魔法少女リリカルなのはturn from Sepia to Vivid (くきゅる)
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第一章 鮮烈の胎動
第一話 無職少年はじめました


何年ぶりか分からない二次創作です。
vivid完走したので、衝動的に書き上げました。


人生とはなんだろう。

 別に哲学者でもなければ、そんな途方もないテーマに挑もうとする奴なんていないだろう。

 ふと考える程度だ。普通なら。

 けれども、俺ときたら──

 

 

「人生って、なんだろうな。死にたくないから生きてるだけ? 大して、生きたいとも思ってないのに」

 

 

 いつも無意識の内に、思考の迷宮に入り込んでしまう。 

 首を吊るのも苦しそうだし、死んだ後にずっと真っ暗な中で閉じ込められると思うと怖い。

 死という未知への恐怖、なんて下らない理由が今の俺を生かしている。

 

 それが俺──オルス・リーヴという男であった。

 

 数日前に十五になったばかり。

 

 

 もう十年も昔、地方の管理世界での魔導器事故で家も家族も身体も、というより俺の人生そのものが吹き飛んだ。

 原動力に違法なものを使ってただとか、会社側に不備はなかっただとか、様々な議論が飛び交ったが十年も経てば話題は風化するし、今となってはどうでもいい話だ。

 

 

 顔の右半分を覆う大きめの眼帯を撫でながら、新しい住居の天井を見上げる。

 

 本局で必須課程も修了し、普通なら就職か進学する所を俺はただ何もせずに平穏に生きる事を選んだ。

 賠償金だの、保険金だの、支援金だの、身体調査の謝礼金だの、運がいいのが悪いのか金だけは溢れるくらい入ってくるから。

 普通に生きてれば、恐らく使い切れないくらいに。

 とはいえ、胡散臭い団体に寄付する気も更々ないが。

 少なくとも人並みに生きれないのは確定しているし、どうせ天涯孤独の俺が死ねば金は局に戻るのだから好きに使わせてほしい。

 

 

『マスター、挨拶はしなくても良いのですか』

 

 脳内から無機質な男性の声が。

 

「あぁ、分かってるよ」

 

 

 この声の主は、生体癒着型デバイス・LS4。

 

 愛称は"ステイク"

 

 事故で"正常な"右目と右腕、ひいては一部臓器をも失った俺は自力で身体を維持するのが困難になっていた。

 故の、専用デバイス。かなり値が張るようだが、当然賠償内容に含まれているのでメンテ込でタダ。

 心臓にインテリジェント型と、右腕に補助用のストレージ型が組み込まれており、私生活から運動まであらゆる面で支えてくれるステイク。

 心臓に突き立てられた杭と言えば恐ろしいが、これが無ければ死んでいたかもしれない。

 

 

『あと、手土産もあった方がよろしいかと』

 

「分かってるよ」

 

 

 まぁ、口煩いのが難点ではあるが。

 しかもこいつは魔力経由で直接言葉を伝えてくるせいで、普通に会話すると傍からみたら異常者だ。

 念話を使う癖がなかった昔は、そりゃもうよく恥をかいた。

 

 さて、また小言を言われない内に動くとしよう。

 

 始まりの春。その夕暮れ時。

 普通の学生なら、進級・進学祝いだとかで家族に祝ってもらったりしてるのだろうか。

 

 

「まぁ、俺には関係ないけど」

 

『マスター、自虐は程々にして下さい。それに、今からでも進学や就職は間に合います』

 

「…………」

 

 

 もう返事はしない。

 学校じゃ程度の低い人間に絡まれるわ、教師も教師で見て見ぬふりをするし散々だった。

 本局の養護施設も本当に良い思い出がない。 

 身を守る魔法と、生きていけるだけの教養は身に着けた。

 何度でも主張するが、金は施設に毟り取られた分を差し引いても、豪遊できるほどあるのだ。

 だから、俺は絶対に働かない。

 

 話が逸れた。

 

 本局で買った無駄に肌触りがよく、使いやすいサイズの高級タオルがあった筈だ。

 手土産は、あれでいいだろう。

 

 

『遅くならないうちに行きましょう』

 

「はいはい」

 

 

 別に挨拶なんてと思うが、ステイクが煩いのと隣人トラブルの予防にはなるだろうしな。

 どうせ無職だし、私物も少なけりゃ家具付きの空き家物件を購入したから手間な作業もない。

 

 

「行くか」

 

 

 戸を開けて外に出ると、心地よい風が撫でるように吹き抜ける。

 隣接しているのは一件。

 ここらは都心だけあって結構良い値が付くのだが、お隣さんはうちの倍はある。

 さて、一体どこの家なのか。

 

 表札を見る。

 

 高町(タカマチ)

 

 異国……いや、異世界の文字だ多分。

 だが見た事ある苗字だ。

 

 高町、タカマチ、たかまち。

 どうでもいいか。

 

 チャイムを押す。

 

 

「はーい!」

 

 

 可愛らしい女の子の声がした。

 とっとっと、とこちらに向かってくる足音。

 あれ、ディスプレイで相手を確認しないのか……?

 

 

「高町ですが、どちら様でしょーかー?」

 

「隣に越してきたリーヴです。ご挨拶に伺ったのですが」

 

「あ、お隣さんですね! 今ママ達を呼んでくるので、ちょっと待っててください!」

 

「はぁ」

 

 

 金髪に光彩異色(オッドアイ)。

 ぱっと見ただけで分かる、太陽の化身のような天真爛漫な女の子。

 俺の眼帯を見ても顔を全く引きつらせる様子もなかった。

 捻くれた俺からしてみれば、あまりにも眩しい。

 忙しなく駆けてゆく女の子を見送って暫く待っていると、今度は二人の女性を連れて戻ってきた。

 

 

「はじめまして。私が高町 なのはで」

 

「娘のヴィヴィオです! そして、こっちがもう一人のママの」

 

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです」

 

 

 え?

 

 高町なのはってあの? 

 

 それより、もう一人のママ?

 

 ちょっと待ってくれ、情報整理が追いつかない。

 

 

『高町なのは一等空尉。言わずと知れた、戦技教導隊のエースオブエースですね。隣のフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官も、JS事件で主犯のジェイル・スカリエッティを捕える等、多大な活躍をなされています』

 

 

 世間に疎い俺でも、さすがに知っている。

 空に上がれば天下無双の空戦魔導師に、本局勤めの超実力派エリート執務官殿。

 どちらも容姿もずば抜けて優れていて、管理局内外問わずに大人気の局員である。

 こうして間近で見れば見るほど、神は二物を与えずなんて言葉は嘘なんだなとはっきりわかった。

 

 

「あの?」

 

 

「あ、あぁ、すいません。まさかあの高町一尉やハラオウン執務官がお隣だとは、思いもよらなくてつい……」

 

 

「ちょ、直接言われると何だか照れちゃうね」

 

 

「ぜ、ぜんぜん、そんなことないんだけどなぁ」

 

 

 照れる姿も可愛らしい。

 ヴィヴィオも母親を褒められて嬉しそうにしている。

 

 

「改めまして、今日から隣に越してきたオルス・リーヴです。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。こちら、つまらないものですがお納めください」

 

 

 贈答用でも何でもないタオルだったが、存外喜んでくれたようでお世辞でも幸いだ。

 人が良すぎるのもあるんだろうが、とりあえず第一印象は悪くならなくて良かった。

 にしてもだ。

 

 

「リーヴさん、良かったらうちに上がっていきませんか?」

 

「ちょうど、クッキーが焼けたので良かったら」

 

「私も大かんげーです!」

 

 

 さすがに勘弁してくれ。

 初対面の、しかもこんな得体のしれない男を普通家に入れるか?

 俺がおかしいんじゃなくて、間違いなくこの一家がおかしい。

 女所帯とはいえ相手が相手だけに、並の男が手を出せるとも思えないが。

 

 

「さすがにご迷惑だと思うので遠慮させていただきます。あと、必須課程修了したての若輩者なので、そんな畏まらないでください」

 

「そっか。じゃあ、オルス君でいいのかな?」

 

「ご家族にも挨拶したいし、分からないことも多いと思うから遠慮せずに頼ってね」

 

「いつでもきてくださいー!」

 

 

 帰り際に一人暮らしなので、と付け加えておいたら余計構われた。

 特に、執務官……フェイトさんが心配そうにしていた。

 これで両親は実は死んでますなんて言う程俺も馬鹿じゃない。

 嘘は言ってないのだから、問題ないだろう。

 

 

「底無しで無償の善意、って感じだ。あんな安売りしてちゃ、何か起こりそうでこっちがひやひやする」

 

『マスター、その物言いはどうかと思いますよ』

 

「そうだな。今のは言い過ぎた」

 

 

 怖いくらいに良い人達だった。

 何か裏があるのではないかと勘繰る自分の浅ましさよ。

 どうしようもない自己嫌悪に陥る前に、気晴らしをするとする。

 

 

 ステイク、魔法を使って身体動かせる場所は近くにあるか?

 

 

『見つかりました。周辺地図を表示します。角を曲がって、直線六百m先に公園があります』

 

 

 仕事が早くて優秀だ。

 示された場所に向かうと、魔法使用許可の出ている十分な広さを持つ公園があった。

 

 右腕もあまり人様に見せられるものじゃないので、夏場でも手袋と長袖は欠かせない。

 もちろん、デバイスを使ったら話は別だ。

 

 

「ステイク、限定起動」

 

『限定起動了解。SL4、ガントレット展開』

 

 

 そう命じると、右腕に組み込まれたストレージデバイスが籠手を展開して装着させる。

 鉄を凌駕する硬度としなやかさを持ち、関節の動作を殆ど妨げない理想的な装備だ。

 更に、ポケットからあるものを取り出す。

 

 

「自立型訓練用人形、徒手格闘モードでレベルはA。ステイク、細かいのはお前が調整してくれ」

 

『微調整完了。あまり無茶はされないように』

 

 

 最近購入した、自立型訓練用人形。

 ありあまる財産で購入した、数少ない私物の一つ。

 普段は持ち運びできるデバイスサイズであり、簡単な徒手格闘から魔法戦の模擬戦をすることができる。

 調整さえ行えば、いざという時の護身用としても使える便利な代物だ。

 オーダーメイドともなれば、こちらも値段は青天井である。

 

 今しがた設定したのはレベルA。

 

 強さは、ストライクアーツ有段者程度。

 ある程度の学習機能は搭載されているが所詮は人形なので、生身の人間と等しいかと言われれば否だ。

 

 白く顔のない人形が現れる。

 体格は俺とそう変わらない。

 

 左手を前にして構える。

 眼帯を装着している右側は完全なる死角。

 こんなハンデを背負って格闘戦なんて正気ではないと思われるかもしれないが、遠距離主体で戦える程の魔力量もなければ資質もない。

 それに、"ハンデに見えるだけ"だ。

 

 

「フッ!」

 

 

 ダンッ!

 掛け声と共に魔力の乗った重く鋭い一撃が、人形を撃ち抜く。

 

 しかしレベルAは伊達ではなく、強度もそうだが素早く反応して防御の態勢を取られた。

 

 からの人形の反撃は、すかさず下がって回避する。

 必殺の右の威力は凄まじいが、その分の隙はどうしても大きくなる。

 

 今度は間合を保ちながら左で牽制していく。

 すると今度は人形の蹴りが飛んでくる。

 

 

「ッ!?」

 

『今のは危ないですよマスター』

 

 

 際どい所で顔を反らすと、絶好の機会が訪れた。

 

 一気に懐に潜って、右を打ち込む。

 

 今度は綺麗に入った。

 

 ──そう、格闘戦はこの瞬間が何より気持ちがいいのだ。

 

 

 まだ停止しない人形に肉薄して追撃をかける。

 

 反撃を警戒しながら左のジャブで牽制して、必殺の右を打ち込む機会を探る。

 そんな攻防が続くと、生身の俺の方は疲労で鈍くなってくる。

 

 次第に人形が優勢になってきたのを悟ると、頃合いを見計らってとっておきの"インチキ"をすることにした。 

 

 

『実戦の純格闘戦じゃ使わないでくださいよ』

 

 

「安心しろ。試合なんてやらねーし、使うとしたら喧嘩くらいなもんだ!」

 

 

 ジャブを撃つのをやめて、右腕に魔力を溜めて踏み込む。

 

 見え見えの攻撃。フェイントでもなんでもない、正真正銘の大振り。

 人形は俺の踏込と構えた右腕の魔力を即座に察知して、防御するまでもなく躱してカウンターを取ろうとする。

 

 

「オラァッ!」

 

 

 拳が宙を切り、大きな風切り音を響かせる。

 

 そして訪れるのは間髪入れない人形のカウンター。

 

 直撃コース。

 当たればダウンしかねない、致命的な一撃。 

 

 

 ──良かった。

 機会故の深読みもなく、綺麗にはまってくれて。

 

 

「ショットォッ!」

 

 

 ──狙い通り。

 

 俺の背後に隠していた魔法が発動して、魔力弾が人形を直撃する。

 

 更に、返す刃の如く魔力が乗ったままの拳で薙ぎ払う。

 

 型もへったくれもない醜い攻撃だが、威力の程は言うまでもない。

 

 

「よし!」

 

 

 人形が吹き飛ばされダウン判定により、ゲームセット。

 俺の勝ちである。

 

 

『本来のルールを考慮するなら、マスターの反則負けですが』

 

 

「まぁ、所詮はお遊びだし」

 

 

 唯一の趣味である格闘戦"ごっこ"は、適度な運動と暇潰しを兼ねたとても良い遊びだ。

 

 高くついたが、この人形もなかなかに良い買い物だった。

 

 普段は希望もなにも見いだせないのに、こうして身体を動かしている間は別人になった気分でいられる。

 

 

「それじゃまぁ、もうワンセット行ってみようか」

 

 

『了解しました』

 

 

 今日は調子がいい。

 程よい魔力運用は、陰鬱な気分を払拭して高揚させる。

 

 気づけば辺りは暗くなっていた。

 

 

 

 




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第二話 "健全な人付き合い"

評価、お気に入り等ありがとうございます。
感想で致命的な描写不足をご指摘いただいたので、編集しました。

オルスのいう"本局"は特別養護施設のことであり、局員として教育を受けたわけじゃありません。
年齢は今年で十六になるので、現代でいう義務教育を終えた状態にあたります。

教育レベルが違うと思うので、一概には比較できませんが。

また気づき次第、編集していきます。


個人的には、既存の設定と睨めっこしながら創作していくというのはとても懐かしい気分になると同時に新鮮でもありました。


 

 

「はぁ……はぁ……ステイク、今何時だ」

 

『現在、十九時五十六分二十二秒。訓練を開始して、二時間十四分八秒が経過しましたマスター』

 

「こりゃ馬鹿丁寧にどーも」

 

 

 鬱陶しいくらい優秀な我がデバイスによると、もう二時間以上経過していたらしい。

 格闘なんて喧嘩くらいでしかやらなかったが、こうして人形相手に拳を交えるのは案外楽しいものだ。

 人形は理不尽な理由で絡んでこないし、口汚く罵ってくることもない。

 加減も出来るし、こっちの都合を汲んでくれる。

 

 いっそ、全ての人間がこの人形のようになれば平和な世の中になるんじゃなかろうか。

 

 

『発想が極端過ぎます。マスターはもう少し交友関係を持たれるべきです』

 

「しょうがねぇだろ。俺を取り囲む環境がそうさせたんだから」

 

『マスター自身の境遇は把握してます。ですが、このままというのも……』

 

「はいはい。分かったから、もう少し続けんぞ」

 

『……了解しました』

 

 

 物わかりが良く、戦技モデル通りの行動をとる人形を夢中で殴り続ける。

 ままならぬ人生の憂さ晴らしをするように。

 

 周りの汚い大人も馬鹿なガキ共にもうんざりだ。

 どいつもこいつも、糞、クソ、くそ。

 人形以下の産廃だ。

 

 そして、自分の人の事を言えないような有様を見て自己嫌悪。

 いつもの負の連鎖。

 

 事故にあってから暫くは、自分が世界で一番不幸な人間だと思っていた。

 偶然か必然か、俺だけが奇跡によって生かされてしまった。

 

 いや、死に損なったの方が正しいのかもしれない。

 こんな夢も希望もなく、不安定な心で何時途切れるかもわからない真っ暗な道を歩まされる。

 

 

「ッ!?」

 

『思考が魔力を通じて漏れていますよ。やるなら、集中してください』

 

 

 人形の拳が掠る。

 自分で誤魔化しといて、余計なことを考えてしまった。

 ──こりゃ世話がない。

 

 そろそろ、アレを試して終わりにしよう。

 

 ステイク、"一瞬だけ右目を繋げ"

 

 

『……承諾したくありませんが、了解しました。少しでも異常が生じたら切断します』

 

 

 本来、俺の右目はちゃんと機能するのだ。

 

 どれくらい機能するかというと、眼帯で遮ろうが壁で遮ろうが透視してしまうくらいには。

 

 何の制限も入れなければ、視界に入った膨大な量の情報を際限なく右目を通して脳に送り続ける。

 それに伴い、身体が勝手に脳の情報処理速度を爆発的に加速させる。

 瞼が閉じられない程膨張して変色した右目は、見た目さえ除けば超高スペックには違いない。

 

 ──無論、脳みそは常人のものと変わらないから、何の処置もしなければ即座に脳が溶けること間違いなしだ。

 

 

 他にもステイクによる機能のオン・オフの切り替えしかできず、加減が殆ど効かない点も問題だ。 

 

 だがステイクの補助を受ければ、一瞬だけなら膨大な情報処理にも耐えられる。

 

 

『──接続』

 

 

 刹那。

 

 眼帯越にも関わらず、周囲のあらゆる風景がまず飛び込んでくる。

 のみならず、大気中の魔力濃度や成分。

 微生物まで────

 

 そうじゃない。

 

 なるべく絞るのだ。

 

 観るのは人形。いや、その周囲まで絞り込めれたら上々。

 

 構成物質から骨組み、人形の四肢に信号が送られ腕がまっすぐ俺に向かって伸びてくるのが見えた。

 

 それを遮るように邪魔な情報まで流れてくるが、情報の濁流の中から必要な箇所にだけ焦点を合わせる。

 

 

『マスター』

 

 

 分かってる。

 もう限界が近いのは。

 

 一秒にも満たない一瞬刹那の時間。

 

 けれど、それで十分。

 

 

「ッ!!」

 

 

 目前に迫るスローモーションの拳をくぐって、低い姿勢からボディに右拳を叩き込む。

 

 

 痛恨の一撃がクリーンヒットした、文句なしのKO勝利。

 

 

『──接続解除』

 

「何とかなっ……た……ッ!?」

 

 

 直後。

 

 押し寄せてくるのは痛み。

 

 違う、熱だ。焼けるような……やはり痛み?

 

 違う違う、そうじゃない。

 

 

『マスター!』

 

 

「…………」

 

 

 痛い、痛い、いたい、イタイ、ぃタィ 痛イィ!

 

 

「いってぇなぁ……!」

 

 

 ……懐かしい痛みだ。

 膝をついてうずくまり、歯を食いしばって気力で耐える。

 

 まだ痛むが、少しづつそれも引いていく。

 

 視界も鮮明になり、何とかもちかえすことができた。

 

 

『まだ痛みますか?』

 

 

 いや、もう大丈夫だ。

 

 昔使った時はすぐに気を失ったが、それに比べれば随分と成長したと言ってもいいが……。

 ちょっと気を抜けば、意識が飛ぶだろう。

 

 その気になれば観えるのだからと粋がったが、やっぱりこの目は障害だ。

 この刹那の時間に相手を屠れるならいいが、その刹那の時間が過ぎれば最悪意識が飛びかねない。

 もう少しまともにモノを見れたら、眼帯もブラフとして機能するだろうに。

 

 ……下らない考察だ。そもそも、競技をするという前提がおかしい。

 

 

『一応、記録は本局の医療部門に送信しておきました』

 

 

 余計なことを。

 接続に関しては禁止されていないものの、使用には厳重注意を受けていた。

 

 きっと、メディカルチェック時にどやされるに違いない。

 

 

『身体機能は、私が管理するように言い渡されています。

 全ては許可を出した私の責任です』

 

 

 お前のそういう所はまぁ嫌いじゃない。

 

 痛みが完全に落ち着いた所で、待機状態に戻った人形を回収して立ち上がろうとすると……。

 

 

「あの! 大丈夫ですか?」

 

 

 誰だ。

 俺が居た時には人気がなかったが。

 このどこかで聞いたことあるような声──

 

 

「どこか痛むのかな?」

 

 

 今度は、はっきりと聞き覚えのある声。

 穏やかで、優しくて、思いやりに溢れた声色。

 

 ゆっくりと振り返る。

 

 

「少しよろけただけです。御心配、痛み入ります」

 

 

「あはは、そんな畏まらなくてもいいのに」

 

 

「本当に大丈夫ですか……?」

 

 

 高町母娘だ。

 

 ヴィヴィオの方は一瞬分からなかったが、変身魔法の一種だろうか。

 それなりに高度で扱いが難しい代物だと思うが、かなり使いこなしているように見える。

 

 

「ヴィヴィオ、でいいのかな? お前のソレって……」

 

 

「あ、ごめんなさい! 今解除しますね。クリス!」

 

 

 よく見ると兎が宙に浮いているではないか。

 目を疑ったが、あれもデバイスなんだろうな。

 間違いなく、汎用機ではなさそうだが。

 

 ヴィヴィオ?の身体が発光して変身魔法が霧散する。

 

 

『かなり特殊なハイブリットタイプですね。私の場合、マスターの肉体と物理的に繋がって干渉していますが、彼の機体はリンカーコアに干渉する機能が付いています。融合せずともサポートを行えるのが、持ち味でしょう。本質的には違いますが似ている点もありますし、マイスターも同じですから後輩機とも呼べるかもしれません』

 

 

 同じマイスター?

 確かステイクの設計開発主任はマリエル技師だったと思うが……意外な共通点もあるものだ。

 

 と、ふよふよとヴィヴィオのデバイスが近づいてくる。

 言葉は発さないが、ジェスチャーと共に念話のようなものを送ってきた。

 

 

「えーと、セイクリッドハート……っていうのかお前。あぁ、ステイク共々よろしくな」

 

「クリス、どうしたのー? ……先輩機にご挨拶?」

 

「俺のデバイスとクリスはどうもマイスターが同じらしくてな。コンセプトも近いし、先輩と後輩って感じてるんじゃないか。ステイク、声を聞こえるようにしろ」

 

『了解しました。はじめまして、私は生体癒着型デバイスLS4。愛称はステイクです』

 

「生体癒着型? でも、クリスの先輩なんだよね。よろしくおねがいしまーす!」

 

「クリスと同じってことは、マリーさんかぁ。なんだか、すっごい偶然!」

 

 

 生体癒着型デバイスというのは、言ってしまえば人工臓器の延長線にあたるものだ。

 デバイスとしての機能に加えて、患者をあらゆる面でサポートする為のAIが組み込まれた代物。

 試作のLS1から始まり、徐々にアップデートを重ねて今のステイクになった。

 

 というのをかいつまんで説明すると、関心と俺に対する同情が混じった視線を向けられた。

 

 同情なんて必要ない。

 

 歳を食うに連れ、自分はそれ程不幸じゃないどころかある種恵まれているんだと分かった。

 自分で納得している人間に同情する行為は、逆に失礼なくらいだ。

 

 諦観と言っていいかもしれない。

 

 

「別に日常生活で不自由はしてませんし。原因は事故ですけど、こうなったのは自分の体質にもよりますから」

 

 

 そうだ。

 原因は、確かに事故だ。

 

 けれど、事故によって失われた身体を補完したのは紛れもなく自分の"体質"が原因だった。

 普通の人には起こりえない、血統による極々極々稀に起こる可能性のあったという隔世遺伝。

 

 別に偉人の先祖返りなんて御大層なもんじゃなく、単なる体質の遺伝。

 

 あまりくどくこの話題を続けるのもあれだし──

 

 

「ところで、ヴィヴィオも魔法か何かの練習を?」

 

「はい! クリスと練習しにきたら、オルスさんがいて……あ! それより!」

 

 

 それより?

 

 

「さっきの技、速すぎて全く見えませんでした! どうやったんですか!」

 

 

 食いついた。

 目がキラキラしている。

 はちきればかりだ。

 

 一方で、高町教導官殿は。

 

 

「それは私も気になってたんだ。確かに凄かったけど、ちょっと不安定。派手で強力な魔法は魅力的だけど、夢中になり過ぎてやんちゃするのは一教導官としては見過ごせません」

 

「胸に刻んでおきます」

 

 

 下手に調子に乗ったのは反省しなければならない。

 ただでさえ短い寿命を更に縮めかねないから。

 

 ……我ながら、死にたいのか生きたいのかもう分からんな。

 

 "それでね"っと、高町教導官殿が付け加える。

 

 

「アクセルタスクかなって思ったんだけど、それにしては切り替えが早すぎるしあんな爆発力は生まれない。となると、別系統の技術かなって」

 

 

 さすがの一言に尽きる。

 答えを先に聞いていて、カンニングしたという様子もない。

 あんな一瞬の動きを捉えて分析するなんて、同じ人間か疑わしいところだ。

 

 ……母娘揃って、そんな目を向けられても俺は正解までは言わんぞ

 

 つっても、本気で調べたらすぐに割れることだ。

 

 

「説明すると長くなるというか……まぁ、そうですね。レアスキルみたいなものかな。本局に問い合わせたら分かるとは思いますけど」

 

 

 同情は不要と言ったが、自分の事をあまり言うつもりはない。

 死にながら生きているようなこの有様も、醜く変色して膨れ上がったこの右目も。

 知ったって得する奴は誰もいない。

 気負いやすそうなこの母娘なら尚の事。

 

 

「ううん、知られたくないことなら調べない。無神経なこと言ってごめんね」

 

 

 ほんと、優しい人だ。

 

 突き放すような態度を取っても、付かず離れずでずっと寄り添ってくれるようなそんな人。

 

 もし気が向いたら、その時は──

 

 

「俺も外で使ったのが悪いんですし、そりゃ誰だって気になるでしょう。気にしないでください」

 

 

 そろそろ、良い時間だろう。

 帰るか。

 

 

「あの、オルスさん!」

 

 

 ヴィヴィオに呼び止められる。

 

 

「何かな?」

 

「えっと、私も格闘技をやってて、それで……」

 

 

 勢いで呼び止めたはいいが、言葉は上手く纏まっていなかったらしい。

 

 

「──オルスさんさえ良かったらなんですけど、良かったら一緒に練習しませんか?」

 

 

 真っ直ぐに、俺の目を見据えて。

 まるで、心まで見透かされるような。

 

 断った方がいいに決まってる。

 だって、俺がたまにやってるコレは、単なる暇潰しなのだから。

 

 大した向上心もなく、行き場のないやるせなさを我武者羅にぶつけるだけの趣味以下のお遊び。

 

 きっと、才能と夢や希望に満ち溢れているだろうヴィヴィオとは釣り合わない。

 決定的に。

 

 

 ──けど、俺の心は弱いのなんの。

 

 

「……時間が合うようなら、こちらこそよろしく」

 

 

「わぁー! ほんとですか! やったー!」

 

「良かったねー、ヴィヴィオ」

 

「うん! オルスさん、ありがとうございます!」

 

 

 

 どうしても、あの瞳には逆らえなかった。

 

 キラキラ、キラキラ。

 眩しいのなんの。

 

 苦し紛れの言葉を紡ぐやつなんて、そのうち見限られるだろう。

 

 それなら、それでいいさ。

 耐えられないくらい気まずくなったら、俺が引っ越しでもすればいいのだから。

 

 

「じゃあ、疲れたんで俺はお先に」

 

「お疲れ様でしたー!」

 

「暗いから、きをつけてねー!」

 

 

 どことなく、子供扱い。

 覚えてはいないが、母親というのはこんな感じなのだろうか。

 

 分かりゃしないし、どうでもいいが。

 

 

 

 

 

 

 元来た道をとぼとぼと帰る。

 

 

『よろしかったのですか、マスター』

 

「良いも悪いも、今更だ。それに、こういう"健全な人付き合い"は良い事だろ? 特別保護施設でいやという程教えられたよ」

 

『…………』

 

 

 あれ。

 減らず口を叩いても、反応がない。

 

 いつもなら、呆れたような口調で何か言い返してくる筈だが。

 

 

『……私が目覚めたのは、マスターが中等科に入学した時でしたね』

 

「どうした、突然」

 

 

 ステイクはAIの癖に、妙に人間臭く考え込んだり意味深な言葉を使う時がある。

 よくインテリジェント型は心があるとか言われるが、俺は信じちゃいない。

 あくまでも高度な機械だ。

 定義するのも曖昧な心なんて、考えるだけ馬鹿らしい。 

 

 ──だから、いやに人ぶった態度をとる時のステイクが一番嫌いだ。

 

 

『──もし、もっと前からマスターに寄り添うことができたなら、あなたは変わっていたでしょうか?』

 

「はぁ?」

 

 

 平時は思考が漏れないようにしているが、もしかしたらというのは十分ありえる。

 そうなら、心苦しいような気もする……が、やはり機械は機械だ。

 

 別に、変わるも変わらないも俺は俺だ。

 

 

「自惚れないでくれ。お前は何者だ、ステイク」

 

『マスターの安全を守り、マスターを支える道具です』

 

「そうだ。そしてその役目は十分以上に果たしている。お前まで余計な気を回すな」

 

 

 ──気持ち悪いから。

 

 という本音は心に留めておいた。

 

 

『……了解しました』

 

 

 ちくしょうが。

 後味が悪い。

 

 そして、ふと空腹なのを思い出した。

 

 

「しまった。家になにもないし、寄り道していくぞ」

 

『そう言われるかと思って、予め検索しておきました。この先です』

 

 

 ……もう何事もなかったかのように、ステイクは振る舞っている。

 いつも通りの、いやになる程優秀な我がデバイス。

 

 

 こっから先は消化試合みたいなものだ

 

 六歳まで養護施設での教育を受け、そこから小中等科の必須課程は終わらせた。

 

 ろくでもない奴らに囲まれながらも、何とかここまでやってきたんだ。

 

 だから──

 

 

「ただ惰性で生きようとするのも、難しいもんだな」

 

 

 ──最期はせめて穏やかで苦痛の無い終わりにしてほしい。

 

 誰に向けるでもない独り言に、そんな思いを乗せて。

 

 街頭が仄かに照らす夜道を俺は歩いていた。




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第三話 だから無職ですって!

ふざけたタイトルですが、まだシリアスメインの内容です。
個人的には書きたいことも描けて、少し満足しております。

次回から少しは主人公の根暗も改善されてくるかと……


あと一人称で描写する機会がないので、主人公象を追記


年齢十六 身長百七十五cm 魔法体系は近代ベルカ式

灰色の髪と、目つきの悪い三白眼が特徴のよくいそうな主人公です。


「二つ返事なんかするんじゃなかった……」

 

「どうかしましたかー?」

 

「なんでもない。始めよう」

 

 

 昨日、何となく断りきれなくて一緒に練習すると返事をした俺。

 社交辞令的なもので、明確な日時も定めてないからなし崩し的に免れると思っていた。

 

 ──が、その考えは甘かった。

 

 何時の間にやらステイクとクリスが連絡先を交換していたらしく、昨日の内に朝練に参加することになった。

 『余計なことを、とは言わせませんよ。筋は通すべきです』と奴は言っていたが。

 ステイクもステイクで、実は昨日のことを根に持っているのかもしれない。

 そしてばっくれるのも決まりが悪いとくれば、逃げ場はない。

 

 時刻は六時半。

 場所は昨日の公園。

 人気もないし、射砲撃無しなら問題ないだろう。

 ヴィヴィオはそのあと学校に行くというのだから、もう脱帽だ。

 

 本人を見れば、大人モードでやる気十分。

 

 

「行きますよー!」

 

「お手柔らかに」

 

 

 練習内容は試合形式の軽い打ち合い。

 ヴィヴィオが使うのはミッドじゃ主流のストライクアーツ。

 それも数年やっているらしく、有段者のコーチもいるらしい。

 

 俺みたいな資料を見て真似ただけのものとは違う、本物の格闘技者。

 

 

「ッ!?」

 

 

 ヴィヴィオの踏込。

 正に、先手必勝か。

 

 そんな言葉が浮かんでくるも、迫りくる超速の間合い詰めにより現実に引き戻される。

 

 

 人形とは違う生身の人間による柔軟な動きは、まともな試合なんて初めてやる俺にはきつすぎる。

 

 

『マスター、一応下がり過ぎないようにラインを設定しています。逃げないでくださいね』

 

 

 やかましい!

 注意する暇があったら、サポートに徹しろ!

 

 長い鍛錬と優秀なコーチにより磨かれた拳は、俺のものより鋭くブレがない。

 小さく身構えて隙を減らしながら、ジャブを連発してくる。

 

 滅多打ちだ。

 返そうにも、撃ち込む場所が見当たらなければ、絶え間なく撃ち込まれているから拳が出せない。

 大人モードになったヴィヴィオとは、リーチ差による優位性も低くなっている。

 

 

「フッ! てぇい!」

 

 

 普段以上に、良い笑顔してやがる!

 

 昨日今日の付き合いに過ぎないが、それでも彼女がこの打ち合い(今の所、サンドバックだが)を心の底から楽しんでいるのが伺える。

 

 ──少しは期待に応えてやるか。

 

 年上の男としてのプライドなんて微塵もないと言えば嘘になる。

 だが、まだ仕掛けるべきじゃない。

 

 こっちは素人以下の少し魔法と格闘技を知っているだけの一般人。

 初手を譲ったのも、偏にカウンターを恐れたから。

 生身の人間相手の攻め込み方を、読み合いを、俺は知らない。

 

 受け手に回ったからと言って、それが正解という訳でもないが気持ちいくらかマシだ。

 

 

『ヴィヴィオさんの拳は中々のものですが、一撃の威力は十分耐えられる範疇です』

 

 

 そう、大して魔力を込めなくても耐えられる。

 機械的な動きが多かったが、人形の拳の方が威力自体は高いくらいだ。

 

 狙うべきは──

 

 

「はぁ!」

 

 

 軸足となるであろう左足、膝が曲がり溜め動作が入ったのを確認した。

 大振りの蹴り技がくる。

 ジャブは様子見をしつつ、相手の意識を拳に向けさせる本命の択のカモフラージュ。

 

 ──ここだ。

 

 大振り、特に蹴り技を放つ時に体制が不安定になる。

 

 実戦でその隙をつくのは、タイミングの見極めから身体のレスポンスまで様々な要因が絡まり困難だ。

 喧嘩で培った経験というと大仰だが、今回は意識を下半身寄りにしていたのが幸いした。

 

 蹴りの予測地点は左胸部の側面。

 

 ジャブが止まった瞬間、両手で受け止めて左足を引っかけて払う。

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 ヴィヴィオがバランスを崩して転ぶ。

 いてて、とすぐに起き上がったあたり怪我もなさそうだ。

 

 打ち合いというより、これじゃ組手だな。

 

 

「格闘技のまともな試合なんて初めてでな。つまんなかったら、いつでもやめていいから」

 

 

 ──朝は眠いし。

 という本音は当然、隠しておく。

 

 

「いえ! すっごく楽しいです! もう一回、お願いします!」

 

「……だろうな。じゃあ、もう少し続けよう」

 

「はい!」

 

 

 再び、一定距離で構えてのお見合い。

 

 眠気も飛んで、身体も温まってきた。

 どうせなにやっても手さぐりなんだ。

 今度はこちらから攻めよう。

 

 ここから踏み込むわけだが──

 

 

「フッ!」

 

 

 膝と股関節の力を抜いて脱力する。

 前のめりに身体が自然と倒れ、少し屈んだ状態になった瞬間に足を一気に踏み抜く。

 

 膝抜き、と呼ばれる技術のようで様々な競技で応用が利くらしい。

 

 本物はみたことないし、実戦で使うのも初めてだが──

 

 

「ッ!?」

 

 

 ヴィヴィオの想定よりも速い速度だったらしい。

 数mの距離を速攻で詰めて、さっきのお返しをする。

 

 突撃の勢いをそのまま利用した右拳を放つ。

 

 

『惜しかったですね』

 

 

 ステイクがそう呟くと、硬い手応えが拳に響く。

 

 流石は経験者だけあって、両腕を交差させて凌いでみせた。

 だが、両腕をガードに回したのなら攻めを継続できる。

 

 反動に身を任せて後ろにステップをかけた所に追い足をかける。

 そして、反撃を許さぬようにジャブで固めていく。

 

 腕をねじりながら当たる瞬間にだけ力を入れることで、幾分か素早く強いジャブが撃ててる筈だ。

 

 ──押し切れる。

 

 再び溜めの右拳によるストレート。

 

 からの、左ジャブ……ッ!?

 

 最小限の上体反らしで左腕が空振る。

 

 ──避けられたが、ジャブだから空振りの硬直はそれ程……ッ!!!

 

 

「はあぁぁ!!」

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

 態勢を立て直す前に、ヴィヴィオのカウンターが顔面に炸裂した。

 

 あの細腕から放たれたとは思えない芯のこもった一撃。

 それも避けたと同時に。

 

 頭が眩みかけるが、目を見開いてふんばる。

 

 追撃は後ろに倒れ込むようにして距離を取る。

 十分攻めたてていたのが幸いして、間合も十分離して地面に着地。

 

 だが、ヴィヴィオも止まらない。

 

 

「まだまだ!」

 

「勘弁……しろっての!」

 

 

 先ほどの間合いまで戻り、当然俺の方が不利であるが──

 

 ヴィヴィオの下半身がほんの一瞬、低くなったのを見た。

 下がっているのは、左足。

 前にある右膝が曲がったことからも、導き出されるのは……。

 

 咄嗟に腕を上げて、蹴りによる迎撃態勢を取った。

 

 

 ──だが。

 

 

 

 

 蹴りがこない。

 

 

 

「しま──ッ!?」

 

 

 

 ヴィヴィオは下げた左足を少し戻して、つま先で地面を蹴った。

 

 

 ──フェイントによる突進だ。

 無理だ、とてもじゃないが回避できない。

 

 

『衝撃は緩和しますけど、少しは我慢してくださいね』

 

 

 ステイクも同じような判断を下したらしい。

 瞬時に魔力防御が、がら空きの腹部に回される。

 

 

「いっけぇ!!」

 

 

 ヴィヴィオが俺の右側に出た瞬間、凄まじい衝撃が腹部を突き抜ける。

 かはっと空気が漏れ、大きく吹き飛ばされる。

 

 最低限の魔力防御はステイクが張ってくれたものの、これは堪えた。

 

 

『無事ですか? 無事ですね、マスター』

 

 

 あぁ、お陰様でね。

 

 殴られた腹を摩りながら、体を起こす。

 

 

「大丈夫ですか……?」

 

「あぁ、防御は張ったからな。にしても、うまいことやられたもんだ。強いな、ヴィヴィオは」

 

「いえ! 私なんてまだまだ初心者なので! さっきのも、たまたまです! たまたま!」

 

「いいよ、そこまで謙遜しなくて。相手の視点を見極た、完璧且つ自然なフェイントだったよ」

 

「え、えへへ……ありがとうございまーす」

 

 

 謙遜しながらも、照れ笑いは年相応で可愛らしい。

 

 そしてこれで初等科四年なのだから、末恐ろしい限りだ。

 Stヒルデ学園という教会系列の超エリート学校の生徒と聞いていたが、それでも規格外。

 

 ……本人はまだやりたそうだ。

 まだ時間もあるし、付き合おう。

 

 ──何というか、俺自身も熱が上がってきたのもあるから。

 

 悪意と悪意による喧嘩ではなく、互いの武を競い合う試合。

 初めての経験だが、人形相手より更に充実している。

 

 

『マスター、私に何かいう事があるのでは?』

 

 

 勝手にコンタクト取って責めたのを撤回しろって?

 冗談じゃねーよ、バーカ。

 

 ……それに楽しくはあったが、やはり思う所はある。

 

 

「まだやるか?」

 

「ぜひ!」

 

 

 首を振って集中する。

 今ばかりは、ヴィヴィオにとって有意義な時間になるよう努めなければ。

 

 なんちゃって格闘技者と、将来華々しく鮮烈な花を咲かせそうな未完の格闘技者。

 

 二人の試合は時間いっぱいまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ヴィヴィオの朝練後。

 

 一緒に朝食をとらないかと誘われた俺は、まぁ今なら断らなくていいかなと素直に応じることにした。

 ……空腹には勝てないし、自分で用意するのも面倒くさい。

 

 そんな自堕落な本心も、ヴィヴィオは露知らず。

 一旦、それぞれの家に戻ってシャワーを浴びてくることになった。

 

 春とはいえ、朝は冷える。

 

 温かいシャワーが身体に染み渡る。

 

 

『楽しかったのでしょう、マスター?』

 

「……まぁな」

 

 

 本心では分かっている。

 

 高町ヴィヴィオとの打ち合いは、今までにない充足感があったと。

 

 切磋琢磨し合う格闘技者の世界は、ろくでなし共の喧嘩よりも尊く美しいものであると。

 

 ──でも、ヴィヴィオには甘えたくない

 

 

『どうしてそう、難しく考えようとするのですか。今のマスターは自由な筈です』

 

 

 知ってる。

 だって、ニート一歩手前の無職だし。

 

 ……自分でもよく分からないのだ。

 

 好意的な人達にもどのように接して良いのか分からないし、自分が関わっていいのかも分からない。

 極論を言えば、迷惑かけて距離を取られるくらいなら最初から関わらない方がいいくらいだ。

 

 ヴィヴィオの格闘技からは趣味以上の情熱と夢や希望を感じた。

 腐りきった俺が触れて、もしも穢れたりなんてしたら──

 

 

『──本当に馬鹿ですよあなたは。それだけの思いやりがあるなら……』

 

 

「黙れ」

 

 

 

 ……今日も、鬱陶しいステイクか。 

 

 

 

『いいえ! 聞いてください、マスター……!』

 

 

「──LS4、念話遮断」

 

 

 マスター権限でステイクの念話を遮断する。

 

 機械風情が俺の心を推し量るだと?

 

 

「……AIリセットも視野に入れておくか」

 

 

 昨日の報告もあって、明後日行われる予定の検診が今日に早められたのだ。

 昼から本局の医療部門でメディカルチェックを受けることになっている。

 

 タイミング的にもちょうどいいし、打診してみるのもいいかもしれない。

 AIの挙動がおかしいと言えば、幾らでも弄ってくれるだろう。

 

 なにせ、俺の命がかかっているのだから。

 

 

「っと、あまり物思いに耽る時間はないな」

 

 

 シャワーを止めると、急いで身体と髪を乾かして高町家へゆく支度をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、オルス君。ヴィヴィオにつき合わせちゃってごめんねー?」

 

「そんなことは! ……寧ろ、俺の方が楽しんでいたくらいです」

 

 

 本当にそうだ。

 楽しませてもらったのは、俺の方だ。

 

 エプロン姿のなのはさんは、微笑みながらテーブルまで案内してくれた。

 

 

「さっきぶりです、オルスさん! どーぞ、こちらに!」

 

「ご相判にあずらかせていただきます」

 

「お口に合うといいんだけど」

 

 

 どことなく甘い香りのする制服姿のヴィヴィオにも持て成され、引かれた椅子に座る。

 テーブルの中央には大皿のサラダに、パンやスープにハムエッグとウィンナー。

 

 ……想像より多い気がするが、女性二人はこの量を食べられるのだろうか?

 学校の寮でも、女子は比較的少なかった気がするが。

 

 小学生なら育ち盛りなんだろう。

 なのはさんも教導官としての仕事はハードな筈だし、十分なエネルギーが必要だろうし。

 

 

 "いただきます"

 

 

 異世界発祥だとかいう、糧となった食物への挨拶を済ませると食事に手を付ける。

 

 チラリと横を見ると、美味しそうにパンを頬張るヴィヴィオが。

 

 

「?」

 

 

 視線に気づいて不思議そうな顔をするも、深い意味がないことが分かると食事を続けた。

 

 

「ねぇ、オルス君は格闘技はどのくらいやってるの?」

 

「自分のは格闘技と言えるものでは……。強いて言うなら、初等科に入ったくらいですかね」

 

 

 よく眼帯を取られて怪物呼ばわりされたり、いじめられたりしたので身を守る力が必要だったわけだ。

 放課後なんかリンチされかけたこともあったが、俺が抵抗してある程度やり返すと退散していった。

 

 ……あの頃は絶望も大きかったが、それよりも生きるのに必死だった。

 

 己の残り時間を知ったあの日までは。

 

 

「へぇ、じゃあヴィヴィオの先輩だ」

 

「先輩!」

 

 

 やけに先輩という単語に食いつくヴィヴィオ。

 先輩じゃないし、それはヴィヴィオに対して失礼だ。

 

 

「あの! 先輩って呼んでも!」

 

「頼む。それだけはやめてくれ」

 

「えー」

 

 

 どうして不満そうなのか。

 

 

「……ちょっと、格闘技者の先輩って憧れてたんだけどなー」

 

「俺よりマシなのは幾らでもいるから、他をあたってくれ。そもそも俺のは、半ば我流だし」

 

 

 ストライクアーツや格闘技者の友人はいるそうだが、身近な先輩にあたる人物はいないそうだ。

 

 コーチは? と聞くと、"コーチはコーチ"という事らしい。

 ……よく分からない。

 

 

──そして、なのはさんからも何気ないが俺にとっては一番きつい質問が飛んでくる。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、オルス君は学生になるのかな? 学校は大丈夫?」

 

 

 

 

 

 なのはさんやめて。

 お願いだから、その質問だけはやめて。 

 

 

 "お金が沢山あるので、無職を貫くつもりです"

 

 なんて、間違っても口にできない。

 

 どう答えればいいんだ。

 

 

「うん?」

 

 

 まずい、不審がられている。

 

 ……ここは素直に白状するしかないか。

 

 

 

 

 

 

 

「……無職です」

 

「え?」

 

 

 二度言わせないでほしい。

 変な汗が出てきた。

 

 

 

 

 

「だから、無職です! ……諸事情で」

 

 

 どこに朝っぱらから無職宣言する十代がいるのか。

 申し訳程度の言い訳も、この何とも言えない沈黙に掻き消える。

 

 

「あー……」

 

 

 ごめんなさい。

 何聞いても気を遣わせてしまう、地雷原のような人間でほんとごめんなさい。

 

 ……だから、人と関わるのは苦手なんだ。

 

 

 

「諸事情っていうかその、自分でも何をしたいのか分からなくて……」

 

 

 "毎日を死にながら生きている"

 ある日そんな言葉が浮かんできて、自分でも皮肉で笑ってしまう程ぴったり当てはまっていた。

 思うようにならなくて、色んな意味で不器用だから上手く生きられない。

 

 俺なんてどうせ。

 

 

 

 

 

「オルスさん!」

 

 

 ──自己嫌悪で俯く俺の手が、そっと握られる。 

 

 小さくて、か細い手。

 

 だけど、優しい温度が伝わってきて包み込まれるような温かさ。

 

 

 

「ヴィヴィオ?」

 

 

 なんで今にも泣きだしそうな顔をしているんだ。

 

 俺の為に?

 いや、意味が分からない。

 

 

「オルスさんのことは、まだ全然知らないです! でも、これからいっぱい知っていけたらなって! もっと、もっと、オルスさんと試合したり遊んだりしたいです!」

 

 

 

 

 

 心が苦しい。

 ステイクは黙らせた筈なのに、心臓がどくんどくんとやかましい。

 

 いっそ、この場で鼓動を止めてしまいたいくらいに。

 

 やかましい。

 

 

「だから、私……じゃなくて、私たちと! 一緒に、格闘技をやりませんか?」

 

「それは──」

 

 

 

 

 手が差し伸べられた。

 どうしていいのか分からない。

 

 ステイク、お前なら……ッ!?

 って、何を考えているんだろう俺は。

 

 本当に最低最悪の馬鹿野郎だ。

 

 

 

 

「オルス君は、格闘技が好き?」

 

 

 

 

 格闘技が好きかどうか。

 

 ……色々試行錯誤して、思うように身体が動いたり技が決まったら気持ちがいい。

 常に立ち込めている陰鬱な気分だが、この時は晴れる。

 

 けど。

 

 

 

 

「──ごめんなさい。分からないです、それも」

 

「そっか」

 

 

 相当失礼であろう俺の返事にも、嫌な顔も含みもなくなのはさん優しく答える。

 まるで宥めるかのように。

 

 

「難しいよね、進路って。私も昔は結構悩んでて……偶然、魔法と出会えなかったらどうなってたか」

 

 

 そういえば、なのはさんは魔法文化圏外の出身という超レアケースな人だった。

 でもあなたなら魔法と出会わなくても、素敵な人間として生きていたんじゃないか?

 

 と、思わず邪推してしまう。

 

 

「でも、焦る必要はないよ。今は分からなくても、オルス君のやりたいことは必ず見つかる筈だから」

 

 

 見透かしたように、悪戯っぽくウィンクをしてみせるなのはさん。

 

 

「オルスさん! いつでも待ってますから!」

 

「あぁ……」

 

 

 気の抜けた返事しかできない情けない俺に、それでも高町母娘は優しく手を差し伸べ続けてくれる。

 

 

「はい、真面目な話は一旦おしまい! 冷めないうちに食べよっか!」

 

「うん、ママ!」

 

「オルス君もパンのおかわりがあるから、足りなかったら遠慮しないでねー」

 

 

 

 

 

 どうして。

 

 どうして、全然親しくもない人間にここまで優しくできるのだろう。

 

 埋められそうにない周囲の壁を感じながら、俺もパンを手に取りスープを飲む。

 

 

 

 ──味なんてよく分からなかったが。

 

 

 

 




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第四話 "悪魔の心臓"

話、進みません……。

その代わり、原作だと影薄めになっていたあの人やキーパーソンが登場します。





"ご馳走様でした"

 

 

 そう言って高町家を後にしたのは数時間前。

 あのあとの会話なんて殆ど覚えていなかったが、気付けば自分の二足で家まで帰っていた。

 

 どうにもならないやるせなさから、自室のベッドに倒れ込んでの二度寝。

 

 

「……そろそろ行かないと」

 

 

 実は昨夜、緊急の検診が入ったのだ。

 理由は、ステイクの報告のせいだと思うが……。

 もう十一時過ぎだ。

 予定では十二時半となっているが、移動時間と余裕を考えればそろそろ出た方がい。

 本局へのゲートはミッド中央部の首都クラナガンにある。

 緊急時や局員になると、ミッドの地方からでも入れるようだが一般人である俺には関係ない。

 

 首都行き快速レールウェイで小一時間ほど。

 そこから徒歩の時間を考慮したら、ちょうどいいくらいだ。

 準備を済ませると、駅まで急ぐ。

 平日の昼間だからか人は少なく、駅にしてもピークを過ぎているのでガラガラだ。

  

 数分の待ち時間で車両が来る。

 座席に座ると、発車した車両に揺られながらぼんやり窓の外を眺めた。

 

 うっすら映った自分の貌。

 思わず目を逸らしたくなるような、酷い面構えだ。

 冴えない灰色の髪と三白眼が、嬉しくもない相乗効果を生んでいる。

 

 悲観と諦観が入り混じったような瞳。

 自分のモノだというのに、まるで俺を責め立てるように睨んでいるかのような。

 

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

 

 下らない、馬鹿馬鹿しい。

 よく使うようになった言葉だ。

 

 今度は、心臓に手を当てる。

 どくん、どくん。

 偽物の割に、元のやつより働き者なのが憎たらしい。

 その分と言っていいのは分からないが、常人より早く止まっちまうのはどうなんだか。

 

 

「あと、働き者はもう一人……じゃなくてもう一機いたな」

 

 

 念話遮断で拒絶しても、LS4──ステイクは俺を生かす為にフル稼働している。

 律儀なことだ。

 

 いや、機械なら使命を果たすのは当然か。

 

 

「はぁ」

 

 

 通算何度目かも分からない重い溜息を吐いて、静かに目を閉じる。

 

 このまま深い微睡の中で終われたら楽なのに。

 

 

 そんな俺をよそに、車両は首都クラナガンを目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "───終点、クラナガン。お忘れ物がないよう、足元にお気をつけて────"

 

 

「……ん」

 

 

 車内アナウンスによって目が覚める。

 軽く伸びをして車両を降りる。

 

 徒歩数分後。

 

 本局へと繋がるゲート管理所に到着した。

 

 

 

「それでは、許可証をご提示ください」

 

「はい。ステイ──」

 

 

 そう言いかけて、留まる。

 念話遮断を実行すると、こちら側からも呼びかけができない。

 

 手動でコンソールを立ち上げて、配布された許可証を検索してホログラムを組み上げる。

 重要なデータ故なのか、やたら厳重な保護がされていて時間を食った。

 

 これもまた、日頃からステイクに頼り切りだった弊害である。

 ホログラムの照合が終わり、やっとゲート使用の許可が下りる。

 

 

「それでは、行ってらっしゃいませ」

 

 

 各入口へ繋がるゲートが並ぶ通路を進み、目当てのゲートを見つけてその中に入る。

 扉が閉まり、円柱状の空間が眩しく発光しだす。

 

 その眩き光が最高潮に達した時。

 

 

「…………」

 

 

 視界が一瞬真っ白になる。

 さっきと同じ円柱状の空間に見えるが、扉を開けると先ほどまでの光景とは違う。

 

 "本局・医療局"

 

 ミッド語でそう書かれた標識が証明となる。

 地上から医療局へのゲートは初めてではあるが、矢印に従いながら進むと見慣れた場所まで出た。

 

 その後は記憶通りに進んで、俺の担当医の居る部屋に顔を出す。

 

 

「失礼します、オルス・リーヴです」

 

「はーい、どうぞ入ってー!」

 

 

 部屋主の確認を取って中に入る。

 

 

「色々言いたいことはあるのだけど、まずはここに座って」

 

 

 高町母娘に匹敵する柔和な笑み。

 ショートカットのプラチナブロンドが特徴的な美人さん。

 この人は自分が知り合った人の中でも、数少ない比較的心が許せる人間だ。

 

 それは例の事故当時、救助されて特に重傷だった俺が本局まで護送された際の事。

 欠損部位を黒いナニカが補いつつあったとはいえ、幼い俺の肉体は衰弱しきっていたそうだ。

 原因不明で誰も手が付けられなかった所を、この人が緊急処置で救ってくれた。

 

 

 

「──はい、シャマル先生」

 

「んもー、安定してきたからって無茶しちゃだめでしょう?」

 

 

 医療局所属の八神シャマル先生。

 この人は、かのJS事件解決の功労者八神はやて司令の家族らしい。

 古代ベルカについて相当造詣が深いらしく、俺を蝕んでいる原因も突き止めた優秀な先生。

 医者としての本分以外にも、魔導師としても高い適正があるらしく超がつく程優秀なのだ。

 

 ……あまり認めたくはないが、実の家族よりも長い付き合いになる。 

 

 いつも通り、他愛ない世間話をしつつ経過の確認。

 そして、寝台に寝かされて機械による精密検査。

 

 先生が診断結果の資料に目を通す。

 

 

 

「概ね良好ね。脳の損傷も無いのはステイクから報告を受けてたけど、精密検査の結果も問題なし。何にもなくて本当に良かった~!」

 

「大袈裟ですよ毎回。俺はいつも通りですから」

 

「何言ってるの! あなたが思っている以上に、あなたの身体は繊細で深刻なのよ! 右目にしたってそう! 最終的な判断はあなたとステイクに委ねてるけど、それだってほんとは容認したくないくらいよ?」

 

 

 シャマル先生も多分だけど本当に優しい人間だ。

 だから、多少は気を緩めても大丈夫。

 

 

「……ねぇ、オルス君」

 

「なんです?」

 

 

 途端に神妙な顔になる先生。

 

 

 

「あなたの残り時間……なんだけど」

 

「残り時間、ですか」

 

 

 残り時間。

 何の、なんて無粋なことは聞かない。

 

 言うまでもなく、俺の残された寿命。

 不安定でいつ消えるか分からない命の灯。

 

 あえて持ち出すということは、正確な人生終了日時が判明したとでもいうのか。

 

 

「いえ、それだけじゃなくてね。あなたの身体──"悪魔の心臓(イーヴィルハート)"についての新たな資料が見つかって研究が進んだの」

 

「…………」

 

「呼び出しを早めた本当の理由もそれ」

 

 

 なるほど。

 少しおかしいとは思っていた。

 右目をほんの少し解放した程度じゃなんの影響もないのは、昔から分かっていた。

 炎の中を横切っても、熱が伝わらない程の速度で通過すれば問題ないのと同じ。

 

 最も、俺を蝕みながらも命を救ってくれた"心臓"と炎を同列には語れないが。

 

 

 

 ──ある昔話をしよう

 

 

 

 数百年前のベルカ戦乱期。

 

 あらゆる諸王が名乗りを上げ、天下を取らんと日々戦い続けた地獄の時代。

 

 多くの民が死に、現代にまで伝わる数多くの悲劇がそこにはあった。

 

 有名所だと聖王オリヴィエや、シュトゥラの覇王に、冥府の王イクスヴェリア。

 特に冥王イクスヴェリアに関して言えば、つい最近掘り起こされたというのだから驚きだ。

 実物が出てきてから、彼女が史実通りの冷酷非道な人物でなかったというのは別の話

 

 そしてこの冥王イクスヴェリアだが、彼女はマリアージュという屍を兵器化するコアを生成できたそうだ。

 詳細は省くものの、人間の尊厳を踏みにじった最低の兵器だというのは言うまでもない。

 

 だが、当時はそうじゃなかった。

 

 何としてでも勝たなければならなかった時代。

  

 兵隊を最後まで有効活用することができるこの兵器は魅力的どころじゃない。

 

 手に入るのなら、諸手を挙げて喜んだだろう。

 しかし、"譲って下さい! はいどうぞ!"となるわけがない。

 

 

 ならどうするか?

 

 模倣すればいい。

 

 

 普通は似たようなモノを作ろうとしても、そう簡単にはいかない──のだが。

 どの世界にも狂人はいる。

 

 そしてJS事件のスカリエッティ然り、狂気と天才は紙一重。

 

 

 全く同じではないが、その天才の手によって出来てしまったのだ。

 マリアージュを参考にした、新たな兵器が。

 

 設計思想は一般人の戦力化。

 魔力すら持たない人間を、雑兵では相手にすらならない兵士に仕立て上げる兵器。

 

 ソレを移植された者は、徐々に身体が変化してゆき最終的には騎士相当の魔力と身体能力を獲得したという。

 

 特筆すべきは、部位欠損すら瞬時に回復してみせる再生能力。

 痛覚が鈍化しているのか、はたまた正気を失っていたのかは不明だが、進行末期に至った者はどれだけ被弾しても身体が完全に消し飛ぶまで暴れまわったらしい。

 

 全身の肌は黒く染まり、眼球は異常に発達し、紅く輝いた瞳は夜の戦場で敵兵を震え上がらせたという。

 

 だが代償として寿命は短く、長い者でも移植から十年、短い者は半年でその命を散らしたようだ。

 

 数は多くなかったようだが、各地各勢力での目撃記録から、何者かが売買していたのではないかと言われているが詳細は不明。 

 

 

 この悍ましい兵器は現代までには姿を消し、僅かばかりの資料が残されるのみだった。

 

 形状、製造方法は一切不明。

 

 無論、被験者を元に戻す方法も、

 

 

 ──それが後に"悪魔の心臓(イーヴィルハート)"と呼ばれたものの正体だった。

 

 

 そして、現代。

 新暦にして六十九年。

 

 ある辺境の次元世界で起きた事故現場にて、悪魔の心臓の所持者"らしき"少年を保護。

 現存資料と実物の調査結果及び、遺失物管理部の専門家による考察から推定された危険度は第二級。

 嘗ての闇の書のような破壊力はないとされるも、単なる一般人を常識を超えた人外へと変える規格外性。

 少年のように突然、悪魔の心臓を発症するケースを鑑みてのものだ。

 原因は遺伝による可能性が高いとして、現在も調査中。

 

 また、侵食部位は魔力が動力源であることが判明。

 元々リンカーコアを持たなかった少年は、突然リンカーコアを生成し始めた。

 

 

 ──当の少年である俺が聞かされた顛末はこんなものだ。

 

 魔力皆無のごく普通の少年だった俺が、成り損ないの怪物に至るまでのお話。

 

 成り損ない且つ、遺伝した個体として、どのような性質を持つのかも不明。

 少なくとも人並みには生きられないとされているが、残り寿命も正確には分からない。

 分からないことだらけだった。

 

 

「──それで、何が分かったんですか」

 

 

「……順番に説明するから、心して聞いてね」

 

 

 新暦七十九年の春。

 新たな進展があったようだが果たして。

 

 

 

 

 

「まず、寿命の方なのだけれど……先に言っておくけどこれも完全な結果じゃないから、鵜呑みにはしないでね」

 

 

「気なんて今更遣わなくていいから、早く教えてください」

 

 

「……分かったわ。あなたの残りの推定寿命は────

 

 

 

 

 

 

 

 ──長くても二十年前後。最短なら……五年ね。

 それに加えて不活性化が始まるのは、もっと早いの。

 完全崩壊を迎える数ヶ月から二~三年前にはもう……」

 

 

 

 

 それを聞いて考える。

 

 長めに見積もっても既に人生の折り返しにきていると言える。

 それはつまり、長いのか短いのか。

 平均寿命が九十に迫ろうとする健康なミッド人に比べたら、間違いなく短い。

 

 けど今すぐの話じゃないし、俺にとっては結構長いような気もした。

 

 シャマル先生の方がダメージを負っているのはどういうことなんだ。

 

 

 

「シャマル先生が傷つく必要ないでしょう。俺なら平気ですよ。寧ろ長く感じたし、いつ苦しみだすかも分からないっていうのは苦しかったので……少し救われた気分です。ありがとうございます、シャマル先生」

 

 

「オルス君あなたは……」

 

 

 

 そんな悲しそうな顔をする先生を見る方がよっぽど辛い。

 

 

 

「……続きを話すわね。このことが判明したのも、民間協力者が申し出てくれたからなの」

 

 

「民間協力者?」

 

 

「民間と言っても、管理局設立にも貢献した辺境の古い魔導科学者の家系──クラフトマン一族。それ以降はあまり表舞台には関わってこなかったんだけど、現当主は今ミッドに住んでいるの。

 なんでも、"悪魔の心臓"について調べたいからって。

 それ自体はオルス君のためにも願ってもないことだったから、協力を受け入れたんだけど……。

 クラフトマン一族の当主といっても、扱っている内容だけに簡単には信用できなくてね。

 彼の人となりと、ある程度の成果が分かるまでは、オルス君には会わせないし黙っていることにしてたの。

 ごめんなさいね……」

 

 

 古代ベルカ時代から続く、魔導科学の研究のみに力を注ぎ続けたクラフトマン一族。

 少しベルカに詳しい人だと名前くらいは知っているらしいが、俺は生憎聞き覚えがない。

 数ヶ月前、手土産として一族が保管していたという、新たな資料を持ち込んでのことだったらしい。

 由緒正しいとはいえ、民間人故に協力者として局員監督の元で研究を続けていたようだ。

 

 俺に相当会いたがっていたようだが、さすがに素性の知れない人間に会いたいとは思わない。

 それも、生粋の魔導科学者だという。絶対に普通のやつじゃない。

 

 シャマル先生に人となりを聞けば、"悪い人ではないけど、ちょっと変わった人"と返ってきた。

 

 ……あの先生がオブラートに包んだ表現をしたということは、相当だろう。

 それでいて近々、会うことになるらしい。

 

 普通に嫌だが、先生の信じる"クラフトマンさん"を信じるしかあるまい。

 

 

 

「あの人は本当に優秀だから、もしかしたらオルス君が助かる方法だって見つかるかもしれないの!

 だから……諦めないで。私も頑張るから」

 

 

「はい。俺は先生のことは信頼してますし、その……クラフトマンさんにもよろしくお伝えください」

 

 

「ふふ、ありがとう。彼にもよろしく伝えておくわ」

 

 

 

 

 

 話は終わった。

 

 席を立とうとすると、ふと先生に呼び止められる。

 

 

 

「そういえば、ステイクは? 彼にも一応、挨拶をしておきたいんだけど」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 ステイク。

 

 生体癒着型デバイスLS4。

 その誕生には先生の協力もあったし、定期健診の時にはよく会話をしていた。

 

 ……もし、先生にステイクのリセットを考えていると言えば、どんな反応をさせるだろう。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「実は……ですね」

 

 

 

 

 

 

───この時の馬鹿な俺をぶん殴ってくれるやつがいたなら、どれほど良かったか。

 

 俺はこの先ずっと後悔することになる。

 




本作の趣旨であるセピアからヴィヴィッドへの転換の為にも、どうしても必要だと判断したのであと一話ほどお付き合いください……。

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第五話 機械より不確かな"ヒト達"へ

ちょっと駆け足になった気もしていて、あまり納得のいく出来ではないですがお待たせしました……これからちょっとだけ仮眠を取ることにします

もう一作の存在感に埋もれていますが、せぴあは生きてます。

オルスをずっとシャロンって描いてた分の修正も行いました。
変態まじ許せねぇ。
あと、変態からのギャップが凄い。


  

 

「────それは、本気なの?」

 

 

「えぇ、割と」

 

 

 生体癒着型デバイスLS4──愛称:ステイク

 AIが搭載されている為、当然俺との"会話"も行うことができる。

 

 だが、機械だ。

 ステイクはデバイスにプログラミングされた人工物に過ぎない。

 人じゃない、紛い物。

 人もどき。

 

 最初、ステイクが覚醒した時はもっと機械的で無機質なものだった。

 その場の状況に応じて助言することはあっても、俺自身の決断や思考には口を挟まなかった。

 

 

「ステイクは優秀です。状況に応じて、的確な助言や対応をしてくれます。だけど……」

 

 

 日々を過ごしていくに連れ、ステイクは必要以上に語りかけてくるようになった。

 最初は学習して、少し小煩くなったかなぁという程度。

 

 だがある日、明らかに俺を否定するような言葉を使うようになった。

 驚きはしたが、助言の延長線と考えればその時は納得できた。

 

 ──それが、より高頻度になり今日に至るまで。

 

 まるで俺の全てを推し量り、明確な間違いであると言わんばかりに。

 

 不快だった。

 

 だからこそ、先生にもその旨を正直に伝えた。

 

 

「そんな風に考えてたのね……」

 

 

「先生はどう思いますか?」

 

 

 あまり良い反応はされないだろうが、否定もされないだろう。

 主人は俺で、AIのリセット権も俺にある。

 なんだかんだ、肯定してくれるんじゃないかって。 

 そんな甘い考えをもっていた。

 

 ──けれど、それは間違いだった。

 

 

「──確かにそれは、オルス君が決めることなんだけどね。私は反対よ」

 

 

「……どうしてです?」

 

 

 

 予想が外れた。

 再び促されるまま席に着いて、複雑そうな顔をする先生と向き合う。

 あまり、先生にはそんな顔をしてほしくなかった。

 別に悲しませたかったわけじゃないのだが……。

 

 既に、賽は投げられた。

 

 

「インテリジェントデバイスは、主人と密接に関わる言わば相棒みたいなもの。主人と寄り添い、どんな時でも助けになるような存在でなければならない。だからこそ、本体のリソースの半分以上を使うほど容量が大きいの。最初は組み込まれた知識を元に動くけど、搭載された学習能力で成長していく……ってのは知ってるわね」

 

 

「はい。最初に教わりました」

 

 

 だからこそ、ストレージデバイスを選ぶ人も少なくない。

 リソースを食う分、タスクが遅くなるからだ。

 ただ、それを補ってあまるくらいのメリットも当然ある。

 初心者でも安全で楽な魔法行使に、日常のあらゆる場面での手助けに様々。

 

 

「インテリジェントデバイスには、ちゃんとした心があるの。起動してからの記憶や経験は、組み込まれたものじゃない、かけがえのない大切なモノ……それを消しちゃうってことなのよ?」

 

 

 物わかりが悪い子を諭すように。

 

 分かっているさ、そんなこと。

 

 

「……だって、機械でしょう所詮は。人とは決定的に違う、紛いモノじゃないですか」

 

 

 心に溜まりきった澱が口から溢れ出す。

 

 なるほど、確かに昨今の技術なら人に近いモノが作れるのかもしれない。

 学習機能も大いに結構。

 人と同様に接する主人も多いと聞く。

 高町母娘にしてもそうだろう。

 

 けど、心の底から人と同じモノとして接することができるのか?

 少なくとも、俺は断じて否だ。

 

 主人の在り方を悲観して、異を唱える。

 同情や憐みを含むような言葉を向けてくる機械なんて、欠落ではないか。

 

 ──そして、ついに言ってしまった。

 

 

 

「──気持ち悪いです」

 

 

「…………」

 

 

 

 ──言ってから、後悔する。

 感情に呑まれて、出てくる言葉を抑えられなかった。

 吐き出すにしても、もう少し選べた筈だ。

 

 

「ごめんなさい、言葉が悪かったです」

 

 

「……そっか。ううん、人によっては当然だから」

 

 

 明らかに俺の言葉が先生を傷つけたように見える。

 どうしてだろう、と思わないでもないが問題はそこじゃない。

 

 相手の気持ちも汲めないのは俺も同じか。

 気持ち悪いなんて言っても、ステイクの方がよっぽど立派で役に立つのだ。

 一体、どの口が言うんだ。

 嫌悪が止まらない。

 

 

「オルス君、まだ時間は大丈夫?」

 

 

「大丈夫です。無職ですし」

 

 

「うん、じゃあ少しだけ私の話を聞いてほしいの」

 

 

 

 場を和ませようとした、渾身の自虐ネタはスルーされた。

 言うんじゃなかった。

 

 

 

「ねぇ、私のことはどう思う?」

 

 

「どうって……」

 

 

 まるで付き合いのある男女間のような問い。

 長い付き合いという意味じゃ間違っていないが、俺と先生はそういう間柄じゃない。

 

 普通に返答に困りますが先生。

 

 

「深く考えないで、こう……ね?」

 

 

 抽象的すぎる。

 質問した側が困らないでほしい。

 

 では、率直に……。

 

 

「先生のことは、そこそこ好きですよ。施設の局員よりは好感度高いです」

 

 

「そこそこ……」

 

 

「そこそこです。……強いて言えば、居なくなると寂しくなるくらいには」

 

 

 そこそこ好きだと微妙な顔をされたので、ちょっと付け加えてみたら満足してくれた……と思う。

 

 様子を見ていると何がおかしいのか、先生はくすくす笑っている。

 

 

「ふふ、成長したじゃない。昔は、無表情で"別に"って言った後だんまりだったもの」

 

 

「……覚えていませんね」

 

 

「あなたは覚えてなくても私はしっかり覚えてます! じゃあ、今度は具体的に──私は人間に見える?」

 

 

「はい?」

 

 

 

 具体的だが……これもまた悩ましい。

 この質問をした意図がまるで見えてこない。

 

 

「人間……なんじゃないですか? それとも、実は幽霊でしたってオチですか」

 

 

「ちゃんと生きてますー! ……あなたは冗談もちゃんと言えるようになったわよね」

 

 

「はぁ……」

 

 

 何が言いたい。

 核心をはぐらかされて、いい加減はっきりしてほしい。

 最後にステイクと話した時も、こんな感じだったな。

 

 

「何が言いたいんです?」

 

 

「……ほんと、オルス君にはかくし事してばっかりね。簡潔に言えば、私は人間じゃないわ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

 また、情報過多だ。

 はい、か、はぁしか言えてない。

 

 

「はやてちゃん──八神司令の持つ夜天の書、その守護騎士プログラムが一騎、風の癒し手、湖の騎士シャマル……っていうのが私の正式名称。まぁ今はもう普通の人とそんなに変わらないんだけどね」

 

 

「守護……夜天の? ……なんだかよくわからないので、もう少し詳しくお願いします」

 

 

 曰く、八神はやて司令が歩くロストロギアと呼ばれるようになった所以。

 夜天の書の主を守る為の、四騎のプログラム。

 嘗ての戦乱では、ただただ主の肉の盾となり戦う為の道具として使い捨てられてきたらしい。

 それを何代も積み重ねて、最後に辿り着いたのが当代の八神はやて司令……なんだとか。

 

 ──要するに、大本は実体すら無い魔法で編まれた"現象"のようなモノ。

 

 精巧に造られ、人間と遜色ないどころかそれ以上の機能を有するが、蓋を開ければ機械以下の不確かな存在。

 

 

「……どうしてそんなことを今話すんですか」

 

 

「今のあなたなら、分かる筈よ」

 

 

 血の気が引いていく。

 

 ──俺が少なからず関係を気づき、軽い冗談を言い合える仲にもなった先生は、機械よりも不確かな存在だった。

 己の中に積み上げてきた価値観が崩壊する。

 

 じゃあ何か?

 俺が気持ち悪いといった存在以上に歪な先生は……。

 嫌だ、考えたくもない。

 

 

 

「先生は……先生はデバイスとは違うでしょう?」

 

 

「ううん、違わない。私の大元は夜天の書に記されたプログラムでしかないの」

 

 

 

 

 頭がどうにかなりそうだ。

 逃げ出したいけど、あの先生の顔を見てそんなことができる筈もない。

 生殺しじゃないか。

 

 

「…………」

 

 

 俯きながら、先生に視線を合わせる。

 

 

 

「オルス君みたいに考える人も居ると思うし、私自身普通の人間だと思ったことは一度もない。だけど、ステイクに代わって私からお願いするわ。

 

 

 

 ────人とは思わなくてもいい。だけど、私達の心が本物であると認めてくれますか?」

 

 

 

 

 本物。

 ほんもの

 ホンモノ。

 

 汚いものは嫌いだし、自分とは違う異物は受け入れられない。

 だから人を真似て、さも自分も同じ心を持っているのだと振る舞うステイクが許せなかった。

 

 きっと俺は馬鹿で性格も悪いから、そして臆病だから、何かを内側に入れるのを拒んだ。

 

 それは他人や他者の心、そこから伝わる温度。

 

 熱過ぎず、相手の中に入り込んでじんわりと凍てついたモノを和ませようとする。

 

 

 ──あぁ、俺はこの人にずっと包まれていたんだ。そして、ステイクも……

 

 

 高町母娘と出会って一日と経過していないが、きっと二人もそうだ。

 年下のヴィヴィオにも随分と気を遣わせてしまった。

 

 嫌悪して逃げるなら、今までと同じ。

 

 

 

 なら、少しは報いてみようと、そう思えた。

 

 

 

 

 

「──はい」

 

 

 

 拝啓、機械より不確かな"ヒト達"へ。

 

 確かに、俺は今でも完全に受け入れたとは言い難い。

 人じゃないという意識は、根強く残っている。

 

 

 

 

「──先生は、人じゃないけど優しいですもんね」

 

 

 

 良い台詞が浮かばなくて、不器用な照れ笑いを浮かべる。

 

 

 

「あと、ステイクも……LS4、念話遮断解除」

 

 

 

 小煩くも、数年間俺を傍で支えて同じ景色を見てきたステイク。

 煩わしいと思っていても、いつの間にかそれにも慣れてきて。

 

 そしたら今度は近くなりすぎて、怖くなったんだ。

 

 

『……マスター!』

 

 

 悪かったよ、ステイク。

 俺がずっと逃げていただけだった。

 

 

『いえ、そんな! 私が出過ぎた真似をしただけです! ……でも、受け入れてもらえたなら私も嬉しいです』

 

 

 そんな何気ない言葉に心がまた揺れるが、今度はちゃんと受け止める。

 

 

 

「ありがとう、オルス君」

 

 

 

 聞くだけなら何度も聞いた感謝の意。

 

 

「どういたし……まして?」

 

 

 距離感も人との接し方もまだまだ分からないけど。

 

 

 

「本当に感謝してるんだから! まだまだ、私達のことを敵視したりする人も多いから……こうして面と向かって言ってくれると、とっても嬉しいわ」 

 

 

「いえ、それはこちらこそというか……あまり直球に言われると照れますね」

 

 

「照れてるオルス君はなんだか新鮮で可愛い!」

 

 

 それになんだか照れくさくて、恥ずかしい気もするし。

 

 

 

「──オルス君は優しくて良い子なんだから、もう少し自分を認めてあげて?」

 

 

 でも。

 少しだけ自分と向き合えた気がして、悪くはないかな、なんて。

 

 

 

「──じゃあ、もう少し先生とお話してもいいですかね」

 

 

「もちろん! あ、だったらお昼まだなら一緒に行かない?」

 

 

「えぇ、ぜひ」

 

 

 

 ふっと、心が軽くなったように感じた。

 立ち上がると足もなんだか軽くて、重石が取れたようだった。

 先生とこうして並んで歩くのも、なんだか浮き足立ってしまう。

 

 

 ──本局の無機質な空間も、妙に柔らかく感じるようになったのは考え過ぎだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

  

 ──あれから数日が経った。

 

 

 相変わらず働く気も起きないし、あまり勉強意欲もないが、格闘技だけは続けている。

 ヴィヴィオと練習したり、その師匠や友達を紹介してもらったり。

 これで単なる暇潰し、と簡単に言い切れないくらいには大切なモノになってしまった。

 

 手に職もなければ、学生でもない穀潰しなのには変わりないが、自分と向き合うことを覚えた。

 

 自己嫌悪で日々を使い潰す暇があるなら、色んなモノを見て、感じて、確かめることを始めた。

 

 

 新暦七十九年の春。

 その始まりの始まり。

 

 ──色褪せた世界が、ほんの少しだけ色づき始めた瞬間だった。 

 

 




早いけど、鬱パートから脱却を始めました。


……世界線は異なるけど、変態と番外的な感じでコラボできたら面白いかもですね


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