ISMD ~ムーンデュエラーズ~ (バイル77)
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PROLOGUE

20XX年

突如、日本に数千発という凄まじい量のミサイルが降り注ぐという前代未聞の事態が発生した。

自衛隊も突然の事態に困惑しつつ、迅速な迎撃行動を行ったが、数発ならばともかく千を超える量の前にはなすすべもなかった。

 

しかしこの事態は政府の発表では犠牲者を1人も出すことなく終息した。

【空を飛ぶ白銀の人型の機械】の活躍によって。

 

白銀の人型機は日本に降り注ぐミサイルの雨をその手に持つ、剣と粒子砲によって尽くを破壊した。

 

圧倒的なまでの力を示しつつ、犠牲者を1人も出すこともなかったこの人型機を人々は英雄と称え【白騎士】と呼んだ。

それに伴いこの事件も【白騎士事件】と呼称されるようになった。

 

この事件の後、政府にある人物からのメッセージが届けられた。

メッセージの送信者は当時高校生であった【篠ノ之束】と言った。

 

メッセージの内容は【白騎士】。

正式名称【インフィニット・ストラトス】の有用性についてだった。

 

【宇宙空間での活動を想定したマルチフォーム・スーツ】、そしてその可能性についてが公開されていた。

そして同じメッセージを世界中に送っている旨も記載されていた。

 

メッセージが世界中で確認されたと同時に、篠ノ之束から開発を促すために世界へ向けてISの核となる【コア】が合計467配布された。

 

日本はこれに対して、政府主導の下ISの研究を行うことを決定。

また他方面への応用についての研究も同時に進められることとなった。

同様の動きが世界中で実施され、世界は変化していく。

 

また白騎士事件では本当に犠牲者が全くでなかったのかネットの海の中では議論をかもし出すこともあった。

しかし犠牲者の目撃情報や遺族などの言葉も出てこないため時間が経つにつれて有耶無耶となってしまった。

 

そして数年が経過した。

ISの用途は本来の目的であった宇宙での活動、宇宙開発が遅々として進まないことから【軍事利用】にシフトしていた。

ISの軍事利用は【アラスカ条約】で禁止される事となったが、各国は暗黙の了解の下、ISの軍事利用を進めていた。

 

そして同様に世界にはある思想が広がっていく。

【女尊男卑】の思想だ。

 

ISは女性しか動かすことができない。

故に女性のほうが男性より上の立場であると言う思想だ。

これに過剰に反応した女性権利団体のおかげで、女尊男卑の思想はあっという間に世間に広まってしまった。

 

 

この頃と同じ時期に、日本にとある企業の支部が出来た。

その企業の名前は【アシュアリー・クロイツェル】

 

軍需産業を中心に広く活躍するアシュアリーは、ISの分野にも力を注ぎ始めた。

その数年後には、日本の倉持技研と並ぶ程に。

 

その支部に所属している人間の中には【セルドア・紫雲】と言う名の男性の名もあった。

 

―――――――――

2022年

 

 

???

 

 

 

王宮の様な荘厳な装飾が施された通路を、1機の機械が凄まじいスピードで飛翔していた。

まるで鎧の様なその機体は、現在の地球で超兵器の位置にいるマルチプラットフォームスーツ【IS】に酷似していた。

天使の輪の様にも見えるヘッドパーツに重厚な鎧を思わせる装甲。

そして胸部には特徴的な翡翠色の球体パーツが組み込まれている。

 

だがこの機体がISならば、絶対にありえないはずの物であった。

なぜならば、その機体を纏っているのは壮年の男性であるからだ。

ISは女性しか搭乗できない、それが大前提であるのにだ。

 

赤銅色の髪の男性【セルドア・紫雲】は自身が纏う機体【グランティード】のスラスターを全開にして区画を翔けていく。

 

もう少しで区画を突破できる――だがグランティードが自機の前方に反応をとらえた。

 

灰色の機体。

グランティードと同じく鎧のようにも見えるそれは、まるで【騎士の甲冑】のようであった。

整った美形の顔つきに黒髪。頬には特徴的な刺青を施している。

その手には大型の両刃剣を携えていた。

 

 

『……対応が速いな、アル=ヴァン』

 

『エ=セルダ様……聖禁士長と言えど、皇女殿下の許しなく、ガウ=ラ・フューリアの扉を開く事……そしてその玉座機を駆る事は許されません』

 

『言われずとも、承知している』

 

『何故です?あなたほどのお方が、何故、このような真似を……!』

 

『私は行かねばならん。行って、真相を伝えなければならないのだ』

 

『真相……【同化計画】……のですか?』

 

『いや……我等、フューリーに関わる全て、だ』

 

『!!』

 

『もはや猶予は無い』

 

『血迷われたかっ!?全てが明かされてしまっては……今までの苦労は!幾星霜耐え忍んできた民達の思いは、どうなるのですっ!』

 

 

アル=ヴァンと呼ばれた青年は、セルドアを【エ=セルダ】と呼び、捲し立てる。

 

 

『……アル=ヴァン、私はもう閉じこもっていることには耐えられんのだ』

 

『馬鹿なっ!!エ=セルダ様っ、貴方は聖禁士長でありながら、先帝の、そしてシャナ=ミア様のご意志に背くおつもりですかっ!』

 

『……』

 

 

アル=ヴァンの困惑と怒りの入り混じった声にセルドアは静かに瞳を閉じる。

そして数拍の後、静かに瞳を閉じて開く。

 

 

『貴方ならばその【玉座機】を、【オリジナル】を持ち出すことがどのようなことか、ご存じのはずっ!』

 

『無論だ、彼らへの手土産にこれ以上のものはない』

 

『なっ!?』

 

 

セルドアの静かな言葉にアル=ヴァンは動揺の声を上げた。

 

 

『……アル=ヴァン、道を譲れ。私は本気だっ!!』

 

 

そう叫んだセルドアは臨戦態勢となる。

グランティードの右マニピュレータに翡翠色の美しい光の粒子が収束していく。

そして一瞬で粒子は結晶となり、グランディードの右マニピュレータを覆う。

 

スラスターを全開で起動。

マニピュレータを覆っていた光の粒子と同じ粒子を放出しつつ、グランティードはアル=ヴァンが搭乗する【ラフトクランズ・アウルン】に向かう。

 

 

『フィンガー・クリーブッ!』

 

 

凄まじい速度の貫手。

だがアル=ヴァンも反撃に出る。

 

 

『マテリアライゼーションッ!』

 

 

ラフトクランズ・アウルンが携える【オルゴンソードライフル】に水色の粒子が集い結晶化。

刀身にコーティングを施し、より鋭利な刃となった剣でグランティードの一撃を受け止める。

 

 

『ほう、腕を上げたな、アル=ヴァン』

 

『今ならまだ、まだ間に合いますっ!エ=セルダ様、お戻りをっ!』

 

『私は本気だと言ったはずだ、アル=ヴァン!』

 

 

セルドアの駆るグランティードが右脚部のスラスターを吹かせて、ラフトクランズの脇腹に蹴りを叩き込む。

 

 

『ぐぅっ!』

 

『押し通るっ!』

 

 

そのままの反動を使ってグランティードは加速する。

このまま区画を突破できる――そう確信した時であった。

 

グランティードの背後に突如、【水晶の大爪】が出現したのだ。

それを発現させている黒い【ラフトクランズ】とともに。

 

 

『何っ!?』

 

『貰ったっ!』

 

 

水晶の大爪は装甲の一部を易々と貫いて、セルドアの身体に突き刺さった。

ISの装甲やシールドバリアなどたやすく貫いたその爪を振りぬいて、黒いラフトクランズは距離をとった。

 

 

『ぐぅ……っ!』

 

『油断しましたな、エ=セルダ様……いえ、反逆者【エ=セルダ・シューン】』

 

 

ISの生態保護機能で出血を抑えるが、明らかに致命傷。

黒いラフトクランズの搭乗者である【カロ=ラン・ヴイ】は爪に残るセルドアの血を振り払って告げた。

 

 

『【ラースエイレム】を使っての……【時間停止】での奇襲か……っ!』

 

 

吐血混じりにセルドアがカロ=ランに言う。

 

 

『容易く使える代物ではないが……我等謀士にとって、ラースエイレムほど適したものはない。相手が聖禁士長であった貴様ならば、万全を期すものだ』

 

『だから、背後から襲うのも厭わぬと!?卑怯な……っ!』

 

『耳に心地いいぞ。貴様ら騎士は、優位な時にそのような台詞を吐かぬ。敗れるとき、死ぬ時になって初めて、敵を卑怯卑怯と罵るのだからな』

 

 

カロ=ランはそう言って笑みを浮かべる。

 

 

『……真理かも……知れんな。人は……逆境に瀕してこそ、本性が現れるものだ……っ!』

 

 

そう静かにつぶやいたセルドアであったが、まだ彼の瞳は死んではいなかった。

瞬間、グランティードは機体の出力を最大限に開放。

 

 

『だが私はまだ……まだ死ねんのだっ!!』

 

 

すべてをスラスターに回して急激な加速を生み出す。

 

 

『何っ!?』

 

『エ=セルダ様っ!?』

 

 

セルドアのこの行動にはカロ=ランもアル=ヴァンも反応が遅れた。

その隙をついて、セルドアは区画を突破する。

 

そしてゲートにも見える門を潜り抜ける。

すると彼の姿が一瞬で消えた。

 

 

『……逃げられたか。まぁ良い』

 

『エ=セルダ様っ!』

 

 

アル=ヴァンのラフトクランズも門へと向かう。

だが、その行動はカロ=ランに止められる。

 

 

『追うな、アル=ヴァン。まだ地球の人間共に我等【フューリー】の姿を知られてはいかんのだ。どうせ奴は長くない』

 

『くっ……!』

 

 

アル=ヴァンは歯を食いしばって耐える。

すぐさまセルドアを追いかけたいという個人としての感情と、騎士として、【フューリー】の騎士の1人としての責務が心の中でせめぎ合っていた。

 

 

『戻るぞ。まもなく始まる地球人類掃討作戦には貴様も主力として加わるのだ』

 

『……はい』

 

 

騎士としての責務を優先したアル=ヴァンは、そうカロ=ランに返した。

 

――――――――――――――――

 

カロ=ラン達から逃げ、転移した先は宇宙。

漆黒の宇宙を翔けつつ、グランティードは遠くに見える青き星、地球を目指す。

 

飛翔を続けながら、コンソールを操る。

するとディスプレイが展開され、和服姿の黒髪の男性が映った。

 

 

『セルドアっ!無事かっ!?』

 

『……ク=ロウドか、見ての通りだ』

 

 

搭乗者保護機能でも致命傷を長時間持たせることはできない。

事実、セルドアの傷口からは血液が止まることなく流れ続けていた。

 

 

『お前っ、その傷……っ!』

 

『私はもう長くない……だが、【グランティード】はこの通り、手に入れた。今地球に向かっている』

 

『っ……わかった。アシュアリーには私が連絡を入れる』

 

 

ク=ロウドがそう告げると静かにセルドアは笑みを浮かべた。

 

 

『すまない。私は向かうところがある』

 

『……【統夜】君のもとに行くのか、セルドア』

 

『……わかってしまうか?』

 

『何年お前の元についていたと思っているっ、統夜君の元には私と簪が向かう。統夜君も簪を知っているから保護は容易のはずだ』

 

『……すまないな、迷惑をかける』

 

『わかっているならさっさと……死ぬなよ……っ!』

 

『わかっているさ、そちらに行くまでは死なん』

 

 

そう告げてディスプレイが落ちる。

通信が切れたのだ。

静かに口から血が流れる。

 

 

『持ってくれよ……統夜、今行くっ!』

 

 

グランティードの機体の周りに美しい緑の粒子が集まり、球体上のフィールドとなる。

翡翠色の流星となったグランティードはそのまま大気圏に突入していく。

 

 

――――――――――――――――

日本 某所 住宅街

 

時刻は夕刻。

すでに下校時間となった付近の高校、藍越学園から学生たちは各々帰路についていた。

その中の一グループ、2人の少年も同じであった。

 

その中の一人、赤銅色の髪の少年がふと夕焼けの空を見上げた。

 

 

「……父さん?」

 

 

その少年、【紫雲統夜】はなぜか父に呼ばれた気がしたのだ。

父である【セルドア・紫雲】は勤めている企業である【アシュアリー・クロイツェル】の海外支部に出張中であるのにだ。

 

 

「ん、どした、統夜?」

 

「あっ、いや、何でもないよ、弾」

 

 

統夜は赤髪の少年、【五反田弾】に返す。

彼の様子に苦笑しながら、弾が口を開いた。

 

 

「一人暮らしのストレスで疲れてるとか?親父さん、まだ海外だろ?」

 

「そんなんじゃないさ。もう慣れたよ。それに疲れているのは一夏じゃないか?」

 

「だろうなぁ。IS学園なんて通うことになっちまったわけだし」

 

 

一夏と呼ばれた少年のことを口に出して弾は少し羨ましそうに笑う。

この場にいない【織斑一夏】と、統夜や弾はよくつるんでいたのだ。

 

 

「唯一の男性搭乗者なんてとんでもないものになったからな、あいつ」

 

「そうだな」

 

「統夜はうらやましくないのか?」

 

「別に……実際動かせなかったからな、IS」

 

 

織斑一夏がISを動かしたニュースが世界を一振させた後、全国で適性者診断が行われた。

しかしその結果は0。

 

統夜も弾もテストを受けたがISは起動しなかった。

結局は一夏以外に男性搭乗者は見つからなかったのだ。

 

 

「IS学園は美少女の楽園だって聞くのによぉ、男として興味ないのかっ!?」

 

「また始まったよ……弾のそれ」

 

 

友人の悪い癖である美少女談義が始まったことに統夜は苦笑していた。

 

 

まだ少年は自分の運命を知らない。

 

運命とはある日突然動き出すのだ。

少年は激動する運命に呑まれ、何を見出すのか。

 

紫雲統夜の運命が動き出すまで、あと1時間――

 




トーヤがあまりにも主人公しすぎてた。
ラフトクランズも好きだけどOGMDで盛りに盛られまくったグランティードも好き。

続きは第3次OGが出るくらいには。


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第1話「父と子、そして宿命」

弾と別れた統夜はまるで創作の中に出てくるような豪邸である自宅の門を開ける。

指紋認証で開かれた門をくぐって玄関に向かう。

 

住宅地の中でも一際豪邸であるのが紫雲家だ。

父であるセルドアは優れた技術者でありかなりの資産を持っているようで、その影響らしい。

 

家にいるのは統夜だけであった。

彼の母親である【紫雲柚木】は、統夜が5歳の時に逝去しておりセルドアが男手一つで育て上げたのだ。

 

 

「ただいま」

 

 

統夜は鞄をソファに放り投げ、そのまま座り込む。

それと同時に、懐の携帯からピロンと電子音が鳴った。

 

取り出して確認すると、父であるセルドア・紫雲名義で自身の口座に生活費が振り込まれたのだ。

その金額はかなりのもので、高校生ならば1月は遊び続けても余裕を持って生活できるレベルのものだ。

 

 

(金さえ渡しておけば、子供は勝手に育つ……そう思ってるんだろうさ、父さんは)

 

 

苦笑して携帯も放り投げる。

 

 

「……少し寝よう」

 

 

学生服のまま、別のソファに転がり瞳を閉じる。

弾の言うとおり、やはり少し疲れていたのか、すぐに睡魔が統夜を眠りに落としていった。

 

――――――――――――――――

 

――いつからか、よく同じ夢を見ていた。

 

――暗闇の中にぽつんと座り、祈るような仕草でこちらを見ている女の子の夢だ。

 

――とても綺麗で、とても悲しそうな瞳をした彼女は、いつもこう言う。

 

 

「許して……どうか許してください。私達は、再び禁忌に触れてしまった」

 

「災いを、この世界にもたらしてしまった……たとえ、それが定められた運命であったとしても、私達に咎がある」

 

「鍵となるのは、皇家の剣……あなたに、重荷を背負わせてしまうかもしれない私を……力なき、私を……許してください」

 

 

――目覚めると、いつも彼女の言葉を殆ど忘れてしまっている。

 

――覚えているのはただ、透き通るような髪の周りで、キラキラと輝く光の粒子と、悲しそうなその瞳だけ。

 

――――――――――――――――

 

「……またあの夢か」

 

 

少しだけ頭を振って統夜はソファから起き上がる。

時間を見ると大体30分ほど経過していた。

すでに日は沈みかけ、夕焼けが今を照らしていた。

 

そんな時であった。

――突如、爆発音が響いたのは。

 

 

「なっ、なんだっ!?」

 

 

振動と爆発音が睡魔にぼやける意識を覚醒させた。

原因を探るためにすぐさま庭に飛び出た。

 

 

「何か落ちてきたのか?庭が陥没してる……?」

 

 

統夜のつぶやき通り、庭には何かが落着したようなクレーターができていた。

恐る恐るクレーターの中心地を確認するとそこには、【緑色の蟲の様な機械】が存在していた。

 

 

「なっ、なんだよ、あれっ!?」

 

 

統夜の困惑の声にその機械が反応したのか、目にも見えるセンサーユニットで統夜を捉える。

 

 

「こっ、こっちにくるっ!?」

 

 

とっさに後ずさりして、駆けだす。

だがその蟲もクレーターから這い出して、統夜を追跡してきた。

その動きはまるで昆虫のそれであった。

そして速度は圧倒的に蟲のほうが速かった。

 

鈍く煌く触腕、まるで刃の様なそれが統夜の頭部を狙っている。

 

 

「うっ、うわああっ!?」

 

『オルゴン・ブラスターッ!』

 

 

力強い咆哮とともに、頭上から緑色の閃光が迸った。

 

 

「えっ!?」

 

 

まるでアニメや漫画に出てくるビームの様な光が蟲を飲み込んだのだ。

その閃光の中にまるで結晶体の様な物質が見えたのと同時に、蟲は光に耐え切れずに溶けていった。

 

 

「たっ、助かった……けど一体何が起こったんだよ……?」

 

 

統夜の安堵と困惑が入り混じった声に、答える声があった。

 

 

『無事か、統夜よ』

 

 

頭上を見上げるとそこには見知った、唯一の肉親である父【セルドア・紫雲】の姿があった。

まるでISの様な鎧を身に着けているが、彼を見間違えるはずがなかった。

 

 

「とう……さん……?」

 

『何とか間に合ったようだな……っ!』

 

 

セルドアが安堵して統夜のすぐそばに降下する。

同時に、つぅっと口元から赤い雫が垂れた。

 

 

「父さんっ、怪我して……っ!?なんなんだよ、あのバケモノはっ!それにそれ……ISなのか、なんで父さんが動かせ……っ!?」

 

 

そこまでセルドアに伝えると同時に、統夜は絶句した。

なぜならば頭上に先ほどの蟲と同型の機体が6機どこからともなく現れたからだ。

 

それぞれが触腕を構えてすでに臨戦態勢に見える。

 

 

『……統夜よ、聞きたいことはたくさんあるだろう。だが今は私に力を貸してくれ』

 

「力って、俺に何ができるっていうんだよっ!」

 

『この機体、グランティードに触れるだけでいい。急ぐのだ、統夜っ!』

 

 

父の叱責にも近い言葉に、ビクンと震えながら父の纏っている機体【グランティード】の装甲に統夜は手を置く。

 

その瞬間、グランティードから情報が頭に流れ込んでくる。

【PIC】、【シールドエネルギー】、【絶対防御】、【オルゴン】、【オルゴンクラウド】【サイトロン】etc。

そして統夜の身体が緑の美しい粒子にとける様に消え、球体になってグランティードの胸部に取り込まれた。

 

 

『なっ、何が起こったんだ!?』

 

 

自身に起こった事象に困惑した統夜の声が響く。

現在の彼はグランティードの真横に、意識だけで浮かんでいるような状態だ。

それを視認できるセルドアは物憂げな表情を浮かべた。

 

 

(やはり、統夜にもサイトロンへの適性が……グランティード単騎での【バスカーモード】まで可能か、因果なものだ)

 

 

セルドア単体の状態よりもさらに出力が高まったグランティードのスラスターに光が灯る。

全身にみなぎる【気迫】はその機体出力をより高める様に燃え上っている。

 

 

『行くぞ、統夜よ!父の最後の戦い、その目に焼き付けよっ!』

 

『うっ、うわぁぁあ!?』

 

 

凄まじい速度で加速したグランティードの右マニピュレータに翡翠色の美しい光の粒子が収束していく。

そして一瞬で粒子は結晶となり、グランディーとの右マニピュレータを覆う。

 

 

『フィンガー・クリーブッ!』

 

 

蟲の体を構成している金属を容易く貫いたオルゴン粒子の貫手。

蟲からマニピュレータを抜くと同時に、無傷な蟲にそれを放り投げる。

 

 

同時に胸部ユニットに粒子が収束。

 

 

『オルゴン・スレイブ、いけぇいっ!』

 

 

先ほど蟲を撃破したブラスターよりも強力な、【必中】の一撃。

胸部から発射された翡翠色の閃光が蟲4機を飲み込んだ。

菱形の様な粒子の結晶が蟲達を貫いて、先ほどフィンガー・クリーブで破壊した蟲を起爆剤に、爆発が起こる。

 

 

『……凄い……っ』

 

 

幼いころから父であるセルドアはとても屈強な体をして居ることは知っていた。

何かスポーツや特殊な職業についていたのかと聞いた時、彼が困ったように笑うのを覚えていた。

今のセルドアはまるでおとぎ話に出てくるような【騎士】の様にも見えた。

 

 

『残り1機っ!ならばっ!』

 

 

グランティードの脚部のブレードが切り離されて、合体。

円盤じょうに形成されたそれがマニピュレータに収まる。

セルドアは機体の出力を全開にしつつ、放る。

 

回転しつつ、蟲の体を削り取っていく【クラッシュ・ソーサー】

そしてそれだけでは終わらない。

 

 

『まだだっ!』

 

 

グランティードが加速して、その重厚な腕で蟲をつかみ上げる。

同時に胸部ユニットから円錐状の結晶体が出現し、結晶体はまるでドリルの様に回転を始めた。

 

 

『オルゴナイト・バスターッ!!』

 

 

その結晶体をつかみ上げた蟲に押し付ける。

金属が結晶体に容易く削り取られ、グランティードのマニピュレータに込められた力によって蟲の身体に次々と亀裂が生じていく。

 

 

『砕けるがいいっ!』

 

 

すでに死に体になった蟲に一際強くドリルを押し込んでから放り投げる。

当然耐えられるわけもなく、蟲は爆散した。

 

 

『やっ、やったのか……?』

 

『ああ、そのようだ……』

 

 

センサーには他の機影はなし。

それを確認したセルドアの身体から力が抜けていく。

 

同時に【グランティード】から統夜が分離して実体化した。

 

 

「とっ、父さんっ!?」

 

『……限界か、だが役目は果たせた……』

 

 

グランティード本体も光に包まれる。

セルドアの身体から分離するとともに、【深紅の宝玉がはめ込まれたペンダント】の様に変化して、統夜の手の中に現れた。

 

 

「父さんっ、その怪我っ、そんな怪我でっ!?」

 

 

本来は白を基調としたセルドアの服だが、今は逆に白い部分を探すのが難しいほどに赤く、血に染まっていた。

 

 

「父さん、すぐに救急車をっ!」

 

 

統夜はそう言うがセルドアは薄く笑みを浮かべてそれを制す。

そしてその大きな手で統夜の頬に触れる。

その手つきは慈しむ様な仕草であった。

 

 

「なあ……統夜……お前が……生まれた日のこと……お前を……初めて抱き上げた時の、あの重み……産声……今でも……よく覚えて……いるよ……あんな……小さ……な……」

 

 

セルドアの手が統夜の頬から離れ、落ちる。

 

 

「……父さん?父さんっ!?」

 

 

セルドアの身体を揺する。

しかし彼が目を覚ますことはない。

 

 

「父さんっ、嘘だろっ、目を開けてくれよっ!わけわからないんだよっ!ねぇっ!」

 

 

自然と涙が溢れてくる。

だが父の死という事実は変わらない。

 

 

「父さぁぁぁんっ!!!」

 

 

統夜の絶叫が、戦闘の跡が残る自宅に響いた。

 

 

―――――――――――――――

統夜の絶叫が響くのと同時に紫雲家に到着した人間が、2人いた。

 

2人が纏っているのはISだ。

だが片方は男性であった。

 

 

『間に合わなかったか……エ=セルダ・シューン、いやセルドア。見事な最期でした』

 

 

その男性は先ほどセルドアが通信していた人間であった。

黒髪の男性の名前は【更識蔵人】。

セルドアの遺体を抱いて泣く統夜を上空数10mから見下ろして、悲痛な表情を浮かべていた。

 

彼が纏う機体は、セルドアが戦ったアル=ヴァンの【ラフトクランズ・アウルン】に近いが頭部センサーが異なっている。

また両マニピュレータと脚部には近接戦闘用のブレードが装備されており、装甲も大部分が紫の機体であった。

 

 

『グランティードは彼を……統夜君を選んだか』

 

『お父様、彼は……統夜をどうするつもりですか?』

 

『安心しなさい、簪。統夜君は保護するよ、彼はセルドアの残した希望だからね』

 

『……はい』

 

 

簪と呼ばれた水色の髪の眼鏡をかけた少女【更識簪】は安堵の息と笑みを漏らした。

彼女が身にまとっているのはISだ。

その名前は【ベルゼバイン】。

現在国産量産機のシェアを握っている【打鉄】を超えるために【アシュアリー・クロツェル】が開発した試作型のISだ。

幾分か彼女の嗜好が組み込まれているためか、機体色は銀、赤、青主体に変更されていた。

 

 

『刀奈からの連絡は?』

 

『お姉ちゃんからはすでにIS学園へ連絡を取っているらしいです』

 

『そうか……やはりそうするしかないか』

 

 

蔵人が物憂げな表情になり、グランティードが破壊した蟲の残骸に目をやる。

 

 

『強硬派の計画はすでに始まりかけているというのに……こんなもので地球をかき乱すか、篠ノ之束』

 

『お父様はその……あの蟲みたいな機械を知っているんですか?』

 

『……ああ。だが今は統夜君の保護だ。簪、彼を頼めるかね?』

 

『あっ、はい。分かってます』

 

『頼むよ』

 

 

簪のベルゼバインが降下して、統夜に向かっていく。

 

 

(フューリーだけではなく、篠ノ之束まで動き出したか。せめてクストウェルを奪取できていれば……いや、あれを乗りこなせるのは私を含めた禁士と一部の騎士だけ。今は統夜君とセルドアの遺体だ。他の人間にセルドアを渡すわけにはいかない)

 

 

それを追って蔵人の駆る機体【ラフトクランズ・クロウディア】が降下していく。

 

 

―――――――――――――――

???

 

 

「ちぇっ、失敗か」

 

 

ウサギ耳の美女がそう呟いて目の前の空間投影ディスプレイを消す。

消す瞬間のそれに映っていたのは、グランティードの戦闘映像。

 

 

「せっかくオリジナルを奪える機会だったのになぁ。英雄様はホントしつこいね。さっさと消えればいいのに……ま、次の機会があるかな」

 

 

面白そうに呟いた女性は笑みを浮かべる。

 

 

「【紫雲統夜】君……しうん、シューン。なるほどねぇ……面白くなるねぇ」

 

 

そう呟いた女性は立ち上がって闇に消えていった。

 




続いちゃいました。
不定期ですが、よろしくお願いします。

統夜がトーヤじゃないから姫様は……うん(白目


次回予告

第2話「それぞれの理由」


『くっそおおおっ!やれっていうなら、やってやるさっ!』



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第2話「それぞれの理由」

「父さんっ!とうさあああああんっ!」

 

 

統夜が腕の中で息を引き取った実父、セルドアの身体を揺するが当然、反応はない。

肉親の死という突き付けられた現実に涙がこぼれる。

 

だが、運命は彼を待たせてはくれなかった。

統夜の慟哭に反応するかのごとく、手に握っていたグランティードが変化したネックレスが光り輝き始めたのだから。

 

 

『えっ!?』

 

 

統夜の驚愕も当然だろう。

先ほどセルドアが装着していたISを、今度は自分が身に纏っているのだ。

 

セルドアと比べてると統夜の体格は細い。

グランティード側で自動的に最適化を行うことで搭乗者である統夜に合わせているのだ。

 

同時に流れ込んでくる情報の奔流。

それに流していた涙が引っ込んでしまう衝撃を受けた統夜は顔を顰めた。

 

 

『なっ、何なんだよっ、これISっ!?なんで俺が……誰か説明してくれよっ!』

 

『私から説明しよう、統夜君』

 

 

思わず口から出た叫びに答える声があった。

自分の上方からその声が聞こえた為、視線を上げた。

 

 

そこにはISが2機、こちらに向かって降下してきていた。

搭乗している2人には見覚えがある。

 

 

『蔵人おじさんに……簪?』

 

 

そう混乱と再び沸いてくる悲しみに涙を浮かべた統夜は呟いた。

 

―――――――――――――――

 

紫雲家での出来事から1時間。

更識家 客室

 

 

すでにあたりは夜の帳に包まれ月明かりが更識邸を照らしていた。

客室から見えるのは美しい満月。

 

その客室に統夜はいた。

 

日常から非日常へと変わった自身の環境に困惑していたし、父を失ったことに混乱していた統夜だったが、現れた2機のISの搭乗者、知り合いである2人に連れられてここ更識邸に案内されていた。

装着していたグランティードは待機形態である赤い宝玉のペンダントに戻り首からかけていた。

 

 

「……」

 

「統夜君、失礼するよ」

 

 

客室の襖が開いて、黒髪の男性【更識蔵人】が入室してくる。

ゆったりとした和服を身に着けている。

 

 

「……蔵人おじさん」

 

「そう呼ばれるのも久々だね、落ち着いたかい?」

 

「……少しなら」

 

 

更識家に来るまでは正直涙が止まらなかった。

だが客室で1人になったことで少しだけなら落ち着けている。

涙で赤く腫れてしまっているので少しだけ恥ずかしいが。

 

 

「……そうか。簪も見てないでくるといいよ」

 

「っ、はいっ」

 

 

蔵人と同じように和服姿の簪が少し照れたように現れた。

幼い頃から父であるセルドアの友人である蔵人とその娘2人とは面識があったのだ。

なおセルドアの遺体は更識家が丁重に扱ってくれるとのことだ。

 

 

「……久しぶり、統夜」

 

「久しぶり。小学校振りだっけ」

 

 

統夜のその回答に簪の顔がパァッと明るくなる。

 

 

「うん、覚えててくれたんだ」

 

「そりゃ、あれだけヒーロー番組を一緒に見たんだ。覚えてるよ」

 

 

統夜の少し苦笑が混じった笑みに簪は顔を真っ赤にして答える。

母を幼くして亡くした統夜は、更識家に預けられることが多かった。

 

そしてその更識家には年齢が近い姉妹が2人いた。

簪とその姉、刀奈の2人だ。

 

当然、年齢が近い子供となれば交流も発生する。

 

その際に簪は小さい頃からよく見ていたヒーローアニメを統夜と一緒に見ていたのだ。

夜更かしをして蔵人とセルドアに怒られた事を覚えている。

 

 

「うぅ……でも統夜だって楽しそうに見てたじゃない」

 

「そりゃ……まあ、今でも好きだしな」

 

「っ、本当!?」

 

「ああ、たまに見るよ」

 

 

統夜の言葉に食いついた簪であったが、その横で苦笑していた蔵人だが娘の行動を一旦引き留める。

 

 

「簪、少し落ち着きなさい」

 

「あっ、はい、お父様」

 

 

シュンと簪の雰囲気が暗くなり、それに苦笑しつつ蔵人が続ける。

 

 

「さて、統夜君。色々と君の周りには変化が起こってしまった。それについては私がある程度答えられると思う。まずは単刀直入に言おう、君にはIS学園に通ってもらうことになる、これについては保護を優先させてもらった結果だ。あそこは国家に縛られない教育機関だからね」

 

 

【IS学園】とは文字通りIS操縦者の為の教育機関のことである。

正確にはISの情報開示と共有、研究のための超国家機関設立、軍事利用の禁止などを定めたアラスカ条約に基づき日本に設置された特殊国立高等学校である。

 

また操縦者に限らずIS専門のメカニックや開発者、研究者などISに関連する人材はほぼこの学園で育成されている。

学園の土地は本土から離れた離島あり、あらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという規約が存在している。

 

 

「……これのせいですか」

 

 

手に握っている赤い宝玉のペンダントを蔵人と簪の前に出す。

 

 

「そう。それの名前は【グランティード】……ISだ。君はその機体を動かすことができる」

 

「ISの搭乗テストで起動できなかったのに何でっ!それにあの時俺はISと1つになってたんだっ!それに父さんや蔵人おじさんもISに乗っていたじゃないですか、どうしてなんですかっ!?」

 

「……そのISには特殊機関【オルゴン・クラウド】が搭載されている。君とセルドアには適性があった、機体と物理的に1つになるのがそれだよ。だから動かせたんだ。私の【ラフトクランズ・クロウディア】はそのグランティードを基に開発された【男性でも動かせるIS】だ。正確にはこの機体にもオルゴン・クラウドが搭載されているから、適性は必要だがね」

 

「男性でも動かせるってっ……!?」

 

 

女性でしか動かせないというISの前提が崩れる機体に統夜の目は見開かれる。

 

 

「おっと、まだそれはアシュアリーと更識家だけの秘密でね、口外はしないでくれよ?」

 

 

しーっと口元に指をあてた蔵人に頷いて答える。

 

 

「【オルゴン・クラウド】って何ですか?」

 

「ああ。アシュアリーで開発されたIS用の【特殊機関】さ。空間に存在するオルゴンエナジーを使用したある種の無限動力機関……を目指しているが、今はまだその段階までには至っていない。機体の補助や武装への転換、シールドバリアとは別にオルゴン粒子を使ったバリアの展開などは実用段階に入って

いるがね」

 

 

専門用語が羅列していた為統夜にはあまり理解できなかったが、蔵人と自分にはその適性があること自体は理解できた。

 

 

「それじゃあ……あの蟲のバケモノは?」

 

「あれは【篠ノ之束】が送り込んだ無人機だ。ISに近いがISとは異なりシールドバリアは装備されていない」

 

「ISの無人機……ですか、お父様っ!?」

 

 

話を聞いていた簪が驚愕の声を上げる。

彼女の常識、いやISに関わる人間の常識からして無人機など信じられないからだ。

 

蔵人は簪の言葉に頷いて答え、統夜に視線を向ける。

 

 

「ISを作った人ですよね、その人。なんでそんな人が……?」

 

 

世界的な有名人であり、また指名手配されているISの開発者である【篠ノ之束】のことは統夜も知っている。

何度かニュースで顔も流れていたからだ。

 

 

「篠ノ之束には何度かあったことがあるが、天才だがその精神性は子供そのものさ。ゆえに男性でも動かせる【グランティード】は目障りなんだろう。だからグランティードを操れる君を狙った」

 

「……じゃあ父さんのあのケガも、その人が?」

 

 

統夜の疑問に蔵人は首を横に振る。

 

 

「いや、セルドアに致命傷を与えたのは篠ノ之束ではない。別の人間だろう」

 

「いったい誰なんです?」

 

「それについては調査中だ。すぐに判明させる、これでも情報戦は得意でね……さて、疑問はほかにあるかい?」

 

「……いえ。色々と頭の中、グチャグチャですけど、何とか」

 

 

統夜の言葉に蔵人はうなずく。

その反応に苦笑した蔵人は、統夜の肩に手を置く。

 

 

「更識家として、私達は君を全面的にバックアップするよ。学園には簪と刀奈もいるしね。ああ、君にはアシュアリーに所属してテストパイロットをしていたことになっている。事後承諾の形になってしまってすまないね」

 

「いや、何から何までやってもらってるみたいですし……ありがとうございます」

 

 

そう、弱々しく統夜はほほ笑んで答えた。

 

 

その後、統夜はアシュアリー・クロイツェルに所属しているグランティードのテストパイロットとしてIS学園に編入されることになった。

 

編入までは2週間程かかる予定であり、その間にテストパイロットとしての経歴を偽装したため、ISの基礎知識や操作技術を習得することになった。

なお、学力についてはIS学園の求めるボーダーラインよりも上であったため、特に問題はなかった。

 

 

統夜に事情を説明した同日 深夜

 

 

蔵人は私室で、目の前に展開された空間投影ディスプレイを眺めている。

そのディスプレイに映るのは、茶髪に壮年の男性。

 

 

「フランツか」

 

『蔵人……セルドアのことは聞いたよ』

 

 

ディスプレイに映っている男性【フランツ・ツェッペリン】は沈痛な面持ちで答える。

彼は簪が所属している【アシュアリー・クロイツェル】のスタッフであり、彼女の上司でもある。

 

 

「……立派な最期だったよ。それでグランティードのデータはそちらに送った。どうだ?」

 

『まだ解析途中だが、既存の2世代、3世代機を……うちの最新鋭機のベルゼバインですらグランティードと比べるのは酷だろうな。オルゴン兵装の洗練度がダンチだ。それにこのオルゴンエクストラクターか……出鱈目にも過ぎるな』

 

 

別のディスプレイを眺めるフランツが脱帽したように答えた。

 

 

「それも仕方ないだろうな。その機体はすべてのISの元になった玉座機、我等【フューリー】の中でも最も特別な機体なんだ。それで?」

 

『そうだな、セルドアと君が言っていた【ラースエイレム】、【ラフトクランズ・クロウディア】と同じものが搭載されているのは確認した』

 

「そうか……無傷で【ラースエイレム】が手に入ったのは大きいな」

 

 

安堵したように答える蔵人にフランツが、さらに別のディスプレイを立ち上げて続ける。

 

 

『それでどうやらグランティードには【ラースエイレム】に直結している機関がある。これは何だかわかるか?』

 

「それが一番大切なものだ、禁士や一部の騎士にしか伝えられていない機関【ラースエイレム・キャンセラー】だ」

 

 

キャンセラー、その言葉の意味を理解したのかフランツが驚愕を浮かべた。

そしてため息をついて尋ねる。

 

 

『……こんなものを統夜君に……いくらセルドアの息子とは言え、乗りこなせるのか?』

 

「……もう統夜君しかいないんだよ。グランティードを動かせるのはな」

 

『情けないな、大の大人が子供に頼る事になるなんてな』

 

「情けなさを感じているのならば、手を動かそう。彼にかかる負担を最小にするために」

 

 

蔵人の言葉に画面の中のフランツが頷く。

 

 

(……すまない、統夜君。君に真実を伝えない私を許してほしい。だが、グランティードの真なる覚醒には君がその機体を乗りこなすことが必要なんだ。恨んでくれてもかまわない、過酷な運命が待ち受けているというのに、ろくに手助けもできない私達を)

 

 

先ほどの統夜の弱々しい表情思い出し、良心の呵責を感じた蔵人であったが【目的】のためには止まれないのだ。

 

 

統夜を取り巻く環境は激変した。

まだ、運命は彼を巻き込み始めたばかりであった。

 

―――――――――――――――

そして2週間後――

 

IS学園 1年4組

 

 

「えっと、初めまして……紫雲、紫雲統夜です。よろしくお願いします」

 

 

2人しか着ることのないIS学園の男子用制服を身に着けた統夜が自己紹介をしていた。

クラスメイトは自分以外女性、その中には見知った簪の姿もあった。

 

統夜が視線を向けていることに気づいた、彼女は薄く笑みを浮かべて答えていた。

 

 

「優しそうなタイプのイケメンきたーっ!」

 

「1組だけじゃなかったんやっ!4組も勝ち組っ!」

 

 

統夜の自己紹介が終了すると同時に、一気に教室が騒がしくなった。

 

 

(……何というか、普通の女子高みたいな雰囲気だな)

 

 

苦笑をしつつ、統夜はそう考えていた。

ISは宇宙での活動を前提にしたマルチプラットフォームスーツであるが、現在の世界の認識は非常に強力な【兵器】としての側面である。

IS学園はそのISを扱うための人間を育成する機関だ。

そのため多少は規律の整った教育機関を想像していたが、その予想は外れていたのだ。

 

この2週間でISについての基礎知識は蔵人とアシュアリーの社員に教育されていた。

グランティードの操縦についても、天性のものがあったのかわずか2週間で高等技術である【瞬時加速】を使用できるようにまで上達していた。

 

 

(下手に気負わないのはありがたいな。それに簪も一緒なら安心できる)

 

 

「自己紹介はここまで、連絡事項があります。紫雲君は空いている席に座ってください」

 

「はい」

 

 

担任の女性教師の言葉に教室は静まり、統夜は空いていた席に座る。

統夜が座ったことを確認した教師は口を開いた。

 

 

「紫雲君は初耳となりますが、数日後に迫ったクラス代表トーナメントですが、組み合わせが決まりました」

 

(クラス代表トーナメント?)

 

 

教師の言葉に疑問符を浮かべていた統夜であったが、それを察した隣の女子生徒が耳打ちしてきた。

 

 

「クラス代表が出場するISの試合の事だよ。4組は更識さんが出るんだ」

 

「簪が?」

 

「うん。1組と2組は専用機持ちだけど、更識さんなら……というか簪呼びなんだねぇ」

 

 

統夜の言葉に反応した女子生徒はニヤっと笑みを浮かべている。

 

 

「……小さい時からの仲だからだよ。わざわざありがとう」

 

 

そう告げた統夜であったが、初日から面倒な噂を流されそうだと苦笑していた。

 

―――――――――――――――

2時限目 IS学園 第2アリーナ

 

 

統夜が1年4組に編入された初日の2時限目。

この日の授業はIS実機を用いた合同訓練だ。

 

 

4組と1組の合同訓練であり、第2アリーナには数機のIS【打鉄】が鎮座していた。

そしてここで友人同士の再会劇が行われていた。

それはこの学園に、いや、世界でも【2人】しかいない男性搭乗者同士のものであった。

 

 

黒髪に男性用の腹筋が見えるタイプのISスーツを身に纏った少年。

1人目の男性搭乗者の【織斑一夏】である。

 

 

「統夜、久しぶりだなっ!」

 

「そうだな、一夏」

 

 

テンションが何故か高い一夏に若干引きつつも、旧友との再会に心が高鳴っている統夜であった。

ちなみに、統夜もISスーツを身に着けているが一夏のものとはデザインが異なっていた。

 

統夜の身に着けているISスーツは肌の露出はほぼ無く、濃紺のウェットスーツの様なデザインである。

アシュアリー・クロイツェルが独自で開発したISスーツであり、開発段階の名称は【パイロットスーツ】と呼ばれているものであった。

同じような全身を包むスーツを簪も身に着けており、彼女のスーツの色は赤と銀色、どこと無くヒーロー然なデザインであった。

 

 

「一月振りだよな、よかったぁ……俺以外にも動かせる奴がいて……!」

 

「そっ、そこまでの事か?」

 

「そこまでだっての!」

 

 

ガシッと肩を掴んでくる一夏の態度に彼がどれだけ大変だったかを推し量ってしまう。

中学時代にも彼は女性関係で色々とやらかしている。

 

それを知っているためか、ふと彼の背後に目をやるとこちらを羨ましそうに見ているポニーテールの美少女と美髪縦ロールの美少女が視界に入った。

彼女達もISスーツを身に纏っており、目のやりどころに困るデザインだ。

 

 

(ああ、成程……ここでもかよ)

 

 

中学時代にフォローなどで大変な目にあったことのある統夜は遠い目になるが、それは遮られる事となった。

 

 

「そこまでにしろ、織斑、紫雲」

 

「はっ、はい!」

 

 

スーツを着た鈴とした美女――世界最強の初代ブリュンヒルデ【織斑千冬】であった。

彼女の鶴の一声で先程まで会話していた生徒達はぴたりと私語を止める。

 

 

「さて、全員集まったようだな。2時限目は1組と4組の合同授業だ。用意したISにそれぞれ搭乗して貰うぞ」

 

 

千冬の言葉に生徒達から期待の声が溢れる。

代表候補生などの一部を除いた一般生徒たちは専用機などを持っていない。

その分IS実機に触れるチャンスも専用機持ちに比べると減ってしまう。

それゆえに期待の声が出たのだ。

 

千冬の指示によって生徒達は搭乗予定のISに割り振られていく。

順調に授業は進んでいた――その時であった。

 

 

『アリーナ上空に高熱源反応っ!緊急でシールドバリアを展開しますっ!』

 

 

アリーナ管制室から響くアラート。

アリーナがシールドバリアに覆われるとともに、閃光が降り注いだ。

 

間一髪間に合ったバリアが閃光を防ぐ。

しかし耐え切れずに相殺してしまった。

 

 

「何事だっ!?」

 

『あれはっ!』

 

 

咄嗟の事態に千冬が叫び、真っ先にIS【ベルゼバイン】を身に纏った簪がアリーナ上空を指差す。

そこには2週間前、紫雲家を襲った【蟲】――【無人機】の姿があった。

 

 

『蟲……ですの?』

 

 

簪に遅れて、金髪ロールの英国代表候補生【セシリア・オルコット】はISを身に纏う。

それとほぼ同時に統夜も【グランティード】を展開した。

 

 

「何だ、あれはっ!?」

 

『織斑先生、皆の避難をっ!』

 

「更識、まさか戦う気かっ!?」

 

『はいっ、避難が終わるまで、持たせて見せますっ!』

 

『援護しますわっ!』

 

 

千冬の返事も待たずにそう告げて、簪とセシリアはISのスラスターを入れる。

高速で飛翔していく2人に舌打ちして、千冬は指示を出す。

 

 

「勝手なまねをっ!すぐに教員に連絡を入れるっ!皆、パニックにならずに私達教師について来いっ!」

 

 

突然の事態にパニックになっていた生徒達は千冬の声で静まり、彼女や4組の教師についていく。

だがその指示に従わない生徒が1人――IS【白式】を身に纏った一夏だ。

 

 

『くそっ、あんなの放っておけるわけが無いだろっ!』

 

 

避難を無視して一夏が白式のスラスターを吹かせて飛翔していく。

 

 

「待て、一夏っ!」

 

 

千冬が思わず感情的になって一夏と叫んでしまうが、肝心の一夏には届かない。

そしてもう1人、指示に従わずに上空に【蟲】を凝視している生徒がいた。

 

 

(何なんだよ……あれは篠ノ之束の無人機って奴だろ、何でこんなところにいるんだよっ!)

 

 

父、セルドアがグランティードを駆って戦った【蟲】

あの時はグランティードに取り込まれていたが、父が最後に戦った相手と同じ【蟲】の出現に、統夜の心は荒立っていた。

 

 

(くそ、グランティードを狙ってなのか……くそぉっ!)

 

 

すでに上空で簪たちの戦闘は始まっている。

【蟲】は最初は1匹であったが、すでに4匹程増援が出現していた。

 

――父、セルドアの最後の姿が、フラッシュバックする。

同時に最悪の事態、蟲によって誰かに被害が出る光景も浮かんでしまった。

出会ってすぐのクラスメイトだが、見捨てるほど薄情ではない。

 

 

守れる力があるのなら――

 

 

『くっそおおおっ!やれっていうなら、やってやるさっ!』

 

 

そう叫んで、統夜もグランティードを飛翔させる。

渦巻く感情が整理出来ないながらも、グランティードはスラスターから翡翠色の粒子を噴出しながら、戦場に、空に向かった。

 

 




紫雲統夜 レベル5
精神コマンド
必中
???
???
???
???

更識簪 レベル8
精神コマンド
集中
???
???
???
???

上のは冗談……じゃないかもしれない。


次回予告

第3話「Fate」


『これがグランティードの力……っ!?』

『行けるよ、統夜っ!』


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第3話「Fate」

第2アリーナの上空はすでに混戦の様相を呈していた。

 

アリーナのバリアを破壊した蟲――無人機と同じ機体が、増援を含めて10機出現していたからだ。

だが代表候補生達もその程度で慌てたりはしない。

 

蒼の機体、【ブルー・ティアーズ】を駆るセシリアの操作に従いブルー・ティアーズの背部スラスターが分離、4機の遠隔無線誘導砲台が彼女の周りを浮遊している。

 

 

『撃ち落しなさいっ!』

 

 

複雑な機動を描いて、ティアーズ4機が無人機に向かって行く。

それに反応した蟲は、口のようにも見える機関からビームを放ち、ティアーズを狙う。

 

だが、その発射されたビームをクイックな機動でティアーズは躱す。

 

 

『甘いですわよっ!』

 

 

ビームでの迎撃行動を予測していたセシリアは、自身の予測が当たった事に薄く笑みを浮かべていた。

統夜は知らない事であったが、数日前に一夏とセシリアによるクラス代表を決定する試合が行われていたのだ。

試合結果だけ見ればセシリアは勝利したが、勝負としては決定的な一撃が決まる直前に一夏の白式のエネルギーが切れると言う結末であった。

 

その試合を通して一夏に惹かれたセシリアであったが、IS搭乗者としての自分に不甲斐無さを感じた。

現在のセシリアはティアーズを展開しつつの行動、所謂同時制御が出来ないのだ。

 

同時制御さえ出来れば、自身の戦闘にはさらに幅が出る。

そのため、立体パズルなどを用いてBT兵器に必要となる【空間認識能力】と【並列思考】を一から鍛えなおしている。

 

その成果によって未だ、同時制御は不可能だがティアーズをより精密に、より機敏に操作する事が可能になっていた。

同時制御も実現はそう遠くないと彼女は感じていた。

 

 

閑話休題

 

 

機敏な機動でビームを躱したティアーズから、反撃のレーザーが射出され、蟲の機体を貫く。

数条のレーザーに貫かれた蟲は機能を停止して落下して行く。

 

だがその行動に反応した蟲、2機がセシリアに向かってビーム発射口を向ける。

 

 

『っ!』

 

 

その行動に気づいたセシリアが回避行動に移るが、スラスターを兼ねたティアーズを切り離しているため、機動力は通常字よりも大幅に下がっている。

 

 

『セシリアっ!』

 

 

蟲と切り結んでいた一夏が友人の危機に叫ぶ。

一夏の叫びとともに行動を移した機体がいた。

 

 

『オルゴン・ライフル、Nモード起動っ!』

 

 

銀、赤、青特徴的なトリコロール。

簪が駆るベルゼバインだ。

 

その両マニピュレータに展開した大型狙撃ライフル【オルゴン・ライフル】

砲口に翡翠色の粒子が収束し、射撃可能状態に移行する。

 

 

『そこっ!』

 

 

敵機の機動を【集中】して予測し、トリガーを引く。

美しい翡翠色の高出力ビームがライフルから放たれて、蟲を側面から貫き、そのままもう1匹も同時に貫いた。

 

ベルゼバインの射撃に貫かれた2機は機能を停止し、1機は爆散し、もう1機は落下して行く。

それを確認したセシリアは安堵の息を漏らして、簪にオープンチャンネルを繋げる。

 

 

『感謝いたしますわ』

 

『大丈夫、それにまだ8機もいる……危ないっ!』

 

 

ベルゼバインのセンサーが下方で戦っている白式の戦闘を捉えた。

 

 

『このぉっ!!』

 

 

白式が自らの得物である【雪片弐型】を振り切る。

一機の蟲の触腕部分を切り落とすが、蟲は意にも介さずスラスターを全開にして白式にタックルを繰り出してきた。

 

 

『ぐあっ!?』

 

 

たまらず弾き飛ばされた一夏の白式であったが、姿勢制御が覚束ない。

簪やセシリアならば即座に【可動肢制御による姿勢制御(AMBAC)】を行う事ができるだろうが、現在の一夏はまだ素人の域を出ていない。

それは戦場では致命的な隙を生む。

 

一夏を弾き飛ばした蟲はビーム発射口を彼に向けていたからだ。

 

 

『一夏さんっ!』

 

『織斑っ!』

 

 

セシリアは想い人である一夏を助けるために、簪は代表候補生として一夏を助けるためにそれぞれ得物を向けるが間に合わない。

 

だが、一夏にビームは届かなかった。

 

 

『オルゴン・ブラスターっ!!』

 

 

緑色の閃光、高出力ビームが下方から迸り、蟲を飲み込んだのだ。

蟲の装甲がビームによって融解していくのと同時に、機能不全が起こったのか行動を停止させる。

 

 

『統夜っ!』

 

『一夏っ、コイツは俺がっ!』

 

 

グランティードを駆る統夜が、頭頂部の天使の輪にも見える機関から【オルゴン・ブラスター】を放ち、一夏を救ったのだ。

一夏に通信を送った統夜が、そのままの加速で行動を停止させた蟲へと向かう。

 

グランティードの両マニピュレータには翡翠色の粒子、オルゴン粒子が収束していた。

 

 

『フィンガー・クリーブッ!』

 

 

蟲の装甲を容易く、グランティードの貫手が貫く。

そして2度の連撃の後、両マニピュレータには翡翠色の結晶が現れる。

 

この結晶の名は【オルゴナイト】、オルゴン粒子を収束して物質化した結晶体だ。

 

 

『これで終わりだぁっ!』

 

 

叫びとともに、渾身のオルゴナイトの貫手を叩き込む。

叩き込まれた蟲は無残な残骸へと姿を変えて、落下して行く。

 

 

『サンキュー、統夜、助かったよ』

 

『ああっ、でもまだ沢山いるっ』

 

 

ビームが数条グランティードと白式に向かうが、散開して回避。

そしてグランティードにベルゼバインが寄り添う。

 

 

『統夜、大丈夫?』

 

『ああ、大丈夫。やれる』

 

 

少し心配そうな表情の簪が尋ね、統夜がそう返す。

 

統夜の答えがただの虚勢である事くらいは見抜ける。

父親であるセルドアの最後の相手はこの無人機達だ。

まだ気持ちの整理も付いていないはずだ。

 

ならば自分のやる事は決まっている。

彼を支える事が更識としても、個人としても自分がやる事だ。

 

 

『分かった、なら一緒に……っ、この熱源反応……っ!?』

 

 

ベルゼバインのハイパーセンサーが上空に熱源を捉える。

簪の言葉に統夜全員が上空を見上げる。

 

 

上空にはいつの間にか、現在戦っている無人機と同型の蟲が存在していた。

だがその機体色は他が緑であるのに【赤色】であった。

 

 

『あれは同じ蟲でしょうか?色は異なっていますが……』

 

『赤色ってどっかのアニメじゃないんだから……』

 

 

一夏とセシリアがそう告げた瞬間であった。

赤色の蟲がISの瞬時加速めいた加速でこちらに突っ込んできたのだ。

 

 

『避けてっ!』

 

 

蟲の一挙一動に【集中】していた簪がそれに反応できた。

咄嗟にオルゴン・ライフルをNモードで放つ。

 

蟲はスラスターを噴かせてオルゴンビームを回避して、その速度は大きく低下する。

その隙に簪たちは一旦散開する。

 

 

『他の蟲よりも速いっ!』

 

『うん、出力も多分上……所謂指揮官仕様な感じかな、そこっ!』

 

 

オルゴン・ライフルで蟲を狙うが、クイックな反応で回避されてしまう。

統夜もオルゴン・ブラスターを放つが、蟲は射線を読んでいるのか回避されてしまった。

 

 

一夏とセシリアも別れて射撃武装で蟲を狙う。

もっとも一夏の白式には射撃武装が搭載されていない為、セシリアがスナイパーライフル【スターライトMK-Ⅲ】で蟲を狙っている。

だがその攻撃すらも回避されてしまう。

 

 

『くっ、当たらないっ』

 

『動きが緑色のとはまるで違う……それに……っ!』

 

 

セシリアからの攻撃を意に介さず、赤色の蟲は統夜と簪の2人に向かってくる。

 

 

ライフルを放ちながら統夜と共に後退する。

オルゴンビームをかなりの頻度で撃っているため、機体のエネルギーはすでに7割となっている。

 

 

『させませんわっ、ティアーズっ!』

 

 

一夏に守られながら、セシリアはティアーズを展開する。

流石に、全方位からのレーザーは直進したままでは回避できないのか、赤の蟲は一旦距離を取る。

 

代わりに緑色の蟲がセシリア達に向かっていく。

 

 

(この機体、もしかしてグランティードを……となると、やっぱりこの襲撃は……篠ノ之束の!)

 

『簪、もしかしてアイツは……俺を狙ってるのか?』

 

 

統夜からプライベートチャンネルの通信が届く。

プライベートチャンネルならば、一夏やセシリア、その他の部外者に傍受される可能性はない。

 

そのため、統夜の問いに頷いて答える。

 

 

『……多分、そうだと思う』

 

『この機体を、グランティードを狙ってるのか……篠ノ之束』

 

 

統夜が顔を顰めながら、言う。

 

彼女の父である16代目【更識楯無】の蔵人曰く、オルゴン・クラウドを搭載した男性でも動かせるISだと言う。

だが、本当にそれだけなのか。

 

かの天災が態々ここまでして狙う機体。何か自分の知らない事が隠されているのではないか。

 

そう簪が思考した瞬間であった。

グランティードの胸部ユニットが武装ではない、温かな翡翠色の光を放ち始めたのは。

 

 

『なっ、なんだっ!?』

 

 

統夜の困惑の声、そしてその光が簪のベルゼバインに伸び、包んで行く。

 

 

『えっ、えっ!?』

 

 

ベルゼバインの機体と共に、簪の身体が美しい緑の粒子に溶ける様に消え、球体となってグランティードの胸部に取り込まれた。

それは以前の、統夜が経験した事象と同じであった。

 

 

『なっ、グランティードに!?』

 

 

グランティードに取り込まれた彼女の様子に統夜は驚愕の声を出す。

グランティードから溢れた光に取り込まれた簪であったが、うっすらと透ける様にも見える彼女はグランティードの、統夜の隣で浮いている。

 

 

『だっ、大丈夫なのか?』

 

『うん。身体に違和感はないよ、ただ……』

 

『ただ?』

 

『なんだろう、凄く暖かくて心地いいの……誰かに包まれてるみたいな、そんな感じ』

 

(俺の……あの時と同じだ。それに一人の時よりもグランティードの出力が上がってる?)

 

 

グランティードの出力が明らかに自分一人だけの時よりも高いのだ。

まるでこれが本来のグランティードだとでもいうかのように。

 

 

『これがグランティードの力……っ!?』

 

『……統夜、今ならグランティードの武装、全部使えるはず』

 

『何でわかるんだ?』

 

『サイト……ロン?よくわからないけど、機体から流れ込んできたの。その制御方法、サイトロン・サイティングにオルゴン・マテリアライゼーション……そもそもグランティードは複座というか複数人で乗り込む機体……みたい』

 

 

簪の回答に疑問の声を上げようとした瞬間であった。

統夜の頭にイメージが流れ込んできた。

 

サイトロンと言う素粒子との交感と情報伝達、グランティードに使われている【サイトロン・コントロール】と言うインターフェースが統夜と簪に情報を伝えて着ていたのだ。

 

グランティードの胸部から発射される翡翠色の高出力ビーム。

かつて父であるセルドアが無人機に向かって放ったもの。

 

そして胸部ユニットから展開される円錐状の結晶体。

その結晶体をドリルのように使って破壊するマニューバ。

同じくセルドアが使用したグランティード最大の攻撃。

 

 

『っ、オルゴン・スレイブに……オルゴナイト・バスター……?』

 

 

流れ込んできた武装の名称を、統夜は困惑しながら呟いた。

 

 

『統夜にも?』

 

『ああ……くそ、何なんだよ、この機体は、訳分からない事が多すぎるんだよっ』

 

 

思わず毒づいてしまった統夜であった、センサーが蟲の接近を告げる。

緑の蟲が一夏達のほうに向かい、自分達のほうには赤い蟲が接近してきている。

 

 

『統夜っ』

 

『……分かってるよ!』

 

『うんっ、今のグランティードなら……っ!』

 

 

グランティードが向かってくる赤い蟲に向かってスラスターを噴かすと同時に通信を繋げる。

通信先は一夏とセシリアだ。

 

 

『一夏、オルコット、この赤い奴は俺がっ!2人は緑の蟲を頼むっ!』

 

『統夜っ!?』

 

『紫雲さんっ!?』

 

 

突然の連絡に驚愕の表情を浮かべている2人を尻目に、グランティードは目前に迫った蟲と相対する。

加速して突っ込んできた赤い蟲と組み付く。

 

大きさとしてはISとほぼ互角である機体同士が組み付いたのだ、拮抗状態になるかと思われた。

だが、蟲は一方的にグランティードに押し返されている。

そもそもシールドバリアで弾き返されており、触腕はグランティードまで届いていなかった。

 

 

『統夜、フィンガー・クリーブでっ!』

 

『分かったっ、フィンガー・クリーブッ!』

 

 

緑色の美しい粒子をまき散らしながら、グランティードはフィンガー・クリーブで蟲を弾き飛ばす。

続けて、脚部ブレードがグランティードと融合した簪の操作によって射出され、円盤が構成される。

それを統夜はマニピュレータで掴む。

 

 

『ソーサー、簪っ!』

 

『うん、コントロールは私がっ!』

 

『ああっ、いけぇっ!』

 

 

グランティードがソーサーを放る。

同時にスラスターを全開まで稼働、その重厚な姿からは想像できない速度で蟲に向かう。

 

ソーサーが蟲の装甲を切り刻み、体勢を崩させる。

ここまで体勢を崩したのならば、後の攻撃は全て【必中】といっても良い。

 

 

『行けるよ、統夜っ!』

 

『うおおおおおっ!』

 

 

加速したまま、グランティードは蟲を掴み急降下。

地上に押し付けそのまま引き摺る。

無理やり引き摺られる蟲の装甲は見るも無残なありさまとなっている。

 

 

『まだだっ!』

 

 

グランティードの胸部からオルゴンの結晶が円錐状に構成される。

そして高速回転を始めた結晶体を蟲に押し付ける。

 

蟲の合金製の装甲がまるで飴細工の様に砕け散っていく。

 

 

『オルゴナイト・バスターッ、砕けろぉおお!』

 

 

気合の咆哮とともに、結晶体を押し付けた後、放る。

 

結晶体が砕け、威力に耐え切れなかった蟲を巻き込んで爆発が起こる。

その爆発にまきこまれた蟲の機体はスクラップと化して辺りに散らばっていく。

 

頭上を確認すると、敵の蟲の数は残り3機まで減っていた。

それに伴い、セシリアと一夏の機体のエネルギーも相応に減っていた。

特に一夏の方はもうエネルギーが尽きる寸前だ。

 

 

『これでっ、一掃するっ!一夏、オルコット、射線から外れてくれっ!』

 

 

繋がったままだったチャンネルでそう告げると、白式とブルー・ティアーズが射線から外れた。

それを確認した簪が告げる。

 

 

『サイトロン・サイティング……いけるよっ!』

 

『ああ、行くぞっ!』

 

 

グランティードの胸部ユニットにオルゴン粒子の光が集まる。

最大まで出力を高めたエネルギーを一気に開放する。

 

 

『オルゴン・スレイブッ!』

 

 

統夜の咆哮と共に、オルゴン・ブラスターとは比べ物にならない出力のビームが発射された。

その高出力ビームに飲まれた蟲3機は見る見るうちにその身体を融解させていく。

そしてオルゴン・スレイブの照射が終わる事には、その残骸は一片も残っていなかった。

 

 

『……終わった』

 

『うん、終わったね』

 

 

機体のセンサーを直接見るような感覚で周囲に敵機がいない事確認した簪が呟く。

 

 

『って、簪、グランティードから離れる事は出来るか?』

 

 

簪がグランティードと融合したままだった事を思い出した統夜が簪に尋ねる。

 

 

『うん、ちょっと待ってね……』

 

 

半透明であった簪の身体が取り込まれたときと同じ翡翠色の光に包まれて消える。

そして胸部ユニットから光が溢れて、自機の横で実体化していく。

 

光が消えると、そこにはベルゼバインを纏った簪が立っていた。

 

 

『うん、分離できたね』

 

『……よかった』

 

 

ほっと胸を撫で下ろす統夜であったが、グランティードが簪の融合している時よりも大幅に出力を下げている事に気づいた。

 

 

(これって……さっき流れ込んできたグランティードは複座式の機体って言うのは正しいのか)

 

『とりあえず、一旦ピットまで戻ろう?』

 

『……ああ、分かった。一夏達もいいか?』

 

『ああ、てか更識さん、今までどこにいたんだ?』

 

『いえ、先程の光……私の目が確かなら、紫雲さんの機体から光が溢れた瞬間、更識さんが現れたように見えましたが……』

 

 

一夏とセシリアが急に現れた簪に疑問の声を上げる。

 

 

『とにかく、まずは帰還しないと……織斑先生がこっち見てるよ?』

 

『げぇっ、あれは相当怒ってる時の千冬姉だ……』

 

 

Bピットに視線を移すと、そこには青筋を浮かべてこちらを凝視している千冬が立っている。

 

 

『……あれはヤバイな、確か中学の時1回みたことあるけど』

 

『ああ、ヤバイヤバイ……統夜、何とかならないかなぁ?』

 

『……まあ、甘んじて受けるしかないだろ、覚悟決めないと』

 

 

統夜の返答に盛大に一夏はため息をついたのだった。

 

 

―――――――――――――――

???

 

 

「あれがとーや君の力かぁ、特別にチューンした機体だったのに、圧倒されちゃったなぁ」

 

 

目の前の空間投影ディスプレイに映るのはグランティードの戦闘映像。

注目しているのはグランティードから溢れた翡翠の光が簪とベルゼバインを取り込んだ映像。

 

 

「……これ、取り込んだ後、明らかに出力上がってるよね。この前は詳細なデータが取れなかったけど、グランティードには、オリジナルにはこんな機能があるの?」

 

 

ウサギ耳の美女がそう呟いてディスプレイを凝視している。

 

 

「ははっ、凄い、流石オリジナル、未知の技術の宝庫だよ。待っててね、絶対に君は私のものにして見せるから……!」

 

 

そう呟いた女性の目には狂喜の色が浮かんでいた。

 

 




紫雲統夜 レベル5→10
精神コマンド
必中
不屈 ←NEW
???
???
???

更識簪 レベル8→10
精神コマンド
集中
努力 ←NEW
???
???
???


OGMD、グランティードに3人娘の誰を乗せてました?
私はメルア一択でした。いや決してブルンバストを期待したわけじゃなくてですね(ry

第4話「月からの騎士」


『ラースエイレム、起動っ!』


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第4話「月からの騎士」

???

 

王宮の様な荘厳な装飾が施された通路の先、玉座のようにも見える場所に一人の女性が座っている。

いや、年齢から見て少女と言ってもいい。

美しい水色の髪と装飾が施されたドレスが、高い身分のものだと理解させた。

そしてすぐ近くに厳格な雰囲気を漂わせる往年の男性が立っている。

 

その前に跪く緑髪の青年がいた。

 

 

「ジュア=ム・ダルービ」

 

「はっ!」

 

「今宵より、貴公は準騎士から騎士へ昇格する事となった。今後もより一層の活躍を期待している」

 

「ありがたきお言葉です、グ=ランドン様」

 

 

グ=ランドンと呼ばれた男性はジュア=ムの返答に頷いて下がる。

玉座に座っていた水色の長髪の少女が物憂げ表情を浮かべていたが、すぐさま切り替えたのかグ=ランドンに告げる。

 

 

「……グ=ランドン、作戦の現状はどのようになっていますか?」

 

「現在、侵攻作戦は皇女殿下の承認を残すのみです」

 

「……分かりました。シャナ=ミア・エテルナ・フューラの名の下に、作戦の実行を、許可します」

 

 

許可するの手前で一度言い淀んだシャナ=ミアであったが、すぐにその続きを告げる。

 

 

「承知しました」

 

「……グ=ランドン、グランティードの捜索のほうはどうですか?」

 

「はっ。それについてはよい報告が1つ。グランティードのオルゴンエナジーの波長を検知致しました。場所は地球、日本のIS学園との事です」

 

「……やはり彼らの手に渡っていたという事ですか」

 

 

グ=ランドンの背後で直立不動の体制を取っていた緑髪の女性が呟くように言う。

その横で同じく待機していた青年、アル=ヴァンが同僚でもある女性、フー=ルーの言葉に反応した。

 

 

「馬鹿なっ、あの機体はシューンの血を引く者か、皇家に連なる方のみが動かせるはずっ!」

 

「口を慎め、アル=ヴァン。シャナ=ミア様の御前だ」

 

「いいのです、アル=ヴァン。私もその点は気になっていましたから」

 

 

グ=ランドンが取り乱したアル=ヴァンに告げるが、それを弱々しく微笑みながらシャナ=ミアは遮る。

 

 

「何故、グランティードが稼働しているのか。それを確かめなさい。そのためならば、ラースエイレムの使用を許可します。ただし搭乗者については必ず捕虜とする事を厳命とします」

 

「畏まりました。皇女殿下」

 

 

グ=ランドンはそうシャナ=ミアに深く一礼すると、ジュア=ムとフー=ルーに振り返る。

 

 

「フー=ルー、そしてジュア=ム」

 

「「はっ」」

 

「貴様達はIS学園へ向かってもらう。IS学園の戦力把握が目的だが、可能ならば殲滅しろ。それとグランティードについては先ほど皇女殿下が申した通りだ。ラースエイレムも使用して構わない。確実にとらえろ」

 

「「はっ」」

 

 

フー=ル=とジュア=ムが返礼した後踵を返してその場所から出て行く。

その様子をシャナ=ミアは悲痛な表情で眺めていた。

 

――――――――――――――

夕方 IS学園 保健室

 

 

「はい、統夜君。お疲れ様」

 

 

制服を整えながら統夜は保険医に頭を下げる。

ISでの実践を終えた後、統夜、簪、一夏、セシリアは精密検査を受けていた。

全員に怪我はなかったが、学園としては生徒がISの試合ではない戦闘を行ったのだ。

ケアを含めた精密な検査は必須事項だ。

 

 

「特に問題はなかったわ。健康そのものよ」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

「今日はゆっくりと疲れを癒してね、と言ってもまだ大浴場は使えなかったわね。マッサージをお勧めしておくわ」

 

「分かりました。それじゃ」

 

 

軽く会釈した後、統夜は保健室から退室する。

そんな彼を待っていたものがいた。

 

 

「あ、統夜。終わったんだ」

 

 

それは簪であった。

 

 

「待っててくれたのか。ごめん」

 

「ううん。そんなに待ってないから大丈夫」

 

「そうか……あっ、身体は大丈夫だよな?」

 

 

統夜は検査を受けている間、気になっていた事を尋ねる。

グランティードに簪はベルゼバインごと取り込まれたのだ。

ここ数週間で身に着けたISの知識では、そんな機能は聞いたこともなかったからだ。

 

統夜の質問に首を縦に振りながら簪は言う。

 

 

「うん、別にどこも悪くないかな。グランティードの中っていうのかな暖かくて気持ちよかったよ」

 

「そうなのか……まあ、とにかくよかった」

 

 

自分のISであるグランティードから何か悪い影響を受けているかもしれないとも考えていたがその様子はなく、統夜は胸をなでおろした。

 

 

「統夜、今日は疲れたでしょ」

 

「まぁな、まさか初日からこんなことになるなんて思わなかった。けどそれを言うなら簪もだろ」

 

「うん……あ、そうだ、荷解き」

 

 

それにひきつった笑みを浮かべながら統夜はため息をついた。

 

 

「あぁ、忘れてたよ。やらないとな」

 

「私も手伝う。そのあと食堂に案内するから」

 

「……そういえば俺の部屋ってどこなんだ」

 

 

思い出したように統夜が呟くと、簪が答えた。

 

 

「あれ、聞いてなかった?私と同じ部室だよ?」

 

「……え?」

 

 

彼女の言葉に疑問と驚愕の混ざった声を統夜は抑えられなかった。

 

10分後 学生寮

 

 

IS学園は全寮制の学園であり、敷地内には学生寮が存在している。

その学生寮も内装は1流ホテルと遜色ない立派なものであり、日々の学業の疲れを快適に癒せていた。

 

さてそんな学生寮の一室、ある部屋の前に統夜と簪がいた。

今日の襲撃の為、かなり体力を消耗していた統夜であったがここにきてさらにげんなりとしていた。

部屋の扉を簪が扉を開け、統夜に尋ねる。

 

 

「統夜、どうかしたの?」

 

「え、あっ、ごめん。本当にここ、俺の部屋なんだよな?」

 

「うん、何でもお姉ちゃんとお父様が色々と調整したらしいけど……」

 

(いいのかよ、男女一緒の部屋って……)

 

 

幼い頃からの仲とはいえこの部屋割りはまずいんじゃないかと考えた統夜だが、もう決まってしまったものはしょうがない。

 

 

「仕方ないか。荷物ってあるのか?」

 

「うん、運び込まれてるよ。荷解き手伝うよ」

 

「殆ど着替えとかだけだけど……ん?」

 

 

扉を開けた簪の背後に動く人影があった。

その人影が、学生寮の通路の光に照らされ詳細が明らかになる。

 

 

「おかえりなさい、統夜くーん。ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも……タ・ワ・シ?」

 

 

動いた人影は、簪にどこか似た水色の髪の美少女であった。

それだけならまだよかった。

 

何故ならば、今の彼女の格好は所謂【裸エプロン】と言う奴だ。

しかも彼女のプロポーションはモデルと比較しても遜色ない。

 

しっかりとくびれた腰に、エプロン越しに存在を強調している豊かな果実。

エプロンがギリギリで隠しているが今にも零れそうである。

何故か両手にはタワシを握っているが。

 

その光景が飛び込んできた統夜は即座に目を逸らした。

簪は顔を真っ赤にしながらその少女に詰め寄る。

 

 

「おっ、お姉ちゃんっ!なんて格好してるのっ!?」

 

 

簪が目の前の裸エプロンの少女に叫ぶ。

 

 

「久しぶりに統夜君に会えるんだもん、インパクトはあるでしょ?それに水着は着てるわよ?」

 

「そっ、そういう問題じゃなくてっ!」

 

 

ひらりとエプロンを捲ると確かに、水着を着ていた。

それをちらりと横目で確認した統夜は、ため息をつきながら視線を戻す。

 

 

「……久しぶりでも相変わらずだな、刀奈姉ちゃん」

 

「そう呼ばれるのもホント久々ね、統夜君」

 

 

統夜が刀奈と呼んだ少女の名は【更識刀奈】

簪の実の姉であり、統夜にとっては簪と同じく幼い頃からの仲である。

 

 

「でもどうしてここに?」

 

「2人とも、今日のアレのせいで疲れてるでしょ?だから荷解きの手伝いに。それに統夜君にも久しぶりに会いたかったしね」

 

 

ささっと裸エプロン姿から早着替えを披露して、制服に着替える。

彼女の制服のリボンの色は上級生を示す黄色だ。

刀奈は統夜と簪よりも1つ年上なのだ。

 

 

「ありがとう、刀奈姉ちゃん」

 

「くぅ~、簪ちゃんからも言われて統夜君からも……私今日死んでもいいかも」

 

 

いつの間にか手に持っていた扇子を広げると、そこには【本望】と表示されていた。

 

 

「……むぅ、統夜、荷解きするんでしょ」

 

 

その様子を少し面白くなさそうな表情で簪が告げる。

 

 

「あっ、ああ、そうだった。それじゃ荷解きしよう」

 

「うん」

 

 

簪の言葉に圧されて、統夜は苦笑しながら荷解きを開始した。

この後当然ながら、刀奈がちょっかいを出したのは割愛しよう。

 

 

――――――――――――――

同刻 IS学園地下

 

 

特殊な権限を持つ者しか入室できないIS学園の地下に、2人の人影があった。

織斑千冬と山田真耶だ。

 

作戦室のモニターには先の襲撃の際の戦闘記録が映し出されており、その映像の主役は襲ってきた蟲ではなく、統夜の駆るグランティードであった。

ちょうど、簪とベルゼバインをグランティードが取り込んだ箇所を繰り返し流している。

 

そしてメンテナンスベッドに鎮座しているIS【グランティード】

 

統夜から預かり、検査を行っていたがその結果は散々なものだった。

なにしろ最新のIS関連の設備を誇るIS学園でも、詳細は不明としか言えないのだ。

まるで機体そのものに拒絶されているかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、ほぼすべての解析機能が役に立たないのだ。

 

 

「……なんなんだ、この機体は」

 

「ブラックボックスの塊、としか言えないです。辛うじてわかるのは武装周りに使用されている粒子が特殊なものくらいですよ」

 

「アシュアリーからの回答は?」

 

 

グランティードは表向きはアシュアリー・クロイツェルが開発した新型機として扱われている。

そのため、千冬はアシュアリーに情報提供を望んだのだ。

だが、それに真耶は首を横に振る。

 

 

「駄目ですね。アシュアリーの回答は、更識さんを取り込んだ機能については仕様の一点張りで……こんな機能は見たこともありません。人間を量子化して取り込むISだなんて」

 

「……わかった。ありがとう」

 

 

重厚な鎧にも見えるグランティードをじっと睨むように千冬は目を細める。

ただの機体ではないのははっきりしたが、その詳細が分からないというのが云えもしない焦燥感を煽った。

 

 

(良くないことが起こらなければいいが……)

 

 

嫌な予感を千冬は感じていた。

 

 

――――――――――――――

翌日 IS学園 学生寮

 

 

「ん?」

 

 

授業を終え、自室に戻ろうと学生寮に戻ってきた統夜。

その統夜の視界に、見覚えのあるツインテールの少女が映ったのだ。

 

 

(あれは……鈴?)

 

 

そう、中学からの友人である鳳鈴音だ。

中学2年の時に中国に戻ってしまった彼女だが、当時とあまり変わっていないように見える。

 

 

(そういえば、2組に転入する生徒がいるって言ってたな。それが鈴なのか)

 

 

4組のクラスメイトの話を思い出した統夜。

そんな統夜に鈴も気づいたのか、視線が合った。

 

 

「……統夜?」

 

「久しぶり、鈴」

 

「久しぶりね。そういえばあんた、2人目だったわね」

 

 

統夜にそうぎこちなく笑みを返す鈴。

統夜の記憶の中の鈴はもっと明るい雰囲気の少女であり、何かあったと統夜は気づいた。

 

 

「……何かあったのか?」

 

 

よくみると彼女の目は赤く、先ほどまで泣いていたようにも見える。

それを隠そうとした鈴であったが、思いついたように統夜の手を取る。

 

 

「統夜、少し付き合って」

 

「ちょっ、おっ、おいっ!?」

 

 

有無を言わさず統夜を引っ張っていき、鈴は自室に統夜を引き入れる。

彼女の部屋の相方はまだ帰ってきてはいなかった。

 

 

「……ごめん、統夜。少し話聞いてもらえる?」

 

「まぁ、いいけど……もしかして、一夏か?」

 

「そうなのよっ、あの唐変木っ!私との約束を勘違いしてたのよっ!」

 

 

少し頬を主色に染めた鈴が怒りをまき散らしながら言う。

だいたい予測していた通りの反応だ。

 

 

「約束?」

 

 

鈴の愚痴混じりの話を統夜は聞いていく。

なんでも鈴は転校する直前に一夏にとある約束をしたとの事だ。

その約束は――

 

 

「【毎日酢豚を作ってあげる】……か」

 

 

日本でもポピュラーな告白の【毎日味噌汁を作ってあげる】の改変だ。

回りくどいが意味は通じる。しかし伝えた相手が悪い、いや悪すぎた。

 

 

「それを【奢ってあげる】に間違えて覚えていたか……一夏らしいな」

 

「一世一代の告白だったのにぃ!」

 

「そりゃ確かにそうかもしれないけど……あの一夏だぞ。回りくどすぎたんじゃないか?」

 

「うっ……でっ、でも、それしか思いつかなかったのよっ!」

 

 

半ばやけくそ気味の鈴が叫ぶ。

 

 

「そして怒って宣戦布告したと」

 

「そうよ。あの唐変木はクラス対抗戦でぼこぼこにしてやるのよっ!」

 

「そっ、そうか……まぁ、ほどほどにな」

 

「統夜は出ないの?」

 

「あぁ」

 

「ふーん。ま、誰が出ても私が勝つけどね」

 

 

自信満々にそう告げる鈴に統夜は苦笑している。

そんな彼に少しすっきりしたような顔で鈴は言った。

 

 

「ありがと。少しすっきりしたわ」

 

「ならよかった」

 

 

その後中学での思い出話等雑談した後、別れた統夜は自室に戻った。

そして時間は流れ、クラス代表戦 当日

 

 

本日の対戦カードは1組VS2組、その後に3組VS4組。

 

そして2人いる男性搭乗者の内の1人と中国代表候補生が戦うとの事で注目度は例年に比べて高い。

観客席には1年生の他にも、2年生、3年生の姿も多くみられた。

その中には簪の姉、刀奈の姿もあった。

 

 

「統夜君、背伸びたわよねぇ」

 

「刀奈姉ちゃん、近い。近いって」

 

「お姉ちゃん、近い、近いから」

 

 

伸びた身長を自身と比べる様に統夜に近づいた刀奈を簪が引き離す。

 

 

「あら、簪ちゃんはこの後試合でしょ?ここにいていいのー?」

 

「だっ、大丈夫。だから離れてって……!」

 

 

からかうように笑う刀奈に顔を赤くして簪が返す。

統夜はその間に挟まれて苦笑している。

 

 

「両手に花だね、あれ」

 

「そうだねー、付け入るスキがない……っ!」

 

 

4組の女生徒2人がその様子を見ながらつぶやいた。

そんな中アリーナを見ると、1組代表である一夏の【白式】と2組代表の鈴が駆る【甲龍】がピットから射出されてきた。

 

いよいよ始まる代表戦。

観客が盛り上がるであろう試合に期待を膨らませていた時だった。

 

 

『オルゴン・マテリアライゼーションッ!!』

 

 

男性の声が響き、展開されたシールドバリアを破砕して爆発が起こる。

 

 

突然の自体に、観客達の視線はその声の元に集まる。

 

 

紅い、まるで血の様に紅い機体が上空に存在している。

その搭乗者の顔も見える。

 

その顔は誰がどう見ても男性のものであった。

そしてフードの上に鎧を纏ったようにも見える機体が紅の機体周囲に出現した。

 

 

「あれは……っ!?」

 

「男性が乗ってるよね……?」

 

「ええ、見間違えじゃないわ。赤い方は男が乗ってる……いや、それだけじゃないわね。同じような機体に乗ってる連中はほぼ男性ね」

 

 

簪の言葉に刀奈が返す。

瞬間、アリーナはパニックに包まれた。

突然現れた謎の機体、シールドバリアも破壊されているのだ。

 

アリーナにすでに安全な場所はない。

 

周囲を確認した刀奈はいち早く指示を出す。

 

 

「統夜君、簪ちゃん。二人で皆の避難を。私は彼らの相手をするわ」

 

 

いつもとは違う真剣な表情の刀奈。

それに統夜は少しだけ気圧された。

 

 

「……刀奈姉ちゃん」

 

「大丈夫よ、お姉さんを信じなさいな。統夜君、簪ちゃん、皆の避難を」

 

「分かった、お姉ちゃん」

 

「分かったよ。グランティードを起動させるよ」

 

 

グランティードを身にまとった統夜と、ベルゼバインを身にまとった簪。

 

そして刀奈も自分のISを起動させる。

【霧纏の淑女】を身にまとった瞬間であった。

グランティードの胸部から温かな翡翠色の光が刀奈と【霧纏の淑女】に伸び、包み込んだのだ。

 

 

『えっ?』

 

 

刀奈の呆けたような声と共に、彼女が光に融け、その光をグランティードは胸部に取り込んだ。

先の襲撃の際に簪を取り込んだ時と全く同じ現象が起こったのだ。

 

 

『なっ!?』

 

『お姉ちゃんっ!?』

 

 

統夜と簪が驚愕の声を上げると同時に、半透明の刀奈がISスーツ姿でグランティードの真横に出現した。

グランティードの横で浮いている刀奈は、自分の様子を確かめた後統夜に視線を向ける。

 

 

『……統夜君?』

 

『えっ、いや、俺のせいじゃなくてっ、グランティードが勝手に!』

 

 

刀奈からの視線を受けた統夜が抗議の声を上げる。

それに冗談よ、と返した刀奈であったがすでに冷静さを取り戻したようだ。

 

それと同時に自身の頭に流れ込んでくる情報、サイトロンによる情報伝達が彼女にも起こった。

 

 

『っ、これは……グランティードの機能が、分かる?……あれ、でも分離ができない?』

 

 

サイトロンから流れ込んできた情報によると、分離はいつでも可能であるはずなのに、なぜか刀奈の意志では分離ができない。

 

それに簪が疑問の声を出した。

 

 

『なんでだろう、私の時は分離もできたのに』

 

 

少し考えたように瞳を閉じた刀奈が統夜に視線を向ける。

それは申し訳なさを多分に含んでいた。

 

 

『……統夜君、私はサポートするわ。だから……』

 

『……分かってるよ、刀奈姉ちゃん。俺が行く』

 

 

統夜がそう答えると、刀奈は弱々しく笑みを浮かべた。

 

 

『……ごめんね』

 

『いや、謝るのはこっちのほうだよ。こんなわけわからない機体のせいでこういう時動かなきゃならない刀奈姉ちゃんに迷惑かけちゃって』

 

『それじゃお互い様ね。簪ちゃん、避難は1人だけでも大丈夫よね?』

 

『うん。私は皆の避難を、終わったら援護するから』

 

 

そういってベルゼバインを纏った簪はスラスターを吹かせて機体を上昇させる。

 

 

『統夜君』

 

『ああ。行くぞ、グランティード』

 

 

グランティードもその背部から翡翠色の粒子を溢れさせながら上昇していく。

 

――――――――――――――

 

 

『あれは……グランティードっ!?』

 

『玉座機が起動しているっ!?』

 

『まさか、そんな馬鹿なことがっ、地球人がグランティードを起動させるなど……っ!?』

 

 

同一デザインのISに搭乗している男性達が、現れたグランティードに驚愕の言葉を漏らす。

彼らの名は従士、そして纏っているISはそれぞれ【リュンピー】、【ドナ・リュンピー】、【ガンジャール】。

ドナ・リュンピーとガンジャールが4機ずつ、リュンピーだけが5機いる。

 

 

『狼狽えるな、従士達』

 

 

だが、そんな彼らを凛とした一声で制した女性がいた。

顔に独特な模様の戦化粧を施した緑髪の女性。

一目見て女傑だとわかるほどの威圧感とその中に確かに女性を感じさせるたたずまい。

 

翡翠色のIS【ラフトクランズ・ファウネア】を纏ったフー=ルーがそこにいた。

 

 

『フー=ルー様っ!』

 

『信じられないのも判る。だが我らは誇り高いフューリア聖騎士団。玉座機が地球人の手にあるのならば我らの手で奪還せよっ!これは誉れ高き戦であるっ!』

 

 

彼女の一声で明らかに士気が高まった。

そして紅いIS【ラフトクランズ】を身にまとったジュア=ムがフー=ルーの隣に現れた。

先程シールドバリアを破壊したのは彼の機体だ。

 

 

『ジュア=ム、騎士としての初陣。期待していますわ』

 

『はい。私はグランティード以外の機体を相手にします』

 

『ええ。グランティードは私が』

 

『はっ』

 

 

従士達が駆るリュンピーとドナ・リュンピーは降下を開始し、それに続いてフー=ルーとジュア=ムも降下していく。

 

 

『ちぃっ!』

 

 

降り注ぐオルゴンビームを回避しながら、統夜は舌打ちする。

濃い弾幕に、何発か貰ってしまい少々エネルギーが減っている。

だがまだまだグランティードのエネルギーには余裕があった。

 

 

(ISに乗ってから数週間でここまでの戦闘機動が可能だなんて……統夜君は……天才ね)

 

 

融合している国家代表の刀奈からしても、成長スピードは異常に感じた。

そんな統夜は、搭乗機であるグランティードにある違和感を感じていた。

 

 

(簪の時と違って機体の出力上昇は少ないのか?)

 

 

簪が融合したグランティードと、今刀奈が融合しているグランティードには明確な差があった。

【オルゴン・スレイブ】と【オルゴナイト・バスター】が使用可能になっているのは共通している。

 

だが簪と融合したグランティードは機体の出力が大幅に上昇していた。

加えてシールドバリアだけで蟲を押し返す程にバリアの出力も増大していた。

 

しかし刀奈が融合した今のグランティードは機体出力自体は上がっているのだが、比較すると差は歴然であった。

おそらくバリアの出力もそう変わってはいないだろう。

 

 

『玉座機を返してもらうぞ、地球人っ!』

 

 

1機のリュンピーを駆る従士が、オルゴンのビームソードを展開しながら、グランティードの上方から迫る。

 

咄嗟にAMBACで姿勢制御を行った統夜はそれにカウンターを合わせて見せた。

頭部の天使の輪にも見えるヘッドパーツに粒子が集まり、やがてそれは熱量を持った光線となる。

 

 

『オルゴン・ブラスターっ!』

 

 

統夜の咆哮と共に、オルゴン・ブラスターが発射された。

だが、その威力は以前のものとはけた違いであった。

 

ISの全長をも超える極太のオルゴンビームがリュンピーを襲ったのだ。

当然、リュンピーはそんな攻撃を避けられずに、ブラスターに飲み込まれた。

 

 

『うおぉぉぉぉっ!?』

 

 

リュンピーの【絶対防御】が発動。

だがそれでも機体各所の装甲はほぼ吹き飛ばされてしまった。

そして、リュンピーの姿が消えていく。

数秒もしない間に、リュンピーは完全に姿を消してしまった。

 

 

『……消えた?』

 

 

その様子を怪訝な顔で刀奈は観察していが、統夜は別の事で驚愕していた。

 

 

(ぶっ、武器の出力が……ブラスターがこんな高出力にっ!?)

 

 

大幅な出力の増加だ。

簪の時も武器の出力は上がっていたが、ここまでではなかった。

そして、統夜は気づく。

 

 

(まさか、グランティードは簪の時は機体の出力の大幅上昇(・・・・・・・・・・・・・・)で、刀奈姉ちゃんの場合は武器の出力が上がる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のかっ!?)

 

 

グランティードの力に驚愕していた統夜の耳に届く声。

 

 

『っ!?統夜君、危ないっ!』

 

『っ!?』

 

 

グランティードと融合して、サイトロンとセンサーの影響を強く受ける刀奈だからこそ、気づけた。

こちらを狙っている敵がいると、【直感】したのだ。

刀奈の叫びに反応した統夜は咄嗟に瞬時加速で横方向に加速して、迫るビームを回避した。

 

 

『私の射撃を避ける……やるわね』

 

 

高機動を維持しながら、統夜に向かってくる機体。

オルゴンソードライフルから精密な射撃を繰り出すラフトクランズ・ファウネアはグランティードを前に一度機動を停止した。

 

 

『グランティードを駆る少年、そしてお嬢さん。君たちの相手は私よ』

 

『っ、私の事が見えてる……?』

 

『ええ。まさか地球人である貴方達がグランティードを動かせるだなんてね。しかも機体とのオルゴンエクストラクターを介した融合もできている。グランティードをどうやって弄ったのかしらね』

 

 

フー=ルーは静かにそういうが、明らかに怒気を孕んでいる。

感じるのは殺気。

まるで見えない銃口を額に押し付けられているような、圧倒的な殺気。

統夜の頬に冷や汗が流れ、融合してる刀奈も同じであった。

 

 

(……彼女、只者じゃないわね。佇まいからして違いすぎる……っ!)

 

『その機体は我等にとっては最も特別な機体。力ずくで、奪還させてもらいましょう』

 

『……いきなり武力で仕掛けてきて何だっていうんだよっ!』

 

 

オルゴンソードライフルから発射されるオルゴンビームを躱しつつ、統夜が毒づく。

狙いが正確でフェイントも混ぜられているため、回避できたのは最初の数発だけで、残りはすべて直撃している。

技量に筆舌しがたいほどの差があることは明白だ。

 

 

『くっ、そぉっ!』

 

 

グランティードのエネルギーにはまだ余裕がある。

だが、このままではいずれエネルギーが尽きて行動不能になるのは目に見えている。

ならば一撃に賭けるしかない、今のグランティードでのオルゴナイト・バスターならば一撃で相手を行動不能に出来るはずだ。

幸い機体に融合している刀奈の技量は高い、彼女のサポートを貰えれば一撃に賭ける事も可能だ。

 

脚部よりクラッシュソーサーを展開し、握りつつ融合している刀奈へ統夜は告げる。

 

 

『刀奈姉ちゃんっ、このままだとジリ貧だっ、一気に決めるっ!』

 

『……ええ、分かったわ。サイティングとソーサーは任せてっ!』

 

『あぁっ!行けぇっ!』

 

 

クラッシュソーサーを放り投げ、グランティードは瞬時加速で加速。

 

 

(……一撃に賭ける気?甘いわね)

 

 

正面から受けて立つこともできる。

だが、今のフー=ルーの任務はグランティードの奪還と搭乗者の捕獲だ。

ならばより確実な手を使う。

 

ラフトクランズに装備されている機能ならばそれが可能だ。

クラッシュソーサーと加速するグランティードが迫る。

 

 

『残念だけど、それは届かないわ』

 

 

ディスプレイが展開され、認証コードが奔る。

するとラフトクランズの胸部に光が溢れる。

音声認識機能の為、叫ぶ。

 

 

『ラースエイレム、起動っ!』

 

 

その瞬間、誇張表現ではなく世界が止まった(・・・・・・・)

 

 

色が抜け落ちたように周囲の空間は灰色に染まっている。

自機に迫るグランティードとクラッシュソーサーは時間が止まったかのように静止している。

統夜達の他にも簪や一夏、避難している生徒達も静止していた。

 

【ラースエイレム】

 

特殊なフィールドを展開し、限定された空間内の時間の流れを極限まで鈍化させ、実質的に時間を停止させる装置。

それがラフトクランズは装備されている。

統夜達の時間は停止しており、この空間の中ではラースエイレムを起動させた機体しか動けない。

 

 

『グランティードの奪還はこれで完了ね』

 

 

フー=ルーがオルゴンソードライフルを振り上げる。

数瞬の後、グランティードへと叩き込まれる一撃――のはずであった。

 

だが、その一撃は振り下ろされなかった。

なぜならば、静止していたはずのクラッシュソーサーが動き出し、彼女を襲ったからだ。

 

 

『なっ!?』

 

 

フー=ルーがグランティードから距離を取る。

襲い掛かったソーサーをソードライフルで弾き飛ばす。

 

静止した空間が強烈な光を放ち、グランティードを中心に再度動き出していく。

 

 

『そんな馬鹿なっ、ラースエイレムは起動したはずっ!?』

 

 

色が戻り、音が戻る。

ラースエイレムの特殊フィールド【ステイシスフィールド】が解除された証拠だ。

 

 

『……ラースエイレム・キャンセラーだ、フー=ルー』

 

『何を言って……っ!?』

 

『今のグランティードに貴様たちのラースエイレムは通じんぞっ!』

 

 

突如、統夜の口調が変わり、まるで歴戦の戦士の様に鋭い視線を彼はフー=ルーに向ける。

 

 

『とっ、統夜君っ、どうしたのっ!?』

 

 

困惑の声を刀奈は漏らすが、彼はまるで諭すように刀奈へ指示を出した。

 

 

『刀奈、サイティングは任せる。奴は私がやる……頼めるな?』

 

『はっ、はいっ』

 

 

その変貌に驚愕しつつも刀奈が答える。

年下の統夜の変貌に胸が高鳴るが、今はそれを無理やり抑え込んで彼の指示に従う。

 

急速に上昇し、フー=ルーに向かって胸部ユニットから溢れる翡翠の光を解き放つ。

 

 

『【オルゴン・スレイヴ】っ!』

 

『っ!?』

 

 

間一髪で回避に成功したフー=ルーの頬に冷や汗が流れた。

 

咆哮と共に発射された極太のビームは、アリーナを覆っていたバリアシステムをまるで飴細工の様に突き破って、空へと延びていく。

簪と融合していたグランティードでもこの威力は出せない。

刀奈と融合している今のグランティードだからできるのだ。

 

そして、グランティードの攻勢はまだ終わらない。

 

 

『【フィンガー・クリーブ】っ!』

 

 

貫手に集ったオルゴン粒子が結晶化して、翡翠の刃となる。

その一撃をオルゴンソードライフルを展開して、ラフトクランズ・ファウネアが受け止める。

 

 

『ぐっ、まさかグランティードをここまでっ!』

 

『フー=ルーよ、今の私達を止められると思うなっ!』

 

 

オルゴンソードライフル毎、機体を弾き飛ばす。

 

 

(まるで人が変わったように……っ、まさか、今の彼には、前搭乗者のエ=セルダ様の記憶がっ!?)

 

 

フィンガー・クリーブの連撃を辛うじていなしていくフー=ルーであったが、次第に捌ききれずに数発直撃を受けてしまう。

 

 

『ぐぅっ!』

 

『貴様達の思い通りにはさせんっ!』

 

 

ラフトクランズの装甲を削り飛ばしてアリーナ外壁へ叩きつけ、とどめの一撃のために加速した。

 

 




紫雲統夜 レベル10→12
精神コマンド
必中
不屈
???
???
???

更識刀奈 レベル15
精神コマンド
直感
集中
???
???
???

ここのジュア=ムは綺麗なジュの字。
OGMDで家族思いな描写が加わって救いたかった。

第5話「かつての罪」

『テメェの姉貴が俺の弟を……アドゥ=ムを殺したんだよ!白騎士事件を起こしたテメェの姉貴がなぁっ!!』



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第5話「かつての罪」

『邪魔だぁっ!』

 

 

IS【甲龍】を身にまとった鈴をジュア=ムが駆る【ラフトクランズ】は左マニピュレータのクローで弾き飛ばす。

パワーでは第3世代機の中でも上位に位置する甲龍を一方的に押し切ってだ。

 

 

『きゃぁっ!』

 

『鈴さんっ!』

 

 

弾き飛ばされた鈴は従士相手に優位に立ちまわっていたセシリアが受け止めた。

そのすきを狙ってドナ・リュンピーを駆る従士が2人に接近し、2人の注意はそちらに逸れた。

 

 

(ラースエイレムは起動したはずっ、なのになんでフー=ルー様が押されてんだよっ!?)

 

 

瞬間移動したかのように消えたラフトクランズ・ファウネアとグランティード。

センサーがとらえるとファウネアのエネルギーが大きく消費されており、2機の場所も数瞬前から大幅に離れている。

ラースエイレムは確かに起動したはず。

そして先ほどまではフー=ルーが優位であったはずなのに、今は逆転しグランティードを駆る少年が彼女を押さえていた。

 

 

(あのガキはナニモンだっ!?アル=ヴァン様は玉座機は皇家の血筋かシューンの人間しか動かせないはずって仰られてたが……っ!?)

 

 

その疑問に飲まれかけたジュア=ムであったが、下方から迫る機体の反応が思考を切り替えさせた。

 

 

『うぉぉぉぉぉっ!!』

 

 

高速で接近する白式。

振り上げられた光の剣【零落白夜】

 

 

『ちっ!』

 

 

舌打ちしつつ、迫る白式にオルゴンソードライフルを向ける。

白式の速度は確かに早い。だがあまりにも真っすぐすぎた。

 

 

『甘いんだよっ!』

 

『ぐぁっ!』

 

 

高出力のオルゴンビームが放たれ、白式に直撃した。

エネルギーを大幅に消費する零落白夜と今の被弾、すでに白式のエネルギーは5割を割っている。

 

弾き飛ばされた白式を見て、ジュア=ムの目が見開かれた。

そして憎しみの籠った目で白式を穿つように睨む。

 

 

『てっ、てめぇ……その顔、機体、織斑一夏だなぁっ!?』

 

 

オルゴンソードライフルをソードモードで展開し、翔ける。

その速度はラフトクランズの残像が見えるほどの速度だ。

 

咄嗟に零落白夜を解除した、雪片で受け止めるがとても受けきれるものではなかった。

 

 

『うわぁっ!?』

 

 

たまらず弾き飛ばされ、地面にたたき落された。

 

 

『ぐっ、くそ……っ!』

 

 

立ち上がろうとした一夏であったが、突っ込んできたラフトクランズの脚部に蹴り飛ばされ、その後押し倒された。

 

 

『まさか会えるとはなぁ、織斑一夏、織斑千冬の弟さんよぉ……?』

 

 

機体の出力差からか、押し返そうとしても逆に押し返される。

ニタリと笑うジュア=ムに一夏はうすら寒いものを感じたが、歯を食いしばって耐え叫んだ。

 

 

『何なんだよ、お前っ、いやお前らはっ!なんで学園を襲うんだよっ!』

 

『俺は、ジュア=ム・ダルービ。俺たちの目的は玉座機の奪還とこの学園の殲滅でなぁ……それにしてもまさかテメェにこんな早く会えるとは思わなかったぜ、織斑一夏』

 

『おっ、俺はお前達なんか……っ!』

 

『そりゃそうだよな。でもこっちはテメェの姉貴と篠ノ之束にはだいぶ世話になったんだよ……白騎士事件でなぁ』

 

 

左のクローに翡翠の粒子が集い、オルゴンクローが形成される。

そしてそれで白式を抑え込んだ。

 

シールドエネルギーが急激に減少し、装甲も軋む音が増える。

 

 

『白騎士事件って、それに千冬姉と束さんが何の関係が……っ!』

 

『……どうやら白騎士事件について何も聞かされてねぇんだな』

 

 

オルゴンクローで拘束されているため身動きができない。

唯一の武装である雪片も手放してしまい、離れた地面に突き刺さっていた。

少しため息をついたジュア=ムが口を開く。

 

 

『なら教えてやるよ。白騎士事件、あれはテメェの大好きな織斑千冬とISの開発者である篠ノ之束が起こしたマッチポンプなんだよ』

 

『っ!?』

 

『クラックしたミサイルを日本に向けて放ち、それを【白騎士】を使って織斑千冬が迎撃して死傷者なしでISの有用性をアピール。見事に次世代の兵器として世界中に知れ渡ったってのが真相なんだよ』

 

 

白式を抑え込んでいる翡翠色の大爪に力がこもる。

装甲が砕け、より強く抑えられ一夏の顔に苦痛の色が浮かぶ。

 

 

『千冬姉がそんな……でっ、でもあの事件、死傷者は出なかったって……っ!』

 

『確かに死傷者は出なかった。だけどな、それは地球人だけだったんだよ……っ!』

 

『ちっ、地球人って……くぅっ!』

 

 

声色に怒気が籠っていき、それに比例してオルゴンクローが白式を破砕していく。

 

 

『白騎士事件なんて起こらなきゃ、もっと早く民間人は【冬眠】から目覚めてたんだ……っ!それを……それを織斑千冬と篠ノ之束の2人が台無しにしたんだよっ!騎士機のデータを流用して作り出した白騎士で地球のパワーバランスを変えちまったからなぁっ!』

 

 

白式のシールドエネルギーはすでに枯渇寸前にまで減らされている。

これ以上は危険な状態だ。

 

 

『テメェの姉貴が俺の弟を……アドゥ=ムを殺したんだよ!白騎士事件を起こしたテメェの姉貴がなぁっ!!』

 

『ぐっ、あぁ……っ!?』

 

 

一夏を救おうとセシリアや鈴が向かうが、従士達が邪魔をして思うようにならない。

生徒の避難を終えた簪のベルゼバインも、ライフルで狙撃しようとしているが射線が通らない。

 

 

『だから織斑千冬と篠ノ之束は絶対に許さねぇっ!あの女も同じ目にあってみればいいっ!死ねよやぁぁぁぁっ!!』

 

 

最大出力で白式を握り握りつぶそうとしたラフトクランズ。

だが、そのクローは破砕され、オルゴンの爪は一夏には届かなかった。

 

飛来したブレードがオルゴンの爪を破砕したのだ。

投擲したのは量産型のISである【打鉄】を身にまとった千冬であった。

 

瞬時加速で接近しつつ、もう1振りのブレードを上段で振り下ろした。

それをクローシールドでジュア=ムは受け止める。

 

 

『一夏には手を出させないっ!』

 

『っ!!テメェだっ、テメェが一番許せねぇんだよぉっ!マテリアライゼーションッ!』

 

 

打鉄のブレードを出力差で弾き飛ばしたラフトクランズの左マニピュレータに再度粒子が収束して結晶化していく。

翠水晶の巨大な爪となったマニピュレータで千冬を狙う。

一瞬の拮抗の後根元からブレードが折れ、オルゴンクローの爪撃が打鉄のマニピュレータを弾き飛ばした。

 

 

『なっ、何っ!?』

 

『模造品の模造品ごときが、騎士機に敵うわけねぇだろうがぁっ!』

 

 

そのまま、蹴りを叩き込んで弾き飛ばす。

 

 

『かっ!?』

 

 

機体の性能差が隔絶しているため、たまらず弾き飛ばされた打鉄の背後に、文字通り【転移】したジュア=ムのラフトクランズ。

 

 

『千冬姉っ!』

 

『死ねぇぇっ!』

 

 

立ち上がった一夏の声も空しく、最大出力のオルゴンクローが振り下ろされる。

その瞬間、ラフトクランズのセンサーが上空に現れたエネルギーを感知した。

 

 

『オルゴン・ブラスターっ!』

 

『っ!?』

 

 

降り注ぐ極太のオルゴンビーム。

咄嗟にオルゴンクローで受け止めるが、あまりの威力に美しい結晶の爪は耐えきれずにひび割れていく。

そして、耐えきれなくなったとき、残りのビームはラフトクランズに直撃した。

 

 

『ぐぁぁっ!?』

 

 

装甲の一部が破砕し宙を舞う。

だがすぐさまAMBACで体勢を立て直す。

 

自機を狙ってきたのは、上空でフー=ルーを相手にしていた玉座機【グランティード】

アリーナ外壁に叩きつけられたフー=ルーはとどめの一撃を回避した後、再度射撃戦に移行していたのだ。

その隙を狙い、こちらを攻撃してきたのだろう。

とても素人ができる行動ではない。

 

 

『ジュア=ム、損傷は?』

 

『……問題ありません、まだいけますっ』

 

 

彼女のラフトクランズ・ファウネアも自身のラフトクランズと同じく、損傷している。

だが、まだエネルギーは十分残っている。

しかし、ジュア=ムの返答を聞いたフー=ルーの決断は速かった。

 

 

『……ジュア=ム、ここは撤退するわよ』

 

『っ、何故ですかっ、フー=ルー様っ!?』

 

『ラースエイレムを無効化する装置を相手は持っている。しかもその装置はグランティードに備え付けられている。従士達は全滅し、転送済みで数で負けている。この情報を持ち帰り、次で取り戻す。それが最善よ』

 

 

冷静に周囲を見回すと、学園側の機体にも被害が出ているが従士達の姿は見られない。

すでに転送され帰還しているのだろう。

このまま戦った場合、撃墜もしくはラフトクランズの鹵獲まであり得る。

それは避けなければならない。

 

 

『っ……承知しましたっ!』

 

 

後一撃で千冬と一夏を仕留めることができるところまで追い詰めたジュア=ムは、歯を食いしばってその決定に了承の意を返す。

それと同時に、ラフトクランズ2機の周囲に光が溢れる。

その光は撃墜された従士達が消えた時にあふれた光と同一の様に見える。

 

 

『逃げる気かっ!』

 

『えぇ。まさかエ=セルダ様の記憶を受け継いでいるとは思わなかったわ。次は必ず、それまでグランティードはアナタに預けておきますわ、少年』

 

 

フー=ルーの姿がその言葉の後に消える。

 

 

『織斑千冬っ!次は、次は必ず俺が殺すっ!テメェが罪から逃げようとしても必ずなぁっ!』

 

 

そう叫んだジュア=ムも続いて消える。

センサーには敵の反応はない、それを確認した統夜が呟く。

 

 

『ラフトクランズの転移機能を使った撤退……フー=ルーめ、相変わらず鮮やかだな』

 

『あのー、統夜……さん?』

 

 

思わず敬語で年下の統夜に話しかけた刀奈。

それを見て統夜は一瞬呆けたような顔になった。

 

 

『……あっ、あれ?』

 

 

呆けたのは一瞬、そのあとは困惑が彼を襲った。

先程まで戦っていた記憶はある。

しかしその時の自分は、まるで自分が自分ではないように感じた。

 

 

『おっ、俺はいったい……何を……?』

 

『とっ、統夜君、戻ったのね?』

 

『あぁ……刀奈姉ちゃん。終わったんだよね?』

 

『えぇ。どうやらそのようね』

 

 

機体と同化している刀奈はグランティードのセンサーをフルに使い探知する。

だが周囲に鉄器の反応はやはりなかった。

 

 

『……俺は、あの時、なんで……』

 

 

先程までの自分の行動、敵機と搭乗者の名が自然と浮かんできた。

その理由はわからない。

だがなぜか確信があった、先程までの自分はまるで父親【セルドア・紫雲】のようであったと。

 

 

『……統夜君、一旦ピットに戻りましょう、まずは休まないと』

 

『……うん。分かった』

 

 

素直に従う。

今は何も考えたくないと、統夜は思った。

 

 

『……どうやら助かったようだな』

 

「……千冬姉」

 

 

打鉄を纏った千冬が倒れている一夏の下に降り立つ。

すでに白式のエネルギーは切れている。

 

 

『怪我はないか、一夏?』

 

「あっ、うん……なぁ、千冬姉」

 

 

立ち上がった一夏を抱えて飛翔していく千冬に、彼が尋ねる。

 

 

「あの赤い機体に乗っていた男がさ……言ってたんだ。千冬姉と束さんが白騎士事件を起こしたんだって。そのせいでアイツの弟が……死んだって」

 

『っ……!』

 

 

息をのむ千冬、それを見逃すほど抜けてはいない。

 

 

「話してくれよ、俺達家族だろ」

 

『……わかった、だが、少しだけ待ってくれ。必ず話す……頼む』

 

 

そう弱々しくだが一夏に告げる千冬。

それに一夏はうなずいて答えた。

 

――――――――――――――

時間は前後して――― 

太平洋 とある海域

 

 

軍艦の残骸が、炎上しながら沈んでいく。

海面に流れ出たオイルに引火し、炎が燃え上がる。

辺りには救命ボートが見える。

 

それを見下すように眺めるのは灰色の騎士機【ラフトクランズ・アウルン】は構えていたオルゴンソードライフルを格納し、ディスプレイを開く。

 

映し出されるのはグ=ランドンだ。

 

 

『こちら、アル=ヴァン・ランクス。軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】及び艦隊の殲滅、完了しました』

 

『よくやった。一度帰還して補給を受けろ』

 

『承知しました』

 

 

簡潔な報告の後に通信が切れる。

自身が壊滅させた艦隊とIS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】の残骸を眺めつつ、アル=ヴァンは思案する。

 

 

(……搭乗者は脱出したか。しかし、私はこれでいいのか……)

 

 

師である【エ=セルダ・シューン】と皇女であるシャナ=ミアが進めていた同化計画はもはや意味をなさないものになってしまった。

地球侵攻作戦が開始されてしまったからだ。

アル=ヴァンとて誇り高き騎士の1人、幾星霜耐え忍んできた民たちのために戦うのは本懐だ。

故に任務は忠実にこなした。

しかし、地球に歩み寄ることすらせずに戦火を開いたグ=ランドンに何の疑問も持たないというのは嘘になる。

 

 

(……地球人に歩み寄ることは不可能ではない。現に私も……)

 

 

同化計画とは違うが、アル=ヴァンも地球の施設には潜入していた過去がある。

そしてそこでの出会いと想いは彼にとってもかえ難いものになっていた。

 

脳裏に浮かんだ長髪の女性、大切な女性を思い出しながらアル=ヴァンの姿が消えていく。

 

 

「……カリン」

 

 

そうアル=ヴァンは呟いた。

 




紫雲統夜 レベル12→14
精神コマンド
必中
不屈
加速←NEW
???
???

更識簪 レベル10→14
精神コマンド
集中
努力 
直感←NEW
???
???

更識刀奈 レベル15→16
精神コマンド
直感
集中
信頼←NEW
???
???

統夜君性格変貌時はイングの激昂モードみたいな感じで能力UP+地形特性全部Sみたいに
超絶強化されてます。


次回予告
第6話「抗えぬ姫君」

『セルドアの仇、取らせてもらうぞっ!カロ=ランっ!』




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第6話「抗えぬ姫君」

フー=ルーとジュア=ム達の襲撃から数時間後

 

IS学園 学生寮

 

統夜自室

 

 

「あいつらは【フューリー】って言うの、統夜君?」

 

「あぁ、あの時、サイトロンから情報が流れ込んできたんだ。間違いないと思う」

 

 

制服姿に着替えた統夜、簪、刀奈の3人は、統夜と簪の部屋で先の襲撃の件を話し合っていた。

クラス対抗戦は襲撃事件のせいで中止となり、生徒たちは自室待機を命じられていた。

そして先の襲撃の際に現れた男性搭乗者、一夏が戦った【ジュア=ム・ダルービ】とその他数名については余計な混乱を防ぐために緘口令が敷かれていた。

 

グランティードに取り込まれていた刀奈は、以前の簪の様に精密検査を受けたが特に身体への影響は見つからなかった。

 

 

「グランティードって本当に……謎が多い機体ね」

 

「うん。私のベルゼバインよりも洗練されたオルゴン兵装を使えるし、何より機体と人間が融合するなんてことが可能。それにあのフー=ルーって女の人は、グランティードを狙っていたみたいだけど……」

 

「……父さんが、いてくれれば」

 

 

ぽそりと統夜が言う。

 

 

(……あの時、俺は父さんの記憶を見た。グランティードから流れ込んできたのは父さんの記憶。それに影響されたのか、口調も変わってたみたいだけど……)

 

 

フー=ルーがラースエイレムを起動させた瞬間、統夜には父であるセルドア・紫雲の記憶が流れ込んできていた。

断片的なものであったが、父であるセルドアはグランティードを駆り、先のフー=ルーが搭乗していた機体【ラフトクランズ】や従士達の機体である【リュンピー】等を率いて最前線で、同様の機体たちと戦っていたようだ。

 

自分の父親に対する謎が深まり、統夜の顔が曇る。

それに気づいた簪が、何かに気づいたように言う。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

「何かしら?」

 

「お父様の機体の名前【ラフトクランズ・クロウディア】って言ってたよね?」

 

「襲撃犯の主犯である2人が乗っていた機体と同じね。偶然の一致とは思えないわ」

 

「お父様なら、何か、グランティードやフューリーについて知ってるんじゃないかな……?」

 

「……私もそう思って、すでに何度か連絡を付けようとしてるんだけどね、繋がらないのよ」

 

 

刀奈が肩をすくめながら簪に言う。

 

 

「ISのコアネットワークを使った通信も届かないのよ。向こうが遮断しているか、相当離れた場所にいるかのどちらかだと思うけど」

 

「相当離れた場所って?」

 

「そうね、例えば……宇宙とか」

 

 

冗談のように、刀奈が言った。

 

――――――――――――――

???

 

 

「……地球は、どうなっているのでしょう」

 

 

玉座に座った1人の少女――シャナ=ミアはもの鬱気な表情で、空中に表示されているディスプレイに映る地球を見て呟く。

きらきらと綺麗な翡翠色の粒子が彼女の周りに集まり、それは幻想的にも見えた。

だが、すぐにそれは消えることになる。

 

いつのまにか、玉座の背後に片膝を付き礼をしている長髪の男性がいたからだ。

その男性は簪と刀奈の父親である、更識蔵人であった。

彼が身にまとっているのは、統夜の父、セルドア・紫雲が身に着けていた服装とよく似た白を基調とした制服であった。彼が身に着けていたものよりは装飾は少ないデザインだ。

 

 

「禁士団、副長ク=ロウド・サーシュ……久しぶりですね」

 

 

シャナ=ミアは微笑みながらそう告げる。

 

 

「ガウ=ラ・フューリアへ帰還したのは約10年ぶりです。シャナ=ミア様もお変わらずのようで何よりです」

 

 

蔵人、いやク=ロウドが顔を上げ、立ち上がる。

 

 

「本日はシャナ=ミア様に地球侵攻作戦の件でお伺いしたいことがあり、はせ参じました」

 

 

ク=ロウドの口からその言葉が出ると、シャナ=ミアの顔は再び暗く、曇っていく。

 

 

「同化計画は、確かに進行しておりました。私の娘2人やエ=セルダ・シューンの息子。フューリーと地球人は種としての差はほとんどありません。融和も十分可能なはずっ、何故なのですか、何故、地球侵攻を容認してしまったのですか……っ!」

 

 

絞り出すような訴えの声。

それにシャナ=ミアは返答する。

 

 

「貴方も知っている通り、今の私たち、フューリーには2つの派閥が存在しているのです」

 

「シャナ=ミア様やエ=セルダ、私の様な【融和派】と……」

 

「そう、総代騎士であるグ=ランドンとフューリア聖騎士団を中心とした【純血派】。数としては純血派のほうが多く、彼らはフューリーこそ至高の種族と考えています」

 

 

シャナ=ミアはディスプレイに映る地球を見て、一度切った後続ける。

 

 

「同化計画によって生まれた貴方の娘やトウ=ヤ、いえ、紫雲統夜は確かに種族の懸け橋になる存在。ですが彼らにはサイトロン・コントロール・システムの適性が存在していました。それが純血派を、グ=ランドンを武力行使へと焚きつけてしまったのです。エ=セルダがグランティードを奪取したのはそれに気づいていたからでしょう」

 

「……っ、過去の敗戦でそこまで落ちたか、グ=ランドン……っ!」

 

「今やフューリーの実権はグ=ランドンが握っているといっても過言ではありません。私には彼らを止めることができなかった。先帝である父上の様に、もっとできることがあったはずなのに……」

 

 

シャナ=ミアが顔を伏せる。

 

 

「……純血派の行動は許容しがたいことですが、シャナ=ミア様の真意を知ることができ、一禁士として幸いです」

 

 

ク=ロウドはそう彼女に告げた。

そしてシャナ=ミアは意を決したように顔を上げた。

 

 

「……ク=ロウド、私をここから連れ出してください」

 

「っ、何を言われるのですかっ!?」

 

 

 

彼女は現在目覚めているフューリーの中でも最も重要な位置にいる人間だ。

そんな彼女の突然の発言に、ク=ロウドは狼狽えた。

 

 

「地球に存在する組織、国連にフューリーの事実をすべて打ち明けるのです、侵攻作戦が初期段階の今ならまだ間に合うはず……っ!」

 

「ですが、それは同化計画の最終段階では……っ!」

 

「地球との関係が悪化する前に、動かなければならないのです……っ!」

 

 

シャナ=ミアの懇願にク=ロウドは、思考をめぐらす。

 

 

(シャナ=ミア様の考えも悪手ではない。更識としての権限を使えば国連にも働きかけができる。幸いグランティード奪還を除く侵攻作戦はすべてラースエイレムを使用して行われている。まだ他国にも我等の存在は感知されていない……それにシャナ=ミア様と神竜(・・)を連れ出すことができれば、グランティードは完全な力を開放することができる)

 

 

そして意を決したように頷く。

 

 

「……承知しました。全力をもってシャナ=ミア様を……っ!?」

 

 

背筋を奔った悪寒。

咄嗟にIS【ラフトクランズ・クロウディア】を展開し、腕部サーベルで背後から迫っていた凶刃を防ぐ。

甲高い金属音が響き、火花が迸る。

 

 

『仕損じたか……っ!』

 

 

黒のラフトクランズ――【ラフトクランズ・カロクアラ】に搭乗しているカロ=ランが忌々し気に呟き離れる。

 

 

『貴様は……カロ=ランッ!シャナ=ミア様の御前で何たる無礼なっ!』

 

『無礼なのは貴様よ、禁士団副長、ク=ロウド・サーシュ。禁士長と同じく貴様も我らを裏切り、まさか皇女殿下を誘拐しようとするとはな……っ!』

 

 

カロ=ランの表情が歪む。

まるで嘲笑しているかのように。

 

 

『何をっ……っ、貴様、まさかっ!』

 

 

激高しかけたク=ロウドだが、すぐにカロ=ランの狙いに気づいた。

 

先の不意打ちもラースエイレムを使用した時間停止の一撃でない理由。

それはク=ロウドに防御させる為の布石。

ISを展開させることで言い逃れの出来ない状況を作り出すのが目的であったのだ。

 

相手は諜士長であるカロ=ラン。

実権を握っているのは騎士団のグ=ランドン。

彼らにとって融和派の自分は目障りな存在なのだろう。

そしてシャナ=ミアが何を言っても握りつぶされてしまうだろう。

 

 

『ご安心ください、皇女殿下。不肖ながらこのカロ=ラン、皇女殿下の御身を第一に考えております故』

 

『ク=ロウド……っ!』

 

『ちぃっ、申し訳ありません、シャナ=ミア様っ!』

 

 

ラフトクランズ・クロウディアはオルゴン・クラウドを展開して翡翠のフィールドに包まれる。

次の瞬間、機体がフィールドごと消失した。

これはオルゴン・クラウドの機能の一つ、空間跳躍だ。

 

 

『……ガウ=ラ・フューリアの転送区画まで跳んだか。流石は禁士団副長、だがオルゴンエナジーの反応は捉えているっ!』

 

 

同様にオルゴンクラウドを展開したカロ=ランのラフトクランズが消失した。

 

――――――――――――――

 

ガウ=ラ・フューリア転送区画

 

 

『ちぃっ、何とか跳べたか……っ!』

 

 

オルゴンクラウドのフィールドを解除して、ク=ロウドが舌打ちしつつセンサーで辺りを見回す。

元々の用途の為、ガウ=ラ・フューリアには転送ゲートが設置されており先程襲撃から逃れるために咄嗟にここに跳躍したのだ。

 

 

『申し訳ありません、シャナ=ミア様……っ!』

 

 

オルゴンエナジーの反応を検知した途端、目の前に黒いラフトクランズが出現した。

当然それに搭乗しているのは先ほど自分を裏切り者に仕立て上げたカロ=ランだ。

 

 

『カロ=ラン……っ!』

 

『ほう、逃げないのか。殊勝な心構えだ、ク=ロウド』

 

 

カロクアラの両マニピュレータに装備されているクローシールドが展開し、五指となる。

それぞれが鋭利なクローとして機能する。

 

そのクローを見て、脳裏に蘇るのはセルドア・紫雲の遺体。

その死因は背後からの鋭利なものに貫かれた刺傷。

 

元から予想はしていたが、ク=ロウドは内心確信しつつたずねた。

 

 

『1つ、貴様に聞こう。エ=セルダを襲ったのは貴様だな?』

 

 

カロ=ランは答えない。

だが静かな笑みを浮かべている。

 

 

『やはり、貴様か……諜士長、カロ=ラン・ヴイ』

 

 

機体のオルゴンクラウドを最大展開し、周囲には翡翠色のオルゴン粒子が舞う。

殺気を込めた視線をカロ=ランに向け、両マニピュレータにオルゴナイトが精製されていく。

 

 

『セルドアの仇、取らせてもらうぞっ!カロ=ランっ!』

 

 

瞬時加速からの一撃。

並の国家代表などでは反応できない速度であったが、カロ=ランはその一撃をクローシールドで受け止める。

甲高い金属音が響き、反撃の刺突がク=ロウドに迫る。

 

スラスターを噴かせ、その反撃を回避し、ハイパーセンサーで周囲を探る。

探知範囲にはカロ=ラン以外の反応はない、しかしここはフューリーの本拠地。

増援がすぐにでも来るはずだ。

 

 

(勝負を急ぐ必要があるな……っ!)

 

 

AMBACで姿勢制御を終えた、ク=ロウドは切札を切る選択をした。

空間投影ディスプレイが表示され、音声認識表示が展開された。

そして彼はその【機能】の名を叫ぶ。

 

 

『バスカー・モード、起動っ!』

 

『ぬぅっ!?』

 

 

ラフトクランズ・クロウディアは既存のISと同じく、鎧のようにも見えるが、搭乗者の顔や腕部は生身の部分が見えている。

だが、今は違う。

切り札を発動させた彼の頭部を装甲が包んでいく。

そしてツインアイタイプの頭部ユニットが形成され、機体各部からオルゴンエナジーが溢れていく。

 

【バスカー・モード】

ラフトクランズ等に搭載されている奥の手とも言うべきリミッター解除機構。

機体のリミッターを解除し、通常時の数十倍の出力を発揮できるまさに切札である。

身の丈をはるかに越えるオルゴナイトを精製する事もこの状態ならば可能である。

 

 

『バスカー・モードかっ、ならばっ!』

 

 

相対するカロ=ランのラフトクランズ・カロクアラにも同じ現象が起こった。

彼の頭部を装甲が包み、ツインアイタイプの頭部ユニットが形成される。

ラフトクランズ・クロウディアとは若干センサーの形状が異なっていた。

 

互いに加速し、腕部ブレードとクローシールドがぶつかり合う。

先程までの激突とは比べ物にならないほどの衝撃波が発生し、鍔迫り合いの形になった。

 

 

『互いにバスカー・モード、そう簡単には……っ!』

 

『甘いな、カロ=ランっ!』

 

 

拮抗状態だったのは一瞬。

次第にクロウディアがカロクアラを押していく。

 

 

『何っ!?』

 

『不意打ちでないのならば、貴様などっ!』

 

 

搭乗者の技量と機体の出力。

そのどちらもがカロ=ランよりもク=ロウドが上回っていた。

これはカロ=ランが暗部である諜士、ク=ロウドが近衛騎士団である禁士であるのが大きい。

そしてついに、クローシールドを弾き飛ばし、脚部スラスターを噴かした蹴りを叩き込んだ。

 

 

『ぬぁっ!?』

 

『オルゴンマテリアライゼーションっ!』

 

 

その隙を逃すほど、ク=ロウドは甘くはない。

ラフトクランズ・クロウディアの両腕部ブレード部分にオルゴナイトの結晶が現れ、鋭利な20mほどの巨大なオルゴンブレードが形成された。

 

 

『はぁっ!!』

 

 

瞬時加速からの右のブレードで一閃。

クローシールドを切り落とし、シールドエネルギーを大幅に減少させられる。

そしてブレードの軌跡にはオルゴナイトが残っており、それにカロクアラは捕らえられてしまった。

 

 

『ぐっ、貴様ぁっ!?』

 

 

続けて左の一閃。

装甲の大部分に損傷を与え、さらにオルゴナイトで動きを完璧に停止させる。

 

 

『これで終わりだ、カロ=ランっ!ヴォーダの闇に沈めぇっ!』

 

 

上昇した後に、動きを拘束したカロ=ランへ急降下。

その速度を上乗せした必殺の刃、その名は――

 

 

『オルゴナイト・バスカー・ブレェェドォッ!』

 

 

X字の斬撃が完璧にカロ=ランを捉えた。

 

その瞬間であった。

凄まじい太さのオルゴンビームが、ラフトクランズ・クロウディアに襲い掛かったのだ。

 

 

『っ!?』

 

 

なすすべもなく、オルゴンビームに飲み込まれたク=ロウド。

 

そしてラフトクランズ・カロクアラを捕らえていたオルゴナイトの結晶は音を立てて崩れていく。

ビームの照射が収まるとそこには何も存在していなかった。

発射方向をセンサーで探ると、そこには紅い機体を身にまとったグ=ランドンが立っていた。

 

ラフトクランズではない。

ラフトクランズ・カロクアラよりも二周りは大きく、全体的なシルエットはまるで龍のようにも見える。

 

 

『ふむ、完璧な不意打ちであったが、跳躍して逃げるとは……流石はエ=セルダ・シューンの右腕。しかしただでは済んでいないだろう』

 

『その機体は……?』

 

 

カロクアラは大きなダメージを負ったがまだ動ける。

機体を動かしながらカロ=ランはグ=ランドンに尋ねた。

 

 

『【皇帝機(・・・)】……いずれはその名を冠する機体だ。機体のダメージが大きいようだな、まずは休むがいい』

 

 

グ=ランドンはそうカロ=ランに告げて、口角を静かに吊り上げた。

 

 

『ぐぅ……っ!』

 

 

バチバチと火花を散らしながら、宇宙空間を漂うのはラフトクランズ・クロウディア。

ビームに飲み込まれる瞬間、オルゴンクラウドを最大展開して、跳躍したのだ。

 

バスカー・モードを発動させてはいたが、不利な賭けであった。

だが何とか五体満足で、ガウ=ラ・フューリアから離れることに成功していた。

戦闘していた場所が転送区画で合ったのも幸いした。

 

 

『ちぃっ、あの攻撃はグ=ランドンか……やってくれる』

 

 

蔵人は機体の状況を確認する。

各部装甲はオルゴンビームによって融解し、殆ど残っていない。

だがエネルギーは何とか地球にたどり着けるだけは残っていた。

ISの自己修復機能である程度機能を回復させながら地球を目指せばいい。

 

 

『何とか生きている……か。我ながら不格好だな。まずは地球に帰還しなければ……どれくらい時間がかかるか分からんが』

 

 

蔵人はそう呟いて、娘達がいる地球を見て静かに微笑んだ。

 

――――――――――――――

同日深夜――

 

IS学園 職員室

 

 

「……はぁ」

 

 

クラス対抗戦は襲撃事件のせいで中止となり、その後処理に追われていた千冬はようやく一息ついてコーヒーに手を伸ばした。

黒い液体を喉に流し込み、苦みによって頭が少しだけはっきりとした。

 

だがすぐさま浮かぶ不安によってため息をこぼした。

その不安とは――

 

 

(……どう伝える、一夏に。白騎士事件の事を……どう伝えればいい……)

 

 

先の襲撃の主犯の1人で、白騎士事件によって弟を失ったというジュア=ムという青年。

彼の力は圧倒的であった。

それ以上に感じたのは自分への憎悪。

彼の言葉をすべて鵜呑みにする訳ではないが、感じた憎悪は並大抵のものではなかった。

白騎士事件の事を一夏に教える約束はしたが、一歩が踏み出せない。

 

それを振り切るように、一枚の書類に手を伸ばす。

それは翌週に赴任してくる教員のモノであった。

 

顔写真付きの書類であり、み空色の髪色に見るものを威嚇するような鋭い目つきが印象的な美女の写真が貼られていた。

年齢は千冬と同年齢であった。

 

 

(……お前ならこんな私になんて言う?)

 

 

かつて世界を制覇した千冬であったが、公式戦以外で唯一土を付けた人間がいた。

それも接戦であったが、2本先取のマッチ戦で千冬は確かに敗北した。

近接戦闘なら自分が上だが、中・遠距離では明らかに向こうが上であった。

近づくことすらできない恐るべき腕を持つ人間の名は――

 

 

「彼女は4組の副担任か。今度相談に……いや、あいつが相談なんて受けてくれるはずがないか」

 

 

【カルヴィナ・クーランジュ】と名前が記載された書類を放って、千冬は再度ため息をついた。

 

 




更識蔵人(ク=ロウド・サーシュ) レベル45
精神コマンド
直感
集中
努力
信頼
熱血

ラフトクランズ・クロウディアはカロクアラとは異なり、
近接格闘特化調整されている機体です。

OGの新作、早く出ないかな…。


次回予告
第7話「君の存在」

「カンザシ・サラシキって子がこの教室にいるんでしょ?」


「初めまして、えっと……」

「箒だ、篠ノ之箒」


「大丈夫。たとえどんなことになっても、私は統夜のそばにいるから」




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第7話「君の存在」

フューリーの襲撃から数日後――

 

IS学園 1年4組

 

週が明け、新たな週が始まる月曜日。

1年4組のSHRの時間では、新たに赴任してきた副担任の紹介が行われていた。

 

ピシッとしたスーツを身に纏う、み空色の髪色の長く伸ばした女性。

雰囲気は1組の担任である千冬に酷似しており、その女性の雰囲気に当てられたか私語を話す生徒は皆無であった。

 

 

「彼女が本日から4組の副担任となった……」

 

「カルヴィナ・クーランジュよ。まぁ、よろしくね」

 

 

そっけない自己紹介であり、担任の女教師は苦笑していた。

そんな中1人の生徒が手を挙げ尋ねた。

 

 

「カルヴィナ先生ってもしかして……【ホワイト・リンクス】のカルヴィナさんですかっ!?」

 

「……そんな名前でも呼ばれてたわね」

 

 

思い出すようにカルヴィナがそう返すと、質問した生徒は興奮しつつ続ける。

 

 

「現役時代の織斑先生と何度も戦ったことがあるって私知ってます!公式戦の戦績は織斑先生が上ですが、非公式の模擬戦を含めた場合は違うって考察が出てましたっ!」

 

「やめて、少し恥ずかしいわ」

 

 

苦笑しながらカルヴィナがそういうと、女生徒は正気に戻ったのかすいませんと頭を下げてから席に着いた。

 

 

「……と、まぁ彼女は色々と有名な人よ。そんな人から教えを受けれる貴女達は幸運な存在です。より一層励むようね?」

 

「そう持ち上げられるのも少しむず痒いわね」

 

 

担任の言葉にそれに頷く生徒達。

同じようにうなずいていた簪をカルヴィナは気づいたように見つめていた。

 

 

「カンザシ・サラシキって子がこの教室にいるんでしょ?」

 

 

担任の女教師にそう尋ねる彼女。

 

 

「更識さん?彼女ですよ」

 

「ありがとう」

 

 

顔写真付きの名簿を指で刺して、確認した後カルヴィナは簪に歩み寄る。

 

 

「アナタが簪ね?」

 

「はっ、はい……?」

 

 

突然の指名と彼女が放つ雰囲気にのまれてしまった簪の声は少し緊張で上ずっていた。

それに気づいたのかカルヴィナは軽く微笑んでから言う。

 

 

「私ってそんなに怖い?まぁ、いいわ。ベルゼバイン……だったかしら、アナタのISから得られたデータが私の【IS】にフィードバックされてるのよ。そのお礼にね、ありがとう」

 

「はっ、はい、それはどうも……えっ、ということは……」

 

「そう、私もアシュアリー所属なのよ。ここに教師として赴任してきたのは教員資格を持っていたから特別顧問って形なのよ。よろしくね」

 

 

カルヴィナがそういって右手を差し出す。

 

 

「……はい、カルヴィナ先生」

 

 

差し出されたカルヴィナの手を取って握手する。

そして握手が終わった後、カルヴィナは統夜に目線を移した。

 

 

「アナタが2人目の子ね」

 

「……そうですけど、何ですか?」

 

 

先週の襲撃事件から得たフューリーという組織の存在。

それが気になってしまいこの数日ろくに眠れていなかった統夜は少しぶっきら棒な様子で彼女に返す。

 

 

「アナタの父親であるセルドアさんには色々とお世話になってたから。聞いたわよ、残念だったわね」

 

「……いや、その……ありがとうございます」

 

 

初対面の人間が父親であるセルドアの名前を出して、その死を悔やんでいる。

それに感謝の気持ちを感じた統夜は頭を下げた。

 

 

「何かあったら言いなさい。できるだけ力になるから、いいわね?」

 

「……分かりました、ありがとうございます」

 

 

有無を言わせない彼女の言葉に押されながらも、感謝しつつ再度頭を下げた統夜であった。

 

その後、1組に転入生が2人入った連絡があった。

何でもそのうちの1人は男子生徒であるとの事だ。

それに驚いた統夜は、都合がよければ昼休みに一夏に話を聞きに行こうと決めた。

 

その後1時限目の授業である数学が開始された。

カルヴィナは副担任として担任をサポートしており、その手腕はとても素人のようには思えなかったと、休憩時間に生徒達の間で話題になったのだった。

 

 

―――――――――――――――

 

午前の授業が終わり、昼休み

 

昼休みに入ると、携帯にメールが1件届いた。

相手は友人である一夏であり、その内容は――

 

 

「統夜、昼飯皆で食おうぜ」

 

 

と簡潔に記載されていた。

それを確認した統夜は、OKの返事を送り食堂に足を運んでいた。

一緒に食事を取ろうと誘ってきた簪もつれて来ている。

 

 

「込んでるな」

 

「そうだね」

 

 

統夜と簪が食堂に足を踏み入れるとそこは生徒達でごった返していた。

昼食時であるから仕方ないが、空いている席も見えない。

そんな時であった。

 

 

「おーい、統夜。こっちだー!」

 

 

自分を呼ぶ声が聞こえた統夜はその声の向きに振り替える。

テーブル席の1画、そこで手を振るのは友人である一夏であった。

相席しているのはセシリア・オルコットと鳳鈴音。そして見慣れない金髪の人間であった。

制服は自分と一夏しか着ない男子生徒のものであり、彼が噂の3人目なのだろう。

 

そしてもう1人、黒髪をポニーテールにまとめた少女。

彼女が一夏と一緒にいるのは何度か見たことがあるが、名前は知らなかった。

 

 

「席取っといたぜ。更識さんもよかったら」

 

「助かるよ、一夏」

 

「ありがとう、織斑君」

 

 

一夏の左隣に統夜が、そのさらに左隣に簪が座る。

 

 

「あー、そういえばシャルルには紹介まだだったな。俺の中学の時からの友達で紫雲統夜っていうんだ」

 

 

紹介を忘れていたことを思い出した一夏がそう対面のシャルルに言う。

 

 

「成程ね、君が紫雲君だね。ボクはシャルル・デュノア。よろしくね」

 

「……あっ、あぁ。よろしく」

 

 

まるで女性のようにも見える中性的な顔立ちと声。

一瞬本当に男性かとも思ったが、初対面でそんなことを考えるのは失礼だと思った統夜はそこまで思考を止めた。

 

 

「そう言えば挨拶がまだでしたね、紫雲さん。私はセシリア・オルコットです。先日の襲撃や無人機の襲撃の際にはお世話になりました。これからは友人としてよろしくお願いいたしますわ」

 

「こちらこそ。よろしくなオルコットさん」

 

 

セシリアの自己紹介に微笑んで返す。

そしてまだ名前を知らない黒髪の少女と視線が合った。

 

 

「初めまして、えっと……」

 

「箒だ、篠ノ之箒」

 

 

瞬間、統夜の目が見開かれた。

それは簪も同じであった。

 

 

「……篠ノ之って、もしかして、篠ノ之束の?」

 

 

箒に静かに統夜は尋ねる。

その声色は平静を装っているが、簪にすれば平常のものからはかけ離れていた。

 

 

「……姉さんは関係ない」

 

 

その返事に感情が高ぶるのを感じた。

本来は抑えるべきことなのだろう。

 

だがかつて蟲に襲われた光景がフラッシュバックし、同時に父であるセルドアが自身の腕の中で冷たくなっていく感触までが励起され、抑えられなかったのだ。

 

 

「っ、関係ないはずがあるかよっ!」

 

 

立ち上がって統夜は声を上げる。

その声と行動に、食堂内の生徒達の視線は彼に釘付けになってしまった。

だが、彼は続ける。

 

 

「あの蟲みたいな無人機とかの事、関係ないなんて言わせないっ!あんたの姉に俺は狙われてるんだっ!あの蟲のせいで、父さんは死んだんだっ!何か知ってるんじゃないのかよっ!?」

 

 

箒に詰め寄る統夜であったが、箒にとっては全くの初耳だ。

 

 

「しっ、知らないっ。姉さんの事なんて……っ!すまない、失礼する……っ!」

 

 

突然統夜に詰め寄られた箒は、咄嗟に席から立ちあがって足早に離れていく。

 

 

「おっ、おいっ、待てよっ!」

 

 

それを追おうとした統夜であったが、手を誰かに掴まれた。

 

 

「駄目っ、統夜っ、今はまずいよっ」

 

 

彼の手を掴んだのは簪であった。

その彼女の行動に高ぶっていた感情が落ち着いてくるのを感じる。

 

困惑した表情で、自信を見てくる一夏やシャルル達。

 

 

「……っ、ごめん。俺一人で食うから」

 

 

その視線に耐え切れなくなった統夜は、食堂から駆け足で離れていく。

 

 

(……統夜)

 

 

その背中を心配そうに簪は見つめていた。

 

その日の夜

 

すでに夜の帳はおり、就寝時間まで1時間を切っていた。

そんな学生寮の廊下を、簪の姉、刀奈が不機嫌そうに歩いていた。

 

 

「まったく、お父様はいったいどこにいるのよ。お母様も知らないだなんてホントどうしたのかしら」

 

 

父親である更識蔵人は数日前から行方知らずである。

 

更識家の当主には代々、更識楯無を襲名する儀礼がある。

16代目の襲名者は彼女の母親だ。

しかし、母は楯無としての名を受け継いでいるが、それは名だけであった。

母の代わりに暗部の任についているのは、父である蔵人だからだ。

彼は入婿の立場であるがその突出した能力から、16代目の更識楯無である母の代わりとして、裏の仕事に従事している。

 

その立場上、家族に言えない事も多い。

しかし、彼は何があっても母には行き先を告げていた。

だが、今回はその母ですら知らないとの事だ。

 

 

「全くもう……こんなもやもやした気持ちじゃ寝れないわね、統夜君の添い寝しに行こうっと♪」

 

 

もやもやとした気分を変えるために弟分である彼をからかうことにした刀奈は、思い立ったが吉日とばかりに統夜の部屋を目指す。

 

そして統夜の部屋にたどり着いた刀奈が扉に手をかけた瞬間、その扉が開いて中から最愛の妹である簪が飛び出してきた。

 

 

「わぁっ、おっ、お姉ちゃんっ!?」

 

「どっ、どうしたの、簪ちゃんっ!?」

 

 

咄嗟に彼女を受け止めることに成功した刀奈が簪に尋ねる。

すると彼女の口から驚きの一言が溢れた。

 

 

「統夜がっ、統夜がいないのっ!!」

 

「何ですってっ!?」

 

 

先程までの雰囲気は霧散した刀奈は驚きの声を上げた。

 

 

―――――――――――――

30分後――

 

IS学園から少し離れた砂浜

 

 

人工島であるIS学園の敷地内にある砂浜に統夜の姿はあった。

制服から着替えず浮かぶ月を眺めている。

 

 

「……」

 

 

思い返すのは篠ノ之箒との出会いで思い出してしまったこれまでの事。

彼女には悪い事をしてしまったと思う。

だが今は、それどころではなかった。

 

父の死、グランティード、篠ノ之束の襲撃、フューリー。

 

この1か月にも満たない僅かな時間に様々な出来事があった。

フー=ルー達フューリーとも命を懸けて戦った。

 

その出来事は少しずつ彼の心を締め付けていたのだ。

そして気づいたらこの砂浜で月を見上げていた。

不思議と月を見ると心が落ち着いた。

 

 

「何やってんだろうな、俺」

 

 

待機形態のグランティードである宝玉のネックレスを見つめて、そうつぶやいた時であった。

 

 

「統夜、ここにいたんだ」

 

 

砂浜にぽつんと立っていた統夜に背後から誰かが声をかけた。

すでに辺りは夜の暗闇に包まれているが、波に反射する月の光に照らされている為か明るい。

月光に照らされた統夜の赤銅色の髪は一際はっきりと見えた。

 

 

「……簪」

 

 

振り返るとそこには簪がいた。

彼女もまた制服姿であり、月明かりに照らされたその姿はとても美しいと統夜は感じた。

 

 

「カルヴィナ先生や織斑先生、怒ってるよ。それにお姉ちゃんも」

 

 

統夜の隣に彼女が移動しながら告げる。

統夜からの返事は数分間なかった。

 

数分後、統夜の方から口を開いた。

 

 

「……俺は、本当に紫雲統夜なのかな?」

 

 

彼がこぼした言葉。

 

 

「どういうこと?」

 

 

その意味を測りかねる簪が問い返す。

 

 

「グランティードに乗ってからさ、俺の中に記憶が流れ込んでくるんだ。それは父さんの、セルドア・紫雲の記憶で、俺は知らないうちに父さんの記憶に影響されてて。この前の、フー=ルー達が攻めてきたときの俺は俺じゃなかった。刀奈姉ちゃんから聞いただろ?」

 

「……統夜」

 

 

統夜の言葉の通り、簪は刀奈から当時の彼の様子を聞いている。

刀奈曰く、まるでセルドアさんの様な雰囲気で、歴戦の戦士にも感じたとの事だ。

国家代表である刀奈がそう感じたのならば、間違いはないだろう。

 

 

「こうしてさ、一人で考えててわかったんだ。俺はただ状況に流されてるだけなんだって。自分の意志で何も決めてない。それがわかった時凄く不安になったんだ、こんな俺がこの先どうやって進めるんだってさ」

 

 

少しずつ溢れる感情に声が上ずる。

それはずっと感じていた彼の悩み。

 

状況に流されるだけで、どうすればいいのか。

教えてくれる父や頼れる人間がそばにいない。

それはたまらないほどのストレスであった。

 

 

「どうしたらいいか、分からないんだ……俺は……っ!」

 

 

涙がこぼれる。

嗚咽が混ざりそうになり、必死でそれを押さえつけると、彼の手を簪が握る。

 

 

――その手はとても暖かかった。

 

 

「大丈夫。たとえどんなことになっても、私は統夜のそばにいるから」

 

 

その言葉に耐え切れず、統夜の感情は決壊した。

涙は零れ落ち、もはや止められない。

 

 

「うっ、うぅ……あぁぁぁっ!」

 

 

決壊した感情を抑えることができずに膝を折って泣く。

それを優しく抱きしめて背中をさする。

 

10分ほどそうしていただろうか、統夜は涙を拭って簪から離れた。

その目は赤く腫れているが、浮かべているのは笑顔であった。

 

 

「……ごめん、情けないところ、見せちゃったな」

 

「ううん、平気。統夜、もう大丈夫?」

 

「大丈夫、ありがとう」

 

 

もう一度涙を拭ってから簪に返す。

その返答に彼女も微笑んでくれた。

 

 

「部屋に戻ろう?」

 

「あぁ……千冬さんやカルヴィナさんにはちゃんと、謝らないといけないな」

 

「そうだね。私も無断で外に出ちゃったから、同じだよ」

 

「……ごめんな」

 

「私がしたかった事だから大丈夫」

 

 

自然と彼女と手をつないでいた。

その温かな体温は今のささくれた心を静かに癒してくれるようにも感じた。

 

 

(……ありがとう、簪)

 

 

いつも自分を助けてくれる彼女の事。

幼い頃からよく一緒にいてくれた彼女の事に感謝の気持ちが浮かぶ。

 

 

(……君がいてくれてよかった……えっ?)

 

 

自分が彼女と一緒にいると安らぎを感じていることに彼は気づいた。

 

 

(今、俺は何を……っ?)

 

 

自分の心が安らぎを感じている。

その事実に困惑した統夜は足を止めていた。

 

当然手をつないでいる簪にはそのことはまるわかりであった。

 

 

「どうしたの?」

 

「っ、いや、何でもないよ」

 

 

咄嗟に誤魔化した統夜は少しだけ早歩きで歩いていく。

それについていくようにペースを上げた簪は少しだけ苦笑していた。

 

 

その様子を木陰から見つめているものがいた。

 

 

「……あーあ、敵わないなぁ。統夜君、取られちゃった」

 

 

それは刀奈であった。

 

木陰から今までのやり取りを眺めていた刀奈はそうつぶやいた。

簪が統夜を見つけてから数分経った後、彼女も統夜を見つけたのだ。

 

そして歩いていく彼の表情が変わったことにも気づいていた。

 

 

「あれ、きっと気づいたわよねぇ……あーあ……」

 

 

刀奈も統夜に想いを寄せていた。

初めはきっと幼い頃から、妹と一緒の時期だろう。

 

それが恋なのかはわからない。

どちらかというと主に彼と一緒にいると楽しい、彼を弄るのが楽しいと感じるからだ。

統夜と一緒にいたいと思う気持ちに変わりはなかった。

 

 

「……もう遅いのかしらね」

 

 

そう誰にも聞こえない声量で、刀奈は静かにつぶやいた。

 

 

―――――――――――――

深夜――

 

 

「連絡ありがとう。紫雲には明日反省文10枚を提出させる。更識は5枚でな。ああ、おやすみ」

 

 

携帯を懐にしまった千冬は一息ついて、座り込む。

小さなテーブルをはさんで対面には本日赴任したカルヴィナがいた。

 

 

「教師ってアンタに勤まるのかって思ってたけど、中々様になってるじゃない千冬」

 

「そう言わないでくれ。自分でも似合ってないのはわかっているさ、カルヴィナ」

 

 

そうかしらと言いながら手に持ったグラスを呷る。

グラスの中身はアルコールであり、千冬とカルヴィナは統夜が見つかった後、こうして2人で飲んでいたのだ。

 

 

「それで、話って何よ」

 

 

タンっとテーブルの上に空になったグラスを置き、追加で黄金色の液体を注ぐ。

 

 

「……白騎士事件についてだ」

 

「へぇ。あの事件がどうかしたの、白騎士様(・・・・)?」

 

 

カルヴィナの言葉に千冬が息をのむ。

千冬が白騎士であることは、当事者である彼女自身と片棒を担いだ篠ノ之束しか知らないことのはず。

いや、正確にはフューリーという例外もいるが彼女は知らない。

 

 

「あら、やっぱりそうだったのね」

 

 

千冬の反応を見たカルヴィナは薄く笑みを浮かべた。

 

 

「……カマをかけたのか」

 

「悪かったわよ。でもそんな気はしてたのよ、現役時代のアンタの動きが似てるなとはずっと思ってたから。そして当のアンタからいきなりその話をしたいだなんてくれば、確信するじゃない?」

 

「……あぁ、そうだ。私が白騎士だ」

 

「それで、その白騎士が私に何を相談するの?」

 

 

カルヴィナの質問に千冬は口をつぐむ。

グラスを呷りつつ、カルヴィナは彼女からの言葉を待った。

 

そして数分経ってから、ようやく千冬が口を開いた。

 

 

「……白騎士事件は死傷者0という話だが、いたんだ……弟を失ったと言った者が」

 

「……」

 

 

カルヴィナは黙って彼女の言葉の続きを促す。

 

 

「怖いんだ。このことを私は一夏に、弟に伝えると約束した。だが、その結果を……拒絶されるかもしれないと考えると一歩が踏み出せない」

 

「……そうね、アンタが取り返しのつかないことをしたってのはわかったわ」

 

 

彼女からの返答を受け、千冬の顔色は暗く沈む。

 

 

「アンタがやってしまったことは確かに重いことね。でもそれをずっと1人で抱えていられるほど、人間は強い生き物じゃないわ」

 

「……カルヴィナ」

 

「大切な人間が生きているのならソイツに伝えるべきよ。受け入れてもらえるかは別にしてね。そしてソイツと一緒に答えを見つけなさい。それができるだけアンタは幸せ者なんだから」

 

「……分かった。ありがとう、悩みを聞いてくれて」

 

「ガラじゃないのよ、まったく……これっきりにしなさいよ」

 

 

そう告げて彼女は少しだけ寂しそうに胸元からロケットペンダントを取り出して開く。

焦げ跡が残る写真が中には入っており、カルヴィナの隣にはたくましい青年の姿が映っていた。

 

 

(……アリー)

 

 

かつてとある事故で失ってしまった最愛の人、【アルヴァン】の事をカルヴィナは思い出した。

その後、朝まで2人は互いに晩酌を続け二日酔いに悩まされたとか。

 

 




カルヴィナ・クーランジュ レベル30
精神コマンド
集中
狙撃
必中
熱血
???

ホワイト・リンクスこと、カルヴィナさんが参戦。
ISはもちろん……。
え、絶対フューリー殺すウーマンであるカルヴィナさんがこんなに大人しい訳ない?
カルヴィナさんは特定の人物が絡まないとわりとまともだし…(フラグ


次回予告
第8話「誓いと覚醒」


『私が……俺は君を守りたいって、守るんだって決めたんだっ!大切な人である君だけを、守りたいんだっ!俺だけの意志でっ!』





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第8話「誓いと覚醒」

翌日 食堂

 

 

先日の騒動での反省文10枚を午前中に書き終えた統夜は食堂のテーブルに座っていた。

なぜ彼がここにいるのかというと、昼食の為でもあるがほかに用件があるからだ。

 

 

「統夜、つれてきたぞー」

 

 

背後からの一夏の声に振り替える。

一夏に連れられ、セシリアを筆頭に鈴、シャルルといつもの面子。

そして一番最後には箒がいた。

昨日の今日であるためか、箒は統夜の顔を見て視線をそらしていた。

統夜が食堂にいる用件、それは彼女に関係する事であった。

 

それは――。

 

 

「篠ノ之さん、昨日はごめん」

 

 

椅子から立ち上がった統夜は箒に頭を下げる。

その様子に箒は目を見開いて驚いた。

 

 

「そっちにも色々と事情があるだろうに、自分の事しか見えてなかった……本当にごめん」

 

「あっ、別にその……そこまでしなくても、いい。それにこちらもすまなかった。それとだが本当に姉さんのことは知らないんだ。あと箒で構わない」

 

 

統夜の言葉に困惑しながらも、箒がそう返す。

それに苦笑しながら統夜は顔を上げた。

 

 

「ありがとう、なら俺も統夜でいいよ。改めてよろしくな、箒」

 

 

その後、一夏達も昼食を取りに行き、皆で昼食をとることになった。

 

 

「何かすっきりしたって感じじゃない、統夜?」

 

 

ラーメンのレンゲで統夜を指しつつ、鈴が尋ねた。

一夏と同じく中学から付き合いである鈴は統夜の雰囲気が少し変わったことに気が付いた。

どこか張りつめていた彼の雰囲気が、少し和らいでいたからだ。

 

 

「まぁ……そうなのかな、少しは気が楽になったんだ」

 

「へぇ、何があったの?」

 

 

シャルルが興味本位から統夜に尋ねる。

彼の言葉に、統夜の脳裏に昨晩の事が思い出される。

 

 

『大丈夫。たとえどんなことになっても、私は統夜のそばにいるから』

 

 

あの時の簪の言葉、彼女の柔らかい手、そしてそれに安らぎを感じた。

 

いや安らぎだけではない――

あの時確かに自分は――

 

昨晩の事を思い出したからか、少しだけ頬が朱色に染まった。

 

 

「べっ、別に何にもなかったって……うん」

 

 

鈴をはじめとした恋する乙女達は統夜の下手な誤魔化しを見逃さなかった。

 

 

「やはりあの噂は本当なのでは?」

 

 

セシリアが鈴や箒に耳打ちをする。

彼女が言う噂、それは紫雲統夜と更識簪は付き合っているのではないかという噂だ。

統夜が転入してからすでに数週間が経過しており、訓練も何度かこなしている。

その際には必ずと言っていいほど、彼女と一緒にいる。

4組のクラスメイトから流れた情報では幼い頃からの仲でもあるらしい。

 

 

「最初から怪しいとは思ってたけど、統夜も隅に置けないわねぇ」

 

 

鈴がニタニタと笑いながらセシリアの言葉に返す。

 

 

「くっ、統夜の様に好意に気づく神経の100分の一でもどこぞの唐変木にあれば……!」

 

「ホントそれよ」

 

「全くですわね」

 

 

3人はそう言って山盛りのご飯をかっ込んでいる一夏を見てため息をついた。

 

―――――――――――――

その日の夜

学生寮 宿直室

 

 

「千冬姉、きたよ」

 

「あぁ、入ってくれ、一夏」

 

 

私服姿の一夏を本日の業務が終了した千冬が出迎える。

 

 

「……話してくれるんだよな」

 

「……あぁ。座ってくれ」

 

 

フューリーと名乗る謎の一団の襲撃から数日が経った。

その一団の一人、【ジュア=ム・ダルービ】と名乗る青年から聞かされた事実。

ISが世界に兵器として広がる原因ともなった事件、通称【白騎士事件】の首謀者の1人が千冬である事。

 

襲撃の際に必ず伝えてくれると約束してくれた彼女から呼び出された。

一夏はこの呼び出しはその約束だろうと気づいていた。

 

小さいテーブルにお茶を置いた後、千冬も座り込む。

そして沈黙が部屋を支配した。

だが一夏は千冬から話してくれるのを待った。

 

そして5分ほど経った頃、千冬が口を開いた。

 

 

「白騎士事件、結論から言うと私はあのジュア=ムという青年の言う通り、首謀者の一人だ」

 

 

いつもの教師としての彼女からは想像できないほど、その声は弱々しい。

 

 

「こんなことをいまさら言うのはただの言い訳にしかならないだろうが……当時、私には金が必要だった」

 

「……千冬姉」

 

「束に持ち掛けられたんだよ、白騎士に搭乗することで学生の身分じゃ手に入らないレベルの金が手に入るとな。願ったり叶ったりだった。私はどうでもいい、だがお前を飢え死にさせるわけにはいかない。だから白騎士に搭乗した」

 

 

当時を思い返すように瞳を閉じ、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 

 

「当時はただお前だけが全てだった。お前さえ無事ならそれでいい。そんな短慮さが……悲劇につながったんだろうな。彼が発していた憎悪は並大抵のものじゃない。本当に身内を亡くしているんだろう。私のせいでな」

 

 

ジュア=ムの憎悪に溢れた目を思い出す千冬。

戦闘能力もさることながら、あの目には寒気を感じると共にある種の親近感を抱いた。

もし仮に一夏が何かの事件に巻き込まれて死亡し、その首謀者がのうのうと生きていたら。

自分も彼の様にその首謀者を憎悪するだろうと。

 

 

「……これが、白騎士事件の全てだ。遅くなってすまなかった」

 

 

そういって千冬はテーブルを退けて、一夏に頭を下げる。

一夏の返答は来ない。

 

 

(……当然だ、こんな姉、幻滅されて当たり前だ。いや、正確には……姉ですら……)

 

 

頭を下げたまま千冬はそう考えた。

そして数分が立ち、一夏が立ち上がる。

そのまま部屋を出ていくだろうと予想した千冬であったが、その予想は裏切られることになる。

自分を包み込む、暖かい腕に。

 

 

「いっ、一夏……っ!?」

 

 

一夏は無言で笑みを浮かべつつ、千冬をそっと抱きしめていた。

 

 

「ありがとう、千冬姉。教えてくれて」

 

 

一夏がまるで子供をあやす様に、優しく彼女に告げる。

 

 

「俺は千冬姉に守られ続けてたんだな。ありがとう」

 

「いっ、一夏……こんな私を、姉と……呼んでくれるのか……っ!」

 

「当たり前だろ、千冬姉は俺にとってただ一人の家族だよ。それに、俺だって千冬姉がそんなに追い詰められてることに気づかなかったんだ。ごめん、千冬姉」

 

「一夏……っ!」

 

「だからこれからは何かあったら、俺にも教えてほしいんだ。俺が千冬姉を守るなんて事まだ言えないけど、せめてそれくらいはさせてくれよ」

 

「……あぁ、そうさせてもらう。ありがとう、一夏」

 

 

堪えていた涙がこぼれる。

だがそんなことは気にならなかった。

 

それから30分経って、一夏は千冬と別れて自室を目指していた。

ちなみに一夏はシャルルと同室になっており、現状女生徒と同室は統夜だけの状況だ。

 

 

「少しは千冬姉、楽になれたかな」

 

 

先程の様子を思い出しながら、歩を進める。

そして次に思い浮かぶのは――

 

 

「ジュア=ム……負けられないな、やっぱり」

 

 

あの時手も足も出なかった相手を思い返す。

今の自分は弱い。だが最愛の家族を守るためには負けるわけにはいかないのだ。

 

 

「もっと強くならないと」

 

 

改めて一夏はそう心に誓った。

 

―――――――――――――

 

数日後 放課後 第2アリーナ

 

 

第2アリーナでは本日の授業を終えた生徒たちが、各々訓練に励んでいた。

その中には統夜や簪、一夏達の姿があった。

訓練機の貸出は予約制であるため、予約が取れなかった箒は少し離れた所でストレッチをしている。

 

そして今日は特別に、ISスーツ姿のカルヴィナの姿もあった。

国家代表候補生を含む生徒たちに特別指導を行うとの事で、学年外からも生徒が集まっている。

 

彼女が身に着けているISスーツは国家代表候補生達が身に着けているような身体が一部露出している様なデザインとは異なり、統夜が身に着けているISスーツと同様の全身を覆うタイプのものである。

 

 

『さて、誰か手伝ってくれないかしら?』

 

 

彼女が纏うISは全体的に装甲が薄い、いやそのほぼ全て空力カウルにも見える。

彼女が纏うISの名はアシュアリー・クロイツェルが開発した新型である【ベルゼルート】。

装甲などを極力減らし、運動性と機動性を両立した射撃機がコンセプトの機体。

簪が纏う【ベルゼバイン】の姉妹機にあたる機体だ。

最もロールアウトはベルゼルートのほうが早かったが、反応速度や機体追従性が高すぎるというあまりにピーキーなその性能から搭乗者が見つからなかったのだ。

 

 

『立候補しますわ』

 

『右に同じ』

 

 

カルヴィナの言葉に手を上げるのは、セシリアと鈴。

以前授業で2人で組んで教師である山田真耶にぼろ負けを喫してから連携行動の訓練を積んでいる2人。

相手はホワイト・リンクスと呼ばれ、世界最強のブリュンヒルデである織斑千冬と同レベルの搭乗者。

どこまで通じるか分からないが、全力を持って取り組むという闘志が溢れていた。

 

それを見たカルヴィナは薄く微笑んだ。

 

 

『いいわよ、軽く揉んであげるわ』

 

 

彼女のその一言がスタートとなり、模擬戦が開始された。

展開は一方的であった。

 

2対1であるのにも関わらず、カルヴィナが2人を圧倒していた。

高機動によって中距離を維持したままオルゴンライフルからオルゴンビームを放ち、2人をけん制。

隙を見せたほうに2丁のビームガン【ショートランチャー】から放たれるビームを雨のように浴びせかけてくるのだ。

 

高機動にも対応できるブルー・ティアーズと甲龍だが、それぞれの機体の特色であるBT兵器や衝撃砲は使う前に、ショートランチャーによって行動を制限されて使用できなかった。

そして2機のエネルギー切れで模擬戦は終了したのだった。

 

 

『中々動きはよかったわよ。ただそれぞれの第3世代武装を使う際に動きが止まるのはマイナスね。最低でも動きながら武装を展開できるようになりなさい。でないと的になるわ。後で2人の問題点はレポートにまとめてあげるわ、読むように』

 

 

息一つ乱さぬカルヴィナがそう告げて、エネルギー切れで降下していた2人に言う。

 

 

『くっ、やはり基本は大事という事ですわね……加えて同時制御を早く習得しなければっ!』

 

『悔しいけど先生の言う通りね。あー、もう、訓練の量増やすわっ!』

 

 

悔しさを隠さず言う2人だが顔に浮かぶのは笑顔だ。

まだまだ自分は強くなれるという確信があるからだ。

 

 

『さて、私はまだ余裕があるけど、他に誰かいるかしら?』

 

 

降下しいつのまにか大勢のギャラリーに溢れていた観客席を含めてカルヴィナが問う。

その瞬間、このアリーナ全てのISが上空に高速熱源を感知した。

そして轟音と共に、アリーナのシールドバリアを叩き割った存在が土煙を払いながら現れた。

 

 

全長は10m程の人型機械、否、前傾姿勢と両手を使って自重を支えている点はまるで類人猿の様でもあった。

突然の事態に生徒達は当然混乱し、パニックに陥る。

 

それを撃ち払うのは――

 

 

『こっちよ、アンノウンっ!』

 

 

オルゴンライフルを巨人兵器に向けて放ったベルゼルート、カルヴィナであった。

放たれたオルゴンビームは巨人兵器に直撃し、表面の装甲を焦がす。

巨人兵器はうっとおしそうに前腕を動かしてベルゼルートを攻撃するが、その程度を貰うほど呆けているカルヴィナではない。

踊るように回避して、追撃のビームを放つ。

 

 

『チッ、効果が薄い……何してるのっ、早く避難しなさいっ!』

 

 

カルヴィナの苛立ちの混じった声と共に、ISを纏っている一夏や代表候補生達が纏っていない生徒達の避難誘導を開始する。

そんな中、現れた巨人兵器を睨む者がいた。

それは統夜であった。

 

 

(あれはフューリーじゃないっ!きっとあれは……っ!)

 

「篠ノ之束の無人機……っ!」

 

 

今まで襲ってきた蟲型とは完全に異なる形状だが、こんなものを作れる人間がほかにいるとは思えない。

待機形態のグランティードを握り締めつつ、起動させる。

 

すると、今までターゲットをベルゼルートに絞っていた巨人兵器はまるで引き寄せられるように、統夜のグランティードにその前腕を振り上げて飛び掛かった。

 

 

『っ!』

 

 

咄嗟の瞬時加速でその攻撃をかわしたグランティードが上空へ昇る。

 

 

『統夜っ!』

 

 

攻撃を回避したグランティードを、視界に捉えた簪のベルゼバインが彼に寄り添う。

整備室にいた彼女だが、室内の生徒の数が少なかったのが幸いし避難誘導はすでに完了していた。

 

 

『あれって……無人機だよね』

 

『……おそらくそうだろう』

 

『え?』

 

 

統夜の口調が違うことに気づいた簪。

彼の顔つきも普段とは異なり、まるで別人の様な佇まいだ。

姉である刀奈が言っていた統夜の変貌、それが今回も起こっていた。

 

 

『統夜、簪っ、2人とも無事ねっ?』

 

 

スラスターを吹かせて2機に合流するカルヴィナのベルゼルート。

 

 

『いきなり矛先を変えたってことは、狙いはアンタね、統夜?』

 

『あぁ、奴の狙いはこの機体、グランティードだろう』

 

 

雰囲気が変わっていることにカルヴィナもこの時点で気づいた。

だが今はそこに拘っている場合ではない。

 

 

『……アンタは引きなさい。これでも一応教師よ、あの程度なら1人でも問題ないわ』

 

『いや、手伝おう、カルヴィナ教官。その機体の最大武装は強力だが、オルゴン粒子のチャージとマテリアライゼーションに時間がかかるはずだ』

 

『っ、何でアンタ、ベルゼルートの武装の事……っ!?』

 

 

統夜の指摘の通り、ベルゼルート最大の攻撃手段である武装は強力であるが、欠点も残っている。

だがベルゼルート自体見せたのは今日が初めてであり、彼には何も教えていなかったはず。

だというのに、まるであらかじめ知っているかのように指摘してきた彼を疑惑の表情で見つめる。

 

 

『っ、来るぞっ!』

 

 

統夜の叫びと共に機体が高エネルギーを検知。

巨人兵器の頭部から2条の高出力レーザーが発射され、こちらを狙ってきた。

 

瞬時加速を用いて散開する3機。

上方に回避したグランティードの胸部ユニットにオルゴン粒子が集う。

 

 

『オルゴン・スレイヴっ!』

 

 

統夜の咆哮と共に太いオルゴンビームが発射され、巨人兵器に向かい直撃した。

しかし、蟲型とは異なり堅牢なのか、表面装甲が融解するのみでありまだ活動を続けている。

 

 

(オルゴン・スレイヴでもあの程度か……ならばオルゴナイト・バスターでっ!)

 

『簪っ!』

 

『分かったっ!』

 

 

統夜の叫びに頷き、左方に回避していた簪はオルゴンライフルを牽制目的で放ちつつ、グランティードに向かう。

その目的は機体との、グランティードとの融合だ。

グランティードは融合した人物によって機体の能力を変化させる特性がある。

簪の場合は機体出力とバリア性能の大幅上昇。

刀奈の場合は、武装出力の大幅上昇。

 

オルゴン・スレイブにも耐えきった巨人兵器と言えども融合した後のグランティードならばと簪は考えていた。

 

余談だが、今回の場合ならば刀奈のほうが適している。

だが現在彼女は行方不明の蔵人に変わり更識本家に戻っているため学園にはいないのだ。

 

 

あと少しでグランティードの元にたどり着ける。

だがオルゴン・スレイブによる反撃の後も頭部レーザーでグランティードを狙っていた巨人兵器は突如として、簪のベルゼバインに矛先を変えた。

 

 

『きゃぁっ!?』

 

 

レーザーはシールドバリアとベルゼバインの装甲が弾いた。

だが衝撃までは抑えきれなかった。

そもそもがIS以上の巨体が相手であり、出力が違った。

 

 

アリーナの外壁に叩きつけられてしまったベルゼバイン。

追撃の為、巨人兵器はその前腕を振り上げる。

 

 

『簪ぃっ!!』

 

『援護するわっ、行きなさいっ!』

 

 

個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッション・ブースト)によってグランティードが駆け、それをベルゼルートがオルゴンライフルで援護する。

 

 

『フィンガー・クリーブッ!』

 

 

両マニピュレータにオルゴナイトが生成され、そのままの速度を保ったまま巨人兵器に貫手を繰り出す。

 

 

『うぉぉぉぉっ!!』

 

 

個別連続瞬時加速によって得られた莫大な加速が上乗せされた一撃に加え、巨人兵器はオルゴンライフルで体勢を崩されていた。

いかにIS以上の巨体とはいえ弾き飛ばすことは難しくはなかった。

 

 

『無事かっ!?』

 

『うっ、うん……機体も大丈夫、ごめんね、統夜。足引っ張って……』

 

 

そういって彼女は申し訳なさそうに顔を伏せた。

元々簪は自分に自信を持つことが苦手な性格であり、その為自己の評価を低くしがちでもある。

 

 

『そんなことないっ!』

 

 

学生寮から抜け出したあの時、自分を支えてくれた彼女がそんな顔をしているのは見たくない。

 

 

『あの時、簪が俺を支えてくれたっ!あの時の手は本当に暖かったんだっ!君がいなきゃ私は折れていたんだっ!そんな君が足手まといだなんて、言わないでくれっ!』

 

 

捲し立てる様に、統夜が叫ぶ。

途中、感情が高ぶっている為か口調がいつもの彼のものと変化したものが入り混じっている。

しかし統夜は無視して続ける。

 

 

『私が……俺は君を守りたいって、守るんだって決めたんだっ!大切な人である君だけを、守りたいんだっ!俺だけの意志でっ!』

 

 

自分の心に溢れている気持ちを、そう簪に告げた。

統夜の口調が再度変わり、いつもの彼のものに変化した。

グランティードを起動させた後あやふやであった意識も、はっきりと自分だけのものと自覚できている。

 

 

『とっ、統夜……っ!』

 

 

彼の言葉にこんな状況だというのに顔が熱くなる。

 

 

『力を貸してくれるか、簪?』

 

『うんっ!』

 

 

笑顔を浮かべた簪のベルゼバインにグランティードから翡翠色の光が伸びる。

そしてベルゼバインと簪が光に融け、その光をグランティードが取り込んだ。

その瞬間、ドクンと何かが脈動しグランティードの機体各部から光が溢れる。

 

簪と融合しているグランティードの機体出力が今まで以上に高まっている。

そしてコンソールに現れた表示。

それは音声認識のコードであった。

サイトロンによってこのコードが意味する機能を2人は理解していた。

 

そして叫ぶ。

 

 

『バスカー・モード……起動っ!』

 

 

統夜の叫びと同時に、彼の頭部を覆うように装甲が展開される。

その形状はまるで【神話】の神の様に荘厳なものであった。

肩部や脚部のフレームは露出展開し、より一層強く輝くオルゴンの光。

そしてまるで騎士の様にオルゴン粒子が背部に集まり、【オルゴンフィールドマント】を形成する。

 

 

『凄い、これがバスカー・モードっ、グランティードの本当の力……っ!』

 

 

機体と融合している簪は今のグランティードを素肌で感じることができている。

通常時のグランティードとは比較にならないほどのオルゴンエナジー。

 

 

グランティードの胸部ユニットが迫上がる。

そして胸部ユニットから柄の様な持ち手が現れた。

ユニットを掴み上げると、オルゴン粒子が収束していく。

 

 

『『オルゴン・マテリアライゼーションっ!』』

 

 

二つの声が重なり、オルゴナイトが生成されていく。

ユニットから延びるオルゴナイトの結晶。

まるで剣の様にも槍のようでもあり、今のグランティードの様相と併せてまるで荘厳な騎士の様に見えた。

 

そして変化はグランティードだけではなかった。

 

 

『出力が上昇したっ!?マテリアライゼーションも……これならばっ!』

 

 

バスカー・モードの発動と同じくしてカルヴィナの駆るベルゼルートも同じように出力が上昇していた。

流石にバスカー・モードというリミッター解除が発動したグランティードとは比べるまでもないが、通常時とは雲泥の差だ。

 

 

『オートリミッター、カットッ!イミッション・スリット開放っ!スラスター展開っ!』

 

元々装甲の薄いベルゼルートだが、カルヴィナの操作により各部が展開され、展開された箇所からはオルゴン粒子が放出されていく。

 

 

『出力、マキシマムッ!』

 

 

ショートランチャー2丁を放り投げると、自動変形機能により、ショートランチャーがオルゴンライフルの上部と下部に接続された。

そして銃口も一部可変する。

銃底部分を引き絞り、まるで弓を引き絞るように構えたベルゼルート。

銃口に収束していくオルゴンの粒子は、次第に結晶体となっていく。

 

 

『マテリアライゼーションっ!』

 

 

巨大な鏃の様にも見えるオルゴナイトが形成され、機体各部、スラスターからはオルゴン粒子が溢れている。

 

 

グランティードとベルゼルートそれぞれが武装を展開し終えたと同時に、巨人兵器は起き上がり体勢を立て直した。だが遅すぎる。

 

 

『うおぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

グランティードが構えたオルゴンランスは高速回転しながら、巨人兵器の装甲を飴細工の様に削り取っていく。

そして幾度の斬撃を叩き込み、再度体制を崩した巨人兵器へスラスターを吹かせてグランティードは突っ込む。

 

 

『テンペスト・ランサーッ!!』

 

 

高速回転するオルゴンランスを突き刺し、そのままオルゴナイトをへし折り巨人兵器を蹴り飛ばし離脱する。

同時に上空から降り注ぐ巨大なオルゴナイトの塊。

 

 

『アブソリュート、シュートッ!!』

 

 

ベルゼルートがグランティードの離脱と共に最大武装であるオルゴンライフルAモードを発動させ、放ったのだ。

オルゴナイト塊は巨人兵器の全長よりも小さいが、傷つき体勢を崩した相手に受け止められるものではなかった。

 

轟音を響かせながら巨人兵器はオルゴナイトに押しつぶされ、突き刺さったオルゴナイトと放たれたオルゴナイト両方に秘められたエネルギーが解放された影響で発生した爆発に呑まれ、爆散した。

 

―――――――――――――

???

 

 

「……すご、何あれ」

 

 

篠ノ之束は暗い一室で今まで空間投影ディスプレイに映し出されていた映像にそう声を漏らした。

巨人兵器からの映像は、機体が破壊されたため途切れていた。

 

 

「凄いっ、あれがフューリーのっ、連中のっ、最強の機体っ!ラフトクランズなんて目じゃないくらいっ!あははははっ!!!」

 

 

ディスプレイを消してそのまま、飛び出していく。

 

 

「ほしいっ、知りたいっ、グランティードっ、君はなんて素晴らしいんだよっ!絶対に手に入れて見せるっ!」

 

 

狂喜の声を上げる彼女を止める人間はここにはいない。

 

―――――――――――――

その日の夜 学生寮 統夜の部屋前

 

放課後に発生した巨人兵器襲撃事件について、統夜達は教員であるカルヴィナに連れられて事情聴取を受けていた。

襲撃の際の状況を根掘り葉掘り聴かれたため、戦闘後の疲労と併せて統夜は疲弊していた。

巨人兵器との戦闘については、カルヴィナがその場におり、やむを得ない状況であったと弁護があった為、厳重注意にとどまっていた。

これには内心統夜は歓喜していた。反省文はもうこりごりだ。

 

 

「やっ、やっと解放された……」

 

 

ヨロヨロと鞄を持った統夜が自室前に到着する。

するとそこには2人の少女がいた。

 

 

「あ、統夜、お疲れ様」

 

「あ、とーやんだー」

 

 

疲弊した統夜を出迎えたのは簪ともう1人、丈が余りまくっている制服を身に着けた美少女【布仏本音】であった。

 

 

「簪に本音も……」

 

 

統夜は本音とは顔見知りである。

幼い頃から更識の家に預けられることが多かったため、更識家に使える布仏家の彼女とも交流があったのだ。

 

 

「うん、お疲れみたいだねー?」

 

「あぁ、結構疲れた……けどまぁ、夕飯は食べないとな」

 

「ご飯は大事だよー、あと30ぷーん!」

 

 

事情聴取に時間を取られていたため、すでに食堂が閉まるまであまり猶予はない。

 

 

「そうだね、統夜行こう?」

 

「そうだな。あ、鞄置いていくからちょっと待っててくれ」

 

 

部屋の扉を開けて、統夜は鞄を置くために部屋に入る。

それと同時に本音は何か思いついたようにニコっと笑いながら待ってる簪に言う。

 

 

「なら私先行くね、かんちゃん。席取っておくからねー」

 

「えっ、あっ、本音……行っちゃった」

 

 

簪の静止を待たずにトテテーと少々駆け足で本音は廊下を走って行ってしまった。

そして鞄を置いた統夜が部屋から出てきた。

 

 

「あれ、本音は?」

 

「先に行って席取っておくだって」

 

 

簪が苦笑しながら言うが、本音の心づかいがありがたかった。

そもそも夕食にしては遅い時間なのだから、席は空いているはず。

彼女は統夜と簪が2人きりになれるように気を使ったのだ。

彼女は簪が統夜を想っている事を知っていた。

 

そしてせっかく2人きりになれたのだ。

簪には確かめたい事があった。

 

 

「……ねぇ、統夜、少しだけいい?」

 

「ん、いいけど……どうした?」

 

「えっとね……その……さっき、グランティードに乗っていた時に言ってくれたことなんだけど……」

 

「っ」

 

「大切な……人って……その、どういう意味なのかなって……っ!」

 

 

精いっぱいの勇気を振り絞った彼女の言葉。

今の関係が壊れるかもしれない、だけど知りたい。

彼女の勇気を振り絞った言葉に統夜も顔を赤くした。

 

 

「簪っ、えっと……なら部屋で話さないかっ?」

 

「うっ、うん」

 

 

互いに赤面しつつ、部屋に入る。

完全防音の寮室だが、しっかりと鍵をかけて。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

互いに赤面して向かい合って数分、深呼吸しながら統夜から口を開いた。

 

 

「こっ、この前さ、学生寮から抜け出した事があっただろ」

 

「うん」

 

「あの時、簪が言ってくれた言葉が……本当に嬉しかった。あの時、手を握ってくれた事がとても嬉しかった」

 

 

一度深呼吸して統夜が続ける。

 

 

「今日の事件の時に、君を心から守りたいって思った……そう思ったら気づいたんだ。簪が今までずっと当たり前みたく傍にいてくれた事に。それは俺も同じで……君がそばにいてくれたから俺は……っ!」

 

「うっ、うん」

 

「えっと、だからその……大切な人って言葉の意味は……っ!」

 

 

バクバクと心臓が脈打つのが耳の内側から聞こえる。

だが感じたこと、思ったことここまで来たら引き返せない。

 

 

「俺は……俺は、君が、好き……なんだよ」

 

 

少しだけどもりながら、統夜は確かに自分の言葉で気持ちを伝えた。

その言葉を聞いて、簪の瞳からは涙がこぼれたが、それは悲しみの涙ではない。

彼女は笑顔を浮かべながら、答える。

 

 

「私も統夜の事、好きだよ」

 

 

彼女からの返答に心臓が飛び上がるほどの歓喜の感情が心に溢れた。

 

 

「ほっ、本当にっ?いっ、いつから?」

 

「えっと、ずっ、ずっと前から……小学生くらいの時からかな」

 

「そっ、そんなに前から……そっか、そっか……ありがとう」

 

「うっ、うん」

 

 

互いにそんな上の空の様な返答をした後にぷっと吹き出して笑顔を浮かべる。

ひとしきり笑った後、深呼吸してから統夜は彼女に告げる。

 

 

「……じゃあ、これからもまたよろしくな」

 

「うん、よろしくね統夜」

 

 

簪の笑顔に統夜は久々に心の底からの笑顔を浮かべて、答えた。

 




紫雲統夜 レベル14→21
精神コマンド
必中
不屈
加速
気合→NEW
???

更識簪 レベル14→20
精神コマンド
集中
努力 
直感
祝福→NEW
???

カルヴィナ・クーランジュ レベル30→32
精神コマンド
集中
狙撃
必中
熱血
???

某なにがしではグランティードの中の人のことを純愛ハーレム神とか言ってて噴きました。
今作では簪ルートになりました。

姫様「は?」
刀奈(白目)

次回予告

第9話「Knights of the Fury」


(……許せ、カリン)

『我が剣には、もう1つの姿があるっ!!』




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