アカメが斬る〜IFルート クロノスがKILL〜 (ヌラヌラ)
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第1話〜帝都のunknown〜

 帝都のとある広場にて、スーツを着た若い青年が十数人の子供に囲まれながら一冊の本を声に出して読んでいる。周囲に座る子供達も男の持つ本と同じ物を手に取り男が読み上げた箇所を目で追っている。

 しかし、何よりも目を引くのはメタリックブルーで丸みを帯び、四角く横長だが片方の端は楕円根元には青い丸でBと書かれたボタン、でもう片方の端は二本の短い突起で根元に赤い丸のAのボタンがあり、二つのボタンの間には四角いガラスが埋め込まれている、そんな妙な形の意匠が施されたバックルのベルトを身につけていた。

 

「そして約二十年ほど前には新たな法が制定され、異民族の迫害がより強くなったという事だ。

さて、今日の授業はこの辺にしておこう。明日は字の読み書きと算術の授業だ、皆気を付けて帰るように」

 

「先生、ありがとうございましたー!」

 

「また明日ー」

 

「帰ってお母さんのお手伝いしなきゃかー……」

 

  子供達は男に礼を言うとその後の予定を口々にその場を後にした。ある者達はまた集まり遊ぶ約束をし、ある者は家の手伝いをするようだ。

 男は子供達が散り散りと去って行く様を見ていると、一人の少女が踵を返して男の元へと戻ってくる。

 

「せんせえ、あの、その、あたしの友達もお勉強したいんだけど、お金が無くて学校行けなくてその……」

 

 言い淀む少女に対して男は膝を曲げて視線の高さを合わせてそっと彼女の頭に手を乗せて撫でる。

 

「サリア君、その子を明日からでも連れてくると良い。

本とペンは私が用意しよう、但しそれを持ち帰る手提げのような物は持ってくるように言ってくれ」

 

 サリアと呼ばれた少女は明るい笑顔を見せると、頭を下げてお礼を言い去って行った。

 男はそれを見送ると立ち上がり自分の本を鞄へとしまい込み広場を後にしようとした所で背後から声をかけられた。

 

「毎日ご苦労様です!貧しい子供達のために勉強を教えているとは……本当に頭が下がります!」

 

 男が振り返るとそこには明るい栗色の長い髪をポニーテールに纏めた印象的な可愛らしい笑顔を見せる少女が敬礼をしている。しかし彼女の身を包む服装は帝都の安全を守る警備隊の制服であり若い身でありながら一般的にはご立派な立場であるのだろうことが伺える。

 そして左手に持つリードの先には小さい危険種の様な謎の生物が繋がれている。

 

「其方こそご苦労様だ、確か貴方は帝都警備隊の……」

 

「はい、セリュー・ユビキタスと申します!

貴方の事は私達警備隊の間でも話題になっていますよ!子供達を正しい道へと導くご立派な方だと」

 

「ご立派ね……私はただ子供達には常に可能性を持たせるべきだと思っているだけだ。それが正しい道へ、間違った道、輝かしい道、暗黒の道……私は其れ等のいずれかへと導くつもりも無い。

私は事実と道があるという事を教えるだけだ。どの道を選ぶかは子供達が自分で決める事だと思っている」

 

 男は少女と視線を合わさずに自分の持参した本を鞄へとしまい込みながら淡々と語った。

 すると少女は追うように回り込んで男と目を合わせる。

 

「それでも私は、貴方は子供達を正しい輝く道へと導く正義の人だと信じています!」

 

「……それはどうも。これから私は用事があってね、失礼させてもらうよ」

 

 男は少女に一礼するとその場を離れるために歩き始める。

 

「あっ!巷ではナイトレイドなどの逆賊が暴れまわっていますので私達が断罪するまではお気を付けてくださいねー!」

 

 男は片手を挙げてそれに応えてその場を後にした。

 広場を離れた男はしばし歩き、BOOKNIGHTと書かれた看板の店の暖簾をくぐって中へと入る。

 

「はい、いらっしゃい……って先生じゃないですか。今日は週の支払いの日じゃないですがいつものですか?」

 

 店の中にはカウンターに男にしては長めの緑色の髪をして片目を隠すような髪型で、ゴーグルを頭に着けた少年がエプロンをつけて座って居た?

 

「いつもいつもすまないね。

借りたら最後、殆ど本を返しに来ない私に本を貸し続けてくれて本当に感謝しているよラバック君」

 

「何言ってるんですか。キチンと料金を払い続けてくれる先生さんはウチにとって大変優良なお客さんですよ」

 

 ラバックと呼ばれた店主の少年は慣れたように本棚から数冊の本を取ってくる。

 男はラバックから広場で自分が読んでいた本を含む数冊の本を受け取り鞄へとしまい込み、財布から金貨を数枚取り出してラバックへと渡す。

 

「今週の分も含めて少し多めに渡させてもらう。今後とも付き合いをよろしく頼みたい」

 

「そういう事ならありがたく、確かに頂きましたよ。

ウチとしては売り上げが上がりますし、貧乏な子供達も勉強が出来て喜んでいるでしょうけど、先生はどうしてこんな事してるんです?

……先生もこの一見平和に見える帝都の惨状はご存知でしょう?」

 

「そういう性分、という訳では無いのだが。子供達には誰でも色んな道があり、未来の可能性は無限にあるという事を知ってもらいたいんだよ。

それがこんな帝都であってもね」

 

 男はラバック少年と他愛もない雑談をし、話が乗ってきたのかラバックはお茶まで出して気がつけば一時間程度も会話をすると、男は店を出て自宅へと歩き始めた。

 

 

 

 一夜明けた日の昼前、広場にて男は子供達が集まるのを待っていた。

 殆どの子供が集まり、本日は来れないと言っていた子供を除けばまだ来ていないのはサリアとその友達のだけだった。

 この教室は特に集合時間などは設定していない、それでもサリアは普段は子供達の中でもここへ来るのは一、二番くらい早い子であるが、友人を連れて来るから少し遅いのだろうと思い、男は子供達と談笑していると件の少女は現れる。

 一人で、大粒の涙を流しながら。

 

「……サリア君、一体どうしたんだ!?」

 

「せんっ、せえっ……えぐっ……あたしの、ともだち、これなくなっちゃった……ひぐっ……あのこもっ……あのこのパパもママも……ころっさっ……ううっうあああぁ!!」

 

 良い終えると同時にサリアの悲痛な叫びが溢れ出る。

 不安、哀しみ、恐怖、憤り、とてつもない負の感情に幼い少女は耐えきれなかった。

 男は全てを言い切らない彼女の言葉であるが事情を察して、昨日と同じようにサリアの元へと行き膝を曲げて頭に手を乗せた。男の手の温もりにほんの少しだけ安堵したのかサリアは泣きじゃくる顔を男の胸に埋め、男は彼女を優しく抱き寄せる。

 

「……皆、すまないが今日の授業は中止にしよう」

 

 生徒の面々も彼女の様子を見たため男の提案には賛成した。

 しかし子供達の中にはサリアの悲愴な表情に感化されて泣きそうな子供もいた。それでも子供達は1番悲しいのはサリアなのだと、涙を流す事はない。彼女にかける言葉が見つからない事に歯噛みしながら一人、また一人と広場から去って行った。

 全員が去ったのを見ると男はポケットからハンカチを取り出してサリアの涙を拭ってやる。

 

「グスっ……ごめっ……さいっ……せんせぇ……」

 

「良いんだ、私にとって大切な生徒が、皆にとっては大切な友人が悲しみに暮れているんだ。勉強なんか出来るはずもない。

家まで送ろう、しっかりと掴まっているんだよ」

 

 男はハンカチを渡してサリアを軽々と抱え上げると彼女の家の方へと歩き出した。

 泣きじゃくる少女を抱き抱えて街を歩く一人の男、本来ならそれだけで白い目で見られる物なのだろう。しかし、男は無償で子供に勉学を教える聖人、あるいは奇人として帝都で少し顔が知られているため道中で不審に思われる事は無かった。

 サリアの家は広場からそう遠くはないため15分程歩いて到着したが、未だに彼女の頬を涙が乾く事は無かった。

 彼女を地面へと下ろすが、サリアは中々男から離れようとはしなかった。男はそれを不快には思わず、彼女が落ち着くまで頭を撫で続けた。

 

「……ありがとっ……ござっ……ました……」

 

 サリア少し落ち着いたのか嗚咽を漏らしながら男から離れて礼を言う。

 

「……君は友達とその家族を亡くし、深い悲しみという海の底にいる。

そして、君をその海へと沈めた者は今ものうのうと穏やかに過ごしているだろう。

それでも、そんな者は必ず報いを受ける。そうでなければこんな世の中は不条理にも程がある。

君ではない誰かが、例えば帝都の役人やナイトレイドといった力を持った者がきっと君の友達を殺した者を裁くだろう」

 

「……せんせぇが……ひぐっ……話してくれた……仮面ライダーも?」

 

「……断定は出来ない、私も仮面ライダーの話は両親から聞いた事しかないからな。

だが、仮面ライダーもきっとそんな輩を許しはしないだろう」

 

 男はそう言うとサリアの真っ赤な目をしっかりと見つめる。

 サリアは思い切り花を啜って無理矢理涙を止めると、男のハンカチで涙を拭う。

 

「せんせぇ、ハンカチ……借りてても良い?」

 

 サリアの問いに男はそっと微笑んで頷く。

 

「ありがと、せんせぇ。

あたし……すぐにはできないと思うけど……大丈夫だから……ほんとにありがと、マサムネせんせぇ!」

 

 サリアは頭を下げるとそのまま家の中へと入って行った。しかし、彼女のそれが強がりだった事が外まで聞こえる感情が溢れ出る悲壮な叫び声で分かった。

 それを見送るとマサムネと呼ばれた男の顔は温和な教師としての表情から打って変わり険しい表情へと変化した。

 

「さて、まずは調査からか……」

 

 

 

 広場からそこそこ離れた一軒家、普段は人もまばらなのであろう場所なのだろうが今日は帝都警備隊の人間が5人ほどで立ち入り禁止と書かれたテープを至る所に貼られた家の中を調べていた。

 サリアの家からは結構な距離があり、おそらく迎えに来たのであろう彼女に待ち受けていた事実はさも重すぎる物だったろう。

 マサムネはそんな事を考えていたらポニーテールを揺らしながら警備隊員の一人、セリューがやって来て敬礼をしたのでお辞儀をして返した。

 

「お疲れ様です。

……今日は授業は無い日なんですか?」

 

「殺害された一家の子供が私の教え子の友人でね……今日から私の教え子になる予定だった。

一家のご冥福をお祈りします。

捜査の方は如何かな?」

 

「確かでは無いのですが……恐らく帝都近郊に潜んでいる賊の仕業かと。

3日程前に似た手口の強盗がありましたので……もちろんその悪共は粛正しましたが残党かと思われます……ですが安心してくださいっ!私達が犯人を必ず成敗しますので!」

 

 捜査の進捗の悪さに憤り拳を握り締めて己が無力さに歯がゆさを感じるセリューを横目にマサムネはそうか、とだけ呟いて家の方へと目をやる。

 すると家の中から質素な服ではあるが、どこか気品を感じる中年の男が家の中から外へと出てくる。この家の親族の者かとマサムネが思案していると、横からセリューが口を開く。

 

「あの方はこの地域の税の徴収をなさっている役人のメルツさんです。

なんでもこの家のご家族から色々とご相談を受けていたそうですが、今回の事で酷く心を痛めているみたいです……」

 

 彼女の言葉が真実であるのなら、腐りきった人間の多い帝国の役人にしては大層立派な人物なのだろう。

 しかし、マサムネは確かに見た。

 ある家族が惨殺された事に心を痛めているはずの役人の口が一瞬だけ歪な形の笑みを浮かべた事を。

 

「……私はこれで失礼させてもらう、捜査が進む事を願っているよ」

 

「ハイ!ありがとうございます!

嘆かわしい事ですが悪党が多いので先生も夜道は気を付けてくださいね」

 

 マサムネは会釈をして振り返りその場を離れた。

 この帝国の役人は大概反吐がでるような人間が多い。自分の担当する地域の人間が死んだ事に心を痛める役人なんて本当に存在するのか疑わしい。もちろん、そんな奇特な人物がいた方が良いのだろうが、メルツという役人の邪悪な笑みを見たマサムネには到底信じられない。

 しばらく考えながら歩き続けて、マサムネはやがて人の居ない路地裏へと足を踏み入れる。

 

「まずは実行犯と思わしき者たちに聞いてみるとしよう」

 

 マサムネはポケットに手を入れてある物を取り出す。

 薄い透明の板に黒い柄が取り付けられていて、握った指を保護する黄緑のナックルガードとその反対には同色の小さな突起(ボタン)が付いている。

 マサムネは黒い柄を握り、緑の突起を押した。

 

『仮面ライダークロニクル』

 

 すると、マサムネの持つ透明の板低めの音声、軽快なリズムの音楽が流れる。

 そしてマサムネは音楽が流れる中、ベルトの意匠のAと描かれたボタンを押して黒い柄から手を離した。

 黒い柄を手放した事で透明の板は地面へと落下……する事はなく、重力に逆らい急浮上するとベルトの意匠の隙間へと透明な板の部分が突き刺さる。それが想定されていたサイズのようにピッタリと。

 

『ガシャット』

 

 先程と同じ音声が今度はベルトから発せられてガラスの部分は緑色の人型のシルエットが一瞬映し出される。

 マサムネはBと描かれた意匠の上にある小さな赤い突起に指をかけて。

 

「変身!」

 

 押した。

 

『バグルアップ』

 

 再びベルトのガラスが光り出して緑の人型を写すとガラスから飛び出し、頭上で同じ絵が描かれた四角い光りの壁となった。

 

『天を掴めライダー!刻めクロニクル!』

 

 今度はマサムネの前面に針のない時計が映し出された。

 そしてゆっくりと頭上の光りの壁、前面の針のない時計はマサムネへて近づく。

 

『今こそ刻は、極まれり!!』

 

 二つがマサムネの身体へと到達すると強い光を放つ。

 そこにはスーツ姿のマサムネでは無く、黒いスマートな鎧、胸から肩に掛けてはさらに強固に見えるアーマーになっており黒地がベースのマントとも一体になった物を身につけたマサムネが立っていた。

 黒い鎧には緑色のラインのデザインが施されていて同色の髪の毛を思わせる頭頂、王冠を思わせる装飾が頭部に付いている。

 

「……フッ!!」

 

 黒い鎧を身につけたマサムネは手を数回開け閉めをすると、遠くを見つめて跳躍する。

 その凄まじい速さ、ジャンプの高さで一瞬で遠くへと移動し、路地裏は静寂を取り戻した。

 

 

 

 帝国の役人、メルツの家は民が住まうような質素な物である。

 民から税を徴収する立場である自分は、彼らと同じ目線で生活を行い同じ苦難を経験する事を信条としていると言われているからだ。

 そんな信条を謳っているメルツは自室にはとても不釣り合いな高価なワインに舌鼓をうつ。そのワインの銘柄は本来なら一介の役人が目にかかる事も困難な希少な物であった。

 

「フフフ、バカな(市民)から集めた税で飲む酒は美味い。

尤も、副業での収入が上々でなければこれ程の物は頂けないがな」

 

 グラスを傾けてメルツは極上のワインを喉に流し込んだ。

 

「ほう、そんなに良い副業があるのなら教えて頂きたいものだな悪徳役人のメルツ殿?」

 

 この部屋に入るには一つの扉を通る以外の方法は存在しない。例外的に壁や天井を壊すといった方法があるが破壊の音は存在しなかった。そして自身は扉に向かい合って酒を飲んでいる。

 そんな有り得ない背後からの声に驚いたメルツは後方に目をやると、そこには壁に背を預けて腕組みをしている黒い鎧の姿があった。

 中身はマサムネなのであるが、当然メルツはそんな事を知る事はない。

 

「なっ、何者だ!どうやってここに!?」

 

「質問に質問で返す事は正しい会話ではないな。

まあ先に答えて差し上げよう。

私は仮面ライダークロノス。その扉を開け目の前を通り背後に来たのだよ」

 

「バカなっ!そんな事はあり得ん!」

 

「私は質問に答えた、今度は君の番だ。

まあ君と癒着し、警備隊のパトロールの時間とルートの情報を流していた盗賊の一味は、纏めて帝都警備隊の詰所の前に置いて来たがね。

昨日の実行犯を特定するのに手間がかかり、こんな時間になってしまったが」

 

 マサムネの言葉にメルツは動揺するが、すぐに不敵な笑みを浮かべて空のグラスにワインを注いでテーブルに置く。

 

「ふっ……フフフ……君もどうかね、なかなかお目にかかれない上物だ。

……なるほど、あの駒供は君にやられたか。確かに君の言う通り、私は帝都近郊の賊に一家を襲わせ金や食料を奪わせていた。

奴らに情報を与えて、奪わせた金品の半分は私の懐に来る。役人をしていると色々と入り用で出資が多くてね。

君は、奴らを警備隊の所へ連れて行ったと言ったがそこから私に繋がる事はありえん。私の日頃の行いと、隊長のオーガへの賄賂のお陰でね。

事情聴取があっても切り抜ける自身もあるさ。帝具持ちの若いバカな女隊員が訪ねて来てくれれば一言二言言葉を交わせば私の潔白は証明できるだろう」

 

 メルツはワインを勧めるがマサムネはそれには無視を決め込んでいる。渋々メルツは手に持ったマサムネに用意したワインをテーブルに置いて自分の物を口へと運ぶ。

 

「そんな事だろうとは思っていた。

実際に詰所で見たが、セリュー・ユビキタスは賊の弁を聴こうともせずに惨殺したよ。

黒幕を知ろうともしないで敵は外部のみにしか居ないと思い込んで帝国に属する者(身内)は正義だと疑う事をしない。実に愚か事件を防げず、弱者である民を威圧するだけの他の警備隊員も無能ばかりだとも思う。

しかしまだ民には形ばかりだが、日々の平穏を守ってくれていると思われている。安心を提供しているから帝都警備隊もまだ商品価値はある。

……もう一つ聴きたいことがある。あくまで君は情報を流していただけで襲わせる家の指定はしなかったのか?」

 

「おかしな事を聴く男だな。

そうだな、今まではそうであったが……昨日のは違う。私とあの家族は昔からの知り合いで、嫁さんには私も恋い焦がれていたよ……しかしあの男を選んでしまったのが運の尽きだったなぁ」

 

 メルツはつまみのチーズを口に放って粗食して飲み込むと、ワインを飲み干して再度グラスへと注ぐ。

 

「若かった私は怒りに震えたと同時に、復讐心に駆り立てられ、そして死にものぐるいで下積みを重ねて帝国の役人になった。

あの男が幸せの絶頂である時に全てを壊すためになぁ。簡単なんだよ、帝国の役人が(市民)を殺す事などね。

私もあの場に居たんだ。アイツの目の前で年端もいかない娘を嬲り殺しにして、嫁さんを犯した時のあの顔ったらなかった。お陰で今日は現場に落としてしまった役人の証を取りに戻る羽目になってしまったがな。

今思い出しても嫁さんを犯した事、娘を嬲った事、最後にあいつを殺した事は気持ちが良かったなあハハハハハ!!

いやあ、お互いに年を重ねたと言っても彼女の身体は……」

 

「もういい、やめろ」

 

「おおっと失礼。

どうだね?

この際ここに侵入した事は許そう、だがその手腕は素晴らしいな。私の部下にならないか?

君の働き次第で私も上へ……大臣のお抱えになる事も夢ではない。そうなれば君の報酬も思いのままだ!」

 

 マサムネは腕組みを外すとゆっくりと歩き出してメルツの正面に回り込んで向かい合う。

 

「おめでたい男だな。

まだ自分が死ぬ事はない、商品価値のある男だと思い込んでいるとは実に滑稽だ」

 

『ガッチャーン』

 

 マサムネはベルトのバックルを取り外してAのボタンが上になる様にグリップへ取り付ける。

 そしてメルツの方へと向けるそれはまるで二問の口がある銃の様であった。

 

「まっ待て待て!この世の贅の限りを味わえるかもしれないんだぞ!」

 

 銃口に緑の光が集まり、身の危険をようやく感じたメルツは先程までの余裕が消え去り醜く狼狽えて椅子から転げ落ちる。

 その様を見てもマサムネは動じずにメルツの動きに合わせて銃口を追う。

 

「近しい者の消失は人に大きな影響を与える」

 

「そうだ!だから私はこれで大きく前に進め……」

 

「貴様の事などでは無いっ!!」

 

 メルツの反吐の出るような腐った実態を知ってなお温厚に接していたマサムネが始めて声を荒げる。

 

「近しい友人が無惨に殺される……彼女がその衝撃を受けるには幼すぎる!

いずれは来る経験かもしれないが今である必要などない!

……審判の刻だ。

善人面で税の徴収を行う裏で賊の手引きをして街の治安を乱し前途ある者の命を奪った貴様に、商品価値は……無い」

 

「ひっ……ヤメ、ヤメロおおおお!誰かあああ!」

 

 メルツの叫びが部屋に響き渡る。しかし、隣家とは離れているため、この事に気付いた人が居たとしてもこの場に間に合いはしないだろう。

 

「あの世で一家に……いや、今まで加担した悪事の被害者全員に謝罪するんだな」

 

 銃口から緑の光のエネルギー弾が発射され、一瞬のうちにメルツの腹部には大きな風穴が二つ空く。

 メルツは絶命すると同時に穴からは血が止めどなく流れ出る。

 ピクリともその身体が動かなくなった事を見届けてバックルをベルトに戻してマサムネはその場を後にした。

 

 

 

 一夜明け、街は心ある役人が命を落としたとして騒然としていた。

 それでも人々は動かなければならない、嘆き悲しむ者がその件で話しながら仕事をする喧騒の中、いつもの広場へと向けて街路をマサムネは一人歩く。

 

「あっ、おはようございます!」

 

 前方に居た警備隊員の少女、セリュー・ユビキタスは悲壮な空気を飛ばすかのように元気な声をマサムネにかけた。

 

「やあおはよう。

……そしてお疲れ様といったところかな?」

 

「はい……実は昨日メルツさんが賊に殺されてしまいました。犯行から恐らくナイトレイドの仕業だと思れます。

また一人、悪の魔の手によって帝国の要人の命が……っ!

でも、悪い事ばっかりじゃないんです!

一昨日の事件の犯人が成敗されました。

……捕まえたのは私たち警備隊では無いのですが。

ここだけの話、仮面ライダーって腕の立つ民間の方が捕らえて来てくれたんです!

私達以外にも正義の味方がいたなんて!」

 

 相変わらずの狭すぎる視野ではあるが、真っ直ぐな感想を漏らすセリューに内心ため息をついたマサムネはその後、一言二言言葉を交わして別れた。

 

「仮面ライダーが正義の味方か……確かに大体の仮面ライダーは正義の味方だ。

だがクロノスはそうではないのだがな」

 

 色々と考え事をしながらポツリと言葉を漏らすと、マサムネは広場へとたどり着いた。

 

「せんせぇ!おはようございます!」

 

 今日は自分より早く来ていた生徒は一人。

 昨日悲しみに暮れていた件の少女、サリアだった。彼女は元気に挨拶を笑顔をマサムネへと向けた。

 

「ああ、おはようサリア君。

その……大丈夫かい?」

 

 思いもよらない人物がそこに居たのでマサムネは目を丸くする。そして少し言葉を詰まらせるものの自分には気の利いた言葉はかけられないと悟り、シンプルに彼女へとたずねる。

 

「ううん……すっごく悲しいよ……でもねでもね、あたし決めたんだ、あの子の分まで勉強を頑張ってあの子とあたしがやりたかった事をやるんだって!」

 

 目に涙を浮かべるが、それを拭って少女は気丈に笑い強く言い放つ。

 

「そうか……皆が集まるまで待とうか。集まったら……勉強を始めるよ」

 

「うん!」

 

 悲劇を味わった少女の心が擦り減り、壊れてしまわないかを懸念していたマサムネであったが、少女は強い。

 前に向かって進める力を持っていた、小さい身体と心でも強く。強く。前へと。



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第2話〜重なり始めるstory〜

 勉強会の終わった昼下がり、マサムネは露店で買った果実のジュースを飲みながら一人街路をアテもなく彷徨していた。

 普段であれば次の日の授業の準備をするか生計を立てるための金策に勤しむのだが今の懐事情は充分な潤いがあるのでその必要もない。言ってしまえば暇なのである。

 ちなみにマサムネの生計はクロノスに変身して帝都外の危険種を狩り、血抜きから解体までを行なって変身を解いた姿で商人に売るか、先日のように賊を捕らえて懸賞金がかけられていれば変身したまま受け取る事で立てている。正直な話、変身して宮殿なり高官の住居へと忍び込んで財産を奪う事など容易い事なのだが、それを行う事によって犯行がバレて税が重くなる事や犯人を捕らえるために最悪虐殺などの事態が起きかねないのでする事はない。少額なら問題は無いのだろうが、それでもマサムネは盗みで生計を立てるつもりはない。

 

「おや、アレは……?」

 

 マサムネの視線の先で金髪に白と青のワンピースを着た少女が楽しそうに歩いていた。服装や装飾の綺麗さと、護衛を連れて買い物をしている様子から富裕層のそれも貴族の少女である事が伺える。

 別段珍しくもない風景ではあるがマサムネは一つの違和感を感じた。

 確か数日前、その少女は護衛の他に共に黒髪をした10代半ばであろう少年と少女を連れていた筈だった。しかし、今日はその時にいた人物とは別の同年代であろう剣を背中に装備した茶髪の少年を連れていた。

 先日の男女と今の少年、どこか帝都慣れをしていない、悪く言ってしまえば田舎者といった印象を覚える。

 

「そういえば、立身出世を夢見て田舎から出てきた者を奴隷や人体実験、悪趣味な趣味で喰い物にしてる貴族が居ると聞いたことがあるが……まさかとは思うが、万が一の事を想定しておこう」

 

 自分が仮面ライダーの名を冠する者である以上、見えてしまった範囲で起きた事案を見逃せない事が半分、時間潰しになる事が半分でマサムネはとりあえず少女の身元を探る事から始めた。

 ただの通行人を装い彼女達へと近づき、すれ違う。護衛の男達が持っていた山のような量の荷物、恐らくは彼女が購入した物を確認するとその内の一つの包装紙がマサムネもよく利用する服屋の物があった。

 スーツの新調も考えていたため、マサムネは店へと赴き暖簾を潜ると気付いた程よく年齢を重ねた女性の店主は気さくに話しかけてくる。

 

「あら先生様、いらっしゃいませ。新しいスーツをお求めですか?」

 

「お久しぶり。そのつもりだ、よろしく頼みたい。

実は今日はこの店に来る予定では無かったんだが、先程どこか良い所のお嬢さんが護衛に持たせていた荷物の中にこの店の包み紙があったのを見てね。私もと思ってつい釣られてしまったよ」

 

「良い所のお嬢さん……ああ!

その人はこの先のお屋敷に住んでいる富豪の方の一人娘のアリアお嬢さんですよ。

よくアタシのお店にも買いに来てくれて、ホントに良いお得意様なんですよ。

それじゃあ採寸するんで上着預かりますね」

 

 マサムネはスーツの上を脱ぐと店主に預けて手を上に挙げる。店主はハンガーにマサムネのスーツを掛けるとメジャーを取り出して上半身のサイズを測り始める。

 

「それに田舎から出てきた右も左も分からない若者を保護して、ご主人に頼んで働き先の斡旋もしてあげてるらしいわ。ホント、あの年で立派な良い子よねぇ。

先生様やあの娘の様な方達を見てると、この腐った帝都もまだまだ捨てたものじゃないって思えますわ」

 

 身体の採寸を行った後、しばらく店主と話を続けて気がつけば日も沈み夜になっていた。店主の話ではアリアは天真爛漫な可愛らしい少女との事だが、このご時世、自分を含めて裏の顔を持つ人間など何人居るものか。

 

「一度違和感を覚えたら、拭わないと精神衛生的よろしくはない」

 

 人気の無い路地裏へと行き、マサムネは黒い柄を握り透明の板を取り出し、そのまま起動のボタンを押す。

 

『仮面ライダークロニクル!

ガシャット!』

 

「変身」

 

『バグルアップ!

天を掴めライダー!刻めクロニクル!今こそ時は極まれり!』

 

 マサムネはクロノスへと変身し、帝都の家々の屋根へと飛び上がると件の少女の住まう屋敷へと足を運ぶ。屋根を伝い時には飛び移りながら移動をする。

 クロノスは100メートルの距離を1秒と経たずに走破できる。そのため屋敷までたどり着くのに数分もかからなかった。

 そして近くの民家の屋根の上から大きく跳躍して屋敷の塀を飛び越えて敷地内へと足を踏み入れた。

 

「さて、この広いお屋敷に(バグ)はあるのか……」

 

 マサムネは人差し指を立てて顳顬の辺りをトントンと二回軽く叩いて屋敷を見回した。

 マサムネは少しの間正面から屋敷を見ていたが、仮面の下で険しい表情を浮かべて母屋から少し離れた大きな倉庫の方へと足を運び戸の前で立ち止まる。

 

「無事であれば良いが……」

 

 そうポツリと呟いて扉に掛けてある大きな錠を手で握ると力任せに引きちぎり、敷地内を警備しているこのお屋敷の私兵に気取られぬようにゆっくりと扉を開いて中へと入った。

 倉庫の中は通気口の格子から入り込む光が床の一部を照らすのみの闇の空間だったが、クロノスの目の部分が光り部屋の全容が明らかになるとマサムネは思わず目を背けた。

 

「コレは……なんと酷い、空気を清浄に保つ機能には感謝しても仕切れないが、ライダーの眼の優秀さを苦痛に思う時がくるとはな」

 

 倉庫の中は悍ましく、床や壁には血の跡が残り天井からは無数の鎖が垂らされており、その先には身体の造りで辛うじて判断出来る程度に至る部分が欠損した死体が吊るされている。在るものは手足を刻まれ、在るものは腹部を、また在るものは眼、耳、鼻を削ぎ落とされている。

 他にも床には夥しい数の拷問器具、大きな車輪に鋭い棘の意匠が凝らされた物、切断するよりも叩き切るといった用途の剣、その他にも丸鋸や皮の鞭、棍棒や焼印といった数々が乱雑に置かれている。

 また棚には薬品に浸けられた人間の生首や赤子、臓器や脳味噌。またある所には大きな水槽があり数人の人間が重りを手足に嵌められて溺死している。

 

「また……来やがったのか……ちくしょう……ちくしょ……う……」

 

 今にも消え入りそうな細い声がマサムネに呼びかける。その声の主こそ、マサムネがこの倉庫へと足を運ぶ理由だった。

 マサムネの側面から聞こえた声の方は牢になっており、中には口元に血をつけて頭に白いバンダナを巻いた黒髪の少年が入れられていた。上半身は何も身につけていなかったが、顔や手足に至る身体中に黒い斑点が何より目を引いた。

 その少年は数日前に街でマサムネが見かけたアリアに連れられて歩いていた少年であった。

 

「君が、この中で唯一まだ息のある者か……私は仮面ライダークロノス、この家の者では無い。

とある悪い噂を聞いてね、真相を確かめるべく足を運んだのだが……悪い予感は的中するものだ。

私には一定の範囲内人の生体反応を把握する機能が備わっていて、それで君の事を知って駆けつけたのだが……」

 

「なんだ……助けてくれんのか……せっかく来てもらって……悪いが……変な薬……打たれて……体がおかしくなった……もう長くは……ゲホッ!」

 

 途切れ途切れに言葉を遮るように少年は吐血する。

 マサムネは少年の入れられている牢の入り口を掴んで引き剥がし、少年に近寄り牢から出して格子に背中を預けるように座らせる。

 

「その斑点と吐血から察するに君はルボラ病に侵されている……それも末期のな。

おそらく打たれた薬が人為的にルボラ病に感染させるものなのだろう。

そして君はもう助からない……私は命を救える者(ドクター)ではない……すまないな。

私にはこれくらいしか出来ない」

 

 マサムネは本の様な形をした黒いケースを取り出して開くと、中にはいくつものメダルの様な物が整頓されて収められていた。そしてその内の一つ、白いメダルに元気良さそうに両腕を上げて内側に曲げるシルエットが描かれた物を取り出して上へと投げる。

 

『回復!』

 

 メダルが音声を発するとどんどんと大きくなり少年の胸に刺さると、彼の体が発光し少しの間が空いて収まった。

 

「これは……さっきまで苦しかったのになんともない!?

アンタは一体……?」

 

「待て。ぬか喜びをさせてしまったようだが、あくまで体力を回復させただけでルボラ病が治った訳ではない。

君に問おう。

再び先程までの苦しみに襲われる前に自分か私の手で命を絶つか、ほんの僅かだけ永らえた命を最期の最期まで燃やし続けるか選ぶといい」

 

 マサムネは少年への介錯のつもりで言ったがそれは暴論でもあるだろう。自分で勝手に延ばした命を再び苦しむからとすぐに絶とうとするなど自分勝手に命を弄び冒涜しているともとれる。

 それでも、一度死を覚悟していた少年は一つだけ心残りがあったのでそうは思わずに寧ろ感謝の念すら抱いていた。

 少年は一つ大きく息を吸って吐くとクロノス(マサムネ)の方へと向き直った。

 

「そっか……俺やっぱり死んじまうんだな……。

……吊るされてる死体の一人に長い黒髪の良い女がいるだろ?

……下ろしてやってくれないか、仲間なんだ」

 

 少年の視線の先には先日共に歩いていた少女の亡骸が吊るされていた。

 他の死体とも一線を画す程に甚振られたのであろう、身体に何も纏わずに両手を吊るされ顔は幾分綺麗なままであったがそれは他の部分に比べればと言うだけで片足を捥がれて、肌には無数の傷跡が残り傷口や身体に付着した血は黒く固まってしまった少女の死体。数日前に一見しただけだが、その可憐であった少女の面影はない。

 マサムネは恐らくこの家の一家が拷問時に返り血を受けない為に着るのであろう黒いマントを二つ見つけ、未使用であったそれらの内の一つを少年の近くの床に敷く。そして少年の仲間の少女の骸の枷を外すと敷いたマントの上に乗せ、もう一つを彼女の身体にかけた。

 

「憎い相手が使っていた物だろうが、無いよりは良いだろう」

 

「ありがとよ。

……俺達の村が凄い貧乏でさ、帝都で名を挙げて稼いで故郷を救おうって仲間と一緒に旅立ったんだけど、途中で野盗に襲われてバラバラになったんだけどソイツ……サヨと会えて帝都には辿り着けたのに、善人面して寄ってきたあの女の誘いになんか乗っちまったばっかりに……俺は婦人に変な薬打たれて……サヨはあの女にイジメ殺された……クソっ!クソっ!」

 

 少年は悔し涙を浮かべてレンガ張りの床に拳を打ち付ける。何度も、何度も。

 マサムネはそれを止める訳でも無く見続けると、やがて溜飲が下がったのか、無意味だと思ったのかは分からないが少年は目元に溜まった涙を拭った。

 

「アンタ、仮面ライダーとか言ったっけ……後生だからもう一つ頼みを聞いてくれないか?」

 

 命の炎を最後に燃え上がらせている状態の少年の強い意志の眼差しにマサムネは黙って頷く。

 

「俺はイエヤスってんだ。

……俺達にはもう一人、タツミって仲間がいるんだ。野盗に襲われた時に逸れた一人なんだけど、アイツが無事にこの帝都に辿り着けてアンタに会うことがあったら伝えて欲しい。俺とサヨはもう一緒には行けないが、お前の無事と進む道の大成を願っているって……グッ!!」

 

 イエヤスと名乗る少年は体を蝕む病に再び苦しみ始め、血の混ざった咳きをする。マサムネは再び背を摩るも仮面の下で己が無力を嘆く。

 

「やはり、少し体力が回復した程度ではもう限界か……タツミ君の特徴を教えてもらえるか?」

 

「身長は俺と同じくらいで……茶髪……少しツンツンしてる髪型で……背中に剣を装備してる筈だ……ゲホッ!

……アイツは……器用な奴なんだ……俺と違って……必ず……この帝都で名を挙げられる……有名になるから……頼むっ……伝えて……」

 

 イエヤスの語る特徴は昼間にマサムネが見た少年に当てはまるものだった。勿論、似たような外見の少年なんて探せば何人もいるのだが直感的にマサムネは昼間の少年だと確信する。事実は小説よりも奇なり、運命とはかくもそのような物だと考えているからだ。

 

「イエヤス君、未来への意志を友人に託すというのだな。死に際に命が燃え尽きる事を悔やむよりも友人を気にかける君の信念は美しく何物にも代え難い素晴らしい価値がある。

……だからこそ、その言葉をタツミ君へ届けるのは私ではない。君自身だ」

 

「それは……どういう……」

 

 マサムネはイエヤスを床に寝かせると立ち上がり、バックルのAボタンとBボタンを同時に押し込む。

 

『ポーズ』

 

 無機質な音声と共に、再び倉庫の中に暗黒の闇が訪れた。

 イエヤスはクロノスが目の灯りを消したのかとも思ったが直ぐにそれは違うと分かった。

 近くにいた彼の気配が微塵も感じられなかったからだ。

 

「オイ……何処行ったんだよ……オイ……っ!!」

 

 イエヤスの声に返事をする者は何も無い、ただ虚しく自身の声が反響するのみだった。

 現実は今もサヨはその亡骸が吊るされたままで自分は今も牢屋で苦しんでいて、もしかしたら仮面ライダーというのは自分が最後に見た幻影だったのかもしれない。自分の病の発作が一時的にでも収まり、サヨの無惨に晒された骸は尊厳を取り戻し、自分達の無念と志を残った仲間へと届けてくれるそんな都合の良い幻影。

 幻影が消えてから夢物語に出てくる魔界の底ような暗闇の中で、激しい動悸と血の含まれた咳が自分の生命を削り続け意識も朦朧としてきたイエヤスの意識を覚醒させたのは分厚い鉄か何かが強い衝撃を加えられて破損して響く轟音だった。

 

「鍵が開いていたが……かけ忘れか?

まあ、そんな事はどうでも良い、見てみろ少年。これが帝都の闇だ」

 

 女性の声が外から聞こえてくるがイエヤスの耳に入るものの只々通過した。その後も何人かで話をしているようだがそれも左耳から右耳へと流れて行く。

 どうやら先程の音は扉が破られた音だったらしい。月明かりが倉庫と言う名の拷問部屋を照らすと、イエヤスは自分の体が牢屋の外にいてサヨの身体は近くにある事が分かった。

 仮面ライダーと名乗る男の存在は幻影なんかじゃない。確かに居たのだとイエヤスは確信した。

 

「う、嘘よ!私はこんな場所があるなんて知らなかったわ!タツミは助けた私とコイツ等とどっちを信じるのよ!?」

 

 仲間を、サヨを痛めつけて挙句命まで奪った女、アリアが泥のように汚い嘘を吐き捨てた言葉を聞いてイエヤスは正気に戻る。

 心の臓から怒りが湧き上がると共に、女が言った一人の名前に安堵した。

 

「タツミ……俺だ……イエヤスだ……お前……無事だったんだな……」

 

 入口の方を見ると、そこには自分達をこんな目に合わせた元凶の少女と親友のタツミ、サヨのように黒く長い髪と赤い目をした刀を持った少女、そして腕組みをした金髪の女性が立っていた。

 

「イエヤス……お前……サヨもっ!?」

 

 イエヤスとサヨの友であるタツミはこの拷問部屋の悍ましさに唖然とし、前方のみをまるで悪い夢を見ているような目で見ていたため声をかけられるまで気が付かなかったが、自らを呼ぶ友の声に再び驚愕する。見るからに既に息の無いサヨとすぐにでも死んでしまいそうな苦しむイエヤスの姿に。

 

「俺とサヨは……その女に……クソったれ家族に騙されて……ここに連れてこられて……サヨは……そいつにイジメ殺されたっ!」

 

 イエヤスにとって囚われてからの時間はとてつもなく永く終わることの無い地獄のように感じられた。再開した友はとても眩しく見え、話したい事は山のようにあったのに、地獄の時間とは反比例するように自分の時間は少ない。だから必死の思いで自分たちに起こった事を、サヨの無念を最初に伝えずにはいられなかった。

 

「……何が悪いって言うのよ……だいたいなんでアンタは檻から出てその女下ろしてんのよ!

それにその女が羽織ってんの私のお気に入りのマントじゃない!

最悪……もう着れない……」

 

「……アリア……さん……?」

 

 タツミ少年はイエヤスの言った事を一瞬だけ疑った。だが彼の身体とサヨの亡骸を見てそれが真実であると理解し、その一瞬の疑いを恥じた。それでも依然動揺は大きく、本性を現したアリアの事をつい呼び慣れたさん付けで読んでしまう。

 

「気安く呼ばないでよ!」

 

 アリアは叫ぶように応えると、金髪の女性に掴まれていた腕を振りほどきタツミの前へと躍り出る。

 

「だいたい何が悪いっていうのよ!

お前達は何の役にも立てない地方の田舎者でしょ!家畜と同じ!

それをどう扱おうがアタシの勝手でしょ!」

 

 次第にアリアの表情は醜く歪み、イエヤスにとってサヨを拷問していた時に見た忌まわしく、タツミにとっては昼間の気品を感じた笑顔からは想像も出来ない初めて見る物へと変わった。

 それでも、彼女の口から流れ出る泥水のような身勝手な言葉は止まらずにむしろエスカレートする。

 

「その女は家畜のくせに髪がサラサラで生意気すぎ!

私がこんなにクセっ毛で悩んでいるのに!だから念入りに責めてあげたのよ!むしろこんなに目を掛けてもらって感謝すべきだわ!」

 

 次々に出てきた罵倒の言葉もやがて止まり、その反吐の出るような醜さに刀の少女と金髪の女性は呆れ果てた。

 

「善人の皮を被ったサド家族か……邪魔して悪かったなアカメ……」

 

「葬る」

 

 刀の少女が眉ひとつ動かさずに刀を構える。

 

「待て」

 

「まさか……まだ庇う気か?」

 

 刀の少女を止めたのは他でも無いタツミだった。

 金髪の女性が怪訝な表情をして聞くが、イエヤスにはタツミが何をするのか、してくれるのかが長い付き合いで理解できて目に涙を浮かべる。

 

「いや……俺が斬る!」

 

 タツミは背負った剣を握ると、目にも止まらぬ速さと迷いの無さで抜刀し、アリアの身体を一閃する。

 アリアの身体は2つに分かれてあ、とだけ声を漏らすと切り口から血が噴き出て絶命した。

 タツミは宙に剣を振るい血を落とすと何事も無かったかの様に剣を収めた。

 

「へへ……さすがタツミ……スカッとしたぜ……グっ!」

 

「!……どうしたんだイエヤス!」

 

 親友が自分達の仇をとってくれた事に感激したのも束の間、イエヤスの身体の発作が今までで1番大きなものが起こり、口からは大量の血が流れ出る。

 もう命の炎がすぐに消える事をイエヤスは悟るが、親友(タツミ)はそう思わずにイエヤスに駆け寄り身体を起こした。

 その傍らで刀の少女と金髪の女性はイエヤスの症状を見て何が起こっているのかを察した。

 

「ルボラ病の末期だ……ここの夫人は人間を薬漬けにし、その様子を日記に書いて楽しむ趣向があった……ソイツはもう助からない……もう気力だけでもってる状態だろう」

 

「気力だけ……か……違う……俺は……生き延び……させて……もらった……仮面ライダー……に……」

 

「オイ!イエヤス!しっかりしろよっ!」

 

「……よく……聞いてくれ……俺とサヨは……一緒に……行けねぇ……でもな……二人で向こうから……お前の無事と……大成を……願ってるから……あとは……頼んだぜ……タツミ……っ!」

 

 イエヤスは振り絞る様に、自分の口で伝えたかった事を告げると拳を握りしめて、一度タツミの胸を叩くと天へと伸ばした。

 

「サヨはさぁ……あのクソ女に最後まで屈しなかった……かっこよかったぜ……だからこのイエヤスさまも……最後は……かっこよく………………ありが……」

 

 全身から力が抜け、天に掲げていた腕も地へと落ちてたった今、一人の少年の命の炎が燃え尽きた。

 だが、道半ばで倒れた少年の死に顔は恐怖でも怒りでも無く健やかに眠る様な顔。

 そした誰へ向けたのかは分からないが、最期に出たのは礼の言葉だった。

 

 

 

 本来であれば豪華な装飾が各所に施され、上質な絨毯の敷かれた廊下だが、至る所が血に染まり床には身体が何分割にも分けられた者、首を真後ろに曲げられた者や腹に大きな風穴を空けられた者の死体が転がり絢爛だったその姿は見る影も無かった。

 マサムネは幾つかある死体のうち、上体とそれぞれの腕、下半身に分断された者の近くに落ちていた一冊の本を血溜まりの中から拾い上げる。ドレスのような服装から察するに死体はこの家の夫人だったのであろう。

 

「彼は、死んでしまったか……最期に友人に看取ってもらえたのなら良いが……私が命を救える者(ドクター)なら彼の運命を変えられたのだろうか……」

 

 誰に問うわけでも答えられるわけでもない事をマサムネはポツリと呟いて窓際へと移動した。

 そしてそこから少し遠くで糸を足場にしてまるで宙に浮いている様に見える6人の人影を見据えている。

 その内マサムネは4人ほど見覚えがある。一人は昼間にみたタツミ少年、もう二人は街に貼られている手配書の特徴と記憶が合致する。

 そして一人は片方の目を隠すように整えている緑髪、見間違えるはずもない自身がよく利用する貸本屋の店主の少年ラバックだった。

 

「まさか、彼がナイトレイドの一員だったとはな……もっとも、私が人の事を言えないか」

 

 帝都を恐怖で震え上がらせている殺し屋集団ナイトレイド。主に国の重役や富裕層を狙うと広く噂されているが、あまり知られていないもう一つの噂がある。

 彼らが殺す標的は弱者である国民を食い物にして虐げる存在、帝都に巣食う邪悪な薄汚い心を持った者のみだと。

 彼らはそのまま糸の上を駆けて屋敷から離れて行く。そして足場にしていた糸は後を追うように消えていった

 

「いずれ一目見たいと思っていたが、こんな場所で会えるとは」

 

 マサムネは彼らを見送ると足を進めて暖炉のある部屋へと入る。薪が燃えるパキパキという音に耳を傾けながら血だまりの中にあった本を開いた。

 本はこの屋敷の夫人の日記だった。

 先ほどの倉庫の中に入れられた人間が薬漬けにされて病が発症してから経過と共に苦しみ、そして死ぬまでの様子が事細かに書かれている。

 マサムネはイエヤスの事が書かれたページまで読むと本を閉じて乱暴に暖炉の中へと投げ入れた。

 

「なぜ……前途有望な商品価値のある少年が死に、この家の人間のように心が腐り果てた廃棄すべき輩が闊歩するような世の中なのだろうな……」

 

 日記が燃え尽きるのを見届けていると、なにやら屋敷の外で大声が飛び交い屋敷の中でも足音やドアの開け閉めをする音が聞こえてくる。

 

「……役に立たない最低限の商品価値しか持たない警備隊員達がやっと入って来たか」

 

 マサムネは黒いケースを取り出し、黒いシルエットが消えかかった様な絵の描かれた青いメダルを取り出して指で弾く。

 イエヤスに使用した『回復』と同じようにメダルは肥大化した後クロノスの身体へと入り込むと、姿が頭から背景と同化してすぐに視認できなくなる。

 そのまま不可視の存在となったマサムネは窓を蹴破って外へと飛び出し、庭へと降り立った。

 名も知らない、覚えるつもりもない警備隊員達が音がしたマサムネの方を警戒しながら近寄るも当然その存在は認識出来ない。

 マサムネはそのまま悠々と歩を進めて正面の門から敷地外へ行き帰路へとついた。

 

 

 

 翌日の昼、マサムネは食事を終えて服屋へと赴く。

 昨日の事件は倉庫の存在こそ伏せられていたものの新聞で取り上げられており、それが店主の耳に入り落ち込んでいないかが気になったからだ。

 入口のドアにはcloseと書かれた札が下がっていたがノブを握ると回り、鍵はかかっていなかったようなのでそのままドアを開けて中へと入った。

 

「ああ、先生様……いらっしゃいませ。

すいませんが……今日はおやすみなんですよ」

 

 カウンターに突っ伏していた女店主は目を丸くして起き上がり、暗い疲れたような表情でマサムネを出迎える。

 どうやら彼女も何らかの手段で事件を知ってしまったようだ。

 

「すまない、失礼は重々承知だが、気になってしまってね。

……その様子だと、昨日の事件の事を……」

 

「あはは、分かっちゃいました?

……商売人がこんな顔してちゃダメなのは百も承知なんですけどね……どうしてあんな良い子がねぇ……ホント、こんな理不尽な世の中嫌になりますねえ」

 

「……それには同感だ」

 

 店主が得た情報とマサムネが得た情報は当然真逆のものだ。それでも店主にとってはアリアは自分の店を懇意にしてくれて、行くアテも無い者たちに救いの手を差し伸べる心優しい少女だったのだ。

 

「……先生様も気をつけてくださいね。どうせアタシみたいなしがない商売人は眼中に無いけど、先生様がやってる事知られたら、あんな非道な奴等には気に入らなくて狙われちゃうかもしれませんし。

……あの子の家の財産も全部ナイトレイドが持ってったみたいですからね」

 

 その情報も大きな間違いだった。

 確かに新聞や噂でもそう言われているが、現場を見ていたマサムネは真相を知っている。ナイトレイド(彼等)は屋敷の人間は確かに何人も殺した。しかし金品はおろか食料にも手はつけていない筈だ。そんな物は持っていなかったし、何より余分な時間は無かっただろう。

 大方財産は悪徳警備隊員が着服したか、国が、正確には大臣かそれに準ずる悪党の懐にでも入ったのだろうとマサムネは邪推する。

 

「ご忠告は心に刻んでおきましょう。

……今回の事を気に病むなとはとても言えない。

しかし貴方の腕を気に入って服を仕立ててもらう人間は沢山いる筈だ。気分が晴れたら少しずつで良い、仕事に手をつけてみたらどうだろう。

少なくとも一人、貴方の作り上げた商品を気に入っている者がここにいる」

 

 そう言い残してマサムネは店から出た。

 マサムネは一人歩きながら思案する。

 富の無い者は心が寂れ、富の有る者は心が歪む。

 力の無い弱者は虐げられ、力の有る者は弱者を足蹴に我が物顔で歩き回る。

 弱肉強食がこの世界のルールであるという事は理解しているが、このあまりにも腐敗しきった国の現状には納得はできない。

 クロノスの力ならば、この国に大きな変化を及ぼす事ができるだろう。しかし、それを行った後に良い状態を維持する術も力もマサムネには無いのだ。

 だから、自分は見える範囲であれば弱者を救う。

 聞こえる範囲で助けを求められたのなら手を差し伸べる。

 力を得る術のない未来の希望のために勉学を教える。

 自分の出来る事とやれる事を再度胸に刻み込んでマサムネは帝都の街に消えた。



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第3話〜傷つき過ぎたHeart〜

 

 人々が行き交うとある広場の石段に腰をかける一人の大人と一人の子供。

 橙色の短髪に、黄色の半袖と黒のズボンを履いた子供は本を開いて自分が気になる部分や分からない部分を指でなぞり大人へと問いかける。

 それに対して大人は丁寧に答えて子供がそれを少し考える。少しの間頭を働かせた子供は自分の疑問が解決して曇り空だった頭の中の天気が快晴へと変わり、よほど達成感を覚えたのか満面の笑みを浮かべた。

 

「そっか、分かった!ありがとう先生!」

 

 自分の教えを理解してくれた事に一人の大人、マサムネも満足感を覚えてそっと微笑んで子供の頭を撫でた。

 子供は口では悪態を吐くもののその表情は満更でもない様子だ。

 

「ったく、子供扱いしないでくれよ先生!

……でも、ホントにありがとな、バカなオレに勉強会終わってからこんな遅くまで付き合ってくれてさ」

 

「私の事は気にする必要は無い、君や他の子の勉学のためなら私は自分の時間など惜しくはない。

しかしロイ君、君の年齢で自分を卑下する事は感心しないな。

確かに人に向き不向きはある。君は少々勉学は苦手かもしれないが、それを克服しようとする意志を持っているじゃないか。それはとても素晴らしい価値のあるものなのだよ」

 

 マサムネは手をどけるとロイ少年の目をまっすぐに見据えて言う。

 

「そっ……そうかなぁ」

 

 ロイは勉強の事ではあまり褒められる事は無い。それでも意志を尊重してくれるマサムネに対して喜びを覚えて照れ隠しに頭の後ろを指で掻く。

 

「それに、君は道場では少し歳上の相手にも勝てる程の武の才能も持っているんだろう?

苦手な勉学を克服してしまえば君はムテキという奴ではないかな?」

 

「っ……道場か……」

 

 マサムネはロイが道場で武術を習っていて、当の本人からそっちの調子は凄く良いと聞いていたため話題に出したのだが、彼の表情は暗くなってしまった。

 

「……すまない、何かよろしく無い事があったのか?」

 

 ロイは黙ってコクリと頷くと、周囲を見回してマサムネとの距離をすこし縮めて小声で話す。

 

「先生さ、警備隊のオーガって知ってるよね?」

 

「ああ、確か隊長で鬼のオーガと異名を持つ人物だったと記憶しているが、それがなにか?」

 

 帝都警備隊隊長オーガ、その剣の腕前から帝都外の賊や帝都内のコソ泥や荒くれ者犯罪者達から鬼という畏怖される異名を付けられた男である。

 マサムネはクロノスとして懸賞金を受け取りに警備隊の詰所へと赴いた際に見かけた事がある。部下への当たりが強く、傲慢で尊大な物言いだった事が強く印象に残っている。

 

「……ウチ道場にパトロールとか言ってやって来て……稽古を付けるとか言って暴れてって……死んだ人は一人もいなかったけど……いっぱいケガした人が出た……オレと同じくらいか下の人はなにもされなかったけど……一番ひどかったのがオレの先輩……兄ちゃんみたいな人だったのに……命に別状は無いけどもう武術は……できないって……」

 

 ロイは小声で言い終えると悔しそうに目に涙を浮かべて拳を握る。そして強く目元を拭ってあからさまに空元気だと分かる作り笑顔を浮かべてマサムネの方へ向き直る。

 

「だから、オレ決めたんだ!

オレが大人になったら警備隊隊長……ううん、警備隊じゃなくても構わない。弱いものいじめをさせないくらい強い男になってやるんだ!

でもバカだと頭いい人に言い包められるし、そもそも悪い事が起きてても気が付かないかもしれない、だから勉強も鍛錬ももっともっとやらなくちゃだからさ……オレの事見捨てないで勉強教えてくれよな!」

 

「君は、強い子だな。

見捨てたりなぞするものか。私は君の様な、強い子に勉学を教える事を本懐としている。

君のその意欲が私の意欲にも繋がっているのだよ」

 

 ロイは本を鞄に入れるとおもむろに立ち上がり、笑顔のままマサムネへと向けて親指を立てる。

 

「……ありがと先生。

俺、頑張るからさ!大人になったら先生の事も守れるくらいに!」

 

「フフフ、私が弱い者か。その時が来るのを楽しみにしているよ」

 

「それぐらいがんばるって事だよ!じゃあね!」

 

 そう言って頭を下げると踵を返して走って行ってしまった。

 気丈に振る舞っていたその強いが幼い背中を見てマサムネの心中は安堵するが、やがて沸々と怒りも込み上がってくる。

 自分の教え子に暗い影を落とし、彼の若かったであろう先輩に手を挙げ再起不能にした警備隊隊長、オーガに対して。

 

「下が役に立たない無能、上は賊の牽制程度はできるが非常に傲慢で暴力的、とんでもない組織があったものだな。この腐った国にはおあつらえ向きとも言えるがな」

 

 マサムネは重たい腰を石段から上げると帝都警備隊の詰所の方向へと足を運ぶ。

 だがそれは今はオーガを殺す為ではない、とりあえずは彼の素行を見てそこから先日のメルツの様な反吐が出る蛮行を行なっているのかを確かめる為。少なくともオーガの四肢の骨を粉砕する事はマサムネの中で決定しているが現状ではロイを大きく成長させた一因となっていて、また表面上は帝都の治安維持に貢献はしていたため殺す気までは起きなかった。

 しばらく歩き続け詰所の近くの建物の影を通るとマサムネの姿はクロノスへと変身を済ませた。

 そして、入り口付近で見知った顔の警備隊が声をかけてくる。

 

「あっ、仮面ライダーさん!お疲れ様です!」

 

 マサムネとしても仮面ライダークロノスとしても、どちらの顔とも面識を持つ少女セリュー・ユビキタスは綺麗な姿勢の敬礼をしてマサムネを出迎える。尤も彼女は、正確には誰もが仮面ライダーがマサムネであると言う事は知る由も無いのだが。

 

「どうもこんにちは、先日受け取れなかった懸賞金を受け取りに来たのだが?」

 

「ああ、あの時のやつですね。用意できていますので少々お待ち下さい!

コロ、ちょっと行ってくるから少しお願いね!」

 

 そう告げると、彼女はパタパタと足音を立てて詰所の中へと走って行った。

 用意しているなどと言ってはいたが、実は今まで懸賞金を満額受け取った事など一度も無かった。誰かは知らないがおそらく中抜きしているのだろう。こういった事もありマサムネ自身、警備隊の人間に嫌悪感を持ち悪い印象を覚えざるを得ないのは必定だろう。

 

「おい、そこの怪しい奴。なんだその格好は?」

 

 足元にいる小型の犬の様な生物を眺めていたマサムネの後方から何やら声が聞こえると同時に誰かに肩口を掴まれる。

 振り返るとそこには一般の警備隊員とは違い厳格な印象を持たせる制服に身を包み、後ろ髪を少し伸ばして四本に纏めた隻眼で酷い凶相の大男が太い腕を伸ばしてマサムネの肩を掴んでいる。どうやら腕に力を入れていたようだが、マサムネの身体はピクリとも男の腕力では動く事は無かった。

 対面した事こそ今までなかったが、聞き及んでいる噂と目の当たりにした風貌から目の前の男の正体をマサムネは察する。

 

「私の一張羅になにか、お気に召さない事でもあるのでしょうか。帝都警備隊隊長オーガ殿?」

 

「ったりめーだ。そんな被り物着けてる奴なんて手配書に描かれた顔を持ってる奴に決まってんだろ。調べるから取れ!」

 

 警備隊長オーガはマサムネの肩から手を離して腕を組み尊大な態度で言い放つ。言い分は帝都警備隊という職業の人間としては尤もで、普通なら隊長自ら不審者に声をかけて職務を全うしていて立派な人物だと思われるだろうが、その顔は醜く歪んだ笑みを浮かべている。おそらくだが、帝都の力を持つ腐った人間の例に漏れず他人を甚振る事を喜びとしているのであろう。マサムネに尋問、その後に虐げる事で日頃のストレスを発散させようとしているのが丸わかりである。

 さて、どんな適当な言い訳をしようかとマサムネが考えているとすぐに機会はやってきた。

 

「お待たせしました仮面ライダーさん。あれ隊長、どうされたのですか?」

 

「ああセリューか。なぁに、この怪しい奴に今から尋問をしてやろうと」

 

「隊長、仮面ライダーさんは怪しい人なんかじゃ無いですよ!

この間の一家を惨殺した賊を捕まえて来てくれたのはこの人なんですよ!」

 

 マサムネにとっては思わぬ助け舟である。二人の仲が相当近いものなのかセリューがオーガへと敬語を使いつつも親しく反論をする事は思わぬ良い誤算であった。

 

「ほう、コイツがねぇ……あんまり強そうには見えねぇけどな」

 

「護身術程度ですが腕に覚えはあるものでして、それに警備隊の方に協力をするのは国民の義務でしょう?」

 

「確かにそいつは良い心がけだが、その被り物で素顔が隠れている以上お前の身元は分からないわけだ。もしかしたら手配されている顔が出てくるかもしれねーしなぁ?」

 

「えっ……まさか仮面ライダーさんも……悪……?」

 

 マサムネは先程良い誤算だと思った事を心中で撤回する。この少女はまるで自分の意思よりもオーガの意思が絶対であるかのように一転してマサムネに対して懐疑の目を向けてきたのだ。

 このままでは自分の状況が悪くなるだけだと思い、とりあえずこの場を打開しようと口を開いた。

 

「家の仕来りによって私は親以外の者に素顔を見られるとその者を愛するか殺すかしなければならない。故に素顔が晒せないのですが……それがお好みでしょうか?

それはそうと、彼方の方で何やら道に迷った人が困っていた様子でしたが」

 

 マサムネは適当に思いついた言い訳を述べて明後日の方向を指差した。

 するとセリューは目の色が変わって指先の方を見つめた。

 

「困ってる人がおいでなのですね。隊長、私はその方のお手伝いをしてきます!

はい、仮面ライダーさん、コレが先日の報奨金です!

それから、私は貴方が悪ではないと信じたいです……裏切らないでくださいね」

 

 セリューはマサムネに貨幣の入った小さめの皮袋を手渡すと奇妙な生物が繋がれたリードを引っ張って駆けて行く。

 彼女の姿が見えなくなったところでマサムネは一つ咳払いをしてオーガの方へと向き直る。

 

「と、言う訳ですので納得していただけたでしょうかオーガ殿?

ところでコチラは貴方の落し物ではないですかな?」

 

 マサムネはセリューから受け取ったばかりの皮袋をオーガへと差し出す。すると、オーガも意図を理解したのか、周囲を見回して人気が無い事を確認すると皮袋を手に取り懐へとしまい込んだ。

 

「ん、ああ。確かにコイツは俺の落とした物だな。

まあ、そういう理由じゃ仕方ないわな、セリュー(アイツ)にもお前は問題ない奴だって言っておいてやるよ。

見逃してやるから変な事だけはすんなよ!

さて、コレで午後の仕事が終われば非番だ、夜からはゆっくりと飲ませてもらうか」

 

 オーガは踵を返して詰所の方へと歩いて行った。

 マサムネは腕を組んでその後ろ姿を見届けると、一般市民から賄賂を受け取るオーガの腐りきった人間性と態度に呆れつつ。今晩、彼が酒場で飲んだ後に裁きを下そうと決心をする。

 

「まあ、一応仕事はこなしているようだ。予定通り骨を折るだけに留めておこう。金はその時にでも回収すれば良い、使い切っていたとしたらその時は彼の見舞金という事にしておいてやろう」

 

 結論として蛮行は行っているが、自分の教え子に怪我は無く、親しい先輩も生きてはいる。心に傷を負わせたが同時に成長させるきっかけとなり、鬼のオーガの異名も商品価値があるために今回はそのようにマサムネは判断した。

 オーガの品定めという用を終えたマサムネは、クロノスの機能でオーガの生体反応を記録し、変身時はいつでも追跡出来るようにすると詰所を去り、メインストリートへと出て人混みの中へと消え行った。

 

 

 

 夕刻過ぎ、一度帰宅してからずっと行っていた次の日の勉強会の準備を終えたマサムネは大きく背筋を伸ばすと椅子から立ち上がる。そして食事の準備をするためにキッチンへと向かおうとしたその時家のドアを激しく叩く音が聴こえてきた。

 

「せんせぇー!あたし、サリアです!

居たら開けてくださーい!」

 

 聞き覚えのある声が切迫した様子で正直に名乗ってくれたため、マサムネは急いで玄関へと向かって扉がサリアに強く当たらないようにゆっくりと開いた。

 扉の先では編まれた買い物カゴを手に持ったサリアが肩で息をして立っていて、マサムネの存在に気がつくと頭を下げた。

 

「一体どうしたのだサリア君?」

 

「せんせぇ……えっと、その、とりあえず来てください!大変なんです!ごめんなさい!」

 

 言い終えると同時にサリアはマサムネの手を掴んで引っ張った。少女の尋常ではない剣幕に押されて用件も聞けずにマサムネは手を引かれるままつられて走り出す。

 途中家の鍵を締めてはいない事に途中で気がつくが、どうせ取られても困る物も無いと諦めてしばらく走ると、建物の影にボロボロのマントを羽織った1人の大人が蹲っていて、1人の子供が心配そうに肩に手を置いて声をかけている様子が見えてきた。

 

「あっ、おーい!先生!この女の人具合が悪そうでさっきから動かないんだ!」

 

 昼間とは違って道着姿のロイがマサムネとサリアの存在に気がついて手を振るう。

 近くに寄ったマサムネは確かに蹲っていた大人が女性である事を認識して、被っていたフードを上げるとボサボサの髪と少しの数の赤い発疹と荒れた肌を持っていたが、それでも充分綺麗である女性の顔が露わになる。マサムネは呻くような声を出している女性の肩を数回叩いて声をかけた。

 

「大丈夫ですか!しっかりしてください!

……この人は最初からここに居たのかい?」

 

「うっうん、今日は道場も人少なくて組手出来なかったから走り込んでたらさっきこの人見つけて……オレも声をかけてたんだけど気付かせられなくてさ。それでサリアが通りかかったから誰か呼んできてくれって頼んだんだ!」

 

「ここからだと、せんせぇのお家が近いから来てもらったんだ……せんせぇ!このお姉ちゃん大丈夫かな!?」

 

  マサムネが来るまでの間心配していたロイと、道中も気が気でなかった筈のサリアの祈りが通じたのか、女性の瞼がピクピクと動き、やがて開いた。

 だが、その瞳は全てに絶望した様に黒く濁っていた。

 

「あれ……此処は……私……眠って……ゴホっゴホっ!」

 

 目を覚ました女性が自分の状況を確認するかの様に言葉を発すると、同時に咳き込み始めて慌てて口を塞いだ。

 

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

 

「……来ないで!!……ゴホっ……!!」

 

 心配そうに手を伸ばすサリアに対して女性は叫ぶ様に言い放ち、3人の元から咳き込みながらも離れてしまった。

 

「なんだよアンタ!オレ達心配して……!」

 

「ロイ君、サリア君、ここは私に任せて君達は帰りなさい!

もう遅くなる上にロイ君は鍛錬の途中で、見たところサリア君はお手伝いの途中ではないのか?」

 

 女性の強い言葉と態度にロイを諭す様にマサムネは言うとサリアは手に持っていた買い物カゴを見て思い出したのかハッとした顔になって少し困った様な表情に変わる。

 

「えっと、でも……せんせぇ……」

 

「大丈夫だ、それとも私は頼りにならないかい?」

 

「行こうサリア、オレ達みたいな子供じゃ何も出来ないんだ……だから先生、お願い」

 

 マサムネの言葉で少し溜飲を下げたロイは何も出来なかった自分に歯がゆさを覚えつつ、サリアの手を引いて歩き出した。

 困り顔のままではあったが、マサムネに一任する事に納得をしたサリアは一度頭を下げてロイに引かれて連れて行かれてしまった。

 

「さて家まで送りましょう、乗ってください」

 

 子供達が居なくなってマサムネは女性の近くまで寄ると、背を向けてしゃがみ込みおぶさる様に促すが、女性は首を横に振った。

 

「……放っておいてください……私なんてもう……どうなったって構わないんです……」

 

 動こうとしない女性を見て、マサムネは一つ溜息を吐くと業を煮やして女性を無理矢理抱え上げて足を進めた。

 

「とりあえず、私の家まで連れて行こう。体力が回復するまで居るといい、此処で震えているよりはマシだろう」

 

「そんな……やめてください……離れてっ……私の身体はっ……!」

 

「……病。デリカシーに欠けてすまないが、それも性病に侵されているんじゃないか?

その発疹と、咳き込んだ時に子供達や私から離れた事で確信を持ったんだ」

 

「なら……尚更私から離れてください!」

 

「大体の性病はそういった行為を行わない限り感染の可能性は低い。それに個人的な体質の問題で病に強いんだ、気にしないでいい」

 

 女性の言葉を軽く流しながらマサムネは歩を進め続ける。いい加減女性の方が根負けしたのか、項垂れて身体を預けてフードを再び被った。

 

「何故……ここまでしてくれるんですか?」

 

「教え子とに任された事だ。それに、偽善であろうともそうすべきだと、私が思ったからだ」

 

 それを境に2人の間に会話は無くなり、やがてマサムネの家までたどり着いた。

 家の中へ入ると、マサムネは女性を椅子へと座らせる。自分が食事をしようとしていた事を思い出して女性に飲み物を出して手早く簡単な料理を用意して2人で食べた。

 腹も膨れたせいか、女性の悲壮で険しかった顔も少し軟化するが、絶望した目だけは微塵も変わる事は無い。

 

「ご馳走さまでした……なんだか、久し振りに人の温かさに触れられた気がします……すいません、私が口をつけた食器は処分してください」

 

「貴女がそれを心配する必要は無い。

……力にはなれない可能性が高いが、何があったのか言ってみたらどうだろう。少しは楽になるかもしれない」

 

 すると女性は目に涙を浮かべ、やがてそれを流しながらポツリポツリと語り始める。

 帝都警備隊隊長のオーガが悪い噂の絶えない油屋のガマルから大量の賄賂を受け取っていて、ガマルが悪事を行う度に無実の人が身代わりとして罪をでっち上げられて何人も死罪になっている事。

 そして自分の婚約者も濡れ衣を着せられて死罪となってしまった事。

 死罪になった人間が打ち捨てられる死体置き場に行って婚約者の死体を自分で運んでお墓を作った事。

 抜け殻の様に過ごしていた数日後に婚約者からの手紙が届き、彼がオーガとガマルの密談を聞いて悪事を知らされて身代わりとして死んだ事。

 

「……あの人の手紙の最後には……私に幸せになってくれって書かれていました。

……私にはあの人のいない日々に幸せなんて無いんです……あの人が……何も悪くないあの人が殺されてオーガとガマルが何食わぬ顔で生きてる事実が許せなかった!

……でも私には何も出来ない……だから、ナイトレイドに依頼をする事にしたんです……そのためのお金を稼ぐために、私が唯一売れるもの……身体を売り続けてお金を貯めました……それで、いつ自分がおかしくなるか……死んでしまうかも分からない性病を患ってしまったんです……」

 

 涙ながらに語る女性にマサムネはタオルを差し出してそっと肩に手を置いた。

 

「依頼は承っていただけたのか?

そのガマルという男はどうか知らないがオーガはまだ……」

 

「数日前に……でももしかしたら騙されてナイトレイドの偽物に騙し取られてしまったんじゃないかって……そう考えるともう、何もかもがどうでも良くなってしまって……ううっ……」

 

 そう言って女性はタオルで顔を押さえて机に沈んでしまう。マサムネは声のかけ方もわからずにただただ肩に手を置いていただけだった。

 やがて女性は泣き止むと、目をゴシゴシと擦って目を瞑ったまま笑顔を作りマサムネの方へと向ける。元々美形のためかその作られた、引きつった表情のマサムネは儚さと美しさに心を動かされる。

 

「ごめんなさい……こんな事を話されても迷惑ですよね……忘れてください。

……本当にありがとうございました。ここまでして頂いて何もお返しできないのが心苦しいです」

 

「いや、私の方こそすまない。何も出来ない分際で辛い事を話させてしまって……ロイ君は、教え子は子供だから何もできないと言っていたが、大人なのに何も出来ない私は所詮偽善者の愚か者だ」

 

「そんな事ありませんよ……貴方とあの子達はこんな私の心に潤いと、温もりを与えてくれた。

偽善者なんかじゃありません、汚れきった私にはとてもとても、眩しい人達です」

 

 それでは失礼します。と女性は立ち上がって玄関へと向かう。マサムネはその後を追い、夜は危ないと家まで送る事を提案して女性はそれを受け入れた。

 女性の家までは然程距離は無くすぐに着いてしまったがその間、マサムネは彼女についにかけられる声が見つからなかった。

 

「ありがとうございました……」

 

「本当にすまない。私に出来る事は何も……」

 

「貴方は、そう自分を卑下しないでください……あの子達の先生なんですよね?

貴方が私にしてくれた事は恥じる事なんですか?

充分、貴方とあの子達は私の干からびた心を生き返らせてくれたのに……最後に人の暖かさに触れられて良かったです。ロイくんと、サリアちゃんでしたね……あの子達にもありがとうと伝えてください。

……ありがとうございました……さようなら、もう会う事もないでしょう……そんな顔しないでください……オーガが死ぬまでは大丈夫ですから……」

 

 彼女はそう言って家の中へと入って行った。

 マサムネは自ら死へと向かう女性を止められない己の無力さに打ちのめされた。

 ならば、せめてもの彼女の手向けとするためにとオーガへと下した裁きを変える事に決めた。オーガを殺す事で彼女の死をマサムネが早める結果になっても、その業は自分が背負うと決心して。

 帝都の闇の中、マサムネは1人帝都警備隊詰所の方へと足を進める。

 

「帝都警備隊隊長オーガ、これから君への判決を下しに行く。変身」

 

 

 

 帝都のメインストリートの路地裏から1人の男が飛び出してくる。隻眼に凶相の男、帝都警備隊隊長オーガ本人である。だが両手を失って無様に走るその様には威厳のカケラも感じられない。

 先程、相対した少年剣士の不意打ちを受け、一度斬られたがその後反撃をし、相手と迫合いに持ち込み体格で勝る自分が有利な状況を作り出したのも束の間、両腕を切断されてしまったのだ。そして咄嗟に斬られた腕を振って少年の目を血で塞ぎ命からがら逃げて来たと言ったところだ。

 

「ハァ……ハァ……クソっなんであんなクソガキに……こうなりゃ形振り構ってられねぇ!

オイ!誰かいねぇの」

 

「おや、誰かと思えば警備隊隊長のオーガ殿じゃあないか。そのユニークな姿は一体どうしたんだ?」

 

 オーガの言葉を遮って目の前にクロノスへと変身したマサムネが現れた。

 

「お、お前は丁度いい!ハァ……ナイトレイドが現れた、俺は……ハァ……応援を連れてくるからそれまで身を呈して食い止めやがれ!ガキだからって侮るんじゃねぇぞ!」

 

「ほう、それは大変だな。

……しかし、鬼のオーガが子供に敗れて両腕も失う、もうその腕の立つ剣も振るえないということか……最後の商品価値も失った訳だ」

 

「何をゴチャゴチャ行ってやがる……お前は黙って俺の弾避けになりゃあ良いんだよ!」

 

「君にはもはや商品価値が無い。

周りの人間の劣化を促す粗悪品に成り下がった。

審判の時だ、鬼のオーガ、君は絶版だ」

 

 マサムネは冷たく言い放つとクロノスの黒い拳をオーガの両肩へと打ち込んで骨を砕き、続けて緑色の足で両足を蹴り本来なら曲がらない方向へと足を曲げる。そして最後に後ろ回し蹴りで踵を胸へと打ち込んだ。

 これら全て力を抜いた攻撃ではあるが、それでもオーガにとっては致命傷となりえる大ダメージを与える。

 元々腕を斬られていたため痛覚としてのダメージはそこまで与えられなかったが血を吐き、無い腕と動かない足でのたうち回ることしかできないオーガは言う。

 

「ガアァァォっ!てめぇ……何を……」

 

「これは返して貰おう、仮面ライダーは正義の味方だ。悪徳役人に賄賂を送る事は、無い」

 

 マサムネはオーガの首を掴んで持ち上げるとポケットに手を入れて、昼間の金の入った皮袋を取り返す。

 

「フザける……な……この国の……正義は……俺だ……!」

 

「正義とは決まった形を持たない。確かに君の存在もまた正義なのだろうが、私の正義とは違う。私にとっては貴様はただの悪だ。

それから、貴様への最後の審判を下すのは私では無い。彼の役割だ」

 

 そう言うとマサムネはオーガを掴んだまま路地裏の方へと歩き出す。何かオーガが喋ろうとすると手の力を強めてそれを許そうとはしなかった。

 すると路地裏の奥から剣を構えた服と眼の周りが赤い茶髪の少年が走って来た。その少年は幾日か前に、ある富豪に連れられて歩いていた少年、タツミである。

 その姿を見て、あの日彼等と共に去って行ったタツミ少年はナイトレイドに入ったのだと察した。

 

「なんだお前!ってそいつはオーガ!」

 

「君は……ナイトレイドに入ったようだな。だとすれば、このクズは依頼を受けた君が殺すべきだ」

 

 そう言ってマサムネは乱暴にオーガを放り投げる。オーガがうああと情け無い声を上げるのをよそに、タツミ少年の目が変わり、目にも留まらぬ速さで一閃、また一閃と連続でオーガを斬りつけて、骸は複数の形に分断された。

 

「ハァ……ハァ……アンタは一体?」

 

 剣を構えたまま警戒を解かずにタツミはクロノスへと問う。

 するとマサムネは手を叩きながら口を開いた。

 

「素晴らしい剣の腕だ。オーガは死に依頼人や彼に恨みを持つ者達も喜ぶだろう。

失礼名乗るのが遅れた、私は仮面ライダークロノス。君はタツミ君だね?」

 

「なっ、どうして俺の事を!?」

 

「……君の友、イエヤス君から聞いた特徴と合っていた上に、私は君を見かけた事があったからだ。

君はナイトレイドに入ったようだが、いつまでも此処にいる事はオススメしない。暗殺者たる者、任務を遂行したのなら直ぐに場を離れるべきだろう」

 

「なんでイエヤスを……そう言えばあいつ、仮面ライダーって……」

 

 タツミは驚愕の表情を浮かべるが、友の最期を看取った時に、彼の口から仮面ライダーの名が出た事を思い出した。

 

「ここまでにしておこう、いずれゆっくりと話は出来る。私の行った事が幾つかナイトレイドのせいになっているようだ。君のお仲間にそちらへとお詫びに伺うとよろしく言っておいてくれたまえ」

 

 そう言ってマサムネは大きく跳躍して一瞬のうちに帝都の夜空の中へと消え去って行った。

 その様を眺めている事しか出来なかったタツミはすぐに正気に戻り、苦い顔をして刀を収めると彼も帝都の闇夜の中へと姿を眩ませた。

 

 

 

 朝早くから帝都の街は警備隊隊長のオーガが殺された事の話題で持ちきりとなっていた。帝都の中心地、警備が厳重なメインストリートでの犯行からおそらく犯人はナイトレイドだろうと言われている。

 マサムネは目を覚まして直ぐに身支度を整えて、昨日の女性の家へと急行する。

 ドアをノックするが、返事は返って来ない。

 もう一度、行うも返事は無い。

 失礼を承知でドアノブを回すとドアが開いた。

 中では彼女がベッドで横になっている。一瞬だけマサムネが安堵するも、シーツが上下していない事に気がつく。

 恐る恐る近づくと、枕元には髑髏の描かれた瓶が転がっている。手を伸ばして彼女の頬へと触れると、それは生きている人間の体温ではなかった。

 

「……そうか……既に彼女の耳にも……」

 

 ふとテーブルの上を見ると、いくつか置いてある恐らく遺書であろう手紙が目に入った。そしてその内の一つに、スーツの先生とロイ君とサリアちゃんへと書かれた物があった。

 マサムネはその手紙を手に取ると、彼女と婚約者へと祈りを捧げて家から出た。

 今日も授業があるため、広場へと向かっている途中で彼女からの手紙を広げる。

 そこには、まず3人への謝罪が書かれていた。そして次にオーガが殺された事を知り、全てから解放されて婚約者に会いたい気持ちが抑えきれなくなってこんな事をしてしまった事。

 それでも向こうで婚約者に会えるから後悔は無い、最後に人の優しさに触れられたお陰でとても良い気分で旅立てる事。

 自分の事で気に病む事はしないでほしい事。

 そして最後に、マサムネに対してこの事を子供達に話すかは判断を委ねる事、自分の死体は気にかけてくれている友人がお墓に埋めてくれるはずになっているが、わがままな事だけれどしばらくして叶っていない時は自分を婚約者と同じ所へ埋めて欲しいといった事が綴られて、最後に墓の地図が書かれていた。

 

「あっ、せんせぇ!おはようございます!」

 

「先生!昨日の人、どうだった!?大丈夫なの?」

 

 マサムネは気がつくと勉強会の広場まで辿り着いてしまっていた。そして、サリアとロイが女性の事を執拗に聞いてくる。それほど心配であったのだろう。マサムネは何事も無いように手紙を鞄へとしまって答える。

 

「彼女は……旅に出たよ。そのための旅費を稼ぐために無理をして、旅立つ日の昨日、過労であの場所で気を失ってしまっていたようなんだ」

 

「へぇ、そうなんだ!じゃあ元気になったんだね!」

 

「なんだよまったく、人騒がせだなぁ!……でも良かったよ」

 

 2人は笑って笑顔を向け会う。2人とも親しい人物が傷つき、自らの心も同様だったのに。それでも人の心配が出来る、強い心の少年と少女だった。

 マサムネは真実を隠す事に決めた。二人の心が今よりもずっと強くなった時に話し、その時にどれだけ恨まれてもかまわないと胸に刻み込んで。



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第4話〜Assassinsとの邂逅〜

 帝都の外れにある霊園に多く並んだ暮石の一つの前にマサムネは座り込み花束をそっと置くと、両手を合わせてこの下に眠る者達への祈りを捧げた。

 

「もう、婚約者とは再会できた頃だろうか……死後の世界に天国と地獄があるかは分からないが、もし在るとしたのなら、もう貴方達は二度とオーガに会う事はないだろう」

 

 あれから数日経ったが、あの一件はマサムネの心中は曇ったままだ。

 自分はまた目の前の人を死から救う事がが出来なかった。それどころかオーガ殺害の片棒を担いだ事で、憎悪という歪ではあったが彼女にとって絶望で満たされたこの世界で生きる理由を奪ったのだ。言い方を変えれば間接的に彼女を殺したと言っても遜色はないのだ。

 

「大切な人を亡くしたが貴方は自分の出来る方法で戦った、その事実を私は忘れない。

……本当にすまない。貴方は気に病むなと言葉を残してくれたが、自分の無力さがどうしても身に染みる」

 

 そう言ってマサムネは深く頭を下げた。

 死んでしまえば全てが終わり。自分の生きていた場所もいずれ無くなり、記憶に残してくれた親しい人も死んでしまえばこの世に居たことさえ曖昧になってしまうだろう。

 マサムネは以前読んだ本の中に、亡くなった人を思い出す事がその人にとっての供養になるという一文を思い出し、ならば自分が生きている限りは自分が関わって救えなかった人を覚えていて供養すると心に決めている。自分の教え子となる筈だった子供とその一家も、イエヤスもその友人のサヨも、婚約者を殺されるが自分を犠牲にして仇を取った彼女も、全て。

 

「さて、これから行くところがあるので失礼させてもらおう」

 

 マサムネは立ち上がり、出口へと足を数歩進めると柔らかな風が背後から吹いた。その一陣の風はまるで悩む彼を励まし背を押してあげているような優しい風であった。

 

 

 

 とある建物の一室にて1人の女性が椅子に座り、5人の女と3人の男が女性を支点に扇型に広がるように少し距離を空けて立っている。

 そんな中1人の少年、タツミは少し浮かない表情ではある。

 

「みんな集まったな。

先日、ブラート達が任務へ行っている間にタツミにも初任務へと行ってもらったんだが、そこでイレギュラーが発生した。警備隊長のオーガを殺る任務だったんだが、抵抗にあって取り逃しかけたところでオーガを足止めをした人物が出たらしい」

 

 椅子に座っている右目に眼帯をつけた銀髪の女性が口を開く。顔も体型も美しく、露出は少ないが体のラインが出る黒い服が大変良いプロポーションである事を強調させている。加えてミステリアスな雰囲気を併せ持ち、その佇まいから組織のトップである事が伺える。だが何よりも目を引くものが右腕に着けられた無骨な形をした緑色の義手だろう。

 

「はぁ?ダッサ、任務の一つもマトモにこなせないなんてアンタやっぱり半人前ね」

 

 1人の少女、桃色の長い髪を二つに纏めた所謂ツインテールと呼ばれる髪型で、フリルが多く着いた髪の色と同系統の服を着た少女がタツミを嘲笑する。

 少女はその態度の大きさに反比例して身体は小さく、他の女性たちと比べると凹凸も少なめだった。

 

「まてマイン、タツミもトラブルがあったものの任務は達成してきた。それに今話す事で重要なのはそこじゃない」

 

 落ち込むタツミの意を汲んで慰めの言葉を含ませて言ったのかは分からないが、組織の長らしき女性が少女を諌める。

 マインと呼ばれた少女は少々の不満を感じたのか、フン、と吐き捨てる様に鼻で笑うと腕を組んで視線を逸らした。

 

「続けるぞ。オーガを足止めした人物というのが……仮面ライダーと名乗る黒い鎧の男だったらしい」

 

「仮面ライダー、どっかで聞いた事あるような名前だけどどこだったか……?」

 

「タツミと始めて会った任務の時にタツミの友が死に際に呟いた名だな」

 

 金髪の短めの髪にすれ違う男が皆振り返るような豊満な身体に露出の高い黒い服を着た女性が頭を捻りながら呟くと、足まで届こうかという程長い黒髪で金髪の女性程ではないが良い身体をしている美少女がそれに答える。

 それぞれタツミをココへ連れてくる原因となった2人の女性、レオーネとアカメ。その他の富豪の屋敷を襲撃したのとほぼ同じ顔ぶれからこの場所が何人も知ることの無いナイトレイドのアジトである事が伺える。

 

「でも待てよ、仮面ライダーって噂じゃあ帝都周りの賊を捕らえまくってるって話だろ?

言わば俺達の敵で警備隊寄りの人間なのにどうしてオーガ殺害の手伝いなんか……」

 

 頭の両サイドから黒い髪を上から前に整えて固めた所謂リーゼントと呼ばれる髪型に筋骨隆々の身体が分かる黒いシャツに胸から肩口にかけて覆われていて左肩に『漢』と書かれた緑色のアーマーを着用した男が怪訝な顔で口にする。

 

「すいません……私はそんな人の話聞いたこと無いですけど……」

 

 紫色の長髪に黒い眼鏡をかけたレオーネに負けず劣らずの身体に薄紫色のチャイナドレスを着用した女性が頰に指を当てて首をひねる。

 すると、緑髪で片目を隠し、ゴーグルを着用した少年ラバックは苦笑を浮かべてチャイナドレスの女性の言葉を返す。

 

「いやー、シェーレちゃんは単に忘れてるだけだと思うけど……。

それで、ナジェンダさん。その男について何が問題なんです?」

 

「ああ、一つはタツミの顔を見た事とナイトレイドに所属していると看破した事、そして……タツミ」

 

 組織(ナイトレイド)のボスであるナジェンダがラバックの問いに答えると、あとはお前が言えと言わんばかりにタツミへと促した。

 

「そいつ、俺たちの、ナイトレイドの名前を騙って何回か町の人を殺したらしいんだ」

 

 その一言で皆の眉間に皺が寄って自分達の誇りを汚されたような嫌悪感を持つ中、アカメとブラートだけはそのまま廊下へと通じる部屋の入り口を睨みつけて拳を握って構えを取る。

 

「どうしたブラート、アカメ?」

 

 ナイトレイドのメンバーはタツミ以外の皆それぞれが手口は違えどもプロの殺し屋である。その中でも上位に位置する手練れの2人の取った行動にナジェンダは自分は何も感じなかったものの2人を信じて周囲に気を張り警戒しつつ理由を問う。

 

「そこに何かが居るような気がしたんだが……俺1人なら気のせいで済ませるところだけどアカメも感じたんだろう?」

 

「ああ、確かに入り口に何かが居た。ラバック、結界に反応は?」

 

 アカメは入り口を警戒したままラバックの方を見る。それに応えるようにラバックは片腕を挙げて自分の装備しているリールが取り付けられた指先からは糸が伸びているグローブを見せた。

 

「見ての通り、なんの反応もしてないぜ。

2人を疑うわけじゃないけど、俺の結界にも反応せずに建物の中に入って、これだけの暗殺者がいて誰にも気付かれずにその入り口まで辿り着ける奴なんて居ないんじゃないかな?」

 

 そう言ってラバックは手を下ろした。

 ナジェンダは顎に指を当てて数秒考え込んで口を開いた。

 

「全員、武器を取って警戒態勢に入れ。アジトを知られる訳にはいかない!

招かれざる客(侵入者)は見つけ次第始末しろ!」

 

「その前に、先程までの話で四つ程訂正するべき事がある。

一つは私が邪魔をせずともタツミ少年はオーガを殺す事が出来ていただろう。

一つは私は別に帝都警備隊に与しているわけではない。

一つは私は君たちの名を騙った事はない。ただ無能な事なかれ主義の警備隊員が捜査を怠りそう判断してしまっただけの事だ」

 

 ボスの言葉に皆が頷き、それぞれが出口へと向かおうとしたところで遮るように男の声が発せられた。しかしその姿は何処を見回しても確認する事が出来ない。

 

「そして……帝具の結界をすり抜け、凄腕の暗殺者達の察知能力を掻い潜って此処まで来る事が出来る人間も存在するという事だ」

 

 その声が言い終えると同時に椅子に座るナジェンダの背後に黒い鎧と一体になっているかのような同色のマントにその各所に明るい緑色の配色がなされた存在が露わになった。

 その手にはなぜかバスケットが持たれていて何やら中にはフルーツが敷き詰められている。

 この場に居た全員が男の言葉とその容姿から仮面ライダーだと断定した。

 

「だが、誤解と言えども私の行いが君達の評判を下げた事に変わりは無い。

私は仮面ライダークロノス。謝罪の品を幾つか用意させて頂いた、心からお詫びを申し上げよう」

 

 そう言って仮面ライダークロノスと名乗る男はバスケットを床へと置いた。

 しかしその行動よりも速くナジェンダは身体を回して義手でクロノスに殴りかかるも、アッサリとそれは右手で受け止められてしまう。

 ナジェンダが動いたと同時にラバックはグローブの指先から出ている糸を操り男の周辺に張り巡らせ、動けば糸が絡まり体が拘束されるように罠を仕掛ける。そして残りの糸をナジェンダに巻きつけてリールを巻き、彼女を自身の元へと引き寄せた。

 アカメ、マイン、シェーレの3人は部屋を飛び出して各々の武器を取りに駆け出す。

 

「待てよみんな!確かにコイツは侵入者かもしれないけど俺はそこまで悪い奴だとはーー」

 

「タツミ、コイツはお前がどう思おうが侵入者だ。それに、コソコソ隠れて女の後ろを取るなんて漢らしくないだろ。

なによりボス直々の命令だ……速くお前も剣を取ってこい」

 

 ブラートが厳しく告げると、些か納得までは出来ていないものの自分の武器を取りにタツミは部屋を出る。

 そしてブラートは床に手をつき、閉眼して一つ深く呼吸をつくと目を見開いて叫んだ。

 

「インクルシオォォォっ!!」

 

 ブラートの背後から風が吹き荒れて、そこにコートを纏った白銀の巨大な鎧の怪物が現れる。その大きさと滲み出る闘気で見る者全てに畏怖を抱かせるような風貌ではあるが、建物に一切の影響が出ていないため幻影である事が伺える。

 そして鎧は風と共に白い光となり、ブラートの身体のふた回り程大きいサイズに収縮して装着される。だがサイズこそ元の幻影より小さくなったものの、その闘気と凄まじい威圧感は依然健在である。また背には全てを穿ち、叩き斬ると言わんばかりの大きな赤い槍が背負われていている。

 

「それじゃ私もやるとしようか……変身、ライオネル!」

 

 レオーネの腰に着けたベルトが光を放つと、彼女の短かった髪が長くなりまるで獅子の鬣のようである。そして頭頂には二つの耳と尻のやや上の辺りにはどちらも獣を思わせる物であった。

 

「ほう、君もベルトで変身するのか。

侵入者に対して警戒と容赦の無い対応、殺し屋としては満点の答えだろう……ここでは狭いし君達も後片付けが面倒だろう」

 

 クロノスはレオーネの変身を見た後そう言ってベルトに手を当てた。

 

『ポーズ』

 

 無機質な音声が流れたと思った次の瞬間、4人の目の前からクロノスの姿が消えた。

 注視していたはずなのに、皆が驚愕の表情を浮かべる中、部屋の窓が開かれる音がしたかと思うと、クロノスはそこにいた。

 

「先に行っていよう」

 

 そう残して男は窓から外へと飛び出して行った。

 

「待ちやがれ!俺たちも行くぞ!」

 

「ああ、逃すわけにはいかないね!」

 

 ブラート、続けてレオーネが窓へと走り出して後を追ってそのまま外へと飛び出す。

 2人を見送るとラバックはナジェンダから糸を外して抱き抱えて身体を起こす。本来なら役得であるこの体勢も今の状況を省みると素直に喜べないのが本心であった。

 

「ナジェンダさん大丈夫!?」

 

「ああ、私は問題無いが……ラバック、糸に反応は?」

 

「……全く反応が無かった、動けば絶対に糸に掛かるはずなのに」

 

「……次元方陣シャンバラという人間が空間を転移する帝具があるが、あれは転送する地点の記録が必要なはず……あの男の帝具はそれを不要とするあの帝具以上の物なのか……?」

 

 一人思案するナジェンダを余所に、ラバックも一つの考えが纏まろうとしていた。

 

「あのさナジェンダさん……俺、アイツの正体知ってるかもしれない……聞き覚えがあるんだ、あの声に」

 

 

 

 

「逃げないで律儀に待ってるなんて見上げた根性だな」

 

 建物の前の開けた場所に腕を組んで佇む黒い鎧の仮面ライダーに向かってレオーネは言い放つ。同時に拳を鳴らす、まるで自分はお前を倒す準備は万端だと言わんばかりに。

 

「逃げる?それは後ろめたい事をした者や、力量差の大きい者が行う手段だ。私はただ君達に挨拶とお詫びに来ただけだ、従ってその必要はない」

 

 クロノスはそう言って組んでいた腕を解いて両腕を広げて本人にそのつもりが有るのかはわからないがレオーネを煽るような態度で返した。

 

「言うじゃねぇか。生憎だが、ナイトレイドのアジトは一見さんは立ち入り禁止なんだよ!」

 

 鎧を纏っているブラートは背負っていた赤い槍を手に取り、頭上で風を巻き上げる勢いで回すと男へと接近、そのまま右手で柄の末端を持ち遠心力を利用して一気に槍を振り下ろした。

 しかし振りが大きな一撃のためクロノスは後ろへと飛んで槍を躱すが、その一撃で地面ヒビを入れられて陥没し、1メートル程の大きな穴が出来た事からその重さと威力は想像を絶するものだ。

 

「ほう、当たっていれば私もダメージを負ったかもしれないほどの良い攻撃だな」

 

 されど当たらなければ意味は無い。そう言いたそうにクロノスは言うが次の瞬間、突如側面から黄色の獅子の拳に襲われる。

 

「余所見してんじゃねぇよ!!」

 

 ブラート自身もあの大振りが当たるとは到底思っていない。最初から自身は囮でレオーネの一撃が本命だった。長き事共に任務をこなしている二人だからこそ出来る打ち合わせなぞ不要のコンビネーション。

 レオーネは完全に虚を突いた拳を顔面に当てたと思ったが、自分の拳はクロノスの手によって受け止められていた。

 

「君のパンチも中々の物だ、だが私には軽すぎる」

 

「なっ……ナメんじゃねぇぇぇ!」

 

 拳を止められた事に驚愕していたレオーネだったが、クロノスの言葉がプライドに触れたのか怒気を含んだ表情に変わり、続けざまに一発、もう一発と連続で拳を叩き込む。

 だが全ての拳が黒いの手によって阻まれて身体にまで届く事は無かった。

 拳がダメなら蹴りならどうだと、レオーネはクロノスの側頭を目掛けて蹴りを放つも姿勢を低くして躱されてしまう。そして男が下げた姿勢のまま足を払うとレオーネの姿勢は崩れて空を見上げる形で地に倒れてしまった。

 

「しまっ……」

 

 倒れているレオーネに対してクロノスは拳を握り、振りかぶる。

 自分の取った悪手に悔みながらもレオーネは腕を体の前で交差して守りの構えを取る。

 しかし、それは意味をなさない物であった。

 

「うおおおおお!」

 

 ナイトレイド一の戦闘能力を持つ頼れる漢が咆哮を挙げて赤い槍をクロノスへと突き刺しレオーネの窮地を救った。

 だが槍はクロノスの身体にヒットこそするものの装甲を貫くまでには至らずに足で地面を抉った跡を数メートル残してブラートの突進も止められた。

 クロノスは槍の穂先を掴みブラートの動きを封じて拳を振るおうとするも、今度はレオーネがブラートの援護に入る。飛び蹴りをクロノスの首の辺りに向けて放つも掌であっさりと受け止められてしまった。

 すかさずブラートは槍をクロノスの手から引き抜いて連続の剣戟を繰り出し、レオーネも着地と同時に拳と蹴りをクロノスへと繰り出す。

 二人それぞれお互いの邪魔にはならず、的確に相手への有効打となるように動いてるいるのだが、クロノスはその攻撃を悠々と捌ききる。優れた戦士であってもおそらく瞬殺されるであろう攻撃の嵐を前にして。

 

「素晴らしい、この戦闘能力が帝都を恐怖で震え上がらせる暗殺集団たる所以か」

 

「そりゃ、どーもっ!」

 

「クソっ、こんだけやっても、まだ効かないのかっ!」

 

 連続の攻撃も全てが無意味の状況に嫌気がさして悪態を吐くレオーネ。

 やがて、このままでは埒が明かないとブラート、レオーネは攻撃の威力を上げるために大振りの攻撃を仕掛けた。

 流石にダメージを喰らうと判断したのか、隙を攻めるためと判断したのかは分からないが、クロノスは後方へと大きく飛んで二人の攻撃を回避した。

 その瞬間、銃声が鳴り響き3発の光弾がクロノスへと発射される。仲間の接近に気付いていた二人の策に見事クロノスは嵌められたのだ。

 いくらクロノスと言えど着地直後を狙われては迫る光弾を回避することは出来ない。

 

「これなら!」

 

「どうだ!」

 

 マインの大型の銃による攻撃、戦闘をしていた二人の願望が漏れた声を置き去りに光弾はクロノスへと迫る。

 光弾がクロノスを貫く事を確信していた二人だった。しかし、クロノスは右手で2発の光弾を手で払い自身を逸れて地面へと着弾し、最後の1発は両手で触れる事で霧散し消滅した。

 

「嘘でしょ!弾が消えた!?」

 

 射線上の先で銃を構えたマインが驚愕の顔を浮かべる。マインの両隣に大きな鋏を持つマインと同様の表情のシェーレと、刀を持つ無表情のアカメが立っていた。

 

「君のその武器の事は有名だから知っている。使用者が不利になればなる程威力が上がる性能を持っているようだが、この数人がかりで私一人に挑んでいる状況……到底本来の能力は発揮できないだろう」

 

「ちっ……このおおおお!」

 

 大きく手を広げて得意げなクロノスに対して、苛立ちを覚えたのかマインは続けて銃を連射するも、いずれも悉く手で弾かれ、消滅されてしまう。

 

「葬る」

 

 ポツリと誰かに聞かれるでも無く言葉を漏らすと同時に、いつの間にかクロノスの背後へと回り込んだアカメが目にも留まらぬ速さで刀を数回振るい斬りつける。しかし刃が装甲を通る事は無く、甲高い金属音が辺りへと響き渡るのみだった。

 

「君のその刀も知っている。かすり傷で対象を絶命させると言われているが、私とはとても相性が悪い。

……普通の鎧であれば装甲が削がれる場所への的確な斬撃は見事だが」

 

 アカメの斬撃に対して防御するわけでも避けるわけでもない、ただ受けるだけの行為が彼女の攻撃の無意味を証明する。

 攻撃を終えて距離を離れたアカメだったが、クロノスは言い終えると同時に急接近し、刀を持つ手に手刀を放ち手放させるとそれを蹴り飛ばし、やや離れた場所に生えていた木に突き刺した。

 

「うおっ!!」

 

 反応したのは木の陰で様子を伺っていたタツミだ。即死の刀が自身の間近へと飛来して来たことに一瞬遅れて恐怖がやってきて足が笑い腰を着いてしまった。

 

「君はやめておいた方がいい。彼らに比べて経験(レベル)も装備も足りなすぎる」

 

 指導をするかのようにタツミへと言い放つクロノスの背後から一対の大きな刃が迫る。どうやらアカメと対峙している間にシェーレがクロノスへ接近していたようだ。

 この世に存在する全ての物質を両断すると言われている大型鋏にシェーレは力を込めた。

 だが、手応えは無く鋏は空を斬り裂いたのみである。完全に隙を突いたと思われた攻撃は感知されていて大きく上への跳躍で躱されてしまっていたのだ。

 

「流石にその帝具は私にも有効だ。故にこうして大きく回避させてもらったよ」

 

 急加速で上昇したクロノスの身体も、言い終える頃には停止してやがて下降し始める。

 

「そうですか、でもこれで終わりですね」

 

 シェーレはそれを待っていたと言わんばかりにクロノスの落下地点で大型鋏を立てて構え、タイミングを合わせて閉じた。

 

「そうとも限らないな」

 

 誰もがクロノスを切断したと思った瞬間、重力の法則に逆らってクロノスの下降スピードが遅くなり、寸での所で刃が触れる事は無かった。

 そればかりか、クロノスは何も無い宙を蹴って方向転換と同時にスピードを上げてシェーレの持つ閉じられた大型鋏の腹を蹴り飛ばした。その強い衝撃に耐えきれず、常人よりは強力な腕力を持っているシェーレも思わず鋏を手放してしまった。

 

「さて、これで君達が私を殺す事は不可能だと分かって貰えたかな?」

 

「まだだ!」

 

 クロノスの背後に迫るブラートの槍それは最初に起こした攻撃のアクションと同じ、頭上で槍を回しての遠心力を利用した一撃。

 それは、クロノス本人が効くと言ったシェーレの武器による攻撃以外で唯一、クロノスが受け止めるのでは無く回避という選択をした攻撃。

 この世の全ての物を叩き切れるであろうと思わせる剛槍がクロノスの肩口から斜めに振り下ろされた。

 

「なっ……嘘だろ……」

 

 甲高い金属音が辺りに響いた後、驚愕の表情で言葉を漏らしたのはタツミだった。

 クロノスは無傷、装甲を凹ませる事はおろか傷一つ付いていない。

 

「残念ながら、やはり無駄だったようだな。最初の攻撃ならまだ私にダメージを与えられたろうが、今の私に効果はない」

 

 ブラートはすぐさま後方へと跳び距離を取ろうとするが、クロノスが追随してそれを許さない。

 破れかぶれとも言える拳をクロノスに放つもアッサリと受け止められてしまう。

 

「チッ!」

 

「そろそろ、私からも手を出させて貰うとする……フン!!」

 

 舌打ちをして悪態を吐くブラートに対して宣言したクロノスは拳を胸部へと叩き込む。

 受け止めて防御しようとしたブラートの手など、まるで何事も無かったかのように意に介さず拳を打ち込み、この世でも無類の強度を誇るその鎧は陥没する。

 

「ぐおおおっっ!!」

 

 屈強な戦士であるブラートが鎧の中で苦悶の声を上げる。それでもクロノスは止まる事無く、続けて今度は腹部に下から拳を一発の拳を入れてブラートの身体を宙に浮かせると続け様に蹴りを繰り出す。

 ブラートの身体は凄まじい勢いで風を切ってタツミの方へと飛び、数本の木をへし折って重力に従い地に落ちた。

 鎧から白い煙が発せられたと思うと、軈て鎧が煙と一体化して徐々に霧散してブラートの身体が露わになる。辛うじて意識はあるようだが口からは血を流し、身体中至る所が擦り切れているが弱々しい呼吸で胸を上下させているためまだ生きている事が分かるが一目で重傷だと言う事が理解できる。

 

「アニキ!」

 

「ブラート!」

 

「テメェ!」

 

「よくも!」

 

「このおぉ!!」

 

 この場にいた見習いを含めたナイトレイドが叫び、各々が行動に移す。

 自分達の攻撃に効果は無いと分かっていても、自分達のホームで仲間を目の前でやられてしまい、理屈ではなく心に従ってレオーネと武器を再び手に取ったシェーレはクロノスへと突撃する。そして二人を援護するようにマインはクロノスへと銃弾を放つ。

 同じことを思っていても自分の攻撃はクロノスには通用しない。激昂しても冷静さを失わないアカメは今は自分が出来る事、即ちブラートの安否の確認と手当を優先するために駆け寄り、また同じ理由でタツミもアカメと同じ行動を取る。

 

「フム……コレはいけない、やり過ぎてしまったようだ」

 

 クロノスポツリと呟くと、大きく跳躍してレオーネ、シェーレから逃れる。そして上空でどこからか本のようなケースらしき物を取り出して、一枚の硬貨のような何かをブラートへと向かって投げつける。

 その何かはブラートへと駆け寄るアカメの脇を通り抜け、既にブラートの側にいたタツミは反応すら出来ずにブラートの身体へと入り込んだ。

 

『回復!』

 

 その何かから音声が発せられてブラートの身体が発光し近くにいたタツミとアカメは思わず目を顰めてしまう。

 

「なんだ、この光は!」

 

「今、回復って……?」

 

 軈て光が収まると、ブラートは自分の力でゆっくりと身体を起こした。服こそ至る所が擦り切れたままであったものの、そこから覗かせる肌に傷一つ無くまた、先程まで弱々しかった呼吸も健全な状態を取り戻し意識もはっきりと覚醒していた。

 

「傷が治ってやがるだと……さっきまで死ぬかと思ってたのによ……お前は一体……?」

 

 確かにブラートの身体の傷は元から何もなかったかのように塞がっていた。それが一番信じられなかったのは当の本人であるブラートであり、次点で残りの五人である。その表情は皆驚きを隠せずにはいられなかった。

 

「少し、私も気分が高揚してしまっていたようだ。すまないな」

 

 そう言ってクロノスの身体はゆっくりと、空中から下降する。そして着地するとそのまま両手を広げて言葉をつないだ。

 

「私の目的は君達と殺し合う事では無い。それでも君達は違い、侵入者である私に刃を向けることは当然だと言える。だから私はある程度の抵抗をせざるを得なかった訳だが、少しは落ち着いてもらえたかな?」

 

「ふざけないでよ!それならアンタの目的はなに!?」

 

 銃を向けたままマインは怒声をあげる。

 

「最初に建物の中で言った筈だ。詫びを入れに来た、とね」

 

「テメェ、おちょくってんならアタシ達も考えがあるぞ!」

 

「ほう、聞かせてもらいたいものだな。単純な戦闘能力で私に劣る君のこの場を打開できる考えとやらを」

 

 獅子の怒りに触れてしまった。

 レオーネは弾ける様に飛び出して一発、二発とクロノスへと拳を見舞うがどちらも手であっさりと受け止められてしまい、反対に背後に回られて腕の関節を取られてしまった。

 

「ガッ!クソっ!離せっ!」

 

「この程度が君の考えとやらか……良いだろう」

 

 言葉の通り、レオーネを解放するとまた殴られてはかなわないと、クロノスは彼女と距離を空けた。

 

「皆、待つんだ!命令は変更する、奴の警戒は怠るな。だが、話を聞こう」

 

 建物の入り口でナジェンダが叫ぶ。

 そして彼女の隣で立っていたラバックは怪訝な表情をしてクロノスへと問う。

 

「アンタ……その姿は……なんで此処に……いや、聞くことは色々ある!なにしてんだよ!マサムネ先生よぉ!」

 

「やはり、君は気づいたか。

さて、君達のボスもああ言っているんだ。落ち着いて話をしようか」

 

 ナイトレイドのメンバーの全員が納得しない中、クロノスは悠々と建物の中へと入る。

 当初の目的、ナイトレイドの面々に詫びを入れて話をするために。



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第5話〜語られる力の一端とhypothesis〜

 ナイトレイドのアジトの一室。恐らく会議をする時などでも使うのであろうこの部屋には大きなナイトレイドのマークの旗が掛けられており、その下には大きめな椅子が一つ置いてある。

 その椅子の前にはクロノスに変身したままのマサムネがナイトレイドの長であるナジェンダと相対していて、それを囲むように他のメンバーは広がって立っていた。

 

「さて、それではゆっくりと話をしようではないか。まあ、私はあくまで君達にお詫びをしに来ただけでそれ以上の事は無いんだがな……改めて、私の行いの汚名を、意図しない形ではあるが君達に被せてしまった事を心からお詫びしよう」

 

 マサムネは部屋の中に散らばってしまったフルーツ達を元の形になるようにバスケットの中に整頓してそれを机の上に置いた。

 ただそれだけの行為だが、その様を見るこの建物に住んでいる住人達の視線は鋭く、そして冷たい。誰も彼を歓迎などしておらず、警戒を解く事は無かった。その証拠に皆それぞれ自分の獲物を手にして離してはいない。

 

「確かにお前は最初からそんな事を言っていたな。だがそんな理由でハイそうですか、と我々が納得すると思うか?

結果的に自分の行いが相手のせいになり、態々暗殺者のアジトまで詫びに来る人間なんているはずがないだろう」

 

 マサムネと対峙する形で部屋の中央に立っているナジェンダは義手の指を指して彼に問う。

 

「しかし、私にはそれ以上の理由が無いのも事実だ。あり得ない、と思える事が現実に在るのがこの世界だろう?

帝具という人智を超えた兵器が存在する事がその証明になるとは思えないか?

元帝国の将軍、ナジェンダ」

 

「ほう、私の事を知っているとは随分と物知りじゃないか。帝都で貧しい子供に勉強を教えているという奇特な男、名はマサムネと言ったか?」

 

 自分の素性が知られているが、部下からの情報だがそれはこちらも同じと言わんばかりに皮肉を込めてナジェンダはマサムネに返す。

 

「私は帝都の善良な一市民だからな、手配書くらい目に入る。だから君達の内、アカメ、シェーレ、手配書の絵とは大分変わっているがインクルシオの彼がブラートなのだろう、3人の名前は知っているよ。それから、個人的な付き合いが有ったラバック君は面識があるな」

 

「……アンタは、本当にマサムネ先生なんだな?」

 

 今でも、その事実を信じられないラバックが訝しんだ顔をしてクロノスへと問いただす。その表情からはどこかそれが真実でない事を願っている様にも感じられる。

 

「ああ、確かに私の名はマサムネ。帝都で子供達に勉強を教えている者だ……最近、本を一冊借りたが翌日には返却している」

 

 マサムネの脳裏に先日のサリアの泣き顔と、新しく自分の生徒になるはずだった子の事、そしてその子の為に借りた本を返した事思い出されて一拍言葉が詰まるが、自分の証明のためにラバックへと最近の彼の店での利用状況を答えた。

 

「変身を解く事が簡単な身の証明になるだろうが、手練れの暗殺者に囲まれたこの状況でそれは出来ないからな」

 

「……最初にその声とその変なベルトでアンタがマサムネ先生なんじゃないかとは思ったが、こうも堂々と言われるとはね……信じるしかないようだな」

 

 事実を飲み込み、自身を無理矢理納得させたラバックは険しい表情でマサムネを睨みつける。

 

「一つ、聞きたい事がある」

 

 二人の会話が終わったタイミングでナジェンダが口を開いた。

 

「一つ、とは言わずになんでも聞くといい。答えられる質問なら答えよう」

 

「では遠慮なく、ラバックの言葉を手繰るとお前は普段の格好でも今の鎧の姿でも共通してその巻かれた妙な形のベルトを着用しているようだな。

だが、仮面ライダーは帝都警備隊の連中と面識があるとも聞いているが、その正体までは知られていない……可笑しい話じゃないか、警備隊の連中ならパトロールの時にでも普段の姿のお前を見て、その珍しい形のベルトが同じ物だと気付くものもいたんじゃないのか?」

 

 ナジェンダの疑問と同じ考えを持っていた者が居たらしく、ナイトレイドメンバーの数人顔が微かに動いた。

 その問いに答えるように、マサムネはどこかからブラートに投げつけた硬貨の様な物が入ったケースを取り出して開き、ナジェンダへと向けた。その中には多くの種類の硬貨の形をした何かが敷き詰められている。

 

「コレは、エナジーアイテムと言って一つ一つが強力な効果を持っているものだ。本来は仮面ライダーにのみ効力を発揮するのだが……環境が変わり変異したのかもしれないな、生身の人間にも効果が出るようになっている。

その力は実際に味わった彼がよく分かる事だろう」

 

「確かにな、俺はアンタの攻撃を喰らってあのまま死ぬと確信したよ……だが、今はこの通りピンピンしてる。死にかけの俺を一瞬で治すなんて一体そのエナジーアイテムとやらはどんな摩訶不思議な力をもっているんだ?」

 

「原理自体は私も把握してはいない。ただ、そういうものが有ると思って頂こう。効果の幅は広く例えばスピードやパワー、ジャンプ力の強化から身体の硬度を変化させたり伸ばしたりも可能だ。変わったところで言えば姿を変えたり消したり出来るものもある。

ちなみに君に使ったのは回復というエナジーアイテムだ」

 

 マサムネは一つ咳払いをして言葉を続けた。

 

「少し話が逸れてしまったな。その内の一つに混乱というアイテムがあり、効果は文字通り対象を混乱させて動きを制限するというものだ」

 

「なにそれ、ただ身体の反応を鈍らせるだけなんて話が逸れたままじゃない。アンタの正体が勘付かれなかった理由になってないじゃない!」

 

 まるで野犬が獲物に喰いつくかのようにマインはマサムネへと自分の意見を言い放つ。それに対してマサムネは溜息をついてまた口を開いた。

 

「人の話は最後まで聞くべきだ。と言いたいところだが、私の話も回りくどくなってしまったようだな。

偶然発見した方法なのだが、混乱のエナジーアイテムを半分に割って相手に与えると簡単な記憶の改竄ができるのだよ。裏技、とでも言っておこうか。

私は変身した状態で今まで会った者達全員に裏技を使用した。つまりこの私の姿を見て今も生きている者は君達を除いて全員、クロノスの事を知っていてもベルトの事は形も色も覚えていないし、声にしても私の地声とは別の物が聴こえているだろう」

 

 マイン、ラバック、シェーレ、レオーネの4人はマサムネの言葉を疑った。人の記憶の改竄なんて拷問や暗示を組み合わせて行う洗脳以外にはあり得ないと。

 反面アカメ、タツミ、ブラートはマサムネの言葉を半ば受け入れている。アカメは帝国の闇を知り、そういった物があってもおかしくないと思い、タツミはほぼ同じ考え方をして、ブラートはエナジーアイテムの力を身を持って体感したのだから疑う余地はない。

 そして組織のトップであるナジェンダはと言うと……。

 

「それぞれ、半信半疑といったところだな。ではこうしようか」

 

 そう言ってナジェンダは自身のタバコのケースをマサムネへと投げ渡し、中身が入っているので潰さないようにと警告するとそのまま続ける。

 

「それはさっき開けたばかりの物でな。中身は残り17本入っている。確認してもらえるか?」

 

「……確かに、それで何をするつもりかな?」

 

「私にその混乱とやらで記憶の操作をしてみると良い。それで一本でも数が違えば証明になるだろう」

 

「ちょっと待ちなよボス、アンタが何も実験台になんてなる必要無いだろ!」

 

 ナジェンダの提案をレオーネが制する。確かに一組織のトップが得体の知れない物を自ら試すのは得策とは言えない判断だろう。

 

「いや、心配は無いだろう。確かにソイツは信用するに値しない、だが帝具並みの力を操る事は確かだ。それに私達と敵対の意思がないのは本当だろうな……言いたくは無いが、その意思があるならよっぽどの悪い加虐趣味でも無い限り私達は今頃あの世にいるだろうからな」

 

 現状を冷静に見てのナジェンダの見解だった。自分達が現状の戦力で劣っている以上、マサムネの言う事をとりあえずは聞いておくのは良策であると。

 

「待ったボス、それならその役は俺がやる!

万が一ボスの記憶が悪い方に弄られたら事だろ?

それに……悔しいけど、何かあった時に一番役に立たないのは俺だ、だからこんな役回りくらいはさせてくれ!」

 

 そう言ってタツミは二人の前へと躍り出る。その目には無力な自分を悔やむ憤りの炎を滲ませている様にも感じられた。

 その行動に対して、ブラートをはじめとした面々が止めに入るもただ一人、マインだけは逆の言動を言い放つ。

 

「良いんじゃない。半人前のアンタなんてその程度でしか役に立たないし」

 

「ああ、今はそうかもしれない。だけど絶対お前も認めざるを得ないくらい強くなってやるからな!

さあ、やってくれ!」

 

「感嘆したよ、良い覚悟だな。では彼の記憶、この箱のタバコに関する事を消させてもらうがよろしいかな?」

 

 マサムネは大袈裟に手を叩くとナジェンダの了承を得るために顔を向け、彼女は構わないと言うかの様に首を縦に振るう。

 しかしその顔は険しいもので、万が一タツミの身に何かあったら許さん。と威圧を含んだものでもある。

 

「それでは失礼して……」

 

 そう言ってマサムネはまずタツミに向けて箱を開いてタバコの残数を確認させる。

 そしてエナジーアイテムのケースの中から紫色の硬貨に、2個のクエスチョンマークを浮かべて目をバツにしているシルエットが描かれた物を取り出して半分に折ってタツミへと投げつける。

 それが肥大化してタツミの中に入り込み、無機質な掠れたような音声が鳴った。

 

『混……乱……!』

 

 一瞬、暗い雲のようなものがタツミの頭の上に浮かび上がるがすぐに霧散してしまう。

 そしてまるで何事もなかったようにタツミは立ち上がり身体の機能を確かめるように指を何度か開閉する。

 

「タツミ!身体はなんとも無えか!」

 

「ああ、なんとも無いよアニキ!」

 

「それは当然の事だろう。肉体への影響のある効果を使っていないのだからな。

ところで、この箱の中に何本タバコが入っているのか分かるかね?」

 

 マサムネはエナジーアイテムの収納されたケースをしまうと、ナジェンダのタバコの箱をタツミの方へと向けた。

 

「はぁ?そんなの知るわけないだろ。アンタが吸うのか知らないけど、ボスからタバコを受け取っただけなんだからさ。それにまだ開けてすらいないんだからボス以外誰も知らないだろ」

 

 タツミはさも当然の如く言い放つ。確かに数十秒ほど前にナジェンダはタバコの本数を17本と宣言しており、タツミ自身は数秒前に箱の中身を確認している筈なのに。

 タツミの態度を見て唖然とするメンバー全員。マサムネの言うことを信じる他無くなってしまった。

 

「ご理解いただけたかな?仮面ライダークロノスの正体が私である事が知られていない理由が。

そして実験台にしてすまなかったな、タツミ少年。だが、天地神明に誓って、タバコの事以外に君の記憶の操作は一切行っていない」

 

「……みんなの反応を見る限りだと、アンタは本当に人の記憶が操れるんだな。ははっ、帝都に来てからなんか凄すぎて笑えてきた」

 

「ふぅん、言ってる事はホント見たいね。それで、その帝具はインクルシオみたいに鎧で身体能力を上げて奥の手がアンタが言ってたなんちゃらアイテムってヤツでいろんな効果が使えるって事?

なに能力詰め合わせみたいなそのズルイ帝具!!」

 

 やや放心状態となったタツミを余所に、突っかかるような口調でマインは言葉を発する。

 それに対してマサムネはどこか含んだような笑いを返した。

 

「帝具?フフッ……いや失礼。

恐らく君たちは皆私のこの姿が帝具による物だと思っているだろう。だが断言しよう、このクロノスの力は帝具ではない」

 

「んなバカな!帝具ってのは千年前に始皇帝が当時の技術の粋を集めて作られた兵器だぞ!

今じゃ素材も技術も無くて再現も不可能な世界で最も強力な代物だ、帝具以外でアンタのその力が出せるなんて到底思えないね!」

 

 帝具とは何か、その単語を何度か聞いた事はあれど詳しく知らないタツミか質問をしようとしたところで、ラバックはすごい剣幕でやや説明掛かった言葉をマサムネへと投げかけた。

 

「私も半分は信じられないな。帝具が作られて四百年程が経過して時の皇帝が帝具を真似て作られた兵器の性能は強力ではあったが、とてもそれには及ばない。実際に私は使った事があるから帝具以上の兵器の存在は俄かには信じがたい」

 

 普段からあまり表情が変わらないアカメも動揺が隠せないのか、どこか驚いた表情でマサムネに言う。

 

「アカメ、半分と言うのはなぜだ?」

 

「実際にこの男の力を見てしまったからだ」

 

 アカメは様々な経験から物事を冷静に見る事に長けている。彼女の言葉には少し取り乱しがちであったラバックおも落ち着かせる物であった。

 

「確かに、帝具は世界一の兵器だろうな。

だが、それはこの世界での話だ。私の……いや、仮面ライダーの力はココとは違う異世界のものだ」

 

 コイツは一体何を言っているんだろう。

 クロノスの力を実際に見ていなかったら全員が口を揃えて同じことを言ってしまった筈だ。故に誰も言葉を発さない。

 無言を肯定と受け取ってマサムネは続ける。

 

「私の知る仮面ライダーになるには、このバグルドライバーⅡかゲーマドライバーと呼ばれるベルト、そしてガシャットと呼ばれる物が必要だ」

 

『ガッチョーン』

 

 マサムネはベルトからバックル部を取り外して挿入されたガシャットも見えるように皆へと見せてまたベルトへと戻した。外した際には無機質な機械音が発せられる。

 

『ガッチャーン』

 

「ちなみにベルトから外されて単体ではバグヴァイザーⅡとなる。

ここまではあくまで道具の準備、さらに必要なのがバグスターウィルスと呼ばれる人と……そうだな、物に感染する病原体の抗体を身体に持つ事だ」

 

「ちょっと待ってくれ、人と物に感染する病原体ってどんなモンなんだよ?

植物にも掛かる疫病みたいなものか?」

 

「そう思ってもらって構わない。

だが、安心してもらいたい。この世界にはバグスターウィルス自体も感染する物は存在しないからな」

 

 マサムネの答えにブラートは納得したところでレオーネが口を開いた。

 

「それじゃあ……お前はその異世界から来たって事なのか?」

 

 バグスターウィルスなる物がこの世界に存在しない以上、マサムネはその世界の人物であるという結論に至るのは間違いではない。だがマサムネはその問いに対して首を横に降る。

 

「いいや、私は帝都から少し離れた村で生を受けた」

 

「それならどうしてお前は存在しないバグスターウィルスとやらの抗体を持っている?そもそもそのベルトはどうして手に入れたんだ?」

 

 募る疑問にらしくも無く焦りを覚えたのか、ナジェンダは捲したてるようにマサムネに聞く。

 

「……話が長くなるが、まずは昔話をしよう。

……ある村に平凡な父母と青年になる子の一家が暮らしていた。作物を育てて時に狩を行う事で生計を立てていて慎ましくも幸せだった。だがある時、一家は全員身体が薄れてオレンジ色のヒビが入る奇病に罹ってしまう。

得体の知れない奇病を患った一家は村から隔離され山の中の小屋で虫の息となる。やがて父の身体がオレンジ色の粒子となって消え去り、続いて母が消える。子は次は自分の番と思い、恐怖の中で震えていたが直ぐに両親に会えると僅かな安堵も覚えていた。

だが、子はいつまでも消え去る事なくやがて薄れていた自身の身体が元に戻り、オレンジ色のヒビも無くなっていた。

もしかしたら、父も母も消えてなんかいないで悪い夢を見ていて目の前に存在しているのかもしれない……そんな一抹の希望を抱いて二人がいた方を見てみるが姿は無く、バグルドライバーⅡとガシャットがそこに落ちていた」

 

「うーん、それが貴方となんの関係があるんですか?」

 

「いや、どう考えてもアイツの昔話だろ!

……なんで親御さんが死んでそこにベルトが落ちてたのかは分かるのか?」

 

 シェーレにツッコミを入れつつ、レオーネが疑問を述べる。

 

「……もう少しで話は終わりだ。

子が恐る恐るその二つに手を触れると、見た事も無い光景と同時にバグルドライバーⅡとガシャットの使い方が頭の中に流れてくる。見た事も無い光景は、異世界で戦う仮面ライダー達の戦いの記憶だった。

ここまでが昔話、この先は私の仮説なのだが記憶で見た仮面ライダーの一人にドライバーとガシャットを作った神の才能を持つ男がいる。

一度人として死に、99の命を持って蘇り、幾つもの世界を生み出した男がな。

その男が何らかの方法でこの世界にベルトとウィルスを送り込み、仮面ライダーの一人と同じ名前を持つ私の手に偶然ベルトが渡ったのか、そもそもこの世界もその男が作った物なのか真実はわからない。

だが私は後者は有り得ないと思っている。我々はそれぞれが思考を持ち、痛みや幸福を感じ取れているのだからな?」

 

 マサムネの言葉には妙な説得力があった。皆が皆、この世界が異世界の者に作られた可能性があると聞いてそんな訳が無いと思ってはいるものの何処かで激しく心が動いてしまった。だが直後のマサムネの言葉は教師をしている彼だからこそが与えられる力を持った言葉だった。

 

「それに後者の可能性が無いと思える根拠は他にもある。

私の患った物は危険種の持つ特殊な因子が組み合わさったバグスターウィルスに極めて近い性質を持つ亜種の様な物じゃ無いかと思っている。

バグヴァイザーはバグスターウィルスが進化した存在であるバグスターを収集、保存する機能があるのだがそれが何故かこの世界の危険種にも適用されているんだ。危険種の存在そのものをとはいかないがその因子や細胞と言った物がね。

重ねて言うがここまで全て私の仮説だ、真実はわからない、そもそもバグルドライバーをこの世界に落としたのは製作者とは違う存在かもしれないしな」

 

「もう詳しくはわからないが、どちらにせよ奇跡的な確率でお前は力を得たと言う事か……私から最後に質問がある。

お前が感染した病原体なんだが、そのような事例を聞いたことが無い。バグスターウィルスとやらが人に感染するのなら、お前の一家から広まる事は無かったのか?」

 

 理解が追いつかない者が多い中、ナジェンダは残った疑問をマサムネへとぶつけた。

 

「……私は両親が消滅した後村を出た。そして程なくして奇病の噂が国の耳に入り焼却部隊が跡形もなく村や私達が最後に住んだ小屋を燃やした。その際にウィルスが死滅したと取るのが妥当だろうな」

 

 そう言い終えると、マサムネはナジェンダから見て右の方向に指を伸ばした。

 

「少し、休憩を入れようか。

そういえば私の詫びの品はこのフルーツだけでは無い。こちらの方角の結界ギリギリの場所に大きなエビルバードとデザートランナーを仕留めておいた物がある。名酒と呼ばれる酒と一緒にな。

サプライズと言うやつだ、誰か取りに行ってくれないか?」

 

 幾らか警戒が薄れられたのか、信用を少しは得たのかはわからないが、酒と肉に釣られてアカメとレオーネは走り出した。



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第6話〜思いがけぬinvitation〜

 マサムネの口から休憩という言葉が発せられてから数十分程度の時間が流れる。

 するとアカメとレオーネが目当ての肉と酒を持って来たところで、アカメは料理をすると言ってタツミを連れて厨房の方へと向かい、レオーネは酒瓶を開けようとしたところでナジェンダに睨まれて渋々瓶を手から離していた。

 

「よう、ずっと立ったままなのも疲れるだろ。コレ使ってくれ」

 

 ブラートが背後に接近していた事にマサムネは気がついていたが、視線を落とした先に椅子がある事までは予想できていなかった。

 

「良いのか?私は君達にとってアジトに忍び込んだ侵入者なんだが」

 

「気にするなよ、ボスからの指示だ。それに話してみて戦ってみて分かったが、アンタはそう悪い奴じゃなさそうだ!

ボスも敵意は無いって判断しているしな」

 

 ナジェンダの方に目を向けると少しだけ立派に思える革の椅子に腰を預けていて、料理のために場を離れた二人を除いた人数分の椅子が部屋に用意されていた。どうやら話が少し長くなると見ているようだ。

 

「では遠慮なく。

しかし、私の持参した物をそのまま料理に使うとは些か不用心ではないか?」

 

 マサムネはブラートの用意した椅子に腰をかけると、やや呆れた声で口に出した。

 ブラートが自分の椅子に座ったのとほぼ同時にレオーネが口を開く。

 

「ハッ、甘く見ないで貰いたいねぇ。アカメと私に掛かれば食材や酒の毒が仕込まれてるかどうかなんて見抜くのは朝飯前さ」

 

 文字通り強調するように胸を張って答えるレオーネ。

 確かに彼女の言う通り、暗殺部隊出身のアカメの口に入れる物に毒の有無を見分ける知識と経験。帝具を使って強化されたレオーネの嗅覚の前ではナイトレイドの毒殺は困難を極めるだろう。

 尤もマサムネがそんな事を知っているわけもなく、するつもりもない事ではあるが。

 

「さて、休憩はもういいだろう。

先程は最後の質問と言ったが私はお前に興味が湧いた、時間を空けて情報を整理したところでまたいくつか聞いてもいいか?」

 

 豪華な椅子に座り、タバコに火をつけてナジェンダはマサムネへと問う。タバコの煙が嫌悪感を生むのか他のメンバーは顔をしかめてナジェンダを見るが、知ってか知らずか彼女は火を消すつもりはない。

 

「答えられる範囲であれば幾らでも受け答えに応じよう。幸いにも私はこの後予定は無い」

 

「それなら、先程仮面ライダーになるためにはガシャットなる物があればそれとは違うベルトでも可能と言っていたな。すると、お前の他にも仮面ライダーは存在するのか?」

 

「その答えは、イエスであり恐らくノーだ。

まず私の見た戦いの記憶では仮面ライダーと言う存在は複数居た。神を名乗る男が作り出したこのベルト以外の変身方法で仮面ライダーになった者たちも居る。

だがこの世界で仮面ライダーは私以外、存在を確認していない。

……少なくとも、私のように戦いの記憶の中の者たちと同じ名前を持つ者が仮面ライダーになる事はあり得ないだろう」

 

「そう言い切る自信は?」

 

 遮る様にブラートが疑問をマサムネへと投げかけた。

 

「私の故郷に居たからだ、私の見た戦いの記憶の中の戦士と同じ名前を持つ者達が五人な。

彼等がどうなったのか……それは先程話した村と同じ運命を辿る事となった。

同じ名前の人間が死んだと言われたならそれまでなのだろう、だが私には分かる。彼等も私と同じ仮面ライダーになれる存在だったのだと……」

 

 天を仰ぐ様に顔を動かすマサムネ、その仮面の下ではどこか悲しい表情を浮かべているのだがそれをナイトレイドの面々が知る事は無い。

 

「じゃあ次は俺が聞きたい事がある。表立って子供達に勉強教えていて裏では俺たちみたいに薄汚い人殺しを行っている……アンタの目的は一体なんだ?」

 

 問い掛けるラバックの表情は複雑であった。ナイトレイドメンバーの中で唯一マサムネと面識があり、人格者とも言える顔を知っていてそれが本当の姿だと思っていたのだから、暗殺業に身を置くラバックと言えどもほんの少しだけ動揺をしているように見えはするがショックが大きいようだ。

 

「私の目的……?

君には本を始めて借りた時に話した筈だ。

勉学を学びたいが貧困という理不尽な理由でそれが叶わない子供達の力になりたいと。輝く道を夢見る希望の手助けとなる事が今の私がすべき事だとな」

 

「ふざけんなっ!それのどこが殺しをしている理由になってるんだよ!

……俺達はみんな覚悟を決めてこの稼業やってるんだ!それを大した覚悟も無く人を殺してて子供達の前ではカッコいい先生でいたいだと?笑わせんな!

教え子達にアンタが今までやってきた事を教えてやろうか!!」

 

 ナイトレイドの中で誰よりも愉快な存在であるラバックだが、反面誰よりも冷静に物事を見ている。そんな彼が激情に任せて立ち上がりマサムネに近付いて首に手を掛ける。

 普段のラバックらしくない行動に皆が動揺するも一先ず落ち着かせようと止めに入ろうとした所で、立ち上がらされたマサムネは身長差のため下から伸びている手を掴んで少々乱暴に首から離した。

 

「そんな事を言ってみろ……私は君を……いや、君達を全員絶版にする」

 

 静かに、だがはっきりと、怒気を含んだその声に皆は硬直する。

 普通であれば絶版という言葉が何を意味するのか分からないだろう。だがクロノスの姿で言い放たれたマサムネのその言葉からそれは死である事が本能で理解出来た。

 元来マサムネ本人には手練れの暗殺者達を戦慄させる力など持っている筈がない。だが彼等に畏怖を覚えさせたのはクロノスの威圧感が成すものなのか。

 

「嫌われるものだ、おしゃべり過ぎるということは……今の私にはそれこそが最も優先すべき事だ。この言葉に嘘偽りは無い。教え子達が私がクロノスである事を知る必要もな。

そして私が人を殺す時。それは未来の希望を曇らせる程の大罪を犯した存在の排除、または理不尽極まりない理由で虐げられた力なき者に代わり報復を果たす時だけだ。

性根が腐り堕ちたあの一家も、鬼のオーガも君達が殺さなければ私が殺していた。

覚悟ならある。今まで私が関わった者すべてを覚え、手を掛けた者の命や助けられなかった者達の思いを背負う事。それが私が心に定めた覚悟だ」

 

 そう言ってマサムネは椅子に腰を落とした。静かに見せた怒りも収めで何もなかったように振舞って。

 

「……子供達に勉強を教えてる顔も汚い殺し人の顔もアンタの姿だってか。そんで子供達の未来が曇らないように悪人達を殺してるか」

 

「なにそれ、偽善も良いところじゃない」

 

 思うところがあるのだろう、ラバックは再び視線を床へと落として自分の席に戻るがマインは悪態混じりの言葉を漏らした。

 

「確かに偽善だろうな。

だが仮面ライダーとは人間の自由を守るために戦う者だ……そしてこの国には自由を奪う存在が多すぎる。

別に綺麗事を並べているだけだと非難されても構わんさ」

 

「どんなお題目を付けようと殺しは殺し、どんどん汚いドブ沼に浸かって行くだけだ。アンタもしかしてその行為に正義なんてものを含ませているんじゃないだろうな?」

 

「例外はあるが仮面ライダーは正義の味方でなければならない。そして彼等は強い信念を持って戦っていた。

だが正義なんてものは人それぞれの形をしているだろう。例えば勝者が正義だと言う者もいれば罪人を屠る事が正義と言う者、弱者を守る事が正義だと言う者。

正義か否かを判断するのはあくまで他人、それが私の持論だ。そしてこの世界の仮面ライダーが私のみである以上その勤めを果たさねばならない。

表向きは賊を捕らえる正義の味方でいて、裏では手を真っ黒に汚しているが強い信念にしたがって行動しているつもりだ。その結果君達に偽善や卑怯者だと揶揄されてもわたしは構わない」

 

 皮肉混じりに不敵に笑いながら問うレオーネに対して、マサムネはクロノスの仮面の下で真っ直ぐにレオーネを見据えて答える。今の自分の行動に迷いは無く、後悔もしていないと言うかのような態度で。

 

「どんな信念があろうが、果たすべき勤めがあろうがアンタも俺達も人を殺してるんだ。いずれ報いは受けるぜ?」

 

「だろうな、だがそれは未来の話だ。人は死因が何であれいつかは必ず死ぬならば私は今出来る事を行うだけだ」

 

 マサムネの返事を聞いてブラートはそうか、と一言言って腕を組み納得したようで目を閉じた。

 暗殺稼業というものは常に危険と隣り合わせの極限状態を強いられる世界。故に人が嘘をついているのかどうかを見抜く力は自ずと長けてしまうものだ。少なくともマサムネが嘘をついていないと、この部屋の数人はそう思った。

 

「アンタが言った事がホントかどうかなんて結局は分からないわね」

 

 マサムネに対して懐疑の目を逸らさないマインは冷たく言い放つ。

 

「その反応は当然だろう。私達は先程始めて対面し、私に至っては言葉を紡いでも保身の為に変身を解こうともしていないのだからな。それで信用してくれと言うのは虫がいい話だ」

 

「でもとりあえずは良いわ、今後のアンタの態度でアタシは判断するから。

アタシが聞きたい事はあと一つ、なんで仮面ライダーとかいう強力な力持ってるのに権力とかそういったものを得たいって思わないの?」

 

 マインの言葉にマサムネは初めて言葉を詰まらせる。

 

「……正直に言おう。初めて帝都に来た時はクロノスの力を己が欲のままに使いこの国を支配してやろうと思っていた」

 

 少し長い沈黙を空けてマサムネの口から出た答えに一同は沈黙を続ける。

 腕を組んで視線を誰にも合わせずにやや上の方を向いてマサムネは続ける。

 

「だが結果は知っての通りだ。私がそんな立場にいる事は無く、この国は皇帝が幼くてその結果信頼されている大臣が権力を牛耳り悪政を敷いている現状が長いこと続いている暗黒の世だ。

確かにクロノスの力を持ってすれば大臣……いや、皇帝にすら成り代わりこの国を統べることも可能だろう。しかし、そんなものに興味を感じなくなってしまってな」

 

「なぜ実行もしないで急に気が変わったんですか?」

 

「……すまないがその質問には答える気はない。誰にだって触れられたくない事はあるはずだ」

 

 シェーレの何気ない質問にマサムネはこの場で初めて返答をしなかった。

 自身の力の根源を語るため両親との死別すら話した男が初めて口を紡いだのだ。その事の深さを察して誰もそれ以上の追求はする気にはならなかった。

 

「話したくないのなら我々もそれ以上聞く事はない。元々そういう話だからな。

さてマサムネ、お前は先程この国が暗黒の世だと言ったが、この国にすむ民のことを憂いた事は無いのか?例えば大臣をはじめとした悪徳高官を粛正して国を良くする事を考える事はあったか?」

 

 ナジェンダはタバコの吸い殻を鉄の義手で握り潰すと、話の流れを変えるためにマサムネに国の行く末を案じたかを問う。

 マサムネは口を開くが、どこか先程よりも言葉が冷めたようである。

 

「考えた事ならある。この国に住んでいる階級が平民以下の人間なら誰もが考えた事はあるだろうな」

 

「ならば話が早い。マサムネ、私達と共に甘い蜜を啜り続ける外道どもを排除してこの国を変えるつもりは無いか?」

 

 ナジェンダからの勧誘にマサムネは少し考えるように顎に指を当てて、少しの間を空けると右足を上にして足を組んだ。

 

「それは、単純に殺し屋集団の一員……いや、正確には革命軍の暗殺部隊の一員になれと言う事か?」

 

 マサムネの返答に彼を除く室内全員の目付きが暗殺者のそれとなり立ち上がると各々が装備、又は近くに置いていた武器を手に取りマサムネを囲む。

 ナイトレイドが帝国に反旗を翻している最大勢力である革命軍の暗殺部隊である事実は当人や大元の革命軍の中でもある程度階級が上の人間しか知られていない事である。

 それを侵入者であるマサムネの口から語られ再び不審の目が彼に向けられる。

 

「君達も学習というものをした方が良い。私に対して武力行使は無駄だと分かっているだろう。

落ち着きたまえ、何度も言っているが私は危害を加えるつもりはない。君達が手荒な真似をしてくるのであれば話は別だがな。

少し話を逸らすが村にいた頃は簡単な読み書きしか出来なかった私が一体どこで子供達に算術や読み書き、歴史と言った事を教える知識を身につけたと思う?

答えはこの国で最も書物が存在する場所、宮殿の書物庫だ」

 

「今更アンタが宮殿に忍び込める程の力があっても別に驚かないわよ、それがどうかしたの!?」

 

 大きな銃を握る手に力を込めてマインは強くマサムネへと問う。その様子にマサムネはやれやれと言った様子で両手を上に向けて広げる。

 

「察しが悪いな。確かに私の発言で冷静さが欠けるのは無理もないと思うが気をつけた方が良い。

私が知識を得た場所と君達が革命軍だという情報を得た場所が同じだと言うことだ。ちなみに、革命軍の今後の進軍の経路や部隊の規模、君達以外の暗殺部隊の潜伏場所や本拠地を除く幾つかの拠点の情報といったものもあったな」

 

「元軍人の俺がナイトレイドの一員なんだ。革命軍と繋がってるって考える人間がいてもおかしくは無いと思っていたが……」

 

「まさか、そこまで情報が漏れてしまっているとは……」

 

 唖然とするブラートとナジェンダをよそにマサムネは続ける。

 

「確かに元は革命軍は義勇によって立ち上がり組織された集団なのだろうが、人が多くなれば歪みは生じてしまう。

帝国の高官は私腹を肥やす事に躍起になる者ばかりだが少なからずこの国を憂う者もいるように、心の底から革命を成そうとする人間が大多数の中に少数の帝国から贈り物をもらっている裏切り者がいるようだ」

 

「……国を思う心があって宮殿に忍び込める力も持ってる。それならアンタはこの国で悪虐の限りを尽くす高官達を何で野放しにしてた?」

 

「君なら薄々気付いているだろうラバック君。

結論を言えば私一人が躍起になっても意味がない、下手をすると更に悪い状況を生み出しかねないからだ。

仮にこの国の実質的な権力を握っている大臣を殺したとしよう、次点の権力者がきっと彼と同じ事をするだろうな。

それを続けていればいつかは人の心を持つ内政官が権力を得るだろうが、ある者は大臣に濡れ衣を着せられて粛正され、ある者は革命が成った後の世の為と革命軍に引き抜かれた今、良識派と呼ばれる政治家がこの国に何人残っている?

大方出来上がるのは武官のみが残った国、そして好機と攻め込む革命軍(君達)、今度は自分が権力を握ろうと賊や武官が入り乱れる群雄割拠の戦乱の世になるというのが私の推測だ。

そして推測通りに進んでしまったら泣きを見るのは力の無い民達、未来の希望も潰えてしまうだろう」

 

 自分の考えの最悪な流れを少々大げさに語ると、ナイトレイドのメンバーは全員黙り込んでしまった。誰一人としてそんな事はあり得ない、と言えないこの国の窮状がその沈黙には現れている。

 

「ある意味、この国の悪徳高官は尊敬するよ。ここまで国力を削り続けても最低限の国の形を残しているのだからな」

 

「そんな人達を尊敬……ボス、この人を仲間にするのはやめませんか?」

 

「フフっ、確かにそうだ。そんなやつは勧誘しない方がいいや」

 

 マサムネの皮肉を込めた言葉を直接的な意味で解釈をしたシェーレの発言に緊張の糸が切れたのか、思わず噴き出すとレオーネも茶化すように賛同する。その空気が伝染したのか、他の面々も苦笑を浮かべたりと反応は様々だが幾らか緊張が解れた。

 空気を緩ませ過ぎる訳には行かないと判断したナジェンダは一つ咳払いをしてマサムネを見据える。

 

ナイトレイド(私達)が革命軍である事を知っているのなら話は早い。私達は今は帝都に蔓延るクズを殺しているが、革命軍が決起した際は混乱に乗じて大臣を始めとした国を疲弊させた元凶達を皆殺しにするのが真の任務だ。

革命軍には有能な内政官となれる人材も数多く所属していて、革命が成った後の事は心配いらない。

単独で宮殿に侵入する胆力と仮面ライダーの能力、あらためてお前が欲しくなった。どうだ、私達の仲間になるつもりはないか?」

 

 夢物語を語る子供の様に、玩具を欲しがる子供の様に熱を上げてナジェンダはマサムネへと勧誘の言葉を投げかける。

 

「仮に嫌だと言ったら私はどうなる?

この場で、とは言わなくても暗殺の対象にされるのか?」

 

「……本来なら、このアジトの場所を知った者は口封じの為に殺すか革命軍の工房へと行ってもらう事になるが、お前相手ではそれは出来ないだろう。

だが、この国を憂う心を持つお前だ。先の質問、聞いただけで特に意味は無いんだろう?」

 

 元帝国の将軍として様々な人間を見てきたナジェンダは人を見る力も長けている。そのためマサムネの本心を幾らか確信していた。

 事実、マサムネも革命というこの国が無くなる形ではあるが教え子達の暮らしが良くなり、彼等達が選べる未来の選択肢が増えるのであればこの話に乗っても良いと考えていた。

 ただ一点の不安を除けば。

 

「一つ、聞きたいことがある。

武力にて革命を起こすという事は当然この国が戦火に包まれるという事だ。その時、この国に暮らす善良な国民達が巻き込まれないためのプランはあるのか?

もし、そんな物が存在せずに仕方がない犠牲として最初から救うつもりが無いのであればこの話を受ける事は出来ない。革命は何としてでも止めさせてもらう」

 

 マサムネの発言に対してナジェンダは静かに笑い、彼の唯一の不安要素に答える。

 

「案ずるな。お前も言った通り、革命軍も義勇の元、国と民のために立ち上がった者が集った組織。その為の策も用意しているさ。

……それでも、確かに犠牲は出てしまうだろう。元々最小の犠牲で帝国を倒すのが革命軍の目標……だが、それを仕方の無いものとして割り切るつもりはない。救える命は必ず救う!」

 

 力の無い者の犠牲。

 マサムネは異世界の戦いの記憶を思い出す。

 バグスターウィルスが世に生まれ、数多くの人間が感染して苦しみ、そして命を落とした。

 感染した人間を救う為に仮面ライダーが戦うもその全てをその場では救えなかったこともあった。

 後にゲーム病で命を落とした者は生き返れる可能性が見出されたようだが、その後どうなったのかはマサムネには分からない。

 だが、救えなかった事があっても彼等は患者という弱い者の為に戦った。医者として、仮面ライダーとして。ならば自分はこの世界で唯一の仮面ライダー、得たのが彼等に倒された側の仮面ライダーの力であったとしても彼等と同じように力無き者の為に戦う義務があるのだろう。

 答えを決めかねていたマサムネは決意を固める。

 

「二つ、条件がある。

一つは私は自分の都合を最優先させてもらう。仮に軍が帝都を攻めて来た時に、私の目の届く範囲に逃げ遅れた民が居たら、大臣の暗殺を請け負っていてもその者の救助を優先させてもらう。

勿論、その様な状況でない限りはどんな暗殺も成功させてみせよう」

 

「……構わない。そんな状況を生み出さないように尽力する。帝国を倒す為にお前の力が欲しいからな。

もう一つの条件は?」

 

「私の勝手な私欲を満たす為のものになってしまうが……学校を作って欲しい。今の富裕層の子供しか通えないものでなく、貧富の差など関係無く勉強したいと思っている子供が無償で通える学校をだ。

この条件を飲んでくれるのであれば、私は君達に協力しよう」

 

 私欲を満たすと言っておきながら、学校を作れとの要求だったため皆が目を丸くした後、ナジェンダは口角を上げて答える。

 

「それは、私達革命軍の政策の一つだ。利害は一致したようで安心したよ」

 

「どんなご高説を垂れてもアンタのして来た事、これからもする事は所詮は殺し。業が消える訳でも無いし、万が一アンタの正体も子供達に知られるかもよ?」

 

 水を差すかのように冷たく言うマイン。その言葉を受けてマサムネはバグルドライバーⅡに刺さっているガシャットに手をかける。

 

「業が消えるなんて思ってもいない。そしてその時は……彼等に私のその後を審判してもらう事にするさ。私の存在が拒絶されるのであれば、その裁きを受けるつもりだ」

 

 マサムネはガシャットを掴み、バグルドライバーⅡから引き抜く。

 

『ガッシューン』

 

 無機質な機械音が流れると同時にクロノスの鎧が粒子となって天に昇り消えていく。そしてクロノスの鎧が完全に消え去ると、そこにはスーツ姿のマサムネが立っている。

 ラバックにとっては見慣れたその姿が何一つ変わる事が無く。

 

「鎧は外さないんじゃなかったのか?」

 

 ブラートの問いにマサムネは彼の目を真っ直ぐに見据えて答えた。

 

「人の信頼を得るには誠意を見せなければならない。君のボスが私の……いや、仮面ライダーの力が欲しいと言い、対価として私の提示した条件を飲んだ。ならば私もこの場で正体を見せるのが筋だろう。尤も、この顔はラバック君に知られているがな」

 

「ボスの言葉が嘘で私達に襲われてベルトを奪われるとか考えなかったんですか?」

 

 そう言ってシェーレは指を顎に当てて首を傾げた。

 

「その時は……全力で抵抗させてもらうだけだ。そしてそのプランを選択しなかった事は正解だろう、お互いにデメリットしか発生しない」

 

 マサムネは自身が身に付けているバグルドライバーⅡを指差して不敵に笑う。

 

「このベルトは本来、人間用に開発された物ではない。バグスターウィルスの上位種であるバグスター用に開発されたベルトだ。バグスターウィルスの完全な抗体を身に付けていない人間が使用すれば必ず死ぬ。仮にガシャットを使うだけでもこの世界では治療不可能なゲーム病に感染してしまう」

 

「見くびられたものだな、私がそんな事をすると思うのか?」

 

「分かるわけが無いだろう、今日初めて会話を交わしたのだからな。だが、貴方の印象は悪くなかった」

 

「改めてようこそナイトレイドへ、歓迎するぞマサムネ」

 

 ナジェンダは生身の腕である左手をマサムネに差し出す。マサムネはその手を取り、ここにナイトレイドと仮面ライダーの協力関係が結ばれた。

 

 

 

 

 

 

 アジトの建物から少し離れた崖に数個の石が積み上げられ花が添えられている物が二つ月明かりに照らされていた。

 その前でマサムネは膝を曲げて座り両手を合わせて目を閉じている。

 

「ありがとな、アイツらのために」

 

 マサムネの後ろにタツミは立ち、友の墓前で黙祷を捧げてくれる彼に感謝を述べた。友人に今際の言葉を自分にかけさせてくれる体力を与えてくれ、また死後も祈りもしてくれるマサムネにタツミはどこか嬉しさを覚えて、悲しみは未だに癒えることは無いが少しだけ顔が綻ぶ。

 

「私が生きている限り、私より先に死んでしまった者の事を覚えていると決めているからな。それが供養になると聞いてからはな。

……すまなかった。二人を助ける事が出来なくて」

 

「……イエヤス、最期は笑ってたよ。たぶん、アンタみたいな人に会えて良かったって思ってると思う」

 

 マサムネはそうか、と零すと祈りを終えたのか立ち上がりタツミの方へと向き直る。

 

「ありがとう。あの尋常ではない量の洗い物の途中で抜けて来てもらえて申し訳ないな」

 

 マサムネはナジェンダと握手を交わした後、仲間になるのだからと食事もご馳走になった。

 だがメンバーの全員が彼を受け入れた訳では無かった。

 ナジェンダはその力に惚れ込み、ブラートとタツミは好感を持ったが、ラバックは終始複雑な顔をしていてアカメとシェーレは中立といった所、反りが合わないのかマインとレオーネは不服なようである。仲間になっておきながら家事等のアジト内での仕事はせずに住みもしない、常に自分を優先するといった特例も反感を買う理由には十分なものだろう。

 

「良いって良いって、それよりこれからよろしくなマサムネさん!」

 

「こちらこそ、よろしく頼むよタツミ君」

 

 タツミが親指を立ててマサムネに向けると、マサムネは頷いてそれに応えた。

 

「おーいタツミー!あんまりサボってるとアカメちゃんが怒るぞー!」

 

 手を振りながらラバックが二人の方へと近づいて来る。だが、まだ複雑な心境なのかやや曇り顔で懐疑的な目をマサムネには向けていた。

 

「ああ、悪いサンキューラバ!じゃあなマサムネさん!」

 

 そう言ってタツミは建物の方へと小走りで向かって行った。

 その後二人は暫く無言であったが、やがてラバックが口を開く。

 

「……ずいぶんタツミには慕われたもんだな。たぶん、初めて俺もアンタに会って大量の本を借りて行かれて理由を聞いた時、同じ顔をしてたと思う」

 

「……納得はしてくれないだろうが、あの時の言葉に嘘はカケラも存在していない」

 

「……だろうな、ボスに出した二つ目の条件聞いた時にやっぱりアンタは教師なんだなって俺は思った。

ボスが受け入れた以上アンタも俺らの一員なんだ。心の整理もちゃんと付ける、その時はまたアンタを先生って付けて読んでやる」

 

 そう言い終えるとラバックは踵を返して手を挙げて建物の中へと戻って行った。

 言葉には出さなかったが、マサムネもその時が来ることを願っている。

 

「明日も子供達が待っている事だ、帰るとするか」

 

 そう零してガシャットを取り出すと、一陣の優しい風がマサムネの背中を押すように吹く。今朝、あの女性の墓の前で感じたのと同じ風だった。

 マサムネは考えていないが、その風はまるで今度はイエヤスが背を押してくれているかのようだった。

 ただ詫びを入れに来ただけのつもりだったのだが自身がナイトレイドに加入する事になるとまでは考えていなかった。だが、協力する事で子供達の未来がもっと明るくできるのならと少年少女達の未来に希望が見えて心地が良い気分になった中で帰るためにガシャットを起動した。



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第7話〜獅子女とのmission〜

一年以上間が空いてしまい申し訳ありません。
稚拙な作品で更新頻度も非常に遅いですが今後も読んで頂ければ幸いです。


 

 人が行き交う帝都の広場にて授業を終えて、その後も残り勉学を教わるロイとサリア、そして教える側であるマサムネが石段に座って数式の書かれた紙を広げている。

 ロイは頭を捻っていて、サリアは答えがわかったのか、晴れた表情をしていた。

 

「なあ先生、ここの計算はどうやるんだ?」

 

「そこはだな……そうだ、サリア君。ロイ君の質問を答える事は出来るかな?」

 

 いくら悩んでも答えを見出せなかったロイはマサムネへと助け舟を求める。だがマサムネはサリアの様子をよく見ていたため、彼女にロイの疑問を答えさせる事にした。

 

「うん!えっとね、ここは今日せんせぇが教えてくれた数式を使えば分かるよ!」

 

 今年で10になるサリアは年齢に比べてどこか喋り方が幼いが、マサムネの教え子の中でも特に物覚えが良く早く知識を身に付け、また他の子に教える事も上手い子である。

 本来であれば彼女は居残りをする必要は無いのだが、今日は特に家の手伝いも無いとロイに付き添って残っていた。

 

「うーん……今日の数式……そっか!それでこう当てはめて行けば!」

 

 答えへと繋がる道が拓けたのかロイは時々止まることはありながらもペンを紙に走らせると、少しの時間を空けて導き出された物をマサムネへと見せつける。

 マサムネは紙を受け取り、描かれた式のその経過をみて最後の数字が自分が考えていたものと一致している事を確認する。

 

「うん、正解だ。良くやったな、ロイ君」

 

 優しい笑みでマサムネはロイの頭に手を乗せてそのまま撫で回す。ロイはくすぐったいと言いつつも悪い気はしていないようだ。

 その様子をサリアは頰を膨らませて不服そうに眺めていた。

 

「サリア君もありがとう、私の代わりに彼を導いてくれて」

 

 そう言ってマサムネは今度はサリアの頭に手を置いて撫で回した。

 するとサリアの顔は綻び、膨らんでいた頰は萎んで口角が上がり年相応の可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

「先生!今日もありがとな!それじゃあ!」

 

「せんせぇ!また明日!」

 

「気を付けて帰りなさい。まだ昼間だから安全だと思うが、首切りザンクなる殺人鬼が夜中に出回っているらしい。ロイ君も稽古を程々にし、サリア君もお母さんのお手伝いで夜遅くまで出歩く事は無いようにした方が良い」

 

 マサムネの忠告に二人は元気に返事をして手を振りながらこの広場を後にした。前を見て歩かないと危ない、そう注意をしようとしたが彼女たちの微笑ましさに言葉に出すことが出来なかった。

 今日も無事に授業が終わり、去りゆく2人の笑顔が移ったのかマサムネの顔も綻び思わず笑みがこぼれる。

 

「へぇ、これは驚いた。アンタもそんな顔できるんだねぇ、ウチに来た時の態度からは想像出来なかったわ」

 

 マサムネが心地良い気分に浸っていたところで背後から水が差される。聴き覚えのある声に顔をしかめてそちらを向くと、そこには腕を組んで仁王立ちしているレオーネの姿があった。

 

「私も人間だ。人並み以上の喜怒哀楽はある」

 

「ふーん、っていうか帝都によく来てる私とマインはあんたの事を何回か見た事あったわ。随分な変人がいるもんだって2人で言い合ったっけな」

 

「それはよく言われるが、私も好きでやっている事だから気にはしていない。授業を見られていた事は気がつかなかったがね」

 

 マサムネは淡々と返すとカバンにロイの居残り授業で使用していた本とペンをしまい込み、家に帰ろうと石段から立ち上がる。

 レオーネはそのそっけない態度に唇を尖らせて機嫌が少し悪くなる。

 

「ホント、カタブツと言うかなんと言うか。アンタそんな堅苦しそうな話し方とかで疲れたりしないの?」

 

「……こういう性分だ、ほっといてくれないか。それよりも、今日は一体何の用だ?」

 

「あんまり大きな声では言えない話だよ。ちょっと耳貸してくれないか?」

 

 レオーネは声のトーンを一つ落とす。その真剣な表情にマサムネはナイトレイド絡みの事だと考えて身長差を埋めるために再び石段に腰を下ろす。

 レオーネはしゃがむと他人に口の動きが分からない様に手で覆いマサムネの耳元へと近づく。

 

「実はな……フーッ!」

 

 突如、マサムネの耳に吐息が流し込まれる。

 突然の事にマサムネは何が起きたのか分からず、不快に似た感覚を覚えて咄嗟にレオーネから離れると、身体が震えて鳥肌を立たせた。そこで漸く自分がレオーネのイタズラに引っかかったのだと理解をした。

 

「ハハハハッ!凄い身体がビクッてしてた!アハハハハ!!」

 

 余程マサムネの反応がツボに入ったのか、レオーネは腹を抱えて笑っている。まるで一流のコメディアンのショーでも見ているかの様な彼女の笑いっぷりにマサムネは苛立ちを覚えて顔を曇らせる。

 

「……先程も言ったが私にも喜怒哀楽はあるんだ。故に怒る事もあるという事は覚えておいた方がいい」

 

「プククっ、あんな反応しといてお説教とかウケる!」

 

 ナイトレイドのアジトへ乗り込んでから一週間が経過した。その際レオーネはマインと同じでマサムネの加入に不服だったのだが、誰にでも強気に当たり、コミュニケーションを取るまでに時間がかかるマインと違い、彼女は自分からマサムネにちょっかいを何度も出していた。そして、ちょっかいを出し続けてそれが今、僅かだが花開いて幾らかご満悦である。

 反面、改めてマサムネは心の底から彼女とは相性が悪いと思っていた。

 

「……用事が無いのであれば私は帰らせてもらう。明日の授業の準備もしなければならないのでな。アジトにはまた夜に顔を出そう」

 

「くくく、冗談が通じないなぁ。でも、仕事の事で話があるのは本当だ。ちょっとだけ顔を貸してもらえるかい?」

 

「……本当だろうな?もし、次も嘘であるならばただでさえ希少な君への信用は今後は無いものとなる」

 

「疑り深いね、でも本当に本当だ。付いて来てくれ、ここでは話せない内容だ」

 

 そう言ってレオーネは踵を返して歩みを進める。先ほどの事があってかやや警戒を強めてマサムネはカバンを持って立ち上がるとその後ろを歩いて行く。

 道中、何度かレオーネがマサムネに話しかけるがその反応は素っ気なく、無機質な物ばかりであった。そして暫く歩いてレオーネは足を止めた。目的地へとたどり着いたようだ。

 

「よし、着いた着いた!」

 

「ここは、ラバック君の店じゃないか」

 

 マサムネ自身も何度も足を運んだ貸本屋、支払いで近々訪れようとしていたのだがまさか彼女に連れてこられるとは思いもよらなかった事である。

 closeの札が掛けられてはいたが、御構い無しにレオーネは扉を開けて中に入ると付いて来いと手招きをした。それに従ってマサムネも後に続き店内に入ると扉を閉める。

 

「おっ、いらっしゃい。姐さんに、マサムネ……先生」

 

 カウンターに座っているエプロンを身につけた店主のラバックが二人を出迎える。間は空いてしまうものの、マサムネを呼ぶときに先生とつけてくれる程度には彼も心の整理をつけて態度が軟化していた。

 

「やあ、なにやら話があると彼女に連れてこられたんだ。事のついでだ、今週の支払いも済ませておきたい」

 

 そう言ってマサムネは鞄から財布を取り出して金貨を数枚カウンターに置いた。ラバックはそれを受け取ると、枚数と贋物でないかを確認すると鍵のかかった引き出しを開けてその中の布袋の中へとしまった。

 

「毎度あり。さて、お二人様ご案内っとね」

 

 そう言ってラバックはある棚の本の位置を並び替えて三冊ほどを纏めて奥に押し込んだ。

 するとその本棚が自動で横にスライドして、足元を照らす火の灯った燭台が両脇にある下りの階段が現れた。

 

「ほう、こんな仕掛けがこの店にあったのか」

 

「さあさあ、入った入った。壁に耳ありっていうだろ、話はこの中でしよう」

 

 そう言ってレオーネは先に階段を降りた。マサムネもそれに続き、最後に本棚を閉めたラバックが続く。

 降りた先には広い空間に大きなテーブルが置かれ、それを囲む様にソファが三つ置かれている。テーブルの上には氷で冷やされた酒瓶が置かれている。

 

「おっ、気が利いてるじゃんラバ!そういう所私は好きだぞ!」

 

 そう言ってレオーネは酒瓶の蓋を開けてグラスに中味を注ぐ。

 

「でしょう?だったら姐さん今度俺と」

 

「それは無理。

ングッ……かーっ!昼間から飲む酒は最高だなー!」

 

 ラバックの提案を聞くまでもないと切り捨てるとレオーネはグラスの酒を一気に飲み干した。こんな日のまだ高い時間から酒を飲む彼女にマサムネは冷ややかな目線を送るがどこ吹く風の様だ。

 

「それで、私がここに呼ばれた理由は何だ?」

 

「さっきも言っただろー、仕事の話だって」

 

「アンタ、昨日アジトに来なかったからな。

姐さんが先日裏を取ってくれたから今夜決行するってポスからの命令だ」

 

 そう言ってラバックは巾着袋を一つマサムネへと渡す。重量は重く、中はコインがぎっしりと詰められているようだ。

 

「私は別に金など貰わなくとも」

 

「いいや、ソイツは受け取っておくんだな」

 

 マサムネの言葉を遮り、ほろ酔い気分であったレオーネが声のトーンを落とし、普段の楽天家な顔がなりを潜めて真剣な顔を表した。

 

「その金は依頼者の怨みとか哀しみ、怒りと言った負の感情がこもってるんだ。だからそれを受け取ったからには、標的のクズ共を必ず殺す必要がある。

ま、その後でどう使おうかは勝手だから私にお酒をご馳走してくれてもいいんじゃないか〜」

 

 言い終えると同時に今度は真剣な顔がなりを潜め、楽天家のレオーネへと戻る。

 よくコロコロと表情が変わるものだと内心マサムネは思いながらも、確かに一理あると巾着袋を鞄へとしまった。

 

「それで、標的とやらは何処の誰で何をしでかしたんだ?」

 

「そう慌てるなって。依頼人は標的に親友を殺された男でその標的がコイツさ」

 

 ラバックは手に持っていた一枚の紙を机の上に置く。そこには趣味の悪い髭を生やした眼鏡の男の絵が描かれていた。

 

「帝都警備隊員のドッヒって男だ。先日タツミとアンタが殺ったオーガの右腕って呼ばれてた男で、アイツがでっち上げた濡れ衣の実行犯らしい。調書の書き換えや証拠隠滅をやってたそうだ。

加えて国の腐ったお偉いさん方とも繋がっていた真っ黒な奴さ。そのため特例でこいつは警備隊の宿舎に入らずに持ち家がある。

まあ、そのおかげで今回はオーガの時よりも仕事はやりやすいけどね」

 

「何故、オーガの時にこの男は殺さなかった?」

 

「簡単な話だ、その時は人が居なかった。私居たのはとアカメとタツミの三人だけ、そして私とアカメは別の標的を殺しに行っていた。

それと、その時は被害者の怒りはオーガに向いていてコイツの始末の依頼は来なかったからな」

 

 早くも酒を一瓶空にしたレオーネはゴロンとだらしなくソファに横になって答えた。

 

「それでオーガが死んでヤツのノウハウを知ってるこのドッヒって男が今は好き勝手してるって話だ。悪人から賄賂を貰ったり、無実の人を捕らえて自ら尋問と言う名の拷問したりとか……主にスラムの人間をな」

 

 最後、少し言い淀んでレオーネは寝返りをうってソファの内側を向いてマサムネに背を向けた。

 マサムネは机の上に似顔絵を手に取り、標的の顔を頭に入れると、ふとその顔に見覚えがある事を思い出した。

 

「この男、私もクロノスとして何度か相対しているな。やけに態度の大きい、庶民を見下したような物言いの男だったな。

それで、私は夜中にこいつを殺しに行けば良いのか?」

 

「そういう事。具体的な内容を説明するけど、今回アンタにはーー」

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされる帝都の中心街からやや離れたとある大きな建物の屋根の上、二つの人影が暗い街並みを見下ろしている。

 二人に向かって吹いた強い一陣の風が髪とマントをそれぞれはためかせ、影も同じようにゆらゆらと揺れる。

 

「まさか、君とご一緒する事になるとは思わなかったな。他の皆は別の任務か?」

 

「そんなところ。ま、ボスの命令だからなー……足、引っ張んじゃねぇぞ」

 

 帝具、百獣王化ライオネルによって荒ぶる獣の力を得たレオーネは屈伸運動をしながらマサムネに言う。

 

「愚問だな。クロノスの力を身に宿した私なら、それはあり得ないだろう」

 

 仮面ライダークロニクルのガシャットとバグルドライバーⅡの力によって仮面ライダークロノスの力を得たマサムネは腕を組んだままレオーネの方に顔を向けて答える。

 

「それじゃあ行くか」

 

 そうレオーネが呟くと屋根を強く蹴って猛スピードで駆け出す。屋根を踏み抜かず、音も立てないあたり力の使い方も上手いようだ。

 ほんの数秒でレオーネの姿はとても小さく見えるほど離れてしまった。

 

「ほう」

 

 常人では凡そ出せぬ速さに思わず関心の声をあげるマサムネ。

 レオーネにしても、本気でマサムネを置いていくつもりであったのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 彼もまた、帝具とは出どころが違うが常人ならざる力を手にしているのだから。

 

「私も続くとしようか」

 

 そうポツリと零したマサムネは腕組みを解き闇夜の中を跳ぶ。その凄まじい速さは文字通り風の如く、クロノスの能力で宙をもう一度蹴って跳躍すると瞬く間にレオーネに合流する。

 

「標的が住んでいるのは前方の一軒家だったか?」

 

「ちっ……もう追いつかれたか。そうだよ、そこで一人で暮らしている筈だ」

 

 高速での移動を続けながらマサムネは顎に手を当てて首を傾げる。

 

「それでは話が違うな、その建物からは出ている生体反応は二つだ」

 

「あぁん?っつーと知人でも泊まってんのかこんな時に……」

 

「それも違うだろう。反応はそれぞれ二階と思われる高さと地下から出ている。君は知人が訪ねて来たら地下で、それも衰弱するような状態で寝泊りをさせるのか?」

 

 その言葉を聞いて察しのついたレオーネの脚はは一層速くなる。無論、マサムネも仮面の下で苦い表情を浮かべている。

 そして時間を空けずに二人は家の前までたどり着く。

 ドッヒの家は警備隊の本部から少し離れた場所にある。もう幾日かすればそちらの方へと住居を移す予定だったらしい。それでも今の家は近くに民家はあり音を立てての侵入はすべきではないと判断し、レオーネは胸の谷間から針金を取り出して鍵穴に差し込み鍵を開けようと試みる。

 

「どこでそんな技術を?」

 

 率直に沸いた疑問をマサムネは投げかける。

 

「私はスラムの人間だからな〜これくらいの事は朝飯前だ。

しかし、悪い事してるだけあってコイツ中々良い家に住んでるなっと、開いたぞ」

 

 レオーネは顔をマサムネの方へ向けずに答えたと同時に解錠に成功した。

 そっと音を立てずにドアを開けると目の前には登りと下りの階段がある。

 

「見事なものだな」

 

 レオーネの技術に素直に感心の言葉を述べたマサムネはそのままドアを潜ると地下へと延びる階段の方に足を進めた。

 それを見たレオーネはマサムネの腕を掴んで制止して睨みつける。

 

「アンタ、何するつもりだ?」

 

 マサムネは足を止めレオーネの方へと向き直る。

 レオーネからしたらマサムネの顔は見えていないが、目を合わせた二人の間に険悪な空気が流れる。

 

「地下の人間の元へと。助かるのであれば助ける」

 

「ハンっ。良いか、私達は金を貰って標的を殺しに来たんだ。だからまずは殺しに行くべきだろう?」

 

「私は君達と手を組むときに自分の都合を優先させてもらうと取り決めた筈だ。君達のボスがそれを認めた。故に君が私を止める権利はないはずだが?」

 

 マサムネを鼻で笑いながらレオーネは手を離し、勝手にしろと吐き捨てて階段を上ろうとするが、今度はマサムネがレオーネを制止する。

 

「仮に、ドッヒとやらの指先一つで地下の人間を殺せる仕掛けがあるとしたらどうする?

私はどうとでもなるが、囚われている人間はそうではない。

少なくとも、帝具の一つにそのような効果を持つ物があるから可能性はゼロではない。

従って単独行動はすべきではないだろう、君にも救助を優先してもらう」

 

 自分勝手なマサムネの提案に明らかな敵意を向けるレオーネ。

 彼女は悪党を殺す事を楽しみにしている節がある。それが自身の憂さを晴らすためなのか、義侠心から来る物なのか、任務を遂行させるという責任感からなのかはわからないが、すぐにでもドッヒを殺しに行きたいのは確かであった。

 コップに注がれる水の如く憤りが溜まり、レオーネは拳を強く握り腕を引いたところでマサムネは指を一本立てて彼女の顔の前まで持って行く。

 

「だが君は納得できないだろうな、私達の任務はドッヒを殺す事だけなのだからな。

そこで提案だ、私の我儘に付き合う代わりに任務を終えた暁には君に酒を振る舞おうじゃないか」

 

「悪いな、私はボスに任務中に遊ぶなって釘を刺されているんだ。甘い言葉にも乗るなってな……ちっ!」

 

 一拍おいてレオーネは舌打ちをしてから拳を少し下げてマサムネの胸を軽く叩く。そして眉の内側を釣り上げてため息をついた。恐らく目の前の男は意思を曲げないだろうと判断する。

 

「はぁーっ、言質はとったからな!それからボスにも内緒だ!」

 

 レオーネはぶっきらぼうにマサムネに言い放つと先に階段を下りて行く。どうやら天秤にかけた結果タダ酒を乗せた皿が重かったようだ。

 交渉が上手くいき、内心ほくそ笑み、マサムネはその後に続いて階段を下りる。

 

「なぁ、なんでアンタは私に酒を奢る約束をしてまで見ず知らずの奴を助けようとするんだ?」

 

 階段を下りながら顔を向けずにレオーネは聞く。

 

「そのような性分、では納得してもらえないだろうな。私は後悔をしたくないだけだ。

仮に私が手を出さなかったから誰かが死んでしまった。もしも目の前で助けを求める人の手を払いのけてしまいその人が死んだ、又は因果が巡り私ではない他の誰かが傷ついてしまったら……そう考えてしまうと、やれる事はやるべきだと思う」

 

 聞いておきながらレオーネはふぅん、と素っ気なく返していたら地下室の扉の前へとたどり着いた。

 レオーネが扉に手を掛けるとどうやら鍵はかかっていないようだ。

 二人は顔を見合わせるとレオーネは扉を開き、マサムネはベルトのA、Bと書かれたボタンに手を当てる。

 特に何かが起きる事も無く、埃っぽい室内から苦しそうな掠れた呼吸音が聴こえてくるだけであった。

 地下の灯もない一室に向かってクロノスの目が光を放つと部屋の全容が明らかになる。

 一見すると所狭しと物が乱雑に置かれているただの地下にある物置だった。

 

「……本当に、この国の役人は度し難い人間が多いな」

 

 奥の壁に打ち付けられた鎖に手を繋がれ、ボロボロの服を羽織り、服の切れ目から身体中に走る痣や切り傷が目立つ女性が力無く床に座っている事を除けば。

 女性を繋ぐ鎖は手枷と言ったものに繋がっているのでは無く、先端は手首に埋め込まれていた。痛々しい焼け爛れた手首が無理矢理身体に穴を空けて繋がれたのであろう事を物語っている。

 直ぐにでも助けようとマサムネは部屋の中に入ろうとしたが、隣にいるレオーネは咄嗟に扉の陰に隠れて拳を強く握り小刻みに震えている事に気がつく。

 

「……まさか知り合いだったのか?」

 

 レオーネは無言で頷く。殺し屋としての顔を隠している以上、マサムネのように記憶を改竄する能力を持たない彼女はどれほど憤慨しようとも知人の前で声を上げるわけにはいかなかった。

 マサムネは仮面の下で悲痛な表情を浮かべているが一つ違和感を覚える。

 部屋に光が差し込み自身を照らしたにも関わらず囚われた女性からはなにも反応がなかった。

 呼吸はしていて弱々しいが生体反応も確認できる。生きてはいるが気を失っているようだ。

 

「どうやら気絶しているらしい」

 

「……そうみたいだな」

 

 そっと中を覗いて確認すると、レオーネも部屋の入り口に立って改めて弱っている彼女を見て歯を食い縛る。

 

「……アンタなら助けられるか?」

 

「意外と冷静だな、もっと激しく怒ると思っていたが」

 

「……っ!!いいから答えろっ!アイツをなんとかできんのかっ!?」

 

 レオーネはマサムネの首元に掴みかかり怒声を浴びせる。同じ建物にいる標的に気付かれないように、目の前の囚われた知人に自分の正体を知られないようにと大きな声を出さなかったがマサムネの態度が地雷を踏んでしまったようだ。

 

「失礼、私の無神経が過ぎたな……まあ手はある。君の協力が必要だがな。

私が一瞬で彼女の鎖を手から引き離すと同時に回復のエナジーアイテムを使い傷を塞いでこちらへと連れてくる。

傷は治るだろうが、一瞬の痛みは残る。そこで君にはパニックで暴れるであろう彼女の口と体を押さえていてほしい。クロノスの力で押さえては傷を付けてしまうかもしれないし、ドッヒに気付かれないためにもな。

そして数秒経過したところで睡眠のエナジーアイテムを使って彼女を眠らせる」

 

「傷を治して直ぐに眠らせる事は出来ないのか?」

 

「おそらく可能だろうな。

だが、試した事がない。もしかしたら彼女の身体に負荷がかかるかもしれない。

過去に一般人に数秒おきに複数エナジーアイテムを使用した事はあるから問題はない」

 

「……わかった。やってくれ」

 

 レオーネは両手を広げて女性を受け止める準備をする。

 その様子を見たマサムネはレオーネに頷くと、女性の方を見据えてベルトのA、Bボタンに手をかけて押し込む。

 

『ポーズ』

 

 無機質な音声がベルトから発せられた。

 

『回復!』

 

 それとほぼ同時、瞬きの一瞬にも満たない時間で先日プラートに施されたエナジーアイテムの音声と同じ物がレオーネの耳に届く。

 そしてそれを認識した時には例のエナジーアイテムが収められたケースを片手に持ち、知人の女性を抱えたマサムネが立っていた。

 咄嗟にレオーネは女性を抱きしめて口と、自分の正体を知られない為にも目を押さえた。マサムネの言った通りに彼女はレオーネの腕の中で暴れ、只々雄叫びのような叫び声を口から吐き出すが、それをレオーネは必死に押さえ込んだ。

 押さえている手を何度も噛まれたが、レオーネは顔をしかめて耐え続ける。

 

『睡眠!』

 

 エナジーアイテムが発動された音声が発せられて、レオーネの腕の中の女性はやがて健やかな寝息を立て始めた。無抵抗となった彼女をレオーネはそっと床に寝かせた。

 

「手の方は、大丈夫か?」

 

 噛まれていた事に気付いていたのか、マサムネはレオーネの事を気遣う。

 レオーネは何ともないと言わんばかりに掌を見せて、マサムネは頷いた。

 

「ならば行くとしようか、標的のドッヒはまだ上の自室にいるようだ。呑気に侵入者を始末したものだとでも思っているのだろう」

 

 そう言うとマサムネは階段を上っていく。

 レオーネは再び部屋の中に目をやる。

 気が付けば先ほどまで鎖で繋がれていたその場所は、床を突き破り槍のような物が何本も生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ドッヒ暗殺の任務から数日が経過した。

 帝具持ちと仮面ライダーの前には汚い権力者との繋がりのある程度の、それも個人の武力はオーガに大きく劣る男では、太刀打ちなど出来るはずもなくあっさりと物言わぬ骸と成り果てた。

 警備隊の現場のトップクラスの人間が短期間のうちに立て続けに死んだというのに、今回はあまり民が騒ぐ事はなかった。オーガに比べるとドッヒの知名度は大きく劣るから当然の事なのかもしれないが。

 野心はあったが無残に殺された、しかし誰にも悲しまれずに話題にもされない。因果応報、所詮ただの小悪党の最期などそんなものだろう。

 

 そして例の約束を果たすべく、レオーネとマサムネはとある帝都の酒場で相対して席に座り、ジョッキに注がれた酒を口から流し込んだ。

 

「ぷはーっ!人の金で飲む酒はまた格別に美味いなぁ!!」

 

 近くを通る店員にさらに追加の注文をする様子を冷やかな目で見ながらマサムネは自分の目の前のジョッキに口をつける。そして、レオーネが作り出したテーブルが埋まるほどの空のジョッキの光景を見て溜息が漏れる。

 

「まあその、結局君の言った通りに私の分け前は君の酒代へと変わってしまったわけだな」

 

「んー?まあいいじゃん。それ以外の、仕事の事では大体アンタの思い通りになったんだからさぁ!

でも地下の仕掛けが帝具だなんてのはやっぱり考え過ぎだったな。あの家は結局ただのからくり屋敷だったじゃないか!

まあ、アイツが助かった事に礼は言わせてもらうよ」

 

 地下の事を小声で話して感謝の意を述べると、レオーネは新しく運ばれてきたジョッキを手に取り、中の酒をマサムネにも聞こえそうなくらい喉を鳴らして飲み込む。

 

「随分と豪快な飲み方だな……」

 

 女性らしくない、品がないと言う意味を込めてマサムネは言うものの、当の本人は何処吹く風のようでジョッキを持つ手が両手に変わっていた。

 自分が飲んでいた酒を飲み干して、マサムネは口を開く。

 

「ところで、彼女のその後の容態は?」

 

 レオーネが静かにジョッキを下ろしてマサムネの目を見る。少しの間、二人は真剣な目をしていたがやがてレオーネの目元が緩んだ。

 

「もう、すっかり元気だよ。ただ、ちょっと記憶障害になってるらしい。監禁される所からの記憶が無くなってるみたいだ。

まあ、そのおかげでアンタから預かったコイツを使わなくて済んだな」

 

 そう言ってレオーネは胸の間から半分に割れた混乱のエナジーアイテムを取り出す。

 もしも、囚われていた彼女が意識を取り戻した際に恐怖で錯乱した時の為にとマサムネがレオーネに渡していた物だった。

 

「それは私に返すんだな」

 

「ほぉう?私が今胸から取り出してその温もりがある物を受け取って先生様は一体どうするつもりなんだ?」

 

 ケラケラと笑いながら言うレオーネに再び深い溜息をつく。どうもしない、後でちゃんと返せと付け加えてマサムネは目の前のジョッキの一つに視線を落とした。

 

「だが、良いのか悪いのかはわからないな……彼女がつけられた傷は治したが、受けた苦痛を無かった事にしたわけではない」

 

 マサムネの眉間に皺が寄り、どこか悲しそうな表情になる。

 それを見たレオーネはすかさず冷たいグラスをマサムネの頬に当てる。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「ありゃりゃ、今回は不意打ち失敗だ。

……アンタ、やっぱり物事を難しく考えすぎだ。少なくとも、アイツは今日笑ってた。彼氏と幸せにデートしてたしな!

支え合える相手がいて今幸せを感じられるならそれで良いんじゃないか?」

 

 飄々と言い放つレオーネの言葉に感化されたのか分からない。それでも少しマサムネの心に渦巻いていた物が和らいだ気はした。

 ほんの少し気を良くしたのか、マサムネは普段は嗜む程度しか酒は飲まないが次のジョッキに手をかけた。

 明日も授業はあるがいつもよりも飲みたい。目の前の酒をうまそうに煽る女の姿と言葉が自分をそんな気分にさせた。

 らしくないなと思いつつ、幾らか温度差はあるものの談笑をしながらそっと酒を口の中に流し込んだ。



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