、口には出せませんがいつも感謝してます』

  丁寧に開けるとそんな文字が書かれていた。

  明らかに女性の字であろう可愛らしい丸字だ。

 

  嫌な予感が、加速する。

 

  これは、これは。

  ヒトミの頭をフル回転させる。

 

(サプライズラブレター.....なのでは?)

  愕然とする。

 

「いえいえいえ。落ち着きましょう」

  ショックを受けるのには早い。

  まだ彼宛と決まったわけでもなければ、ましてやその女の子が彼に想いを寄せていると決まったわけではないのだ。

 

  しかし、しかしだ。

 

  指輪である。

「女の子友達では?」

 

  明らかに女性サイズではない。

「これは行き過ぎた友愛表現とか?」

 

  彼に信頼を置いているとか。

「それは一生徒、一教師として誇らしいですよね!」

 

  何故自分で取りに行かない?

「ファントムさんの方が探すのが上手いからとか!?」

 

  顔見知りらしい。

「イレイシアとか、アクセルで知り合った子かもしれませんよね!?ほら、あの人は少し性格がー」

 

  その上で信頼されているのでは?

「..........」

 

  その上で信頼されているのでは?

「そ、それは「ヒトミ、見つかったのか?」うわっひゃぁ!?」

  彼の声が、背後から聞こえてとび跳ねた。

  出したことないような奇声と共に。

 

「なんだあるじゃないか。見つけたなら言ってくれ。これで次の日から探す手間が省けたな..........そういえば先程から何か言っていたか?」

「えっ」

「もしかして.....既に見つけたこと知らせようとしていたのか?」

「え..........あ、そ。そうですよ!?中々返事がこないなーなんて思っちゃってました!」

(あ、危なかった。セーフです!)

  ヒトミ自身慣れない誤魔化しにかなり脂汗を流しているが、彼は。

「そうか、悪いな?では戻るとするか」

「は、はいぃ」

 

  彼と久しぶりに二人きりだったというのに、別の事でチャンスがあっという間に過ぎてしまった事にすら気付かず。

 

  ヒトミは、悶々としたまま王都に帰るはめになった。

 

 ◆◇◆

 

  王都に戻り、二人は真新しい大きな建物の前で止まる。

  そこが、彼の職場である。

 

  冒険者を育成する学舎。

  老若男女問わず、中には中堅と呼ばれる冒険者でも通っている者も少なくない。

 

「悪かったな付き合ってもらって」

「い、いいですよ」

「.....なんか目が泳いでないか?」

「き、きにしないでくだひゃい」

  噛んだ。

「そうには見えないが.....詫びと言ってはなんだが、見ていくか?見学くらいなら許可を貰えば可能だろう。お前も一冒険者として学べることがあるだろうしな」

「いいんですかっ!?..........あー。いえ、今回はやめておきます」

「?そうか、じゃあ悪いがこれを届けてくるからな、またな」

「は、はい」

  彼もそれ以上は詮索せず、背中を向ける。

 

  そして、ヒトミはそれに尾けていった。

  基本的に隙がない彼も、流石に生徒達が多いこの数ではヒトミには気付かないだろう。

  そしてその推測は正しかった。

「なぁ.....なんだあれ?」

「誰か潜伏の練習してんじゃね?真面目な奴」

「見えまくりだけど.....」

  この学舎の生徒達からの目線はすごかったが。

 

  すると、その時はやって来た。

  彼は立ち止まり、誰かに箱を渡すのが見えたのだ。

 

  話が聞こえる位置までスススと前進する。

 

「本当に.....先生、ありがとうございます!!」

  そこにいたのは、長い赤い髪を後ろに纏めた可憐な少女がいた。

  軽装で、しかも背中には弓と矢を入れる箱がある。

 

  内心で「彼とお揃いですと!?」と叫ぶヒトミを余所に。

  深々と頭を下げる彼女に、彼は苦笑した。

「気にするな、だがもうなくすなよ?」

「はい!今日はお休みなのにワザワザ.....ありがとうございました!」

 

  そして、立ち去ろうとした彼を呼び止める。

  その頬は紅潮していた。

「あの、それで先生。箱の中身みました?」

「いや?見てないが.....どうかしたのか?」

「良かった.....じ、実はこれをあげたい人物がいまして。相談できるのはよく知ってる先生だけで.....」

 

(ま、まままままさかここでするんですか!?)

  唐突な展開に、咄嗟に口を塞いだヒトミは目を丸くする。

 

  ヒトミは葛藤する。

  もはや、確定だ。

  となると問題は、彼がお付き合いを了承するか否か。

 

  彼に限ってそんなことはない.....と言い切れるだろうか?

  もしや飢えているのでは?

  昔の彼ならあり得ないが、今の彼は良くも悪くも物腰が若干柔らかくなっている。

 

  昔の彼なら「それは俺に得があるのか?」等と言って一蹴.....そもそも、教師にもならなかったろう。

 

(「彼氏彼女の関係か.....確かに気になるな」とか言って付き合い始めるのでは.....!?)

  ヒトミは案外あり得そうだと、失礼だが考えてしまった。

 

(で、でも。邪魔するのは.....!!)

  彼女の顔を見れば、本気かどうかなどわかる。

  かなり本気なのは、火を見るより明らかだった。

 

  それを邪魔するのは、少し、否かなり気が引ける。

「実は、これをー」

 

「やっぱ無理ですぅぅぅ!!」

  ヒトミは駆ける。

 

  自己犠牲の優しさよりも、己の恋路のためにー!

「あれ?ヒトミじゃねぇか!」

 

「.....ぁえ?サンテリアさん?」

  しかし、背後から聞き慣れた声をかけられて止まる。

 

「久し振りだな.....ん?何でここにいるんだ?もしかしてクロに呼ばれたのか?」

「え。いや、これは.....あっ、今はそれどころじゃないんですよ!ファントムさんがー」

  突然の知り合いに狼狽するヒトミ、

「お姉ちゃん!?」

  少女が騒ぎに気づいてこちらをみると。

  サンテリアを見て驚愕した。

 

 

「..........へぇ?」

  思わず、ヒトミから間抜けな声が漏れた。

 

  メルティアはサンテリアに駆け寄る。

「どうして!?わざわざ来てくれたの?」

「おお!たまにはな.....メルティア。勉強頑張ってるか?」

「うん、先生の教え方上手なんだよ!」

「なんだ来ていたのか.....まぁ、誰かさんとは違って覚えが早くて助かる」

「んだとぉ.....?まぁ、元気そうでなによりだ!」

  アルタリアは難なく会話のなかに入っていった。

 

「??」

  ヒトミは完全に蚊帳の外である。

 

「うん!.......それで、ね?.....はい!」

  モジモジしながら、メルティアと呼ばれた少女はその箱を渡す。

 

「えっ」

  サンテリアに。

 

  怪訝な顔をしたが、箱を開ける。

「なんじゃこりゃ.....指輪に、手紙か?」

「ほら、私って姉孝行が出来てないから.....家事とか、そういう形でしか返せないけど。実は毎日感謝してて、その。頑張って依頼をこなして安物だけど.....大好きだよ?」

「っ.....バカ妹、その気持ちとお前が元気なら充分だってのに」

  サンテリアは見たことない程柔らかく笑い、メルティアの頭に手を置く。

  そしてメルティアは涙目で嬉しそうに笑った。

 

 

 

「..........あ、あれー?」

 

  それをどこか穏やかな顔で眺めている彼に、ヒトミはどこか脱力してフラフラとした足取りで近づく。

「あ、あの。ファントムさん?」

「?いたのか、てっきり帰ったと思っていたんだが」

「アハハ.....それよりも気になるんですけど」

  何から聞こうか、と悩んだ挙げ句。

 

「サンテリアさん、妹がいたんですか?」

「年差はあるがな.....?なんだ、てっきりアイツから聞いていると思っていたんだが」

「え、えぇ......!?」

  ヒトミはサンテリアとメルティアを交互に見る。

  燃えるような赤髪と瞳の色は同じだが、身長といい体格といい。

  正直全く似ていない。

 

  サンテリアに至っては、最悪母親よりも父親に間違われそうな勢いすらある。

 

「訳あって親とは離れていてな。サンテリアが食費を稼いで妹を食わせているんだ。アクセルにいた数日だって仕送りしてたんだぞ?」

「そ、そうなんですか?」

「まとまった金が出来てイレイシアから一緒に越してきたらしい、メルティアも冒険者を目指すならばついでにってここで通ってるんだが.....どうした?俯いて」

「そ、それじゃあ顔見知りって」

「まぁ、サンテリアと冒険していたら知り合うだろう?」

 

「..........そ、そんなぁ~」

  ヒトミはへなへなと脱力して、膝を着く。

 

  つまりは、全て自分の行き過ぎた勘違いだったのだ。

  変に警戒して悶々としていたのがバカらしく感じる。

 

  すると。ふと、大量の視線を感じた。

「なぁ、やっぱあれマジシャンのヒトミさんじゃないか!?」

「あ、マジだ!!本物だ!先生とパーティー組んでるって噂マジだったのか!?」

「サインもらおうぜ!」

  ヒトミを知っていた生徒たちが、指差して言った。

  それは伝播し。まるで光の速度で広がっていき、人の群れは更に大きくなる。

 

「あっ.....」

  波のように押し寄せる人に、ヒトミは思考が一瞬止まった。

  が、ヒトミと人の群れの間に一人の人影が立った。

  彼だ。彼は見透かすような瞳で、生徒達を見る。

 

  そして彼は、全員が聞こえるように少し声を張り、淡々と言い放った。

 

「うるさいぞお前ら、これ以上俺のツレに構うなら次の俺の講習は実技体育にするぞ?」

 

 

「「「「.....」」」」

  一瞬にして、喧騒が嘘のように止む。

 

「よ、よぉし、勉強がんばるかぁー!」

「座学大好きだぜ!!」

「おい早く戻れよお前ら!!先生の気が変わったら終わりだぞっ!!?」

  生徒達は合わせたかのようにクルリと百八十度回る。

  そして集まるときよりも早く、生徒達は各々の教室へ駆けていった。

 

  あまりの掌返しの早さに、唖然とするヒトミ。

 

  彼は嘆息を漏らし、そんなヒトミに向き直る。

「......悪いな。ヒトミ、アイツらも有名人が来てはしゃいだだけなんだ、許してやってくれ」

「あ、いえ。助かりました」

「俺は今日は空いてるが、メルティアも教室に戻れ」

「あの、先生..........体育は嘘ですよね?」

「さぁな?お前らの授業態度で嘘かどうか決めてもいいぞ」

「えっ.....じ、じゃあね姉さん、先生!ヒトミさんも!私色々応援してますから!」

「おう!またなメルティア」

「あぁ」

「あ、ありがとうございます!」

  メルティアも手を振りながらパタパタと教室へ走っていった。

  若干小走りなのは気のせいではないだろう。

 

  そんな彼女を見送った後で、彼はヒトミを見る。

「そういえばヒトミ......今日は具合が悪かったのか?」

「ふぇ?」

「朝方から難しそうな顔をしていただろ?」

「っ」

  ヒトミは息を飲む。

 

「風邪の類いではないのだろうが、悩みか?」

  なんとなく、気付かれていた様だ。

  彼の観察眼は、全く衰えていなかった。

 

「え、えぇと」

  どうやって説明したものか。

  ヒトミは、なんだか散々な今日を振り返る。

 

「本当は、悩みがあったんですけど.....」

(大変だったけど.....でも、楽しかったかな)

 

「いえ、何でもないですよ。もう解決しました」

「?そうか」

「はい」

  怪訝な顔をする彼をみて、ヒトミは微笑んだ。

 

「なぁに二人の世界に入ってんだよ?」

「あっ、サンテリアさん」

「どうしたゴリラ?」

「誰がゴリラだ..........ったく。ま、邪魔物は失せることにするぜ、妹の元気な姿も見れたしな」

  サンテリアはそう言って立ち去る。

 

  余談だが、二人が向かっていた洞窟は『縁結びの洞窟』と言われており、実は姉の話からヒトミの想いを察して、影で応援していたメルティアの計らいだった。

  それを知ったヒトミが内心でメルティアを「師匠!」と呼ぶのは、まだ先の話。

 

 

「なんだ?妙に聞き分けが良かったな........まぁいいか、ところでヒトミ。これからどうする?」

「は、はい?」

「ずいぶん時間が空いたからな.....今までの冒険者生活から、一人仕事ばかりで疲れるだろ?俺は慣れてるが、たまには羽を伸ばせ。愚痴くらいなら付き合うぞ」

「........」

「どうした?やっぱり調子がー」

「いえ、そんなに優しいファントムさんが珍しすぎて驚いていました!」

「帰るか、解散」

「わぁぁ!待ってください冗談ですから!!.....そうだ!気付いたら新しいスキルが増えていたんですよ!舞台でやるわけにもいかないので、是非ファントムさんに見て欲しいです!」

「『マジシャン』のスキルって結局仕事に繋がるだろ..........まぁ、お前がいいなら付き合うさ」

「ありがとうございます!それでは行きましょ「あれ、くろぐろ兄さんではないですか!?」.....え?」

 

  二人が外に出た刹那、懐かしい顔に会った。

「めぐみんにカズマ?王都に来ていたのか.....それにしても二人だけか?珍しい組み合わせだな?他のパーティーはどうした?」

 

  カズマはキョトンとして、そしてヒトミの方を見て顔を明るくさせる。

 

「ヒトミ様!?お久し振りです!畏れ多いですが是非また私にマジックを見せてくださいね!」

「え?あ、はい.....はい?」

  思わず了承したが、流石のヒトミも首をかしげる。

「ということは、貴方がくろぐろ先生ですね!初めまして、お噂はかねがね。会いたいと思っていました!」

「.....初めまして、だと?カズマ、じゃないのか?」

  彼も目を丸くしながらカズマ(疑問)の握手に応じた。

 

「はっ、そうでした。今はお兄様の体でしたね.....混乱させて失礼しました」

  すかさず、カズマは彼の手を放し深々と頭を下げる。

 

  もはや、悪寒すら感じる。

  自分の非を認め、素直なカズマ。

  口調も変だが、何より全身から漂わせる悪気がない。

  隙あらばパーティーメンバーの胸元等を見るような下心を一切感じさせない。

  スッキリした、とても礼儀正しそうな好青年に見える。

 

(まるで、別人じゃないか.....?)

 

  既に、混乱状態の二人。

  ヒトミは「?.....?」と何度も瞬きし、彼はすっと目を反らした妹分の方を見る。

「おい、どういう状況だ?」

 

  目を反らし、そして泳がせている。

  指をツンツンと合わせている。

  彼はめぐみんと付き合いが長いが、かなりわかりやすい。

  何らかの負い目があるということだ。

 

「え、えっとぉ.....これにはふかぁい訳があってですね?私の意思ではないのですよ!?今このカズマは.....じゃなかった。カズマの『体』には、実はー」

 

  観念したように、めぐみんは言った。

 

「.....精神だけ入れ替わっていて。今カズマの体にはアイリス姫の精神が、この国の第一王女が入ってます」

 

 

「「.....はっ?」」

 

  この後、この出会いをきっかけに二人は王都を巻き込む大きな陰謀や喧騒に足を突っ込む羽目になるのだが。

 

  それはまた、別の話。




さぁて、言い訳の時間です(遠い目)
リクエストから数日。
「この作品にアフターストーリーの需要あったのか.....こうしちゃいられないんじゃね!?」
と書きためていた他作品を放って書いていたらこの有り様。

クオリティ?なにそれ美味しいの?
時系列?後付け設定?知らないな上等で書きました。

作風や口調が忘れていそうなので読み直して誤字脱字のパレードに赤面しながら思い出して書きました。

サンテリアは『ゴリラ』というのだけは覚えていた私、もはやサンテリ.....おや?誰か来たみたいなのでこの辺で切りましょう。

誤字脱字があれば、報告願います。

リクエストがあればまたやる
.....かも(強調)

感想・高評価はいつでも歓迎です。
では!


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この黒い盗賊に窮地を!

ω・`)
(´・ω・`)ノポイッ =(次話)

)≡3≡3


サブタイ語呂悪い.....。


「......」

  彼は困っていた。

 

  というか、軽く恨んですらいた。

 

  何を?誰に?と聞かれると、該当するものが多すぎて答えに窮する程には。

 

  確かに色々あった。

 

  様々な偶然が重なり、結果としてそれは起こった。

  それは否定しない。

  揺るがない事実なのだから。

 

  しかし、しかし。と。

 

  彼は何度も読んだ号外を、死んだ目で眺めていた。

 

『~速報!謎の盗賊数名が王城に侵入、金品を漁り逃亡か!?現在首謀者とおぼしき数名には懸賞金かかり捜索中~』

  なんと、王都の城に忍び込んだ不届きものがいるらしい。

 

  その下には、恐らく懸賞金であろう金額とお尋ね者の特徴が。

 

  盗賊率いる銀髪の首領 二億ヴァリス

  黒マントの男 一億ヴァリス

  仮面の男 七千万ヴァリス

 

 

 

『黒マントの男 一億ヴァリス』

 

 .....はて、魔王の幹部の懸賞金はいくらだったか?

 

  彼はそう思った。

  勿論記憶している。

  戦闘したことがあるベルディアが三億。

  彼はその三分の一の金額を掛けられた訳だ。

 

(.........まだ、安い方だ)

 

  これは彼にしては稀の、現実逃避だった。

 

 

  確かに、彼は偶然にも王都の厄介事に首を突っ込み。

  そしてとある魔法具を利用した悪どい計画があると知った。

 

  なんでも体と精神を入れ替える道具らしく、入れ替わった状態で元の体の主、つまりは別の精神が入った自分の体が死ぬと、入れ替わったその体を維持できるというものだ。

 

  つまり、意味合いは少し変わるが事実上の不死になれる。

 

  そして厄介事というのは、とある貴族がそれを利用しようとした企みを阻止したいというものだった。

 

  善意というよりはヒトミに引きずられる形で参加したのだが。

  己の持つ全力と道具をつかい建物を駆け上がり、潜入して、気配を消して、さらに囮までやった。

 

  思った以上に世間の反響を呼んだらしい。

 

  それがこの金額である。

  ちなみにヒトミには表の方でスパイ紛いの事をしてもらったので懸賞金はない。

 

  どこぞの長い青髪の様に、肝心なところで何かをしでかしてボロが出そうだったからというのは秘密だ。

 

  回想を終え。

彼はとても冷静に自分の立場を振り返った。

 

  彼は今、冒険者として金を稼いでいる。

  また同時に、若い冒険者に教鞭を取っている。

 

  そして昨日、盗賊になった。

 

  冒険者であり、講師であり、盗賊である。

 

..........どうしてこうなった?

 

  特に三つ目だ。

  正体がバレれば王都では即捕まり信用も地位も失うだろう、だがかえって彼の故郷ではかなりウケが良さそうだ。

 

  絶対に隠蔽しなくてはならない。

 

  もしバレれて故郷の妹分の一人がそれを題材に小説なんて書こうものなら彼はそれを読んで燃やして灰をジャイアントトードに飲ませるだろう。

 

  いつバレないかヒヤヒヤとかはしないが、彼のメンタルは確実に抉り取られていた。

 

  目立つのは構わない、羨望を受けるのも問題ない。

  腐れ縁もあって国のためとはいえ泥を被ったのはまぁ致し方ないという事にしておこう。

 

  罵声は聞きなれた、無粋な輩になぶられる前にし返せばいい。

 

(だが、里の奴等にだけは察せられたくない.....!!)

  しかしこういった形で有名になるのは頂けないという。

 

  有名になり帰郷する気恥ずかしさとは全く別。

  なんというか、同族から同類に近い目で羨望を受けるのが嫌だった。

 

  本気でキラキラした眼差しで見られる。

  曇りない眼差しで。

 

  これはもはや確定事項であった。

 

  紅魔族では考えられない非情に一般的な思考の持ち主である彼としては、阻止したいものがあった。

 

  だが、それは叶わない。

  何故ならこの案件はカズマ一行も噛んでいるからだ。

 

  つまり、つまりだ。

  典型的な紅魔族のめぐみんが、この事態をどう思うかなんて火を見るより明らかである。

 

  それ以来カズマ一行は数日王都に滞在するらしく、はたりと会うたびにめぐみんが凄くニヤニヤしながら見てくる。

 

「おや~?黒いマントのくろぐろ兄さんではあっや、やめ.....いたい、いたいですやめてくださいあぁ.....!!」

 

  その度に眉間を指でグリグリ押しているのだが、反省の色は見られない。

 

 ◆◇◆

 

「あれ、ファントム君!少し振りだね」

 

  ギルドで手頃な依頼を探していると、懐かしい声が聞こえた。

 

「........クリスか」

「そうだよ、ギルドでなんて奇遇だね。普段は講師の仕事で忙しいんじゃなかったの?」

 

「休みは度々貰うさ。腕も鈍るしな」

「それは教える側としての意地かな?大変だね」

「別に、教えることも学べることも無くなれば手を引く予定だ。そのつもりで契約もしているからな」

「......変わらずサバサバしてるなぁ君は。そうだ、決まってないなら君も来ない?今から受ける依頼は結構割がいいよ」

 

 

  彼女の提案に、彼は難色を示す。

 

「次は貴族か?断る」

「違うよ!君の中で私はどんな扱いなのかな!?」

「盗賊だが」

 

  即答されて、クリスは肩を落として軽く手を振る。

 

「.....違う違う。今回はちゃんとした依頼だよ」

「税を払わない悪徳貴族の財産か」

「国公認という意味じゃないからねっ!?敬愛なるエリス教徒はそんなことしません!調査。新しく発見された洞窟の未踏場所の調査だよ、モンスターが出たときの護衛が丁度欲しかったんだ。秘密を共有している君なら信用も出来るしね?」

 

  クリスは意地悪くウィンクする。

 

  既にお察しだろうが。

  クリス、彼女こそ『盗賊率いる銀髪の首領』である。

  彼女の職業柄、隠密な行動や潜入は相性が良い。

  彼も『潜伏』スキルを初めとして長年の練成があるが、本職には及ばない。

 

  さらに細い体型も恵まれて狭いところもお手の物だ。

 

「.....今私の体型をバカにした?」

「?まさか、何故だ?」

 

  クリスは胸を隠すように手を当てながら体をよじり、少し頬を赤らめて言った。

 

「.....なんでもない」

  半目だが、クリスは一応警戒を解いた。

 

  彼からしたら彼女は本当に天職だろうと考えていた。

  悪意は無い、多分。

 

「それと依頼の件だが、有り難く受けさせて貰うよ。試したい道具もあったしな」

「了解、じゃあ今から直ぐに行けるかな?頼りにしてるよ」

 

 ◆◇◆

 

  洞窟の奥に入り、二人は探索を始めていた。

 

「そこに宝箱があるぞ」

 

  基本的には彼がモンスターや宝箱を発見、モンスターならば彼が撃退か倒し、クリスが彼の見つけた宝箱の鑑定をしながら罠を発見する。

 

「ん~これは罠だね。見過ごすのが無難かな」

「.....どうやって判別したんだ?」

「企業秘密だよ」

「そうか」

「あれ、やけに聞き分けがいいね?」

「連れのお陰で、その言葉には強く出れない」

「あ~.....『手品師』だっけ?確かにタネがバレたら色々面倒だもんね」

「まぁ教えてくれるんだがな」

「ダメじゃん」

 

  そんなやり取りをしながら、彼等は進む。

 

「殆んど下に続く一本道だな.....どうなってるんだ?」

「確かに変だね。なんかモンスターも罠も少ないし、宝箱も偽物ばっかり。拍子抜けしちゃうな」

「警戒は怠るなよ」

 

「勿論わかってるよ.....ねぇ。ちなみに君が試したい道具って何?」

「見たいのか?」

「そりゃ気になるよ」

 

  彼は一度周囲を見た後で掛けていた片眼鏡を外し、クリスに渡す。

「着けてみろ。少し魔力を取られる感じがするが気にするな」

「?う、うん」

 

  言われるがままクリスが眼鏡をかけると、目を見開いた。

 

「す、スゴいよこれ!?何で『千里眼』も無しに暗闇でこんなに見えるの!?」

「知り合いにつくってもらった魔道具の効果だ。空気中の魔力の流れを読み取って、暗い空間でも見えるようにした」

「へぇ..........あれ、これは便利だけど。でも君は『千里眼』のスキルがあるよね?あんまり需要がなさそうだけど」

「まぁな」

 

  冒険者の『千里眼』のスキルがあれば暗くても視界には困らない。

  別として、彼は暗かったり視覚が頼れなくても、音の反響を頼りにその輪郭をなんとなく把握できる様に訓練してある。

  暗所への対策は万全だ。

 

「なら、どうして?」

「野外の夜に活動するときは便利だからだ。それは遠近もほぼ自由に調節出来るからな、今使っているのは試運転みたいなものだよ」

「へぇ、確かにこれがあれば『千里眼』スキルはいらないし。遠くも見られるから君の場合なら矢を射つのに便利そう」

「まぁな」

「他にもあるの?」

「あぁ。だが使う機会はなさそうだがな」

 

  その後も洞窟の散策が進んだ。

  と言っても、殆ど直線上に進むだけで迷うこともない。

  暗い洞窟内で、カツンカツンと音を立てながら二人は歩く。

 

「.....ねぇねぇ、ヒトミちゃんとの関係はどうなの?」

「なんだ突然」

「いいじゃんか教えてよ。あの偏屈と馬鹿正直で長い付き合いの二人がどうなったかって、アクセルでも気になってる人達結構多いんだよ?」

「かなり心外なことを言われた気がするんだが」

「それで、何処までいったの?キス?ハグ?まさか手を繋いで終わりだなんてないでしょ?」

 

  彼の話を無視して迫ってくるクリス。

  意外にもその手の話に飢えている様だ。まぁ彼女の周囲の人間関係を見ていれば話題がないのは納得できなくもないのだが。

 

「残念だが期待するものはないさ。俺もヒトミも会う暇がそう無いしな」

「またまた~本当はどこまで......ってどうしたの?」

 

  彼が、ふと止まった。

  つられてクリスも止まり呼び掛けるが、返事はない。

 

「..........」

「ちょっと、だんまりはあんまりじゃ.....来てるの?」

 

  彼は厳しそうな、疑問を持った顔で前後を見る。

  クリスは少し不安げな声で聞くと、彼は頷いて小さく言った。

 

「.....まずいな」

「え?」

 

  彼はクリスに向けて、言った。

「前は行き止まりだ。そして後ろからかなりのモンスターが来てる、このままでは追い詰められるぞ」

「えっ」

 

  彼は顎に手を置いた。

 

「しかし理由がわからん。偶然にしては数が多すぎる、俺たちの居場所が割れたにしても原因があるはずだが.....」

「そんな余裕がある状況じゃないよねっ」

 

  そう言ってクリスが歩こうとした刹那、コツンと足に何かがぶつかり目線を下げる。

 

  そして、固まった。

 

「.....ね、ねぇ。下見て?」

「下?」

 

  彼も下を見る。

  そこには、白骨化した人の骸が転がっていた。

  片眼鏡越しに見ると、それは先に行けば行くほど増えている。

 

  成る程、と彼は納得したように言った。

 

「単調な一本道と偽者宝箱で奥まで誘導して数で潰す。この道自体が罠か。単純だが効果的だな」

「そんな悠長に!?」

 

  クリスは目を丸くする。

  徐々にクリスにも彼の言う大量の気配が感じ取れて、恐怖が扇動される。

 

「ね、ねぇどうしよう。割りと冗談じゃない量だよ!?」

「慌てるな」

「ひょっとして、方法があるの!?」

 

「いや、ないが?」

「えっ?」

 

「爆発や煙は巻き込まれる上に洞窟が崩れる可能性もある。トランプを使っても物量に負ける。矢は限りがある、接近戦は分が悪い。盾になるクルセイダーと魔法使いがいれば力で押し通せるかもしれないが、生憎そんな面子でもないしな」

 

「じ、じゃあ」

「だからこそ冷静になれ。焦っても死ぬだけだ..........だが考える時間がほしい。奥に進むぞ、引き続き周囲の罠に警戒してくれ」

 

  彼は、落ち着いた口調でそう言って歩き出す。

  歩調は少し早めに、追い付かれないための速度だ。

  クリスも徐々に冷静さを取り戻して彼に続くが、終始落ち着いた彼に疑問を持つ。

 

「ど、どうしてそんなに冷静なのさっ」

「どうして?言ってすぐ出来ることではないのは承知だが..........俺は運があまり良くない。だからこそ策を練らなければ、偶然が重なって生きて帰る事なんてほぼないからな」

 

  そして言葉を紡ぐ。

 

「死ぬわけにはいかない。なら極力死ぬ努力などせず生きる策を練る、それだけだ.........走るぞ、後ろの速度が少し上がった」

 

  彼はそう言ってクリスの手を握り、速度を上げた。

  呆然としていたクリスは、この状況にも関わらず小さく笑う。

 

「はは.....君は凄いね、本当に」

 

  そして少しすると、直ぐに壁にぶつかった。

 

「ね、ねぇ。さっきの試したい道具には効果的な物はなかったりしない?」

「既に試した、地雷と言う程じゃないが踏むことで作動する罠をしかけた........だが焼け石に水だな。むしろ数が増えているんじゃないか?」

「そ、そんな.....じ、じゃあ私の持つ道具でなんとか」

「いや、見たがお前の腰の薬品を調合して上手く事が運んでも有毒ガスしか発生させれない。前に言ったろ?俺達もガスを吸うはめになる」

「有毒ガス作れるの初耳なんだけど......実はこの先に隠し部屋とか?」

「押しても引いても反応はしていないだろう?魔力で反応するなら既にしている、二人合わせても足りないのかもな。それにこの壁を掘るにも間に合わない」

 

  万事休す、そんな文字がクリスの頭を過る。

  クリスの顔がみるみる歪んでいく。

 

  彼は変わらず悩む仕草のまま壁を背に、つまりは迫り来るだろうアンデット達の群れを見ながら考えていた。

 

「距離は五十くらい、か.....来るのは後数十秒だな」

 

  既に、大量の足音と唸り声が響く。

 

  クリスは、彼に深く頭を下げた。

 

「........本当にゴメン。まさか、こんなことになるなんて」

「気にするな。予期しない事が付きまとうのが冒険だからな、むしろ今の今までが上手くいきすぎていた位だ」

 

  彼はポツリと溢す。

「.........それもアイツと会ってから、だったか」

 

  彼は脳内に一人の女性を思い浮かべてから、少し間を開けて嘆息を漏らして笑う。

 

 

(こんなときにまで過るのか、アイツは)

 

 

「クリス」

「.....なに?」

「俺は諦めることにした.....お前には詫びる」

「え?」

 

  その言葉にクリスは目を剥いた。

  だが、続けて言ったのは予想外の言葉だった。

 

「ずっと前から一つ方法があった。俺は『安全に』この状況を抜ける方法を考えていたから保留にしていたが、やめだ。少し、いやかなり強引に行く」

「え、と?」

「命の安全は保証してやれないし時間もないから説明は省く、とりあえず俺に出来る限り密着して掴まっておけ」

 

「え。こ、こうかな?」

「いや、弱い。もっと強くだ」

 

  彼におぶさる形でクリスは体を密着させた。

  クリスがさらにその力を強くしたのを確認して。

 

「まぁ、後はお前の言うエリス神にでも祈れ」

「えっ?あ、う、うん!」

 

  少しぎこちない返事が帰ってきたが、彼が疑問に思う余裕はない。

  既に数メートル先までアンデットの群れは迫ってきているからだ。

 

「始めるぞ」

 

  彼は腰から一つの管を取り出す。

 

  そして、さらに。

  胸のポケットからヒトミから譲渡された一枚のトランプを取り出して。

 

「.....息を吸い、口を固く閉じておけ。目もついでに閉じておくと、まぁ怖い思いはしなくてすむ」

「んっ」

 

  そうクリスに言い終わると彼は息を吸い。

  管を、指に挟んだトランプを使って横に切り行き止まりの壁に投げる。

 

  同時に前方のアンデット達に向かって駆けた。

 

 

 ..........実は、薄く目を開けていたクリスは見た。

  後ろに放り投げられた管は綺麗に真っ二つに切れて宙を舞い

 

「えっ?」

 

  そして。

  その小さな管からは考えられない量の水が溢れ出てきた。

 

(っ)

 

  刹那。

  突然溢れ出た水が、音と共に全てを呑み込んだ。

 

 

 ◆◇◆

 

 

(なにが、起きたの......これっ!?)

 

  クリスは咄嗟に目を瞑り、頭を彼の首元に押し付けて体を強張らせる。

 

 

  水の勢いは留まる事をしらず二人を、アンデットを、偽の宝箱を、そして瓦礫等を押しながら水の無いところへと押し進む。

 

 

  最終地点はどこか?

  そんなのは決まっている。

 

 

 

 

 

 

  ボコッ。

 

  すると、洞窟があった付近の林の地面が盛り上がり。

 

  そして。

 

  ドォォォォォン!!!!

 

  轟音と共に、地面を跳ね上げて噴水のように噴き上がった。

 

  水が抜ける空間ということは、つまりは外だ。

  丁度柔らかい地面が逃げ場のない水の抜け道となり、水圧で押し出されたのだ。

 

  そして少ししてそこから、二人が飛び出した。

 

 

 

「.....っぷはぁ!死ぬかと思ってぇぇぇえ!!?」

「っ、てっきり入り口に戻ると思ったんだが。高いな」

 

  クリスは目を開けてその高度に直ぐに驚愕し、彼も少し予想外だと発言をする。

 

  そして、そんな事を言っている間に、重力に逆らう時間は終わり。

  二人は急速に落下する。

 

「や、やばいよこれ!?受け身をとれる高さじゃー」

「五月蝿いぞ」

「そんな悠長にぃぃぃぃ!!?」

 

  ガサガサて葉にぶつかりながら、勢いは死なずに徐々に地面が迫ってくる。

 

  もうダメだ!とクリスが目を瞑った。

 

 

 ..........。

 ........。

 .....。

 

 

 .....が、一向に激突した衝撃が来ない。

 

 

 

「おい、クリス。もう目を開けても平気だ」

「..........?」

 

  彼にそう言われ、恐る恐る目を開けると。

 

「..........っこれ。どうなってるの?」

 

  地上十数メートルで、二人は宙に浮いていた。

 

  浮いている、というより。

  ビョンビョンと軽く宙を縦に上下していた。

  その上下は徐々に収まり、やがて止まった。

 

  クリスの問いに、彼は答える。

 

  「道具の一つだ。高所からの緊急脱出様の簡易鉤爪ゴムロープだ。これを木に引っかけて落下の勢いを殺した.........ワイヤーだと反動で体の負担が強いからな」

 

  彼は落下の最中腰から黒いロープを出して、咄嗟に近くの枝に引っ掻けてたのだ。

  そのお陰で落下中の勢いはゴムに吸収され、地面に激突する危機は去ったのだ。

 

  現に彼の腰先からは黒いロープが天蓋にまで伸びている。それを見たクリスは、どこか呆気に取られていた。

 

「.....落ちるあの一瞬でやったの?」

「重力が掛からなくなった時にやった。近くに手頃な枝があって助かったよ」

 

  頭の中で漸く状況を整理できたクリスは、苦笑した

 

「君、何を目指しているのさ.....?」

「冒険者だが」

「いや、いや」

 

  彼の背中で、クリスは首を横に振る。

 

「暗視に脱出のロープって私よりも盗賊めいてるよ.....待って、アンデット達は?このままだと近くの人達に危害がー」

 

「心配ない。この水はお前も知っている、俺の知り合いの自称女神が浄化した代物だ。恐らくあの洞窟にいたアンデット達は全て成仏したんじゃないか?後これを入手した訳は聞くな、察しろ」

「......あ、うん。そうなんだー」

 

  思い出したようにアンデットの行方を気にしたが、問題ないと知り安心..........もとい事情を聞いて呆れる。

 

「でも、良かったぁ.....君がいて本当に助かったよ」

 

  クリスは苦笑した、とりあえず危機は去ったと。

  そう、勘違いして。

 

「本当、なんなら今からでも助手にしたいくらいー」

「なぁ..........クリス。デリカシーに欠ける質問だと思うがするぞ」

「え?何その前置き」

「体重は何キロだ?必要なことなんだ、言ってくれ」

「え?」

 

  クリスは、固まった。

  若干体を絞める力が弱くなった気がした。

 

「必要なんだ」

 

  少し間をおいて、クリスは答えた。

 

「.........四十前半」

「俺は六十五で、道具を合わせておよそ七十だが........さて。お前が嘘を言うことでこの道具の正確な耐久度が計れないんだが。それは困るんだよ」

 

  今度は背後からの視線が少しきつくなったのを感じた。

 

「もしかしなくても.....私が嘘ついてると思ってる?」

 

「背負った感覚で、ヒトミの方が軽いからな」

「嫌だよ尚更言わないよっ!!」

 

「暴れるな、落とすぞ。ロープは頑丈だが耐えられるとは限らないからな。誰かの重さで」

「私そんなに重くないからね!というかさらっと落とそうとしないでよ!?」

「暴れるな、そんなに暴れると重さに関係なくー」

 

  バキッ。と天上から何か嫌な音が聴こえた。

 

「「あっ」」

  二人は、二度目の落下をするはめになった。

 

 ◆◇◆

 

 

  結論から言うと、泥と葉っぱだらけでギルドに帰った二人のクエストは成功扱いだった。

 

  何故かというと、元々散策の目的は『行方不明者』の捜索を兼ねていた為だったらしい。

 

  大量の骸や落ちていたそれらは、つまりは罠によってその命を手放す事になってしまった者達の末路だ。

  その内情が把握できなかった為に、散策という形で依頼として出されていたのである。

 

「つまり、未踏の場所じゃなかったんだな」

「そう。未踏の場所は誰にも触られてない宝が多いからね、見つけていたけど報告しないでそこに入って儲けようとして..........って事なんだろうね」

「まぁ、気持ちはわからなくもないがな」

 

  新しい場所の発見は、確かにロマンに溢れる。

  誰も言ったことの無い道を自分で探索し、一財産を得る事を夢見る冒険者は少なくないだろう。

 

  そんな気持ちが裏目に出たのが、今回の依頼に繋がったのだ。

 

  律儀な冒険者が報告をしてくれなければ、今も行方不明者は出ていたかもしれない。

 

「あのアンデット達も偶発的なのか?それとも誰かの意図があったのか?」

「うぅん。原因は不明、何せ帰還者が二人しかいないんだもん」

「そうか。是非調べたいんだがな」

「ま、その洞窟も無くなっちゃったんだけどね?」

「誰かさんのせいでな?」

「誰かさんのせいでね?」

 

  二人の視線が交差した。

  そして、小さく笑う。

 

「にしても危なかったね~君のあれがなきゃ今頃私達がアンデットになってたかもね」

「そうだな。正直水圧で死ぬか壁に激突して死ぬか溺死するか落下して死ぬ可能性の方が何倍もあったが、幸運にも助かったな」

 

「今のは全力できかなかった事にするね?」

 

  今回の冒険でクリスも少し逞しくなった。

  正確には、スルースキルが上がった。

 

「でも凄いね、あそこまで動じないなんて。コツとかあるの?」

「コツじゃない。心の持ちようだ」

「へぇ、どんな?」

 

  彼は言った。

 

「最低限しか人も物も信用しない事だ」

 

「うん?どういうこと?」

「言葉のまんまさ。下手に仲良くなった相手だと、警戒が薄くなり背中が空くだろう?それと同じだよ。慣れた頃が一番危険だ、常に警戒して、状況を自分で付与して対策する。現に重いからと言って俺の道具が一つでも欠けていたら助からなかったかもしれないからな。それが全力で生きることに繋がる」

 

「背中って。そんな物騒なの冒険者って.....」

「例えばの話だ、少し脱線するが。冒険者に限った話ではないだろう?金や命のやり取りになると性格が出るのは事実だ。イレイシアに行けばよりわかるぞ」

「丁重に遠慮しておくよ。でもそっか、君が強い理由はそこにあったんだね」

 

  クリスは笑う。

  少し、乾いた笑みで。

 

「でもさ、寂しくない?そんな生き方って」

 

  彼女は彼に隠している事がある。

  それは誰にも言えないが、それは彼女が彼を気にかけるには充分な理由だった。

 

「そうか?悪いが俺にはわからないな」

「私も友達は多い方じゃないけど、信用できる人は多ければ多いほど良いでしょ?それに君の生き方は、言い方が悪いけど疲れそうだよ」

 

  その言葉に、彼は言う。

「勘違いしているようだが、俺は最低限と言ったろう?」

 

  続けて言葉を紡ぐ。

 

「一人でも本気で信用して背中を任せられる相手がいれば、それで僥倖だと思うが」

 

「っ..........そうだね、その通りだよ」

 

  クリスは目を丸くして、そして穏やかに笑った。

  盗賊や義賊、否冒険者が見せる様な類いではない、まるで包み込むような、母親に近い類いの笑顔だった。

  少しその笑顔に呆気に取られる。

 

「本気で言える君は凄いよ、とても立派だ」

「誉めてもなにもでないぞ?」

「その言葉だけで満足さ」

 

 

  何に満足したのだろうか。と彼が聞こうとしたが、先にクリスが口を開けた。

 

「それでそれで?君はもう、その一人は見付けたのかな?」

 

  彼女の笑みはイタズラな、いつもの雰囲気に戻る。

(.....何だ?さっきの感じは。まるで別人だぞ)

 

  怪訝な顔をしながらも、彼は呟くように答えた。

 

「まぁな」

「へぇ、誰かな?」

 

  疑問に思いながらも食いついたクリスに、まぁいいかと彼は肩をすくめる。

 

「さてな。ゴリラか、何処か抜けている相棒か、出来の良すぎる妹や弟分達かもしれない。それか気の合う知り合いのパーティーの誰かかもしれないし..........想像に任せるよ」

「えぇ........」

 

  クリスはつまんないとばかりに口を尖らせる。

 

  それを見ながら彼は。

  どこか楽しそうに、小さく笑う。

 

 

 

 

「..........あ、ファントムさん!それに、クリスさん!?王都にいたんですか?」

「っヒトミか?今日は休みだったのか?」

「少し振りだね~あ!ねぇ聞いてよヒトミ。ファントム君って気になる女の子がいるみたいだよ?」

「え!?」

「ちょっと待て。その言葉には誇張と語弊がー」

 

「ファントムさん」

「.....なんだ」

「ちょっとこの吊るしたコイン見てくれます?」

「絶っ対に断る。出したコインと吊るし糸をしまえ。催眠に頼るなと前に........というか懐かしいなそのスキル」

「いいから見ましょう!全て終わった後でこのコインをプレゼントしますから」

「餌で釣るならもっとマシな物を用意しろっ」

 

  その後、強行手段に出そうなヒトミを彼はなんとか宥めた。

  終始、クリスは柔らかい笑顔で二人の喧騒を見ていた。

 

 

 

「彼の心配はいらなそうですよ?先輩方」




お久しぶりです。
読みにくかったらすいません、見直しましたが完全に深夜のテンションでいきました。

わかりにくいかもしれませんので流れとしては
アクセルで知り合ったクリスが王都に

ひょんな事からカズマと共に手伝うはめに

割愛

全てを終えて、
まだ王都にいたクリスと一緒に依頼を受ける(ココ)

クリスの盗賊編は割愛。今話はその後の話。
何故なら彼の出る幕が多すぎて長いので。



さて、本題ですが。
流石に新作をサボりすぎたので、こっちは暫く休みます。

逃げてくるかもしれないけど(ボソッ)。

新作はいつだろう..........現在は肉付けと推敲で二月に出せればいいかな?って進度です。

お楽しみに。


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この愉快な祭りに平穏を!

書き溜めを整理していたら忘れられていたという。
なんなら時期も合っていないという。
しかしまた忘れるのが怖いので投稿します。




 王都の祭りは、朝から賑わいに満ちていた。

 

 大人から子供、そして冒険者から貴族まで。その広がりは限りを知らない。

 

 

「わぁぁぁぁ.....!」

 

 瞳を輝かせるヒトミもまた、その中の一人だった。

 

「凄いですよファントムさん!出店ですよ出店!」

「そうだな、正直見慣れてるんだが....ところで」

 

 彼はとても通気性の良い格好に、不慣れな気分だった。

 着なれない服に嫌悪感を隠す気もなさそうに言う。

 

「なんだ、この独特な服装は.....落ち着かないんだが?」

「昔の転生者が広めた『甚平』というものです!よく似合ってますよ!」

「この独特な靴.....靴と言えるのかこれは。素足が出ているが」

「『下駄』ですね、それも似合ってまよ!」

 

 別に見た目に関しては聞いていないのだが、と言おうとして止める。

 

 

「やけに詳しいな?お前のは『ユカタ』と言ってたな.....広めたのはお前やカズマと同郷.....いやこの場合は同世界の奴ということか?」

 

 ふむ、と彼は顎に手を置いた。

 彼の考える時の癖である。

 

(不思議だ、この世界もそのニホンとやらの文化の影響ばかり受けている気がする.....ヒトミの話だと他の国も同じという訳ではないのだから、つまりはニホンで.......?)

 

 彼は異様な視線を感じ、ふと思考を止めてその方向を見る。

 

「..........なんだその目は?」

 

 そこには、半目で此方をじいっと見るヒトミの姿が。

 

「似合ってますか?」

「.....ユカタの話か?少し待て、今別の事を考えているからその後でにしてくれ」

「いえ、今教えてくださいよ?」

「とても似合っているぞ。と言えばいいのか?」

「.....最後の一言が無ければ完璧でした」

 

 彼女は見るからに肩を落とす。彼自身が冗談抜きでやっているのが伝わるぶん、さらにショックだ。

 

 彼女の浴衣は黒一色の彼とは違い、華やかな色合いによって飾られていた。

 

「しかしそう言われても、俺ならお前の浴衣も俺と同じ黒色にするからな」

「え!?そ、それはファントムさんとお揃いということですか!」

「いや影に溶け込んで隠密に行動しやすいと思ったからなんだが ..........なんだ、それを狙って俺の『ジンベェ』とやらを選んだんじゃないのか?」

「そんな物騒な目的じゃないですよ!?祭りなんですから気持ち切り換えてください!」

 

 簡単な話、彼のイメージカラーが黒だったので選んだのだが。

 

 基本的に彼は目立たなくするために黒しか着ないのでそんな印象をヒトミに与えていたので、少なくとも影響は受けていた。

 

「にしてもサンテリアさん達は来ませんでしたね.....」

「当然だ。アイツが好きなのは祭りは祭りでも血祭りだからな、むしろ呼ばなくて正解、来なくて正解だ」

 

 物騒極まりない事を彼は淡々と述べ、ヒトミはげんなりする。

 

「流石にそこまで言わなくても........王都で活動して長いんですから仲良くしてください」

「お前を含めて俺は未だに保護者感覚に近いんだが?」

「なっ、子供扱いしないでくださいよっ」

「小遣いやるから、好きなもの買ってこい」

「行ってきます!」

「本当にそういうところだぞお前」

 

 呆れた彼の指摘は聞こえていないらしい。

 ヒトミは笑顔で人混みに消えていった。

 

 そもそも金銭で言えば、安定しない収入の冒険者稼業よりも、国の髄である王都にて手品で成功した彼女の方が持っているはずなのだが。

 

 あろうことか彼女はその殆どを寄付金に回しているので、実際のところは文無し.....とまではいかないがかなり中級冒険者の平均収入に近い、世辞にもお金持ちとは言えない生活を送っている。

 

 彼女はその暮らしに満足している上、時に美学めいたものを感じている節がある。それこそ彼女の祖国で培われた性格というやつなのか。

 

 彼には理解できない一つだ。

 

 まぁ個人の勝手なのでそれは全く構わないのだが。どこぞの店主の様に食べ物に困って綿でも口に入れ始めるのではと、割りと冗談じゃなく危惧していた。

 

 .....さて、ここまで来て誰もツッコミを入れないが。

 

 金があれば古今東西あらゆる素材を買い集めて『実験』をする彼も、健全かといわれれば誰もが唸って首をかしげるだろう。

 

 ◆◇◆

 

 

「ん?」

「おや」

 

 彼は思わぬ邂逅を果たした。

 

「..........なんでここにいるんだ、悪魔(バニル)

「おぉ元上客よ、こんな似合わない所で何をしている?」

 

「元上客.....?何を言ってるんだ?それより悪魔オマエこそ何をしているんだ。セリフをそのまま返すぞ」

「無論、小遣い稼ぎである。ついでに他の出店の調味料をちょちょいと変えて買って食べた者達の不幸や怒りを味わってもいる」

「やることが小さいが的確に嫌だな.....というか営業妨害だろそれ」

 

 彼のジト目にバニルは嗤う。

 

 

「ところで貴様は『元上客』というワードに引っ掛かっていたな?」

 

「おいスルーするな、衛兵に挙げるぞ」

 

「気になるだろう?普段なら焦らすが営業の為に話すことにしよう。実は我輩はとある事情によりー」

 

 パァァァァン!と。バニルの話の腰を折るように、唐突に巨大な破裂音が響いた。

 

 

 

 出し物の類いにしては、やけに近く、音も大きい。

 

 

 

「っなんだ?魔王軍か!」

 

 

 

 まぁ既に、幹部が目の前にいるのだが、ここでの意味合いは敵襲かという意味で。

 

 彼は咄嗟に身構えた。

 

「.....うん?」

「..........」

 

 魔王の幹部であるバニルは無言で下唇を噛み、仮面越しだが伝わる、どこか悲壮感溢れる顔で音の方を眺めていた。

 

「.....あぁすいませんすいません!皆様お怪我はありませんかぁ~」

 

 どうやら、出店の一つのトラブルらしい。遠巻きだが、恐らく店主であろう女性が焦りながらも謝罪しているのが聴こえた。

 

「.....これは『魔力を溜め込む』鉱石で、触った者の魔力を奪うのです.....!ですが鎧や手袋越しでもガンガン吸ってしまって、しかも鉱石の容量を超えてしまうと溜め込んだ魔力の分爆発してしまうんです!なのでアクア様、ペタペタ触らないでと忠告を~っ.....」

 

 どうやら敵襲では無いようだ。しかし彼は安堵よりも先に疑問が浮かぶ。

 

 

「なんだ、あの声に聞くだけで残念な品物の性能.....何か覚えがー」

「あんのポンコツ店主ゅゅゅゅ.....!!!」

 

 思い出す前に、バニルがダッシュで騒ぎのあった出店の方へ向かった。

 

 声色からかなり怒っていることはわかった。

 

(なんだったんだ.....?一体)

 

「ん?」

 

 カンッと、訝しむ彼の下駄に何かが当たり乾いた音が鳴った。

 それは、拳骨並みの大きさをしたゴツゴツとして石だった。太陽の光に反射して妖しく紫色に光っている。

 

 ふと、手に取ろうと触れた。

 

「っ!!なん、だ。これは.....!」

 

 そして、目を見開いた。

 

 紅魔族であるにも関わらず、彼は魔力の保有量が一般人よりも劣る。

 

 

 その元々少ない魔力が一気に吸いとられたのだ。

 

 

 彼は反射的に手を離した。虚脱感に耐えながらも、その鉱石をマジマジと見る。

 

 その妖しい鉱石の中心には、蝋燭のように薄く頼りない光が灯っていた。

 

 先程は、こんな光は無かった筈である。

「魔力を、吸われたのか..........?」

 

 彼は頭を回転させ、ある仮説を立てた。

 

(『魔力を溜め込む鉱石』.....先程の屋台から爆発で一部が此処まで来たのか)

 

「とすると、この光は吸った魔力の量か」

 

 実際、その仮説は正しかった。

 恐らく先程も、間抜けな者が忠告を聞かずに触れてしまったのだろう。魔力量だけはかなりあるようだが。

 

 彼も特に矛盾が無いと感じて、それで納得する。

 

 しかし、と。

 

(鎧も意味をなさないと言っていたな.....こんな品誰が買うんだ、需要ないだろ)

 

 確かに上手く使えれば効果的だ。

 投げて当てる、罠として設置するだけで相手をほぼ無力化、魔法重視の者達には特に致命的だろう被害を与えられる。

 

 しかし、鎧や手袋等を介しても魔力を取り込むのであれば話は変わる。何故なら投げるにしても罠にするにしても持つことが大前提なのだから。

 

 魔法を使って浮かばせようにも、その吸収力を誇るのであればその魔法の魔力を吸いとられてしまうだろう。

 

 どこで手に入れたかはおいておき、そもそもそんな危険な物をどうやって運んだのだろうか。

 

 元々魔力は生命力に近い。威力の代わりに異常な魔力を使う爆裂魔法を使う彼の知り合いが、その魔法を発動する度に脱力して地面に伏すのはその為だ。

 

 彼とその知り合いの様に魔力量に大小はあれどゼロ、つまり魔力が無い人間はそうそういない。

 

 だからこそ運搬方法が気になる。

 分厚い木箱にでも入れて運んできたのだろうか。

 

 それこそ、魔法の適正が常人以下の紅魔族よりも珍しい。

 

 その経緯は不明だが、確定した事はある。

 

「商才が無いなんてレベルじゃないだろうに.....」

 

 そういやアクセルにも似た奴にいたな。と彼は一人の女性を思い出した。

 

 黒字を赤字に、赤字を大赤字に出来る者を。

 

 

 

 .......。

 

 

 

「まさか、だよな?」

 

 

 遠くで、誰かがくしゃみをした。

 

 ◆◇◆

 

 

 

「あれ?おーい、ファントムじゃないか!」

 

 声のする方を向くと、そこには久し振りに見る顔がいた。

 

 黒髪黒目の少年、今かなりの注目(良い意味でも悪い意味でも)を集めているカズマの姿だった。

 

「カズマ。噂は聞いているぞ、相変わらず悪い噂だが」

「お陰さまで.....」

 

 カズマは苦笑する。

 彼は何かに気づいたように怪訝な顔をした。

 

 

「.......ん?連れは一緒じゃないのか」

「んーまぁ.....いやさっきまではいたんだ。いたんだが.....バカが馬鹿やらかして色々とさ、わかるだろ?今探してるんだよ」

「そうか、大変だな」

 

 カズマそう言ってさらに疲れたような顔をする。どうやら既に何かあったらしい。

 

 彼はこういうときは深く詮索しないことにしている。

 優しさというより、巻き込まれたら面倒だからだ。

 中々に薄情である。

 

「にしても意外だな、甚平まで着て......ファントムはこういう行事には参加しないタイプだと思ってたんだけど」

「目立つのが嫌なだけでそういうわけでもないぞ?まぁ、確かにヒトミに半ば無理やり連れてこられたのは事実だが」

「リア充滅びろ.....って、そういやヒトミは?今の話を聞く限りだと側にいるはずだろ?」

 

「小遣いあげたら屋台に飛んでいった」

「子供かっ」

 

 カズマは、人混みを見ながらぼやいた。

 

「.....なんつーかなぁ、好きになれないんだよなぁこういう雰囲気」

「意外だな?カズマはアクセルで起きる殆どの喧騒の中心にいたと記憶しているが」

 

「うんさらっとバカにしないで?否定しにくいから」

 

 

 カズマは小さく嘆息する。

 

「こういう祭りってさ.....人は無駄に多いし、大体いるのはカップルばかりだし、しかも同級生とかと一緒だと『あれ?コイツ意識してなかったけど意外と可愛いんじゃね?しかも案外俺に気があるんじゃね?』とか思って勇気振り絞って告白したらフラレて今後気まずくなるんだよなぁ」

 

「..........経験があるのか?」

「察してくれ、賢いだろファントム」

 

 死んだ目をするカズマに、これ以上聞くのは野暮だった。

 面倒だからではなく、これは優しさだった。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 カズマと別れ、そろそろヒトミを探すことにしたファントム。

 

 なんとなく経験から、彼女が買い物を終えた頃だろうと感じていた。

 

 会わなければ最悪の場合、こちらが迷子扱いされかねない。別に大きな支障は無いが、中々に癪だった。

 

 こんな事なら集合場所でも決めておくべきだった、と彼は少し後悔した。

 

 正直ヒトミに関して過保護になっている彼だが、自覚はない上にツッコミを入れる者もいない。

 

「..........ん?」

 

 人混みで、ふとある人物が目に映る。

 

 細身の男だ、ローブで全身を隠していたがかなり挙動不審で、というか行き交う人々を恨めししそうに睨んでいた。

 

 しかし、見覚えのある目だった。

 それも、つい先程。

 

「あぁ」

 

 それの正体がわかり、彼は男をつけることにした。

 

 

 

 

 

「なぁ、君」

 

「.....なんか、用すか?」

 

 彼が声をかけると、男は振り返る。

 男は、死んだような目で彼を見ている。

 目尻は若干赤い。

 

 

「色々言いたいことはあるんだが.........祭りを壊すつもりなら止めてくれないか?」

 

「っ........はい?」

 

 

 突拍子もない彼の発言に、男は目を剥く。

 

「な、何を根拠にー」

「ローブの中に杖を忍ばせているだろ?」

「っ」

「それにあれほど挙動不審ならば、警戒してしまうだろ?」

「そ、それだけでっ」

「それと、目だな」

 

「.....は?」

 

 彼は言った。

 

「さっき偶然あった知り合いが似た目をしていたぞ?リア充?とやらに対する嫉妬か怨恨か。まぁ知り合いはそこまで視線は強くなかったがね」

 

 

 彼の言葉、主に『リア充』というキーワードに男は反応した。

 

「嫌いなんだよ.....祭りなんかっ!」

 

 拳を震わせて、彼はダァン!と強く地面を踏んだ。

 

 

「なんだよ!人は無駄に多いし、大体いるのはカップルばかりだし、しかもパーティーメンバーとかと一緒だと『あれ?コイツ意識してなかったけど意外と可愛いんじゃね?しかも俺に気があるんじゃね?』とか思って勇気振り絞って告白したらフラレて今後気まずくなるんだよぉ!!だから俺がこの祭りを台無しにしてやる!これ以上の悲劇を生まないためにもなぁ!」

 

 唾を吐きちらしながら、男は叫ぶ。

 

「どこかで聞いた内容だな.....なんだ。先程告白して、フラれたショックで逆ギレして祭りそのものに八つ当たりをしようとしているのか?」

 

「う、うるせぇ!」

 

 図星らしい。

 

 そしてへんな使命感もあるぶん余計にたちが悪かった。

 

「俺の崇高な計画を知ったお前は只じゃおかねぇ!これでも俺は王都でも有名なウィザードとしてやってんだ!」

 

 

「崇高かどうかはおいておくが、俺も冒険者をやって長いがお前を見たこと事無いぞ。名前は?」

 

「はっ、言うわけー」

 

 隙だらけのその男に、彼はあるものを放った。

 

 布に包んで腰にぶら下げていた『それ』は、布ごと放たれ、布がヒラリとほどける事で顕になった。

 

 その拳ほどの大きさの鉱石はやんわりと放物線を描き、戦闘職でもないウィザードは、それを避けようとせず容易に受け止めた。

 

 というより、受け止めてしまった。

 

「アバババババッ!!?」

 

 そして。奇声にも近い悲鳴と共に、ウィザード大量の魔力を一気に吸いとった。

 

 

 脱け殻のようになった男の手からポロリと『眩く輝く』鉱石が溢れる。

 

 

 既に限界だとばかりに光る鉱石。

 

 このままでは先程と同様に爆発するかもしれない。

 

 彼はそれを思い切り上に蹴り上げた。

 その鉱石は、鍛えていた彼の脚力によって家々よりも高く打ち上げられた。

 

 

 彼は自らが蹴り上げた鉱石を目で追いながら言った。

 

「.....不憫に思うが、お前の計画には同意できない」

 

 

 パァァァァン!!と。

 爽やかな破裂音と共に、空に紫色の花を咲かせた。

 

 

 それを眺めながら、彼は言葉を紡ぐ。

 

「わざわざ休みをつくって、祭りを楽しみにしていたツレが悲しむからな」

 

 ウィザードは既に、気絶しているようだ。

 

 鎧を通すというのであれば、実質『肌を合わせなければよい』だけの話だ。

 

 彼のように腰からぶら下げるなり、鏃、槍や剣にでも打ち直せば十分な価値を見いだせるだろう。

 

 

 使い捨てになるが。

 

(使い方さえ間違わなければ、戦闘での用途は多くありそうなんだがな.........)

 

 しかし、落ちていたとはいえ勝手にネコババした品であるので、もう会うことはないだろう。

 

 鉱石を蹴った事でジンジンする足先の痛みと共に、彼は迷子探しを再開した。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 結論から言うと、ヒトミは直ぐに見つかった。

 

「ファントムさん!見ましたかさっきの花火!?スゴかったんですよ!」

 

 ハナビ?とは。

 

 聞きなれない単語と共にヒトミのテンションが上がっているのは見て察したが、反して彼は冷ややかな視線を送る。

 

「........何をしているんだ、お前達・は」

 

「おやこれはこれは迷子のくろぐろ兄さん、お久し振りですね」

 

「いい。いいぞ、その冷たく刺すような視線.....っ!」

 

 ニヤニヤと笑いながら、こちらを見る黒髪黒目の少女と。

 

 ビクビクと体を震わせながら、悦に入る変態ダクネスがヒトミと同行していた。

 

 そして、深くフードを被った、めぐみんと同じか、それより少し下くらいの少女を見て.........一瞬目を見開き、嘆息する。

 

「特に.....何をしておられるのですか。アイリス様」

 

「ファントム様!見ましたか先ほどの.....ハナビ?というのですか。こう、光が天に上って、パァァァァン!と凄く綺麗でした!」

 

 

 ピョンピョンと跳ねながら、金髪と共にフードからチラチラとに輝かせている瞳が見える。

 

 明らかにはしゃいでいた。

 

「.....」

 

 

 例の事件を除き、王女と話す機会等殆んど無いのだが、彼はヒトミと似た雰囲気を感じた。

 

 

 何故、王女が護衛も連れずにここにいる?

 そう視線で彼女達に訴えると、めぐみんは何故か得意気に胸を張る。

 

「何を隠そう、祭りというのを間近で見たいというアイリスの希望を叶えたのですよ」

 

「一応聞くが、カズマはそれを知っているのか?」

 

「勿論知っているぞ。今は迷子になってしまったがな」

 

「.....そうか」

 

 ファントムは既に、この一行に関してのみ深く考えるのを放棄する事にしていた。考えれば考えるだけ複雑になる、解こうとしてかえって絡まる糸のように感じるからだ。

 

「.....ん、アクアはどうした?」

 

 

 自称女神の姿が見えず、彼は左右を見渡すと。

 

 

「ここだぜ........ファントム」

 

 すると人混みから、何故かボロボロでのびているアクアと、それを背負ったカズマが現れた。

 

 

 

「色々あったんだよ..........くそっ、重いな」

 

「お疲れ様です、カズマ」

 

「っと。めぐみん、か.....」

 

「.........」

 

 カズマとめぐみんの視線が交差して.....二人はそっと視線を離した。何故か頬が少し赤くなっており、どこか恥ずかしげな表情を浮かべている。

 

(..........うん?)

 

 彼は別に、鈍感ではない。

 

 むしろ性格や職業柄、観察力に長けていると言っても過言ではない。

 

 

 今回の事件を未然に防げたのもそれが大きい。

 

 しかし、本能的な何かがそれを否定する。

 

 この二人の反応が。

 

 しかも本物の妹の様に(疑問)接してきた彼女が、そういう(・・・・)事になるのだろうか、と。

 

「.....へぇ!」

 

 同様に察したヒトミは驚いて、しかし顔を明るくさせる。

 

「..........は?」

 

 そして彼は、目を丸くした。





一応宣伝。
先日より新作を投稿しておりますので是非読んでください。


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この小話集に祝福を!

書いてみたかった会話文だけの小話集。
あのキャラが出たりでなかったり。


~悲劇のヒロイン(疑問)~

 

「ダクネス、急に呼び出してどうしたんだ?」

「なぁ。ファントム、私気づいたんだが」

「いつになく真剣な顔だな、どうした?」

 

「..........私って、主要キャラだよな?」

「キャラとか言っていいのか微妙だが、そうだな」

 

「だが。私の出番や話した回数って、両手の指で足りるのではないか?」

 

「かもな」

「何故だっ!?」

「知るか、鳥に聞け」

 

「これでも貴族の娘だったり。強烈なキャラだったり、その上でカズマとも.....なんだが」

「そう、か。俺は知らなかったが..........は?めぐみんだけでなくお前まで手に掛けているのかカズマ。それの方が俺としては問題なんだが」

 

「何故、出番がない!!表紙に乗るほどのキャラが何故乗らん!?」

「.........今作ではベクトルが違うからな。そもそもお前に限らんだろ........ウィズもバニルも、お前のパーティーメンバーも出番はそう無かったろ?」

 

「いや!めぐみんとゆんゆんはお前の妹ポジション!カズマは冒険者の後輩!アクアはヒトミと仲良くなっただろう!?」

「まぁな」

「私は!?私にはにゃにがある!?」

「前衛職ということで影でアルタリアと仲良くなかったのか?」

 

「そもそも会ってないわ!誰だソイツ!?それに彼女も出番は少なかったろうが!」

「アフターストーリーで出たぞ」

「いやでも私と会ってないのだから意味ないからな!?というかそっちでも出番ないぞ私はっ」

「そこまで気にしてたんだなお前..........」

 

「いやもう、色々と崩壊しそうだが言ってしまうがな.....?」

「この時点で大分グレーだがな?」

 

「そもそもタグに書くほどか..........っ!?」

「アウト..........それは『ダクネスは空気』の事か?むしろ目立つだろよかったじゃないか」

「よくにゃい!!逆に言えばこの作品を読む輩は私がいなくても別に構わないという事だよな!?」

 

「まぁ、お前はそれくらいがいいと思われたのだろう?」

「何故だ!?声だって悪くない、体だって悪くないむしろ女性的だと思うのだが!?」

「それはお前らのパーティー全員に言えるがな。容姿だけなら充分魅力的なのは誰もが認める、容姿だけなら」

「何故二回言った!?」

 

「なら誰かに代わって一応聞くが.....出番増やして欲しかったか?」

 

「いやこれはこれで新鮮で気持ち良かった」

 

「帰る」

 

 

~兄の受難~

 

※ホラー注意

 

「なぁファントム、お前ってめぐみんとゆんゆんの兄貴分だったんだよな?」

「そうだな。今さら預かれなんていうなよ?」

「いや、流石に言わないけど.....めぐみんの親からも聞いたんだけど、二人って昔も変わらない感じだったのか?」

 

 

 

 

 

「................聞きたいか?」

 

「え、何その長い間?」

「聞いてて心地よいものはないぞ?」

「そんな覚悟いるの!?何があったんだよ大体想像つくけど!」

 

「.....めぐみんは、そうだな。顔も広かったし、優秀なのは変わらない。むしろ今よりも活発だったぞ?気が付いたら義賊めいた事もやっていたしな」

「はぁ、義賊!?なにその話、詳しく!」

「詳しくは本を買うんだな。何故か俺が尻拭いをするはめになってたし.....その頃からある意味、鍛えられたと言えばそうなのかもしれないが」

 

「本.....?というか子供の時から苦労してんのな、ファントム」

「他にはサバイバルと称して村を抜けてモンスターと鉢合わせたりする場面に遭遇したり、何故か遠征に行った時に俺の分の食料が消えたりしていたな」

「..........なんか、ごめん」

 

「いいや。めぐみんはまだ可愛い方だ、問題はゆんゆんにある」

「え?ゆんゆんがか?」

「あぁ。基本的にはめぐみんの放った火の粉を浴びるのは変わらないのだが」

「それは聞いたことあるな.....貧乏なめぐみんがゆんゆんから食い繋いでいたとか」

「そうだ。しかし遊び相手としては俺が選ばれていてな?」

 

「?」

「一人で遊んでいるのを見かねて一度一緒に遊んだんだが......本気で後悔した」

「え、と?どゆこと?」

 

「隙があれば俺の背後に回り、そして何も言わずにチラチラと物欲しそうに見てくるんだ」

「なんだ、可愛いほうじゃないか」

「言葉通り、四六時中だがそれでもか?」

「.....えっ?」

「俺が全力で逃げても、俺が隠れても。飯も風呂も、便所はも.....ゆんゆんがフリーで、めぐみんがいない時は常に俺の背後にいて、遠くなく近くない距離にいた」

「もはや性格の悪いストーカーじゃねぇかそれ!?」

 

「正直.....逃がさまいと家のドアにはり付かれた時は恐怖したな。気がつけば足は早くなり、隠れるスキルも上がっていたな。そう考えると今は大分落ち着いてくれて何よりだ」

 

「なんか、ファントムって昔からそつなくこなしているのかと思ったけど違うんだな..........?」

「まさか。昔も今も、他人より劣るから、他人よりも経験が必要だったんだ」

「苦労人ってアンタの事をいうんだな..........」

 

「今は理解者がいるだけいい方だ。だが、それでもたまに視線を感じるときがあって、反射的に肩が震えるがな」

「ハハ。もしかしたら今もゆんゆんが見てたりしてな.....っ」

「カズマ?」

 

「.........えっ、とぉ」

「カズマ?どうした?」

「いや、そのー見間違いならいいんだけどさ?」

 

 

 

 

「.....建物の影から、地味になんか近づいてきてない?」

 

~お騒がせコンビ~

 

「ねぇねぇ聞いてよカズマ」

「聞いてくださいよファントムさん!」

「「断る」」

「「まだ何も言ってないのに!?」」

 

「だって..........なぁ?」

「概ねロクでもない事だというのは見当がつく。お前ら二人が揃っている時点で嫌な予感しかしない」

「そうだな。特に駄女神」

「酷くない!?これでも女神なのよ!?めがみなのにぃ!!うぁぁぁんヒトミィ~」

「よしよしアクア様。冷たい人達ですね~?でも大丈夫ですよ、実はちゃんと私達の事を考えてくれていますから」

「..........ホントにぃ?」

「えぇ。現に嫌そうな顔しながらもこの場から逃げたりはしていないでしょう?あれは話なら聞いてあげるというサインなんですよ」

 

「.....ファントム、たまにだけどさらっとはずいこと言うよなお前の相棒」

「カズマこそ、女神女神といいながら神々しさの欠片もなくヒトミに泣きついているぞお前の相棒」

 

「ばっか、あれはちげぇし?相棒じゃねぇしぃ?」

「奇遇だな、どちらかと言えば俺も保護者に近い感覚で接している」

 

「..........グスン」

「おい、お前の相棒も涙目になったぞ」

「..........冗談だ」

「ですよね!ですよね!?も~ファントムさんも人が悪いんですから!わかってましたよ?そんなこと~!」

 

「.....あぁ、ウザイな。なんか、お前の自称女神といる時は精神年齢が著しく下がっているように見えるんだが」

 

「なんか、ごめん」

「構わないさ。何故か俺も虚しくなるからな..........それで?結局、二人はなんの相談に来たんだ?」

 

「グスッ、ヒトミって王都でも大分有名になったじゃない?」

「うん」

「私は荘厳で寛大な女神じゃない?」

「..........」

「私は荘厳で寛大な女神じゃない?」

「聞こえてない訳じゃねぇよ」

「聞こえてるぞ、進めてくれ」

 

「扱いが雑..........だから、二人でコンビを組めばもっと有名になると思うの!二人合わせて『アクアマジック』なんて良くない!?」

「絶対にやめろっ!つーかヒトミの要素ほぼゼロじゃねぇか!?」

 

「ヒトミはいいのか?」

「勿論!聞いてください!アクア様がいればアクシズ教徒の方々からの支持も入るはずですよ!そうすればー」

「「絶対にやめろっ!」」




こういうチープなのも好き。
続くかもしれない。


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