Phantasm Maze (生鮭)
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プロローグ

 

 

 

 

俺の今世を一言で表すとしたら堕落、だろうか。いや、今世なんて高尚なことを言ってはいるがなにも仏教徒というわけではない。ごく日本にありふれた無神論者だ。

 

 高校は特段学業を疎かにすることもせず、放課後には部活動にも参加していた。現状に不満があったわけではなく、楽しい楽しい高校生活には何の問題もない。しかし俺には憧れが、目標が、夢がなかった。なぜそれらを持たないのか。

最近学校で進路相談があったが、何一つ具体的な案を出すことはなかった。担任からの詰るような声が耳に残っていた。

 

 俺だって何もこの事態に手をこまねいていたわけではない。趣味を探したし、親の職場を見学に行ったりもした。だが、全てが俺の罫線に触れる事はなく、特別興味を惹かれた事はなかった。ただ一点を除いて。

 

『死への興味』

 

高校生になると中学と違い単元が多く追加される。そのうちの一つに俺は興味を持った。『倫理』だ。

俺の生まれる三千年以上前。その時代に生きた哲学者たちの考え一つ一つに納得してしまった。そして、興味を持った。単純な力ではなく、暴力ではなく、議論。人間が誰しも持っていて差別化の出来ない唯一の力。三千年経った今でも人の心を動かすほどの力に。

人はなぜ存在するのか。

 

人はなぜ生きているのか。

 

人の主体性とは何か。

 

他人とは何か。

 

果たして本当に人は生きているのか。

 

 

 

死とはなんかのか。

 

 

 

数多の哲学者たちが考え、探求していた疑問に俺もまた囚われてしまった。

 

『死への渇望』

 

目的のなかった人生に最悪で最高の目的ができたのだ。

 

 

 

 

それがいかに酷く歪んでいてはき違えたものとも知らずにそれを密かに望んでいたーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「頭痛が馬鹿みたいに痛え」

 

なんだか知らんが頭が割れるほど痛い。頭の痛い発言とともに鈍痛に呻く。

風邪かと思い、額に手を当ててみるも別段熱い感じはしない。吐き気もない。頭痛だけが時折頭を殴ってくる。

 

「今日は休もう」

 

1日欠席した程度で支障がでる勉強はしていない。明日にでも隣の奴のノートでも写すか。

早めに今日の予定に見切りを付け、スマホを取り出す。そして連絡用ツールを開こうとして、ふと手が止まる。

 

前に頭痛がすると母に連絡して、学校を休んで検査したところなんの異常もなかったのだ。当然母に怒られた挙句その日1日はずっと缶詰だった。頭痛かったのに。

 

「……ちっ」

 

また怒られるのは御免だし、あまりに酷いようなら医務室で休んでれば良い。母の説教と、医務室で寝ているのでは圧倒的に後者の方が楽だ。

スマホの電源を落とし、ポケットにしまった。

 

 

 

 

重い頭と進まない足で登校すると、より一層頭痛が酷くなった。常時こめかみを揉んでないと呻くほどに。こりゃあ無理だ。

 

「ちょっと保健室行ってきます」

「おい、大丈夫か?」

 

担任に一声かけてから痛む頭を押さえて教室を後にする。心配からか興味からか声をかけてきたクラスメートに返事をする元気もない。

途中で誰ともすれ違う事なく保健室に着いた。

 

 

 

「うーん、特に他に症状がないならストレスが原因かもね。しばらくここで休んで、もっと酷くなるようなら早退しなさい」

「ストレス……わかりました。もう暫く大人しくしてます」

 

カーテンで区切られたベッドに横になりながら、ストレスについて考える。最近ストレスを感じるような出来事はあっただろうか。些細な事まで含めればいくらでもあるだろうがーー例えば踏切が目の前でしまったとか、満員電車に揺られたとか、タンスに小指を強打したとか。

しかしそれは今までも感じてきた事であって……、今日突然頭痛に襲われたのはストレスとは関係ない気がしてきた。

 

「……痛っ!」

 

突然きた鋭い痛みに声が漏れてしまい、少し恥ずかしくなる。痛みは治る事はなく、継続的な痛みで頭を強く押さえてしまうほどだ。

 

「大丈夫!?」

「大、……いや、無理っぽいんで早退します」

 

慌てた声がカーテンの向こうから聞こえてきたので早退したいという意を伝える。これは異常だ。変に意地を張っている場合ではない。

 

早退届を書き、担任に伝えてくれると言った保健室の先生を残して学校を後にした。

 

 

「今回こそは絶対なんかの病気だ」

 

ズキズキと頭に響くような痛みを抱えながら、ホームにて電車を待つ。おかしい。絶対にだ。これで異常なしと診断結果が出たならば人間不信に陥りそうだ。

 

考え事をしていたからか前方に注意を割いていなかった。ドンッと肩に衝撃を受ける。

 

「あっ、と、すいません」

 

五十前後の男性にぶつかったのだと認識した瞬間、昼間にあまり嗅ぐことのない酒の匂いが鼻腔を刺激した。ほんの少しだけその匂いに嫌悪感を抱きながらも慌てて謝罪する。返事は返ってくる事はなくギロリと睨まれた。

 

こちらを射殺すような鋭い視線に身を竦ませながら少し場所を変える。なんだってあんな目で見られなきゃいけないのか知らんが酔っ払いのことなんて気にする必要はない。

 

それよりも頭痛の原因の方がよほど気になる。熱がないから風邪ではないのだろう。インフルも時期を外れている。医学知識がないせいでこれ以上絞り込む事はできないがーーーー、単なる勘だが病気の類ではないような気がする。

 

まぁそれは検査結果が出てから考えよう。変な話だが原因が分からない頭痛よりは信頼できる病気だった方がよっぽどいい。……そうだ、母に連絡しなければーーーー

 

ドサッ

 

 

 

ーーーー何か、そう、質量を持った何かが落下した音が聞こえた。

 

近くで落下音がするほどの高さを持った場所はホームと線路の間だけ。さっきすれ違った年配の男が酔っ払っていたことから推測するに、まさか。

 

 

 

「……おい、おい!」

 

恐る恐る後ろを振り向くと、当たって欲しくはなかったが予想通り線路の上に横たわった男の背中が見えた。

 

「クソッ!誰かっ誰かいませ……」

「まもなく、ーー番線に各駅停車~~行きが参ります。危ないですから……」

 

マズいマズいマズいマズい!なんで誰もいねえんだ!駅員はおろか、普通ならホームで待っているはずの人影がない。閑散としたホームにいるのは俺と男のみ。

 

そうだっ!非常用ボタン!どこだ、どこに……あった!

 

人が転落した場合や線路内に物が落ちた場合に押す赤いボタン。それを壊さんばかりに叩く。途端に響く耳をつんざくようなブザー音。

 

 

「ぐあっ!!」

 

 

なんだ、なんで今頃っ!

 

今までとは格が違うと思うほど痛む頭を両手で締め付ける。痛い痛い痛い。頭が割れるようだ。蹲りそうになるが寸でのところで踏ん張る。ホームの際で蹲るのは危ない。

 

 

 

 

そこまで考えて違和感に気づく。

 

人が来ない。

駅員さえ来ない。ここは無人駅ではない。確かに寂れたど田舎みたいな駅だが、通勤時間になれば相応の人はいる。おかしい。何か噛み合わないな。

 

「まもなく、ーー番線に各駅停車~~行きが参ります。危ないですから……」

「は!?」

 

2回目のアナウンス。思考がぐちゃぐちゃになっていく。

 

意味わかんねえ、なんで止まらねえんだ!?まだ人が倒れてるってのに。どうしようか。駅員が来るのを待つか?……それともいっそ見てないふりをして逃げようか。

ダメに決まってる!馬鹿か俺は!いや、なんだ、これは頭が痛すぎて思考がまとまってないだけだ。普段ならそんなこと微塵も考えない。そうだ、そうに違いない。

 

やるべきことなんて明白だ。この見知らぬおっさんを助けることだけ。

「おい、おい!おっさん!起きろよ!」

 

一瞬おっさん呼ばわりするのは失礼かと思ったがそうも言ってられない。必死に声をかけていると、ふらりと男が立ち上がった。

 

「よし、こっちだ!掴まれ!」

 

頭でも打っていたのかふらふらと足元がおぼつかないが、幸運なことにゆっくりとこちらに近づいてきている。

 

一発一発ハンマーで頭を小突かれているような痛みに耐えながら、ホーム端に屈み精一杯片手を伸ばす。そして男の手を掴んだ。離すまいと強く握りしめた時、ーーーー頭痛が一層激しくなった。

 

なんだ、なんなんだこの断絶的な痛みは。保健室に横たわった時も、非常用ボタンを押した時も、今男の手を掴んだ時も。何か警告を発するかのような痛みを与えてくる。直感的に病気ではないと思う。何かーーーー、もっと根本的なような。ここで踏みとどまれと、訴えかけてくるような。

 

 

 

 

 

 

 

 

知るか。

 

なんの躊躇も無く、思いっきり引っ張り上げる。今の状況に気付いたのか、男も必死な表情で腕を引っ張ってくる。

 

 

 

フッと、腕がちぎれんばかりに引っ張っていた力が抜けた。それは男がホームに這い上がったからではなく、俺が線路に落ちたからであった。咄嗟に顔を庇い肩から突っ込んだものの衝撃と痛みにうめき声が漏れた。

 

しかしその声は目が絡むほどのヘッドライトを点灯させた電車による高い警告音で、掻き消えてしまう。長く、耳が麻痺するほど甲高い音はどんどん近づいてくる。

 

男はどうなったのかと見遣ればもう姿が見えなくなっていた。なんて事はない。俺を引き摺り下ろす力を利用してホームに上がったのだ。その代わりに俺は線路に落ちた。

 

クソが。

 

 

 

 

だらだらと立ち上がり、黄色い光源の方向を見れば視界に広がったのは俺よりも大きい壁だった。その壁はどんどん広がっていきこちらに近づいているのだとわかった時、あるものが目に留まった。

 

 

無人の運転席。

 

 

 

状況把握が出来ずクエスチョンマークで頭を埋めているところに、今まで体験したことのないほど強い衝撃がはしる。脳が揺れて身体が後ろ向きに吹っ飛ぶ。妙な浮遊感とともに『死ぬのか』と感慨に浸る。『死への興味』、それが今実体験として訪れようとしている。

 

 

しかし感慨とともに『死にたくないな』とも考えた。

 

 

 

 

何故そんなことを思ったか。死は始めて俺が興味を持てた目標だったのではないか。

簡単な話だ。俺にとって死とはどこか他人事だったのだ。自分が体験するわけでもない、当然だ。死者は語れない。あれをしておけば良かった。色んな事がしたかった。こんな死に方は嫌だ。未練に縋ってしまう。

 

 

だからこそ死が突然身近に感じられる距離に来た時、故に俺は滑稽にも最後の最後で生にまで縋ってしまったのだ。

 

 

 

意識が戻らないところまで沈んで行く。

 




初投稿です。結構ノリで書いたので更新はまちまちです。
誤字等ありましたら指摘お願いします。


3/1大幅改訂


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転生?

古代ローマでは第二子を姉兄にしていたとか。


 ど・う・し・て・こ・う・な・っ・た・し。

 

 自分の顔を覗き込んでくる二つの顔を見ながら俺は思った。

 自分の記憶が確かならばあの時ホームに滑り込んでくる電車に轢かれ俺の人生は幕を閉じたはずだったのだが。何故か目を覚ますとホテルの一室のような簡素だが高級感が滲み出す天井と二人の男女の顔が見えた。そして天井が見えるという事は仰向けになっているという事。どゆことー?

 

思考停止している俺を尻目に二人の会話は進む。

 

「あ、カルラも目を覚ましましたよ。でも生まれたのはカルラが早かったのでこの子は妹ですね。」

「そう、だな。どっちも何事もなく生まれてきてくれてよかった。」

 

……生まれたって何だ。俺は十数年前に生を受けて以来生き続けているのだが。しかし、二人がこちらに向ける目はまるで生まれてきた我が子を見る親のよう……。

 

「あうえぅぅ、おおぁぁ」

 

再び思考停止。言葉を喋ることができない。いや、俺は喋るべき言葉を知っているし思うままに口を動かしたはずなのだが。呂律が回らないのか意味を成していない。これではまるで生後まもない赤ん坊のようではないか。

 

ここで、あることを思いついた。

 

「ほら、あなたの娘が何か言っていますよ。」

 

優しそうな女性が、仏頂面に僅かに笑みを浮かべ結果的に変な顔になっている男性に話しかける。

 

「ふふふ、可愛いな二人とも。スカーレット家にふさわしい跡取りになってもらわなくては。にしても可愛いなふふふ。」

 

俺は同性愛者ではないから遠慮してもらいたい、とかいうジョークは置いといて。……さっき娘と言ったか?これで俺の考えが正しい事を悟ってしまった。非常に残念ながら。

 

 つまりこれはあれか、転生とか生まれ変わりとかいうやつか。

 

 

 

 

 

 

 状況を整理しよう。俺は電車に轢かれて死んだと思ったら、いつの間にか乳児になっていた。どういうことだってばよ。

 

転生、または輪廻転生については倫理を学んだ際に多少知識がある。人は生きている中で善行、悪業を積むことによって感情を持ち、倫理観を学んでいく。そして死んだ時に人の魂は輪廻の輪に戻され、二度目の生を待ち望むわけだが、ここでキーになってくるのは前世で積んだ所業にある。

 

いわゆるカルマ、漢字で書くと『業』。簡単に言うと良いことをすればするほどカルマポイントが貯まっていき、悪いことをするとマイナスのされる。死ぬ瞬間までその計算は行われ、死んだ際に貯まっていたカルマによって次の転生先が決まる。悪業を積みまくればハエのような地球規模の弱者に転生するし、善行を重ねておけばまた人間に転生することも可能である。

 

……確か、こんな感じ、だったような。

 

 

 

 ちょっと蛇足だが、俺には今、前世の記憶が残っている。ただ、まぁ、なんだ、俺個人の思い出はほとんど残っていない。記憶といってもこんな体験をした覚えがある、とかこれは前世でいうあれこれに似ているなぁ、とかその程度だ。でも死ぬ間際、つまりはあの不可解な出来事は妙に鮮明に残っている。灰色の毎日に一瞬だけペンキをぶち撒けられたみたいな1日だったからなぁ。そのお陰で灰色に塗り直す事は叶わなかったわけだけども。

 

俺が今世でどのくらい生きるのか、どの程度の思い出が出来るのかは想像のしようがないが、いつかは前世なんかは綺麗さっぱり忘れてしまうのだろうか。今世を楽しもうと思う反面、ほんの、ほんの少しだけそのことを寂しく、悲しく思い虚無感に苛まれる。

 

 

 

いやいや、そんな俺個人の感傷なんてどうだっていいんだ。……良くはないのかもしれないけど今は置いておこう。閑話休題。

 

 

 

目下の問題は転生した先が『吸血鬼』だということ。

 

はー?って思った。そりゃそうだろう。俺は善行しか積んでいない完璧模範優等生というわけではなかったが、さして悪業を繰り返すことを趣味にしていたわけでもない。人間に転生する基準なんて知るよしもないが、人間でもない、ましてや空想上の生き物になるとはどんな業を積んでいたのだろう?

 

 

 

そんな新しい人生、……吸血鬼生?として不服ながらも慣れてしまった頃、俺が住んでいる館(紅魔館と言うらしい)の住民構成を知った。

まず俺の今世の両親。当然のごとく二人とも吸血鬼だ。そして双子にして何故か後から産まれたのに姉であるレミリア。もちろん吸血鬼だ。後から産まれたのになんで俺が妹なのかと思ったが、込み入った質問も出来ず(喋れないと言う意味で)今ではそういうもんかと納得している。

そして使い魔。十人近くいるのだが、なんでも母に召喚されたらしく基本的に家事とか担当しているらしい。種族としてはゴブリンから狼男といったメジャーな怪物やただの悪魔まで多種多様だ。

 

しかし今更ながらこの住人達には言わずもがな共通点が一つだけある。本当に今更だが……人外しかいねぇ。

 

別に人恋しいとかいうわけではなく、単に現実味が極限まで薄れているだけだ。人外だらけのファンタジーでメルヘンチックな今世は全くもって退屈しない。

 

 

 

まぁ、しばらくはこの寝室で過ごす事になるのだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 吸血鬼として産まれてから2年が過ぎた。最初の方こそ見たこともない使い魔や各特徴、尻尾とかツノとか翼とかを見ていたが、それもしばらくすると飽きてしまった。赤ん坊として生活するのがいかに退屈なものであったのかと再認識させられた。

 

しかしそれも今日までの話。俺は赤ちゃんが産まれてからどれぐらいの期間をおいて喋ることができるのか分からなかったが、もう限界だ。こんな、なんにも代わり映えのしない牢獄といっても遜色ない寝室とは早くおさらばしたいのだ。

 

 因みに家族の呼び名は既に決めてある。お父様、お母様、レミリアだ。使い魔はどうやら適当に呼んで良いっぽい。なしてこんな畏まった言い方なのか。それは環境故だった。

 

最近、どうやら俺は吸血鬼界隈でかなりの名家に産まれたらしい事を知る。父は日頃からやれスカーレットの名に恥じないように、とかやれ少し静かにしてろ、とかやたらと煩い。

静かにしてろ、というのは俺ではなくいつも隣で寝ているレミリアに向かってだ。しかし赤ん坊が眠い眠いと、おしめおしめと泣く事は悪い事なのだろうか?父の文句を聞くたびに理不尽と鬱憤が募っていったが、レミリアが泣かなくなってからそれも感じなくなった。

 

 

 

その代わり何かを我慢するような表情が増えて、俺はそれを見るたびに少し悲しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 3年も経つとレミリアも立ちあがる事はもちろん、言葉を喋ることもできるようになった。産まれた直後は満足に喋ることもできず突っかかったような喋り方になってしまっていた。これは随分もどかしいものでまともな言葉を喋れた日には、感動で泣きそうになってしまったものだ。しかし急に赤ん坊が饒舌になるというのも可笑しいので、喋るのは両親がいない夜中(吸血鬼なので昼なのだが)に独り言をだれもいない空間に向かって話すという悲しいことになってしまうのも仕方ないだろう。誰だってそうだ。そうだと思いたい。

 

 あとは食事がかなり地獄だったな。おっぱいに吸いついて食事を摂るというのは思春期を一度経験している身としては、恥ずかしいやら恥ずかしいやら恥ずかしいやらで辛かった。そんな訳であまり食事を続けたくなかったのだが、食事を摂らないと母が心配そうな顔でこちらを覗き込んでくるので困る。離乳食になってからは、やっとまともが食べられると思ったのだが、食事法の問題で今まで少食だったせいか少し食べただけでおなかいっぱいになってしまった。

 

 

 

やれやれ、どうしてなかなか難儀なものだ。

  




キリが悪いですが今回はここまでです。
次回は今回からそのまま繋げたような形になります。
どんどん字数を増やしていきたいところです。

3/8改訂


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能力とは

今回の後投稿が遅くなります。
3日に一度できればいいと思っています。



 

 

 

「ふぁ~ぁ、んんっ、・・・・・・よく寝たなぁ」

 

 体感で10時間ほど眠っただろうか。この家には時計というものが無く、時間が分かりにくい。そもそもこの世界にまだ時計が作られていないのかどうかは知らないが、時間にとらわれるというのは前世では時間に追われる生活を送っていたせいかもしれない。

学校がないという事は登校時間がないという事。好きな時に起きて好きな時に寝てればいいのだ!腹が減ったら飯を喰らい、腹が膨れたらまた寝る。これぞ本能に忠実に生きるという事なのだ!……なの、だが……やはり時間は気になる。前世で染みついた感覚が抜けるのはまだまだ長そうだ。

 

 前世と言えば生まれたばかりは男口調だったのに、だんだん中性的になっているのを感じる事がある。例えば一人称などは俺から私に変わっているのをふとした時に思う。それも気づいたときだけなので無意識に使っている可能性もある。

 ・・・・・特に男だった事に執着があるわけではないが、生まれ変わった際に性別が変わったことなどがこういうところに影響しているのを思うと、前世の自分という存在が上書きされている気になってくる。……いや、少し違うか。周りの環境が性別を意識させているのだろう。男ではなく女として扱われることに私が無意識のうちに合わせようとしている。そして4年のうちに慣れてしまった。それだけの事。今世の環境への適応、案外早かったな。

 

それか世界が私の認識を改変しようとしてるとか。……まさかね。

 

……少し考えて背筋が冷えた。いやいやいや、いくらなんでもそれはないだろう。知らずに自分が女であると認識させられているなんてね……。

 

 

 

 

 もしそうだとしたらーーーーー

 

 

………いずれはすべて忘れてしまうのだろうか。あの後悔さえも。

 

 

 

 

そこまで考えて反射的に首を振ってしまう。まさか神様もこの世界もそこまで暇ではあるまい。もっと生産的なことに労力を割くべきなのだから。

暗い事を考えていると気分まで暗くなってくる。レミリアの寝顔で癒されよう。

 

 

 

私の隣でスヤスヤと寝息を立てている姉は私の内心とは真逆の位置にあるように純真無垢を体現化したようだ。

 

あー可愛いなぁ。何故こんなにも赤ん坊の寝顔というのは心を穏やかにするのだろうか。アニマルセラピーというものがあるが、同じような効果をもたらす赤ん坊は難解な思考を巡らせていないという意味で、もはや別の生き物なのかもしれない。

 

もしくは私が度を越し過ぎて360度を振り切ったロリコンだとか。無いと思いたいが否定もし難い。

 

純白とは程遠い群青色な考えを巡らせながら、レミリアの餅にも似た頬っぺたをつついたり引っ張りしていると、

 

「んぅぅ……?」

 

しまった、起こしてしまったか。

 

「かるら?」

「……っ!可愛い……っ!!」

 

かわいい。寝起きのレミリアメッチャかわいい。舌ったらずなレミリアメッチャ可愛い。抱きついて押し倒してやる。犯罪臭がするって?バレなきゃ犯罪じゃ無いってホテプさんも言ってた。ここには私の中身が穢れまくった前世持ちである事を知る人はいない。合法的犯罪とかいう矛盾が発生しうるのだ。

 

「ちょっと、カ、カルラ、やめ…」

 

 

 

このあとメチャクチャいちゃいちゃした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 吸血鬼としてこの世に生を受けてから5年が経とうとしている。

スカーレット家では代々5歳から次期当主としての教育が始まるらしい。5歳なんてまだ小学生にもなっていない年齢なのだが、社会適応期の年齢も合わせると吸血鬼を人間の定規で換算する事は不毛でしかないのかもしれない。

 

「れみりあー」

 

 今日も今日とて姉の寝顔を見ながらのんべんだらりと過ごしている。今回は少し趣向を変えてみようかと思い、時折顔や耳に向かって息を吹きかけたりしている。

 

「んぅ……ひゃっ……ぅーー」

 

カルラさん、それアウトやで。という俯瞰視点で自分に吹き替えられた思考を無視して、ひたすらにちょっかいを出す。

ここまでやって起きないレミリアも中々だが、私も私でなんて事してるんだ。

 

でもこんなことができるのもあと半月ほどだ。レミリアと私の誕生日を迎えた後は寸暇を惜しんで、とまではいかないがかなり忙しく勉強しなければならなくなる。

紅魔館の次期当主は長女であるレミリアと決まっているが、私も一緒に勉強をするそうだ。スカーレット家の娘とあらば醜態を晒す事は許されないのだと父が自慢げに話していた。……そんなに世間体が大事かね。ネジが一本外れている方が愛嬌がある気がするが。ほら、天然属性とかあるし。

 

まぁ、任せとけレミリア!

私は体は子供、頭脳は高校生なのだ。初等教育を全うにやり遂げた私からすれば勉強など造作もない事よ!優しいカルラさんが手取り足取り教えちゃるけんね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 前言撤回。るーと?なにそれおいしいの?最初のほうこそ苦労しなかったが、妖力やら、魔力とやらを使うあたりから頭がこんがらがってきた。私のポンコツ頭はまだ前世とのギャップを理解していなかったようだ。

 

「こう、妖力を自分自身のように扱ってだな……。うーん、こればっかりは感覚だからなあ。慣れてくれとしかいいようがないんだよ。」

 

父が妖力弾を見せたり、身振り手振りを交えて説明してくれているがよくわからない。

 

「どういうこと?」

 

私とは違い理解している様子のレミリアに聞いてみる。

 

「えーーっと、なんというか、うーーん。お父様どういうこと?」

 

おいさっきも見たぞこの流れ。千日手になる気がする。

 

理解出来ない、というかしにくい理由は分かっている。おそらく感覚的な妖力や魔力といったものを理論付けて考えようとしているからだ。理解できない物事があるとき普段ならそれが正解なんだろうが、ファンタジー(幻想的)な世界にリアル(現実的)な尺度を持ってきてはそれも叶うまい。

ようは難しい事は考えずに在るがままにこなす事が大事なのだろうが、科学技術に染まった頭では意外と難しい。ここでも前世持ちであることが仇になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日経過してなんとか妖力弾を撃つところまではもっていけた。つまり本当に感覚だけでできるものらしい。ようはイメージだ。私は自身の妖力を巨大な粘土に見立て、手を使わずにちぎって飛ばす感じでやっている。だから形はかなり歪な球体になってしまっているが、最初に比べればかなりマシだ。

因みに妖力を使った武器を作る方法も教えてもらった。私の武器は「ミョルニル」神話上では雷神トールが愛用していたとされる、殴打専用の武器だ。あくまで私の妖力で作った模造品なので実物とは程遠い。だから投げたら戻ってくるとか、伸び縮みする機能もない。はずなんだけど……なぜかレミリアの「グングニル」は投げたら戻ってくる。なぜだ、レミリアがすごいのか、私がへなちょこなのか。たぶんどっちもだな、レミリアぱない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 今日は能力についての勉強だ。能力とはある一定以上の力をもつ生物が保有している特別な力のことを指すらしい。ただ、スカーレット家は代々能力を先天的に持っているらしい。因みに母は「傷を癒す程度の能力」、父は「均衡を保つ程度の能力」を持っているという。どっちもすごく汎用性高そう。

 

「次に能力を探す方法だが、自分の能力が何かを心に問いかけるといい。自ずとわかることだろう。最後に使い方だが能力を見つける際にわかる。だが、多少曲解することにより用途を広げられる場合もある。ようは本人次第だな。」

 

 父は一息置くと、

 

「まず、レミリアからやってみろ。」

 

と言った。

 少し深呼吸をしてレミリアは目をつぶる。緊張しているのだろうか?

 数十秒空いた後に、

 

「ええっと、運命を操る程度の能力?」

 

 なんだそれ、すごい強そう。

 能力の用途をまとめると、過程があり事象があるとする。そしてこの能力をつかうと過程の部分を弄くり、そのあとの事象を変える能力らしい。でも過程は少しずつしか弄くれないので、事象を大きく変えるには長い年月が必要らしい。なんとも小難しい能力だ。

 

「じゃあ次、カルラやってみろ。」

 

 私は意識を集中し心に能力を問いかける。するとなんとも不思議な感覚と共に一つの文言が思い浮かんだ。思い浮かんだままに口にする。

 

 

 

「対象を同格にする程度の能力?」

 

 

 

 




ついに明かされたカルラの能力!
ってほど引っ張っていませんしこのタイミングで出すのが妥当かなぁと
レミリア視点も入れていきたいですね。


3/9改訂


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日常にある想い

妖力、魔力その他に関する独自解釈が含まれています。
苦手な方はご注意を。


≪追伸≫
次話も短くなりそうだったので繋げてしまいました。
かなり強引かもしれませんがご容赦ください。


 私の能力が判明してから、数か月が経った。能力の概要としては「能力を使いながら対象物に多少魔力や妖力を流すと、流した力と同じものが自身と同格になる。」らしい。

 例えばここになんの魔力も無い本があるとする。ここに私が能力を使い、魔力を流しながら文字を書くと途端に魔道書(グリモワール)と化す。まあ魔道書といっても形だけのもので魔法陣や魔術式を書かないと意味がないわけだが。

しかし魔力が私より低い者がこの本を読むと、本の持つ魔力が読者に流れ、術や陣を形成する際の手助けとなる。意外と便利な能力だったりする。

ただこの能力にはデメリットがいくつかある。それは、いくら能力の補助があって同格にしているとはいえ、実際は自身の力を消費しているという点と、永久に同格にするのは難しいという点、同格といっても全盛期の自分が基準という点だ。結構欠陥品だな。

 

と、ここまでが私の能力の概要なわけだが、父が最後に言っていた曲解による用途の拡大はよくわからない。まあ、あれだ、のんびり探していこう。時間は有り余っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつから自分はこんなセクハラもどきをするようになってしまったのだろう。いや、姉妹だし、年も同じだからセクハラではないんだろうが・・・。床で息も絶え絶えになりながら時折ピクピク痙攣するレミリアを見て思った。

 ことの発端はいつもの喧嘩なのだが、珍しく私が取っ組み合いを制し、脇をひたすらくすぐっていたのだが、途中からどうにも止まらなくなってしまい、やりすぎてしまったというわけだ。因みに喧嘩の原因は万国共通のプリン争奪戦である。3連プリンの罪は重い。

 

「ぜえ、ぜえ、はあっ、はあっ。」

「ごめんなさいね?ちょっと止まらなくなっちゃって・・・。ね?」

「ね?ってなによ。さすがに、はぁ、これは、やりすぎよ・・。息ができなくなるかと思った、わ・・・。」

「ほら、いつもやられてばっかりだから・・・。日ごろの恨みってことで許して?」

「日ごろの恨みって・・・私カルラからそんなに恨まれていたのかしら?」

 

 レミリアが疑念に満ちた目で見てくるが気にしない。気にしない。

 

 

 今はちょうど勉強の合間のティータイムだ。

 勉強といっても両親が私達に教えているわけではなく、数学に興味を持ったレミリアに私が教えている。

しかし、吸血鬼というスペックのせいか、はたまた才能ゆえなのか、1年も経たないうちに高校生レベルの数学は終わってしまった。

 

レミリアはよく私のことを頭が良いと言っているが、前世から引っ張ってきたものなので反則に近い。近いうちに抜かされることだろう。そのことを伝えると、

 

 「あら、そんなことないわよ?」

 

と返ってきた。

 

「どうして?もう数学で教えられることなんてないけど?」

「カルラは数学以外でもたくさんのことを知ってるじゃない。それともあなたが図書館で学んだすべてをもう教えたというの?」

「そんなことはないけど」

「だったら今はまだあなたのほうが賢いわ。しかもまだまだ学ぶことができる。追いつくのは当分先よ。」

 

そんなものだろうか。というか、

 

「追いつくことは否定しないんだね・・・。」

「それは、まあ、姉だもの。」

「生まれた日は変わらない癖に。」

 

澄ました顔で自信の程をさらりと混ぜてくるレミリアを見て思う。

これは慰められているのだろうか?この自称姉は時々言い回しが難しくて真意が解りづらい。

 

「褒めているのよ。」

「ナチュラルに心読まないでくれる?」

 

すごく呆れた顔をされた。

 

「あなた・・・結構思ってることが顔に出てるわよ。」

 

ショックだった。

 

「え・・・?自分からするとポーカーフェイスのつもりだったんだけど。」

「・・・ポーカー、やってみる?」

「いいよ、負けたほうが一回言うこと聞くって事でどう?」

「乗ったわ。」

 

数分後には床につっ伏せる結果となった。それはそれはもうボロ負けした。

 

 

「・・・能力使ってない?」

「こんな遊びに体力ごっそり持ってく能力(チート)使わないわよ。」

 

 

 絶対服従といってレミリアが告げたのは今夜一緒に寝ることだけだった。ついでに私も勝ったら添い寝にしようとしていた。これぞ双子。なんと睦まじい双子愛だろうか。

 

 

 ちなみにこの夜、寝像が悪かったのか一人ベッドから転げ落ち、したたかに頭を打った。

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 6歳の時、私は父に嫌われているのを知った。

 

 嫌われている、というより好意を向けられていないと言ったほうが適切かもしれない。一見同義に見える両者だが、好きの反語は無関心というように、好意を向けていないとは嫌いのように見えて無関心に近い。

私が言いたいのはそれに近い。いわば父は私に形式的に愛情を注いでいるようなのだ。プライドの高い吸血鬼ゆえか、親としての責任のように感じているのか。

 

対して姉のレミリアには甘い。いや、あれを表すにはこっちのほうが良い、『期待』と。私には、生涯向けられることのない感情であると感じたのは早かった。

最初の1,2年はあったのだろう。高校生というハンデによって勉強に関してはかなりのアドバンテージがあったし、多くの知識を活かしだいたいのことは卒なくこなすことができた。

 

 しかし今はどうだろうか。私が前世で十数年かけて積み上げてきたものを、レミリアは僅か数年で追い付き、あと数年で私を置き去りにしていく。どちらが優秀で、どちらが期待されるかなんてわかりきっている。

 それに体質的な問題もある。生まれつきなのか、小さい時に小食だったせいなのか、私は体が弱い。それに比べてレミリアは吸血鬼としての身体能力に、天賦の才を持ち合わせている。これも比べるまでもない。

 

 妬んだことはないか?無いわけがない。当然ある。だが、私が着たこともない煌びやかなドレスを身につけてはしゃいでいる顔はとても無邪気だったし、私の分のドレスがないことを知ると貸してくれたりした。彼女にはなんの罪もない、そうした思いとともに『諦め』という感情が心に流れて込んできた。

 

父に期待されることを『諦め』、

 

姉と同等の愛情を向けられることを『諦め』、

 

姉に追いつくことを『諦めた』。

 

 

 

私は、レミリアを尊敬しているし好きだ。

 

しかし一方で、こんな『諦めた』私を姉は好きでいてくれるだろうか。

そんな想いが時節私の心を締め付けてくるのだった。

 

 

 

 




次回はやっとフランちゃんが出てきます。


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姉は妹を想う

初めのほうに書いた話の手直しが終わったので投稿します。
レミリア視点のお話。
フランは次です。必ず!

文法がおかしい点があるかもしれません。
ご容赦を。


 私、レミリア・スカーレットはスカーレット家の長女らしい。らしい、というのは双子の妹であるカルラのほうがよほど姉らしいからだ。勉強は私よりできるし、手先が器用で要領もいい。そしてなにより可愛い。青みがかっている私の髪と違い完全な銀髪だ。今では慣れたもののはにかんだ笑いを見るたびに可愛すぎて頭がクラッとくるのはヤバイ。いろんな意味でヤバイ。気を抜いたら抱きしめたくなるほどだ。そんなカルラに勝っているものは取り留めもないものばかりだ。

 

 例えば父が言うところのカリスマ、支配力と言い換えてもいい。これ関して詳しく説明すると、元から魔族、とりわけ私たち吸血鬼に高い水準で備わっている能力のようなものらしい。

父によれば私はその中でも群を抜いているという。まあ、そんなに高くなくてもカルラの性格に難がある時点で、ほとんどの同族にカリスマ性という点で負けているのだが。

 

 父はそんなカルラのことをあまり好いていない。

実に不可解でありながら、当然と言えば当然と言える。吸血鬼は頭の良さや小手先の技術より、多くの妖怪を統べるカリスマとそれに恥じないだけの実力を優先する種族なのだから。

でもあまり好いていないといっても親子としての愛は薄れていない。だが私となにかにつけて比較しているのがよくわかる。それに比べて母は私たち姉妹に分け隔てなく接してくれているので、私達は父はもちろんだが母は大好きだ。

 

 そんなこともあり父はよく私を優遇する。同族に紹介する時には私に煌びやかな服を着させ、自慢話にしたって私の話はよくするが、カルラのことは滅多に出さない。

そんなことがよくあったので母とよく口論になる。その口論を聞くたびに私はカルラに申し訳ない気持ちになる。決してカルラが悪いわけではなく、生まれついての能力差が悪いのに虐げられている現状を不憫に思うのだ。しかし父にスカーレット家の将来を期待されている以上裏切るわけにはいかない。

期待されるというのはとても気分がいいのだ。

 

 

 父に嫌われたくないためイイコで居続け、そのくせ善人ぶって妹に謝り続ける。

「こんな私でゴメンナサイ」と。

 どっちつかずの状態で日々を過ごす私はとても弱く、卑劣で、臆病な生き物なのだ。

 

 

 そんな私をカルラは慕ってくれている。

 ある時、カルラに私を恨んでいないか訪ねたことがある。するとカルラは一瞬寂しそうな表情を浮かべた後に、

 

『確かにお父様は私よりレミリアを優先することがあるし、それが私のカリスマとか、能力だともわかってる。でも私はお姉さまより勉強が得意だし、料理とかができることを、なんていうのかな・・誇り・・じゃなくて自慢に思ってる。だからお姉さまを恨んでもないし、才能にしても羨ましいけど私に無い才能を持つレミリアを誇らしいと思ってる。だから、その・・・大好き!!』

 

といって抱きついてきた。私は抱きついて離さない妹を見ながら茫然としていた。恨まれて当然だと思っていたのにこんな臆病者(わたし)を姉だと認めてくれた上、誇りにまで想ってくれているのだ。

 

 

 頬のあたりを生温かい液体が伝う。体勢からカルラには見えることはないだろう。情けない姿を見せなくていいのは有り難かった。

そしてその温度は決して冷たいと感じることのない、心にまで沁み渡るほど暖かいものだった。

 そしてそれを手で軽く拭うと、

 

「私もよ、カルラ。私もあなたのことが大好きよ。」

 

と、この世に一人しかいない最愛の妹を優しく抱き返した。

 

 

 

「こんな私でも?」

 

 返事が帰ってくるとは思わず、え?と声が出てしまった。

 

「私は、才能というものが無いに等しいのよ。さっき挙げた才能は全部他人と比べれば少しできるだけ。そんなのを誇れるのも今のうちにだけ。勉強もいずれは置いてかれる。『諦め』てしまっているのよ、私。こんな私でもレミリアは好きって、嘘偽りなく、言える?」

 

淡々と話していた声は途中から少しだけ震え始め、最後には涙声になる。それでも自虐的な笑みを絶やさないカルラ。これが彼女の素なのか。

 私の言葉を待つ彼女の肩は小刻みに震えていた。そんなに私の答えを聞くのが恐ろしいのか。答えなんてものは、あなた(カルラ)が生まれたときから決まっていたというのに。

 

「くだらないことを聞かないで頂戴。」

 

カルラの肩がビクッ!と跳ねた。

 

「あなたは私の妹じゃない。私があなたを好きでいるには十分すぎる理由よ。」

 

抱きしめた体勢のまま背中を優しくさする。

 

「カルラ、確かにあなたには私のような才能はないかもしれない。それでも()()()()()()()()は必ずあるのよ。そしてそれは勉強の才能かもしれないし、料理の才能かもしれない。もしくはまだ見つけられてない才能かもしれない。でも『諦めて』しまえばそこで終わりなのよ。勉強や料理や未知の才能が見つかることは決してないわ。殆ど無いじゃなくて全くない、0%になってしまう。・・・だから、諦めないでカルラ。私もあなたの才能を探す手助けならいくらでもするわ。」

「お姉さま・・・。」

 

カルラは後ろで私を掴んでいたてを離すと、顔を胸のあたりに押し付け、泣いた。

 

「うっうぅっ、ひくっ、ううっ。」

 

私の服にしみ込んだ涙はさっき私が流したものよりずっと暖かかった。その温度は私の悩んでいた時間とカルラの悩んだ時間の差を現実に示しているようで、不甲斐なく感じた。

 

「ありがとう、レミリア・・・」

 

 

 

二人が8歳になったときの出来事だった。

 

 



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初めてのお外

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい次は絶対フラン出すんで赦してくださいお願いします。

 ということでフラン回ではありません。
 絶対次はフラン出しますだから赦して(ry

≪追記≫
三人称っぽくしてみました。
今後もこれで行くかはわかりません。


ある三日月の夜、紅い館のバルコニーに右手に紅茶の入ったティーカップ、左脇に辞書にも似た分厚い本を抱えた少女が現れた。少女といっても,人間でいう肩甲骨の位置からは一対のグレーの翼が生え、ニヤニヤしている口の端からは牙が見え隠れしている。誰が見ても人間ではないその少女の名は紅い館--紅魔館--の二女であり末っ子のカルラという。少女はバルコニーにある紅魔館でも数少ない白を基調としたテーブルにティーカップを置き、自身は月明かりを背に椅子に深く腰掛け読書を始める。その一連の動作に耳をすませると、本人も意識していないような鼻歌が聞こえる。

 

「随分と機嫌が良いのね、カルラ。」

「それは、もう、ね。妹と話す日が待ち遠しいもの。」

 

しばらくすると館の中から双子の姉であるレミリアが話しかける。

そう、妹が生まれるのだ。そのおかげで初めて姉となるカルラのテンションは、一か月前からずっとこの調子だ。

 妹が生れると知った時も酷かったが、生まれるのが近くなると、また落ち着きがなくなってきた。そんな妹を見かねてかレミリアは提案する。

 

「お父様が最近忙しいらしくて、食糧が無くなりそうなの。別に数日食べなくてもいいんだけど・・・あなた最近図書館に引き籠ってたでしょ。運動も兼ねて狩りに行かない?」

 

 しかしこうやって話を持ちかけてきたということは空腹の限界が近いのだろう。というか吸血鬼にとっての狩りの対象は、人間なのでカルラにとっては元同族なのだが、

 

「引き籠ってたって・・・まあ運動してなかったのは確かだしいいんだけどさ。」

 

特に思うところはないらしい。それを聞くとレミリアは満足そうに頷いた。

 

「じゃあ準備したら裏口に集合ね。」

「なんで裏口?」

「ハンターがきてるのよ。気付かなかった?」

「まったく。」

 

 こんなに騒がしいのに気付かなかったらしい。いくら読書に夢中といっても限度があるだろう。本の表紙をみると、転移魔法の魔道書らしい。最近妹は魔法に凝っていて、図書館引き籠り生活もその一環だという。

 

「じゃあ、準備してくるねー。」

 

と脇に魔道書を抱えて部屋へ向かうカルラ。ふと白いテーブルに目をやるとティーカップが置きっぱなしになっている。声をかけようと振り向くとすでにいない。少しびっくりしたが、転移魔法に思い至る。あの妹は少し姉をこき使い過ぎ気がする。それにしてもあの魔道書はあんまり進んでない気がしたが気のせいだろうか?

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 レミリアは苛立っていた。いくらなんでも遅すぎる。狩りの準備といっても日中でもない限り、動きやすい服装に着替えるだけのはずだが・・・

 

「おまたせー。」

「なにをそんなに準備してた・・・・・・・の。」

 

 なにそのガチ装備。魔法製のなんか堅そうな鎧、なんかパンパンのリュック、しまいにはミョルニルまで片手に携えている。ツッコミ待ちなのか?はぁ。そういえばこの引き籠りは外に出たことがなかったな。そのまま外に出ようとするカルラをひっ捕まえ、引きずり戻す。

 

「あなたこのまま出て行ったら確実に怪しい人よ?特に持ってくものはないから手荷物は軽くしておきなさい。」

「いやでも、お外恐いし。」

「どんな偏見持ってるのよ早くしなさい。」

 

カルラは渋々鎧を解き、いつも着ている寝巻になった。

 

「これは持ってっていいでしょ?」

「それは助かるわ。というかいつの間に転移魔法なんか使えるようになったの?」

「だてに引き籠ってないよ。なんか転移魔法に適性があったみたいで、簡単なものだったらノーモーションからでも使えるしね。」

「それは・・・・・すごいわね。」

 

 詠唱や魔法陣もなしに転移魔法使えるってかなり、いや、ものすごくヤバイことじゃないだろうか。

 

「じゃあいきましょうか」

「おー。」

 

 気の抜けた掛け声により二人の吸血鬼による狩りが始まった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 一口に狩りと言ってもやり方は豊富で,罠や網を使った方法、猟犬や鷹といった使役している動物を使ったなどが挙げられる。では使役した動物を持たず、罠のようなまどろっこしい手段を必要としない吸血鬼はどのように狩りを行うのか。

 それは、吸血鬼の身体能力を最大限活用して、上空から一気に急降下し通り魔のように獲物の意識を奪うというものだ。よく漫画やアニメである首トンというやつだ。レミリアが対象に狙いを定め、うなじのあたりにある延髄という器官を叩き一瞬で一時的な呼吸困難に陥らさせる。そこを同じく上空で待機していたカルラが回収する。その一連の動作をなんと約2秒で行う。文字通り目にもとまらぬ速さというやつだ。

 

「やっぱり手馴れてるね。」

 

 次々と相手の意識を奪っていくレミリアを見てカルラはつぶやいた。

 片手間に気絶している食糧を回収し2、3個まとめて魔法陣に乗せ、調理室に転送していく。今頃調理室はてんてこ舞いになりながらコックが下処理をしていることだろう。

 ふと、手が止まった。吸血鬼としての本能が極上の血を嗅ぎつけたのだ。おそらくレミリアも同じ匂いを感じたのだろう。嬉しそうな顔を浮かべこちらに近づいてくる。しかし匂いの根源に目を向けると途端に嫌そうな顔をした。それもそのはず、その匂いは紅魔館までとはいかないがこの町一番であろう屋敷の方向からするのだ。

 

「ねぇねぇレミリア、結構集まったしあれで最後にしようよ!あれは絶対おいしいやつだよ!「だめよ。」・・・なんで?」

「どう考えたってガードが堅すぎるわ。相手も私達好みだとわかっているし。同族の匂いも混じってることからハンターも中にいると思うわ。・・・・・・・・あれ?」

 

 名推理を展開し、どうよこの推理!と言わんばかりのドヤ顔を妹に向けると、そこにもう姿はない。

 あわてて周囲に視線を奔らせると、転移魔法によっていまにも突撃しそうなカルラがみえた。

 

「待ちなさい!あれは・・・・」

 

 姉の制止も聞かず魔法陣を発動させると館の中に消えていった。

 

「追いかけないと・・・・。」

 

 いくらハンターといえども吸血鬼の中では強い部類に入るレミリアを仕留めることは難しい。だがそれは二流や三流の話。一流ともなるといくら力を持っているからと言っても子供の吸血鬼に後れをとることはそうそうない。レミリアが止めようと言ったのは一流のハンターの気配がしたからだ。

 このままではカルラが危ない。レミリアは最速で館に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「ここは・・・・寝室・・・かな?」

 

 正確には客間なのだがそんなことは知りようがない。だが幸いなことに獲物はすぐ近くにいる。どう調理しようか。まずは、味見だな。などと舌舐めずりしながら考えていると、

 

 銃声が響く。

 

「あ・・・・・・?っ・・がああぁぁぁっ!!!」

「煩いぞ餓鬼。ハンターの家に単身で乗り込んできたから身構えたが、子供だとはな。すまんが手加減は苦手なんだ。するつもりもないがな。」

 

 脇腹が燃えるように熱い。銃声がしたほうを見ると掛け布団の端から銃身が見えた。同時に身体の治りが遅いことを知る。

 

「な・・・にが・・・?」

「なんだ銀の弾丸(シルバー・ブレット)も知らんのか。自分達の弱点ぐらい知っておけ。まあ肝心の弾丸が摩擦のせいで純製じゃないのが残念だが・・・・・、天敵の家にノコノコやってくる馬鹿な吸血鬼をいたぶるには丁度いい」

 

 名も知らぬハンターは立ちあがって懐からナイフを取り出す。

 

「これは純銀製だ。確実に殺せるだろう。ハッ、せいぜい吸血鬼に生れたことを恨むんだな。」

 

 生れたことを恨む。

 

 その言葉を聞いたとたん怒りが沸き起こった。右手に握りしめていたミョルニルをなけなしの力でぶん投げたあと、自身も走り出す。ハンターは驚愕の表情を浮かべていたが、身体をひねって避ける。が、一瞬の隙にカルラはナイフの柄の部分を右脚で蹴り上げる。

 

「貴様まだこんな力を・・・・・っ!」

「私が・・・・・ッ!生れたことを恨むなんて万が一にもないッ!!」

 

 カルラには前世で死んだときの記憶はもうほとんど残っていない。だが死ぬ間際、とてつもない後悔に苛まれたのははっきりと覚えている。忘れてはいけない、忘れられるわけがないモノ。そんなこともあってか例え吸血鬼の生であっても恨むなんてことはあってはならない。蹴り上げた勢いそのままにハンターを壁に押し付け、首を締めあげる。

 しかしハンターは余裕を崩さない。

 

「・・・・・クソッ!だがなぁ、これで・・・終わりだ・・・餓鬼が!」

 

 隠れていた手に持つのは純銀の仕込み針。これを刺せば致命傷にまで追い込み、最悪の場合死が待っている。

 

「なっ・・・・・!?」

 

 だがその針がカルラに届くことはなく、途中で男の手からこぼれ落ちる。

 何故男が針を取り落としたかと言えば、自宅を地響きのような強烈な衝撃が襲ったとか、炎が包み込んだかのようなはたまた刺し殺すかのような膨大な魔力が男の全身を突如襲った、とかが挙げられる。

 しかしその二つの理由の大本、起因には男が殺しかけた少女、カルラの唯一の姉が深く関係している事は明確だ。

 その姉ーレミリアーは息を荒くしながらも両手で男の首を絞め、顔を真っ赤にしている妹を一瞥し

 

「そこまでよ、カルラ。・・・・・少し後ろに下がってなさい」

「・・・・・ッ!こいつは私が殺っ・・・・・!」

「いいから下がってなさい!!」

 

 穏やかな面しか見た事が無かったカルラは姉のいつにない剣幕にたじろぐ。なにがいったい姉をここまで感情的にさせているのか分からなかった。

 壁に手をつき震える脚でなんとか立っている男を、凍てつく視線で睨みつける。

 

「私の(カルラ)になにしてくれてんのよ、下衆が。」

 

 風が一閃、ハンターの手首がボトリと落ちる。男がそれを認識する次の瞬間にはレミリアの手刀が男の首を捉えていた。そして男の意識が、命が途絶える。

 

 

 

 

 

 パンッとレミリアの平手がカルラを打った。

 

「一人で突っ走るからこんなことになるのよ。せめて私を巻き込んで転移してくれればこんな事にならなかったのに。姉の意見はしっかり聞くものよ。もう馬鹿なことはしないで頂戴っ。ううっ・・・!」

 

 カルラの脇腹に魔力を流しつつ応急処置を施していく。最初は、姉としての威厳か淡々としていたが最後のほうは涙交じりだった。

 

「ごめんね、レミリア。でもレミリアもお腹減ってそうだったし、美味しいものを食べてほしかった、の・・・・・」

 

 カルラは意識も絶え絶えになりながら言葉を紡ぐ。

 

「本当にごめんなさいね?レミリア。」

「そんなことで・・・その気持ちはありがたいけど、あなたが怪我してるなら本末転倒じゃない・・・。私は、あなたを失いたくないのよ・・・。」

「ありがとう。こんな・・・」

 

 私に生きる理由を確かめさせてくれて、そう続けようとしたがカルラの意識は持たなかった。レミリアは一瞬焦ったが疲労と痛みによる失神のようで、命に別状はない。  そのことにホッとするが、 

 

「なにを言おうとしてたのかしら?」

 

 周りが騒がしくなる。轟音を聞きつけ周囲の住民が駆けつけてきたのだ。

 レミリアは鬱陶しそうな顔をすると、妹とハンターを抱えあげ自身が開けた巨大な縦穴から飛び出し、館の方向へ向かった。

 

 

 空が白み、吸血鬼の時間は終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 この後、カルラには外出禁止令が出た。だが「お外恐い」状態になったカルラは外に出ようとすることはなく、引き籠り(ニート)生活が再開することとなる。 

 

 

 

 

 

 



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妹が生まれた

少し遅れましたが今後もこんな感じです。


 フランドール・スカーレット、それが今度生まれてくる私の妹の名前だ。フランドールは呼びにくいから愛称はフランだろうか。

 前世で兄弟や姉妹に縁がなかったせいか、ついこの前テンションが上がりすぎて痛い目を見たばかりだというのに、またなんか昂ぶってきた。さすがにもう外に出ようとは思わない。だがなにかしたい。

 そうだ、フランのためになにかしよう。しかし具体的な案が思いつかない。レミリアにでも相談してみようか。生れたときから女の彼女になら解ることもあるだろう。

 

 

 

「というわけで何か良い考えない?」

 

 ここは姉の自室。余談だが私達には一人一部屋が割り当てられていてそれでもまだ余分な部屋があるというのだから紅魔館のデカさがよくわかる。因みに客間や家族の部屋は2階に集中している。

 

「そうねぇ・・・・・・・・・・。」

 

一分、二分と時間だけが過ぎていく。・・・長くないか?まさか・・・いやそんなことが・・・

 

「・・・・・・なにも思いつかないの?」

「いや!なにも思いつかないわけじゃないけど、なんかこう具体的なのが浮かばないというか・・・」

「はぁ・・・」

「あなたもなにも思いついてないでしょうに・・・」

 

 めっちゃ悩む。子供向けにおもちゃとかだろうか?それとも服とかのほうがいいだろうか。いやでもサイズがころころ変わってしまうと長く持たない。せっかくプレゼントするなら長く使ってほしい。

 

「靴とかは?」

「却下。」

「酷っ!」

 

 足のサイズなど真っ先に変わってしまう代表格ではないか。再び長考。そうだ、食べ物とかはどうだろう。いや、生後間もないとなればまだ母乳の時期、そのあとは離乳食とまともなものを食べれるのはまだまだ先だ。

 

「ワ、ワインよ!よく贈り物に使うし!」

「却下!」

 

 反射的に頭を引っ叩く。なんかこっちを泣きそうな顔で見てくる馬鹿が見えるが知ったことじゃない。なに幼児にアルコール飲まそうとしているんだろう。正気を疑う。

 

「手作りの遊具とかどう?」

「いいんじゃない?大きめに作れば長く使えるし。さすがレミリアだね。セカイイチー」

「ま、これが姉ってもんよ!」

 

 レミリアチョロすぎ。最後のドヤ顔めっちゃうざかったけど。

 

「遊具って言っても何にする?」

「それには考えがあるわ!」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 なんとか間に合わせることができた。なにをつくったかというと木の枝に縄を二つ垂らし、そこに丸太を取り付けたいわば、簡易式ブランコである。まあ小さいうちはあまり使うことはないだろうが、かなりの間使えるよう丈夫に作ってある。途中で作るのが面倒になって、魔法でどうにかできないかと言われたがこういうのは手作りが良い。真心や想い、苦労を込めることができる。フランがこれに乗って遊んでくれるのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 父の言いつけにより母の出産に立ち会うことはできなかたったが、無事に出産を終えることができたようだ。ようだ、というのはまだ妹の姿を見ていないからで生れたというのも、この館に務めている執事から聞いたに過ぎない。

 そんな訳で今はレミリアと一緒にフランのもとに向かっている。

 

「レミリア!早く早く!」

「カルラおおお、お落ち着きなさい!しゅ、淑女たるもの常に向上心を持って生活するべきよ!」

「向上心持ってどうするの・・・」

 

 せめて平常心を持とう。

 

 

「ここね・・・」「ついたわね・・・」

 

 落ち着いて、深呼吸・・・

 

「「せーのっ!」」

 

 ドアを開けると最初に目に飛び込んできたのは、椅子に腰かける母の背中とその脇のあたりから飛び出している宝石だ。

 母は私達が入ってきたのが分かったのか体をこちらに向けた。

 

「フラン、あなたのお姉さんが来たわよ。」

 

 思わず私達は息を呑んだ。驚きと美しさで、だ。本来吸血鬼には蝙蝠に近い翼がが生えてくるはずだ。はずというのは、知っている吸血鬼が家族内でしかないからなのだが、それでもそれほど間違ってはいないだろう。私のも灰色ではあるが、例にもれず蝙蝠型だ。

 しかしフランの翼は一言で言うと異形だ。申し訳程度に翼手があり、本来あるべき皮膜が無くその代わりに八色の宝石のような羽がある。すごく・・・・・綺麗です。

 

「綺麗な羽ね・・・・・」

「そうでしょう。」

 

 母は膝の上で寝ているフランの髪をなでながら続ける。

 

「でも・・・・・・・・良くないのよ。この羽。」

「?どういうこと?」

 

 

 

 

『持ち主に狂気を宿すのよ』

 

 

 

 

「狂気といっても一時的に情緒不安定になったり破壊衝動に駆られるだけなんだけどね。病気の性質としては、文字通り時間が解決する類のものね。だから治らないわけじゃないの。年をとるごとに狂気の頻度は低下していって最終的にはなくなるのよ。無くなるのは七、八百年後かしらね・・・。だけど幼いうちはかなりの頻度で症状が表われるから、私の能力を使って精神的な面をカバーしてるわ。でもいつ狂気になるかわからないからある程度頻度が落ちるまで付きっきりね。・・・そんな顔しないの。あなたたちの妹でしょう。できる限り会って負担を減らしてあげて。」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 母の話を聞いて酷く怒った。なぜフランだけがそんな不憫な病気を患って生れてこなければならなかったのかと。自分だったらよかったのにとも思った。おそらくそれは、レミリアも同じだったことだろう。しかしそんなことを嘆いても仕方ない。今はどうやって狂気による負担を減らすかだ。

 

「私は、能力を使ってフランの狂気が完治するのを早めるわ。」

 

レミリアが意を決したように宣言するのを聞きながら私には何ができるかを考えた。しかし私の能力はレミリアのような妹を救う使い方はできない。結局、

 

「私は・・・私はフランのそばに居続けるり」

 

これぐらいしかできない。

 

「そう、あなたたちフランドールをお願いね。」

 

これほどまでに自分の無力さを呪ったことはない。妹がこれから先苦しみ続けるのが解っていながら何もすることができない。せいぜいが一緒にいてあげられる程度のことだ。妹がこんなに不幸な境遇でこれから生きていかなくてはいけないことが許せない。私の妹は、私の生きがいと同義だ。私の姉も、私の生きがいと同義だ。彼女らに降りかかる災厄は私が振り払い、代わりに被ることも厭わない。

 

 

 



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遊びは本気で

追記
フランの能力名が間違っていたので直しました


 フランが生れて早4年が経つ。狂気の頻度は確かに収まりつつあるがどうにもおかしい。

フランの狂気が収まるのは七、八百年後だったはずだが、狂気の運命をみると短くなっているのだ。具体的には、100年ほど縮まり、つまり650年ほどになっている。

狂気に関して載っていた文献が1200年ほど前のことだったし、誤差の範囲だろうか。両親に相談してみても二人ともあまり気にしてないようだった。まあ長くなったわけではないので当然だろう。

 

 そんなことより重大なことがある。母の体調が明らかに悪くなってきていることだ。仕方のないことなのだろう。フランの狂気は頻度が落ちているとはいえ、不確定要素が多く気が抜けないため、ほとんど母が付きっきりで能力をいつでも使えるよう注意を張り巡らしていなければならない。

 集中力を常に削られているうえ、3日に一度能力を使いフランの精神を安定させなければならない。これでも最初の1日に一回よりマシになっている。そんなこんなで4年間も身体を酷使し続けていたせいか最近は寝込むことも多い。父は最近まで忙しかったらしいが、ときどき母を休ませ代わりに狂気と正気の均衡を保つことによりフランを抑え込んでいる。

 

 二人のことを直接手助けできない私は能力によって間接的に手助けをしている。フランの狂気の頻度を意図的に下げているのだ。

 私の能力は基本的に相手の運命を弄ることにある。しかしその能力を応用すると、ある運命を見たことによってもう訪れることのない未来ができあがる。そうやって運命を一つずつ潰していくことにより自分の望んだ運命へと持っていくことができる。

 

 バタフライエフェクトという言葉を知っているだろうか。蝶の羽ばたきによって竜巻を起こすことが可能かどうかという講演で用いられたのが起源と言われている。

本来は蝶の羽ばたきにあたるものを初期値鋭敏性としたり、他にもカオス理論やら力学系やら小難しい用語を交えながら話すのだが何分意味が解らないの一言に尽きる。こんな本がたくさん置いてある部屋に何日もこもるなんてカルラはどうかしていると思う。でも一心不乱に目の前にある本を読みふける姿もなんだかそそるものが・・・・・じゃなくて話を戻そう。

 要約すると、未来の事象に現在の時点で、ほんの少しの偶然を紛れ込ませることにより起こる影響を肥大化させてしまうことを言う。つまり今この時点から未来に干渉することができるというわけだ。

 まあ実際は、バタフライエフェクトなるものを定義することはできても結果を想定することが限りなく不可能に近いため、実用性のあるものではないと著者を含む学者達は諦めていた。一応確率的には10の-50乗あたりで予測することも可能なのだが寿命がある人間がやるにはあまりにも遠すぎる確率と言えるだろう。

 

 しかし私の持つ能力はその結果をはじき出すことをいとも簡単にやってのける。簡単とは言ったが何分運命というものとは複雑怪奇なものでそれを操るというのはいかなる能力を持ってしても難しい。

だが、()()()()私は吸血鬼だ。不死に近い生命力と壊れにくい頑丈な肉体を併せ持っている。おかげで実験じみたこともし放題だ。長年の、といっても十数年だが、練習のおかげで数年先の運命なら8割ほどのバタフライエフェクトを予測できる。ただ勘違いしないでほしいのは、他者による運命への介入があった場合私にはどうすることもできない。

 悪魔が運命を操る等々いいながらこういうことを言うのは滑稽だとわかっているが敢えて言わせてほしい。

 

その時は『神のみぞ知る』と。

 

 

 

 

 ということで今夜も小さな歪み(バタフライエフェクト)を起こすべくフランを図書館に連れ出すことのできるよう、父と交渉している。

 

「昨日、アレが出たことはもう知っているわ。最近フランとも遊べてないし・・・・・お願い?」

 

 ポイントはこういうお願いは上目づかいで頼むことだ。私の経験上これをするだけで2割は成功率が違う。

 

「・・・ぐっ、いや、しかし・・・」

 

 父はフランを目の届かないところにいるのが不安らしい。フランの能力である『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は確かに危険だが、狂気でなければ滅多なことで使おうとしない。そんなに不安なら一緒に遊べばいいと思うのだがそれはそれでだめらしい。よくわからない。

 

「私もフランと遊びたいな。」

 

と声がしたほうを見るとちょうどカルラが部屋に入ってきたところだった。いままでどこにいっていたのだろうか。疑問符を浮かべる私をみて指で地下を指し示す。ああ、図書館にいたのか。

 

「まあ、そこまで言うならいいだろう。少しでも兆候が見えたらすぐに呼ぶんだぞ。」

 

 一瞬複雑な顔を浮かべた後、許可を出してくれた。フランが生れてからというもの父はカルラに優しくなった。娘が一人増えたことにより甘くなったのだろうか。

 

「ありがとう!」

 

 なんだあの笑顔、天使かよ。悪魔なのに天使とはこれいかに。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「今日はなにして遊ぶ?」

「レミリアお姉さま、前回の続きのチェスやろチェス。」

「本とか読みましょうか、なんの本がいい?」

「チェ「かかかかくれんぼとかどうよほら体動かさなきゃ。」

「はあ・・・・・」

 

 これみよがしにため息をつくカルラ。チェスをしろとせがむフラン。

 私達は今図書館にいる。フランとの遊び場としてはこの図書館だけが唯一許されている。理由としては地下にあるのでそれなりに騒いでも大丈夫な点や、広さが十分な点が挙げられる。

 

 先ほどの会話は前回フランと遊んだときにチェスをやったのだが、その時にハンデをつけようとカルラとフランの共闘を認めてしまったのだ。カルラがチェスをやってるのを見たことが無かったので大丈夫だろうと思ったのが運の尽き、瞬く間に追い詰められ、キングが一人で逃げ回るだけになってしまった。

 因みに罰ゲームが設定されており、その内容は極悪非道なものだった。

勝者が敗者にプリンを上げなければならないのだ。三連プリンの悪夢は去ったのではなかったか。あの血で血を拭う戦いは三姉妹になったことで伝説になったのではなかったのか。

 

 大げさに語ってみたが所詮遊びの延長線上でしかない、本当にガチでやるなら能力を最初から使っていた。遊びに能力を持ち込むなんて馬鹿げている。

 わかってはいるのだが、もしかしたら、もしかしたら今からでも逆転できる奇跡の一手があるのではないか。そんな希望が捨てきれない。・・・ちょっとだけなら・・・えいっ。

 

『諦めるが吉』

 

 そっと泣いた。

 

 

 

 

 

 レミリアがプリンであそこまで真剣になったことに驚愕する今日この頃。もう涙目なんだけど・・・

 私は将棋が得意だったようで似たようなルールのチェスならすぐに理解できた。というかフランがルールの把握から応用まですぐにできて頭良すぎぃ。お姉ちゃんは嬉しいよ。

 

 この後 プリンを1.5人分食べれた。

 レミリアがもの欲しそうにこちらを見つめてきたが、慈悲はない。

 



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新しい住人

今回いつもに比べてかなり長いです。
次回から通常に戻るかと。


 妹が姉に勝つ、という状況を姉は喜ばしいと感じるべきだろうか?

 

 妹としては嬉しいことだろうが、姉にとっては由々しき問題だ。その心情は年上としてのプライドからくるものもあれば、嫉妬心からくることもあるだろう。

 しかしまだ才能や先天的な面だったら良かったかもしれないが、技術的なものだったらその焦燥感は増幅されるに違いない。

 

 というわけで私、カルラ・スカーレットは絶賛大ピンチである。

 

 フランが8年という短い年月の中でもう追いついてきて、追い抜く直前でもある。それは、妖力然り、魔力であったりカリスマ性だったりする。それが私の成長の遅さ故か、フランの才能故かは知る由もないわけだが、おそらく前者6割後者4割だろう。そうでなければ姉との差の説明がつかない。逆に考えるんだ、伸び代があると。

 

 フランに抜かされることについて考えると、喜ばしいと思う反面、焦りとほんの少しの劣等感に嫉妬がごちゃ混ぜになった複雑な感情になる。

 以前、レミリアに勉学で抜かされそうになった時に似たような感情を抱いたが、その時は同い年であることや、吸血鬼故のスペックの高さということで抑えることができた。しかし10歳差の妹に抜かされると思うと精神的に来るものがある。

 よって、多少小賢しいができることを増やしてその一点を極めることにした。

 それは古代から東洋から西洋まで幅広くに伝わる古典的技術、『体術』だ。

 

 

 妖力もさることながら、魔力も悪魔の中ではかなりの上位に食い込む種族である吸血鬼は基本的に体術を使うことはない。私がこの18年間の中で見たことがあるのは、簡単な受け身と首トンぐらいなものだ。その首トンもものにするまでに何人の被検体がでたかは両手を超えたあたりから面倒くさくなって数えていないと研究者(レミリア)は語る。

 つまり何が言いたいかと言うと、吸血鬼という種族はハイスペックな肉体を元から持ち合わせているため小手先の技術など必要ないのだ。

 しかしそのハイスぺクタブルな肉体を持っているとは思えないほど病弱な私は、力にものを言わせた脳筋戦法など到底とれないため、小手先の技術を駆使してこの先生きていかなければならない。

 幸いにも図書館には古今東西の情報が揃っている。資料に事欠くことは多分ないだろう。

 

 さあ、特訓の時間だ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 体術と一口にいってもいろいろあるが、まあ私の元母国にのっとり柔道やら剣術にしようと思う。病弱と言っても吸血鬼である以上、身体能力はそこらへんの人間や妖怪よりずっと高い。それを活かそうとすると先に挙げた柔道や剣術は相性がよく、立ち回りも大きく増やすことができる。

 しかし自分の今の母国であるルーマニア――たぶん東ヨーロッパあたり――ではやはりというべきか、参考となる書籍がほかのジャンルに比べて圧倒的に少ない。

 前世で多少かじっていたとはいえ、教科書がないとすぐ手詰まりになる。いや正確にはほぼ手詰まりだ。一握りの天才と呼ばれる者達は、柔軟な発想や、並はずれた適応力によってすぐに均衡を崩し、世界の知識や常識を形作っていくことだろう。

 しかしその天才達の領域に常人が介入できる余地はなくただ天才達の軌跡をたどることしかできない。

 

 まあ、何が言いたいかというと私はその数多い凡人のうちの一人だということだ。

 よって今持っている雀の涙ほどの知識量ではできることは限られている。そんな中で効率よく学ぶためにはどうすればいいかというと実践を通して体で覚えるのが一番だと思う。妖力を扱う練習をした時もそうだが、私は頭を使って理知的に考えるのではなく感覚でやるほうが難しくなくてとてもやりやすい。

 

「ああ・・・どこかにいい遊び相手(被検体)はいないかなぁ(チラッチラッ」

 

 通りがかった使用人たちにこれ見よがしに呟きながら視線を投げかけるとすごい勢いで逃げられた。

 彼らの気持ちはわからんでもない。そりゃ私だって格上の魔族相手に「オイオイ遊ぼうぜヘイヘイ」とか言われたら一目散に逃げ出すが、こっちはしっかり節度をわきまえた『遊び』をしようと言っているのだから少しぐらい考えてくれてもいいじゃないか。解せぬ。

 

 しょうがない。この手段は一番使いたくなかったから奥の奥の奥の手ぐらいに考えていたんだけどな。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 なんか図書館から不穏な気配がする。

 

 次期当主としての仕事の一環として数ヶ月前から財政管理を父に任されていた私は、執務室にて父と紅魔館の収入源について話し合っていた。

 余談だが、紅魔館はいかに有名な血筋であるスカーレット家が住んでいるからと言ってそこら辺から生活費が湧いてくるわけではない。主な収入源は周辺の妖怪からの契約金だ。契約金と言っても外部からの敵の侵攻を防ぐだとか、緊急時は紅魔館内に匿うとかする代わりに紅魔館側に払う保護費に近い。

 しかし名前が知れ渡っているというのは、大きな抑止力にもなりうると同時に討伐して名を売ろうと強者が集まりやすいという両面を持ち合わせているわけだが、それは紅魔館内にいてもその周囲に住んでいようと同じ事のため、それなら比較的安全な紅魔館内にしようと考える輩が多い。

 だが最近はめっきり敵襲が減って契約の解約をしたいと申し出る妖怪が増えてきた。おおかた戦っているのを見たことが無いから名声だけだと思われたのだろう。

 残念なことにそれを迂闊にも口に出してしまった勇者(愚者)は次の日には肉片と化して食卓に並んでいたが。骨周りの肉が結構イケた。

 閑話休題。

 

 双子としてのシンパシーみたいなものだろうか。カルラが図書館でまた何かやらかそうしているのだろう。一応この館の運命を軽く見てみたが、特に変化はない。前回は急に釣りがしたくなったと言って、図書館を半分ぐらい釣り堀にして父に大目玉をくらっていた。そんなに釣りがしたきゃ海でも湖でも行ってくればいいと思うのだが引き籠りには辛いらしい。転移魔法は使うのが面倒とかいってたし、結局出不精なだけなのだろう。

 それを踏まえて今回は穏便に事が終るように祈ろう。 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「よし、こんなもんでしょ」

 

 図書館にあるテーブルがすべて端に寄せると、大きな空間ができた。

 そしてポケットから能力を使って錬成したチョークを取り出し、大きな魔法陣の元となる円を描く。

 本来ならばこのチョークは魔術的意味を持たせるために死霊や自分の一部分を媒体に、そこそこ長い時間を掛けて作っていくのだが、この世にも不思議な能力を使うと一瞬でできてしまう。

 正直、今までで五本の指に入るくらいに能力持ってて良かったなーと実感できた使い方だと思う。

 

 因みに何の魔法陣を描いているかというと、召喚魔法というやつだ。

 紅魔館の使用人たちに逃げられた私の最終手段とは、召喚魔法で魔界から適当な悪魔を召喚し遊び相手(実験体)になってもらうのだ。協力を請えばレミリアやフランは喜んでやってくれるだろうが、万が一にも怪我なんてさせてしまったら目も当てられない。

 

 魔道書を片手に手早く書き写していく。

 しかし魔法陣を描くのに手慣れていないせいかかなり手間取ってしまう。

 現在この家には、私以上に魔法に精通している者がいない。この魔道書も父の収集品のひとつだ。というか今いるよ図書館にある蔵書すべてが父が趣味で集めたものだ。だからたまに『探偵の極意』とか『ペットを飼うときに気をつけること』とかジャンルに統一性が無いものが多い。・・・へ?『ソニックブームの作り方』なんてあるんだけど。・・・まあ気にしても仕方ないよね。

 

 思わず作業していた手を止めてしまったが、すぐに再開する。

 だが思うように作業が進まない。

 

「やっぱり、魔法を教えてくれる人がいるといいなぁ。レミリアにお願いして何とかならないかな?」

 

 数十分後、やっと出来上がったのは多少歪んで見えなくもない魔法陣だった。

 本当ならここに媒体を置いて等価交換と似たような形で行われるのだが、あまりに呼び出す対象が格下だとその過程さえ省くことができる。

 

「・・・これで本当に呼べるのかなぁ?」

 

 かろうじて魔法陣として成り立っているのを見るとどうしても不安になってくる。

 

「・・・・・・・なんとかなるでしょ。・・・ふぅ、すうぅ・・はあぁぁー」

 

 心を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。

 魔法を上手く扱うには、その時の精神状態が深く関係している。正確には術者自身の魔力の流れが安定しているかどうかなのだが。

 

 吸血鬼を筆頭とした妖怪は、体が恐ろしく丈夫な代わりに精神面が非常に脆い。それは妖怪が恐怖や畏れを糧として存在できていることに起因する。妖怪は畏れが無くなったり存在が忘れ去られたりすると、最悪消えてしまう。そんな妖怪を救う桃源郷が存在するのだがそれはまた別の話。

 

 呼吸を整えるとゆっくりと丁寧に魔法陣全体に魔力を流し込む。

 すると外側から光り始め、徐々に内部に向かって進んでいく。最低限の魔力は流し終えたので少し離れて観察する。

次の瞬間、図書館全体に閃光が走り思わず目をつぶった。

そして恐る恐る目を開けると人型のシルエットが朧気ながら見えてきた。

 

「うぷっ・・・吐きそう・・・誰ですかこんな魔法陣作った人は!なんか途中すごいグワングワンして気持ち悪いんですけど!」

 

 なんかめっちゃ怒られたんだけど・・・まあこっちがまともな魔法陣描かなかったのが悪いわけだしちゃんと謝らなきゃね。

 

「ごめんね、初めて描いてみたから・・・」

「ビクウッ!!・・・・・・」

 

 あれ?なんか固まってるけどどうしたのかな?・・・もしかして私がいることに気づいてなかったとか。いや、まさか、だって魔法陣が発動したからには術者も近くにいるにきまってるし・・・あ、すごい勢いで赤くなっていってるんだけど、これは確定だね。

 

「あ・・・えっと、んん゛っ、あーっと」

 

 少し待っていてあげよう。気持ちの整理とかも必要だろうし。

 

「コホン!お招きにあずかり光栄です。私は名もなき小悪魔と言います。」

「・・・『名もなき』が名字?」

「なんでそうなるんですかっ!小悪魔という種族の名前が無い一魔族です。」

 

 なんかまた怒られた。それはそうとこの小悪魔・・・・・弄るの楽しい。

 

「いやーなんにせよ助かりましたよー。最近めっきり契約が無くて困ってたところなんです。かれこれ二、三十年契約なしで過ごしてきましたからねー、餓死することはないにしたって空腹は堪えるものですねぇ。

 して何年契約にします?数年ですか?数十年ですか?もしかして数百年単位で!?いやもういっそのこと永遠に一緒になって愛を築くというのはいかがでしょう?いやー夢が広がりますねーーあははははっ」

「一年で」

「了解しました一年ですね!変えないで下さいよ!一年だってやったね一年だよい・・ち・・・・・ね?」

 

 転移魔法を利用して騒音を軽減しておこう。この後どでかいのが来ると私の勘が訴えてくる。

 ・・・ほらきた。

 

「ええーーーーーっ!?一年ですか一年なんですか一千年じゃないんですか!?やっと久しぶりの契約にこぎつけたってのに酷すぎやしませんか!?私はこう見えてもしっかり小悪魔やっているわけで家事から猟の真似ごとまでやれる範囲だったら何でもやりますよ!まかせてくださいこうみえても腕っ節には自信が・・・・・・・・」

 

 さすがに長すぎるので完全に遮断してしまおう。その間にこの口やかましい悪魔について少し考えよう。

 名前は・・・まあここには他に小悪魔という種族はいないし小悪魔と呼ぼう。

 さて、魔力はどれぐらい保有しているのかな・・・うん、少ないね。中級魔の下ぐらいかな。

 余談だが、この『対象を同格にする程度の能力』を利用すると相手の強さを見れるスカウターもどきなことができる。相手に魔力を流し『同格』にすると自分より上なら力がこちら側に流れてくる感覚、下なら奪われる感覚を僅かに感じることができる。しかも流れるのは微量なので相手に気づかれる心配もたぶんない。たぶん。

 閑話休題。

 

「はぁっ、はぁっ、聞いてました!?」

「すごい聞いてた、それはもう真剣に。ご飯の時間と寝床でしょ。後でまとめて説明するよ。」

「全然聞いてないじゃないですか!」

 

 ナイスツッコミ。いや、そんな才能はいらない。

 

「まぁいいです。」

「いいんだ・・・」

「良くはないですけどね。」

 

さいですか。

 

「とりあえずなんで一年しかダメなんですか?契約云々はそのあとです。」

 

 うーん、成り行きで契約までもっていきたかったんだけどさすがに無理か。

 

「まず前提としてあなたは強くないでしょ?」

「・・・っぐぅ、まあはい強くないです弱いですけど何か?」

「開き直られても・・・それで私の能力であなたを強化しないとすぐ死ぬでしょ?それで能力を多用するのは疲れるから・・・・・」

「死っ!?ちょちょちょちょっと待ってください、いまさらひじょーーに聞きたくないですがなにをさせるつもりで呼んだんですか!?」

遊び相手(被検体)だけど?」

 

 その瞬間小悪魔は思い出した。数年前の噂を。

 

「吸血鬼・・・遊び相手・・・バラバラ・・・調理・・・」

 

 思い出してしまった。その凄惨な現場を想像し、その災厄が自分にも降りかかることを危惧すると不思議と意識が遠のいていき、深い闇の底へ落ちていく。あ、これは死んだな。と意識を失う直前に思った。

 

「だ、大丈夫?体に負担がかかりすぎたのかな・・・」

 

 とりあえずソファーの上に寝かそうと転移魔法を使おうとするができない。どうやら魔力切れのようだ。

 と、そこへ図書館の扉が開きフランとフランに引きずられるようにレミリアが入ってきた。

 

「あそびにきた・・・・・・・よ?」「今回は特にやらかさなかった・・・・・・・わね?」

「ちょうどよかった、ちょっと小悪魔を運ぶのを・・・」

 

 協力を要請しようとしたら、二人は茫然としたまま固まってしまった。そして次にフランは嬉々とした表情を、レミリアは動揺した表情を浮かべる。

 

「あぁ、この子は「逢引ね!?逢引ってやつなのね!?」

「ちょっと話を聞い「私こんなの初めてだからどう反応したらいいのか分からないんだけど・・・姉離れは突然やってくるものなのね・・・・・・グスッ」

「いやだから違っ「パーティよパーティ!その時お父様にも紹介して許可をもらおう!」

「なんの許可よ!」「私は姉として恥じないスピーチを考えてやるわ!」

 

 こいつら・・・人の話を・・・聞けっ!

 

「神具『ミョルニ「「ごめんなさい」」

 

 

~~少女説明中~~

 

 

「なるほど、だいたい経緯はわかったわ。前回の釣り堀よりはマシになったわね。・・・たぶん。」

「あれは嫌な事件だったね・・・」「主犯が何言ってるのよ・・・」

 

 なんとか事情を説明し、なんとか落ち着いた。

 というか誤解を解くためにハッスルしすぎたせいかとてつもなく体が重い。

 

「小悪魔がかわい過ぎて変になりそうー、ふふっ、ふふふっ」

 

 ソファーでは現代で成人男性がやったら通報まっしぐらな笑みを浮かべ、フランが小悪魔のほっぺをプニプニしてる。

 しかしあれは危ない。なにが危ないかというとあの微笑ましい光景は見ているだけでこっちも危ない笑顔にしてしまうのだ。一度現代社会を経験している身としては――もう性別も憶えていないが――この顔で外を出歩くのには抵抗を感じるのだ。

 体もだるいし一回寝て頭をすっきりさせよう。

 

「ちょっと疲れたから寝てくるねー」

「・・・そう、小悪魔とフランは見ておくからちゃんと休んできなさい。」

「りょーかーい」

 

 部屋へ向かおうと数歩歩いたところで眩暈がした。視界が大きく揺れる。またこれだ。最近よくこういう症状がでる。自分で思ってる以上に疲れてるのかもしれない。また数歩歩くとさっきより大きく視界が揺れる。これはマズイ・・・と思った瞬間誰かに抱きとめられた。

 

「ちょっと!本当に大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、眩暈がしただけだって。」

 

 私を抱きとめてくれたのはレミリアだった。心配そうにこちらを覗き込んでくる。いつもならここでめっちゃかわいいhshsとか思うんだろうがそんな余裕はない。

 

「そこで横になってなさい。」「いや、本当に大丈「いいから。顔色も悪いわよ?」

「・・・わかった。」

 

 小悪魔とは別のソファーまで運んでもらった。

 横になると急に睡魔が襲ってきて、そこで意識は途切れた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 うーん、気を失っていたらしい。なんか大事なことを忘れているような・・・

 

「あ、お姉さま起きたよ!」「フラン、あまり大きな声は寝起きには良くないわ。」

 

 知らない人の声が聞こえる。会話からして姉妹かな?

 ゆっくりと目をあける。

 

「やっほー!私ここに住んでいる末っ子のフランドールって言うの。フランって呼んでね。よろしくね『こあ』!」

 

 『こあ』?小悪魔からとったあだ名だろうか?あだ名をつけられるのは初めてなので嬉しい。

 

「『こあ』って・・・あぁ、私はフランの姉で長女をやってるレミリアよ。よろしく。」

「よ、よろしくお願いします。」

 

 レミリアさんは気品にあふれた立ち振る舞いなのに対し、フランさんはなんというか天心万蘭な感じだ。

 視界がはっきりしてくる。なんだ?あの宝石みたいなの、翼の一部かな?フランさんの背中から伸びてる・・・。レミリアさんは見たことある蝙蝠っぽい翼だ。あんな翼が生えてる妖怪を私は一つしか知らない。でも・・・まさか・・・。記憶がはっきりしてくる。

 

「ねぇこあー。ちょっとだけ血吸ってみて良い?」

 

 ・・・思い出した。私今から殺されるんだあばばばばばば

 というか吸血鬼が三人に増えてるあばば三等分かな?ハハッ私はどこも美味しくないですよー。

 また意識が遠のいていく・・・・・・・・・・・

 

 

 新しい住人の苦悩はまだ始まったばっかりだ。

 




小悪魔登場回です。
私は紅魔館組ではレミリア、フラン、小悪魔が特に好きです。優劣はありません。


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悪魔は悪魔らしく

 視点が目まぐるしく変わったり、展開が急すぎたりするかもしれませんがご了承ください。

 あと諸事情により次回から投稿が大幅に遅れる可能性があります。


――――日が沈む夕暮れ時、私はまだ微睡みの中にいた。

 

 吸血鬼ならば本来この時間帯に起床し、朝日が昇り夜明けを迎えるころに床に就く。それは吸血鬼が太陽を苦手とする以上仕方のないことだ。他にも銀性のものや、流水など弱点が多い種族であるわけだが、今はあまり関係ない。

 この時間帯は僅かに日が当たる程度なのだが当たっていることに変わりはないので、皮膚がちりちり痛む。それゆえあまり外に出ない。

 しかし出れない、ではなく出ない、なので出れなくはないということだ。上げ足を取っているようだが、ようするに私はこの時間帯の外が好きでよく外に出ている。

 

「ふあ~あっ、んんっ。」

 

 大きく伸びをし、閉じそうになる瞼を気合いでこじ開けながら、バルコニーへと向かう。

 茜色の光がバルコニーへ続くドアから差し込んでいる。意識がはっきりしている時ならこんなにスムーズに太陽の下に身をさらすこともないだろうが、いまは半分ぐらい寝ぼけている。ちりちりと肌に刺す痛みは眠気覚ましにもちょうどいいだろう。

 

 バルコニーの椅子に腰かけながらしばらくぼーっとしている。プスプス・・・

 いやぁこの気温はどの季節でも趣を感じることができる。今は冬だから昼間のうちにあったかくなった地面からの熱気と、そこに吹く木枯らしが合わさり哀愁漂う雰囲気を作り出している。プスプス・・・

 夏になれば蒸し暑いほどの気温が日中との落差によって涼しく感じることができる。

 秋は程よく涼しくなった所に虫たちのコーラスが耳に心地いい。プスプス・・・

 なんだか焼き芋のような焦げ臭さや煙までもが感じられる気がする。ふっ・・・想像力によって五大感覚まで再現できるとはね・・・我ながら自分の妄想力が恐くなる・・・。プスプス・・・

 

「痛いっ!痛っいててててっ!」

 

 やばい!すごい痛い!体中が焼けるように痛い!あばばば死ぬ死ぬっ・・・

 バルコニーから自室に転がり込み、ベッドにダイビングすることによって事なきを得る。

 この一連の流れが最近のマイブームである。

 

誤解しないでほしいのだが、私は決してそういう被虐的な趣味があるわけではない。

 これは一種の訓練なのだ。私は吸血鬼としては何故か病弱なので先に挙げたとおり、夕暮れでも焼けてしまうのだがレミリアやフランといった健康体かつ上位に位置する個体はある程度体質そのものを緩和できる。

 正直言って羨ましい。私が夕焼けを見るのに一苦労しているのに、彼女達は平気で過ごせるのだ。日傘を使えばいいとも思ったが夕日に日傘というのもどうかと思ったし、そういう即物的な解決ではないのだ。完全な自論だが、地道な努力で苦難を乗り越えていくのが正道というものだと思う。

 

 という考えから比較的被害の少ない夕日から攻略していこうと思ったのだが、いかんせん勇気が出ない。努力で解決するという脳筋コースを選んだはいいものの痛い時は痛いし、痛いのを我慢しながら耐え続けるという脳筋仙人道まっしぐらというのも勘弁してもらいたい。

 よって私が選んだのは、起きがけの寝ぼけて正常な判断ができないときにやってしまおうという、逃げ腰ながらも相手のストレートをもらいに行くような良く分からない方法だった。

 

 なお、三か月たっても効果は表れない模様。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 私が新しい主人と契約してから早五ヶ月が過ぎた。

 今となっては、契約の時のゴタゴタも懐かしい笑い話に・・・・・・・ならないんだなぁこれが。

 

 あの時私が二度の気絶を経て起き上がると待っていたのは、明らかな作り笑顔を浮かべた召喚者だった。

 なんとあんな聞くのもおぞましい業務内容を話した後に、契約しろというのだ。

 当然断った。誰だって命は惜しい。すると奴はさっきの笑顔が天使の微笑に見えるレベルの―――例えるなら捕食者に向けるような―――凶暴な笑みを浮かべた。

 

「ちょっと、自分の立場を理解して言ってるの?拒否権なんてものはあなたにはないんだよ。」

「どういうことです?いかにあなたが魔族の上位に君臨する吸血鬼だとしても、魔界に帰ることぐらい一瞬でできますよ。」

「ならどうしてしないの?」

「そりゃ多少なりとも呼んでもらった縁として筋を通してからにしようと・・・」

 

 一瞬その凶暴な笑みが固まり、驚いた表情を浮かべる。

 失礼な、こちらだってだてに50年近くも悪魔やってませんよ。世渡りの術はしっかりと身につけているんです。一瞬でも主人になりかけた人を無視して帰るなんてことはあれです、無礼千万とかというやつです。

 こちらが、気分を害したことが伝わると、

 

「ごめん、私が悪かった。魔界の住人なんて礼儀も知らないやつばっかりだと思っていたから・・・」

 

 かなり驚いた。あのプライドの高い吸血鬼が謝ることがあるなんて、と。

 いや、それこそ種族に対する偏見だ。あちらが魔界に良いイメージを持っていなかったのと同様に私の中の吸血鬼の先入観がこんな事を思ってしまう原因なのだろう。

 

「あぁ、それと、先に言っておくとあなた一人じゃ帰れないよ?」

「へ?」

「ここの図書館は特殊な防護魔術を全体に張っていてね、外部からの魔術的干渉は術者によるもの以外受け付けないようになっているから。そのほかにも防音から対衝撃まで兼ね備えているお父様が作った中でも自信作って言ってたよ」

「お父様って誰です?」

「誰って・・・私の生みの親?名前はスカーレット・ベネツィエフルだったかな。」

「スカーレット・ベネツィエフル?・・・・・・・ッ!」

 

 背筋が凍るような感覚を覚える。

 まさかここは、この場所は、()()()()()()()()()だというのか。つくづく自分の運の悪さを思い知らされる。

 

 

 ―――――スカーレット家は吸血鬼(ヴァンパイア)の名家として名高く知られている。それは吸血鬼の起源であるとされるヴラド・ツェペシュ公の末裔と噂されるのも一因だが実力主義の吸血鬼は、単なる噂で名声が左右されることはない。

 

 むしろ―――――実力に噂が付随してきたというほうが自然だろう。

 他の個体とは妖力や魔力、聡明さ、カリスマ性と何をとっても圧倒的に違うのだ。

 下級魔族である小悪魔とは次元が違うのだ。『格』ではなく『次元』だ。

 

 

 私がその名前を聞いて震えあがってもなんら可笑しくはない。

 可笑しくはないのだが、

 

「くっ、くはっ、ははっ、あはははっ、あはははははははっ!!」

 

 むしろ笑えてきた。

 自分でもこの感情は異常なものだと理性の部分は分析していたが、もっと奥深くの本能がこの感情を刺激しているのだ。可笑しくて可笑しくてたまらない。自暴自棄とは違う、心の底からの笑い。あれ?なんで笑っているんだろう。この笑っている『私』は本当に私なのだろうか。なまじ三人称のような形で認識できるため自身の存在の境界線が曖昧になっていくような気がする。

 そう、これはまるで――――――――――――――――――

 

 パンッ!

 

 ハッ!あー何してたんだっけ?記憶が曖昧なんだけど・・・・・

 

「大丈夫?急に笑い出したりして」

「あーーーっ!思い出しましたよ!私帰れないじゃないですか!」

「大丈夫そうだね・・・。そう、だけど術者である私ならあなたを魔界に帰すこともできる。」

 

 意地の悪い顔を浮かべ、彼女は言う。

 

「だから最初に言った通りこれは拒否権なんて存在しないお願い(命令)ってわけ。」

 

 やっぱ多少物腰が柔らかくても悪魔は悪魔なのか。

 目の端で契約書を転移魔法で取り出す彼女(新しい主人)を眺めながら、私はそう思った。

 

 これが契約した時の顛末なわけだが、なぜ笑えないかと言うと契約の内容が内容なのだ。

 

 一つ、私はカルラ・スカーレットの使い魔となる。

 一つ、基本的にカルラ・スカーレットの命令は厳守。

 一つ、対価は衣食住の確保とする。

 一つ、この契約の期限は本書類にサインしてから一年間とする。

 要約するとこんな感じなのだが、特に最後の2つが酷い。契約期限は以前から聞いていたから良いとしても(いやよくはないけど)報酬については何も聞いていない。

 こういう契約は召喚された側に不利益なことが無いよう、等価値なものを報酬にするというのが暗黙の了解になっているのだが、結局は契約内容に報酬の内容を明記するので極悪非道な輩は守らない。

 例えば私が異議を唱えようとするたびにごつい武器を振り下ろし床にひびを入れる吸血鬼などがそうだ。

 よって、断る術を持たない私は数ある不満を心の中で屑かごに向け、ぐしゃぐしゃに丸めて魔力弾と一緒にぶち込む。少しすっきりしたあと泣く泣くサインした。

 

 しかしブラックな契約内容とは裏腹に、私を求めた理由は簡単だった。

 

 『手合わせする相手が欲しかったから』

 

 また私にとっては死刑宣告よりも残酷な理由に聞こえた。当初は、だ。

 その手合わせの内容を聞いてみれば能力を使って身体能力を『同格』にしてくれるらしく、妖力や魔力が同じ相手との肉弾戦というわけだ。

 ありがたい、その一言に尽きる。モノホンの吸血鬼とガチファイトとか命がいくつあっても足りない。御免被る。それに手合わせも一日中やるわけではなく、終わったら好きなことをしていいと言う。変なところでこの主人は優しい。

 

 まぁ、あと6カ月と少しで契約も終わってしまう。

 ・・・少し惜しく思ってしまう自分がいるのはなぜだろうか。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 ふふふ、はははははっ!なんだこの全能感は!この世の全てを手に入れたような感覚だ!

 

 ・・・・・ただいま私は小悪魔との組み手中だ。なんというかこう毎回のようにハイテンションになっては途中で醒めて恥ずかしくなる。

 はたから見れば私は情緒不安定なちょっと痛い人に見えることだろう。・・・やばいそんなことを考えてたら顔が熱くなってきた。小悪魔の左足による蹴りが顔を掠める。おっと、いまは集中しなければ。能力によって強化された蹴りは吸血鬼並みの威力なのだ。

 吸血鬼の再生能力は外傷のみに作用するので、打撲は痛いし脳震盪を起こせば意識を保つことは難しい。

 

 今度はこちらから行かせてもらおう。

 再度放ってきた蹴りを躱わすのでなく軽く手のひらを使って方向を変える。ベクトル変更というやつだ。一瞬バランスを崩したところを逃さず、足払いを仕掛ける。しかし安直に狙いすぎたせいか手をついて飛び上がり回避される。だがまぁ想定内だ。着地するであろう地点に向かって足の筋力を使い、駆ける。小悪魔は慌てて防御の型を取るが遅い。体全体を深く沈みこませ重めのボディーブローを放つ。これを本気でやってしまうと割と小悪魔の体が洒落にならない程度にボロボロになる。妖力と魔力を同格にしているとはいえ、肉体自体はただの小悪魔なのだから曲がりなりにも吸血鬼である私の本気をぶつけるわけにはいかない。

 床に着地すると同時に後ろへ跳んでダメージを減らしたようだが手応えはあった。僅かな硬直の後に後ろの本棚に突っ込んでいく。

 

「今日はここまでにしましょうか。」

 

 後ろで伸びている小悪魔にそう告げると、紅茶を用意するために転移魔法でキッチンに向かおうとする。

 が、この時間は姉のティータイムであることを思い出し、ティーポットを借りに行く。

 

「ちょっと失敬。」

「ぶふぅっっ!!」

 

 

 優雅に紅茶を飲んでいるレミリアの背後からティーポットを掻っ攫う。その拍子に口に含んだ液体を盛大にテーブルにまき散らしていたが気にせず図書館に戻る。

 

 余談だが、私の転移魔法はどんどん進化を遂げていて紅魔館内だったら詠唱なし、魔法陣なしで一瞬で移動できる。ゆくゆくは全世界にまで移動距離を広げてみたいのだが、まだ道のりは遠そうだ。

 閑話休題。

 

「小悪魔~お茶にしましょ~。」

「強く殴りすぎじゃないですかね?まだ痛むんですけど・・・・・」

 

 思わず小悪魔を見る。

 

「結構強くやったのにその程度で済んでるの?私の魔力への抵抗が薄まっているのかしら・・・」

「なにしれっと恐ろしいこと言ってんですか!手加減はどこに行ったんですか!」

 

 小悪魔が必死に何か訴えかけているが知ったことではない。

 小悪魔が魔力への抵抗を失いかけてるとしたら少しまずい。魔力への抵抗を失うということはそれだけ他の魔力を受け入れやすくなってしまうことになる。こうなってしまう前に小悪魔を魔界に帰したかったのだが・・・。一年あたりが限界だろうと思っていたが、魔力に何らかの適性があったらしく半年で()()()しまった。これは私の落ち度だろう。

 地上に住む者なら何の問題もないのだろうが、小悪魔は魔界で生活している。魔力が体外に漏れ出てしまうほどの強者と会う機会が無いとも言えない。その時に魔力が浸透しやすい小悪魔の体がどうなるかは想像に難くない。おおかた内部に魔力を抑え込めずに爆発四散か、耐えきれずに発狂死だろう。

 ・・・紅魔館で雇えば解決するだろうがこんな悪魔が住んでいる酔狂なところで過ごそうとは思わないだろう・・・。

 私とて種族は悪魔だが、内面まで悪魔というわけではない。他者の意見も尊重するし、一回契約して床まで共にした(別に深い意味はない)従者の心配をすることもある。私と契約したことが原因で死なれたら寝ざめも悪い。

 

 手合わせは今回で終わりにしよう。

 

 結論が出たところで顔を上げると背もたれに体を預けて寝ている小悪魔の姿があった。

 よほど疲れていたのだろうか。口の端からはよだれが垂れ、表情も完全にだらけている。

 そんな顔を見ているとこちらの頬も緩んでくる。

 

「ふふっ、・・・・・おやすみ小悪魔。」

 

 そう言うと温くなったティーポットを変えるため図書館をあとにした。

 

 

 



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れっつぱーりない

 遅くなりました・・・
 というか3週間近く開きましたね。すいません・・・。
 こあの出番が少ない気がするけど後から出てくるし多少はね?

 ≪追記≫
 今まで投稿したものを最初からちびちび手直ししていく予定です。(改行とか)
 
 


 

「パーティをやりましょう!」

 

 そう言ったのは誰だったか。

 

 ともかくその発言のおかげで紅魔館内でパーティが開かれることになった。紅魔館内とはいっても図書館内だけの小規模なものだ。

 それも当然で、この家では使い魔が解雇や、契約期間の終了によっていなくなることは日常茶飯事なのだ。

 だから小悪魔だけ特別扱いするわけにはいかない。しかし小悪魔とはカルラお姉さまとの鍛錬の間によく遊んでもらったし、色んなことを教えてもらった。魔術から勉強、料理までなんでもだ。

 だからこそ小悪魔が明日魔界に帰ってしまうというのを聞いたらすごく悲しくなった。今後絶対会えなくなるというわけではないと知っても長い間会えないのは寂しい。しかしお姉さまが言うには小悪魔の体の膨大な魔力に対する抵抗が元の状態に戻ればまた一緒に過ごせるらしい。それまでの辛抱だ。

 

 というわけで今回のパーティは小悪魔のお別れ会というわけだ。お父様はパーティをやることにあまりいい顔をしなかったが、お母様は料理を作ったり運んだりしてくれている。

 因みに参加者は私、小悪魔、カルラお姉さま、レミリアお姉さまの4人だ。お母様は基本的に給士を担当してくれるため参加者には含まれない。たぶん私達4人だけにしてくれようと気を遣っているんだろう。

 

 かなりの量の料理が図書館に運び込まれた。普段は使わないようなアンティークデスクに所狭しと並べられる光景は見ているだけで涎が湧き出てくる。

 パン、パスタ、カルパッチョ、サラダ、スープ、ビーフシチュー、ワッフルなどがこれでもかとばかりに積まれている。これ全部食べれない気がするんだけど・・・・・。

 

 最初になんの料理を取ろうかな、と考えていると図書館にに全ての料理が運び込まれたようで、赤ワインがなみなみと入ったグラスが配られる。

 

 なにげにお酒を飲むのは今日が初めてかもしれない。アルコールデビューだ。

 

 小悪魔がグラスを掲げる。みんなが倣ってグラスを手に持って掲げる。

 

「今日は私のためにパーティを開いてくれてありがとうございます。最後に湿っぽいのもアレですし、無礼講といきましょう!乾杯!!!」

「・・・なんであなたが音頭を執ってるのよ。主催は私なんだけど。」

「ご、ごめんなさい・・・」

 

 むくれながら文句をつけるレミリアお姉さまを見て呆れた。

 別に今日ぐらい小悪魔がやってもいいと思うんだけど。心の狭さが感じ取れるね。

 あ、このワイン美味しいかもしれない。

 

「お姉さまがパーティを取り仕切るのはこれが初めてらしいのよ。一度くらいやってみたかったんじゃない?」

 

 呆れる私を見てか、小声で教えてくれるもう一人の姉。

 

「なんていうか・・・・・意外と子供っぽいよね。」

「フランや私の前だと背伸びしているんでしょうね。」

「別にいつも背伸びしてなくてもいいのになぁ。疲れないのかな?」

「う~ん。・・・疲れてるからこういう場で素が出ているのよ、きっと。」

 

 素がどういうものか初めて見たので分からなかったが、精神年齢がいつもの半分ぐらいになっているというか、年相応な気がした。背伸びするのが疲れるなら自分たちといる間も気を休めてくれてもいいというのに。

 

「そういえばお姉さまは背伸びしているというより板に付いたというか、しっくりくるよね。」

「まぁ、ちょっとだけ当たってるかな。」

「?」

「・・・いや、気にしないで。そんなことよりパーティを楽しみましょう?」

 

 それもそうだ。なんたって今回は私達が主役と盛り上がるパーティなのだ。楽しまなきゃ損というやつだろう。 

 今現在背が縮んでしまっている姉を見てみると、音頭を取られた腹いせに一発芸を小悪魔に強要していた。小悪魔はやりたくないようだが。  

 う~ん、これはどっちサイドに付けばいいんだろうか。本来なら小悪魔側に付いてレミリアお姉さまをボコボコのけちょんけちょんにして妹に負けた悔しさで泣く一歩手前の顔を酒の肴にしつつパーティを楽しむのだろうが、ワインの酩酊感もあってか小悪魔の一発芸を見たいという願望が頭をもたげてくる。

 

「ねぇ、お姉さまはどっちがいいと思う?・・・って、あれ?ワインは?」

「あれちょっと苦手なの。だから今日は一杯だけにしてあとはこれね。」

 

 と言ってオレンジジュースが入ったグラスを軽く持ち上げる。

 いつの間に飲んだのかと視線で問い詰めると、お姉さまはすこしばつが悪そうに苦笑いしながら、

 

「・・・正直言うと一口だけ飲んであとは小悪魔に押し付けたんだけどね。」

 

 と言った。最初は何の事だが分からなかったが、思い当たることがあった。

 

「あぁ、『転移魔法』ね。」

「正確には少し進化して『空間魔法』ね。」

「なにが違うのかよくわからないんだけどかなり出鱈目よね、お姉さまのそれって。いつでも好きなものが取り出せて小物なら詠唱なしでもできるんでしょ?私だと魔方陣の過程を省くのも一苦労なのにすごいよねー。」

「何が違うかわからないって・・・パーティの最中だけど魔法の講義でもしようか?」

 

 パーティの最中に勉強というのは的外れな気がするけど、まぁ小悪魔とレミリアお姉さまはまだよろしくやってるし終わりそうにないから聞こうかな。

 

「いいよ、あっちも終わりそうにないし。」

「へぇ…フランがそんなにお勉強好きだとはね…姉として妹の好奇心が旺盛なのは喜ばしい限りだわ。じゃあ最初は空間魔法と転移魔法の違いについて話しましょうか。まず転移魔法っていうのは座標同士を繋げて一点に集約することを基本とした・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、つまり発酵の度合いによってできるお茶の種類が変わるんだね。」

「そう。私が知ってる中だと紅茶は発酵の度合いがかなり高くて口当たりがいいのはそのおかげと言われていたはず。」

「このワインはどうなの?」

「ワインも一応発酵させて作るものだけど果実をベースにしている点が紅茶とは違うね。紅茶は入れ方やむらし加減にこだわるとかなり味が変わるし、ワインは保存方法がとてもデリケートだから作るのは結構難しいらしい。今度作ってみる?」

 

 おっと、ついつい話しすぎてしまったようだ。まさか紅茶の製造方法にまで議論することになるとは。

 さすがに放置しすぎたかと残りの二人を見ると案の定むくれていた。正確にはむくれているのはお姉さまだけで小悪魔はそれを苦笑いで見ているのだが。

 

「私そっちのけで楽しそうにして妬ましい!もっと構いなさい!」

 

 普段なら絶対言わないような事を口走ったり、だいぶ顔が赤くなっていることからかなり酔っているんだろう。

 酔っている姿を見たことが無いからか新鮮で面白いのではあるが、あれは悪酔いの類に入るんだろう。これからはほどほどにさせておかないと、いつかなんかやらかす。

 まぁ・・・・・たまに羽目をはずす位はいいのかもしれない。

 いくら背伸びしても甘えたいときは甘えたいものなのだから。

 

「さぁ!まだパーティは始まったばかりよ!騒ぎまくりましょう!」

 

 正直苦手なワインの匂いや、連日の徹夜で疲れがMAXを通り越してオーバーヒートしそうなのだけれど、大好きな姉の願いなら仕方ない。疲れを紛らわせるために酩酊感を頼って新たなグラスを出し、ワインを一気飲みする。

 

 

 

 

 

 

 

「少し騒ぎすぎかもしれないわねっ・・・!」

 

 騒ごう、とは言ったがこういう騒ぎではない。

 こんな少しでも気を抜けば四肢がもげるようなものでは断じてない。

 まぁ、もげてもほんの数秒で完治するが。

 

「ほら、ほらぁ!避けないと危ないよぉ!」

「結構いい弾幕張るようになったじゃない、さすが私の妹といったところかしら。でも、当たらなければなんとやらってね!」

 

 フランのレーヴァテインをグングニールでいなし、横からぶち込んだ紅の弾幕はすぐにその場から飛びのいたフランによって図書館の壁に殺到する。その足取りは俊敏なようでどこか危なっかしさが見て取れる。

 

「まったく、だからワインはほどほどにしろとあれほど・・・・・」

 

 そういうレミリアは口の端を歪めている。負の感情等ではなく喜びや楽しさといったものでだ。所詮遊びの一環だ。酔いどれが本気になったところで吸血鬼が致命傷を負うわけでもなし。

 

「それにしても参加者2人を蚊帳の外にした上にこんなことしてていいのかしら?まぁ楽しいからやめるつもりなんてないんだけどね!」

「ふふふ・・・まだまだぁ~」

「危なっ!」

 

 ちなみに小悪魔は早々に被弾、カルラは酔っぱらって爆睡しているところに集中砲火をたたき込まれ下で伸びている。レミリアもフランほどに酔っぱらっているわけではないが、正常な判断ができない程度には酔っている。

 つまりこの修羅場を止める事が出来るのは誰もいないのだ。

 よって二人の遊戯はまだ終わる様子は無い。

 

 

 

 

 

「う~ん、気持ち悪い・・・・・。・・・おえっ・・・おろろろろろろろ」

「カルラが、カルラが吐いたーーー!」

「アハハハハハハッ!お姉さま、おもしろーい!」

「はい、水です!水を飲めば大丈夫です!」

「・・・んっんっ、ぷはぁっ!あ、ありがとう・・・少し楽になった気がする。」

 

 

 

 

 

「フランもいい弾幕張るようになったわね。良いセンスだ。まぁ当たらなければどうということはないんだけどね。・・・・・・・・・うぷっ。」

「レミリアお姉さまも同じようなこと言ってたよ。伸びてたから知らないとは思うけど。・・・というか顔色悪いけど大丈夫?やっぱり無理して模擬戦なんかするべきじゃなかったんじゃあ・・・」

「大丈夫よ大丈夫、本っ当に大丈夫。吸血鬼たるもの二度も醜態を晒すわけにはいかないっ!・・うっぷ。」

「本当かなぁ・・・。・・・そうだ、えいっ!」

「フランさんちょっと段々密度が濃くなってきてきついというか、重力が私の胃を絞りに来てるというか・・・。・・・っ!?おぼっぼぼぼろろろ」

「アハハハハハッ!もう、もうやめて、お腹痛い!」

「空中で吐くとは、さすが私の妹ッ・・・!」

「なんだこれ・・・・・・。」

 

 

 

 

 

 結局パーティは一日を少し過ぎたあたりまで続けられた。

 

「むにゃむにゃ・・・・・・・・・」

 

 もっとも終わったわけではなく、吸血鬼組が疲れ果てて眠ってしまっただけなのだが。

 

「吸血鬼とはいえこうも無防備だと可愛いですね~。」

 

 小悪魔はあと数十分で契約が切れてしまう為寝るわけにはいかなかった。生きるための手段である契約は悪魔にとって何よりも大事なのだ。

 

「カルラ様ー起きて下さーい。」

「むにゃ・・・・んぅ?あー・・・こあ届けなくちゃいけないのかー。」

「そうですよー、あなたがいないと帰れないんですから。」

 

 寝起きだからだろうか。目を真っ赤に充血させながらだるそうにしている。

 

「やだー・・・面倒くさーい。」

「え、え?ちょっ困りますよ!契約の反故は私の沽券にかかわるんですから!」

「・・・・・・・・冗談よ冗談。・・・・・ふぅー、やりますかっと。」

 

 魔方陣を描きだす主人を見ながらこれからのことを考える。

 契約のストックはだいぶ前に切らしてるから新しいのを採らないといけないか。それまではなんとか食いつないでいきますかね・・・。

 

「ほら、できたよー。」

 

 お、できたっぽい。かなり早くできたんだなぁ・・・・・って、え?

 

「・・・もしかしてまだ寝ぼけてます?こんなだとまた来た時みたいに気持ち悪くなるんですけど!」

「真面目も真面目、超真面目。ほらほら、早くしないと()()に反するんでしょ?さっさと行きなさい。」

 

 ・・・なんかムスッとしてるし。

まぁ、なんだかんだ言ってもこの人との契約はここ数年見ないくらい好条件だったし、一年とはいえ思い出や感慨も思うところがある。

 

「んんっ、では。また機会があったら会いましょう。・・・お世話になりました。」

「じゃあ、さようなら。・・・また会えるといいね。・・・本当に。」

 

 歪に形作られた魔方陣は淡い水色の光を放ちながら魔力を高めていく。

 

「そうそう、忘れるところだった。・・・はい、これ。」

 

 ポケットから無造作になにかが放られる。

 ・・・・・なんだこれ?綺麗だな・・・。翡翠を使ったペンダント?

 訳がわからない私を見てか、少しイライラした様子が見える。髪をグシャグシャと掻きまわすと、

 

「・・・あー、次に会えるかどうかも分からないし餞別、餞別。・・・迷惑だったら適当に捨てといて。」

「捨てるだなんてそんな・・・。後生大事にさせてもらいます。」

 

 こんな嬉しいもの捨てるわけないのに。こういうものを渡すのに慣れていないのかもしれない。

 そうだ、こっちからもなんかあげるものないかな。・・・ポケットの中を探しても碌なものが入っていない。

 

「じゃあ、私からはこれをあげますよ。」

 

 私にとってはそこそこ大事なものだが、あのペンダントに釣り合うのはこれくらいしかない。

 長い間愛用していた桃色の蝶型の髪留めを外し、投げ渡す。

 

「・・・いいの?結構良いものでしょ?この髪留め・・・」

「いいんですよ、私もこの一年間楽しかったですし。」

 

 おっと、長話もここまでだ。魔方陣に魔力が充填され、転送される時間が迫ってきた。

 

「じゃあ、また今度。」

 

 また今度という言葉はあまり好きではない。会える事を言外に約束してしまっている気がするからだ。多少寿命が長いとはいえ形あるものがいつか壊れるように、命あるものはいつか死ぬのだ。それは自然の摂理と言うやつで絶対の理を持ち合わせている。

 そしてその終わりが『いつか』と表現できてしまう以上、約束を破ってしまう事が少なくない。そして悪魔という種族はそれを極端に嫌う。もちろん私も例外ではない。

 だが会えないと思っていては、会えるものも会えない。

 会えると思っていれば、会える、・・・・・気がする。

 ようは気持ちの持ちようなのだ。少しぐらい楽観的に見てもいいじゃないか。

 ・・・いいよね?

 転送される直前に手を振ると、少し驚いた顔をした後に振り返してくれた。

 

「・・・うん、また今度。」

 

 

 

・・・・・・・・・またいつか会う日まで。

 

 

 




 次回もあんまし早いとは言えないです・・・。


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運命の分岐点

 更新めちゃくちゃ遅いですね(他人事)。すいませんでしたぁ!!
 更新ペースを上げようと努力はしますが保証はできません。
 なんか次回もゴールデンウィークとかになりそう。
 


 ・・・私は自分の『運命を操る程度の能力』があまり好きではない。

 

 頼るにはあまりにも曖昧すぎるこの能力が嫌いだ。

 

 運命を覗いてしまったがばかりに自分の行動に自信が持てなくなるこの能力が嫌いだ。

 

 時には悲劇が起こると知っていながら傍観しなければならないこの能力が嫌いだ。

 

 ・・・そしてなにより弱い自分が嫌いだ。

 

 小さな歪を恐れ、だれにも相談する事が出来ずに独りで抱え込むには大きすぎるモノ。

 

 「・・・はぁ」

 

 何度目かもわからない溜息を吐く。

 カルラがハンターに怪我を負わされてからというもの、能力を前より頻繁に使用するようになった。

 ここ最近は何事もなかったのだが・・・・・・見てしまった。

 

 

 

 

 

 

『私達が死ぬ』という運命を。

 

 

 

 

 

 

 

 最初は何かの間違いじゃないかと思った。しかしその運命は何回見ても変わる事は無かった。その日は能力の使い過ぎか、はたまた自分の死体を何度も見たせいかぶっ倒れてしまった。家族には体調が悪いと伝えたが、怪しまれたかもしれない。

 

 次にどう行動すればいいかを考えた。

 この能力は操る事に本質があるわけで、運命を見る分には場面ごとにしか映る事は無い。あの運命の場面で見えた事は、赤いロビーに散り散りに横たわる両親と私達、散乱したガラス、壁にへばりついた多数の肉塊だった。ここからわかるのは、紅魔館内で戦闘があったことと死人が出た事ぐらいだ。

 

 立てられる推測としては二つある。

 一つはあまり考えたくはないが狂気による大量殺戮だ。そしてフランが加害者ということになる。

 しかしあの惨状が狂気によるものだった場合疑問点が複数出てくる。両親、主に母がほとんどつきっきりでフランの狂気を抑えていたにもかかわらずなぜ起こってしまったのか。なぜ父の能力で制御しなかったのか、まぁこれはカルラにも言えることだが。最後になぜフランも死んでいるのか。これが一番の疑問だ。

 

 もう一つは第三者による襲撃だ。第三者としては吸血鬼狩りや、近辺の町からの討伐隊などが挙げられる。

 あとは無いとは思うが内部反乱か。しかしそれにしたって疑問は残る。両親程の吸血鬼ならば吸血鬼狩りなど恐れるに足らないはずなのだ。私達も前より格段に力を付けているからそうそう簡単にはやられないはず。それが全員殺されるとは考えにくい。

 そして何よりあの運命には勝った勢いで乗り込んでいるであろうハンターたちの姿が映っていなかった。

 

 ここまで考えて行き詰った。

 情報が少なさすぎる。例え1を聞いて10を知る者がいても0.1から10を知る者はまずいないだろう。いたとしてもそれは私ではない。土台無理な話というわけだ。

 しかし今回は二つの推測を絞る必要は無い。なぜならば共通している事があり、それこそが運命を決めているのだ。それは『両親が普段通りの力を出せなかった』ということだ。

 両親が普段通りに力を持っていればフランの狂気を止められただろうし、吸血鬼狩りや討伐隊に殺される事もなかっただろう。つまりこの点を『両親が普段通りの力を出せる』という運命に導けばいい。

 

 実に簡潔で、難儀な話だ。

 

 

 だって前に母が弱っていたときはフランの狂気を抑えるために能力を多用していたせいだったのだから。

 そしてそんな母を補佐する為に母程ではないにしろ父も能力を使っていた。つまり両親が弱っていたのは狂気を抑えるための能力の使い過ぎということになる。

 しかしフランの狂気を抑えるのをやめてしまえば、あの運命が実現してしまう。

 だがこの現状を変えなければ第三者達に両親が殺されるという運命さえ否定できなくなってくる。

 極端な話、狂気を抑えるか否か、どちらを選んでもバッドエンドまっしぐらというわけだ。

 ・・・・・本当に難儀な話だ。

  

 どうすればこの運命を変えられる?

 

 どうすれば大切なものを失わずに済む?

 

 どうすれば平和な日常を守ることができる?

 

 困った・・・・・・・・。いくら頭をひねっても思いつかない。二度目の手詰まりだ。

 いっそのこと誰かに打ち明けてみようか。運命を見たことから今に至るまで。

 ・・・・・いや、ダメだ。そんなことをしては運命にどう影響するかわかったもんじゃない。不確定要素は出来るだけ少なくするに限る。まぁこれ以上の悪い結末があるとも思えないのだが。

 

 こんなふうに運命に干渉することに逃げ腰になっているのを感じると、あたかも自分自身が運命に操られている気になってくる。運命を操るとは名ばかりの、ありえる未来を見る事が出来るイレギュラーな能力を持つ私という存在。

 そんなイレギュラーであるはずの私さえ運命という演劇に組み込まれているのではないかという錯覚さえ覚える。

タイムリミットがわからないことが余計に焦燥感を掻き立てる。あの運命が数年後か数ヶ月後か数日後かわからないのが辛い。

 しかしそんな切羽詰まった状況でも私の脳は妙案を出してはくれない。

 

 

 あぁ・・・・なんて私は弱いのだろうか。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 能力は一個体につき二つ発現すると、前に父から聞いた事がある。

 二つといっても先に発現した能力の派生系としてもう一つが付随されるような形になるのだとか。しかし派生と言ってもその仕方にいくつか種類が存在する。そしてそれは能力の名前との関係性によって分かれる。

 例えば母なら『精神的傷を癒す程度の能力』、『肉体的傷を癒す程度の能力』の二つになる・・・らしい。この二つの能力を持つことで『傷を癒す程度の能力』となり得ている。このときの因果関係は『二面性』という。癒すという抽象的な表現を二つの意味でとらえている。

 例えば父なら『均衡を視る程度の能力』、『均衡を保つ程度の能力』の二つが『均衡を保つ程度の能力』を形作っているそうだ。これを『不可欠』という。基本となる能力を行使する為になければならないものだ。

 フランも同様に『ありとあらゆるものの目を視る程度の能力』、『ありとあらゆるものの目を破壊する程度の能力』からなっている。

 

 しかし私とカルラはまだ二つ目の能力が分からない。そもそもさっきから『らしい』や『そうだ』などあやふやなことを言っているがこれは能力の名前と違って、二つの能力が使えるという自覚が芽生える事が無いためだ。

 だから普段何気なく使っているものが「アレ?それ能力じゃね?」みたいなこともあり得るのだ。

 つまりその逆もあり得るわけで、能力だと思っていたものが何でもないものであったりする事もあるわけだ。これは一見どうでもよく思えてかなり重要な問題だ。自分能力を完全に把握していないという事は使い方の幅がそれだけ狭まるということにもつながる。

 

 なので自分の能力を見極める事は生死に大きく関わると言っても過言ではない。・・・・・のだが私は十中八九『不可欠』になると思う。ただでさえ運命を操るというとんでも能力なのだ(使い勝手は悪いが)。見える事が操る事の付属とはどうしても考えにくい為、そう思うのだが決めつけは良くないだろうか?

 『保つ』と『操る』は性質がとてもよく似通っている為、父の能力に対する考えや付き合い方が参考になる。強いて違う点を挙げるとすれば父は『視る』というより『保つ』方に能力が寄っているのに対し、私は『視る』方に大きく偏っていることや、そもそもの事象の違いだろう。いずれにせよあまり大差ない・・・と言えるだろう。

 

 問題・・・・・というか重要なのは妹の方だ。

 下の妹、フランについては前述した通りなのだがもう一人の双子の妹、カルラについては分からない事が多い。

 ・・・・・姉としては情けない限りなのだが、能力に関しては私以上に掴みどころがないというか抽象的が過ぎる部分が多い。というかまともに能力を使っているところを見た事が無い。どちらかというと空間系の魔法を使っている事が多いのだがまさかそれが能力という事もないだろう。

 『対象を同格にする程度の能力』という名前との関連性さえ予想する事も難しい。最初は『不可欠』なのかと思ったが、カルラによると『視れる』わけではないらしい。かといっても『二面性』とも考えにくいので他の関連性かもしれない。

 

「はぁ--・・・二つ目の能力・・・・・ねぇ・・・・・」

 

 頬杖をつきつつ、億劫そうにつぶやいてはいるが彼女も考えてはいるのだと思う。たぶん。

 

「なんか兆しとかないの?こう、ビビッ!とくるとか」

「特にないわね。・・・・・大体レミリアが自覚できないって説明してたのに。」

 

 それはそうなんだけどねぇ、じゃあ無理じゃない、という押し問答を幾度となく繰り返していた。

 今は本格的にカルラの根城と化している図書館にてチェスに興じている最中だ。最近は毛布を持ち込んだり、自分専用紅茶セットを持ち込んだり、挙句の果てには自室に二週間近く行ってないという。しばらく部屋を覗いていないがもぬけの殻だろう。もうここで生活すればいいんじゃないかな。

 カルラは自分の事に少々無頓着なところがある。普通、自分の核とも言える能力には無関心であるはずがないのだがカルラの言動にはどうもその傾向がにじみ出ている。

 

「じゃあ新しくできるようになった事とかは?」

 

 あ、ビショップが―――――――

 

「出来るようになったことねぇ・・・」

 

 おお、危なかった。あ、ナイトが―――――

 

「空間魔法がまた進化したことぐらいかな。地球上の緯度と経度を正確に割り出して魔道具、まぁ出来るだけ魔力の保有量が大きいものを媒介にするとその座標に転移出来るようになったね。」

「それはまたすごいわね・・・。さしずめ座標転移といったところかしら。あなたの空間系魔法はどこまで伸びるのかしらね」

 

「・・・そ、そんなにすごいことじゃないよ。少し前回の術式を応用しただけだし・・・。まぁそれに比例して体内の魔力の最大量が増加したのは良かったけど。」

 

 こころなしか頬を上気させて嬉しそうにするカルラを見つめていると、ふと気づいてしまった。

 

「・・・・・カルラ、あなたその傷どうしたの?」

 

 髪に隠れてよく見えなかったが、額の端から端に掛けて一閃したような傷があった。

 

「ああ、これ?・・・・・一週間ぐらい前にフランの『アレ』があったでしょ?」

 

 『アレ』は狂気による暴走の事だと察する事が出来た。緘口令が敷かれているわけではないが、フランの狂気については話題に上がる事のない暗黙の了解のようなものが紅魔館内にはあった。

 

「そのときに・・・・・ちょっとね、そんなに大事じゃないし放っておいたんだけど」

「ちょっとって・・・、というか私が言いたいのは傷痕が残っていることよ。昨日今日なら兎も角、一週間前のが治らずに残っていることが不思議なのよ」

 

カルラは少し思案する顔を見せたがすぐに吹っ切れたように、

 

「まぁ確かにそうなんだけどね。身体にもあまり不調は見られないし問題ないかなって」

 

と返してきた。確かにそれなら問題ない・・・訳がなく、吸血鬼の治癒力で外傷がいつまでも残るのはどう考えてもおかしい。異常だ。この現象を治癒力が弱まっていると考えるのか、別の何かが原因なのかは判断のしようがない。

 

 それとも回復に使う妖力がなかったのだろうか。疲労がたまっていたり、十分な休息がとれていなかったりすると妖力が十分に回復しない事がある。

 最近はあまり寝ているところを見なかったり、眼の下にクマが目立つ事からそっちの可能性が高い。体が私に比べて弱いところがカルラにはあるから普段から睡眠はとっておくように言っているのだけれど・・・・・、

 

「・・・カルラ、前も言ったと思うけどしっかり休憩だけはとりなさい。研究もいいけどあまり根を詰めすぎると体に毒だわ」

「・・・ふふっ、わかってるレミリア。ただ最近研究の進みが良くてねぇ、ついついやっちゃうんだ。」

「はぁ・・・・、それで寝不足になってりゃ世話ないわ」

 

 全く懲りていない様子のカルラをみて思わず溜息が漏れる。

 

「じゃあまた様子を見に来るわね」

「ねぇねぇ、チェスしに来たんでしょ。まぁあと数手でチェックメイトだけど」

「なんのことかしら?私は妹の体調の確認に来ただけよ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべたカルラを振り切って、図書館を後にする。

 

 ・・・・・可愛い妹だけれどときどき悪魔に見える。まぁ間違っていないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

最近体の調子がやけにいい。

一週間近く万全の体調を維持できていると思っている。思っているというのは姉から見ると私は休憩を取らなければならない程悪く見えているらしいのだ。目の下のクマなどは分かってはいたが、精神的にはまだまだ疲れることなく動けるような気がする。

 言うなれば、最高にハイ(精神的に)って奴だ。

 

「負けず嫌いの姉妹をもつと大変・・・・」

 

 他人事の様につぶやきながら、チェックメイト寸前のチェス盤を片していく。片す時にも、転移魔法を使い元あった場所に戻しておく。魔力が増幅したことによってあまり使える回数を重要視しなくても良くなってきた。

 ふと、今ある魔力で何回ほど転移魔法が使えるのか試してみたくなった。

 

「なにか使える物・・・・。」

 

 別に何でもいいのだが、なんか初めて限界を試すとなるとこだわりたくなる。出来るだけ何回使って本来の用途に不備が出ないようなものがいいのだが、そうなると魔力を多く流せるものが適しているがそんなものは早々多くない。・・・そうか、アレがあった。

 

「壊れないとは思うけどどうだろう・・・・。」

 

 そっとナイトキャップにつけていた髪飾りを取り外す。小悪魔にもらったコレには魔力を多く流す事が出来る。それを利用して今回の耐久試練に使おうという魂胆だ。

 場所は部屋の端の本棚の上と机を往復でもしようか。十数メートルはあるはずだ。

 

「まず一回目・・・・・」

 

 何の問題もなく成功した。二回三回と繰り返しても問題は無かった。

 

「まぁ、まだ余裕ね」

 

 が、五回を超えたあたりで息切れが起き始めて、十回を超えたあたりで腕を動かすのも困難になってきた。

 

「はっ、はぁっ・・・・・、はぁっ・・・・・、こ・・れで・・・十二回目・・・・・」

 

 髪飾りは転移する事無く机の上からも微動だにしなかった。魔力は微量ながらも確かに流せることから髪飾りの器は健在であることが分かる。

 どうしようもない倦怠感が身体を包んでいくのが目に見えるかのように実感できる。

 正真正銘の魔力切れだ。

 

 ・・・・・一日も寝れば治るだろうか?こんなに使ったのが初めてだったのでよく分からない。

 意識しなくても自然に閉じようとする瞼を開いて、どうにかソファまでたどり着くと身体を投げ出すように飛び込むと安心したからか意識が遠のいていく。

 そこらへんに突っ伏して寝ていると、姉が酷くうるさく叱ってくるのだ。心配されているからこそなのだと思っても、叱られるのは勘弁なので寝る場所も考えものだ。などとどうでもいい事を考えているうちに深い眠りに吸い込まれるように瞼を完全に閉じた。

 

 




終わりも雑ですし、展開も雑ですね。
言い訳のしようもない(汗)。これが私の語彙力の限界です。


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長い一日の始まり

 今回めっちゃ短いです。
 切りが良かったというのもあってここで終わりました。

 


「静かね・・・・・」

 

 レミリアは閑散としたロビーを歩いていた。特にどこかに行くあてがあるわけではないが、少し早起きだったので暇を持て余しているのだ。故に意味もなく館内をぶらついている。

 階段を上り、ふとテラスの近くを通ると沈みつつある夕焼け特有の儚く、淡い光が窓から差し込んでいる。

 この光は吸血鬼が苦手としている太陽のものだが、これくらい弱いとあまり弊害は感じられない。むしろ本来見る事が出来ない為レミリアにはとても価値のあるものに見えた。

 

「綺麗・・・・・」

 

 レミリアの口から思わずというように感動が漏れる。滅多に見る事が無いとはいえなにも早起きしたのが今日が初めてというわけでもない。しかしこの光景はいつ見ても変わらず美しい。

 そういえば、とこの貴重な景色を見る事のできない病弱な妹はどうしているのかとレミリアは思った。

 最近また見なくなった。最後に見たのは一週間以上前だったか。

 

「あれだけ体調に気をつけろと言ったのにまた研究に没頭しているのかしら・・・・・?」

 

 全く、一つの物事に夢中になると回りの物事が見えなくなる癖はどうにかならないのだろうか。むこうは気にしなくてもこっちが心配になるのだ。いくら多少食事をとらなくても大丈夫とはいえ、一週間も食べないと身体のどこかに不調として表れるのだ。現に前は額の傷にまで妖力が回らなくなっていたではないか。

 

「はぁ・・・・・」

 

 レミリアはどこにいるでもない妹に向かって溜息を吐く。

 

「身体とか壊してなければいいけど・・・・・」

 

 少し思案顔を見せた後に目的も無く散策していた足を図書館に向ける。図書館は一階にあるので今さっき上った階段を下りるというのは少し面倒だが、時間はさほどかからない上に暇を持て余しているのだ。ちょっとぐらい出不精な妹の様子を見に行ったって大した手間では無いだろう。

 

 そう結論付けて図書館を目指すレミリアの頭には二つの事が欠落していた。

 一つはフランの事。フランの部屋はレミリアやカルラと同じ二階にあるのだが、フランの部屋のドアが僅かに開いていたのだ。少しでも部屋の方向に目を向ければ違和感を覚えたかもしれないが、生憎とそんなことは無かった。

 

 暫く歩くと図書館の両開きの扉が見えてきた。それにしても静かすぎる。図書館に来るまでに誰にも会っていないどころか、もう日が暮れると言うのにだれも起きてくる気配がない。レミリアは不審に思ったがカルラに会いに行くことを優先する。

 軽くノックしてから図書館の扉を開こうとするが開かない。扉に向こう側からなんらかの重さが掛っているせいで、開かなくなっているのか。

 

「・・・ふんっ!・・・・・結構重いわねっ・・・・・!」

 

 かなりの力で押しているのだが、少しづつしか開かない事からかなりの重さが掛っていると分かる。

 

「・・・・・くっ、んぐっ、ぬおぉっ、・・・・・よいしょっと」

 

 やっとのことで一人が入れるぐらいの隙間を作るとそこから図書館に入り込む。少し狭すぎたせいでおよそ少女らしからぬ声が出たが気のせいだろう。

 ずれたナイトキャップを直しつつ、扉をふさいでいたものに目を向けると、そこら中にある本棚だった。

 なぜ本棚がこんな邪魔なところにあるのかと思うと同時、レミリアは周囲の異常を察知する。

 

 図書館にある百を優に超える本棚という本棚のほとんどが倒れていた。

 

 魔法や魔術の研究というのは危ない手法も存在する。これもその一環なのだろうか。

 

「カルラー?・・・・・・どこにいるのかしら?」

 

 呼んでみたが、来る気配は無い。大方寝てでもいるんだろう。

 

「・・・・・・」

 

 レミリアは錆びた鉄のような微かな匂いに顔をしかめる。

 

 血の匂いがする。それも同族の。吸血鬼の五感を持ってしても微かにしか分からないものだが、長年一緒に過ごしてきた妹の匂いは間違えることは無い。

 ・・・・・なんかすごく危ない人に自分が一瞬思えたが、そんな事無いと思いなおす。たぶん家族の血の匂いぐらい誰でもわかるものだろう。たぶん。

 

 以前なら匂いを感じ取っても自身の血を触媒とした魔法や術式を使っているのを見た事があった為それほど焦らなかった。ただ今回は違う。父によって防護魔法まで仕掛けられた本棚が倒れたのだ。あまりにも危ない研究だったら止めさせなければならない。

 

 今日もいつも通り、何のことはない、研究に没頭して図書館に引きこもっている妹にチェスをしながら、少し説教して次は気を付けるようにと言い残して此処を出る。

 

 大丈夫―――心配無い―――

 

 そう自分に言い聞かせながら歩を進める。

 

 

 しかしレミリアは忘れていた。一週間前に見たっきりというならその時、つまり一週間前に何かしらの要因があると考えても良かったはずだ。

 

 慢心していた。油断もしていた。心が緩みきっていた。

 

 自分の中に湧水の様に細々と、しかし延々に湧く不安や恐怖に似た感情に気付く事さえ無かった。気付く事が出来ないような僅かなものが湧いてきたのは自らが所有する能力故か、はたまた妹思いのレミリアが無意識のうちか。

 

 

 図書館をあらかた見て回ったがカルラの姿はどこにもなかった。

 ふと、レミリアは違和感を覚えた。

 

「・・・・・ん?何か違うわね・・・・・」

 

 レミリアは何か図書館にあったはずのものがない気がしたがそれがなんなのかは分からなかった。しかし今はそれほど重要な事には思えない。

 それにしてもどこに行ったのか?カルラを図書館以外で見たことが無かったし、血の匂いはそこらじゅうから漂ってくる。図書館にいることは確実だ。もう一回周りを探してみようと思った時、ふと見知らぬ赤い扉がある事に気付いた。

 

「いつからあったのかしら・・・・・?」

 

 少なくとも前にパーティをやった時には無かった。あれだけ騒いでいたのに目に留まらないという事は無いだろう。

 カルラがいるかもしれないと扉に歩み寄る。

 

 グジュ

 

「へ・・・・・?」

 

 カーペットまで赤いせいで気付かなかったが、よく見ると扉の隙間から広がるように濡れているのが分かる。そしてその液体は呆けているレミリアの鼻腔を妖しく刺激する。

 

 ーーー血液だったーーー

 

「カルラッ!」

 

正気に戻ったレミリアが焦った声でカルラに呼びかけながらドアノブを掴んで、回し、扉を開け放つ。そこに見えたのはーーー

 

 

 真っ赤な部屋だった。 

 まるで芸術作品でもあるかのような鮮やかな色だったがいかんせん目に悪い。赤は確かに綺麗だが、一面赤だらけというのも考えものだ。

 そしてその部屋の中央にはいつか見たソファーがあった。それは本来図書館にあるものでレミリアの『何か違う』という感覚はここからくるものだった。

 なぜ図書館にあったはずのソファーが此処にあるのかはわからないが、そこから崩れ落ちるように寄りかかっている少女の姿はレミリアを驚愕させるには充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

そこには銀髪の少女ーーーカルラ・スカーレットではなく、

 

 

 

金髪でもう一人の妹ーーーフランドール・スカーレットがいた。

 

 

 

 レミリアの頭に欠けていたもう一つの事とは、

 

 

 レミリアがいつか見た運命という名の災厄がその身に降りかかるのは今日かもしれないという事だった。

 

 




 前書きでも書きましたがめっちゃ短いです。
 いつもの半分以下ですね(笑)
 後書きでは投稿が遅れたとか、次回はもっと遅くなるとか書いていたんですが、もう開き直って言い訳と読者さんにとって誰得な近況を書いていきたいと思います。

 というわけで今回はこの文字数を書くのに二週間近くかけましたね(笑)。
 他の作者さん達がいかにすごいかがよくわかりました。
 ただこれ以降の展開はかなり固まっているのでGW中に二話目標で頑張っていきたいと思います。

 それと作品紹介の部分に注意書きを付けたしました。
 この作品は東方projectの二次創作となります~~~って奴です。最初から入れておけばよかったですね。


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姉妹喧嘩(ガチ)

作「GWに二話投稿すると言ったな」
読「そうだ馬鹿!もう過ぎてるじゃないか!」
作「あれは、嘘だ(震え」

 本当にすいません。書く時間が無かったわけじゃないですけど書き方にだいぶ悩んだというか・・・・・その分前回の二倍以上にしてあるんで・・・・・実質二話投稿した感じに(チラッチラッなりませんねごめんなさい。


 頭が酷く混乱している。

 

「フラン・・・・・?」

 

 何故フランがここにいる?部屋で寝ているはずでは?両親はフランが部屋では無く此処にいる事を知っているのか?何故倒れている?この血は?そもそもこの部屋は何だ?

 

「フラン・・・・・ッ!!」

 

 良かった・・・・・外傷は見当たらないし、息もあるから気を失っているだけの様だ。

 

 安堵すると、大量の疑問符が脳内を埋め尽くしていく様がいったん収まる。しかしさっき右から左へ流れていく疑問符の中に、なにか今大事なものがあった気がする。

 

 ・・・・・なんだ?・・・・・血、そうだ、血だ。倒れているのはフランだが血の匂いはまぎれもなくカルラのもの。つまりこの部屋の中にはまだカルラがいる。ソファーがぽつんと置いてある殺風景な部屋で、あと見ていない場所はソファーの影になっている私の位置からは死角になっている部分だ。

 

 見たくない、見たくない、確認したくない。

 

 身体が、心がその先を見ることを拒絶する。

 

 脚が震え、呼吸が荒くなり、自分の心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。

 

 グチュ、グジャ、グチュ、グチュ。

 

 震える膝を必死に抑えゆっくりと歩き出す。最悪の想像が頭を離れない。ソファーの縁から覗きこめばいいものを、わざと回り込むように歩く。意味の無い事だとわかってはいるが、仕方ない。

 

「・・・・・カ、カルラ?」

 

 

 見てしまった。私の予想と一寸変わらぬ姿がそこにはあった。

 一瞬本当にカルラかどうか疑うほど衣服は血で変色し、左腕は既に無く、心臓のあたりが大きく抉れ鮮血に染まっていた。

 

 

「あっ、ああっ、ああああぁぁ!」

 

 

 

 そして呼吸は、止まっていた。

 

 

 

「なんでっ!、どうしてっ、こんな・・・・・!」

 

 頭の中が真っ白になった。そして次の瞬間には今見た光景が頭を離れなくなっていた。むせかえるような血の匂い。無造作に引きちぎられたかのような左の肩口。血の独特の言い表しようのない赤色に染まったカルラ。そして色を映しているかも定かではない虚ろな瞳。そのすべてが脳裏に焼き付いて離れない。

 

・・・・・グチャ。

 

 そんな唐突に、そんな突然に、何故・・・・・?

 理解できないし、したくもない。何も考えていたく無いし、夢であって欲しいと心から思った。

 

・・・・・グチュ。

 

 ()()から目を背け、蹲る。これは夢だ。こんなことが起きてしまうのは夢だ。そうに違いない。なんで私だけこんな思いをしなければならない。早く覚めろ。もしこんな()()が現実だとしたら、こんなの・・・・・こんなのーーーーーー

 

・・・・・グジュ。

 

 

 

()()()()トカ、オモッタ?」

 

 

 

 嘲るような声が部屋の中を反響した。背筋が凍りつく。この声はフランだ。間違えるはずもない。ただ少しカタコトで、拙く、不安定な声はフランのものだけどフランでは無い。しかし私はこの声を知っている。かれこれ二十年以上の付き合いだ。

 

「運命ヲ操レルノニ()()()()トカオモッチャ、ダメダヨ?」

 

 呼吸をするのも忘れ、人形のようにぎこちなく立ちあがりゆっくりと振り返る。

 そこには同じぐらいの背丈で、私のとは色違いのナイトキャップをかぶり、棒状の翼手に棒状の八色の宝石を付けた翼とは言い難いものを揺らしているフランがいた。

 見慣れた姿ではあったがよく見ると微妙に違う。いつもは愛らしいと思える緋色に染まった双眸は、赤黒く淀み虚ろな眼になり変っていたし、着ている服は元の布地なのか返り血なのか判別が出来ないほどにただただ真っ赤だった。

 

「ふぅ・・・・・」

 

 自分の予想と寸分たがわぬ姿を認め、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。即座に頭を切り替えて目の前のこの存在をどう対処するか考える。

 

 私達、吸血鬼を含む妖怪は精神に重きを置いているので、精神が不安定なままだと本来の力を発揮する事が出来ない。この化け物には調子を万全に整えても勝率があまり高いとは言えないのに、不安定なままでは生き残れるはずもない。

 

 

「・・・・・()()()()()

 

 

 そう、彼女は狂気。フランドールの内に潜む病巣で、紅魔館の住民を幾度となく殺してきた悩みのタネだ。

 

「これは、貴女がやったの?」

 

 心の中に煮え滾る、黒く激しい感情を抑えながら問う。

 

「コレッテ?」

「・・・・・言わなくても分かるでしょ?」

 

 巫山戯るような口調にいら立ちが募る。身体はフランだとわかってはいても沸々と湧いてくる殺気を抑える事が出来ない。

 

「・・・・・モシ、ソウダト言ッタラ?」 

 

 手を前にのばし、床を思いっきり蹴る。フランの首を空中で掴みながら壁に突っ込む。

 

「グッ・・・・・!」

「殺すかもしれないわね」

 

 壁に押し付けたままギリギリと締め付ける。

 しかし次の瞬間、なんの前触れもなく首を掴んでいた右腕が破裂した。

 

「・・・ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ、・・・コノ身体ハ大切ナ人ジャナカッタノ?」

 

 締めあげられていた首を抑えて、咳き込みながら問いかけるのを止めない。

 ・・・・・思えばさっきから疑問を投げかける事しかせずに攻撃してこようとはしなかった。今のはどちらかというと正当防衛にあたるからノーカンだろう。今までは何も聞かずにひたすらこの子(狂気)を抑えるのに専念してたから、コミュニケーションに飢えているのかもしれない。

 

 もしそうだとしたらかなり幼稚な考えだ。

 

「・・・・・貴女かなり能力を正確に扱えるのね。それと、さっきの質問に答えるなら、フランがこのくらいで死ぬわけ無いじゃない。・・・・・信頼しているのよ」

「ソレハソレハ、・・・・・随分ト歪ンダ信頼ネ」

 

 かと思えば意味ありげなことを言ってくる。話し方や発音や話す目線、全てにおいて不安定さを感じる。

 

「それはそうと、どうなのよ。貴女がやったの?」

「サァ?」

 

 再生し終えた右手にグングニルを握らせる。しかしグングニルを握った右腕は微かに震えている。

 

「ヤッパリネ。表面ハ取リ繕ッテテモ、マルデダメダネ」

「・・・・・っ!うるさいわねっ!、妹を殺されて平気なわけ無いでしょっ!」

 

 何を言っているのかコイツは。カルラはもう戻ってこないのだ。そんなときに冷静にしているというのが土台無理な話である。感情が昂ったことでグングニルを模っていた魔力が霧のように離散していくのを感じながら、飛び出した言葉は止まらない。

 

「あなたがっ・・・・・いくら貴女がフランの体を盾にしようとっ・・・・・フランには悪いけど憂さ晴らしさせてもらうわ」

 

 本当に最低な姉だと思う。いくら精神が別物だとはいえ、妹を鬱憤を晴らすに使うのだ。しかしどうしようもないではないか、フランを殺す事は私にはできない。この狂気をフランから離すためには、私は時間が解決する以外の方法を知らないのだ。

 

「チョットマッテヨ。他ノ二人ハ私ダケドソコノ子ハ知ラナイヨ?」

「・・・・・は?何を言って・・・・・?」

 

 他の二人?まさか、館が妙に静かすぎたのは・・・・・

 

「エ?イタジャン、貴女以外ニ私ガ出テクル度ニナンカ押シ籠メテキタ二人ガ」

 

 まさか・・・・・そんな・・・・・

 

「私達ヨリ大キイ背丈ノ男ト女ノ吸血鬼ガ」

「そんな・・・・・お父様とお母様も殺したの!?」

「・・・・・ヘェ!貴方達ッテ家族ダッタノネ!道理デ血ガ格別ニ美味シイノネ!」

 

 吸血鬼が同族の血を好んで口にするとは聞いたことが無いが、こいつを常識に当てはめてはならない。

 

 すでに脳が沸騰寸前にまで煮え滾っているが、今まで育ててくれた両親と妹の死を心の底に深く押し込み考える。父と母が死んだ今、紅魔館内は私とフランだけになってしまった。昨日までは両親が使役していた使い魔が多くいただろうが、契約者を失うと同時に使い魔は契約内容が消滅したとみなされ魔界へ強制送還されてしまう。私達は使い魔を雇っていないので、本当にこのだだっ広い建物に2人というわけだ。

 

 つまり紅魔館は私が知っている数十年間の中で最も無防備な状況にある。

 ・・・・・本来ならば即興の抜け穴だらけな契約でもいいから一時的に使い魔を増やさなけばいけないのだが、このフランを前に魔力をそっちに割く余裕なんてものは存在し得無い。

 

 ならば今することは。できることは即急な目の前の狂気の鎮静化だ。

 使い魔を増やしたり、紅魔館内の防衛の強化は後回し。魔力が回復してからゆっくりとやろう。・・・・・それに家族の弔いも済まさなければならない。

 

 そこまで考えたところで突如左足が破裂して飛び散る。

 

「ぐっ・・・・・!」

「サッキカラ黙ってるケドサー、私ハ貴女ニモ恨ミガアルノヨ?」

 

 厭味ったらしい笑みを浮かべ、右手を閉じては開き、閉じては開きを繰り返している。

 

 右足、左腕、右目、再生し終えた右腕、左肩、再生途中の左足。

 

 再生される端から破壊しつくされバランスをとる為に浮く事すら気力が割けない。吸血鬼は再生能力が高いとはいえ、無限では無く限度がある。

 

 そして少しとはいえ時間がかかる肉体の再生と、『眼』を見つけ手のひらを握るだけで起こる破壊ではどちらが早いかなど明白。こちらは作り直しては壊される無力感に精神的疲労が溜まる一方なのに対し、相手はただ何の感慨も、気力もなく照準を合わせ破壊していく。

 

 いや、もしかしたら照準を合わせる必要などなくただそこらへんにあった『眼』を適当に、玩具でも扱うかのように乱雑に潰しているだけかもしれない。

 

 右手だけを集中的に、一瞬で直し床を全力で殴りつける。それだけで大きな揺れが部屋全体を襲い、一瞬遅れ床にひびが入り陥没する。

 退屈そうな表情を浮かべていたフランの顔が楽しそうなものに変わる。

 

「ナンダ!マダ動ケルジャナイ!」

 

 そして次の瞬間には右手が無くなっていて。身体を包み込む倦怠感が一層増していく。

 

 しかし絶望する事もなければ、無気力になるわけでもない。

 この状態のフランに勝てると私が思っているのには勝機があるからで、それを実現させるにはいかに無駄な抵抗だろうと必要な事なのだ。

 本来、私一人の力量では勝機などというものは皆無に等しい。父や母の能力によって抑えつけるか、カルラも一緒になって実力行使によって気絶させるしかなかった。それを私のみで行うには無謀が過ぎるというものだろう。

 だが相手にもそれは分かっていて、だからこそ『慢心』という幼い強者が故の心の隙間を作ってしまう。

 

 私に実力の差を見せつけつつ()()()()()()()

 

 絶対的な破壊力を持つ能力で心臓や頭部、他の臓器や首の頸動脈を執拗に狙えば、直ぐに死んでいる事だろう。しかしそれをせずにいくら潰しても壊しても千切れても問題ない手足や肩を狙う事から、冗談ではなく本当に玩具と見ているのではないかと思ってしまう。まぁだからこそ『体力切れ』や『魔力切れ』を狙った戦い方ができるわけだが。

 

「・・・・・ははっ、戦いと言えるのかしらねこれは・・・・・ぐあぁっ!」

 

 自分の弱さに辟易していると、今までとは比べ物にならない痛みが襲ってきた。脇腹が半分ほど抉れているのが痛覚を通して伝わってくる。

 

「ツマラナイツマラナイ。少シ遊ベルカト思ッタケンダケド」

 

 顔にかかった返り血を拭いもせず、心底つまらなそうな表情をして歩いてくる。

 

 まずい。背筋を冷汗が伝う。脇腹といった内蔵の集まる部位を破壊したところを見るにだんだん飽き始めている。多量の出血が意識を朦朧とさせる。この傷を塞ぐには時間がかかりすぎる上に、直すことに集中するとフランに殺されかねない。しかし先ほどの様な時間稼ぎを出来るほどの余裕もない。

 

 だったら―――――

 

「・・・・・フラン、少しお話しましょう?」

 

 口で持ちこたえるとしよう。

 

「ウーン・・・・・イイヨ!オ姉サマトオ話シシタ事ナカッタカラネ!」

 

 フランが歩み寄ってくる足を止め、近くにあったソファーに腰掛ける。

 よかった、これで何とか治癒まで時間を稼げ―――

 

「タダ、直スノハナシダヨ?」

「・・・・・?ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 脇腹が焼けるように熱くなっているのを感じる。こいつ・・・・・!また脇腹を・・・・・!やばいやばいやばい!これ以上は死ぬ。

 

「フゥ――――――ッ、フゥ―――――ッ、・・・・・カハァッ、ハァッ」

「アハハハハハハハハッッ!良イ声デ啼クノネ、オ姉サマァ!」

 

 歪んだ笑みを浮かべ、狂ったように笑うフラン。

 ふぅ、この痛みは慣れる事はできない痛みだ。重要な部位が集まっているのもそうだがいかんせん出血が激しい。治さないわけにはいかないのだが、フランに気付かれないようにやるのは難しい。

 

 でもなんども破壊されて(こわされて)きたからか、『眼』について分かった事がある。要は物体の急所のみが『眼』にあたり、それ以外は握りつぶすことはできないのだろう。だったら話はそれほど難しくは無く、『眼』であろう部分以外を見極めて治していけばいい。

 破壊されている中だと『眼』にあたる部分は・・・・・ここだ、腎臓のすぐ近くにある動脈がそれに当たると思われる。幸いにも腎臓に傷は付いていないようなのでこの部分を避けて治していく。

 

「デモ、何ノオ話シスルノ?」

 

 歪んだ笑みを崩さないまま、ふと思ったかのように聞いてくる。

 

「ハァッ、ハァッ、・・・・・そうねぇ、『理不尽』について話さない?」

「『理不尽』、『理不尽』ネェ・・・・・、ソウ!貴女ニ言イタイ事ガアッタノヨ」

 

 知っていた。だからこの話題を選んだのだ。

 

「貴女、『運命』ヲ操レルノヨネ?」

「名前ほど便利なものではないのだけれど・・・・・ある程度はね」

 

 肘掛けの部分に腰掛け、両脚を手持無沙汰にブラブラ揺らしながら聞いてくる。

 

「ソンナ貴女ガ理不尽ヲ語ルナンて可笑シナ話ダト思ワナイ?」

「・・・・・どうしてかしら?」

 

 負傷した側の脇腹をさりげなくフランから見えないように体勢を調節しながら聞き返す。

 

「理不尽ッテイウノハ筋ニ合ワナイトカ理屈ガ通ッテ無イ時ニ使ウジャナイ?デ、『筋』ッテイウノハ『道』ニモ通ジルトコロガアル。王道、正道、邪道トカネ。・・・・・デモ、オお姉サマノ持ッテイル運命ヲ操ル能力ニハソレラヲ覆スホドノ(ちから)ガアル。邪道ヲ正道ニ、正道ヲ邪道ニスル(ちから)ガネ」

 

 そこで一息つくと、口元を僅かに歪める。

 

「・・・・・フフッ、ダカラ可笑シインダヨ。ソンナ世界ノ『理』ヲ根底カラ無視シテ、捻ジ曲ゲ、破壊スルヨウナ能力(チート)ヲ持ッテイルノニ理不尽ニ嘆クオ姉サマガ。コンナノ理不尽ダ?笑ッチャウネ。理不尽サエ起ラナイヨウニ作リ変エテシマウ事ノデキル代物ジャナイ。ソノ能力ハ」 

 

 ・・・・・妖力と魔力もだいぶ回復したし動脈以外の修復も終わった。後は一気に動脈を修復し、楽しい楽しい傀儡になりきり、ひたすらフランが魔力切れを起こすまで耐えきるだけなのだが、勘違いを一つ解かねばなるまい。

 

「貴女・・・・・今夜は随分と饒舌なのね。それとその解釈は過大評価が過ぎるわ。私の能力は世界を塗り替えるような大したものではないし、そりゃぁ理不尽だって感じるわよ。大体・・「ソレダッタラ!」・・・なによ?」

 

 強い声で遮られて不思議に思いながらも聞き返す。

 

「尚更滑稽ネ。明確ニ否定シナイッテコトハ、出来ルコトニハ出来ルンデショウ?ソレデモ変エラレナカッタラ嘆クノデハナク自分ノ努力ヲ誇ッタリ、自分ニ厳シクスルト思ウノ。デモオ姉サマハ嘆イタ。自分ニ降リカカッタ災厄ヲ。ツマリソレハ――――」

 

 ずっとしゃべり続けるフランを前に、私は口をはさむ事が出来ず喉は干上がっていた。

 

 

 

「貴女ハ本気デコノ災厄(理不尽)トイウ運命ヲ避ケヨウトシテイナカッタノヨ」

 

 

 

 いやに今の声がこの狭い空間に響いた。

 

「そんなこと・・・・・ないわ・・・・・」

 

 それ以上の否定の言葉が出てこない。もっと否定したい、否定しなければいけないのに根拠が出てこない。何を馬鹿なことを、と一笑に付してやりたいのに、

 

 

 言葉が出てこない。

 

 

「フフフッ・・・・・サテ、話ハココマデ。サッキノ続キト洒落込ミマショウ?」

 

 

 言葉に詰まる私を気にすることなく、また一方的な蹂躙が始まる。

 さっきのような命にかかわる部分を狙われる事は無くなったものの、最初に比べると危険が増しているのが分かる。能力によるものだけではなく、殴る、蹴るなどの肉弾戦になりつつあるのだ。

 まぁ能力ではないぶん回避行動が取りやすかったりするのだが、それさえ楽しんでいる節がある。どうせ私が足掻いているのを潰すのが楽しいとかそんな理由だろう。

 しかしそんな中でも私の頭は正常に動いているとは言い難かった。フランの言葉がぐるぐると脳内で繰り返し再生される。

 

 本当に私は努力をしたのだろうか?これ以上ないくらいに、自分自身になに偽り一つなく全て出し切ったと言えるだろうか?・・・・・私は家族を本当に助けたかったのだろうか?

 

 そんな思考が身体の動きを鈍らせ、避けれるものも避けられなくなってくる。

 フランの鋭い蹴りを身体の捻って避けようとするも完全に回避するには至らず、背中を掠めていく。

 当たらなかった事に安堵する間もなく、鳩尾に向けて破壊力満点、当たれば内蔵の一つや二つ破裂するであろう拳が迫る。思わず両手を交差させて少しでもダメージを軽減させようとするが、その拳は私の両手の骨をミシミシと軋ませながら巻きこんで、鳩尾へと突き刺さる。

 

「――――ッ!?グボァッ!」

 

 心臓を直火で焼かれたかのような熱さと激痛が襲う。決して少なくない量の赤い液体を床にぶちまけながら倒れ込む。空気が上手く体内に入ってこないどころか、吸い込む事さえ容易ではない。

 

「コンナニ床ヲ汚シチャッテ・・・・・。オ仕置キガ必要ナヨウネェ・・・・・、フフフッ」

 

 心底楽しそうに嗤うフラン。もう、私では止められない。

 

「コンナモノカシラネ?」

 

 次の瞬間、視界が真っ赤になり思わず目をつぶってしまう。今度はどこが破壊されたのだろうか?そして恐る恐る眼を開けると、左目はまだ真っ赤な床を映していたが右目に違和感があった。

 

 手を当ててみると見事に右の眼球だけ、周りの視神経や肉は傷つけずに破壊されていた。

 

 痛みにはもう慣れたが、視力が実質片目のみになってしまい視界が安定しない。足元がふらつき立つ事もまともにできやしない。まずい・・・・・こんな状態じゃ格好の的だ。

 

 これ以上の出血は、良くない。しかしどのように攻撃が飛んでくるかわからない私は、ただ気配を探るしかなかった。目を瞑り意識を集中させ、少しの変化も逃さないように待つ。

 

 グジュ、ズブッ、グチャァ、

 

「グッ・・・・・!カ、ハァッ!」 

 

 連続的に3つの音が聞こえたかと思うと、直後に呻き声が聞こえた。

 

 ドサッとなにか重いものが床に落ちる音がした。

 

 おかしい、来るはずの攻撃が来ない。

 

 ゆっくりと左目を開くとそこには、

 

「お、はよ、う・・・・・レミ、リア」

 

 心臓から手が突き出ているフランと、赤に染まったその手を静かに引き抜くカルラがいた。

 

 




 前書きでも書きましたが、投稿が遅くなった事ごめんなさい。
 次は五月下旬ですかね、と見せかけ遅れるのを見越して六月にしときます。

 現実でレポートが内容は満点だったのに文法とかで最低ランクにまで落ちて結構落ち込んでいる今日この頃です。

 文章力なんて無かったんや・・・・・(呆れ

 7000字オーバーのを書いて自分スゲーと悦に浸っていましたが、よくよく見返すと過去にも7000字超えているのをみて落ち込んでいる今日この頃です。

 前の自分良く書いたな・・・・・(呆れ

 次回はもっと頑張りたいものです。

 最後に、例大祭楽しかったです。


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紅魔館はすっからかん

 一か月過ぎる前に投稿出来て良かった・・・・・

 まだ・・・・・上旬・・・・・だよね・・・・・?


 カルラは赤く染まった手をダラリと下ろすと、前向きに倒れ掛かってくる。

 

 私はカルラを支えようと立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。正真正銘、妖力体力魔力すべてが限界に近かった。出血が酷く、半分になった視界が霞んでいる。

 

 私が支えようとしていたその身体は倒れるかのように見えて、倒れない。脚を強く踏み込むことによって支えているからだ。ブシュッ、とその拍子に鮮血が肩口から、胸の傷口から吐き出されるかのように飛び散る。しかし膝から崩れおちて床に倒れてしまう。

 

「カハッ・・・・・!」

 

 そして偶然にも身体の向きがこちらを向きながら横たわる形となった。

 

「カルラ・・・・・!良かった・・・・・」

 

 疲れ切った心の中に深い安堵が染みわたる。

 顔色はどちらかと言うと悪く、左腕はなく、心臓付近から出血がみられるが直ぐに治る事だろう。そしてなにより、眼の色に光が戻ってきていた。それはカルラが無事に生きている事を確認するには、私をこれ以上ないくらい安心させる事の出来るものだった。

 

 少し滲んだ眼から、静かに透明な液体が重力に従ってこめかみの方へ伝っていく。

 口元が細かく震え、溢れようとする嗚咽を堪えようとへの字のようになりさぞかし変な顔になっている事だろう。

 

「あは、ははっ・・・・・変な顔・・・・・」

 

 いつもの調子とはいかないまでも、力無く笑っているカルラを見ていると、こちらも頬が自然と緩んでくる。

 

「お互いに、手酷くやられたわね・・・・・」

「ええ、こんなに疲れたのは初めてよ・・・・・」

 

 そういうと溜息をひとつつき、

 

「じゃあ、また少し寝るから、・・・・・後の事宜しく」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 寝てしまったようだ。

 急に眼を閉じるから何事かと思ったが妖力枯渇っぽい。そりゃそうだ。あんなに重症な状態で吸血鬼の防御力を貫通するほどの威力を出したのだから消費は激しかっただろう。放っておけばその内回復して動けるようにもなるだろうし、そっとしておこう。

 

「・・・・・全く、マイペースね。でも今は、その能天気さが羨ましいわ」

 

 さて、これからどうするか。

 とりあえず此処を出よう。自分が知っている血の匂いが充満していてはあまりいい気分ではない。フランも気絶したので次目を覚ましたら狂気のままだった、という事はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・うん。

 だいぶ妖力も回復したし、怪我も表面上だけではあるが治ってきている。

 

「そろそろ移動しようかしら」

 

 左肩にフラン、右肩にカルラを担ぎあげて部屋を後にする。担ぎあげるときにカルラが呻き声をあげていたが気にしないでおこう。

 

 心配させられた私からの小さな八つ当たりだ。

 

 ふと振り返ると、今しがた出てきた赤い扉が目に入った。

 

「・・・・・忌々しい」

 

 ついさっきまで不本意だったとはいえ妹に殺されかけ死にかけた場所だった。そんなつぶやきが漏れてしまっても仕方がないと思えた。

 

 ・・・・・そういえばこの部屋は何のために作られたのだろうか?

 図書館に出入りしているカルラが作ったのだろうが、理由がさっぱりわからない。まぁ本人が眼を覚ましたら聞けばいい事だと思い、その疑問を頭の隅に追いやった。

 

 

 

 図書館にはソファーがないと二人を寝かせる場所がないことに気付いた。流石に床に寝かせるのはどうかと思ったので、図書館を出て各々の部屋に寝かせることにした。

 

 長い廊下を抜け、ロビーに出ると大柄な人影が見えてきた。侵入者かもしれないと思い片手に魔力を充填しておく。しかし顔が認識できる距離になると思わず声を詰まらせた。

 

「・・・・・っな!?」

 

 何故ならば、

 

「良かった、無事だったか」

 

 そこにいたのは父と母だった。

 多少やつれた顔をしてはいるが目に生気がある。大柄な人影に見えたのは、父が母を抱きかかえているからだった。そして何故だか私には、母がもう長くは無いという事がわかってしまっていた。

 

「お父様、何故・・・・・?いや、お母様はどう・・・・・?」

「・・・・・正直、自分の限界は把握していたつもりだったんだがな。どうにも、読み違えたらしい」

 

 母には最低限の止血処置が施されていたが、よくよく見れば父の胸からは絶えず血液がにじみ出ていた。それは今更手当をしても手遅れと言う事が分かるほどだった。

 

「私の方はなけなしの妖力で、死に傾いていた均衡を、生に寄らせて生きているんだが、それも、限界、だ」

「そんな・・・・・!」

 

 じゃあ、・・・・・それではっ!

 

 

 私が両親の最期を見とらなくてはならない、のか。

 

 

 妹達は一向に目を覚ます様子は無い。しかしそれでいい、その方がいい気がした。特に、フランには。この事を知ってしまったらフランはどう思うだろうか。

 

 自分のせいで両親が死んでしまった事を受け入れる事が出来るのだろうか。

 

 それだけの強さが、あるのだろうか。

 

 私にはフランを起こす事が出来なかった。

 あの子を信頼してやれないようではやはり最低の姉だろう。

 

 

 私は、私のエゴでフランが背負うはずの二つの十字架を奪い取る。

 

 

 それがフランの為になるのかは分からない。

 

 私にはわからない。

 

 ・・・・・なぜなら、私は弱いから。

 

 答えを出すのが怖いから。

 

 

 

「ゴホッ、ゴホッ!」

 

 父が血塊を口から吐き出すのを見て思考から一気に現実に引き戻される。

 

「しかし私も、なにもせずにこの事態に手をこまねいていたわけではない。レミリア、フランの狂気は、あとどれくらいだ?」

「・・・・・あと600年程」

「600年もの間、お前たちだけでフランを抑えるのは、厳しいだろう。・・・・・そこでだ」

 

 震えた手で胸ポケットから一枚の紙を取り出すと、私にしっかりと握らせた。グシャグシャになっているうえに赤く染まっているので、非常に読みにくかったが、

 

 

「・・・・・ホックド・オウレット?」

 

 

 確かにそう読みとれた。

 

「ああ、そいつは魔法使いでな、魔女狩りから紅魔館で匿うことを、交換条件に」

 

 そこまで言って父は言葉を詰まらせた。悲痛に顔を歪め、しかし含めるように言葉を紡いだ。

 

 

 

「・・・・・フランドール・スカーレットを封印することにした」

 

 

 

 ・・・・・やっぱりか。

 今回の事は父のフランに対する印象を変えさせた。今までに狂気を抑えた事は何度かあったが、それは怪我人こそ出たが死人が出る事は無かった。文献にも狂気について詳しい事は書いていなかった。

 要するに母と父に致命傷を負わせたことが、臆病にさせたのだ。死ぬ事がないと思っていたか、家族に手を掛ける事は無いと過信していたか。いずれにせよ慢心していた反動で警戒心が倍増しているんだろう。

 

 だが、

 

「嫌よ」

 

 その判断にフランの意志は含まれてはいない。

 いくら父が私やカルラが狂気によって命を落としてしまう事を考えてのことだったとしてもお断りだ。フランが封印されている年月を私達だけがのうのうと生き長らえていいはずがない。

 

「ダメだ、これは決定事項だ」

 

 父は口の端から血を垂らしながらも私の拒絶をはねつける。

 

「私が、この紅魔館の主だ。お前がどんなに喚こうが、ここでは私がルールだ」

 

 父が、この男が家族を思ってやろうとしている事はわかっている。

 分かってはいるが、それを理解できるかどうかは別問題だ。

 フランのいない平穏など、日常など必要ない。

 

「件の魔法使いは今日来る事になっている。そして私は封印を見届けるまでは死ぬつもりなど毛頭無い」

 

 

 フランを救うにはこの男が邪魔だ。

 

「お前の為を思ってのことなんだ」

 

 そんな主観的な善意を押しつけられても迷惑だ。

 

「フランに会えなくなるわけじゃない」

 

 そういう問題ではない。

 あぁ、煩い煩い。

 

 今まで父を恐れた事はあっても、ここまで憎んだ事は無かった。ここまで鬱陶しく思った事は無かった。

 

「そうだろう?レミリア」

 

 そうやって宥めていれば私が納得すると思っているのか。

 

 口を開けば罵倒の言葉が出てきてしまいそうで唇を噛み、必死に昂る気持ちを抑える。

 それをどう受け取ったのか、父は話は終わったとばかりに背を向け、玄関へと歩き出す。

 

「もうじき来るだろうから門まで迎えに行って来る。・・・・・お前が聞き分けの良い子で良かったよ」

 

 ドクン、と心臓が跳ね上がる。

 

「・・・・・聞き分けの良い子?」

「あぁ、私の自慢の娘だ」

 

 一瞬立ち止まりそれだけ答えると、再び歩き出した。

 

 自慢の娘?理想の娘の間違いだろう。私は父に意見こそ言えど、逆らう事は基本的にはしなかった。それが正しい事だと信じていたし、なにより期待を失いたくなかった。しかし私個人には自我があり、術者の思い通りにしか動けない傀儡でもなければ、埋め込まれたプログラムをこなすことしかできないゴーレムでもない。

 

 フランを封印すれば私が死ぬ事もないし長い年月を掛ければフランと一緒に過ごす事も叶うだろう。しかし封印しなければ私は十中八九狂気に殺されるだろう。

 

 なるほど。いかにも父が好みそうな合理的な考えだ。

 だが私は嫌だ。フランを封印なんてしたくない。ならばどうすればいいか。

 

 

 

 ―――――――答えはいたって簡単で、今にも玄関を開けようとしているあの無防備な背中を死に向かってひと押しするだけでいい。

 

 

 

 普段なら絶対思いつくはずの無い方法。私があの男に勝とうなど数百年早い。それだけの実力差が私とあの男の間にはある。

 しかし今ならばどうだ。その埋めようもない差をいとも簡単に狂気が覆してくれた。今ならば簡単に殺れる。赤子の手をひねるに等しい。罪の呵責など一欠片も感じない。何故ならばすでに手負いだから。重症だから。死にかけだから。―――――事故、そうこれは事故だ。他愛もない事故。不運だった、で済ませられる程度のもの。

 

 

 肩に担いでいた二人を音をたてないように静かに下ろす。起きる様子はいまだに無い。どちらも大切な愛しい妹だ。私は二人と一緒にいれるだけで幸せで、そのためには私の手がどんなに汚れようとかまわない。

 

 

 私の人差し指が勝手に魔力弾を纏う。しかし私はそれを止めない。さらに人差し指は玄関を向く。しかし私は抵抗しない。すぐに魔力の装填が完了する。

 

 そして私は、躊躇しない。

 

 

 ドアノブ特有の金属が擦れる音がした直後に、派手な爆発音が館内に響き渡る。

 同時に、

 

「な・・・・・!?」

 

 私は目を疑った。

 爆発と同時に火柱が上がったからだ。私は爆発属性は付与したが、せいぜい当たったものを内側から破裂させる程度のものだ。火に関連した属性には手を付けていない。つまりこの火柱は私の魔力弾では無い。これらが示唆する事とは、

 

「・・・・・驚いた、吸血鬼って案外脆いのね」

 

 第三者の介入だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――可燃物()が燃えきったことにより火が消え、白煙がゆっくりと引いていく。そこには声の主であろう少女が立っていた。

 三日月のアクセサリが付いた紫のナイトキャップに、これまた紫のネグリジェを纏い、極めつけには多少色は薄いがまたもや紫のブーツを履いている。なんなら髪の色さえ紫だ。

 全身を紫で固めた少女は日に当たった事の無いような白い肌を袖口から覗かせていて、青白いそれは日光が照らしている事で純白ともとれる色合いをしている。

 

「・・・・・どちら様かしら?」

 

 とりあえず聞いてみる。

 

「しがない魔法使いモドキよ」

 

 なんだか要領を得ない回答が返ってきた。

 魔法使い・・・・・?父がそんな事を言っていた気がする。

 

「あぁ・・・・・あなたがホックド・オウレットかしら?」

「ええ、いかにも」

 

 表情は出会ったときから少しも動くことは無く、口元だけが僅かに動く。

 不気味だった。

 

 こいつは父を殺したのだろうか。

 

「あなたと父は協力関係にあったのではなくて?」

「所詮口約束よ。何故契約を結ばなかったのかはわからないけど、破られても文句は言えないはずよ」

「まぁ、文句が言えればね」

 

 そう皮肉ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。初めてみた表情の変化に少しホッとした。流石にずっと鉄仮面のままでいられると気味が悪い。

 

「・・・・・当初には無かった予定なのよ。最初は封印の真似事をするだけで魔女狩りから逃れる事が出来て、暫く安定した住処を得る事が出来る。こんなに割の良い仕事は無かったから受けることにしたわ」

「ちょっとまって、・・・・・封印の真似事?どういうことかしら?」

「そのままの意味よ。私は精霊魔法を主に使っているの。完璧な封印なんか、出来っこないわ」

 

 ということはつまり、

 

「封印するつもりは無かったってこと?」

「まぁ流石にそれだと匿ってもらう方の約束もどうなるかわかったもんじゃないから、簡易的に別空間を作ってそこに吸血鬼・・・・・フランドールだったかしら?に入ってもらうつもりだったけど。別空間って言っても同じ場所をカーテンで区切る程度の粗末なものよ。だから真似事ってわけ」

 

 そうか・・・・・どうやらフランの封印についてはとり越し苦労だったらしい。

 

 しかし父は取引相手を碌に確かめようともせずに、なにをそんなに焦っていたのだろうか。

 

 待て、そもそも父は何故殺され―――――――――

 

「魔法使いっていうのは」

 

 オウレットの声に引き戻される。

 

「元来自由なものよ。自分の好きなように魔法を使い、夢を叶えるために研究を重ね、生涯の限りを尽くす。しかもを身につければ生涯という枷さえ失くすことができる。逆になにかに縛られた状態では魔法を扱う事は出来ない。魔法とは自由を表現する一つの手段なのよ」

 

 そこまで喋ると一息つき、また何か言おうと息を吸い込み、結局何も言わずに溜息を吐いた。

 そしてそのまま反転して立ち去ろうとする。

 

「ちょっと、どこへいくのよ」

 

 思わず声を掛ける。しかしオウレットは止まらず歩き続ける。

 

「無視するなっての!」

 

 聞こえているであろうに反応の色を示さない事に苛立ちを覚える。

 せめて振り向かせようと、後ろから駆け寄り右肩を掴んだ瞬間、

 

 

 妹たちの頭上を越えるように吹き飛ばされ、背中から館内の壁に叩きつけられた。

 

 

「ガッ・・・・・ク八ッ・・・・・!?」

 

 肺から一気に空気が押し出され呼吸ができなくなる。背骨がきしむ音が聞こえ、視界が明滅する。口から血の味がする。口内を切ったらしいという事はすぐにわかる。

 何故だ。殺意が見えなかったからこそ警戒する必要がないと判断したのに。

 

 そこまで考えて妹の危険を案じ、急いで視線を向けるとそこに奴はいなかった。

 魔力を探っても近くにその類のものは無い。おかしい。何故追撃を仕掛けてこないのか。

 

 しかし、そこで視界に捉えたものに思わず悪寒が走る。

 

 一つ一つは小さく私の幼少期の半分にも満たないレベル。

 本来ならば気にする必要のない塵芥。

 

 だが、数が違う。三桁に届きそうなほどの有象無象塵芥。

 塵も積もればとはよく言ったもので、私の魔力に匹敵するかそれ以上の脅威がそこにあった。

 

 それは、ヴァンパイアハンターであったり、魔術師であったり、退魔師であったり。

 少し驚いたのは、妖怪の類の気配もうかがえた事だ。しかも知っているものも混じっていることから不可侵の契約を結んだ奴も含んでいると思われる。

 父が死んだ事が伝わってから向かってくるには少々早すぎる。前々から人間側に寝返る兆しはあったのだろう。どこで不満が募ったのかは今となっては知る由が無い。

 

 それはいったん置いといて、今はまずい。タイミングが悪すぎる。先の戦いで消耗した身体ではあの軍勢を抑えることは難しい。妹たちはいまだ目を覚ます様子は無い。

 

 まるで謀ったかのようなタイミングできたものだ。偶然にも程がある。

 しかしなにか推論を立てるには少々サンプルが足りない。

 

 

 いや、一つだけあったか。 

 私が能力を多用するようになったきっかけで、唯一ハンターと関わった事例。

 カルラと町に狩りに行ってハンターに出会った時のことだ。

 

『寝室に入ったところを撃たれた』

 

 とカルラは言っていた。あの時は特に考えもしなかったが、よくよく考えるとおかしい。いくら銃が布団で隠せるものだからと言って、そう簡単に撃つ直前の状態まで持っていけるだろうか?

 当然、弾丸を込める必要はあるだろうし、撃鉄を起こす必要もある。ましてやカルラは転移魔法で館に潜り込んだのだ。事前に察知でもしなければ用意することなどできはしない。

 

 ・・・・・そう、事前に察知でもしていなければ、だ。普通人間が魔力を感知する事などできはしない。だからこそハンターが魔力を感知したという可能性を考えなかったのだが。逆にそれが仇となりこの可能性を考慮しなかったともいえる。

 

 仮にハンターやそれに準ずる人間が魔力を感知する術を持っているとしたならば今回の事は納得がいく。

 

 要するに自分たちの総合的な戦力が弱まった時点で動き出したということだ。

 

 そして戦力が削がれた事には、あの魔法使いも一枚かんでいるんだろう。

 

 ・・・・・随分近くまで来たな。

 数百メートル先には多種多様な防具を纏った、遠目に見ると珍妙ともとれる集団が雄たけびを上げながら突っ込んでくる。力も八割まで回復したしどうにかなるだろう。

 

 紅魔館を守る為に。

 

 なにより唯一の肉親となった二人を守る為に。 

 

 この身を捧げよう。

 

 例え精根尽き果てようとも私は、此処を、この居場所を、この家族を守り続ける。

 

 この館では、紅魔館では私の想いは絶対。

 

 何故ならば、私は誇り高きツェペシュの末裔にして、紅魔館当主、

 

 

 

 レミリア・スカーレットなのだから。

 

 

 




 <追記>
 後で見たら赤面モノだったので後書きを削除しました。




 何書いているんだろう自分・・・・・。


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七曜の魔女

二ヶ月ですよ二ヶ月。
早いですねぇ。


 ―――――――紫の少女は紅い館で始まった多数の人間と一人の吸血鬼の戦いを、手に持った水晶を介して眺めていた。その片手間では持っていない方の手はなにやら奇怪な魔方陣を描いている。

 この少女は今しがた深紅の槍を振り回している吸血鬼と多少の面識がある。面識と言ってもほんの数分前のことだし、ファーストコンタクトは父親の殺害現場と言う少々クセのあるものだったが。

 

 そして少女は苛立っていた。水晶に映る戦況が吸血鬼が人間に劣勢を強いられているからでは無い。それは仕方ない。一定の状況下であれば起こり得る事だからだ。

 

 それよりもっと根本的な部分で苛立っていた。それは自らが戦いの引き金を引いてしまったという事である。本来あまり争いごとを好む性格でもなければ、自分とは関係ないと切り捨てられるような性分でもない。

 この魔法使い、技術としては一流なれど少々性格に難があった。優しすぎたのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 魔法使いは総じて知識欲が旺盛で人生のほとんどを研究に費やしている。さらに魔法使いの前提として身体の成長を止める捨虫の術と、食事を必要としない捨食の術を習得しているので長寿だ。その上外に出ず研究に明け暮れているのだから、先述の二つの魔法が開発されて以降、魔法使いの個体数は増加の一途をたどっていた。

 

 ――――――それが故に俗に言う『魔女狩り』を引き起こす一因となる。

 

 この少女も魔法使いの例にもれず日夜魔法の研究を繰り返していた。そして研究時間が惜しいと、捨虫と捨食の術を習得し、完全な魔法使いへと昇華した。

 彼女を一言で表すとありふれた表現だが、天才だ。本来は五十年は必要とされる魔法使いとしての基礎を、僅か十年足らずで身につけ、応用や発展に手を出すようになった。それさえ身につけてしまうと次は様々な形の魔法に手を出すようになる。

 彼女を天才と呼ばれるまでに押し上げた原因としては、並はずれた探究心が挙げられるだろう。

 通常魔法使いは一つの分野を究めることが多い。自分の肌に合ったものをひたすら磨いて磨いて磨き続ける。その行動には一つの分野に集中するという意味も込められてはいるが、本質的な部分は別にあった。

 それは情報量の問題だ。複雑怪奇な分野に手を出せば、その分難解な原理が用いられている事が多い。それを何個も詰め込むという言うのは少々骨の折れることで、多くの魔法使いは自分が得意とするもの以外には手を出さなかった。その行為の恐ろしさと言ったら複数の種類の魔法を研究しようとし、脳内の情報量が許容量を超えて廃人化したという魔法使いも珍しくないくらいだ。

 

 しかし少女は違った。

 少女の名前がある程度知れ渡った時、少女が得意としていた精霊系以外の魔法を研究すると他の魔法使いたちが知って最初に抱いた感想は、大方すぐに諦めるか、病院行きだろう、というものだ。当然のように意地の悪い者はライバルが減ると陰でほくそ笑み、数少ない友人はすぐに止めるよう説得しに行く。だが忠告した程度で探究心が収まるはずもなく、少女は研究をやめなかった。

 

 そして数年の月日が流れ、誰もが少女の事を忘れていたときにソレは現れることになる。

 

 以前とは比べ物にならない程の魔力と研究以上の知識を備えた少女だった。

 

 魔界は騒然とした。

 いったいどのような方法で研究し続けたのか?他の魔法使いは少女のもとを訪れては口々に疑問を投げかける。それに対する少女の反応はいつも変らなかった。

 

「別に大したことじゃないわ。むしろどうしてこの発想に貴方達が辿りつかなかったかが不思議なくらいよ。・・・・・本当に簡単な事。『脳のキャパシティが足りないなら増やせばいい』」

 

 つまりは脳の容量を無理やり増やしたというわけだ。

 それを聞いた者は全員がこう思った。

 

 出来るならやってる、と。

 

 少女に限らずその解答にはだれもが行き着くに決まっている。しかし方法が分からない。それに研究を人生に捧げている魔法使いからすれば脳がもたらす機能は核とも言えるもので、そんなところを手探りの状態で弄りまわすのは勇気と言うより命知らずの行為だ。

いかに魔法使いと言えど命は惜しいもので、長い間多数の魔法を研究する者はいなくなった。

 

 そんな中、ある少女がその方法に行き着いたと知れ渡る。

 

 数多くの名の知れた魔法使いでさえ辿りつけなかったのに何故少女は偉業を成し遂げる事が出来たのか。

 本人にそう尋ねるといつも特に渋る様子もなく淡々と教えてくれる。

 

「増やすっていうのは何も容量を増やすって意味でとらえる事は無いわ。魔力を入れる容器があるとして、一定のの魔力しか入らないのにそれ以上無理やり入れようとしても器が耐えきれずに壊れるだけよ」

 

 時には丁寧に容器の模型まで作って壊れる様を実演したりした。

 

「でも容器を二つにすれば単純計算でも二倍の容量になる。この考えを魔力を記憶に、容器を脳のキャパシティに置き換えたらできるわ。・・・・・まぁ流石にこんな単純にはいかないけれど、理論さえ理解できればさほど難しいものでもないはずよ」

 

 毎回そう言った後に、

 

「ただし」

 

 と付け足し、さらにこう加える。

 

「もちろん根本的には脳を圧迫しているのに変わらないから、デメリットが常に付きまとう事になるわ。それは私にも予想がつかない。繰り返すけど、脳はそんなに単純なものじゃないのよ」

 

 不確定なデメリット。様々な分野の魔法、それは喉が手が出るほど欲しいが、代償のリスクが高すぎる。それが少女のもとを訪れた多くの魔法使いが出した結論だった。多種多様な外れしか出ないクジなど誰も進んで引こうとは思わない。

 デメリットが分からない状態で自分の体を改造するなど正気の沙汰ではない・・・・・と結論付けられ、次第に距離を置かれるようになった。

 とはいえ、偉業を成し遂げたことで一気に名は広まり、一部の研究熱心な者は弟子入りを志願したが、少女は弟子をとろうとはしなかった。曰く、自分は教えるには向かないそうだ。

 ・・・・・秘術を独り占めしているとみられる事を考えられなかったのは、引っ込み思案な少女からすれば仕方ない事だと言えるだろう。

 

 ということで、徐々に慕われていたものからもお高くとまっていると陰口を叩かれる始末。いつからか偶にくる友人も姿を見せなくなり、たまに同業者間で開かれている市場でさえ邪険に扱われる事があり、ついには家を襲撃される事もあった。長年住んでいた家が焼け崩れた時には胸が詰まり、泣いてしまいそうになった。残ったのはいつも肌身離さず持っていた魔道書(グリモワール)のみ。

 知識欲を満たせないことからくる僻みの感情が、被害を加速させる一因となっていることに少女は気づいていただろうか?

 

 家を失くしてからというもの魔界の端から端へ転々と移り住む日々が続く。

 

 ふと、気付いた時には完全に少女は孤立していた。

 

 魔界に居場所を失くしたあとは、人間界に住まいを構えた。

 が、タイミングが悪過ぎたなと後で知ることとなる。それは魔界から出てきておよそ二年後にいき過ぎた人口増加に伴い、ある政策が実施されことで自覚するに至る。

 

 

 聖教が異端を排するという建前の元、反逆者や、敵対する者、およそ六万もの女性を処刑したとされる―――――――――俗に言う『魔女狩り』だった。

 

 

 

 

 しかし本物の魔女が狩られたのは六万の一割にも満たない。

 それは聖教側は異教徒の排斥や、権力を拡大する為に行ったにすぎずなにも魔女を根幹から廃絶させようとしたわけではないからだ。

 もとから教会の意にそぐわないものを排除する口実が欲しかった。が、信者の目がある為おいそれと実行するわけにはいかない。そんな時に偶然にも都合よく生贄が現れた。彼女らは決してこちらに関わってこようとはしなかったが、どうにも人ならざる存在らしい。さらには魔の相もあるという。教会からすればこんなに美味しい話は無かった。

 

 一つ問題があるとすれば、教会側の正当性を示す為に本物を一度でも良いから処刑しなければいけない事だった。一回やってしまえば後は適当に難癖を付けて引っ張ってくれば良い。彼らは魔界出身というぐらいなのだから当然戦闘力はこちらをはるかに凌ぐだろう。が、幸いにも駒はこちらが圧倒的に多い。数で押せば勝てる。 

 

 

―――――単体で行動している魔女を狙え。

 

 

 

 

 

 少女にとってはとんだ災難だっただろう。平穏を望んでこの地に来たというのにどうしてまた追われなければならないのか。なんでこの人間達は私を目の敵のように追い立てるのか。そして何故よりによって私を執拗に狙うのか。

 

・・・・・意味がわからない。

 だが殺されるのは御免だ。

 

 酷な話だった。生まれ故郷である魔界から些細なことで憎まれ追われ殺されかけ、転居先でも特にこれと言った理由もなくただ『魔法使い』だから、『魔女』だからというだけで多くの人に追われる。

 

 それ以外でも一人だったことが理由として挙げられるのだが少女が知ることはなかった。

 

 同業者に助けてもらおうとも考えたが、二年たったとはいえまだまだ新参者。助けてもらう伝手などあるはずもなく、あったところで相手には何のメリットもない。少女は魔法使いという種族がいかに損得勘定を重んじて行動しているかを身に染みて知っていた。

 

 

 対抗手段はあった。多くの魔法を究めた少女は人間界では圧倒的強者で、それ故に強者が弱者に打ち勝つ方法は単純で何の捻りもない簡単なものだった。

 その身に宿る魔力を駆使して、追ってくる者を返り討ちにしてやればいい。私に手を出したらこうなると、残虐なまでに傷つけて甚振って嬲って殺して見せつけてやればいい。

 古来より弱肉強食であるこの世界は力ある者が常に優位に立ってきたのだから。

 それだけの事をする理由は出来ていたはずだった。

 

 

 だが逃げた。抵抗らしい抵抗すらせずに逃げた。争い事が苦手だったのかもしれないし、負の感情を向けられるのを恐れていたのかもしれない。

 かつてと同じように逃げる。ただ今回違うのは終わりがないこと。魔界にも人間界にも居場所を失った少女はひたすら逃げ続けた。

 こちらが体力を回復させようと足を止めようものなら罵詈雑言とともに殺傷力満点の魔力弾が飛んでくる。日夜殆ど休む暇もなく逃げ続けたが、追手は日を追うごとに増えていき次第に少女の顔色には疲れが見て取れた。

 

 

 そして数週間後、一方的すぎる追跡劇によって疲労はピークを迎えていた。魔法使いは常日頃から研究に明け暮れている為、外出することが少なく総じて身体が弱い。ましてや肉体強化系に研究を割いていない少女は特にその傾向が強く、溜まりきった疲労は完全に思考能力を奪っていく。

 

 そんな状態で少女はある町に転がり込む。そこに同業者がいると言う情報を掴んだのだ。普段ならこんなお尋ね者を匿う物好きなどいるはずがないとか、自分は追われているのに町で生活できているのはおかしい等、頭脳を働かせ町を迂回する道を選んだのだろうが、疲れ切った脳は正常な判断を下す事無くその怪しげな情報を鵜呑みにしてしまった。

 恐らく人との関わり合いに無意識に飢えていた事も起因しているのだろう。いくら魔法使いとはいえ一人っきりで生活する事は不可能だ。研究にしたって独りでやっていればいくら頑張っても基本的に自分自身の視点でしか物事をとらえる事が出来ないが、他者の視点を共有できるというのは自身のスキルの向上につながる。

 そうでなくとも会話というものは知能を持つ生物同士による意志伝達手段の中では最重要になる。その機能を数年も腐らせておけば、無自覚にフラストレーションが生じる。本来標準装備である機能が使えないのだ。当然ともいえるだろう。

閑話休題。

 

 まぁ案の定掴んだ情報はデマで、少女は捕まってしまう。

 

 捕まってすぐ少女は粗末な牢に入れられたが、最初に感じた事は捕まってしまった焦燥感でもなく、絶望でも恐怖でもなく、ただ満足に休息がとれるという充足感だった。

 

 

 

 おかしい。

 

 少女がそう思ったのは牢に入ってから二週間ほど過ぎた時のことだった。

 一向に処刑される様子がない。いや、処刑されたいとかいう自殺願望者でもなければ、いきすぎたマゾっ気があるなわけでもないのだが遅い気がする。まぁなるようになるだろう、と思いそれ以上考えないようにする。

 

 その翌日、長い間閉ざされていた牢の扉が開かれ、裁判所に連行された。

 もしかしたら弁明の余地があるかもしれないと思い期待に胸を膨らませていたが、そんな事はあるはずも無く。

 

 身に覚えのない罪状に会った事もない証人たち。触れた事は愚か、見た事すらない数十個にも及ぶ証拠。反論しようとするも口には猿轡を噛まされ、両手は後ろで縛られている。身じろぎしようものなら両端からどつかれ、傍聴席ともいえない柵で囲っただけの場所からは石やらゴミやら投げつけられる始末。血を流そうとも周囲からは鼻で笑われる。

 

「バケモノが!一丁前に痛がってるんじゃねえよ!」

 

そんな言葉を投げかけられた。いくら人外とはいえ痛いものは痛いのだ。そのうえ拘束具に退魔の印でも刻んであるのか、魔法で治療する事も出来ない。

 

「・・・・・以上の罪状より魔女ホックド・オウレットを極刑に処する」

 

 極刑、最も重い罪。つまりは死刑。これと言った実害がないのに対して重すぎる罪。

 明らかに未知なる恐怖と偏見が入り混じった判決だった。

 

 しかし自分が死ぬ事が決まっても少女は取り乱すことは無い。

 

 それは自信があったから。

 

 この状況を打破する自信が。

 

 いや、自信というより事実だった。動かしようの無い事実。言うなれば普通の魔法使いと少女との個体値の差。少女の持つ魔力は退魔の印ぐらいでどうにかなるものではなかったのだ。詠唱など必要なく、彼女が嫌っていた非効率な魔力の出鱈目な開放。到底人が耐えられるような生半可なものではない。その事が少女の魔力解放に意識的にリミットを掛けていた。

 

 

 魔界で後ろ指を指された時も、家を襲撃された時も、殺されかけた時も、此方に来て追われた時も。

 

 全て無意味な殺生を嫌う、魔法使いらしからぬ性格の為に逃げることしかしなかった。

 

 しかしもう限界だった。いくらそのことを信条に掲げているとはいえ自らの命と比べれば如何に善人であれ後者に天秤が傾くのは当然だろう。少女は崇高な自己犠牲の精神までは持ち合わせてはいない。

 

 少女が魔力を開放しようとすると、胸の奥底でキュッと痛みが走った。無意識にその痛みを感じる程度には信条を大事にしていたんだろうなぁ、と妙な感傷に浸るも一瞬のみ。今度こそ魔力を開放して、次の瞬間には周囲の人間が一斉に倒れる姿を幻視する―――――――――――――――――

 

 

「ちょっと待った」

 

 魔力を開放する寸前でしわがれた声が耳に響いた。一瞬気をとられたことにより魔力が離散する。

 

「流石に被害も出ていない者を殺すのはどうかと思うのだが」

 

 顔を向ければ如何にも老紳士という言葉が似合いそうな老人が法廷に入ってくるのが見える。

 少女は僅かに目を見開いたが、すぐに元の陰鬱とした表情に戻った。一介の老人の話など裁判長が聞き入れるはずがないと思ったからだ。所詮老人が法廷からつまみ出されて終わりだと自分の中で結論付ける。

 しかし、

 

「むむむ、確かに町長殿の提案も一理ありますな。私も判決を出そうと焦っていたのかもしれない。でもどうしますか?無罪放免というのは流石に・・・・・」

 

 なんだか嫌な予感がした。というかこの裁判長、大根役者もいいところだ。殆ど棒読みなうえ、抑揚の付け方もそこはかとなくたどたどしい。しかしそれを疑問に思ったのはその場にいる中では少女だけであり、誰も口をはさむ事は無かった。

 

「そうだな・・・・・ではこういうのはどうだろうか」

 

 わざとらしく一瞬溜めを作ってから町長が提案した。

 

 

 

「来たる吸血鬼殲滅の為の先鋒にするというのは」

 

 

 

「は?」

 

 一瞬、少女の頭は思考を止めざるを得なかった。提案があまりにも予想外すぎたからだ。そんな少女を置いてけぼりに、話は進んでいく。その会話の中でも少女の明晰な頭脳は業務的に必要な情報をふるい分けていく。

 

 選別の結果として、分かった事、決定した事は次の事だった。

 

 

 

 この町は古くから吸血鬼に攫われる事が多々あるらしい。その吸血鬼は近くに悪趣味な紅い館を構えそこに住み着いている。

 では何故この町は存在する事が出来ているのだろうか。それは捕食者たる吸血鬼が狡賢いからだとのこと。彼らは毎回攫って行く人数をおおよそ定めていて、一定以上の数を攫う事はまずないとのこと。逆に言えば毎回一定数の人は残されることになる。そして次に攫われるときになるまでは人数が増えているので、この町の人は数的には減る事が無く規模も大きくなる事も無い。臆して逃げようものなら逃がさず残さない。

 

 つまりこの町は吸血鬼にとって都合の良い狩り場なのだ。

 

 草食動物は牧草地では一回の食事の時に、ある程度草を残すという。これは長い年月を掛けて学習した結果、配分を考えるようになったからだ。全て食べつくすのではなく次の食事に備え餌となる植物が育つのを待つ。だいぶ大雑把な括りになるが一種の農業とも・・・・・言えなくもないだろう。

 

 しかし意志を持たぬ草木と人は違う。喰われるままでは終わらない。思考錯誤を繰り返し、狩る側と同じように皮肉にも長い年月を掛けて、魔力探知の術式を吸血鬼の住処に仕掛けることに成功した。

 

 その仕掛けの意図とは勢力の探知にある。吸血鬼が住んでいる悪趣味な紅い館の周りには他にも多くの魔物が潜んでいる。しかし魔物の中でもかなりの上位に位置する吸血鬼と比べると一個体あたりの魔力の質がだいぶ違う。それ故に簡易的なものでも吸血鬼か否かの違いが分かりやすいのだ。

 

 普通、人は人外に対して倒す手段どころか、立ち向かえる手段すら持ち合わせていない。そういった離れ業が出来るのは聖教に属している者や、自分自身を鍛え魔を退ける力を極めた者だけだ。

 それでも所詮人間。強大すぎる力の前にはただひれ伏し、災禍が過ぎ去るのを待つことしかできない。この町も一度高名なハンターを外部から招待した事もあったが、年端もいかない二人の吸血鬼に殺されてしまった。大の大人が、プロが負けたのだ。

 しかしそれは予想通りだった。いや、そうでなくは困る。

 

 ハンターは捨て駒だった。

 

 敵を潰すのならまずは戦力把握が必須事項だった。毎回狩りに来るのは何人か。どのくらいの実力なのか。その間に館に残っているのは何人か。等々。それらを得る為ならば、生き残る為に幾人もの生贄を捧げてきた彼らにとって外部の人間がどうなろうと知った事ではない。

 

 ――――――吸血鬼を、永年の仇敵を打ち取る為ならばどんな犠牲も厭わない。

 

 

 

 その考えは明らかに矛盾している。

 部外者である少女でさえ、部外者である少女だからこそ気付く事が出来た観点。

 

 しかし話を聞いた今でも少女にそれを指摘するほどの優しさはなかった。それに吸血鬼と自分たちの因縁を語る老人は口調は憎々しかったが、口元はどこか綻んでいるように見えた。まるで吸血鬼との抗争そのものが生甲斐と感じているかのように。

 だからこそ少女は口を挟まない。その熱に水を差すのが躊躇われたから。

 

 

 事態が動いたのはつい最近だ。

 一週間ほど前に大きな魔力が何の前触れもなく発生した。

 普通膨大な魔力が発生するときには、小さい状態から徐々に大きくなっていくという過程がある。その過程で魔力の質が決まる。魔力が膨張する速度が早ければ早いほど質が高いとされる。その他にも判断する基準はあるが、今回において重要視されたのはその異常性だった。

 前触れが無い、つまりは認識されない程度の早さで膨張したことになる。つまりは未知なる領域の魔力。探知機で測る測れないじゃ無く、肌がピり付くほどの濃度。当然町人たちは色めき立った。

 館の中の勢力は既に調べが付いていた。大人二人に子供が三人、その中で最も魔力が高いのは子供のうちの一人だった。しかし何故か魔力の大きさが安定しておらずコロコロ変わるのだ。故に町内では最警戒されている。

 だが今回の魔力は子供の最大を上回るほどのものなのだ。

 

 何かが起きる?

 

 わからない・・・・・だが異常事態なのは確かだ。

 

 何かが起きる。

 

 町内はそんな思いに包まれ、人々は虎視眈々と事態の進展ををうかがっていた―――――

 

「そして事態は急転した」

 

 ようやく少女の思考が会話に追いついた。

 

「ついさっきその強大な魔力が離散してな。一人死んだんだろう。後は四人だがそのうちの二人は息も絶え絶えだと思われるほど魔力がか弱い」

 

 町長はおよそ老齢とは思えぬ程の闘争心に満ちた笑みを浮かべ、尚も語る。

 

「そこで私、並びにこの町の住人全員は決心した。

 

 

 

―――――今日この日を持って歴史を変えると」

 

 

 歴史を変える―――――つまりは被食者を脱する、吸血鬼を討つという事。

 そんなことができるのか。吸血鬼とは夜の帝王とも恐れられ、魔族の中でも最上位といっても過言ではない存在。たかが人間など障害の一つにもなりやしないだろう。いかに高等な魔法を使えても善戦できるとは思えない。

 

「勝てるさ」

 

 そんな少女の懸念を見透かしたかのように言い切った。

 

「・・・・・私には生まれたころからある特技みたいなものを持っていてな。なんとなくだが結果、というものが分かってしまうのだよ。今まで私はこの力のおかげでこの町を支えてきた。そしてこれからもそうであるために戦って、勝つのだ」

 

 一言一言噛んで含めるように語る町長の脳裏には、一週間ほど前の予知夢が朧げながら映し出されていた。

 

 最後と思われる吸血鬼を下し、館内になだれ込む自分達。

 赤いロビーに倒れている吸血鬼達ととどめを刺そうとする自分達。

 

 その光景が現実でも再現されるものと信じてただひたすら準備をしてきた。

 

 安くない額の金を積み聖教の人間に魔力探知の術式を仕掛けてもらい、長い年月を掛けて武器を集め、技術を学び、人材の育成に励んだ。

 

 全ては今日のこの瞬間のために。

 

「町長!魔力がまた一回り小さくなりました!」

 

 どんどん舞台が整っていく。新たな時代の始まりを告げる戦いの舞台が。

 

「そこでだ、貴女には先鋒として弱っている二人の吸血鬼にとどめを刺してもらう。そしてとどめを刺したらその合図を送ってもらうのだが、出来れば狼煙のようなものが望ましい。最終的に吸血鬼を討つのは我々で無ければならないのだ。そうでなければ後に禍根を残すやもしれんからな。役目を終えたら何処でも立ち去ってもらって構わない」

 

 町長はレザーカバーの古めかしい本をヒラヒラと見せつけるように掲げる。

 

「これは終わり次第返却しよう」

 

 それは魔道書(グリモワール)だった。しかしただの魔道書では無い。魔界で天才と呼ばれ、それ故に疎まれ憎まれ追われた魔法使いが、唯一手放す事の無かった品。そこには他の魔法使いが涎を垂らしそうな術式の数々が記されていている。それらは全て少女の研究の成果で、一魔法使いがたかだか数十年で研鑚する事など出来ようもない術式ばかりが綴られていた。

 見るものが見れば一目でとんでもないものだと分かる。しかし魔術や魔法といったものに造詣を持たない者からすればただの本。良くて古そうだから価値がある、程度にしか思われない。

 そしてそれは町長も例外ではなく、本の価値を正しく理解していなかった。現に今も魔女を拘束した際に押収したものの、使い道がこれといって分かっていない。

 ただ、彼の魔女が後生大事に持っていたのだしそれなりに価値のあるものだろう、という予測は立てていた。だからこそ魔女が動かざるを得ない状況を作り出す為の駒にしたのだが。

 

 そして少女は町長に対して頷く事で返答とした。

 

 

 

 そして時は逢魔時、魑魅魍魎が徘徊する時間帯。

 血染めのナイトドレスを身に纏った幼き吸血鬼と、血なまぐさい匂いに顔を顰める紫の魔法使いが相対していた。

 両者は数瞬の間互いに見つめ合っていた。

 

「どちら様かしら?」

 

 先に口を開いたのは吸血鬼。この疑問は酷くまともなものだと言えるだろう。初対面で聞く事といえば相手の立場や身分だと相場が決まっている。

 

「しがない魔法使いモドキよ」

 

 これは魔法使い。

 この答えは特に考えて言ったわけでは無い。反射的に口から出た言葉。少女はどこからどう見ても列記とした魔法使いであるのだが、彼女の魔法使いとしての矜持がそう答えるのを許さなかった。

 

「・・・・・貴女がホックド・オウレットかしら?」

 

 吸血鬼は魔法使いを名前だけはあるが知っていた。

 

「ええ、いかにも」

 

 魔法使いもまた吸血鬼を知っていた。しかしこちらは名前だけでは無く、家族構成から能力、境遇に至るまで彼女の父親から聞き及んでいたのだ。

 

 

 

 少女が人間界に住んで少し経った頃に、ある吸血鬼が封印を施して欲しいと言ってきた。正確には書面でだが。なんでも狂気に憑かれた娘を()()()()に封印するのだとか。一見矛盾しているように見えるが、あまり事は単純ではないらしく理解するのに多少の時間を要した。

 

 理解したうえでさらに理解した。私には封印を施すことはできないと。

 狂気を抑える封印だけなら出来ない事は無い。これでも精霊系統の魔法は得意としているし、曲がりなりにも七曜は修めているのだ。

 しかしそれが吸血鬼となると話は違ってきて非常に厄介だった。

 吸血鬼が多くの人妖に恐れられているのは吸血を行ったり、馬鹿力だったりするからではない。吸血鬼の強さの所以は常軌を逸した再生力の高さにある。

 吸血はよっぽどの事が無ければ致死量を吸われる前に抜け出せるし、馬鹿力を持つ者など探せばいくらでも出てくる。

 しかし再生力だけは他の追随を許さない。身体の一部分は数十秒もあれば完治するし、頭部を破壊されても一日寝ていれば治る。つまり吸血鬼と殺り合った場合一番面倒な点は殺しきれない事なのだ。普通なら致命傷になるべき判定でもしぶとく生き残り即座に体勢を立て直す。

 さらに厄介なのはその再生力が物理的なものだけでなく、精神的なものにも作用する事だ。おかげで精神に直接ダメージを与える魔法や魔術はもちろん、封印も効かない。いや、効きはするのだがほぼ同時に治癒するので意味がないのだ。

 まぁその再生能力の反面有名な弱点も多く、日光に弱いだとか、流水の中だと身動きが取れなくなるとか、ニンニクや十字架にも弱いとかが挙げられる。最後の二つは眉唾だが。

 

『了承した。細かな書類を送って欲しい』

 

 それらの考察を踏まえてなお少女は肯定の意を示す手紙を送った。

 確かにいまは出来ないかもしれないが、時間は有り余っているのだからその内封印の方も見つかるだろうと楽観視してのことだった。それより成功報酬が大き過ぎる。相手は彼の有名なベネツィエフ・スカーレットだ。色々なコネクトがあるに違いない。娘を助けたことで借りを作って、知識を仕入れるのもいいし、それが望めなくても重労働に見合うべつの報酬が待っているのだ。

 

 報酬の事を思い、期待に胸を弾ませる少女だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 しかしながらその願いは叶わず、魔女狩りに捕まったわけだが。

 

「あなたと父は協力関係にあったのではなくて?」

 

 そう、協力関係なのだまさしく。

 何故かその後スカーレット氏に会う事は無かった。つまり契約を交わしていないのである。契約で無ければ所詮口約束、反故にされようが裏切られようが文句を言えた事ではないのだ。

 だからこそ契約を結ばないのは不思議だったが。本人がいない今となっては確認の取りようがあるまい。

 

 その通りに伝えると耳に痛い皮肉が飛んでくる。

 まぁ此方に非がある事は明白なので言い逃れの仕様も無いのだが。

 

 その後も幾つかの質問に応じた。

 どうやら、私がマジモンの封印をするんじゃないかと不安に思っていたらしい。出来ないと答えるのは癪だが、仕方がない。私が封印できないと知るや、安堵の溜息と共に若干張りつめた空気が緩む。この吸血鬼、レミリアだったか?が妹をどれだけ想っているかが否が応にも伝わってくる。

 

 

 少しだけ・・・・・ほんの少しだけその溜息が恨めしく思えた。

 私だってやりたくてやるわけではない。非常に不本意ながら成り行き上仕方ないのだ。

 

 さて、狼煙替わりの火柱を上げてから良い頃合いの時間がたったし、そろそろ討伐隊が見えるだろう。

 本当はベネツィエフ・スカーレットを殺し終えたらすぐに避難していればよかったのだが、彼ほどの強力な吸血鬼が入れ込んでいる娘を見たいという好奇心に勝てなかった。

 

 聞くに狂気に呑まれたのは()()()()()()()()()()()()()()。しかし本来由緒から続く家柄は長男、または長女が継ぐはずだ。つまり次男以下、ないし次女以下は蔑ろにされやすい傾向にある。

 ところが、だ。等価交換を原則とする魔女との取引は、小難しい封印ともなれば対価も跳ね上がるわけなのだが、スカーレット氏はそれを払う姿勢を見せていた。

 不思議なものである。悪魔が情に絆されるのは決して珍しい事でもなかったが、ありふれているかと言われてもそうではない。自分がそこに関わるというのなら首を突っ込みたくなるのも仕方がないというものだろう。

 

 観察の結果としてはあまり納得のいくものでもなかったが、第一目的は果たしたので御の字だ。

 

 討伐隊とはち合わせる前に早く帰ろう。・・・・・と思ったのだが、どうやらレミリア嬢はまだ質問が残っているらしい。だが此方も悠長に待っているわけにはいかないので適当に煙に巻かせてもらおう。

 

「魔法使いっていうのは、元来・・・・・」

 

 自分でも、何言っているんだこいつと思うようなことを喋っている自覚はある。

 しかしそこまで適当な事を言っているつもりは無い。

 魔法が自由の象徴云々という話は私が感じている事だし、魔法を扱う者なら思うところがあるはずだ。最初の自己紹介のモドキというのもそこに起因する。

 私は今、縛られている。それはあの町だったり、魔道書(グリモワール)だったり、過去の(しがらみ)だったり。あるいは・・・・・魔法使いに不必要な感情、だったり。

 そもそも自己を表すのに何かに束縛されていてはできるものもできないだろう。手足を縛られ、耳を塞がれ、口を閉ざされ、思考を限定された上で出来る事はただ生きる事のみ。生きる目的や意義さえ決まっている中で馬鹿の一つ覚えのように敷かれたレールをマリオネットのごとく機械的な動作で、死という終点を目指して歩き続けるのと同義である。

 

 だが、勿論私はそんな人生、いや魔女生はごめんだ。

 

そう言えばスカーレット氏から伝言を言付かっていたのだった。ただこの様子だと理解するのは難しいだろう。

まぁ頃合いを見つけたら話すことになるから、今はこの場を離れることを優先させてもらう。

 

レミリア嬢の性格はスカーレット氏から聞いていた。頭の回転が速く、計算深い。しかしその一方で我が儘で傲慢な面もあると。つまりは行動を予測しやすい。

 

「ちょっと、どこへ行くの?」

 

相手の疑問を満たさないまま立ち去ろうとすれば、こう声を掛ける。

それを無視すれば癇癪を起こし、

 

「無視するなっての!」

 

 私に触れる。

 その瞬間私は、水を火によって蒸発させることにより生み出された熱風をレミリアに叩きつける。

 

 ・・・・・七曜を修めている私からすればこんなもの朝飯前なのだが魔界ではそんなことさえ異端視される一因となっていた。

 その後は感知されない程度の距離まで適当に転移した。地上だと埋まるかもしれないので勿論空中にだが。

 与えられた仕事はこなしたので、あとは魔道書の奪還だけだ。町長は返してくれるといっていたが信用するに足らない。別に返してくれるにしても、いつの間にか無くなっていたにしても文句を言われる事は無いだろう。

 

 自分の魔力を頼りに座標を特定するのは少々手間だが、時間には余裕がある。

 ピンチになったら助太刀ぐらいしてやろうと思い、水晶玉を錬成する。まぁ吸血鬼としてまだ幼いとは言え人間に遅れをとる事は無いはずだ。

 

 私は他人が伸ばすであろう手を、無下にする程薄情な性格はしていない。伸ばされたら掴んで引っ張り上げる。これはただの偽善で、エゴで、自己満足なだけだが、下手に後悔するよりはましだ。そんな機会は無いに越したことは無いが。

 

 ともあれ最優先は魔道書の奪還だ。

 順当に周囲から探していく。・・・・・なるほど、町には無いか。ここへ来る道中にもない。普通に考えれば当たり前なのだろうが念の為だ。そして有象無象の中も探っていく。問題は、恐らくここにあるであろう魔道書をだれが持っているかだが・・・・・。

 

 ・・・・・無い?いやそんな筈は・・・・・。

 あ、もしかしてアレ?いや、でもアレは・・・・・。

 

「これはちょっと・・・・・どうしたものかしら?」

 

 この複雑な状況を一言で表すとすれば、『本が化けた』とでも言うのだろうか。

全くもって理解に苦しむが事実は小説よりも奇なりと云う。

 

 

 

 

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■今後使われないであろう設定
町長
〈本名〉コルセット・ラクリー
〈能力〉結果を垣間見る程度の能力
〈概要〉成人して間もない頃に能力が発現し、能力の有用性を買われハワーセルドの町長に就任する。ラクリーが就任する以前から吸血鬼の半支配は続いており、その状況を打開しようとラクリーは裏で聖教と取引を行う。
能力については未だに自分でも把握できていない部分が多いが、見えた結果に絶対の信頼を置いている。レミリアの下位互換。


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戦いは終結へ

※この話には作者の苦手な戦闘描写が含まれています。こんな文章に目も当てられない、吐き気を催す方はブラウザバックを推奨します。


 少し時を遡ること数刻前―――――

 

「回転数を上げろ!回復する隙を与えるな!」

「手の空いた奴は負傷者を後方へ運べ!」

「裏手に回り込め!包囲するんだ!」

 

 そんな怒号が飛び交う中レミリアは、時には槍を投げ、時には妖力弾を放ち、時には敵陣に突っ込んで戦況を引っ掻き回していた。

 

 

 

 数時間前まで白かったドレスは、元の色が判別できない程度にまで血で染まっている。肌にピタリと張り付く感覚が鬱陶しく気持ち悪い。染み込んだ血には、返り血もそうだが私自身の血も少なからず含まれている。

 乾き始めたところが傷口と擦れて痛いなぁ、と思った矢先には真新しい血で濡れていく。新しい傷が出来て、新たな死人が出る。その割合はおおよそ7対3ほど。

 

 手数で押されているのは火を見るより明らかだった。しかし状況は決して悪いわけではない。傷は付きはするがそれ以上に治りが早い。さらに魔力では無く吸血鬼本来の再生力で事足りるのだから傷一つ一つの浅さも分かろうというものだ。

 

 受けたらヤバそうなもの―――矢じりが銀の矢とか―――は大体撃ち落としている。後ろにはフランとカルラがいるので避けるわけにもいかない。

 幸いにも、そういった物は数が少なく、基本的には当たっても問題ないものしか飛んでこない。所詮はただの人間といったところだろうか。どちらかというと大仰な装備に比べて一人一人の質が追いついていないと言った方が正しい。年端もいかない子供が拳銃を握っているのとなんら遜色ない。

 

 だが、だからこそ危なっかしいとも言える。偶然放たれた銃弾がどこへ飛ぶかなど予想もつかない。

 偶然や不意といったものは私の能力にとって天敵だ。だからその方向性を誘導する事を学んだ。

 

 魔力を二割ほど体外へ放出し巨大な球状に纏める。より危険を感じる為には・・・・・そうだな、深紅に染めよう。魔力で球体に色を付けると、そのまま上空に打ち出し拡散させる。すると数十の魔力弾が流星群のように相手側に降り注ぐようになっている。ここで重要なのは個々にそこまでの殺傷力がない点だ。

 つまり所詮ただの虚仮威しなわけだが、この方法を採ることにより私が最も脅威と認識させることにより他への被害を最小にとどめる事が出来る。

 

 やり過ぎは良くない。窮鼠猫を噛むとか、火事場の馬鹿力とか言うように、追い詰めたと思っている相手ほど恐ろしいものは無いのだ。手段を選んでいる余裕がなくなり、形振り構わなくなってくる。最善策は適度に相手に余裕を持たせること。これによって必要以上の危機感を煽らない事が肝になる。

 

 

 流星群(メテオ)が粗方収まって少し経つと、お互いの状況が少しずつ分かってくる。状況といっても、こっちが五体満足なのに対して相手側はさらに二割ほど戦力を失っているという些か悲しいものだが。かなり威力を弱めたはずなのに並の人間には耐えられなかったらしい。これは人間という種族が脆いと考えるのか、はたまた吸血鬼という種族が異様であると視るべきなのか。

 

確かな殺意の篭った多くの視線が突き刺さるのを感じる。当然だ。しかしその胸中にあるのは仲間を殺されたことによる怒りなのか。もしくは・・・・・・・・・・、

 

 そんな事を考えているうちに一層激しくなった攻撃が私の足を動かす。狙いを大きく外させないように小回りを利かせた立ち回りを演じる。相も変わらず傷は増えるが癒えていく。流れ弾になりそうなものは片っぱしから撃ち落とす。魔力を最小限に抑えた見かけ倒しの攻撃。

 

 暫くそうした応酬を繰り返していると不意に人がバラけた。

 ・・・・・うん。囲い込もうとしてるのはわかるのだけれど些か嘗めすぎではないだろうか。

 確かに一対多数の時に囲い込んで叩くのは有効ではあるが、それは一個体がある程度の実力を備えて入ればの話。弱者が散り散りになったところで個々に潰されるのがオチだ。私も例にもれず、個々の撃破を狙う。が、しかしそこは考えてあったようで他方から銀の矢が降り注ぐ。流石にこれは受けるわけにもいかない。銀に触れないように箆を掴んで呼んできた方向に身体を半回転させ、投げる。

 

 こちらが相手を見ている時、また相手もこちらを見ているという。また逆も然り。まぁこの場合当たらなくても良い。牽制こそが相手の足と判断を鈍らせる。相手にとって僅かな間だろうが、それは種族の差を加味していないと言える。

 

 一瞬の隙でミニチュア版グングニルを大量に装填する。左手に5本右手に5本の計10本だ。それを四方八方に射出する。もちろん爆発属性のオマケつきだ。

 

 射出した後は一瞬家族の安全を考え、そして紅魔館に一直線に戻った。

 流石に一人で残り十数人を相手するのは少々きつい。魔力も回復させなければいけないし、・・・・・そろそろ起きてもいい頃だろう。

 

 玄関から飛び込むと同時に、固く扉を閉める。この扉は内側からしか開かないようになり、外側からの干渉を許さない構造になっている。裏口の扉も同じく。つまりこの館は正面と裏口の扉を閉じてしまえば、鉄壁の要塞と化す。

 

「まだ起きていないのね・・・・・」

 

 フランとカルラはまだ寝ていた。

 しかしフランの顔色は健康色そのものだし、カルラの体調も幾分か良くなっていた。

 つまりはただ寝ているだけなのだろう。

 

「・・・・・ふふっ」

 

 静かに寝息を立てる妹たちをみていると知らず笑みが溢れる。二人が寄り添って寝ている姿を見るのは凄く幸せだ。これで服が真っ赤で無ければ良い目の保養になるのだが。

 

 先に同じように真っ赤になった服を変えようと自室に入る。

 新しい服に着替えながらこれからのことを考える。外にいる連中はどうするだろうか。扉を開けられない事を知っても撤退するとは思えない。こっちはずっとここに篭って居れば良いのに対し、あいつらは戦力を整える事が出来ない。今のこの状況は相手にとっては詰み(チェックメイト)なのだ。

互いにキングを狩ることが出来ないのに相手は時間をかければ手駒を幾らでも増やすことができる。打開する策を持っているとは到底思えないのだが・・・・・。

 

 考えのないまま着替え終え、妹達の元に戻る。

 

「―――――・・・・・レメディウム(清めよ)。」

 

 着替させる為に運んだり脱がせたりするのが面倒くさかったので()()()()身に付けた魔法で服を清潔にしておく。自分に以外にかける分には簡単だが、自身にかけるにはかなり使い勝手が悪い。だがそれ以上に私達にはこの魔法が重要になる。

 

 

 悪い夢は忘れるに限るからだ。

 

 

「・・・・・んっんぅ、ぅあ?」

 

 先に起きたのはフランだった。寝起きだからか半開きの目を擦りながらも、両手を床に付き起き上がってくる。そして周りを確認すると、

 

「・・・・・おはよう?レミリアお姉さま。」

「ええ、おはようで合ってるわよ。ちょいと寝坊気味だけど。」

 

 二度寝した事によって時間感覚が多少おかしくなっているフランに苦笑しながら返す。

 

「何かあったの?みんないないし、外は五月蝿いし。」

 

 さて、どう説明したものか・・・・・。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 多くの同志が傷ついた。

 

 沢山の同胞が死んだ。

 

 仲間が減っていく。

 

 胸の奥が熱い。この熱はどこからきているのだろうか。

 

 悲しみ?怒り?憎しみ?否。負の感情では無かった。

 

 それは喜びだった。

 

 長年の仇敵が自らの手で倒せる。届く事の無い種族の壁を超える事が出来る。まぁ厳密にいえば直接手を下すのは私ではないが、それさえも些細なことに思える。

 

 あぁ、嬉しい。私の心を満たすのはあの吸血鬼を殺すことだけ。

 

 早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 殺してやりたい。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 ――――――――――彼らは何故吸血鬼を殺すことにこんなに執着しているのだろうか。

 ただ単に因縁深いから、憎むべき敵であるから、では少々説明が弱い。

 

 そんな理由でしつこく命を狙われていては狙われる側が不憫である。確かに人間からすれば許しがたい非道かもしれないが、吸血鬼にとっては特別なことでもなんでもない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何故ならばこのような状況に陥ったのはまごうことなき因果応報、自業自得だからだ。

 

 

 ときに、人を支配する為に利用されるものは何だろうか?

 財力、人望、家柄、血筋、統率力、利害関係、畏怖、恐怖。

 

 ベネツィエフ・スカーレットは恐怖による統治を選んだ。

 恐怖による統治は楽だ。強者が一方的に弱者に対して力をふるうだけでこの関係は成立する。小細工なんてものは必要無く、強いて言えば如何に相手の無意識化に恐怖心を深く刻み込むか。トラウマを植え付けるのだ。こいつには逆らってはいけない、殺されるくらいなら従順に生きよう、そう無条件に思ってしまう程の。

 

 しかしこの方法にも欠点は存在する。

 それは世代が交代することだ。幾ら相手に恐怖を植え付けようとも支配する対象が変わってはどうしようもない。だからその度に()()()()()()をしなければならないので、七面倒くさいことこの上ない。一方でこの点さえ乗り越えれば一番人心を掌握しやすい方法ではあるのだが。

 

 そのうえで何故ベネツィエフが恐怖による支配を選んだかといえば単に能力との相性が良かったからと言える。恐怖心が心を占める割合をコントロールすることにより、僅かでも恐怖心を目覚めさせる事が出来ればそこを起点とし相手の心を恐怖で半分埋め尽くす事が出来るのだ。

 

 だが結局のところ最初の恐怖心を植え付ける段階で面倒は変わらなかった。

 それを鬱陶しく思ったベネツィエフは一計を案じた。

 

 

 『魅了』を使い『スカーレット家という血族』に人を縛りつける。

 

 

 『魅了』とは本来相手に魔眼を用いて服従を誓わせる一種の魔術なのだが、ベネツィエフはこれに能力を絡ませ研究を重ね、独自のものに昇華させた。

 効果は服従ではなく妄信に。思いは薄くなったものの効果範囲を広く、長く、潜在的に、遺伝子に至るまで残るように改良。そして完成したものはもはや吸血鬼に元から備わっていた特性とは異なる()()に近いものだが、使うことに躊躇は無かった。

 

 使った結果として得られたものは、恐怖というスパイスで味付けされた従順な食糧と千年以上に及ぶ安寧。

 

 使った代償として払うものは安寧に身を浸し、堕落していたツケ。もっとも、タチの悪いことに払うのはベネツィエフではなくその子供達になる。

 

 人を呪わば穴二つ、呪いを掛けた当人だけが甘い蜜を啜っていられるようには世の中出来ていないのだ。

 

 改良後の『魅了』が効果を発揮する前提条件として、相手が恐怖を認識することが挙げられる。『恐怖』を忌むべき感情、良くない物として捉えられていなければ本来の効果を発揮することは叶わない。

 

 そして極稀にそのような性質をもつ者が現れる。『革命者』『英雄』といった所謂主人公気質にあたる人物だ。一言で表すなら肝が据わっている、詳しく述べるなら恐怖を感情の一つとして受け止め当然のように操る。

 

 そこに『魅了』を掛けたらどうなるか。

 恐怖を植え付けられても逆境と思い立ちあがってくる。どれだけ恐怖が増幅しようとも糧に変えてしまう。折れても折れても成長を続ける。

 

 

 つまるところ―――逆効果なのだ。

 

 

 ベネツィエフが縛り付けた『スカーレット家という血族』は主人公(英雄)にとってのライバル的ポジションに収まってしまっていた。

 故に彼―――コルセット・ラクリー―――は執着心を燃やす。負ければ負ける程、窮地に陥れば陥るほどそれは増していき、そして今、異常なまでの執念を持ってレミリア・スカーレット、ひいてはスカーレット家にその牙を届かせんとしているのだ。

 

 レミリア・スカーレット、彼女は身に覚えのない咎を背負わされた。迫り来るは狂った主人公(偽善者)

 

 家族を守ろうとする悪魔とその父親に狂わされた正義。なかなかどうして面白い組み合わせじゃないか。私好みの歪んだカードだ。

 

 精々もがき苦しんで超えてきてもらおう。理想の箱庭のピースになりえるかどうか見極めるために。

 

 

 

 ()は歪んだ笑みを浮かべながらそう望む。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 レミリアお姉さまは嘘をつくのが下手である。

 どのくらい下手かと言うと、本当に騙す気があるのかってくらい下手である。

 正確に言うと嘘をつくのは良いのだが、その後の取り繕い方が致命的なのだ。あからさまに話題を逸らしたり目線を合わせようともしない。挙句の果てには何も言わずに逃げる事さえある。

 

 逆に言えばその動作をした時こそ嘘をついているという動かぬ証拠なのだ。取り繕っているつもりが嘘をついていると自分から暴露している事にいつお姉さまは気付くのだろうか。

 

 そう、そして今も――――――

 

「な、なにかしら?べ、別に隠し事なんてしてないけどっ!」

 

 忙しなく瞬きを繰り返しながら目線を合わせる事無く、顔をそっぽに向け、唇が変な方向に向き下手な口笛を鳴らす。

 もはや職人芸である。いや、むしろこれは騙されているのかもしれない。嘘をついていると見せかけて本当の事を言っているとか、あれでもそれって結局嘘をついているんじゃでも本当の事を言ってるんだし・・・・・。

 

 頭がこんがらがってきたのでお姉さまの嘘をついていると見せかけた嘘説を放棄する。

 昔は私が幼い事をいいことに誤魔化されている気がしたので一々追及していたが、私も成長しているのだ。お姉さまが追及して欲しくない物の区別ぐらいは付く。

 

 そして今回は追及しない方がいい嘘だ。

 

「・・・・・はぁ、まぁいいや。とりあえず外にいる人間を全員殺せばいいの?」

「ええ。でも尋問用に一人ぐらい残してくれると助かるわ。」

 

 よし、それなら簡単な仕事だ。私の能力の性質上人数調整はやりやすい。一人一人”キュッ”とするのは得意なのだ。それにどうせ人間ごときが吸血鬼を倒せるわけがないのだ。多少の被弾は許容範囲と言えるだろう。

 

「じゃあ早速いきましょうか。」

 

 そう言うとレミリアお姉さまは扉に歩み寄り右手を添える。

 私も同じように歩いていき左手を扉に添える。

 その動作は互いが互いを助けあい、尊重し、生きて帰るのを暗に約束しているのだと考えられなくもない。故に今、この場では対等にいられているのだと思うと嬉しくもなろうというものだ。

 扉の奥に待ち受けるは害敵。失われようとしている平和を取り戻す為いざ行かんッ!

 

 

 

 ・・・・・シリアス?っぽくしてみた。・・・・・っぽくない?こうでもしないと緊張感が出ないし。頭を冷やすことさえ出来ない。

 現在私の頭の中は絶賛アドレナリン大放出中だ。なして興奮状態にあるかと言えば、単にこの先起こるであろう戦いが楽しみで楽しみで仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 私はまだ小さいからと、怪我をするからと両親やお姉さまとたちが()()に行かせてくれない事を常々不満に思っていた。私はもう戦えるのに。人間を殺す事など容易いのに。怪我をする事なんて万が一にも無いのに。

 

 

 ・・・・・お姉さまたちと肩を並べて歩けるのに。

 

 

 なんでもこんなに狩りに行かせてくれないのは私が生まれてくるよりも昔に()()があったからとか。詳しい事はだれも教えてくれなかった。お父様やお母様はカルラお姉さまに聞けと言い、カルラお姉さまに聞いてみれば恥ずかしくて教えたくないと言い、レミリアお姉さまに聞いたところで漸くことのあらましを聞く事が出来た。要は食欲を抑えきれなかった銀髪の姉が勝手に暴走して返り討ちにあったという話。字面にするとどこかコミカルだが実際は結構危なかったらしい。魔力が底を尽きかけていたそうだ。

 

 そんな事もあって家族は私を頑なに狩りに出そうとしないのだが、正直考え過ぎだと思う。私はカルラお姉さまほど食い意地を張っているわけでもないし、多分妹である私の方が強い。それに時々と言うか少々抜けている部分があるのだ。我が姉ながらもっと・・・・・こう、どうにかならないのかとも思う。

 

 しかしその姉は私の事をだれよりも心配してくれている。

 

 なんかの拍子に

 

「私も狩りに行きたいなぁ・・・・・」

 

 と漏らせば、

 

「ダ、ダダダダ、ダメ!本当に絶対ダメ!外には恐い人がたくさんいて、銃を持って追っかけまわしてくるんだから!本ッ当に絶ェェェッ対ダメ!もし勝手に外にでも出てみなさい、もう・・・・・うーーん、えーーっと、い、一生口聞いてやんないからぁ!」

 

 叫んだ直後に「ゴホッ、ゲホゲホッ」とのどを痛めたのか咳き込み、その拍子に透き通るような白銀の髪が振り乱れる。

 

「だ、大丈夫?い、えーっと、なんか飲む?」

 

 吸血鬼なのに何故か身体が弱い姉を心配して声を掛けたものの、内心いつも呑気と言うか温厚な姉が顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒る姿に若干引いた。

 

「いや、ご、ごめん、そんなつもりなくて、いやでも勝手に出たら怒るけど・・・・・。や、やっぱり一生じゃなくて一週間、いや一日、いや一時間で手を打ちましょうむしろそうしてくださいお願いします」

 

 それを怯えているとでも思ったのかしどろもどろになって弁解した挙句、弱気になって自分で課したペナルティを緩めるためにお願いされた。

 

 いつも通りのポンコツ具合に思わず吹き出してしまう。

 

「え、え、フ、フラン?」

「わ、わかったから、勝手に行かないって」

 

 すごい剣幕に少し吃驚したが、心配してくれているが故の事なのだろう。

 

「でも、いつかはエスコートしてね?」

「うっ、いや・・・・・じゃないわかった。いつかはその身に姉として狩りのなんたるかを叩きこんであげる。でもいつかだからねッ、まだフランは小さいんだから!」

 

 子供扱いに多少腹が立ったものの、狩りに連れて行ってくれる事を約束してくれた。しかし明確な日にちを決めていないことからいつ守られるかは甚だ怪しい。私の初外出デーを早く決めるように迫ると毎回逃げられたものだ。

 

 ただその時に、大切にされているなぁと感じた。

 

 

 

 そんな思いを抱かせてくれた姉は今は背後の床でのんべんだらりと()()()()()()()()()()()()

 狩りは一緒に行く約束をしているが、今回ばかりは向こうが勝手に仕掛けてきたのだ。さしもの心配性の姉でも文句のつけようがあるまい。

 何より、ただ奪う為では無く守る為に(人間)を駆逐するのだ。この意味の違いは私が考えるに考えたもの勝ちなのだろう。自分を害する側と考えるか、害される側と考えるか。正義を執行する者と考えるか、悪を振りかざす者と考えるか。それらは全て主観的な問題であり、考慮するだけ無駄とも言える。

 

 しかし一つ確かなことは、私が守るべきは家族で、倒すべきは人間と言う瞭然足る事実のみ。

 

 確固たる決意を抱き私は扉を押した。

 

 

 

 最初に視界に入ってきたのは紅い空。

 そして感じるのは肌を刺すような魔力。これはぴんぴんしている方のお姉さまがやったんだろう。魔力に覚えがある。

 さらには殺気。出元を探れば門の向こう側からだ。生まれて初めて殺気を向けられたがそう悪いものではないらしい。

 互いの命を賭けあい、殺りあう。どちらかが必ず死ぬ。五体満足で立っていることさえ珍しいことだろう。もしくは相討ちという可能性もあり得るが。

 別に自殺願望や、嗜虐趣味があるわけではないのだが、昂る吸血鬼故の本能というかなんというか。

 

 今すぐにでも殺したい。

 

 ・・・・・やっぱり若干テンションがハイになっている。頭に血が上り、熱を帯びるのを感じる。足が小さく小刻みに震える。これは決して恐怖などでは無く、武者震いだ。

 生まれて初めて感じる震えを自制する事無く本能のままに足を手を全身を動かす。まずは門に群がっている連中を挽肉にしようと地面をおもいっきし蹴った。

 

 

 ・・・・・はずだった。

 

「フランッッ!!」

「・・・・・んえ?」

 

 肉が抉れるような音が鼓膜に響いたかと思えば、全身の力が抜ける。次に感じたのは激痛。身体の中の肉が沸騰しているような熱が私の五感を鈍らせ、支配する。

 

「ッッッ!?あッ、ガアッ!あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁ!!!」

 

 痛い痛い痛い痛い!!熱い熱い熱い熱い!!死、死ぬッ、死ぬッッ!!

 痛みを少しでも和らげようとかいう理屈ではなく、反射的に思わず床に転がる。

 

 

 その時にぶれた視界に映り込んだのは左肩から飛び出た銀の()()()だった。

 

 

 矢羽ではなく矢じり。

 すなわち、この矢は後方から飛んできたのだ。

 

 炎に包まれているかの如く熱い身体に鞭打って後ろを振り返る。

 

 私の眼に映り込んだのは眼前に迫る銀の矢じりだった。

 朦朧とした意識の中、明確に迫る死の気配に恐怖を感じざるを得なかった。つい昨日まで、さっきまで全く無縁だった『死』がすぐ近くにある。

 ここで私の人生は終わるのか。ここが私の墓場、なのか。

 

 恐い、怖い、恐ろしい、嫌だ。死にたく、ない。

 

「・・・・・い、いや、嫌、だあッ!・・・・・」

 

 身体の向いている方向も考えずにただがむしゃらに床を蹴った。

 

「ガ、グッ・・・・・ゲホッ!ゲホッ!」

 

 幸運なことに突っ込んだ先は玄関の横に飾ってあった花瓶棚だった。花瓶の容器が割れ、辺りに破片と活けてあったサルビアが散らばる。

 感覚がだんだん麻痺してきたのか、肩からの痛みが鈍くなってきている。とりあえずこの肩口に刺さったままの矢を抜かなければ消耗するばかりだ。

 

「ッ!うううっ、あああああッ!!」

 

 震える手で矢じりを掴む。焼けるような痛みが来るが、肩よりはましな気がする。

 そして、一気に、引き抜くっ!!

 

「・・・・・ぐっ!はっ、はぁっ、はぁっ」

 

 あー無理、ほんっと無理。もう動けない。・・・・・ま、まぁ?もとから過剰戦力みたいなところあったし?お姉さま一人でも大丈夫だと思う。けど挟み打ちは少し厳しかったりもするのかもしれない。

 

 ただ、ここからなら()()()()()()()()()()()

 私の能力に必要なのは視認することと手を握る事。

  

 家族の危機(危機になり得るとは思わないが)に手を貸さないわけにはいかない。援護ぐらいはしよう。

 

 決してサボっているわけではない。断じて。そう、これは謂わば戦力の温存だ。大事なことなのでもう一回言っておく。サボっているわけではない。あ、ほらその証拠に今もキュッとしたし。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 私はただ困惑していた。

 私の貧弱な脳みそでは今の状況を理解することが出来なかったからだ。

 

 なぜ背後に敵が回っているのか。全くもって理解不能だった。外からの干渉を受け付けないと謳っていたはずの門が突破されたという事なのだろうか?しかしそれならばタイミングがおかしい。もし仮に敵が突破できる手段を持っていたとするならば、私が一人で特攻を掛けた際に入り込めば良かったのだ。

 

 つまりはまた第三者、あの全身紫魔女っ子がからんでいるのだろう。だとしても納得いくものではないが。

 

 そこまで考えたところで何かが割れる音で現実に引き戻される。

 見ればフランが花瓶棚に頭から突っ込んでいた。妹が傷つけられたという事実に今更ながら頭が真っ白になる。この何の役にも立たない脳は怒りを表現することにだけは長けているらしく、グツグツと音が聞こえてきそうなぐらいには煮え滾っていた。

 

 しかし幸運な事に雀の涙ほど残った理性は()()を見逃さなかった。

 

「カルラッ!!」

 

 『それ』とは私と屑を結ぶ一直線上にだらけた格好で寝転がるカルラ(私の妹)だった。

 ・・・・・まずい。

 

 鬼気迫る表情で手に矢を握り妹に突き立てようとしている。止めてくれ。止めろ。殺す。そんな思いが声になって私の喉を裂かんとばかりに震わせる。

 

「やめろォォッ!!」

 

 魔力をどうこうするのももどかしく、床を砕かんばかりに肉薄するッ!

 その間にも白く煌めく刃はカルラの首に迫り、その命を切り刻もうとしている。

 

 クソッ、クソッ!間に合え・・・・・ッ!

 

 

 

 ・・・・・結果から言えば間に合った。

 カルラは五体満足でいられたし、老害を殺す事も出来た。

 

 ()()()()()()()()()()()

 何故ならば私が喉を切り裂くよりも、カルラが殺される方が明らかに早かったはずなのだ。でもこいつは()()()()()()()()()()()()。その隙に私が首を掻っ攫ったわけだ。

 ・・・・・私の爪が老人の命を刈り取った瞬間に見えた、歪んだ笑み。全てが予定調和であると、確信を抱いた笑み。望みが叶ったことを心から喜んだ笑み。ざまあみろと言わんばかりの嘲笑。私が唯一気になることといえばそれぐらいだ。

 

 さて、フランを拾って残党狩りに行こうか。

 

 そう思いふと、さっきフランが突っ込んでった場所を見ればそこには傷だらけの少女が佇んでいた!

 ・・・・・フランには違いないのだろうが、ナイトドレス所々に切り傷が入っておりそこから純白の肌が見え隠れしていて、場所によっては血が滲んでいる。恐らくは痛みのせいであろうが、頬に微かに赤みがさしているのも相まってさながら一枚の絵画のようだった。それでもって不用意に触れようものならガラスのように砕けるか、はたまた雪のように溶けてしまいそうな儚さと可憐さも備えていた。題を付けるなら、そう、『汚された乙女』みたいな!・・・・・やっぱり何でもない。ともかく私の貧弱なネーミングセンスでは到底表す事など出来ように無い、綺麗である事を示す形容詞を10個並べても足りないような美少女だった。可愛い。美しい。思わず食べちゃいたいぐらい。

 

 ボーっと眺めていたせいか半開きの口から涎が垂れているのにもしばらく気付かなかった。

 

 壁が見えていないかのように門の方を一心に睨み続け、右手を開いては閉じ手を繰り返していたフランが唐突にこっちを振り返る。そしてすごく呆れられた顔をされた。

 

 そして気付く。今の私にはカリスマのカの字どころか母音のKさえ感じられない事にッ!なんなら姉の威厳すら無く、さらに言うなら傍から見ると妹に欲情したコウモリにさえ見えているかもしれない。

 

 そしてその悲観的な妄想であって欲しかった産物は非情にも現実だったようで、

 

「ごめんお姉さまそれ以上近寄らないで」

「ま、またまたぁ冗談でしょフ・ラ・ン?」

 

 一瞬、私の自尊心にピキッと嫌な音が響く。しかしそれでも妹なりのブラックジョークだと思ったのだが、

 

「いや、口半開きで涎垂らしながら近づいて来られるとちょっと・・・・・」

 

 結構、真剣な口調で言われた。

 

 つい先ほどまで殺気立っていた空間になんとも言えない空気が立ち込める。

 とりあえず誤解を解こうと口元を拭いながら近づこうとした時、

 

 

「御機嫌よう。」

 

 後方から聞き覚えのある声が聞こえた。折角の家族団欒に水を差された気分だった。同時に最も今見たくなかった顔である事を思い出す。ブリキの玩具のようにぎこちなく動く首を酷使し、嫌々ながらも振り向く。すると案の定、魔女がいた。前回と違うのは片手に水晶を持っていることぐらいか。

 

「やっと裏方が出しゃばってきたのかしら?重役出勤にしては手遅れな気がするけど。」

「裏方・・・・・ねぇ・・・・・。一応貴女と同じ被害者なのだけれど、解釈は人によりけりだし・・・・・」

 

 最後の方はブツブツ行ってたので聞こえなかったが、裏方呼ばわりされたのがかの魔女様には不満だったようだ。

 

「誰この人?」

「味方?ではないわね。敵・・・・・とも違うし、本人が言うには魔女モドキらしいけど。」

「魔法使いよ。」

「どう違うのよ?」

「語感」

 

 益体のない話をするばかりで本題に入る様子がない。

 こいつは一体何をしに来たのか。

 

「さて、本題に入らせてもらうわね。」

 

 そりゃまた急に来たな。何が来る。何が・・・・・。

 

 

「貴女には一度死んでもらうわ」

 

 

 ・・・・・は?頭おかしいんじゃないかこいつ。

 

「何言って・・・・・ちょっと待ちなさいフラン」

 

 手を握ろうとしているフランを止めようとするが遅かった。スローモーションのようにゆっくりと掌が閉じていき、完全に拳になった。オウレットは内側から破裂し見るも無残な姿に・・・・・なっていなかった。無愛想な表情さえピクリともしなかった。

 

 そんな馬鹿な。フランの能力は絶対で今まで狙いが外れた事すらあれど、破壊そのものが起きなかった事は無かったのだ。

 

 しかしその代わりとでも言うように、混乱する私のすぐ後ろで何かが破裂する音が聞こえた。

 私の背中に生温かい液体が降り注ぐ。それは錆びた鉄のような匂いなのにどこか甘美な蜜が染み込んでいた。私が間違えるはずの無い匂い。

 

 だからこそ理解したく無かった。

 

 それがフランの血液である事など。

 

 

 

 

 ただ、

 

「あー、ありがとーー!」

 

 事態は私が想像していた最悪のケースには落ち着かなかったようで。

 

「流石に、怪我をさらに大きなけがで上書きするっていう発想は無かったねー」

「あぁ、そういうこと・・・・・」

 

 フランの方を見れば現在進行形で左半身が高速でグチュグチュと再生している。ちょっと目をそむけたくなるような光景だ。つまり、どういうわけか破裂したのは左半身だけで、それがさっきまで銀に触れていた部分もろとも消し飛ばしたらしかった。

 

「悪運のお強い事で。急所では無いとはいえやっぱり吸血鬼は頑丈ね・・・・・」

 

 予想に違わずこいつの仕業だったようだ。完全に現行犯である。基本的に疑わしきは罰せずのスタンスを貫いてきた私だったが、流石にこれは擁護できない。擁護してやる義理も無いのだし。

 殺しに来るのだったら例え殺されようとも文句は無いだろう。死人が文句を言えるのか甚だ疑問だが。

 

「でも、伝承には抗えるのかしらね?」

 

 一瞬の思考。その隙が甘かったのだ。

 鼻先を冷たい液体が濡らしたかと思えば、私達吸血鬼が最も嫌忌するもののひとつである『流水』がエントランスに流れ込んだ。

 悪魔にとって罪を流し、洗礼や禊に使われる流水は天敵である。焼け爛れたりすることは無いにしても指一本動かせなくなる。

 にしたってまさか此処全体を巻き込むような真似ができるとは思はなんだ。明らかに強者の類である。

 眼球を動かすことさえままならないまま、気持ちの上だけでもオウレットを睨む。ご丁寧にも自分の周囲は水を弾く仕様になっているらしい。

 のっそりとした動作で近づいてくる。どうしようもない。

 

「大丈夫よ。痛いのは一瞬だけだから・・・・・」

 

 そりゃそうだろうよ。こんな動かない的、外す方が難しい。

 いつのまにか手にはナイフが握られていて、恐らくは私の心臓を抉ろうと水で歪んだ像を映している。

 

 しかしその時、信じられない事が起こった。

 ナイフが心臓に届こうかという瞬間、あと一押しで突き刺す前でナイフは止まったのだ。

 

 

 

「・・・・・こっちの吸血鬼は伝承に忠実に従ってくれているというのに、貴女は何者なの?」

 

 

 後ろを向いて半身になったオウレットの背後には、血の染み一つない純白のナイトドレス、白銀でロングの髪、灰色の一対の翼、そして赤黒く淀んだ中に輝きを失っていない赤い瞳。恐らく私の見解が間違っていなければその瞳に映しているのは狂気ではなく憤怒。

 

私の(カルラ)が、いた。




カルラのナイトドレスの色に凄い悩みました。黒とは合わんし、青や桃もちょっと…派手過ぎるのもよくないとか考えてた。
結局白がいいかなって。

そういえば今回一番筆が進んだのはレミリア視点のフランの描写です。フランちゃんhshs。


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行間

十話から十一話の間に起きた事。

矛盾点は次回に説明回を投稿します。


◇◇◇

 

 

 久しぶりに良く寝た・・・・・と思う。

 

 何故こんなに曖昧かと言えば、起きた後に感じるスッキリ感が無いからだ。どちらかといえばもう一回寝たいという堕落的な考えの方が先に来てしまう。

 良く寝た・・・・・というのは暦の上での話。何月何日の何曜日とか明確には決まっていない為、春とか秋とか季節でしか時間を表す事は無い。あとは昼とかティータイムとかは体内時計だがかなり正確な気がする。

 しかし一日が太陽が昇る事によって始まり、再び太陽が昇るまでなのに変わりは無いので、いや吸血鬼なのだから月を基準にするべきだろうか?まぁいいか。月の角度を別の日に、同じ時間に計測する事によって何日後かを知るのはそう難しい事ではない。

 

「3日か・・・・・」

 

 前にその月の角度を利用した日付付き時計を作ってみたが、あまり必要とする機会がなかった。だが今回に関しては有難い。時間に追われる事のない日々では意識することが無いのだが流石に一週間何も食べないのはまずい。でも3日ならまだ大丈夫だ。このまま起きるのも億劫だしなぁ・・・・・よし、寝よう。

 

 落ち着いて寝る為にすこし体勢を変える。

 

「んんっ・・・・・いでっ!」

 

 首の筋に鋭い痛みが走る。・・・・・どうやら長い間寝すぎたのか寝違えてしまったようだ。確認の為に首を回す度に痛みが伝わってくる。そりゃあこんな寝心地の悪そうな所で3日も寝ていればそうなるか。なんだって床で寝ようと思ったんだか・・・・・。・・・・・ん?床?確かソファーで寝てたような。寝相が悪くて落ちたとしたらさしもの私でも起きるだろうし・・・・・。

 

 兎に角、どこか寝る場所がないかと辺りを見渡すと

 

「はぁ!?」

 

 なんかすごい荒れていた。泥棒が入ったんじゃないかってぐらいの有様だった。本棚が所々倒れていて中には、辞書のような分厚い本が飛び出ているものもある。この図書館の光源には壁に取り付けられた照明と天井に数個のシャンデリアがあったはずなのだが、シャンデリアが明らかに少ない事やガラスが飛び散っていることから落ちてしまったのだとわかる。

 

「なんじゃこりゃ・・・・・」

 

 思わず呆れた声が漏れる。ここで何が起きたかを考えるより、今の惨状を脳が正常に認識できていない。

 しばらく立ち尽くしてからとりあえず掃除をしようと思い立つ。正確に何冊あるか把握すらしていない本全てに強力な防護魔法をかけれるはずもなく、丁寧に扱わなければただの本と変わらないのだ。少し丈夫な材質で出来ているくらいの認識でいい。

 

「はぁ・・・・・」

 

 どこのだれがやったかは知らないが、いい迷惑どころの話ではない。超大迷惑だ。一応こんなに蔵書数があってもどの本をどこにしまうかなどは厳密に決まっていて、十年近く此処を使ってきた身としては決しておろそかにしていい部分では無い。見たところ飛び出している本は傷ついている様子は無い。あまり派手に散らかされなかったのか、防護魔法が思った以上にいい働きをしてくれたのか。

 

 ただ・・・・・その飛び出している本が本棚に換算すると二十近くあるのが問題だ。一つの本棚に平均して三十ほど詰まっているので冊数にすると六百か・・・・・。一冊一冊を戻す手間はそれほどでもないのだが六百冊戻すとなるとかなりの時間がかかる。

 

「やりますかぁ・・・・・」

 

 いまにも寝てしまいそうな身体を無理やり起こしやる気を絞り出す。逆に考えるんだ・・・・・新しい本との出会いがるかもしれないと・・・・・。うん、無理。まぁちまちまやっていきますか。

 

「っと・・・・・。その前に・・・・・」

 

 先にご飯を済ませよう。キッチンにでも行けば食べられそうなものが一つぐらいあるだろう。どうせならフランかお姉さまでも誘って・・・・・。

 

「痛っ!―――――ッッ!?」

 

 もの凄い痛みが足の裏に伝わってきた。どうやらシャンデリアの破片を踏んでしまったようで、多少の出血が確認できた。かなり痛い。若干涙が出てきた気がする。いくら身体が少し丈夫とはいえ痛いのには変わりないのだ。

 

 あぁ・・・・・折角今からご飯を食べようと思っていたのに、破片をこのままにしておいては怪我人が出るかもしれない。片づけるのが面倒くさかったからという些細な理由で誰かが怪我をしてしまっては寝ざめも悪くなる。

 

「ちゃちゃっと終わらせて早くご飯にしようっと」

 

 しかしそれなりの量が散らばっている机の上や床を見るとやっぱり面倒くさい気持ちが頭をもたげてくる。普段からあまり掃除をする事がないせいで箒なんて便利なものはここには置いていない。そもそも埃や塵と言ったものは防護魔法のおかげなのかそこまで積もっているのを見た事がない。便利すぎない?さらにこの時代に掃除機などと言ったハイスペックでメカニックなものがあるはずもない。どうしたものか。

 

 まず思いつくのは、大気を利用した風の魔法でもって一か所に集める。無理だ。机の上には破片の他にも吹き飛びそうな紙やペン、トランプなどが置いてある(散らかしてある)。そんな中で風なんか起こしたらさらに被害が拡大するに決まっているし、そもそもそんなに魔法を扱える自信がない。

 次に思いつくのは、能力でどうにかする。無理だ。私の能力はそこまで便利なものではない。あるとしても私には思いつかない。誰か教えてくれ・・・・・。

 最後は転移魔法で一か所に集める、だ。これが一番現実味がある。が、あるだけで無理だ。大きなものはともかく小さすぎると座標を入力するのにも一苦労だし・・・・・効率も悪い。

 

「地道が一番かぁ・・・・・」

 

 確実だが時間のかかる方法だ。しかし転移魔法よりか早く終わるだろう。今は思考している時間すら惜しい。早いとこご飯が食べたい。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「ふぅ・・・・・疲れた、腰が・・・・・」

 

 ずっと屈んで作業をしていたせいか腰が痛い。試しに腰に手を当て、背中を大きくそらすと案の定コキコキと小気味いい音が聞こえてきた。ジンジンと痺れるような感覚が腰のあたりから響く。

 

 こういう痛みは何故か回復する様子がない。いや、回復はしているのだろうが人並みのままというか、人外ならではの馬鹿みたいな回復速度が適用されないのだ。外傷かそうでないかの違いなのだろう。現にいつぞやの時に致命傷に近い銃弾を受けた時はさほど時間をかけずに治ったのだから。普通は致命傷ともなれば一週間やそこらで治るはずは無い。

 

 

 だが、もしそうであるならば・・・・・

 

 

 集めたガラスの破片の内の一つに反射する自分の()()をみて私は思う。

 フランのレーヴァテインが額に刻み込んだこの赤黒い傷はもう二週間近くそのままだ。

 

 

 もしそうであるならば、何故この傷は癒える事がない?

 

 

 一週間前ならばまだ妖力の枯渇で済ます事が出来たが、今は寝起きなのだ。この程度の傷を治す事など造作もない事のはずなのだが、いくら意識的に妖力を送っても傷自体が拒絶するように受け付けない。

 

 別段この傷をどうにか消したいという願望は無いのだが、落ち着かなく気持ちが悪い。自分の身近にあり把握する事が出来ないものと言うのは違和感と言うよりは嫌悪感が強い。その傷も例にもれず嫌悪感を与えてくる。

 しかも二週間全く形状が変わっていないところからすると治る見込みが全くない事を考えざるを得ない。

 ・・・・・最悪の場合皮膚を自分で抉って再生するのを待つのもアリだが、痛い。絶対に痛い。本当の最終手段として頭の片隅に止めておこう。

 

 まぁそんなことよりご飯だ。腹が膨れたらまた傷をどうするか考えよう。

 

 扉へ足先を向けゆっくりと歩き出し、ぶつかる直前で止まり、手を掛けて押す。

 

 

 ・・・・・はずだった。

 

 

 扉に掛けようと伸ばした手は空を切る。

 

「はぇ・・・・・?」

 

 理解が追いつかずに思わずといった風に声が漏れる。膝のあたりに衝撃が走り、床が抜けたかのように目線が一瞬で低くなる。自分が立て膝をついているのだと分かった時には意識が揺らぎ、急速に薄くなっていき、

 

 そして、途切れる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 Q.ここはどこだろう?

 A.夢の中です。

 

 Q.・・・・・お前は誰だ?

 A.私はお前。

 

 Q?.・・・・・意味がわからない。

 A?.またまたぁ、本当は知ってるくせに。

 

 ・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 一寸先は闇、という言葉がある。

 物事の行く末が分からない事を例えた言葉だが、文字通りの状況を実際に体験するとは思わなかった。

 

 分かるのは此処が現実では無いという事。

 視界に映るは一面の黒。

 

 こんな突飛な状況に置かれて思わず出た疑問。暗闇の中から答えが返ってくるなど全くの予想外だった。しかも声が()()()()と瓜二つときた。

 声の主との距離感もうまく掴めない。正面から聞こえるようで、左から聞こえたり、真上から聞こえたり。声が反響しているのとも違う、不気味な感覚。

 

「私はお前でお前は私。難しい事なんて何一つ無い」

「うおっ!?」

 

 急に正面からはっきり聞こえてくるもんだから吃驚した。そして暗闇の中から()が現れた。

 銀髪のストレートに灰色の翼、白いドレス。ただ一つ違うところを挙げるとすれば目。私達吸血鬼は元来紅い瞳を持って生まれるが、こいつは紅ではなく黒みがかった赤といった方が正しい。黒紅色という色があるが正にそれだ。なまじ綺麗とは言い難いかな。

 

 ・・・・・さらに言うならば私はこの目を見た事がある。それも最近。つい二週間ほど前。

 

Q.お前は『狂気』?

A.よく分かってんじゃん。正解だよ。

 

 お、おお。狂気が実体を持っているとは思わなかったな。もっとこう病巣のようなもので、精神に干渉してくると思ってた。ん?でもここは夢の中らしい。精神世界と言い換えてもいいのではないか?そして私とこいつは初対面だ。

 

 ・・・・・ひょっとしてとてもとても不味い状況なのでは?

 

「改めて、初めまして正常な私」

「・・・・・初めまして、狂ってる私?」

 

 まるで鏡を見ているよう。私とほとんど変わらない顔が微笑み、口が言葉を紡ぎ、手を振ってくる。不思議だ。ドッペルゲンガーも会ったらこんな印象なのかな?でもあれは会ったら死ぬんだったか。同時世界に同じ人物が二人いるとか何とかで矛盾のパラドックスがどうのこうの。

 

 全く関係ない事に思考が脱線している。

 不思議な事もあるもんだともう一人の私をじっと見つめていると。

 

「そして、さようなら」

 

 目を離してなどいないはずなのに一瞬にして微笑みから狂気を含んだ笑みに変わっていた。それはよく似た顔立ちと黒紅の瞳から唯一の妹の顔とだぶり、脳裏に焼きつく。

 

 しかし妹とこいつを重ね合わせていた数瞬がいけなかった。

 

「なッ―――――!?」

 

 どこからともなく伸びてきた金属が四肢に絡まり身動きが取れなくなる。両足がくっつき、両腕はそれぞれ左右に引っ張られ、さながら十字架(クロス)に貼り付けられた聖者のような格好になってしまった。焦って、右手を左手を右足を左足を動かそうともがいてもジャラジャラと無情な音が鼓膜に響く。

 

「このっ・・・・・クソッ!離せっ!」

 

目の前に向かって悪態を吐くも状況はさらに悪化した。二次元だった貼り付けは上方向にも働き三次元となった。重力に逆らえないお陰で手首に鎖が食い込みギリギリと痛む。

 

人のペット(狂気)を飼い慣らすのは最初から飼うよりずっと困難って知ってる?」

 

無造作に暗闇に手を伸ばし、何かを引っ張り出す。

 それが何であるか脳が認識した瞬間、無意識に脇腹が疼きだす。心臓の鼓動が体感二割ぐらい増しになった気がする。背中には冷汗が一筋流れ、両足は縛られていなければ小刻みに震えていた事だろう。

 

 暗闇の中で光も満足に入らないはずなのに、なぜかキラリと剣身に光沢を滲ませる事が出来ている。

 

 それは俗に言うブロードソードと呼ばれるものだった―――――ただし銀製の。

 

 在りし日に脇腹を貫いた弾丸の痛み、衝撃が鮮明に思い出されるようだった。乾いた喉がひくつき、言葉が出ない。

 

 どんなに硬いものさえもスッと刃が通ってしまいそうなその切っ先がどこに向けられるのか。想像するだけでゾッとする思いだった。同時に夢の中だから痛覚は感じないのではないだろうか、という希望的観測が湧きおこったが宙ぶらりんの手首からは伝わる痛みが止まる事はいまだに無い。

 

「お前の心が壊れるのを想像するだけで楽しいなぁ」

 

 唇を歪めながら切っ先を私の目の前でちらつかせて反応を楽しんでいる。

 

 事実、切っ先が近付けば近付くほど呼吸困難に陥ったように息が荒くなり、遠ざかれば僅かに安堵のため息が漏れる。嬲る側からすればこんなに楽しい玩具は無いだろう。しかし嬲られる側からすれば身体が勝手に反応を起こしているにすぎない。反抗するように気を強く持っても、近づいてくれば直ぐに恐怖と幻の痛覚で脳内が埋め尽くされる。

 

「・・・くッ・・・かはッ、や、やめっ・・・・・!」

 

 やっと絞り出した声で意志を伝えようとする。

 

「だーめっ」

 

 言い終わるよりも先に今までよりも深く、速く突き出される。

 そしてへそと鳩尾の間、つまり腹のど真ん中に突き刺さり色々な臓器を突き破り()()した。 

 

 声らしい声も出ずに口内がせり上がってきた血で溢れかえる。

 

「ゴボッ、ゴフッ」

 

 抑える理由は無かったが一度吐き出すと止まらない気がして留めていた口内の血が、口端から静かに流れだし白いドレスを燃えるような赤に染めていく。しかし流れ出たものはもう体内を流れていたような生気は纏っていない。

 前回の燃えるような熱さとは対照的に、身体から色を失っていくような喪失感だけがぼんやりと分かる。

 

「もうちょっとかな?」

 

 肉が抉れる感覚を僅かに捉える。焦点の定まらなくなった目を下腹部に向ければ、刺さったままの剣身が静かに回転している。私の鼓膜にはグチュリグチャリと音が響いてはいるが。

 その音は私を暗い意識の底に落とすぐらいには効果があった。

 

 

 

「まずは一回目」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 連続する軽い痛みと共に意識が覚醒する。

 ゆっくりと意志に反して閉じようとする瞼を開く。

 

「お目覚めかな?古い私」

 

 眼前に映るのは見覚えのある白いドレス。顔を少し上げて見ればこれまた見た事のある顔が見えた。そりゃそうだ。私自身の顔なんだから。

 

「・・・・・さっきのは夢?」

「うーん、夢だけど夢じゃあない。現実で起こった事の誇張表現って言った方が正しいかな」

 

 また意味がわからない事を。

 

「分かりやすく、噛み砕いて」

「別に説明する義理は無良いんだけどなぁ。しかし理解してもらう事は必要、と。まぁいいか。」

 

 一人で納得すんなこいつ、とか思っていると、ビシッと擬音が付きそうな勢いで右手の人差し指を私の前に掲げた。

 

「説明しようッ!」

「そういうのいいから」

 

 焦らされるのは嫌いだ。そう言外に滲ませて先を促す。

 

「簡単に言うと、お前は死んだ」

「・・・・・いや、生きてるけど」

「しかしそれは夢の中での話。現実では生きている」

「・・・・・はぁ。」

 

 理解できないまま生返事をすると、またあの笑みを浮かべた。

 

「つまりは、まぁ、なんだ・・・・・」

 

 

 

 

「夢の中だとコンテニューし放題なわけさ」

 

 

 

 

 左右から無数の短剣が飛んできて私は吸血鬼の串刺しになった。

 

「おめでとう。これで二回目のコンテニューだ」

 

 考える間もなく私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「三回目ー」

 

 私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「四回目ー」

 

 また落ちる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「五回目ー」

 

 落ちる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「六回目ー」

 

 まだ落ちる。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「七回目ー」「八回目ー」「九回目ー」「十回目ー」「十一回目ー」「十二回目ー」「十三回目ー」

 

 戻れないところまで落ちるような感覚。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「―――回目ー」

 

昏倒と覚醒を幾度となく繰り返し疲れ切ってしまった。ここはどこだろうか。夢?現?

 

 もう頭が回らない。数を認識できない。無理やり何かを考えようとしても霧の中に思考が隠れてしまったかのよう。

 

「丁度いい頃合いかな?」

 

 飽きてきたのかは分からないがやっとテープレコーダーから抜け出すことが出来た。

 

「これ、何本に見えるー?」

 

 焦点が合わず、脳に映し出される映像はぶれまくっている。

 

「―――――――」

 

 数を答えようにも口が言葉を忘れてしまったかのように出てこない。

 

「うんうん。わかるよ、わかる。寧ろ35回も死んで壊れてない事に吃驚してるよ。――――そこで提案。もうこんな辛い思いしたくないでしょ?全て私に委ねてみなよ。身体も心も思考もぜーんぶ。そうすればこの地獄のループから抜けだせるんだよ。死ぬことも痛い事もなーんにも無い。

 

さぁ、一緒に堕ちましょう?」

 

 いつのまにか鎖は無くなっていて、自分で立っている。けれど地に足が付いている感覚は無い。ふわふわとした浮遊感が全身を支えているようだ。

 

 そのまま流れるように差し出された自身と同じ白い手に手を伸ばし―――――

 

 はたと手を止めた。

 ここで手をとってしまえば取り返しがつかない事態になる。私は何のためにこいつ(狂気)を受け入れた?

 

 

 家族を助ける為じゃないか。

 

 

 止まっていた思考が著しく運転を再開する。そして私と同じ手を払いのけた。

 

 こいつの気色悪い笑みは凍りつき、払われた右手を唖然として見つていた。いい気味だ。自然と口角がつり上がる。浮遊感が急に消え体重を取り戻す。

 しかし激昂するのではという予想は良い形で裏切られた。初めて年相応といえる少女らしい笑みを浮かべ一言、

 

「そりゃ残念」

 

 と言った。その時の笑顔は私が男だったら惚れてたかもしれない。そう思えるほど可愛らしかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 景色が一気に変わり辺りを見渡せばいつも見慣れた図書館にいた。 

 

 やっと戻ってこれた。そう思ったが、目の前の光景を目にしここはもしかしたらまだ夢の世界かもしれない。そう現実逃避してみたが現実は非情だった。

 

「まぁここで35人の私が死んだんだし、当然と言えば当然か」

 

 夢の中の事が本当である事を示すように図書館は血の池地獄と言われても納得してしまいそうなぐらいおびただしい量の血溜まりができていた。

 

 私は片づけを放棄するわけにもいかずどうやって血を流そうか頭を抱えるのだった。

 




 たぶん次は11月の終わり・・・・・。




 ・・・・・きっとね。


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※ただの説明回 

*今回は地の文が非常に多いです。人によっては読みにくいと感じる方が多いと思います。故に後書きに今回の要約を乗せておきましたので、時間の無い方、読みにくいと感じた方はこちらを最初に読むことをお勧めします。


 バタフライエフェクトが起こるきっかけは本当に小さな歪だ。例えばどこかの国の官僚が放った何気ない一言が戦争の火種になる事もある。そしてその一言がどのようなものだったかによって結果が違ってくる。ある言葉は戦争に、ある言葉は国の破滅に、ある言葉は改革に膨れ上がっていく。もしくは何でもない言葉として流れされていくこともあるかもしれない。

 ここで大事なのはその一つ一つの言葉には、各々の結果につながるような意は含まれていなかったであろうという事だ。無意識に、または偶発的に零れ落ちた事象が世界を大きく変えていく。それがバタフライエフェクトだ。

 

 そしてある高貴な館に住まう一人の吸血鬼少女も無意識の歪を起こしていた。

 その少女は生まれながらにして『運命を操る程度の能力』といった強大な力を持っている。だが、ある日その能力で視えてしまった運命は彼女にとっては耐え難い悲惨なものだった。

 

 しかし変える術を知っていた彼女は歪を意図的に操り、結果を変えようとするがいままでの方法が使えなかった。どのルートを選んでも回避する事の出来ない運命。諦めきれずに、しかし無為に過ごしていく日常の中で意図せず出た言葉は、あらぬ方向に運命を捻じ曲げた。

 

 

 

『能力は一個体に二つ発現するらしいのよ』

 

 

 

 それは少女――――レミリア――――にとっては運命に行き詰った現状から出た、能力を使いこなせていない自身への苛立ちを紛らわそうとしたものだったり、能力の他の活路を探す為の発言だったりしたのだ。

 

 ただ、話し相手であるカルラにとってはそうはならなかった。

 

 

 

 

 カルラは最近の姉の行動に隠された苛立ちを不明瞭にではあるが感じ取っていた。

 それはドアをあける動作だったり、最近増えた溜息だったり、陰鬱とした足取りだったり些細なものではあった。

 

「・・・・・なにかあったの?」「・・・・・別に何もないわよっ!」

 

 普段の振る舞いに比べてカリスマの一欠片も無い明け透けな反応。

 

 レミリアは人の上に立つ者として良くも悪くも直情的だった。思った事がすぐに表情や仕草に現れ、嘘や隠し事を苦手とする。吸血鬼とは嘘を平気で吐く事に抵抗の無い『悪魔(デーモン)』と曲がったことを嫌いとする『鬼』の両面の性質を持ち合わせている怪異だ。

 レミリアは『鬼』の性質に寄って生まれたが故に知らずのうちに嘘に忌避感を感じてしまう。

 

 しかしその性質から成る性格はあけっぴろげと言いかえることができる。正直は美徳というように常に感情に対して素直であるという事は人を惹きつけ易い。支配者であるがためにはメリットとして働いた。とはいえ頭に血が上って冷静な判断が出来ないのではデメリットになりかねない。

 

 正に『良くも悪くも』だ。

 

 殆ど同じ時を一緒に過ごしてきたカルラからすればレミリアの愚直な性格はその行動を予測するのに拍車をかける事にしかならない。

 

 カルラが決めた経験則に基づく今回の行動は静観だった。

 レミリアが嘘をついてまで自身が抱え込んでいる秘密を守ろうとするならばそれを無理に暴こうとするのは無粋だと考えた。

 カルラがその気になれば力づくにでも秘密を知るのは容易い。拷問にかけたり、記憶を覗いたり、危ない薬を使ったりする事によって、だ。

 だが家族に向かってそんな手荒な真似はしたくなかったし、なにより信頼して欲しかった。一人で抱え込むのではなく信じて、頼って欲しかった。

 

 待ち望んだ時は終ぞ訪れなかったものの、静観している間は初めて明確に力を欲した時間だった。

 

 

『レミリアに頼って欲しい。そのためには強くなる必要がある。』

 

 

 その思考回路は()()()()()()()()()()()きっかけになり得た。

 

 加えてレミリアが振った話題。

 よって求める力(イコール)二つ目の能力という式がカルラの中で成立したのである。

 

 能力は自己認識することにより効果を深める。

 

 カルラの能力は『対象を同格にする程度の能力』だが、構成するのは大きく分けて二つから成る。

 一つ目はそのまま『対象を同格にする程度の能力』。

 

 

 そしてもう一つは『対象と同格にする程度の能力』。

 

 

 似ているようで異なる能力。

 例えば1の格を持つAという物体と10の格をもつBという物体があるとする。前者の能力をAが使うとBの格はAと同格、つまりBが1になる。しかし後者の能力をAが使うとBと同格、つまりAが10になるのだ。

 

 

 この能力には、選択肢があった。

 能力を自覚しない道、後々自覚する道、別の能力になる道。

 

 しかしカルラは()()()()()()()で力を欲した。

 一方だけでは能力を自覚することは叶わず、身になる事も無かっただろう。偶然の産物、バタフライエフェクト、運命。どの言葉で片づけることも可能だが、数ある可能性の中の一つを無作為に選びとったにすぎない。故に良く転がるか悪く転がるかなど確かめる余地も無く。後は水が高所から低所に流れるが如く、何事も無かったかのように時間はただ過ぎていく。

 

 

 さて、ところでカルラは一回、死に近い体験をしている。身体からは生物の臓器を回す役目を担う血液がとめどなく流れ出て、魔力枯渇による失神まで体験した。そんな常人なら死んでいるであろう体験をしてなお頭を働かせる事が出来ているというのは、単に吸血鬼であるというのもあるが姉のレミリアによる献身的な介護があったからだ。

 

 魔力は血液に良く似ている。絶えず体内を循環し、枯渇すると死に至る。異なる点は、全ての生物が持っているわけでは無いことと、僅かにでも残っていれば死ぬことはないという点だ。つまり大量出血による失血死のようなものは魔力では考えなくていい。

 しかし失い過ぎれば死にはしなくとも瀕死には違いない。ここで、もう一つの血液に似通った特徴が生きてくる。それは、輸血と似たように相手の体内に血の繋がった者の魔力を流し込むことにより治療できること。

 怪我をしている当人は生存本能故に、相手の魔力を無意識に取り込む。

 

 

 例えばカルラが、額の傷を治す為に近くにいたフランの魔力を取り込んだように。

 

 その時取り込んだ魔力には『狂気』という生まれながらの不純物が混じっていた。狂気は内部からカルラを侵していき・・・・・という事は無い筈だった。いくら狂気といえども大量の魔力に押しつぶされては跡形もなくなる運命を辿らざるを得ない。

 新しい能力を度外視すればの話だが。

 

 元からあった能力は自身の魔力を相手に流すことにより効果を発揮した。

 ならば対極に位置する能力の発動条件は何か。

 同様に対極とするならば相手の魔力を自身に流すことであると推測できる。

 

 事実それは的を射ていたからこそ、カルラは能力により狂気をその身に宿すことができた。

 

 しかしそれは本来一時的なものであるはずだった。

 特殊な性質上、長い間狂気を宿すには永久的に相手の魔力を吸収し続けなければならないからだ。では何故長い間カルラが能力を発動し続けられたかと言えば単にカルラの思い込みにあった。

 

 姉の抱えている秘密がフラン、正確にはフランが抱えている狂気に関係しているという思い込み。

 故に狂気をどうにか片づける事が姉への負担を減らすことが出来ると信じ、それが能力の発現を促す為に必要な『ある理由』となった。

 

 最初に魔力を吸収し狂気を取り込んだのは無意識だった。

 能力は特殊な例を除いて(レミリアの能力とか)基本的には意識的に使えるものだ。能力を自覚すると使いこなすことが出来る。つまりは能力を自覚することにより、意識的に発動できる。さらには発動に必要な魔力の吸収さえ。

 

 言い換えるならば、能力を使わなければ狂気が自身に滞在する時間を短くする事も出来たという事。

 狂気を長く留めていたのはカルラの意志だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 『狂気』・・・・・最悪の精神感染症。感染経路は魔力。

 

 大体の場合先天的なものとして幼少期から病状として表れ、多くは定期的に精神が不安定になり攻撃的になると言った症状がみられる。極めて稀な例として別人格が形成されることが観測されている。その感染経路は患者が持っている魔力が何らかの形でより近い魔力を持った者、親族などに入り込んだ場合ごく僅かに狂気も含まれることが分かっている。

 治療方法は不明。

 一番良い方法は自然治癒である。精神病の一種であるこの『狂気』はただでさえ扱いが難しい精神病の中でも一線を画する難病だ。幸いにも狂気は自然消滅する。成熟した患者自身の自我によってだ。

 だが不思議な事に自然消滅を目撃することはめったにない。患者は自我が成熟するよりも先に、精神崩壊を起こすか、自殺するからだ。

 自殺の原因は未だに解明されていない。ただ自殺した患者は全員()()()()()()()()()()()()()()と言う惨い死に方をしている。恐らく狂気が心を食い潰したのだろうと考えられる。

 また他の精神病には無い特徴として、患者には狂気に関する記憶が一切残らない事が挙げられる。これは身体が自我に反して動いているという自覚が見られないことを示していて、別人格が生まれているという仮説を強く裏付ける証拠になっている。

 

 

――――『魔界の医学』より抜粋――――

 

 

 

  




―――以下忙しい人の為の説明回要約―――

・レミリアの言葉でカルラが覚醒
・カルラの二つ目の能力が開花
・カルラが前々から僅かにあったフランの狂気を魔力を介して受け入れる
・狂気は精神病の一種
・狂気は本来憶えていない


 正直、今回の話を掲載するのはすごく悩みました。
 なんたって自分で読み返してみて、何を言っているのか分かりにくい、読みにくい、面白くないの三拍子が出来上がってしまう程。
 それなのになぜこんな駄文を載せたかと言えば単に伏線の回収方法がこれ以外に思いつかなかったからです。
 恨むなら私の貧弱な脳みそを恨んで下さい。

 次回は一ヵ月後とかですかね。気長にお待ちいただけると幸いです。


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新たな来客

『てめーはおれを怒らせた』

 

 某マンガの名台詞である。

 前世で一度は言ってみたかった台詞の一つでもあるのだが、終ぞそんな機会は訪れなかった。

 

 しかし今、この瞬間は夢を叶える絶好の機会である―――――

 

 と、ほんの少しの理性っぽい何か、似非理性がそう囁きかけてきているのだが、今の私の本能は如何にして目の前の紫野郎をボコボコにしてやるかにしか働いていない。

 

 寝起き故になにがなんだかよくわからないが取り敢えずこのドアノブカバー被った何かは姉に危害を加えようとしていると見た。

 

 この館を満たしている水、レミリアやフランがほとんど動けていないことから『流水』に分類されるのだろう。流水は吸血鬼の苦手とするものの一つだ。

 でもって私も吸血鬼。

 何故私は動けるのか?

 

・・・・・疑問符が頭をよぎるがそれを考えないようにする。今私が家族を助けられる、その事実だけで十分だ。優先順位を穿き違えてはいけない。

 

 まず水抜き。そして自分の事だ。

 

 この水は要は魔力のもとで生成されている。つまりは術者を行動不能にすればいいわけだが、この状況は私にとって限りなく不利な方向に働く。

 

 言わば人質を取られているのだ。

 我が家でなければ、或いは何もできなかったかもしれない。そうでなくとも苦戦が予想された。

 ただ幸運なことにも―――――此処は我が家だ。両手じゃ足りないほどの年月を過ごした場所であり―――――自分が知っている建築物の中で一番座標を多く把握している場所でもある。

 

よって、

 

「えっ?」

 

 こんなことだってできる。

 姉とドアノブカバーの間に割り込み、・・・・・目の前に現れた豊満なけしからん脂肪にむけて拳を放つ。憎たらしくも透明な壁に阻まれたが、少しの拮抗の後儚く砕け散った。

 

「・・・・・ぐッ!」

 

 左手が僅かに軌道がずれ、肩にあたったが壁の所為で威力が落ち相手を吹き飛ばすだけにとどまる。

 水が引かないことから意識は保っていると考えていい。

 

 とりあえず引き離すことには成功したので最低限の空間だけを水抜きする。

 

「二人とも大丈夫?」

「ええ、問題無いわ」

「こっちもオッケーだよ」

 

 ・・・・・はぁ、よかったぁ。ホッとすると一気に力が抜け、一緒に腰も抜けてしまった。

 

「ちょっと!大丈夫!?」

 

 双子の姉が血相を変えて駆け寄ってくる。・・・・・なんだか凄いデジャヴを感じる。

 

「正直あんまり大丈夫とは言えない。それよりアレ誰?」

「ああ・・・・・。味方・・・・・のはずだったんだけど、ねぇ」

 

 吹っ飛んでった先に視線を投げかけるとそんな釈然としない答えが返ってきた。

 味方だった、という事は今は違うという事だろうか?

 

「・・・・・ちょっと」

 

 考えてるうちに横から声を掛けられた。顔を向けるとフランに見えない角度で口のみを動かしている。その動作からようやく察しがついた。要はアレはフランの助けにはなるが今しがた攻撃、というか殺されかけたからどう扱ったらいいかわからないといったところか。

 つまり最善の案は生け捕り。最悪殺してもかまわないだろう。

 

 よし、やろう。

 

 しかし立ちあがった矢先に視界が歪んだ。あー・・・・・マ、マズイ。どっちが床かわからない。あれ、今立ってる?

 

「確かに大丈夫じゃないみたいね」

 

 ふわっと誰かに抱きかかえ上げられた、と思い見上げるとやっぱりというか愛しの姉の呆れた顔があった。腕から逃れようともがくと一層強く抱きしめられた。

 

「いいから・・・・・オウレットは私に任せてここで休んでなさい」

「オウレット?」

「アイツの名前よ。見たまんまの魔女ね」

 

 魔女なのか?

 

「フラン、ちょっとカルラが無茶しないように見てて頂戴」

「・・・・・わかった」

 

 そうか、と不満げながらも了承の意を示すフランを見て納得する。事情を知られないようにオウレットとやらを無力化するにはフランの能力が邪魔なのだ。まぁそういうことなら大人しくしていよう。

 

「お姉様大丈夫でしょ?」

「あーだめ、私から離れないでフラン」

 

これは特別嘘というわけではない。目眩に近い症状が時々襲い掛かってくるし、ここで魔力切れで眠ってしまうなんてことがあっては最悪だ。しかし邪な気持ちがないかと問われればなんとも言い難く。

 

「ああっ、目眩がっ、フランの膝枕で治るかもしれないっ」

「絶対平気だよね…。はぁ、しょうがないなぁ。いいよ、ここに頭乗っけて。」

 

フランに病人であることを利用して思う存分甘えられるのだ。姉の尊厳?膝枕に比べれば安いものだ。シスコン?大いに結構。シスコンイズジャスティス。

あっちが終わってしまうまでにフランに何をしてもらうか考えておかねば。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 エントランスに湧いていた水が引いていく。

 どうやらフランに膝枕をしてもらい、子守歌を歌ってもらい、ほっぺたに口付けまで頂いている間に向こうが終ったようだった。

 

「・・・・・離してもらっても良い?レミリアのところに行きたいんだけど」

「・・・・・ん」

 

 恥ずかしさのあまり顔を林檎のように真っ赤にして俯き、黙りこくってしまった妹に恐る恐る終わったらしい事を伝える。しばらく経った後、ゆっくりと私の顔から二本の腕が離れていった。

 一応弁解しておくと決して強制させたわけではない。というか最後のキッスはなんならフランが自発的に始めた事だし。さらに言うなら最後の方はされているこっちまで恥ずかしかった。

 

 まだ薄く染まっているだろう頬を冷ましながら、レミリアのそばで伸びている紫の傍に歩み寄る。幸いなことに魔力枯渇による目眩はなりを潜めたようだった。まぁ別の理由で頭がクラクラするのだが。

 

「結構あっさり終わったね」

「油断なくやればこんなもんよ」

 

 レミリアは多少衣服が乱れているだけで、特に外傷は見られなかった。それなら何故簡単に捕まったか甚だ疑問だが、今無事ならそれでいい。やればできる子、ぐらいに考えておこう。

 ただ不思議なのはオウレットとやらまで傷一つないのだ。とても激しい戦闘があった後とは思えない。どんな奇奇怪怪な術を使ったのか。

 

 そんな訝しげな視線を向ける。

 

「あー、なんというか、そいつが勝手に自滅したのよ」

「自滅?」

「暫くドンパチやってたら急に咳き込み始めてね、そりゃあもう見てるこっちが心配になるくらいに。それでもう一回再開したら目を回しちゃったのよ」

「・・・・・へー」

 

 なんか見た目から今にも倒れそうなぐらい弱っちかったし持病でも抱えているのかもしれない。というか吸血鬼相手にドンパチやれるって相当出来るのではないのだろうか、この魔女。

 

「とりあえずこれどこに置いとく?」

 

 伸びている魔女の脇腹をツンツンと足先で突きながら尋ねる。

 

「適当に拘束して応接間に投げ入れといて。一応は客として扱うわ」

「そう」

 

 拘束しているのに客なのか、と思いつつとりあえず相槌を打っておく。

 

「誰、・・・・・か」

 

 誰か使い魔にオウレットを応接間に運ぶのを言付けようと、周囲見渡してようやく気付いた。いやに館内が静かすぎる事に。普段ならば騒がしいとまでは行かなくとも誰かしらの気配はするし、逃げ隠れている様子もなく、さらには両親の姿さえ見掛けていない。

 

 

 

「お父様と、お母様は」

 

 レミリアの声が聞こえた。ギクリ、とする。心の内にある不安を読み取られたようで。

 

「死んでしまったわ」

 

 死んだ。そう聞こえた。

 

「・・・・・そう」

 

 さっきと同じような相槌を打つ、がそれは決して軽々しいものではなくかといって重々しいものでも無かった。

 言うなれば『無』。

 親が死んだというのに私の心には悲しみは愚か、痛みや喪失感は湧かない。あるのは虚無感のみ。どちらかと言えばその事の方がずっと悲しかった。親と言うのは私にとってそんな軽い存在だったのかと。

 

 しかし心の何処かでその理由を理解していた。

 父はレミリアに期待して寵愛を授けていたし、母もフランにつきっきりだった。もちろん二人から愛を感じた事がないわけではない。父からは多くのことを教わったし、母はフランの世話をしながらも時たま焼き菓子を作ってくれた。

 だがそれまでだったのだ。どれほど愛されていた点を探しても薄く、淡いものでしかなく私の『愛』という感情の穴を埋めるのには程遠い。私は愛に飢えていたのだ。

 

「・・・・・驚かないの?」

「驚いてる。十分にね」

 

 嗚呼、レミリアから見たら私はどんな冷酷な子供に見えているのだろうか。姉に嫌われたくないと悲しそうな表情を貼り付ける。こんなにも自分は悲しんでいるんだと、自身すら誤魔化す。

 そして逃げる様に魔女をひっ掴み応接間に転移した。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・・。」

 

 問いかける様なレミリアの視線から逃げ切り一息つく。

 今はあまり家族と顔を合わせたくない。口を開けば陰鬱な言葉しか出そうにないからだ。

 

 しばらくここで時間を潰していようと思い至り、何気なく床に転がしてある魔女を見遣る。今までのことは全てではないだろうがコイツに責任の一端はあるのだろう。

 改めて観察してみれば、最初に比べ多少赤味がかった顔になっていることに気づいた。身体も女性らしい体格と言うよりは、折れそうなほど細いという印象が真っ先に来る。魔女と言うのは身体が弱いとは聞いていたが、これほどまでだったのか。それともこいつが極端なのか。

 

 しかし綺麗かそうでないかと言ったら美形に入るのだろう。紫を基調とした服が病的なまでに白い肌によく似合っている。魔女らしいミステリアスな感じを醸し出しているというか。

 

 ・・・・・魔女といえばコイツ魔力媒介はどうやって行っているのだろうか?普通なら魔道書の一つや二つ持ち歩いても良さそうなものだが。魔道具っぽいものも見当たらないし、さっきは杖を使っている様子もなかった。自分の中で魔女は杖を持ち、とんがり帽子を被り、妖しげな笑みを浮かべながら悍ましい薬品の入った鍋をかき混ぜているイメージがある。そして迷い込んだ子供を攫って餌付けするのだ・・・・・。

 

 ・・・・・流石に誇張表現が過ぎたが、杖も鍋もなく、ドアノブを被っている少女を魔女と見るには少々難しすぎるだろう。精々ちょっと変わったファッションぐらいだ。

 

「魔道書・・・・・」

「へっ?」

 

 びっくりし過ぎて間抜けな声が漏れてしまった。急に飛び上がる様に起きたかと思えば、ちょうど思考と同じ事を口に出したのだから仕方ない。

 

「貴方、じゃない吸血鬼・・・・・レミリアは何処?」

「えっ、あ、あーまだ玄関にいると思うけど」

 

 咄嗟にそう答えてしまった。まぁここでフェイクの情報を流す必要性も後々考えれば無かったわけだが。しかし、魔道書とな・・・・・。

 

「何か用?」

 

 思わず吐き捨てるような言い方になってしまったが魔女はあまり気にしてはいないようだ。

 

「私の本を返して欲しいのよ」

「本を返す・・・・・、返す?」

 

 返すと言うことは持っていると言うことだろうか?しかし私の知らない魔道書を持っているのを見たことがない。大抵は図書館に置いてあるものばかりだ。

 借りているのなら返さなければならない。それは道理だ。考えたくはないが盗んだ、又は奪い取ったならばそれもまた返さなければならない。

レミリアの行動には一定の信頼を置いてはいるが、人道・・・・・吸血鬼道?に反することは看過するわけにはとてもいかない。

 

 姉の暴走を止めるのは妹の役目だ。

 

「ちょいストップ」

「何よ?」

 

 横をすり抜けて恐らく玄関に向かおうとしている魔女を、ひらひらした所の端を掴んで引き止める。

 

「私も一緒にいくよ」

 

 ・・・・・おかしい。レミリアを説得するには私もいた方がいいと思ったが故の軽い提案だったのだが、怪訝な顔をされた上に、正気?とよくわからない事を問われた。

 

「私はいたって正気だけれど?」

「そう・・・・・ならいいわ。」

 

 なにがどういいのかわからず、肩を竦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 さっきの場所に戻れば、レミリアは何処かから持って来た椅子に座りながら舟を漕いでいるフランを、抱き枕よろしく抱えていた。そんな役得な位置があるなら早く代わって欲しい。

 

「・・・・・ねぇ、私はあなたに縛って部屋に置いておく様に言ったはずなんだけれども。」

「縛るほど害がなさそうだったから」

 

 そう言うとレミリアは何故か黙りこくってしまう。

 

「そうなの?」

「ええ、害は加えないわ。」

 

 魔女の答えに満足する。やはりさっきはなにかしらの事情があったのだ。

 

「死んでもらうけど」

 

・・・・・ん?おいおい、今なんて言った?レミリアは聞き取れたのかと思い目を向けると、やっぱりねと言わんばかりの表情だ。

 そのまま整った唇からうんざりという表現がよく似合いそうなため息が漏れる。

 

「カルラ、もう一回言うわ。よく縛った上で置いて来なさい。」

「ちょちょちょちょ、待って待って」

 

 ダメだ。意味がわからない。二人だけの共通言語で喋っているのだろうか。私にも分かる言葉で話してもらうか、共通言語のレッスンから始めて欲しい。

 えーっと、何がわからないといえばそう、『害を加えない』のに『死んでもらう』の所が意味がわからない。

 

「私にもわからないわよ」

「えー」

 

 だったら何故わかった顔をした。

 

「コイツの頭がおかしいってことがわかったの」

 

 さいですか。

 

「支離滅裂な事を口走るのはきっとどっか頭のネジが数本ぶっ飛んでるのよ。簡単な話ね。」

「勝手に納得している所悪いけれど人を精神異常者扱いしないでくれる?本を返してくれればいいだけよ。」

「ほら、支離滅裂な言動二つ目。」

 

 レミリアの切り返しに、むっとした表情を浮かべる。

 無表情以外の表現ができたのか。顔の筋肉が死滅してるのかと思っていた。

 

「これだから悪魔は嫌なのよ。」

 

 帽子を取り、額に手を当て、やれやれと首を振る。

 ・・・・・つむじまで紫なのか。魔女っぽく見せるために染めてるのかと思っていた。

 

「人間相手には甘い言葉を囁いて誘惑する癖に、嫌に強情で利己主義に染まっている。言葉の揚げ足をとって、無理やり契約を結ぶ。脳の体積が足りてないんじゃないかしら?それとも武力にかまけて脳まで筋肉になったとか。」

 

 ・・・・・あながち間違いではない気がする。かくいう私も深く考えるより直感で行動することが多い気がするし。あれ?でも脳筋ってほど戦闘が得意でもない様な・・・・・もしかして私って低スペ吸血鬼?

 

「なんですって?もう一回言ってみなさい、優しい優しい私は訂正するチャンスをあげるわ。」

「こんな目の前ではっきりと喋っているのに聞こえないのかしら?到底私の手には負えない貧弱脳ね。天下の吸血鬼も末だわ。」

 

 視認できるなら二人の間でバチバチと火花が見える様だ。もしかしたらさっき会合?した時もこんな風に口論になって喧嘩っぽくなっていたのかもしれない。

 しかし今は私がいる。フランを起こさないためにもここら辺で収拾を付けておくべきだ。世界一の寝顔をこんな些細な事で崩してしまうのは少々心苦しい。

 

「はいはいストーップ。そんなに双方熱くならずに落ち着いて話せないの?せめて、会話の、ボリュームを落として。」

「カルラ、いい?こいつは今吸血鬼を馬鹿にしたのよ。悔しくないの?」

「馬鹿にされたのはレミリアだけでしょ」

「えっちょっとそれどういう」

「いいから、いいから」

 

 不満顔のレミリアを残して魔女と向き直る。

 そう、元から思えば今までいがみ合ってた相手と仲良くお喋りしようという考えが間違っていたのだ。

 こっからは第三者、ずっと私のターン!!だ。

 ・・・・・ターン制じゃないけど。

 

「貴女にいくつか質問があるのだけれど、いっぺんに聞くのと一つ一つ聞くの、どっちがいい?」

「いっぺんで。」

 

 聞いといてなんだがいっぺんに聞いて聞き取ることができるのかと思った。まぁ本人ができると言っているし先駆者もいることにはいるのだから大丈夫なのだろう。

 

「まず、目的は何なのか。次に何故レミリアを殺す必要があるのか。そして危害を加えないとはどういうことなのか。聞きたいのはこの3つだけ。」

「そうね・・・・・。」

 

 ほら、こうやってしっかり意思の疎通を取れば良かったのになんだってどっちもせっかちなのか。

 

「目的は魔道書を取り返すこと。何故、手っ取り早いから。危害を加えない、・・・・・結果的に死なないから。」

 

 んー・・・・・おっとお?回答を聞いてもわからないのだが。

 しかしここで混乱してはいけない。次は回答に対する質問だ。

 

「はい。ここまででレミリアから質問は?」

「何を言っているのか「具体的にね」…魔道書なんて知らないわ。」

「はい。ここで回答をどうぞ。」

 

 私は司会進行役に向いているかもしれない。

 

「・・・・・ああ、そういえばそれに関してはボンクラ吸血鬼「言葉遣い。」・・・・・レミリア嬢が知らなくても無理はないわね。」

 

 魔女は一瞬話を遮られかけて顔をしかめるも続けた。

 

「貴女の死。それが私の全財産を取り戻す対価なのよ。」

「全財産…対価…?」

「そう。貴女には大変不幸なことだけれどもね、あの老人に何か恨みでも買ってたのかしら?あの男に一時期私の魔道書が渡っていたんだけれどその時に黒魔術、呪術と言い換えてもいいわ。それによって貴女の死が私の手元に魔道書が戻ってくる条件に設定されたらしいのよ。東洋の方では神に対する生贄にあたるらしいのだけれど、どういうわけだか人為的に悪用されたってわけ。」

 

予想以上に複雑な話になっていたようだ。しかしそれではいよいよ私もこの魔女を消す方向に動かないといけないのでは?一魔道書と姉が釣り合うなんてとても思わない。

 

「…そんな大層な方法が一般人にできるわけないでしょう。」

「代償なら既に押し付けられたじゃない。沢山の生贄が、貴女の手によって。何人殺ったか知らないけど代償としては十分すぎると思わない?」

 

黙って考え込んでしまった姉を見やる。そりゃそうだ。自分と他人の命を抱き込んで落ちていったのに、その目的が吸血鬼を殺すためなんてとてもではないが正気とは思えない。

 

「なるほど、筋は一応通ってる。カルラにとどめを刺さなかったのも、挟まれるタイミングも私に殺されるためってわけか…。改めて正気じゃ無いわね。」

 

え?とどめって何?殺されかけてたの?

まぁ生きているからいいのだけれど。…やっぱいいわけないわ。

 

「以上の理由で貴女には死んでもらわなければならないの。私に本を諦めるという選択肢はないわ。…待って、最後まで話を聞きなさい。害は加えないと言ったでしょう?この黒魔術には抜け穴があるわ。それは死の定義が曖昧ということ。ここでいう定義は完全な死ではなく肉体的な死のみを意味している…つまりは生き返ることが可能よ。」

「いやいや、無理無理。」

 

死者蘇生。それは無理だ。心臓を動かせば、とか脳が動いてさえ入れば、とかでは無く禁忌、忌み嫌われ人智を凌駕するものとして捉えられてきた。神の所業であり生命への冒瀆。

しかし何故こうも確信に満ちた声でできると言えるのか。どうも姉も妹もこの魔女も、他人の生命(いのち)を軽く見る傾向にあるのかもしれない。私はまだそこまで堕ちていない…筈だ。

 

「貴女は多少魔法に理解があるらしいけど蘇生は魔法ではないわ。ていうか貴方達、悪魔の畑でしょうに。目には目を、黒魔術には黒魔術を、よ。」

「黒魔術ー?大丈夫なのかしら、それ。」

「前の住処に伝手があってね。知り合いに詳しい奴がいたからいつかの時に教えてもらったわ。」

 

前の住処ねぇ…。

 

「というか対価はどうするの?」

「対価?」

「まさか蘇生に対価が要らないとか言わないでよ?絶対それ嘘だから。」

「…。」

 

嘘だろう?こいつの頭が心配になってきた。

 

「あー…、そう言えばそんなこと本に書いてあったわね。」

 

アホすぎる。魔女ってこう叡智が溢れて止まらないーみたいな感じだと思ってたのに。今日はなにかと期待が裏切られる日だ。

というか、もう打つ手がないのでは?

 

「ボンクラはどっちなのかしらね。」

 

そこ、煽らない。

でも否定のしようがない。ボンクラとまではいかなくても抜けているまでは許されるかもしれない。

 

「貧弱脳に言われても別になんとも思わないわね。というか本早く返してくれない?時間は無限でも今は有限なのよ。」

「何ですって?魔女なんだからどうにかしなさいよ。あら、ごめんあそばせ。ボンクラには難しい相談だったわね。」

 

またなんか言い合ってる。そんなに騒がしくしたらフランが…

 

「…んっ、んうー」

 

あーあ、姫君がお目覚めになってしまった。ぼーっとしてる間に避難させようと、夢中になって上品に相手を貶し続けてる姉の膝から妹を回収する。そしてまた喧嘩が始まりそうな気がしたので、飛び火が来ないところまで移動した。

 

「…んー、よく寝た。あーおはようカルラお姉さま。」

「おはよう、フラン。」

 

寝起きで体を伸ばしているフランに挨拶を返す。髪が変な方向に跳ねているのが目に留まり、適当な引き出しから櫛を取り出して髪を梳き始める。

少しびっくりしたようだが、すぐに気持ちよさそうに目をつぶってくれた。

 

「なんかお姉さま元気ないね。」

 

そうだろうか。自分ではそんな気はしないのだが。

 

「アレが今の悩みの種でね。」

 

何とか口だけに収まっている2人の喧嘩を指差す。今の私から元気を吸い取っている原因は考えられるとすればあの2人だろう。

 

「…アイツ悪い奴なんじゃないの?」

「悪い奴ではないと思う。ただちょっと抜けているっていうか、少し期待外れだったかな。」

「私達を殺そうとしてきたけど。」

「一応それも理由があったし本当は殺そうとしたわけじゃないらしい。」

 

ふーん、と適当な相槌を貰ったがやっぱりまだ納得いってないようだった。まぁ殺されかけた相手を一朝一夕で信じろというのも無理な話なことは分かっている。

しかしここでフランが絡んでは私の胃がすり減る速度が加速してしまう。ただでさえここからどうしようか分からないのに。

 

 

 

その時、

 

「どうやらお困りの様子。」

「んー、どこ?貴女誰?」

「もっと上よ。こっち、こっち。」

 

急に声が聞こえてきたかと思えば、ちょうど真上辺りに誰かが浮かんでいた。

 

「…どちら様でしょうか?」

 

これも姉が呼んだのだろうか。せめて玄関から入ってきて欲しいものだが。どれだけ私の胃を虐めたいのだろう。

 

「どうも、私しがないスキマ妖怪の八雲紫と申しますわ。」

「何か御用でしょうか?」

 

用件を聞けば八雲紫は何処からか取り出した扇子で口元を隠した。

 

「あら?用事がなければ寄ってはいけないかしら?」

「そんなに親しい間柄でもない、というか初対面でしょう。」

「…ああ、貴女はそうなのね。」

 

やっぱり姉が呼んだらしい。せめて一言言っといてくれ。

 

「その前に貴女の名前を聞いても?」

「失礼。紅魔館頭首レミリア・スカーレットの妹、カルラ・スカーレットです。以後お見知り置きを。」

「その妹のフランドール・スカーレットよ。」

 

スカートの裾を掴み一礼する。フランの方が様になっていた気がしないでもないが気のせいだろう。

八雲紫も倣って一礼する。

 

「で、ご用件は。」

「いえ、お困りのようでしたので何か力になれる事があれば協力しますわ。」

「…?」

 

特に用件は無いのか。でも何故姉が呼んだのだろう。頭をひねっていると、脇腹をちょいちょいと、フランに突かれた。くすぐったさに僅かに身をよじると、そのまま引っ張られた。

 

「ちょっと…どうしたの?」

「お姉さま、あの人変だよ。」

 

まぁ確かに何故か日本名だし、さっきからずっと宙に浮いてるし、目的もわからない点では同意だ。というか人では無い。

 

「そうじゃなくて」

 

もどかしそうにフランは否定する。

 

「あの人の『目』が見えないの。」

 

一瞬フランが何を言っているか分からなかったが、すぐに思い至る。

 

「成る程ね…。わかった。」

「…何が?」

 

そして姉の方を興味深く見ている八雲紫の元へ戻る。

 

「八雲さん、やって欲しい事ができました。」

「あら、そんなに固くならなくても。紫、と呼んでくれれば。ゆかりんでも宜しくてよ。」

「じゃあゆかりん、やって欲しい事ができました。」

 

僅かに佇まいが傅き、狼狽した様子を見せる。紫かゆかりん、そんな二択を出されてはゆかりんしか選べないでは無いか。悪ふざけであれ、弄られどころを出した方が悪いのだ。

 

「べ、別に紫でいいわよ。」

「それでゆかりんにやってもらいたい事はお姉さまから本を取り出して欲しいのです。」

「紫にして貰える?」

「正確には黒魔術の解呪。内容の破棄をゆかりんにお願いしたいのです。」

 

嫌だ。絶対に変えない。

 

「はぁ…分かったわ。やってあげる。…貴女が紫と呼んでくれたらね!」

「溜息を吐きたいのはこっちです。紫、お願いします。」

「できればその固い話し方もやめて欲しいのだけれど。」

「それは出来ません。お客様なので。」

 

私だってこんななれない事したくないが、紅魔館の頭首があんなだから代理で仕方なく話してるだけなのだ。また紫が大袈裟に溜息をついた後、何やら赤いリボンが2つ離れた場所に現れた。

なんだなんだと注意深く見ていると突然2つのリボンを結ぶ線分に亀裂が走った。そしてその亀裂は勝手に開き、空間ができた。

 

慌ててこの場の座標で確認してみても、どこの座標にも位置しない空間が生まれていて元の座標は消滅していた。

紫がその中に手を突っ込み分厚い何かを取り出す。

恐らくあれが魔道書なんだろう。凄そうな装飾が施してある。

 

あーもうダメだ。頭がショートしそう。

突然誰かが出てきたかと思えば、日本名を名乗り、宙に浮かんだままで、『目』が無く、知らない空間を作り出し、強力な黒魔術を簡単に破ってみせた。

 

「それ!私の!」

 

手渡された魔道書を眺めていると、横から飛んできた魔女が掻っ攫っていった。

 

「ご注文の品はこちらでよろしかったかしら?」

「ありがとうございます。」

「あ、貴女、これ、どうやって」

 

口をあんぐりと開けながら震える手で本を抱える魔女は、方法を不思議に思っているらしい。私もそうだ。

 

「では、御機嫌よう。」

 

そんな私達を置いてさっきの空間に入ってしまった。亀裂が閉じて何も無くなる。

その時ようやく代金とか良かったのかな。と割りかし大事なことを今更思い出したのだった。



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後始末とティータイム

 

 

あの夜が終わってから1カ月ほど後処理に追われた。

 

まず、取り急ぎ中と外にある沢山の死骸を前行った時に手に入れていた座標を使い、町に配達してきた。血や肉は外にそれなりの時間晒していたせいかとても口にできるものではなかったからだ。

その時に、

 

「これでもうこの町は楯突こうとは思わないでしょう。」

 

レミリアはそう言っていた。しかし私はそうは思わなかった。確かにあと数世紀は今回のようなことは起こらないだろうが、その数世紀後には繰り返されるだろう。いや、繰り返される。

いかに憶えていようとしても世代は代わり、記憶は風化していく。そして学ばない。

 

何処かの誰かの言だが、人間は忘れる生き物なのだ。

 

 

次に周囲の腐敗臭の原因達が片付いたのはいいが、もっと大きな問題が残っていた。

紅魔館(住居)の惨状である。

外壁はところどころヒビが入っているか崩れていて、床も蜘蛛の巣状の割れ目が点々と見える。

何よりまた腐敗臭が凄いのだ。家に入ってきてフランに握られたのであろう残骸や、血飛沫。その中には家族の匂いが混じっていたりして、不快感と吐き気を覚えて仕方ない。

 

どうやってこの惨状を元の状態に戻そうかと思えば、帰ってきた本に頬ずりをしていた魔女がなにも言わないうちに掃除をし始めた。

恋人のように肌身離さず抱きかかえていた魔道書を開き、また紅魔館中を水浸しにして、レミリアに殺す気なの?と怒られながら。

 

何をやっているのかと声をかけてもただ黙々と掃除をするだけ。掃除といっても魔法を使ったものばかりだったが。見た目通り運動が苦手なようだ。

 

数日後、やってくれるならばと直して欲しい箇所を指示しながら掃除をしてもらって、やっと修理が終わった。

 

在りし日の紅魔館とほとんど遜色なく再現されていたので、私達は大満足だった。

しかしお礼を言おうとすると、要らないと言う。

 

「その代わり、私、ここに住むから。」

「「「はぁ?」」」

 

三人揃って素っ頓狂な声を出してしまったのも仕方ない。まさか自分が直したのだから自分が住むとでもいうのだろうか。

 

「いや、壊したのも貴女みたいなものだし、それは無茶じゃないかしら?」

 

レミリアに同意見だ。隣でフランもうんうんと、頷いている。オウレットも思うところがあったのか、口を閉ざしてしまった。一応の責任は感じているらしい。

 

「でも私ここに住む契約してるし。」

 

私にとっては完全に初耳だったが、レミリアによると元からここに住むつもりで魔界から移動してきたのだとか。魔界にあった元の家も引き払ってきたし、最近は魔女狩りが流行っているせいで外に出られない。

 

……なんだか同業者(ニート)の匂いを感じる。

 

親近感も相まって、仮に住むことになった時のメリットを考えてみる。

 

この前の経験則からしてコイツは出来る魔女っぽい。ということは色々な魔法に関する知識を教えてくれるかもしれない。

別に部屋も有り余っている。

つまりはここで追い返す理由もまた無いのだ。家族以外の関係も築いておきたいという理由も合わせればパーフェクト。

 

かくして私は賛成派に。フランはどっちでもいい、つまり白票。レミリアもどちらかと言えば反対したげだったけれど折れてくれた。なんだかんだ言って譲ってくれるレミリアはやはり優しいのだとその時思った。

 

こんな経緯があって紅魔館に居候という名目で住人が1人増えた。

 

 

 

ちなみにオウレットが住むことが決まったのは20日ほど前。しかし今でも後処理に追われている。では後処理で終わっていなくて、20日経ってもまだ終わってないものはなんなのか。

 

「ここに六芒星を書いて…えーと周りを七曜を指す道具で囲む?…カルラー!ちょっと来てー。」

「はいはい。」

 

レミリアとここ最近つきっきりで本と向き合っている。

 

「六芒星だと7で均等に囲めなくない?」

「……。」

「ちょっと!どこに行くのよ!」

「専門家を呼びに。」

 

残った後処理とは使い魔だった。今までは両親の使い魔が家事をやっていたので、両親の死とともに契約の切れた使い魔がいない現在紅魔館の家事は荒れ放題だったのだ。

 

私達も全くできないというわけではない。しかし、料理を例にとっても生か焼くの2つしか選択肢がない。そこに適当な調味料をかけて口に押し込む。

ここで間違えていけないのは、適当が調理に合った適宜の、という意味ではなく本当にいい加減なほうの適当であるということ。

 

最初の方は調理当番をローテーションで回していただけなのだが、4人で回したのがいけなかった。

私が一番マシで、次点でレミリア、フランとオウレットは……口に出すのもおぞましい。

 

結局は私が料理担当になったのだが、なにぶん面倒くさい。かといってフランやオウレットにフライパンを握らせようものなら死人が出かねないことも確かで。

 

料理以外にも掃除や洗濯もある。洗濯はともかく掃除をするのにこの馬鹿でかい我が家を憎むことも少なくなかった。

 

よって使い魔を雇うようにレミリアに進言した。

ここ数週間はそのためのお勉強である。

 

「ああ、これね。私もこの方法あまり成功した試しがないからやめた方が良いわよ。ええっと…、こっちの描き方の方がわかりやすいわ。」

 

しかしレミリアは召喚に関する魔法はあまり得意ではなく、折角なので分からないところは居候に知恵を借りることにしている。

意外にもオウレットは魔法を教える事は満更でもないらしく、毎回質問に行くたびに熱心に教えてくれる。

 

「あのさぁ、レミリアのとこに行ってその説明してくれない?伝言役も疲れるんだよ?」

「……そんなのあっちに言いなさいよ。私は動かないわ。」

 

問題はレミリアとオウレットの仲があまりよろしくないことだった。あの夜のことが関係しているのかもしれないし、居候に反対気味だったせいかもしれないし、オウレットが作った料理をレミリアが残したせいかもしれなかった。

最後は仕方ないとして、現実として過去は過去だ。居候も決まったことだ。一緒に暮らしていくのにこの雰囲気は良くない。

 

「…に関する道具って何があるのかしら?」

「ちょっと…どうしろって言うのよ。」

「じゃ、あと頑張ってー。」

 

よって、目を瞑ったまま考え込んでいるレミリアをここまで運んで来た。無論、転移魔法で。

オウレットから迷惑そうな非難がましい視線が送られてくるが後は2人でよろしくやってくれ。

 

私はフランと遊ぶ約束をしているのだ。

 

 

 

 

 

「フランー?どこー?」

 

さっきからフランを探しているのだが一向に見つかる気配がない。どこへ行ってしまったのだろうか。少し目を離した隙にすぐいなくなってしまった。

少し小腹が減ったのでキッチンに向かう。なにせ数日前気まぐれでフランが料理をしたいと言い出したので手伝ったところ、どう頑張っても料理と呼べるものができなかったのだ。

それだけならまだ良かったのだが、作るたびに味見をしていたので3日ほど寝込む羽目になった。お陰で3日間なにも口にできていない。

 

キッチンに入るとふと、大きな鍋が目に入った。誰か料理でもしたのだろうか。レミリア以外だったら味見しなくてはならない。料理…味見…うっ頭が。

 

どんな料理が入っているのかと戦々恐々としながら蓋を取ると、白いナイトキャップを押さえている両手があった。

そして煌びやかな七色の宝石が特徴的な羽があり、よくよく見ればフランがいた。

両手が降ろされナイトキャップの下から上目遣いの妹の顔が見える。…可愛すぎてドキッとしたのは内緒だ。

 

「お姉さま、もしかして隠れんぼ得意?」

「いや全く。」

 

そう。私達は隠れんぼをしていた。

しかし私がここに立ち寄ったのはお腹が減ったからであって、まさか探し人がいるなんて毛ほどにも思わなかった。

キッチンに、しかも鍋の中にすっぽりと収まっているのは隠れ場所としてはいささかユニーク過ぎでは?

 

鍋の縁に両手を乗せて首をかしげる姿は、前世で流行った鍋猫とどことなく似ている気がする。めっちゃ可愛い。

なんというかここまで似ていて可愛いなら、猫耳でも生やす魔法を探そうか。絶対似合う。そう、絶対に。

 

猫耳フランについて真剣に考えていると、ぐぐーと腹の虫が存在を訴えてきた。

 

「お姉さまお腹減ってるの?ごめんね、私の料理に付き合わせちゃったせいで…。」

「いいのいいの、好きでやってるだけだしね。料理なんか練習すれば上手くなるんだからいつでも付き合うよ。」

 

しおらしくなってしまったフランに慰めの言葉をかける。まぁ私達はそうそう簡単に死にやしないのだから、上手くなるまでいくらでも練習台にしてくれて構わない。

どちらかと言えば姉として妹の料理上達の糧になれることを、若干嬉しく思っている私がいる。マゾとはまた趣味嗜好が違うベクトルで、だ。

フランに頼ってもらうことが少ないせいか、もっと迷惑をかけてほしい。そして出来る姉アピールをしたいのだ。…我ながら大した自己承認欲求だと思うが。

 

「じゃあ、お姉さまのご飯作ってあげるね!」

「あー、ああ。うん、…お手柔らかにお願いします…。」

 

 

 

 

 

 

 

やっとのこと昼食と呼べるものを口にして一息ついた頃、突如空間に見覚えのある亀裂が走り八雲紫がにょきっと上半身だけ生えてきた。…憐れむような目をしながら。

 

「紫、なんですかその目は。」

「いえいえ、姉というものは大変なんだなぁと。」

 

やはり見られていたか。ん?てかこいつ、いつから見てたんだ?

 

「あれは美味しいんです。愛情がたっぷり詰まっていますから。例え私の胃が拒絶しようとも私の心は満たされました。」

「愛、ねぇ…。」

 

紫は窓から夜空に遠い目を向けて呟いた。どこか愁いを帯びた視線はすぐに元の色を取り戻し星そのものを眺め始める。

 

よくよく見れば紫は美人だった。

フランと同じ金髪に珍しい金色の瞳。被っている白いナイトキャップらしき物にはリボンのような装飾が施されている。

服装こそ違えどフランによく似ているが、フランが幼女なら紫母親っぽい雰囲気がある。子供がいてもおかしくない。

 

「紫は兄妹とか家族はいないんですか?」

「残念ながら兄も姉も妹もいないわ。さらに言うなら私には親すらいない。一番親しいのは式神かしらね。」

 

意外とすんなり話してくれた。そして想像以上に話が重かった。

 

「そ、そうですか…。それは失礼なことを。」

 

そう返すと、紫はキョトンとした表情を浮かべた後扇子で口元を隠した。癖なのだろうか。それに口元は隠せても目が笑っている。

 

「気にしなくていいのよ。貴女が想像しているような事情じゃないから。私は生まれも育ちも1人なの。『八雲紫』という妖怪。」

「へぇー。」

 

そういう妖怪もいるのか。でもそれはとても寂しいものではないか?生まれた時から1人で親もいなければ同族もいない。私には両親にレミリアやフランがいたし、前世でも両親がいれば周りに人間は沢山いた。

気が付いたらこの世界にいて周りは違う生物ばかりというのは、どうも想像できない。

 

「でも私は愛を知っているわ。愛している世界があるもの。」

 

そんな風に愛を知っている、愛している世界があると語る紫は、何故か聖母のような純愛ではなく歪んだ偏愛を思わせる顔をしていた。

恐らくその世界を穢そうものなら激情に駆られ、殺しそうなくらいの深く重い愛。ヤンデレかな?

 

「そういえば今日は何しに?」

 

胸中の冷えた思いを悟られないように話題を変える。

 

「ああ!そうでしたわ!忘れるところでした。」

「大事な用事でも?」

「ええ。お茶でもどうかと。」

 

そこまで大事でもなさそうだった。

 

「…いいですよ。大したものは出せませんが。」

「お構いなく。というか今日は私の出身地、極東の日本という国の茶葉を持ってきたのでそれを使って淹れてくれないかしら?」

「ああ、緑茶ですか。」

 

今世になってから1度も飲んだことがなかった。というか緑茶の茶葉自体が全く流通していない。紅茶がほとんどを占めていて、ごくごく稀に中国茶を見かける程度だ。

緑茶もそうだが、そもそも和食を口にしていない。味噌汁とか結構好きだったのに味噌がそうそう手に入らない。

 

紫に頼んで持ってきてもらうことはできないのだろうか。

 

「緑茶を知ってるの?こっちじゃ珍しいはずよ?」

 

唇に人差し指を這わせ訝しげに聞いてくる紫を見て気づく。

特に聞かれたことも言う必要もなかったが、この前世知識は話していいのだろうか。私がここで前世を持っていることを話すことによるデメリットを考える。

思い浮かぶのは未来の知識が伝わることによる、バタフライエフェクト。しかし考えてみたことがなかったが、私はこの世界がどういう位置付けにあるものかを知らない。

 

……リスクは避けるべきか。

 

「本に書いてあったんです。私の家の図書館は数だけは沢山ありますからね。今から紹介しましょうか?そこでティータイムにしてもいいですし。」

「…いえ、ここにしましょう。今は貴女と2人きりでお話ししたい気分なの。」

「そうですか。」

 

結局、私の部屋でティーカップに緑茶を注いだお茶会が行われ、1時間ほど駄弁った後紫は帰っていった。

 

その後で紫への質問を1つ忘れていたことに気づいた。

 

八雲紫はレミリアの客ではなかったそうな。

 



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Ennui of Vampire

最近読んでた小説に字体が寄ってる気がする……。




数日後、紅魔館は妖精を10人ほど迎え入れた。もとい拉致した。

 

「これでどうするの?」

「この中から誰かリーダーを決めなさい。妖精は気ままだから突然できた主人に命令されるより同族の方が受け入れやすいと思うから。うまく躾ければ悪魔より扱いやすいわよ。」

 

どうやらレミリアとオウレットの間では、小難しい使い魔召喚よりそこら辺にいる妖精を雇うことに決定したようだ。

 

妖精というのは小柄で人型の視認できる精霊だ。基本的に感情に正直で、なんかいっぱいいる。頭の良さは個体によってまちまち。

今回連れてきたのはいつも紅魔館の裏にある森で遊んでいる集団で、種族としてあまり強くないせいか魅了で簡単についてきたらしい。誘拐犯かな?

 

「貴方達には今からここで働いてもらうのだけれど、今からリーダーを決める!…どうやって決める?」

「はぁ…、取り敢えず魅了解いたら?多分誰一人話聞いてないよ。」

 

レミリアの暴虐武人な強制就職宣言を聞いても、10人の妖精達は恍惚とした表情を浮かべながらピクリとも動かない。

魅了ってば恐ろしい。

 

「…はい、解いたわよ。」

 

余談だが私は魅了を使えない。というか使い方を知らない。使う機会がなかったから、使わずに使い方を知る必要もなかった、それだけのことだ。

 

しばらくするとぼーっとしてた妖精達は次々に我を取り戻し始める。

そして当然のようにざわめきが広がり、全員が元に戻ったところで玄関から出て行こうとする。

 

「待ちなさい。」

 

レミリアの一声で妖精達はピタッと一瞬硬直する。カリスマ、レミリアが出せる言霊は聞くものの本能に深く響く。

紅魔館頭首の貴重なカリスマシーンである。

 

「貴女達は今からここで働きなさい。」

 

そして当然のように命令形。はぁ…身内に対しては甘いのに、どうしてか初対面には横柄になりがちらしい。

 

レミリアの命令に対し打てば響くように、「えー」「なんのためにー?」「やだー」などなど。不満たらたらだ。そりゃそうだろう。突然連れてこられて働けと命令されたら、嫌に決まっている。

 

「断ったら殺すわよ?」

 

どうしようかと思案した挙句レミリアは鋭い爪を顔の前に掲げ、気持ち怖めな声で脅す作戦に出たようだ。

 

「別に私たち一回休みになるだけだしねー」

 

しかしその他の脅しは妖精相手には通用しない。何故なら妖精は自然がある限り死ぬことがないからだ。妖精とは精霊が物質的に具現化したもので、精霊そのものが絶えることがなければ源から湧いてくるとができる。

 

「…どうしようかしら?」

 

レミリアはこれ以上どうすることもできないと知り、若干泣きそうな赤い目でこちらをみてくる。そんな目をされても…。というかレミリアの命令には根本的な問題がある。

 

「あのー…。」

 

レミリアに知恵を授けようとしたところで声がかかった。見れば金髪の妖精が申し訳なさそうにこちらを見ていた。

 

「失礼だとは思うのですが、みんなが貴女の提案に乗ることは無いと思います…。」

「…なんで?」

 

この金髪妖精、言いおる。ボンボン吸血鬼に現実を教えてやれ。格下が独裁者に反発する訳を。

 

「えーと、ま、まず私達が働くメリットが無いからです。次に働く理由もなく、最後に名前も知らない貴女が、えーなんというか、威張っていると言いますか、そんな人の下で働く気にはならないでしょう?」

「はへ?」

 

ポカーンとした表情のレミリアを見て笑いが込み上げてくる。や、やばい、その顔をこっちに負けないでくれ、は、腹がよじれてしまう。

淑女たるや笑い転げるわけにはいかないと、ひたすら腹筋を殺して僅かに痙攣するだけに抑える。

 

「この吸血鬼は常識が欠落しているのね。」

「まぁ同感。」

 

オウレットが鉄仮面のまま感想を述べる。おや、よくよく見れば口端がプルプルと震えている。可哀想なことに今のレミリアはどの角度から見ても滑稽だろうな。

 

「どうも、ここはスカーレット家の統治下にある紅魔館という場所です。私はこの『威張っている』吸血鬼の妹のカルラ・スカーレットといいます。」

「や、そ、そんな畏まってもらわなくっても。ど、どうも、私は妖精のリサといいます。」

 

互いに自己紹介を軽くしたところで他の妖精連中を横目で見やると、シャンデリアにぶら下がっていたり、階段という階段を走り回ったりしていた。

どうやら話が終わるまでエントランスで遊ぶことにしたようだ。

 

「じゃあ、失礼して。私たちは今此処の家事をしてくれる人材を探していてね、最初は適当に召喚しようと思ったんだけど妖精の方がなにかと自由が効くし、なにより、少し言い方は悪いかもしれないけど数を揃えやすいから妖精に決めたってわけ。」

 

紅魔館の頭首たるレミリアにはこんな感じのもっと柔らかな物腰を身につけてもらいたいものだ。相手に窮屈感を与えることがない程度の。

 

「因みに貴女達が断ったらまた別の妖精を探しに行くだけ。面倒くさくなったら魅了で縛って済ませるけど自分で行動出来ないって不便だし不快でしょう?だから相互理解の下しっかりとした従業員として権利を保障するよ。」

 

労働者の権利を保障するのは雇い主として当然である。

 

「なるほど、案外優しいんですね…。」

 

へっ!?や、優しい?そ、そうか、…優しいか。

 

「どうしました?」

「……な、なんでもない。」

 

べ、別に優しいなんて言われたことなかったから、ほんの少し恥ずかしかったというかむず痒かっただけだし。断じて赤くなってなどいない。

 

「気にすることはないわ。…ふむふむ、これは照れてる顔ね。」

「照れてる、ですか?なんで…。」

「優しいって言われたからかもね。」

 

レミリアとオウレット、リサの視線が集まるのを感じて頭がもっと熱くなる。熱くなっている顔を凝視されていると思うと熱くなりすぎて頭がぼーっとしてくる。こ、こっちみんな!

 

「なんかカルラの照れてる顔、初めて見るかも。…こんなに赤くなっちゃって可愛いわね。」

「姉バカね。可愛いのは確かだけれど。」

 

か、かわ、可愛い…?ダメだ。顔から湯気が出ているかもしれないと思うほど赤い自信がある。……リサ、黙ってこっちを見つめるのはやめてくれ。

 

「……可愛い。」

 

!?もう無理っ!

 

「あーあ、逃げちゃった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室に過去最速で戻ると、そのまま布団に飛び込んだ。

少しひんやりした毛布の感覚で上気した顔を冷やす。でもさっきの言葉を思い出すと冷やされてる気がしなくて、さらに熱くなってると思う。

 

「うぉーーー…うぅーー…。」

 

や、優しい、とか、か、可愛いとか、私よりずっと綺麗なレミリアに言われても別に嬉しくない。オウレットに言われたって。というか初対面なのになんだってリサがぐいぐい言ってくるんだ。

もし此処で雇うことになった暁にはこき使い下ろしてやる。

 

……あーもうっ!知るか知るか知るか知るかっ!

あんな馬鹿姉のことなんてもう知らないっ!

 

吹っ切れると次第に精神的疲労が襲ってきた。

顔を手で覆うと案の定掌から冷たさを感じるほど熱い。

こんな時は我らが姫君フランドールに癒し成分を貰うしかない。

 

…フランー…癒しを、癒しを私にー…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?どこに行ったんです?」

 

突然消えたカルラにリサがびっくりしている。オウレットと私は見慣れているからか特に驚くことはないが、急にふっと消える様は初めて見るなら衝撃的だろう。

 

「自分の部屋じゃない?」

「あの魔法もいつか教わりたいわね…。」

 

カルラが一人になりたいときに行くところといったら自室か図書館に限られている。調理場はなにやら最近フランが貸し切っているらしいし。

早業の転移魔法を見て魔女としての見聞を深めようとするオウレットを尻目に、話題を戻そうと口を開きかける。しかしその意思は背後で響いたガラスが割れるような音によって折られてしまう。

 

「…一人ぐらい居なくても平気かしらね。」

「ちょっと!ちょっと!何をしてるんですか!」

 

私の口から生まれたときからあるシャンデリアの無残な姿を見て思わず暗い考えが漏れる。一人消し飛んだらまたもう一人連れて来ればいいのだ。

 

「だって話長いんだもん。」

「そ、それは悪かったと思いますがそれとこれとは話が別です!」

 

リサが薄桃色の妖精を叱っているのを見ていると、まとめ役っぽいしリサをリーダーにしようと思いつく。雇うことが決まればの話だが。

 

「話を戻すけどー…」

 

再度話を始めようとすると直ぐ頭上に魔法障壁が張られる。おそらくオウレットだろうがなんのこっちゃと思っていると、大量の水が魔法障壁を直撃した。いい加減話を進めたいのだが、妖精という種族はどうも私をイラつかせたいらしい。

幸いにも私達三人は水を被らずに済んだが、人の家で水を撒き散らすような迷惑な輩は要らない。野郎ぶっ殺してやらぁ。

片手に魔力を溜めてグングニル生成しようとするとオウレットにその腕を掴まれた。

 

「妖精は何度殺しても無駄だってわかってるでしょう?…それより周りを見てみなさい。」

「何を言ってーー…あ。」

 

周りには今さっき飛び散ったはずの水が無かったのだ。

よくよく考えれば大自然の体現者たる妖精からしてみれば火、水、風を意のままに操ることができても不思議ではなく、それは家事にとってとても都合がいい。

 

例えば洗濯物を乾かしたり。

例えば調理で火力を調整したり。

例えば掃除において塵を集めたり。

 

これは是非とも今の紅魔館の惨状には欲しい人材だ。

 

しかし妖精側へのメリットか……。

正直メリットとか考えずに魅了で縛るのが一番楽なのだが、カルラは必ず反対してくるだろう。口では軽く言っていても魅了にそこまでの優位性は見出してないと思う。

 

「貴方達のメリットーー…、そうねこういうのはどうかしら?」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

紅魔館は今日も今日とて平和である。

オウレットは図書館に篭っているし、カルラとフランは本を片手にお勉強中。料理の。

私も執務室にてリサの入れた紅茶を片手にお仕事中。周囲の妖怪との繋がりが切れた今、紅魔館の金庫事情は右肩下がりなのだ。

さてはてどうしたものかと万年筆をくるりと回す。

 

周囲の妖怪はあの夜にすべて狩り尽くしてしまったし、新しく移住してきた妖怪との繋がりもない。

新しく繋がりを作るには私との力関係を示す必要がある。

今すぐ出て行って適当に山でも消し飛ばしてくればいいのだが、何故か恐怖による統治には抵抗がある。単なる勘か、はたまた能力のせいか。

 

恐怖による統治以外では、相手が自然にこちらに対して畏怖を抱くように仕向けるしかない。

自然な形で……なおかつ敵対意思を見せることなく。

 

 

 

瞼を静かに下ろし、『こうあるべき』運命を捏造して逆算的にとる行動を絞り込む。本来の用途と全く異なるせいか頭がキリキリと痛み、平衡感覚が狂い始める。机の端を両手でそれぞれ掴み倒れることを防ぐ。

頭の中が掻き回される感覚とともに少しずつ視えてくる。最初は霧がかっていたそれは次第に鮮明になっていく。

 

「ぐっ!ぐぅ…はぁっ、……ふぅ、これね。」

 

汗ばんだ額に張り付いた前髪を掻き乱し、右手で乱雑に拭う。

 

……なるほど。ちょうどいい。こいつを利用させてもらう。

 

 

その間に私は永きに渡るツケ、甘えを清算するのだ。

 

 

 

 

机に常備してしてある呼び鈴を鳴らす。

これはカルラによる妖精達全員にどこにいても聞こえる呼び鈴だとか。そして誰かが執務室の近くに来るともう一回鳴り、来なくてもいい旨を伝えるとか。魔法って凄い。

 

余談だが妖精達は全員メイド服を着ている。紅魔館で雇うからにはそれに相応しい身嗜みが必要だからだ。ちなみにメイド服はカルラが一着魔界から取り寄せそれを元に複製したそうな。魔法って凄い。

 

 

妖精メイドが来るまで先ほどの負荷によって疲弊した体を休める。執務室に備え付けの椅子に深く座り込み、軽く腕を組み目を瞑る。

……深く腰掛けたせいで脚が突っ張っているけれど、どうしようもない。当然だ。私が座るにはこの椅子はまだ早かったのだから。

 

数ヶ月前まではこの椅子に座っていたのは父だった。

父がこの椅子に座り、紅魔館を内側から観ていたのだ。

 

手を解いて肘掛に添える。木の手触りが伝わってきた。

……あの日父を殺したのが私にしろオウレットにしろ、私は殺意を確かに父に向けた。それだけが事実でその時に私は紅魔館を背負うことを決めたのだ。だからこそ今この椅子に座っている。

 

カルラにフラン、あと誠に遺憾ながらオウレットに妖精メイド、私が背負っている命は決して軽くない。

 

だがーーーーーー……

 

 

 

コンコン、とノックの音が聞こえた。

 

「お嬢様、お呼びですか?」

「……ええ、紅茶が欲しいわ。今度はアールグレイで。あとカルラに私が呼んでいた、と伝えて頂戴。」

「わかりました。」

 

足音が遠ざかっていくのを聴きながら話の切り出しを考える。どのように伝えるか、それだけで幾星霜の運命が生まれることは私が一番よくわかっていた。

 

 

 

何度も吟味し、その選択に確信が持てるようになった頃カルラが執務室に現れた。

 

「なんか用?あとこれダージリン。」

「……今の私はアールグレイをご所望よ。」

「そしたらちゃんとリサに頼まなきゃ。」

 

……まぁいい。どうせ違いなんて分からないのだ。ちょっと言ってみたかっただけだ。目を瞑って『アールグレイ』ってカッコよくない?

 

濃いオレンジ色の紅茶を一口含むと心が落ち着く。

 

「貴女にあってきて欲しい奴がいるのよ。大体の座標はここに書いてあるから明日にでも行ってきて。」

「レミリアが行けばよくない?」

 

ティーカップに入った薄緑の液体を飲みながら面倒くさそうに返された。あれは緑茶という極東のお茶なのだとか。八雲紫とかいうやつに貰ったらしい。

八雲紫は何度かこっちに来ているらしいが私は面と向かって話したことがない。妹の交友関係は私が把握しておかなければならないというのに挨拶にさえ来ないのだ。なんだか胡散臭い。

 

そのことを話すと『娘の異性交遊を許せないバカ親父っぽい』と言われた。解せぬ。私は妹が心配なだけだ。

 

 

 

「……明日はフランの『アレ』があるのよ。オウレットから話は聞いているわ。だから明日は1日外出していて頂戴。」

 

『アレ』と聞いた瞬間、僅かにカルラの顔が強張ったのを見ながら続ける。

 

「会ったらどんな手を使ってもいいから此処で雇う約束を取り付けてきて。別に連れてこなくても構わないわ。」

「……フランの『アレ』があるなら私は残る。」

「ダメよ。」

 

私は知っている。今のフランがカルラの自己犠牲によって成り立っていることを。その自己犠牲はカルラを『アレ』に参加させないことで防げるということを。

 

「……っ!なんでっ!」

「私はフランと同じくらい貴女を大切に想っているからよ。どちらも分け隔てなく愛している。」

「……それはっ、ずるいよ……。」

 

ずるいという自覚はある。この言葉を出せばカルラは引かざるを得ない。何故なら私も引かないから。

 

痛いような沈黙が部屋を満たす。この部屋は防音構造のため外部からの音は全く入ってこない。

俯いている妹の表情は見えないが、私が万に一でも折れてくれるのを待っているのだろうか。

 

笑止。折れない。譲れない。引くわけにはいかない。

 

フランが狂気から抜け出せないのは私の力不足で、カルラが背負っているものに気付かなかったのは私の責任。今ここで逃げてしまっては2人の姉であるとは言えない。

 

心臓の音がやけにうるさい。

 

「……分かったよ。」

 

どのくらい経ったか分からないほどの沈黙の後、俯いたままカルラの口から出たのは了承の言葉。聞き取りにくいほど小さく、重い唇から零れたその言葉は私を安心させるには十分だった。

 

「ーーそう、明日よ。絶対だから。」

 

重い空気こそ終始変わらなかったが、私の心は不安に濡れていた始めとは違い歓喜に満ちていた。

対してカルラはピンと張っていた翼は萎れていて、いつものような元気は感じられなかった。

 

だがそれでいい。

目を背けていただけの歪な日々は明日、どんな形であれ終わりを告げるのだ。例えそれがどれほど残酷なものでも。

 

愛しい妹達を守る為なら私の小さな願望など捨て去れる。

 

 

 

「話はそれだけよ。」

「……ん。」

「そうそう、このティーポットをキッチンまで戻して置いてくれない?ついでに軽いお茶請けでもあると嬉しいんだけど」

「自分でいけばいいのに。別にいいけど。」

 

ぐちぐち言いながらも片付けてくれるカルラはやはり優しい。今しがた引いてくれたのもこの優しさが成せることなのだろう。

 

「それとコレ。」

 

ティーポットと一緒にある座標を書いた紙を渡す。

それは東方のさらに端っこ。

 

「結構遠くない?」

「座標さえ分かれば一瞬なんでしょう?」

 

軽く笑みを浮かべながらカルラの瞳を覗き込む。

しかし少し上に目を向ければ額の傷が目に入り顔をしかめる。これさえ無ければこんなことにはならなかった。

 

顔をしかめた私に苦笑を向けてくるカルラ。何故だか次第に意地の悪い笑みに変わっていく。

 

……嫌な予感がする。

 

「当然っ!」

「ひゃあっ!?ちょ、ちょっと!や、やめっ」

 

いつのまにか背後に回っていたカルラの腕が首に絡みつく。苦しさを感じることはなく、首より多少ひんやりした腕の感覚が首筋を這い回る。銀色の髪もまた首をくすぐり、甘い匂いが鼻腔を刺激する。

 

「な、なに、を、ひゃぁんっ!?」

「そんな辛気臭い顔してないでさー遊ぼ?ふぅーーーっ、と」

「ひぃっ!?あっ、あぁぁっ」

 

マウントを取られたまま左耳から伝わるゼロ距離の吐息に変な声が出てしまう。ゾクゾクっと背筋にむず痒いものが走る。

 

「はむっ」「ひゃっ!」

 

耳たぶをはむはむされて気持ち良さにボーッとする。カルラの口から零れるちゅぱちゅばという唾液の音に、頭が溶かされる感覚に陥る。

 

「あぁ……」

「じゃあもう行くね。」

 

気付いた頃にはもうカルラは離れてドアの前にいた。こっちに軽く微笑む。しかし私にはそれが無理をしていることがよく分かった。所詮は空元気だったのだ。落ち込んでいるのを感じさせないための行為。

 

「ああ、それと」

 

ドアを開けて出て行く直前にこちらに流し目を向ける。

 

「レミリアが飲んでたのアールグレイだから。」

 

 

 

ーー先程の言葉を訂正しよう。

やっぱりこの妹は可愛くない。




オリキャラ解説
〈名前〉リサ
〈種族〉妖精
〈能力〉???
〈概要〉紅魔館の裏にある森に住んでいた妖精。他の妖精よりも頭が回り、よく頼りにされている。ある日突然レミリアに拉致られ紅魔館で働くことに。その時に粘り強く交渉を重ねてある対価を獲得した。リサは対価に納得していなかったが、他の妖精の勢いに押されてなし崩し的に了承した形になってしまった。
最近メイド仕事にハマったらしい。


久しぶりにオリキャラ解説。要は妖精メイドのまとめ役。咲夜さんが来るまでの繋ぎです。
そういえばそろそろこの小説は一周年を迎えるんですが、まだ幻想入りしてないってマ!?
あと5,6話挟んでからなので少々お待ちを。


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中華系美人隠れ強キャラさん(前)

昨日がちょうど投稿一周年。
いやーあっという間ですね!
まだ幻想入りしない亀更新に自分でびっくりしてます。

今後もよろしくお願いします。


ーーーーバッドエンドとは何か。

 

 

ーーーー物語が不幸な形で終結することを指す。

 

 

 

 

 

 

ーーーーハッピーエンドとは何か。

 

 

ーーーー物語が幸福な形で終結することを指す。

 

 

 

 

 

 

今回選んだのはその2つのうちの1つ。

 

 

ーーーーベストエンドとは何か。

 

 

ーーーー物語が最高な形で終結することを指す。

 

 

 

 

 

 

『ハッピーエンド=ベストエンド』という関係は絶対か。

『バッドエンド≠ベストエンド』という関係は成立不可か。

 

そうとは限らないであろう。ハッピーエンドを選択すればバッドエンドが回避できて、バッドエンドを迎えてしまうことがベストエンドから最も遠くなる訳ではない。

 

最も良い結末(ベストエンド)はどちらからも生まれるのだ。

 

 

 

しかし俗世に存在しているほとんどの生命体は片方しか味わうことはできない。そりゃそうだ。人生は一度きりだから。過去に戻ることもできなければ未来を見てくることもできない。

 

そう、()()()()()()()()()

 

数少ない、もしかしたら唯一、世界の(ことわり)を超越するほどの存在である私の姉は、知っていたのだ。

この結末を。

 

姉と違い何も知らない私は分からない。これが最も良い結末であるのかなど。他に方法があったのではないかと思う。

 

別の結末を知る由もない私は口を挟めない。

 

 

 

 

ーーーーただ私に言えることは、この結末は間違いなくバッドエンドであることとーーーー

 

 

 

 

 

 

ーーーー私はこの結末を選択したレミリアに少なくない怒りを覚えているということだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

めっちゃ眠い。

 

レミリアにスカウトに行って来いと言われてから出発するまでの猶予は大体丸一日ほど。準備には十分な時間だ。

 

久しぶりの外出にあたって用意するべき事。それは武装だった。前回の外出で失敗した私は学んだのだ、外は恐いと。

 

さしあたり今の私には能力がある。フランの狂気と同じように使用できるのであればこれほど心強いものは無い。

 

月が見上げるほど真上に来た頃、試しにレミリアにちょいちょいっとお願いして血を貰ってきた。そしてそれをある程度能力を意識しながらくいっと小瓶一杯分くらい飲んでみる。すると魔訶不思議なことに見る見るうちに力がーーーーという事はなかった。

 

どうやらただ血を飲むだけでは能力は使えないらしい。血には濃過ぎるほどの十分な魔力が含まれているからいけると思ったのだがダメだった。マズい。あっさり行くと思っていたばかりに不安になった。

 

少し考察。一種の感染症である狂気は普通に魔力を取り込むのとは勝手が違うのだろう。狂気は私の中で薄れてしまうはずのものを無理矢理能力で押し留めている。そこだけは理解していたが以降さっぱりわからん。

故にレミリアと別れてからずっと自分自身の能力の研鑽に明け暮れていた。そして寝不足。

 

「あー眠い眠い眠い眠い。」

 

頭がろくに働かず思ったことがそのまま口から出てしまう。先程レミリアから早いうちに行くよう言われた。ふと窓を見ればまた月が真上にくるくらいの時間帯。

 

「五月蝿いわよ。早く行きなさい。」

「……魔女って寝なくていいのずるくない?」

 

一緒に図書館で話し合っていたオウレットの苦情を聞いてふと思った。なーんだって魔女は寝なくたってくまができる事も無ければ腹を空かせることもないのか。

 

得意げな顔でオウレットが鼻を鳴らす動作が癪に触る。

 

「魔女の特権ね。先人たちが残した叡智があってこそこんな無茶ができるってもんよ。ずっと研究してても疲れを感じないなんて、感謝してもしきれないわ」

 

オウレットが言うところの捨虫の術。これははるか前から魔界に存在する魔法であり体の成長を止めることができるのだとか。体が成長するのは寝ている時、体を休めている時なのでこの魔法を使うと寝る必要がなくなる、らしい。

 

取り留めもないことを考えているとまた欠伸が出かけた。

人前で大口を開けるのは躊躇われたので噛み殺して、今にも閉じそうな両目をゴシゴシ擦る。

 

「はぁーー…、ちょっと待ってなさい。」

 

呆れた顔のままなにやら言い残して奥に引っ込んでしまった。初対面の時は気付かなかったが意外とオウレットは表情のバリエーションが豊富だった。表情筋がピクリと動く程度だがみてればわかる。

 

数分後に戻ってきたオウレットが片手に持っていたのは赤黒い液体の入った小瓶。それを押し付けられた。

 

「……なにこれ?」

「これを飲めばたちまち魔力を補給できるわ。疲労も吹っ飛ばせるし研究の合間に私がよく飲んでいる奴。」

 

へー。何というか飲ませる気のない色をしたドリンクだこと。一番近い色で言ったらさっき飲んだレミリアの血液に当たるのだろうが、あれもかなり飲むのに抵抗があった。口に入ってしまえば甘酸っぱく、とても美味しいのだが。

 

というかこういう類のものーー栄養ドリンクーーとかはあまり信用していない。前世でも時々飲みはしたが効果としては疲労を飛ばすというより、先送りにするとか誤魔化しているに近いからだ。

 

人の身体は筋肉で動いている以上稼働量の限界値があるわけで、底が見えているものを多少誤魔化した程度では根本的な解決にはならない。

 

「んっ、んっ、ごくっ」

 

まぁ飲むけど。効果はあまり期待していないが、不安を和らげるくらいにはなる。

お外怖いからね、しゃーなしやね。

 

おおー、若干力が湧いてこないこともないような。そもそも私の疲労は魔力の枯渇ではなく単なる寝不足と知恵熱から来ている。あまり意味のあるものでもないが要は気の持ちようだ。

 

「ほら、飲んだならさっさと行きなさい」

「なんか冷たくない?」

「気のせいよ。」

 

どことなく素っ気ない態度を取られて少しだけへこむ。まぁほとんどつきっきりで研究の方を手伝ってくれたしそのせいだろう。時間を束縛されるのはストレスが溜まる。

 

「はぁーー……」

 

行きたくないなぁ。凄く行きたくない。

前世ではこんな時風邪とかインフルとかにかかるよう祈るのだけれど、生憎この身体では満足に病気になる事すらできやしない。

 

「魔道書よし、紙もよし、血も持った。」

 

いざという時の戦闘の要となる魔道書、目的の人物がいる座標の入った紙と契約書、レミリアから貰った血の入った小瓶。一通り確認したら出発するための魔法陣を展開。

 

「いってらっしゃい。良い報告を待ってるわ。」

 

気楽なもんだよなぁ。こちとら久々の外出で変に緊張してるのに。

 

まぁただの話し合いだから。スカウトに行くだけだから。まさか話がこじれまくって首を掻っ切りにくるとかあるわけない。

 

……まさかね。

 

……はぁー、どうか穏便に済みますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

転移した先は森の中。急に現れてはびっくりさせてしまうだろうし、失礼だから少しずらした場所に指定した。

礼儀を気にするなら真夜中に行くのもどうかと思うけれど。

 

周りには鬱蒼とした木々が生い茂り、時間も相まって真っ暗だ。耳を澄まさなくても虫の声が聞こえる程には静か。

というかこんな時間帯は人ならざるものが跋扈している筈なのだが、幼獣1匹見かけやしない。

 

ある程度足下は見えるものの少し怖い。

四方の安全を確保できていない中を歩くというのはどうも恐怖を煽る。物音が聞こえたかと思えば気のせいだったり、落ちている枝を踏み砕く音に敏感になってしまったり。

 

あーあ、行きたくないったら行きたくない。でも行かなかったら行かなかったでレミリアにどやされるし、何より1日帰ってくるなと言われている。今更引くにも引けない状況なのだ。

 

「行くか……。よしっ!……はぁ。」

 

自分を奮い立たせるために少し大きな声を出す。

しかしその声が森に吸い込まれて響く様子がないのでやる気も萎えてしまう。むしろ今ので腹を空かした獣がやってくるかもしれないことに気づく。

 

「んっ、んっ、ぷはぁっ」

 

景気付けではないけれど小瓶の中の液体を一気に飲む。甘美な味わいと共に能力を使えば体内に異物があることが確認できる。これを自身に馴染む前に隔離し、自分を近づけて()()にする。

 

これを飲む意味は単なる戦闘力の増加もあるが、初対面で舐められないためという意味もある。今の私は紅魔館の『顔』なのだ。

 

準備万端。目標に向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

「あれかな?」

 

目的の座標と思われるところに巨大な岩があり、その上で誰かが仰向けになっているのが見える。

 

めっちゃでかい。

最初の印象はそれ。私の身長が低いこともあるが、父と同じか少し大きいくらいのスレンダーな女性だった。茶髪に暗い色の服を着て鼻ちょうちんを膨らませている姿は、あまりに無防備で折角美人なのに少々勿体ない。

 

腹の辺りに手を置いて、規則正しく上下している。それさえ無ければ死んでいるのではないかと思う程度には微動だにしない。

少し近くによれば微かな寝息も聞き取れることから完全に熟睡しているのだろう。

 

見た感じ我が家で雇うメリットがあまり見当たらないように思うのだが。貴重な種族というわけでもなさそうだし、強キャラっぽくもない。

 

もっと顔をよく見ようと近づき、残り数メートルで身体に触れることができる程度の距離になる。

 

……ん?茶髪かと思っていたが、よくよく見れば若干赤に色素が寄っているな。だからなんだという話だけれども。

 

突然吹いた微かな風によってその髪がなびく。するとなびいた間から白く健康的な肌が見えた。本能的に思わずごくり、と生唾を飲んでしまう。

 

もっともっとよく見ようと、獲物を逃さないようにと忍び足で近づく。極上の食事は既に目の前。

 

 

……美味しそう。

 

 

だ、ダメだ。すごい失礼だとわかっていても食べたくて仕方がない。まぁ味見程度なら?しっかり熟睡しているっぽいし?起きたら謝ろう。……許してくれなかったらお詫びに一片も残さず頂こうかな。

 

「……いただきます

 

目をしっかりと閉じ、僅かな興奮に熱くなった頰をそのままに震える犬歯を近づけ首筋にーーーー

 

 

 

 

「ぐがぁっ!?」

 

 

 

 

次の瞬間、顎から後頭部に衝撃が抜け、世界が変わっていた。

 

森の中にいたはずが空に打ち上げられていた。

 

 

 

 

遅れてくるのは激痛。頭が揺れ、脳が揺れ、視界がぐるんぐるんする。

 

身体の中心を軸にくるくる回る。

 

遠心力で四肢が投げ出されるような勢いで引っ張られる。

 

上も下もわからず胃が浮遊する感覚ともに飛ぶことさえ忘れて落ちていく。

 

ーーーーは、吐きそう。

 

回転しながら猛スピードで落下するのは胃に優しくないな。いろんな物がリバースしそうだ。

 

って馬鹿馬鹿。今はそんなことを考えている時間じゃない。どの程度上空にいるのか不明だがいくら丈夫とはいえ致命傷は避けられないだろう。というか死ぬ。

 

えーと、瞬間的にさっきの場所まで転移ーーーー却下。そんなトンデモ技出来ないし万一出来ても落下速度のまま叩きつけられるだけ。重力には何人たりとも逆らえない。

 

自身の羽を広げて滑空ーーーー却下。方向もわからないまま広げたりしたら更に悪化しかねない。あと変な方向に曲がったりしたら絶対痛いからやりたくないし。

 

空中で身体をなんか凄い具合に反転させて地上で受け身ーーーー無茶言うな馬鹿。

 

 

 

あー無理。はい終わったー。第3部完。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでは私だったらの話。

 

でも、そう言えば今だけ私はレミリアだった。魔力が、身体能力が段違いに跳ね上がっている。そしてそれは普段なら出来ないことも出来ることを示唆していて。

 

「……っ!止まれぇっ!」

 

ただの魔力だけ。なんの指向性も持たさずに全方位へクッションになるように放つ。

七曜の魔法が火や水、風に存在するように魔力は多ければ多いほど物質に干渉することができる。だからといってこんな使い方は非効率を象徴するようなものでしかないわけだが、今回ばかりは仕方ない。

 

「へぶっ」

 

結果として一瞬ふわっとした後に顔面からの着地に成功。

したのはいいが、魔力のクッションに乗っかった時のGで吐きそう。てか吐く。気を抜いたら吐く。

 

「おっ?久々に見る骨のある奴だね。」

「骨は大体の脊椎動物にあると思うな。」

 

鼻を強かに打ちつけたせいもあり顔全体がジンジンする。取り敢えず他人であっても初対面の人に見っともない姿は見せれないと、軽く服についた土を払う。

 

「……そういう意味じゃないんだけど。」

「ジョークだよ流して」

 

馬鹿真面目に対応されると恥ずかしいからやめて。

あらかた土を払いのけ、声のする方へ向けばそこには美人さんがいた。今さっきまで寝てたせいか半目なのが分かる。

 

……ん?自分の指でほっぺたをツンツンしている。可愛らしい。何か伝えたいのか?

 

「土、土」

「……あっ」

 

しまった。服にばっか意識がいってて顔を忘れていた。すぐに顔を背けて、近くの空間と紅魔館の洗面台を繋ぐ。そして転換。顔を洗いタオルで拭いて元の空間に戻す。この間実に30秒ッ!……遅っ。

 

「へぇー、妖術が使えるんだ。」

「……?」

 

したり顔で言われたが意味がわからない。

ヨウジュツ?どういう字を書くんだろう。こっちで言う魔法のようなニュアンスなのかな?

 

「あんまり子供を食べるのは趣味じゃないんだけどね。若い肉は美味いんだよ、特に生が。」

「そんな殺生な」

「……あのさぁ。」

 

なんだなんだ。そんなに呆れた顔を向けられる謂れはどこにも無いと思うのだけれど。

 

「ギャップが激しすぎない?」

「ギャップ?」

「例えば白虎がニャーって鳴いたら威厳も何もあったもんじゃないでしょ?外見相応にガオーって行くべきだと思うんだけど。貴女、外面と内面が違いすぎて調子狂うんだよね。」

 

外面……?あぁ、レミリア(仮)なったせいか。まじかー、今後交渉ごとに使うんだったら振る舞いも一々気にしてなきゃいけないのか。面倒くさい。

 

「しょうがないかー。」

 

目を瞑って言い聞かせる。私はレミリア、私はレミリア、私はレミリア。紅魔館頭首に相応しい振る舞いを。……よし。

 

「今までの非礼は詫びよう。私は紅魔館頭首代理、カルラ・スカーレットだ。」

「おぉ!」

 

好感触の感嘆詞が聞こえ興に乗ってきた。

 

「今宵貴公のもとを訪れたのは勧誘するのが目的だ。

現在紅魔館は深刻な人材不足に悩まされている。このままではいつ死にゆく恐怖から解放されるのか、いや、敵に滅ぼされることを想うのは頭首として可笑しいことだろうか。

 

私はそうは思わない。我が家の安全を、家族の安泰を望むのならば心配など尽きるはずはない。万策尽きるわけもない。

 

故にーーーー私はどんなことでもしよう。頭を下げよう。地に額をつけよう。足蹴にされても微笑んでいよう。

 

ーーーー問おう、我が紅魔館の一員になってくれないか?」

 

終始真面目な顔で話すのは疲れるな。でも放心したような惚けた顔を見れて満足している。良かった。これで痛いものを見るような目をされたら逃げ帰ってるところだ。

 

ふふん。なんたって私のカッコいい言葉の集大成だ。正直ノリで言っているだけなので多少は盛ってるし、もう一回は言えないだろう。でもカッコいい。ここ重要。

 

「……なんか多重人格かってほど別人みたいですね。おっと気がついたら敬語に」

 

ごめんそれ煽ってる風に聞こえる。

 

「それで、返事は?」

 

断られるともうどうしようもない。無理だったと言ってレミリアに謝ろう。ん?でもレミリアがここに送ったのは私が契約を取り付けたからなのでは?

 

「貴女のもとで余生を過ごすのも悪くないかもしれない。」

 

キター!!

 

「だが」

 

あ、ダメなやつだこれ。

今までの真面目な顔が獰猛な笑みへと塗り替わる。

 

「生憎と私より弱い主人を持つ気は毛頭ない。私を部下にしたいならば私より強者であることを証明して見ろ。」

 

そしてフラグは収束する。

 

「そして私は今腹が減っていてね。悪いけど私が勝ったら夜食になってもらうよ。」

「ここで散るのならば所詮私はその程度だったという話。望むところよ。」

 

お命頂戴(ガチ)ですね分かりません。

 

「そうそう、名乗るのを忘れていた。冥土の土産にでも覚えておくといい。私はーーーー紅美鈴という。

 

 

 

 

ーーーーいざ尋常に……勝負ッ!」

 

 




くれないみすずさんをいけめーりんにするかぬけめーりんにするかすごい迷った挙句真ん中になった。


ちなみに『貴公』は男が、対等以下の男の相手を指す語。なので使うときは間違った使い方をしないようにしましょう。
カルラは前世に聞いたことのあるノリで話してて、みすずさんはノリに飲み込まれているのでよく意味をわかっていません。


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中華系美人隠れ強キャラさん(後)

どーも三週間ぶりです。

だから戦闘描写は嫌なんだ!


 

 

 

 

映画でしか見たことのないような構えを取る女性。アチョーという擬音が今にも聞こえてきそうだ。

 

だって構えがまじモンだもの。

さっきアッパー食らった時に思ったけれどこれはアレだ。『隠れ強キャラ』ってやつだ。

 

定期テストで例えるならばいつも通り勉強したのに何故か順位が一つ落ちている。ーーーーこ、こいつは冴えない感じだったからノーマークにしていたクラスメイトAじゃないか!みたいな。ちょっと違うか。

 

許すまじ。初めの頃の強キャラっぽくないから万一戦闘になっても大丈夫だよねって安堵していた私を騙しやがって。

うわっ、突っ込んできた!

 

「ーーーーッ!シッ!」

 

右ストレート!左フック!足払い!目にも留まらぬ速さで繰り出される乱撃。力任せに払っているようで一定の型にはまった動き。私じゃなきゃ見逃してるね。

しかしッ!レミリアスペックになった今の私には見えるッ!見えるぞッ!(見えるだけ)

 

「……ぐッ!?」

 

かろうじて見える速度で腹に飛んできた掌底を腕をクロスして受ける。衝撃で足が地面にめり込む。

 

馬鹿重い。なんだこりゃ。右腕一本で与えられる程度をはるかに超えた掌底。ハンマーで殴られた時とどっちが重いかなど判別がつかないに違いない。

 

でも良かった……。どうやら牙突っぽい一点突破ではなく体全体に衝撃を与えるらしい。前者だったら絶対腕の骨の一本や二本逝ってるところだった。腕がジンジン痺れているがそれだったらまだ戦える。

 

とりあえず第二撃が来る前に後ろに引いて距離を開ける。が、開けた途端に詰めてきた。いつもなら一目散に逃げるだけだが、見えるなら少し話は違ってくる。

 

わざと身体を半身にしてカウンターの構えを取る。どうせ避けれるわけないと思っているのか攻撃の体勢を崩さずに突っ込んでくる。

 

ふっ、強者の余裕ってやつか。弱者を前にして驕ったなぁッ!

メーリンとやらよ。それは甘いッ!

 

「おりゃぁッ!」

 

飛んできた拳を魔力のクッションで和らげ、()()()()()()

 

避けれないならば受け止めるだけ。そして受け止めた後には絶好のチャンスがある。必殺コークスクリューッ!

 

 

 

 

 

ヒュッ。

 

……あっ。

 

コークスクリューを空振りしたガラ空きの私のボディーに尖った靴先が刺さる。完全に振り切った右手のせいで体勢を整えることができず吹っ飛ばされた。

 

「ぐえっ」

 

幸いにも近くの木にぶつかって止まることが出来たがこれは絶対に肋骨が逝ってる。治るまで1分か2分か。戦いにおいて、命を賭けた殺し合いにおいてその時間は致命的である。私には命を賭けた覚えなどまるでないけれども。

 

身体を動かすと全身に電撃が走ったかと思うほどの鋭い痛みが襲う。かといえ動かせないわけではなく、こっちに向かって有り得ないほどの距離から繰り出される飛び膝蹴りを回避しなければならない。

 

念のため一瞬右にフェイントをかけてから左に飛ぶ。

 

しかしそのフェイントは意味を成さなかった。

 

なんと片手を木について勢いを殺した後、こっちに方向を変えると()()()()()()()()()そのままの体勢でこっちに向かってきた。

 

「はぁっ!?」

 

なんだそれ!?頭おかしいんじゃないの?たしかに漫画とかアニメでよく見る空中蹴るやつとか出来たらいいなぁとか思っていたけれど!いつか見たいなと思ってたけれど!実際見ててカッコいいと思うけれど!

 

今じゃないじゃん。

 

 

右足で踏ん張ってすぐに反転。自分に向かって飛んでくる膝に手を添え、衝撃をすれ違うように外側に逃がす。そして私は逆方向に転がり体勢を一旦整える。

 

流石に空中での急旋回はできないらしく、一旦互いに正面を向いて対面する。

 

カッコつけたこと言った割にはこの体たらく。これには流石のメーリンさんも呆れ顔だ。

 

「大口を叩いた割には大したことないね」

「久々に身体を動かしたのでな。所謂、ウォーミングアップというやつだ」

 

苦し紛れの言い訳にも無理がある。

 

……おいそこ、なに納得した顔してんだ。ごめんなさい嘘です最初から本気でした。そんな掌返しができるメンタルがあればどんなに気楽なことか。

 

「……来い、私はお前の全てが見たいんだ。」

 

やめて下さい死んでしまいます!!

 

考えなしに口を開けば、本来は最高にカッコいいセリフが、しかし今の私の意志からは最も遠いセリフが相手を焚きつけてしまう。

 

「ハハッ!その余裕、ぶっ壊してくれるッ!」

 

刹那、考える間も無く直感の赴くままに身体を逸らす。私の鼻先スレスレを掠めた蹴りに冷や汗が背筋を伝う。

直感が無かったら恐らく頭ごと吹っ飛んでたことだろう。

 

死ッ、死ぬるッ!あっぶねぇぇぇぇッ!

 

「馬鹿ッ!蹴るなら見える速度で蹴れッ!」

「何をふざけたことをッ!」

 

私自身何ふざけたこと抜かしてんだと思うが、仕方ない。普段ならと兎も角、レミリアの動体視力で視認できない速度で蹴りが飛んできたら叫んでなきゃやってられない。

 

反転しながら、スカした足を軸にもう片方の踵が回し蹴りの要領で中段に迫ってくる。これを右足を踏ん張った形のエルボーで迎え撃つ。ガッ、と肉と肉がぶつかったとは思えないほど鈍い音が響く。

 

ピシッと嫌な音が聞こえた気がするが、気のせいにする。骨にヒビが入る音とか聞こえるわけない。

メチャクチャ痛くて仕方なしに病院に行って初めて『あー、ヒビ入ってんなー』って分かるのだ。なお、音が聞こえるほど大きいヒビが入っている可能性は除く。

 

時が止まったかと錯覚するほどの一瞬の静寂の後、互いに距離を取る。メーリンはあの後攻撃する手段がなかったし、私も攻め方を変える必要があった。

 

「なッ!逃げるのか!」

「バカ言え」

 

背を向け、一言吐き捨てると思いっきり飛び上がる。そしてさっきの場所が拳大の大きさになるまで高度を上げ、維持する。

 

近接は絶対に不利だ。かといって中途半端な距離で戦えば一瞬で距離を詰められてアウト。よって遠距離から攻撃するに限る。幸いなことに吸血鬼は夜目がきくため遠距離攻撃は得意だ。

 

……なんだか火照った身体を夜風に晒したことによってアドレナリンブッパでひゃっはーしてた頭が少し冷えた。

 

周囲が明るくなるほどの魔力弾をメーリンに向けて飛ばしながら、一方で魔法陣を展開し退路を確保しておく。これぞ三十六計逃げるに如かず作戦!……言い換えてしまえばとりあえずやばくなったら逃げるってこと。

 

さて、どうなったか。

 

「……嘘でしょ……。」

 

所々破れた服を纏いながら突貫してくる姿に思わず声が溢れる。

 

あり得ないとは思ってなかった。

 

でも実際手加減無しのあの弾幕の中を、ほぼ無傷で抜けられると目を見張るものがある。というか口が半開きになってたことに今気付いた。

 

近づけまいとひたすらに弾幕を張り続けるが一向に当たる気配がないことに自然と焦りが生まれる。

 

まだこちらには地理的というか位置的な有利がある。一対一においてマウントを取れるというのはそれだけで優位なのだ。相手もそれは分かっているようで的を絞らせないように不規則な動きで、なおかつ素早く近づいてくる。

 

 

 

凄いなぁ……。

 

翼も無いのに生身だけで空を駆ける姿に思わず見惚れてしまう。私の目が捉えられるのは方向転換をする一瞬のみ。確かにこれではまともに当てることは出来ないだろう。

 

考えろ考えろ。時間は迫っているし攻撃はろくに当たらない。それよりこれ以上接近を許したら相手の射程内に入ってしまう。早く早く。最高の一手ではなく最善の一手を考える。

 

目測で30メートル程になった時、捻り出した。

とても策と言えるものではないが、少なくともこの状況を動かす事になる一手を。

 

「結構分の悪い賭けになるけれど……。」

 

また魔力を全方向に開放すると圧が余計にかかったような形になり、メーリンの動きをほんの一瞬だけ止める。急な大量の魔力の解放に少し身体が軋む。しかし止めた。たかが一瞬、されど一瞬。その隙さえあれば如何に速くても追い縋る事ができる。

 

さらに魔力を追加し翼を強化。今自分の出せる最高速で肉薄する。メーリンには遠く及ばないだろうけども見てから対応することはできまい。正面まで迫ったところで前方に魔法障壁を展開。

 

メーリンはなにかを察知したのか回避の姿勢をとる。

 

……よし、第1関門突破。でもまだ気は抜けない。

次はたぶん二択。50対50(フィフティフィフティ)……いや、現実的に考えて40対40(フォーティーフォーティー)と見積もろう。

 

「……こっち!」

 

魔法障壁に足をかけて勢いを殺す。そのままパルクールの要領で壁を蹴り向かって右ストレート!直前に正面に飛び出してきたメーリンと目が合い、驚愕の色に染まったその視線が心地いい。勝った!!第2、第3関門を恐ろしく低い確率で引き当てた、出し抜いてやった達成感で気分が一瞬酷く高揚する。

 

「もらったァッ!」

 

が、

 

 

 

 

 

スカッ。

 

……またか。いや、今回は触れた。

 

「ぐッ!」

 

カウンターをこめかみにもらって落ちて行く。流れる景色に身を任せながらぐわんぐわんする頭を少し働かせる。

 

なぜ二回とも当たらなかったのか、答えは明白。読み合いだとか技術だとか以前の問題。リーチである。

人の腕の長さは身長におおよそ比例するらしい。横に大きく手を広げた長さと身長が一致するとか。

ただ、戦闘においてリーチの問題は大きすぎる。メーリンがその場から動かずに私に触れられる距離にいたとしても、私はそこから一歩踏み出さない限り触れることができないのだ。

 

恐らくメーリンはこのことを把握していたのだろう。

カウンターを恐れず突っ込んできたのも、数ある選択肢の中から右に回避するという一見安易な方法をとったのも全てこれに起因する。

例え自分が知覚できない方法で攻撃されようとしても避けられることをわかっていたのだ。

 

「これ無理でしょ」

 

変な体勢で地面に打ちつけられながら独りごちる。どうでもいいや、とばかりに大の字になり、放り出した下半身が地面に触れて冷たい。体温を奪われながら嘆く。

 

どうしようもない。リーチ以外の問題、例えば身体能力の差だったら何らかの方法でアイツの血を取り込めば良い。それこそ多少の被害を覚悟してでも。

だが身体的特徴はどうしようもない。私の能力では魔力量までは変えられても、腕は伸びなければ、背が大きくなることもなく、胸の体積が増えることもないのだ。

 

そしてそろそろ能力が切れる。

一部の例外を除いて私が能力を使えるのには制限があるせいだ。今回はレミリアの血を飲むことによって魔力を補給していた。

その血には濃い魔力が含まれているが、あくまでレミリアのそれだ。私の魔力ではこの馬鹿高い身体能力を維持していくことはできない。

 

ガソリンのように新たに注ぐことがなければ尽きる。血液が尽き、魔力が尽き、辛うじて拮抗できていたこの状況も終わりを告げる。

 

「あと5分、……いや3分で勝つのか」

 

術者の加護が無くなり、儚く消えていった魔法陣を見ながら諦念に苛まれる。肺が辛い。呼吸困難とはいかなくても短距離走をした後のような状態だ。

 

ここまで疲れているのは主にメーリンのせいだ。あの武闘家には油断、慢心といった強者特有の付け入る隙がない。いつでも隙を見せれば最大火力を叩きつけてくる。

 

「……どうした、もう終わり?」

 

地上に降りてきて私に問いを投げかけるその視線には、あった時と変わらない警戒の色を湛えていた。これさえなければどうにかなるかもしれないというのに、全く恨めしい。

 

「……いいや、まだだ」

「虚勢ならやめろ、無駄な足掻きなど見てられない。」

 

……バレてっかー。死ぬ気は毛頭ないが、勝ち目はもっとない。相手は五体満足で、こっちは満身創痍。勝利条件は無力化で、向こうはただ殺すだけ。無理ゲーだ無理ゲー。

 

 

 

抜け道はないか。隠しコマンドでもいいし、透明ブロックでもいいし、バグでもいい。今の今までにヒントは転がってなかったか。生憎、こいつの攻略本なんてものは存在しないので、自身で見つけていくしかない。その上、失敗したら残機が減ってやり直せることもなければコンテニュー画面に飛ぶこともない。

 

無い無い尽くしだ。

 

「期待外れだったな。やはり口だけだったか」

 

互いの位置から表情は見えないがその声には確かな失望が込められていた。聞き覚えのある声。正確には声自体ではなく、声に込められた感情を私は感じたことがある。

 

 

 

 

 

既視感に身体が冷える。背筋が凍る。

 

ザクッ、ザクッと地面を踏みしめる音が近づいてくる。鼓膜に響く音が大きくなるにつれ濃くなる死の足音。

 

ドッ、ドッ、ドッと足音よりずっと早い速度で鳴り続ける心臓。

 

死を感じるのはいつかの時に慣れたつもりだった。過程の痛みも、伴う痛みも。

 

間違いだった。

慣れるはずもなく、慣れてはいけなかった。

 

「まぁ、私の心を少しでも動かしたことは褒めてやる。……こんなザマじゃ入れ込んだ私が馬鹿みたいだが。せめてもの手向けだ。一瞬で冥土まで送ってやろう」

 

かつての記憶と重なる。

私が初めて死を感じたあの記憶と。

 

「……やめろ、やめろッ!来るなァッ!」

 

落ち着け落ち着け。さっき出した空中の座標を思い出して、転移。……転移。転移が出来ない!あれ?転移ってどうやるんだったか。クソッ、落ち着け。取り敢えずこの場は離脱しなければ。

 

熱く沸騰した頭と、背中を流れて止まない冷や汗。

決して多くない残りの魔力を翼に込め思いっきり飛ぶ。

 

 

 

……飛んだはずだったが、

 

「みすみす逃すと思ったのか?」

 

反転した背中に衝撃が走る。そしてそれは強い重力のように離れることなく腹部を圧迫する。その正体は翼と翼の間、ちょうど背骨を踏みつけている足だった。

 

殺される。

 

 

 

 

 

 

死ぬ。

 

どのように死ぬ?

 

贓物を撒き散らし、血塊が口から止めどなく溢れる。

 

心臓をえぐり取られ、絶叫が森に吸い込まれる。

 

四肢をもがれ、生き地獄を味わう。

 

脳がグシャリと豆腐のように潰れ、悍ましい液体が地面を汚す。

 

肺に穴が開けられ、掠れた吐息が宙に消えていく。

 

 

 

 

 

自分がこれからたどるであろう凄惨でグロテスクな数多の運命を幻視する。どれも想像するだけでありもしない虚空のの傷が疼く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー『あんまり子供を食べるのは趣味じゃないんだけどね。若い肉は美味いんだよ、特に生が。』

 

……これは、なんだ?

 

ああ、最初に会った時の会話か。なんで今頃こんなこと思い出してーーーーん?

 

あの時こいつは『生』と言っていた。

 

つまり私の血さえも体内に取り込むのだろうか。

 

血に濡れた脳内でただただ考える。死にたくないという感情は判断や思考さえ鈍らせて奪い取る。しかし止めてはいけない。奪われたならまた一から考え直す。零れ落ちないようにしっかり意識をつなぎとめながら。

 

もしそうだとしたらーー……ある。あるぞ。

勝ち筋が。一撃叩き込むだけとは言わず、一気にこの不利な状況をひっくり返し勝利へと導くメソッドが。

 

私がレミリアになる、のとはまた別の方法。

 

吸血鬼の不死性にかまけたかなりサイコパスめいたやり方だが、ほぼ必中。当たれば相手の死は確定する。今回は殺す気はない、いや殺せないが。

 

そもそも当てるというのも間違いだ。相手が勝手に自滅して自ら詰みに向かっていくのを眺めるだけ。少しばかりの手助けは必要だがそれまでだ。

 

そこまで考えたところで空気が変わる。

 

体の自由を奪っていた足からかかる圧迫感は、動きを止めようとするものから獲物を逃すまいという狩人のそれになっていた。

 

迫るタイムリミットを感じながら考えを纏める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー来る……!

 

「ぐっ、……がああああああッ!!」

 

最初は肉を抉り、次に胸を貫く激痛、直火で焼かれているかのように熱を発する。背後、背中から心臓を貫かれたのだと認識する。何でもって心臓を刺したのか。それは素手。いわゆる貫手というやつだ。

 

そんなことがあってたまるかと、頭は理解することを拒絶するが実際私の心臓は潰されてしまった。

 

初めてあった時から驚かされてばっかりだな。

 

たった今殺された直後で思うのもなんだが、味方ならばこれほど心強い存在はないと思う。なんたってレミリアでさえ負ける可能性があるのだ。統治者という性格には到底思えないが、うちの頭首とはまた違った形で尊敬されるのかもしれない。単なる武力、その一点で。

 

思考を取り留めもないことに割いていると、身体の中心から流れ出す生暖かい液体が服を染めていくのを感じた。徐々に服全体に染み渡っていき膝にまで温い、しかしもう冷たくなり始めている液体が到達している。

 

 

 

そして吸血鬼の肉体が魔力を介して再生を始める。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()

 

肉体の再生を止めるなど自殺行為にも等しいが、こうでもしないと安心して『食事』を始めてくれない。『食事』が始まらないことにはこの方法は成功しない。逆に取れば、私の肉を、血を身体に入れたが最後こいつの負けは確定するのだ。

 

 

 

頭の中ががだんだんと霞みがかって意識の底に沈み込んでいく感覚が強くなる。目を閉じてしまえば次に光を見ることはないだろうと半ば勘に近い形で察することができた。

 

目に映る地面のピントが合わなくなってきた。視点がブレ、猛烈な眠気が私を死へと誘ってくる。

 

死にたくないがためにわざわざ死の淵で足掻くのは少々滑稽だろうか。いや、そうではないだろう。何もしないままでは勝機が無かったから、一筋の光明に望みを託したのだ。

 

「死んじゃったか……、まぁこんなもんだよね」

 

生きてるけど私死んだから!私死んだから早くしてくれ。どこを食べるんだろうか。私的には腕とかオススメですが……。

 

「……!!」

 

どうやら左腕がお好みらしい。二の腕を掴まれ曲げてはいけない方向に曲げられる。なんとも形容しがたい痛みに意識が一瞬で覚醒してしまった。どうにか反応は最小限に抑えたがどうだろうか?バレたか……?

 

「ふんっ!」

 

バキバキバキ、グチャリと私の麻痺した鼓膜でも聞き取れてしまうほど近距離で身体が出してはいけない音を出した。意識を保つ目的も兼ねて、痛くない痛くないと暗示をかける。先程は意識を覚醒するのに一役買ってくれた痛みだったが、今度は失神してしまいそうになる。

 

 

ブチッと嫌な音が聞こえた。いや、今の私にとっては天使の福音にも等しいものだった。左肩からお守りが外れたように軽くなって左腕の感覚がなくなっている。

 

 

 

ーーーー…来たッ!!

 

あとはタイミングだけ。私の身体に触れる手がなくなった途端に急ピッチで全身に魔力を流す。流すのはレミリアの魔力の方。気取られないように、しかし迅速に身体の中が修復されていく。流石は脳筋吸血鬼の魔力。

 

元に戻った耳と鼻に全神経を注ぐ。身体を動かすわけにはいかないからこの状況で頼りにできるのは聴覚と嗅覚のみ。

 

 

 

ーーーー…ふいにクチャ、と何かを咀嚼する音が鼓膜を揺らし、鼻腔をくすぐる血の匂いが濃くなる。

 

……食べている。食べているぞ!よし、あと3秒でやろう。……やっぱり嚥下する時間も考慮して5秒か。ハハハッ!馬鹿めが!その所業が自らの首を絞めているとも知らずに!暴食は大罪に数えられる程甘美で自身を犯していく!

 

 

 

ーー……5、……4、……3、……2、

 

 

 

……1、……0!!

 

 

 

まず残ったレミリアの魔力を全開放して、一瞬メーリンの動きを止める。そして反転しそのついでに目標を視認。後はあいつに触れるだけでいい。

 

地を蹴る。全身全霊をかけて踏み込み、最高速を叩き出す。風になったかのようだ。景色が流れていく。

 

「……なっ!?……クッ、ククク、そうだ!それでこそ私が認めたお前のあるべき姿だ!足掻け!私を御してみよ!」

 

……復活が早い。しかしこの為に、この時の為に既に布石は打たれていたんだ。

 

またもや構えをとるメーリンに真正面から突っ込み、

 

 

 

直前で転移する。

 

「なっ!?」

「詰みだ。」

 

そして背後に現れ、背中に思いっ切り拳を叩き込む。触った瞬間に能力を使いながら。

……やった、やった!やってやったぞ!!

 

全力で殴ったおかげで手がジンジン痺れて痛いが、これはコラテラルダメージ、必要経費だ。さっきから一方的に殴られてやったんだ。本当は触れるだけで良かったが最後に一発殴ってやりたかった。

 

ああ!スカッとしたー。

 

殴られた勢いで倒れ込んだメーリンは全く動く気配がない。いや、むしろこれで動かれたら困るのだけれど。なにが起こったか分からないといった表情で固まっている様は実に面白い。

 

 

 

『拒絶反応』

 

メーリンの身体に起こったことを端的に表すとこの一言で済ますことが出来る。

私の『対象を同格にする程度の能力』は自身の魔力を相手に流すことによって発動条件が満たされる。メーリンが食べた私の肉には濃い魔力が含まれた血がこれでもかというほど入っていた。つまりは私の魔力を大量に身体に入れたということ。

これだけならば特に問題ではない。妖怪にせよ魔族にせよ、魔力か妖力を食べて取り込むことにより強くなるのだから。

 

しかし私が能力を使うことにより取り込んだ魔力は対象の魔力と置き換わろうとする。前もってその事を知っていればいいが、突然外部から侵入した魔力が元からあった魔力を押し退けようとすれば当然互いに反発する。

身体の構成要素に成り代わろうとする新参者と、それまで構成していた古参。どちらも身体の原動力になろうとするので身体自身は困惑する。従うべき対象が二つに増えたのだから当然だろう。

 

そして身体が困惑している間、身体機能は完全に停止する。『拒絶反応』が起こるのだ。

 

 

 

やっと、終わった。

 

「は、ははっ」

 

なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。これしか道がなかったとはいえ死の淵を歩き過ぎだ。三途の川を渡りかけたかもしれない。悪魔が三途の川にいくのかは知らないが。

 

今更ながら怖くなって自嘲気味な笑いが溢れる。

涙で視界がぼやけて慌てて拭う。

 

メーリンの方を見やるが今だに動く様子はない。魔力の原液と呼んでもいい血液を飲んだのだから仕方ないのだが、ここからどうしようか。拒絶反応で無力化するまでは良かったがそれより先を考えていなかった。

 

生半可な方法では効き目はないだろう。あまり時間は与えている余裕はない。どうしたものか。

 

 

 

 

ーーーーそうだ。簡単な方法があったじゃないか。

 

 

空間魔法で銀の鎖を出して、……出したのはいいがどうしよう。触れない。今まで銀に対しての忌避感のせいで避けていたから扱い方を知らない。

 

吸血鬼、というか狼男やグールといった魔物は銀が非常に苦手だ。殆どの物を受け付けない頑丈な肌はその鈍色の金属の武器だけは容易に侵入を許してしまう。そうでなくとも銀製の物質は触れるだけで力が入らなくなってしまう。故にこいつを縛るのに最適だと思ったのだが。

 

直接触らなければ大丈夫かと思い、手袋をして触ってみると多少効果は弱まった。これならいけそう。

 

 

 

 

 

「ーー…よいしょっと。まぁ、こんなもんか」

 

手足をぐるぐる巻きにしてやったぜ。一瞬腹いせに亀甲縛りとかやってやろうかと思ったが流石にやめておいた。人の気持ちを考えられる私って素敵。

 

「……参ったよ、降参だ降参」

 

漸く喋れるようになったメーリンから勝利の言葉を受け取る。正直あまり勝った気はしないが相手が参ったと言っているんだから素直に受け入れておこう。

 

「じゃあ契約成立ってことでいいかな?」

「ああ、構わない。どうぞこき使ってくれ」

「ここにサインを」

 

レミリアからパクった万年筆と契約書を渡そうとしたが、縛ったままだったのを思い出し鎖を解く。ついでに能力も切っておく。

 

『紅美鈴』

 

先程まで血生臭いことをしていたとは思えないほどの達筆に少し驚いた。こいつの外見とのギャップもなかなか酷いんじゃないだろうか。でもチャイナドレスに漢字はイメージがピッタリくるから戦闘時が特殊なのか。

 

書道のお手本のような達筆で書かれたその字は、一瞬赤く発光すると徐々に薄くなっていきやがて完全に消えた。

 

「はいっ!契約成立!これからよろしくね、美鈴。」

「こちらこそ宜しく、お、ね、がいし、ます?何だか口調が勝手に敬語になるんだけ、ですが?」

「そりゃあ主従関係を結んだのだから主人に対してタメ口は良くないでしょ?」

 

ちょっくら契約書に制約を設けさせてもらった。口調が勝手に敬語に直ったり、命令に逆らいにくくなる程度だが。

 

「……そうだ、早速だけど座標だけ教えるから家まで運んでくれない?」

 

転移すれば一瞬なのだが、2人一気にやったことがないからどうなるかわからないし、何より楽がしたい。

 

「えー、面倒くさ、くないです、喜んでやらせていただきます!クソッ!」

「ありがとー、座標はーーーー」

 

 

最近住人がやけに増えるな。まぁ賑やかなことはいいことだ。来るものを拒まず去る者は追わず。紅魔館はそんなスタンスを築いていこう。あ、美鈴にレミリアやフランを紹介しないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「……ここ、ですか?」

「……うん。」

 

あまりの衝撃に言葉を失ってしまった。

 

「家、なんだ、ですよね?」

「そう、これは家」

 

小1時間ほどレミリアを問い詰めたい気分になった。

 

「なるほど、西洋の家は私の知っている家と大分違うらしい、ですね」

「そうだね」

 

頭がどんどん冷え切って私はきっと今能面みたいな顔をしているのだろう。

 

「本当に?」

「本当に。これが普通の家だよ」

 

嗚呼、神様仏様。私が何をしたというんだ。

 

 

 

 

「ーーーー半分欠けている以外は。」

 

 




申し訳ない。三週間ぶりの更新です。
戦闘描写は遅筆になりがちなのです。

今回はいつもの違い倍ほど文字数があるわけですが、これはほんの三文字にまとめることができます。

『NKT(長く苦しい戦いだった)』

でも書き始めたら引けなくなっちゃったので更新が遅くなってしまいました。重ね重ね申し訳ない。


さて、少しだけ解説を挟みます。

コークスクリュー:なんか手首をぐるぐる回して殴るやつ。回しながら殴るのできっと銃弾みたいに貫通力が増す気がします。

飛び膝蹴り:馬鹿みたいに痛いです。最近私も体験しました。しばらくは鼻がずっと痛かったです。当たりどころが良かったのか鼻血は出ませんでしたが。

空中を蹴る:某海賊漫画の料理人みたいなやつです。めちゃんこカッコいいですよねアレ。ちなみに美鈴のは『気を使う程度の能力』で空気を蹴ることを実現させています。

急に始まる弾幕戦:近距離には遠距離が一番。ヘイト買いまくるタンク役がいれば最高だった。

分の悪い賭け:突撃した時に美鈴が回避行動をとること。後ろに後退する選択肢を取らないこと。カルラからみて右に回避すること。
全部にカルラはある程度の勝算を見出していて、美鈴も理由があって回避行動を取っていますが、全部書くと長くなるので割愛。
これを考えている時はある格ゲーを思い浮かべながら書いていましたが、いざ文章にすると難しかったり。ちなみに私はXしか持ってないです。

リーチ:2人の身長差は約40cm。片腕の長さの差は約10cmこれは仕方ない。

既視感:初めての外出のときに知らないおじさんに向けられたのとダブった。あの話は結構重要だったり。

吸血鬼なのにすぐに死にかけるカルラ:単に死に対する恐怖で精神が弱っているだけ。モチベが上がればすぐに復活する。

死んだフリ:オラオラの人のパロディ。あのシーンはいつ見てもハラハラドキドキします。

肉を貪る美鈴:なんだかすごいサイコパスになっちゃった。妖怪だから肉も食べるんでしょうけどね。

拒絶反応:能力の応用。そこそこ出てくる。小悪魔みたいに身体があらかじめ把握していれば起こらない。

半壊した紅魔館:爆発しないだけマシ。



次の話ですが、だいぶ開きます。三月中に上げられるかどうかかなり怪しいところ。


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在りし日々の清算


 話しが重い・・・・・。


 

 

「いってらっしゃい。良い報告を待ってるわ」

 

 カルラが陰鬱な表情のまま魔法陣とともに消えていったのを見届けて、そっとため息を吐く。

 

 やっと行ったわね……。彼女は存外子供っぽいところがある。眠い眠いと駄々をこねる吸血鬼なんて初めて見た。夜の帝王の名が泣いているに違いない。

 

 姉のレミリアの方がよっぽど吸血鬼らしい。決してこちらに深入りさせる事はなく、感情を隠さない。隠さない……という事は帝王本来の傲慢な部分が表れやすいので、言い換えれば我儘となり、そうなれば性格という面では妹とあまり変わらないのかもしれない。

 

 末っ子のフランは会う事が少ない。普段は何をしているのだろう。図書館に来る事自体が滅多にないせいか、私との距離を測りかねている節がある。もしくは単に信頼されていないのか。悲しいかな……もう同じ屋根の下、2ヶ月になろうというのに。

 

 そういう観点から見ればカルラはちょろいというか……軽い、わね。悪魔は契約で縛れる性質上、気を許す事は少ない。加えて彼女との最初の会合は最悪だったのに、居候になってから直ぐに無防備になった。とっつきやすい、が一番正確だと思う。

 

 

「……行ったわよ」

 

『了解。呼んだらこっちに合流して』

 

 

 だからこそ、このような事態は避けたかったのだけれど……残念ながら私はあの三姉妹の中には入れない。せいぜいが友人止まりだろう。

 今まで友好的な関係を築けていたばかりに今回の件は深い亀裂を生むに違いない。本当はここに住む対価を得るためとは言えかなりやりたくないのだけれど、結んだ口約束は進んで破りたいとは思わない。

 

 ……辛気臭いことはあまり考えていたくない。時間になるまで研究を進めていよう。

 

 読んでいる途中だった魔道書を開き読み始める。

 

 

 

 誰もいないだだっ広い部屋でいつもの体勢に戻る。……するとなんだか魔界にいた時と同じ事を繰り返すような気がして、ぞくりと背筋に悪寒が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十ページほど読み進めた頃、

 

 

 空気が震えた。

 

 否、それは魔力の本流だった。さっきのような寒気ではなく生物としての本能が私の体をも震わせた。

 

『大至急こっち来て!!』

 

 時に机に置いてあった呼び鈴から焦ったレミリアの声が聞こえた。何かあったことは確かだが、声音から察するに良い知らせではないのだろう。話の内容が内容だけに薄々予想はついていたけれど、仲良く話がまとまる事は決してないに違いなかった。

 

「……了解。今から向かうわ」

 

 ……憂鬱だ。果てしもなく憂鬱だ。しかし私は居候の身。重い腰を上げて然るべき準備をし、魔法陣を組み立てる。

 

「やってられないわね……。はぁ……」

 

 言葉とは裏腹に出来上がった魔法陣に足を踏み入れる。

 

 

 ……願わくば今の関係が壊れないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっと。やっぱりこうなったのね。」

 

 ちゃんと指定された通りの部屋に転移したはずなのに吹き抜けになってしまっている。急に襲った浮遊感に少し驚いたが、まぁ予想通りといえばそれまでだ。

 

 レミリアもこれを見越して夜に決行したのだろう。

 

 取り敢えずことのあらましを聞こうと視線を巡らせれば、一階のエントランスに二人はいた。というかここからエントランスが見れるってどれだけ派手に暴れたのか。帰ってきた時のカルラの表情が眼に浮かぶ。

 

 

「ーーーーーーッ!」

「…………………。」

 

 

 ヒステリックに叫んでいるフランドールと冷静に返すレミリア。ここからは詳しい事は聞き取れないが、なぜこんな風通しが良くなってしまったかは明白だ。穏便な話し合いなど元から期待していなかった。大団円で終わる事は叶わなかったわけだ。

 しかしこれ以上暴れられて壊されては困る。

 

 だってこれ直すの全部私だもの。

 

 妖精メイドが入ってきて多少楽になったものの、種族としての非力故に力仕事には期待できない。本当にせいぜいが洗濯や掃除などの家事一般だけの力量しかない。……それでもすごく助かっているのだが、なかなか小っ恥ずかしいお礼が言えないでいる。

 

 

 

 そんなことを考えていたら、地響きと共にこの部屋を僅かに形作っていた壁が倒壊してしまった。腹にズシンズシンと響くような音の原因はフランドールの右手によるものだ。これも私が直すのか……。次々と増える仕事に辟易する。

 

 レミリアに早く止めるよう視線を向けてもこちらに気づく様子はない。むしろ無表情でその様を見つめている。その瞳にどんな感情が込められているかは知る由もないが、推測するに悲哀、または後悔ではないだろうか。

 

 まぁいずれは通らなければならない道だったのだ。逆にどうして今まで隠し通せていたかの方が気になる。自分の意識が時折なくなるなど自身の異常性を表すには十分ではないか。

 

 私は触れてはいけないとは気づいていても興味は絶えない。過度な詮索はしないが推測はやめない。それかレミリアが私にそこらへんの事情を話す、……でも彼女が心を開く事はあるのだろうか。

 

 

 

「……これは紛れも無く本当のことよ。幼い貴女にはまだ早いと思っていたけれど、カルラが居ない今、話すことにしたの。だから……ーーッ!」

「嘘だっ!そんな、そんなこと事……あるわけない!」

 

 

 徐々に近づいていくと会話が鮮明に聞こえてきた。一緒にまたどこかで一部分が倒壊する音も聞こえてくる。右手を握りしめているフランドールの目は微かに充血していた。……認めたく無いのだろう。自分が今まで『狂気』という病に侵されていた事を。

 

 

 

 そんなフランドールに同情、というより憐れみを抱く一方でイラついている部分がある。

 

 ……あまりに幼稚すぎることだ。確かに仮に私の中に知らない病気が巣食っていて意識のない時に行動していたとしたら、多少は取り乱すだろう。しかしそれまでだ。

 

「そんなこと、あるわけ……」

 

 先程のようにヒステリックに叫びもしないし、ごちゃごちゃになった感情に任せて破壊衝動に走ったりもしない。あんな風に深く傷つくこともないだろう。年齢不相応。感情を制御できない子供の様。それが私をイラつかせている原因だった。

 

「……サンクトゥス・エイクァ(聖なる水)

「……っ!」

 

 取り敢えず落ち着かせようと、水球でフランドールを包み込む。情報を整理する時間を与えるのと、文字通り頭を冷やすためだ。ふむふむ。やっぱり詠唱(スペル)ありきの方が調節が利いて性に合っている。

 

 

 

 

「……何するのよ」

 

 一仕事終えて一息ついていると、怒気を纏った声がかかる。視線を向ければこちらを射殺さんばかりに睨むレミリア。

 

「は?貴女はこれを望んでたんじゃないの?」

「そうだけどまだ早過ぎるわ。今すぐに解放しなさい」

 

 レミリアの口から出た突拍子も無い言葉に僅かに首を傾げる。解放しろ?冗談じゃない。話し合いにさえなっていなかった。どう考えたって、言葉を理解しようとしない幼児に一から百まで詰め込もうとしたレミリアが悪い。

 

「嫌よ。すぐどこか壊すもの」

「そんな事はいいのよ。私はフランと話したいの」

 

 

 そんな事……ですって?

 

「……聞き捨てならないわね。いつも誰が後片付けをしてると思っているの?」

「居候の分際で私には向かうのかしら?なんなら今すぐ出て行ってもらっても構わないのだけれど。」

 

 は?……ふぅ。あー、キレた。完全にキレた。そりゃもうキレた。……些か、強情すぎやしないかしら?確かにレミリアの言うことはなに一つ間違っちゃいないが、生憎私にはもう身の寄せどころがないのだ。ハイそうですかと従うわけにはいかない。

 こちらの事情を考えないならば、私も容赦しない。有罪(Guilty)だ。私の中のガベルに則って、その偽善とやらを剥いで差し上げようじゃないか。

 

「話したいって貴女が一方的にそう望んでいるだけでしょ?相手の理解も求めずに情報だけを与えて責任放棄。……その身勝手な善の押し付けは、善ではなくエゴというのよ」

 

 毅然とした態度を崩さなかったレミリアがその言葉に身じろぎする。私はそのエゴをレミリアよりずっと知っているという自負がある。レミリアはそれを心の何処かで分かっていたのだろう。でなければそんな胸を刺されたかの様な痛々しい表情は出ないだろうから。

 

「……知ったような口でものを語らないでほしいわね。……貴女に何が分かるって言うのよ」

「私はフランドールの姉ではないし」

 

 遂には俯いてしまったレミリアを尻目に、足を軽く踏み鳴らす。

 

ここ(紅魔館)を背負っているわけでもないわ。だから貴女に成り代わって考える事はできない。でも少しの間一緒に過ごして貴女が直情的な性格である事は知っている。そんな貴女が、その無表情の裏に隠している感情は、ただ何も知らずに生きてきた妹を思ったものだけではないはずよ」

「……やめなさい」

 

 止めるものか。気に入らない。馬鹿みたいに素直ないつもとは違った、妹に打ち明けるための表情が。様々な感情を覆い隠すその仮面が。

 

 

 

 

「その裏の感情を暴いてあげましょうか」

 

「……やめて」

 

 

 

 

 そうそう。レミリアの表情が痛みを堪えるようなものから、懇願するようなものに変わるのが僅かに見て取れて満足する。

 

 

 

「まず覚悟、妹に打ち明ける覚悟。妹に嫌われる覚悟。次に自責、今まで隠してきた自責。隠し通せなかった自責。そして責任転嫁、もう一人の妹が堕ちてしまったのはお前のせいでもあるのだという責任転嫁」

 

「……やめろッ!!」

 

 

 

 強い声とは裏腹に視線をこっちに向けようとしない。

 

 最後に、これが貴女が最も隠したかった感情。

 

 

「最後に…………憎悪。」

「……やめてってば」

「貴女のせいで私の愛していた、私を愛していた両親が死んだのだと。私の家族がいなくなったのだと。今ももう一人の家族が傷ついているのだと。」

 

 

 

 言い切った。言い切ったのだが、少し言い過ぎた気もする。ここまで言うつもりは無かったのだが、ついつい感情に流されてしまった。ほんの少しだけ後悔。……私らしくもない。自分のことを感情が乏しいと思っていたがそうでもなかったらしい。戻れない所まで射し込んだしまったのは明らかだ。

 

 そして恐らくは……、図星か……。レミリアの仮面はとうに剥ぎ取れ、酷く歪んでしまっている。何かキッカケがあれば壊れてしまいそうなほどに脆い顔だ。

 

「否定すればいい。私の言ったことに間違いがあるのなら。もしそうなら悪かったわね。謝るわ」

 

 ついでのように逃げ道を付け足して置く。もっとも、否定することなんて万が一にもあり得ないだろう。それがレミリア・スカーレットという吸血鬼だ。

 

 

 

 俯いたままレミリアからの返答はなく、私もまた言いたいことは言い切ったので口を開かない。……先程までは罪悪感があったが、だんだん暇になってきた。流石にこの空気を無視して図書館に戻る事はしないが、本でも持って来れば良かったのかもしれない。

 

 

 そういえば、とフランドールを見やると目を見開いたままその真紅の瞳をレミリアに向け茫然としていた。お姉さま、なにをしているの?早く否定してよ、と言わんばかりの表情。そしてなおも口を開かないレミリアを見て泣き出しそうなものに変わっていく。

 

 ……見るに堪えない。その表情の原因を作ってしまったという罪悪感が振り返す。

 

 身動きが取れないながらも、口が動けばそう溢れていただろう言葉が容易に想像できた。私はこの世に生まれて以来身内を持たなかったので分からないが、レミリアの私の口を介した感情の吐露はそれほど驚くべきものであり、絶望に値するものだったのだろう。

 

 

 

「……フランと、……話がしたい」

 

 俯いたままレミリアがやっと口に出したのはフランドールとの会話を望む声。……こちらとしては拒む理由は無いが。また暴れられては困るからいつでも止められるようにしようと思い、エントランス全体を水で満たし二人の空間だけ水抜きをした。

 

 正対する二人からは種類は違えど負の感情が滲み出ている。

 

 苦悶の表情を浮かべているレミリアからは確固たる覚悟と後悔、そして僅かながらも目を凝らせばはっきりと見える泥のような憎悪。

 

 それを見つめるフランドールからは嘘であってほしいと懇願するようなものと否定されない感情に対する不安と絶望。

 

 

「……フラン」

 

 先に言葉を紡いだのはレミリア。

 

 不安に濡れた瞳を向けるフランドールは次の言葉を、呼吸を忘れたように小さい吐息を繰り返しながら待つ。

 

 私はフランドールの小刻みに震えている右手が握られないか注意を向けながら、同じくレミリアが零す言葉に耳を傾ける。

 

 

「私は、貴女のことがーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー()()()。」

 

 

 ……時が、止まった。

 

 否、私の近くにいた吸血鬼の息がひゅっと、止まったのだ。

 

 まだ僅かに温かみを持っていた周囲の空気が、その一言で絶対零度を思わせるほどに冷え切り、時間が止まったように感じたのだ。

 

 半壊したエントランスに冷たい夜風が吹き込み、壁から覗く満月によって恒星のように明るく反射した金髪が揺らぐ。

 

 揺らいだ髪が元に戻るとその下に隠されていた表情がよく見えるようになった。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 あらゆる感情を削ぎ落とした後に絶望を塗りたくったようなその表情は私の心に深く印象を残した。

 

 マズいわね……。

 

 フランドールの瞳の色が真紅から赤黒く変わっていく。今までの狂気の発現条件は意識が切り替わる時だったらしい。つまりは起床時。

 

 しかしこの状況は全く違ったものだ。ただただ、悪感情の奔流によって制御できなくなってしまっているのだろう。

 

 

「失せなさい、私の前から。カルラの前から。」

 

 二人の関係が決定的に壊れていくのを、ただ見ていることしかできない無力感に思わず耳を塞ぎたくなる。

 

 しかしここで逃げてはいけない。多少なりとも原因を作った身として、最後までこの戯曲を見届けなければ彼女が報われないじゃないか。

 

 

「スカーレット家頭首としてここにとどまることは許すわ。図書館の奥にちょうどいい部屋があるからそこで過ごしなさい。」

 

 いつのまにかフランドールの瞳からは透明な液体が流れ出て頰を汚していた。それに気づいていないのか、拭うこともなく、言葉を忘れたかのように小さい口の開閉が繰り返される。

 

 

「……返事は」

 

 『嫌だ』と言いなさい。

 

 そんな言葉が喉元まで上ってきたが、どうにか抑える。ここまでの彼女の苦労と苦悩と苦悶を台無しにするわけにはいかない。

 

 ……でも、それでも心の奥で私はフランドールに望んでいる。

 

 この最悪(BAD)最高(BEST)結末(END)を破壊してくれることを。

 

 

「……は、い……お姉、様……」

 

 勿論そんなことは起こり得なかった。レミリアの言葉で憔悴したフランドールにそこまで求めるのは無理だったか。

 

 

「行きなさい」

 

 フランドールの返答の直後に僅かにレミリアは顔を歪ませた。しかしすぐに元に戻り冷徹な声に追従するかのようにフランドールに背を向ける。

 

 私はそれをただ見つめた。

 

 

 

 

 

 

「お姉様は私のことが嫌いかもしれないけどっ……!!私はお姉様達のこと、大好きだからっ……!!」

 

 しかしフランドールは背中を向けた姉に向かって叫んだ。髪が少し揺れて、その拍子に水滴が床を湿らす。

 

 

「だから……ごめんね。私、お姉様に嫌われないように、頑張るから」

 

 貴女が謝るのは筋違いが過ぎるだろう。ただ、不運だった。それだけなのに何故そんな事が出来るのか。

 何故そんな白百合のような笑顔を向ける事が出来るのか。不用意に突いたら割れてしまいそうな笑顔を。

 

 その必死さと純粋さに心が揺れた。姉に嫌われていると知ってなお私は好きだと公言するフランドール。妹を嫌わないといけないと思っているレミリア。

 

「何言ってるのよ……バカ。そんなわけないじゃない」

 

 聞こえないほどの声量で呟く。本当に、バカだ。

 ……私なら、今なら全てをなかったことにできる。

 

 

「……じゃあね、お姉様」

 

 口を挟むべきか否か逡巡しているうちにフランドールは別れの言葉を口にしてしまった。そしてレミリアに背を向け歩き出してしまった。

 

 二人の距離が離れていく。実際に離れていく距離が、心の溝を、想いのすれ違いを表しているようで、胸をキリキリと締め付ける。

 

 ……つくづく嫌になるわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フランッ!!!!」

 

 唐突な大声と聞き覚えのある声に耳がピクッと反応する。

 名前を呼ばれたフランドールは肩を大きく跳ねさせた。そして私が予想を確信に変えようと声の方向へと振り返ると同時に、いつもより多少輝きを失った銀髪が横をすごい勢いで通り過ぎた。

 

 ……間が良いのか悪いのか。

 

「だ、大丈夫?誰に泣かされたの?」

 

 両肩を掴み、今最も答えにくい質問を知らぬうちにしているカルラを見て、フランドールがどう答えるのか興味が湧いた。

 

 しかし僅かに色を失った唇は開くことはなく、代わりにもう流し終わったように思えた水滴が、茫然と開かれた目から溢れ始めてしまった。

 

「……え、え?」

 

 当然わけも分からないうちに泣かれてしまった方はどうしたのかと、おろおろしていた。

 

 フランドールからすれば自分の与り知らぬところで傷つけてしまっていた姉に、心の準備が整わないまま会ったことで情緒が不安定になっているのだろう。それか、もう会うことはないと思っていたのかもしれない。

 

 ……カルラ、何故こっちを仇敵のように見ているのかしら?

 

「……なるほど、そういうことね」

 

 なるほど、ではないだろう。

 

「貴女がフランを泣かしたのね」

 

 やっぱりこっちの吸血鬼は頭のネジが2、3本抜けていたか。どうしたらそんな突拍子も無い考えに至るのか理解に苦しむ……いや、カルラの中にレミリアがフランを泣かすという考えがない以上必然的にそこにたどり着くのだろうな。

 

「大丈夫フラン。あんな性悪魔女のことなんか気にしなくていいの。」

 

 性悪魔女て……。まぁ、自分であながち間違っているとも言えないのが情けないところだが。

 

 

「私はフランのことが大好きだから」

 

 壊れないように軽く、優しく抱きしめて、白く細い手で頭を優しく撫でながら紡がれた言葉は、まるでこの状況が理解できているかのようにひたすら真っ直ぐでーーーーーーー、

 

 

 

 

 

 

 ーーーー彼女にとっては、甘美な毒でしかなかった。

 

 

 

「……やめて」

 

「ん?どうしたの?」

 

「来ないでっ!!」

 

 

 カルラの腕をほどき、突き飛ばしてしまった彼女の顔は先ほどよりもさらに濡れていて、嬉しさと哀しさと困惑が入り混じっていた。

 

「ちょ、……え、フ、フランさん?」

「ダメ、だから……。私のせいでお姉様がいなくなるのは嫌だから……。私はまだ悪い子だから……。だから、まだ、ダメ……。」

「私が、いなく、なる……?」

 

 尻餅をついてしまったカルラには何のことだか分かるまい。しかし吐いた言葉()は飲み込むことなどできず、フランドールを自身から遠ざけてしまった。

 

 

「さようなら、お姉様」

「ちょっとフラン!」

 

 

 愛されていると知ったフランドールは好きという言葉を並べてくれる相手を自らが傷付けていることに耐えきれなかったのだろう。そして、距離を取ることを選んだ。

 

 

 遠ざかっていく妹にカルラが伸ばした指は届くことなく、全ての原因である綺麗な7色の装飾をつけた翼は闇に溶け込んでいく。ジャラジャラと嘲笑うかのような音を奏でながら。

 

 

 

 

 

 

「……レミリア、説明して」

 

 さっきから蚊帳の外だったレミリアは背を向けたまま微動だにしない。2人の関係が壊れていくのをどのような気持ちで聞いていたのだろう。顔が見えないので想像でしかないが、身を裂かれるような想いだったのではないか。

 

「フランに『狂気』のことを話したのよ」

 

 自らが決断を下したとはいえ、何十年も積み重ねてきた信頼が、絆が、関係が一夜にしてズタボロになったのだ。そして残るレミリアとカルラのそれも終わりを迎えようとしている。

 

「…そんなこと、どうして今さら……。」

「今日はたまたま貴女がいなかったから良い機会だと思って話しておくことにしたのよ。それでフランが貴女を傷つけていると知って、『狂気』が無くなるまで部屋に閉じこもることになった」

「……私はそんなこと望んでいない」

 

 情を感じさせない無機質なレミリアの声に、静かに、しかしはっきりと反対の意を示す。

 

「私とフランがそう望んだのよ」

 

 でもレミリアは取り合わなかった。一番の当事者であるはずのカルラの意思を無視して、全ては決まってしまっていた。

 

 

 

 運命を操る程度の能力。

 

 レミリアの持つそれは事象の結果を見て干渉し、自分の意のままの結末に変えることができる……なんて高尚なものではないらしい。主に干渉する段階で使い勝手の悪さが露呈するとか。

 

 運命を見るということは未来視に近い。しかし同じ時空に神のような俯瞰視点で物事を観ることができる存在がいることは、世界にとって都合が悪い。早い話がレミリアが観た未来は観た瞬間にパラレルワールドに変換されるのだ。

 

 つまり運命を観たレミリアが生きる並行世界では未来視通りのことは絶対に起こらなくなってしまう。当然不用意に干渉を受ければあらぬ方向に曲がりかねない。

 

 慎重になる。臆病になる。自分を殺すようになる。

 

 本来の彼女の性格からすればどれほどの負担になっただろうか。

 

「……私は平気だった」

 

 レミリアとカルラ。双方も自分の独善を無理やり貫き通した。でもこれは、どちらも望んだ結末ではなかった違いない。

 

「訂正するわ。私がそう望んだのよ。私にとっての貴女の価値はフランに強いる我慢より重かったのよ」

 

 二人の考えの違いは家族への配慮。一方はただ妹を救うことしか考えず姉の気持ちを無視していた。もう一方は妹を救うためにもう一人の妹に我慢させた。

 

「……私にはフランと過ごすことの方がずっと、ずっと重い」

「どちらにせよ二体一よ。諦めなさい」

 

 私にはレミリアやカルラより、二人の判断によって絶望にまみれた表情をさらけ出し涙を流したフランドールの方がずっと哀しく見えた。

 

「……ごめん、悪いけど今回ばかりはレミリアが正しいとは思えない。フランには自由でいて欲しい」

「別に謝る必要なんてないわ。考えの相違なんてよくあることよ。今回は私と貴女が噛み合わなかった、ただそれだけ。」

 

 三人が何故バラバラになってしまったかと言えば単に、互いが互いの意思の擦り合わせを行わなかったからだろう。

 

「そう……。私、今相当グロッキーだから落ち着いたら顔出すわ」

 

 実際、カルラの顔色は悪い。少しだけ蒼白いというか何というか。勧誘の後の精神的ダメージが大きいのだろう。

 

 ……そういえば勧誘してきた相手はどうしたのかしら?まぁカルラのことだから失敗したーって言われても納得できるが。

 

「フランには図書館の奥の部屋を使わせてるから、自室にいなさい。」

 

 どうしたのだろう?レミリアからそう言われたカルラが移動しようとして背を向けたまま止まってしまった。

 

「……あの部屋を使ってるの?」

「え、ええ。そうだけど、何か悪かったかしら?」

 

 予想外の質問に思わず振り返ってしまったレミリアの表情は思ったより暗くはなかった。怪訝な表情も作られたものではない。

 

「……いや、別に。大切に使ってね」

 

 なにか含むところがあるような言い方に少し引っかかる。が、あの部屋は特に何の変哲もない部屋だったはずだ。強いてあげるとすればあの場の雰囲気。本能的に長くいたいとはとても思えないあの雰囲気だけだ。

 

「じゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみ。…………悪かったとは思ってるわ」

 

 最後にレミリアから零れ出たのはほんの少しの弱音。カルラには聞こえていたのかいなかったのか、一瞬固まった後二階に上がって行ってしまった。……果たしてカルラの部屋は無事なのだろうか。跡形もなく消え去っている自分の部屋を茫然と眺める様子が容易に思い浮かぶが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何よ?貴女ももう行っていいわよ」

 

 鬱陶しそうな顔を向けられるが、ところがどっこい。そういうわけにもいかない。私にはやらなければいけないことがあるのよ。

 

「今この場には私以外はいないわ」

「……だから?」

「ついでに言うと私は置物みたいなものよ。」

「は?」

 

 今回最大の功労者には敬意を。

 

「だから……もう肩を張る必要は無いのよ」

 

 僅かに顔を歪めるレミリアを見て確信する。

 

「はぁー……、……貴女に気を遣われるとはね」

「流石に私まで貴女の苦労を無下にすることはできないわ。……お疲れ様。」

「なんて返せばいいのかしら?ありがとうとでも?」

 

 そういいながら瓦礫の中から椅子を引っ張り出し腰を掛けるのを眺めていると、天井とも呼べない隙間から覗く空が明るくなり始めていることに気づく。

 

「別に礼なんて要らないわ。居候として家長を労うのは当然でしょう?それとも罵倒の言葉が欲しかったのかしら?」

 

 レミリアは少し驚いた表情をした後、静かに首を横に振った。

 

「そうでは無いけれど……単に意外だったのよ。貴女の顔ったら喜怒哀楽が分かりにくいんだから、言葉でそう言われると落差がね。」

「失礼な。死人に鞭打つほど酷じゃ無いわ。」

 

 まだ日は出てないから大丈夫だろうが、念のため天井一面を塞いでおこうか。

 

「あー、そう言えば貴女なら平気だろうから、フランのもとにちょくちょく顔出しといてやって。流石にずっと一人のままだと精神的にヤバそうだし。」

「どうせ私が行かなくてもお節介な吸血鬼がやってくれるわよ。絶対にね」

「それはどうかしら。あの子は確かに世話焼きだけど、一度でも拒絶されるとずっと引きずって会わない気がする、……むしろそうであって欲しい」

 

 ふむ、私がフランドールに顔を合わせるのは結構良い案かもしれない。親密な間柄より他人だからこそ話せることもあるだろう。

 

 このようにレミリアは妹達のことを誰よりも思っていて、誰よりも理解している。だからこそ万が一にでもフランドールを()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全ては(フェイク)。フランドールを嫌いであると公言することにより自分から、カルラから遠ざけるための虚言。そして恐らく、はどのような形であれ三人がバラバラに離れないようにするための苦肉の策だったのだろう。

 

「カルラは多分、気付いているでしょうね」

「さぁ?あれで案外鈍いところがあるからねぇ。それに……、努めて理解してもらおうとも思わないわ。今回は私が正しいと思っているし、何より……一人でも理解者がいてくれるって言うのは結構救われるものなのよ?」

 

 別段気にしていないと飄々と振舞っているように見えるが、心の底では無理をしているのだろうか。少し目元が赤くなっている気がする。何より普段なら私にこんなに饒舌になることもないだろう。

 

 内面は決して晒さず外面は気丈に。

 

 どうしたらそんな在り方でいられるのだろうか。

 それとも誰かが、何かが彼女を変えたのか。

 

 自分から踏み出す勇気を持てない私には生涯分からないことだろう。

 

「……強いのね、貴女。」

「……弱いわよ、私は。私が仮に強ければこんな手段を取る事態は防げただろうし、誰も傷つける事ない結末を選んだわ。その選択肢を出せなかった時点で姉失格よ」

 

 それは自分に期待しすぎではないのか。自分一人で出来ることには限界がある。だからこそ家族がいて友人がいて相互的信頼が成り立つのではないか。そう言おうと思ったが、かつて一人で逃げ回った私が言えることではないと思い直し口を噤んだ。

 

 そんなことはない。

 

 その言葉は言うだけなら簡単だが、あまりに軽薄だった。

 

 だからその代わりに自分より頭一つ低い位置にある薄桃色のナイトキャップを、ポンポンと軽く叩いておくに止めた。

 

 敬意を評して。労いを込めて。

 

 その後少しの間俯きながら肩を震わせていたのは触れないでおいてやろう。

 

 

 

 さて、まずは屋根作りから始めるかな。






 久しぶりにパソコンで編集しました。

 それと後書きが長くなってしまったので活動報告に載せておきます。

 見なくても物語の進行に何の問題もないのでOKです。というか関係の無い事8割。

 更新頻度はきっと早くなるはず・・・・・。


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姉が偉大である理由

 不本意ながらもフランと会わない生活に慣れてしまってからしばらく経った。最初のうちは何度も何度も会おうとして部屋凸を繰り返していたけれど、そもそもオウレットに止められることが多く、それをすり抜けてもドアが開くことがまず無かった。

 

 一回だけ壁をぶち抜いてフランに会いに行ったけれど涙目で『来ないで』と言われては引き返さざる得なくて、帰り際にレミリアに泣きついたのも昔の話だ。

 

 今では扉越しに話しかける始末。一人でに話しかけて何も出来ずに去っていく。自宅警備員を部屋から出そうとする母親の気持ちに共感を覚えたのは内緒である。

 

「で、今日はどうしたん……です?」

「いや、いつものごとく暇潰しに」

 

 美鈴も段々と板に付いてきた敬語で要件を聞いてくる。最近は門番という名目でいてもらっているけれど、ぶっちゃけすごい暇じゃないかと思い度々話し相手になってもらった。私にとってもあまり深い事情を知らない相手というのは愚痴を漏らすのに都合が良い。

 

「それと一応雇い主だからサボってないかの確認ね」

 

 サボっていたら、何かしらの罰則を考えていたのだが。特に具体的なのは思いついていない。しかし律儀にも十数回と見てきた中で一回もサボっているところを見たことがないのだ。真面目は美徳である。

 

「で、判定はどうでしたか?」

「グレー寄りのセーフかな」

 

 そう、サボってはいないのだ。サボってはいないのだが、なんだろう。毎回騙されているような気がする。目が充血していたり後ろから声をかけるとビクッと肩が跳ねたり、そう、まるで直前まで寝ていたかのような……。まぁ本人がサボっていないというなら深く追求はしないでおこう。

 

「グレー、ですか。まだまだ改良の余地がありそう、です」

 

 なんの改良なんだか。寝起きをバレないようにするとかだったら、食事抜いてやるからな。

 

「して、今日はなんの愚痴を聞けばいいんですか」

「そう!なんとびっくりあの馬鹿メイド共、またシャンデリアひっくり返しやがったの!!」

 

 おっと、ついつい言葉遣いがちんちくりんになってしまった。しかしそれもどうでもいいと思える程には私の腹わたは煮え繰り返っている。5度だ!今回で5度目だ!

 

「それは、またやっちゃいましたね……」

「これもどれも全部レミリアが悪い!!」

「え?いや、流石にそれは暴論過ぎでは……?」

「暴論もクソもない!!レミリアがあんな契約にするから……!!」

 

 100%いや、99%レミリアが悪い。残りの1%は0.5%ずつオウレットと私で分け合おう。初めてで慣れない契約をレミリアに一任した責任分だ。だがしかし、だがだがしかし、レミリアもレミリアだと思う。全く、どうかしているに決まっている。

 

 

『業務時間外は紅魔館で遊んでいい』などというアホ過ぎるにも程がある契約を結ぶだなんて。

 

 

 まぁ完全に否定はしない。うちは現在金欠だし、レミリアがそれを解決するために頑張っているのも知っている。そもそも金銭をやったところで妖精が使える場所がない。衣食住の保証なんてあいつらどこにでも住んでるし食事も必要ない。私も何か案を出せと言われても特に思いつきはしない。

 

 でも、それでも違うだろう。

 

 業務時間?時間なんて気にせずに日夜遊んでばっかりだった妖精にそんな縛るものは存在しないと同義だ。一部の真面目な妖精を除いて遊び呆けている奴らがやたら邪魔で仕方ない。

まぁ百歩、いや千歩ぐらい譲って遊ぶのはいいとしよう。でもなんでそれを紅魔館にしたのかと、外で遊ぶようにしとけばいいものを、何故中で遊んでいいことにしたのかと、私はレミリアをそう問い質したいのだ。後片付けまで契約に入れる頭があるならもう少し考えてくれと言いたい。

 

 

 

「……しっ!静かに」

 そんなことを美鈴に愚痴っていたら急に口を抑えてきた。勢いに流されて思わず黙ってしまうと、口から手が退けられた。そして夜空に向かってなんだかよくわからんポーズをとる美鈴。

何やってんだと呆気にとられて見ていると次々に無口で掌底を繰り出す中華娘。

 

 あー、なるほどね、……可哀想に。暇過ぎて仮想の敵を相手にシミュレーションしてるのかとと思うと、無性に哀れに思えてきた。

 

「ふぅ。終わりましたよ」

「なんかごめんね。今まで気付かなくて」

「へ?」

「寂しかったんだよね。これからは暇があったらここに来るようにするし、そうだ、本でも持ってこようか?」

 

 そう、思えば目が毎回充血していたり、わざとらしく肩が跳ねるのも構って欲しいというSOSの一端だったに違いない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。美鈴にとっては例え罰則として飯を抜かれようとも退屈を紛らわすには充分だったのだ。

 

「いえ、私ちょっと活字が苦手なもので……って、なんでまた本なんか持ってくるんです?」

「暇過ぎて頭がおかしくなったなら私の責任かと」

「失礼な!誰の頭がおかしく……ああ、来ましたよ。アレですアレ。丁度小腹が空いていたところだったので。」

 

 美鈴が指差す方向を見るとゆっくりと小さい黒い点がだんだん落ちてくるのが見えた。あっちへふらり、こっちへふらりと不規則に揺らいで落ちてきたのは……鳥だった。鳩とか鴉ではない大型の。

 

 つまるところ先ほどの掌底で落としたのだろう。……落としたのだろうって、見えないほど遠かったのだが。それに掌底で落とすって。空気砲みたいな感じなのかな?……カッコいい。

 

「最近は小腹が空いたらこいつで腹ごしらえしているんですよ、羽周りの筋肉が美味いのなんのって。」

「へ、へぇー……」

 

 外面だけは綺麗な女性が大型の鳥の翼を捻り取っている絵面が強烈過ぎて言葉が出ない。

 

「ふんっ!」

 

 あー、取れた。おお、グロイグロイ。鮮血がぷしゃーって噴き出て美鈴の顔を汚していく。……マッドだ。マッドウーマンだ。流石に生では食わんだろうな?

 

「ちょっとこれ持ってて貰えます?なにか燃やすもの探してくるんで」

 

 良かった。どうやら焼くらしい。美鈴に押し付けられた2つの翼を両手に、なんとはなしに惨殺死体の見聞を始める。いー、ピクリともしない胴体と足は翼からの出血で赤に近い色になってしまっている。翼を捥がれるのは……痛いんだろうなぁ。全く体験したいと思わない。

 

 とか思っていたら焚き火ができるほどの枝を抱えた美鈴が帰ってきた。枝に火を付けてやると焚き火特有の嫌悪感を煽らない良い煙の匂いが漂って来た。

 

 そして火が大きくなる間に翼についていた羽を慣れた手つきで綺麗さっぱり抜いてしまった。……本当に鳥の地肌ってブツブツしてるのか。モノホンの鳥肌を見るのは初めてだ。

 

「食べます?」

「……食べる」

 

 片方の翼を差し出してきた美鈴に少し迷ってから受け取った。見た目はちょっとアレだが、味には正直興味がある。経験者いわく表面に焦げ目を付けてから食べると美味しいらしい。そりゃそうだろ、焦げ目がつかなかったら生肉みたいなもんだ。鶏肉は豚や魚に比べて火が通りにくい。鳥インフルって関係ないっけ?

 

 念の為少しやり過ぎレベルで焼いてから口に運ぶ。

 

「……美味しい」

 

 美味い。反論の余地なく美味い。焼き鳥などの場合は塩やタレで味付けをするのだろうが、文字通り素材そのものの味だ。鳥を焼いた時に出てくるのは鶏油だったか?うろ覚えだがそれがバカみたいに美味い。

 

「そうでしょう!そうでしょう!」

 

 というかこれ手羽先か。そりゃあ美味いに決まっている。美鈴がかぶりついている部位に既視感を覚えながらあっという間に完食してしまった。

 

「これは食べれないの?」

 

 残ったのは両方の翼をもがれた死骸。少し見た目がグロテスクだが翼があんなに美味しかったのなら胴体も、と思ってしまう。脳の慣れとは恐ろしい。さっきまで傷口が痛々しいとか考えていたのに。

 

「あー、私も一回食べたことがあるんですがとても美味しいとは言えませんでしたよ。内臓系が特に独特な味と言いますかね、食べる部位によっては美味しいんですが……。適当に置いとけば野良が処理してくれますよ」

 

 確かにレバーは好みが別れるだろうな。砂肝も食感が私はあまり好きではない。でもボンジリとかハツはよく焼いたら美味しいだけにもったいない。ダメ元でリサに捌いてもらえるよう頼んでみようか。

 

「尻尾の方は美味しかったんですがねぇ。誰か捌いてくれる人でもいればいいんですが。……えいっ」

「ちょっ」

 

 考えている間に美鈴が森の方に遠投してしまった。たちまち見えなくなってしまう。……まぁ私もリサが捌けるとは思っていなかったのだが、少々もったいない気がする。

 

 美鈴が火を消している間、コックを雇うかどうか考えてみる。うちには今決まった調理担当はいない。こっちがアレ食べたいなどと言い、妖精メイドがそれに従って当番制だったり気まぐれに作っているだけだ。

 

 私も作れないことはないのだが、いかんせん面倒が勝る。言えば作ってくれるのだから当然だ、……当然であって欲しい。しかし誰かしらプロの調理人が鳥や食糧(人間)を捌いてくれたらどんなに良いことだろう。あの貴重な部位達を無駄にせずに済むのだ。

 

「……おおっと、今日は千客万来ですね」

「誰か来たの?」

「ええ、と言っても私の胃に収まるお客さんですが。」

 

 暗闇に目を凝らしてもなにも見えない。しかし美鈴にはなにかしらの獲物が見えているようで、早く獲りに行きたいと言わんばかりにこちらをチラ見してくる。

 

「ちなみに何がいるの?」

「あの大きさだと……熊か猪ですね。焼いてもいいですけど、鍋とかも美味しいですよねっ!独特の臭みと上質な脂が舌をくすぐって……」

 

 ……じゅるり。

 

「……めーりんGO!!」

「イエッサー!!」

 

 鳥の脂が、味がまだ下に残っているうちにそんなことを言われたら我慢できない。鍋、丸焼き、ステーキ、想像するだけで胃が欲しているのだ。美鈴が物凄い速さで暗闇に消えていったのを見届けると、すぐさまさっき消したばかりの火をつける。が、すぐに思い直して消す。

 

 どうせ豪華な食材が食べれるのならもっとちゃんとした調理法がお似合いだ。適当に取り出した紙の裏に美鈴に向けて食材を台所に持ってくるように書き付けておく。そして流れるように調理場へ。

 

 

 

「鍋に水を入れて、強火にかける……」

 

 熊でも猪でも構わないと、紅魔館一大きい鍋に大量に水を入れ沸騰させる。沸騰するまでの間に近くを通りがかった妖精メイドに料理本を図書館から持ってくるように頼む。あるかどうかわからんが、あそこはなんでも揃っている。今こそそれを活用する時だ。

 

 次に二、三人新たな妖精メイドを台所に呼び出し、野菜を切るよう指示していく。

 

「長ネギは斜めに、ごぼうはささがきに、人参は……ざっくりでいいや、あと生姜を薄く切って」

「わかったー」「おっけー」「まかせろー」

 

 一瞬敬語じゃないことにムッときたが、今は後回しだ。後でたっぷりと折檻してやる。

 

「昆布……無いのか、鰹節!……も無いのか、……あれ?出汁の原料が無い……」

 

 しまった、出汁を考えていなかった。野菜と肉のみで出汁をとってもいいのだが、主軸となる何かが欲しいところ。ぐるりと調理場を見渡すと、……おっと、いいものを見つけた。干し椎茸だ。いつ買ったのかも知らないし、もしかしたら作ったのかもしれないが、乾物は安全だ。しかし、干し椎茸だけだと弱い気もするが、まぁ大丈夫だろ。

 

「他に何かすることは……柚子胡椒でも作ってみるか」

 

 鍋ものといえば柚子胡椒が合う。というか大体の和食には柚子胡椒は相性がいい。

 

「困った……柚子が無い。……これでもできるかな?」

 

 肝心の柚子が無かったのでライムで代用。そもそも原産地がこっち側では無いのだからなくて当然か。塩にライムを絞って皮を刻んだやつと混ぜ合わせる。作ったことないから完全にフィーリングだが、匂いもそれっぽいし大丈夫だろう。

 

 

 

「ただ今戻りましたぁっ!!」

 

 出汁も取り終わり野菜を全部入れた頃、泥だらけの美鈴が担いできたのは立派な猪。メッチャでかい。体格でいったら私の3、4倍はあると思う。

 

 じゅるり、と無意識に涎が出かけて慌てて飲み込む。どの部分が美味しいとか、どんな味付けにしようとか、普段は鈍い頭が全力でフル回転する。

 

「美鈴は泥を落としてきて!ついでにレミリア呼んできて!」

「ラジャー!」

 

 いつのまにか届いていた、『猪の捌き方』というピンポイントな本を片手に処理していく。あそこの蔵書種類に疑問を持つのは時間の無駄だ。手早く慎重に正確に刃を入れて行く。

 

 

 

 初めて故に少し不恰好になってしまったが、なんとか処理を終えるとゆっくりと鍋に入れる。さて、残った頭は玄関にでもオブジェクトとして飾っておこうか。鹿の首とかよく見るし。

 

「カルラー、何か用ー?」

 

 さっきまで寝ていたのかレミリアが目を擦りながら調理場に入ってきた。着衣が乱れていることや、うっすらと隈がみえることから寝不足なのかもしれないと予想する。事務仕事に追われているところに声を掛けたなら邪魔してしまっただろうか。

 

「鍋作ってるから声掛けたんだけど、いる?」

「鍋……いいわね。少しちょうだい」

「少しねー、了解。あー、あとこれ、玄関に飾ったらどうかな?」

 

 傍にあった猪の首をレミリアに投げる。レミリアは一瞬ギョッとしたが受け止めてくれた。

 

「……これを、玄関に?」

 

 やっぱりダメだったか。まぁ、鍋に入れれば美味しい出汁になりそうだしそっちの方が猪も浮かばれるだろう……。

 

「いいんじゃない?」

「え?」

 

 嘘でしょ?

 

「見栄えもそれほど悪くないし、逆に何も装飾がないってのも考えものだわ。多少なりともインパクトがあった方が私の風格を際立たせるってもんよ」

 

 わからんわからん。というかインパクトを与えるってことは来客に見せるってわけで、つまりは節分の柊鰯みたいになるってことか。私の考えでは玄関の内側につけようと思っていたんだけど。

 

「……ちょっと、何するのよ」

「レミリアがレミリアじゃないもんで」

 

 ピタッ、とレミリアの額に手を当てて熱がないか確かめる。私の知っているレミリアはそんな悪趣味な装飾は好まない(自分で提案しておいてなんだが)。もっと煌びやかで、華やかなものを望むはずだ。よってこのレミリアはいつものレミリアではない。QED(証明完了)

 

「はぁ……熱なんてないわよ。」

「ホントだ……。」

 

 ということはこの猪の首が装飾としてのセンスが感じられることが事実であり、私のセンスがないのかもしれない。

 

「リーダー!鍋が鍋が!」

「んー?おっとっと……勿体無い、勿体無い」

 

 突然かかった妖精メイドからの声に鍋が吹きこぼれかけているのに気づいて、慌てて火を弱くする。

うん……いい感じに煮立ってきた。あと少しもしないうちに完成でいいだろう。んー…、野菜の出汁の匂いが美味そうに漂ってくる。猪の肉にありがちな臭みは生姜で打ち消してあるため気にならない。柚子胡椒もどきは柑橘類特有の爽やかな匂いで食欲増進に一役買ってくれそうだ。

 

 最高の晩餐はもう間近だ。

 

 

 

「運んで運んでー」

 

 どんどんテーブルに食器とワインが並べられていく。人数自体はそれほど多くないため一瞬で終わった。私とレミリアに美鈴、それに調理を手伝ってくれた妖精メイド達だ。

 

「鍋が通りますよーっと」

 

 最後に美鈴が鍋を中央に置いて終わりだ。調理場とは違い換気が行われていないせいか、鍋の中からより強く美味そうな匂いが部屋全体を包み込む。

 

「ワイン全員持ったー?」

 

 全員がグラスを掲げたのを見てレミリアが音頭をとる。

 

「それじゃあ……乾杯!!」

 

 

 

 さて、……鍋パーティーだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いやぁ旨かった旨かった。猪を初めて食べたが、言ってしまえば豚の仲間だ。しかし豚に比べると筋肉質というか、肉がしっかり締まっているのだ。それに筋も豚に比べると強い。その代わりに脂がまた豚とは違う旨さがある。舌にへばりつくようにしつこく、でも胃もたれしない上質な脂。こんなに美味しいやつが森の中とかをほっつき歩いていたのか。うーん、良いことを知った。

 

「んー……、むにゃ……」

 

 ふと、周りを見渡せば私以外にはレミリアしかいなかった。そのレミリアでさえ、寝不足ゆえか机に突っ伏して寝入っている。たまに聞こえてくる寝言っぽいのはご愛敬だ。

 

 妖精メイド達は仕事に向かったのかはたまた遊んでいるのか、多分遊んでいるんだろうなぁ……。美鈴は流石に門を開けすぎたのかワインもほどほどに戻ってしまった。その時にしっかり鍋を空にしていったくれたのはありがたかった。

 

 

 私は……実を言うとあまり全力で鍋を楽しむことはできなかった。もちろん鍋は美味しいし、みんなでつつくのもたのしいのだが、そのみんなに金髪の吸血鬼が入っていないことが私の心を終始占めていた。

 

 むにっ。

 

「返事がない。ただのレミリアのようだ……。」

 

 ほっぺたを軽く抓ってレミリアが起きそうにないことを確認すると、自室から毛布を持ってきて起こさないようそっと背中にかけておく。やっぱりな、と思った。最近は根を詰めすぎな気がしてたんだ。

 

 

 

 そんなレミリアを尻目に便箋を取り出し、ある手紙の内容を考える。

 

「うーん、拝啓?お日柄もよろしく?……おっと」

 

 書き出しを考えるがレミリアが寝てるため独り言は自重しておこう。どうしようか、あまり堅苦しいのも他人行儀過ぎるし、かといってフランクに寄せても手紙そのものを軽く見られる気がする。いや、そんな深刻に捉えられても困るのだけれど。

 

『そろそろ冬も本格的になり、厳冬の候』

 

 ダメだダメだ。書き直し。

 

『春の訪れを感じさせることのないのもまた一興』

 

 意味がわからない。書き直し。

 

『ーーーーーーーーーー……』

 

 ……書き直し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 暇。

 

 限りなく暇。

 

 途方もなく暇。

 

オウレットから借りてきた本は読み終わったし、特別眠くもない。やることがなければ暇になるのは必然。

 

 ……いつまでここにいればいいのかなぁ。

 

「っ……!ダメダメ!」

 

 自分で決めたのだから。こんなに早い段階で弱音を吐いてはいけない。良い子にならなきゃ。悪い子のままじゃお姉様達には会えない。

 

 でもどうやって良い子になるのかな?レミリアお姉様によればあと300年と少しらしい。そのぐらい長い月日が経って初めて私の中の『狂気』が消えるとか。ある日突然急に無くなるのだろうか。

 

 

 

 ……暇だなぁ。

 

 取り急ぎまた本でも借りてこようか。

 

 図書館には300年分持つのか心配にならない程度には本がたくさんあるけれど、難しいことが書いてある本の方がずっと多い。でもそういう時はオウレットに訊けば読みやすい本を教えてくれるし、分かりやすく解説もつけてくれる。そのおかげか、もしかしなくてもあの日以降私と一番喋っている。一人よりはずっと楽しい。

 

 近々、手慰みに魔法でも習おうかと思っている。

 

 

 

 そこまで考えたところでカルラお姉様が図書館に来ていることに気づき、思わず身を固くしてしまう。

 

 どうしてまた来てしまったのだろうか。

 

 前に無理やり部屋に入られたことがあり、その時に来て欲しく無いという意味を込め強く突き放してから、部屋に入ってくることはなかった。そのせいか、最近はドアの外まで来ては、一言二言話しては帰って行くということが多い。

 

 それだけでも私は怖い。また私が知らないうちに傷つけてしまったのでは無いかと、今も傷つけているのでは無いかと。

 

 レミリアお姉様は同じ空間にいなければ大丈夫だと言っていたが、わからない。私の中でありながら、私の知らないもののことなどわからない。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ、嫌だ。

 

 

 

 そう念じていると、急にカルラお姉様の魔力が遠ざかった。珍しい、というか初めてだ、話しかけられなかったのは。

 

 ホッとすると同時に冷たい感情が胸を占めた。

 

 嫌われてしまったのだろうか、と。

 

 自分から避けておきながらなんて身勝手なのだろうか。嫌われるようなことをしたのは私なのに。予想通り。自分の願いは叶ったじゃないか。

 それでもつんざくような胸の痛みに耐えかねて、思わずドアを開けてしまった。まだいるかもしれないのに。

 

 でもその心配はいい方向に裏切られたようで、ドアの先には誰もいなかった。

 

 その代わりに予想外のものが置いてあった。

 

 

 

 木製のお盆に置かれていたのは小さな鍋が一つと、横に添えられた封筒にフォークとスプーン。それと隅の小鉢にはペースト状のものが盛られていた。

 

「なんだろう?」

 

 私は食事は基本的にオウレットに頼んでいる。届けてくるのは毎回妖精メイドの誰かだし、たまにレミリアお姉様が運んでくることもあった。

 

「……良い匂い。なんの鍋だろう?」

 

 でもカルラお姉様が持ってきたのは初めてだ。

 

 もしかして私のために作ってくれたのかな?そうだとしたら、嫌われてなかったのかもしれない。でも、考えすぎかもしれない。

 

 

 

 ぐー。

 

 そこまで考えて腹の虫が鳴ってしまった。少し気恥ずかしさを覚えながら取り敢えず自室になった部屋に運び入れる。金属製のお盆じゃないのは持つ時に熱さを感じない配慮かもしれないと期待する自分に少し辟易する。

 

 殺風景な部屋に申し訳程度に置いてある赤いテーブルにお盆を乗せる。手紙……は後でいいか。手紙の内容より食欲の方が優先されるべきだ。

 

「……いただきます」

 

 まずはスープを一口。……美味しい。間違いなく今まで飲んだ中で一番美味しいスープだ。野菜の甘みが口に広がり、少しの塩気がまた丁度よく働いている。間髪入れず動物系の出汁が後を追って喉を通り、風味が鼻を抜ける。

 

 次に鍋特有の斜めに切られた長葱やごぼう、人参といった野菜達。スープの味をしっかりと吸い込みつつ、各野菜の様々な食感が食べる楽しみを与えてくれる。

 

 そしてゴロゴロと入った肉。豚のような脂身があるわけではないが、スープの味に消されないほど強い別種の旨味が感じられる。噛めば噛むほど味が滲み出て、噛んでいる途中にスープを流し込むと2つの旨味が合わさって相乗効果を生み出す。

 

 一通り味を楽しんだならば、少し怖いが小鉢のペーストを少し葱に乗せて口に入れる。するとどうだろうか、スープと葱の甘みと柑橘系の爽やかさがストレートに舌を刺激し、味が一変した。優しく淡かった味わいは急に色を付け、風味が一気に増したのだ。それはまさに僅かな輝きしか放さなかったダイヤの原石を、半分に割ったかのよう。

 

 あまりの美味しさに残りのペーストを全て鍋に投入し、スプーンでもってゆっくりと攪拌。乳白色だったスープはほんの少し色を黄色がかったものに変えた。

 

「……あ」

 

 しまった。入れ過ぎたか。そう思ったが、それは一瞬のうちに消え去った。何故ならばさっきまで葱をあんなにも引き立て、別のものに変えてしまった風味が部屋全体に広がったからだ。

 

「……はぁ」

 

 あまりの心地よさに思わず恍惚とした表情さえ浮かべてしまう。その表情を直そうともせず、その黄金のようなスープを肉の上から流していく。そして、フォークを刺せば刺した穴から肉汁がこれでもかと溢れ出す。さっき食べたものとは別の部位なのか肉汁の量が段違いだ。そのあまりの神々しさに震える手を律して口へ運びーーーーーー……。

 

 

 

 

 

 割愛。

 

 

 

 

 

「美味しかった……。」

 

 心ゆくまで鍋を堪能して満足した後、ふと脇に置いておいた封筒に目がいく。裏の差出人の欄にはカルラ、宛名にはフランへと書いてある。鍋を食べたせいかぽかぽかした心持ちのまま、少しだけ緊張しつつ封筒を開ける。

 

 入っていたのは一枚の便箋。そこにつらつらと細い字で書かれた内容はどうも読み取りにくかった。どうも婉曲というか意図を汲み取りにくい。

 

 要約すると、この鍋は私のために作ったものだということ、これからは毎日図書館に顔を出すこと、健康に気をつけること、などが書かれていた。ちなみに食べたのは猪鍋だったらしい。

 

 手紙を読んで最初に感じたのは安堵。私はどうやら嫌われていたわけではなかった。同時におかしな話だ、とも思う。好かれたいのか、嫌われたいのか。自分の気持ちがよくわからなくなってきた。……でも全部終わったなら、私が悪い子ではなくなったなら、昔のように接して欲しいと願うのは……やはり我が儘に違いない。

 

 でもこれから毎日来てくれると知って自然と心が暖かいような、嬉しいような感じがする。

 

 一回目を通したその拙い手紙を最初に感じた暖かさが忘れられず、何度も何度も読み返すにつれ、胸が暖かいから熱いに変わっていく。嫌われてしまったかと思っていた自分がバカみたいに思えてきた。

 

「……もうっ」

 

 あの威厳が感じられない方の姉はどうしてこんなにも私の心をかき乱して、震わせてくれるのだろう。目頭が熱くなり、少しだけ視界が滲む。これは、あれだ、鍋のせいだ。決して手紙に泣かされたのではなく、鍋があまりにも美味しくて、それにほんの少し手紙の暖かさが手伝って出た涙だ。

 

「……馬鹿みたい」

 

 たかだか鍋と手紙のせいで気分が変わってしまう自分がひどく単純に思えた。もう最初の暗い気持ちはどこかへ消えてしまった。姉とは本当に偉大だ。

 

 

 

「明日、何話そうかなぁ」



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司書は辛いよ?

今パソコンが使えない状況なので改行や空白は後で行います。


 なんか増えてね?

 

 毎日訪れている図書館を見渡してふと思った。いつもフランとお喋りしたり、本を読んだり、昼寝するために来ていたが、目に見える限りの本棚には空きスペースはなく、オウレットが鎮座するテーブルにはこれでもかと本が積まれている。幼い頃はフランやレミリアと本棚の空きスペースに隠れたりして遊んだのだが。

 

 ねえ、と本の虫と化しているテーブルのオウレットに声をかけるも無反応。しかしこれも慣れたもので特に気にしない。

 

「貴女が来てから本が増えた気がするんだけど買ったりした?」

 

 ここでやっとこちらにジト目を送ってくる。さっき反応がなかったのも聞こえてなかったわけではなく、単に興味がなかっただけ。そして先の質問で漸く魔女の興味を引くことに成功したのだ。

 

「気がする、じゃなくて増えたのよ。何を言い出すかと思えば……今まで気付かなかったの?」

「ぐっ……」

 

 本当に増えてたのか。ちょっと呆れたような顔をする魔女にすこし腹が立つ。でも、急にドンって増えたならともかく、アハ体験のように少しずつ増えていったのなら気付かなくても不思議ではない。むしろそうであって欲しい。

 

「いや、いやいや、そんなしょっちゅう来てるからって本の数まで把握してないから。……一応聞いとくけどどれくらい増えたの?」

「うーん、数えたことはないけどざっと二千は超えた気がするわね。」

「に、二千!?」

 

 それは……私が馬鹿なのかもしれない。……二千は流石に誰でも気づけただろうに。道理でそこらかしこに本が積み重なっているわけだ。本棚に入りきらなかったのだろう。……そしてそのせいで私がここを歩く度に本の角に足をぶつけるわけだ。……許すまじ。

 

「必要な魔導書を魔界から取り寄せたり、自分で書いてるうちにいつのまにかそんな数になってたわ。」

「自伝!?」

 

 こんな紅魔館の住民しか来ないような図書館に自伝を置いて何になると言うのか。もしかしなくても自分で読むのか。

 

 ちょっと気になったので適当に見繕ってもらい読んでみれば、……なるほど、本というよりノートに近い。魔術について気付いたことがあったらそれを書き、自分が分かりやすい形にまとめたものらしい。学生の自作ノートを彷彿とさせる。……出来が良すぎて教科書に近いが。

 

「どこに何を置いたかとか分かるの?」

「まさか!入らなくなったから適当に積んでるだけよ。大体私ぐらいしか使わないし誰も困らないじゃない?」

 

 あまりの言い様に開いた口が塞がらなかった。そう、例えるなら部屋を片付けない奴が『これが私の理想の配置だから』とでも言い訳してるかのような。なまじ本当に必要な時はチチンプイプイと指を振るだけで本がひとりでにやってくるのだから始末が悪い。

 

「だからといってこれは……」

「……確かに改めて見てみると壮絶ね」

 

 オウレットは座ったまま辺りをぐるっと見渡し、あまりの乱雑さに考えを改めてくれたようだ。というか自覚がないまま散らかすのはやめて欲しい。

 

 とか考えていると一冊の本がふわふわとこちらに飛んでくるのが目に入る。そして私の目の前にぱたんと落ちた。

 

「……何これ?」

「片付けるためには場所が必要でしょう?私よりは空間系統は貴女の方が得意でしょうし……頼めないかしら?」

 

 ……なんでこいつが散らかしたのを片付けるために私が頑張らなきゃいけないのだろう。いくら焚きつけたとはいえ、面倒だ。しかし流石に多少無理があるお願いでも、無下に断るほど私は狭量ではない。それに片付けた後のメリットを考えればお釣りがくる……いや、プラマイゼロぐらいにはなるだろう。そう、これは言わば未来の先行投資なのだから、少しぐらい頑張っても良いはずだ。

 

 ……それに頼られてちょっと嬉しかったし。

 

「しょうがないなぁ」

「ありがとう。助かるわ」

 

 ありがとう、か。……お礼まで言われちゃーしゃーない。

 

 ……ちょっとカルラさん、本気出しちゃおうっかな!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「ふぅー、終わった……」

 

 成し遂げた感が全身を包み込み、ゆっくりとソファに身を沈め脱力する。従来よりかなり大きくなった内部を見渡す。……少々やり過ぎた気がしないでもないが、まぁ、考えたら負けだ。広過ぎて困ることはないのだし。

 

「お疲れ様」

「あー、ありがとう」

 

 オウレットが渡してくれた紅茶をちびりちびりと飲んでいく。……ん、アッサムだと予想。そういえば、この紅茶はさっき拡張中に入ってきた妖精メイドが届けてくれたものだが、オウレットは淹れないのだろうか。器具も見当たらないし。

 

「そうね。自分で淹れられないこともないけれどそっちの方が楽だし」

「なら自分で淹れればよくない?いちいち妖精メイドを呼びつける手間も省けるし」

 

 そう言ったら眉をひそめられてしまった。

 

「……あのね、淹れられるってだけで美味しいってわけではないのよ。もちろん飲めないほど不味いってわけではないけれど、手間を差し引きしてもメイドの紅茶の方が上なのよ」

「はー」

 

 適当に相槌を打ちながら、何故私のせいではないのに眉をひそめられなければならなかったのかと、一人でちょっぴり理不尽に思っていた。

 

「確かに料理もアレだったし、当然っちゃあ当然か、……そんなに睨まなくても」

 

 おっと、余計なことを言った。こちらを睨んでくる魔女にちょっぴり恐怖しながら、少し反省する。さっきは料理苦手キャラだったのを鑑みて触れないべきだったのだ。誰だって自分から料理下手を晒したくはないだろうに、配慮が足りなかった。

 

 かくいう私もそれほど紅茶を淹れるのが上手いわけでもなく、結局この家で一番美味い紅茶を飲もうとするならば、妖精メイド達に頼むのが良かったりする。

 

「それか……」

 

 図書館、紅茶、と連想ゲームのように思い浮かんだ悪魔が1人。……1匹?そんなことはどうでも良いとして、彼女は今どうしているのだろうか。新たな雇い主の元で元気にやっているのか、魔界で暇を持て余しているのか、はたまた大出世したとか。……最後ははないな。

 

 …………。

 

「司書、欲しくない?」

 

 いつもなら反応するまでに暫くのスパンが必要なのだが、片付けをした後だからかすぐに返事が返ってきた。

 

「司書?まぁいたら嬉しいけど、こんな辺鄙なところで働きたい奴なんかいないわよ」

 

 普通はそうである。ところがどっこい、

 

「いたんだよ、一人だけね」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「……これでいいの?」

「完璧完璧。これでアレが確定で召喚できるよ」

「ねぇ、どうしても私が召喚主じゃないといけないのかしら。別に貴女が召喚してここに住まわせてもいいんじゃない?」

「ダメだね。図書館の司書にする以上私よりもここにいる時間が長い貴女が召喚した方が何かと都合が良い」

 

 何よりアレにドッキリを仕掛けてみたい気持ちが大きい。流石にそんな子供じみた理由を話すわけにはいかないが。

 

「さ、やろう」

「しょうがないわね……」

 

 魔法陣をかける程度にまで広さが取られた床には複雑怪奇な幾何学模様が。そしてその中心には桃色のアクセサリー。前回呼び出した時にもらったこの髪飾りだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。もしかしてこれを見越して渡したとか?……そうだったら、少し嬉しいかもしれない。

 

 魔法陣が見たことのある色で発光し始める。

 

「来るわよ……!」

 

 ……なんだか身構えているやつが約一名いるが、呼び出すのはなんてことはない一介の悪魔だ。条件が条件とはいえ、一回悪魔の最上種であるレミリアを拘束できたオウレットからすれば、それこそ塵芥と同じだろう。

 

 まぁ、詳しく説明しなかった私のせいでもあるのだが。

 

「……っ!」

「……。」

 

 などと考えていた次の瞬間。予想通りの眩い光が図書館を埋め尽くす。

 

 これまた説明不足のせいでオウレットは反射的に目をつぶってしまっていたが、経験済みの私は見逃さなかった。

 

 召喚された拍子に倒れ込んでしまった悪魔の姿を。

 

「これは、やばいです……!第一印象第一印象……」

 

 赤い髪、黒いスカート、吸血鬼より一回り小さい翼に、悪魔特有の耳や尻尾。

 

 ああ、この感じ。

 

 ダダ漏れの独り言もあの時と同じだ。久しぶりに会っても変わらないというのは良いのか悪いのか。……少なくとも私はホッとした。良い意味でも悪い意味でも。

 

 急いで立ち上がり、スカートをぱっぱと払い身だしなみを整えている悪魔に懐かしさを感じながらそっと見えないように背後に回る。

 

「よし、昨日はシャワーを浴びたし、新品の服も着てきた。前口上も多少考えてきたし準備万端……」

 

 残念な独り言をまた聞けることに自然と口の端が吊り上がるのを感じる。というかその服に替えがあったのか。いつも同じのばっか着てるから分からなかった。

 

 次第に光は収まり、常人でも目が効くようになってきた。

 

「召喚に預かり参上しました。私はしがない一介の悪魔でございます。……そう、『小悪魔』とでもお呼び下さい。貴女は私に、何を望みますか?」

「……。」

 

 気づいていないようなのでしばらく待っていようと思った矢先、厨二な台詞が飛び出してきた。……おお、痛い痛い。そしてその、私の大人なハートにガラスを突き立てるような台詞を前口上として一人で考えていたと思うと、またまた心が痛む。

 

「反応が薄いですねー。ほら、私といえば魔界でも有数の……ゆ、有数の……、なんかが出来るって有名なあの悪魔ですよ」

 

 そこは考えていなかったのか。アホさが少し滲み出てしまった。なんて自分を卑下するのに長けた可哀想な自己紹介なのか。

 

「……他にも、なんか、こう……って、貴女、もしかして『気狂いの魔女(Crazy Witch)』ですか?」

 

 ん?なんだそれ。ああ、そういえばどっちも魔界出身か。というか『気狂いの魔女(Crazy Witch)』って…………カッコいい。そんな二つ名がつくなんてうちの魔女は結構魔界でブイブイ言わせてたのかもしれん。あー、なんだか私もカッコいい二つ名欲しいな。こういうのって自分でつけるものじゃないからなぁ。

 

「いやぁ、貴女みたいな有名人に召喚されるなんて悪魔生、冥利に尽きますねぇ……。しかも私を名指しとは!私にもとうとうツキが回ってきたんでしょうか!?」

 

 一人で勝手に盛り上がっている悪魔を尻目に漸く目を開けることができたオウレットは、どうやら白けた顔をしている。

 

「その名前……面と向かって言ってくるやつは初めてよ」

 

 えー、カッコいいじゃないか。

「えー?カッコいいじゃないですかー。」

 

 うん、ネーミングセンスに関しては味方を一人見つけた。この場では2対1なので私たちが正義だ。

 

「カッコ良くても悪くても今後私の前でその名前はタブーよ。もし呼んだら生きるのを後悔させるレベルの拷問にかけるわ」

「ひぃー、怖い怖い。まぁ、誰にでも忘れたい過去というものはありますからねぇ。だからこそ貴女も現界したのでしょうし」

 

 しったか顏でうんうん、と頷く悪魔に『こいつと契約するの嫌なんだけど』とでも言いたげな視線を送ってくる気狂い……おっと、失敬失敬。拷問はやめてくれ。

 

「まぁ、いいわ。はい、これ。私が欲しいのは小間使い兼司書よ。詳しいことはここに書いてあるから」

 

 羊皮紙をひらひらとちらつかせるオウレットは、何というか、堂に入っていたというか、様になっていた。前にも同じようなことをやったことがあるかのような。

 

「んー……。なるほど、特にこちらからのこれ以上の要求はありません。気にかけるような規約もありませんし……。いや、しかし何ですか。随分と信用していただいてるようで」

「信用ではないわ。ただ貴女がこれを見た瞬間、万一不審な行動をしたら塵も残さず存在を消すだけよ」

 

 後ろから覗き込もうと思っていたのだが、慌ててその場から離れる。なんだその物騒な契約書は。

 

「そ、それってこの契約書を見たら、貴女に私の命をあげてるようなもんじゃないですか!」

「恨むのならノコノコ召喚された自分と……貴女を指名したそこの吸血鬼を恨むことね」

 

 あぁ、バラしちゃうのね。別に構わないけれど。

 

「吸血鬼……?」

 

 突拍子もないワードに首を傾げ、ふとオウレットの目がどこを見ているのかと思い、後ろを振り返った悪魔と目が合った。

 

「「……」」

 

 互いに見つめ合うこと十数秒。前にあった時より少しだけ背丈が追いつきつつあることにちょっとした嬉しさを感じながら反応を待つ。前はおへその辺りに私の目があったというのに、今だと胸の辺りになっている。

 

 オウレットの場合何とは言わないが豊満なので腹が立つが、こいつの場合何とは言わないが平坦なので許す。

 

「おひさー」

 

 声をかけてはみるものの反応は無し。いい加減再起動してくれないとこちらも動き辛い。そういえばこの挨拶は死語なんだろうか、と考えていると漸く動き始めた。

 

 目をパチクリとさせ、だんだんと見開いていく。一歩後退り、細い人差し指が私の鼻先に突き付けられる。次に口を大きく開ければ、度重なるデジャヴから私は次の行動を察知し、耳を塞いだ。

 

 

 

「あーーーーっ!!」

 

 

 

 うるせぇ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 やっとこさ状況を把握した様子のこいつの名前は、『小悪魔』。通称『こあ』だ。と言っても私が『こあ』と呼んだことはない。愛称をつけたのはフランだし、もともと名前がなかったところを『小悪魔』と名付けたのは私だから変に変えづらかったのだ。

 

「別に構いませんよ?」

 

 しかし、本人から許可が下りたなら話は別。たった今から私は『こあ』と呼ばせてもらおう。

 

「じゃあ『こあ』」

「何です?」

「……呼んでみただけ」

 

 なんだ、これはもう様式美だからな。一回はやっておかなければ。でもちょっと恥ずかしかったり。やべ、だんだん頰が火照ってきた。身体がホテル……いや何でもない。

 

「ベタベタしてるとこ悪いけど、ちょっといいかしら?ああ、こあの方ね。一応図書館を一通り紹介しておきたいの」

 

 べ、ベタベタしてないし。というかオウレットのやつ小悪魔のことしれっと愛称で呼びやがって。一年通してずっと名前呼びだった自分がアホらしく思えてくるじゃないか。

 

 

 

 ふわりと浮かんだオウレットに連れられた小悪魔を尻目に、少しだけ思考を図書館の奥にある部屋のことに移す。そこにいるのは私の愛しの妹であるフランドール・スカーレット。つい先ほど召喚した小悪魔の名付け親?愛称付け親である。

 

 今は吸血鬼にとっては夜更かしにあたる時間帯。きっとふかふかのベッドでぐっすり寝ていることだろう。

 

 今回小悪魔を呼び出そうと思ったのは完全に思いつきだったが、その思考の表面下に密かにフランに対する思惑があったことを私は自覚していた。

 

 私のせいで限られた範囲でしか築けなくなってしまったフランの交友関係を少しでも賑やかにしてあげたかった。フランがそれを望んでいたかどうかは分からないが、私は彼女が欲していると思った。

 

 起きたら図書館から出ることは許されず、私が図書館を訪れたらさらに狭い空間である一室に居なければいけない。そんな生活に嫌気がさしているのではないか、という懸念が最近私を苛んでいた。しかし小悪魔の召喚は私にとって光明が差し込んだかのようだった。全く、こんな妙案を思いついた私を褒め倒してやりたい。

 

 フランは小悪魔を見たときどんな反応をしてくれるだろうか。きっと驚くだろう。喜んでくれるだろう。懐かしさに胸を馳せるかもしれない。フランの顔が晴天のように、野に咲く一面の花のように明るくなるならこれ以上嬉しいことはない。

 

「ふあぁぁーっ、んっ……眠っ」

 

 次に起きた時のフランの反応を妄想していると、次第に瞼が重くなってきた。多分、フランの笑顔(妄想)でほんわかしたせいだろう。頭の中でさえ私を幸せにしてくれるとは我が妹恐るべし。

 

 それと体内に燻る僅かな倦怠感を感じる。魔力の枯渇だろうか?しかし今回は召喚したのはオウレットだし、まさか空間拡張ごときで消費された分でもあるまい。謎の倦怠感に首を傾げながら、まぁこんなこともたまにはあるだろうと、数週間ぶりの睡眠を取ろうとする。

 

 ふかふかのソファに横向きに体を沈め、重力の赴くままに瞼を閉じ視界が暗くなっていく。

 

 意識が薄れる中、フランが同じような体勢で寝ていると思い少し胸が暖かくなったのはシスコンを拗らせ過ぎだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 ーーーー明晰夢。

 

 

 ふとそんな単語が浮かんできた。同時に、()()()、とも思った。『今自分は夢を見ている』と認識できる夢を明晰夢という。

 

 

 ()()()()は白。

 

 

 私は途方もなく白い空間に一人存在していた。そこには私が知っている人は誰もいなくて、今後誰も入ってくる人がいないことを私は知っていた。

 

 

 その空間は暖かった。暖房が入っている感覚に近い。いつ来ようとも私が暑いと感じることはなく、寒いとは微塵も感じない程度の温さ。例えるなら春の陽気、といったところか。

 

 

 夢なのに特に何も起こることなく、無情に時間だけが過ぎていく。夢に時間があるのか、と疑問に思わなくなったのも昔のことだ。

 

 

 そしてこの明晰夢が()()どんな終わりを迎えるのかを私は知っている。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 ……そら来た。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 頭の中をつんざくような何とも言えない音が突き抜けていく。近い音で例えるなら黒板を爪で引っ掻くような、聴力検査の試験音のような、モスキート音のような。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 まぁ、とにかくこの不快極まりない音が、永遠に続くかのように私の頭をごちゃ混ぜにしていき、幾度となく早くこの夢が終わるようにと、願った時ーーーー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 突然夢が終わり、現実へ引き戻される。寝惚けた頭に残っているのは、あの絵もいわれぬ不快感。そしていつもより不快感の度合いが強い。こんなに長い間見続ければ慣れるものかと思っていたが、何度味わっても不快感を無視することはできない。

 

 ()()()()()()()()()()()()。今回は数週間空けて寝てみたが、やはり見る夢は変わらず。妄想する者を幸せにしてくれるフランの笑顔も効果はないようだ。それどころか夢の世界はこなかったことを咎めるように、心なしか夢の時間が長かった気がする。

 

 こまめに寝て短い不快感に留めておくか、いっぺんくる強烈な不快感に耐え忍ぶか、難しいところだ。誰もがやったことのある、と言っては語弊を生むかもしれないが、夏休みの課題に通ずるところがある。私は……恐らく後者を選んでいたことだろう。だって今そっちを選んだのだから。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

「……うっさいなぁ」

 

 夢から覚めてもあの不快な音が頭に響いてくる。いや、よくよく耳をすませてみれば聞こえないのだから、夢で長く聴き続けた弊害故の幻聴なんだろう。

 

「決めた。もうこれから寝ないようにしよう」

 

 無理だ。どうせ気を抜いたら眠ってしまうに違いない。そうだ、眠くなったら鳴るような目覚まし時計とか作ろうか。本来の用途とは真逆な気がするが、その矛盾した名前がすこし面白い。

 

 しばらくこめかみを圧迫しているとやっと音が収まった。ホッと一息ついて、辺りを見渡すと場所が変わっていた。ここは図書館ではなく自室だ。まぁ、恐らく寝ている間に誰かが運んでくれたに違いない。

 

 よく考えてみれば私が図書館で寝ると、フランが部屋から出られないことになる。フランの反応を確認できないのは残念だが、運んだ奴良くやってくれた。

 

「さてさて、今は何時かなっと」

 

 もはやお決まりとなった現時間の確認。

 

「えぇ……?」

 

 やったぜ。最高記録更新だ。23時間と40分ほど。約1日眠っていたことになる。

 

「いやいやいや、流石にこれはおかしい」

 

 時計の針がずれていることを願ったが、あいにくと憎らしいほどに正確に時を刻んでいた。

 

 さらに不可解なことに砂糖ひとつまみほどにも腹は空いていなかった。いつもなら間食ぐらいつまみたくなるものなのに。

 

 

 

 取り敢えず、何か食い物でも見れば腹も空くだろうと思い調理場へ移動する。その途中、自室を出て廊下を歩いていると、あることに気づく。

 

「……何かおかしい」

 

 いつもはあるはずの何かが足りない。視覚的なものではない、拭いきれない違和感。

 

 嗅覚、違う。

 

 触覚、違う。

 

 味覚、違う。

 

 聴覚……そうだ、喧騒が足りない。

 

 いつもなら部屋を出れば何かしらの音が聞こえた。妖精メイドの遊ぶ声然り、騒ぐ声然り、お喋りする声然り、何かが壊れる音然り。それらは全て良く言えばわんぱく、悪く言うなら目障り耳障りでしかない妖精メイドの発する生活そのものだ。

 

 それらが聞こえないと言うことは異常である。

 

「……急がなきゃ」

 

 日常的な音が欠けるだけでこうも落ち着かない気持ちになるとは。

 

 妖精メイドは食事を作ったり、自分たちがつまむものを作るために、調理場に一人は必ずいる。

 

 早く、早く調理場に行かなければ!!

 

 逸る気持ちが歩いていた足を、早歩きに、駆け足に変えていき、遂には地に足をつけることをもどかしく思い、全速力で飛んで行く。スピードを上げるごとに目的地には近くづくが、ざわめきの一つも聞こえやしない。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 やっとこさ調理場の前に着き、若干の過呼吸も整えないまま、バンッ!!と扉を開いた。

 

「何があっ………た」

 

 そこに広がっていたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステーキを焼くときのコツは油をいつもより少なく入れることです。肉自体に油が多く含まれているので、焼いているうちにより美味しい油が滲み出てきます」

「「「お〜」」」

 

 フライパン片手にステーキを焼く小悪魔と、それをいつも『どぎつい油ステーキ』を提供してくれる妖精メイド達が観察して感動の声を漏らしているところだった。

 

「ちなみにレミリア様はミディアム、他の二人はレアです。私の主人ですか?ロー(生肉)でも食わせとけばいいんですよあんな悪魔」

 

 焼き方を解説する合間に、誰に聞かれるまでもなく流れるように現主人の悪口を並べる小悪魔にすこし呆れた。

 

「味付けはシンプルに塩胡椒でいいですが、焼く前にあらかじめ塩胡椒を揉み込んでおくとより美味しくなります。味にレパートリーを出したければ赤ワインを少し垂らしてあげたり、香り付けにフランベとかも良さげですね」

「「「お〜」」」

 

 慣れた手つきでワインを垂らし、フランベを披露する小悪魔にまたもや妖精メイドから感嘆の声が上がる。その声を背に浴びて、ふふんと鼻を鳴らす小悪魔はどこか自慢げである。

 

「小悪魔なにしてんの?」

「ん?ああ、カルラお嬢様ですか。今ちょっと彼女達に料理の手ほどきをしていたんですよ」

「そりゃ見れば大体予想つくけど、何でまた?」

 

 理由を聞くと、嫌なことを思い出したかのように顔を歪める小悪魔。

 

「聞いてくださいよ〜、事もあろうに紅茶に砂糖が入ってたんですよ!砂糖ですよ!?紅茶は香りが強く出るストレートが一番だって言うのに……」

 

 ちなみに私は砂糖派だ。大さじ二杯ぐらい入れたどろっどろに甘い紅茶が好きである。恐らく紅茶を出した妖精メイドは、私専用の紅茶を出したのだろう。しかし、まるで紅茶通であるかのようにストレートティーを言われてしまってはそんなこと言い出せず。

 

「そりゃあ災難だったね、紅茶がストレートじゃないだなんて」

 

 幸いなことにキョトンとした顔の妖精メイドは小悪魔から見えない位置にいる。

 

「それで、紅茶のなんたるかを教えようとここに来たら、ちょうどステーキを焼いていたんですが、油まみれのステーキを食べさせられるお嬢様方が不憫になって少し抗議をしていました」

 

 なるほどね。ってか誰がこんな真昼間にステーキを食べるのだろうか。尋常じゃない胃もたれになるのが容易に想像できる。しかしステーキの焼ける匂いを嗅いだせいか少し食べたくなった。

  

「ちょっと食べていい?」

「えっ、それ食べちゃうんですか?……まぁいいか」

 

 質問口調ではあるが異議は認めない。ステーキなんてまた焼けばいいのだ。

 

 一口食べてみると、うん……美味い。レアも好きだが、中心に少し赤みの残ったミディアムもなかなかだ。これからはミディアムにも食指を広げていきたい。

 

 ふと、小悪魔の料理ショーが終わって散ってしまった妖精メイド見て思いつく。

 

「そうだ、こあ、ちょっとこの子達の教育係やってくれない?」

「教育係?」

 

 うん、ちょうどいい。何故だか妖精メイド達は小悪魔に懐きそうなきが……しないでもないし、自称家事クラスSSSのこあさんならやり遂げてくれるに違いない。

 

「まぁ、詳しいことは後で話すけど先に了承をば」

「……そうですね、パ、……主人の許可が出て、図書館の業務の間でもいいならやってもいいですよ」

「おっけー」

 

 ぱ?なんだ?まぁいいか。取り敢えずオウレットの許可が出れば、妖精メイドの教育をしてくれるっていう言質が取れたので僥倖僥倖。何が何でも許可を出させなくてはならない。それにこれからの生活がかかっているのだ。

 

 断固とした決意を固め、最悪の場合、首を締め上げることも考慮に入れながら(流石に冗談だけれど)図書館へと足を向けた。




 ところでいつも読んでくださる皆さんに1つ質問があるんですが、文字数ってこのままの方がいいですかね?最近は基本的に一万字前後をふらふらしているんですが、ふと読みづらいなぁと思いまして。

 軽く読めるものがいいのか、読み応えがある方がいいのか意見が貰えるとありがたいです。


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出不精とはかくもありき



テスト的に短いのを一つ。いつもの3分の1程度です。1日くおりてぃはお察し。


 ある日、私はチェスに興じていた。と言っても普通のチェスではない。

 

「うーん、……Re3」「Nf3」「ぐっ……Qxb5」「Qxb7」

 

 脳内将棋ならぬ脳内チェス。……をやっているのはフランだけで、私はフランの言った通りに扉越しに駒を動かしている。

 

「Qxe6」

「……なんかヤケになってない?」

 

 失敬な。これは何十手先を見通した神の一手!

 

「Ba7+」「……Kc9」

 

 冗談ですごめんなさい許して。

 

「Rc2#はい終わり〜」

「ま、参りました……」

 

 やっぱり、今回も、ダメだったよ。

 

 

 

 フランと遊ぼうとすると互いに顔を合わせられないという条件のため、遊ぶ手段が自然と限られてしまう。しりとりとかヌメロンとか山手線ゲームとか。言葉遊び以外に無いように思っていた。

 

 しかしある日フランがチェスの本を読んだらしく、脳内チェスをしようと言い出した。私としては願っても無いことだったが、問題があった。なにぶんルールというか棋譜が難しすぎる。駒を取るときは×だとかチェックは+だとかチェックメイトは#だとか。

 

 でもフランは理解できるそうで、姉たる、一応これでも姉である私が分からないというのはどこか私の心を抉っていった。

 

 つまり何が言いたいかと言えば……フランにバレないように脳内チェスをやっている体を装う私を、生暖かい目で見てくる小悪魔が鬱陶しいということだ。

 

「お姉様弱すぎー」

「返す言葉もございません……」

 

 可愛らしい声でどうしようもない事実を突きつけてくるフランに少しむっとしたが、敗者に口答えする権利はなく、ただ従順に去るのみである。

 

「くっ、ここで私が倒れようとも第2第3の私が立ち塞がるだろう、フランドール・スカーレットよ」

「お姉様が何人来ても負ける気しないけどねー」

 

 最後にそれっぽいセリフを吐いてみたが、速攻で粉々にされた。それもそうだ。今のところ通算18敗目である。と言うわけで、妹接待用かませ犬の私に代わってオウレットに相手してもらう。

 

「あとは……任せたよ」

「安心しなさい。今回こそ仇を討ってあげるわ」

 

 そう言う大魔女殿も既に負けた数が二桁の大台に乗ろうとしている。なんとかそれを阻止しようと意気込むオウレットを尻目に、毎度のごとく私がいると邪魔なので図書館を出た。

 

 

 

 特に行く当てもなくぶらぶらと歩いていると、妖精メイドが掃除をしている姿が嫌でも目に入ってくる。どうやら小悪魔のメイド育成教室は一定の成果を得ていたようで何よりだ。

 しかし私から頼んでおいてなんだが、今更あの喧騒が少し懐かしく思えてしまった。しっかりメイドとしての本分をこなしてくれることと天秤にかければ取るに足らないものなのだろうが。

 

 なんだか妙な寂しさを覚えつつ歩き回っていたら、ふと美鈴に貸した本のことを思い出した。

 

 つい先日、いつも通り門番をしている美鈴に暇つぶしにと思い、街で買った小説を貸したのだ。活字が苦手と言っていたのもあり、苦い顔をしていたが受け取ってもらえた。

 もうそろそろ読み終わってもいい頃だと思うし、感想を聞きに行くことにしよう。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「感想ですか?そうですねぇ……いや、面白いことには面白かったんですが、やっぱり活字は苦手というか……そんなにしょっちゅう読みたいとは思いません」

 

 門の前で目をつぶっていた美鈴と「寝てる?」「瞑想です」といった受け答えのあと感想を聞いてみた。

 美鈴に貸した本はどこにでもある推理小説。私的には結構面白い部類だったのだが、活字自体が苦手だという美鈴には受けが悪かった。

 

「おまけにいくらめくっても細かい字ばかりで眠く……いえ、飽きてしまうもので」

 

 ……途中の言葉に言及するのはやめておこう。でも確かに代わり映えのしない景色はいつか飽きがくるように、何かしらの変化があった方が楽しめるのかもしれない。

 

 

 そうだ、いいことを思いついた。

 

 

「美鈴、貴女はいままでよく忠実に紅魔館の門番として仕えてくれました」

「へ、へ?んーっと、どうも?」

「よってその功労を称え、慰安旅行をプレゼントします!」

 

 慰安旅行。それは日々の辛い労働に対する対価。癒し。飴と鞭の飴に当たる、ひと時の安息。慰安旅行の間は楽しいことで頭がいっぱいになるが終わりが近づくにつれて日々の過酷労働に憂鬱になっていく。それはさながら始業式前日の最後の夏休みを楽しめない学生である。

 ……というのは一般的な慰安旅行。今回私が指す慰安旅行とはつまるところただの休暇だ。

 

「ほー、慰安旅行ですか。いいですねぇ、場所はどこに行くんです?」

「え?いや、美鈴が好きな所に行けば良いと思うけど」

 

 

 ……そんなキョトンとした顔をされても困る。

 

 

「……一緒に行かないんですか?」

「私と美鈴が旅行に出かけたら誰がここの門を守るのさ」

 

 門番がいなくて、頭領(レミリア)が門を守るわけにも行かず、引きこもり(フラン)は部屋から出られず、メイドは力量不足で、魔女(オウレット)とその従者は図書館が根城。

 

 

 私が臨時門番をするしかないじゃないか。

 

 

「えー、じゃあ別に慰安旅行なんていらないですよ」

「ダメ、絶対に行ってきて。主人命令」

「そもそも慰安旅行って一人で行くものでしたっけ……?」

 

 ……さぁ?というか慰安旅行ってワードが先走って出てきただけで、休暇と捉えてくれればいい。要は紅魔館がブラック企業じゃないという証明をしたいだけだ。毎日暇そうに見える美鈴も要因の1つだが。

 

「まあまあ、ほら、さっさと行った行った」

「え!?今からですか!?」

「善は急げって言うでしょ。因みに2日経ったらここに戻されるようにしておくから」

「そんな無茶苦茶な……」

 

 ほらほら、と追い立てるように背中を押してあげると、「何処に行こうかなー?」なんてぼやきながら飛んで行ってしまった。

 

 

 

 そしてすっかり美鈴の姿が見えなくなると、門にしっかりと施錠して防護用の魔法を張り巡らし踵を返す。実のところこれで紅魔館のセキュリティーはバッチリなのだ。

 

 それなのに何故門番を雇う必要があったのかとレミリアにいつだったか聞いた事があった。

 レミリア曰く、『見映え』だそうだ。確かに門番がいるというのはそれだけで屋敷の風格を高める気が……しないでもないが、流石に可哀想なので美鈴には黙っておくことにしている。

 

「そもそも私、昼間は外に出られないからね」

 

 吸血鬼の天敵の1つである日光。これが出ている間は私は外に出ることが出来ず、それはつまり1日の半分は門を守れないことを示す。

 日光のことを美鈴に突かれたら言い訳のしようがなかったが、幸運なことにいつも寝ている(本人は寝ていないと言っているが)門番は頭の回転も鈍いようだった(単に吸血鬼の特性を知らない可能性もあるが)。

 

 ……おっと。

 

「いってらっしゃーい」

 

 言い忘れたからと、何処へ行ったのかも分からない美鈴に向かって背を向けながら手を振っておいた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「いやぁ、久々に羽を伸ばすことができましたよ!」

「そりゃ、良かった」

 

 私が飛車角落ちならぬクイーンルーク落ちで記念すべき28回目の敗北を刻み、オウレットの敗北数が二桁に乗り、小悪魔の知られざるチェスの才能が露見したころ美鈴は帰ってきた。

 

「何処に行ってきたの?」

「日数が日数だったのでちょっと帰郷してきました」

 

 故郷……っていうと中国?今は何時代なのだろうか。中国史は詳しくなかったのでよく分からないが。

 

「そこでですねー、旧友と再会したんですよー」

「旧友って、妖怪?」

「ええ、会う度に友人なんかじゃないって言い張ってますが、拳と拳を交わせばもうそれは友人と同義です!」

 

 絶対違うと思う。

 

「向こうでも結構名の知れた妖怪なんでカルラお嬢様でも知ってるかも知れませんよ?」

 

 中国で、名の知れた?麒麟とかキョンシーぐらいしか思いつかないのだけれど。

 

「九尾っていう妖怪なんですが。妲己とか玉藻前って呼ばれてた時期もあったらしいです」

 

 あー、聞いたことがある。傾国の美女の一人としてよく数えられている。確か中国の殷朝を滅ぼしたとかそんな話。

 

「昼間から一緒に酒を飲んだり、晩酌を楽しんだり、月見酒に洒落込んでみたり、久しぶりに殺りあったりして結構有意義な休暇でした」

 

 最後のは聞かなかったことにしておこう。まぁ何はともあれ、休暇を楽しむことができたなら僥倖だ。

 

「ってわけで、紅美鈴、今日から業務に戻らせていただきます!」

「よろしくお願いします!」

 

 大概真面目な顔で敬礼をされたので、こちらもビシッと敬礼を返しておく。たまの休暇でそんなに楽しんでくれるのなら休暇を出した甲斐もあるというものだ。

 

 自室へ踵を返しかけてふと気づく。

 

 ……おっと。

 

「美鈴」

 

 

 言い忘れていたことが1つ。

 

「何です?」

 

 

「……おかえりなさい」

「ただいま、です」



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猫レミリア

少々残酷な描写があります。ご注意ください。



 

「遂に、遂に完成したぞーっ!」

 

 今日の私はテンションが高い。

 

「うるさい」

 

 オウレットに横槍を入れられても気にしない程度にはテンションが高い。静粛たる図書館で年甲斐もなく(実年齢と見た目は比例していないが)はしゃいでしまうくらいにはテンションが高い。

 

 それは何故か。

 

 理由は1つである。

 

 なんと長年研究してきたある薬の開発に遂に成功したのだ。

 

 こんなにめでたいことはない。つい最近チェスでフランに勝てたことより喜び加減で言えば少しだけ上回る(手加減されていた気がするが)。パーティを開こう。赤飯を炊こう。鏡開きをしよう。最高にハイってやつだ!

 

「どうしたんですかね、カルラお嬢様は」

「世界一無駄なことを成功させて喜んでいるのよ」

 

 あまりの嬉しさに一人で小躍りしているとそんな会話が聞こえてきた。思わずタップダンスを止めてしまう。今何と言ったか?

 

「無駄なこと?無駄なこと!?いや、いや魔女さんや、あんた分かってない。この世に無駄なことなんて無いって誰か言ってたでしょ?」

「誰よそんなこと言ったの」

 

 知らんがな。

 

「……仮に無駄があったとしても、この薬は絶対に無駄じゃない!むしろ世の中の私の同類にとっては希望の光だよ!」

 

 手に握っている試験管で黄金色の液体が波打つ。ああ、ああ!何と尊い色じゃないか。そう、この薬はもう我が子と同じ。たとえ無機物であろうとも何年もかけて手塩にかけて育てたのだ。愛着もわくというもの。

 

「貴女の同類がいないことにこあの夕食を賭けるわ」

「へっ!?」

「大丈夫よ。絶対いないから。……何よその馬鹿にしたような顔は」

 

 ……甘い、甘いぞオウレット。未来の見通しが甘すぎる。少なくとも21世紀にはそういう趣味趣向のやつはごまんといるのだ。ならば今現在においても同類がいてもおかしくない。

 

「ふっふっふ、世界はオウレットが思っているよりずっと広いってことさ。まぁそんなことはどうだって良いんだ。早速レミリアにこれ飲ませてくる!」

 

 普段ならば絶対にやらないスキップとかしながらルンルン気分で図書館を出る。もちろん薬を零さないように細心の注意を払いながら。目指すは執務室!

……の前に調理場に寄ってティーセットを拝借してこよう。この薬はバレないように飲ませることに意味がある。てか絶対にレミリア自分から飲まないと思うし。

 

 ああっ!なんて楽しみ!

 

 

 

 

 

 

「あの薬どんな効果があるんです?」

「いやよ、口に出したくもない」

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

「レミリアー入るよー」

 

 片手にティーセットと試験管を乗せたお盆を持ち、執務室をノックする。当然のごとく返事を待たずにドアを開ける。

 

「紅茶でもー……って寝てるし」

 

 レミリアの背をとうに越える高さに積み上げられた二つの書類タワー。その間にレミリアは腕を枕代わりに突っ伏して寝息を立てていた。

 

 どうしようか。レミリアに一服盛るつもりでここまで喜び勇んできたものの、寝ているところを起こすのはどうも気がひける。

 それにレミリアが自室ではなく執務室で寝てしまっているのは、紅魔館の財政難を丸投げした私の責任でもあるのだ。

 私が慣れないことをするより、父からそこら辺のことを叩き込まれているレミリアが適任であることは分かっているが、何もしていない罪悪感が消えることはない。

 

 しかし私が出来ることなどなく、唯一思いついたのが気晴らしにでもとこの薬を開発することだった。

 

「レミリアはダージリンっと」

 

 結局レミリアが自分から起きるまで待っていることにした。

 起きた瞬間に目の前に薬入りの紅茶を差し出し、何も分からぬままレミリアはそれを飲んでしまう。するとたちまち薬の効果が発揮され……という流れだ。

 

「砂糖……は入れておこうか」

 

 レミリアは普段はストレート派だが、頭を働かせた後なら糖分があった方がいい。

 角砂糖を1つ薄オレンジ色の水面に落とし、追いかけるように試験管をティーカップの上で傾ける。完全に試験管の中が空になったのを確認すると、ティースプーンで砂糖もろともかき混ぜていく。

 

「よし、香りは大丈夫」

 

 無味無臭で、色は溶けた溶液と同じ色に同化するようにしてある。ここまで徹底しているともはや犯罪的だ。どんな名探偵が来ても、祖父の名をかけてる人や頭脳が大人な人が来ても、バレない自信がある。

 

「んっ、んぅ〜」

 

 お、起きたようだ。……目の下の尋常ではないクマを作りながら欠伸をするレミリアを見て、また申し訳なく思う。

 

「ふあぁぁ〜、ん?カルラじゃない。何か用?」

「特に用ってわけじゃないんだけど……その前にレミリア、涎が口から垂れてる」

 

 口端を指して、白い跡を拭うように促す。すると慌てたように袖で拭い、レミリアは顔を少し赤くしてしまった。……別にこの程度のことで恥ずかしがることないのに。

 

「そ、その紅茶貰っていい?」

「これ?いいよ。元からレミリアのために淹れたんだし」

「そうなの、……ありがとう」

 

 自分から紅茶を欲しがるのは予想外だったけど、まぁ飲んでしまえば同じだ。

 レミリアの白く細い指がカップの持ち手に引っかけられ、口元に運ばれていき、縁に赤い唇が添えられて、くいっとカップが傾いた。液体がレミリアの口に入り、少し間を置いてコクッと、喉が鳴った。

 

「ふ、ふふふ、ふふっ」

 

 飲んだ……飲んだな!?飲みやがった!!

 腹の底から湧き上がってくる笑いが抑えられない。こちらを奇異なものでも見るかのように、若干引き気味なレミリアも気にならない。

 

「な、何よ。悪いものでも食べたの?」

「いや、最近は健康に気をつけてるから大丈夫。それに……どちらかと言うとそれはレミリアのことだよ」

 

 かくん、と首を傾げ、脳内に?マークが浮かんでいる様子のレミリア。

 まだか、まだこないのか。

 

「変なカルラ……あっ、ひ……っ!熱いっ!」

 

 突然自身の胸を掴んで苦しがるレミリア。顔は赤く染まり、火照っているのが分かる。

 来た来た。これは薬の効果が表れた証拠だ。飲んだ対象の全身を直火で炙るかのような強烈な熱が襲い、身体の血管をかき混ぜられているような感覚に陥る。

 

「あっ……つっ……ああっ!」

 

 身体が異質ななにかに変わっていく感覚。

 いやぁ、これ見てるだけでも相当苦しそうなのが伝わってくるが、実際に体験すると見た目以上の苦しさがある。何より苦しさもあるが、ある種の気持ち良さが伝わってくるのだ。自身の身体に書き加えられるのは、肉体面もさることながら精神面にも大きく影響するからである。

 

「ひいっ……んあぁっ!!」

 

 両手で肩を搔き抱いてしまった拍子にレミリアが思わず取り落としてしまったカップを、地面スレスレでキャッチする。

 

「はっ、はっ、はあっ、」

 

 頰を上気させ、息を荒くするレミリアを見て確信する。

 もうそろそろ第2フェーズだ。

 

「なっ……んか、頭がっ、ムズムズする……」

 

 不幸にも急激な体温上昇に身体が慣れてしまったレミリアは頭の違和感を訴える。

 ……始まったな。

 

 

 

 ぴょこん、とレミリアの頭にあるものが生えた。

 

 

 

 それは、私がかつてフランに望んだモノ。

 

 21世紀を生きる紳士諸君が愛してやまない属性(偏見)。

 

 私がこの薬を作った理由の根幹。

 

 

 

「ひうっ……!?」

 

 ぴょこん、とさらに下半身からもあるものが飛び出た。彼女の気分にそぐわしいようにゆらゆらと揺れるさまが可愛らしいを通り越して尊く思える。

 

 

 

 

「にゃ、にゃにこれぇっ!?」

 

 

 

 

 猫属性である。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 レミリアは最近目に見えて憔悴していた。

 それは紅魔館の財政難を少しでも良くしようとしてくれている結果であり、それ故に日々奔走した代償であった。

 

 私に財政難どうこうの難しいことはわからぬ。だからいつも頑張ってくれるレミリアを影ながら応援することにしたのだ。

 

 しかし応援すると言えど、どういった形で応援しようかすぐには思いつかなかった。考えに考え、普段あまり酷使しないポンコツ脳みそを働かせて捻り出したのが、猫にして疲れを癒してあげようと言うものだった。

 

 いや、誤解してはいけない。これは決して私の思考回路が奇天烈な形をしているわけではなく、かねてよりフランとレミリアのネコ耳姿をこの目に収めたいと思っていたのだ(我ながらそれもどうかと思うが)。

 今回はその願望がレミリアを疲れを癒すという建前……げふんげふん、本来の目的のついでに出来るということに思い至った。

 

 

 

 それからというもの暇を見つけては理論構築、開発、実験、失敗しては理論構築の練り直しを繰り返し行い、その薬はついに完成した。

 

 ネコ化薬。私はそう名付けた。後になって恥ずかしさに悶絶するよりは単純な名前にした結果である。

 

 そんな黄金色の粘性を持つ液体の効果は名前に違わず至極単純なものだ。ネコ耳が生え、尻尾が生え、性格が自由気ままで穏和になる。

 

「にゃあ?」

 

 悩殺されんばかりの可愛さに呆気にとられていると、どうかしたの?と言わんばかりにこちらを見つめてくる猫レミリア。その所業に命の危機を感じて慌てて目をそらす。

 

「……っ!!あ、危なかった……」

 

 し、死ぬ。こ、この猫、私を萌え殺す気なのだろうか。こてん、と首を傾げる動作。それ1つを取ってもネコ耳があるのとないのでは天地の差がある。

 よく漫画やアニメで興奮して鼻血を噴き出すというなんともコメディアンなシーンを何度も、んなことあるわけないだろと思って見ていたが、今この瞬間、私の頭はグツグツと沸騰しそうなほど熱くなっている。それこそ無意識に鼻を抑えてしまうほどに。

 息が荒くなり、血流がものすごい勢いで体内を巡っているのを感じることができる。 頭がクラクラして思わず床にぺたんと座り込んでしまった。

 

 

 

「にゃ〜あ♪」

 

 レミリアが四つん這いになり、座り込んでしまった私の脇をくぐり顔を覗かせる。その拍子に柔らかなネコ耳が二の腕を擦った。

 

「ほ、ほわあぁ〜」

 

 ……柔らかい。柔らかすぎるっ!くすぐったさとともに何とも言えない幸福感で一瞬脳内が白く染まる。ここは天国か何かなのか。

 

「んっ、にゃんっ!」

 

 敏感な知覚器官への刺激に身をよじらせ官能的な声を漏らすレミリア。しかしよじらせたことによってバランスを保てなくなり、ゴロンと、仰向けになってしまった。何だ何だ、ネコになると知能指数だけじゃなく、身体能力も低下するってのか。

 

 いいぞもっとやれ。

 

 邪な思いを抱きつつ、大丈夫かな、と思いそちらに目をやれば、

 

「にゃっ」

 

 ……やってしまった。

 

 レミリアのクリクリとした目とエンカウントしてしまったのだ。真紅に染まった瞳は私をどこまでも魅了し、堕落させていく。少し視線を下にずらせば可愛いおへそがチラリズム。……もうダメだ。

 

 可愛い愛らしい愛しい抱きしめたい撫でてみたい啼かせてみたいザラザラの舌で舐められたい膝枕してやりたい。

 

 ありとあらゆる色んな欲望が私の思考を埋め尽くしていった。

 

 そしたスリスリっと露出した太ももにレミリアがネコ耳を擦り付けてきた瞬間。

 

「ぐはぁっ」

 

 限界が訪れた。

 思考回路がショートし、使い込んだハードディスクのように熱々の頭は猫レミリアの可愛さによってキャパシティを超えてしまったのだ。

 

 物を壊すのはフランの専売特許だが、理性を破壊するなら猫レミリアが一番かもしれない、などと場違いなことを考えながら、鼻から破損したパイプのごとき勢いで血を吹き出し、意識を失った。

 

 しかしそんな中、私の桃色の脳内では幸福指数はうなぎ上りに上昇し、限界点を突き抜け宇宙まで達したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 それは狂気的な光景だった。

 

「どういうことなの……」

 

 この世の誰にも説明できないとわかっていながら、説明を求めるような言葉を発してしまった私は悪くない、と思いたい。

 

「これ、は……生きてるの、よね?」

 

 いつのまにか寝てしまったようで、気持ちよく起きることができたかと思えば、目の前に血の海が広がっていた。

 その血の海を創造したのは、口をだらしなく開き、恍惚とした表情で、ぴくぴくと痙攣しているカルラだ。時たまビクッと大きく跳ねて鼻から血を吹き出している。

 

「……分からない分からない」

 

 何がどうなってこの光景が作り出されたのか全く想像がつかない。私の能力は過程を見ることはできないし。

 

 私は、恐らく寝落ちしたのだろう。それは覚えている。真綿で首を絞められているような紅魔館の財政に頭を抱えて、知恵熱を出して、眠くなって、一回寝ようと思ったところまでは覚えているのだ。

 

 そして、その後どうなったか……覚えていない。流石に床に寝転がりはしなかっただろうから、何かはあったに違いない。

 

 問題はその内容だが、何故だか物凄く恥ずかしい体験をした気がする。今までにないほど。

 

「……ん?」

 

 無意識に手が頭に伸びたことに疑問を抱く。頭を触るようなことあったか?しかし何だか不思議な感覚だ。あるべきものがないような、無い方が普通だったような。

 

 

 

 しばらく頭を捻れど答えは終ぞでなかった。

 

 



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時止め少女の就職活動


 かなり残酷な描写を含みます





 ーーーー私は雨の中を傘もささずに歩いていた。

 

 肩に雨があたる感触を気に止めない程度には、長く雨の中を歩いていた。

 

 私は雨に濡れないようにするのは容易だったが、雨に打たれるのが好きだったので今日も濡れ鼠になった。

 

 昼間だというのにこの街の通りには誰もいない。みんな店仕舞いして家に篭ってしまった。

 

 こんな時、私はこの世界に私しかいないような錯覚を覚える。どれだけ歩こうが人影すらなく、猫や犬1匹見かけやしない。

 

 それはつまり食べ物がないことを意味していて。ぐぅ、と1つお腹が鳴った。ほぼ丸2日何も口にしていない。この雨のせいで、だ。

 いくら雨に打たれるのが気持ちいいからといって、だんだん肌にベタつくのが鬱陶しく思えてきた。これもまた雨のせいだ。

 

 せめてこのベタつく不快感だけでも取り払おうと、

 

 

 

 ーーーー私は、()()()()()

 

 

 

 その瞬間、私がさっきまで見ていた世界は色を失い、雨も空中に止まった。私の周りの雨粒を軽く手で払うと、濡れることのないちょっとした空間が生まれる。

 

「ああ、もう、鬱陶しい」

 

 最初の方こそ裾を絞っていたが、濡れてる部分から水が垂れて絞った部分を濡らしていく。

 これではいつまでたっても乾かないと思い、纏っていた白いレースを脱ぐ。雨に濡れたせいか少し灰色っぽくなってしまっていた。少し力を入れて絞れば雑巾のように水が染み出す。

 

 ある程度水が出ていったらそれをもう一度身に纏った。絞ったせいか多少シワができてしまったが、より雑巾に近くなり、私にはぴったりだと思った。

 

 また止まった雨の中を手でかき分けて進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 私は特別だった。

 

 生まれながらにして『時間を止める』ことができた。当時はそれが世間一般の常識だと思っていたがどうやら私にしか出来ないようだった。

 

 父はいない。私が産まれてから消息を絶ったらしい。母は街で有数の豪邸でメイドとして働いていた。手先が器用で要領も良く、優しい性格だった母は多分メイドとして完璧だったのだろう。

 

 しかしそんなパーフェクトメイドである母の待遇はあまりに不適切だった。一週間のうちに休みなどなく、その上月末に払われるのは最低賃金のみ。当然のように育児休暇などもなかったそうだ。

 

 それは何故か。

 

 『忌み子を産んだから』だそうだ。つまり『忌み子』とは私を指す。綺麗な黒髪の母からは生まれるはずもない銀髪の幼児。一瞬の隙にあり得ない距離まで歩いていたり、周囲で突然物が無くなることが多かったりする、そんな幼児。

 

 母以外の人間は私という異物に対していつも排他的だった。わたしにとって母だけが唯一私を人としてみてくれる存在だった。

 

 どれだけ仕事が忙しくても私のことを蔑ろにせず、愛を注いでくれた。そのお陰で寂しさを感じることはなかった。

 学校にこそ通うことはなかったが、母は仕事の合間を縫って色々なことを教えてくれた。勉学に飽き足らず、料理や掃除の仕方といった、メイドとしてのノウハウを教わった。

 

 年の桁が増える頃には母と比べれば見劣りするものの、特に料理の腕については、仕えていた主人の料理を私が作ってもバレない程になった。

 同じように母の仕事を手伝えるようになり、これで母の負担が減ると思うと嬉しく思っていた。

 

 

 

 だからだろうか、この生活がいつまでも続くと思ってしまっていたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、私が買い出しから戻ると、仕えていた屋敷の雰囲気がどうもおかしかった。屋敷の人間はどこか私によそよそしく、私を避けていた。

 母に買い出しから帰ったことを伝えようとしたが見つからなかった。屋敷中を探した。どこにも居ない。

 用事でもできたのだろうかと思っていると、屋敷の主人に執務室に来るように言われた。

 

 私は驚いた。忌み子として嫌っていた私と話したいことなんてあるのかと。何より、屋敷中が私を避けている中で、主人自らが話すなどということは異常ではないかと。

 

「お前の母親は死んだ」

 

 部屋に入り、その言葉が主人の口から無造作に発せられた時、私の頭は理解を拒絶していた。単語一つ一つに漸く理解が及んだ次には、信じられなかった。つい数時間前まで健康的だった母が死ぬはずがないと。

 

「お前の母親は殺されたんだ」

 

 殺された。それは唐突にやってくる自然死とは違い、悪意が根底に存在した上で起こりうることだ。母は誰に殺されたのか。そもそも何故殺されたのか。

 

 それらは全て主人の口から語られた。

 

 

 

 曰く、『魔女狩り』だったそうだ。

 

 教会による女性に対しての無差別な殺戮。信じない者は全て異端であるとみなし魔女裁判にかけられる。

 母はその残虐な行為の急進派によって殺されたそうだ。

 

 『忌み子』を育てている怪しい女がいる。

 

 そんな噂を間に受けた頭の回らない奴らによって。

 

 ほんの一瞬の出来事だったそうだ。屋敷の前で母が出てくるのを待ち伏せていた卑劣な輩は、用事を言いつけられ出てきた母をナイフで殺したのだ。

 他の使用人がなかなか帰ってこない母を気にかけて、探しに出るまで母の遺体は誰も気に留めなかった。昼間に誰も通らないわけがないというのに。

 

 

 

 そこまで一息に語りきかせた主人は、「惜しい人材を亡くした」と無表情で一言私に告げた後、黄ばんだ封筒を渡してきた。「お前の母の最後の給料だ」と。心なしかいつもより、封筒が分厚く感じた。

 

 当然だった。これには手切れ金も含まれていたのだから。

 

 主人は「ここではお前を養っていくほどの財力は持ち合わせていない」と言っていたが、私には暗に『お前は忌み子なのだからいると迷惑だ。出て行け』という意味が含まれていることに気づいていた。

 

 私は出て行きたくなどなかった。愛着があったからだ。

 ここで働かせてくれ、と幾度となく懇願したが、主人の嫌悪感に満ちた顔を見て急にその気が失せた。私は邪魔であると、遠回しにではなく、その顔で直接的に告げられたのだ。

 

 結局、仕えている主人に迷惑をかけるなどメイドとして不義理極まりないということを母から教わっていた私は、その日のうちに屋敷を出た。

 

 その際、一つだけお願いを聞いてもらった。

 母を死に至らしめたナイフ。それだけこちらで引き取らせてもらったのだ。主人や使用人からは気味悪がられたが、今更気にも留めなかった。

 

 

 

 そして私は無職になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 雨は一向に止む気配はない。

 

 もう面倒くさくなったので時を止めて濡れないようにしてしまった。少々疲れるが、あと少しの辛抱だ。

 

 屋敷を出た日に主人から貰った金は既に底をつきかけていた。たったの3日でだ。しかしそれは必要経費と割り切ることができる。むしろ私にとって最高に意味のある使い方だったのだ。

 

 

 

 濡れない雨の中をしばらく歩くと、街の外れにある教会が見えてきた。私は左手に握ったナイフの柄の感触を確かめると、コンコンコンと厳かな扉をノックした。

 

「……誰だ」

 

 しばしの沈黙の後、男の声が聞こえてきた。

 

「少し雨宿りをさせて貰いたくて……ダメですか?」

 

 特に考えていなかったが、自分の口から流れるように嘘が出てきて少し驚く。いつからそんな自然に嘘がつけるようになったのか。母と二人きりの時には嘘をつくなんてことはなかった。

 

 そしてすぐに思い至った。あの屋敷のメイドであったからだと。忌み嫌われていようとも、それを表面に出すことが許されなかったあの環境で育ったからこそだと。

 

「……ダメだ。今日は来客が多い」

 

 それを聞いて声を出さずに笑ってしまった。

 教会というものを特別神聖視していたわけではないが、来客が多いからと断られるとは。

 

「じゃあ、いいです」

 

 そう言って私は扉に手をかけて押した。内側で鍵が弾け飛ぶ音が聞こえる。やったことはなかったが、案外なんとかなるもんだな、と頭の端で思う。

 

「な、何だ貴様、どうやって入った?……いや、お前、噂の『忌み子』か」

「どうやって入ったか教えるのは構いませんが、どうせ無駄ですよ?」

 

 中に入ると神父と思わしき人物が、立ち尽くしていた。恐らく主犯ではないだろうが、だからといってお咎めなしという訳にもいくまい。

 『忌み子』と呼んだ。それだけで私を世界の爪弾き者とみなしていることと同じなのだ。

 

 時を、止める。

 

「あなたの時間は私のもの」

 

 神父は立ったままピクリとも動かない。表情一つ動かさずにこちらを見つめている。かといって私が半歩横にずれても、瞳は動かない。

 、ここは私だけの世界だ。私が望まない物は全て置物で、私が望んだものはこの世界に受け入れられる。

 神父に向かってナイフを投擲する。ナイフは真っ直ぐに飛び、神父の心臓の前まで迫って停止する。

 

「そして時は動き出す」

 

 時を、動かす。

 

 ナイフの切っ先が深々と神父の胸に差し込まれる。呆然とした表情のまま、自分の胸に刺さるナイフを見下ろして仰向けに倒れる様はなかなかに滑稽だった。

 

「これで私も立派な化け物よ」

 

 人間としての私は既に死んでいたのだ。私を唯一人間として見てくれた母が死んだあの日から。母が死んだ日からは何者でもなく、今この瞬間、人生で初めて人を殺してから私は人ではない何かになった。

 

 法衣からじわじわと染み出す血を気にも止めず、心臓からナイフを引き抜く。

 かつて母を死へと誘ったナイフは、神父の血を先から垂らしていた。それが母への手向けになるのか、冒涜になるのか私に判別はつかなかった。

 

 

 

 しばらくナイフの先をぼんやりと眺めていると、バン!と扉が開いて三人ばかりの男達が入ってきた。三人三様に人相が悪いくせして、十字架(クロス)なんかを首から下げている。

 

 私は街の人間に大金を払って描いてもらった人相書きと、この男達を照らし合わせてみた。

 

 ……間違いない。こいつらが私の母を殺したのだ。

 

「こんにちは。……先日はどうも母がお世話になりました」

 

 私とナイフと神父を見比べてぽかんとしている男達に向かって、私は頭を下げた。もちろん言葉通りの意味ではない。

 

「お礼と言ってはなんですが、貴方達に死後の国への旅行チケットを差し上げます」

 

 男の一人がハッとした顔で何かを叫ぼうとするが、その前に喉仏を切り裂いてやった。生暖かい液体が飛び散り、鉄のような臭いが辺りに充満する。唇に付いた血液をペロリと舐めれば、予想に違わず鉄の味がした。

 

 そのまま返す刀で隣の男の心臓を背後から突き刺す。柄を一回転させてやれば血が溢れ出てくる。……そろそろ手首が疲れてきた。

 

「……おっと」

 

 残る一人は唾を飛ばしながらよく分からない言葉を喚き散らして、殴りかかってきた。冷静に時間を止めて交わしながら、脚の腱をぶつっと切ると男は足をもつれさせて転んでしまった。

 

「女性に向かって暴力とは感心しませんわ」

 

 私に殴りかかってきた悪い右手首を切り取ってやる。男が叫ぶ前に左手首も。そして間髪入れずに喉を掻っ切ってやった。

 

 男は小さく呻いた後、動かなくなった。

 

 

 

 

 

 水に流す、という慣用句がある。

 

 過去にあったいざこざやトラブルをなかったことにする、という意味の慣用句だ。雨とは天つ水、すなわち天からの水である。

 

 一瞬にして血生臭くなってしまった教会を出ると、まだ雨が降っていた。私は行きとは違い、濡れたまま帰路につくことにした。

 雨は私の肌についた血を洗い流していった。というかそれを見込んで雨の日を決行日にしたのだが。

 

 しかし生活費の都合上、これ以上日にちをずらす訳にはいかなかったので素直に有り難い。それとも狙ったようなタイミングで雨が降る降り始めたのは、神の思し召しなのだろうか。

 

「……バカね」

 

 少しでも神の存在を信じかけた自分に腹が立った。神を崇める宗教がなければ私の母は死ぬことはなかったというのに。これでは奴らと同類ではないか。

 

「……これから、どうしよう」

 

 屋敷を出てから街外れの廃屋を拠点にしていたが、教会の一件はかなりの騒ぎになるだろう。一刻も早くこの街を出たい。

 

 

 

 通りを歩いていると、反対側から馬車が近づいてきた。なるべく目立たないように端によると、すれ違いざまに御者が一瞬驚いた表情をした後目を逸らした。

 

 原因は明白だった。私の着ていた白いレースは赤く染まっていたのだ。雨は私の肌は綺麗にしてくれたが、繊維の細かいレースはそうはいかなかったようだ。

 軽く舌打ちしたい気分になるが、帰路を急ぐ。早く荷物をまとめて出ていかなければ。

 

 時を止めて、若干早歩きになる。

 

 そして街の掲示板を通り過ぎようとして、ふと一枚のチラシが目に止まった。

 

 早く行かなければいけないのに、どうしてかそのチラシは私の心を掴んで離さなかった。

 

 

 

「コック募集中

 

    給料:要相談 休暇:要相談 年齢:不問 住み込みOK 

    *1 主人は吸血鬼になります

    *2 種族は問いません

    

    We Are Welcome A Monster(人外、大歓迎!)

 

 

    ご応募の方は直接面接を行うので紅魔館までお越し下さい」

 

 

 

 どうやら求人募集の広告のようだ。しかし何度読み返してもふざけた内容に思えてしまう。

 その上、なぜこんな広告を張り出すことが出来たのだろうか。街の掲示板はその用途ゆえに目立つところに立ててある。誰も気にしないはずがないのだ。

 

 ところが私はただ一点、種族を問わない、というところに興味を持った。もはや人として扱われなくなった私でもここなら、受け入れてくれるのではないかと。

 

 この街を発ったところで行く当てはないのだ。どうせならこの胡散臭い広告にのってやろう。

 

 

 

 ……ところで紅魔館ってどこ?




 例大祭行けなかったから腹いせに投下。
 後で修正するかも。


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面接

 

 

 吸血鬼は流水が苦手である。

 

 そのルーツはキリスト教における洗礼(川の流れにより罪を洗い流すという意味合いを含む)や水に流すという慣用句に由来する。存在自体が罪と見なされる悪魔にとってそれらは天敵である。

 

 しかし勘違いされやすいのだが、吸血鬼が苦手とするのはルーツから辿っていくと、流れる水であり水全般が苦手というわけではない。

 そしてその流水という定義に雨はどストライクにハマっているわけで、まぁ、何が言いたいかと言えば、

 

「外に出れないー」

 

 吸血鬼にとって雨というのは見てるだけで気が滅入るのである。

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼下がり、ざあざあと結構な勢いで雨が降っているのを眺めるのに飽きた私は図書館を訪れていた。

 

 なんとなく、……本当になんとなく目についた『猫の飼い方』という本を読んでいたところ、珍しいことに美鈴が入ってきた。まさか活字の魅力にでも目覚めたのだろうか。

 あまりの珍しさに目をパチクリさせていると、

 

「お客さんが来たんですが、どうしましょう?」

「客ぅ?」

 

 予想の斜め上の言葉が出てきた。

 客……客とな。こんな辺鄙なところに誰を訪ねに来たのか。物好きな奴もいたもんだ。

 

「というかそういうのはレミリアに……」

「報告しにいったんですが、ぐっすりだったので」

「……そう。それでそのお客さんは?」

 

 見るに、美鈴は一人でここまで来たようだ。応接間に案内したとすれば紅茶の一つでも持っていかなければ。

 

「あー、門の前で待ってますが」

「WHY!?」

 

 客人を外に出したままここに来るやつがいるか?というか門番として門を開けるのはどうかと思う。

 

「だって誰かが訪ねてくると事前には聞かされてはいませんし、それでは本当に客かどうかも分からないじゃないですか。だから敷地内には入れなかったんです」

「ぐっ……」

 

 美鈴は門番である。故に門を離れる事は職務の放棄を意味する。しかし門からここに来るまで、ひいてはレミリアか私を訪ねるまでには距離が存在するのだ。

 よって客人が訪ねてきた時、その客が予定に組み込まれていたものかどうかの確認ができない場合、美鈴は確認取るために門を離れなければならず、その間客人を外で待たせる羽目になる。

 

 つまり今までは人が訪ねてくる事はなかったので気付かなかったが、美鈴からレミリアや私まで到達するまでに中間管理職が必要だったのである。

 

「……分かった。玄関で会うから連れてきて」

「了解です」

 

 発覚した致命的な職務の穴は後で考えるとして。

 さて、誰だろうか?

 

 

 

 

 

 

「求人募集のチラシを見たもので、こちらで働かせてもらえないかと」

 

 私の前に佇んでいる少女の第一印象は冷淡や淡白、といったあまり人間味を感じさせないものだった。

 青と白の所謂メイド服に髪をまとめているカチューシャ。髪自体も銀髪で、陶器のように白く美しい肌と合わさり、冷たい印象を助長している。

 さらには先ほどの言葉も無表情のまま、口元だけが機械的に動いていたのも冷たさを感じさせた。年は十代前半といったところか。

 

「求人募集のチラシ……そういえばそんなの張り出した気がしなくもない」

 

 いつかの時に料理ができる人材が欲しいと思い、チラシを近くの街に適当に張り出したのは事実だ。

 張り出す時に、人が来てしまってはふとした時に食料に早変わりしそうだと、ある程度の力を持っていないとチラシを見えないように細工した覚えもある。

 

「なるほどね……まぁいいや、上がって」

 

 「お邪魔します」と一言断って入ってくる様はどこか洗練されたように感じる。

 ふと、一瞬だけ血の匂いが鼻腔をついた……気がしたが、まぁそういうこともあるだろうと、特に気には止めなかった。

 

 

 

 本来の職務に戻る美鈴を尻目に少女を応接間に案内する。

 

「ここの主人は貴女様ですか?」

 

 機械的な印象を抱いていたがために、話しかけられたことに少し驚いた。……そしてその質問にはどんな意図があるのか。私ではここの主人っぽくないということなのか。

 

「……いや、ここの主人、つまりあなたの雇い主は私の姉のレミリアになる」

「なるほど……」

 

 なにがなるほどやねん。どこに納得する要素があったし。

 

 釈然としない思いを感じながら通りがかった妖精メイドに、レミリアを無理矢理にでも起こして応接間に寄越すことと、ティーセット一式を持ってくるように言付けておく。

 

「……今のは?」

「ああ、ここで雇ってる妖精。うちのバカ当主がアホな契約結んじゃったけど、こあ……小悪魔がメイドに仕上げてくれたの」

「はぁ……メイドですか……」

 

 大変だったんだぞ全く。

 奴らはどこで遊ぼうとも必ずといっていいほど何かを壊し、何かを汚し、しっかり後片付けをしていく。

 小悪魔がいなければ紅魔館は本格的な遊び場になっていたに違いない。

 

「レミリアが来るまで少し待っていようか。紅茶、何がいい?」

「いえ、お構いなく」

「私が飲みたいの」

 

 応接間に着くと、少女にソファに座るように促す。が、なかなか座ろうとしなかったので諦めた。曰く、主人より先に座るのはあまりいい心地がしないからだとか。

 契約もまだなのに律儀なことだ。

 

「そういえばコック志望だっけ?」

「ええ、一応」

「お客さんにやらせるのは申し訳ないんだけど、紅茶淹れてくれない?少しプロが淹れたのがどんなもんか気になってね」

「……構いませんよ」

 

 素人が淹れたのとプロが淹れたのではどう違うのだろうか。いつもなら普通にティーカップにお茶っ葉を入れるのだが……変わらない。うん、見た感じ普通に淹れている。

 

 それと……何というか今更だが、寡黙……だな。この子。原稿用紙一行分も喋ったの最初ぐらいじゃないか?

 

「……どうぞ」

「いただきます……」

 

 ゆらゆらと湯気が見てとれるカップを手に取る。そのまま口へ運ぼうとして、ふと視線を感じる。

 

「……そんなに見られると落ち着いて飲めない」

「それは失礼」

 

 まぁ、気になるのは理解できるが。

 それに……何だ。近くに人の目があると紅茶一口飲むだけでも緊張するな。普段ならちょっとぐらい音を立てても気にしないんだが、気品がないところをあまり見せたくない。

 慎重に一口だけ、ちびりと飲む。

 

「……美味しい」

「恐縮です」

 

 いつものとどこか違う。しかしそのどこかのお陰で美味しく感じる。具体的に挙げられないのは私の舌が肥えてないせいだろうか。適当なことを言うと味音痴がバレるので詳しくは言わないでおこう。

 

「待たせたわね」

 

 少女の紅茶をなんて褒めようか、頭を悩ませていると漸くレミリアがやって来た。

 

「紅魔館の当主、レミリア・スカーレットよ」

「本日はよろしくお願いします」

 

 こちらにちらと視線を送った後、優雅さを感じなくもない(悔しいことに)作法で一礼するレミリア。それに見劣りすることのないほど綺麗なお辞儀をする少女。二人の仕草にそこはかとなく疎外感を感じる私。

 

「妹のカルラですよろしくー」

 

 しかしこういう上品さというのは、一人ぐらい雑な奴がいるから際立つのではないかと思い適当な挨拶にしておいた。……レミリアの視線が痛い。

 

「はぁ、まぁいいわ。貴女がうちで働きたい、というのは聞いたのだけれど、そもそもコックを募集していたことをさっき知ったのよ」

 

 少女は目をぱちくりさせ、私に刺さる視線が二人分になった。

 

「小悪魔を呼び出した時も相談なんてなかったし……どういうことかしら?」

「良かれと思ってやった。後悔はしてない」

「少しぐらいしなさいって」

 

 ……確かに一言ぐらいは相談しても良かったかもしれない。一応ここの当主であり色んなことを仕切っているのだから、人事の把握は大事なのだろう。

 

 次からちゃんとレミリアに相談することを約束してから、やっと面接に移る。なんでわざわざ求人広告を出したかって、これがやりたかったのだ。

 

「さて、……面接をやる必要があるかどうか分からないのだけれど、やっときましょうか」

「改めてよろしくお願いします」

「ええ、よろしく。全く、カルラとは天地の差ね……」

 

 あーあー、聞こえない聞こえない。

 

 

 

 

 

 

「まず、貴女の名前は?」

「私に名前は、ありません」

 

 思わぬ答えにガクッと肩を落とす。せっかく面接が始まろうというのに、出鼻を挫かれた気分だ。

 レミリアもそれは同じだったらしく、呆れた顔をしている。

 

「ないって……そんなわけないでしょう」

「いえ、正確には捨てた、という表現が正しいです」

 

 どうしようこの子、といった目でこちらを見てくるがなんとも致し難い。どうも面倒くさそうな気がしたのだ。

 そこで質問を変えるように提案してみる。

 

「そうね、ここに来る前は何をしていたの?」

「……言えません」

「……ねぇ、こいつ不採用でいい?」

 

 落ち着け。逆に考えよう、人には言えない事情を抱えているということは、ミステリアスって感じがしてなんか良いと。

 

「それはちょっとこじつけが過ぎるわね。……えーと、なんか特技とかある?」

「特技……ですか。時間を弄る事ぐらいしか」

 

 特技……多様性というより、独自性が求められるここ、紅魔館では重要な要素である。……とか、適当なことを考えていた矢先、とんでもないことを言い出した。

 

「時間を弄る?え、それ本当に言ってる?ちょっとなんかやって見せてよ」

「そうですね……これでどうですか?」

 

 何か変わったか……おお、空だったカップに紅茶が入っている。え、何これどうやったの?

 

「時間を止めて紅茶を淹れただけですよ」

「おー!」

 

 魔法を使うところは見られなかった。本当に時間を止めたとしか思えない所業に思わず拍手を送ってしまう。

 つまりはこの少女という個体そのものに備わった力、能力である。

 

「採用!」

「え、こんなのでよろしかったのですか?」

「全然いい。むしろ最高だね!」

「私の意思は……いや、なんでもないわ」

 

 レミリアも瞬間的に目の前に並べられた紅茶を飲んで、採用を決めたようだった。美味しいだろう?でもなぜ美味しいかは分からないんだよな。

 

「でも名前が無いと不便だよね」

「そうね、なんか希望の名前はある?無かったらこっちで勝手につけるけど」

「え、」

 

 それはどうかと思うのだが。レミリアのネーミングセンスは私が一番知っている。もしかしたらこの少女が生涯背負っていくかもしれない名前なのだ。

 レミリアが名付け親なんて!もはやそれは拷問である。呼ばれる度に羞恥の念に苛まれかねない。

 

「いえ、特に希望はありませんが」

「そう、それじゃあ……」

「ストップ!」

 

 早速名付けようとするレミリアを慌てて止める。危ない危ない。

 

 レミリアは忙しいのだから私が代わりに決めておく、という主旨のことを懇切回りくどく、レミリアのご機嫌とりをしながら説明すると、なんとか納得してくれた。

 

「私が名前付けたかったのに……」

 

 ダメだ、絶対にダメだ。そんな拾ってきた猫に名前をつける感覚のレミリアに任せてはダメだ。

 レミリアはなおも心残りがある様子だったが、あとは任せると言って出て行ってしまった。

 では任されたので話を進めるとしよう。

 

「えーと、チラシに書いてあったと思うけど、休暇と給料はどうする?出来るだけ希望に添えるようにはするけど」

「要りません」

「……そりゃ、またどうして」

「私にはどちらも使う機会が無いので」

 

 なんだこのワーカーホリック少女は。そんなものそっち側になんの利益もないではないか。

 

「ただ強いて希望を挙げるとすれば、」

「うんうん」

「ここに住み込みで働きたいのです」

 

 重度の仕事依存患者だったようだ。

 

「……いや、それはこっちとしても願ったり叶ったりなんだけど、本当にいいの?」

「構いません」

 

 

 

 こうして、メイド服を着て、銀髪で、無表情で、原稿用紙一行分くらいしか喋らず、礼儀もしっかりしていて、名前も事情も語らず、休暇も給料も要らない、なんとも便利、といっては失礼かもしれないが重宝しそうなコックが住むことになった。

 

「それじゃあ、これからよろしく」

「お世話になります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついでに少女の名前はそれから少しして決まった。

 

 ーーーー十六夜 咲夜

 

 なかなか進もうにも進まないという意味の猶予う(いざよう)

 

 十六夜の昨夜で十五夜、つまり満月を指す。

 

 夜を彩る月と共にある吸血鬼の従者としては、なかなか洒落が効いたいい名前じゃ無いかと思う。自分で言っては台無しな気がするが。

 

 

 

 もしレミリアが付けようものなら、横文字の痛々しいものになっていたに違いないと思い、おぞましさでぶるりと震えた。



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苦くも温いある日

 吸血鬼と人間。

 その二つの存在は切っても切れない関係で結ばれている。

 

 吸血鬼のモデルとされるブラド・ツェペシュ。通称串刺し公もいかに残忍であれども人間だ。

 

 吸血鬼が眷族を求める時、人間から吸血することによってそれを為す。これもまた関係性を表す一例である。

 

 そして吸血鬼を殺すのもまた、ヴァンパイアハンターと呼ばれる……まぁ、人間である。

 

 さらに人間の生き血を糧に生きるのは吸血鬼。

 

 と、まあこんな感じにつらつら並べ立ててみたが、何が言いたいかというと。

 

 

 

「え、咲夜って人間なの?」

「ええ、れっきとした人間ですよ」

 

 吸血鬼と人間が主従関係にあるのはおかしいのでは無いか、という事だ。

 

 

 

 

 

 

 咲夜はとても腕の立つ料理人だった。洋食を作らせても、気まぐれで教えた肉じゃがを作らせても、毎回ほっぺたが落ちそうなほど美味しい。

 

 しかし料理人だけでは終わらなかった。手が余ったから、と言って洗濯や掃除までしてくれているのだが、なんだか、もう凄い。

 乾いた洗濯物にはシミひとつなく、掃除に関しては短時間で驚くほど綺麗になっている。

 

 これは、あれだ。出来る女ってやつだ。

 

 

 

 

 

 

 咲夜が気まぐれに作ってくれたというプリンに舌鼓を打ちながらそんなことを考えていると、目の前にコーヒーが置かれた。

 

 鼻をつく苦そうな匂いに反射的に顔をしかめてしまう。

 私はコーヒーが苦手だ。匂いが苦くて、味も苦い。なんなら飲んだ後さえ苦味がしばらく抜けないのだ。

 

 別にコーヒーを卑下しているわけでは無い。砂糖をこれでもかと言うほど入れて、薄茶色になるまでミルクを混ぜたコーヒーは好きだ。少しの苦味もアクセントとして悪くは無い。

 

 それカフェオレや。

 ……つまるところわたしの味覚がお子ちゃまなだけである。

 

「……苦い」

 

 しかし私が好きでは無いからと突き返すのは、些か失礼だと思い無理に飲んでみた。が、溢れ出る苦味に耐え切れなかった。

 

「ごめん、咲夜これ飲めない」

「……そうですか。それは失礼しました」

 

 無表情だが、少ない言葉数の中に微かに悲哀が滲み出ていて心が痛む。思わず止めようと思ったが、すでにコーヒーは無くなっていた。

 

 伸ばしかけた手が宙をさ迷い、結局何もせずに元の位置に戻す。ちょっとだけ気恥ずかしくなり、もう一人の同席者に話を振る。

 

「どう?終わった?」

「それ、さっきも聞いたわ。もちろんまだ終わっていないのだけれど。……これ、普通に美味しいわよ、咲夜」

 

 なんの話かと思い目をやれば、私の飲みかけのコーヒーはオウレットの手元に移動していた。

 ありがとうございます、と返す咲夜の顔は心なしか嬉しそうで、いっそう罪悪感が増した。

 

 今日は兼ねてからオウレットに頼んでいたあるものが完成しそうだということで、図書館を訪れていた。もちろん昼間に。そこに咲夜がプリンを持ってきたのだ。……まさかコーヒーと一緒だとは思わなかったが。

 

 鬱蒼とした気持ちに浸っていると、コトッと目の前に紅茶が現れた。思わず咲夜を見上げれば、無表情のまま、さらにシュガーポットが卓上に追加された。

 

「……どうぞ」

 

 思わず涙が出そうになった、と言っては大袈裟だが不意な心遣いが琴線に触れた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 胸が温かくなるのを隠すようにシュガーポットから角砂糖を3個ほど紅茶に投下する。溶けきったところでそっと口に含む。

 

 するとどうだろうか。

 

 

 

馬鹿苦ぇ。

 

「ゲホッ!ゴッホ、ゴッホ!」

 

 ぐああぁぁぁぁ。砂糖をあんなに入れたのに、口の中で苦味だけが暴れまわっている。先ほどのコーヒーの比じゃない。

 

「しゃ、しゃくや、これ」

「ニガヨモギを煎じたものです」

 

 あまりの苦さに口が拒絶して舌ったらずになってしまったが、そんなことより、……何してんねん。

 ニガヨモギ、ニガヨモギだなんて……!……知らないけどいかにも苦そうなものを!

 

「最近お顔色の方が悪そうに見えたので、少しでも眠気覚ましになれば、と」

「そう、かな」

 

 まぁ、実際かなりの日数徹夜していることは確かで、だとしたら有り難い……のか?下手に睡眠薬とか飲まされるよりは遥かにマシだけれど。

 

「そうそう、いくら吸血鬼でも適度な睡眠は大切よ」

 

 いや、睡眠が必要ない魔女に言われても嫌味にしか聞こえない……と言いそうになったが、頼みごとをしている身なので黙っておく。変なところでヘソを曲げられちゃ敵わない。

 

「はぁ……」

 

 結局、開きかけた口を閉じ、飲みかけのニガヨモギ茶にも手を出す気は起こらず、手持ち無沙汰になったので卓上に重ねられた新聞に手を伸ばす。

 

 ちなみに紅魔館では3紙ほど新聞を取っている。

 主にレミリアが読むためのものだが、読み終わったのは大抵暇つぶしに要因としてこちらに流れてくる。高級紙から地方紙まで色々読めるので結構な頻度でなかなか興味深い記事を見つけることができて、存外楽しいのだ。

 

『一夜にして町が更地に

 

     "紅い悪魔"の仕業か?』

 

「あったり前よぉ、そんなのレミリアにかかればチョチョイのチョイだっての」

 

 ついでにレミリアの記事を見つけるとちょっと嬉しい。

 

「ごふっ!」

 

 突然聞こえた咳き込む音に振り返ると、特に変わったことはなく無表情の咲夜が立っているだけだった。聞き間違いかと思ったが、口端から垂れる液体を見るに大体想像はついた。

 

 全く、自分も飲めないものを人に飲ませるんじゃない。

 

 しばらく読み進めていくと、イギリスの高級紙に興味深い見出しがあった。

 

『またもや殺人事件。

 

     地元警察は連続殺人犯の可能性を視野に』

 

 一面ではなく二面で扱っていることから重要視の程度が知れるが、言ってしまっては、たかが地方の事件を高級紙が取り上げていることに少し惹かれた。

 しかもなによりこの事件、結構近辺で起こっている。試しに地元の新聞を漁ってみれば、一面にデカデカと載っていた。

 詳しく見る前に、少し予想を立てる。

 

「……ん、五件」

 

 お、当たった当たった。

 

『連続殺人犯の仕業と断定されれば

   

     今回の被害者を含めて5件目』

 

 なぜ私がこれを当てることができたかと言えば、単純な話だ。

 

「咲夜ー、これ咲夜でしょ?」

 

 連続殺人犯とは我が紅魔館の料理長のことだからである。

 

「……どうですかね。特に採ったときのことは記憶に残ってないもので。もしかしたらそうかもしれません」

 

 仕方なく、といった感じで新しい紅茶を淹れる咲夜。その所業からは、誰も5人の人間を殺してきたとは思わないだろう。

 

 吸血鬼でなくとも妖怪や悪魔に準ずる存在は、人間の血肉を主な食料としている。別に他の食材が喉を通らないというわけではなく、人肉を喰らう、もっと簡略化すると人を脅かすことこそが私たちの存在意義なのだ。

 

 故に人に認識されなくなると存在を保てなくなる。脅かしてきた妖しい者たちが理屈付けられると人は恐れなくなるからだ。現に21世紀ではそのような怪異たちは存在していない。

 

 ーーーーもちろん吸血鬼も。

 

 存在していた歴史などなく、架空の生物として知られている。

 しかし今現在私たちは『いる』のだ。転生後にこの世界に関して深く考えることはなかった……いや、避けてきたのだが。

 前世と同じ世界線を辿るのか、はたまた全くの別世界として発展していくのかによって今後の身の振る舞いを考える必要がある。

 

 前者の場合、私たち『吸血鬼』は消える運命にあるのだから。

 

「……そう言えば咲夜の種族って聞いたことないね」

 

 咲夜は見てくれは完全に何処にでもいる子供である。これといった怪異たらしめる特徴が外見からは全く見えない。

 咲夜からすればあまりにも脈絡のない話だっただろうが、律儀に答えてくれた。

 

「種族……人間ですが」

「人、……人間!?え、咲夜って人間だったの?」

 

 そして冒頭の会話に戻る。

 

「ええ、れっきとした人間ですよ」

 

 確かに妖精だとか悪魔の一種だとか思っていたわけではなかったが、よもや人間だとは。

 

「オウレット、咲夜人間だってよ」

「知ってたわよ」

「……言ってくれても良かったのに」

「聞かれなかったもの」

 

 衝撃の事実。

 

「いや、だって時間を操作できるんだよ?人間だなんて普通思わないでしょ」

「普通は魔力がないから人間だと判断するのよ」

「……確かに」

 

 はぁ、とため息を一つ零しながらも作業をする手は止めない。どことなく家事をしている時の咲夜と似通った、プロの手つきだ。

 そろそろ完成だろうかと、かけそうになった声をギリギリで止めておいた。また小言を言われるのは勘弁したい。

 

「へぇー咲夜人間だったのか……」

 

 最近で一番衝撃的だった。

 咲夜が人間だと何か変わるのか、と言われると何も変わらない。ただただ衝撃的だっただけだ。

 

「ちなみにレミィも把握しているわよ」

「レ、レミィ?」

 

 再び作業に戻ったと思っていた(事実手は動いていたが)オウレットがまたなんか言い出した。

 

「えーっと、何、レミィって、え?レミリアのこと?」

「私と貴女の共通の知り合いで、他にその名前で呼べるのはいなかったと思うけど」

「それ以前にどっちも外に出ないから共通の知り合いのできようが無いと思う」

「……ぐはっ」

 

 カルラ・スカーレットの 不意に出た 悪意の無い 口撃!

 

 魔女に 大ダメージ!

 

「……ぐはっ」

 

 自分に返ってきて 大ダメージ!

 

「いつの間にそんな親密な関係に……」

「大袈裟ね……たかが呼び名が変わっただけでしょうに」

 

 というかレミリアが知っているということは……

 

「私だけ阿保を曝け出していた、と」

「ま、あんまり気にしない方がいいわよ。貴女がちょっとアレなことは周知の事実なんだし」

「アレってなにさアレって」

 

 どうせ馬鹿だとか阿保だとかネジが抜けてるとか思われてるんだろう。まさか、と咲夜に視線を投げかけると、オウレットの手元に興味があるらしくぽかんと口をあげながら注視していた。

 

 興味なしですか。さいですか。

 

 

 

 

 

 やることがなくなって適当に、本当に適当に選んだ『猫の仕草に隠された100のコト』という本を読み始め、半分ほどまで読み進めた時。ちなみに咲夜はいつの間にかいなくなってた。

 

「ふぅ、終わったわよ」

 

 どうやら頼んでいたブツが出来上がったようだ。てか仕事早っ!まさか3日も経たずにできるとは思ってなかった。やっぱり持つべきものは天才魔女なんだなって。

 

「お疲れー。ふむふむ、なるほど。これが……」

 

 手渡されたものを万が一にでも壊さないように、オウレットがそんなに柔いものを作ってるはずはないのだが、慎重に目の前に掲げた。レンズの部分がシャンデリアの光を反射する。

 

「作っておいて今更なんだけど、本当にそんなものが欲しかったの?私にはそこまで価値があるようには思えないのだけれど」

「……いや、見た目は完璧だよ。それだけでも価値がある。あとは性能だけど……ちょっと試してくる」

 

 そうオウレットに言い置いて、弾む足取りを感じながら図書館を出た。

 

 自室に戻りながら私はどこか冷静な口調とは別に、今までになく気分を高揚させていた。想像以上に見た目が良かったからだ。

 今の時間はちょうど夕暮れ時。夜を統べる(らしい)吸血鬼らしからぬ時間帯である。

 

 やっと着いてドアを開けると、見えたのはカーテンの隙間から漏れるオレンジ色の光。

 

「ーーやっと、やっと念願が、」

 

 苦節うん十年……あまりにも長かった。幼い頃は自分の体質のせいだから、と諦めていた。でもいつか、いつかは出来るようになりたいと努力を重ねてきた。

 

 それが今(努力とはあまり関係ないところで)達成されようとしているのだ。

 

 バルコニーに近づき、カーテンを掴む。

 そして片手に握っていたそれを()()する。

 

 でも付ける前となにが違ったか分からなかった。本当に大丈夫なんだろうな?オウレットの腕を疑っているわけではないが、少し不安になる。

 

「……もし焼けたら恨んでやる」

 

 ちょっとばかし自分勝手だと思いながら、半ば自棄気味な思考でカーテンを思いっきり開け放った。

 

 

 

 そこにあったのは。

 

 

 

「……!」

 

 言葉なんて出なかった。

 

 周りから見ればなんて事のないただの夕焼けに違いない。それは事実間違っていなくて、私は今どこにでもある、46億年前から変わらない景色を見ているのだろう。

 

 しかしこの景色はそんな普遍的でチープなものではなかった。この美しさを知っているばかりにずっと渇望に苛まれてきたのだ。

 

 吸血鬼に転生した今世ではろくに陽の光を拝むことなんて出来やしなかった。手慰みに本の中で満足するしかなかった。

 

「凄い……」

 

 でもそれは本で眺めるのとはまるで違っていた。空を橙に染めている太陽はもう沈みかけだったが、どこか心に深く染み込んでいった。

 

 そして何故だか分からないが、目頭が熱くなり視界が滲んでくる。……そんな夕陽に感動するようなロマンチックな性格じゃないと思っていたのだけれど。

 

「……なんだ、これ」

 

 視界が滲むと同時に視界がぶれ始めた。

 

 ここではないどこかで見た、同じような光景とダブるのだ。紛うことなき前の生での記憶である。

 

 ノイズのように断続的に頭がキリキリと痛む。しかし満足感にも似た身体を包む暖かさが上回り、ずっと見ていられた。

 

 胸が温かくなるにつれて次第に体全体も熱くなってきた。この感覚は知っている。吸血鬼としての体質が太陽光を拒んでいるのだ。

 徐々に燃えるような熱さに変わっていったが、私はこの場を動きたくはなかった。少しでも長く網膜に焼き付けたいと思ったのだ。

 

 本来なら夕陽であっても直接見たら焼け溶けてしまうのだが、今はいくら見たって目だけは無事だ。

 それは偏に今かけているオウレット特性眼鏡のおかげだ。原理はほんと何言ってるか分からなかったが、見事に要望通り、吸血鬼が太陽光を直視できるメガネを作ってくれた。

 

 見た目も細い黒縁のいわゆるウェリントン型になっていて、私がかけていても遜色ない程度に仕上がっていた。本当は片眼鏡とかかけてみたかったけどそれは後で自分で作ろう。

 

 今やりたいのはこの光景を脳に焼き付けることだけ。

 

 

 

 

「あづい……つかれた……」

 

 結局、見る限り赤く爛れていないところが見えないほど日光浴をしてしまった。恐らく目だけは焼けていないため、パンダ模様になっていることだろう。

 

 ふらふらな足取りでベッドに身を投げる。

 

 少しベタつく感覚に、選択をするのであろう咲夜か妖精メイドに罪悪感が湧いた。このまま自然に回復するのを待っていてもいいが、しばらく永続的に続くであろう痛みに耐えられそうにない。

 

 

 

「何してるのよ、全く……」

 

 なけなしの気力で図書館までたどり着いた私を待っていたのは、レミリアの呆れの言葉だった。

 

「いや、日光浴って良いもんだなぁって」

 

 珍客に驚きながらオウレットの治療を受けていると、かけていた眼鏡が外されてしまった。自分でも付けてみたくなったのだろうか。

 

 椅子に腰掛けながら興味深げに眼鏡を弄くり回すレミリアを見てちょっと不安になる。

 

 ……絶対壊すなよ。

 

「へぇー、これにそんな効果がねぇ……」

「……あげないからね」

「分かってるわよ、ちょっと気になっただけ……。うん、よく似合ってるじゃない」

 

 かけ直された眼鏡をまた外してレミリアにかけてみる。……まぁ、悪くはないが色が合わないな。

 

「……何よ、急に」

「レミリアはやっぱり赤じゃないとなぁ」

 

 フレームの色を変えたバージョンでも作ってみるか。ファッションとしての伊達眼鏡だけなら私にも作れる。これで次の誕プレは決まりだな。

 

「変なカルラね」

「いつものことじゃない。夕陽が見たい吸血鬼なんて聞いたことがないわ。ましてや自分から焼かれてくるだなんて」

 

 けっ、勝手に言ってろ。どうせ夕陽が見れなくて悶々とした覚えのない貴様らにはわかるまい。

 

「……うっさいなぁ。それよかレミリアが図書館に来るのって結構珍しくない?」

「ああ、それね。ちょっと相談したいことがあって。ほら、カルラって図書館にいることが多いじゃない」

「相談?」

 

 基本的にレミリアに紅魔館のことは丸投げにしているので(申し訳ない事に)相談に乗ってやれることなんてない気がするが……。まぁ、私にしか相談できないのならしょうがないな。

 

「引っ越し、しない?」

「ひ、引っ越し?」

 

 思わぬワードに馬鹿みたいにおうむ返ししてしまった。私が予想してたのは、もっとこう、……特に思いつかないが別の話だったのだが。

 

「そう、さっき八雲紫と会ったの」

「紫に?また珍しい……って会うの初めてじゃない?」

 

 私とはたまに話す機会があるのだが、タイミングが悪かったり紫自身があまりレミリアと会いたくないと公言してたりして、二人はまだ顔を合わせたことも無かったはずだ。

 

「ええ、なんて言うか、胡散臭いやつだったわね。まあ、それはともかく、八雲紫に『幻想郷』に来ないかって提案を受けたのよ。……言いたいことはわかるわ」

 

 聞いたことのない単語に引っかかっていると、唇に指を当て静かにするよう促してくる。

 こちらが質問する前に言いたいことを察してくれるレミリアさん流石っす。

 

「まず幻想郷っていうのは人間に存在を認知されなくなった、つまり『幻想になった』者が集う、結界……東洋の魔術みたいなものね……で隔離された世界のことよ」

 

「八雲紫はそこの管理人を務めていて、時々外界から人外を引き入れているらしのよ。それで今回私たちに話が回ってきたってわけ」

 

「……あなたも薄々気づいているとは思うけど、このままじゃ私達も近いうちに『幻想』になってしまう。私も以前みたいに幅を利かせることは出来ないし……」

「これみたいに誤魔化すこともできないし?」

 

 レミリアが言いたいことを察して、机の上にあった新聞を指差す。

 静かに頷くレミリアに陰鬱とした感情が陰る。

 

『一夜にして町が更地に?

 

     "紅い悪魔"の仕業か?』

 

 この記事に書かれているのは吸血鬼に対する恐怖心を煽るためにレミリアが行った『()()』である。

 しかし、レミリアが生き残った人間や騒ぎに駆けつけてきた人間に『私がやった』と言っても(ちょっと痛々しく思えるが)新聞には疑問形で書かれる始末。

 

 吸血鬼の存在が疑われ始めていて、『()()』になるまでのリミットが近いのは残酷にも現実なのである。

 

「でも幻想郷に移ればそれは避けられるわ。……正直温情をかけられてるみたいであまり面白くないのだけれど、残念ながら私じゃ今の状況を打開する策は思いつかなかった……。悪いわね。当主失格よ」

 

 ……違う、レミリアが悪いわけじゃない。何もせずに手をこまねいていた私も悪いのだ。だから、そんな申し訳なさそうな顔を向けられる資格はない。

 

「どうかしら?悪くない話だとは思うのだけれど」

「私は……、」

 

 幻想郷。それは破滅への道をなぞるしかなかった私達にとって、地獄に垂らされた蜘蛛糸のようだった。

 

 何も考えずに是非を出すなら迷うことなく賛成だ。紫は日本から来たと言っていたし、幻想郷もおそらくは日本にあるのだろう。

 西欧の雰囲気も良いが、かねてから紫に日本のあれこれを聞いて、帰郷本能に駆られていたのだ。

 

「……ちょっと考えさせて」

「え?あ、ええ、構わないわ」

 

 煮え切らない回答に困惑するレミリアを見て、少し申し訳なく思う。私は賛成だと疑わなかったかのような、虚を突かれた表情だった。

 

 そう、普段なら私はここで直ぐに頷いていたことだろう。実際考えてみても移住に肯定的な意見しか出てこなかったことだし。

 

 

 

 しかし何かが、魚の小骨のように心につっかえているのだ。うまい話には裏がある、と決めつける訳ではないが何かを忘れているような気がして、それが頷くことを良しとしなかった。

 

 故の保留。

 

 もしかしたら杞憂なのかもしれない。

 

 レミリアの妹という位置付けであっても、横に並び立って選択していかなければならなかった筈だ。この保留は、選択するのには向いていないからと、レミリアに丸投げしたことに対する贖罪なのだ。

 

 少しでも自分で考えて道を選ぶ事をしたかったのだ。

 

 

 

「ああ、それとこれ今日の新聞ね」

「……ん、ありがと」

「八雲紫はまた日を開けて来るって言ってたから、それまでに決めておいて頂戴」

「了解」

 

 そう言い置いて席を立ったレミリアに了承の意を伝える。

 

 

 

 レミリアが出て行って、治療してくれたオウレットにお礼を言った後に新聞片手に自室に戻った。

 

 そして何とは無しに新聞を開いた時、

 

『相次ぐ殺人事件』

 

 私は目を奪われた。

 

『手口が類似していることから地元警察は連続殺人犯の仕業と推定。

 

     ()()()()()()()()の仕業か?』

 

 

 

 時間は悠長に待ってはくれないようだった。

 

 

 




何故エエェェェェェ!!

投稿がああぁぁぁぁぁ!!

遅れたのかと言うとおおぉぉぉぉぉ!!

プリヤを見ていたからでええぇぇぇぇぇす!!

ごめんなさい(切実)。


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刹那的快楽主義者は容易い

 食とは娯楽である。

 

 三大欲求の一つとして数えられる食欲。

 本能的な欲の一つではあるが、生物が必要とするのはその実、タンパク質と脂質に炭水化物。それさえ取っていればいいのだ。

 

 簡単に言えば肉と芋食ってりゃ生きていけるのである。

 

 つまり食そのものに味付けをしたり、匂いにこだわったり、食感を楽しんだりするのは理性あるものの娯楽なのだ。

 

 私もかれこれ数百年は生きたことになるのだが、食への探究心はその限りを知らない。

 

 西欧の見たことも聞いたこともない食材や、調理法、味付けはチャレンジ精神に溢るる私にはもってこいだ。

 

 好奇心は猫をも殺す、というが生憎と身体は頑丈にできているもので生まれてから腹を下したことなど一回もない。

 

 ……いや、流石に度々あったが、長く生きていればフランのゲテモノ……もとい愛情に溢れた料理も楽しんで食べられる。むしろ最近はどんな奇天烈な……もとい独創的な料理を食べるかに執心している。

 

 ここまでつらつらと並べ立てて、結局のところ何が言いたいかといえば、

 

「こっちのどら焼きも美味しいぞ」

「カルラお嬢様ゼリーが出来上がっています」

 

「人里では有名な羊羹がだな……」

「シュークリーム作ってみたんですが……」

 

「……ありがと、そこ置いといて」

 

 甘味で餌付けされている私は悪くないということだ。

 

 

 

 

 

 

「決まったかしら?」

 

 レミリアに移住の話をされてきっかり2日が経った時に紫が訪ねてきた。レミリアが私が決めかねていることを伝えると、

 

「まぁ、そこまで切羽詰まってるわけでもないし、ゆっくり考えると良いわ」

 

 なんて目を細めながら言われた。

 

 そのまま帰るかと思ったが、全員の顔合わせも済んでいることだし、いつかやろうと言っていたお茶会を始めることになった。

 

 レミリアは前々から緑茶を飲んでみたいと言っていたのだが、いざ飲んでみると苦さに顔を面白おかしくしていた。……いつかニガヨモギティーを飲ませてやろう。

 

「お茶請けが欲しいわね」

 

 そんなレミリアを扇子で口元を隠しながら見ていた紫が(目が笑いを隠せていなかったが)出し抜けに言った。

 

 そして咲夜が用意を始めようとするのを片手で制すると、あのなんとも形容し難い空間を作り出した。

 

 よくよく観察して見るほど訳の分からない歪みだった。空間が裂けたとでも言おうか、その中は多数の目玉がぎょろぎょろ蠢いていた。紫がレイアウトしたならセンスを疑う。

 

「藍ー」

「お呼びでしょうか紫様」

 

 ひょいっと空間の中から足が覗いたと思えば、よっこいしょと出てきたのは、耳と尻尾が生えた人。絶対人じゃないけど。紫と似たような帽子を被り、前掛けのような着物?を召している。

 

「緑茶に合うお茶請けを適当に見繕ってきて頂戴」

「お茶請けですか。……はぁ、分かりました」

 

 溜息を一つついた後そいつはまた空間に入っていった。今しがた出てきた御仁の説明を紫に求める。

 

「あの子は私の式の藍よ。従者みたいなものね」

 

 シキ?あー、あれか。式神のことか。平安時代とか、安倍晴明とか、陰陽師とか。

 

「でも今のって、……聞いたことあるわ。九尾、じゃなかったかしら?極東にいる魔物だとか」

「あら、よく知っているのね。こっちでも名前ぐらいは伝わっているのかしら。……ふふっ、私も鼻が高いわ」

 

 なにやらむつかしい顔で『九尾』という名前を出したレミリアと、それを肯定する紫。

 『九尾』……知識としては知っているが、それよりも以前その名前を聞いたことがあったような、……無かったような。

 

「ただ今戻りました」

 

 いつかの記憶を(まさぐ)って話題の九尾が帰ってきたようだ。両手にはかなり大きな風呂敷を携えている。

 

「丁度良いわ。藍、今貴女のことを話していたの。自己紹介なさい」

「え、あ、はぁ、紫様の式をやってます、八雲藍です」

「レミリア・スカーレットよ」

「その妹のカルラです」

 

 ここで終わっていれば、普通の自己紹介だったのだが、

 

「いつも紫様がお世話になっています。ご迷惑かとは思いますが、今後ともよろしくしてやって下さい」

 

 余計なことを言ったせいで扇子で頭を引っ叩かれていた。……しかも結構鈍い音を響かせながら。素材は知りたくないかな。

 

 思わず頭を抑えてうずくまる藍を少し可哀想に思う。

 

 

 

 その後、藍の分の緑茶が入れられて、風呂敷の中にあった菓子類に頰を緩ませていると、レミリアと紫の話し合いが始まった。

 

 どうやら仮に幻想郷へ移住する場合の段取りについて話すようだ。

 

 私もしっかり聞いておかなければ。

 

こっち(幻想郷)に来る場合、一つだけ条件があります」

 

 条件、という言葉にピクリとレミリアの眉が動くいたが、特に口を挟むことはしなかった。条件があると聞いていなかったが、受け入れてもらう立場上強く言い出せない、といったところだろう。

 

「貴女達には幻想郷を()()()()

 

    ーーーーという名目で来てもらいます」

 

「……何故?」

 

「恥ずかしながら今の幻想郷は到底本来の在り方とは言えない状況にあるのです」

 

 紫が言うには次のようなことらしい。

 

 

 

 忘れ去られ『幻想』となった魑魅魍魎を受け入れる幻想郷は、その性質上時が経つにつれてその数は増えていく。その中でも年功序列があり、古参の妖怪であるほど発言力は高い。

 

 そして時々開かれる妖怪の長達による定例会議で最近議題に挙がったのが勢力の偏り。特に顕著なのが天狗という種族だ。

 天狗という種は個体数が他に比べてかなり多い。その上、個々ではなくコミュニティを形成している。

 

 幻想郷において組織を構成する妖怪は大変珍しく、地上においては(幻想郷には地下に旧地獄という場所があるらしい)かなりの勢力として幅を利かせている。

 

 しかしそのコミュニティは極めて閉鎖的であり、故に他の種族に対する配慮などほとんどと言っていいほどしないそうだ。つまりはその個体数のせいで起こる問題の対処が杜撰になることを意味する。

 

 他にも天狗に限ったことではなく、どこにも属さない野良妖怪も問題を起こすようになり手が回らないのだとか。

 

 そこで定例会議(天狗の長を除く)で決まったのは新勢力を向かい入れること。目的は邪魔者の間引きと勢力の分散、野良妖怪に睨みを利かせること。

 

 表面上は侵略するため、実際には間引くため。

 

「私達は結局のところ都合の良い道具としてお呼ばれするわけね。……不愉快だわ」

「もちろんタダで、とは言いません。うまく言った場合、一勢力として相応の席は用意しますわ」

 

 レミリアさん、どうやらお怒りの様子。まぁ、人を使うばかりで使われる側になったことはないのだから、無理もないように思える。お高いプライドとやらが邪魔をするのだろう。

 

 私にはそんなもの一欠片もないのだが。

 

 しかし私が首を振れば移住の話は取り止めになるのも確か。つまりは私が幻想郷の存亡を、紅魔館の行く末を握っていると言っても過言ではない!

 

 ……流石に過言だわ。

 

 

 

 甘いいぃぃー頭に糖分が沁みるぅぅー。

 

 またむつかしい事に頭を使おうとして、糖分補給の為に饅頭を口に運ぶ。白餡子の甘さが口に広がり、しばらくの間甘味としての本領を発揮してくれる。

 

 続いて緑茶を口に含めば、口に残った甘さと苦さがよく調和して程良くなる。喉を通過した後には甘さをすっかり洗い流していて、新しい甘さが欲しくなる。

 

「……食べるか?」

 

 そんな願いが伝わったのか、藍がみたらし団子を勧めてきた。わかってるじゃないか。単に甘いだけではなく、しょっぱさも兼ね備えた甘味を勧めてくるとは。

 

「……あのねカルラ。こっちは真面目に話しているのだけれど」

 

 勧められたなら仕方ないと、一串とって甘じょっぱさを堪能していると、レミリアは呆れた目を向けてくる。

 

「大丈夫だって、こっちも真面目に聞いてるよ」

 

 そもそもこれお茶会って触れ込みだしね。お茶会ってのは、仲良く何かしらつまみながらキャッキャウフフと談笑するものだ。……間違ってないよね?

 

「まぁまぁ、いいじゃない。変に堅苦しいよりは、純粋に楽しんでくれた方がずっとマシではなくて?」

 

 そう言いながら、異空間から色んな煎餅が乗ったお盆を出してくる。何だそれ、四次元ポケットかなんかなのか?

 

 いくら注意してても何の前触れもなく現れる空間。とっくの昔にその謎を解明することを諦めた私は、胡麻煎餅を噛み砕きながら猫型ロボットのことを考える。

 

「カルラお嬢様。こちらに先日より冷やしておいたプリンがありますが、召し上がられますか?」

「え、いいの?」

 

 ふっと、音もなく横に現れた咲夜が何故かプリンを持っている。

 

 まぁ、あるなら遠慮なく頂こう。私の横で官能的にプルプルとその艶やかな身を震わせているプリンもそれを望んでいるに違いない。

 

「ほれほれ、こっちには餡蜜があるぞ」

 

 スプーンを手に取り、いざ滑らかな表面に突き刺さんとすると、藍が木鉢に盛られた餡蜜をプリンを押し退けて差し出してきた。

 

 うっ……。

 

「プリンの方が美味しいですよね?」

「餡蜜は美味いぞ?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ、とでも擬音を発しそうな二人に気圧されてしまう。なんで二人ともそんな仲がよろしくないのか。もしかしてアレか。私の為に争わないで的なアレなのか。

 

 まぁ、残念ながら私はハーレム主人公よろしく二者択一に縛られているわけではない。

 

「はむっ」

 

 まずはプリンを一口、うん最高に美味い。卵の滑らかさと砂糖の甘さが最高だ。思わず口元が綻んでしまう。咲夜のお菓子に勝るものなどないのだ。

 だからって咲夜、小さく脇でガッツポーズとかしなくていいから。先着順なだけだから。

 

「はむっ」

 

 プリンを食べた後に続けて餡蜜を口に運ぶ。

 

「……!!」

 

 あ、あ、あ、あんめぇぇぇー!!

 めちゃくちゃ美味いし甘い。小豆のほのやかな甘さが広がったかと思えば、黒蜜の圧倒的なまでの甘さが口の中を蹂躙し全てを飲み込んでいく。水分代わりの寒天も僅かに甘く仕上げられており、黒蜜を絡めとって喉へ流れていったかと思えばまた小豆の甘さがぶり返してきて(割愛

 

 

 

 これはっ……咲夜のプリンに勝るとも劣らないっ!!

 

「ふふん、美味いだろう?」

「凄い美味しいっ!!これって藍が作ったの?」

「いや、これは人里にある有名な甘味屋で買ったものだ。私と紫様もよくお世話になっているところでな、いつでも食べられるように保管してあるんだ」

「幻想郷にはこんなにも美味しいものが……」

 

 幻想郷の絶品甘味の存在を知って急に移住したくなってきた。どんなものが食べられるのか想像するだけで涎がポンプのように分泌される。やはり私の心と身体と脳は『和』を求めているのだ。

 

「こっちのどら焼きも美味しいぞ」

 

 餡蜜を食べ終わらないうちに次が出てくる。さっき猫型ロボットのことなんて考えてたからだろうか。

 懐かしく、美しいフォルムに手が引かれていくが、小気味のいい鈍い音と共に小鉢の代わりにガラスの器が出てきた。

  

「カルラお嬢様ゼリーが出来上がっています」

 

 そこに乗っていたのは我が家では滅多に見ない宝石。

 なんで二人とも私の横で火花を散らしているのか、皆目見当もつかないが甘味に罪も善し悪しもない。

 

 

 

 その後も色んな和菓子やら洋菓子やらが出てきて、さながらテーブルの上が駄菓子屋か菓子店のショーケースよろしくなってしまった。

 

 もちろん全部食べ切ったよ?

 

 レミリアは終始呆れた顔をしていたが、紫はこっちを見てうふふ、と微笑んでいるだけだった。器が違うんだなって。

 

 

 

「そろそろ決まったかしら?」

「さっき聞いたばかりでしょうに」

「ーー……きたい」

「……えっ?」

 

 お茶会も終わりを迎えようとした矢先、紫が用意した問いに対する私の答えは既に決まっていた。

 

「幻想郷に行きたい」

 

 

 




「これで良かったのでしょうか、紫様」

「あら、貴女にしては変なことを言うのね。……万事問題なしよ。これで幻想郷の基礎は盤石なものになるわ」

「……いえ、どうも幼子を菓子で釣っているように思えて罪悪感がですね」

「見た目は幼くても一応五百年近くは生きているのだから、それ相応の立ち振る舞いは出来て当然。幼子に見えた貴女は悪くないの」

「はぁ……でも本当に人里の甘味でこちらに傾くとは思っていませんでした。誰でも両手の数を超えればちょっと訝しみますよ」

「あの吸血鬼は人を疑わないわけではないわ。実際今回は少し考える素ぶりがあったようだし。でも、……そうねぇ、刹那的快楽に弱いのよ。瞬間瞬間の自分を満たす何かに」

「まさに子供じゃないですか」

「ええ、子供はお菓子で釣れるってね」


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粉バナナ!

 遅くなってしまったので気持ち文章量多めです。

 タイトルネタ分かる人いるんですかね?
 気が済んだら変えるかもしれません。


 

 幻想郷に移住するにあたって、八雲紫に一週間だけ身辺整理の時間をもらった。

 

 表立ってやっていた唯一の収入源であるワイン業を引き払い、新聞を全て解約した。

 そんな七面倒なことしたくはなかったのだが、全く私の妹は律儀なことである。

 怪異なんてものは、いつ無くなったか誰が失ったかなんて気にも止められずに『幻想』に風化して行くだけだというのに。

 

 次に父の代に交流のあった同族に手当たり次第誘いをかけた。私達と同じく存在が史実にさえ足り得なくなったことをそろそろ自覚する頃だったのだろう。帰ってきたのは快諾ばかりだった。

 まぁ、存在自体が忘れられてしまえばどんなに足掻こうと消えていくのは必然だったため、後に引けなかったというのも一因だろう。

 

 今回の侵略の真意を知っている私からすれば自分で墓穴を掘っているようで愉快極まりない。

 切り捨てるのに何か思うところはないのかって?

 

 残念ながら私は身内さえ良ければいいのだ。姿形が同じなだけでそこまで入れ込んだ覚えはない。だからこそせいぜい幻想郷の駒になってくれとしか言いようがない。

 

 

 

 今日はそんな可哀想な同族を最期に憐れむパーティ、ゲフンゲフン……ではなく幻想郷侵略に向けた前夜祭だ。主催は紅魔館と銘打ってはあるものの、1世紀足らずしか生きていない私は今回のパーティのお飾りだ。

 

 侵略においての私の役割は()()()()。下っ端もいいところ。

 

「今後一切顔を見ない奴らのために今日神経をすり減らすのか……長期的に見れば受け入れられるにしても、気が重いのは確かね」

 

 しかし目先の自己利益(刹那的快楽)より私は『運命』をもって何十手先を見据えて行動できる。ここ(紅魔館)の当主とは常にそうあらねばならないのだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 パーティ、というか前夜祭か。まぁ、どちらでもいいのだが、私はどうもその手のイベントが苦手だ。

 人生の大半を紅魔館内で済ませてしまっている私は、ただでさえコミュ力が高いとは言えない。その上、貴族っぼい立ち振る舞いでザマスザマスと言いながら腹の探り合いなんぞ真っ平御免だ。

 

 幸いにも(またまた申し訳ないことに)レミリアが挨拶回りをしてくれているし、給仕は咲夜やリサが頑張ってくれている。人間の咲夜が同族に近づいてもいいようにオウレットも認識阻害のお膳立てもしてくれた。

 

 そうやって皆がパーティを乗り切ろうと奔走している中私は何をしていたかというと。

 

「フランー、表情筋が死にそうだから慰めてー」

「……あー、ハイハイ、お疲れお疲れ」

 

 パーティを抜け出してフラン相手に愚痴っていた。

 

 

 

 フランは私とレミリア二人が顔を出していれば失礼には当たらないだろうということで、挨拶回りを免れていた。

 

 正直、滅茶苦茶羨ましい。初対面の人にわざわざ来てくれて有難うみたいなことを言いながら、笑顔を振りまくのだ。疲れまくって最後の方とか口元の筋肉がひくついてたと思う。

 挨拶をしていない時でも、常に誰かしらの視線に留まるためニコニコしていなければならない。

 

 さらには立食形式とはいえ、唯一のストレス解放手段である食事でもそれなりの作法が求められる。一度にたくさん取らず、口元に手を添えて、食べ終わったら一通りの感想を。

 

 そんなこんなでパーティ疲れしてしまった私は図書館で扉越しにフランと話をするのだった。

 

「それは置いといてお姉様、」

 

 置いてかれた。まぁ、私の愚痴なんぞ聞いてても楽しくないだろうから構わないのだが。

 

「さっきまでパーティに出てたってことは、パーティ用のドレス着てたの?」

「まぁ、流石に普段着で出席するのは失礼かなって思って。……それがどうかした?」

「い、いや、別に……なんでもない」

 

 ……ははーん、なるほどね。

 フランの煮え切らないごまかしを聞いて察する。

 

「フラン、……もしかしてドレス着たかったりする?」

「……ちょっとだけ」

「了解っ!少し待っててね。適当に持ってくるから」

 

 フランに似合いそうな服を脳内でピックアップしていく。……メイド服とか混ぜ込んでおこうかぐへへへへへ。

 

「あっ、……い、いや、なんか悪いし……。いいよ持ってこなくて」

「いいって、いいって。私が着てもらいたいのっ!」

 

 パーティに出ないのにおめかし出来るのはちょっと役得ではないか、と思ったがそれは違う気がする。

 

 私の記憶が正しければフランは今日のような催しに参加したことは無いはずだ。せいぜいが、内輪同士でのささやかなものだった。

 当然、特別なドレスなんて着る機会は無く、年頃の女の子(吸血鬼の基準は不明だが)からすれば歯痒かったのではないだろうか。

 

 そして間違いなくその原因を作り出してしまったのは私の落ち度だ。ならば今日ぐらい妹のドレスアップに付き合ってやるのが姉というものだろう。

 

 妹のささやかな願い(我儘)を叶えるのは姉の役目なのだから。

 

 

 

 完璧に見繕った服を図書館に置いておく。

 

「フランー!ここに置いとくから楽しんでねー」

「……んー。……ねぇ、カルラお姉様」

 

 姿見(吸血鬼も映る魔界の特注品だ)も衣類のそばに一緒に置いて、図書館を出て行こうとした時、フランから声がかかった。

 

 どうしたのか、と聞く前にフランは言葉を紡ぐ。

 

「……ごめんね。私のせいでそんな……」

 

 はて?何だろうか。何か謝られるようなことをされた覚えもした覚えもないのだけれど。

 

「……迷惑かけちゃって」

 

 ますます分からなくなった。迷惑をかけた覚えこそあれ、かけられた覚えは微塵もない。

 まぁ、なんだかよく分からないが、勝手に思い込んでフランが落ち込んでしまったのは扉越しでも伝わってきた。

 

 取り敢えず、こういうやり取りの時に暗い雰囲気を払拭する応え方を私は知っている。

 

「いいんだよ、フランは気にしなくって」

「……でもっ!」

「いいから。それに……ごめんなさい、より、ありがとうって言われた方が嬉しいかな」

 

 そう、謝罪より感謝。謙遜より謝辞。

 

 『ありがとう』に勝る嬉しい言葉はないのだ。

 

「……ふ、服、……ありがとう」

「ふふっ、どうしたしましてっ!」

 

 納得してくれたのかは定かではないが、恥じらいが篭った『ありがとう』を貰えただけで私のテンションはリミットブレイク真っしぐらだ。

 

 

 

 高揚した気分も冷めやらぬままに図書館を出ると、不機嫌が服を着て歩いているかのような恐怖の対象(レミリア)とばったり出くわした。

 

「カルラっ!貴女が途中で投げ出すからっ……!」

「いやぁーっ、ありがとうレミリア!本っ当にありがとう!流石紅魔館当主!太っ腹っ!」

 

 フランの希少性が高いありがとうとは違った、安っぽいありがとうのバーゲンセールである。しかし口を挟む余裕も与えず感謝感激の意を詰め込めば、必死さが伝わったのかお小言は止めてくれた。

 

「……はぁ、まぁ、貴女のそういうところは今更だし気にしないわ。それより、オウレットの最終確認が終わり次第幻想郷に行くから、フランに伝えといてね」

「レミリアは?」

「貴女に丸投げされたことをやらないといけないのだけれど聞きたいかしら?」

「ごめんなさい」

 

 フランに止めてくれと言ったばかりなのに、レミリアの憤りが篭った声に思わず謝ってしまった。有無を言わせず感謝より先に謝罪の言葉を引き出すのはレミリアのカリスマ(笑)が成せる技なのかもしれない。

 

 

 

 レミリアと別れたあと、フランに直接会ったらどうなるか分からない(深い意味ではなく)ので言付けを近くを通りかかった妖精メイドに頼み、自室に戻った。

 下手に出歩いたりしたら誰に出くわすか分かったもんじゃない。ぼっち部屋で眠ってしまわない程度にゴロゴロしてよう。

 

「邪魔するわよ」

「あ、紫」

 

 寝っ転がっていた私のベッドに、いつもの如く空中からニュッと這い出てきた友人に少し驚く。というか、一応今から侵略するという体裁の土地の管理人が、侵略する側に来れば何かしら勘繰られるのでは無いか?

 

「心配無用。誰にもバレることはありませんわ」

「そりゃ大層な自信で……」

 

 しかし何故だかそれなりの頻度でやって来る紫にレミリアやオウレットが気付いている気配は無い。故に紫が大丈夫だと言えばそうなのだろう。

 

「今日はコレを持ってきたのよ」

「……コレはっ!」

 

 ベッドに腰掛け、妖艶な笑みを浮かべた紫は紅い光沢を携えたそれを軽く振る。液体が跳ねる音を微かに私の耳が捉え、思わず頰が上気する。

 

 直ぐに、こんなモノを持って来てくれた友人を寝っ転がったまま対応するわけにはいかないと跳ね起きた。

 

「私と二人で前祝いと洒落込みましょう?」

「喜んでっ!」

 

 紫に釣られて思わず表情がにへらと緩むのを感じた。

 

 

 

 

 

 なんの前祝いなのか、とかは特に考えなかった。考えるまでもなかったという方が正しい。私にとっては幻想郷への移住。紫にとっては幻想郷への新勢力を無事に迎えられる事。そう、疑わなかった。

 

「……美味しそうに飲むわねぇ」

「しゃくにんが美人だからねぇ、ひっく!、よけいに美味しく感じるってもんよ、……ひっく!」

 

 呆れた様子でこちらを眺める酌人はアルコールにだいぶ強いようで、かれこれ二時間以上になっても顔一つ赤らめた様子はない。

 

 怪しくなってきた手元で、紫が持ってきた赤ワインを傾けながらスモークチーズを嗜む。比較的甘めに作られたソレは僅かな酸味と相まって、塩気のある肴とよく馴染むのだ。

 

「……失敗したかしら?」

「へ?……ひっく!」

「何でもないわ。ほら、注ぐわよ?」

「うぃ〜っす、……ひっく!ありがとねぇ〜」

 

 いかに幻想郷の管理人と言えども酔っ払いの相手は疲れるのか、途中からよく分からない独り言が増え始めていた。

 

 しかし泥酔した脳みそではしっかりと思考することも難しくて、新たに注がれた酒に流されてしまうのだった。

 さっきから結構なペースで飲み進めているせいか、顔が熟れた果実みたいに赤く、沸騰しているかのように熱くなっている。

 

 ふと、ちょっとした悪戯を思いついた。

 

 ちゃんと仕立てられたドレスを艶っぽく着崩し、唇を軽く舐めて軽く人差し指を這わせる。軽く首を傾げて唾を飲み込み喉を鳴らす。これに流し目も足せば、立派な色女の出来上がりだ。

 

 犬のように吐息を零し、媚びるように声を掛ける。よっぽどの朴念仁じゃない限りこれに靡かない奴なんているまい。

 

「……紫?」

「身不相応なことはやらない方がよろしくてよ。思わず食指が伸びそうになったわ」

「……ケッ、つまんないのー」

 

 欲情の色一つ見せないあたり、紫はその稀な類だったようだ。無駄に色気を振りまくだけ無駄だった。それか私の見た目が痛々しかったとか。

 

「まぁ子供が背伸びしてるようで目の保養には良いわね」

 

 ……泣くぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー……

 

 

 ーーーーまただ。

 

 ーーーーまたやってしまった。

 

 やはりアルコールは良くない。ほんの僅かならば、酩酊感に心を酔わせたり、楽しんだりすることができるのだが、飲み過ぎは良くない。飲み過ぎないよう普段から気をつけていたのだが。

 

 今回はこれまでにない祝い事でテンションが高かったのと、咎める役がいなかったことが原因だろう。

 

 くそ、紫に罪はないとわかっていても恨めしい。

 額に手をやろうとして、手がないことを思い出す。もちろん額はおろか、この『夢』の中では実体さえ持ってないのだが。

 

 

 

 ……やべぇーな。今回の『夢』は今までにない程長い。確か1日に10時間以上寝るとむしろ体調を崩すと聞いたことがある。前回はその倍以上、丸一日寝てしまったというのに、それより長くなるとどうなってしまうのだろうか。

 

 ……今更どうしようもない、か。

 

 やっぱり声は出なくて、仕方なくこの無情な空間に、誰かの気がすむまで居座ることに決めた。

 

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 お、やっと来た。

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 この世界()が終わる合図。

 

 

 まぁ、こっからが長いのだが。

 

 

 ……キーーーーン、キーーーーン。

 

 

 ん?いま、間隔が短くなかったか?

 

 

 ……キーーン、キーーーーーーン。

 

 

 おお!また違った!

 

 

 ……キーーーーーーーーン。

 

 

 ……戻った。規則性があるのか?

 

 何にせよこれは初めてのことだ。覚めるまでの暇潰しにはちょうどいいな…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ、んぅ……」

()()()()()()()()()()()()()()、待たされる側の気持ちにもなってほしいわ」

 

 誰かの声が聞こえる。耳に残るあの音と混ざって声の判別が難しい。

 まだ眠っていたい脳を無理矢理叩き起こそうとする。が、しかし。

 

「ほら、起きなさーい」

 

 そんな声が聞こえた直後に、頭に妙に軽い何かが落ちてきて鈍痛が走る。というか金タライだこれ!懐かしさを感じるほどに使い古されたネタである。

 

「紫許さない許さない許さない許さない……」

「乙女を待たせるから悪いのですわ」

 

 徐々に響いてきた痛みにつむじの辺りを強く押さえていると聞こえてきた声に、ちょっとだけ引っかかる単語を聞き取ってしまった。

 

 乙女…………?

 

 見た目からして確実に私より年を食ってる紫が、半世紀近く生きてる私より背の高い紫が、乙女…………?

 

 そんなことを考えていると何故だか分からないが背筋に冷たいものが走った。私の本能的なサムシングが全力でこれより先を思考するのを止めてくる。

 ……やめておこうこれ以上は藪蛇にしかならない。

 

「そ、それにしたってもっと温情のある起こし方が……」

「流石に3徹目は肌に悪いのよ」

 

 肌を気にするなんてもう完全に年増……。なんだか背中から銀でできてるかのような視線が刺さるんですがあのその。

 

 ……へ?3徹目?

 

「紫、私、どのくらい……寝てた?」

「大体丸2日程かしら」

 

 2日、2日、2日!……そうかー2日も寝てたのかー……流石に寝過ぎじゃね!?

 待て待て待て!……ってことはーもしかしてー?

 

 脳天を精神的な衝撃が突き抜けた。慌てて多少着崩れてしまっていた服を軽く直し、布団に取られそうなった足をもつれさせながら窓に駆け寄る。勢いのまま開け放ち、バルコニーに飛び出す。

 

 2日も経ってしまったってことはつまり。

 

「……わーぉ」

 

 紅魔館の裏手に広がっていたはずの森は綺麗さっぱり消えていた。代わりに在ったのはこれまで見たこともないような湖。

 

 もっと違うのは空気。

 言い表すのが難しいことこの上ないが、数日前の俗世にまみれた空気ではなく、幻想になったであろう澄み切った空気が肺を自然と満たしていく。

 

 

 

 それは心安らぐ感覚であったはずなのにーー……、

 

 

 

『ここにいてはいけない』

 

 

 

 ーー……ほんの僅かな忌避感が心を掠めたのだった。

 

 

 

 ホームシックとも違うその僅かな負の感情は、瞬く間に直前まで心を占めていた驚愕という大きな感情に埋もれてしまった。

 

 

 

 最初に抱いていた予想と違わないことを確認しようと、後ろを振り返る。

 

「紫、ここって、もしかして……、その……」

 

「ええ、そうよ。

 

 

     幻想郷へようこそ。歓迎するわ」

 

 

 

 そこには幻想郷(楽園)の管理人が佇んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「ほらほら、そんな不貞腐れてないで。可愛いお顔が台無しよ?」

「……別に不貞腐れてないし。というか(おだ)てれば機嫌直るとか思ってない?」

 

 なんだかあやされてる気がして聞いてみれば、帰ってくるのは生暖かい微笑みのみ。否定しろよ……。

 

 それと、私は決して、決して幻想郷に移る瞬間が見れなくて機嫌が悪いということはない。機嫌が悪い訳ではないのだが……ゆかりんよ、できれば起こして欲しかった……。

 

「さて、かなり時間が経ってしまったけど……飲み直しといきましょうか」

「え゛っ」

 

 ついさっきまで痛い目を見たばかりなのに、まだ飲ませようとするのか。てか、思えば紫が律儀に起きるまで待たずに帰って仕舞えば良かったのに。

 

「もうそんなに残ってないから」

「まぁ……いいか」

 

 確かに紫が2つのワイングラスに注いだ後には、もうボトルに影はなかった。

 

「ちょっと待って」

 

 私が寝起きのアルコールは身体に悪いのではないかと、戦々恐々としつつグラスを傾けようとすると、紫から声がかかった。

 

「酒に呑まれる前に少しだけここ(幻想郷)の話をしましょう」

 

 酒に呑まれるて。流石にワイン一杯で前後不覚になるほど酔い潰れたりはしない。

 

 しかし存外紫の目がマジだったので仕方なしにグラスを置く。早く終えてくれよ?さっきから芳醇な香りが喉をこれでもかと乾かしてくるんだ。

 

「ありがとう……さて、貴女が呑気に寝ている間に既にお仲間の侵略は始まっているわ。……はいはい起こさなくて悪かったわね。取り敢えず今の戦況はこちら(幻想郷)側が押されているわ。といっても被害の多くは天狗たちが被ってくれているし、私としても願ったり叶ったりよ」

 

 そりゃそうだろ。私達が紫の言う通りに『妖怪の山』……だったかな?を最初に落とすように仕向けたんだから。むしろよく『押されている』だけで済んだものだと驚いている。

 

「とはいえ、完全に落ちてしまっても困るの。今回の目的は手綱を締めるだけで、根本的な勢力交代は望んでいない。だから、そろそろ潮時だと判断させてもらったわ」

 

 潮時……つまり、私達(道化)の仕事の終わりを意味する。

 

「後処理は大丈夫なの?」

「ええ、それは心配無用ですわ。そういうの(雑魚処理)が得意な友人を呼んでおきました……。ただ、一つ問題がありまして」

 

 ……何故だろう。その問題とやらがこの上なく厄介ごとに思えるのだけれど。

 

「まぁ、それは後々話すとして。まずは貴女の幻想入りを祝して乾杯といきましょう」

 

 ……何故その問題を話してから乾杯しないのだろう?

 

「暗い気持ちで乾杯しても楽しくないでしょう?」

「ん?……え、あぁ、まぁそうか。……乾杯」

 

 多少釈然としない感情を、そういうものかと、血のように赤いワインと一緒に口に含める。

 

 微かな違和感。

 

 こんな味したっけな?

 

 ワインは美味い。美味いのはいいのだけれど、未知の味と表現するべきなのだろうか。私の舌によく合うがどうしてなのかは判らない。

 

 アルコールが喉を通り、胃に収まる。

 

 身体の中に熱が広がる。……普段飲んでいるワインの比ではない速さで。しかし本来ならばそれと一緒に来る酩酊感は無かった。むしろ頭は眠気なんて吹っ飛んでいて、ずっとクリアになっている。冴えているのだ。

 

 その冴えた頭が何かを訴えてくる。何処かに何かが引っかかっている。それは何だったか。

 

「紫、このワインさっきのから変えた?」

「ええ、眠気覚ましに最適なものを選ばせてもらったわ。……乾杯も終わったところで問題点についてなのだけれど、私が呼んだ友人にあるのよ」

 

 それはもうそちらで解決して下さい。

 

「確かに私の友人は幻想郷でも随一の強さなのだけれど、人格破綻者……とまではいかないにしても、戦闘狂、嗜虐趣味、自身のテリトリーを侵されると我を忘れるのよ。度が過ぎる程にね」

 

 いやでも私達が今攻めているのは違う場所のハズ……。

 

「普段なら、『妖怪の山』が滅びようと染料されようと動かない奴なんだけど……アレが悪かったわね」

 

 紫がアレと指差した先には窓。ではなく、その先にある空を示しているのだろう。

 

 本来ならば、真昼間には晴れ渡っていた空があるはずだった。

 

 ーー……()()()()()()()

 

 そう、私がさっき何の用意もせずにバルコニーに出られたのはこの紅い雲のおかげなのだ。この雲はオウレットが言うには吸血鬼が日中でも動けるための簡易措置だそうだ。

 

 吸血鬼が太陽光を苦手とすることはあまりに有名だ。故に、侵攻の妨げになるのもまた道理。戦闘が長引くことも想定しなくてはならない為にこの雲は作られた。

 

 ただ、幻想郷は広く、全ての土地を雲で覆うには多大な労力と魔力が必要で、特にその点で吸血鬼の中で秀でているレミリアが魔力タンクとして抜擢されたのだ。

 

 だからレミリアは()()()()になった。

 

 しかしそれが裏目に出てしまった。

 

「つまりはそのバーサーカーさんがこの雲を出してるレミリアぶっ殺すマンとして暴れるってこと?」

「一応アレでも女だからウーマンなのだけれど、まぁ大体そんなところね」

「てことは何さ。そのバーサーカーのとこに行って、うちのレミリアがすいませんって誠心誠意謝罪すればいいの?」

 

 DOGEZAなら任せろ。

 

 私が脳内で地に頭をつけるまでのシミュレーションをしていると、紫が静かに首を振った。口が扇子で隠れてしまって詳しく表情は読めない。

 

「それではダメよ。言ったでしょう?戦闘狂で嗜虐趣味だと。頭を下げるまでの間に消し炭ね」

 

 それはもう本当にどうすればいいんだ……。

 

「簡単な話よ」

 

 吸血鬼を雑魚とみなせるほどの化け物が、紅魔館にカチコミにやってくることを思って震えていると、紫が事も無げに言い放った。

 

 

 

 そして次の瞬間、ーー……浮遊感に襲われた。

 

 思わず下を見ればそこには無数に蠢く目玉が。ーー紫が使う例のの異空間である。

 

 反射的に飛ぼうとしても飛べない。身体が飛ぶことを忘れてしまったかのように機能しないのだ。

 

「貴女が相手になるのよ。……()()()()()()()()

 

 その言葉にさっきのワインの違和感の正体を思い出した。何故頭が急にクリアになったのかも思い出した。

 

 あのワインにはレミリアの血が入っていたのだ。

 

 

 

「頑張ってね」

 

 異空間に落ちていく寸前に見た紫の扇子の下には、いつか見たあの酷く歪んだ笑みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 この空間には凡そ世界の常識が通用しないようだ、といつまで経っても一定の速さで落ちながら思った。まぁ変なところで現実味があってもそれはそれで不自然なのだが。

 

 しばらく異空間の中を落ちていくと、下の方に明るい部分が見えてきた。恐らくあれが出口なのだろう。と思っているうちにどんどん出口らしき場所が近づいてくる。

 

 暗い色合いの空間から、明るい場所へと落とされた。

 

「……どこだここ?」

 

 暗がりから急に光を取り込んだので、少し目が眩んでしまったが、次第に慣れてくると目が情報を流してくる。

 一面に広がっているのは黄色に、オレンジに、赤と、色とりどりの花だ。空を彩る紅い雲も目に入る。

 

「……花畑かな?しかしなんだってこんな所に、」

「こんな所、とはご挨拶ね」

 

 突然女の声がした。しかし振り向くに振り向けない。

 

 ……後ろから殺気をビンビンと感じるんですがあのそのどういう了見ですかね?

 

 ギギギギと、錆びついたブリキのような首を無理に動かして顔を向けると、美人さんがいた。

 

 世にも珍しいウェーブがかかった緑髪に、殺気を帯びた赤い瞳がよく似合う。白いカッターシャツの上には赤いチェック柄のベストを着ていて、同じチェックのロングスカートを穿いている。胸元には黄色のリボンも付いていてちょっとしたお洒落として素晴らしいファッションセンスだ。端正な顔立ちと相まって本当に美人さんだこと……。

 

 

 

 ……返り血に濡れていなかったらの話な。

 

「貴女がこの忌々しい雲の元凶ね」

 

 いや違うんです、私は嵌められたっていうか。

 

「吸血鬼って肥料になるのかしら?どんな花を咲かせてくれるのかしら?楽しみだわぁ」

 

 うわぁ、この人ダメな人だ。

 

「貴女を殺せば私の愛娘たちも浮かばれるのかしら?」

 

 誰かー!!ヘルプミー!!

 

 

 




 幻想入りして早々USCとエンカウントする主人公。

 あと次は戦闘描写になるんで遅れる可能性大です。


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ジョジョ四部ハイウェスターその3


ohisasiburidesu.

korekarasenntoubyoushahanikainiwakerukamosiremasenn.



 

 

 ギャップ萌えとは一人の人物に内在する二面性が織り成すユートピア……らしい。クールだと思っていたら甘えん坊だったり、やけに強く当たってくると思ったら急にデレたり。

 

 普段から描いていた人物像を裏切る意外な一面に心がときめいてしまうのだとか。

 

 さらに言及するなら、その意外な性格を発見した後だと、普段の行動全てが可愛く思えてしまう。もしくはその発見は自分しか知らないものではないかと邪推して、独占欲や優越感が湧き上がってくる。

 

 例えば目の前の美人さんはどうだろうか。

 

 妖精のように可憐にも、頼れるお姉さんキャラにも、成熟した大人ように妖しくも見える。これだけ並べると属性としては申し分無い。

 

 しかしその白い肌が覗ける二本の腕には()()()()()()()()()()()()()()()()が付着している。

 

 所々に白い部分が見えるカッターシャツには()()()()()()()()()()()()()()がこびりついている。

 

 私の知っている誰にも劣らない端正な顔立ちには()()()()()()()()()()()()()()()()()が顎から滴っている。

 

 見た目だけで言えばヤンデレっぽいのだが、内面は友人()によると嗜虐趣味で戦闘狂らしい。

 見た目だけでは優しそうだと思っていたら、ヤベーやつだった。そんなギャップ。いや、これで第一印象が決定づけられたのだから、これからギャップ萌えは始まるのかもしれない。

 

 しかし素がこんなである美人さんにギャップ萌えを感じる人は果たしているのだろうか?いるとしたらそいつは被虐趣味に違いない。

 

 そして少なくとも私は心がときめいたりもしないし、早く虐めて貰いたいと息を荒げたりもしない。

 

 

 

 

 つまり私が何を言いたいかというと、

 

「せめて自己紹介だけでも……」

「あら、貴女はこれから踏み潰す雑草に自己紹介をするのかしら?」

 

 ……今すぐにでもこの場から消えてしまいたい。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 時間帯は昼。正確には正午より少し前ぐらい。本来ならば吸血鬼の特異な体質に従って、ヒキニートよろしく屋内で過ごしているのだが、大空に広がる緋色(正直ピンク色だがそれを言うとレミリアに怒られる)の雲によってどういうわけだか、今日に限って美人さんとお花畑デートである。

 

 しかしお互いに初対面なので自己紹介をしようとしたらこの有様。まるで私と言葉を交わしたく無いと言われてるみたい。

 

 E x a c t l y(その通り)

 

 何故だか私はこの女性に敵対視されている。

 

 その理由が、ピンク色……もとい緋色の雲を作ったのが私で、その雲が彼女の子供達(花畑)に悪影響だから、らしい。

 

 本当によく分からない理由である。確かに我が子のように育てた草木が他人に踏み躙られたら憤ることもあろう。悲しむことだってある。

 

 しかし雲がなんだというのだ。たかが雲ではあるが、されど雲、ではあるまい。曇りの日ぐらい一年の間に腐るほどあるだろう。何だ?その度に毎回空に向かって怒鳴り散らしているのか?馬鹿らしい。その上この雲だってせいぜいが一週間持てばいいところだ。

 

 そんなことをできるだけ逆鱗に触れない程度に柔和に話したのだが、焼け石に水のようでむしろ殺意が右肩上がりになるばかりである。

 

 そこまでのやりとりで漸く理解した。この場所は彼女にとって聖域なのだ。悪影響が有ろうと無かろうと、もしも良い影響を与えるとしても、異分子が混ざり込むこと自体が許せないのだろう。

 

 つまりはーー、私がここに踏み込んだ時点でぶっ殺案件だったのだ。

 

 

 

「ーーーーいッ!!」

「あら、避けちゃダメよ」

 

 ふわりと形容するのが相応しい笑みに背筋が凍り、直感的に逸らした頭上を黄色い光線が通過する。急な動きに置き去りにされた髪の一部が嫌な匂いを出す。

 恐らくは指向性を持たせた魔力なのだろうが、込められている質量が尋常じゃないほどに高い。

 

「待て待て、なんで私がこの趣味の悪い雲を出したと判る?こんなヘンテコな色の雲を作る吸血鬼が他にいるかもしれない。例えばレで始まってアで終わる私の双子とか」

「だって貴女と同じ魔力じゃない、あの雲」

 

 ……いや、いやいやいや、それを言われたらお終いなんだけど。そりゃあレミリアが作ったんだから同じ魔力ですよ。……あれ?合ってるのか。

 

「術を解きたかったら術者を叩くのは当然よね」

 

 またもやレーザーポイントよろしく放たれた光線を勘だけで首を傾げて避ける。十分に避けれなかったのか、右頬にピリつく痛みが光線の殺傷力が高いことを証明してくれる。

 

「撃つと動くわよ。……動くと撃つだったかしら?」

「動かなかったら撃たないの?」

「当然……撃つに決まってるじゃない」

 

 正面から魔力の膨張を感じて、必死に横っ飛びする。

 

 あまりの威力に空気の振動音が聞こえて、攻撃すればいいものを思わず振り返ってしまう。

 

「ウッソでしょ……」

 

 レーザーというより、これは『魔砲』と言った方がその有様を顕著に表している。直径が私の身長の3倍以上はある魔力のレーザーがすぐ横を通り過ぎていった。

 

 吸血鬼の肌を焼くほどの出力を持った魔力で、あの規模を維持しているとしたら、彼女はとても生物という括りで纏められる存在ではない。

 地球外生命体と言われた方がまだしっくりくる。

 

 正直勝てる気がしない。

 

 勝てるプランがない。

 

 しかし殺らなければ殺られてしまうのも、また道理であって。

 

 仕方なしに最大限の努力を試みる。

 

 彼女を中心点に見立て、一定の距離を保ったままぐるぐる走り回る。当然先方もそれを愚直に追い立てるわけではなく、時に先読みをしながら、時に退路を潰すように魔砲を撃ってくる。

 

「ちょこまかちょこまかと……! まるで羽虫ね」

 

 綺麗な顔を苛立ちで歪ませながら、膨大な質量の放出を少しも緩める様子はない。

 

 あれだけの魔力は一体どこから湧いているのか。答えは至極簡単であった。この土地、この花畑全体が彼女の魔力で満ち満ちている。正確には花畑を構成している色とりどりの花の一つ一つが、濃い魔力をベールのように帯びている。

 そのお陰か、さっきから魔砲をいくら浴びようとも、さもそよ風に充てられたように揺らぐだけである。

 

 唯一の私の強みである座標を、走り回りながら、時に予測しながら取得していく。

 

 こんなことができるのも偏に彼女が言わば固定砲台のごとく、最初にあった場所から一歩も動かないからである。しかしそれは反動を耐えきれるほどの身体能力があることを示している。

 つまり接近戦も期待できそうにない。

 

 クッソ!

 

 ある程度周囲の座標を集め終わったので、反撃と行きたいのだがいかんせん糸口がつかめない。

 一つの手として、奴の目がこちらを向いた瞬間に反対側に転移し弾幕を撃ち込むという方法がある。

 だが転移先を読まれるリスクを無視できない。

 

 私にとっての勝利条件、触れれば勝ち、というのがもう一歩踏み出せないのだ。

 

 どうしたものか、と思考に集中力を奪われた一瞬。

 

 

 

 ーーーー……いないっ!?

 

 

 

 私がぐるぐる回っていた円周の中心にいたはずなのに居なくなっている。意識から外れた、と言ってもほんの一瞬だ。その刹那の意識の間を縫うように姿を消された。

 

 慌てて周囲を見渡すーーーーが、それさえも命取りだった。

 

「のろいわねぇ」

 

 腕の骨を突き抜け、肋骨が嫌な音を立ててひしゃげる。

 

 華奢な体格に見合った細く美しい腕が、らしからぬ衝撃を持って私の腹部を突き抜けた。

 後ろに飛んで衝撃を流そうと考えた時、ベクトルが変わった。正面からわずかに角度が付き、地面に擦りつけられるように吹き飛ばされたのだ。

 

「ぐ……ふっ……!」

 

 言葉のまま内臓をかき混ぜられたような痛みに、背中が地面とぶつかり前後から圧迫され、血が口元までせり上がってきて溢れそうになる。

 しかし口の中にとどめた。吐いて仕舞えば止まらなくなる気がしたから。温かい液体を嚥下すると、ぬるりとした感触にまた吐き気が込み上げてくる。

 

 そして少し後悔する。能力を使う上で一番効率がいいのは美鈴と戦った時のように、相手に私の血を飲ませることだ。

 また死んだフリをするのは勘弁願いたいが、場合によってはやむを得まい。その上で、食材()下味()をつけないのはマズイと思った。集る虫も集らないだろう。

 

 思った以上に重く響いている臓器の損傷を圧して、震える足で立ち上がる。目の前が霞むが、私の前に誰かが立っていることはシルエットで分かった。

 

「……なんの真似かしら?私を舐めているなら非常に不愉快極まりないのだけれど」

「なんの真似と言われても……見たまんまだよ」

 

 はいはい、デジャヴデジャヴ。

 全く同じこと美鈴にも言われたから。

 

サンドバッグは何度でも殴れるからサンドバッグたり得るのであり、たった一度殴っただけで壊れてはフラストレーションの捌け口には到底なれない。

 

「ぐっ……!があぁぁぁっ!」

 

 足をグリグリと踏みつけられ、骨にヒビが入る音が聞こえる。激痛に耐えかねてあられもない声を上げてしまう。意識がパチパチと明滅し、視界がぼやける。

 

 そんなにも弱いサンドバッグ擬きを嬲るには弱い力でなくてはならない。少しの力で徐々に壊していくのだ。

 

 痛みに悶絶しながら、元凶になったあの忌々しいピンク色緋色の雲を見上げる。

 

 あれさえ無ければーーーー……。

 

 

 

 ……いや、これは使えるかもしれない。

 

 しかし一旦距離を取らなければ。

 

 取得した座標で現在地から最も遠い場所を選択する。

 その間にも無慈悲なグリグリは続いていて、痛みで集中力が切れそうになるが必死で繫ぎ止める。

 

 痛くなーい痛くなーい痛くなーい。

 

 幸いにも意識が途切れるか途切れないかの痛みで収まっている。いや、相手がそうなるよう調節してるのだ。

 全く、天性のサディストだこと!

 

 

 

 だが慢心だ。

 

 足を退けるために指をピストルのように構え、がむしゃらに魔力を込めて射出する。

 

 狙いは表面積が一番大きい(と言っては殺されそうだが)腹部だ。それなりの威力を込めた弾丸は、相手が横に躱したことで宙へと消えていく。

 

 脚がようやく自由になったので、座標で跳躍して一旦大きく距離をとる。

 

「私を置いて何処へ逃げようとしているのかしら」

 

 ちょっとラピュタっぽい。いや、小さい子供を追いかけ回してる点では同じかもしれない。

 新説! この人とム○カはロリコンだった?

 

 なんて馬鹿なこと考えていると、ノールックで正確にこちらに向かって先ほどより一回り小さい魔砲を撃ってくる。

 

 足はしばらく使えそうにないので、あまり小回りの効かない空中で躱すしかない。

 

 

 

 ーーーー血を捻出。

 

 

 

 ーーーー霧状に変化。

 

 

 

 ーーーー周囲に散布。

 

 

 

 レミリアの雲に着想を得た画期的な案である。

 

 馬鹿高い魔力を持っていたとしても所詮は一生物に過ぎない。この世に生を受けている以上呼吸せずには生きてられない。そこで空気中に私の魔力を散らしておけば勝手に体内に取り込んでくれるって寸法だ。

 

 さらに魔力がそこら中にあるため、転移しても位置バレしにくいってのも利点の一つだ。頭良すぎん?

 

 自分のスマートさに顔をにやけさせていると、果たして魔力が彼女の体内に入ったことが確認できた。

 美鈴のときと違って少量ではあるが、どちらにせよ私の魔力が入っていることには変わりないので、この状態で触れて仕舞えばチェックメイトである。

 

 

 

 しかし、ふわりとロングスカートを靡かせながら、ゆらりとこちらに鋭い眼光を投げるサディストに内心震え上がっていた。

 

 理由は簡単ーーーー霧を撒いたということは、すなわちいよいよ敵対する意思を自分から見せたということに他ならない。現に、確かな殺意の篭った眼が私を射殺しそうなほど睨みつけている。

 

 怖い怖い怖い怖い怖いっ!

 

 そんな睨まなくてもいいじゃない……。

 

 さっさと終わらせよ……。

 

 自身を隠すように派手な色の弾幕をとにかくばら撒く。出してるこっちの目がチカチカするほど。

 

 なんだったか、一色から特異の色を見つけるのは簡単だけど、多色の中から一色を見つけるのは難しいとかなんとか。そりゃそうだな。

 

 そしてその間に無防備な背後に移動して背中に触れる。同時に能力を使い、『拒絶反応』を誘発させる。

 

「ハイ終わりっ!!」

 

 一時的に体の自由を奪われているのだから倒れても良さそうなものだが、武蔵坊弁慶よろしくずっと立ったままなのがなんとも不気味だ。

 

 え、……効いてる……よね?

 

 効果が切れるといけないので、早々に空間魔法で銀製の鎖を用意して手袋をつけながら丁寧に巻き付けていく。

 

 いまこいつの体内には私の魔力が流れている。……たぶん。だから銀でできたものには耐性がないのだ。……たぶん。

 

 完全に捕食者を気取っていたのに、あっさりやられて恥ずかしいお顔を拝見しようと回り込むと、

 

 

 

「ひいっ!」

 

 なんとまだ捕食者面した目は鋭く光っており、なんなら形の整った唇は三日月のように醜く歪んでいた。

 

 え、終わりだよね?終わりじゃん。美鈴だとこれで終わったじゃん。もしかして本当にどちらかが死ぬまでの残虐ファイトとか?勘弁してくれ。

 

 でもこれどうするんだ?

 私としては紫の友人を殺すのは忍びないし、彼女も身動きが取れないのだから膠着状態に入るのは必然ーーーー……、

 

 

 

 バキッ。

 

 嫌な音がした。

 

 からんからん。

 

 金属的な何かが擦れて落ちる音がした。

 

(ぬく)いわねぇ」

 

 綺麗な声が鼓膜を揺らした。

 

 目と鼻の先で魔力が集まっていく。

 

「待って、死「私はそこまで優しくはないわよ」

 

 私の視界が白く塗り潰されるとともに、至近距離の魔砲は私の他の五感と意識を奪っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 あれ、生きてる。

 

 閉じていた眼を開ければあいも変わらずピンク色の雲。仰向けになっていることが窺い知れた。

 

「痛っ」

 

 左手を目の前に持って来ようとすると、じくっとした痛みが走る。痛みをおして無理やり動かせばどうにか開いたり閉じたりすることが出来た。

 

 全身にじくじくと焼けるような痛みを感じる。同時にどこかにデカイ傷口でもあるのか血と一緒に魔力が体外へ流れ出ているのも感じる。

 

 身体の損傷を確かめようと、震える手を律して自身の肌を撫でていく。

 

 ある一部分を指先が通過した時、意識が吹っ飛ぶかと思うほどの激痛が脳天を貫いた。脇腹。それが触った部位の名称だ。

 

 私は幼少の頃から脇腹が弱い。

 くすぐられると身をよじってしまうほど敏感だし、強く刺激されると見合わない痛みに襲われる。

 今回は仮にもレミリアの魔力を使用しているのだから、その特性というか癖は無くなると思っていたのだが治っていないところを見ると、どうやら脇腹は私の無意識の弱点(ウィークポイント)らしい。

 

「あら、まだ死に損なっていたの」

「……よくもぬけぬけとそんなことを」

 

 大方、殺さない程度に調節していたのだろう。勿論、慈悲ではなく嗜虐心から。先ほどの戦闘からこいつは弱者を甚振り慣れているのだろうと察しがつく。

 

 しかし、残念なことにゲームセットだ。

 

 私にはもう戦う気力も魔力も残っていない。

 そんな思考を回している間にもいくつあるかも把握していない傷口から魔力が流れ出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、

 

 

 最後に力を振り絞って足を奮い立たせる。身体を起こすために地面についた手が痛みを訴えてくるが、なんとか立ち上がるところまで持っていった。

 

「死に体で何が出来るというのかしら?」

「……別に、悪足掻きと嗤ってくれて構わない」

 

 立つためだけに力のほとんどを持ってかれたせいか、まともな攻撃一つできそうにない。それでも濡れ衣で殺されるなんて嫌に決まっている。一矢報いたいじゃないか。巨人殺し(ジャイアントキリング)なんて浪漫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、

 

 

 

 

 

 

「そう、だったら」

 

 

 

 

 

 

()くと死になさい」

 

 

 

 

 

 

 腹部を一本の腕が貫手よろしく食い破っていった。

 

 私の血で水溜りを作ってしまった地面に、新たに大量の血が流れ出てさながら血の雨が降り注いだようになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

選手交代(メンバーチェンジ)だ」

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。甘美な匂いが鼻腔を刺激して、喉を生暖かい液体が流れ落ちていく。体内に入っていった血は私の魔力を増幅させていく。

 

 

 

 

 

 

 

 私の目は赤く濁っているに違いない。

 

 

 

 



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諦めたらそこで試合終了だそうです

タイトル変更&ユーザー名変更をば。

ユーザー名はどうでもいいとして、タイトル変更の理由はどっか書いときます。




 

 驚いたような視線が心地いい。

 

 初めてこいつから殺意と侮蔑以外の視線が向けられている。その事実と溢れ出す全能感にゾクゾクと背筋が粟立ち、えも言われぬ快感を覚える。

 

 ふと視線を下に向ければ、地面に滴り落ちて赤い水溜りを作っていた血は地面に吸い込まれるように消えていっている。

 

 なるほど、彼女が失くした血は地面が吸い上げ、根を通して花を育て、その花が濃い魔力を持ち花畑の一部になっているのか。自分の娘、という表現は血を継いでいるという点では言い得て妙だったわけだ。

 

そしてその花畑(テリトリー)の中では魔力の枯渇はあり得ない、起きようがない、と。

 

 チートだチート!

 

 ただそのアドバンテージはここでしか役に立たないに違いない。逃げれば勝ちだ。魔の領域から外れればいのだ。

 

 

 

 でも、と。

 

 もし私が逃げたらこいつはどうするのだろうか。

 

 地の底まで追いかけてくるか。

 

 それもあるかもしれないが、私はもう一つの可能性を捨てきれずにいた。

 

 それは空を覆う雲の魔力の私ではない方の根源を狙うこと。恐らくは私が今どんな目にあっているか、想像もしていないような姉ではあるが、大事な家族なのだ。

 それにレミリアのスペックでこいつと殺りあったところでまともに相手ができるとは思えない。

 

 

 

 故に――――。

 

「さっきの言葉だけど、そのまま返すよ」

 

 

 

「――――疾くと死ね」

 

 

 

 多量出血で動けない華奢な体に体重いっぱい乗せた拳を叩きつけ――――れなかった。

 

「良いわね、貴女」

「気持ち悪いこと言うな脳筋美女」

 

 何故ならばその拳は無造作に突き出された死に体の赤い拳で受け止められていたからだ。

 

 あり得ないはずの光景を目にして酷く叫びたい衝動に駆られた。だって頭おかしいんだもの。土手っ腹に穴が空いてるんだよ? どこで息してんのそれ。

 

 てかスルーしてたけど、ちゃんと銀で縛ったのに抜け出したのもやゔぁいからね。銀だよ? 吸血鬼キラーとして名高い銀だよ? それを単純な筋力でぶっ壊すって頭イってるからね?

 

「……私が血を流したのは久しぶりなのよ。……フフッ、もっと踊ってくれるかしら?」

「勘弁してくれ……」

 

 じゅうじゅうと嫌な音を立てながら煙が上がり、私の拳一つ分の穴を肉塊が塞いでいく。超至近距離からのあの一撃が割と最高火力だったのに、こうもあっさりと回復されると正直萎える。

 

 三日月に歪めたいろんな意味で赤い唇からから狂気に満ち溢れた笑みをこぼすと、次の瞬間には、空いている手にまるでその場で生成したかのように一本の傘が握られていた。

 

 何だろうか?錬金術とはまた違うっぽいけれども。

 

「出血大サービスよ!」

 

 私と互いに拳を合わせたまま、もう一方の手に握られた傘がこっちに向けられ、一瞬刀剣のように私の首が飛ぶ様を想像する。

 

 ……普通に考えて傘が首を刎ねることが出来るわけないのだが。こいつならやってしまう気がしたのだ。もしくはあまりにも早い振り抜きに鎌鼬が発生するとか。

 

 果たしてそんなことはなく。

 

 先程の魔砲を遥かに超える魔力が傘の先に集約する。

 

 これッ! やばいッ……!

 

「逃がさないわよ?」

「ッくそ! 放せッ……!」

 

 後ろに退こうと、地を蹴る直前に突き出していた拳を掴まれる。今まで何を悠長にしていたのか。さっきの一撃で仕留めておくべきだったか。いや、そんなことはどうでも良い。

 

 こうもしっかり掴まれていると転移しても私の体の一部とみなされてこいつも転移に巻き込んでしまう。

 

「い゛て゛っ゛!!」

 

 仕方なしに空いている手でナイフを取り出して手首ごと切り落とす。焼け付くような痛みを舌を噛んで耐える。やはり銀は吸血鬼の体には良く効くようでなによりだ。

 

 そのまま崩れ落ちるように私の血だけが滴っている地面に伏せ、射線を切る。

 残っている方の手で体を横にずらし、追撃として飛んできた脚を避ける。ちょっと待って、今風切る音したんだけど。アレに当たってたら頭が吹っ飛んでたかもしれん。それかスプラッタに 首がネジ切れるとか、180度回転するとか。全く、ゾッとしないな。

 

「弱いというのは全く、難儀なものね」

「何?嫌味?」

 

 結局、傘の先端に集まった魔力は離散し、距離をとったことで状況だけは振り出しに戻る。

 自分で切り落とした手首は既に治りきっていた。

 

「いえ、今の貴女という不確定要素ではとても強弱を判定できない。嫌味じゃなくて『弱さは罪』と言ってるのよ」

 

 ???

 

 ダメだ。まともに考えちゃいけないなこれ。難しすぎて頭から湯気が出そうだ。

 

「なるほどね。そういうこともあるかもしれない」

「貴女なら分かってくれると思ったわ」

 

 分かってないです。

 

 なんて言える筈もなく。って美鈴のときから何ひとつ成長してなくない?身体の成長と頭の成長が悪い意味で比例するなんて考えたくもないけど。

 

「じゃあ弱い者イジメは止めようってことで……」

 

 これは、良い流れだ。

 

「別に虐めているつもりはないわ。現に貴女、私と同じくらい強いじゃない」

 

 ダメでした。やっぱりお腹に穴をあけちゃったのが悪かったのか。そのまま腹の脂肪でも引き摺り出しておけば体重が減って感謝されたかもしれない。

 

「ああ、もう死んでいいわよ」

「ご免だねっ!」

 

 再び向けられた傘の射線を切るために背後に転移する。そして無防備に見える(どうせ無防備じゃないんだろうけど)背中に掴んだナイフを突き立てる。

 

 つ、突き立て、突き立てる!

 

「ほら、貴女は弱くないわ」

「な、なんでナイフが……」

 

 突き立てたナイフが刺さらない。否、刺さってはいるものの深くまで入り込まないのだ。まるで身体の内部に鉄でも詰まっているかのように。

 

 え? え? 生身だよね? 体内に鉄板とか仕込んでないよね?いやむしろ仕込んでくれてた方が、まだ常識的な気がするが、もしかして筋肉が硬すぎて刺せなかったりする? そんな馬鹿なことある?

 

 ……こいつならやりかねないのがなんとも笑えない。

 

「ちょっと、痛いわ」

 

 脇腹に華奢な足が突き刺さり、強く吹き飛ばされ景色が流れていく。突然の出来事に頭が持っていかれたせいで、至近距離での回し蹴りに対応できなかったのだ。

 

 吹き飛ばされた勢いそのままで背後に咲いていた花のもとに突っ込んでしまう。結構な衝撃だった筈なのに花は一本も折れている様子はない。上手く私の身体をクッションのように受け止めてくれた。

 

 平衡感覚を取り戻しているその間に、ナイフを引き抜かれてしまった。……ねぇ、服に一滴も血が付いてないんだけど身体の構造どうなってんの?それも一応銀製なんだけどなぁ。

 

「不思議ねぇ、こんなものが痛いなんて」

 

 心底理解できないと言った顔でそう呟くと、刀身を掴んでナイフを――――折ってしまった。

 

 再び思考停止。

 

 そして凝り固まった頭を回すと、ある事実に気づいてしまった。

 

 

 

 …………無理です。

 

 ……無理です。

 

 無理なんですっ、安西先生っ!!

 

 無策ここに極まれり。

 

 こいつに対する唯一のメタ武器だった銀も効かない。いつのまにか緋色の雲は掻き消えて穏やかな日差しが爛々と降り注いでいるのに、嫌がるそぶりも見せない。

 

 恐らく流水も意味がないのでは無いか、そう思えるほどに目の前の存在は理不尽という言葉がよく似合った。

 

 刀身の折れたナイフを投げ捨ててこちらに歩み寄ってくる様は、三日月に口を歪めた容貌と相まって淑女足り得ている。

 しかし私には気品を感じさせるその一歩一歩にズシンズシンと、ゴジラの如き効果音が備わっているように思えてならない。

 

 否。

 

 それは実際に幻聴として私の耳にこびりつき、五感を麻痺させ、喉を乾かせてひくつかせている。

 

 死。

 

 その文字が脳裏をよぎって、次第に色を濃くしていった。

 

 恐怖。

 

 死に対する恐怖。身体から力が抜けていく喪失感。意識が繋ぎとめられずに落ちていくあの感覚。

 

 それら全てが偽物(まやかし)であるにも関わらず私の身体を縛って、動けなくしていった。目の前の恐怖に拳を突き立てることもなく、次の一瞬のために逃げることもせず。

 

 恐怖は私に傘を突きつける。魔力が集約していく。

 

「存外に楽しめたわ」

 

 やめてくれ。

 

「でもまぁ」

 

 死にたく無い。

 

「領分を弁えるべきだったわね」

 

 誰か、

 

またいつか(死後の世界)会いましょう」

 

 誰か助けてくれ。

 

 眼前を高温と眩い光が覆った。

 

 思わず眼球を守ろうと本能的に目を閉じる。

 

 

 

 

 

「まぁ、合格点といったところかしら」

 

 結果として、吸血鬼の身体を焦がすほどの光線が私に触れることはなく、代わりにいつかのような浮遊感に襲われた。

 

 花畑に落ちた時と同じ感覚。

 

「このっ……どの面引っさげて……むぐ!」

 

 落とされた時といい、今回といいあんまりな仕打ちに文句を言おうとした口は、しなやかな指で塞がれてしまった。

 何をするんだと、目の前のクソ野郎()を睨め付けるが、返ってきたのは飄々とした薄ら笑い。

 

「悪いことをしたとは思っているわ。取り敢えず、それは追い追い話すとして貴女の妹、どうにか宥めてくれないかしら?」

「ぷはぁっ! はぁっ、はぁっ」

 

 息苦しさから解放されると、いつのまにか私の部屋に戻っていることに気づいた。

 

「え? フランがどうかしたの?」

「いえ、貴女と同い年の方よ」

 

 可笑しなことを言う。フランは妹だが、レミリアは双子とはいえ戸籍上は姉のはずだ。

 

「ちゃんと説明したんだけどねぇ、どうにも納得してくれなくて困ってるのよ」

「ちょっとストップ。……なんか間違ってない? 私はレミリアの妹で、レミリアは私の姉なんだけど」

 

 自分で言っても何が何だか分からなくなるようなことを言ったが、果たして紫には正しく伝わったようだった。

 

「ああ、言ってなかったかしら」

「何を」

「確かに外界では貴女の方が妹かもしれないけど、こっち(幻想郷)では貴女が姉なのよ」

 

 ちょっと何言ってるかわからない。

 

「まぁ、分からなくてもいいわ」

「いや納得して無いんだけど」

 

 しかし、納得してはいないが私的にはどっちが姉だとか妹だとかあまり関係ないのか。せいぜい姉妹間の序列が交代するぐらい。……大分重要だった。

 

「そこ危ないわよ」

 

 へ?

 

 突然の忠告とともに、ヒョイっとその場から持ち上げられる。

 

 次の瞬間、私が紫に摘まみ上げられる前までいた場所に()()()()()()()()()

 

 それは見間違えるはずもない我が姉のグングニル。紫のお陰で串刺しにはならずに済んだが、後から冷や汗が止まらない。足の震えも止まらないし、腰が抜けてしまった。

 

「あ、あわ、あわわわわ」

 

 突然の殺意に驚いて口がまともに機能しなくなってしまった。

 

 というかグングニルって追尾機能あったんじゃなかったか。何故か今は私が何百年と夜をともにしてきたベッドに、帽子掛け宜しく直立不動の姿勢を保っているが、ワンチャン死んでたんじゃないか。

 

 私はいつのまに身内に殺されるような業を背負ってしまっていたのだろうか。

 

「こっちに近づいてくるわね」

「ど、どどどど、どうしようどうしよう……」

 

 紫がレミリアの気配を察知して知らせてくる。私の部屋は二階にあるので、床下からグングニルを突き刺してきたレミリアは一階から迂回して上がってくる必要があるのだ。

 

 きっとトドメを刺しにきたに違いない。姉の甘味を盗んだり、怪しい薬を盛ったり、パーティを投げ出したりした不埒な妹を殺しにきたのだ。頭数が一人でも減れば食費も浮くだろう。

 

 

 

 私が()るべき行動は既に決まっていた。

 

 

 

「カルラっ! 大丈……何してんの?」

「ごめんなさい許して下さい何でもしますから」

 

 ベッドから降りて両足を揃えて座る。両手を床につけて、お辞儀をするかのように額も床につけ(こうべ)を垂れる。

 

 日ノ国においての最上の謝罪作法。

 

 DOGEZAである。

 

 因みにこの亜種である焼きDOGEZAというものも賭博の世界に存在したらしいが、時間がなかったので叶わなかった。もし出来たらやったのかって?も、ももも、勿論やりましたとも!えぇ! ……痛いの勘弁して。

 

「ほら、彼女もこう言ってることだし許して頂戴な」

「八雲っ! 折角紅魔館からは被害が出ないように取り計らったっていうのに、余計なことを……!」

 

 ……あれ?どうやら怒りの矛先は、私ではなく紫に向いているようだ。こんなにも息巻いて怒りを露わにしているレミリアは見たことないのだが、何をやらかしたのか。

 

「何の話?」

「貴女をこいつが戦線に駆り出したっていうから……。何のために私がここ(紅魔館)を侵略の起点にしたって、貴女やフランが防衛ラインとして前線に出なくていいようにする為よ」

 

 へー、そんな深い思惑があったとは……。道理であのレミリアが文句の一つも言わずに他の奴らに従ってたわけだ。

 

 私の知らなかったレミリアの心遣いに感謝を、そんなことを知りもしなかった自分に少し腹を立てていると、むんずと肩を掴まれた。

 

 うおっ、なんだ急に。

 

「……大丈夫? 怪我してない?」

 

 こちらを気遣わしげに覗き込む顔にはどこか不安が感じ取られた。まるですぐに壊れてしまうガラス細工に、ヒビが入っていないか確認するような。

 

 それは行き過ぎた過保護のようだったが、実際問題割りかし死線を彷徨ってきたので強ち間違いでもない。

 

「大丈夫だって。過保護過ぎだよ」

 

 しかしいくら死にかけたとしても今生きていることには変わりないので、下手に心配させる必要性もない。それにそんなに心配そうな目で見られると背筋がムズムズしてくるのだ。慣れないことはしないでくれ。

 

 レミリアを引き剥がしつつ無事を伝えると、まだ瞳に不安を湛えながらなんとか引き下がってくれた。

 

「そう……なら良いけど」

 

 そう言うとレミリアは、瞳に潜む感情を不安から憤怒に変えて紫を睨みつける。その刺すような視線を向けられた紫はというと、何処かこちらを嘲るような目で見ていた。私がそれに気付くと同時に、嘘かと思うほど消え去ったが。

 

「さっきの話、詳しく聞かせてもらおうかしら」

 

 さっきの話、というと私が虐められてた話だろうか。

 

「……? 違うわよ、貴女と私どっちが姉かって話」

「そっち!?」

 

 ……私の中ではかなりどうでもいい話題に成り下がってたんだけど。

 

「ええ、良いわ。どうせだし一度きっちり話しておきましょうか。お茶はアッサムでお願いできるかしら」

 

 え? そんな場を改めるほど重要な話題だったの?

 

「分かったわ、咲夜やフランも呼びましょう」

 

 

 

 ――――え? 私の認識……甘すぎ!?

 

 



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今日から私は!!

 
 間空けた代わりにちょい長めです。


 

 首がかくんと落ちる。

 

 衝撃にびっくりして顔を上げる。

 

 このままではいけない。そうは思うものの瞼が重い。

 

 また、首がかくんと落ちる。

 

 またびっくりして顔を上げる。

 

「あかん、眠い」

 

 意識が朦朧とする中、ふとエセ関西弁が漏れてしまった。何故って言われてもわからん。心が関西人だったに違いない(思考放棄)。

 

 頭を回して気を紛らわせようと、今いる部屋を見渡す。もっとも何度目かも分からないほど見ているので変わり映えしないのだが。

 

 私の部屋より少し広いくらいの和室。

 

 部屋の隅には百合の花が活けてある花瓶。円状に並べられた私が座っているのを含めて4つの高そうな座布団。右手の壁には富士山っぽいのが描かれた掛け軸。

 

 洋風の紅魔館とはまた違った色彩を持つ、和の建築物だ。侘び寂びだね侘び寂び。

 

 そろそろ飲んでおくか、と思いオウレット謹製のオロナミン……もとい栄養ドリンクを取りだして喉に流し込む。

 

 喉を通って胃に入った直後、ドクン、と身体に染み渡るようにお腹やら頭やらが熱を帯びて眠気を吹き飛ばしていった。

 なまじ吸血鬼の身体でエナジードリンクを飲んだことがないので比べようがないが、喉が焼け付くような感覚が過ぎ去っていくのを鑑みるとさほど違いはないように思える。どうやら前回よりも改良したという製作者の言葉は、良い意味で度が過ぎていたようだ。

 

 特に考えることもないのに、頭が熱くなりフル回転していく。

 

 そう、例えばなぜ私が紅魔館ではなく、見たことも無い和室にいる経緯の回想などに思考が逸れていくのだ。

 

 

 

 

 

 

 時は遡ること数時間前……。

 

 

 

「紫のけちー、いけずー」

「ほんっと性格悪いわね八雲」

「まぁまぁ、別に隠してたわけじゃなくてよ」

 

 じゃあ逆になんだというのだろうか。

 

「ほら、聞かれなかったから言わなかったっていう……」

 

 クソが。そんな言葉を吐き捨てたいほどにはムカついていた。紫が提案したそれは私の数百年を水泡に帰すほどに馬鹿げていて、魅力的な提案だった。

 

「それに今回使うのは本人の許可が取れたからよ。言葉尻を取るなら今まで使わなかったのは本人が嫌がったから。むしろ姉妹なら妹の意思を優先してあげなさいよ」

「フランが嫌がった……?」

 

 紫の言葉にレミリアと首を傾げる。フランが何故嫌がることがあるというのか。私の知る限りではフランは私の事を憎からず想ってくれているはずだ。……思い違いでなければ。

 

「そこら辺の事は直接聞きなさい」

 

 そう言って紫が指を空中に一閃。すると空間が裂け、テレビ中継よろしく地下室の様子が映し出される。……が、肝心のフランが見当たらない。

 

「ちょっと、これちゃんと動いてんの?」

 

 なかなかフランが出てこないので紫に文句をつけるも、紫は扇子で口元を隠しながらじっとそれを見ているだけだった。

 

 と、画面の縁にちらっと煌びやかな宝石が映り込む。フランの翼だ。それは画面の端っこにちろっと見えたり、フェードアウトしたりを繰り返している。

 

「もしもーし、フランー?」

 

 あまりにじれったかったので画面に向かって呼びかけてみると、漸くフランが顔を見せた。……上半分だけ。心なしか顔が赤くなっているのは何故なのか。

 

「大丈夫フラン?顔赤いわよ。熱あるの?」

 

 レミリアが声をかけるも、ぶんぶんとかぶりを振るフラン。しかしうっすらとした赤色は徐々に色味を増していき、本当に高熱でも出しているかのようにはっきりと赤くなっていった。

 

 思わずフランの額に手を伸ばすと、ビクッと肩が跳ねた。が、触れる事はできなかった。プロジェクターに触っているような感覚か。

 

 フランに触らない事を歯痒く思っていると、ぴょこっとフランの顔が完全に生えてきた。顔はあいも変わらず赤くて、唇がわなわなと震えているが取り敢えず数百年経っても可愛いままで安心した。

 

 若干大人びているように見えなくもないのは、姉として贔屓目に見てしまっているからなのか、実際にそうなのか。

 

『……ひ、久しぶり。カルラお姉様、レミリアお姉様』

「毎日声は聞いてるけど、まぁ顔を見たのは久しぶりか」

 

 何で顔に手を近づけただけで吃驚されるのか、何で若干緊張気味なのか、とか数ある疑問は取り敢えず保留。

 

 一番聞きたかった事を尋ねる。

 

「フラン、さ。会いたくなかったってホント?紫が言ってたんだけど……。もしそうだったら理由とか教えてくれると嬉しいなー、……なんて」

『え? 紫お姉さんそんなこと言ったの?』

 

 ピキ、と空間が凍った気がした。正確には隣で暇そうにしていたレミリアと私の空気に限定されるが。

 

「八雲……フランになんて呼び方を……」

「流石に痛くないですかね紫さん」

 

 主に見た目というか年齢というか。白けた目で紫を見やるも何処吹く風とばかりに無視された。確かにフランより年上だから間違ってはないのだろうけど、お姉さんと言うよりかお母……。

 

「ぶべらっ!?」

 

 唐突に落ちてきた金ダライの衝撃が頭に響く。直後に使用済み金ダライは異空間に飲まれた。……レミリアにはあまりの早業に見えなかったらしい。

 

 ホントに落ちてきたんだって!

 

「ごめんフラン、それで?」

『え、ああ、なんて言うか、……会うのが怖かったから、かな。いや、勘違いしないで! 別にお姉様が特別なんかしたとかじゃなくて、ほら、……わ、私、お姉様に迷惑かけてばっかだったから、……気後れしちゃって、それに体質のこともあるし……』

 

 そこまで言うとまた顔を赤くしてまた画面外にフェードアウトしてしまった。

 

 一気にまくしたてられて、思わず目が点になる。はきはき喋っていた以前より少しどもっているのは、会わずに経た年月のせいか、はたまた緊張のせいか。

 

 え、ええ子や……!

 

 だいぶ勘違いが加速度的に増幅してしまってはいるが、私に迷惑になるからって自分を押し殺していたとは……。

 

 お姉ちゃん、フランをそんな子に育てた覚えはありません! もっとオープンにフリーダムにワガママにしてくれて良いのよ?

 

「……フラン、そのままでいいから聞いて。私は……フランにすごく会いたかった。声こそ毎日聞いてるけど、直接会えたのってかなり前じゃない。正直、フランの顔を忘れてしまいそうで怖かった。や、勿論忘れるわけないんだけど、それだけ会いたかったって話。比喩ね比喩。だから……フランさえ良ければ、時々でいいから顔見せてくれないかな?」

 

 変な気持ちだ。自分の心中を嘘偽りなく話す、というのはいつでも程度の大きさはあれど羞恥が付き纏う。いかに話す相手が信頼に足るとしても、自分以外と秘密(ココロの裏側)を共有する行為はとてつもない勇気がいるのだろう。

 

 そしてそれはフランも同じこと。拙くとも打ち明けてくれたフランには互いに秘密で縛っておくべきだと思った。……一連托生、そんな安っぽくて、でも重い言葉が心に浮かんで沈んでいった。

 

『……う、うん。分かったわお姉様。なるべく会うように努力してみる』

 

 本当に久しぶりにフランの顔を見れたことも相まって、心が春の陽気のようにポカポカとした。

 

 と、恥じらいを含んだ了承をフランから受け付けたところで、漸く今の状況を思い出す。

 

「あの、そろそろ良いかしら?」

「ちょっと空気読みなさいよ八雲。今ちょうど妹たちが良い感じなんだから静かにして」

「貴女よくシスコンとか言われない?」

「お生憎様ね。そんなこと言ってくるやつはいないわ」

 

 そもそも知り合いがいない……。

 

「うへ!? いひゃいいひゃい! いひゃいっひぇ!」

「いま変なこと考えたでしょ」

 

 ほっぺがぁぁー伸びるぅぅー。

 

ひゃーいれみりひゃのぼっひぃー(やーいレミリアのぼっちー)

「このーっ!」

 

 レミリアさんこれ以上は伸びません!

 

「話を、進めて、良いかしら?」

「あっ、どうぞお願いします」

 

 紫さんの額に青筋ががががが……。

 

 これくらいでキレるとかやっぱり年増……、

 

「ぶべらっ!?」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 パチン。

 

「咲夜、ここに」

 

 レミリアが指を鳴らせば隣に瀟洒な従者が現れる。毎回瞬きもせずにガン見しているのに気づいたらそこにいるのだから驚きだ。

 

「アッサムを三人分用意して頂戴。一つはフランのところに持ってって」

「既にこちらに用意してあります」

「そんなに急がなくていいわ。……長くなるんでしょう?」

「まぁ四半刻ほどかしら」

「そういうことだから……って、咲夜今なんて?」

「お茶菓子もございます」

 

 そんなにかかるのか、とは口には出さない。急かしているようで紫に失礼だからね。あ、咲夜紅茶ありがとう。……砂糖入ってるコレ? 角砂糖3個? 分かってるね、やっぱりそのぐらい甘くなくちゃ。

 

『フラン様、アッサムティーです。少々お熱いのでお気をつけください』

『……ありがとう咲夜』

 

 フランが咲夜にしっかりお礼を言えてるのを見てほんわかした気持ちになる。フランもしっかりしたなぁ、と。……姉バカかも知れないが、それでも嬉しい。

 

「じゃあ始めるわよ……。まず貴女たちの序列はどうなっているのか教えてもらえる?」

「序列……ねぇ。はっきりとしたものは無いけれど、私が一番上で……良いのよね?」

「大丈夫だから。レミリアもっと自信持って」

『なんで恐る恐るなんだか……』

 

 仮にも……ってか本物の当主だろうに。

 

「次に……カルラ、かしら?」

「うーん、どうだろ。貢献度で言ったら咲夜とか美鈴の方が高い気がするけど」

『いや〜お姉様でしょ』

 

 まぁ……そうなの、か?

 私みたいな穀潰しより咲夜とか美鈴の方がずっと相応しいと思うのだけれど。

 

「はいストップ。そこまでで構わないわ」

「何を言わせたかったのよ?」

 

 そこはレミリアと同意見だ。今話したのはもはや紅魔館の中では常識になっていること。改めて確認するまでもない。……ちょっと確認の時間が必要だったけど。

 

「その二人の序列はどうやって決まったのかしら?」

「……そりゃあ姉妹なんだから長女が上でしょ。……あー、もしかしてそこ?」

「どうやら気付いたようね」

 

 それは……確かにややこしいな。

 

 意味分からんこと言ってないで早く説明しろとでも言いたげなレミリアとフランに掻い摘んで説明するのならば。

 

「つまり、私とレミリアは双子で私の方が先に産まれたっていうのが前提条件。で、この場合レミリアを紅魔館の当主に置くのが我が家のルール*1。でも幻想郷では、なんていうか、ルールの違いで私が当主*2って扱いになってしまう」

「ん、んー? 私には分からないわ。ええ、分からないわ。小指の爪先ほどにも分からない」

 

 絶対分かってるやつだこれ。レミリアの紅い双眸からハイライトが失われていく……。

 

『ってことは今日からは、カルラお姉様が紅魔館の主人ってことね』

 

 フランさんそれ言っちゃらめぇー!

 

「い、いや、いやいやいや!私全然へなちょこだし。やっぱりレミリアの方が一億万倍相応しいっていうか」

「そう言えば……、此度の戦いの賠償がまだだったわね」

 

 あっ……(察し)。

 

「はぁ!? 賠償も何もそもそもが貴女のマッチポンプじゃない! 無効よ無効!」

「レミリアちょっと落ち着いて……」

 

 今にも掴みかからんばかりのレミリアを、どうどうと往なしながらどうしたものかと考える。『どう』だけにね!ごめん何でもない。

 

「そっち側の陣営は貴女たち以外全滅。敗者なら惨めたらしく負けを認めて勝者に従いなさいな」

 

 しかも、全くもって受け入れるわけではないのだが、郷に入れば郷に従えという言葉があるように、秩序が保たれたコミュニティの中で私達だけ独自のルールを突き通す訳にもいくまい。

 

「それに体裁だけでも構わないわ」

「……どういうことよ?」

 

 意気消沈した様子のレミリア。

 

「当主は変えられないけれど、実質的な統治者は不問とします。……えぇと、だからね、貴女は名目上の当主として名前を貸すだけで構わないって話よ」

 

 何言ってるか分かんなくて頭をひねってると紫が補足してくれた。ごめんね理解力低くて。

 

「うーん、それなら別に……良い、かな?」

 

 名前貸すってつまりあれでしょ? 契約書とか書状のサインすればいいんでしょ? サインして良いのかどうかはレミリアに聞けば良いわけだし。

 

「本当に? 名義上だけとはいえ、貴女が紅魔館の看板を背負うのよ? 逆に言えばその皺寄せも全部貴女。本当にそれだけの覚悟がある?」

 

 レミリアが顔をぐいと近付けてくる。口調こそキツめだが、その表情からは心配してくれてるのが伝わってくる。

 

 でも、だからこそレミリアにこの役を押し付けるわけにはいかない。産まれたのはタッチの差だったけれど、それでも姉は妹を(おもんばか)る生き物なのだ。

 

「大丈夫だって、少しは信用してよ。それに何もかも私が決めるわけじゃないし。本当に困ったことになったら可愛い()()()が助けてくれるからね!」

「ぐっ……、はぁ。頼んだわよ、()()()()()

 

 いやぁ、お姉ちゃんて呼ばれる優越感たるや最っ高だなぁ、もうっ!よしよし、しばらくは妹呼びでレミリアを揶揄ってやろう。

 

『私を頼っても良いんだよ?お姉様』

 

 ちょっとだけ蚊帳の外だったのが癪なのかむくれながら存在を主張してくるフラン()

 

 くああぁぁーっ!可愛すぎかって!

 

「もちろんフランにも頼らせて貰うよ」

 

 にっこり笑顔でそう告げると嬉しそうに顔を綻ばせながらフェードアウトした。同時に画面が閉じる。

 

「じゃあ早速だけど一仕事よ」

 

 えー、名前貸すだけで良いって言ったじゃん。

 

「そんな嫌そうな顔しないの。そう大したことじゃないわ……。

 

   紅魔館当主、カルラ・スカーレットには、

 

   私、八雲紫が主催する賢者会議へ参加してもらいます」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 長い長い回想を終えたタイミングで誰かがこの部屋に近づいてくるのを感じる。私が来た時もそうだったが、廊下の床の軋む音が聞こえるのだ。

 

 京都の二条城だったか。

 

 『鶯張り』と呼ばれる作りの廊下で、敵の侵入をいち早く察知するために軋みやすくなっているらしい。それに似たものだろうか。

 

 いやー、めっちゃテンション上がるね!

 

 こう、時代劇に紛れ込んだみたいな?

 

 一人で静かに? 舞い上がっていると障子に映る人影がピタリと止まり、そろりと障子が開く。

 

 入ってきたのは一人の子供。

 

 紫がかったおかっぱ頭にパチクリと開いた紫の瞳。色白く整った(かんばせ)は我が家の魔女とは違った、大和撫子な雰囲気を醸し出している。

 明るい和服を身に纏った少女は、こちらを一瞥すると対面の座布団に座る。座高も私と同じか少し低いくらい。

 

 迷い込んだとも考えにくいから、おそらく紫が招集をかけた賢者会議とやらの参加者なのだろう。

 

「不躾ではありませんか?」

 

 私が先方をじろじろ眺めていたのが気に障ったのか、年齢相応の、しかしどこか重みを感じさせる凜とした声で窘められてしまった。

 

「不躾ね」

「……止めようとは思わないんですか?」

 

 注目すべきは、目の前の少女からは妖しい雰囲気を感じないということだ。妖力然り、魔力然り。つまり、ジト目をこちらに向けてくる少女は人間だということ。

 

 幻想郷の存在意義や仕組みについては予め紫から説明を受けている。

 

 曰く、忘れ去られた者が集まる桃源郷。

 

 曰く、種族の垣根を超えた理想郷。

 

 その上で幻想郷という一つの異世界の中に、人間が集って住んでいる『人里』というコミュニティがあることも聞き及んでいる。

 

「不愉快なんですが」

「でしょうね」

 

 まさかとは思うが『人里』の賢者というのはこの小っこいのを指すのだろうか。

 

「貴女とは馬が合わないようです」

「そんなことないと思うけど」

 

 少なくとも私はそう思っていない。

 

 

 

「……時に、『幻想郷縁起』を知っていますか?」

 

 そろそろ足が痺れてきたので崩そうかと思っていたところ、大和撫子ちゃんが話しかけてきた。

 

「いや、初めて聞いた」

「はぁ……。本当に賢者なんですかねアレ(八雲紫)は……。んんっ、『幻想郷縁起』とは稗田家が代々記してきた妖魔知識本のことです。今代の幻想郷縁起は私、稗田阿求が担当しています」

「へぇ……、そうなの……。あ、私も自己紹介した方がいいかしら?」

「いえ、どちらにせよ後々天魔や八雲紫の元ですることになると思いますので、今は結構です。ともかく幻想郷縁起は極一部を除いて妖魔に対抗手段を持たない人間にとっての対策書のようなもの。故に危険性を排除するためにも、常に更新されなければなりません」

 

 なるほど。その妖魔対策本とやらを書く役目を担っているなら、確かに阿求何某が人里において重要な役割にいても不思議ではない。

 

 代表者としてはまだ弱い気がするが。

 

「と言うわけで後程こちらに越してきた貴女方にお話を伺いたいのですが構いませんか?」

「ええ、良いわよ。目処がたち立ち次第、紫を通して招待状を送らせて貰うわ」

「ありがとうございます。……しかし珍しいですね。正直言って断られると思っていたのですが」

「あら、断って欲しかったなら言ってくれれば良かったのに」

「いえいえ滅相も無い。ただ認識が此方の妖怪と多少異なるのだなぁ、と」

 

 認識、とな?

 

「どのように違うと考えているのかしら」

「……聞いてから招待の約束を取り消したりしませんか?」

「失礼ね。そこまで狭量じゃないわよ」

 

 それは失礼しました、と一言謝罪してから少女は語る。

 

「貴女は幻想郷縁起に載るメリット、またはデメリットをどう考えますか?」

「そうねぇ……、メリットは無いわね。私が受けたのは単に面白そうだったから。後、新参者だから顔を覚えて貰う目的もあるかしら」

「なるほど、メリットは分かりましたが、デメリットもまさにそれです。顔を覚えられる、つまりは存在を知らしめる行為こそが他の妖怪とは異なる点なのです」

 

 しかし人間に認識されなければそも、怪異として存在を保てなくなるのではないか。誰からも見られ(認識され)無くなったら、もはやそれは存在しないのと同義。

 

「確かにそう捉えることも可能ですが、逆もまた可能です。怪異が解明されること。それは恐怖が恐怖で在り続けることが出来なくなるわけです」

 

 あ、と思わず声が漏れそうになった。

 そこまで深く考えてなかったのだ。浅慮にも程がある。

 

「例えば、平安時代に『(ぬえ)』という妖怪がいました。頭は猿で身体は狸、尾は蛇で手足は虎とされている怪異です。ただその妖怪が闊歩していた当時は『よく分からない何か(unknown)』としか認識されていなくて、『鵺』という呼称がついたのは源頼政に退治された後でした」

 

 動揺を表に出さずに相槌を打っておく。

 

 というか、よくそんな昔の話を知ってるな。年端もいかない少女が勉学のために文献を漁るには少々マイナーな部類だと思うのだが、それも幻想郷ならではの教育指針だろうか。

 

「『よく分からない何か(unknown)』から『鵺』に呼称が変化したのは周囲が、それは既に『よく分からない』恐怖という漫然としたものではなく、『鵺』という脅威に変化したからでしょう。人は認識できない恐怖よりも認識できる脅威の方がマシだと考えるわけです」

 

「恐怖の対象から、脅威の対象への変化。これは恐怖や畏敬を糧とする妖怪からしてみれば死活問題です。しかし恐怖として認識されなければ消え去ってしまうのもまた事実。()()()()()()()()。それが最善の妖怪生です」

 

「故に、幻想郷縁起に載ることは本来ならば二つ返事で了承できることではないのですよ。知られ過ぎないとも限らないのですから」

 

 やっべぇ。そこまで考えてなかった。本当の本当にただ一点、面白いという一点だけで了承してしまった。

 

「とはいえ、取材を受けて下さることはこちらとしては有り難いことです。人間の妖魔への対抗手段である幻想郷縁起の執筆と補完。それこそが御阿礼の子に課せられた使命なんですから。それに恐らく、既に忘れ去られた者が集まる幻想郷では消滅する、などということは無いでしょう……恐らく、ですが。しかしその様子だと大丈夫そうですね、安心しました」

 

 何が大丈夫なものか。寝耳に水のビックリ話の連続だったわ。あまりにビックリし過ぎて最初の愛想笑い以降表情筋がずっと固まってただけだわ。

 

「そうですよね、仮にも……失礼。こちらに今回侵攻してくるだけの力を持った妖怪の長がそんなことにまで考えが及んでないはずが無いですよね。……此度の度重なる非礼をお許しください」

「さっきも言ったでしょう?私はそこまで狭量では無い、と。こんな事に毎回目くじらを立てていたらきりが無いわ」

 

 考えが及ばなくてごめんなさいね!

 あばばばばばば……どうしようどうしよう。一回「ちょっと厠に〜」とか言ってレミリアと連絡を取るべきだろうか。いや、でも既に招く約束をしてしまったことは覆せない。

 何処かに猫型ロボットさんはいらっしゃいませんかー!

 

 取材を取り付けたからか吹っ切れた様子の阿求何某と、表面上だけ取り繕いながら痺れた足も崩せず内心でメッチャ慌ててる私。

 二人の間には、見かけ上だけ、穏やかな雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 また誰かが近づいてくる。さっきより軋む音が大きいことから紫だろうと予測をつける。非常に失礼な話なのだが、流石に阿求より体重が軽いとは思えないのだ。

 

 体重の話など、口が裂けても紫の前では話さないが。

 

 しかし、障子に映るのは二人分の影だ。まぁ、座布団が後二つ余っていることから、紫がもう一人を連れてきたのだろうが。

 

 軋む音が止み、スッと障子が開いた。

 

「失礼、遅れた」

 

 先に入ってきたのは妙齢の女性だった。いや、それだけだと語弊を生む。何故なら恐らく背部から生えているであろう左右から見える黒い羽からして、人間では無いことが明らかだからである。

 

 紫から事前に聞いていた情報と照らし合わせると、今現在幻想郷に存在する勢力の一つである妖怪の山。個体数も多く、力量も高いその一派を束ねる長、『天魔』では無いかと推測がつく。

 

 女性が入ってくると、連れ立って金髪の女性も入ってきた。

 

 ……って誰だよ!?

 

 すらっとした肢体にぴょこんと金髪の間に覗くケモ耳。

 ケモ耳、ケモ耳……。

 

 あー、もしかして藍か。尻尾がないから分かんなかったなぁ……。え? てか尻尾どこいったし尻尾。あのもふもふが無い藍なんて藍じゃ無い!

 

 藍と天魔が座布団に座り、漸く全ての座布団が埋まった。

 

「これより賢者会議を開催します」

*1
古代ローマの時代には第二子を兄姉としていた

*2
日本では1874年(明治7年)に第一子を兄姉と司法省が定めている




 たぶん忘れられているであろう双子設定。

 二話の冒頭で出したんですけど、レミリアを当主の座に据えたままカルラは外交面で頑張る、なんて事が出来るように考えた結構苦し紛れの設定だったりします。

 幻想郷の時代設定が明治に近いから助かったものの強引過ぎたかなとちょっと反省。

 一応双子設定はちょいちょい出てくるので覚えていたら楽しめるかもしれません。


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蠢く悪意は誰に向けて

た だ い ま 。



 九尾、天狗、吸血鬼、人間。

 

 種族は違えど同じ地に住まう者たちは、協調性というものを考えなくてはならない。同じ屋根の下(幻想郷)に暮らすものは秩序を、ルールを必要とする。

 互いに譲れない一線があり、互いが互いを必要としている。その分水嶺を決めることこそが重要だ。

 

そんな秩序を、分水嶺を決めるのが『賢者会議』と呼ばれる集会である。『賢者』というのは幻想郷創設に関わった人妖を指す言葉だが、時を経るに連れ人数が減ったこともあり、今では幻想郷に現存する各勢力の代表が集まることになっている。

 

 『人里』の代表、求聞史の能力によって九代に渡って人里の要とも言える幻想郷縁起を執筆してきた稗田阿求。

 

 『妖怪の山』の代表、妖怪の山でも比較的大規模なコミュニティを形成している天狗の長である天魔。

 

 『八雲』の代表、幻想郷を創った賢者のうちの一人で神技にも通ずる馬鹿げた能力を持つ八雲紫……の式の八雲藍。

 

 『紅魔館』の代表、外の世界から最近幻想郷に侵攻してきた吸血鬼の一族であるスカーレット家の長女、カルラ・スカーレット。

 

 他にも『地底』『天界』『博麗の巫女』など賢者会議に呼ばれるメンツは多くいるが今回集まったのは、先に挙げた四人のみである。ちなみに八雲紫は他にも招集をかけたが、不参加の理由は多少の差異はあれど面倒の一言で断られたらしい。

 

 閑話休題。

 

 賢者会議の存在意義は秩序を定めることではあるが、全員が全員同じ目標のもとに足並みをそろえてピクニック、というわけではなく自己利益を多少なりとも求める以上、腹黒いものを内面に抱えている。

 

 相手を化かし、脅し、懐柔してより自分に利する秩序を作り上げるのがこの会議の本質なのだ。

 

 

 

 例えば九尾。

 

 遥か昔は傾国の美女として歴史に名を馳せたとか馳せなかったとか噂のある彼女ではあるが、過去はどうあれ、今は忠実な八雲紫の式。

 己の利はすなわち主人の利に直結する。

 幻想郷を愛している主人のために、幻想郷自体の利益のために彼女は奔走するのだ。

 

 

 

 例えば御阿礼の子。

 

 彼女は幻想郷縁起に関わる記憶のみを引き継いで転生する特異体質を持っている。かれこれ9代目になる彼女(稗田阿求)は誤解されがちだが、完全に人間の味方、というわけではない。

 

 幻想郷縁起には各妖怪の恐ろしさや弱点などが事細やかに記載されている。人里を襲えない妖怪にとっては、脆弱な人間から向けられる未知の畏怖こそが食い扶持の一つになっているのだ。

 故に幻想郷縁起を執筆する彼女は幻想郷が廻る上で無くてはならない存在の一人に数えられている。

 

 人間の恐怖を程々に煽りつつ、人里の利権を守らなければならない彼女は、正しく人里代表なのである。

 

 

 

 例えば天魔。

 

 幻想郷で人里以外に唯一を群れをなしている天狗。包括的に見れば『妖怪の山』と括られ河童なども含まれるのだが、個体数はいずれにしろ幻想郷一だ。

 

 そんな幻想郷屈指の勢力である天狗を取り纏めるのが『天魔』という存在である。

 天狗という種族は個体差はあるにすれ、高い誇りと狡猾さを兼ね備えている。彼ら、彼女らが上に立つことを許すほど『天魔』は並ならぬ人望を備えている……と言うわけではない。

 

 彼女の性格は全くの逆。ありふれた正義感や正々堂々といった言葉から最もかけ離れた存在。

 

 父親は生まれた時には既に亡く、体の弱かった母親も彼女を産んで直ぐに逝ってしまった。

 

 一人残された赤ん坊は孤児として数十年を生きた。愛情を知ることが無かったために、常に自分のために他人を利用してきた。

時に物を乞い、時に物を盗み、時に人を騙して生きてきた。他人を蹴落とて脅して切り捨てて目合い(まぐわい)また脅して切り捨てて。

 

 自分の女であるという長所と短所をうまく利用して、そうして大勢の上に立つことができたのだ。

 

 それ故に彼女に身に付いたのは、誰にも頼らず、また誰にも頼らせない生き方だった。

 

 愛に育まれなかったが故に損得勘定のみを重視した生き方は、人望は得られずとも『手段を選ばないが、自己利益の為なら何でもやる奴』という信頼を得ることができた。

 

 また、彼女には名前がない。否、捨てたのだ。

 

 過去を汚点と感じていた彼女にとって自分自身を表す名前は都合が悪かった。元来より親に対して憎しみすら抱いていた彼女は名前を捨てることに躊躇は無かった。

 

 こういう事情で出来上がったのが、誰よりも狡猾で、自己利益を優先し、手段を選ばず、出自不明で、男を誑かす美貌と『天魔』という名を持つ、天狗の長だった。

 

 彼女がこの会議で望むものとは……ーーーー。

 

 吸血鬼への報復である。

 

 この天魔、なぜ遅れて参上したかといえば彼女達の領地、すなわち『妖怪の山』を修復作業の指揮を取っていたのだ。そしてその修復を余儀無くさせた根本の原因である魔力の奔流。ひいてはそれを放った風見幽香……には手が出せないので、風見幽香をけしかけた吸血鬼を恨んでいるのだ。

 

 此度の侵略において一番の被害を被ったのは、何故かいの一番に襲われた妖怪の山であり、二次災害(風見幽香)でも相当な被害が出ている。

 ましてや相手は越してきたばかりの新参者であり、どう搾り取ってやろうかと腹黒い思いを抱きながら舌舐めずりをしているのであった。

 

 

 

 最後にカルラ・スカーレット。

 

 稗田阿求(人里代表)からは『決断力に溢れる思慮深い取材対象』として見られ、天魔(妖怪代表)からは『風見幽香と対等に渡り合い生き残ったやべぇ奴(満身創痍の模様)』と警戒され、八雲藍からは『人の上に立つ器ではないにしろなんやかんや頑張ってる健気な子供』として密かに応援されている。

 

 彼女は会議で何を……、

 

 

 

(ヤベェなんかめっちゃ睨まれとる!)

 

 ……望むかより、今の状況に戦々恐々としていた。

 

 元より、藍の推察通り当主の器には多少どころか、かなり頭やその他諸々が足りなかったカルラはその残念なオツムを既に消耗しきっていた。

 ポーションで補強しているとはいえ、阿求との高度な弁舌戦(阿求は軽い雑談のつもり)は理知的な判断力を維持するのには些かハード過ぎたのだ。

 

 故に最高級の金メッキ(レミリアと同等の思考力)は綺麗さっぱり剥がれ落ち、本来のーーレミリアと比べるならアルミ箔程度のーー素が出てきてしまったというだけの話。

 

(口元こそ笑っているけれど目が、目がまるでチェスの時のフランみたいに獲物を狩る目をしてやがるっ……!)

 

 天魔の笑っているけど笑っていない目を見て戦々恐々としているが、カルラにそのような視線を向けられる心当たりなど全くない。心なしか邪魔にならない程度に部屋に広げられている黒い翼も威圧感を発しているようだ。

 これだから会ってすぐメンチ切ってくるパリピは嫌なんだ、と引き篭もりが心中で愚痴っていると、両者の間に不穏なものを感じた藍が口火を切る。

 

「さて、今回の議題だがーー……」

「ちょっと待ってくれ、八雲の式」

 

 が、天魔に遮られ少しムッとした表情を見せる。

 

「なんだ、藪から棒に。それと私には八雲藍という名があると何度言わせる?」

「私らはともかく、そこの吸血鬼は今しがた会合を果たしたばかりだ。各々簡単に自己紹介でもした方がいいのでは?」

 

 九尾の棘が目立つ物言いにも、意に介さず飄々と言い返す天魔。この二人は仲が良くないのではないか、と矢面に挙げられながらもカルラは想像した。

 

「……確かに、そうだな。しかし私はもうある程度の認識はあるし、自己紹介も済んでいる。時間も押しているし貴女方だけで手早く済ませてくれ」

 

 藍がそう言うと、阿求も静かに手を挙げて自分も自己紹介は済んでいることを伝える。

 

「それでは私だけ仲間外れ、というわけか。……まぁいい。天魔だ、今後も良しなに頼む。お互いに良い関係を築こうじゃないか」

 

 短い自己紹介とともに右手を差し出し握手を求めてくる。カルラはこの妖怪に好感を覚えた。流石に天魔というだけあって(恐らく本名ではない)腹に黒いものを抱えてはいるだろうが、実際は竹を割ったような性格だと推測できる。

 

 とてもくーるびゅぅてぃーだ。

 

 一方で他の二人は天魔に対して白い目を向けている。何か胡散臭いものを見る目だ。どうしてそんな懐疑的な視線を向けているのかと考え、一瞬あまりにも容易く信用した自分が愚かなのかとも考えた。

 

 そして、まさか、と打ち消す。

 

 知性あるものに悪意が備わることは重々承知である。しかし初対面の相手に会うたびに疑念に駆られてはキリがない。ある程度の割り切りが必要なのである……。

 

「カルラ・スカーレットよ。こちらこそ宜しく」

 

 自然と浮かんだ笑みとともにわざと天魔の手が届かない距離に右手を出すと、天魔も笑みを湛えながら両者の間にある微妙な距離を前のめりになるように埋めて、がっちりとカルラの手を取った。

 

 カルラは眼前の妖怪を信用することにした。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 その考えは甘い。

 

 少なくとも、こと各人の思惑が錯綜するこの場においては相応しくない考え方だ。

 

 事実、天魔はこれほど初対面の相手に対して、こう易々と手を結んだりはしない。そんな安い心構えでこの場に来ていないのだ。

 

 そして幾度となく苦汁を飲まされてきた稗田や八雲がいる中、なまじ自身の勘を信じ過ぎてしまっているが故に特に何の考えもなく天魔の手を取ってしまったカルラ。

 

 やはり彼女は相応しくなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 主人の居なくなった部屋のドアが開かれる。

 

 入ってきたのは金髪の幼子。肩まで伸びたその髪はどこか部屋の主の妹を想起させる。

 

 彼女は唯一、主人から自由に部屋の出入りを許されていた。しかし彼女が部屋の主にとって特別な存在かといえばそう言うわけでもない。

 

 まぁ、有り体に言ってしまえばお付きのメイドだ。

 

 部屋に入ってきたメイドーーーリサは慣れた手つきでベッドメイクをこなしていく。

 

 部屋の掃除に始まり、シーツを整え、枕をポンポンとはたき、バルコニーに通じる窓のカーテンを開けて脇に束ねていく。その上で窓も開け放てば心地良い夜風が吹き込み、閉め切った部屋の換気になる。

 

 そして最後にほとんど使われていない洒落たアンティーク調の机に飾られている、花瓶の花を取り替えてフィニッシュだ。ちなみに毎日毎日生ける花を変えているのだが、残念なことにほとんどの場合彼女の主人は気付かない。

 

 リサは部屋の外に置いてあったユーチャリスを二輪花瓶に挿し、部屋を見渡して埃が落ちていないことを確認すると満足げに頷き、次の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 次にリサが向かったのは図書館……の中にある少し浮いた赤い扉の向こう側。フランドールの部屋だ。

 

 

 狂気に侵されている悪魔の妹に近づくことは本来なら命をドブに捨てる行為である。掌を握るだけであらゆるものを破壊できる能力をもってすれば、対象が如何に智略に長けていようと、素早く動き回ろうと破壊することは難くない。

 

 その悪魔の視界に入った瞬間から生殺与奪の権利は、幼い掌の上でタップダンスしているのだ。悪魔のお眼鏡に叶えば僥倖、不興を買った場合は……、気付かぬうちに物言わぬ肉塊と化しているだろう。

 

 それだけのツーアクションで壊れるのだから全くもって恐ろしい能力である。並大抵のメイドではすぐさま肉塊に変えられてしまうこと必至だ。しかし自然に根付く精霊が具現化した妖精に関しては、その限りではない。ソースが尽きるまでその命を(命と呼べるかは疑問だが)絶やすことはない、半永久的な不死状態なのである。

 

 閑話休題。

 

 

 金髪の少女は誰もいない司書机を素通りし、空間から切り離されたかのように無愛想な朱色のドアの前に立つ。そして軽く手首をスナップさせ、弾むような音を3回ほど奏でた。……ただのノックである。

 

「妹様。お部屋の清掃に参りました」

 

 ここに来た趣旨を扉の向こうにいるであろう少女に向かって伝えるが、どうにも反応が返ってこない。

 ふむ、どうしたものかと少女は訝しむ。現時刻は漸く空が白み始めてきた頃。夜行性な妹君には少々きつい時間帯とはいえ、まだ惰眠を貪るには早い。

 

「失礼します」

 

 悪魔の機嫌を損ねるのと、上司から課された業務を天秤にかけた結果、束の間の均衡ののち後者に傾いた。これも死生観の薄い妖精ならではである。

 

 ドアを開けるとしかし、予想とは違って20畳ほどの広々とした一室は閑散としていた。膨らみを持たない乱雑な毛布も、中途半端に開かれた書物も、如実に部屋の主の不在を示していた。

 だが部屋の主がいないことと、業務が無くなることは別にイコールではない。

 

「……全く」

 

 部屋を出るときに少し時間をかけるだけで私の仕事は減るのに、と誰も見ていないことを良いことに鬱憤混じりの溜息をリサは吐いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 紅茶を入れると言うのはここまで神聖さを感じさせる一つの儀式紛いの何かだっただろうか。私もカルラに紅茶を淹れて貰ったことが多々あるが、こう咲夜のように音も立てず、あるべき場所に収まるように紅茶が注がれているのは見ていて心が落ち着く。

 

「ありがとう咲夜」

 

いつもの至高の一杯を提供してくれる咲夜に礼を言うと一礼して下がって行った。ああ、こういう一つの動作さえも洗練されていれてみていて気持ちが良い。

 ・・・特にこんな雰囲気では。

 

「お姉様、まだ連絡来ないの?」

「・・・来ないわね」

 

 イライラした様子を隠せないフランに私は不甲斐ない返事を返すことしかできない。仕方ないじゃないか。来ないんだもの。私はオウレットを見やる。

 

「本当にこれはちゃんと作動しているんでしょうね?」

 

 私が指差しているのは見たところ何の変哲もない巨大な鏡だ。オウレットによるとぷろじぇくたーと言い、カルラと一緒に作ったとても価値のある魔道具らしいがさっきからうんともすんとも動く様子がない。

 

「ええ、動いてはいるわよ。一応魔力の流れが感じられるもの」

 

 本から僅かに目をあげて鏡を確認したオウレットはこともなげにそう言い、すぐに字面を追う作業に戻って行った。にべもない態度に、私は肩をすくめダージリンを楽しむことに決めた。

 しかし不機嫌な我が妹はそう割り切ることはできなかったようだ。テーブルを叩いて立ち上がるとオウレットに食って掛かった。隣にいる私には煌びやかな羽が頬に刺さって鬱陶しい事この上ない。目に痛いほどの光沢。

 

「貴女にはこれが動いているように見えるっていうの!?」

「い、いや動いているのよ、これは。ただ向こうの子機が起動してないからこっちも何も受信しないままなのよ」

 

 オウレットは全くこっちの事を気にかけていなかったのか、肩をびくつかせて慌ててフランをなだめる。というか最初からそう話せばフランもこんなに興奮しなかったのに、と思う。

 

「え、それってカルラお姉さまがシキ?を起動できないほどピンチってこと?」

「それか単に忘れているか、ね。私としてはそっちの方がずっと可能性あると思うけど」

 

 私もオウレットの意見に酷く賛成なので、青褪めたフランがこっちを向いたタイミングで頷いておく。カルラは存外に抜けている事が多い。全く心配していない、というと嘘になるが、心配し損なのも確かだ。フランが濁った目で軽蔑してくるが、今に分かる日が来るだろう。

 

 ・・・それに八雲紫との()()は未だに有効だ。あいつが不利になると分かっていながらカルラを傷つける程愚者ではないと仮定すればの話だけれど。()()()()()()()を持ってくるとは、腐ってもこの異界を作った賢者と言ったところか。

 

 オウレットの返答を聞いて納得いかなかったフランが、私の後ろに控えていた咲夜に苛立った声で話を振る。

 

「咲夜はどう?心配じゃない?」

「そうですね、失礼を承知で言わせてもらうなら・・・あまり心配していない、ですかね」

 

 咲夜の返答はおおかた私の予想通りだったが、妹は「なんでよ」と、詰るような口調で咲夜に説明を求めた。

 

「明確な根拠を示すのは難しいのですが、・・・どうしてだか、何事もなかったかのようにご帰宅なさる様子しか思い浮かばないのです。窮地に陥るお姿が想像できないと言った方が正しいかもしれません」

 

 どう言ったものかと、頭を悩ます咲夜を見てフランは不貞腐れてしまった。伏せたまま頬を膨らませこちらを睨むばかりである。

 確かにフラン以外カルラの心配をしていないという、ここの住人の惨状には些か頭を抱えざるを得ないが、しかし咲夜の言い分が正鵠を射ている事もまた確かなことなのである。そういったカルラの性質を周囲が理解しているからこそ、この反応なのだろう。

 

 結局、ぷろじぇくたーとやらが起動することは無く、フランは落ち着きなく室内を歩きまわり始め、オウレットは時折飛んでくるフランの鬼気迫る眼光に怯えながら本を読み、咲夜は館内の家事の為に席を外した。私はというと特にやる事もなかった為寝てしまおうかとも思ったが、フランのご機嫌取りの為に深刻そうな顔を保つので精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

「・・・お姉さまが帰ってきた」

 

 眠気と格闘しながら瞼を開けたり下ろしたりしていると、唐突にフランがそう呟いた。なるほど、フランが言うのなら間違いないだろう。

 

「咲夜、カルラにここに来るよう伝えといて」

 

 咲夜の姿は見えないが、「御意」と聞こえた気がしたので、たぶん聞こえたのだろう。いや、聞こえたに違いない。

 

 私は部屋を飛び出していったフランを横目に、疲れ切った両瞼の休息に入った。




・・・気付いたら前回の投稿から半年以上経ってた。

一応生存報告です。

忙しかった時期も終わったのでぼちぼち投稿再開していきます。

しかし本当にぼちぼちです。

一年前でさえナメクジみたいな投稿ペースだったのに・・・。

未完にはしないつもりではありますが、恐ろしいほど時間がかかりそうです。

本小説にまたお付き合いして頂けたら幸いです。


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step by step

 紫が言うところの『幻想入り』を果たす数週間ほど前。

 私はある魔道具を作る事に日夜執心していた。睡眠時間を削り、食事を抜き、ついにはティータイムまでも削って魔道具製作に取り組んだ。

 

 それほど緊急性の高いものだったから?

 

 いや、特にそういうわけではなく、RPGとかにのめり込んでついつい徹夜を繰り返してしまう、アレだ。魔道具作りというものは、なかなかに中毒性が高く、止めるに止められなかったのだ。

 

 ともかく、『幻想入り』の準備やら何やらで忙しそうにしていた魔女何某も魔道具の沼に引きずり込み、10徹ぐらいして漸く念願の魔道具が完成した。

 

 私はその魔道具を『不可視の瞳(インビジブルアイ))』と名付けた。

 

 うん、自分で名付けておいて何だが、やっぱり厨二臭がプンプンするネーミングだ。こじらせたつもりは無かったんだけれど、かっこいいから仕方ない。・・・こじらせてないからな?

 

 この魔道具の機能を簡単に言えばリモートカメラだ。子機が撮った映像を離れた場所にある親機が映し出す。たったこれだけの簡単なシステムだが、有用化するまでが長い道のりだった。詳しい仕組みは長くなるから割愛する(無慈悲!)。

 

 

 

 そうそう、どうしてこの話を始めたかって?

 

 

 

 それは私が子機を起動し忘れたせいで紅魔館当主(真)殿からお叱りを受けているからだ。・・・早く終わらないかなぁ。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「・・・今日のディナーは茗荷サラダを所望する」

「はぁ?」

 

 呆れた顔のレミリア。指でオッケーマークを作る咲夜。ポケットに入れっぱなしでくたびれている(そんなことあるわけないが!)子機を弄りまわすオウレット。・・・ちょっと!そんな方向に曲げたら壊れちゃうって!!

 

 柄にも無く(自分で言うものではないが)緊張していたようで、いつもの場所に帰ってきた事に安心感、充足感を覚える。後はフランにさえ会えればいいんだけど・・・ちょっと厳しそうか。

 

「・・・まぁいいわ。貴女のそれは今に始まった事じゃないし」

「・・・ごめんなさい」

 

 否定できないのが悔しい。

 

「兎に角、報告してくれるかしら。貴女の見た賢者たちを」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「お咎めなし・・・ね。まぁ予想通りといったところかしら」

 

 報告を終えたレミリアの感想。今は咲夜の入れた紅茶をしばいている真っ最中だ。今回の紅茶は珍しくストレートのアールグレイ。そうでもしないと今すぐに眠ってしまいそうだ。

 今日は何とハードワークであった事か。幻想郷侵攻に寝坊したと思ったら、紫が訪ねてきて酒に付き合わされ、かと思ったら頭のおかしいやつとドンパチやって。挙句の果てには紅魔館代表として会議に出席もするし。まぁこれは後々のためにも必要だった事として、ともかく瞼と瞼がくっつきそうである。

 

「予想通りって、どうして?結構意外だったんだけど。指の一本や二本詰めるぐらいのは覚悟してたのに」

「指を詰めるって・・・あなたねぇ。本来だったらそれぐらいじゃ済まされないわよ。カルラが生贄になるか、一生を隷属としてこき使われるか、どっちかね」

 

 生贄って・・・ボスの首を差し出して組は存続するみたいな話?

 指を詰めるのだって嫌だってのに!

 

「まぁどちらにせよ最悪の事態は免れたわね。八雲に礼を言っておいて頂戴」

「確かに藍には感謝してもしきれないね。阿求とか天魔の間に入ってとりなしてくれたし。何あげればいいかな?」

 

 狐の好物と言ったらやはり油揚げなのだろうか?

 

「ん?あぁ、式じゃなくて主人のほうよ。紫が頭脳だとすれば、式神は頭脳が考えた通りに動く手足でしかないもの。あれと会話するのはなかなか疲れるところではあったけれど、それだけの成果があったなら御の字ね」

「私は暇だし先に戻ってるわ。・・・あ、それ壊れてないか診るから後で持ってきて」

 

 手慰みにぺらぺらと紙をめくる置物だったオウレットは、おもむろに立ちあがり部屋を出ていった。自分で持ってけばいいのに。同じように思ったであろうレミリアも鼻白んだ面持ちでそれを見送る。

 

「・・・まぁいいか。で?紫と何話したの?」

 

 取り敢えず、とレミリアに水を向けるとすぐに真剣な顔に戻った。二人だけの部屋に適度に張りつめた空気が流れる。こういう時すぐに切り替えられるのがレミリアの尊敬に値するところである。

 

「貴女にも・・・いや、私達全員に深く関係のあることよ」

 

 そんな重要な事を私抜きで話すのもどうかとは思うが。

 

 

 

 

 

 

『命名決闘法案』

 

 なんだこれは?

 レミリアから渡された紙束の一枚目に、いたく達筆な字で手書きで書かれていたたった六文字のその言葉。私は酷く興味をひかれるままに、また紙を一枚めくった。

 

『妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の恐れがある。だが、決闘の無い生活は妖怪の力を失ってしまう。そこで次の契約で決闘を許可したい』

 

『 一つ、妖怪が異変を起こしやすくする

 

  一つ、人間が異変を解決しやすくする

 

  一つ、完全な実力主義を否定する

 

  一つ、美しさと思念に勝るものは無し

 

  ・・・・・・

 

  具体的な決闘方法は後日、巫女と話し合う。

          

           (東方求聞史記より引用)』

 

 その後にも法案の細かな内容が綴られている。

 

 ふむふむ、・・・素晴らしい。見れば見るほど素晴らしいものじゃないか。

 

 私のような吹けば飛んでしまうウーマン(幻想郷準拠による)接待とでも思えるほどに、弱者に優しい設計になっている。ただ一つ気になる事が・・・、『勝っても人間を殺さない』って人間以外なら殺されるのだろうか?なんで『相手を殺さない』にしないのか。

 

 そして『新しい幻想郷を作る会』とやらについて。

 

 恐らくこれも紫が一枚かんでいるのだろう。しかしこの法案はさっきの場で話し合うべきではないか。それこそ賢き者が集まる会議で。ともすれば私が出たあの会議は一体何だったのかという話になってくるが、まぁ後で紫にでも聞いておこう。

 

 ただ、推測ではあるが、この法案の採択が私の首の有無に大きく影響を及ぼしたのだろう。もしこの法案が採択された後に私を処そうものなら(一応の)賢者会議に出席した輩として禍根を残す事になるからだ。

 もっと簡単に言うならば道理が通らない。人殺しをした後に、これからは誰も殺さないようにしようだなんて、片腹痛い話である。

 

 ところで・・・『巫女』って誰?

 

「貴女があの気味の悪い空間(スキマ)に消えた後、直ぐに紫がその法案を持ちかけてきたわ。これに賛同して欲しいって言ってね。いや、『して欲しい』ってより『しろ』のほうが正しいわ」

 

 苦虫を噛んだような顔でレミリアは、ほとんど口を付けていないカップの縁を弄りながら続けた。

 

「あっちには人質(貴女)がいたんだもの、選択肢なんてあってないようなもの・・・。・・・完全にしてやられたわね」

 

 なるほど、漸く合点がいった。なんで戸籍を持ちだしてまで私を当主に据えたかったのか疑問だったが、最初から掌の上で踊らされてたわけか・・・。

 

「まぁ特に反対する理由もなかったから正直その条件だっていらなかったのだけれど、完全に想定外だったわ。今日までにあんなものは見えなかった・・・。ということは修正できない必然だったということ・・・?」

 

 カップを弄る指を止めずに思考の海へと沈んでいったレミリア。私がレミリアをじーっと見つめてもこちらに見向きもしない。

 こうなったレミリアを止める手段は存在しないのだ。しかし私もいくつか聞きたいことがある。目の前の姉(妹になったんだっけ?)をサルベージするか、私がギブアップするか。

 これは長期戦になるぞと、気付けにティーカップに残ったアールグレイをグイっと飲み干した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 どうやらダメだったらしい。

 

 眼前に広がる真っ白い空間を眺めながら、私は眠りに落ちてしまったことを悟った。

 この場所に音はなく、匂いもなければ、色もない。正しく『無』と表現するべき空間である。

 

 最後にこの場所に来たのは紫に酒を強要された時だった。まぁ端的に言えば酔いつぶれただけなのだが。いずれにせよ眠ってしまうとここに来てしまうことはわかっていたし、故に眠らないように気を付けていたはずだったが、・・・まぁ、疲れに勝てなかったというわけだ。

 

 しかし最悪だ。何が最悪って、ここでは時間の感覚が狂ってしまうのだ。前々回は一日、前回は三日。今回はいつまで眠っているのやら。まさかここが竜宮城であるわけでもなしに、気づいたら周りが年寄りになっていることはないだろうが。・・・そうであってほしい。

 

 一通り現状把握を終わらせると、ぐるりと周りを見渡す。

 

 見渡すといっても今の私は身体を持っていない。視界に移るものはすべて色を失くし、距離感だけではなく私自身の存在すらも曖昧にしていく。

 相も変わらず気が狂いそうな空間である。こんなこの世の終わりみたいな空間でも私が正気を保っていられるのは、いつかは終わることを知っているからだ。

 

 

 

 ・・・・・・キ――――ン

 

 

 

 ほら来た。

 

 

 

 ・・・・・・キ――――ン

 

 

 

 音のない世界に、響く耳鳴り。

 

 

 

 ・・・・・・キ――――ン

 

 

 

 これは終わりの合図である。

 

 

 

 ・・・・・・キ――――ン

 

 

 

 目が覚めたら更地とかになってなければいいけど。

 

 

 

 ・・・・・・キ――――ン

 

 

 

 少し恐い。

 

 

 

 ・・・・・・キ――――ン

 

 

 

 さぁ、目覚めよう。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 ・・・知らない天井だ。いや、嘘。

 

 目を開けると天蓋、背中には柔らかな感触、お腹にはもふもふの羽毛。

 マイベッドである。

 

 一つ大きな欠伸をすると、徐々に意識がはっきりとしてきた。

 

 王子のキスいらずで永い眠りから覚めた割には空腹感はあまりない。しかし何か腹に入れないと落ち着かない。デブ道まっしぐらの思考回路。

 

「おはようございます。・・・あら?お目覚めになりましたか」

 

 体を起こそうとしたらちょうど咲夜が部屋に入ってきた。そして都合のいいことにサンドイッチを乗っけた台車を押しながら。

 

「おはよう咲夜。ところでそれは誰の朝餉かな?」

 

 わかり切ってはいたけれど。それでも逸る気持ちを抑えきれずに、意地悪な質問が口をついてしまった。まぁわかっているけれど。

 

「私のですよ?うっかり食べ損なってしまったので」

「えっ」

 

 

 

 

 

 ・・・びっくりしすぎて言葉が出なかった。まさしく絶句した。

 開いた口が塞がらない間抜け面をさらしていると、咲夜が冗談です、と言った。

 

「流石にカルラ様を差し置いて食事をするわけないじゃないですか。ちょっとしたグッドモーニングジョークですよ朝食だけに」

 

 ・・・これは私の知っている咲夜なのだろうか。私の知る咲夜は、起き掛けにオヤジギャグをぶっ放す瀟洒のかけらも感じられない美人さんでは決してないはずなのだが。まさかちょっと寝落ちしたら別の世界線に来ていたとかそんな壮大なオチだろうか。

 それとも眠っていた間に、紅魔館では空前絶後のオヤジギャグブームが起きているのだろうか。だとしたら発端は誰だろう見つけ出して処さねば。

 

 自分で言ったギャグがツボにはまったのか、クスクスうふふと笑う咲夜に私、カルラ・スカーレットはひどく動揺していた。

 

「とりあえず、これは私が食べていいんだよね?」

「ええ、お召し上がりください。ああっ、ご安心を!毒や食べられないものは入っておりません。どうか安心して、ゆっくりと味わって、お召し上がりください」

「余計な一言が過ぎるでしょ」

 

 今からそれを食べようとしている人に対して、こんなにも食欲を減退させる言葉もないだろう。え、え、本当にどうしてしまったんだ十六夜さん。

 ダメだ、見た目じゃ中身がわからないようになっていやがる。

 

 恐る恐るサンドイッチを手に取り、口に運ぶ。

 

「・・・別にこれといってゲテモノの味は、・・・・・・ッ!?」

「ブラックコーヒーペーストですわ。寝起きにはちょうどいいかと」

 

 バカ苦ぇっ!!

 咲夜!ミルクミルク!!

 

「ありがと・・・ゲホッ、ゲホゲホ!!」

「ニガヨモギ茶でございます」

 

 苦ッッッ!!!

 

 

 

 

 

「落ち着かれましたか?」

 

 誰のせいだ誰の。

 すまし顔でそんなことを宣う咲夜に、思わず暴言が出そうになったが、寸でのところで押しとどめる。淑女たるものそう簡単に暴言を吐いてはいけないのだ。

 

「おかげさまで」

「それは何よりですわ。あとお嬢様から、準備ができ次第執務室の方にと言伝を承っております」

 

 まぁいつまでもマイベッドにへばり付いているわけにもいかないし、ぼちぼち準備していこうか。

 悪戯(なんて可愛らしいものではなくもっと邪悪なものであった)が上手くいったからか、上機嫌にに咲夜が台車を押しながら出ていくのを見届けると、一つ大きく伸びをしてベッドから起き上がり、髪を梳かし始める。

 

 レミリアから、か。フランがらみのことだろうな。というかレミリアがこの時間帯()に起きているという珍事に今更ながら気づいた。

 珍しいこともあったものだ。

 

 

 

 

 

 軽く身だしなみを整えてから部屋を出て、どうせなら体を動かそうと歩いて執務室を目指す。といってもそこまで距離はないので大した運動にはなるまい。

 

「リサ、おはよう」

「あ、カルラ様。おはようございます」

 

 途中で廊下を掃除しているリサに会ったので挨拶をしておく。妖精メイドのまとめ役という未曽有の大役を問題なくこなす彼女は紅魔館にとって貴重な人材である。そんな彼女に咲夜やレミリアも一目置いているし、私としても感謝しかない。

 

「いつもご苦労様。ちゃんと休憩とってる?なんだか働いている姿しか見たことがないんだけど」

 

 掃除に洗濯、食事に給仕などなど。紅魔館はかなり広く、雑務は尽きない。その上いくらメイドがたくさんいても役に立つか立たないかと聞かれたら閉口せざるを得ない。

 そんな中真面目に仕事をこなし、不平不満の一つも言わない彼女(エンジェル)に、咲夜やレミリアも目をかけているし、私としても感謝しかないマジ天使。

 

「いえ、しっかり休憩は取らせてもらっていますよ。他のみんなのためにお菓子を作ったり洗濯物を畳んだり花瓶を変えたりしています。あ、そういえば花瓶に入れる花を何にしようか考えているんですけど…」

 

 あ、やばいこの子ワーカーホリック(仕事中毒)だわ。

 

「ヒナゲシとかいいんじゃないかな」

「あの小さいヒナゲシですか?」

「うん、赤だしちょうどいいんじゃない?ほら、ここの色とマッチして」

「なるほど・・・考えておきます」

 

 ちなみに花言葉は『いたわり』『休息』だ。

 紅魔館はホワイトな職場でなくてはならない。

 

「そういえばこんな時間にどうしたんですか?いつもならだれも起きてないからと言って、図書館に缶詰だったような気がするのですが」

「そんな質の悪い引きこもりみたいに・・・。いや、間違ってはないのだけれど。まぁ、なんだ、ちょっとレミリアから呼び出しを食らってね。いやいや出てきたってわけ」

 

 それがなかったらまずリサの言う通りになっていただろう。

 

「はぁ、そういうことでしたら後で何か持っていきましょうか?」

 

 リサが持ち前の労働精神をいかんなく発揮しようとしてくる。私としてもリサを馬車馬のように働かせるのは本意ではないのだが、本人が望んでいるなら何も言うまい。

 

「じゃあ、とびっきりに甘いホットミルクをお願い。レミリアにはダージリンで」

 

 レミリアは基本的に名前が格好良ければ何でもいい。雰囲気でどうにかなるタイプの姉だ。

 わかりました、といって掃除道具を片手に去っていくリサを見送って、ようやく執務室の前につく。

 

 

 

 

 

 

「入るよー」

 

 ノックと同時に返事も聞かずに部屋に入る。

 レミリアは来客用ソファに身体を投げ出すように横になっていた。

 

「お疲れ?」

「お疲れ」

 

 ここまで実のない話も昨今珍しいだろう。今日すでに二度目だが。

 レミリアは顔だけこちらに向けるも、立ち上がる様子を全く見せない。今までいくら疲れているといっても、ここまで疲弊した様子を見せることはなかった。

 

 なにかあったのか、と水を向けるとレミリアは深くため息を吐いた。

 

「何か、といえるほど大きな事はなかったわ。ただ、あなたがいないとフランが、その、・・・発散できなくて、一時的に危なかったり、代わりに咲夜を付けたけど、なんだか調子がおかしくなってしまったし、・・・いやあれは元からだったような?」

「・・・なんというかその、ごめん」

 

 遠い目をしながらまくしたてるレミリアには本当に申し訳なく思う。

 というか咲夜がおかしくなったのはそういうわけか。

 

「別にいいわよそれくらい。謝るくらいだったら、咲夜を労ってやって。あの子、普段の仕事に加えて、フランの世話に、あなたまで看てたんだから」

「あー、なるほどね。咲夜がね」

 

 もしかしたら今朝のあれは私怨かもしれない。・・・それは、なんだ。甘んじて受け入れよう。仕事のストレス発散のはけ口ならいくらでも請け負ってやる覚悟だ。・・・ニガヨモギはちょいと勘弁してほしいが。

 

「それで、なにか用があるって聞いたんだけど」

 

 とりあえず早いところフランの元に行きたいので、切り替えて話を本筋に戻す。

 

 レミリアは少しの間口に出したものか逡巡すると、意を決したように口を開いた。

 

「用、というか伝達事項ね。・・・ついに来たわ。狂気の終わりが」

「・・・っ、本当に!?」

 

 ・・・嘘だろ。信じられない。私の見立てではまだ()()()はずっと先なはず。少なくも前にフランに会った時にはそうだった。

 

 レミリアでさえも()()()はわからなかったはずだ。

 

 その運命は何が、いつから、何故変わって紡がれたのだろう。

 

「ええ、でも私にもなぜそれが突然見えるようになったかは分からない・・・。ただ、それが近くにやってくる。そしてそれは紅い月がここ(幻想郷)を照らす夜ということは確実」

「紅い月・・・?それが、狂気と何か関係があると」

 

 期待交じりにつぶやくが、レミリアは首を横に振る。

 

「いや、はっきりとそれが原因とは言えない。他のことが原因で結果として月が紅くなった可能性もある。・・・なんにせよ事を急ぎすぎることだけは避けないと」

 

 そう、レミリアの言うとおりである。こんな時こそ慎重になるべきだ。このチャンスを逃してはフランが陽の目を見ることはなくなってしまうかもしれない。

 

 でもそうとはわかっていても、期待するのをやめることはできず、自然と口元が緩んでしまう。嬉しい、嬉しい、嬉しいのだ。

 レミリアもどうにか冷静であろうと真顔をキープしているが、私にはわかる。何年一緒にいると思っているんだ。隠し切れない喜びがびんびんに伝わってくる。

 

 ある日を境に曇ってしまった顔が、かつてのように晴れやかになるのが嬉しくて仕方がないのである。

 

 はたから見たら、全員が全員回れ右をしそうな絵面だとわかっている。しかし私とレミリアはしばらくその場を動くことなく、喜びをかみしめていたのだった。

 

 

 

 

 先に頼んだ紅茶を持って入ってきたリサが、固まっているのに気づくまでその光景は続いた。

 




遅れましたすいません。

一応生きています。

資料集めたり、アニメ見たり、バイトやったり、馬主してたらこんな時間経ってました。

こんなに時間を止めてしまって、読者はもちろんのことですが、この作品自体にも申し訳なく思います。

私が書かなきゃこの作品は進まないんですもんね・・・。

とりあえず完結までは絶対に書くので、今後もよろしくお願いします。


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 人は常に美しさを求めている。

 

 性別など関係なく、生き方であれ、行動であれ、性格であれ、醜いよりは美しくありたいと願うはずだ。誰かが困っていたら、手を差し伸べるというのが人の在り方であり、人間がただの『葦』ではないという確固たる証拠である。

 

 何故かと言えば、人は鏡を見るからである。ここでいう鏡とは手鏡や姿見といった実物の話ではなく、人間という生物の持つ自身を省みる心を指している。

 

 私利私欲に走るのではなく、他者の目にはどのように自身が映っているのかを気にするからこそ、美しくあろうとするのである。さらに言うなら、その判断の大半は『他者の目を想定した自己判断』であることが多い。自信を評価するのは結局自分なのである。

 

 そんな結局のところどうしようもなく鼬ごっこになってしまう美醜の価値観で、最も変化が見られやすいのは外観、つまるところ容姿であることには誰も疑問を抱かないだろう。

 

 外観が内観を決めることがあっても、内観が外観を決めることは全くと言っていいほどない。

 

 人間見た目が全てなのである。

 

「そんなことないでしょ」

 

「あ、一応聞いててくれたんだ」

 

 眼前の魔女は全く目も合わせずに、遊びに来た友人を差し置いて読書に明け暮れていたために、てっきり無視されているのかと思っていた。

 かと思えば一応返事らしきものが得られたので、ただの屍ではなかったようだ。

 

「・・・こっちは真面目な魔道具の研究なんだけれども遊びのつもりなら帰っていいわよ」

 

「ジョーダンだってマイケル」

 

 ・・・視線がマジ絶対零度なのでここまでにしておこう。

 

「それはそうと、魔女様の美醜観はいかほどに?」

 

 直接的にオウレット自身のことを聞いたことがなかったので、これはいい機会であると少し掘り下げてみることにした。

 

「別にこれといって特別なものではないわ。美しい、醜い、賢い、愚か、優しい、狡賢い・・・そんな人を形容する言葉は全て物差しがあるの」

 

 知識の結晶からわずかに目を上げ私に向かって説くその姿には、言い知れない苦労がにじみ出ていた。

 

「たいていの場合その物差しは大衆が作り出している。けれど確かに相容れない物差しもある。誰かが美しい賢い優しいと言っても、他の誰かは醜い愚かだ狡賢いと言う」

 

「最も相反するのは正義、かしらね」

 

 そう言って、本で見えないその顔に暗い影を落とした魔女は、昔を思い出すように黙りこくってしまった。藪蛇だったか、そう思ったがここまで聞いてしまった以上先を促すしかない。

 

「・・・まぁ要は他者からの視線で、貴女風に言うなら他者を意識した自分の目で美醜観を作るのはナンセンスだって話よ」

 

「もっと要約すると?」

 

「その魔道具を頑なにアクセサリーとして使う気持ちがわからないって話よ」

 

 本を置いて魔女が指さした先には、ウェリントン型、つまりは四角く黒いフレームのごく普通の眼鏡。身体能力が人のそれとは比べ物にならないほど高い私たちが、本来お世話になるはずのない品である。

 

「そんなのつけたら邪魔じゃない。本が読みにくいったらありゃしない」

 

「そうかな。慣れれば気にならないと思うけど」

 

「慣らす意味がないわ。・・・それにかけ忘れる阿呆もいるみたいだし、私の前に約一名」

 

 誰のことですかねー?ワタシマッタクワカラナイデスワ!

 

「大体どうしてもその機能を付けたいなら、貴女の眼を直接弄ったほうが楽よ」

 

「なんか恐ろしいこと言ってる!?」

 

 まさか眼球を引きずり出すつもりか!?

 オウレットの二つ名を『七曜の魔女』から『マッドなムーディー』に変更しようかと考えていると、呆れ顔で溜息を吐かれた。

 

「・・・貴女それでも魔術を修めているのかしら?」

 

「手術料を納めろ?」

 

「身体強化よ、身体強化。それを少し応用すれば、視界の共有ぐらい容易にできるわ」

 

「そのぐらい知ってるっての」

 

 流石に魔術系統は全て調査済みだし、視神経を弄る方法も知識として頭にある。しかしそれではあまりに無骨である。華がない。

 

「だったらどうして「いいじゃん!!」・・・!?」

 

「カッコイイじゃん!!」

 

 そう、それに尽きるのである。

 確かにこの眼鏡『インビジブルアイMark-2』は正直必要性は皆無だ。魔術で事足りるし応用も利く。装備を増やすことは実践的ではない。

 

「この一見何の変哲もないどこにでもある量産消耗品が、実はとんでもない機能を備えているこのギャップ!着脱可能ということは誰でも使えるっていうのは利点だよね。それに眼鏡をかけているだけで、他の人には普段よりも2割増しで知的に映るっていうデータもある(*ないです)し、なんかもはやそっちメインで視界共有とかオマケよオマケ」

 

「わかった、わかった。兎に角このままが良いのね」

 

 オウレットは一つ溜息を吐くと本の虫へと戻ってしまった。

 絶対面倒くさい奴だと思ったに違いない。まぁ分からない奴にはどれだけ説明しても分かってもらえないのだ、浪漫というものは。

 

 価値観の相違なんてものはこの世にいくらでも転がっている。それこそ美醜観のように。

 

 

 

 生きる図書館のオブジェは放っておいて、そろそろフランの元へ向かおうかと思っていると、小悪魔がカップを二つと茶菓子が乗った盆を片手にやってきた。

 そしてカップは私とオブジェの前にそれぞれ置かれた。

 

「ありがとう。…ん?これって紅茶?色が絵の具の筆洗いみたいになってるけど」

 

「オリジナルブレンドです。味は保証するのでグイッといっちゃってください!」

 

 紅茶はグイッと飲むものではないと思うけれど…。悪魔の笑顔を信じてカップを傾ける。

 

「どうです?美味しいですか?」

 

「・・・好きな人は好きなんじゃないかな」

 

 価値観同様に味覚もまた人によって違うのである。

 ちなみに私には、ドブ水をろ過した後に無理やりシトラスを付けたような味がした。レミリアあたりが好きそうな味である。フランには間違っても飲ませないほうが良い。

 

「これ自分で味見してみた?」

「味見したくないから飲んでもらったんですよ」

 

 爽やかな笑みとともにそう宣う小悪魔。正しく悪魔である。しかも主人ではなく私に出すあたりが「小」悪魔たる所以に違いない。

 

「せっかくだしフランにも飲んでもらおうか」

「い、いやいやいや大丈夫ですよ毒見は成功です」

 

 今こいつ毒見って言いやがった。

 

「だったらいいじゃん、ほらそれ貸して」

 

 慌ててティーセット一式を片付けようとする小悪魔の手をつかみ、新たに淹れようとする。しかし能力なしの無能吸血鬼では、ただの悪魔とでさえ腕力が拮抗してしまうようで簡単に離そうとしない。

 

「ダメですっ!!せっかく勝ち取った私の姉ポジが!!」

「はぁ!?何それ詳しく!!」

 

 梃子でも動かないティーポットを挟んでとんでもないワードが飛び出してきた。姉ポジだと?どういうことだゴラァ!!

 

「どっかの阿保吸血鬼が寝込んでいる間、小悪魔が魔術の勉強を教えてたのよ。少しでも家族の役に立ちたいからですって」

「フラン・・・」

 

 できることなら私が教えたかったが、土台無理な話ではあった。オウレットもそこまで暇でもないだろうから、故に小悪魔がその役目にあたったのは適任と言えるし感謝するのが筋と言える。

 だがしかし。

 

「せめて先生ポジとかに収まっとけ・・・!」

「嫌ですフラン様はもう妹みたいなものです・・・!」

 

 姉ポジが増えるのは断じて許さん。お姉ちゃんが三人とかややこしいだろうが・・・!

 そうしてティーポットの綱引きをしているとあることに気づく。この射線上は、ダメだ。

 

「放してくださいっ・・・!」

 

 思考がそれた一瞬のスキをついて小悪魔が強く引っ張る。そうして力のつり合いが取れなくなったティーポットは私の手を離れ、勢いづいたそれは小悪魔の手も離れ、延長線上にいた魔女に向かって放物線を描く。

 

「「あ」」

 

 幸い?にもポットはオウレットの手前に落ちて、派手な音を立て、中に入っていた群青色の液体がぶちまけられ、今まさに読書中であった本の下部をびしょびしょに濡らすだけにとどまった。

 

 中々に付き合いの長い魔女殿ではあったが、はっきりと怒りをあらわにしたところは見たことがない。多少やらかしてしまっても、目元が引くつく程度であったし、その後に超謝り倒せば許してくれた。怒れない性格というか、根が優しいというか。

 

「これ、私の、本、よね?」

 

 正確に言えばそれは紅魔館が貯蔵している本であって、それを管理してもらっているにすぎないのだが、本を片手に歯ぎしりが聞こえそうなオウレットに言い出せるわけもなく、ただただ首を縦に振っていた。

 普段からは考えられない、怒髪天を突くような形相に小悪魔は隣であわわと震えるだけのマシーンと化してしまった。こっちだって怖い。ともすれば乙女の尊厳を失いそうになるくらいには怖い。

 

「私本を読んでたわ。あなたたちの邪魔をしたかしら?」

 

 いっそのこと怒鳴り散らしてくれればいいものを、一つ一つの事実確認によってこちらに弁解の余地を与えない冷酷な魔女。怒らせたら怖いのは、怒らせてはいけないのは、普段怒らない人なのだ。

 

「覚悟はいいかしら?ああ、返事は要らないわ」

 

 もしかしなくてもオラオラだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「・・・ということがあったわけ」

「お姉様が悪いじゃん」

 

 壁一枚隔ててフランに事のあらましの一切を説明する。一応フランに宛がわれている部屋は図書館に内接された一室ではあるものの、紅いドアを含め外界からの遮断性に優れている。それはフランを外に出さないためというよりかは外部から音や魔力を中心とした異物の混入を防ぐための、良く言えば揺りかご、悪く言えば監獄のような部屋であった。

 

「魔術のことが知りたければ私に言ってくれればいいのに」

「・・・ダメなの、お姉様じゃ」

 

 無理であることはわかっていながらも、どうしても口に出さずにはいられなかった。そして返ってきたのは予想通りの拒絶。フランは強い意志のこもった声で続ける。

 

「お姉様に教えてもらったら、それはお姉様と同じことしか学べない。私はお姉様になりたいんじゃなくてお姉様を助ける存在になりたいの」

 

 しかし理由は私にとって予想外のものだった。てっきり現実的な側面、私とフランが互いに顔を合わせることができないからだと思っていたのだ。だが実際には、私を助けたいからだという。

 

「どうして?私がフランに助けられるほど弱く見える?」

 

 少し茶化すような口調。フランにこうもはっきりと言われると少し堪えた。

 

「うん。私にはそう見えた。いつの間にか寝てしまって、何日も目を覚まさないで、近くにいるのにこっちを見てくれなくて」

 

 どんどん声が小さくなっていって、私は少なくない罪悪感を抱く。

 

「・・・それで、このままずっと起きないんじゃないかって、怖くなって」

 

 その時を思い出したかのように、声は震えていた。

 迂闊だった。思い上がっていた。馬鹿だった。妹にこんな思いをさせるのが姉だろうか?私よりか、心配させることもなく魔術を教えている小悪魔のほうがずっと姉らしい。

 湧き上がってきた自己嫌悪にうんざりしていると、だけど、と妹は続けた。

 

「何もしなかったら変わらないと思った。怖がってばかりじゃ何も良くならないから。だから勉強することにしたの、それもお姉様とは違うやり方で。いつか困っているときに助けられるように」

 

 

 声の震えは、止まっていた。私の記憶にあるフランとはどこか違っていた。しかしそれは良い方向であるのは間違いなく、それに対して私は複雑な感情が心を占めていた。私の知っているフランではなく、受け入れるべき変化ではあるが、どこか寂しく。

 そんな風に感じてしまう私はやはり姉らしくないと思うのだった。

 

「・・・なんか言ってよ。恥ずかしくなってきちゃった」

 

 少し上ずった調子で、恐らく顔は若干紅潮しているだろう。実際に見れないのが残念である。紫に頼めばあるいは何とかなるかもしれない。

 

「すごいね、フランは。私よりもずっとすごい」

「・・・急に褒めないでよ」

 

 フランの顔をしばらく見ていないせいか、私が寂しくなってしまった。ああ、フランに会いたい。少しは背が伸びているだろうか。最後に会ったときには私よりも少し低いくらいだったか。妹の成長を見たい反面、変わってしまっていたら昔のフランが遠くなってしまっているようで。

 どうしようもなく私は揺れていた。今のフランと昔のフラン、二人の溝はどれほど深いものだろう。

 

「でも、ありがとう」

「なんのこと?」

「今まで私がやってきたことが正しいって確信が持てなかったから、お姉様に褒められると、何て言うか、その・・・ホッとするし、嬉しい」

 

 長い間こんな関係を続けているせいで、声だけで分かるようになってしまった。これは本心からの声だ。私の声で嬉しくなっているフランの声だ。フランの嬉しさが私にも伝わってきて、胸の奥が温かくなるようだ。

 しかしなんてマッチポンプなのだろう。私は『私の存在』がわからない。存在していいのかがわからない。

 

「ん、んんっ!ねぇねぇ、それより最近、ユータイってやつをオウレットから教えてもらったんだけど・・・・・・」

 

 また恥ずかしくなったのか、わざとらしい咳ばらいを挟んだ後、最近学んだことについて楽しそうに話すフラン。本当ならこんな狭い部屋で窮屈な生活を送る必要などなかったはずだ。待っててくれ、もう少しでこんな生活とは無縁にしてやれる。

 

 私はある考えを胸に秘め、フランの上機嫌な話に耳を傾けた。 

 




ぼちぼち書いてます。

後半全く別日に書いたせいで温度差がすごいかもしれません。


関係ない話ですが、近々二年ぐらい前に書いた短編をアップするかもしれませぬ。興味がある方は見ていってください。



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