ふたりはプリキュア ダークサイド仮 (スマート)
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プロローグ~光と闇の戦い~
闇の勧誘


闇の勧誘

 

「…ここは、どこだ?」

 

確か俺はアルバイトへ向かう途中に見つけた、最近話題の美少女のフィギュアを見つけて…

 

フリルがついた3人組のアイドルのような人形が浮かべる笑顔にだんだん腹が立ってきて…

 

気がつくと真っ暗な世界に一人たたずんでいたのだ。

 

見渡す限り一筋の光も見えない、自分が目を閉じているのかも疑いたくなる完璧な闇。

 

こんな所が地球上に有るのだろうか、だがどことなくこの場所が心地よく思う自分もいた。

 

全てを塗りつぶしてくれそうな黒は、眩しすぎる光よりは、まだ見ることが出きる。

 

小学校、中学校、高校、と虐めに合いしたいことも出来ず、誰も助けてくれなかった人生に比べれば、闇もまた明るく見える。

 

自分にとって闇、つまり何者も見えない場所は自信の抱える心にのみあると俺は考えている。

 

中二病を語っているのではない、誰にもみせられない意味での闇、忌みなる意味だ。

 

「そんなお前に、頼みがある」

 

そんな過去を考えていた時、不意にどこからかノイズで聞き取りづらい声が聞こえてきた。

 

拡声器でしゃべっているかのような、遠くから聞こえる声は、何故か聞かなければならない気がした。

 

「誰なんだ、お前は…此処は何処なんだ!」

 

「此処はデッドキングダム、悲しみより生まれし闇が集う場所。

我が輩は、[マスター]この世界全てを悲しみに染めるものだ…」

 

そう言った声は、どことなく哀愁を帯びていて、聞いている方も悲しくなりそうだった。

 

だが、いくら俺が現実逃避をしていたとは言ってもこんな与太話を信じる訳がない。

 

確かにこの暗闇の世界は、今の所説明出来ないものではあるが、それとこれとは別だ。

 

デッドキングダム、マスター、だと?

俺をからかうのもいい加減にしてほしい、大方どこかで俺の反応を見て楽しんでいるのだろう。

 

「いや遠慮しておきます、下手なセールスには僕は引っかかりたくないんで」

 

対人用の一人称は僕、無闇に敵を作らずに生きる術の一つだ。

 

頭を下げて如何にもゴマをすっていますと言うように俺が、笑いながら断ると、今度は声の主は面白そうに鼻で笑ったのだ。

 

別に俺の笑い声に乗せられては笑ったという感じではない、俺の態度を見て笑ったという風だった。

 

「ハハハッ、其処まで卑屈な人間も珍しいな、実に悲しいよ。

だが、その自分の抱える悲しみをそのままにしておいては良くない」

 

声の主は一回の拒絶で諦める人間ではないらしい、声は悲しそうなのに、態度は傲慢といった、ちぐはぐな話術で俺を落とそうとする。

 

まあ、落としたところでこの声の主と何をするのか、という話であるが、怪しい話には乗らないに限る。

 

「内場 呼守(うちば こもる)…」

「なっ、何で俺の名前を」

 

「ハハハッ、素が出たな。

名前など知っているよ、当然のことだ、我がデッドキングダムに勧誘するのならば必要な情報は抑えていないとな」

 

どうやら予め俺の情報を調べてきた上でのコンタクトらしい、相手の態度を考えると既に住所や親戚関係までも把握していると見ても良いだろう。

 

この勧誘とかいうのは、適当にやっているのでなく本気の交渉と言うことだ。

 

「お前は、俺に何をして欲しいんだ、内容によるぞ、それと真面目に答えてもらおうか」

 

「ふむ、お前…いや内場君にはある世界を悲しませて欲しいのだ」

 

「はあ?」

 

こいつは何を言っているんだ、悲しませるだと?

 

世界というのは国ということかもしれないが、悲しませるというのが理解できない。

 

俺個人に出きる悲しみを生むことと言えば、誰かの嫌がることをするとかしかない。

 

それでは規模が世界ではないだろうし、ならばサイバーテロと考えたが普通の大学を出た俺にインターネットの特別な知識はない。

 

「なら無理だな、俺はお前の言う悲しみだとかを世界にばらまくことは出来ない、物理的に無理だ」

 

と言うか誰にも一個人では実行不可能な事だろう。

 

それに俺は莫大な資産を持っている御曹司の息子と言うわけでもない。

 

何かを期待しているようだが、俺は殺しとか言う足が着きやすい手段を軽々しくとれるような人間でもないのだ。

 

「それにな、そんな風に姿を見せないのが人にものを頼むときの態度かって言うんだよ。

 

何かを頼むときは、相手の目を見てお願いしますって言うのが筋じゃないのか?」

 

「ハハハッ、実に悲しいな君はこんな時にまで自分の理想を他人に押しつけるとは…

良かろう、見せてやる、驚くなよ我が輩の姿に」

 

声に急にノイズが消えて、どこから喋っているか実体がつかめ始めた。

 

拡声器で離すのをやめた声の主が一歩ずつ近づいてくる音が、前から聞こえてくる。

 

「フハッ、闇は良い我が輩の悲しい姿を見えなくしてくれる。

…だが、勧誘に置いては邪魔になるようだ、消えろ!」

 

風を聞る音が聞こえ闇だと思われていた前に僅かな光が射し込め、巨大な鎧を来た大男の姿が浮かび上がった。

 

「これは…」

 

有り得ない、鎧の大きさもそうだが、一番有り得ないのが顔を含めた身体の大きさ。

 

ロボット、サイボーグというSFに類するような強靭な金属加工をされた肉体は、黒く怪しく光っている。

 

俺は夢を見ているのか、夢ならば納得がいかないものはないが、どうしても今この光景が夢とは思えない。

 

有り得なくて、非現実的過ぎるのだが、それが有り得ていると思う心の矛盾。

 

「どうだ、我が輩が嘘をついているわけではないということがお前にもわかっただろう?」

 

「あ、ああ…」

 

こんな姿を見せられてしまったら、信じるしかない。

 

トリックや催眠術では説明がつかないところにこのマスターという男は立っているのだ。

 

「もう一度聞く、ある世界を悲しみに沈める計画をやってくれるかい?」

 

ろくな事のない人生だった俺は、またどうせ下らない毎日を送るのだろう。

食って、寝て、起きて、そして死んでいくという平凡…それ以下の暮らしをしていくのだ。

 

…なら、世界を悲しみに沈めるという計画に乗ってやっても良いんじゃないか?

 

どうせ死ぬなら、良いことでも悪いことでもやって間違いは無いはずだ。

 

それに世界という規模でも、この男となら出きる。

 

そんな漠然とした確信がこの男から湧き出ているのだ、世界を悲しませる。

大いに結構!

 

「良いぞ、乗ってやる…どこへなりとも俺を連れて行ってくれ」

 

これが俺と、後に世界を大混乱に陥れるデッドキングダム、マスターとの初めての出会いだった。



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待機して悲しむ

待機して悲しむ

 

 

 

さて、マスターの誘いに乗ったものの闇の世界からもとのフィギュアが置いてあった場所へと戻されただけだった。

 

おかしなことに、あの空間にいた時には時間が止まっていたようで街路樹の側に立っている時計は1分しか進んでいなかったのだ。

 

巨大な大男、マスターは去り際にあることを言っていた。

 

妖精なるものが住む世界、光の園というものがあり、デッドキングダムはその世界がじゃまで仕方がないというのだ。

 

人々の悲しみで成り立っているデッドキングダムは、幸せな感情が流れ込む妖精の世界は存在を見失いかねない脅威として、滅ぼそうとしたらしい。

 

だが妖精の世界へと進行したデッドキングダムの軍勢は、その幸せなオーラによって改心させられ消滅してしまったのだ。

 

悲しみの具現化であるデッドキングダムの住人は、幸せを感じると自己の存在意義を失い、崩壊してしまうのだ。

 

脅威を危機と改めて認識したマスターは、光の園を敵視しかつ極力彼らと関わらないように、地底の奥底へと隠れ住んだのだという。

 

そこで出会ったのがドツクゾーンというまた邪なエネルギーによって動く集団だった。

 

ドツクゾーンは、光の園を攻撃し7つある宝石プリズムストーンを奪うという野望を打ち立てていた。

 

彼らと出会ったマスターは、ドツクゾーンのボスであるジャークキングと手を結び、彼の下で働くことで、自分の世界を護ろうとしたのだという。

 

ジャークキングの手の元で、光の園を攻撃するマスター達デッドキングダムの住人だったが、一つの懸念が合ったのだ。

 

それは光の園の伝説に残る戦士の物語だった。

 

世界が悪に染められしとき、闇を打ち砕き光をさす道しるべになると言う伝説。

 

悲しむマスターは、この伝説を聞き怖くなったという。

 

当然だろう、悲しみの権化がデッドキングダムなら光の園は、幸せの権化。

住人が消されていくほどのエネルギーを内包した世界が生み出した戦士なら、その戦士にどれほどの幸せが宿っているのかと考えるだろう。

 

その為の保険が俺なのだという、人間という幸せと不幸の両方を併せ持つにも関わらず、人生に失望したデッドキングダムに相応しい存在。

 

デッドキングダムの住人のエネルギーは、悲しみ。

 

ならば幸せを知っていた人間の抱える悲しみのエネルギーは膨大なものになるらしいのだ。

 

俺はそのエネルギーの使い方をジャークキングに入って学び、来るべき伝説の戦士の登場に備えるという役割を与えられてしまったのだ。

 

就職の依頼かとマージンの交渉を考えていた俺はかなり悲しみに暮れた。

 

「つーか、来たるべき戦士に備えるとかどこの竜玉漫画だよ…」

 

ジャークキングにはマスターから話を通してくれるそうで、次の光の園の進行時に連れていってくれるら

しい。

 

それまで待機、悲しみを貯めておけということだった。

悲しみを貯めると言っても俺としてはどうしていいのかわからないが、取りあえず今日する予定だったアルバイトを断ろうと思う。

 

俗に言うガラパゴス携帯、通称ガラケーを取り出して店へと電話をかけてみた。

 

予想以上に店へは1コールで繋がり、体調不良で休むという旨を大根役者さながらの演技で伝えて着信を終える。

 

光の園への進行は近日中に行われるそうで、異世界へと向かうため人間の身ではゲートと言うものを潜らなければならないらしいのだ。

 

デッドキングダムやドツクゾーンの住人は、闇のエネルギーだとかで自由に世界を行き来できるらしい。

 

そんな瞬間移動のようなことが出来るのは、全く羨ましい限りである。

 

と言うわけでアルバイト中に進行が始まるかもしれないので、今日から2週間休むことにしたのだ。

 

大学へは2週間ぐらい行かなくても、授業に十分ついていける自信がある。

「あ、あの子の家庭教師も頼まれていたな」

 

スケジュール表を取り出してここ2週間ほどの予定がないか確認すると、明日だが一人約束をしていたことを思い出した。

 

家が近所だということでの付き合いという家庭教師なのでお金は貰っていないが、どうにも断りにくい。

 

現在一人暮らしの身としては、俺1人でご近所付き合いをしなければならないので、大変なのだ。

 

ご近所付き合いを甘くみるなかれ、近所との関わりを疎かにするといざという時助けてもらえない、グループからはぶられる等の弊害がついて来る。

 

本当に人間というものは面倒くさい習慣がある、自分達で作ってきた習慣に縛られているのだから笑えない。

 

仕方がない、一度引き受けた仕事をご近所付き合いにおいて疎かにするわけにはいかないので向かうことにしよう。

 

光の園への進行はそれまで待って貰うよう祈るしかない。

 

 



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家庭教師で悲しむ

次の日、俺は隣の家に居る1人の家庭教師を待っている子供の家のチャイムを押していた。

 

家と言ってもアパートという一つ集団なので、あまり気負う必要は無いのだが、人好き合いが余り得意と言う方でない俺としては緊張してしまう。

 

そんな俺がどういう経緯で家庭教師に選ばれたのかと言えば、この家の子供が学校へ通っている途中に俺にぶつかってきたのだ。

 

部活動の帰りだったのか、疲れていたのかはわからないが、急いで家に帰ろうとしていた子供の持っていた、網目のついた細いテニスラケットのようなものが俺の顔面を捉えて、そのままぶつかってきたのだ。

 

子共…中学生にしては早めの速度での体当たりじみたアタックだったので、尻餅をついてしまったのだ。

 

今思い返しても恥ずかしい。

 

中学生に突っ込まれて尻餅をつく大学生と言う図は、もう動画サイトに投稿しても良いほど笑いがとれる光景だったことだろう。

 

そして痛む尻と顔を抑えて立ち上がると、その子供が申し訳無さそうな顔で謝ってくる。

 

其処までは恥ずかしい思いを無くせば、どこにでもある平凡な日常風景と言っても良い。

 

問題というか本題はそこからだった。

 

家に来いと言うのだ、いやその子供の気持ちになって考えれば、其処まで俺は細そうに見えたのか。

 

怪我…というか打撲を治すために、子供の気がすまないという気持ちを晴らすために、渋々家に向かったのだった。

 

そこで俺の家が隣だという奇妙な偶然につながり、俺が大学生だという理由から勉強嫌いの子供の家庭教師をやってくれないかと、こうなったのだ。

 

「はあっ」

 

チャイムをならすのも気落ちしてしまう。

 

何が悲しくて女子中学生の家に大学生の男子が行かなくてはならないのだろうか。

 

子供の名前は美墨なぎさ、ベローネ学院というなんとも変な名前の学院の女子中等部に在籍しているらしい。

 

スポーツが万能でラクロス部というものに入っているという。

 

ぶつかったとき俺の顔面に当たったあれは、恐らくラクロスで使われるものだと推測する。

 

スポーツが出来て勉強が出来ないのは、その集中力がスポーツの方へ行きすぎているからだろう。

 

まあ、そう言うことは彼女の両親も言っていることだろうし、俺がとやかく言うことではないが。

 

別に俺は中学生の女子を異性として見ているわけではない。

 

だが、俺としては初めての女子の家訪問は同級生で居て欲しかった。

 

そうなのだ、俺は人生20年生きてきて女子の家に行ったことがない。

 

いとこ、親戚の家を入れればギリギリセーフだが、他の同級生はこういうイベントは小学校時代にこなしている。

 

悲しい、悲し過ぎる…

 

「早く出てきて欲しいな」

 

さっきからチャイムを鳴らしているのに一向に出てきてくれる気配がない。

 

中に誰も居ないのかチャイムの音が部屋で虚しく反響するのが聞こえてくる。

 

悲しみで世界が歪みそうな気分だ、これがマスターのいうエネルギーという奴だろうか。

 

いっちょ漫画でよくあるレーザービームでも打ってみようかと思ったが、こんな所でそんな事をすれば痛い人だ。

 

公衆の面前で「はあっ!」なんてやった日には社会的に死ねるだろう。

 

出るともわからないレーザービームを出すよりもまず、しなければならないことがある筈だ。

 

留守なら留守で何か家に報告が来ていないかと、自分の家に戻りかけたとき、慌ただしく駆けてくる足音が耳に聞こえてきた。

 

革靴が廊下の平べったい床を踏む度になる高い音が、段々と近づいてくる。

 

「す、す、すいませーん!」

 

ずざあっとスライディングを決めて、茶髪の物体は俺の前へと滑り込みを決めた。

 

スポーツ万能と言うのも納得がいく、野球では重宝するだろう見事な滑りを見せてくれたのは、件の子供。

 

俺にぶつかり、その後どうしてか家庭教師をやる切っ掛けにして対象である美墨なぎさだった。

 

「はあっ、はあっ、まにあった~」

 

急いで走ってきたのか肩で息をしている彼女は、ベローネ学院独特の赤に近い色のブレザーと青いスカートが少し汚れていた。

 

肩に背負ったサブバックは、振り回しでもしたのか服以上に泥が付いている。

 

勉強嫌いでも家庭教師としてわざわざ来る俺の事を覚えていてくれたのか、その気持ちは素直に有り難い。

 

だが、安心している彼女に俺がいえることと言えば…

 

「アウト」

 

「うえっ!?」

 

床に両手をついてしゃがみこみ息を整えていた美墨に、非情な言葉を投げたと思う。

 

しかし、考えてみて欲しい。

 

人を家に呼んでおいて、家にいないという暴挙を果たして許してしまって良いものかを。

 

家庭教師として呼ばれている以上、学業以外の規律面もしっかり強制していかないと意味がない。

 

勉強が良くできても嫌な奴は腐るほど居る。

 

エリート思考の排他的主義者に始まり、頭の良いとされる人間は殆どが馬鹿を人間と見ないのだ。

 

っと話がそれたが、俺が言いたいのはこの美墨にそんなエリート思考の悲しい人間になって欲しくないと言うことなのだ。

 

スポーツ好きと言うからその可能性は低いだろうが、もしも勉強の楽しさに目覚めたとき変わった世界観に周りを蹴落とすような奴になって欲しくない。

 

だから俺はマナー違反を注意することにした。

 

「人を呼んで来て貰う時に、家にいないのはどういう了見かな?」

 

「あのっ…」

 

美墨は顔を上げるが、何か言い訳を探しているのか目を俺と会わせようとしない。

 

安心するな、俺は心を鬼にしてお前に言い訳などさせてやらない。

 

何事も誠心誠意謝ってから言い訳とはするものだ。

 

 

 

「お前が学校へ行って部活動や学業で遅くなったというのだろう。

 

それは見たらわかる、だが僕との待ち合わせが合ったのに関わらず学業はともかく部活動をするというのはどうだろう。

 

いや、大会が明日にでも差し迫っているという理由なんかが合ったとしてもだ。

 

僕にその旨を報告して時間なり、日時なりをずらす事をしなかったという点において、お前は会社で言えばクビになるような事をしているのだと言うことをわかって貰おうか」

 

あれ、何か言い過ぎた気がする。

 

思った事をそのまま言っただけだが、如何せん中学生に会社の事を持ち出すのは早すぎたか。

 

「す、すいませんでした…」

 

少し涙目になっているのを見るに言い過ぎだったようだ、次からは上手くしよう…反省。

 

「いや、理解してくれたのなら良い。

次からはこんな事をしないと約束してくれるのなら、僕は許そう」

 

しゃがんで肩を優しくたたき、手を持ってそっと美墨を立たせる。

 

涙目はまだ直っていなかったが、俺の言いたいことは伝わったようで笑顔で約束してくれた。

 

大きい声で指切りげんまんをされ、アパートの住人の注意を引きそうになったのは余談である。

 

 



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教えても悲しむ

今日は両親が家にいない日ということで、美墨の部屋の中で勉強を教えることになった。

 

「えっと、どうぞ…」

 

少し恥ずかしそうに勉強の扉を開けてくれた美墨だが、恥ずかしいのは俺の方だと叫びたい。

 

これが女の子の部屋、もう匂いからして違う。

 

変態的な意味ではなく、こう空間の雰囲気的な意味での話しでだ。

 

スポーツ好きだからなのか、俺の勝手な妄想なのか部屋全体がピンクでヒラヒラしていることはなかったので拍子抜けした。

 

壁にかかっているハンガーには、赤いシャツに7という背番号がかかれている。

 

うさぎの顔の柄のベッドはいかにも女子の部屋に来ているという感覚で、柄にもなく咳払いをしてしまった。

 

「それで、どこを教えて欲しいとかあるのかな」

 

緊張した気分を変えるために、本題にさっさと入る。

 

とっさに言った言葉だが、家庭教師と言っても今勉強しているところに合わせて教えていった方がやりやすいし、相手も覚えやすい。

 

「あ、はいっ、この…問題なんですけど」

 

慌ててサブバックから教科書を引っ張り出した美墨を自分の勉強机に座るよう促してから、俺はその背中をのぞき込む形で勉強がスタートした。

 

美墨がやろうとしたのは数学の問題集、今日出された宿題なのだろう。

 

勉強と宿題を一緒くたにするのは本来、あまりお勧めし難いが勉強嫌いの彼女には宿題も辛いことなのか。

 

「ふん、まあ地道に枠にはめていけば良いかな」

 

「え、何か言いました?」

 

「いや、気にせず続けて…その問題はさっきの公式の逆をすれば出てくるから」

 

「あ、そっか…あははっ、あたし勉強苦手だから」

 

頭を掻いて悲しそうに呟く美墨。

 

そう言えば俺も昔この同じ問題で迷っていたなと思い出す。

 

あの頃の俺は、虐められている毎日だったので宿題や勉強をする時間がなかった。

 

その言い方だと語弊がでる、改めて言い直すと、宿題や勉強をする時間がないと思い込んでいたが正しい。

 

二宮金治郎のように虐めから逃げながら、歩きながら勉強や宿題は出来たはずだと昔の俺に言いたい。

 

出来ないと思うから出来ないのだ。

 

「苦手なんて言うのは、ただの逃げでしかない」

 

「内場さん?」

 

「お前…美墨は勉強をしっかりとやっているのか?

 

勉強が苦手だから出来ないと理由を付けて勉強から逃げていないか?

 

努力して努力して、しっかりと何かをした奴は決して苦手なんていう言葉を口にしない…」

 

ようは考え方の問題で、絶対にやってやるという意識と発想さえあれば目的は達成できる。

 

コロンブスの卵しかり、ニュートンの万有引力しかりだ。

 

かの有名なアインシュタインも、天才とは1%の才能と99%の努力であると言っている。

 

「美墨もやれば出来る、才能なんてものは誰にでも眠っているんだ。

 

いわば原石だな、それを掘り起こして磨いて宝石になるかが、美墨、お前が努力するかと言うことだ」

 

開いた数学の問題集の答え合わせを暗算で丸付けして、赤ペンで間違いを抑えながら俺は話しかける。

 

美墨はじっと俺の顔を見ながら、戸惑ったように訪ねてきた。

 

「あたしが…宝石になるか」

 

「スポーツをやれる集中力があるのなら、勉強にもそれは向けられるはず。

あとは自分が努力することだ、なあに心配するな勉強なんてものは必要ラインを超えれば自然と解るようになってくる。

 

勉強が理解出来るようになったなら、楽しいと言わないまでもスポーツ感覚で取り組めるだろうさ」

 

俺もそうやって勉強をしてきた身だ、根暗だなんだと言われもしたが、今まで勉強をしてきてよかったと思っている。

 

第一に虐められなくなった、虐めてくる人間は大抵乱暴者、貶めて言うなら馬鹿だ。

 

自分の強さ、プライドを自身の暴力でしか認めさせられない悲しい人間。

 

そんな人間には、勉強してきた知識から一般教養を少し披露すれば良い。

 

それも皮肉や苦言ではなく、ずる賢くのらりくらりと身をかわせるような教養だ。

 

話術、ディベートともいう技術を駆使して俺は大学生まで生き残ってきた。

 

「本当にそうかな、あたしも勉強得意になるかな…」

 

まだ心配そうに何を言っているんだこのガキは、そうしている間に勉強をすれば一歩ずつ得意に近付くというのに。

 

「これは僕の持論だが、苦手も得意も人間が作った言葉だ。

 

何処までが苦手で、何処までが得意なんていう明確な区分は無い。

 

簡単な話、嫌い好きかが才能を分け、努力が勝敗を分けるんだ。

 

だから、美墨…頑張れ…昨日今日出会った僕が言うのもアレだが、応援するよ」

 

出過ぎたまねをしたか、持論まで口走るとは、相当美墨の勉強嫌いに頭に来ているからか。

 

「…うん、頑張る! あたし頑張るよスポーツと同じくらい勉強も頑張る」

 

まあまあ、美墨が自分の調子に乗ってくれたようで良かった。

 

こういうタイプは火さえ付けてしまえば、エネルギーがなくなるまで目的へと走っていってくれるだろう。

 

「よし、それじゃあ次はこの問題だ、さっきの公式を2つ使う」

 

「あ、あの~内場さん?

あたしちょっと疲れてきたな~って」

 

引きつった笑いを浮かべる美墨の肩を逃がさないように持ってから、俺は彼女にとってとても残酷な言葉を継げた。

 

「何を言っている?まだ1時間しかやっていないじゃないか…

あと1時間、夕ご飯までみっちり勉強を教えてやる」

 

「あ、ありえなああああああい!!」

 

その時の美墨の悲鳴はご近所中に広まったそうで、後日俺は警察に連れて行かれそうになるのだった。

 

悲しすぎる…



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悪王の使者で悲しむ

あの家庭教師の出来事から2日後、結局美墨の勉強嫌いを完全には克服させられなかった。

 

約1時間、長くても1時間半が彼女の集中力の限界らしい。

 

机に突っ伏してショートした頭を抱える姿は、同情するものがあったが、俺としてもプライドがあるので、はいそうですかと休ませる訳にはいかない。

 

昨日は夜遅くまで勉強を教えていたということで、両親に夕食をご馳走になってしまった。

 

弟も居たようで、美墨と共に勉強を教えてくれという話が両親から持ち上がると、如何にも嫌そうに首を振るのだった。

 

「ふうっ、今日は此処まで…それじゃ僕はそろそろ帰るよ」

 

夕食をそう何度もご馳走になるわけにはいかないので、今日は少し早めに勉強を終える。

 

ノルマはこなしていたので、明日の勉強が増えると言うこともない。

 

「ありがとうございますっ、えっと…今日は食べていかないんですか?」

 

開いていたノートを閉じて、勉強が終わった開放感に息を付く美墨は、活発さ溢れる笑みで俺に聞いてきた。

 

元気いっぱいな彼女のテンションには、少し気後れするというか疲れるときがある。

 

「いや、今日は止めておくよ、君のご両親にも悪いしね。

そうそう、今日やった勉強は今度の授業で絶対にやると思うから、予習しておくように」

 

そういい残して机から離れて、部屋の扉を開ける。

 

ここ2日間で美墨の部屋に入るのも随分と慣れてしまったものだ。

 

「ありがとうございました!」

 

玄関先に出て帰ろうときびすを返すと、後ろから大きな声で美墨が礼を言ってきた。

 

だから近所迷惑と言うか、前回の俺の災難も含めて、もっと気を使って欲しい。

 

これでまた警察に連れて行かれそうになったら悲しすぎて溶けて消えてしまいそうだ。

 

礼には手を振って答え、家に戻ると安売りの時に買い溜めしておいた卵を二つ掴んでフライパンに入れた。

 

目玉焼きと冷凍しておいたおにぎりが今日の夕飯、アルバイト生活の大学生は食生活にも制限をかけなければいけないのだ。

 

「お兄さん内場呼守であってますか?」

 

リビングに皿を持って行き、醤油とソースを手に持ってどちらをかけるか悩んでいると、後ろから高い少年のような声が聞こえてきた。

 

この俺の家には、一人暮らしで誰にも居候を許した覚えはない。

 

にも関わらず少年の声が聞こえるというのは、不法侵入だろうか、近頃のガキはエチケットさえも無いのか。

 

不信に思うよりも不快に思った俺は、後ろを振り返って、不法侵入者の顔を拝んでやった。

 

「ああ、僕が内場呼守だけど、君は誰だい?

チャイムも押さずに勝手に人の家に入ってくるのは犯罪だと習わなかったのかな

 

異様に白い肌をした、濃い緑色の髪を耳を覆う長さで切っている少年は、俺の話をうるさそうにしかめっ面をして聞いていた。

 

細い切れ長の目は、何かを狙う獣の目に見えなくもない。

 

普通のどこにでも行る少年とは違うという独特な雰囲気が彼から漏れ出していた。

 

オレンジ色のTシャツと黒い短パンは、その威圧感を相殺しているような、酷く滑稽なものだった。

 

「私は、キリヤ…内場さん、ジャァクキング…ドツクゾーンのボスがあなたを待っています」

 

薄ら笑いを浮かべたキリヤと名乗った少年は、俺に向かって手を差し伸べた。

 

来いと言うことらしい。

 

とうとうマスターのいう光の園への進行が始まるのだろう。

 

面白い、だが、俺が従うことを決めたのはマスターのみ、いくらジャァクキングと言うのが強くても、俺は絶対に従わない。

 

…それに、こんな小さな少年の躾がなっていない所のボスになど会っても何も得られるものはないだろう。

 

「嫌だね」

 

「えっ…何故ですか?」

 

俺がキリヤの手を押し返してしまうと、ここへ来て初めて戸惑ったように目を見開いた。

 

彼としては、俺は直ぐに手を取ってジャァクキングの元へと行くと考えていたのだろう。

 

「ジャァクキング様を裏切ると言うのですか?」

 

俺から一歩距離をとると殺気を溢れさせ、柔術のような構えをとる。

 

返答次第では殺すという警告のつもり何だろうが、生憎マナーのなっていない人にそんな警告をされても俺は痛くも痒くもないのだ。

 

「いや、俺は最初からそんな奴には従っていない。

俺が従うこのはデッドキングダムのマスターただ1人。

その意向に添って俺は動き、光の園を攻める…」

 

「つまり…ジャァクキング様には利害様一致で光の園を共に進行するということですか?」

 

「理解が早くで助かる、キリヤ君…だからさっさと光の園へ連れていけ」

 

こんな小さな少年の殺気に俺の20年培ってきた哀愁漂う殺気が効かないはずがない。

 

じっと相手の目を見つめ、全てを見透かさんとするような余裕の笑みを顔に浮かべられればそれはもう、威圧以外の何者でもない。

 

キリヤは俺の態度に一瞬ひるんだ後、舌打ちして指を鳴らし、人間1人サイズの扉を召喚した。

 

硬い扉のはずなのに、風に揺れるカーテンのような不安定な形を見せる扉。

薄い紫色のその扉は、通る人をあざ笑っているかのような不気味な気配が漂っていた。

 

「これが光の園への通路…内場さん、あなたは人間だ、人間がこの闇の力が宿ったものを使ったとき、二度とあなたは人へ戻れない。

 

それでも良いというのなら、通ってください、ジャァクキング様を蔑ろにしたあなたの命など、私にはとるに足らないものです」

 

キリヤの白い腕が扉のドアノブに伸びって、軽い音とともに扉は向こう側へと通じる口を開けた。

 

黒い歪み、墨汁に波紋が広がったような黒さの所為で先を見ることが出来ない。

 

人間を捨てることになる、そう聞かされても特に考えることはない。

 

そもそも人生の未来を諦めている時点で、俺は人間を捨てているのだ。

 

そして人を止めるというのは、死ではなく生まれ変わりにも等しい現象であろう。

 

俺は沸き立つ好奇心と光の園というまだ見ぬ場所への期待を胸に込めて、ゆっくりとその扉を潜っていった。

 

「…内場呼守、人間の癖に絶望とも言える人外への転生に心が揺らがないなんて、変わった奴だな」

 

 



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光の園で悲しむ

永遠の命を与える7つの宝石プリズムストーン、それを狙っているのがドツクゾーンのジャァクキング。

 

永遠の命とはそれはつまり、不老不死を指しているのだろう。

 

生きているものは皆いつかは死んでしまう。

 

それが寿命と言うもので、運命と呼ばれる法則によって硬く縛り護られている。

 

だが、誰もが思うように死は生きる者にとって未体験の現象である。

 

未知は好奇心を生むが、同時に恐怖をも生むのだ。

 

解らないことは苦手で、理解できないことは怖くなる。

 

自分の持っている知識で説明が付かない現象ほど、人間は恐れ怖がるものなのだ。

 

それは幽霊出会ったり、宇宙人であったり、はたまた他人の心だったりもする。

 

ドツクゾーンの人々、ジャァクキングの永遠を望む光の園への進行は、その恐怖心から出たものではないのか。

 

闇がドツクゾーン、光が光の園、人間ではなくとも彼らは意識を持っているのだから。

 

自分で考え、行動することが出来る生物を人間は自分たちを含めた知能生命ヒトと呼ぶのだ。

 

光も闇もない、同じ意志のある生命が争うことがどれほど悲しいことで、愚かしいことなのか。

 

いや、そう思うこと事態が俺が人間だという過程の元に成り立っているとそると、善も悪も存在しないのか…

 

戦いはどこまで突き詰めていっても戦いであり、2人以上の生物が荒そうことでしかない。

 

荒そうことは、ただ荒そうという事でそこに善悪など生まれる由もないのだ。

 

草原や木々が生い茂る自然豊かな大地、光の園において闇の住人とも呼べるドツクゾーンの人々が次々と現れては、小さな縫いぐるみにも似た生物を蹂躙していく様にも善悪は生まれない。

 

そこに意味を付加することは人間のエゴであり、独断に偏った考え方になってしまうからだ。

 

可哀想などと思っても、実は可哀想だと思われていた側は楽しかったりという誤解が生じるように。

 

俺個人の考え方で物事を判断してはいけない。

 

光の園にも、ドツクゾーンにもしっかりと考えがあるのなら、俺はそれを一概に否定してはいけない。

 

勝手に善悪を決め、行動することはそれこそ強引で悪しき行為なのだから…

 

「…あなた虹の園の人間ミポ?」

 

扉を潜り抜け此処の大地を踏み締めたときから、俺はずっとその場に固まって動けなくなっていた。

 

いくら理性で言い聞かせようが、ドツクゾーンが光の園に対して行っていることは悪としか思えないのだ。

 

笑いながら住人を蹂躙していくドツクゾーン、それを見ていると胸の奥から悲しみが溢れ出して止まらなくなってくる。

 

だから、いつの間にか俺の側にやってきていた桃色の小さな生物には、今気が付いた所だった。

 

「…君は?」

 

「私はミップル、ミポ…この光の園の妖精ミポ…」

 

うさぎのような大きな耳を垂れさせ、おでこにハートに似たマークがかかれている妖精…

 

ドツクゾーンの進行をかいくぐって此処まで逃げてきたのだろうか。

 

俺が行る場所はほかの場所よりも窪地になっていて注意しないと姿を探すことが難しい所だ。

 

「僕は、内場呼守だ。このドツクゾーンと同盟関係にある」

 

「え…ミポ!?」

 

安心していた所への不意打ちだったのか、妖精は耳を跳ね上げて逃げようとして、石ころに躓いて転んでしまう。

 

「ミップルと言ったな、安心しろ僕は君を捕まえる気はないし、ドツクゾーンに引き渡すきもない」

 

痛そうにうずくまっていたメップルをそっと抱きかかえて耳元で囁きかける。

 

指が触れたときは怯えてふるえていたメップルの身体も、根気よく囁きかけていると幾分か収まってきたようだった。

 

「悲しいな…」

 

俺は呟く。

 

あの日マスターに出会ってから悲しい事をよく意識するようになった。

 

人生には、現実には悲しいことで溢れている…それを今思い知った。

 

傷つき震えていた妖精を蹂躙するドツクゾーンは…もう悪で良い。

 

善悪なんて関係ない、意味がないのなら自分が正義で良いじゃないか。

 

「そうだよ…俺は君を護ってあげる、ドツクゾーンから恐怖から…悲しみから救ってあげる」

 

「ひっ…」

 

そう、俺が守る。善悪なんて俺が決めてしまえばいい、俺さえ間違っていなかったら世界は守れるのだから。

 

悲しむ人が、妖精がいない世界へ俺が変えてやる。

 

「悲しむのは俺だけで良い…」キリヤという少年が言っていた、人に戻れないというのはこういう意味なのか。

 

泉のように湧き出す悲しみの感情に自己が埋め尽くされていく感覚。

 

悪を滅せなければとたぎる意識が、強い悲しみに当てられておかしな方向へと結論を急ぐ。

 

傷つけられたら、傷つけた奴を同じだけ痛みを与えてやればいい。

 

悲しんで、悲しんで、悲しんで悲しんで、俺の感情は爆発した。

 

「メップル…ここは危ないからもっと遠くに行こう?

僕はちょっとだけやることがあるから」

 

呆然と俺の顔を見つめる妖精を地面に下ろして、さっそくドツクゾーンが光の園の住人をいたぶっている場所へと向かう。

 

目のあたりが風に当たって嫌に涼しかったので腕で拭うと、服には真っ赤な血が付いていた。

 

俺は今、血の涙を流している。

 

「…マモル」

 

小さく掠れるように呟いた俺の声は、後からやってくる悲しみという感情の奔流に飲まれて消えた。

 

人間だった身体が硬く堅牢な鎧に覆われていくのがわかる。

 

重すぎず軽すぎず、俺の体にあったとても動きやすい形に鎧はできあがっていった。

 

黒光りする鎧は、最後に頭を覆い隠し中世の甲冑ににた騎手の姿が誕生した。

 

 

 

 



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悲壮の騎手で悲しむ

「これは…」

 

指の一本一本まで精巧に作り込まれた鎧は、手を動かすという動作も何の負担もなく出来る。

 

重さを感じないと言っていい、この鎧は俺自身であり、俺が作り出した感情が固まったものなのだ。

 

悲しいという感情を体外に押し出したからか、外部からの刺激を鎧が遮断しているのかはわからないが、頭はすっきりとして冷静になっていた。

 

あの塗りつぶされそうな悲しさも、多少は余韻として残っているものの、今は別にどうということはない。

 

だが、俺にはしなければならないことがある。

 

俺を包むこの鎧が、光の園へ対する俺の悲しさなのだとすれば、ミップルという妖精を傷つけた奴がドツクゾーンなのならば。

 

俺は行かなければならない、冷静に一時の感情の高ぶりに左右される事なく出した結論がそれだ。

 

悲しむと言うことがどれだけ辛く苦しいことなのかを知っている俺にとって、無闇に人を悲しませる奴は憎く見える。

 

善悪云々は鎧に吸い込まれたかのようにどうでもよくなってしまった。

 

俺は俺のやりたいようにやる、それだけだ。

 

「鎧よ、今だけで良い…奴らを倒す力を貸してくれ」

 

返事はなかった、だが呼びかけに答えるように鎧から大量のエネルギーが流れ込んでくるような感覚がある。

 

しゃがみこみ足に力を入れて思いっきりのばし跳躍すると、山を見た。

 

比喩ではない、本当に遠くにそびえる綺麗な雪をかぶった山脈を見たのだ。

窪地にいる俺に跳躍したくらいで山など見ることが出来ない筈だった。

 

普通なら…俺はもう普通じゃない。

 

黒い鎧は、俺の感情から出るエネルギーは凄まじい、一度の跳躍ですべてを見渡せるほどに高く飛び上がることが出来たのだから。

 

マスターが言っていた悲しみを貯めておけと言うのは、これを見越しての言葉だったのだろうか。

 

だとすれば、俺はマスターを少し甘く見ていたのかもしれない。

 

今度会った機会にでも謝っておこう。

「ドツクゾーンの集団は、あっちか」

飛び上がった勢いが徐々に消えていくが、落ちそうになることはなかった。

鎧は空の上で停止して浮いていたのだ。

 

空気を踏み締めるという表現が合うだろう、空の上にいるにも関わらず地面を歩いているのと何ら変わらない安定感がある。

 

本当に人外の領域に入ってしまった事を実感しつつ、ドツクゾーンが行る場所へと空を蹴って向かう。

 

「見えてきた」

 

燃え上がる妖精の家々、逃げ惑う可愛らしい妖精達を嫌らしい笑みをした、黒い男達が追いかけ回す光景。

 

唇を噛みすぎて血が滲んできた、拳を握りしめる度に、金属が軋む音が聞こえる。

 

「ヘヘヘッ、サッサト、プリズムストーン、ノ、在処ヲ教エロヨ!」

 

「や、やめっ…て、そんな…のしら…」

 

黒い男達は捕まえた妖精に拷問まがいの暴力を振るい、プリズムストーンのありかを探すという方法をとっている。

 

一度捕まったら最後、真実も嘘も関係なく呼吸出来なくなるまで徹底的にいたぶられるのだ。

 

黒い男達は、遊んでいるんだ、妖精が泣き事切れる様子を見て喜んでいるんだ。

 

ズキリと胸が痛んだ、頭を捕まれ涙を流す妖精の顔が俺の顔と重なって見えた。

 

昔、虐められていた時の、悲しくて悔しくて辛かったときの顔だ。

 

抵抗しようにも相手との力量差が大きく、そして人数において負けているので痛みを受け入れるしかなかった俺の顔だ。

 

「やめ…ろ」

 

頬を伝う涙は、来るはずがないと理解していても助けを求めている。

 

それがどうしようもない程、ありありと理解できる自分がもどかしく、悲しくなった。

 

マスターは光の園の幸せ嫌いだと言った、…これは幸せじゃない不幸でもない。

 

死にゆく者にはそのどちらも感じることは出来ない。

 

これを見て、第三者は感じるだろう、悲しいと、悲しいと思うだろう。

 

もう止めてくれ、これ以上俺以外に悲しさを広めようとしないでくれ!

 

「クヒヒッ」

 

黒い男達の中で今まさに妖精に止めを刺さんと手を振り上げた者がいた。

 

「消えろ…」そう感じたとき、変化は内側から染み出すように起こった。

 

背中から何か細長いものが出てきたと思ったら、それは黒い紐になり妖精を追いかけていたドツクゾーンの黒い男の胴を貫いたのだ。

 

「アガッ」

 

何が起こったのか分からない男は、痛みに顔をゆがめ次に自分の胴に突き刺さった細く、それでいて鋭い黒い紐を見て…動かなくなった。

 

男にしてみれば突然上空から伸びてきた紐が自分に向かってきたくらいにしか現状を把握できていなかっただろう。

 

それ程までに俺の背から出た紐は速かったし、普通、小動物でもなしに空を注意しておくという事はしない。

 

動かなくなった男に刺さったままだった紐、このままだと身動きが取れないので抜こうと紐を握ると、俺の意志に従うように紐は勝手に抜けてしまう。

 

そして紐はしばらく中を漂った後、掃除機のコンセントのごとく俺の背へと戻って消えた。

 

「あれも、鎧の力なのか?」

 

バランスを失った男は体制を崩し地面へと倒れる。

 

止めを刺されそうだった妖精は、目を閉じてじっと耐えていたが、何時まで経っても自分に痛みが来ないのを不思議に思い目を開けたようだ。

 

息をせずに倒れていた男を見て驚愕の悲鳴をあげる妖精、そして次に空を見て俺の姿に息をのむ声が伝わってきた。

 



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悲壮の炎で悲しむ

「ひいっ!?」

 

安心させようと地面に降りて妖精に近付くと、妖精は恐れているのか反対方向へと逃げていってしまった。

 

薄緑色の模様が白い肌に入った妖精だった。

 

「俺の姿は、助けた者にさえ怖がられるのか」

 

悲しいな、そう感じるとまた鎧から溢れ出すエネルギーが増加して、黒い光を帯び始めた。

 

ブラックホールのような全てを飲み込まんとする黒は、不幸せの象徴。

 

幸せの国の妖精にとって、それは恐怖しか生み出さないものなのかもしれない。

 

「ふっ…」

 

自嘲気味になった気分を笑って吹き飛ばし、後ろから襲いかかってきた黒い男の拳を僅かに体制をずらして避ける。

 

「ウアァ、ナゼ、カワセル?」

 

勢い余って地面に体当たりする形になった黒い男は、悔しそうに俺をにらみつけた。

 

「俺は悲しみの顕現者、お前が纏う悲しませた者達の怨念が俺には読める…

この光の国は俺が護ると決めた、不適格な混沌は今すぐ消えるが良い」

 

逃げ出そうとする黒い男に、俺の背からまた黒い紐が伸び、頭に突き刺さった。

 

自分の意志で動かした紐は、先程の無意識とは比べ物にならないほど早く、そして破壊力があった。

 

脳髄を砕かれた男は、頭から黒いオーラのようなものを撒き散らして、やがて消滅した。

 

「さて、次はどいつだ…誰から消えたい?」

 

気が付くと俺は黒い男達に囲まれていた、だが不思議と緊張はせず、絶対的な勝利の未来が見える。

 

「ヘヘヘッ、ドウダァ流石ニコノ人数ハ無理ダロォ、アノ紐モ一本が精一杯ミタイダシナ」

 

黒い男達の中で、一人頭一つ分大きめの男が言う。

 

他人をいたぶることを何とも思っていない目に自然と拳を握りしめた。

 

また鎧のエネルギーが上昇した気がする、どうやらこの鎧は俺の感情に左右されて力が上がっていくようだ。

 

「お前、仲間が倒されるのを影で観察してたな、だから俺の紐の事を知っている。

 

ドツクゾーンは屑の集まりだ、安心しろ皆等しく消し去ってやる」

 

「ヘヘヘッ、ヤレルモンナラ、ヤッテミロ!」

 

円を描いて俺を取り囲む男達は、1対1で戦うことは不利だと見たのか、剣や槍をそれぞれ握りしめ、一斉に向かってきた。

 

「クラエェ!」

 

だが悲しいかな、普段から統率のとれていない寄せ集めの集団は、チームプレイの意味を知らなかったようだ。

 

集団で戦うときは一番弱いものが狙われやすい、そのため集団を組むときは力を均等に配当する。

 

だから俺は黒い男達の中で一番動きが遅い男に向けて紐を伸ばし胴に巻きつけた。

 

「ウアッ!」

 

紐を自分の元に引いて捕まえた男を、後ろから来る男達の剣を防ぐ盾にする。

 

鈍い音が響き、仲間たちの攻撃に身体を貫かれた男は地面に崩れ落ちて消えた。

 

仲間を攻撃してしまったことによる動揺で身体が止まった後ろの男達は放っておく。

 

集団においてもう一つ重要な事がある。

 

完全に同期した攻撃を放つ事で隙を無くすか、連携プレーで隙を埋めるかである。

 

前から来る男達はそれぞれがバラバラな動きで突撃してきたので、一番早く向かってきた男を串刺しにして、順に来た男達を同じ方法で倒す。

 

「ドツクゾーンの串刺し一丁上がりってわけだ、仕上げに焼いてやろう」

 

何故だか解らないがそうできる自信があった。

 

紐に団子のごとく突き刺さった男達に手のひらをかざし、力を込める。

 

「燃えろ」

 

その声が合図となり、手から紫色の炎が溢れ男達を覆い尽くした。

 

「グギャアアアアアア!」

 

「ヤメテクレエエエエ!」

 

叫び赦しを請う姿の何と無様なことか、同じ事を妖精にしてきたお前たちには当然の報いだと言うことを知れ。

 

消滅した男達がいた炎の中から紐を引き抜き、火が燃え移った紐を後ろへと投げる。

 

火は紐から漏れ出すエネルギーを食い、後ろで止まっていた男達へ火柱を発射した。

 

集団は壊滅、この間たった2分での出来事だった。

 

紫色の炎は男達を燃えつくし暫くすると何事もなかったかのように消えてしまう。

 

「次は…あそこか」

 

もう周りから悲しい気配は感じない、葬った男達でこの辺は一掃出来たらしい。

 

遠くの方まで気持ちを集中して悲しい気配を探ってみると、一際大きな気配が少し丘だった場所から感じ取れた。

 

この気配は尋常ではない、今まさに消え落ちてしまいそうな儚い悲しみ。

 

マスターから感じられた共感する悲しみとも違う、もっと深い慈悲ともいう部分。

 

光の園の住人がそんな悲しみを持っているのか、いや持たざるをえなかったのか。

 

いずれにしても護らなければ。

 

俺は空へ跳躍し、急いで気配を感じた方角へと飛んでいった。



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歌舞伎と悲しむ

だいぶ空の移動にも慣れてきた、飛ぶと言うより空中を弾丸のように進んでいると言った方が良い。

 

鎧が勝手に自分の意志を反映して、移動したい方向へと向きを変えてくれる。

 

風の抵抗は受けるが、鎧がその殆どをカバーしているのであって無いようなものだった。

 

ただ、段々と移動速度が上がっていくごとに摩擦熱で中身が暖まっていくのは、勘弁して欲しい。

 

汗が目に滲んできて、泣いてもいないのに涙が出てきそうになった。

 

まだ気配の場所につきそうもないので、視線を下にずらすと黒い男達がまた妖精を襲っている場面だった。

 

移動速度を緩めるのも摩擦的にしずらいので、紐を伸ばして一瞬で全員を串刺しにする。

 

速度が上がっている事も相まって、紐の突貫力は予想以上に凄まじく、貫いた男達は消滅を待たずに爆散した。

 

「少し、やりすぎたな」

 

もちろんこの台詞は、黒い男達に向けたものではなく、爆散という非常にトラウマになりかねない光景を見せてしまった妖精に向けてである。

 

悪人に対しての同情など、微塵も持ち合わせてはいない。

 

「待て、此処から先は我がジャァクキング様がクイーンと交渉なされているので通すことは出来ない」

 

あと少しで気配の場所に着くという時、急に視界へと大きな影が現れて、飛行の邪魔をした。

 

「誰だ、お前は」

 

ジャァクキングを様付けする事から、ドツクゾーンの手のものだと言うことは解る。

 

だが俺が先程から見ていたような、黒い人型をしたものに目と口が付いたような男達と姿が全く違うのだ。

 

一言でいえば、歌舞伎。

 

白い髪を頭に盛り上げ、目元にある赤い隈取りは、どこかの演芸者を想像させる。

 

肩が尖っているマントを着て、黒いタイツのようなものを来ている所は、この男が完全な歌舞伎好きではないことが伺いしれる。

 

まあ、着物を着ていたら動きづらいというのも理由の一つかもしれない。

 

「私は、ジャァクキング様のダークファイブの一人、ピーサード…今は此処の門番と言ったところだ」

 

なる程、ダークファイブ…よくわからないが歌舞伎男の口振りからして幹部と言った所か。

 

ファイブという数字からコイツ以外に4人いるという計算になる。

 

厄介だな。

 

確かに鎧の力で押し切ることも出来るかもしれない、だがあくまでも俺の目的は、この先にいる悲しみを背負う者を護ることだ。

 

強行突破でコイツを巻ける自信はあるが、ダークファイブは門番だと言っていた。

 

だとすれば、歌舞伎男を巻いても後から4人が同じ役目で現れれば、俺も全てからは逃げ切れない。

 

それに俺は、鎧の力を完全に理解してはいない、意識的に使えることが出来たとは言っても、まだ無意識に頼っている部分がある。

 

不安定な力に依存しすぎるといつか痛い目に遭う、これは持論だが信頼できる。

 

逃げるか戦うか、迷った末に俺は歌舞伎男から距離をとり、紫色の炎を放って目くらましに使い、反対方向へと逃げ出した。

 

「むっ、逃げるか、だが私は門番追うことは許されない」

 

紫色の炎によって、多少身体が煤けたものの無傷のピーサードは、俺が居なくなっているのを見て歯痒そうに呟いた。

 

予想通り、ピーサードは俺を深追いはして来なかった。

 

この事実を確認したかった、奴は門番門…いまは通路だが、それを護ることを仕事にしている。

 

今は、とか言っていたのが心残りだが、事態は急を要する。

 

ピーサードは、俺がどこか遠くへ逃げ出したと思っているようだが、実際は少し違う。

 

俺は、下にあるまばらに生えている木々の裏へ身を隠している。

 

ピーサードからは、俺の姿は見えないが、下から上は遮蔽物が少ないのでよく見ることが出来た。

 

奴は俺が居ないことを確認すると、すぐに自分の持ち場へと帰って行った。

 

持ち場といっても、そう遠く離れたものではないらしく数距離離れた場所で立ち止まり、立ち止まった。

 

「空中を飛んできたから見つかっただけか、ピーサードとか言うのは俺の気配に気が付いているわけではないのか」

 

のように悲しみを気配として感じ取るとは言わないまでも、生物の気配を察知できる人が居てもおかしくない。

 

と言うか、化け物集団のドツクゾーンに常識を当てはめることが、そもそも間違っている。

 

ピーサードが気配か視覚のどちらに頼っているか見極めたかったのだが、俺が逃げ出したと思ったあたり前者のようだった。

 

見た目よりは実力は低いのかもしれない、これならば強行突破でなく奴を消し去ることも出来るかもしれない。

 

 

「そっと接近して紐で貫くか、炎で焼くか」

 

紫色の炎が奴に全くと言っていいほど効いていなかったのは辛い。

 

目くらましとして使ったとは言っても、多少は攻撃力も込められていた。

 

少し火傷してくれれば程度に思っていたが、まさか無傷とは…流石ダークファイブというところなのか。

 

木に身を隠していきながらそっと前へと進み出す。

 

奴を倒す明確な手段が思いつかない限り、二度目の接触は避けた方が良いと考えたからだ。

 

ここで俺が倒れたりすれば、護れるものも護れなくなる。

 



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思い出して悲しむ

見つかってしまったのは、俺が迂闊に空にいたから、なら地上を這っていけばいい。

 

ピーサードのいる位置は気配で分かっているので、見ていなくても相手の視線が届かない距離が把握できる。

 

伏せて張って進みながら、周囲にある草や枝を紐でかき集めて、黒い鎧の色を緑で覆い隠す。

 

闇に紛れることは簡単な黒でも、光の園の明るさでは逆に目立ってしまうからだ。

 

もはや擬態とも呼べる程、落ち葉を鎧に貼り付けた姿は、蓑虫にも似ていた。

 

滑稽な姿だったが、恥ずかしい思いをするだけのリスクを負った甲斐あって、ピーサードには見つからずに、遠くまで行くことが出来た。

 

慈悲な気配まであと数キロ、俺は紫色の炎で鎧を覆い、鎧に貼り付けた葉を燃やして消し去る。

 

もとの黒い光沢を取り戻した鎧は、若干薄汚れていたが、防御力には差し支えない筈だ。

 

近くに怨念の悲しみを纏った気配…ドツクゾーンの奴らの気配は感じられない。

 

ダークファイブという奴らは、別の場所を護っているのかもしれない。

 

「この先に、俺の護るべき人がいる」

 

前方に木が一本もない開けた場所が現れた、丘だったそこはどす黒い雲で空を覆われ、闇の園と言うべき空間になっている。

 

辺りには真っ黒な霧が立ちこめ、フィルターのように丘の頂上を見えなくしていた。

 

だが、気配でわかる丘には2人いる。

 

悲しみを背負う者、そして悲しみを与えるものだ。

 

後者の実力は纏う怨念の悲しみと、自身から出る悲しい執念から理解することが出来た。

 

「まずいな」

 

唾を飲み込んで、見えない丘の頂上を仰ぎ見る。

 

ダークファイブと名乗ったピーサードの実力が1とすれば、この丘の頂上から感じられる気配は100。

 

「ジャァクキング…か」

 

プリズムストーンを狙い、自らを不老不死にならんとしたドツクゾーンの親玉が、今此処にいる。

 

「くそっ、気配だけでも逃げたくなりそうだ」

 

俺から出た悲しい感情が形になった鎧は、言わば同じ悲しみの感情の影響を受けやすい。

 

自分よりも強大な感情に鎧が押しつぶされそうになっている。

 

身体が鎧に圧縮されて息苦しく、冷や汗が額から流れ落ちる。

 

「…悲しい気持ちが足りないから、俺は護ることが出来ないのなら、やることは決まっている」

 

俺は目を閉じて集中力を高める。

 

想い出す、無理矢理でも構わない、心の奥底から最早忘れかけた悲しい思い出を。

 

両親に殴られた、産まれてこなければ良いと罵られた、家から追い出されて雨に濡れた。

 

学校では、砂を食べさせられた、石をぶつけられた、先生はそんな俺を無視して関わらないようにした。

 

鉛筆の針を刺された事もあった、靴に画鋲を入れられた事もあった、階段で突き飛ばされもした。

 

「ああ、悲しいな、本当に悲しい」

 

自分の顔は見えないが、目から流れる水滴は赤いのだろう。

 

一つ嫌な思い出を頭に浮かべる度に鎧はより頑丈に厚く、毒々しく形を変えていった。

 

西洋騎士の鎧のようだった細く動きやすそうだった姿から、鎧というのも疑わしい、柔軟な姿へと。

 

鎧に絶対ある繋部分を埋め尽くしていく変化に対応して、背からは蝙蝠のような翼が広がり、顔部分がトカゲの顔のように三角形へと変化する。

 

骨盤より少し上の位置から、太い紐が伸びて歪な棘を生やした。

 

手や足は指がナイフのように尖った爪へと代わり、ふれたものを簡単に二つに裂けるだろう。

 

「カナジイイイイイイ」

 

辛うじて人の形を残した竜は、自分の感情の赴くまま空へと、丘の頂上へと翼を広げ飛び立った。

 

感情を吸い上げてくれていた鎧の機能も、無限に浮かぶ感情を吸いきれないようだ。

 

漂う霧よりも黒いオーラを纏わせた鎧は、軋む事無く丘へと着実に進んでいく。

 

「ガアアアアアア!」

 

溢れるエネルギーを発散させるため、意味もなく吼えると、ジャァクキングから出されただろう霧は、弾け飛び変わりに俺から出たオーラがあたりに漂う。

 

頂上までの道が晴れ、二つの人影が見える。

 

俺は迷い無く、その片方、明らかに加害者の感情が漂う方へと紫色の炎の固まりを投擲した。



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悲しんで悲しむ

「ハッ!」

 

鼻で笑う声が聞こえた。

 

その声の後、俺が放った炎の球は人影に当たることなく途中で止まってから、かき消された。

 

「この力でも、傷一つ付けられないのか…ならっ、これでどうだ!」

 

人影は俺の姿をもう見つけられていると考えて良い、実力に差があるなら正面から挑むのは馬鹿のすることだ。

 

もう一度紫色の炎を出し、今度はその火で自分を覆い隠す壁を作り出す。

 

相手からの攻撃が飛んでこない事を確認して、翼と足に力を込め思いっ切り人影へと跳躍した。

 

風を掴んだ翼は、俺の感情のオーラに後押しされて見る見る速度を上げていく。

 

足で空気を踏みつけ、舵をとり微妙な方向調整を行う。

 

あっと言う間に、俺は人影の後ろに回り込んだ。

 

相手には俺が瞬間移動をしたように見えただろう。

 

「食らえよ、ホーミング・ファイア!」

 

決死の一撃、頭に浮かんだ技名をそのまま名乗ると、両腕から溢れた黒いオーラが黒い炎に変わり、人影へ襲いかかった。

 

「…何度も同じ技は芸がない、むっ!?」

 

黒い人影はそれをまた消そうと、俺の方へ振り返った。

 

だが炎は黒い人影の背中へと向きを変えてしまったのだ。

 

ホーミングと言うのは追跡という意味だ、狙ったターゲットをぶつかるまで追い続ける自動の炎。

 

「ぐあああっ」

 

黒い炎は人影の背中に直撃し、人影は低いうめき声を上げて仰け反った。

 

「やったか」

 

警戒は解かずに背中から全体へと広がっていく黒炎に集中して、火力を上げていく。

 

ジャァクキングが完全に消滅するまで俺は絶対に油断するつもりはない。

 

だが黒炎は切りを払うように立ち消えてしまった、中から無傷の人影もといジャァクキングが現れる。

 

「ハハハハハッ、お前がデッドキングダムのマスターが言っていたウチバとやらか…

 

我がドツクゾーンを裏切り、この王である我に攻撃を加えた意味を理解しているか?」

 

「……っ」

 

膨れ上がる圧倒的な気配に飛んで距離をおくが、一瞬遅かったようだ。

 

ニヤリと笑みを浮かべたジャァクキングは、右手を振り上げて真っ黒な玉を俺に向けて投げつけてきた。

 

「うあああっ」

 

回避が間に合わず腹に完璧に攻撃を食らってしまう。

 

腹の鎧が衝撃に歪んで蜘蛛の巣状にひびが入り、破片が飛び散って消えた。

 

「ハハハハハッ、滑稽だな我に戦いを挑んできた癖にもう終わりか、さっきまでの威勢はどうした」

 

「ぐ…ぞ…」

 

一撃でここまでの威力を貰うとは考えていなかった。

 

感情によってあそこまで高めたエネルギーの鎧が、まるでガラスを割るように砕けてしまったのは驚いた。

 

胃から胃液が逆流して、喉が焼ける。

 

身体が動かない、精神的にではなく物理的に筋肉や神経をあの攻撃で切り離されてしまった。

 

意志の力で翼は保てているが、もう戦えるほどの機動力は残っていない。

 

「逃げるか…いや、それは出来ない!」

 

ジャァクキングの後ろには、倒れている金髪が綺麗なドレスを着た女性がいる。

 

これが状況敵に見て、プリズムストーンを護っていると言う、クイーンと呼ばれる光の園の女王だ。

 

助けを待つ者が目の前にいる状況で逃げる事は、俺の理念に反する。

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

悲しみをもっと、もっと呼び覚ませば…

 

鎧が俺の声に応えてひびがふさがり始めた、よしこの調子でもっと、もっとだ!

 

「ほう、まだやる気があるようだな面白い受けて立ってやろう、食らうが良い全てを飲み込む我の力を」

 

ジャァクキングは真っ赤に裂けた口を開いて、息を吸い込み始めた。

 

それは時間をかける毎に吸い込みを増し、ブラックホールのように周囲の木々や葉を吸収してきたのだ。

 

空気もその例外ではなく、翼をはためかせて抵抗していないと直ぐにジャァクキングへと吸い込まれてしまいそうだ。

 

まだ、まだ足りない、まだ悲しむんだ…悲しんで、悲しんで、悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんでしんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで悲しんで。

 

悲しむなんて考えているから悲しめないんだ。

 

考えるな感じろ、この世のすべてに悲しんで絶望しろ、これ以上ない悲しみを鎧に注ぎ込むんだ。

 

呼吸が乱れて、息が荒くなっていく、精神にも肉体にも負担がかかっているのかもしれない。

 

だがそれでも、それでも諦めてはいけないのだ、俺には諦めるという選択肢は許されていない。

 

歯をかみしめると口が切れて血がでた、目が血の涙で膜が張られ見えなくなった。

 

今にもちぎれてしまいそうな激痛が四肢を襲う、あらゆる部位が悲鳴を上げて壊れていっているのだ。

 

ああ、理性は邪魔だそれも消えてしまえ、必要なのは力だそれさえあれば何もいらない。

 

「フヒッ…クヒヒヒヒヒ」

 



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光の願い

「いけま…せん、心を棄ててしまっては人ではなくなってしまいます」

 

理性と言う名のリミッターが外れかかり変な笑いが声から漏れる、心が壊れる寸前という時になって声が聞こえた。

 

「フヒッ…ダレ?」

 

「わた…しは、光の…国の…女王、クイーンと、呼ばれています」

 

クイーン?あそこで倒れている人が喋っているのか、テレパシーと言う奴か。

 

「わたし…は、もう力が…残って、いません…ジャァクキング、の力は強大…

 

ですから…プリ、ズ…トーンを妖精に託し…

 

お願い…です、心をすてな…で。

 

わたし…よりも、あの子達を…まも」

 

途切れ途切れに聞こえていたクイーンの声は小さくなって、消えてしまった。

 

命が、途切れてしまったのか、俺は護れなかったのか、誓いを破ってしまったのか。

 

妖精、護る?クイーンは俺にこの世界を護らせてくれるというのか?

 

こんなどちらかと言えば闇よりな俺に、大切な住民たち妖精を任せてくれるのか。

 

俺の心配をして、心を棄てないようにと語りかけてくれた。

 

今まで俺にそんな風に心配をかけてくれたのは誰もいなかった、実の母でさえ俺を虐げたのだ。

 

「…嬉しい?いや、そんなはずは無い、俺は悲しみを貯めなければ護れないんだ。

 

クイーンの意志を護るために」

 

最後の力だ、もう俺はどうなっても良いこの力でジャァクキングを葬れれば。

 

「…ダーク・ホーミングボール!」

 

自分を纏う鎧をはずし黒球を作り上げ、それに残っている全エネルギーを込める。

 

命の灯火も使う、クイーンは救えなかったがまだ光の園は残っている、それだけは絶対に護ってやる。

 

生身の身体が黒球に吸い込まれていく、俺自身をエネルギーに変えて放った技だ。

 

これで、決めてやる。

 

「…来いウチバよ全部飲み込んでやるわ!」

 

余裕なのも今のうちだ、すぐに後悔する事になるだろう。

 

「うおおおおおっ」

 

「ハハハハハッ」

 

二つの黒が交差してとてつもない衝撃が丘全体に広がった。

 

反響する音を聞きながら、人間の形を取り戻した俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈んでいく意識の中で、光が俺に輝いていた。

 

暖かい、包み込まれるような心地よい気分にさせてくれる光。

 

 

 

「内場、呼守…あなたはまだ消えてはいけません。

 

私の残っている力であなたを虹の園へと送ります、そこであなたは悲しみではない大切なものを得ることでしょう。

 

そして、私の意志を継ぎ奪われてしまったプリズムストーンの残りの2つを持って虹の園へと向かった妖精を助けてあげてください。

 

…あなたは私の事を慈悲と、悲しさがあると思っていましたね。

 

ですが、それは違います。私の抱えるこれは悲しみではありません。

 

…これは信じる気持ち、あなたは信じる気持ちも感じることが出来る。

 

それらはきっとあなたを助けてくれるでしょう」



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第一章 アイツが変身!? ~有り得ない悲しみ~
第一話 悲しみ、捜索する


目が覚めるとそこは、俺が住んでいるアパートの廊下だった。

 

そこに俺は仰向けに寝ていたらしい、他の住民に見つかっていたら不審者扱いを受けていただろう事を思うと、早く目が覚めて幸いだった。

 

まだ大学生の身で前科がついたら目も当てられない。

 

服もいつも来ていた白いポロシャツと眺めの黒いズボン、俺は光の園から帰ってきたようだった。

 

今日一日で本当に色々なことがあった、護るもののために戦ったり、悲しみが鎧を作ったり。

 

立ち上がって何か体に変わりはないか調べて見るも、今の俺は別に黒い鎧は付いていない、あの大きな出来事は夢だったのかとも思った。

 

しかし、ジャァクキングに攻撃された腹が妙に痛むのだ、捲って見てみると、薄い火傷のようになっていた。

 

「夢じゃ、ないのか」

 

「何が夢じゃないんですか?」

 

「うわぁっ!?」

 

1人で考え事をしていると本当に前後が見えなくなる。

 

突然後ろから声をかけられて、驚いた俺はその人を突き飛ばしてしまった。

 

動揺していたとしても、その動作は余りにも軽率すぎた。

 

「きゃあっ」

 

慌てて倒れそうになった人の手を取って、反対側に引っ張り体制を整えた。

 

「す、すみません…少し考え事をしていて」

 

「い、いえいえ、私こそ後ろから声をかけちゃって…」

 

「うん…美墨?」

 

あわあわと手を振って俺に非がないことを説明する少女の顔には見覚えがあった。

 

それもそのはず、俺が光の園へ行く数時間前まで彼女の家庭教師をしていたのだから。

 

茶髪の髪を短く切って、ボーイッシュな印象の彼女、ベローネ学院女子中等部の美墨なぎさがそこにいた。

 

「あ、はっはい?」

 

「いや、どうして美墨がこんな時間に外を出歩いているんだ?

 

もう夜じゃないか…」

 

言っていて気が付いた、太陽の光が眩しく照りつけていることに。

 

俺の脳は夜か朝かも明るさでわからなない位におかしくなっているようだった。

 

「あはははっ、何言ってるんですか今は朝の6時ですよ?」

 

6時だと、なら昨日のあの時から今まで彼処にいた時間分、此方でも経っていたと言うことか。

 

なまじマスターのいた暗い世界を体験していたので常識が狂っていたらしい。

 

…うん、普通時間というものはそう言うものだ、止まったり自分だけ早く時間が進んだりなんかしないのだ。

 

少しずつ落ちつきを取り戻していく。

 

薄暗く見えたのは早朝だった所為かもしれない、美墨はひとしきり笑ってから急に黙り込んでしまった。

 

「どうした?」

 

「あ、う…手」

 

俯いてしおらしくなった美墨は、顔を赤くして裏がえった声で呟いた。

 

そう言えば美墨を引き戻したときから手を握りっぱなしにしていた。

 

また俺はやってしまったようだ、年頃の女の子の手を握るなど、彼女の影もない俺がやって良いことではない。

 

美墨には不快な気持ちを与えてしまったことだろう。

 

護るなんて光の園でのたまった側から女の子を悲しませてどうするんだという話だ。

 

「っと、すまない」

 

「あっ…い、いえ何でもありませ~ん!」

 

手を離してあげると、美墨は少し俺を仰ぎ見てから、ぎこちない動きで走っていってしまった。

 

階段を勢いよく駆け下りる音が聞こえ、滑らないか心配になる。

 

まあ、運動神経がいい美墨の事だ転んでも大した怪我は負いはしないだろうが…

 

「何だったんだ?」

 

美墨が走っていった階段のあたりを見つめて俺は首を傾げた。

 

女心と秋の空と言うが、本当に美墨が何を考えているのかわからない。

 

考えても答えが出ない問題は放棄するに限るので、すぐに諦めて俺は階段をゆっくり時間をかけて降りていった。

朝の6時なら大学には十分間に合う、だが俺にはクイーンに言われた2人の妖精を護という願いが託されていた。

 

生命力をエネルギーに変えてジャァクキングに特攻した俺が、こうして生きているのはクイーンが力を分けてくれたからだ。

 

悲しいと感じる感情の他に、嬉しいと思う感情が居座っているのは、分けられた力が俺に心を棄てさせない為のストッパーだろう。

 

唯一、俺の事を心配して気にかけてくれたクイーンの願いを聞くために、俺は妖精を探しに出かけることにしたのだ。

 

「さて、出てきたものの、どこから探せば良いんだ?」

 

確か妖精は、ジャァクキングに永遠の命を与えないために残り2つのプリズムストーンを持たせて逃げてきているらしい。

 

7つ揃わないと効力が出ないとすると、ジャァクキング側は死に物狂いで妖精を探していると見ていい。

 

…多分、俺の決死の攻撃ではジャァクキングは消えてはいない。

 

それ相応の負傷は負っただろうが、いずれ回復した奴は再びプリズムストーンを狙い出すだろう。

 

それまでは、その部下が妖精の捜索、その後のプリズムストーンの奪取を行うに違いない。

 

一番の不安は、光の園のように大規模なドツクゾーンによる進行がこの俺のいる世界で起きないかという事だ。

 

冷酷無比で自己の欲望の為なら、他の世界を蹂躙しても構わないと考える奴らにこの世界は渡せない。

 

歩いている内にそこら辺を妖精が歩いていないものかと、色々な道順を辿っていると、開けた場所に一つ屋台を発見した。

 

「たこ焼きか、最近食べてないな」

 

朝ご飯も未だだったので俺は、たこ焼きを2パック購入した。

 

「まいど~」

 

若い活発そうな女の人に見送られながら、公園へと行きベンチの上で出来たてのたこ焼きを頬張る。

 

「ん、これはうまい…この食べた瞬間に口に広がる出汁の味、そして大きめのタコが柔らかく見事に生地と合っている」

 

料理漫画のようなことを意味もなく独りで呟いていると、小さな子供に指を刺され悲しくなった。

 

駄目だ駄目だ、そう簡単に悲しんでばかり居たらクイーンの言うように心を棄ててしまう時が来てしまう。

 

たこ焼きを口いっぱいに頬張って悲しさを紛らわせて、俺はまた妖精を探しを再開した。

 

妖精は意外と小さく、ぬいぐるみのようなフォルムをしていたので、主に下の方に意識を向けていれば大丈夫だろう。

 

間違って踏んでしまうことは絶対に避けなければならない。

 

道路を端から端まで見て、ついでに塀の上や信号機の上、屋根の上に乗っていないかを確認しながら進む。

 

俺が昔絵本で見た妖精は人型で、羽が生えていてそれで自由に飛び回っていたが、あの妖精に限ってそれは無いと思いたい。

 

空にまで意識を配っていたら、妖精を見つけるより先に俺が天へと帰ってしまう。交通事故で。

 

「あの、何か落とされたんですか?」

 

ダメ元で側溝の中を覗いていると、誰かから話しかけられてしまった。

 

俺が何かを落としてしまって困っているように見えたようだ。

 

「いや…まあ、落としたというか、探し人というか」

 

まさか妖精を探しているなど言えるはずがない、言ったが最後、頭の病院に連行されてしまう。

 

この黒い髪を肩まで伸ばした如何にも優等生な雰囲気を漂わせた彼女は、偶然にもベローネ学院の制服を着ていたのだ。

 

いつの間にかあの学校の近くに来ていたらしい、今は大体7時頃なので登校時間も一致して、次から次へ制服を来た生徒が歩いていく。

 

気づかなかったとはいえ、そんな中で側溝を覗くという愚行を起こしていたのだ。

 

穴があったら入りたい、その穴を誰かに埋めて欲しい。

 

「時間もまだ大丈夫ですし…良かったら手伝いましょうか?」

 

「えっ…ああ良いよ探してるのはちょっと普通では見つけにくいと言うか、なんというか」

 

優しいなこの女の子は、だがそんな子の行為を拒絶しなければならないのは、仕方がない。

 

まさか…まさか…彼女も探し物が妖精だと言っても笑って探してはくれないだろう。

 

最悪、通報される。

 

なので俺はやんわりと断ったつもりだったのだが

 

「コンタクトレンズですか?」

 

手伝う気満々のこの女の子は、もう体制を低くして俺がのぞいていた側溝をのぞき込んでしまっていた。

 

「お、おいっ…其処までしなくても、見たらそれとわかるものと言うか、それ以外じゃないというか」

 

「じゃあはっきり言ってくださいっ、言わないと見つけられるものも見つけられないじゃないですかっ」

 

言うしかないのか、もうどうにでもなれ、言った瞬間に逃げ出せば逮捕は免れるかもしれない。

 

怒り気味の黒い髪の女の子に俺は、正直に真実を伝えることにしたのだった。



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第二話 野菜と蜂と悲しみと

「…ではあなたはこれくらいの小さなぬいぐるみのような生き物を探しているんですね?」

 

矢張り真実を言っても信用してもらえそうになかったので、むしろふざけていると怒られそうだったので、俺は妖精の特徴だけを彼女に話すことにした。

 

人型でなかっただけ、○○に似た生物…という聞き方が出来る。

 

彼女はウサギかそれに類するものの何かを俺が探していると思ってくれたようだ。

 

…妖精って一体何なのだろう、俺には不思議な生き物だと言うことしかわからない。

 

乙女チックな表現をするなら、光の力が意識を持った奇跡の生き物…なのだろうか。

 

「あの、そう言う生き物なら私見たことあるかもしれません…」

 

何やらとても言いにくそうに、言葉を選んで話す女の子。

 

大方、可愛い小動物を近所出見つけて遊んでいたら、飼い主がいた!?

という心境なのだろう。

 

安心しろ、そういう普通の小動物を探しているわけではない、と言ってあげたいが、それをしてしまうとなら何を探しているのかという話題に戻ってしまう。

 

腕組みをしてひとしきりその問題に唸っていた俺は、一応確認はしておいた方が良いと思い直し女の子にその生き物が目撃された場所を聞いてみた。

 

「それが、その…私の家なんですよ、ですからえっと」

 

「失礼、内場、呼守だこの辺に住んでいる大学生で、ある子の家庭教師をしている」

 

「あ、私は雪城ほのかと言います、あのその生き物の事なんですけど、何か事情って知ってますか?」

 

お互いに名前を名乗ってから、雪城は何か意味深な事を聞いてきた。

 

回答次第では俺に生き物を会わせないと言うような、回りくどくそれでいて有無を言わせない質問。

 

事情、この場合はその小動物は何かしらの事情を持っていて、飼い主ならばそれとわかるかと試しているのかとも思った。

 

だが、その推測はおそらく間違っている。

 

これは確証はない、俺の変な直感がそう言っているだけだ。

 

雪城ほのかは、何かを知っていてそれを俺に隠している、重要で重大な光の園に関わる何かを…

 

「事情かどうかは知らないけど、その生き物は何でも2人いるんだ。

 

2人でいて、ある石を持っている」

 

これだけ言えば、事情とやらを知っている人間には伝わるだろう。

 

案の定、雪城の顔が驚愕に染まり俺の手を握ってきた。

 

「教えてください、あなたはメップルを知っているんですか?」

 

雪城は黒だったようだ、いやイメージでいえば白なのだが、これは比喩である。

 

妖精の名前、それも俺が光の園で唯一名前を聞くことが出来た妖精の名を知っている。

 

偶然という線も少なからずあるが、余りにも共通点が多すぎるのだ。

 

「ああ、知っている。クイーンの願いを受けたその2人の妖精の事は」

 

だから俺は全てを話した、俺の鎧や悲しみが出た部分は省いて、クイーンとの約束の部分だけを掻い摘んで。

 

俺の話を聞き終えた雪城は、肩の荷が降りたすっきりとした表情で笑い、俺に放課後同じ場所で待っているようにと約束をして学校へと歩いていった。

 

俺と違い、用事を理由に学業をサボったりしないところは、優等生だなと実感する。

 

俺も昔はこんな風に真面目に学校生活を送っていれば…いや無理か。

 

あの子には虐められている気配が無い、そもそもの意味から俺とは違う所にいるのだ。

 

「放課後までどうやって時間つぶそうか、その辺をぶらぶらと散歩でもしようかな」

 

腕時計をつけていないので、一度どこかのコンビニによって時間を見てみようとした。

 

また暫くあたりをうろついて居ると、今度はコンビニではなく大きなデパートの前に出てしまった。

 

7階までありそうな巨大な建造物は、不敵に俺を見下ろしている。

 

セールをやっているのか、安売りと大きくかかれた紙が至る所に張られていた。

 

「丁度良いな、買い物していくか」

 

一人暮らしだからと言って、良いことは一つもない。

 

食生活をきちんと管理しておかなければ、あっと言う間に財産を使い切ってしまう。

 

カップラーメンで事を済まそうとするのは一人暮らし初心者のやることだ、あれは一つでも十分値が張る。

 

1食だけカップラーメンに頼るのなら出費も少ないが、毎日となると頭が痛くなる計算だ。

 

だからこそ俺は、デパートの食品売場で安売り品を探し、「多い、安い、新鮮」の三拍子揃った食材を探していく。

 

献立は決めてから行くのではなく、その時の安い野菜で決まる。

 

「ふむ、今日はナスが安いのか、それなら麻婆茄子にしようか」

 

茄子が袋に詰められて5本で80円、安売りと言っても破格の値段である。

 

俺以外にもその貴重さを知っている人は居るようで、献立を考えるわずがな時間でも茄子は、その数を減らしていった。

 

バーゲンセールは戦場だという言葉を聞いたことがないだろうか、野菜の大安売りも例外ではない。

 

安く鮮度の良い野菜を見分ける鷹の目を持つ主婦は、素早く獲物をかっさらっていくのだ。

 

気付けば茄子は最後の一袋にまで減っていて、これはまずいと思い、慌てて茄子の袋を掴んだ。

 

だが、茄子は動かなかった、否…俺とほぼ同時に茄子の袋を掴んだ奴が居たのだ。

 

「……」

 

睨み合う俺と、金髪の男性…

 

中年と呼べる年の男は、黒いスーツを着て如何にも仕事帰りに立ち寄ったという体である。

 

ワックスを塗っているのか、ただでさえ短い髪は小さくまとまって蛍光灯の光を反射している。

 

この人も一人暮らしか、もしくは奥さんが怖いのか。

 

「あの、どうぞ…」

 

金髪の男から漂う哀愁に負けて、俺は折角手に取った野菜を手放したが、後悔はしていなかった。

 

にこやかに笑った男の雰囲気がとても嬉しそうで、どうでも良くなってしまったからだ。

 

人から礼を言われることが、これほど暖かく感じるのは、クイーンのお陰なのか、それとも俺自身の変化なのか。

 

「すいませんね、ありがとう。

こうでもしてセール品を狙わないと、給料が少ないからね…

 

昔は結構良い管理職だったんだけど、あの5人がどうもねじゃまをしてくれちゃって…」

 

茄子を大事そうに抱き締めながら、金髪の男はいそいそとレジへと向かっていった。

 

目が狐のようにつり上がった独特の雰囲気を持つ彼も、仕事で苦労しているのか。

 

最近就職率が下がってきたと話題になっていたが、目の前にその事例を見て俺は、漠然とした将来に不安を覚えるのだった。

 

「マスターなら、人を悲しくさせるあの人ならこの世界を変えてくれるのだろうか…」

 



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第三話 悲しみ、片方の妖精

買い物を済ませて一度家に戻り、荷物を冷蔵庫にしまうと、12時をまわっていることに気がついた。

 

朝ご飯をたこ焼きで済ませてしまったので、昼はきちんと食べようと、俺はダイニングへと向かう。

 

そこで味噌汁とサンマの塩焼きを作って食べてから、急いでベローネ学院へと走ったのだった。

 

美墨と違い、あの優等生な雰囲気を漂わせる雪城は、きっと約束通り下校時刻に待っているだろう。

 

ベローネ学院の正確な下校時刻はわからないが、だいたい午後の3時から4時の間だと思う。

 

自転車も車も持っていないので、今から家を出ればゆっくり歩いても1時頃には学院に付くという算段だった。

 

2時間以上も待つのかと言われれば、そうだと言わざるを得ない。

 

俺は人に待たされるのも嫌いだが、人を待たしてしまうこともまた嫌いなのだ。

 

5分早く来たから等と相手が予定よりも早い時間で待っている予想も含め、俺は絶対に人を待たすことのない位の早い時間帯で家を出る。

 

扉に鍵をかけて、アパートの廊下へ繰り出すといやな気配がした。

 

怨念が渦巻いた見るのも辛い悲しみ。

「これは、ドツクゾーン…」

 

恐れていたことが現実になってしまったようだ。

 

一度、悲しさを解るようになった者なら、二度と忘れないドロドロした気配、忘れるはずもない奴の気配だ。

 

「ピーサード」

 

歌舞伎の化粧に似た格好をした、傲慢な性格のダークファイブの一人。

 

俺が姿を隠して、隠密という選択をとらざるを得なかった門番は、この世界へとやってきている。

 

今はまだ、風に乗ってうっすらとしかしていない気配だが、妖精を見つければ直ぐにでも牙をむくだろう。

 

奴の性格は気配でわかる、妖精を見つけた後に何をするかわかったものではない…

 

不穏な空気のする方角はこの近くにある遊園地から漂っている、多分だが人の出入りが多い場所で妖精を探しているのだろう。

 

「これは、放課後を待っていられないな…」

 

選択肢は二つある。

 

雪城と合流し妖精を確保するか、始めにピーサードを叩いておくか。

 

「後者は駄目だ、接触すれば俺が妖精を探していることを…手がかりを見つけたことを万が一にも感づかれる訳には行かない」

 

結論は出た、俺は階段を下りずにもう一度自分の部屋に入り、ベランダから外へ飛び降りた。

 

「悲しい…」

 

呟くと同時に背中にコウモリのような翼が形成され、落ちていく身体が減速し、宙に浮かぶ。

 

「どうも翼を出すだけなら、鎧を纏う必要は無いみたいだな」

 

もちろん鎧の特性である、空中を踏むという能力は使うことが出来ない。

 

だが、雪城と妖精の身柄を確保すると決めた以上、ピーサードとの激突も考えて体力を温存しなくてはならないからだ。

 

悲しい事を考えるのは、精神力を疲弊させるため鎧を常に出していると疲れてしまう。

 

光の園の時は考えもしなかったが、鎧を出しっぱなしにしていた俺は、無駄にエネルギーを浪費してしまっていたのかもしれない。

 

現に、翼のみを選んで出すことも出来、その使用悲しみエネルギーは鎧の半分にも満たないのだ。

 

一般の人に見つかると騒ぎになるので高度を上げて、雲の上を飛ぶことにした。

 

「…気のせいかこれ使い勝手が良くなってないか?」

 

翼も鎧も、使えば使うほど自分の意志でスムーズに動くようになっていった、ジャァクキングの時に使った紫色の炎も初めて出したときに比べ操りやすかった。

 

まるで新しい身体になじんでいくように、鎧や翼は洗練されていく、その事が少し怖かった。

 

「あれがベローネ学院か、想像してたよりもかなり大きめで、綺麗な所だな」

 

雲から出てベローネ学院の屋上に着地した俺は、翼を消滅させて後者の中へ入る。

 

時刻は昼休みに入っていたらしく、中学生の男や女が勢い良く教室から飛び出していく光景があった。

 

着ている服がポロシャツと眺めのズボンなので、俺のような人間がいても何も怪しまれることはなかった。

 

生徒も先生も俺のことを奇妙に思いはするものの、直ぐに気にしなくなってしまう。

 

だがいつ不法侵入がばれるとも限らないので、俺は中学生の教室から漏れる雪城の気配を探って廊下を歩く。

 

2年生の教室にさしかかったとき、雪城のものだと思われる嬉しそうな気配を感じられた。

 

早速そこへ向かうと、雪城を囲むように数人の女子たちが共に弁当を食べていたのだ。

 

場違いに登場した俺に女子たちは、眉をひそめるも、雪城だけは反応が違った。

 

「内場さん?どうして…ここ学校ですよ?」

 

「へっ、なになに、ほのかの知り合い?」

 

意外な話題に食いつこうとする他の女子たちから、雪城の手を握って廊下に引っ張り出し正面から切り出す。

 

「状況が変わった、今すぐに妖精の元に案内しろ…」

 

「え、でも……わかりましたっ、すぐ行きますちょっと待っていてください」

 

俺の訴えに何か只ならぬものを感じたのか、雪城は急いで教室からカバンをもって出てくると、階段をおりようとしたのを俺は止めた。

 

「そっちじゃない、上に行く…」

 

「え…上、屋上ですか?」

 

不思議現象の事を全く理解していない一般人に俺の翼がどうとかを説明しても埒があかないので…

 

「うひゃああぁっ!?」

 

俺は雪城の脇に手を入れ足を持ち、手に抱くように持ち上げた、俗に言うお姫様だっこだ。

 

他の生徒が騒ぎ出すと面倒なので、足にだけ鎧を形成して、エネルギーを貯め一瞬で屋上へと走り込む。

 

「やああああああっ」

 

普段の雪城からは考えられない大きな悲鳴が出て、足が止まるとそこはもう空の上だった。

 

鎧を消滅させ、翼を展開してバランスを整え宙に浮かぶ。

 

腕の中で未だに状況が出来ていない雪城は、目をぐるぐると回していた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

身体を揺すって正気に戻してみる。

 

「あ…私、空を飛んで」

 

「説明は後でする、今は妖精の関係者とでも思ってくれていたらいい。

 

とにかく直ぐに妖精に会いたい事情が出来た、案内してくれ指さしてくれればその方角に飛ぶ」

 

雲より少しだけ下に滞空しながら、ベローネ学院の上空を維持しする。

 

真下を見て自分が飛ぶという有り得ない現象を目の当たりにした雪城は、驚きで口が開きっぱなしになっていたが、そこは優等生しばらくすると正気を取り戻してくれた。

 

異常を理解するには、凝り固まった知識ではなく、柔らかい発送が大事だ。

雪城はその辺りの才能のあったのだろう、俺の説明を聞いてそれが嘘ではないと感じてくれたらしい。

 

落ちないようにしっかりと雪城の身体を抱き締めてから、何故か頬を赤くした彼女の指の先へと飛んでいった。

 

上空から飛び降りるように、斜めに下りながら指先に従い目的地に着くと、今度は俺が驚いてしまった。

 

「でかい…」

 

雪城を腕から下ろしながら呟いた言葉だった。

 

最近の物価が上昇した不景気の現代では、まるで見かけることのない豪邸がそこにはあったのだ。

 

純和風のわびさびが見事に体現されている屋敷、そこが雪城ほのかの家だという。

 

目をこすっても決して家は、映画のセットでもなく、張りぼてでもなかった。

 

「少し待っていてください、直ぐにミップルを連れてきますので…」

 

俺から逃げるように素早く屋敷の門を開けて家の中に入っていった雪城を待つこと10分。

 

再び門が歴史的な荘厳な軋みをあげて開くと、雪城が全体的に丸い携帯電話を持っていた。

 

どういうつもりなのか、此処に来て俺を警察に通報するという意思表示なのか。

 

折りたたみ式の携帯電話を雪城が開こうとすると同時に、俺は反射的にきびすを返し逃げようとしてしまった。

 

「ミポ~ほのか~メップルが見つかったのミポ?」

 

その足も途中で止まる、後ろから雪城のモノではないのんびりとした声が聞こえてきたからだ。

 

ミポとかいう奇妙な語尾をつける生物を俺は1人しか知らない、急いで振り向いて確認すると…

 

「携帯が喋ってる?」

 

正確には、携帯電話の画面からぬいぐるみじみた妖精の顔が出て喋っている。

 

人間が空を飛ぶことよりもはるかに奇妙で異常な光景だったが、雪城は笑ってそれを眺めているから慣れているのだろう。

 

これで繋がった、矢張りミップル…妖精はこの世界に来ていたのだ。

 

「護らなければ…」

 

小さな声で呟き自分に言い聞かせた俺は、雪城の持つ携帯電話を受け取り、画面から出た妖精に話しかけた。

 

「ミップル…で間違いないな?」

 

「ミポ?あなたは誰ミポ、ほのかに聞いたミポ?」

 

首を傾げる仕草は、小動物的な可愛さと相まってこの上なく愛らしい。

 

「いや、俺はいわば傭兵…クイーンの願によりお前たち二人を護りに来た」

 

 

 



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第四話 白い戦士

SIDE 雪城ほのか

 

今日は不思議な出会いがあった、数日前にお家の倉の中でミップルを見つけた時もびっくりしたけど、それよりももっと驚いてしまった。

 

朝私が学院へと向かうときに歩いていたときに出会ったのは、何かを探している困り顔の男性。

 

白髪混じりの黒い髪を耳元まで伸ばした彼は、あろう事か道路の溝まで探し始めてしまった。

 

いくら探し物が大事なものでも、そんな探し方をしていたら周りに変な目で見られてしまう。

 

それとなく聡そうとした私は、この可哀想な男の人の大切なものを探すのを手伝おうと思った。

 

話している内に気が付いた、彼の心は私達とは違う、冷たい…悲しいものがあると。

 

見ていられなかった、溢れる哀愁というのか、彼から滲む悲しさは、私まで悲しくなってしまいそうな程強かったから。

 

手伝いましょうか、と聞いたときの彼の反応はとても面白く、目線をあちこちに移動させて挙動が不審すぎた。

 

人にいえない秘密を落としてしまったのだろうか、なら私は手伝うことが出来ない。

 

私はこの男の人とは他人、いくら放っておけない悲しさが出ていても、図々しく関わる権利は無いのだから。

 

手伝いを諦めて、探し方を注意しようとした頃に、彼は私に思いがけない事を聞いてきたのだった。

 

小さな生き物、それも普通じゃない生き物を知っているか…

 

私にはミップルという心当たりが有りすぎて、多分顔に出てしまっていたのだろう。

 

彼は表情を一転させて、鋭い目つきになって私を睨んできた。

 

怖かった、でも…ミップルの事を簡単に喋ってしまうのは、駄目だと解っている。

 

あの子は何かから終われてこの世界?へと逃げて来たらしいから。

 

もし、この男の人がそのミップルを追ってきた敵だったら、ミップルが傷つけられてしまう。

 

唾を飲み込んで気を引き締めた私は、そこで決めた。

 

私の態度から、男の人は私がミップルと通じていると感づいてしまった。

 

なら…私は確認だけしてから、逃げればいい。

 

探るように私を捉えて離さない目線を送る彼から逃げ切れる自身はない、そもそも大人と中学生では超えられない体力の壁がある。

 

だから、私はわかりずらく…でも事情を知っているのなら必ずわかるように質問をした。

 

「事情かどうかは知らないけど、その生き物は二人いるんだ」

 

ミップルはメップルというもう1人の妖精と一緒にいたのにはぐれてしまったらしい。

 

この回答に私は確信した、彼は敵か見方か解らないけれど、ミップルに関わる何かを知っているのだと…

 

でも、ミップルは私の家にいる、彼を案内するにしても、敵なら危険すぎる。

 

私は結論を先延ばしする事にして、学院へ行くと言い、放課後までに待って貰うという約束をつけた。

 

考えなければいけない、僅かな情報から彼が見方なのか敵なのか。

 

どちらにしても彼という人間を放置しておくことが、この上なくリスクが高いと気づいていた。

 

「そうか、なら放課後また…済まない急に押し掛けて失礼だった」

 

思った以上にあっさりと彼は納得してくれて、私は彼と別れて学院に向かった。

 

遅れた時間を取り戻しす為に少し走って校門へとたどり着くと、丁度予鈴が鳴った後だった。

 

つまりHLが始まるまで後10分という危ない時間帯。

 

それ程、私は彼との話に時間をかけてしまっていたのだろうか?

 

小走りに移動して下駄箱に行くと、3人の女の子達が並んで歩いている姿が目に入った。

 

目を引いたのは、3人ともがテニスのラケットの柄を伸ばしたようなラクロスというスポーツに使われる道具を持っていたから。

 

「ねえねえ、昨日の流れ星見た?」

 

一番左にいた赤茶色の髪を前で切りそろえた女の子が話し出す。

 

そう言えば最近、流れ星が多いと新聞にも書いてあったと思い返す。

 

「みたみた、凄かったよね~」

 

それに背の高めの後ろで髪を結んだ子が答え、話題は願い事は何にしたかという話に変わっていく。

 

私は特に興味もわかず、直ぐに教室へ向かおうとした、でも背の高めの子の言葉に足が止まってしまう。

 

「でも…流れ星って不吉の象徴でもあるんだって~」

 

意外に知識人なのか、彼女は少し眉をひそめる。

 

この流れ星が多い状況が何か、恐ろしいことの前触れではないのか?と言いたいのだろう。

 

…そんな考え方は寂しいな、考えた私はもう口に出していた。

 

「そんなこと無いわよ」

 

「…雪代さん?」

 

「流れ星って言うのは宇宙を漂っている小さな星屑なの、地球の重力に引っ張られて上空100kmくらいかで大気の摩擦で発光する事。

 

昔の人はそんな不思議な光景を見て流れ星に願い事を託したんだと思うの。

でもその方が不吉なことを考えるより、良いんじゃない?

 

きっと良いことが起こるよ」

 

そう、私も今日は流れ星に願い事をしてみようかな、彼の正体がわかりますようにと。

 

「それじゃ…」

 

「おお、雪城さんて博学?」

 

教室に向かって歩き出した私の後ろからそんな言葉が聞こえてくる、悪目立ちしたかとも思ったがそうでもなかったみたいだった。

 

教室へと入ってしばらくするとHRが始まり、数学の授業が始まった。

 

「…じゃあこの問題、美墨、答えて見ろ」

 

「はっ、はいっ」

 

おかっぱ頭の細長い痩せ形の先生が指したのは、美墨と言う女の子だった。

 

妙にはきはきとした声に聞き覚えがあったので、声の主に方を向いてみると、彼女はさっき会った3人組の1人。

 

茶髪の髪をかき乱しながら必死に教科書と黒板を交互に見る彼女は、よほど動揺しているのか、汗までかいている。

 

「あれ…そう言えばここ内場さんに予習しとけって言われたとこじゃん…

うあああ、言うこと聞いとけば良かった~」

 

ぶつぶつ小さく良いながら美墨さんは、先生に恥ずかしそうに解けませんと答えた。

 

「なんだ美墨、こんな問題も解けんのか…」

 

呆れたように美墨さんを見る先生。

 

でも私は何か問題に違和感を感じていた、おかしい…あの問題の公式はどう頑張っても答えが出ないようになっている。

 

…いやいや、答えは出るのだけれど、出る答えは有り得ない。

 

「どうした美墨、もう2年生なんだから、解けでも良いはずだろう!」

 

「先生、その問題は解けません」

 

端的に先生の講義に抗議をしたつもりなのに、先生や美墨さんは私の言葉を誤解してしまったようだった。

 

「なんだ雪城、美墨の頭じゃこの問題は解けっこ無いって言うのか?」

 

こういう発想にたどり着く先生も意地が悪い、あと美墨さんまで口でカチンと言わなくても良いのに…

 

「いえ、その問題、答えがおかしくなります…実際は…の間違い出はないですか?」

 

「む…あ、そうだな、以後気をつけます」

 

指摘した場所を先生は教師用の教科書と比較して、失敗に気が付いたらしい。

 

私に対して頭を下げた先生は、直ぐに黒板に問題を書き直して、授業は再会された。

 

「あ、雪城さん、さっきは…どうも」

 

「いいえ~」

 

授業終わり、美墨さんがお礼を言ってくれたのが嬉しくて、私は照れ隠しで軽く会釈してその場から離れてしまった。

 

それから何事もなく他の授業も終わって、一段落付いた昼休み、事件は起きてしまった。

 

私の友人の3人と机を囲んでお弁当を食べていると見慣れない男の人が教室には行ってきた。

 

皆はイケメンだとか、見かけない先生だねと話していたけど、私には彼の顔は見覚えがあった。

 

今朝登校するときにあった、冷たい悲しそうな気配を漂わせている、妖精を探していた人。

 

その人があの時の格好のままに教室の入り口に立っていた。

 

「え、どうして…ここ学院内ですよ?」

 

先生の顔は大体知っているので、この人が先生だと言うことはない。

 

だからと言って教育実習の先生という可能性も無い、教育実習は今週ではなくもっと先にある予定だから。

 

じゃあ不法侵入?

 

「内場さん、どうして…ここ学校ですよ?」

 

「なになに、ほのかの知り合い?」

 

突然現れた美形の男性と私が繋がっているという事実に、私以外の女子生徒数人が興味を示した。

 

あまりこういうことで目立ちたくない、噂の種にされるのは嫌だ。

 

週に一回は男の人に告白される私は、変な噂が立たないように相手にも気を使ってやんわりと断っている。

 

「状況が変わった…」

 

そう言って私の手を取った内場さんは、真剣な顔でどこかを見据えているようだった。



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第五話 妖精との関係

SIDE 雪城 ほのか

 

彼の雰囲気はとても切羽詰まっているようで、嘘を言っているようには見えない。

 

私は、ミップルの身に何か危険が迫っているのかと思い、学校を抜け出す決心をした。

 

「そっちじゃない、上へ行く」

 

「上…屋上ですか?」

 

…昇降口へ向かおうとした私を止めた内場さんは、出口とは真逆の屋上へと向かおうとする。

 

教室の中から私の事を興味津々に見てくる生徒達の視線も気にならないほど、唖然としてしまった。

 

おかしい、何故上へ行く必要がある…ヘリコプターを準備しているわけでもなしに、上へ行って私の家に向かう手段がない。

 

戸惑って止まってしまう私に内場さんは、埒があかないと感じたのか…

 

 

無表情で私の背中に手を回して、脇に手を入れて固定するとしゃがんで足をもう片方の手ですくい上げるように、すると私の身体は持ち上げられてしまった。

 

おとぎ話で見た、憧れもあったお姫様だっこ、それをされていると思うと自然と顔が赤くなってしまう。

 

どうやったのか私は風になったかのように、一瞬で屋上に付いてしまった。

 

「あれ…」

 

幻覚でも見ているのかな、混乱していた頭に内場さんは、止めともいえる一撃を放ってきた。

 

飛んだ。

 

そう言うしか言葉が見つからない、何故なら私は空を飛んでいたのだから。

 

比喩でも空想の世界でもなくて、現実で飛行機に乗らずに私は空を飛んでいた。

 

言葉にならない悲鳴を叫んでしまった私を内場さんは、軽く揺すって正気に戻してくれる。

 

深呼吸を繰り返すと、徐々に頭が冷静さを取り戻し始めてくれた。

 

でも、澄んだ頭で状況を理解することは出来なかった。

 

何故なら、お姫様だっこの状態のまま、内場さんが黒く大きな翼を広げて飛んでいたから。

 

また混乱しそうになる頭を必死に冷静に押し戻して、深呼吸を繰り返した私は、下を見ないように視線を上向ける。

 

内場さんはコウモリにもカラスにも似た黒い翼をあまりはためかせず、風を掴んでいるのかスムーズに上へ上へと上昇していく。

 

天使と言うよりも悪魔的で、最初内場さんを見たときよりも悲しい気配が強くなっている気がした。

 

落ちないように内場さんの首もとに腕を絡めると、彼は優しく微笑んで大丈夫と言ってくれる。

 

その気遣いが纏う悲しみよりも勝っている気もして、嬉しくなった。

 

あれ…私はどうしてこの人のことで嬉しくなっているのだろう、ふと頭をかすめた疑問は遂に解かれることなく終わってしまう。

 

内場さんが言うように、自分のお家の方を指さすと、一瞬で教室から屋上へと移動したように、私の家はもう目前に迫っていたのだから。

 

ジェットコースターを彷彿とさせる急降下でラストスパートをかけ地面に降り立った内場さん…

 

私はもうへとへとで、腕から降ろして貰うと直ぐに自分の家へと逃げるようには行ってしまった。

 

私の家には今、飼っている犬と優しいおばあちゃんしかいない。

 

昼休みに学校を抜け出してしまった事で、おばあちゃんに心配をかけたくなかったので、そっと家の中へ忍び込み携帯電話に似たミップルを手に持ってまた家から出た。

 

不思議なことにこの携帯電話に似た機械の中にミップルが入っている。

 

折りたたみ式のそれを開けると、寝ていたのか目をつむっていたミップルがうっすらと目を開ける。

 

「ん…ほのかお帰りミポ、どうしたミポ?」

 

目をこすって私の姿を見つけたミップルは、桃色の模様が付い目元を擦りながら小さく欠伸をした。

 

「あのね、ミップル…あなたに会いたいって言う人が居るの、どうする?」

「メップル、ミポ!?」

 

私の言葉にはっとしたミップルは、携帯の画面から出た顔を前へと突き出した。

 

その声には期待と嬉しさがにじみ出ていて、メップルという離れ離れになってしまった妖精との絆が感じられた。

 

まるでロミオとジュリエットのよう、いや…最近流れ星が多いから乙姫と彦星かもしれない。

 

良いな…私もこんな風に心から待つことが出来る人がいたら、どれだけ毎日が充実するか。

 

「ほのか、メップルなのミポ?」

 

私は少しミップルの反応に感傷的になってしまっていたらしい。

 

「え、えっと…メップルかどうかはわからないわ」

 

少なくとも妖精という種類出はないことは見ただけでわかる、どこからどう見ても人間だった。

 

普通の人間かは、空を飛んでいたし怪しいけれど、今は除外しても良いと思う。

 

「そうミポ…」

 

メップルじゃないとわかった瞬間に目に見えて落ち込むミップル。

 

よほど会いたかったのか、悲しそうに目に涙を浮かべている。

 

「…大丈夫よきっとメップルには会えるわ、私もいないと思っていた妖精さんに会えたのですもの」

 

「ほのか…ありがとうミポ」

 

私は人差し指を出して、そっとミップルの頭をなでる、ミップルは恥ずかしそうにでも嫌がりはせず撫でられていた。

 

「えっと…メップルじゃないとするとミポ……誰ミポ?」

 

敵とは考えないのかしら、警戒心のなさに苦笑しつつもそれとなく話を振ってみる。

 

「ほら、ミップルが言っていた追っ手じゃないの?」

 

「ううん…それも考えたミポ、でも追っ手なら私達妖精も感じる気配見たいなものがあるミポ」

 

首をひねるミップル、要するに内場さんは、変な力を持ってはいてもメップル、ミップル達の敵じゃない?

 

ならどうして、どういう目的で内場さんは妖精を探していたの?

 

その答えは直ぐに出た、一応会ってみるというミップルの言葉に私は、内場さんに携帯に似た機械、もといミップルを差し出した。

 

差し出された携帯を見て、内場さんは訝しげな目になったけれど、中のミップルを見て驚いた顔をしていた。

 

内場さんは、ミップルの姿を見たことがなかったの?

 

それとも……

 

「ミップルで…間違いないな?」

 

「ミポ?あなたは誰ミポ、ほのかに聞いたミポ?」

 

私は言っていない、一言も妖精が家にいるなんて…

 

そもそもそんな可能性を信じている人は数少ないと思う。

 

でも、内場さんは妖精という存在を絶対にいるという確信を持って探していたように見えた。

 

この事が何を意味しているのか、どういう事実を浮かび上がらせるものなのか私は興味があった。

 

雪城 ほのか SIDE OUT 



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第六話 黒の戦士

SIDE 美墨 なぎさ

 

勉強嫌い、嫌煙していた学校の勉強を少しだけでも好きになれたのは、きっとあの人のお陰だと思う。

 

初めてあった…というかぶつかった時の印象は、無表情で何を考えているのか分からない不思議な人という感じだった。

 

白髪混じりの黒い髪をした、鋭く透き通った黒い水晶のような目をした人。

 

全てのことに無感動…いや悲しんでいるように見えたのは、あたしの気のせいだったのか。

 

 

でも、あたしがあの人にぶつかった日からその場のノリのような雰囲気で始まった家庭教師。

 

初日から遅刻してしまった私は、こっぴどく怒られてしまった。

 

「あれは恐かったなぁ…」

 

無表情で淡々と述べられる説教は、親に拳骨を落とされるよりも異質で、目が滲んでしまった。

 

「へぇ、なぎさ、家庭教師なんか頼んでたんだ、でもでも頭良くなってないよね…

 

さっきも雪城さんに助けて貰ってたし」

 

昼休みの時間、私は友達の二人と教室以外の場所でお弁当を食べていた。

 

そこで何となく持ち上がった話題が、私の勉強から家庭教師というものへと変わっていった。

 

「…ううっ、それは言わないで」

 

確かに家庭教師受けていると言うことは、塾へ行っている人と何ら変わらない立場にいる。

 

それなのに授業で、家で習った勉強が生かされないのはあたしの勉強不足が矢っ張り関係しているのだろう。

 

「で、なぎさ…その怖い家庭教師の先生は、そのどうなの?」

 

首を落としてうなだれる私をよそに、二人はまた話題をシフトする。

 

どうやら私が、その家庭教師の先生のスパルタにあてられていると思ったらしい。

 

これは否定する所だ。

 

「ううん、怖かったのは約束を破ったときだけで、あとはとっても優しかったから」

 

そうだった、内場さんは冷血そうでいてその内側は凄く熱いものが詰まっていた。

 

勉強が苦手だと諦めそうになった私に、長く話を語って努力する事の意味を教えてくれた。

 

今思えば、あの人は私を励まそうとしてくれたのかもしれない。

 

努力すれば出来ないことはない…言い換えれば努力しない内から諦めていては何もできない。

 

それに内場さんは、あたしの学校の次に出るだろう問題、それもあたしが解けないかもしれない問題を選んで教えてくれていた。

 

そんなにあたしの事を見てくれていると思うと、家庭教師としてだとは解っていても胸が熱くなる。

 

女の子から告白されることが多い、貰うラブレターが全部女の子からというあたしは、こういう男関係は余りにも疎かった。

 

「あれぇ、なぎさ、赤くなっちゃってどうしたの?」

 

「ははぁん、そういうことか」

 

ニヤリと笑う意地悪な顔をした友人、何かあらぬ事を詮索去れているようで気分が悪い。

 

「な、何がそう言うことなのよっ」

 

抵抗を試みようとして逆に声が上擦ってしまった、あたしはあの人のようにポーカーフェイスを貫く事は出来ないみたいだ。

 

…そういえば、今朝の内場さんはどこか変わっていた。

 

いつもの暗いオーラが少しだけ薄くなっているような、優しい感じがした。

後ろから声をかけて驚いて変な声を上げたシーンが再生されて、自然と口元がにやつく。

 

無表情のあの人でも不意をつかれたら、あんな顔をするんだとほっとした。

「…いやいや、なぎさ、あんた今、完全に恋する乙女の顔してたよ~」

 

「へっ!?」

 

顔に出ていただろうか、慌てて顔を手のひらで覆い隠す。

 

からかいを受けて騒いでいるうちに昼休みは終わり、残りの授業が始まった。

 

何か雪城さんが誘拐されたとか、王子様に連れて行かれたとかと騒ぎになっていた。

 

雪城さんが優等生と言うこともあって、勝手に学校をサボる人間ではないという事がより拍車をかけて、誘拐説を物語っている。

 

先生が慌ただしく教室に出入りして、結局授業は自習に変わってしまったけれど、あたしはあまり嬉しくなかった。

 

たまたまとは言っても、あたしを助けてくれた雪城さんが誘拐されたと言うのは、あたしにとってもショックだったからだ。

 

噂話をしている子からの情報によると、誘拐した人は突然教室に入ってきて、強引に雪城さんを連れ去ったらしい。

 

背の少し高い20代ぐらいの男で、少し白髪が混じっていた、細顔の美男子だという。

 

「……まさかね」

 

一瞬頭に浮かんだ人物像に、あたしは自分の馬鹿さ加減を痛感した。

 

いやいや、まさかあの人が雪城さんを誘拐するなんて事をするわけがない。

 

警察に連れて行かれそうになっていたのは、元はと言えば大声を上げたあたしの所為で、あの人は何もしていない。

 

首を振って有り得ない妄想を振り払った私は、先日あの人に教えて貰った勉強をしてみようとノートを開けた。

 

勉強は嫌いなあたしは、授業が終わった後の部活動に力を入れている。

 

ラクロス部はあまりある学校が少ないスポーツだけど、皆で協力して汗をかく所は他と変わらない。

 

部活をしていたから出来た友人もいて、今更ながら入部して良かったと思っている。

 

ちなみに、この雪城さん誘拐説は自宅に問い合わせた先生が、体調不良で帰っただけだったという確認をとって終幕となった。

 

部活動を終え、電車に乗って疲れた身体に鞭を打ち家に帰ってくると、ほっと息を吐く。

 

「ただいま~」

 

「おかえりなさい」

 

ありきたりな挨拶を交わして、貰ったラブレターを机に放り投げ、ベッドに横になると、一気に疲れが押し寄せてきた。

 

「ふうっ…」

 

体中の疲れを溜め息として押し出す、こう言うとオジサンだと言われるかもしれない。

 

「はあ、女の子にばっかり人気があってもなぁ」

 

また溜め息が口から漏れ、独り言を呟いてしまう。

 

女として、男にモテるというのは解るけれど、女にモテてもそれは自分が男っぽいと言われているようなもの…

 

いや、こうして好意を寄せられるというのは嬉しいけども、矢張りあたしとしては男の子にラブレターの一つ貰いたいという気持ちがある。

 

「内場さん…」

 

ぼうっとした頭でそんな事を考えていると、また頭に浮かんだのは、家庭教師のあの人の顔だった。

 

…おかしい、今日のあたしは本当におかしい。

 

あの人が今どうしているかよりも今は、こっちの問題の方が大切だ。

 

だから、だから…別にあたしは何とも思っていなくて、変に勘ぐられる事もなくて。

 

……手、握られちゃったな。

 



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第七話 ピーサードの脅威

傭兵と言えば傭兵だろう、俺は本来光の園の住人ではない。

 

そして、俺のこの身体は光の園へと行くために扉をくぐった所為で、ただの人間でも無くなっている。

 

クイーンに願いを託されただけの居場所にない人間には、雇われ兵士はふさわしい言葉だ。

 

だが、それでも妖精を護るという立場が存在する限り、俺にはまだ救いがあるのか。

 

「久しぶりだな、ミップル…」

 

「ミポ?」

 

覚えているだろうと話を振ったが、ミップルという、俺があの時助けた妖精はどうやら俺の事を覚えていないようだった。

 

…いや、それもそうか、あの時の俺は鎧を全身に纏っていた。

 

一時、助けられた相手の声だけで鎧と俺が同一人物などと思うはずがない。

 

もう一度鎧を纏っても良かったのだが、ピーサードの気配がまだ消えていないので無駄に精神力を消費するのは避けたい所だ。

 

それに、今なら思うが、あの鎧を出したとき俺の性格が少しだが変わっていたように感じた。

 

表面上の一人称が、僕から俺に変わる程度には精神的に狂わされていた…

 

自分では気づかない範囲で少しずつ何かが変えられていっているのかもしれない。

 

なので、鎧は命の危機やそれに準ずることが起こらない限りは使うことはない。

 

単に心の変化が怖いだけの臆病者とも取れるが、俺にそんな感情はない。

 

有るのはマスターへの期待と、湧き上がって自らを侵食しようと蠢く悲しさだけ。

 

俺が黙っているのを不審に思ったのか、雪城の手のひらに乗っているミップルの目の色が曇る。

 

「ああ、名乗るのが遅れたな。

俺は内場、呼守…お前たちがクイーンと呼ぶ彼女に恩があるものだ」

 

「クイーンを知っているミポ?」

 

「知っている、だからこそ彼女の最後の意志の為に俺は、お前達を護らなければならない」

 

別にクイーンは俺に強制はしなかった、だが死ぬ間際のような必死なお願いを。

 

仲間を護りたいという意志を、俺は断ることができなかったといっても良い。

 

俺の心にまだ、そんな気持ちが残っているのだという希望にすがりたかったのだ。

 

「そうだったのミポ、あなたはクイーンに…」

 

…ミップルの声に言葉を返そうとしたとき、本当にごくわずかだが大気の流れが変わったような気がした。

 

まるで何か小さなものが空から落ちてきたような、地震のような衝撃とは違う振動。

 

ピーサードの気配に変化は無い、増援でも呼ばれたかと勘ぐるが、彼らの仲間の気配も感じ取ることが出来ない。

 

なら…この小さな気配はなんだ、このどこかで感じた事のあるような…

 

「……っ!?」

 

「ミ、ミポ?」

 

まさかと思い手のひらのミップルの気配をじっくりと観察してみる。

 

小さいが暖かい、光の園とも呼ぶべき希望の気配…

 

そうだ、この気配だ。

 

何処かから飛来した小さな気配は、目の前で戸惑うミップルの気配とかなり似ている。

 

と言うことはつまり、そう言うことだ。

 

護る…これで、もう一人も護る事ができる。

 

「……あの、どうしたんですか?」

 

おずおずと戸惑いがちに聞いてきた雪城の手にミップルを手渡し、俺はそのもう一つの気配の発信源へと向き直った。

 

目を閉じてもう一度、今度は意識ごと沈め集中させて気配の正確な場所を探る。

 

ふむ、それほど遠い場所じゃない、見つけ出し俺の家へかくまいピーサードの手からうまく隠れることも出来るかもしれない。

 

「いや、喜べミップル、お前の言うメップルを見つけた」

 

「ミポ!? それは本当ミポ?」

 

「断言は出来ないが、確信はしている…」

 

む…くそっ。

 

内心俺は焦っていた、先程まで何の動きもなかったピーサードが、動き始めているのだ。

 

恐らく、妖精飛来の気配を感じたのだろう。

 

もっとうまく隠密しろよとまだ会ってもいない妖精に悪態をつくが、状況はなにも変わってくれない。

 

ピーサードの気配は妖精の気配の近くを動き回り、まだ正確に妖精の場所を掴めていないのは丸わかりだった。

 

だがそれも時間の問題だろう。

 

奴ほどの実力があれば、妖精を探し出すまでも街を破壊してしまうと言うことが考えられる。

 

そうなる前に妖精を結界か何かでダミーを作り、ここに妖精はいないと思わせるしかない。

 

その為には一刻も早くもう一匹の妖精とコンタクトをとらなければ。

 

しかし、黒い翼を作り出し飛び立とうと考えた所で、もう一つ問題が浮かび上がってきた。

 

俺がこの場所を離れても良いのかという問題だ。

 

雪城はたまたまミップルに出会ったといってももう関係者だ、ピーサードに見つかった場合、最悪拷問された挙げ句殺される。

 

今から片割れの妖精を探していると、この場所がもしピーサードにバレた場合、ミップルと雪城を護れない。

 

だからといって、ミップルのみを護っていたのではクイーンの願いからそれるし、何より俺が気に入らない。

 

…仕方がないな、状況が状況だ。

 

「雪城、ミップル…済まないが俺と来てもらう、少し面倒になりそうだ」

 

「え…?」

 

戸惑う雪城の身体に背中から伸ばした黒いひもを巻き付け、手元に強引に引き寄せて、翼を展開する。

 

「え、えええええええ!?」

 

「み、ミポ~!?」

 

驚く一人と一匹の悲鳴をに見に受け、少し説明してからやるべきだったと後悔する。

 

だがひとまずピーサードだ。

 

 

「詳しい事は飛びながら説明する!」

 

そうして俺は、晴天の空に勢いをつけて大きく舞い上がったのだった。

 

綿菓子のような雲を勢い良く突き抜け、コウモリに似た黒い翼を流れる空気にあわせて微妙に向きを変える。

 

すると無駄に羽ばたくことをしなくとも、風は自分の体を上へと持ち上げてくれるのだ。

 

上昇気流というらしい。

 

いつだろう、ずっと昔にやっていた教育番組の知識だったが、侮れないものでかなり役に立った。

 

渡り鳥などはこういった風の流れを利用することで、長時間の飛行をする事が出来るという。

 

もっとも俺の飛行は肉体的なものではなく、どちらかというと精神的に疲れる代物なのだが。

 

風を掴む掴まないに関わらず、悲しみという感情を強く意識することで、顕現し、現実に現れる翼は、ただ出しているという事実だけで、神経をすり減らされていくようにも感じていた。

 

まあ、気にするような大きなモノではないが、泣きすぎて声が枯れてしまったときのような、心がすっきりとしない空っぽな気持ちになってしまう。

 

それが、俺にとっての悲しみ切れ…エネルギー切れという奴だろう。

 

幸いなことに、まだ俺の悲しさは学校から雪城を、家にまで送ってきたにも関わらず気ほども減ってはいない。

 

いや、確かに擦り切れて、減ってはいるのだが、あくまでも微々たるものだった。

 

最悪の事態(ピーサードとの戦闘)の為には体力…精神力は幾らあっても足りないくらいだ。

 

空中で体制を取り直し、腕に抱えた雪城をふとみると、何故か頭を下げて青い顔をしていた。

 

「む…どうした?」

 

「うう…っ」

 

急な高度変化に気分が悪くなったのだろうか。

 

彼女の腕に抱えられた携帯電話のようなモノから覗くミップルの顔が、渦巻き模様へと変わっていた…

 

乗り物酔いという奴だろうか、そう言えばこの力を使えるようになってから、無茶な動きをしても傷一つつかないようになっていた。

 

その所為で自分以外の人間の弱さを十分に把握できていなかったのだ。

 

なおのこと、雪城はまだ幼い女に過ぎない。

 

少しは加減してやるべきだったと後悔し、俺はあまり息苦しくないように高度を下げつつ…全力で飛んだ。

 

済まない。

 

時間が惜しいんだ、少しでも早くミップルの片割れ、光の園の生き残りに会わなければ。

 

のんびりと雪城が酔いから覚めるのを待っていては、ピーサードが妖精へとたどり着いてしまう確率が跳ね上がる。

 

翼を折り畳み、風の動きを裂くように回転を加え、俺はミサイルのように目的地へと飛んでいったのだった…

 

後日談だが、俺は涙目になった雪城に暫く口を利いてもらえなかった。

これを悲しいと思うのは、俺がマスターの影響を受けているからなのだろうか?

 

 




だいぶお待たせしてしまいすいません、これからも隙を見つけ投稿していくのでよろしくお願いします。


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