ペルソナ使い鳴上悠と魔法科生 (ローファイト)
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第一話 横浜事変

横浜騒乱編から始まる本編です。

タイトルも仮でなにか良い案があれば助かります。
また、タグについても、ペルソナメインなのか、魔法科高校の劣等生がメインが良いのかがどっちが良いのかわからないので、その辺も意見をいただければありがたいです。
魔法科高校の世界にペルソナ4を乗せるため、ペルソナの方のを設定をいじっております。違和感はあしからず。

12話目標で来訪者編で終了予定。


ペルソナ:人の心の奥底に眠る「もう一人の自分(ペルソナ)」を具現化した特殊能力。

ペルソナは「もう一人の自分」の有り様を模した形をし、心の有り様を大いなる力とし奮う事ができる。

ただ、この能力を発現できるのは特殊な環境「異世界」のみで、現実の世界では発現不可能であったため、一般には認知されていない。

 

 

稲羽市の謎の霧に覆われる事件、東京で起こったアイドル失踪事件と次々と信頼できる仲間と共に勇気と度量と類い稀なるペルソナ能力で解決した鳴上悠。

 

彼は仲間と離れ東京で高校生活最後の年を過ごしていた。

 

 

2095年10月30日(日)

鳴上悠は仲間の一人、一つ下の後輩、元トップアイドルで一年間の充電期間を経て芸能界復帰を果たした久慈川りせと横浜で久々に会える事になった。

 

「先輩、久しぶり~」

変装用に眼鏡をかけ、つばの広い帽子を深くかぶったりせが、待ち合わせ場所で立っていた悠の腕を後ろからとり、その大きな瞳で上目遣いをし、いたずらっぽく微笑む。

 

「久しぶり、りせは元気だったか?」

 

「まあまあかな、でも悠先輩の顔を見たら元気が出てきた」

悠とりせはそのまま並んで歩きだす。

 

「それは良かった」

 

「ありがとね。わざわざ横浜まで来てくれて」

 

「りせは芸能活動で忙しいだろ?」

 

「悠先輩も、受験生なのに···」

 

「勉強の方は問題ない」

 

「はぁ、先輩頭いいもんね」

 

この二人はこう見えても恋人同士ではない。

今も昔も、仲が良い先輩後輩の関係だ。

りせにはその気は有るだろうが、今は芸能活動を優先させているため、そういう関係になる事が出来ない。

悠にとってはりせは可愛い後輩の一人だ。

 

昨日、りせからの連絡で午後から仕事が急に空いたから遊びませんかという誘いだったのだ。悠の提案で、それならば現地で会おうという話になり、今横浜の中心街にいる。

忙しいりせの事を思ってのことだ。

 

二人は雑居ビルにあるレトロな雰囲気を醸し出している喫茶店に入る。

 

「りせ、横浜は?」

 

「CM撮影で、人が少ない早朝だったの」

 

悠の何時もの言葉少ない質問にも、りせは的確に答える。

此れだけでも二人の絆の強さをうかがい知ることが出来るだろう。

 

「直斗ったら、今日先輩と会うって知らせたら、羨ましそうにしてたわ」

そんな直斗の顔を思い浮かべたのだろう。楽しそうに微笑むりせ。

白鐘直斗、探偵王子の名で世間に広く知られている天才探偵少年だ。実際は男装の麗人然とした、りせと同学年の少女で、同じく悠たちと事件を解決した仲間だ。

 

「そうか、冬休みには稲羽に戻るつもりだ」

悠は稲羽市に在住している仲間たちとは、情報端末を介しネットコミュニティで毎日のように連絡をとりあっている。

 

「いいな~、······わたしも1日はなんとしてもオフもらって、皆に会いに行こうかな」

 

「あまり、無理するな」

 

「ええ~、だってわたしも会いたいもん」

可愛らしく頬を膨らますりせ。

りせは、りせちーの愛称で呼ばれる小悪魔的な要素を含んだ万人が認める美少女アイドルだ。しかし、復帰後は大人な要素も加わり、美少女から美女へと成長しつつあった。

 

「そういえば、直斗が変なことを言ってた。今の横浜は不穏な動きがあるから、気を付けろって······」

 

「直斗がそう言うのならば、何かあるな。俺のペルソナも、横浜に入ってから妙にざわついた感じがした」

 

「悠先輩も、······やっぱり気のせいじゃなかった。わたしのヒミコも······」

 

「シャドウや神、悪魔といった存在ではなさそうだから、取り敢えずは気にしないようにしてたのだが······」

 

「やっぱり直斗が気を付けろって言ってたのは、また魔法がらみのテロかな?」

 

「今日なのか、明日なのか、一週間後なのか、わからない。なにかが起こりそうな予感はする」

 

「先輩……横浜から、移動したほうがいいかも」

りせは心配そうにする。

 

「そうだな、一応美鶴さんに知らせておく······シャドウがらみではないから美鶴さんが動く事はないだろうけど、きっと警察とかに、警告してくれる」

悠はりせの意見に同意するも、知り合いである対シャドウ特殊部隊を率いる桐条美鶴に知らせるようだ。

普通、こんな話を何処に出しても取り合わないだろうが、同じペルソナ能力者である美鶴ならば、信じてくれるだろう。

 

「せっかくの悠先輩とのデートなのに」

りせは小声でぼやく。

 

 

 

りせの口から出た魔法がらみのテロ······

2095年21世紀も末期を迎えるこの時代では魔法は存在し、明確に体系化された科学の一部である。

すでに魔法が認知され100年が経っていた。

しかしながら、魔法が使える人間は極一握り。そのほとんどが戦争の道具となる。

さらに、日本の頂点に立つ優れた魔法を扱う一族はかつて、非人道的な人体実験などを繰返し出来上がったものだった。

それは社会に明確な格差と差別意識を生み、テロ行為などをたびたび誘発させる要因となっていた。

最近では魔法師育成機関である魔法大学付属第一高校が大々的に襲撃を受けたのは記憶に新しい。

 

また、世界情勢も極めて混迷していた。

各地で戦争が勃発し、日本もこの5年で隣接国から2度の侵略行為を受けている。

 

 

そして、今日も······

 

全国魔法協会主催の魔法科高校に通う学生達による権威ある論文発表会の場……

全国高校生魔法学論文コンペティションが開催されている横浜国際会議場に突如として、銃声が鳴り響く。

 

国籍不明のテロリスト集団が襲撃してきたのだ。

 

会場は一時騒然としていたが、一部の学生が冷静に判断し、魔法を駆使しテロリスト達を撃退していったのだ。

 

しかし、テロ行為が行使されたのはここだけではなかった。

横浜全体がテロの暴力にさらされたのだ。

唯のテロではない。軍事訓練を長い時間受けた本物の軍人が侵攻してきたのだ。

普段の生活を営んでいた人々は、現実から非日常へと変貌していく街中を逃げ惑い、ある者は銃弾に倒れ、ある者は魔法で吹き飛ばされ、そしてある者は建物の下敷きになり命を落としていった。

 

 

 

そしてあの二人の周囲でも……その惨状が起こりつつあった。

 

 

「悠先輩!!」

 

「俺は出る。りせはそこで皆と待っててくれ」

 

「私も!」

 

悠とりせは先ほどの喫茶店の客と周囲の人々を付近のビルの地下にあった避難シェルターへと誘導し、退避させていた。

悠はシェルターから出て階段を上り一人外の様子を見に行こうとしていたところ、りせが追いかけて来たのだ。

 

悠はポケットから黒縁の伊達メガネを取り出し、すばやく装着し外の様子を伺う。

悠とりせの前では未だ逃げ惑う人々と街を、重火器を持った軍人があちらこちらから現れ、無抵抗な人々をその圧倒的な軍事力という名の暴力で蹂躙していく風景が目の前で起きていたのだ。

 

「ペ・ル・ソ・ナ!!」

 カッ!!

悠はそう叫ぶと一瞬後ろに、大きな人型のような影(イザナギ)が一瞬表れ、スッと消える。

悠はペルソナ能力を現世で発動させるが、ペルソナは姿を隠す。

そして、ペルソナの能力が悠自身の身体能力を圧倒的に上昇させた。

 

そもそも、現世でペルソナ能力は本来発動できないとされてきた。

この世界との裏側にある精神と魂の狭間の世界、「虚ろの森」「影時間」などと呼ばれる異世界だけで発現されるのだ。

しかし、悠達は3度の事件を解決した後、現世でもペルソナ能力が行使できるようになっていた。起動キーは霧を見通すメガネ:クマが作成したメガネを装着する事で行使できるのだ。(悠だけメガネ無しでも行使可能ではある)

この事は、仲間内だけの秘密にしている。もちろん桐条美鶴にもだ。このご時勢である。このような能力が発現したとなれば、何をされるか分かった物ではない。

 

さらに、このペルソナ能力は一般的には存在しない物と認識されている。

桐条グループはペルソナ能力とシャドウが住まう世界について魔法協会などにも訴えかけたが、そもそも、現世では実際発動しない能力なのだ。戯言だと一蹴されたのだった。

 

 

「りせ、いざとなったら、ここの人達を頼む。それと、ペルソナを人目に見られると厄介だ。それこそ、りせが芸能界をやめなければならないことになる」

一般的な人間には悠達のペルソナは見えることはない。ただ、霊感や霊気が強い人間には見えてしまうようだ。

もちろん魔法師には見えてしまうだろう。

 

「悠先輩ありがとう。私もペルソナを顕現させずに憑依状態にすれば身体能力も上がるし、フルには使えないけど、ある程度能力も使える。それと私のナビゲーションが必要でしょ?」

 

「ふぅ、分かった」

 

「来てヒミコ…ペルソナ!」

りせはピンクの伊達メガネを装着し叫び声を上げる。

後ろに一瞬、女性のような影(ヒミコ)が現れるがスッと消える。

 

「状況は?」

 

「横浜全体が混乱している。……酷い。皆の苦しみや悲しみや怨嗟が聞こえてくるみたい……横浜港から大よそ500人程度の敵意が横浜を覆っているみたい。」

りせのペルソナ:ヒミコは探査能力に優れており、横浜の状況を把握したのだ。

 

「!?……横浜全体……とりあえずは周りの人たちの救出と、敵の排除をする」

 

「待って、敵の識別をするわ」

 

「助かる……行って来る」

 

「やっぱり私も!」

 

「落ち着け、りせまで表に出たら、誰がナビゲーションをしてくれるんだ?それと、ここに避難している人たちを頼む。頼りにしている」

悠はりせに笑顔を向けそう言って、りせを置いて建物の中から飛び出す。

 

 

大型の銃器を持った軍人6人が40、50人の市民を取り囲み銃を向けていた。

その周りでは、息があるのかは不明だが人々が倒れている。

 

悠は、落ちていたゴルフクラブを掴み、刀のように構え、凄まじいスピードで市民と軍人6人の間に入り、ゴルフクラブを奮う。

 

『電光石火!!』

一瞬、イザナギが顕現し、悠の身体を雷光が包み込み、奮ったゴルフクラブがスパークし軍人6人全員を一気に吹き飛ばす。

吹き飛ばされた6人の軍人は痙攣を起こし気を失う。

 

『悠先輩、右から、ロボットみたいなのが来る!』

りせの声が悠の頭の中に響く。

 

すると、右方向の300m先の角から、直立戦車が2機現れる。

 

『ジオ!』

イザナギが一瞬顕現すると同時に直立戦車の頭上から、雷光が降り注ぎ、2機の直立戦車そのまま煙を上げ倒れる。

 

『先輩!南方向からミサイルみたいなのがこっちに複数飛んでくる!』

 

『アラミタマ!!』

悠の右手に青白い炎と共に戦車のアルカナカードが現れ、それを握り潰すと同時に、勾玉に顔がついているような姿のアラミタマが悠の頭上に顕現し、迫り来るミサイルに突っ込んで行き、悉く自らを盾にし防いでいく。

 

『悠先輩!今のうちにその人たちをシェルターに!』

 

「了解」

悠は動けなくなったお年寄りを二人おぶった状態で、市民を先ほどまで居たシェルターまで誘導する。

 

 

後に横浜事変と呼ばれる隣国、大亜細亜連合の侵攻作戦であった。

 

 






悠とりせのみ登場でした。


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第二話 横浜事変終結

横浜が大亜細亜連合軍の侵攻によって、火の海へと変貌していく中、横浜の中心で孤軍奮闘しているペルソナ使い鳴上悠の姿があった。

 

『イザナギ!』

悠は侵攻してくる敵軍をペルソナ能力と刀技で倒しながら、逃げ惑う人々を保護し、シェルターに誘導していた。

 

『悠先輩!50メートル先のビルに7~8人逃げ遅れた人がいる。その先100mにシェルターがあるわ。そちらの方は敵軍は今はいない』

 

『了解』

 

悠はりせのナビゲーションにより、正確に敵の位置と市民の居場所を把握できるため、逃げ遅れた人たちの救助は順調に進んでいる……それでも、最初にいたシェルターから300mしか進んでいない。

 

 

『……なにこれ…ものすごいスピードでそっちに向かってるわ。数は18人。気をつけて先輩!たぶん敵は魔法師!』

 

『わかった』

 

 

現れた軍隊は人間では考えられないスピードで現れた。

加速魔法だ。時速60キロ程度は出ていた。

 

その部隊の隊長らしき男がどこかに通信をする。

「玄武第3班。異変のあったα地点に到着。若い男が1人、友軍はすべて倒れている。この男が倒した者と判断。魔法師の可能性が高い。今から排除を開始する」

 

敵軍魔法師達は数体の大きな黒い犬や炎を纏った大きな鳥などを顕現させる。

古式魔法の式神(化成体)だ。

どうやら、敵の魔法師によるエリート部隊のようだ。

 

そして、悠めがけて一気に襲い掛かる。

 

『イザナギ!!』

悠の後ろに4メートルは有ろうかという巨大な人型のペルソナ(イザナギ)が現れる。

 

『マハジオンガ!!』

イザナギが手を天に向かって突き出す。

 

襲い来る式神達を広範囲に強烈な稲妻が降り注ぐ。

 

式神は電撃を受け一瞬ですべて消滅する。

 

 

「なんだあの大きな人型の式神は!」

「何て威力の電撃だ……」

「間違いない奴は名の知れた戦術級の魔法師だ」

敵兵は一瞬驚くが、戦闘態勢は維持したままだ。

 

「怯むな!手数で押し切れ」

 

 

18人の敵魔法師は陣形を組みつつ、遠距離魔法を展開し、悠めがけて一斉照射をする。

 

 

そして、炎の玉、氷の礫、電撃の矢、風の刃等の多数の魔法が悠に一斉に迫る。

 

 

 

 

『アヌビス!!』

悠は右手の平に青い炎を纏わせ審判のアルカナカードを出現させ、それを握り潰す。

悠の頭上に犬の顔をしたエジプトの神を模したペルソナが現れる。

 

アヌビスは持っている天秤を前に掲げると魔法反射障壁(マカラカーン)が悠の回りに展開する。

 

 

迫り来る多数の魔法は悠の手前で、反射し向きを180度変え、放った魔法師へと返っていく。

 

「なっ!」

「なに!」

「防御術式展開!!」

魔法師達は戻ってくる魔法を防御術式でかろうじて防ぎきる。

 

 

 

 

『モト!!』

悠は右手の平に青い炎を纏わせ死神のアルカナカードを出現させ、カードを握り潰す。

悠の頭上には黄金の棺桶が現れる。

 

棺桶の隙間からは禍々しい悪魔の手と凍て付くような視線が現れ、魔法師たちに向け、呪いを発する。

 

「ああっあああっ」

「うわーーーーー!」

「ううっううううう」

魔法師たちは呪いにより圧倒的な恐怖を植えつけられ、恐慌状態に陥り、あるものは蹲り、あるものはその場で固まり、あるものは発狂したように叫ぶ。

 

 

 

『イザナギ!!』

悠はそのまま魔法師達の下へ猛スピードで迫り、魔法師達の手前でゴルフクラブを大きく振り、地面に衝撃波を放ち大きく土埃を上げる。

 

 

それだけで、恐慌に陥った魔法師達はほうほうの体で逃げ出していく。

 

 

 

 

『先輩!周囲に敵はいなくなった。周囲の住民も避難も終わったわ』

 

 

「りせ、他は…情勢はどうなっている?」

 

 

『各地で起こってた戦闘も随分終息してきているわ。味方の軍か魔法師が何とかしたみたい。先ほどまで一般の人を多く引き連れて移動していた集団は救助ヘリと合流してここから離脱しているわ………それと今も、空から飛んできた複数の味方が敵と交戦しているの………』

 

 

「そうか……」

悠はホッと一息つき、戦闘態勢を解除する。

 

 

『先輩……』

 

 

『ああ、後は軍に任せよう……』

 

 

『先輩お疲れ様』

 

 

『ああ、りせもお疲れさん』

悠は瓦礫が散乱している通りを歩きながら、りせの元に戻る。

その間漸く、このブロックにも警察組織らしい味方が駆けつけ、救助活動やら、戦闘警戒などを行っていた。

 

悠も警察に声を掛けられ、大丈夫だと言ったが、りせのいるシェルターまで送ってもらう事になる。

 

 

 

悠が戦っている間、りせの方も大変だったようだ。

シェルター内でアイドルの『久慈川りせ』だとばれてしまったようで、握手などを求められる始末。結局、皆を落ち着かせるために1曲アカペラで歌ったそうだ。

ペルソナで探査しながらも器用な事だ。

 

 

 

悠は結局その日、警察やら軍に質問を受けることなく帰宅する事ができた。

ペルソナ能力を警察や軍に直接見られることが無かった事が幸いしたようだ。

りせのマネージャーさんが事件を知って焦って、車で向かいに来てくれたため、渋滞に巻き込まれながらも東京に戻る事ができた。

 

 

 

 

 

2095年10月31日(月)AM

 

翌日のニュースでは横浜事変について大々的に行っていた。

 

横浜では住民被害(死傷者や行方不明者)が相当出た事……

侵攻してきた軍は大亜細亜連合の軍隊だった事……

国防軍が最終的には侵攻軍を壊滅させた事……

 

その中で明るいニュースとして……

りせが住民避難の誘導に貢献した事が報道された。

どうやら、あの避難シェルターに居た人の証言らしい。

まだ、りせやりせの所属芸能事務所からの正式なコメントは無いようだ。

 

悠はりせはしばらくさらに忙しくなるなとニュースを見ながら苦笑する。

こんな事件があった翌日だ。東京にある悠が通う都立高校も生徒の無事の確認や情報収集などで、休みとなる事が連絡が入っていた。

 

悠の仲間のコミュニティーも心配する声が前日から上がったが、皆にあらましをちゃんと説明した。

 

陽介に「無茶するな」と怒られたり。

千枝にも「鳴上くんは意外と無茶するから、やめてよね」と怒られる。

雪子には「無事でよかった」と心配させていたようだ。

クマは「流石先生」と褒められたり

完二には「俺も行けばよかった」とか……

直斗は「先輩なら大丈夫だと信じてました」とか何とか言っていたが心配していたようだ。

 

後で、りせからは

「先輩、今度はちゃんとデートに行きましょうよ」

と……

あんな事に巻き込まれたが、元気そうで悠はホッとする。

 

もちろんこの後、従妹の堂島菜々子からも心配する電話がかかってきていた。

 

 

 

 

2095年11月10日(木)PM

 

一年間稲羽市で過ごし、元の東京の都立高校に戻ってからは、1年生だった頃に比べて、周りの状況が変わっていた。

一年生の頃はよく一人で居る事が多かったし、目立たないタイプだったのだが、今は周りからはよく声を掛けられるようになる。特に女子からだ。

休み時間の間や昼休みは悠の周りは女子で溢れ返っている。

今日もラブレターを貰い。いつものようにやんわり断りを入れた所だ。

 

女子の間では、悠を誰が落とすのかの話題が絶えない。

 

悠は放課後いつものように素早く女生徒達を巻いて学校を出る。学校の校門外に黒塗りの高級車が止まっていたが、特に気にせずに素通りしようとした……

 

高級車の後部座席のドアが開き、どこかの学校の上品そうな小柄な女生徒が現れ、悠に声を掛けたのだ。

 

「鳴上悠さんですね」

女生徒はにっこりとした笑顔で悠に話しかける。

その女生徒は、この辺りでは見られない変わった制服を着ていた。ちょっとしたコスプレではないかというような煌びやかな制服だ。

 

「そうですが、なにか?」

悠は女生徒の顔をまったく知らない。

しかし、どこの生徒なのかはその変わった制服でわかった。

八王子にある魔法大学付属第一高校の制服だ。

そう、魔法師養成のための高校、そして目の前の女生徒は魔法師なのだ。

 

「始めまして、わたしは七草真由美と申します。急に呼び止めて申し訳ございません」

その女生徒は自己紹介をし、深く頭を下げる。

 

「ご丁寧に、改めて鳴上悠です。そちらは自分の事を知っているようですが、何か用ですか?」

悠も丁寧に挨拶を返すが、魔法科高校の人間がワザワザ一般の高校を訪ねてくるなんてことは普通はありえない事だ。

差別意識があり、魔法師はエリート意識が強く一般人を下に見ている風潮があるからだ。

逆に、一般人は魔法師に対し、何らかの悪感情を持っている人が多い。

 

「その、お伺いしたい事がありまして……」

 

「なにか?」

 

「いえ、ここではちょっと、出来れば場所を変えてお話しさせてください」

真由美は周囲を見渡しながら、悠に言う。

 

いつの間にやら、周囲に人だかりが出来てしまっていたのだ。

下校途中の生徒やら、悠を探していた女生徒達だ。

 

「はぁ、わかりました。この近所の喫茶店で良いですか?」

 

周りでは、「そんな!」「悠くん!その女は誰!」「あの鳴上がついに落ちた!」「悠くんを捕らないで!」

などと声を上げていた。

 

 

悠は勧められるがまま高級車に乗り、真由美の横に座る。

しばらく車を走らせ、街中で止まり運転手は車を降りる。

今、車の中は悠と真由美だけだ。二人だけで話したいということなのだろう。もしくは、知られたくない何かを話すつもりなのか?

今の悠には見当が付かなかった。

 

「すみません。急にこんな真似をしてしまいまして……」

 

「俺に何の用ですか?俺は貴方の事を知らない……貴方は俺の事を知っているようですが、悪い人には見えなかったから話を聞く気になったんです」

 

「ありがとうございます。その、横浜で……あの横浜事変で鳴上さんをお見かけしたので……それで話を聞こうと……」

 

(ペルソナを見られた?……この子もあの現場にいた?いや、周囲には居なかったはずだ)

 

「人違いでは?」

 

「そんなことはありません。私はこの目で見ていました。貴方が大亜細亜連合の魔法師を複数人相手にしている姿を……」

 

(あの時か……しかし、周りには確かに誰もいなかったはず)

 

「……それこそ人違いではないですか、確かに俺は横浜にあの時いましたが、俺はこの通り一般人です。魔法師相手に戦えるはずが無い」

 

「……わたしは輸送ヘリから、貴方の活躍を見ていました。魔法を使って……」

 

(ヘリ?……りせが言っていた。輸送ヘリで脱出した集団があったと)

 

「それは見間違いでしょう。俺に魔法適正はないです」

 

「すみません。色々と貴方のことを調べさせてもらいました。確かに魔法適正は高校入学時点で無かったようですが、急に成長や覚醒する事もあります。そうでなくては辻褄があいません。私はこの目で確かに貴方を見たの!」

 

「仮に、俺が魔法適正があったとして、どうするつもりですか?」

 

「……あっ、すみません。少し声を荒げてしまいまして……何もしません。私のただの興味本位です」

 

「興味本位?」

 

「あの事件で、私達の高校の生徒も多数巻き込まれました。幸いにも犠牲者は出ませんでしたが、他校の生徒からは……そして、私の目の前でも……貴方の事が気になり調べましたが、貴方の事がなかなかわかりませんでした。それで事件そのものについても調べました。貴方が居たあの場所では犠牲が他のブロックに比べ圧倒的に少なかった。それで、事件のあの場にいた方々の調書や報告を確認した所、やはり、人々を助け、シェルターに導いた人が居ました。年恰好も貴方と一緒……それでも、貴方にたどり着く事は出来ませんでした」

 

 

「学校の生徒が軍関係者や警察関係者でもないのに……どうしてそんなことが?」

悠の疑問はもっともだ。たかが学生が調べられるレベルを超えているからだ。

 

「すみません。私は十師族七草家の子女ですので……」

十師族、魔法師の頂点に立つ家柄だ。この日本を裏側から支配していると噂されるほどの力を持っている。それならば可能なのかもしれないと悠は納得する。

 

「そうですか」

 

「貴方は私が十師族と名乗っても気後れしないのですね」

 

「いや、驚いてますよ」

 

「続きですが……丁度ひょんな所から、久慈川りせというアイドルが横浜事変で人助けをしていたと言う記事を何気なしに見ていたのです。その事は有名でしたから知ってました。ただその記事が、りせさんがアイドル復帰からの軌跡を追っていたものだったの。そこに……久慈川りせさんの友人の一人として、コンサートに出演していた貴方を見つけたのです」

 

(まずい…これはほぼ確信して接触を図っている。興味本位というからには個人的な話なのだろうか?…しかし、りせまで能力者だとばれるのは避けたい)

 

「りせは俺の元後輩で今も親しい友人です」

 

「では、あの場に居たのは、鳴上さんなのですね!」

 

「……それでも、俺は魔法師じゃないです」

 

「そんなはずは……そうでないと、あれだけの数の魔法師を倒すなんて事は、ありえません。……敵の魔法を跳ね返していたようにも見えました!」

 

(あの最後の魔法師との戦いだけを見られていたようだ)

 

「確かに、俺は逃げ惑う人々をシェルターへ誘導しました」

 

「ではあなたは魔法を使っていたと……新手のBS魔法師いや、SB……?」

 

「……七草さん、個人的な興味といってましたが、誰にも知られたくない事が一つや二つあると思います。この事はもう、調べないで貰っていいですか?もちろんりせや俺の友人や家族にも知られたくない」

 

「……あなたはなぜ隠して……それは愚問ですね……本当に私個人だけの話です。もっとも知人に話しても信じてもらえませんでしたが………、誰にも言いません。勿論家族にもです。話して頂いてありがとうございます。……でもなぜ、あのような事を……戦ったのですか?」

 

「魔法が使えようが使えなかろうが、魔法師だろうが魔法師では無かろうが、人を助けたいという思いは一緒だとおもいます」

 

「そうですか、貴方とお会いしてよかった。思ったとおり……それ以上の人でした」

 

 

こうして、悠は七草真由美との話し合いを終える。

 

 

悠は今後はもっと慎重に行動しなければと新たに思いをめぐらせる。

ただ、今の話で、真由美自身悪い人間ではないと感じていた。

できるなら、この事は彼女自身の心の中だけで収めてほしいと……

 

その後、彼女はこの事を誰にも言わなかったのか、悠が懸念していた軍や警察関係者、もしくは魔法協会などからの接触は一切無かった。

 

 

 

 

ただ……

「鳴上くん、今日はお暇かしら?」

 

「七草さん……一応お互い受験生です」

 

「私は大丈夫よ。鳴上くんも大丈夫よね。わたしは君の成績が相当優秀なのも知っているもの」

真由美は最初に会ったときに比べ大分砕けた話し方になっていた。

 

なぜか、真由美は翌週から高級車を校門まで乗り付けてくるようになり、拉致……いや、強制的に連れて行かれ、高級レストランの個室でお茶をするはめになったのだ。

初めて会ってから、これで4度目だった。




真由美さん登場

誤字脱字報告は非常に助かりますのでよろしくお願いします。


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第三話 嵐の前

感想ありがとうございます。

この話から本題に入ります。
いや、本題のちょっと前って感じですかね。


11月26日(土)休日

国立図書館に隣接している喫茶店

悠は一つ年下の探偵王子こと、男装の麗人、白鐘直斗と待ち合わせをしていた。

 

「直斗、久しぶり」

 

「先輩、ご無沙汰してます」

直斗はいつもの青を基調とした男装姿だ。

仲間内で会うときは、徐々にだが女性っぽい装いもするようになってきたが、対外的にはまだ恥ずかしいらしい。

 

「忙しいのに、わざわざ悪いな」

 

「いえ、東京での用も丁度終わったので、……なぜここで待ち合わせを?僕としては都合がよかったんですが……」

 

「丁度いいだろ?俺もこの頃、国立図書館にはよく来ているから……」

 

「先輩も利用されているんですね。何か調べ物でもあるんですか?」

 

「ああ、改めて稲羽市の謎の霧についてな」

 

「あれは神イザナミが生み出したアメノサギリが起こした事象は僕達で解決に至ったはずですよね」

直斗は興味深そうに悠に質問をする。

それは悠達が奔走し解決した事件……事象の事であった。

 

1年半前の稲羽市内で起きた真夜中テレビというオカルト的な噂と関連した連続殺人事件を悠たちはペルソナ能力を得てそれらを解決するために奔走する。

殺人事件の犯人を突き止めることができたが、それは大きな流れの一端でしかなかった。

その大元は稲羽市が謎の霧が覆う事象と関係していたのだ。それは神アメノサギリが人類をすべてシャドウにするために生み出した霧であった。

悠たちはペルソナと絆の力でアメノサギリを止め、人類のシャドウ化を阻止する事ができたのだ。

 

「アメノサギリは人々の願いを拡大解釈し、人々は感情があるために悩み苦しむと考えた。この事から人々を解放するために、人類すべてをシャドウに変えようとした」

 

「そうです。人が物を考えないシャドウになれば、苦しむ事も悩む事も無いからです。しかし、それでは何も生まれない。僕達はそれを否定して打ち勝った」

 

「ああ、しかし、アメノサギリは暴走さえしたが、人々の願いをかなえようとしたのもまた事実。しかし、なぜあのような行動にでたのか、そして、あの地だったのか、俺はそれが偶然ではないような気がして、前々から調べていた」

 

「そうだったんですか、それで何かわかりましたか?」

 

「ああ、稲羽にはイザナミと同じくしてアメノサギリの伝承と信仰があった。今は失われていたが江戸時代には土地神として奉られ、祭事も行われていたらしい」

 

「……興味深いですね」

 

「あの一帯が八十稲羽と呼ばれているのもその名残りだった」

 

「そう言われると、あのあたりは変わった地名が多い気がします」

 

「風習や祭事は失われ、神は人々に忘れられ本来の機能を失っていく。その過程で人の願いをかなえると言う一点のみを追求してしまった結果ではないかと思う。まだまだ過程の段階だけどな」

 

「なるほど」

 

「それ以外にも、あの事件の様な事例は他でもあるのではないかと思い、いろいろと調べてみた。やはり、全国には発達した情報社会を築いている現代においても証明できないような不可解な事件がまだまだ多数ある事が分かった」

 

「確かに、難問と呼ばれている未解決事件や、事故は沢山存在しますね。僕も解いてみようと思った事件もありました」

 

「稲羽市と同様に、未解決事件などの中に、神や悪魔などが関わっている事件もある可能性は高い。それらは土地土地にある土着信仰や伝承と関わりがあるのではないかと推測している」

 

「……それはありえますね」

 

「何件かはその可能性があると俺はあたりをつけている。過去に存在した祭事や風習は何らかの意味を持って行われていたが、それが何時からか忘れ去られ…失われ…その土地の本来あるべき機能を失い、何らかの作用を起こしているのではないかと」

土地の風習や神社の祭事などの中には、厄災を抑えるために神に奉げ物として行っていたものや、悪霊などを封印する儀式だったりと、多種多様にある。それらが失われ、機能不全を起こした土地は、暴走し厄災を招く。悠はそう推測したのだ。

 

 

「それでマイナーな民俗学部がある大学を志望されていたのですね。先輩らしいです」

 

「ああ、調べ物をしている内に興味が沸いてきた。あの学部であれば、土地の風習や習慣なども深く探求できる……それと稲羽以外でも苦しんでいる人がいるかもしれない。神や悪魔は現代の科学では解決は不可能……そんな人たちの手助けができるかもしれない」

悠はペルソナやシャドウや人の精神が作用する異世界、神を名乗る存在等と出会い。それらの存在を示す痕跡や伝承等の文献を国立図書館等で探していたのだ。

そして、行き着いたのがこれだった。

皆には東京国立大学民俗学部を受験する事を伝えてはいたが、何故なのか聞かれなかったので、理由までは知らせていなかった。

 

「僕もあの事件に関わってからはそう考えるようになりました。以前は科学で証明できないものはないと思っていた人間の一人でしたが……」

 

 

ここでオーダーを通していたコーヒーをウェイターが持ってくる。

 

 

悠はコーヒーを口にし本題に入る。

「話を聞いてもらいたかったのはこの事では無いんだ」

 

「電話で言っていた相談…ですね。わざわざこうして僕と顔を突き合わせてという事は、なにかの事件にまきこまれたのですか?」

悠は直に会って相談したい事があると、数日前に直斗に連絡をし、直斗が丁度、探偵の仕事で東京に来るこのタイミングで待ち合わせをしたのだ。

 

「流石は探偵王子、そんなところだ。りせや他の皆にも話していないが、実は…横浜事変で俺がペルソナを使っているところを目撃した人物がいた」

 

「!……確かにそれは事件ですね。そして、その人物か組織が先輩に接触してきたと」

 

「ああ……横浜で避難誘導し助けた人々の証言の人物と、それとりせの記事……夏休みにりせの友人として、コンサートでバックダンサーをした俺の写真を見て、同一人物だと気がついたらしい」

今年の夏休み、りせは悠や直斗と仲間達に自分が出演するコンサートのバックダンサーをやってほしいと頼んだのだ。その時も、シャドウやペルソナ能力に纏わる事件に巻き込まれたが、なんとかコンサートも無事成功を収める事が出来た。

その時にりせと並んでいる所が写っている写真だ。

 

「それで久慈川さんには言わなかったんですね」

 

「ああ、りせは結構気にするからな」

 

「何者で……先輩に何か要求でもしてきたのですか?」

 

「七草真由美、八王子の魔法大学付属第一高校の3年らしい」

 

「七草……!先輩!十師族の子女じゃないですか、かなりの魔法の使い手だと聞いたことがあります。妖精姫などの二つ名があるほどの……」

 

「十師族……そうか有名な魔法師だったのか」

 

「先輩!大丈夫なんですか?何かされませんでしたか?何か強要されたとか?……あっ」

直斗は椅子から半立ちになり、心配そうに悠に迫るが……悠と鼻がくっ付くぐらいに顔を近づけていた事に気が付き、赤面してゆっくりと椅子に座りなおす。

 

「ああ…今のところそれは大丈夫だ。本人曰く、個人的興味本位らしくて、家族にも言っていないらしい……」

悠はそんな直斗の様子に気が付いていないかのように話を進める。

 

「うっうん。本当ですかね。七草家といえば、十師族の中でも、いろいろとやりてだと聞いてます」

直斗は咳払いをし、気を取り直し話を返す。

 

「七草さん自体は悪い人じゃなさそうなんだが……」

 

「先輩!警戒はしておいた方がいいですよ」

 

「ああ、しかし最初に会ってから2週間以上経ったが、警察や軍、魔法師協会からの接触は未だない。本当に個人的なのかもしれない。ただ……」

 

「なるほど……ただ?それ以外になにか問題が?」

 

「ああ、なぜかその後も、たびたび現れて、お茶に誘われる」

 

「はぁ?」

直斗は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

「今の所、俺をどうこうするつもりはなさそうだ。しかし、機嫌を損ねるとバラされる恐れもあるため、様子を見ている」

 

「……その七草真由美の様子はどうなんですか?」

 

「……強引にレストランなどに連れていかれ、もっぱら世間話をしてる。彼女は楽しそうだ」

 

「………先輩……相変わらずですね………」

 

「どういうことだ?直斗」

 

「いえ、先輩は知らなくていいです」

直斗は拗ねたような口調でそう言う。

鳴上悠という男は天然ジゴロ……本人にその気がなくとも女性を惹き付けてしまうのだ。

それだけ鳴上悠という男に魅力があるという事なのだが……

 

「幸いにも、バレているのは俺だけだ。ペルソナ能力についてもバレていない。俺の事は野良の魔法師だと思っている様だ」

 

「そうですか……先輩、でも、あちこちで女性にやさし過ぎるのもどうかと」

 

「女性に優しくするのは男として当然だ」

 

「はぁ…先輩はもうそれでいいです」

直斗は堂々と胸を張ってそんなこと言う悠を見て、ため息をつく。

 

「そこでだ。今のままで良いものかと、それと皆にも情報は共有したいが、どのタイミングで知らせた方がいいかだ。特にりせは責任を感じて落ち込むかもしれない」

 

「うーん……先輩の話を聞く限り、その七草真由美についてはその対応で間違っていないと思います。行き過ぎはいけませんが……皆に知らせるのは……先輩と同じ年の女性だというのがまずいですね」

 

「?……同学年の女性だと何かまずい事でも?」

 

「特に久慈川さんは……」

 

「確かにりせは難しいな、気落ちさせたくない」

 

「いえ、そういう意味ではないのですが」

 

直斗が言いたいのは、りせが真由美に嫉妬して暴走しないかを心配していたのだ。

しかし、悠に通じてなかったようだ。

悠は鈍感ではないが、りせを恋人対象の女性として見ていないのと、真由美は知人以上友達未満の関係だと思っているからだ。

 

 

「そうですね。SNSではペルソナ関連の話題を入れないように気をつけてますし、今の所、大きく問題ないようなので、今度の冬休み稲羽に帰られた時にでもいいんじゃないですか?」

直斗はそう締めくくる。

 

実は直斗の提案で携帯端末のコミュニティーでは皆は意識的にペルソナ関連の話題を避けている。何かの拍子に見られる可能性があるからだ。

桐条財閥はこちらを監視しているだろう事を想定しての事だが、十師族や国家機関も何かに気が付いて、見られでもしたら厄介だからだ。

 

「了解だ。直斗に相談してよかった。助かった」

 

「いえ、先輩の相談なら、いつでも一番に優先しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

12月1日(木)放課後

本日も、真由美に強制的に都内の高級レストランの個室に連れていかれる悠。

 

「鳴上くんは、もうちょっと、くだけた感じで話してくれてもいいんじゃない?私たちは同じ年なんだし…名前で呼んでくれてもいいのよ、ウフフフフフッ」

真由美は悪戯っぽく微笑む。

 

「そうだな…では、真由美」

 

「……え!……その…」

真由美は本当に下の名前で呼ばれるとは思っていなかったため。悠の甘い声で名前を呼ばれると顔を真っ赤にしていた。

 

「間違った?じゃあ、七草」

 

「うううん。まだ、そっちでお願い」

真由美はまだ顔が赤い。悠からの名前呼びは刺激が強すぎた様だ。

 

「そうか残念」

 

「と、ところで鳴上くんは、大学は何処に行くの?魔法大学は流石に厳しいかもしれないけど、魔法を活用するなら防衛大学とか?」

 

「東京国立大学民俗学部」

 

「また、マイナーな学部ね。魔法がせっかく使えるのに」

真由美はまだ、悠が野良の魔法師だと勘違いしたままだ。

 

「やりたい事があるからな」

 

「………やりたい事……そう……私は魔法大学に入る事しか考えていなかったわ。それが自然な流れだと思っていたから。私がやりたい事……私にはあるのかしら………」

悠のその答えに、真由美は衝撃を受けていた。自分は何のために魔法大学に入るのか改めて考える。そこに自分の意思があるのかと……

 

「七草は魔法大学でやりたい事があったから入るんじゃないのか?」

 

「そんな風に考えても見なかった。私は十師族の長……七草家のためにそれらしい振る舞いと功績をあげることしか……その後は、より魔法力の高い子孫を残すために、どこかの高レベル魔法師、または、家柄の良い人に嫁ぐと漠然と思ってた……」

魔法師の家に生まれた女性は、より高い能力を子孫に残すことが大きな役割の一つとなっていた。

そのため、婚期も早く、学生結婚などはざらにある話であった。

この事からも、魔法師と一般人の価値観が大きく違うのが窺える。

真由美の親しい人間で周りに一般人など居なかった。ある意味魔法師社会だけの閉鎖的な環境で育ってきたのだ。しかも、十師族の長の長女という立場もあり、よりその傾向が大きい。

 

そのような中で育ってきた事もあり、悠の様な考えを持つ人間は今まで真由美の周りには居なかったのだ。

だから、真由美は悠との何気ない会話が新鮮で楽しかった。

 

「魔法師の家も大変なんだな」

 

「私のやりたい事………わからないわ」

真由美は視線を下に向け、間を置き、首を左右に振る。

真剣に考えるが答えが出ない。今まで考えた事も無かったからだ……

 

「いいんじゃないか、大学に行ってからでも……考える時間はたっぷりある。そこで七草が本当にやりたい事を見つければいい」

 

「本当にやりたい事……私でも見つけられる?」

真由美は悠の目をじっと見つめる。

 

「ああ」

 

「じゃあ、鳴上くんのやりたい事って?」

 

「この世界の真実を見つけること…かな」

悠は冗談めいた様に言っていたが、真剣にそのことを考えていた。

日常の世界の裏側に住まう、シャドウや神、魔といった存在をしり、この世界の真実を探求したいのだ。

 

「なによそれ」

そんな悠の言葉に真由美は小さく微笑む。

 

「かっこいいだろ?」

 

「もう」

茶化す悠に真由美は頬を膨らませ抗議をするが、楽しそうだ。

 

 

こうして、真由美と悠は緩やかにひと時を過ごしていく。

 

 

 

 

 

丁度その頃、日本の同盟国である太平洋を挟んだ東の大国USNA(北アメリカ大陸合衆国)では、魔法師が相次いで狙われる事件が多発していた。

被害にあった魔法師はいずれも、死亡または昏睡状態に陥る。また、行方不明者も多数でている。目撃者もなく、被害者がその状態では話を聞くことも出来ず。犯人の人物像すらもわからない。そして最大の謎は、被害者には外傷が全く見当たらないのだ。

この事から、メディアからゴースト事件と名がつけられることになる。

 

ただ、この不可解な事件に解決に、警察だけでなく、軍の魔法師による精鋭部隊:スターズが介入していた。

通常ではありえない対応だ。

あきらかに国(USNA)はこの事について、何らかの情報を持ち、危機感を持って国の最高峰の部隊を派兵したのだ。




こっからが、本題です。
魔法科高校では吸血鬼事件ですが……ここではゴースト事件と名前を変更しています。
流れは一緒の予定ですが……


ペルソナの説明が全然抜けてますが、
ペルソナは自分の精神を具現化したような存在ですね。
ジョジョでいうスタンドみたいなもんです。

普通一人に付き一体なのですが、悠だけは複数(100以上?)使用できます。
それが悠の特殊能力です。


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第四話 事の始まり

感想ありがとうございます。

本題に入っていきます。


悠は冬休みに稲羽に帰り、叔父の堂島家でクリスマスから10日間ほど滞在した。

毎日、誰かしらと会い冬休みを過ごす。

りせは芸能生活で忙しい中、丸1日休みを捻出し稲羽の祖母の家に戻り、皆と楽しい時を過ごすことが出来た。

 

同学年の仲間内で悠以外大学進学者はいない。

花村陽介はジュネス(スーパーマーケット)への就職が決まっている。

里中千枝は警察官への公務員試験が控えている。

天城雪子は学力を惜しまれながらも、実家の天城屋旅館を受け継ぐため若女将に。色々思う所があり、現在料理教室と外国語学校に通っている。

一つ下の学年では、巽完二は地元の大学に進学するために、勉学に励んでいる。意外にもこの2学期末試験で学年10位以内に食い込んだらしい。

久慈川りせは、そのまま芸能活動へ、映画の主演の話も来ているが、今は断っているとのこと。

白鐘直斗は高校卒業後、東京に戻り、大学へ進学するつもりらしいが、どこに行くかはまだ決めてない。

テレビの中(虚ろの森)の住人であったクマは、陽介の家で居候しつつ、ジュネスで今もチーフアルバイターとして励んでいる。

 

悠は皆にペルソナ能力が七草真由美に見られた事と、現在の状況を話す。

りせは案の定、自分を責めていたが、皆がりせのせいではない事を諭し何とか落ち着かせる。

特に現状では大きな問題は無いことを付け足すが、七草真由美との仲を疑われ、女性陣からは何故か怒られる始末。

 

悠は滞在中にマリーにも会っていた。

彼女もあの霧に覆われた事件に大きく関わった存在だ。イザナミによって生まれ、そして捨石にされた神……

クスミノオオカミという神である彼女はこの地方の土地神となり、稲羽近隣を見守りつつ、現在、久須見毬子と言う名前で地元テレビ局でお天気お姉さんをしている。不思議系陽気キャラが受けて、かなり売れっ子だ。

「何か嫌な感じがする。気をつけてね。君が傷つくと私は悲しい」

マリーは悠にそう忠告を残した。

 

 

そして、2096年1月3日(水)悠は皆と別れ、東京に戻る。

 

 

 

 

 

 

2096年1月6日(金)PM

真由美は十師族七草家として、年末からとある事件を追っていた。

 

真由美は悠と会うのを日に日に楽しみにしていたが、彼は冬休みを遠く離れた叔父の家で過ごすと聞き落胆していた。

 

しかし、丁度冬休みに入る前から、魔法師もしくは魔法適正者が襲われる事件が東京近郊で次々と発生したのだ。

七草家はこの事件を重く見、関東守護者として、この事件に介入したのだ。

本来警察組織がこの事件を追っていたのだが、完全に横槍状態になる。

双方の立場上、お互い引く事も出来ず。

結局、七草家と同じ関東守護者の十師族十文字家と共同し、警察組織とは別にこの事件を追うことになる。

父七草弘一の命令で、真由美は七草家の一員として、この事件を長兄智一と共に現場指揮を取ることになった。

 

真由美は悠にどうせ会うことが出来ないのだから、丁度良かったのではないかと思う。

 

しかし、事件は思った以上に困難であった。犯人の手がかりが一向に見つからないのだ。

それだけではない。捜査に参加した七草家の魔法師がこの10日間で6名襲われ、4人が行方不明。2人が帰らぬ人となり発見されたのだ。

遺体となり発見された魔法師はいずれも外傷は見当たらず、死因も不明。

司法解剖を行った医師によれば、ショック死ではないかと言う見解だが……それもかなりあやふやなものらしい。

 

真由美は事件の解決への糸口が全く見つからない現状と、家人を死なせてしまった事に、精神的にも肉体的にも参っていた。

 

「……鳴上くん会いたいな。もう、東京に戻ってる頃かな?」

 

自然と車を悠を連れてよく行くレストランの近辺に向かわせていた。

 

真由美は携帯端末を悠の電話番号に合わせたまま、ジッと画面を見つめている。

「……冬休み中に…どう言って会えばいいのかしら」

 

そして、一度、携帯端末の画面を消し、ふと車の窓の外を眺めると、偶然にも会いたいと思っていた人物が街中を歩いていたのだ。

 

「鳴上くん!」

真由美は喜色を浮かべるが……

 

悠は楽しそうに横に寄り添って歩く女性と会話をしていたのだ。

 

「あっ………」

 

その女性には見覚えがあった。帽子にメガネをかけていたが、今、テレビでも話題のアイドル久慈川りせだった。

 

「…………車を出してください」

しばらくその様子をみていたが、真由美はお抱えの運転手にそう告げた。

その顔には悲しみの色が濃くでている。

 

 

真由美は二人が歩きながら話す姿はとても自然に見え、お似合いのカップルに見えてしまった。

 

(鳴上くんが……他の女の子と、あの久慈川りせと、……後輩で親友だと言っていた。だから一緒にいてもおかしくないのに)

 

(なんで、こんなにも悲しい気持ちになるの?)

 

(私と鳴上くんは……知り合い?……友達?……鳴上くんと私は何なのかな?私をどう見てくれているのかな……どうして……)

 

(私もあんな風に鳴上くんと話したい。一緒にいたい…………でも、鳴上くんと私は……)

 

真由美は答えの出ないこの陰鬱とした気持を心に抱えたまま、今日も事件を追うことになる。

 

 

 

 

 

2096年1月8日(日)PM

 

悠は国立図書館での調べ物を終え、歩いて帰宅している途中であった。

見慣れた高級車が悠の前に止まり、後部座席の扉が開く。

 

悠はてっきり真由美だと思っていたが、出てきたのは、ブランドスーツを着こなし淡いサングラスを掛けた中年の男性だった。

「君が鳴上悠くんだね」

 

「はい、そうですが…あなたは?」

 

「いかんな。私は七草弘一。七草真由美の父だ」

 

「!……」

悠は警戒の色を濃くする。

七草弘一といえば、十師族七草家の当主。直斗が言うには、かなりのやりての人物だということだ。

もしや、横浜事変での事がバレたのではないかと……

 

「そう警戒しないでもらいたい。確かに私は十師族の長という立場があるが、今日は娘の真由美の父という立場で君を訪ねたのだよ」

 

「……そうですか。それでご用件は?七草さんは一緒ではないのですか?」

 

「ちょっと込み入った話になりそうでね。場所を変えさせてもらえないだろうか?」

弘一は悠を高級車の後部座席へと誘う。

 

「……」

悠は弘一を見据えたまま沈黙をもって拒否をする。

 

「……えらく警戒された物だ。私の立場がそうさせているのだろうが……鳴上くん。真由美が一昨日から行方知れずになった。君が何かしたとは思っていない」

 

悠は弘一から焦りのようなものと、敵意がないことを感じ……真由美が行方不明になったことは真実だろうと判断する。

 

「七草が行方不明……わかりました。お話をお伺いしましょう」

そう言って、後部座席へと乗り込む。

 

 

車を少しだしたところで、七草弘一から悠へ話を切り出す。

 

「昨年の11月頃から、家の者に黙って、誰かと会っていたことは知っていた。まあ、私としては娘の好きにさせていたのだが、こういう事態になり、そうも言っていられなくなってね。君のことを少し調べさせてもらった。

反魔法団体とつながりも無い。そんな思想も持っていないごく一般的な家庭環境で過ごし、学業成績優秀、スポーツ万能非の打ち所が無い。ただ、魔法適正は無いようだ。……なぜ真由美が君に会っていたかは分からないが、今はそんなことはどうでもいい話だ。

君に率直に尋ねる。真由美は君に何か言っていなかったか?」

 

「?……七草さんが何処にいるのかを尋ねないんですか?無論俺は知りませんが……今年に入り、1・2回電話で会話したのみで会っていませんしね」

 

「君が関わっていないのも知っている。詳しくは言えないが、行方不明になった理由だけはわかっている」

 

「どういうことですか?」

 

「すまないがそれは言えない。ただ、手がかりがほしいのだ。真由美が君に何か話していないか……藁をもつかむ思いで、君を訪ねた」

 

「もっぱら世間話ですよ。ただ、思い悩んでいましたね」

 

「何をだね」

 

「大学で、自分がやりたいことが見つかるかを……」

 

「あの娘がそんなことを……そうか」

弘一は悠が情報を持っていないと判断し、落胆したように肩を落とす。

 

「こちらからもいいですか?」

 

「なんだね?」

 

「七草さんは一昨日の何処で、何時頃行方がわからなくなったんですか?」

 

「……本当は言えないのだが、君には迷惑かけたし良いだろう。……一昨日の22:00以降だ。渋谷郊外の公園に向かっていた事だけはわかっている」

 

「そんな時間に何を……」

 

「すまないがそれ以上は言えない。……何か思い出したらここに連絡をしてくれ」

 

「……わかりました」

悠は連絡先が記載された名刺をもらい弘一と別れる。

 

 

 

 

「七草……」

悠は高級車から降りてから、右手で左胸を抑える。

自らの心の中にある女帝のアルカナがざわつくのを感じたのだ。

確かに出会い方は真由美からの一方的なものであったが、何度も会う内に絆はこうして出来上がった。

 

 

ならば悠がこれから起こす行動は…………

 

 

もちろん。

 

 

決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




真由美さんは女帝のアルカナですね。
氷結魔法得意

じゃあ、深雪さんは?
月かな……


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第五話 異形の者

感想ありがとうございます。

では、続きです。


 

2096年1月8日(日)19:12

 

 

悠は七草弘一と別れてから、その足で真由美を探しに渋谷に向かう。

 

「七草に何が起こった……七草父の口ぶりでは、七草は何かをしていた。しかも行方不明になった理由を知っているようだ。しかし何処に行ったのかはわからない。…………まるで謎掛けのようだ」

 

悠は、携帯端末で渋谷近辺にある公園をマッピングし、近い場所から回っていくつもりだ。

りせの協力を仰ごうとしたが、りせは現在九州でライブツアー中だということを思い出す。

そこで、警察組織とつながりがある直斗に何か情報を持っていないか連絡をする。

 

「直斗、緊急事態だ」

 

『どうしたんですか?』

 

「七草真由美が行方不明になった。2日前からだ。関連する情報はないか?」

 

『!……十師族の子女が行方不明。反魔法団体か…いや……先輩、僕のところにもその情報はありません』

 

「なにか、東京近郊で事件とかは?」

 

『いえ……僕も、警察組織から疎まれている面があるため、初動捜査などにはほとんど参加させてもらえないんですよ。迷宮入りや解決が困難になってから依頼されるので……』

 

「そうか。すまん」

 

『先輩、僕の方でも知り合いにあたりを付けてみます。……先輩無茶しないでください。と言っても、困っている人がいれば見過ごせず、無茶してでも助けるのが先輩ですが…………』

 

「ああ、なるべく無茶はしないつもりだ」

 

直斗のところにも、情報が入っていないということは、何か秘匿性が高い事を真由美は行っており、それで何かに巻き込まれたということなのだろうかと、悠は考えを巡らせる。

 

 

 

 

2096年1月8日(日)21:11

 

悠は渋谷近辺の公園を5つ程周るが、真由美の痕跡は見つけることができなかった。

 

携帯端末にマッピングした少し遠方の6つ目の公園へと向かうと、公園内には公園には似つかわしくないスーツ姿の捜査員らしき人物が数人うろついていた。

 

「ここか……」

悠はここが真由美が最後に向かった先の公園だと確証を得る。

 

しかし、捜査員が中にいる状態で、公園内に入ることは難しい。

悠はペルソナを呼び起こし、中の様子(アナライズ)を伺う。

 

「……なにも見つからないか…2日も経っているから当然といえば当然か」

悠は呻くように呟く。

 

「?……こんな時間にカラスの鳴き声?」

悠は少し離れた場所から聞こえてくる複数のカラスの鳴き声がふと気になった。

カラスは夜は活動しないからだ。

 

悠はカラスの鳴き声が聞こえる方向へ自然と体が向かい、歩む。

 

すると、とある小学校に行き着く。

多数のカラスが校舎や、野球のネットなどに止まり、鳴き声を上げている。

異様な光景だ。

 

校門の前まで歩み寄り、真っ暗となり誰もいないだろう校舎を見上げる。

悠は心の中の女帝のアルカナが疼き出す。

「……ここには何かある。……七草」

 

悠はペルソナを憑依させながら、セキュリティの監視カメラの死角を探し、敷地内に入る。

 

敷地内は異様な雰囲気であった。

外からでは一切見えてなかったが……敷地内は霧で覆われていた。

かつて、稲羽市が霧に覆われた時のような……

 

悠はクマのメガネを装着すると、やはり視界がクリアになった。

 

「異界の霧…」

 

小学校の敷地内に入ってから、悠のペルソナは敷地内のあちこちに微弱な何かの反応を示していた。

 

悠は微弱な反応が複数ある校舎内に昇降口から入るが、扉は鍵がかかっておらず、セキュリティも作動していないようだ。

 

昇降口付近にある微弱な反応を示している方向に目をやると……鏡がある。

悠は他の微弱な反応を示している場所も確認すると、やはり鏡だ。

 

悠は改めて、一つ一つ鏡を確認して行く。

トイレの鏡、廊下の手洗い場にある鏡、そして……各教室にある鏡を確認する。

今のところ特に変わったような印象を受けない。

そして、昇降口まで戻り、幾つかある姿鏡を確認すると……悠以外誰も居ないはずなのに、鏡には悠以外に人が倒れて映っているのだ。悠は後ろを振り返るが誰もいない。

 

悠はその鏡をもう一度よく見る。やはり、人が倒れている……よく見ると女性……いや、七草真由美だ。

 

「七草!」

悠は鏡に触れると、手が鏡の中に入っていく。

 

「!……」

そのまま体を鏡の中へと突っ込む悠。

 

「七草!七草!」

悠は鏡の中に入ると、倒れている真由美を抱きかかえ、呼びかける。

 

「う……」

真由美のか細い息が漏れる

悠は息があることにホッとする。

 

しかし、周りを見ると、鏡の中の空間は、現実の世界から鏡が映っている範囲しか無い。

それ以外は霧がかかっている。

悠は真由美を前に抱きかかえながら、霧に触れようとするが、見えない壁が存在した。

やはり、この空間は鏡に映っている範囲のみの異空間らしい。

 

「……とりあえず出るか」

悠は色々と疑問があったがとりあえず真由美を連れ出すことにする。

 

 

悠は真由美を鏡の空間から連れ出し、校舎から抜け出したところ、霧が立ち込める校庭の奥から人影がこちらに向かって歩いてくる。

 

 

「ん?鏡の牢獄に閉じ込めていたはずだが……君はどうやって、連れ出したのかな?」

現れた人物は不気味な黒い仮面に真っ黒なマントを羽織っていた。

 

「お前か!七草を鏡の中に閉じ込めたのは!」

 

「……あまり動揺がない。この霧の中でも私が見えているようだしな、何者だ?」

 

「お前こそ何者だ!なぜ七草を攫った!そして、この空間は………シャドウか」

悠は叫びながら黒仮面の人物に問いかけるが………途中で気がついた。仮面の奥底にある怪しく光る金色の目の色に……そして、その雰囲気に……

 

「フフフフフフフッ、どうやら君はこちら側を知る人間のようだね」

黒仮面はそう言うと、腕をこちらに突き出す。

 

すると、黒仮面の周りに炎の玉がいくつも生成され悠に向かって放たれる。

 

「ぺ・ル・ソ・ナ!」

悠は真由美を抱きかかえたまま、後ろに飛び、炎の玉を回避しながら叫ぶ。

悠の後ろに漆黒のコートを羽織った巨大な人影『イザナギ』が現れ、炎の玉を次々と切り裂いていく。

 

「ペルソナだと!?」

黒仮面はイザナギを見て驚いたようであったが、さらに炎の玉を多量に生成し悠に次々に放つ。

 

イザナギはその手に持つ巨大な刀で悠に襲い来る炎の玉をすべて切り裂き、そして、黒仮面に迫り、刀で薙ぐ。

 

黒仮面は両腕でブロックするが、吹き飛び地面へと叩きつけられた。

「ぐっ」

 

 

黒仮面は倒れたままの状態で、不自然な体勢でスッと立ち上がり不敵に笑う。

 

「フフフフフフフッ、我は真なる影、そして、自由を手にいれた者。この姿に恐れおののくがいい」

 

黒仮面のマントは漆黒の翼に姿を変え、体は膨張、巨大化し、顔には嘴が生え、巨大な鳥の足が見える。さながら巨大な烏と人間を混ぜたような姿へと変貌し空中へと羽ばたいた。

 

しかし、悠はその姿に動揺せずに次の攻撃に移る。

 

『ジオ』

イザナギは腕を空に向けて突き上げると、巨大な烏人間と化した黒仮面の頭上から稲妻が降り注ぐ。

 

「ガッ………なんて力だ」

烏人間はまともに稲妻を食うが、仕留めるまでには至らなかったようだ。

 

イザナギは攻撃の手を緩めず刀を振るう。

 

烏人間はかろうじて、上空へと逃れる。

 

「く……こんな使い手がこの国に」

そう言って、烏人間は烏の姿に変貌し、飛び去って行ったのだ。

 

 

同時に、この学校の霧は晴れる。

先程まで居た烏の群れもいつのまにやら居なくなっていた。

 

「……逃げたのか…一体あれは……」

悠は烏が飛び去った夜空を見上げて呟き、ペルソナを解除する。

 

 

「う…………鳴上…くん?」

悠に抱きかかえられたままの真由美が薄っすらと目を開け悠の顔を見上げ、か細い声を上げる。

目を覚ましたようだ。

 

「大丈夫か?七草」

 

「わたし……え?……あの…え?」

真由美は目を大きく開け、今何が起きているのかわからないのと、悠にお姫様抱っこのように抱き上がられている現状とで混乱しているようだ。

 

「もう大丈夫だ」

悠は笑顔で真由美にそう言う。

 

「えええ!?」

真由美はジタバタして逃れようとするが、うまく体が動かないようだ。

 

「じっとしていろ……だいぶ衰弱している」

 

「えええ!?わたしどうしたの?なんで鳴上くんが?」

 

「今は大人しくしておけ」

 

「……うん」

真由美は顔を赤くし、悠の顔を見上げたままジッとする。

 

 

 

悠は学校の敷地を出ながら、七草弘一にもらった名刺の先に電話をし、真由美を保護したことを連絡すると……ものの10分で黒い高級車が次々と現れる。

 

悠は真由美を七草の家人に預ける。

真由美の兄智一も到着し色々と聞かれるが、詳しいことは明日は話す事を約束し、悠はその場を後にし帰宅する。

 

 

 

あれは何だったのだろうか?

明らかにシャドウと同じ感じがした烏人間。

魔法を使っていた。

そして、あの霧に真由美を閉じ込めていた鏡。

何をやっていたのだろうか?

 

この東京で何かが起こっている…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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第六話 検証と探り合い

感想ありがとうございます。

今回はペルソナ風で言うと、推理パートです。




2096年1月9日(月)PM

 

某都立高校の三学期初日の放課後。悠はいつも通り女生徒達を軽く巻いて、帰宅の途に着くが、校門先で予想通り黒い高級車が待ち構えていた。

 

車の窓から真由美の兄、七草智一が顔を出し、同行してくれないかと声をかけられ、悠はそれに承諾し、後部座席の智一の隣に座る。

 

「改めて礼を言うよ。真由美を助けてくれてありがとう」

 

「いえ、たまたま見つけることが出来ただけの事です」

 

智一はにこやかな笑顔で悠に礼を言う。

父弘一と違って、智一は温厚そうな人柄で、言葉も柔らかい。

智一は十師族七草家の長男で年は24歳、既婚者で家を出て都内の高級マンションに住んでいる。

 

「申し訳ないけど、今から、当家に来てもらって詳しい話を聞かせてほしい」

 

「わかりました。七草は大丈夫ですか?」

 

「大分衰弱していたけど、命に別状はないよ。今は大人しく寝かせているよ」

 

「そうですか」

 

「会っていくと良いよ。真由美もお礼を言いたがってたし」

 

「そうさせてもらいます」

 

 

悠と智一を乗せた高級車は広大な敷地を持つ七草家の門の中へと通って行く。

しばらく進み大邸宅のエントランスで高級車は止まる。

 

「……東京にこんな広い土地の家があるんだな…ジュネス丸々1個分はあるな」

悠はボソッとそんな感想をもらしながら、執事風の家人に外から扉を開けてもらって車を降りる。

 

悠は広々とした玄関に入り、長い廊下を案内され、応接間らしき部屋に通される。

中は高級そうな調度品がところどころに置いてあり、広々とした空間の真ん中にアンティーク調の応接セットに、真由美の父、七草家当主七草弘一が座っていた。

 

「鳴上くん。まずは礼を言おう。真由美を連れ帰って来てくれてありがとう。感謝する」

弘一は立ち上がり悠に礼をし握手を求める。

 

「たまたまです」

 

「座ってくれ」

 

「お言葉に甘えて」

悠は弘一の対面に座り、智一は弘一の右横に座る。

部屋の入口には家人が二人控えていた。

 

「鳴上くん。率直に聞く。なぜ真由美の居場所がわかったのかね」

そう言う弘一の視線は鋭い。

もしかすると、悠に何らかの疑いを持っているのかもしれない。

 

「偶然に近いですね。昨日あなたに会ってから俺は直ぐに、渋谷に向かいました。渋谷近郊の公園で七草…真由美さんが行方不明になったと聞きましたから」

 

「なるほど」

 

「どこの公園かはわからなかったので時間を食い、6つ目の公園で捜査員ですか、七草さんところの人だと思われる方達を見かけ、彼女が行方不明になったのはこの公園に向かっている前後だと判断しました」

 

「ほう。自力で探していたということか。君が見かけた捜査員は我々が派遣した家人達で間違いないであろう」

 

「俺はそこで違和感を感じました」

 

「違和感?……捜査員は特に何もなかったと言っていたけど」

智一はここで会話に入る。

 

「近くで烏が鳴いていたんです」

 

「烏?それがなぜ?烏など東京に掃いて捨てるほど居るが」

 

「烏は夜目が効きません。俺が居たのは午後9時頃、烏はとっくに活動を停止している時間帯だ」

 

「ほう」

 

「そして、烏が鳴いている場所へ行くと、小学校があり、何やら怪しい雰囲気だったので、中の様子を見たところ、霧が立ち込めていました」

 

「…………」

 

「俺は何かあると思い。校内を散策することにしました」

 

「君、行動力あるね。勝手に小学校に入って通報されると思わなかった?」

 

「いえ、俺も必死だったんで、友人が行方不明な状況で……そこまで考えが至らなかったです」

悠は智一にそう答えるが、当時は冷静かつ迅速に行動をしていた。

 

「そして、校舎の昇降口の鏡に七草…気を失っている真由美さんが姿見鏡に映っていたのを発見した…しかし、映ってはいましたが、俺の周りには彼女はいない…………鏡を調べると、中に入れたんです。信じられないような話ですが、彼女は鏡の中で囚われていたのです。また鏡の中は狭い空間でした。それで、そこから連れ出したんです」

 

「うむ……真由美の証言とほぼ一緒だな…………鳴上くん。真由美はある事件の犯人を追って居たのだよ。真由美は犯人らしき人物を追って、あの小学校に入ったと、すると君が言うように霧が立ち込めていたらしい。そして、犯人らしき人影を追って校舎に入った直後、光に包まれ、気がつくと鏡の中に入っていたと言うんだ。そんなことは常識的にありえないがね」

 

「真由美さんが何故、事件の犯人を追いかけるなど、そんな警察みたいなことを?」

 

「我々は十師族だ。魔法が関連している事件を解決するのも我々の仕事なのだよ」

 

「真由美さんはまだ、学生ですよ。なぜそんな危険な事を…しかも一人で」

 

「一人ではない、当時も家人5人と組んで捜査をしていた。追跡していた犯人が二手に別れたため、真由美ともう一人で片方を追ったのだ。ああ見えて真由美は高レベルな魔法師だ。遅れを取ることは無いと思っていた。しかし途中、あの公園あたりで同行していた一人が不意を突かれ、魔法攻撃を受け脱落し、真由美はそのまま犯人を追ってあの小学校へ向かったのだ」

 

「僕たちは、君が真由美を助けたあの後、深夜の小学校を隈無く探した。もちろん鏡も調査したが、異常は無かったし、犯人につながる手がかりも無かった」

智一達はあの後、真由美の証言を元に、深夜の小学校を調査したのだ。

 

悠は智一の話を聞いて、そうだろうと。あの烏人間が飛び去った後、鏡に異常を示す反応が霧と共に消えたからだ。鏡の異界化も消えたのだろうと想定していたのだ。

 

「君は犯人を見たか?」

 

「……多分見ました。真由美さんを助けてから、人影が敷地から飛び去ったのを」

悠は昨日の戦いについて、話すべきか迷ったが、あれはシャドウの可能性がある。自分の領分ではないかと、ならば話すべきではないとこの場では判断した。

話したとて、信じてもらえる可能性は低いが……

 

「ふう……普通であればその話は信じ難い。犯人は君を見逃したことになる。しかし君はどう見ても一般人だ。犯人は魔法師だけを狙っている。そう思えば辻褄は合うのかもしれない。もしくは一般人との接触を避けているのかもしれない。あまりにも一般人からの目撃情報が無いからだ」

弘一はそう想定していた。

しかし、目撃情報が無いのは、多分普段は烏に紛れて行動してるためだと悠は考える。

 

「君が犯人もしくは犯人の協力者なのかと疑いもしたが、君は魔法も使えないし、アリバイもある。バックボーンもそれを疑う余地が無い……しかし、君が真由美を助けた事実だけが残る。我々があれだけ必死になって探していたのにも関わらずだ。単なる偶然なのか………」

弘一は一息置いて話を続け、ため息を吐く。

弘一の口ぶりから真由美はこんな事態になっていても、悠の横浜での事、魔法師相手に戦った事を話さないでいてくれたようだ。悠は心の中で真由美に感謝するとともに、真由美との絆を感じるのであった。

 

「真由美さん……いえ、あなた方はなんの犯人を追っていたのですか?」

悠はそもそもの疑問を問う。

 

「……それは」

智一は返事を躊躇しているようだ。

 

「私から話そう……真由美も助けてくれたのは紛れもない事実だ。しかも巻き込んでしまっている。但し、口外無用に願いたい」

 

「わかりました」

 

「我々は昨年末から殺人事件の犯人を追っている。しかも複数人居るようだ。目的も素性も未だ分からないが、わかっていることは、魔法師を狙っていること。神出鬼没だということだ。メディアにもまだバレてはいないが、既に被害者が数人出ている。いずれも魔法師または魔法適性者だ」

弘一は悠にこのように説明するが、実際既に30人以上の犠牲者が出ており、七草家では6名の被害が出ていたが一般人である悠にわざわざ不安がらせる事を言う必要性はないと判断していた。

 

「そんなことが」

悠は真由美以外に被害者が既に出ている事実を知り、自らのペルソナ能力を明かし協力するかを一瞬頭によぎらせるが、先に対シャドウ部隊を要する桐条財閥に話したほうが良いのではないかと思いに至る。

 

「しかも死因がさっぱり分からないんだ。今回の事で鏡の中に閉じ込められたという信じられない現象も真剣に検証しないといけないと感じているよ」

智一は弘一の説明を補足する。

 

死因がわからない…稲羽市の霧の事件と一緒だ。

テレビの中に閉じ込められた人は、その中に居るだけで徐々に衰弱していく。さらにシャドウや自分自身が産んだもう一人の抑圧された自分(シャドウ)に襲われ、テレビの中で絶命すると、現実の世界でも死因不明で死体としてありえない状況で発見される。

真由美の衰弱具合も、きっとあの鏡の中の異界のせいだろう。

 

しかし、あの烏人間は魔法師を鏡に閉じ込めて何をしたかったのか……ただ殺すだけならばそんなまどろっこしい事はしないだろう。何か意味があったのだと……

 

悠はそこまで思考していると、弘一から声がかかる。

「呼び出してすまなかった。真由美に会って帰るといい。真由美はまだベッドから起き上がれない状態だが、君にお礼を言いたいと言っていた」

 

「そうさせてもらいます」

 

悠は一礼して部屋を出、家人に真由美の部屋へと案内される。

 

 

応接間に残った弘一と智一は……

「どう思う智一」

 

「なかなかの好青年だと思います。真由美が気に入るのもわかる気がします」

 

「……しかし、あまりにも堂々としている。我々の前でも全く怯んだ様子もない。彼はまだ高校生だ。

しかも、真由美を助けたあの行動力に判断力だ。一般人にああは出来ない」

 

「間違いなく彼は一般人ですよ。検査結果を見ても」

 

「そうだな……だが、在野のBS魔法師またはSB魔法師なのかもしれん。検査結果から外れるような」

 

「……そんなことは」

 

「わからん。ただ、彼が犯人やその協力者ではない事の裏付けは無数にある……彼が犯人ではないと判断できるが、それ以外に何かが引っかかる…………しばらく、彼を見ていた方がいいな」

 

「わかりました。そのように手配しますね父さん」

 

 

 

一方、悠は家人の案内で真由美の部屋の前まで来ていた。

 

「お嬢様。鳴上様がお見えになりました」

家人の女性がベッドの上で横になる真由美に声をかける。

 

「え?……鳴上くんが?……どうしよう。こんな格好で」

 

「お嬢様は病人です。そのままの格好でよろしいかと……」

 

「う、うん……どうぞ」

 

「お邪魔します」

悠はそう言って部屋に入ると、同時に中に居た女性の家人は一礼して部屋を出る。

 

「こ、こんにちは鳴上くん」

 

「こんにちは、具合どう?」

 

広々とした部屋に大きめなベッドの上で可愛らしいピンクのパジャマ姿の真由美は上半身を起こしていた。

 

「こ、こんな格好でごめんね。……まだ、体に力が入らないわ」

 

「横になっていたほうが良い」

悠は真由美に横になるように言いながら、体を支えようとする。

 

「う…うん」

真由美は悠がなすがまま、体を支えてもらいベッドに潜り横になる。

恥ずかしそうに顔を赤らめシーツを口元まで上げていた。

 

「鳴上くん…………助けに来てくれたんだ。……そのありがとう」

 

「ああ、当然だ。友達だからな」

 

「友達……」

真由美はホッとしたような残念そうな複雑な顔をする。

 

「無事でよかった」

悠は笑顔を真由美に向ける。

 

「……そ、その私、重くなかった?」

真由美は顔を真赤にし、悠に助けられた際、ずっと抱き上げられていた事を思い出す。

 

「ん?軽かったぞ。七草は小さいしな」

 

「子供扱いしないでよ……鳴上くんはその…他の子もその抱き上げたりするの?」

 

「ああ、従姉妹をよくおぶってた」

 

「……その娘は何歳?」

 

「今は8歳だな」

 

「……私もその娘と同じ扱いかしら」

真由美は眉を顰め小声でボソリと呟く。

 

「ん?何か言った?」

 

「何でもないわ………しばらくこのままだと暇ね」

 

「大人しくしておけ。病人は寝るのが仕事だ」

 

「……その、鳴上くん……また、来て相手してくれる?」

 

「ああ、邪魔じゃなかったら、また見舞いに来る」

 

「…あ、ありがとう」

真由美はもう一度シーツを引っ張って赤くなった顔を隠す。

 

しばらく、悠は真由美と世間話をして……

「じゃあ、お大事に」

そう言って、真由美の部屋を後にする。

 

 

悠は七草家の車で自宅付近まで送ってもらうことになった。

 

 

改めて昨日起きた事、今日の弘一と智一との話をまとめ、思考する。

 

何らかの殺人事件が年末から起きていた。

それを真由美、七草家が追っていた。

そして、その犯人はたぶんあの烏人間だろう。間違いなく異界の者。シャドウの気配を感じた。魔法も操っていた。

犯人は魔法師だけを狙って殺害しているという話だが……いや、殺すだけであれば、鏡の中、あの烏人間が曰く、鏡の牢獄に真由美を入れて閉じ込める必要が無い。

何が狙いなのかはわからない。

しかも、あの小学校は一時的に異界の霧に包まれ、鏡の中はまさしく異界そのものだった。

何者なのか、なぜあのような事ができるのかもわからない。

弘一の話では、犯人は複数いるという事だ。組織だって動いているという事なのだろうか?

あの烏人間、確か、イザナギの攻撃を受けて『この国にこれほどの使い手が』等と言っていた。

という事は、国外から来たという事ではないだろうか?

 

わからないことだらけだ。

 

ただ、この東京で何かよくない事が起きようとしていることは確かなようだ。

 

やはり、シャドウがらみの可能性も高い。

相手が組織だって動いていると想定した方がいい。俺一人でできる範疇を超えているのではないか……

しかし、遠く離れた稲羽に居る陽介達に助けを求めるわけにはいかない。東京にいるりせにもだ。今はアイドル復帰後の大事な時期……無用な事に巻き込みたくない。

東京にたびたび仕事で顔を出している直斗には相談に乗ってもらうだけならばいいだろう。

 

やはり、対シャドウ部隊を擁する桐条美鶴に話した方がよさそうだ。気が進まないが……

 

悠は桐条美鶴に直接連絡をし早々に会う約束をつける。

 

直斗にも今日の事を伝え相談するために、次の休みに会う約束をした。







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第七話 第三の勢力

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

すみません。ペルソナの現実世界での行使について、わたしの知識不足もあり申し訳ないです。
このお話では、ペルソナ能力は基本的に現実世界では使用出来ない設定で、使用できるのはP4のメンバーのみという形でお願い致します。

わたしの知識不足でちょいちょいおかしな設定が出て来るかもしれませんが、温かい目で見ていただくと助かります。



2096年1月10日(火)PM

 

悠はいつも通り、放課後に女生徒達を撒いて学校を素早く後にする。

今日は桐条美鶴と会う約束をしており、原宿の喫茶店で待ち合わせをしていた。

予想通り、尾行する気配があったが、悠はそれらを自然体を装い撒く。

尾行者は七草家の人間だろうと想定していた。

 

「久々だね。鳴上悠くん。君から連絡してくれるなんて、こちらとしてはありがたいが、何かあったのかね?」

桐条美鶴は悠の3つ年上の落ち着いた雰囲気を持つ美女だが、貴族然とした態度と風格が彼女を年相応に見せない。少なくとも10歳は年上に見える。

 

「ご無沙汰してます。すみません。こんなところに呼びだしてしまい…どうしても直接話を聞いてもらいたい事があったので」

 

「かまわないさ。それで話とはなんだね」

桐条美鶴がこのような場所に一人で足を運ぶのは非常に珍しい。

彼女はこの若さで、日本有数の桐条財閥のトップに立ち、非常に忙しい身の上であったからだ。

そんな彼女だが、悠との話し合いに、若しくは顔を合わすだけでも、それに見合うだけの価値を見出している様だ。

 

悠は一昨日、シャドウの雰囲気を持つ烏人間に出くわした事を美鶴に話し出す。

 

「……シャドウの様な烏人間に、鏡の中の異界…限定的な異界化……現実の世界にシャドウが……」

 

「いえ、シャドウと雰囲気が似ているだけで、シャドウではないかもしれません。また別の何かなのかもしれませんが、異界の者ではあるとは思います」

 

「……例がないわけではないが……それも一例だけ、君の所のクマくんだ」

 

「……クマは確かに元シャドウだったかもしれませんが今は違います」

 

悠達と美鶴達ではシャドウに対しての見解が全く異なる。美鶴達はシャドウそのものを悪と捉え、対応手段は基本姿勢として攻撃殲滅を掲げている。悠達はシャドウを人から生まれた意思の一つだと捉え、対応手段はそれを律するための行動と対話を基本としている。

それは巻き込まれた事件や立場の違い。双方のシャドウとの関わりの違いから起因している。

特に悠たちは、一つの事件を戦闘行為を一切せず、音楽とダンスだけで、シャドウを抑え、解決している。

 

さらに美鶴は元シャドウであるクマの存在を危険視していたため、悠は桐条財閥とは距離を置いていたのだ。クマをよく知らない人物にとっては仕方がない事ではあるが……

 

しかし、悠は今回の事件でそうも言って居られないと感じ、同じペルソナ使いとして、シャドウに対抗手段を持つ者として、情報共有と対抗手段を講じようと、こうして美鶴に会いに来ていたのだ。

 

「すまない。気分を悪くしないでくれ、飽く迄も例を述べたにすぎない」

 

「いえ…ところで、東京でこれに近い事例や、事件などはありましたか?」

悠は七草弘一に事件の事は聞いていたが、美鶴からも生の情報が欲しいがため、このような聞き方をする。

もちろん弘一から口止めされていた影響があった事は否めない。

 

「……私の所には少なくとも上がっていないな」

 

「警察も情報を持っていないと」

 

「……確かに桐条は警察組織とタイアップし、対シャドウ部隊を立ち上げたが……実際は桐条の私設部隊と何ら変わらない。警察組織も魔法師の家系でない桐条の財力や権力を欲しているがために協力しているに過ぎない。実情は厳しいものなのだよ」

警察組織はすでに昨年末からこの事件について知っていたが、美鶴の対シャドウ部隊には情報を渡していなかった。

 

「そうですか…お察しします」

 

「こちらからも警察組織に問い合わす……ところで、君は七草家とも関りがあるのか?」

 

「助けた人物がたまたま七草家の子女だっただけです」

 

悠は七草家の子女を助けたことも伝え、七草家に聴取されたことも話している。

ただ、悠にとって、真由美を助けたのは七草家の子女だからではない。

友人である真由美本人を助けたかったからだ。

 

「七草家か……我々が関与できない可能性が高いな。十師族の力は強い。桐条も政財界に顔が利くが、軍や防衛に関しては、もはや手が出せない状況だ」

 

桐条美鶴は若くして桐条財閥を継ぎ、カリスマ性と才能を遺憾無く発揮、財閥の傾きかけた財政や地位を短期間で立て直し、魔法協会には通すことはできなかったが、政財界に働きかけ曲がりなりにも対シャドウ部隊を警察組織の席に組み込ませた若き俊英だ。

そんな美鶴を持ってしても、十師族の影響力は抗うことは困難であった。特に国防に関しては入る余地が全くない。

 

「それほどですか」

 

「残念なことにな……しかしながら、シャドウや異界が関わっていれば、通常の魔法師では対応できないだろう。被害が拡大し、どうしようもない状態になってから、我々に話が回ってくるのが落ちだ。ただ、指を咥えて待つのは性に合わない。私の方でも手段を講じよう。貴重な情報を持ってきてくれてありがとう」

 

「こちらこそ聞いていただいて、ありがとうございます」

 

「鳴上悠くん……ひとりで突っ走ることはしないでくれ……君の力は十分知っている。しかし、現実の世界ではどうだ……くれぐれも、危険なまねはしないでくれ」

美鶴は悠が現実の世界でペルソナ能力が使えることを知らないため、現実世界ではペルソナ能力者が無力な事を、こう忠告したのだ。

 

「肝に銘じます」

こうして、悠と美鶴との話し合いは終わりを告げる。

 

 

悠は桐条が直ぐには動けない事を知り、改めて、自らが先頭を切る覚悟をするのであった。

 

 

 

悠は早速行動に移す。

烏人間、もしくはその仲間の目的や所在、情報を得るために美鶴と別れた後、渋谷に出向き、一昨日に真由美が鏡の中で囚われていた小学校へと手がかりを探すために向かったのだ。

 

ペルソナを憑依させ小学校全域に探査(アナライズ)をかけるが、何の反応も出無かった。

鳥人間達があの小学校自体に何かのメリットがあり、拠点として使用しているのであれば、戻ってくるだろうと考えていたが、そうした訳では無かったようだ。

となると、魔法師を誘って閉じ込める罠として一時利用するだけの場所だった可能性がある。

ならば、もう、この近辺には現れないだろうと悠は考える。

 

 

 

悠は更に思考を巡らせる。

 

(烏人間が言っていた『鏡の牢獄』)

 

(これが捜索のキーポイントになるだろうな。

人間…魔法師を捕らえ、閉じ込めるための術。いや現象なのだろうか。

何の変哲もない鏡が使われている。七草家が七草(真由美)を捕らえた鏡を後で調べても何もなかったとの事からもこの線で間違いないか。

もしかすると、人を捕らえるためには、人の全身を映し出さないといけないのかもしれない。鏡の中の空間は鏡に映った部分だけしか広さが無かった。だから、七草(真由美)を捕えた鏡はあの大きな姿見鏡だったのかもしれない。

ポイントは大きな鏡がある場所で、人を誘導しやすい場所……そうか、人気が少ない場所が烏人間達の罠『鏡の牢獄』を張る場所として最適か……

そういう場所を選定すれば、烏人間やその仲間に行きつくはず)

 

(しかし、東京だけの現象なのだろうか?

ここは、東京だけと限定した方がいい。それ以上は今は考えない方がいいだろう)

 

 

悠は思考しながら、渋谷駅前まで戻ていた。

 

 

(人通りが多い繁華街や町中では犯行は出来ないだろう。

そうなると、人気が居ない場所。……やはり、夜に人がいない公共施設。学校、スポーツ施設、図書館、美術館……警備員がいないとなると公立の学校が一番手っ取り早い……)

 

(後はあの霧だ。あの異界の霧はどうやって生み出したのか……霧もポイントか……もしかするとあの霧が無いと鏡の異界化『鏡の牢獄』ができないのかもしれないか。

飽く迄も推測でしかない。霧の件もひとまずは後回しにするしかないな)

 

 

(わからない事だらけだが、魔法師をとらえる方法と、場所の予測だけは、何とかなりそうだ。

この線でしばらく動くか……)

 

 

悠は考えをまとめ、携帯端末で、まずは渋谷近隣の公立学校をマッピングする。

繁華街や人通りが多い場所は除外すると、近隣では該当する学校は3つ。

悠はその3つの学校を今から捜索する事にした。

 

 

 

2096年1月10日(火)21:02

 

1つ目の小学校は特に何も見つからず。悠は今、2つ目の学校、中学校敷地外から、ペルソナ能力で探査(アナライズ)を掛けた。

しかし、ここも反応は見つからず、特に問題はなさそうであった。

 

悠は3つ目のマッピングしている学校へと歩み出す。

途中で、大きな公園を抜けようとした際。公園の林に身を潜めている明らかに怪しい集団を感知した。

全員戦闘服らしきものを着ている。しかも集団の中央に位置する一人の女性?はかなり怪しい風貌だ。

 

悠はペルソナ能力で視力を上昇させ、戦闘服を着た怪しい5人程の集団の様子を改めて目視で確認する。

中央の女性は怪しい仮面を被り真っ赤な髪を振り乱し、その双眸は怪しく金色に輝いていた。

 

(シャドウ……いや、雰囲気が……鳥人間の仲間か?しかし、後の戦闘服の人達は)

 

悠はペルソナ能力で遠方からその集団に探査(アナライズ)を行う。

 

(……人間…か…とりあえずは安心か、こんなところで戦闘服を着た人間が何を?テロリストか?)

 

怪しい仮面の女性は悠に気が付いたのか、悠の方向を振り向きその怪しく光る眼で見据え、

そして、人間とは思えない凄まじいスピードで悠に迫ってきたのだ。

 

(!アナライズがばれた……魔法師か?……逃げるか…いや、テロリストなら無力化した方がいい)

 

悠はイザナギを憑依させたまま待ち構えることにする。

 

「あなたは何者!」

凄まじいスピード(加速魔法)で迫ってきた怪しい仮面の女性は悠の5m手前で立ち止まる。

意外にも声は若々しい。

 

「貴方こそ、何者だ。明らかに怪しい風体だ。テロリストか何かか?」

 

「あなた!私に何か魔法を仕掛けたわね。何のつもり!」

やはり悠の探査(アナライズ)がばれた様だ。

探査に優れたりせのヒミコのアナライズなら精度も隠密性も非常に高いため、ばれなかった可能性が高いが、悠ではそうはいかなかった様だ。

ただ、戦闘服の5人の内、この怪しい仮面の女性だけが悠の探査に反応したことから、この中で一番の使い手なのかもしれない。

 

「何もしていない。ただ怪しい集団を見かけたから、何なのか遠目で確認しただけだ」

 

「あ、怪しくないし、テロリストでもないわ」

仮面の女性は怪しい風体のわりに、弱腰だ。

 

「町中で戦闘服を着て、こそこそしている人間が怪しくないと」

 

「うっ……怪しいけど!怪しい者じゃない!」

この言動…なにか雲行きが怪しい。本当にテロリストなのかと疑いたくなる悠。

 

「街中で戦闘服などと…警察か?軍か?一般市民に身分を開示する義務があるはずだ」

 

「え?身分の開示?義務?」

明らかに狼狽える怪しい仮面の女性。

 

「少佐まずいです…ターゲットではないですが、我々は見られ、通報されるかもしれません。そうなると後が厄介です。この少年を始末することを提案します」

怪しい仮面の女性に後から追いついてきた4人の戦闘服の一人が、悠に聞こえないように彼女に耳打ちしている様だが、ペルソナで感覚を研ぎ澄ましている悠には丸聞こえだ。しかし、その話す言葉は英語だった。

 

(少佐?どこかの軍属か?しかも英語だ。俺を消すつもりらしい……俺は見てはいけない物を見たということか)

悠は戦闘になることを踏まえ心の準備をする。

 

「……いいえ、ここは撤退しましょう。一般市民に手出し無用。下手をすると外交問題になりかねません」

「少佐、しかし……」

「これは総隊長としての命令です」

「……了解」

怪しい仮面の女性と戦闘服の一人が小声で話を続けていたが、どうやら悠を見逃してくれるようだ。

 

(……外交問題……となると同盟国ということか……英語で会話……同盟国USNA(北アメリカ大陸合衆国)の軍だな………しかし、少佐と呼ばれたこの仮面の女性…俺を見逃してくれるらしい)

 

「ま、まあ、いいわ。今日の事はお互いのため、見なかったことにしましょう。くれぐれも口外しないように」

怪しい仮面の女性は悠に向き直りそう言って、悠が何か言う間もなく逃げる様に撤退していった。

 

 

(何だったんだあれは……テロリストでは無いことはわかった……というよりも十中八九USNA軍の魔法師部隊だな……何かを待ち伏せか、探していたようだが、何故日本に?)

 

(USNA軍の魔法師部隊が、同盟国ではあるがわざわざ国外の日本にまで出向いて探しているもの……目撃者(俺)を消そうとするほどの機密性の高い作戦中だったようだが…………!?鳥人間も国外から来た口ぶりだった。もしや、あいつらを追っていた!?まさか…しかし、偶然にしては出来すぎている)

 

(どういうことだ…………)

 

悠は、出会った怪しい集団がUSNA軍の魔法師部隊だった事に驚き、しかも、鳥人間を追っているかもしれないという自ら立てた推測に少々困惑していた。

 

しかし、魔法師部隊といえばエリートなのだろうが……悠にはとてもそうには見えなかった。

ただ、見た目は怪しい風貌だったが、少佐と呼ばれた女性には好感を持てる気がしたのだった。

 

 

この後、悠は毒気を抜かれたような気分になりながらも、3つ目の学校に向かい探査(アナライズ)をかけるが、烏人間達や異界の気配は見つからず、この日はそのまま帰宅の途についた。

 

 

悠は改めて思考する。

 

この東京の裏側で、魔法師を捕縛、殺害を企てているシャドウと同様の雰囲気を持つ烏人間達。

それを追う十師族七草家。

……事が事だけに七草家以外の他の魔法師も動いている可能性が高い。今回、七草(真由美)が捕まり危険に陥った事により、魔法協会全体で動く可能性もある。

 

しかし、鳥人間達が予想通り異界の者やシャドウであれば、魔法師では対応が難しい。

そのスペシャリストである対シャドウ部隊を擁している桐条財閥に話を持って行ったが、今日の話では当分動くことができないだろう。

 

そして、今日出くわしたUSNA軍の魔法師部隊。もしかすると烏人間達を追って日本に来たのかもしれない。飽く迄も推測の域を脱しないが……

 

………状況は思った以上に混沌としている。

 

情報が少ない上に、状況が把握しきれない。

東京で何かが起こっている……いや、起こりつつあるのかもしれない。

 

 

 

 

悠は個人でどうにか出来るレベルの話ではない事は十分理解している……しかし、この現状ではどこに協力を求めれば正しいのか、誰が真実の近くに身を置いているのかも把握できる状態ではない。

 

……また、一歩一歩進むしかないだろう。

 

だが、この東京では、遠く離れた地にいる絆を結んだ心強い仲間達と共に戦うことができない。

 

……それでも、悠は前へ進むだろう。

 

真実を追い、知り合った人々を、友人を救うために。




魔法科高校ファンの方はおわかりだと思います。
ようやく、タグで表記した。来訪者編のヒロイン…………
巷ではポンコツヒロインと揶揄されております、あの方が登場です。


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第八話 アンジェリーナ・クドウ・シールズ

感想ありがとうございます。

今回はサブタイトルの通りです。
ストーリーとしては進みません。


2096年1月11日(水)PM

 

悠は放課後に、自宅近くの昔ながらの商店街へと買い物に行く。

 

ベットの上で暇を持て余しているだろう七草真由美に、ケーキか甘いものでも焼いて、見舞いに行くつもりであった。

ちなみに悠の料理の腕前はプロ顔負けである。

 

 

 

 

「え?カードが使えないの?」

 

「お嬢ちゃんは外人さんかい?困ったね~、ここらの店はさ~、みーんな現金での買い物が常識なんだよ」

 

馴染みの豆腐屋の女将さんが困った顔で、目の前の変わった制服を着た金髪ツインテールの女子高生に説明をする。

この時代、カードや携帯端末での支払いが普及しており、現金での取引を行う場面はほぼ無いに等しいが、この下町に位置する昔ながらの商店街は、未だ現金での取引が主流なのだ。

 

「ど、どうしよう……現金なんて持ってないし……シルヴィに買い物頼まれたのに」

女子高生は想定外の事に、オロオロとしていた。

 

「うーん…………あっ、悠ちゃん。ちょうど良いところに、この子、外人さんみたいなんだけどさ~、現金を持ってなくって」

ちょうど通り掛かった悠に豆腐屋の女将が声をかける。

 

「ああ、おばさん。任せてくれ」

悠は大体を察し、即答する。

 

「悠ちゃん助かるよ。まだ銀行も開いてる時間よ」

 

「え?」

変わった制服…魔法大学付属第一高校の制服を着た金髪の女生徒が振り返り、大きな碧眼の目を大きく見開いて、驚いた顔で悠を見つめる。

 

「おばさん、ここは俺が払っておく。この人を銀行に案内してくる」

悠はそう言って、表示された金額を硬貨で払い。豆腐を受け取る。

 

「えええ?」

 

「悠ちゃん、今度おまけしちゃうから」

 

 

「行こうか」

悠はそう言って困惑気味の女生徒の手を取り歩きだす。

 

「えええええ?」

金髪の女生徒は益々困惑している。

 

 

 

 

悠は困惑したままの女生徒を商店街の入口付近にある銀行に連れていき、案内係のスタッフに事情を説明して、女生徒を預ける。

 

 

「……あの、助かりました」

金髪の女生徒は無事日本円に換金することが出来、銀行の外で待っていた悠にお礼を言う。

 

「ああ、君はこの辺は初めて?」

 

「はい……これ…ありがとうございます」

女生徒はさっき悠が豆腐屋に払った分の硬貨を渡す。

 

「どういたしまして」

そう言って悠は持っていた豆腐を女生徒に手渡す。

 

女生徒は豆腐を受取り、チラッと悠の顔を見て、うつむき加減になる。

 

「俺は鳴上悠。…君は第一高校の生徒だよね。何故この辺に?」

 

「……アンジェリーナ・クドウ・シールズです。その最近、第一高校に、日本に留学してきたばかりで、右も左もわからなくて……でも、なぜ第一高校の生徒だと?」

透き通るような白い肌に金髪碧眼、整った顔立ち、長い髪を青いリボンでツインテールにまとめ、モデル顔負けの身長に制服の上からもわかる魅惑のプロポーションを持つ絶世の美少女だ。

リーナも身長が女性にしては高い方だが、悠は身長が180cm強あるため、横に並ぶとちょうどお似合いのカップルに見える。

 

「その制服」

 

「この制服。そう」

リーナは自分が着ている明らかに一般の学校とは異なる派手な制服を見て、先ほどまで悠に警戒しているかのような表情をしていたが、なぜかホッとしたような表情をする。

 

「……そういえば、何処かで会ったこと無い?」

 

「え!……今月日本に来たばっかりだから気のせいですよ。ハハハハッ」

リーナはビクッとして慌てて否定し、わざとらしい笑いを見せる。

 

アンジェリーナ・クドウ・シールズと名乗った女生徒。

確かに今年から第一高校へ一年生として短期留学で来ていた。

その実は、世界に認知されている13人の戦略級魔法師の1人にして、USNA軍のエリート魔法師部隊スターズの総隊長、アンジー・シリウス少佐その人だ。

そう、悠が先日出くわした。怪しい仮面の女性は彼女だった。

姿形があまりにも異なるため、悠は認識できなかったが、それは彼女の対抗魔法パレード(仮装行列)によるものだ。パレードは幻体で姿形を変えるだけでなく、彼女の情報自体をありとあらゆる角度から偽装し、精神干渉系魔法を筆頭にあらゆる魔法から身を守る極めて高い性能を持つ魔法の一つだ。

彼女はそれらの魔法を操る事ができるUSNAが誇る最高峰の魔法師だった。

とある目的のため、短期留学を隠れ蓑に日本に来訪したのだ。

ちなみに先程名乗った名前は本名である。

 

彼女が最初に悠の顔を見た時のリアクションは昨晩会った人物が目の前に現れ、驚いたからだった。

そして、昨日の今日で何故自分に近づいてきたのかと……正体がバレたのではないかと、内心焦っていたのだ。

 

「?……大変そうだな。……誰かに買い物を頼まれたみたいだけど手伝おうか?ついでだ」

 

「その、大丈夫で…って、あれ」

彼女は断ろうとしたのだが、悠はまた強引に彼女の手を取り、既に買い物に付き合うきまんまんだ。

 

「買い物頼んだのはルームメイトか?ルームメイトにはなんて呼ばれてる?」

 

「リーナの愛称で……」

 

「じゃあリーナ、俺は……アメリカだったら名前呼びか……悠でいい」

 

「ええ?」

強引に笑顔で話を勧めていく悠にタジタジになるリーナ。

ナンパまがいの行為に見えるが悠は、ただ単に困っている人が見過ごせないだけだった。

 

「……日本語上手だね。なぜ日本に留学に?」

 

「……その、わたしのルーツの一つに日本の血筋があるからそれで、興味があって」

リーナはもっともらしい理由を述べるが、まんざら嘘でもない。彼女の祖父は十師族の九島家前当主の弟なのだ。

 

「それで、ミドルネームがクドウか……そういえばリーナって何年生?俺と同じ3年生だと思ったけど、今の時期の留学だと2年生か1年生……留学だから年と学年は重ならないか」

 

「1年生16歳……」

 

「リーナは大人びて見えるな」

 

悠主導でこんな会話を続けながら、次々と商店街で買い物を済ませていく二人。

リーナは現金での買い物をしたことが無かった上に、こういう個人商店での買い物も初めてだったようだ。

 

「その、鳴上さんは……普通の高校生なんですか?」

 

「悠でいい。一般人だし普通の都立高校。リーナは交換留学に来るくらいだから、優秀な魔法師なのかな?」

悠の質問は的が外れていた。本来高レベル魔法師は海外に渡航することが出来ない。旅行すら認められない。高レベル魔法師はそれ自体が、一つの最新兵器と同じ扱いだ。

もし海外先で、高レベル魔法師が捕まったり亡命してしまうと。その国独自、もしくはその個人独自の魔法を奪われ研究されてしまうからだ。

状況によっては一人の魔法師の存在で戦力バランスが崩れる恐れもあるのだ。

よって、高レベル魔法師の留学などありえない。何らかの裏取引が国家間であった事が伺える。

 

「悠は一般人なんですね。……魔法師が怖いとか無いのですか?」

 

「なぜ?」

 

「え?……だって」

USNAでも、魔法師に対しての一般市民の感情は良いとは言えない状況だった。

一般人にしてみれば、魔法師は常に銃器で武装した人間と同じなのだ。

特にリーナは世界でもわずかしか存在しない戦略級魔法師。核兵器、それ以上に匹敵する威力を個人で有している。

 

「リーナは悪いことに使うわけじゃないだろ?」

 

「……そう…ね」

そう言うリーナの顔は苦しく歪んでいた。

昨日、リーナの部下が眼の前に居る悠を殺害するように進言したからだ。結局はリーナがその意見を否定し、止めたのだが………

 

 

悠は、買い物した荷物を持って、リーナを今住んでいるマンションの下まで送って行く。

 

「困った事が合ったら、連絡してくれ」

 

「ありがとう」

 

電話番号とメールアドレスの交換をさり気なくしていた。

 

 

 

リーナはマンションに戻ると……

 

「すみません。買い物なんて頼んでしまって」

USNA軍エリート魔法師部隊スターズのシルヴィア・マーキュリー・ファースト准尉が私服姿で、出迎える。

彼女は情報分析に優れた魔法師でリーナの補佐官だ。

また、部隊の中では、まだ、リーナと年が近い事もあって公私共にリーナの補佐をしている。

 

「良いのよ。シルヴィ」

リーナが現在、シルヴィアと共に暮らしている3LDKのマンションで、スターズの拠点も兼ねている。

 

「何かあったのですか?」

シルヴィアは疲れ切ったような表情をしていたリーナに気がつく。

 

「……昨日報告した作戦中に遭遇した一般人と思われる青年に、今会って、買い物を手伝ってもらっていました」

 

「はぁ?」

シルヴィは思わずこんな声が漏れる。

 

リーナは今日、悠と出会った経緯をシルヴィに話す。

 

「少佐、すみません。リサーチ不足でした。まさか今時、現金で取引などしている場所があるなどとは思いませんでした」

シルヴィアは申し訳なさそうにしながら、リーナに紅茶を用意する。

 

「大丈夫よ。私も驚いたから」

 

「少佐の身分は…………」

 

「バレて居ない…と思う。彼は一般人ね。都立高校の制服も着ていたし……昨日の彼が私達を見ても堂々としてたのは気になっていたけど……今日の彼の私への対応を見ていると、あれは彼の自然の振る舞いのようね」

 

「そうですか、一応、その鳴上悠なる人物を情報部にリサーチかけておきますね」

 

「そうね。この近所に住んでいるみたいだし、また顔を合わすかもしれない」

 

 

 

 

リーナはシルヴィアと共に夕食を済ませた後、全身真っ黒の戦闘服に身を包んでいた。

 

「少佐、今日の捜査プランですが……」

 

「了解……」

こうしてリーナは今日も部隊を率い、何かを捜索しに夜の東京を彷徨うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は戦闘かな?

12話では終わらないなこれ><


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第九話 リーナとスターズと敵と…

感想ありがとうございます
ご指摘や誤字報告ありがとうございます。

悠の口調についてですが、すみません大分不完全であると思います。
ちょいちょい、変更していきますので、ここがおかしいとかありましたら、遠慮なくご報告ください。助かります。

今日、再度妄想チャージして、口調を脳内再現してみますが………自信なし><
ゲームのほうなのかアニメのほうなのか、結構混ざりそうです。

9話のタイトルは良いものが思い浮かばないので、すごいテキトーに、なにかいい案があれば……よろしくお願いします><








2096年1月12日(水)PM

 

放課後、悠はいつも通り女生徒達を素早く巻いて、学校を後にする。

 

七草家を訪ねると、執事風の家人が真由美の部屋まで快く通してくれた。

 

「鳴上くん、来てくれたんだ」

真由美は嬉しそうな表情を浮かべ、ベットから体を起こす。

 

「大分顔色は良くなったな」

悠はベッドの横に置いてある椅子に座り、真由美の顔を伺う。

 

「そうね。ようやく自分で起き上がれるようになったわ」

 

「そのうち体の調子も戻ってくる。……七草」

悠はそう言った後、居住まいを正す。

 

「なあに鳴上くん、改まって」

 

「横浜での事を話さないでくれて、ありがとう」

悠は真由美に、改めて横浜で魔法師相手に戦っていた事を家族にも黙っていてくれた事のお礼を言う。

 

「約束だもの。鳴上くんもこうやって、約束を守って会いに来てくれるからお互い様」

真由美は微笑みながら答える。

 

「助かる。それとこれはお見舞」

悠は手提げ袋から白い小箱を取り出し真由美に渡す。

 

「何かしら……まあ、美味しそうなケーキ。ありがとう!甘いもの好きなんだけど、家の人が病人だからってフルーツは食べさせてくれるけど、ケーキとかお菓子は出してくれないのよ!その、鳴上くんがわざわざお店に行って買って来てくれたの?」

悠が手渡した白い箱の中には、モンブランやショートケーキなどのカップケーキを数種入っていた。

甘いものが好きな真由美は嬉しそうに悠に礼を言い、頬を緩ませ微笑みながら質問をする。

男子高校生が一人でケーキ店に行くことなど、この時代でもほぼ無いと行っていいだろう。わざわざ女性ばかりのケーキ店に行き、自分のためにケーキを注文する悠の姿を想像するだけで、にやけずにはいられない。

 

「いや、作った」

 

「え?……これを鳴上くんが?」

しかし返ってきた返事は真由美の想像を超えるものであった。

真由美は改めて、まじまじと悠の顔を見る。

 

「自信作だ」

悠は得意そうに言う。

 

「こ……これを………鳴上くんが…、あ、ごめんなさい。お茶を用意させるわね」

真由美はしばらくケーキと悠の顔を交互に見比べるが、思い出したように家人に紅茶の用意を頼む。

 

 

部屋の窓際にある、おしゃれな白い丸テーブルに家人はティーセットを用意し、真由美も悠に手を取ってもらいベットから降り席に着き、ティータイムを楽しむ。

 

「美味しい!これ本当に鳴上くんが?プロ顔負けね」

 

「お粗末さまでした」

 

「鳴上くんがお菓子作りが趣味だなんて、意外ね」

 

「趣味じゃないけど、料理や家事は得意なほうだ」

 

「そ、そうなの……なんか女の子として負けた気がする」

真由美は声はだんだんと小さくなる。

 

 

「そういえば、昨日、第一高校の留学生に出会った。日本は不慣れなようだったから、買い物に付き合ってあげることになって、七草は知ってるか?」

 

「え?アンジェリーナ・クドウ・シールズさんに会ったの?」

 

「ああ、そのアンジェリーナさん…リーナだ。何故わかった?留学生は七草の高校ではリーナ一人なのか?」

 

「そうよ。魔法科高校で留学生なんて本当はありえない話なのだけど……」

 

「ありえない?……どういうことだ?」

 

「優秀な魔法師は、海外への渡航は禁止されているわ。魔法技術や優秀な魔法師の流出が懸念されるためよ。それが同盟国のUSNAであっても同じ」

真由美の答えは、悠が思っていた事と逆であった。悠は海外に留学出来るほどの学力がある優秀な人材だから、留学出来たと思っていたのだ。

 

「じゃあ、なぜリーナは?」

 

「国家間で何らかの裏取引があって来たのよ。……しかもアンジェリーナさんはかなり優秀な魔法師だわ。……こんな事は思いたくないのだけど、その目的はスパイ活動であると……日本の魔法技術や、魔法師育成方法など……、公然の秘密なのだろうけど」

 

「なるほど……」

悠はリーナの昨日の困ったような作り笑いと、一昨日、夜中に出会ったUSNAの魔法師部隊と思われる一団の事を思い出す。

もしかすると、リーナもあの部隊と同じ目的で活動しているのではないかと……

実際には、あの少佐と呼ばれた仮面の女性こそリーナその者だったのだが、今の悠はそれにまだ気がついていない。

 

悠はあのUSNAの魔法師部隊を見かけた件について、本当は真由美に相談したかったのだが、まだ本調子ではないのと、今の真由美の話からすると、もしかすると、自校の留学生であるリーナが関わっているかもしれないと、思い悩む可能性が高いと考え、今は話すべきではないと判断する。

 

「それで鳴上くんはなんで買い物を手伝ったの?彼女が美人だからかしら?」

真由美はジトッとした視線を悠に送る。

 

「確かに美人だった……」

悠は昨日の事を思い出す。リーナは確かに美人だが、それよりも要領が悪そうな行動に気が気でなかったのだ。

 

「……目の前に女の子が居るのに、他の女の子を褒めるのはどうかと思うわ」

真由美は頬を膨らませ抗議するかのような口調だ。

 

「えええ?……七草が自分で話をふってきたんじゃ?」

 

「知りません!」

頬を膨らせたままプイッと顔を横に向け目を瞑る真由美。

 

「困ってそうだったから、ほっとけなかった」

 

「………仕方ないわ。鳴上くんだものね」

真由美はため息を吐きながら、正面の悠に顔を向ける。

 

真由美の表情を見、答えは正解だったようで、悠はホッと息を吐く。

 

 

そんなこんなで、しばらくティータイムを楽しんだ後、悠は七草家を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

2096年1月13日(木)20:30

 

悠はこの日も、鳥人間達の捜索を行っていた。

捜索は、渋谷区から人通りが比較的少ない世田谷区方面へ足を伸ばしていた。

 

閑静な住宅街を速いスピードで走る一団を憑依させたペルソナが感知し、悠はそのまま追跡を開始する。

どうやら、感知した一団は、あのUSNA魔法師部隊だ。しかも何かを追っているようだ。

 

目視可能な範囲まで追いすがると、あの奇妙な仮面と格好した女性率いるUSNA魔法師達5人が黒ずくめの黒いマントを羽織っている人間を高速移動で追っていた。……そのマントの人間は悠が真由美を助けたときに遭遇した烏人間の格好と似ている。本人である可能性が高い。

 

 

そして、黒マントの人間と追いすがるUSNA魔法師部隊は、とある中学校の敷地へと入っていく。

 

(やはり、予想通りだ。黒マントは烏人間かその仲間だな。あの魔法師部隊を罠に掛けるつもりだ)

 

悠は遅れて、中学校の敷地へと……

やはり、敷地はあの霧に覆われている。

体育館の方で激しい光と轟音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナ達のUSNAが誇るエリート魔法師部隊スターズは捜索中に黒マントの男を発見し、それを追っていた。

 

(間違いないわ。この反応は奴らね)

リーナは今、スターズの総隊長アンジー・シリウス少佐として、対抗魔法パレードを発動させ、あの恐ろしげな奇妙な格好をし、部隊を率いている。

 

リーナ達、USNAの魔法師部隊は烏人間達の仲間と思われる黒マントの事を知っていた。

というよりも、日本へ何らかの方法で入国を果たしたUSNA軍のメンバー全員が、黒マント達の捕縛及び抹殺が最優先任務として通達されていたのだ。

そのサイオンの反応が独特のパターンであることを知っており、その事から黒マント達を特定することも出来ていたのだ。

 

 

とある中学校敷地へと、黒マントが侵入、それを追ってリーナ達スターズのメンバーも散開しながら、中学校敷地へと突入する。

 

外からは全く見られなかった霧が立ち込め、視界がかなり狭まる。

 

散開したメンバーは敷地の真ん中へと魔法で探査を掛けながら進む。

すると校庭の真ん中で黒マントが待ち構えていたのだ。

 

「……ふっふっふっ、流石ですねスターズが誇る総隊長殿、私を追い詰めるとは」

黒い仮面を被った黒マントの男の声色に余裕が伺える。

 

「御託はたくさん。これは罠なのでしょう。ハミルトン少尉!いえ、そのドッペルゲンガー!!」

リーナは黒マントの男の事を知っていた。

 

目の前に居る黒いマントの男は元スターズでリーナの部下だった男、いや、ドッペルゲンガーとリーナに呼ばれているあたり、本人とは別の存在の可能性が高い。

ドッペルゲンガーとは、日本では、影法師やら分身体などと呼ばれているもので、魂が乖離し現れるもう一人の自分というニュアンスがある。まるでペルソナやシャドウと似ている意味合いを持つが、こちらはどちらかというと病や病魔の意味合いが強い。

海外では自身を投影した悪魔や悪霊の類ともされているものだ。

ここで言うドッペルゲンガーはリーナのニュアンスでは、本人をコピーした悪霊や悪魔といったところだろう。

 

「ほう、そこまでわかって来るとは、よっぽど自信がお有りのようで、アンジー・シリウス少佐」

 

「ハミルトン少尉は何処に!」

 

「マーク・ハミルトンは私ですよ……いえ、私が真のマーク・ハミルトンになったと言っていいでしょう」

 

「訳が分からないことを!!」

リーナは叫びながら右腕を横に水平に振る。

部下たちへの攻撃指示だ。

 

ハミルトンと呼ばれた黒マントの男にスターズのメンバーは四方から、魔法攻撃を放つ。

しかし、ハミルトンはファサッと黒いマントをたなびかせ防御魔法を展開し、魔法攻撃を防ぎながら、校舎の昇降口へと素早い走りで逃れていく。

 

リーナは手を振りで部下に指示を出し。

3名はそのままハミルトンの後を追い。リーナともう一人は裏口の方へと先回りをする。

 

校舎内から、数度、カメラのフラッシュの様な閃光が漏れる。

 

リーナは一人の部下と共に裏口で待ち構えていたが……ハミルトンは校舎の2階から、体育館へ向かうルートを通っていることを感知。

 

リーナ達は体育館へ突入。

一拍おいて、体育館のあらゆるところから、まばゆい光がリーナ達を襲う。

魔法の気配は感じられなかった。しかし、リーナと部下一人は防御魔法を展開しつつ回避行動を取る。

 

一瞬の閃光が収まると、リーナの近くに居たはずの部下が居ない。

魔法攻撃や衝撃などは伝わってこない。血や残留物の後も無い。

リーナは瞬時に確認をするが、何が起こったかわからなかった。

 

 

「総隊長……あなたは、なぜ、吸い込まれないのですか?鏡に映ったはずなのに」

ハミルトンは体育館の2階層部の手すりに立って、顎に手をやり不思議そうにリーナを見下ろす。

 

「何を言っているの、彼を何処にやったの!?」

 

「そうかパレードか!厄介な魔法ですね。認識阻害と聞きましたが、相対位置などもズレをおこしているのですね」

ハミルトンは一人納得したふうな口ぶりをする。

先程の光は鏡から放たれたものだった。その光は、鏡に映ったものを鏡に取り込む力がある。

しかし、リーナに同行していた部下は閉じ込める事が出来たが、リーナは対抗魔法パレードが発動していたため取り込む事ができなかったのだ。

 

リーナはハミルトンに向かい、細いナイフを数本取り出し、投擲する。

ハミルトンは黒いマントで防ごうとするがナイフは自由に意思を持ったかのように軌道を変え、首筋を狙う。

ハミルトンは防御魔法を展開しながら、回避行動を取る。

さらに、リーナはCADを片手に操作しながら電撃を次々とハミルトンに向かって放つ。

 

「小癪な」

 

「私には勝てない!」

 

ハミルトンは回避し続け、電撃も防御魔法でなんとか耐えていたが、ついに直撃を受け、体育館の床に落ちる。

 

 

「フハハハハッ、小娘!調子にのるなよ!この姿に恐怖しろ!!」

そして、ついにハミルトンは巨大な禍々しい烏人間の姿へと変貌していく。

 

「正体を現したわね。ドッペルゲンガー!!」

リーナはその姿に一瞬目を見開き驚くが、慌てずに戦闘体勢を取り、CADを操作する。

リーナは知っていた様だ。相手がこのような常識はずれな変貌をすることを……

 

烏人間となったハミルトンは翼を羽ばたかせると、風圧と共に、羽の刃が無数にリーナを襲う。

 

リーナはそれを難なく障壁を張り防ぐ。

 

ハミルトンは足のその鋭い鉤爪でリーナを襲うが、リーナの障壁の前に阻まれる。

 

ハミルトンはそのまま体育館の中空に移動し、羽を羽ばたかせ竜巻を2つ起こし、リーナに放つ。

 

リーナは2つの竜巻に潰されるように飲まれて行く。

 

「フハハハハッ、さすがの総隊長殿もこれには手も足も………」

ハミルトンは高笑いしそう言いかけるが……

体育館全体が放電したかのようにスパークし、竜巻はかき消され、体育館全域がプラズマが飛び交う灼熱の地獄と化する。

 

「グワッーーーーー!!」

烏人間はそのまま煙を上げ床に落ちる。

 

リーナの魔法『ムスペルスヘイム』だ。

 

「威力は弱めた……私の部下は何処、本当のハミルトン少尉は何処!?…次は本気で放つわ」

リーナは冷めた目で鳥人間を睨みつける。

 

「グッ…………流石に分が悪い」

烏人間はゆっくりと起き上がる。

 

「何処!!」

リーナは魔法を放つ構えをし、威圧する。

 

「その魔法はよした方がいい。先程まで居たあの男(部下)はそこに閉じ込めた。その魔法で鏡が破壊されるとどうなるかわからんぞ」

烏人間が視線を向かわせた方向をリーナはチラリと見る。

 

すると体育館に常設してある大きな姿見鏡に倒れている部下が映っているのだ。しかしその肝心の鏡に映っている部下がその場に居ないのにだ。

 

「どういうこと!!」

 

「フフフフッ、鏡に閉じ込めたのだ。校舎の方に残りの3人も同じだ…こちらには4人も人質が居る」

余裕が出てきたのか烏人間の声には笑いが交じる。

 

「な!?……全員を開放しなさい!!ハミルトン少尉も!!」

 

「ハミルトンは私だと言っているだろ。まあ、元ハミルトンはもうこの世には居ないがな」

 

「くッ!!この!!」

リーナは更に威圧感を高める。

 

「おっと、この私を殺すと部下は鏡の中から抜け出せずに死ぬことになるぞ……フフフフフッ、君には交渉権がないのだよ。総隊長殿」

烏人間はゆっくりと両羽を整えながら、そう言う。

 

「動かないで!動くと消滅させる!!」

 

「このままとは行かないだろう?そうだろ?総隊長殿?」

烏人間はリーナに近づこうとする。

 

「動くなと言った!!」

 

「怖いことを……君に部下を見殺しに出来るのかね。お優しいお優しい総隊長殿?」

そう言って、烏人間はリーナの5メートル先まで近づいてくる。

 

「クッ…………………」

リーナは悲壮な表情をし、魔法を起動させようとするが……ゆっくりと構えた腕をおろし、項垂れる。

 

「フフフフフッ、賢明な判断だ。君も精神を解き放ち、私達の仲間になるがいい…………」

鳥人間は更に近づく。

 

 

 

 

その時若い男の声が体育館に響く!!

「仲間を!!校舎の方も全員鏡から出した!!」

 

「ゆ……悠?」

リーナは若い男の声の方に振り向くと、そこには鳴上悠が先程まで鏡の中に囚われていた部下を背負っていたのだ。

 

「貴様!!!この前のペルソナ使い!!!」

烏人間は怒りを露わにして悠に襲いかかろうとするが……

 

 

「させない!!」

リーナは素早く魔法を展開し、上から巨大な光の剣を振り下ろす。

その巨大な剣は体育館の天井と壁を巻き込みながら、烏人間の頭を捉え振り抜かれた。

 

リーナの魔法『分子ディバイダー』だ。

 

 

「ギャーーーーーーーー」

烏人間は真っ二つになり、ドロドロとした黒い液体状となり、消滅する。

 

 

 

 

 




ここのリーナは結構強いです。
というか、このぐらいの強さはあると思います。
本編では不遇ですが><

七草双子だそうか迷いましたが…………また今度で…………


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第十話 悠とリーナの密談

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

間が空いてしまってすみません。
では…………





2096年1月13日(金)21:12

 

 

リーナは巨大な光る剣、魔法『分子ディバイダー』を烏人間の頭上に振り下ろす。

 

「ギャーーーーーーーー」

烏人間は真っ二つになり、ドロドロとした黒い液体状となり消滅したのだった。

 

そして、いつの間にやら立ち込めていた霧も晴れる。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…ふぅ」

リーナは烏人間が消滅するさまを確認し、戦いが終わった事に安堵する。

 

「すごいな」

悠は気絶しているリーナの部下を壁に持たれ掛けさせ、リーナが放った魔法に素直な感想を漏らしながら、歩み寄る。

 

「ありがとう。ゆ……そこの人、協力感謝します。貴方のお陰で犯罪者を倒す事が出来ました」

リーナは悠と名前を言いかけたが、自分が今は仮面の女性アンジー・シリウスであることを思い出し、居住まいを正す。

 

「仲間は皆無事だ。皆校舎の外に移動させておいた」

悠はリーナの『ムスペルスヘイム』の閃光と轟音を聞き、体育館の様子を窺うと、ちょうど人質を取られている話をしていたため、校内の鏡の反応をペルソナで確認しつつ、急いで救出に向かったのだ。救出し気絶しているリーナの部下達をペルソナで運び終えてから、再度体育館に向かい、先ほどのタイミングで、体育館で囚われている最後の一人を救出したのだった。

 

「助かりました」

 

「でも、体育館をこんなに破壊して、明日どうする?確実に騒ぎになる」

悠はリーナの魔法『ムスペルスヘイム』で焼かれ、『分子ディバイダー』で天井と壁が切られた後のように一部が消滅している体育館の風景を見てそう言う。

 

「うっ……そ、それは、どうしよう?」

リーナは悠にそう言われ、改めて体育館の惨状を見て動揺し、威厳を繕っていた化けの皮が剥がれる。

 

「そっとしておこう」

悠は真顔でいつもの口癖で即答する。

 

「そ……それは、やっぱりダメよ!」

リーナは肯定しかけたが、頭を振り否定する。

 

「ですよね……リーナはお偉いさんなんだろ?国に掛け合うとか」

 

「無理よ。ここは日本だし……悠は何かないの?」

 

「……やっぱりリーナか」

 

「あ!……ひ、人違いです。わ、私はアンジー・シリウス」

リーナは慌てて否定し、取り繕うとする。

 

「声が一緒だし、俺の事を名前で呼んでいたし、今更だな」

悠はリーナに笑顔を向ける。

 

「……嵌めたわね悠」

リーナは対抗魔法パレードを解除し、元の金髪碧眼ツインテール姿に戻り、悠を頬を膨らませ涙目で睨みつける。

 

「こんな手に引っかかるとは思わなかった。……それにしてもすごいな。全くの別人になれるんだな。それも魔法?」

悠が驚き褒めるのも理由がある。リーナのパレードは悠のアナライズ(探査)さえ騙し切っていたのだ。

 

「……どこまで、知っているの!?」

リーナは語気を強めて自分たちの身分について知っているのかを悠に聞く。

 

「リーナの正体は今知った」

 

「嘘!私達を監視するための日本軍のスパイじゃないの!」

リーナは悠に詰め寄る。

 

「いや、普通の都立高校の高校3年生。調べて貰えばわかる」

 

「……確かにそうだったわ。でもなんで、普通の高校生の悠がここに居るの!どうやって、部下たちを鏡の中から救出したの!?」

 

リーナは悠が何者なのかを補佐官のシルヴィに既に調べさせてたが、一般人であり、どこの組織にも所属している形跡がないという調査結果が出ていた。しかし、それでは悠がこの場に現れた理由や、リーナの部下を鏡の中から救出したことと、辻褄が合わない。

 

「リーナ達をたまたま見かけ、追いかけて……」

 

「はぁ?スパイでもないのになんでそんなことを?ストーカー?…………そう言えば!あのドッペルゲンガーが貴方を知っていたような口ぶりだったけど!どういうこと!?」

 

「……人違いかな」

 

「………………」

リーナは悠を睨み、無言の圧力をかける。

 

「冗談だ。…俺は5日前にあの烏人間と出くわし、撃退した」

 

「……どうやって?……悠は一般人よね、なんでそんな事が……そう言えば。あのドッペルゲンガーが貴方の事をペルソナ使いって……もしかして、悠はSB魔法師のペルソナ能力者なの?」

 

「……リーナはペルソナを知っているのか?」

今度は悠が驚く番だった。

 

「一応ね。でもペルソナ能力者はシャーマンとかと一緒でスピリチュアルな魔法師なはずよ。普通の魔法師と違って、魔法は使えないし、精神医療や怪奇現象が専門のよくわからないあやふやな魔法師って程度の認識よ」

 

どうやらUSNAではペルソナ能力者は、一応魔法師に含まれている様だ。

ただ、扱いは相当雑そうだが…………

正しくは、SB魔法師の系統をなし、アメリカの原住民の中にシャーマンと呼ばれている霊能力者や占い師の派生型であると捉えられている。さらにペルソナ能力者はUSNAでも数人しか確認されていないため、研究もほとんどされていない。

 

「そのよくわからないあやふやなペルソナ能力者です」

悠はおどけたように答える。

 

「ペルソナ能力者は戦闘能力は皆無のはずよ!なんで対抗できたの?なんで鏡から救出できたの!?」

 

「俺も鳥人間を追っていた。きっかけは、1週間程前に友人が失踪した時の事だ。俺は探し回り、今日のリーナの仲間の様に鏡に閉じ込められた彼女を発見し、鏡から出し救出することが出来た。その時に鳥人間…リーナが言うドッペルゲンガーに出くわしペルソナで撃退。その後、そのような事件が東京で最近起こっていることを知る。ただ、途方も無い話なため、協力者を得るのは困難だと判断し、俺一人、解決の糸口を見つけるために、夜な夜な追っていた。一昨日リーナと出くわしたのは、そのためだ。

友人を助けた際、鏡の中の異空間を移動出来るらしいことが判明したが詳しくはわかっていない。ただ、過去の経験上ペルソナ能力の一種だと思っている」

悠は真剣な表情をし話し出す。

 

「な、何?なんなの?ペルソナ能力者にそんな力が……ペルソナで撃退って?」

リーナは悠の話を聞き、困惑する。

 

「俺は答えた。今度はリーナが答える番だ。リーナ達はUSNA軍だな……なぜ、烏人間を追っていた?奴らは何者で、奴らはあとどれ位存在する?どうしてわざわざUSNAから日本に来てまで奴らを退治しに来た?リーナは奴らの正体を知っているようだった!あの烏人間は元仲間だったのか?」

 

「え?……それは、……機密事項なの。言えないわ」

 

「リーナが倒したあの鳥人間には仲間がいる事は、わかっている。あいつらが組織だって暗躍している可能性がある。これ以上犠牲者を出したくない。しかし、奴らの正体すらわからない状態だ。ようやくわかったのは今日みたいに魔法師を鏡がある場所におびき寄せ、捕らえる事だけだ。何の目的なのかも未だにさっぱりわからない」

 

「鏡で囚われる事は、私も今日知ったわ……奴らにそんな能力があるなんて知らなかったから………以前、対峙した奴らの仲間も、あのような怪物に変身したの…………それと、奴らの目的は私もくわしくは知らないの。ただ、厄災を呼び起こすものだとしか」

 

「どういうことだ?」

 

「…………言えないの」

 

「……リーナも立場があるのは分かる。しかし、これ以上犠牲を出したくない。教えてくれないか?」

 

「なんで、悠はそんなに必死なの?ペルソナ能力者は特殊な能力があるかもしれないけど、ほぼ普通の一般人と一緒のはずよ。そんな危険を犯してまでどうして!」

 

「友人が巻き込まれ、傷ついた。これ以上自分の住む街や人々を壊されたくない」

 

「……でも、悠は魔法師でも軍でも警察でもないのでしょう?なんで!」

 

「だとしても……俺には鏡から人を助け出すことが出来る。ペルソナ能力も扱える。出来るならばやるだけだ」

 

「……確かに、鏡から人を救出できるようね。さっきのあのドッペルゲンガーと出くわして無事なようだし………ペルソナ能力者に隠された能力が?それとも日本とUSNAではペルソナ能力者のカテゴリーが違うの?でも…………悠、私たちに協力しなさい。でないと…………」

リーナは勢い良く悠に協力を求めようとしたのだが、ある事に気が付き………

 

「でないと?」

 

「……でないと……私の正体を知ってしまった悠を………私は貴方を………消す………事に…………」

 

その事実にリーナは苦しそうに顔を歪ませ俯き、消え入るような声でそう口にする。

リーナは公然の秘密とはいえ、身分を隠して日本へ留学し、日本の許可なしにこの様な非合法活動を行っている。リーナ達のその正体は秘密にしなければならないのだ。

知られた場合……知られた相手を口封じをするか、誰かにすべての責任をなすりつけ、トカゲの尻尾切りをするかである。

 

「リーナは優しいんだな………幸い、俺が鏡の中に出入り出来て、リーナの部下を助けた事や、ペルソナ使いであることを知っているのはリーナだけだ。リーナの部下は未だ気絶しているようだし……ここは、俺がここに居なかった事にすれば良いんじゃないか?リーナが全部やったことにすれば……そうすれば、俺も助かるし、リーナも苦しまなくてすむ」

 

「でも……私はUSNA軍の軍人でこの件の現場責任者でもあるの………………でも、悠は部下を救ってくれた。それで私も救われた。……多分、悠の事を報告すると、悠は捕まり色々と実験動物のように調べられるかもしれない。私の正体も知ってしまった悠は消されるかもしれない…………私はそれを望まない…………悠……わかったわ……」

そう語るリーナの表情は苦渋に満ちていたが……最後に消え入るような声でそういったリーナは何処かホッとした表情をしていた。

 

 

「助かる」

 

「ううん。私も嫌なの……軍人失格ね」

 

「リーナは優しい良い人だ」

 

「おだてても何も出ないわよ」

 

「できれば、リーナが持っている情報もほしいところだが……」

 

「ごめんなさい……やっぱりそれは流石に」

 

「……そうか、USNA軍関係なしに、俺はリーナとだったら個人的に協力しても良い。それならば……」

 

「……考えさせて」

 

「ごめん。リーナの優しさに付け込む様な真似だな」

 

「……それはお互い様」

 

「リーナの仲間が目を覚ましたら厄介だ。俺はこの場から去ったほうが良いな……じゃあまた」

 

「……うん」

ゆっくりと頷く。

 

悠はリーナに軽く手を振りこの場から離れていった。

 

リーナは悠との会話を改めて思い出しながら、しばらく考え込むが……

「あれ?結局、悠はペルソナでどうやってドッペルゲンガーを撃退したの?……あれ?結局ペルソナって何なの?………………あああ!!それよりも、この体育館の惨状をどうすればいいのよ!!!悠!!!!」

 

破壊された体育館に取り残されたリーナ、もうこの場に居ない悠に叫ぶ声がいつまでも響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

2096年1月14日(金)放課後

 

悠はいつも通り取り巻きの女の子たちを、難なく撒いて、学校を後にするが……

 

「悠!!あの後大変だったんだから!!」

金髪碧眼ツインテール美少女、第一高校の制服姿のリーナが校門から少し離れた場所で待ち伏せし、悠を見ると同時に凄い剣幕で迫ってきた。

 

「リーナ、昨日ぶり」

悠はそんなリーナに何もなかったように挨拶をする。

 

「なによ平然と!!悠が先に帰るからあの体育館が壊れた言い訳が思い浮かばなくて!シルヴィには呆れられるわ!本国からは大目玉をくらうわ!!始末書はたっぷり書かされるわ!!」

 

「リーナは、あの烏人間倒した功績があるから、それだけで済んだということだ。しかも、体育館壊したのはほぼリーナの魔法だったんだろ?」

今朝のニュースではあの中学校の破壊された体育館は突如発生した竜巻による被害ということになっていたのを悠は知っていた。

USNA軍が適当な理由を付けて、日本政府と裏取引をしたことは明白だ。

 

「そ、そうなんだけど!!」

 

リーナが大声で悠に喚き散らしたため、生徒が集まって来る。

「また、鳴上くんに違う女が!」「くやしー!悠君をとらないで!」「ちょっと美人だからって!悠君に!!」「美人だ。天使降臨」「鳴上ばっかりずるいぞ!!」「今度は金髪美女か!あいつ何人いるんだよ!!」

 

「リーナ……ここではまずい」

「ちょ、ちょっと!」

悠はリーナの手を取って、脱兎の如くこの場を離れた。

 

 

 

悠は自動タクシーを途中で捕まえ、学校から離れた大きな公園まで行き、今、二人はベンチに並んで座っている。

 

「リーナはなんでわざわざ俺の学校まで来たんだ?」

 

「昨日の事よ!あの後色々大変だったんだから!!」

 

「連絡先教えておいたのに、電話くれれば良かった」

 

「あっ…そう言えば……」

 

「忘れてたのか…リーナはおっちょこちょい?」

 

「おっちょこちょいってどういう意味?」

 

「何処か抜けてて愛嬌がある」

 

「それは褒め言葉?……良いわ。昨日、悠が先に帰るから!大変だったんだから!」

 

「それはさっき聞いた。それって、体育館を破壊したのを全部烏人間のドッペルゲンガーのせいにすれば、リーナにお咎めなかったんじゃないか?」

 

「そ…それは…ダメよ。ちゃんと報告しないと」

リーナはどうやらその事に気がついてなかったようだ。しかし、真面目なリーナはそれに気がついたとしても、ちゃんと自分がしでかした事を報告しただろう。

 

「リーナは真面目なんだな」

 

「……いいえ、私は…悠の事を上に報告しなかった……だから」

 

「ごめん。リーナ、俺の事を庇うために悩ませた」

 

「いい……悠は私や部下を助けてくれたから」

 

「助かる」

 

「うん……ところで悠、貴方のペルソナ能力って何?改めて調べたけどUSNAでは、SB魔法師のカテゴリーに含まれる精神感応者の一部だとあったわ。…………ただ、魔法研究初期の時代、100年程前当時の一斉調査記録に、ネイティブ・アメリカンのシャーマンの一人にペルソナ使いだと名乗る人物がいたの。そのシャーマンは化成体、日本で言う式神を扱う強力な魔法師だったと記録にあったわ。でも資料はそれだけ……実際にどんな能力だったのかはわからずじまい。でも悠は鏡の中に入って部下を助けてくれた。あのドッペルゲンガーの様子だと、悠は戦えるすべを持っていて、あの化物と対峙していた………ペルソナ能力……いいえ、貴方は何?」

 

リーナは悠に改めてペルソナ能力について疑問を投げかける。

USNAで国に登録されている魔法師としてのペルソナ能力者は悠のように現実世界では能力が発動出来ないため、何か不可思議な能力が働いている可能性があるが何もわからないという見解で、そのような扱いになっているのだ。

ただ、悠やその仲間の様な、強力なペルソナ使いは軍や国から能力を隠して生活している可能性は十分にある。

 

「俺は鳴上悠。普通の高校生のハズなんだけど……ただ、ペルソナ能力を持っているってだけだ。多分……リーナが調べた100年前のシャーマンと同じ能力だ」

 

「……式神が扱えるの?……でも、あれは魔法師適性が無いと………」

 

「正確には式神じゃない……と思う。俺は魔法師じゃないし、式神については文献程度の知識しかないが……多分違うものだ。現代魔法とは全く異なるカテゴリーで発動しているのだと推測はしている。USNAの見解のスピリチュアルな魔法師と言うニュアンスは妥当なものだと感じる」

 

「……悠の能力を知っている人は居るの?」

 

「友達かな」

悠はそう言うが、鏡の中に入った事は七草家に知られている。ただ、七草家はそれを悠の能力ではなく、敵の術的な不具合、または隙をついたものだと、……飽く迄も悠を一般人と捉えているからこその見解である。

 

「……そう、おおっぴらにしない方がいいわ…………日本や、……私の国の研究者に目を付けられたら……悠は……ひどい扱いをされるに決まっている………私はそれは嫌よ」

 

リーナは魔法研究の裏を知っている。世界では魔法技術の向上が国の命運を握っていると言っても過言では無い情勢だ。そのため、魔法発展のために非人道的な行いや実験を繰り返し行ってきたのだ…………

リーナも、生まれながらの高い魔法適正のため、将来を有望視され、幼少から今日まで軍や国の組織で、毎日過酷な魔法訓練をこなしてきた。それがために穏やかな幼少期を捨てさせられ、まともに学校すらも通わせてもらえなかった。

ただ、リーナは軍に影響力が高い魔法師の名家の生まれであるため、待遇はまだ良かったと言って良いだろう。

 

日本では更に過酷な運命を背負った少年がいた。リーナと同世代で同じ魔法師の名家の一族とし生まれながらも、その魔法適正から忌み嫌われ、感情消去を伴う人工的魔法領域の改変や、非人道的な訓練を強いられて、尚、自我を保つ強靭な精神力を持つ少年。司波達也……

 

悠はその少年とも出会う運命にあったが……今は知るよしも無い。

 

 

「リーナは本当に優しいんだな……」

そう言って悠は公園のベンチで並んで座るリーナの頭にやさしく手を置く。

 

「……悠だって…困ってる私を手伝ってくれたし……昨日は助けてくれたし……」

リーナは少し頬を赤らめ、気恥ずかしそうに消え入りそうな声で言う。

 

「困っている女性が居たら、男として手を差し伸べるのは当然だ」

悠は真顔で即答する。

 

「何よそれ………でも、悠、この件から、手を引いて……これ以上は悠の能力がバレてしまう」

リーナはそんな悠に呆れていたが、真剣な表情に戻り、悠にこの件から下りるように言う。

 

「俺はやめる気が無い……かと言って、日本の軍やUSNAや研究者に捕まるのも困る。何か良い手は………」

 

「……悠の能力は隠密性が高いようね。昨日は悠の尾行に気が付かなかった……私達の捜索範囲を事前に知らせるわ………かぶらないようにね」

 

「良いのか?」

 

「仕方ないじゃない。悠がやめる気が無いんだから。別に悠に知られても問題無いし、軍や警察に喋ったりしないでしょ?それに、何かわかったら私にも情報を教えてくれるのでしょ?」

リーナは悠と出会って僅かな時間しか過ごしていないが……悠を信頼出来る人間と認識していた。

 

「わかった。でも、奴らは何者で目的は何かを教えてくれないか?」

 

「…………目的はわからない。でも、元々は私達の国に居た連中なの。私達の部下や軍の人間を、どうやったかわからないけど、姿形や記憶までもコピーして何かを起こそうとしている。その正体はパラサイト…悪霊とでも言うのかしら、それが今のところの奴らの正体だと考えているけど……そして、災いを振りまく存在だと言うことだけ………USNA軍関係者の姿をした奴らが日本で大きな事件を起こすと、とんでもないことになるわ……下手をすると同盟破棄だけでなく、戦争に発展する……そうなる前に排除しないと」

 

「それで……リーナ達は日本で内密に活動していたのか…………」

 

「……こんなこと喋ったりして……下手をすると私……処刑されちゃうかも」

 

「!?……ごめんリーナ、絶対しゃべらない」

 

「でも、これで私と悠は一連託生ね」

リーナは悠に苦笑いを向ける。

 

「よろしくな。リーナ」

悠は笑顔でリーナの手を取って握手をする。

 

 

この後、二人で地元の商店街に戻り、食材等を買い物をし、帰宅する。

 

 

悠は帰宅し、自室で今日のリーナとの会話を思い出していた。

(リーナが言っていた。USNAでは、奴らをパラサイト、悪霊だと……しかし、あの雰囲気はシャドウだ。もしかすると、昨日の鳥人間、ハミルトン本人の精神から生まれたシャドウで……本人に成り代わって、活動しているのかもしれない……しかし、肝心の目的がわからない。どうしたものか………)




明日も投稿出来ると思います。


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第十一話 新たな敵との遭遇

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

遅くなりましたがどうぞ。


2096年1月15日(日)11:00

 

悠は国立図書館近くの喫茶店で直斗と再び会い、この1週間ほどの出来事を話し、相談していた。

 

「シャドウらしき烏人間……十師族が動き……さらに裏でUSNAスターズまで……きな臭いどころの騒ぎではないですね」

 

「スターズの事はくれぐれも秘密にしてやってほしい」

 

「わかりました。まあ、僕の口から割れずとも、そんなに派手に動き回っているのなら、そのうち日本も気が付きますよ。……気がついても見ないふりをする可能性のほうが高いですが」

 

「頼む」

 

「こちらも、わかったことが幾つかあります。この件について、警察組織は既に動いておりますが、十師族とは別口です。さらに悪い事に、お互い協力するどころか見て見ぬふりをしています。政治的要因での縄張り争いですね」

直斗はスクロール型の情報端末を取り出して、悠に報告する。

 

「既に警察は動いていたのか、美鶴さんの桐条には情報は行ってなかった所を見ると、立場は相当悪いのだろうな」

 

「それと先輩……既に、その関連事件による死者・行方不明者は30人以上にのぼっております」

 

「…そんなにか……それでも足並みを揃えるつもりは無いのか……それで被害場所は?」

 

「現状ではほぼ、東京23区内ですね」

 

「敵の出没パターンとかは読めるか?」

 

「いえ、まだ解析中ですが、今のところランダムにも見えます」

 

「……先輩、無理しないでくださいね。いざとなれば、僕たちは全てをなげうって、先輩を助けに行きますよ」

直斗は悠の目をジッと見つめる。

 

「そうならないようにする」

 

「それと先輩……随分、そのスターズの総隊長に気に入られているのですね……アンジー・シリウスと言えば、世界で認知されている戦略級魔法師13使徒の1人です。凄まじい手練ですよ」

 

「……そんなにか、たしかに戦闘能力は非常に高かった。でも、普段は何処か抜けていて、危なっかしいから、どこかほっとけない」

 

「……先輩はどうしていつもそうなんですか?」

 

「直斗?何を怒っている?」

 

「怒ってません。……先輩が直ぐに女性と仲良くなりすぎるから心配しているだけです」

 

「そんなことはない」

 

「……まあ、先輩らしいと言えば、らしいですけど」

直斗は不貞腐れたような表情をしていた。

 

「しかし状況は良くないな、何処の組織に協力すれば良いのか……リーナ個人とは連携を取る様にするが、情報交換程度だ」

 

「そうですね。USNA軍に協力するのは危険ですね。かと言って十師族も先輩の能力を知れば、取り込みを行ってくるか、そのリーナさんが言うように、実験動物にされるかもしれません。

やはり、桐条が動けるようになるまで待つのが無難でしょうが……」

 

「……その間にも犠牲者が増える」

 

「ですね………先輩が信用できると思った人と組むようにすれば良いと思います。それは組織ではなく、人です。先輩が作る人と人との繋がりはきっと組織を超えるものとなると僕は信じてます」

 

「人との絆か……」

 

「……とりあえず、先輩の端末に、情報データを送りますね。それとちゃんと久慈川さんにも報告すること」

 

「ん?今のりせをこの事件に巻き込むわけには……」

 

「いいえ、先輩の口から久慈川さんに七草の子女や、留学生の子と仲が良くなったことは先に言っておいたほうが無難ですよ」

 

「何故りせに?」

 

「なぜもないですよ。いいですね先輩」

直斗は語気を強めて、有無を言わせない迫力でそう言った。

 

「なるべくそうする」

 

こうして、直斗との打ち合わせは終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2096年1月15日(日)20:00

 

悠はリーナにスターズのこの3日間のドッペルゲンガー捜索範囲を直接聞いていた。

リーナも悠の推測を元に人通りが少ない学校や公民館などの周囲をスターズを率い捜索するとのことだ。

悠はスターズの捜索範囲場所から離れすぎない距離を保ち、単独で捜索を開始する。

今日は目黒区祐天寺駅から南に向かい、武蔵小山駅までの範囲を捜索した。

 

 

 

 

 

 

2096年1月15日(日)22:05

 

武蔵小山駅手前の小さな公園に差し掛かろうとした時だ。

 

悠の耳に甲高い犬の遠吠えが聞こえてくる。

 

「……遠吠え…犬の遠吠えか?……しかし」

 

悠はそれに違和感を覚える。

この21世紀末では、都会ではペットとして飼われている犬が無駄に遠吠えすることが滅多に無い。習慣がなくなったと言って良いだろう。

ここは駅近く、人通りもそこそこある。

周りの人間もそれに気がつく筈だが、全く気がついていない様子だ。

 

悠のペルソナも遠吠えが聞こえてくるその小さな公園内にあきらかに異質な反応を示す。

 

悠はペルソナ『イザナギ』を憑依させながら、その小さな公園内を外から覗き込むが……特に変わった様子は伺えない。……いや、公園内に全く人が居ない。駅近くの公園だ。誰か居てもおかしくない。ペルソナも依然と公園内に異質な存在の反応を示す。

 

「……入るしか無いか」

 

悠は公園の敷地に踏み込んだ瞬間。霧が目の前に立ち込め、遠吠えが公園内を反響している。

 

「やはりか……どうするか」

悠はクマメガネを掛けながら、一瞬リーナに知らせるべきかを考え、携帯端末を見るが……表示は電波圏外を示す。公園に入る前にこの場所を調査することをメールでは知らせてあったのだが……

 

 

遠吠えが反響する中、若い男性の掛け声も聞こえてくる。

 

「パンツァーー!!オラーーー!!」

 

悠は駆けつけ近づいていくと……

 

ガタイの良い若者が、烏人間と同じ黒ずくめのマントの人間と対峙し、戦っていた。

 

 

悠は更にスピードを上げ、その二人に割って入ろうとしたのだが、悠の上空から巨大な影が暴風とともに襲い掛かってきた。

 

悠は咄嗟に後ろに飛び、回避すると、目の前に4メートルは有ろうかという烏人間が翼を羽ばたかせながら、こちらを睨んでいた。

リーナが倒したハミルトンと呼ばれた烏人間とは躯体大きさが二回り程大きい。

明らかに別の個体だ。

 

「小僧!この攻撃を避けるとはな!……この結界の中にどうやって入ってきた!?」

 

 

『イザナギ!!』

 

悠はイザナギを呼び出し、目の前の烏人間に問答無用に斬りかかる。

 

烏人間は上空に大きく逃れるが、イザナギは更にスピードを上げ追う。

 

「おのれ!話に聞いていたペルソナ使いか!まさか!ハミルトンを殺ったのはお前か!!」

烏人間は迫るイザナギから逃れながら羽を無数に矢の如く放つ。

 

 

悠はイザナギを烏人間に攻撃させながらも、若い男と対峙している黒マントに向かって行こうとするが……不意に左右から大きな何かが飛びかかってきた。悠は姿勢を低くし前に転がりかろうじて回避する。

 

2メートルは有ろうかという2匹の耳の大きな犬、いやオオカミだろうか……回避した悠を更に追撃のため、飛びかかってくる。

 

『ヨシツネ!』

 

悠の突き上げた左手に青白い炎と共に【塔のカード】が顕現するとそれを握りしめる。

するとカードは刀【薄緑】に変化する。

そうペルソナの武器化だ。

悠は真由美を救出し、烏人間と対峙していてから、考えていた。自分にも身を守る武器が必要だと……しかし、ここは現実世界だ。一般人である悠が武器等を所持し、バレれば警察に捕まるのが落ちだ。

そこで、悠はペルソナが所持している武器を自分でも使えないだろうかと試行錯誤を重ねて出した答えがこれだった。ペルソナの武器化である。

悠は自らの力【ワイルド】で、ペルソナの合成が可能な唯一の人間だ。ならば武器も可能なのではないかと……そして今顕現される。

 

 

悠は名刀【薄緑】を構え……

 

『電光石火!!』

 

電撃を帯びた【薄緑】で、襲いかかる二匹の耳の大きな巨大なオオカミを薙ぎ払う。

 

オオカミ達は直撃を喰らい、真っ二つになり、黒い液状に崩れ消滅する。

 

「よくも私のかわいい子達を!!」

更に、別の仮面をした黒ずくめ黒マントが悠の後ろかにいつの間にか現れ、悠を長い槍で突いてきた。

 

悠は【薄緑】でその槍を切り落とす

 

悠と対峙している槍で突いてきた仮面の黒マントのその仮面はリーナが倒したハミルトンの物とは異なり、獣の口をモチーフにしたような形をしていた。そして声は女性だ。

 

その獣仮面の女性の黒マントは、両手を地面に勢い良くつけると、地面が爆発したように飛び散り、その破片が石の礫となり悠に襲いかかる。

 

悠は刀を構えながら、石の礫を防御しつつ、大きく横に飛び退く。

 

しかし、飛び退いた先に、また二匹の耳の大きな巨大なオオカミが何処からとなく現れ、悠に飛び掛かる。

 

 

悠はその二匹も、【電光石火】で薙ぎ払い、消滅させる。

 

「おのれおのれおのれ!!よくも!!」

 

獣仮面の女性の黒マントの身体が膨張し、黒い服とマントは毛に変化し、手足には鋭い爪が生え巨大な耳の大きなオオカミ人間と化した。

 

「ワォーーーーゥ!!」

遠吠えを上げると同時に猛スピードで悠に迫り、鋭い爪を振るい襲い掛かってきた。

 

悠は爪を刀で捌きながら、身体を回転させ、そのまま、オオカミ人間の胴体めがけ刀を袈裟斬りに振るう。

 

オオカミ人間は仰け反って避け、後方に飛び退くが、悠の刀はオオカミ人間を捉え身体に大きな傷を与える。

 

「ぐぅ、これしきのこと!」

しかし、オオカミ人間が胴体に受けた大きな傷は徐々に塞がって行く。

 

再びオオカミ人間は戦闘体勢を取るが、オオカミ人間のすぐ後ろに、大きな影が降ってくる。

 

烏人間がイザナギに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたのだ。

 

そして、イザナギは悠の真後ろに戻ってくる。

 

 

 

『ジオンガ!!』

 

イザナギが右手を夜空に突き上げると、強烈な稲妻が、倒れている烏人間とオオカミ人間に降り注ぐ。

 

しかし、烏人間とオオカミ人間に届く前に稲妻は遮られる。

若い男と対峙していたはずの仮面をしている黒ずくめ黒マントが彼らの後ろまで来て片手を空に掲げ、防御魔法を展開していたのだ。

 

「撤退だ」

 

防御魔法を展開した黒ずくめ黒マントはそう言って、何やら白い紐で巻かれた対峙していたハズの若い男を悠の前に放り投げる。

その黒ずくめ黒マントの仮面にはなにやら幾何学模様のような物が刻まれている。

 

 

「待て!!お前たちは何者なんだ!!」

 

悠は追撃の構えを取ろうとするが、幾何学模様仮面が手を振り上げると、倒れている烏人間とオオカミ人間が何か強い力に引っ張られるようにその場から一瞬で斜め上空へと吹き飛んでいった。

 

幾何学模様仮面も悠を一瞥してから、その場から吹き飛んでいく。

 

そして、霧が晴れていく。

 

 

「くっ!」

悠は追いかけようとしたが、白い紐で巻かれ倒れている若い男のうめき声が聞こえ、諦める。

 

「ふぅ」

悠は息を吐き、イザナギを戻し、若い男に巻かれている白い紐を刀で切る。

すると切れた白い紐は、溶けるように消滅する。

 

「大丈夫か?」

悠は若い男に声をかける。

大きな外傷はなさそうだが、衰弱し生命力がかなり落ちているようだ。

 

「う、あんたが助けてくれたのか……わりいな………俺の先に3人程襲われていた……そいつらを見てやってくれ……流石に疲れたちょっと寝かせてくれ」

若い男が薄目を開けて、少し話すが、直ぐに気を失う。

 

「おい!」

悠は若い男に声をかけるが……若い男から寝息が一定のリズムで聞こえてくる。

取りあえずは大丈夫そうだ。

 

 

 

 

「悠!!」

すると、恐ろしげな仮面の姿の女性、パレード姿のアンジー・シリウスこと、リーナが、空から降ってきたように、悠の前に着地する。

 

「リーナ、なんで来た?」

 

「だって悠から、敵らしき者を見つけたってメール来たから。あのタイミングだとこの辺だと思って」

リーナは対抗魔法パレードを解き、元の姿に戻る。

 

悠はこの公園に入る前に、リーナに予めメールを送っていた。

リーナと悠の間で敵を見つけた時、敵の確認をする時や時間、大凡の場所等を、普通の高校生の会話風のような暗号文を事前に打ち合わせし、連絡するように取り決めていた。

悠はメールで救援要請を出してはいなかったため、リーナがここに来たことを尋ねたのだ。

 

「リーナの部下は?」

 

「適当な事を言って、私だけ来たの」

 

「……そうか、リーナがこちらに近づいて来ていたから、それで奴らは撤退したのかもしれないな」

あのタイミングで烏人間達が撤退したのは悠も疑問に思っていたところだった。

 

「何があったの?この人は」

リーナは悠の前で倒れている若い男と、所々道や公園の設備に破壊の後があるのを見て悠に尋ねる。

 

「大丈夫だ気を失っているだけだ。この若い男が烏人間の仲間に襲われていた所を助けに入った。………リーナが倒した奴とは別の烏人間とそれとオオカミ人間、後もう一人は人間の姿のままの奴と戦闘になり、なんとか撃退した。人間の姿のままだった奴は結構強そうだった」

 

「烏人間にオオカミ人間、ドッペルゲンガー3体を相手に……」

 

「いや、実質、烏人間とオオカミ人間とは俺が戦い、人間の姿のままの奴はこの彼と戦っていた。彼がやられ、三対一になったところで、人間の姿のままの奴が多分リーナが近づいてくるのに気がつき、迅速に撤退していった。三対一だと流石に厳しい。リーナが来てくれて助かった」

 

「そう。それは良かったわ」

リーナは悠にそう言われ嬉しそうだ。

 

「それで、この彼も、どうやら他に襲われている人を見つけて割って入ったようだ。あと3人襲われた人が居るようだが……」

悠はそう言って、その3人を探すために、あたりを見渡し歩き出す。

 

すると、小さな公園のため、倒れている男女二人を直ぐに見つける事ができた。

ふたりとも外傷が無いが著しく生命力が落ちているように感じ、悠は直ぐに救急車を呼ぶ。

 

残りの1人を探すのはリーナも手伝ってくれたが、見つからない。

 

悠はふと公園にあるトイレに入ると、男女別扉前の通路に大きな鏡が壁に取り付けられていた。悠はそれに手を当てると、鏡に吸い込まれるように入っていく。

 

そして、鏡の中に顔を入れ、中を見ると、男性が倒れていた。

 

「悠?それ…どうなってるの?」

 

悠は後ろから驚いたようなリーナの声がするがそのまま鏡に入り、倒れている男性を引っ張り出す。

 

「………悠…本当に鏡の中に入れるのね」

リーナはその後にその鏡に恐る恐る触れるが、何も起こらない。

 

「ああ、そうだな。とりあえずこの人は気絶しているが、外で倒れている人よりも衰弱はひどくない。外で倒れていた人は、放っておくと死に至るレベルだ。これはどういうことだ?鏡の中に入れる人間と、生命力を奪って死に至らしめる人間と何か法則でもあるのか?」

 

「私も……わからない。でも奴ら、USNAでは生命力を奪って殺す行為はしばらく行っていたわ……鏡の中に入れられた人間が居るかどうかは今は調べようがないけど」

 

悠はいそいそと若い男と先に発見した2人をベンチに寝かす。

 

「もう救急車を呼んだ。後は任せよう。速やかに撤退だ」

 

「ええ?」

 

悠はそう言うとリーナの手を引いて、急いで公園を出る。

 

 

「リーナのその格好は怪しすぎるし、俺も色々と聞かれると困る」

悠とリーナは救急車のサイレンが近づくのを聞きながら、この場を離れていく。




遂に魔法科高校のメインの1人が登場

パンツァー!!の人ですね。


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第十二話 進展せず

感想ありがとうございます
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回はお話は進みません。
また、推理パートです。

魔法科高校から新たに参戦?


2096年1月16日(月)PM

 

 

「わるい、待たせた」

 

「こっちから呼び出したから、気にしなくていいわ」

 

悠はリーナの呼び出しで、放課後に区内に唯一出店しているジュネス東京店のショッピングモール屋上のフードコート広場で待ち合わせをしていた。

 

「昨日の事?だよな」

 

「詳しく聞けなかったから……」

 

悠はリーナを見晴らしの良いベンチに待ってもらい、フードコートで飲み物を二人分購入してくる。

 

悠はリーナに飲み物を渡し、席に着き早速、昨晩起きたことを詳しく語りだす。

 

「昨日の帰り際、悠に少し話を聞いた時から思っていたのだけど……悠が戦った耳の大きな女のオオカミ人間……多分、オオカミじゃなくてコヨーテよ」

リーナは悠の話を聞いてから、しばらく思考を巡らせ、間を置いてから話し出す。

 

「コヨーテ……」

 

「アメリカ大陸広範囲に生息している犬科の動物。耳は普通の犬やオオカミより大きく見えるの」

 

「だとすると、俺が相手したのは、リーナの言うとおりコヨーテだな」

悠は情報端末で検索して見つけたコヨーテの画像を見ながら答える。

 

「……私が昨年末に、USNAで戦ったドッペルゲンガーは、男のコヨーテ人間だった……」

 

「そうか、昨日の女のコヨーテ人間は、巨大なコヨーテを率いていた。……しかも、突然目の前に現れ襲ってきた……冷静に考えると、影から現れた様に見えたのだが、リーナの時はどうだった?」

 

「私が対峙した時は、コヨーテを率いていなかったわ。その男がコヨーテ人間に変貌しただけ、しかも悠の話のような、目に見えての再生能力はなかったわ」

 

「力を付けて来たということじゃないのか?……昨日の被害者の様子だと、根こそぎ気や生命力が奪われている感じだった」

 

「確かに、USNAで発見された被害者の遺体は外傷が無かった。まるで、自然死の様に……だから悠が言っていることはあながち間違いじゃない。それに軍の解剖医からもサイオンが全て奪われていたのではないかと言う見解もあったわ」

 

「……サイオン…魔法などの超常現象を起こすための情報相子か………生命力とそのサイオンも奪われた可能性が高いということか」

 

「でも、何のためにそんなことをするのかは、わからないのだけど」

 

「もしかすると、それを奪い自分の力にし成長しているのかもしれない」

 

「え?」

 

「よくVRゲームで、相手の力を奪ってキャラが成長する様なシステムがある。それと一緒だ」

 

「ゲームはよくわからないけど、そんなこと考えもしなかったわ…もしそうだとすると、被害者が増えれば増えるほど、奴らが成長するってことになるわ…………一連の行動理由も、それで分かるかも!悠って何者?そんな発想、軍にはなかったわ?」

 

リーナがこういうのも無理もない話だ。

その様な魔法も存在しない上に、USNA軍いや、日本国防軍もそうだが、人間以外の敵と戦った経験が無い。

その存在すら上層部では認知していなかった。

ただ、古式魔法の世界では、未知の不可解事件を起こしている多次元生命体やサイオン生命体、又は、未確認事象体の存在をパラサイトの総称で呼んでいる。ただ、パラサイトそのものを捕獲したり、確実に証明する物を持ってはいないが、確かに存在すると確信していた。

 

「それでも、わからないことがある。鏡に入れる人間と、そのまま生命力を奪われる人間が居るということだ。それは何を意味しているのか……」

 

「わからないわ」

 

「リーナ、あいつらドッペルゲンガーはUSNA軍人をコピーしていると言っていたな。なぜUSNA軍人なんだ?」

 

「正確には、USNA軍の魔法師よ……」

 

「USNA軍の魔法師が力が強いからか?いや、しかし…………」

 

「……昨年11月初旬に軍は大規模な魔法実験に失敗したの……その実験に何らかの形で関わりがあった魔法師が10数名、その後直ぐに失踪……その失踪した魔法師が…………あのドッペルゲンガーの原型よ…………私がUSNAで倒したドッペルゲンガーは私の部下と同じ姿をしていた。だから、ただ単に何らかの反乱だと思っていたの……でも違った。ドッペルゲンガーを倒した後、しばらくして、その部下フォーマルハウト少尉の遺体が全く別の場所で見つかったの。その時は軍内部は混乱したわ。辻褄が合わないもの……私が倒した者は間違いなくフォーマルハウト少尉の姿をしていた。私のように魔法で改変したわけでもない。何人もの目撃者もいる。…………そこで、USNA軍の相談役の1人に相談したわ。その人はネイティブ・アメリカンのシャーマン……日本で言う古式魔法とは違い、どちらかと言うと、立場的には占い師のようなもの。ただ、何か大きな問題があると政治家はこぞって彼の元に行くの……それほどの大人物よ。彼はそこでドッペルゲンガーについて、語ったわ……そして、それは大きな災いの予兆だとも」

 

「なるほど……しかし、そこまで話して大丈夫なのか?」

 

「いまさらよ。悠と私は一蓮托生よ」

 

「助かる」

 

リーナは更にシャーマンが語ったことを悠に話す。

 

悠はリーナの話を聞きながら思考する。

シャーマンが語るドッペルゲンガーとシャドウは同じものだと感じる。

しかし、彼らがどうして現れたのかは、分からない。リーナが言う大規模な魔法実験の失敗が影響しているだろうことは想像に難くない。

だが、肝心の目的がわからない。なぜ、USNAで現れたドッペルゲンガーが日本に来て、このような行為を行っているのか、まだまだわからない事が多い。

 

「悠、その…USNAで起きた事件なのに……悠の街を巻き込んでしまってごめんなさい」

リーナは申し訳なさそうに悠に上目遣いで謝る。

 

「別にリーナが悪いわけではないだろ?」

 

「でも……」

 

「こうやってリーナも協力してくれるし、……一蓮托生なんだろ?」

 

「……うん」

リーナはほんのりと頬を赤らめ気恥ずかしそうにする。

 

 

この後二人はジュネスで買い物をし帰宅の途についた。

 

 

 

 

 

2096年1月17日(火)PM

 

悠は放課後、手作りプリンを手に真由美の見舞いに七草家に訪れる。

 

「鳴上くん。いらっしゃい!」

真由美は元気な足取りで、玄関まで悠を出迎えていた。

 

「お邪魔します。もう、大丈夫そうだな」

 

「おかげさまで!」

 

真由美は自室に悠を招き入れるが……それを廊下の角でコソコソと見ている影が2つあった。

 

「お姉ちゃんが部屋に男を!!誰だあれ!!」

 

「香澄ちゃん。あの方は、真由美お姉さまを救出してくださった鳴上悠さんです」

 

影の正体は顔の造形は全く同じ少女達だった。

悠を誰あれ呼ばわりしていた元気そうなショートボブカットの少女が七草香澄。

それを丁寧な口調で答えていた大人しそうな肩まで切りそろえているミディアムストレートヘアの少女が七草泉美。

二人は真由美の3つ下の双子の妹だ。現在中学三年生。

 

「お姉ちゃんを助けたって、あの一般人の?」

 

「そうです。背が高くて、格好いい人ですね」

 

「ちょっと格好良くて!お姉ちゃんを助けたからって!!」

 

「お姉さまも、鳴上さんが来るのを待ち遠しそうにされておられましたし、嬉しそうでした」

 

「くっ!お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ。男を部屋に入れるなんて!…………もう、我慢できない!!」

 

香澄は勢い良く廊下を走りだす。

 

「香澄ちゃん。待ってください」

 

 

 

悠と真由美は部屋の窓際にある丸テーブルで談笑していたところにバンと大きな音を立て部屋の扉が開き放たれる。

 

「お姉ちゃん!」

 

「香澄!なんですか?ノックもせずに部屋に入るなんてはしたない。お客様の前ですよ!」

 

「お姉ちゃんはその男に騙されているんだ!きっとお姉ちゃんを助けたのも下心あってだ!!」

香澄は二人の前に立ち、悠を指差し威勢よく言い放つ。

ちなみに香澄は真由美大好きのシスコンである。

 

「香澄!命の恩人に失礼です!それに鳴上くんは私が友達だったから助けに来てくれたんです!」

 

「嘘だ!一般人の友達なんて!聞いたこと無い!」

 

「おバカ!」

真由美は立ち上がって香澄にゲンコツを頭の天辺に振り下ろす。

 

「イタッ!お姉ちゃん何で?」

香澄は頭を押さえ、涙目で訴える。

 

「鳴上くんに謝りなさい!!」

真由美は本気で怒り、香澄の頭を押さえつける。

 

「ご、ごめんなさい」

香澄はその勢いに押され謝る。

 

 

「誰?」

 

「ごめんね鳴上くん。この子、私の3つ年下の妹で香澄って言うの……」

 

「妹…お姉さんの友人で鳴上悠、よろしく。そっちの子も?」

悠は立ち上がって、平然と香澄に自己紹介をし、扉の向こうでこちらの様子を伺っている泉美を見つける。

 

「泉美も、そんなところで何をしているの?」

 

「申し訳ございませんお姉さま……私は七草泉美です。香澄ちゃんの双子の妹です」

泉美は真由美に言われ、いそいそと部屋に入り、悠に自己紹介をする。

 

「よろしく。二人共プリン食べる?」

悠は泉美に声を掛け、二人に持ってきたプリンを食べるか聞いていた。

 

「プリン?…じゃなくて!!お姉ちゃん!!」

 

「香澄、なんですか?そうぞうしい。貴方もここに座ってよばれなさい、泉美も」

 

「へ?…そうじゃなくて……ボクは!」

 

悠は持ってきた白い箱から、プリンを取り出し、香澄と泉美の前に置く。

開け放たれた扉にノックがされ、丁度、家人が紅茶セットを持ってきたのだ。

香澄は勢いを削がれ、そのまま席に着く。

 

「お…美味しい。なにこれ?こんなに美味しいプリン食べたことない」

「ふわぁ、本当に美味しいです」

香澄と泉美はとろけるような顔をしながらプリンを食べていく。

 

「お粗末さまでした」

 

「フ、フン、御見舞にしては、まあまあね」

「あの、鳴上さん。これをどちらで買われたのですか?」

 

「フフッ、二人共きっと驚くわ」

真由美は悪戯っぽい笑顔を二人に向ける。

 

「お姉ちゃんそんな凄いところ?」

「きっと名店です」

 

「これね~、鳴上くんが自分で作ったものなの」

 

「ええええええ!?嘘だー!こんな美味しいものを!?」

「鳴上さんはお菓子職人なのですか!?」

 

「普通の高校生。料理は全般的に得意だ。お節も作れる」

悠は堂々と言い放つ。

 

「……なに、この人……料理人じゃないのに何でそんな事が」

「まっ、毎日食べたいです」

香澄は驚きと困惑の顔を、泉美は興奮気味な顔を悠に向けていた。

 

「鳴上くんって器用なのよ。あの折り鶴も毎回折ってくれて…………」

真由美のベッドの脇に飾ってある折り鶴を指差す。

 

「はい」

悠は七草の家人が用意した絹のナプキンでクマとゾウをいつの間にか折って、双子に手渡す。

 

「……か、かわいい…なにこれ?職人なみ?」

「す…凄いです」

双子は驚きの眼差しで悠の顔をまじまじと見る。

 

「そうでしょう。鳴上くんは凄いんだから」

真由美は自慢げに言う。

 

 

「……その、失礼なのですが、鳴上さんはなぜお姉さまのお友達に?鳴上さんは、魔法師を七草家がその怖くないのですか?」

プリンを食べ終わってから泉美は悠に恐る恐る尋ねる。

 

「ん?なぜ?……魔法師とか家とかは関係ない。七草は……お姉さんは信用できる人だから」

 

「鳴上くん……」

真由美は嬉しそうに悠を見つめる。

 

「……フン、認めてあげる。あんたがお姉ちゃんの友達だってことは……でも、二人っきりの時にお姉ちゃんに手を出したら承知しないんだから!!」

 

「おバカ!!!!」

真由美は顔を真赤にして、再び香澄の脳天にゲンコツを振り下ろす。

 

「イタッ!頭がボコボコになったらお姉ちゃんのせいだから!!」

 

 

こうして、今日は悠は七草姉妹と楽しいひと時を過ごす。

 

 

 

しかし、悠は帰り際に家人に呼び止められ、応接間に通される。

 

そこには、真由美の父七草弘一と長男七草智一が座っていた。

サングラス越しだが悠を見る弘一の眼光は鋭い。

 

家人二人は扉の内側で待機している。

 

 

「こんにちわ、七草さんと智一さん」

悠は普通に挨拶をする。

 

「掛けたまえ、急に呼び止めて悪かった。君に少々聞きたいことがあってな」

弘一は話を切り出す。

 

「鳴上君、君は一昨日の晩、何処か出かけていなかったかい?」

智一は悠にこんなことを聞いてきた。

 

一昨日の晩は、悠がガタイの良い若い男性とその他男性2人、女性1人合計4人をドッペルゲンガーから救った夜だ。

わざわざ、その日の晩の行動を聞いてくるあたり、何か知られた可能性が高い。

 

「日課のランニングに出かけていましたが……それがなにか?」

 

悠は平然とした態度を取る。

悠は夜出かける際は、それっぽい動きやすい服装で出かけていた。

これも、偽装工作の一環だ。

幸いにも現在両親は年始から短期海外出張中だ。

 

「一昨日、目黒区内の公園で男女4人が救急車で搬送された。いずれも命は落としていないが、衰弱具合はひどい状態だ。そのうち2名は今も意識不明だ。……救急車は匿名の電話で出動し、現場にはベンチに気を失っているその男女4名が寝かされていたとのことだ。電話主は現場にいなかったそうだ。そしてその匿名の電話は若い男性の声だった」

弘一はその事件について話し出す。

 

「一昨日ですか……確かに駒沢の方まで足を運びましたが気が付きませんでした。そんな話を何故俺に?」

 

「いや、真由美を助けてくれた君の見解を聞きたくてね。同じ事件じゃないかって思って……その内の若い男性は意識がはっきりしていてね。色々と聞いたのだが、要領の得ない話ばかりでね。オオカミを見たとか、大きな鳥がいたとか……ただ、確実なのは、身長が180㎝強で、優男風の若い男性に助けられたということなのだが…何か知らないかい?」

 

智一はフォローを入れつつも悠にこんな聞き方をする。

要するに、助けたその人物が悠ではないのかと聞いているのだ。

 

実は若い男性以外の3人は魔法師を狙った連続殺人、USNAで言うドッペルゲンガーを追っている七草家が派遣した捜査員だったのだが、見事返り討ちにあったのだ。

 

「そんな事が……オオカミは日本にはいませんよね。もしそれが本当でしたら相当怪しいですね」

 

「そうか……君ならば、何か分かるのではないかと思っていたのだが……」

弘一は、ふうと大きく息を吐いてから、この話を終わらせる。

どうやら、これ以上悠が当事者であるという確証は得られないと判断したようだ。

 

 

「すみません。力になれなくて」

 

「いいんだ。……そうだ。迷惑ついでだ。君に頼みたいことがあってね」

 

「なんですか?」

 

「真由美が週末には捜査に復帰する見込みなのだが、君にも一緒について行ってもらえないだろうか?」

 

「現場に復帰?早くないですか?……それに俺は一般人です。そちらの足手まといになるのでは?」

 

「確かに君は魔法師ではないが、君には真由美を助けてくれた実績がある。我々が気が付かない様な事にも気が付く機転と度胸もある。こちらも台所事情もあってね。あんな目にあった真由美を現場に復帰させなければならないのだよ。せめて、気心知れた君が一緒にいてくれたら、真由美も心強い。なるべく君が危ない目に遭う事のないように配慮する………真由美の為にも頼む」

弘一はそう言って、悠に深々と頭を下げる。

 

「……わかりました。頑張らせてもらいます」

こう言われてしまうと悠は断ることが出来ない。

 

 

 

 

話し合いが終わり、悠が応接間から退室した後

 

「彼は何かを隠しているが……尻尾を掴ませない」

弘一はため息を吐きながら智一に話しかける。

 

「そうですね。こちらが彼をマークするために送り込んだ諜報員も、尽く撒かれますしね。家を出てランニングに出かける所までは確認出来るのですが、それ以降の足取りが掴めない。そして、何もなかったように定時に帰宅。学校から帰宅するのも撒かれる事もありますが、自宅付近の商店街で例の留学生と買い物する風景も見られます。撒かれる事以外は、怪しい面は全く見られませんね」

 

「撒かれて見失う事自体がおかしいのだ。ベテラン諜報員だぞ。彼は本当に一般人か?やはり、特殊なBS魔法師ではないだろうか?」

 

「魔法適性がない魔法師……そんなものが」

 

「辻褄が合わんではないか、……どちらにしろ、彼が敵ではないことはわかる………最初はこちらの様子を見るためのスパイなのかとも疑ったが、やはり、何処とも繋がりが見つからない。彼には何のメリットもない。USNAの手先かとも思ったが……あちらに派遣した捜査員からも彼らと接触し行動を共にしている姿もない。接触があるのはあの留学生とだけだ」

 

「撒かれる以外は、何も出ないということですね」

 

「まったくわからん。こちらが警戒している事もわかっているはずなのに、ノコノコと真由美の見舞いに来る始末だ」

 

「彼が持ってきたケーキは相当美味しいらしいですね」

智一は場を和ますためにとぼけた事を言う。

 

「ふぅ……だから、もっと近くで観察することにした。あわよくば取り込む」

弘一は今の状態では悠の正体や情報を手に入れることは出来ないと判断し、悠を真由美の側に置いて、見極めようとしたのだ。

 

「……真由美を餌にですか」

 

「智一、その言い方はないぞ。……捜査が全く進展しないどころか、こちらの犠牲者が増えるばかりだ。使えるものはなんでも使う」

 

「すみませんでした父さん」

 

 

弘一は捜査が進まない上に犠牲者が増える事に頭を痛めていた。

弘一の勘はこの件で鳴上悠は何か知っているといっているが、実際何も出ないのだ。

 

そして……鳴上悠は探れば探るほどわからなくなる厄介な存在であった。

 

 

 

 




オオカミ人間ではなくコヨーテ人間でした。

次の話の舞台は魔法科高校に移る予定です。
ようやく、達也くん登場か?


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第十三話 事件に関わる魔法科高校一年生

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告、ご指摘ありがとうございます。
助かっております。

第十二話に説明不十分だった軍の背景を少々追加しております。

今回ようやく、魔法科高校の主役クラスが登場です。



2096年1月18日(水)PM

 

 

「よお、みっともない姿を見せちまったな」

西城レオンハルトは病室のベッドから上半身を起こし、いつもの屈託のない笑顔を見舞に来た友人達に見せる。

 

西城レオンハルト、愛称はレオ。身長は180㎝強のガタイもよく、堂々たる体格をしている。イケメンだが日本人にしては彫りの深い顔立ちは名前からも分かるようにドイツ系の血が受け継がれている。

真由美の後輩で第一高校一年2科生。魔法師の卵だ。

この青年こそが、4日前に悠が3人のドッペルゲンガーから救出した若者だった。

現在この都内の某病院の個室で入院生活を送っている。

 

「思ったより元気そうでホッとしたよ」

この線の細い青年は吉田幹比古、古式魔法の大家吉田家の次男。本人もかなりの使い手だ。レオのクラスメイトだ。

 

「レオくんお加減大丈夫ですか?」

この時代には珍しく、メガネを掛けている大人しそうな少女は柴田美月。同じくレオのクラスメイト。

一見この少女がしているメガネは普通のメガネに見えるが、オーラカットコーティングという特殊な加工が施されている。水晶眼という特殊な目の持ち主で、通常目にすることが出来ない不可視な霊子等が見えてしまう。それを抑えるためにこの特殊なメガネを掛けている。

 

「酷い目に遭った様だな」

落ち着いた雰囲気を纏うこの青年は司波達也、同じくレオのクラスメイトだ。

彼には裏の顔がある。独立魔装大隊戦略級魔法師大黒竜也特尉として……さらに、友人達にも知らせていないもう一つの顔、アンタッチャブルとして恐怖される十師族四葉家当主の甥として、更にその四葉家次期当主候補の、妹である司波深雪のガーディアンとしての顔だ。

 

「此奴がそう簡単にくたばる玉に見える?身体が頑丈なだけが取り柄の男なんだから」

レオのベッドの横で、こんな事を悪びれもなく本人の前で言っている赤毛の美少女は千葉エリカ、剣術家の大家千葉家の次女で、彼女自身も優れた剣士だ。もちろんレオのクラスメイトである。

彼女はこんなことも言いながらも、レオが病院に運ばれてからずっと付き添っている。

ちなみに、今日レオが一般面会の許可がようやく出たことを皆に知らせたのは彼女だ。

 

「うっせ」

レオはそんなエリカに悪態をつく。

 

 

「レオ、何があった?」

それぞれ挨拶が終わったところで、達也がレオにこんな目に遭った理由を聞く。

予めエリカから、噂に聞く【ゴースト事件】の被害に遭ったらしい事を聞いていた。

 

大々的ではないが、既にネットや風の噂で、魔法師が不可解な死で発見されたり、行方不明になっている事件が勃発していることを色々な憶測の元に【ゴースト事件】として流れ始めていた。

 

「ああ、【ゴースト事件】の噂は知っているか?街でこいつの兄貴に偶然あって、この事件が実際に起こっている事を知った。俺も正義感とかじゃないが、自分の町でそんな事件が起こっている事にちょっとな……まあ、あてもなく夜の街中を歩いて、なんとなしに犯人を探していたってわけだ。

それで一昨日偶然に人が襲われている所に遭遇して、助けようと思ったんだが、返り討ちにあってこのザマだ」

レオは思い出すように話し始める。

ちなみにこいつの兄貴とは千葉エリカの長兄、千葉寿和警部のことだ。

 

「あの馬鹿兄貴が余計な事を言うから、なんで警察の情報を高校生に漏らすのよ?ほんとチャランポランで不真面目でどうしようもない奴なんだから。……そんで、この馬鹿は警察に任せればいいのにそんな事に頭突っ込むからこういう事になるのよ」

エリカはうんざりした表情から、呆れた目でレオを見た。

 

「わ、悪かったな」

 

「俺もゴースト事件については気になってはいた。……ということは、レオは犯人を見たんだな」

達也もゴースト事件の噂について、独自に検証していたようだ。

 

「ああ、……ただ、自分の目を疑うような光景だった」

 

「どういうことですか?」

美月は真剣な表情で聞き返す。

 

「俺が居た公園は妙な霧が掛かり、視界が悪かったが、襲っていた連中は2~3人居たはずだ。俺はその内の妙な仮面を被った黒ずくめの黒マントの1人とおっ始めた。

お互い素手で、何発か殴り合ったところまでは良かったんだが、相手が妙な糸を出しはじめ、それに触れると…力が抜けてくんだ。まるで力が吸い取られるような感覚だった。俺は力尽き、その糸で簀巻に……」

レオは悔しそうな表情をする。

 

「糸で力を奪い取る?そんな魔法聞いたことが無い」

幹比古は考え込みながら相づちを打つ。

 

「俺が戦いはじめると、若い男が助けに来てくれたようだ。俺は目の前の敵に集中してよくわからなかったが、連中の他に数匹のオオカミと大きな鳥が現れて、その男が戦っていたようだ」

 

「オオカミは日本に居ないですよね」

 

「いや柴田さん、式神かも知れない……僕もオオカミを模した式神を操ることがある」

幹比古も古式魔法の式神を使用することが出来る。流石は吉田家のと言ったところか。

 

「それで、どうなった」

 

「どうやらその男は、どうやったかは知らないが連中を打ち破ったようだ。俺は気を失っていたからよくわからない。目をさますと連中の姿は既に無かった。目の前には刀を持った若い男が俺を介抱しようとしていた」

 

「式神使い……敵は古式魔法師のようだな……しかし、魔法師のみを狙うとは、魔法協会への当てつけか、現体制の失脚を狙ってのことか……」

達也は唸るように口にする。

 

「古式魔法の家でも、特に伝統派は魔法協会の現体制への不満は昔からあるからね」

幹比古の吉田家は、伝統派とは敵対する立場にある。

 

「そうだな、伝統派の連中ならば、魔法協会に登録していない魔法を独自に持っていてもおかしくない」

 

達也がこう言うのにも理由がある。

伝統派とは、京都を中心とした古式魔法師達の連合体だ。

表向きは古式魔法の独自性を維持するための魔法結社だが、現代魔法師、特に第九研出身の魔法師に対し、明らかに敵視し、非合法活動を行っている。

(敵視する歴史的背景があるがここでは語らないでおこう)

 

「伝統派以外にも、現魔法協会を良しとしない、地下に潜った非合法組織は結構あるし……何処の誰だか……」

幹比古はそういいながら考え込む様な仕草をする。

 

「「…………………」」

皆も幹比古と同じく考え込むように沈黙する。

この時代、魔法師を狙う組織に事を欠かない。

実際に、昨年の4月に自分達の学校が反魔法国際政治団体に襲撃されたばかりだ。

 

 

「ここで考えてもしかたないですね。そう言えばレオ君を助けてくださった人とは、どの様な方なんですか?」

美月は場の空気和ますために、話題を変える。

 

「いや、救急車が到着した頃には誰もいなかったそうだ」

レオは残念そうな表情で言う。

 

「刀を持っていたと…剣術使いか…エリカに心当たりは?」

達也は千葉家の息女であるエリカに聞く。

 

「レオに聞いて調べたのだけど、千葉家の人間ではないわね。かなりの使い手のようだから、有名所を探ってるのだけど、今のところはわかってないわ」

 

「どういうことだ?」

 

「レオの先に襲われた連中ってのが、七草家の魔法師なのよ。レオを助けた若い男ってのは、その3人とレオを手玉に取るような連中を撃退出来る程の実力の持ち主ってことよ」

エリカがそういうのも無理もない話である。十師族七草家のお抱えのプロの魔法師が弱いわけがない。さらにレオもそこそこの実力者だ。

 

「どんな奴だったんだ?」

達也は敵を撃退した若い男に興味を持ちだす。

 

「そうだな。背は俺ぐらいあったな……、人当たりが良さそうだが……(強そうな)雰囲気はあった。見た目は……そうだな。仏頂面ではない爽やかな達也といったところか……」

レオは至極真面目な顔で答える。

 

「ププッ…プッ、何よそれ……仏頂面じゃない達也くんって……ププッ」

エリカは達也の顔をチラッと見た後、必死に笑いをこらえていた。

 

「レオ…仏頂面じゃない達也って……爽やかなって…それもう達也じゃないんじゃない?プクッ」

幹比古も達也の顔を見ながら、笑いを我慢している。

 

「……お前ら酷い言い草だな。俺はそんなに仏頂面か?」

 

「クスッ、でも、その人は何で名乗らなかったんでしょうか?」

美月も笑いながら最もな疑問を口にする。

 

「そういえば……警察に事情を聞かれるとまずいから?後ろめたいことがあるとか?」

 

「幹比古はわかってねーな。名乗らないのが格好いいんじゃねーか。悪漢どもを撃退し、傷ついた俺達を介抱しベンチに寝かせ、救急車を呼び出して、役目は終わったと言わんばかりに、その場から去る!まるでヒーローのようにだ!会って、ちゃんと礼を言いてえな」

 

「…………」

達也はその話を聞いて、何やら考え込んでいた。

実際の話、なぜその場を去ったのかを疑問に思ったのだ。

 

「ということは、敵は古式魔法師じゃなくて怪人とか?ゴースト事件だし、オオカミや大きな鳥まで襲ってきたって言うし!怪人を倒した人は、悪を倒す正義の味方?しかも達也くんを爽やかにした感じの…プクップクククッ……そ、プクッ、それ、ないわー」

エリカはレオを茶化す様にこんな事を言いながら、再び達也の顔を見て笑いをこらえる。

 

「フン、言ってろ」

レオはしかめっ面で、そっぽを向く。

 

「エリカちゃん。笑いすぎ」

美月はエリカをやんわりと窘める。

 

「普段お前らが俺の事をどう見ているかわかった……」

仏頂面の達也は仏頂面のままそう言う。

 

「達也は、喜怒哀楽が少ないからね」

幹比古は……たぶん。フォローのつもりだろう。

 

これは仕方がないことであった。達也は幼少の頃の魔法実験で、喜怒哀楽の感情が欠落しているのだ。

 

 

 

 

時を同じくして、

2096年1月18日(水)PM

 

「リーナ、途中まで一緒に帰らない?」

 

「大丈夫よ。だいぶ街にも慣れてきたから」

 

「そう?私と一緒は嫌かしら?」

 

「そ、そんな事はないわ。じゃあ……」

 

リーナを下校に誘った長い黒髪を持つ清楚な美少女は司波深雪、達也と同学年の妹だ。

この深雪ただの美少女ではない。アンタッチャブル四葉家の次期当主候補とあって、リーナに匹敵する魔法力を持った少女だ。

何時もは兄達也と一緒に下校するのだが、達也は友人たちと、レオのお見舞いに行くため先に下校した。

深雪は生徒会として、留学生のリーナを放課後の生徒会の仕事について案内や体験をさせ、今終わったところであった。

ちなみにリーナは深雪と同じクラス1年A組に編入留学している。

 

 

 

リーナは深雪ともうひとりクラスメイトで生徒会書記の光井ほのかと一緒に下校することになり、最寄りの駅に到着する。

 

ほのかは途中で別れを告げていた。

学校に比較的近いマンションで一人暮らしをしている。

 

「深雪、ありがとう。ここでいいわ。」

 

「リーナ、時間があったらお茶でもしませんか?」

 

「ごめんなさい深雪、ルームメイトに買い物を頼まれているの」

 

「そう、ちょうどよかったわ。私も夕飯の買い物がまだだったの」

 

深雪はリーナについて行く気満々である。

これには理由がある。

深雪はリーナを疑っているのだ。

深雪の実家四葉当主である叔母の四葉真夜から警告を受けていた。

USNAスターズが日本に入り込み、昨年10月末日に鎮海軍港を壊滅させた戦略級魔法師を調査し抹殺を図っていると……その戦略級魔法師こそ、司波達也本人であった。

深雪はリーナがそのスターズで、達也を探りに来たものだとほぼ確信している。

そこで、この機会にリーナから情報を得ようとしたのだ。

 

そのリーナだが、ドッペルゲンガーを処理する以外にも任務を負っていた。

それは、やはり鎮海軍港を壊滅させた戦略級魔法師を調査することだ。

この時期、USNA政府はリーナ以外にも、他の魔法科高校に交換留学で入り込んでいる。それだけじゃなく、正規の手段以外でも、日本へ軍の魔法師を何人も密航させている。

USNAから戦略級魔法師の疑いを掛けられている1人に達也と深雪は候補に上がっており、その監視調査役として、リーナが第一高校に派遣されていたのだ。

 

しかし、当のリーナはこの司波兄妹を苦手としていた。

というのも、リーナは留学して早々、達也にスターズのエース、アンジー・シリウスではないかとバレそうになったからだ。(達也と深雪はほぼ確定だと思っている)

 

リーナの任務優先順位は、ドッペルゲンガーの排除が上位に来ているため、今は、司波兄妹の調査は凍結させ、逆にこちらがスターズだとバレない様に努力しているのだが……リーナにそんな器用なことは出来るハズもなく、今の状態となっている。

 

なぜUSNA上層部は、いくら魔法力が非常に高いからと言って、リーナに不向きな密偵まがいの事をさせるのか?

……リーナには知らせていないが、リーナはいわばバレるのが前提の囮であり、そちらに注意を向かせることが目的であった。

どうせ日本には公然の秘密であると………バレたところで、どうもならないだろうと……

 

そんな思惑が飛び交う中……

リーナは必死にバレないように取り繕い。深雪は兄達也のためにリーナから情報を得ようと動いていたのだ。

 

 

リーナは渋々、深雪の同行を余儀なくされている。

そして、深雪を連れ、いつもの地元商店街で買い物をすることになった。

 

「あれ?リーナちゃん、悠ちゃんと一緒じゃないのかい?お友達とは珍しいね。またきれいなお嬢ちゃんだな~」

肉屋の主人に声を掛けられるリーナ。

 

「あはっあははははっ、そうなんです」

愛想笑いをするリーナ。

 

「リーナは商店街の方と仲が良いのですね、ところで、悠ちゃんとは誰です?」

深雪はリーナに聞く。

 

「あれ?あっ、その、この商店街で買い物に困っていたのを助けてもらった人ですわ」

リーナは焦り、口調がおかしい。

 

 

 

「やあ、リーナ」

 

「あっ………悠!」

そこに間が悪いことに学校帰りの制服姿の悠に出くわす。

 

その横で、行儀よくお辞儀をする深雪。

 

「リーナの友達?リーナ、学校で友達いたんだな」

 

「と、友達ぐらいいるわよ!悠!!」

実際友達ではなく、知り合い程度だが反射的に反論するリーナ。

 

「この人が悠ちゃん?リーナ、紹介してくださらない」

 

「あっ……悠、紹介するわ。こちらは私の留学先第一高校の副生徒会長でクラスメイトの深雪」

 

「第一高校、1年A組、副生徒会長を拝命させていただいております司波深雪と申します。学校では留学生のアンジェリーナさんのサポート役をさせていただいております」

 

「ご丁寧に、リーナとこの街で最近友人となった都立〇〇高校3年1組鳴上悠。学校で君みたいに落ち着いた子がリーナと一緒でよかった」

 

「何よ悠!私が落ち着きがないって言うの?」

 

「おっちょこちょいだ」

 

「随分仲が良いのですね。……その鳴上さんは一般の高校の方だとお見受けいたしますが」

深雪は少々驚いた表情をしていた。リーナがこんなにくだけて仲良さそうに話すのを学校では見たことが無かったのと、相手が一般の高校生で年上の男性だったことに驚きを隠せないでいた。

 

「そうだけど?」

 

「深雪、悠に一般人とか魔法師とか言ってもダメよ。この男は大のお節介やきなんだから」

 

「リーナが現金での買い物の仕方を知らないからだろ?」

 

「そ、それは、だって仕方がないじゃない!」

 

「……え?現金での取引がまだあるのですか?」

深雪はその事実に驚く。

 

「ほら、深雪だって知らないじゃない!」

リーナはドヤ顔で言う。

 

「……下町だからなこの辺は…君も現金持ってない?そこの銀行で交換できる」

悠は苦笑いをする。

 

 

結局、悠は二人の買い物に付き合い。

商店街の中にある休憩スペースのベンチでB級グルメ肉じゃがコロッケを二人に手渡す悠。

しばらく談笑したところで、それぞれ別れ、帰宅するのであった。

 

 

 

 

深雪は帰ってから、今日の事を兄達也に報告する。

「リーナは今住んでいる場所で、一般人の青年と友人関係になったようです。その方はどう見てもUSNAスターズとは関係なさそうです。商店街の方々にも気軽に話しかけられておりましたし、そのお陰なのかリーナも商店街で楽しそうに買い物をしておりました」

 

達也はその報告を聞いて、独自に悠の事を調べるが、一般の高校生であり、USNAスターズとの関連性はどう見ても皆無であることが判明する。

 

ただ…深雪の話を聞いて何処か引っかかっていたが、それが何なのかはわからないでいた。




次は明日に投稿できればと思ってます…


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第十四話 修羅場と悠の告白

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
助かります。

更新遅くなりました。

良いタイトルが浮かびませんでした。


2096年1月20日(金)PM

 

 

悠は七草家から帰宅してから、ずっと考えていた。

 

3日前の17日に七草家当主七草弘一から頭をさげられ、明日からゴースト事件の犯人捜索の現場復帰する真由美に同行することになったのだが、悠は既にリーナと個人的に情報交換を行っており、リーナ個人とだけの密約とは言えスターズに一部協力しているようなものなのだ。

USNAスターズは公然の秘密とは言え、日本では存在しないはずの他国軍の部隊。

七草家は十師族として、関東周辺を守護する立場だ。

お互い競合相手どころか、出くわしたら即戦闘が行われてもおかしくない状況なのだ。

 

悠は既にリーナにも、真由美にも事情を話すつもりでいる。

あの二人ならば、同じ学校に通っている事もあり、お互い顔ぐらい合わせているだろうし、自分の話にもちゃんと理解を示してくれるだろうと……

協力関係とまでは行かなくとも、干渉しあわないように予め捜索範囲を知らせれば、お互い争わずに済むのではないかと考えていた。

もちろん、リーナと真由美を引き合わせ、その仲介は悠がするつもりだ。ただ、スターズや七草家に、知られると不味いことは確かだ。

 

タイミング的に先にリーナに話を、真由美には復帰後、二人きりのタイミングで切り出そうと考えていた。特に七草家は悠自身に疑いの目を今も向けているため、慎重に事を進めなければならない。

 

 

悠は今日、リーナに打ち明け、明日に真由美に打ち明けるつもりでいた。

 

いたのだが…………

 

 

悠はいつものように女生徒達を巻いて学校の校門を出ると…………きらびやかな制服を来た女生徒が二人、相対していた。

 

「アンジェリーナさんは何でこんな所にいるのかしら?」

 

「私のことは愛称で呼んでくれても構いませんと言いましたが?そういうあなたこそ、何故この様な所にいるのかしら七草先輩」

 

「いえいえ、私の方こそ、そちらのお国柄で呼びやすい様に、ファーストネームで呼んで頂いて結構ですよ。リーナさん」

 

「そうですか、なら真由美……あなたは何故、ここにいるのかしら?」

 

「それは先に私があなたにお聞きした質問です。リーナさん」

 

「私は買い物に付き合ってもらう友人を迎えに来ただけです」

 

「あら、偶然ね。私も友人をお茶に誘いに来たのです」

 

「フフフフフフフッ」

「ウフフフフフフッ」

お互い言葉は丁寧で、お互い微笑みあっているが……目が笑っていない。

 

 

そう、リーナと真由美、あの二人が鉢合わせてしまっていた………

悠はこの二人から妙なプレッシャーを感じ……そのままそっとしておこうと、一瞬頭によぎったのは仕方がないことであろう。

 

「あっ、鳴上くん!」

「悠!!」

呆然とその様子を見ていた悠に二人共気がつく。

真由美は珍しくお付きの車で来てはいないようだ。

リーナはいつも通り徒歩だ。

 

「二人共、こんなところでどうした?」

悠は気を取り直して声をかける。

 

「悠!今日も買い物付き合ってくれるのでしょう?」

「鳴上くん!今日はお見舞いのお礼に、街に出て食事に行きましょう」

二人は悠に近づきながら同時に話しかける。

そして、二人はお互い顔を見合わせ、じっと目を見てから、悠に向き直る。

 

「悠!行きましょ!」

「鳴上くん!何か食べたいものある?」

リーナは悠の右手首を掴み、真由美は悠の左手首の制服の袖を掴む。

二人共一応笑顔ではあるが、どこか引きつっている。

 

「悠は私が先に誘ったのだけど……」

「私の方が先に校門に着いていましたが……」

お互い引きつった笑顔のまま、顔だけを向け合う。

 

 

悠は学校側に振り返ると、またもや生徒が集まり騒ぎになりだした。

「また、あなた達!鳴上くんを取らないで!!」「悠くんは当校の宝です!他校の生徒は関わらないで!」「悠くん、私達と行きましょう!!」

「鳴上ぱねぇ」「鳴上やるな!これが修羅場か!」「鳴上…いつか刺されるぞ」「天使また来た!天使!」

 

 

悠はその光景を見、額に一筋の汗が流れ出る。

 

「ここは不味い。撤退だ!」

悠は二人の手を強引に掴み、思いっきり走り出す。

「悠!ちょっと!」

「鳴上くん!?」

 

 

「ああ!逃げた!!」「待って悠くん!」「そんな女の何処がいいの!!」

「おもしれー!待て鳴上!」「お前ばっかりいい目に遭いやがって!!」「マイエンジェル!どこへ!」

何故か生徒たちも追いかけてくる。

 

 

悠は全力疾走で通学路の坂を下り、自動タクシーを拾う。

 

 

そして、3人はジュネス東京店屋上広場のフードコートのテーブルに座っている。

もちろんジュースは悠が買って、皆の前に置かれていた。

 

「……悠、これはどういうこと?」

「……鳴上くん、これはどういうことかしら?」

 

「七草には話しただろ。リーナと地元の商店街で知り合ったと。リーナにも説明しただろ?リーナの学校の先輩の七草が俺の知り合いだと」

 

「聞いてましたし知ってました!」

「確かにそうは聞いてたわよ!」

真由美には困っているリーナを助けた事を以前に話していたし、リーナにはハミルトンと戦った際、助けた友人というのが、真由美である事は伝えていた。

それなのに何故か、悠に突っかかる二人。

 

「それにしてもリーナさん、鳴上くんに馴れ馴れしくなくて?」

 

「私と悠は一蓮托生の仲なのよ!ただの知人のあなたに言われたくないわ」

 

「最近知り合ったくせに!私は去年の11月から鳴上くんと友人なんです!」

 

「何よ、あまり変わらないじゃない!」

 

「たかだか10日程度の付き合いのあなたに何が分かるのかしら?私はその10倍の時間です」

 

「時間じゃないわ。お互いの信頼度が物を言うのよ!」

 

小学生のような口喧嘩をはじめてしまった真由美とリーナ。

 

「落ち着け、二人共!」

悠は語気を強めて二人の口論を止める。

 

「何よ!そもそも悠が!」

「鳴上くん?」

 

「リーナ、落ち着いて聞いてくれ」

 

「……わかったわ悠」

 

「二人には今日か明日には個別に話そうと思っていた事がある。七草、リーナ、先に謝っておく。俺は二人を信頼して話す。俺は二人の立場の秘密を話さなければならないし、二人にはまだ話していないこともたくさんある」

悠はそう言って頭を下げる。

 

「鳴上くん、何を?」

「悠?」

 

「俺自身の秘密について話す。俺はペルソナ使いと言う特殊能力者だ」

 

「ペルソナ…使い?それが鳴上くんの魔法?BS魔法かしら……聞いたことがない」

真由美は悠がなにかの特殊な魔法を使えることを知っていたが、その名前を聞くのは今日が初めてだ。

 

「魔法じゃないはずだ。現に魔法適正は俺にはない」

 

「私の国ではペルソナ能力者はSB魔法の一種という括りだけど…………」

 

「USNAでは知られていて、日本では知られていない?」

 

「いや、日本でもあるが、魔法協会が取り合っていないだけだ。桐条財閥の私設組織、いや、今は警察組織シャドウワーカーがペルソナ能力者を集めた組織だ」

 

「桐条財閥……鳴上くんはあの桐条財閥と繋がりがあるの?」

 

「確かに、会長の桐条美鶴さんとは知り合いだが、桐条財閥やシャドウワーカーとは関わりがない」

 

「そんな組織があったなんて……しかも警察組織。ということは国家組織のはずなのに全く認知されてない…………」

真由美は驚きを隠せないでいる。

 

「警視庁のホームページにも載っているが、そもそも、活躍の場が限定されている能力だからだ。

シャドウワーカーの名の通り、対シャドウを前提とした組織だ」

 

「シャドウって何?そういえば悠もちょくちょく口にしているけど」

 

「人の精神や感情の断片などのエネルギー集合体……それらが人を襲う存在と成り果てた、かつて人であったものの影がシャドウだ」

 

「鳴上くん。よくわからないわ……どういう事?」

真由美は困惑気味だ。

全く知識も認識も無い真由美にとって、悠が何を言っているのかわからないだろう。

 

「神隠し、妖怪、心霊現象、呪い、悪霊、それらを引き起こしている原型だ」

 

「……シャーマンが言っていたドッペルゲンガーと似ている」

リーナは小さな声で呟く。

 

「心霊現象や呪い…………それに妖怪、悪霊って……そんな事、現実じゃありえない」

真由美がそう言うのも無理もない。それが世間一般の常識だからだ。

 

「じゃあ、七草が鏡の中に閉じ込められたのは何だ?」

 

「そ、それは……何かの魔法で…………」

真由美は口籠る。あの事象は現段階で魔法では説明できない代物だったからだ。

 

「俺の予想では、あれは限定的な異界だ」

 

「異界?……鳴上くん何を言っているの?」

 

「それを作っているのは多分あの霧だ」

 

「そういえば、奴らが現れるところには何時も霧が………」

リーナは前知識が有るだけに、真由美の様に混乱せずに悠の話についていくことが出来ていた。

 

「……鳴上くんちょっと待って……話が突拍子も無いから……そのどう考えたらいいのか、その混乱していて…………」

真由美の今までの常識から完全に逸脱した話だ。混乱から冷め、考えをまとめるのにも時間がかかるだろう。

 

「いや、七草の反応は当然だ。この話を、桐条財閥は魔法協会にも持っていった筈だが、話もまともに聞いてもらえず、門前払いを食らったようだ」

 

「真由美は頭が堅いのよ。要するに、現代魔法や科学で証明出来ない様な事件とか事故は、シャドウが関わっている可能性が高いってことよ。それで、そのシャドウは異界から来て、この世界にちょっかい出している。そういうことよね悠?」

リーナは自慢げに言う。

 

「ざっくりしすぎだが、そういうことだ。今回のゴースト事件の犯人は現世の存在ではないそのシャドウに属する異形のものだと考えている」

 

「そ……そうなの?……ちょっと整理させてね」

真由美は頭を押さえ、考えをまとめ一生懸命に受け止めようとしている。

 

「ところで悠。ペルソナ能力者ってどういうものなの?」

 

「異界に入る手段を持ち、異界の中でペルソナを行使することが出来る能力者」

 

「だから、悠は鏡の中に出入り自由なのね。でもペルソナってどういうものなの?式神みたいなものって言っていたけど」

 

「通常は異界でしかペルソナ能力は発動することが出来ないが、俺はこの現実世界でも行使する事が出来る。見てもらったほうが早いが、ここでは不味い。場所を変える」

 

「え?……何処に行くの?」

 

「家の……」

 

「え?鳴上くんの家?…そんな…どうしよう」

真由美は何故かもじもじしだす。

 

「家の近くの神社」

 

「…………」

 

「……何をやってるの真由美」

 

悠とリーナは先に席を立ち、フードコートを出入口に向かっていた。

 

「まって、鳴上くん」

真由美は慌てて席を立ち二人の後を追う。

 

 

悠の地元の神社には、神主が常駐していない神社や社が多数存在する。

昔から、境内は子供の遊び場などになっている。

その一つ街外れに位置する。稲荷神社の社の中に裏からコソッと入る。

 

「鳴上くん、勝手に入っていいの?」

 

「大丈夫だ。昔からよく来ているしな」

 

「神社の中ってこんな事になってるのね……それにしても埃っぽいわ」

リーナはキョロキョロと社の中を見回していた。

 

「ああ、滅多に人が中に入らないからな。掃除や祭りの準備とかぐらいじゃないか?」

 

「そうなのね。私も知らないことが多いわ」

 

悠がこの場所を選んだ理由がある。

まずは、ひと目につかない場所である。参拝者も比較的少なく、そこそこの広さがあり、監視カメラなどが取り付けられていない。さらに、七草の監視者を撒くことも出来るからだ。

 

 

「ぺ・ル・ソ・ナ!」 カッ!!

 

悠は社の中心に立ち、二人の目の前で右手に愚者のアルカナカードが顕現され、それを握りつぶす。

悠の後ろに巨大な人影イザナギがスッとその場に現れる。

 

「……式神?こんな形状の式神は見たことがない」

真由美はその光景に驚きながらも、イザナギを観察するように見つめる。

 

「……明らかに式神とは違う感じがするわ」

リーナも同じくだ。

 

「これが俺のペルソナ……イザナギだ」

 

「鳴上くんのペルソナ……イザナギ……なんとなく鳴上くんに雰囲気が似ている」

真由美がこう言うのもあながち間違いではない。イザナギは悠の精神から生まれたものだからだ。

 

「悠、このペルソナは……何が出来るの?」

 

「物理攻撃や魔法の様な現象を起こすことが出来る……それと俺自身の圧倒的な身体強化……ただ、俺の場合、ペルソナを顕現させていない状態でも常に常人より身体能力が高くなっている」

 

「……それで、横浜の…………」

真由美は横浜事変での悠が戦っていた姿を思い出す。

 

「悠はそれで、ドッペルゲンガーを撃退したのね」

 

「え?どういう事。ドッペルゲンガーって何?」

 

「七草には体調が良くなってから話すつもりだったんだが……俺は今、七草を襲った連中を独自に追っている。弘一さんから聞いているかもしれないが、5日前、ゴースト事件の犯人、シャドウ………USNAではドッペルゲンガーとよばれている存在に襲われた七草の所の魔法師と七草の学校の後輩を助けに入ったのは俺だ」

悠はそう言いながらイザナギを解除して、姿を消させる。

 

「なぜそれをリーナさんが……知っているの?」

 

「リーナ……わるい。話していいか?」

 

「もう、ここまで来たらいいわ。どうせ私は悠と一蓮托生なのだから」

 

「え?どういう事?」

真由美は不安そうに悠とリーナの顔を交互に覗う。

 

「七草を助けた後、独自に彼奴等を追っていたのだが、そこで、七草を襲った犯人とリーナが戦っていた所に出くわした…………俺はほんのちょっと手助けして、リーナがUSNAで言う所のドッペルゲンガーを撃破した」

 

「リーナさん……やはり、あなたはUSNA軍人…………」

真由美はリーナが留学してきている時点でその事を疑っていた。

 

「そうよ。私はUSNA軍スターズよ」

 

「スターズが何故日本に来てまでゴースト事件の犯人、そのドッペルゲンガーを追っているの?」

 

「それは色々あるのよ」

リーナは憮然と言い放つ。

 

「鳴上くんはスターズに協力を……しているの?」

 

「いや、俺はスターズに協力はしていないし、俺が能力者だと知られていない。個人的にリーナと手を組んでいる」

 

「そうよ。USNAに悠の存在が知られると……悠は何されるかわかったものじゃないわ。そんな事は私は許容できない。だから、私は悠と個人的に協力関係を結んでいるの。それは十師族の七草家も同じじゃないかしら?」

リーナは真由美に七草家が悠の能力を知ったら、悠を実験動物の様な扱いをするのではないのかと言っているのだ。

 

「そ……それは…………でも、鳴上くんは何で1人でそんな危険な真似を?」

真由美はそのリーナの言葉に否定できないでいた。

 

「七草が襲われた。友人がそんな目に遭うのはもうごめんだ。街でそんな事を起こしている連中を野放しに出来ない……だから」

 

「鳴上くん……私の事を………私はどうしたら……」

真由美は悠の言葉に一瞬嬉しそうな顔をするが、直ぐに苦しそうな顔つきに戻る。

 

「リーナにはまだ言っていなかったが、七草家の当主に七草に同行してゴースト事件の犯人探しに協力するように強引に頼まれた。……断るわけにも行かない。何も状況がわからない七草や魔法師が奴らに出くわしたところで、返り討ちに………また罠にかかるのが落ちだ」

 

「……悠、そういう事はもっと早く言ってよね。でどうするの?」

 

「俺はしばらく、七草と行動をともにすることになる。しかも七草家の監視の元でね。七草の父親に俺は完全に疑われているからな」

 

「……鳴上くん…………その、ごめんなさい。わたし…………」

 

「別に七草が悪いわけじゃないだろ?気にしなくていい」

 

「でも……」

 

「それよりもだ。七草家、いや日本の魔法協会とリーナのスターズが鉢合わせをするのは不味い。余計ないざこざが起こるだけで、捜査は進まなくなる。まだ、目的もわからない連中の活動に有利に動いてしまう可能性が高い」

悠は今まで、よく鉢合わせしなかったものだと思いつつも話を進める。

 

「そんな事を何故打ち明けて……私は七草家の長女なの…………」

真由美は悠の顔を見ながら、つらそうに口にする。

 

そんな真由美を見たリーナは「私なんて、スターズ総隊長よ」と言いたかったのだが、そこは空気を読み口をつぐむ。

 

「俺は七草を信じているから…………」

 

「……鳴上くん…ありがとう。…………正直事が大きすぎてよくわからないし、その犯人がシャドウで、そのペルソナの事もいっぱいいっぱいだし………でも鳴上くんの事、今日聞いた事は家に言わないわ」

 

「わるい」

 

「そんな、私の方こそ鳴上くんに迷惑をかけっぱなしだわ……その、私にしてもらいたいことって…………」

 

「七草とリーナに協力してもらって、七草家とスターズがお互い干渉しあわないように捜索活動を出来るようにしたい」

 

「ふん。なるほどね。私と真由美で、お互いの捜索活動の場所を知らせておけば、お互いかぶることが無いと言うことね。スターズも日本の魔法協会や軍とやり合うのは望むところではないわ」

悠と真由美のやり取りを見ながら、リーナは機嫌が悪そうに言う。

 

「鳴上くん。私も協力する」

 

 

「二人には立場もあるのに……助かる」

悠は二人に頭を下げる。

 

「悠、今更よ」

 

「これで、私も鳴上くんに協力出来る……」

 

 

悠は二人の手を持ち、握手をする。

「これから、頼む」

悠は笑顔を二人に向ける。

 

「当然よ。悠」

リーナは気恥ずかしそうにそっぽを向きながら言う。

 

「よろしくね鳴上くん」

真由美はようやくいつもの調子を取り戻し、笑顔で言った。

 

 

 

この後も話し合いを続けるのだが…………

 

「この後、悠は私の買い物に付き合ってくれるのでしょう?」

 

「鳴上くんは、私と食事に行くんです!」

 

結局二人は最初の言い争いに戻ってしまう。

 

悠はそんな二人をなだめ、地元の商店街で買い物をした後に、悠の自宅で食事を振る舞うことになった。




魔法科生版特別捜査隊結成かな?


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第十五話 さらに修羅場

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。




2096年1月21日(土)18:00

 

 

悠は広大な七草家敷地内にある訓練施設に通され本日のゴースト事件犯人捜索のミーティングに参加している。

ゴースト事件の犯人捜索を行うメンバーは、真由美の兄智一率いる6人。

そして、真由美率いる6人と悠である。

捜査員は全員黒色のウエットスーツのような戦闘服を纏っている。

それぞれ、短銃のような魔法を起動するための装置、特化型CAD又はブレスレット型の汎用型CADを装着していた。

但し、真由美だけが戦闘服は白色でデザインも可愛らしいものを着て、CADはブレスレット調の汎用型CADを装着している。

因みに悠はいつもの、動きやすい普段着だが、その上に防弾チョッキのようなライフジャケットを着させられている。

 

 

悠は真由美からメンバーの紹介をされる。

40代中頃の男性が佐藤隊長。実質この隊の戦闘指揮を執る。

そして、30代の中村副長、中川さん。

20代の藤堂さんに20代女性の飯田さんに石田さんだ。

 

「鳴上悠です。自分の様な若輩者が場違いなのはわかっておりますが、今日はよろしくおねがいします」

悠は無難な挨拶をする。

 

「うむ。流石はお嬢様を救出しただけある。精悍な顔立ちに、度胸もありそうだ。肉体も鍛えてそうだな。鳴上くんよろしく頼む」

佐藤隊長が悠の肩にポンと手を置く。

佐藤隊長はその心の中で(一般人でなければな)と一言付け加えていた。

 

「鳴上さんは、基本的にお嬢様の横で車の中で待機していただき、何か異変や気がついたことがあれば知らせてください。鳴上さんを戦闘に巻き込むような事はいたしませんので、どうぞ安心してください」

20代中盤から後半の大人しそうな女性飯田さんは悠に説明する。

飯田さんは既婚者で既にお子さんが二人いる身だ。

 

「鳴上くんは私の横で、周囲の状況とかを確認してくれるだけで良いから、戦闘になったらこの人達に任せればいいから」

真由美は横の悠を見上げ微笑む。

真由美は周りの目から見ても、機嫌が良いことが丸わかりだ。

 

「お嬢様の復帰最初の捜査だ。さらにお嬢様のご友人までいる。下手なところは見せられん、気合を入れていくぞ」

佐藤隊長はメンバーに檄を飛ばす。

 

「「「了解」」」

 

三列シートの大きな戦闘車両のような車に乗る。運転手は中村副長でその横に悠が座り、真由美がその横助手席に座っている。

 

あらかじめリーナと真由美と悠で、七草家の今日の捜索範囲のスケジュールを元に、大凡のスターズの捜索範囲候補を決め、七草家とスターズでお互いが重ならないようにしていた。

 

さらに、悠は真由美に大きな鏡がある公共施設を中心に探したほうが良いことを進言していた。

それも、捜査に反映され、公園や学校施設がある場所に向かい、車を降り捜索。それを繰り返す。

 

気合い入れて出動したものの、幸いなことなのか5時間程捜索を行ったが収穫は無く。本日の捜査は終了となる。

 

 

悠はこの後、23日、25日と1日おきに真由美に同行し捜査に協力しているが、26日(木)現在。ゴースト事件の犯人。ドッペルゲンガーは見つからない。それはリーナのスターズにも言えることだ。

また、悠自身空いている日はスターズと七草家と被らない様に独自に調査をしているが、奴らを見つけることが出来なかった。

しかし、その間も、ゴースト事件、ドッペルゲンガーの被害者は増え続けていた。

 

 

 

2096年1月26日(木)PM

 

 

悠達は放課後、悠の自宅マンションに集っていた。

今日はリーナのスターズは諸事情により捜査は中止。真由美と悠は非番である。

実はスターズは上層部の監査役と次官クラスの官僚が日本に来日してきたため、その警護に回っていたのだ。

 

「……見つからないわ」

制服姿のリーナはジュースを飲みながら、疲れたように言う。

 

「……被害者が出続けているのに」

こちらも同じく制服姿の真由美が眉を顰めて言う。

 

「俺が4人を助けてから遭遇しなくなった。俺は警戒されているのだろう」

悠は真面目な表情でそう言った。

 

「そうね……」

 

「被害が確認されているだけで、この一週間で3件……いずれも、私達の捜査範囲外で起こっているわ」

真由美は投写型の端末で、テーブルに東京近郊のマップを映し出しながら説明する。

 

「見事に外されているな…………情報が漏れている可能性も考えなければ」

 

「それも考えたわ。スターズメンバーでは考えにくい。となると上層部に居るかもしれないけど、相手はドッペルゲンガーよ人間じゃないわ。裏切り者が居るとは思えない」

リーナも既にその事に気が付き、内部状況を再確認していた。

 

「いや、誰かが既にすり替わっている可能性もある」

 

「私達はドッペルゲンガーの特殊なサイオン反応を感知出来る様にしてあるし……私の部下は大丈夫よ。しかし、制服組や軍部実働部隊以外の人間には徹底出来ていないわね。私の権限では上申は出来るけど、強制はできないわ」

 

「私もその線を疑って、昨日は七草家内で私がそれとなしに、リーナさんから提供されたCADプログラムでなんとか調べたけど、今の所そんな反応を示す人はいなかった」

真由美もリーナと同じく、七草の内部を探っていた。

 

「リーナは引き続き上層部に掛け合ってもらっていいか?」

 

「OK、……今日はルームメイトもいないし、悠に夕食は作ってもらおうかな~」

 

「あなた、鳴上くんの家で夕食をよばれるつもり?」

 

「だって、悠の作る料理って、外食するよりもずっと美味しいもの」

 

「ん?七草も食べていくか?」

 

「え?いいの?」

 

「1人分作るのも3人分もさほどかわらない」

 

「じゃ、私もよばれようかな……」

 

「真由美はさっき私に何か言わなかった?」

リーナはジトっとした目で真由美を見る。

 

「い、良いじゃない!」

 

 

 

そこに、悠の自宅のチャイムが鳴る。

「ん?頼んであった宅配だな……」

この時間に通販で買った商品が届く事になっていたため、悠は何気なしに扉を開けてしまった。

 

「せーんパイっ♡来ちゃった!」

 

そこには、色の薄いサングラスに深く帽子をかぶったりせが手を振って立っていた。

 

「りせ!!……と、突然どうした」

 

「ん?どうしたの悠先輩……さっき悠先輩が家に居るか確認のメールしたよ」

 

「確かにメールは確認して返事した。来るとは思わなかった」

 

「うん、丁度仕事が先方のスケジュールの都合で延期になったから、来ちゃった。それと先輩1人だと寂しいだろうなーって思って」

りせは帽子とサングラスを外し、手土産の箱を悠に渡し玄関へと入ってくる。

 

りせは悠の両親が在宅中に、3度程悠の家に遊びに来ている。一度目は夏休みに稲羽の仲間と一緒に、2度目は直斗と一緒に、3度目は1人で来ていた。

悠の両親がいつもより大はしゃぎし大歓迎していたのが印象的だ。

因みに悠の両親は両方共に自然科学者だ。同じ研究室の教授と助教という立場で、職場でも仲が良い事で有名な夫婦だ。そのため、両親揃って出張はよくあることだった。そのかわりと言って良いのか、子供についてはかなり放任主義である。悠が料理や家事が得意な理由はこの辺にあるようだ。

 

 

「そ、そうか」

何故か焦る悠。

 

「……先輩、誰か居るの?しかも女の人のクツ……先輩のご両親は海外出張中だよね」

 

「あ、ああ、前話したこっちの友達だ」

 

「こっちの…前話した……」

りせはそう呟いてから、悠の腕を自分の腕に絡めて、悠を引っ張り足早にリビングへ向かう。

 

 

「こんばんわ。悠先輩のこっちのお友達ですか?」

悠の右腕に自分の腕を絡ませたまま、アイドルスマイルでそんな挨拶をリーナと真由美の二人の前でする。

 

 

 

「……そういうあなたは誰なのよ?」

リーナは悠の腕を絡ませるりせを見て、刺々しく聞き返す。

 

「く、久慈川りせ…さん………こ、こんばんわ」

真由美はりせのいきなりの登場に驚きを隠せない。

 

「ん?真由美も知っている人?」

 

「リーナさん!この子は今日本で1、2を争う若手アイドルのスターよ」

 

「アイドル?タレントね。何で悠の家にアイドルが来るのよ」

リーナは日本に来てから間もないのと、テレビを殆ど見ないため、りせを知らなかった。

 

そんなやり取りを聞いたりせは…………

 

「私は悠先輩と大の仲良しで、今から先輩とデートなの、だからお引取り願います」

笑顔のまま2人にこんな事を言ってしまう。

 

「おい、りせ、そんな事を言ったらスキャンダルに……」

 

「先輩は黙ってて!」

 

「デートは嘘ね。悠は今から私達の夕食を作ってくれるって言っていたところよ!」

リーナはそんなりせに気後れもせずに言い返す。

 

「先輩の事呼び捨てにした!!あなたこそ何なのよ!!」

 

「私はアンジェリーナ・クドウ・シールズ!悠とは一蓮托生の仲よ!!」

 

「何よ!私なんて!悠先輩のあんな所やこんな所まで隅々まで知っているんだから!!」

それはりせがペルソナ【ヒミコ】で悠にフルアナライズ(完全探査)を掛けたからだ。

決していかがわしい意味ではない。

 

「リ、リーナさん、その久慈川さんも落ち着いて………」

真由美はりせの登場に気後れし、さらに二人の勢いに押されていた。

真由美はりせが悠とは自分たちより親密な仲だということを知っていた。しかもトップアイドルで見た目も自分よりも可愛らしい。そんな事で思い悩んでいたこともあり、気後れしていたのだ。

 

リーナとりせはお互い睨み合っている。

 

「二人共、落ち着け!」

悠は語気を強める。

 

リーナは一度目を瞑って、ソファーに座り直す。

 

「でも!」

しかし、りせは尚も突っかかろうとする。

 

「りせ!」

 

「だって!グスッ、だって…悠先輩とはなかなか会えないし………グスッ、そうしたら、仲のいい女の子が出来て毎日会ってるって言うし……私も毎日会いたいのに……グスッ…悠先輩この頃なにか隠し事してるし………きっと私のことなんか……ふぇ、ふぇえええええーーん」

 

「わかった泣くな」

悠はりせの頭にポンと手を乗せ、優しく擦る。

 

「で、悠……その人は何なの?」

 

「久慈川りせ、俺の親友だ」

 

「ごめんなさい。つい、羨ましくて……グスッ、久慈川りせです。悠先輩の一つ下の後輩で、アイドルやってるの見たこと無い?」

 

「私は日本に留学して間もないから知らなかっただけ、私も突っかかって悪かったわ。私のことはリーナでいいわ」

 

「……私もりせでいい。悠先輩からあなたのことを聞いているわ。私より年下よね。とてもそうは見えないけど……」

りせは悠から事前にリーナの事を悠からある程度、聞いていた。

 

「私は第一高校三年生七草真由美。よろしくね久慈川さん」

真由美はりせが泣いている姿を見て落ち着きを取り戻していた。この子も自分と同じ、悠という青年が好きなただの女の子なんだと感じたからだ。

 

「りせでいいわ。真由美さん」

 

 

「りせ、少し落ち着いたか……今、夕食作るから、そこで座って待っていろ」

 

「……うん」

 

 

 

「ところで、りせは悠と前から友達なのよね。悠って昔っからああなの?お節介やきだし……いつも堂々としているし」

 

「私も悠先輩と出会ったのは一年半前ぐらい、その時からほとんど変わってない」

 

「そうなんだ。鳴上くんはあまり昔の事を話さないから…………」

 

「悠先輩は誰にでも優しいの……だから、悠先輩の一番になりたいけど難しい…………」

 

「アイドルスターのあなたでも?」

 

「悠先輩はアイドルとかそういう一面だけで人を見ないの。だから皆惹かれるんだと思う」

 

「高校でもモテてそうなのよね。鳴上くん」

 

「前の高校でも悠先輩はモテてた。でも、周りに私とか、雪子先輩とかが居たから、告白はなかなかされてなかったなー」

 

「………その、因みに何だけど……雪子さんというのはどんな人?」

真由美は恐る恐るといった感じでりせに聞く。

 

「純和風美人、旅館の若女将なんだけど。私の目から見てもとてもきれいな人。 しっかりしてて自立した女性に見えた。悠先輩の横に立つと背も高いしお似合いなの」

 

「そ、そう、背が高くて、りせさんの目から見ても美人なの……」

真由美はシュンとなる。

 

「性格は天然でいつも訳がわからないツボで笑ってた。お互い信頼仕切っていたけど、でも恋愛って感じはしなかったかな」

 

「そうなの」

ホッとした表情をする真由美。

 

「いつ、どうなるかわからないけど……」

 

「……ほんと、八方美人って悠の事を指す言葉ね」

 

「間違ってはいないけど、リーナさん微妙に意味が違うわ」

 

「聞いていると、悠は女友達しかいないみたいね」

 

「そんな事無い。年齢も小学生からお年寄りまで老若男女問わずに友達も結構いて、学校では部活もやってたし、私達以外だと男友達と一緒の方が多かったと思う。でも、花村先輩と悠先輩の関係だけは嫉妬するぐらい羨ましかった」

 

「なに?悠は男にもモテたの?」

 

「違わないけど、違う。男の友情なのかな、あの二人の間には、誰も入れないというか……」

 

「そうなの……」

 

「悠先輩、ああ見ても、青春ドラマとかの体育会系のノリだったりするから」

 

「そうなの?意外だわ」

「タイイクカイケイ?」

 

「……久々に、こんな事話せてスッキリした。ありがとね」

りせは真由美とリーナに笑顔でお礼を言う。

 

悠の話題で女子トークに花が咲く。

 

 

 

 

 

しばらくして、悠の料理がテーブルに並び、皆は一様にその味を楽しむ。

「悠先輩の手料理、何時食べても美味しー」

「鳴上くん、何時も家で料理しているの?」

「悠をコックで雇いたいわ」

 

「お粗末様」

 

 

 

 

りせは悠と二人で食事の後片付けをキッチンで行いながら、話をする。

 

「悠先輩……二人にペルソナの事は?」

 

「ああ」

 

りせは、悠が二人にペルソナ使いであることを知らせているのかと確認をとる。

その上で次の事を悠に聞いてきた。

 

「悠先輩、私に隠し事しているでしょう。直斗もその話をするとはぐらかすし……私の事を心配して隠しているのも、直斗の反応を見ればわかる。でも、それでも教えてほしい」

 

「りせ……わかった」

 

「………俺は今、事件を追っている。おそらくシャドウが関わっている」

 

「やっぱり…それで?」

 

「実は、あの二人とはその事で協力関係にある………」

 

「そうなんだ。……私も悠先輩を手伝いたい」

 

「……二人にりせがペルソナ使いだとバレてしまう……」

悠はりせがペルソナ使いで有ることを隠し通すつもりでいた。

芸能人やアイドルが魔法師や異能力者であったとなると、世間の目は厳しいものに変わる。

もし、世間にバレでもすると、りせの芸能活動に取り返しの付かないダメージを追ってしまう。

 

「悠先輩が信用している人達なんでしょ?」

 

「しかし」

 

「大丈夫……悠先輩を信じているから……悠先輩が選んだ人だったら大丈夫」

 

「……助かる。但し、りせは芸能活動を優先だ」

 

「……うん」

 

その後、悠はりせに、簡単に今関わっている【ゴースト事件】について説明する。

 

 

 

 

悠とりせは片付けを終え、食後のお茶セットをリビングのテーブルに置く。

 

「悠、りせと何話してたの?」

リーナは少し不満そうな顔をしていた。

 

「ああ、色々とな」

 

 

「二人に話とお願いがある」

悠は立ったまま、真剣な表情で二人の顔を見る。

 

「改まって、なに?鳴上くん」

 

「悠?」

 

「りせは……俺と同じペルソナ使いだ。……その事は秘密にしてほしい」

 

「え?」

「りせも?……どういう事?」

真由美とリーナは驚きの表情で悠の隣に立っているりせを見る。

 

「うん。私もペルソナ使い……でも、悠先輩みたいに戦いは苦手かな………来て!ヒミコ!」

 

りせはその場でお祈りのポーズを取ると、りせの真後ろにスッとりせの倍ぐらいの長身の女性らしいフォルムをしたペルソナ【ヒミコ】が現れる。

そして、【ヒミコ】は両手に持った大きな半透明のリング状ヘッドマウントディスプレイをりせにかぶせる。

 

「……そんな……りせさんまで……」

真由美はりせがペルソナを顕現する姿に困惑する。

 

「……きれい……悠のペルソナとは全然雰囲気が違うわ」

リーナは素直に悠のペルソナ【イザナギ】との違い、りせのペルソナ【ヒミコ】の姿をきれいだと表現した。

 

「私のヒミコは探査やサポートに適した能力を有しているの。だから、この状態の私に隠し事は出来ないわ。ねー悠先輩!」

 

「ごめん」

りせは、自分に隠し事をしてた悠を皮肉ったのだ。

謝るしか無い悠。

実際ヒミコは他人の記憶を読み取る様な能力は無いのだが…………

 

「……探査能力とサポート?」

リーナは呟く。

 

「りせ、力を貸してくれ。この1週間、シャドウ……ゴースト事件の犯人の足取りが全くつかめないでいる」

悠は改めてりせに協力を仰ぐ。

 

「フフッ、任せて!悠先輩!…いっくよー!!敵は何処かな!?ヒミコ!エネミーサーチ!!」

 

「え?なに?」

「りせは何をしているの?」

ノリノリのりせに困惑する二人。

 

りせはこの地域一帯、いや、東京23区の3分の1の範囲をエネミーサーチを行い、シャドウの気配を探っていたのだ。

 

「んん?居た!これだ。悠先輩ここから北西6キロの公園に大きなシャドウ反応3。ここから北に4キロ先で2体が移動中。その2体を…2人づつ合計4人が追ってる。多分この反応は魔法師ね」

 

「まずい。その4人はドッペルゲンガーの罠に嵌まる」

りせが察知したドッペルゲンガーのものと思われるシャドウ反応は合計5体、3体は公園で待ち構え、移動中の2体は囮だ。それに魔法師2人二組が囮を追っているのだ。

3体が待ち構える公園に入った時点で、霧を発生させ、魔法師4人を捕らえるつもりなのだ。

 

「え?どういう事、悠?りせは何をやったの?シャドウ…ドッペルゲンガーの反応ってどういう事?」

リーナは突然の事に困惑していた。

 

「七草、今日の智一さんの部隊は捜査範囲は確か、もっと北のはずだな」

 

「そ、そのはずよ。……でも、りせさんは何を?」

真由美は悠にそう答えるが、突然の事態についていけていない。

 

「だったら?誰が追っている?……確か、警察も動いていると言っていたが警察の魔法師部隊か?」

 

「悠、どういう事!」

「鳴上くん?」

 

「今、りせがペルソナ能力でこの近辺一体広域に探査を掛けた。早速、ドッペルゲンガーを発見した。北西6キロ地点に3体と4キロ地点を移動中の2体、それを追っている魔法師がいる。敵は彼らを罠にかけるつもりだ。敵も単独ではなく集団で待ち構えている」

悠はまだ、状況を把握しきれていない2人に簡単に説明する。

 

「そ、そんな事まで分かるの?」

「凄い…」

真由美とリーナは驚きの表情でりせを見る。

りせはそれに気が付き、ウインクを返す。

りせのペルソナ能力は戦略的価値が非常に高い能力だ。

エネミーサーチだけでも、リーナと真由美のこれだけの驚きだ。

フル・アナライズなどは未知の敵や魔法師の能力や魔法まで全て判明してしまう。

さらに、歌による回復アシストなどの各種アシスト能力を発揮すれば、使いようによっては、りせ1人で戦場がひっくり返る代物だ。

これほど、ありとあらゆる場面で戦略戦術価値を見いだせる能力は、現代魔法に見られないだろう。

 

 

「敵はやはり七草家とスターズの動きを把握しているような行動だ。奴らが集団行動をとっていることからも、こちらの事を警戒しているようだ。…だが、ここから近い!リーナ!すぐに行けるか!」

 

悠はリーナを指名して一緒に向かおうとする。

リーナであれば、鏡の中に閉じ込める術は効かない上、単純な戦闘力では、あの最初の烏人間のドッペルゲンガーを圧倒していたからだ。

 

「行けるわ……でも戦闘装備は今は持ってないの」

 

「時間が惜しい。装備がないとあの凄まじい威力の魔法は撃てないのか?」

 

「…出来るわ!」

 

「私も行くわ!鳴上くん」

真由美が悠とリーナのやり取りに入ってくる。

 

「七草は…………わかった行こう」

悠は真由美の能力を正確に知らないため一瞬迷う。ただ、直斗から優秀な魔法師だということを聞いていたため……不安は残るが同行を許可した。

 

「悠先輩!それにリーナに真由美さん。サポートは任せて!」

 

 

「行くぞ!!」

 

 




次回戦闘ですね。

魔法科高校の来訪者編のストーリーとクロスします。


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第十六話 ヒミコ

感想ありがとうございます
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回りせ回ですね。



「行くぞ!!」

 

 

悠とリーナと真由美は悠の外側から見えにくいマンションの非常階段から一気に飛び降り地面に着地する。

 

 

「魔法師を誘導しているドッペルゲンガーを先に追う」

 

「わかったわ」

「了解したわ」

 

『悠先輩!シャドウ…囮役のドッペルゲンガーがさっきの位置から北と西に二手に分かれたわ!』

 

「了解だ!」

 

「え?りせの声が直接頭に聞こえてくる…………?」

「な、なに?どういう事?」

 

『真由美さんとリーナにリンクしたわ!これも私の能力なの!誘導は任せて!』

 

「……悠のペルソナも驚いたけど、りせのペルソナ能力は現代魔法の常識が崩れる思いがするわね…………」

「…こんな事も……これはでも…………」

リーナと真由美はりせの能力に驚きっぱなしである。

魔法が主体となる現代戦術においても、通信妨害やハッキングなどは重要な役割を果たしている。

各国は最新の通信妨害装置や魔法を、常に相手の上をいくために、躍起になって開発を続けているのだが………りせの前ではそれらは全くの意味をなさなくなるのだ。

 

「リーナは西の方を!俺と七草は北を追いかける!何かあったらりせに知らせろ!」

 

「わ…わかったわ」

リーナは驚きが冷めないうちに返事をし、パレードを発動させ第一高校の制服姿から、コートを来た赤髪の仮面の女へと変貌し、加速魔法で一気に進む。

 

「行くぞ七草!」

「りょ、了解」

悠はペルソナによる身体強化で加速し、進んでいく。

真由美も加速魔法でついて行く。

 

「ついて行くのがやっとだわ……魔法無しでそのスピードは……」

真由美は悠の後を離れずについて行くのがやっとだった。

 

 

悠と真由美は北に進む囮役のドッペルゲンガーとそれを追っている2人の男性が見えてきた。

 

「あれは、いつぞやの警部さんね。確か千葉警部」

真由美はマルチ・スコープという先天性の魔法能力で、遠くの実物体を多角的に見ることが出来る。

今、こちらの黒コートを着た人間形態のドッペルゲンガーを追っているのは、千葉寿和警部、千葉エリカの兄である。もうひとりは、部下の稲垣警部補だ。

ドッペルゲンガーはこの2人をギリギリ追いつかれない距離を保ちながら、3体が罠を張っている公園へと迂回しながら誘導していたのだ。

 

 

「やはり警察か、……りせ!」

 

『ドッペルゲンガーの方は…ハイ・アナライズ!(探査)……烏?……なにこれ、シャドウに何かが憑いている?』

りせは警察が追っているドッペルゲンガーをアナライズしたのだが……今まで感じたことが無いような反応を示していた。

 

「10日程前に遭遇したもう一体の烏人間か……しかし、どうするか」

悠は烏人間らしきドッペルゲンガーを追っている警察をどう対処するかを考える。

2人に追いつき、罠だから追わないようにと言っても、信じて貰えないだろう。

こちらが先にドッペルゲンガーに追いついて、倒してしまっても、後で何かともめそうだ。

 

「鳴上くん。あの2人を足止めすればいいのね」

真由美は加速魔法で走りながら悠の横に並ぶ。

 

「何かいい手があるか?」

 

「任せて!」

真由美はそう言いながら、腕に巻いたブレスレット型のCADを操作する。

 

真由美の頭上に、ドライアイスの塊が生成され、それを小さな用水路に高速で射出する。

すると、用水路は水柱が立ったように、水が一気に吹き飛び、あたり一面霧に覆われる。

射出したドライアイスを用水路に到達する直後に一気に二酸化炭素に蒸散させ、爆発的に霧を発生させたのだ。

真由美の魔法【ドライ・ブリザード】の応用だ。

 

これにより、2人は視界を遮られ、完全に足止めさせられる。

追っている相手であるドッペルゲンガーに、警察2人はしてやられた様な顔をしていた。

実行したのは真由美だが、気がついていない。

 

それを見た悠は、烏人間のドッペルゲンガーに後ろから追いすがる。

悠は左手に【塔のカード】顕現させ、ヨシツネを武器化した名刀【薄緑】を抜く。

 

更に加速し前方に大きく飛び一気に肉薄する。

それに気がついた烏人間は振り向き驚きの声を上げるが……

「お、お前は!」

 

「いくぞ!」

悠は人間形態の烏人間に空中から斜め下に体ごと飛び込むように鋭い突きを放つ。

剣技【獅子奮迅】

 

「ぐわっ!!」

人間形態の烏人間は身体を貫かれながら地面に叩きつけられる。

 

「これで終わりだ!」

悠はそのまま電撃を纏わせた刀を上段から振り下ろす。

剣技【勇猛果敢】

 

「ががぁ……」

人間形態の烏人間は肩口から真っ二つに切り裂かれ……黒い液状となり消滅した。

 

 

悠は真由美が発生させた霧が晴れる前に、その場から移動し、真由美と合流する。

 

「七草、助かった。……意外と大胆なんだな」

悠は真由美が躊躇なく大胆にこんな方法で相手を足止めすることが意外だったようだ。

 

「そう?それで鳴上くん敵は?」

 

「無に帰した」

 

「え?」

 

「奴らは、精神の集合体のような連中だ。行動不能に陥ると黒い液状となり消滅する」

 

「そ、そうなんだ」

真由美はドッペルゲンガーを短時間で倒したことに驚いていたのだが……悠には意図が通じていなかったようだ。

 

『流石は悠先輩!』

そこにりせの声が響く。

 

「りせ!リーナの方はどうなった?」

 

『悠先輩、ちょっとまずいかも、……リーナは、ドッペルゲンガーを追っている内の1人に、ドッペルゲンガーの仲間だと勘違いされて、攻撃を受け足止めさせられてるの。それでもう1人は、今もドッペルゲンガーを追っているわ』

リーナのパレードの姿、怪しい仮面の女性は、ドッペルゲンガーの仲間と勘違いされても仕方がないだろう。

しかし、リーナ程の魔法師がその対応に苦慮し足止めさせられるとは、相手もかなりの実力者なのだろう。

 

「りせ、リーナは持ちそうか?」

 

『それが、相手をアナライズしたんだけど、リーナと同じ学校の子みたいなの。それでリーナは本気で攻撃が出来なくて防戦一方で……』

 

「りせさん、どんな子かわかる?」

 

『千葉エリカ、16歳 高レベルの剣士。魔法と剣術を融合させた攻撃スタイルみたい。防御魔法とかは得意じゃなくて魔法による遠距離攻撃が弱点なんだけど、距離をすばやく詰めて、魔法を打たせないようにしてるみたいなの』

 

「え?どこでそんな情報を?」

真由美はりせにリーナが対峙している同じ学校の生徒の断片的な情報を欲し、そこから誰かを予想しようとしていたのだが、りせが知らせた情報が、真由美の知らない情報なども含まれ、予想を遥かに超えた内容であったために驚いたのだ。

 

「くっ、七草はリーナの方に行ってくれ。俺はドッペルゲンガー囮役の方を何とかする」

 

「なっ……鳴上くんわかったわ」

悠の声で真由美は我に返る。

 

悠は囮役のドッペルゲンガーの方へ、真由美はリーナと千葉エリカが戦っている場所へとそれぞれ向かう。

 

 

『あっ!悠先輩!!公園で待ち構えているドッペルゲンガーが物凄い速さで離れていく!なにこれ?あれ?反応が消えた…………悠先輩逃げられたみたい!』

 

「仲間がやられ、こちらに気がついたか……状況判断も早い。りせ!囮役のドッペルゲンガーは?」

 

『悠先輩そっちも!急加速した!あっ、探査範囲なのに途中で反応が消えた………』

 

「逃げられたか……りせのエネミーサーチから反応が消えるとはどういうことだ?烏人間は烏に変化したが……そうなると、反応も烏と一緒になり、シャドウの反応を拾えなくなるのか?それとも、異界に逃げ込めるのか?……リーナが先か。…りせ!リーナに撤退するように言ってくれ」

 

りせに指示を出しながら、真由美の後に追いつき、リーナが戦っている方へ向かう。

 

『うん!……あっ!悠先輩まずい!エリカって子に援護が!リーナが完全に押されだした』

 

「りせ!」

 

『うん!!任せて悠先輩!!』

りせは、元気よく返事をする。

悠はりせにある特殊能力を使うように促したのだ。

ヒミコの特殊能力【絶対逃走】。

りせの探査範囲内の仲間の逃走補助をする能力だ。

実際には相手の感覚を一瞬狂わし、知覚や感覚的に仲間を感知させないようにする。いわゆる目

くらましだ。さらに、逃走経路の確保と加速補助を行うものだ。

 

『悠先輩!リーナの逃走成功!リーナがそっちに行くわ。ちょっと怪我しているから回復お願い!』

 

「りせ、助かる!」

 

 

 

その後、直ぐにパレードの仮面の女性姿のリーナが悠と真由美の前に現れる。

「悠、ごめん。ドッペルゲンガーを逃しちゃった」

 

「大丈夫か?」

 

「ちょっとやられたわ………エリカがあんなに強いなんて………危ないところだったわ、達也も援軍に来たみたいだし…………りせに礼言わないと」

リーナはそう言いながら対抗魔法パレードを解くと、元の姿に戻る。

負傷したのか左肩を抑えて、若干苦しそうな表情を浮かべていた。

 

囮役のドッペルゲンガーの前に追いつき、現れたパレードの仮面の女性姿となったリーナをドッペルゲンガーの仲間と勘違いしたエリカが猛然と襲いかかってきたのだ。

不意打ち気味ながらも、それを受け流し行動不能にさせようとしたのだが、エリカのスピードが予想よりも早かったのと、それにもまして、鋭い剣撃が雨あられのように振るわれ、リーナは防戦を余儀なくされたのだ。

リーナは早く囮役のドッペルゲンガーを追いつかなければという焦りと、エリカへの攻撃を躊躇したせいもあり、力が出しきれずにいた。

さらに司波達也が現れ、エリカの援護を行うためにリーナに魔法を放つ。リーナのパレードがその魔法を防いだのだが、隙が出来た所をエリカに一撃入れられ不覚をとったのだ。

 

「千葉さんに……達也くんまで……」

真由美は小さな声を出す。

 

「リーナじっとしていてくれ、…ウンディーネ!」

悠はペルソナ【ウンディーネ】を顕現させ、回復スキル【ディアラマ】をリーナに掛ける。

 

「鳴上くん……そのペルソナは?」

真由美は悠がイザナギ以外のペルソナを扱う姿に驚いた表情をする。

 

「……痛みが引いてきた…傷がなくなってる…………悠…」

リーナは痛みが引き、肩口の傷が消えているのを手で確認し、不思議そうな顔をし悠を見る。

 

「戻る…撤退だ」

リーナの治療を施した悠は、2人と共に悠の自宅に戻る。

 

 

 

 

 

 

「おかえり!みんな!」

りせが皆を玄関まで出迎える。

 

りせは、既にリビングのテーブルに飲み物を準備して待っていてくれた。

 

「悠先輩ごめん!ドッペルゲンガーを見失っちゃった」

 

「いや、りせが居てくれて助かった。どうやら、奴らは俺たちをかなり警戒しているようだ。逃走手段も確保していたのだろう。1体は倒し、犠牲者が出なかっただけでも良しとしよう。ただ、りせのエネミーサーチから漏れる何らかの手段を持っている可能性が高い」

 

「もっと近くにいれば分かるのに…くやしーー!」

りせは悔しそうな表情をする。

普段のりせはこの様に喜怒哀楽をストレートに出すタイプの少女だ。

 

「りせ、逃げるのを助けてくれてありがとう……でも、あれはなんなの?」

リーナはりせにお礼をいった後、どうやって助けてくれたのか聞いた。

 

「ああ。あれね。ヒミコで逃げてーって感じで応援するとね。相手が一瞬リーナを認識しにくくなるの。後は逃げやすいルート選択ね」

 

「応援?…………どういう事?」

リーナはりせの言っていることが理解が出来ないでいた。

りせ自身も説明は難しいだろう…………

 

「りせさん……あなたの能力……異常だわ」

真由美は真剣な顔でりせに言う。

 

「え?」

りせは一瞬何を言われたのかわからず、ポカンとした顔をしていた。

 

「ご、ごめんなさい。そのあまりにも凄すぎて、どう言って良いのかわからなかったの………りせさんから受けたサポート能力……それは全部、現代魔法ではありえないレベルの代物なの。正確に敵を見つける能力から、その探査範囲。相手のプロフィールを調べる能力に、弱点まで調べられるなんて…………そして、頭に響く通信…テレパス……先程のリーナさんに行った逃走補助………どれをとっても、軍や魔法師が喉から手が出るくらい欲しがる能力よ…………」

 

真由美が言ったことは事実だ。もし、りせの能力が何らかの形で軍や十師族などに漏れる事があれば、りせの争奪戦が始まってもおかしくない。最悪りせを無理やり拉致しかねないだろう。

何れにしろ、りせにとって望むべきものではない。

 

「そうなの? 悠先輩………」

りせは真由美の話を聞き、悠の顔を不安そうに見る。

 

「大丈夫だ。俺もついている。七草とリーナはこの事を誰かに漏らしたりしない」

 

「……りせ、私も幼い頃から軍に関わってきたわ。でも……りせの様な能力者に会った事もない。もし、あなたの能力があれば全ての任務が安心して遂行できる。それこそ、あなたが居る軍は、数倍以上の戦力差があったとしても、かなり有利に働くものよ。あなたが軍に所属したなら即戦略室のエース、その国の切り札になり得るわ。政治的価値は、戦略級魔法師と同じ………いえ、それ以上の価値があるかもしれないものよ…………」

 

リーナがこう言うのも無理もない。今までなかなか見つける事が出来なかったドッペルゲンガーをこうもあっさり発見することが出来、さらに、数々のサポート能力だ。もし、りせが居たならば、リーナが今まで行ってきた数々の任務も苦労せずに遂行出来ただろう。

そして、政治的価値は計り知れない。なにせ、りせの前では魔法師はその能力を丸裸にされるのだから………

 

 

 

「そんなにか……」

 

「うそ……私のヒミコが……」

 

「ごめんなさい。不安がらせてしまって……誰にも言わないから安心して、りせさん」

真由美は申し訳なさそうにりせと悠を交互に見ながら言う。

 

「言ったところで、ペルソナにしろ、りせの能力にしろ、誰も信じてくれないだろうけど……私も言うつもりはないわ」

リーナも悠とりせにそう言った。

 

「………うん…ありがと…」

りせはまだ、不安そうではあったが2人にお礼を言う。

 

 

「それと悠も悠だわ。あの治癒魔法はなんなの?普通、治癒魔法というのは継続して魔法を掛けていないと、傷口は元に戻ってしまうのよ。それが悠が使った治癒魔法は、一瞬でしかも、その一回で完全に治ったわ」

リーナの言った通り、現代魔法に置いて、治癒魔法とは、一時的に元の状態に戻す現象であり、傷そのものを治すものではないからだ。

 

「そうなのか?魔法は不便だな」

悠、りせもだが、魔法については知識はかなり薄い。

一般の学校では魔法について、学ぶ機会は少ないからだ。

 

「悠がおかしいだけだから」

リーナは思わず突っ込む。

 

「鳴上くん、さっきのペルソナはイザナギじゃなくて別のペルソナだったわ。1人で何体も持てるものなの?鳴上くんの説明では、1人一体のような印象を受けたのだけど……」

真由美は先程リーナを回復させたウンディーネの事を指して質問をする。

 

「悠先輩が特別なの、私はヒミコだけ」

悠に代わり、りせが答える。

 

「鳴上くんが特別なのね」

 

「ああ、俺本来のペルソナはイザナギだが……それとは別に異なるペルソナを複数扱える。さっきのウンディーネは回復と氷結が得意なペルソナだ」

それこそが悠のペルソナ能力、無限の可能性を引き出す【ワイルド】の特性だ。

 

「他のペルソナも特性とかが違うの?」

 

「ああ、それぞれ特徴がある」

 

「……悠は1人でいろんな事が出来るってこと?…………逆に弱点が無い……」

 

「もしかして、鳴上くんはりせさんのようなペルソナも使えるの?」

 

「近いことは出来るペルソナもいるが……エネミーサーチのようなものは出来ない上、精度は段違いに低い。りせのヒミコは特別だな」

 

「悠先輩~」

嬉しそうに悠を見つめるりせ。

 

「そ、そうなの」

真由美はホッとしたような、残念なような複雑な表情をしていた。

 

 

 

「りせが居れば、今後ドッペルゲンガーを見つける事は容易ね」

 

「そのことだが……りせには本当はこの件に関わらせたくなかった。せっかく芸能界復帰し、今大事な時期だ」

 

「悠先輩、私も協力させて……シャドウ…ドッペルゲンガーが暴れて、また、世界の危機が訪れたら……仕事どころじゃないから……」

りせがこういうのも無理もない。

悠達はシャドウが関わる事件が世界の危機に直結してる可能性があることを知っている。

シャドウの活動の裏では神や悪魔が関与している事も考えられ、彼らが動く際には人類にとって大きな厄災を招く事があるのだ。

 

「しかしりせ」

 

「仕事もちゃんとやるよ。悠先輩。東京にいる間は仕事場からエネミーサーチをこっそり掛けて、ドッペルゲンガーの場所を知らせることぐらい出来る。もちろん仕事がオフのときは一緒に戦わせて」

 

「……わるい、りせ」

悠は申し訳なさそうにりせに頭を下げる。

 

「あと、リーナ達が悠先輩に手を出さないように見張らないとね!」

りせは頬を膨らませ2人に釘を刺すように言う。

 

「な、何言っているのりせ!?」

「そ、そんな事しません」

リーナと真由美は顔を真赤にして、りせに抗議していた。

 

 




ひさびさにP4Uの技がでました。

次回も戦闘回です。


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第十七話 エリカと幹比古

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告何時もありがとうございます。
助かります。




2096年1月27日(金)

 

第一高校の小会議室に真由美は司波達也と千葉エリカ、吉田幹比古を呼びつけていた。

 

「こんにちわ。みんな、突然呼び出してごめんなさいね」

真由美は皆に突然呼び出したことにお詫びをする。

 

「七草先輩、それでどの様なご用件ですか?」

達也はいつもの無表情で丁寧に呼び出した趣旨を聞く。

 

「元生徒会長が二科生の私なんかに何のようですか?」

その横でエリカは不機嫌そうに、刺々しく聞き返す。

エリカが不機嫌なのは、一向に進まないゴースト事件の捜査と更に、門人や警察からの被害が続出しているためである。さらに、先日やっと見つけた犯人らしき人間を取り逃がしてしまったからだ。

 

「エリカ…失礼だよ」

幹比古は流石にそんなエリカを咎める。

 

「いいのよ。今日は七草家の一員として、話があるの……ゴースト事件はもう知っているわよね」

 

「……その話、俺などに話して良いんですか?」

 

「まだ内容も言っていないのにその返事は、達也くんはこの事件を知って、関わっているって事でいいのよね」

 

「十師族の先輩は、当然警察組織と繋がりがある千葉家、そしてそのサポートに吉田家が捜査に加わっている事は知っているでしょう?何?私達に邪魔するなって言いたいわけですか?」

エリカは不機嫌なまま真由美に突っかかるような言い方をする。

 

「いいえ、その逆です。昨年末から、十師族である私達七草家、十文字家も動いているのだけど、一向に解決に至ってないわ。それは警察組織も同じこと…………今のままでは、犠牲者が増える一方だわ」

 

「……先日は、邪魔者のせいで、取り逃がしたけど」

エリカは不貞腐れた態度を取る。

その邪魔者とはもちろん。パレードでアンジー・シリウスの姿をしたリーナのことなのだが……

 

「あれは、エリカが勘違いしたせいじゃない?」

幹比古は、苦笑気味にエリカに突っ込む。

 

「ミキだって、そうだって思ってたでしょ?」

 

「僕は違うかもって言ったじゃないか」

 

「じゃ、あれは何なのよ!」

 

「二人共、失敗の擦り付けあいは今はいい」

ヒートアップしてきた2人を達也は諌める。

 

「フン…」

 

 

「続けていいかしら……十師族と警察組織の確執は知っているわ、お互い牽制しあっているのも知っている。でも、せめて、私達だけでも情報共有をしないかしら?」

 

「私じゃなくて、警察トップや千葉当主に言った方が良いんじゃない?」

 

「無理でしょうね。だから、現場を任されている私達で、捜査範囲の棲み分けとかぐらいならできるんじゃないかしら?」

 

「……七草先輩、ちょっといいですか?」

 

「なーに、達也くん?」

 

「なぜ、今になって、こんな話し合いを?」

 

「捜査は進展しない。その上、被害者はドンドン増えている。犯人の目的すらわからない状況よ。十師族や警察組織やらと、言っている場合じゃないと私個人は思っているの」

真由美は真剣な顔をし、皆を見渡しながら答える。

 

「……まあいいわ。現場でお互い顔合わせたら、不愉快なだけだから、それくらいなら乗って上げてもいいわ」

 

「エリカ!…すみません七草先輩」

幹比古は高圧的なエリカに注意しながら、代わりに真由美に謝る。

 

「ありがとう、千葉さん」

真由美はそんなエリカの態度に意に介す事なく、お礼を言う。

 

「但し、私達以外の警察組織については……関知してないから」

 

「わかったわ」

 

取りあえずは、警察組織と七草家、裏ではスターズが鉢合わせするリスクが減り、ある程度の行動も把握することが出来るようになったのだった。

 

 

 

 

 

2096年1月28日(土)15:02

 

 

悠の自宅には当然のように、私服姿のリーナと真由美がソファーで寛いでいる。

 

「昨日はドッペルゲンガー、出なかったわね」

 

「被害届も出ていないわ」

 

「りせの探知にも引っかからなかった」

 

昨日はリーナはスターズの総隊長として、ドッペルゲンガーを追い、真由美は七草の佐藤隊長率いる部隊と同じくドッペルゲンガーを探索、悠は真由美のアドバイザーとして同行していた。

りせから探査途中にメールが入り、エネミーサーチで東京中央一帯では、反応はなかったと報告を受ける。

その後、スターズは北方面、七草は南方面へと探査地域を変更するが、ドッペルゲンガーを発見することは出来なかった。

今の所被害者が出ていないことから、昨日はドッペルゲンガーが出現しなかった可能性が高い。

 

 

「七草のお陰で、警察組織の動きもある程度知ることが出来る。もしかすると奴らは、手強いこちらを狙わず警察組織を狙っているのかもしれない。何れにしろ、こちらの動きの情報が漏れている可能性があるな」

 

「そうね。でも警察も一枚岩じゃないわ。それは十師族も一緒よ。七草は十文字家とは連携することが決定しているけど、他の十師族や百家などが内密に手を出してくるかもしれないわ」

 

「どういう事だ?」

 

「百家などは武功を餌に地位の確保を狙ったり、十師族の中にはその犯人を利用しようとしたりとか……特に四葉家とかは……無いとは言い切れないわ」

 

「そんな理由か……」

悠は呆れる様な顔をする。

国民の安全を二の次にする上層部の考え方に悠は怒りよりも呆れが先に来ていた。

 

「七草家や十文字家は東京の守護を任された一族だから、都民を守る義務がある。なんとしても排除したいわ。メンツも掛かっていることだし………他の十師族や魔法師庶家にとっては興味深い事件でしか無いの」

 

「……私達も本気で排除したいと思っているけど、真由美や悠とは違う……本国の恥を晒さないため、国際問題に発展しないようにという意図だから……でも、私個人は奴らをなんとかしたいと思っていることは本当よ」

リーナは申し訳なさそうにしながらも、最後は力強く悠と真由美に言う。

 

 

「今日の捜索だが……昨日の話し合いどおり、スターズと七草家の捜査範囲を離し様子を見よう。それで、敵が現れる場所によっては、七草家かスターズどちらかの情報が漏れたか、もしくは両方なのかが想定出来る」

悠は今日の捜索について話を進める。

 

今までは、スターズと七草家は捜査範囲をかぶらない様にはしていたが、お互い何かが起こった場合対応出来るように、近場に設定していたのだ。

よって、どちらかの情報が漏れていれば、スターズと七草家の捜査範囲から大きく離した地で、敵が活動すれば、どちらとも遭遇しない。

それを回避するために、今回から、お互いの捜査範囲を大きく離す事にした。

さらに、散らばって捜索していた方が、りせのエネミーサーチでドッペルゲンガーの位置をピンポイントで絞れるため、何方かが先に対応が可能だ。但しりせの仕事のスケジュールやタイミングにもよるが…………

また、待ち構えている罠にはまらないようにし、人間形態のうちにドッペルゲンガーを倒す様な方法を検討していた。

 

 

「予定通り、七草は北東方面 葛飾から江戸川区周囲探索に決定してるわ。千葉家と吉田家は新宿周囲と言っていたわ」

 

「スターズも南方面、品川から大田区周囲に設定しているから、これでお互い距離がとれているわね」

 

「今日は七草家の同行は非番だ。千葉家の様子も見たい。俺も新宿周囲を回るとする」

 

「りせは地方ロケで東京に居ないわね。メールには晩には帰ってくると書いてあったけど、今日は自力でドッペルゲンガーを探すしか無いようね」

リーナは携帯端末の画面を見て話す。

りせはリーナと真由美とメールや電話番号交換を既に行っており、なるべくスケジュールを知らせるようにしていた。

 

「私も今日、非番だから鳴上くんについて行こうかしら…………」

 

「七草、千葉家に顔がバレている。いつも俺と一緒だと七草家に怪しまれる。今日は大人しく家に居たほうがいい」

 

「変装すれば大丈夫よ」

 

「七草家にはなんて言うんだ?」

 

「七草家では、私が鳴上くんの監視をしていることになってるもの。新宿で鳴上くんと出かける適当な名目を作れば、全然大丈夫よ」

真由美は微笑みながらそんな事を言ってくる。

 

「そうなのか………わかった」

悠はそんな真由美を見て、説得を諦めた。

 

「……真由美もちゃんと探しなさいよ。悠は遊びに行くわけじゃないんだから」

リーナはジトッとした目で真由美を見る。

 

「わかってます」

 

この後、悠が夕食を振る舞い。

リーナは一度自宅へ帰り、スターズと共に捜索に。

悠と真由美は新宿周辺へと向かう。

 

 

 

 

 

2096年1月28日(土)19:00

 

 

 

真由美は新宿に着くと直ぐに洋服店に入り変装用の帽子を購入しに行く。

「鳴上くん、似合っているかしら?」

 

「良いんじゃないか」

 

「ほんとう!?」

 

「ああ、似合っている。しかし夜の変装用としては、目立ってダメだな」

 

真由美が選んだ帽子は、つばの広い白色のクラシカルなデザインの帽子だった。

確かに、夜の街中でかぶっていると違和感がある。

 

「うーん。そうね。これは買っておいて……これなんかどうかしら?」

 

「それも似合っているが目立つ。…七草は、そうだな。何時もとは違う格好してみてはどうだ。少しボーイッシュな感じの服だと、印象が違うから気が付かないだろう。帽子の幅も増える」

 

真由美は普段から可愛らしい印象の服を着ているため、大分印象が変わるだろう。

 

「似合うかな?」

 

「七草は元が良いから何でも似合うんじゃないか?」

 

「……うん。そうするわね」

真由美は顔を若干赤らめて、服を選びに行く。

 

店員と真由美が色々と話しながら選んだ服を試着。

悠に披露し最終的に好感度が高かった服を購入しその場で着替えて、店を後にした。

 

 

「よし、行くか」

 

「まって、鳴上くん」

Gパンにハーフコートを羽織り、ハンチング帽をかぶるボーイッシュにコーデした真由美は悠の横に並ぶ。

 

こうして、新宿駅から北に向けて、捜索を開始する。

 

 

 

 

2096年1月28日(土)21:11

 

 

「七草!街中で戦闘服らしき服装の子がかなりのスピードで走っている」

悠は街中でかなりのスピードで走っている全身黒ずくめの戦闘服に身を包んだ赤髪の女の子を発見した。

 

「千葉さんだわ……何か急いでいるみたい」

真由美もマルチスコープでその姿を確認していた。

 

「あの方向の先に、高校がある。多分そこだ……よし、後を追うぞ」

悠はドッペルゲンガーを仲間の誰かが発見してそれを追っていると推測していた。

そして、千葉エリカが進む先には都立高校がある。

 

「わかったわ」

 

悠は周りに違和感がない程度のスピードで高校へと走り出す。

 

 

悠と真由美は目的の高校の裏門前に到着する。

高校の敷地の中から、悠の耳にオオカミ改め、コヨーテの鳴き声が聞こえてくる。

「犬、いやコヨーテの鳴き声か……ここで間違いない」

 

「鳴上くん、私には聞こえないわ……」

 

「七草、ここで待っていてくれ」

 

「わたしも………」

 

「ダメだ。あの鏡に吸い込まれる光に対抗手段が無い七草には危険すぎる」

 

「……わかったわ……鳴上くんが30分たって戻って来なかったら私も入るから…………」

 

「大丈夫だ。……よし、行ってくる」

 

悠はそう言って真由美を残し、高校敷地内へ侵入する。

 

 

 

敷地内はやはり霧で覆われている。

悠はクマメガネを装着し、イザナギを憑依させる。

 

 

悠は人とシャドウと戦闘の気配を感じ加速し校庭へと急ぐ。

 

 

 

その頃校庭では……

 

「ふん、小娘にしてはやるわね。まあこれで終わりね。あんた達は適正が無いからここで死ぬの」

獣の口を模った仮面をしている人間形態のドッペルゲンガーが女性の声でエリカにそういう。

以前悠が対峙したコヨーテ人間だろう。

 

「もうすこし、遊んでやってもいんじゃないか?」

同じく獣の口を模った仮面をしている人間形態のドッペルゲンガー、声から男だろう。

 

 

後方にもう1体、幾何学模様が描かれた仮面をしている人間形態のドッペルゲンガーが、黙って戦闘風景を見ていた。

 

「舐めるな!!」

 

「エリカ!落ち着いて……警察の人たちを何処にやった!」

古式魔法で使用する札を右手に数枚挟み、戦闘態勢を取る内気そうな若い青年がエリカを諌めながら、ドッペルゲンガーに問いかける。

この青年は、古式魔法の大家吉田家の次男で、達也やエリカの友人、吉田幹比古。

 

「もう、おっ死んでんじゃない?」

 

「寂しくないぞ。お前らもすぐにあいつらの後を追う。俺たちの糧となってな!」

人間形態の男のコヨーテ人間がそう叫ぶと、影から2メートルを超えるコヨーテが2体現れ、幹比古に襲いかかる。

 

「な!?」

幹比古は驚き、対応にワンテンポ遅れる。

 

「幹!何やってるの!」

エリカは幹比古を蹴り飛ばし1体のコヨーテの攻撃は空を切る。もう1体のコヨーテを刀で薙ぎ払い消滅させる。

 

「痛ッ。助かったけど、もっと他の方法無かった?」

 

「……刀か……あの忌々しいペルソナ使いを思い出すわね」

人間形態の女のコヨーテ人間は槍を使ってエリカに迫りつつ、影からコヨーテを2体出現させる。

 

「くっ」

エリカは後退しながら、槍を捌き、コヨーテ2体の攻撃をなんとかかわしていた。

 

さらに、女コヨーテ人間の土魔法による石の礫がエリカに襲いかかる。

エリカはそれを加速魔法で大きく、横に回避。

コヨーテがその回避した直後を狙い飛んで襲いかかってくる。

エリカはそれを刀でいなしながら回避。

 

「俺のかわいい息子をよくも!」

男のコヨーテ人間は人間形態から、巨漢のコヨーテ人間に変貌する。

そして、土魔法とコヨーテの波状攻撃を回避しているエリカ目掛けて、猛スピードで迫り、その鋭い爪で引き裂かんとした。

 

「な!?…………エ、エリカ!」

幹比古は攻撃態勢をとり、攻撃のタイミングを図っていたが、その変貌に再度驚きの声を上げ、反応が遅れ間に合わない。

 

エリカもコヨーテを相手しながら、巨漢のコヨーテ人間の爪が迫るのに気が付き、反応しようとするが間に合わない。

致命傷を避けるために身体をひねらすのが精一杯だ。

 

しかし、巨漢のコヨーテ人間の鋭い爪はエリカに届くことなく、鋭い爪は腕ごと地面に落ち、消滅する。

 

「くうううわーーーー!!」

 

エリカと巨漢のコヨーテ人間の間に突如人影が割って入ったのだ。

「大丈夫か?」

 

悠は名刀【薄緑】を抜き払って、巨漢のコヨーテ人間の腕を切って落としたのだ。

そして、迫るコヨーテも難なく切り裂く。

 

「あんた誰?」

エリカは目の前に突然現れた悠の背中に目を大きく見開き問いかける。

 

「あの時のペルソナ使い!!!!何故お前がここに!!!!」

女コヨーテ人間も人間形態から狂暴なコヨーテ人間の姿に変貌し、土魔法を悠に仕掛け、更に大きなコヨーテを影から生み出し、襲いかかる。

 

巨漢のコヨーテ人間は悠に切り落とされた筈の腕を徐々に生やしながら、大きく咆哮し衝撃波を発生させ悠に襲いかかる。

 

 

「下がっていろ」

悠はエリカに下がるように言いながらも……

 

「ちょ、何をするのよ!」

エリカを小脇に抱え、そんな抗議の声を無視し大きく横に飛ぶ。

 

エリカを地面におろし、低い体勢で刀構えながら、凄まじいスピードで巨漢のコヨーテ人間に突っ込み電撃を帯びた刀で薙ぎ払う。

刀技【電光石火】

 

 

「ぐわッ!!」

巨漢のコヨーテ人間は胴が切り裂かれ、スパークしながら女コヨーテ人間の足元まで吹き飛ぶ。

 

「イ・ザ・ナ・ギ!」

悠はすかさずイザナギを顕現させる。

 

『ジオンガ!』

イザナギが右手を空に突き上げると稲妻が女コヨーテ人間と倒れている巨漢のコヨーテ人間を巻き込む様に落雷する。

 

「ぐわーーーー!!」

「ぐぅううーーーー!!」

巨漢のコヨーテ人間は黒い液状となり消滅。

女コヨーテ人間は身体のいたるところから煙を上げながらもなんとか耐えていたが、最早立っているのもやっとのようだ。

 

そこでまたしても、女コヨーテ人間は何かに引っ張られるように上空に吹っ飛び、この場から去る。

同じく、幾何学模様仮面の人間形態ドッペルゲンガーは悠を一瞥するように顔を向けてから上空に吹っ飛び、この場から去る。

 

そして、いつものように霧が晴れ、夜空が見える。

 

 

 

「…………助かった?あの化物は何だったんだろう?あれもパラサイトの仲間?」

幹比古はさっきまでの戦闘が嘘のように静まり返ったグランドを見渡していた。

 

「……そ、その助けてくれて、ありがとう……でも、あなたは?」

エリカは珍しく素直に助けに入った後ろ姿の悠にお礼を言う。

 

「大丈夫か?」

悠はイザナギを解除し振り返り、エリカと幹比古を見渡しながら言う。

 

悠の顔が月明かりに照らされ、エリカは一時その顔を見つめるが………急に大きな声を出す。

「…………あっ!!達也くんを爽やかにしたような感じの人!!身長もレオぐらい!!」

 

「ほ、本当だ!!仏頂面じゃない達也!!刀も持ってる!!」

幹比古も悠の顔を見てエリカに続いて叫ぶ。

 

「ん?何を言っている?………あの校舎の近くに倒れている人が2人居た。多分君らのお仲間じゃないのか?大分衰弱している。救急車を急いで呼んだほうが良い。他に巻き込まれた人は?」

悠は2人が何に驚いているのかを理解出来ていなかったが、裏門からグランドに来る途中におそらく生命力を奪われ倒れている2人見つけていたため、知らせる。

 

「レオが言ってた人この人だ!…すみません。そう、その2人!2人だけです。その助けて頂いてありがとうございます」

幹比古は驚きながらも慌ててお礼を言う。

 

「レオを助けた人、本当に居た………凄まじい刀技……そして、人型の式神………あなたは誰ですか?」

エリカは悠に近づいて、何時もと違い丁寧な口調で聞いてきた。

 

「早く救急車を呼んだほうが良い。それと俺の事は黙っていてくれると助かる」

悠はそう言って、この場を脱兎のごとく去っていく。

 

「待って!あの敵は何だったんですか!?」

幹比古も悠に質問しようとしたが既に居なくなっていた。

 

「……あの技……凄まじいキレだった。誰なんだろう?」

エリカは呆然と悠が走り去った後を見つめていた。

 

 

 

 

「七草、逃げるぞ…………」

裏門から敷地内を心配そうに見ている真由美の手を悠は引張り、走り出す。

 

「ええ?なに?どうなったの?」

 

「七草の後輩は無事だ。助けたのは良いがペルソナを見られた」

 

「え?」

 

「とりあえず煙に巻いて逃げてきた」

 

「えええ?」

 

悠と真由美はその場を急いで脱出したのだった。




今回はエリカと幹比古との出会いです。

まだ、出会わないどころか、全く、お互いを知りもしない。主人公同士。
そのうち会えると思います。


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第十八話 アンジー・シリウス対司波達也

感想ありがとうございます。
ご指摘・誤字脱字報告ありがとうございます。


今回は魔法科高校サイドの話です。
原作とはちょっと流れが違う感じですね。
リーナが悠と出会ったためのIFみたいな…………


 

悠が真由美と共にエリカと幹比古と出会った高校から、脱兎の如く逃げ去っている間、リーナは……ピンチを迎えていた。

 

 

 

「……私に戦う意志はありません」

リーナは仮面の女性USNAスターズ総隊長アンジー・シリウスの姿で若者と対峙していた。

 

「スターズのアンジー・シリウス………いやリーナ。何を知っている」

その若者、全身黒ずくめの戦闘服に身を包んだ達也がリーナに問いかける。

 

 

リーナは4人のスターズのメンバーを率いて、ドッペルゲンガーを捜索していたのだが……

多摩川の河川敷で達也と出くわした。

達也の方はリーナを探していたのだ。達也の後方には、同じく戦闘服の深雪と作務衣姿のスキンヘッド、いや坊主頭の達也の武術の師である忍術使い九重八雲の姿もあった。

 

達也は前々から、リーナがUSNAスターズのエース、アンジー・シリウスで有ることを疑っていたが、一昨日、エリカと対峙していた仮面の女性がアンジー・シリウスだと気が付き、さらに対抗魔法パレードを使用していたことで、確信を得ていた。

 

達也の目的は、ゴースト事件の犯人の情報をリーナから聞き出すこと。

さらに、USNAスターズが昨年末【灼熱のハロウィン】を引き起こした戦略魔法師(自分)を狙っているかの確認であった。

実際、リーナの日本での任務の優先順位の2番めに、灼熱のハロウィンを引き起こした魔法師候補である達也と深雪を調査、監視する事が含まれていた。しかし、ゴースト事件に掛かりっきりで、現時点でリーナは達也が【灼熱のハロウィン】を引き起こした魔法師だと、確証を得ていなかった。

 

達也の師匠、忍術使い九重八雲がここに居る理由は、リーナに対抗魔法パレードを他に広めない様に釘を刺すためだ。

パレードは元々、九重八雲の先代が【纏衣の逃げ水】という古式魔法を九島家に教え、それを改良したものだった。元々秘伝に当たる術であるため、USNA軍人であるリーナが使用している事態憂慮する案件なのだ。

秘伝ならば何故、九島家に教えたのかという疑問は残る……過去の経緯があるのだがここでは割愛したい。

 

 

「私はその様な人物ではありません……それ以上の詮索は、命取りになります」

リーナは達也に低い声で警告する。

 

リーナは、今はまだ達也と争うつもりは無い。

最優先任務であるゴースト事件の犯人、USNA軍人の姿をしたドッペルゲンガーの排除に力を入れたいからだ。

しかし、正体を暴かれる事態に陥ると、例によって達也を排除しなければならない事になる。

既に達也サイドは確定している様だが、それを認めるわけには行かない。

悠と違い、達也は魔法師であり、さらに灼熱のハロウィンを引き起こした容疑者だ。USNA軍にとって、リーナの正体を絶対知られるわけには行かない人物なのだ。

 

「……なぜ、USNA軍スターズがゴースト事件を追っている?」

達也はリーナの警告を無視し、更に話を続ける。

達也は、エリカに仮面の女性(リーナ)と対峙した経緯を聞き、スターズがゴースト事件を追っていると判断したのだった。

 

「…………」

リーナは後ろに控える部下に目配せをしてから、達也の質問に答えることなく、達也の横をすり抜けて、過ぎ去ろうとする。

 

「話す気が無いか………リーナであることは否定しないのだな」

すれ違いざまに達也はリーナに言葉を投げかける。

 

「……」

リーナは達也を無視し、通り過ぎ去ったのだが……

 

「僕も君に話があってさ、聞いてくれないかな?」

九重八雲がリーナの目の前に突如現れ、話しかけてきたのだ。

 

「な!?」

リーナはそれに反応しきれずに驚く。

 

リーナの後ろの部下が戦闘態勢を取る。

 

「大丈夫。大丈夫。君たちの隊長さんには危害は加えないから、大人しくしてくれればね」

九重八雲はまるで友達に話すような気軽さで、リーナとリーナの部下に言う。

 

「……私に何の用ですか?」

リーナは部下に手出し無用と手でサインを送り、待機させ、改めて八雲に正面に向き直り聞き返す。リーナは諜報部の事前調査により九重八雲を達也のマスター(師匠)で、魔法を使う忍者である事を把握しているが、それ以上の事は知らないでいた。

 

「九重八雲と言うしがない坊主なんだけど、いやー、君のその仮装行列(パレード)を、広めないでほしいんだ。それは元々家の秘術なんだよ」

 

「……なぜそんなことを私に?」

 

「九島家にも忠告しておいたんだけど、まさか、海外に血筋を残し、あれの使い手が生まれるとは思っても見なかったんでね」

八雲がこういうのも無理もない。

パレード使用できるのは十師族九島家でも極わずかに限られる。それだけ難易度の高い魔法なのだから。

 

「私には関係ない話……忠告は一応聞いておきましょう」

リーナは今も、自分は無関係な話だというスタンスを守る。ここで認めてしまうと、自分が九島家縁者だと言うことになる。しいては、アンジェリーナ・クドウ・シールズで有ることを認めてしまうことになるからだ。

最早体面上だけの話になってしまっているが、ここを穏便にやり過ごすには、知らぬ存ぜぬのスタンスを貫くしか無かったのだ。

 

「ふむ、まあ、そうしてくれると助かるよ」

八雲はリーナの返事を肯定的に捉え、自分の坊主頭を撫でながら答える。

 

 

 

しかし…………

 

達也が過ぎ去るリーナにこんな事を言い出す。

「アンジー・シリウス……一つ勝負をしないか?勝ったほうが、知りたい情報を得ることが出来る…………」

 

「何を馬鹿な………」

 

リーナは達也の言葉が終わる前に、そんな馬鹿げた話に乗る訳がないと一蹴しようとしたのだが……達也の言葉の続きがこれだった。

 

「例えば、戦略級魔法師について……どうだ?」

 

 

「!?」

リーナは思わずその達也言葉で振り返る。同じく部下たちもだ。

日本に送り込まれたUSNAスターズの2番目の任務。【灼熱のハロウィン】を起こした戦略級魔法師の調査なのだ。その容疑者である司波兄妹の監視調査役が東京に送り込まれたリーナ達なのだ。

その、容疑者である達也が、こんな事を言ってきたのだ。

達也はその事を本家である四葉家から予め警告を受けていたため、逆にそれをエサとして利用したのだ。

 

 

「一対一の勝負だ。ルールは簡単だ。相手を死亡させないように叩きのめすか、負けを認めさせる。勝った方が負けた方に、一つだけ情報を提供するどうだ?」

達也はリーナとその部下が立ち止まり振り返りこちらを見たのを確認し、言葉を続ける。

 

「その情報が正しいものだと誰が判断出来る?」

 

「少なくとも、俺と深雪は真実を語る用意がある。……それと立会人は、九重八雲先生にしていただく」

 

「それは、あなた達に有利ではなくて?」

 

「うんうん。若いって良いね。若者はこうでないと!ああ、僕はね、あまり俗世に興味がなくてね。弟子が持っている情報とかどうでも良いんだ。ただ、この勝負面白そうだし、九重八雲の名の下で公平に勝負を見てあげるよ。もし、君が勝ったら、無理からにでも弟子達から、君が知りたい情報を言わせてあげるよ。………………絶対にだ」

八雲はいつもの調子の様に飄々とした軽い感じで、こんな事を言っていたが、最後の言葉を発した口調には有無を言わせない雰囲気を漂わせていた。

 

 

「…………後悔することになるわ」

リーナは考えをまとめ、その勝負に乗ってしまったのだ。

【灼熱のハロウィン】を引き起こした犯人についての調査も任務の一つだ。それが司波兄妹が結果的に【灼熱のハロウィン】の戦略級魔法師で有ろうと無かろうと、それを決定付ける情報があれば、リーナの任務の一つが解決することになる。これでゴースト事件ドッペルゲンガーの件に集中することが出来る。

そんな安易な考えではあったが、リーナは勝負に勝つ自信があった。

USNAスターズの最高峰の魔法師である自分が一介の高校生に負けるわけがないと、達也は洞察力に優れ、頭は切れそうだが魔法師としては劣った存在だ。妹の深雪は魔法師としての能力は自分に匹敵するが、実戦経験の差は埋められないと…………そう判断したからだ。

 

 

 

 

 

 

そして………

 

「くっ、魔法が消された?………どういう事?対抗魔法?」

場所をさらに人気がない河川敷の広々とした場所に移し、リーナは達也と勝負することになるのだが……今現在リーナは不利な状況に陥っている。

勝負をする前は、リーナは自分が勝つことを信じて疑っていなかったのだが、今は自分の魔法が尽く無効化されていくのだ。

 

達也の術式解散【グラム・ディスパージョン】

相手の術式を分解しサイオン粒子に還元する魔法だ。

露出した相手の魔法式を瞬時に読み取れる達也だからこそ、成り立つ驚異の魔法だ。

実戦で使えるのは達也だけだろう。

 

「…………」

対する達也もシルバーホーンという短銃タイプの特化型CADを奮いながら、自分の魔法がパレードに阻まれる感覚に不快に感じていた。

リーナのパレードは術式さえも巧妙に偽装・隠蔽されているため読み取ることが出来ないでいた。

パレードという魔法が完成された魔法の一つだと言える。

 

 

「なっ!身のこなしも普通じゃない!」

リーナは、今まで戦ったことがないような達也の戦闘スタイルに戸惑いを隠せないでいた。

 

 

達也は、リーナの攻撃魔法を無効化しながら、九重流体術で接近戦を挑んでいた。

ただ、パレードは位置情報をも偽装する。攻撃があたった様に見えても、実際にリーナに届いていないのだ。

 

達也はリーナに接近戦を挑みつつ、意識を集中させ戦闘服の腰辺りに吊るしてあった手榴弾、投擲榴散弾のピンを抜き、丁度お互いの目の前の距離にそっと放り投げたのだ。

 

「な!?」

リーナは手榴弾に驚きながら、防御のため身体の前方に手を掲げ咄嗟に防御障壁魔法を展開する。

 

手榴弾は炸裂し、無差別に周囲を爆発が襲う。

 

 

達也は横向きになりながら、爆発に巻き込まれる面積を減らし、爆発とその破片を身体に受ける。

 

しかし、達也は身体を深く傷つきながらも、リーナが貼った防御障壁目掛け突っ込み、防御障壁を解体し、リーナを捕まえ取り押さえたのだ。

 

 

達也はリーナのパレードが位置情報自体をも偽装する性能で有ることを八雲から聞いていた。

ならば、指向性のない攻撃を無差別に行い。リーナがパレード以外の魔法で自身を防御する所を狙うことにしたのだ。防御魔法自体はパレードとは別物であるため、偽装の範疇外だと考えた。

そして、実行した。自らも深く傷つきながらも………

 

 

しかし、達也の戦闘服は所々穴が空いていたが身体の傷は既になくなっていた。

達也の再成魔法の一つ、自己修復術式が作動し、傷一つ無い身体に戻っていた。

これが有るがために、達也は躊躇なく実行出来たのだ。

 

 

リーナは仰向けに達也に取り押さえられる。右腕は関節技を極められ、リーナの腹部下方と左腕には達也の足が乗り、完全に身動きが取れない状態となった。

 

「くっ………魔法での勝負じゃなかったの?」

リーナは達也が手榴弾を使ったことを言っている。

 

 

「いいや、俺は勝負とは言ったが魔法勝負とは言っていない」

 

 

その光景を見て、リーナの部下がリーナを助けようと動き出すが、八雲が一瞬のうちに彼らを無力化し気絶させる。

 

 

「…………あの人は何者?」

 

「俺の武術の先生だ。本人は忍術使いと名乗っているが……凄まじい魔法の使い手だ」

 

 

リーナのパレードは既に解かれている。

部下を一瞬でのされる光景を見、素顔を晒したリーナは観念した表情をしていた。

 

 

「………私をどうする気?」

 

「勝負前に言った通りだ。俺の質問に答えてくれるだけでいい」

 

「その前に、どいてくれないかしら………少し痛いわ」

 

達也はリーナを押し倒している体制からスッと立ち上がり、リーナの手を持って、リーナを立ち上がらせる。

 

リーナの後ろには既に、部下を気絶させロープで一塊に拘束した九重八雲が、達也の後ろには深雪が控えている。

最早逃げ道も無かった。

 

 

「俺の質問に答えてもらおう」

 

「わかったわ……どうせ私は、あなた達に正体もばれてしまったのだから、強制送還よ」

リーナは右肩を抑えながら、自嘲気味にそう言う。

口調もいつものリーナに戻していた。

 

「スターズが追っている奴等は何者だ」

 

「………ドッペルゲンガー私達はそう呼んでいるわ。古式魔法の世界認識ではパラサイトとよばれている存在よ」

 

「ドッペルゲンガーとは?パラサイトとはなんだ」

 

「ああ、あれだね。精神生命体や、別次元生命体のことだよ達也くん」

九重八雲がリーナの後ろから答える。

 

「師匠は今東京で起こっている事件について知っていたのですか!?」

 

「俗世には興味ないんだけどね。風のうわさで届くんだよ。そこの金髪美少女ちゃんが言ったとおり、それがパラサイトと呼ばれているものなんだけど。まあ、あれだよ。幽霊や妖怪や悪魔とかの存在のことだよ」

 

「幽霊や妖怪……悪魔。先生そんな物が存在するのですか?」

今度は深雪が八雲に質問をする。

 

「よくわからないが、存在を確認されているものをひっくるめてパラサイトと呼んでいるだけだよ。まあ、妖怪や幽霊、海外では悪魔や天使の伝承ってたくさんあるだろ?あれの元をたどれば、これに当てはまることが多いんだ」

 

「……なるほど、まだまだ、世の中には俺の知らない存在が有るということか」

 

「そうだよ。達也くん目に見えるものだけが真実じゃないのさ。勉強になるだろ?」

八雲は司波兄妹を見ながらおどけたように言う。

 

「アンジー・シリウス、いやリーナ。そのドッペルゲンガー、パラサイトは何故、魔法師を襲う?なぜスターズが追っている?」

達也は再びリーナに問いかける。

 

「魔法師を襲う理由はスターズも把握していないわ。それと、追っている理由は別の質問じゃないかしら、勝負の話は、勝ったら一つだけ話すって約束じゃない?」

 

「…………いいだろう」

 

「お兄様……」

深雪は達也に目配せをすると、それに気が付き達也はうなずく。

 

 

「リーナ。私とも勝負してくださらない?」

今度は深雪がリーナに勝負を挑んだ。

 

「なぜ?……と聞いてもしかたないわ。私が勝ったら部下を解放してくれるのかしら?」

リーナは部下を捕らえられている状況で拒否できようも無い。

その部下も、勝負の約束に反してリーナを助けようと動いてしまい、捕らえられたのだから文句も言えようもない。

 

「リーナが勝ったら、質問に一つ答える。負けたら当然質問に答えてもらう。それとだ。勝負を受けたのなら勝ち負けに関係なしに部下も解放しよう」

達也は淡々と答える。

 

「ありがとう……それは親切に」

リーナは達也がこの展開になることをはじめから予想していたのではないかと疑い、皮肉を込めてそう答えたのだ。

 

 

 

「リーナは連戦になる。少し休憩を入れる」

 

「どうも、やさしいのね」

リーナは、憎々しげにそう言う。

 

 

達也と深雪はリーナから離れていく。

八雲はリーナの隣に呑気そうに腰をおろしていた。

どうやら、リーナが逃げないようにと監視役らしい。

 

「うーん、さっきの勝負。君に迷いがあったよね。それがなかったらもっといい線いっていたと思うよ」

八雲はリーナにそんな事を言ってきた。

 

「ミスターは達也のマスター(師匠)ではないのかしら?」

 

「そうだけど、勝負は公正でないと面白くない。君はどこか人を傷つけることに躊躇していないかい?」

 

「誰しもそうじゃないかしら?」

 

「君は軍人なんだろうに」

 

「…………」

 

「まあ、いいや、深雪くんもかなり強いから、全力で行った方が良いと思うよ」

 

「わかっているわ」

 

八雲の指摘通り確かにリーナには迷いがあった。

対人で魔法を使うとどういう事になるのかリーナは十分知っていたからだ。

それが顔見知りであると……尚更だ。

 

 

リーナは八雲からある程度距離をとり、立ちながら自分の体をあちこち回しながら状態を確認する。

(肩と腰を若干痛めたけど……戦えない程じゃない。…………悠、失敗しちゃった…………でも今度こそは………)

 

 

 

 

 

『リーナ!どうしたの?戦闘でもあった?ちょっと怪我してるみたいだけど』

 

(りせ!?)




主人公全く出ずに…………
次は深雪ちゃんとリーナの勝負から始まります。


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第十九話 リーナ対深雪、そして達也の秘密

感想ありがとうございます。
ご指摘助かります。
誤字脱字報告いただき、感謝いたします。

続きをどうぞ…………


1月28日(土)21:40

 

 

 

『リーナ!どうしたの?戦闘でもあった?ちょっと怪我してるみたいだけど』

 

「!?り……(りせ!?)」

リーナはりせの声が突然頭に響き、思わず口に出しそうになるがなんとか抑えることが出来た様だ。

 

『丁度、今、羽田空港に降りて、コソッとエネミーサーチ掛けたんだけど……近くにリーナを感じて、怪我大丈夫?』

 

(だ、大丈夫よこれくらい。……これはりせや悠たちとは関係が無いの。USNAスターズのアンジー・シリウスとしての問題なの)

 

『どういう事?』

リーナの頭に響くりせの声は不安そうだ。

 

(だから大丈夫)

 

『でも……』

 

(悠たちの方はどう?)

 

『悠先輩は探査範囲外よ』

 

(そう)

 

『でも…リーナの周りの人、すごく強い。すぐ近くの人、九重八雲マスタークラスの実力者……、弱点らしい弱点はないわ。少し離れた所にいる人達、リーナと同じ学校の子……司波達也、司波深雪……この子達もかなりの魔法師……どういう事なのリーナ………リーナさっきまで、司波達也って子と戦ってたでしょう?それで負けてる。リーナ……私には隠し事が出来ないっていったでしょ?』

りせはリーナの周りの人間にアナライズ(探査)を掛けた様だ。

そして、リーナの戦闘履歴を確認したのだ。

 

(そんな事まで……まいったわ………私は勝負をして敗れたの……そして、これからもう一勝負行うところよ。…………お互い納得して、勝負をしているの)

 

『リーナの部下の人は捕まっていて、リーナ一人じゃない……』

 

(それは私の自業自得なの)

 

『何があったの?』

 

(りせ、あなた達には迷惑はかけないわ……それと、もう日本には居られない……悠に謝っておいて)

 

 

 

 

 

『どういう事リーナ!?ねえ、リーナ!?リーナってば』

 

(…………………)

 

りせはリーナの頭の中に声を何度も掛けるが、返事が返ってこない。

リーナは呼びかけるりせの声が聞こえてきているが、思考をシャットアウトし応対しないようにしているようだ。

 

 

 

 

「もう、埒があかない!」

りせは情報端末を取り出し、ヒミコを介し電話をする。

こうすることで、りせの通話は誰にも邪魔することや盗み聞きすることができない。

ジャミングやハッキングを受け付けなくなるのだ。

 

「悠先輩!今何処!?……リーナが……うん……うん、わかった。任せて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月28日(土)22:10

 

 

 

若干の休憩の後。

リーナと深雪は対峙する。

 

「リーナ……魔法勝負ということでどうかしら?」

 

「私の方はそれでいいわ。体術には自信がないのかしら深雪」

 

「いいえ、先程お兄様に魔法勝負ではなかったのかと聞いておりましたが……魔法勝負を挑んだとしても貴方はお兄様には勝てない。私にも勝てないのだから……」

深雪は鋭い視線をリーナに送る。どうやら先程のリーナの達也に対しての発言が気に食わなかったようだ。

 

「言ってくれるじゃない深雪」

 

こうして黒髪の美少女と金髪碧眼の美少女、二人の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

1月28日(土)22:10同時刻

 

 

エリカ達から逃げるように、自宅マンション近くまで戻ってきていた悠と真由美は、りせの連絡を受け、リーナが戦っている多摩川の河川敷へと向かっている。

 

『悠先輩!リーナと司波深雪って子の戦闘が始まっちゃった!』

 

「急ぐぞ、七草スピードを上げても大丈夫か?」

悠は加速魔法で飛ぶように並走している真由美に声を掛ける。

 

「まだ、いけるわ」

 

「司波深雪には一度会っている。リーナと仲良さそうには見えたが……七草、司波達也と深雪兄妹はどういう生徒なんだ?」

 

「え?深雪さんと会ったこと有るの?」

 

「ああ、リーナと一緒に買い物をしている所に会った」

 

「……深雪さんはリーナさんのサポート役…いえ、お目付け役」

 

「お目付け役?どういう事だ?」

 

「USNAからの海外留学生は、公然のスパイと思われても仕方がないの」

 

「前に言っていた。あれか……そういう事か」

悠はリーナと真由美との協力体制を取る前に真由美から聞いていた。

リーナがUSNAの留学生として第一高校に来ているのは魔法技術などのスパイ活動をするためだと……

生徒会として、リーナの第一高校でのサポート役として、深雪達が選ばれているが、実際のところ不審行動がないかの監視役なのだ。

 

しかし、この二人はまだ知らない。

USNAスターズであるリーナの第一高校留学の目的が、【灼熱のハロウィン】の容疑者である司波兄妹の監視、調査である事を……

深雪がリーナに近づいたのは、そんなリーナの目的を知り、リーナの動向を探る為だった事を…………

 

「何故戦いを…勝負することになったのか?」

 

『わからないけどリーナはお互い納得の上での勝負って言ってた!』

 

「それは達也くんね。多分リーナさんは達也くんの何らかの罠にハマったのよ」

 

「罠?」

 

「司波達也くん。策謀を巡らせたりするのが得意なの………私も何度もやられたわ、ほんと悪魔のような話術だわ。きっと、勝負せざるを得ないように持っていかれたのよ」

真由美は思い出したかのように、ムカムカと怒りがこみ上げてくる。

真由美の場合は自業自得であることが多いが、学校生活の些細な事でも言いくるめられてしまうのだ。重要な局面では達也は必ずと言っていいほど、自分の意向を通す策謀を巡らせ、実行に移す。

このあたりは四葉現当主とよく似ているところだ。良くも悪くも四葉家本家筋の血縁である。

 

「司波兄妹の目的は?」

 

「……それはわからない。達也くんもゴースト事件を追っていたから、スターズとリーナさんの関係に気がついて……情報を聞き出そうとしているのかもしれない」

 

『それでなんで戦いや勝負なの?話せばいいじゃない!』

 

「それは………りせさんの言う通りね。なんでも力で解決しようとしてしまうのは魔法師の性なのかもしれない…………だから、リーナさんも勝負を受けたのかも」

確かに真由美の言う通り、第一高校において、模擬戦と称して、戦闘勝負を行うことが往々にしてまかり通っている。

魔法の力が全てである魔法師の社会では、それが当たり前なのだろう。

 

「そうか…彼らと行動を共にしている九重八雲は知っているか?」

 

「有名な魔法師よ。達也くんの武術の師匠らしいのだけど、詳しいことは知らないわ」

 

『悠先輩!その人かなり強い!弱点らしい弱点がないの。魔法や魔法以外の術もたくさん持ってる!』

 

「そうか、厄介だな……しかも、リーナの部下も拘束されているのか……だから勝負を受けざるを得ない……しかし、そんな有名な魔法師がなぜ手荒な真似を?」

 

「わからないわ。でも、酷いことをするようには思えないけど」

 

『でも、リーナ、怪我してた!女の子に怪我させるなんて!そんなの許せない!悠先輩!リーナを助けてあげないと!』

りせの言い分は世間一般では普通なのだが、魔法師の世界では男女の差は無い。特に勝負ごとでは…………ここでも、りせ(一般人)と真由美(魔法師)の常識のズレが生じている。

 

「状況を見て、リーナを奪還する」

 

『うん!流石悠先輩!』

 

「その司波兄妹も強いのか?」

 

「深雪さんは、学年で一番……私よりも上かもしれない。リーナさんに匹敵するかも」

 

「そんなにか」

 

「達也くんはかなり強いのは事実。……でもわからない。一応学校では二科生だけど、私が見る限り、未知の魔法を持っている」

真由美がこういうのも無理もない。達也は自分のBS魔法【分解魔法】を隠しながらも、数々の戦闘行為を勝利してきている。

さらに横浜事変の際、真由美だけが達也の発動した魔法を見ているが、それが何なのかが理解出来なかったのだ。

 

『真由美さんが言ったとおり、深雪って子かなり魔法力が高い!リーナと同等みたい!魔法も強力な物を沢山持っている……でも、達也って子の方が危ない。ヒミコも警告してるの』

 

「あの子がリーナに匹敵か……兄の達也はそれ以上なのか?」

悠は大人しそうな雰囲気の深雪の姿を思い出す。

 

『うん……【分解・再成魔法】を持ってる。かなり危険な魔法!』

 

「な!?……………ど、どういう事……………………まさか……………………」

真由美はりせのその言葉を聞いて、加速魔法を解いて、立ち止まってしまった。

 

「七草どうした?」

悠はそれに気が付き、真由美に駆け寄る。

 

「分解魔法……………そんな………達也くんが………あれは…分解魔法だったの?しかもあんな長距離で…………」

真由美は呆然と立ち尽くしていた。

達也が世界で8人しか使用できない超高難易度の分解魔法の使い手で、さらに実用レベルで行使出来ているのだ。

真由美が横浜事変で見た達也の魔法…………、それは建物越しに見えないはずの向こう側の大型トラックを一瞬で消し去るものだったのだ。

再成魔法だけでも、凄まじい能力なのに、分解魔法までも持っていた事実を知ってしまった。

 

「七草!」

 

「ご、ごめんなさい。あまりにも衝撃すぎて………」

真由美は意気消沈する。

 

『あと……それだけじゃない。なんかスッゴイ魔法をもってるの。マテリアル・バースト………なにこれ……街が一つ壊滅出来る威力………射程120km』

 

 

「街を壊滅……射程120kmだと……まさか…………昨年の報復攻撃か」

悠はその事実に驚くと共にあるニュースを思い出す。

横浜事変の報復攻撃で日本が、戦略兵器で朝鮮半島の鎮海軍港を壊滅させたと報道がなされていた事を……それがこの魔法ではないかと……

 

「うそ…そんな……達也くんが………そんな魔法聞いたことがない!!どういう事!!街を壊滅!?戦略級魔法!?そんな高威力な魔法聞いた事も無い!!なんなの!!何なのよ!!」

真由美はかなり取り乱す。

それは致し方がない事なのだろう。分解・再成魔法だけでも、規格外の存在だ。その上に戦略級魔法、しかもかなり射程が長く高威力の魔法を放つ事が出来る存在が……何時も接している司波達也だったのだから……

 

「落ち着け、七草」

悠は真由美の両肩を掴み落ち着かせようとする。

 

「でも!……誰も、達也くんに勝てない!」

真由美は震えていた。

未知への恐れなのか………

 

「彼らに勝つことが目的じゃない。リーナを助けることが目的だ」

悠は真由美を見つめ優しく語りかける。

 

「………でも…でも」

 

『真由美さん大丈夫!悠先輩が何とかしてくれる!私も居るし!逃げるのとか得意なんだからね』

りせにはまだ心の余裕がある。以前、世界を破滅させようとした神と対峙したことが有るからだ。それに比べればまだ、なんとかなるレベルだと。

 

「………取り乱して…ごめんなさい……」

真由美は悠を見上げ、微笑みかける悠を見て落ち着きが戻ってくる。

 

「いや、大丈夫だ………急ぐぞ」

 

「うん……」

 

そして、再びリーナがいる河川敷へと足を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

1月28日(土)22:30

 

 

数々の魔法が放つ輝きが交差する。

リーナと深雪の勝負は一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「やるわね深雪」

 

「その程度ではお兄様には勝てないわリーナ」

 

「次で決める」

 

「させない」

 

「「勝負よ!」」

リーナと深雪は掛け声とともに魔法を展開。

 

雷光から灼熱へと誘い、まるで空間が沸騰したかのような圧倒的な熱量。

空気が燃え上がる灼熱の世界【ムスペルヘイム】

 

急激な場の氷結で空気すら凍り、月光で煌めきを起こす圧倒的な静寂。

空間が止まったかのような氷雪の世界【ニブルヘイム】

 

二人の圧倒的な領域魔法がぶつかり合い。

その熱量差と隔絶空間が二人の上空にオーロラを形成し、幻想的な世界を作り上げる。

しかし、当の本人たちの間では炎雷と氷結がせめぎ合いを起こし、直ぐ隣には死が存在する。

 

「うーん不味いね」

八雲は頭をかきながらそんな感想を漏らす。

このままだと二人の何方かが力尽き、このあたり一帯が焼け野原か、凍結してしまうだろう。

 

「俺が止めます」

達也は術式解散【グラム・ディスパージョン】行使のタイミングを図る。

二人の力の拮抗を見極め、術式を解散するタイミングをあわせなければ。すでに放たれた熱量の余波でこのあたりが灼熱と化するか全てが凍てつく。2人共傷つき、最悪死に至る可能性があるからだ。

 

 

 

しかし、

 

二人の圧倒的な力がぶつかる領域の中心に突如として巨大な人影が現れたのだ。

 

その人影は青色の肌に4本の腕を持つ。そして2本の腕を灼熱と氷結の2つの領域にふれると…………

吸い込まれるようにその灼熱と氷結の領域が消えていった。

 

「「!?」」

リーナと深雪は自分の魔法が跡形もなく消され、その存在に構えたまま驚きの顔を向ける。

 

「な…なんだあれは!?」

達也は急に現れた存在に驚きの声を上げる。

 

「……不動明王!!…………達也くん!深雪くんを連れて今直ぐにこの場を引く!!」

九重八雲の切れ長の目が大きく見開かれ、一瞬驚愕の表情となるが、達也に大声で指示を出す。

 

「師匠!?」

 

「早くだ!!」

珍しく声を荒げる八雲。

 

深雪はその存在を見た瞬間、身動きが取れなくなった。

まるで蛇に睨まれた蛙のように……

その存在は………ただ、そこにいるだけだと言うのに、圧倒的な存在感と威圧感放ち、深雪を動けなくしていたのだ。

 

八雲は戦闘体勢を取りながら、その存在の前に出、達也が動けなくなった深雪を抱き上げ、すばやく退却する。

二人の退却を横目で見ながら、八雲もジリジリとその存在の間合いから離れ、一気に撤退。

 

 

 

リーナもその存在のとてつもない威圧感を感じていたが…………何故か恐怖が湧き上がらなかった。

 

『リーナ!悠先輩のペルソナよ!だから大丈夫』

 

この圧倒的な威圧感を周囲に撒き散らす存在は悠のペルソナ【シヴァ】……九重八雲が不動明王と言った存在と同じものだ。……破壊を司る神の化身

 

【シヴァ】はリーナと深雪が紡ぎ出した強力な魔法を一瞬で吸収したのだ。

 

 

(りせ……悠………)

 

『リーナ?大丈夫?』

 

リーナはりせの声を聞いて、ホッとしたのかその場に倒れる。

達也と深雪と二連戦だ。しかも最大級の領域魔法を使い、気力も体力も限界だったのだ。

 

 

悠は駆けつけ倒れたリーナを背負う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、撤退した司波兄妹と九重八雲は九重寺に戻っていた。

「師匠……あれは何だったんですか?……リーナは……」

達也は八雲に質問をする。

 

「僕たちが逃げるのに精一杯だった。彼女には悪いけどね…………あれは不動明王…破壊神シヴァ……とてつもない存在感だった。あれは式神とかいうレベルではなかったね。降神術……いや、式神に神を降ろしたのか………もしくは……」

何時もの飄々とした感じではなく、真顔で達也に語るが、最後はニヤリと口を歪ませていた。

 

「師匠、降神術とは…………神が存在するのですか?」

 

「…………達也くん……この件は手を引く事をお勧めするよ。深雪くんのためにもね」

八雲はそう言って、それ以上この件について達也に語らなかった。

 




このシヴァには炎吸収がついてます。
めちゃご都合ですが…………さらにレベル99です。
雷反射がついてますが…………まあ、なんとなく行けるでしょう。きっと…………


マテリアル・バーストの射程を若干変更しています。



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第二十話 達也を検証

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
ご指摘助かります。

今回は推理パート
つなぎ要素ですね。



1月29日(日)9:30

 

 

「…………ここは?私の部屋…いつの間に」

リーナは自室のベットで目が覚める。

 

「……確か昨日、達也と勝負して負けて、深雪とも勝負して……負けそうになって………」

リーナは意識朦朧とベットから起き上がる。

 

「それで………途中何度もりせの声が聞こえて……りせに悪いことしたわ………!?……りせ…悠!?」

リーナは勢いよくベットから飛び出し、自室の扉を開けリビングに飛び出す。

 

「シルヴィ!私昨日どうやってここに戻ってきたの!?」

リビングでソファーに腰を降ろしているシルヴィア・マーキュリー准尉に慌てたように聞く。

 

「リーナ。良かった目覚めたんですね」

シルヴィア・マーキュリー准尉は立ち上がり、リーナの肩に優しく触れる。

 

「……シルヴィ」

 

「ミスター鳴上が気を失っている貴方を背負って、ここに運んできてくれたんです」

 

「悠が!?」

 

「なんでも倒れている貴方を見つけたんだそうです。怪我は無いようですが服はボロボロで……しかも、音信不通が7時間も……先に戻ってきたスターズのメンバーには大凡の成り行きは聞いております」

 

スターズのメンバーは悠がリーナを運んでくる2時間前に戻っていたのだ。

 

悠は達也達が撤退した後、気を失っているスターズのメンバーの拘束を解きその場に置き去り、リーナは背負って一度悠の自宅に連れて行った。

怪我はペルソナで回復させたのだが、疲労が激しく目覚めることが無かった。

リーナがスターズとしての作戦中であったため、真由美がリーナを一度自宅に戻したほうが良いと提案し、悠が気を失っているリーナを背負い、このマンションまで運んできたのだ。

 

「メンバーは無事なの?」

 

「はい、幸い怪我は軽症程度です。九重八雲氏が手加減してくれたのでしょう」

 

「それで、少佐、昨晩何があったんです?」

 

「………そうね。私はもうここには居られない…………」

リーナはうつむき加減で昨日、達也達と対峙し、達也に負け、さらに深雪にも実質負けた事を話し、機密情報を一つ漏らしたことも……シルヴィアに話す。

ただ、最後の悠のペルソナについては避け……深雪に負けて気を失ったということにしたのだ。

 

「私はスターズ総隊長失格です。高々、高校生に負け。部下まで拘束され……情報を漏らし……相手に情けを掛けられるはめに…………」

 

「……でも、貴方が無事で良かった」

 

「もう、私はスターズをやめなければ…………」

 

「そんな事を言わないでください。スターズメンバー4人を一瞬で拘束出来るような人物が相手にいたのですよ」

 

「USNA最高峰の魔法師として、スターズの総隊長を拝命したのに……学生に負けたのですよ!!」

 

「少佐、落ち着いてください。相手は【灼熱のハロウィン】の容疑者なのですよ。その司波達也は手榴弾を使いその様な方法で少佐を拘束したということは、明らかに軍務経験者、いえ軍事訓練を受けた魔法師に違いありません。司波深雪については、少佐と同じレベルの領域魔法が使えるということは、十分戦略級魔法師の可能性があるということ……その二人がかなり有力な容疑者であることを少佐の身をもって証明してくださったではないですか……」

 

「……でも…」

 

「日本は祖国よりも、魔法技術に関しては進んでおります。それは覆しようがありません……それでも貴方は、努力でここまで来たではないですか。それにその二人は規格外です。我々では到底太刀打ちできません。少佐だからこそ……そこまでに持ってこれたのです」

 

「……私は…」

 

「後は私が処理をしておきます。上にも私から報告しておきます。追って沙汰がくるでしょう。その結果本国強制送還もあり得るかもしれませんが、私の方でもうまく報告しておきますので心配なさらないでください。ただ、今日はゆっくり休んでおいてください」

 

「シルヴィありがとう」

 

「でも、ミスター鳴上にはお礼を言ってくださいね。貴方を背負ってここまで運んでくださったんですから」

 

「悠!……私、今から悠にお礼を言いに行ってくる」

リーナは思い出したかのようにそう言って、玄関から出ようとする。

 

「リーナ!パジャマのままですよ!」

 

「あっ」

 

シルヴィアは自室に慌てて戻る年相応の姿のリーナを微笑ましく見つめていた。

 

シルヴィアはリーナが着替え身だしなみを整えている間。紅茶と軽い食事を用意する。

リーナが出ていった後、真顔になり、大型の情報端末を広げ報告書を作成しだす。

シルヴィアは、リーナはこのまま任務続行だろうと、処罰は有るだろうが、本国強制送還は無いだろうと踏んでいた。シルヴィアは知っていた。リーナがここに居る最大の理由は、【囮】で有ることを……潜入捜査に全く向いていないリーナがここに居るのは、相手の注意をリーナに集中させる事だった。リーナがアンジー・シリウスであることを知られるのも想定内。思わず情報が漏れるのも想定内なのだ。

潜入捜査員は何もスターズだけではない。他の潜入専門の魔法師や一般捜査員がメインなのだ。

 

更には、シルヴィアには知らされていないが、本国のUSNA上層部では日本でのドッペルゲンガー壊滅に本腰ではない。

リーナ達がドッペルゲンガーの壊滅に動いているのは、パフォーマンス的要素が大きい。

今は、日本で起きていること、USNA本土ではない。USNA国民に被害が出るわけではない。

USNA脱走兵が事件を起こしているということが日本にバレた時の保険的要素が高いのだ。

そのまま、リーナが壊滅させれば、それで良し、バレれば、独自に解決を行なっていたと言い訳をし、少しでも外交交渉の不利を取り除ければという程度なのだ。

 

さらに、純然たる戦力であるスターズ本隊を日本に送るわけもない。このご時世である本国の守りは何よりも優先順位が高い。

USNAは本国に二人の戦略級魔法師を残している。

 

そして、USNA軍部上層部にとっては、【ゴースト事件】よりも、【灼熱のハロウィン】容疑者捜索の方が優先順位が高い。

しかし、上記の理由で、リーナの東京に派遣されているスターズのメンバーだけに【ゴースト事件】の優先順位を上げ、派手に動かし、囮役をさせていたのだ。

 

ただ、USNA上層部にとって大きな誤算なのは、リーナが担当していた司波達也こそが、灼熱のハロウィンの犯人であった事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月29日(日)10:40

 

 

「リーナ、おはよう。もう体は大丈夫なのか?」

 

「うん大丈夫。悠……ごめんなさい。それと、助けに来てくれてありがとう」

 

リーナは悠の自宅マンションに訪れていた。

 

「そうか、良かったな。……なんで、あんな無茶をしたんだ?」

 

「それは……スターズのアンジー・シリウスとしての行動だから……」

 

「俺とリーナは運命共同体じゃなかったのか?事前に知らせてくれても良かったんじゃないか?」

 

「そう……なんだけど、あの時の私はUSNA軍スターズの総隊長としてだから」

リーナは勢いなく答える。

 

「アンジー・シリウスもリーナだろ?……俺にとっては眼の前のリーナもアンジー・シリウスも同じリーナだ」

 

「……悠…………私は」

 

「皆も心配していた。説教は後だ。りせも七草も午後一に来る。昼食の買い物に出かけるが、リーナも一緒に行こう」

悠は笑顔を見せ、リーナを買い物に誘う。

 

「うん!」

うつむき加減だったリーナも顔を上げ、嬉しそうに返事をする。

 

 

 

 

 

1月29日(日)12:10

 

悠とリーナは買い物を終え、家に帰ると、丁度真由美とりせが訪れた。

 

「鳴上くん、リーナさんこんにちは、リーナさんお加減は?」

真由美は悠とリーナに無難な挨拶をする。

 

「悠先輩来たよ!………リーナ!心配したんだからね!」

りせは玄関に入り悠に挨拶し、リーナを見ると勢いよく抱きつく。

 

「りせ……その、心配掛けたわ…………真由美もりせも…その、ごめんなさい」

リーナはそんなりせの行動に戸惑いながら謝る。

 

「そうよ!何度も声かけたのに!アンジー・シリウスだからって…………そんなの関係ないよ。リーナはリーナ何だから!!」

りせは、頬を膨らませながらリーナに怒る。

 

「りせ……悠にも同じこと言われた。……その、ありがとう」

リーナは薄っすらと頬を赤らめ、りせに気恥ずかしそうにお礼を言う。

 

「リーナさん。とりあえず昨日あったことを教えてくれないかしら」

真由美はそう言いながら、コートなどをハンガーに掛け、リビングのソファーに座る。

 

「それよりも、悠先輩のご飯!いい匂いしてるし!」

りせもコートを掛け、キッチンに入り、悠の手伝いをしようとする。

 

 

 

年頃3人の女子達は悠の昼食の手作りパスタ料理とシーフードサラダに舌鼓を打つ。

 

 

 

昼食を終えたテーブルには紅茶が用意され、話し合いを始める。

 

「昨日あった事と……私のもう一つの任務についても……皆に話すわ」

リーナはそう言って、昨日達也達と対峙した事と、そのきっかけとなった【灼熱のハロウィン】容疑者捜索の任務について皆に話しだす。

 

「リーナさん。完全に達也くんにしてやられたわね。彼は人の揚げ足をとったり、弱点をつくのが異様にうまいのよ。まるで悪魔の囁きのように……私も何度煮え湯を飲まされたか!」

真由美はこの話になると怒りのボルテージが上がってくるようだ。

 

「そうなのよ!人の痛い所をついて!ホント!デビルよ!あの能面の悪魔!!」

リーナも昨日の事を思い出しながら、怒りがこみ上げてきているようだ。

リーナは大いに打算があり、達也の挑発に乗ったのだが……相手(達也)の力量を測りそこねたことがそもそもの間違いだ。

 

「そうか、その司波達也はかなり頭が切れるということか……しかも手榴弾を持っていたとか……とても普通の高校生には見えないな…………いや、七草、魔法師は手榴弾のような物を普通持っているのか?」

悠は二人の話から、達也が相当頭が切れる人物と判断し、更に何者なのかを考察していく。

手榴弾を持っていた事から普通の高校生ではないなと思ったのだが、魔法師と一般人の常識が異なることを思い出し真由美にその事を聞いたのだ。

 

「持っているわけ無いわ。銃刀法違反よ!しかも持っていたとしても、魔法師は魔法を発動させるための刀とか拳銃とかよ。しかもちゃんと登録はいるし、許可が無いと持ち歩けないの…………ただ……達也くんは軍人らしいから……本当は口外してはいけないのだけど」

真由美は達也が軍人であることを横浜事変の際に知った。

その時に、達也が所属する独立魔装大隊の隊長から口外無用と釘を刺されていた。

 

「魔法師って刀や拳銃を持てるんだ……普通の高校生は武器自体もたないんだけど」

りせは呆れたように言う。

ここでも、りせ(一般人)と真由美(魔法師)の常識が異なっていた。

 

「軍人?あの年で……リーナも一緒か…………ということは益々あの昨年の報復攻撃が彼の魔法によるものだと言うのが現実味に帯びてきたな」

 

「悠どういう事?」

 

「リーナ達が探しているって言う、戦略級魔法師の事。達也って子も戦略級魔法を使えるの」

 

「りせ?………………なんでそんな事を知っているの?」

 

「ヒミコのフル・アナライズで調べちゃった!私に隠し事は出来ないんだから!」

 

「…………そうなの…信じられないけど、しかも達也くんは【分解・再成魔法】の使い手なのよ。実用レベルで……」

真由美はうつむき加減で、顔を少し青くし補足する。

 

「な!?分解魔法!?しかも再成も!?…………信じられない。それを実用出来るなんて!!…………!?魔法が無効化されるのは…………分解魔法の応用!?あれは分解魔法!?」

リーナも驚愕の表情をし、困惑する。

 

「七草、分解魔法というのは、そんなに凄いものなのか?」

 

「そうね。データベースで閲覧したのだけど、物質を分子レベルで分解出来る能力らしいの…………そのためには相手の分子構造や構成組織等を正確に知らないといけないのだけど………達也くんは相手の魔法式を瞬時に読める……もしかすると、物質の分子構造や組織も見れる…………または記憶しているのかもしれない。……でないとトラック一台を完全消滅なんて無理よ」

真由美は青ざめた表情のまま、悠の質問に答える。

 

「……トラック一台を完全消滅……実用レベルもいいところじゃない!……人間なんて簡単に消滅させられるわ!!」

リーナは叫ぶように訴える。

 

「!?そういう事か……七草があんなに取り乱した理由がわかった」

悠もようやく、分解魔法の凄まじい効力に気が付いた。

 

「うーん。分解魔法を応用した攻撃をたくさん持っているみたい。確かにかなり危険度が高い魔法みたい……弱点は……相手の分子構成や組織が読めなければ発動できないかな。魔法起動を妨害すれば大丈夫ね。えーっと高密度のサイオン粒子?を体に纏えば大丈夫見たい。ということは……私達は高レベルのペルソナを発動か憑依していれば、無効化できるみたい。実質私達は大丈夫ね。リーナのパレードも有効みたいね。無属性魔法か………マカラカーンでも弾けそう」

りせはヒミコを憑依状態にさせ、達也のアナライズした記録を見ている。

 

「………分解魔法も驚いたけど………りせの能力………………恐ろしいわね」

「そ……そんな事まで……りせさんは魔法師のその……天敵ね」

リーナと真由美はりせの分解魔法の解説を聞いて……りせを引き気味に見ていた。

 

「そうよ!私とヒミコにかかれば何でも丸っとお見通しよ!……だからリーナ。辛い時は頼ってよ」

りせは胸を張って言う。そしてリーナには優しい笑顔を向ける。

 

「……りせ…」

 

「それで、達也って子が持ってる戦略級魔法はマテリアル・バースト……現在の射程距離120kmで破壊力は街一個分……うーん。魔法自体は理論上、世界壊滅レベルまで行けるみたい」

さらにりせは衝撃的な情報をさらっと言ってしまう。

 

「な!?なによそれ!?」

「……な…に………それ…は」

またしても驚愕するリーナと真由美。

りせの情報が二人にとって刺激が強すぎるようだ。

 

「でも多分無理ってヒミコが言ってる。本人も巻き込まれるし……事象干渉力の限界と超次元体の反作用がどうのこうのって……………ああっ!わからないけど。世界崩壊とか大きすぎる力はストッパーみたいなのがかかるみたい」

 

「……ま、街一個分でも十分すぎるわね。…………その超次元体ってなに?」

 

「私も知らなーい…うーん神様?悪魔?まあ、なんかよくわからない力?」

りせは疑問顔でこんな事を言ってしまう。

 

「………………りせさんとヒミコ…さん?……の情報量…世界がひっくり返るんじゃないかしら」

 

「聞かなかったことにするのが無難ね」

「……そうね」

リーナと真由美はお互い毒気を抜かれたような顔をしていた。

特に真由美は達也への恐怖心は大分薄らいでいた。

 

 

「とりあえずだ。リーナが言っている【灼熱のハロウィン】、昨年の日本の報復攻撃は彼が起こした可能性が非常に高いということだな」

悠は話をもとに戻す。

 

「……でも、それがわかっても上に報告するわけには行かないわ。情報源がりせだし。言うわけには行かない。……あんなこと、誰も信用しないだろうし…………実際達也が放ったとは決まってないしね」

リーナは疲れた様な表情をし、りせに目配せをする

 

「そうだな」

 

「達也本人が放ったとしても軍から必ず何らかのサポートを受けているはずよ。だから本来そこから調べないと行けないのだけど……」

 

「リーナの言ったとおり、司波達也本人はいろんな所に所属してるみたい。独立魔装大隊って所が怪しい」

りせによって、達也の情報は全て知られてしまった。

ただ、その情報の重要度の取捨選択はりせが行っているため、本人もその重要性に気がついていない事が多い。

例えば、りせとヒミコの記録には四葉家についてもリークされているが、りせにとってその情報は重要ではないと感じ、皆には話していないのだ。

 

 

 

「そもそもだ。司波兄妹はリーナからゴースト事件の情報を得るために勝負を挑んだのだな」

悠は本題に話を戻す。

 

「少なくとも、最初に聞かれた質問はそれだったわ」

 

「達也くん達もゴースト事件を追ってるわ。警察組織と密接な千葉家に協力してるかもしれない」

真由美はゴースト事件捜査について、実際に達也と千葉エリカ、吉田幹比古と裏取引を行っている。

 

「昨日の達也はそんな雰囲気じゃなかった。同行者は九重八雲で、エリカ達はいなかったわ」

 

 

「……エリカという子ともうひとりに、ペルソナを見られた……」

悠は思い出したように言う。

 

「どういう事、悠?」

「悠先輩?」

悠はまだリーナとりせには昨日の晩、リーナを助ける前にエリカ達と会った事を話していなかった。





次回は悠がダメ出しですかね?
そして、一山迎える序章という感じになりそうです。


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第二十一話 重大発表!?

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きです。
推理パート及びイベント導入部みたいな感じです。


 

1月29日(日)14:30

 

 

悠の家で、リーナと真由美、りせが集まり、昨日のリーナと司波兄妹で起きた勝負について検証していたのだが……

 

 

「………七草の後輩、エリカって子と、吉田って子にペルソナを見られた…」

悠は思い出したかのように言う。

 

「どういう事よ、悠?」

「悠先輩?」

リーナと司波兄妹の勝負の事があったため、まだリーナとりせには話していなかった。

 

悠は昨日のリーナ達の勝負前に起きた事を話し出す。

 

「昨日、警察組織と千葉家のゴースト事件の捜査範囲にドッペルゲンガーが現れる可能性が高いと踏んで、俺と七草で捜査していたのだが、やはり奴らが現れた。俺たちが事前に検証したとおりだった」

 

悠達は事前に打ち合わせにて、ドッペルゲンガーが警察組織と千葉家を狙って出没するのではないかと踏んでいた。

ここ暫く、ドッペルゲンガーの動きが、七草家やスターズの捜査範囲をまるで知っているかのように、そこを避け、逆に警察組織と千葉家の捜査員を狙いすまし、襲っているという印象を受けていた。

敵はどうやら、ペルソナ使いである悠が七草家若しくはスターズと行動を共にしている事を知り、悠達を避けるかのような動きをしていたのだ。

 

「私と鳴上くんが新宿中心に捜索していたの。そしたら、千葉さんが街中で加速魔法を使って急いでいたのを見かけ、何処かでドッペルゲンガーを見つけたんじゃないかと、後をついていったのよ」

 

「千葉エリカという子は、案の定、都立高校に向かっていた。七草を待機させ、高校敷地に侵入すると霧に覆われ、その子と吉田って子が既に3体居たドッペルゲンガーの内2体と戦闘状態に入っていた。どうやら、奴らはこの二人は鏡の中に入れるのではなく、生命力を奪うつもりだったようだ。

しかし、千葉エリカと吉田は、抵抗し、何とか耐えていたようだ。

とくに刀と加速魔法を組み合わせ戦っていた千葉エリカの動きはかなり良かった。リーナが本気では無かったとは言え、押されるのも納得出来る」

 

「私もそう思う。エリカは只者じゃないわ」

リーナはエリカと対峙し戦った時の事を思い出す。

 

「ドッペルゲンガー1体は例の幾何学模様の仮面をした奴だ。奴は戦闘には参加していなかった。

戦闘していたドッペルゲンガーの2体は両方共コヨーテ人間だ。奴らが本性を表し、人間形態からコヨーテ人間へ変貌し、千葉エリカだけを狙いだし、危険な状態まで陥ったため、俺が介入した。

何時ものように、刀と体術だけで効率と彼らの安全を考えて戦闘を行ってたんだが………つい逃さないようにトドメをと……イザナギの魔法攻撃を放ち1体は倒す事は出来たのだが、残り2体はまた引っ張られるように飛んでいかれ、……逃げられた」

悠は最初は淡々と説明をしていたのだが、最後に逃げられたと言った時、物悲しげな顔をしていた。

 

「それで、エリカとミキヒコに顕現させたペルソナを見られたわけね。悠も失敗すること有るのね」

 

「悠先輩~♡……悠先輩は自分の事に関しては結構抜けてるっていうか無頓着っていうか……天然なの!……そこが悠先輩の魅力なのよ!だから仕方ないの!」

りせはうっとりとした表情で物悲しげな顔をしている悠を見た後、リーナによくわからないフォローを一生懸命する。

 

「天然?そうなの?……でも、仕方ないわよ。状況を考えると、千葉さんや吉田君の安全が第一だもの。仕方がなかったんじゃない?」

 

「エリカとミキヒコは悠になんか言ってた?」

 

「ああ、よくわからない事を言っていた。俺の顔を見て、……爽やかな達也だとか……仏頂面じゃない達也だとか……レオと身長が一緒だとか……騒いでいた」

悠はあの時のエリカと幹比古の言動を思い出しながら伝える。

 

「クスッ……爽やかな達也くん………その、ごめんなさい。クスッ」

「フッフフッ……仏頂面じゃない達也…プフッ」

真由美とリーナはその話を聞いて、笑いをこらえようとしているが漏れていた。

 

「二人共なに笑ってるの?」

りせは二人が何に笑ってるのか理解出来ないでいた。

 

「だって……そう言われると………フフッ……達也と似てなくは無いわね………プフッ」

「た、確かに…………クスッ」

リーナと真由美は悠の顔をチラッと見、再度笑いをこらえる。

 

「あー!悠先輩の顔を見て笑った!司波達也と悠先輩は似てない!髪型とか輪郭とかだけ!あんなに目が鋭くないし、仏頂面じゃない。雰囲気も悠先輩は明るいのに!全然似てない!」

りせは二人の言動を聞き、アナライズで得た達也の顔を確認しながら二人に文句を言うのだが……あながち間違いでは無い様だ。

 

「そんなに司波達也と似ている?妹の司波深雪とは会ったことがあるが、俺とは全く似てない」

 

「そのごめんね鳴上くん。そんなに似てないのだけど、その千葉さんと吉田君の言い回しが、その可笑しくて……そう言われるとそうかなって感じに見えちゃうの」

 

「プフッ、そうね。そう言われるとそう見えるのよ。エリカ達もなかなか面白いこと言うじゃない…………これ、深雪に言ったら、あの子激高するでしょうね。フップフッ」

リーナはまだ笑っている。相当ツボに入っているらしい。

 

りせだけが納得せずに二人にプリプリとした表情を見せている。

 

 

「フーー、可笑しかった。でも、悠は顔も見られたって事よね」

 

「でも、それだけじゃ誰だかわからないと思うわ」

 

「あっ、深雪に悠の事紹介しちゃったからエリカ達と深雪が相談したらバレちゃうかもしれないわね」

 

「でも、千葉さん達が、深雪さんにあの言い回しを言うかしら?」

 

「確かに、重度のブラコンの深雪には言いにくいわね」

 

「ちょっと様子を伺ったほうがいいかもしれないわ……その辺は私が彼女らに探りを入れてみる……もちろん達也くんには十分注意はするわ」

真由美は学校でエリカと幹比古に探りを入れてくれるようだ。

一応、お互いゴースト事件の捜査範囲を裏取引で情報交換しているため、やりやすいだろう。

 

「七草、わるいな」

 

「いいのよ。これくらい」

 

「それに見られたペルソナはイザナギなんでしょ?だったら式神と勘違いしてくれるかもしれない。昨日のアレだったらまずかったかもしれないけど」

リーナはシヴァの桁違いの存在感と威圧感を感じていた。あれをただの式神だと言うのは無理が有るだろう。

 

「【シヴァ】の事か」

 

「あのペルソナの威圧感が半端無かったわ。そのお陰で私は助かったんだけど……」

 

「あの時は鳴上くん自身を見られていないから……なんとでもなりそうだけど、その【シヴァ】を彼らがどう解釈するかは問題だわ。もしかすると、ドッペルゲンガーの仲間とか……、状況からスターズの増援とか、思われるかもしれないわ」

真由美は悠の姿は達也達に見られていないため、シヴァと悠を結びつけることは出来ないだろうと踏んでいる。ただ、あのシヴァが達也達にどのような見解をされているかは気になるところだ。

 

「でも、悠先輩。おっきなハエとかじゃなくて良かった!あれが出てきたら、怪獣だとかと勘違いされちゃう」

りせは悠のペルソナ悪魔の王【ベルゼブブ】の事を言っているのだ。確かにフォルム的には怪獣や妖怪に見えるだろう。

 

「取りあえずは、ペルソナだということはバレてないと思うけど、悠はエリカ達に顔がバレたから今後気をつけないとね」

 

「変装が必要か……」

 

「今度は私がコーディネートしてあげるわ。鳴上くん」

真由美は不用意にそんな事を言ってしまった。

 

「今度?どういう事、真由美?いつ悠に服を選んでもらったの?」

「悠先輩と服を買いに?」

リーナとりせは真由美に迫る。

 

「ち、違うの、私は千葉さんと吉田君に知られているから、昨日同じ範囲を捜査するのに変装してたの、鳴上くんにその服を選んでもらっただけなの」

二人の迫力に押され、しどろもどろに答える真由美。

 

「いいな~!悠先輩!今度は、私の変装用の服を選んで」

 

「りせは何時もファンにバレない様に変装用の服を何着も持っているから大丈夫じゃないのか?ヒミコで認識阻害しているからそれ程重要じゃないだろ」

 

「悠先輩のいじわる~私も悠先輩に選んでほしいの!」

 

「また今度な」

悠はそう言いながら席を立ちキッチンに入る。

ティータイムの用意をするためだ。

 

悠は手作りケーキと紅茶を皆に振る舞う。

 

 

 

「そういえばっと……ハイみんなー注目ー!第一高校で私、久慈川りせが一日生徒会長をすることになりました!」

りせは携帯端末を取り出し、何かを確認しながら、皆に発表するかのように言う。

 

「一日生徒会長?」

「一日駅長とか一日市長とかと同じ事か……要するにイメージアップを図るイベントだ」

リーナは何のことかわからないようだ。悠はそれにさり気なくフォローを入れる。

 

「確か、そんな企画があったわ」

真由美は何かを思い出した様だ。

 

「りせがなんで?あっ、ごめんなさい。りせって日本のトップアイドルだったわね。こう接していると忘れちゃうわ」

 

「そこ!忘れないでよね!なんか上の方で急に決まったみたいで、私か、かなみ(同じ事務所の売れっ子アイドル)ってことだったんだけど、かなみはドラマが先に決まったみたいで、私が行くことになったの」

 

「魔法協会が魔法師のイメージアップを図るために、内務省に働きかけた案件ね。この頃、魔法テロや事件が多いから、急がせたのね」

真由美の父弘一や兄智一もこの企画に関わっており、実際に第一高校に通っている真由美から意見なども聞いていたのだ。

 

「なるほど」

 

「魔法協会自体イメージが悪いから……それで、人気タレントに取材に来てもらって、校内を見てもらう企画なの。魔法師の卵である第一高校を世間に見てもらいクリーンなイメージを持ってもらうために……でもよく、りせさんの事務所はOK出したわね。なかなか受けてくれるタレントさんが居ないって、父や兄さんがぼやいていたわ」

 

真由美がこういうのも無理もない。ただでさえ魔法を悪用したテロが横行しているさなか、横浜事変の様な重大事件が起きたばかりだ。

魔法協会は今までは、反魔法団体や半魔法体制派政治団体などを武力でねじ伏せて来たが、一向に世間の目は変わらないどころか悪化の一途をたどっていた。そこで数年前から世間へのイメージアップを図る方法を模索し、その一環がこの第一高校一日生徒会長なのだ。

しかし、この企画、既に真由美が高校1年の頃から上がっていたのだが、なかなか進まない。まず、引き受けてくれる芸能事務所やタレントが居ないのだ。

魔法師の卵を育成する機関である第一高校にプロパガンダとなれば、タレントや芸能事務所は自分たちまで、魔法師側に見られ、反魔法団体などに付け狙われ、テロの対象になるのではないかと考えているからだ。

また、世間からは魔法師はよく見られていないため、これに出演することで、人気が落ちるのではないかと考えている。

 

「確かに、芸能界では魔法師関連のイベントに参加するのは、暗黙の了解でタブーだし、落ち目のタレントさんとか売れないタレントさんしか受けないわ。でも……今回の企画の総合プロデュースするのは落水さんだから……あの人、芸能界に風穴を開ける。絶対成功させてみせるって息巻いてた」

りせはため息を吐きながら、落水プロデューサーから話が来たときのことを思い出していた。

 

「なるほど」

悠はりせの話に納得する。

落水プロデューサーはその筋では敏腕プロデューサーで名が通っている。

悠もりせの友人としてコンサートでバックダンサーを務めた時に知り合っている。

悠の印象ではパワフルなキャリアウーマン風の人だ。シャドウが関わる事件に巻き込まれても、一向に動揺せず真っ向から勝負しようとするぐらいの女傑なのだ。

 

「そう…それは良かったのかしら?……それは何時なの?私の方にはまだ耳に入っていないけど」

 

「3月が本番で一日生徒会長とぷちコンサートも行うことになってるの!……それでその前段階で、5日後にドキュメンタリー番組を作るために、私が取材に行くことになったの、これも昨日聞いたばっかり……、かなり急な話らしいからプロデューサーも流石にスケジュールについては愚痴をこぼしていたわ。でも社長はノリノリだったから、多分大きなお金が動いたんだと思う」

 

「3月が本番?しかも5日後取材で来る事に?それ、私も知らないわ……もし、5日後にりせさんが来ることを事前に知っていたら、学校中噂になるし、生徒会も全校生徒に告知やルールを徹底させるために集会を開くはず。……かなり急な話のようね」

元生徒会長である真由美の元にもまだ、話は届いていないようだ。

 

「うん、私のスケジュールもあるのかもしれないけど、かなり急な話。でも一度行って見たかったんだ真由美さんとリーナが通ってる魔法科高校。普通の高校とどう違うのかな?」

りせは嬉しそうに真由美とリーナに質問をする。

 

「期待されるようなものじゃないわ」

「普通の高校とあまり変わらないのじゃないかしら」

リーナと真由美は少し困った顔をしていた。

 

「そうか、りせ頑張れ」

悠はりせを励ますのだが…………

 

「そこで……悠ー先輩っ!5日後私の一日付き人になってください!」

りせは猫なで声で悠にこんな事をお願いしたのだ。

 

「どういう事だりせ?」

 

「急な話でスタッフが少ないの、警備は学校側でやってくれるらしいけど、マネージャーの井上さんも付きっきりで居られないらしくて、……それで悠先輩に助けてもらおうって言ったら、二つ返事でOK!プロデューサーの落水さんも悠先輩の事話したら、絶対やってもらいなさいって、首根っこ掴んででも連れて来なさいって!!お願い悠先輩!!2月からは学校行かなくてもいいって言ってたし!一日だけだから!!」

 

「マネージャーか……頑張らせてもらいます」

リーナと真由美は断るのではと思ったのだが、真面目な顔で一瞬間を置いて即答する。

 

「え?鳴上くん。そんなのでいいの?」

真由美は即答する悠に困惑する。

 

「でも悠……エリカとミキヒコと深雪に顔がバレてるわよね…」

リーナは致命的な事を悠とりせに伝えた。

 

「あっ、どうしよう悠先輩~」

不安そうな顔で悠を見上げるりせ。

 

「変装でごまかす!」

悠はメガネに手をかけポーズを極めながらこんな事を言う。

何故かメガネはキラリと光る。

 

「さすが悠先輩~♡」

りせはそんな悠の姿に見とれていた。

 

「まかせろ」

自信満々に答える悠。

 

「何時も思うのだけど、悠のその自信は何処から来るのよ」

リーナは呆れた表情を悠に向ける。

 

「……警備担当は風紀委員から選抜されるから………もしかすると達也くんが付きっきりになるかもしれないのよ。危ないわ」

真由美は悠の参加に難色を示す。

 

「悠先輩は達也って子に顔とかバレてないからきっと大丈夫!それに担当が決まったわけじゃないんでしょ?」

 

「そうなんだけど。でも万が一ということも、それに達也くんと千葉さんと吉田くんは仲がいいから、一緒にいる所を見られると、そのなんとなしに比較されて、知られることになるわ」

真由美は尚も、参加しないように説得する。

 

「フフッ、一緒に並んで……悠、プフッ、それバレるわ。爽やか系と仏頂面コンビで……プフッ」

真由美の言動で、リーナはまたしても思い出したのか笑いを堪えきれないでいた。

 

「え~、どうしてもダメ?」

りせはしゃがみ込むような仕草と上目遣いの涙目で真由美とリーナに可愛く訴えかける。

 

「七草とリーナの学校に一度行って見たかった」

悠は心なしか残念そうな顔をする。

 

「……りせさんに鳴上くん。そんな顔しないでよ。私が悪いみたいじゃない。……分かったわ。私も近くでフォロー入れるようにするわ。それと……変装はちゃんと誰だかわからないようにしてね」

真由美は渋々と言った感じで了解する。

 

「やった!ありがとう。真由美さん大好き!」

りせは真由美に思わず抱きつく。

 

「まかせろ!」

悠は自信満々に頷く。

 

「だから、悠は何でそんなに自信満々なのよ」

 

「完璧な変装がある。あれは完璧だ」

悠は不敵な笑みを浮かべる。

 

「もしかして、学祭のときの女装?」

 

「いや、あれもいいが、もっといいものがある」

 

「女装って悠?どういう事?」

「鳴上くんの女装姿…………ちょっと見てみたい」

 

「悠先輩は、学祭の時に女装コンテストに出たんだ。その時のメイクは私が担当したの!」

 

「学祭でそんな事が……かなり自由な校風なようね」

 

「これがその時の悠先輩~♡」

りせは情報端末を取り出し、真由美とリーナに女装姿の悠の映像を見せる。

 

「……なに?これ、悠ってバレバレよ。しかも何の格好よこれ?」

「鳴上くん……これはこれでいいかも」

ロングスカートのスケバン風セーラー服に身を包んだ悠が竹刀を肩にし写っていた。

リーナはなにかのコスプレなのかわかっていない様だ。

真由美も何故かうっとりした表情で見ている。

 

「つい本気を出してしまった。……あの時は女装がメインだったが、今回は姿が絶対バレない変装を披露しよう」

悠は自信満々だ。

よっぽど自信が有るようだ。

 

「ほんと、自信たっぷりね。………りせはどんなのか知ってるの?」

 

「うーん。私も知らない」

 

「鳴上くんのあのノリノリの姿。不安だわ」

悠がこれほどノリノリな姿を真由美は見たことが無かった。

 

 

「ということは学校ではお互い他人同士のフリをしないとね」

「そうね」

リーナと真由美は至極まっとうな意見を言う。

 

「えーーー、まあ、しょうがないか。演技なら任せて、アイドルの底力を見せてあげる!」

「まかせろ」

りせと悠は何故かテンションが高い。

悠達の稲羽の仲間たちは、イベントやら皆で一緒に何かをすることが好きなのだ。

こうしたイベントになると自然とテンションが上がる。

しかも、それを止める直斗や陽介がここに居ないため、こんな状態になってしまう。

 

 

 

一通りこの件の打ち合わせ?を済ませた後、りせは思い出した様に重要な事をリーナに聞く。

 

「そういえば昨日、リーナ、日本にいられないかもって言ってたけど大丈夫なの?」

 

「その件は多分大丈夫だから。シルヴィが何とかしてくれるって言ってたから、心配いらないわ…………そのありがとう心配してもらって」

リーナはシルヴィアの事を信頼仕切っているのだ。

シルヴィアが大丈夫だといえば、なんとかなると思っている様だ。

 

 

 

 

この後は、ドッペルゲンガーの捜索方針について皆で話し合う。

メインはやはり、情報が漏れていることだ。

悠は暫く、受験前ということで、七草家の捜索に参加する日程を減らし、単独で行動することに。さらに、りせのエネミー・サーチが行える時間帯をメインに置、それまでになるべく広範囲にフォローできる態勢を取る事にした。

 

すでに、悠がこの事件に関わってから3週間が過ぎていた。

USNAから行方不明になった軍関係者は合計12人。この12人全員がドッペルゲンガーに成り代られている可能性が高い。

そのうち、スターズがUSNAで倒したのが1体、日本でリーナが倒したのが1体。悠が倒したのが2体で合計4体だ。まだ、推測では8体は居ることになるのだが…………

 

 

話し合いを終えた後、少々早い夕食を悠の自宅で済ませ、皆は楽しげな雰囲気のまま自宅に帰るのであった。

 






次回は魔法科高校のメンバーがメインのつなぎの話です。
その次がメインディッシュです。


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第二十二話 達也達の推測

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
何時も助かっております。

今回も推理パートですが魔法科高校一年生サイドの話です。
少々長くなってしまってます。


1月29日(日)18:30

 

リーナは悠の自宅から日本での自宅兼スターズの拠点であるマンションに戻ると……

 

「し、少佐お邪魔してます」

 

「リーナ、おかえりなさい。戻るのが遅かったですね」

 

シルヴィアとミアがダイニングテーブルでティータイムを過ごしていた。

 

「ミア、来ていたのね。私も紅茶いただこうかしら」

リーナはミアの横の席に座る。

 

ミアと呼ばれている大人しそうな20代そこそこの黒髪の女性、本名はミカエラ・ホンゴウ。

日系アメリカ人である。

彼女は、USNA軍情報局の人間で、スターズとは別行動をしている。

彼女は魔法師としての実力はそれほどではないが、研究者としてはそこそこ腕が立つ。

11月中旬に行われたUSNAのとある重要な大規模実験に参加するぐらいの評価だ。

その実験は失敗し、それに関わった軍関係者の内12名が行方不明になりドッペルゲンガーに成り果てたのだが……彼女はその後普通に生活し、11月末に【灼熱のハロウィン】容疑者捜索員に任命され、日本へ潜入捜査のため密入国している。日本では本郷未亜という名で、魔法大学や魔法科高校などに魔法測定機器や練習機器などを卸している外資系魔法機器メーカーのエンジニアとして働きながら、情報を集めているのだ。

 

彼女のような捜査員がメインで、今も日本全国各地で潜入捜査を行っていた。

 

その彼女は、リーナ達と同じマンションの隣の部屋で生活しており、シルヴィアと年も近いとあって、こうして、ティータイムを楽しみによく来るのだ。

 

「少佐、その、申し訳ないです」

 

「いいのよ。今はプライベートなんだから、堅っ苦しくしないで」

 

「いえ、その少佐が先日大変な目に遭ったとお聞きしているのに自分はこうしてのんびりと……」

 

「そもそも、ミアは情報局じゃない。毎日忙しくしているのでしょう?」

 

シルヴィアはリーナに紅茶を出しながら……こんな事をミアに言う。

「ミアは気にしなくていいのですよ。リーナは、今、ボーイフレンドの所に遊びに行ってたのだから」

 

「ボ、ボーイフレンド?…あの、この前に言っていた近所の一般人の男の子ですね」

ミアはシルヴィアやリーナの会話で何度か話題に出た事を思い出す。

 

「そうよ、友達の家にちょっとね」

 

「そう言えば、少佐は最初に比べると、随分リラックスしている様に見えます」

ミアは日本に来たばかりのリーナが気を張り、余裕が無いように見えていた。

 

「流石に日本に来て1ヶ月経とうとしているのですもの、慣れてくるわ」

 

「それだけですかリーナ?」

シルヴィアは意味深な言い方をする。

 

「なによ。シルヴィ」

 

「ミスター鳴上……いえ、鳴上悠さんは、私の目から見ても、素敵な男性ですよ。背が高いし、やさしそうですよね」

シルヴィアはわざとこんな言い方をリーナにする。

 

「そ…そうかしら、ただのお節介焼きの世話好きなだけよ。料理や家事も万能で、どっかの家政婦みたいな感じなんだから……何でそこで悠が出てくるのよ!」

リーナは顔を横に向けながら、シルヴィアに文句を言う。

 

「丁度いいじゃないですか、料理も家事もまったく出来ないリーナとお似合いですよ」

シルヴィアはリーナをどうやらからかっているようだ。

リーナとシルヴィアは上司部下の間柄だが、プライベートでは手のかかる妹を優しく諭す姉のように接している。

 

「私だって!料理ぐらいやれば出来るわ!」

 

「そうですか?本当にそうですか?」

 

「ちょ、ちょっとだけなら」

リーナは自信なさげだ。

 

「少佐は、その鳴上くんが好きなんですね」

ミアはそんなリーナとシルヴィアの会話を聞いて、こう結論づけた。

 

「な!?何を言ってるのよ!ミアは!!」

 

「す…す、すみません」

ミアは慌ててリーナに謝る。

 

「そんな事あるわけないじゃない!!」

 

「そういう事にしておきましょう」

 

「シルヴィ?ちょっと、何よそんな事ないわ!」

 

リーナの自宅でも楽しげな雰囲気に包まれていた。

 

 

この数日後、リーナは司波兄妹との一件、とある上級幹部の鶴の一声でお咎め無しの沙汰がくだされる。

 

 

 

 

 

1月30日(月)7:30

 

「リーナ…無事だったのね」

深雪はリーナの姿を見て心底安堵した表情をする。

深雪は校門近くでリーナが登校するのを待っていたのだ。

 

「無事って、あなた達兄妹から勝負を吹っかけてきたのよ?よく言えるわね」

リーナは不機嫌そうに答える。

 

「それはそうなんですけど……でも、あの恐ろしい何かから………貴方を置いてきてしまいました……ごめんなさい」

深雪はリーナに申し訳なさそうに、頭を下げる。

 

「………わたしも、あの後気を失って、何が起きたかわからないわ……それにしても、あなた達兄妹があんなに強いなんて……次は私が勝つわ深雪」

リーナはそう言って、強気の笑顔を深雪に向ける。

 

「そう……先日のは引き分けよ。リーナがあそこ迄出来るとは、私も思っていなかったもの。次は私も負けない」

深雪も微笑みながら答える。

深雪は最愛の兄に敵対するかもしれないリーナに、何故か悪感情を抱くことが出来ないでいた。何方かと言うと好意に近い何かを感じていたのだ。自分と同じ魔法力を持つ存在だからなのか、自分と境遇が近い存在だからなのか、はたまたライバルと言う存在としてなのか、それはわからない。

 

 

 

深雪は達也に助けられた後、暫く放心状態であった……

悠のペルソナ【シヴァ】を目の当たりにし、今まで感じたことがない威圧感をまともに受けてしまったからだ。

ただ、しばらく安静にしていると、立ち直ることが出来た。

なぜだか、あんなに恐ろしい目にあったのに恐怖が湧いてこないのだ。

それよりも、リーナをあの様な場所へ置いてきてしまったことを後悔し、無事で居てくれることを祈っていたのだ。

 

 

 

 

1月30日(月)12:30

 

「達也くん、朝に言ってた話なんだけど」

 

「ゴースト事件の犯人に出会った件か……犯人はどんなやつだったか?」

 

達也とエリカ、幹比古、それに美月が昼休みに屋上で食事を取りながら、話し合いを始めていた。

美月はこの件には全く無関係だが、友人として一緒に聞いている。

 

「あれはやっぱりパラサイトだよ。人間から狼男に変身したんだ!」

幹比古は興奮気味に達也に話しだす。

 

「幹、狼女も居たから、狼人間よ」

エリカはそんな幹比古に思わず突っ込む。

 

「何だそれは?狼男、狼女?」

2人は達也に狼人間などと言っていたが、正確にはコヨーテ人間である。

コヨーテと狼の判別は普通は難しい。

 

「うん、信じられないけど、最初は仮面被った人間だったんだけど、本当に変身したんだ」

 

「変身?それは精神干渉系の幻惑魔法ではないのか?」

達也はリーナの対抗魔法パレードを思い出しながら聞き返す。

 

「たぶん違うと思う。あの刀を合わせた感覚……本物ぽかった」

「精神干渉系なら僕も得意だから……あれはそんなものじゃなかったと思う」

エリカと幹比古も魔法ではないかという達也の問を否定する。

 

「そんな事が………いや………最初から順を追って話してくれ」

達也はリーナから、ドッペルゲンガーについての情報を得ていた。

さらに、師匠の九重八雲の話では、パラサイトとドッペルゲンガーは同じカテゴリーのものだと、俗に言う悪魔や妖怪の類だと聞いていた。

それならば、狼人間がいたとしてもおかしい話ではない。

リーナと八雲の話が逆に真実味を帯びてきたのだ。

 

 

幹比古は語りだす。

 

「最初から話すと……変な仮面の黒服黒マントのレオを襲ってきた連中と同じ格好の奴を、僕が街中で発見して、エリカや他の捜査員に連絡してから、後を付けていくと、新宿の都立高校に入っていったんだ。とりあえずエリカと捜査員を待ってから、捜査員2人とエリカと僕で二手に分かれて高校に侵入したのはいいんだけど、何故か敷地内は霧に覆われていたんだ」

 

「霧?大きな池でも有るのか?」

達也は疑問を持ち口を挟む。

 

「敷地内に入る前は、霧なんて立ち込めて無かった。入った途端そんな状況で視界が悪かったんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「原因はわからない。けど霧が立ち込めていた。魔法の可能性を探って見たんだけど、魔法ではなさそうなんだ」

 

「で、どうした」

 

「捜査員二人と連絡がつかなくなって、もしや奇襲や待ち伏せなのかもしれないと思った僕は、エリカとグラウンドの中央に陣取って、様子を見ていたんだ」

 

「なかなかいい判断だ」

 

「そしたら、変な仮面の黒ずくめ黒マントの人影が3体現れ、その内の2体が僕らに襲いかかって来たんだ」

 

「待ち伏せだな。そいつらは何か言ってなかったか?」

 

「たしか…………僕らの事を外れだとか、何とか言っていた」

幹比古は思い出しながら答える。

 

「彼奴等、人のことを外れと言ったのよ」

そこでようやくエリカが口を開く。

忌々しそうにそういった。

 

「……奴らは魔法師を選別しているということか……襲って魔法師の何かを狙っているということだな

………その選定基準は能力なのか、特殊な魔法の使い手なのか…………」

達也は幹比古とエリカの言葉を聞き、パラサイト(ドッペルゲンガー)が魔法師の中から、何かを探していると判断した。

 

 

幹比古はそのまま続ける。

 

「襲ってきた2体は、最初は僕らも知っているような現代魔法を使っていたんだ。しかもCADを使わずにかなりのスピードで魔法を放ってきた………それでも、僕とエリカはそれに対処できたんだけど………」

 

「CADを使わずに魔法を?高レベルな魔法師、又はBS魔法師か……いや、もしかすると…………」

達也はまたしても考え込む。

通常、魔法師は魔法の起動式の記録と演算補助を行うCADを使用しないと効率のいい魔法運用が出来ないのだ。CADを使わずにスピーディーに魔法を展開するには特殊な技能を習得しているか又は特殊能力者以外では、魔法師本人に負担が掛かり、難しいのだ。

 

「続きいいかな、達也」

 

「すまん幹比古」

 

「その2体が、徐々に苛立ってきて、今度は、影から狼を生み出して襲ってきたんだ」

 

「式神かなにかか?」

 

「いや、式神でも魔法でも無いように思う。何なのかわからないけどやけにリアルだった」

 

「意思を持って襲ってきた。私もとても式神には見えなかった」

エリカも幹比古と同意見を言う。

 

「……式神ではない。魔法でもないか…」

達也は一瞬先日に出会ったとんでもない存在…【シヴァ】が頭によぎる。

 

「エリカがそれも何とか対処してくれたんだけど、その狼を倒すと、パラサイト達が怒ったように、狼人間に変身して襲いかかってきたんだ。それが人間の姿だった頃に比べると体も巨大化し、スピードも増していた」

 

「力もね。……段違いにパワーアップしていたわ」

 

「……それで、どうなった?」

 

「僕が油断して、エリカに攻撃が集中しようとした瞬間に、助けが入ったんだ」

 

「誰なんだ?」

 

「……その人はエリカと狼人間の間に立ち塞がるように入って、狼人間の1体に大ダメージを与え、直ぐにエリカを抱きかかえ、安全な場所に降ろしてから応戦に入ったんだ……」

幹比古はそのまま話を続ける。

 

「凄まじい刀の使い手よ……私なんかよりも数段上、修次兄様と同等か……もしかするとそれ以上かも…」

エリカはその時の様子を思い出すかのようにポツリポツリと話しだす。

 

「エリカよりも上、【イリュージョン・ブレード】千葉修次に匹敵、それ以上……凄まじい使い手だな」

達也は珍しく驚く。

エリカの次兄千葉修次は近接戦闘に置いて、世界でも十指に入る使い手と言われ【イリュージョン・ブレード】の二つ名を轟かせる屈指の魔法師だ。

 

「スピードが速すぎて、古式魔法でフォローする間も無い程だったよ」

 

「幹比古が捉えられないほどか……」

 

「その後、人型の巨大な式神を召喚して、強烈な電撃……いや落雷を放って、パラサイトを1体消滅させたんだ。あんなに僕らが手こずった相手を苦もなくだよ。もう1体も瀕死だったけど、何かに引っ張られるように空中に急速に飛んでいって、逃げていった。戦いに参加していないパラサイトも同じく逃げていった」

 

「幹比古!!その人型の巨大な式神とはどういう奴だった!!」

達也はその話を聞いて、急に幹比古の両肩を持ち迫る。

 

「え?達也何?」

達也の急変に幹比古は戸惑う。

 

「す…すまん。幹比古……その式神はどんな姿をしていたんだ?」

達也は幹比古の両肩を離し、何時もの落ち着いた雰囲気で聞き直す。

 

「見たのは一瞬だったけど……黒い式神…えーっと大きな刀を持っていた」

「刀というより、大きな包丁のような形ね。長ランのような黒い服装をしていたわ。あと鉢巻をしていた。身長は4メートルぐらいは有ったように見えたわ」

幹比古とエリカはその式神(イザナギ)の印象を説明する。

 

「……そうか」

達也は残念そうなホッとしたような表情をしていた。

そう、達也は、リーナと深雪の勝負の最中に現れた【シヴァ】ではないかと、思ったのだが……姿形や大きさが違った事で、別物だと判断したのだ。

達也はあの【シヴァ】が気になって仕方がなかった。現状では何故あの場に現れたのかもわからない上、2人の魔法をああも簡単に消し去り、さらにあの威圧感だ。

九重八雲も関わるなと言った程のものだ。

 

達也はあの後、【シヴァ】について色々と調べるが……信仰の対象や破壊を司る神などという。宗教的な情報しか集まらなかった。【シヴァ】を模した式神を使用する古式魔法師が存在するかを検索に掛けたが、見当たらなかったのだ。

 

達也にとって、深雪を害する恐れがある存在を認めるわけには行かず、八雲の忠告を聞き入れず【シヴァ】を探していたのだ。

ただ、深雪は、今後、このゴースト事件には関わらせないようにしようと考えていた。

 

「で、その式神を操る剣術使いは誰なんだ?」

 

「……仏頂面じゃない達也」

「……爽やかな達也くん」

幹比古とエリカは同時に答える。

 

「プクップククククッ…ご、ごめんなさい。つい」

今まで黙ってこの話を聞いていた美月は、幹比古とエリカの同時の答えに、つい笑いを我慢できず漏らしていた。

 

「…………何の冗談だ?」

達也は鋭い目つきで2人を見据える。

 

「冗談じゃないって、だからレオが言ってた人だよ」

「そう、彼奴を助けた人よ。…たぶんだけど。ほんとレオが言ったとおりだったから驚いたわ」

 

「!…レオを助けた人物と同じか…その人物は誰だったんだ?」

 

「いや、名乗ってくれなかったし、一応助けてもらったお礼は言ったんだけど、逃げるように去って」

 

「私も千葉家の剣術使いのデータベースを見たけど、流派内もだけど、流派外の有名な剣術使いも探ってみたけど、居なかったわ。あれ程の使い手が無名なのはおかしいわ」

エリカは家に戻ってから、助けてもらった人物を千葉家の情報データを閲覧し探ったが見つからなかったのだ。

 

「そうか……」

 

「でも格好良かったな。ピンチの時に颯爽と現れて、用が済んだらすっと居なくなる。昔のヒーローみたいだった」

「確かにそうね」

エリカも幹比古の意見に納得したようで、神妙にうなずいている。

 

「そうか、2件ともその人物が助けに入り、パラサイトを撃退したということだな。その人物はパラサイトの事を詳しく知っている可能性が高い。

そして、パラサイトを独自に退治して回っていると言うことか………どうやら1人で行動している様だが…………何者なのか………もしくは軍や十師族の秘密工作員又は知られていない魔法師なのかもしれないな」

達也はそんな憶測を話してしまう。

事実、達也自身が十師族四葉家のその立場なのだから……

 

「ん?……そう言えば、狼人間のパラサイトがあの人の事を知っている風だったよね」

幹比古は重要な事を思い出した。

 

「どういう事だ?」

 

「そういうばそうね。狼女の方があの人を見て、かなり殺気立って怒鳴っていたような………えーと

『あの時のペルソバツカイか』?だったかしら」

エリカはうろ覚えのようだ。ペルソナという単語自体馴染みが無いため間違えても仕方がないだろう。

 

「そんな感じだった……ような」

幹比古もエリカと同じらしい。

 

「ペルソバツカイ?何のことを指しているのかわからないな」

エリカが変な言葉使いをしているため、流石の達也もそれが何の単語なのかわからない様だ。

 

「ペルー蕎麦使い?……ペルー側仕え?」

エリカは意味ある言葉に変換しようとするがしっくり来ない。

 

「……それ、ペルソナ・使い。…じゃないかな」

いままで黙って聞いていた美月がここでようやく口を開く。

 

「ペルソナ?」

「ペルソナって何?美月」

幹比古とエリカは美月の方に向き直り聞いた。

 

「ユングの心理学の考え方で、元来は古典劇の仮面を意味する言葉なんだけど……」

美月は簡単に答える。

 

「なにそれ?ユング?美月よくそんな心理学とか知ってるわね」

エリカは感心したように言う。

 

「私、本が好きだから、前にそれに因んだ本を読んだことがあって…………でも、ペルソナの後の言葉に使いって付くから、意味が通らないから違うのかも」

言った本人である美月は自信なさげだ。

 

「いや、あながち間違いではないかもしれん。ペルソナという意味自体ではなく、それを模った何らかのBS魔法のことなのかもしれないな。それならば意味が通る。しかしペルソナという魔法や能力は…聞いたことがないな」

達也は美月の意見を肯定的に捉え補足する。

しかし、達也自身ペルソナやペルソナ使いについての知識は無い様だ。

 

「ということは、あの人に狼人間はかなり殺気立っていたし、一度対決した事があるのか、それともそのペルソナとかいうBS魔法の使い手は奴らの天敵なのかもしれないね」

幹比古は意見をまとめる。

 

「ああ…飽く迄も推測の域を脱しないがな」

 

「何にしろ、あの人を探し出して、色々と聞いた方がいいと思うわ。改めてお礼もいいたいし」

エリカは至極まっとうな意見を出す。

 

「そうだね」

「そうだな」

幹比古も達也も同意見のようだ。

 

「みんな聞いていい?なんで、その人名乗らなかったのかな?良いことをしているのに」

美月は皆にこんな質問をする。

 

「それは?……なんでだろう?…恥ずかしがり屋?」

「うーん、秘密のヒーロー?だから?」

幹比古とエリカの答えはこれだ。

 

「……世の中には俺たちが知らない事情を持つ人間も居るということだろう」

達也はこう言ってこの話題を締めくくった。

 

 

 

 

 

 

1月30日(月)15:30

 

放課後、大ホール議事堂にて生徒会による緊急全校集会が開かれ、半強制的に全員参加となる。

生徒たちは渋々と言った面持ちで参加していた。

 

「皆さん、突然に招集いたしましたことを、まずはお詫びいたします。緊急且つ私達の第一高校にとって重要なお話があります」

小柄な生徒会長の2年生の中条あずさがまずは、全校生徒の前で挨拶をする。

 

「第一高校始まって以来、初めての試みです。全国の魔法科高校でも例のないお話です。タレント、アイドルとして大活躍中の久慈川りせさんを来たる3月に一日生徒会長として、お呼びすることになりました」

 

すると、生徒達から驚きの声や批判の声などが上がり、ざわめきが起きる。

アイドルの久慈川りせが来ることに称賛や興奮の声を上げる生徒。

そんな事で招集されたことに、批判の声を上げる生徒。

皆が知るトップアイドルが学校に来るというよりも、一般人をこの学校に、ゲスト扱いで何故、来させるのだろうという疑問の声も出ている。

 

普通の高校であれば、称賛の声と共にりせの歓迎ムードとなるところだが、やはり、魔法科高校、普通の高校とは生徒の反応が異なる。

 

 

珍しく、理事長が全校生徒の前に登場し、趣旨を伝える。

「大々的にマスコミも入ることでしょう。皆さんは魔法師の代表として選ばれました。魔法師のクリーンなイメージを国民の皆さんにお伝えするいい機会です。皆さんは魔法師の代表として、失礼のないよう励んでください」

 

更に中条生徒会長から話が続く。

 

「急な話ですが、4日後の2月3日に、ドキュメンタリー番組を作成するために、久慈川りせさんが来客され、校内を見て回り、授業風景などもみられるかもしれません。授業に参加などという事もあるかもしれません。また、カメラや多数のスタッフも入ります。もしかすると生徒の中から突然のインタビューを受けるかもしれません。皆さんには魔法師として第一高校の生徒として恥ずかしくないような行動を心がけてください」

 

 

この後、生徒会副会長の深雪から、注意事項などが語られる。

 

 

その間、大ホール議事堂の3階席では………

「美月!りせちーが来るんだって!」

珍しくエリカは興奮気味だ。

 

「エリカちゃん。結構好きだもんね」

 

「りせちーの歌を聞いてると元気が出るのよ!」

どうやら、エリカはりせのファンらしい。

 

その横では、幹比古と達也が真面目な話をしていた。

「達也、これって…………」

 

「ああ、明らかに魔法師のイメージアップ戦略だろうな……この頃、魔法師絡みの事件が立て続けに起きている。内務省あたりが重い腰を上げたのだろう」

 

「やっぱり、そうなんだ。でも、よく久慈川りせみたいな大物呼べたね」

 

「そうとう大きな金が動いたのだろう。魔法協会も最早なりふり構わないようだ」

 

「まあ、僕としてもアイドルを生で見られる機会があって良かったと思うけど、そう聞くと少し複雑だね」

 

「幹比古もファンなのか?」

達也は隣で騒いでいるエリカを見ながら幹比古に問いかける。

 

「まあ、ファンってほどじゃないけど、普通に歌とか聞くしね。復帰後は大人びて、今のアイドルの中では一番かわいいし」

 

「そうか……しかし、イメージアップ戦略としてこの学校はどうだろうか?……校内でもいざこざが絶えないというのにな」

 

「……うん。そうだね。一科生と二科生の軋轢をどうするんだろうね。前に比べるとましになったけど……」

幹比古がこういうのも無理はない。

魔法大学附属第一高校では、魔法の優劣で一科生と二科生に振り分けられる。

それが差別を生み、エリート意識の高い魔法師はそれを当然のごとく容認する。

一科生は二科生を補欠や劣等生などと見下し、一科生生徒は自らをブルーム(優等生)と呼び、二科生をウィード(劣等生)と蔑む。

前生徒会長である真由美が奔走し、いくらかは差別意識は改善されたが、数十年という歳月で出来た差別意識はそうたやすく払拭することが出来るわけもなく、今も根強く残っているのだ。

そんな事を大々的に全国に知らされると、さらに魔法師に対しての批判が高まるのではないかという不安が有るのだ。

 

「そうも言ってられないな…忙しくなりそうだ」

達也はボヤく。

風紀委員である達也は警備や校内巡回などの強化などの仕事を行わなければならないだろう事は想像に難しくは無かった。

 

「風紀委員は大変だね」

 

 

 

 

この後、案の定、風紀委員の達也に緊急招集がかかる。

生徒会、風紀委員会、部活連の合同会議だ。

そこには、元生徒会長の真由美や、元風紀委員長の渡辺摩利、元部活連会頭の十文字克人も参加していた。

 

4日後のスケジュールの確認等が次々と行われる中、警備の話になり、りせの直接ガードを誰が行うかの話になる。メイン2人とサブ2人を選ぶことになる。

 

「私にさせてくれないかしら」

真由美は間髪入れずに立候補する。

もちろん、りせと悠をサポートするためだ。

 

「七草先輩がやっていただけるなら何も心配はいりません」

中条生徒会長はホッとした表情をする。

 

「ならばメインのもう一人は、私がやろうか……どうせ、2月は授業もないしな」

元風紀委員長の渡辺摩利が立候補する。

 

「あの……すみません。渡辺先輩、立候補して頂けたのはありがたいのですが、サブでお願いしたいんです。実はメインは決まってまして……学校側からも要望があり……その司波くんにやってもらいたいんです」

 

「え?り…久慈川さんのガードは女性の方が良いのでは?男性の達也くんだと何かと不都合があるのでは?」

真由美は達也が指名されたことに焦る。りせ、いや悠の側に達也を置くのは非常に危険だ。万が一に悠の存在がばれないとも言い切れないため、一番避けたかった事態だからだ。

 

「聞いてもいいですか?なぜ俺なんですか?」

達也も疑問に思ったのか中条生徒会長に聞き返す。

 

「その言いにくいのですが、司波くんはこの場での唯一の二科生です。学校側からもその辺の……配慮が必要だとかで……是非お願いしたいのです」

 

「……そういう事ですか…わかりました」

達也はそれだけを聞いて納得する。

要するに、二科生の達也をりせの近くに置いておくことで、差別意識が無いイメージを作りたいのだ。さらに、そんな状況に出来わしても、フォローできる人間がりせの側に必要だと言う計算があるようだ。

それで、生徒会、風紀委員会、部活連の中で唯一の二科生である達也に白羽の矢が立ったのだ。

 

そう言われると、真由美は何も言うことが出来なかった。

確かに理に適う人選なのだ。

戦闘力も高く。二科生である達也はこれ以上ない人選なのだ。

(……ごめんなさい!鳴上くん、りせさん)

真由美は心の中で悠とりせに謝る。

 

サブは渡辺摩利と生徒会書記の光井ほのかが選ばれる。

ほのかは達也と一緒に仕事が出来る事に顔が緩んでいた。

ほのかは達也に片思いをしている。当然ブラコンの深雪はそれを快く思っていないが、生徒会副会長としての仕事があるため、自分が立候補するわけにも行かなかったのだ。

 

 

 

 

 

そして、日は過ぎ…………りせが取材に第一高校に訪れる当日を迎えることになる。

 

 

その間、ドッペルゲンガーは現れることは無かった。

りせのエネミーサーチにも引っかかる事もなく、被害者も出ることは無かったのだ。




次は遂にメイン、魔法科高校編です。


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第二十三話 第一高校へ行く

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では、今回はイベントパートです。




 

 

 

2月3日(木)7:20

 

第一高校の取材のため、早朝からりせと悠は他のスタッフと共にロケバスに乗り込み第一高校の近辺に到着していた。

 

こんな早朝から学校に訪れたのは、通学風景から取材を始めたいという、りせの要望からだ。

 

ロケバスは学校の前を通る。

 

「悠先輩!見て見て、すーごく大きくて広い!これ本当に高校?テーマパーク見たい!」

りせはバスの窓から第一高校を見る。

 

「でかいな。ジュネスの5棟は余裕で入りそうな敷地だな」

悠は相変わらずの感想だ。

 

魔法大学附属第一高校その敷地の広さは、普通の高校とは桁違いだ。

校舎も大きく。複数の実験棟や練習棟。大ホールを兼ねた議事堂。部活施設や森林や草原を要する広大な野外訓練所などもあり、ちょっとしたテーマパークと同じぐらいの敷地面積を誇る。

 

 

「悠先輩、今から第一高校に入るけど、変装の準備は出来てる?」

 

「まかせろ、完璧だ」

悠は自信満々にそう言いながら大きな風呂敷を取り出す。

 

そこからよくわからない着ぐるみを取り出し、慣れた手付きで装着する。

 

「ふぇ?クマ?……悠先輩それクマに借りたの?」

りせは悠のその格好を見て思わず吹き出しそうになる。

 

「そうクマー、クマが熊毛が生え変わって、もう一着出来たと言ってたクマ、それを送ってもらったクマ!」

悠は二頭身のまん丸いクマの様なよくわからないトリコロールカラーのマスコットの着ぐるみを着て甲高い声を再現し、クマ語を操り答える。

悠は稲羽で今もジュネスでチーフアルバイターをしている仲間、元シャドウのクマからこの外側本体とも言える熊革を送ってもらったのだ。

 

「悠先輩完璧!これで誰もわからないわ!」

りせはそんな悠(クマ)の頭をなでながら、完璧だと称賛する。

 

「まかせろクマ!」

悠は自らのクマの格好に自信たっぷりだ。

 

周りのスタッフはそんなりせと悠を見て……心配そうな表情をしていた。

こんなマスコットのことは聞いてないし、学校に入る許可がおりるのかと……

 

 

 

ロケバスは学校の裏口搬入口の駐車スペースに入り、スタッフ、りせ、クマ(悠)と降りていく…………

理事長と幾人かの教職員に生徒会メンバーなどが出迎えていたが…………

堂々とロケバスを降りてくる変な着ぐるみ(悠)の姿を見てぎょっとする。

 

出迎えのメンバーの中に居た真由美は…………

(鳴上くんが居ないわ?スタッフの誰かに変装しているの?本当にわからないわ自信たっぷりだったのは本当のようね…………まさかこのかわいらしい着ぐるみさんじゃないわよね。背丈も鳴上くんより小さいし…………)

その、まさかであることに気が付かない。

 

同じく、生徒会の期間限定書記という謎の役職を務めているリーナは深雪の補佐ということで、

ここに来ていた。丁度深雪と悠達の間をフォロー出来る立場と合って、断る理由は無かった。

(悠は何処?……変装しているのよね。誰だかわからないわ。自信満々に言うだけあるわね。…………まさか、あのブサイクな着ぐるみってことは無いわよね。悠より随分背丈も低いし)

やはり、そのまさかであることに気が付かない。

 

 

りせ達一行と学校側の代表が軽い挨拶を済ませた後……

まずは、校内に持ち込む機材を簡易検査機器でのチェックと、スタッフのボディチェックや金属探知機によるチェックを行うことになった。

 

これはテロ対策の一環だということだ。

高々、少人数での学校取材を行うだけのことなのだが、昨年第一高校は反魔法団体による襲撃を受けたばかりなため、仕方がない対応だろう。

 

りせのボディチェックはもちろん真由美が担当する。

真由美はりせに軽く無難な挨拶し、ウインクをする。

りせもウインクを返す。

 

 

そして……クマ(悠)の前に達也が立つ。

「ボディチェックをするので、その着ぐるみを脱いでください」

 

「き、着ぐるみじゃない、…クマ」

(ボディチェックだと、予想外だ。まずい)

悠はその達也を見上げ、焦る。

一番正体を知られたくない人物が目の前に……しかも、このクマの熊革を脱がそうとするのだ。

変装は完璧なのだが、悠はいきなりピンチを迎えていた。

 

「?……いえ、中の貴方をボディチェックをしないといけませんし、その着ぐるみも検査機器を通さないといけませんので脱いでください」

 

「中の人なんて居ない…クマ!これはクマの熊毛クマ。これは脱げないクマ!」

 

「??……いえ、脱いでもらわないと困ります」

達也は悠が言っている意味が理解できないが、真面目に自分の仕事を全うしようとする。

 

「あっ、そのクマさんは、私のマネージャー兼付き人なの……だから許してあげて」

りせはそんな達也とクマ(悠)やり取りを見、慌てて駆けつけて、達也にお願いする。

 

「熊?………いえ、これも規定で決まっているので、従ってください」

 

りせと達也とクマのやり取りに気がついた真由美も近づいていく。

(え?このかわいらしいクマさんに鳴上くんが?あとで一緒に写真を取りたい…………いえそんな場合じゃないわ。まさかこんなかわいらしい…いえ、着ぐるみで来るなんて思っても居なかったから、ボディーチェックの事を知らせて無かったのはうかつだったわ。なんとかしないと……)

 

「達也くん、良いんじゃないかしら?久慈川さんの付き人のようですし」

 

「七草先輩、そういうわけにいきません。これもルールです。一つ間違えば重大なテロ行為へと繋がります」

達也は正論を言い、頑なにクマ(悠)を調べようとする。

 

「オヨヨヨヨヨ、もしかして、貞操の危機クマ」

そう言って悠はりせと真由美の後ろに隠れる。

以前に比べ、クマの言葉遣いの再現度も高く、仕草もそれらしい。

変装は完璧なはずだ。なのに……ピンチは続く。

 

 

 

その様子を遠目で見ていたリーナは………

(りせと真由美は何をやっているのかしら?いきなり達也とトラブルでも起こした?………もしかして、あのブサイクな着ぐるみに悠が?何やってるのよ)

 

「リーナ、お兄様達は何をやっているのかしら?あの着ぐるみの方に何か問題でも?」

リーナの隣で達也達の様子を心配そうに見ている深雪がリーナに話しかける。

 

「み、深雪。あっちは、達也達に任せて私達は校内に戻りましょう。達也なら大丈夫でしょう」

リーナはせめて、深雪だけでもこの場から、離そうとする。

 

「そうね。お兄様なら、どんな事も完璧ですもの」

どうやら、リーナの言葉に、納得し、次の仕事の為にリーナと共に校内へと戻っていく。

 

 

 

その間も、悠は必死に抵抗し、真由美とりせは達也を説得するのだが、達也は頑なにルールを盾にと、譲ってくれないのだ。

 

「それでは校内への立ち入り許可を出すことはできません」

 

「達也くん、私達もついているのだから、大丈夫じゃないかしら」

(ほんと、こういう時だけは融通効かないんだから)

真由美は心の中で悪態を付きながら尚も達也を説得する。

 

「お願い。私もこのクマさんが居ないと不安なの」

(なんて強情なの、悠先輩とは全然似てないわ!)

りせも心の中で悪態を付きながらも、アイドルの久慈川りせとしてここに来ているため、いつものように感情を爆発させるわけにも行かず、演技で涙目をして達也に訴えかける。

 

「なぜ、七草先輩まで、こうも容認されるのですか?……警備体制に穴を開けるわけには行かないのはおわかりのはずでは?昨年の4月のテロを忘れたのですか?」

達也は真由美に矛先を向ける。

 

「そ、そうなんだけど」

全くの正論に真由美は反論できない。

 

 

「…………いいだろう」

悠は自らジッパーを開き、クマヘッドを持ち上げ、遂に姿を晒した。

悠はこれ以上は、逆に怪しまれる上に、真由美にまで疑いの目を向けられるのはまずいと、覚悟を決め、クマの熊革を脱ぐ。

 

「……なぜ最初からそうしていただけな……!?」

 

「………………」

「……♡」

 

「紳士の嗜みだ」

悠は余裕の笑みを浮かべている。

悠は自らの姿を晒したのだが………誰だかわからないだろう。

 

クマが作成したメガネの一つ。

ぐるぐる丸メガネに鼻ガード、紳士風おしゃれ髭を一体化させた。あの鼻眼鏡を装着していたのだ。

これで顔もバレずに、さらに顔面の、特に鼻への攻撃の防御も完璧な………はず?

………見た目は、ただの宴会芸風のユニーク鼻眼鏡なのだが………………

 

「「……………」」

達也と真由美は堂々とそれを公衆の面前で装着しているその姿を見て固まる。

 

「(悠先輩~)♡」

りせはいつもどおりデレていた。

 

「………その眼鏡は?」

なぜか真由美が質問してしまう。

 

「花粉症対策だ」

悠は自信満々に答える。

この時代、花粉症はほぼなくなった病状の一つなのだが………

 

「………まあ、良いでしょう。ボーディチェックと……その着ぐるみは検査装置に………できればその着ぐるみは着用しないでください。校内では目立ちすぎます……………あとその眼鏡も、代えが有るのであれば、早々に取り替えることをお勧めします」

達也は、あの着ぐるみから、自分より背が高い人間が出てくることにも若干驚いたが、その眼鏡を恥ずかしげもなく装着する人間がいた事に驚きを隠せないでいたのだ。

しかし、規定にも抵触しておらず、自分の仕事も遂行できるため、納得はしていないが容認する。

 

 

真由美は他人行儀な説明口調で、流石に鼻眼鏡で校内をうろつくのは無い事を悠に伝え、悠は渋々、りせがいつも携帯しているサングラスと普通のマスクを装着することになった。

 

確かにクマの熊革による変装は完璧だった。だが……その格好で学校に入る事にそもそも無理がある。悠の天然行動を止めれる人物がこの場に居ないことが最大の要因だろう。

 

 

 

2月3日(木)8:10

 

簡単な打ち合わせを会議室ですませ、登校風景を撮影するために、校門から駅に伸びる並木が整備された道路に移動していた。

因みに悠は熊田と名乗った。もちろんクマの現実世界での名前だ。

 

りせはマイクを持ち、その後ろには真由美と達也が控え、さらにその一歩後ろに悠とスタッフ、そしてサブの光井ほのかと渡辺摩利がついて行く。

 

チーフスタッフから、前方から来る3人組の生徒にインタビューする指示がでる。

りせは、一瞬躊躇するが意を決して突撃取材。

真由美も焦る。

悠も後ろを向く。

 

「おはようございまーす。突然ですがインタビュー良いですか?」

りせはとある男女3人組に声を掛ける。

 

「うわっ、りせちー!?本物!?………」

「………か、かわいい」

「お、おはようございます」

その三人組とは、千葉エリカ、吉田幹比古、柴田美月の3人だ。

その内のエリカと幹比古は悠の顔を見られているため、要注意人物だったのだが、いきなり接触してしまった。

 

「久慈川りせでーす。皆さんは何年生ですか?」

 

「一年生です」

りせからマイクを向けられたエリカがもじもじしながら猫かぶりで答える。

こんなエリカの姿は珍しいだろう。

 

「一年間振り返ってどうでしたか?」

 

「色々ありましたけど、今は楽しかったと言えます」

幹比古は顔を赤らめながら答える。

 

「随分可愛らしくて格好いい制服ですよね?」

 

「…最初は、その恥ずかしかったのですけど……学校では皆一緒なので………慣れました」

美月も恥ずかしいのか、うつむき加減で答える。

 

かなり無難な答えを貰い。

この3人からの取材を終え、りせ達一行は次の生徒へ突撃取材をする。

 

 

取材を終えた3人は……

「美月!幹!りせちーだよ!本物よ!顔ちっさいし、めちゃかわいいし、声も!!わたし握手してもらっちゃった!!」

エリカはファンとあって興奮気味だ。

 

「うん、テレビで見るよりずっと可愛かったね」

美月はそんなエリカに微笑みながら答える。

 

幹比古は顔を赤くして……次の突撃取材に行くりせの後ろ姿を見つめていたが…………

「…………あれ?達也の後ろにいる。あのスタッフの人の後ろ姿………何処かで」

 

「幹、何ぼっとしてるのよ!りせちーに惚れちゃった?」

エリカはそんな幹比古の背中を叩く。

 

「何言ってるんだよエリカ!」

 

「りせちーは可愛いから仕方がないわ。まあ、惚れても、幹には無理だけど」

 

「そんなの当たり前じゃないか!」

幹比古はエリカのせいで、先程の後ろ姿の人物の事は頭から抜けてしまう。

 

 

 

 

 

2月3日(木)11:20

 

りせ一行は、一時間・二時間目と座学の授業風景などの撮影や取材を行ったあと、午前最後の授業三時間目に広い敷地内にある運動施設の一つに訪れ、リーナと深雪が所属している1年A組女子の体育授業の見学を行う。

 

「これはテニスですか?」

りせは真横に居る達也に質問をする。

真由美もその横に居るが、先程の座学の際、ずっと説明に廻っていたため、ここは達也が説明に回るようだ。

 

今、りせがいる場所はテニスコートが2面並んでいる立派な競技場の観客席だ。

ただ、普通のテニスコートと違うのはまるで闘牛場のように、観客席の位置高く。テニスコートを覆うように頑丈そうな壁がそそり立っているところだ。

 

 

「いえ、クラウド・ボールという競技です。確かにテニスとは似ています」

 

達也がそう答えるとテニスウェアーを着た女生徒が2人がテニスコートに入ってくる。

1人は黒髪の美少女、もう1人は金髪碧眼の美少女。

もちろん、深雪とリーナの二人だ。

 

「但し、魔法を使います。低反発ボールを魔法を使って如何に相手のコートに落とすかを競う競技です」

 

深雪とリーナはラケットを片手に持っているが、もう片方の手には銃のような物を持っていた。

 

「……銃?」

 

「いいえ、あれは短銃型の特化型CADと言いまして、魔法を起動させる道具なのですが、このような魔法起動スピードが優劣を決めるような競技では、あのような形態のCADを使うのです。通常の汎用型CADと違い、記憶させる魔法の数は極端に少なくなるのですが、その分起動スピードに優れているのです」

 

「……そ、そうなんですね」

りせは達也の説明の半分も理解出来ないでいた。

 

「この競技は、全国の魔法高校が集まり開催される魔法競技大会である九校戦の正式種目です。昨年の優勝者はこちらの七草先輩です」

 

「七草さんは凄いんですね」

りせは真由美に微笑みかける。

 

「……そんな事は」

真由美は謙遜し否定しようとするのだが……

 

付き人の悠がボソッとこんな事を言う。

「凄いな」

 

「そうですね。因みに2年連続優勝しています」

それを聞いた真由美は何故か胸を張ってそんな事を言う。

りせと言うよりは悠に向かって言っているようだ。

 

 

 

一方コート場で相対している深雪とリーナは、観客席の方を見据え……

 

(お兄様の前では、負けられません)

(悠とりせが見てるわ。絶対負けられないんだから)

 

2人は燃えていた。

 

 

2人はネットを挟んで、お互い視線を合わせる。

((この前の決着を付けましょうか))

 

 

そして、試合開始ブザーが鳴り、2人競技を開始する。

 

 

「凄いですね。……でも、これはどっちが有利なんですか」

 

「アンジェリーナさんですね。二人の魔法力は拮抗しておりますが、この競技に関して言えば、収束系魔法が得意なアンジェリーナさんに分が有るようです。

このような競技では、個人の魔法の力や得意不得意はもちろんなのですが、CADの設定や魔法の選択も重要になります。CADを設定する技術者の能力も問われる事になります。一見個人戦のように見えますが、競技者と技術者のチーム力も重要な要素になります」

 

「そ、そうなんですね」

りせは笑顔で答えるが、リーナが有利だということは理解したが、それ以外のことはチンプンカンプンだった。

そもそもりせはCADがどのような役目をしているかすら理解していないのだから仕方がないだろう。

一般人であるりせが理解出来ないのも仕方が無いことなのだ。魔法師でなければ、CADにふれることはまず無いと言っていいだろう。魔法を使えない一般人にとっては無用の長物なのだ。

 

その横で悠は頷き、なるほど、などと感心したように達也の説明を聞いていた。

どうやら、悠は理解しているようだが…………

 

 

そして、試合は終了し、リーナが勝利する。

リーナと深雪はお互いコートを挟んで握手をする。

「今回は勝たせてもらったわ」

「次は負けないわ」

 

 

直後リーナは観客席に向かって笑顔で手を振り出した。

「見てた!?ゆ……ぅ………」

 

「ゆ?」

 

「ゆ、優勝できるわ、私が出ていればね」

 

悠の前で、しかもライバルの深雪に勝てたことに嬉しかったのだろう。

リーナは思わず悠の名前を叫ぶところだった。

寸前で思い出し、誤魔化すために訳がわからない事を深雪に向かって言う羽目になる。

リーナのうかつっぷりはここでも発揮されてしまったのだ。

 

「?……」

そんなリーナに深雪は疑問顔を向ける。

 

観客席のりせは引きつった笑顔をし、真由美は額に手をやり呆れた表情を……悠は後ろを向き他人のフリをする。

 

 

その後、りせ達とスタッフは一時休憩を取ることになる。

りせは校内をもう少し見たいということで、悠と真由美と渡辺摩利が付き添いで暫く校内を見て回る事になった。

その間スタッフは昼食や機材や撮影した映像のチェック等を行うためにロケバスに戻る。

達也と光井ほのかは真由美から昼食を今の内にとっておく様に言われ、難色を示す達也にほのかが半ば強引に連れていく。

 

「あ、ごめんなさい。ま…七草さんに渡辺さん。私のせいで、昼食が取れませんね」

りせは楽しそうに、広々とした校内を歩いていたのだが、気がついたように、真由美と摩利に話しかける。

 

「いえ、良いんですよ」

 

「何処かで一緒に昼食を取りませんか?」

りせは皆に提案をする。

 

「……うむ、今警備は私と真由美だけだからな……四時限もそろそろ終わる。食堂や喫茶は人が押し寄せる可能性がある。どうする?」

摩利は思案顔をしながら、真由美に意見を求める。

生徒たちが食堂や喫茶で食事をしているりせを見かけ、押し寄せて来る可能性が有るからだ。

ただ、鬼の元風紀委員長が睨みをきかせれば、事なきを得られる気はするが……

因みに魔法科高校の授業スケジュールは午前中三時間、昼食休憩を挟んで午後二時間の計五時間だ。

 

「あそこなら良いんじゃない、誰も来ないし、自配機(自動食事配膳機)もあるし……生徒会室」

真由美は生徒会室を提案する。生徒会室ならば、食事を自動提供する機械が備わっているため、食事をすることも可能だ。

 

「いいのか?真由美は今は生徒会執行委員メンバーじゃないだろ?」

 

「これでも元生徒会長だから大丈夫よ。今は誰も使ってないし…ね?」

 

「あそこなら、大勢で人が押し寄せることはないから、都合が良いか……わかったそうしよう」

摩利も、真由美の意見に押され納得し、4人は生徒会室で食事を摂ることになった。

 

 

 

 

 

四時限目と五時限目の間の休憩時間に深雪とリーナは……練習棟に向かっていた。ここは屋内魔法訓練を行うための設備が整っている。1Fは広々とした体育館のような施設で、上階には測定施設やその他訓練室が備わっている。

「そろそろ訓練機械の入れ替えでマクシミリアン・ディバイス社のスタッフの方が訪れる予定だわ」

深雪はその受入作業の確認を生徒会として受けていた。

 

「なんで、今日みたいな日にそんな事を?」

(マクシミリアン・ディバイス社ってミアの潜入先の会社よね。ミアも来るのかしら……顔を合わすのはまずいわね……でも、そのへんはミアの方が専門だから、お互い他人のふりをすれば大丈夫よね)

リーナは深雪に質問しつつも、ミアと出会ってしまった時の事を考えていた。

 

「前々から学校側が発注していたものよ。もっと日にちがかかる予定だったのだけど、急に今日行けることになったの。訓練が滞るからなるべく早く納入したいからOKしたらしいの。幸いにも練習棟の取材は今日は行わないから特に問題ないわ」

深雪は歩きながらリーナに説明する。

 

既に大型トラックが練習棟の側に着き、機材が運び込まれるところであった。

そこには、学校の職員と共に練習機器の調整などを行うエンジニアスタッフとしてミアが同行している姿も見える。

 

「リーナ、もう来ているわ。急がないと」

 

「こんな事も生徒会の仕事なのね…………」

(ミアも居るわね。……一昨日に会ったのに何も聞いて無いのだけど)

 

 

 

 

 

2月3日(木)14:20

 

「魔法科高校って広いね。設備も充実してておしゃれだし。とても高校とは思えない」

 

「ああ、ジュネスも真っ青だ」

 

生徒会室の大きな会議机でりせは悠と並び、正面に真由美と摩利が座り昼食を取り終える。

何故か悠がテキパキとティータイムの用意をし、今は皆紅茶を楽しんでいるのだ。

 

「そう……なんですか」

真由美はこれが普通だと思っていたため…腑に落ちていない。

 

「久慈川さんも高校に通っているのですか?」

摩利はりせに質問をする。

 

「はい、芸能人が沢山いる学校で、学校に行けない事が多いのですが、芸能活動自体が授業のカリキュラムとして認められていますので」

りせは爽やかな笑顔で答える。

 

 

この後のりせ達のスケジュールでは放課後の部活風景を取材する予定となっている。

 

しかし…………

 

りせは急に立ち上がり窓際へと足を向けていく。

「!?…なにヒミコ……え?」

 

「りせどうした?」

そんなりせの様子に悠は席を立ち、りせに近づき小声で聞く。

 

真由美と摩利も訝しげに席に座ったまま2人の様子を覗う。

 

 

りせの表情が曇り、緊張の色が走る。

 

「悠先輩……シャドウの反応が…この学校に……2体……4体………微弱なのが1体…今学校に侵入した………」

りせは悠にしか聞こえない小声で……最悪の事態を伝える。

 

「な!?……なぜここに!?」

 

 

事態が急転し…………

彼らの長い一日が始る。





次回はペルソナ4、3、5と混ざったようなフィールド展開に……
久々の戦闘シーンですね。


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第二十四話 戦いの始まり

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
助かります。

遂に、戦い開始です。



2月3日(木)14:31

 

皆と昼食をとっていたりせだが、ヒミコが危険を感知し、りせに知らせたのだ。

りせは急に立ち上がり校内が見渡せる窓際に駆けつき、ヒミコを憑依状態にし……エネミー・サーチを掛ける。

 

「りせどうした?」

悠も席を立ちりせに近づく。

 

「悠先輩……シャドウ反応がこの学校に集まってくる……2体……4体………微弱なのが1体…今学校に侵入した………」

りせは緊張した面持ちで窓の外をみながら、悠に聞こえる程度の小声で言葉を紡ぎ出す。

 

「な!?……なぜここに?」

悠は驚きの声を上げるが……直ぐに小声に戻す。

 

真由美は心配そうに、摩利は訝しげに、りせと悠の様子を席に座ったまま覗う。

 

(悠先輩!シャドウ反応が全部で7体この学校の敷地内に侵入した!危険な感じがする!)

りせはテレパスで悠に状況を説明する。

 

(………まさか、奴らしびれを切らして、魔法師の卵が集まるこの学校を狩場とし襲撃しに来たのか………しかし、まだ昼間だ。どういう事だ)

悠はりせと同じ様に窓の外を見ながらこの事態に思考を巡らせるが、答えが出ない。

学校周囲上空に烏の群れが飛来してくるのが見える。

 

(りせ、生徒達の避難が優先だ!七草に!)

 

(うん、わかった!)

 

(真由美さん……)

りせはテレパスで真由美に語りかける。

 

「え?(りせさん…何かあったの?)」

真由美は一瞬驚くが、テレパスだと認識し冷静に応対する。

 

(落ち着いて聞いて……ドッペルゲンガーがこの学校に今侵入したの……生徒達みんなをなんとか避難できないかな?……それとヒミコの能力を全力にしたいから、渡辺さんをこの部屋から…………)

 

(え!?ドッペルゲンガーが?…なぜここに…分かったわ任せて………)

 

真由美はなぜここにドッペルゲンガーが来たのかという疑問を押さえ込み、生徒達を逃がすために生徒会室の緊急放送用のマイクを取り出す。

 

「全校生徒教職員の皆さん。落ち着いて聞いてください。校内に危険物を仕掛けられた可能性があります。速やかに敷地外に退避してください。これは訓練ではありません。繰り返します。校内に危険物が仕掛けられた可能性があります。速やかに敷地外に退避してください」

 

真由美はこうして、校内にいる全ての人に退避を促したのだ。

もし、これを危険物と言わずに、テロリストの侵入だと伝えたならば、生徒たちの、特に上級生は反撃体制を取り、校内に残るだろう事は明白であった。

 

「真由美!どういう事だ!!何があった!!冗談じゃ済まされないぞ!!」

摩利は校内放送を一通り終えた真由美に迫る。

 

さっきまで、一緒に食事をしていた真由美が何の前触れもなく、こんな事をしでかしたのだ

しかも、危険物が仕掛けられているという、かなりの緊迫した状況だ。

何を持ってそんな事を放送し、生徒たちを退避させたのか……冗談では済まされない。

急といえば、りせが急に席を立ち上がり窓の外を見ていたが……真由美と会話を一切していない。

摩利は真由美の行動が理解できず、こう言うのも仕方がないことなのだ。

 

「説明は後よ!摩利はTV局のスタッフを敷地外への退避をお願い!」

真由美は真剣な面持ちで摩利に強い言葉で指示を出す。

 

「さっきのは本当なんだな!……久慈川さんとそこの人は!」

 

「2人は私が安全な場所に移動させるから………早く!!」

 

「わかった……どういう事か後で聞かせてもらうからな!!」

摩利は悪態をつきながらも、生徒会室を急いで後にし、裏口駐車場に居るだろうTVスタッフの元に向かった。

 

りせはその間TVスタッフに連絡し、自分は生徒会に避難させてもらうから、先にロケバスで逃げる様に伝える。

 

 

「ヒミコ!」

りせは摩利が出ていくのを見計らって、祈りのポーズを取りながらヒミコを顕現させる。

 

「鳴上くん…この学校になんでドッペルゲンガー…………まずいわ、生徒達ではドッペルゲンガーに対応できないわ」

 

「七草、さすがの対応だな。……奴らの目的は魔法師から生命力を奪うことと、何らかの目的のために鏡の中に閉じ込め捕らえることだ。……奴らはここを狩場にしようとしているのかもしれない。生徒達が危ない。彼らをこの学校から退避させなければ……校内放送を続けてくれ、まだ信じていない人も多いだろう。一人でも多くこの場から退避を……」

 

「わかったわ。りせさんは奥の部屋に移動しておいて、生徒会メンバーがここに来るかもしれないから」

 

「うん………悠先輩!5体シャドウが堂々と敷地内の道を移動してる。車?何?トラックで移動してる!?」

りせはヒミコで全力で学校敷地内及びその周囲をエネミー・サーチを掛け詳しい情報を集めていた。

 

「トラック!?どういう事だ!後の2体は?」

 

「奥側の敷地の森みたいな所に留まってる………何をしようとしているの?………悠先輩!奴ら、霧を発生させるつもりよ!」

 

「あの霧で異世界化か!!……まずい!!生徒が鏡の中に取り込まれる!!……七草!!急いで退避勧告を!!」

 

「!…皆さん!!直ちに敷地内から退避を!!全力で退避を!!霧が充満する前に!!出来るだけ早く!!」

真由美はそれを聞き、叫ぶように校内放送で生徒たちに敷地内からの退避を勧告する。

 

「悠先輩!トラックで移動していた5体のシャドウが練習棟っていう施設で止まった………リーナがそっちに向かってる!止めないと……」

敷地の中央付近に近接する施設とはまさにマクシミリアン・ディバイス社が納入のために練習機材を運んでいる練習棟だ。

今、まさにリーナと深雪が向かっている先なのだ。

りせはリーナにテレパスで状況を伝える。

 

「そっちに対処しに行く。りせナビを頼む」

悠は始めは霧を発生させている方に向かおうとしたが、りせの情報で5体のシャドウ反応が集まっている練習棟へ行き一気にかたをつけようと、生徒会室を出て行こうとしたのだが……

 

「え?……ちょっと待って悠先輩!4体のシャドウが散開した!」

 

「まずい……各個撃破しか……この広い敷地では一気には………」

悠は生徒会室の扉を開け、りせの言葉で足を止めた。

個別行動を開始した7体のシャドウの動きが読めない以上、無闇に突っ込むのは危険を伴う。

悠は思考を巡らせる。

 

しかし………扉の先の更に外側では、既に霧が何処とからともなく、立ち込めだしているのが見えてくる。

 

その霧を見た生徒たちが、真由美の校内放送による退避勧告が眼の前の危機であると感じ、おお慌てで敷地外に出て行く様子が見える。

 

「………くっ」

 

 

 

 

 

2月3日(木)14:33

 

リーナと深雪は練習棟にマクシミリアン・ディバイス社の納入練習機器の受け取り立会に向かっていた。

丁度、機材を運んでいると思われる大型トラック2台が練習棟の搬入口に到着し、機材を運び出す準備を進めている。

そこには、リーナと同じくUSNA軍所属でマクシミリアン・ディバイス社に潜入している情報局のスパイであるミアが居るのが遠目で確認出来た。

 

「リーナ、もう来ているわ。急がないと」

 

「こんな事も、生徒会の仕事なのね」

(ミアから、ここに来ることを知らされていないわ。急に決まったから?いえ、2日前に会ってるから……)

 

すると、真由美の声で緊急校内放送が流される。

『全校生徒教職員の皆さん。落ち着いて聞いてください。校内に危険物を仕掛けられた可能性があります。速やかに敷地外に退避してください。これは訓練ではありません。繰り返します。校内に危険物が仕掛けられた可能性があります。速やかに敷地外に退避してください』

 

「どういう事深雪?」

 

「これは…またテロ?……リーナいけないわ。マクシミリアン・ディバイス社の方達に直ちに敷地外に退去してもらわないと」

深雪はそう言って、練習棟に向かって走り出そうとする。

 

「分かったわ……」

リーナは何か違和感を感じていたが、それが何なのかはわからず深雪について行く事にする。

 

『リーナ!今直ぐそこから離れて!!シャドウの反応が!!練習棟っていう所にシャドウ…ドッペルゲンガーの反応が複数あるの!!危険よ!!』

 

「り!…」(りせどういう事?)

リーナの頭の中にりせの緊迫した声が入って来たのだ。

 

『早く!』

 

(さっきの放送は?…ドッペルゲンガーが?まずいわ。急いで練習棟に機材を運び込んでいる業者の人を逃さないと)

 

『あーー、もう、だから、その人達が怪しいの!!その中の1人に微弱なシャドウ反応!!トラックの中にシャドウ反応が4体!他にも敷地内に侵入したシャドウが2体いるのよ!!』

 

(え?……シャドウ…ドッペルゲンガー7体?)

リーナは驚く、1体でも厄介な相手が7体も学校に侵入しているというのだ。しかも今から行く先に業者に紛れて5体もいる。とても対処出来る数ではない。

 

「まって深雪!」

リーナは一緒に走っている深雪の腕を掴み止める。

 

「リーナ?急がないと……校外の人たちの避難誘導は優先だわ」

 

「待って!」

リーナは深雪の腕を強く掴んで離さない。

 

(りせ…でもあの中に私の仲間が居るの……助けないと……ミアを……)

リーナは練習棟の搬入口にいるミアを遠目で見ながらりせに伝える。

 

『ミア…その人から微弱なシャドウ反応が出てる』

(そんな……ミアも調べたハズよ。ドッペルゲンガーの反応は出なかったハズよ!)

リーナは呆然としてしまう。今まで普通に接していた仕事仲間が敵……しかも人間でない存在であった事に………しかも、ミアはドッペルゲンガーを反応させる術式での検査を受けているはずなのだ。もしかしたら……情報が漏れていたのはミアからなのかもしれないと…………

そんな思いがリーナの頭の中を巡っていた。

 

「リーナどうしたの?……私だけでも、彼らを誘導するわ」

様子のおかしいリーナの顔を深雪は心配そうに覗き込む。

 

リーナは遠目でミアを見ると、ミアは振り返りリーナを見つけ、視線を合わせてきた。

ミアの口元は笑っているように見えた。

 

(そんな…………ミアが…………)

 

『ミアって人!人の反応とシャドウの反応が重なったおかしな状態!なんか変!!嫌な予感がするの!!………、もういいから、そこから離れて私達と合流して!!』

 

(ミア…………)

 

すると、2台のトラックの後方から複数の人影が一気に飛び出し、かなりのスピードで敷地内に散らばって行くのがリーナの位置から見えた。

確認出来たのは一瞬だったが、その中にリーナが知っている顔があった。

追っている元USNA軍所属のドッペルゲンガーになり代わられたと目される人物が何人か見られたのだ。

最早、ミアの裏切り……いや、ドッペルゲンガーであることが確定的となった。

 

(くっ……)

悲痛な表情をするリーナ。

 

『4体のシャドウ反応がトラックから出て散開した!……リーナ!戻って合流して!』

 

(りせ………私はUSNA軍スターズの隊長として彼らを処断しないといけない。……彼らを……そしてミアを!!)

リーナは悲壮感を漂わせ、りせに伝える。

 

『バカ!!!そんな事はどうでも良いの!!!!!リーナは一人じゃない!!!悠先輩や真由美さん、私も居る!!みんなで倒せば良いんだから!!!!』

(りせ……ありがとう。……わかったわ。無関係な人たちを逃してから、そっちに行くわ)

リーナは一瞬驚いたような顔をするが、フッと笑みをこぼしてから、真剣な顔になり、りせに伝える。

 

しかし……

深雪は呆然と立っている状態であったリーナの状態を心配していたが、いち早く避難誘導をしなければならないと、ミア達がいるマクシミリアン・ディバイス社の人たちの元へ走って行ってしまっていたのだ。

彼らは真由美の校内放送を聞き、トラックの前でおろおろしながら、どうしたら良いのか迷っているような様子であった。

 

さらに、周囲からあの霧が何処からともなく、立ち込め出してきている状況だ。

 

リーナが立ち直り、気がついた頃には深雪はミア達の元に既に着いていた。

 

「校内放送にあったとおりです。元来たルートで直ぐに敷地外に避難してください。機材は後日ということで……」

深雪は彼らに状況の説明と避難指示を的確に行う。

 

そこでミアに異変が………

急に黒い霧に包まれ、手を深雪の方へ突き出し掴もうとする。

 

「え?」

深雪は眼の前の人物の急な異変に何が起きているのか理解できず、それに反応しきれなかった。

 

そんな深雪の後方上空の方からリーナの声が響く。

「深雪!下がりなさい!」

 

対抗魔法パレードで身を包んだリーナが飛び込み、ミアに襲いかかったのだ。

リーナは魔法でプラズマの球体を手のひらに生成し、ミアに接触するぐらいの近距離で放つ。

ミアはプラズマの球体を体に受け、練習棟の搬入口の重厚な鉄扉を巻き込みながら、練習棟の中に吹き飛び、壁に激突する。

 

「あなた達は早く逃げて!!」

リーナは驚いた顔をしているマクシミリアン・ディバイス社のスタッフ達に叫ぶ。

 

「リーナ何を!?」

 

「早くよ!!……深雪のせいで逃げれなくなったじゃない……あれはドッペルゲンガーよ!倒すのを手伝いなさいよね!」

リーナはスタッフにもう一度声を荒げると、ミアが倒れている場所を見据えながら深雪に悪態をつく。

 

「どういう事?…ドッペルゲンガー……」

深雪はまだ、この急な展開について行けてない。

 

 

「少佐……酷いじゃないですか。普通なら死んじゃいますよ?」

拉げた鉄扉ごと壁に激突したミアが……いや、ミアから変貌したあの幾何学模様の仮面をした黒服黒マントのドッペルゲンガーが何事も無かったようにスクッと立ち上がり、リーナの方に向き直る。

 

「すっかり騙されたわ!ミア…いえ、ミアになりすましたドッペルゲンガー!!」

リーナは練習棟の搬入口に立ちミアに叫ぶ。

リーナはスタッフが逃げきるまで、ここで立ち塞がるつもりなのだ。

 

「フフフフッ、残念。私がミア本人ですよ」

 

「ドッペルゲンガーは皆そう言うのよ!!」

 

 

『リーナ!どうして戦闘に!?』

りせの声がリーナに届く。

 

(ごめん、失敗したわ。でも、こうなったら私がこの1体を倒すわ、幸いにも深雪も居るし大丈夫よ)

 

『リーナ!そのシャドウの身体、ミアさん本人みたいなの!!シャドウが乗り移っている感じよ!!』

 

(な!?ミア本人が……だから術式にひっかからなかった?……ミアは生きているの?………)

 

『リーナ…生きている反応はあるけど、本人意識は無いわ……それに危険なの!そのシャドウ今までの奴とは桁違いの力を持ってる!一人じゃ無理!今ならまだ逃げれる。逃走補助するから逃げて!』

りせはミアの意識が既に無いことに気がついていた。それよりも、今までのドッペルゲンガーとは桁違いの強い反応に、焦りを抱いていた。リーナ1人では厳しい状況だと……さらに高レベルや神魔クラスのシャドウではりせの絶対逃走の成功率はかなり低くなるのだ。

 

(まだ、周りに人が残っているのよ。深雪も居るし、私一人で逃げるわけには行かないわ)

しかし、リーナは今、この場から引ける状態では無かった。

 

『リーナ……わかった!私も全力でサポートする!悠先輩に行ってもらうから、それまで持ちこたえて!』

 

(わかったわ………りせ…悠が来るのね……)

 

「少佐?何をしているの、さあ、戦いましょ?少佐も、そこの貴方も私の仲間にしてあげるわ」

尚もミアはリーナ達に近づいてくる。

どうやら、深雪もターゲットにされているようだ。

 

「そう、身体はミア本人であることは分かったわ。でも操っているドッペルゲンガー!!ミアを開放しなさい!!」

 

「フフフフッ……なんでわかったのかしら?でもねこれはお互い合意の上なのよ?」

そう言って、幾何学模様の仮面を被ったミアがリーナに近づいてくる。

 

その直ぐ後ろで深雪もCADを構え戦闘体制をとっていた。

「あれがドッペルゲンガーなのね……ミアさんというのは?」

深雪もようやく事態を把握し、リーナに聞き直す。

 

「軍の知り合いよ。ただ生半可な攻撃は効かないわ。さっきの見たでしょ。気にせずに跡形もなく滅ぼすつもりで全力で行かないとこっちがやられるわ……もう少しであの人達も逃げられる………」

リーナは簡単に深雪に説明する。

ミアを助けたいという思いはあるが、りせの勧告と、さらに先程のリーナの攻撃もダメージをほとんど受けていない様子に、眼の前のミアがこの前戦ったドッペルゲンガーとは強さの桁が違うと感じ、そうも言っていられない状況と判断し、覚悟をきめたのだ。

 

リーナは今、マクシミリアン・ディバイス社のスタッフが逃げきるまで、この場から動く事ができない。そのため時間稼ぎをするために、攻撃をせずにわざとミアとの会話を引き伸ばしていた。

それももう少し、彼らはトラックに乗り込みこの場から離れ始める。

 

 

その間も目に見えて霧が濃くなってきている。

 

「っ!?深雪!!対抗魔法を展開よ!私の後ろに下がって!!」

リーナは霧が濃くなるのに危険を感じ、ミアの動きを見据えながら、魔法で鏡を次々と撃ち抜く。

鏡に閉じ込める術を防ぐためだ。

 

「遅いわ。少佐」

ミアはそう言って手を上にあげると……

一斉に鏡が光りだす。

 

鏡が光りだしたのは、練習棟だけではない、第一高校敷地内のすべての鏡が光りだし、そして、そこに写っている人間を鏡の中へと封じ込めたのだ。

 

 

リーナはパレードを展開しているため、鏡に囚われることはない。

 

深雪も自身の対抗魔法が効いたのか、それともリーナの後ろに隠れたお陰なのかはわからないが、

囚われずに済んでいる。

「何!?今の光は!?」

 

その間もリーナは魔法で練習棟の鏡を破壊していく。

「深雪!大丈夫だったようね!」

 

 

「パレード…いい魔法だわ。是非私もほしいわ少佐」

ミアは余裕のある声でリーナに話しかける。

 

「貴方には無理ね………深雪!眼の前のドッペルゲンガーを倒すわよ」

リーナはそう言いながら加速魔法を行使し、ミアに対し回り込むように動き出す。

 

「分かったわリーナ」

そして深雪はその場から、ミアに向かって魔法を展開する。

 

「2人で来てくださるのね。ありがたいわ少佐……こんな私を評価してくださって、それ相応の返礼をさせていただかないと」

 

こうして、リーナ、深雪とミアとの戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その少し前、エリカは野外魔法訓練の授業を終え、美月と2人で道具を片付けた後、更衣室で着替えていた。

そして、真由美の危険物による全校生徒退避放送が流れる。

 

「まずいわね……また、テロ?………急ぐわよ美月」

 

「……エリカちゃん」

美月は震えていた。両腕を自らを抱きしめる様にして…………

 

「美月……大丈夫?……とりあえず校内から退避したほうが良いわ」

 

「違うのエリカちゃん。さっきからなにか良くないオーラが学校を包んで見えるの……恐ろしい何かが………」

美月は水晶眼という特殊な目の持ち主だ。人や空間に漂う霊気や気が視覚的に見えるのだ。

その目が何か危険な存在に反応したのだ。

美月はそのために、この時代には珍しくメガネをしている。それらを故意に遮断するためのメガネだ。その眼鏡は着替え中は外していたため、見えてしまったのだ。

そして…遂には座り込んでしまう。

 

「どういう事、美月?………メガネを………立って、とりあえず出るわよ」

エリカはそんな美月を見て、何かが起こっている事は確実だと感じ、美月にメガネを掛けさせ、立たせる。

 

「エリカちゃん……ありがとう。でも服は着ないと……」

エリカは下着姿のままだった。

 

「わっ」

エリカは慌てて体操着のジャージに着替え直す。

 

 

エリカと美月が女子更衣室を出ると制服姿の幹比古が立っていた。

「何幹?ノゾキ?」

 

「ちがう!!何言ってるんだエリカ!待ってたんだよ!放送を聞いただろ?」

 

「冗談よ。幹にはそんな勇気無いでしょうしね」

 

「エリカ!……柴田さん大丈夫?」

エリカに文句を言おうとするが、顔色が悪い美月を見て幹比古は声をかける。

 

「うん……大丈夫………早く行こ」

 

「ちょっと待って、幹、これって…………」

外の様子を見たエリカは幹比古を引っ張り外の様子を見させる。

 

「霧だ!霧が出てきてる……あの時の霧に似てない?……なんで?あの放送は危険物の事じゃない?……もしかして………まずいよ!」

幹比古は何かに気づき、危険を察知する。

 

外ではドッペルゲンガーと対峙した時と同じような霧が立ち込めだしていたのだ。

 

「彼奴等がくるかもしれない……幹!!美月を背負う事を許可する」

エリカはそう言って幹比古を無理やりしゃがませ、美月を幹比古の背中に乗るよう促す。

 

「えええ?エリカなにを?」

「え、エリカちゃん?」

幹比古と美月は顔が真っ赤だ。

 

「授業が魔法訓練でラッキーだったわ。CADはまだ返してないようね幹、加速魔法で一気に脱出するわよ」

顔を赤くした2人にそう言った。

美月は魔法の行使が苦手であった。もちろん加速魔法も。それで幹比古が美月を背負って、脱出する算段をしたのだ。

 

校内でのCADの着用は原則禁止されている。常時着用を許されているのは、風紀委員会と生徒会ぐらいだ。それと、魔法競技や魔法を使った部活活動時、魔法競技や魔法訓練系の授業の場合のみ使用を許可されている。普段はCADを預かる部署で事務員を通して、必要時ごとに出し入れする様に決まっているのだ。

 

「ごめんね。吉田君」

「う、うん。緊急時だから」

そう言って、美月は幹比古の背中に乗る。

幹比古にとってこれ程幸運な事はない。なぜなら、幹比古にとって美月は恋愛感情を抱いている相手だからだ。更に、美月の豊満なバストが押し付けられる展開に、幹比古の顔は真っ赤なトマトのようになっていた。

 

「幹?アレ?なに~、何で顔が真っ赤かな?」

エリカはそんな幹比古をからかう。

 

「エリカ!!…とっとと行くよ!!」

「はーい、クフフフッ」

 

幹比古とエリカは窓を開け、2階から飛び降り、加速魔法で広いグラウンドを一気に横切ろうとする。……霧が更に立ち込め………エリカ達が先程までいた施設から強烈な光が漏れるのが見えた。

あの、鏡に人を取り込むための光だ。

 

「間一髪だったわね」

エリカは加速魔法で走りながらその様子を見る。

 

「何?本当に危険物が爆発した?でも爆音がしないけど………助かったのかな?」

幹比古は走りながらそんな感想を漏らす。

 

 

しかし……

「そうでもないみたいね…………」

エリカ達が走っている先に遮るように霧の中から人影が現れたのだ。

 

「久しぶりね。……今回は助けはこないわよ。小娘に坊や」

獣の仮面を被った黒服黒マントの女……この前エリカと幹比古が対峙したコヨーテ人間の生き残りが眼の前に現れたのだ。

 

 

「あの時の狼女のパラサイト………柴田さん、少し離れてて…………」

幹比古は美月をおろし、制服の中から古式魔法の札を取り出す。

 

「幹、この前みたいにヘマしないでよね」

エリカは携帯型の警棒のような武器を取り出し、構える。

 

「ほう、やる気満々じゃない。かわいがってあげる。…………うん?後ろの眼鏡の子…その子は当たりみたいね。………まあ、どっちにしろ、校内に残っている連中は全員私達の糧になるのだから」

 

獣の仮面を被った黒服黒マントの女は……身体が巨大化し、コヨーテ人間へと変貌していく。

 

「あの時の決着を付けてあげる!」

「エリカ!行くよ!!」

 

「私のエサになりな!」

 

エリカ達の戦いもこうして始まった。

 

 

 

 

 





戦い開始前って感じですかね?
リーナ・深雪VSミア
エリカ・幹比古VSコヨーテ女


我らの番長は?
………多分次回です。

あれ?達也とほのかは?
……次回です。

他の敵は?
……秘密です♡

本格戦闘は次回から…………だと思います。
戦闘シーンは苦手…………


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第二十五話 第一高校異界化

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

まだ、前振り段階ですかね。
ちょっとは、状況がわかるかもしれないです。





2月3日(木)14:30

 

真由美に休憩を言い渡された達也は光井ほのかに連れられ校内の喫茶店で軽く食事を摂り終え、

紅茶を飲みながら休憩をしている。

 

「達也さん、りせさんって実物も本当に可愛らしくて、きれいな人ですね」

 

「ああ」

気のない返事をする達也

 

「……達也さんもりせさんのような女の子が好きですか?」

 

「いや。俺は彼女の事はよく知らない。テレビで噂されている程度の事しかな」

 

「そうじゃなくて、その見た目とか雰囲気とか」

どうやら、ほのかの質問はもっと軽い感じのものだったらしい。

見た目の好みのタイプ的にどうだということのようだ。

 

「……好みのタイプでは無いな」

達也もそれに気が付き、無難な答えを出す。

 

「そうなんだ。やっぱり深雪みたいなタイプが好みですか?」

 

「……ほのか、前にも言ったが、深雪は妹だ。好みの問題じゃない。それに俺は感情が欠落している」

以前に達也はほのかの告白を感情が欠落していることを理由に断っている。

確かに達也は幼い頃の魔法実験により、感情が欠落した。

しかし、本人が今もそう思っているだけなのかもしれない。

それまでの人生で経験した物事で、生まれてくる情動があるはずだ。

ただ、達也の今までの人生は幸せだったとは言い難い境遇だったため、それらの感情も育まれなかった可能性が高い。唯一妹の深雪だけが、心許せる存在だったということだったのだろう。

 

「でも、初めて会ったときよりも、表情がずいぶん柔らかくなったと思いますよ」

 

「……そう言ってくれるのは、ほのかだけだ。他の連中は、愛想が無い、仏頂面等と言ってくる」

 

「ふふっ、それは達也さんがみんなにそれだけ慕われているということですよ」

 

「……………」

 

達也はそんな他愛もない会話をほのかとしながらも、りせの付き人だという若い男の事が気になっていた。頑なに顔を隠す態度に、最初は着ぐるみまで着て、姿まで隠そうとしていた。

今の所、それ以外は不審な点はない。

それどころか、久慈川りせを的確にフォロー出来るような位置取りを常にしているようにも見えた。

頑なに顔を隠す理由。有名なタレントか何かなのかもしれない。それこそサプライズ企画のひとつなのかもしれないと……ならば、関係者の自分たちには知らせても良いのではと思うのだが…………

また、その堂々とした雰囲気から達也の目にも不審者にはとても見えなかった。

だからといって警戒しない理由にはならないと改めて思う達也だった。

 

 

そして、あの放送が流れる。

 

『全校生徒教職員の皆さん。落ち着いて聞いてください。校内に危険物を仕掛けられた可能性があります。速やかに敷地外に退避してください。これは訓練ではありません。繰り返します。校内に危険物が仕掛けられた可能性があります。速やかに敷地外に退避してください』

 

「達也さん…これは」

ほのかは不安そうな顔で達也を見る。

 

「どういう事だ。七草先輩から事前連絡があって然るべき問題だ。何の前触れもなくこの放送は……いや、…………」

達也は考える仕草をする。

こんな重要な事柄を、真由美ならば、同じ警備担当の達也達に事前に知らせるだろうはずだ。

それが無い。しかも、放送後も未だに連絡が無い。

達也は携帯端末で真由美を呼び出すが……連絡がつかない状態だ。

よっぽど緊迫した状況か、この放送の通り緊急を要している可能性が高いと判断する。

 

「本当に危険物が校内に?……いつそんな物が…………」

 

「ほのか、ゲスト(りせ)の安全確保が優先だ。七草先輩に連絡がつかない。校内を散策すると言っていたな………いや、今の放送は……放送室か」

 

「達也さん。生徒会室だと思う。今の七草先輩の放送は、たぶん生徒会室の緊急放送回線です」

 

「ということは、生徒会室だな。ほのか急ぐぞ」

 

達也とほのかは、本校舎のある生徒会室へと向かおうとする。

生徒達は放送に従って逃げるもの、迷っているもの、放送自体を信じていないものなど、校内は騒然としていた。

 

達也とほのかは、本校舎へ向かう途中で、数度、混乱する生徒達に校外退去を促す声掛けを行い、思うように生徒会室へ向かうことが出来ない。

 

そこで、更に緊迫した声での真由美の放送が流れる。

『!…皆さん!!直ちに敷地内から退避を!!全力で退避を!!霧が充満する前に!!出来るだけ早く!!』

 

「霧……どういう事だ?」

達也は霧が充満する前にという言葉が引っかかる。

危険物が少なくとも爆発物ではなさそうだと………もしかすると霧を発生させ何らかの化学反応を起こす兵器なのかもしれないと仮定をしてみるが……そんな化学兵器も聞いたことがない。

 

「達也さん……霧が………」

ほのかは建物の外側を見ながら不安な声を上げる。

 

「……霧が立ち込める?…………な!?なんだと!?」

達也はその放送を聞き、外を見ると、徐々に霧が立ち込めてくるようであった。

達也はその霧が何らかの化学兵器によるものなのかを調べるため、霧の構造を調べるが……全く読み取ることが出来ない。

普通の霧であれば水分子の結合体と言った単純な作り…他に殺傷力等がある化学兵器が含まれれば既知の分子構造であれば読み取れるはずなのだが…………その両方ではない。また未知の分子構造でもない…………全く読み取れないのだ。

達也に取ってこれは驚くべき事実なのだ。

 

そして…………

「達也さん!!危ない!!」

ほのかの叫び声共に達也はほのかに強く押され、周りが一瞬強い光に包まれる。

あの、鏡に人を取り込む光だった。

 

「くっ!!……ほのか無事か?」

達也の視界が徐々にもどる。

爆発物の爆破や化学兵器による攻撃ではなさそうだと、感覚的に達也は感じていた。

 

「!?」

しかし、視界が戻り周りを見渡し、やはり建物は破壊や攻撃の後はまったくない。

ただ………横にいたはずのほのかが居ない…………それどころか、先程まで混乱し逃げ惑う生徒達が大勢いたはずなのが……人がまるで消えたように、目に見えて少なくなっていた。

 

「………どういう事だ!?」

達也は周りを見渡し何度も確認する。

建物は光に包まれる前後で変わらない。

変わってたのは、人がその場から消えたように居なくなったという事実だ。

 

達也は冷静に再度周りを見る。周りの消えなかった生徒達は何が起こったのかわからずただただ、呆然としていた。

達也は眼の前にある鏡面ガラスに気がつく…………

そこには、確かに自分が写っている……

そして、ほのかが倒れている姿が写っているのだ…………しかし、自分の周りにはほのかは居ない。鏡にほのかが倒れているのが写っているのにだ。

 

「な………なんだこれは………どういう事だ…………」

達也は珍しく……いや、これ程動揺したのは、深雪が深手をおった4年前の沖縄以来か………

それ位にありえない現象が………達也の理解の範疇を明らかに超える現象が目の前で起きたのだ。

 

達也はほのかが写っている鏡面ガラスにふれる………そして、構造体の把握を行うが……それはただの鏡面ガラスだと…………魔法で起こした現象でもない………

 

「なんなんだ…………深雪!?」

達也は動揺しつつも、ふと深雪の安否が心配になる。

通常のテロリストの襲撃や、化学兵器や爆発物の攻撃ならば、今の深雪の力量であればさほど心配しなかっただろう。ただ、この達也が全く理解ができない現象が起こっている現状では、不安になるのは仕方がないだろう。携帯端末を取り出すが……電波障害なのか…通信ができない状態だ。

 

「くっ、深雪………ほのか…」

 

ほのかはこの鏡に閉じ込める光が見えていた。

ほのかの魔法適正は光のエレメンツ、光の波や信号を無意識にキャッチすることが出来る。

そのため、ほのかはこの光が発光する気配を察知し、危険なものだと感じ身を呈して達也を助けたのだ。

 

 

達也が動揺している間に、次々と生徒達の悲鳴が聞こえてくる。

 

達也の視界の範囲に悲鳴の元が現れる。

そこには、胴まわり50cmもあるヘビが何匹も現れたのだ。

ヘビは、次々と生徒達に巻き付き、そして、捕らえて行く。

 

達也はその行為を見、身構える。

動揺していた心を静め、臨戦態勢まで精神を持っていく。

それがただのヘビという生物ではないことは、構造体を把握出来る達也の目で明らかであった。いや、達也の目を持ってしてもそれが何なのかが把握出来なかったのだ。

 

達也は振動系単一魔法の3連射で、衝撃波を作り、数匹のヘビを吹き飛ばすが、後から後からと天井、壁、床を這って現れる。

相手の構造体が把握できない今、分解魔法を直接行使することが出来ないのだ。

分解・再成魔法以外の魔法では高威力の魔法が行使出来ない達也にとって、相性が悪い相手と言って良いだろう。

 

達也は、この場での防戦は意味がないと判断し、この場を撤退、深雪を探しに本校舎の1-Aクラスへ向かうつもりだ。

次々と現れるヘビに体術を使用しながら、無属性魔法で防戦をし……徐々に後退する。

達也の戦闘経験とスキルのお陰でなんとかしのいでいる状態だった…………

 

「…………ほのか…すまん」

 

 

 

 

 

 

一方生徒会室では………

 

あの鏡に人を取り込む光が放たれるが、りせがヒミコを顕現させたまま真由美を抱き込んだお陰で、真由美が巻き込まれずに済んでいた。

 

「りせ!どうなった!」

 

「完全に霧が敷地内を包んだの!これはちょっとした異界だわ…………

真由美さんの退避勧告で、3分の1から半分ぐらいの人は敷地外に逃げれたみたいだけど、

今の光で、その敷地内に残っていた人は鏡に半分弱取り込まれた!」

りせが早口で答える。

大凡、第一高校は生徒と教職員を合わせて600人強。敷地外に逃げれた人間は250人程度。

残った人間の内、150人は鏡に取り込まれたのだ。

 

「そんな…………」

 

「奴らの動きが早い……七草のお陰で、かなりたくさんの人が逃れることが出来た」

悠は呆然としている真由美に励ましの言葉をかける。

実際、真由美が放送で避難勧告をしなければ、その倍は被害があっただろう。

 

「悠先輩!それよりも、リーナの所に行ってあげて!相手はかなりやばい奴なの!!」

 

「……りせ」

 

「私なら大丈夫!悠先輩!私だって戦えるんだから!真由美さんもいるしね!行ってあげて!」

りせは自信満々にそう言い放った。

 

「わかった……無理はするな」

悠は廊下から窓を飛び出し、三階から飛び降り、練習棟へ急ぐ。

 

 

 

 

 

 

練習棟ではリーナと深雪は、幾何学模様の仮面を被ったミアと魔法による戦闘を開始していた。

 

リーナは牽制程度に、先程から電撃系の魔法を放ちながら、りせのレクチャーを聞いている。

その間、深雪は凍結系の魔法をミアに放っている。

 

『リーナよく聞いて、その敵はミアさんの本体に取り憑いている状態なの、今攻撃しようとしている体はミアさんの体なの、でも耐久力がものすごく上がっているから、ミアさん本体の体も普通には傷つかない』

 

(りせ、どうすれば?)

 

『あぶり出すしか無いわ。敵の弱点は見当たらないわ……電撃は無効化される。土系統も耐性がついてる。なにか精神的なダメージを与える事ができれば…………』

 

(さっきから、私の放出系の魔法(電撃)が全く効いてないのはそのせいね。精神的ダメージか………私が苦手な魔法ね………)

リーナはりせからそれを聞いて、得意の電撃魔法をやめ、氷結系に変更する。

 

『はっきり言って、リーナの持ち札だと、厳しいわ。物理攻撃がまだ有効だけど、ミアさん本体に傷つけるだけになってしまう』

 

 

(深雪は何か持ってないの?)

 

『有るけど、精神も肉体も全て凍結させてしまう即死系の超強力な魔法よ。ミアさん本体もこれではただでは済まないわ……下手をすると取り返しの付かないことに…………』

りせが深雪をアナライズして調べた魔法は、【コキュートス】という深雪の固有(BS)魔法と言っていい魔法だ。本人は魔法として発動できるが、なぜ精神まで凍結出来るのかは解明していないという。ブラックボックスに包まれた超強力な魔法なのだ。

 

(そんなのも、持ってるのね深雪は………でも、それしか無いのよね。……深雪には悪いけど使って貰うしか無いわね)

 

『それじゃ、ミアさん自身が……』

 

(精神的に生きているか死んでいるかわからないミア………躊躇していると、深雪や私が先にやられてしまう)

 

『そうだけど、悠先輩が今向かっているから!』

 

(それじゃ間に合わないかもしれないわ)

 

 

「少佐?本気でやってますか?ほら、全然効いてませんよ?」

ミアは余裕の声でこんな事を言ってくる。

 

リーナと深雪が今放っている氷結魔法を魔法障壁で尽く防がれている状態だ。

 

リーナは一度攻撃を止め、深雪の側まで、飛び退く。

「深雪、精神的なダメージを与える魔法が有効らしいの……なにか持ってるでしょ」

 

「……もってるわ。でも、あの魔法障壁が厄介だわ………こんなにドッペルゲンガーが強いなんて…………」

 

「わかった。私が何とかするから、その攻撃をくらわせて…………」

 

「わかったわリーナ」

 

 

「何こそこそ話してるんですか?私も混ぜてくださいよ少佐。…そう言えば、さっきの放送のせいで、生徒達がかなり逃げちゃったので、予定の数よりも少なくなっちゃいましたよ。これじゃ計画のレベルを下げるしか無いです。…………あれは私達が侵入したことに対しての警告ですよね。どうやって私達が侵入したことがわかったんですか?ここの搬入口のチェックにも引っかからなかったし………少佐も私が敵だって事をずっとわからなかったですよね。教えてくれませんか?」

幾何学模様の仮面をしたミアは攻撃するわけでもなく、こちらに歩み寄ってくる。

 

「ふん、知らないわよそんな事」

 

「なら、力ずくで聞いちゃいましょうか?少佐」

 

「やれるものならやってみなさい!………深雪…私が隙を作るから後はお願い」

リーナはミアを挑発しつつ、小声で深雪にお願いをする。

そして、リーナは深雪から離れ、ミアの後ろをとろうと、大きくジャンプをする。

 

 

『リーナ!相手がなにかしてくる。……【分子ディバイダー】っていう魔法よ!』

 

(な!?)

リーナはりせの忠告を聞いて驚く。

【分子ディバイダー】はスターズの極一部の高レベル魔法師しか使用出来ないUSNA前隊長が生み出した高難易度の魔法だ。

 

「少佐、手足の一本は頂いちゃいますよ」

ミアは右手を上に掲げると、巨大な光の剣のようなものが手から伸び、それを振り下ろす。

 

リーナは予め、情報強化(魔法防御)の魔法を展開し、その上で、光の剣の軌道を読みながら、すばやく避ける。

 

「なら、こっちも!」

リーナは避けながらもCADを操作し、そして、光の剣【分子ディバイダー】を発動させ、ミアに突き刺す様に伸ばす。

 

ミアは防御障壁などの各種防御魔法を展開するが、次々と突き破られていく。

そして、寸でのところで、ミアは自らが動きかわす。

 

「やはり凄いですね。そうやって使うんですね。勉強になりま………」

 

ミアがそう言いかけたところで、ミアは動きを止める。まるで時が止まった様に………

これは深雪の固有魔法【コキュートス】氷結系の魔法のはずなのだが、精神まで凍結させてしまう。即死魔法。

ミアはさながら氷の彫刻の様になる。

 

「やったの?」

リーナは深雪の横に飛び降りる。

 

「……多分………お兄様は?みんなは?」

深雪は戦闘態勢を解き、他の皆の事を心配する。

 

「……ミア」

リーナの目には悲しみの色が出ていた。

 

『まだよリーナ!ドッペルゲンガー本体は影の中に逃げた!』

 

「くっ………」

リーナは戦闘体勢を再度取る。

 

「フフフフフッ……危ないところだったわ。何かしらその魔法は、とんでもない魔法ね。即死系?しかも凍結属性を同時に?それを直接食らったら、さすがの私も危なかったわ」

 

完全に凍りつき、動かなくなった幾何学模様の仮面をしたミアの影から、素顔を晒したままのミアがスッと黄金色の目を怪しく光らせながら現れたのだ。

このミアこそが、ドッペルゲンガーのミアだったのだ。

深雪の魔法を受けたと同時にミア本体の影を限定的な異次元と化し、逃げ込んでいたのだ。

いや、元々影にも、本体の一部を宿していたのかもしれない。

今の攻撃はミア本人の体を傷付けているだけで、ドッペルゲンガー本体は影に逃れダメージを受けていなかった。

 

「えっ!?」

深雪は驚く顔をする。

 

 

『なに?………ものすごく、嫌な感じ……リーナ!耐えて、もう直ぐ悠先輩が着くから…………あっ!こっちにも敵…が…………』

そこでりせのテレパスが途切れる。

(りせ?りせ!?あっちも何かあったようね……悠が来てくれるまで耐えるしか無いわね)

 

そして…影から出てきたドッペルゲンガーのミアは……凍りついたミア本人を押し倒す。

凍りついたミアはゴトリと音を立てて床に倒れる。

 

「あら、せっかくの身体が台無しね。まあ、いいわ、貴方良いわね。名前は何ていうのかしら黒髪のお嬢さん…………貴方も少佐も仲間にしてあげる!」

そう言いながら再び影から現れたミアの身体は黒い霧に包まれる。

 

 

既に戦闘体勢をとっていたリーナは領域魔法【ムスペルヘイム】をその黒い霧に包まれているミア周囲に展開。

その場をプラズマ放電により灼熱地獄と化す。

 

 

しかし、黒い霧はドンドン膨れ上がり、4,5メートルは有ろうかという巨大な塊となる。

そして、灼熱地獄はリーナの意思に反して、解除されると同時に黒い霧は晴れる…………

「我は影、真なる我、裁きを与える者、この姿にひれ伏すがいいわ」

 

 

「な……なによこれ!?」

「……ああ、…うっ………なんて禍々しいの」

リーナと深雪はその姿に恐れおののく。

 

 

そこに現れたのは、5メートルは有ろうかという巨大なクモだった。黒色の体色に腹部には禍々しいドクロのような黄色い模様が浮かび上がっていた。

そして……クモの頭部に当たる場所には人の女性のような上半身が生え、腕は8本、顔には口や鼻が無く目が8つ並んでいた。

 

「フフフフフッ、もう終わりね。少佐……そうだ。先程の質問をいいかしら………」

ミアの声でそのクモの化物は気安くリーナに話しかける。

 

「深雪!全力よ!!的が大きくなっただけよ!!」

「わ…わかったわ!!」

リーナは深雪にそう言い、自らも奮い立たせながら、魔法を次々と放っていく。氷結・火炎と…………

深雪もリーナに干渉しないように、魔法を次々と放つ。氷結・火炎と…………

リーナは悠が来るまでの時間をかせぐためにも、得意ではない魔法でも断続的に放つ。

 

しかし、女性の体に生えている腕8本を属性魔法ごとに異なる腕を上げていく。

すると、魔法は巨大なクモの化物となったミアにダメージを与えることが出来ない。

巨大クモのミアはそれぞれの属性を司る上部4本の腕を振るうことによって、それぞれの属性魔法を無効化させる障壁を体に覆って居たのだ。

 

「無駄よ。もう、こうなった私には、誰も勝てないわ…………だからお話しましょ少佐。私達の侵入の事をどうやって、誰が調べたのかしら?」

 

 

「深雪!さっきの魔法は!」

「ためが必要なの!」

「わかったわ!」

 

リーナは大きく横にジャンプし、巨大クモのミアの気を引きつける。

そして、着地と共に【分子ディバイダー】発動し、巨大クモのミアの上半身に振るう。

 

しかし、ミアも上半身の下の腕一本に同じく【分子ディバイダー】を発動させそれを防ぐ。お互いの魔法が干渉しあって、お互いの魔法自体が吹き飛ぶ。

 

 

その隙に、深雪は【コキュートス】を巨大クモのミアに発動させ、巨大クモのミアは凍りつき、動きが完全に止まる。

 

「………今度こそ」

「…………」

 

しかし…………

巨大クモのミアの表層を覆っていた氷にヒビが入り、一気に剥がれ落ちる。

 

「危ないわその魔法。間一髪よ。さっき見ていてよかったわ」

巨大クモのミアは活動を再開。

ミアは予め即死魔法を防御するテトラジャを展開していたのだ。

 

「くっ!」

「そんな………」

 

「さあ、教えなさい?どうやって、私達の存在に気がついたの?少佐が大好きなあのペルソナ使いは、ここには居ないはずよ」

ミアは悠と何度も対峙しており、悠の事を独自に調べていたのだ。

しかも、リーナとの共同戦線についても疑っていた…………

 

「しらないわ!!」

 

「あれ~、鳴上悠くんでしたっけ、少佐が大好きなあの男の子。あれはダメね危険すぎる。力を付けた後で八つ裂きにしてあげるわ。彼、他の学校の学生だものね。ここには現れない。そういう時と場所を選んだんですもの………わざわざ、昼間を選んだのもそうよ。残念ね?」

 

ミアが余裕の声でリーナを挑発するように言うのだが………

そこに上部から落ち着いた雰囲気の声が割って入る。

 

 

 

「残念なのはお前の方だ……イ・ザ・ナ・ギ!!」カッ!!

 

 

 

4メートルは有ろうかという黒い人型の式神………いや、イザナギが中空から飛び降りる人影から突如と現れ、巨大クモのミアを猛烈な勢いで蹴り飛ばした。

クモのその巨体が練習棟の壁に激しく激突する。

 

同時にその人影も、中空からリーナと深雪の前に背中を向け軽やかに着地する。

そして、人影…悠は顔を2人に向け………

 

「大丈夫か二人共、遅くなった」

 

 

 




先生のこのシーンはずっと前に決まってました。
このシーンに持っていくにはどうすればと………前振りが長かった><

相変わらずチートのりせ………りせが居なければ、リーナと深雪はやられてましたね。

次は悠とりせ回予定………


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第二十六話 悠、反撃開始

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます
毎度非常に助かっております。

今回は悠の久々の戦闘ですね。


 

 

 

2月3日(木)14:43

 

 

第一高校敷地中央に位置する重厚なつくりの建物、練習棟。その1階は屋内競技場さながらの広さと高さを持つ施設だ。明らかに競技場と異なるのは窓などというものは無く、圧迫感を覚えるような四面が頑強なコンクリートの壁で覆われている事だろう。かろうじて小窓が天井付近に取り付けられているくらいだ。

ここは魔法練習施設でもあり、魔法や物理衝撃に耐えうる設計となっている。

並の魔法では破壊どころか傷つける事も出来ない頑丈な施設なのだ。

 

 

その施設で今、巨大なドッペルゲンガーと2人の少女が戦いを繰り広げていた。

 

情勢はドッペルゲンガーが優勢であった。

ドッペルゲンガーである巨大クモのミアは2人の少女リーナと深雪を徐々に追い詰めている。

 

「あれ~、鳴上悠くんでしたっけ、少佐が大好きなあの男の子。あれはダメね危険すぎる。力を付けた後で八つ裂きにしてあげるわ。彼、他の学校の学生だものね。ここには現れない。そういう時と場所を選んだんですもの………わざわざ、昼間を選んだのもそうよ。残念ね」

ミアは余裕の声色で明らかにリーナを挑発するかのような言動をする。

 

ミア達ドッペルゲンガーはやはり、悠を徹底的に避けていたのだ。

ドッペルゲンガーのミアにより,こちらの動きは筒抜けだった。

ミアはUSNA軍情報局の工作員の身分を活かし、スターズや他の組織の動きを把握していたのだ。

リーナが悠と協力関係であることに気が付き、魔法師を襲う場所をスターズの捜索範囲から大きく離れた場所に限定して行動させていたのだ。

 

 

そんな余裕の声を上げるミアに相槌を打つかのように、彼女らの上から声が降りてくる。

 

 

 

「残念なのはお前の方だ……イ・ザ・ナ・ギ!!」カッ!!

 

 

 

悠が練習棟1階上部の小さな小窓を突き破って飛び込んできたのだ。

そして、空中でイザナギを顕現させ、声に反応し上を向いた巨大クモのミアを勢いのまま蹴り飛ばす。

巨大クモの巨体は練習棟の壁に激しく激突し、めり込む。

 

悠自身も、中空からリーナと深雪の前に背中を向け軽やかに着地する。

悠は顔を2人に向け………

 

「大丈夫か二人共、遅くなった」

 

何時もの自信に溢れた笑顔だった。

 

 

「悠!!…………遅いわよ!!」

リーナは悠の姿を見て嬉しそうな声を上げる。

 

「鳴上さん…?……どうしてここに?………あの式神は?」

深雪は悠がここに現れた事にも驚いたが、一般人だと思っていた悠が人型の式神を操り、明らかに戦い慣れをしている動きをしていたことに混乱気味であった。

 

 

巨大クモのミアは体半分めり込んだ壁から、姿勢を立て直し、悠達に体を向ける。

「なんで!なんで貴方がここにーーー!!ペルソナ使い!!!!」

 

「当然だ」

 

「くっ…監視させていた!!万が一を考えて!!この学校周囲を眷属で監視させていたのに!!どうやって入ったの!!」

今度は巨大クモのミアが動揺する番だった。

 

「ふっ、やはり変装は効果があったようだ。クマにお礼を言わないとな」

 

「へ……変装………もしかして、貴方は、私達の計画を知って!!」

 

「どうだか」

悠は余裕の笑みを湛えていた。

しかし、当の悠はドッペルゲンガーが侵攻してくるなどと考えもしていなかったのだが……大胆不敵である。

 

「……悠」

リーナはそんな悠に呆れていた。ドッペルゲンガーの侵攻なんて予想もしてなかったくせに、しかも変装は、対達也、エリカ、幹比古用であったのに、何でそんなに自信満々なのかと…………

 

「鳴上さんが……どういう事?」

深雪はこの状況を把握できず、まだ混乱している。

 

 

「くっ、やはり、貴方はもっと警戒すべき相手でした…………しかし、貴方はここで死んでもらいます。私も大分力を得ましたしね!!」

 

巨大クモのミアはクモの尻を立てて、多量の糸を撒き散らす様に、こちらに飛ばしてくる。

あのレオの生命力を奪ったクモの糸だ。

 

「二人共……後ろに下がれ」

悠がリーナ深雪にそう言うと、片手に名刀【薄緑】を顕現させ、こちらに向かってくる糸を切り払っていく。

 

イザナギの巨体にも無数のクモの糸が襲いかかってくる。

イザナギも刀で切り払うが、無数の糸は幾つもに分岐して遂にはイザナギに絡みつく。

そして、エネルギードレイン……生命力を奪おうとする。

 

イザナギは自らに稲妻の魔法【ジオンガ】で放電して糸を焼き尽くそうとするが……効果が現れない。糸まで電撃無効の能力が有るようだ。

 

「フフフフフッ、調査済みですわ!ペルソナ使い!!貴方のペルソナは物理攻撃は脅威ですが、電撃魔法しか使えない。…………私には電撃は効かないのですよ!」

 

「そうだったな。チェンジだ。スザク!!」

悠は手の平に節制のペルソナカードを顕現させ、それを勢いよく握りつぶすように掴む。

 

イザナギはスッと消え。

悠の後ろに炎を纏った巨大な鳥スザクが現れる。

 

『マハラギオン』

 

スザクは甲高い鳴き声と共に炎の領域魔法マハラギオンを放つ。

巨大クモのミアが放ったクモの糸は全て燃え尽きる。

ミア自身も炎に包まれるが、腕を上げ、属性防御を行い自身への攻撃を無効化していた。

 

「な………なぜ?ペルソナが2体…………どういう事!?」

ミアは悠が複数のペルソナを使えることに驚いていた。

 

そして、巨大クモの影から、50㎝程の大きなクモが多量にわさわさと現れ、悠達やスザクに襲いかかる。

 

悠は刀技で撃退。

リーナと深雪も魔法で多量に迫るクモを迎撃する。

 

ミア自身は電撃の魔法を複数の腕から同時に放ってきた。

 

 

「ビャッコ!!」

悠はすかさずペルソナカードを顕現させ、ペルソナチェンジを行う。

 

悠の後ろに巨大な白い虎が現れ、大きな咆哮を上げると共にミアから放たれた電撃を無効化する。

 

『マハブフダイン』

 

そして、ビャッコは氷結の領域魔法マハブフダインを巨大クモの周りに放つ。

影から現れたクモ達は凍りつきその場に氷の彫像と化する。

 

巨大クモのミアは氷結の属性防御で自身を守る。

 

 

「なんなの!貴方は!!幾度も観察した。その力も見てきたわ!!でも複数のペルソナが使えるなんて!!」

取り乱したようにミアは叫んでくる。

 

そして、蜘蛛の糸と影からクモを多量に出現させ、人の上半身の腕から氷結、火炎、電撃、疾風の魔法を一斉に放ってくる。

 

 

「アヌビス!!」

悠はさらにペルソナチェンジを行い。犬の顔を持つエジプトの審判の神を模したアヌビスを顕現させる。

 

『マカラカーン』

 

アヌビスは持っている天秤を傾け、魔法反射マカラカーンを発動させる。

 

巨大クモのミアから放たれた魔法は跳ね返され、幾つかの魔法は、属性魔法を無効化する障壁が間に合わず、その巨体に受ける。

 

「なんなの!貴方はなんなの!!なんなの!!」

 

巨大クモのミアは今度は【分子ディバイダー】を悠に向かって振り下ろす。

悠はその一撃を前に進みながら飛びかわし、ペルソナチェンジを行う。

 

「ジークフリート!!」

 

その間もミアはさらに別の腕から【分子ディバイダー】を発動させ、悠に向かって横薙ぎに振るってくる。

 

顕現した古代ローマの戦士のような格好をしたペルソナ、ジークフリートが分子ディバイダーをその手に持つ剣で受け止める。

ミアがさらにもう一つの【分子ディバイダー】でジークフリートに攻撃を仕掛けるが、盾で受け止める。

そして、硬直状態となるが、ジークフリートの気合の雄叫びと共に、分子ディバイダーは消し飛ぶ。

 

 

「なんなのなんなのなんなのなんなのよーーーー!!」

 

 

『ゴッドハンド』

 

ジークフリートが気合の雄叫びと共にその場の床に大きく拳を突き刺すと、巨大クモのミアの頭上から、半透明の超巨大な拳の形状をした高エネルギーの塊、天からの神の拳、超絶技【ゴッドハンド】が振り落ろされる。

 

「なっ!!ああああああああっ…………」

 

巨大クモはそのまま拳の形状に押しつぶされ、コンクリート床にめり込みながら潰されていく。

その衝撃で、リーナや深雪も吹き飛ばされそうになる。

 

そして、無残に潰された巨大クモは黒い液状になりはて消滅。

練習場のコンクリート床には大きく破壊されクレーター状に深い穴が穿たれた跡が残った。

 

それと同時にジークフリートも役目を終えスッと消える。

 

 

「……終わった…」

「あのクモを……あっさりと…倒したの…あの攻撃は…何?」

リーナと深雪はその様子を唖然と見ていた。

 

 

悠はというと、いつの間にかにリーナと深雪の後ろの壁際に姿を現し、何かをそっと床に置いていた。

床には氷漬けとなり、もう息の無いミア本人を横にさせていたのだ。

ジークフリートが鍔迫り合いをしている間に回収し、【ゴッドハンド】に巻き込まれないように移動させたのだ。

 

「今までの奴に比べ随分力を付けていたな………二人共、大丈夫そうだな」

悠は独り言を言いながら、リーナと深雪の方に振り向く。

 

 

「悠!!」

リーナは悠を見つけると、パレードを解除して嬉しそうに駆け寄る。

続いて深雪もその後を追う。

 

「リーナ、頑張ったな」

悠は駆け寄るリーナの頭にポンと手を置く。

 

「子供扱いしないでよ!これでもスターズの総隊長よ!!」

リーナは文句は言うが、悠の手をどけようとせず、顔は嬉しそうだ。

 

「……その、鳴上さん助けに来ていただいてありがとうございます。……鳴上さんは古式魔法師だったんですね………それもかなりの力量の………」

深雪は悠に頭を下げお礼を言う。

状況を十分に理解できてはいなかったが、悠に助けられた事だけはわかっていた。

案の定、ペルソナを式神と誤認し、悠が古式魔法師だと思っているようだ。

 

「そんなようなものだ」

悠は曖昧な返事をする。

 

 

「悠……ミアは…………」

リーナは悠の横に立ち、壁際に横たわっている氷漬けのミアを見、苦しそうな表情をする。

 

「あのままあの攻撃に巻き込まれるのは忍び無い……亡骸だけでも」

 

「………ごめんなさい…こうするしか」

深雪は謝る。

ミア本体は深雪の魔法【コキュートス】により氷漬けとなったのだ。

精神すらも凍結させるという即死系の魔法だ。

 

「深雪が悪いわけじゃない……ドッペルゲンガーに取り憑かれた時点で死んでいたも同然だわ………ミアも軍人……これは仕方がなかったことよ。それに深雪がこうでもしないと私達が先にやられて死んでいたわ」

 

「…まだ……お兄様なら戻せます」

 

「深雪、どういう事?」

 

「お兄様は24時間以内であれば、再成魔法で元に戻すことが……多分この状態はまだ仮死状態だから………」

達也の魔法は回復、復活というニュアンスとは全く別物だ。その物に残るエイドスの記憶をさかのぼり再成させることができる。簡単に言うと、最大24時間前の状態に戻せるということなのだ。

 

「そんな事が可能なのか」

悠は関心するように言う。悠も復活魔法を有するペルソナを内包しているが………今のミアの状態では復活が叶わない。

悠がペルソナで行使出来る魔法は、異世界と現世では効果が微妙に異なる。特に補助魔法や回復系が顕著だ。

例えば、回復系は、回復魔法のランクにもよるが傷や怪我はどんな大怪我でも治すことが出来る。しかし、体力を回復することが出来ないのだ。

補助系のマカラカーンやテトラカーンなどは異界では相手の攻撃を1回跳ね返すという効果だが、現世では数秒発動し、発動中は何発でも跳ね返せる。

そこで、リカームなどの復活魔法だが、死亡してからの時間が勝負となる。ペルソナの能力と損傷具合によるが5分が限度だった。

実際試したわけではなく。りせのアナライズによる情報で得たものだ。

 

「司波さん。この凍結状態はどのくらい保ってられる?」

 

「経験上、多分2、3時間はこのままの状態です。それ以上はわかりません。」

 

「そうか……君の兄さんならば、復活できるんだな」

 

「はい、お兄様の魔法ならば」

深雪は自信を持って言う。

 

「…達也の魔法で……ミアが助かるかもしれないのね深雪……」

悲痛な面持ちをしていたリーナだが、深雪の言葉でホッとしたように胸をなでおろす。

 

「ここも安全ではない。この人をこのままの状態で、何処かに隠す。カタが付いたら復活させよう」

悠は深雪に場所を聞き、練習場の中にある機材倉庫に凍りついたミアを置く。

 

 

「ところで悠………この惨状はどうするのよ………流石にこれ言い訳できないんじゃない?」

床が大きく破壊され大穴が空いた練習場を見ながら………リーナは悠に呆れたように言う。

 

「魔法や衝撃に耐えうる構造の練習場が……これ程に…………き、緊急事態だったし、その……きっと大丈夫ですよ。鳴上さん」

深雪もその惨状を見て、悠の顔を覗いながら根拠のないフォローをする。

 

「…………まずい…保険は効くだろうか?」

悠は改めてこの状況を見、額に脂汗を滲ませる。

 

 

「………一般人だと思われている鳴上さんがこのような事を起こしたとは誰も思いません。ドッペルゲンガーが行った破壊ということに………」

深雪はそんな悠にすかさずフォローを入れる。

 

「それだ!」

悠はそれが起死回生の案だと言わんばかりに拳を握りしめる。

 

「それだじゃないわよ悠……まあ、そういう事にするしか無いわよね………にしても、とんでもない力ね」

リーナは呆れ顔で悠を見る。

これでも悠は建物が崩壊しない程度に【ゴッドハンド】の威力を抑えていた。

 

「フフフッ、鳴上さんって面白い方ですね。さっきまであれ程の戦闘をされた方とは思えないです」

深雪はようやく余裕が出来てきたようで、笑顔を見せる。

 

 

 

悠は2人が落ち着きを取り戻し、体力がある程度回復をしたところで、簡単に現状の説明とこれからの方針を語りだす。

 

「状況は最悪だ。この第一高校は霧に包まれ異界化し、ドッペルゲンガーと、その眷属が多数徘徊する魔窟と化している。ドッペルゲンガーの目的はわからないが、生徒達は鏡に囚われ、さらに、眷属で鏡に囚われなかった者を直接、捕縛している。幸い殺すことが目的ではない様だ。これから、七草達と合流しながら、ドッペルゲンガーを一体一体倒しに行く。リーナと司波さん……手伝ってくれ」

 

「もちろんよ。悠」

リーナは当然だと言わんばかりだ。

 

「異界化?鏡の中に囚われる?どういうことですか?……その、七草先輩ともお知り合いなのですか?」

深雪は異界化や鏡の中に囚われるという言葉に戸惑う。

何も知らない深雪に取って理解不能な話だ。

 

「詳しく説明している暇はない、移動しながらでいいか?」

 

「わかりました。それと…多分、兄も何処かで戦っているはずです。合流していただきたいんです。

ミアさんを元に戻す為にも………それと鳴上さん……兄と呼び方を区別するという意味で、私も下の名前で読んでいただけませんか?………深雪です」

 

「わかった。よろしく深雪」

 

「はい」

 

リーナはそんな深雪と悠を見て、不満そうな顔をしながら悠の耳元で深雪に聞こえないような小声で話しかける。

「りせからテレパスはあれから無いわ……りせと真由美は無事かしら?敵に遭遇していたようだけど………」

 

「大丈夫だ。りせは戦闘を行っているのだろう。そのうち連絡が付く。何かあれば大声で助けを求めてくるだろう」

 

「……りせが戦闘?大丈夫なの?」

リーナは心配そうだ。

 

「七草も居る……りせを相手にする連中は……災難だな………」

 

 

 

 

2月3日(木)14:40

 

生徒会室で待機していたりせと真由美だが、りせはヒミコで情報収集を行いながら、悠への練習棟への誘導、リーナのサポートを同時に行うという荒業を実行していた。

 

「真由美さん!敵がここに向かってる!!シャドウ…ドッペルゲンガーよ!何でここに?………外の烏ね…あれも奴らの眷属!」

 

「!?…りせさん退避をしないと!」

 

「真由美さん落ち着いて!私達でも倒せるわ!ここに来るのは熊のドッペルゲンガー…力技が得意……雷撃系の魔法を用意して!弱点よ!!」

 

「わ、わかったわ」

真由美は不安ではあったが、りせの励ましの掛け声で、迎撃態勢を取りCADを操作。電撃系の魔法の準備をする。

 

「もうすぐ来る………扉に照準を………今よ!!」

 

真由美もマルチスコープという魔法で扉の外の様子を確認し、敵を認識する。

生徒会室の重厚な扉は既に熊の化け物と化しているドッペルゲンガーが外から力任せに引き抜かれるのと同時に扉の外側に向かって、雷撃を放つ。

 

「ぐわっーー!………な、なんだ!」

引き抜かれた片方の扉の外では、未確認生物のビックフットの様な姿をした熊のドッペルゲンガーの巨体が廊下の壁に倒れ掛かっていた。

 

「真由美さん!そのまま連続で!!」

 

「了解よ!」

真由美は雷撃を飛ばす魔法を連続で次々とその大柄な黒服黒マントに放っていく。

 

「ぐっ………ぐわっあああああ!!がぁああ!!」

熊のドッペルゲンガーは放電し煙を上げ、激しく苦しんでいる。

 

「そのまま押し切っちゃえ!!」

 

真由美はそのまま、雷撃を次々と飛ばして行く。

熊のドッペルゲンガーはたまらず、廊下の窓を突き破り、煙を上げながら外に落ちていく。

 

「あ!!逃げた!!……まあいいわ。大分ダメージを与えたし」

 

「……出来た?…私でも?」

真由美はこうもあっさりドッペルゲンガーを撃退出来たことに自分自身驚いているようだ。

 

真由美は近頃、自信喪失気味であった。

ドッペルゲンガーに一度捕まり死にかけ、捜査もうまく行かず。さらに周りにいる悠やりせ、リーナと自分を比較し、劣っていると………

戦闘能力は悠に劣り、同じ魔法師であるリーナには攻撃力では劣っている。かといって、探査能力やサポート能力はりせというとんでもない存在が横にいるのだ。

ただ、悠とりせは言うまでもなく、リーナもUSNA最高峰の魔法師だ。比較対象にする人間が優秀すぎるのだ。

 

真由美自身も本来かなり優秀な魔法師である。

全国に九校ある魔法科高校の中でも五指に入る実力者だ。

この一連の事件で真由美本来の持ち味である『万能』がまだ活かされていないだけの事。

 

日本の魔法師にとってドッペルゲンガーは未知の敵である。相手がどんな性質でどんな敵なのかもわからない状態であり、対処方法も手探り状態であった。

悠やりせはこういう手合の相手は経験が豊富だ。リーナもUSNA時代から追っていた敵である。ある程度経験値があるのだ。真由美にはそれらが全く無かったため、出遅れても仕方がないだろう。

 

しかし、今は隣にりせがいる。

既にドッペルゲンガーは未知の敵ではなくなり、対処可能な、倒すことが出来る敵となったのだ。

 

「そうだよ!真由美さんがドッペルゲンガーを撃退したの!」

 

「私が………」

 

「ついでに外のあの烏もやっちゃおう!!彼奴等、私達や生徒達の居場所を探して、ドッペルゲンガーやその眷属に知らせているみたいなの!!」

 

「え?…私達だけで?………」

 

「何処に居ても一緒、奴らのシャドウみたいな眷属が敷地内うようよしているんだから。とりあえず、ドッペルゲンガーの目の役割をしている烏の眷属と、烏のドッペルゲンガーは早めに倒しておきたいし!私達で先に倒して悠先輩に褒めてもらうの!!」

 

「え?それはそうなんだけど………鳴上くんに認めてもらえる?」

真由美はノリノリで倒しに行こうと言うりせに不安を覚える。……確かに、相手の目である烏の眷属とその親玉である烏のドッペルゲンガーを早めに倒しておくべきだとは思うのだが……ふたりだけでは心もとない。さらに、真由美はりせから戦闘は苦手だと聞いていたため余計だ。

ただ……最後のりせの言葉に心が揺れる。

 

「じゃあ!レッツゴー!!」

のりのりで最早行くつもりのりせ

 

「ええ?」

真由美はこの後、思い知らされることになる。確かにりせには戦闘に対し苦手意識はあるが……苦手と強さは別問題である事に…………





次はりせ回+真由美さん


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第ニ十七話 久慈川りせオンステージ

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
非常に助かっております。


前回の告知どおり、りせ回です。
やっちまった感が否めないですが……
なま温かい目で見てあげてください。




 

2月3日14:50

 

 

生徒会室に侵攻してきた熊のドッペルゲンガーをあっさり撃退した真由美とりせ。

りせの提案で、今度はドッペルゲンガー達の目の役割をしている烏のドッペルゲンガーとその眷属を倒しに行くことにした。

 

真由美は不安ではあったが、りせが真由美の心を動かすに十分な理由をさらっと言う。

先に烏のドッペルゲンガーを倒したら、きっと悠に褒めてもらえると………

 

そしてりせは、烏のドッペルゲンガーを探すために第一高校敷地内全体にエネミーサーチをかける。

 

「それじゃあ!烏の親玉はどこかな!?……発見!!あれ?……この子達は……悠先輩がこの前、助けたっていうエリカって子と吉田って子ともう1人……美月って子が………烏のドッペルゲンガーに追われている?」

エリカ達はコヨーテのドッペルゲンガーと戦っていたはずだが………今は、烏のドッペルゲンガーに追われているらしい。

 

「あの子達、まだ無事だったのね……」

真由美はりせの情報から、現在殆どの生徒が、鏡に囚われたか、ドッペルゲンガーやその眷属に囚われた事を聞いている。命までは取らないようだが………生命力は奪われているのだろう。放っておくと死に至るのだが………

そんな中、この3人は必死に抵抗していたのだ。

 

「うーん、こっちの校舎に逃げてくるみたい……あちゃー、コヨーテの眷属やヘビの眷属、烏の眷属にも追われてる……悠先輩はまだ戦闘中のようだし……私達で助けに行こう!ちょうど烏のドッペルゲンガーも倒せるし一石二鳥!?それじゃぁレッツゴー!!」

 

「え?……そんな軽いノリでいいの?確かに助けに行かないとだけど」

 

「細かいことは気にしない!」

 

「細かいことって………さっきの熊のドッペルゲンガーも近くに居るだろうし、千葉さん達にりせさんのペルソナを知られるわけには……」

 

「うーん。精度は落ちちゃうけど憑依状態にすればバレないし、テレパスで真由美さんには話しかけれるから、なんとかなるんじゃない?バレたらバレたで、その時はその時!それに真由美さんは私(久慈川りせ)の護衛なんでしょ?」

りせは相変わらずの軽いノリだ。ペルソナ使いである事、いや、魔法師に匹敵する能力を持っている事自体がバレるのは避けたい。特にりせは今後の芸能活動に著しく影響するだろうからだ。悠が一番懸念する材料で、かなりデリケートに扱って来た事案なのだが…本人はそれ程気にしていないようにも見える……何か対策があるのだろうか?

 

「鳴上くんと合流してからでも……」

 

「それじゃあ間に合わないかもだよ。せっかくあの3人頑張っているのに……ここで倒されていないってことは、戦力になるかもだし!悠先輩にはリーナ達の方が済んだら、戻ってきてもらうように言うから!ね!?」

 

「私たちだけで大丈夫かしら」

真由美は軽い感じのりせを見て不安を拭いきれないでいた。

 

生徒会室を出ると………熊の眷属が数体現れたが、りせの指示通りに雷撃の魔法であっさり撃退。次にヘビに羽が生え、飛んで来る眷属に複数出くわすが、これもりせの指示通り、風の刃を飛ばす疾風の魔法でこれもあっさり撃退。

 

順調に校舎内を順調に下がっていく。

 

 

りせと真由美のコンビは実に相性が良いのだ。

 

真由美は七草家の魔法特性を受け継いでいる。七草家は不得意な系統が無い「万能」とよばれる魔法師の家系だ。どんな系統の魔法もそつなくこなせるのだ。

しかも、真由美はそれだけでなく、先天的に遠方を多角的に知覚するマルチスコープというレーダーのような役目をする魔法が使え。比類なき精密射撃が出来る技量を持っている。

 

りせのエネミーリサーチによる敵の正確な位置情報とアナライズによる敵の弱点をさらし、真由美に弱点を伝える。真由美は全ての属性の魔法が使えるため、何らかの弱点を持つ眷属やドッペルゲンガーに対し、有効に攻撃が出来る。さらに精密射撃が出来る技量と魔法センスを持っているため、正確に弱点属性の魔法を相手に当てることが出来るのだ。

敵にとって実に嫌な組み合わせだ。

 

 

 

 

 

 

少し時間を遡る。

 

エリカと幹比古と美月はグラウンドでコヨーテの女ドッペルゲンガーと対峙していた。

 

エリカが刀技と魔法による直接攻撃の前衛、幹比古が中衛で古式魔法で援護。美月は戦闘力皆無なため後方待機だ。

 

意外にも彼女らはコヨーテ女を追い詰めていた。

エリカは愛刀ではないが、CAD一体型特殊警棒を振るい、確実にコヨーテ女にダメージを与える。

幹比古は前回と違い、落ち着いて古式魔法を繰り出し、エリカのフォローと影から現れる眷属のコヨーテを排除していった。

そして、最大の要因は、美月だ。美月は水晶眼という特殊な目の持ち主だ。場の気や霊気、サイオン粒子やプシオンの動きが視覚的に見えるのだ。

それにより、眷属コヨーテが影から現れるタイミングを正確に見ることが出来、幹比古やエリカに知らせていたのだ。

 

「くそっ!あの眼鏡の小娘が厄介な!流石は当たりなだけある!!」

コヨーテ女はエリカの刀技を爪で受けながら、後方に下がり、防戦を余儀なくされていた。

 

「ふん!!私の愛刀があれば、とっくに切って落としてたわよ!!」

エリカは素早くヒット&アウェーを繰り返しながら、特殊警棒を相手に振るう。

 

「ほんと刀を使う奴はムカつくわね!!……ふん!!あんたらにはあの助けは来ないわよ!!」

 

「もう、あんたなんか怖くもないわ!!このままやられなさい!!」

 

「フフフフッ!!ここは異界化が進んでいるのよ。私の再生スピードも前に比べ大分早くなっている。このまま行けば、私の力も上がるわ…………それに、今回は仲間を沢山つれてきてるわ!」

しかし、コヨーテ女はまだ余裕がある。そして……仲間も………

 

 

「エリカちゃん!周りにいっぱい何かが来る!!しかも空からも!!このままだと囲まれるわ!!」

美月はエリカに叫ぶ。美月の目はこの濃い霧の中でも、周囲から迫るドッペルゲンガーとその眷属が見えていたのだ。

 

「くっ!!………幹!!あれの準備よ!!」

エリカはそれを聞き、苦渋の決断をし、幹比古に準備を促す。

 

「あれって何だよ!!エリカ!!」

幹比古は叫ぶ様に聞き返す。

どうやら事前に打ち合わせした作戦ではないようだ。

 

「あれって言ったらあれよ!!おんぶ!!」

 

「おんぶ?あっ!!わかった!!」

 

幹比古は札を取り出し、空へと投げる。

するとその札は激しく光りだした。目くらましだ。

 

「今よ!」

エリカはコヨーテ女に向かい防御の上から勢いよく強引に体ごと突っ込み相手を吹き飛ばし、その勢いで半回転し、踵を返し幹比古と美月の元へ走る。

 

「柴田さん!」

幹比古は美月を背負い。更に札をその場に数枚飛ばし、煙による視界阻害と精神効果のある感覚麻痺の古式魔法を発動させ、エリカを待ってその場を加速魔法を使って退却する。

そう、おんぶとは美月を背負って加速魔法で逃げることだったのだ。

 

コヨーテ女と周囲の眷属は巻くことに成功。

美月の目のお陰で、敵の居ない方向へ進む事が出来たのだが…………

 

上空から監視していた烏のドッペルゲンガーには逃げる様をしっかり見られ、眷属と共に追いかけてくる。

 

「吉田くん!!右に行って!!」

美月は幹比古の背中の上で指示を出す。

 

「わかった!」

 

「次左に!!」

 

「うわっ!空から火炎が降って来た!?」

烏のドッペルゲンガーの眷属が放った火炎系の魔法が幹比古の先程まで走っていたルートに降り注ぐ。

 

「空からって卑怯よ!!」

エリカは悪態を吐きながら、幹比古の後を走る。

 

「あっちの校舎の方から、何か良い気配がする。きっと味方!」

美月はそんな曖昧な情報を幹比古とエリカに伝える。

 

「良い気配って何よ美月!……まあ、このままだと捕まってアウトだし!美月にかけるわ!」

 

「了解だよ!」

 

 

「うわっ!なによあれ!熊とか空飛ぶヘビ?なんか、めちゃデカイうさぎとか、居るんだけど!美月!!本当にあっちでいいの!?」

 

エリカ達が逃れようとしている生徒会室などが有る校舎の裏口へと向かって行ったのだが……ドッペルゲンガーの眷属が建物の周りに多数徘徊しているのだ。

 

「うん、あっちで良いはず!」

 

「はずって……まあいいわ。幹!正面突破するからサポートよろしく!」

 

「ちょ、エリカ!」

 

 

しかし、エリカが突撃しようとした矢先に、裏口周囲を徘徊していたドッペルゲンガーの眷属は次々と消滅していく。

 

「千葉さん、吉田くん!!こっちよ!!」

眷属を次々と消滅させた人物が大声でエリカ達に声をける。

 

 

「あれって七草先輩!?無事だったんだ!!ということは他の人も!?」

 

「流石は十師族ね………」

エリカとしては複雑な気分ではあった。

ゴースト事件の競合相手だからだ。

 

加速魔法で校舎の裏口まで到達すると、真由美が声をかける。

「千葉さん、吉田くんそれと柴田さん無事で何よりだわ」

 

「七草先輩、助かりました。状況は?」

「七草先輩、ありがとうございます」

「やっぱり、これはパラサイト(ドッペルゲンガー)の仕業なんですか?」

幹比古、美月、エリカはお礼を言いながら、状況を聞く。

 

「そうよ。状況は最悪よ」

 

「どういうことですか?」

幹比古がそう聞き返すが………

 

真由美の後ろから意外な人物が顔を出し、3人に声をかける。

「やっほー、君たちなかなかやるね!」

 

「り!りせちーーーー!?」

「ええ!?久慈川りせ!?本物!?」

「久慈川りせさん!?」

エリカ、幹比古、美月は大いに驚く。

 

そう、若手ナンバー1と言われる人気アイドル久慈川りせが目の前に現れたのだ。

 

「あっ!もう追っ手が来た!驚くのは後々!!真由美さん!上空の烏に広域に氷結魔法をばら撒いて!!」

 

「了解よ」

真由美はりせの指示により、氷結魔法【ドライ・ブリザード】を発動し、多量のドライアイスの礫を上空に飛翔している烏の眷属に向かって放つ。

 

 

「そこの、男の子!電撃の魔法で、側面から熊が来るから狙い撃って!」

りせは幹比古に声を掛け、校舎側面から現れる熊を電撃の魔法で撃退するように指示を出す。

幹比古の古式魔法には雷童子という汎用性に優れた雷撃魔法を持っていることはりせは既に調べ済みであった。

 

「え?」

 

「いいから早く!!」

 

「は、はい」

幹比古はその指示というよりかは、りせが陣頭指揮を取っている事に疑問顔であったが、その有無を言わせない口調に、素直に従うのであった。

 

「赤髪の子は校舎内から大っきなヘビが現れるから、刀で追い払って!」

今度はエリカに指示を出すりせ。

 

「り、りせちー?どいうこと?」

 

「もう、惚けてないで、ちゃっちゃとやる!!」

 

「りせちー?わかったわ」

エリカも幹比古と同じような状況だ。あのアイドルのりせが、この場を仕切っているのだ。疑問に思わないほうがおかしい。

しかし、りせの叱咤のような指示に疑問ながらも答える。

 

「メガネの子は、私の側から離れないで……」

 

「わ、わかりました」

美月はりせを惚けた様に見ていたのだが、指示に素直に従う。

美月には見えていた。りせが纏うオーラや霊気が尋常でない事を……そして、さっき見えた良い気配はりせの物だった事に気がつく。

 

 

りせを中心とした円陣を組み。次々とりせの指示に従いドッペルゲンガーの眷属を消滅させていく。特に真由美の活躍は凄まじい。魔法属性の汎用性に発動スピード、命中精度はどれをとっても一級品だ。

 

それでも、ドッペルゲンガーの眷属は次から次へと現れる。

 

「うーん、助けられたのは良かったんだけど、……ドッペルゲンガー3体に囲まれちゃった……直接攻撃しないで、眷属の波状攻撃で持久戦を狙ってるみたい。空の烏のドッペルゲンガーに、校舎からはヘビのドッペルゲンガー、グラウンド方向からコヨーテのドッペルゲンガー、しかも眷属は5種類……無尽蔵に集まってくる。真由美さんが居なかったら、あの子達は、やられていたわ…………でも皆も疲れが見え始めている。まずいわ。ペルソナ能力をフルにしないと……悠先輩に連絡してっと…………持久戦…そっちがその気なら、こっちから行くまでなんだから!!」

 

 

「皆もうちょっと頑張って!!グラウンドに出るわ!!赤髪の子は熊には手を出さない。ヘビとウサギ、コヨーテを狙って!!男の子は雷撃で熊だけを狙って、絶対近づかせないようにね!!真由美さんは烏を警戒しつつ、全部をお願い!!……それと……今から私がやることは内緒よ!」

りせはそれぞれに指示を出しながら、最後は茶目っ気たっぷりにウインクをしながら、口元に人差し指を立てて、しーっと内緒にするように言う。

 

「え?内緒ってなに?」

「りせちー!?」

「りせさん?」

またもや疑問顔をする幹比古、エリカに美月。

 

「……皆お願い!りせさんの事は黙っててあげて!」

真由美は魔法を展開しながら皆にお願いする。

 

「ペルソナーーー!!来てヒミコー!!行っくよーー!!」

りせの真後ろにりせの身長の倍ぐらいある女性らしいフォルムをしたりせのペルソナヒミコが顕現する。

 

「ええええ!?りせちーーーーが式神だしたーーーー!?」

「アイドルが古式魔法師!!????さっ、流石にこれは言えない!!言えないよ!!」

「きれい……なんて清らかなオーラなの!こんなのは初めて!!」

三者三様に大いに驚きの声を上げる。

 

ヒミコは、りせに何時ものヘッドマウントディスプレイだけでなく、マイクまで差し出す。

「みんなーーー!!行っくよーーー!!true story♡」

 

りせは自らのメガヒット曲 true storyを歌い出す。

 

「え?りせさん?」

そんなりせに真由美は驚く。今までこんな事をしている姿を見たことが無かったからだ。

一緒に戦闘に参加する事が無かったから仕方がないことなのだが………

これが本来のりせのサポートスタイルだ。

皆と一緒に戦闘に参加し、同じ戦闘空間で間近でサポートを行う。

 

「うーーーー!!きたーーーーー!!俄然元気がでてくるわ!!やってやろうじゃないの!!」

自分が好きな歌手の曲が生で聞けるのだ。エリカのやる気は俄然上がり、気分は最高潮になる。

 

「え?なんで今歌?あれ?なんか傷が治っていくような………あれ?本当に気分が落ち着いて来た?疲れも若干解消?あれ?なにこれ?元気も出てくる?」

幹比古は歌い出したりせに焦るが、エリカは気分がハイテンションになっているが、自分にも変化が出てきた事に驚く。

 

「凄い!りせさんのオーラが神々しいまでに清らかに!!これがりせさんの力………」

美月はそんなりせの姿に惚れ惚れするかのように見とれていた。

 

「これがりせさんの本当の力………凄いなんてものじゃないわ………これはでも………今は、眼の前に集中しないと!!」

真由美も驚きっぱなしだ。

小さな傷も癒え、さらにサイオンも若干回復したように感じるのだ。

 

そうこれはりせの数々のサポート能力が発動している。

【元気の歌】を始めとする戦闘中のサポート能力はりせの歌により発動する。

傷の回復、気力の回復、魔力の回復。更には攻撃力防御力アップ等様々なサポートだ。

 

 

そして、りせ達の反撃が始まる。

 

 

 

烏のドッペルゲンガーはりせ達が息を吹き返した様に反撃に出、ドッペルゲンガーの眷属達が凄まじい勢いで消耗していく様子に驚く。

(あれは!やはりペルソナ!あのアイドルとかいう小娘!!ペルソナ使いだったか!!しかしなぜだ。何故にあれ程に的確に弱点を突かれる?しかもこちらの魔法や術も尽く対処される。……しかも奴らは息を吹き返した様にこちらを攻撃してくる…………あのペルソナ……直接戦っていないだと?……どういう事だ?もしやサポート専門のペルソナ?聞いたことが無い………しかし、それならば辻褄があう。今我々が圧倒的な戦力があるというのに不利に陥っているのは……………あの小娘だ。あの小娘を先に始末しなければ………あの能力は我々の仲間に欲しいが……そうも言ってられない危険すぎる)

USNA軍将校の映し身であるこの烏のドッペルゲンガーはりせの能力を大凡を推測し危険性を察知、その戦術価値も理解したのだ。

 

そして……りせを襲うタイミングを空高くから覗う。

 

 

 

円陣を組んでいたりせ達だが、敵を排除していくに従い。自然と円陣の輪が広がって行くのだった。

そして、りせ、美月の中心から、真由美とエリカ、幹比古が距離が離れていくのを確認した烏のドッペルゲンガーは、りせに狙いを絞り2~300羽は居るだろう烏の眷属を従え、魔法の事前察知を避けるために、直接物理攻撃での一点集中特攻を仕掛けたのだ。

 

 

真由美も円陣の広がりに危機感を感じ、振り向き、皆に声をかけようとしたのだが、既に烏達は上空からりせ目掛けて一斉に飛び込んでいったのだ。

「りせさん!!」

 

真由美のその声で、エリカと幹比古もりせの方に振り向く。

「美月ーーーー!!りせちーーーーーー!!」

「しまった!!柴田さん!!りせさん!!」

後悔の念がこもった叫び声を二人共上げる。

 

3人はもうダメだと思ったのだが…………

 

 

 

しかし、

 

『テトラカーン』

 

「ヒミコ!!戦闘モード!!」

 

物理攻撃を反射する見えない壁テトラカーンを展開させ、りせと美月を覆う。そして、カラスの眷属は突撃した力を自らに受け半分以上が消滅する。

 

「なにぃ!!ひ、ひるむな!!」

突撃した烏のドッペルゲンガーも自らの力を受け、ダメージを食らうが………残った眷属にそのまま攻撃を仕掛けるように叫ぶ。

 

「いやーーーーー!!こないで!!いやいやいやーーーーー!!触らないで!!触らないでよ!!いやいやいやーーーーーこないでーーーーーー!!」

りせは取り乱したように叫び、腕を無茶苦茶にブンブン振り回しているだけだが…………なぜか、眷属は次々と消滅していく。

 

そして、ヒミコはビット砲からのビームやら、マイクやCDディスクやらよくわからないものを、四方八方に撒き散らす。

攻撃を食らった烏の眷属は間違いなく消滅する。

 

「「「え????」」」

その様子に真由美とエリカと幹比古は時が止まったように固まり、目を丸くしてりせを見る。

 

 

烏のドッペルゲンガーもりせに突撃するが、りせに鳥顔を素手で掴まれ、何十発もビンタを食らう。

「いやーーーー!!触らないで触らないで触らないで!!触って良いのは悠先輩だけなんだからーーーーーーー!!」

 

「ごぼーーおおおうおうおうおうおうおうおうおう!!」

ビンタを喰らい悲鳴をあげる烏のドッペルゲンガー。

 

「「「ええええ???」」」

三人はさらに驚きの声を大にして上げる。

 

「もう!おさわり禁止ーーーーー!!……アイドル・パンチ!!」

りせは気が収まったのか、ヒミコからマイクを受け取り、振りかぶり、マイクで思いっきり烏のドッペルゲンガーの顔面を殴る。

 

烏のドッペルゲンガーは派手に吹っ飛び。

「ーーーーーーーッーーーーー!!」

顔は変形して、声にならない悲鳴をあげる。

 

そして烏のドッペルゲンガー吹っ飛びながら、ヒミコの周りを周回するビット砲4門から属性弱点のレーザービームを一気に受け、無残にも穴だらけになり、黒い液状になり消滅する。

 

「全く!!アイドルを舐めないでよね!!」

りせはプンスカしながら、手の平を軽く払う。

 

「「「………………………」」」

その様子を見て、戦う手が止まった真由美、エリカ、幹比古は沈黙する。

 

(りせさん……戦闘苦手って言っていたわよね。メチャクチャな動きだったけど………何?あれは?)

真由美はその戦闘力に驚くばかりだ。

 

(りせちーーー!?…………りせさん?いや、りせ姉さん、お姉様と呼ばせてもらおうかしら)

エリカはそんなりせを見て、畏怖の念を抱く。

 

(…………絶対触らない!!触ったら命がない…………アイドル怖いよ!!)

幹比古は単純に恐怖を植え付けられるのであった。

 

(りせさん………………素敵すぎ……………なんて神々しいの!!)

美月はりせに恍惚と見とれていた。




りせちー、ちょっとやりすぎましたが………………
これも、好きなキャラにはどうしても贔屓してしまう私の性です><
ペルソナ4U2の技満載でした。

次回はようやく、魔法科高校の主人公がまともに登場?


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第二十八話 達也の戦い

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

投稿が遅くなりすみません。
なかなか、悠と達也との初対面のイメージがわかなくて…………
こんな感じになりました。


2月3日15:00

 

りせが烏のドッペルゲンガーを倒す前に遡る。

りせは迎撃のためグラウンドに出る前に、練習棟から移動する直前の悠とリーナに、テレパスで戦況を伝えていた。

 

『今、千葉エリカと吉田幹比古、柴田美月って子と合流したの、でも、3体のドッペルゲンガーと沢山の眷属に囲まれてて、真由美さんが頑張ってくれて今は何とかしのいでいるけど、あいつら沢山の眷属を使ってこちらの疲れを待っているみたいなの。だからこっちからグラウンドへ出て、倒しに行くから悠先輩達もこっちに来て!』

 

(こっちは、例の強力なドッペルゲンガーを倒した。2人とも無事だが消耗が激しいため、少し休ませていた。今から移動を開始する。グラウンドへ向かえばいいんだな)

悠も簡単に戦況を伝える。

 

『うん。悠先輩お願い!』

 

(え?3体?沢山の眷属って……りせ、それ大丈夫なの?)

リーナはりせ達を心配する。

 

『任せて!私も本気で行くから!……それと、ドッペルゲンガーとその眷属の弱点を知らせるね』

りせはこの後、アナライズしたドッペルゲンガーとその眷属の弱点を悠とリーナに知らせ、テレパスを一旦閉じた。

 

「悠、急いだほうがいいわ。りせと真由美が危ないわ」

 

「りせが本気だすと言った。大丈夫だろう。……合流するためにグラウンドに向かう。行くぞ」

 

「??」

リーナはりせと真由美がピンチであるのに、全く焦りを感じさせない悠に疑問をいだきながらも移動を開始する。

 

 

 

「あの……鳴上さんはここにどうやっていらっしゃったのですか?クモのドッペルゲンガーと話してましたけど……変装とか……もしや、あの可愛いクマの着ぐるみに鳴上さんが?」

加速魔法で移動しながら、深雪は疑問に思っていたことを聞く。

クマも深雪に可愛いと言われ本望であろうが、真由美同様センスを疑わざるを得ない。

 

「そうよ……あのブサイクな着ぐるみで変装って逆に目立ってたじゃない!」

それに悠ではなく、リーナが答え、悠に文句を言う。

 

「完璧だった!」

悠は拳を握りしめ、会心の出来だと決め顔をしていた。

 

「何処がよ!悠?本気で思っているようね…………深雪!そこの熊みたいな奴は電撃!ウサギの化物は炎よ!」

リーナは悠に呆れた顔を向けながら、深雪に弱点攻撃を指示しながら、前に立ち塞がる眷属を魔法で次々と屠っていく。

 

「クスッ、鳴上さんは面白い方ですね。久慈川りせさんともお知り合いなのですか?」

深雪は悠に微笑みながら、眷属をリーナに指示された魔法で屠っていく。

 

「りせは俺の昔からの友人。人手不足で頼まれて代理マネージャーをやっていた。まさかドッペルゲンガーが攻めてくるとは思ってもみなかった」

 

「え?偶然?でも、ドッペルゲンガーは鳴上さんを知ってたようですが………しかもリーナの軍の同僚だと」

 

「ああ……俺は、ドッペルゲンガーを追っていた。奴とは2度ほど顔を合わせていた」

「ミアは部署が違うけどそうよ……ミアがドッペルゲンガーだって私は知らなかったの」

悠とリーナは深雪の疑問に答える。

 

「……ということは、鳴上さんはUSNA軍の協力者なんですか?」

 

「いや違う。個人的にリーナと協力関係を結んでいるが、USNA軍とは関係が無い」

 

「リーナと鳴上さんは恋人なんですね」

 

「はぁーーーー!?何でそうなるのよ深雪!!そ…そんな事あるわけないじゃない!!」

リーナは真っ赤な顔をして、深雪に詰寄り声を大にして抗議する。

 

「え?でも、鳴上さんと居る時のリーナは自然体で楽しそうでしたし、学校ではあんな感じじゃないからてっきり」

 

「な!?なななな!ち……違うわよ!!」

リーナの顔は真っ赤なリンゴのようになり、慌てふためく。

 

2人が立ち止まって言い争いをしている中、悠は名刀【薄緑】で眷属達を倒しに行っていた。

どうやら、2人の言い争いを聞いていなかったようだ。

「二人共行くぞ。…リーナ?顔が真っ赤だ。攻撃でも受けたか?」

 

「違うわよ!!……………この鈍感」

リーナは思いっきり悠に怒鳴った後、誰にも聞こえないぐらい小声で呟く。

 

 

「鳴上さんは古式魔法師なのになぜ一般の学校に?」

再び移動をしながら深雪は悠に改めて聞く。

 

「俺は魔法師でも古式魔法師でもない」

 

「でも、あれほど強力な式神を…………」

 

「あれは式神じゃない。ペルソナ………精神を具現化させたもう一人の自分。俺はペルソナ使い」

悠は深雪に秘密を打ち明ける。もはや隠し通せるものでもない上、このような事態だ。

 

「精神を具現化した?ペルソナ使い?クモのドッペルゲンガーもそう呼んでました。………でも聞いたことがない」

深雪はペルソナという言葉に聞き覚えがない上、精神を具現化した力という言葉にもピンと来ないでいた。

 

「認知度は低いけど、USNAではSB(スピリチュアル)魔法師の括りだわ」

リーナも簡単に補足する。

 

「でも……あれ程の強力な力があれば日本でも…………」

 

「悠達が特別なの……USNAではあんな強力なものではないわ」

 

「……もしかして…あの………リーナと私の決闘を止めたあの存在は…………」

 

「ああ、俺のペルソナだ」

 

「……あれは………でもそうなんですね」

深雪はリーナとの決闘で現れたあの【シヴァ】を思い起こす。

確かに当時、シヴァが放つ凄まじい威圧感で動けないでいたが…………何故か恐怖心がわかなかった事に、今納得する。

それが悠の精神を具現化したものならばと…………

 

「その深雪、悠のこの事は黙ってあげてほしい。悠が強力なペルソナ使いだと周囲に認知されると……悠はもう、普通の生活ができなくなる。酷い目に遭うかもしれない。…………だから、私もUSNA軍には言ってないの…………」

 

「分かりました。でも、お兄様だけには…………」

 

「悠?」

リーナは悠の顔を覗う。今日一日、悠達は達也にバレないように警戒していたからだ。

 

「助かる。それとこれから合流する七草と一緒にいるりせの事も………りせもペルソナ使いだ」

こんな事態だ。達也に知られても致し方がない上、ミアを元に戻してもらわなければならない。

これから、合流するであろうりせの事も予め話した。

 

「え?アイドルの久慈川りせさんが?」

 

「ああ、りせの事も誰にも言わないでほしい」

 

「分かりました。……七草先輩もお知り合いのようですが………七草先輩もこの事を?」

 

「ああ、全部知ってる。七草とはこの件の前から友人関係だった。今はリーナ、七草、りせはドッペルゲンガーを追う仲間だ」

 

「そうだったんですか………その、私は……………歌?」

深雪はそう言いっきった悠とリーナを見て、羨ましく思う。

リーナは本来優先すべき軍という柵を超え悠と付き合い、お互い信頼仕切っている姿に…………自分には到底真似が出来ないのではないかと………四葉という柵から……………

 

何処からか曲にのせて歌が流れてくる。

 

 

 

 

 

一方、達也は未だ孤軍奮闘していた。

 

達也はこの異常な事態に、何よりも守るべき存在である深雪の無事の確認と安全を最優先すべく、深雪のクラス1-Aへ向かっていたのだが、一行に進まない。

 

達也の行く手には大蛇や熊など、この東京に生息しているはずがない生き物が……さらに、現実の世界ではありえないような、羽が生え空を舞うヘビ、人サイズで二足歩行するウサギなど異様な生き物が、わんさかと校内を闊歩しているのだ。

古式魔法師が使用する式神の類ではない。物質の構造体を見極める事ができる達也の目を持ってしても、それが何なのかが皆目わからなかったのだ。

 

ドッペルゲンガー(シャドウ)とその眷属の正体は………異界の物………この世の物では無いもの………現代社会では存在しないもの………

 

それは達也にとって、厄介極まりない相手であった。

 

達也のBS魔法:分解・再成魔法。

特に攻撃手段に用いる分解魔法は非常に汎用性が高く、殺傷力も極めて高い魔法だ。

だが、発動させるには条件がある。相手の構造体を理解し、把握しなければならない。

この魔法特性を持っていたとしても、現実に活かせる人物はほとんど居ないのは、そんな理由があるからだ。

しかし、達也はこの条件もほぼクリアしている。達也の目は相手の構造体を把握することが出来るからだ。

 

だが、この世の存在ではないドッペルゲンガー(シャドウ)やその眷属の構造は現世の物とは全く異なるものだ。達也の目を持ってしても見極めることも理解することも出来なかったのだ。

 

現在対峙しているドッペルゲンガー(シャドウ)とその眷属にはそういった理由で分解魔法での直接攻撃が出来ない。自ずと分解魔法は封じられたと言っていいだろう。

達也は分解・再成魔法以外の魔法が極端に弱い。分解・再成魔法に脳内の魔法演算領域がほぼ全て占められているからだ。そのため分解・再成魔法以外は簡易な魔法しか使用できない。

現条件下では、達也の力は大幅に制限されたに等しい。

 

だからといって達也は無力ではない。

ドッペルゲンガー眷属が断続的に襲いかかってくる現状でも、簡易な基礎魔法と九重流体術を明晰な頭脳や戦闘センスを駆使しながら、しのぎきっていた。

 

(深雪……無事で居てくれ)

 

 

そして達也の目の前にも………

「フフフフフッ、なかなか活きがいいわね。……これは当たりかしら?」

 

「なっ……人語を解す化物!?」

 

今まで会ってきた眷属とは違い一際異様な姿の化物が現れたのだ。

化物は女性のような風体だが、肌は灰色の鱗のような物に覆われている。

そして何より、下半身が巨大なヘビなのだ。

先程まで出会った化物は明らかに知性を感じられない獣共であったが、こうして達也に話しかけてきたのだ。

 

「化物とは失礼な物いいね」

ヘビ女……ヘビのドッペルゲンガーはそう言いながらも余裕の笑みを浮かべている。

 

「お前達は何者だ!」

 

「あなた達を刈るものよ……もう、この学校であなた1人……フフフフフッ、そして今から私にやられるの、さあ絶望なさい!!」

ヘビ女は、その巨大なヘビの下半身をムチの様にしならせ、襲いかかってくる。

 

「くっ」

達也はバックステップで次々と襲いかかるヘビの尾を凌ぐ。

達也はその間も思考する。

このヘビ女が言っている事が本当であれば、自分以外は既に、ほのかと同じく鏡に囚われているか、化物共に捕まっているということだ。

真由美の緊急校内放送で、深雪が敷地外に退避していてくれればと思うが、責任感が強い深雪の性格上それは考えにくい。

だから、達也はこうして、校内に残っているだろう深雪を探しているのだ。

 

達也はヘビ女に出会うまで、眷属共の攻撃を凌ぎながら不安に思っていた。

深雪は既にほのかと同様にあの光で鏡に囚われているかもしれないと…………

そんなネガティブな思考に囚われていたのだ。

 

「避けるのはうまいようね」

 

「パラサイトなのか!いや、ドッペルゲンガーか!?」

 

「その言い方…私達を知っているの?USNA軍にでもお知り合いがいるのかしら?あなた達が勝手にそう呼んでいるだけだから呼称なんて関係ないのだけどね」

 

ヘビ女は、右手の平を達也に向け、雷撃の魔法を放とうとするが、達也はヘビ女の右手の平に展開する魔法式をグラム・デモリッション(術式解体)で粉砕する。

 

「魔法が無効化される?」

 

ヘビ女は再度、魔法を構築しようとするが、達也にその度に魔法式が粉砕され、発動出来ない。

 

「………術式解体!?現実にできる人間が存在するなんて……………いいわあなた。私達の仲間になりなさいな」

ヘビ女のドッペルゲンガーは術式解体を知っていることからして魔法知識が高い。

それもそのはず。元USNA軍直属の魔法実験部隊出身者の映し身だからだ。

 

「…………お前たちの目的は何だ」

達也はそんなヘビ女の言葉を取り合わず、こちらから質問をする。

 

「あなた達を捕らえるためよ」

ヘビ女は魔法を諦め、尻尾による攻撃を行いながら、今度は目から赤い光線を放つ。

 

達也はそれをも素早い身のこなしで回避する。

 

「ちょこまかと!」

ヘビ女は影からヘビの眷属を多量に生み出し、達也に一気に襲いかかる。

 

達也は多量のヘビの波状攻撃とヘビ女の攻撃を流石に捌き切れずに、目からの赤い光線を左腕で受ける。

すると、赤い光線に触れた左腕が一瞬で石化する。

 

「ふっ、四肢を石にして、動けない貴方を可愛がってあげるわ」

 

しかし、達也の左腕は次の瞬間には石化が解け元に戻っていた。

達也の再成魔法【自己修復術式】がオートで発動したのだ。

 

「な!?石化が効かない?どういう事!?」

ヘビ女は術式解体の時よりも大きな驚きの声を上げる。

 

「……………」

有効な攻撃手段が無い達也にとって、不利が続くのは変わらない。

校内では、達也は更に攻撃手段が制限される。現状では鏡に囚われてる生徒やエネルギーを吸い取られ気を失っている生徒達を巻き込む恐れがあるからだ。

 

達也はヘビ女が驚いている隙を見て、廊下のガラスを突き破り、屋外へと飛び降り、校舎と校舎の間の路地に着地。

ヘビ女とその眷属も窓から、壁を這って追いすがってくる。

 

達也は背の高い植樹を分解魔法で切りおとし、ヘビ女や眷属に向かい倒す。何体かの眷属は下敷きになりダメージを食らうが、ヘビ女は器用に避け迫ってくる。

 

「面倒ね。早くやられなさいな!」

ヘビ女は少々焦っている。本来は校舎内から、コヨーテ、烏と共にりせ達を包囲していたのだ。

その間、別棟校舎にいる達也を見つけ、さっさと先に始末しようと算段していたが……思いの外抵抗され、戦闘が長引いて居たのだ。

更に、りせ達の反攻が始まり、眷属の数も目に見えて減らされていた。

 

「…………歌?歌が流れている?……誰かがまだ居るのか」

達也はグラウンド側から、ポップな曲に乗って女性の歌声が聞こえてきた。

ヒミコを介したりせの歌だ。

達也はこんな状況で歌が流れてくることに疑問に思いながらも、希望的観測で、深雪がもしかすると歌が流れている先にいるかも知れないと何故か考えてしまっていた。

 

「厄介な……」

ヘビ女は更に焦る。

歌が流れている先ではりせ達が激しく反攻しているからだ。しかもこちらが押されている状況だ。

達也がこのままりせ達に合流されると厄介なことになる事は目に見えていた。

 

 

そこに……ビックフットのような巨体の熊のドッペルゲンガーが達也の背後から現れ、猛烈なタックルを達也に食らわす。

真由美が電撃で大ダメージを与えたあの熊のドッペルゲンガーだ。

 

達也は吹き飛びながらも、自己修復術式で損傷した体を元に戻し、空中で姿勢を立て直し、着地する。

 

「………手こずっているようだな」

熊のドッペルゲンガーは達也越しにヘビ女に話しかける。

 

「なに?あなたもボロボロじゃない?」

ヘビ女も返事を返す。熊のドッペルゲンガーは真由美の電撃で所々火傷を負ったような状態になっていた。それでも随分と回復はしていたのだが………

 

 

達也は校舎と校舎の間の狭い小道で2体のドッペルゲンガーに挟まれ、ピンチを迎える。

「…………」

 

「これで、あなたもチェックメイトね……」

ヘビ女が余裕の表情で戦闘態勢を取る達也に言った………次の瞬間

 

 

熊のドッペルゲンガーは突如として放電し、激しく苦しむ。

そして断続的に電撃がその巨体に降り注ぐ。

「がああああああああ!!」

 

ヘビ女の背後上空からも若い男が刀を振るいヘビ女の胸元を突き刺した後、電撃を纏った刀で着地と共に大きく袈裟斬りに斬りつける。

「ああああああ!!」

 

 

そんな中、深雪が加速魔法で達也の元に現れたのだ。

「お兄様!ご無事でしたか!」

 

「み、深雪!……無事だったのか」

達也は突如としてドッペルゲンガーが攻撃される中、深雪が現れたことに驚きつつも、深雪の無事な姿にホッとする。

 

「はい。リーナも一緒でしたし……鳴上さんが助けてくださったので……お兄様が無事で戦っていることを信じておりました………」

 

 

そして、熊のドッペルゲンガーは放電しながら黒い液状になり消滅。

ヘビ女も切り裂かれ、黒い液状になり消滅。

 

熊のドッペルゲンガーはリーナの放出系魔法による弱点である電撃攻撃で、ヘビ女は悠の刀技で切り裂かれ消滅したのだ。

 

 

「鳴上………」

達也はヘビ女を消滅させ、その場で刀を片手にこちらに背をむける悠を見る。

 

 

達也が次に出た行動は……

 

「貴方は何者だ……」

振り向く悠に短銃型CADシルバーホーンを構える達也。

その後ろ姿で達也は気がつく。りせのマネージャー兼付き人の男だと。

 

「お兄様!!」

「達也何をするの!!」

達也の行動に深雪は驚き止めようとリーナは憤りの声を上げる。

 

「鳴上悠。…ペルソナ使いだ」

悠は達也に平然と答える。

 

「ペルソナ使い?……何故貴方はこそこそとこの学校に入った!…………この騒ぎは貴方が起こしたことか!」

達也にそう思われても仕方がない。第一高校に入る際は散々怪しい行動を取っていたからだ。偽名まで使って………

さらに、悠の刀技だ。エリカや幹比古やレオが言っていた身体的特徴も似ている。

そしてペルソナ使いというキーワード。エリカ達を助けた人物と同一人物だと確信する。

だからと言って、味方とは限らない。

 

「いや……予想もしなかった。俺は久慈川りせの付き人でここに来たに過ぎない」

悠は淡々と答える。

 

達也はそこでシルバーホーンを下ろす。

 

「貴方は……エリカ…いや、学生を何人かドッペルゲンガーから救った」

 

「…………」

 

「貴方には色々と疑問があるが、…………深雪を助けていただいた事に感謝します」

達也は悠に深くお辞儀をする。

 

深雪はホッとした顔をする。

リーナは達也を睨みつけていたが、フンとそっぽを向く。

 

「深雪はリーナの友人でもあるし、俺とも知り合いだ」

深雪を助けて当然だというふうに悠は答えるのだが………

 

達也は悠の言動で何故か心がざわつく……

 

「俺は司波達也、そこの司波深雪の兄です。………鳴上さんはドッペルゲンガーに精通しているようだ。色々と聞きたい事があるが……今はそうも言ってられない事態です。俺のことは妹と区別するために下の名前で呼んでください。妹と区別するために」

達也は自己紹介をするが、何故か妹と区別するためにという言葉を2度入れる。自分を下の名前呼びをさせ、深雪を名字で呼べということなのだ。

達也自身それがどんな感情なのか気がついていないだろうが、深雪を名前で呼び捨てにされたことにムッとしていた。

年が近い年代の男から達也の前で面と向かって、深雪を呼び捨てにされたことが無かったためだ。

 

「お兄様?」

そんな兄達也の様子を不思議そうに見る深雪。

 

「……このシスコン」

リーナはどうやら達也の意図に気がついたようだ。

 

「よろしく達也」

悠はそう言うが、きっと達也の意図に気がついていないであろう。




次回は、ようやく皆合流ですね。
悠と達也揃って登場。


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第二十九話 合流

感想ありがとうとございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
助かります。

投稿が遅くなりました。

ようやく、皆合流です。


2月3日15:15

 

 

 

りせの圧倒的な力の差を見せつけ、烏のドッペルゲンガーを返り討ちにした姿を真由美、エリカ、幹比古は戦闘の手が止まり、呆然と見つめていた。

りせはドッペルゲンガーの顔を鷲掴みにし往復ビンタの上にマイクで殴りつけるという、その常識外れな戦いっぷりの強烈なインパクトが頭から離れないのだ。

 

「まだ敵がいるから気を抜かないで!あれ?皆どうしたの?」

 

「……り、りせさん?……」

「………りせ姉さま」

「アイドル怖い…アイドル怖い」

「ああ、りせお姉さま!」

真由美はそのむちゃくちゃな戦い方と戦闘力に引いていた。

エリカは畏怖の念と尊敬の念を込める。

幹比古は恐怖を植え付けられた様だ。

美月は羨望の眼差しで目をキラキラさせていた。

 

「?…なに?」

そんな皆の様子に疑問顔をするりせ

 

真由美とエリカ、幹比古は戦闘の手を止めてしまっていたが、眷属からの攻撃が来ることは無かった。

 

「あっ!熊とヘビのドッペルゲンガーが消滅した!悠先輩達ね!他の眷属達も引いていく!」

りせはヒミコの戦闘モードを解除しながら、真由美の元に駆けつける。

 

りせが討滅した烏のドッペルゲンガーの眷属だけでなく、ヘビと熊の眷属も黒い液状となりその場から消滅。

その他のヘビに羽が生えた眷属、巨大なウサギの眷属、コヨーテの眷属はりせ達の周りから急いで撤退していく。

 

 

「か…勝ったの?」

撤退していく残りの眷属達を見ながら、真由美はホッと息を吐く。

 

「……何とかなった…わ」

「……ふー、一時はどうなるかと思ったけど」

「……りせお姉さま」

エリカ、幹比古、美月はゆっくりと、りせと真由美の元に集まる。

 

「みんなやるじゃない!」

りせはそんな3人を褒め、笑顔で迎える。

 

「いえ、りせ姉さま程じゃないです」

「いえ、りせさん程ではないです……」

「りせお姉さま…………」

エリカは謙遜し、幹比古は引きつった顔で、美月は羨望の眼差しで答える。

 

「??」

 

「みんな無事で良かったわ。………そんな顔になるのは仕方ないわ………りせさん状況は?眷属はなぜ引いたのかしら?」

真由美はエリカ達の表情を見て、苦笑交じりにりせに状況を聞く。

 

「りせ姉さまの戦闘力に恐れをなして逃げたのよ。きっと」

「りせさんの戦いを見て恐怖したんだよ。きっと」

「りせお姉さま……」

 

「?………まあ、いいわ。悠先輩達が、熊とヘビのドッペルゲンガーを倒したの。それでそいつらの眷属が消滅、残りの眷属も撤退したの。コヨーテ女のドッペルゲンガーも逃走したわ。今は野外訓練所の更に奥の森にいる残りのドッペルゲンガー2体に合流するつもりみたい」

りせはそんな3人の様子に疑問を持ちながらも、状況を簡単に説明する。

 

「そう……取りあえずは、安全なのかしら?」

 

「うん、だから。今の内に皆は休んでて」

りせは皆を見渡しながら言う。

 

皆は取り敢えずホッと息を吐く。

 

「その、千葉エリカです……りせ姉さまは古式魔法師なんですよね。そのパラサイトの事もよく知ってる様ですし………その、何をなされている方なんですか?」

エリカは改めて自分の名前を名乗りながら、りせに質問をする。

 

「ん?姉さまって……なんで改まった話し方?何をって……りせちーで名前が通ってるアイドルだけど?」

 

「それは知ってます。……吉田幹比古です。その………戦闘指揮も的確ですし……戦闘力も凄まじいですし…………式神もこんなタイプの物を見たこと無いし……………」

幹比古もエリカ同様、名前を名乗り、恐る恐るりせに質問をする。

 

「柴田美月です。助けていただいてありがとうございます!その美しい式神の名前はヒミコって言うんですね」

美月も名乗りながら、りせの後ろに待機しているヒミコを見て、感嘆の声を上げる。

 

「うーん。式神じゃないんだけどな~、悠先輩たちも直ぐに来るし……まとめて説明した方が早そうかな」

りせはそう言って、ヒミコを一時的に解除する。

 

 

そう言っている間に悠達がりせ達の前に駆けつけて来た。

悠とリーナ、その後ろには深雪と達也が続く。

 

「待たせた。りせも七草も無事のようだな」

 

「悠先輩!リーナ!」

「鳴上くん!」

りせと真由美は悠とリーナの下に駆け寄る。

りせは悠の真横にくっつく様に並び、真由美は真正面で悠を見上げる。

 

「そっちも無事そうね。ドッペルゲンガーに囲まれたって言ってたけど………」

リーナは真由美とりせに声をかける。

 

「りせさんの的確な指示で、苦もなく撃退できたわ………それと、烏のドッペルゲンガーはりせさんがその………倒したわ…………」

真由美は説明するが、りせが烏のドッペルゲンガーを倒した事実を言い難そうに伝える。

 

「りせが??」

リーナはりせが攻撃している姿が想像出来ないでいた。

どう見ても、りせは攻撃に向いているようには思えない上に、戦う人間の雰囲気を少しも感じさせないからだ。

あの姿のりせを見ていないのだから、致し方がないだろう。

 

「そうよ!アレくらいどおってこと無いんだから!」

 

「流石だなりせ」

 

 

 

 

「ああっ!!」

「あの人だ!!」

エリカと幹比古はりせ達と会話をする悠をまじまじと見て、目を大きく見開き叫ぶ。

 

「深雪さんも司波くんもよくご無事で……エリカちゃん?吉田君?」

悠達の後から現れた達也と深雪を目にし、美月はお互いの無事を確認するように声を掛けるが、その横で達也と深雪そっちのけで急に叫ぶ2人を訝しげに見る。

 

「美月達も無事のようね。エリカ?」

「幹比古もなんだ?」

深雪と達也もそんなエリカと幹比古の様子に疑問を持つ。

 

「美月!あっ、達也くんと深雪!!あの人よ!前、言っていた仏頂面じゃない達也くん!!」

「そうそう!僕らを前に助けてくれた人!!爽やかな達也!!」

エリカと幹比古は、深雪の前にもかかわらず、つい悠との再会で興奮し、こんな事を言ってしまった。

 

「エリカ、吉田くんそれはどういうことかしら?お兄様に何か不満でも?」

ブラコン深雪は達也の悪口を言われたと勘違いし2人に冷たい視線を送る。

その横で達也は頭に手をやり、ため息を吐く。

達也は2人の視線の先に悠が居ることで何を言いたいのかを理解した。

 

「深雪……顔が怖いわよ。じゃなくて!あの人!前に私達を助けてくれた式神使いの人!」

エリカは深雪の冷たい視線に身を引くが、気を取り直して悠を指差す。

 

「鳴上さんのこと?」

 

「そうって、なに?深雪の知り合い?後で紹介してくれない。この前の御礼も言いたいし」

 

「いいわ。リーナの友人で、以前に紹介してもらったの…………で、仏頂面じゃないとか爽やかとはどういうことかしらエリカ?」

深雪は最初は穏やかに答えるが、突き刺すような視線をエリカと幹比古に送っていた。

 

「え?あはははははっ……えーっと、これはレオが言ってたから、私じゃないのよ、ほんとよ。ふ、雰囲気というか、全体的に達也くんを爽やかにしたら、あんな感じかなーっと…………」

そんな深雪に気圧され、から笑いをしながら言い訳じみた説明をする。

 

「そ、そうなんだ。レオが言ってたんだ……あははははっ」

幹比古も完全にレオのせいにして逃げる。

 

「……うーん。お兄様に……確かに少し似ているかもしれません。でも………今度西城さんにお会いしたら注意をしないといけませんね」

深雪は悠を一瞥してからそう答えるが、その後は不敵な笑みを浮かべる。

レオには悪意があってそう表現したわけではないが、エリカと幹比古のせいで、後日深雪にしこたま説教を受けることになる。

その後、憔悴しきったレオにエリカと幹比古は謝ることになる。

 

 

「それにしても3人共よくあれだけのパラサイトの中、切り抜けられたな」

達也は、改めて3人に向き直る。

 

「いや、結構危なかったんだけど、りせ姉さまに助けて貰って………」

「そう、りせさんに……アイドルは恐ろしい」

「りせお姉さま素敵だった」

 

「りせ姉さま?りせお姉さま?どういう事?何があったの?」

深雪はエリカと美月の口調に疑問を持つ。

 

「……七草先輩ではなく。久慈川りせに助けられた?どういう事だ?」

 

「七草先輩にももちろん助けてもらったよ。だけどさー」

「そうなんです」

「そうなのよ………で、この状況かなりヤバそうね。そっちはどうなの?」

幹比古と美月とエリカは詳しくは話さなかった。あれをどう説明したら良いのかわからなかったのだ。そして、エリカは深雪と達也の状況を聞く。

 

「私はリーナと強力なドッペルゲンガー、パラサイトの事なのだけど、それと戦ってかなり劣勢を強いられた所を鳴上さんに助けてもらったの」

深雪は簡単に説明する。

 

「え?深雪と…あのリーナが一緒で劣勢って…………私達が戦ったのとは随分違うみたいね………それをあの人が助けに入ったんだ」

エリカは驚く。深雪の実力もさることながら、リーナも深雪に匹敵するぐらいの魔法の使い手だというのに、その2人をして劣勢に追い込まれる相手だったという事実と、そんな2人を助けるぐらいの実力を持っている悠に驚く。

 

「達也はどうだったのさ?」

幹比古は今度は達也に聞く。

 

「そう言えば、お兄様、ほのかは一緒ではなかったんですか…………」

 

「……すまん……ほのかは、俺を庇って……鏡の中に………どういう状況かはわからん…………」

達也はうつむき加減になり、ほのかが囚われた事を話す。ただほのかが鏡に写っている状態がどういう状態なのか、達也にもわからなかった。

 

「え?ほのかが……鏡の中?どういうことですか?」

「達也くんを庇って………ほのか」

「達也が守れなかったって……パラサイトに囚われたってこと?」

「ほのかさん…………」

 

 

 

「達也くんと深雪さんも無事でなによりだわ。ちょっと良いかしら、皆に状況説明とこれからの事を話し合うから………」

真由美を先頭に悠達は、達也やエリカ達のもとに歩む。

 

「あの、千葉エリカです。この前は助けていただいて、ありがとうございます」

「吉田幹比古です。本当に助かりました」

エリカと幹比古は歩み寄る悠に頭を下げ、お礼を言う。

 

「この前も言ってもらった」

悠は爽やかな笑顔を返す。

 

 

皆が揃ったところで、真由美は説明を始める。

 

「今、この学校はドッペルゲンガーという正体不明の存在……いえ、異界の存在に脅かされてます。この霧は異界の霧、彼らの結界です。彼らの最終目的はわかりませんが……魔法師から生命エネルギーやサイオンを奪っている事は確実です。これだけの大規模な攻勢は初です。今わかっていることは、7体のドッペルゲンガーが当校に攻め入りました。敷地外に半数弱程度の生徒が逃れる事ができましたが、霧の結界に阻まれ、残った生徒は光による何らかの術式で、鏡の中に囚われ、その難を逃れた方々は、ドッペルゲンガー若しくはその眷属に捕縛され、エネルギーを既に吸い取られていることでしょう。

エネルギーを吸い取られたからと言って直ぐに命の危機ではありませんが、放っておくと死に至ります。早期の解決が必要です。といっても既に、7体のうち4体を討滅してます。後は3体……彼らの眷属は既に撤退し、残りの3体の内2体は当初から当校敷地の野外訓練区画奥深くに潜伏していることはわかっております。」

 

「…………異界………エネルギーを吸い取る…………鏡の中に囚われるとは一体……七草先輩。囚われた生徒はどうなるのですか?」

 

達也のその質問に悠が自己紹介も兼ねて答える。

 

「それは俺から説明する。俺は鳴上悠、都立高の3年だ。りせの古くからの友人、七草とリーナの友人でもある。俺はペルソナ使いという特殊能力を有している。今は式神を扱う古式魔法師だと思って貰っていい。俺は過去にドッペルゲンガーと似た敵と、数度戦った事がある。今回もこの東京界隈での奴らを個人的に追っていた。鏡の中は一種の異界だが……同じく生命エネルギーを徐々に吸い取られる。今回は見境なく人を鏡の中に捕らえていたが、奴らは今まで当たりと称した何らかの適性を持つ魔法師を鏡の中に閉じ込め、何かをしようとしていた。それが何かは目的まではわからない。ただ、俺たちペルソナ使いは、鏡の中に囚われた人間を救出する手段を持っている。そのタイミングを今図っている段階だ」

 

「ペルソナ使い…異界…今はいい…ほのかは助かるんですね」

達也は心なしかホッとした表情をしていた。

 

「ペルソナ使い………鳴上さんは、その異界の対パラサイト、ドッペルゲンガーのスペシャリストなんですね」

エリカは言葉遣いを正し、納得する。

エリカは実際に悠のイザナギを目撃し、その戦いぶりを見ていたからだ。

 

「ペルソナ使い……柴田さんが前に言っていたことが正解だったんだ。でもそんな能力者聞いたことがない」

幹比古はエリカの言にうなずきながら、美月がこの前言っていた事を思い出していた。

 

「ペルソナ使い、式神を扱う能力に似ている………もしかして、りせお姉さまもペルソナ使いなんですか?」

美月は悠の説明を聞き、りせもペルソナ使いなのではないかと思い至った。

 

「そうよ!私もペルソナ使い!外ではオフレコでね!」

りせは皆に笑顔を向けると共ににウインクをする。

 

りせがそう言うと、エリカ、幹比古、美月は無言で頭を何度も素早く上下させ頷く。

 

「じゃあ、今の状況は私が説明するね!……来て!ヒミコ!!」

りせの後ろに女性らしいフォルムのペルソナ、ヒミコが顕現し、りせに円環型のヘッドマウントディスプレイをかぶせる。

 

「……綺麗………」

初めて見るりせのペルソナに深雪は感嘆の声を上げる。

 

「これがペルソナ……明らかに式神とは異なるな」

達也は、りせのペルソナの構造体が全く読めないことに、式神とは一線を画していることを感じる。

 

「すでにこの周囲には、ドッペルゲンガーも眷属も居ないわ。今は野外訓練施設の奥の方で2体が相変わらずじっとしてる。コヨーテのドッペルゲンガーは………ウサギのドッペルゲンガーに向かって移動しているわね……逃げないで何をしようとしているのかな?もう勝負は付いているのに……ちょっと調べちゃうね!」

りせはエネミー・サーチを行い、敵に再びハイ・アナライズを仕掛け、情報を引き出す。

 

「あの…りせさんは何をしているのですか?」

深雪はりせが何をしているのかを聞く。

 

「りせのヒミコは探査に特化したペルソナだ。敵の位置を把握し、敵の動向を探っている」

悠はりせの代わりに説明をする。

 

「!?」

(この広い第一高校の敷地内を全ての敵の動きを把握してるということか………そんな事が可能なのか………高性能レーダー。いや、それ以上の能力だな)

達也は内心かなり驚き感心していた。

驚きはしたが、達也の認識では高性能レーダーとそれ程変わらない。

達也はまだ知らない。りせの能力はこんなものではないことを……これはりせの能力のほんの一端でしかないことを………

 

「え?りせ姉さまが探査に特化?え?だって、あのメチャクチャの攻撃力は?」

「………ありえない。探査に特化って、物理的な攻撃に特化しているんじゃないの?」

「りせお姉さま素敵です」

エリカ、幹比古、美月のりせに対しての反応は相変わらずだ。

 

「!?………悠先輩、あいつら異世界の門を開こうとしてる!!………でも、なんかエネルギーがたりなさそう…………」

そんな、達也やエリカ達の反応をよそに、りせは相手の動向を導き出す。

 

「なるほど、異世界の門を開き何かを招き入れようとしていた可能性が高い………神か悪魔か、はたまた別のものか………異世界の門を開くために魔法師から生命エネルギーやらサイオンやらを奪っていたのか………しかし、予定人数の生徒を捕らえることが出来なかった。だからエネルギー不足か………これは敷地外に生徒達を逃した七草のお陰だな」

悠はりせの言葉から考察し、現状大きな危機を回避出来たことにホッとし、その功労者である真由美に微笑み掛けた。

 

「そんな私のお陰だなんて………」

真由美はほんのり顔を赤らめる。

 

「私だって、結構頑張ったのに」

リーナはそんな真由美を羨ましそうに見る。

 

「異世界の門?………神?悪魔?」

「神と悪魔って……」

「呼ぶってどういう事?」

エリカや達也達は、りせと悠の理解を超える言動に戸惑う。

 

「あ!!鏡の中に囚われている人から、エネルギーを急速に奪ってる。これ、やばいかも!!異界の門、ギリギリ開いちゃうかもしれない!!」

 

「くっ、リーナと深雪は俺と共に異界の門を開こうとしているドッペルゲンガーを追う!!りせは鏡の中に囚われている生徒の救出。七草と後の皆は、りせのサポートに!!いや………達也も俺に続いてくれ!!」

 

ようやく落ち着いたかのように見えたが……事態は再び動き出す。

 





りせの本当の能力はまだ、皆知らない状態です。
深雪と達也は悠と同じペルソナ使いだという事と、敵の探査が出来る程度。
達也より深雪の方がペルソナの情報を開示されてます。
エリカは、畏怖と尊敬の念………指揮が出来て、戦闘力も高い能力者と。
幹比古は、恐怖の対象、後はエリカと一緒。
美月は、羨望と憧れ。

エリカと美月は完全にりせに参っている状態だから大丈夫。
幹比古は恐ろしくて口に出せない。

残りは達也と深雪ですね。
厄介なのは達也………ですが……
後、達也のバック


間違って、違う所に投稿しちゃいました><直ぐ気がついてよかった。


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第三十話 終着へ

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告何時もありがとうございます。


第一高校編の終わりが見えました。
戦いシーンが多くて……………





りせから発せられた言葉【異世界の門】。

悠の脳裏に浮かぶはアメノサギリ。

異界を現実世界と融合させ人類全てを感情を感じることが無いシャドウと化し、無味無臭の世界を再構築させようとしたあの行い………人々の願いを極論付け、あのような蛮行に踏み切った神アメノサギリ

 

悠は焦りを覚える。

 

アメノサギリに匹敵する存在が、現世に現れるのではないかと…………

あの時と同じ事が起きるのではないかと…………あの時は、互いに絆を深めた7人の仲間と戦い、かろうじて退けることが出来た。

しかし、今はあの時の仲間はりせ1人。

真由美とリーナも絆を深めてきたが、まだ及ばない。

 

悠はアメノサギリに匹敵する神、または悪魔が現れれば退ける事が出来るのかと…………

いや、なんとしても阻止しなければならない。

 

悠は【異世界の門】が開く前に、対処すべく皆に指示を出す。

「くっ、リーナと深雪は俺と共に異界の門を開こうとしているドッペルゲンガーを追う!!りせは鏡の中に囚われている生徒の救出。七草と後の皆は、りせのサポートに!!いや………達也も俺に続いてくれ!!」

 

りせ以外はこの急展開について行けずに困惑した表情をしている。

 

「詳しく説明している時間がない。行くぞ!」

悠は真剣な眼差しでリーナ、深雪、達也に顔を向け、声を大にする。

最初にリーナが悠に続き、達也と深雪も後に続く。

悠達の目的は、【異世界の門】を開こうとしているドッペルゲンガーを開く前に倒し、阻止すること。

 

 

「真由美さん!エリカに幹比古に美月は私についてきて!急いで!」

りせも真由美らに声をかけ促す。

真由美はりせに素直に従うが、後の3人は困惑したままだ。

「いいから付いて来る!」

りせが声を荒げると、3人はりせの後に続く。

りせ達の目的は、【異世界の門】を開くためのエネルギーの供給を断つために、鏡の中に囚われている人間を鏡から救出すること。

ドッペルゲンガーは鏡の中に囚われた人間からエネルギーを吸い取り【異世界の門】を開くエネルギーに変換している。そのエネルギー源である鏡の中に囚われた人間を鏡から出すことにより、エネルギー供給を止め【異世界の門】の開口を阻止する。

 

 

 

 

悠達はドッペルゲンガーが潜む野外訓練所の奥の森へ向かう。

悠の後ろにはリーナ、深雪、達也と加速魔法で続く。

 

「悠……どういうことなの?」

リーナは悠の後ろから声を掛ける。

 

「異世界の門が開く……人の手にあまる神や悪魔が顕現されれば………人類や世界に多大な影響を与える。最悪人類滅亡もあり得る。その前になんとしても【異世界の門】の開口を阻止する」

 

「神や悪魔……実感が湧きません。…でも、神様が現れるのであれば、悪い話ではないのでは?」

深雪は現実感が無いまま悠に問いかける。

 

「……神は確かに人の願いを聞き入れる。しかし、その聞き入れた願いが人類にとって有益なものだとは限らない」

 

「なるほど、神は人の善悪の尺度で図らないということですか……」

達也は悠の言葉を理解し確認する。

 

「そういう事だ。それは悪魔も同じ事だ」

 

「どういう事よ!?」

リーナは悠と達也の会話の内容に理解がまだ及んでいなかった。

 

「神や悪魔に、人の倫理が通じないということだ」

達也はリーナに簡単に答える。

 

「その論議はこれが終わった後だ。リーナ。戦略級魔法が使えたと言っていたな。どういう魔法なんだ。場合によっては使って貰うことになる」

 

「…………そ、それは…」

リーナは達也と深雪をチラッと見、答えることを躊躇する。

それは致し方がない事だろう。リーナの戦略級魔法ヘビー・メタル・バーストはUSNAの最重要軍事機密だからだ。

悠だけであれば、答えたであろうが……達也と深雪の前では流石に答えることが出来ない。

 

「……なにか特殊な条件がある……現状では使えないのか?」

 

「………確かに条件はあるけど使えるわ………でも、細かな調整が出来ない」

ヘビー・メタル・バーストは重金属をプラズマ化し広範囲に焼き尽くす魔法だ。

単一重金属が必要になるが、リーナは制服に目立たないように忍ばせていた。

更に、ブリオネイクという魔法携行兵器を使うことで、細かな調整が可能になる。

 

「わかった」

 

「悠……戦略級魔法を使うとこの辺一体が火の海になるわ」

リーナはそう補足する。

確かに、この場でブリオネイクを介せずにヘビー・メタル・バーストを発動すれば、第一高校一帯は火の海になるだろう。

 

「最悪、【異世界の門】を開いたと同時に、現れる神魔諸共、異世界に向かって放てば、こちらに影響は少ないだろう………その時は達也にも使ってもらう」

 

 

「!?」

「………俺は使えない」

悠が最後に達也に向けて発した言葉に深雪は驚いた表情をし、達也も内心では驚くが、平静を保ち答える。

 

「……わかった。戦略級魔法は飽く迄も最悪な事態に陥った際の切り札だ。そうならないように、ドッペルゲンガーを先に倒す」

悠は今はそれ以上達也に言及しなかった。

悠は達也が戦略級魔法マテリアル・バーストが使えることを知っている。

りせのアナライズによる情報だ。その威力、範囲、発動速度はどれをとっても凄まじい魔法だ。

最悪の事態となれば自ずと使わざるを得ない状況になるだろうと………

 

深雪は達也が戦略級魔法師で有ることがバレなかったことにホッとした表情をする。

しかし、達也は悠に益々疑いの目を向け、警戒をする。

悠が達也が戦略級魔法師で有ることに確信を持って、先程の言動に至ったのだろうと………何処まで、自分たちの事を知っているのだろうかと…………

それだけではない。ペルソナ使いと名乗った悠ではあるが………今も、加速魔法を使わずに、平然と自分たちの前を走り抜ける姿は、達也にとって異様の一言に尽きていた。

ヘビのドッペルゲンガーを倒した際の悠の攻撃力。それに使用した刀は手に持ったまま何の反応もなくその場で消えたのだ。とても魔法には見えなかった。

最早、達也にとって悠の存在自身が理解を超える存在だった。

 

だが、今はそうは言ってられない事態であることは達也も理解し、ドッペルゲンガーの知識や対処に詳しい悠に今は付き従う事を優先させた。

ただそれだけではなかった。達也の目には眼の前の悠がとても敵に成り得る人間とはどうしても感じられなかったのだ。

それが何故なのかはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

一方、りせ達は、校舎の前まで来ると……

 

「はーい、注目!皆これを持って」

りせはヒミコを顕現させ、ヒミコから手渡されたマイクを真由美とエリカ達に渡す。

 

「りせさん、これをどうするの?」

「マイク?なんで?」

「お姉さま?」

「りせ姉さま?」

皆は手渡されたマイクとりせの顔を交互に見ながら問いかける。

 

「これを持ってれば、皆、鏡の中に入れまーす!手分けして、鏡の中の生徒達を外に出してあげれまーす!じゃあ~救出にレッツゴー!!」

 

「なるほど、そういう事ね」

真由美だけは理解が早い。もう、りせや悠の常識はずれな行動に慣れたのだろう。

実際ヒミコのマイクを持つことにより、ヒミコと同期し、鏡に入ることが可能になる。

さらに、マイクからりせのナビゲーションを受けることが出来るのだ。

よって、簡易的にエリカ達も真由美同様、りせのサポートの恩恵を得られる事になる。

何も対処をしていない状況で、鏡の中に入ると、エネルギーを吸い取られていく。

しかし、りせのサポート能力でエリカ達もそれらを防ぐことが出来るのだ。

 

「鏡の中に入れるって……ええ!?」

「お姉さま?」

「どういうこと?りせ姉さま」

困惑するエリカ達3人組。

 

「さあ、行った行った!ナビは私がするから!」

りせは困惑する3人の背中を押して、早く行くように促す。

 

りせは皆にマイクを通して指示を出しながら、自らもヒミコを使い、鏡の中から生徒達を次々と引きずりだす。

 

「本当だ。周りに誰も居ないのに、鏡に誰か写ってる」

「うわっ、鏡に手が入った。なにこれ?気持ち悪」

「あっ、鏡の中に人が倒れてます……この人達を出せば良いんですね」

幹比古、エリカ、美月は最初はかなり驚いていたが、徐々に慣れて行き、次々と気を失っている生徒達を救出して行く。

 

 

「ほのかさん………」

(りせさん。達也くんにほのかさんを救出したことを伝えてもらえる?)

真由美はほのかを鏡の中から出し救出したことを達也に伝えるようりせに伝える。

 

「OK!この分だと、【異世界の門】が開くのを阻止できそう!」

 

 

 

 

 

 

悠達は、りせが示したドッペルゲンガー達の反応が有った地点に到着目前まで来ていたが……………眼の前には、異様な光景が広がっていた。

 

「あれはトーテムポール………」

 

リーナは鳥や獣、人を模った10メートルはあろうかという大きな木の柱、トーテムポールを見て、呟く。

ネイティブ・アメリカンの伝統文化のひとつで、集落を示すものだったり、家主を特定するものだったりと色々の意味合いを持つ柱である。

それが2本森が開けた場所に立っていた。

 

「光の階段?…………空に向かってるわ…………」

深雪はそう呟く。

2本のトーテム・ポールの間に大きな半透明の光る階段が形成され、徐々に空へと伸びていたのだ。

 

「【異世界の門】はまだ形成されていない…………ドッペルゲンガーは何処に………」

悠は異世界の門がまだ未完成な状態と見て、間に合ったことにホッとするが、異世界の門を形成させている肝心のドッペルゲンガーを見つけることが出来ないでいた。

 

『悠先輩!こっちは順調よ!この分だと【異世界の門】を作るエネルギー分は阻止できるかも!それと、ほのかって子を救出したって達也に伝えて』

丁度その時、りせの声が頭に響く。

 

(そうか……こっちは【異世界の門】は途中まで形成されてるが……何とかなりそうだな。ただ、肝心のドッペルゲンガーが見当たらない)

悠はりせとテレパスで会話をしながら、周囲の様子を探る。

 

『ちょっとまって、………あっ、そのトーテムポールがそうよ!』

 

(りせ助かる…………)

 

「まだ、【異世界の門】は形成されていない。あの二本のトーテムポールがドッペルゲンガーだ!俺は右、左は頼む」

悠は皆に指示を出す。

 

「悠、わかったわ!」

「はい!」

「…………」

リーナ、深雪、達也は悠の指示に従う

 

『悠先輩、リーナちょっとまって!あの状態では、魔法は全く受け付けない!トーテムポール2本が揃うと、強力な防御結界を張るみたいなの!』

りせが慌てて伝える。

 

(そういう事は先に言ってよね!)

既に、リーナがトーテムポールに向かって魔法を放っていた。

しかし、トーテムポール2体が同時に光を帯び、その光が光の階段ごと、辺り一帯を包み込み。

リーナの魔法は、その光に阻まれ消滅する。

 

「……魔法が途中で消滅した…だと」

達也はその光景に驚く。その魔法が消滅する過程が達也には見えなかった。今まで達也は戦闘において、相手の魔法を把握し理解し分析していたからこその驚きであった。

あのトーテムポールの結界が現代魔法とは全く異質のもの、今までの達也の常識を覆す現象だったからだ。

 

 

悠は手に名刀【薄緑】を手に、イザナギを顕現させ、そのまま右のトーテムポールに突き進む。

「イ・ザ・ナ・ギ!」

 

トーテムポールは鳥や獣を模った模様の目から、複数の熱光線を出し迎撃するが、悠とイザナギはそれを掻い潜って斬りつける。

 

トーテムポールは悠とイザナギによる斬撃のコンビネーションで切り刻まれ、元の額に角を持つ巨大なウサギのドッペルゲンガーの姿に戻るが、そのまま、黒い液状と化し消滅。

 

トーテムポール周囲に張られた光の結界と、空へと伸び続けていた光の階段はそれと同時に消え去った。

これで、【異世界の門】の開口を完全に阻止出来たと言えるだろう。

 

 

残りのトーテムポールは、元のコウモリの羽を持つ巨大なヘビの姿に戻り、リーナ達の攻撃をかいくぐり空高く舞う。

「……失敗か……次こそは…………」

今回の作戦が失敗に終わったことを悟り、そう声を小さく発しながらこの場を離脱しようとする。

 

イザナギが離脱しようとするコウモリ羽のヘビのドッペルゲンガーを追う。

 

しかし、地上では巨大な光の円陣が現れると同時に、そこから60メートルは有ろうかという額に角を二本生やした大蛇が突如として現れる。

 

二本角の大蛇は羽ヘビのドッペルゲンガーを追うイザナギに向かって、ミサイルのような巨大な水流弾を多量に打ち出す。

 

イザナギがその水流弾を避け、切り落としながら攻撃をしのいでる間に、羽ヘビのドッペルゲンガーは更に上空に登り、霧の結界の外へ消えて行った。

羽ヘビのドッペルゲンガーは【異世界の門】を開くエネルギーの一部をこの化物を召喚するエネルギーに使用したのだ。

 

二本角の大蛇……伝説の怪物ホーンド・サーペント

ネイティブ・アメリカンの間で語り継がれ破滅をもたらす怪物だ。

羽ヘビのドッペルゲンガーはとんでもない物を置き土産にしていったのだ。

 

 

悠はイザナギを一度戻す。

二本角の大蛇から距離を取り、障壁魔法を張るリーナ達の元に駆け寄る。

 

「お……大きいわね」

「……ヘビの化物」

「…………なんなんだ。この物理法則を逸脱した巨体はありえない」

3人はそれぞれその大蛇を見上げ驚きの声をあげていた。

 

「ドッペルゲンガーの置き土産といったところだろう」

悠は平然と言う。

 

「大きなクモの次は何………巨大な蛇?怪獣じゃない!」

リーナは呆れた様に言いながらも、CADを手に戦う構えをとる。

 

「こんなものをどうすれば…………」

さすがの深雪も二の足を踏む。

 

「………くっ、やはりか、大蛇の構成が読み取れない…………異界の化物と言うことか」

達也は二本角の大蛇の構成を読み取ろうとしたが、やはり読み取ることが出来ない。

またしても、分解魔法が使用できない状況に陥っていた。

 

 

「だが……此奴を倒せば、今回の騒動も終わりだ」

悠は再び名刀【薄緑】を手に構える。

 

その間も、二本角の大蛇はその巨体を這わせながら、校舎の方に徐々に向かいながら周囲を無差別に水流弾を撒き散らし、森を破壊する。

 

(りせ!こいつの情報を調べてくれ!!)

 

『もう、調べてる!その巨大な大蛇はホーンド・サーペント、高レベルの魔獣よ!その堅い鱗に覆われて、物理攻撃は効きにくい。各種属性にも耐性が………唯一弱点は火炎系だけど………大きすぎて、燃やしちゃうと森が全部焼け野原になっちゃう!どうしよう!?』

りせは既に、こちらの状況を把握し、ホーンド・サーペントにアナライズを行っていた。

 

(………そうか)

 

『悠先輩………やっぱりあれをやるの?』

 

(ああ)

 

 

 

「リーナ、深雪、達也後方に下がれ!」

悠は3人に退避するように指示する。

 

「悠はどうするの!」

「鳴上さん!?」

「……………」

 

ホーンド・サーペントは悠達に気が付き、水流弾を放ちながら迫る。

 

リーナと深雪は防御障壁を張りながら後方に下がり、達也もそれに続く。

 

悠はホーンド・サーペントの前に立ちふさがり、右手に刀を構え、左手を前に突き出しアルカナカードを顕現させ……

 

「ペ・ル・ソ・ナ!ヤマタノオロチ!!」

悠の前にホーンド・サーペントに匹敵する大きさの8つの首を持つ大蛇のペルソナ、ヤマタノオロチを顕現させホーンド・サーペントに突撃させる。

ヤマタノオロチはホーンド・サーペントの水流弾の猛攻を全て無効化しながら、猛然と突撃し、頭同士で激突する。

 

もはや、怪獣大戦争の様相だ。

 

「え?あれも悠のペルソナ?まるで怪獣………」

「大きい、あれもヘビ?首が8つも………」

「………なんてことだ………………」

後方に退避したリーナ、深雪、達也はその様相に驚きを隠せない。

 

お互い暴れるように押し合い最初は拮抗を保っていたが、徐々にヤマタノオロチがホーンド・サーペントを押しだす。

 

ヤマタノオロチがホーンド・サーペントを召喚された元の位置まで押し返す。

 

「チェンジ!ベルゼブブッ!!」

ヤマタノオロチを戻し、悠は気合の掛け声と共に巨大なハエ、蝿の王にして悪魔の王ベルゼブブを眼の前に顕現させる。

ベルゼブブはホーンド・サーペントに高速で飛行し一気に迫り頭に突撃攻撃食らわし、そのまま真上上空に飛翔する。

 

 

「ど、どっちが敵なのかわからないわね」

「ハエ?大きなハエ?」

「………なんなんだ……………これは」

リーナ、深雪、達也は悠のペルソナ、ベルゼブブの姿におののく。

 

 

上空のベルゼブブは禍々しいオーラを放ちながら、突撃を喰らい怯んだホーンド・サーペントに前足に持つ杖を掲げる。

 

 

『メギドラオン』

 

 

ベルゼブブは無属性領域特大魔法メギドラオンをホーンド・サーペントに放つ。

 

ホーンド・サーペントは全身をメギドラオンが放つ青紫色の光に包まれる。

そして、メギドラオンは周囲に衝撃波を撒き散らし爆散。飲み込まれたホーンド・サーペントを跡形もなく消し去る。

そこに残ったものは地面に空いた直径100メートル程の大穴と、その周囲に薙ぎ倒された木々だった。

 

 

リーナ達は爆散するメギドラオンの衝撃波を障壁魔法で防御していた。

 

「……………領域魔法……でも威力が…………何もかもが無くなってる」

「………え?………あの巨大なヘビが一瞬で消滅…………………」

「くっ、熱でも分子融解でも、核でもない。なんなんだあの魔法は!」

リーナ、深雪はその光景に呆然とし、達也は冷静では居られなくなっていた。

 

 

役目を終えたベルゼブブは、スッと消える。

 

 

 

そして、第一高校を覆っていた霧が徐々に晴れていくのであった。




ようやく次で第一高校編終わりですね。

メ…メギドラオン………やってしまいました。
領域を抑えながらですが………

次はどっちかと言うと、後片付けと……………達也の疑惑を何とかしないと………………


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第三十一話 悠の処遇

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございました。

遂に悠が………ペルソナ使いとして………





2月10日(木)

 

第一高校がドッペルゲンガーの大規模襲撃を受けてから1週間が経つ。

あの事件で第一高校は、校舎や施設はダメージを受け、更に生徒の600人のうち大凡340人が入院を余儀なくされ、10日間の休校が決定された。

特に野外訓練施設や練習施設は壊滅的なダメージを受け、復旧の見込みは立っていないとのことだ。

 

 

あの事件は世間一般では、第一高校大規模テロ襲撃事件として報道されている。

テロリストが第一高校内で、式神による大規模魔法実験を行い。式神暴走の結果多くの生徒がサイオンを奪われ意識が刈り取られたと発表されたのだ。

幸いにも、ドッペルゲンガーの眷属が式神に見えるのと、ドッペルゲンガーの真相を知る者は、悠達のみだったため、パラサイトやゴースト事件と関わっていたことを簡易な情報規制を敷くだけで、秘匿することが出来たのだ。

最終的に一部の生徒がテロリスト達を撃退、捕縛したことで解決したことと成っている。

また、その一部の生徒とは公表されていない。

そして、アイドル久慈川りせも、その生徒達のお陰で、事なきを得たと………

 

今回の事件。もっぱら、マスコミの興味は第一高校はこの1年で2回もテロの標的とされたことに集中し、セキュリティの甘さ等を指摘された上に、魔法科高校の存在意義の如何まで、有る事無い事を連日報道されている。

 

政府や警察、軍の間ではこの事件がパラサイトの襲撃事件で有ることは当然把握している。パラサイト改めドッペルゲンガー第一高校一斉襲撃事件として事態を深刻に受け止め、生き残りのドッペルゲンガーの捜索、事件解決へと各組織の連携強化をはかり正式に対策本部を設置し再編成を行うことと成った。

そこには今までお荷物扱いをされていたとある組織も正式に組み込まれることが決定された。

なぜ、パラサイトからドッペルゲンガーに改めたかと言うと、この事件を受け、USNA内部等から日本に情報リークがあったからだ。

USNA政府は日本政府に対し正式にUSNA国内でも同様な事件が起きたこと、そしてUSNA軍の人間が身体を乗っ取られ、日本に潜伏している可能性があることを発表せざるを得なく成った。

その上で、正式に協力を申し出、ドッペルゲンガーと交戦経験があるUSNA軍スターズの一部を情報提供協力という形で日本に正式に滞在させることとなったのだ。

 

ドッペルゲンガー対策に本腰を入れる日本政府は……ドッペルゲンガー対策室を正式に立ち上げ、様々な組織や立場の人間が集められることになる。

そして対策室の上役の1人にあの桐条美鶴が選ばれたのだ。

今まで、警察組織でも厄介扱いされたシャドウワーカーがこの対策室に組み込まれた事を意味するものだ。

 

今回の事件でドッペルゲンガーに対し、ペルソナ使いの有用性が正式に認められたからである。

それはとある人物がドッペルゲンガー第一高校一斉襲撃事件に多大な貢献をしたことが現場状況や、報告に上がってきたからだ。

 

 

そして……それに伴い特例箝口令が敷かれる。

N案件……彼の事を政府の一部又は対策室以外の人間に漏らす事を禁じたのだ。

 

だが……それが結果的に彼の価値や有用性に気がつく者が出ることとなり、自分達の立場や力を上げる為に彼を引き入れようと企む組織が後から後からと……………

ドッペルゲンガーの目的は神魔の降臨である可能性が高い…それは人類にとって大いなる厄災となる………だと言うのに、彼らは自らの権力欲と力の為に彼を利用しようとする。

 

しかし、彼は惑わされない。

 

彼は己の意思を明確に持ち、真実を見抜く力を持っている。

迷いがあろうとも、彼と深い絆でつながっている仲間が支えてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

2月3日(木)16:05

悠はホーンド・サーペントを悪魔の王ベルゼブブのメギドラオンで消滅させ、リーナ達の元に向かった。

 

「悠……終わったの?」

 

「今回はだがな……ドッペルゲンガー2体を取り逃がした」

 

「鳴上さん……あの…巨大なハエも……鳴上さんのペルソナなのですか?」

 

 

(なんだったんだあのヘビの怪物は……あれもドッペルゲンガーの仲間なのか……凄まじい力だった…まるで神話や伝承の怪物そのものだ………あんな物が現存したとは…………、それに貴方は何者なんだ……あの凄まじい力を内包しているヘビの怪物をも圧倒する力…………1人で、軍一個師団に匹敵する力………いやそれ以上だ)

達也はリーナと深雪と会話をする悠を見据えていた。

 

「霧の結界が晴れる。七草やりせと合流しよう」

「そうね」

「分かりました」

「…………」

こうして、悠達はりせ達と合流するため加速魔法で移動を開始する。

 

(異世界の化物……それ以上の存在であろう神や魔…………そんな存在がこの世に闊歩していたなどと信じられん。……しかし強大なヘビの化物にそれに対抗する能力者ペルソナ使い……、まるでおとぎ話の悪魔のような禍々しい力を振るうペルソナ………常識を逸脱しすぎているが………目の前に存在する)

達也は魔法で移動しながら、悠の後ろ姿を見、思考を巡らせていた。

 

 

「悠先輩!!鏡に囚われてた皆を救出したよ!」

りせは悠を見つけると駆け寄る。

 

「こんな短期間で流石だなりせ」

 

「鳴上くん。終わったようね………」

真由美はホッとした表情で真正面で悠を見上げる。

 

「ああ、七草や皆のお陰だ」

 

 

悠はりせと真由美にねぎらいの言葉をかけた後、皆を見回しながら神妙な面持ちで話を切り出す。

 

「もう直ぐ、霧が晴れ、この結界が解ける。その前に皆にお願いがある。………りせがペルソナ使いだということは誰にも言わないでくれ。……その胸の中だけで収めてほしい。

今回の事はあまりにも大きい。辻褄が合わないことも出てくるだろう。俺の事を話してもらっても構わない……だが、りせだけは頼む」

悠は達也や深雪、エリカ、幹比古、美月に向かって頭を下げたのだ。

 

「悠先輩…………そんな………私だけを…………」

 

「私からもお願いするわ。鳴上くんのことも、隠してあげて欲しい」

真由美も悠に習って皆に頭を下げる。

 

「りせ姉さまの事は絶対言わない……でも、この現象をどう説明すればいいのか見当がつかない………」

「りせさんのことは誰にも言わない………というか後が怖いし…………エリカの言う通り、この学校の惨状を僕らじゃ説明出来ない………」

「りせお姉さまの事は絶対言いません」

エリカ、幹比古と美月は概ねりせについては了承するが……この後、各方面からこの事件について色々と聞かれるだろう。特にエリカ、幹比古は警察組織の協力者だ。どう説明したら良いのか、見当がつかないといった様相だ。この3人はドッペルゲンガーの事すらも、ほとんど知らない状態で、今回の事件に巻き込まれたのだ。致し方がないだろう。

 

「………その、私は………」

深雪は困っていた。ここまで大々的な事件に発展してしまっては四葉本家に報告せざるを得ないからだ。しかし、恩人である悠を裏切るようで心苦しいのだ。

 

そんな深雪の肩をポンと叩き、代りに前に出て、達也は鋭い目つきで皆と悠を見据えて言う。

「先程までの出来事……正直俺自身理解が追いついていない。皆もそうだろう。………そして、この惨状だ。あまりにも事が大きすぎる。………さらに人類の存亡が掛かっているという……事の真偽はわからないが……少なくとも今日見てきたことだけでも一個人で背負えるものではない。………俺にはとても、この事を心に留め置くことは出来ない……………それに鳴上さん………その力……………」

 

「達也!あなただって悠に助けられたんじゃない!それぐらい黙ってくれてもいいじゃない!」

リーナは達也が言い終わる前に噛み付く。

 

「…………………」

しかし、エリカ達は、達也の言葉を聞き、沈黙し俯くことしか出来なかった。

達也の言葉に同意せざるを得ないのだ。

 

「……リーナ、いい………達也の指摘はもっともだ。俺もそう思う………七草……俺は今回の事件について……軍に…七草弘一氏に話す。警察組織にもだ………今回たまたま、俺やりせがこの場にいたから良いようなものの……神魔の降臨を許し、最悪人類の滅亡もあり得た。……しかもドッペルゲンガーを一部取り逃がし、今後も、奴らは神魔を降臨させる為に再度動く可能性が高い。事が大きすぎる。…………しかし、りせの事だけはこの通りだ」

悠は今日のことを振り返りながら、皆に話し、最後にりせの事だけは黙ってほしいと再度頭を下げる。

 

確かに、今回偶然、高位のペルソナ使いである悠とりせがこの場に居たから、阻止出来たが、もし、ドッペルゲンガーの襲撃日時が今日でなければ、ドッペルゲンガーの計画が成功していた可能性が高い。最終的には異世界の門を開け何をなしたかったのかは不明だが………神魔降臨の可能性が高かっただろう。

 

「鳴上くん!でも、それだと鳴上くんが…………」

「悠!……軍に囚われでもしたら…………」

「悠先輩……そんな!ダメだよ」

真由美、リーナ、りせは悠を止めようとする。

 

「七草、リーナ………りせ……時間の問題だった…………りせ、わかるだろ神魔の降臨がどういう事態に陥るかを……ドッペルゲンガーの動きも不明な点も多い。奴らを手引きしている者も存在する可能性だってある。今の俺達だけでは…………」

 

「………悠先輩………私を庇って………」

りせは悠の胸元に顔を寄せる。

りせはわかっていた。悠がこう言ったもう一つの理由を、悠が表に出ることで、りせへの疑惑や追求を全て悠に向けさせるためだ。

もし、真由美やエリカ達、達也達が黙秘しようとも、今回の事はあまりにも規模が大きい。

悠が初めからこの場にいないことにしたとしても、りせはそうも行かない。公式にこの場に訪問しているからだ。

しかも、先の横浜事変の際も、りせは大々的にその場に居合わせた事が報道されている。

勘ぐり、調べる者も出てくるだろう。

 

「いや、良いんだ。………」

悠はりせの頭に優しく手を置く。

 

エリカや幹比古、美月と深雪は申し訳なさそうに見ることしか出来ない。

 

「鳴上くん…私も協力するから!」

真由美は力強く悠に訴えかけるように言う。

 

「悠………」

リーナは口惜しそうな表情をする。

 

「もし、悠先輩が酷い目にあったら、私、暴れるから!!きっついお仕置きするんだからね!!」

りせは一歩下がり悠から離れ上目遣いの涙目でこんな事を言ってしまう。

りせならやりかねないだろう。

それこそ悠が軍などに囚われの身になり自由を奪われたとなると、稲羽にいる仲間が黙っていない。そして、今は稲羽の土地神となったかの女神や………現世と異世界の間の住人である群青色のドレスを着た彼女もきっと………

 

「そうならないように努力する」

悠はりせ、そして、真由美、リーナに苦笑まじりの笑顔を向ける。

 

そして、皆はりせの事は黙ってくれると約束をしてくれたのだ。

 

 

 

悠は霧が晴れる前に、真由美と相談する。

この件について軍や警察に説明を求められるだろう事は分かりきっている。

今日起こったことの成り行きから、終息までの時系列、悠の事やドッペルゲンガー、そして、奴らの目的についてなども、どう話すかを詰めていく。

 

 

その間、リーナと達也、深雪は練習所へ行き達也の再成魔法でミアを復活させる。

 

 

第一高校を覆う霧が完全に晴れると、周囲で待機していた軍の部隊やら警察魔法師部隊などが一斉に突入してきた。先程まで霧の結界に阻まれ中に入ることが出来なかったようだ。

真由美が待ち構えるように校舎前で待機しており、軍の隊長及び警察部隊の隊長等に、事態の終息と現状の状況を伝え、生命エネルギーやサイオンを奪われ、気を失っている生徒達の病院への搬送を優先するように願い出る。

 

エリカ達とりせは混乱を避けるため生徒会室で待機していた。

 

 

 

悠は霧が晴れると同時に、桐条美鶴のプライベート回線に直接電話を掛ける。

悠はある程度、今日のこの事件についてを美鶴に話し、軍と警察組織との話し合いに協力してほしいと願い出る。

桐条美鶴は現在の仕事を全てキャンセルし、僅かな部下を引き連れて、一時間もかからないうちに第一高校に現れる。どうやらヘリで経由し、ここまで来たようだ。

 

「鳴上くん……今回は大変だったようだ。………しかし、そこまで事態が進行していたとは…異世界の門………」

美鶴と悠はホーンド・サーペントと戦った現場で、今日起こった事件について説明をしていた。

 

「勝手な申し出をして、すみません。最早俺たちだけでは到底対処が困難な状況です」

 

「いや、君がいなければ、異世界の門は確実に開いていた。そして、この地に大規模な厄災が降り注ぎ、多くの犠牲と……最悪、未来は閉ざされただろう。……同じく異界(シャドウ)と関わるものとして、君に感謝する」

美鶴も神魔の恐ろしさを自ら体験し十分知っている。過去に自分の親族が厄災を起こし、その後始末を行うために戦ったのだ。その影響は今も残っている。

 

「……この場に偶然居合わせただけです。………少しでもタイミングがずれていれば…………」

 

「……そうか………こんな事態の後に不謹慎ではあるが、こちらとしても好機だ。これで、我々シャドウワーカーも介入出来るだろう…………ところで、鳴上くん………これは…………もしや、メギドラオン……なのか?それにしても凄まじい威力だ。私が知っているそれに比べても規模や威力が高い様だ…………やはり、君は現実世界でもペルソナが使えるな………しかもメギドラオン程の高出力の魔法が現実世界でも使えるぐらいに………」

美鶴は森に開いた地面の大穴を見て、驚きながらも悠に問いかける。

これ程の破壊を起こした跡だが、周囲はそれに反してさほど影響を受けていないからだ。

 

「………黙ってまして、すみません」

 

「いや良いんだ。………それはお互い様だ。私も短時間だが、使用出来る…………ただ、現実世界では大規模魔法は使えない。私の精神力が持たない……まだまだと言うことだよ。……因みに、我々で現実世界でペルソナが使えるのは今のところは真田と私と山岸、アイギスとラビリスだけだ……アイギスとラビリスに限って言えば、ある程度ペルソナを扱える。やはり異世界にくらべ燃費は随分悪い………だが、そこらの魔法師程度には遅れを取らないだろう」

シャドウワーカーも、本格的に訓練を行っている美鶴と真田、山岸は制限はあるが現実でもペルソナが使えるとのことだった。アイギス、ラビリスの対シャドウ機動兵器姉妹は現実世界でも、燃費の面以外ではペルソナをそこそこ使えるとのことだ。

美鶴はペルソナを現実世界で顕現させることにより、魔法協会や警察組織にシャドウワーカーの意義と立場を売り込む準備をしていたのだ。

今回の事でそれが早まることになる。

 

「そうだったんですか」

 

「君には及ばないがな………自らのペルソナ、いや己の精神を鍛える事が必要だとわかった。どれだけ己自身と向き合うかが重要だと…………」

 

「……………」

 

「……我々の所に来ないか?」

しばしの沈黙の後、美鶴は悠をシャドウワーカーに勧誘する。

 

「……すみません」

 

「ふぅ、君は存外頑固者だな………協力ぐらいは頼まれてくれるだろ?」

悠の答えに、美鶴は苦笑交じりの笑顔で言う。

 

「……俺の方から無理を頼んでますから」

 

「後の交渉は私に任せてくれ………軍や警察組織にどう出るかは交渉しだいだが………君の立場と身分は必ず守ろう。もちろん君の友人たちもだ」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 

 

 

この後、真由美、リーナ、達也、深雪、エリカ、幹比古、美月は、急行した警察組織の隊長や、軍隊長に状況説明を求められることになった。そこには真由美の兄、七草智一の顔もあった。

悠も当事者として参加することになる。美鶴は現段階では全くの部外者だが、曲がりなりにも警察組織の末端でもある上に、桐条の名の影響力は大きく、同席を許される。

 

真由美が代表としてこの事件の状況説明をし、質問に答える。

公ではないドッペルゲンガーという表現はせず、パラサイトらしきものが人間に偽装し、校内に紛れ込み奇襲を受け、一気にこの学校が制圧されたと……そして、かろうじて残った面々で抵抗し、反撃に出て数体消滅させ、退けたとした。

悠は自らについて、りせの代理マネージャーであり護衛を兼ねていたと話し、そして、自身も特殊なSB魔法が使えるため、第一高校の面々と協力し、数体のパラサイトを撃破したとした。

この場では混乱を避けるためペルソナ使いと言う表現はあえてさけていた。

また、りせが行ったことの大半は悠が行った事と口裏を合わせるようにしていた。

 

最初は反魔法団体等のテロリストによる大規模襲撃と考えていたのだが、予想以上の事態に、警察組織や軍の隊長は即上層部に上告する。

警察、軍の両組織から箝口令が敷かれ、外部に漏らさない様にと釘を刺され、皆はその日は解放される。

 

りせは既にマネージャーの井上さんが迎えに来て、自宅に戻っていた。

魔法協会が大枚を叩いてようやく手に入れたプロパガンダであるりせがこんな事件に巻き込まれたのだ。りせやりせの事務所の機嫌を損ねる訳にも行かず、皆とは別に幾つかの簡単な質問を受けただけで、あっさり解放されたのだ。

 

 

この事件を機にペルソナ使いの有用性が知られることになる。

 

 




シャドウワーカー(P3メンバー一部)も
ペルソナを現実世界でも使える設定を追加しました。

明日も更新します。
元々は一話の話がめちゃ長くなったので、分けたものが今回が前半です。


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第三十二話 賽は投げられた

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

悠はドッペルゲンガーの解決の為に尽力するお話です。




2月4日(金)9:30

 

翌日早朝、桐条美鶴は警視庁へ向かう。

警察組織のパラサイト対策チームの長と警察の上層部と内務省の高官が顔を揃えていた。

美鶴は第一高校襲撃はドッペルゲンガーの計画された奇襲制圧である事を説明し、先日はかなり危機的な状況だったと話す。

たまたま、その現場に、ペルソナ使いである鳴上悠が居合わせたため、これだけの被害ですんだ事、下手をすると、横浜事変とは比べ物にならないほどの被害が出ていた可能性があったこと………そして、ドッペルゲンガーの目的が、神や悪魔の降臨だということを………

 

美鶴はペルソナ使いがどのようなものかを説明し、その際、自らのペルソナ、ペンテシレアを顕現させ、周囲を驚かせていたが………鏡に閉じ込められる生徒達、異世界の門、ドッペルゲンガーの素性、神や悪魔のような存在の降臨などの話が、あまりにも突拍子も無い話だったため、信じてもらうことは出来なかった。

 

因みに悠の立場は美鶴の協力者だという事で収めている。

 

 

美鶴は警視庁の後にその足で、国防軍庁舎に向かい軍上層部数名と軍側のオブザーバーとしての立場の七草弘一と十文字家当主が会談する。

 

「お初にお目に掛かります。警視庁対シャドウ部隊シャドウワーカー隊長を務める桐条美鶴です」

「七草弘一です。貴方はその前に桐条グループの総帥という立場がお有りでしょう」

こんな自己紹介から始まり、第一高校で起こった事象を説明し、たまたまペルソナ使いである鳴上悠がその場にいたため、ドッペルゲンガーを退けることが出来たと話す。

この時も、美鶴はペルソナ、ペンテシレアを顕現させて見せ、そして警察組織と同様の話をする。

軍上層部の人間は警察組織とほぼ同じ反応をし、美鶴の話を信じてもらうことが出来ず一笑される。

ただ、七草弘一だけは、その話を表情を変えず真剣に聞いていた。

 

 

2月5日(土)9:05

 

第一高校の現場調査が行われる中……調査の進行状況を確認するために、警察組織、軍組織上層部や政府高官そして、魔法協会……いや、十師族の関係者が現地査察に訪れる。

美鶴達シャドウワーカーも警察組織側の人間として参加。

七草弘一、十文字家現当主、さらに、十師族九島家の元当主九島烈、一条家、三矢家、五輪家の当主など錚々たるメンバーが顔を見せていた。

そこには独立魔装大隊隊長の風間少佐の姿もあった。

 

魔法科高校は魔法師の卵の学校といえども、戦力的には、軍一個大隊に匹敵すると目算されている。それをたった7体のドッペルゲンガーにほぼ無力化されるまで陥った事実に、事の重大さを認識する。

そして、目を引いたのは……ドッペルゲンガーが行った破壊工作とされる練習棟の破壊状況と、野外訓練場奥の森に、地面には巨大な何かが争った様な跡となぎ倒されている木々、そして突如として現れたかのようなぽっかりと開いた直径100メートルの巨大な穴だ。

これらを見た、現場調査スタッフは戦慄する思いだったと言う。

七草弘一、十文字現当主、風間少佐等や警察組織上層部の査察団も、これを見て………今までの認識が如何に甘かったかを思い知らされる。

 

そして………先日、美鶴が語ったドッペルゲンガーと異世界の門などの話が現実味を帯びてくるのだ。

 

実際は……これらの破壊は悠がやったのだが…………今はその事は当事者達しか知らない。

 

 

 

 

2月5日(土)18:30

 

悠は七草弘一から直接連絡を受け、七草宅の応接間に通される。

応接間には、七草弘一、長男智一、次男孝次郎、そして真由美が待っていた。

悠は弘一に促され、弘一の対面、真由美の横に座る。

 

「……君はパラサイトいや、今はドッペルゲンガーか……奴らに対して何らかの対抗手段を持っていると疑っていたが……これ程深く関わっていたとはな………」

弘一は開口一番、悠にこう言ったが、怒り等の感情は見受けられない。

 

「すみません。騙すつもりはありませんでした」

 

「……いい。君にも立場があったのだろう。未だに信じがたいが、我々が追っていたものが異世界の化物だったとはな。どうりでうまく行かないはずだ。我々の行動は最初から間違っていたのだろう……人や魔法師とは全く異なった存在を相手取っていたのだからな」

弘一はため息をつきながら悠に言う。

 

「なぜ我々に言わなかった」

次男孝次郎が悠に鋭い視線を向ける。

 

「………この事件に関してはペルソナ使いである自分の領分だという考えからです。また、当時の俺はここまでの事態になるとは予想してませんでした。」

 

「我々魔法師では対抗できないと考えたのだな……舐められたものだ」

 

「……俺はドッペルゲンガーと同じ存在と数度戦った事があります。その経験の差は大きい」

 

「そもそも、ペルソナ使いなどというSB魔法は聞いたことがない。……なんなのだ」

孝次郎は悠を責め立てるように言う。

どうも孝次郎は悠が気に食わない様だ。

 

「……ペルソナ使いは、ドッペルゲンガーのような、闇や異世界からの来訪者と戦うすべを持つ能力です。………そのような連中が現れない限り、必要のない能力です」

 

「ふん……………真由美は知ってたんだな」

孝次郎は矛先を真由美に向ける。

 

「……知ってたわ」

 

「なぜ、言わなかったんだ!」

孝次郎は声を荒げる。

 

「俺が黙ってくれるように頼んだんです」

 

「………もし、あの時点で鳴上くんが特殊能力者だと知ったら、兄さん達は鳴上くんをどうしてたのよ!」

真由美も孝次郎に向かって声を大にして抗議する。

 

「なんだと!?」

 

「孝次郎やめんか……真由美もだ………過去のことはもういい」

 

「「…………」」

孝次郎と真由美はお互い顔をそむける。

 

「鳴上くん、見苦しい所を見せた。すまない。………ここに来てもらったのは、改めて君と話がしたくてね。……幾つか聞きたいことがあってのことだよ。そうかしこまらなくてもいい」

 

「話ができることであれば」

 

「そうか……君はペルソナ使いというSB魔法師……いや、特殊能力者なのだな」

 

「そうです」

 

弘一は悠の答えを聞いて、話し出す。

 

「あれからペルソナ使いについて、調べさせて貰った。確かに警察組織の末端に特殊事象案件を対象とする部隊が公に存在していた。内容もペルソナを使用する特殊部隊だとも………ペルソナについても、霊障や非現実事象の対応可能なSB魔法としか書かれていない………先日、ペルソナについて桐条美鶴嬢に説明を受けた。シャドウという存在に対抗するための能力だと…………異世界の化物や神話に登場するような神や悪魔などにも対抗する手段だとも………桐条グループは実際にそれらを研究するために莫大な予算を注ぎ込んで居た………未だに信じられない事だが、実際に彼女のペルソナを見て…………これが現実ということは……かろうじて理解できた。ただ、話があまりにも突拍子が無さ過ぎる。………異世界から神や悪魔を呼び寄せ、人類に災いを起こすなどと………政府高官や軍上層部は信じていないだろう。………しかし、これまでのドッペルゲンガーの事件、鏡の中に人を捕らえる行為…真由美が実際に囚われている。今回の事件の生徒達もな……、魔法や現代科学では証明できない事象だ。私は……桐条美鶴嬢の話をただの与太話だと、一蹴できない。

そして、今日私は、第一高校の惨状を見てきた………特にドッペルゲンガーが行ったとされる森に開いた大穴……あれはどうやったものか見当もつかない………破壊力ならば魔法でも可能だが、周りにほぼ影響を与えずあれだけの破壊を振るうなどと……しかも破壊された断面を見るにそこにあったものがまるごと消滅したような跡だった。そのような魔法………私の記憶には無い」

 

続いて、弘一の横に座る長男智一が話し出す。

 

「……真由美にも詳しく話を聞いたが……真由美の話も突拍子も無かった。霧が立ち込め、それが外部との行き来を遮断……ドッペルゲンガーは7体だが……その7体が多量の化物を生み出し、生徒達を襲ったと……その化物にさえ、魔法師の卵である生徒達は抵抗出来ずに捕まり……サイオンを奪われた……魔法師からサイオンや生命力を奪うなど、どうやったのかもわからないが………七草家の家人も、そんな状態で今も何人も入院してる………これは事実だろうと判断出来る。

どれも、普通ならば信じがたい話だが、霧についても、実際に結界に阻まれ、軍も警察も暫く第一高校に突入出来なかった。

ただ、真由美の話は全て、辻褄が合うんだ」

 

 

「第一高校内でのドッペルゲンガーとの交戦だが、やはり君がかなり活躍したようだね。

留学生のアンジェリーナ・クドウ・シールズも何体か撃退しているらしい。彼女がUSNAスターズであることは私も把握している。他の魔法師とは比べ物にならない力を持っているため、対処可能だったのだろう。

真由美に聞く限りは、魔法師でもドッペルゲンガーに対処出来ると……

真由美が言うには……君の指示や指揮で、魔法師でも、ドッペルゲンガーと生み出した化物に対処出来たと言っていた」

 

ドッペルゲンガーとの交戦内容は詳しく報告されていない。ただ誰が倒したか等を報告されたに過ぎない。

実際はりせが行った事も、悠にすり替えられ報告されている。

これは、りせを庇うためにあの場にいた全員が徹底した。

 

 

「ドッペルゲンガー、ペルソナ使いはシャドウと呼ぶ存在ですが、俺の場合、過去に似たような交戦経験があったため、指示や指揮が可能だったんです」

 

「なるほど……ペルソナ使い…いや、君が居れば、魔法師でも十分戦えるということだな」

 

「魔法師が今までドッペルゲンガーと対峙した経験が無かったため、遅れを取っていたに過ぎないと考えています」

 

「いや、桐条美鶴嬢が君のことを、ペルソナ使いとして極めて優れた才能を持っていると言っていた。並のペルソナ使いでは、第一高校を襲撃してきたドッペルゲンガーを退けることが出来なかったとも」

 

「………」

 

「……私もそれを感じている。何にも動じないその精神力、……君には悪いと思っていたのだがね………君を疑っていたため、真由美を助けて貰ってから、優秀な間者に尾行させていたのだが尽くまかれた。君も気がついていたのだろ」

 

「お父さん!」

真由美は弘一に抗議の声を上げる。

 

「………」

悠は苦笑するしか無い。

 

「しかし……今の状態では、軍上層部や政府は、ドッペルゲンガーに本腰を入れないだろう。なにせ桐条美鶴嬢の話は荒唐無稽過ぎる。神や悪魔の存在、シャドウという妖怪、幽霊や心霊現象などの大本となる存在など、誰が信じよう。ペルソナ能力もどのようなものなのかも全容が不明だ。古式魔法の式神に毛が生えた程度の認識だ」

弘一は現状では、政府は本腰で動かないだろうと判断していた。

 

「実際、第一高校はドッペルゲンガーの襲撃を受けてます。そして、生徒全員から生命エネルギーを奪い、異世界の門を開こうとしていました。それは事実です」

悠は弘一に訴えかける。

 

「事実として、340人もの生徒がサイオン欠乏のうえ、謎の生命維持機能の低下状態だ。それは事実として受け止められる。………ドッペルゲンガーが百歩譲って、異世界の存在だとしよう。………だとしても、神や魔、大厄災や人類滅亡など、誰が信じよう」

弘一は尚も、それだけでは政府を説得するのは難しい事を示す。

 

「…………」

 

「さっきも言ったが、私は彼女の話が、すべて虚構だとは思えない。もし、桐条美鶴嬢の話が事実であれば、大規模厄災など起き、日本は国力が低下するだろう。そうなる前に我々は対抗手段を得なければならない。………そこでだ。ドッペルゲンガーに対抗し、そしてシャドウという異世界の化物と交戦してきた君の力を見せてほしい」

弘一は悠に、ペルソナ能力を見せるように言う。

確かに、存在が証明することができないシャドウや神や悪魔を論じるよりも、それに対抗してきた人間の力を見ることで、相手の力量を測る指針になる。………飽く迄も指針だが…………

 

「父さん!そんな与太話信じるに値しない!」

 

「孝次郎、お前はゴースト事件に関わってこなかったから、わからんだろうが……今まで相手取ってきた連中とは明らかに異なる。手応えがまるで無いのに、被害だけは被るのだ。……そして、鏡の中に閉じ込めるなどという話も、最初は信じられない話ではあったが、今ではそれが事実として認識されている。

もし、神や悪魔の存在が本当であれば、取り返しの付かない事態になるだろう。何もせず否定するばかりではな………

実際に目の前に、そういう連中と戦ってきたと言う青年が居るのだ。見極めるには丁度良いではないか………もし、彼が偽物であれば、それまでの話だ」

 

「……わかった。兄さんはどうなんだ」

孝次郎は渋々といった感じで了承し、兄の智一にも聞く。

 

「僕も、神や悪魔などと信じられないが、ドッペルゲンガーが強敵で、脅威になることだけは認識している。第一高校の惨状を見れば余計にね。日本政府には動いて貰う必要性を感じるよ」

智一はゴースト事件の現場指揮を1ヶ月以上行ってきており、さらに第一高校の襲撃跡を見てきている。神や悪魔の降臨などと言う話を別にして、ドッペルゲンガーの脅威を十分理解していた。

 

「どうだろう。鳴上くんの力を……私達にペルソナ能力を見せてくれないか……それによっては私からも政府に働きかけることが出来るかもしれない」

弘一は悠の実力を見せるように言う。

 

「……わかりました」

悠はそれを了承する。

 

「鳴上くん………」

真由美は悠を不安そうに見るが、悠はその視線に気が付き、大丈夫だと頷いて見せる。

 

 

 

七草家の敷地内に存在する魔法訓練施設に場所を移動する。第一高校の練習棟と同じ規模の物だ。個人でこれだけの施設を所有できるとは、流石は十師族と言ったところだろうか。

 

「鳴上くん。この孝次郎と手合わせして見せてくれ」

弘一は訓練施設に入ると同時に悠と孝次郎にそう言った。

 

「ふん、少し痛い目に遭ってもらうぞ」

孝次郎は目をギラつかせている。

 

「よろしくおねがいします」

悠は平然と応える。

 

 

悠と七草孝次郎は屋内競技場クラスの広さをもつこの訓練施設の中央で20メートル程離れ対峙する。

弘一と智一、真由美は訓練施設の端にある観戦席に立つ。

 

この試合、悠は孝次郎に勝つことが目的ではない。

悠は弘一にその力を認めさせ、日本政府に危機的状態だと交渉させなければならないのだ。

 

 

「………鳴上くん」

 

 

「では、始め!」

智一が開始の合図をする。

 

孝次郎はCADを操作しながら、構え魔法を発動する。

 

悠に複数の氷の礫が迫り来る。

 

「ペルソナ!ゲンブ!」

悠は巨大な亀のペルソナ、ゲンブを顕現させ氷の礫を無効化させる。

 

「な、なんだ?式神か………」

孝次郎がそう言いながら次の攻撃魔法の準備をする。

悠の周りに氷の礫が多量に現れ、悠に向かって一斉に放たれる。

 

しかし、放たれた氷の礫はゲンブによって全て無効化された。

 

「なに!?ならばこれならば!!」

今度は孝次郎は火炎放射器のように、炎を周囲に撒き散らす。

 

「チェンジ!スザク!」

悠はペルソナを巨大な炎を纏った鳥スザクにチェンジし、受けた炎を全て反射する。

 

 

「な!?」

自ら放った火炎が跳ね返され迫って来る様子に孝次郎は慌てて防御障壁魔法を展開。

 

悠はその間、反撃もせずその場に立ったままだ。

 

 

「ちっ、これならどうだ!」

電撃が悠の頭上から、次々と降って来る。

 

 

「チェンジ!イ・ザ・ナ・ギ!」

悠は、イザナギを呼び起こし、電撃を無効化させる。

 

 

弘一は厳しい眼差しでこの様子を見ていた。

「……………孝次郎の魔法が尽く無効化される。………いや、反射していたものもある。どういう事だ」

 

 

『マハジオ』

 

イザナギは左手を天井に向かって掲げると、この訓練施設の約半分の領域で一気に多量の雷光が光の柱の様に降り注ぐ。

 

孝次郎は障壁魔法を展開しそれを防御する。

 

悠は既に孝次郎の眼の前まで来て、右手の名刀【薄緑】を突きつける。

それと同時に、イザナギも孝次郎の後ろで、刀を構えていた。

 

悠は元々、孝次郎にマハジオを当てるつもりはない。

目くらましにし、その一瞬のすきに一気に迫ったのだ。

 

「………そこまで!」

智一は終了の合図をする。

 

「くそっ」

孝次郎は悪態を吐きながら、その場に膝を付く。

 

悠が構えている【薄緑】とイザナギはその場でスッと消える。

 

 

「………孝次郎がこうも簡単にやられるとはな………なんだあの領域魔法の発動スピードは……魔法も尽く無効化、若しくは反射される。しかも、鳴上くんは余力が随分あるようだ」

「父さん……あの動き、かなり戦い慣れてます。我々よりもずっと………」

弘一と智一は驚きの声を上げていた。

 

 

悠は弘一や智一が観戦している場所に向かう。

 

「……鳴上くん、孝次郎もかなりの使い手なのだが、こうもあっさりと倒すとは……ペルソナ使いとは大したものなのだな」

弘一は悠をねぎらうように言葉を出すのだが………

 

悠がそれに答えた言葉はこれだった。

 

「第一高校で戦ったドッペルゲンガーはあんなものじゃなかった。特に野外訓練所奥の森で戦った相手は……60メートル級のヘビの怪物……神話に現れる本物の怪物でした。………奴を倒すために……あの大穴を開ける程の攻撃を放ったのは俺です」

 

「………あれを君が…」

「60メートル級の怪物……あの戦闘の跡はそれだったのか……そしてあの大穴……戦術級……いや、使いようによっては戦略級の破壊力がある。それを君が」

弘一と智一は悠の言葉に大いに驚いた。

2人は実際、現場を見てきたのだ。その破壊の跡を見、その凄まじいまでの威力を目の当たりにしたと言っていいだろう。

しかし、その次の悠の言葉に更に衝撃が2人を襲う。

 

「それでも、本物の神や悪魔を倒すには至らない」

 

「…………それ程なのか」

「なっ…………」

 

「ドッペルゲンガーが神魔を降臨させる前になんとしても、阻止する必要があるんです」

悠は静かに弘一と智一に向かって頭を下げる。

 

「…………これは早急に対策を打たないとまずいことになりそうだな。鳴上くんすまなかった。君を試すような真似をした。検討した上で、上層部にかけ合おう」

 

「お願いします」

 




この次も七草家との話し合い。
そして………USNA編………達也編と

ちょい、この辺の話が暫く続きます。


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第三十三話 各方面の対応

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

前回の続きです。
すみません。
後2、3話ぐらい、こんな話が続く予定です。

その後は………お待ちかね?あのイベント?



悠は孝次郎相手に十分過ぎる力を見せ、七草家敷地内にある訓練施設から再び屋敷の応接間に戻る。

応接間にて、七草弘一、智一、真由美と悠がソファーに座り、再び話し合いを再開する。

孝次郎は不参加のようだ。

 

「君の力はよくわかった。神魔の存在の如何は別にしても、危機的状況下であることは、政府にも伝えよう」

弘一は始めにそう伝える。

 

「ありがとうございます」

 

「もう少しいいかね。………昨日の桐条美鶴嬢との会談で君の話題がでたのだが、君は警視庁対シャドウ部隊や桐条グループの人間ではないとは聞いていたが、実際どうなのだね?」

 

「桐条美鶴さんとは、同じペルソナ使いとして、個人的な知り合いですが、部隊やグループの人間ではないです」

 

「君がドッペルゲンガーを追っていたのは……真由美が囚われる前からか?」

 

「……俺は七草が行方不明になるまで、ゴースト事件、……ドッペルゲンガーが東京で暗躍していることは知りませんでした」

 

「そうか………真由美……鳴上くんと付き合いだしたのは、11月頃と言ったな、その頃から彼がペルソナ使いだと知っていたのか」

 

「つつ、付き合い!?お父さん何言ってるのよ!鳴上くんとは、そ、そんな関係じゃないわ!!」

真由美は勘違いしたのか、顔を赤くして弘一に抗議する。

 

「……私は最初に会った時から、君に違和感を感じていた。あまりにも堂々としすぎている。私との話す態度に、真由美を助ける行動力にだ。普通の人間ではこうは行かない。しかし、君の事も色々と探ったが……一般人のそれとほぼ変わらない経歴だ」

弘一はそんな真由美をよそに、悠に話を続ける。

 

「俺はペルソナを使えます……しかし、それ以外は普通の学生です。何度も言いましたが、こんな事件がない限り、ペルソナは必要のない能力です」

 

「普段の生活でその能力を活用しようと思ったことが無いと…………」

 

「無いです」

 

「そうか、君や桐条美鶴嬢の話以前に、国策を担っている魔法科高校でこれ程の大事件が起ったのだ。ドッペルゲンガーに対する警戒レベルは間違いなく上がっているだろう。政府は少なくとも新たな組織変更を打ち出してくるはずだ。今後も我々も更に本格的にドッペルゲンガーを追うことになるだろう。引き続き、我々の捜査に協力してもらえないだろうか……」

弘一は何かを考える仕草をしてから、悠に協力を申し出る。

 

「申し訳ないですが、お断りします」

 

「………何故だね?桐条美鶴嬢の警察組織シャドウワーカーにつくということかね」

 

「それもお断りしました」

 

政府が近々ドッペルゲンガーに対抗する新たな組織づくりを行うことになるだろうことを想定していた。第一高校襲撃事件はあまりにも大きい。だがその内情は国民の不安を払拭するために、対策を打つことを大々的にアピールするためだと予想している。

弘一の悠からもたらされた新たな情報を上に上げなくとも、今の状況では新たな対抗部隊としてシャドウワーカーの介入は防げないと見ていた。

となると、警察組織の力が大きくなり、軍が大きく介入できなくなるのではないかと……さらにその状態で事件を解決した場合。自分たちの国内に置ける力は低下するのではないかとも………

弘一は軍、いや、少なくとも七草家に独自にドッペルゲンガーに攻勢できる手段と方法を手に入れたかったのだ。

悠1人を七草家に取り込む事によって、ドッペルゲンガーに攻勢する手段を得て、警察組織に十分対抗できるだろうと目算をしていたのだ。

 

ドッペルゲンガーの事案無しにしても、先程見た鳴上悠の力は、魔法師と捉えても抜きん出ている。

少なく見積もっても、戦術級の攻撃力を有しているのだ。

七草家が悠を取り込めば、あの四葉家さえも凌ぐ戦力を得たことになる。

十師族の中でも、頭一つ飛び出る事ができるだろうと……

 

しかし、悠は弘一の申し出を断った。しかも、警察組織シャドウワーカーにも付かないという……………

 

「……君はこの件にもう、関わらないと言うことかね」

弘一は悠を見据える。

ドッペルゲンガーをそして、神や悪魔の介入を何よりも危惧しているのは、明らかにこの青年だ。

なのに、何処の組織にも組しないという。

弘一は悠が何を考えているのかがわからなかった。

 

「いえ、俺は俺でドッペルゲンガーを追います」

 

「鳴上くんどういう事なのかい?」

ここで智一が質問をする。

 

「組織には組織の強みがありますが……個人には個人の強みがあります。情報共有はしようと思います。正直組織に組み込まれるのは性に合わない。俺はドッペルゲンガーを倒し、この事件を解決できればいいんです。無用な組織の縄張り争いや政治抗争に巻き込まれ、真実を見落としたくはない。

最大の理由は、ドッペルゲンガーが何処の組織にも知らず知らずの内に入り込んでいる可能性があるということです。今回の件でわかったことですが、奴らは情報を得て、綿密に計画を練って今回の第一高校の襲撃に踏み切ったようです。ただ、第一高校に俺が現れた事が予想外だった。俺の正確な動きまでは奴らは想定できない。それは俺が何処の組織にも所属していない単独行動だったからです。単独行動の俺の動きは奴らに取っては予想の範疇外。俺が組織とは別に独立して行動するだけで奴らの牽制にもなり、奴らの大きな動きの制限も出来ます」

 

「前の話は耳の痛い話だな………なるほど、君の単独行動は奴らにとってイレギュラー性を生む訳か……………ならば、君の単独行動に真由美を一緒に連れて行ってくれまいか」

弘一は悠の説明に納得するが、悠の取り込みを諦めたわけでもない。

弘一は一度言葉を置いてから、こんな事を提案してきたのだ。

 

「…………」

 

「今回の件、真由美もいい働きをしたと思う。君の行動の邪魔にはならないと思うのだが……情報提供はしてくれるのだろう?真由美を介して君との情報共有を図れると思う。真由美も君と一緒のほうが喜ぶだろうしな」

 

「お、お父さん!?何を言ってるの!?」

真由美は顔を赤らめ弘一にまたしても抗議の声を上げる。

 

「……わかりました。元々俺は個人的に、七草……真由美さんには協力してもらおうと思っていたので」

悠は真顔のままそう答える。

 

「……鳴上くん」

真由美はそう言った悠の横顔を見ながら呟く。

 

「そうか、よろしく頼む」

弘一はここで話を終わらせる。

 

悠は七草家お付きの車で自宅まで送ってもらうことになった。

真由美も悠を自宅まで送る車に同席するために応接間を出る。

 

 

2人が出ていった応接間では、弘一と智一親子は話し合いを続けていた。

 

「智一、鳴上青年をどう思う」

 

「正直、神や悪魔等とは信じがたいですが、彼が嘘を言っているようにはとても見えないですね」

 

「わたしも、そう感じている。政府に伝えるのは骨だな。……それもそうだが、彼の戦闘力だ」

 

「はい、孝次郎をああも簡単に下す戦闘センス。第一高校の野外練習場で見たあの穴が彼が開けたものだとすれば、凄まじい攻撃力です。間違いなく十師族に匹敵、いや、単独で彼に勝てるものがいるのか……どうか」

 

「そういう事だ。ただ、彼には野心が全く無い。それが違和感の正体だったのかもしれん。……他の組織も彼の正体に気づき、取り込みを図る者が出て来るだろう。

しかし我々には大きなアドバンテージがある。幸いにも真由美が彼と昵懇だったということだ。11月に何故真由美が鳴上青年と会うようになったのかは不明だが、あの時、咎めもせず、真由美を好きにさせた事は、私のファインプレイだと思っているよ」

 

「そうですね。まさかこの様な事態になるとは思いませんでしたが」

 

「ドッペルゲンガーの件も国家にとって重要事項の一つとなるだろう。失態続きだった我々の挽回するチャンスともなるだろう。しかし、鳴上悠の取り込みは七草家に取って、最重要事項となるだろう」

 

「……やはり、真由美を………」

 

「強引な策を取れば、桐条が黙っていないだろう。かと言って、権力や地位などをちらつかせても無駄だ。鳴上青年は野心がない。これ程扱いにくいものがあるだろうか。しかし我々は彼に関する情報は、桐条の次、いや、私生活に関しては桐条より情報を持っていると言っていいだろう。

智一が言いたいこともわかる。しかしどうだ。今日の真由美の態度を見れば明らかだ。……真由美の方もまんざらでは無い」

 

「そうでしたね。それを手助けすると思えば………」

 

「ああ、強引な手や、下手な芝居はダメだ。先程の彼の話や態度を見たか?」

 

「はい、かなり頭も切れるようです。しかも、父さん相手に堂々と断る度胸もあります」

 

「そういう事だ」

 

こうして、真由美の心情など余所に、七草家は悠の取り込みを最優先事項とした。

 

 

 

 

 

時を同じくして………

 

『あら、達也さんもご一緒とは珍しいわね』

 

「申し訳ございません。ご当主様。兄……いえ、ガーディアン司波達也の同席と発言を是非許可して頂きたく……」

司波家ではリビングにある80インチのTVの映像通信で映し出されている相手に、深雪とその後ろで控えている達也は深々と頭を下げていた。

相手は十師族、四葉家の当主四葉真夜。深雪と達也の実の母の双子の妹、叔母である。

 

『いいでしょう。それと、今はわたくし1人なので、叔母と呼んでも良いのですよ。それと達也さんの事も兄と』

四葉真夜は40代中盤のはずなのだが、どう見ても30前の若い女性に見える美女だ。

 

「ありがとうございます」

深雪は画面の先の真夜にもう一度頭を下げる。

 

「ありがとうございます。叔母上」

深雪の後ろに控えていた達也も画面の前で一歩前に出て、再度深々と頭を下げる。

 

『第一高校襲撃の件ですわね。まずはお二人とも無事で何よりでした。でも、今か今かと報告を待ち望んでいたところですわ』

 

「はい、遅くなりまして申し訳ございません」

 

『こちらも、政府筋や軍関係からも、ある程度情報が来ておりますが、要領が得られませんの』

 

「自分から説明させていただきます」

達也はそう言って、第一高校襲撃事件の概要を真夜に説明をする。

もちろん悠のことも含めてだ。

ただ、りせがペルソナ使いであることは意図的に伏せて居た。

これは、約束を守るといったことだけではない。

達也はこの時点ではりせへの認識が非常に甘かったため、さして重要視していなかった。

さらに四葉家に対して何らかのアドバンテージを持っていることは後々に有利に働くかもしれないと考えたからだ。それも、ちょっとした程度のものだという認識で………

 

この頃の達也は四葉家を警戒していた。四葉家は自分たち兄妹を縛り付けるものであって、決して安心できる相手ではないと、自分たち兄妹に少しでも有利に持っていきたかったのだ。

 

後々に達也達にとって、この事が大きく影響するのだが………

 

 

『ドッペルゲンガーに、異世界の門、神と悪魔………まるで御伽話のようですわね』

 

「はい、神や悪魔が存在するかは真偽の程は定かではありませんが、対峙したドッペルゲンガーとその眷属は、自分の能力でも、物質構成等を見ることが出来ませんでした。」

 

『そうですか、達也さんがそう言うのであれば、確かなのでしょう。パラサイトも異世界からの来訪者だという見解がありましたが、それがほぼ確定だということですね』

 

「さらに…ドッペルゲンガーと戦ってきたペルソナ使いを名乗る鳴上悠なる人物と接触しました。彼はこの事件の前からずっとこの様な存在と対峙してきたようです」

 

『なるほど、ペルソナ使いですか。確かにこちらに届いている情報にも鳴上悠なる人物の名前やペルソナ使いと言う能力者の記述がありました。調べても何らかの精神作用で特定の廃人者等を戻す能力である様な事が書かれていましたが……』

 

「彼の攻撃力は凄まじく、ドッペルゲンガーを一撃のもとに葬る力を持っています。軽く目算しても、彼のペルソナなる式神に似た能力は戦術級の力を有します。本人自身も刀の使い手でした。戦闘センスもあのイリュージョンブレード千葉修次に匹敵するとのことです」

達也は淡々と語る。

 

『それは、厄介ですね。……もし、達也さんが彼と対峙した場合の勝算は?』

 

「困難を極めます。彼の力は全て把握しておりません。大きな点ばかり目が行きますが、基礎能力が非常に高いと思われます。彼の行動を見て危険察知能力も非常に高い事もわかっております」

 

『達也さんの能力の解禁状態でもですか?』

 

「分解魔法が効果があれば、容易に事を為せるでしょう。しかし、彼は得体が知れません。分解魔法に対抗する何かを持っている可能性もあるでしょう」

 

『達也さんにそこまで言わせるなんて、ただ単に火力が高いだけではないのですね。深雪さんは何か彼について意見はありますか?』

 

「……鳴上さんは戦いを好んでおりません」

 

『どういうことですか深雪さん』

 

「うまく言えません。……でも、鳴上さんの雰囲気は戦士のそれには似つかわしくないのです」

深雪は言葉を詰まらせながらも、何かを訴えようとする。

 

「深雪……」

 

『わかりました。彼についてやペルソナ使いについては引き続き調査が必要のようです。今回の事件で魔法師でもドッペルゲンガーを倒すことが出来る事は分かりました。できれば捕らえたいのですが……それはこちらで考えましょう。東京での動きはこちらでも手を回してますわ。深雪さんは今までどおり学校生活を、達也さんは深雪さんの事をくれぐれも、……鳴上悠なる人物については気に留めて置いてください。何か動きがあるようなら報告を願いますわ』

 

「了解いたしました」

「………かしこまりました」

達也と深雪は返事をし、真夜への報告を終える。

 

 

通信を終えた深雪は………

 

「お兄様、鳴上さんは私達を助けて下さいましたのに、こんな真似をするのは、心が………」

 

「……本人が俺たちに自分の情報を流しても良いと言った。そのかわり久慈川りせの情報は流していない。正当な取引だ。深雪が気に病む必要は無い」

 

「ですが、お兄様……深雪はいたたまれません」

 

「…………」

達也はそんな深雪を見て、改めて鳴上悠の姿を思い出す。

戦闘中の悠には戦士特有の殺伐とした雰囲気は全く感じられない。

それでも敵を的確に倒していく。

その姿全身から何か強い意思のような物が流れてくるようにも感じた。

達也が今まで出会った軍人や魔法師とは全く異なる雰囲気を持つ人物だったのだ。

(何者なんだ貴方は……敵か味方か……少なくとも敵にはまるで見えなかった)

 

 

 

さらに、時を同じくして………

 

この日、ドッペルゲンガーに関するUSNA内部からの情報リークが日本政府に届いたのだ。………情報が漏れた事を知ったUSNA政府は、日本政府からの抗議を受ける前に、先手をうち正式にドッペルゲンガーに関する情報提供と協力を申し出たのだ。

 

日本政府は第一高校現地調査結果とUSNAからの情報提供により、桐条美鶴からもたらされた情報が真実味が帯びる。事態を重く見た政府は、重たい腰をあげ対ドッペルゲンガー対策チームの設置と組織再編を至急行うように、警察、軍組織に要請。その際、シャドウワーカーは警察組織側からの切り札として、対ドッペルゲンガー対策チームの上層部に組み込まれることとなった。

 

USNA軍との協力態勢も敷かれ、リーナも対ドッペルゲンガー対策チームの外部協力組織としての位置づけとなり、奇しくも日本での正式な立場を得ることとなったのだ。

 




次はUSNAと桐条予定?


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第三十四話 USNA軍人との密会

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

すみません。つまんない話がしばらく続きます。
なんとか、乗り越えたら……
2月14日に繋げられたらと、我慢してます。
ちょい種まきはしますが……


2月6日(日)9:30

 

悠はリーナの東京での自宅兼スターズの拠点の一つであるマンションの一室に向かっていた。

 

リーナは前日の夜に悠の自宅マンションに急に訪れた。その時のリーナはかなり取り乱していた。

悠はリーナを落ち着かせ、部屋に入らせ、暖かい紅茶をいれる。

事情を聞くと、USNA軍が第一高校でペルソナを使いドッペルゲンガーを倒した人物が悠である事を把握していたということなのだ。

リーナが第一高校襲撃事件について悠とりせの名前を出さずに上に報告していたのにもかかわらずにだ。

さらに普段リーナと仲良くしている青年と同一人物で有ることも知られ、リーナと悠の関係も疑われているのだ。上層部幹部の一人が、悠との会談の席を早急に持つようにとリーナに命令を下したとのことだ。

リーナは悲壮な表情をし、悠に一緒に逃げるように言ったりと、また、取り乱し始めた。

悠はリーナの頭にポンと手を置いて、一言「大丈夫だ。任せておけ」と言って、明日会談に応じることを上層部幹部に伝えるようにリーナに言ったのだ。

その後も、リーナは涙ながらに、ずっと悠に謝り続ける。

悠はその夜は何とかリーナを落ち着かせ、家に帰らせた。

 

 

悠の情報は日本政府から漏れ伝わったものだった。先日のUSNA軍のドッペルゲンガーに関するリーク後、日本との協力関係を結んだ際、USNA軍の日本政府内部に潜り込ませている諜報員が得た情報で、悠の存在を把握したのだ。

 

 

 

「悠…ごめんなさい。こんな事になって」

玄関で悠を出迎えたリーナは悠の顔を見るなり謝る。

 

「昨日も言ったが、大丈夫だ」

 

「改めまして、USNA軍所属シルヴィア・マーキュリー准尉です。こんな形で出迎えることになるとは思いもしませんでした鳴上さん」

そのとなりではリーナの副官である。シルヴィア・マーキュリー准尉が挨拶をする。

 

「シルヴィさんにはご迷惑おかけします」

 

 

「アンジー・シリウス入ります。客人をお連れしました」

リーナはリビングの扉を開けソファーに座る人物に敬礼をしそう言って、悠を先導する。

 

「シリウス少佐、そこまでかしこまらなくて良いです。今日は非公式な会談なのですから。初めまして、私はUSNA軍統合参謀本部情報部ヴァージニア・バランスです」

ソファーに座るUSNA軍の制服姿の30前後の年格好の女性がリーナにそう言いながら立ち上がり、悠に自己紹介を行った。

彼女は情報部の中でも実は監査部に所属しており、軍内の人事に大きな発言権を持っている人物でもある。彼女の報告次第では、将校と言えども、降格や退役、そして、軍規違反に問われる可能性もある。

しかし、このバランス大佐、リーナと率いたスターズが達也と深雪に破れたことに関して、擁護の立場に回り、処分保留とし、半ばお咎め無しの裁定を下した人物だった。

そんな大物の人物だが護衛なども付けず。リビングで1人座っていたのだ。

 

「鳴上悠です」

 

「わざわざこの様な場所に足を運んでもらいまして、すみません」

バランス大佐はそう言って、対面のソファーに座るように悠を促す。

 

「いえ」

悠はそう言ってソファに腰をかける。

 

リーナは失礼しますと言って、バランス大佐の横のソファーに座り、シルヴィは紅茶をテーブルに運び、そのままリーナの後ろに控える。

 

「鳴上さんには幾つか聞きたいことがありまして、この様な場を設けさせてもらいました。貴方を害する意思はありません。これは私の個人的な非公式の場だと認識してください」

 

「分かりました」

 

「……早速ですが、貴方は第一高校で先日起きたドッペルゲンガーによる襲撃事件においてドッペルゲンガーを撃退したペルソナ使いですね」

バランス大佐はズバリ、悠に聞いてきた。

 

「そうです」

 

「……そうですか。申し訳ないですが、こちらで貴方の事を勝手に調べさせてもらいました。鳴上さんは今は高校3年生、18歳……貴方はこの状況下でもずいぶん落ち着いて見えます」

バランス大佐は悠があっさり認めた事に少々戸惑い、こんな事を聞いてきた。

 

「そう見えるだけです」

 

「……わかりました。話の腰を折ってすみません。我が国の魔法師の中にも数は少ないですがペルソナ使いは存在します。しかし、とても攻撃に向いているようなものではありません。特殊な状況下でしかその能力を活かせないと聞いております。しかし、独自に手に入れた情報ではペルソナ使いを名乗る貴方はドッペルゲンガーを数体討滅したとありますが、これも本当ですか?」

 

「皆の協力を得て討伐しました」

 

「やはり………失礼ですが貴方は日本では魔法師ですら無い。一般の高校生だった。そんな貴方がドッペルゲンガーを討伐した。普通ならば誰も信用しないでしょう。あの桐条財閥が介入してこなければと条件は付きますが……日本政府内部も貴方について随分混乱しているようですしね。

……シリウス(リーナ)少佐の報告にある正体不明の協力者とはおそらく貴方のことでしょう。そう考えれば、すべての辻褄があいます」

 

「…………」

 

「貴方は何なのですか?何処の組織にも所属していないようです。さらに我軍のエースであるシリウス少佐からもかなりの信頼を得ているようです。このままだと、貴方にシリウス少佐を取られる懸念すら持つぐらいに」

バランス大佐は鳴上悠と言う人物がどんな人物なのかが報告だけではまるでわからなかったのだ。これまでいろいろな人間に会い、軍の人事のトップに近い場所にいる彼女でもだ。

それで直接、悠を見極めるためにこの場を設けたのだ。

 

「先ほど、バランスさんが言った通りです。ペルソナという特殊能力をもっていますが、ただの一般の高校生です。リーナについては、普通に街で知り合って友達になっただけです。彼女が軍の人間だと知ったのはその後です」

 

「……貴方は、桐条にも、日本のどの組織にも属していないと」

 

「バランスさんが調べられた通りです」

 

「………シリウス少佐が他国の軍人であるUSNA軍の人間だと知っても、尚もシリウス少佐と」

 

「リーナはリーナであって、USNA軍の人間だろうが、俺にとってはさほど重要なことじゃないんです」

 

「悠…」

 

「………どうやら、嘘は無いようですね」

バランス大佐は悠を見透かすような目でじっと見つめてから、こう言う。

 

「では、最後の念押しをさせていただきます。貴方は何処の組織にも所属しておらず。アンジー・シリウス少佐を懐柔する意思がないと」

いろいろと遠回しに悠に話しかけていたが、どうやら、このヴァージニア・バランス大佐はドッペルゲンガーのことよりも、リーナが日本へ引き抜かれる可能性がある事に懸念を抱いていたらしい。

もはや、日本にバレてしまった以上、ドッペルゲンガーが元USNA軍人の姿をしている事と理由を隠す必要もなくなり、既にドッペルゲンガーの被害は日本で起きていることで、半分以上他人ごとなのだ。それよりも、USNA軍に3人、世界でたった13人しか居ないと言われる戦略級魔法師の1人である、リーナが日本人である悠に肩入れしているという事実を問題視していたのだ。

 

「そうです。ただ、俺はアンジー・シリウスなる人物とは接点はありません。飽くまでも、アンジェリーナ・クドウ・シールズと気の置けない友人関係であるだけです」

 

「………ふう、それも問題があるような気がしますが、まあ良いでしょう。しかし、シリウス少佐。貴方は軍に重要な情報を報告に上げていませんでした。厳罰があると思ってください」

 

「はい」

リーナは覚悟した表情をする。

 

 

「…バランスさん。俺と取引しませんか?」

そこで悠はこんな事を言いだした。

 

「……どういうことでしょう?」

 

「俺は、今後も何処の組織にも所属せず、ドッペルゲンガーを個人的に追います。もちろんドッペルゲンガーと何度も交戦するでしょう。そこで、リーナと個人的に協力関係を結びたい。俺たちが戦果をあげれば、USNA軍アンジー・シリウスが関わった事になり、対ドッペルゲンガーの戦果なり評価なりも、そちらに入ってくるでしょう。また、ドッペルゲンガーについての情報もリーナを通じて提供できるかもしれません」

悠はリーナとの協力関係を認めるよう言ってきたのだ。

しかも、USNA側にも得するような条件も付けてだ。

 

「なるほど……それで、取引とは」

 

「アンジー・シリウスは俺と今まで繋がっていたのは、ドッペルゲンガーの情報を得るため、更には日本におけるこの事件の情報を得るためだったと言うことにして頂けませんか?」

悠はそのかわり、今までのリーナと悠の関係を認めた上で、不問にしろと言ってきたのだ。

 

「悠!それは………」

 

「………本当にあなたは一般の高校生なのでしょうか?………その話、検討の価値はありますね」

バランス大佐は既に、USNA軍と日本との交渉が不利になっていることがわかっていた。それは当然のことだ。もともとUSNAで起こった事件が日本に渡り、被害がこれ程大きくなったのだ。しかも今まで隠蔽し、裏ではUSNA軍スターズが非合法で東京で活動していたのだから……そして、USNA軍の日本との協力交渉もほぼ決定だ。日本滞在のUSNA軍は日本国防軍や警察の指示なしでは、動けないのだ。情報提供や指示がある現場のみでしか活動が許されない可能性が高い。

良いように使われるのは目に見えている。それによる戦果や情報は得られないだろう。

となると、現状ではもう一つの目的である。灼熱のハロウィンを起こした日本の戦略級魔法師の探索もほぼ不可能となる。

 

今回の件、多大な予算を注ぎ込んで、USNA軍を秘密裏に日本に送り込んだことがすべて水の泡になるのだ。

 

この青年の言う通り、この青年が独自にドッペルゲンガーを追い。目的を達した場合。誰か1人でもUSNAの人間が関われば、こちらにも得られるメリットは大きい。

さらに、この青年は、今回のドッペルゲンガー第一高校襲撃事件でかなりの戦果を上げている実績もある。

ドッペルゲンガーやそれに伴う情報を少しでも得ることによって、本国に対して多少のメンツを保つことができるのではないかと…………

 

悠は悠で、リーナの立場を守りたいのと、今後も今までと同じ様な付き合いをしていくためにこんな提案をしたのだ。

 

「………多分その取引は成立するでしょう。日本政府とも多少詰める必要がありますが…………しかしながら、貴方に踊らされている様な気分ですよ」

 

「俺はドッペルゲンガーの脅威を払拭できればそれで十分なんです」

 

 

「わかりました。今日は非常に有意義な話が出来ました。ありがとうございます」

バランス大佐は立ち上がり、悠に握手を求め、悠は応じる。

 

「こちらこそ」

 

「シリウス少佐、鳴上さんをお送りして差し上げなさい」

 

「了解いたしました」

 

こうして、悠とリーナはこのマンションの一室から出る。

 

 

残ったバランス少佐とシルヴィは

 

「シルヴィ准尉、鳴上青年をどう思いますか?」

 

「とても、18歳には見えません。前から堂々としているとは思っておりましたが、頭の回転も交渉術も優れているように見えます」

 

「そうですね。しかも、毒気を全く感じられない。絵に描いたような真面目な青年………彼の動向は、シリウス少佐の動向同様に注視してください。……………彼は我々に取って吉となる存在なのか、凶となる存在なのか…………いや、吉になるようにしなければなりません。あわよくば取り込みたい………亡命も…」

バランス大佐はそう言いながらソファーに深く腰をかけ、思案に暮れる。

 

 

 

一方リーナは悠を自宅まで送るつもりで歩む。

 

「悠……」

 

「なんとかなったな」

 

「私、悠に助けて貰ってばっかりで、何も返してない」

 

「気にするな」

 

「……悠はなんで私を助けてくれるの?」

 

「友達だからだ。それと、リーナは意外と頑張り屋だから助けたくなる。おっちょこちょいだけどな」

 

「悠!」

リーナはいきなり悠の背中に抱きつく。

 

「どうしたリーナ?」

 

「なんでもないの。温かい……しばらくこのままにさせて」

リーナの目には温かい物が流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月6日(日)12:30

 

深雪と達也は自宅で昼食を摂っていた。

 

「……お兄様、鳴上さんに改めてこの前のお礼を言いに行きたいのです」

 

「そうだな」

 

「いいのですか?」

 

「ああ」

 

「早速電話をかけてみます」

 

深雪は純粋に悠にドッペルゲンガー第一高校襲撃事件のお礼を言いたかったのだ。

あの時はいろいろとあり、最後はまともな挨拶も出来ずに別れてしまっていた。

更に、四葉家当主に悠の事を報告を上げてしまったことにも負い目があったためだ。

 

達也は、鳴上悠という人物を見極めたかったのだ。

人物的にも、その能力もだ。

あわよくば、情報も聞き出したいという打算を一瞬のうちに頭に描いていた。

 

「お兄様!今からお伺いしてもいいとのことです。何時がよろしいですか?」

 

「そうだな。なにか手土産も必要だろう。15:00でどうだ」

 

「はい………お兄様15:00でお願いします」

深雪は明るい笑顔で悠と電話越しで応対していた。

達也はここしばらく、深雪の笑顔を見ていない事に気がつく。

 

 

深雪はドッペルゲンガーの襲撃事件から元気がなかった。

悠の事とほのかの事でだ。

幸いにも学校がしばらく休校であったがため、友人連中と顔を合わせていないため、その指摘を受けることは無い。

ほのかの入院先には一昨日達也と行ったが、命の危険は無いとのことだが、未だに意識が戻っていない。

深雪は達也の身代わりになりこの様な状態となっているほのかにも申し訳なく思っていた。

 

達也もこの事を気にしていた。あの時、ほのかに助けられたのは達也だ。

ほのかが助けなければ自分がこうなっていただろうと………

 

 

深雪と達也の兄妹はそれぞれの思いを胸に悠の自宅へと向かうのだった。




次は多少動きがあります。


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第三十五話 鳴上悠宅に訪問

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ちょい、順番が逆になりました。
本来桐条と悠、桐条と政府の話だったんですが………堅苦しい話が続くのはちょっとつらかったので………

今回はライトなお話です後半は………



2月6日(日)15:00

 

達也と深雪は悠の自宅のリビングに通された。

 

「鳴上さん。お礼が遅くなりまして申し訳ございません。先日は助けて頂きましてありがとうございました」

深雪は悠に深くお辞儀をする。

 

「助かりました」

達也も深雪に倣い、悠にお礼を言いお辞儀をする。

 

「いやいい、深雪も達也も踏ん張ってくれたから、ドッペルゲンガーを撃退できた。ありがとう」

悠はさわやかな笑顔で返礼する。

 

悠は2人にソファーに座らせ、キッチンに向かい紅茶の用意をし、戻ってくる。

 

 

「……その、鳴上さんあの後は…………」

深雪は聞きにくそうに口を開ける。

 

「ああ、あの後、いろんな所からいろいろ聞かれたな。しかし、特に問題ない」

悠は平然と話す。

 

「問題ないはずがない。あなたは、警察やら軍やらに、詰問されたはずだ」

問題ないと言う悠を達也が否定する。

 

「いや、警察と軍には当日聞かれただけだ。後は、桐条美鶴さんがなんとかしてくれた」

 

「……知り合いだとは言ってましたが、桐条財閥総裁がなぜあなたを……」

 

「桐条美鶴さんは俺と同じペルソナ使い。さらに彼女が起こした組織は警察の末端組織対シャドウ部隊シャドウワーカー、要するにドッペルゲンガー等異界の者の専門集団だ。俺は美鶴さんに今回の件を詳しく話している。俺の口からよりも、美鶴さんらから政府関係筋に話した方が良いだろう」

 

「……あなたは、自分の立場がわかっていない。今回の件で最上位の魔法師に匹敵する力を示しすぎた。ペルソナ使いという新たな特殊能力者として………政府関係者だけじゃない。魔法協会、十師族や魔法師氏族、古式魔法団体。さらに反魔法団体などからも接触や、もしかすると拉致や狙われるかもしれない」

達也は平然としている悠に、苛つきを感じこんな言い方をしてしまった。

 

「達也の言う通り、確かに政府関係者以外の人たちと何度かコンタクトは取った。七草の実家とかにな……、今の所は、達也が言うような拉致や狙われるような事にはなってない」

 

「七草家はなんと?」

 

「七草弘一氏に勧誘されたが断った」

 

「既にあなたが桐条の後ろ盾があるから断ったということですか?」

 

「美鶴さんには申し訳なかったが、それも丁重にお断りした」

 

「あなたは何を考えている!七草、桐条は強力な後ろ盾になってくれるかもしれないんだ。それを断るなどとなぜそんな愚行を。あなたはもっと頭が回る人だと思っていた」

達也は珍しく驚き、さらに悠に少々感情的になっていた。

 

「お兄様」

 

「………達也、俺は何処の組織にも属さない。それがドッペルゲンガーに対する牽制手段であり、これからの攻勢に出る事ができる方法だと考えている」

 

「どういうことですか」

 

「今は、ドッペルゲンガーに対しどうやって対策を練るかが重要だ。不要な争いは起こしたくはない。

各組織、俺個人を巡って争うならば、最初から何処の組織にも属さないと宣言すればいいだけの話だ。

俺が最も懸念するのは、ドッペルゲンガーが何処かの組織に潜り込んでいる可能性だ。俺がその組織に属せば、動きは丸わかりになり、不覚を取る可能性もある。

今回の襲撃事件、奴らは、俺とりせというペルソナ使いがあの場に居ることは想定外だった。奴らは俺のことは前々から知り警戒していたが……俺個人の動きは把握していなかったということだ。逆に組織に所属せずに活動する動きが読めない俺は奴らにとって脅威になり得る」

 

「……確かに、あのクモのドッペルゲンガーは鳴上さんがあの場に居ることにかなり驚いていました」

深雪はミアに取り憑いていたドッペルゲンガーとの戦いの際の悠とのやり取りを思い出す。

 

「奴らは組織の中に潜り込み情報を集め、そして事に及んでいる。ただの化物の類ではない。しかもコピー元の人間の知識をフルに使ってだ」

 

「だとしても、あなたは、何処の組織にも属さないということは、国内のすべてを敵に回すということだ」

 

「違うな。すべてを敵に回さないということだ」

 

「それは屁理屈だ。味方にならないと知れば、排除されるだけだ」

 

「俺はなにもドッペルゲンガーを倒さないと言っているわけじゃない。むしろ積極的に倒すと言っている。ただ、その際に何処の組織にも所属しないと言っているだけで、独自に動くだけの話だ。情報提供もする。ドッペルゲンガーが発見され、手に負えないのなら、助けにも行く」

 

「……しかし、いくら強いといってもあなた一人では」

 

「俺は一人じゃない。仲間が居る。七草もリーナも協力してくれる。りせもだ」

 

「七草先輩が?あなたも知ってるはずだ。七草先輩は十師族の子女だ」

 

「知ってる。だから交渉した。七草弘一氏に直接」

 

「な……そんな事を、あなたが………百歩譲ってそれが成立したとしても…………リーナは無理だ」

 

「それも交渉した。達也も知っているのだろう?リーナがUSNA軍の人間だということを…………既にかなり上の人物と話を付けた」

 

「バカな。あり得ない……たかが高校生の後ろ盾もなにもないあなたが、そんな話ができるはずもない。相手は他国の軍隊だ。しかもリーナは……」

この後の言葉が達也は出せない。スターズの隊長で戦略級魔法師だということを。

達也はどう考えても、交渉などできようもない相手だった。

ましてや、リーナは戦略級魔法師という立場だ。

もし、主家である四葉家が全力を注いで交渉したとしても、そんな都合の良い話に持っていけるだろうか?それこそ、戦い、抗争し、勝たなければ考えられない話だ。

それを後ろ盾もなにもない。一介の高校生がだ。

 

「お、お兄様」

深雪はこれ程、感情的になる達也を見たことがなかった。

抑揚の少ない口調だが…確かに達也は感情的になっていた。

 

「確かに後ろ盾は無い……が人との絆や繋がりはある。それが功を奏した」

 

「人との絆と繋がり………」

深雪は呟くように悠の言葉を口にする。

 

「そんなもので、組織は動かない…………」

 

「確かにな……それだけではいろんな人間の意思が集まる組織は動かない。だから取引をした」

 

「一個人ができる取引など成立するはずがない」

 

「……達也、利害の一致を見れば成立する。俺はそんな条件を出している。俺に取って不要だが、相手に取って喉から手が出るほど欲するものだ」

 

「………俺は、あなたがわからない」

達也はうつむき加減でそう言う。

 

「俺も、達也とは先日出会ったばかりだ。お互い何もわからなくて当然だ。これからだ」

悠は達也に笑顔を向けた。

 

 

悠は一息ついて、頃合いとキッチンに行き、紅茶のおかわりと、手作りシュークリームを用意する。

深雪はそれを手伝おうとキッチンに付いていく。

 

「鳴上さんすみません。お礼に来たのに……こんな話になりまして………兄もいつもはあんな感じじゃないんです」

 

「いやいい、達也の疑問ももっともだ。それに俺は、深雪や達也の事をもっと知りたいと思ってる」

 

「…そ…そんな……。私も鳴上さんともっと親しくしたいと思ってます」

 

 

 

紅茶とシュークリームを持って、悠と深雪はリビングに戻る。

達也は相変わらず難しい顔をしていた。

 

「それで、達也はどうするんだ?達也もドッペルゲンガーを追っていたようだが」

 

「………やはり、七草先輩とはずっと……もしやリーナとも、ということは、あの多摩川の河川敷のシヴァは」

 

「そうだ。あれも俺のペルソナだ」

 

「………本当にあなたは………いや、今は…………ドッペルゲンガーを……」

達也は答えに窮していた。今や、ドッペルゲンガーを追うべきかということをだ。

すでに、四葉家はドッペルゲンガーに関して関与する方向を打ち出していた。

達也に下った命令は、深雪を引き続き守ること、付随して、鳴上悠の情報を得ることだ。

ドッペルゲンガーを追うことは含まれていない。

 

「達也がもし、ドッペルゲンガーを追う意思があるならば、一緒にやらないか?」

 

「…あなたは何を」

 

「深雪も……ただ達也と深雪が何処かの組織の下で秘密裏に動いているのであれば諦める…………」

 

「私は……」

深雪はうつむき加減になる。

 

「あなたは………何処まで……………」

達也はその後の言葉がでない。何処まで知っているのか?と………

達也はそのことも懸念していた。

ドッペルゲンガーの襲撃時、異世界の門を追っていた際、悠は確かに達也に戦略級魔法を使えと言ったのだ。軍の一部の人間と四葉家しか知らない情報をだ。

 

「無理強いするつもりはない。危険を伴うことだ」

 

「検討させてください」

達也は本来断るべき事案だとは頭ではわかっていたが、答えをこの場で出せなかった。

 

 

 

「!?しまった。ごめん。もう一組客が来る事を言うのを忘れてた」

悠は時計を見て気がつく。

 

「それでは俺たちはここでお暇を……」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「どういうことですか?」

 

 

そこでチャイムが鳴る。

「ちょっと待っててくれ」

 

立ち上がろうとする達也と深雪をそのまま座らせ、悠は玄関へと向かう。

 

玄関からは達也と深雪が知っている声がする。

 

「お邪魔しますって、あれ?達也くんと深雪じゃん」

「司波くん、深雪さんこんにちは」

「達也がなんでここに?」

「よお、達也?久々か?」

リビングに、千葉エリカ、柴田美月、吉田幹比古、西城レオンハルトが入ってきたのだ。

 

「なんだ。お前たちはどうしてここに」

「エリカ、美月、吉田くんに西城くん、こんにちは」

達也と深雪はそれぞれ対応する。

 

「鳴上さんにこの前のお礼によ。レオもどうしても行きたいって言うから」

「なんだよ俺だけじゃないだろ?お前らは2回も助けてもらったんだろ?」

エリカとレオはなすりつけ合いをする。

 

「俺達もお礼に来た」

 

 

悠は予備の椅子をリビングにだして、皆に座るように言ってからキッチンに行き、紅茶とシュークリームの用意をする。

深雪もそれに倣い、一緒にキッチンに入る。

 

「レオ、退院できたのか」

「おう、今日な」

「そんで、レオが鳴上さんにお礼言いたいってグズって」

「誰がグズった!」

 

「そんで、鳴上さんに電話したら、来ていいって、まさか達也くんたちが居るとは思ってなかったわよ」

エリカが悠に連絡を付けたらしい。

 

悠と深雪は皆の分の紅茶とシュークリームをテーブルに出す。

 

「改めて、鳴上さん。この前はありがとうございました」

「ありがとうございました」

「本当に助かりました」

「ありがとう。まじで、あん時は死ぬかと思ったしな、あんたにお礼が言えてよかった」

エリカ、美月、幹比古、レオは立ち上がって悠にお礼を言う。

 

「いや、俺は何もしてない。君たち3人を助けたのは七草とりせだ」

 

「いえ、その前の都内の高校で私と幹を助けてくれました」

「俺は、公園だけどな。改めて、西城レオンハルト、レオって呼んでくれ」

 

「そうか、たまたまだ」

 

「りせ姉様はどうしよう」

「りせお姉さま」

「七草先輩は、今度学校でお礼を言うとして……りせさんは」

 

「おい幹比古、この2人がいうりせ姉様ってなんだよ。なんで姉様なんだよ」

 

「あっ、しまった」

「……す、すみません」

「ご、ごめんなさい」

エリカ、美月、幹比古はレオの言葉で思い出したように言った。

そう、りせのことはレオには一切話していなかったのだが…ここで、ついりせの名前を出してしまったのだ。その前に悠はりせの名を出してしまっていたのだが………

 

「レオは君らの大切な仲間なんだろ?だったらいいさ。俺もレオに縁があるしな。そのかわりレオにも黙ってもらう」

 

「何をだ?」

 

「僕とエリカと柴田さんは、第一高校では鳴上さんに助けられたというよりも、七草先輩とりせさんに助けられたんだ」

幹比古は疑問顔のレオに説明する。

 

「だから、りせって誰なんだよ」

 

「ああ!!あんたが呼び捨てするな!!今をときめく若手アイドルナンバー1の久慈川りせ姉様よ!!」

エリカはレオに怒鳴りながら言う。

 

「はぁ?りせってあの?なんでアイドルに魔法師が助けられるんだ?」

 

「呼び捨てすんなって言ったでしょ!!察しが悪いわね。この男は」

 

「りせは俺の昔からの親友で、俺と同じペルソナ使いだ」

悠が端的にレオに説明する。

 

「はぁ?アイドルが特殊能力者?」

レオは悠のことやペルソナの事はエリカ達にある程度聞いていた。

 

「あんたなんかりせ姉様にかかれば、瞬殺よ!瞬殺!!」

 

「そんなに強いのかよ。全然戦えるように見えないぞ」

 

「あーーーーわかってないわね。ドッペルゲンガーを素手で鷲掴み、ビンタ30発、マイクで一発殴って倒しちゃったんだから!!」

エリカは興奮気味に説明する。

 

「ま…………まじか?」

レオは幹比古に聴き直す。

 

「うん……りせさんには触ったりしないほうが良いよ。地獄を見ることになるから」

幹比古は当時のことを思い出し震えていた。

達也もエリカの話を聞いて驚く。

 

「それだけじゃないわよ!無数に攻撃してきた眷属を、なんかよくわからない魔法や、マイクとかCDとかで倒しちゃうんだから」

 

「マイク?CD?どういう事なのエリカ?」

深雪には何のことかわからなかった。まあ普通はわからないだろう。

 

「りせお姉さまはそれだけじゃないんです。戦闘指示も的確なんです」

美月もうっとりとした表情でエリカの説明に補足する。

 

「やはりか……みんなも気を付けたほうが良い。りせを怒らせたら大変な目に遭う。………俺は絶対怒らせないがな」

悠も額に一筋の汗を流し、苦笑し皆に注意する。

物理的というか、精神的にも追い込まれるだろう。

 

「……あの鳴上さんがそこまで言うのか」

「鳴上さん」

達也と深雪も悠の表情や言葉に驚いていた。

 

 

「鳴上さん、りせ姉様にも是非お礼を言いたいのですが………」

エリカは悠に願い出でる。

美月もそれに同意し頷いている。

 

「今は難しい。あんなことがあった後だ。魔法協会ががっちりガードをしているらしい」

今、りせは悠とコンタクトを取ることも困難な状況だ。今や政府筋で名前が上がっている悠にコンタクトを頻繁に取っていると知れれば、怪しまれる上に、四六時中、魔法協会の人間がりせをガードしている。

しかし、悠は毎晩りせと電話で話している。りせが悠が心配で電話をかけてくるからだ。

りせのペルソナ、ヒミコの能力でその会話は盗聴や盗み聞きなどが出来ないようになり、さらに電話料金もかからなくなるという優れものだ。

りせから電話を掛ける分には問題がなくなる。

 

りせをあんな惨事に巻き込んだのだ。魔法協会としても、最大限の誠意をりせにもりせの事務所にも見せなければならない。そこで、りせの周りに厳重なガードが付くことになった。その指揮を行っているのが、十文字家次期当主の十文字克人だ。因みに真由美の同級生でもある。さらに、シャドウワーカーからも、ラビリスがガードについた。ドッペルゲンガーに襲われるかもしれないという名目だ。実際にはりせの能力を当てにしているのかもしれないが………

 

いずれにしろ、りせに直接会うことは現状不可能である。

 

「そうですか……」

「残念です」

エリカと美月は残念そうな顔をする。よっぽどりせに会いたかったのだろう。

 

 

「うまいなこのシュークリーム」

「レオ!この男は緊張感っていうものがないのよ。……美味しいわねこれ」

「本当だ」

「甘さ加減もちょうど、美味しい」

「……………」

「美味しい」

皆、レオを皮切りにデザートのシュークリームに舌鼓を打つ。

 

「鳴上さん、これをどこのケーキ店で買われたんですか?」

美月は悠にシュークリームの残りをうっとり眺めながら聞く。

 

「自作だ」

 

「え?」「へ?」「はい?」「!?」「まじでか?」「これを?」

悠の答えに皆は一斉に悠の方を見る。

 

「自信作だ」

 

「「「「「……………………」」」」」

 

(おい、まじかよ)

(なに、この完璧超人)

(プロ並、いえそれ以上です)

(これを…あの人が)

(…………)

(流石です鳴上さん)

6人はテーブルの上で顔を突き合わせこそこそと話す。

 

「??」

 

「鳴上さん……その、このシュークリームの作り方教えて頂けませんか?」

深雪は悠に上目遣いでこんな事を言った。

 

「いつでも」

 

「深雪?」

達也はそれには驚きを隠せないでいた。そしてその視線は悠に向けられ自然と鋭くなる。

 

「深雪ずるい、私も」

「おまえ、料理できるのか?」

「ああ!?私が出来ないとでも?」

「エリカちゃん料理できたんだ」

「……美月まで、…………ちょ、ちょっとだけね」

「エリカ………」

「幹!なんで憐れむような目で見るのよ!」

エリカ達は口々に言い合う。

 

 

この後は、和やかなムードで、ドッペルゲンガー第一高校襲撃事件の時の話などで盛り上がる。

エリカと美月は主にりせの話だが………

 

 

悠はその間に、夕飯を人数分作り、皆に振る舞った。

ハンバーグに人参とほうれん草のソテーとかぼちゃのスープに、7種の豆サラダだ。

 

それを頂いた6人はため息しか出なかったとか………

 

 

 

 

 

達也と深雪は悠の自宅からの帰り際………

「鳴上悠という人物が益々わからなくなった」

 

「お兄様、深く考えすぎです。鳴上さんはただ単に、皆が傷つかない一番いい方法を実行しているのです」

 

「……自分を犠牲にしてまでか」

 

「………鳴上さんが苦しそうに見えましたか?」

 

「いや……」

 

「私達の前だからそう振る舞っているだけなのかもしれませんが、少なくとも自己犠牲等と思っている人に、あんな笑顔ができるものではないと思います」

 

「……どう見ても、戦う人間の雰囲気を持っていない。しかし、第一高校で神や魔と戦うかもしれないという状況下では、かなりの集中力と意思のような力を感じた。神や魔がどの様なものかはわからないが……その先の敵に焦りは感じていたようだが……少なくとも尻込みや恐れなどというものはなかった」

 

「……私達はどうなのでしょう、しがらみや、命令で動かないといけない……それには意思の力が働くのでしょうか?」

 

「……わからないな。少なくとも俺は持ち合わせていない」

 

「そんなことはありません。お兄様は私が沖縄で傷ついた時、誰の命令にも従わず、いろいろなしがらみをすべて捨て、戦ってくれました。お兄様の意思の力です」

 

「……怒り…いや、使命感、いや、わからないな。やはり怒りなのだろう」

 

「怒りだとしても、お兄様の意思です」

 

「人との絆か……俺と深雪との絆というわけか」

 

 

 




次はまた、交渉等のお話に戻ります。


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第三十六話 ドッペルゲンガー対策室立ち上げ

投稿が遅くなりすみません。今週中頃にも投稿する予定です。
感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

このタイトルですので…………またしても政府関連の堅苦しい話です。
つまんないかもしれませんが……何卒。
しかも長い><

ちょい急いでアップしてしまい、何時も以上に誤字脱字が多いかもしれません。
助けていただけると助かります。


2月8日(火)17:45

 

 

内務省では緊急の会議が開かれた。

官房長官を筆頭に、内務大臣、そして、内務省、外務省、国防省、警視庁、さらに、宮内庁の各官僚トップ。そして、国防軍最高司令官。魔法協会会長など錚々たるメンバーが集められた。

その中には、七草弘一、九島烈、桐条美鶴、佐伯広海(国防軍第101旅団長)などの顔ぶれもあった。

 

先ずは官房長官がこの会議の趣旨を伝えた。

「忙しい中、ご足労頂き感謝する。先の第一高校襲撃事件、そして都内で相次いで起こっているゴースト事件(ドッペルゲンガー事件)関連について、国家を左右する危機と判断した。その危機に対し最大限の警戒及び対応を政府を上げて行う事をここで宣言する。その前に第一高校襲撃事件の詳細報告と関連する情報を皆と共有し、意見を募りたい」

 

外務省官僚トップが挙手をし話し始める。

「これらの事件に関して先ずは、先にUSNAからもたらされた情報を公開させていただきます。手元の資料を確認ください。さる2月5日USNA政府から情報提供と協力の申し出がありました。

元々、我が国へのリークが在ったのですが、先手を打ってこの様な形になったと推測します。

昨年11月、USNAではダラスの研究所で小型ブラックホール生成実験を行ったが、偶然にも異次元空間と思われる観測データを得る事が出来たそうです。しかし、その直後から、研究所の関係者が一斉に失踪。特に魔法力の高い軍の魔法師が失踪したとのこと。

その後、ダラス周辺の大都市で、日本におけるゴースト事件と同じ、魔法師が襲われ、生命力とサイオンが奪われる事件が相次いで起きたとのこと、その際の死亡者と失踪者は100名近くに及んだそうです。

12月末犯人と目する人物をUSNA軍スターズが1人を追い詰め、倒したとのこと。

倒した人物は元スターズの人間で、研究所の警備を行っていたとのこと。ただ、倒した者は本人ではなく、本人をコピーした未知の生命体だったことが判明。

USNAの過去の記録や情報により、ドッペルゲンガーの伝承と同じであったため、このコピー生命体をドッペルゲンガーと呼称したとのことです。

来歴はわかりませんが、ブラックホール生成実験で異空間への穴が空き、そこから、ドッペルゲンガーは現れたと仮定しており、異次元生命体である可能性が高いとのことです。

ドッペルゲンガーの活動は12月末を境にUSNAでは足取りがつかめないまま、終息したとのこと。

その頃から、我が国に於いて、ゴースト事件が起き始めております。

この事から、我が国のゴースト事件の犯人はドッペルゲンガーと同一存在だと確定しました。その要素として我が国で目撃されたドッペルゲンガーの何体かはUSNA軍の元軍人の姿をしていたことが判明しております。

今後、我が国でもコピー生命体をドッペルゲンガーと呼称し、ゴースト事件改め、ドッペルゲンガー事件と変更します」

 

次に、国防省官僚トップが挙手をし発言する。

「我が国にUSNA軍が潜伏しドッペルゲンガーを独自に追っていたことが判明しております。この事からも、USNA軍の情報は正しいのではないかと判断いたします」

 

「……諸君、そういう事だ。……これはまだ、序の口だ。この後の報告も心して聞いてくれ。我が国の被害は、どうなっているのだ?」

官房長官は参加者を見回しながら、次の話に事を進める。

 

警視庁長官が挙手し発言する。

「やはり。被害が在ったのはすべて魔法師、または魔法適性者です。こちらで把握しているだけで、98人が被害にあっております。そのうち行方不明者が70人、死亡確認者は20人、8名のみ助かっておりますが……意識がもどったのはたった3名です。

そのうち、警視庁及び魔法協会からの捜査員が70人被害となっております。

今回の第一高校襲撃事件までは相手の能力も何もわからず、神出鬼没だということだけしか分かっておりませんでした。そのため無駄に被害を拡大させる結果となっておりました」

 

魔法協会会長が挙手し発現する。

「同じく、第一高校襲撃事件まで、目撃情報は得られましたが、捕らえるどころか返り討ちにされております。相手は我々の事をよく知っているということでしょう」

 

「……では、第一高校襲撃事件の報告を直接聞こう」

 

国防軍最高司令官が挙手をする。

「今回の第一高校襲撃事件は事前に計画されたドッペルゲンガーによるテロ行為で有ることが判明しております。ドッペルゲンガーの1人はマクシミリアン・デバイス社の社員として、第一高校に潜入し、残りのドッペルゲンガーを先導しました。この事からドッペルゲンガーの人への擬態は完璧であると思われます。

ドッペルゲンガーは多量の化物を生み出し、命令を下し、生徒達を捕らえ、サイオンや生命エネルギーを奪う行為を繰り返しておりました。

被害にあった生徒は352名、但し、全員救出されております。意識が戻らない生徒が半数以上います」

 

「第一高校は生徒・教員合わせて630人程度であったな。残りの生徒はどうなった」

 

「生徒の一人、元生徒会長の七草真由美が事前察知をし、校内放送で260人程度校外に逃したとのことです」

 

「……七草家のご息女だったな。流石だな………七草殿そのあたりの詳しい状況を説明してくれ」

 

官房長官に促され七草弘一が語りだす。

「わが娘真由美は、ドッペルゲンガーと交戦した経験があり、更に強力な協力者を得ておりました。協力者の情報を元に、事前察知をし緊急放送回線を使用し退避させたとのこと。

ドッペルゲンガーは特殊な霧を操り、第一高校を霧で覆い、外界と完全に遮断する結界を張ったとのこと。それは現地に急行した軍や警察が力を尽くしても、その霧の結界の中に入ることが出来なかったことからも、凄まじく強力なものだと推定します。ただ、協力者が言うには、霧が学校を覆い異界化させたと………その直後。校内の全ての鏡が光り、その鏡に映った生徒を鏡に閉じ込めるという。現代魔法や科学では全く証明出来ない術式を展開し、残りの生徒の実に半数以上を閉じ込めたとのこと……その鏡の中では、徐々に生命力が奪われていくということがわかってますが、詳しい目的は判明していないのが現状。

ドッペルゲンガーはその直後正体を現し、半化物の様な姿に変身したと、さらに多量に眷属と呼ばれる獣型の化物を生み出し、鏡の中に囚われていない生徒を次々襲って拘束し、生命力とサイオンを奪っていったと」

 

「完全に人ではないな。しかも鏡の中に拘束するなど………ドッペルゲンガーの目的はサイオンと生命力を奪うために第一高校を襲い狩りの場としたということだな」

 

「それだけではないようです。鏡に魔法師を拘束するのは別の目的があったと推測されます。我が娘真由美も、一月前、不覚を取り鏡に拘束されております。拘束されて発見されるまで2日間、鏡に囚われておりました。確かに衰弱しておりましたが、直接サイオンと、生命力を奪える連中がわざわざ鏡の中に拘束する理由がありません。真由美を何かに利用しようとしたと考えるのが妥当です」

 

「そして、極一部の生徒を除き、全て拘束され、サイオン及び生命力を奪われたのだな。その事実は驚愕に値する」

 

元国防軍元帥であり、十師族前当主の九島烈が静かに発言する。

「魔法科高校、特に第一高校は全国の魔法科高校の中で最も優秀な人材が在学する学校である。全生徒を合わせれば、一個師団の能力を有するだろうと目測しておる。その学校がたった7体の敵にいいようにやられたのだ。報告によると、ほとんどの生徒は魔法を行使する前にやられている。

奇襲による電撃戦。それにより生徒達は魔法師の要であるCADを不所持のままで応戦する羽目になった。それも大きく影響している。敵は生徒が校内では、部活や授業以外ではCADを携帯出来ないことを知り作戦を実行したのだ。情報力、作戦能力が優れている現れだ。

そして、7体はそれぞれ、A級ランク以上の力を持っていたと推測する。

もはや、一介の殺人集団やテロリストなどではない。都市国家レベルの戦力を有していたと言っても過言ではないであろう。このことだけをとっても、早急な排除が必要である」

 

「……九島老師の言、重く感じ入る。しかし…彼らの目的はこれだけではない。その前にだ。7体で一個師団並の戦力を有する敵を、残った生徒が撃退したのだ……いや生徒だけではない」

 

警視庁長官が再び報告する。

「残った生徒は、3年、七草真由美、1年、千葉エリカ、吉田幹比古、柴田美月、司波達也、司波深雪、そして留学生のアンジェリーナ・クドウ・シールズ。そして当日魔法師イメージアップのプロパガンダとして取材と撮影に来た。若手アイドル久慈川りせ。そして…都立高校3年鳴上悠。

七草真由美はご存知の通り、七草殿のご息女で全国の魔法科高校で五指に入る実力者。千葉エリカは千葉家の次女、剣術の腕はかなりのものと、吉田幹比古は古式魔法の大家吉田家の次男。

司波達也はかの九校戦で一条家のクリムゾン・プリンス一条将輝を破ったホープ。その妹司波深雪も九校戦で2種目優勝するトップレベルの実力者です。そして、USNAからの留学生アンジェリーナ・クドウ・シールズ。九島老師のご親戚である前に、彼女はあのUSNAが誇るエリート魔法師部隊スターズのアンジー・シリウスでした。………戦略魔法師13使徒の1人、これはUSNAから先日受けた正式な情報です」

 

次々と名前が上がっていく中、参加者から驚きや感嘆の声があがり、リーナがスターズで戦略魔法師だということが告げられると、どよめきが起こる。

 

再び警視庁長官が話し始める。

「主にはこの6人と1人の活躍により、ドッペルゲンガーを撃退したと………久慈川りせは七草真由美が終始ガードを行った結果事なきを得たようです。そして、撃退に最大の貢献をしたのは………鳴上悠です。彼は久慈川りせの友人であり、芸能事務所にも顔が効く人物で、この日は、事務所のマネージャーの代理で久慈川りせの付き人として、現場にいました」

 

「……鳴上悠についてだが、彼は一般の高校生であったが強力な能力を隠し持っていた。彼や彼の能力に詳しい人物に説明をさせよう」

 

官房長官はそう言って、美鶴に発言するよう促す。

 

「桐条美鶴です。彼はペルソナ使いという特殊能力者です。ペルソナという式神に似た精神エネルギー体を顕現させ、攻撃、防御、補助魔法といった多様な能力を発揮させます。

私もその1人です。

ドッペルゲンガー…我々はシャドウと呼んでいますが、それに対抗する能力者です。シャドウとはこの現実世界に隣接する異世界で発生した化物です。本来シャドウは現実世界では活動しませんが、このドッペルゲンガーは活動ができる特殊なケースと思っております。我々のペルソナ能力もシャドウが生成した異世界でのみ能力が発揮できる能力でしたが、研鑽の結果、現実世界でも行使できると判明しました。……そして、鳴上悠は私が知る中でも最大級の能力者です」

 

「ペルソナ使いについて、詳しくは後で再度報告する。その前に、彼の能力を知った上で、第一高校での報告の続きを」

 

官房長官が視線で発言を促し、七草弘一は再び口を開ける。

「国防軍、魔法協会、警視庁合同で、第一高校襲撃事件の調査を実施しました。その結果、彼らがどうやって反攻作戦を実行したのかが、大凡判明しました。

鳴上悠の指示により、反攻作戦が実行されました。

先に言っておきますが、我が娘真由美も、鳴上悠と前から親交があり昵懇の仲であったため、うまく連携が取れ、作戦が成功した要因の一つです。

先ずは、鳴上悠はドッペルゲンガーの校内への侵入を察知し、真由美が緊急放送で生徒達を逃がしました。

司波深雪、アンジェリーナ・クドウ・シールズは7体のドッペルゲンガーの中でも最大級の力を持った相手と連携して対峙しておりました。

それでも状況は不利となりましたが、鳴上悠の介入により、敵を撃滅。

その間、真由美は久慈川りせを護衛しながら、千葉エリカ、吉田幹比古、柴田美月と合流、一体のドッペルゲンガーを撃滅。

その後、鳴上悠、司波深雪、アンジェリーナ・クドウ・シールズは、司波達也と合流し、二体のドッペルゲンガーを撃滅。

全員が合流後、一時ドッペルゲンガーは野外訓練所奥に撤退。その間、鳴上悠のペルソナ能力により、鏡に囚われた生徒達と、ドッペルゲンガーの眷属に捕縛されていた生徒を救出。

鳴上悠と司波達也、司波深雪、アンジェリーナ・クドウ・シールズは撤退したドッペルゲンガー及び野外訓練所に潜むドッペルゲンガーを追撃、一体のドッペルゲンガーを撃退。

残り二体のドッペルゲンガーは脱出を図り、超巨大生命体を顕現させました。

推定60メートルはある巨大なヘビの化物だったとのこと、鳴上悠はペルソナ能力でこれを消滅させました。その時の力は戦術級魔法に匹敵する範囲と、核爆発に匹敵する威力だったと推測されます。

これで、第一高校襲撃事件の終息を見たということです」

七草弘一が語った報告にはりせがペルソナ使いであることは上がっていない。

達也やエリカ達はりせの情報を伏せ悠が行ったことにすり替えていたのだ。

 

 

「改めて凄まじい威力だな……ペルソナ使い鳴上悠か、……彼がいなければ、第一高校の生徒は全てサイオンと生命エネルギーを吸い取られ、最悪全員死亡か………しかし、問題はこれだけではない。ここからが本題だ。信じ難い事象を今から説明してもらう」

 

桐条美鶴は官房長官に促され、説明する。

「ドッペルゲンガーが魔法師や魔法科高校の生徒から奪ったサイオンと生命力は異世界の門を開くためのエネルギーに変換させるものだという証言を受けています。実際に異世界の門を開くための光の階段が生成されていたことを、鳴上悠だけでなく、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、司波達也、司波深雪からも証言を得ています。

鳴上悠は、異世界の門から神や悪魔を降臨させるのが目的である可能性が高いと判断しておりました」

 

桐条美鶴のこの言葉で会場はどよめく。

 

桐条美鶴は続ける。

「信じがたいかもしれませんが、我々は事実だと判断しております。私自身それに近い存在と対峙したことがあります。そして、鳴上悠も……同様、神と思しき存在と交戦したことがあると……、ここでは神や悪魔といった言葉を使用しておりますが、異世界、いえ異次元生命体だと思ってください。宗教的な意味を持つ神や悪魔とは別………神や悪魔と同じ名前を冠した異次元生命体と認識を持っていただければ助かります。これに関しては、世界を揺るがす情報になります。さらに分かっていないことが多く。論争を呼ぶものとして、これ以上はお話できません」

 

「………神と悪魔と言っても、異次元生命体だということだ。ただそれは凄まじい力を秘めた存在、世界を滅ぼす程の。信じがたいが……もし本当であれば、日本、いや世界の危機となるレベルだそうだ。そして、その判断材料の一つがまだある」

 

宮内庁長官が語りだす。

「我々は伝承や過去の記録をさかのぼり、ペルソナ使いは過去にも存在していたことが分かっております。日本では陰陽師安倍晴明がそれに当たると考えております。

元々式神とは古式魔法で使用される簡易式とは異なり、まさしく神を降ろし顕現させる術とされております。自らの概念と精神を顕現させた姿をし、神にまさる力を振るうと………そして、伝承には神の怒りに触れ、厄災が起こる時、神の御使いが現れると……それが安倍晴明であり、鳴上悠である可能性が高いと考えております。神の存在の片鱗を語る資料は宮内庁には幾つも存在します。その時に現れる人物が、陰陽師であり、高僧であったり、更に武人であったりと……彼らは全て、何らかの式神を使用できました。その中でも神の名を冠した式神が多く見られます。

歴史は繰り返されます。それを伝えるのも我々の役目です」

 

官房長官は会場参加者を見渡し、ゆっくりと語り出す。

「……我々日本の歴史にも関与があると………今世紀も終わりに近い。科学や魔法が発達したこの時代だが……先人は何かしらの教訓を何時も残してくれている。今回の件、神と悪魔が関与する可能性がある。信じられないだろうが、すでにドッペルゲンガーという不可思議な、異世界の生命体が現に存在する。そうなれば、神や悪魔といった存在が現実のものとなろうとも不思議ではない。

ドッペルゲンガーの目的がその様な存在を現世に降ろす目的であれば、伝承どおり厄災が起きる可能性がある。しかし、ドッペルゲンガーを討ち滅ぼせばその懸念も消える。

何れにしろ、ドッペルゲンガー単体でも巨大な脅威には違いない。そして全てを滅せば、厄災の懸念も全てが解決する。

この国難に立ち向かうべく、ドッペルゲンガー対策室を立ち上げる。各部署には参加要請を出す。必ず出向することを義務付ける。更に参加希望部署や希望者も募る。

今回の案件の総指揮は私がとることになるが、実際には国防軍最高司令官、警視庁長官、そして、九島老師、補佐役で七草弘一殿、桐条美鶴殿、アドバイザーとして宮内庁長官、この6名を中心とした組織を早速組み上げ、早急の対応を求む」

 

官房長官がそう言い終わり立ち上がると、会議参加者全員立ち上がり、一礼する。

 

そして、官房長官を含めた、名の挙がった6名とその補佐官のみで、次の会議に移る。

 

各組織の人員動員数や組織内部部署編成等の打ち合わせが順調に行われていったが、ここで問題が発生する。

 

鳴上悠を何処の部署に配置するかである。

 

国防軍最高司令官と九島老師は国防軍側で預かる事を提言するが、警視庁長官はそれに反発する。

国防軍側としては、警察組織には対シャドウ部隊、シャドウワーカーが存在するのだから、ドッペルゲンガーに対抗すべき能力を持つ鳴上悠を国防軍側に付けろと言っているのだ。

 

そこで、七草弘一はこんな提案をしたのだ。

「鳴上悠は組織に組み込むべきではない。彼は民間人であり、我々が守るべき一市民です。ただ、そうも言っていられないのも事実。

私は彼の意向を直接聞いてます。

彼は組織には入らないと明言しております。独自に動き、ドッペルゲンガーを追うと………。

理由は至極まっとうでした。ドッペルゲンガーが組織内に潜伏している可能性があり、情報が漏れ、敵に利用される恐れが有るということでした。今回第一高校襲撃事件も、情報が漏れあの様な事態に陥りました。そして、ドッペルゲンガーの唯一の懸念は鳴上悠の存在でした。ただ、彼の意外性の行動により、見事ドッペルゲンガーの思惑から離れ、彼は第一高校に現れ、ドッペルゲンガーの計画を潰す事が出来ました。ドッペルゲンガーは彼一個人の行動まで把握することが出来ないのです。いや、彼の能力を恐れ、近づくことすら出来ないと言っていいでしょう。そんな彼を組織内に入れ、その情報がドッペルゲンガーに渡るとしたらどうでしょう?

………意外性………彼が独立して動くことで、ドッペルゲンガーの計画を崩す事ができる。ドッペルゲンガー側は彼という不安要素を常に抱えることになる。

であれば、彼の行動の自由を約束し、陰ながらサポートすることこそが、彼の最大の有効活用だと考えます」

 

桐条美鶴も弘一の意見に同意し、補足する。

「私も七草殿の意見に同意です。彼に自由に動いて貰えれば、それだけでドッペルゲンガーは動きは鈍くなります。そこを我々も利用し、付け入ることができれば良いのではないでしょうか?但し、情報交換は行う必要はありますが、彼というイレギュラーを十分活用できるように柔軟な組織作りを行えば良いことだと愚考します」

 

悠自身が弘一や美鶴に提案した話なのだが、弘一も美鶴もこれには思惑があった。

鳴上悠を七草に取り込む事を考えていた弘一は、国防軍や警察組織に持っていかれるのは、不本意なのだ。それならば、何処の部署にもつけ無いほうが良い……。既に悠は真由美を個人的な協力者として選んでいる状況だ。その方が七草として、悠取り込みに他組織に比べ圧倒的優位に立つ。

美鶴の思惑は、悠自身をドッペルゲンガーの囮の役割を担ってもらおうと考えていた。ドッペルゲンガーに取って脅威と見られているのは間違いなく悠だ。悠に目が向いている内に、自身も含むペルソナ使いで一気にドッペルゲンガーの親玉を潰す算段をしていた。

 

この後もしばらく、論争は続いた。

たかが一介の高校生、しかも戦術級クラスの力を持っている人間を野放しに出来ないなど。

宮内庁長官も過去の文献から、単独行動及び少数精鋭案を提示し、さらに、弘一と美鶴は悠の人物像を説明し、彼が今まで自分自身のために力を振るっていないことや、彼が至って好青年で理性的であるかを語り説得をする。

結局弘一と美鶴の意見が採用され、悠を組織外協力者として、行動の自由と各種バックアップが認められる。そのかわり、防衛軍と警察組織から悠に対して監視及び情報共有の要員を1人づつ派遣するということになる。

但し、悠が認めた人物に限るというかなり甘い条件が付けられることになった。

国防軍からは七草弘一が真由美を正式にねじ込んだ。組織と関係が薄いのと、悠の友人であることを理由に挙げていた。

警察組織からは、後で決定されるが千葉エリカがその任を任されることになる。それは七草真由美と同じ理由で選ばれている。

 

最後に官房長官がこの様に悠の案件を締めくくる。

「鳴上悠は本件の要となる人物だ。その実態と人物は秘匿されるべきだ。関係者各員は鳴上悠のありとあらゆる情報を口外することを禁止する。また鳴上悠関連の案件をN案件と呼称する」

 

こうして、政府はこの2日後、ドッペルゲンガー対策室を正式に立ち上げることとなった。




すみません。投稿が遅くなり、堅苦しい話はもうちょっとで終わりです。
次は美鶴と悠…そして悠と……


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第三十七話 対策室と悠

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

また、堅苦しい話ですが、今回はちゃんと悠が登場


2月9日(水)14:30

 

 

悠は何時ものように放課後、女子生徒達を巻いて校門の外へでると。

一台のリムジンの様な胴の長い高級車が待ち構えていた。

 

予め、連絡は受けていたのだが、ここまで派手な車が来るとは思わず、面食らっていた。

「………は、ハイカラだ」

 

高級車の窓から、美鶴が顔を出していた。

「済まないな。鳴上くん。早速だが乗り給え」

 

お付きの人がドアを開け、悠に乗るように促す。

 

車内で悠の前に飲み物が出され、美鶴が話しだす。

「鳴上くん、ドッペルゲンガーに関する今後の方針だが、君の立場が正式に決まったのだ。君の意向通りにね」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

「政府はドッペルゲンガー対策室を立ち上げ、正式に国を挙げドッペルゲンガーを追うことになった。我々シャドウワーカーもその中核を担うことが決定されている。

君はその組織に含まれず、組織外協力者という立場になる。君は自由にドッペルゲンガーを追うといい。但し、何らかの情報共有は必要だ。そこで政府から君に2名程、行動を共にする人間が派遣される事になる。その人物はなるべく組織との直接関係が薄く、組織内の身内だったりと関係者が選ばれる」

 

「……いや、俺は」

悠は政府から派遣されるという話に難色を示す。

 

「まあ、聞いてくれ、一人は、七草家当主七草弘一殿の娘。真由美殿だ」

 

「なるほど、七草には元々俺から協力してもらうようお願いしてました」

 

「ふむ。そうだったのか。そして、そのもう一人なのだが………まだ、決定されていない。一応君のお眼鏡に適う人物という条件が付けられているのでな。その件も含め。今からドッペルゲンガー対策室の主だったメンバーと顔合わせしてもらおうと思う」

美鶴は何かに納得し、話を続ける。

 

「りせの件はどうですか」

 

「安心してくれ、久慈川りせくんについてはペルソナ使いであることは知られていない」

 

「助かります。……ただ、りせは十師族ががっちりガードをしているため、思うように行動ができないそうです」

 

「それは、ラビリスから報告を受けている。久慈川くんは大分ストレスを溜めているようだとも。アイギスに比べ社交性が高いラビリスが困っていたぞ」

ラビリスとアイギスは桐条グループが所有する対シャドウ用兵器……いわゆる感情があるペルソナが使える自立型ロボットだ。姉機のラビリスのほうが旧型だが、感情の起伏が豊かなのだ。しかもなぜか関西弁。

 

「そ、そうですか」

悠の脳裏には、りせに愚痴を言われ右往左往するラビリスの姿が浮かんでいた。

 

「何れにしろ、人員が少ない中、ラビリスも我々の主要戦力だ。久慈川くんにずっと付けていくわけにもいかん。魔法協会は人員が豊富だからな。しばらく我慢してもらうしか無いだろう。……魔法協会もせめて女性をつけるぐらいの配慮はしてほしいところだが」

今、りせのガードをしてるのはあの十文字克人率いる魔法師部隊だ。

十文字克人と言えば、質実剛健、実直な性格、その風体も人を威圧するに十分すぎる。

 

「りせの能力は要です」

 

「それは分かっているのだが………君と久慈川くんでなんとかしてもらうしか無い」

 

「わかりました。なんとかします」

りせにこのまま伝えると、とんでもない方法を取りそうだと思う悠。

りせは芸能界に入り長い。少々世間からズレたところが有るからだ。

 

 

 

悠が連れてこられたのは、内務省庁舎のVIP会議室だ。

 

「鳴上悠です。よろしくお願いします」

悠は国防軍最高司令官。警視庁長官。九島烈。七草弘一。宮内庁長官、そして桐条美鶴の前で堂々と挨拶をする。

 

長官たちもそれぞれ、悠に自己紹介を行った。

 

 

まずは警視庁長官から悠に話しかける。

 

「第一高校襲撃事件での君の活躍は聞いている。本当なら、君には表彰を行わないといけないのだが、君に関しての情報は政府では秘匿することが決定していてな、申し訳ないが今回は許してほしい。

君にこうして来てもらったのは、桐条殿に聞いているかもしれんが、ドッペルゲンガーの対応を国を挙げて行うことが決定され、勝手ながらこちらで君についても幾つかの取り決めをさせてもらった。君の意向も盛り込んでだが………それに際して、君の能力や君の素性や素行などの報告を受けているが、我々も実際に君に会いたくてね。この様な場を設けさせてもらったのだよ。まあ、君は七草殿と桐条殿と昵懇のようだが」

警視庁長官はユーモアを交えて話を始めたのだが、七草弘一と桐条美鶴を見据えそう言った。

実際に悠と直接あったことが有るのは、弘一と美鶴だけだ。しかも頻繁にだ。

二人に対し牽制の意味も含めこういう言い方をしたのだろう。

 

国防軍最高司令官がそれに補足する。

「まずは、君のペルソナを見せてほしい」

 

「いいでしょう」

悠はその場で立ち上がる。

 

右手を前に出し手の平を上に、青白い炎と共に愚者のアルカナカードを顕現させ、それを握る仕草をする。

 

「イザナギ!」

 

悠の後方に黒いコート姿の4メートル程の攻撃的なフォルムの人形のペルソナ、イザナギが顕現する。

 

国防軍最高司令官や警視庁長官は目を大きくする。

 

「……見るからに力を感じる。修羅場を何度もくぐったオーラのような者を本人にも、そのペルソナからも感じる」

齢80歳を越える九島烈は、幾度となく紛争に立ち向かった歴戦の戦士でもある。悠の佇まいとそのペルソナを見て何かを感じたようだ。

 

「……まさに我が国の始祖神たる名を冠する真の式神……やはりあなたは…………」

宮内庁長官の驚きはひとしおだった。柏手を打ち一礼までしてしまう。

 

 

国防軍最高司令官はイザナギを見ながら美鶴に質問をする。

「桐条殿のペルソナと……発動の仕方が随分違うようだが………………」

 

「我々はこの召喚器(銃の形状をしたもの)を使い。強制的に内なるペルソナを呼び起こしていますが………彼は、自分の意志でペルソナを顕現させることができます。彼が最高のペルソナ使いである所以の一つです」

 

「CADも介さず、術式も介さず。召喚器なる物を必要とせずか………発動スピードが凄まじい…………これでは並の魔法師は手も足も出まい」

九島烈は唸るように漏らす。

 

美鶴と烈の言葉を聞き、国防軍最高司令官や警視庁長官、宮内庁長官、弘一ですら感嘆の声を漏らす。

 

今度は警視庁長官が美鶴に質問をする。

「桐条殿のペルソナとは大分姿形から雰囲気まで違うようだが……………」

 

「ペルソナは本人の精神を具現化した姿形を取ります。私のペルソナ『ペンテシレア』はギリシャ神話に登場する勇敢な女戦士を模しています。私の精神性がそうなのでしょう。彼のペルソナ『イザナギ』は日本の神を模しています」

 

弘一はついこんな質問をしてしまった。

「では鳴上くんは複数のペルソナを扱えるようだが……それはどういうことなのかな」

後で失敗だったと……これはこの場で上がっていなかった話題だったからだ。

他者より情報量を持てば持つほど、有利に働くからだ。現時点でこの事を知っていたのはこの場で弘一と美鶴だけだ。

 

「………彼は……そのスペシャルなのです。最高のそして最強のペルソナ使いである所以です。理由は…私にもわかりません」

 

悠はそれを聞いてペルソナチェンジを行う。

右手に隠者のアルカナカードを顕現させる。

 

「チェンジ、ヒトコトヌシ!」

 

悠の後ろに存在したイザナギがすっと消え、そこに葉っぱで覆われた巨人が顕現される。

それを見た瞬間、宮内庁長官は柏手を打ち、礼を何度も行い始めた。

 

国防軍最高司令官は唸るようにゆっくりと考え込むように口にする。

「……ペルソナによって、性質や使える魔法や術などが異なるという説明は以前、桐条殿から聞いていたが………複数のペルソナを扱える彼は、穴が無いということになる。どんな場面も苦にしないことになる」

 

「……………………」

しばらく、その場に沈黙が流れる。

 

悠はその間に、ペルソナを解除する。

 

 

「鳴上くん……君は、この能力を何故世間に隠していたのだ」

九島烈はその沈黙を破るかのように質問をする。

 

「……隠していた。確かにそうです。ただ俺はこの能力を普段の生活では必要のないものだと考えてます。俺は今は飽く迄も学生。将来は父、母と同じく、学問は違えど学者の道に、民俗学を学んで行きたいと思ってます」

 

「……それは、流石に君、勿体無い………いや、君は国防軍に入るべきだ」

「いや、警察組織に入るべきではないか?」

国防軍最高司令官と警視庁長官はそんな事を言ってしまう。

 

「二人共、それはこの場ではふさわしくない発言ではないのかね」

九島烈はその二人を睨みつける。

 

「申し訳ない」

「失礼した」

 

「わたしは、君がその様な巨大な力を持っているにもかかわらず。どの様な心持ちをしていたのかを聞きたかったのだ。そして、今の答えで十分であった」

九島烈は悠の答えに満足したようだ。

 

「彼は、報告にあった通りの好青年のようだ。鳴上くんは我々が懸念しているような暴発をするようなことは無いだろうと私は思う。それよりもだ。魔法を神聖視するあまり、馬鹿なことを行う輩が、この国の防衛に携わっているものに多いということの方が問題だと思うがどうだろうか?」

続けて九島烈は警視庁長官や国防軍最高司令官、しいては七草弘一に対して、きつい戒めの言葉を吐いたのだ。

 

 

弘一は前の話題を打ち消すかのように、一度手を叩き、悠に話しかける。

「鳴上くん、君は今後自由にドッペルゲンガーを追ってもらう事が決定されている……が、流石に全てとは行かない。バックアップも必要だろうし、情報共有のために君に政府から二人付けたいのだが……一人は家の真由美だ。これは君も希望していたのだからいいだろう。もう一人についてなのだが……」

 

「七草……いえ、真由美さんの件は非常にありがたいです。俺もそのつもりでしたから、もう一人については、俺から希望を言っていいですか?」

 

「……言ってみたまえ」

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズ……彼女を正式に付けてほしい」

 

「なっ!?」

「なに!?」

これには弘一と国防軍最高司令官、警視庁長官、桐条美鶴が驚いた。

 

「鳴上くん………流石に無理だ。君も知っているかもしれないが彼女はUSNA軍の軍人だ。しかもエリート部隊スターズだ」

弘一も流石にこの件は土台無理な話だと悠を説得にかかる。

 

「まずい、それは非常にまずい上に無理だ。USNA軍が彼女を預けるはずがない!」

国防軍最高司令官がそう言うのも無理はない。彼女こそUSNA軍スターズ最高峰の魔法師総隊長アンジー・シリウスにして、戦略魔法師の一人なのだから。

 

「………いえ、俺はUSNA軍のバランス大佐に許可を貰いました」

 

「なんだ……と!?」

「そんなはずは!?」

「ばかな!!」

弘一、国防軍最高司令官、警視庁長官はその言葉に衝撃を受け、大いに驚く。

 

「一介の高校生の君が!!どうやってだ!!それはあまりにも大言ではないのかね!!」

警視庁長官が悠に食って掛かる姿勢を取る。

 

「大人げないぞ長官………その話は本当だ。明日朝にでも、外務省より正式にこの話がくるはずだ。先程わたしのところに、この件について意見を求められたのでな」

九島烈は警視庁長官を諌め、悠の話を肯定した。

九島烈は軍歴も長く、ご意見番として色んな場所からも意見が求められる。しかも今回は九島烈の弟の孫にあたるリーナの件だ。外務省から予め意見を求められても自然である。

 

「君がアンジェリーナ・クドウ・シールズと知り合いだとは知っていたが……そこまでだったとは………どうやってUSNA軍を動かした?」

弘一はゆっくりとした口調で悠に問いかける。

 

「俺は普通に頼み、ドッペルゲンガーを倒すのにリーナが必要だと説いただけです」

 

「そうか……私は君をまだ過小評価していたようだ」

弘一はため息を吐き、椅子に深く腰をかける。

 

宮内庁長官は羨望の眼差しで悠を見据える。

まるで神が眼の前に顕現したかのように……

 

桐条美鶴はまるで、敵わないなと言うかのように微笑をこぼす。

 

国防軍最高司令官と警視庁長官は、まだ信じられない様な表情で悠を呆然と見ていた。

この後、悠はこの二人にはかなり警戒されると同時に、取り込み攻勢を強められる事になった。

 

「どうであろう、外務省からの正式な要請の前に決めてしまっては?わたしは賛成だ。この程のUSNA軍との協力体制に彼女のスターズは国防軍と連携をとることが決まっている。彼女の扱いは非常に難しいだろう。ならば、ここは思い切って鳴上くんに預けたほうが、軍内の憂いやひいては、このドッペルゲンガー対策室において、彼女の扱いを考慮せずに済むのではないかと考えるが…………」

九島烈はリーナを悠に付ける事に賛成の意見を出す。

 

「ふう、わたしは老師の意見に賛成しよう」

「わたしは、もとよりこの件については、皆さんに従うまでです」

「鳴上殿の赴くままに」

弘一は賛成し、美鶴は皆に意見をゆだね、宮内庁長官は悠の意見に従うと答える。

 

「………確かに、彼女の扱いは国防軍でも苦慮するところだ。しかし……いや、いいでしょう。老師に従いましょう」

国防軍最高司令官は躊躇しながらも賛成を決定した。

 

「……皆さんがそう言うならば……しかし、アンジェリーナ・クドウ・シールズは我が国の人間ではない。もう一人は付けさせてもらう」

警視庁長官はしぶしぶ賛同するが、リーナは例外として、正式に政府から派遣する人間をもうひとりつけるように言う。そもそも真由美以外のもうひとりと言うのは、警察組織にゆかりのある人物だからだ。

 

このドッペルゲンガー対策室のトップ6名は、国防軍最高司令官はもちろん国防軍側、七草弘一は国防軍側、九島烈も引退したとはいえ、国防軍側。警視庁長官はもちろん警察側、桐条美鶴も警察組織の一部のため警察側だ。宮内庁長官は中立な立場だ。

一見、国防軍側が人数的に有利に見えるが、桐条美鶴のシャドウワーカーが作戦のキーとなるため、立場的には、ほぼ同等となる絶妙なバランスで成り立っている。

 

よって、悠につける人間も国防軍側だけとなるとバランスを欠くことになるのだ。

 

 

 

この後、警視庁長官から、悠は派遣される人間の選定リストを渡される。

警視庁長官は部下に注釈と簡単な来歴を乗せたこのリストを作らせていた。

 

「………………千葉エリカ………彼女にしてもらえないですか?」

 

「千葉修次ではなく、千葉エリカなのはなぜかな?」

警視庁長官は聞き直す。

明らかに技量では千葉修次の方が上だからだ。

 

「この前の、第一高校襲撃事件でいい動きをしていました。何より連携がうまく取れました」

しかし悠の真の理由はりせにべったりだということだ。りせとの連携がスムーズであれば、ドッペルゲンガーを倒す事がエリカの技量であれば十分可能だと考えたからだ。

 

「わかった。そうしよう」

 

 

「俺はもう少し勧誘しようと思ってます」

悠はこんな事を言う。

 

「どういう事だね?」

国防軍最高司令官は悠に尋ねる。

 

「俺一人、いや4人だけでは厳しい場面が出てきます。あともう少し協力者を募ろうと思います」

 

「具体的に誰を考えているのかい?もしくはこちらから派遣させる必要があるなら言ってくれ」

今度は警視庁長官が悠に尋ねる。

 

「まだ、返事も貰ってませんが、司波達也、司波深雪」

 

その名前が出て、思わず国防軍最高司令官と九島烈、七草弘一は反応する。

国防軍最高司令官は、達也が軍属である事を把握しているため。これを受けるように達也の上司に命令しようと瞬時に画策していた。

九島烈は複雑だ。軍としては受けたいが、この兄妹があの四葉家の人間であることを知っているからだ。できれば四葉の介入を避けたいところなのだ。

七草弘一も九島烈と同じだ。司波兄妹を四葉家の人間ではないかと、前から疑っていたのだ。

しかし、弘一にはもう一つの感情があった。あの四葉真夜でもきっと鳴上悠を見誤ると。策謀家の真夜が悠に策謀を巡らせれば巡らせるほど不利に陥るのではないかと……その真夜の姿も見てみたいとも…………。

弘一は真由美の事以外では、鳴上悠とは腹を割って話す方針を打ち出した。この青年にはこの方針が一番であることを身にしみて体感したからだ。弘一は策謀を巡らせない。それがこの青年に対しての唯一の攻略方法だと確信している。真由美の事も、後押しするだけでなんとかなるだろうと考えていた。

 

「それと……吉田幹比古」

警視庁長官は悠が続いてだしたその名前に眉を動かす。

吉田家は警察組織に近い立場に有るからだ。

 

「鳴上くん…何れも高校生だ。だが、第一高校襲撃事件に活躍した人物だな」

弘一は悠が口にしたメンバーを聞いて、ある意味納得の答えでもあった。

 

「そうです。あの時の連携はかなり良かったと思ってます。彼らは元々ドッペルゲンガーを追っていたようです。俺の方から声をかけようと思ってます。もちろん危険が伴いますから、断って貰っても一向にかまわないとも思ってます」

悠のこの人選に何処からも否定的な意見は出なかった。

元々、国防軍側、または警察側の関係者もしくは組織の意向でドッペルゲンガーを追っていた人物だからだ。

 

「……君の意向はわかった。もし勧誘に失敗して、人手が足りなければ言ってくれ、またリストアップでもさせる」

弘一はこの話題の最後にそういった。

 

 

悠はこの後も幾つかの質疑応答を経て、今日の顔合わせを終え、美鶴に自宅まで送って貰う。

 

 

 

 

最後までこの会議室に残った九島烈と七草弘一は………

 

「我々を前にしてあの青年の堂々とした態度はどうだ。しかもあの能力だ。誰もが欲するだろう。……しかし一筋縄ではいかんであろう。不用意に手を出すと手痛い反撃を食らうかもしれぬ」

 

「老師もそう思われますか?」

 

「あの者には、手を出さないのがこの国にとっていい結果をもたらすだろう。……が…そうもいかんであろうな」

 

「……………」

 

「君の態度を見てもわかる。君が彼を相当慎重に扱っていることもな」

 

「お見逸れいたしました」

 

「わが国の危機には必ず英雄が現れる。彼がそうなのかもしれんが……きっと表には出ないだろう」




次は四葉かな?深雪かな?
それともエリカ達かな?


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第三十八話 次なる蠢き

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやく、堅苦しい話が無くなってきます。


2月10日(木)

 

日本政府はドッペルゲンガー対策室を正式に発足させた。

場所は旧渋谷区、区役所庁舎。

今は各組織の人員と機材持ち込み等の大規模な移転作業が行われていた。

 

午前中に発足式を終わらせ、まず取り組んだのは、全国の魔法科高校及び魔法大学分校への警備体制の強化を行うことだった。魔法師部隊を持つ地方警察署や国防軍部隊に常駐警備をおこなわせ、厳戒態勢を指示することだった。

第一高校襲撃事件以降、全国の魔法科高校は独自に魔法協会へ応援を要請し警備体制の強化を図ってはいたのだが……今回の件で、正式にこの様な体制を敷かれることになった。

 

ドッペルゲンガーの狙いは魔法師及び魔法適正者だ。

今回狙われたのは東京八王子の第一高校であったが、同じ手口で地方の魔法科高校などがドッペルゲンガーに襲われないとも限らない。

彼らが東京でなければならない理由が有るのかも不明だ。ただ単に人口の絶対数が多いのと、魔法適正者や魔法師の絶対数が多いために狩場にしていただけなのかもしれない。

今までは東京近郊だけの行動範囲だったが、今回の事件を機に全国に飛び火しないとも限らないからだ。

 

 

2月3日からの今日までの1週間、悠は悠で独自に捜索しながら、りせを通じて、東京近郊のエネミーサーチを掛け、ドッペルゲンガーの行方を追っていたが全く足取りが掴めなかった。

その間、国防軍や警察にも被害届けや、それらしき被害者、被害状況も確認されなかった。

 

 

悠はこの日の晩、りせからのヒミコによる秘匿通信で会話をしていた。

 

「りせ……俺の方でも、気になる場所を歩き回ったのだが……この一週間ドッペルゲンガーの足取りが全くつかめない………」

 

『悠先輩……ミアさんの事があったから、結構精密に頑張ったんだけどあれから全く反応ない。もう東京近郊には居ないのかな』

ミアの件とは、USNAのエージェントのミアに成り代わっていたドッペルゲンガーがミアの本体を生かしたまま憑依していたのだ。そのため、りせの広範囲エネミーサーチにも引っかからず。近くで精密なエネミーサーチを行っても極微量な反応しか示さなかったのだ。

 

「りせ……外に歩き回っても大丈夫なのか?十師族のガードを巻いたのか?」

 

『ううん。流石にあのガードマン(十文字克人)を巻くと後で厄介だから、自宅からエネミーサーチを行ったの』

 

「りせ、広範囲のエネミーサーチの精度が上がったのか?」

 

『そうなの!悠先輩褒めて!盲点だったの。ここは異世界じゃなくて、現実世界。だから何も情報は自分の目だけじゃなくてよかったの。だ・か・ら♡。街にある沢山の監視カメラを一気にジャックして、そのレンズ越しに精密なサーチを掛けたの!』

 

「……………りせ……そんな事も可能なのか?」

 

『うん!携帯電話の通信も改ざんできるし、電波や通信とも相性が良いみたい!だって、ヒミコ自身アンテナみたいなもんだし!』

 

「す、凄いな。………流石はりせとヒミコ」

悠は通信越しだが、額に汗を滲ませていた。

もはや、りせ一人で警察組織全体情報網を超えているのではないかと思えるレベルだ。

 

『てへへへ。悠先輩に褒められちゃった♡…でもそれでも見つからなかったから、私が精密サーチ掛けた23区以外にドッペルゲンガーは逃げちゃったかも、流石にエネミーサーチの範囲はこれ以上広がらないし、今は地方のお仕事は自粛されてるし……』

 

「………りせ……人工衛星とか……成層圏プラットフォームにアクセス出来たりするのか?」

悠はりせの話を聞いて思いついた事をりせに聞く。

 

『どうかな?……うーん……やってみるね。ヒミコ!行っくよーーー!!』

 

……………………

 

『わわわ!!凄い!!!今、私の頭の中に、関東全部の位置情報が入ってくる。……あれ……日本全域!?…………うううう、気持ち悪い。これ酔いそう』

 

「大丈夫かりせ!!」

 

『あああもう!!……悠先輩。人工衛星と成層圏なんとかにアクセスできたけど、情報量が多すぎて、頭がパンクしそう!ヒミコは耐えられるみたいだけど私の頭がダメ……うーん。ヒミコと話し合って、必要な情報だけをピックアップしたり、慣れが必要みたい……でも、コツは掴んだわ!!』

 

「そ……そうか」

悠は自分で言っておきながら、背中に冷たいものを感じるのであった。

もはや、りせに調べられないものは無いのではないかとも思われた。

この人工衛星や成層圏プラットフォームを利用する事に慣れ、使いこなせるようになったりせは、もはや、誰にも手が付けられない存在になるのではないかとも…………

 

 

 

 

時を同じく

深雪と達也は四葉家当主、四葉真夜とTV通信で会話をしていた。

 

『政府は正式にドッペルゲンガー対策室を本日付けで立ち上げたわ。官房長官をトップとしているけど、実質は幹部を中心に動くはずよ。幹部は国防軍最高司令官。警視庁長官。九島烈。七草弘一。桐条美鶴。宮内庁長官のこの6人よ。九島先生と七草氏が幹部の時点で四葉が入る隙がないわ。

それと彼、鳴上悠の扱いは、独立遊軍部隊……組織から離れて独自に動く権限を与える事が決定されたみたい。政府も大胆なことを行ったようね。桐条美鶴の入れ知恵かしら。それとも九島先生の?』

 

「……そうですか」

達也はその話を聞いて、焦りと脅威を覚える。

先日、鳴上悠の戯言のようにしか聞こえなかった。あの構想が現実になったからだ。

 

『さらに、その独立部隊いえ、彼の私的な人物の集まりだから独立チームかしら……それには、七草真由美、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、千葉エリカが選ばれたそうですのよ。アンジェリーナ・クドウ・シールズについては、政府も大分混乱したそうですが、USNAから鳴上悠個人に協力させる様にと正式に通達があったと聞いていますわ。………彼、どんな魔法を使ったのかしら?』

 

「……な……そうですか」

達也の思考は、リーナの名前を聞いた時点で一時停止していた。頭の中では驚きが支配し、そして悠のあの脅威を微塵も感じさせない振る舞いを思い浮かべ………体全身から冷たい物が吹き出る思いがした。あの笑顔の裏には何が有るのかと……

達也はあの話を本人から聞いた時は不可能だと考えていた。しかし、今現実のものとして全てが、彼の構想通りなのだ。

この感情が恐怖だということは達也自身も認識出来ていなかった。

 

「……鳴上さん」

その横の深雪の口元は緩んでいた。

 

『そこで、お二人には、していただきたいことがありますわ。鳴上悠を近くで監視していただけないかしら。実は国防軍から正式に、達也さんだけでなく、深雪さんも、鳴上悠はその独立チームに入ることを要請してきたわ。どうやら彼が直接、ドッペルゲンガー対策室の幹部に願い出たようですのよ』

 

「………」

「わたくし達をですか?」

 

『そうですの、深雪さん。鳴上悠のチームに加わり、ドッペルゲンガーの情報を、できましたら捕縛していただきたいですが、それでは警戒されますわね。それはこちらで手配いたします。鳴上悠の情報と、彼が四葉にとって有用かどうかを見極めてくださいまし』

 

「ご当主様……彼は、鳴上悠は危険です。………第一高校襲撃事件の情報もそちらに入っていることでしょう。彼のペルソナは……戦略級の範囲と核に匹敵する威力を誇っています。………それだけではありません。あの九重八雲が彼のペルソナを見て、関わるなと忠告するぐらいです。深雪は外して頂けないでしょうか」

 

『あの九重八雲がですか……ならば尚更ですわね。達也さんは深雪さんを全力で守りなさいな。それがあなたの役目のはずです』

 

「ご当主様。お兄様。深雪は鳴上さんのチームに入ります」

深雪は何かを決意したような表情をしていた。

 

『さすがですわ深雪さん。達也さんもそれでよろしいですね』

 

「……了解いたしました」

達也はそう言わざるを得なかった。

 

 

そこで通信が終了する。

 

「深雪なぜ……」

 

「お兄様は考えすぎです。鳴上さんは悪い人ではないです。ご当主様は、鳴上さんを利用されようとされてますが……多分、難しいです。鳴上さんは、魔法師のこの閉鎖された世界観とは真逆な方です。考え方も何もかもが………だから、リーナも、七草先輩も鳴上さんに協力しているのだと思います。私もその一端に触れ……協力したいと思っております」

 

「深雪……」

達也は深雪が自分の意思で明確に本家に対し、この様な意見を言っている姿を見たことが無かった。

 

「そんなに心配されずとも大丈夫です。お兄様。お兄様も一緒について居てくださるんですから」

 

「そうだな深雪」

 

 

 

 

通信を終えた四葉真夜は………

「葉山さん。東京の勝成(新発田)さんにドッペルゲンガーを捕縛するルート作りと、ドッペルゲンガー対策室の動向及び桐条の動向を探るように伝えてください」

 

真夜は手元の資料を見ながら……

「あの九重八雲が警戒をする………やっかいですわね。…………しかしそれだけの力量だということですわ。取り込みたいですわね。……既に弘一(七草)さんのところが、目を付けているようだけど……なびかなければ舞台から降りてもらいましょうか。

鳴上悠の動向は貢(黒羽)さん……いえ、津久葉家に達也さんと深雪さんに悟られない距離を保ってもらわなければ………彼の両親は海外出張中………後の親族は二人だけ。意外と近くですわね。こちらを貢(黒羽)さんに監視を頼もうかしら。あの子達ならば、小さな町に潜入しても違和感が少ないわ………貢さんに堂島親子の監視を」

 

そう言って、花菱という執事に命令を下す。

真夜の手元の資料には、悠の叔父、堂島遼太郎と10歳年下の従姉妹、笑顔を振りまく堂島菜々子の写真が添付されていた。

 

 

 

 

 

2月11日(金)15:30

 

「……なんで達也がここに居るのよ」

リーナは仏頂面で対面のソファーに座っている達也に顔を合わせてしばらく経ってから言う。

 

「俺は深雪の付添だ」

 

「……このシスコン」

 

「……………」

達也は仏頂面のまま、悠の自宅のソファーでじっと座ってる。

 

 

キッチンでは………

「鳴上さん、すみません。急に訪問させていただきまして」

深雪は自前のエプロンを掛け、悠の隣に並んでいた。

 

「いやいい、シュークリームの作り方を教えるって約束したしな」

 

「………鳴上くん、これぐらいでいい?」

真由美も深雪とは反対の悠の隣で、たどたどしい手付きで、卵を割っていた。

 

「七草はあまり料理したことがないのか?」

 

「た…たまにはするわ。クッキーとかぐらいは焼けるわ」

 

「お嬢様だからな七草は………なぜ急に?」

今まで、真由美は悠の家に来て、料理を手伝ったり、習おうとはしなかったのに、深雪が悠の家に来て、シュークリームの作り方を習うと聞いて、急に言いだしたのだ。

 

「良いじゃない。私も料理ぐらい出来ないとと思っただけです」

何故か真由美は頬を膨らませていた。

 

「深雪は慣れてるな。普段から料理をしてるのか?」

 

「はい、お兄様の食事は私が用意してますので」

 

「偉いな。……そこは、氷で冷やしながらボールを回し、素早くかき混ぜる」

 

「はい」

深雪は嬉しそうに返事をする。

 

「な…鳴上くん。こっちは?」

真由美は頬を膨らませながら、そんな深雪と悠をみて、悠の袖を引っぱり、こちらに顔を向かす。

 

「……こうやってこねると。生地がふんわりした感じになる」

悠は真由美の手を取り、一緒にこねる。

 

「………うん」

ふくれっ面だった真由美はうつむき加減に顔を赤らめる。

 

 

 

一方リビングでは………

「リーナはなぜ、鳴上さんに協力するんだ?」

 

「別に達也には関係ないわ」

 

「いや、俺も鳴上さんに誘われたのでな。参考にまでだ」

 

「知ってるわ。……深雪だけでいいのに」

 

「よく上が許したな」

達也が言う上とはUSNA軍の上層部の事だ。

 

「良いじゃない。なんだって………悠が説得してくれたの」

リーナは達也にツンとしながらも、後にポツリと小声で言う。

 

「……わからないな。なぜそれで許される」

 

「達也は一生かかってもわからないことよ」

リーナはぶっきらぼうに達也にそう言って、紅茶を一口飲む。

 

それを聞いた達也は、キッチンで楽しそうにしている深雪と、顔を赤らめている真由美を見、そして悠をじっと見据える。

 

 

 

 

その晩、深雪から電話で悠に、司波達也、司波深雪両名が協力する旨を伝えた。

 

 

翌日2月12日早朝、悠のもとにドッペルゲンガー対策室から正式に達也、深雪、そして、千葉エリカ、吉田幹比古が悠に協力体制をとる追加メンバーとして伝えられる。

 

 

 

 

 

第一高校襲撃をあと一歩のところで失敗に終わったドッペルゲンガーは姿を隠し潜伏し、とある作戦の準備を進めていた。

 

最大の障害は鳴上悠ただ一人。

その排除に向けて……………




ややこしい話はようやく前回で終わりです。
ついに自体が動き出しますね。




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第三十九話 手を出してはいけない

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回は番外編みたいなものです。
しかも皆さんの予想を裏切るかもしれません。


2月12日(土)

 

 

「あの子が今回の監視対象?」

 

「なんか可愛い子だね。ヨル姉さん」

 

「ヤミちゃん。そうね抱きしめたくなるっていうかお持ち帰りしたいわ。でも、どう見ても普通の子よね。ご当主様はなんでこの子の監視を?」

 

愛らしい顔立ちの一緒の姉妹が並んで辺鄙な町中を会話しながら、とある7、8歳ぐらい女の子を尾行していた。

ゴシックロリータ調の服を派手にした魔法少女の様な格好をしたヨル姉さんと呼ばれたちょっと痛い少女が黒羽亜夜子。

大人しめのワンピースを着ているヤミちゃんと呼ばれた少女が黒羽文弥……こう見えても弟、男の娘である。なぜ女の格好をしているかというと……それには深い訳がある。

この双子姉弟は、四葉家分家筋で四葉家の諜報部門を統括している一族、黒羽家の長女と長男。まだ、15歳の中学3年生ではあるが、諜報活動に於いて、一流の実績を残している。

長男文弥は四葉の次期当主候補の次席に入るほどの実力者だが………とてもそうは見えない。

この二人は任務の際、亜夜子はヨルと偽名をつかい、文弥はヤミと偽名を名乗る。そして、変装と称して、亜夜子は痛い格好をし、亜夜子の命令で文弥は可憐な女装を何時もしているのである。

 

どう見ても……この姉弟、この閑散とした商店街に不似合いな格好をしており、浮いた存在なのだが…………

 

この二人以外に、遠巻きに黒羽一族の諜報員が多数息を潜めている。

もしかしたら、この二人は、諜報員達が悟られないように、わざと目立っているのかもしれない………ということは無い様だ。

 

そして、この二人と配下の諜報員達は、四葉家当主、四葉真夜の命令で、とある少女を尾行し監視をしていた。

少女の名は堂島菜々子。8歳……悠の従姉妹である。

 

 

「ヨル姉さん。流石にその格好はここでは目立つんじゃない?変装の意味が無いと思うけど」

 

「ふふふふっ、浅はかねヤミちゃん。ちょっと目立つぐらいがいいんじゃない!そんな目立つ可憐な女の子が尾行などしてるとは誰も思わないわ!」

ビシッと指を立てて得意げに文弥に宣言する。

 

「ちょっとどころじゃないんだけど…………」

 

「そうだ!良いことを思いついたわ。ヤミちゃん。あの子に声かけましょう」

 

「ええ?何言ってるんだよヨル姉さん」

 

「あの子とお友達になれば、堂々と監視できるわ!」

 

「その格好で?逃げられちゃうんじゃないかな?」

 

「大丈夫よ!ほら行くわよヤミちゃん!」

 

「はぁ、僕…って振り回されてばっかりだよ」

 

「ああ、ヤミちゃん!今はわ・た・し、僕って言っちゃダメよ」

 

「…………もう、なんでもいいけど」

 

二人は菜々子の行先を先回りをし、さり気なく声をかける。

「あのー、僕……私達、観光でここに来たんだけど、道に迷っちゃって」

「そうなの。同じ様な風景ばっかりで困ったわ」

 

「お姉ちゃんたち、迷子なの?」

 

「そ、そうなんだ。えーっと、この辺で有名なレストランとか無いかな?」

「そうなの、一緒に探してくれないかしら?私はヨル、こっちの子はヤミよ。あなたのお名前は?」

 

「堂島菜々子……レストラン?うーん。ジュネスの屋上にあるよ。菜々子も今からジュネスに買い物に行くの。一緒に行く?」

菜々子は二人に笑顔を向ける。

 

「うん。ありがとう菜々子ちゃん!」

「ありがとう菜々子ちゃん!」

文弥と亜夜子はその笑顔に癒やされる。

 

文弥と亜夜子は菜々子と話しながらジュネスへと向かう。

 

「ヨルお姉ちゃんのお洋服、ラブリーンみたいで格好いいね。菜々子もお姉ちゃんみたいになりたい」

 

「ななななにこの子、超かわいいんだけど……こほん、菜々子ちゃんもきっとなれるわ」

亜夜子は菜々子の天然発言にデレる。

 

「ヤミお姉ちゃんは、お兄ちゃんだけど、すごく美人のお姉ちゃんなんだね。菜々子しってるよ。それね。女装っていうんだよ。悠お兄ちゃんが教えてくれたの。なんか素敵だね」

 

「な、菜々子ちゃん…それには深い事情が」

菜々子にバレた上にフォローまで入れられ。ショックを受け、気分が沈む文弥。

 

 

そこに、正面から奇妙な物体が、ポヨポヨと変な足音を立てながらこちらに向かってきた!

 

「な?なんなのあの奇妙な物体は!………着ぐるみ?にしては動きが機敏だわ!」

亜夜子はその物体にギョッとする。

 

「……トリコロールカラーに頭の天辺にアンテナ!まさか。100年前の伝説のロボットアニメ、ガ○ダムのコスプレ!」

文弥はそんな事を言っている。どうやら実際のガ○ダムを映像として見たことが無い様だ。

 

「クマさんだよ」

菜々子は答える。

 

「クマ?ってあの熊?」

亜夜子は菜々子に聴き直す。

 

「うん!菜々子のお友達!」

そう言って菜々子はこっちに向かってくるその奇妙な物体……クマに手をふる。

 

「………」

 

 

「菜々ちゃ~~ん!」

 

「クマさん!こんにちは!」

 

「こんにちはクマ!……このナイスなコスプレ少女と可愛らしい男の娘は誰クマか?」

 

「ヨルお姉ちゃんとヤミお姉ちゃん!迷子だから、ジュネスまで連れて行ってあげるの」

 

「……………これ、動いてる?」

「何これ……着ぐるみにしてはリアル」

文弥と亜夜子の二人はクマの体をあちこちと触り始める。

 

「くすぐったいクマ~!最近の若い子は大胆クマ!モテ期到来クマ!クマはいつでもウエルクマ(ウエルカム)よ!」

 

「…………」

しばらくクマを触っていた二人はパッと手を離し沈黙する。

(………何これ?生きてる?)

(……目とか鼻とかリアルに動いてるんですけど)

 

「そんな事をしてる場合じゃ無かったクマ!!菜々子ちゃん、一緒に来てほしいクマ!!」

 

「どうしたのクマさん?」

 

クマは菜々子の手をとって走り出す。

 

文弥と亜夜子は呆然としていたため、反応が遅れる。すでに菜々子を見失うギリギリの距離で正気に戻る。

「しまったわ……ヨル姉さん!もしかして!あれがうわさのドッペルゲンガー?」

「妙にあの着ぐるみリアルだったわ!きっとそうよ!菜々子ちゃんが攫われたわ!追うわヤミちゃん!」

二人は加速魔法を使い菜々子とクマを追う。

それと同時に、息を潜ませていた黒羽の諜報員も動き出す。

文弥と亜夜子はようやく今回の任務に合点がいった。この堂島菜々子という子がドッペルゲンガーに襲われるかもしれないため、自分たちが派遣されたのだと。菜々子を助け、ドッペルゲンガーを捕縛することが真の狙いなのだと………

それは大きな勘違いなのだが………

 

 

クマは人気のない方へと進路をとり菜々子を抱き上げて連れ出す。

 

「あのクマなのかよくわからない着ぐるみ!あんな走り方なのに!速い!」

「ドッペルゲンガー確定ね!これで菜々子ちゃんも助けられて!あのクマをとっ捕まえたら!任務完了よ!!」

 

 

クマは菜々子を抱き上げたまま、住宅街を抜け山道を走る。

 

 

「ヨル姉さん!急に霧が出てきた!」

「達也兄様の報告書に合った通りね!ドッペルゲンガーの霧の結界って奴よ!」

二人はクマを追いかけていたのだが、不意に霧があたりから立ち込めてきたのだ。

 

 

 

 

「オヨヨヨヨヨヨ!誰クマか?」

 

 

クマは菜々子を抱き上げたまま、急に立ち止まる。

しかし、クマの前には………奇妙な仮面をした黒服黒マントが5人現れたのだ。

 

 

「……同胞?いや、妙な感覚だ。しかしこんな奴は聞いていない。お前は誰だ?」

その内の真ん中に居た獣の仮面をした大男がクマに話しかける。

そう、仮面をした黒服黒マントたちこそが正真正銘のドッペルゲンガーである。

 

 

「尋ねる前に、自分が名乗りんしゃい!」

クマは珍しく啖呵を切る。

 

「どうやら、同胞ではないようだ。その子を渡してもらおうか……大事な人質にするんでね」

どうやらドッペルゲンガーは菜々子が目的のようだ。口ぶりからすると悠に対しての人質にするようだ。

 

「いやクマよ!菜々子ちゃんは誰にも渡さないクマ!!………ペルソナ!!キントキドウジ!!!」

クマの後方に丸っこいフォルムをした手足が短いペルソナ、キントキドウジが現れる。

 

「な!!こいつペルソナ使いだぞ!!」

「我らも!!」

「そいつを倒して、人質を奪い取るぞ!!」

 

そして、真ん中の獣の仮面はビッグフットのような姿に変貌したクマのドッペルゲンガーだ。

2体は巨大な狼人間へと変貌。オオカミのドッペルゲンガー。そして、残りの2体は空高く舞い上がり、大きな翼を持つワシと人間が融合したような姿に変貌する。

 

 

「オヨヨヨヨヨヨ!!」

 

 

 

 

ちょうど文弥と亜夜子もその現場に到達し、遠目でその様子を見ることが出来た。

「何あれ?化物!!もしかして………あっちの化物が本物のドッペルゲンガー?」

「じゃあ、あの着ぐるみは?………式神を出してる。古式魔法師?……いいえ、報告にあったペルソナ使いなの?」

「どうするヨル姉さん?」

「……少し様子を見ましょう。敵の戦力もわからず戦闘するのは愚かだわ。どうやら連中は菜々子ちゃんに用があるようだし菜々子ちゃんを傷つけないはずよ。あのクマの着ぐるみには悪いけど」

二人は離れた場所から様子を見ることにした。

その後に、黒羽の諜報員も続々と集まってくる。

 

 

 

そして、ドッペルゲンガーは案の定、クマとオオカミ、ワシの眷属を多量に呼び出し、地上から空からクマと菜々子を囲む。

 

「さあ、大人しく渡してもらおうか!!」

 

 

 

「菜々ちゃんを狙うなんてひどいクマ!!クマもプンスカクマよ!!みーんなー来んしゃい!!」

クマはそう叫びながら菜々子を抱き、キントキドウジを前に出し菜々子をガードする。

 

 

すると…………

 

「コノハナサクヤ!!全てを焼き尽くせ『マハラギダイン!!』」

空を覆い尽くすワシの眷属に向けて、煉獄の炎が降り注ぐ。

その中心にはチアリーディングのユニフォームを着た様な女性らしいフォルムのピンク色のペルソナが翼を広げるかのように突如として現れたのだ。

辺り一帯の空は真っ赤に燃え広がり、空を覆っていたワシの眷属を尽く燃やし尽くす。

その炎で2体のワシのドッペルゲンガーも黒い液状となり消滅する。

 

そして、クマと菜々子の前に、和服姿の純日本美人が扇子を持って舞を踊るかのように現れる。

「菜々子ちゃんを狙うなんて許せない!」

天城雪子は明らかに怒りの表情を見せていた。

 

 

「手加減なしかよ天城、相当切れてるな!まっそりゃそうだな!俺も行くぜ~久々!ジライヤ!!『マハガルダイン!!』」

陽気な声とともに、ヘッドホンを首に巻き、今流行りのコーディネイトに身を包んだ青年花村陽介はクマの後ろに颯爽と現れ、派手な忍者のようなペルソナを顕現させ、巨大な竜巻を起こし、地上に居る周囲の眷属とドッペルゲンガーを吹き飛ばす。

 

その竜巻に割って入るように人影が突っ込んでいく。

「トモエ!!いっくよーー!!ドーーーーン!!」

竜巻で吹き飛んだ一体のオオカミのドッペルゲンガーに向け、そんな掛け声とともに猛ダッシュし強烈なケリを放ち、空の彼方へと吹き飛ばす。

空の途中で一体のオオカミのドッペルゲンガーは力尽き、黒い液状と化し、消滅する。

 

「直斗くんの言ったとおりドッペルゲンガーが現れたわね。それにしても菜々子ちゃんを狙うとは許せない!」

緑色を基調とした服を着こなす里中千枝はそう言って、カンフーの構えのまま、クマの横に立つ。

その前には、黄色い甲冑を来たかのような女性フォルムのペルソナ、トモエが薙刀を構えている。

 

 

残りのオオカミのドッペルゲンガーと熊のドッペルゲンガーは辛うじて立ち上がる。

眷属も、もはやわずかしか生き残っていない。

 

 

「クマもプンスカね!!キントキドウジ!!『マハブフダイン』」

辺り一帯にブリザードの嵐が吹き荒れ、森の木々ごと、ドッペルゲンガーと残った眷属を尽く凍らせた。

 

 

「な…なんなんだ貴様らは………」

なんとか生き残った熊のドッペルゲンガーは立っているのがやっとの状態だ。

 

 

そして、空から白い外套を纏った少女が降りてくる。

「……彼が守ったこの地に災いをもたらすもの、この子を害するものは許さない。あなたなんかキライ!」

 

外套のフードを取り、エメラルドグリーンの目で、熊のドッペルゲンガーを見据える。

 

「…………バカな!バカな!このオーラは神なのか」

その少女、マリーの姿を見た熊のドッペルゲンガーは恐れおののく。

 

「不要な霧は消え……そして無に帰せ『火雷』」

 

少女が手を振り下ろすと同時に、辺り一帯を覆っていた霧は晴れる。そして熊のドッペルゲンガーには裁きの雷が降り注ぎ体を焼かれ消滅する。

 

 

 

 

 

 

この様子をマハラギダインの予熱とマハガルダインの突風の余波やマハブフダインのブリザードの余波にさらされながら一部始終見ていた文弥と亜夜子はまったく動くことが出来なかった。

(これが魔法?…なんて凄まじい威力だ。でも綺麗だ。まるでアート……でもこれは夢?)

(……全員戦術級魔法師?なんて威力なの……………何なのこの人達は?)

 

 

「おい、お前らもこいつらの仲間か?」

茫然自失気味の文弥と亜夜子の後ろから不意に声がかかる。

振り向くと、黒羽の諜報員が全員のされていたのだ。そこにはガタイがデカく、いかつい顔だが、黒縁眼鏡に七三分けの髪型とガリ勉風のかなり似合わない格好をした妙に威圧感のある男が立っていたのだ。

その後ろには巨大な全身黒ずくめのいかにも恐ろしげな巨大な式神、いやペルソナタケミカヅチが気絶した諜報員を片手で4人ずつ掴んでいた。

 

「………あ、悪魔だ」

「……う、なんなの」

二人はその姿に恐れおののく。

 

「ああ!?誰が悪魔だ!!きゅっとしめるぞ!!ゴラ!!」

巽完二は二人を更に威圧する。

 

 

そして、その後方から……

 

「さあ、目的を話してください。……もう逃げられませんよ」

ボーイッシュで小柄だが豊満な胸を持つ少女が、中年男に銃を突きつけながら現れる。

 

「いやー、まいったな。君たちはなんなんだい?」

銃を突きつけられた中年男、文弥と亜夜子の父黒羽貢が両手をあげ降参のポーズを取っていた。

 

「それにお答えする必要性は無いですよ」

ボーイッシュな少女白鐘直斗は冷静にそう答える。

 

「確かにそうだよなー」

 

「お、お父さん?」

「お父様?」

 

「……すまん二人とも、コッソリ、バックアップしようと思ったのだけどこのお嬢さんに見つかって……逃げられなかった」

 

 

黒羽親子3人は稲羽のペルソナ使い6人にペルソナ6体、さらに現人神に囲まれる。

菜々子はその光景を不思議そうに見ていた。

 




黒羽親子に幸あれ………

まあ、手を出したらまずいですよね。

悠が登場しないので、番外編ですかね。
今回は上、次は下かな。字数が多くなると中になるかもです。


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第四十話 アンタッチャブル稲羽

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。


ちょっと、時をさかのぼって始めます。


悠はドッペルゲンガー第一高校襲撃事件翌日の夜。りせのヒミコを通じて、稲羽の仲間達全員と携帯端末の同時通話で話をした。りせのヒミコを介するのは、盗聴やハッキングを防ぐためだ。

 

「みんなごめん。俺がペルソナ使いだということを、軍関係者や警察に話さざるを得ない状況に陥り……知られるところとなった。………ただ、皆の事はなんとしても伏せる」

 

悠は第一声で皆に謝る。

 

その後、東京で起こっているドッペルゲンガーの件、第一高校襲撃事件の件、そして、話さざる得ない状況に陥った経緯を最初から皆に話した。

 

「わたしがペルソナ使いなのを隠すために悠先輩が………ごめんなさい」

りせは涙声で悠と皆に謝る。

 

「くっ…悠……お前、一人で抱え過ぎなんだよ。しかし………その状況じゃあな」

陽介は悔しそうな声を上げる。

 

「先輩……桐条美鶴さんを介したのは最善手ですね。さすがです。これで先輩に国防軍や警察はうかつに手をだせません」

直斗は悠を褒める。

 

「どういう事なの、直斗くん?鳴上くんに軍や警察が手をだすとか………」

雪子は何やら物騒なものいいの直斗に質問する

 

「先輩のペルソナ能力は政府……いえ、国防軍や警察、魔法師は喉から手が出るほど欲するでしょう。そして、その能力解明のために、先輩は理不尽な扱いを受ける可能性があったということです」

 

「理不尽な扱いってどいうこと?」

千枝はさらに質問をする。

 

「軟禁……最悪は監禁し、実験動物のような扱いを受ける可能性です」

 

「そんな……」

「そんなのおかしいよ!」

雪子は悲痛な声を、千枝は声を荒げる。

 

「………ちょっくら軍やら警察ぶっ潰してくる。場所教えろや直斗」

今まで黙って聞いていた完二は静かに切れる。

 

「落ち着いてください巽君。そうならないように先輩は桐条グループを引き込んだんです。しかも桐条美鶴さんを前面に押し出すような形で……、桐条美鶴さんも元々政府に食い込もうと考えていたため、先輩の提案は魅力的だったでしょう。お互いの利害の一致により、貸し借りを作らずに先輩はいいポジション取りを行ったのです」

 

「よくわからんクマが、さすが先生クマ!」

内容が全く分かっていなさそうだが、取り敢えず悠を褒めるクマ。

 

「……何時も思うんだけど…鳴上くんってさ……何ていうか……」

千枝は呆れた声を上げていた。

 

「里中、言いたいことはわかる。こいつって、大胆というか、肝が据わってるっていうか」

陽介は千枝にすかさずフォローを入れる。

 

「先輩に交渉術で右に出る人はそうそういませんよ。それは探偵である僕が保証します」

 

 

「こっちの事は、俺がなんとかする。りせは守ってみせる。みんなにも波及しないようにやってみせる。しかし、みんなに頼みたいことがある………」

 

「お前が頼み事って珍しいな。何でも言ってみろよ!協力するぜ!」

「そうそう!みんな鳴上くんの頼みだったら何でもするよ!」

「鳴上くんに頼まれるのは嬉しいわ」

「先輩!俺は先輩の頼みだったら何でもするっす!」

「先生!何でも言ってミソ!」

陽介、千枝、雪子、完二、クマは口々に答える。

 

「……先輩、菜々子ちゃんのことですね。正確には堂島さんも含めて」

直斗は悠の言葉で察していた。

 

「…そう。………菜々子や叔父さんを守ってほしい」

 

「鳴上くん、直斗くんどういう事?……守ってほしいって」

雪子は皆の疑問を代弁する。

 

「先輩の能力に目を付けた連中が堂島親子を狙ってくるということです。先輩であれば、滅多なことではやられないでしょう。今は桐条グループと手を組み、事実上手出しが難しい。ならば……先輩の個人的に繋がりがある親族はどうでしょうか?………菜々子ちゃんを人質に取り、先輩に無理な要求をするかもしれません」

 

「なんだそりゃ?そんな汚い手を使ってくるのかよ!」

完二は声を荒げる。

 

「先輩の能力はそれほどの価値があるということです。もう一つの懸念は、ドッペルゲンガーも狙ってくる可能性があるということです。ドッペルゲンガーにとって先輩は天敵です。先輩を排除するためなら何でもやってくるでしょう」

 

「わかった!こっちの事は任せて鳴上くん!」

「菜々子ちゃんを狙ってきたら、真っ先に燃やすから!」

「菜々ちゃんはクマが守るクマ!」

「先輩はそっちで頑張ってください!こっちは俺らが居るんで!!」

「相棒!こっちは任せろ!」

「そういうことですよ。先輩。こんな事はお願いのうちにも入りませんよ」

皆は明るい声で自分なりの言葉で悠に答える。

 

「み…みんな」

りせはそんな皆の声に感動する。

 

悠は再度皆に謝る。

「みんなごめん……結局俺はみんなを巻き込んでしまった」

 

「そういうのはいいっこなしだぜ。相棒!」

「鳴上くん、そんな事言わないで」

「俺は先輩に全然借りを返してないんすから!」

「そうですよ先輩!」

「鳴上くんの役に立ててみんな嬉しいんだから!」

皆の声は明るい。

 

「………ありがとう」

悠は改めて皆との絆を感じる。

 

 

「私もその話混ぜて……」

そこで、意外な人物の声がこの会話に入ってきた。

マリーだ。今は久須見鞠子と言う名で地元ローカル放送局でお天気お姉さんをしているが、クスミノオオカミというれっきとした神だ。今はこの八十稲羽近隣一体の土地神として、この地に定着してる。

 

「ま、マリーどうして」

悠も驚くが皆も驚きの声を上げる。

特にりせの驚きは大きかった。

 

「そんなに驚く事?私も彼に……悠と皆に協力したい」

マリーは不思議そうに聞き返す。

皆が驚いたのはその部分ではない。

 

「いや~、マリーちゃん?どうやってこのアドレスに入ってこれたの?りせがハッキング無効にしてるはずなんだけど」

陽介は恐る恐る聞く。

 

「ハッキング?……悠の声と皆の声がした気がしたから、スマホで普通に電話したら繋がった」

 

「「「「「……………」」」」」

 

「まあ、いいんじゃない?マリーちゃん一応神様みたいなもんだし、細かいことは」

千枝は相変わらず順応性が高い。

皆はそれに習ってうなずく。この仲間達も相当順応性が高いようだ。

 

「一応じゃなくて、ちゃんと土地神」

マリーは少し不満そうだ。

 

「なんにしろ、マリーちゃんが協力してくれるんなら、100人力だよな!」

陽介はマリーを歓迎する言葉を発するのだが………

 

「あはははは!花村くん。マリーちゃんは人じゃなくて神。100人力じゃないし、ぷふふふふっ!」

相変わらず笑いのツボがおかしい雪子は陽介の言葉に反応しバカ笑いをする。

 

 

「マリー助かる」

 

「うん、任せて悠」

 

 

 

 

 

こうして、稲羽の仲間たちは自称特別捜査隊を再結成し、堂島親子のガードを始めたのだ。

悠は叔父である堂島遼太郎には……詳しい内容は話していないが東京で事件に巻き込まれたことをそれとなく電話で話す。

「………お前なら何があろうが大丈夫だろう。こっちの事は気にするな」

遼太郎は何かを察したのだろう。悠にこう答えた。

 

 

 

 

2月11日(金)

 

ドッペルゲンガー2体がこの八十稲羽周辺に侵入したことをマリーは感知する。

マリーは土地神としてこの地に訪れるどんな異物も瞬時に把握できるのだ。

その報告を受け、完二や陽介はすぐにでも倒しに行こうとするが、直斗がそれを止める。

ドッペルゲンガーは堂島親子に近づかずに、この街自身を調べている様な素振りを見せていたからだ。もしかすると、2体は斥候でドッペルゲンガー本体がこの街に後に現れる可能性があると……そして、できるだけ多くのドッペルゲンガーを引きつけ、東京の悠の負担を減らしたいと話す。

皆はその提案を受け、堂島親子をしばらく24時間体勢でガードすることにした。主にはクマを中心に菜々子のガードを直斗が遼太郎の様子を伺っていた。

 

 

2月12日(土)早朝

マリーはドッペルゲンガー3体が新たに八十稲羽周辺に侵入したことと同時に、外からこの地に踏み入れた魔法師の一団を感知したのだ。

その一団、黒羽家一党はどうやら、堂島親子を監視するような動きを見せ始めたのだ。

 

マリーは皆と連絡を取り合う。もし、その一団が菜々子に接するようであれば、クマが動く手はずとなった。そして、予定していた場所で皆と合流し返り討ちにするところまで決めていた。

 

ドッペルゲンガーも合流し5体に、菜々子を遠巻きに監視するような動きをしだした。

 

別で動いていた直斗は、堂島親子周辺や自分たちを探る中年男の存在に気がつく。

 

 

ドッペルゲンガーの動きの方が慎重を期していたが、魔法師の一団、黒羽家は不用意な行動に出てしまった。四葉真夜の命令は飽く迄も堂島親子の監視であり、今の所は彼らに何らかの行動にでる手はずではなかった。しかし、黒羽家の亜夜子と文弥が短絡的な思考により監視任務の大枠として菜々子に接触をしてしまったのだ。

 

そして、クマはすぐに動く。

 

マリーとクマからの連絡を受け、自称特別捜査隊のメンバーは返り討ちを行う地点に集まっていく。

 

ドッペルゲンガー側も自分たち以外に堂島菜々子に接触、監視する一団に気が付き、慎重に事を運んでいたが、動かざるを得なくなった。

先に菜々子をその一団に持っていかれることはなんとしても避けたかったからだ。

 

 

 

 

そして、クマは菜々子を連れ、予定のポイントへ向かっていく。

 

 

 

そのクマと菜々子に先に立ちはだかったのは不運にもドッペルゲンガー達だった。

既に時遅し、クマは予定のポイントへ到達し、皆は集まっていたのだ。

そして、ドッペルゲンガー5体は雪子、陽介、千枝、クマ達ペルソナ使いと兎歩転移術で現れた現人神マリーとで瞬時に撃滅されたのだ。

 

その間、完二は様子見をしていた黒羽の諜報員を全員気絶させ、黒羽亜夜子、文弥を威圧させ動けなくする。

直斗は追っていた中年男、黒羽貢が菜々子達の方向へ進路をかえ動き出したが、到達した瞬間に捕らえたのだ。

 

 

 

そして、今に至る。

 

黒羽親子3人は稲羽のペルソナ使い6人にペルソナ6体、さらにと現人神に囲まれる。

黒羽貢はなんとか隙を見つけようとするが……脱出は無理だと判断する。

黒羽亜夜子と文弥は既に生きた心地がしないようだ。

 

「こいつらどう落とし前付けてやろうか?」

完二はいかつい顔で3人を威圧する。

 

「いっそ燃やす?」

 

「燃やすな!雪子過激すぎ!」

 

「…でもな、おっさんはともかく女の子二人はな」

 

「陽介~!こっちの子は男の娘クマ!」

 

「げっ、マジかよ」

 

「とりあえず、尋問でもしましょうか?なぜ菜々子ちゃんを監視していたのかを……そう言うの得意なんで」

 

「直斗もやめろって……はぁ、うちの女どもは、どうして過激なんだ?悠、やっぱお前がいないとしまんないっての!」

 

「…………」

マリーは黙ったまま3人に手を翳す。

 

「ちょっとマリーちゃん?なにやってるの?」

 

「ゴートゥーヘル。こいつらちょっと地獄に落としてくる」

 

「ちょ!シャレんなんねーよ。マリーちゃん。君が言うとさ!…おっさんと君たち、自分からしゃべった方がいいよ。ここの女性陣は容赦ねーから」

陽介は血の気の多い女性陣を抑えるのでやっとだ。

 

「…………」

 

「しゃべらなくていい……、この痛い子と女装とおっさんは、四葉真夜とかいう魔女っぽい人に命令されて菜々子を監視してた」

マリーは貢に手を翳し、記憶を読み取る。

 

「な!?」

黒羽貢はそれを聞いて驚きの表情を顕にする。

 

「……やっぱり菜々子ちゃんを!!」

 

「ドッペルゲンガーと目的が同じってか?先輩の人質に使うつもりだったのか!!」

完二は指を鳴らしさらに凄む。

 

「……愚かな事を……貴方たちは、先輩、いえ、鳴上悠唯一の逆鱗に触れるところでしたよ」

直斗はそう言って銃を構える。

 

「この人たちやっぱり燃やしていい?」

雪子は恐ろし気な事を千枝に聞く。

 

「燃やすな!でも、それ相応の覚悟はしてもらおうかな?」

千枝もカンフーの構えをとる。

 

黒羽貢は覚悟をする。

亜夜子と文弥はお互い抱き合って怯えていた。

 

「おいおい!手荒な真似はよそうぜ!天城も燃やすの禁止な!!」

陽介は必死に彼女らを抑える。

 

「……ヨルお姉ちゃんとヤミお姉ちゃんは菜々子に道を聞いただけだよ?なんにも悪い事してないよ。だからいじめないであげて」

そんな中、菜々子は自称特別捜査隊に悲しげな表情をする。

 

「「な、菜々子ちゃん」」

亜夜子と文弥の双子は菜々子の優しさに思わず涙が出そうになる。

 

「う……菜々子ちゃん?お姉ちゃんたちは別にいじめているわけじゃないんだよ。この人達は菜々子ちゃんや悠お兄ちゃんに酷い事をしようとしたから、なんでそんな事をしたか聞いてただけなんだから」

千枝は慌てて菜々子に釈明する。

 

「そうなの?悠お兄ちゃんに酷いことをしようとしたの?」

菜々子は泣きそうな顔をし亜夜子と文弥に聞いたのだ。

 

「な、菜々子ちゃん………そ、そんな事はしないわ」

「うん……そんな事しない」

 

「うん。お姉ちゃんたちは、悪いことしないって言ってるから。ね?」

菜々子スマイルだ。

 

「菜々ちゃんは優しいクマね!」

「う……菜々子ちゃん」

「はぁ、まあ、なんだ。直接菜々子ちゃんをどうこうしようとはしてなかったしな」

皆、黒羽親子も自称特別捜査隊も菜々子スマイルにやられてしまい、毒気が抜かれる。

 

「しかし、対処に苦慮するところです。そのまま解放するのもまずいですね。しかも十師族四葉家の間者となれば……報復される恐れもあります」

直斗は考え込む仕草をする。

 

「こいつら、察に引き渡して、やりゃーいんすよ」

 

「巽君。それは開放と同じ意味なんですよ。十師族の力ですぐに開放されるでしょう」

 

「……そんな。直斗くんどうすれば?」

雪子は眉をひそめる。

 

「じゃあ、この人達、最初っからここに居なかったことにすれば?記憶を消すとか」

千枝はこんな突拍子もない事を言い出す。

 

「里中さん??流石に俺たちのペルソナでも無理だぜ?」

「里中先輩流石にそれは」

陽介も直斗も呆れた様な顔をしていた。

 

「なら、一発ずつ殴って記憶を消しゃーいいんすよ」

完二の思考も相変わらずだ。

 

 

 

「できるよ」

 

 

皆はこの一言を言った人物に一斉に振り向き注目する。

「「「えええ?」」」

 

マリーはその視線に不思議そうに答える。

「何?わたし変なこと言った?わたしは自らの存在そのものも消そうとしたし、人の記憶ぐらいある程度消せるし………」

 

「ま、マリーちゃんなら出来るか……神だし」

「マリーちゃん…やっぱ、半端ないわー」

「じゃあ、1年分ぐらいいっとく?」

その言葉に反応する陽介と千枝と雪子

 

「でもよー、その後どうするんだよ。結局コイツらの親玉の魔女みたいなのが居るんだろ?」

完二は意外と考えてものを言っているようだ。

 

「マリーちゃん、その魔女さんの記憶も消せる?」

雪子はマリーに聞く。

 

「流石に無理。わたしはここを離れることが出来ないから」

マリーは土地神だ。この八十稲羽周辺地域にくくられた神だからだ。

 

「そっかー、マリーちゃんでも無理かー」

千枝は他の案を考え出す。

 

「そこは鳴上先輩に相談したほうがいいですね。十師族が絡んでますし、鳴上先輩は政府との交渉で東京ではかなり優位な立場を得ているようなので、なんとかなるかもしれません」

直斗は考え込む仕草を止め、皆にこう提案する。

 

「あいつ、日本政府に交渉とかどんだけなんだよ。ったく」

陽介は苦笑交じりだ。

 

「流石先生クマ!」

 

 

「そんじゃマリーちゃん。このおっさんとこの子達と、完二がのしたあの黒服の連中の記憶をサクッと消しちゃって」

陽介はマリーに軽い感じで言う。

 

 

 

黒羽貢は思う。

 

こんなとんでもない連中が、まだ、日本に居たことに驚くとともに絶望する。

そして、彼らは一人一人は戦術級魔法師の力を擁し、更に不可思議な術を操る神と名乗る少女まで居るのだ。

 

貢は亜夜子と文弥と別行動をとっていたのは、堂島親子と鳴上悠の交友関係を探っていたからだ。

四葉真夜の思考を先読みして、堂島親子以外にも鳴上悠の弱点となるものは無いかと………

 

弱点どころか、いつの間にやらとんでもない魔窟に足を踏み入れてしまっていたのだ。

絶対に手をだしてはいけない連中だった事に後悔する。

 

 

マリーは貢達に手を翳す。

 

 

 

貢は記憶が消される前に最後に……彼らに人の心があったことと……庇ってくれた堂島菜々子に感謝する。

そして従姉妹である真夜に彼らを絶対敵に回してはいけないと伝えられないことが心残りであった。

 




今回のアンタッチャブル編上中下になりました。
次に下です。


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第四十一話 悠、静かに動く

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

アンタッチャブル編を上中下で終わらせるつもりでしたが………
長くなりました。すみません。


2月12日(土)夕刻前

 

 

悠は稲羽の皆とりせのヒミコを通しての連絡で、ドッペルゲンガーに菜々子が狙われた事、そして十師族四葉家の間者が菜々子と遼太郎親子を監視し、悠の身辺に探りを入れていた事を聞いた。

ドッペルゲンガーは明らかに悠に対する人質にしようと菜々子を誘拐するつもりでいた。

四葉家の間者の方は、そこまでの具体的な行動には出ていないが、やはり、悠や直斗が懸念していた通りであった。

 

ドッペルゲンガーは再結成した自称特別捜査隊+現人神マリーで撃滅。

四葉家の間者である黒羽一党は、全員捕まえ、マリーによる1年間の記憶を消去し放逐。双子の姉弟黒羽亜夜子と文弥はまだ幼いということで、3ヶ月の消去で済んだらしい。

 

「菜々子ちゃんは元気ですよ。先輩」

ほぼ直斗が経緯を説明して、この言葉で締めくくる。

 

「みんな、ありがとう」

 

「任せてよ鳴上くん!」

「うん、私達が出来ることはこれくらいだから」

「礼なんて良いっすよ。なんか照れくさいんで」

「任せるクマ!」

「それくらいなんともないし」

千枝、雪子、完二、クマ、マリーはそれぞれの返事をする。

 

「……まあ、人死にがでなくてよかった」

陽介だけは疲れ切ったような声を出していた。

 

「結構な使い手だったのか?四葉家の間者は?」

悠は陽介達が四葉家の間者相手に手こずったのかを聞いた。

 

「いや、そうじゃない。こいつらの暴走を抑えるのがどんだけ大変か……今までのお前の苦労がわかった気がする」

陽介の声は沈んでいる。

四葉の間者より、ドッペルゲンガーより、自称特別捜査隊のメンバーの暴走を抑えるほうが大変だったようだ。

 

「?」

 

「それよりも、先輩、問題があるんです」

 

「何がだ直斗」

 

「記憶を消し放逐したのは良いのですが、彼らは飽く迄も四葉家の実働部隊です。堂島さんや菜々子ちゃんの監視の命令を下した四葉家当主、四葉真夜は未だ健在です。記憶をなくして戻ってきた黒羽一党に異様さを感じ、命令先である、堂島親子周辺で異常事態が起こっていることだけは、伝わるはずです。

そうなると、さらなる監視者や斥候、はたまた刺客を送ってくるかもしれません。

僕たちの事も勘づくかもしれません。

また、十師族の権力を振るい何らかの圧力を稲羽市にかけてくる可能性も考えられます。

頭を抑えなければ……何らかの行動に出てくるでしょう」

 

「なるほど」

悠は何かを考え込む。

 

「直斗!そんなん。俺らで四葉だか魔女だかしらねえが、カチコミかけて、二度とこんな真似しねえようにぶっ飛ばせば良いことじゃねーか?」

 

「巽君。四葉家とは十師族の中でも謎が多い一族です。さらに、30年程前、四葉家だけで、台湾の魔法師に報復攻撃をかけ、ほぼ壊滅させてます。今では恐れられ、アンタッチャブル四葉と世界でも畏怖の念を抱かれている一族です。一人一人の力では負けるつもりはありませんが、相手は組織です。対してこちらは、精鋭と言えども、少数。菜々子ちゃんやこの稲羽を守るのが関の山です。また、四葉は日本の裏社会に顔が効くとも言われ、あらゆるネットワークを持ってます。スポンサーも日本を裏から支えている大物たちが数多く居るとも言われております。うかつに手をだすと、力以外の方法でこちらが干されるでしょう」

 

「ちっ!くそっ!相手の親玉がわかってるってのに、黙って見てるしかないのか!そんじゃ相手の言いなりになってるのと一緒じゃねーか!」

 

「完二くん、私も悔しいよ。でもね。ただ暴れてるだけじゃダメだって、色んな経験をして学んだはずだよ」

千枝はそう言って完二をなだめる。

 

「今は我慢の時、また、襲ってきたら燃やすだけ」

雪子も千枝のフォローに回っているようだが………どうやら、かなり頭に来ているようだ。

 

「天城、燃やすの禁止な!……しかし、実際の話今は、黙って見てるしかないのか………」

陽介も悔しそうだ。

 

「悠、ごめん。私が八十稲羽周辺から出られないから……」

マリーも同じ思いのようだ。

 

「いや、マリーは居るだけで助かる」

 

「先輩。……政府に掛け合うことは出来ないですか?先輩の親族や知り合いに手出しを出来ないような……何かを」

直斗はそこで本題を切り出す。

 

「俺は四葉の事は知らない。今回のドッペルゲンガー対策室のトップに十師族の九島家の元当主と七草家当主が就任してる。後はその下で十文字家と六塚家も関わっていると聞く。七草家当主は、こっちの友人の父親なため顔見知りだが、そんなに悪い人ではない……なんとかなるかもしれない」

 

「七草家ですか……四葉家と七草家は牽制しあっているとも噂で聞きますが、七草家現当主も中々のやり手だと聞いてます」

 

「かなりのやり手だと俺も感じるが、だが俺に対しては敵意を持っていない」

 

「相変わらずお前、何処にでも知り合いがいるな……」

陽介は呆れた声をだす。

 

「マリー、一応記憶を探って得られた情報をメールで送ってくれないか?後は黒羽に関わっている人物の名前がわかれば、それも頼む」

悠はマリーに頼んだのは、情報が多ければ多いほど交渉の幅が広がるからだ。

また、人物の名前も同様だ。責め口が増える。

 

「メール?あっ、これ(携帯端末)の手紙おくるやつ……わかった。ちょっとやってみる……でも悠、無茶だけはしてはいけないんだから。君にもしもの事があれば、私はとても悲しい」

 

「そうだぞ悠!って言っても、お前は無茶するしな……絶対死ぬような真似だけはするなよ。お前に何かあったら、俺は多分、全てが許せなくなる」

陽介は悠にこういう激励の仕方をする。悠にとってこれは戒めとなるからだ。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「うーん。四葉家ってどっかで聞いたことあるのよね……何処だったかな?」

りせは四葉の名前が出てからずっと何かを思い出そうとしている。

 

そうこうしてる内にマリーからメールが届く。その量はちょっとした文庫本ぐらいあった。

「……これだけの文章…速いな」

 

「うん。なんか念じたら出来た」

……マリーは文章を打ち込んだのではなく、携帯端末に念写したようだ。

その文章が痛いポエム調になってるのはご愛嬌だ。

 

「………なるほど、直斗の言った通り、四葉家が恐れられている理由はわかった。かなり危ない橋を渡ってきてるようだな……中々手強そうだ。今回陽介達が捕縛した黒羽家はその中でも1、2を争う実行部隊のようだな」

マリーは黒羽親子の記憶を消す際に、その消した分の記憶を読み取っていたのだ。

 

「マリーちゃんって万能だね。もしかして私達の恥ずかしい過去も覗くことができちゃうとか?」

千枝はなんとなしにマリーに質問をする。

 

「出来るよ。しないけど……と、友達だから」

 

「マリーちゃん!友達だもんね」

 

「し、知らない!」

マリーは恥ずかしそうだ。

 

「………そうか、あの二人が……」

悠はマリーから送られてきた黒羽親子にこの一年間関わった人物名簿の名前の中に、知っている名前を見つけたのだ。

 

「どうした?」

そんな声を上げる悠に、陽介は声をかける。

 

「俺がこっちでドッペルゲンガー退治の協力者を募った人物の中に、黒羽か四葉に関わりがあるようなんだ」

 

「先輩!それは……もしや、先輩を陥れるために………しかし、先輩が人物を見誤るなんて」

 

「いや、……その人物、司波兄妹には絆を少なからず感じている。陥れようと言う意思は感じられない」

 

「あーー!!思い出した!!司波達也と深雪をアナライズ掛けた時だ!!悠先輩!司波達也と深雪は四葉真夜の甥と姪よ!!」

ずっと考え込んでいたりせはその言葉で、思い出したようだ。

そう、司波兄妹がリーナと対峙した際、りせは二人にアナライズを掛けていたのだ。

 

「なっ!四葉家の当主の親族!!先輩危険です!先輩に悟られずに近づくなど!」

直斗は声を大にして悠に警告する。

 

「直斗、落ち着け、その線は無い。達也は俺に疑いの目を向けているようだが、りせの事を黙っていてくれた」

 

「軍や警察には話していなくても四葉には話しているかもしれません!」

 

「直斗くん落ち着いて、私の周りで、そういう疑いの目で見ている人間や、付け回してる人間はいないわ。もし司波兄妹が、私のことを話したら、少なくとも見張られるはず。居たらヒミコが知らせてくれるし。だから……多分、誰にも言ってない」

りせは達也と深雪と接した時間は極僅かだが、少なくとも深雪が悠を裏切るような行為をするようには見えなかった。

 

「しかし、先輩の監視の命令は受けている可能性が高い!」

直斗が声を荒げるのは悠を心配してのことだ。

 

「そうだとしてもだ。……俺は達也と深雪を信じたい」

 

「……直斗、こいつがこう言ってるんだ」

「まあ、マジで先輩裏切ったら、ギッタギタにしてやるだけだしな」

「直ちゃん心配はわかるクマ。でも、今は先生を信じるクマよ」

陽介、完二、クマは悠の好きにさせるように直斗を説得する。

 

「分かりました。……そのかわり久慈川さんには、彼らをまたアナライズしてもらいます」

 

「直斗くんたら………そのくらいはいいわ」

 

 

「……直斗、みんな。四葉家の事は俺に任せてくれ。なんとかする」

 

「わかった相棒存分にやれ、稲羽と菜々子ちゃん達の事は俺らに任せておけって」

「菜々子ちゃんと稲羽のことは任せて!でも、無茶はダメと言っても、今回ばかりはそうも行かないか………」

「鳴上くんが傷つくと私達も辛いから!だから!」

「先輩、いざとなったら魔女だか四葉だか知らねーが俺がぶっ潰すんで!」

「クマは先生を信じているクマよ!」

「悠、君に加護があるように……私は稲羽で祈ってる」

「久慈川さん……先輩の事を頼みます。ブレーキだけはかけて上げて下さい。そちらで信頼出来る方がいれば、先輩の力になってくれる人がいれば……一緒に先輩を助けて上げて下さい」

 

皆は分かっていた。悠が何かをしようとしていることを、だから激励の言葉をかける……悠が仲間が稲羽が家族が危険な状況である今、動かないはずがないと………

 

「陽介、みんな……助かる」

 

 

 

悠はこうして、稲羽の自称特別捜査隊との通信を終える。

 

 

 

悠は直ぐに行動に移す。

りせのヒミコを介して真由美と連絡付けてもらう。

「鳴上くん、りせさんも!りせさんは随分久しぶりな気がするわ!元気にしてた?十文字くんがガードに入ってるって聞いたけど、彼融通が効かないから大変じゃないかしら?」

 

「そうなの!真由美さん!あの人なんとかならない?トイレの前まで来て直立不動で待ってるのよ!こっちの精神が参りそうよ!」

 

「そ、それは酷いわね。私からもそれとなく注意するわ」

さすがの真由美も呆れていた。

 

「話の途中にすまん七草。急ぎの用事があってりせを通して連絡した」

 

「どうしたの鳴上くん?」

 

「俺の家族……従姉妹の菜々子がドッペルゲンガー5体と十師族の一団に狙われた」

 

「え?…………どういう事?」

 

「ドッペルゲンガーは菜々子を俺の人質にするつもりだった。十師族は最終的にどうするつもりかは不明だが、俺の叔父堂島遼太郎と菜々子を監視、そして菜々子に接触した」

 

「そ、それは一大事だわ!!早く助けに行かないと!!」

 

「真由美さん……それはなんとかなったの」

 

「え?………ドッペルゲンガー5体をどうやって?」

 

「俺の昔の友人達がなんとかした」

 

「…………え?……どういう…………鳴上くんとりせさんの昔の友人達も……ペルソナ使いなの?」

 

「そうだ」

 

「………やっぱりそうなのね。そんな気がしてた。でも私にそんな重要なことを……」

真由美はどうやら、その事を予想していたようだが、悠には直接聞かなかった。

きっと悠自身から話してくれると………

 

「七草には話すつもりでいた。その機会が今日になってしまったが……」

 

「ううん。話してくれて嬉しい。私もようやく鳴上くんやりせさんと本当の意味で仲間になったようで」

真由美はこんな事態だったが、悠の言葉に嬉しさがこみ上げる。

 

「俺は七草の事を信用している。何れ稲羽の仲間にも会って欲しいとも」

 

「そうね。いずれね。………今はこっちの問題が先ね。十師族の一団のことね。それもなんとか対処できたのでしょ?」

 

「うん、全員捕まえたのだけど……」

りせが悠の代わりに答える。

 

「何処の家の人達だったの?」

 

「四葉家だ」

 

「よ…四葉!?」

 

「真由美さん?」

りせは真由美の驚く声に疑問を持つ。

 

「そうだ。四葉家の事や十師族の役割など詳しく教えてくれないか?」

 

「鳴上くん……四葉家は危険だわ………私も十師族の家の者だけど、四葉家は十師族の中でも異質なの」

真由美はりせと悠に四葉家の事を話し始める。

大凡、直斗との情報は同じだが、十師族の中でもパワーバランス的に一つ頭が抜きん出た存在だということ、そして、同じ十師族の間でも四葉家の実態が知られていないことを………

「だから、魔法師家は四葉家とは関わりたくないというのが本音。アンタッチャブルな家系とも言われている程に」

真由美はそう締めくくる。

 

「なるほど。弘一さんを通じても、話が出来る相手ではなさそうだ」

 

「でも、なんとかお父さんに、四葉を引きずり出すように頼んでみるわ。幸い四葉の工作員も捕縛しているようだし」

真由美も四葉との交渉は父、弘一でも困難ではないかと思っていたが、四葉の諜報員を捕縛しているのであれば、交渉の余地があるのではないかと……

ただ、真由美はまだ、知らされていない。既にその諜報員の記憶を消して放逐していることを………

 

「……いや、………七草、四葉も魔法協会の一員なのだな。しかも政府とも関わりがあると」

 

「そうよ……一応ね」

 

「………弘一さんには別の事を頼みたい………」

悠は何かを考え、真由美に四葉との交渉以外の事を頼もうとする。

 

「え?……」

 

「俺は今から、四葉家当主……四葉真夜に直に会って話す。その後の対応で弘一さんに頼みたいことがある」

悠がこんな突拍子もない事を言い出した。

 

「鳴上くん!!ダメよ!!四葉に行くなんて!!危険過ぎる!!」

真由美はそれを聞いた瞬間、悠を必死に止めようとする。

 

「……七草、別に俺は戦いに行くわけじゃない。話し合いに行くだけだ」

 

「それでもよ!何を考えているかわからないような相手よ!絶対ダメよ!!」

 

「……七草…ごめん。今回ばかりは多少無茶でもやる。家族や友人を害する危険性のある相手を放置する訳にはいかない。………俺の周りの人が傷つく事は看過できない。それは七草が狙われても同じことだ。………敵意や害意が無い平和に暮らしている幼い菜々子を…………」

 

「な……鳴上くん…………それでも!私は反対よ!!りせさんも鳴上くんを止めて!!」

真由美は悠の何時も冷静な口調が崩れ、苦しみを吐き出すようなうめき声に似たその声色に驚きながらも悠を止めようとする。

 

「……真由美さん。ごめんなさい。私は悠先輩を止められない。私も悠先輩と同じ気持ちだから………何が何だか分からないうちに一方的に虐げられ害される人の気持ちがわからない人達を放置出来ない。しかも菜々子ちゃんを狙うなんて………もう、二度と………あんな気持ちは」

悠やりせ、稲羽の自称特別捜査隊の皆は、一度手痛い目に遭っている。

あの時は、菜々子の死という最悪の結末になりかけたのだ。

 

「鳴上くん…りせさん……………わかったわ。でも早まらないでね。飽く迄も話し合いに行くんだから………後の対処はお父さんに何が何でもやってもらうように頼むわ。それと私も一緒に………何も出来ないかも知れないけど、私が知らないところで鳴上くんやりせさんが苦しむのは嫌よ」

 

「七草…助かる……早ければ早いほど良い。俺は今から四葉家に向かう。七草はりせと通信しつつサポートを頼む」

 

 

この後すぐに、真由美は悠の自宅マンションに駆けつける。

りせも、ガードにバレないように自宅から抜け出し、悠のマンションに向かう。

リーナも何もわからない内に悠のマンションに呼び出されたのだが………

 

悠は一人、既に電車を使って……四葉家のある長野と山梨の県境の最寄りの駅に向かっていた。

 




悠の四葉行き決定。






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第四十二話 悠の思い。

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

賛否はあろうかと思いますが、こういう展開になりました。




黒羽貢は目を覚ます。

気がつくと、見覚えが無い山中で倒れていたのだ。

しかも、自分の息子、娘と黒羽一党の諜報員と共に………

頭はボーッとし、体はダルいが、体を起こし、気を失っている全員の状態を確認して回る。

気を失ってはいるが、目立った外傷などはないようだった。

取りあえずはホッと息を吐き、思考を巡らせる。

(全員息はあるな。しかし、どういうことだ?……催眠ガスか、精神魔法か、何らかの罠に集団で嵌まった可能性があるな………しかし敵は?)

貢は警戒しながら周りの様子を伺うが、どうやら周囲には自分たち以外に人の気配は無い……

 

再度未だ意識を失っている女装をしたままの息子文弥と娘亜夜子に、違和感を覚える。

顔つきに幼さが若干消えている様に見える。さらに背まで伸びているように見えるのだ。

(ん?……目の錯覚か?いや………)

 

貢は状況がわからず、取り敢えず情報と状況の確認の為、黒羽家へ連絡しようと携帯端末を取り出すが………何時も使用していたものとは異なるものだった。

(……どういう事だ?誰かのものと間違えたのか?いや、たしかにさっきまでは何時もの物を………)

 

画面の表示をみて再度驚く。

そこには【2096年2月12日】と表示されていたのだ。

貢の記憶では今は2095年2月12日はずだ………

 

(表示間違いか?……いや!?)

 

そして、貢は記憶を思い起こす。

2095年2月12日午前中にとある仕事の報告を四葉本家の四葉真夜に直接行って、自宅に帰る途中だったはずだ。

それは僅かな部下を引き連れてだ。

今、ここには黒羽の実に4分の3の人数が集まり気絶している。

更に文弥や亜夜子は同行していない。平日で中学校に通っているはずだからだ。

 

貢は珍しく混乱をきたす。

 

黒羽家に慌てて連絡を付けると更に混乱する。

 

今は2096年2月12日だったのだ。

しかも、稲羽市のとある人物の監視任務に入ったばっかりだと言うことなのだ。

携帯端末のGPSを起動させ確認すると………稲羽市の外れの山中をさす…………

 

貢は全身冷や汗が吹きでる。

貢は今までにない焦燥感と恐怖にとらわれる。

 

(まずい!まずいぞこれは………直ちにこの場を離れなければ!!)

 

貢は部下たちを叩き起こし自らは娘を、部下に息子をおぶらせ、直ちにこの場を離れ、全力で稲羽市から撤退したのだった。

 

 

 

 

時を同じくして、悠は四葉本家へと単独で向かっていた。

最寄りの駅まで電車で向かっているのだ。

 

 

少し前……悠は稲羽のみんなから、ドッペルゲンガーと黒羽一党が菜々子の拉致または監視が目的で現れ、それらを撃退し対処したことを連絡を受けたのだ。

 

そして、当面の問題は黒羽一党の大本である四葉家の動向である。

マリーからの黒羽貢らの断片的な記憶の情報と真由美からの四葉家についての情報から、かなり危険な相手だと判明。特にマリーからの黒羽貢の断片的記憶の情報では、暗殺なども平然と行っていたようだ。

四葉家は目的のためならば手段を選ばない……法治国家である日本の中で、それこそ非合法な手を堂々と使ってまでも…………

 

悠は叔父の遼太郎や従姉妹の菜々子が狙われることは予想していたが、これ程大物でとんでもない集団が現れたことに少々面食らう。

 

悠は稲羽のみんなからの報告を受けた当初は、ドッペルゲンガー対策室や七草弘一に協力を求め、自分の親族に手を出さないようにと交渉や圧力をかけて貰う予定で、真由美に相談したのだが、真由美の話から、そんな事に応じるような連中ではないことがわかった。国や軍、政財界にも多大な影響を及ぼしており、内部協力者も多数いるらしいことも………

 

悠は思考を巡らせる。

 

相手は大物だ。しかも暗殺などの非合法な手段も辞さない様な集団だ。

これ以上、菜々子や遼太郎……そして、稲羽の皆んなを危険な目に遭わすわけにはいかない。

 

悠は深雪や達也の顔を思い起こす。

直斗はこの四葉当主の血縁である二人を危険視していたが、悠にはそう思えなかった。

しかし、今回の件で、敵対する可能性がでてくるのだ。二人が当主の命令にそむけない状況であったならば………

 

四葉当主との間に挟まれ、嘆き悲しむ深雪は……見たくはない。

 

(菜々子に二度とあの様な目には遭わせない……稲羽のみんなも叔父さんも………深雪も達也も……なぜだ!誰もこんな事は望んではいない!)

 

悠は胸の中で怒りがこみ上げるのを必死に抑えていた。

 

黒羽に命令を下した四葉家当主に会うという結論をだしたのだ。

しかも、なるべく早くに……、達也や深雪に命令がくだされる前に………

 

そして、悠は家を出た。

 

 

 

真由美は悠の自宅マンションに急ぎ向かう。

りせも自宅からガードを巻き、悠の家へ。

りせから連絡を受けたリーナはわけが分からない内に悠の自宅に呼ばれる。

 

「卑劣な!!私も悠と一緒に戦うわ!!アンタッチャブルが何よ!!四葉が何よ!!」

リーナはりせと真由美にあらましを聞き、激怒する。

 

「落ち着いて、リーナさん……鳴上くんは何も戦いに行くわけではないわ」

 

「悠一人で行かすなんて!!どうしてよ!!」

真由美がリーナを宥めるが、収まらない。

 

「リーナ……悠先輩…………怒ってた。あんな悠先輩を見たのは過去一回だけ、従姉妹が菜々子ちゃんが狙われたってこともあるけど、それだけじゃない。四葉家のやりようにも………皆が理不尽に狙われる事にも………そして自分の行動がこんな事に………皆に迷惑をかけたと思ってる。自分に怒ってる………」

 

「悠が悪いわけないじゃない!!」

 

「でも悠先輩はそう思ってる……それが悠先輩…………」

りせは俯き呻くようにそう言った。

 

「鳴上くん……」

 

「悠先輩は……皆を守るつもり……深雪や達也も………」

 

「悠……優しすぎるよ」

 

 

「だから、私は自分が出来ることをする!悠先輩を全力でサポートするの!だから、真由美さん!リーナ!手伝って!!」

りせは目を見開き立ち上がり宣言する。

 

「りせさんわかったわ!」

「りせ任せて!…………でも、私達は具体的に何をすればいいの?」

真由美もリーナもそれに答えるが、リーナはりせに何をすればいいか聞く。

確かに、遠く離れた地に居る悠のサポートなどりせにしか出来ない代物だ。

 

「ヒミコで情報収拾はできるけど、私自身の知識が不足してるの、魔法の事とか、魔法師の家の事情とか政治的な事とか……軍や軍備の事とか………だから、その時々で教えてくれたら助かるの」

りせは飽く迄も一般人だ。このへんの知識はまるで無いのと一緒だ。

 

「そうなのね……確かに鳴上くんもその辺の事は最初は全然知らなかったようだし」

「魔法や軍や軍備のことだったら任せてりせ!」

 

「うん。助かっちゃう」

 

「でも、りせさんの捜索範囲はたしか、20km前後ぐらいだったんじゃ、四葉本拠の甲府の方までは届かないわ」

 

「へへーん!私も強くなってるのよ!真由美さん!」

 

「……まさか、捜索範囲がそれ以上広がるの?」

 

「人工衛星と成層圏プラットフォームを利用することで、捜査範囲が広まっちゃいました!!」

 

「えええ??」

「ちょ、ちょっとりせ!どういう事!!」

 

「どういうことって、人工衛星をジャックします。人工衛星のカメラなどを利用して、その場所を映します。そこからエネミーサーチとアナライズをかけます。ほら出来た!」

りせはあっけらかんと説明する。

 

「……………………」

「……………………」

 

「あれ?二人共何黙ってるの?……結構すごくない?」

 

「りせ…………人工衛星をジャックって何?どうしたらそんな事が出来るの?そこのカメラを利用してって………………」

「り、りせさん………結構どころ騒ぎじゃないわ……………下手をすると世界中の情報がりせさんの手に………………」

二人はりせの口からあまりの驚愕な事が語られ思考が止まっていたが、ようやく動き出し、ゆっくりとした口調で話し始める。

 

「世界中って大げさな、そんな事を一気にしたら頭がパンクしちゃうわ。前も日本全域を一気にサーチしようとしたら頭がシューって。だから範囲限定ね。うーん、人工衛星から映る30~40km範囲だったら、エネミーサーチとアナライズ可能かな?これでも慣れるのに結構苦労したんだから!でも人口が多い所は厳しいかも…………コウゼオンに転生したら、もうちょっと出来るかもだけど、疲労度が半端ないから」

りせはさらっとそんな事を言ってしまう。

コウゼオンとはりせのペルソナ、ヒミコの最終形態だ。りせのヒミコは後2段階バージョンアップ出来る。

カンゼオンと最終形態コウゼオン……………いわゆる観音菩薩と光世音菩薩だ。

仏教系のトップが知ったら、間違いなく腰が砕けるほどの事実だ。

 

「………………それって、世界中どこでも見れるって言ってるのと同じことよね」

「………………りせさん………あの、なんて言ったらいいのかしら……あなたに誰も逆らえない気がする」

二人共顔面蒼白だ。

 

「えーー?そんな事どうだっていいの!今は悠先輩!二人共もっと近づいて!」

りせはソファーの真ん中に座り、真由美とリーナを左右に抱き寄せる。

 

「ちょ!」

「なに?」

 

「ペルソナ!ヒミコ来て!」

ヒミコがりせの後ろに現れ、ヘッドマウントディスプレーをりせに被せる。真由美とリーナもヒミコの放つオーラに包み込まれる。

 

「いっくよーー!人工衛星ジャック!そ・れ・で・は悠先輩は今は何処かな!!…………居た!悠先輩!」

 

『りせか……』

悠の頭の中に直接りせの声がする。

りせは人工衛星を通して悠の居場所を特定し、テレパスで会話をしたのだ。

 

「鳴上くん?」

「悠?」

真由美とリーナにも悠の声が聞こえる。

 

『七草とリーナの声もするどういう事だ?』

 

「うん!真由美さんとリーナをヒミコの領域内に入れて、リンクしたの!」

りせのテレパスは遠方に対しては1対1が基本となる。

発信側のりせの声は同時複数者に対して届くが、帰ってくる声はりせだけに届くからだ。

こうして、りせとくっつくことで、ヒミコの領域に内に踏み入れたことになり、限定的にリンクした状態となる。

 

『な、なるほど。……リーナごめん。話すのが後になってしまった』

悠はどんどん、りせがヒミコの能力を応用して力をつけていく事に冷や汗が出る思いをする。

そして、事前にこの事を相談しなかったリーナに謝る。

 

「悠、気にしないで、本当は悠と一緒に行きたかったけどね」

 

「悠先輩、これでみんなの声が届くんだから、100人力でしょ?」

 

『ああ、助かる。りせ30分後には最寄りの駅につく。そこからナビを頼む』

 

「任せて悠先輩!また後でね!」

ここで悠とのテレパスを終了させる。

 

「テレパス……改めて使うと凄い能力ね」

「りせは平然としてるけど、これだけでも十分特殊能力者よ」

 

「じゃあ、先に!四葉家本家っと……マリーちゃんの情報だとこの辺かな?発見!!………ん?でもなんか結界みたいなのが張ってあるけど…………これは何かな?ヒミコ!調べてみて!」

 

「えええ??何これ、衛星映像……360度に広がる……文字がえ??ええなにこれ?頭が……」

「ううううっ、気持ち悪い何、頭に情報が一杯入ってくる……」

りせの両隣にくっついていたリーナと真由美が苦しみだす。

 

「あれ?……ごめん!二人にもヒミコの情報が行っちゃった?」

りせは一度、ヒミコのリンクを切る。

 

「り…りせさん。あんな情報量を一気に処理してたの?」

「りせ……もしかして、脳内の演算能力が凄まじく高くない?」

どうやら、二人にヒミコが今検索している映像や各種情報が流れ込んだようだ。

 

「え?……そう言えばそうかも、最初はそんなでもなかったの。『あっちが危ない』とか、『でっかい魔法がくる』とか大雑把な情報しか無かったんだけど。だんだん慣れてきて、もっとみんなの役に立ちたいと思っていろいろやってたら、正確な情報とか映像とか分析とかまで出来ちゃって、ヒミコもどんどんいろんな事を覚えちゃったの……今は、ヒミコの方が頑張ってくれてるかな?私の頭のほうが追いつかなくなっちゃったかも!」

 

「………りせ、もし現代魔法が使えたら、間違いなく戦略級魔法が使える演算能力を持ってるわね」

「………りせさんはもしかして……自覚が無い?」

リーナと真由美はあっけらかんとそんな事を言うりせに、驚くやら呆れるやらの表情を繰り返していた。

 

「みんなにも悠先輩の勇姿を見てほしかったけど………、ヒミコ、限定的に悠先輩周りの映像とかみんなに見せること出来るかな?」

 

すると、リビング正面にある大型テレビが勝手に作動し、映像を映し出す。これはりせの目線の映像だ。

 

「おお!流石ヒミコ!やるぅ!」

 

「…………なんでもありね」

「そ、そうね」

もはや二人は苦笑するしか無かった。

 

 

 

その頃、四葉本家では、当主である四葉真夜の下に、黒羽貢から報告が上がっていたが………全く要領が得られなかった。

 

そして、貢から秘匿回線で真夜の自室に直接連絡が来る。

 

『ご当主、いや従姉妹殿。お送りした報告書は常軌を逸しているように見えるが事実だ!稲羽市……、いや、この件に関わるのは危険だ』

 

「そう言われましても、貢さん?最初から話して頂けませんか?」

 

『説明も何も、気がついたら1年経過していたんだ。ただ、家の者の説明では1日前に稲羽市に諜報のために出動しているんだが……全く記憶に無い』

貢は普段真夜に対して、慇懃すぎるぐらいの敬語を使うのだが……動揺が隠しきれず言葉が荒れている。

 

「落ち着いて下さいまし、あなたらしくありませんわよ」

 

『申し訳ない……結果から申しますと、昨日から稲羽市に諜報活動に向かった私達42名は全員記憶を失いました。亜夜子と文弥は過去3ヶ月間。私も含め残りは1年間の記憶が全くありません。自分でも信じられず。この一年間の活動記録や自筆と思われるメモなども確認いたしましたが、まるで身に覚えがありません』

 

「………貢さんは精神感応系の魔法で記憶を奪われたと……ならば記憶領域にその痕跡が残るはずですが」

 

『これ程完璧な消去はありえません。一部分の記憶だけをこうもなくすなど、他の精神障害や運動障害、機能障害を起こしてもおかしくありませんが、全くその気配がありません』

 

「そうですわね。そこまで完璧な魔法は聞いたこともありません。どういう事かしら……しかも全員…」

 

『ご当主様……我々が受けた命令先である稲羽市の堂島親子とは何者ですか、命令書の記録はありますが……』

 

「……一般人のはずです。堂島遼太郎の甥である鳴上悠の身辺を探り、何らかの情報とその親子が有効活用できないかを探ってもらう予定だったのですが………」

 

『鳴上悠については付随して記録にありました。ペルソナ使いという特殊能力者だと……もしや、堂島親子もその特殊能力者では……それで我々が返り討ちにあい、記憶を消された……いや、一年間だけをどうやって?』

貢は焦燥感にかられていた。かつてこの様な事態に陥ったことが無かったからだ。いや、あろうはずもない。

 

「………貢さん程の方が返り討ちにされる。益々興味が湧いてきましたわ」

 

『ご当主様!尋常じゃありません!今はこの程度ですんでいるだけかも知れません。相手がなにかもわかりません。ここは一度手を引くことを上申します』

 

「……どうしましょうか」

真夜は考える仕草をする。

 

そこで、真夜の自室に扉をノックする音が響く。

「葉山です。何者かがこの村に入り、ここに向かっているようです」

 




………って今回で結論でませんでしたね。
次回が結論です。


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第四十三話 四葉真夜と悠

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

結構悩みました。途中の会話はほぼ前話の段階で決まってました。
前半と最後が悩みました。

皆さんが納得される展開かはわかりませんが……こんな感じになりました。どうぞ。

あ、いつもより長めです。



悠は四葉真夜に会うために、長野と山梨の県境にある四葉家本家の最寄駅へ、電車で向かっていた。

 

その間、改めてマリーからメールで送ってもらった報告書に目を通す。

それは黒羽一党から読み取った記憶をポエム調に記載された文庫本程度はある文章量のものだ。

ポエム調に書かれていたため、表面上は軽い感じに見えていたが、内容は苛烈なものであった。

そこには黒羽一党が今まで行った非合法活動の数々が読み取れる。まさに四葉家の闇の記録でもあった。

拉致、監禁、暗殺、精神改変、人体実験、脅し……およそ非人道的と思われることのほとんどが記されていた。

四葉のスポンサーやバックには日本の政財界の大物が潜む。

ある時は政敵を暗殺……、ある時は四葉を嗅ぎまわるものや仇なすものの親族を拉致し、拷問や、脅し……ある時は、記憶消去や記憶干渉などの記憶操作や自白、刷り込みなども……もちろんこの際に記憶消去などを受けた人間は、後々に障害が残る。そもそも四葉は精神干渉系魔法に優れた血筋だ。これらはお手の物だ。そして人体実験……人体実験の対象は、もはや人扱いを受けることはない。

そして、四葉の組織の中には、国家罪などに問われる反逆魔法師等を洗脳し使い捨ての手足とした外部組織も存在するのだ。

 

もはや、日本の闇そのものがそこにあった。

 

悠は動悸や息切れがするような思いにとらわれたが、なんとかこの事実を飲み込み。冷静に思考を回す。

21世紀も終わりに近づいているこの時代にまだ、こんな闇が存在していたことに驚くとともに憤りも感じていた。自分たちが過ごす日常の裏にはこんな事実が………蠢いていた事に……

 

 

 

これが稲羽の皆に知られなくてよかったと………この事実を知った稲羽の仲間が取る行動は火を見るよりも明らかだ。

 

相手は道徳心など持ち合わせているのかも危ぶまれ、非合法な方法を常套手段としてる組織だ。

堂島親子や稲羽の仲間が今後狙われ、非人道的な扱いを受けるかもしれないのだ。

それが、自分がペルソナ使いだと知られた事によって………

悠は自分のせいで皆を危険な立場に追いやってしまったことに自責の念に駆られていた。

 

そして、そんな組織の元にいる達也と深雪の事を思い浮かべる。

 

悠は改めて、四葉家を何とかしなければ解決にいたらないと胸に秘めるのだった。

 

 

 

悠は四葉家本家の最寄の駅に降りる。

最寄といっても、そこから30㎞以上離れているのだ。

この小さな駅にはタクシーすらない。

 

悠はペルソナを憑依させ、りせのナビに従って走り出す。

 

 

しばらくは何もなく順調に進んでいたのだが……

 

(悠先輩待って!四葉家を中心にこの村全体に結界が張られてる!……この結界は!!うーん成程!悠先輩に認識阻害をかけたからこれでこの結界も騙せるよ!)

 

(助かるりせ……四葉家の方の動きは?)

 

(まだ、気が付いてないみたい。結界を通った後は、監視カメラや探査系の魔法とか沢山あるから、たぶんそれで……それもヒミコと私でハッキングして無効化するから大丈夫!)

 

(いや、りせ、そのままにしてくれ)

 

(悠先輩どうして?)

 

(普通に歩いて行き、戦う意思がないことを知らしめたい)

 

(わかった!気を付けてね悠先輩!)

 

 

 

悠はそこから、普通のスピードで歩み、四葉家本家へと向かう。

途中、監視の目を数度感じたが、何もなかったかのように歩む。

 

 

悠がりせのナビに従い歩んでいくと、四葉家本家の広大な敷地を囲む石垣と土塀が見えてくる。

城門のような門扉付近まで歩むと、どこからともなく20人程度の人間が悠を遠巻きに囲むように現れる。

 

そのうちの一人の中年の男性が悠に話しかける。

「ここに何用かな?ここをどこかご存知で訪問されたのかね?」

 

「四葉家当主四葉真夜さんと話し合いにきました」

 

「ほう、お手前の名前は?」

 

「鳴上悠」

 

「ここには、いらっしゃらない。お引き取りを……」

 

「そうですか、ここにいらっしゃることはこちらも確認済みです。火急の要件です。取次ぎ願います」

 

「…………」

中年男性は無言で悠に手のひらを向け魔法を発動する。

四葉お得意の精神感応系魔法の一種、相手の恐怖心を増幅させ恐慌状態する魔法だ。

悠を捕えるために放ったのだ。

 

しかし……悠は何もなかったかのように門扉に向かって歩みだしていた。

 

「!?……」

中年男性は悠に効果が表れないことにいぶかし気にしていたが再度、魔法を放つ。

先ほどとは異なり、感情の情動を爆発させ混乱させる魔法だ。

 

しかし、悠は平然とし歩みを止めない。

 

悠に精神に異常を来す魔法は効果がない。

虚飾見抜く目を持ち、偽りを悉く退けてきた悠に今更そのようなものは全く通じない。

悠はかの神イザナミの精神攻撃すらも自らの意思の力で退けたのだ。

悠に魔法による偽りの精神干渉など効果が表れようもない。

 

「な!?」

中年男は驚きながらも周囲の人間に悠を攻撃する様に手を上げ指示をする。

 

 

悠を囲んでいた20名が一斉に悠にありとあらゆる系統の魔法を放つ。

 

悠は歩みを止めず。無言のままペルソナを顕現させる。

悠の後ろには腕を6本、3面の顔を持つ巨大な人型のペルソナが顕現された。

『アスラおう』

阿修羅王とも……大日如来の化身ともいわれる究極のペルソナの一体だ。

 

悠は魔法を悉く受けるが……歩みを止めない。

その程度の魔法では今の悠と『アスラおう』はダメージを受けない。

 

魔法を放った20名はそんな悠を唖然と見ているだけだ。そして『アスラおう』の圧倒的存在感で息をすることさえも出来ず、その場にへたり込む。

 

悠は彼らを見向きもせず歩む。

悠の周囲には黄金色のオーラさえ見える。

皆を思い行動する悠の絆の力は最大限に発揮されてるのだ。

こうなった悠にもはや誰だろうと手出しができるものではない。

 

 

その様子をヒミコを通して、テレビ画面で見ていた。

真由美とリーナそして……

 

「……鳴上くんに一体何が……魔法が効かない?」

「………悠……いつもと雰囲気が」

 

「悠先輩は皆の事を思って、何とかしようとしてる。……絆の力、それが悠先輩の力……悠先輩に精神攻撃は効果はない……本気の悠先輩にあの程度の攻撃は全く効かないわ」

 

悠のオーラを纏う姿は皆と結んだ絆を力に変えた姿だった。

悠は今は絆を結んだ皆を思い行動している。しかもその対象は稲羽で知り合った人々たちだ。

悠自身最大限の力を発揮している状態なのだ。こうなった悠はたとえ神とて容易に手が出せない。

 

悠が門扉に到着すると、片方の扉が開かれた。

そこには執事姿の葉山氏が悠に頭を下げ、扉内に案内をする。

「鳴上悠様大変失礼いたしました……主がお待ちです」

 

「突然の訪問、申し訳ないです」

悠はそれに従い、門の中へと入る。

 

悠が去った後の城門のような門扉の前や中には、控えていた30~40人の魔法師が、悠と『アスラおう』の圧倒的な存在感で行動不能に陥り、顔面蒼白となり皆その場に座り込んでいた。

 

葉山氏は四葉家の11人いる執事の中、真夜が最も信頼しており筆頭執事として四葉家を取り仕切ってる齢70になる老人だ。魔法師ではないがその忠誠心と物腰で四葉家の中でも一目置かれる存在だ。四葉家の中でアスラおうのプレッシャーになんとか耐えられた唯一の人間でもあった。

 

 

 

 

少し前……

四葉真夜は悠がこちらに向かってる事を知り、部下を本家近くで待機させ、悠を攻撃するように命令していた。

悠の力を見るためだ。

 

真夜は外部カメラを通して最初は余裕の笑みを浮かべ、今か今かと画面を眺めていたが、悠がいざ現れると、全く想定しない事象が画面の中で起こっていたのだ。

四葉の魔法師は先制し精神魔法や数々の攻撃魔法を発動させ、悠に命中させるのだが、悠には攻撃魔法のダメージを受けたように見えず、精神魔法の効果も現れているようには見えなかった。

それどころか四葉の魔法師はただ歩いているだけの悠に手も足も出ずに、次々と行動不能になっていくのだ。

 

「な……なにが起きてるの?……………四葉の魔法師が何もできずに……まるで悪夢をみているような光景………フフフフフッ、いいわ彼、面白いわ」

真夜はこんな状況なのだが小さく微笑んでいた。

そして、悠と話し合うために席を設けるように執事の葉山氏に伝えたのだった。

 

 

 

 

悠は中庭に通される。悠は『アスラおう』を解除していた。りせからの情報ですでに行動ができる魔法師がいないことを知らされたからだ。

 

すでに夜も更け星空が見える広々とした中庭の真ん中にはポツンと明かりがともっていた。

近づいて行くと豪華なティーテーブルに一人の女性が座っていた。

悠は、葉山氏に椅子を引かれ、妖艶な笑みを浮かべる漆黒のドレスをまとった美女の対面に座る。

 

「初めまして、わたくしは四葉家当主、四葉真夜」

真夜は微笑みをたたえながら自己紹介を行う。

 

「鳴上悠です。あなたと話し合いにきました」

 

「話し合いですか?事前にご連絡いただければ、対応いたしましたのに。少々強引では?」

真夜はわざとらしくこんな言い方をする。

 

「突然の訪問の無礼は許してください。しかし、あなたは、俺がここにこうして来た理由はご存知のはずです」

 

「何の事かしら?」

 

「あなた方が、俺の家族友人をつけ狙うのをやめてもらうために。話し合いに来ました」

悠は冷静に目的を真夜に伝える。

 

「何のことですの。わたくしはあなたの家族などには……」

 

「黒羽貢、黒羽亜夜子、黒羽文也、すべてあなたの部下。あなたが堂島親子を監視をさせるよう命令を下している」

悠は否定しようとする真夜の言葉をさえぎり、少々語気強めをこう言った。

 

「……あなたは何を根拠に、そのようなことを?」

真夜はこの少年にこの計画が完全にばれていることを悟るが、どうやって知ったのか、黒羽一党の記憶をどうやって奪ったのかに興味を持つ。

真夜は終始余裕の笑みをたたえたままだ。

 

「大切なものを奪われそうになる状況下で俺はそれを黙って見過ごすわけにはいかない。それは誰だって同じでしょう」

 

「わたくし共が関係しているという確たる証拠があって、おっしゃってるのでしょうね」

 

「証拠ですか。証拠は俺がここに来たということで証明されませんか?俺は目の前にある事実をあなたに突き付けただけです。あなたが俺の家族や友人を狙おうとした事実を……」

 

「……それでわたくしどもがあなたの親族に手をだしたと?」

 

「いや、あなた方はまだ直接手を下していない。監視と接触をしただけだ。しかし、あなた方が今まで行った所業を見るに、その可能性が十分にあると判断せざるを得ない。それ以上の行為を行う前に彼らを止めたまで」

 

「ならば、あなたの勘違いかもしれませんわよ」

 

「……もう、やめませんか。腹の探り合いをするのは………俺はあなた方の在り様とあなた方が何を生業としているのかを把握してます」

 

「要領を得ませんわ。あなたはわたくし共の何を知っているのですか?」

 

「【必要悪】として日本の裏側で動いていたあなた方(四葉家)の事をです。それがあなた方の正義なのだとしても、やられた方はたまったものではない。そして、それが俺の家族や友人、知り合いに波及するならば、俺は俺の信条を持って立ち向かわなければならない」

 

真夜は悠のその言葉を聞いて、驚きの表情を隠せなかった。

まさに悠は四葉のありようを一言で表現したからだ。

 

四葉家は日本を裏側からコントロールしてきた財界や政界の大物からの依頼で数々の表に決してできない裏仕事を行ってきたのだ。それは日本を支えるための【必要悪】として……それは本当に日本を他国列強の侵攻から守るため必要だったこともある。ただ、今や形骸化し、日本の主権を争うだけの、政治的道具としての意味を強めていた。

しかし、四葉家の人間はそれが偽りの正義であったとしても、四葉の正義といいきかせ、今も尚このような事を行っているのだ。

 

そして悠は語る。

マリーから得た情報を……四葉家が行ってきた数々の所業……四葉家に裏の仕事を依頼してきた人物の名前なども交えて……

 

「……あなたはどこでそのような事を……それが事実だとして、誰がわたくし共を裁くことができるのかしら?」

真夜は悠の語る話に驚きながらも、余裕の笑みをまだたたえ続けている。いや先ほどよりも、明らかに嬉しそうにだ。まるで楽しんでいるかのように。

 

「だから初めに言いました。話し合いに来たと……」

 

「話し合い?圧倒的な力を持つあなたが、わたくし共を滅ぼしに来たのではなくて?」

真夜はわざとらしい口調でそう言う。

 

「いいえ、そんなことをするつもりは毛頭ない。もし、四葉が滅んだとしても、第2、第3の四葉が現れるだけの話、その第2、第3の四葉もまた、俺の友人家族を狙うかもしれない。永遠に続く追走劇のようなものです。根本的な解決にはならない」

 

「では、どうなさるつもりですか?」

真夜はまたしても悠の言葉に大きく目を見開き驚く。

ここまで来て、四葉を滅ぼさないと言っているのだ。しかもその理由が、真夜が悠に挑発に使うつもりであった言葉をそのまま、言ったのだ。それはまさしく事実だった。

そして、真夜はまた楽し気に笑みをこぼす。

 

「俺は知らなかった。日本の社会の裏側ではあなた方のような組織が存在し、そしてそれを操り、日本の行く末、いや人類の未来を影で操る存在が多くいたことを………そしてそれが今はほとんどが自己の満足、富や名声のためのくだらない争いに使われていたことを……」

悠はこの続きを言葉に出さなかった。

『その所業は、神が介入し、人類の是非を問いに来たとして、おかしくはなかった』と

 

「それを知ったところで、あなたに何ができますの、わたくしたちにどうしろというのですか?」

 

「あなたは相当頭が切れる人だ……話の端々にもそれが感じられる。俺の話も理解したうえで、あえて挑発や素知らぬ素振りをしてる」

 

「それは買いかぶりですわ」

真夜は笑みを絶やさない。

これほどに自分と舌戦を繰り広げられる人物が今までいただろうかと……明らかに楽しんでいた。

 

「………四葉を変えていただきたい。あなたならできるはずだ」

 

「どういうことですの?四葉の当主であるわたくしが意思の統率を行っているのですよ。変えるべきはわたくしの首ではなくて?」

 

「いいえ、今の四葉を変えるということは、スポンサーや依頼者と反目することです。今のままでは、ただ利用されるだけで変わりようがありません。確かに危険を伴うでしょう。とても大変なことだと思います。しかし、それができるのも決断するのもあなたしかいません」

 

「それは無理ですわ」

 

「このままだと、あなたの甥や姪も、あなたと同じ運命をたどることになる」

 

「わたくしと同じ……それは四葉の家のものとして生まれた宿命ですわ。それはあの子たちもわかってることですわ」

 

「……深雪が次期当主候補だという事は知ってます。深雪がそれに耐えられるとは思えない」

悠は深雪と接し、この四葉の闇に到底耐えることができないのではないかと考え、あの深雪から笑顔を奪う行為ではないかと……

真夜は悠のこの言葉を聞いて、またもや目を大きくする。その事実を知っているのは極わずかな人間だけだからだ。

 

「達也さんがそれをサポートしてくださるわ」

 

「そうかもしれません。俺はすでに彼らと知り合った。そんな過酷な運命に流される事も看過できない。俺はすでに彼らとの絆を感じている。ならば俺は彼らも救いたい」

 

「それはあなたの我がままではなくて?」

 

「そうですね。これは俺の我がままです」

 

「四葉家は変わらない。一片残らず消滅させない限り、変わりませんわ」

 

「そんなことはないはずだ。そして……あなただ。あなたは本当は四葉を嫌っている。四葉のありようを嫌っているのにそれに殉じている。だからあなたは悲しい」

 

「あなたにわたくしの何がわかるというのですか!」

真夜の笑みが消えた。そして感情的に悠に叫んだ。それはほぼ反射的に……

真夜は世界を憎んでいる。自分をこんな体に、こんな精神にしてしまったこの歪んだ世界と、そして四葉自身を憎んでいた。

真夜の願いは自分をこんな在り様にしてしまった。この世界を壊すこと……

そのために力を欲し、四葉家の力をより強固な物にし、ありとあらゆる力を欲した。闇に落ち外道に落ち、親族さえも利用しようとも……そしてその一つとして悠の力に目を付けたのだ。

 

だからこそ悠の言葉が心に刺さったのだ。

 

「わかりません。ただ俺はあなたと話して、そう感じただけです」

悠は真夜の話し方、素振り、間やその他全部の情報からそう情動的に判断したのだ。勘と言ってもいい。

 

「……あなたは不思議な方ですわ。あなたはわたくしを憎んでいるはずです。あなたはわたくしがあなたの家族にしようとしていたことを理解しているはずです。それなのに……あなたからわたくし個人に向けての敵意や殺意は感じられません」

真夜は自分でも驚いていた。反射的にとはいえ、あのように人に叫ぶなどと。

 

「俺は真実を見極めに来ました。確かにあなたが命令し、俺の家族や友人に被害を及ぼそうとした。しかしそこには何があるのか……それを知らないうちに、あなた個人を憎むわけにもいきません」

 

「どうですか、わたくしと話をし、四葉の内情まで知ったあなたは、わたくしを憎みますか?」

 

「わかりません。……親族が狙われたと聞いた時は、激情にかられました。ただ、今のあなたをそれ程憎めないとだけはわかってます」

 

「あなたは本当に不思議な方ですね。個人的にはもっとお話をしたいのですが……やはり、あなたとは敵対する運命のようです。四葉は変わりません。わたくしの目的のためには四葉はまだ必要です」

 

「いいや、あなたは変わる。そして四葉も変わる」

 

「……平行線のようですわね」

 

「まだ、話し合いは終わってませんよ」

 

「これ以上、お話しは無駄です。もういいでしょう。ここは魔法師らしく。勝負いたしませんか?」

真夜はそう言って立ち上がり、ティーテーブルから離れていく。

 

「俺は魔法師ではないです。……どうしてもですか?」

 

「あなたがお受けしなくてもわたくしは仕掛けます」

 

「………条件は?」

 

「わたくしが死ぬか。あなたが死ぬかです」

 

「それは勝負の条件です。勝負というからには何かをかけるものですよ」

 

「わたくしが死ねば、四葉は次代になり、あなたは次代当主を説得すればよろしいのでは?あなたが死ねば、わたくしは、今度は本腰で稲羽のあなたの親族に手をだしますわ」

真夜は悠を挑発しながら、腕にはめたCADを操作しだす。

 

「俺は死なないし、あなたも死なせない」

 

「困りましたわ。それでは決着がつかないではありませんか……」

 

「それは俺の勝利条件です。あなたはあなたの勝利条件で勝負すればいい」

 

「なるほど、そういう考えもあるのですね。ますますあなたに興味が出てきましたのに、残念ですわ」

真夜はそう言って不敵な笑みを漏らす。

 

「いいえ、あなたには俺の話をとことん聞いてもらいますよ」

 

 

 

 

そして、お互いが20メートル程離れた位置で対峙する。

 

真夜が先に動き出しCADを構え術式展開する。

同時に悠は光のオーラを纏うと同時に、ペルソナ『アスラおう』を顕現

 

そして、悠と『アスラおう』の周囲20メートル程に暗闇に無数の光球や光条が乱舞する。さながら夜空に降り注ぐ流星群のように。

世界最高峰ともいわれる真夜のBS魔法ミーティア・ラインが放たれたのだ。

物体の光透過率という構造情報に干渉し、その物質を気体に分解する分解魔法の一種だ。

その物体が気化された場所に光線が通り、さならがら光と闇のコントラストを形成するのだ。

 

対して『アスラおう』は光明の神、または太陽をつかさどる最上位の神である。

光に関する事象のありとあらゆる物を無効化する。

構造情報に干渉できるものではない。

悠もその影響を受け、ミーティア・ラインは悠と『アスラおう』には効果が表れようがなかった。

本来、悠と『アスラおう』を穴だらけにする狙いであったが、地面に穴が穿たれそこに光が差し込んだだけとなった。

 

「……まいりましたわね。まさか私の魔法でも全く効果が表れないとは……確かに達也さんが分解魔法が効果がない可能性があるとは言ってましたが……光透過率情報も阻害してしまうとは」

真夜は自嘲気味に独り言を言っていた。

 

 

「勝負はあった!あなたの魔法は俺には効かない!!あなたの負けだ!!」

悠は真夜にそう叫びながら近づいていく。

 

「殺しなさい。わたくしが生きている限り、四葉は変わりませんわ」

悠に妖艶に微笑みながらそう言ったが、それが限度だった。『アスラおう』の圧倒的な存在感で今にも押しつぶされる思いがしていた。

 

「俺はあなたを死なせないと言った」

 

「ならばどうされるのですか?」

 

「あなたがこだわっている四葉家という入れ物を壊させてもらう」

 

悠は『アスラおう』戻し、真夜を悠は抱き寄せる。

「なにを!?」

 

「ペルソナ!モト!」

漆黒の棺桶が顕現され、そこからまがまがしい暗黒の腕が手招きをする。

モトの棺桶から漏れ出す淀んだ空気が四葉家の敷地全体に広がり、生きるものすべてに恐怖を与える。

そして、四葉家の敷地内にいた人間は例外なくその恐怖で逃げ出す。

 

真夜は悠が纏うオーラに触れているおかげでその影響を受けない。

 

悠はりせに敷地内に誰も残っていない事を確認してもらってから、さらにペルソナチェンジをする。

「チェンジ!シヴァ!!」

腕が4本の青肌を持つ破壊神が顕現される。

 

 

悠は真夜をさらに抱き寄せる。

「あなたがこだわる四葉家はこれで最後だ。これからは新しくあなたが作ればいい」

悠は不敵な笑みをこぼし……

 

『プララヤ』

宇宙を消滅する響きを意味する言葉。『シヴァ』の究極破壊術儀。

 

『シヴァ』は4本ある腕を八の字に回転させる。再成と消滅を意味する動きだ。

その動きと共に風が流れ、四葉家本家の広大な敷地全体を覆う。『シヴァ』の腕の動きが早まると同時にその風は闇を纏う暴風と化し、触れるものをすべて消滅させた。

 

そして、悠と真夜を中心とした半径1メートル程の元中庭であった地面の芝以外、四葉家本家のすべてが跡形もなく消滅した。




次もあります。
真夜さんと悠
それとりせたちの裏話がちょろっと、
達也と深雪の話と……
それで一連の話がようやく終わりになります。

りせナビがあるんで対外は封じられちゃいますね


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第四十四話 四葉家の明日は…

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。
助かります。




悠と四葉真夜が四葉家の中庭で決闘を始めようとしたころ、悠の自宅リビングで、真由美達はりせのヒミコを通じて、この様子を見守っていた。

 

「四葉真夜……お父さんは世界最強の魔法師の一角だと言ってたわ。鳴上くん……」

真由美は心配そうにヒミコのライブTVでその様子を見ていた。

 

「あんな若作りなんか、悠が速攻で倒すんだから!」

リーナは悠が勝つことを信じて疑わない。

 

「もう、勝負がついてる。悠先輩は負けない」

りせは二人にそう言った。

悠を戦いに集中させるため、りせはヒミコを通じてのテレパスを遮断していた。

いつもであれば、りせの声だけなのだが、今は3人の声が入ってしまうからだ。

 

「……りせさん。アナライズを?」

 

「うん。悠先輩が四葉の結界を通る前に、四葉真夜の魔法特性や弱点を調べておいたの、達也みたいに超遠距離攻撃魔法とか持ってたらさすがに危ないし……でも、今の絆の力を発現させた悠先輩は何があろうと負けない!」

 

「……鳴上くん」

「悠……」

 

そして、四葉真夜が先に動き、世界最高峰と名高い四葉真夜のBS魔法ミーティア・ラインが悠を襲う。

 

「な!?発動が早い!!悠!?」

「鳴上くん!!」

 

「大丈夫、悠先輩は無傷。悠先輩のペルソナ『アスラおう』は四葉真夜の魔法とは相性がいいの、すべて無効化した」

りせは簡単に今の悠の状況を説明する。

 

悠は全くの無傷だった。

そして、真夜に勝利宣言をしながら近づいていく。

 

「……悠のペルソナも規格外ね」

リーナは苦笑気味だ。

 

「勝負に勝ったけど、四葉真夜をどうやって説得するつもり鳴上くん……」

真由美は今迄の真夜の言動から、いくら話し合いをしても、説得することは困難だと見ていた。

 

「真由美さん、大丈夫!きっと悠先輩はなんとかする!きっと奥の手を考えてる!!」

りせは根拠はないが、悠がきっと何らかの手を打って解決すると確信していた。

悠に焦りはない。だとするとすでに悠が次の手を用意していると、付き合いが長いりせだからこそそう思えたのだ。

 

「いざとなったら、あんな年増、捕まえて無理にでも言うこと聞かせればいいのよ!」

リーナはどうも真夜が気に食わないようだ。

 

悠に好意を寄せる3人の少女がヒミコを通して、この状況を見守ってるさなか、悠がいきなり、真夜を抱き寄せる姿が映しだされる。

 

「あああ!!」

「悠!!何やってるのよ!?あんな年増に!!」

「え!?……もしかして、奥の手って、色仕掛けで説得?………私もされたい」

りせは大きな声を上げ、リーナは画面の悠に怒鳴り、真由美は悠が真夜の説得のため色仕掛けをしてると勘違い、そして……小さな声でうらやましそうに声を上げていた。

 

 

悠は真夜を抱き留めながら、ペルソナチェンジを行い。モトを呼び出していた。

 

「悠先輩!!熟女が趣味だったなんて!!」

「悠!!離れなさい!!」

「……うらやましい」

 

そんな中、悠からりせのヒミコに声がかかり、りせはテレパスで悠と通信する。

(りせ、四葉家の敷地内に残っている人がいないか確認してくれ!)

当然リーナと真由美ともリンクしている状態だ。

 

「!?悠先輩!!その人と二人っきりで何をするつもり!!もしかして色気に……罠よ!!悠先輩!!そんな熟女に騙されないで!!」

「悠!!何やってるの離れなさい!!そんな女のどこがいいのよ!!」

「……鳴上くんは年上好き……私とは同級生……でも、1か月だけ私の方がお姉さん……私の方が有利かも」

りせは悠が真夜と二人きりになるためにモトで人払いをし、さらに真夜のハニートラップにかかりいかがわしい行為に及ぶと勘違いする。リーナもりせと同じだ。真由美はぶつぶつと呟き何やら思考を巡らせていた。

 

当然この3人の声は悠の頭の中に響く。

(何を言ってる?……りせそれよりも確認だ)

 

「だって、悠先輩が!!」

「そうよ悠!!」

「……鳴上くん」

 

(落ち着け)

 

「うー、確認しましたぁ!誰ももういません!!」

りせは投げやりに悠に報告する。

 

(助かる)

そうりせに伝えた悠は、さらに真夜の背中に腕を回し、完全に密着するほど抱き寄せたのだ。

 

「ああああああ!!」

「悠!!」

「鳴上くん!!」

3人は嫉妬の雄たけびを上げる。

 

 

しかし……

 

悠はペルソナチェンジで『シヴァ』を顕現させ、超絶破壊術儀を展開したのだ。

 

りせは何かに気が付き、落ち着きを取り戻す。

リーナと真由美は嫉妬の炎など消し飛んで……ただただ画面越しの圧倒的な破壊の光景を茫然と見ていることしかできなかった。

 

そして……

画面越しの光景は……先ほどまで和洋兼ね備えたお屋敷と荘厳な風景を思わせる敷地が広がっていたのだが……今は、四葉家本家の広大な敷地は最初っから何もなかったかのように荒野が広がっていた。

 

「「…………」」

リーナと真由美の二人は大口を開けたまま茫然とする。

 

「さすがは悠先輩……跡形もなく消し飛んじゃった。……悠先輩!巻き込まれた人は居ないよ!負傷者もゼロ!」

 

(つい本気を出してしまった)

悠は不敵な表情でそんなことを言っていた。

 

「悠先輩~♡」

そんな悠にりせはデレる。

 

「……本気をって悠!!説得をするんじゃなかったの!?どうして説得が四葉家消滅になるのよ!!だいたいあの攻撃はなんなの!!戦略級魔法!?なんなの!?物質が跡形もなくなるってどんな原理なのよ!!」

リーナはようやく立ち直り悠に質問攻めをする。

 

(まかせろ!)

悠は実にいい顔をする。

 

「……四葉家本家が消滅……四葉家が…あの四葉家が………鳴上くん、これはちょっと…やりすぎじゃないかしら……破壊工作やテロ行為にとられてもおかしくないわ……」

 

(テロ……破壊工作………し、しまった。つい……な、なんとかなる)

どうやら、悠は真夜や四葉……皆を助けたい一心でこんな手段をとってしまったのだが……後の事を深く考えていなかったようだ。かなり焦った表情をする悠。

 

「悠先輩~♡……真由美さん大丈夫!なんとか誤魔化す!」

そんな困った表情をし、どこか抜けてる悠を見て、りせは再度デレた。

そして……りせはいい笑顔で真由美にとんでもない事を言う。

 

「まあ……先に手をだしてきたのは四葉家だし……鳴上くんを殺そうとしたのだから……その辺は酌量の余地は十分にあると思うけど……」

 

(それだ!)

 

「それだ…って鳴上くん…四葉もメンツがあるでしょうし、四葉自体もこのことを表ざたにできないだろうし……たぶん。訴えられたりはされないとは思うけど……警察や軍も介入は避けたいはずだし。いわば、国内の魔法師同士の抗争みたいなものだから……」

 

「それだ。じゃないわよ!!悠!!いつまでそのおばさんとくっ付いてるのよ!!離れなさい!!」

 

(ん!?)

 

 

 

 

 

 

 

真夜は唖然とその光景を見ていた。

四葉家本家が瞬く間に滅んでいく様を……

 

世界からアンタッチャブル四葉と恐れられ、必要悪として表ざたにできない裏稼業をこなしてきた四葉家。

その四葉に縛られ、自らの運命すら呪った真夜。

生まれ育った場所ではあるが、真夜にとって、四葉家本家は憎しみの対象でしかなかった。

 

四葉の象徴である四葉家本家が……自分の眼前で一瞬に滅んでいったのだ。跡形もなく、こうもあっさりと……

 

 

真夜はしばらくその何もなくなった荒野をぼんやりと眺めていた。

こんな自分にした世界や四葉に復讐するために、世界を壊そうと……憎むべき四葉に心血を注ぎ、四葉を大きくしていった。

そんな矛盾にも苦しみながら、それでも四葉を強固な組織へと………この世界に復讐を果たすために……

 

そんな四葉の象徴たる四葉本家が一瞬で滅んだのだ。

 

真夜の心は今、空っぽに………激しい憎しみとわずかな楽しみしかなかった心が何もない空虚に……

 

そしてそれを成したのは、自分を死なせないと叫んだ今日出会ったばかりの青年だった。

 

ふと、顔を上げると、間近に自信に満ちたその青年の顔があった。

この青年は四葉を壊し、自分の復讐を阻止しようとした憎むべき相手のはずだ。なのに憎しみは生まれない……

斜め下からの青年の横顔をぼうっと眺める。

端正な顔立ちに自信に満ちた目………まだ、自分に心があった少女時代に夢見た淡い思いがよみがえる。

 

真夜はその青年の鼓動や息遣いと熱が自分に伝わってくるのを意識する。

真夜は久しく感じていなかった温かみと、心苦しさがそれをずっと享受したいような不思議な感情が沸き上がってきていた。それが何なのかは真夜は今はわからなかった。

人と直接触れることを嫌い、避けてきた真夜だが、全身を包み込まれるようにこれほど密着してるにもかかわらず、嫌悪感はなかった。むしろこのままでいいとさえ思えてきたのだ。

 

悠は何かに気が付いたかのように、真夜を抱き寄せてた腕をほどき、真夜から一歩下がる。

「すみません。手荒な真似をして……だが、これであなたを縛っていた四葉という呪縛は解けたはずです。あなたは過去を捨て、誰にも縛られない新しい四葉を今から作ればいい」

 

「………あなたはひどい人ですわ。わたくしの家ごと復讐の相手も壊してしまわれるのですから………新しい四葉をわたくしが作ったとしても、今と同じものを再建するだけ、また、あなたを狙うかもしれませんわよ」

真夜はそれを名残惜しいと思いながらも悠に抗議する。そこには笑みではなく、子供のような膨れた顔をする真夜がいた。

 

「その時はまた、話し合いに来ます」

 

「話し合い?破壊の間違いではないのですか?…………どうしたものかしら。四葉の信頼や威光もこれで地に落ちましたわ。あなた一人にここまでされてしまったのですから」

 

「すみません。ただ、一度壊れてしまったんです。せっかくですから、過去とは全く違う四葉を作って見ては?」

 

「簡単にいいますわね。これなら死んだ方がまだ楽でしたわ」

 

「……あなたは死んではいけない。あなたは必要悪として日本の闇の中で動いてきた。犠牲になった人も沢山いる。あなたはそれを無にしてはいけない」

 

「……わたくしに罪を償えと?」

 

「はい、しかし、あなたを裁ける人などいないようです。ならば、あなたは自らの行いでそれをしめさなければならない。四葉を変えることがせめてもの罪滅ぼしになると……」

 

「わたくしは自分の目的のために全てを踏み台にしてきた大悪党ですわ。その大悪党に今度は人助けを、正義の味方になれと?」

 

「……俺は思うんです。大悪党なのか正義の味方なのかは、紙一重、立場が違えばどちらにも見える。ただ……自分の信じた人たちに誇れることをすればいいと……」

 

「わたくしに……信じる人や信じてもらえる人はいませんわ」

 

「……俺を案内したご老人は少なくともあなたを信じてた。あなたは四葉を今迄統率してきた。そこには全く信頼感が無いとは言えないでしょう」

 

「………利害の一致だけですわ。そこに心なんてものはありはしませんもの」

 

「じゃあ、……俺はあなたが四葉を変えることを信じる。だからあなたが変わると信じている俺を信じてください」

 

「……よくそんなことを年上のわたくしに言えますわね……はぁ、あなたと話してるとなんだかすべてが簡単なように思えますわ」

 

「ものは考えようです」

 

「わたくしは今迄の道しか知りませんわ。正義の真似事なんて、できようがありませんわ」

 

「……やってることはあまりかわりませんよ。それが、誇れるものかそうでないかだけの違い」

 

「……そうですわ。あなたがやりなさいな。四葉再興を!わたくしは引退してじっと眺めてるだけ」

 

「それでは意味がない。あなたがやるからこそ意味がある。それは今の日本の闇や、あなたが言う。この世界の構造を変える一手になるかもしれない」

 

「………ものはいいようですわ。確かに、私共をいいように使ってくれた方々には意趣返しができますわ。アンタッチャブル四葉と呼ばれた私共が、180度転換したとしたら……きっと世界は驚きますわね…………」

 

「それはある意味、世界を破壊したことになりませんか?」

 

「まあ、なんてこぢんまりした世界破壊だこと」

 

「世界を驚かすことにはかわりありません」

 

「……あなたにはもう勝てる気がしませんわ。屁理屈も、力でも……完膚なきまでにやられましたわ」

真夜はそう言って微笑んでいた。それは今迄とは違い自然な笑みだった。

こんな会話だというのに、楽しくて仕方がなかったのだ。

 

「………」

 

「ところで、あなた……鳴上…悠さん……四葉をここまで破壊して、私の復讐の相手も手段も壊してくれて、わたくしに正義の味方の真似事までしろと言ったのだから、四葉再興を手伝ってくださるわよね」

 

「……相談ぐらいなら」

 

「……相談だけかしら。四葉家本家の建物設備を入れて時価50億はあると思いますが」

真夜は荒れ地と化した四葉を指し悠に言う。

 

「………相談を……いつでも受けます」

悠は痛いところを突かれしどろもどろに答える。

先ほど真由美に指摘され、自覚してからはどうしたものか悩んでいたからだ。

 

「それだけですか?そうですわね。お茶をいつでもご一緒していただけるかしら?」

 

「……それぐらいなら」

悠はホッとした表情をする。

 

真夜は心の中で思う。

悠との会話はそれぐらいの価値は十分にあると……

三十数年前のあの時から真夜の時間は止まったままだった。

それを、今、あんなとんでもない方法で、目の前の青年が再び動かしたのだ。

 

「ふふふふっ、これから忙しくなりますわね」

真夜は自分でも驚くぐらい心が軽かった。こんな事態だというのに……

 

 

 

 

悠と真夜はこの後幾つか打ち合わせをする。

真夜は四葉家本家の人員を村にある別邸に集め指示をだす。

その指示を聞いた四葉家の家人は皆、驚きの表情を隠せなかったとか……

 

悠はその日のうちに、終電に近い電車に乗り自宅まで帰った。

帰ったのはいいのだが、悠の自宅で待っていたりせとリーナに何故か責められる。

年増がいいのか、そんなに年増がいいのかと……

真由美は……それに加わらずに……じっと何かを思案している様子だった。

 

この後、この3人とも悠は打ち合わせをする。

 

 

その頃、七草弘一は真由美が悠の自宅から深夜になっても帰ってこなかった事に、ほくそ笑んでいた。

遂に、真由美が鳴上悠を落としたと……小躍りしそうな勢いだったと……

帰ってきた真由美にどういう態度をとろうかなどと……考えながら……

 

その真由美が爆弾(四葉家本家消滅の事実)を抱えて帰ってくるとも知らずに……

 




こんな感じになりました。
前話とこの話は真夜の心を攻めて、掴むというのが悠の目的です。
フラグは別にして、その一環で四葉家本家を破壊しました。これも真夜の心の攻めの一手でした。
ペルソナのゲームはどうやってコミュとって、進めるかというゲームなので、そんな感じになればと……このような形になりました。
人たらしの悠w


次は……達也くんと深雪ちゃん……
達也くん……どうする?
七草家……

そろそろ、東京のメンバーのアルカナを決めないと……
りせ:恋愛
真由美:女教皇
リーナ:正義
深雪:月
達也:処刑者か死神
エリカ:塔
幹比古:魔術師
レオ:戦車
美月:星
真夜?:女帝
弘一?:
ご意見をよろしくお願いします。


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第四十五話 七草家と司波家の困惑

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

こんな感じになり、ようやく、稲羽VS四葉編は終わりです。




2月13日(日)9:00

 

悠は七草家に訪れていた。

今、応接間では、疲れ切った顔をした七草家当主七草弘一が悠の対面に座り、弘一の隣に早朝に呼び出された長男智一、悠の隣には真由美が座る。

 

「……鳴上くん。先日……いや、今日の未明だな。真由美から話は聞いた。………事実確認は取りようがないが、それが真実ならば………とんでもないことをしたな。君は十師族の一角を潰したのだ。しかも単独でだ。下手をすると全魔法師を敵に回すことになってもおかしくない……」

弘一は疲れ切った顔で話す。

弘一は真由美からもたらされた話を聞いて、その場で眩暈に襲われ、膝をついたという。

弘一自身が事の真偽を探るため、情報を集めだしたのだが、そんな情報は一切なかった。

しかし、鳴上悠が虚言でそんなことを言う青年ではないことは弘一自身、感じていた。

色々と思考を巡らせているうちに、一睡もできずに朝を迎え、今に至る。

 

「父さんそれはどういうことですか?」

父弘一の意味深な話に智一はいぶかし気な顔をする。

 

「鳴上くん、智一にはまだ何も知らせていない。私も君の口から事実を聞きたいのだがいいかね?」

 

「わかりました。昨日夜半、四葉家当主四葉真夜さんとの話し合いに行き、勝負を挑まれました。それで、四葉家本家を壊してしまいました」

悠はいつも通りの感じで簡単に説明をする。

 

「……はぁあ?」

智一は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「………なぜだ?なぜそんなことになった鳴上くん……君はもっと冷静な判断ができる青年だと思っていたのだが」

弘一は疲れ切った顔にさらにしわを寄せる。

 

「四葉家の家人が俺の親戚に対し、監視、接触を図りました。その事をやめていただきたくて、話し合いに赴いたのですが、四葉真夜さんに魔法師らしくということで勝負を挑まれ、致し方なく」

これだけを聞くと、そんなに大したことではない様に聞こえるが、内容は凄まじいものだ。

 

「………あの四葉家が消滅……か」

弘一はソファーに体を投げ出すように、座りなおす。

弘一は四葉家が真夜が悠に勧誘などのちょっかいをかけるだろうことはある程度予想していた。そしてそれが十中八九失敗するだろうことも……

但し、このような大それた結果になる等ということは微塵も考えていなかったのだ。

アンタッチャブル四葉と世界から恐れられ、日本最強の魔法師族として君臨していた四葉家がたった一人の青年に四葉家の中心である本家に迫られ、あまつさえそのシンボルである本家を消滅させられたのだ。

そして、その青年が目の前にいるのだ。無傷で普段と変わらず……そんな悠を目の前に、弘一は話の内容を精査やあれこれと深く考えることをやめた。今は悠の話をそのまま聞くことに徹することにしたのだ。そうでもしないと、精神が正常に保てないのだろう。

 

「四葉家は消滅してません。人的被害は出ていないです。屋敷が壊れただけです」

 

「………本家を破壊されたのだろう。それはほぼ同義だ。実質四葉の力は相当落ちる。四葉家を支えてきたスポンサーや財界や軍関係者は四葉を見限るかもしれん」

弘一は四葉が日本の至る所にパイプを持っていることを知っていた。

 

「鳴上くん……その君の親族は大丈夫だったのかい?」

智一は悠にそう聞いた。四葉に狙われてただで済むはずがないとの思いで聞いたのだ。

 

「無事です。あの地にはよそ者を嫌う風習があります。いえ、悪意を持った人間は排除されます」

 

「……どういうことだね鳴上くん」

 

「……結界とはご存知ですか?魔法的な意味ではなく、神道や民間信仰で言う所の結界です」

 

「……よくは知らないが……それとどう関係するのだね」

 

「そもそも、結界とは神と人、人と人にならざる者の住み分けの意味もありました。無暗にその結界に立ち入ると天罰や呪いなどにかかると言われています。……その風習は今も八十稲羽という土地に根づいています。……八十という名を冠している時点で、神々が降臨した地であることを示しています。今思えばそういう土地なのでしょう。そういう場所には、守り人や神そのものが鎮座しているものです」

悠は具体的な話をせず、八十稲羽は何者かに守られていることを曖昧に答えた。

もちろん。守り人は稲羽の仲間の事であり、鎮座している神とはマリーの事だが、この話し方では誰が聞いてもわからないだろう。

 

「!?………どっちに捉えればいいのか………いずれにしろ鳴上くん。私は聞きたくはなかったよ。そんな話は………私の価値観がすべて壊される思いだ」

弘一が悠にそう言った顔は完全に血の気が引いていた。

さらに精神的に追い込まれることになる。先ほど割り切ったはずの心にさらに緊張が走っていた。

弘一は悠の言葉で二つの可能性を思い浮かべていた。

一つは、悠や桐条美鶴、宮内庁長官が度々話を出してる神、いや神と名乗る存在だ。それが稲羽に存在するということ。

もう一つは、日本で認知されていない守り人と言われる強力な力を持った人間が存在するであろう可能性だ。下手をすると悠の親族自体がそれの可能性がある。その守り人がペルソナ使いである可能性が高いと……

弘一にこの答えを悠に求める気力もなかった。できるならば知らない方がよかったと……

さらに、弘一自身、一つ間違えば、四葉と同じ過ちを犯していた可能性があったことに背中と首筋が冷たくなっていた。

 

「どういうことですか父さん?」

 

「智一……まだ、知らなくていい。いや知らない方がいい。日本に本当に触れてはならない土地があるということだ……」

弘一は今にも寝込みそうな勢いで……言葉に力が無い。

 

「………」

そんな父に心配そうな顔をみせる智一。

 

 

「七草さんには是非お願いしたいことがあります」

そこで悠から本題を切り出す。

 

「……その前にだ。君がこうやって無事でいるということは、四葉真夜殿と何らかの約定を取り付けてきたのではないか?」

弘一は気力を振り絞り、姿勢を元に戻す。

ここからが、実質を伴う話だからだ。

 

「はいその通りです。お願いしたいこともそれに関わりがあります。四葉家本家崩壊は、大規模魔法実験の失敗ということで、政府関連や各所関係者に報告するそうです」

 

「妥当だな……君がやったなど、君の力を知ってるものでなければ誰も信じられないだろう。その方がまだ四葉のメンツが保たれる」

さらに言うと、四葉本家消失の異変に気が付いたものは居ない。

そもそも、四葉本家自体どこにあるのかも、ごく一部の人間しか知らない上に、衛星や成層圏プラットフォームからも映像監視ができないように魔法や物理的、内部人為的に、偽装や細工をされていた。

さらに、悠の『シヴァ』が放った『プララヤ』はそもそも熱反応や核反応などを示さないため、爆発なども引き起こしていない。分解魔法とも違い、物質を分子レベルまで分解し、その分子で形成される水や気体などが発生するわけでもない。まさしく物質を無に帰す術儀なのだ。まさに、そこにあったものが、次の瞬間に無になるのだ。

とても、現代魔法で解析するなど不可能な術儀であった。

 

「四葉真夜さんとは和解しました。今後は、俺に協力してくれるそうです」

 

「………裏があるのではないかね?」

四葉の今迄のあり様を思えば、弘一がそう思っても仕方がない事だ。

 

「大丈夫でしょう」

悠は自信をもって言う。

悠はあの時の真夜に絆をたしかに感じたからだ。

あんなことをやりあった仲だというのにだ。

真夜自身に悠を如何にかしようという意思はすでに無い。その逆はあったとしても……

 

「……四葉はもう鳴上くんに手を出さないと……」

 

「ドッペルゲンガー対策室にも協力してくれるそうです」

 

「………な!?……どういうことだね!!」

弘一は目を大きくし思わず立ち上がる。

四葉家が協力すると言ってきたのだ。

それは四葉家が七草家や九島家の下で協力すると言ったに等しい事なのだ。

あの四葉が、四葉真夜が他家の下で動くなど、そんなことはあり得ない話であった。

弘一が知っている四葉真夜であれば、ほぼ役目も上下関係も決まったドッペルゲンガー対策室に協力するなどと、今更入ったところで、利することはほぼない状況だ。そんな状況で絶対にそんなことは行わないと……

 

「四葉守護地域でのドッペルゲンガーの動きに関して随時の報告と、数人そちらに預けると言ってましたが……」

 

「あ……ありえない」

もはや弘一は茫然自失といった感じだ。

弘一には理解はできないだろう。

弘一は悠が四葉本家を潰したことで、四葉のメンツとプライドを盾に交渉をしてきたと判断していた。

しかし、実際に悠が行ったのは、四葉真夜の心を落としたのだ。

 

 

「お父さん。大丈夫?……鳴上くん。ちょっと休憩した方がいいんじゃないかしら」

黙って様子を見守ってきた真由美だが、さすがにそんな父弘一を見て心配をする。こんな弘一の姿を今迄見たことがなかったのだ。

 

「すみません。話を急ぎすぎました」

 

「いや……、ちょっと……すまない。一息だけつかせてくれ」

弘一は一息付き冷静に考えをまとめる。

きっと四葉には裏があると……この申し出も裏があるに決まっていると……大勢がほぼ決まったドッペルゲンガー対策室でも何かとんでもない事を考えていると……

 

その間、智一は家人を呼び、紅茶とケーキを要求する。弘一には白湯を出すようにと……

 

 

 

「すまない。続けてくれ」

弘一は家人がだした白湯を飲み干し、ソファーに深く座る。

 

「……真夜さんは近いうちに、魔法協会とドッペルゲンガー対策室に挨拶に行くと、言ってましたが……」

 

「……あの四葉殿が」

弘一はもはや考えるのが馬鹿らしくなってきていた。

固定概念を悉く壊すような話が次から次へと出てくるのだ。

めったに外に出ない真夜本人がこんなことで動くなんてことは、今までにはなかったのだ。

 

「お願いしたい事は、俺が四葉家本家を潰したことを、噂程度で流していただきたいんです。それほど信憑性がなくてもいいもので」

 

「……なるほど、君の親族に手を出さないようにとのけん制か……」

実は悠が四葉本家を消滅させたという噂が、上層部でまことしやかに囁かれば、滅多なことで悠たちに手を出そうと思う輩は現れないからだ。

 

「それもありますが……手を出した方が次はどんな目に遭うか……」

悠は至極真面目にそんなことを考えていた。

悠は自宅に帰った後、りせのヒミコ通信で稲羽のみんなに報告したのだが……

悠らしいと言ってくれるのだが、やり方が優しすぎるとの意見が大半だったのだ。

改めて悠は、彼女らのストッパー役の陽介に感謝するのであった。

 

「…………」

弘一は考えるのをやめた。

 

 

しばらく沈黙が続くのだが……

 

 

「難しいですか?」

悠が弘一に答えを聞き返す。

別に弘一にとって悠の頼み事は苦でもない。噂の操作など七草家に取ってさほど困難な事ではないのだ。

ただ、親族に手を出させない理由についてだった……

 

「い、……いや、そんなことはない。直ぐにでも手配可能だ。それは受けよう」

 

「助かります」

 

こうして、七草家と悠との話し合いは終わる。

 

 

悠と真由美が応接間から出ていき、七草弘一と智一は残っていた。

弘一はソファーにそのまま寝込む勢いで姿勢を寝かす。

 

悠は七草家の車で自宅まで送り届けられる。

真由美は珍しく、悠とは別の車に乗り、何やら慌てて、デパートに買い物に行ったとか……その後しばらく普段は入ることがないキッチンに籠る真由美の姿が見られるのだが……

 

 

しばらくの沈黙の後。

「……智一、今日、彼と話した内容は絶対に漏らすな。孝次郎にもだ」

 

「父さん。彼が話した内容は半分も理解が及びませんでしたが……」

 

「今はそれでいい。出来れば、私一人が墓場まで持っていきたい内容だが……そうはいかないだろう」

 

「……そこまでですか」

 

「智一、現当主として、次期当主のお前に言っておく。鳴上悠は絶対に敵に回すな!他の十師族を敵に回してもだ!必ず友好関係を保て!彼が普通の生活を今後送るとしてもだ!………できれば、真由美と彼がくっ付いてくれれば、いいのだが………」

弘一は、最後の気力を振り絞って、力強く智一に言った後……そのまま首を横にし、意識を手放した。

 

 

 

 

 

時を同じくして司波家では……

 

真夜から緊急回線でのコールが入り、リビングの大きなテレビで相互通信を行っていた。

 

『深雪さん。達也さん。おはようございます。ご機嫌はいかがですか?』

 

「ご当主様も、一段とご機嫌が麗しゅう」

深雪はそう言って恭しく返事を返す。

達也もそれに習って、深雪の横で立って礼をする。

深雪はお世辞ではなく、真夜がいつもの作られた微笑ではなく、晴れやかな顔をしていると感じていたのだ。

 

『座ってくださいな。それと他人行儀ですよ。あなた方はわたくしの姪と甥なのですから』

 

達也の目でも、真夜がいつもと雰囲気が違い、相当機嫌がいいことがわかる。

こんな真夜を見たこともなかった。

二人はすっと、リビングのソファーに座る。

 

「叔母上、失礼だとは思いますが、本家にいらっしゃらないのですか?」

達也はあることに気が付く、真夜が映ってる場所がいつも回線をつなげるプライベートルームの風景とは別であったからだ。

 

『そうなんですの。今はわたくしのプライベートな別荘にいますわ。四葉家本家は消失しましたの』

真夜は今にも声に出して笑いそうな笑顔で驚愕の事実を言う。

 

「……なっ!?」

「……お、お兄様!いえ……あの!?」

達也と深雪はそのことを聞き、驚きを隠せないでいた。

 

『昨晩に、ものの見事に消失しましたわ。一片たりとも残ってませんわ。……あっ?残ってましたわ。芝が1平方メートル程。ふふふふっ』

何故か楽し気にそう語る真夜。

 

達也はそんなとんでもない事実を楽しそうに語る真夜を見て、一瞬気が狂ったのかとも思ったのだが……真夜に限ってあり得ないと考え直す。

 

「叔母上、よくご無事で……お怪我などは?」

 

『心配していただいたのですね。わたくしは無傷ですわ』

 

「それで、四葉家本家消失とは……大規模魔法実験でもされて、失敗でも?それとも新魔法の暴走ですか?……他の被害は?」

 

『いいえ、どちらでもないですわ……被害はそれだけですわ。人的被害はゼロですの』

 

「………皆さんご無事なのですね」

深雪はようやく、四葉家本家消失の事実から立ち直った。

 

「では……なにが?まさか敵襲ですか?」

 

『敵ではないですわ………どう言ったらいいのかしら』

 

「敵ではない?……何かの事故?いえ自然現象?」

達也は真夜の曖昧な言葉にいろいろと予測してみる。

 

『悠さん。鳴上悠さんが四葉家本家に乗り込んで跡形も無く消し飛ばしましたの!』

そう嬉しそうに語る真夜。

 

「なっ!?……」

「ふぇ?……ええ?……え?」

達也は驚きのあまり、固まってしまう。

深雪は素っ頓狂な声を上げ、理解が及ばず、しばらく何のことかわからなかったようだ。

 

 

『どうなされました?……経緯ですか?貢さんに悠さんの親族の監視を頼んでいたのですが、悟られてしまいまして、それで、鳴上さんがお話に来たのですが……魔法勝負をすることになりまして、

わたくしの惨敗でしたわ。その後に鳴上さんが四葉家本家を消滅させましたの。

わたくしが悠さんに失礼なことをしてしまったのですが……まさか、ここまでしていただけるなんて思ってもみませんでしたわ』

そんな二人の様子がおかしくも映ったのだが、そのまま話を続ける。

嬉しそうにしながらも、ちょっと恥ずかしそうに語る真夜。

 

 

「……………………」

真夜がなぜこんなことを嬉しそうに語るのかが理解できない達也。

最初は真夜の冗談かフェイクかと思ったのだが、こんな重要なことでカマをかける人ではないのだ。

これが事実ならば、鳴上悠が四葉家本家に殴り込みに行ったことは明白だ。

当主の真夜が惨敗し、四葉家本家が消滅。親族に手を出された事に相当怒っているのだろうと。

あの悠がキレた姿は想像できないが、あのペルソナの力を目の当たりにしていたため……可能だろうと判断せざる得ない。しかし、どうやって親族が狙われた事がわかり、しかも四葉家本家の場所まで突き止めて、殴り込みに行ったのかなど疑問は多数残る。

しかし……そこまでやるとは………もしかすると自分たちの事もバレて、怒りの矛先がこちらにも向かうのでは………普段温厚な人物ほどキレたら何をするか予想がつかない。

 

「……………………」

深雪はどうしても、あの温厚な悠がそんなことを仕出かすなどとはとても思えない。

それよりも、四葉が悠の怒りを買ってしまったという事実。

もしかすると、自分と四葉の関係も判明してしまい、自分も嫌われてしまうのではないかと……そっちの方が気が気で仕方がなかった。

 

 

『お二人ともどうされたのですか?……まあ、いいですわ。本題はそこじゃありませんの。……司波深雪、司波達也への四葉から現行の命令はすべて解除いたします』

真夜は沈黙を続ける二人に、こう宣言した。

 

「……ど、どういうことですか?」

達也はそう聞き返すのがやっとだった。

 

『四葉は昨日の時点で四葉本家と共に一度消滅しましたの。なので、今迄の命令や役目なども消滅しましたの。深雪さんの次期当主候補は変わりませんが、そのほかのすべての命令系統は意味をなしませんの。鳴上悠の監視はもちろんの事、その他の命令も、独立魔装大隊に所属することも解除です。もちろん達也さんのガーディアンという立場も消滅しますわ。だってガーディアンという役名は悪役みたいな名前ですもの』

 

「…………いや、それは」

達也は思考を巡らせる。四葉家が消滅ということはあり得ない。

四葉家本家がたとえ建物が消滅しようとも、人的被害はない状態だ。

四葉の予想資産や資金があれば、それを補填するくらいなんともない。

それに自分が所属してる会社であり、自分の父親が重役であるCADメーカーFLTは四葉の資金源の一つだ。四葉家本家の再興など、すぐに可能なぐらいの資金は常に有しているはずなのだ。

真夜の事だ。情報や情報網なども、本家以外にもバックアップを残しているはずだ。

今、こうやって連絡をしてる真夜のプライベート別荘なるものも、そうしたバックアップの一つだろうことは容易に想像できる。

そもそも四葉本家は資金生産を行っている施設はない。スポンサーなどから裏の仕事をこなし、資金を得ているため、四葉本家が倒壊したとしても、それらを継続することは十分可能なのだ。

なのに、真夜は四葉が消滅したと宣言した。

達也はその意図が理解できなかった。

 

そして、現行の命令系統の解除だ。

これは何を意味することなのか……まったく理解が及ばなかった。

 

 

 

「……その……あの……鳴上さんは……」

深雪のその後の言葉は…無事なのかという言葉なのだが……四葉を撃った悠の事をそのようには聞けなかった。

 

 

『深雪さん。なにかしら?悠さんは元気に今頃ご自宅で過ごしておられるのではないですか?』

 

 

「そ、そうですか」

深雪の表情は一瞬で明るくなる。

 

 

『四葉は一度消滅して、生まれ変わりますの。新生四葉ですわ。魔法師協会からの脱退も考えましたが……それはさすがに早急すぎます。軍とのかかわりは一度解消し清算。政府関係も一度解消し見直しを、スポンサー関係はすべて解消いたしますわ。なので、資金源は達也さんと龍郎さんの会社に頑張ってもらわないといけませんわね。まあ、達也さんは今までいろいろと世界に発信できる開発をしてますので、今のままでも十分四葉は成り立ちますが……』

 

 

「叔母上、性急すぎませんか、四葉のダメージはそれほど無いのでは?」

 

 

『達也さん。四葉は崩壊したのです。……鳴上悠さん。あの人はなんて人なんでしょう。まさかこのような手段で四葉を崩壊させるなんて』

そう言った真夜は、楽し気だ。

 

「……鳴上悠への報復処置は……」

達也は真剣なまなざしで聞く。

 

 

『あるわけないですわ。彼は今後の、新四葉の唯一のスポンサーとなる方ですもの。資金は全く持ってらっしゃらないから、体で払ってもらいますが……』

 

 

「な……!?鳴上悠を四葉に取り込んだのですか!!」

達也は驚くが、それならば納得がいくギリギリの範囲だ。

ただ、今までのスポンサーと鳴上悠を天秤にかけるにしては、ギャンブルすぎる選択だが……

鳴上悠を四葉に取り込めば、四葉は軍事的に強力になるからだ。他の十師族があらがえない程に………

今後、ドッペルゲンガー事件を解決すれば、鳴上悠の名とその力は政府内でもより増す。

それを見越しての事だと……

 

「叔母上様!?」

深雪は達也と別の事を考えていた。

……まさに、悠のあの引き締まった身体の肉体的な話を………

 

 

『いいえ、……分家の方々にはまだ内緒ですが……四葉真夜個人は鳴上悠に全面降伏いたしましたの……なので、わたくしが当主である期間は、悠さんの意向がわたくしを通して四葉の方針となりますわ。悠さん本人はそれほど重要な立場になったことは知りもしませんが』

真夜は今までに見せたことがない、いたずらっぽい笑顔を見せたのだ。

 

 

「な…なにを!?……何を考えているのですか叔母上!?」

これでは実質、四葉のトップは悠ということになってしまうのだ。

達也は慌てて聞き直す。

 

『わたくしの相談をいつでも好きな時に直に会って聞いてくださるって言ってくださいましたもの』

なぜかこの時の真夜の振る舞いは、恋する乙女のように見えた。

 

「………」

「………」

二人ともこんな真夜を見たことがなかった。

達也は対応に困る。深雪は良くはわからないが……いやな予感がしていた。

 

 

『新生四葉の最初の指示は、鳴上悠さんを害することは許しません。些細なこともです。外でそのような輩を発見した場合。直ちに排除。但し、法治国家である日本の法律と手続きに基づいて行ってください。これからの四葉はクリーンにいきますので……後は自由にしていただいて構いませんわ。悠さんの協力はしていただきたいですが、個人の意向にまかせます。それと、達也さん。あなたは、何気ない事でもすぐに法律の枠からはみ出しますので、くれぐれも気を付けてください。わたくしは悠さんに嫌われたくありませんの……以上です』

 

そう言って真夜は一方的に通信を終わらせる。

 

 

 

達也と深雪はしばらくソファーに座ったまま……真っ黒になったテレビの画面を茫然と眺めていた




そして、ついに来た!
あのイベント!!P4も魔法科高校もこのイベントは抜かせない!!


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第四十六話 バレンタインデー前日

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

何故か長くなってしまった稲羽四葉編。
そして、ようやく来たこの話。
番外編もいいところですが……P4的にも魔法科高校的にも外せないお話のハズ!

ちょっと長くなりましたがどうぞ。


2月14日(月)

この日もいつもと変わらない朝を迎える鳴上悠。

目覚まし時計に頼ることなく決まった時間に起床し、いつものようにテレビでニュース番組を見ながら朝食をすませ、身支度をし、学校に向かうために家を出た。

 

ごく普通の日常風景……ここまでは。

 

 

悠は高校に向かうためいつも通り家を出て、地元の商店街を通り、駅に着く。

電車で二つ目の駅を降り、ここから斜度のある大通りを真っすぐ10分程歩くと悠が通う都立高校につくのだが……

 

駅に着くなり、悠は近隣他校の制服を着た見知らぬ女生徒からいきなり声をかけられる。

そして、要領を得ない言葉を早口で言われ、きれいにラッピングされた小箱を手渡される。

どうやら、悠にそれを受け取ってもらいたかったようだ。

悠は何やらわからないうちにその小箱を受け取ると、その女生徒は顔を赤らめ慌ててその場を去っていくのだ。

 

それが……その女生徒だけではなかった。

駅の改札を出るまでに……5人も同じような口上で、謎の小箱を渡されたのだ。

悪意が無いことは見てわかるのだが……

悠は改めて渡された小箱を訝し気に見る。

 

駅の改札を出ると……

 

さらに悠に女生徒が押し寄せてきた。

悠は他校、自校の女生徒が我先に争って必死に悠に小箱を渡そうとする。

 

そこで、悠はようやくこの事態を理解した。

今日はバレンタインデーだと……

 

悠はすっかり忘れていたのだ。

ドッペルゲンガー事件に稲羽襲撃、四葉本家崩壊など……最近の悠はそんなことも忘れるぐらい忙しい日々を過ごしていたからだ。

 

そして……駅前で女生徒達にもみくちゃにされる悠は………昨年の事を思い出す。

 

マヨナカテレビと連続殺人事件を解決し、八十神高校にまだ通っていた頃の話だ。

あの頃は悠はこれほどモテていなかった。バレンタインチョコは親しい友人からもらう程度だった。

いやモテては居たのだが、悠の周りにはりせや雪子が居たため悠の事をひそかに思っていた女生徒達はバレンタインチョコを渡せなかったのだろう。

 

悠はあの日のバレンタインデーの事を思い出す。あの苦い思い出を……

あの日、悠は放課後に女友達からバレンタインチョコを受け取り、その場で食べることになったのだ。……普通なら甘酸っぱい思い出となるイベントなのだが………彼女らのチョコは一味違う。

生チョコではなく、何かが蠢く生きたチョコ(マリー)、普通に不味いチョコ(千枝)、バースデーケーキのような大きく豪華なチョコ(雪子と天城屋旅館、合作)、ドリアンとハバネロ入りの強烈な刺激の組み合わせチョコ(りせ)……

 

家に帰ると……かわいい菜々子の手作りチョコが……見た目は怨嗟の声を上げる青白いエクトプラズムそのもの……そのチョコは悠の友人たちのアドバイスによって作られていた。

チョコに入っていたものは……千枝の意見を参考に、隠し味にコーヒー牛乳、肉が嫌いな男の子は居ないということでベーコン。りせからは個性が大事だと辛いものや甘いものを勧められるが、菜々子は大人の味を再現しようとし、苦い物として、ピーマンと青汁、酸っぱい物としてポン酢に黒酢を選択。雪子からはお魚を入れるとコクが出ると思うと言われ、冷蔵庫にあったおさかなソーセージとイカの塩辛を投入したらしい。

 

ベーコン、ピーマン、魚肉ソーセージ、イカの塩辛入り、隠し味にコーヒー牛乳、青汁、ポン酢、黒酢を入れ込んだ。不気味なエクトプラズム型チョコ……

 

悠は期待に満ちた菜々子の笑顔に負け……食し………その場で倒れた。

気が付けば朝………シャドウに食らわされた数々の呪いや術よりもすさまじい威力だったとか……

 

あの時の苦い経験が蘇ってくる。

 

 

悠は一昨日の事を思い出す。

四葉家から帰ってきたあの日、りせは悠の家から帰り際に14日(今日)の夕方以降は必ず家に居るようにと言っていた。りせはバレンタインチョコを持ってくるのだろう。

もしかすると、菜々子や稲羽の女友達からも送られてくるかもしれない。

昨年の悪夢が再来する思いだ。

特に菜々子のチョコは食べないわけにはいかない。誰を参考にしたかによるが……せめて直斗と完二あたりから意見を聞いていて作ってもらいたいものだと。

 

悠は胃薬を買って帰ることを心に決める。

 

 

悠は学校に到着するまでに、持ち切れないほどのチョコ小箱を受け取り……さらに学校では悠の下駄箱と机の上にはチョコ小箱の山が、休み時間にはひっきりなしに悠にチョコを渡す女生徒が現れる。

 

結局、悠は放課後までに、大きな紙袋4袋分のチョコを受け取る事になった。

悠はこの大量のチョコをどうしたものかと、またホワイトデーのお返しをどうしようかと考えにふける。

 

悠は商店街で胃薬と何やらお菓子の素材を買って帰る。

 

 

 

 

2月13日(日)バレンタインデー前日

七草家では……午前中に悠との四葉家についての会談を終え、弘一はその場で寝込んでしまう。

真由美はそそくさと出かけ、デパートに買い物に行き、帰ってくるなり、普段立ち入らない七草家の広々としたキッチンに籠る。

 

その様子を香澄、泉美、双子の妹達が扉の隙間から覗き見ていた。

「お姉ちゃん……キッチンで何してるんだろう?普段料理なんてしないのに」

 

「香澄ちゃん。きっとお姉さまはチョコを作られているのですよ」

 

「はぁ?お姉ちゃんがお菓子を?なんで?今まで作った事もないのに」

 

「香澄ちゃん。明日はバレンタインデーです。お姉さまも好きな方ができたということでしょう」

 

「はぁ?泉美、何言ってるんだよ!お姉ちゃんが……あっ、鳴上…悠」

 

「きっと鳴上さんにですね」

 

「くっ、……お姉ちゃんが男にチョコを!……でも、鳴上悠か……イケメンめ、しかも欠点らしい欠点が見当たらない!……料理はおいしいし、優しいし!」

 

「お父様も鳴上さんを認めてらっしゃるようですし」

 

「いくらいい奴でも!一般人だよ!……ああああ!お姉ちゃんがなんかクネクネしだした!!」

 

「しーっ、です。香澄ちゃん。お姉さまに聞こえますよ。……お姉さま、あんなに顔を赤くされて………今日もお父様と智一お兄様とお話されてたみたいですし、もしかしたら魔法科高校に在籍されていないだけで本当は魔法師なのかもしれません。それか何かのお役目を受けられてる方かもしれませんよ」

 

「……ううううっ、そんなー。お姉ちゃんが……」

 

「香澄ちゃん。ものは考えようです。もし一般人の鳴上さんがお姉さまと結婚されるとしたら」

 

「け、けけ結婚!?何言ってるんだよ泉美!」

 

「もしの話です。もし結婚されるのであれば、一般人の鳴上さんが婿として七草家に入る可能性が高いです」

 

「それがどうしたっていうんだよ!仲がいいところを見せつけられるんだーー!きっと!」

 

「鳴上さんが家に居る。……いつでも、あのおいしいお菓子やケーキが食べれるんですよ香澄ちゃん」

 

「!?……それは……でも、お姉ちゃんが……」

 

「香澄ちゃん、お姉さまはいずれ結婚されます。シスコンの香澄ちゃんが何を言おうとも。それは魔法師家の定めです。もし他の魔法師にお姉さまが嫁がれる事になると、この七草家に滅多に帰ってこられなくなります。でも……一般人の鳴上さんなら婿として……」

 

「!?………な、なるほど………どことも知らない奴よりもマシだ。でも……お姉ちゃん……」

 

「香澄ちゃん……シスコンが過ぎるとお姉さまに嫌われますよ」

 

「ううううぅ……お姉ちゃん、鼻歌まで歌い出した……またクネクネして……うううううぅ」

納得出来ない香澄は悠を思い顔を赤らめクネクネしながらチョコを作る真由美を見て涙する。

そんな香澄に、泉美はため息を吐いていた。

 

 

 

時を同じくして、司波家では……

達也と深雪は、四葉家当主四葉真夜の口から衝撃の事実を聞いたばかりだった。

四葉家本家消滅。

四葉家の解散。

そして新生四葉家の方針。

さらに、それらすべてに鳴上悠が関わっている事を聞く。

 

達也は真夜との通信を終え、一時は茫然としていたが、リビングのソファーに座ったまま思考を再開させる。

四葉家本家を消滅させた人物は悠なのは確定だろう。

その行動力と無茶苦茶ぶりには驚いたが、親族を狙われ、その報復なのだろう事と。人的被害が出てないのは、なんとも悠らしいと……

しかし……解せないのは四葉の解散と新生四葉についてだ。

四葉家本家の解散を決定させたのは間違いなく四葉真夜本人だ。四葉自身の力は四葉家本家が物理的に消滅しようと、再起不能に陥るようなことはない。多少影響は受けるが、これまで通り活動ができるはずだ。

なのに、真夜は四葉を解散し、新生四葉を立ち上げると宣言したのだ。

その真夜本人の様子がすこぶるおかしい。

今迄、自分たちに見せたことがない表情や仕草、そして言い回しを使ってくるのだ。

真夜の微笑や仕草は傍から見れば美しく映るが、何か人形的、機械的に作られたような、そんな印象を受けるものだった。

しかし、今日の真夜はどうだ。

その笑顔や仕草に生の感情がありありと伝わってくるのだ。

四葉家本家が消滅したというのに。一時とはいえ四葉家を解散させたというのに。何やら楽しそうなのだ。

しかも、四葉家本家を消滅させ、このような事態のきっかけを作った張本人である鳴上悠を語る真夜からは、殺意も敵意すら感じない。それどころか、好意的な印象まで受けるのだ。

 

達也がいくら思考を巡らせても答えは出てこない。

ただ、わかってる事は、鳴上悠の行動がきっかけで、四葉家は消滅し、新しい四葉が誕生するということだ。

 

そして、その新生四葉についても、いままでの方針とは180度異なるものだった。

それがもし本当であれば、達也は四葉を警戒し敵視せずに済むのだ。

 

達也は、四葉家に従順に従いながらも、反抗の機会を伺っていた。

四葉は闇深い組織であり、自分も深雪すらも四葉の道具としか見ていない。このまま行くと、自分たちは単なる駒となり、四葉という組織の歯車にさせられ、その生涯を過ごすことになる。

達也は特に深雪がその長になることを憂いていた。深雪にあの闇を負わすことはできないと……

達也は四葉家からの脱却の機会を伺っていたのだ。

そのために、達也は厳しい修練を行い力を付け、新しい魔法を開発し、軍や政府にも自分の有用性をアピールし協力して来たのだ。

少なくとも、単独で四葉真夜を抹殺できるだけの力を付けたいと………

単なる逃亡では、いずれ四葉の組織力で追いつかれ消される。

自分たちの自由を得るためには、四葉という組織を崩壊させなければならない、その為には四葉真夜とは必ず命を懸けた戦いをしなければならないと………その後は自分の有用性を認めさせた軍や政府などから自分達の立場の保証を受けられればと……そこまで考えていたのだ。

 

真夜が語る新生四葉の方針が本当であれば……それがすべて水泡と帰すのだ。

今日の真夜は言う。自由に行動していいと

今日の真夜は言う。四葉は裏稼業から足を洗うと

今日の真夜は言う。技術開発で稼げと

今日の真夜は言う。四葉はクリーンな組織となると……

 

達也はもはや四葉を脱却する理由はなくなったのだ。

深雪が当主となるのが嫌だと言えば別だが……真夜が語るクリーンな四葉であれば、深雪が当主となってもその心の負担は少ないだろう。逆に深雪は良い立場と立ち位置を手に入れられる可能性が高くなるのだ。

真夜の口ぶりからすると、過去のしがらみや闇の部分の清算は真夜の代ですべて行うつもりだ。

 

しかも、自分の将来めざしていた魔工技師として、今後も働けというのだ。

 

……達也の憂いはすべてとはいかないが、かなり解消されるのだ。自分たちが四葉と対峙し打ち破った後の状況に比べるまでもなく。しかも四葉と対峙するリスク自体がなくなる。

 

まさか、こんな事態になるとは予想外もいいところだ。

自分たち兄妹(達也と深雪)にとって、考えられる最良の方向性だろうと、まるで自分たちの都合に合わせたかのようだと……

 

四葉家本家の消滅に四葉真夜の急変。四葉家の解散に新生。

 

たった一日でこれほどの事を成したのは、間違いなく鳴上悠がきっかけなのだ。

 

 

……達也は思考する。

そもそも、鳴上悠と四葉家、いや四葉真夜と何があったのか。

四葉真夜が、鳴上悠の親族に監視者を送る理由はわかる。

そもそも、なぜその監視者がバレたのか、鳴上悠はこの東京に居たはずだ。

鳴上悠の親族は確か中部地方……それなのにだ。

四葉の監視者はいずれも手練れのはず。

それがバレることは普通では考えられない。

 

それがよしんばバレたとしよう。

 

どうやって四葉家本家の位置を特定したかだ。

監視者が捕まったとして、拷問などでは吐かないだろう。

何か特殊な魔法を使った可能性がある。それにしたって、そこに鳴上悠がいなければ成立しない話だ。

 

その後の四葉家本家襲撃だ。

普通はアンタッチャブル四葉と恐れられている魔窟にも等しい四葉家本家を襲撃するなどということ自体が、頭のネジがいくつか吹っ飛んでいるとしか思えない。

しかし、ドッペルゲンガーによる第一高校襲撃事件の際見た悠の判断力の速さは尋常じゃなかったことを思い出す。さらにあのホーンドサーペントを倒したペルソナの力を……

悠のペルソナの力ならば、並みの魔法師ならば手も足も出ないだろう。……悠本人の行動力と胆力も凄まじいものがあった。

さらに、あの四葉真夜が自ら惨敗と認めたのだ。達也の予想よりも遥かに大きな力をまだ隠し持っている可能性が高い。

 

四葉家本家消滅。

破壊だけならば、達也も可能だ。しかし、魔法師や人が多数存在するあの広大な屋敷を人的被害は無しで破壊しつくすなどあり得ない。

 

そして、一番の衝撃は真夜の人格が入れ替わったかのような心変わりだ。

一体何がどうなったらあんなことになるのだ。

鳴上悠は真夜と何を話したのだ?

いや、真夜に何をしたのだ?

 

あの、凄惨な命令を躊躇なく下し、親族すらも物としか思わない真夜をどうやったらあんなことに……もはや別人だ。姿形や口調は一緒だが、誰かが真夜の皮を被って話していると思われても仕方ないレベルだ。

 

達也はこれもいくら思考を回しても答えが出ない。

 

 

 

「お兄様………」

そこでようやく深雪も立ち直り、隣に座る達也に声をかける。

 

「深雪………罠かもしれん。俺たちを試すために、あんな芝居をしているのかもしれない」

真夜が達也たちの隠された思いに気が付き、あぶり出すために、こんな芝居を打ったかもしれないと……

しかし、深雪の心配事はそこではなかった。

 

「……鳴上さんは私たちの事を四葉の人間だと知っているのでしょうか?」

 

「もし、ご当主様が語られた事が真実であったのならば、知っていると思っていた方がいいだろう」

 

「……そうですか………私たちは嫌われたのでしょうか?」

 

「……事実ならば、俺たちは彼の親族を狙った組織と同じ人間と思われても仕方がないだろう」

 

「……やはり、そうですか」

深雪は俯き、か細く答える。

 

「ただ、ご当主様は鳴上さんと和解したような話しをされていた。あんな信じられないような内容だが、もし真実ならば、鳴上さんは四葉を許しているのだろう」

 

「……本当ですか?」

深雪は顔を上げ、心配げに達也に聞く。

 

「ただ、事の真偽がまったくわからん。情報を探ってみるが……、他の分家の方々にも探りを入れてみるか……」

 

「お兄様。…ご当主様に何があったのかは深雪にはわかりません。ただ、今のご当主様は自然体で、嘘を言っているようには見えませんでした」

 

「ああ、まるで人が変わったかのようだ。あれは本当にご当主様だったのだろうか?」

 

「…………」

 

 

達也はこの後しばらくして、四葉の有力分家である津久葉家の津久葉夕歌に連絡を付けた。

司波兄妹は四葉家の中でも疎まれている立場だ。特に達也の存在を認めない分家もあるぐらい立場が悪い。

その中でも津久葉家の津久葉夕歌は達也や深雪に対して、中立な立場を保っている四葉でも珍しい存在だ。

津久葉夕歌は現在22歳、第一高校のOBであり、達也達と年も近いというのもあるかもしれない。

 

達也が夕歌に真偽を聞こうとしたのだが、逆に色々と聞かれることになる。普段落ち着いた雰囲気を持つ彼女だが、この時ばかりは言葉は乱れ、慌てているようであった。

どうやら、津久葉家にも、真夜からの通信が入り、同じ様な話をしていたらしい。

 

達也はこのあり得ない話を受け入れることがなかなかできないでいた。

いや、他の分家も同じようだ。

 

 

「お兄様……私は鳴上さんに電話をしお話しようと思います。そうすれば、事の真偽もわかりますし……どんな結果になろうと……深雪は……」

 

「……深雪、俺が電話をしよう」

 

「いえ、私が直に、鳴上さんとお話しします。お兄様にばかりつらい思いはさせられません」

 

 

 

そして、深雪は午後過ぎに悠の携帯端末へと電話をする。

リビングに携帯端末を置き、達也にも内容が聞こえるようにスピーカー対応にする。

 

「もしもし、深雪です。こんにちは……その…鳴上さん」

深雪は恐る恐る悠に話しかける。

 

『こんにちは、深雪。ん?何かあったか?』

悠は深雪の電話での様子が暗い感じであったため聞いたのだ。

 

「いえ…その、……何でもないです」

悠は特段変わった声色でもなく。いつもの感じでの応答に安心する深雪。

深雪は達也の言う通り、あの話は真夜のフェイクだったのだと思う。

 

『そうだな。深雪にも謝っておかないとな』

 

「え?何をですか?」

深雪は安心して、機嫌よく聞き返したのだが……

 

『ごめん。たぶん深雪と達也の実家か、親戚の家だと思うんだけど………四葉の家、消し飛ばしてしまった………ごめん』

 

「……………えええ!?………本当だった……?」

深雪は安心しきっていたところで、悠からの衝撃の言葉に大きく驚く。

 

「…………」

達也は深雪の横で目を大きく見開く。……これで真夜の話が全て事実だったことが確定し、さらに思考の迷路にはまり込むのだった。

 

 

『真夜さんから話がまだ行ってないのか?しまった。先に言ってしまった』

 

「…………あの……その………一応、聞いてますけど………その」

深雪は慌てて、

 

『そうか、ならよかった。……ちょっと、真夜さんと色々あって、そうなったが、別にケンカしてるわけではない。成り行き上そうなっただけだから』

どんな成り行きで、屋敷を消滅させる羽目になるのかなどという。無粋な考えは深雪には思い起こせなかった。

 

「……あの鳴上さんは私たちの事を知ってらしたんですか?……その四葉との関係を」

 

『昨日知った。………さすがに消し飛ばしたのはすまなかった……二人の実家だったんだろ?』

 

「いえ……その、私たちにとって、意味がない実家だったんで……」

 

『意味がないか。でも、行ったことはあるのだろう?』

 

「………良い思い出が無い所なんです。私にとっても兄にとっても」

特に達也にとって、幼少のころからの拷問のような過酷な訓練を繰り返し行った場所なのだ。

 

『……そうか』

 

「鳴上さんは私たちが四葉の人間だと知って……その、怖くは………その」

深雪は恐る恐る悠に聞く。

 

『怖い?……ああ、四葉家はかなり危ない事をしてたみたいだが、深雪は深雪だ。怖がる理由がない』

 

「本当ですか?……鳴上さんの親族の方にご迷惑をおかけしたと聞いてます」

 

『それは解決した。話してみれば四葉真夜さんもそんなに悪い人じゃない。環境が悪かっただけだ』

 

「……四葉の人間だと黙っていた私たち、私を……嫌いになりませんか?」

 

『なんで?人には話せないことの一つや二つ皆持ってる。そんなことで深雪を嫌いになったりしない』

 

「本当ですか?私は今まで通り、お付き合いさせてもらってもよろしいのですか?」

 

『当然だ。プリンの作り方もまだだったしな。それにドッペルゲンガーの件も、頼りにしてる』

 

「あ、ありがとうございます!きっと、鳴上さんの力になれるように頑張ります!」

さっきまで曇っていた深雪の表情は花開いたように明るくなる。

 

『……達也にも謝っておかないとな……』

 

「大丈夫です!お兄様もきっと喜んでます!………あの……明日夕方にでも、ご自宅にお伺いしてもいいですか?」

 

『ああ、大丈夫だ』

 

「では、明日はよろしくお願いします!」

深雪はすっかり上機嫌だ。

 

『よろしく』

 

ここで通信を終える。

 

「………」

達也はまだ、思考を巡らせ、じっとテーブルの上に置いてある深雪の携帯端末を見据えたままだ。

 

「お兄様!鳴上さんは怒ってらっしゃらなかった!明日、お伺いしても良いそうですよ!」

 

「………」

 

「お兄様?」

 

「ああ、あの話が事実だとわかったが……あまりの事でな……」

達也は深雪と悠が話してる間、いろんな仮説を立てては崩す。そんな事を頭の中で行っていたのだ。

 

「お兄様、考えすぎるのは悪い癖ですよ」

 

「………いや、……そうだな」

達也はいくら考えても、答えの出ない思考を繰り返すばかりだったが、ここでこれ以上思考を巡らせていてもいい結果はでないだろうと、嬉しそうにする深雪を見、思うのだった。

 

この後、上機嫌な深雪はキッチンに入り、しばらくチョコの甘い香りがリビングまで漂うことになる。




次回は、リーナの話を挟んで、本番ですかね


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第四十七話 悠の自宅でバレンタインデー

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

番外風のバレンタインの続きです。上中下の中のつもりです。
なんか下が長くなりそうな気配なんです。もしかすると、バレンタインは4話になるかもです。


 

2月14日(月)

ドッペルゲンガーによる第一高校襲撃事件から10日間が経つ。

第一高校は本日から授業再開となった。

この10日間で校舎は修繕され、なんとか授業ができる体制となったが、ドッペルゲンガーからサイオンと生命力を奪われた生徒の多くはまだ入院生活を余儀なくされている。

この日、学校に出ることができたのは全校生徒の半分程度だ。

因みに、著しく破壊された練習棟や野外訓練施設は復旧のめどが立っていない。

 

生徒達の身体的なダメージからの回復もそうだが、心の傷はなかなか癒せるものではない。

たとえ学校に出ることができたとしても、あの事件のショックで魔法がまともに扱えなくなる生徒もいるだろう。そうでなくても、授業に集中できないなどの精神的影響は計り知れない。

学校は暗い雰囲気に包まれているだろうと思われたのだが………

 

意外とそうでもなかった。

 

今日はバレンタインデー。

日本では、女性が男性にチョコレートを贈り。自分の思いの丈を伝える日。

そして、親しい男性に日ごろの感謝を込め、義理チョコなるものを配る日でもある。

世の男性たちは、この日ばかりは気が気でない。

チョコを贈る方も贈られる方も一喜一憂する。

そんな男女をしり目に、普段通りの日常を過ごす人々も多々居るのだが……

 

 

第一高校では朝から、生徒たちはお互いの無事と再会を喜びあうと同時に、女子生徒からチョコレートを気恥しそうにお目当ての男子に渡す風景があちらこちらで見られた。

 

1時限目から2時限目にかけて大ホール講堂での学校再開についてと、この事件の経緯の説明がなされた。もちろん生徒達にはドッペルゲンガーによる襲撃事件とは伝えていない。表向きはテロリストが第一高校を占拠し生徒達のサイオンを利用し、式神による大規模魔法実験を行ったと伝えられている。

また、そのテロリストを撃退した立役者として、真由美、リーナ、達也、深雪、エリカ、幹比古、美月が表彰された。

 

その後、授業が一応再開されるが、特別カリキュラムが組まれる。

内容はほぼ自習に近いものだ。

その間も、バレンタインチョコをめぐる男女のやり取りは行われていた。

 

 

 

「……深雪、ちょっといい?」

そんな雰囲気に戸惑いながらリーナはクラスメイトであり、生徒会から留学生のリーナのサポート役を受けていた深雪に話しかける。リーナはこの前の深雪との勝負以来、深雪とは気軽に話ができる友人関係となっていた。

 

「どうかしたのリーナ?」

 

「バレンタインデーって、日本ではかなり重要なイベントのようね。まさか、チョコレートを渡しながら、男性に告白する日だったなんて……」

 

「それだけじゃないわ。親しい方に日頃の感謝を込めて、チョコレートを渡す日でもあるわ」

 

「……USNAではそんな習慣はなかったわ。深雪は誰かに………聞くだけ野暮ね。達也にチョコレートを渡すのでしょう?」

 

「もちろんお兄様にはお渡しするわ。それと西城君や吉田君、五十里先輩にも日頃の感謝を込めて渡すつもりよ」

 

「そう……」

 

「リーナはどうなの?」

 

「こんな大々的なイベントだって知らなかったから、その一応、昨日シルヴィと作ったのだけど、少しだけよ」

よく見るとリーナの指や手の甲に絆創膏が3か所張られていた。

 

「………やっぱり、鳴上さんに?」

 

「……私が親しいのは悠だけだし……その、いろいろとその、助けてもらったりしてるし、一応よ。……でもどう言って渡したらいいのかわからない」

リーナの頬は若干赤みを帯びながら、困ったような表情をしていた。

 

「リーナ…自分の今の素直な気持ちを伝えて鳴上さんに渡せばいいと思うわ」

 

「……素直な気持ち?……わからないわ」

 

「……リーナのチョコレートを鳴上さんが受け取ってくれて喜んでくれたら、どう思う?」

 

「そ、そんなの……」

 

「私も鳴上さんにバレンタインチョコを渡すつもりよ」

 

「え?深雪も?」

リーナはショックを受けた顔をする。

 

「私は私の感謝の気持ちを伝えて、受け取ってもらえて、喜んでもらえたら私も嬉しいわ」

 

「………よくわからないわ。悠は当然受け取ってくれると思う……でも目の前で食べてくれて喜んでくれたら嬉しいかも……」

リーナは悠が自分が作ったチョコを美味しそうに食べてる風景を思い浮かべると、自然と顔が綻び熱ってくる。

 

実はリーナは一昨日まで、バレンタインデーでチョコレートを渡す習慣すら知らなかった。

四葉家本家が崩壊したあの晩、悠が四葉から帰ってくる前に、りせがバレンタインをどうするかという話題をリーナと真由美に振り、一方的にリーナと真由美に勝負を吹っかけてきたのだ。

悠に食べさせ感想を聞き、誰が一番おいしかったかという勝負だ。

リーナは何の事か最初はわからなかったのだが、真由美に説明を受け、何となくだが理解する。負けず嫌いのリーナはとりあえず、りせの挑発にのり、その勝負を受け、昨日、腹心のシルヴィと思考錯誤をしながら、チョコクッキーを焼いたのだ。

料理など全くしたことが無かったリーナは、かなり苦労したようだ。

 

リーナはなんと無しに、親しい友人にチョコを渡して食べてもらうぐらいのイメージしか思っていなかったのだが……

今日学校に来ると、生徒たちはバレンタインチョコイベント一色のこの空気に……。しかも、女子生徒たちは緊張した面持ちで、真剣に男子生徒に思いの丈を込めて、チョコを渡し告白をしてるのだ。

まさか、こんな事になっているとは思いもしなかったのだ。

 

そう思うと、自分が作ったチョコを悠に渡して食べてもらって感想を聞く………ただ、それだけのハズなのに、……リーナの中で得も言われぬ感情が蠢き……どうしたらいいのかわからなくなっていたのだ。

それで、深雪にこんな質問をしたのだった。

リーナは悠を肉親にまさる親しい間柄の人だとは感じていたが、そこに恋愛感情があることを自覚していなかった。

リーナは幼い内から軍に在籍し、軍務に携わってきたため、年近い人間も周りには存在せず。気軽に話せる友人などもいない。リーナの年頃で経験するだろう甘酸っぱい思い出や青春など皆無な生活をしてきたのだ。

リーナにとって軍務に関係なく知り合いとなり、そして友人となったのは悠が初めてだった。

そんなリーナは恋愛感情というものが、どういうものかという事自体知らなかったのだ。

だから、今、リーナは自分の中で蠢く感情の正体がわからず、翻弄されていた。

 

「リーナも鳴上さんのご自宅に?」

 

「そうね。行く約束はしたわ。深雪も来るんでしょ?」

リーナやりせ、真由美は悠から深雪たちが来ることをあらかじめ聞いていた。

悠の提案で、四葉が落ち着くまで、四葉の話題を出さないようにしようと口裏を合わせ、深雪たちに配慮したのだ。

 

「はい、お兄様と一緒にお伺いする予定です」

 

「達也は悠に用事がないでしょうに」

リーナは達也を警戒していた。

四葉家の縁者と知り、ますます警戒心が高まっていた。

悠は大丈夫だと言っていたが、今迄の達也の行動がそうさせる。

深雪については、深雪の振る舞いや言動から、四葉の意思は感じられない上に、嘘はない。それに友人だとも思いだしてる相手なため、警戒心は自然と緩む。

 

「そんなことはないわ。きっと、お兄様も鳴上さんに会いたいと思ってるわ」

確かに達也は悠と会って話をしたいとは思っている。しかしそれは深雪が悠と会いたいと思うのとは全く別のものだ。

達也は四葉家崩壊の真相を悠に直接聞こうと思っていたのだ。

ただ、その思惑は外れることになる。悠の家にはリーナも訪れるのだ。

それだけではない。真由美も当然、悠の家に居ることだろう。

そうなると、四葉家の話題を出すわけにもいかない。

悠からリーナや真由美に四葉と自分たちの関係を知らせているかもしれないが、わざわざこちらからだす話題ではない。

 

 

 

放課後リーナは一度USNAの拠点兼自宅に帰った後、悠のマンションへと向かった。

深雪と達也は制服姿のまま、悠のマンションへと向かう。

そこにはエリカや美月、レオ、幹比古の姿もあった。

エリカと美月は悠にバレンタインチョコを渡す名目で悠の自宅に訪れるつもりだが、本命は悠の家に来るだろうりせに会うためだ。レオはただ単に、悠の家でおいしい茶菓子を食べるために、幹比古は美月が悠にバレンタインチョコを渡すと聞いて、気が気でなくついて来たのだ。

 

これで達也の悠に直接四葉崩壊の真相を聞くという思惑は完全に崩れた。

 

 

 

 

悠は学校から自宅マンションに帰った後、直ぐに夕飯の下ごしらえをし始める。

 

悠の自宅マンションに一番乗りしたのはやはり自宅が近いリーナだ。

リーナは授業が終わると脱兎のごとく自宅に戻り、悠の家に訪れたのだ。

誰よりも、早くバレンタインチョコを渡すために。

 

「……悠、日本ではバレンタインデーにチョコレイトを渡す習慣があるって聞いて、私もチョコクッキー作ってみたの、初めてだからそのおいしくないかもしれないけど、受け取ってくれる?」

リーナは緊張した面持ちで悠に可愛らしくラッピングされたチョコクッキーを渡す。

 

「ああ、リーナありがとう」

 

「……食べてくれる?」

リーナは上目使いで聞く。

 

悠はその場で、ラッピングを外し、出てきた形やサイズが不ぞろいなチョコクッキーを口にする。

 

「……どう?」

リーナは恐る恐る聞く。

 

「初めてにしては、おいしくできてる。リーナありがとう」

そのクッキーはサイズや形はともかく、それなりにおいしく仕上がっていた。リーナの努力がうかがえるクッキーだ。

今までもらった手作りバレンタインチョコは……ひどいものばかりだったため、悠は少々感動していた。

さらに、あまりこういうのが得意そうじゃないリーナがちゃんとおいしく仕上げてきたことも……

 

その悠の返事に、リーナは嬉しさが込み上げる。思わず悠に飛びつきたい衝動に駆られるがぐっと我慢する。

「そう、よかったわ。……その、また作って上げるわ」

 

悠は思わずリーナの頭をなでる。

「そうだな。また作ってくれ」

 

「……こ、子ども扱いしないでよ」

リーナは悠に褒められ、また、作ってほしいと言われ、心の中で爆発しそうな勢いだったそれが何かを自覚するにはまだ時間を要する……顔を真っ赤にして、恥ずかしさを隠すかのように早口で悠にそう言った。

 

 

その後、深雪と達也とエリカ達第一高校の一年生組が訪れる。

 

「鳴上さん……色々と助けていただいた上に、私たちの事も受け入れていただき本当にありがとうございます」

深雪は恥ずかしそうな笑顔で悠を見上げ、手作りチョコの入った小箱を渡す。

 

「ありがとう。それとこれからもよろしくな深雪」

 

「はい」

深雪は満面の笑みで返事をする。

 

達也はその様子を鋭い目つきでじっと見つめていた。

 

そんな達也の耳元で……

「達也君、達也君。深雪が取られちゃうわよ」

エリカは達也にいたずらっぽい笑顔でそう言う。

 

「おお、凄いな。あの司波が達也以外の男にあんな顔をするのか……こりゃ、兄離れも近いな。達也もシスコン卒業しないとな」

空気の読めない男代表レオはそんなことを達也に言ってしまう。

 

「前にも言ったが……俺と深雪は兄妹だ。深雪が誰を好きになろうと受け入れるつもりだ」

そう言う達也だが、明らかに憮然とした顔をしていた。

 

そんな皆の様子を美月と幹比古は苦笑し、眺めていた。

 

 

この後、エリカと美月は二人で悠に、感謝を込めてということで、義理チョコを渡し、悠もお礼を言う。

幹比古はどこかホッとした顔をしていた。

 

 

 

しばらくし、真由美が訪れる。

真由美は学校から一旦自宅に戻り、オシャレな服装に着替え、ここに来たのだ。

 

「みんなこんにちは。達也君や深雪さん、千葉さん達も来てたのね」

真由美は皆に挨拶をし、皆も挨拶をそれぞれ返す。

 

「な、鳴上くんちょっといいかしら」

真由美は悠をマンションの屋上に連れ出す。

 

「……あのね。チョコレートを作ったのは初めてで、その鳴上くんはお菓子作るの上手だから、どうしようかと思ったのだけど、でも……これを受け取ってください」

真由美は恥ずかしそうに頬を赤く染め、きれいにラッピングされた小箱を渡す。

 

「ありがとう七草」

 

「その、恥ずかしいから、後で一人の時に開けて食べてね。りせさんが誰がおいしいか勝負とか言ってたけど……私はいいの、鳴上くんが食べてさえくれれば」

 

「そうか、わかった後で食べる」

 

「うん。……そ、それとね。そろそろね。あのね」

真由美は顔を赤らめながら何かもじもじして言いにくそうにする。

 

「………」

悠はそんな真由美の次の言葉を黙って待つ。

 

「……前はその断ったのだけど……そろそろいいかなって、私の事も下の……名前で呼んでほしくて」

真由美は最後は消え入るような声で言う。

 

「そうか、じゃあ真由美。俺の事も悠でいい」

悠は恥ずかしげもなく下の名前で呼ぶ。

 

「………その…ありがとう、悠くん」

真由美は茹でタコのように顔全体が真っ赤になっていた。

 

 

そして、屋上から戻った悠と顔を真っ赤にしたままの真由美を見て、エリカはニヤニヤと、美月は何故か目をキラキラとさせる。

幹比古は何かを察したような顔をし、達也も気が付いたようだが、ポーカーフェイスのままだ。

レオは何も気が付いていないようだ。

リーナと深雪はそんな二人を見て、なんとも言えない顔をしていた。

 

 

 

そして、最後にりせが……

 

「あれ?みんな来てたんだ。あの襲撃事件ぶりかな?」

 

「りせ姉さま!ご無沙汰してます」

「りせお姉さま!会いたかったです」

エリカと美月がりせがリビングに入ってくるなり、勢いよくりせに迫り挨拶をする。

 

「りせさん、こ、こんにちは、この前はありがとうございました」

「まじで、アイドル来たぞ。思ったより小さいな」

幹比古は恐々挨拶をし、レオはアイドルの久慈川りせが目の前に現れた事に驚くが、そんな感想を漏らす。

 

「りせ、遅いわよ」

「りせさん。こんにちは」

リーナと真由美はいつもの感じの挨拶だ。

 

「久慈川さんお久しぶりです」

「その節は」

深雪と達也も挨拶をするが、他所他所しいのは仕方がないだろう。あの襲撃事件では、顔は合わせはしたが、まともに言葉など交わしていないからだ。

 

「悠先輩待った?」

 

「いいや」

 

りせはコートを脱いで、ハンガーにかける。

「もう、みんなバレンタインチョコ渡した?」

 

「もう、とっくにね」

リーナが代表して答える。

 

「じゃあ、私が最後ね!」

 

「それじゃ、ハイこれ、りせ特製手作りバレンタインチョコレート!久慈川りせから愛を込めて悠先輩に!!今回も手作り気合い入れて作っちゃった。去年よりパワーアップしてるんだから!!」

 

「あ、ありがとう…りせ」

悠は可愛らしいパッケージに包まれた小箱を恐る恐る受け取る。

りせの言葉から不安がよぎっていた。今回も手作りで、しかも何かがパワーアップしてるらしいのだ。あれ以上何があるのだろうかと……悠の脳裏には昨年の苦い記憶が蘇り、額に汗をにじませる。

 

そんなりせのバレンタインチョコをうらやましそうに見る美月とエリカ。

レオは堂々と悠にバレンタインチョコを渡すりせを見て感心していた。

 

「あっ、こんなに人数居るとは思ってなかったけど、みんなの分もあるから食べてね」

りせはそう言って、大きめの箱のラッピングを解き、箱を開け、リビングテーブルに置く。

それを聞いて、美月やエリカだけでなく、幹比古とレオも嬉しそうに箱の中身を覗く。

箱の中には真っ赤なチョコと緑色のチョコが並ばれていた。

普通に考えれば、緑色のチョコは抹茶チョコだろう。真っ赤なチョコは普通は食紅など表面だけをコーティングしたチョコなのだろうが……これはチョコ自体が赤いのだ。

 

「緑色はちょっと甘口で、赤いのが辛口だから!食べてみて?」

りせはそんなことを言って皆に食べることを促す。

チョコに辛口とかあるのだろうか?

 

「じゃあ、遠慮なく」

レオは躊躇なく、赤色のチョコを数個一気に口に入れる。

そして………

 

喉を抑え声もなく、顔を真っ青にし、その場で後ろに倒れる。

 

「ちょっとレオ?あまりのおいしさに倒れた」

エリカはそんなことをにこやかに言うが、横に座っていた幹比古はレオが明らかに苦し気なのに気が付いてた。

 

「………」

悠はそれを見て、額に汗をする。

 

「えーっと、今回のチョコは緑色のがハラペーニョ(ハバネロに匹敵する辛さの青唐辛子)入りのチョコで、赤いのがキャロライナ・リーパー(ハバネロの5倍から10倍辛い唐辛子、もはや触るだけで痛いレベル。常人では口にすることもできない辛さ)入りチョコでーす!ちなみに悠先輩のチョコにはこれを3倍に濃縮したものが入ってます♡」

りせから衝撃的な事実が皆に伝えられる。

 

「「「………」」」

それを聞いて全員が沈黙する。

 

「幹……あんた、ちょっと食べてみて、私、今日チョコを食べるの医者に止められてるの」

「エリカ……りせさんが折角作ったものだよ。ほら」

エリカと幹比古はチョコの擦り付け合いを始めてしまった。

 

 

「りせ……チョコは後にしよう。まずは夕飯だ。今日はいい魚が手に入ったから南蛮漬けと刺身を用意した」

悠は皆の命の危険を感じ、起死回生の提案をする。

 

「悠先輩のごはん!そうね。チョコを食べて悠先輩のごはんが食べれられなくなるのは残念だしね。皆にもってかえって貰えるよう小分けしとくね」

りせはそう言って、テーブルの上に置いたチョコの箱を片付ける。

 

皆はそれを聞いて、ホッと胸を撫でおろす。

そして、皆は心の中で悠に感謝の言葉を述べる。

 

 

悠は夕飯の準備にかかる。深雪は自前のエプロンを掛け悠を手伝うためにキッチンに入る。真由美もそれに習うかのようにキッチンに入った。

 

リーナはキッチンカウンターの外から、悠たちが料理する様子を伺っていたが、食器を並べる用意を手伝いだす。

 

りせは嬉しそうに、激辛チョコを小分けしていく。

エリカと美月はそれを手伝いながら、りせとの会話を楽しんでいた。

 

達也と幹比古は青白い顔をし倒れてるレオを介抱しようとするが、意識がない。

悠がこそっと、この日のために作った自前の対激辛中和オリジナルドリンク(ヨーグルトに各種ハーブと果実が入ったジュース)をレオに飲ますようにと幹比古に渡す。

 

 

 

夕飯の準備も終わりかけの頃。

悠の自宅のチャイムが鳴る。





明日投稿できればいいな。
バレンタインの本番はこれからです。
今迄は序章です。


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第四十八話 来訪者来る

感想ありがとうございます。
お返事が遅れておりましてすみません。徐々に返事させていただきます。
誤字脱字報告ありがとうございます。助かっております。

更新が遅くなりすみません。
人が一人やめちゃうと大変ですね。仕事が1.5倍に><
八月は更新は遅くなりそうです。

というわけで、まだ、バレンタイン編です。
本編復帰はもう少しです。



 

2月14日(火)

 

今日はバレンタインデー。

世の女性が気になる男性に思いの丈をチョコに乗せアピールする絶好の機会。

 

悠の周りの女性達も例外ではなかった。

放課後。悠の自宅に訪れ、それぞれ自分の思い思いにアピールするのであったが、悠にどれだけ伝わったかはわからない。

今の所、真由美が上出来な部類だろう。

思いが伝わっていないというか、逆効果だろうと思われるのは激辛チョコを贈ったりせなのだが……インパクトとしては十二分に伝わっただろうが。

 

今、悠の自宅には自然とドッペルゲンガー第一高校襲撃事件で活躍した面々とその関係者が集まり、和気あいあいとした雰囲気で過ごしている。

日が暮れだした頃、悠が夕食の準備に取り掛かる。深雪と真由美がキッチンに入り手伝いを、リーナも料理はできないが、食器などの用意を手伝っていた。

りせは、自前の激辛チョコを皆に持って帰って食べてもらうために小分けにしラッピングをしていた。それをエリカと美月が他愛もない会話をしながら手伝う。

達也と幹比古はりせの激辛チョコを食べて気を失ったレオを介抱していた。

 

 

そんな中、悠の自宅にチャイムが鳴り響く。

 

悠が玄関で来訪者の対応をする。

宅配便のようだ。荷物が届いたらしい。

悠は大きな段ボール箱を携えてリビングに戻ってくる。

 

送り主は堂島遼太郎となっていた。

悠の稲羽の叔父からだ。

 

悠はとりあえず段ボール箱の中を確認すると、いろんなサイズのきれいに包装された箱が複数入っていた。きっと悠の稲羽の友人達によるバレンタインチョコレートプレゼントなのだろう。

悠はなぜだか、段ボール箱の中に得も言われぬ異様な空気が流れているように感じる。

 

遼太郎の筆跡で書かれたメモが段ボール箱の裏に張られていた。

稲羽の友人達のバレンタインチョコと従妹の菜々子の手作りチョコが入っている事が簡単に書かれている。

そして、そのメモの裏には何かの錠剤が何粒か入った小さなビニールの錠剤袋が貼り付けてあるのが見え、そこには一言、飲んでおけと書かれていた。多分胃薬だろう。遼太郎の気遣いが痛い。

悠は額に汗する。

 

「……そっとしておこう」

そっと段ボールを閉める悠。

 

悠はこの場でバレンタインチョコ取り出すわけには行かなかい。

りせのチョコ被害にあったぐったりと倒れたままのレオを後目にし、皆が帰った後に、稲羽の仲間と菜々子手作りチョコ群を食べようと決心する。たとえ気を失ったとしても、皆が帰った後ならば誰にも迷惑をかけないだろうと……

閉めた段ボールを自室に運び込む。

その時の悠は、なんだか自らの死期を悟った達観した僧侶のような遠い目をしていたとか……

 

 

今日の悠のレシピはアジの南蛮漬けとカツオの旨煮、刺身盛り合わせに、ヒジキの煮物、貝柱の大根サラダにアオサの味噌汁、それに漬物とごはんと海の幸をふんだんに使った和食だった。

それを懐石料理風の大きめの盆にのせ、各人の席の前に出す。

 

「悠先輩のごはん、悠先輩のごはん!うーん。おいしそう!流石悠先輩♡」

りせはその料理を見て一番に声を上げる。

 

「「「「………」」」」

料理を手伝っていなかった達也、幹比古、復活したレオとエリカや美月は出てきた料理の見事さに、見て固まる。

 

「お兄様、鳴上さんはなんでも料理ができるのですよ」

嬉しそうに達也に語る深雪。

 

「大したものじゃない。どうぞ。刺身以外はお替りがあるから」

悠はそう言って、皆に食事を促す。

 

悠が頂きますと合図をすると何故か、皆習って、いただきますと手を合わせる。

日本の風習に慣れていなかったリーナも悠の家で食事を何度もよばれていたため、今では手慣れたものだ。

 

「まじ、うめえ!鳴上さんって料理人か何かか?」

「……お菓子も美味しいし、和食もこんなに美味しいなんて」

「ほんと、おいしいわね…深雪も女子力高いけど、鳴上さんが一番高いんじゃ?」

「女子力とかいうレベルじゃないと思うよエリカ。高級料亭の職人級だよこれ」

レオ、美月、エリカ、幹比古は料理を堪能し、料理と悠の料理の腕前に褒め言葉が自然と出る。

 

真由美とリーナは何時も悠の美味しい食事をよばれているため、声には出しはしないが、料理を楽しんでいる。

 

「お兄様、本当に美味しいですね」

「ああ」

深雪に相づちを打つ達也だが、内心ホッとしていた。

この和やかな雰囲気を見る限り、真由美やリーナに自分たちが四葉の人間だということはバレていないのだと……

しかし、実際は真由美、リーナだけでなく、りせにまで達也と深雪が四葉の人間であるとバレている。悠の提案でこの事はしばらくは黙っていることになっていた。

 

「ふふーん。これで驚いちゃダメよ。悠先輩が作ったお弁当なんて、お節料理みたいだったんだから!」

りせは自分の事のように自慢げに皆に言う。

 

「りせ姉さまって、鳴上さんと一時期同じ高校に通ってたんですよね」

 

「そうよ。悠先輩はジュネス以外でみんなで外で集まるときはお弁当を、悠先輩の家に集まるときは料理とか作ってもらってたの」

 

「昔からなんだ……、いつも鳴上さんが?」

幹比古は何気なしに聞く。

 

「作れる人が居なかったから」

悠が平然と答える。……そう誰かに任せると、とんでもない事になるからだ。

 

「そうなのよ~。悠先輩以外では私しか料理できる人いなかったの、千枝先輩は普通に不味いし、雪子先輩は食べれる代物じゃないし、直斗くんは料理とかしないし。みんな女子力足りなくて」

りせは呆れたような表情でそういうが、りせ自身も料理できないメンバーの一人のはずだ。

 

「そ、そうなの……かしら」

真由美はりせが自分だけ料理ができるみたいな発言に半分呆れたような顔をしていた。

 

「そういえば、悠先輩。去年のバレンタインチョコ、みんなからとか、派手な先輩とか吹奏楽部の子とかからもチョコ貰ってたけど、誰が一番おいしかったの?」

 

「………」

悠は答えに窮する。

誰がおいしいかといわれると困る。

普通に美味しかったのは、バスケット部マネージャーの海老原からもらったデパートで買ったらしい高級チョコだったのだが………

いつもの女子メンバーのチョコは何かが間違っているため、評価に困るのだ。

 

「やっぱり私のハバネロとドリアン入りチョコよね悠先輩!」

 

「み、みんな個性があって良かった」

悠は冷や汗をかきながらそれが精いっぱいだった。

 

「悠先輩ったら……」

 

「鳴上さんは今の学校では、バレンタインチョコどれくらい貰ったんですか、結構モテそうだし。ちなみにレオなんて、何故か学校で大きな紙袋パンパンになる位もらってましたけど。こんなガサツな奴のどこがいいんだか……」

エリカは悠に質問をしつつ、レオをジトっとした目で見据える。

 

「誰がガサツだ!お前よりましだ!」

 

「なによ!私が何であんたよりガサツなのよ!」

 

「まあまあエリカちゃん。レオくんは誰にでも優しいし、男らしいから、女子の間では人気があるのよ」

 

「えー?こんな奴が?……そういえば、幹も達也君も結構もらってたわね」

エリカはレオを一瞥してから、幹比古と達也に顔を向ける。

 

「僕に振らないでよエリカ、レオほどじゃないけど手提げ袋1袋ぐらいは……達也と同じくらいかな」

 

「お、お兄様?いつの間にそんなに!?」

 

「……まあ、そうだな」

バツが悪そうな達也。どうやら深雪に沢山チョコをもらった事を言ってなかったようだ。

 

「なる……その、悠くん……は学校ではどうだったの?女の子の友達が結構いそうだけど」

真由美は悠の名前呼びにまだ慣れてないため、恥ずかしそうに顔を赤らめながら質問をする。

 

「……いつの間に名前呼びに……何があったの!!真由美さん!!……悠先輩!!」

真由美の突然の悠の下の名前呼びに、りせは驚きを隠せず真由美に迫るが、顔を赤らめるばかりで返事がないため、悠にも迫る。

 

「ついさっきから」

悠は何もなかったかのようにケロッとした顔で答える。

 

「そそそ、そうなの。私だけまだだったから……前にもそうしてくれるって言ってくれたのだけど、恥かしくて……」

真由美は恥ずかしそうに下を向いて顔を真っ赤にしていた。

 

「この中で真由美だけ、まだだったからな」

 

「………」

真由美は悠の真由美呼びに顔をさらに赤くして、俯いたままになる。

 

「そうだけど。そうなんだけど!……悠先輩の天然ジゴロ!!」

りせはそんな真由美の姿を見て、どうも納得がいかないようだ。

実はりせがこの中で悠との恋のライバルとして最大の脅威になる可能性があるのは真由美とみていたのだ。

悠はどうも年下には、妹や後輩のような扱いをし、恋の対象としてみていないようなのだ。

りせ自身も悠に散々アピールしてきたのだが、飽くまでも後輩といった感じでいなされてしまう。

だから、今の悠の周りの女性関係でリーナや他の年下の女子が悠に近づこうとしても、まったく脅威に感じていなかったのだ。

真由美はこの中で唯一悠と同級生で、さらに大人びた対応ができる女性なのだ。

それでもりせは真由美が相当奥手でなかなか踏み出せないでいるのが分かっていた為、まだ大丈夫だと高をくくっていたのだ。

だが今、その一歩を真由美が自ら歩み出たことで、悠を巡るりせの警戒度は2段階ほど一気に上がったのだ。

因みに、りせはリーナをあまり脅威に思っていない。

確かに見た目は美人だが……中身がお子様だと、悠に対してヤキモチをよく焼くが、どう見ても恋人には見えない。せいぜい仲のいい兄妹のような関係に映っていたからだ。

 

りせからすると今の真由美は、折角、雪子という最大のライバルが遠く離れ、自分が圧倒的有利だと確信していたのに……思わぬところから現れた伏兵と同じだったのだ。

 

この光景を見ていた幹比古はうらやましそうな顔をし、レオは感心していた。

エリカと美月は嫉妬するりせを見た後に、悠に複雑な感情を抱き、ジトっとした目を向けていた。

リーナも3人の様子を見て、またしても自分自身でも良くわからない感情が蠢いているのを感じ、それを抑え込もうとしていた。

 

「お兄様、天然ジゴロとはどういう意味なのでしょうか?」

深雪は横の達也に小声でこんなことを聞いていた。

 

「深雪はまだ知らなくていい………あえて言うならば鳴上さんのような人を指す言葉だ」

達也は箱入り娘の世間ズレを起こしてる深雪にあえてこんな言い方をする。

 

「??」

深雪は疑問顔のままだった。

 

 

「落ち着け、りせ」

悠は感情を爆発させそうなりせを落ち着かせる。

元々、りせは悠や稲羽の友人達には、感情をありのままさらけ出すため、感情的になりがちなのだ。

 

「もう、悠先輩の意地悪!」

りせはそう言いつつも、真由美と悠の態度を再度見て、まだ大丈夫そうだと肩を撫でおろす。

明らかに悠の方は友人としてまだ接してるからだ。

 

 

「それで、鳴上さんはバレンタインチョコ学校でどんだけもらったんだ?」

空気の読めないレオは折角収まりかけた話題を蒸し返す。

 

「そこそこ貰いました」

悠はなぜか丁寧語でこう答えこの話題を締めくくった。

しかもこの答えだと、多いのか少ないのかも判断しづらい。

貰ったことは確かだという情報だけなのだ。

 

 

 

 

 

夕食も終わり片づけを始めたころ。

 

 

またしても、悠の自宅のチャイムが鳴る。

 

悠は玄関に出て、来訪者を迎える。

今度は宅配便ではないようだ。

一言二言話して、来訪者を伴い悠はリビングに戻ってきた。

 

「皆さん。ご機嫌麗しゅう」

来訪者は悠の後ろから気品あふれる声で片づけを行ってる皆に丁寧に挨拶をした。

 

 

「な!」

「え!?」

達也と深雪はその来訪者の登場に大いに驚く。

 

「ああっ!?」

「あっ!!」

「……え」

りせとリーナは意外な来訪者に、驚きというよりも何やら敵愾心を持った声を上げていた。

真由美はこのまさかの来訪者に驚きを隠せないでいた。

 

エリカと美月、幹比古、レオはその人物には心当たりがない。

悠の親戚なのではないかと……

漆黒のドレスを着た終始微笑みを絶やさない大人の美女に、美月と幹比古とレオは思わず見とれてしまう。

 

この大人の美女は、皆の反応にクスっと一笑いしてから、深雪と達也に声をかけたのだ。

「あら、奇遇ですわ。深雪さんに達也さん。このようなところでお会いするなんて」

 

「……あの、…その」

深雪は美女登場に戸惑いを隠せず、さらにこの場でどうふるまっていいのかわからず、返事が出来ずにいる。

本来は深雪はこの美女に対し、即傅き、最高の礼を尽くさなければならない立場なのだが……それすらも出来ないぐらい混乱していた。

 

「……なぜ、あなたがここに…」

達也は体中を臨戦態勢へと移行させ、こう聞き返す。この美女は達也にとっていろんな意味がある女性だ。元倒すべき相手にして、主筋の当主である。

本来なら、当主である彼女にそれ相応の礼を尽くさなければならないが、友人たちが見ているこの場では、それを行うことができないでいた。

いや、できるはずもない。

 

 

「なに?深雪と達也君の知り合い?」

「……なんか、珍しく達也が驚いてない?」

「……美人だな。何となく司波妹に少し似てるな」

「空気が重いような」

エリカ、幹比古、レオと美月はこの大人の美女と様子のおかしい達也、深雪を交互に見ながら、口々に言う。

 

 

 

 

この微笑みを湛える大人の美女はあの四葉家当主四葉真夜だ。

アンタッチャブル四葉と世界に恐れられる魔法師族の当主であり、達也と深雪にとっては、叔母である前に、従うべき絶対的な主なのだ。

友人たちが集うこの場で最も会いたくない人物だった。

自分たちが四葉の一員である事がバレたくはない上に、何を仕掛けてくるかわからない相手だからだ。もしかするとこの場の友人達に何らかのちょっかいを出す可能性もあるからだ。

 

因みに、先日悠が完膚なきまでにねじ伏せてしまった相手でもある。

 

 

悠は何か言いたそうな、りせ、真由美、リーナに目配せをする。

大丈夫だと……

りせはその意図を正確に読み取り、普段通りの振る舞いに戻す。

真由美も意図は理解したが、戸惑いの色は隠せない。

リーナは、しぶしぶといった感じで、おとなしく引き下がる。

 

 

「わたくしは津久葉真夜と申します。達也さんと深雪さんの親戚ですの。普段はあまり交流がないもので、わたくしも達也さんも深雪さんもまさかこのような場所で出会うとは思わず驚きましたわ」

四葉真夜は分家の名を騙り、やわらかい微笑みを湛えながら皆に自己紹介をする。

達也や深雪のフォローも入れるが、達也と深雪の驚く様を実に楽しそうに見ていた。

 

「真夜さんとは先日知り合った」

悠は簡単に説明する。

 

「そうですの。わたくし、一昨日に悠さんに助けていただいて、命拾いをしましたの。そのお礼にお伺いしたのですわ。そしたら達也さんと深雪さんがいらっしゃるのだから、わたくしこの出会いに運命を感じますわ」

真夜は悠の簡単すぎる説明を補足した。

 

 

 

そんな得も言われないような空気感が漂う中、悠は真夜を歓迎し、リビングに座るよう促す。

夕飯の片づけが終わった皆は思い思いに座る。

一応、真夜の横には達也が座り、その達也の横に深雪が緊張した面持ちで座る。

悠と真由美はキッチンで食後の飲み物の用意をしていた。

 

「皆さん。真夜と気軽に呼んでくださいまし、達也さんも、深雪さんも、昔みたいに真夜お姉ちゃんとでも呼んでください」

真夜はニコニコ笑顔でこんなことを言う。

達也は平静を装っていたが、内心では真夜をかなり警戒していた。真夜の一挙手一投足も見逃さないように全神経を集中させる。

深雪は未だに戸惑い続ける。

……実際には叔母と甥姪関係なのだが……真夜の偽りの今宵の設定では、達也たちの従妹のお姉さんぐらいの感覚のようだ。

達也も深雪も今も昔も真夜をお姉ちゃんなどと呼んだことも無いし、真夜がお姉ちゃんと呼ばれている姿も見たことがない。

しかも、この真夜は今までの作られた妖艶な笑みではなく、楽しそうな笑みを浮かべている。

こんな真夜の姿も達也や深雪は見たことが無かった。

 

その後、それぞれが簡単に自己紹介をしていく。

エリカ達は達也と深雪の友人として、リーナはツンとした表情で深雪の友人として。

りせは悠の深い仲であるとわざとらしくアピールし自己紹介をする。

食後デザートとして生絞りフルーツジュースと高級そうな個別包装のチョコをテーブルに出す真由美も達也と深雪の先輩として、自己紹介をした。

 

 

「へー知らなかった深雪たちに真夜さんのような美人の親戚が居るなんて、小さい頃の達也君と深雪ってどんなかんじでしたか?」

エリカは真夜に興味津々に質問をする。

達也は余計なことをという視線をエリカに向けていた。

 

「うーん。そうですわね。寡黙な少年と大人しいかわいらしい女の子といった印象ですわ」

 

「それ、まんまだな」

「想像通りというか予想通りだね」

レオと幹比古は納得いった感じで頷く。

 

「やはり親戚ですね。最初真夜さんを見たとき深雪さんと真夜さんも道理で少し似てると思いました」

美月はレオと同じ印象を持っていたようだ。

深雪は実際には真夜の双子の姉の娘に当たる。遺伝子操作をしたとしても面影は残るだろう。

 

「……陰険な性格は達也とそっくりね」

リーナは皆に聞こえない程度の小声でこんなことを言っていたが、隣に座ってる真由美にはその言葉が耳に入り、苦笑を漏らしていた。

 

しばらく、エリカ達による真夜への質問が続き、達也と深雪は気が気ではなかったが、真夜は無難な返答を返していく。

最初は重かった場の空気も今では和らいでいた。

 

 

しかし、この会話に全く入っていない人物がいた。

悠は真由美と同じタイミングでこの輪に入っていたのだが、未だ何も話さず、テーブルの上に出されている真夜がバレンタインを兼ねた手土産として持ってきた高級チョコを黙々と食べていた。

いや、悠だけではなかった。エリカと美月に囲まれて座っていたりせも高級チョコを黙々と顔を赤らめながら食べていた。

 

 

そして、皆が会話をしている最中……急にりせがすくっと立ち上がらり、顔を赤らめながらこんなことを大声で言い出した。

しかも呂律が回っていない。まるで酔っ払いのように……

 

「……そんなころ、ろうでもいいろら!白黒はっきり決めるのら!熟女が好きか若いのが好きから!」

 

「りせお姉さま?」

「りせ姉さま?」

 

「王様ゲーーーム!!始めるのら!!」

りせはビシッと前に指を刺し宣言する。

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

「レオ!!!!あれを持ってくるのら!!!!」

りせは顔じゅう真っ赤にさせ、うつろな目をレオに向け、命令する。

 

「お?俺かよ?あれってなんだ!?」

 

「早く!!王様の言うことは絶対なのら!!」

 

「おい、エリカ?これどういうことだ?」

 

「ちょ、私に言われても……りせ姉さまどうされたんですか?」

 

「んっとに、使えない!打ち首なのら!!」

 

 

りせの突然の豹変に一同は驚き戸惑う。

悠と真夜以外は……

 

 

そこに悠がりせの前にすっと現れ、片膝をつき両手で恭しく何かを献上する。

その手の上には、番号の振ってあるプラスチック製の棒が並べられていた。

 

「王様の命令は…絶対だ!」

そう力強く言う悠の目はうつろであった。




次でバレンタイン編終わりです。

それでようやく本編に戻れます。

ドッペルゲンガー……忘れてないですよw


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第四十九話 王様ゲーム

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやく、番外バレンタイン編がおわりです。
次からは本編です。

今回、一番長いです、


和やかなムードで食後のティータイムを楽しんでいる中、りせが急に立ちあがりこんな事を言い出したのだ。

 

「王様ゲーーーム!!始めるのら!!」

 

りせは呂律が回っておらず、顔は明らかに赤らんでいる。まるで酔っぱらったかのように。

悠の料理に料理酒は当然使用されているがアルコール分は飛んでいるはずだ。

 

「レオ!!アレを持ってくるのら!!」

りせはレオに訳が分からない命令を下す。

 

りせの急変に皆、呆気にとられていたのだが……

そんな中、真夜と悠だけは冷静に見える。

 

だが、実際は……

 

「王様の命令は…絶対だ」

悠は力強い言動と共にりせが要求するアレなるものを正確に把握し、りせに傅き、両手で王様ゲーム専用黒のプラスチック製のクジ引き棒を人数分恭しく献上したのだ。

そんな悠は顔こそ赤く染めていなかったが目はうつろであった。

 

りせと悠は明らかに酔っぱらっていた。

この二人、アルコール摂取しなくても、場の雰囲気だけで酔える特異体質なのだ。しかし悠の自宅で和やかな空気が流れ、ティータイムを楽しんでいるこの空間は場酔いをするような雰囲気ではない。

 

ではなぜ?

 

この二人にはある共通点があった。

皆の会話を楽しんでいる中、会話に一切入らず真夜が持ってきた高級チョコを黙々と食べていたのだ。

実は真夜が持ってきた高級チョコには香り付け程度にごく微量にブランデーが含まれていた。それを食べた悠とりせはこの微量のブランデーで酔ってしまったのだ。

こうなったりせと悠を止めれる人間はほぼ存在しない。

 

 

「王様ゲーーム!!行くのら!!まずわーーーーエリカ!!引くのら!!」

 

「……あの、りせ姉さま。王様ゲームってなんですか?」

りせにトップバッターを指名されたエリカだが、王様ゲームを知らないため、何をどうしたらいいのか戸惑っていた。

 

「お兄様、王様ゲームとはどのような遊びなのでしょうか?」

「……いや、俺も初めて聞いた」

同じく、深雪も達也も知らないようだ。

 

「幹比古、知ってるか?」

「いや、僕も初めて聞いたよ」

そして、レオと幹比古も……

 

「真由美……王様ゲームって何かしら?」

「私もしらないわ」

当然リーナも真由美も知らない。

 

真夜はただ、その状況を楽しんで微笑んでいるだけだが、たぶん知らないだろう。

 

魔法科高校に通う生徒たちは皆、名家や企業家の子息子女だ。

ここに居るメンバーも例外ではない。

ただでさえ、魔法師ということで特殊な環境で育った人間だ。

世間一般からも外れた、こんな下世話な遊びを知っているはずもなかった。

 

 

「なんらーー!!王様ゲームも知らないろら!!お子様なのら!!……悠ー先輩!!庶民共に教えてやるのら!!」

 

「王様のおっしゃるままに」

悠は皆の前に立ち上がり、王様ゲームの説明と素晴らしさを拳握り力説しだした。

 

王様ゲームとは、罰ゲーム的要素を持つ、多人数で行うレクリエーションの一つである。

ルールは至って簡単。

①人数分のクジ引き棒を用意し、クジ引き棒にはあらかじめ王様の印と王様分を引いた人数分の番号を記しておく。

②番号や王様印が見えないように、皆が引いていく。その際誰にも番号が見えないようにするのがコツだ。

③まずは、「王様だーれだ」の掛け声と共に王様印を引いた人間が名乗り出る。

④王様に選ばれた人間が命令を下す。例えば「〇番が○〇を○○する」「〇番と〇番が○○する」など

⑤「〇番だーれだ」の掛け声と共に王様の命令で番号のクジを持っていた人間が名乗りでて王様の命令を実行するのだ。

 

王様は命令を下すが、誰がその命令を実施するかはクジ運だのみのため、そのランダム性が楽しみの一つである。

このゲーム、罰ゲーム系の命令のケツバットとか腹筋30回とかよりも、男女が居ればちょっとエッチな命令の方が盛り上がる。

 

悠は上記のルールなどを力説した後……

ルールを聞いて戸惑いや不安そうな顔をしている面々に対して……こう締めくくった。

「いいから、やれ」

 

「にゃはははは!面白いのら!きっと皆気に入るのら!」

 

「み、みんな節度を持った命令じゃないとだめよ。これでも元生徒会長なんですから私の目のまえでは……」

真由美はルールを理解し、その危険性を感じ、皆に釘をさす。

 

「真由美さあーん。チッスまでは大丈夫なろれーす」

 

「りせ、チッスって何よ?」

リーナはりせに聞く。

 

「リーナぁーー、チッスはチッスよーー」

りせはリーナに投げキスをして見せる。

 

「りりりせ姉さま!?ま、まさかキス!?」

エリカは顔を真っ赤にしていた。

当然、美月も顔を赤くし、幹比古とレオも顔を赤らめ慌ててる。

深雪も皆の反応を見てワンテンポ遅れてから、顔を赤らめ、もじもじする。

達也は凍てつく眼光でりせを睨みつける。

 

「だだだだめよ!りせさん!!」

真由美は慌てて反対する。

 

「えーーー、チッスはーーー欧米では挨拶なのら!!欧米か!!にゃはははは!!」

完全に酔っぱらいのりせ。

 

「まあ、頬にキスは家族や親しい友人にもするから別にいいんじゃないかしら?」

リーナは冷静に答えるが……頭の中では悠の事を思い浮かべていた。

 

「七草さん、わたくしが、あまりにも倫理に反するようであれば止めますので、まずは進めてはいかがですか?」

真夜は微笑みながら真由美を説得する。

 

「そ、そうですね。本当に節度を守ってね。みんな!」

真由美は年上である真夜にそういわれては従わざるを得なかった。

 

 

四葉当主である真夜がこう言ってしまっては、達也も深雪もそれに従わなければならない。

達也の眼光はさらに鋭くなる。

深雪にキスなどもっての他。深雪の肌に触れる行為は許せるはずがない。

しかし、真夜が容認してしまえば、命令には従わなければならない。

ならば、深雪に如何に被害が及ばないようにするかを達也は思考をフル回転させる。

男どもは全員敵だ。達也は悠とレオと幹比古を一睨みする。

さらに、とんでもない命令を下す人間も敵だ。まずはりせ。はしたなくも自らキスを要求するほどのあばずれだと、最重要危険人物に達也は指定した。安全牌は真由美と美月だ。エリカは意外と初心だから、エリカも大丈夫だろう。心配なのは深雪だ。天然なところがあり、兄としても冷や冷やする場面も多い。それとリーナだ。リーナのお国がら的に挨拶程度のキスならば簡単に容認しそうだ。それに真夜。何を考えているのかがさっぱりわからないからだ。大体こんな場所に来る事自体おかしいのだ。

そして、悠が説明した王様ゲームのルールを思い出す。

このゲーム、王様になれさえすれば、ひどい目に合うことはない。

それと王様になる人間がまともな命令を下せる人間であれば、深雪に被害は及ばないだろう。

先ほどの思考どおり、自分と真由美、美月、エリカが王様になれば問題ない。意外とレオはまともな命令を出すだろうと、レオはああ見えてお子様脳だと知っている。

要注意は逆に幹比古だ……ああ見えて、むっつりスケベだと……血迷ってとんでもない命令を下す可能性があるからだ。後は未知数の悠だ。これも何を考えているかさっぱりわからない。

安全牌は自分、真由美、美月、エリカとレオ。そして深雪が王様になればとんでもない命令を下すかもしれないが深雪自身に被害は及ばない。

これで、11人中6人が王様になれば、深雪への被害は起きないということだ。そう考えれば結構な確率で回避できそうだ。

ただ、これだけでは確実性にかける。

 

達也はさらに思考を深める。

くじ引きだ。

くじ引きでいかにまともな命令を下せる人間を王様にならすかだ。

達也は自らの空間認識能力を使い。くじ引き棒に書かれている番号と王様印を把握できるのではないかと考える。インクで書かれているのであれば、ごく微量の凹凸が生じる。空間認識能力をその一点に集中すれば、インクの微量な凹凸が判断できるのではないかと。だとすれば、達也自身が一番最初にくじ引きさえすれば、必ず王様になることができる。そうでなくとも自分がくじを引く番までに王様印が残っていれば、王様になることができるのだ。

これで、さらに確率が上がる。

 

さらに達也は思考を回転させる。

とんでもない命令を下す連中をリタイアさせる。

もしくは男どもをリタイアさせる方法を思考する。

達也の空間認識能力を使用すれば、誰が何番のくじを引いたかを把握することができる。

そこで、達也は王様になり、リタイアさせたい者同士に精神的ダメージが大きい命令を下し、行動不能にさせる。

理想は達也が最初の2回は王様になれば、すくなくとも男ども3人の排除が可能となり、すべて方が付く。

3回王様になれば、危険分子は全員排除ができる。

これで深雪に不貞な行いをする不届き者はすべていなくなる。

 

達也が思考の渦から脱したころ……

 

「んじゃー!くじを引くのらー!!あたしからーーー、うんしょ」

そう言ってりせは王様ゲームをはじめだし、自ら最初にくじ引き棒を引いたのだ。

達也が最初にくじ引き棒を引くといういう思惑が、りせの行動によっていきなり瓦解したのだ。

 

「くっ」

達也はしかめっ面をしながらも、2番目にくじ引き棒を引きに行こうと手を伸ばすが……

 

「たーつや、なーーにがっつくのら!?男どもは最後なのら!!レディーーファーストは世界の常識なのら!」

よっぱらいのりせに常識的な理由で止められる達也。

 

そんな達也に女性陣の注目が集まる。

達也は形勢不利とみて、手を引っ込めた。

 

「悠先輩を見習うのら!悠先輩は必ず。最後に引くのら!!」

 

そう言ってりせは、アルミで出来た細長いくじ引き棒専用の缶ケースを隣のエリカに渡す。

 

もはや達也は女性陣より先にくじを引くことができない。

ならば、せめて誰が王様で、誰が何番を引いたか把握することに徹した。

女性陣が引くクジに意識を集中し、空間把握能力を使うが、番号が記されたインクの凹凸が把握できない。長い六角のプラスチック棒の表層は全く凹凸が無かったのだ。

どうやら、ただプラスチックの棒にインクで書いた簡単に作ったものではなく、ちゃんと加工されたくじ引き棒のようだった。実際は悠の手作りだが、かなり丁寧に仕上げているようだ。

 

「くっ」

これでは誰が王様で何番なのかは全くわからない。達也は最初に引いたとしても、王様印がしるされているくじ引き棒を引くことができないのだ。達也は顔をしかめる。

 

「なにやってんだ達也、次、お前引けよ」

達也が思考を巡らせている間、女性陣の後の幹比古とレオとすでに引いていたのだ。

そして、達也は意を決して引く。

くじ引き棒には7番の数字が……

達也は後は運に任すしかなかった。

 

最後に、悠が妙に切れのある動きでクジ引き棒を引き抜く。

 

 

りせの掛け声とともに悪夢のゲームが始まる。

 

「「「「王様だーれだ!」」」」

 

「わ……わたしです」

恥ずかしそうに美月は右手を上げながら、KINGと書かれたくじ引き棒を胸元に掲げる。

達也は美月が当たったことでまずはホッと肩を撫でおろす。

まず美月ならまともな命令を下すだろうと。

 

「「「おおお!!」」」

 

しかし……

 

 

「あの、その……王様の命令です!3番が7番に膝枕をしてあげてください!!」

美月は最初は恥ずかしそうに、そして意を決したかのようにおおきな声で命令を下す。

 

「美月!ナイス命令なのら!」

 

「な!?」

あの美月がかなり大胆な命令をくだしたのだ。達也は驚き、裏切られたような気分になる。

しかも、誰一人その命令を否定しない。あの真由美すらだ。

美月の狙いは尊敬するりせが恥ずかしそうにする姿を写真に収めたかったのだ。だからこんな大胆な命令をくだしたのだった。

 

だが、達也はホッと息を吐く。

7番……自分が選ばれた……後は3番は誰かだが、これで深雪は守られた。

もし、深雪が3番であろうと、兄妹で膝枕をするだけの事、達也達兄妹は普段から行っている事なのだから。……普通はしないだろうが、ただこの兄妹がおかしいだけの話だ。

 

「7番だ」

達也はそう言って手を上げ、7番のくじ引き棒を掲げる。

 

そして……

「あら、わたくしが3番ですわ」

達也はその声の主に勢いよく顔を向けると真夜がにこやかに手を上げ、3番のくじ引き棒を掲げていたのだ。

 

……達也は珍しく額に一筋の汗を流す。

一番当たりたくない相手にあたってしまった。

しかも、あの真夜がゲームとは言え、そんなことをするはずがないと。

 

そして、周りが囃し立てる。

 

「さあ、達也さん。膝枕ですわ。横になってくださいな」

元々真夜の隣に座っていた達也を、真夜はそのまま自分の膝の上に横になるように手招きする。

真夜は結構ノリノリであった。

 

(な!?なぜ!?)

達也は真夜を見つめ混乱し、躊躇する。

 

「達也うらやましいぞ!」

「達也くんなに恥ずかしがってるのよ」

「お兄様頑張ってください」

「王様の命令は…絶対だ」

さらに皆は口々に囃し立てる。

 

 

達也は意を決して、横になり真夜の膝に頭をのせる。

達也の心境は生きた心地がしない状況だ。いつ寝首を掛かれるかわからないと。ライオンの檻に入れられたウサギの如く。

この達也の姿を囃し立てる皆を見て、すべて敵に見えたという。

 

 

「じゃあ、次!達也と真夜さんはーー次の次までそのままーーー」

達也はりせから更なる追い打ちの言葉を吐かれる。

 

「な!?」

達也は抗議の声を上げようとしたが……

 

「達也さん、いいではないですか、たまには」

そう言って真夜は達也の頭を撫でていた。

達也はそんな仕草をする真夜に驚きながらも、それに素直に従う自分がいた。

 

 

 

次の王様に選ばれたのは……深雪だった。

「5番が王様に肩車をしてください!」

 

「深雪!ナイスチョイスなのら!」

 

「はぁ?深雪なんで肩車?」

「その、私、生まれてこのかた肩車をしていただいた記憶がなくて、お兄様に頼んでもその……」

 

達也は焦る。

深雪が王様に選ばれた時点でホッとしていたが、まさか深雪自身が墓穴をほるなどとは思いもしなかったのだ

達也は5番が男連中に当たらないことを祈る。

肩車ということは……深雪の肌に直接触り、密着するということだ。達也としては許容できるものではない。

 

5番のくじ引き棒が宙にくるくると舞う。

それを決めポーズと共にキャッチする悠。

「5番だ」

 

5番は悠だった。

 

悠はそのまま深雪の座ってる前に来る。

「立て、深雪」

 

深雪は顔を赤らめながら立ち上がる。

「あのー」

 

悠は真正面から深雪の腰あたりを掴み上げ、ひょいっと軽い感じで深雪を自分の肩に乗せたのだ。

 

「きーーーーうらやますぎるのら!深雪!!ずるいのら!!」

りせは明らかに嫉妬の声を上げる。

そんなりせの姿を美月はパシャパシャと写真に収める。

 

真由美は悠の肩の上の深雪をうらやましそうに見る。

リーナも同じくだ。

 

「……いいな」

幹比古もぼやく。

 

「その、鳴上さん重くないですか?」

深雪は顔を赤らめながら嬉恥かしそうに下の悠に聞いた。

 

「いや、まったくだ」

 

達也はそんな悠と深雪の姿を見て、真夜の膝の上から、悠を睨みつけていた。

 

 

 

 

「次々ーー!!いくのら!!」

 

真夜、達也、悠、深雪が抜けた状態で次に移行する。

 

 

王様になったのは、レオだった。

 

レオは珍しく凶悪な笑顔を浮かべていた。

「4番と6番!りせさんのチョコを食べてもらう。ありがたく頂け!!はっはーー!」

もっとも恐ろしい命令を下したのだ。

そう、レオは自分だけあの地獄を味わった事を根に持っていたのだ。

 

りせ以外の参加者の皆は血の気が引く。

 

見事あたりを引いたのは……

 

「僕はレオを介抱したのに!恨むよ!」

「レオ!!あんた、明日覚えてなさいよ!!」

幹比古とエリカだった。

 

「幹比古……これも勝負の世界だすまん!エリカ!俺がもがき苦しんでいるのを見て笑ったバツだ!」

 

りせの激辛チョコを食した二人はあえなく物理的に脱落する。

 

 

 

そして、真夜、達也、悠、深雪が復帰し、次に移行しする。

 

 

この後、リーナが王様で、お姫様抱っこを命令。

思惑が外れ、達也がリーナをお姫様抱っこする羽目に。

お互い、うんざりした表情をしていた。

 

次に、真夜が王様となり、2名に今この場で一番気になる異性を告白する事を命令する。

それに真由美とリーナが当たる。

「一番付き合い長いから、この中では当然悠ね」

リーナはさも当然とばかりに淡々と答えたことに対し真由美はしどろもどろに顔を真っ赤にし答える。

「その……あの、私は、年下はちょっと、同じか上がいいかしら……その、だから、悠くんで」

悠をちらちら見ながらバレバレの言い訳じみたことを言う。

 

「こらーーー!悠先輩はわたしのものらのら!!王様の物は横取りしたらいけないのら!!」

りせは二人に、酔っぱらいながら絡んでいた。

 

そして、ついに悠が王様に。

 

悠はいつの間にかクマメガネを装着し、王様印のくじ引き棒をくるくると回しながら決めポーズをとり宣言する。

「3番と5番が男だったら女装、女だったら男装だ!」

 

やはりというか、達也が当たってしまう。

もう一人は、真夜が当たってしまった。

 

悠はノリノリで、一昨年に八十稲羽高校の文化祭で女装に使用したスケバン風セーラー服を用意し、達也に洗面所で着替えさせる。もちろんりせがノリノリでメイク、悠が強制的に着せ替えさせた。

 

真夜は悠の部屋で、悠の高校の制服を着ることに、この際、深雪が着替えを手伝う。

「……そのご当主様、このようなことになり申し訳ございません」

 

「深雪さん。わたくし、今、楽しくて仕方がありませんの。このような経験を今迄してこなかった事が今更ながら悔やまれますわ。これも鳴上悠さんのおかげ。今は30年という月日を取り返している最中ですのよ」

 

「……叔母上様」

穏やかに微笑む真夜を見て、深雪は悠に心の中で感謝をする。

 

「今のわたくしは従姉の津久葉真夜ですわ」

真夜は深雪にそう微笑み掛ける。

 

 

メイクさせられ、スケバン風に女装させられた仏頂面の達也が登場。

その後には、どうだと言わんばかりの悠とりせが自信満々の顔をする。

レオとリーナは大笑いをし、真由美と美月は笑いをこらえるが我慢できずに漏れていた。

これほどこの女装が似合わないイケメンも珍しいだろう。達也の仏頂面がさらに滑稽に映る。

そして、皆は携帯端末で写真を撮り出す。

達也は心の中で悠に恨み節を吐いていた。

 

その次に悠の制服を着、元々のゆるふわの長い髪を後ろで束ねた男装の真夜が登場。

悠の制服を着ていても、真夜の美貌は男には到底見えない。

似合ってないかと言われれば、制服がそういうファッションなのではないかと思えるぐらい、意外としっくり来ていた。

 

レオは真夜の姿に唾を飲み込む。

美月も真夜の大人魅力に目が行く。

真由美も美月と同じくだった。

りせは自分も大人になればそれぐらいと呂律が回らない舌でぶつぶつ言う。

リーナは一瞥するだけだった。

 

「どうですか悠さん?」

真夜は悠の前で体を一回りさせて見せる。

 

「グッドだ!」

ノリノリで答える悠。

 

深雪は達也の女装を見て、

「お兄様、とてもよくお似合いですよ」

と微笑み掛ける。

 

しかし、それが逆に達也を不機嫌にする。

悠に対する敵愾心がどんどん上がっていくのだった。

 

 

 

 

次にようやく達也が王様になったのだ。

達也は女装をさせられたまま、初期の目的など忘れ、悠を見すえながら、悠をどうやって陥れようか頭をフル回転させる。

 

そして出した答えはこれだ。

「皆が選んだ代表と王様がクイズで勝負し、負けた方がりせさんのチョコを5個食べる。ちなみに出題者は皆が代表を選んだ時点で、番号で指名する。指名された人は高校で習った知識から出題することとする。5問先に正解した方が勝ちとする」

達也には思惑があった。りせのチョコを盾にすれば皆、尻込みし。必ず悠が自ら志願する。そして、クイズは学校の知識と限定したのは、悠に確実に勝つためだ。悠は魔法関係の知識にかなり疎いと見ていた。実際にもそうだ。りせ以外皆、魔法師だ。魔法に関する何らかのクイズになるだろうと見ていた。もし一般教養から出てきたとしても、達也は勝つ自信があった。

達也の知識はすでに大学生並だ。理系に関していえば大学の知識を優に凌駕していた。

 

そして、案の定。皆が尻込みしてる中、悠がすくっと立ち上がり出てきた。

「俺が行こう」

悠の眼鏡がキランと光る。

達也の思惑通りである。

 

「悠くん」

「悠……」

「悠先輩~♡」

「鳴上さん、お兄様」

「鳴上さん男だぜ!」

「……流石悠さんですわ」

真由美とリーナは悠を心配そうに、りせはデレる。深雪は悠と達也両方の心配をする。レオは悠の男気に惚れこむ。真夜は微笑んでいた。

皆悠を応援し。

悪の王(達也)と対峙する勇者(悠)の図が出来上がっていた。

 

 

「出題者は4番」

 

「わたしなのら!」

達也が一番不安材料のあるりせがクイズの出題者に当たってしまった。

しかし、達也は冷静だ。一般教養でも負けない自信があるからだ。

 

 

「じゃあ、クイズ行くのら!手を上げて答えるのら!」

りせは呂律が回らない舌でクイズ開始する。

 

「芸能界業界用語なのら!『てっぺん』とはなんのことなのか答えるのら!」

 

「!?」

達也はりせの出題の意味がさっぱり分からなかった。

 

悠はポーズを決めながら手を上げる。

「24時を指す言葉だ」

 

「正解なのらーー、さすが悠先輩♡」

りせは悠の答えにデレる。

 

「ちょっと待て、学校で習った知識からだ。芸能界業界用語は当てはまらない」

達也はりせに抗議する。

 

「たーつや!こんな問題基本なのら!答えられない方が悪いのら!学校で習う常識なのら!」

りせは当然とばかりに達也に言う。

 

「一般の学校では業界用語を習うのか?いやそんなはずはない」

 

「……達也くん。りせさんの通ってる高校は一般の高校なんだけど、芸能科コースがある高校なの。りせさんはその芸能科コースなのよ。だから、業界用語とかも習うみたいよ」

真由美は達也に苦笑しながら、りせの話を補足する。

 

「な!?」

達也は驚きを隠せない。

達也にとって全くの予想外の展開だった。

 

リーナは意地悪そうに達也に向かって笑っていた。

深雪は達也を心配そうに見る。

 

「まだ、1問目なのら!次、次!!」

 

そして、りせの業界用語の問題が次々と出され、あっという間に、悠は4問正解し、後1問で悠の勝利へとリーチがかかった。

達也は全く答えられなかった。達也に芸能界の業界知識などあろうはずがない。

 

「……なぜ、芸能人でも、芸能科に通っているわけでもない鳴上さんが答えられる?」

達也は悠にこんなことを聞く。

 

「基本だ」

悠は眼鏡を光らせそう答えるだけだ。

 

「達也君。悠くんね。りせさんのマネージャーのアルバイトをしたこともあるし、ちょっと前にりせさんと一緒に共演したこともあるのよ」

真由美は苦笑しながら、達也に説明する。

 

「達也!!往生際が悪いぞ!!」

レオが達也を冷やかす。

その隣で美月は苦笑していた。

 

最後にりせの問題を悠に答えられ、達也は敗北する。

策士策に溺れるとは、まさにこの事だった。

 

そして、達也は約束通り、りせのチョコを5つ意を決して一気に口に入れる。

幼少期から、訓練と称し毒等にも耐性を付けるために、少量の毒をも口にしてきた達也だが……りせの超激辛チョコ5つには耐えることができず、スケバン姿の達也はその場で気絶した。

 

 

 

この後も、王様ゲームが続いたが、王様に一回もなれないりせがついに暴走し、悠にキスを迫ったのだ。

真由美とリーナがそんなりせを取り押さえようとするが、座ったまま不動の悠はりせのキスを頬に受ける。

……その後は、もはや荒れた展開だ。

成すが儘、もみくちゃにされる悠。

 

その光景に美月は苦笑しながら気絶したエリカを介抱し、レオも幹比古を介抱、深雪はうらやましそうに見ながらも、達也を介抱していた。

 

結局、もみくちゃにされる悠は最後に真夜に抱き寄せ助けられ、この訳が分からないバレンタインイベントは終息を見た。

 

 

 

翌日、案の定、悠には王様ゲーム以降の記憶が全くない。

そして、りせも同じくだ。

 

第一高校では……

エリカと幹比古にりせ特製激辛チョコの仕返しをされるレオ。

達也のスケバン女装姿の写真が一部出回り、一時騒ぎに。

達也はますます、悠に敵愾心や対抗意識を持ってしまう。

美月は昨日撮ったりせの写真を待ち受け画面に。

リーナと深雪は昨日の事を笑い話で語る。

真由美は時々何かを思い出したかのように顔を赤くし、ため息を吐いていた。

 

真夜は楽しかった事を思い起こしながら、各省庁やドッペルゲンガー対策室へと赴く。

 

皆が共通して思ったことは一つ、りせはいろんな意味で危険人物だと。

りせの料理は絶対に口にしてはいけない。

りせにわずかな酒類でも近づけさせては絶対にいけない。

皆は等しくこの教訓を得たのだった。




やっと本編にもどれますw


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第五十話 ドッペルゲンガーについての意見交換

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

今回はかなり、つまらないお話です。
美鶴と悠の打ち合わせで、ここ12話ぐらいの話のまとめです。
次へのステップの前振りと思っていただければ幸いです。
たぶん。飛ばしても大丈夫なレベルです。

では……


 

 

2月15日(火)15:30

 

 

悠は桐条美鶴に呼ばれ、原宿のとある喫茶店に来ていた。

以前にも美鶴と打ち合わせをしたこの喫茶店。メイン通りから離れた静かな裏路地にあり、昭和風のレトロな雰囲気を持ち、商売っ気がない店主が常連相手に商売してるだけの隠れ家的要素を含んだ店だ。

美鶴は何か一人で考え事をしたい時などに、ふらりとここに、コーヒーを飲みに来ていたらしい。

 

「鳴上くん。急な呼び出しに応じてくれてありがとう。君には前々から話し合いをしたいと思っていたのだが、なかなか時間が取れなくてね。しかし、今日、急に時間が空いたのを幸いに、今ならば君と直に会う時間が十分作れると思い、手前勝手に君を呼びつけてしまった。すまない」

 

「俺の方も、桐条さんと話をしたいと思っていたところです」

 

美鶴が今日、急に時間が空いたのは、各省庁やドッペルゲンガー対策室に四葉真夜が現れたからだった。各省庁や十師族は慌てふためき、ドッペルゲンガー対策室の打ち合わせするどころではなくなり延期となったからだ。美鶴にとっても驚きはあったが、直接の影響が無いため、部下に情報収集をまかせ、自分は悠に会いに来たのだ。

 

「……私が気になっていたのは鳴上くん。『鏡の牢獄』についての報告だ。鏡の中の異次元に魔法師を取り込み、生命エネルギーを奪い、衰弱させていくとあるが……第一高校襲撃時やゴースト事件として魔法師がドッペルゲンガーを追っていた時も、ドッペルゲンガーは直接又は眷属を使って生命エネルギーを吸い取っていた。なのになぜ『鏡の牢獄』が必要なのだ。直接生命エネルギーを奪える奴らが、わざわざ鏡の中に魔法師を閉じ込め、生命エネルギーを奪う必要はどこにあるのかとな……それに君の報告に上がっていたドッペルゲンガー共が『当たり』と『はずれ』と称して魔法師を選別しているとあるが、これと関連性があるのではないかとね。……予想では、当たりと称した魔法師を『鏡の牢獄』に入れ、何かをしようとしたのではないかとね」

『鏡の牢獄』とは、光を発し鏡に映し出された対象の人間を鏡の中の異次元に封じ込める仕掛けの事だ。

 

「……俺もそれに疑問をもってました。……4日前。八十稲羽の従妹がドッペルゲンガーに襲われたことは報告が行ってると思います」

 

「ふむ。報告はドッペルゲンガー対策室を通じて受けてる。ドッペルゲンガーは従妹さんを君の人質として狙ったのだろう……その事も君から直接聞きたかったことなのだが……君がその際5体のドッペルゲンガーを討伐したと報告にあるが……あれは稲羽の君の友人たちが討伐したのだろう?」

美鶴は至って冷静に聞き、質問を返した。

 

「はい、友人たちにガードを頼んでいました。菜々子や叔父さんが狙われる可能性は十分考えられましたので」

 

「やはりな……彼らが居ればまずは大事ないだろう」

美鶴は当然だと言わんばかりに言う。美鶴は稲羽のペルソナ使いが全員、現実世界でペルソナが使える事は知っている。第一高校襲撃事件の事後処理の際、美鶴は悠にりせと稲羽の友人達についての立場とペルソナ使いであることを隠ぺいすることを約束していた。

そして、今もそれは守られている。

 

「それとだ。あのアンタッチャブル魔法師族と言われる四葉家本家が大規模魔法実験失敗により全損したとの情報が入ったが、同時に妙な噂がドッペルゲンガー対策室の上層部にまことしやかにささやかれていてな、それで皆、浮足立ってるのだ。四葉家も稲羽の君の従妹を狙い動いていたと、しかし、返り討ちにされた挙句、その本家が君の手で全損させられたと………しょせん噂程度の話だがな。さすがの君でもそこまでするはずが無いだろうに」

美鶴は笑い話程度でその噂を悠に振り、微笑を浮かべていたのだが……

 

「………」

悠は素知らぬ顔をする。

 

「………まさか?……いや……すまん。この話は私から聞かなかったことにしてくれ、君も答えなくていい……」

美鶴は悠の顔をまじまじと見つめ……

目の前の青年が普通の感覚の青年ではない事を思い出す。

爽やかな好青年に見えるこの青年は、時には大胆に、そして突拍子もない行動に出ることを……

今の悠の素知らぬ顔を見……この青年ならばやりかねないと、冷や汗が出る思いをしたのだった。

 

「そ、そうだ。『鏡の牢獄』の件と、稲羽を襲撃したドッペルゲンガーの話が何か関連性でも?」

美鶴は咳ばらいをして、話を元に戻す。

 

「直接の関連性は無いです。ただ、菜々子を攫おうとしたドッペルゲンガーは5体。この意味は大きい」

 

「………だな、USNAの報告では行方不明になりドッペルゲンガーに成り代わられた可能性がある人物はおおよそ12名、それ以外にもいる可能性はあるが………稲羽で5体、第一高校襲撃で5体、その前に君が2体と、スターズのリーナ君が1体、USNAでも1体倒していると聞いているな。少なくとも14体は滅したわけだ。これだけでも、すでに12体を超えてる。

しかも君の姪を襲った5体は飽くまでも、誘拐を実行するためのチーム。組織だって動いている可能性も高い。であれば、まだまだドッペルゲンガーは存在するということになる………となると仲間を増やしてると言う仮説がほぼ実証されたわけだ……」

 

「そうです。仲間を増やしていた可能性が高い。その手段が『鏡の牢獄』なのではないかと……エネルギーを奪うだけならば、わざわざ、当たりはずれを判別して、鏡の異世界に魔法師を放り込む理由が無い。だとすれば、ドッペルゲンガー……いや、シャドウに成り代わる可能性がある魔法師を選別し、『鏡の牢獄』に放り込み仲間を増やしてると考えた方が自然だと……『鏡の牢獄』でどうやって、ドッペルゲンガーと成り代わったかはわかりませんが……ただ、俺たちは稲羽の事件では、テレビの中で自分たちのシャドウと対峙しました。人の抑圧された強い感情がシャドウを生み、そのシャドウは本体と成り代わろうと、本体の人間を殺そうとしました。

『鏡の牢獄』は人からシャドウ(ドッペルゲンガー)を直接生み出すための何らかの術式か装置なのではないかと……」

 

「なるほど、我々ではその考えにはいたらないだろうな。我々にはそのような経験がない。君らは己から生み出されたシャドウと折り合いをつけ、ペルソナと化したようだが、我々は召喚器で自らのうちに眠るペルソナを強引に顕現させていたからな……ドッペルゲンガーは何らかの方法で仲間を増やしてるのはほぼ確定だ。『鏡の牢獄』に当たりと称す適性のある魔法師を放り込み、新たなドッペルゲンガーを生み出していた。君の仮説が正しいのならば、奴らは、異界の門を開くためのエネルギーを集めると同時に、仲間を増やすための行動をとっていたということになるな」

 

「確証はないですが」

 

「いや、君の推論は正しい様に思う。それであれば『鏡の牢獄』の存在理由が明確だ」

 

「ただ、疑問も残ります。第一高校襲撃事件の際、ドッペルゲンガーは『鏡の牢獄』を当たり、はずれの何らかの適正者の選定と関係なしに、生徒達を取り込んだ様に見えました」

 

「ふむ。それは攻撃手段として『鏡の牢獄』を使用したに過ぎないのではないか?『鏡の牢獄』に捕らわれた生徒達は最初は生命エネルギーをあまり吸い取られなかったのだろ?ならば、しばらくは生かすつもりだったということだ。仲間を増やすためにな。後でじっくりと適正者の選別をすればいいだけの話だ。しかし、『異界の門』を開けるエネルギーが足りなくなり、『鏡の牢獄』に捕らえた生徒達のエネルギーで補填したとすれば、辻褄が合う」

 

「確かにその可能性が高いですね。攻撃手段として『鏡の牢獄』の性質を利用したというところなのでしょう」

悠はリーナと烏のドッペルゲンガーと対峙していた際、リーナの部下が次々と『鏡の牢獄』に捕まっていたのを助けたことがあるが……あれは彼らを何らかの目的で利用するというよりも、リーナに対して人質を取るための手段として使っていたように見えた。

 

「何にしろ、もっと情報が欲しいところだな」

 

「それに、もう一つ懸念があります。今まで東京近郊でしか活動してなかったドッペルゲンガーが稲羽まで現れたということは……ドッペルゲンガーは東京以外でも活動ができるということです。なぜ今まで東京近郊にのみ出現したのかはわかりません。もしかするとあの『異界の門』の召喚は最初から第一高校の敷地で行う予定だったのかもしれません。そのために東京近郊で活動していたのかもしれません」

 

「ふむ、東京近郊以外で魔法師の襲撃は今の所、報告は受けていないが、もし、活動範囲が全国に広がると厄介だな」

 

「はい、さらに、ドッペルゲンガーが何故、『異界の門』を開こうとしたのか、なぜ八王子の第一高校のあの場所で開こうとしたのかが気になります。冷静に考えれば、ドッペルゲンガーのバックに神や悪魔などが初めから存在したのならば、自らの存在を現世に顕現させるためだけにわざわざ『異界の門』を用意せずとも、力のある神や悪魔ならば自力で現世に現れる事は可能なハズです。 『異界の門』を多大な労力とエネルギーを使用して開ける必要が何故あったのかということです。やはりその狙いは人類への干渉……厄災、消滅……」

悠はドッペルゲンガーの目的は神や悪魔の降臨だと最初は考えていた。

しかし、ただ単純にドッペルゲンガーを生んだ神や悪魔が降臨するためだけならば、自らの力で現世に現れてもおかしくない。イザナミやマリーのように。

……アメノサギリのように、現世の人間の深層意識を解析し、その結果、虚ろの世界に変え、人類すべてをシャドウ化させるような大規模な計画を進めているのかもしれないと考えを改めていた。

 

「たしかにな。存在そのものがハルマゲドン級の厄災を内包している神や悪魔が現世に降臨する場合や、現世に厄災や破壊をもたらす場合。現世でも異世界でも何らかの法則に則らなければならないようだ。それは一部の神や悪魔の一存で世界が破滅させられないための抑止力……いやプログラムだと私は認識している。現世に何らかの影響を与えようとするならば、そのプログラムに則って行う必要がある。

我々が関わった事件では明らかに法則が存在した。

……世界に死をまき散らすニュクスを降臨させるために、デスという存在が必要だった。

そのデスは一度なんとか退けたが……デスは12体の大型シャドウと引き合わせることで復活を遂げた……大きな犠牲を払い抑えることができた。……しかし、そのような事態に陥ったそもそもの理由は人間が……愚かな行いを行おうとした代償だった」

話の後半、美鶴の表情は影を落とす。瞳には悲しみとも後悔とも言えない色が浮かんでいた。

美鶴の祖父は神魔の力を欲し、それをコントロールしようとした結果、タルタロスや影時間を生み。デスを顕現させ、ニュクスを呼び寄せる結果となったのだ。

表沙汰にはなっていないが、桐条はニュクスを呼び起こし世界を破滅一歩手前での行いを仕出かした。

それに巻き込まれ、人知れず存在そのものが消えて行った人々が多数いたのだ。

その中には一緒に戦ってきた仲間も……

美鶴自身が仕出かした事ではないが、美鶴の罪の意識は消えない。

桐条の一族として、美鶴はこの罪を償う事に今も奔走していた。

その一つが対シャドウ部隊、シャドウワーカーの結成であり、自らが陣頭指揮を執っているのだ。

 

美鶴がこういった経緯により、シャドウや異界の神や悪魔と呼ぶものに、憎しみに似た何かを持ち、徹底抗戦を唱えるのも仕方がないと言えるだろう。

 

「……確かにそうかもしれません。俺たちの場合も、神は人間の意思を確認したうえで、全人類をシャドウ化させるという行為をとりました。ただ単に滅ぼすだけならば、そのような手続きを取らずとも行えたはず。まるで、人類自身が望んだかのような言い草だった」

悠はイザナミやアメノサギリが盛んに人類が望んだから、人を物を考えないシャドウと化させるのだと言っていたことが強く印象に残っていた。

 

「ああ……私もそれは感じている。ニュクス降臨は、間違いなく世界の破滅だ。神がその行いを見逃したのは、君が言う人間が行った行為の結果だからなのだろう」

 

「今回もその線が濃厚だと俺は考えています」

 

「たしかにな。……君も知っているだろうがシャドウが関わる事件は必ずしも大それた世界破滅や人類滅亡などではない。君や私が関わってきたものは、その中でも大規模なものだが、そんなものはごく稀だ。いや稀でないと困るがな……

世界には小規模なシャドウがかかわる事件が起きている。個人の神隠し程度の事件からな」

 

「今回は、大規模なものだと……『異界の門』を開こうとする程の」

 

「そうだな……君は今回のドッペルゲンガーの連中をどう見る」

 

「……俺はネイティブアメリカンの伝承が気になります。USNAでの大規模実験で次元の穴が開いて現れたというのもそうですが、奴らのシャドウとしての姿が、ネイティブアメリカンの伝承のトリックスター……いわゆる精霊や自然神の逸話に基づいていたものばかりでした」

悠は第一高校襲撃事件から、国立図書館やネットや書籍などで調べていた。

烏から始まり兎、コヨーテと羽のある蛇……そして、最後に出くわしたホーンドサーペントはネイティブアメリカンに伝わる化け物の姿そのものだった。

さらに、『異界の門』を形成したトーテムポール……まさしくネイティブアメリカンの伝承通りなのだ。

 

「うむ。………よく個人でそこまで行きあたるな」

美鶴は桐条グループの対シャドウ研究チームが導いた経過報告とほぼ同じ意見を悠が持っていたことに驚く。

 

「……八王子での『異界の門』。八王子では蛇にまつわる逸話が多数残ってます。それともかかわりがあるのかもしれません」

 

「一考の価値がありそうだな。我々の研究チームでも調べてみよう。

……それとだ。一番の懸念は今までのシャドウと違い今回のドッペルゲンガーが我々の常識を覆し、現世で活動している点だ。シャドウとは別種の異界の者なのではと意見があったぐらいだ」

 

「そもそもドッペルゲンガー、いや、あのシャドウが現世に存在させる理由とは何かと………

シャドウは本来、神や悪魔が抑圧された心や歪んだ心、他者への恐怖の心、他者との繋がりを求める心など、誰もが持つマイナスの心や深層意識を怪物化させたものです。それらは本来、神や悪魔が何らかの目的で創造した異空間でのみ発生し存在します。

テレビの世界、時間の狭間等、異空間の成り立ちは神や悪魔の性質によるところが大きい。

今回のシャドウは一見、それらを介さずに現世で活動してる。なので別の存在ではないかと思われるかもしれませんが、実際には奴らは本来のシャドウとしての力を発揮するには、現世を異界化させる霧の結界が必要です。やはり俺たちが今迄戦ってきたシャドウと同質の存在だと考えてます。ただ奴らはシャドウが現世で活動できる……俺たちが戦ってきたシャドウとドッペルゲンガーは何が異なるのか……それは、シャドウの目的意識の有無がそうさせている可能性があると考えてます」

悠は、マリーやクマの意見も聞いた上での結論だった。

 

「鳴上くん。君は一人で………。ふう、桐条の対シャドウ研究チームも君と同じ見解だったよ。君の所のクマくんの存在が大きいな。明確な意思を持ったシャドウは現世にでる手段ではなく、現世に出ようという意思が働いているのではないかということだ」

 

「それに、ミアさんのクモのドッペルゲンガーがそのカギとなると思ってます。あのドッペルゲンガーはミアさんのシャドウであると同時に、本体のミアさんの体を乗っ取り、現世に活動していたのです」

 

「あの様に本体に隠れ操る事ができるのは厄介だ。他のドッペルゲンガーがやっていないということは。クモの性質によるものかもしれないな」

 

「はい」

 

「………まだまだ、わからない事だらけだな」

 

「今の最大の懸念は……奴らが今、どこにいて、何をやっているのかが足取りがつかめない事です。……りせでも判明できないでいます。りせの意見では、地下か異世界……もしくはシャドウとしての能力を完全にシャットアウトしてるかと……」

第一高校襲撃事件以降、りせに東京近郊をサーチしてもらってるが……反応が見つからない。

さらに都心部では、ミアの件もあり、精密サーチも所々で行ってるが……見つからない。

 

「完璧にペルソナを使いこなせてるりせくんで無理ならば、風花で見つからないのは仕方がない。奴らの最終目的はわからないが、魔法師を狙い、生命エネルギーを奪う。もしくは、魔法師をシャドウ化させようとしている可能性がある事だけは判明してる。魔法師への警戒を促す事や、施設の巡回警備は可能だ。

地方についてはドッペルゲンガー対策室で手を打とう。幸い軍や警察のトップもいることだし、全国に警戒を呼び掛けるか、警備を厚くすることは可能だろう。魔法師を狙ってる事だけはわかってるからな、対処のしようがまだある」

 

 

この後も悠と美鶴はしばらく打ち合わせをする。

 

 

「君との話し合いは実に有意義だな。そういえば君は大学に進学し将来は学者になると……」

 

「そのつもりです」

 

「その時も、私の相談には乗ってもらえるのだろう?」

 

「民俗学の事ですか?」

 

「そうだな。君にとってシャドウの件も民俗学も同じだろう?」

 

「そうですね」

 

こんなやり取りを行った後、2人は喫茶店を出、別れる。

美鶴は悠との話し合いを優先的に頻繁に行うべきだと考えを改める。

悠は、美鶴との話し合いで、改めてドッペルゲンガーの捜索の困難さを感じ、新たな方策を模索する。

 

 




次はついに悠たち東京版特別捜査隊の活動開始です。

アルカナについては皆さんの意見を参考に再度提示します^^
皆さんの意見の方がいい感じですね。


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第五十一話 特別遊撃隊始動

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

遅くなりました。
ようやく、話が頭の中でまとまりました。
これでしばらくは、前のペースで行けそうです。



2月24日(木)

悠はこの日、東京首都大学へ入学試験を受けに行く。

悠の学力であれば、日本最高峰である東京国立大学も合格可能だったのだが、悠は在籍してる民俗学の教授で選んだのだ。

悠は東京首都大学伝承民俗学山下教授論文で感銘をうけ、すでに教授の講演に数度訪れ、コンタクトを取っていた。

悠の学力は全国でもトップレベルであり、何もなければ、まず合格は間違いないだろう。

 

 

ドッペルゲンガーが稲羽市に現れ、12日が経過する。

その間、ドッペルゲンガーの動きは全くなかった。

それらしき事件すらも起こっていない。

勿論りせのエネミーサーチにも引っかかってない。

 

政府内部では立て続けに戦力を失ったドッペルゲンガーは、活動ができないまでの戦力ダウンを被ったのだろうと言う見方が広がっていた。

今はドッペルゲンガーは失った戦力の回復や充実を図り、息を潜めているのだろうと……

ドッペルゲンガー対策室では、その間に政府内部や企業内部等に食い込んでいるドッペルゲンガーを一掃すべく、USNAから提供されたドッペルゲンガー特有なサイオン波を検出するプログラムをさらに改良したものを使い、手始めにドッペルゲンガー関連に関わってる警察や軍人員や魔法師の検査を始めていた。

また、ドッペルゲンガー対策室が立ち上がったと同時に、警察や軍、魔法師の中で、失踪した人間が数人おり、スパイ活動を行っていたドッペルゲンガーだった可能性が高いと見て、その足取りも追っている。

 

但し、ドッペルゲンガー対策室も、悠の特別遊撃隊も、この日ばかりは警戒せざるを得なかった。

情報が洩れているのであれば、悠という対ドッペルゲンガーの最大戦力が日中居場所固定され、悠の神出鬼没なイレギュラー性が失われるからだ。

 

軍部も警察もいつも以上に増員し警戒を厳にする。

全国の魔法科高校や魔法関連施設は厳重な警備体制を敷かれることになる。

 

ドッペルゲンガー対策室発足以降、全国の魔法科高校では第一高校の教訓を生かし、手始めに対テロ対策の一環と称し、鏡の撤去、鏡の設置は最低限のトイレや更衣室等にとどめること。学内でのCADの装着許可の簡便性を図る事を通達する。

これだけでも、鏡に映ったものを取り込む『鏡の牢獄』の予防になり、ドッペルゲンガーの不意打ちにも対抗できる可能性が高くなる。

それ以外の魔法関連施設にも、特に鏡の設置については、撤去が進められた。

 

 

 

そして……

2月24日9:40分

12日間の沈黙を破りついにドッペルゲンガーは動いた。

 

 

八王子にある八王子特殊鑑別所及び特殊少年院、特殊少年刑務所、がドッペルゲンガーに襲われたのだ。

 

八王子のこれらの特殊施設群は同じ敷地内に設置され管理されている。

いわゆる魔法適正や魔法技能を有する何らかの犯罪行為や特殊な事情を持った未成年が入所する施設なのだ。

鑑別所は拘留、観護処置施設。少年院は16歳未満の保護処分、受刑者が在院する再教育施設。少年刑務所は18歳未満の刑に服するための施設となっており、一般的に後者になるにつれ、罪が重い少年、少女が収容される。

通常の少年院や少年刑務所と違いここでは少女も収容されている。

当然施設設備は男女で完全に分かれている。

 

魔法師及び15歳以上の魔法大学や魔法科高校などで学ぶ実戦に耐えうる魔法適正者の人口は、日本の全人口の僅か0.02~0.03パーセント。おおよそ3万人程度と言われている。

それ以外にも15歳未満の魔法適正者や魔法師に認定されていない所謂野良の魔法師もいる。

 

その中で18歳未満の魔法適正者で、このような施設に収容される人数も全国でここ一か所で賄える程度の人数なのだ。

だが現在、通年に比べ収容される人数が多い。

昨年起きた、ブランシュによる第一高校襲撃事件での未成年犯罪者がここに十数名収監されているからだ。

それでも現在は全施設で70名程度しか収容されていない。

 

 

逆にそれがあだとなった。

魔法師は人数も少ないため、常に人手不足であり、他の重要な施設の防衛に回され、この施設はドッペルゲンガーへの対策、特に防衛人員の増員は後回しにされていた。

それでも、通年に比べ、警備員は増員されているが……

そもそも、この施設の警備員や職員に一般人が多い。施設内は対魔法師用の設備が充実、アンティナイトを施した装備を施設警備員が常備し、魔法師が魔法を使えないよう環境が整っているのだ。

護送要員や外部警備員、緊急対応要員と常駐してる魔法師はそれほど多くはない。

 

そこをドッペルゲンガーに狙われたのだ。

ドッペルゲンガーの目的は魔法師の生命エネルギー、サイオンの奪取。又は『鏡の牢獄』による仲間の増殖が狙いだろう。

 

突如として謎の霧が発生し、施設群全体が霧の結界に覆われ、そして『鏡の牢獄』により、施設内の鏡が閃光し、鏡に姿を映しだされた施設内の人間は鏡に取り込まれる。

しかし、鏡に取り込まれる被害は少なかった。鏡の数を必要最低限までに減らした効果が出たようだ。

 

仮面を被った全身黒ずくめの服装をした4体の人型形態のドッペルゲンガーが次々と四方から敷地内にその姿を現す。

ドッペルゲンガーは示し合わせたように、2組に合流し、この施設の二つしかない出入口へと向かおうとする。

 

 

 

 

『皆!来たわよ!!』

 

 

「悠の予想通りね……了解したわ」

「流石としか言いようがないわ」

施設総合受付前で待機していたリーナと真由美。

りせからの通信でドッペルゲンガーが施設内に侵入し、霧の結界を張り出したことを知る。

真由美は、受付に緊急事態であることを告げる。

職員も魔法師を狙ったテロが起こる可能性がある事は事前に通達があり、さらに十師族七草家の代理と名乗る真由美の指示に素直に従い、施設内全域の職員に緊急体制を取るように指示をする。

 

「お兄様、鳴上さんの推測通りですね」

「ああ」

裏側搬入口で待機していた深雪と達也は、りせのテレパスによるドッペルゲンガー接近の報告を受け、戦闘準備に入る。

達也はりせのテレパス通信性能に驚きながらも興味を持つが、今は目の前の事に集中し、興味心を引っ込ます。

 

「本当にここに来やがった」

「……敵の数も予想範疇よりも少な目かな」

「りせ姉さま。了解よ」

敷地内にある駐車場で待機していたレオと幹比古とエリカもりせの報告を聞き戦闘準備に入る。

 

 

『皆!準備はいい!?パーティーの始まりよ!!』

 

((((了解))))

 

 

 

 

 

さかのぼる事……

2月21日(月)3日前、夕刻。悠達特別遊撃隊は、悠の自宅に今日も集まっていた。

 

「ドッペルゲンガー、現れないね」

幹比古はソファーに腰を下ろしながら、誰となしに声を上げる。

 

「兄貴たちも、捜索してるらしいけど、全くって言ってたわ」

エリカもソファーに腰を下ろす。

エリカの兄は警察でドッペルゲンガー対策室の命令で、警察組織を使い首都圏南地区の陣頭指揮を執っていた。

警察組織もドッペルゲンガーに出くわすどころか、形跡も見つけることができないでいた。

 

「こっちも同じよ。まったく手がかり無しよ」

真由美は悠が淹れた紅茶を口にしながら答える。

七草家は十文字家と合同で軍組織を使いながら、捜索を行っていたが、手がかりは無しだ。

他の十師族も協力関係にあるが、自らの勢力の担当地方の防衛に専念している。

 

「りせも探査に引っかからないって言っていたわ」

リーナはテーブルの上に置かれているクッキーを手に答える。

りせは、仕事の合間を縫って、エネミーサーチを行っているが、全く反応がないとの事だ。

 

「……お兄様、どう思われますか?」

深雪はティーカップ片手に横に座る達也に尋ねる。

 

「相手は相当消耗してる。さらに、こちらが本格的に捜査網を引いている現状だ。動くに動けないのは確かだろう」

達也は投影タイプのタブレット端末を操作し、テーブルに投影された地図を見ながら答える。

 

「はぁ、折角仲間に入れてもらったのによ。活躍の場は無しかよ」

レオはソファーに持たれかかって、投げやりな言動をする。

 

「美月はどう思う。怪しい気配とか感じる?」

 

「何もわからないわ。でもエリカちゃん、あの時は、たまたまドッペルゲンガーとかの気配がわかっただけかもしれないし……」

エリカの質問に美月は自信なさそうに答える。

 

 

「悠、今日はどうするの?」

リーナはキッチンに居る悠に聞く。

 

「そうだな。闇雲に探しても、成果は上がらない。何かを見落としているかもしれない。もう一度よく皆で考えよう」

悠は今来たばかりのエリカと美月、幹比古、レオの4人分の紅茶と茶菓子を運びながら答える。

 

 

 

悠はレオと美月を正式にメンバーに加えていた。

美月は戦闘面ではなく、主にりせの要望で、サポート要員という事らしい。

悠は事情が分かってる人間がりせの近くにいるだけでも心強いだろうと了承した。

悠を筆頭に、七草真由美、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、千葉エリカ、司波達也、司波深雪、吉田幹比古に、西城レオンハルト、柴田美月を加えたこのチームをドッペルゲンガー対策室から特別遊撃隊と便宜上呼ばれることになった。

 

あのバレンタインデー以降、ほぼ毎日、悠の自宅にこのメンバーは集まった。

流石にりせは来ることはできない。通信で何度か話に参加する程度だった。

 

悠は手始めに皆にドッペルゲンガーについての知識を1日駆けて一通り教え込む。

次に戦闘になった際の対応や対策、連携や陣形についてを教え込む。

皆は魔法科高校の授業には実戦形式の訓練が組み込まれているため、ある程度慣れているが、飽くまでも対人戦闘での話だ。

敵はドッペルゲンガー……シャドウは異世界の化け物だ。人間形態の時は制限はあるようだが、本来の姿に戻ったドッペルゲンガーは多種多様な攻撃手段を持つ。

物理法則を無視したような人では考えられないような攻撃方法を使ってくることもあるのだ。

それに人間形態時でも油断がならない。元となった人間が使用できる魔法という制限はあるがCAD操作無しに魔法を放ってくるのだ。しかも、威力も性能も、元となった人間よりも断然優れた性能でだ。

 

ドッペルゲンガーとの戦闘において、重要なのは、多種多様な属性攻撃が出来ることである。

相手の弱点属性を突けることは、かなり優位に働くからだ。

その点で一番なのはオールラウンダーな真由美だ。次は意外にも幹比古だ。各種古式魔法を使用できる幹比古は得意、不得意はあまりなく、スピードや攻撃力は現代魔法に劣るが応用範囲は広かった。

次にリーナと深雪だ。得意、不得意はあるが、各種多様な魔法が使用できるからだ。

後のエリカ、レオ、達也は物理攻撃がメインとなる。

達也の戦闘の要となる分解・再成魔法は直接ドッペルゲンガーに通用しない。ドッペルゲンガーの組織構成が読めないためだ。

まあ、クラスメイトに分解魔法は隠したい達也にとって、都合が良いと言えば都合がいいのだが……今の所、ドッペルゲンガーに有効な攻撃方法はマテリアル・バーストのみだが……最終手段となる。

 

達也は悠から教えて貰った知識を元に、皆のCADを対ドッペルゲンガー用に調整することを提案し、達也自ら皆のCADの調整を行う。

流石にUSNA軍の機密が詰まったリーナのCADと独特な形状を持つエリカの刀一体型のCADは調整は出来なかったが、2人は達也が示した調整方法を元に、それぞれ持ち帰って調整をしてもらうことになった。

 

その後は、外での実地訓練だ。魔法を使う訓練ではなく。敵に合わせた陣形や連携の組み合わせについてだ。

 

4日かけて、一通りの知識や訓練を行った後、街中に出て、捜索をしたのだが、丸2日何も成果が上がらない状態だった。

 

 

 

 

2月21日(月)に話を戻す。

「ドッペルゲンガーの狙いは、魔法師を狩り、生命エネルギーとサイオンの確保。そして、仲間を増やすことだ。最終的には異界の門を開けることだが、今はそのエネルギーは確保できていないため、異界の門を開けることは無いだろう。奴らの当面の目的は魔法師を狩る事だ」

悠は皆にそう話し出す。

 

「……前も聞いたのですが、ドッペルゲンガーが本人に成り代わるということは……私達も捕まるとそうなるんですか?」

美月は恐る恐る悠に聞き返す。

 

「そうだ。俺の予想だと、ドッペルゲンガーが当たりと称した魔法師は、ドッペルゲンガーの仲間になる何らかの適性を持った人物だろう」

 

「ということは僕と、エリカとレオは大丈夫なんだ。でも柴田さんは当たりだって」

幹比古は複雑そうな顔をする。

 

「幹、大丈夫って、当たりじゃない私たちは、前のレオみたいにエネルギー全部吸い取られてすぐに殺されちゃうのよ!」

エリカは声を大にする。

 

「……俺は死んじゃいないぞ」

レオは憮然としていた。

 

 

「……国防軍や警察、りせさんでも見つからない。そして、被害も出ていない。今はドッペルゲンガーに動きがないと言う事よね」

真由美は悠に向かって聞く。

 

「今は……、何れドッペルゲンガーは動く」

 

「……次に動くとすれば、鳴上さんの受験日である三日後が可能性が高い。鳴上さんは奴らにとって最大の天敵だ。鳴上さんが動けない日を狙ってくるのは当然だ」

達也は悠の意見に同意しこう続ける。

 

「でも、お兄様、鳴上さんがどこを受験するなんて、ドッペルゲンガーは知ってるのでしょうか?」

 

「奴らのスパイはつい最近まで、政府内に潜り込んでいたと聞いてる。ならば鳴上さんの情報が洩れてる可能性は十分にある。それ以外の学閥などにも潜り込んでいる可能性も考慮する必要がある」

 

「俺も達也と同じ意見だ」

 

「だったら、悠だけ受験日を変えて貰ったら?」

リーナは気軽にそんなことを言う。

 

「いや……変えたとしても、またどこかで情報を握られるかもしれない。変えて油断するよりも、変えないで準備を厳重に行った方がいいだろう」

 

「……俺も同じ意見です。鳴上さん。……しかも相手が出てくるのであれば、姿を現さなかった奴らを討伐できる機会です」

 

「でも、問題があるわ。ドッペルゲンガーがどこに現れるかよ」

真由美は根本的な問題を提示する。

 

「七草先輩の言う通り予想は付きにくい。現在、ドッペルゲンガー対策室は全国の魔法関連施設。特に教育機関等に、厳重な警戒を行ってる。容易には手が出せなくなってるはずだ……だが、奴らはどこかを狙ってくる。警備が薄い場所かまたは、何らかの作戦が優位に働く場所か」

達也は真由美の意見を聞き、考える仕草をする。

 

「皆、魔法師が集まる場所を教えてくれないか?俺はその辺の事はさっぱりわからない。一時的なイベントでもいい」

悠は皆に意見を聞く。

 

皆はそれぞれ思い思いに、魔法師の集まる場所を言っていく。

 

「家も意外と集まるわよ。千葉道場の門下生は魔法師も多いし、現役の警察官や国防軍の人も結構いるしね」

エリカの実家の千葉道場は警察組織や国防軍にも門下生を多く抱えているのだ。

 

「なるほど……」

 

「そうなると、十師族や百家の各家も考えられるわ。皆、優秀な魔法師を雇っているはずよ」

真由美の意見ももっともだ。魔法師族は皆、何らかの形で魔法師を確保している。

 

「どこも可能性が高そうに聞こえるよね。うちの家大丈夫かな?」

幹比古の実家吉田家も古式魔法の大家として、古式魔法師の門人を多く抱えているのだ。

 

「……そういえば魔法師が犯罪を犯した場合、専用の刑務所とかある?」

悠はしばし考え事をし、皆に質問をする。

 

「一般の刑務所とは別に、確かに魔法師が集まってます」

 

「どれだけある?」

 

「……日本には埼玉に人里離れた場所に1か所のみです。そもそも魔法師自体、全人口に対して3万人強ですから、犯罪率は一般人に比べ高くとも、それほど人数は居ません……いや!?」

達也が悠の質問に答えるが……途中で何かを思い出したようだ。

 

「お兄様?」

 

「それ以外に魔法師による国際犯罪者専用の刑務所があります。さらに横浜事変。あれで捕虜となった大亜連合の人間が少なくとも300人以上近く居るはずです。……どこかの国防軍の施設か……その国際犯罪者専用の刑務所です」

達也は投影型のタブレットを操作しながら話し出す。

 

「そんなに……確かに可能性は高そうだ」

 

「達也君。確かにそうだけど、あそこは日本で一番、警備が厳重な場所よ。魔法師も多く投入されてるわ。そんなところを狙ってくるかしら?」

真由美は達也の意見を聞き

 

「どれくらい投入されてるんだ七草?」

 

「今は厳戒態勢だから魔法師だけでも200人以上手練れの魔法師が常駐してるはずよ。一般の軍人だけでも1000人は居ると聞いたことがあるわ。さらに軍基地からも近いからすぐに軍が到着できる位置にもあるし。全国の魔法科高校を狙うよりも困難よ」

 

「……ドッペルゲンガーが日本で増殖した数の予想は20体前後、被害に遭った魔法師で行方不明、または遺体が後日に上がった例を見ると、その程度だとドッペルゲンガー対策室も予想してる」

悠もドッペルゲンガー対策室の予想した数字は大方あってると見ていた。

 

「実際に奴らも全員投入とは行かないでしょう」

達也は思考を巡らしながらも答える。

 

「流石に無理がある………一応、ドッペルゲンガー対策室にもこの件報告をするか、すでに対策を打ってそうだが………他にそんな所は無い?」

 

この後も議論を続け……そして、導きだした答えがここだった。

ドッペルゲンガー対策室も国際犯罪者専用の刑務所等については警戒していたが、この特殊施設群については重要度が低かった。

こういう施設だが、どちらかと言えば、魔法科高校等に入学できない能力不足な魔法適正者などが、犯罪に走るケースが多いため、それほど重要視されなかったのだ。

 

 

 

悠は、ドッペルゲンガーの現有戦力と、こちらの裏をかき狙ってくるとしたらここではないかと予想する。

 

 

ドッペルゲンガー対策室のトップクラスにのみ、ここを当日特別遊撃隊で警備することを伝えていたが……見事的中。

 

 

 

 

 

 

2月24日(木)10:20

 

特殊施設群から霧が晴れる。

悠の不在にも関わらず、特別遊撃隊は、4体のドッペルゲンガーを撃破。

施設の負傷者ゼロで終わった。

 

 

『もう反応はないわ!皆お疲れーーー!』

りせは自宅から皆にヒミコを通じてテレパスで指示を与えていた。

 

「ふぅ、マジで俺たちだけでアレを倒せたな」

「まあ、七草先輩の魔法の汎用性にはびっくりだけどね。ドッペルゲンガーに何もさせないで、弱点をとことん攻めるし」

「りせ姉さまよ。指示が的確過ぎるほど正確なのよ」

レオ、幹比古、エリカは戦闘態勢を解きながら、ホッと息を吐き、笑顔も漏れる。

 

「悠君が居なくてもなんとかなったわね」

「……真由美、前に比べ能力が全体的に高まってない?」

「……七草先輩」

「確かに調子が良かったみたいね。でも、止めを刺したのはリーナさんと深雪さんと千葉さんよ」

「魔法の発動スピードがケタ違いに早かったわ。……悠と何かあった?」

「ななななな、なんでそこに悠君がでるのよ!!そ、そうよ。きっと一昨日受験が終わってホッとしたからだわ!」

「……七草先輩」

真由美はホッと息を吐くが、その真由美にリーナは質問攻めをする。深雪も横で何かを言いたげにしていた。

 

「……りせさんの指示が凄まじく的確だ。なんなんだ。しかもこのテレパス能力だ。本人は都心の自宅にいると言うのにだ」

達也はそんな3人娘をしり目に、独り言ちていた。

 

『なによ達也。何か文句ある?』

それすらりせには筒抜けなのだが……

 

「いや……」

達也はりせの能力の異常さに気が付き始めていた。

 

 

 

「りせさん。こちらに攻めてきた数がこれだけって事は、やっぱりもう一つの方は……」

幹比古はりせにとあることを聞く。

 

『そうね。あっちの方でドッペルゲンガーを察知したわ。これも悠先輩と達也の言ってたとおりの、同時攻撃ね。援軍をそっちに向かわせるために、時間差をわざと付けたみたいだけど。それもお見通しよ!』

 

「……やはりか、手ごたえが無さ過ぎたからな。大方こっちは囮だろう」

 

「でも、お兄様、私たちが居なければこちらも大変なことに……、さらに軍の援軍もこちらに向かうことになり、本命の方が落とされる可能性が高くなっていたはずです」

 

 

『後は任せたわ!私はシャドウワーカーのサポートに入るね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方りせがあっちと称したとある施設の厳重に施錠された狭い一室では……

 

「……外が騒がしいな。僕は今は静かに過ごしたいだけなのに、まったくやになっちゃうよ」




真由美がパワーアップしてる模様。
それはコミュレベルのおかげかな?

最後の方は、……皆さんご存知の方です。
あの人がついに……



りせは風花とはテレパスを開いています。それでサポートをするようです。
現実世界ではりせの方が圧倒的に能力が高い状態です。
ただ、霧の結界や異世界の中に入れば、風花も能力がフルに使えます。(現実世界に干渉しにくいですが)


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第五十二話 次なる襲撃

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

我らの鳴上悠くんは前回に引き続き今回もお休み。
その代わり、あの人登場。



2月24日(木)10:15

 

八王子特殊鑑別所及び特殊少年院、特殊少年刑務所からなる未成年の魔法師及び魔法適正者の犯罪者や容疑者を収容する特殊施設群がドッペルゲンガー4体に襲われてから、凡そ30分後、埼玉の西部山間にある魔法師専用の入間特殊刑務所群がドッペルゲンガーの一団による急襲を受けたのだ。

 

霧が一気に立ち込め、施設内に設置されていた鏡が一斉に強い光を発した。鏡に映し出された人間を鏡の中に取り込む『鏡の牢獄』が発動したのだ。

八王子の特殊施設群同様、鏡の数は最低限まで撤去されていたため、取り込まれた人間の数はごくわずかだった。

牢内には鏡の設置が義務付けられているが、鏡に開き戸が急遽設置され、必要時以外は開かないようにと囚人に徹底させたためだ。

 

魔法師専用の刑務所施設群の規模は八王子の特殊施設群よりも敷地面積も規模も1.5倍程度ある。収監されてる人数も凡そ100人。国内で犯罪を犯した成人の魔法師及び魔法適正者が収監されている。魔法絡みの犯罪ではなくとも魔法師や魔法適正者はこの刑務所に送られる。

但し、国際犯罪者、軍務経験者、戦犯者及び捕虜などは収監されていない。それらの犯罪者は国防軍直轄のさらに厳重な国際犯罪者専用刑務所施設に収監されてるのだ。

千葉にある国防軍松戸基地の敷地内に併設されてるが、その他の国防軍基地にもそのような施設があるらしいが機密保持のため一般には知られていない。公に公表されてるのは松戸基地内に新たに併設されてた国際戦争犯罪者及び戦犯者収容所のみだ。

 

 

 

 

「来たか。鳴上くんの予想通りか……八王子の特殊施設群は囮、本命はこちらで確定だな」

漆黒のバトルスーツに身を纏い、ゴージャスなコートを羽織った桐条美鶴は隣に控えてる二人に話しかける。

 

「はい、りせちゃんからのテレパスで、あちらのドッペルゲンガー4体すべて無力化に成功したそうです」

物々しい雰囲気の中、一人落ち着いた清楚な普段着の山岸風花は自らの女性型ペルソナ、ルキアの下半身を構成する球体内に入り、各種情報を確認、収集しながら答える。

 

「ふん、学生の魔法師だけでよくやる。山岸、敵は何体だ!」

何故か上半身裸のコンバットパンツ姿の筋肉隆々イケメン、真田明彦は手にはめたグローブの具合を確かめながら、風花に聞く。

桐条美鶴、山岸風花、真田明彦の後ろには10名程度のシャドウワーカーの部隊が控えている。

 

「真田先輩。8……いえ、10体を確認しました」

 

「第一高校襲撃時より多いな。それだけ本気と言う事か……」

 

「ふん、敵が作ったこの霧の結界の中では、俺たちのペルソナも十分力を発揮できる。問題ない」

真田は野獣のような獰猛な笑みをこぼしていた。

 

「皮肉なことだがな……風花、アイギスとラビリスとのリンクは?」

美鶴は、真田が心底楽し気にしてる様子に、呆れると同時に頼もしくも思う。

 

「アイギスの千葉警部率いる警視庁特殊部隊も移動開始、ラビリスの精鋭部隊施設内で待機してます」

風花はアイギスとラビリスとテレパスで確認しながら答える。

アイギスとラビリスは警察部隊のオブザーバーとして同行していた。

ドッペルゲンガー対策室は悠の意見を採用し、ここ入間特殊刑務所群に警視庁の精鋭部隊を送り、ドッペルゲンガー襲撃の際、返り討ちにする作戦を立てていた。

 

ドッペルゲンガーに気づかれないよう、少数精鋭のみを配置。元々警備を第一高校襲撃事件以降増員していたため人数的には変わらない、前日や今日に交代要員や出勤職員に偽装して、この施設に入り込んだのだ……警視庁から魔法師精鋭46名、シャドウワーカーから14名派遣されてる。

 

その他でも、近隣に警察の部隊が待機し、事が起きた場合30分以内にこの入間特殊刑務所群を包囲する手筈も組んでいた。

 

 

 

 

 

「こちらアイギス。シャドウ、いえ、ヘビ型のドッペルゲンガー3体と多数の眷属と思われる蛇を目視で確認。戦闘に入るであります」

アイギスは移動を開始し、上半身が人の女性型、下半身が巨大なヘビのドッペルゲンガー3体を補足する。

 

『アイギス。エネミーサーチを行ったわ。その3体、下半身のヘビの体色が青っぽいのが炎が弱点。下半身のヘビの体色が赤っぽいのが氷結。下半身のヘビの体色が黒っぽいのが、光が弱点。ヘビの眷属もその体色が弱点。物理攻撃は弱点ではないけど、有効よ。ドッペルゲンガー本体は魔法も使ってくるわ』

アイギスから報告を受けた風花は、3体のヘビのドッペルゲンガーのエネミーサーチ結果をアイギスに報告する。

 

「了解であります。……千葉警部殿、ヘビのドッペルゲンガーとその眷属は青が炎、赤が氷結、黒が光が弱点であります。物理攻撃も有効。魔法攻撃に注意です」

アイギスに付いて移動してる

アイギスが所属する千葉警部率いる34人の警視庁特殊部隊だ。遠距離攻撃魔法メインの構成となってる。

 

「アイギスさん了解しました。……でも、眷属の数が多くないですかね」

千葉エリカの兄、千葉寿和警部は、補足したヘビのドッペルゲンガーの化け物じみた姿と取り囲む眷属の巨大ヘビの多さに、腰が引けていた。

 

「大丈夫であります。5秒後、わたしが突破口を開きます」

そう言ってアイギスが背負っているバックパックから対戦車ミサイルランチャーと大型機関銃が飛び出し、大きく跳躍しながら、ヘビのドッペルゲンガー一行に一斉発射をする。

 

「………アイギスさん。あんなにかわいいのにロボッ娘なんだよな。いや、ロボッ娘だからいいのか、いやしかし……」

 

「警部、そんなことを言ってる場合じゃないですよ。近接部隊は防御陣を、遠距離魔法師隊はアイギスさんに続いてターゲットに魔法を展開し駆逐開始」

寿和の直属の部下であり、千葉道場の門下生の稲垣警部補は寿和の言動に呆れつつ、部隊に指示をだす。

 

「ペルソナ!パラディオン!」

アイギスの空中一斉射撃でヘビの眷属は半数以上吹っ飛び、3分の1が消滅する。

アイギスの武装はただの重火器ではない、対シャドウ用にカスタマナイズされた素材や術式が組み込まれてる兵器だ。ドッペルゲンガーやその眷属にも勿論効果は絶大だ。

アイギスは地上に降り立ちながら、ペルソナ、パラディオンを顕現させ、相手の反撃に備えつつも、腕を構え、指から機銃を放ち、眷属を駆逐していく。

 

 

 

 

 

 

『ラビリス、ドッペルゲンガー5体が先行し本棟入口に……そっちに到着するわ。すべてコヨーテのドッペルゲンガー。そちらに真田先輩が応援に向かうわ。それまで持ちこたえて、炎が弱点だけど、近接も有効よ。魔法を使ってくるから気を付けて』

風花はラビリスに伝える。

 

「了解や。こっちにぞろぞろと敵さん来るで、準備はええ?殴っても効くみたいや」

ラビリスが所属する警視庁の精鋭部隊12人は近接を得意とする屈強の魔法師が選ばれてる。

その中に、千葉家の次男、世界屈指の剣術使いの一人にして、近接戦では世界で10指に入る魔法師、千葉修次の顔もあった。

この部隊の役目は、施設内の狭い玄関で敵を迎え撃ち、敵を撃退させるか、本体やシャドウワーカー到着まで持ちこたえることだ。

 

「ありがたい、近接戦は得意とするところだからね」

千葉修次は日本刀を構える。

 

「まあ、足引っ張らん程度に精々頑張ってや」

ラビリスは自分の身長程ある大斧を背中から抜き、片手で軽々と構える。

 

「そうさせてもらうよ」

千葉修次はラビリスを一瞥してそう言ったが……

(……桐条財閥の対シャドウ機動兵器、完全に個としての人格がある。日本、いや、世界でも初めてだろう。世界の技術水準をはるかに上回ってる……国防軍が頑なに桐条の参入を拒んだのは、こういう事か……)

桐条財閥の兵器技術は革新的なものばかりではあったが、利権が横行する国防軍では、桐条の参入を快く思わない者が大勢いる。その勢力により桐条は国防軍の兵器開発等に携わる事が出来なかったのだ。

 

 

 

真田を本棟入口に向かわせた美鶴は上空の2体のカラスのドッペルゲンガーとその眷属を追っていた。

「空中の敵は苦手なのだがな、そうは言ってられんか……ペンテシレア!『マハブフーラ』」

美鶴は空中を舞うカラスの眷属たちに向かって、カラスの弱点である氷結属性範囲魔法マハブフーラを放つ。

 

2体のカラスのドッペルゲンガーとその眷属は、この入間特殊刑務所施設群の敷地内上空を飛び回り、情報収集を行いつつ、職員や逸れた魔法師等を襲っていた。

美鶴は2体のカラスのドッペルゲンガーの内の1体にターゲットを絞り、追跡していた。

 

「ようやく、1体射程に入ったか……」

美鶴が1体のカラスのドッペルゲンガーを射程に収める。

 

 

『桐条先輩!りせちゃんからエネミーサーチですでに監獄内にドッペルゲンガーが侵入してると!

すみません反応が微弱過ぎて私には感じられませんでした。……例の人に生きたまま取り付くクモのドッペルゲンガーのようです』

 

「なに!?バカな、ドッペルゲンガーが!?いや、人間の出入りも確認していたはずだ。今日は我々以外は宿直の職員しかいないはずだぞ!」

ドッペルゲンガーに気が付かれないように警視庁の特殊部隊や美鶴達のシャドウワーカーも出勤する職員に偽装して、この刑務所施設に入り込んでいた。

自分たち以外に、今日この施設を訪れる人間はいないハズなのだ。

 

『……りせちゃんのアナライズで分かったことは……囚人として、2週間前に入った人物です』

 

「なに!?どういうことだ!?囚人として……日本でドッペルゲンガーに襲われ、行方不明または死体発見が遅くなった人間は、間違いなく国防軍も魔法協会も警視庁も把握していた!……そんな人間が犯罪をすれば、直ぐに身元が分かるはずだ。どういうことだ!いや、追及は後だ!第一高校に現れたクモのドッペルゲンガーは強力なシャドウだと聞いてる!囚人たちは魔法も使えない牢屋のなかだ。すべてエネルギーを吸い取られる……もしかすると、捕縛して連れ去る手段もあるかもしれん!!……この襲撃自体が囮か!!すでに敵は内部に居た!!風花!!明彦に!!クモのドッペルゲンガーを最優先で撃破するように伝えろ!!」

美鶴は焦る。

この外から襲撃してきたドッペルゲンガーはすべて囮だったのだ。

本命は内部で囚人として収監された人間に取りついていたクモのドッペルゲンガーが内部から囚人達を襲う事だったのだ。

牢屋に入れられた囚人は魔法を封じられている。いとも簡単にドッペルゲンガーの餌食になろう。

第一高校ではCADを持っていない事で、魔法が使えないところを襲撃。

今回は、魔法を封じられた囚人を襲撃。刑務所が襲われるところまで想定はしていたが、まさか囚人に紛れていたとは予想外だったのだ。

ドッペルゲンガーに成り代わられているだろう人物については、把握していたはずだった。

日本では襲われ行方不明になった人物。さらに襲われ死体が後日に上がってきたパターンはほぼ、ドッペルゲンガーに成り代わられているだろうと……さらには既に成り代わられ、組織内に入り込んでいる可能性があるのは、数日間の足取りがわからなかった人物やドッペルゲンガーに襲われた経験や対峙した経験がある人物だ。その辺も各組織に通達して、その可能性がある人物についてもピックアップしていた。

既にドッペルゲンガー対策室発足とともに行方不明となった政府関係者などもピックアップしていたのだ。

囚人として収監されれば、それらの該当する人物であればすぐに判明するはずだった。

しかし、そうではなかったのだ。

美鶴はその囚人がどうやって、ドッペルゲンガーに成り代わられたかに大いに疑問を持ち、面喰ったが……直ぐに気持ちを切り替え、被害を抑えるために、真田にクモのドッペルゲンガーに向かわすように、風花に伝えたのだ。

 

「やられた!襲撃されるとわかっていたのにだ!」

美鶴は口惜しそうに叫び、上空を飛び回るカラスのドッペルゲンガーを睨みつける。

 

 

 

 

風花にテレパスで指示を受けた真田は、本棟玄関付近で足止めを食らっていた。

5体のコヨーテのドッペルゲンガーに加え、カラスのドッペルゲンガーが真田の行動をさえぎっていたのだ。

ラビリスと千葉修次が所属する少数精鋭部隊は、ドッペルゲンガーを足止めする役目を負っていたが、逆にドッペルゲンガーに足止めされる羽目になっていたのだ。

5体のコヨーテのドッペルゲンガーの動きは眷属を使っての明らかに持久戦の構えだったのだ。

 

「くそ、空中の敵とは相性が悪い」

真田は焦る。

一刻の猶予も無いことは風花の報告で理解しているだけに、余計に気が早まる。

 

 

 

 

 

 

本棟地下の刑務所収監所(牢屋)エリアでは、次々と悲鳴が上がる。

囚人服を着た長身の男が、次々と腕力で牢をぶち破り、一人一人囚人を襲っていたのだ。

この男がクモのドッペルゲンガーに生きたまま操られ憑りつかれた状態の人間だった。

すでに、クモのドッペルゲンガーに感情は支配され、ドッペルゲンガーの意識しか残っていない。

 

「……意外とあたりが少ないな」

男は深紫色の禍々しい形をした大きな丸鏡を掲げ、今また、目の前の怯えた顔をした囚人を強烈な光を発すると共に鏡に吸引した。

そして、次の牢屋に向かい。扉を力づくで開け放つ。

 

「おたくは誰?何の用?」

 

「恐怖はないようだな……当たりだな、凄まじい反応だ。これは良質な仲間になるな」

 

「人の話聞いてる?誰だって聞いてるんだけど?てか、脱獄犯?僕はいいよ。ほっといてくれ、今は静かに過ごしたいんだ」

 

「ふははははっ、肝っ玉が据わったやつだ。残念だが無理やりにでも連れて行く」

男は禍々しい鏡をやる気がなさそうな目をした20台後半ぐらいの線の細い男に掲げる。

鏡は目の前の映っている線の細い男を鏡の中に吸収するために光を発する。

 

しかし……

 

「わっ、眩し!」

 

「なに?『鏡の牢獄』が効果を発しない?どういうことだ」

 

「どうこうもないよ。なんなの?……ん?お前、シャドウか?」

 

「……貴様…何者だ」

静かな口調で、線の細い男を警戒しながら、その男、クモのドッペルゲンガーは、牢屋入口から通路へとゆっくり下がる。

 

「あれ?マガツイザナギが使えそうな気配がするな。どうなってるのこれ?ここはテレビの中ではないし……でも、今のここはあの異世界と空気感が似てる気がするな」

線の細い男はそう言って、牢屋から通路に出る。

 

「………」

クモのドッペルゲンガーは軽い感じの線の細い男に異様さを感じ、油断なく見据える。

 

「ん?うわっ、他の牢屋もボロボロ。……で、シャドウが僕に何の用?」

通路に出た線の細い男はつまらなそうな目で頭を掻きながらクモのドッペルゲンガーを見据える。

 

「貴様など知らん」

 

「ふーん。まあいいや。あんたを倒せば恩赦で布団を羽根布団にしてもらえるかな?ここの布団硬くてさ、結構腰にくるんだよねー」

線の細い男は軽い口調でそんなことを言いながら、体からは漆黒のオーラが立ち昇っていく。

 

「……な、なんだ。仲間か、いやこれは」

 

「……マガツイザナギ」

そう呟くと同時に、線の細い男……いや、足立透の眼光は鋭くなる。

そして、悠のペルソナ、イザナギと姿形がそっくりなペルソナが足立の背後にゆらりと現れる。

ただ、異なるのは……鮮血を浴びたように、その躯体が赤く染まっていることだった。




遂に出た足立さん!


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第五十三話 足立透

感想ありがとうございます。
返事が遅くなりましてすみません。徐々に返事させていただきます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

では続きを……


足立透。29歳

八十稲羽署勤務の元刑事。元本庁のエリート新人だったが、素行問題で八十稲羽署に飛ばされ、出世コースから完全に外れることになる。

一昨年稲羽市で起こった連続殺人事件の犯人として、入間特殊刑務所に入所。

山野真由美と小西佐紀の2名の殺人を自供したが、動機や殺人方法については疑問な点が多く、状況証拠と本人の自供のみで立件。本人の意向で第一審で刑を受け入れる。

当時は一般の刑務所に入所するが……後に魔法適正はないものの、特殊な魔法適正者(ペルソナ使い)である可能性を警察機構の特殊部門シャドウワーカーによって意見され、この入間特殊刑務所に移送され、今に至る。

 

 

「……マガツイザナギ」

足立はさっきとはうって変わり鋭い目つきで目の前の男を見据え、その言葉を口にする。

足立の体からは漆黒のオーラが立ち上り、悠のペルソナイザナギとそっくりな姿をしたペルソナ、マガツイザナギが顕現する。悠のイザナギとは明らかに異なるのはその雰囲気だ。その姿は鮮血で染められたように禍々しい姿をしていた。

 

「ペルソナ使いだと………その姿、報告にあった鳴上悠のペルソナと同じ……だが鳴上悠本人ではない。……貴様は何者だ」

目の前の男は、マガツイザナギをペルソナと見抜き、禍々しいオーラを放つその異様なプレッシャーに1歩2歩と下がりながら身構える。

悠のペルソナと同じ姿のペルソナに驚きはしたが、男は冷静に言葉を投げかける。

 

「ふーん。あんた、彼を知ってるみたいだね。もしかして彼と敵対してるとか?」

 

「……奴の仲間か」

 

「バーカ。その逆だよ。彼の敵だった人間だよ」

足立は小ばかにしたような笑みを浮かべる。

 

「そうか人間。俺たちも鳴上悠と敵対してる。どうだ、俺たちの仲間にならないか?」

目の前の男、いや、クモのドッペルゲンガーは何を思ったか足立を勧誘しだした。

 

「へー、面白そうだけど、僕に何のメリットがある?」

 

「貴様のその異様なペルソナ。我々と近しい存在と見た。貴様も鳴上悠に辛酸をなめさせられ、こんな場所にいるのだろ?奴を排除したいとは思わないか?」

 

「そりゃいいや。でも彼、一筋縄じゃ行かないよ。なんかいい方法でもある?」

 

「確かにな、奴は我々の作戦の悉く裏をかいてくる。奴自身に仕掛けるのは危険過ぎると判断し弱点と思われる親族を人質にとる作戦も失敗だった。奴に逃げ腰な対応が逆に仇となった。だが、それも間もなく終わる」

クモのドッペルゲンガーは勧誘に手ごたえを感じ、話を続ける。

 

「ふーん。親族ね……稲羽にでも仕掛けた?」

足立は頭を掻きながら半目で見据える。

しかし、その瞳には明らかに強い感情の色が見られる。

 

「ふん。俺は反対だったんだがな」

 

「はー、わかったわかった」

足立はうんざりした表情で返事をする。

 

「そうか、我々に……」

 

「なんで僕がシャドウの言うことを聞かないといけないんだ?彼と敵対してるってことは、あんたらは悪なんだろ?僕に悪を倒させてくれよ。正義の味方みたいにさー」

先ほどとはうって変わって、不敵な笑みを浮かべる足立。

 

「……残念だ。交渉決裂だな。我々の糧となれペルソナ使い!」

目の前の男の耳と鼻、目から黒い影が飛び出し、黒い霧の塊となる。

目の前の男はその場で倒れ、黒い霧の塊は一気に膨張し、霧散すると……

そこには、通路の幅一杯の巨大な毒々しい模様のクモが現れる。クモの頭の部分には人の上半身が乗り、人の上半身には腕が6本。人の顔部分には目が8つのみ。

 

「げっ、僕はクモが苦手なんだけどな」

 

「ふははははっ!この姿に恐れおののけペルソナ使い!……貴様は殺す。仲間の仇を取らせてもらうぞ」

 

「はー、怖い怖い。完全にとばっちりなんだけど。しかし、バカだろう。こんな狭い場所でそんな巨体晒すなんてさ」

足立はわざとらしい口調で、怖いと言いながら、全く怖がった様子がない。逆にバカにしてる雰囲気さえある。

 

「ふん。なんとでも言うがいい」

クモのドッペルゲンガーは影から60cm程のクモの眷属を多数顕現させる。

 

「気持ち悪」

足立はそう言いながら、マガツイザナギから、クモのドッペルゲンガーに向かって一直線に雷光『ジオンガ』が放たれる。

 

「効かんな」

クモのドッペルゲンガーは『ジオンガ』を受けるも、かき消されるようにその威力が霧散する。

眷属のクモにも同様に効果が表れなかった。クモのドッペルゲンガーの電撃無効属性によるものだ。

 

そして、足立に多量のクモの眷属が迫ると同時に、クモのドッペルゲンガーからクモの糸が複数放たれる。

 

「はぁ、面倒だな」

マガツイザナギは禍々しいオーラを噴出させる。

そのオーラに振れたクモの眷属は悉く吹き飛び、クモの糸も軌道を逸らされる。

力をためるような仕草をするマガツイザナギは、禍々しいオーラを纏いながら、クモのドッペルゲンガーに一気に迫り。手に持つ刀をクモの胴体に突き刺す。

 

「グハッ!!……なっ!」

 

「だからいったんだ。こんな狭いところで、どでかい図体晒すからこんなことになるんだ。ちょっとは頭使ったら?」

 

『メギド』

 

ドッペルゲンガーに突き刺したマガツイザナギの刀の先端から、無属性魔法メギドが発動する……

 

クモのドッペルゲンガーは体内から高威力の魔法にさらされ、胴体は内側から破裂し吹き飛んだ。

人の上半身部分は吹き飛びながらも残ったが……

 

「……き、貴様……何れ、貴様も滅ぶ……この国の魔法師はすべて滅ぶ」

床に落ち息絶え絶えの上半身だけのクモのドッペルゲンガーは、八つの目で足立を見上げる。

 

「ん?何言ってるんだか、僕は魔法師なんかじゃないよ」

マガツイザナギは倒れているクモのドッペルゲンガーの顔面に容赦なく刀を突き刺した。

クモのドッペルゲンガーは黒い液状と化し消滅する。

 

 

「……まあ、彼が何とかしただろうけどさ………堂島さんと菜々子ちゃんを狙うなんて、ほんとバカな連中だな」

 

 

 

 

 

 

「………足立透」

真田はカラスのドッペルゲンガーとその眷属を振り切り、一体のコヨーテのドッペルゲンガーを滅しつつ、ようやく地下の収監所エリアに到着したが……そこには囚人服を着た線の細い男と禍々しいオーラを放つペルソナが,敵のドッペルゲンガーにとどめを刺していたのだ。

 

 

「……おたく何?上半身裸にマント?新手の変態?こいつらの仲間?……いや、この感じペルソナ使いか……」

 

 

「足立透……ペルソナを戻せ」

真田はゆっくりした足取りで足立に油断なく近づきながら自らのペルソナ、ポリデュークスに攻撃態勢を取らせる。

 

「なに?やぶからぼうに。おたく、どちらさん?」

 

「何でもいい、ペルソナを戻せ!」

真田は緊張した面持ちでさらに語気を強める。

ポリデュークスが青白い炎に包まれ、カエサルへと転生進化する。

カエサルが持つ剣を足立に突き付ける。

この状態を維持するには相当の気力とエネルギーを消費する……

霧の結界による疑似異世界空間といえども、影時間やテレビの中の世界のようにはいかない。

まして、真田はこの霧の結界内で活動するのは今回が初めてだ。霧の結界の疑似異世界空間と完全に同調してるわけではなかった。

 

真田は風花から、ここに来るまでに、ここで囚人として入所していた足立透という人物がペルソナを使い、クモのドッペルゲンガーと対峙していたことを聞かされていた。

そして、りせ経由で知らされた足立の来歴も……

真田はそれ以上に、目の前のマガツイザナギの禍々しいオーラとそのプレッシャーから、凄まじい力を感じていたのだ。

 

足立にプレッシャーをかけるために真田は無茶を承知で、気力やエネルギーの消費を無視しカエサルに転生させたのだ。

それだけ、目の前の足立を脅威とみていたのだ。

 

「あーあ、終わっちゃったようだね」

足立は軽い感じな口調で両手を上げ降参のポーズをとると、マガツイザナギはスッと消える。

真田のペルソナ、カエサルもその状態を維持できなくなり、ポリデュークスに戻る。

 

霧の結界が解かれたのだ。

簡易な異世界空間から現実へともどり、足立はペルソナを維持できなくなり、真田もカエサルの状態を維持できなくなったのだ。

真田は表情にこそだしていないが、ホッとしていた。

足立のペルソナが強制解除されたことに……

真田自身、あのままカエサルを維持するのも限界が来ていたのだ。

 

「おたく何?ここに来てるってことは警察か国防軍?その恰好で?あー、あれかシャドウワーカーとかいう怪しい組織か、僕をこの刑務所に移送させた」

足立は両手を上げ降参のポーズをとったまま、真田に話しかける。

 

「……そうだ」

 

「あのさ、ペルソナ下げてくれない?僕、丸腰だよ?……ペルソナって現実世界でも使えるのか……まあ、さっきに比べれば随分力は落ちてるみたいだけどね」

 

「いいな、大人しくしてろ」

真田はペルソナを戻す。

 

「はぁ、わーかったよ。せかすなって。最近の若者は、口の利き方がなってないなー」

足立は降参のポーズを解き、壊された扉から自らの収監室へと戻り、ベッドに腰を下ろす。

 

真田は廊下の壁に背を持たれかけさせ、腕を組んで、足立の監視をする。

 

「そうだ。あんた寒くないの?屋内と言ってもまだ2月だよ。上半身裸にマントって、どうなのよ」

足立は収監室から陽気に真田に声を掛ける。

 

「………」

真田は黙って、足立を睨みつける。

 

「おお、こわ………肝心の彼は来てるの?」

足立が言う彼とはもちろん悠の事だ。

 

「………」

 

「答えてくれたっていいじゃない。まあ、彼がここにいたんなら、あんな失態はしないだろうけどね。他の囚人たちも結構襲われたみたいだよ。そっちはほっといていいの……そう睨まないでよ」

 

「………」

 

「はあ、僕に感謝してもいいんじゃない?シャドウ倒したのは僕なんだけど」

足立は返事が返ってこないのをお構いなしに話し続ける。

 

「………」

真田は足立を見据えながら、風花のテレパスで報告を受ける。

 

ドッペルゲンガーがこの場から撤退したことを……。

退治できたドッペルゲンガーは、10体中、3体だ。足立が滅したのを入れれば、1体プラスされる。

こちらは数人の怪我人がでた。眷属やドッペルゲンガーからエネルギーを吸い取られたものが少数と残りは戦闘行為による怪我だ。

外では救急隊の手配が進められている。

 

 

 

外部から襲撃してきたドッペルゲンガーは囮役だった。

本命の囚人として内部に潜ませたクモのドッペルゲンガーが囚人らからエネルギーを吸い取る又は、捕縛するまでの囮役……

囮役の外から襲撃したドッペルゲンガーは魔法師とシャドウワーカーと接触するも、まともに戦うことはしなかったのだ。

それでも、3体滅したことは、上出来な部類だろう。

 

ドッペルゲンガーにとっても、魔法師とシャドウワーカーにとってもイレギュラーだったのが、足立の存在だった。

 

魔法師とシャドウワーカー達が囚人の中にドッペルゲンガーが潜んでいたなどとは想定外もいいところだったのと同じように、ドッペルゲンガーにとっても、まさか、囚人の中にペルソナ使いがいるとは思いもしなかっただろう。

 

美鶴は足立がここに収監されてる事は知っていた。だから、ドッペルゲンガーの内部からの襲撃に余計に焦ったのだ。

美鶴は足立が現実世界でペルソナを行使できないと見ていた。

もし使えたのならば、何らかの行動に移し、脱獄してるはずだからだ。

しかも、そのそぶりも見せず、この一年間、まさに模範的な受刑者だったのだ。

このドッペルゲンガーを迎撃する作戦を計画するに当たって、美鶴にとって足立の存在が懸念材料であったが、実際に移送する手続きや、移送先の手配をする時間的な余裕が全くなかったのだ。

悠にも美鶴は相談をしたのだが……

「大丈夫です。現実を受け入れた今の足立さんなら何も心配いらない」

という答えに、美鶴はとりあえずは足立の件を後回しにすることにしたのだ。

だが、ドッペルゲンガーと接触した場合どうなるか、ドッペルゲンガー側につくのではないかという懸念はあった。

 

美鶴の作戦では、外部から襲撃するドッペルゲンガーを収監所へ侵入させる前に、速やかに撃退する計画を立てる。

それであれば、足立の存在をほぼ無視できる。

足立自身、霧の結界の特性を知らなければ、ペルソナを行使することも無いだろうと……

 

しかし、それがものの見事崩れたのだ。

ドッペルゲンガーの行動は美鶴の想定の上をいったのだ。

囚人になりすまし内部からの襲撃など全く想定していなかった。

それは、日本やUSNAにおける。ドッペルゲンガーに成り代わられてるだろう人物をすべて洗い出していたからだ。

どうやって、その囚人を手に入れたのかは、今はわからない。ただ、明らかに何かの見落としがあった事は間違いないだろう。

 

そして、美鶴の懸念通り、ドッペルゲンガーと足立が接触してしまった。

しかし、美鶴にとってイレギュラーだったのが、足立がドッペルゲンガーと敵対し滅した事、その後も大人しくしてることだ。

 

クモのドッペルゲンガーに襲われた囚人は収監された100名の内、56人、そして行方不明となったのはそのうち17名だ。襲われ、その場で倒れていた囚人はエネルギーを吸い取られ、意識不明の重体となっていた。

この数字は美鶴たちの警察組織のドッペルゲンガー迎撃作戦の失敗を意味してる。

 

しかし、行方不明となった人物はどこに行ったのかが疑問が残る。

クモのドッペルゲンガーが何らかの手段で連れ出した可能性があるが、その肝心のクモのドッペルゲンガーは、足立によって滅されてる。

 

足立の証言から……光る奇妙な鏡を向けられ、効果がないなどと言われたと……その事から、その鏡で『鏡の牢獄』を発動させ、囚人を捕えていたと推測するが……手持ち運びできる鏡で『鏡の牢獄』を発動させられたケースは今までなかったのと、その鏡自体が行方が分からなくなっていたため、推測の域を脱することができないでいた。

 

足立にその鏡の行方を聞くと、クモのドッペルゲンガーが化け物蜘蛛に変化した後には、見当たらなかったと……

 

実は、その鏡はクモのドッペルゲンガーの眷属であるクモが足立との戦闘の際、持ち去り、他のドッペルゲンガーに渡していたのだが……今は誰も知る由も無い。

 

 

「もういいかげんに休ませてくれない?疲れちゃったよ。見たことは全部話したし」

足立はゲンナリして、シンプルな折り畳みテーブルを挟んで座ってる3人に訴える。

ここは、特殊刑務所の面会室の一つだが……ガラス越しではなく、会議室のような作りだ。

但し、対魔法用の設備がなされ、電波妨害なども施されている。扉も頑丈に出来ており、中からは開かないようになっていた。

 

「悪かったね足立さん。まあ、なんか思い出したら教えてよ」

千葉寿和警部は軽い感じで、この場を終わらせようとする。

 

「いや、まだ、聞きたい事がある。もう少し我慢してくれ」

桐条美鶴は、そう言って、まだ質問を続けようとする。

 

ドッペルゲンガーが撤退後直ぐに、千葉警部と稲垣警部補及び桐条美鶴は足立に地下収監所エリアで何が起こったかの聞き取りを行った。

上記のような、クモのドッペルゲンガーが鏡を使って何かをしようとしていたという話など、かなり有益な情報を得ることができた。

因みにラビリスと千葉修次、真田、風花は撤退したドッペルゲンガーの足取りを追い。

アイギスはここに残り、戦闘の後始末等を行っていた。

 

「お兄さんはわかる人だな~、で、そこの不景気そうな面の稲垣。元同僚のよしみで、このSM嬢のようなお姉さんに言ってやってくれよー」

足立は千葉警部に親近感を持ち、そこに真面目な顔を一向に崩さない稲垣警部補に、美鶴の質問攻めを止めるように言った。

 

「SM嬢……!?」

美鶴は足立のその言動に多少なりともショックを受ける。

漆黒のバトルスーツ姿の美鶴はそう見えなくもない。

 

「足立……相変わらずだな」

足立と稲垣は同期だった。

本庁のエリート新人時代、顔をよく合わせていたのだ。

周りとの折り合いが悪い足立とまともに口を利いていたのは、稲垣ぐらいだった。

稲垣は千葉寿和のお守を出来るぐらい人が出来た人物だ。

人を食ったような態度をとる問題児だった足立ともコミュニケーションが取れていたのだろう。

さらに千葉寿和の軽い感じはどことなく足立とも共通する。

 

「稲垣は相変わらず貧乏くじ引いてるんじゃない?前にも言ったろ、そんなんじゃ出世できないって。まあ、犯罪者の僕が言うこっちゃないけどね。あははー」

 

「………」

美鶴は目の前のチャランポラン男が本当に危険な犯罪者なのかと、その態度に疑問を持たないでもないが、警戒を怠るわけにはいかない。

足立の来歴を知り……先ほどあの真田から気をつけろ、只者じゃないと警告をうけていたからだ。

 

「……何故だろう。彼を見てると自分の将来が不安になるんだが……」

千葉寿和警部はぼそりと呟く。

 

 

丁度その時。面会室にノックがはいる。

「アイギスです。美鶴さん緊急通信が入りました」

 

「わかった。行く。扉を開けてくれ」

 

アイギスは外から扉を開ける。

この面会室は電波妨害も施されてるため、スマホなども使えない。

 

「すまんが、少し席を外す。まだ……待っててくれ。……アイギス代わりにここに居てくれ」

美鶴は男共にそう言って、面会室を出て、すれ違い際にアイギスに指示する。

 

「了解であります」

アイギスは代わりに面会室に入る。

嬉しそうにアイギスに椅子をすすめる千葉寿和警部。

しかし、アイギスはそれを拒否し、後ろに立って控える。

 

「あーあ、まだやるのこれ?もう全部話したのに?」

 

「足立、少し我慢してくれ……それに俺もお前とは話をしたいと思っていた。なぜお前がこんなことになったかを……」

うんざりした表情で愚痴をこぼす足立に、稲垣はテーブルに肘を付き、話しかける。

 

「いやだよ。お前みたいな堅物と話しても………なに?この子……あれ?」

足立は嫌そうな表情をし稲垣に文句を言おうとするが……視線が立ってるアイギスを捉えると……

 

「対シャドウ特別制圧兵装シリーズNO.Ⅶ名前はアイギスです」

アイギスは足立の視線に気が付き自己紹介をする。

 

「……ここ、このこ……ロボッ娘!、稲垣ーー!なんだよこの娘。こんな娘。どこに隠してたんだよー!」

さっきと打って変わって、テンションがハイになる足立。こんな足立は珍しいにも程がある。

 

「………」

稲垣は額を押さえ、うんざりする。

 

「足立さんもわかる?アイギスさんの素晴らしさを……」

千葉寿和はずいッと足立に近づき、耳元で囁くように言う。

 

「警部さんもいける口かーー!なんだよ。あんたとは気が合いそうだな!……アイギスさんって言うのか!アイギスさんってもしかして、警察所属?」

 

「警察機構の一つ、シャドウワーカー所属であります」

 

「こんなことなら、真面目にやってればよかった。知ってたら。くそつまんない本庁でも我慢してやったのに!」

 

 

 

面会室が盛り上がってる頃。

美鶴は……面会室の外で重大な報告を受けていた。

 

「ば、馬鹿な松戸基地が襲撃されてるだと!!」

 




足立さんの来歴、間違ってたらすみません。
稲垣警部補と足立さんは同期。
足立さんは新人エリート候補、稲垣さんは魔法師としての期待の新人
因みに千葉警部は二人より年下です。

ペルソナではメギドは万能属性ではありますが、ここでは無属性とさせてもらってます。



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第五十四話 松戸基地襲撃

長らくお待たせしまして、申し訳ございません。
何とか、頭の中でまとめることが出来ました。
12話程度で終わる予定だったこのお話も随分長く書かせていただきました。
ようやく、最終話の構想までたどり着き、再開することが出来ました。

皆さんに頂いた感想は徐々に返事をさせていただきます。


では、再開……


 

日本国防軍松戸基地。

東京都心部に隣接し、東京湾にもほど近いこの基地には、常に陸軍一~二大隊、魔法師部隊の中隊規模が一~二部隊常駐していた。

有事には、この旅団規模の軍隊が都市防衛の要となる。

軍の大隊規模とは300~1000人を擁す部隊だ。ここでは最大2000人、最低1000人の陸軍が常駐することになっている。

中隊規模とは60~250人を擁す部隊。魔法師が常時300人近く常駐している事になる。

下総航空基地からも程近く、もしここが襲撃された場合でも、早期の増援も望める立地でもある。

逆の場合もしかりだ。

 

但し、現在この基地の主な用途は戦争捕虜や国際犯罪人を取り扱う収容所と変更された。

昨年末以降急ピッチで収容所に大規模改装され、年始から運営されたのだ。

なぜこのような事になったのか。

昨年10月末に起こった横浜事変で捕虜とした大亜連合の軍人たち。魔法師140名を含む300名強の捕虜を一斉収監するためのものだ。

この基地ならば、捕虜の移送を必要とせず、都市部とのアクセスも近く、各種施設も整っている。

以前、大亜連合の特殊部隊に、移送中の捕虜を奪還されたことがある経緯などからも、それらの対策にも考慮したとものといえよう。

 

横浜事変、大亜連合軍大隊規模による横浜電撃上陸作戦だった。

大亜連合が要した軍人は大隊規模凡そ800人と目されている。

日本国防軍は何とか退けたが、横浜は壊滅状態になり、一般人を含む1万人以上の犠牲者をだした事は記憶に新しい。

この横浜事変では第一高校も巻き込まれ、真由美や深雪たちは大亜連合軍と戦ったのだ。

達也は、独立魔装大隊大黒竜也特尉として、大亜連合侵攻軍を壊滅に追いやった。

図らずも、悠とりせはデート中に巻き込まれ、悠とりせは住民救助に一役買っていた。

現在も横浜は都市機能が回復しておらず、ようやく復興事業が始まったばかりだ。

 

 

 

そして……

 

2月24日(木)11:05

 

「……なんだ?霧が急に?……?なんだ………光!?」

 

松戸基地は突如として霧に覆われる。

そして、あの光だ。基地の彼方此方で眩い閃光が発せられ、

松戸基地の警備にあたっていた軍人の約1割弱が鏡に捕らわれる。

対ドッペルゲンガー対策の一つ、鏡の撤去が進んでいたため、これだけの人数で済んだと言っても過言ではない。

そして何処からともなく、有象無象な獣たち、いやドッペルゲンガーの眷属が襲いかかったのだ。

空を鳥や蝙蝠型の眷属が埋めつくし、基地の周囲からはコヨーテ、クマやヘビなどの獣型の眷属が出入口ゲートや壁面を乗り越え又は破壊し、侵入してきたのだ。その数は1000どころの騒ぎではない、1万は居るだろう。

 

松戸基地は油断したわけではない、国防軍は入間特殊刑務所群が襲撃に遭った事を知り、松戸基地も警戒態勢をとっていたのだ。それにもかかわらず、完全に先手を取られたのだ。

ドッペルゲンガーは松戸基地の監視警戒網をどうやってかはわからないが突破し、基地周囲に到達し、霧の結界を発生させ、無数の眷属を顕現させたのだ。

 

基地内は警報が鳴り響き、防衛に当たった兵士達はその光景を目の当たりにし、浮足立つものも居た。

 

 

 

 

 

2日前の2月22日(火)に話を遡る。

悠は前日2月21日の達也たちとの打ち合わせで、ドッペルゲンガーに次に狙われる可能性がある施設について凡その見当をつけた。

今迄警戒レベルが比較的低い、八王子特殊施設群、入間特殊刑務所群、軍が管理する国際犯罪者、戦犯者、捕虜などを扱う松戸基地がピックアップされた。いずれも魔法師が収容されており、収容されてる魔法師は魔法を無効化されてる状態だ。防衛や監視などを突破さえすれば、容易に魔法師からエネルギーを奪う事や鏡に閉じ込めることが可能なのだ。

皆の意見では、松戸基地が襲われる事は無いだろうとの事だった。防衛施設も整い、現役の軍人が1000人レベル(実際は1000~2000人)で存在し、さらに軍の魔法師を200人以上(実際は300人)擁してる場所だからだ。

そして、残りのドッペルゲンガーの数は20体前後と予想してる。

いくらドッペルゲンガーといえども、20体程度でその規模の人数、しかも訓練をされた軍隊相手に無謀だろうと。

 

悠は22日の昼過ぎに、この話を政府ドッペルゲンガー対策室に持って行った。襲撃予想施設の防衛について情報共有と協力を得るためだ。

6名の幹部に、悠は理路整然と説明をする。

幹部は納得し、襲撃に備え、さっそく各方面に動き出す。

但し、幹部は皆、松戸基地については、襲撃は無いだろうと判断をしていた。

しかも、元々十分な兵力と防衛設備が存在する松戸基地である。特に問題無いだろうと……但し、警戒は十分にすると。特に国防軍長官は手出し無用と、あそこには十分備えがあると、軍としては他の部署の介入は避けたいところでもある。

 

そこで、一番可能性が高い入間特殊刑務所群にはペルソナ使いである桐条美鶴達シャドウワーカーを擁する警察組織が襲撃に備えることに、そして悠の希望通り八王子特殊施設群を特別遊撃隊が受け持つことになった。

国防軍は今まで通り、魔法師が集まる学校施設などの警備を行う。

確かに、魔法師の犯罪者を狙う可能性はあるだろうが、飽くまでも可能性の問題だ。

再度魔法科高校やその他魔法師が集う施設が狙われないとも限らないため、今まで通り警備は必要なのだ。

松戸基地についても、十分な注意と警戒を行うようにという事にとどまったのだ。

 

悠は、誰もが松戸基地が襲撃される可能性は低いだろうという意見に、不安を覚える。

確かに悠も、ドッペルゲンガーが20体で、襲うのは無謀だと思う。

悠達のおかげで、魔法師でもドッペルゲンガーに十分対応が出来ることが証明され、魔法師のドッペルゲンガーへの対応戦略も練られてきている。

今迄のように、容易に魔法師が後れを取る事は少なくなるだろう。

 

しかし、皆が松戸基地の襲撃が無謀であると思っているという事も、ドッペルゲンガー陣営も当然考えているだろう。逆にその認識の裏を突かれはしまいかと、悠は漠然と不安を覚えたのだ。

 

 

22日の晩。

悠はりせを通じて、通信で稲羽に居る直斗と話し合いの場を持つ。

直斗に現在の状況と今回の襲撃場所の件について、説明をする。

 

「確かに、鳴上先輩が動けない受験時に襲ってくる可能性は十分ありますね。襲撃場所も、今まで政府がガードしていなかった場所だけに、可能性は高いです」

直斗は幾分か間を置いてから、ゆっくりと口を開く。

 

「直斗もそう思うか」

 

「はい、但し、相手の狙いについては、さらに考慮する必要があります」

 

「どういうことだ。教えてくれ」

 

「ドッペルゲンガー対策室と鳴上先輩は、ドッペルゲンガーの狙いは、魔法師から生命エネルギーとサイオンを奪う事、そして、魔法師を捕えシャドウを引き出し仲間にする事と予測しているのでしょう。最終的には神魔を降臨させるなどの企みをいだいているのでしょうが、そこは僕も同じ意見です。

僕は、ドッペルゲンガーの狙いは、別にもあると思います。ドッペルゲンガーが最終的な企みを成就させるために、必ず障害になるもの……先輩、あなたの……鳴上悠の排除です」

直斗は淡々と説明口調で語るが最後は間を置きその名を出すのに躊躇した。

 

「……それは」

 

「確かにドッペルゲンガーにとって、エネルギー確保と仲間の確保は重要です。しかし、それと同じ、いやそれ以上に先輩の排除は重要な案件なはずです。今回彼らがこの機会に何らかの大規模作戦を実行するのであるならば、鳴上先輩の排除も並行して計画に必ず組み込んでるはずです」

直斗は一呼吸おいて、話を続ける。

 

「直斗君、悠先輩を直接狙ってくるって事?」

りせはここで話に入り直斗に聞く。

 

「となると、受験会場が狙われる可能性があるという事か?」

悠も直斗に聞き返す。

 

「直接ですか。僕がドッペルゲンガーであれば、そんな事をしません。あまりにもリスクが高すぎる。先輩を倒すには、疲れさせ、消耗させ、判断を鈍らせてから仕留めます」

 

「そんな事をどうやって……だったら悠先輩が受験してる間は狙われないってこと?」

 

「受験会場を直接狙うのは愚の骨頂。猪武者のような所業です。僕だったら、鳴上先輩を誘き出し、引っ張りまわし、疲れたところを最終的には自分たちの力を最大限に出せる場所に誘導し、仕留めます」

 

「じゃあ、悠先輩が誘き出されなかったらいいの?」

 

「先ほども言いました。それはそれで、鳴上先輩が動けないという優位性をドッペルゲンガーは利用し、エネルギーや仲間確保に最大の邪魔が入らずに動けます。

僕がドッペルゲンガーだったら、この鳴上悠が動けない可能性があるというこの日に、相手の裏をかいて、すべての問題を解決するための行動を起します」

 

「………」

悠は直斗の話に黙って聞きいる。

 

「でも、そんな方法あるの?悠先輩やドッペルゲンガー対策室の偉い人が考え付かないような?」

 

「ドッペルゲンガー側に相当頭が切れる何者かが加わったはずです。鳴上先輩からの情報からでもそれがよくわかります。1月末から明らかに動きが異なります。それまでの鳴上先輩の動きを読みながら、他の魔法師を襲うというものはありました。単純な戦術的思考の元、動いていた。その時もある程度戦術論を持った指揮官クラスの仲間がいたのでしょう。しかし、第一高校襲撃前後から異なります。

第一高校襲撃は綿密に計画された上での作戦です。もし、あの場に鳴上先輩が偶然に居なかったら、久慈川さんではなく、同じ事務所の後輩の真下かなみさんが第一高校に呼ばれていたならば、ドッペルゲンガーは確実に異界の門を開き、神魔の召喚に成功していたでしょう。

あの事件は、鳴上先輩と久慈川さんが偶然あの場に居たから防げただけの話です」

 

「確かにそうだ」

悠は呻く。

あの偶然が無ければ、真由美やリーナ、そして達也や深雪たちが、ドッペルゲンガーの魔の手に落ち。同じ姿のドッペルゲンガーとして、自分の前に現れたかもしれないと……そして、神魔が降臨し、人々に厄災をもたらしていた可能性があると。

悠はそう改めて思うと、背中に冷たいものを感じた。

 

「まあ、その偶然すら引き寄せるのが鳴上先輩なんですが。それは別として、その後の動きもそうです。鳴上先輩を最大の敵として認識し、菜々子ちゃんを襲った手際。久慈川さんのエネミーサーチの効果など知る由もないのに、鳴上先輩達が何らかの探査方法を持ってると確信し、無駄に動かず息を潜め、機会を狙うその慎重かつ冷静な判断力。かなり頭の切れるブレーンがドッペルゲンガー側の仲間に加わったと思って間違いないでしょう」

 

「直斗、今の刑務所関連の防衛については読まれてる可能性があると」

 

「はい、残念ながら……」

 

「ならばどうすれば」

 

「その裏の裏をかけばいいんです。そして相手はまだ、鳴上先輩の真の力を知らない。先輩の優れたペルソナ能力だけに、目がいってる。先輩の最大の力は……絆の力です」

 

 

 

 

 

2月24日(木)11:08 松戸基地

迫りくるドッペルゲンガーの眷属に浮足立っていた外壁防衛担当の兵士達。

 

しかし、指揮官は既に外壁が突破されたのを確認し、第一防衛ラインの放棄を指示、各兵に直ぐに外壁から内壁へと撤退させ、態勢を整えようとした。

待機していた兵士も戦闘準備を行う。

霧の結界の影響で、各種外部への通信網は遮断され、電波による通信は妨害された今、発令室では、入れ替わり立ち替わり兵士が入退室を繰り返す。指揮官クラスが兵士を走らせ、命令指示を現場に送っていたのだ。すでに第一高校襲撃事件の教訓を生かした対応がなされていた。

 

 

松戸基地内のVIPルームでは、優雅にティーカップを片手にし、シックな落ち着いた服装の女性が窓の外を見、呟く。彼女は普段はドレスのような服装を身にまとうのが常なのだが、今は、動きやすそうな服装をし、髪も後ろでまとめている。それでも彼女が醸し出す気品は薄れない。

「ここにも来たようです。彼がもしやのためにと、わたくし達をここにと。どうやら徒労に終わらずにすむようですわね。……流石わたくしが見込んだ方」

窓の向こうから有象無象のドッペルゲンガーの眷属が迫っているのを目の当たりにしても、その女性は落ち着いた面持ちであった。むしろ感心したような口ぶりだ。

 

VIPルームに数人の戦闘服を着こんだ魔法師が現れる。

そのうちの一人新発田勝成は窓の外を見据えている女性に、代表し指示を仰ぐ。

「ご当主様、ご命令を」

 

「四葉家が再スタートするにはいい機会ですわ。迫りくる怪物を倒し人々を助ける。まさに正義の味方ですわね。わたくしと貢さん達は収容所に向かいます。先ほどの入間襲撃では収容された犯罪者の中に、化け物が混ざっていたようです。ここもその可能性は十分にありますわ。勝成さん達は、ここの指揮官と連携を密にとり、情報をわたくし共に常に知らせてください。四葉の正義の力を世に知らしめましょう」

霧の結界が形成され、通信網が遮断される前に、真夜の元には入間襲撃の情報が既に逐一耳に入っていたのだ。

四葉家当主、四葉真夜は悪戯っぽい笑みを浮かべながら振り返り、部下にそう指示を出し、自らは黒羽貢と何人かの魔法師を連れ、VIPルームをでる。

 

 

 

 

その頃、達也と深雪、真由美とリーナは、八王子特殊施設群に幹比古、エリカ、レオを残し、りせの指示に従い移動を開始していた。

 

 

そして……

肝心の鳴上悠は……

「さあ、行こうか」

 

 

 

 





週1ぐらいの更新頻度と考えております。


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第五十五話 松戸基地攻防戦

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

更新、遅くなりましてすみません。
前回の続きです。



 

2月24日(木)

悠の不在を狙ったドッペルゲンガーによる時間差襲撃は八王子特殊施設群から始まり、入間特殊刑務所群、そして今、松戸基地収容所でも1万に上るドッペルゲンガーの眷属による攻勢が始まったのだ。

 

八王子特殊施設群を襲撃した4体のドッペルゲンガーは、特別遊撃隊の面々によって全員消滅させられた。

投入されたドッペルゲンガーの数とドッペルゲンガー自体の能力が低い事もあり、間違いなく囮であろうと想定された。

 

次に入間特殊刑務所群は、11体のドッペルゲンガーによる襲撃だった。

狙いは間違いなく、ここに収容されている魔法犯罪者たちだ。

ドッペルゲンガーの1体は受刑者の中に擬態していたのだ。

まさかの内部からの襲撃に、担当していた警察組織及びシャドウワーカーは戦力を分散せざるを得なくなり、戦闘は優位には立っていたが、全滅させることはかなわなかった。

収容されていた魔法犯罪者の半分以上が既に、受刑者に擬態したクモのドッペルゲンガーに襲われ、エネルギーを奪われるか、持っている鏡に捕らわれていったのだ。

ドッペルゲンガーのここでの真の目的は擬態したクモのドッペルゲンガーによるエネルギー確保と仲間になる素質を持った魔法師を捕える事。外からの襲撃は囮だったのだ。

まんまと、策に嵌った警察とシャドウワーカーは、戦力を分散させ収容所に急行させようとするが、囮のドッペルゲンガーに阻まれ、収容所へと進むことが困難であった。

しかし、ドッペルゲンガー及び警察、シャドウワーカーにも誤算があった。

半ば、ドッペルゲンガーの思惑が成就しようとし、半分以上の受刑者がその魔の手に落ちたところで、受刑者として収監されていた足立透がペルソナ能力を振るったのだ。

類まれなるそのペルソナ能力でクモのドッペルゲンガーを圧倒し、消滅させる。

だが、すでに捕らわれた受刑者は、跡形も無く消え去っていた。クモのドッペルゲンガーが手にしていた鏡と共に。

 

そして、今、松戸基地が多量のドッペルゲンガーの眷属により襲撃を受けているのだ。

ドッペルゲンガー対策室と悠達の共通認識では、ドッペルゲンガーの現存数は20体前後とみていたが……八王子、入間と既に15体のドッペルゲンガーが確認されている。残りは5体前後のはずなのだ。

しかし、松戸基地を襲撃するドッペルゲンガーの眷属の数を見るにそれをゆうに超えていることは明らかだ。

 

 

 

「予想をはるかに上回る敵の襲撃にも関わらず、国防軍の方々も意外と頑張りますわね」

四葉真夜は加速魔法を使い、収容所のある施設に向かう。

松戸基地の第2防衛ラインはまだ維持され、地上から襲撃するドッペルゲンガーを抑えていた。

上空へは、遠距離魔法に優れた魔法師部隊や化成体(式神)や対空砲でけん制していた。

しかし、数があまりにも多いため、全てをカバーできず。上空からの侵入を所々許していた。

 

真夜は、そんな侵入する眷属を魔法で撃ち落としながら進んでいた。

 

「なるほど、異界の化け物というわけですか、相手の物質構造がまったく読めませんわ。構造干渉もできませんね。ミーティア・ラインはこれでは封じられたのと同じですわ。達也さんが力を発揮できないのも仕方がありませんね」

真夜は少々眉を顰めながら、独り言ちる。

真夜を最強の魔法師たらしめるミーティア・ラインという領域魔法は、相手の物質の光透過率に干渉する魔法なのだが、異界の化け物であるドッペルゲンガーやその眷属の物質構造は真夜には把握できない。達也も同様だ。達也の分解魔法は相手の分子構造を把握する必要があるからだ。真夜と達也はドッペルゲンガーとは相性が悪いと言っていいだろう。

しかし、達也と真夜の違いは、真夜はミーティアライン以外の魔法も高レベルで習得、発動できる点であろう。

 

「貢さん。国防軍の損耗率は10%と言ったところでしょうか?収容所の外に連絡要員を置いてください。20%又は第2位防衛ラインが破られる気配がある場合は、直ぐに連絡させるように、では突入いたしますわ」

真夜は収容所正面入り口に到達し、黒羽貢に命令を下す。

敵の大群が予想をはるかに上回っていた事で、この防衛ラインが何時まで持つのかを凡そ算段をしていた。

さらに少数精鋭で活動してきた四葉は、奇襲や暗殺などの隠密稼働や一撃離脱を得意としているが、多数の敵と守るべき味方が入り交じった防衛戦には向いていない事は真夜は十分理解していた。

味方の防衛ラインが切られる前に、体制を整え、有利な位置取りをするためだ。

霧の結界が形成された時点で、外への脱出路は閉ざされ、援軍は期待できない事も理解している。

 

そんな状況下でも、真夜は全く悲観していなかった。

真夜はある確信をしていた。

必ず彼が来ると……

 

それまでに、自分がやる事は、収容者を襲うだろう内部に潜んでいるドッペルゲンガーを止める事だ。

 

「かしこまりました。ご当主様」

貢は真夜に返事をした後、部下に幾つかの命令を指示する。

貢は数人の部下を残し、真夜直属のガーディアンの女性と共に真夜の後に続く。

 

 

 

 

 

収容所では、男が通路を歩き、個室収監室の重厚な扉を開け放っていた。

そして、中にいる戦時犯罪者に鏡を向け、鏡の中へと取り込んでいた。

 

その男が急に時が止まったように凍り付く。

真夜が放った振動・減速系高難易度魔法。ニブルヘイムだ。

領域内を均等的に冷却する魔法だ。男の周囲を空気ごと冷却したのだ。

凍結魔法と言っていいだろう。

 

「やはり、居ましたわね。収監服を着てる事からも、犯罪者を装っていたようですわね。しかし、戦時犯罪者ばかり収容されてるこの施設に、どのように入れたものなのでしょう?」

真夜は凍り付いた男を見ながら、黒羽貢に尋ねる。

 

「横浜事変以降、難を逃れた地下へ潜伏した兵士も後日捕縛され、ここに収容されております。それ以外にも、大亜連合のスパイなど、大亜連合関連の犯罪者はすべてここに収容されております」

 

「なるほど、そういう事ですか。大亜連合関連の犯罪者と戦犯者を一気に管理、確かに合理的ですね。それを狙われたということなのですね」

 

「そうなります。やはり、かなりのやり手が裏で手引きしてるとしか思えません」

 

 

そんなやり取りをしてる中、凍結した男から黒い霧が漏れ出始め、そして凍った肉体が爆発し四散する。

真夜達は咄嗟に防御魔法を展開し、防御。

 

黒い霧は、そのまま見る見るうちに膨れ上がる。

 

「そう簡単には、いかないようですわね」

真夜はそう言いつつ、黒い霧に向かって氷の礫の攻撃魔法を繰り出す。

部下たちも一斉に攻撃魔法を放つ。

 

しかし、黒い霧はそれらを阻みながら膨張し、霧散する。

中からは、入間特殊刑務所と同じく、禍々しい姿の巨大なクモのドッペルゲンガーが現れる。

 

「ふーー、いきなり攻撃されるとは思っていなかった。お陰で人間の抜け殻を失ってしまった。……かなりの魔法師だ。日本にはこれほどの魔法師がまだまだいると言う事か」

クモのドッペルゲンガーから落ち着いた男の声が漏れる。

 

「あなたはどこの何方様で?」

真夜は臆せずクモのドッペルゲンガーに問いかける。

 

「この姿を見ても恐れないとは、対した度胸ですね。人に尋ねる前に自分が名乗るべきでは?」

巨大なクモの頭があるべきところに、人の上半身が生え、その顔にある六つの目が、真夜を見据える。

 

「人ですか……。まあ、いいですわ。こういうのは得意ではないのですが、正義の味方をしなければならない身ですので、……四葉家当主、四葉真夜ですわ。以後お見知りおきを」

 

「……アンタッチャブル四葉……しかも、その当主ですか、また予想外もいいところで、そんな大物と出くわすとは、運が悪いですね」

クモのドッペルゲンガーの声色は如何にも驚いたようであった。

 

「出会ったばかりなのですが、ここでお別れですわね」

そう言って、真夜はCADを操作しながら魔法を展開していく。

 

「いいえ、あなたはこちら側に着くべきだ。もっともあなた自身ではなく、その影がですが」

クモのドッペルゲンガーは真夜の魔法に備え、人間の上半身から生えてる6本の腕を上げ属性防御態勢をとる。

 

そして、真夜が放った魔法を無効化していく。

「確かに厄介ですわね。深雪さんが苦戦したのも頷けますわ」

真夜が攻撃魔法を放つ間、ガーディアンは防御魔法を展開し、相手の反撃に備える。

収容所の廊下という狭い空間では、回避行動は困難だ。

しかも、近接による魔法戦だ。何方の攻撃が相手の防御を上回るかの勝負となるが、クモのドッペルゲンガーは属性無効化など、多彩な防御形態を保持しているのだ。

長引けば、四葉側が不利だろう。

 

「流石は四葉といったところですね。……この身でなければ、その一撃で蒸発していたでしょう。その力、是非欲しい」

クモのドッペルゲンガーは眷属のクモを影から多数生み出し、さらに、雷撃魔法を放ってきた。

 

そして、四葉対クモのドッペルゲンガーによる近接による魔法攻防戦が始まろうとした。

 

 

 

 

 

 

時を遡る。

 

鳴上悠はこの日の朝、確かに受験会場入りした。

しかし、隠密行動を取り、直ぐに会場を出て、新宿で待機をしていたのだ。

悠は事前にこの段取りを決めていた。

この事は特別遊撃隊と四葉真夜と七草弘一にしか知らしていない。

敵の狙いは入間特殊刑務所群又は松戸基地だろうと……しかし、絞り切る事が出来ずに、中間地点である新宿に待機せざるを得なかった。

 

そして、八王子特殊施設群が襲われ、その後に入間特殊刑務所群が襲われた際に、悠は入間に駆けつけるつもりであった。

 

『鳴上先輩。……もう少し様子を見ましょう。二点での、この時間差攻撃に違和感を持ちます。純粋にエネルギー確保や魔法師の確保が目的ならば、二点同時攻撃の方が有効です。先輩が最初から介入することが前提であれば、八王子にも入間と同じだけの戦力を向けてもいいはず。まだ何かあるかもしれません』

直斗がりせのヒミコを介して悠にそう言って、入間行きを思いとどまらせていた。

 

直斗は前日から、りせの自宅に泊まり、今もりせの隣で、状況分析をし、りせや悠のフォローをしていたのだ。

 

「松戸基地か?」

 

『いえ、まだそうとは言い切れません。何にしろドッペルゲンガーの戦力は有限です。これでおしまいという事も十分あります。しかし……』

直斗は何かにずっと引っかかっている様子だ。

 

『この反応は……悠先輩!入間刑務所の中の囚人にドッペルゲンガーが一体混ざってた!しかもクモのドッペルゲンガーよ!』

りせがそこで大声で悠に声を掛ける。

 

『な!?どうやって……そうか、クモのドッペルゲンガーの特性か、かなり前から綿密に計画を……外からの攻撃は囮、本命は内部からのエネルギー確保と囚人魔法師の捕縛です!』

直斗も一瞬、驚愕した表情を浮かべる。

囚人にドッペルゲンガーが入り込んでいたことは、予想外だったようだ。

しかし、直ぐに冷静さを取り戻し、敵の動きを予想し、判断する。

 

「本命は入間か、不味い。このままだと、美鶴さん達の防衛計画が大きく狂う。りせ、美鶴さん達にこの事を伝えてくれ!俺も行く!」

悠もそのりせの報告に焦りを覚える。

 

『悠先輩。風花さんにもう伝えた!……あれ?これ足立さん?足立さんもここに居る。どうして?』

りせは山岸風花に受刑者の中にドッペルゲンガーが居る事を伝えると同時に、受刑者の中に足立透が居る事に気が付いた。

 

『足立透。まさか、ドッペルゲンガー側に!?』

 

『ううん。足立さんにシャドウの反応はないよ』

 

『という事は、足立がここに囚人として移送されていたと言う事ですか……厄介なことにならなければいいのですが』

 

「そうか……足立さんがそこに」

悠は感慨深そうに呟く。

 

『どうする悠先輩』

りせは不安そうに悠に尋ねる。

 

「足立さんなら大丈夫だ」

悠は自信を持って言う。

 

 

『鳴上先輩がそう言うならば。……しかし、久慈川さん、その入間の囚人に成りすましているクモのドッペルゲンガーが誰をベースにしているのかわかりますか?』

 

『うん。クモのドッペルゲンガーは本人の体を乗っ取って、成りすましてるから、本人の体もそこにあるの。本人の体から正確にアナライズができる。ちょっと待ってね。……竹内正彦って人、国際反魔法政治団体OPPO(Ordinary People Political organization)の構成員。実態はUSNAに拠点がある国際犯罪シンジゲートで、日本では反魔法政治団体ブランシュの構成員としても活動してたみたい。2重スパイ?3重スパイ?そんな感じ』

 

『……!?鳴上先輩!!かなり、ひっ迫した状況です。残りのドッペルゲンガーは20体程度だと踏んでいましたが、それ以上存在します!!下手をするとその倍、いやそれ以上に!!』

直斗はりせがアナライズした情報を聞き、驚きと共に何かに気が付き、そして、慌てたように悠に報告する。

 

「どういうことだ直斗!?」

 

『ドッペルゲンガーは非合法に日本で活動してる魔法師を取り込んだんです!!警察も国防軍も躍起に探してるような連中です!!うかつだった。魔法師は何も、登録されてる魔法師だけでなかった。しかも日本人だけでもないです。日本で非合法に活動してるマフィアや、危険思想を持った団体はいくつもあります。しかも、他国のスパイも居るはずです!!』

日本国内に居る魔法師は登録された魔法師だけではない。マフィアや他国のスパイも魔法師を擁しているのだ。しかも必ずしも日本人という事ではないのだ。下手をするとジェネレーター(人間を改造手術によって魔法を行使できるようにした感情を持たない生体魔法兵器)を多数保有してる可能性がある。

 

「しかし、警察も国防軍も探しきれないような連中だ。どうやってドッペルゲンガーが?」

 

『ドッペルゲンガーがそれのいずれかの手引きを受けた可能性があるという事です。なぜドッペルゲンガーがUSNAから日本に非合法に来れたんですか?しかも元のドッペルゲンガーはUSNA軍魔法師部隊の人間のシャドウです。旅客機や一般船舶では日本には侵入できないはずです。日本に一般客として搭乗できるはずがない。それこそ裏ルートで犯罪組織の手引きが無いと』

 

「しかし、その組織はなぜ、ドッペルゲンガーを?」

 

『理由はわかりません。USNA軍の脱走者か何かと言う名目だったのかもしれません。それは後の祭りです。既にその犯罪組織も、ドッペルゲンガーに取り込まれたと言う事です!!』

 

「!?……まずいな」

 

『鳴上先輩!松戸基地も襲われるかもしれません!いえ、可能性は非常に高い!!しかし、入間も放っておくわけには……いやしかし、それだと』

 

「直斗、入間は大丈夫だ。足立さんが内部のドッペルゲンガーを倒してくれる。俺はそう信じている」

 

『いやしかし……』

 

「入間と同じで、松戸基地も内部に囚人に紛れてドッペルゲンガーが潜んでいる可能性が高いんだな。そして、外から入間以上に大規模に攻められる可能性がある」

 

『はい。それと鳴上先輩を倒す策を仕掛けてくる可能性もあります。いや、八王子にも、入間にも鳴上先輩は現れていない。そこに相手の油断があるかもしれません。鳴上悠は受験を今も受けていると。それでも十分注意してください』

 

「わかった。松戸基地に行く……真夜さんのところか、今のうちに知らせておく」

 

『悠先輩、バックアップは任せて!』

『鳴上先輩、相手は相当のやり手が裏についてます。十分気を付けてください』

 

「じゃあ、行こうか」

悠は松戸基地へ向かう。

ドッペルゲンガーによる松戸基地襲撃の30分前だった。

 




前回から直斗くんが登場。
真夜さんも戦闘に参加。

かなり、時系列が前後しましてすみません。


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第五十六話 悠到着そして反撃に……

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

ようやく我らの鳴上悠が到着です。
久々の戦闘ですね。

すみません。アップ後、ちょくちょく修正してます。
適切でない言い回しが結構あったので……


四葉家分家の当主の長男であり防衛省の役人である新発田勝成は、松戸基地内を一望できる第二発令所内で戦場分析と情報収集を行っていた。

新発田勝成は分家の中で屈指の戦闘力を誇る魔法師ではあるが、四葉家の親族であることを隠し、さらに防衛省内の動きを探るために後方事務方の仕事をしていた。

それもあって、ある程度ではあるが、防衛省内でも顔が利く。

そういう経緯もあり、真夜は勝成をこの基地上層部との伝令役に向かわせたのだ。

 

ドッペルゲンガーの眷属の猛攻に対し、現在、松戸基地は何とか第二防衛ラインを維持していたが、どう見ても旗色が悪い。

既に、ドッペルゲンガー側の初見殺しである【鏡の牢獄】により1割の戦力を奪われ、外壁である第一防衛ラインを突破された際にも、5%の戦力を失った。既に第二防衛ラインも所々突破され、防衛部隊も1割以上の損傷を出し、全体戦力では2割を損耗したことになる。

勝成は真夜の命令で防衛ラインの2割の損耗、若しくは第二防衛ラインの崩壊が迫る状況で報告するようにと、言い含まれている。

 

(流石に不味いな。何れ近いうちに第二防衛ラインは突破されるだろう。完全に包囲され、援軍も望めない状況だ。しかし、横浜事変時の大亜連合部隊を十分跳ね返せるぐらいの戦力を保持しているのだぞ。松戸基地の防衛戦力は2000、そして魔法師が300人だ。それがこの僅かな時間で……ドッペルゲンガーがここまでの力と戦力を有している存在だとは、甘く考えていた。……ご当主にそろそろ報告すべきか)

勝成は第二発令所に各所の戦況報告に訪れる兵士の報告を耳にしながら、強化ガラス越しに迫りくるドッペルゲンガーの眷属達を見据えながら、思考していた。

 

 

強烈な稲光が突如として勝成の目に映る。

 

その稲光は、松戸基地の外から第二防衛ライン正面ゲートに向かい、まるで一筋の雷槍のように……その稲光が通った後には、埋め尽くしていたはずのドッペルゲンガーの眷属が消滅し、道が開けたていた。

 

勝成はその光景を見てモーゼが海を割る光景を思い浮かべる。

 

 

第二発令所内の将校達もそれに気が付き、窓際に集まる。

 

 

勝成は遠見の魔法を発動し、ドッペルゲンガーが消滅し出来た道の先端を注視する。

 

そこには都立高校の制服姿の青年が刀を構え、さらに後方に巨大な式神を従えていたのだ。

(この状況で来るとはな)

 

「奏太、直ぐにご当主に報告差し上げろ。彼が来たと」

勝成はそばに従えていた姉弟のガーディアンの弟である堤奏太に命令を下す。

 

(鳴上悠。あの世界最強の一角である真夜様を無傷でひれ伏せさせ、四葉家本家を消滅させた青年。この戦いのキーとなる存在)

 

 

 

 

悠が松戸基地に到着すると、既に霧の結界が形成されていた。

りせからの報告では霧の結界が15分前に松戸基地に形成され、襲撃が始まっていた事は知っていたが、その戦力に悠は驚きを隠せなかった。

りせがエネミーサーチを行った結果、ドッペルゲンガーの眷属が凡そ1万3千。ドッペルゲンガーの数は24体だ。

 

直斗がドッペルゲンガーが非合法組織や他国の工作員を取り込んだ可能性があると言っていたことは、おそらく真実だろうと……

 

『悠先輩!やっぱり、囚人の中にクモのドッペルゲンガーが紛れ込んでた!しかも、入間に居た奴より強力なの、これって、第一高校に居た奴と同等かそれ以上かも、でも今、あの四葉のおばさんがなんとか抑えてるよ!』

りせがおばさんと称したのは、もちろん四葉真夜のことである。どうやらりせは、真夜が気にくわないようだ。

 

「そうか、真夜さんが……りせ、人が居ないルートを教えてくれ、突入する!」

 

『うん。悠先輩!気を付けてね』

 

悠はスッと眼鏡(クマメガネ)を掛け気を集中させる。

「ああ、……ペ・ル・ソ・ナ!!」

 

カッ!!

 

悠の右手には青白い炎と共に愚者のカードが現れ、それを握りつぶす。

背後には4メートルほどの、黒ずくめの鉢巻きをした悠のペルソナ、イザナギが顕現。

悠はさらに左手にペルソナ、ヨシツネを武器化させた名刀【薄緑】を携える。

 

そして、霧の結界内に足を踏み入れる。

 

 

【電光石火】

 

悠はイザナギと共に全身に稲光を纏い、剣技電光石火で結界内を埋め尽くすドッペルゲンガーの中を一気に突き進む。

 

 

 

悠はその剣技一閃で、無数の眷属を屠りながら突き進み、第一防衛ラインであった外壁から一気に松戸基地第二防衛ラインに到達。

 

悠は刀を振り下ろした状態で第二防衛ラインの固く閉ざされた門の前に立つ。

 

 

【ジオダイン】

 

イザナギが上空に腕を振り上げ、刀を掲げる。

悠の頭上上空から、強烈な稲妻が悠の周囲に降り注ぎ、空地問わず眷属共に直撃する。

 

【木っ端微塵切り】

 

イザナギはそのまま上空に舞い、ジオダインで打ち漏らした稲妻無効化属性のある眷属をその大きな包丁のような大刀を振り回し物理的に敵を消滅させる。

 

 

今の一連の攻撃で、600程の眷属とドッペルゲンガー本体の一体も消滅した。

 

 

 

 

松戸基地第二発令所では……

ここのトップである国枝少将は驚愕の面持ちで参謀役の部下に尋ねる。

「……こ、古式魔法師。いや、アレは何だ?人なのか?」

 

「少将、彼はおそらく長官が仰っていた、N案件です」

 

「……ペルソナ使いとかいうあれか!?」

 

「少将、相手は彼の登場で浮足だっています。今がチャンスです。第二防衛ライン正面部を下げ、広範囲焦熱兵器を使用しましょう」

 

「しかしまだ、脱落した兵は相手に囚われ生きてる可能性もある。外壁部には傷つき、助けを待ってる者もいる。それらを巻き込むことになる!」

 

「少将、我が兵力の損耗率は2割に達してます。もはやそんな悠長な事は言っておられません。多少の犠牲はやむなしです」

 

「ペルソナ使いはドッペルゲンガーに特化した魔法師と聞いている。噂の能力であれば、何とかなるやもしれん」

 

「確かに。但し、最悪の事態に備え、第二防衛ラインの正面を下げ、広範囲焦熱兵器の準備はしておきましょう」

 

「……わかった」

少将は悠がいる第二防衛ライン正面を見据え、しぶしぶと言った面持ちで参謀役の部下に返事をする。

 

 

 

 

悠は第二防衛ラインの外壁に沿うように攻撃を繰り返し、ドッペルゲンガーを次々と屠る。

数々の試練を乗り越えてきた悠にとっては、ドッペルゲンガーの眷属などは物の数にはならない。

 

そこにドッペルゲンガー側から悠に言葉が投げかけられる。

「ペルソナ使い!!そこを動くな!!こっちを見ろ!!」

 

 

黒ずくめの恰好をした人型形態のドッペルゲンガーが仮面を外しながら、第一防衛ラインと第二防衛ラインに存在する2階建てのコンクリート造の建物の屋上から叫び、悠を見据えていた。

 

悠は攻撃の手を止め、声の主の先にある建物の屋上を見据える。

するとその屋上には、ドッペルゲンガーに捕まった兵士たちが集められていた。

彼らは縄などには括られてない。意識はあるようだが、生命エネルギーを吸い取られ、身動きできないぐらいに衰弱してるようだ。

魔法師、一般兵を含め100人程度いるのが見える。さらにそこにはドッペルゲンガー本体数体が待機していた。

 

さらに、その建物の左右にも凡そ100人づつ地面に転がされ、同じくドッペルゲンガー本体が数体待機している。

 

ドッペルゲンガーは人質を取ったのだ。

凡そ300人の兵士を生命エネルギーをすべて奪わず、辛うじて意識がある状態で生かしていたのだ。

 

 

 

「貴様が鳴上悠だな!!よくここが本命だとわかったな!!……しかし、この通りだ。貴様が来る可能性は考慮していた。どうだ。これで手が出ないだろう」

仮面を外し、明らかに日本人とは顔立ちが異なる色白の男のドッペルゲンガーが愉快そうに悠に対して叫ぶ。

 

「………」

悠はジッとその色白の男のドッペルゲンガーを見据える。

 

「貴様の最大の弱点は、これだ。見捨てられないだろ?同胞を、見ず知らずの連中だと言うのに!!さあ、刀を捨て、ペルソナを解除してもらおうか!!鳴上悠!!10秒待ってやる。さもないと、100人ずつ殺すぞ!!」

 

「………」

悠は沈黙を守ったまま、イザナギを解除し、手にもつ、名刀【薄緑】を手放す。

 

「フフフフフッハー――ハッハー―――!!、鳴上悠!!貴様がたかがこんなことで、手も足も出なくなるとは!!こんな役にも立たない連中のためにな!!あのクモのミアでさえ倒せなかった鳴上悠が!!」

色白の男のドッペルゲンガーは優越感に浸り、狂気じみた形相で笑い続ける。

この300人程の人質は明らかに悠対策だ。

悠が来る可能性すらも計画にいれ、捕まえた兵士の生命エネルギーを全て奪わず、人質にするために生かしておいたのだ。

 

 

 

しかし……

 

(直斗の予想通りだな)

悠は刀とイザナギを解除しながら、直斗にりせのテレパスを通じて話しかける。

 

『はい、先輩の、鳴上悠の最大の弱点はこれです。先輩は人を見捨てることができない。先輩の今迄の行動を見るに、敵もこれを導き出してくることは予想してました。そして打てる手はこれです』

直斗は既にこの状況が起きることを予想していた。

そして、その対策も。

 

『悠先輩!!やっぱり現実世界の人には光属性の即死系のハマ関係は効果が現れない見たい。人質の人全員確認したよ。大丈夫!!それと人質の中に紛れ込んでるクモのドッペルゲンガーも確認したよ!!』

 

『やはり、敵も2重の罠を仕掛けていましたか、もし、何らかの方法で鳴上先輩が人質を解放した時のためでしょう、油断した鳴上先輩を襲うつもりだったのかもしれません。しかし、敵は知らない。こちらには久慈川さんという天の目にも勝る存在がいることを。その手は通用しません』

 

(直斗、りせ、助かる)

 

『現実と異世界では、ペルソナの能力が変化することはわかってました。ハマ、要するに破魔、魔を滅する術。人の善性を信じる鳴上先輩にとって人はすべて善であり、魔ではない。光魔法のなかでも聖とでもいうのでしょうか、それに属する術や魔法はすべて現実の人間には効果が無いことは、久慈川さんのエネミーサーチで実証済みです。そしてその最上級術は……』

 

 

 

 

「鳴上悠!!手を出すなよ!!こっちには人質がいるのだ!!ふはははははっ!!貴様には死んでもらおうか!!なぶり殺しだ!!」

色白の男のドッペルゲンガーは狂気じみた笑い声と共に、手を上げる。

 

ドッペルゲンガーの眷属たちが一斉に、無防備になって項垂れる悠を押し潰すように迫る。

 

 

しかし、悠の目は死を待つ人間の目ではなかった。むしろその瞳は自信に満ち溢れ、爛々と光を宿していた。

迫るドッペルゲンガーの眷属が悠に触れる瞬間。

 

「ペ・ル・ソ・ナ!だいそうじょう!!」

 

悠の気合いの言葉と共に握りしめた拳を頭上にかざしす。

その拳をかざした先には座禅を組んだミイラと化した高僧の姿をしたペルソナが現れる。

 

ペルソナだいそうじょうは、座禅を組んだ状態で光の粒子を放ちながらゆっくりと横に回転しながら上空へ登っていく。

 

【回転説法】

 

だいそうじょうが唱えるマントラが無数の光の帯となり、その場の空間を包み、さらに天から光の柱があちらこちらに落ちる。

光属性即死系最大術式【回転説法】、ありとあらゆる魔の存在を打ち消す術式。悠に魔と認識された敵はその聖なる言霊と光によって悉く消え去る。

 

そして、半径300メートルの大きな光の柱が形成され、その光に触れたドッペルゲンガーとその眷属は光の粒子となり消え去る。

 

その場に残ったものは人質と光無効化属性を持つ、色白の男の姿をしたドッペルゲンガーを含め3体だけ。

ドッペルゲンガーの眷属はすべて消滅し、人質を囲んでいた8体のドッペルゲンガーと、人質に紛れ込んでいた2体のドッペルゲンガー、そして、この周囲で指揮を執っていた3体、合わせて13体の内10体のドッペルゲンガー本体がこの悠の【回転説法】による攻撃で消滅したのだ。

 

 

「ば、馬鹿な!」

光無効化属性を持っていたことで辛うじて生き残っていた、色白の男のドッペルゲンガーがそう嘆くのも束の間。

 

【獅子奮迅】

 

上空からすでに悠の刀が目の前に迫り、強烈な突きをくらい、吹き飛ぶ。

 

「ぐはっ!」

 

【電光石火】

 

コンクリートの床をすべるように吹き飛ばされた先に、さらに回り込むように悠が眼前に現れ、稲妻を纏った刀で薙ぎ払われる。色白の男のドッペルゲンガーは本性を現す間も無く、叫び声さえ上げる事もできずに黒い液状と化し消滅したのだ。

 

回転説法を属性防御で生き残った人質を監視していた2体のドッペルゲンガーは、周りの眷属や同胞が一瞬で消された事に驚き、周りを見渡し一瞬茫然としていたが、状況を飲み込み直ぐに行動を開始しようとする。

しかし、既に時遅し、目にも止まらぬスピードで悠が迫り、剣技を繰り出し、反撃の間も与えずに薙ぎ払い、消滅させられたのだ。

 

 

 

この攻撃で眷属は凡そ3000体消滅、ドッペルゲンガー本体が消滅したことで、その影響でさらに4000体の眷属が消滅した。

これで残りの眷属は凡そ5000体とドッペルゲンガー本体は10体のみ。

 

悠が来て僅か10分も経たずに事態は好転へ。

 

 

 

 

 

松戸基地第二発令所でこの様子を遠見の魔法で見ていた新発田勝成は、驚愕の表情をあらわにしていた。

( ……人質を取られた状態だぞ、なんだあれは!?光属性のエレメント系の領域魔法か!?それとも司波達也と同じ分解魔法か!?しかも人質を巻き込んだ様に見えたが、人質は無傷だと!!対象を選択できる領域魔法か!?馬鹿な!!そんなものが存在するわけがない。存在したとしても、どれだけの演算能力が必要だと言うのだ。人一人の人間の脳の限界を圧倒的に超えてるぞ。達也の分解魔法どころの騒ぎじゃない。いや、ドッペルゲンガーのみにしか効果を表さない魔法とでもいうのか!?……四葉は一つ間違えば、あれに滅ぼされていたということか!!)

そして、自身の背中に冷たいものが流れ出る事に気がつく。

 

その直ぐ近くでは、同じくこの様子を見ていた国枝少将が驚愕な表情をし、手にした双眼鏡を取り落としていた。

参謀役の部下が取り落とした双眼鏡を素早くつかみ、眼にして自分でも状況を確認しようとする。

「……長官が言っていた。N案件には絶対手を出すなと。まさしくこれか……彼が、我々の敵ではなく、ドッペルゲンガーの敵であった事を感謝しなければな」

「戦略級魔法……いや、敵、味方を選別した。……凄まじい。日本に戦略級魔法師はこれで五輪と独立魔装大隊の隠し玉と、彼が加われば、大国にも引けを取らない」

少将は驚きのあまり硬直していたが、ようやく声にすることができた。参謀役は双眼鏡で状況を確認しながらニヤリとほくそ笑んでいた。

 

「とりあえずは彼の邪魔をせずに、防御態勢を立て直すのが良いだろう。……ドッペルゲンガーの大群相手に突撃してる魔法師はわが国のエースだ。彼の行動の邪魔を決してするな。第二防衛ライン正面の退避を取りやめ、人質となった兵士の救出を行い、再度防御態勢を立て直せ」

少将は苦笑したあと、伝令役の兵士に命令を伝える。

 

 

 

一方、収容所内でクモのドッペルゲンガーと対峙していた真夜の下にも悠が現れた事が伝わる。

 

「来て下さると思っておりましたわ。それにしても随分お早いお着きですね。そろそろこのクモとのダンスも飽きてきたところですの。もう少しだけ舞を踊って見せますわ」

真夜は持久戦を覚悟していたが、これほど悠が早く来たことに驚きと共にホッとした表情をする。

 

クモのドッペルゲンガーは魔法師としての知識と経験を持ち、さらにクモの特性である擬態や数々の属性防御を持っている。

魔法師にとって、これほど厄介な相手はいないだろう。

しかし、クモのドッペルゲンガーは自分の存在の優位性を十分理解し、相手を倒すための攻撃を繰り出しているのだが、目の前の四葉真夜を倒すことが出来ないでいた。

それどころか、ヒヤリとするような反撃もされるのだ。

そんな魔法による攻防のさなか、真夜は部下らしき若い男に報告を受け、妖艶な笑みを湛えていたのだ。

クモのドッペルゲンガーは何やら嫌な予感がしてならなかった。

 

 

 

 




松戸基地の攻防は次で終了です。


すみません。
ちょっと都合のいい解釈設定を追加させてもらってます。
【回転説法】だいそうじょう。
ハマ成功率アップというか……ほぼ100パー><
しかも人には効果無いとか><


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第五十七話 鳴上悠対策

感想ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます。

遅くなりました。
では続きを……

2020年9月16日に文章を改正しております。




松戸基地へのドッペルゲンガーによる急襲は、終始ドッペルゲンガー側が押していたのだが、鳴上悠の出現により、24体のドッペルゲンガーの内14体が消滅、1万3千体も居た眷属は5千まで減らされ、完全に形勢は逆転したのだった。

 

蝙蝠の羽を持つ巨大なヘビのドッペルゲンガーは上空からその様子を一部始終見ていた。

このドッペルゲンガーは第一高校襲撃事件で魔獣を召喚して逃げ延びた、あのドッペルゲンガーだった。

(ペルソナ使い鳴上悠。これほどの力を持っていたのか……これ以上は損害が増大するだけで意味が無い。潮時だな。撤退する。……但し、唯では帰らん。鳴上悠。命は頂いて行くぞ)

 

蝙蝠の羽を持つ巨大なヘビのドッペルゲンガーは口から超音波を発し、仲間のドッペルゲンガーに撤退を命ずる。

第二防衛ラインを攻撃していたドッペルゲンガーとその眷属は次々と踵を返し、敷地外へと、撤退していく。

 

 

悠は人質を解放した後、さらに別のドッペルゲンガーとその眷属の集団に突撃を敢行していた。

しかし、突如としてドッペルゲンガー達は悠に目もくれずに撤退しだしたのだ。

 

悠はそれと同時に周囲に漂う異様な気配を感じ、辺りを見渡す。

すると、基地上空に巨大な光の円陣が現れたのだ。

 

「第一高校の時と同じか、来る!」

悠はその光景を見て、直ぐに第一高校であの強大な魔獣ホーンド・サーペントが現れた時の事を思い浮かべる。

 

光の円陣からは、光を纏った30メートルは有ろうかという巨大な怪鳥が現れる。

よく見るとその怪鳥の全身は光を纏っているのではなく、体中に雷のような電流が迸り、激しく放電していたのだ。

 

「りせ、あれは何だ!」

悠はこの状況を把握しているだろうりせに問いかける。

 

『悠先輩!あれは神鳥サンダーバード!!魔獣の一種だけど、かなり強力で稲妻を纏っているの。触れるだけで丸焦げになっちゃう!……あっ!地上にも魔獣が!!』

りせは悠の問いかけに、ハイ・アナライズで得た巨大な怪鳥の正体と、新たに出現した敵の存在を悠にテレパスで知らせる。

 

地上にも光の円陣が基地の東西に2か所現れ、それぞれの40メートル程の蛇の魔獣が出現したのだ。

 

「くっ!」

 

『両方とも蛇の魔獣!キチハトアシスとウィーウィルメックっていう巨大な水蛇よ!!紫色の蛇キチハトアシスは致死性の猛毒をまき散らすの!赤色の蛇ウィーウィルメックは無数の触手を伸ばして人の血を吸いつくすわ!やばいよ悠先輩!!一気に来られると兵隊さんたちがやられちゃう!!』

 

悠はりせのテレパスでの情報を聞きながら、三方から現れた魔獣たちを見渡す。

この三体の魔獣はやはり、ネイティブアメリカンに伝わる伝説の魔獣であった。

悠はかなり危機的な状態であることを悟る。

りせの情報から想像するに、基地の兵士達はそれらの魔獣に近づくだけで、即死に至る事が容易に想像できた。

 

蝙蝠の羽を持つ巨大なヘビのドッペルゲンガーは、悠が現れ短時間で半数以上の仲間を討たれた事で、エネルギー確保と魔法師を捕縛する計画が頓挫したと判断し、利用価値がなくなったこの基地に残るすべての人間を無差別に滅ぼす事ができる、この強力な魔獣達を召喚したのだ。

しかし、その目的は基地の兵士達を滅ぼすのが目的では無い。

鳴上悠を亡き者にするための策略だった。

悠は人を、この基地の兵士を見捨てる事が出来ない。

無差別に兵士を滅する強力な魔獣から、兵士達を守りながら、戦わなくてはならない。

だが、いくら鳴上悠が強力なペルソナ使いだろうが、一体づつとは対処可能だが、この3体の魔獣を一人で同時に相手をするのは困難であると踏んでいた。

 

人を見捨てることができない悠の前で、沢山の兵士が魔獣によって滅ぼされる姿を目の当たりにさせることにより、悠の精神を折り、3体の魔獣により、悠を完膚無きまでに叩きのめし討ち滅ぼさんとしていたのだ。

悠を苦しめ、悠を亡き者にするための、ドッペルゲンガーによるこの一連の計画の最終手段であった。

 

 

悠は基地の第2防衛ラインを防衛する兵士たちを見据える。

悠の力が有れば、一体一体と魔獣を倒していくことは可能だろう。

しかし、その一体を相手をしてる間に、他の魔獣によって、多くの兵士が犠牲となるだろう事は目に見えていた。

 

魔獣たちが攻撃態勢を取ろうとする姿を目の当たりにし、悠は一瞬目を瞑るが、考えをまとめ目を見開き、意を決する。

 

「ペ・ル・ソ・ナ!!コウリュウ!!」

悠は手の平から現れた法王のカードを握り締め、コウリュウを頭上に顕現させた。

コウリュウは悠が持つペルソナの中で最大級の大きさを誇る。

全長約500メートルはあろうかという長細い躯体を持つ黄金に輝く伝説の龍だ。

 

悠はコウリュウを基地上空にて、その長細い躯体をくねらせ防御態勢を取らせる。

そう、悠は魔獣の攻撃からすべての兵士を守るためコウリュウを壁にしたのだ。

 

そして、巨大な魔獣たちの猛攻が始まるのだった。

 

 

 

 

 

一方、第二発令所では、ドッペルゲンガーの眷属達が撤退していく様を見て、勝利を確信し安堵する空気が流れ始めていた。

 

「ふう、ドッペルゲンガーは撤退か。N案件の出現で一気に形勢は逆転したようだな」

「少将。追撃はよろしいのですか?」

「そうだな。ここでドッペルゲンガーを何体か撃破して見せないと、こちらのメンツも立たないな。伝令、総員追撃態勢をとるように指示をだせ」

松戸基地の司令官である国枝少将は、伝令兵に撤退するドッペルゲンガーの追撃指示を伝える。

 

しかし、その瞬間、上空から突如として巨大な光輝く鳥が現れたのだ。

「なっ、なんだあれは!」

少将は先ほどの安堵した表情から一気に青ざめる。

 

「少将、基地の東西にも巨大なヘビのような化け物が現れたと!第一高校同様、ドッペルゲンガーに召喚された異界の化け物だと思われます!」

参謀役も部下の報告を受け、慌てたように少将に上申する。

 

「異界の化け物……いかん!奴らは詳細不明の領域攻撃をすると報告にあった!」

「先手で密集陣形による集中攻撃、いや焦熱兵器攻撃か!?どちらにしろ間に合わないか!?」

少将も参謀役も相当焦りを見せる。

報告にあった第一高校で出現した異界の化け物の情報を見るに、凄まじい攻撃力を内包していることを知っていたからだ。

 

「……くっ、N案件に任せるしかないのか」

 

そんな中、また異変が起きる。

基地上空に巨大な黄金色に輝く龍が現れたのだ。

その大きさは魔獣どころの騒ぎではない。基地上空を埋め尽くすかのような巨大さだ。

 

「……な、な、なんなんだ!?」

「お、終わった……終わったな」

少将も参謀役も、そのあまりにもその巨大さを目の当たりにし、茫然自失となっていた。

コウリュウを見た二人は敵の魔獣だと……

 

 

 

 

 

 

悠は顕現させたコウリュウの頭上に飛び乗り、三方から攻めてくる魔獣を見据える。

サンダーバードの攻撃はその名の通り、強力な稲妻による攻撃を繰り出してくる。

しかし、コウリュウの電撃反射属性に阻まれ、すべての攻撃が反射される。

 

紫の巨蛇キチハトアシスは全身から毒を吹き出し、周りの物を腐らせながら第二防衛ラインに近づくが、コウリュウの守護する領域に阻まれ、コウリュウが持つ闇及び毒を無効化する属性で、漂う毒霧が第二防衛ラインの内側に通る事が出来ないでいた。

 

赤の巨蛇ウィーウィルメックは全身から生える触手を伸ばし、酸をまき散らしながら進む。

血液を欲するこの巨蛇は、触手による吸血は血液を持つ生命に対し有効ではあるが、悠の精神体の一部であるペルソナには効果を表さない。

 

コウリュウは東西南北を守護する四神の頂点に立つ守護神獣。

防御こそがこのペルソナの力である。

 

三体の魔獣はそれぞれの属性による攻撃が効果が無いと見て、サンダーバードは突風と嘴やカギ爪による突撃攻撃を、キチハトアシスは水を操り大砲のように打ち出す攻撃と角による物理攻撃を、ウィーウィルメックは酸をまき散らし、コウリュウにダメージを与えんとする。

 

コウリュウは、それらの攻撃のダメージを徐々に蓄積していきながらも、防御態勢をとりながら基地を守り続ける。

コウリュウのダメージは勿論、顕現主である悠にも届く、悠はその衝撃に耐えながらも、ペルソナコウリュウをコントロールしていた。

 

『悠先輩!』

りせは心配そうに悠に声を掛ける。

 

(大丈夫だりせ。まだ耐えることが出来る)

 

『くっ、敵はこんな隠し玉を持っていたとは、基地の兵士全員を人質に取ったようなものです!先輩は防御に徹するしかない!第一高校同様、魔獣を召喚するにはエネルギーが必要なはず、これは明らかに最初から用意したものです!鳴上先輩対して切り札を持っていたんです!先輩によって撤退を余儀なくされた場合の最終手段として!』

りせの隣で直斗はこの状況を正確に理解し、悔しそうにする。

自分の予想を凌ぐ敵の用意周到さに。

 

(ああそうだな。直斗が言っていた敵のブレーンだろう。ここまでの準備していたとは。……だが、完全に防御できるとは思っていないだろう。……くっ!)

確かに、ドッペルゲンガー側はこのコウリュウによる基地全体の防御は全く予想していなかった。

基地の兵士に甚大な被害が出、悠をも追い詰めるだろうと……

そうかといって、基地内の兵士に犠牲が出ないように防御を固めたとして、こうしている間も防御するコウリュウへの魔獣の猛攻は続き、その攻撃のダメージは悠自身にも届くのだ。

 

『悠先輩!無理しないで!』

『先輩!』

りせはダメージを受け続ける悠の状態を逐一確認しており、直斗も悠が耐え続けているだろう事を知っていた。

 

(大丈夫だ。コウリュウの回復能力は高い。まだいける)

コウリュウはダメージがある一定を超えると、メシアライザーで自らを一気に回復させ、防御態勢を維持できるのだ。だが……

 

『しかし、今のままじゃじり貧ですよ!何より先輩の精神が持たない!』

 

(大丈夫だ直斗、もうすぐ来る)

 

『うん!あとちょっと!先輩もうちょっと頑張って!』

 

(ああ、それまで持たせる)

 

 

 

新発田勝成は悠の出現後も、第二発令所内で情報収集を行っていた。

厄災級の3体の巨大な魔獣が現れるという事態の急変にも、何とか冷静に心を保つち状況を見据えていた。

しかし、さらなる圧倒的な大きさを誇る黄金の龍が現れたことで、焦りや恐怖を飛び越え、窓の外の状況を茫然と見る事しかできなかった。

それは勝成だけではない。第二発令所内は静まり返り、誰もがそのような状況に陥っていたのだ。

 

そして、3体の魔獣が周囲に厄災をまき散らしながら第二防衛ラインに迫る。

だが、最後に現れたあの巨大な黄金の龍は、基地を守るように上空にとどまり、厄災をまき散らす3体の魔獣の猛攻をその身で一身に受けているように見えたのだ。

ここで勝成はある事に気が付く。巨大な龍の頭に何者かの人影がある事を……

あまりの事態に思考を止めてしまった勝成は再び事態を把握するために、フリーズした頭に血を巡らせ始める。

遠見の魔法で龍の頭に乗る人影を確認すると……そこにはあの青年が堂々とした風格で構え、立っていたのだ。

再び思考を巡らせ始めた勝成はようやく気が付く事が出来た。

あの巨大な龍が悠が顕現させたペルソナで3体の魔獣からこの基地を守っている事を。

 

「まさか……この巨大な龍は鳴上悠が顕現させたペルソナだと言うのか………なんてことだ」

勝成は自ら出した答えが、自然と口から驚きの声となって漏れて出していた。

 

(鳴上悠。規格外にもほどがある!それもそうだが、あの魔獣もなんだ!?個々が戦術級魔法に匹敵する攻撃を乱発してるに等しい攻撃力ではないか!それをあの龍がすべて防いでいるだと!?……しかし、龍に反撃の動きは全くない。……いや、魔獣の攻撃に隙がないということか?少しでも防御態勢を解こうとするならば、この基地に甚大な被害を被る。この基地を、我々を守るために防御に徹していると言う事か!我々の存在が彼の足を引っ張っている…か……直ぐにご当主に報告をしなければ!いや、ご当主様もまだクモのドッペルゲンガーと対峙してる可能性が高い……どうすれば……)

 

「奏太!また行ってくれ!この状況を詳しく伝え、ご当主様に判断を仰いでくれ!!」

勝成は真夜の下から戻っていたガーディアンの堤奏太に再び伝令役を言い渡す。

 

 

 

一方、収容所では……

「流石は四葉家当主といったところですか。あなたのおかげで、目的を達成できそうもありませんね。お互い決定打もなく、このまま戦い続けても消耗するだけです。お互いそれを良しとしてないはずです。どうでしょう?ここは痛み分けという事で、私をこのまま撤退させてもらえないですかね?」

クモのドッペルゲンガーは真夜との攻防のさなか、こんな提案をだしてきた。

クモのドッペルゲンガーは予想外の真夜の抵抗に焦りを覚えていた。予定では収容されてる全ての魔法師からエネルギーを奪うか、鏡に捕え終えていないといけない時間帯であったからだ。

しかも、仲間の超音波による撤退指示が聞こえ、基地の制圧に失敗し、最終手段(魔獣召喚)を用いる事も把握していたのだ。

 

さらに、戦闘開始からしばらくはクモのドッペルゲンガーが優位に見えていたが、今ではほぼ拮抗状態。いや、真夜の方が押し返し始めていたと言っていいだろう。

 

真夜は、ドッペルゲンガーの戦い方に順応し始めていたのだ。

 

「あら、残念ですわね。あなたとのダンスにようやく慣れ始めたところでしたのに、もうちょっとお付き合いしてくださいな」

真夜は笑みを浮かべながら返答しつつ、攻撃の手を更に強める。

 

クモのドッペルゲンガーは鉄壁の属性防御が持ち味ではあるが、万能ではない。

相手の攻撃に合わせ、自らの体を次々と対応属性に変化させるという物だ。

真夜はそれに気が付き、マルチキャスト(一つの魔法を発動中に、次の魔法を開始させる高難易度技術)により、魔法発動時間短縮と複数種の魔法を織り交ぜ次々と放つ。さらにパラレルキャスト(2つのCADを使用し複数の魔法を同時に発動する超高難易度魔法技術)を使用し、同じ系統の魔法で異なる効果を表す魔法(例:振動系魔法、分子の振動幅を調整する事により加熱又は冷却を実現する魔法)を放ち、クモのドッペルゲンガーの属性防御の的を外した。

そもそも、四葉家はフラッシュキャスト(魔法式をイメージ記憶し簡略化させ、魔法発動スピードを短縮する技術)を使いこなす魔法師の一族だ。簡易な術式であれば魔法発動スピードは圧倒的に早い。

真夜は試すかのように、それらの魔法を行使し、戦闘のさなか使い慣れ始める。

そして、遂にドッペルゲンガーの属性防御の変化スピードを明らかに上回り始めたのだ。

徐々にクモのドッペルゲンガーは、次々と別属性の魔法を繰り出す真夜の攻撃魔法に反応しきれなくなり、ダメージを受け始める。

 

「うむ……運が無い。流石は世界最高峰の魔法師とはよくいったものだ……」

属性防御の効果が薄まりつつある現状では、この狭い収容所の通路では魔法を避ける事もかなわず、現状不利と見て、影から眷属を多量に生み出し、眷属と共に、巨体を活かし玉砕覚悟で真夜に体当たりを敢行したのだ。

 

しかし、それを見越した真夜は、クモのドッペルゲンガーの体当たりを用意していた条件付きの硬化魔法で位置固定させ、あっさりと阻む。

その後、クモの巣に掛かった獲物の如く、クモのドッペルゲンガーは真夜の多種多様な魔法に断続的に晒され、属性防御もその魔法のスピードと手数に対応が追い付かず、無残にも数々の属性魔法を嵐の如くその身に受け、力尽き、黒い液状と化し消滅したのだった。

 

「かなり時間がかかりましたわ。今の深雪さんでは、倒すことができなかったのも頷けますわね。この敵を悠さんは一瞬で倒すことができるなんて、流石ですわね……それにしても、久々に良い実戦データが取れましたわ」

真夜はクモのドッペルゲンガーが消滅する様を見て、ホッと一息つきながら戦闘態勢を解く。

時間はかなり掛ったが、真夜は結果的に無傷でクモのドッペルゲンガーに勝利したのだ。

世界最高峰の魔法師の一角であり、『極東の魔王』や『夜の女王』などと恐れられる真夜の実力は、BS魔法であるミーティア・ラインだけでなく、一つ一つの魔法技術が最高峰のレベルで纏まっているからこそである。

これは、達也の予想を凌ぐ真夜の実力であり、四葉の一族でもそうそうお目にかかる事ができない真夜の戦闘シーンだった。

 

「ご当主様!……あの化け物を倒されたのですか!し、失礼しました。現在の状況を説明します」

真夜がクモのドッペルゲンガーを倒したところで、新発田勝成の伝令役である堤奏太が真夜の元に報告に現れたのだ。

 

奏太の報告を聞いた真夜は目を細め……

 

「……外ではそんな事が、悠さん……第二発令所に案内を……」

 

 

 

 

その頃、霧の結界の外では一機のヘリが基地上空に到着する。

 

 

 




松戸基地編後一話追加です。
すみません。一話でまとまりませんでした。

コウリュウが全長500メートルと超巨大になってます。
細長いから、とぐろを巻くと。それほど大きくはならないのかなと……
アニメでも、まあ、200メートル位あったかなと!?
最初は300メートル位にしようかなと思っていたのですが、基地の第2防衛ラインをすべて賄おうとすると……この位に><


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第五十八話 救援と終息

何とか続きが書けそうです。
久し振りに読み返すと、文章がおかしい所が結構あるので、ちょくちょく修正いたします。


八王子特殊施設群を襲撃したドッペルゲンガー4体を見事撃退した達也達特別遊撃隊は、幹比古、エリカ、レオを残し、達也、深雪、リーナ、真由美は次の襲撃に備えて近隣にある緊急用のヘリポートへと移動し、七草家が所有するヘリへと乗り込む。

現在襲撃されている入間特殊刑務所群に援軍に向かうためだ。

りせの情報によれば、現在入間特殊刑務所のドッペルゲンガー襲撃状況は、予想範囲内であったため、警察組織とシャドウワーカーの戦力だけでも耐えうると判断していたが、万が一の不測の事態に備えて、いつでも救援に向かえるよう準備していたのだ。

 

しかし……

『みんな!松戸基地がドッペルゲンガーに襲われるかも知れないって悠先輩が!』

 

「りせさん。どういう事?入間特殊刑務所に10体の襲撃、八王子の4体を合わせて14体よ。ドッペルゲンガーは残り5、6体位しかいないはずでは?その数で松戸基地は無いのでは?」

りせのテレパスを受けた真由美はりせに聞き直す。

この疑問は当然だ。悠達やドッペルゲンガー対策室の見解は、今迄残りのドッペルゲンガーは凡そ20体前後と予測を立てていたからだ。

既に14体が現れ、そのうち八王子に囮として襲撃した4体は既に真由美達が撃滅させている。

ヘリに乗り込んでいる達也や深雪、リーナも真由美の意見に頷いていた。

 

『入間刑務所の内部からクモのドッペルゲンガーが現れたの!しかも受刑者として初めから紛れ込んでたみたいなの!』

 

「内部からどうやってドッペルゲンガーが!?」

「……内部から…クモのドッペルゲンガーの特性か…受刑者に擬態、可能かもしれない……しかし、いつから誰が」

リーナは純粋に驚き、達也はクモのドッペルゲンガーが生きた人にそのまま憑依できることを思い出し、その可能性を検証するが、受刑者なら身元が分かっているはずであるためドッペルゲンガーに憑依されている可能性のある人物は全部排除されているはずだと、それならば誰が憑依されたのかという問題と、いつの段階で入所したのかという時間的な問題に疑問が残っていた。

 

『クモのドッペルゲンガーは、生きた人にそのまま憑依することができるのは皆知ってるけど……憑依されたのは私達が検討してなかった人たちなの。憑依されていたのは竹内正彦、USNAに拠点がある国際反魔法政治団体OPPO(Ordinary People Political organization)、国際犯罪シンジケートの構成員で、しかも日本では反魔法政治団体ブランシュの構成員としても活動してた奴よ』

 

「なるほど。何も魔法師は日本に登録されている人間だけじゃなかったな。日本に潜伏する犯罪組織や他国のスパイの中には強力な魔法師も存在する。そこを狙われたと言う事か……という事は、俺達が見積もった20人より、遥かに上の戦力がドッペルゲンガーに存在するということか……松戸基地の襲撃の可能性が十分に出て来た。……敵に相当切れる奴がいるということだな」

達也はりせの報告に納得し、松戸襲撃の可能性がある事を理解した。

 

『達也の言う通りよ。悠先輩は松戸に移動開始したわ。真由美さん達も松戸に念のため救援に向かって』

 

「りせ、入間もピンチじゃないの?内部からの攻勢なんて予想外も良いところよ。クモのドッペルゲンガーが私と深雪と戦った相手と同じぐらい強力だったら、普通の魔法師では歯が立たないわ。防衛側も浮足立つだろうし、入間に行った方が良いんじゃない?松戸はこう言ってはなんだけど、魔法師が入間の数倍はいるんでしょ?しかも国防軍も千単位で」

リーナの意見は至極真面だ。松戸襲撃に確証がない段階で松戸基地に戦力を送るよりも、現在ピンチに陥っているだろう入間に戦力を送るのは当然である。

リーナの意見に皆は頷いていた。

 

『……その、入間の受刑者の中に、強力なペルソナ使いが1人いたの……私も知ってる人で、悠先輩とはかなり関わりがある人。悠先輩がその人が居るから入間は大丈夫だって』

 

「……受刑者にペルソナ使い?」

「受刑者にペルソナ使いが存在する……しかも鳴上さんやりせさんの知り合い」

深雪は疑問に思い、達也は思わずその事実を小声で口に出していた。

 

『うん。私も悠先輩もさっき知ったの。その人は私達と敵対してた人。でも、悠先輩はその人を信用してるの……ペルソナ使いとしては、かなり厄介で強い人、私一人ではとても太刀打ち出来ないぐらいに』

 

「りせさんが太刀打ちできないなんて!受刑者で……そんな危険な人!」

真由美が驚くのも無理はない。りせの戦闘力がかなり高いのをその目で見ているからだ。

 

『あ!クモのドッペルゲンガーが消滅した。この感覚はマガツイザナギ……足立さんが……』

 

「え?もう?クモのドッペルゲンガーを?」

「この短時間でクモのドッペルゲンガーを倒すことができるペルソナ使い……しかも受刑者か」

深雪と達也は先ほど同様に声を上げる。

 

『うん……』

りせのテレパスで聞こえてくる頷く返事には、どこか迷いのような感情が流れでていた。

 

「……わかったわりせさん。私達は松戸に向かうわね。……ヘリを松戸基地に出してください。本家に連絡し松戸基地に着陸許可を」

真由美はりせの返事を聞き、松戸へ出発することを決め、ヘリに同乗している七草家の構成員にその事を伝える。

 

 

 

 

 

松戸基地まで後10分で到着する位置までヘリに乗った一行が到達した際、新たな情報がりせによってもたらされた。

 

『悠先輩がピンチなの!』

 

「悠が?りせどういう事?」

「え?りせさん。悠君は人質を解放して、優勢に事を運んでいたのでは?」

「あの鳴上さんが?」

「……鳴上さん」

リーナ、真由美、達也、深雪、ヘリで急行しているメンバー全員が、りせのその言葉に驚いていた。

圧倒的な戦闘力を誇るペルソナを扱うあの悠がピンチに陥ることなど、想像できなかったからだ。

しかも、その前のりせからの情報では、悠が活躍し、松戸基地を一人で解放する勢いだったのだのにだ。

 

『人質を解放した後、ドッペルゲンガーは撤退したんだけど、魔獣が3体出現したの!』

 

「……第一高校の時と同じか、あのレベルの戦闘力を擁した魔獣が3体、流石に鳴上さんも厳しいか」

達也は第一高校に現れた魔獣ホーンドサーペントを思い出す。

 

『一体一体、魔獣を倒すのは可能だったのだけど。でも、その間に基地の人たちがやられちゃうから、防戦一方なの。魔獣3体の攻撃をペルソナで全部受け切ってるけど……』

 

「悠、悠は大丈夫なの?」

「……悠君」

「……鳴上さん」

リーナ、真由美、深雪はりせと達也の言葉を聞き、悠が劣勢に陥っている事を悟り、心配をしていた。

 

『ペルソナ自身は防御に特化したペルソナでダメージ回復も可能、でもペルソナのダメージは……その、悠先輩にも精神的苦痛として届くわ……今も悠先輩はその苦痛に耐え続けてるの』

 

「全然だめじゃない!第一高校の魔獣のような攻撃を受け続けて、大丈夫なはずはないわ!」

リーナはりせの言葉で、心配から焦りに変わる。

 

「悠君……」

真由美はより一層、心配する面持ちに。

 

「なるほど、ペルソナは術者の精神体というのはそういう事か、本人の精神体であるペルソナのダメージは術者にも届く、自在に操れる半面そんな弱点もあるわけだな」

達也はりせの言葉を冷静に分析する。

 

「お兄様、今はそのような事を……」

深雪は、悠の心配よりもペルソナ自身の事を注視する達也に諫めの言葉をかける。

 

『悠先輩、精神的にも強い人だから、今も何とか耐えてるけど……あんな攻撃を受け続けたら……ううん。悠先輩は皆を待ってる。それまで絶対耐えられる。だから早く来て!』

 

「急いでください!」

真由美はヘリを急がせる。

 

 

 

そして、一行を乗せたヘリは松戸基地上空へ

外からは、何も変わったように見えない松戸基地。

ただ、人の姿が全く見られない。警備する兵隊の姿さえも……

これはドッペルゲンガーの霧の結界の影響だ。

外からは霧の結界を張った時の状態をそのまま映しだす。

但し生命体などは映し出さない。

 

 

『みんな、ヘリから直接降りられるよね!悠先輩のペルソナコウリュウの上から霧の結界に穴をあけて入れるようにするから、そこから入って!魔獣を一体やっつけて、悠先輩を!』

 

「わかったわ」

「悠待ってて」

「はい」

「……」

 

真由美、リーナ、深雪、達也の順番にヘリを飛び降り、飛行魔法で、りせが霧の結界の一部にジャミングを掛けて、小さな穴を開けた地点に飛び込んでいった。

 

そして、一行が見たものは……とてつもなく巨大な黄金の龍が基地全体を覆い、光り輝く鳥の魔獣と赤と紫のヘビの魔獣の攻撃を受け続けている姿だった。

一瞬、魔獣が小さく見えたが、ヘビの魔獣は40メートル、光り輝く鳥の魔獣は30メートルはある。

体長500メートルのコウリュウが巨大過ぎて、縮尺がおかしく見えたのだ。

 

「……黄金のドラゴンが悠のペルソナ……なんて巨大なの」

「なんて大きさだ。あれもペルソナなのか」

「綺麗……」

「悠君…居た!」

コウリュウを見たリーナと達也は驚きを、深雪にはその姿が美しく映っていた。

真由美も驚いてはいたが、悠を懸命に探し、コウリュウの頭の上に立つ悠を見つけた。

 

しかし、4人が上空から現れた事に気が付いた光り輝く怪鳥サンダーバードは、雷撃を束ね、彼女らに放つ。

悠はそれをさせまいと、コウリュウの首を伸ばし、雷撃の束を顔面で受け、無効化させた。

そして、4人をコウリュウの頭の上へと誘い、着地させる。

 

「悠!」

「悠君!」

「鳴上さん!」

「……」

 

「みんな来てくれて助かる。正直厳しかった」

そう行って軽い笑みを向ける悠の額は汗を滲ませており、その表情からは何時もの余裕がなく、疲労が見て取れた。

この間もコウリュウはダメージを受け続け、3体の魔獣から基地を守っていたのだ。

 

「な、鳴上さん…大丈夫なのですか?」

「悠君……」

「悠、後は私達に任せて!」

余裕のある表情をした悠しか知らない深雪は純粋に心配する。

真由美とリーナは悠が無茶をしている事を知っており、リーナは早く悠を助けたいと声を上げる。

 

「……一人でこの魔獣の攻撃を受け切っていたのか」

達也はコウリュウの頭から、魔獣たちの戦術級の攻撃を放ち続ける様子を目の当たりにし、改めて悠のペルソナ能力の凄まじさを感じていた。

 

『みんな悠先輩と合流できたみたいね。魔獣は鳥の形をしたサンダーバードと、紫ヘビがキチアトハシス、赤ヘビがウイーウィルメック。みんなはウイーウィルメックっていう赤のおっきな蛇を倒して!体中に生えてる長い触手から吸血して、体中の皮膚から酸をまきちらして、いろんなものを溶かすの!でもみんななら大丈夫!』

りせはそう言って、4人に指示を出す。

実際には直斗が4人の能力を確認し、立案した攻略方法だったが、今の4人には知る由もない。

 

4人は飛行魔法を使い、ウイーウィルメックへと近づく。コウリュウの間合い内であれば、悠が彼女らを攻撃から守る事が出来る。

 

4人はコウリュウの防御範囲ギリギリの建物の上に立つ。

リーナは背負っていた細長いハードケースから、120cmと40cmの円筒状金属の棒を十字にクロスさせたような物を取り出し、短い棒の方を手に持ち腰に構えた。

これはリーナ専用の携行兵器、ブリオネイク。リーナの戦略級魔法ヘビーメタルバーストを指向性と威力の調整を可能にさせ、収束ビームとして打ち出すための魔法兵器だった。

 

ウイーウィルメックはヘビというよりもヒルやナメクジのような性質を持っていた。

動きは全体的に緩慢だが、弱点らしい弱点もなく、物理攻撃もそのヌメヌメとした表層が攻撃を受け付け難くしている。

さらに、再生能力も高く、頭の脳の部分と胴体部の心臓の部分に核が存在し、それを同時に滅しなければ、再生していくのだ。

その為に、リーナの最大火力、指向性を持つブリオネイクによる高威力収束ビームで、脳の部分と心臓の部分を同時に討ち抜く作戦だ。

 

そして、皆はりせの指示通りに動き出す。

達也はこの作戦をりせから聞かされた時には躊躇していた。りせの口から分解魔法の使用を伝えられたからだ。達也は再生魔法が使える事は皆に公表していたが、分解魔法については、知らせていなかった。あまりにも危険な魔法な上に、四葉家としても機密事項とされているからだ。

達也は以前、悠に戦略級魔法を使用する機会が出てくることを言われた事を思い出す。

既に、達也のプロフィールや魔法の一切はりせや悠に把握されているのではないかと……。

四葉家が悠によって一度解体し、当主の四葉真夜は悠に対して完全降伏宣言をしている状況下では、悠に知られていてもおかしくないのではあるが、間違いなく四葉解体前に知っていた節があった。

そもそも、りせの能力に対しても疑問を持っていた。達也が把握しているのは、テレパスと状況把握能力という程度だが……それの精度について、明らかに本人以外知らない情報や、初見で相手の情報を看破している節があるからだ。

リーナや真由美も分解魔法の話が出ても、特に驚いた顔をしていなかった事も気になるが……

達也はそれらの疑問をグッと抑え、今はりせに従う事にした。

戦術級の攻撃をずっと受け続ける巨大なペルソナコウリュウを見渡しながら、今更だなと……

しかも、今も自分たちは、このコウリュウのおかげで、魔獣たちの攻撃を受けずに済んでいる状況である。もし、悠の精神ダメージが限界が来て倒れた場合、確実に自分や深雪が魔獣達の攻撃に晒される事は間違いないからだ。

 

そしてウイーウィルメックの殲滅作戦が開始される。

先ずは真由美の魔法攻撃でけん制し、ウイーウィルメックの注意をこちらに向け、体ごとこちらに向けさせる。

次に深雪が領域冷却魔法ニブルヘイムで、ウイーウィルメック周辺すべてを凍らせる。それでもウイーウィルメック自体を氷結させることはできなかったが、少しの間動きを止めることができた。

そして、達也がウイーウィルメックの下のコンクリートや地面を分解し、ウイーウィルメックの位置を調整、正確には角度だが、それによってリーナのブリオネイクの射線上に脳と心臓が重なる。

りせの掛け声と共に、リーナがヘビーメタルバーストを発動させ、ブリオネイクから高威力ビームが放たれた。

 

ウイーウィルメックの頭から脳と心臓を見事打ち抜かれ、一瞬体が痙攣した後、体表中に蠢いていた触手が、一斉に動きを止め、その巨体が地面に沈む。

ビームによって空いた体の穴から酸が漏れ出すが、深雪によって放たれたニブルヘイムの効力により、酸は凍結していく。これで酸の流出も防ぐことができた。

 

「やったわりせ!」

リーナは魔獣を倒したことに喜びの声を上げる。

 

「……凄い威力ね」

「リーナ…あのような魔法を持っていたのね」

真由美と深雪はリーナの放った魔法に驚きと感心の声を上げる。

リーナは世界に13人しか確認されていない戦略級魔法師の一人だ。その戦略級魔法ヘビーメタルバーストの指向性と威力調整を行ったのが、今回の魔法だ。まずお目にかかる事は無いだろう。

戦略級魔法はその名の通り、広範囲に威力を発揮する魔法だ。その魔法を真直に見ると言う事は、本来は死を意味している。

 

「ヘビーメタルバーストの応用か…指向性と威力調節…あの魔法兵器がそれを可能に……なるほどFAE理論を完成させていたのか」

達也もその魔法に驚きを隠せなかったが、真由美と深雪とは別の角度で驚いていた。

ブリオネイクという携行兵器がFAE理論を使った高性能の魔法兵器であることを、達也は見ただけで理解したのだ。

 

4人の息の合った連携で、巨大な魔獣を倒すことができたのだった。

 

 

『うん!流石みんな!でもまだよ!次、次、悠先輩を早く楽にさせてあげないと!』

 

「そうね!りせ次はどうすれば!」

 

『さっきと同じ要領だけど、スピードが速いからちょっと厄介。でもみんななら大丈夫!』

りせはそう言って皆を励ましながら、紫の巨蛇キチハトアシス殲滅作戦を伝える。

悠の方も余裕ができ、まずはコウリュウのジオダインの一撃を加え、動きを抑えてから真由美と深雪の魔法でけん制つつ、深雪のニブルヘイムで動きを止める作戦だったのだが……防御中にコンセントレイトで威力を高めていた悠のジオダインが、キチハトアシスに大ダメージを与えて動きを止めてしまったため、そのまま達也の分解魔法での位置調整と、リーナのブリオネイクによるビーム攻撃で、キチハトアシスは死に至る。

 

 

残るはサンダーバードのみ。

 

「ペ・ル・ソ・ナ!オーディン!」

悠はペルソナチェンジでコウリュウを戻し、巨大な槍を手に持つ紫の肌の巨漢オーディンを顕現させる。

 

北欧神話の主神オーディンは手に持つ聖槍グングニルを天に掲げる。

 

【万物流転】

 

聖槍グングニルの秘めたる力で、ありとあらゆる事象や物質を虚無に戻す絶技。

グングニルの槍が指し示す方向に飛翔していたサンダーバードの上空周囲から、突如として突風や竜巻が巻き起こり、それらがサンダーバードを中心として集まり、暴風の球体と化し包み込んだのだ。今の基地上空は幾つもの竜巻が起こり、雷鳴が響き渡っていた。

 

オーディンが聖槍グングニルを振り下ろすと空は一気に晴れ、竜巻や雷鳴、さらにはサンダーバードを包み込んでいた暴風の球体も、その中に居たはずのサンダーバードの姿も見えない。サンダーバードは虚無に返されたのだった。

 

そして霧の結界も解ける。

 

 

 

第二発令所では、この光景を見ていた指揮官の少将は身じろぎ一つせず、唖然とその光景を大口を開けたまま見ている事しか出来なかった。

ようやく出た言葉が「彼は……神か」

 

同じく参謀役も、茫然自失という体であった。

「ありえない……あんな力あり得ない……何だというんだ………」

 

 

その場に居た新発田勝成は……

「………なんて事だ。これが鳴上悠の力か………」

茫然としながらも自嘲気味な笑いが漏れる。

 

「わたくしが完敗したのも頷けまして?さて勝成さん。四葉は日本の裏側に巣くい、権力を振るう病魔と彼。何方の味方をした方がいいのかしら?」

勝成の後ろから四葉真夜は声を掛け、こんな事を聞いてくる。

満足そうな笑みで……

 

「……その」

真夜の存在に気が付いた勝成は慌てて向き直るが、その答えを言葉にできなかった。

しかし、勝成の答えは決まっていた。

四葉の分家達は、誰もが真夜が四葉を解体と再構築してクリーンな四葉を目指すと宣言した際には耳を疑い、決定には従うが、納得しかねている状態だった。

クリーンな四葉や正義の味方云々はさておき、鳴上悠と敵対することは選択肢としてあり得ない事を、今、思い知ったのだ。

 

 

 

青空が広がる松戸基地はしばらく静けさを保っていた。

 




次はりせ回の予定です。
まだ、この事件の一連は終わってません。

2020年9月中には次話を投稿できそうです。


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第五十九話 追跡

ご無沙汰しております。
ようやく、一歩踏み出せました。
なんとか年末までに終わらせたいと思ってます。


悠のペルソナ北欧神話の主神オーディンが聖槍グングニルを天に掲げると、松戸基地上空に雷鳴が鳴り響き、竜巻と激しい嵐が巻き起こる。

竜巻と暴風は四方から魔獣サンダーバードを包み込み、暴風の球体を形成する。

 

【万物流転】

ありとあらゆる事象と物質を虚無へと帰す絶技。

その様子は、まるで創世期の荒れ狂う地球のような有様だ。

 

オーディンは聖槍グングニルを振り降ろすと、激しく雷鳴が鳴り響き、嵐が巻き起こる空が嘘の様に一気に晴れ、青空が広がる。

 

 

その空には猛威を振るっていた魔獣サンダーバードの姿は無い。

魔獣サンダーバードは【万物流転】により跡形もなく消え去ったのだ。

 

 

その光景を目の当たりにした誰もが呆気にとられ、しばらく声を上げる事さえも出来ない。

勿論、達也も例外ではなかった。

「……まだ上があるのか………」

達也は、悠が第一高校で放ったメギドラオンと同等か、それ以上の威力の術儀に驚きを隠せない。

 

 

悠はオーディンを戻し、再びコウリュウを召喚した。

「チェンジ!ペルソナ!コウリュウ!」

基地上空を覆いつくす程の巨大な黄金の龍が再び現れる。

 

 

コウリュウはその巨大な体を金色に輝かせ、基地全体を眩い光で覆いつくす。

 

【メシアライザー】

現代の奇跡を起こす。

 

悠は最高峰の回復術儀を基地全体に放ったのだ。

これにより、魔獣ウイーウィルメックがまき散らした毒や、死骸に内包している瘴気や毒素を完全に浄化。

さらに、傷ついた兵士達は重症、軽傷問わず一瞬にして全員回復。

これを奇跡と言わず、なんと例えられるだろうか?

 

第二発令所でこの様子を見ていた指揮官は茫然自失に床に膝を付き、参謀役は錯乱気味に取り乱していた。

「神か………」

「………馬鹿な……あり得ない……何なのだ?これは何なのだ!?」

 

この二人がこのような状態に陥るのはある意味致し方が無い事だろう。

まだ、正気を辛うじて保っていただけ、マシな方だ。

魔法師や軍事に関わる人間ならば、これがどういう意味を持つのかを理解できるからだ。

 

メギドラオンや万物流転などの圧倒的な攻撃力は、まだギリギリ魔法師でも理解が出来るかも知れない。

流石に物質を無に帰す事は出来ないが、単純な攻撃力として、戦略魔法でこれに近い現象が確認され、認知されているからだ。

だが、この最高峰の回復術儀メシアライザーは規格外にあり過ぎた。

現代魔法でも治癒は存在する。

だが、魔法での怪我の治療は、継続して魔法をかけ続けなければ、元に戻ってしまうのだ。

そのため治療にも時間を要し、怪我の程度にもよるが、通常の医療と織り交ぜて行うのが基本である。

例外中の例外ではあるが、達也のBS魔法再成は、致命傷であっても24時間以内であれば、24時間前の状態に一瞬で戻す事が可能であった。

怪我の治療というよりも、怪我をする前の状態に戻すと言う意味合いだ。

但し、再成を施した相手が負った傷の痛みが、達也に濃縮して返って来るというリスクがあった。

しかし、悠が放ったメシアライザーは、一瞬にして完全回復と状態異常回復を施すなど、現代魔法ではありえない現象な上に、さらには基地全体を飲み込む程の広範囲でそれをなしとげるなど、奇跡としか表現ができないだろう。

 

 

同じく、第二発令所でこの様子を見ていた新発田勝成も次々と悠が起こす現象に、足元から崩れ去りそうになるが、何とか踏ん張っていた。

「………信じられない。これ程の力………分解・再成どころの騒ぎじゃない。これ程の力を一個人が持っていいものなのか……彼は神だとでもいうのか?」

 

真夜は勝成の独り言の様な言葉に、微笑みながら答えていた。

「いいえ勝成さん。鳴上悠さんは神ではありませんわ。神様はこの30年間、わたくしを助けて下さらなかったもの。こんなわたくしでさえ、人として救いの手を差し伸べてくださった彼はどこまでも優しい人ですわ」

真夜にとって、悠は四葉の呪縛から解き放ってくれた恩人であり、忘れかけていた生きる喜びを与えてくれた人物でもあった。

 

 

この奇跡の術儀を放ったのが悠である事は、当然後に軍上層部、日本政府上層部にも知れ渡る事になる。

戦場を一変させる程の術儀を次々放つ悠の扱いについて、頭を悩ませる事になるだろう。

悠自身は基地での惨状を目の当たりにし、ただ、ドッペルゲンガーにより傷ついた人を助けたいがために行った事だったのだが、半年前の悠であればここまで広範囲にメシアライザーを放つ事が出来なかった。

成長したのは何もりせだけではない。

横浜事変から、今まで現世でペルソナ能力を幾度となく行使し、最高峰の術儀も数度放ってきたのだ。

悠自身もこの数か月で更に成長を成し遂げていたのだ。

 

 

 

そして、奇跡を起こした張本人の悠は、役目を終えたコウリュウを戻し、上空からゆっくりと降りる。

 

その悠の姿を見た仲間達は悠の元へ駆け寄る。

だが、悠は地面に降り立つと同時に片膝を付く。

「悠!」

「悠くん大丈夫なの!?」

「鳴上さん!」

そんな悠の姿に心配そうにリーナ、真由美と深雪は声を掛ける。

悠のこの様な姿を皆は今まで見た事がなかった。

今迄に無く、ピンチに陥っていたと言う事だ。

 

「………」

達也は周りを見渡し、ウイーウィルメックがまき散らした毒が浄化され、兵士達が回復する様を見、無表情であったが内心は驚きと焦燥感にかられていた。

これ程の力を一個人で持っていてもいい物なのかと……。

 

「大丈夫だ。皆来てくれて助かった」

悠は息を整えつつ立ち上がりながら、はにかんだ笑顔を皆に向ける。

 

「悠、無茶し過ぎよ」

「……大丈夫なのね」

「鳴上さん……」

リーナと真由美、深雪はそんな悠の笑顔にホッとする。

 

「なんとかなった……だが、まだだ」

悠は皆の顔を見渡した後、ドッペルゲンガーが撤退していった先を見据える。

 

そして悠は、自宅から皆のサポートを行い続け、今もこちらの会話を聞いているだろうりせに声を掛ける。

「りせ」

『はーい、悠先輩は休んでて、今度は私の番」

「後は任せた…」

『まっかせて!絶対尻尾を掴んでやるんだから!』

 

決して表に出してはいけない、知られれば世界の国々が震撼する程の能力者がここにいた。

久慈川りせ……。

国際社会において、彼女のペルソナ能力はある意味、悠よりも脅威だろう。

 

 

りせは入間特殊刑務所から撤退したドッペルゲンガーと、今しがた松戸基地から撤退したドッペルゲンガー全てをエネミーサーチでマーキングし追跡していた。

ヒミコは人工衛星や成層圏プラントのカメラや、街中の監視カメラ等を通してエネミーサーチを行いながら、ドッペルゲンガーを追い続けていたのだ。

 

りせは悠からバトンタッチを受け、自宅のリビングで高々と声を上げる。

「今度は逃がさないんだから!ヒミコ!!いっくよーー!!カンゼオン!!まだまだ!!さらにコウゼオン!!」

りせはヒミコを一気に最終形態のコウゼオンまで転生進化させた。

 

りせの発想と機転で、現世にてその能力が爆発的に成長し続けるりせのペルソナ ヒミコ。

りせ自身もヒミコの成長と共に、莫大な情報量を処理するための脳内情報処理能力が格段に向上していた。

その演算能力は戦略級魔法師に匹敵、それ以上であるだろう事は、以前リーナと真由美とヒミコの情報を共有した際に判明している。

そのヒミコを更に転生進化させたのがカンゼオンである。

カンゼオンはヒミコの能力をそのままにパワーアップさせた、いわばヒミコの正統進化版と言った様相のペルソナだ。

見た目の形状も、頭部のアンテナが複数展開された形状に進化しているが、全体のフォルムとしては大きくは変わらない。

だが、更に最終転生進化形態ともいえるコウゼオンはその見た目の変化からも、ただ単にヒミコやカンゼオンの能力向上版ではない事が伺い知れるだろう。

 

「流石に情報量が多すぎ、でも逃げたドッペルゲンガーはまだ追えてる!」

りせはコウゼオンが取得する大容量の情報に苦心しながらも、何とかコントロールし、ドッペルゲンガーを捉え続ける。

コウゼオンに最終転生進化したりせのペルソナは、ヒミコ同様女性らしいフォルムをしてはいるが、頭部は今迄のアンテナの様な形状から天体望遠鏡の様な形状に大幅に変化、腕は6本に増え、そしてまるでコウゼオンが宇宙を支配しているかのように周囲に天体が浮遊し周回していた。

このコウゼオン、宇宙の全てを見通す力を持つと言われている最強のペルソナの一体だった。

りせ本人はその事を全く知らないが……。

 

コウゼオンは、現在マーキングしたドッペルゲンガーをどこまでも捉え続けていた。

コウゼオンに一度マークされた対象は、どんな秘境に隠れようが、人工衛星や監視カメラからのエネミーサーチが届かない場所に逃げようが、例え異界に逃れようが、コウゼオンの目からは逃れられない。

いわば、絶体追跡能力と呼べるものだった。

 

だがこの能力、数週間前、直斗とりせの何気ないこんな会話から生まれたものだった。

「直斗って推理で犯人見つけるでしょ?どんな感じてやってるの?」

「推理を行うのにも、いろいろと事前に必要な事があります。聞き込み調査や痕跡調査などの地道な調査が物を言います。そこから犯人の足取りを推測します」

「それでも分からないときはどうするの?」

「例えば何ですが、犯人が次の犯行を行う現場を推測して、待ち伏せしたりおびき寄せます」

「じゃあ、犯人が沢山いて、アジトを突き止めたい時はどうするの?」

「簡単に言いますと、めぼしい犯人をマークし、相手を泳がせながら、気が付かれないよう追跡します。犯人がアジトに入った所で一網打尽にするのがセオリーです」

「ふーん、マークして、追跡かぁ……ヒミコ出来る?」

りせは心の中でヒミコに聞くと、マーキングは出来る事が判明、追跡についてはコウゼオンならば絶対追跡が可能だと答えたとか…………。

りせならではのペルソナとのコミュニケーションの取り方だ。

この絶対追跡能力、これだけでも破格の能力だが、コウゼオンの能力の一端に過ぎないのだ。

 

 

りせが追跡していたドッペルゲンガー共が次々と地下へと潜っていく。

「ああっ!やっぱり地下に潜ったわ!下水路?地下鉄?違う……ここは何?」

りせは、コウゼオンで撤退するドッペルゲンガーの行動を捉え続け、地下に潜るのを確認。

ドッペルゲンガーが今まで、りせのエネミーサーチから逃れるとすれば、地下である可能性が高いと踏んでいた。

それも考慮し、今までりせは、地下鉄や地下防水路の監視カメラからエネミーサーチを行い、隠れ潜むドッペルゲンガーの居所を探してきたのだが見つける事が出来なかった。

既にエネミーサーチにも捉えきれない場所に潜伏してしまったドッペルゲンガーを探し出すのは困難として、りせは悠と直斗と何度も相談し、次にドッペルゲンガーと対峙した際、ワザと逃がし、りせのペルソナ能力で逃がしたドッペルゲンガーをマーキング追跡し、ドッペルゲンガーの根城を突き止める作戦を練っていたのだ。

この作戦は、りせがこの短期間でペルソナ能力を爆発的に向上させた事で初めて実現可能となったものだった。

 

そして、りせのペルソナ コウゼオンはドッペルゲンガーをマーキング追跡することで遂に撤退経路を突き止める。

だが、りせにはその場所が何なのかわからなかった。

 

「久慈川さん。ドッペルゲンガーは地下の何処に?」

隣で、ペルソナでドッペルゲンガーを追い続けるりせを黙って見守っていた直斗が、そんなりせに声をかける。

 

「直斗くん、これ見て」

りせはコウゼオンがもたらす数々の情報を処理しながら、リビングのテレビに追跡中のドッペルゲンガーの一体の様子を映し出す。

 

「これは……」

直斗が見たものは、煉瓦やブロックで積まれたトンネルの様な場所を獣の姿となったドッペルゲンガーが突き進む姿だった。

「旧世紀の地下鉄跡、いや、下水道跡かも知れません。放置されたままの過去の遺構です。まだ残っていたとは、しかもこれだけの規模で……」

 

「昔の!?やられたわ。昔の地下鉄とか下水道には監視カメラが無いからヒミコのエネミーサーチにも引っかからなかったのね。直斗くん、しかもここ、霧に覆われてる…異界化してるわ」

2096年現在、関東近郊の鉄道は全て地下に埋設され、防犯や防災、事故防止の観点からすべての場所に監視カメラが取り付けられている。

同様に地下下水道や地下配電配管経路にも監視カメラや各種センサーが取り付けられていた。

しかし、凡そ100年以上前に作られていた下水道や防水路、地下鉄や地下通路はそのほとんどが廃止され、新たに作られるか全面的に改装されていた。

特に昭和の時代に作られ廃止された物は、そのまま放置されていたケースが多い。

そんな廃止放置され、忘れさられて遺構と化した下水道や地下鉄路線に、監視カメラどころか現代の通信機器など置かれているはずもない。

さらには人の出入りも無いだろう。

ヒミコによる人工衛星や監視カメラ網のジャックからのエネミーサーチでは捉えられなかったのは、こういう理由だった。

しかも、その遺構と化した場所は霧の結界同様に異界化されていたのだ。

 

「……この分だと、この地下遺構群は東京近郊全域に広がってる可能性が高いですね。神出鬼没のドッペルゲンガーのカラクリはこういう事ですか……」

直斗はりせの言葉と、コウゼオンによってテレビに映し出される異界化した地下遺構を進むドッペルゲンガーの姿を見据えながら、今まで何故ドッペルゲンガーを捉えきれなかったのかを考察し、答えを導き出す。

今迄、ドッペルゲンガーは突如として現れ、魔法師や魔法適正者を襲っていた。

更には悠らとの戦闘で撤退する際、直ぐに反応が途切れるのだ。

能力向上前ではあったが、探索が得意なりせのペルソナ ヒミコでさえ見失っていたのだ。

当時から、何らかの理由があると踏んでいたが、結局今迄分からなかった。

 

だが、りせとコウゼオンは遂に、ドッペルゲンガーの神出鬼没な移動方法を突き止め、隠れ家へと迫る。

 




ようやく、書く事が出来ました。
次回は、謎だったドッペルゲンガーのブレーンが遂に……


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第六十話 決戦前夜

ご無沙汰しております。

しれっと投稿。


 

ドッペルゲンガーによる松戸基地大規模襲撃。

その言葉だけで国防軍だけでなく、日本国政府や魔法協会、十師族といった日本の防衛根幹機関は衝撃を受けた。

だがそれ以上に、十分に備えていたハズの松戸基地の第二防衛ラインまで、ドッペルゲンガーに単純な戦力で押され基地存亡の危機にまで落ちいった事、さらにその戦力をたった一人のペルソナ使いを名乗る青年鳴上悠が覆したこと。

そして、戦術級魔法級の威力の攻撃を乱発する基地を飲み込むかのような巨大な化け物共が現れ、基地はもはや風前の灯に思えた。

鳴上悠はそれすらも巨大なペルソナで防ぎ、仲間の加勢があったにしろ、さらには前代未聞の凄まじい威力の魔法を放ち、化け物を一瞬で消滅させる。

それだけじゃない、基地中の傷ついた兵士達を一瞬で癒したのだ。

基地司令官や幹部から速報を受けた政府や国防軍本部は、ドッペルゲンガーを撃退できた安堵よりも、真偽の判断ができないような情報とその量に困惑し続けていた。

 

 

 

その頃、特別遊撃隊は……。

松戸基地から引き揚げた面々はヘリで一度七草家へ引き上げた後、千葉家で待機していたメンバーと共に、次の作戦会議を行うために悠の自宅へと合流していた。

 

そこに自宅で待機していたハズのりせが笑顔を振りまきながら現れた。

「みんな、お疲れさま~」

皆はそれぞれりせに思い思いに挨拶を返すのだが……。

 

「りせ、ここに来ても大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫。私がいた方がいいでしょ?」

「助かる」

「それよりも悠先輩の方が心配よ。疲れは取れた?」

「ああ、多少休めた」

悠は次の作戦もりせに自宅からのサポートを頼んでいたが、まさか、ここに来るとは思わなかった。

そのつもりで悠は特別遊撃隊の皆にも、りせは今迄通り自宅からのサポートを行ってもらう事と、さらに悠の個人的な協力者が一名ここに来る事を伝えていた。

 

真由美もりせがここに来た事に少々驚いた顔をしながらこんな事を聞く。

「りせさんも……でもよく来れたわね。ボディーガードはどうしたの?十文字君、この前りせさんにいつの間にか外出されたとかで、警備を強化したって言っていたわよ」

真由美がこんな事を聞くのも無理もない。

りせの自宅は現在も、魔法協会ががっちりガードを固めているのだ。

りせが仕事に行く際も、十文字率いるりせの警護班が常に付き従っている状態である。

しかも悠と四葉家との交渉(襲撃)の際、りせはボディーガードの魔法師達を巻いて悠の自宅に訪れていため、何時の間にかりせが居無くなっていたとこに、十文字率いる警護班は大慌てであった事は言うまでもない。

その後、無断で抜け出したりせに注意を行いつつ、十文字は自分たちの失態だとし、警護人員を増やすなどの対処を行い、より一層ガードが強固となったという経緯がある。

 

「また、巻いてきちゃった。あれくらいで私を抑えようなんて甘い甘い、私にはヒミコがいるんだから」

りせはそんな十文字や魔法協会の苦悩も知らずにあっけらかんと言う。

 

「……十文字君も大変ね」

真由美は真面目な十文字が護衛対象のりせに巻かれたと知った時の焦り様を思うと苦笑するしかなかった。

 

「大丈夫ですよ。今回はちゃんとアリバイを用意しましたので、彼らの失態にならないようにしておきました。本来はアリバイを解く方なのですが……」

りせの後ろについて来ていた美形の小柄の少年が、ハンチング帽を脱ぎながら答える。

 

皆がその少年に注目する。

 

「りせ、この子誰よ?」

リーナがこの少年の素性をぶっきらぼうにりせに聞く。

確かに悠からは個人的な協力者が一名こちらに来るとは先ほど聞いていたが、自分達より年下に見える華奢なこの少年がドッペルゲンガーと対峙するための協力者には見えなかったため、りせの単なる付き人か友人を連れてきてしまったのではという疑問を抱いていたのだ。

対外的には悠の有志による集まりとは言え、日本政府からも正式に戦力として活動が認められている政府公認のドッペルゲンガー対策部隊だ。

例外として、りせは政府には知られていないが、皆が認めている仲間である。

そのりせの知り合いだとしても部外者がここに来ていいハズが無いのだ。

 

「えっと……この子が協力者の方?」

真由美も直接的な言い方をせずに、りせと悠を見渡し聞く。

 

だが……。

「た、探偵王子?なんでここに?」

「探偵王子って、確かりせ姉様と友達だって雑誌に載ってたし、確か一緒に水着写真もあった……」

幹比古とエリカだけはこの少年の素性を知っているようだ。

そう、りせの同行者は先ほどのドッペルゲンガー襲撃の際、自宅でナビゲーションを行っていたりせを知識的にサポートを行っていた探偵王子こと白鐘直斗だった。

 

「探偵王子ってなんだ?」

レオは幹比古とエリカに聞き返す。

達也もレオと同じく探偵王子について知らず、聞き耳を立てていた。

 

エリカはレオに詰め寄り怒り気味に説明する。

「あんた知らないの?ちょっと前までよくテレビに出てたわよ。警察で解決できないお蔵入りの難事件も解決しちゃうって」

「このちびっ子が?」

「あんた!年上よ。しかも女の人!女性ってバレてからテレビには出なくなったけど、今は男装の令嬢って事で雑誌とかで人気なんだから」

「まじか……」

レオはまじまじと直斗を見て、茫然とする。

 

「レオはほんと何にもしらないよね」

幹比古もレオに呆れ気味だ。

 

「綺麗な方だと思ってました。なぜ男性の恰好を?」

「何で男の恰好なのかしら?」

深雪もリーナも純粋に直斗が何故男装をしているのか疑問に思う。

この頃は直斗も多少女性らしい恰好をするようになっていたが、今日はきっちり男装を施していた。

そもそもエリカと幹比古以外は、探偵王子こと白鐘直斗の事を知らないようだ。

 

「直斗君は女の子よ。こんなにかわいいのに」

「直斗は俺とりせの友人で、俺が個人的にドッペルゲンガー事件について前々からいろいろとアドバイスを貰っていた。りせの替わりに現場サポートの協力を頼んでいた」

「白鐘直斗と申します。久慈川さんと鳴上先輩とは友人です。知っている方もいらっしゃるようですが探偵です。なぜ男装をと疑問をお持ちなのかもしれませんが、この格好の方が戦いやすいので悪しからず」

直斗はりせと悠から紹介を受け、自己紹介をする。

 

 

「え?戦う?白鐘さんもペルソナ使いなんですか?」

真由美は直斗が戦うと聞いて確認をする。

 

「はい、僕もペルソナ使いです」

 

「私よりも直斗君の方が凄いんだから」

りせは自分の事に用に胸を張ってそう言い切る。

 

「りせさんよりも?」

「りせ姉様よりも?」

りせのドッペルゲンガーとの戦闘を間近に見ていた幹比古とエリカは、りせのその発言に疑問顔を浮かべる。

 

「純粋な戦闘力や能力では、先輩や久慈川さんにはかないませんよ」

直斗は真面目にそう返答するが、直斗のペルソナはスピードが高い以外では他の仲間のような圧倒的な力は無い。

だが、補助と戦闘をこなせるオールラウンダータイプで弱点が無いのが最大の特徴だ。

さらに戦術を重視し思考しながら戦闘するタイプの直斗とは相性が良い。

いうならば、魔法師の真由美と同じタイプのペルソナ使いなのだ。

 

「それと、直斗くんがペルソナ使いでここに居る事は内緒ね♡」

りせは人差し指を縦てて唇に軽く当て、笑顔で黙っているように皆に釘を刺す。

りせを恐れている幹比古は首を激しく上下させ頷き即了承。

その他の皆も軽く頷くか返事をし、異存がない様だ。

 

 

 

 

直斗の紹介をそこそこに、悠の自宅リビングでは特別遊撃隊の作戦会議が始まる。

参加者は国防軍からの派遣名目の七草真由美、司波達也、司波深雪。

警察組織からの派遣名目の千葉エリカ、吉田幹比古、西条レオンハルト。

USNA軍からアンジェリーナ・クドウ・シールズ。

悠の個人的な協力者として、ペルソナ使いの久慈川りせと白鐘直斗。

 

さらに、りせのヒミコによる秘匿映像通信で、警視庁対シャドウ組織シャドーワーカーの桐条美鶴がタブレット越しに参加。

「ドッペルゲンガー対策室参謀役兼シャドーワーカーの桐条美鶴だ。よろしく頼む」

美鶴の自己紹介で、言うまでも無く皆は直斗の時同様かそれ以上に驚く。

桐条美鶴は桐条グループの総帥として世界に轟くビッグネームだ。

USNAのリーナもその名と顔を知っているぐらいだ。

 

美鶴の映像越しの参加は戦力としてのシャドーワーカーとの共闘は勿論、ドッペルゲンガー対策室の幹部として参加してもらい、ドッペルゲンガー対策室にも即動いてもらいたい案件があったからだ。

 

 

「まずは私と直斗くんで今の状況を説明するね」

りせはヒミコを顕現させ、リビングのテレビ画面に東京近郊の地図を映し出す。

 

直斗が続きテレビ画面を示しながら説明を始める。

「久慈川さんのペルソナ能力でこの程の戦いで逃げたドッペルゲンガーを追跡した結果、ドッペルゲンガーは使われなくなった昔の地下鉄や下水道などの地下遺構を利用し移動していた事が判明しました。この地下遺構は東京近郊、西は八王子、東に千葉、北にさいたま市、南に横浜まで続いてました。ドッペルゲンガーが神出鬼没だった理由はこれです」

テレビ画面に映し出された東京近郊の地図の上に、地下を網目のように広がる地下遺構が重ねて映し出される。

 

「こんな所に潜んでいたなんて」

「うわっ、広っ」

「流石に広いな」

「まるで地下迷宮ね」

「蟻の巣みたいだな」

皆はドッペルゲンガーの隠れ家が見つかった事と、その地下遺構の広さに驚く。

 

「………」

だが達也だけは、テレビの映像を見ながらもりせに意識を向けていた。

りせが機器等を一切触れずにペルソナを顕現させただけで、テレビに詳細な映像を移しだし、グラフィックの編集まで行い再生しだす様子に、これもりせのペルソナ能力によるものなのかと、気になって仕方がなかったのだ。

そもそもこの膨大な情報をどうやって手に入れたのか、まるでドッペルゲンガーの根城をその目で見て来たかのような精密さだった。

しかも、松戸基地襲撃後のわずか数時間で手に入れている事になる。

これだけの情報量を僅かな時間で得る事が出来るりせは、一人で日本国、いやどの国の情報機関よりも圧倒的な情報収集力に、戦慄を覚える。

これまでりせの風貌や立ち振る舞いからは、あまり脅威を感じていなかったが、悠よりも警戒すべき存在ではないかと、思わず目を向け視線が鋭くなる。

 

 

「これだけ広いとドッペルゲンガーを探すだけでも骨が折れるわね」

「私達だけでこの範囲をカバーするのは流石に厳しいわ。ドッペルゲンガー対策室の警察組織や国防軍部隊の協力も必要だけど、それだと準備に時間がかかり過ぎるのがネックね。こちらが時間をかけている間に、ドッペルゲンガー側も体制を整えてしまうわ。その前に叩きたいわ」

テレビ画面に映る東京を中心に広がる地下遺構を見て少々難しい顔をするリーナと真由美は、特別遊撃隊のメンバーだけでこの広範囲に広がる地下遺構の中でドッペルゲンガーを追うのは厳しいと判断する。

 

直斗はそんな皆の懸念を払拭するように話を進める。

「いえ、ドッペルゲンガーは地下遺構を移動手段として使用していたのは間違いありませんが、そのすべてがドッペルゲンガーの根城と言うわけではありません」

 

りせはヒミコでテレビ画面の地図を拡大させながら説明を捕捉する。

「異界化した範囲はこんな感じかな、渋谷を中心に新宿、杉並、世田谷、目黒の一部分に跨ってるの」

テレビ画面には地下遺構の渋谷を中心とした異界化した部分のみが青色で示されている。

 

「この範囲ならなんとなりそう」

「これで無数にあった迷路みたいな地下遺構も随分と絞られるわね」

「中心部はちょうど明治神宮辺りかな」

皆も青色で示した部分のみであれば、この人数でも対処可能だと口々に言う。

 

『我々シャドーワーカーも直ぐにでも動けるように準備は万端にしてある』

会議の成り行きを見守っていた美鶴がここでようやく話に入る。

美鶴達シャドーワーカーと警察組織は入間特殊刑務所の戦闘ではドッペルゲンガー数体倒してはいるが、囚人に紛れドッペルゲンガーが既に内部に潜り込んでいたという予想外の事態によって囚人を鏡の牢獄で連れ去られていた。

 

 

「助かります。心強いです」

悠は美鶴に画面越しに礼を述べる。

 

 

真由美はしみじみと悠達に語りだす。

「……ようやくね。りせさんのお陰で居場所もわかったし、今回の事でドッペルゲンガーもかなり消耗したはずよ。これから」

 

「ああ」

 

直斗は真由美の話を受け、説明を続ける。

「七草さんのおっしゃるように、皆さんの奮闘のお陰で、先の八王子特殊鑑別所から松戸基地に至るまでのドッペルゲンガー襲撃は失敗に終わるだけでなく、手痛いダメージを与え、戦力を削ぐこともできました。ドッペルゲンガーの戦力もかなり落ちています」

 

 

そこで悠が皆を見渡し宣言する。

「ようやくドッペルゲンガーに先手を打てる。ここで一気に叩く」

皆は頷く。

 

この後、予め悠と直斗が立案した作戦を皆で詰めていく。

 

 

 

 

 

そして翌朝、ドッペルゲンガー反攻作戦が開始される。

 

 

 

 

 



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