魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~ (エルン)
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序章
6年前


テスト投稿です。
利用方法把握のため。


 

 

「なんで、だよ!」

 

 

 周りは炎、轟音、盛っては響き、唸りを上げているが、青年の声は相手に十分聞こえた。

 

 聞こえた相手の反応は苦笑いを浮かべているのが帽子の中から窺えた。

 

 

「俺は、俺の方が、俺の方が助ける側なのに」

 

 

 青年は、否、青年達はまだ、自分達が危険を脱出したわけでもないのにお互い向かい合って一方の青年は両手で相手の胸倉をつかみ、嗚咽しながら、相手を睨み付けた。

 

 

「早く行かないと、僕等も逃げ遅れるよ。急ごー―」

「普通にしてんじゃねぇよ!」

 

 

 青年は相手の言葉を遮り、目をそむけることを許さなかった。

 

 現状は良くはない。今いる場所は火力を増長されるものが多く、つい先ほど人を避難させたばかりなのだ。彼を悲しみや怒りによる感情の起伏を激しくさせたのはその直後に起こった。

 

 

「手、離してくれる?」

 

 

 しかし、彼は自分の行為によってかは分からないが、相手のいつもより幾らか低い声によって、素早く冷静を取り戻した。

 

 そもそも、自分を助けてくれた相手にこんなことをして良いはずがなかった。

 

 

「わ、わりぃ」

 

 

 彼はパッと手を開いて離し、すぐに周りの暑さでじとりと汗のかいた自分の手の開く力抜く。

 

 

「早く、ここを離れよう。後ろから追いかけて、避難を促さなくちゃ」

「そう、だな」

 

 

 もちろん、避難している集団の先頭もしっかりと先を指示する人がいる。彼らは後ろを守ることを自ら志願したのだ。2人はすぐに後ろを追いかけ始めた。

 

 

「これで、よし」

「んッ。ありがとう」

 

 

 彼は走りながら、相手にその場しのぎの血止めを行う。

 

 

「でもおまえ、これから――」

「そうそう、言い忘れてたことがあった」

 

 

 今度は相手が彼の言葉を遮った。

 

 

「俺の方が助ける側、じゃあなくて、俺等が助ける側でしょ? まぁ、確かに普段の僕はこんな場面じゃ、助けられる側だけどね」

 

 

 前に避難者の背中が見えてくる。

 

 

「あと、大丈夫だって。僕は君に名前をもらってるから」

 

 

 まぁ、恥ずかしいけどね、あの名前。自分からは絶対言わない。と、右手で頬を掻きながら、また苦笑う。

 

 

「自分は続けるよ。この仕事」

 

 

 今度はいつも仕事で見せる真面目な顔で、相手がそう答えたとき、不覚にも自分が相手に犯した罪よりも、相手に対する感謝の気持ちで占めてしまった。

 

 そうだ、コイツはいつもそうなんだ。何をやっても変わらないから、罪悪感や自己嫌悪を払拭してしまう。と考えていると、自分のペースが少し落ちて、相手の背中を追う形となる。

 

 相手は、大丈夫? と顔を彼に向けるが、彼は相手の疑問に対する答えを返さなかった。

 

 

「でも、今回は忘れないからな。この恩」

 

 

 唐突もなく言った言葉だったが、不思議に思うことはなく、

 

 

「これからもいつも通りでいてくれるなら」

 

 

 と、返答した。相手は今日という出来事で彼が後ろめたさを感じ、今日までの関係が崩れてしまうのが何よりも嫌だった。

 

 それは彼もすぐに感じ取ることができた。

 

 

「あたりまえだ、ネコ。んで、これからもよろしくな、“困った時の機械ネコ(マシナリーキャット)”!」

 



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第1章 『ネコの手も』
第1話 『少女の机』


 

 

 

 

 

 時空管理局陸上電磁算気器子部工機課課長ドグハイク・ラジコフに1本の通信が入った。

 

 

「あぁ? 用件はなんだ、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐?」

「おいおい、会話の始めがその対応は、如何なもんだ、ドグハイク・ラジコフ三等陸佐?」

 

 

 2人の関係は決して親しくはない。実際にこうして話すのも、どれくらい振りか覚えていないほどだ。しかし、お互いこの管理局に勤めている年数は短くはなく、どういう性格かはお互い理解していた。

 

 

「ん、こんな課に連絡をくれるのは大体決まった連中だからな。すまんすまん。それで、どんな御用で、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐?」

 

 

 普通ならば、相手の方から「今大丈夫か?」や、「最近どうだ?」という会話から始めるが、ドグハイクはこの課にはそんな社交辞令は必要なく、相手に用件だけを聞き出す様、通信開始直後からこのように切り出すことにしている。

(なにもかわってないじゃねぇか)

 

 そんなことは口には出さず、ゲンヤは用件を述べることにする。

 

 

「実はな、今度うちの知り合いが4月から新しい課を設立することになったんだが――」

「人貸しか?」

 

 

 いや、もうすこしオブラートに包んだ言い方はないのか? と、(ひる)むが、

 

 

「まぁ、そういうことだ。新しい課を設けるが、設備まで新しいわけではないからな。 出向で3ヶ月くらい人が欲しい」

「それは構わんが。今、うちから出せるのは1人しかいない。他のやつらはみんな案件を抱えてるんでなぁ。どちらかといわなくてもうちの方も欲しいくらいだ。電磁算気器子部工機課に」

 

 

 時空管理局陸上電磁算気器子部工機課という、いやに長ったらしいが、何をするのかはなんとなく分かってしまうこの部は、時空管理局陸上における、電磁、電算、電気、電器、電子部品を担う部であり、工機課はさらに工業生産部品、主に管理世界に存在する質量兵器の調査、検証を行う課である。しかし、実質はまず、電磁算気器子部に所属する課は工機課しかなく、質量兵器の調査、検証もごくたまにで、実際は電磁、電算、電気、電器、電子部品の修理を主な作業としている。

 

 通称“局の修理屋”である。だが、この工機課は局内で知名度が低く、通称も通っていないため、配属の割り当てが非常に少なく、現在は課長合わせて5人しかいない。普通、組織であれば均等を保つように人員が配分されるはずだが、この課はある資格――先に述べた電云々の各資格――を保有していなければ、配属されることはなく、さらに言うとその資格でさえも人気が少ないため、配属されることがまずない課なのである。

 

 

「1人で十分なんだが。というより、課に2人もいれば手にはあまるだろうが」

 

 

 そう、しかし逆を言えばこの課は何でもそつなく修理してしまうため、隊、部あるいは課に1人いれば他に専門メカニックは要らないと言われたりもする。

 

 

「いや、ここ10年で随分質が落ちたし、局員も増えたろう? 昔とは何もかもちげぇよ」

 

 

 そういう時もあったぐらいに留めておいてくれよ。と付けたす。

 

 

「だが、1人しかいないんだろう? 結果は変わらん」

「結果1人というのが変わらんのは間違いないが、こいつはなかなかできるやつだぞ。俺の足元にも及ばんがな。っと、久し振りに話を逸らした。で、用件はその1人の出向させるということでいいのか、期限は3ヶ月で?」

「あぁ、書類と場所、日程は後で送る。期限は状況によって延ばすことも可能か?」

 

 

 問題ない。と頷く。

 

 

「詳細の契約はそい、ん? 直接の契約はだれになるんだ?」

 

 

 ゲンヤは片眉をつりあげて、あぁ、と息を漏らす。

 

 

「わるいわるい。言ってなかったな。契約者は古代遺物管理部機動六課課長八神はやて」

「ヤガミ・ハヤテ? ニュアンスがにているな、アンタに」

「ん、そういう意味で言うと、ハヤテ・ヤガミ、だな」

「どっちでも構いやしねぇよ。じゃあ、書類は送っておいてくれ」

「了解」

 

 

 通信はきれ、デスクの上にある、ブザーを押すと、相手が返事をする。

 

 

「はい。こちら――」

「出向だ。書類はついたらすぐに送る。準備しておけよ」

 

 相手の反応を窺わず、用件だけ伝えて通信を切った。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第1話 『少女の机』

 

 

 

 

 

 

 4月中頃に、彼は新しく設立された課、古代遺物管理部機動六課、通称“機動六課”のある機動六課隊舎に訪れていた。

 

 

「えーと、ロビーはどこかな、と」

 

 

 むむぅ。と、目を細めて地図とにらめっこをするが、なんてことはなく、すぐに見つけることができた。彼は初めて行く場所は必ずといっていいほど、迷う人間なので、迷わずに行けたことを喜び、周囲に分からないように、右手をきゅっと握り締めて、ちいさくガッツポーズをとる。

 

 ロビーに着くと、やはり早過ぎたのかだれもいなかった。

 

 

「さすがに2時間は早すぎたなぁ」

 

 

 小腹も空いていないし、時間つぶしできるものはないかなぁ、と周りを見渡すと、整理しきれていないところがあるのだろうか、『リサイクル品 御自由にどうぞ』と書かれている貼り紙が貼られているアルミ板と木板を見つけた。

 

 

 

▽△▽△▽△▽△

 

 

 

「ふぅ。無かったですぅ。今日が初日なのにぃ」

「しょうがないやん、リイン。時間が空いた時にでも、また探しにいこ?」

「だって、はやてちゃぁん。デスクもイスも無いなんて、締まらないですぅ!」

 

 

 ぷぅと頬を膨らませたり、両肩をがくんと下げたりと、素直に感情を身体で表している一人の女性の横を飛んでいる少女、リインフォース・ツヴァイは不満を漏らしていた。

 

 そんな小さな仕草の一挙一動が可愛いと思いながらも、言葉には出さずリインの隣を歩いている女性、機動六課課長八神はやては苦笑する。

 

 

「ほらほら。リインの行ったとおり今日は初日なんやから、ピシッとしよう?」

「むぅ。むぅです……ぅ?」

 

 

 ふと、通り道であるロビーの横を通り過ぎるとき、リインの視界に何か入った。

 

 

「どないしたんや、リイン?」

 

 

 彼女は一旦軌道を逸れ、視界に入った対象物の近くによる。

 

 

「はやてちゃん、はやてちゃん。これ、これ!」

「これって言われても……んぅ?」

 

 

 リインが飛んでいる下に目をやると、そこには一般人より1回りも2周りも、いや、どれくらい周りも小さいデスクがぽつんと置いてあった。キャスター付きのイスまである。リインはすとんと座ってみるとイスの背は皮製であることがわかり、使い古されているが、それがむしろ座りやすい。スプリングも丁度良い感じだ。そして、そのほぼ新品同様のデスクには『リサイクル品 御自由にどうぞ』という貼り紙がしてある。

 

 

「誰のリサイクル品?」

「誰のでも構わないです。これ、欲しいですぅ」

 

 

 はやては、いくらなんでも、無断で持って行くのは。と考えたが、張り紙のこともあり、リインにせっつかれたのもあったりで、すぐにその考えは消え、持って行くことにした。

 

 

 

▽△▽△▽△

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 作成後、余った物を片付け、戻りがてらお手洗いに行った後、ロビーに戻ると、デスクとイスが消えていた。

 

 

「えぇっと。……あれ?」

(作った後、動かしたっけ? いや、動かしたってどこに?)

 

 

 自問自答が自問自問になり、自答が出てこなかった。

 

 

 

▽△▽△▽△

 

 

 

 部隊長オフィスでの彼女はかなり上機嫌だった。イスをクルクルまわしながらハミングを奏でるほどである。

 

 

「それにしても、リインのデスクも丁度いいのが見つかってよかったなぁ。そのイスなんて私が欲しいくらいや」

「へへー。リインにぴったりサイズですぅ」

 

 

 リインはよほど嬉しかったのだろう。机に指を走らせて、ピカピカであることを何度も確かめていた。

 そこでブザーが鳴り、はやては入室を受け入れた。

 

 

「失礼します」

 

 

 2人の女性が声を揃えて同時に入ってくると、彼女は顔を綻ばせて彼女たちに近寄った。

 

 

「お着替え終了やな」

「おふたりとも素敵です」

 

 

 リインの賛辞に2人の女性ははにかみながら、

「ありがとう、リイン」と、笑顔で応えた。

「3人で同じ制服なんて、中学生のとき以来やね。なんや、懐かしい」

 

 

 3人はそれぞれ元々所属している部署が違うため、これから先同じ制服を着ることは少なくなるなるかもしれないが、それでも今日同じ制服を着ていることは嬉しいことに変わりは無かった。

 

 二言、三言、会話と楽しむと入室した女性の1人がもう1人に目配せする。

 

 

「さて、それでは」

「うん」

 

 

 彼女達2人は課長八神はやてに向き直り、敬礼をして足を揃えた。

 

 

「本日只今より、高町なのは一等空尉――」

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官」

「両名共、機動六課へ出向となります」

「どうぞ、よろしくお願いします」

 

 

 敬礼をしたときの髪のなびきで、2人が長髪であることは十分確認はできたが、彼女たちの特徴は長髪というだけでは述べ難かった。

 

 八神はやてから見て右に位置する女性高町なのはは、赤みがかった茶髪の持ち主で、髪を左側サイドに留めていた。髪を根元の方で留めている分、頭が大きく見られるかと思うが、そのようなことは決してなく、小顔であることは、むしろ周知の事実であった。瞳はブルーで、一等空尉という階級であること、航空戦技教導官であることからか真っ直ぐな目の持ち主である。しかし、男勝りなところは無く、言葉の間々からポロリとこぼれる少女っぽい口調は、彼女のスタイルも加わって、可愛く見せていた。彼女はその容姿と生まれ持った魔法力、戦技教導隊での実直な姿勢から『航空戦技教導隊の若手ナンバーワン』、『不屈のエースオブエース』等、局内での評判が大変良く、他に、雑誌に掲載されたりと、局外でも色々をささやかれている女性である。

 

 対して、八神はやてから見て左に位置する女性フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、流れるような金髪の持ち主で、後ろ髪の先の方でリボンを蝶々結びにして、大きくなびかない様にしている。瞳はレッド、管理局において執務官という立場にいるのか、それとも彼女の現在まで成長してきた環境なのかは分からないが、物静かな落ち着いた目の持ち主である。しかし、だからと言って、何事においても冷静且つ沈着な行動をとるかというと、こと家族、友人など親近者に対しては感情的になる事が多いため、それは必ずしも当てはまらなかった。彼女は若くして執務官という官職に就いただけに、頭の回転は早く、容姿端麗も相まって、男性を振り向かせる美しさを無自覚ながら身に付けていた。

 

 

「はい。よろしくおねがいします」

 

 

 (かね)てより2人と友情を育んでいたはやては、親友たちの畏まった態度を素直に受け入れ、もう(かしこ)まらなくてもええよと微笑む。

 

 2人も応じて、微笑んだ。

 

 また、入室のブザーが鳴る。

 

 

「どうぞ」

 

 

 ドアが開き、男性が目を瞑り、かるく頭を垂れながら一言断って入室してきた。

 

 頭を上げて目を開くと、見知った2人が部隊長オフィスにいることに驚き、慣習により敬礼する。

 

 

「高町一等空尉、テスタロッサ・ハラオウン執務官。ご無沙汰しております」

 

 

 しかし、2人は自分より身長の高いこの男性をすぐには思い出せず、一拍小首と(かた)げるが、なのはは気付いたようで、名前を告げる。

 

 

「もしかして、グリフィス君?」

「はい。グリフィス・ロウランです」

 

 

 あぁ、とフェイトも気付く。

 

 

「うわぁ、久し振り、ていうかすごい、すごい成長してる」

「うん。前見たときはこんなに小さかったのに」

 

 

 なのはに同意して、フェイトはたしかこれくらいだったと胸元に手のひらを置いて示してみせた。

 

 

「そ、その節は、色々お世話になりました」

 

 

 その頃の自分の幼さに恥ずかしがりながらも、なんとか態度を崩さずにできた。

 

 

「グリフィスもここの部隊員なの?」

「はい」

「私の副官で、交代部隊の責任者や」

「運営関係も色々手伝ってもらってるです」

 

 

 六課での立場を聞いて、立派に仕事しているんだと思いながら、ふと思いついたように、

 

 

「レティ提督は元気?」

「はい。おかげさまで」

 

 

 元気にしています。と答えそうになるが、すぐに報告事項を思い出し、グリフィスははやてに向き直った。

 

 

「報告してもよろしいでしょうか?」

「はい。どうぞ」

 

 

 グリフィスが言うには、フォワード4名を加え機動六課部隊員とスタッフ全員揃いました。現在はロビーに集合、待機させています。との事だった。

 

 

「そうかぁ、結構早かったなぁ。ほんなら、なのはちゃん、フェイトちゃん、まずは部隊のみんなに挨拶や」

 

 

 2人は揃えて頷く。

 

 

(そういえば、ナカジマ三佐が1人メカニックが参画してると言うてたなぁ。見知った人が多い中、浮かんように今日できたら挨拶できたらええなぁ)

 そう思いながら、はやてたちはロビーに足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 



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第2話 『彼女たちの疑問』

 

 

 

 

(なにをしているんだろう?)

 

 

 彼女はたまたま彼の行動が目に付いた。

 課長八神はやてからの挨拶が終わり――はやては最後で、他の隊長陣、主任共々の挨拶は終わっている――解散となってから、隊員、スタッフがそれぞれの持ち場に戻ろうとするとき、一人の背の小さい男がきょろきょろ、ロビーを見て回っていた。

 彼は彼女フェイト・T・ハラオウンより、いや、はやてより背がひくいように見えた。服装は他の隊員と変わらず、制服を着こなしているが、明らかに周りの人とは雰囲気が違う。

 

 

(……ねむいの、かな?)

 

 

 今日は機動六課という船の進水式ともいえる日であり、ここにいるどの人も気力に満ち溢れているのにもかかわらず、彼女の視線の先にいる彼は眠そうな目をして、なおかつ髪も整えてはいないことは頭のぼさぼささを見れば一目瞭然だった。

 彼の行動にみんなの視線が集まったのは次の行動である。

 ガゴンとおもむろにゴミ箱に頭を突っ込んだのだ。

 

 

「うーん。ない。 狸にでも化かされたかなぁ?」

 

 

 ひとしきりゴソゴソとゴミ箱の中で動いた後、ぷはぁと顔を引き抜いた。

 

 

「あの、どうかしましたか?」

「え? あぁ、いえ、なにも」

 

 

 どうも歯切れが悪い。

 

 

「落し物でも?」

「いえ、落し物というわけでは……」

 

 

 そう答えた割にはぶつぶつと、いや、落し物? と、独り言を言う。

 

 

「フェイトちゃん、どないしたん?」

 

 

 こちらのやり取りを不思議に思ったのか、はやてが2人のところまでやってきた。フェイトとはやてが彼に近づいたからだろうか、周りの人は特に心配することなく、自分の持ち場へ戻っていく。

 

 

「あ、はやて。この人がなにか落し物をしたみたいなんだ」

「落し物? おサイフとかですか? それとも何か他の貴重品類?」

「え、いえ。貴重品というものではありません。サイフというのは当らずしも遠からずですが」

 

 

 はやてはこの後、首都へ向かわなければならないため、単刀直入に聞くことにする。

 

 

「いったい何を落とされたんですか?」

「え、っと。机とイス、です」

(机とイス?)

 

 

 フェイトは疑問符を頭に浮かべたが、はやてはすぐに気がついた。

 

 

[リイン、リイン]

 

 

 はやてが念話でリインを呼んでいる間にフェイトが続ける。

 

 

「あの、それは……」

「あ、あー。大きさ的にはコレくらいなのです。実はロビーに……」

 

 

 彼はジェスチャーで大きさを表わすと、ロビーに早く着きすぎてしまったこと。暇つぶしで辺りにあった余りもので机とイス――背もたれには使い古したサイフを使用――を作ったこと。作成後、片付けをするために一度離れて戻った後にそれらが消えてしまったことを話した。

 

 

「ミニチュアのデスクとイス、ですか?」

 

 

 そのようなものですね。寝ぼけ目は変わらず、右手を後頭部にやってぽりぽりと頭を掻いた。

 

 

「あのぅ……」

 

 

 2人が聞こえた方に目をやると、はやてとリインが申し訳なさそうに両手を前で結んでいる。

 

 

「リイン、はやて?」

「それ、私たちですぅ」

「か、かんにんやぁ」

 

 

 今度はこちらが今日までリイン用のデスクとイスが見つからなかったこと。オフィスへ向かう最中に見つけて、リインにせっつかれたこと。

 

「それだとリインが悪いみたいですぅ!」

 

 『リサイクル品 御自由にどうぞ』と書かれたために持っていってしまったことを話した。

 

 

「そういうことですか」

「ごめんなさい」

「ご、ごめんなさいです」

 

 

 ぺこりと頭を下げる。

 

 

「……あの」

「ふ、ふぁい」

 

 

 顔を上げるとリインは泣かずにはいるが何を言われるんだろうかとおどおどしている。

 

 

「え、えと。どうでしたか?」

「ふぁい?」

「いえ、あの。机の安定感ですとか、座り心地ですとか」

「そ、それは、とてもよかったです。デスクはツルツルぴかぴかで、イスの座り心地も良いです」

 

 

 声を若干震わせながら応えると、彼はぷふぅとすこし息を吐くて胸を撫で下ろした。

 

 

「よかったぁ」

「です?」

 

 

 はやて、フェイトも小首を傾げる。

 

 

「では」

 

 

 そう言うと彼は回れ右して歩いていく。

 

 

「あ、あの!」

「はい?」

 

 

 何か用事だろうかと振り向く。

 

 

「そ、それだけですか?」

「それ、だけ、ですが? も、もしかして、どこかに不備でも!?」

 

 

 眉根を寄せた後にはっと顔を(しか)めて、ずいとリインに顔を近づける。

 

 

「安定はしていますが、傾いているですとか?」

「い、いえ」

「引き出しが重いですとか?」

「いえ、全然です」

「では、イスですか。キャスターがスムーズではないとか?」

「大丈夫です」

「空気圧がおかしくて、高さの可変が利かないですとか?」

「大丈夫ですぅ」

「ではでは、背もたれの可変ですか?」

「いえ、問題ないですぅ」

 

 

 う、うぅむと彼は考えられる不備を搾り出そうとする。

 

 

「あの、そうではなくてですね? お、怒らないですか?」

「はい?」

「勝手に持って帰ってしまって」

「ん。あ、あー、そういうことですか。別に怒りませんよ。あれは本当に暇つぶしで作ったもので、今日からしばらく暮らすことになる宿舎でインテリアにでもと思ったくらいです」

 

 

 まだ、部屋には何も無いもので。と頭を掻く。

 

 

「もし、困っているのならば全然利用してくださって構いませんよ?」

「本当ですか?」

 

 

 それを聞いて、ぱぁっとリインは表情を明るくする。

 

 

「はい。私はあれが突然無くなったので、不思議に思って探した次第でして」

 

 

 ひとしきり2人の会話にはやても胸を撫で下ろしたのを見て、フェイトははやてに訊ねる。

 

 

[ねぇ、はやて?]

[なんや?]

[彼が作ったデスクって、部隊長オフィスにあった――]

[そそ、あれや。本当に良くできているんよ]

 

 

 フェイトは先程オフィスに入ったとき、リインが居たデスクを思い出す。それは見た目上、はやてが座っていたものと劣らずの出来であることに今気付いた。当たり前過ぎるほどそこにおいてあったので違和感に気付かなかったのだ。

 

 

[余程器用なんやろなぁ]

[そうだね。でも、見ない顔だけど、はやては知ってる人?]

[書類で見たくらいやなぁ、ナカジマ三佐が手を回してくれた人なんよ。えと、名前は――」

「ありがとうございますです! えと……」

「はい。本日より機動六課へ出向となりましたコタロウ・カギネ三等陸士です」

 

 

 彼コタロウ・カギネは特徴的である寝ぼけ眼をそのままに、ぴしりと敬礼をした。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第2話 『彼女たちの疑問』

 

 

 

 

 

 

 彼ヴァイス・グランセニックはコタロウに対する自分の立ち位置をどうするか戸惑っていた。

 

 

「コタロウ三等陸士、さん?」

「はい?」

「なんとお呼びすればいいんすかね」

「お好きな呼び方で構いませんが?」

 

 

 現在は屋上にいて、ヘリの離陸準備をしようとしているところである。コタロウはぐるりと、手を当てながらヘリをゆっくりと一周する。その間に、ヴァイスは腕を組んでいくつかの葛藤をした後、やはり自分の基準は階級ではなく、年数や年齢によるものということに落ち着けた。

 

 

「それでは、コタロウさんで」

「はい。よろしくお願いします。グランセニック陸曹」

「あ、自分のことはヴァイスで構いません」

「そう? でも、申し訳ありません。もう、ファミリーネームで呼ぶのが一種の癖になっているので、私はそのままグランセニック陸曹と呼ばせていただきます」

 

 

 そのうち、ファーストネームで呼ぶことがあるかもしれませんが。と、ヘリからは目を離さずに答えた。

 ヴァイスははやてよりコタロウを任されていた。

 本当ならばメカニックであるシャリオ・フィニーノやアルト・クラエッタに任せるところであるが、それは建前で、本音はヘリでの護送中に少しでも会話をしたいというのがはやての思いである。

 

 

「ふぅむ。このヘリ……」

 

 

 今は制服は着替え、ヴァイス、コタロウ共々つなぎを着ている。ヘリパイロット用のミリタリースーツとメカニック用のメカニックスーツとでは見た目からの違い以上に彼ら2人は違っていた。

 おおよそ違っているのはコタロウのほうで、ヴァイスはおろしたての新品見紛(みまが)うことは無いのに比べると、つなぎのいたるところにツギハギやコゲ、工業油のシミがこれ見よがしに施してある。目深(めぶか)にかぶっている帽子も特徴的だ。

 ヴァイスはすぐに新しいのに着替えては? と、勧めるがコタロウは慣れているから、と、ぼんやりと断った。

 

 

「気付きました? 新品なんですよこの――」

 

 

 彼がひとつの話のつなぎ(・・・)としてヘリを紹介しようとするが、

 

 

「あ、だからか」

 

 

 と、さも不精に板を立て直すかのように片足でヘリを(かた)げ上げる。

 

 

「っ――!?」

<マスター! 何事ですか?>

 

 

 一瞬、ヴァイスは全身がびくりと固まり、愛機のストームレイダーが主人に確認を取る。

 

 

「ここ、か」

 

 

 わずかに押し上げ、さらにもう少し奥へと進み、右手をそのまま右腰にやると道具を取り出すと、すごい速さで調整をとる。

 

 

「コ、コタロウさん?」

「す、ぐ、終わりま……ふぅ。終わりました」

 

 

 はい。と、大きくヘリを押し上げ、コタロウが先程の位置まで戻ると足を高く上げ、ヘリをそっと足を添え、ゆっくりと下ろした。

 

 

「新品は締め具合が一定で、固すぎる箇所があるんですよ。これで振動は抑えられます」

「は、はぁ。っでなくて、なんなんですかい、今のは?」

「今のは? といいますと?」

「ヘリを軽々しく持ち上げたことですよ!」

「ん。あ、あー。うちの課は結構力持ちが多いんですよ」

 

 

 5人しかいませんが。と付け加える。

 

 

「力持ちって」

(それは、怪力って部類にはいるんじゃねぇですかい?)

 

 

 ヴァイスは口にはしなかった。

 

 

<マスター?>

「だ、大丈夫だ。なんでもない。起動してくれ」

<そう、ですか。了解です>

 

 

 ヴァイスも驚くようなことは他でもいろいろと見たことがあるので、深く考えないようにした。

 

「そういやぁ、コタロウさんってどこの課からきたんですか?」

 

 

 彼は早くも口調をいつも通りにし始めている。

 

 

「電磁算気器子部工機課です」

「聞いた事ない課すね」

「まぁ、知名度は低いですね」

「何をす――」

「あ、ヴァイス君。もう準備できたんか?」

 

 

 次の質問の前に、屋上へのドアが開き、声のする方からはやて、フェイトが歩いてくるのが見え、2人ともそちらへ目をやる。

 

 

「準備万端。いつでも出れますぜ」

「うわぁ。このヘリ結構新型なんじゃない?」

 フェイトが感嘆して声を上げる。

「JF-704式。一昨年から武装隊で採用され始めた新鋭機です。機動力や積載能力も一級品すよ。こんな機体に乗れるってなぁ。パイロットとしちゃあ幸せでしてねぇ」

 

 

 ヘリについての解説はパイロットながら、とても楽しそうに話す。

 

 

「ヴァイス陸曹!」

「はい?」

 

 

 その最中にリインが割って入る。

 

 

「ヴァイス陸曹はみんなの命を乗せる乗り物のパイロットなんですから、ちゃあんとしてないとダメですよ」

 

 

 すっと指を相手に向けて注意するリインに、ヴァイスは当然! と、言うように手を振り上げ

 

 

「へいへい。分かってまさぁね、リイン曹長」

「コタロウさんはヴァイス君とは話せましたか? というより、新品のメカニックスーツありますよ?」

 

 

 はやては自分と同じくらいの身長のコタロウに話しかける。

 

 

「はい。気さくな良い方です」

「コタロウさん。そう言う割りには言葉遣い、堅苦しいっすよね」

「一種の局にいる癖のようなものです」

 

 

 彼は変わらずの寝ぼけ目で応える。

 5人はヘリに乗り込むと、はやては首都クラナガン、フェイトは中央管理局までと行き先を指示し、飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「そういえば、コタロウさん。さっきの話の続き何すけど」

「はい」

「その、電磁……」

「電磁算気器子部工機課?」

「そうです。その課って何するところなんすか?」

「すごい名前ですぅ」

「私も気になっとったんや。その課」

「聞いたこと無い課だね」

 

 

 一様に感想を漏らす。

 

 

「んー。課の紹介上での目的は『時空管理局陸上における電磁、電算、電気、電器、電子部品を担う部であり、工機課はさらに工業生産部品、主に管理世界に存在する質量兵器の調査、検証を行う課』ですね」

「え、えーと。つまり?」

「簡単に言うと、時空管理局上の機器類の修理を行う課ですね」

「はー、なんかすごい課すねぇ」

「いやいや。今はそれぞれの課、隊には専門のメカニックがいるでしょう? 今は仕事は少なくなっているよ。さっきも言ったけど知名度が低いから」

「せやけど、多くの機器類を修理するのって相応の資格がいるやろ? 書類みましたけど、書かれてなかったんやけど……」

 

 

 あー、そうだ。と、思い出したように、コタロウははやての方を向き、

 

 

「これを」

 

 

 小さなチップを取り出す。

 

 

「書こうとしたのですが、時間が無かったもので」

(ものぐささんなんやろうか?)

「申し訳ありませんが、今追記してもよろしいでしょうか?」

「ん。それなら、リイン」

「はいですぅ」

 

 

 リインはコタロウからチップを受け取り、専用端末へつなぐ。相手は自分のデスクとイスを作ってくれた人なのだ、それくらい構わないという陽気さで、画面を立ち上げた。

 画面は資格の数だけ立ち上がるが、

 

 

「す、すごいですぅ」

「なんなんや、これ」

「本当にすごい」

 

 

 どんな感じなんですかと、自動操縦にしてヴァイスも振り向く。

 

 

「うげ」

 振り向いたヴァイスからはリインが見えなくなっていた。

 そこにはアルファベットのAからZ――本文では『あ』から『ん』――までのありとあらゆる資格が表示されている。

 

 

「測量士、高圧室内作業、通信士、溶接士、プレス、砕石――」

「運転免許は大型まで――」

「修理とは関係ない、ヘリパイロットや艦船操舵もですぅ」

 

 

 デバイスマイスターまで、と目に当るところから読み上げていく。

 

 

「ヘリパイロットの資格まで持ってるんですか?」

 

 

「まぁ、最低のCですが」

 

 

 そこで、はやても気付く。

 

 

「そう、やね。どれも最低ランクの取得までやね。どれも……三等陸士扱いかそれ相当の資格ばかりや!」

「はい。先程のデバイスマイスターも調整までのものです。うちの課はとにかく広く浅くなので」

「それにしても――」

「この数は」

「すごいですぅ。あ、ぬいぐるみ検定5級というのもあるです」

「まぁ、17年もあの課で勤務していればそうなりますね」

「17年!?」

 

 

 ヴァイスがオウム返しに聞き返し、フェイトもその言葉に反応する。

 

 

「え、17年。17年ですが、なにか?」

「あの、失礼ですが、いまおいくつですか?」

 

 

 フェイトがおずおずとたずねる。

 

 

「26歳ですが?」

「…………」

 

 

 一時の間の後。

 

 

『えーーーー!?』

 

 

 フェイトは素直に驚いたが、ヴァイスは年数、年齢両方とも自分より上なことに驚いた。

 自分より若いが勤務年数が多い人は少なくないことは知っていたが、彼の場合は年齢も自分より年上で、勤務年数も自分より倍近く勤めていることに何より驚いた。はやてと同じくらいの身長もさることながら、子どもっぽさを冗長する寝ぼけ目から自分よりも年齢が上であるとは思わなかったのだ。

 次に彼が淡々と話す自分が孤児で今の課長に引き取られたことの(くだり)は驚きの中で聞こえないでいた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ヴィータ。ここにいたか」

 

 

 1人の女性が少女、もとい女性に話しかける。

 

 

「シグナム」

 

 

 2人の身長差は明らかである。

 背が低く、眼下にいる新人達を真摯に実力を推し量っている女性ヴィータは、三つ編みを2つに分けた赤い髪の持ち主で、今は腕を組み、教導について思いをめぐらせている。

 

 

「新人達は早速やっているようだな」

 

 

 背が高く、新人達にちらりと目をやり、雰囲気だけをつかむ女性シグナムは、後頭部で1つに結わえた薄菫色(うすすみれいろ)の髪の持ち主で、今は右手を腰に手をやり、ただ傍観するだけに務めていた。

 

 

「あぁ」

「お前は参加しないのか?」

 

 

 ヴィータはシグナムを一瞥して、また新人達に視線を戻す。

 

 

「4人ともまだよちよち歩きのヒヨッコだ。アタシが教導を手伝うのはもうちょっと先だな」

「……そうか」

「それに、自分の訓練もしたいしさ」

 

 

 すっと視線を新人達から、教えている教導官にずらす。

 

 

「同じ分隊だからな。アタシは空でなのはを守ってやらなきゃいけねぇ」

 

 

 一つの決意を聞いたシグナムは、その理由も理解しているようで、

 

 

「そうか、たのむぞ」

 

 

 と、短く区切った。

 

 

「うん。っと、そういえば、シャマルは?」

「自分の城だ」

 

 

 同志の動向を聞くヴィータにシグナムは彼女について想像し、微笑んでいるんだろうか目を細めていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 彼女たち、アルト・クラエッタとルキノ・リリエが疑問に思ったのは届いた医療機器の調整をしようと、機器のケースを開いた時である。

 

 

「ふふぅん。いい設備。これなら検査も処置もかなりしっかりできるわねぇ」

 

 

 シャマルがかなり上機嫌にルームを見渡し、既にきれいなデスクの上で何度も手を走らせていた。

 

 

「ルキノ。そっちはどう?」

「こっちはなんともない。そっちは、アルト?」

 

 

 こちらも。と不思議がる。

 アルトは貰い元の医療スタッフから、この手元にある医療機器の不具合箇所を事前に(うかが)っており、一度中を開いて確認していた。そのときには不具合箇所は確かにあり、彼女はそれ以外にも老朽のためか数点、ケーブルやパーツの交換が必要な箇所を見つけ、めぼしをつけていたのである。それはルキノも同じでアルトから不具合箇所の連携を受けており、ロビーの集合前に目視で確認していのだ。

 しかし、その箇所はきれいに修繕、調整が取られている。それはアルト、ルキノが見落としていた部分もである。

 電源を入れると特に問題は無く起動し、不具合とされていた箇所も異常は見られない。

 

 

「ルキノちゃん、アルトちゃん、どうかしたの? やっぱり、本局医療施設の払い下げ品じゃあ――」

「い、いえいえ! 実用にはまだまだ十分です」

「みんなの治療や検査。よろしくお願いしますね、シャマル先生?」

 

 

 2人はかぶりをふって、シャマルを安心させる。実のところ何も問題は無いのだ。もう、いつ治療、検査がきても対応できる。

 

 

「はぁい!」

 

 

 と、機嫌を取り戻したシャマルはふふっと笑顔になって、ルームを一つの舞台のようにくるりとまわり白衣を(ひるがえ)す。

 

 

「他の機器も一応見てみる?」

「そう、だね。たしか、問題は無いけど、怪しい箇所が見つかった機器はいくつかあるから」

 

 

 彼女の聞こえないトーンで2人は言葉を交えた後、他の懸念されている医療機器を開けてみるが、それらの機器はすべて問題が解消されていた。

 

 

「どういうこと?」

「さぁ。さっぱりよ。妖精さんが直してくれたのかしら?」

「妖精って、リイン曹長?」

 

 

 なに言ってるのよ。と、苦笑しながらアルトが突っ込むが、誰が修繕をしたことについては突っ込めずにいた。

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 『課長と課長とネコ』

 

 

 

 

 六課配属2日目、八神はやては昨日ヘリの中で目に付いたのもあって、デバイスの整備・作成を担当としているシャリオ・フィニーノ一等陸士の(もと)にコタロウ・カギネ三等陸士をつけることにした。しかし、彼の年齢による経験と資格から、随時他の調整作業も依頼しようかと内心検討している。

 

 

「コタロウ・カギネ三等陸士です。どうぞよろしくお願いします」

 

 

 彼女シャリオ・フィニーノ一等陸士が彼の第一印象として感じたのは、ぼやっとした目と左腰に下げている『傘』くらいで、それ以外は特に意識することは無く、

 

 

「シャリオ・フィニーノ一等陸士です。コタロウ君でいいかな?」

 

 

 簡単な挨拶ですます。彼女ははやてから『コタロウさんはひとまずシャーリーの下につけるけど、臨機応変に動いてもらう予定やから、よろしくな?』と伝えられていた。

 

 

「はい。呼び方は御自由にしていただいて構いません。フィニーノ一等陸士」

「あ。皆、私のことはシャーリーって呼ぶから、よかったらそう呼んでね?」

 

 

 はやてが彼のことをさん付けで呼んでいたことで、年上かなと思ったが、見た目からそのような雰囲気は(うかが)えなかったため、彼女はきっと気を使っていたのだろうと思い、シャリオはこちらから歩み寄る。

 

 

「いえ、これは一種の癖のようなものなので……」

 

 

 が、彼は頭を掻きながらやんわりとシャリオのお願いを断った。

(全然かまわないのに。緊張しているのかな?)

 不満顔をちょっぴり(のぞ)かせるだけにする。

 

 

「しかし、このような早朝から、何かの朝練ですか?」

 

 

 現在、2人は隊舎をでて、海に向かって歩いている。周りは早朝特有の静かな空間で、聞こえるのは鳥の鳴き声くらいである。

 

 

「そう。新人たちの訓練を見にいきます。コタロウ君には私が訓練を見に行けない時、訓練中のデータを収集して欲しいの」

 

 

 新人たちのデバイスにもデータ収集機能は付いているんだけど、やっぱり人が採ったデータのほうが、ね。と、続ける。やはり、データは一度人に触れたほうがものの方が、扱いやすく、解析しやすいのだろう。おかしな視点があれば、元のデータをみればそれだけで済む。シャリオはその方がより効率的であることを知っていた。

 

 

「そうですね。そのほうが効率はいいと思います」

「へぇ、わかってるねぇ、コタロウ君」

「ありがとうございます」

 

 

 昨日とは違い、コタロウのメカニックスーツは新調されている。これは昨日、はやてに『やっぱり、新設した部署やから、しばらく新調品を使用してください』と、(かしこ)まれてしまった為である。コタロウは考えるにそのとおりで、ヴァイス・グランセニックにはああ言ったが、新設部署なのだから、当たり前か。と、納得し、時期をみてまた着ればよいと考え、今の服装でいる。

 

「ところで、その腰の傘は……」

「はい。私のストレージデバイスです」

 

 

 それはどうみても傘にしか見えない。目立つものがあるとすれば、柄が曲がっていないことと、生地が少し厚いくらいである。

 

 

「自作、だよね」

「はい。作成は2年くらいで、その後、少しずつ調整をしています」

「時間があったらじっくりみたいけど、今は新人たちのがあるしなぁ」

 

 

 独り言らしいが、そうは聞こえなかった。

 そんなことを話している間に、集合場所にたどり着く。

 

 

「おはよう、みんな」

『おはようございます』

 

 

 丁度、高町なのは一等空尉、新人たちも集まったようである。

 

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

 

 シャリオ、コタロウも挨拶をする。

 

 

「えと、では始めに、一日遅れだけど私と同じくメカニックを1人紹介します」

 

 

 彼はぴしりと敬礼をとり、

 

 

「コタロウ・カギネ三等陸士です。至らぬ点があるか思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 彼の挨拶の後、これから生活の一部になるであろう早朝訓練を始めるために訓練場へと足を運ぶ

 彼女スバル・ナカジマは訓練場に向かう間に自分も自己紹介しなければと思い口を開く。

 

 

「私、スバル・ナカジマ二等陸士。よろしくね、コタロウ」

「エリオ・モンディアル三等陸士です。よろしくお願いします、コタロウさん」

「キャロ・ル・ルシエ三等陸士です。よろしくお願いします」

「んで、あっちの――」

「ティアナ・ランスターよ」

 

 

 新人たちはスバルの挨拶を皮切りにそれぞれ一様に挨拶をする。全員、どうやら昨日初日の訓練の疲れは残ってはいないようで、どちらかというと、『今日も頑張るぞ』という気力に満ちていた。

 

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 これはこの課の特性なのか、それともその様な気質の持ち主が多いのかはわからないが、『自分のことは名前で呼んでも構わない』と言う――ティアナを除く――人が多い。現に、もうコタロウを呼ぶ時はファースト・ネームで呼んでいる。

 

 

「コタロウのその腰に下げている傘はデバイスなのかな」

 

 

 なのはもそれに準じている――これはティアナも含む。

 

 

「はい。高町一等空尉とは違い、ストレージデバイスです」

「へぇ」

 

 

 しかし、コタロウ自身は相手のことをファースト・ネームでは呼ばず、階級呼称を付与して呼んだ。これには皆、先ほどのシャリオ同様、多少不満顔――ティアナを除く――で、スバルは一番に「スバルで構わない」と、再度念を押すが、彼は「これは癖や習慣と同じ様に染み付いているものなので、(かど)が取れてくれば、自然とそう呼ぶようになるかと思います。それまでは」と、ヴァイスの時と同様に断った。

 そんなことを話している間に、訓練場にたどり着く。

 

 

「それじゃあ、今日の早朝訓練、実践型模擬戦やって行こうか」

『はい!』

 

 

 なのはの挑戦的な笑顔に新人たちは負けじと威勢のいい返事で応えてみせた。

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第3話 『課長と課長とネコ』

 

 

 

 

 

 

 

「以上、今日は私が収集したけど、午前、午後の訓練のデータ収集をお願いできる?」

「はい。問題ありません」

 

 

 なのはが新人たちに対して、朝練での良いところ、悪いところ、考えなければならないところを教えている間、データを取るためのインタフェースの使用方法を再度コタロウに確認をとる。

 シャリオが彼に教えて素直に感心したのはなかなか物覚えが良いところであった。きちんと自分が説明した内容を把握している。

 

 

「それじゃ、今日の早朝練習はこれまで」

『はい! ありがとうございました!』

 

 

 練習が終わると、糸が切れたように息切れを始め、その辛さを物語っていた。

 

 

「それじゃあ、シャワーでも浴びて朝食にしようか」

『はい!』

 

 

 シャワーを浴びるため、新人たちは宿舎へ足を進めていく。

 

 

「それじゃ、なのはさん。私は先にデータだけ置いてきちゃいますね?」

「うん」

「では、食堂で。あ、コタロウ君は皆と一緒にね? 少しでも親睦を深めておいたほうが良いでしょう?」

 

 

 シャリオは手を振りながら隊舎へと小走りで戻っていった。

 

 

「高町一等空尉はどうされるのですか?」

 

 

 コタロウは彼女の言葉に2つ返事をした後、なのはの方を向く。

 

 

「ん? 私も、今取ったデータを私なりにまとめておくよ。午前の練習は朝練の成果を反映させてやりたいからね。コタロウはシャーリーの言ったとおりみんなについていかなくていいの?」

「いえ。フィニーノ一等陸士に『はい』とは答えたものの、私はそもそも汗をかいていませんので」 

 ああ、それもそうだね。と、なのはは端末を操作しながら返事をする。

「なので、外で待っていようかと思います。しばらく、その操作を見ていても構いませんか?」

 

 

 うん。大丈夫だよ。と、返事をしながら、端末を操作していく。

 なのはは先ほどの練習をもう一度、ダイジェストの感覚で動画データを各角度から眺め、そこで新人たちに話した考えるべき場面について自分なりの教導内容をその動画の横にコメントをしていった。時々レイジング・ハートに話しかけ、午前のトレーニング内容を何度か確認する。

 教導官は普段であればこのような個々に応じたトレーニングの組み立ては行わない。それはやはり人数の多さであろう。なのははまだはやてのこの機動六課の真意を教えてもらってはいないが、周到に教導を行うに間違いはないと考えていた。

 そんなことを思いながら、キーをたたき構成を組む。

 

 

「……もしかして、ずっと見てたの?」

「はい」

 

 

 彼女は端末を閉じて視線を上げると、ぽつんと正面にコタロウがいる。

 

 

「ご、ごめんね。夢中になってて気がつかなかったよ」

「いえ。私もデバイス作成を手伝う身ですから、見ているだけで十分勉強になります」

「そう? それならいいけど」

 

 

 じゃあ、みんなもそろそろ集まるころだし行こうか。と、隊舎へ向かうことにした。

 

 

「そういえば、デバイスを所持しているってことは、武装局員資格持ってるの?」

「え、う、はい。持ってはいますが、このデバイスは自作でして、そのテスト用に登録してあるだけなのです。正確にはデバイス調整補助動作確認兼試験運転限定付武装局員資格です」

「う。す、すごい資格だね」

 にゃははと苦笑う。

「そうですね。限定付武装局員資格で構わないと思います」

「ふぅん。シャーリーもその資格……あ、もってないか」

 

 

 シャリオは魔力を有してはいないのだ。

 

 

「はい。それに魔力所持者は大抵武装局員資格を取得した後、それぞれ進路を選びますから。私の場合は入局が少し特殊でしたので」

「特殊?」

 

 

 そこでなのははコタロウの方を向くが、目深(まぶか)に被っているメカニック帽のせいで表情は見えない。身長がなのはよりも若干低いのも強調している。

 

 

「私は――」

「なのはさん、コタロウさん。おはようございます」

 

 

 向こうからヴァイス・グランセニックが歩いてくるのが見えた。

 

 

「おはよう、ヴァイス君」

「おはようございます、グランセニック陸曹」

「ヴァイス君も、今からご飯?」

「はい。昨日は初日だけあって、色々なんやらで忙しくかったんですが、今日はゆっくりでさぁ」

 

 

 まぁ、午後からはまた忙しくなりそうなんですがね。と、言葉を漏らす。ヴァイスが言うに、午前も午後も忙しいことには変わりないらしいが、ばたばたを移動が多い忙しさではなく、一ヶ所での作業の忙しさであるらしい。午後は移動を繰り返さなくてはならないので、忙しいということだ。

 食堂へ向かう間、しばらくヴァイスとなのはとの会話が続く、その途中、コタロウへも話題が振られるが、「はい」や「ええ」といった片言の返事のみで返すものばかりであった。

 その間、なのはの違和感がどんどん強まっていった。彼に話題を振るのはヴァイスばかりで、常に敬語で訊ねているからである。ヴァイスは年下や勤務年数が下の者に対して敬語は使わない。使うことがあっても、それはお互いの自己紹介の後だ。ヴァイスはシャリオと同じく人見知りをするような性格ではない。違うのは、相手の持つ雰囲気を読むのがうまいことだ。それにより相手に対する態度を的確に判断することが彼の美徳の一つである。そのヴァイスがコタロウに対して敬語を使用していることになのはは違和感を覚えていた。

 

 

(んと、あれ?)

 

 

 そこで十字路に差し掛かり、正面から八神はやて、フェイト・テスタロッサ、シャマル、シグナム、ヴィータ、そして青い獣、左からはシャリオ、アルト・クラエッタが、そして後ろからは

 

 

「なのはさーん」

 新人たちが追い付く。

「あれ、おかしな偶然もあるもんやねぇ。皆、ご飯?」

 

 

 ほな、一緒にいこか? そうして、隊長陣およびヴォルケンリッター――シャマル、シグナム、ヴィータ、青い獣のザフィーラの総称――を先頭に、最後尾に新人たちがつく。ヴァイスやシャリオたちは真中に位置する形になる。コタロウはシャリオの丁度真後ろを歩いている。

 

 

「コタロウさん、おはようございますです!」

 はやての隣を飛んでいたリインフォース・ツヴァイがコタロウの横に付き挨拶をすると、

「おはようございます。リインフォース・ツヴァイ曹長」

「おはようございます。リイン曹長」

 コタロウに合わせて隣を歩いていたヴァイスも挨拶をする。

「自分でいうのもなんですが、言いにくくありませんか? リインで構わないですよ?」

「いえいえ。私はこれが普通なのです」

 

 

 そうですかぁ。 と、すこし、肩を落として、そのままふよふよとコタロウの隣につく。

 

 

「珍しいな。リインって少し人見知りする方じゃなかったっけ?」

「そうね。まぁ、初めのうちだけなんだけど、 面識があるのかしら?」

「ふむ。(あるじ)?」

 

 

 ヴィータとシャマルの言うことも最もで、少し考えシグナムは主はやてに問う。

 

 

「ん、あー。オフィスにリインのデスクがあったやろ? あれを作ったのがあの人なんよ」

 

 

 彼女たちはそういえば、昨日の夕食の間、デスクのことをことさらに自慢していたのを思い出した。そのとき確かにコタロウという名前が出てきたのを覚えている。

 

 

「へぇ。あいつが」

 

 

 ヴィータが思うのが正しいのかどうかは分からないが、小さいヤツというのが正直な感想であった。

 シグナムも思うところは同じらしく、年は15、6くらいだろうかと第一印象から判断していた。

 戦闘においての判断力は彼女たちはずば抜けていたが、人に対する判断力はヴァイスの方がずば抜けていた。

 

 

「そういえば、シャーリーの下につくことになったんすよね?」

「はい。フィニーノ一等陸士の補佐として、新人の皆さんのデータの収集することになりました」

「というと、朝練にも付き合うんで?」

 はい。と、二つ返事で答える。

「どうですかい、新人たちは?」

「どう、といいますと?」

「そりゃあ、話してみてですとか。練習をみての動きですとか。使用しているデバイスですとか。まぁ、思った感想ですかね?」

 

 

 ふむ。と、コタロウは右手を顎にあてるがすぐに離して、ヴァイスの方を向く。

 

 

「それは教導官高町一等空尉、デバイスマイスターフィニーノ一等陸士、そして新人のみなさんの前で申し上げてもよろしいことなのでしょうか?」

 

 

 彼の方を向いたコタロウは寝ぼけ眼をほそくして眉根を寄せていた。

 

 

[ねぇねぇ、ティア。ヴァイス陸曹どうして、コタロウに敬語なのかな?]

[わ、私に聞かないでよ]

[ティア? 顔色悪いけど、大丈夫?]

 

 

 確かに、今の彼女は少し血の気を失った顔をしている。

 

 

[大丈夫よ。すぐにアンタも一気に顔色変わるから]

 

 

 ティアナ・ランスターは練習前の自分の突き放したような態度に激しく後悔していた。彼女はどうやら、彼らの会話のやり取りで気づいたようだ。

 

 

(なんで、私たち新人たちにあんな態度なのよ、コタロウさんは!)

 

 

 ヴァイスの性格上、敬語を使う時がどんな場合かは2言3言話した時に把握していた。。

 

 

[私、なのはさんたちやアンタに便乗するから]

[……? どゆこと?]

 

 

 彼はなのはの感じた違和感や、ティアナの態度の理由を次の言葉で解消した。

 

 

「なぁに言ってるんですかい。コタロウさんはシャーリーが生まれた年に入局してるんですから、そんなこと気にしないでいいんっすよ! なのはさんだって、意も言わさず許してくれますって」

 

 

 解消はされたが、一気に空気が凍りつく(特にシャリオの)。

 

 

「そういうものなのでしょ――っタ!」

 

 

 その空気に気が付かないコタロウは突然立ち止まったシャリオの後頭部に鼻っ柱をぶつけてしまった。帽子はツバが先にあたり、足元にぽとりと落ちている。

 

 

「いふぁい(痛い)。えと、食堂に着いたのですか?」

 

 

 彼は、ゆっくりとしゃがんで帽子を拾いかぶりなおして、周りを見るが、まだ廊下であった。

 はやてとフェイトはコタロウの叫びで立ち止まり、後ろを振り向くと全員の視線が一点に集まっていた。

 

 

[はやて、昨日の私とヴァイスもあんな感じだった?]

[そやね。はたから見ると面白くてしゃあないわ]

 はやては書類で見ているため、昨日も動じていない。

[な、なのはも固まってるんだけど]

[シャマルたちも目を見開いて固まっとるなぁ]

 

 

 彼女たちは次に他の皆がどう反応するかは、わかりすぎるほどわかっていた。

 

 

「あの、皆さん。どうかなさいました?」

 

 

 昨日よりもたっぷり沈黙を使い、ヴァイスがにんまりと声に出して笑う前に、

 

 

『えーーーーーーーーーーっ!』

 

 

 という、驚嘆の声(なのは、シャリオ、スバルが特に大きい)が廊下に木霊(こだま)した。リインが既に耳を押さえていたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 食堂へ向かうまでの間、なのは、シャリオ、スバル、ティアナの4人それぞれの謝罪があったが、コタロウは何をそんなに謝っているのだろうかと疑問に思って仕方がなかった。その疑問にはヴァイスが応えるが、

 

 

「お好きなように呼んでいただいて構わないと申し上げたはずなのですが」

「……いや、若い分、そういうのには敏感なんでさぁ。自己紹介に年齢も付け加えてはいかがですかい?」

「検討しておきます」

 

 

 4人はなんとか罪悪感と自己嫌悪を軽減させることができ、現在は食卓に取ってきた料理をおいて席についている状態だ。帽子は邪魔にならないようにおいている。

 はやて、フェイトもまた、別の席についていた。はやてはヴォルケンリッターと一緒に、なのははフェイトやシャリオたちと一緒に、新人たちは新人たちで席につく。

 コタロウはヴァイスと2人で席についている。

 彼の左では、

 

 

「ティア、いつから知ってたのぉ?」

 

 

 という声が聞こえ、彼の右では、

 

 

「それじゃあ、はやてさんもフェイトさんも知ってたんですか?」

「なんで教えてくれなかったの? うぅ、フェイトちゃんもはやてちゃんもひどいよぉ」

 

 

 と、お互いぼそぼそと言い合っているのが聞こえていた。

 コタロウとヴァイスが座っているのは丁度、食堂中央のテレヴィジョンモニタ正面席である。

 

 

「んで、さっきの話ですが」

「感想、ですか?」

 

 

 そっす。と頷く。ふむと考えコタロウは皿上のハムを刺してリスのように口いっぱいに運び飲み込む。

 

 

「性格を答えるならば、皆さん良い方々としか言いようがありません」

 

 

 飲み込んで答えるとまた食べ物を口へ運んで行く。どうやら彼は食べながらしゃべるということはしないようだ。

 

 

「社交辞令みたいな答えっすねぇ」

「私は機械に触れることが多いですから、人間について述べるのは(むつか)しいです。機械的見地なら、もうすこし話すことが出来ますが」

「機械的な見地っすか?」

 

 

 また、彼は口いっぱいに料理を運び、コクリと頷く。ヴァイスは例えば? と、質問した。

 

 

「例えば……ふむ。例えば、ナカジマ二等陸士のローラーですが、それほど長くは持たないでしょう。よくて一ヶ月くらいで、壊れますね」

 

 

 きょとんと、スバルがその言葉に反応して、コタロウの方へ向く。他の新人たちも彼女に合わせて彼のほうを向いた。なのはやシャリオも彼の発言に興味がわき視線を向ける。

 

 

「なぜですか?」

「耐久率の問題ですね。ナカジマ二等陸士は攻撃時は前傾姿勢、防御時は後屈姿勢、走行時は平行姿勢と、立ち方をそれぞれ変えています。あれでは間接部の衝撃はかなりのものでしょう。もっとも、壊れるのはそこからではなく、その箇所の磨耗によって全体のバランスが崩れ、全体の耐久率の低下に伴う故障になるかと思いますが」

 

 

 またまた、たっぷりと口に料理を運ぶ。

 

 

「……そこまでわかるものなんですか?」

 

 

 なのはとシャリオはぱちくりと瞬きするとお互いに目を合わせた。

 

 

「んくっ。まぁ、これでも人より機械の方と多く接してきましたから。機械稼動部から、その人を判断したにすぎません」

「いやぁ、結構的確に判断したみたいですよ?」

 

 

 何故ですか?と、問うコタロウにヴァイスは嗜好飲料を口にしながら、視線でコタロウの左後方へ視線を送る。彼が振り向いてスバルと目があるとコクコクと首を立てに振っていた。どうも、指摘されて初めて自覚したようである。

 

 

「なのはさんは気づいてました?」

「うん。一応。昨日の練習である程度、みんなのウィークポイントを抑えていたから。でも、デバイスにかかる負担率まではいれてないよ。シャーリーは?」

「私のほうは逆でデバイス各所の耐久比率は算出していましたが、新人たちの動きの詳細までは見ていませんでした」

 

 

 2人ともそれぞれの得意とする分野の判断は的確に抑えていたが、そこに至る過程がいくつか抜けていた。彼女達は静かに話していたため、コタロウたちや新人たちには聞こえてはおらず、彼らは話を続行する。

 

 

「するってぇと、他の新人たちもその、機械的見地からなにか判断できるんで?」

 

 

 コタロウはもしゃりと今度は野菜に手をつけている最中であった。

 

 

「ん。それは――」

「お? ネコじゃねェか」

 

 

 それは突然、会話の中に入ってきた。コタロウは知った声の向くと、そこにはエリオのそれよりのずっと黒い、臙脂(えんじ)色の髪の男が手を振って近づいてくる。

 

 

「あ、ジャン。どうしたの?」

 

 

 ヴァイスが聞く限り、初めてコタロウが敬語を抜いて話をする相手である。

 彼がジャンという男はヴァイスよりも大きな身長の持ち主で、瞳も髪と同じ色をしている。体格もしっかりしており、通り過ぎる人たちの進行方向を曲げさせる威圧感を持ち合わせていた。

 

 

「ん。お隣に挨拶にな。八神はやて二佐はここいるか?」

「八神二等陸佐ならあちらに、いるよ」

 

 

 ジャンという男の快活な声はよく通り、はやては自分が呼ばれたことにすぐに気が付いた。それは彼女の周りを囲むシグナムやシャマルたちも同様で、その男に警戒色を強める。

 

 

「なんだお前ェ」

 

 

 始めに敵意むき出しで立ち上がったのはヴィータだ。

 

 

「あんたが八神はやて二佐かい?」

 

 

 彼女の反抗的な視線には目もくれず、テーブルの間に挟む形で向かい合い、男ははやてに挑戦的な目を向ける。

 

 

「挨拶とは聞こえていたが、部隊長に何か用事でもあるのか?」

 

 

 ことりと食器を置くとシグナムも立ち上がり、相手を(にら)む。気が付けば、テーブルの下に居たザフィーラも顔を覗かせ、低い唸り声を上げていた。

 制服を着ていることから同じ局員であることは間違いないはずなのに、一触即発の空気がひしひしと食堂を侵食し、朝食のさわやかさがなくなっていく。

 時間にしては1分も満たない時間であったが、相対(あいたい)する沈黙が時を長引かせていた。

 

 

「失礼ですが、どちらさまやろか?」

 

 

 ヴァイスもコタロウに同じ質問する。するとその男はまるで拳銃を出すのかのような仕草でゆっくりと自分の胸に手をやり――ぐっとシグナム、ヴィータは身構える。

 

 

「……こういう者です」

 

 

 先ほどまで張っていた肩を丸めて威圧感をなくし、畏まりながらはやてに名刺を手渡した。あなた方たちもどうぞ。と、身構えている彼女達にも渡す。

 彼女達は視線を落としてゆっくりと黙読すると、はっと顔を上げて相手の顔を確認する。

 そこで男はまた威圧感と挑戦的な目を、今度は彼女たち3人にむけて、

 

 

「よろしく!」

 

 

 左手を軽く上げて挨拶をした。

 始めに動いたのは課長であるはやてだ。コタロウとは違いピシッとお手本のような敬礼をして、

 

 

「うちのものが失礼を。機動5課課長ジャニカ・トラガホルン二等陸佐」

 

 

 先ほどの2人と一匹の非礼を()びた。

 それはコタロウが「私の親友の1人です」と、言ったすぐ後のことであった。



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第4話 『背骨より腕』

 

 

 

 

『申し訳ありませんでした』

 

 

 やや不服そうであるが当然のことであり、シグナムとヴィータは頭を下げる。

 

 

「いや、気にすんな。というか、それが目当てだ」

 

 

 ん? 彼女たちが見上げると先ほどの快活な笑顔に戻っていた

 

 

「メシィ食ってるときが一番、隊の雰囲気を掴(つか)めるからな。予想通りの反応をしてくれてこちらとしてはありがたい限りだ」

「申し遅れました。機動六課課長八神はやていいます。……なかなか素晴らしい方法論をお持ちで、トラガホルン二佐?」

「ジャニカで構わないよ、なんならあのネコと同じにジャンでもいい。この部下にふさわしい御仁で、八神、いや、はやて二佐?」

 

 

 互いが互いに性格を理解したのか、はやてもはやてで挑戦的な目を相手に向ける。

 

 

「……ふふっ。五課と六課は確かに番号的にはお隣ですが、近くはないですやろ? 朝早く、ご足労ありがとうございます、ジャニカ二佐」

 

 

 敬礼を解き、彼女は両手を前で合わせてお辞儀をするとひらひらと手を振った。

 

 

「ん? 課長になったのがあまりにもうれしくてなぁ、昨日は初日で夕飯時に四課に行って来た」

 

 

 あの顔はなかったなぁ。と、顎(あご)に手を当ててしたり顔をする。

 はやては四課課長が自分と同じようにあわてているのが目に浮かび、苦笑した。

 

 

「よし、挨拶はすんだな。んじゃあ、気兼ねなく、朝食の続きをしてくれ。俺もご一緒しても?」

「へ? え、ええ。構いません」

 

 

 ほら、座った座った。と、ジャニカは立っていた彼女たちの着席を促す。

 彼が近くのイスを引き寄せて、そのままはやてたちのテーブルに着くと――もうすでに座る場所はなく割り込む形になる――タイミング良く、料理の盛られた食器が彼の目の前に出てきた。

 

 

「貴方は待つということをいつ覚えるのかしら、ジャン?」

 

 

 はやてでも目を見張る銀髪の美人がそこにいた。

 

 

「ふん。遅かったな、ロビン」

 

 

 ロビンはボーイッシュな短い髪型であるが、スバルのような幼さはなく、ましてやフェイトのような立ち止まって振り向くような魅力ではなく、彼女の横を通り過ぎる時は呼吸をしているのかも定かではない時間遅延をもたらす支配力を持ち合わせていた。

 胸は一般女性と同じくらいであるが、それはさして問題ではなく、問題なのは彼女のすらりとした脚の長さであり、腰にあるベルトもそれ以上ホールがないのかゆるく、締めているというよりは一つの形式的そこにあるだけで、少し傾いているそれがなおのこと彼女を引き立たせていた。

 

 

「申し遅れました。ロビン・ロマノワです。階級は二等陸佐。この愚課長が何か粗相(そそう)を致しませんでしたでしょうか、八神はやて二等陸佐?」

 

 

 しばらく、食堂の空気がとまった。動いているのは、ジャニカとコタロウくらいである。

 

 

「はっ、い、いえいえいえいえ! そ、そんな滅相もありません」

「うん?」

 

 

 小首を傾げるロビンもまた、それである。

 

 

「俺が愚課長なら、おまえは使えない粗悪品だな」

「粗悪品も使いこなせない。愚のつく課長に相応しいわ。それに私は、貴方がほぼ乗り捨てたに近い護送車を収めていたのよ」

 

 

 いきなりお互い譲らない気迫で口喧嘩を始めた。それは鬼気迫るもので、憎しみ合っているに等しいほどだ。

 

 

「あ、ああの。ロマノワ二佐も食事どうですか?」

 

 

 たまらず、はやては勇気を振り絞り割って入ると、何事もなかったようにはやてのほうをむいた。

 

 

「ん。ありがとうございます。頂こうかしら」

 

 

 しかし、彼女の座るスペースはすでになかった。

 

 

[どうしてこうなったんやろ? シグナム、悪いんやけどテーブルを持ってきてもらえるか?]

[わかりました]

 

 

 シグナムは立ちあがって余っているデスクを探すとジャニカがそれを制す。

 

 

「ロビン、あっちにネコがいるぞ」

 

 

 彼が自分の背後を指さすと、そこには今までの空気の変化ややり取りなんかを気にせず、食事をとっているコタロウがいた。ヴァイスはぽかんのこちらのほうを見ていたが。

 

 

「テーブルを探す必要はありません。烈火の騎、いえ、剣の騎士シグナム。私はあちらでとることにします」

「わかり、ました」

 

 

 いささか、心ここにあらずでコタロウの方へ歩いて行った。

 

 

(私の名前を知っている?)

 

 

「ん。あんたがシグナムか。つーと、はやて二佐の周りにいるこの獣も合わせて、ヴォルケンリッターと呼ばれる守護騎士でいいのかな?」

「……挨拶いうわりに、調べてきているんですね」

「調べたのはロビンだ、俺じゃねぇ、移動中に耳にタコができるくらい聞かされたよ。六課の主要メンバーをね」

 

 

 俺は、変な先入観生まれっからいいとは言ったんだがなぁ。やれやれと顔を振って、おかれた食事に取り掛かった。

 そういうジャニカをよそにはやてはロビンに視線を動かすと、これまたおかしな状況がそこにあった。

 

 

「ロ、ロビン。く、ぐるしいよ」

 

 

 まるでそれは大きいぬいぐるみ抱きしめるかのようにコタロウは彼女の腕の中にうずくまっていた。

 

 

「ロビィン、そろそろ手ェはなしてやれ。ネコの背骨が折れるぞ」

 

 

 ジャニカは振り向きもせず、背後で行われていることが目に見えているようである。

 

 

「……ハッ! あまりにも嬉しくて意識が一瞬遠のいていたわ。お久しぶり、ネコ」

 

 

 彼女の意識は彼によって戻ってくると、あわてて離して、コタロウに笑顔を向ける。それは彼に向けられたわけではないのに、ヴァイスは顔を赤くして上気した。

 

 

(えーと。僕のほうは意識もってかれそうだったんだけど)

 

 

 一方コタロウは、彼女の笑顔は既に見慣れているらしく、それを余所(よそ)にごほごほとせき込む。しかし、彼女の笑顔は限られた人間の中でもさらにふるいに掛けられて、なかなか見られるものではないが、ここでは割愛させていただく。

 コタロウは息を整えて最後に大きく深呼吸をしてから、やっと彼女のほうを向いた。

 

 

「ひさしぶりだね、ロビン。それに相変わらず仲良しだねぇ、ミスター・アンド・ミセス・トラガホルン?」

 

 

 ジャニカ・トラガホルンは振り向き、局員登録はロマノワのままであるロビン・トラガホルンと目を合わせると、今度はジャニカも笑って声をそろえてこう言った。

 

 

『当然でしょう(だろう)? 夫婦なんだから』

 

 

 どうも朝から六課を驚かせることが多い。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第4話 『背骨より腕』

 

 

 

 

 

 

 

 声を上げる驚きではなかったが、驚きで喉を詰まらせる人は何人かいた。

 管理局に長く勤めていればいるほど、不可思議なことが自分の身の回りに発生することを局員たちは良く知っていた。

 トラガホルン夫妻が夫妻であるのも、局内での謎の一つである。

 

 

「ほう。じゃあ、君がレディ・ヴィータかい?」

 

 

 ジャニカは彼女が飲み物を飲んでいるのを見計らって、少し古い表現で相手の名前を確認する。

 

 

「ングッ!? ゴホッ。ア、アンタ、何を」

 

 

 ていうか、レディって。と落ち着くとみるみるうちに顔を赤くする。これは別にジャニカが美男であるがゆえに起こったものではなく、そのような扱いに慣れていないために、意識してしまったのだ。

 

 

「紅くなるようじゃあ、まだまだ子供だなぁ」

「べ、別に紅……こ、子供じゃねぇ、ょ!」

 

 

 彼女は子ども扱いされることが何よりも嫌いだが、尻すぼみに声が小さくなるところを見ると自分から『子供じゃない』と言い張らなくてもそう扱ってくれたことがちょっぴりだがうれしいらしい。

 

 

「なら、『レディはいささか古すぎませんか?』 くらいの受け流しはほしいところだな。そう思うだろう、レディ・シグナム?」

 

 

 シグナムを横目で見ると、彼女は視線をずらし、

 

 

「レ、レディはいささか古すぎませんか?」

 

 

 頬をほんのりだけ染めることだけしか彼は見れなかったが、それで十分だった。

 

 

「安心して大丈夫だぞ。騎士シグナムもどうやら子供らしい」

 

 

 ジャニカはにんまり笑った後、食事の続きに取り掛かる。

 

 

「私や、はやてちゃ、はやて隊長にはないんですか?」

 

 

 シャマルは次に自分を期待していたらしい。

 

 

「アンタは、見た目から子供だからな」

 

 

 まぁ、はやて二佐は誰かに鍛えられているようだが? とだけ応えるとサラダをフォークで突き刺し、口へ運ぶ。

 

 

「はやてちゃん、私、初めて子ども扱いされたかもしれません」

「……なんでそれで機嫌いいん?」

 

 

 しかし、シャマルが喜ぶ気持ちがなんとなくわかってしまう。

 はやてはジャニカが次に小さな曹長をからかいだすのを見て、ほほえましくもあったが、何よりもまず、すでにシグナム、ヴィータが抱(いだ)いていた警戒心を完全に取り除いてしまったことに正直驚いていた。

 ヴァイスも同じようは気質の持ち主であるが、このような回転のよい発言は出てこないだろう。うわさに違(たが)わぬ人だと今確信する。

 そう、はやて、なのは、フェイトは彼彼女を知っていた。

 会ったことはなかったが、彼ら夫婦を知る身近な人たちの間では有名な謎で、その謎が彼女たちの耳にも入ってきていたのである。

 

 

「貴方のその発言がどれだけ彼女達の自尊心を破壊しているか、生きている間は決してわかることはないでしょうね?」

 

 

 ジャニカのやり取りは、反対側にいる新人たちにも聞こえるため、同時にロビンにも聞こえていた。

 

 

「おいおい、ロビンの、いやいや、『貴女のその容姿がどれだけ彼女等の自尊心を破壊しているか、死んであの世へ行ったとしても決してわかることはないでしょうね?』」

 

 

 彼女の言動をすこし変えて放ち、パンをむしゃりとかぶりつく。

 

 

「彼女達が、いえ、彼女達を取り囲むこちらの方々が証人なのでまずあり得ませんが、彼女達が仮にもし、――いいですか、仮にもしですよ? ――私より容姿が劣っているのであれば、それは認めざるを得ないでしょうね」

 

 

 彼女は特に食堂を見渡し、意見を視線で確認しようとしていないのにもかかわらず、『いえいえ! 私はロマノワ二佐より美しいとは思っていません! それに自尊心なんておこがましいです』といわんばかりに、周りいる女性陣が首を横に振った。

 しかし、彼の方はそのそぶりには目をくれず、飲料でパンの残りを流し込む。

 

 

「確かに、粗悪品でも目だけはいいらしい。ロビンなんて足元にも及ばないくらい、彼女たちのほうが魅力的だな」

 

 

 ロビンはサラダの最後の部分を丁寧に口に運んで咀嚼(そしゃく)して喉を通す。

 

 

「このまま離婚調停に持ち込めば、貴方はなにも弁護できませんね、トラガホルン二佐?」

「あんたの経歴を傷つけ、二度と『俺を足元に置く』というあんたの野望を見るも無残に破壊する算段は既に考えてあることを努々(ゆめゆめ)忘れるなよ、ロマノワ二佐?」

 

 

 この夫婦は、眉目秀麗頭脳明晰、容姿端麗才気煥発であり、夫婦であることだけを知っている人から見れば、お似合いであることは疑う余地がないが、彼らは仕事以外の会話で普通の会話を聞いたことがなく、常に皮肉を言い合い、敵意を放出しあっているため、よく知った人ほど謎となる。

 はやて達が聞いた謎は『何故、この嫌悪し合っている男女は夫婦であるのか? 』である。

 

 

「貴方の考えた算段が、どれだけ使い物にならないかは普段を見ていれば、手に取るようにわかるわ」

 

 

 ジャニカとロビンはお互い依然として振り向くことはなく、彼はポケットからピカピカのコインを取り出した。

 

 

「ほう。手に取るように考えのわかる馬鹿な男の誘いがなければ、課長補佐にもなれなかった女がよく吠えるな。……どっちだ?」

「裏よ」

 

 

 そうすると、お互いは背を向けたままコイントスをし、彼が舌打ちするのをロビンは聞いた。

 ジャニカは立ち上がると、コーヒーを2杯注いで――片方は砂糖を1つ、もう片方にはミルクを入れる――戻ってくると、ロビンの前に丁寧においた。

 

 

「そうね。そこは自覚しているわ。まさか、私より2カ月も遅れて二佐になった男に誘われることになるなんてね」

 

 

 ロビンが口にしたのを確認してから、ジャニカは立ったままミルク入りのコーヒーに口を付ける。

 既に食堂のほとんどが、この男女2人が夫婦であることをわすれていた。むしろ、この2人がいつ取っ組み合いになるか心配でしようがない。

 

 

[う、噂通りの人達だね、フェイトちゃん]

[うん。仲が悪いっていっても、からかい程度のものだと思ってた]

 

 

 なのは、フェイトは怖さで肩を狭くし、リインははやてのかげに隠れ、耳をふさいでいる。

 

 

[夫婦喧嘩じゃねぇぞ、ありゃ。完全に敵意むき出しじゃねぇか]

[言葉同士で肝が冷えたのは初めてだ]

[冷静に受け流しては、無情(むじょう)に切り掛かってましたね]

 

 

 ヴィータたちは冷や汗を流していた。

 

 

「さて、行くか」

 

 

 ジャニカとロビンがほぼ同時に飲み終わる。

 

 

「じゃあ、六課のみなさん、俺達隊舎に戻るわ」

「朝の貴重な時間、私たちがお邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 食堂を見渡し、二人はお辞儀をしてから敬礼をとる。彼らが敬礼をとるとこれもまた様になっていた。

 

 

「い、いえ! こちらのほうこそ何もおもてなしもできず、もうしわけありません」

 

 

 代表して挨拶をしたのは、はやてである。

 それをみて食堂にいる全員が立ち上がり、敬礼をとった。

 

 

「では、外で待っていてください。車をとってくるわ、ジャン。それと、機械ネコ(マシナリーキャット)、車の調子が少しおかしいの、見ていただける?」

「うん。いいよ」

 

 

 コタロウは帽子をかぶり、動き出す。

 

 

「それじゃあ、午前の練習は今から10分後に始めるよ、みんな!」

『はい!』

「ほな、ウチらも仕事場に戻らんと」

 

 

 なのは、新人達、はやて達も彼に合わせ動き出した。

 ジャニカは自然にみんなの先頭になり歩き出そうとするが、そこでジャニカは立ち止まってロビンのほうを向き、にやりと笑った。

 

 

「手にとるように考えのわかる馬鹿な男が思うに、あんたはこれから幾許(いくばく)しないうちに後悔の念に駆られるだろう。な、ネコ?」

 

 

 彼はコタロウの左肩にぽんと手を置くと、ぐ、ぎん、と何かが外れる金属音が鳴る。

 

 

「……あ」

 

 

 ずるりとジャニカの手を置いたほうの腕が抜け落ちて、ごとりと床に転がった。

 

 

「背骨より腕のほうが弱いということが、どうやらロビンにはわからないらしい」

 

 

 

 コタロウには左腕がなかった。

 

 

 

 

 



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第5話 『それを押すだけ』

 

 

 

 

 コタロウ・カギネの左腕が義手であることを知ることができるのは、初対面ではまずありえないことであり、それはもちろん、(はた)から見て彼が片腕無しということは認識することはできるが、これは当てはめない。

 知ることができるのは決まって2日目以降だ。

 

 

 「あの、ロビン? 大丈夫だから。義手をはずすことをすっかり忘れていた僕が悪いんだよ。それより、車を見に行こう?」

 

 

 ロビン・ロマノワはジャニカ・トラガホルンに言われたとおりに後悔の念に駆られ、人目をはばからず両膝を床について謝ろうとしていたが、コタロウはそれをなんとか止めることに成功した。

 彼はロビンの背中を押して、駐車場へ連れて行き、現在ジャニカの近くにいるのは八神はやてとヴォルケンリッター、そして、ヴァイス、なのは、新人達である。他は軽く彼に挨拶をして、持ち場で戻っていった。

 

 

「別に、見送りはしなくてもかまわないのだが? こんな大人数で」

「いえいえ、送らせていただきます」

 

 

 それ以上、はやてたちは何もしゃべらなかった。

 隊舎を出るまで無言は続き、ジャニカが口を開いたのは外へでて左右をみて、まだ車がこないのを見てからである。

 

 

「ネコの左腕を奪ったのは俺だ」

 

 

 そのまま訓練場へ向かおうとしていたなのは、新人たちの足が止まる。

 

 

「6年と少し前、そうだな、はやて二佐と同じ19歳の頃だ」

 

 

 ジャニカはふっと笑って、

 

 

「あのときロビンは人目をはばからず――ネコの前だと既に(はばか)っていないが――大号泣。俺は大激怒。当のネコは、自分が大出血してるつうのに……」

 

 

 思い切り後ろに足を上げて(かかと)をたたきつけた。

 そして、大きく深呼吸した後、

 

 

「左腕がないことであいつは大抵出向先で爪弾(つまはじ)きになることが多いんだが、どうやら大丈夫そうだな」

「もしかして、その為にご挨拶に?」

 

 

 四課へは今日のためですやろか? と、はやてはふふと笑う。

 

 

「あいつはそれが当然のように毎回話すが、俺とロビンはあんたの2つ名の、烈火のように怒るのが大抵だ、シグナム」

 

 

 シグナムは何も言わなかった。

 

 

「まぁ、愚痴(ぐち)るのは好きじゃねぇから、これ以上はやめておこう」

 

 

 向こうから、護送車が走ってくるのが見えた。

 

 

「あいつについてはこれからもいくつか驚くことがあるかもしれないが、よろしく頼むわ、はやて二佐」

 

 

 それはもちろん。とはやてが応え、周りに目配せしてみると、さも当然というように大きくうなずいている人や、目だけを少しだけ伏せて返事をするものもいた。

 

 

(若いながらの隊は、偏見が少ないな)

 

 

「ところでジャニカ二佐?」

「ん?」

「何で、コタロウさんをネコと言うてるんですか?」

 

 

 はやてが最後の質問とばかりに小首を傾げながらたずねると、あー。とジャニカは声を漏らす。

 

 

「それはな」

「それは?」

 

 

 彼はニッカリ笑った後、

 

 

「……秘密だ」

「なんだよそれ」

 

 

 ヴィータが今までの空気を吹き飛ばす力の抜けた溜息を吐く。

 

 

「まぁ、ある時ふっとわかるようになるさ。ネコっぽいだろ? あいつ」

 

 

 確かにそう捉えられなくもないが、含みのある言い方をする。

 

 

「それじゃあ、マシナリーキャットというのは何です? キャットというのはわかるのですが……」

 

 

 今度はリインフォースが首を傾げる。

 護送車はジャニカの前にとまり、運転席からロビンが、助手席からはコタロウが降車する。

 

 

「あー。こいつの資格の数、みたか?」

 こくりと頷く。

 

 

「下手すりゃ、ここにいるやつらの――ヴォルケンリッターを除く――年齢の総和の2倍近くあるからな」

『え?』

 

 

[はやてちゃん、そうなの?]

[あれは驚くで?]

 

 

 ここにいるメンバーは軽く驚く。

 

 

「3年前で」

 

 

 さらにジャニカは付け加える。それは、今はどれくらいあるかわからないということを言っていた。

 

 

「課には大抵、メカニックがいるだろう?」

 これは言わずもがなである。

「メカニックと聞くと『それ専門の』が頭についたりするイメージがあるからな。だが、ネコの所属する電磁算気器子部工機課には、そういった(くく)りがない。あらゆる機械という機械をすべてそつなく修理する。だからその工機課の人間たちを――」

機械士(マシナリー)と呼ぶ」

 

 

 ロビンはすっかり気を取り直していて、平常心を取り戻していた。

 

 

「人の会話にずかずか入ってくるなよ。まぁ、そういうことだ。ネコに仕事をお願いするときは、俺らはそう呼んでる。な、ネコ?」

「その機械ネコ(マシナリーキャット)の普及活動まだしてるの?」

 

 

 すごい恥ずかしいんだけど。と眉根を寄せてジャニカをみる。

 

 

「この通り、当の本人は嫌がっているがね」

「これだけは私もジャンに同意するしかありません」

 

 

 ジャニカとロビンが視線をとめた先には、1人ため息を漏らしているコタロウがいた。

 その後、トラガホルン夫妻はここにいる全員にもう一度、敬礼と言葉を述べ、お互いに皮肉を言い合いながら車へ乗りこみ、彼ら唯一無二の親友にこう言い残して車を走らせていった。

 

 

『じゃあな(それでは)、ネコ。何かあったときには頼むぞ(お願いします)、“困ったときの機械ネコ(マシナリーキャット)”』

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第5話 『それを押すだけ』

 

 

 

 

 

 

 昨日の彼はロビーにいて隊長陣の挨拶を聞き、ヘリに乗ってはやて、フェイト、ヴァイスに簡単な自己紹介、その後は待機を命じられていた。

 本日の彼は新人たちの早朝練習を見学して、上司であるシャリオから自分の役割を伝えられ、朝食の後からが本格的に働くことになる。

 つまるところ、コタロウの機動六課出向後初の実質的な仕事振りを見るのは、なのはと新人たちである。

 

 

「じゃあ、午前の訓練を始めようか」

『はい!』

 

 

 なのはは次に今日の午前の訓練内容を説明する。

 

 

「それでは、コタロウさ――」

『…………』

 

 

 なのはは訓練場の設営を依頼しようとして振り向くと、既にコタロウは端末を開いてキーをタッチしており、彼女は言葉をとめていた。

 新人たちも彼女に合わせて視線を彼に向けるが、なのはと同じように言葉を無くしている。

 彼がキータッチ操作を片手でしなければならないことは、今日の朝食後すぐに知ることができたが、彼が訓練場を設営した時間と昨日今日みたシャリオが両手(・・)で操作して出現させたそれとがほぼ同じくらいであること、つまり、彼のキータッチの速さは当然ながら知るすべがなく驚いた。

 

 

「す、すごい」

「文章打つのが苦手な私が見ると、一入(ひとしお)だよ」

 

 

 完全に訓練場が具現化した後に、ティアナとスバルが言葉を漏らす。

 

 

「高町一等空尉、設営完了しました」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 それじゃあ、行こうか。となのはは新人たちを促した。

 

 

「コタロウさん、キータッチ早いですねぇ」

 

 

 移動中にスバルが素直に感想を述べ、ティアナは顔に手を当ててため息を吐く。

 

 

[スバル、あんたねぇ]

[ん? いや、わかってるんだけどさ。気にしなくていいって、ジャニカ二佐が言ってたから]

 

 

 彼女はにっこり笑う相手のその真っ直ぐなところに素直に感心することがある。

 

 

「そうですか? ありがとうございます」

「やっぱり、その、練習したんですか?」

 

 

 しかし、そのスバルでも『片腕がなくなってから』というキーはたたけなかった。

 

 

「はい。練習はしましたが、それは皆さんも同じではないのでしょうか?」

「……へ?」

 

 

 コタロウは質問を投げ返すが、その質問に首を傾げる。

 

 

「初めて操作するときは、練習はすると思うのですが」

「え、あの、はい。それはそうですけど」

 

 

 そうではなくて。と彼女は言いよどみ、今度はコタロウも首を傾げ、

 

 

「あ。『片腕がなくなってから』ですか?」

 

 

 気づいたように質問の内容を確認すると、スバルはこくりと頷いた。

 

 

「していませんよ?」

 

 

 キー操作について片腕がないことをリスクに感じないかのように応えた。

 

 

「私はもともとキーは片手で行っていますから」

 

 

 工機課は片手操作が普通なのです。と傾げた首を元に戻す。

 

 

「な、何でですか?」

「覚えたての頃は両手で操作していましたが、いざ作業をこなすとなると、両手でキータッチをするわけにはいかないんですよ。同時に作業をこなさなければなりませんからね。なので、そういう時は片腕であることで効率が落ちてしまいますが、その時はキータッチの速さをあげればいいだけなので、別段困ってはいません」

「は~。そうなんですか。あの、すいません、てっきり――」

「『片腕がなくなってから』練習をしたと?」

「う、はい」

 

 

 片腕がないことを気にしなくてもよいとばかりに質問をしてみたスバルだが、コタロウはそもそも片腕があるない以前に操作については気にしていなかったようで、問題ありませんと付け加える。

 

 

「ということは、まだ速くすることができるのですか?」

 

 

 なのは、他の新人たちも一緒にいるので会話に参加していることになり、エリオが頭ひとつ前に出してコタロウの方を向く。

 

 

「そう、ですね。先程は設定の確認をしながらなのでゆっくり打ちました。次からはもう少し速くなりますので、練習の時間を無駄にしないように努めます」

 

 

 コタロウは少しでも新人たちの訓練に支障をきたすまいと思っていたが、新人たちの考えとは違っていた。

 

 

「あれで、ゆっくり……」

 

 

 クゥ~。とキャロの肩に乗っている白い竜も彼女の肩の上下に合わせて鳴く。

 

 

「ル・ルシエ三等陸士。そちらの肩に乗っているのは、竜の子供ですか?」

「え、あ。紹介おくれてしまいました。この子は私の使役竜のフリードリヒです。愛称はフリードで、皆さんもそう呼んでいます。フリード、ご挨拶を」

「キュクルー」

「よろしくおねがいします、ドラゴン・フリードリヒ」

 

 

 帽子をとり、丁寧にお辞儀する。

 

 

「ク、ゥ~」

 

 

 フリードリヒはどうやらこのように挨拶されたことがないのか、素直に返事が出来ないでいた。

 その感想は新人たちも同様で、フリードリヒ――小さく幼い動物(?)――をそのように丁寧に扱う人間に会ったことがない。もちろん、動物を扱うドクターは別である。

 

 

『…………』

 

 

 コタロウは真っすぐ向かう先である訓練場をぼんやり寝ぼけ眼で見ていたが、ほかのみんなは一度視線を彼に向けてから前を向いた。

 

 

『(コタロウさんって、ヘンな人!)』

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 それから数日間は何事もなく通り過ぎて行き、コタロウは少しずつ馴染んでいった。

 そのなかで彼についていくつかわかったことがある。

 その一つは、誰に対しても丁寧な口調であることだ。それは階級、年齢、勤続年数のどれにも当てはまらず一定であり、まだ彼の年齢を知らない人間からしてみれば本人の階級から、自分よりも若いという錯覚に陥れていた。

 何故、トラガホルン夫妻には敬語を使わずに会話していたのかと問うと、

 

 

「しばらくあの夫婦と一緒に3人で暮らしていたからだと思います」

 

 

 と彼ら3人がなのは、フェイト、はやてと同じような友好関係を築いているということくらいしかわからなかった。

 その次は、彼は自分から話題を振ることはない、物静かな人であることだ。

 食事の時も、ヴァイスが誘わない、あるいはいないときは1人で食事をとることが多く――もっとも、ヴァイスが誘わないということはなかったが、自分から誰かと一緒にご飯を食べることはなかった。

 そして今は夕飯(どき)でコタロウは食堂にはおらず、いるのははやて、なのは、フェイトとヴォルケンリッターである。

 

 

「新人たちはどうやの、なのはちゃん?」

「伸びしろはあるからねぇ、ここ数日でどんどん伸びてるよ」

「ごめんね、なのは。手伝えなくて」

「ううん。忙しいんでしょ? 全然大丈夫だよ」

 

 

 フェイトが申し分けなさそうであるが、なのははそんなことは気にも留めなかった。

 

 

「それに、レイジング・ハートやコタロウさんが手伝ってくれてるし」

 

 

 ね、レイジング・ハート? と胸元に話しかけている。

 

 

「……コタロウさんって、どんな人? 私も話してはみたんだけど、こう、なんていうか……」

 

 

 あの、そのぅ。と言いよどむと、

 

 

「ヘンな人、かなぁ」

 

 

 なのはは正直に応える。フェイトもゴミ箱に頭を突っ込んだコタロウをみているため、同じ意見である。

 

 

「やっぱり、なのはちゃんでもそう思うんか?」

 

 

 はやての言葉にこくりと彼女は頷く。

 

 

「悩むときは眉を寄せたりするけど、いっつもぼやぁっとしてて、にこりともしないんだ」

「不真面目そうなら、一発喝を入れてやろうか?」

 

 

 ヴィータはぷすりとフォークでトマトを刺して口に運んでにやりと笑うと、なのははぶんぶんと首を横に振る。

 

 

「ううん。コタロウさんにはすごく助けてもらってる」

「一緒に新人たちをおしえてるんか?」

 

 

 彼女はもう一度首を横に振る。

 

 

「あのね、片腕でエイミィさんくらい操作がはやいの」

「……嘘やろ?」

 

 

 彼女たちの知るエイミィは現在は現役を引退しているが、当時を思い出してみても子供ながらすごいと思ったことは覚えている。

 

 

「そのぼやぁっとしたままでキータッチするからかな? みんなが見ても驚くと思う」

「へぇ~、やっぱりベテランさんは違うもんやなぁ」

「それに訓練中、データ収集と並行して私がまとめた訓練プランをみていて、私が依頼する前にもう決定ボタンを押すのを待ってるの。ね、レイジング・ハート?」

<はい。なおかつ彼は私が電算処理したものも、並行して見ています>

「うん。だから、人数分のデータ画面と私たちの画面を同時にキー操作をしている感じ、かな?」

 

 

 そこで彼女は食後のティーで口の中を湿らせた。

 

 

「すごいできる人なんだ」

「人って見かけによらねぇなぁ」

 

 

 フェイトとヴィータが嘆息し、

 

 

機械士(マシナリー)というだけあるなぁ」

 

 

 はやては感心すると、なのはが気づいたようにはやてのほうを向く。

 

 

「そういえば、ジャニカ二佐が言ってたコタロウさんの資格の数ってそんなにあるの?」

「うん。ほんま――」

 

 

 そこで通信が入る。

 

 

「八神部隊長、今大丈夫でしょうか?」

「大丈夫やよ。そっちこそこっちがご飯中でも大丈夫やろか?」

「お食事中でしたか、それでは――」

「かまへんよ~」

 

 

 ひらひらと手を振る。

 

 

「本日の報告なのですが――」

 

 

 もう一度、確認を取ってから報告する。しばらくはやてとグリフィスの報告内容を聞き、終わりに近づいたところで、

 

 

「すごいよ、コタロウさんの資格の数」

 

 

 私もその場にいたんだ。とはやての代わりにフェイトが応える。

 

 

「アルトより?」

「見てみるですかぁ?」

 

 

 こくりと頷くと、リインが割って入ってきた。

 

 

「――以上です」

「どうもありがとな~」

「……最後にもうひとつよろしいですか?」

「なんや?」

「正直、報告してよい内容か悩むのですが」

 

 

 うん? とはやては首を傾げる。

 

 

「妖精がいるみたいです」

「……もう一度、いってくれるか?」

 

 

 『妖精』という言葉に、そこにいる全員が一旦視線を画面に集中する。

 グリフィスが言うには、スタッフから給湯室の給湯器が壊れているという報告があり、修理を依頼し、来てもらうと直っていたり、通風孔の調子が悪かったのに次の日には直っていたりしているという。ルキノとアルトも医療機器について同様のことを述べている。

 

 

「知らないうちに直っているんで、妖精というわけやね?」

「はい」

「不思議なこともあ……ないな!」

「はぁ」

 

 

 はやては思う前に答えを出し、はぁと溜息を吐く。

 

 

「本人に報告するよう言うておくわ」

「正体をご存知なんですか?」

「リイン?」

「はいです~」

 

 

 すでに決定ボタンを押すだけで待っていたので、すとんと指でキーをたたくと、登録した名前と所属、取得資格が出てくる。その画面には左上に本人の顔、右上にに登録コード、所属、名前、六課への出向期間(延長有)が出力され、中央以下は彼の取得資格が並んでいた。

 その保有資格の数は画面には収まらず、リインは資格だけをスライドさせていく。

 

 

「な……!」

「……おいおい」

「は~」

「ふぇ~」

 

 

 グリフィスは目を丸くしただけだが、シグナム、ヴィータ、シャマル、なのはは声を漏らして驚いた。

 

 

「コタロウ・カギネ三等陸士。電磁算気器子部工機課から現在うちに期限延長付で出向してきた整備(メカニ)……機械士(マシナリー)や」

 

 

 脇では「これ、いったいいくつあるのかな?」とつぶやくと、はやてはそれに自信をもって応えてみせた。

 

 

「彼の資格保有数は253!」

 

 

 あの時いた年齢総和の2倍どころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第6話 『役に立つメモ』

 

 

 

 

 機動六課の食堂は何も、朝食時、昼食時、夕食時にのみ開いているわけではない。不定期に時間が空いた場合に息抜きをするという時――そのときは全てセルフサービスである――にも利用価値があるため、基本、人の出入りが少ないときも省電力で利用可能である。

 はやては自分の守護騎士であるシグナム、ヴィータ、ザフィーラからここ数日のガジェットの動きや新たに発見できたこと、疑いのあること等の調査結果報告を受けた後、すこし遅めの夕食をとるために、みんなで食堂に行くことにした。

 

 

「そういえば、新人たちの新しいデバイスはいつできるんだ?」

「確か、今日調整が終わったと言ってましたので、早ければ明日には支給できるはずです」

 

 

 そうすると、アタシも参加しなきゃなんねェな。と両手を頭の後ろであわせて、面倒そうにヴィータは溜息を吐くがどこか楽しそうである。

 そんなことを話しながら食堂まで足を運ぶと、1人の女性が1人の男性にぺこりとお辞儀をしてから、小走りで自分たちにも立ち止まってお辞儀をしていそいそと通り過ぎる。

 

 

「お疲れ様です。コタロウさん」

 

 

 食事をそれぞれ持って、はやてたちはコタロウの隣のテーブルに座ることにした。

 

 

「お疲れ様です。リインフォース・ツヴァイ曹長」

 

 

 リインは彼のいつも通りの丁寧な挨拶に、いつも通りの不満顔を見せる。

 

 

「今の人、どないしたん? ぬいぐるみを持ってたんやけど……」

 

 

 そう、先ほどの通り過ぎた女性の手には、頭が人の拳3つくらいのクマのぬいぐるみを持っていたのだ。

 

 

「はい。彼女には双子の娘息子がいるそうなのですが、喧嘩をしてぬいぐるみの引っ張り合いにあいになり、首が生地一枚を残して取れてしまったのです」

 

 

 お昼の空いた時間に直そうとしていたらしいのですが、お裁縫道具を忘れてしまった上に忙しかったようで、直す手段を持ち合わせていなかったようです。と裁縫道具をつなぎ右腕ポケットにしまう。

 しかし、コタロウが自らその女性に「どうかされましたか?」 と訊ねたわけではない。

 女性は午後も中ごろに差し掛かる頃、彼が隊舎のインフラ周りを()るために移動している最中に袖がほつれていたのに気がつき、そのポケットから裁縫道具を取り出して器用に上半身だけ脱ぎ、歩きながら直しているところを見かけた。普段の彼女であれば、初対面の人間に話しかけることはしなかったが、このぬいぐるみが自分の子どもの喧嘩の解消させる最後の一押しであるため――すでに喧嘩は収まっているがぎこちなさが残っている――話しかけることにしたのだ。

 本当であれは自分で直したかったが、

 

 

「私の子がぬいぐるみを壊してしまって……」

「直せばよろしいのですか?」

 

 

 良ければ貸していただきたい。と言葉をつなごうとしたところ、コタロウは工機課いつも通りの受け答えをしたことと、自分が今日は定時に帰れるかもわからない状況であった事から、思わず、

 

「おねがいできますか?」 と頼むことになり、頼まれた彼は自分の作業が終わった後に直すことを断り、それがちょうど先ほどで、彼女が彼を迎えに来たのもちょうど先ほどであった。

 

 

「コタロウさんはお裁縫もできるんか?」

「はい。出来るほどかどうかはわかりませんが、あれくらいの修繕なら可能です」

 

 

 はやては彼に修理や調整をしたときには事後でかまわないので報告をしてほしいと言った直後に(あき)れたのはまだ日が新しい。

 確かに、医療機器や給湯器、通風孔を直したのは彼である。はやてはそれ以外にも直している部分はあるのではないかと考えており、それは見事に的中したが、まさか各フロアの修理した箇所を画面に出し、1つ1つ説明を受けるとは思っておらず――40を越えた所で制止させた――逆に隊舎内放送で『突然機器が修繕されたりすることがありますが、お気になさらず』と話すことになるとは想定の範囲外であった。

 はやては彼を臨機応変に動かすつもりであったが、既に自分が把握していない庶務の部分、特にインフラ周りに関しては臨機応変に動いており、彼のポジションをどうするか考え直す必要があった。

 以前、ゲンヤ・ナカジマに今度会う約束を取り付けるついでに、コタロウについて話したことがあった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「優秀なやつがきたなぁ。まぁ、機械士(マシナリー)というのはそういうもんだ。どこのメカニックの下についても、そつなくこなすからな。決まって最近の若い上官――30代やそこら――は考えが二極化する。機械士を見出すか、そうでないかだ。そうでないやつはただあるポジションに固定配置させて何もさせず任期終了。見出すやつは、お前さんみたいに悩むわな。しかし、なんとなしに取った配置が一番機械士の能力を引き出していることに気づくのは任期終了させてからだ」

 

 

 それはなんです? とはやてが訊ねると、

 

 

「適当に配置させて、その後何もしないこと」

「それは見出さない人と変わらないのでは?」

「『させない』と『しない』では意味が違うだろう? 機械士は困った時に困った場所に配置すればいいのさ」

 

 

 機械士の話題の終わりに、ゲンヤはぼそりとこうつぶやいた。

 

 

「しっかり受け継がせてるじゃねぇか。“困ったときの機械イヌ(マシナリードッグ)”」

 

 

 彼はコタロウの別名なんて知らなかったし、はやてはドグハイク・ラジコフの別名を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第6話 『役に立つメモ』

 

 

 

 

 

 

 つまるところ、コタロウの配置は現状維持で、空いた時間は彼の自由にさせることにした。

 後日、その旨を彼に伝えたところ、

 

 

「空いた時間の具体的な指示はないのですか?」

「そうや」

 

 

 困った顔をされてしまった。

 

 

「なにか、不都合なことでもありますやろか?」

「あ、いえ、出向先では指示以外のことは禁じられていて、与えられた指示をこなしてきたもので」

「……この前の医療機器等の修理は、指示を出したつもりはあらへんけど?」

 

 

(コタロウさんを見出した上官はいないということやな)

 

 

「はい。他の場所でもこっそり……あ、隠れてやる必要がないということですか」

 

 

 はやては頷く。

 

 

「加えて、事後報告もいらへん。聞くところによると機械士は『修理屋』であって『開発屋』ではないねやろ?」

 

 

(何も悪いことはしてへんのに今まで隠れて作業をしていたんやなぁ。ジャニカ二佐は大抵をいうてたけど、今までの出向先すべて隠れてやってたとなると……)

 

 

 ジャニカ・トラガホルンのいう爪弾きという意味が少しながら把握でき、内心溜息を吐く。

 

 

「はい。古くなった電灯を取り替えるような作業が機械士の本分です」

「リインのデスクみたいなことは趣味の範囲ということや」

 

 

 はい。と頷く。

 

 

(つまり、見出せない人というのは機械士の本分である領域を狭めてたというわけや。新しい物を作るとか、より良いものを作るわけではないんや。かつ、デバイス等個人所有物に手を出すような領分侵犯はない)

 

 

「であれば、むしろよろしくお願いします。私たちが動きやすくなるように、ちょっと庶務みたいな仕事になってしまうかもしれんのやけど」

「そういうことであれば、了解です」

「具体的な指示がほしいときは、近くにいる隊長陣に仰いでください。するときも同様で、従ってください。くれぐれも体を壊すような無理はしないこと」

 

 

 技術を駆使する人間は、自分の体に無理することは良く知っていたため釘を刺す。

 

 

「了解です」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 現在、裁縫道具をしまった彼は、一度席を立ち、飲み物を持って同じ席に再び座る。

 はやてたちはお互い今日あったことをもう一度、今度はいつも通りのくだけた口調で今日あったことを和気藹々(わきあいあい)と話していた。

 そのなかでリインだけがどことなく表情が硬く、何かを考えているようだった。

 

 

「どうしたんや、リイン? そんな顔をして」

「何かご飯の中にはいってたのか?」

 

 

 一時の後、リインは無言でご飯にかぶりついた。

 

 

「主、リインはどうしたんですか?」

「さぁ、さっきまでは普通やったけど?」

 

 

 リインを除く、女性たちが顔を見合わせてから彼女をみると、黙々と食べている。

 

 

「突然ですねぇ」

 

 

 彼女たちはリインの感情を理解できずにいた。食堂に着くまではいつも通りの明るい彼女だったにもかかわらず、ご飯を食べるときになってシャマルの言ったとおり突然表情が変わっている。

 リインは皿に盛ってあったものを全て平らげ、最後にティーで一気に流し込んでから、

 

 

「コタロウさん!」

 

 

 彼のほうを向いて大きな声を出した。

 コタロウを除く全員は突然の彼女の声の張り上げにびっくりする。

 

 

「はい。なんでしょうか、リインフォース・ツヴァイ曹長?」

 一方、向けられた相手は普段と変わらない寝ぼけ目のまま彼女のほうを向くと、彼女はふわりと飛んで、コタロウの正面に立った。

 

 

「どうして、私のことをリインフォース・ツヴァイ曹長と呼ぶのですか!」

『……?』

 

 

 今度はコタロウを含め首を傾げて、

 

 

「リインフォース・ツヴァイ曹長がリインフォース・ツヴァイ曹長であるからですが?」

 

 

 至極真っ当な答えを彼は返した。

 

 

「ど、どないしたんやリイン?」

 

 

 はやてが心底わからず、じっと彼女をみると、ぴくりとコタロウが反応する。

 

 

「わかりました。たしかにそうですね、申し訳ありません」

 

 

 どうやら、彼はわかったようであり、それを聞いてリインも表情をくずす。

 

 

「やっと、わかって頂けたですか」

 

 

 はい。とコタロウが応えるが、依然2人を除く人間たちはわからないでいた。

 

 

[シャマル、わかるか?]

[いえ、さっぱり]

 

 

 シャマルもわかっておらず、はやての疑問はさらに増した。

 

 

「失礼いたしました。リインフォース・ツヴァイ()曹長」

『……あ』

 

 

 コタロウの返答で逆に彼女たちはリインの言わんとしていることを理解した。

 その証拠に、みるみるうちにリインの表情が戻っていくのがわかる。

 

 

「……リインフォース・ツヴァイ空曹長?」

 

 

 彼でもリインの表情には気づいて、(いた)わるように話しかけた。

 

 

「あんな、コタロウさん」

「はい。なんでしょうか、八神二等陸佐?」

「それや、それ」

 

 

 コタロウは眉根を寄せる

 

 

「リインは、リインて呼ばれたいねん」

 

 

 彼女は腕を組んで頷く。

 

 

「しかし、それは以前お話したように――」

「コタロウさんの癖のようなものなんですよね。それはわかってるです。でも、もう2週間も経つんですよ? そろそろ慣れてきても良いはずです!」

 

 

 実際のところ局員として勤めている彼女ではあるが、どこかしら年齢の低いところがうかがえることができ、初対面の人や、あまり親しい人でなければコタロウのような呼び方でもかまわないが、デバイスの作成をしているシャリオの下にいる彼とは話す機会が少なくなく――コタロウの方から話したことはないが――彼はとげとげしいイメージも皆無であることから、どちらかというともうすこし親しくなりたいという人物になっていた。

 もちろん、それははやてやなのは、新人たちも同様であるが、リインと違って彼らは幾分年齢を重ねた大人に近い精神の持ち主である事と、彼が自分等より年上である事から諦めていた。あわよくば、そうなってほしいという程度に(とど)めているのだ。

 

 

「リイン、せめてリインフォースと呼んでほしいです!」

 

 

 彼女は『諦める前に訴える』という、時には良いほうに転ぶが局員であれば悪いほうに転ぶほうの多い、子どもっぽさを前面に出した。

 

 

「そういうことやね」

 

 

 状況的にはこれは有効であったが、

 

 

「それはできません」

 

 

 私は自分の性格は知っているつもりです。とすっぱりと断られると、リインは『う~』と唸り、

 

 

「呼んでください」

 

 

 もう一度訴えた。

 

 

「できません」

 

 

 もう一度断られる。

 

 

「コタロウちゃんと呼びますよ?」

「構いません」

 

 

 また唸る。

 

 

「呼んでください」

「できません」

「上官命令です。呼びなさい! です」

「それは公私混同していると思いますので、お断りします」

 

 

 このようなやり取りがどれくらい続いただろうか、リインの目尻に涙が溜まってきたあたりで、ヴィータがたまらず呟く。

 

 

「別にいいんじゃねェの? 呼んでやればいいじゃん」

「せやね。コタロウさん、すこし(かたく)な過ぎませんか?」

「リインちゃんもそう言っているみたいだし」

「構わないのではないか?」

 

 

 一様に、リインの意見を尊重した。

 

 

「リインはただ、もうすこしコタロウさんと親しくなりたいのです」

 

 

 彼女はもう少しで決壊しかねない目をコタロウに向け、素直に気持ちを述べる。

 コタロウはそのまま目をそらさず、

 

 

「例えそう呼んでも、空曹長と私が親しくなることはないのでは?」

 

 

 当たり前のように表情も変えず、言葉を吐いて首を傾げた。

 

 

「…………」

 

 

 彼女は一瞬ぽかんとした後、急に熱が冷めたように表情から感情がなくなり、

 

 

「コタロウさんなんて、キライです」

 

 

 そういい残して、リインははやてが持ち歩く移動型寝室にふよふよと力なく入っていった。

 

 

「……コイツ、最低だな」

「コタロウさん、いくらなんでもそらないで」

 

 

 シャマルとシグナムは無言で食事の続きをし始め、ヴィータは彼を自分の視界から追い出し、はやても、ぽんと寝室に軽く手を置いてコタロウを一瞥すると視線を落として同じように食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

「それは怒るだろ」

「そうなの?」

「当たり前だわ」

 

 

 コタロウは現在ジャニカ、ロビンと通信越し話している。

 

 

「まず、リインフォース・ツヴァイ空曹長の気分を害してしまったのは事実だから、謝りたいんだけど」

「そうだな、謝るのが先決だ」

「理由は何であれ、謝っておくのは大切ね」

 

 

 彼は横を向き、

 

 

「申し訳ありませんでした、リインフォース・ツヴァイ空曹長」

 

 

 ぺこりと頭を下げる。

 

 

「……何、隣にいるのか?」

「うん。いるけど」

「まさか、現場から?」

 

 

 こくりと頷く。

 コタロウがジャニカと通信をつないだのはそれから1分も経っていない。

 因みに、先ほどのコタロウの謝罪をしてもはやて、ヴォルケンリッターは何も言わず、無言に徹していた。

 

 

「ネコ、お前バカだろ」

「あなたらしいといえば、らしいのですが」

「相変わらず仕事時のお前の『いつも通り』には呆れを通り越して感心するわ」

「同感です」

 

 

 さすがに彼ら夫婦も、コタロウの態度には溜息しか出ないようである。

 

 

「いいか? 名前や愛称で呼ぶというのは捉え方によっては違うが、好感度を上げるものなんだよ」

「私が当初、どれだけ苦労したか……」

 

 

 詳細は割愛させていただくが、苦労したらしい。

 その間に、彼女たちは淡々と食事をすませ、食後のティーも飲まずに立ち上がり、

 

 

「それでは、コタロウさん」

「お疲れ様です。八神二等陸佐」

 

 

 形式的にはやては冷たく言葉を残して彼に背中を向けて歩き出し、彼も形式的な挨拶をする。

 

 

「……劣悪な環境にいるときはいるときで怒りはあったが、まさか六課のような優良な環境でトラブルが発生するとはな」

「ネコ、その丁寧な口調が物事を円滑に進ませないことがあるのですよ?」

 

 

 ジャニカは呆れ、ロビンは諭し、コタロウは眉根をよせて首を傾げる。

 

 

「なんだ、言いたいことがあるなら言ってみな」

 

 

 ひとまず彼は親友の意見を聞いてからフォローを考えることにした。

 

 

「そうすると、リインフォース、あるいはリインフォース・アインさんとお会いしたときに、区別することが出来ないと思うんだけど」

 

 

 はやてとヴォルケンリッターの歩みが止まり、くるりとコタロウの方を向く。

 

 

「……なんだって?」

「そうすると、リインフォース、あるいはリインフォース・アインさんとお会いしたときに、区別することが出来ないと思うんだけど」

 

 

 もう一度、一言一句同じ事を繰り返した。

 

 

「そうではなくて、理由を話せるかしら?」

 

 

(何故そのようなことを聞くのだろう?)

 

 

 依然としてコタロウは首を傾げたままだ。

 

 

「だって、リインフォース・ツヴァイ空曹長は(ツヴァイ)が付いているじゃない。つまり(アイン)がいるってことでしょ? リインフォース・ツヴァイ空曹長が誕生する過程で、作成者やそれに関わった人たちはそのアインさんの大事な部分やそうでない部分、思い入れや考え、良いところや悪いところとかを受け継いでいると思ってるんだけど。もちろんそれは全て当てはまらないかもしれないけど、(アイン)がいないと(ツヴァイ)なんて名前付けないと思う」

 

 

 違うのかなぁ。と口からこぼれると、目を瞑って唸る。

 

 

「……ネコは、その、(アイン)さんと区別が付かないから?」

 

 

 ロビンの問いに当然とばかりに頷く。

 

 

「他のやつらが、リインと呼んでるのに?」

 

 

「それはほかの皆さんがアインさんに会ったことがあるからでしょ?」

 

 

 通信先の2人は嘆息する。

 

 

 つまり、コタロウがわざわざリインフォースにツヴァイと付けるのは、まだ会ったことのない、母か兄か姉かも不明のリインフォース・アイン(初代)との見分けが付かなくなるために付けていたのだ。

 かつ他のみんながリインと呼んでいることに違和感を感じないのは、その初代との呼び分けが出来ているからと思ったらしい。

 もちろんコタロウは初代が既にいないという場合も考えていたが、例え『いなかった』としても『いた』という事実は変わらないと考える人間なので、他のみんなも同様であると考えていた。

 

 

「ジャン、あなたの書類の再観をしたいわ」

「おい、じゃあロビンのも出せ」

 

 

 いいわ。といって、ロビンは通信画面から消える。

 

 

「えと、ジャン、ロビン? 僕の悩み全然解決してないんだけど?」

「あァ? おい、ネコ。近くにまだリイン曹長はいるのか?」

 

 

 コタロウは少し視線をずらすと、そこにははやて、ヴォルケンリッターがこちらを注視していた。

 

 

「うん。いるけど」

「じゃあ、帰る間際にもう一度、『みなさん、お疲れ様です。私が理系的な思考の持ち主で申し訳ありません』とでも言えばいんじゃね? 書類が残ってるんだ、もう切るぞ、いいな」

「え、あの――」

 

 

 プツンと画面が閉じられた。

 コタロウは目を閉じて人差し指の第二間接で額をコツコツ叩いてから席を立ち、はやての持つ移動寝室に近寄って、

 

 

「みなさん、お疲れ様です。私が理系的な思考の持ち主で申し訳ありません」

 

 

 深々とお辞儀をして、はやて、ヴォルケンリッターより早く、食堂を後にした。

 

 

『…………』

 

 

 未だに彼女たちが彼を目線で追っているだけの行為を続けていると、移動寝室がふわりとはやての手から離れて最寄のテーブルにことりと着地すると、頭だけを出して、

 

 

「……コタロウさんってヘンは人ですぅ」

 

 

 目をこしこしこすりながら、不思議そうにコタロウの背中を目で追った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の早朝訓練前、コタロウは少し早く目が覚めてしまい――実質よく眠れていなかった――局支給の車を見ようとキーをとりに隊舎に入ると、ばったりはやてとリインに会う。

 

 

「おはようございます。八神二等陸佐、リインフォース・ツヴァイ空曹長」

 

 

 コタロウは例え、昨日のような状況に(おちい)ったとしても、自分はこれ以上の相手への挨拶の仕方を知らなかったため、これはこれで相手と付き合っていこうと、自分の口から出る言葉遣いをそのままに帽子を取って、頭を下げた。

 

 

「おはようございますです! コタロウさん」

「おはようさん」

 

 

 リインはコタロウの正面まで来て、元気に挨拶をした。

 

 

「申し訳ありません、昨日あれから考えたのですが……」

 

 

 昨日、宿舎に帰った後、コタロウはリインの態度について考えたが結局答えは見つからなかったらしいが、

 

 

「私には、お姉さんがいました」

 それは過去形であり、彼はすぐに察しが着く。

 

 

「ですので、リインフォースで区別が付かないということはありません」

「はぁ」

「なので、待つです! コタロウさんがそう呼んでくれるまで」

 

 

 なるべく早く、ですよ? と小首を傾げた後、にこりと微笑むはやてのところまで戻って、かつかつと鳴らす彼女の足音に付いていくリインをコタロウは目で追った。

 

 

(何か良いことでもあったのかな? なんにしても……ジャンの言った通りにすれば問題ないみたいだ)

 

 

 と結論付け、昨日のうちにメモしておいた『私が理系的な思考の持ち主で申し訳ありません』という言葉にアンダーラインを引いた。

 

 

 

 

 

 

 



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第7話 『お好きなほう』 Aパート

 

 

 

 

 感情が抑えられないとき、人間には大きく分けて2つ訴える方法がある。

 1つは目から(こぼ)れ落ちる涙。

 もう1つは口から発せられる声である。

 もちろん人間以外に方法はないのかというと、そのようなことは決してないし、これ以外に感情を表に出す方法は表情やその人の身体的特徴、行動等、無数に存在することは誰もが良く知っている。

 だが、彼女の場合は涙と声、あるいは涙か声で感情を表す方法しか知らなかった。

 それは当然である。

 何故なら彼女はまだ幼く、見てきたものや聞いたこと、学んだことや忘れたことが圧倒的に少ないのためだ。

 そして、ニンジンが嫌いということも彼女が学んだ少ない経験の1つである。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第7話 『お好きなほう』 Aパート

 

 

 

 

 

 

「はい! 整列!」

『はい!』

 

 

 なのはの号令とともに新人たちは整列し、少しでも早く体力を回復させようと息を吸っては吐いて、体の中に酸素を送り込む。

 訓練の激しさは彼らの服装の汚れを見れば一目でわかった。

 

 

「本日の早朝訓練ラスト1本! 皆、まだ頑張れる?」

『はい!』

 

 

 空中にいるなのはを見上げ、ゆっくりと呼吸を整えていく。

 

 

「じゃあ、射撃回避(シュートイベーション)をやるよ」

 

 

 彼女が構え、レイジングハートに呼びかけ意思を繋ぐと、足元に魔方陣が展開され無数の魔力弾が彼女の周りを守るように包む。

 呼吸の整った新人たちは教導官の指示に返事が出来るよう固唾を呑んだ。

 

 

「私の攻撃を5分間、被弾なしで回避しきるか、私にクリーンヒットを入れれば訓練終了(クリア)。誰か一人でも被弾したら、最初からやり直しだよ。頑張っていこう!」

 

 

 はい! と自分たちでスタートを切った。

 

 

「このボロボロ状態で、なのはさんの攻撃を5分間、(さば)ききる自信ある?」

「ない!」

 

 

 ティアナの確認にスバルは自信を持って言い切った。

 

 

「同じくです」

 

 

 エリオも(なら)う。

 

 

「じゃ、なんとか一発入れよう」

「はい!」

 

 

 全員の代わりのようにキャロが返事をした。

 先陣を切るのは前衛の2人はやる気充分と相手を見据えて構え、

 

 

「よし、行くよエリオ!」

「はい、スバルさん!」

 

 

 意志を固める。

 なのははゆっくりと腕を振り上げた。

 

 

「準備はOKだね。それじゃあ、レディ――」

 

 

 

 ゴー! という合図と共に腕を振り下ろすと、魔力弾が彼らに降り注いできた。

 現在、なのはに近いのはティアナとスバルである。新人たちの司令塔であるティアナは正面に注意を払いながら右後方に指示を出す。

 

 

「全員、絶対回避。2分以内で決めるわよ!」

 

 

 自らを奮い立たせるかのように大きく返事をすると、なのはの放った魔力弾が着弾した。

 全員が散開すると同時に粉塵が立ち上り、彼らにとっては煙幕に変わって僅かながら、相手をかく乱する。

 なのはが少し自分の視界を広げるために着弾地点から体1つ分距離をとると、背後に風を切り裂く音が聞こえた。

 振り向くと、スバルが使用する魔力で生成された空中路(ウィングロード)が彼女目掛けて()かれ、それを追うように彼女が右足を前、右肘を思い切り引きながら距離を詰めてくる。

 また、スバルを視界に入れると死角になる位置に、ティアナが魔力弾を放つタイミングを見計らっていた。

 

 

「アクセル」

 

 

 なのはは1人の位置を把握すると、それを視界から追い出し、合図と共にまだ残しておいだ魔力弾を2つ、1つはその死角に、もう1つは視界に入っている距離を詰めてくる少女に放つ。

 彼女たちに着弾するタイミングで姿が掻き消えた。

 

 

三次元影絵(シルエット)。やるね、ティアナ」

(残り少ない魔力を陽動に、ね)

 

 

 感心に浸る暇を空中路は許さない。

 

 

(上!)

 

 

 スバルは潜めていた姿を現し、拳を放つ構えで上空から滑空してきた。

 

 

「てェりァァ」

 

 

 彼女に対し正面を向くのに時間を割いたため、やむを得ず右掌(みぎてのひら)(かざ)し文字の刻まれた陣を張って受け止める。

 陣と拳が交わうと、互いの魔力がぶつかり合い、圧力がかかることによって陣は文字が見えなくなるほど光を増し、対象者を守護する。

 力が平衡するくらいに魔力を制御しているなのはは、彼女が自分に一心している隙を見逃さなかった。

 空中である一定の演算処理にて制御され、発動者(なのは)の指示を待機していた魔力弾は指示を受け、スバルに向かって加速する。

 それはちょうど彼女の左右から迫る形になり、気づいた彼女は重心を後ろにして相手との距離をとって、それを避ける。

 

 

「うん! いい反応」

 

 

 しかし、この距離のとり方は緊急回避ともいえるものであり、離れたとたんに自分の立身バランスを崩す。

 なんとか体勢を整えたスバルはなのはに背を向けて、振り向きもせず彼女から離れる。

 それは当然といえば当然だ。なにせ、先ほど避けた魔力弾が背後から追尾しているのだ。

 

 

[スバル! 馬鹿、危ないでしょ]

「ご、ごめん」

[待ってなさい。 今撃ち落とすから」

 

 

 彼女の念話に声を出して会話し、ティアナは形勢を立て直させるためにアンカーガン――銃口下部に魔力生成によるアンカー出力可能な銃――を構え狙いを定めてトリガーを引くが、ぽすんと魔力を弾かない金属の軽快な音が鳴って出力した魔力弾が雲散した。

 

 

「――えぇ!?」

 

 

 すぐに打ち落としてくれると思っていたスバルは、いつまで経っても――実際は5秒も経ってない――相手の手助けがこないので、切迫して、

 

 

「ティア~、援護~」

 

 

 このままでは訓練がやり直しになってしまうとばかりに助けを求める。

 

 

「この肝心なときに」

 

 

 魔力が漏れてしまった原因など究明している場合ではないとばかりに、急いで使用済みの薬莢(やっきょう)を抜いて交換する。

 再度構えて彼女の援護のために魔力弾を射出した。

 

 

「来た!」

 

 

 スバルを追尾している魔力弾にティアナの放った魔力弾が追いつくと、魔力同士が干渉するのか追尾の精度が目に見えて落ち、彼女は大きく跳躍することによって回避することができた。

 

 

(すこし遅れたけど、フォローも、まぁ及第点かな)

 

 

 なのははティアナの放った魔力弾がゆっくりとこちらに進路を変えてくるのを見て、着弾地点を予測する。

 その間、キャロとエリオはスバルとティアナが作り出した彼女の隙を利用して、ティアナがいずれ出す合図にいつでも応えることができるように身構えた。

 

 

「我が請うは疾風の翼」

 

 

 キャロは眼を閉じて、魔力を手の甲にあるデバイスに集める。

 

 

「若き槍騎士に駆け抜ける力を!」

<加速度後援!>

 

 

 腕を右から左へ振りぬいて彼に支援魔法をかけると、受信した彼の槍型デバイスは彼女の魔力色である桃色を帯びて光を増し、同時に、地面に展開しているエリオの魔法陣も力強さが増して行くのがティアナの位置からでもよく分かった。

 槍の首から勢いよく魔力が噴射され、制御が困難なように見える。

 

 

「あの、かなり加速がついちゃうから、気をつけて!」

「大丈夫! スピードだけが取り柄だから」

 

 

 行くよ、ストラーダ! エリオの声に呼応するように、ぐんと魔力噴射の勢いが増す。 一方なのははティアナが放った魔力弾をしっかり注視しながら避けていた。

 

 

(疲労してくると目に見えて精度落ちるなぁ……!?)

 

 

 上空からフリードが彼女に向かって火球(ブラストフレア)を2発打ち出し、なのはは一瞬(ひる)むが

 

 

(一発に対するラグは少なくなったけど、まだ私を狙うことはできないかな?)

 

 

 数日前までは火球1つ放つのに時間を要していた彼の攻撃は、まだ彼女を狙うまでは到達しておらず、彼女に向かって攻撃をしているようで、かわすのは容易(たやす)かった。

 

 

(と、これで何とか追い込んだことになる、よね?)

 

 

 本当であれば『追い込まれた』という表現が正しいのであるが、なのはは視点を新人たちのほうで見ているため、この表現が正しい。

 実際、正面には準備していたかのようにエリオがこちらに向かって構えていた。

 

 

「エリオ、今!」

 

 

 ティアナの合図でエリオは重心を後ろに右手を引いて、全身のバネを利かせながら槍と共になのはに()き込んだ。

 

 

「いっけぇぇ!!」

 

 

(うん。速さは申し分なし。充分!)

 

 

 彼女は正面から彼の攻撃を受ける。

 威力は衝突した瞬間の爆煙が物語っていた。

 その煙の中からはじき出されたのはエリオで、

 

 

「エリオ!」

「はずした!?」

 

 

 スバルとティアナが気遣うなか、何とか彼は着地は成功するが、勢いを依然いなせないでいた。

 濛々(もうもう)とする爆煙はすぐに雲散し、なのはが何事もなかったかのようにその中央にいる。

 

 

<ミッションコンプリート>

「おみごと! ミッションコンプリート」

「本当ですか!?」

 

 

 エリオは確かに感触はあったが、それはなのはの展開するバリアであったことを接触する瞬間に確認している。

 

 

「ほら、ちゃんとバリアを抜いてジャケットまで届いたよ」

 

 

 彼女が要求した『私にクリーンヒット』は胸元にできた小さな接触跡でも満たしていたようだ。

 新人たちはそれを聞いて、とたんに顔をほころばせ力が抜ける。

 

 

「じゃ、今朝はここまで。一旦集合しよう」

『はい』

 

 

 彼女の号令の元、集合し、なのははバリアジャケットを解いて制服に戻り、レイジングハートを首にかけた。

 

 

「さて、皆もチーム戦にだいぶ慣れてきたね」

『ありがとうございます!』

「ティアナの指揮も筋が通ってきたよ。指揮官訓練受けてみる?」

「いえ、あの、戦闘訓練だけで一杯々々です」

 

 

 なのはの提案にティアナは(かぶり)を振って断っているのをみてスバルが微笑み、皆が歓談する。

 そのなか、フリードだけが何かを感じ、『原因はなんだろうか?』 とあたりを見回していた。

 

 

「ん? フリード、どうしたの?」

「なんか、焦げ臭いような……」

 

 

 キャロが不思議がっていると、エリオも先ほどの爆煙とは違うにおいに不思議がる。

 

 

「あ、スバル、あんたのローラー!」

「へ?」

 

 

 ティアナの指摘でスバルが自分の足元を見ると、そのローラーブーツからプスプスと黒い煙が立ち(のぼ)っていた。

 

 

「うわ、やばっ」

 

 

 あちゃ~。とすぐに脱いで抱き上げる。

 

 

「しまったぁ。無茶させちゃったぁ」

「オーバーヒー……」

 

 

 

 

 ――なぜですか? ――

 ――耐久率の問題ですね。ナカジマ二等陸士は攻撃時は前傾姿勢、防御時は後屈姿勢、走行時は平行姿勢と、立ち方をそれぞれ変えています。あれでは間接部の衝撃はかなりのものでしょう。もっとも、壊れるのはそこからではなく、その箇所の磨耗によって全体のバランスが崩れ、全体の耐久率の低下に伴う故障になるかと思いますが――

 

 

 

 

 なのはが言葉をとめたことで、新人たちもかつての彼の言葉を思い出した。

 当日はジャニカ二佐、ロビン二佐が来たこと、コタロウの腕がなかったことといろいろあったが、覚えている。すぐ後の練習から意識するように努めていたが、疲労からすぐに忘れてしまっていた。

 

 

「コタロウさん」

 

 

 なのはが通信画面でアクセスを取ると向こうから寝不足なのかいつもよりぼけっとした目をした男が映し出される。

 

 

「はい」

「スバルのローラーを()てもらいたいんですが」

「わかりました」

 

 

 通信画面が閉じると、ひょこりと廃墟ビルから顔を出し飛び降りる。

 初めの頃は驚いたが、彼らにとってはおなじみの行動であった。

 コタロウは空中で『傘』をぱさりと開いてふよふよと降りてくる。

 

 

『あれ、(また)やってみたいなぁ』

 

 

 スバル筆頭にエリオ、キャロがやったのは余談であり、なのはやティアナがやってみたいのも、また余談である。

 

 

「先ほどの射撃回避訓練開始50.43秒後の回避行動で限界がきましたね」

『(コンマ何秒までわかってるんだ)』

 

 

 以前から分かっていることであるが、コタロウは自分からめったに話題を振らない人間であり、自分所持のものに関しては依頼が来るまで修理することはない。

 もちろん機械を修理するものとして初めに『毎回私がメンテナンスいたしましょうか?』 という質問をしたが、ここにいる全員が『できることであれば自分でメンテナンスしたいです』と答えたため、それ以降デバイスにおいて何かを自ら申し出ることはなかった。

 デバイスは自分が文字通り身に着けるため、愛着がわき、自分でメンテナンスを施すのだが、今回に限ってはそれでは対応しかねた。

 

 

「よろしくお願いします」

「分かりました」

「ティアナのアンカーガンも結構厳しい?」

「あ、はい。だましだましです。コタロウさん、スバルの後で構わないのでお願いできますか?」

「構いません」

 

 

 訓練をはじめて2週間。両名のデバイスは既に薄氷の道のごとくいつ限界が来てもおかしくない状態にあり、スバルは既に限界が来てしまったようだ。

 

 

「みんな、訓練にも慣れてきたし、そろそろ実践用の新デバイスに切り替えかなぁ?」

「新――」

「デバイス?」

 

 

 なのはのつぶやきに、スバルとティアナが小首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「じゃ、一旦寮でシャワー使って、着替えてロビーに集まろうか」

『はい』

 

 

 スバルは訓練場を出てから両足のローラーブーツをコタロウに渡し、全員それぞれ隊舎と寮に戻るために足を運んでいた。

 

 

「――あれ? あの車って」

 

 

 

 ふと、視界に黒塗りの乗用車が入ると、それは自分たちの近くで停まり、ウィンドウが開いた。

 

 

「フェイトさん、八神部隊長」

 

 

 名前をあげた2人は軽く会釈をする。

 

 

「すごーい。これ、フェイト隊長の車だったんですか?」

 

 

 全員がその車に駆け寄って、その納車したばかりのようなツヤのある車に感嘆する。

 

 

「そうだよ。地上での移動手段なんだ」

「みんな、練習のほうはどないや?」

「頑張ってます」

 

 

 はやての率直な質問にスバルは苦笑いしかできず、ティアナが簡単に受け答えした。

 フェイトは心配そうに2人の男の子と女の子をみて、

 

 

「エリオ、キャロごめんね。私は2人の隊長なのに、あんまり見てあげられなくて」

「あ、いえ――」

「大丈夫です」

 

 

 2人は心配かけまいと(かぶり)を振る。

 

 

「4人ともいい感じで慣れてきてるよ。いつ出動があっても大丈夫」

「そうか? それは頼もしいなぁ」

 

 

 はやてはなのはの報告に1つも疑うことはないので素直に感想を漏らした。

 

 

「2人はどこかにお出かけ?」

「ちょっと六番ポートまで」

「協会本部でカリムと会談や。夕方には戻るよ」

「私は昼前には戻るから、お昼はみんなで一緒に食べようか」

『はい!』

 

 

 それじゃあ。とフェイトは前を向いてアクセルを踏もうとするが、正面で起こっている行動にぱちくりと眼を大きく(しばた)いた。

 

 

「フェイトちゃん、どないしたん?」

「はやて、あれ」

 

 

 はやてと共につられて、なのは、新人たちもフェイトが指差す方向に視線を向かわせる。

 

 

「予測どおりに全体の耐久率の低下による損傷。理論値を30日と設定していたけど、誤差はおよそ半分。誤差率は大きいが、閾値(しきいち)を高めに設定しているので、範囲内かな。成長率は今の訓練メニューで予測可能だけど、新デバイスとそれに応じた訓練云々……」

 

 

 とその場でメンテナンスを開始していた。

 

 

『(うわぁ)』

 

 

 はっきりいってその光景はフェイトたちや新人たちは見たことがなかった。それは別に自分がメカニックの行うメンテナンスを見たことがないからではない。

 光景が異様だったのだ。

 つい先ほど、なのは及び新人たちは自分たちの背後でコタロウが何かぼそりとつぶやいていたが、気にも留めてなかった。

 彼はこういったのだ。『傘、リトルMR(メンテナンスルーム)』と。

 今、いつもコタロウが左腰に差していた傘は彼の鳩尾(みぞおち)拳2つほど下に水平に差され、テーブルのようになっており、先端の角(石突)は下がっているのか存在せず、スバルのローラーブーツはその上に片方だけほとんど分解されたかたちで横になっている。

 傘の『露先』はワイヤーのように伸びていた。

 彼は素早く右腰にある小さなバックに手を入れると、そこから交換部品と工具を出し交換していく。その速さはいつも見せるキータッチの比ではなかった。

 

 

「傘、ボード」

 

 

 そういうと、『露先』が片掌(かたてのひら)くらいのボードに形成され、コタロウはその上にローラー部の金具をおくと、ハンマーを取り出し、思い切り叩く。

 しかし、傘は半球状にデスクを囲っており、それが音をある程度吸収するのか、耳を塞いでしまうほどではなく、静かである。

 

 

「フレームがしっかりしているからか総じてテンプレートも問題なく、(ゆが)みも無し。傘、研磨布紙」

 

 

 今度は別の露先から『回転やすり』が形成され、コタロウはローラー部を研磨していく。

 ローラーの数だけ研磨すると、それを元に戻し、ローラーブーツを構築すると「ぷふぅ」と息を吐いた。

 

 

「両足、終わり」

『(……両足?)』

 

 

 彼らが初めに視線をコタロウに向ける前にもう片方は終わっていたようである。

 

 

「ナカジマ二等陸士」

「は、はい」

 

 

 現在、彼とスバルの距離は20メートルほどある。

 

 

「こちらを向いて(かが)み、手を出していただいてもよろしいですか? 最後に蛇行を確認しますので」

「は、はぁ。……へ?」

 

 

 ぱちんと傘を閉じて左腰に差し、彼は足元においたブーツをもって振り子のように腕を振って、静かにローラーブーツを手放した。

 すると、その片方のブーツは音もなく転がりだしスバルに向かって一直線に進んでいく。

 

 

「…………」

 

 

 ブーツは彼が手放したときの力以外は何も外力は加わっておらず、惰力で進み、ちょうど彼女の腕の中に入ったところでぽてりと横たわった。

 もう一方のローラーブーツを肩掛けバックから取り出し、同様に手放すと、これまた先ほどのローラーブーツと同じ軌跡を辿(たど)ってぽてりと横たわる。

 

 

「蛇行もなし。と」

 

 

 ナカジマ二等陸士、調整完了です。とコタロウはふわっとあくびをして、こしこし眼をこすりながらスバルに近づき肩掛けカバンを返した。

 

 

「あ、ありがとうございま、す」

「いえ。これが私の仕事ですから。あ、八神二等陸佐、テスタロッサ・ハラオウン執務官、おはようございます」

『お、おはようございます』

 

 

 コタロウは相手の表情から何を考えているかを想像するのが大変苦手であり、分かるのは『笑っている表情』や『泣きそうな表情』等、表情そのものだけである。

 全員の驚いた表情をコタロウは不思議がることしかできなかった。

 

 

『(……これが、機械士(マシナリー)の実力)』

 

 

 何よりも彼らが驚いたのは、先ほどの作業を全て『片手』で行ったことである。

 

 

「お好きなほうで構いませんが、ランスター二等陸士のアンカーガンは今直しましょうか? それとも、着替えてからにしますか?』

 

 

 

 

 



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第8話 『お好きなほう』 Bパート

 

 

 

 

 人間や動物が前に進むためにはある種共通的なものが何点か存在する。

 1つは重心を前に倒し、歩くこと。これは走るも同様のことである。

 もう1つは低く(かが)み込み、前述と同様に重心を前に倒しながら、思い切り跳躍すること。1度大きく屈んで小さくなるということは大変重要なことだ。

 では、その動き出す根源無しに切欠(きっかけ)はどうか。

 多くの人間は考えた末、2つの方法が前に進む切欠の大半を占めるという考えに至るだろう。

 それは、外力が加えられるか、そうでないかである。

 外力というのは何も物理的なものだけでなく、精神的なものも1つの要素であることはほとんどの人間が知っている事実だ。

 例えば、『押される』、『引かれる』、『進め』または『行け』等があげられる。

 もちろん『来ていただけませんか?』と誘われる事だってあるだろう。

 それは感情表現と同じように無数に存在するということに収束したい。

 そして、そうでないものとは実に素直で1つしかない。

 『自分の意志』である。これは揺ぎ無く、確固としている。途中で曲がってしまっても、曲がる前は揺らいでいないはずだ。

 では、これらは『2極化されるのか?』 であるが、そのようなことはありえない。

 外力の助けによっていずれ『自分の意志』となる『自分の意思』というものも存在するのだ。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第8話 『お好きなほう』 Bパート

 

 

 

 

 

 

「昨日、そんなことがあったんだ」

「うん。間違(まちご)うてることは何一つ言うてへんのやけど、なんかヘンやねん」

 

 

 フェイトが運転する車の中、先ほどコタロウが行った修理を()の当たりにしてから、昨日の『リインにツヴァイをつける理由(わけ)』の(くだり)を話しているようだ。

 

 

アイン(リインフォース)がいるからツヴァイ(リインフォース・ツヴァイ)がいる。かぁ」

「なんや、リインフォースに()うたことあるのは10年前のメンバーだけやのに、会うたことない他人(コタロウさん)にもリインフォースがいるって知って、正直嬉しかったんよ」

 

 

 助手席に座っているはやてはふとドアウィンドウに視線を送り目を細める。

 10年経った今でも、彼女の心の中では色あせることなく当時の情景が窓の外にぼんやりと移る。

 

 

「その2年後にリインが生まれて……っと、ごめんな。しんみりさせてもうて」

「ううん。あの時は、私やなのは、関わった人たち全員にとって大事な時間なんだから、気にしないで」

「……うん」

 

 

 あの時は。とフェイトも当時の嬉しかったこと、悲しかったことを思い出しそうになり、小さく頭を振って自分の中の『しんみり』を追い出し、話題を変えることにした。

 

 

「聖王教会騎士団の魔導騎士で管理局本局の理事官、カリム・グラシアさん、だっけ? 私はお会いしたことないんだけど……」

「ん、あ、あー、そやったねぇ。私が教会騎士団に派遣で呼ばれたのが切欠だったんよ」

 

 

 リインが生まれたばっかのはずやから、8年くらい前やね。と彼女も現実に帰ってきた。

 

 

「カリムと私は信じてるものも、立場も、やるべきことも全然ちゃうんやけど、今回は2人の目的が一致したから。そもそも、六課の立ち上げ、実質的な部分をやってくれたんはほとんどカリムなんよ?」

 

 

 フェイトは相槌を打つ。

 

 

「おかげで私は人材集めに集中できた」

 

 

 さもカリムのことを自分であるかのようにはやては胸を張って自慢する。

 

 

「信頼できる上司。って感じ?」

「んー。お姉ちゃんって感じやね。仕事や能力はすごいんやけど、あんまり上司って感じはせぇへんのよ」

 

 

 それを聞いてフェイトははやての表現から、『本当にそんな人なんだろうな』と思いながらふふっと笑った。

 

 

「まぁ、レリック事件が一段落したらちゃんと紹介するよ」

 

 

 きっと気が合うと思うよ、フェイトちゃんもなのはちゃんも。とはやても笑顔で返すと、

 

 

「うん、楽しみしてる」

 

 

 そう言いながらフェイトはじわりとアクセルを踏んでゆっくりと加速していった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、ガジェット……新型?」

 

 

 カリムと会ってしばらく歓談を済ませた後、彼女は部屋を暗幕を引いて、空間モニタにいくつか資料を見せた時、はやてはその中の1つに、見たことのないガジェットと思われる機体に注目がいく。

 

 

「今までのⅠ型以外に新しいのが2種類、戦闘性能はまだ不明だけど、これ――」

 

 

 彼女はさらに、1つのモニタの画面を大きくしてはやてを促す。

 

 

「Ⅲ型はわりと大型ね。本局には正式報告はしていないわ。監査役のクロノ提督にはさわりだけお伝えしたんだけど」

 

 

 対象となる機体サイズの対比として一般人のシルエットを隣に出し、その機体サイズが人の身長を約1.5倍位であることがわかり、円形のためか会えばさらに大きいことが(うかが)えそうだ。

 はやてはカリムの話を聞きながらもう1つ別のものに注目した。

 

 

「これが今日の本題。一昨日付けでミッドチルダに運び込まれた不審貨物」

「レリックやね」

「その可能性が高いわ。Ⅱ型とⅢ型が発見されたのも昨日からだし」

「ガジェットたちがレリックを見つけるまでの予想時間は?」

「調査では早ければ今日明日」

 

 

 そこではやてはあごに手をやって考え込む。

 

 

「せやけど、おかしいな。レリックが出てくるのがちょい早いような……」

「だから会って話したかったの。これをどう判断すべきか、どう動くべきか」

 

 

 カリムの表情からもその言葉どおりに迷っているのが彼女の横顔から判断できた。

 

 

「レリック事件も、その後に起こるはずの事件も、対処を失敗するわけにはいかないもの」

 

 

 彼女が悩みだすと、深く、深く考えてしまうことをよく知っていたはやては、ボタンをたたいて、画面を閉じ暗幕を解き、

 

 

「……はやて?」

「まぁ、何があっても、きっと大丈夫。カリムが力を貸してくれたおかげで、部隊はもういつでも動かせる。即戦力の隊長たちはもちろん、新人フォワードたちも実践可能。予想外の緊急事態にもちゃんと対応できる下地(したじ)ができてる。そやから、大丈夫!」

 

 

 カリムの悩みを払拭させた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替え終了後――コタロウはシャワー室への移動中にアンカーガンの修理を済ませていた――新デバイスの紹介をおこなう予定だが、なのははすこし遅れるということで、途中ヴィータにも会ったこともあり、彼女が新人たちをラボまで連れて行くことになった。機械士(マシナリー)は最後尾を先ほどよりもさらに眠そうに付いてきていた。

 

 

「お前ェ等、新デバイスの説明しっかり聞いとけよォ」

 

 

 ヴィータがラボのドアを開けて、シャリオに挨拶すると新人たちはすぐに4つのデバイスに目がいった。

 

 

「これが――」

「私たちの――」

 

 

 新デバイス、ですか? と2人は感嘆で言葉を詰まらせる。

 

 

「そうでーす。設計主任私! 協力なのはさん、フェイトさん、レイジングハートさん、リイン曹長、コタロウさん」

 

 

 シャリオは出来上がったのをまるで自分のもののように大手を振って喜んで説明する。

 

「ストラーダとケリュケイオンは変化なし、かな?」

「うん、そうなのかな?」

「ちがいまーす! 変化無しは外見だけですよ?」

「リインさん」

 

 

 エリオとキャロが彼女に気がつくと、リインは元気に挨拶した。

 

 

「2人はちゃんとしたデバイスの使用経験がなかったですから、感触になれてもらうために、基礎フレームと最低限の機能だけでお渡ししていたのです」

「あれで最低限!?」

「本当に!?」

 

 

 リインの説明に2人は大きく目を見開く。

 

 

「皆が使うことになる4機は六課の前戦メンバーとメカニックスタッフが技術と経験の(すい)を集めて完成させた最新型。部隊の目的にあわせて、そして、みんなの個性に合わせて作られた文句なしに最高の機体です」

 

 

 彼女は自分の周りにその4機を集めて、

 

 

「この()たちは皆、まだ生まれたばかりですが、いろんな人の思いや願いが込められてて、いっぱい時間をかけてやっと完成したです」

 

 

 4人それぞれの手元に移動させる。

 

 

「ただの道具や武器と思わないで、大切に。だけど、性能の限界まで思い切り全開で使ってあげてほしいです」

「……この()たちもね、きっとそれを望んでるから」

 

 

 シャリオも作成者としてそれを願っているようだ。

 

 

[……なぁ、リイン]

[なんです、ヴィータちゃん? 念話なんかで]

 

 

 皆が機体に親しみを込めたり、少々考えることがあったりとそれぞれ見つめているなか、ヴィータが念話でリインに話しかける。

 

 

[その『いろんな人』っていうのはコイツも入ってるのか?]

 

 

 彼女はみんなの邪魔にならないよう、部屋の(すみ)でふわっとあくびをしているコタロウに視線を送った。

 はっきりいって、(にら)むに近い。しかし、ヴィータが思うのも無理はなかった。彼は終始眠そうであくびをしたり、目をこすったりと不真面目に見えることこの上なしなのである。

 

 

[ま、まぁ、協力といってもデータ収集がメインでしたけど、立派な協力者です」

[ふぅん。昨日のリインフォースの件もあったが、つかみどころが無ェヤツだな]

[それは、私も同じですぅ]

 

 

 また、彼はあくびをする。

 

 

[なぁ。一発、渇入れてもいいか?]

[そ、それは……]

 

 

 リインが頬を掻き、ヴィータが彼に近づこうとしたときにドアが開いた。

 

 

「ごめんごめん。おまたせ」

「あ、なのはさーん」

 

 

 突然の話題の切り替えにもってこいとばかりに、リインは彼女に近づく。

 

 

「ナイスタイミングです」

 

 

 シャリオは念話で聞いていないはずなのに、言葉は彼女たちにぴったりであった。

 

 

「ちょうどこれから機能説明をしようかと」

「そう。もうすぐに使える状態なんだよね」

「はい!」

 

 

 リインの言葉に合わせるように、シャリオは端末画面を開く。

 

 

「まず、その機たちみんな、何段階に分けて出力リミッターをかけてるのね。一番最初の段階だと、そんなにびっくりする程のパワーが出るわけじゃないから。まずはそれで扱いを覚えていって――」

「で、各自が今の出力を扱いきれるようになったら、私やフェイト隊長、リインやシャーリーの判断で解除していくから――」

「ちょうど、一緒にレベルアップしていくような感じですね」

 

 

 その説明を受け、ふと気づいたようにティアナがすこし視線を上げる。

 

 

「出力リミッターというと、なのはさんたちにもかかってますよね?」

「あぁ、私たちはデバイスだけじゃなくて、本人にもだけどね」

 

 

 新人たちが驚き、コタロウは舟をこぎ、ヴィータは片眉を吊り上げる。

 

 

「能力限定って言ってね。うちの隊長と副隊長はみんなだよ。私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長とシグナム副隊長」

 

 

「はやてちゃんもですね」

 

 

 うん。となのはは頷き、『なんで、わざわざリミッターなんてかけるんだろうか?』 と新人たち数名は首を傾げた。

 

 

「ほら。部隊ごとに保有できる魔導師ランクの総計規模って決まってるじゃない?」

 

 

 話す相手に知っているように話しかけるが、スバルとキャロは苦笑いして頷く。

 

 

「1つの部隊でたくさんの優秀な魔導師を保有したい場合は、そこうまくおさまるよう、魔力の出力リミッターをかけるですよ?」

「まぁ、裏技っちゃあ、裏技なんだけどねぇ」

「うちの場合だと、はやて隊長が(フォー)ランクダウンで隊長たちは大体(ツー)ランクダウンかな?」

 

 

 なのはは指折り説明する。

 

 

「4つ!? 八神部隊長ってSS(ダブルエス)ランクのはずだから――」

「Aランクまで落としてるんですか?」

「はやてちゃんもいろいろ苦労してるです……」

「なのはさんは?」

「私はもともと(エス)クラスだったから、2.5ランクダウンでAA(ダブルエー)。だからもうすぐ1人でみんなの相手をするのは(つら)くなってくるかなぁ」

「隊長さんたちははやてちゃんの。はやてちゃんは直接の上司のカリムさんか、部隊の監査役クロノ提督の許可がないと、リミッター解除できないですし、許可は滅多(めった)なことでは出せないそうです」

 

 

 リインが肩を落とすのに応じて、新人たちも肩を落とす。

 

 

「まぁ、隊長たちの話は心の片隅くらいでいいよ。今は皆のデバイスのこと」

 

 

 なのはが話題を元に戻し、シャリオは端末に触れた。

 

 

「新型も皆の訓練データを基準に調整してるから、いきなり使っても違和感は無いと思うんだけどね」

「午後の訓練のときにでもテストして、微調整しようか」

「遠隔調整もできますから、手間はほとんどかからないと思いますよ?」

 

 

 それを聞いて、なのはは嘆息する。

 

 

「便利だよねぇ、最近は」

「便利ですぅ」

 

 

 便利という言葉にシャリオは思い出したようにスバルのほうを向いた。

 

 

「スバルのほうはリボルバーナックルとのシンクロ機能もうまく設定できてるからね」

「本当ですか!?」

「持ち運びがラクになるように収納と瞬間装着の機能もつけといた」

 

 

 それもまた便利だというようにスバルは感嘆し、彼女にお礼を言う。

 デバイスの一通りの説明が終わったところで、コタロウは説明開始から3回目のあくびをすると、ヴィータの彼に対する視線は片眉のつり上がりから睨みに変わった。

 

 

「おい、お前!」

「はい。なんでしょうか、ヴィータ三等空尉?」

 

 

 遅れてきたなのはを含め新人たちはヴィータの性格上、怒るのも無理はないと思っていた。

 今日のコタロウはいつも半目開きの寝ぼけ目がより一層閉じていて、傍目(はため)からみても眠そうなのは一目瞭然で、なのはやスバルが聞くと、彼は正直に『昨日はよく眠れなかったので』と、答えた。

 しかし、だれも心配や注意をしなかったのはその様な状態でも彼はミスすることなく、作業をこなしていたからである。その代表的な例が先ほどのスバルのローラーブーツとティアナのアンカーガンで、どちらも2週間前の状態に戻っていた。いや、なぜかその時より使いやすくなっていると彼女たちは動作確認することによりそれぞれ感じていた。

 

 

「お前のデバイスじゃねェから関係無ェかもしんねェけど。しっかり聞いとけ!」

 

 

 一気に場が気まずくなる。

 

 

「リイン、やっぱりちょっと言わせろ。 コイツ、不真面目すぎるだろう」

 

 

 昨日のこととは別だ。といわんばかりにコタロウに睨みをきかせるが、コタロウは特におびえるということはせず、逆に新人たちが肩をすくめた。

 

 

「……しっかりとお話は聞いていましたが、不真面目とはどういうことでしょうか?」

 

 

 表情を変えずに返答する彼に、ヴィータは言葉を無くす。

 

 

[ティア。えっと、コタロウさんって、ヴィータ副隊長怒らせようとしてるのかな?]

[わからないわよ。私に聞いたって]

 

 

 彼女たちは横目で目を合わせて念話すると、

 

 

[でも、コタロウさんってそんなことするような人には見えないんですが……]

[うん]

 

 

 エリオとキャロにもとばしていたらしく会話に参加する。ここ2週間彼と一緒にいて、そのような人間ではないことは明確であった。

 

 

「どういうことでしょうかァ? どう見ても(うつつ)だっただろうが! しっかり聞いていたんだったら、さっきのシャリオの説明もう一回やってみろ!」

 

 

 声を大にして命令すると、

 

 

「ヴィータちゃん、落ち着こう?」

「そうですぅ。新人さんたちが怯えているです」

 

 

 なのはとリインが彼女を(なだ)めたが、(むし)ろ彼女たちに飛び火した。

 

 

「なのはもなのはだぞ。こいつにしっかり注意を――」

 

 

 その時である。

 

 

「『そうでーす。設計主任私。 協力なのはさん、フェイトさん、レイジングハートさん、リイン曹長、コタロウさん』」

 

 

 コタロウを除くこの場にいる全員の頭に疑問符がでた。

 

 

「『……この機たちもね、きっとそれを望んでるから』

 『ナイスタイミングです』」

 

 

 一瞬、何を言い出すのかと思ったが、すぐに全員の疑問符が感嘆符になる。

 

 

「『ちょうどこれから機能説明をしようかと』

 『まず、その機たちみんな、何段階に分けて出力リミッターをかけてるのね。一番最初の段階だと、そんなにびっくりする程のパワーが出るわけじゃないから。まずはそれで扱いを覚えていって――』

 すみません、説明上高町一等空尉、リインフォース・ツヴァイ空曹長の言葉も入れさせていただきます。

 『で、各自が今の出力を扱いきれるようになったら、私やフェイト隊長、リインやシャーリーの判断で解除していくから――』

 『ちょうど、一緒にレベルアップしていくような感じですね』」

 

 

『(……これ、さっきの会話だ)』

 

 

 コタロウの口から出てきたのは、先ほどの説明云々ではなく会話そのものを復唱し始めたのだ。それは特に本人に似せているわけではなく、言葉だけであるが。

 

 

「おい、おま――」

「『ほら。部隊ごとに保有できる魔導師ランクの総計規模って決まってるじゃない?』」

 

 彼の復唱は止まらない。

 

 

「前後関係上、またリインフォース空曹長の発言を入れさせていただきます。

 『1つの部隊でたくさんの優秀な魔導師を保有したい場合は、そこうまくおさまるよう、魔力の出力リミッターをかけるですよ?』

 『まぁ、裏技っちゃあ、裏技なんだけどねぇ』」

「やめ――」

「『新型も皆の訓練データを基準に調整してるから、いきなり使っても違和感は無いと思うんだけどね』」

「や、やめろォーーー!!」

「『遠隔調整もでき……はい」

 

 

 コタロウはヴィータに目線を合わせるため、復唱をとめるとあごをすこしひく。

 

 

「……あの、私どこか間違えていましたでしょうか?」

 

 

 突然止められたことを不思議に思い首を傾げる。

 

 

「あ、あの、そうではなくてですね。コタロウさん、さっきの会話覚えてるんですか?」

 

 

 すこし肩で呼吸をしているヴィータの代わりにリインが質問すると、

 

 

「はい。そのつもりでした。ヴィータ三等空尉が『しっかり聞いとけよ』と(おっしゃ)っていましたので」

 

 

 間違えていましたか。と、息をつく。

 

 

「えと、ヴィータちゃんがそう言ったから覚えたということですか?」

 

 

 こくりと頷く彼が、ヴィータの初めの発言を真似ないところをみると、どうやら彼女の発言は覚えておらず、本当に彼女が『言ってから』覚え始めたらしい。

 

 

「ヴィータ三等空尉」

 

 

 コタロウはふっと顔を上げてヴィータへ向き直り、

 

 

「よろしければ、どのあたりが間違えていたのか教えていただきたいのですが?」

「…………」

 

 

 聞かれた彼女は押し黙った。

 

 

[おい、なのは]

[な、何、ヴィータちゃん?]

[コイツ、いつもこんななのか?]

[うーん。こんな感じ、かな? 態度、発言はともかく、不真面目じゃないの。むしろすんごい真面目なの]

 

 

 彼の発言で場の空気がまた変化しはじめたときであった。

 画面の表示が赤く表示されると同時に警報(アラート)が部屋に鳴り響く。

 

 

「このアラートって――」

「一級警戒態勢?」

 

 

 すぐになのはが反応する。

 

 

「グリフィス君!」

 

 

 彼女が画面に話しかけると、すぐに相手にアクセスし、画面の向こうにグリフィスが現れ、

 

 

「はい。教会本部から出動要請です!」

 

 

 その横の画面にはやてと通信がつながる。

 

 

「グリフィスか? こちらはやて。教会騎士団の調査部で追ってたレリックらしきものが見つかった。場所はエーリム山岳丘陵地区。対象は山岳リニアレールで移動中」

 

 

「……まさか」

「そのまさかや。内部に侵入したガジェットのせいで、車両の制御が奪われてる。リニアレール車内のガジェットは最低でも30体。大型や飛行型も未確認タイプも出てるかもしれへん。いきなりハードな初出動や。なのはちゃん、フェイトちゃん、いけるか?」

 

 

 どうやら、フェイトにも通信はつながっているらしい。

 

 

「私はいつでも」

 

 

 彼女の音声だけが聞こえてきた。

 

 

「私も」

 

 

 それになのも同意する。

 

 

「スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。皆も大丈夫(オッケー)か?」

『はい!』

「よし。いいお返事や。シフトはA-3、グリフィス君は隊舎での指揮。リインは現場管制」

『はい』

「ヴィータは隊舎で待機できるか?」

「おう! 2次の緊急時はまかせとけ!」

「なのはちゃん、フェイトちゃんは現場指揮」

「うん!」

「ほんなら――」

 

 

 はやては自らも奮い立たせるために立ち上がる。

 

 

「機動六課フォワード部隊、出動!」

『はい!』

 

 

 すぐに隊舎にもどるから。と、通信は切れた。

 

 

「よし! それじゃあ新人ども、しっかりな」

『はい!』

 

 

 そうして、新人たちは急いでこの場を後にする。

 

 

「じゃあ、わたしたちもいくね!」

「隊舎のこと、おまかせしますです!」

 

 

 そう言って、部屋を出て行こうとする。

 

 

「高町一等空尉」

 

 

 リインは先に出て行き、なのはは振り向く。

 

 

「私はどうすればよろしいでしょうか?」

 

 

 彼女ははやてより、『その場にいる隊長、副隊長陣にコタロウの配備を一存する』ということは聞いていた。

 

 

(コタロウさん、かぁ……リインには現場管制に力を(そそ)いでほしいし、通信はシャーリーたちで対応できる。うん)

 

 

「一緒に来ていただけませんか? 現場近くでのデバイス遠隔調整をお願いできます」

 

 

 さすがに隊舎にきて初めての警戒態勢(ファースト・アラート)に、コタロウの眠気は一気に覚めた。

 

 

 

 

 



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第9話 『お好きなほう』 Cパート

 

 

 

 

 『選択』というのは結果を考えないのであれば、常に自由である。

 『選択』とは存在しているうちの『どちらか選ぶ』ということ。

 『選択』とは存在しているうちの『どちらも選ぶ』ということ。

 『選択』とは存在しているうちの『どちらも選ばない』ということ。

 『選択』とは存在してしないものから『新たに選ぶ』ということ。

 『選択』には能動的、受動的というものは存在しない。

 『選択する』ということが能動的なのであり、『選択させる』というのが受動的なのだ。

 『選択する』ということは『子どもにのみ与えられた特権』、あるいは『大人も子どもになれる瞬間』だ。この時、本人は『選択する』厳しさと愛しさを知ることができる。

 また、『選択させる』ということは『大人が子どもに与えることのできる特権』、あるいは『子どもも大人になれる瞬間』だ。この時、本人は『選択させる』難しさと残酷さを知ることができる。

 そして、『選択させられる』というものは『大人のみに与えられた不憫極まりない特権』で、これが子どもながらに与えられてしまうのは『大人になってほしい』という大人の願いであると、見返りある『期待』ではなく見返りない『信じる』という言葉で支持したい。

 では、『選択』に結果を考える、特に『選択した』という能動的過去の場合は?

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第9話 『お好きなほう』 Cパート

 

 

 

 

 

 

 

 彼女キャロ・ル・ルシエは『普通』に“自分の居場所”である里で生活をしていた。

 彼女は第一次反抗期を終え、自我が目覚めていくらか(とき)(きざ)み、大人の視線には気づかずに『普通』に生活をしていた。

 彼女は『普通』に自分と同じくらいの年齢の少年少女たちと戯れ、遊び、生活をしていた。

 彼女は『普通』に“白銀の飛竜”を肩に置き、生活をしていた。

 彼女は『普通』に“黒き火竜”の加護を受け、生活をしていた。

 彼女にとってこれらのことは全て『普通』であり、今がまさに物心(ものごころ)つき始めた頃なので、これが呼吸のように続くのだろうと、無自覚ながらすごしていた。

 しかし、酋長に呼び出されたとき、それが『普通ではない』と自覚できたし、今までの生活が書割(かきわり)であったことも自覚できた。

 彼が口を開いたのはキャロが天幕に入り、大事そうに使役竜を抱いて、ぎこちなく正座し、パキリと目の前に炊かれている炎の薪がなった時である。

 

 

「アルザスの竜召喚部族ルシエの末裔キャロよ……」

 

 

 酋長は口ごもり(うつむ)くと後ろの女性が口を開く。

 

 

(わず)か6歳にして“白銀の飛竜”を従え、“黒き火竜”の加護を受けた。お前は(まこと)に素晴らしき竜召喚士よ」

「…………」

 

 

 2人の表情から褒められているわけではないとキャロは無言を通していた。

 また少し間があいた後、酋長は努めて表情に感情を持たぬよう顔を上げる。

 

 

「じゃが、強すぎる力は『(わざわ)い』と『(あらそ)い』しか生まぬ」

 

 

 キャロはまだ、『災い』、『争い』という意味を知らず、ただ彼の『選択させられた』大人の顔にどきりと心臓を弾ませた。

 

 

「すまんなぁ、お前をこれ以上この里へ置くわけにはいかんのじゃ」

 

 

 酋長の後ろにいる女性も気づけば同じ表情になっており、またどきりとする。

 

 

(置くわけにはいかない?)

 

 

 彼女には書割のなかから『普通』であった“自分の居場所”を失い、実は『特別』であった“白銀の飛竜”、“黒き火竜”だけが残った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

 知識を得るには何も本だけから得られるものではなく経験によって得ることもある。

 キャロは里を追放され、時空管理局に引き取られてから自分の制御できない力が酋長の言う『災い』と『争い』の意味することを知り、自分の竜召喚という力そのものが『危うさ』と『怖さ』を秘めていることも知った。

 自分の周りにいる自分を管理する人たちが自分を管理できないでいるのが何よりもそれを理解させていた。

 彼女は自分の目の前で白衣を着た男性が持っているカルテをぺらぺらと(めく)り首を横に振るのを一つの合図であるということも知っていた。

 

 

(これは数えちゃだめだ)

 

 

 別の施設へ移る合図の回数を数えるのを必死で我慢していた。

 彼女は『普通』に別の施設へ行く。

 彼女は『普通』に白衣を着た男性――あるいは女性――が1枚のカルテを読んでいるのを見る。

 彼女は『普通』に自分が調べられる対象になる。

 彼女は『普通』にそのカルテが一定枚数まで溜まり、白衣を着た人間が首を横に振るのを見る。

 これを幾度と無く繰り返していた。

 期間にしては短く、移った場所の数も少なかったが、気づき始めると幾度にも続いているように彼女は思う。

 そして、3年後の彼女は今日の『特別』を昨日のことのように覚えている。

 それは深々(しんしん)と雪が降っている日であった。

 

 

「――確かに、(すさ)まじい能力を持ってはいるんですが、制御がろくにできないんですよ」

 

 

 男性は一人の女性にキャロの能力について話していた。

 

 

「竜召喚だってこの子を守ろうとする竜が勝手に暴れまわるだけで、とてもじゃないけどまともな部隊でなんて働けませんよ」

 

 

 女性は男性の溜息交じりの説明に俯いている少女の震えを見逃さない。

 

 

精々(せいぜい)、単独で殲滅(せんめつ)戦に放り込むしか――」

「あぁ、もう結構です」

 

 

 女性が目を閉じて、溜息混じりに男性の説明を打ち切らせる。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 キャロは俯きながら彼女の低い声で言う謝辞を聞き、

 

 

「では――」

「いえ、この子は予定通り、私が預かります」

 

 

 ふいと顔を上げると、そこには『選択した』女性の横顔が見えた。

 周りは、驚きの表情をしている。

 女性は周りの表情を気にもせず、キャロに近づき、

 

 

「一緒に行こうか」

 

 

 その後の準備と手続きは何事も無く済み――元々移動が多かったため荷物が少ない――外に出る。

 外に出ると、その施設に特に思い入れも無いためキャロは振り向きもしなかったが、女性の発言、行動には不思議に思うところありで、彼女のほうを向く。

 

 

「寒い、よね」

 

 

 女性が彼女の視線に気が付くと、少女と対等になるため足を折ってしゃがみこみ、自分のマフラーを彼女に巻いた。

 キャロも話しやすくなったのか意を決して口を開く。

 

 

「私は今度は何処へ行けばいいんでしょう?」

 

 

 女性は自分のマフラーが長いのか調節するために首元にリボンを作り、目を閉じて、

 

 

「それは君が何処に行きたくて、何をしたいかによるよ。キャロは何処へ行って、何をしたい?」

 

 

 『子どもにのみ与えられた特権』を大いに利用させることにした。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

 3年後のキャロは現在、他の新人たちと一緒にヘリに乗っている。操縦しているのはヴァイス、隣にはコタロウが座っており、現場に向かっている最中である。

 

 隊舎のオペレーションルームではアルトがキーをタイプして画面を開く。

 

 

「問題の貨物車両、速度70を維持。依然進行中です」

「重要貨物室の突破はまだされていないようですが……」

「時間の問題か」

 

 

 互いに現状を把握すると、すぐに現状が動いたことを警告音(アラート)が知らせる。

 

 

「アルト、ルキノ、広域索敵(スキャン)! 探索対象(サーチャー)を空へ!」

 

 

 画面に空が映し出された。

 

 

「ガジェット反応! 空から!?」

「航空型、現地観測帯を捕捉!」

 

 

 情報をすぐに隊長陣に伝えると、いち早く通信先のフェイトが反応する。

 

 

「こちらフェイト。グリフィス、こちらは今、パーキングに到着。車停めて現場に向かうから、飛行許可をお願い」

「了解」

 

 

 彼女はすぐに手ごろな場所に止めるとすぐに車から出る。

 

 

「市街地個人飛行承認します」

 

 

 その言葉とほぼ同時にフェイトは走りながら愛機に合図を送ると、周りが球体上に光り輝いてセットアップし、空へ風を切りながら駆け抜けていった。

 

 一方なのはも、思うところありでヘリの操縦室に向かい、

 

 

「ヴァイス君、私も出るよ。フェイト隊長と2人で空を抑える」

「ウス。なのはさん、お願いします」

 

 

 ヴァイスがハッチを開くと、彼女はそちらへ歩いていく。

 

 

「じゃあ、ちょっと出てくるけど。皆も『頑張って』、ズバッとやっつけちゃおう!」

『はい!』

「はい」

 

 

 キャロは初めての出撃からくる緊張なのか、或いは自分の制御できない力が『災い』と『争い』を生むということ、『危うさ』と『怖さ』を秘めている可能性とに(おのの)いているせいなのか分からないが、びくりと震え、遅れて返事をする。

 

 

「キャロ」

 

 

 するとなのはは彼女に近づいて、

 

 

「大丈夫、そんなに緊張しなくても――」

 

 

 両頬を両手で包み込み、

 

 

「離れてても、通信で繋がってる。孤独(ひとり)じゃないから、ピンチの時は助け合えるし――」

 

 

 彼女の緊張を取り除き、

 

 

「キャロの魔法は皆を護ってあげられる、優しくて強い力なんだから、ね?」

 

 

 小首を傾げながら、慄きを解いた後、ハッチから飛び降りて愛機に合図を送ると、周りが球体状に光り輝いてセットアップし、空へ風を味方に空気を撫でながら滑っていった。

 キャロの頬に温もりを残して。

 

 

 

「スターズ(ワン)、ライトニング(ワン)接触を確認(エンゲージ)

 

 

 フェイトはシャリオの通信と相手の魔力でお互いが近いことを確認する。

 

 

「こちらの空域は2人で抑える。新人たちのフォローお願い」

「了解」

 

 

 通信はグリフィスに届き、すぐにヴァイスに伝える。

 

 

[同じ空は久しぶりだね、フェイトちゃん]

[うん。なのは]

 

 

 彼女たちは合流すると、まもなく自分たちの視界に航空型ガジェットが入る。

 先に動いたのはなのはだ。

 彼女は背後から来るガジェットに旋回して逆に背後につくが、正面からもう数機ガジェットが彼女の正面にあらわれる。

 ガジェットは目標を定め、攻撃を放つ。

 

 

(おとり)と攻撃。模範的な動き、だね)

 

 

 なのはは正面から来る攻撃を引くことなく避ける。互いが交差する速度は単純に互いの速度を加算したものになるため、彼女の横を通り過ぎていく弾速はかなりのものであるが、彼女はそれを避けることをそれほど自分の障害になるとは思っていないようである。

 弾幕を避けながらレイジングハートを構え、切先(きっさき)に魔力を込めると口径のある攻城砲(こうじょうほう)の様な砲撃を放ち、自分に背を向けているガジェットを撃ち落とした。

 

 

(うーん。初撃、制御できなかった)

 

 

 彼女も新人が見ているかもしれないなか、ちょっぴり緊張しているようで、それが魔力制御に響き、大きく放出してしまったようである。

 彼女は次に狙いを定めると、

 

 

<アクセルシューター>

 

 

 今度はいつも通りの落ち着きを取り戻し、ガジェットを打ち落とす最小限の魔力弾を五月雨(さみだれ)に放つと、全機撃ち抜いて、撃墜した。

 

 

(うん! いつも通り。ありがとうレイジングハート!)

 

 

 撃墜したときの爆煙のなかから、フェイトがなのはと交差するかたちであらわれると、なのはの背後にいるガジェットを、愛機バルディッシュに搭載されている弾式魔力供給機能(カートリッジシステム)――レイジングハートにも搭載されている――を使用して、

 

 

弾式魔力装填(カートリッジロード)

 

 

 思い切り身体をひねり、構えると、遠心力を利用して今は鉤型(ハーケンフォルム)のバルディッシュから魔力を放ち、ガジェットを切り裂いて撃墜した。

 

 

(思い切りすぎちゃったかな?)

 

 

 そこでなのはから念話が入る。

 

 

[フェイトちゃん、新人たちの前だからかな、ちょっぴり緊張してる、かも]

[私はなのはと久しぶりの空で、はりきっちゃった]

 

 

 2人はまた交差して互いの後ろにいるガジェットを落として目を合わせると、ふふっと笑う。

 

 

[でも――]

[もう――]

『大丈夫!』

 

 

 今度は合わせるところは合わせ、単独のときは単独で次々と、片っ端からガジェットを撃墜していった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「さぁて、新人ども! 隊長さんたちが空を抑えてくれてるおかげで、安全無事に降下地点(ポイント)に到着だ。準備はいいか!」

『はい!』

 

 

 ヴァイスは操縦室をしているため、声を張りあげて後方に伝える。

 

 

「よし、『頑張って』こい!」

 

 

 彼は隣を向くと、

 

 

「コタロウさんも何か言ってあげてはどうですかい?」

 

 

 眠気が覚めても変わらない表情のコタロウもふいと彼に顔を向けた。

 

 

「何か。とは?」

「何でもいいんすよ、一言応援(エール)を!」

「応援ですか……わかりました」

 

 

 彼は立ち上がって操縦室と護送室の間に立つと、

 

 

「新人の皆さん」

『はい!』

 

 

 新人たちは既に飛び降りるため、立ち上がり彼の一言を待つ形になり、彼らはコタロウのどんな言葉にも元気よく答える準備は万端だった。

 

 

「『頑張らない』でください」

『はい! ……え?』

「コタロウさん、『頑張らない』なんてそんなありきたり……え?」

 

 

 一度大きく返事し、飛び降りようとしたところで振り向き、ヴァイスは自分の聞き間違いかと、彼も振り返った。

 

 

「……どうか、なさいましたか?」

「えと、コタロウさん、なんて?」

「『頑張らない』でください。ですが?」

「自分は応援って言ったんすけど……」

「『頑張らないでください』は応援になりませんか? 私の周りや、私もよく使うのですが」

 

 

(どんな友達ですかい!? もしかして、ジャニカ二佐?)

 

 

 それは口には出さなかった。

 

 

「あの、一応、俺やなのはさんは『頑張って』と……」

 

 

 コタロウはそれを聞いて、(わず)かばかり無言になり、ヴァイスの発言がそれで終わりであると分かると、次の言葉を吐く。

 それを聞いて、スバルとティアナは一つ息を吐いて、ハッチから飛び降り、エリオも苦笑する。

 しかし、キャロだけはきょとんと彼の『大人が子どもに与えることのできる特権』に既視感(きしかん)を覚えていた。

 

 

 

 

 

「お好きなほうを選べばよいのでは?」

 

 

 

 

 



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第10話 『お好きなほう』 Dパート

 

 

 

 

「フェイトさん」

「なに、キャロ?」

 

 

 彼女キャロ・ル・ルシエは執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという女性に引き取られた後、生活が一変したことを自覚するのに、多少の時間を要した。

 自分を調べる人間もいなければ、別の施設へ移るということもなく、時々であるが寝る前に本を読んでくれる人間が傍にいるのにも関わらずだ。

 1冊の本を読み終えた後、フェイトが「もう1冊読もうか?」 と、聞く前にキャロが口を開いた。

 

 

「お兄さんってどういう人なんですか?」

 

 

 彼女は、以前フェイトから自分には兄がいるということを聞いており、今読み終わった本――『うさぎの精霊』――の内容から思い出したようだ。

 フェイトは目を細め、キャロの髪を()でる。

 

 

「とっても、厳しい人かな?」

「……厳しい人、ですか?」

 

 

 しかし、こくりと(うなず)く彼女はイヤな顔をしている様には見えない。

 

 

「突き放したような言い方するし、にこりともしないし、怒るときはそれはもう……」

 

 

 彼女は頭の中の彼を思い出しながら楽しそうに話していた。

 

 

「でもね……」

「……」

 

 

 彼女の言葉で楽しそうなところは1つとしてなかったのに彼女が微笑んでいたのには次の言葉が存在するためだ。

 

 

「とても厳しいんだけど、それ以上に、ううん。その厳しさの中には優しさがあって、とっても頼りになる人なんだ、お兄ちゃんは」

 

 

(厳しさの中に優しさ?)

 

 

 キャロはフェイトに引き取られてからしばらくの間、施設生活から来る怯えのため笑うことは無かったが、月日という時間がゆっくりと、そして確実に瞳の奥に光を取り戻させていた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第10話 『お好きなほう』 Dパート

 

 

 

 

 

 

 4人は貨物車両の真上にヘリから飛び降りるかたちで着地し、下降している間にセットアップした自分の服装に各々(おのおの)驚いていた。

 自分が装着しているバリアジャケットのデザインにふと見覚えがあるように感じていると、

 

 

「デザインと性能は各分隊の隊長さんたちのを参考にしてるですよ? ちょっとクセはありますが、高性能です!」

 

 

 リインは片目を閉じながら新人たちのちいさな先生を演じて、ジャケットの説明をする。

 特に大きく感銘を受けているスバルにティアナは彼女を現実に引き戻す。

 

 

「スバル、感激は後!」

 

 

 一見、はちまきにも見えるが、後頭部には大きな白いリボンをしているスバルは、ツーサイドアップで黒いリボンをしているティアナの言葉に反応すると、待っていたかのように、車両の屋根が盛り上り、光線が飛び出してきた。

 後援をするのはティアナだ。

 光線を放った後に飛び出してきたガジェットを打ち抜くと青い髪と白いリボンを(なび)かせながらスバルは車両内に突入する。

 

 

「うおォりァァ!」

 

 

 着地点にいたガジェットに右拳を振るわせて打ち込むと見事に()ぜた。

 爆ぜた時の煙でも彼女の相手をする機体は(ひる)む事無く、自ら出す太い鉄線や光線で果敢(かかん)に彼女に襲い掛かる。

 

 

「リボルバーシュート!」

 

 

 しかし、怯む事無く果敢なのは彼女の同じで、新しいデバイスであるマッハキャリバーの力を惜しみなく使用して、車両内を縦横無尽に駆け巡り、一機々々確実に破壊していく。特に最後の一機は思い切り打ち抜き、

 

 

(よし! これで……ッ!?)

 

 

 屋根もろとも突き破って、車両の外へを自ら飛び出していった。

 

 

「ッと、と!」

 

(い、いつもよりずっと力がのる!)

 

 

 自分でもびっくりするくらいの威力で、そのまま車両から落ちてしまいそうになるが、

 

空中路(ウィングロード)

 

 

 足元から声が聞こえたかと思うと、いつも彼女が自分で出している空中路が構築され、彼女は身体が覚えているかのように滑走し、着地する。

 

 

「…………」

 

 

 着地したときはローラーとブーツの間のサスペンションがよく利き、スバルに衝撃を与えぬように図られていた。

 

 

「えと、マッハキャリバー。お前ってもしかして、かなり(すご)い? 加速とか、グリップコントロールとか、それに空中路(ウィングロード)まで……」

 

 

 彼女は自分が自分でないような動きを実現してくれている機体に驚いている。

 

 

<私はあなたをより強く、より速く走らせるために作り出されましたから>

 

 

 表情や態度としてあらわれることはないが、「当然です」と機体は言っているように彼女には聞こえた。

 

 

「うん。でも、マッハキャリバーはAI(エイアイ)――人工知能――とはいえ、ココロがあるんでしょう? だったら、ちょっと言い換えよう」

 

(これから長い間、一緒に付き合っていくんだから)

 

「お前はね、私と一緒に走るために、生まれてきたんだよ」

 

<……同じ意味に感じます>

 

 

 自分と共に自走できる相手を持つときの感覚を互いに共有することは難しく、

 

 

「ちがうんだよ、いろいろと」

 

(無理、かなぁ)

 

 

 自信はない。

 しかし、スバルにとっては、

 

 

<考えておきます>

 

「ん!」

 

 

 この言葉がこれから自分の愛機となるマッハキャリバーから出てきただけで、大満足であった。

 

 

(いつ、わかるかな?)

 

 

 それは然程(さほど)遠くない未来であろう。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ティアナ、どうですか?」

「ダメです。ケーブルの破壊、効果なし」

 

 

 ティアナはスバルの後援の後、すぐに車両の制御を取り戻すため別行動をとってガジェットを破壊しながら、つい先程、車両の制御を支配していると思われるガジェットを破壊してみたが、車両の制御を取り戻せないでいた。

 

 

「了解。車両の停止は私が引き受けるです。ティアナはスバルと合流してください」

「了解」

 

 

 通信先のリインの指示に従い、スバルを迎えに行動を移す。

 二丁拳銃として両手に装備していた拳銃クロスミラージュを行動しやすいように片方のみにして移動しはじめた。

 

 

「しっかし、さすが最新型。いろいろ便利だし、弾体生成もサポートしてくれるんだね」

 

<はい。不要でしたか?>

 

 

 クロスミラージュを握る力が強くなり、

 

 

「アンタみたいな優秀なデバイス()に頼りすぎると、私的にはよくないんだけど……」

 

(でも、アンタがいれば――)

 

「でも、実践では助かるよ」

 

<ありがとうございます>

 

(まだまだ私は強くなれる! 証明するんだ、ランスター家(私たち)の実力を!)

 

 

 これからの自分の成長を祈った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 それはエリオとキャロが8両目に突入した直後に起こった。

 

 

 

「ライトニング(エフ)遭遇(エンカウント)! 新型です!」

 

 

 シャリオが周囲に警戒せよと言っているように叫ぶ。

 

 車両の天井(てんじょう)は大きく穴が開いており、2人は警戒しつつ進行していたので、まだ機動六課に情報は連携されていない新型ガジェット――球形で2人が近くにいれば見上げること間違いない大きさの機体――とは距離があったが、相手がこちらに照準を合わせた瞬間に距離を感じさせないワイヤーアームでの攻撃を仕掛けてきた。

 2人は後ろへ飛び退き、()ける。

 

 

「フリード、ブラストフレア!」

 

 

 フリードは火球を(ぬし)の合図で放つが、相手の鉄板の様なワイヤーアームにとっては撫でるに等しく、軽々と弾き返した。

 

 

「おォりァァ!」

 

 

 その弾き返したアームが初期位置に戻る前に、エリオが自分の間合いになるまで距離を詰め、上空から(ストラーダ)を太刀の様に振り下ろす。

 

 

「ッ――! 硬ッ」

 

 

 しかし、ガジェットの装甲は頑丈で、断つことはできなかった。

 エリオとの()り合いが長引くと、相手はその魔力を認識して波状に、ある機能を起動させ、彼とその後方にいる彼女の魔力を無効化していく。

 

 

『(これは……)』

AMF(エーエムエフ)!?――Anti(アンチ) Magilink(マギリンク) Field(フィールド):領域内魔力無効化」

「こんな遠くまで……!?」

 

 

 魔力を無効化されたエリオはガジェットに純粋な力で挑むかたちになり攻勢するが、及ばないところは多く、アームにストラーダをつかまれ、弾かれそうになる。

 

 

(私は、どうすれば……)

 

 

 キャロは苦戦しているエリオの背中を見る形になり、自分が何をすればよいのか戸惑(とまど)う。

 

 

「あ、あの――」

「大丈夫、まかせて!」

 

 

 しかし、そのエリオの背中は依然として変わらず震えており、加えて相手はさらに彼に照準を定め、近距離から光線を放つ。

 それを彼は跳躍してかわし、(ひるがえ)ってガジェットの後ろに付き、次のアームの攻撃に備えることはできたが、光線とアームの同時攻撃を受けて体勢を崩し、連続攻撃によって、車両の壁に叩き付けられた。

 

 

「――ッく、はッ……」

 

 

 それを見守ることしかできないでいるキャロは、続いて彼がアームで吊り上げられるのをみても身体が反応できないでいた。

 

 

(私は――)

 

 

 何か行動を起こさなければいけないと分かっていても、身体が金縛りになったように動かず、思考がその代わりに動くことはよくあり、キャロもそれと同様の感覚に陥った。 彼女の思考はまるで制御できない感情のように、無理矢理自分の過去がフラッシュバックし、大きく彼女を()める。

 

 

 

――『確かに、(すさ)まじい能力を持ってはいるんですが、制御がろくにできないんですよ』

 

 

 

(私は――)

 

 

 

――『竜召喚だってこの子を守ろうとする竜が勝手に暴れまわるだけで……』

 

 

(違う! 私は――)

 

 

 思考の中の彼女は首を振った。

 

 

 

――『キャロは何処へ行って、何をしたい?』

 

 

(私はあの時、いつも『私のいてはいけない場所』、『私がしてはいけない事』ばかりの世界から変わったんだ)

 

 

 そう、確かに彼女はあの瞬間から生活が一変した。

 

 

 

――『強すぎる力は『(わざわ)い』と『(あらそ)い』しか生まぬ』

 

 

(私の力は『危険な力』、『怖い力』)

 

 

 思考の中の彼女は自分の力の可能性に眼を瞑るが、エリオがアームから解き放たれ、上空に高く投げ出されたところはしっかりを見ていた。

 その『しっかり』は時間遅延をもたらし、エリオはゆっくりと自由落下をする。

 

 

「エリ、オ、くん」

 

(エリオくんや皆はとっても優しい人たち)

 

 

 思考と感情はまったく別のものであるのにも関わらず、ふっと自分のココロがあったかくなり、感情が強くなるのを彼女は感じていた。

 彼女の感情に代返するかのように、目尻(めじり)から『涙』が(あふ)れ、

 

 

「エリオくーーーーん!」

 

 

 これもまた代返するかのように、気づけば大きく相手を呼ぶ『声』を出し、彼を追うように小さく屈み込み、重心を前に倒しながら、思い切り跳躍していた。

 

 

 

「ライトニング(フォー)、飛び降り!? ちょ、あの2人、あんな高々度でのリカバリーなんて!」

 

 

 オペレータたちのやり取りや、

 

 

「発生源から離れれば、AMFも弱くなる……」

 

 

 なのはの言葉は、たとえ聞こえていても、いなくても、感情の溢れ出した彼女には聞こえるはずも無かった。

 

 

 

――『キャロの魔法は皆を護ってあげられる、優しくて強い力なんだから、ね?』

 

 

(なのはさんは言ってくれた。私の力は『皆を護る優しくて強い力』だって)

 

 

 なのはの『過去』の言葉が彼女に聞こえ、自分の力の別の可能性に眼を開く。

 

 

 

――『キャロは何処へ行って、何をしたい?』

 

 

(私は、私のやりたいことは……)

 

 

 フェイトの『過去』の言葉が繰り返(リフレイン)され、『意思』が生まれる。

 

 

 

――『一緒に降りようか』

 

 

(ヘリから降りるとき、手を握ってくれたエリオくんを……)

 

 

 なのはが包み込んでくれた頬のぬくもりと、彼がヘリから降りるときに握ってくれた手のぬくもりが同じであったことを思い出す。

 

 

(まも)りたい)

 

 

 彼女の瞳に『意志』が宿(やど)る。

 

 

(優しい人を。私に微笑み(わらい)かけてくれた人たちを。自分の力で、私の力で――)

 

 

「護りたい!」

 

 

 キャロは共に降下しているエリオの手を握り、

 

 

(やっぱり、あたたかい)

 

 

 と、感じながら彼を引き寄せ、優しく抱きかかえた。

 

 

 

――『キャロは何処へ行って、何をしたい?』

――『お好きなほうを選べばよいのでは?』

 

 

(私のしたいこと、選ぶんだ! 私は『頑張って』、私に『微笑みかけてくれた人』を護るんだ!)

 

 

 その思考、感情に呼応して、キャロのデバイス・ケリュケイオンが燦然(さんぜん)と輝きはじめ、自由落下していた降下速度を緩めた。

 彼女は自分の特長とも言うべき薄紅紫色(うすこうししょく)の魔力光に包み込まれており、その中に追ってきたフリードが声をなげる。

 

 

「フリード、不自由な思いさせててごめん。私、ちゃんと制御するから……」

 

 

 彼女に抱かれているエリオはゆっくりと意識を取り戻し、ふと顔を上げると、そこにはヘリから飛び降りた時のかよわい彼女はおらず、フェイトを彷彿させる成長し、凛々(りり)しい『選択した』女性がいた。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 ただ単純に見惚れて動揺し、顔に朱がはいる。

 

 

「いくよ、竜魂召喚!」

 

 

 彼女は一心に魔力制御に集中し、エリオを抱く力が強くなる。

 

 

「蒼穹を(はし)る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ」

 

 

 2人の足元にはミッドチルダ特有の四角い魔方陣が帯びているが、放たれる魔力、召喚魔法のためか少し様式は違っていた。

 そこから自分の背よりも大きな翼が一対(いっつい)出現する。

 

 

()よ。我が竜、フリードリヒ」

 

 

 その翼は(ことば)に導かれ、

 

 

「竜魂召喚!」

 

 

 詠唱完了と共に大きく羽ばたき、キャロの魔力光の幕を卵のように突き破って白く大きな竜が召喚された。

 

 

 

「召喚成功」

「フリードの意識レベル安定(ブルー)。完全制御状態です!」

「……これが」

「そう。キャロの竜召喚。その力の一端(いったん)や」

 

 

 オペレータールームでは全員が声をもらし、

 

 

 

「……あれが、チビ竜の本当の姿」

「格好いい」

 

 

 車両の上ではティアナとスバルたちが嘆息していた。

 

 

 

(でき、たぁ)

 

 

 キャロはふぅと息を吐き、安心して閉じていた眼を開くと、自分の腕の中にはこちらをじっと見つめているエリオがいた。

 

 

「――はぅっ! ご、ごめんなさい」

「う、うん! そんな、こっちこそ……」

 

 

 そうして、急いでキャロはエリオを離す。

 2人のやりとりをよそに、フリードは上昇を続け先程までいた車両まで戻っていく。

 

 

「あっちの2人には、もう救援はいらないです。さ、レリックを回収するですよ?」

 

 

 リインを含めた3人とすれ違うことになり、そんな言葉が聞こえた。

 そして、もとの車両ではガジェットが天井を突き破って姿を現していた。

 

 

「フリード、ブラストレイ!」

 

 

 フリードが大きく息を吸い込み、首をそらせると正面には火球(ブラストフレア)とは比べ物にならないくらいの大きな火炎を生み出し、

 

 

「ファイヤ!」

 

 

 合図と共に噴射する。

 相手は依然としてAMFを展開しており、それが炎を防いでいるため、損傷(ダメージ)はするが大きさは小さい。

 

 

「やっぱり、硬い」

「あの、装甲形状は砲撃じゃ抜きづらいよ」

 

 

 球体では確かに砲撃は打ち抜くことは(かた)く、着弾点が中央しかないため破壊するのは難しそうだ。

 

 

「僕とストラーダがやる」

 

 

 キャロはそれに頷くと、フリードを操りガジェットを正面に距離をとって、詠唱を始める。

 

 

「我が乞うは、清銀の(つるぎ)。若き槍騎士の(やいば)に祝福の光を」

 

特異(エンチャント)領域貫通(フィールドインベイド)

 

 

 左手を握り、右肩へ。

 

 

「猛きその身に、力を与える祈りの光を」

 

撃徹力後援(ブーストアップ・ストライクパワー)

 

 

 右手を左手甲へ交わせた後、腕を大きく広げて体勢をとる。

 

 

「行くよ、エリオくん!」

「了解、キャロ!」

 

 

 エリオはフリードから飛び降り、真っ直ぐガジェットへ向かっていった。

 

 

「ツインブースト。スラッシュ・アンド・ストライク!」

 

<受諾>

 

 

 ストラーダがキャロの魔法を受信し、認証すると切先(きっさき)が薄紅紫色に光る。

 

 

「ハァッ!」

 

 

 エリオがストラーダを振ると(ムチ)のようにしなり、相手のアームを寸断し、相手の攻撃を()ぐ。

 

 

(力が()く!)

 

 

 彼の意志が通じ、ストラーダは弾倉を交換して自身の魔力を上げる。

 エリオの着地した足元に魔方陣が展開され、周りに稲妻(イナヅマ)が駆けて魔力が噴きあがる。

 

 

「一閃必中!」

 

 

 そして、彼は構えてから思い切り右足を踏み込み、ガジェットに突きこみ、貫いた。

 

 

「でェりァァ!」

 

 

 彼の攻撃はそれでは終わらず、両手をもちかえて押し上げると、真上に切り裂く。

 相手は自分の電力を制御することができず、内側から爆ぜた。

 エリオは爆音のなか、「やったァ!」という少女の声をしっかり聞き取った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 その後は、スバルたちによってレリックは確保され、中央ラボまで護送。車両は制御を取り戻し、停車。エリオたちは現地職員に事後報告をするため、現場待機。

 何も滞る事無く任務は完遂された。

 

 

(事後報告調査でも探索機(サーチャー)たくさん使うんだなぁ。あんな遠くまで)

 

 

 コタロウはふと眼をやると、なのはたちが迎撃していた場所のさらに遠くに探索機が飛んでいたのが()えていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「刻印No(ナンバー)9、護送体勢に入りました」

「ふぅむ」

「追撃戦力を送りますか?」

 

 

 1人の白衣を着ている男性が、先程まで航空機型のガジェットが撃墜された場所のさらに遠くの場所にいる探索機からレンズを拡大させて、護送されていく状況を見ていた。

 

 

「……やめておこう。レリックは惜しいが、彼女たちのデータが採れただけでも充分だ」

 

 

 白衣の男性は両手をポケットに入れながら、採取したデータを人数分並行して映像を繰り返し再生し、不敵に笑う。

 

 

「この案件はやはり素晴らしい。私の研究にとって興味深い素材がそろっている上に――」

 

 

 1人の女性と1人の男子を拡大させる。

 

 

「この2人()たちを。生きて動いているプロジェクト(エフ)残滓(ざんし)を手に入れる好機(チャンス)があるのだから」

 

 

 彼の含み笑いはルーム内に静かに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 機動六課の面々は初めての出動任務を終え、少し遅めの昼食をとることにした。

 もちろん、全員同時ということはなく、シフトごとで時間を割り振ってであるが。

 グリフィスやオペレータ、ヴォルケンリッター(リインを除く)たちは管制、警備を兼ねて先にとり、その次に実際に出動した人たちがとることになる。

 

 

「皆、おつかれや」

 

 

 はやても彼らを迎え入れ一緒にとることにした。

 

 

『ありがとうございます』

「それじゃあ、ごはんにしよか?」

「はいですぅ」

 

 

 そうして、食堂へ移動する。先頭は隊長陣、中に新人たちが、1番後ろににヴァイス、コタロウが続く。

 

 

(そうだ)

 

 

 その途中ふと、キャロは足を止めて振り返った。

 

 

「コタロウさん」

「はい」

 

 

 彼女は彼よりも背は低く、見上げるかたちになる。

 

 

応援(エール)ありがとうございました」

「それは何よりです」

 

 

 彼はにこりともせず、寝ぼけ目を細くして、キャロのお辞儀に合わせて、帽子を取って頭を下げた。

 

 

(もしかしてお兄さんって、こんな感じ、なのかな?)

 

 

 そして、頭を上げたキャロは何故かふとそんなことを思う。

 

 

『…………?』

 

 

 それを聞いていた新人たちやヴァイスはあの時のコタロウの応援の言葉を思い出し、首を傾げた。

 

 

「コタロウさん、皆になんて言ったんですか?」

 

 

 食堂に着き、並び始めたときに、なのはが話しかける。

 

 

「『頑張らないでください』と言いました」

「…………」

 

 

 なのはたち隊長陣はくるりと視線を彼に向けた。

 

 

「……えと、んー?」

「リイン?」

「あ、はい。確かに、コタロウさんはそういいました」

 

 

 キャロを除く新人たちはぎこちなく笑う。

 その間に少々ご機嫌なキャロは、皆の会話を左から右に聞き流し、並びの先頭になっていた。

 彼女は今日のメニューを見て眉を寄せる。

 

 

(どれにしよう?)

 

 

 それはAかBかの2択になっており、どちらかを選べば料理を頼める仕組みになっている。

 今日は先程の出動任務もあったため、食堂はこの時間でもセルフサービスではなく、料理を作ってくれる女性たちスタッフがいた。

 

 

「なんだい迷ってるのかい? ふむ、一方には好物もあるが、嫌いなニンジンもあるって?」

 

 

 少女の少ない人生経験からニンジンが嫌いであることは自覚済みだ。

 

 

「じっくり悩んで、『お好きなほう』を選べばいいさね!」

「んぅぅ」

 

 

 その女性スタッフはその悩んでいる少女ににんまり笑いかけたが、その少女は召喚時の凛々しい姿は無く、『選択する』という『子どもにのみ与えられた特権』に、まるでコタロウのように眉根を寄せて首を(かた)げていた。

 

 

 

 

 

 



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第11話 『ひとくちサイズ』

 

 

 

 

 

 機動六課としての初出動(ファースト・アラート)がその日の午後――昼食の後――は訓練はなく、新人たちはそれぞれ本日の報告書に追われていた。

 報告書と言っても、自分の出動に付いての反省点や改善点を書く事はそれぞれ自分たちが未熟ということもあり、易かったが、それ以外の、調査報告や文章構成については得意不得意の差がそれぞれ如実に出ていた。

 

 

「あぅ~~」

「気が抜けるような声出さないでよ、集中できないでしょ」

「だってぇ」

 

 

 誤字を見つけたらしく、スバルは溜息をはいていたようだ。

 

 

「――はい、終わり」

「え!? ティア、もう終わったの?」

「アンタみたいにミスしてもおかしな声なんて出さないし、余計に文字なんて消さない分ね」

 

 

 ティアナは書類を保存し、必要ない画面を閉じていく。

 

 

「じゃあ、私の――」

「じゃあ、私の書類のペアチェックよろしく。エリオとキャロの手伝いしてくるわ」

 

 

 スバルは手伝ってもらおうかと口を開いたが、相手に遮られ、なおかつ作業が増えた。

 

 

「と、友達を見捨てるの!?」

 

 

 ティアナが立ち上がったのを見計らって上目遣いで懇願すると、彼女は目を閉じて、スバルの肩に手をやり、

 

 

「見捨てるわ!」

 

 

 カッと目と開いて、そのあとは振り向きもせず手をひらひらさせながら「終わったらアンタのもチェックしてあげるわよ」と言葉を残して、エリオとキャロのデスクへ向かっていった。

 

 

「……むぅッ!」

 

 

 スバルは一瞬ぽかんと彼女を見送ってから片頬を膨らませ、

 

 

「ティアのいじわる」

 

 

 明日の朝、ひとまず彼女の胸元で報復するとしよう。と、手をにぎにぎさせていた。

 しかし、彼女も初めて報告書を書いたわけではなく、エリオとキャロよりは早く仕上げることができ、そのあと彼女も2人を手伝い、見積もっていたより少し早く完了することができた。

 上司(なのは)に提出して了承をした後、

 

 

『ありがとうございました』

「いいよ~。お互い様だから」

「まぁ、そういうこと。効率もあるしね」

 

 

 2人の感謝の言葉に、スバルとティアナはやんわりと『どういたしまして』と返事をする。

 

 

「さて、と」

「ティア? 何処行くの?」

「自主練。新しいデバイスに馴染んでおきたいし」

「あ、私もやるやる~」

「僕も……」

「私も……」

 

 

 エリオとキャロも、がたりとデスクから立ち上がるが、

 

 

「エリオとキャロはダメ」

 

 

 スバルに断られてしまう。

 

 

「アンタたち2人は疲れてるでしょ。体力は訓練で鍛えられているけど、精神的にはかなり消耗してるはずよ。スバルの言ったとおり休んでなさい」

 

 

 ティアナもキャロの召喚と連続のエリオへの後援魔法。彼はその受諾と加えて自身の魔力解放後の攻撃で疲労していないわけがないと判断し2人を止める。

 異なる系列の魔法を使用することは集中力を多分に消耗し、精神的に疲労することは当然であり、後援魔法を受け、自分の魔力と掛け合わせたときの疲労もよく知っていた。

 

 

『でも……』

「ダ~メ」

『……はい』

 

 

[このコたち2人は、オーバーワークになる可能性もあるしね]

[あー、その辺はティアに似てるねぇ]

[う、うっさい! バカスバル]

[さっきのお返し~]

 

 

 まぁ、お返しはこれだけでは終わんないだけど。と思いながら内心舌を出す。

 

 

「じゃあ、行こっか」

 

 

 そうしてスバルも動き出そうとしたとき、

 

 

「あ、いたいた。スバル~、ティアナ~」

 

 

 ふいに呼び止められ、2人は呼ばれたほうを向くとそこにはスバルのローラーブーツの入った肩掛けバッグとアンカーガンを持ったシャリオがいた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第11話 『ひとくちサイズ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? なのはさん?」

 

 

 訓練場を利用する時には用途や時間等の申請等を事前に提出しなければならないため、個人練習であれば、普通利用しないのであるが、今回はシャリオがその手続きをしていたため、訓練場に向かう。

 エリオとキャロは見学を希望し、ついてきている。

 訓練場にシミュレーションの設定が終わり、シャリオが口を開こうとしたところで、なのはが隊舎からこちらに向かってくるのが見えた。

 

 

「はやてちゃんの事後処理の書類整理手伝おうとしたら、断られちゃった」

 

 

 『こういうのはわたしの仕事やよ』って。左頬を指先でぽりぽりかきながらにゃははと笑う。

 

 

「んで、こちらに顔を出してみたの。明日から個別練習も入るし。教導(ティーチング)というよりは指導(コーチング)だから、主に見学だけど」

 

 

 それならばと、少年少女2人がなのはのほうを向くが、

 

 

「エリオとキャロはお休み。ね?」

 

 

 そこはスバル、ティアナと同意見であり、2人は肩を落とした。

 

 

「シャーリー、見学といって何だけど、何をするの? データ収集?」

「収集といえば、そうですね」

 

 

 シャリオはバッグの中からローラーブーツを取り出し、アンカーガンをティアナへ、ブーツをスバルに受け渡す。

 

 

「2人はこれ、修理してもらったんだよね?」

 

 

 2人は頷く。

 

 

「使ってはみた?」

 

 

 2人は首を横に振る。

 

 

「私は握って構えたくらいです」

「私も履いて、少し滑ってみただけです」

 

 

 ほんの動作確認程度です。と答える。

 

 

「じゃあ、実際に訓練では使用していないのね」

『はい』

 

 

 それを聞いてから、シャリオはガジェットを2体出現させた。

 

 

「多分、クロスミラージュとマッハキャリバーの感触はまだ覚えていそうだから、まずは今渡したそのコたちでこの2体破壊してくれるかな?」

 

 

 シャリオ、なのは、エリオとキャロはシュミレーション上の建物の上へ移動し、スバルとティアナは2体と対峙して準備が整うと、シャリオがスタートを切った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 今までのなのはとの訓練のおかげか、ガジェット2体くらいの破壊など5分もかからずに終了し、建物の上にいた全員が2人のいるところに降りてきた。

 

 

「どうだった?」

『…………』

 

 

 シャリオの問いかけに、2人は顔を見合わせた。

 なのはは既にシャリオが何を言いたいのか分かっているようである。

 

 

「な、なんですか!? これ!?」

「ティアナは?」

「……これ、本当に私のアンカーガンなんですか?」

 

 

 シャリオの方を向いて答える2人に、エリオとキャロは首を傾げる。

 

 

「どうか、したんですか?」

「みていて普通でしたけど……」

 

 

 シャリオは腕を組んで目を閉じていた。

 

 

「2人とも正直な感想述べてくれる? できれば、マッハキャリバーとクロスミラージュと比較してくれるといいかな」

 

 

 現在はなのはの両サイドでふよふよと浮いている、アクセサリ状態のマッハキャリーバーとクロスミラージュはチカりと光って疑問をあらわにした。

 

 

「加速やグリップコントロール、ブレーキングやサスペンションはマッハキャリバーの方が上です。でも――」

「弾体生成サポート機能付、魔力弾の誘導(ホーミング)追尾(トラッキング)はクロスミラージュの方が上です。ですが――」

 

 

 2人はもう一度顔を見合わせてからうなずき、正面を向く。

 

 

『使いやすいのは、このコです』

『<!?>』

 

 

 先程よりも強く点滅した。

 

 

「うん。2人とも意見は同じみたいだね」

 

 

 シャリオは一歩前に出た。

 

 

<どういうことですか? 設計士シャリオ>

<私たちは……>

 

「そのローラーブーツ、アンカーガンは改良はしておらず、部品もそのまま。特に新しい機能を取り付けていない」

『はい』

「マッハキャリバーとクロスミラージュは、高性能であなたたちに合ったフルオーダーメイドでそのブーツとガンを踏襲して設計されているの」

 

 

 そこで彼女は息をつく。

 

 

「でも、それだけ」

 

 

 ローラーブーツとアンカーガンに目をやり、

 

 

「コタロウさんが修理したそれには、あなたたちの利き腕(足)や重心――これは新デバイスにも組み込まれている――のほかに、(くせ)も取り込まれているの」

『癖?』

「例えば、スバルは右利きで、右腕をよく使うでしょ」

 

 

 こくりと頷く。

 

 

「足は左足を前に出し、重心を右足に預ける」

 

 

 もういちど頷く。

 

 

「そのとき、重心を預けたときの右足のどこから重心をかけ始め、どこで安定する? そして、終わったとは右足のどこから力を入れ始め、左に重心を移動し始め、中央にもっていく?」

「……わかりません」

 

 

 スバルはそこで首を横に振った。

 

 

「うん。それは人間工学っていう分野で、デバイス設計上はずせない分野なんだけど、デバイス設計者はその情報から設計しているの」

「つまり、クロスミラージュたちは私たちの情報から設計されたものですが――」

「そう。身長、体重、利き腕、重心等、統計学に基づいた設計になってはいるけど、その人に特化した癖。つまり、個人内変動人間工学までは加味していないの」

 

<それが、私たちに組み込まれていないと?>

<であれば――>

 

 

 マッハキャリバーとクロスミラージュが話に割り込むが、

 

 

「これは余程、経験を重ねた人で、かつ専門分野にとらわれない裾野の広い人間でないと実現は不可能」

 

 

 あー。となのはは頷いた。

 

 

「癖を取り込むには特別なパーツは不要。ネジや接合部の締め加減等で可能なの」

 

 

 私では無理と首を横に振る。

 

 

「なのはさん。コタロウさんって何者なんですか?」

 

 

 

 

 なのはは先日得たコタロウについて説明した。

 新人たちは彼の持つ資格が多いことは知っていたが、実際の数値を聞いて全員目を見開いた。

 

 

『に、253!?』

「あの隊舎内放送『突然機器が修繕されたりすることがありますが、お気になさらず』ってコタロウさんのことなんですか?」

 

 

 なのはは話し始めてから終始苦笑いだ。

 

 

「これはシャーリーも知ってるけど、コタロウさんは特に指示が無いときは自由行動だし、あるときは近くにいる隊長陣、上司に指示を仰ぐことになってるの」

「じゃあ、コタロウさんっていないときは――」

「多分、どこかで修理や雑務をこなしてると思うよ」

 

 

 新人たちはうぅむと唸る。

 

 

<待ってください>

 

 

 マッハキャリバーが話しの内容を聞いて音声をはさむ。

 

 

<はっきり言って、私は彼のことなどどうでもよいのです>

<私はマスタースバルをより強く、より速く走らせるために作り出されました、それでは――>

<私たちはそれに劣ると言うのですか?>

 

 

 新デバイスの2機にとって重要なのはコタロウではなくマスターであるスバルとティアナなのだ。役に立っていないと聞かされているようであれば、我慢できない。

 2機はどうすればよいのか問い詰めると、シャリオが答える。

 

 

「それは、初めに言ったとおり、一緒にレベルアップしていくという意味で、たくさんスバル、ティアナと練習をこなしていくこと。あなたたちはAI、その機能がついているから、早くマスターの癖を学習することね」

 

 

 なのははマッハキャリバーとクロスミラージュを本人に返すと、

 

 

<早く、練習を開始しましょう!>

<今日中に貴女の個人内変動を学習してみせます!>

 

 

 この2機が人型であるなら、間違いなく鼻息を荒くしていることだろう。

 スバルとティアナは気圧されながら頷き、シャリオは手元のローラーブーツとアンカーガンを見て、周りに気付かないようにはぁッと息をつく。

 

 

(くやしいな)

 

 

 コタロウのデータ収集に不備は無く、自分が得た情報からその癖を判断し、最初から組み込んでいないことに未熟さを感じる。

 本当は、ある程度情報は解析済みで、それを元に再調整をかけることは可能であったが、それでもコタロウの域までの調整は不可能と自覚していた。

 現在、そのような人の癖を扱った調整作業は自作でない限り、機能として既にほとんどのデバイスには取り込まれており、本当の意味でのその人専用になるのには時間はかかるが、実質不必要な技術である。

 一昔前であればその人の癖をオーダー時に取り込み、完成時にその人専用にすることのできるデバイス作成者はいたが、今日日(きょうび)そのような人間は少なく、シャリオもそれに当てはまる。

 彼女はその実質不必要な技術を目にしたことは無かったし、本人もその様な機能があるのであれば、もつ必要はないと考えていた。

 だが、その職人技のような技術保有者を目にすると、自分の技術の低さを痛感してしまう。

 

 

(なんか、平然とやられると子どもあつかいされたみたい)

 

 

 シャリオはそう思うと、ぎゅっと拳を強く握った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 はやてたちの世界では書類は電子として扱われることが多く、紙のようなもので扱われることは少ない。

 しかし、もし紙として扱われていたのであればデスクが書類で溢れかえっているは間違いないであろう。

 それぐらいの分量をはやてとリインはこなしていた。

 

 

「どれだけあんねん」

 

 

 ちょうど折り返しについた時点で、はやてはその書類につっこみを入れた。

 夕食は軽く済ませ、なのは、フェイト、ヴォルケンリッターの再三の手伝い願いを(かたく)なに断り、ずいぶんと時間が経つ。

 あと、もう少しもすれば今日と明日の境目を経験できる時間だ。

 

 

「リインも今日はお疲れやろ? 無理はあかんよ~」

「ひいえ、これは私のひごとですぅ」

 

 

 くわりとあくびをかみ締めて、彼女はキーをタイプしていた。

 現場管制をしていたリインははやての側近という立場もあり、年齢的には幼いにもかかわらず、書類整理を手伝っていた。

 はやては管制でさえ疲労があるだろうになおかつ今の作業をしている彼女に申し訳なく思い定期的に『無理はあかん』と注意していたが、それでも彼女はやめなかった。

 断ったなのはたちと違い、リインはそのようなこともありえる立場であるため強くやめさせることができないのだ。

 だが、その強制も彼女の体力的に自然に訪れそうであり、なによりも彼女のあくびが物語っていた。すぐにもコロンといきそうである。

 

 

(寝たら、バッグに入れたげんと)

 

 

 はやては、ぽつりとつく自分のあくびには自覚が無かった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 コタロウは出動の後、特に指示は無く、ヴァイスとともにヘリの調整作業――ヴァイスがメインに調整作業を行い、本人は彼からの質問や確認作業を行う――を行い、夕食後は隊舎の空調を見て回っており、結構な時間が費やしていた。

 彼は機器修理の時間は早いが、行動そのものの動きはゆっくりで移動も伴えば総じて時間がかかってしまうのだ。

 今日はこれくらいにしておこうかと思い、宿舎に戻ろうとしたところで、ふと右隣から空調音が耳にはいる。

 

 

(空調に異音有り。というか、八神二等陸佐たちはまだ仕事してるんだ)

 

 

 自分のことは棚に上げて、そのようなことを思う。

 

 

(どうしようか。明日でもいいけど、ジャンも『六課ではできるだけ人と話したほうがお前の為だ』と言ってたし、一度確認をとって、ダメであれば明日にしよう)

 

 

 彼はブザーを押したが、向こうからは反応がない。

 

 

(あれ?)

 

 

 次いで2度押してみたが、反応は無かった。

 

 

「いないの、かな」

 

 

 ブザー付近にはオフィス内の状況も確認でき、電灯は『オン』と表示されているし、ロック状態は『オフ』と表示されていた。つまり、電気は点いていて、鍵はかかっていないと言うことだ。

 

 

「よし。空調機を直して、消灯、施錠して、明日、八神二等陸佐に『施錠されていませんでした』と報告しよう」

 

 

 独り言とポツリとはいてから、ドアを開けると、

 

 

「……八神二等陸佐、リインフォース・ツヴァイ空曹長?」

 

 

 デスクに突っ伏しながら静かに寝息を立てているはやてとリインがそこにいた。

 

 

「ふむ」

 

 

 しばらく考えた後、彼は胸ポケットからメモ帳を取り出しぺらぺらとめくりだした。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

(あるじ)、主」

「んぅ~」

 

 

 シグナムが何度目かはやての肩をさすった後、やっと彼女は声をもらした。

 

 

「このようなところで寝てしまっては風邪を引いてしまいます」

「ふぇ?」

 

 

 彼女はゆっくりを目を開けてからだを起こす。

 

 

「あれ、シグナム? どないしたん?」

 

 

 こしこしと(まぶた)(こす)り、口を押さえて小さくあくびをする。

 

 

「カギネ三等陸士が、主が私を呼んでいると」

 

 

 夜間練習を終えたところで彼に会いまして。とシグナムはリインの頬を指先でちょいちょい突付いて起こしながらここにいる理由を答える。

 

 

「私が? 呼んでへんけど?」

「そうですか? ですが、ここで寝てしまっては風邪を引いてしまいます」

 

(ここ? ここって……)

 

 

 ふと周りと見渡して、ここが自分のオフィスであることに気付き、自分がなんの最中であるかも気付いた。

 

 

「しもた! 書類――」

 

 

 向こうのデスクで小さなあくびと伸びをしながら起きるリインをよそに、急いで待機中であった画面を開きなおして中身を確認する。

 

 

「……あれ? 終わって、る」

 

 

 まだ途中であった書類が残っていたはずなのに、どの書類を見ても綺麗に仕上がっていた。

 

 

(せやけど、この書類は手をつけてへん、で。 ……シグナムなんて? カギネ三等陸士? なんであの人が?)

 

 

 はやてが覚醒し始めた思考をまわし始めると、

 

 

「あ~~~!」

 

 

 リインが声を上げる。

 

 

「どないしたん、リイン?」

 

 

 そうすると、彼女は自分の手には大きすぎる物体を持ってシグナムとはやてに見せる。

 

 

「チョコですぅ」

 

 

 ひとくちサイズのチョコを彼女はうれしそうに抱えてるのを見て、ふと自分のデスクに目をやると、(はし)のほうにリインと同じチョコが1枚の紙の上にぽつんと置いてあった。

 

 

「わたしにもある」

 

 

 手にとってみたそのチョコは透明のビニールにキャンディのようにくるまれており、なにも変哲のない、市販のそれである。

 そして、同時にその下にあった1枚の紙を取り上げる。

 

 

(手紙? なになに……)

 

 

 

『八神二等陸佐、お疲れ様です。

 カギネ三等陸士です。

 空調設備の見回りをしていたところ、部隊長オフィスの空調機から若干の異音が聞こえていたので修理のため、入室しようと3回ブザーを鳴らしたのですが、反応がありませんでしたので、申し訳ありませんと思いながら入室した次第です。

 空調機の修理は滞りなく終了しました。

 加えて、二等陸佐のデスクでの睡眠から疲労と判断し、私の分かる範囲で高町一等空尉やテスタロッサ・ハラオウン執務官、及び新人たちの書類から情報をすいあげ、書類を書き上げました。報告は明日の午後と言うことなので、確認と修正で間に合うと思います。

 もし、不備があるようでしたら、削除の上、再作成をしてください』

 

 

 

 そこまで読み進めて、書類をななめに読んでいくが、別段不備はなさそうであることを確認し、手紙へ視線を落とす。

 

 

 

『デスクの上に市販のチョコを置いておきます。疲労には甘いものをとると良いと、本で読んだことがあったためです。

 そして、夕食時にリインフォース・ツヴァイ空曹長が欲しいと仰っていた食器を試しに作成してみました。移動寝室の上においておきます

 こちらも何かございましたら、返却してください』

 

 

 

 今度はリインの近くにおいてある黒い手持ちのバッグの上に視線を移すと、何かを包んでいるティシュペーパーが置いてある。特に中身は確認しないが、手紙に書かれているものだろうと、また手紙に視線を落とした。

 

 

 

『あなたの肩にかけているストールはよろしければ後日お返しください。

 それでは、あなたやリインフォース・ツヴァイ空曹長を運べる人がいないか探してきます。私では運ぶことができませんので。

 

 以上、失礼いたします。

 

 

追伸:

 もし、チョコを召された際には、いつも以上に念入りに歯を磨くことをお忘れなく。

 

 電磁算気器子部工機課より出向

   コタロウ・カギネ三等陸士』

 

 

 

 そこまで読んでから、視線を上げると、リインは口の周りを汚すのも何のそので嬉しそうにチョコを食べ、シグナムはそれをみて嘆息しているのが目に入る。

 はやても丁寧に手紙を2つに折り、自分の肩にかかっているどこか見覚えのある鳶色(とびいろ)のストールを横目で見てから嘆息した。

 

 

(こ、子どもあつかい)

 

「ほら、主はやてもため息をついているぞ?」

 

 

 そこでリインは「う?」 とはやてを見る。

 

 

「それくらいにしときぃ、寝る前にそんなに食べると太るでぇ」

「う゛」

「あと、ちゃんと歯を磨こうなぁ」

「……は~いですぅ」

 

 

 リインは返事をすると名残惜しそうに、残りをしまう。

 その後、リインの書類をみて、それも仕上がっているのを確認し、彼女たち3人はオフィスを出る。

 

 

(書類整理もほぼ完璧。というより、雑務という雑務、修理という修理に特化した人間。これはアルトやルキノは太刀打ちできへんわ)

 

 

 ぽいッとチョコを頬張り、歩きながら軽く目を閉じてから片目を開けてリインを見る。

 

 

(さらに……)

 

「ん~~、ふふ~~ん」

 

 

 彼女は自分のサイズぴったりのスプーンやナイフ、フォークに目を輝かせていた。

 

 

(器用さも、並みのもんやあらへん。これはコタロウさんがすごいんか、それとも工機課のみなさんがこうなのか)

 

 

 今度、ナカジマ三佐に聞いてみよか。と考えながら腕にかけているストールをぼやりと見て、あくびをこらえた後、

 

 

「――ッ!?」

 

 

 はやてにほんのり頬に朱が入り、今まで考えていたことが真っ白になる。

 

 

「はやてちゃん?」

「主、どうされたので?」

「い、いや、なんでもあらへん」

 

(今の今まで気付かへんかったわ)

 

 

 胸に手をやり、静かに深呼吸をした。

 

 

(ね、寝顔みられたかもしれへん)

 

 

 はやてはコタロウという以前に、自分では確認できない無防備な自分の顔を異性に見られたことなど無かった。

 

 

 

 

 



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第12話 『言い忘れ』

 

 

 

 

 はやてが後日コタロウにストールを返したときに、それがコタロウの普段から腰に()げている『傘』の生地部分であることにはすぐに気付いた。

 何せ『傘』が骨組みだけの状態で少し寒そうなのが目に入ったからである。

 彼女は彼が書いた書類に不備が見られなかったこと、リインの食器のこと、そしてチョコについてお礼をした後、ストールについては別にお礼を述べる。

 

 

「あと、コタロウさん、ストールどうもありがとう。と、言いたいところやけど、生地がストール代わりって、少し(きたな)くはないやろか?」

「自浄機能付きであるため、問題ありません」

 

 

 冗談めいた愛想笑い込みの自分でも少し可愛く思うくらいでお礼を言ってみたが、相手は表情一つ変えず、ストールを受け取り、『傘』に取り付けた――実際には「傘、装着(マウント)」と命令した――後、

 

 

「お役に立てれば幸いです。それでは、午前の訓練を見に行かなければならないので」

 

 

 ぺこりと帽子を取ってお辞儀をし、すたすたと歩いていってしまった。

 

 

「…………」

 

 

 コタロウが歩いてきたほうからリインがすれ違いに飛んでくる。彼女も嬉しそうに食器の礼をしていた。

 

 

「はやてちゃん、どうしたんですか?」

 

 

 愛想笑いのまま固まっている彼女をみて、首を傾げる。

 

 

「……リイン、コタロウさんにどついてもええ?」

「ど、どうしたんですか!?」

「なんでもあらへんよ~」

「顔が笑って、いや、笑ってはいるんですけど……」

 

 

 怖いですぅ。などとは口が裂けても言えなかった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第12話 『言い忘れ』

 

 

 

 

 

 

「5月13日、部隊の正式稼動後、初の緊急出動がありました。密輸ルートで運び込まれたロストロギア、レリックを――」

 

 

 リインはその後、数日前の出動任務について自分なりの日誌をつけていた。

 

 

「――初任務としてはまず問題ない滑り出しだと部隊長のはやてちゃん、六課の後見人騎士カリムやクロノ提督たちも満足されているようです。っと――」

「リイン曹長」

 

 

 ふと画面から顔を上げると左手にファイリングボードを持ったシャリオがいた。

 

 

「あ、シャーリー」

「ご休憩中ですか?」

「休憩半分、お仕事半分。個人的な勤務日誌をつけてたですよ~」

 

 

 日誌をつけ終わり――最後に「コタロウさんはまだ、リインと呼んでくれません」と記載し――画面を閉じると、シャリオの正面にふわりと近づく。

 

 

「シャーリーは?」

「新しいデバイスの調子を見に、訓練場のほうに行ってきたんですよ?」

「そうですか~。みんな、元気でした?」

「フォワード陣もデバイスたちも、絶好調です!」

 

 

 シャリオは先程訓練場で初めてコタロウの画面操作をみて、嘆息した呆れ顔だったが、すぐに戻して明るく答えた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 実際訓練が始まるとコタロウが各グループに対して画面展開し、全員を驚かせたことなんてすぐに頭の片隅まで追いやり、隊長たちは教えること、新人たちは教えられることに集中した。

 スバルは現在、背中を木にたたきつけられ、「()ぅ」とうめき声を上げている。

 

 

「なるほど。バリアの強度自体はそんなに悪くねェな」

「はは。ありがとうございます」

 

 

 ヴィータが評価をし始めたため、大きく息をついてからスバルは彼女に近づき、

 

 

「アタシやお前のポジション、フロントアタッカーはな、敵陣で単身に切り込んだり、最前線で防衛ラインを守ったりが主な仕事なんだ。防御スキルと生存能力が高いほど、攻撃時間が長く取れるし、サポート陣にも頼らねェで済む。って、これはなのはに教わったな」

「はい、ヴィータ副隊長!」

 

 

 大きく返事をすると、ヴィータは両手を(かざ)して魔力を展開する。

 

 

「受け止めるバリア系、(はじ)いて()らすシールド系、身に(まと)って自分を守るフィールド系。この3種を使いこなしつつ、ポンポン吹っ飛ばされねェように、下半身の踏ん張りと、マッハキャリバーの使いこなしを身に着けろ」

「頑張ります!」

 

<学習します>

 

 

 短い間にスバルの個人内変動(くせ)を学習したマッハキャリバーはまだまだ覚えることは多そうだと意気込んでいるようにみえる。

 

 

「防御ごと(つぶ)す打撃は、アタシの専門分野だからな」

 

 

 自分の身長ほどある大きな槌の先をスバルに向けると、

 

 

「グラーフアイゼンに打っ叩かれたくなかったら……」

 

 

 ヴィータの目の色が変わる。

 

 

「しっかり守れよ」

「はい!」

 

 

 そのときは身の心配はしないからな。と思わせる低い声に相応の返事で応えてみせた。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「エリオやキャロは、スバルやヴィータみたいに頑丈じゃないから、反応と回避がまず最重要。例えば――」

 

 

 フェイトの周囲には現在複数の障害物と球体機器(スフィア)に囲まれている状態で、合図とともにスフィアからビームが発せられると、彼女はステップやジャンプをして避ける。

 

 

「まずは動き回って狙わせない」

 

 

 障害物を左右へ横切り、相手を錯乱させ、

 

 

「攻撃が当たる位置に、長居しない。ね?」

『はい!』

 

 

 こうすればよい。と、手本を見せる。

 

 

「これを、確実にできるようになったら――」

 

 

 2人はこれから先は早さが上がるのだろうという予測は正しく、スフィアの目標への認知、攻撃までの早さと速さがあがり始め、目で追うのがやっとになる。

 しかし、フェイトは先程2人に教えたことを忠実に再現しながら避けていく。

 

 

『ッ――!!』

 

 

 2人が声を上げたのは、フェイトがある地点に長居をしたため、攻撃の的になり、スフィアからの一斉射撃を受けたからである。

 悪い見本でも見せたのだろうかと思った矢先、

 

 

「こんな感じにね?」

 

 

 後ろのほうで声がしたので振り向くと、ついさっきまで正面にいた女性が「はじめからこんなのは無理かな?」 というように眉をハの字にして微笑んでいた。

 もう一度正面を向くと、彼女の移動の軌跡が地面をえぐるように残されているのがみえ、感嘆する。

 

 

「今のも、ゆっくりやれば誰でもできる基礎アクションを早回しにしてるだけなんだよ?」

『は、はい』

「スピードが上がれば上がるほど、勘やセンスに頼って動くのは危ないの」

 

 

 フェイトはゆっくり2人の正面に立って視線が合うように屈んで、

 

 

「ガードウィングのエリオはどの位置からでも、攻撃やサポートができるように。フルバックのキャロは素早く動いて、仲間の支援をしてあげられるように」

 

 

 エリオとキャロの肩にぽんと手を置く。

 

 

「確実で、有効な回避アクションの基礎。しっかり覚えていこう?」

『はい!』

「キュクル~」

 

 

 私も! と、フリードが尻尾を振った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「うん。いいよ、ティアナ。その調子!」

 

 

 なのはとティアナのほうでは魔力弾が飛び交い、2人の弾丸がぶつかるたびに大きな音がして、地面が響いていた。

 

 

「ティアナみたいな精密射撃型は、一々避けたり受けたりしてたんじゃ、仕事ができないからね」

 

 

 なのはが人差し指を上げると、いつもの彼女の魔力弾とは色の違うものが2つ指先に集まる。

 

 

「――ッ!? バレット、レフト(ヴイ)、ライトRF(アールエフ)!」

 

 

 ティアナのデバイス、クロスミラージュが反応した直後、背後から別の弾丸が彼女を狙う。

 今いる位置から飛び退き、身体を回転させて避けると、すかさずなのはが彼女に狙いを定める。

 

 

「ほら。そうやって動いちゃうと後が続かない」

 

 

 起き上がりの隙をつき、彼女は弾丸を撃つとティアナはその2つに向かって撃鉄(げきてつ)を引き、引き金を引く。

 弾丸の一つは互いに交差しながら上空へ駆け上がっていき、もう一つは地面に水平に直進に弾丸同士が当たって雲散した。

 

 

「そう、それ! 足は留めて視野は広く。……射撃型の真髄は――」

 

 

 ティアナはなのはが制御する弾丸を次々と命中させて霧消していく。

 

 

「あらゆる相手に正確な弾丸を選択(セレクト)して命中させる」

 

 

 弾倉を交換しまた次、また次と打ち抜く。

 

 

「判断速度と命中精度!」

「チームの中央に立って、誰より早く中長距離を制する。それが、私やティアナのポジション、センターガードの役目だよ」

 

 

 またもう1つ、いや、複数個魔力弾をなのはは生成した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

 はやて、リイン、シャリオが隊舎の外に出たとき、ちょうど向こうからフォワード陣たちが歩いてくるのが見えた。

 

 

「あ、皆お疲れさんや」

『はい』

「はやてとリインは外回り?」

「はいです。ヴィータちゃん」

「うん。ナカジマ三佐とお話してくるよ。スバル、お父さんやお姉ちゃんに何か伝言とかあるか?」

「いえ、大丈夫です」

 

 

 スバルは手をひらひら振る。

 その反応を見てからジト目で1人に視線を送る。

 

 

「それと、コタロウさん」

「はい。何でしょうか、八神二等陸佐?」

「あんさんについて、よ~く聞いてくるからな?」

「……はぁ。私について、ですか? 私、そのナカジマ三等陸佐にお会いしたことがないのですが」

 

 

 コタロウはただ上長に言われて出向されてきただけなので直接ゲンヤに会ったことはない。

 

 

「ちゃうちゃう。機械士についてや。もう驚かへんようにな!」

「驚く、ですか? というより、機械士というのは――」

「ええな!」

「……はい」

 

 

 なにか説明しようと口を開くが、基本的にコタロウは反抗ということはしないため、こくりと頷く。

 

 

「コイツについてわかることはぜ~んぶ聞いてこいよ、リイン!」

「紹介情報以上にわかる工機課の情報を仕入れてきてください、八神部隊長!」

 

 

 言葉に出したのはヴィータとシャリオであるが、ここにいる全員が『よろしくお願いします!』 と言っているような表情をしている。

 コタロウが首を傾げる中、はやてとリインは皆の意思を確認すると、颯爽と車を走らせていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 

 ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐は一通りはやてのロストロギアの密輸ルートについての詳細を聞き、ちょうど良く冷めたお茶を口にする。

 結果だけいうと、調査のための人材が欲しいということらしい。

 

 

「ま、筋は通ってんな。いいだろう、引き受けた」

 

(肝心なところは濁すか。質問しても、のらりくらりやられそうだな。すこし、傍観に努めるか。言うのは点が線になったときだな)

 

 

「ありがとうございます」

「捜査主任はカルタスで、ギンガはその副官だ。2人とも知った顔だし、ギンガならお前も使いやすいだろう?」

「はい」

 

 

 モニターで説明するために立っていたはやては、スカートに手を当て、ちょこんとゲンヤを正面にして座る。

 

 

「うちのほうは、テスタロッサ・ハラオウン執務官が捜査主任になりますから、ギンガもやりやすいんじゃないかと」

 

(しかし、よく頭がまわる)

 

「スバルに続いて、ギンガまでお借りするかたちになってしもうて、ちょっと心苦しくはあるんですが……」

「なに、スバルは自分で選んだことだし、ギンガもハラオウンのお嬢と一緒の仕事は嬉しいだろうよ」

「はい」

「しかし、まぁ、お前も気が付きゃ俺の上官なんだよなぁ。魔導師キャリア組の出世は早ェなぁ」

 

 

 ゲンヤはさすがといわんばかりに呆れ混じりにお茶で喉を潤すと、はやてはどう切り返せば分からない顔をして、

 

 

「魔導師の階級なんて、ただの飾りですよ。中央や本局へ行ったら、一般士官からも小娘扱いです」

「だろうなぁ。っと、すまんなぁ。俺も小娘扱いしてる」

「……ナカジマ三佐は今も昔も私が尊敬する上官ですから」

 

 

 ここだけは心に留めていますとばかりに、彼女はゲンヤに目を合わせる。

 

 

(女性は嘘を付くとき目を合わせるみたいだが、コイツの場合は分からんな)

 

「そうかい」

 

 

 しかし、実のところゲンヤの少し後ろに焦点をあわせて恥ずかしさを隠しているのは、本人しか分からない。

 

 

「失礼します。ラット・カルタス二等陸尉です」

 

 

 話が一段落したところで、ゲンヤがモニタを展開して一人の男性に通信をとる。

 

 

「おォ、八神二佐から外部協力任務の依頼だ。ギンガ連れて、会議室でちょいと打ち合わせをしてくれや」

 

 

 了解しました。といって、通信を打ち切る。

 

 

「ありがとうございます」

「打ち合わせが済んだら、メシでも食うか」

「はい! ご一緒します」

 

 

 はやては笑顔で応えるがすぐに真摯な顔になる。

 

 

「ナカジマ三佐」

「ん、どうした。まさか、他に人を出せとか言うんじゃねェだろうな」

 

 

 それはさっきのロストロギアの密輸ルートについての説明くらいの表情だ。

 

 

機械士(マシナリー)って何者なんですか?」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 会議の後、はやてはリインとともにゲンヤ、ギンガと一見和風とも思える食堂で食事をすることになる。

 この食堂はゲンヤがよく通っているようで味も確かであった。

 

 

「そんな人、いるんですか?」

 

 

 スバルの姉ギンガ・ナカジマは普段は落ち着いた、沈着な女性であるが、はやての話を聞いたときはさすがに青い長髪を少し揺らして驚いた顔になっていた。

 

 

「本当に優秀な人間みたいだな、その、カギネ三等陸士っていうのは」

 

 

 ゲンヤは箸で魚を(つい)ばみながら依頼した工機課課長を思い出しながら笑う。

 

 

「笑い事やあらへんですよ」

「この食器も然りですぅ」

 

 

 彼が作成した食器の中には箸も含まれていた。

 

 

「まぁ、機械士が器用なのは事実だな。それくらいわけはない」

 

 

 ギンガはリインのスプーンを手に取り、それには装飾も施されているのをみてさらに驚く。

 

 

「機械士っていうのは修理が主なんですよね? なんで書類整理も凄いんですか?」

 

 

 彼はぐいとお茶を飲んで、にやりとする。

 

 

「そりゃ副産物だ」

「副産物?」

「ですか?」

「あいつ等は、修理をするにあたっては設計図を見たりもするわな。だが、その設計図は自分が作ったもんじゃねぇ」

「…………」

「自分が作ったものでもねぇ設計図を見たり、それに関わる資料をみているうちに書き手の性格を無意識のうちに読み取る技術がつく」

 

 

 今は専門メカニックが自分で設計したものを自分で作成し、自分で修理するだろう? とさらに言葉を繋ぐ。

 

 

「加えて、質量兵器の機械調査も請け負ってるんだから、情報整理、書類作成はお手のもんだ」

 

 

 そこまで聞いて3人は『なるほど』と息を吐くと、ギンガが口を開く。

 

 

「でも、そういうことなら、私たちでも――」

「『やっている』わな。でも、工機課の人間は全部で何人か知ってるか?」

「確か、5人、と」

 

 

 そこでいち早く答えたはやてはぞくりと背筋に違和感を覚える。

 

 

「そう、5人で、課の紹介情報にはなんて書いてあった?」

 

 

 リインはそこでモニタと開きポンとキーを叩く。

 

 

「『時空管理局陸上における、電磁、電算、電気、電器、電子部品を担う部であり、工機課はさらに工業生産部品、主に管理世界に存在する質量兵器の調査、検証を行う課』ですぅ」

「まぁ、あえて言うなら、その情報は設立当初から変わってねぇから、正しくは陸に海も追加されていることだな。設立が陸なんで海がついていないだけだ」

 

 

 至極簡単に管理局上の機械すべての修理を5人でやっていると言ってのけた。

 

 

『…………』

「な? 言い得て妙だろう?」

 

 

 ま、現在は各部や課には専門メカニックがいるから、忙しさはさほどでもないがな。とそこまで言うと、店員にお茶のおかわりを注文する。

 

 

「つまり、管理局の機械の修理を5人でまわしていると?」

「いや、今はほとんどそういうことはない。それでも見てきた書類の数は俺やお前等がやってきた量とは段違いだ。特に俺が入局3年目くらいまではそういった機器のインフラは後回しされ、工機課に集約させてなんとかやってたからな。まぁ、昔は5人じゃなかったが」

『…………』

 

 

 他の3人は言葉を出すことができなかった。

 

 

「だから、そのときは“困ったときは工機課の機械士(マシナリー)へ”なんて言ったもんだ」

 

 

 今はこの言葉なんて、俺より上の人間しか知らんだろうなぁ。そもそも機械士なんて工機課にしかいねぇのに。と感慨深く息を漏らす。

 

 

「な、なんとなく、わかりました。機械士の凄さが。でも、そんな凄い課ならどうして私たちが知らないんですやろか?」

「そりゃ、おめェらが若いからだろ。あいつらは基本末端だし、メカニックの下に付いて、目立たず、細々と忠実に動くからな。ましてや魔導師なんて、入局入隊してから退役するまで会うこともないだろう。まぁ、お前等の知らないところで、お前等がやらない仕事をやってる『縁の下の力持ち』の代表だな」

「はぁ」

「しかし、その修理の速さと記憶力はちょいと異常だな。それは個人的なものだろう。それに感情表現もだ」

 

 

 また、一口ご飯を運び飲み込んだ後、

 

 

「あいつらは修理する過程で使う人間のこともよく観察するからな。人間を嫌いになることなんて皆無だ」

 

(というと、あの丁寧口調も性格か。基本、あの速さや記憶力は個人に能力ということやねぇ)

 

 

 はやては指をあごにおいて何度か頷く。

 

 

「どうだ、機械士についてすこしは詳しくなったか?」

「あ、はい。大変参考になりました」

 

 

 ゲンヤに会う前とは随分と機械士について知ることができて、はやて、リインは満足そうだ。

 いざ、2人は食事を再開しようとしたときに、連絡が入る。

 

 

「――うん、うん。了解や。すぐ戻るから、対策会議しよ。ちょうど捜査の助け()も借りられたところやから――」

 

(機械士についても……コタロウさんについてはまだ不明なところがあるけど)

 

「うん。そんなら、また後で」

 

 

 そう言って通信をきる。

 

 

「なにか、進展ですか?」

「うーん。事件の犯人の手がかりがちょっとな」

 

 

 一度、機械士については頭の片隅に追いやり、頭を切り替える。

 

 

「というわけで、すみませんナカジマ三佐。私はこれで失礼させていただきます」

「おォ」

 

 

 はやては会計をしようと伝票に手を伸ばしたが、ゲンヤがそれを制して先にとり、

 

 

「そ、そんな――」

「さっさと行ってやんな。部下が待ってるんだろう?」

 

 

 立ち上がっているはやてに挑戦的な上目遣いを向ける。

 

 

「……はい。ギンガはまた、私かフェイトちゃんから連絡するな?」

「はい。お待ちしています」

「ほないこか、リイン?」

「は~いですぅ」

 

 

 そういって2人は足早に食堂を後にした。

 

 

「……あ」

「お父さん、どうしたんです?」

「いや、機械士について言い忘れたことがあった」

「え?」

「まぁ、事件にゃ、なぁんも関係ないから、いいといえばいいな」

 

 

 ゲンヤはごくりとお茶を一口、言葉一つを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 



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第13話 『バンソウコウとキィ』

 

 

 

 

 

 機動六課に関わらず個人訓練というものは、ひとりひとりにかかる体力の消耗、精神力的な負担が多いため、それ相応の回復する場が必要なのは教導官の中で知らないものはいない。

 その中で、的確な訓練を生徒たちに与えることが教導官の腕の見せ所のひとつでもある。

 しかし休暇と等しくなってしまっては生徒たちは何もできなくなってしまう。

 生徒といっても局員なのだ。身体を鍛えるだけが仕事ではない。

 教導官なのはは自分の生徒たちに対し、午前中は事務処理をさせることによって、回復と仕事の両立を図っていた。

 

 

「――ん? どうしたの、はやてちゃん」

 

 

 午後に入ってすぐ、彼女に通信が入る。

 

 

「……それ本当? うん、こっちから連絡しておくね」

 

 

 その後、何回か相槌を打ち、「了解。じゃあまた後で」と返事した後、通信をきった。

 

 

(ジュエルシードにドクター・ジェイル・スカリエッティ……これから多分、事件の真相が分かってくる(ごと)に、任務も難しくなってくる。しっかり、教え導かなくちゃ)

 

 

 モニターから視線をあげて、新人たちを見る。

 フェイト主催で行われたこの前の対策会議で、今回のレリックにジェイル・スカリエッティという人物が浮上してきた。

 その男はレリックの事件に関わらず、ロストロギア関連事件を始めとして数え切れないくらいの罪状で超広域指名手配されている一級捜索指定の次元犯罪者というのだ。

 そして、フェイトが以前から追っている人物でもある。

 おそらく、あらゆる証拠を集めればこの男に落ち着くことは間違いないだろうが、情報はまだまだ足りない。

 その真相究明、解決に向けて新人たちの実力を確実に向上させなければならないと、彼女は心に強く込め、ひとつ息をついた。

 

 

(でも、それには確実に前にある任務をこなしていくことが大事だよね)

 

 

 そうして先程はやてから受けた新しい任務に、ふふっと微笑む。

 

 

(今回の任務で少しでも場数を踏んで、もっと六課の繋がりを強くできたらいいな)

 

 

 なのははメールを1つ、とある2名に送信してから、新人たちに任務を伝えるために立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「え、派遣任務、ですか?」

「しかも異世界に?」

「うん。決定事項。緊急出動が無ければ2時間後に出発だそうだから――」

 

 

 なのはは2人に目配せする。

 

 

「今の作業を片付けたら、出動準備をしておいてね?」

 

 

 スバルとティアナは返事をして、事務仕事のペースを上げた。

 

 

 

 

 

 一方、それはキャロ、エリオにもフェイトから連絡を受けていた。

 

 

「レリックやガジェットの出現なんでしょうか?」

「まだ、分からないけど、ロストロギア関連ではあるみたいだね」

「はい」

 

 

 転送先まではヘリで向かうらしく、連絡を聞いた2人はすこし緊張気味である。

 

 

「まぁ、前線メンバー全員出動だし、いつもの任務とあまり変わらないよ。エリオもキャロも平常心でね」

 

 

 フェイトはその緊張を解くように努め、

 

 

『はい!』

 

 

 それに成功したようだ。

 

 

「じゃ、準備して屋上ヘリポートへ集合ね?」

『はい! フェイトさん』

 

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 その出張先へ行くメンバーは本当に前線メンバーほとんどで、現在ヘリには、はやて、フェイト、そしてなのはたち隊長陣と副隊長陣のヴォルケンリッターと新人たちといった大所帯であった。

 ヴォルケンリッターのザフィーラだけが六課に残って守護に徹するという。

 そして、その行き先が前線メンバーのほとんどを向かわせる理由のひとつでもある。

 ティアナが行き先を質問すると、

 

 

「第97管理外世界、現地惑星名称『地球』」

 

 

 それって。と、新人たちは声を漏らす。

 

 

「その星のちいさな島国の小さな町、日本の海鳴市、ロストロギアはそこに出現したそうや」

「地球って、フェイトさんが昔住んでた……」

「うん」

「私と、はやて隊長はそこの生まれ」

 

 

 はやても頷くと、

 

 

「私たちは6年ほど過ごしたな」

「うん。向こうに帰るの久しぶり」

 

 

 シグナムとシャマルも懐かしそうに頷いた。

 隊長たちがそこから談笑し始める中、新人たちはつい先日自分たちの出身について話していたことを思い出し、こちらも話しに花が咲いていた。

 ひととおり話が落ち着いたところで、キャロが行き先に付いてモニタを開く。

 

 

「第97管理外世界、文化レベル(ビー)――」

「魔法文化なし。次元移動手段な、し」

 

 

 あれ? と、ティアナは首を傾げ、

 

 

「魔法文化ないの?」

「ないよ。ウチのお父さんも魔力ゼロだし」

 

 

 彼女の独り言にスバルが答える。

 

 

「スバルさん、お母さん似なんですよね?」

 

 

 うん。と彼女が頷くと、それがティアナの疑問になる。

 

 

「じゃあ、なんでそんな世界から、なのはさんとか八神部隊長みたいなオーバー(エス)ランク魔導師が――」

「突然変異というか、たまたまな感じかな?」

 

 

 ひょっこりとはやてが会話に参加してきてティアナは驚いて、急いで謝罪するが、

 

 

「ええよ、べつに」

 

 

 特に気にもせず、ひらひらと手を振って返した。

 

 

「私も、はやて隊長も魔法と出会ったのは偶然だしね」

 

 

 なのはの簡素な経緯に彼女も頷くと、

 

 

「あ、シャマルありがとです~!」

 

 

 その話の向こう側では、リインとシャマルのやり取りが聞こえてきた。

 

 

「リインさん、その服って?」

 

 

 キャロがシャマルの持っているものに目をやると、自分にも少し小さく見える服がそこにあった。

 

 

「はやてちゃんの小さい頃のおさがりです」

「あ、いえ、そうではなく……」

「なんか、普通の人のサイズだなと」

 

 

 エリオとキャロがどうもその服が何であるのかの理由がわからない顔をしていると、リインは、あぁと気付く。

 

 

「フォワードの皆にはみせたこと無かったですね?」

 

 

 人差し指を口に当てにっこり笑うと、

 

 

「システムスイッチ・アウトフレーム・フルサイズ!」

 

 

 そう唱えると、彼女の全身が光り、全員の目の前に1人の少女が現れた。

 

 

『おォ!』

 

 

 新人たちは大きく目を見開いて驚く。

 

 

「っと。一応これくらいのサイズにもなれるですよ?」

「……でかっ」

「いや、それでもちっちゃいけど」

「普通の女の子のサイズですね」

「向こうの世界にはリインサイズの人間も、ふわふわ飛んでる人間もいねェからな」

 

 

 ミッドにもそのような人間はいないと思います。とティアナは苦笑いしながらヴィータにつっこみを入れ、スバルもそれに同意する。

 

 

「だいたい、エリオやキャロと同じくらいですかね?」

「ですね」

「リインさん可愛いです」

 

 

 このような場に少年少女3人が談笑しているのはすこし異様だと思いながらも、ふとスバルはもう1つ思うところがあった。

 

 

「……リイン曹長。そのサイズでいたほうが便利じゃないんですか?」

「こっちの姿は燃費と魔力効率があんまり良くないんですよ。コンパクトサイズで飛んでるほうが楽チンなんです」

 

 

 なるほど確かに。とリインの説明を聞いて頷いた。

 

 

「そうすると、コレはしばらくお別れですねぇ」

 

 

 彼女は移動寝室から何かを取り出し、しょうがないという顔をしている。

 

 

「コレってなんですか?」

「これですよ~」

 

 

 スバルはリインからそれを受け取り、ティアナはスバルの手のひらから(つま)み上げた。

 ヴィータも気になってか彼女から1つ貰う。

 

 

「コタロウさんが作ってくれた食器です~」

『……へ?』

「……は?」

 

 

 よくできてるでしょう? と、少女は胸を張る。

 スバルの手にはナイフとフォーク、ティアナの手にはスプーン、ヴィータの手には箸があった。

 始めはおもちゃかと思ったが、そんなことはない。しっかりと花と(つる)の装飾が施されているのだ。

 

 

「しかもこれ見てください」

 

 

 どこから出したかわからないルーペをスバルに渡して、彼女はそれを使ってしげりと見ると()の裏側にアルファベットで、

 

 

『リインフォース・ツヴァイ』

 

 

 と、彫られていた。

 

 

『…………』

 

 

 気付けばエリオとキャロも覗き込んでいる。

 

 

「……なぁ、リイン」

「なんです?」

「この前、ナカジマ三佐から聞いてきたこと……」

「それは私が教えるよ~」

 

 

 はやては以前ゲンヤから教えてもらったことをしまっていた頭の引き出しから既に取り出していた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「――というわけや。つまるところ、紹介情報のままなんよ」

『…………』

 

 

 はやてが説明し終わった後、シグナムとシャマルでさえあいた口がふさがらないでいた。

 

 

「ヴィータにみせた『記憶力』。私や皆に見せた修理の『速さ』は別物みたいやけど、それ以外のキーの操作や、修理そのものの技術は機械士(マシナリー)本来の能力みたいやね」

 

 

 うんうんとリインも頷いている。

 

 

「まぁ、悪い人やないし、新人たちからみた私たちみたいな人ということやな」

 

 

 自分を自慢するという意味やないんやけど。と息をつく。

 

 

「早い話、技術について隊長陣含め全員、分野が違うので驚いていただけというわけですぅ」

「素直に凄いと思って、気にしないことやね」

 

 

 たしかに、ここにいる全員は魔導師や教育者として仕事をこなすことが多く、技術者としてその現場に勤めたことはない。

 そう考えると、なんとなく、なんとなく納得することができたため心に余裕が作ることができた。

 

 

「……そういえば、今日コタロウさんを見ていませんね」

「そ、そうだね」

 

 

 そしてキャロがゆっくりと、この話題の終わりに足を進めるとスバルもそれにのる。

 

 

「まぁ、あの人はいつも私たちといるけど、前線メンバーじゃないし」

「技術者、機械士ですもんね」

 

 

 ティアナとエリオもついてくる。

 

 

「あー、コタロウさんは今日、お休みやよ。休暇届けは先日もろてる」

「たしか、外出届けも出ていましたですねぇ」

 

 

 大きくなったリインがモニターを出す。

 

 

「『コタロウ・カギネ三等陸士。休暇願』」

 

 

 別に読まなくてもいいんじゃ。とまわりは思うが、話の流れ上、特に重要でない会話のような感覚で聞くことにする。

 

 

「『外出先、第97管理外世界、現地惑星名称『地球』の日本』」

『…………』

 

 

 リインもそこまで言った後、

 

 

『ハイ?』

 

 

 そろえて声が上擦る。

 そこで初めて休暇の外出先を知った。

 はやてとリインは彼から受け取った時、彼の仕事そのものに問題ないことが既に周知の事実の領域に達していたため、中身を確認せずに了承したのだ。

 次に任意記載項目である外出用件に記載が見られたため目を移す。

 そこには、

 

「え、えと、えと『正義の味方を拝見してきます』」

『…………』

 

 

 またも少しの無言。

 

 

『ハイィ!?』

 

 

 凄いと思わなくても、全員気になって仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第13話 『バンソウコウとキィ』

 

 

 

 

 

 

 ここ海鳴市は海に面した街で、さらには山や丘もあるため、散歩やサイクリングには事欠かない場所である。

 特に今の季節、お昼に差し掛かる2時間くらい前は気温もちょうど良く、ぽかぽかと陽気なので、さらに外出する誘惑に勝てない人間を増やしていた。

 

 

「ん~! 本当に今日は良い天気ねぇ」

「それは今日何回目だぁ、エイミィ?」

 

 

 エイミィは自転車――前輪は1つで後輪は3輪、後ろに2席備え付けられている電動3人乗り――を()いでいるため、思い切り腕を上げてることができず、ぐっと肩に力を入れて寝起きのネコのように背筋を伸ばす。

 彼女は今、海の青さと山の深緑のどちらも楽しめる道を進んでいた。

 

 

「アルフは良い天気だと思わないのぉ?」

 

 

 自分の前カゴに目を落とすと、

 

 

「……へ? 気持ちいい天気だけど?」

 

 

 こちらはちらりと犬歯を(のぞ)かせて、思い切り身体全体使って伸ばしていた。カゴの中なので、すこし窮屈そうであるが、それはとるに足らないことのようだ。

 

 

「というか、そのフォームの時にしゃべらないの」

「なんだよぉ、しゃべりかけてきたのはエイミィじゃんかよぉ。なぁ、カレル、リエラ?」

『…………』

 

 

 紅い犬(・・・)は後ろの座席に座っている2人に聞こえるように声を出すが、反応はない。

 不思議に思ってエイミィは後ろを向くと、

 

 

『すぅ、すぅ』

 

 

 後ろの女の子が前の男の子に抱きつくかたちで寝息を立てて、ぐっすりと眠っていた。

 

 

「どうりで静かで背中が重いと思った」

 

 

 男の子は頭を彼女の背中につけて寝息を立てている。

 

 

(この天気じゃあ、負けちゃうよねぇ)

 

「まぁ、この天気――」

「アルフ、前、前!」

 

 

 エイミィは電動4輪の特性を大いに使って、いつでも安全に止まれる速さで走行していると向こうから歩行者が歩いてくるのが見え、後ろに顔を向けているアルフに声をかける。

 この世界のほとんどの動物はしゃべらないのだ。

 アルフは出す言葉を飲み込みこの世界の動物に成りきる。

 ワン! とほえると向こうがこちらに気付き、始めにアルフと目を合わせた後、エイミィと目が合う。

 

 

(こんな晴れてるのに、『傘』?)

 

 

 そんなことを思いながら彼女がぺこりと頭を下げ、その先のゆるいカーブを曲がるためにハンドルを操作しようとしたとき、彼の背後からいきなり自転車(マウンテンバイク)が飛び出してきた。

 

 

「――っ!!」

「このッ!!」

 

 

 

 エイミィはすぐに目を(つむ)ってブレーキをかけ――後ろの2人はびくりと目を覚ます――アルフはカゴから出ようとし、相手もすぐにブレーキをかけるが、間に合いそうも無い。

 その時、アルフは目を見開き、エイミィはごちんという音だけが聞こえた。

 

 

「そのような速さは危険だと思います」

 

 

 ゆっくりとエイミィが目を開くと、まず『傘』が見え、少しずつ視線を上げると、次に相手自転車のハンドルを右手で支えている男性の背中が目に入った。

 その後、エイミィは相手の自転車乗りは今日はじめてこの土地に来て、思わず魔が差しスピードを出しすぎてしまったことを1人の男性に話しているところを聞き、彼に一言、自分と2人の子どもたちに一言謝った後、ヘルメットを(かぶ)りなおしてゆっくり自転車を走らせていった。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

「はい。あの方と自転車は特になんとも無さそうです」

「え~と、いえ、貴方が」

 

 

 まだ、彼女は彼の背後しか見ていない。

 

 

「私が、ですか? はい。大丈夫です」

「…………」

 

 

 そう言ってくるり男性は振り向くと、

 

 

「ぜ、全然大丈夫そうにみえないんですけど……」

 

 

 無理矢理自転車を止めたため、相手の身が乗り出さないよう頭で相手の頭――ヘルメット付き――を抑えたからか(ひたい)から血が出ていた。

 血は鼻背(びはい)で2筋に分かれ口まで達した後、その男性はぺろりとそれを舐める。

 

 

「あ、本当だ」

「えと、すぐに病院へ!」

「いえ、コレくらいなら大丈夫です」

 

 

 その男性はつなぎを着ており、ジィと前を開けると中のポケットからちいさな傷薬とバンソウコウを取り出す。

 さらに、彼はきょろきょろと辺りを見回して近くにベンチを見つけて腰掛けると、傷薬を額に吹き付け、特徴的である寝ぼけ目をさらに細め眉根を寄せて顔を(ゆが)ませた。

 エイミィは慌てて近づき自転車を停め、自分のハンカチを取り出して相手の額を拭う。

 

 

「あ。ありがとうございます」

「いえ、これくらい」

 

 

 しばらくそっと押さえている間、アルフは子ども2人の面倒を見なければならず、ぺろぺろと舐めたり、じゃれたりしてかまっている。

 

 

「それ、貸してくださいませんか?」

 

 

 男性がじっとバンソウコウとにらめっこしているのを見て、声を掛けた。

 

 

「よろしいのですか?」

「……()ったとしても、お礼には足りないくらいです。あの、本当に大丈夫ですか?」

 

 

 これもまたそっと、そして相手が顔を歪ませないようにバンソウコウを貼って、いたわるように相手の顔を覗き込むと、

 

 

「大丈夫です」

 

 

 自分でも確かめるように右手でおずおずと額を撫でて、問題ないことを確認した。

 

 

「え、と、後でちゃんと病院へ行って見てもらったほうがいいと思います」

 

 

 彼女は自転車に乗り、なにかお礼するものは無いかと自分のポケットを探したりするが、散歩ということで特に何も持ち合わせておらず、申し訳ない気持ちも込めて心配そうにもう一度彼の額にそっと手を当て声を掛けると、相手はこくりと頷く。

 

 

「…………」

 

 

 頷いた後、彼は何故か無言で前カゴにいるアルフをじっと見ていた。

 

 

(どうしたんだろう?)

 

「うちのアルフがどうかしました?」

 

 

 そういうと、相手はまた眉根を寄せる。

 

 

「……そのアルフさん、ぶつかりそうになった時、しゃべってませんでした?」

 

 

 エイミィは思わず彼の額に当てていたほうの手に力を入れてしまった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 コタロウはしばらく海鳴市の海辺や山などを中心に歩き、休暇を満喫した。

 

 

(ジャンとロビンの言ったとおり、本当に自然が楽しめる場所だなぁ。また、機会があったら来ようかな)

 

 

 そんなことを思い、初めていく土地では迷うという自分の特性も楽しみの1つとし、人に道を聞きながら、地図を見ながら、時々額を(さす)りながら午前と午後――昼食はミッドチルダで購入した簡易食料――を過ごす。

 そして、現在は本日の最優先事項をクリアするためにとある8階建てのデパートに来ていた。

 

 

(よし、時間も20分前。充分間に合う時間だ)

 

 

 ゆっくりエスカレータで行こうと2階に差し掛かったとき、

 

 

「うわァん」

 

 

 きょろきょろと辺りを見回した後、大きな声で泣く少年がいた。

 

 

(迷子、かな?)

 

 

 彼は近づいて声を掛けると、

 

 

「あの、どうしましたか?」

「う? ぐす、ぐすん、うわァあん」

 

 

 さらに大きな声で泣き出してしまった。

 

 

「ふむ」

 

 

 しかし、彼は慌てる様子は無く、今度はしゃがんで少年と同じ視線になり、右腿(みぎもも)のポケットから袋で包まれているマシュマロを1つ取り出す。

 

 

「マシュマロ、食べますか?」

 

 

 そうすると、少年は声を上げることは無くなり、目の前のお菓子をみて、

 

 

「あ、う。し、知らない人から食べ物貰っちゃダメってお母さんに言われた」

 

 

 誘いを断る。

 

 

「……なるほど」

 

(しっかりしてるなぁ)

 

 

 彼は感心した後、マシュマロを持ったまま右手を自分の胸において、

 

 

「私の名前はカギネと申します」

「カギ、ネ?」

 

 

 こくりと彼は頷き、ベルトに繋がれている鎖から宿舎自室の鍵を取り出し、少年の目の前に出す。

 

 

「えーと。(カギ)、キィのことですね」

「きー?」

 

 

 もう一度、彼は頷く。

 

 

「きー、ちゃん?」

 

 

 眉を寄せるが頷き、

 

 

「貴方のお名前は?」

「僕はケンタ、(みなみ)ケンタ」

「南さんですね?」

 

 

 今度は向こうが「うん」と頷く。

 

 

「それではもうお互い知り合いですね? マシュマロ、食べますか?」

 

 

 もう一度、少年は頷き、マシュマロを受け取った。

 

 

「あの、君の――」

「アンタ、なにしてんの?」

 

 

 相手がぱくりとマシュマロを口に含んだとき、自分に影が差したので見上げると、1人は金髪ショートカットで腕を組んで仁王立ちをし、1人は濡烏(ぬれからす)ロングで両手を胸元で握る女性がこちらを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「これくらい買えば大丈夫でしょ」

「そうだね、アリサちゃん」

 

 

 アリサはしげりと相手がトランクに入れた買い物袋の数々を見て、

 

 

「しっかし、すずかは相変わらず運動神経抜群というか……」

 

 

 彼女1人が運んできた買い物袋の数にちいさく息をつく。

 

 

「えへへ」

 

 

 まぁ、これくらいは。と、こちらも息をついた。

 

 

「でも、どうする? 一応、ドライアイスも付けてるから問題ないけど、時間が余ったわね」

「はやてちゃんは後1時間くらいかかりそうって言ってたし」

 

 

 うーん。と口に指を当てて考え込む。

 

 

「……あ」

「ん、どうしたの?」

「コップとか、大丈夫?」

 

 

 あぁ。と頷く。

 

 

「確かに人数多いし外でやるんだから、皿も足りないわねぇ」

 

 

 アリサは夕食のバーベキューをやるために、材料は充分そろえたが、肝心の飲み物を注ぐコップや料理を盛る皿がないことに気がついた。

 

 

「行こっか」

 

 

 すずかは「うん」と頷き、先を行くアリサの隣に並んで、自分の親友の教え子たちの第一印象からどのような人物かを話しながらもう一度デパートへ入っていった。

 そして2階へ上がり、一度大きく店内を見回して時間を少し潰した後、必要なもののレジを済ませ、下りのエスカレータへ向かおうとした時、

 

 

「うわァん」

 

 

 1人の子どもの泣き声が上りのエスカレータの方から聞こえた。幼いからか泣き声から男の子か女の子か分からない。

 幸い、2人は上りのエスカレータの近くにいたため、お互い目を見合わせ、そちらのほうへ向かう。

 

 

「あの子だ」

「……迷子、だよね」

 

 

 姿を見ると男の子なのは一目瞭然で両手で両目を押さえて泣いていた。

 2人は近づこうとするが、

 

 

「あの、どうしましたか?」

 

 

 男性が先に少年にしゃべりかけるのが目に入る。

 一瞬その少年は彼の声に反応するがまた大きく泣き出した。

 

 

「えと、大丈夫かな?」

 

 

 ぴたりと2人は足を止めて様子と見ていると、今度は彼はしゃがみこみお菓子を取り出し、少年にあげようとしている。

 

 

「でも、あいつ怪しくない?」

 

 

 その男性は背後で顔は見えないが、生まれつきなのか寝癖なのか分からない髪形に緑白色(びゃくろくしょく)の作業つなぎを着て、黒いブーツを履き、だらりとした左手にだけ軍手をつけ、皮製のベルトをしている左腰には鳶色(とびいろ)の『傘』を差している大分異様な格好だ。

 

 

「確かに」

 

 

 すずかは思い切り深く頷く。

 

 

「最近物騒って言うし」

「そう、だね」

 

 

 ぎゅっと2人は拳を握って、再度目を見合わせた後、そのしゃがんでいる男性に近づこうとする。その間に彼は少年に対し自己紹介をしていたが、脇から聞こえた通行人の会話によって聞こえず、鍵を少年に見せ、

 

 

「――キィのことですね」

「きー?」

 

 

 と、説明してるのが伺えた。

 どうも彼は『キィ』という特殊な名前で少年の心を開かせることに成功したらしく、相手から南ケンタという名前を聞きだし、お菓子も受け取らせていた。

 

 

「あの、君の――」

「アンタ、なにしてんの?」

 

 

  アリサは腕を組み、すずかは両手を握って身構え見下ろすと、髪型によらず綺麗な黒髪をもち、その髪の隙間からまるで起きたばかりのような寝ぼけ目の『キィ』と名乗る、額に『バンソウコウ』を付けた男性がこちらを見上げた。

 

 

 

 

 



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第14話 『かぎしっぽ』

 

 

 

 

 コタロウは自分のほうからしゃべりかける人間ではないことを自覚していたし、自分が相手の感情を読み取ることが苦手であることも自覚していた。

 彼が少年ケンタに話しかけたのは泣いていたところから困っていることが明らかで、きょろきょろと辺りを見回してところから何かを探していたのも明らかであったためだ。

 そこから瞬時に迷子と予想をつけたのは、とある2人の親友のおかげであることは彼自身疑う余地が無かった。

 しかし、自分を今見下ろしている2人の女性に対しては、たとえ一方が威嚇(いかく)をあらわにした表情であっても、たとえ警戒をあらわにした表情であっても、それを予想することは出来なかったし、

 

 

(……誰?)

 

 

 という疑問のほうが彼の思考の大部分を占めていた。

 

 

「アンタ、なにしてんの?」

 

 

 黙っていると、金髪の女性がもう一度同じ言葉を繰り返した。

 

 

(え、えーと。僕は2人のことを知らないし……あ)

 

 

 彼は女性たちからケンタへ視線を移す。

 

 

「南さんのお知り合いの方ですか?」

 

 

 だったら安心だ。と、思いながら聞いてみたが、

 

 

「ううん。知らない人」

 

 

 彼は一度アリサとすずかの顔を見比べた後、ふるふると首を振る。

 

 

(……ということは)

 

「ふむ」

 

 

 コタロウは少し視線を落として考え、結論付ける。

 

 

「失礼ですが、人違いではありませんか?」

『…………』

 

 

 2人の女性は黙り込み、金髪の女性の片眉がぴくりとつりあがるのを彼は確認したが、特に気にはしなかった。

 少年に視線を戻し、

 

 

「あの、南さんの――」

「アタシはアンタに聞いてるのよ」

 

 

 保護者、例えばお母さんやお父さんはどこに? と、聞こうとするが遮られ、さらに女性の発言が自分に向けられていることを知った。

 

 

「……私に、ですか?」

 

 

 もう一度、見上げると金髪の女性は大きく、濡烏(ぬれからす)の女性は小さく頷く。

 

 

(僕が何をしているか? 進行形という意味で捉えていいのかな。南さんには質問できていないし、お菓子のことは過去形。それなら……)

 

 

 彼は視線を落として、自分の足元を見た後、

 

 

「しゃがんでいます」

『…………』

 

 

 濡烏の女性は自分の頬をぽりぽり掻いている間、金髪の女性は目を(つむ)って組んでいた腕を解いて隣の女性の方を向き、一方の手で彼女の肩にポンと、もう一方の手でコタロウを指差してから目を開き、

 

 

「すずか、コイツ、投げてよし」

「えぇ!?」

 

 

 すずかという女性は驚く。

 一方、コタロウは

 

 

(いろんな現場の出向先で力を振るわれたことあるけど、知らない人から投げられるのは初めてかもしれない)

 

 

 と、出向先に時々見られる、不条理な叱り方――本人は自覚なし――をする人間がいること知っていたため、そのようなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第14話 『かぎしっぽ』

 

 

 

 

 

 

 アリサ・バニングスと月村すずかが大学に進学したとき、高校のときからささやかれていた人気はさらに高まり、広がりをみせた。

 大学に在学する学生たちは彼女たち2人のことをお金持ちである親の七光りのお嬢様程度にしか知らないでいたが、入学して1月もたたないうちに、2人はそのような人物ではなく、上級生顔負けの知性を持ち、しっかりとした意志、思考を持ち合わせていることを知った。

 もし、そのような人物が1人であれば、多くの場合一匹狼になってしまいがちであるが、彼女たちは2人で、かつ互いが親友であることは誰の目にも明らかであり、持ち合わせの社交性から、男女関係無く人気が高かった。

 アリサは小学生の頃の気が強い性格は幾分か落ち着きを見せてはいるが、真っ直ぐなところは変わること無く、彼女の瞳は常に自信と英気に満ち溢れ、容姿端麗さも相まって、異性からの告白が後を絶たなかった。

 今日も午前中に一人の男性から告白を受け、断ってきたことは余談である。

 対してすずかは小学生の頃の物静かで温厚な性格はそのままに、大和撫子という雰囲気にふさわしい女性に成長していた。彼女もアリサに負けない容姿をもち、同様に異性からの告白が後を絶たないが、見た目からアリサとは違い、食い下がって強引に付き合おうとする男性も多い。しかし、そのときは高校生のときから習い始めた護身術を駆使して、やんわりとあしらっっていた。

 昨日の夜、車に乗る前に数人の男性に言い寄られたが、何事も無く「ただいま」と、家のベルを鳴らしたのは余談である。

 

 

「――つまり、私の風体(ふうてい)が周りにそぐわず、南さんに対し危害を加えるかもしれない怪しい人物と思ったわけですか?」

「そうよ」

「えと、はい」

 

 

 2人は今、とあるデパートの2階で『キィ』という男性と向き合っていた。

 

 

「ふむ」

 

 

 彼は少年にマシュマロの次に飴をあげた後、立ち上がって少し考えてこちらに視線を向ける。

 

 

「偏見です」

「そうね。で、アンタはこの子が迷子かどうか確かめていたわけ?」

「はい」

 

 

 こくりとキィは頷く。

 

 

「えと、迷子だと思いますよ?」

 

 

 迷子センターって何階だっけ? と、幾分威嚇を抑えたアリサはエレベータの各階紹介をみて確かめに行く。

 

 

「それは聞いてみないと分かりません」

 

 

 彼はしゃがみこみ、

 

 

「南さんの保護者、例えばお母さんやお父さんはどこに?」

「お母さん、いなくなっちゃった」

 

 

 またぐすりとぐずつく。

 

 

「ふむ。『いなくなっちゃった』ですか」

 

 

 5階だってさ。と、アリサは戻ってきた。

 

 

「なにしてんの?」

「え、迷子かどうか確かめてる?」

 

 

 すずかは彼の行動を疑問符つきで答え、アリサは(いぶか)しむ。

 

 

「別にそんなの――」

「ということは、お母さんが迷子なのですか?」

『…………』

 

 

 アリサとすずかはぱちくりと数回(まばた)きをすると、キィは立ち上がり、

 

 

「南さんのお母さんが迷子だそうです」

 

 

 少年の頷きのもと、彼はそう答えた。

 

 

「……はぁ」

「ま、まぁ、どちらでも連れて行くことは変わらないからいいんじゃない?」

 

 

 心情としては探してあげたいが、それよりも5階にある迷子センターへ連れて行くことを優先させる。

 

 

「じゃあ、それは私たちがやるわ。アンタはここまで」

「わかりました」

 

 

 キィが特に執着無く答えたことにアリサはすこし肩透かしを覚え、さらに自分が彼に対し偏見を持っていたことにもすこし後ろめたさを感じていた。

 

 

「……悪かったわね、疑ったりして」

「いえ、構いません」

 

 

 すずかもぺこりと頭を下げた後、

 

 

「じゃあ、行きましょうか、ケンタ君?」

 

 

 少年の手を引こうとするが、彼は立ち去ろうとするキィを追いかけつなぎを掴み、

 

 

「ん?」

「知らない人にはついて行っちゃダメってお母さんが言ってた」

『う……』

 

 

 自分を心配してくれる人がいるためか幾分か元気になったケンタの言うことはもっともである。

 

「私はアリサ、アリサ・バニングス」

「私は月村すずか」

 

 

 先程、彼女たちの親友の教え子とあわせて2度目の自己紹介をすると、

 

 

「僕はケンタ、南ケンタ。で、きーちゃん」

 

 

 少年の紹介に、キィはこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ケンタがキィの左腕を話さなかったこともあり、アリサとすずかは一緒に5階の迷子センターに向かい、エスカレータを使って3階へ上がったとき、キィはそのまま4階へ上がろうとせず、フロアをある程度見渡せる位置に立って、

 

 

「南ケンタさんのお母さんはいらっしゃいませんかーーー!」

 

 

 大きな声で彼は呼びかけた。

 これには少年と本人以外、びっくりしてキィのほうを向く。

 そして、しばらく彼はぼんやりとそこに立っていた。

 

 

「アンタ、なにや、ちがうわね、ケンタ君を連れて行くんじゃないの?」

 

 

 なにやってんの? などと聞くと「立っています」なんて答えが返ってきそうなので、すこし内容を変えて質問をしてみる。

 

 

「はい。ですが、もし5階へ行く前に見つかれば、そのほうが良いと思います」

『…………』

 

 

 アリサとすずかは依然としてこの男性の雰囲気を掴めずにいた。

 極論から言ってしまえば、彼女たちには付き合う男性以前に、男性の知り合いが明らかに少ない。

 しかし、口を聞いた男性は少なくなく、(むし)ろ多いが、その男性のどれにも彼は当てはまらないのだ。

 自分より年下なのは見た目から判断できたが、はたして中学生、あるいは高校生がつなぎなんてきるだろうか? と思ってしまう。

 まだ、知り合って――実際には本名は知らない――10分と経っていないため当然であれば当然であるが、大体二言三言会話をすれば雰囲気は掴めるものだ。

 だが、

 

 

『(キィ(君)ってヘン)』

 

 

 ということぐらいしか掴めない。

 付け加えるなら危険性も無いということぐらいである。

 

 

「どうやら、いらっしゃらないみたいですね」

 

 

 そういって2人の方へ戻ってくるキィの表情からは寝ぼけ目のせいか感情も読み取りづらく、何を考えているかも分からない。

 そして彼はエスカレータに乗ったところで、自分を見ていることに気付いたらしく、

 

 

「乗らないのですか?」

 

 

 と首を傾げる。

 その掴みどころの無さがアリサをジト目にし、すずかの瞬きの数を増やした

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「本当に、ご迷惑おかけしました」

「いえ、見つかって何よりです」

「ケンタ君、お母さん見つかってよかったわね」

「うん!」

 

 

 程なくして、というより、4階でキィが同様に声を張り上げたとき、5階のエスカレータ降り口からケンタを呼ぶ声が聞こえ、母親を見つけることが出来た。

 少年の母親は迷子センターに伝えたあと、自力で探しに行こうとしていたらしい。

 

 

「ほら、ケンタ。お兄さんとお姉さんにお礼を言って」

 

 

 ケンタはぺこりと礼儀正しく「ありがとうございます」とお辞儀をする。

 

 

「御礼も何も出来ずに申し訳ありません」

 

 

 分かれる際に、お母さんは何度のお辞儀をし、ケンタはぶんぶんと手を振っていた。

 キィがそっと左腕を撫でたことに2人は気付くことはなく、

 

 

「それでは私はこれで」

 

 

 彼はぺこりとお辞儀をして、次階へのエレベータへ向かう。

 

 

「時間、余ってるわね。7階でお茶でも飲む?」

「そうしよっか」

「……あ、キィもどう?」

 

 

 それが自分の社交性からなのか、単なる興味からなのかわからないが、気付いたときには声が出ていた。

 

 

「お断りします」

 

 

 だが、申し訳なさそうな顔も無く断られたことに疑問を感じたのは自覚があった。

 

 

「なによ、誰かと待ち合わせ?」

「いえ、違います」

「だったら別にいいじゃない。2、30分くらい私たちに時間を割いても、帰ることは充分にできるはずよ?」

 

(アリサちゃんも、興味があるんだ。この人に)

 

 

 男性としての興味ではなく、人として彼に興味をもったのは自分だけではないらしいとすずかは思い、

 

 

「ダメ、かな?」

 

 

 軽く押しを強くしてみる。女性に対しこの言葉を使ったことは何度かあるが、男性に対しては使ったことがなく、それに気付くのは後のことである。

 

 

「ダメです」

「…………」

 

 

 そして、無表情ににべもなく断られたのは男女ともに初めてであった。

 

 

「アンタねぇ。これでも学内じゃあ、結構人気のある2人で通ってるのよ?」

 

 

 久しぶりに気の強さが出てしまい、さらに自慢したくも無い言葉を考えなしに吐いてしまった。

 すると彼はゆっくりと首を傾げ、

 

 

「お茶を飲むことと、貴女がたの人気に何の関連性が?」

 

 

 ことさら不思議がる寝ぼけ目の彼に片眉がつりあがったのは、アリサだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「で、何で私たちは屋上の夕方に差し掛かるパラソルの下でオレンジジュースなんて飲んでるのかしら、すずか?」

「え、えーと」

 

 

 それはお互いにムキになってしまったからとは言わない約束にしていた。

 一方、視線を移した向こうのほうでは

 

 

『たすけてー、ミラクルガオンー!!』

 

 

 屋上で開催されている本日数回目の約30分ほどのヒーローショーが行われたいた。

 ミラクルガオン、正式名称『嬰獅石(えいしせき)ミラクルガオン』は今年2月から放送されているテレビ番組で、詳細は省かざるを得ないが、正義の味方シリーズの1つである。世界征服を(たくら)む悪の軍団から人々を守るといったごく単純なものだ。

 現在、彼女たちの位置からはキィの背中しか見えないが、右手を当てて子どもたちと同様に声を上げているのは後姿からでも把握できた。

 

 

「私たちの誘いを断ったのもあれが理由だと」

 

 

 もうジュースの残りも少ないことはミラクルガオンが『ガオンクロー』で敵をやっつけたことを意味していた。

 

 

「でも、じ、時間は潰せたんじゃないかなぁ」

 

 

 確かに、まだはやてからの連絡はきていない。

 

 

『…………』

 

 

 ああいうものに熱を持つ人種がいるのは知っていたが、あの場に居ないのを見ると、彼はまた別の人種のようであり、無駄に時間を潰した可能性を否定できないでいた。

 

 

『はぁ』

 

 

 ため息が肯定をしているみたいである。

 その間に会場は子どもたちの拍手に包まれ――キィはひらひらと手を振っていた――解散を始めていた。

 降り口は彼女たちのいる正面を通り過ぎたところにあるため、全員がそちらに向かって歩き始め、キィは最後尾についている。

 彼は帰り際、彼女たちに気付き、

 

 

「終わりました」

「みりゃ分かるわよ」

「見ていたのですか?」

「……すずか、私が許すわ、投げてよし」

「え、えーと?」

 

 

 キィは雰囲気のつかめない人間であるが、下手(したて)に出ることも無ければ、馴れ馴れしくすることも無いため、会話自体に不快感は感じなかった。

 

 

「で、どうだったのよ、私たちの誘いを断って観たヒーローショーは?」

「はい。大変観るに値するものでした」

 

 

 座ったら? と促された後、満足そうな光悦の表情はなく目を細くして、無表情に答える。

 

 

「そうはみえないんだけど……」

「あんなのどこがいいの?」

 

 

 子どもには楽しい催し物であるが、自分たちの年代にはそうは見えない。

 アリサはこのような熱を上げる人間の一端を知る機会が無かったため、1つの経験として聞いておくことにする。

 

 

「あの人たちは、観ている子どもたちに表情を与えてくれます」

 

 

 かさりと肩にかけている小さなバッグからチラシを出し、

 

 

「私は感情表現が苦手で、同時に相手の感情を表情から読み取ることも難としています」

 

 それに視線を落とす。

 

 

「ですが彼は、自身がピンチの時は子どもたちを不安にさせ、勝ったときは笑顔にさせます。それは私にも分かるくらい鮮明です」

 

 

 観ている最中、彼が何度か前に出て振り向いたのをアリサとすずかは思い出した。

 

 

「それに、着ているスーツは各所に(ほころ)びを修繕した跡がありました。動きが激しいのは観ていれば分かります。きっとあのショーを何回も行い、綻んだのでしょう。胸のマークもそうです、同じ構えをするために跡が出来ていました」

 

 

 キィはそのチラシのミラクルガオンの写真右下に今日の日付を記載する。

 

 

「私は確かに相手の感情を読み取ることは出来ませんが、あのスーツを大事にしていることは間違いなく、それに関わる人たちはその子どもたちのために一生懸命であることを疑いません」

 

 

 またチラシを折りたたんでバッグにしまう。

 

 

「直接感情は読み取れなくても、スーツという媒体を通せばあの方たちがどのような人物であるかは考察することは出来ます」

 

 

 そこで、ふぅと嘆息をし、

 

 

「今日の観光は大変満足のいくものでした」

『…………』

 

 

 キィの無表情は変わらないが、彼女たちは彼が本当にそう思っていることを雰囲気から察知することが出来た。

 

 

「キィ君ってさぁ――」

 

 

 その時、すずかの携帯電話が振動し、通話する。

 

 

「あ、うん。終わったんだ、分かった、すぐ行くね」

「はやてから?」

「うん。終わったんだって」

 

 

 そう。とだけ言うと2人は立ち上がった。

 

 

「キィ」

「はい」

「アンタ、アドレスは?」

「アドレス?」

「携帯よ、携帯電話」

「電話、ですか? 先程の月村さんのようなものでしたら、持ち合わせておりません」

「持ってないの? じゃあ、パソコンのアドレスは」

「メールアドレスということでしょうか? でしたらあります」

 

 

 キィが教えるのかと思ったがそのような行動はせず、ぽけりとアリサを見上げるので、我慢がいかず、

 

 

「キィ、紙とペン。早く、急いでるんだから」

「はぁ」

 

 

 ごそりと胸ポケットからメモ帳とペンを取り出すと奪うようにアリサは掴み、さらさらとメモ帳の最後のページにアドレスを書いていく。

 

 

「あ、アリサちゃん、私も」

 

 

 その後、すずかもその下に記載する。

 

 

「いい? 絶対連絡するのよ」

「うん、絶対ね」

「はぁ」

 

 

 彼が首を傾げるのを気にもしないで、早足に屋上から出て行った。

 

 

「なんの連絡を?」

 

 

 ひとまず、飲み物を飲んでから次の行動に移そうと、キィはカウンターに向かった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ティアナとスバルはなのはの両親が喫茶店を営んでいることに驚いたが、その母親を見てさらに驚いた。

 

 

[お母さん若っ!」

[本当だ]

 

 

 彼女たちが唖然とするなか、なのはとリインは久しぶりの再会に声を弾ませてている。

 店内では不快にならない程度にラジオが流れる中――週に数回夕方にラジオを流し、それ以外はクラシカルなレコードを流す――奥から若い男性と女性が出てきた。

 

 

「お父さん、お姉ちゃん!」

 

 

 お父さんも大変若く見える。

 なのはは自分の後ろでどういう態度を取って良いか分からないでいる新人たちに気付き、

 

 

「この子たち、私の生徒」

 

 

 新人たちに挨拶する機会を与える。

 

 

「こんちわ。いらっしゃい」

「あ、はい!」

「こんにちわ」

 

 

 その後、なのははここに来る前に電話で話した内容に心配そうな顔をして、

 

 

「でも、本当に大丈夫なの?」

「うん。予約分は用意してるし、ピークは過ぎたからなんとか大丈夫なんだけどね」

「明日、朝一で来てもらう予定さ」

 

 

 そうなんだぁ。と依然として表情は変わらずにいた。

 

 

「ごめんね、なのは。おみやげ用意できなくて、今日はちょっと――」

「ううん。気にしないで、オーヴンが故障しちゃったんだもの仕方ないよ」

 

 

 彼女の表情の原因はまさにそれで、この喫茶店『翠屋(みどりや)』の洋菓子の仕上げを行うオーヴンが壊れてしまったらしいのだ。

 突然熱を発しなくなり、すぐに修理の連絡をしたが、来るのは朝一番に来るというものだった。

 

 

「フェイトちゃんと待ち合わせ中なんだけど、いても大丈夫かな?」

「もちろん」

「コーヒーと紅茶だけは作っておいたから持っていくといい」

「お父さん、ありがとう」

「ささ、君たちもお茶を飲んでゆっくりしていきなさい」

 

 

 お茶うけはクッキーしかないんだ。と、なのはの父親は申し訳なさそうにいう。

 

 

「んもう、大丈夫だって、私たちは本当についでだったんだから。お父さんそんなに気を落とさないで」

 

 

 なのははそんなことは気にしなくてよいというように、落ち着かせる。

 

 

「そうよ、お父さん。定期的に検査してしても、起こるときは起こるんだから」

 

 

 ねぇ、お母さん。となのはの姉美由希(みゆき)は明るくなだめると、母桃子(ももこ)も頷く。

 そうして何とか気を取り戻した父士郎(しろう)は湯を沸かすためにカウンターに入っていった。

 

 

「えーと……」

 

 

 桃子は小首を傾げ、それがスバルとティアナに向けられていると気付き、

 

 

「えと、スバル・ナカジマです」

「ティアナ・ランスターです」

「スバルちゃんに、ティアナちゃんね」

「2人ともコーヒーとか紅茶とかいけるかい?」

 

 

 2人はどちらも大丈夫と頷いた。

 

 

「リインちゃんはアーモンドココアよね?」

「はいです~」

「じゃあ、2人には元気の出るミルクティね?」

「はい!」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 その後、全員が翠屋の出す紅茶やコーヒーに感銘を受けた後に、

 

 

「しかし、2人とも。ウチのなのはは先生としてどうだい? お父さん、向こうの仕事のことはどうもよく分からなくてなぁ」

 

 

 士郎が傍目から見て彼女はどうかと本人を前にして質問した。

 

 

「あ、その、すごくいい先生で――」

「局でも有名で若いコたちの憧れの的です」

『へぇ~』

 

 

 聞いているのは士郎だけではないらしく、桃子と美由希は感心する。

 

 

「むぅ」

 

 

 そして、それがなのはの頬をぷくりと膨らませた。

 なのはと家族のやり取りを見て、いつもの訓練のときとは違い、私たちと同じような1人の女の人に見えたことには驚いたが、スバルはふぅとため息をついた。

 

 

[でも、ちょっと残念かなぁ]

[なにが?]

[だって、紅茶でこんなに美味しいんだよ? ケーキだって絶対美味しいよぉ]

[アンタそれ、ちょっと残念どころじゃないでしょ]

[えへ。ばれた?]

 

 

 ティアナもはぁと息をつく。

 

 

[アンタねぇ]

[……コタロウさんがいればなぁ]

[いくらあの人がここ地球の日本にいるからって、そんな偶然あるわけないでしょ]

[で~も~]

 

 

 ティアナと2人しかいなければぐにゃりと背を丸めているスバルは、なんとか肩を落とすだけにとどめる。

 

 

「でも、コタロウさんがいれば、直してくれますかねぇ?」

『うん?』

 

 

 どうもそう考えていたのは、スバルだけではないらしい。

 

「リインちゃん、そのコタロウさんって?」

「うちのマシナリー、機械士です~」

『マシナリー?』

 

 

 3人は初めて聞く言葉に首を傾げる。

 

 

「それはですねぇ――」

「すみません。トラガホルン夫妻で予約したものなんですが」

 

 

 カランと扉が開き、1人の男性が入ってきたところで士郎たちはスイッチを家族の一員からスタッフに切り替える。

 

 

「あ、はーい」

『…………』

「本人たちが来られないということで、代理できました。一応こちら、代理を証明するものです」

「わかりました、すぐにお出ししますね」

「お願いします」

 

 桃子はその客に笑顔を向け、振り向いてカウンターに向かおうとしたとき、なのはたちがそのお客を注視し、リインがクッキーを落としたことに不思議がる。

 

 

「えと、お客様をそんな――」

『コタロウさん!?』

「はい」

 

 

 皆さんも御休暇中ですか? と、今日の体験で幾分か身に着けた社交性を少し垣間見せるコタロウがいた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ぱたむとオーヴンを閉め、カウンターへの立ち入りを許可したコタロウは自分より背の高い男性士郎を見上げる。

 

 

「修理は済み、動くことも確認しました。専門家が明日来るのであれば、視て頂いたほうがよろしいでしょう」

「本当かい?」

 

 

 そういって士郎はオーヴンを起動させ、自身でも問題ないことを確認する。

 

 

「いやはやなるほど、マシナリー、機械士とはよく言ったものだ」

「すごいわねぇ、コタロウさん」

 

 

 実際作業は見ていなかったが、士郎が30分ぐらい格闘しても直らなかったものを5分もしないで直したことに感嘆する。

 

 

「ふむ」

 

 

 コタロウはリインに促されるまま――任務中であるとだけ説明はした後――に修理をしたのはいいが、疑問が残る。

 

 

「リインフォース・ツヴァイ空曹長」

「はいです?」

「この方たちは何故、私の名前を知っているのですか?」

 

 

 そういえば、こちらは何も話して居ないことに3人は気付く。

 

 

「ごめんごめん。私はこの喫茶『翠屋』の店主高町士郎」

「私は高町桃子」

「私は高町美由希」

 

 

 それぞれ「よろしく」という言葉をつけて簡単な自己紹介を済ませた。

 

 

「ご存知でしょうが、私も紹介させていただきます。コタロウ・カギネと申します」

 

 

 彼が丁寧にお辞儀したときに士郎と桃子だけ、コタロウの左腕が右腕と違いだらりとしていることに気付いたが、何も言おうとはしなかった。

 それよりも桃子はふとあごに指を当てた後、ふふっと微笑み、

 

 

「ネコさんとお呼びしてもいいかしら?」

『…………』

 

 

 これにはコタロウも寝ぼけ目を少し大きく開き、彼のあだ名がネコであることを知っている人たちもきょとんとする。

 

 

「お母さん、なんでコタロウさんのあだ名が分かったの?」

「あら、なのはやリインちゃんなら、すぐに気付いてもいい気がするけど?」

『……え?』

 

 

 2人は考え込むが、ふいにリインがなのは、スバル、コタロウへと視線を動かした後、

「あ」と、声をあげる。

 

 

「確かに、ネコさんですぅ」

「リイン?」

 

 

 なるほど、ジャニカ二佐がにやりと秘密にするわけですぅ。と、うんうんと頷く。

 

 

[リイン曹長、今、私のこと見てたよねぇ]

[そうね]

 

 

 ふむ。と、なのはと一緒にスバルとティアナも考える。

 

 

『(リイン(曹長)は私 (なのはさん)をみてからスバル(私)をみた)』

 

 

 なのははスバルをみて、スバルとティアナはなのはを見る。

 

 

『(私 (なのはさん)の名前は高町なのは。スバル(私)の名前はスバル・ナカジマ)』

 

 

 3人はじっとコタロウを見る。

 

 

『(そしてコタロウさんは、コタロウ・カギネ)』

 

 

 次に目を閉じて、あごを引く。

 

 

『(こっち(地球の日本)では苗字が先に来るから、カギネ・コタロウ)』

 

 

 今は自分たち意外に客はおらず口を開く人間も少ないため、翠屋で流れるラジオが良く聞こえた。

 

 

――「さて、それでは次の曲紹介行きましょうか。……あ、このはがき可愛い挿絵つきですよ?」

――「どれどれ? あ、本当だねぇ、可愛い『かぎしっぽ』のネコさんだ」

――「はい。本当に可愛いネコちゃんです。あ、話が逸れてしまいましたね、すいません。それでは、ラジオネーム『かぎしっぽ』さんからのリクエストで――」

 

 

『(かぎしっぽのネコ?)』

 

 

 疑問符が1つ、普段のリインみたいにふよりと浮かんだ後、 

 

 

『あ!!』

 

 

 ばっとコタロウに注意がそそぐ。

 

 

『カギネコ・タロウ! ……さん』

 

 

 もうちょっとで完全に呼び捨てしそうになったが、なんとかそれは防ぎ、

 

 

「えーと、はい」

 

 

 六課に配属になって初めてコタロウは桜色よりもっとうすい、染まっているのかどうかも分からない色が頬に入り、ぽりぽりと頬を掻いて、こくんと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 



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第15話 『このような理由』

 

 

 

 

 

「それでは、私はこれで」

 

 

 トラガホルン夫妻が事前に予約したケーキを受け取り、士郎たち、なのはたちにぺこりと挨拶をして、店を後にしようとしたとき、

 

 

「ネコさんも何か食べていきませんか?」

 

 

 桃子に呼び止められた。

 コタロウはくるりと振り返り、

 

 

「いえ、結構です」

 

 

 ぼんやりとした寝ぼけ目とは違い、すっぱりと断った。

 

 

「まぁまぁそんなこと言わずに、ウチのケーキは美味しいぞ?」

 

 

 ウチの家内が作ったものは別格だ。と、にこりと笑って誘ってみるが、

 

 

「いえ、結構です」

『…………』

 

 

 トーンを変えずに同じ言葉を繰り返した。

 普通の人であればここから先、食い下がらずに「……そう、ですか」と相手の意見を主張してしまう――その証拠に2人の娘美由希となのはは彼の態度に少しむすりとする――のだが、高町夫婦はすぐに彼の性格をある程度、見定めていた。

 

 

「何か、お急ぎのご用件でもあるのですか? よろしければ、お伺いしても?」

「私はこのケーキをトラガホルン夫妻に届けなければなりません」

「ふむ。では、その2人から許可が下りれば、問題ないということかな?」

「はい」

「それじゃあ、聞いてみましょう?」

 

 

 そこまで話し、コタロウがなのはに対し人目の無いところを伺って店内奥に引っ込んだ後、士郎は腕を組み、桃子は手を頬に当てて、

 

 

「感情が読みづらい人だが――」

「素直ないい方ねぇ」

 

 

 彼に対する感想を述べる。

 

 

「美由希、お客様に対してそのような顔はよくないわ」

「え、でも」

「なのはもだぞ」

「あ、う」

 

 

 新人たちは彼女たちの背後にいたため、表情を(うかが)うことは出来なかったが、コタロウの態度を見れば、どんな表情をしていたかはなんとなく分かる。

 

 

「彼は別に、嫌だからあのような態度をとったわけじゃあない」

「ネコさんはただ単純に、トラガホルン夫妻のことしか考えていないだけなのよ」

 

 

 ネコさんにはどんなお茶があうかしら? と楽しそうに桃子は思案する。

 

 

「お母さんは、コタロウさんがどんな人かわかるの?」

「ですか?」

 

 

 キッチンに消える前に、彼女の背後になのはは言葉を当ててみるが、

 

 

「ん? わからないわよ? ネコさんは今までいらっしゃったお客様のなかでも、とびきりに(むつか)しいお客様ね。ねぇ、あなた?」

「あぁ、何せ感性が感情と表情をうまく結び付けてくれないからなぁ」

「でも、近道をしなければ彼を知ることはできるわ」

 

 

 シナモンティーにしましょう。そういって桃子はお茶の準備を始める。

 士郎が桃子を除く全員に目配せすると、その誰もが自分たちの言葉を理解できずにいることが一目で分かり、彼はすこし上目線でにやりと笑い、

 

 

「ま~だまだ」

 

(特になのは。先生でそれだと、気付けないし、気付いてもらえないぞ?)

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第15話 『このような理由』

 

 

 

 

 

 

 フェイトとエリオ、キャロがなのはと合流するため、喫茶『翠屋』の扉を開き、なのはたちと久しぶりに会う彼女の両親と姉に挨拶をして、少年少女2人を紹介し、座ることを促され、

 

 

『お、美味しい』

 

 

 と、フェイトはエリオとキャロがほっと息をついたのを見届けた後、ふと視線を上げたときに、

 

 

「コタロウ、さん?」

『え?』

 

 

 3人はコタロウが店の扉前、隅に座席に座っているのに気がついた。

 

 

「…………」

 

 

 彼はぷすりとショートケーキ――2皿目――のイチゴにフォークをさして、口に運んでいる。

 声をかけた後、ふと姿がいなくなっていたリインはコタロウのお向かいに座っており、クッキーを頬張っていた。

 

 

「はい。テスタロッサ・ハラオウン執務官」

『…………』

 

 

 エリオとキャロは彼を振り向くかたちで彼を見る。

 

 

「何かご用でしょうか、テスタロッサ・ハラオウン執務官?」

 

 

 コタロウは名前を呼ばれたからにな何か用件があるのかと、もう一度彼女の名前を呼ぶ。

 

 

「い、いえ。用はないのですが……」

「ないのですが? はい。それではなにか」

「いえ。何もありま、せん」

「はぁ」

 

 

 バンソウコウをしている彼は寝ぼけ目を彼女に向けて小首を傾げた後、またケーキに目を落とし続きをはじめた。

 

 

[えーと、なのは?]

[あ、うん。コタロウさんの休暇先って、海鳴市(ココ)だったの]

 

 

 念話で翠屋にいるの理由も話した。

 

 

[す、すごい偶然だね]

 

 

 どことなくぎこちない表情のフェイトになのはは頷くことしかできない。

 

 

「そういえば、ネコさんは今日、『正義の味方』は見れたのですか?」

『ネコさん?』

 

 

 リインがコタロウをそう呼んでいることにフェイトたちは不思議がる。

 

 

「はい。拝見できました」

「その人ってどんな人なんです?」

「……正義の味方です」

「いえ、あのう――」

 

 

 視線の先では外出用件を聞き出すことに失敗しているリインが言葉をうまく選べないでいた。

 

 

「その方のお名前は?」

「それは変身前のお名前でしたら、答えることはできません」

「えと、変身後で大丈夫ですぅ」

嬰獅石(えいしせき)ミラクルガオンです」

「ミラクル、ガオン?」

「もしかしてネコさん、デパートの『ヒーローショー』を見に行ったんですか?」

「はい」

 

 

 リインが唸っていると、桃子が会話に参加する。

 

 

「ヒーローショー。ですか?」

「ミラクルガオン、子供づれのお客様が話しているのを聞いたことがあるわ」

 

 

 あぁ、ヒーローショーっていうのはね。と桃子はリインに解説すると、彼女も頷いて、

 

 

「そういうことだったんですかぁ。ネコさん『正義の味方を拝見してきます』なんて書くから何かと思いましたよ」

 

 

 分かりにくかったでしょうか? とコタロウは表情は変えないが、リインと桃子は意外に楽しそうに話していた。

 

 

「なのはさん、リインさんとなのはさんのお母さん、コタロウさんのこと『ネコさん』て」

「うん。お母さんがね、コタロウさんのこと『ネコさん』って」

「お知り合いなんですか?」

 

 

 キャロの質問になのははふるふると首を振る。

 

 

「今日初対面だよ」

「じゃあ……」

 

 

 キャロは3人の会話に微妙に参加したそうに視線を送ると、なのはは逆にフェイトの方を向いて、

 

 

「フェイト隊長が知ってるかな」

「へ?」

 

 

 フェイトもキャロにあわせてコタロウの方に視線を送っていたが、突然話題を振られ間の抜けた返事をした。

 

 

「なのは?」

「私もお母さんからヒントはそれしか貰わなかったの」

 

 

 テーブルの上にあるペーパーナフキンを縦に巻四つ折した後、先の方を蛇腹折(じゃばらおり)にしてみせた。

 『かぎしっぽ』のように。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 なのはのヒントは周りも聞いていたので、スバルやティアナ、リインに聞いても同じヒントしか返って来ず、キャロとエリオの方が先に気づいたのは余談であり、フェイトが『ネコタロウ』と気付いて噴出したのもまた余談であれば、その後、名前を笑ってしまった事にどうしようもなく落ち込んだのも余談である。

 

 

「夕食、ですか?」

「はいです~」

 

 

 リインは移動を始める前にコタロウに夕食に誘った。彼女の心境としては友人を紹介するというより、『せっかくなんだから一緒に食べてみてはどうか?』というものだ。

 

 

「……ふむ」

「ダメ、ですか?」

 

 

 するとコタロウは顎を引いて首と傾げた後、

 

 

「ご一緒させていただきます」

 

 

 と真っ直ぐリインを見て答えた。

 

 

「決まりですね」

「あらあら、私たちのお誘いは断ったのにリインちゃんの誘いは受けるのね~」

「これはこれは、妬けるねぇ」

「あ、うぅ?」

 

 

 桃子と士郎はコタロウ、リインをからかうと、一方は特に表情に出なかったが、一方は素直に表情に出る。変に意識してしまったようだ。

 

 

「はい。ジャン、いえトラガホルンが『夕食を誘われたら、気にせずお呼ばれされろ』と」

「あー、確かに」

「あの人たちなら、そういうでしょうねぇ」

 

 

 トラガホルン夫妻がこの喫茶店を知っている以上、以前ここを訪れたのは明白であり、士郎と桃子は当時の状況を思い出していた。

 

 

「日本の経済について侃々諤々(かんかんがくがく)話し出して――」

「2人しかいないのに喧々囂々(けんけんごうごう)としてたわねぇ」

 

 

 お茶をお出ししたら、声をそろえて『申し訳ありません』と謝っていたけど。と、ふぅと桃子は息を吐き、

 

 

「この世界の主要国の経済を事細かに議論してたので、ただの外人さんかと思っていたよ」

 

 

 士郎も息を吐く。

 

 

「まぁ、それはいいとして、もう行くのかい?」

「あ、はい。はやても待っていると思いますので」

「みなさんによろしくね?」

『はい!』

 

 

 その後、すぐにフェイトは全員を車に乗せて、はやてたちのいるコテージに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「運転お疲れ、フェイトちゃん」

「うん」

 

 

 コテージへは約20分程で到着し、全員が順番に降りる。コタロウは降りる前に『バンソウコウを取り替えたいので、先に降りていただいて構いません』と、一番最後に降りることにした。

 

 

「なのは、どうかした? 車の中で考え事してたみたいだけど」

「う、ううん。なんでもないの」

 

 

 本当になんでもないこと。と、(かぶり)を振るが、内心、先程士郎と桃子の言葉の意味がよく分からないでいた。新人たちはそれほど気にしていないようだが、どうも引っかかる。

 

 

(『感情と表情の結びつけ』『近道をしなければ知ることはできる』ってどういうこと?)

 

 

 もう一度考えようとするが、今は考えても分からないため、とりあえず、片隅に残しておくことにした。

 

 

「あ! お帰り~」

「なのはちゃん、フェイトちゃん!」

 

 

 声のしたほうを向くと、なのはとフェイトの旧友2人が駆け寄ってくるのが見え、4人は手を合わせて、喜んでいた。

 

 

[……ティア。やっぱり隊長さんたちが普通の女の子だよ]

[同感。どうよ、ライトニング的には]

 

 

 4人のやり取りに違和感を感じてやまないスバルとティアナはエリオとキャロを横目で見る。

 

 

[なのはさんもフェイトさんも普通の女性ですので……]

[そっか。エリオくんは私たちの中だと一番昔からなのはさんたちのこと知ってるんだもんね]

 

 

 エリオは頷いて、彼女たちも自分たち――エリオは男性であるが――と同じであることを示す。

 そして、またその光景が額縁のなかの出来事のように見ていると、もう1台車がコテージ付近に停車する。

 

 

「ハーイ」

「皆、お仕事してるかぁ?」

「お姉ちゃんズ、参上~」

 

 

 ばたんとドアが閉まると、2人の女性と1人の獣耳(けものみみ)がぴょこんと頭の上のほうから出ている少女が車から出てきた。

 

 

「エイミィさん」

「アルフ!」

「それに、美由希、さん?」

「さっき別れたばっかりなのに」

 

 

 美由希はしょうがないという顔をして、

 

 

「いや~、エイミィがなのはたちに合流するっていうから、私もちょうどシフトの合間だったし……」

「そうだったんですか」

 

 

 実のところ、彼女は楽しみのようにも見える顔をしている。

 

 

「エリオ、キャロ、元気だった?」

『はい!』

「2人ともちょっと背ェ伸びたか?」

 

 

 少年少女2人は久しぶりに会うエイミィとアルフに嬉しさ半分、自分の成長を見てもらって恥ずかしさ半分と複雑ながらも笑顔で会話をしている。

 

 

[う~ん。誰かの使い魔かなぁ?]

[イヌ耳としっぽ。ワンコ素体?]

[見た目10歳くらい? ちっちゃくてカワイイ!]

 

 

 エリオとキャロと話す間、アルフという使い魔は終始しっぽをふりふりさせていたが、1人の女性を見つけるとしっぽとぴんと張って駆け出し、跳びついていった。

 

 

「フェイト!」

「アルフ、元気そうだね」

 

 

 アルフは何度も彼女の名前を繰り返して、主人にじゃれつく。

 新人たちの中では先程会った人もいれば、いない人もいたりとで、後でまた自己紹介の場があるだろうと思い、全員集まって移動しようとしたとき、

 

 

「またバンソウコウ、買っておかなくちゃ」

『…………』

 

 

 ばたんとドアを閉め、コタロウが出てくる。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官、車のキィ、ありがとうございます」

「いえ。そういえば、その(ひたい)の傷はどうしたんですか?」

「人とぶつかりました」

「大丈夫ですか~?」

「はい。問題ありません」

『…………』

 

 

 彼はバンソウコウを張り替え、また新しいものにしていた。

 

 

『キィ(くん)!?』

『あの時のバンソウコウ(さん)!?』

『……へ?』

 

 

 アリサとすずかは彼の仮名を、エイミィとアルフは彼女がしたバンソウコウを口にし、コタロウを除くそれ以外は間の抜けた声を出す。

 

 

『……え?』

『……はい?』

『…………』

 

 

 今度はアリサとすずか、エイミィとアルフはお互いに目を見合わせて間の抜けた声を出し、それ以外は首を傾げる。

 

 

『…………』

 

 

 その後、全員がゆっくり彼を見るが、当の本人は視線の先、つまり後ろを向く。

 

 

「あの、車に何か忘れ物でも?」

 

 

 コタロウの背後には2台の車があり、自然に熱が冷めるのを微動だにせず待っていた。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「つまり、コタロウさんは午前中にエイミィさんに会って、午後にアリサちゃん、すずかちゃんに会ったわけやね?」

「はい」

 

 

 全員の自己紹介が終わり、最後のコタロウが自己紹介で年齢を公開したときに、ガタン! と彼を知らない人間が驚いたこと以外は普通に歓談を楽しんでいた。

 

 

「どんな偶然やねん」

「ねぇ、はやて」

「ん~?」

「このコタロウ、さんってどんな人? なんていうか、会ったことないタイプなんだけど」

 

 

 一応、彼に対して『さん』付けしているアリサだが、特に気にすることなく本人目の前にして彼のことを聞く。

 

 

「正直、私もわからんのよ。管理局にもおらんタイプやから」

 

 

 管理局の人間なんやけどね。と、ため息混じりにコタロウを見る。

 彼は彼女たちの視線に首を傾げるが、特に自分に対して話が振られないのを確認すると、ぷすりとフォークで料理を口に運び出す。

 そうして、皿が空になると無言で立ち上がって料理のある場所まで歩いていった。

 この料理は鉄板で焼かれたもので、調理したのははやてやなのはたちである。

 はやては元々、幼い頃より自分で料理をしていたため、料理をすることそのものが生活と趣味の間に存在し、味もヴィータ(いわ)く、

 

 

「はやて隊長の料理はギガウマだぞ~」

 

 

 というものだ。

 新人たちはそれを食べ始めてすぐに趣味の領分を越えているものであると理解できた。

 それぐらいはやての作る料理は美味しいのだ。

 また、その時『シャマル、お前は手を出してないだろうな』や、『まぁ、切るだけなら』とシグナムやヴィータが古くからの付き合いである1人の女性に懇願するように料理をすることを止めたのは余談ではない。

 それはコタロウが席を離れたちょうど入れ替わりに、少し鼻歌交じりのシャマルが戻ってきて、ちょうど3人前あるかないかくらいの料理をことりと置いた時に起こった。

 

 

「久しぶりに作ってみました」

『…………』

 

 

 全員の表情がもれなく固まった。

 

 

[ティ、ティア。これ、もしかして]

[い、いい? 考えちゃだめよ]

[シグナム副隊長と――]

[ヴィータ副隊長が言ってたことって本当だったんだ]

 

 

 新人たちは決して『食べる感じになってる?』とは口には出さなかったが、

 

 

「よし、新人ども。毒見だ」

 

 

 それはヴィータが許してはくれなかった。

 

 

「毒見なんてひどーい。今度はちゃんと美味しくできました」

『(今度はちゃんと?)』

 

 

 シャマルの作った料理はどうみても美味しそうには見えず、さらにいうと焦げてはいないのに、どれが野菜でどれが肉なのか分からないものだった。

 彼女の料理の腕前を知らないのはどうやら新人たちとこの場にいない1人の男だけであり、ヴィータと当の本人以外は誰も口を出すことをやめていた。

 一方本人シャマルは立ったままコタロウと違って空気を察知、(さみ)しそうな表情をしている。

 

 

「え、えと、それじゃ――」

「待ってエリオ、私がいくよ」

 

 

 フォークを取るエリオを制してスバルが料理を引き寄せた。

 

 

「ち、ちなみにシャマル先生?」

「は、はい」

「味見ってしました?」

「コイツがするはずない」

「…………」

 

 

 シグナムの言葉にヴィータとリインが深く頷く。

 

 

「む、無理せんでもええで?」

「い、いいえ。頂きます」

 

 

 シャマルの無言のプレッシャーに新人たち――この場合はスバルのみ――は拒否することができなった。

 そして、これは勢いだとスバルは心に決めて、迷うことなく一口食すと、

 

 

「…………」

 

 

 無言でぐにゃりと背中を丸めてテーブルに額をつけた――料理はティアナが当たらないように避ける。

 

 

『…………』

「あの、お味は」

『(聞くんだ)』

 

 

 心の中で全員が思いが一致する。

 

 

「と、とりあえず。すいませんとしかいいようがありません」

 

 

 ゆっくり頭を上げて目尻に涙を残し、かろうじてスバルは答える。

 

 

「シャマル、お前、味見してみろ」

 

(できればそれ、食べる前に言ってほしかったです、ヴィータ副隊長)

 

 

 あらゆる思考がなくなってしまったのか、スバルは妙に冷静にそんなことを思う。

 シャマルはフォークで自分の料理をすくい、頬張ると、

 

 

「う゛……」

 

 

 ふらふらと自席につき隣のシグナムに頭をあずけた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 それだけ言うと、しょんぼりと皿の上にあるはやての料理を口に入れる作業を再開した。

 

 

「まぁ、味見は大事よね」

 

 

 アリサが何とか改善点を示してみる――実質それは料理をする上で普通の作業である――が、シャマルの表情はうつむき加減で分からない。

 

 

「いえ、シャマルが悪いのです、お気になさらず」

 

 

 歓談の続きを。とシグナムは促したところでコタロウが戻ってきた。

 そこでヴィータは何か閃いたように二度三度、彼と料理を目配せすると、

 

 

「コタロウ」

「はい。なんでしょうか、ヴィータ三等空尉」

「これ、シャマルがお前に」

 

 

 ずいと身を乗り出して料理をコタロウの前に持ってくる。

 

 

「え、ちょっ、ヴィータちゃん!?」

「いいから――」

 

[ちょっとこの前の仕返しをなー]

 

「……まぁ、いいかもね。コタロウさんの表情を見る意味でも」

 

 

 ヴィータとは意見は違うが、どうやらアリサも賛成のようである。

 

 

「シャマル主任医務官が私に、ですか?」

「あぁ」

 

 

 先程の念話はコタロウを除く魔法が使える全員に聞こえており、なのはや新人たちは複雑な表情をしている。

 アルフはそのいたずらを楽しそうににやにやしながら傍観を決め込み、残りはヴィータの性格をある程度理解したうえで、何も言わず、一口食べた後、無理に続きを食べようとするのであれば止めればよいという考えにとどめていた。

 

 

「それでは、頂きます」

 

 

 そういってコタロウは見た目から特にその料理を躊躇することなく口に入れ、

 

 

「…………」

 

 

 寝ぼけ目を少し細くして、頭をぐらりと円を描いた。

 ヴィータは口の端を吊り上げて、「どうだ?」と聞くと、

 

 

「シャマル主任医務官」

「……はい」

「まずいです」

 

 

 コタロウは既にいつもの状態を取り戻し、いつもの寝ぼけ目でじっとシャマルを見つめて正直に感想を述べる。

 

 

「あ、あぅ」

 

 

 彼女はそれを知っていたが、改めてはっきり正直に答えられると、返事もできずに目尻に涙がたまった。

 アルフは笑い、アリサは少々期待はずれであったが、ヴィータはそれで満足したらしく、

 

 

「お前、そんなにはっきり言うもんじゃねぇぞぉ」

 

 

 近くにある自分のコップに手を出したが、コタロウがもう一口入れたときには危うくそれを落としそうになった。

 

 

『…………』

 

 

 それは全員も同様に驚く。

 

 

「お、お前なにしてんだ!?」

 

 

 かろうじて声に出したヴィータにコタロウは今度は変わらず無表情に、

 

 

「食べています」

「た、食べていますって、まずいんだろう?」

「はい、まずいです」

『…………』

 

 

 そうしている間に彼はもう一口、もう一口と口に運ぶと、

 

 

「え、えと、ま、まずいのに何で食べるんですか!?」

 

 

 たまらずシャマルが疑問を口にするが、コタロウは不思議そうに彼女を見て、

 

 

「まずいことが食べない理由にならないからです」

「…………」

 

 

 また食事を再開する。

 残りが少なくなってきたため、右手で皿を持ち上げ――光景が異様過ぎて左手を使ってないことに気がつかず――一気に流し込み、ことりと皿を置く。

 

 

『…………』

「シャマル主任医――」

「あ、あの!」

 

 

 少しの間の後、コタロウを遮ってシャマルが口を開いた。

 

 

「はい」

「ふ、普通の人は、まずいことが食べないり、理由になると思います」

「はぁ」

「コタロウさんは、な、なんでならないのですか?」

「……ふむ」

 

 

 なんとか言葉をつむぐと、コタロウは考え込み、

 

 

「私は料理を作ることができません。いえ、できないというより私が料理をするとなると、実験のようなものになります」

 

 

 視線をシャマルからはずして食べ終わった皿に落とす。

 

 

「料理というのは楽しくするものだと、本で読んだ事があります。先程、シャマル主任医務官とすれ違ったとき微笑んでいましたので、楽しく料理をしたと判断していました」

「…………」

「そして、それが私の為であったのであれば、まずいという要素が食べない理由にはなりえません。もちろん、日常生活に支障の出るようなものでしたら困り、断ることもありますが、これくらいであれば問題ありません」

 

 

 そこでぱくりと自分がよそってきた料理に手を出す。

 

 

「んく。それに私は料理のできる人間を素晴らしく思い、尊敬しています」

 

 

 またシャマルを見て、次にはやてを見ると、もう一度シャマルに視線を戻す。

 

 

「このような理由でよろしいでしょうか、シャマル主任医務官?」

「…………」

 

 

 彼女がこちらを見つめているのは分かったが、どうも焦点があっていないので身を乗り出す。

 

 

「シャマル主任医務官?」

「……ふわっ! は、はい」

「私の理由、どこか変でしょうか?」

「い、いいえ、そんなことは」

「そう、ですか」

 

 

 席に着いたコタロウはシャマルの料理でかなりおなかが膨れ、これが最後かなと自分が盛ってきた料理――彼は常にすこし少なめに料理を盛る――を食べる前に、彼は自分の言葉が途中であったことを思い出した。

 

 

「シャマル主任医務官」

「……はい」

「ごちそうさまでした」

「――うぅ!?」

『…………』

 

 

 彼はその後、普通に食事を再開したが、シャマルの申し訳なさと嬉しさのどっちつかずで紅くなっている表情には気付かなかったし、周囲の空気にも気付かなければ、リインのふくれっつらにも気付かず、なおかつ、はやての頬も薄ほんのりと染まっているのにも気付かなかった。

 

 

 

 

 



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第16話 『オウム返し』

 

 

 

 

 

 コタロウが作り出した周りの空気はある種特殊なものであるが、数人は最近体験したばかりで、その中の1人は雰囲気ではなく、テーブルの状況に気がついた。

 

 

「もう飲み物がありませんね」

 

 

 キャロは見渡すと、テーブルのところどころにおいてあるボトルタイプのジュースがなくなりかけている。

 

 

「どちらにありますか? 私が取ってきます」

 

 

 少女の発言に全員を取り巻く空気がそろそろと足元を通って雲散していく。

 

 

「あ、あー、ジュースね。まだ5、6本ボトルがあるわよ」

「湖の水で冷やしてあるの」

 

 

 アリサやすずかもまた同様で、彼から視線を湖畔へ移す。

 そこでやっとほとんどの人が思考を切り替え、ティアナとスバルも動く。

 

 

「じゃあ、私たちが――」

「エリオ、キャロ、心配だから私たちもいくよ」

『はい!』

 

 

 エリオとキャロはほぼ同時に席を立ち、湖畔へ向かい、テーブルからこちらの声が聞こえなくなったところで、

 

 

「……ふぅ。びっくりした」

「さすがに私もびっくりしたわ」

「コタロウさんって不思議な方ですよね」

 

 

 口の中にまだ違和感が残っているスバルがふぅと悟られないように小さく息を吐くと、ティアナとエリオも頷き、

 

 

「そうですか?」

 

 

 しかし、キャロだけはそうでもないと小首を傾げる。

 

 

「キャロは驚かなかった?」

「え、あ。料理を食べるコタロウさんには驚きましたけど、コタロウさんなら普通かなって」

「ん、まぁ、考えてみるとネコさんはいつもっていうか、時々っていうか、平然と私たちのこと驚かすよねぇ」

 

 

 スバルの言葉にキャロはこくんと頷く。

 

 

「……でも、いやじゃないんです」

「確かに」

 

 

 今日、こちらへ向かうヘリの中で、良い意味で気にしないよう全員のコタロウに対する接し方を考え直したが、誰もが依然として彼という存在をうまく捉え、例えることができずにいた。

 なぜなら、彼の行動自体には不可解な点が見当たらないのだ。

 初出動前、自分たちのデバイスが故障寸前で、依頼されたときにはきちんと修理した。

 ヴィータが『新デバイスの説明しっかり聞いとけよォ』と言えば、しっかりとよく聞いていた。

 ヘリで移動してからの列車への飛び降り前もヴァイスが『何でもいいんすよ、一言応援(エール)を!』といえば、本当になんでもない応援をした。

 そして、ついさっきの『まずいものを食べる姿勢』も、料理をした人に対し気を使うわけでもなく正直に味の感想を述べ、その上で食し、食べ終わった後はきちんと『ごちそうさまでした』と言った。

 彼が地球の日本へ外出していることエイミィやアリサたちと偶然会い、自分たちに会ったということを除けは、彼の行動は一貫として間違ったことはしていない。

 だが、裏を返せばそれが彼の存在を判断できずにしている原因なのだ。

 自分たちのデバイスを直したときの速さと正確さ。

 ヴィータの言った通りに会話を全て暗記したこと。

 これはキャロだけに通じたものであったが、その応援の言葉。

 明らかにまずい料理を食べきる。

 これらは全て、普通ではない。

 普通ではない行動が普通ではない結果をもたらすのであれば納得はできるが、普通に行動しているはずなのに、不思議に思うこと、驚くことが彼の場合、普通でないくらい多いのだ。

 そしてなにより、ヴィータのように例外はあるが、基本、六課のメンバーは彼の行動によって起こる空気を不快だと思っていないこともその要因の1つといえる。

 

 

「『気にしないことやね』かぁ。うん! そのほうが気楽でいい気がする」

「はい。それに隊長たちや皆さん全員で訓練、任務の後もそうですけど、ああやって不思議に思ったり、驚いたりした後の雰囲気って、なんだかあったかくて(なご)んだりもして、家族みたいだなって思うんです」

 

 

 キャロの言うことはもっともだとスバル思う。ティアナは疑問に感じているようであるが、少なくとも自分はあの雰囲気が嫌ではなく、楽しさを覚えはじめていた。

 

 

「私が前にいた自然保護隊も隊員同士は仲良しでしたけど、六課のはそれともちょっと違ってて……」

 

 

 それはコタロウがいる、いないに関わらずのキャロの正直な感想である。

 

 

「ネコさんは別として、隊長たちが仲良いし、シャーリーさんとかリイン曹長とかも気さくな感じだしね」

「そうですね。アルトさんとかルキノさんとか、皆さん優しいです」

 

 

 スバルとエリオは六課全体をみて、関わっている人たちが皆、明るく優しい人たちであることを再確認し、

 

 

「もちろん、スバルさんとティアさんも!」

 

 

 キャロはそこに2人も加えた。

 スバルとティアナはキャロの偽りない本音に顔を見合わせて数回(まばた)きすると、気恥ずかしく彼女を見て『ありがとう』と答え、彼女も「はい!」と頷いた。

 

 

「……あ、ジュース、これですね」

 

 

 気付けば水辺まで着ていて、目を落とすとアリサたちの言ったとおり、ジュースが冷やされていた。

 湖の水はとても冷たく、手を入れると思わず声を漏らしてしまうくらいである。

 

 

「ちょっと、落っこちたりしないでよ? 水辺は滑りやすいから」

「大丈夫です」

 

 

 ティアナは注意するように言い聞かせ、キャロは返事するも、少し油断があったのだろう。

 

 

「――きゃあっ!」

「キャロ、危ない!」

 

 

 彼女は足を滑らせた。

 エリオはすかさずキャロに手を伸ばして落ちないように引き寄せようとするが、重心がキャロのほうへ倒れてしまう。

 スバルがとっさに2人の腕を掴もうとしたとき、

 

 

(――何!?)

 

 

 自分とティアナの間に風が吹き抜けた。

 それはエリオとキャロの隙間も通り抜け、2人の背後から、ぱさりという音が聞こえる。

 2人の背中はその音によってそれ以上湖のほうへ傾かないように支えられた。

 

 

「あ、え、えと」

 

 

 4人は自分たちの間から出ている物に目を向けると、銀色で親指くらいの太さを持つ、鉄の棒のようなものが先程席を立った場所から伸びてきているのが分かった。

 

 

「も、もしかして、これ……」

 

 

 暗がりで向こう側はよく分からないが、多分向こうも驚いていることだろう。

 エリオとキャロは背中が優しく押されるのを感じると、身体が完全に陸に戻り、へたりと座り込む。

 そこで初めて自分たちを支えてくれたものに目を向けた。

 暗がりから色を察知するのは難しいが、このようなものを持っている人物は1人しかいない。

 

 

「これ――」

「コタロウさんの――」

「傘?」

 

 

 4人の目の前には傘の裏側である骨組みがよく見えた。

 スバルがふと傘の中棒に触れようとすると、テーブルの方を中心として傘が上がり、かしょんという音と共に一段、また一段を短くなっていく。

 その短くなっていくほうに視線をずらすとその音の鳴るほうから足音が聞こえてきた。

 また、ぱさりと音が鳴ると、それは閉じられ、いつものように彼の左腰に納まった。

 

 

「水辺は地盤が緩くなっているので滑りやすいです」

 

 

 気をつけてください。と言っている人の『人を助ける』という行動自体は普通であるが、普通ではない。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第16話 『オウム返し』

 

 

 

 

 

 

 コタロウの腰に差している傘がデバイスであるということを知っている人間は少ない。 この場では、なのは、フェイト、はやてと新人たち以外は知らなかった。リインも知らないわけではなかったが、改めてそれがデバイスであることを再認識する。

 彼は新人たちと一緒に戻り、

 

 

[私たちに向けられてるわけじゃないけど]

[すっごい見られてますね]

[いや、まぁ、さすがに]

[コタロウさん――]

 

 

 何事もなかったように自分の席に座りなおす。

 

 

『(なんで、この視線に普通でいられるのだろう?)』

 

 

 気付いていないのか、気にしていないのかと言われれば、コタロウの性格上、おそらくどちらもおおよそ正しい。

 

 

「……アンタのそれ――」

「デバイスだったの?」

 

 

 アリサとエイミィが声を揃え、

 

 

「はい。デバイスです。……あの、リインフォース・ツヴァイ空曹長?」

「え、は、はい。何ですか?」

「とっさに使用してしまいましたが、皆さん、魔法に関する理解はされているのでしょうか?」

 

 

 それは大丈夫です。と、すこし動揺しながらもリインは頷く。

 

 

「あ、エリオ、キャロ、こっちは突然で驚いたんだけど、何かあったの?」

「あの、はい。実は――」

 

 

 向こうで自分たちが足を滑らせて湖に落ちそうになり、その時のこちらから傘が伸びてきたことを話す。

 

 

「大丈夫だったの!?」

「はい。支えてもらいました」

「えと、こちらは……」

 

 

 キャロがフェイトから横目でコタロウを見ると、

 

 

「こっちは、コタロウさんがいきなり傘を振りぬいた、んだ」

 

 

 彼女もコタロウを見る。

 フェイトが言うには、また自分たちが話を再開し、アリサやすずかたちの大学生活や、エイミィの子育てについてそれぞれ会話をしだした最中、いきなり彼が立ち上がり、右手を左腰に手をかけ、傘をエリオたちが歩いていったほうへ居合い抜きのような速さで振りぬいたというのだ。

 このとき、ヴィータの頭上を通過したために髪が風圧にひよりと少し浮いていた。

 

 

「なんていうか、アンタについて考えるのが少し馬鹿らしくなったわ」

「び、びっくりした~」

 

 

 アリサがため息にアルフも息を吐き、アリサの意見に何人かは内心頷く。

 

 

「い、いきなり何すんだ! 驚くだろ!」

 

 

 ヴィータも頭を抑えながら、立ち上がって指を差すと、

 

 

「申し訳ありません」

 

 

 一口続きを食べてから、彼も立ち上がり頭を下げる。

 

 

「ったく。助けるなら助けるで、ちゃんと……」

 

 

 彼女は振り向いて湖のほうを向いてさらに文句を付け加えようとしたが、あることに気付く。

 それは新人たちは向こうですぐに気付き、こちらにいる人も数名は気付いていた。

 

 

「……お前、どうやって分かったんだ? こっからだと見えねェだろ」

「私は目が良いのです」

 

『(目が良いってレベルじゃない気がする)』

 

 

 考えることをやめたアリサたち数人以外は、そんなことが頭をよぎった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 コタロウは喫茶翠屋でトラガホルン夫妻と音声メール――傘に搭載されている機能の1つ――で連絡を取ったとき、次のようなことも言われていた。

 

 

『――夕食の後、というか、六課の面々や友人たちの事だ、おそらく何か行動(イベント)を起こすだろう。それも誘われるようであれば、気兼ねなくついて行くといい』

『私たちのこと、特にジャニカのことなら心配しないで構わないわ。ケーキはこちらに戻ってきたときに待ち合わせしましょう?』

『オイ、時間配分的には俺の方が早く終わるだろう?』

『あら、時間配分的には私の方が早く終わらせることができるわ。手伝って差し上げましょうか?』

 

 

 ジャニカとロビンが2人で揃って自分に会いに来ることは間違いないので、戻ったら連絡すると言葉をメールの締めくくりとして送った。

 それは次の皆の会話で、彼等の言葉を裏付ける。

 

 

『ごちそうさまでした!』

 

 

 その言葉にいち早く、はやてが立ち上がる。

 

 

「さて、探索機(サーチャー)の様子を監視しつつ、お風呂済ませとこか」

『はい!』

「まぁ、監視といっても、デバイスを身に着けていれば、そのまま反応できるし……」

「最近は本当に便利だね~」

 

 

 シャマルが発動時の対応とその便利さになのはも感心する。

 

 

「技術の進歩です~」

 

 

 その理由をリインは一言で済ませた。

 

 

「あぁ、ただ、ここお風呂ないし、湖で……」

 

 

 しげりとアリサはコタロウを見る。

 

 

「無理ね」

「……そうすると、やっぱり」

「あそこ、ですかね」

「あそこでしょう」

 

 

 すずかたち現地協力者はすでに代案を決めているようであり、ここ出身であるなのはも分かっているようで、

 

 

「それでは六課一同、着替えを用意して出発準備!」

「これより、市内のスーパー銭湯に向かいます」

 

 

 それはフェイトも知っていた。

 

 

「スーパー――」

「銭湯?」

 

 

 スバルとティアナは首を傾げると、

 

 

「まぁ、でもその前に簡単に片付けしよか~。スバル、水汲んできてくれんか?」

「あ、はーい」

 

 

 全員がたりと席を立ち、お皿やコップを片付け始めた。

 

 

「あぁ、コタロウさん。アンタも行くのよ?」

「……はい」

 

 

 今度は断らせないわよ。というようにアリサは彼を誘うと、意外と素直に彼は頷いた。

 食器はそのほとんどが紙仕様で片付けやすかったが、いくつかはきちんとした食器で洗わなければならない。

 それは率先して、エリオとキャロが行い。他の皆は辺りの掃除を始める。

 

 

「しかし、よう食べたなぁ」

「ほとんどはスバルやエリオだね」

 

 

 がさりとごみを片付けながら残すものが何もないことにはやてとフェイトは感心する。

 

 

「あのシャマルの料理もね」

「……ほんまやね」

 

 

 今ははやての隣で紙皿を右手で一枚一枚重ねているコタロウに目を向ける。

 

 

「コタロウさん」

「はい」

「私の料理、どうやった?」

「はい。大変美味しかったです」

「……そ、かぁ」

「ふふっ。はやて、嬉しいんだ」

 

 

 自分で聞いておきながらすこし動揺しているはやてにフェイトは微笑む。

 

 

「フェ、フェイトちゃん!?」

「え、いや。私たち以外にそんな表情見せるの、珍しいから」

揶揄(からか)わんといてぇな」

「ごめんごめん。あ、じゃあ私はこっちを片付けるから」

「う、うん。よろしくな」

 

 

 フェイトははやてが自分たち以外に表情をころころ変えるのがとても珍しく、つい揶揄ってしまった。はやてもそれは自覚しているらしく、

 

 

[まぁ、嬉しかったのは否定せぇへんよ。料理するのは好きやから]

[うん。知ってる。私も料理、頑張ってみようかな?]

[エリオやキャロに?]

[やっぱり、『美味しい』って言われると嬉しいしね]

 

 

 正直に嬉しいことを述べる。思えば、はやては料理をしたのが久しぶりであれば、『美味しい』といわれたのも久しぶりだったのだ。

 皆にも言われた言葉であるが、全員で声を揃えて『美味しい』といわれるのと、1人に面と向かっていわれるのとでは感じるものも違う。それが、見知った人でなければ一入(ひとしお)である。

 フェイトもそれは分かっているようで、エリオとキャロにそう言ってもらいたいと思っていたため、はやてには(かな)わないが、もうすこし勉強しようと内心頷く。

 

 

「八神隊長、汲んできましたー」

「おおきに。それじゃ、こっち持ってきてくれるか~」

「はい!」

 

 

 スバルは少し小走りではやてのほうに向かってきたとき、

 

 

「スバル、足元!」

「……え? ――うわっ!」

 

 

 ティアナがおいて置いた小さなゴミ袋に蹴躓(けつまず)いた。

 汲まれた水は中身が飛び出て、はやてへ向かう。

 

 

「――はやて!」

「んぅ!?」

 

 

 フェイトが叫んだとき、はやては水がゆっくりと自分へ向かう最中、自分の重心が後ろへ引き寄せられるのを感じた。

 ぱさりと音が鳴り、自分の視界が鳶色(とびいろ)一色に染まると、首もとの下、肩のラインにあわせて優しく引き寄せられつま先が浮き、さわりと自分の髪ではないくすぐったいものを耳に感じる。

 

 

「ふぇ?」

 

 

 水を(はじ)く音が自分の目の前、鳶色の向こうで聞こえ、その水が落ちる音が耳に響いた。

 周りからは彼女がその背後にいる人の傘に守られたにしか見えなかったが、傘の中にいる1つの空間(せかい)の中、女性はやては自分が男性コタロウにほぼ抱き寄せられているに近い状況であることに気付くのに数秒を要した。彼女が感じたくすぐったいものは彼の髪だったのだ。

 コタロウは腕の力を抜いて、はやてのつま先を地面につけた後、傘を閉じる。

 

 

「す、すいません!」

「…………」

「ナカジマ二等陸士、片付けている最中は、足元を良く見たほうが懸命です」

「はい。すいません。も、もう一度汲んできます!」

 

 

 いつもの寝ぼけ目で彼はスバルに注意を促すと、彼女は今度は気をつけようと再び水を汲みにいった。

 コタロウはぱさぱさ残りの水滴を落として左腰に差し、何事もなかったように片付けを再開する。

 

 

「はやて、大丈夫だった?」

「…………」

「はやて?」

 

 

 フェイトは心配して声をかけるが、彼女は傘を差していた場所とぽかんと見上げていた。

 

 

「あ、ああ、な、なにフェイトちゃん?」

「大丈夫?」

「う、うん。大丈夫や」

 

 

 2人はそのままコタロウを見る。

 

 

「い、一応聞くんやけど、大丈夫か?」

 

 

 彼はその言葉に気付き2人のほうを向くと、

 

 

「――ひゃぃ!?」

「特に水はかかってない様なので大丈夫かと」

 

 

 はやてを上から下に観察した後、彼女の肩を掴んで後ろ向きにして同様に視線を動かした。

 

 

「…………」

「ちゃうわ!」

 

 

 彼女は振り向いて、おもむろに彼の左頬をつねる。

 

 

「私は自分の心配をしてるんやなくて、あんさんの心配をしてるんや、コタロウさん!」

 

 つねられた彼は2、3度瞬きをして、ごそりと胸ポケットからメモ帳を取り出し器用にぺらぺらめくり内容を確認した後、元に戻し、

 

 

 

 

 ふにっ。

 

 

 

 

「私は自分の心配をしているのではなく、貴女の心配をしています、八神二等陸佐」

 

 

 同じようにコタロウは右手ではやての左頬を優しくつねった。

 その後、はやてが羞恥のあまり、顔を真っ赤にして自分のデバイスに手をかけようとしたところを、ヴォルケンリッターに抑えられたことは余談とし、メモ帳には箇条書きでこう書かれていた。

 

 

 

 

『ジャニカによる感情を豊かにする助言(アドヴァイス)

 その121

 人がある程度のふれあい(タッチング)をしてきた場合、それは親密度が上がりかけている証拠。

 感情を豊かにするところはそういうところにある。

 上げる方法は冗談がその1つであるが、難しい。

 ジャンも良く使う冗談『オウム返し』があり、それは自分にも可能と彼は断定。

 下手をすれば怒られることもあるが、たとえそうなったとしても感情は豊かになるとのこと』

 

 

 

 

 

 



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第17話 『言えばいいのに』

 

 

 

 

「ハーイ、いらっしゃいませ。海鳴スパラクーアツーへようこそ!」

 

 

 自動ドアが開くと、受付にいる店員がにこりと微笑み、瞬時に団体と判断する。

 

 

「……えっと、大人13人と――」

「子ども4人です」

 

 

 その答えにスバルとティアナは『あれ?』と疑問に思う。

 

 

「エリオとキャロと――」

「私とアルフです」

「うん!」

 

 

 ティアナは現在いる総人数は分かっていたため、少年少女を数に入れると、リインとアルフが答え、

 

 

「えと、ヴィータ副隊長は……」

「アタシは大人だ」

 

 

 顎を引いて見るスバルに下から思い切りヴィータがにらみつけた。

 

 

「戻ってからの訓練に影響させても良いんだぞ~」

「あう゛」

 

 

 ばつ悪く苦笑うが、店員はそんなことは関係がないように、団体客を奥へ促す。

 

 

「じゃあ、お会計先に済ますから、先に行っててな?」

『はーい!』

「あ、そこの方」

「はい」

「傘立てがこちらにございますが」

 

 

 団体最後尾をついていく男の腰に差してある傘に気付き、傘立てが脇にあることを教える。

 すると彼は、傘を抜くが、

 

 

[コタロウさん、デバイスを離すのはまずいかと……]

[はい。分かりました]

 

 

 なのはがこの世界では魔法という概念の理解がされていないことを教えると、彼は頷き、垂直に地面に軽くこつんと石突を叩いた。

 すると、親骨部分が2段に折れ――受け骨も対応して折れる――石突が引っ込む。

 

 

『…………』

「珍しい傘ですね~、どこで売ってるんですか?」

 

 

 全員が押し黙るが、店員はさほど気にしている様ではなく、小首を傾げる。

 確かに、構造上コンパクトになるだけで、違和感はない。

 

 

「こちらは私と友人で作ったものなのです」

「は~」

「大切なものなので、持って入ってもよろしいでしょうか?」

「はい。それでしたら構いません」

 

 

 そして、彼は嘘もついていない。

 ぐっとそのまま地面に押し込むと、中棒がかしょんと1段短くなり、何処からどう見ても折り畳み傘にしか見えなくなる。

 コタロウは手首を返すと、その遠心力でバンドが締まり、腰のベルトに下げる。

 

 

[べ、便利ですね]

[手動でも自動でも、折りたたみは可能です]

 

 

 普段からその形状にしないのかと問おうとしたが、実際いつもの状態のほうが使い勝手が良さそうだと思い、口にはしなかった。

 奥に進み、何回か角を曲がると入り口につき、エリオは看板をみてふぅと息をつく。

 

 

「よかった。ちゃんと男女、別だ」

「広いお風呂だって。楽しみだね、エリオくん」

「あ゛、そうだね。スバルさんたちと一緒に楽しんできて、僕はコタロウさんと……」

 

 

 ちらりと後ろを見るエリオにキャロは思わず「え?」と声を漏らした。

 

 

「エリオ君は?」

「ぼ、僕はほら、い、一応男の子だし」

 

 

 確かに少年の言うとおりであるが、少女は看板の近くに書いてある説明書きを指差す。

 

「でもほら、あれ」

「注意書き? えーと、『女湯への男児入浴は11歳以下のお子様のみでお願いします』?」

 

 

 ね? とキャロは頷き、

 

 

「エリオくん10歳!」

「い、あ」

「うん。せっかくだし、一緒に入ろうよ」

 

 

 フェイトも2人の会話に参加するために、しゃがんでエリオを誘う。

 

 

「い、いいや! スバルさんとか隊長たちとかアリサさんたちもいますし!」

 

 

 最後の防衛線を全員に聞こえるように引いてみたが、

 

 

「別に私は構わないけど?」

「ていうか、前から頭洗ってあげようか。とか言ってるじゃない」

「アタシ等もいいわよ。ねぇ、すずか?」

「うん!」

「いいんじゃない? 仲良く入れば」

「そうだよ、エリオと一緒にお風呂入るのは久しぶりだし、入りたいなぁ」

 

 

 意外に線は低かった。

 たまらずエリオはコタロウに助けを求め、

 

 

「コ、コタロウさん!」

 

 

 思わず近くにあるほうの腕、左腕を引っ張った。

 それは動揺のあまり結構な力が入り、ぐぎんと彼の腕から音が鳴る。

 

 

『…………』

 

 

 アリサやすずかたち――今日コタロウと出会った人たち――は大きく目を見開くなか、エリオは手を持っていたため、ごとりと腕のつけ根が地面につく。

 

 

「え、あ、あの」

 

 

 通りかかる人間も目を見張るが、コタロウは気にもせず腕を拾うと、するりとエリオの手から抜けた。

 腕を左肩に落ちないようにかけると上目遣いで震える瞳の少年に彼は先程の会話から状況をある程度判断し、こういって男湯の暖簾(のれん)をくぐっていった。

 

 

「お好きなほうを選べばよいのでは?」

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第17話 『言えばいいのに』

 

 

 

 

 

 

 エリオは気付けば『女湯』の暖簾をくぐり、現在は腰にタオルを巻いて浴室の扉を開いていた。

 

 

「なのはちゃん」

「なに、すずかちゃん?」

「コタロウさんのあれ――」

「なんなのよ」

 

 

 すずかの言葉を遮って、アリサが不満をあらわにする。

 

 

「えーと……」

「コタロウさんはうちの課に来たときもそうやったよ。2日目に腕がもぎ取れてん」

「うん。その日から日常は片腕なんだ」

 

 

 自分たちも腕をなくした理由はよくは知らず、なくしたのは6年前であることを教えると、

 

 

「……はぁ」

「今考えると、コタロウさん。今日会ったときから左手1度もつかってなかったよね」

「迷子の子も左手つかんでぶらぶらしてただけだったわね」

「ご飯食べてるときもそうだったなぁ、そういえば」

「自転車止めたときも両手なんて使ってなかった」

 

 

 今日はじめて彼を知った人は口々に声を漏らす。

 出会った時の、あるいは出会ったときからの彼の意表さで腕の違和感に気がつかなかったのだ。

 全員人の良さが出てしまったのか、コタロウに近づこうとしてその空気に飲まれてしまったに近い。

 

 

「あー、もう、やめやめ! コタロウさんについて考えるのやめるわ。ったく、さっき考えないって決めたばっかりなのに」

「気にしないと決めても、コタロウさんの行動っておかしいから目に付いちゃうんだよね」

「すずかぁ、それじゃあ私たちがヘンにコタロウさんを意識してるみたいじゃない」

「ん~、多分、私のなかじゃ、知り合い以上には意識してると思うけど……もちろん、アリサちゃんも」

「言うわね。まぁ、否定はしないわ」

 

 

 アリサはすずかを横目で流した後、足の付け根にきゅっと力を入れて一歩踏み出す。

 

 

「ほ~らっ、そんなことより、今は久しぶりに再会したなのはたちとお風呂満喫するわよ?」

「うん!」

「さ、なのは……」

 

 

 瞬時に頭を切り替えられるアリサやすずかに感心していたなのはは自分の目とは合わせようとせず、上から下へと目を動かすアリサに首を傾げる。

 

 

「な、なに、アリサちゃん?」

「ん~、いや。友人のスタイルのよさに、ちょっとね~」

「え、なに、すずか」

「うん。肌、綺麗だなぁって」

『そ、そうかな』

 

 

 見られたり触られたりする中、自分たちは特に気を使っていないとは何故か言えなかった。

 一方エリオはその会話の間に、自分のおかれている状況に気がついた。コタロウの腕をわざとではないものの、引っこ抜いたために放心状態であったのだ。

 はたりと視界に入ってくるの人の中に同姓は自分と同じくらいか、自分より小さい少年しかいなかった。

 

 

「あ、エリオ、身体洗ってあげようか」

 

 

 すずかの腕から何とか抜け出したフェイトが後ろから両手で肩に触れる。

 

 

「い、いえいえいえ! じ、自分でできます!」

「……そう?」

 

 

 いくら首を振っても絶対に後ろを向くわけにはいかなかった。

 エリオは右腕と右足を同時に出しながら近くの洗い場に座り、決して周りのものを見ないように身体を洗い始める。その時、ふともやのかかる向こう側、出口とは反対側にある扉に目がいった。

 

 

(混浴露天エリア? にごり湯ですが、入る際はお気をつけださい?)

 

 

 その間にはやても追いつき、久しぶりの友人たち揃ってのお風呂に瞳をきらりとさせる中、シャンプーだけは、フェイトは頑として譲らず、

 

 

「頭は洗ってあげるね?」

「……う、はい」

 

 

 断らせない雰囲気を背中にずしりと感じた。

 

 

 

 

 フェイトに頭を洗ってもらう間は目を瞑ることができたため、どちらかというと落ち着いていられたが、

 

 

「じゃあ、一緒に入ろうか?」

 

 

 と言われたとき、とっさに念話で壁の向こう側にいる男性に話しかけてしまった。

 フェイトが自分に優しさを持って接していることはわかりすぎるほどわかっていたが、頭の中では六課初出動のとき以上に頭の中で警戒音が鳴り響き、どうにも治まりそうになかったからだ。

 なにせ、自分の背中には自分でない髪の毛とタオル越しでもわかる何かやわらかいものが触れている

 

 

[コ、コタロウさん!]

[はい。エリオ(・・・)さんかな?]

 

 

 そのため、コタロウの口調には気がつかなかった。

 

 

[あ、ああの! そちらの出口とは反対側に露天風呂がありません?]

[ありますね。というより、今、僕はそこにいるよ。外が見えますと書いてあったから]

[今から、そちらにいきます!]

[それはエリオさんの自由だと思うけど?]

 

 

 エリオは一方的に念話を切った。

 

 

「あ、あの。フェイトさん!」

「なに、エリオ?」

「僕、コタロウさんと一緒に入ります」

「……へ?」

 

 

 フェイトの間の抜けた声を聞く間もなく『混浴露天エリア』と書かれているドアを開けて、彼と待ち合わせている――実質既にいる――場所へ、もう少しで走ると言われてしまうかもしれない歩き方で行ってしまった。

 

 

「一目散やな~」

「あれ、エリオは? 一緒にお風呂回ろうと思ったのに」

「あ~、混浴露天エリアのほうへ行ったで? なんでも、コタロウさんと入る言うて」

「はぁ……」

「…………」

 

 

 はやての視線にあわせてスバルもそちらへ動かすと、

 

 

「フェイトさん?」

「あれは子どもの成長を認めきれない親の顔やな」

 

 

 フェイトが無言のまま、正面にある扉を見つめていた。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 エリオはドアを開けた後、女湯を覗かれないように設計されている通路を2回ほど曲がり、湯の温度と空気中の気温の差から発生した湯気の大きさが物語る広い湯船に着いた。

 湯は看板の通り乳白色(にゅうはくしょく)で、女性あるいは男性の身体を映らせないように施してある。

 人数はさほど多くはなく、年齢層は自分の5、6倍はありそうな人たちばかりで、その中に、水蒸気からか、あるいは髪を洗ったのかわからないが、いつもより落ち着いた髪の男性が目に入った。

 

 

「コタロウさん」

「……はい」

 

 

 コタロウは肩まで――鎖骨が見えるか見えない程度――浸かっており、今は寝ぼけ目以上に目を細くし、近づくエリオから見ても気持ち良さそうに見えていた。

 少年が彼を見下ろせる位置まで近づくと、相手は寝ぼけ目になり、顔を上げ、エリオは一言断ってから彼の右横にとぷんと浸かる。

 

 

「た、助かりました」

「うん?」

 

 

 大きく湯気ごと肺に空気を入れると入れた以上に息を吐いた。

 

 

「あ、いえ、こちらの話です」

「……そう」

 

 

 エリオは視線をコタロウからそらし、正面を向くと、それ以上お互い何もしゃべらなかった。

 

 

『…………』

 

 

 時間にしては2分となかったが、エリオはこちらが何も言わなければ向こうは何も言わないことをここ最近のコタロウをみて把握していた。

 

 

『…………』

 

(どうしよう)

 

 

 エリオは六課に配属されてから、これだけお互い近い位置にいるのに無言でいたことが考えても思い当たることがなかった。

 

 

(なにか、話題)

 

 

 そう考えている間も、隣の男は何もしゃべらず、細い目でいると、

 

 

(あ、そういえば)

 

 

 少年は先程のコテージでの出来事について、お礼を言うのを忘れていたのを思い出した。

 それに『傘』についても聞きたいことがあると考える。

 

 

(お礼を言って、その後、『傘』について話してみよう)

 

 

 大体の場合、この様な話題のつなぎを考えるのは大人の役目であったりするが、コタロウの場合はほぼないに等しい。

 エリオは十分話題の流れを頭の中で整理した後、いざ話しかけようとおずおずとコタロウのほうを向くが、

 

 

「…………」

 

 

 声が出なかった。

 それはただ単に、相手が気持ち良さそうに見えただけではない。

 普段見るコタロウは目深に帽子を被っているためわからなかったが、髪は女性に負けないくらいのつやつやとした濡烏色(ぬれからす)で、毛先はところどころ跳ね上がり、その弧を描いている部分は水分で鈍く光っていた。

 垂れ下がっている髪の隙間から見える(まつげ)の長さは横顔のせいかよく分かり、ぼんやりと細い目の中にある黒い瞳は確認できないくらいずっと遠くを見ているようである。

 そして乳白色の湯とその湯気がコタロウの認識を鈍らせ、そこからゆらりと消えても、疑問に思う人はここにはいないかもしれないと思わずにはいられなかった。

 それくらい今の彼は妖艶に見えるのだ。

 肌はほんのりと上気した桜色(さくらいろ)で、大人であるのにもかかわらず、幼さが若干残り、彼のどちらかといえば男性よりの中性的な顔が尚のことそれを引き立たせていた。

 

 

「……ん。なに?」

「え、あ、い、いいいえ! 別に、何も」

 

 気付けばぴとりと自分の左手を相手の右頬につけていた。

 自分でも何をやっているんだろうと手を引っ込めて、ぶんぶんと(かぶり)を振る。

 

「す、すいませんでした」

「特にエリオ(・・・)さんは謝られることをしていないと思うけど?」

 

 

 コタロウは首を傾げ、頭を下げるエリオは、そこでもうひとつ何かに気付いた。

 

 

(……あれ?)

 

 

 はたりと顔を上げた先には依然としてコタロウは首を傾げている。

 

 

(えと、今……)

 

「コタロウさん?」

「ん。なんだい、エリオさん?」

 

 

 首を戻して反応するコタロウとは逆に、エリオが今度は首をかしげる。

 この数分過ぎにキャロがエリオやコタロウと一緒に入るために駆け込んできた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「…………」

「そんな気になるんやったら、行けばええんちゃう?」

「いや、それは……」

 

 

 キャロも向こうに行ってしまったことにフェイトはちょっぴり(さみ)しさを覚えていた。彼女ははやてのもっともな答えに、肩以上に湯船に浸かってぷくぷくと音を立てる。

 

 

「フェイトちゃんって、かわいたがりだよね~」

「そう、かな」

「自覚がないんじゃ、決定的ね」

「あ、う」

 

 

 さらにすずかとアリサに揶揄(からか)われて、言葉を返せない。

 しかし、それはエリオとキャロを保護した本人にとっては当たり前で、一緒にいたいのに離れていく2人の成長にどこかしら否定的であった。もっと甘えてもいいのにとフェイトは思う。

 

 

「よし、リイン。次はこっちだ」

「はいです~」

 

 

 その最中(さなか)、ヴィータとリインはなるべく多くの風呂に入るということに興じていた。

 ヴィータ本人は入る前は「楽しまない」と隊長陣である風格を出していたが、湯船の温度とは別に、その熱はいくらか下がったようだ。憎めない妹に付き合っている姉というようにも見える。

 彼女の口調はトゲのある厳しいものであり、彼女を良く知らない人たちは話しをかけづらい人物となるが、彼女を良く知っている人たちは、誰かを叱っても決してその人の愚痴を叩かず、自分たちが気付かないところに気付き、感心することが多々あるため、彼女は本音で向き合えるよき友人でよき上司であった。

 その彼女は今、エリオやキャロが消えていったドアを指差している。

 

 

「ヴィータ、そっちは混浴だぞ」

「別にタオルしっかり巻いていけば問題ないだろ」

 

 

 自分が大人であることも、自分の体格体型も自覚しているため、頑丈に防備しておけば――タオルが肌蹴(はだけ)ない方法を自ら考案している――さほど視線を浴びないだろうと考えていた。

 

 

「じゃあ、ついでにエリオとキャロの様子もみてきてくれんか? フェイトちゃん、いろいろと不安なんよ」

「はいです~」

「念話で話してみればいいのに」

 

 

 ふと、念話でもある程度状況を知ることを指摘すると、フェイトははたとそれに気付く。

 

 

「……そっか」

 

 

 彼女は目を閉じてエリオとキャロに話しかける。

 

 

[エリオ、キャロ?]

[はい。フェイトさん]

[もしかして、探索機(サーチャー)に反応が?]

[う、ううん。違うの]

[フェイトちゃんがな、寂しいんやて~]

[は、はやて!?]

[さっきのお返しや]

[う゛。あ、あのねそっちは大丈夫、滑って転んだりしてない?]

[はい。大丈夫です]

[気をつけてます]

 

 

 はきはきと答える2人にまた寂しさが僅かに増す。

 念話であるため口調はいつもと変わらないが、眉はハの字になっていた。

 

 

[何かあったら言ってね]

[……あ]

[……はい]

 

 

 『何かあったら』という言葉の返事にエリオとキャロは歯切れ悪くも頷く。

 

 

[何かあったの?]

[い、いえ――]

[あるといえば、ありますし……]

[ないといえば、ないです]

[どういうことなの?]

[気になるなぁ]

 

 

 そこで念話を隊長陣――ヴォルケンリッター含む――にも広める。

 

 

「ん、はやてちゃんどうしたの?」

「なんや、エリオとキャロがコタロウさんとなんかあったみたいやで?」

「コタロウさんが?」

『え゛、コ、コタロウさん混浴にいるんですか?』

「……どうしたんだ、お前等?」

『いえ、なんでも』

 

 

 リインとシャマルが偶然にも声が重なり、2人とも敬語なのもヴィータは気になった。

 

 

[それで、なにかあったの?]

 

 

 フェイトはまた念話を再開する。

 本当になんでもないことですが、また驚いてしまいました。と言葉を繋いだあと、ぽつりと言葉を吐いた。

 

 

[コタロウさん、僕たちをファーストネームで呼ぶんです]

[あと、苦笑いくらいの表情も見せてくれます]

『[……へ~]』

 

 

 今浸かっている湯加減がちょうどいいのか、なんだそんなことかと軽く流そうとする。

 ファーストネームで呼んだり、苦笑いするくらい普通(・・)の人なら誰でもあると。

 

 

『[……何?]』

 

 

 だが、ふと考え直してみると、彼が自分たちのことをそんな風に呼んだこともなければ、困った顔以外の笑った顔などみたことがない。

 一瞬、興味本位で行ってみようかと、視線を混浴露天エリアへ通じるドアに向けるが、彼女たちは女性であり、恥ずかしさのほうがそれよりも大きく、

 

 

「なんだ、じゃあ見てきてやるよ」

 

 

 ほれ、いくぞリイン。と後ろですこし戸惑っている小さな少女の手を引いて、のしのしと混浴露天エリアへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ん~、というより。制服を着ていないとき以外はこのような口調みたい」

「みたい、ですか?」

「はい。ジャンとロビンに言われてからかな。制服時の口調、それ以外のときの口調を録音してみるとその通りだった。今はこの状態のときでも制服時の口調で話すことはできるよ」

「あの、その逆は」

「それは無理」

 

 

 そうですか。とエリオとキャロは複雑な顔をして頷く。

 

 

[エリオくん。コタロウさんって……]

[うん]

『[すっごい真面目!]』

 

 

 コタロウと接する機会があった今日を除く全て、エリオとキャロは制服という媒体のものを通してであった。

 ここへ向かう前、いや、この地球の日本にいたとき自分たちは私服であったが、彼はつなぎを着ていた。つまり、コタロウにとってはつなぎも制服の1つなのだ。

 彼は制服の着る着ない、仕事とそれ以外で見事に口調を切り分けている。

 エリオやキャロをファーストネームで呼んでいるのは自己紹介時にそれでも構わないと断っていたかららしい。

 

 

「あの、今日は休暇なのに、どうしてつなぎなんですか?」

「つなぎが一番動きやすいからかな」

 

 

 今日は散策も兼ねていたので、動きやすい格好をしていただけという。

 エリオは気付けばキャロについても意識が薄くなり――彼女が入ってきたとき『レディは露出を多くしてはダメ』としっかりコタロウはタオルを巻かせた――一緒に会話をしながらコタロウに接している。

 先程、彼女に瞳を合わされ笑顔で『いつも助けてくれてありがとう』と言われたときにはどきりとしたが、現在は彼女も含めゆったりと時間が流れていた。

 

 

「私服は持ってはいるけど、めったに着ることがないため部屋の荷物の中にまだ収納されたままだね」

「……そういえば、私たちも全然着ないね」

「うん」

 

 

 確かに訓練ばかりで持ってはいるが着ることは少ない。今日のように私服を着ることは彼の言う通りめったにない。

 エリオが今日喫茶店で話していたことをもう一度聞こうとしたとき、

 

 

「お、いたなチビども」

「ヴィータ副隊長と――」

「ど、どうもです~」

「リイン曹長?」

 

 

 1人が後ろの1人の手を引いてあらわれた。

 

 

「ど、どうしたんですか!?」

「ん~。妹の世話と新人どもの世話」

 

 

 エリオは既に寄りかかっているためそれ以上後ろへは下がれないのに、思い切り後ろへ下がろうとする。

 コタロウは彼女たちがあらわれ近づいてきても少年とは違い表情は変わらない。

 

 

「んで、コイツが笑うって?」

 

 

 ヴィータはコタロウの正面を陣取りざぶんと入り、ジトりと彼を見ても、いつも通りの寝ぼけ目でいた。

 

 

「ふ~ん。コイツがねぇ」

 

 

 彼女の隣にリインも浸かり、一度瞳だけをきょろきょろ動かした後、

 

 

「い、い~お湯ですね~、コタロウさん」

「はい、リインさん」

「……お、お~」

 

 

 本当ですぅ。とぱちくりと瞬きをしてまじまじとコタロウを見る。

 そして正面にいながらリインはエリオを同じ感覚に陥り、一度目を擦りもう一度彼を見ると、そこには確かに彼がいた。

 それからヴィータとリインも加わり、今日の彼の動向について問いただすと、2人も彼の口調が服装を着ることによってのみ起こることであると自覚し――ヴィータに対しては階級をつけていたが――始めは違和感に首を傾げたものの、彼の目を細めた表情と、柔和な口調から、とっつきにくさが抜けていった。

 

 

「お前、意外に普通だな」

「はぁ」

「どうしていつもその口調じゃないんですか?」

 

 

 リインは会話の間何度か同じ質問をし、そのたびに同じ受け答えをする真面目なコタロウをみてキャロはくすりと笑ってしまい、

 

 

「コタロウさんって、お兄さんみたい」

 

 

 つい、言葉を滑らせてしまった。

 

 

「コイツが兄貴ィ?」

「あ、いえ。すみません。というよりリインさんが妹みたいに見えて」

 

 

 初出動から帰ってきたときに思ったのはこれだったのだ。あの時の空気に良く似ており、はたから見れば自分のお礼に丁寧に答えただけにしか見えなかったが、自分が自分を俯瞰(ふかん)して見たとき、丁寧な言葉遣いを除けば兄妹(きょうだい)のように見えていた。

 

 

「わ、私が妹、ですか?」

「え、あう。すみません」

「それとアタシも若干その目で見たろ」

「……すみません」

「謝んな。認めてるぞ、それ」

 

 

 戻ったときの訓練が楽しそうだと不敵に笑うが、コタロウの身長が低いといっても、今周りにいる全員はその彼より低のだ。それを引き立たせているのは間違いない。

 だが、リインはぼそぼそと「ネコさん、お兄さん、ネコ兄さん?」と繰り返しているだけで、否定的な意見は出なかった。

 

 

(は~、コイツ、なんだかんだあっても嫌われてなねぇんだな)

 

 

 ヴィータはこの捉えようのない彼が案外リインや新人たちに気に入られていることに内心感心していた。

 

 

(リインやエリオたちが子どもっていうのもあるが……というより、コタロウと一緒に風呂入るなんて誰がいるんだ?)

 

 

 はやてから聞く限り、コタロウは基本メカニックの下につき、ただ命令を聞いていただけで、ここ六課のように――今日の彼は休暇中であるが――彼を自由にさせる場所なんてなかったようである。

 機械士としての彼ではなく、日常の彼を知っている人間がジャニカ、ロビン以外にいるのだろうか? と疑問に思うが、答える人間はこの場にはいない。

 

 

(まぁ、アリサさんの言ったとおり、気にしたら負けだな)

 

 

 そこで思考を打ち切って、思い切り身体を伸ばした。

 

 

「おい、リインそろそろ戻るぞ」

「え~」

「え~じゃねぇ。のぼせるぞ」

「はあい」

 

 

 ヴィータに合わせて、しぶしぶ彼女は立ち上がり、

 

 

「じゃあ、僕もそろそろでよう」

「……あ、僕も」

「え、エリオくん戻らないの?」

「あ、フェ、フェイトさんには先に出ますって言っておいてくれる?」

「う~ん。うん、わかった」

 

 

 やんわりと断ることに成功したエリオは大きく息を吐き、コタロウに合わせて立ち上がろうとしたとき、

 

 

『…………』

 

 

 ヴィータ、リイン、エリオとキャロはコタロウから目を逸らすことができなかった。

 それは別に彼の腰にしっかりと巻いてあったタオルを注視したわけではなく、彼の左腕とその背中であった。

 4人はいずれも大切な人を護るためならば、何かを()す覚悟はできている。しかし、3人はまだ若く、1人は何度か死線を越えてはきたが現在まで五体満足でおり、そのために自分の何かを失ったことがなかった。

 この目の前いにいる男の左腕がないことは六課配属当初からわかっていたが、それは制服越し、布越しである。

 しかし今はそのようなものはなく、裸である上半身がよく見え、彼の五体満足でない姿がはっきりと確認できた。

 彼の左腕、義手の接合部は日常生活に支障をきたすことなく処置が施されているものの、(おぞ)ましく、骨がある部分は連結箇所なのか黒くくぼみ、異質を放っていた。

 そして、彼の背中、厳密には左肩から平行に右腰骨までには熱された大きな鉄骨で押しつぶされたような跡が残っており、それに沿うようにリベットの跡が背後に残されている。

 彼等はこのようなものを()の当たりにしたことなどなかった。

 いつの間にかヴィータたちよりも前にいる彼は湯気でぼやけているはいるものの、幻想などではなく現実であることは先程エリオが前もって確認していた。

 また一歩彼がドアに向かって進むと、4人は思考が重なり、

 

 

『(身体の一部を無くした時以降、普通でいられるのだろうか?)』

 

 

 少なくとも彼はそれを体現していることは自明である。

 気付けばコタロウ以外は自分の左腕を握り、

 

 

『(……ある)』

 

 

 幻想なのではなく現実にあることを確認していた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 お風呂から出ると余韻を楽しむ間もなく、探索機からの反応が見られ現場に急行する。

 ティアナはシャマルとリインに視認不可(オプティック・ハイド)をかけ、はやてを除く隊長陣は新人たちのサポートに力を注いでいた。

 当のはやてはというと、

 

 

「…………」

 

 

 現場より少し離れたところでコタロウのキータッチ(さば)きに目を見開いている。

 以前ゲンヤやなのはに言われたことは間違いなく事実で、彼は片手でありながら今現場に急行している彼等の倍ある画面を見てデータを収集している。

 何故コタロウがいるかというと、彼(いわ)く、「ケーキを貰った時点で休暇目的は全うしました。新人たちのデータを収集いたしましょうか?」というもので、なのはは「そう出来るのであれば、申し訳ないが」と、お願いしたのだ。

 

 

「う~ん。聞きしに勝る」

 

 

 はやての言葉は断定で、コタロウからは返事は無い。

 

 

(これは圧巻やな。機械士(マシナリー)は皆こうなんかなぁ?)

 

 

 書類整理が凄いのは知っていたが、この速さと正確をもった人材が他にもいるのかと思い、

 

 

「コタロウさん」

「はい。なんでしょうか、八神二等陸佐」

 

(お風呂のときに念話でもいいから名前呼んでもらえばよかったなぁ)

 

「他の機械士の皆さんも、コタロウさんほど早いんか?」

「……わかりません。機械士同士は配属してから一緒に仕事をすることがありませんので。もちろん顔は全員知っていますが」

「ん~。ということは、もしかして出向がほとんど?」

「課に残ったり、出向に行ったりと色々ですね。私の場合は、2割は残り、8割は出向です」

 

 

 その間もコタロウは表情は変わらず、キータッチの早さも変わらない。

 

 

(コタロウさんほど早くは無くとも、処理速度は異常の域なんやろなぁ)

 

 

 しかし、機械士を見出した人間――出向先の上官――は危険も同時に考えなければならないことにはやては気付く。

 

 

(現場の領分を越えて仕事をこなしてしまえば、成長する人間がいなくなってまう)

 

 

 彼女の思うことはもっともで、新人が覚えて成長する過程を全てこなしてしまうのであれば、彼等は成長できなくなってしまう。

 現在六課の新人はフォワード陣しかおらず戦いに関しては問題ないが、シャリオやアルトたちはまだ優秀であっても成長途中だ。彼女たちにとって成長の起爆剤であるわからないものに対しての原因究明が出現することなく、解消してしまうのは彼女たちの成長を止めてしまうことになる。

 はやては機械士の取り扱いを1つの課題として、ある程度の規制をかけることを念頭に置くことにした。まず、帰ってから彼の修理箇所に目を通さなくてはと思い、顎に手を当てて空を見上げると、

 

 

「……ん?」

 

 

 先程まで綺麗な星空であったのに、気付けば暗雲が垂れ込んでいた。

 

 

(雷も鳴らんかったんで、気ぃつかへんかったわ)

 

[はやてちゃん、一雨きそう]

[せやなぁ]

[(あるじ)、ここは私たちが見てますので]

[はやては降られないところに]

[私たちはバリアジャケットなので濡れにくいですが、はやてちゃんは――]

 

 

 なら、私もセットアップするだけや。雨一つくらいで部隊長が避難するわけにはいかんよ。と返した矢先に、

 

 

[――はぅっ!]

[リイン、戻ってきてもええで?]

[だ、大丈夫です!]

 

 

 雷1つ、

 

 

[……あ]

[降ってきたな]

 

 

 ぽつりと雫1つ頬に当たる。

 

 

「コタロウさん」

「なんでしょうか、八神二等陸佐?」

「……一言いってくれるとありがたいなぁ」

「申し訳ありません」

 

 

 彼ははやての左隣について、驟雨(しゅうう)にぱさりと傘を開いていた。

 

 

「持ちましょうか? 画面操作ありますやろ?」

「いえ、構いません。後で編集すればよいことですから、手間は変わりません」

 

 

 そうか。と無理に代わることはしなかった。傘といってもデバイスであり、情報収集端末でもある。自分のものでないデバイスに簡単に触れても良いものかと思いとどまったのだ。

 

 

『…………』

 

(どないしよ)

 

 

 だがコタロウとは違い、画面を見ていても、はやては無言の空間に堪えられない。

 ふと彼を見てしまう。

 彼は画面から視線を動かさなかったので、横顔がよく見えた。

 

 

(睫長いなぁ、肌も綺麗や)

 

 

 ぷにりと彼の右頬を人差し指で押してみる。

 

 

「なんでしょうか、八神二等陸佐?」

「い、いや、なんでも」

「……そうですか」

 

 

 視線も彼女に向けなければ、特に振り払うということも彼はせず、画面から目を離さないでおり、はやても見習って視線を画面に戻した。

 画面の向こう側では始めは手探りなところがあったものの、徐々に弱点を見出し、封印対象を発見する。

 今日ここへきた派遣任務とはロストロギアの封印と回収。後報で明らかになったことだがレリックでもなければ危険性もなく、視認してみるとゼリー状のぽよぽよ跳ねるものであった。それは無数確認されたため本体を見つけていたのだ。

 

 

「うん。ええよ。何事も経験や」

 

 

 コタロウにも聞こえていた念話の内容だと、キャロが封印をやらせてくださいとリインに申し出たらしく、それを了承していた。

 

 

「ちょうど良く、雨もあがるみたいやね」

 

 

 程なくして雨は上がり、事態も収拾する。

 そして、全員でコテージに戻る最中に、ヴィータが隣にいるコタロウに向かって口を開く。

 

 

「お前、何で左袖(ひだりそで)だけ濡れてんだ?」

「濡れないように努めたのですが、濡れてしまったようですね」

「……なに言ってんだ?」

 

 

 ヘンなヤツ。とそれ以上は気にせず、前にいる新人たち、隊長陣たちに追いついていった。

 

 

「……言えばええのに」

 

 

 彼の言葉は聞こえていたのに、前歩く何処も濡れていない彼女の言葉は誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「もう、帰っちゃうんだね」

「一晩くらい泊まっていけばいいのに……ってわけにもいかないのか」

 

 

 すずかとアリサは1人を除いて遊びで来たわけではないとわかると、迷惑をかけるわけにもいかないとすごすごと引き下がった。

 他の近親者たちもまた会いにいらっしゃいと次の再開を約束を取り付けると笑顔で見送る。

 

 

『今度はちゃんとお休みの時に来るから』

『また絶対遊びに来ます』

 

 

 1人を除く六課の人間もまた会いに行きますと宣言して、次回を楽しみにする。

 

 

「あ~、コタロウさん」

「アンタは連絡することを忘れないように」

「時々、コタロウさんが何していらっしゃるのか、そちらは何をしていますか? みたいな感じで構いませんので」

「わかりました」

「しなかったら、フェイトに頼んで雷落としてもらうから」

「雷、ですか?」

「コ、コタロウさん、そこで私を見なくても落としませんから大丈夫です」

 

 

 六課の人間とも地球の人たちとのやり取りを笑顔でみるエリオとキャロであったが、スバルは自分の親友が何か浮かない顔をしていることに首を傾げる。

 

 

「ティア、せっかく任務完了なのに、何でご機嫌ななめなの?」

「いや、今回の私、どうもイマイチね」

「そんなことないと思うけど……」

 

 

 彼女が言うには隊長たちならもっと効率よく事態を収拾させることができ、短時間で終わらせることができたということだ。

 それは当然といえば当然であるとスバルは同意するが、自分たちもよくできてたと褒めるが、親友はどこか納得していないようであった。

 はやてとシグナムがこの任務の依頼者に連絡を取る間、フェイトとリインに新規でメールが届いて内容を確認する間、なのはとヴィータがきちんと後片付けができているのを見てまわる間、ティアナはきゅっと口を結んで、明日の訓練で課題を自分でも見つけようと自分に対する疑念を打ち消した。

 

 

「それじゃあ、戻ろうか」

『はい!』

 

 

 そうして、友達、家族に見送られながら六課全員はミッドチルダへ戻っていった。

 

 

 

 

 

 



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第18話 『今日という日この時だけは』

 

 

 

 

 

 外では(つんざ)くような音が鳴っていても、2人はそれほど気にはならなかった。

 理由は簡単で、

 

 

「パパとママはどれにのってるのかなぁ?」

「さぁ? どれだろうねぇ~」

 

 

 指折り数えて待っていた大切な人に会えるからである。

 人の行き()う建物はそのほとんどがガラスのような透明な壁で囲まれており、音と風を弾き、人の声、歩く音、館内放送以外は聞こえないというのも、もちろん重要なことであるが、会えることの前には1つの要素でしかなかった。

 

 

「迷子にならないようにしっかり手を繋いでいるんだよ?」

「はーい!」

 

 

 2人の年齢は離れすぎているのか、1人は左肩を下げ、相手の負担にならないように手を繋いでいる。いや、実のところ小指、あるいは人差し指を差し出すだけで、相手の手のひらには十分だった。

 

 

ご案内(アテンション)申し上げます(プリーズ)――』

 

 

 館内放送が広いフロアに響き渡り、距離があるせいか、遠くから聞こえるものは山彦のように遅れて周りの人たちの耳に届く。

 

 

「ねぇねぇ」

「ん、なんだい?」

ごあんない(アテンション)もうしあげます(プリーズ)ってなぁに?」

「『よく聞いてください』って言う意味だよ」

 

 

 どうして、わからないように言うの? と、上目遣いでさらに問いかけることがわかっていたので、さて、このコにどう教えればよいかと考え、上を向くが、すぐに腕をぐいぐい引っ張られた。

 見るともう既に次の興味へ移ってしまったようだ。この年齢はなんにでも興味を示し、次から次へと右から左、前から後ろと瞳をきらきらさせながら、周りから情報を吸収している。

 この幼すぎるコは、最近文字も覚え始め、新聞を読んでいる最中にも「これってなぁに?」と聞いてくる始末だ。

 考えた相手は自分の住んでいる国の言葉に少しため息を吐くことがある。それは特定の文字を全て覚えてしまえば、意味はわからなくとも読めてしまうことだ。別の国であれば、1つの文字で多くの意味を持ち、この年齢でも読めない文字があるという。

 しかし、それはこの手を繋いでいるコがしつこく聞いてくる場合に限る。このコに教えること自体は嫌いではないのだ。それを嫌ってしまっては、兄失格だろう。

 嫌いでなくて良かったと思う。

 

 

「パパとママのひこーきがくるまでどれくらい?」

「ん~、もう着いてるよ」

「ほんと!」

「うん。ほら、多分あれさ」

 

 

 彼はしゃがんでウィンドウの外を指差し、1機の旅客機を見せる。その旅客機は速度を落としながら、緩やかに滑走路を走り、乗客用ドアが降り口と連結しようとしていた。

 

 

「じゃあ、はやく! はやくいこう!」

 

 

 歩幅の差を駆けることで差をなくしリードして、兄の手を引っ張っていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 最後のブレーキを感じた後、ベルト解除許可がおりると、がちゃりとベルトをはずして、夫婦はすこし顎を上げて息を吐いた。

 

 

「毎回思うが、離陸と着陸に感じる重力はどうも好きになれん」

「ものは考えようですよ。好きなときもあるでしょう?」

「好きなとき?」

「ええ。この空港ではこの重力を感じなければ、あのコたちに会えないんですから」

「なるほど。ものは考えようだな」

 

 

 相手のキャリーバッグを代わりに持ちながら、飛行機を降り、コンコースを歩く。

 ウィンドウの向こうでは飛行機専門のメカニックたちが点検を始め同時に燃料を補給していた。

 1週間ぶりにミッドチルダへ戻ってきた夫婦は、おそらく出口で待っているであろう2人の子どもたちに会えるという未来に胸が高鳴ってくるのを感じ、だんだんと足の運びが速くなる。

 離れている間、毎晩連絡を取っていても、現実に会えるとなると嬉しくてたまらないものだ。もちろん、自分たちの職業が子どもたちに会えない原因になっているので、申し訳ない気持ちもあるが、自分たちの息子が背中を押してくたため、迷うことなく今の仕事を続ける。

 彼は自慢の息子だ。そして、もう1人の自分たちの愛の対象である娘もまた自慢である。

 

 

「あ、パパとママだー」

 

 

 夫婦の予測は正しく、出口を抜けた途端に、こちらに向かって走ってくる女の子が見えた。

 

 

「こーらっ、そんなに走ると転んじゃうぞ?」

 

 

 その女の子の後ろでは、半ば苦笑いで歩いてくる息子が見えた。

 女の子は母親に抱きつくというよりも、体当たりに近い動きで抱擁(ほうよう)をねだる。

 

 

「ティア、お兄ちゃんとは仲良くしてた?」

「うん!」

「ティーダ、私たちの娘を泣かせたりはしなかったろうね?」

(むし)ろ、父さんたちがその原因をつくる元になり()るんだから、自覚して欲しいね」

 

 

 足元で女性と女の子が抱き合う中、男性2人はぎゅっと強く握手を交わし、『泣かせてなんていない』と無言で答えた。

 今日は久しぶりにランスター家が4人揃った。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第18話 『今日という日この時だけは』

 

 

 

 

 

 

 シルフィオ・ランスターとローラ・ランスターは2人とも自分の目で見ない限りは何事も信じない人間であった。

 夫であるシルフィオと妻であるローラは異なる職業であるものの、同じ分野の仕事に就いており、シルフィオは室外装飾(エクステリア)を、ローラは室内装飾(インテリア)といった建築分野でそれぞれ自営業(フリー)で活躍し、そのほとんどを同じ建物で互いの分野(はず)れることなく腕を振るっていた。

 ティーダは今年で17歳になり、時空管理局に勤めている。入隊年は普通の人よりも遅く、やっと最近3等空士から1つ階級の上がったばかりであるものの、階級と実力の(とも)わない才覚をすでに見せ始めていた。

 入局を遅らせた理由とは単純で1つは通信課程にて学業を専門にもっと深く修めたく――両親は『すねかじりのしようもない息子』と苦笑いながらも大賛成――2年間入局のための体力づくりと言語を中心とした各管理世界の政治・経済を学んだ。既にこの世にいない祖父の処世訓(しょせいくん)『学業とは何事にも得がたい見えない財産の1つ』を頑なに実行したのだ。

 その甲斐あってか、入局後の新人という期間で(ぬき)んでた実力を発揮し、2年というブランクをいとも簡単に凌駕することになる。

 もう1つの理由は両親の仕事とティアナの面倒を見なければならないところにあった。『家族とは何事にも得がたい見えない財産の1つ』という同じくこの世にいない祖母の処世訓も実行し、両親からは『私たちではなく祖父母から生まれたのではないか?』と揶揄(からか)われ、『それじゃあ、僕は父さんのお兄さん、それとも弟?』とティアナを抱き上げながら苦笑していた。

 ただ、執務官になるという自分の夢を諦めたことは一度も無い。ティアナが幼く、多忙を極める執務官職であるが、両親は『その時は自分たちが大人になるだけ』と大いに息子の夢に賛成した。自分たちのどちらかが領分を狭め、家庭に従事するだけで、そもそも今の状態がおかしいのだ。(むし)ろ息子に甘えすぎていると思いながら、仕事をしていることに感謝の念を感じずにはいられなかった。

 今はここから飛行機でおよそ10時間かかるある土地のとある大きな建物の装飾を依頼されているが、今回を最後にもっと身近で小さな範囲で仕事をしようと考えていた。

 建築士と協力しながら大改装をし、集客性を高め、地域に溶け込めるものいったかなり大掛かりなものの、何とかかたちになり後は開店記念式典(オープンセレモニー)を待つだけである。

 

 

「セレモニーはいつ?」

 

 

 夕食の後、ローラの隣で皿を洗うティーダが垂れた袖をもう一度捲り上げる。

 

 

「確か、来週ね」

「ティアの入学式の次の日だな。沢山、写真とってやるからな~ティア」

 

 

 パパ、おヒゲがイタイ。とティアナは頬擦りをイヤイヤとして突き放そうとするが、特に嫌ってはいないようである。

 

 

「それよりもティーダ、お前はまさか、ティアの入学式に出ないつもりじゃあるまいな?」

「一応、僕も勤めている身なんだけど?」

「なんだ、『休め』という風には聞こえなかったか?」

「聞こえていたからこそ、そうやってやんわりと断っているんじゃないか」

「ローラ、反抗期が終わったと思ったら、再発したぞ」

「あなた、ふざけてないでティアと一緒にお風呂に入ってきてくださいな」

「どうやら味方はティアだけのようだ、お風呂に入ろうか、ティア?」

「ママとはいる~」

「う゛」

『それは残念』

 

 

 一発ですっぱりと断られたシルフィオはすごすごと立ち上がり、お風呂に向かった。

 

 

「いつも悪いわね、ティーダ」

「それは父さんのこと、それともティアのこと?」

 

 

 どちらもよ。とローラはくすりと笑い、エプロンをたたむ。

 

 

「気にしないでよ、母さん。僕だって迷惑かけてるさ」

「2年間のこと? それはティーダの人生のほんの一部でしかないわ。それにその間、ティアのことも見てくれてたでしょう?」

 

 

 さぁ、座って、お茶にしましょう。とローラはティーダをテレビの前のソファに座らせると、まるでそれが自分の指定席であるかのように、ティアナは兄の(ひざ)の上に座り込んだ。

 ティーダは彼女の頭を撫でていると、

 

 

「それでも――」

「それに、迷惑と考えてはいけないわ。私たちが言うならともかく、息子、娘には言われたくないものね。それは当然であり、私たちは迷惑だなんて1度も思ったことはないわ」

「…………」

「今の仕事が終われば、今まで以上に『甘えて』構わないわよ?」

「母さん、一応、僕は勤めている身なんだけど?」

「そうだったわねぇ。さぁ、ティア、こっちにおいで~」

「うん!」

 

 

 ティーダの対面に座ったローラが両腕を開いて迎えると、今度は特別指定席にもそもそ移動する。

 

 

「息子が優秀でも親は悩むものねぇ」

「……母さん」

 

 

 お互い困った顔をする中、くりくりと瞳を輝かせるティアナだけが不思議と首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 やはり、ティーダは参加することができなかったが、入学前の写真は全員で写すことができた。ティアナは家では甘えることが多くても、式では立派に1人で行うことができ、どうやら、長女も長男と同様に甘える時間はひどく短いだろうと思わずにはいられなかった。

 シルフィオはティーダが帰るなり、現像した写真を1つ1つ懇切(こんせつ)丁寧に語ると、この夕食前と夕食中、夕食後、入浴後、就寝前と計5回は聞かなくてはならないだろうと内心頭の中で考えていた。

 

 

(父さんみたいなのを『親バカ』というんだろうなぁ)

 

 

 年の離れたティアナは写真を手にとって、「これ、ティア~」といって次々と自分の写真を丁寧に並べている。

 

 

「可愛く撮れたろう、ティア?」

「よくできました」

 

 

 彼女は頭にある小さい辞書の中から兄がよく自分に使う言葉を取り出し、父親を褒める。

 これで今度ティアナに会えるまでのつなぎにしておこうと、飛行機に持って行くリストに追加した。

 

 

「…………」

「なんだ、ティーダ。1枚1枚写真の右上にお前の顔を貼り付けてやろうか?」

「いや、子どもを可愛がる親っていうのは皆こうなのかと、すこし離れた視線でみてるのさ」

「お前は手の掛からない優秀な息子だったからなぁ」

「進行形にはしないんだ」

「今は小憎(こにく)らしい優秀な息子だよ」

 

 

 どうして、こんな手の掛からない子に育ってしまったのか? と息子を褒めているのかわからない言葉を吐き、やれやれと首を振る。

 家族というのは1つの社会のようなもので、1つの定義では片付かないものだ。ランスター夫婦にとって、甘えてこないティーダは物足りないことこの上なかったらしい。

 

 

「甘えるときも、どこからしら大人っぽい」

「ん~、褒めてる?」

「褒めてはいるが、裏があると思ったほうがいいな」

「それ、自分で言うんだ」

「ま、どちらも私たちの息子、娘にはかわりないさ。私が『親バカ』ということも自覚しているぞ?」

「う゛」

 

(父さんたちには(かな)わないなぁ)

 

「まだまだ、敵うまい?」

「父さんたちは心が読めるの?」

 

 

 何年お前を見てると思ってるんだ。と楽しそうに笑って、ティアナを撫でて写真をしまい立ち上がり、ぱしんとティーダの額を指で弾く。

 

 

「また、明日から頼むぞ」

「うん」

 

 

 さぁ、ティアナ。今日はパパとお風呂に入ろう。といってティアナを抱え、まず写真をバッグに入れるために寝室へ向かった。

 ティーダはぎしりとソファに深く腰を沈み込ませ、先程まで写真のあったテーブルから視線を正面にある棚に目を向けると、写真たてがあることに気付いた。

 

 

(……全く、いい親を持ったよ、僕とティアは)

 

 

 玄関前で撮影した家族揃っての写真に、苦笑しながらふぅとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、無事にセレモニーは終わったんだね?」

 

 

 足元ではティアナが「つぎ、ティア~」とテレビ電話の交替をせがんでいる。

 

 

「あぁ、盛大だったぞ~。まぁ。私たちは簡単に紹介されただけだがね」

 

 

 これは建築士も含めてであるが、芸術的なものではない建造物の実質の製作者は目立つことがない。開店記念式典というのは製作者が作成物を見る最後の時である。もちろん、いつでも式典が催されるわけではないが。

 

 

「今日すぐに発つ予定だから、明日の朝にはそちらに着くよ。こっちの世界が時差が同じで助かった。おかしな時差ぼけも発生しない」

「ゆっくりしてきてもいいのに……」

「父さんはそれでも構わんのだがね、ローラがはやくティアに――」

「式典が終わった後、開口一番に言ったのはあなたでしょう?」

 

 

 割り込んでローラも画面に映る。

 

 

「親バカだねぇ」

「思っても子どもが言うな。お前にゃ分からん」

 

 

 よいしょっとティーダはティアナを抱き上げる。

 

 

「分かってるつもりだよ、妹バカさ僕も」

「パパ~、ママ~」

 

 

 それ以上は言った自分が恥ずかしいのか、すぐに妹に電話を替わる。

 

 

「あしたのあさにかえってくるって、ほんとう?」

「本当さ、帰ったらすぐに抱っこしてあげるからなぁ」

「あなた、ヒゲを剃ってからにしてね?」

 

 

 それがおもちゃになっていいんじゃないか。と、シルフィオはこれから伸びる中途半端のヒゲに期待する。

 

 

「どんなひこーきなの?」

「しっぽにちょうちょがいる飛行機よ」

「ちょうちょ? わかった!」

「クロウエアー223型だな」

「くろうえあー223がた。はーい!」

 

 

 ローラが写真をみせ、シルフィオがさらに付け加えると、ティアナはそっくり覚えてみせた。

 

 

「ローラどうしようか。ティアも独り立ちが早そうだ」

「大丈夫よ。このくらいは何でも覚えるものだから」

 

 

 夫婦は僅かに動揺しながらも、ティアナの自分たちに対する『甘え』を期待した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ティーダが新人の中で才覚を発揮していても、首都航空隊という集団には入ることはまだできない。

 だから次の日の休日は普通に目が覚めた。

 とはいっても、(まぶた)をあけると妹が自分の上で馬乗りになっていて、起こされたという形に近かったが。

 

 

「はやく~、パパとママむかえにいこうよ~」

 

 

 ゆさゆさと揺らされる中、「ティアがそうやって乗っていたら起きられないよ」と彼女に言い聞かせ、もぞりとベッドから這い出た。

 ランスター家は2階に子どもたちの寝室を置く間取(まど)りで、妹の部屋は既に用意されているものの、入学式当日に両親に贈られ、まだ内装は新築のようであった。

 

 

「じゃあ、お兄ちゃんは湯を沸かすから、新聞を取ってきてくれないかな?」

「はーい」

 

 

 階段を下りてから朝刊を取ってくることを任せると、朝であるにもかかわらず元気に返事をして、とんとん軽快に歩いていく。

 

 

(さて、と)

 

 

 彼は紅茶を飲むために、水を火にかけ、ソファに座り込みテレビをつけ、

 

 

「…………」

 

 

 一瞬、テレビの中のアナウンサーが何を言っているのか分からなかった。

 わかったのはそのアナウンサーの背後にはいくらかの文字列をとある映像が見えるばかりで、視界からしか情報がとりだせない。

 

 

「おにいちゃん、見て~」

 

 

 その声に気付いて、さっとテレビを消す。

 ティアナは彼の表情には気付くことなく、新聞を片手に自分の指定席である兄ティーダの膝に座り込み、にっこり笑顔で新聞の第一面をみせる。

 

 

「これ、パパとママののってるひこーきだよね?」

 

 

 そこには離陸前のクロウエアー223型の旅客機が一面を占拠していた。

 ティーダは両腕でぎゅっと妹を優しく抱きしめる。

 

 

(いいか、ティーダ。今日という、いや、この時だけでいい。努力しろ。『今日という日この時だけは』いつものように、そう、いつものように(ティア)の質問に笑顔で答えるだけでいいんだ!)

 

「ねぇねぇ。だいさんじ(カタストロフ)ってなぁに?」

 

 

 今、このときから血縁がたった2人になった兄妹の兄ティーダ・ランスターは少し力を込めると、妹ティアナ・ランスターの手から新聞がぱさりと零れ落ち、手前のテーブルに一面が広がった。

 

 

 

 

 デイリー・ミッドタイムズ

大惨事(だいさんじ)

 今日未明、第xx管理世界を発ったクロウエアー223型がWWN――ワールド・トゥ・ワールド・ナヴィゲーション――が管理するレーダーからの応答が途絶えた。現在は――』

 

 

 

 

 そして『今日という日この時だけは』、リストとして両親の名前を映し出したこの世界の情報の早さと技術を恨み、この世界の言語を呪った。

 

 

 

 

 

 



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第19話 『今日という日この時からは』

 

 

 その日の夕刊一面が『兇災(きょうさい)』という単語で、おそらくどの新聞社も同じような内容が記載されていることは分かりすぎるほど分かっていた。

 カメラクルーが現場に向かい、海に漂うあらゆるもの(・・・・・・)をファインダーには入れないように心掛け、ただ海の上に(わず)かに残るくの字に折れた飛行機の頭部と尾翼を撮り続けた。

 その日ほど自分の職業を恨んだことはないだろうし、誇りが支えたこともなかっただろう。それだけの出来事であった。

 ティーダはティアナに「なんじにむかえにいくの?」と聞かれたところで、思い切り息を吐いて、彼女を膝の上から下ろし目線の高さを揃えた。

 

 

「いいかい、ティア?」

「なーに?」

 

 

 首を傾げる妹に一瞬ためらうが、言わないわけにはいかない。

 彼は意を決して口を開く。

 

 

「パパとママの飛行機は事故にあったんだ」

「じこ?」

 

 

 彼はこくりと頷く。

 

 

「だから、もう、パパとママは帰ってはこないんだよ」

「かえってこない?」

 

 

 もう一度頷く。

 

 

「どれくらいかえってこないの?」

「ずっとさ。いくら寝ても、いくら指を折っても、どれだけ時計を見ても、どれだけカレンダーにバツをつけても、絶対帰ってこない場所に行ってしまったんだよ」

 

 

 いつも話しかけるよりもゆっくりと、一言一言確かめるように、自分に言い聞かせるように、そして入学前までに寝る前に読んであげた絵本のお話のように現実を話した。

 ティアナは兄の言葉をしっかり聞いてから、今までに体験したもので例えてみせた。

 

 

「それって、たかいところ? ティアね、このまえキにのぼったときね、おりられなくなっちゃったの」

 

 

 せんせいにたすけてもらった。とティアナが話したとき、ティーダは危うく微笑んだ目尻から涙が出そうになった。

 

 

「そうだね。降りることのできない高い所へいってしまったんだ」

「そっかぁ」

「でもね、パパたちは大人だから、降りられなくても平気なんだって。ティアはパパとママが帰ってこなくても平気かい?」

「…………」

 

 

 その言葉に彼女は何も答えなかった。幼い子から少女へと成長しはじめている目の前の妹は何か言葉を探しているように見えたので待つことにしたが、ティーダはその間が(つら)かった。

 彼がまた口を開こうとしたとき、

 

 

「……ティアがおにいちゃんの肩に乗ってもだめなの?」

 

 

 その言葉に彼は妹を抱き寄せさめざめと泣き、妹にぽんぽんと背中をやさしくたたかれた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 十分に落ち着いた後、ティアナとともにティーダは引き上げられた両親を迎えに、現場近い安置所に向かうと、外はたくさんのメディアが(ひしめ)きあっていたが、彼等が通る通路は別に用意されていて、とくに掻き分けて行く必要はなかった。

 係員が案内されるなか、聞こえてくるのはカツカツと歩く音以外に、嫌でも人の(むせ)び泣く声が耳に入る。兄の手を握るティアナの手はだんだんと握る力を強め、一定しない震えを兄に伝えた。

 少女は両親が『高い所に行った』という意味を深くまで知りはしないものの、この雰囲気で何かを感じ取ったようだ。離れまいとまた一段と力を込める。

 そして、最後の扉を開いたとき、彼女は彼の背後に回りこみ足に抱きついた。

 どこかの施設を借りているため、安置されている場所は広く、そこに規則正しく棺が整列していた。

 本当ならば遺体の搬送先は近くの病院に運ばれるはずであるが、既に入院している患者の配慮から、それは航空会社、病院の合意のもと、取りやめになり現在に至る。

 ティーダは入り口近くで簡易的な手続き――全乗客が書かれているリストにマルをつけること――を済ませ、棺の場所を教わると、妹を優しく(さと)し、促した。

 案内する係員は1人から2人に増え、兄妹を案内する。

 安置所は大きく2つに区画され、1つは『容姿・証明書等から断定』、もう1つは『判断付かず』といった、認識できるモノとできないモノに分けられていた。

 家で確認したところでは既にランスター夫婦の名前が挙げられていたことから、前者のほうへ案内されることは分かっていたのにもかかわらず、ティーダは棺の上におかれた遺留品には目がいかないで、両親の名前をみて愕然(がくぜん)とした。

 

 

「…………」

 

 

 その間にも案内人の2人は棺の短辺にそれぞれ付き、棺に礼儀正しくお辞儀をする。

 棺の上にぽつんと置かれた銘板(ネームプレート)は『シルフィオ・ランスター ローラ・ランスター』と書かれ、棺が1つ(・・)しかなかった。

 一瞬、また足元でしがみついている妹を忘れた。

 1人の案内人は遺留品をティーダに一度預け、棺はそのような力では決して壊れることなどないのに、ゆっくり、ゆっくり棺の(ふた)を持ち上げる。

 その両親の息子はその間、顎を引いて目を閉じながら妹の髪を指の腹でなで、案内人が「どうぞ」といってから、やおらに目を開いた。

 

 

(……ぁぁ)

 

 

 間違いなく、自分たちの両親だと彼は確信する。

 顔は配慮がなされ布が被せていあり、ティーダは遺留品を胸に抱えながらこれもまたゆっくりと布を持ち上げて再確認した。

 

 

「現在も尽力していますが……」

 

 

 1人の体をもう1人の体が守るように抱きかかえており、守るほうは四肢のうち二肢しかなく、肩から上は何もなかったが、守られているほうは五体満足そろっていた。

 

 

「いえ、結構です。捜索ありがとうございます」

 

 

 ティーダは何故棺が1つしかない理由に納得すると静かに息を吐き、足元に目を向けると、橙の髪がふるふる震えているのが見えた。

 生きている人間より死んでいる人間のほうがこの場には多いのだ。ティアナも意味は分からずとも何かを感じ取っているようだった。

 

 

「ティア」

「……」

 

 

 手続きはのちほど行ないます。と案内人に棺を閉じてもかまわないと促し、もう一度、今度はしゃがんで妹に呼び掛けた。

 

 

「な……に、おにいちゃん」

「パパとママは起こされたくないんだって、このまま『さよなら』をしようか」

 

 

 疑問形にはせず断定するとティアナは兄から白い棺に視線をうつし、彼の袖をきゅっとつかんで抱きつき、

 

 

 「……うん」とうなずく。

 

 

 ティーダは彼女を抱き上げて、一歩、また一歩と両親から遠ざかる中――ティアナは決して顔を上げなかった――初めて自分の手に持っている遺留品に気が付いた。

 それはランスター家の棚に飾っている1枚の写真と同じもので――後々、それ以外は見つからないと知る――裏に書かれているなぐり書き数々の中から(かろ)うじて読める3単語を見てティーダは固く決心をした。

 

 

 

『ティーダ ティアナ たのむ』

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 それ以降ティーダは妹が『死』というものを知る過程を見守り、幼いながらもそれを懸命に乗り越える過程を見守り、時々夜中に泣きながら自分のベッドに入り、涙を自分の服で(ぬぐ)うのを見守った。

 時々突き放すような言い方をした時もあったが、彼は後悔はしていない。それが妹を強くすると信じて疑わなかったし、彼女はそれに応えた。

 

 

「ほらっ! 兄さん、起きて!」

 

 

 だから今の彼女がいる。

 

 

「私も学校があるんだから~」

 

 

 ティアナは、もう無断でベッドに入り込んだりはして来ない。

 今は寝ているティーダの腰をつかんでごろりごろりとお構いなしに左右に揺らす。

 

 

「あと――」

「ちょうど、私の右手には包丁が握られています」

 

 

 それはまずいとばかりにもぞりと体を伸ばして、伸びをしていると、

 

 

「そして、左手には兄さんの作った銃があります」

「だんだんと、過激になってないかい?」

 

 

 あくび1つといくつもの寝癖(ねぐせ)(たずさ)えて、むくりとティーダは起き上がり、髪をしっかりツインに整えたのティアナに目を向けた。

 

 

「ん。おはよう、ティア」

「おはようございます、兄さん」

 

 

 気づけば今年でティーダは21歳になり、ティアナは10歳になっていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「今年、執務官試験受けるんでしょ? 大丈夫なの?」

「そのために夜も懸命に勉学に励んでると理解してくれるかな」

 

 

 そういうのは表に出さないようにするものじゃないの? と食後の紅茶を運ぶ彼女に苦笑いするティーダは、今年執務官試験を控えていた。

 本当であれば入局3年目に受けるはずであった執務官試験はもう少し勉学に励まなくてはならないと遅らせたのだ、

 ティーダは自分たち兄妹にも例外なく見えない傷を付けたクロウエアー223型墜落事故のせいには決してせず、妹の教育と時空管理局の務めに(しん)(れい)の全てを費やした。ティアナはごく(まれ)に甘えることはあったが、ローラ(ゆず)りの露草色(つゆくさいろ)の瞳の奥には信念の強さが見え隠れし始めている少女に成長しており、その過程を見てきた彼にとっては妹というよりもむしろ娘にちかい愛情の対象になっていた。

 

 

「そういえば兄さん。今日は早く帰ってくるの?」

「ん~」

 

 

 ティーダは妹に仕事の内容を話していない。それは情報漏れの危険性があることと、現在捜査中の事件には奇妙な点があることだ。

 

 

 

 ことの発端(ほったん)は1つの情報盗難未遂であった。

 ある1つの集団が、管理局が収容している犯罪者の名簿を盗もうと画策し、行動を起こしたのだ。もし成功すれば、その名簿を元に管理局がいまだ捕らえきれていない犯罪者同士で徒党を組まれ、解放行動を起こす危険性があり、世間を揺るがす惨事になりかねない。

 そうならないためにも、その情報は普段管理局が管理している情報群とは違い、セキュリティレベルの高い管理が施されている。実質盗むということ自体困難ともいえた。

 しかし、その集団は各管理世界と、ここミッドチルダの管理局に属さない優秀なエンジニアを雇い、綿密な計画のもと計画を実行に移したのだ。

 だが、前述したとおり、それは未遂というかたちで防がれた。

 逮捕後、ティーダはその計画書に目を通すと、確かに綿密かつ周到といえるに十分なものであり――同期の航空隊の人間はよくわからなかった――正直、実行されればまず間違いなく成功する計画であった。

 3、40人の優秀なエンジニアがセキュリティ、ネットワーク、データベース、運用設計の漏れ、ごく(まれ)に発生するエラーケース、設計するにあたっての予算から割り出した費用軽視部分の調査等と2、3人ずつグループになり、管理局についてよく研究がなされていた。

 なおかつ、優秀な人間が通常より少ない時間帯を狙う手筈(てはず)になっており、それは確実に実行された。

 しかし、もう一度言うが、それは未然に防がれた。つまり、実行に移されたはずなのに、盗まれずに済んだのだ。

 今考えても不思議なことであったとティーダは思う。

 なにせその計画を知ったのは情報盗難が未然に防がれ、十分1日過ぎた後だというのだ。

 ティーダの同期である新婚のトラガホルン夫妻がその事件を見つけ、情報を展開し、首都航空隊が文字通り一網打尽にした。事件発生してからゆうに1日過ぎていたのにも関わらずである。

 しかもその集団はどこの誰であるということまで洗い出し済みで、集団のいるビルは全面閉鎖し、閉じ込めているという。航空隊の人たちは、その情報が陸からのものであること以外、捕まえられたことに満足しているようであったがティーダだけはその詳細が気になった。

 しかし、夫婦に聞いてみても、

 

 

『ネコの目は誤魔化(ごまか)せない』

 

 

 というだけであった。

 彼は不思議に首を傾げるも、それ以上夫妻は何も言わなかった。聞こうとしてもどうやら友人の『デバイス』の設計が佳境のようで『もう少しでこいつを打ちのめせる』とそれ以上取り合ってくれなかったからだ。

 そして、それは3か月前の話である。

 

 

 

 話が逸れたので元に戻すと。何度も言うようにその計画は未然に防がれた。そして現在は、一網打尽にした後でとある魔導師が浮上してきたため、その捜索と確保に全力を注いでいる。

 

 

「いや、今日は帰ってこれるかわからないんだ」

「そう、なんだ」

 

 

 ティアナは座りなおすと、砂糖もミルクも入れていないのにティースプーンをとっては紅茶をかき混ぜた。

 

 

「情報は集まったからね。そろそろ乗り出すよ」

「ふぅん」

 

 

 ティアナは興味なさそうに、棚においてある写真たてに目を向ける。

 現在、その写真たてには4人は写っておらず、兄妹だけである。

 半年くらい前にティーダが入れ替えたのだ。ティアナはそれに気がつくなり、顔をくしゃりと歪ませたものの、『いつも、僕等を後ろから見守ってくれるように』とティーダが後ろに4人の写真を重ねていることを教えると、素直にこくりと頷いた。

 

 

「心配かい?」

「……まさか。兄さんは優秀だもの」

 

 

 ゆっくりカップに口をつけて、一息ついた後、思い出したようにティアナは話題を変える。

 

 

「それと、兄さんのオルゴールはもう修理に出したの?」

「ん、あぁ。まだ、出してない」

「出してきてあげようか?」

 

 

 それはティアナが掃除をしたときにたまたま兄の部屋で見つけたオルゴールで、聞いてみるとティーダが10歳の誕生日にローラから贈られたものらしい。見つけたときには()びついていて、音は(かな)でないに等しかった。ティーダは時間があるときに修理に出そうと思ったがなかなか時間がなく、現在も錆びついたままである。

 ティアナの言葉にそれならと思うが、ふと頭にある解決策が思いつく。

 

 

「いや、大丈夫。今日頼んでくるよ」

「忙しいのに?」

「ふふっ。管理局にはいろんな人がいるのさ」

 

 

 2人は紅茶を飲み終えた後、『いってきます』と誰も居ない玄関に笑顔で呼びかけて、別々の道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ティーダは自分より年下であるにもかかわらず、勤務年数が今年で11年になる三等空士(・・)に興味を持ち始めていた。

 

 

 

 それは数日前、3ヶ月集めた情報を1つにまとめかたに悩んでいたときのことだ。

 本来なら現場部隊であるティーダはメカニックの下につく雑務要員のその人とは直接知り合う機会はなかったのだが、ふと自分の目の前を通り過ぎる男が40ほどのデバイスを抱えてメンテナンスルームへ消えていくのをみて、興味本位から少し間を空けて入ったとき、

 

 

「グーナルド二等空尉は左ききに杖の重心を12ミリメートル上部。砲撃時に杖を4分の3回転させ……」

「…………」

 

 

 その男の行動に目を見開いた。

 帽子を目深に被った小柄な男は、左手でキーをタッチしながら、右手で杖に対しメンテナンスを施していたのだ。そして彼の見ている正面画面には、首都航空隊全隊員の実践映像を並列で映し、その1人1人の映像の下には各隊員能力値を表示させていた。

 

 

「う、わ」

 

 

 それは30分くらいのものであったのにもかかわらず、他のも合わせ40本以上のデバイスが調整されていく過程はまさにあっという間の出来事に思えた。

 そして、ちょうど調整を終えてモニタを全て閉じきってすぐ、タイミングを見計らったかのように、航空隊正式のメカニックが入ってくる。

 

 

「おい、出向クン。ちゃんと回収した全機の母数はあっているか?」

「はい。こちらが回収分のチェックリストです」

 

 

 メカニックはその小柄な男に「回収後、なんだったらメンテナンスもしておいてもいいんだぞ?」と回収前に冗談交じりで言ったことなどすっかり忘れて、

 

 

「さて、メンテナンスはじめるかね。といってもほとんど使われてないからチェックするだけなんだが」

 

 

 欠伸(あくび)をかみ殺して、席に着く。

 

 

「んで、ティーダ。なんで、お前ここにいるんだ? 書類整理の途中じゃなかったのか?」

「あ、ああ」

 

 

 すこし狼狽してメンテナンスルームから出ようとしたとき、彼は振り向いてそのスタッフに声をかける。

 

 

「そちらの出向の人っていつからきてるの?」

「ん? 今日からだな。臨時で1週間。ウチのスタッフが1人抜けたところに、い~タイミングで全デバイスのメンテナンスがはいった。まぁ、それでだ」

 

 

 へぇ。と関心なさそうにみせて、所属と名前を聞いてみると、相手は覚えておらず、直接本人が特徴的な寝ぼけ目でぴしりと敬礼をして答えた。

 

 

「電磁算気器子部工機課より出向してきました。コタロウ・カギネ三等空士です」

 

 

 

 

 それから数日間、注意深く見ていると、彼は何処にでもいた。

 あるときは清掃員であったり、またあるときは梯子(はしご)をもって電灯を交換する庶務員であったり、またまたあるときはしゃがんで通風孔にごそごそ入っていく一般作業員であったりしていたのだ。そしてその全ては「出向クン、それやっといて」という言葉からであることも知った。

 

 

「あの、カギネ三等空士?」

「はい。なんでしょうか、ランスター一等空尉?」

 

 

 初めはおずおずと話しかけてみると、彼の年齢と勤務年数に驚き、さらに陸士と空士のどちらも保有していることにまた驚いた。

 

 

「私も詳細はわかりませんが、そのほうが円滑に手続きが済むのだそうです」

 

 

 コタロウ・カギネ三等空士は自分の言葉に首を傾げていたが、ティーダはすぐに理解することができた。

 陸と海では確執が消えないところがあり、それぞれ仲が悪いのだ。それはここ首都航空隊もそうである。

 

 

「そうすると、本来はどちらなんですか?」

 

 

 ティーダは勤続年数からか、敬語で聞くと、

 

 

「設立が陸上なので、本来は陸です」

 

 

 無表情に彼は答える。

 それからまた数日、コタロウと会話をしてみると、彼が専門にとらわれない修理屋であることが分かり、今日、もしかしたらと思い、持ってきたオルゴールの修理を依頼してみることにした。

 

 

「カギネさんの仕事が終わった後で構わないんですが……」

「わかりました。それでは貸していただけますか?」

「あ、はい」

 

 

 ごそりとポケットの中から取り出したオルゴールを手渡すと、彼は近くのデスクに座り、

 

 

「外面はそのままにいたしますか? 磨き上げますか?」

 

 

 どうやら、すぐに直してしまうようだ。

 

 

「あ、できれば外面はそのままで。(なか)はお任せします。でも、特に急がないので、仕事の後でも……」

「問題ありません。私の契約は昨日までで、今日は移動なのです」

 

 

 じゃあ、なおさらお願いするわけにはいかないと断ろうとするが、

 

 

「視たところ、それほど時間は掛かりませんので、問題ありません」

「それではお願い……。って、昨日までなんですか!?」

「はい。1週間という契約でしたので」

 

 

 言われると確かに昨日で1週間だ。彼の修理と同じくあっという間であることにすこし驚き、そしてそうしているうちに修理は終わっていた。

 

 

「直りました」

「はや」

 

 

 手にとってキリリとネジを回すと、見た目の古さからは想像もできない軽やかな音が鳴る。

 

 

「あ、ありがとうございます」

「いえ、なによりです」

 

 

 なかば呆然としているティーダに、コタロウはぺこりをお辞儀をして、

 

 

「それでは」

 

 

 彼に背を向けて出口へ歩いていく。

 

 

「あ、っと、カギネさん」

「はい」

「……また、会えますか?」

 

 

 ティーダはこの機械のような人間のプライベートに多少なり興味があった。

 

 

「工機課へ連絡していただければ、時間調節は可能です」

「え、あ、いや。プライベートで」

「構いません。何時(いつ)にいたしますか?」

「お礼もしたいので、近いうちにでも」

 

 

 コタロウとアドレスを交換して、ティーダのほうから連絡すると告げると彼はまた一定の足取りで出口へ向かった。

 彼の次の出向先はヘリ等の航空機を扱う工場というのも聞いていた。

 工場爆発はその日の夜、轟音とともに訪れて、沈んだばかりの太陽のように1つの区画を紅く染めた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ガガル・トイカが初めて道を踏み外したのは10代の頃であるが、明確な年は覚えていなかった。

 多感な時期だった彼は、もともと自分が魔力を保有している自覚もないまま、とある大人からの(いじ)められたときに魔力が暴走し、人を(あや)めたのだ。

 しかし、あまりにも悲惨な虐めだったのか、殺めても罪悪感というものには()られることはなく、残ったのは飲み物をこぼした後くらいの「あ~あ」という後悔だけであった。当時、彼の里は内紛中で、1人死んでも彼の知る世の中は関心を示さなかった。

 金銭的に困窮していたガガルは自らその能力を金銭なしには使用することを禁じ、金銭を稼ぐ方法を模索した。両親が自分に対して関心を示さなかったこともあり、ほぼ自由に行動することができた。

 そして彼はデバイスを自ら作成して、自分の魔力を評価することのできる人間を探しに里を出る。その時も両親は関心を示さなかった。

 不思議なことに管理局へは入局しようとは思わず、自らの力で仕事をこなそうとミッドチルダへ訪れたガガルは仕事を探してみると、どんなに選んでみても合法的なものはなく――もともと、自分でもこの能力で合法的なことは思いつかなかった――金品の強奪やその時の逃げる手伝いや、よからぬことを企てる人物の用心棒が主な仕事であった。

 

 

「今回は完全に失敗だ」

 

 

 ガガルは3ヶ月前に依頼を受けた1つの集団の護衛に失敗したことで初めて自分の年齢がすでに40(しじゅう)近いことを自覚した。

 依頼者が30届かない人物であることに疑問を持つべきだったと、さらに後悔を強める。

 なんとか3ヶ月逃げ切ってみたが、精神的には既に限界であった。

 ガガルはじりじりと管理局員に追い詰められ、何人か致命傷を与えては見たものの、逃げることは難しそうである。

 

 

「管理局です。ガガル・トイカ、大人しく投降してください」

「…………」

 

 

 1人の青年が自分の前に立ちはだかった。

 

 

「貴方ご自身が許可もなく飛行している時点でご理解いただいているかと思います」

「…………」

 

(俺は相当前後不覚らしい。自ら目立つ行動を取るまでになっているとは。おそらく、この作戦も悪手だが、隙は生まれそうだ)

 

 

 自分が冷静を()いているのを自覚済みであるのにも関わらず、次の作戦を実行に移そうとする。

 ガガルは内紛中に身に着けた自衛手段を1つの油断生成に使用するのだ。

 外套(がいとう)に右手を突っ込み、

 

 

「動かず、デバイスを解除してください」

「……悪いが、逃げられると思っている」

 

 

 思い切り、奥歯を噛み締める。

 

 

「投降の意思なしと判断し――」

 

 

 それと同時にガガルの右手、相手の左手の方向の彼方から小さな赤い炎が噴きあがり、ガガルは相手が一瞬そちらのほうを向いたのを見逃さなかった。

 

 

(動作は(フェイク)だ)

 

 

 管理局で支給されている杖型のデバイスとは違い、身の(たけ)半分くらい細いデバイスを相手に向け、

 

 

「爆ぜろ」

「しまっ――」

 

 

 局員の目の前で酸素と魔力が混ざり合い、爆発した。

 彼は質量兵器の扱いに長け、魔力操作、制御も爆発を得意としている。

 ガガルの耳には2つの爆発音が音速差で同時に届いた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 コタロウは移動した当日からの作業を終わらせて工場からでると、親友2人が無言で立っており、1人は『傘』を持っていた。

 

 

「お疲れ様、ネコ」

「次はココか。1年間で10以上も出向先が変わるなんてお前の課ぐらいだぞ?」

「お疲れ様、ロビン。ジャン、正確には13箇所。今年は多いほうだよ。1年間異動しないときもあるしね」

 

 

 ジャニカ・トラガホルンとロビン・ロマノワの2人が結婚する前にルームシェアをやめたコタロウは、ここ1ヶ月2人とかなりの頻度で会っていた。

 

 

「さて、今日は何故ネコに会いに来たのでしょうか?」

「う~ん」

 

 

 彼はジャニカが時々自分のために疑問を投げかけるので素直に考え込んだ。

 

 

(いつもなら、必ず事前に連絡をするけど、今回はしていない。というと何か僕に対して緊急の要求というのが妥当かな。ロビンは『傘』を持ってるし……)

 

 

 一度頷き、彼を見上げ首を傾げる。

 

 

「『傘』に不備?」

「残念、その逆」

「……完備?」

「『傘』が完備。言われると違和感があるな」

 

 

 今度はジャニカが不思議と傾げるなか、ロビンが1歩前に出た。

 

 

「『傘』が完成したのよ」

 

 

 コタロウの手を取り、笑顔で大事そうに手渡してきゅっと握らせる。

 貰った彼は途中何度も握った『傘』にすとんと目を落とす。

 

 

「ジャン、ロビン、おめでとう」

『……違う。そこはありがとうだろ(でしょう)?』

「ジャン、ロビン、ありがとう」

『どういたしまして』

 

 

 帽子の隙間から相変わらずの寝ぼけ目、無表情で2人を見上げると、対照的ににっこり笑っていた。

 それから製作過程を思い出話に一緒に夕食をとろうと、ジャニカが提案したまさにその時、

 

 

(かちり? 時限音だ)

 

「2人とも、伏せて」

『……?』

 

 

 コタロウは感情表現が苦手であり、このときも焦りを感じさせない無表情で2人に危険を伝えると、回答を待たずに両腕を広げて2人の鳩尾部分を抱え込み、押し倒す。

 ぐわんという爆発音とともに、真っ赤な炎が噴きあがった。

 

 

「なっ!」

「こ、これは」

「誰かが時限式の爆弾を仕掛けたみたい」

 

 

 爆発の時間差でやってくる空気の戻りを感じた後、むくりとコタロウは起き上がり、2人を起こす。

 

 

「陸士部隊と救急隊にすぐに連絡を」

「すでにやってる」

 

 

 ロビンの指示が下されるのと同時にジャニカは動いていた。

 すぐに消火と救助の要求を出し、通信を常時接続にしておく。

 

 

「ネコ、工場内に人は何人くらいいるの?」

「28人」

 

 

 3人は燃え盛る工場と対峙して、ぐっぐっと足と腕を伸ばす。

 

 

「ネコはここにいろ」

「ううん。行くよ。この状況を見れば、僕だって中の人たちが困っているのはわかるから」

 

 

 2人は『傘』の動作確認でコタロウの運動神経を知ったことから、無理に止めようとはしなかった。先の時限音を聞き取ったころからも明らかである。

 

 

「では、今は上官である私の指示にしたがって」

「分かりましたよ、ロマノワ一尉」

「了解しました、ロマノワ一等陸尉」

 

 

 互いの時計を合わせてすぐに、3人は工場内に駆け込んで行った。

 ジャニカとロビンの能力では火力を抑えることはできず、純粋に制御のみで立ち向かうしか方法はなかった。そして、コタロウは2人を押し倒したときから分かるよう、咄嗟(とっさ)の時に傘を使うということがまだできてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「私が先導します。無事な方はけが人を補助してください」

 

 

 工場内28人全員の安否を確認できたところで、後方をジャニカとコタロウに任せ、ゆっくりだが確実に出口へ足を進める。このときにはロビンの能力は役に立った。

 幸い、けが人はいたが、死者はいないようである。重症でも骨折ぐらいだ。

 

 

[そちらは目視できないけど、大丈夫?]

[あぁ、問題ない]

 

 

 ジャニカは噴煙で見えない先導者の呼びかけに答えると、最後尾の影が動くのが見えた。

 

 

[ネコ、行くぞ]

[うん。ちょ、っと、先行ってて]

[何言ってんだ? 早く行くぞ]

 

 

 少しはなれたところにいるコタロウに目を向けるとしゃがんで何かごそごそと工具を使っていた。

 

 

[爆発でここだけ消火装置が動いてないみたいだから……これでよし]

 

 

 ばたんと床を閉めると、上から消火液が散布される。

 これで火の手が大きくなることはある程度防ぐことができる。床には炎を助長させる液体が流れているのだ。引火すればひとたまりもないだろう。

 

 

(ん、そうだ。傘を使えば、ここ一帯の炎を……)

 

 

 気を抜いてはいないが、傘を使用すればこの状況をひっくり返せることを思い出し、こちらに向かってくるコタロウに近づいていった。

 

 

[おい、ネコ。その傘な――]

 

 

 妻であるロビンがジャニカに抱きついた数と、コタロウに抱きついた数は数えるまでもない。

 そして、親友であるコタロウがジャニカに抱きついた数はおそらく片手で足りるほどだ。また、押し倒されたことなんて先刻(さっき)と今をあわせて2回しかない。

 

 

[……コホッ。ジャン、大丈夫?]

 

 

 だが、自分の上にのしかかっている親友が口からぼたりと血を自分の頬にたらしたところなんて見たことがなかった。

 

 

(なにが、起きた? 俺は何に寄りかかっている?)

 

 

 ジャニカはまだ状況をうまく飲み込めずにいた。スンと何か焼けるような匂いが鼻に入る。工場内に入ったときとはまた違う匂いである。

 

 

[今、助けるから]

 

 

 寝ぼけ目の男はもう一度小さく(せき)をしてから、相手の(えり)を噛み、思い切り首を動かして彼を脱出させる。床に流れている液体が手助けしてくれたので、摩擦力は少なかった。

 彼はそこで自分の見えているものが天井であることを知る、消火液が黒い点になって数滴僅かに開いた口に入った。

 

 

「おい、ネコ!」

 

 

 がばっとジャニカは起き上がってコタロウを見ると、数本の鉄骨が彼の上に覆いかぶさってるのが目に入る。思わず煙を吸い込むのも忘れて、彼に近寄った。

 

 

「すぐ、どかしてやるから」

 

 

 熱された鉄骨に触れることで火傷(やけど)は免れないが、そんなことを気にしている余裕はない。先程の焼けた匂いはコタロウの身体からだった。

 彼にのしかかっている鉄骨を退()かしたところでジャニカは彼の左腕に太い鉄骨が縦に突き刺さり、床にめり込み、どうしようもないくらい折れ曲がっていることに気がついた。

 

 

(……ぅ、ぁ)

 

 

 彼の焼け(ただ)れた背中など(かす)んでしまうほどだ。

 

 

[ジャン、悪いんだけど、左腕、切り落としてくれない?]

 

 

 念話の彼はとても落ち着いたいつもの口調だった。

 親友の頼み事には彼の能力が役に立った。

 ジャニカは2度、3度躊躇(ためら)った後、一思いに綺麗に腕を分断し、彼を助けた。コタロウはむくりと立ち上がり、

 

 

「助けてくれてありがとう、ジャン」

 

 

 転がった帽子を被りなおす。

 固まっているジャニカはその瞬間、我を忘れて、相手の胸倉を掴んだ。

 

 

「なんで、だよ!」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「皆、無事でよかった」

 

 

 結局、傘を使うことはなかった。

 ロビンはコタロウの姿を見て、首を横に振って「嘘でしょう?」と自失し、彼の言葉に膝から落ちて、腕ごと彼の腰に抱きついた。腕ごとといっても右腕だけだが。

 

 

「えーと、ロビン? あまり感情的になりすぎると、お腹の子によくないよ?」

 

 

 今の彼女にとっては自分の体調のことなど、どうでもよかった。

 

 

「……悪い」

 

 

 この時、ジャニカはロビンに生まれて初めて謝った。

 彼女は立ち上がり、自分の制服の上着を抜いでシャツ1枚になると、上着をコタロウの肩にかけた。

 

 

「ジャンが謝っても、ネコの腕は返ってこないわ。それに、ネコ自ら動いたのでしょう?」

「ミスを誘ったのは俺だ」

「疑う余地がないわ。ネコが1人ならミスなんて犯さないもの」

 

 

 本当に貴方は私の感情を揺さぶるのが上手なのね。と救急隊を呼び寄せた後の彼女は燃え盛る火炎を横に、彼を見る。

 (うる)んだ碧空(チェレステ)色の瞳が、頬を(つたう)(なみだ)が赤く染まり、今の感情を表現していた。それでもジャニカに対する愛は変わらなかったし、彼もまたロビンのそれに気付いていた。

 周りの人たちが騒ぐなか、3人の間は無言が続く。

 だが、それは通信によって打ち切られた。同時に救急隊も到着する。

 

 

「首都航空隊より要請だ。苦渋の選択らしいが、陸士部隊に応援を頼みたいらしい」

「応援?」

 

 

 通信相手の上官は陸と海の確執なんてくそくらえと言葉を漏らす。

 

 

「ガガル・トイカの逮捕だ」

「バースト・ガガー。か」

 

 

 感情を押し殺し、冷静にジャニカは応対する。

 

 

「あぁ。手傷は負わせたが、どうも取り逃がしたらしい」

 

 

 取り逃がした局員は瀕死の重症だと続ける。

 

 

「それを追えと?」

「そうだ。情報は送る」

「お前たちのことだ。生ける人間は全員救助済みだろう?」

 

 

 上官は部下の功績をよく知っていた。あと数年もせずに抜かれてしまうこともだ。

 だが、次の発言で彼等の瞳がぐぐっと小さくなるのには驚いた。

 

 

「そこの工場爆破は逃げるためだけの、単なる遮蔽(カモフラージュ)だ」

「……今、なんと(おっしゃ)いましたか、ダヴェンポート三佐?」

「単なる遮蔽?」

「あ、あぁ。ガガルが――」

「情報をすぐ送ってください。すぐに、追いかけます」

「飛行許可は下りていますか?」

 

 

 それからすぐに情報を受け取り確認をし、通信をきると、救急隊に運ばれるコタロウに気がついた。

 

 

「俺はお前の腕を奪った」

「……うん。ジャンにあげたんだ」

 

 

 痛み止めを打たれ、もう少しで目が閉じそうである。

 

 

(なんで、普通なんだよ)

 

 

 それでも、コタロウはいつもと変わらなかった。初めて出会ったときより、十分感情表現はうまくなったのにも関わらず、自分の今の状況によって彼は左右されない。

 腕がなくなっても彼は変わらないのだ。

 

 

「追跡任務?」

「あ、あぁ」

 

 

 彼は救急隊員の制止を振り切ってよろよろと手を振り、

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 ジャニカがはじめて教えた『送り出しは笑顔で』を実行し、彼は眠りについた。

 

 

「……ちょっと、傘、借りるわ」

 

 

 相手の承諾を得ず、ジャニカはするりと担架にねている彼から傘を抜き取る。

 

 

「今の俺だと相手を殺しかねない」

「……そう」

 

 

 ロビンは彼が責任をガガルに転嫁していないことなど、考えずともよく分かった。

 今、彼のなかでは自責の念が押し寄せている。

 

 

「行くぞ、ロビン」

「上官は私なんだけど、トラガホルン二等陸尉?」

 

 

 2人はコタロウに振り返ることなく、飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「兄さん、今日は帰ってこないのかな?」

 

 

 臨時ニュースの工場爆発に兄が絡んでいるとは思いもよらなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ティーダ・ランスターは自分が爆発で堕ちていくのを自覚していても、相手からは目を逸らさなかった。

 逃げていく彼に狙いを定め、一撃を見舞う。

 

 

「……今までの航空隊とは違うみたいだな」

 

 

 ガガルは自分のデバイスを振りかざし、それを弾く。

 体勢を立て直したティーダは先の爆撃で、片目をやられていた。

 

 

(ひる)まない、のか」

「はい。貴方がたとえ、魔力量が私の3倍以上あっても怯むわけにはいかないのです」

 

 

 技術はともかく、魔力だけとると武装隊トップクラスの保有量を持つ彼はそれで今まで仕事を行い、管理局から逃げおおせてきた。

 

 

「今回は俺も必死なんでな。追手が来る前に逃げなければならない」

 

 

 ずん。と魔力を内包する。

 

 

「悪いが――」

 

 

 自分の足元を小さく爆発させ、一気に距離を詰める。

 

 

「殺していく」

 

 

 ガガルはデバイスを相手の喉元に突きつけるが、弾かれた。

 

 

「20年ほどそのデバイスを使用していたせいか、対象物に杖を向けるみたいですね」

 

 

 一定の大きさの爆発を使用するとき、ガガルがそれに向けてデバイスを向けることを良く知っていた。

 ティーダは杖を振るい、相手の鳩尾(みぞおち)に突きつけると予想通り、相手はそれを先程の自分のように弾く。それを確認してから、

 

 

「――っぐが!」

 

 

 相手の左こめかみに蹴りを見舞う。

 それから、相手が距離をとらないよう腕ごとバインドを仕掛けると、もう一度鳩尾に杖を当てて突き込んだ。

 

 

「距離を、詰めたのが敗因、ですね。そのまま大人し、くしていてください」

「……しっかりと、聞いていなかったのか?」

 

 

 息切れをしているティーダに打ち据えるだけの攻撃を受けたガガルは、飲み物をこぼした後くらいの「あ~あ」というため息を吐いた後、

 

 

「俺は『必死』と言ったんだ」

 

 

 自分がシールドを張る時間でさえ惜しいとばかりに、目と鼻の先の相手に向かって、そして自分に向かって、爆発を仕掛けた。

 縛られたガガルは腕の自由が効かなかったが、別に、デバイス持ち手部分を向けての近距離爆発も可能である。

 爆ぜる音で2人とも鼓膜が破れても、それを覚悟しているものとしていないものとでは建て直し時間が違う。

 爆破によって距離が取れたガガルは体勢のみを変えて、デバイスの矛先(ほこさき)を向け、

 

 

「さすがに、これ以上手負いはしたくない……」

 

 

 一瞬の間。

 

 

「爆燃しろ」

 

 

 ティーダの周りで相手の魔力が収縮していくのを感じる。

 

 

(僕は、怯まない!)

 

 

 (ふところ)に肌身離さず持っている『ティーダ ティアナ たのむ』と書かれた写真はその後でも、まだ残っていた。

 

 

 

 

「……まさか、あの連爆のなか両肩両脚に二度撃ち(ダブルタップ)を仕掛けてくるとは、片目であの技術、末恐ろしい逸材だな」

 

(いや、過去形か)

 

 

 地面に叩き落とした管理局員を一瞥し、見事に全弾命中させられた四肢の痛みを(こら)えながら、なんとか自分のデバイスを握り締め、逃げる方向を見定める。

 また、こちらは初めから殺す気で襲い掛かったのにもかかわらず、最後まで相手は自分の行動を鈍らせるためだけに執着し、わざと急所をはずしたことに尚のことその正確さと信念に感服する。

 逃げる間、何度か同じ航空隊に囲まれたが、爆発で目を(おお)った時点で先程の局員より格下(かくした)なのはすぐに分かり、簡単に退けた。

 だが、次にやって来た1人の男にはそれが通用しなかった。

 

 

「ガガル・トイカだな」

「…………」

 

 

 ガガルは答えない。背中に翼が生え、傘をもっている男が奇異に見えたからだ。

 

 

「バースト・ガガー。アンタはどの『季節』のどの『気象』で捕まりたい?」

 

 

 自分が素直に降伏すればよかったと後悔したのはそれから、1ヶ月先の目が覚めたときであった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 仰向けに寝ているティーダは薄れていく意識のなか、何とか右腕右手だけが動くのを確認した。

 手探りで近くにデバイスがあること確認し、引き寄せ、口でくわえた後、

 

 

(あと、もう少し)

 

 

 ぐるりとうつ伏せになる。地面の冷たさを頬に感じた。

 ずる、ずる、と自分の近くに一緒に堕ちた写真に向かって這いずる。

 

 

(もう、ちょっと)

 

 

 腕が届くまで頭1つとなかったのに、いやに遠くに感じた。

 何とか写真を手にして、

 

 

(ふ、ふ。これはティアに見せるわけにはいかないからねぇ)

 

 

 自分の身体の何処を触っても血が流れていたため、何処でも構わなかったが、あえて涙を拭くように、もう見えない左目下を拭って指先に血をつける。

 そして、写真を裏返して、『ティーダ ティアナ たのむ』の最後の行に、『父さん 母さん ごめん』と付け加えた。

 写真を表に戻して4人写った写真に目を細め、

 

 

(ティア、も、ごめん)

 

 

 残りの魔力を使って、その写真を燃やした。ゆらゆらと煙が天に向かう。

 

 

 

 

 

 その後、1人の女性が駆けつけて「ティーダ・ランスター一等空尉!」と呼びかけたが、

 

 

「…………」

 

 

 既に、彼はこときれていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 それから数日たったある日とある日を跨ぐ時刻、彼女は今、雨の中2枚の墓標に書かれた人の名前に目を落としている。

 周りには誰も居ない。

 

 

「…………」

 

 

 そこには

 

 

 

『シルフィオ・ランスター

ローラ・ランスター ここに眠る』

 

『ティーダ・ランスター ここに眠る』

 

 

 

 と書かれていた。

 まだここには来たばかりで、明日は休日、そしてその次の日は学校が待っている。

 だが、家で待っている人は誰一人としていない。

 そう、誰一人としていないのだ。

 このような夜更けに10歳になろうとしている彼女が独りでいるのに、心配する人間は居ない。もちろん、学校に行かなければ心配する人間はいるかもしれないが。

 

 

「…………」

 

 

 彼女は無言を耐えるところまで貫いた。

 

 

(…………)

 

 

 それは思考も同様である。

 日は跨いだ。

 しかし、時計なんてものは持ってはおらず、彼女の手に握り締められているのは見た目は(すす)けても軽やかになるオルゴールのみ。

 そして、力無くそのオルゴールを手放したとき、

 

 

「……ぃ、ゃ」

 

 

 彼女は胸の奥でじわりと熱くなるのを感じた。

 

 

「な、んで……」

 

 

 答えるものはいない。

 

 

「……ぃゃ、ょぉ」

 

 

 歯を食いしばろうとも思わなかった。

 

 

「いや、だよぉ」

 

 

 声が一段を大きくなる。

 

 

「いやだ、いやだ、いやだよぉ! なんで、なんでなのぉ」

 

 

 (かぶり)を振っても、人は訪れない。

 ここには彼女1人しかいないのだ。

 人目を気にせず、膝をつけて四つん這いになって、土にごちんと打ち付けても、人目がそもそも無い。

 

 

「……ょぉ」

 

 

 墓標に抱きついても止めるものもいない。

 

 

「会いたいよぉ。会いたい、会いたいよぉ」

 

 

 死んだ人間は生き返りはしない。

 

 

「う、う、うわぁーーーん!」

 

 

 『死』を知っている彼女は大声で泣き叫んだ。

 声が()れるまで何度も何度も同じことを繰り返し、彼女はここで新しいことを学ぶ。

 

 

 

 

 ごろりと泣き疲れ、寝転んだころには既に明け方になっており、ほんのりと明かりが差していた。雨もやんでいる。

 

 

(そっか。言葉に出しても、何も変わらないんだ)

 

 

 彼女は知る。

 

 

(自分が何かをしようとしない限り、何も変わらない)

 

 

 口をぱくぱく動かしても、嗄れた声しか出ない。

 

 

(自分から動かない限り、何も変わらないんだ!)

 

 

 彼女はびしょびしょに濡れた服など気にもせず、ごしごしと顔を拭うと思い切り立ち上がった。

 手放したオルゴールを手にとって、空を見上げる。

 ぎゅっとオルゴールを握り締め、嗄れた声で決意する。

 

 

「兄さんの夢、私の夢にしてもいい?」

 

 

 墓標は何も答えない。

 それを確認した後、彼女は墓標を振り向くことなく、歩き出し、気付けば走り出していた。

 振り返るわけにはいかない。

 ティアナ・ランスターは何せこれからは血縁なく、1人で生きていかなくてはいかないからだ。

 

 

(1人で生きていかなくちゃいけないんだ、『今日という日この時からは』!)

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「私ね、スバル・ナカジマ。スバルでいいよ。……でね、ティアって呼んでもいい?」

 

 

 彼女は出会う。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「空隊入隊試験、不合格、か」

 

 

 彼女は打ちひしがれる。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

――『あぁ、手傷を負わせるのにやっとだったランスターの妹か』

 

 

 彼女は極稀に夢にうなされる。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「錆びついちゃった、なぁ」

 

 

 気付けばオルゴールはあの日のせいで錆びついていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「主席・ティアナ・ランスター前へ!」

 

 

 彼女はすこしの自信を手に入れる。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 そして、幾年月が過ぎ、

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第19話 『今日という日この時からは』

 

 

 

 

 

 

 ティアナ・ランスターは16歳になった。

 

 

 

 

 

 

 



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第20話 『彷徨、鳳の如し』

 

 

 

 

 

 軽快ではないものの、資料を横目で追いながらキーを打ち、また資料をみて、キーを打つ。

 フェイト・テスタロッサ・ハラウオンは、明日皆に話すための資料をまとめ上げている。時々、この資料に埋もれることをちょっぴり苦になることもあるのだが、自分がかなりの年月をかけて追い求めていた人物であることと、ついこの前、自分の故郷である地球に仕事であるものの帰郷できたことで、精神的にかなり落ち着いて整理ができていた。

 しかし、疲れる疲れないはまた別の話である。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 座りながら足と手を前に出し、うんと伸ばす。

 

 

「……ッン~。お茶でも飲もうかな」

 

 

 新人たちの夜練を見に行こうとも思ったが、なのはに「そっちが優先!」と遠まわしに行くことを禁じられていたので、仕方なく部屋においてある電気ポットに手をかけようとする。皆に会うのも兼ねて食堂や給湯室に行ってよいが、そうすると仕事に手が付かなくなるおそれがあるため、自分で用意したグッズだ。

 そのグッズでお茶を入れて座りなおしたときに部屋のブザーが鳴った。

 

 

「はい、どうぞ~」

 

 

 ドアが開くとその姿がみえ、相手はぺこりとお辞儀をしてぴしりと敬礼を取る。

 

 

「失礼します」

 

 

 目深にかぶった帽子の中からゆったりとした寝ぼけ目が見え、鳶色(とびいろ)の傘を左腰に差した人物に2、3(まばた)きをする。

 

 

「コタロウさん?」

「はい。エアコンの点検に参りました」

 

 

 よろしいでしょうか? と、コタロウは彼女の許可を得るまで敬礼も解かなければ、一歩も踏み出さない。

 

 

(そんなに、(かしこ)まらなくてもいいのに)

 

 

 そう思いながら、フェイトは入室を促した。

 敬礼を解いて踏み出す彼は左腕がなく、その袖がぶらんと歩みにあわせて揺れる。

 フェイトはくるりと見回すコタロウを見て、今日までの彼に対する皆の反応を振り返る。

 それはリインとスバルの反応に始まり、地球のコテージでのシャマルとはやての反応やお風呂から出たときのヴィータ、エリオ、キャロの反応だ。

 リインとスバルは彼のことを『ネコさん』と呼ぶようになり、それに伴うようにエリオキャロも『ネ……』とは口には出すが、すぐに『コタロウさん』と言いなおしていた。その後決まって、2人は肩を落とすのだ。年上の人をあだ名で呼ぶのはどうも気が引けるらしい。

 シャマルは彼が目に入れば、トントンと正面まで近づき「おはようございます」と挨拶をするようになった。身長はシャマルのほうが背が高いものの、コタロウは常に落ち着いているので、(はた)からみたそれはさながら兄と妹のように見える。

 当然はやてもその光景を見るのだが、シグナムのように首を傾げることもあれば、ヴィータのように口をヘの字に結ぶ時もあり、あえてそれを見ないようにリインを揶揄(からか)ったりしていた。

 また、ヴィータはシャマルのように近づいて挨拶することはないが、すれ違うとき必ず「よォ」と声をかけ、彼の左袖を一瞥していた。最近は挨拶のみであるが。

 

 

(私も何か変わったのかな?)

 

 

 そこまで振り返って、トコトコとエアコンに移動するコタロウをみる。

 彼は天井にあるエアコンに手を(かざ)して空気の出を確かめると、するりと傘を抜き垂直に立て、器用にそれにつま先1つで乗る。

 

 

(凄い安定感(バランス)。というより……)

 

「――あ! だ、大丈夫ですか? すぐ、さ……」

 

 

 支えます。という言葉が出なかった。

 

 

(えと、支えるってどうやって?)

 

 

 理由は気づいた通りで、垂直に微動だにしない傘をどう支えていいのか分からないのだ。近づいてはみたものの触れようとしたところでぴたりと止まる。

 

 

「はい。大丈夫です。修理は滞りなく済みます。『すぐ、さ』とは?」

「……いえ、なんでもありません」

「そうですか」

 

 

 コタロウはフェイトの金色の髪から天井へ視線を移し、右腰後ろにある小さな鞄から1つ工具とりだし、外装を取り除く。

 

 

「傘、ワイヤーフック」

「…………」

 

 

 だた傘の露先(つゆさき)からワイヤーと外装を掛けるフックが出てきただけでも、フェイトはその光景に静かに指先を顎にあてる。

 

 

(足の、しかも指先から、デバイスに魔力を伝達? 安定感を維持しながら……)

 

 

 その魔力の放出量は最小限に一定のものを送り出しいるのにさらに目を凝らす。

 

 

(そして……)

 

 

 彼の足元から上半身、頭の先、つまり点検、調整をしているての指先へ視線を移した。

 

 

(修理する指先にはブレがない)

 

 

 手先での作業、重心の安定、魔力制御を同時に行なっていることに顎を引いて(うな)る。

 

 

(もしかして、この人、戦闘訓練させても凄いんじゃ……)

 

 

 いやいや、まさか。と首を振って、思考を中断させた。今はそれより、自分の作業をこなさなければならないのだ。フェイトはぐいとその考えを頭の奥へ押しやり、彼に背を向けた。

 その時、自分の後ろ髪にコツンと何かが当たったのに気づく。

 

 

「……ん?」

「うん?」

 

 

 振り向くと、傘とコタロウがくの字に倒れかけていた。

 

 

(――う、うそ!)

 

 

 自分の長髪が背を向けた時の遠心力で傘に当たったらしい、しかしコタロウはいつも通りの寝ぼけ眼である。

 とっさに受け止めようとフェイトは両手を前に出すが、

 

 

「ふむ」

 

 

 コタロウはネコのように身を(ひるがえ)し、すたんと思い切りしゃがんで着地した。

 

 

「…………」

「点検、調整終わりました」

 

 

 フェイトにぶつからないようにだろうか、彼女より身1つ分、後ろに着地している。

 倒れた傘を拾い上げ左腰に差し、作業用の帽子をかぶりなおす。

 

 

「……ふむ。その両手はもしかして、私を助けようと?」

「え、えと、あの……はい」

 

 

 小首を傾げるコタロウにいつまでそのままでいるのだろうかと自問し、すぐにフェイトは両手をひっこめた。

 

 

「ありがとうございます。ですが、この場合、私を助けないでください」

「え、何でですか?」

 

 

 まさかそのような受け答えが返ってくるとは思わず、首を傾げる。

 

 

「この作業着(つなぎ)には工具がたくさん入っているため、大変重いのです」

 

 

 ジジと胸元のファスナーを開けて裏地をみせると、大きさ様々な工具が入っていた。

 それでは失礼しました。と来た時と同じようにお辞儀、敬礼を済ますと、彼女に背を向けて部屋を後にした。

 ドアが閉じるところまで目で追ってから、ふと自分が謝らなかったことを思い出したのはとある小事の後であった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「……ぁぅ」

「フェイトちゃん、どうかしたの?」

「へ? う、ううん。なんでもない」

 

 

 朝食時、料理をトレーに乗せて席に座るフェイトが眉根を寄せて少し(うめ)いたのに気づいてなのはが不思議がる。

 

 

「ほ、本当に何でもないの」

「そう? それならいいけど……」

 

(言えない)

 

 

 フェイトは昨晩、自分がやったことは決して話はすまいと言い聞かせていた。

 

 

(コタロウさんが退室したあと、近くにあった普通の傘で同じことをして、しりもちついたなんて、絶対いえない)

 

 

 どうやらこの小事は大事にはなり得なさそうである。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第20話 『彷徨、鳳の如し』

 

 

 

 

 

 

――「嗚呼、友がみなわれよりえらく見ゆる日よ」

 

 

 ティアナ・ランスターは、銭湯の湯船に入った時のアリサ・バニングスと月村すずかたちとの会話を思い出していた。

 

 

――「それってどういう意味なんですか?」

――「そのままの意味でとって構わないわよ?」

――「日本のね、昔の詩人が言った言葉なんだよ? 本当は『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ、花を買い来て、妻としたしむ』っていうんだけどね」

――「しばらく会わないうちになのはたちも自分の道を歩み始めて、変わっていくなぁってね」

 

 遠目になのは達を見たときのアリサたちはそれだけ言うと、2人もなのはたちの会話に加わっていった。

 

 

 

(『友がみなわれよりえらく見ゆる日よ』)

 

 

 現在、なのはたち隊長陣と新人たちは、オークション開催のホールをもつホテル・アグスタへ向かっている。

 前のモニターではその隊長陣がガジェットドローンの製造者であるジェイル・スカリエッティの簡単な説明、今回の任務の詳細と任務に至った理由を話していた。

 スバルは途中、ぴこぴこと動くザフィーラの耳に気が付き、頭をなでる。

 

 

「――ということで、私たちが警備に呼ばれたです」

「このテの大型オークションだと、密輸取引の隠れ(みの)にもなったりするし、色々、油断は禁物だよ」

 

 

 モニターはアグスタに待機している副隊長たちを映す。

 

 

「現場には昨夜から、シグナム副隊長とヴィータ副隊長他、数名の隊員たちが見張()ってくれてる」

「私たちはアグスタ(たてもの)の中の警備にまわるから、前線は副隊長たちの指示に従ってね」

『はい!』

 

 

 全員で元気に返事した後で、キャロは正面に座っているシャマルの足元にある、3つのケースが先ほどから気にかかり手を挙げて質問する。

 

 

「あの、シャマル先生。さっきから気になってたんですけど、その箱って……」

「ん? あぁ、コレ? ふふっ、隊長たちのオシゴト着」

 

 

 今の制服がまさにお仕事着ではないのだろうかと首を傾げて不思議がるが、どうもシャマルの言い方からクイズを出されているようで、それ以上はヒントを求めないことにした。

 

 

「ん~、コタロウさん、何やってるんで?」

 

 

 操縦席のほうでもヴァイスが気にかかり、隣にいる本来このヘリに乗るべきではない人、コタロウに話しかける。

 彼が何故ヘリに乗っているのかというと、出発前にヴァイスが彼からヘリの調整について各所の説明を受け、全員が集まった時点で彼は「それでは」と立ち去ろうとしたところ、シャマルに止められたのだ。

 

 

「コタロウさんも一緒についてきてください」

「シャマル? どないしたん?」

 

 

 ごとりとケースを見せ――キャロはそこから気になりだした

 

 

「見てほしいんです!」

「ケースの中身ですか?」

「い、今じゃないですよ!?」

「はぁ」

『…………』

 

 

 隊長たち3人は中身を知っていたため、あえて意識するように言われお互い見合わせて頬をかき、特にコタロウの仕事に余裕があるのを確認してから、彼を乗せることを許可し、現在に至る。

 ヴァイスに訊ねられたコタロウは正面のモニターから隣の彼に顔を向け、

 

 

「覚えています」

「覚えています。って、それ、今日のオークション参加メンバーっすよねぇ?」

「はい。声や動きなどのクセもあると覚えやすいのですが、文字情報だけですと覚えにくいですね」

「……えと、まさか全員?」

 

 

 こくりと彼は頷いてまたモニターのほうを向くと、ぶつぶつと魔法を唱えるように名前、経歴と顔を照らし合わせていく。

 冗談かと思いきや、モニターを見て言葉に出すところをみると、どうやら本当のようである。それは先ほどはやてから全員に配られたオークションの参加名簿で、「覚えることが、未然に防ぐ可能性を引き上げる」とできれば目を通しておいてと渡したものだ。

 

 

「ヴァイスくん、多分それ本当に覚えてるから」

 

 

 どういうことで? と訊ねるヴァイスに、なのはは自分が知っているコタロウの情報を話す前に、自動操縦に切り替えるように促した。

 

 

(あの人もまた、才にあふれる人。か)

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 アグスタに着いてからシャマルが一度ヘリからなのは、フェイト、はやてを除いて全員おろし、15分ほどたってから、ガタンと後ろのハッチが開いた。

 

 

「うわぁ、綺麗です。なのはさん、フェイトさん、八神部隊長!」

「そう、かなぁ」

「フェイトさん、すっごく綺麗です!」

「はい!」

「あ、ありがとう、キャロ、エリオ」

「どや? 馬子にも衣装やろ?」

「意味は分かりませんが、とっても似合ってますぜ、八神隊長」

「はいです~!」

「全員、めいっぱいおめかしさせました!」

 

 

 シャマルもえへんと胸を張って3人に胸を張る。

 隊長陣3人は建物、つまりホテル・アグスタに相応しい格好に着替えていた。それぞれショートラインのドレスで薄いストールを羽織っているが、色彩(カラー)からそれぞれの特徴を捉えたいた。

 

 なのはは桜色をベースにワンピースタイプのドレスで内側にはバラ色のチューブ、胸下の白いリボンが胸を強調するかのように巻かれ、腕を組まなくても魅力的である。その腕にはストールを絡ませている。

 

 フェイトは黒紫色をベースに肩に紐のないドレスが彼女を魅せ、佳麗さを拍している。黒が女性を引き立たせるのか、それとも普段の彼女のバリアジャケットと統一がとれているためかは分からないが、女性からみても息をのむ雰囲気を放っていた。

 

 はやては薄い水色のなのはと同じワンピースタイプのドレスに胸元には瑠璃色(るりいろ)のコサージュを付け、そこでリボンとストールを結っている。綺麗というよりもむしろ、愛愛(あいあい)しいという表現がよく似合う。

 

 

「……えと、ん~」

 

 

 シャマルはその人が着替える前にはいたのに、着替えた後にはいないことに気付いた。

 

 

「あれ? コタロウさんは?」

「え、あー」

 

 

 これを見せたかったのかとばつが悪そうに頭をかくヴァイスは片手を顔の前に出す。

 新人たちも苦笑いである。

 

 

「すんません、手伝わせに行かせてしまいました」

 

 

 彼が言うに、彼女たちが着替え初めて5分ほど経過したときに、後ろのほうで会場設営の荷物を運ぶ搬入があり、そこの現場長がコタロウに目を付けたのだ。

 コタロウはパイロット用のつなぎではなく、作業用つなぎである。

 それだけでは連れて行かれることはないかと思うが、その現場長はかれの服のよれ具合から人物を判断して呼び寄せ、話し合った。

 のちに、ヴァイスに念話が入り、すこし手伝いに行きますと報告――なにかあればすぐに戻るを前提に――してホテルの裏口から入って行ったという。

 

 

「え~~」

「すいません。特に現場を離れるわけでもありませんし、指令があるときはこちらを優先させるといってたもんで……」

「う~う~」

 

 

 訴えるようにヴァイスに顔を近づけて足踏みするシャマルに彼は平謝りすることしかできず、ぺこぺこと謝っていた。

 それを見て、なのはとフェイトは「はぁ」と息を吐き、はやては手のひらで顔を(あお)いで「ふぅ」と自分の体温を下げた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 なのはたち隊長陣はアグスタ内の警備を見る限り、オークション会場内は特に厳重に警備がなされ、通常起こり得る障害(トラブル)は起こり得そうにないことを確認する。

 

 

「んでな、自分で指示すればいいだけなんやけど」

「……うん」

「なんで、コタロウさん普通に手伝ってるん?」

 

 

 今、なのはとはやてたち2人は一緒に()り、オークション会場の舞台上でコロコロといくつものイスを重ねてキャスターで運ぶコタロウが目に入った。

 彼は舞台の下手(しもて)上手(かみて)に2脚ずつイスを配置すると、舞台の中央へ向かい、べたりと伏せて、イスの角度が中央を向いているかを確かめている。

 しかし、そんなことは最前線で過ごしてきた彼女たちにはわかるはずもなく、コタロウがイスの配置を直し、後ろに立って布巾(ふきん)に包んだナットを先ほどまでいた舞台の中央に放り投げ、耳を澄ませたところで、彼がイスに座った人間に一番よく聞こえる角度と位置を確かめているのがわかったくらいである。

 

 

[…………]

 

 

 はやては念話をしようとして、思いとどまり、ジト目で手摺(てすり)に腕をついて顎を乗っけた。

 

 

「コタロウさん、呼ぶ?」

「ううん。ええわ」

 

 

 自分に対してなのか、相手に対してなのか分からない、馬鹿らしいという表情のはやてを見て、

 

 

(なんだろう? ふてくされてる?)

 

 

 なのはもまた、フェイトと同様に故郷から戻ってからのみんなの表情の移り変わりに気付き、もう一度両親の言葉を思い出す。

 

 

(『感情と表情の結びつけ』『近道をしなければ知ることはできる』か。表情からでも感情は分かると思うけどなぁ)

 

 

 彼女の考えるはやての心理状況はおおよそ正しい。彼女は教導官という立場からか、2人の親友より多くの人と接し、人を理解する力があると少なからず自負していた。

 現在舞台の上にいる1人の男性を除いて。

 

 

 

 

 

「オークション開始まで、あとどれくらい?」

 

<3時間27分です>

 

 

フェイトは会場の外を見て回っていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「――わかりました、それではすぐに戻ります」

「今、コタロウさんがどこにいるか分かりませんが、気をつけて戻ってきてください」

 

 

 オークション開始のおよそ5分前くらいになった頃、ヴァイスから通信が入り、

 

 

「隊長たちが予測していた通り、アグスタを中心にガジェットが放射線状に攻めてきました」

 

 

 と報告を受け、すぐに戻ってくるようにと言われたのだ。

 

 

「了解です」

 

 

 通信を切った後で、すぐにコタロウは近くにいる会場設営の作業員に報告し――そこで初めて周りにいた作業員は彼が局員であることを知った――ここがどこなのかを聞く。

 

 

「どちらって、お前。『地下』だろうがよ」

「地下ということは分かります。申し訳ありません。連れてこられたという形なので道がよくわからないのです。どうすれば地上に出れるのでしょうか?」

 

 

 コタロウはその人から道を聞くと、すこし早足でこの場を後にした。

 

 

「……あ」

 

 

 教えた本人は彼が左に曲がったところで、自分が道を教え間違えたことに気付いた。

 

 

「ま、大丈夫だろ」

 

 

 何かあれば戻ってくるだろうと軽い気持ちで、道具の片づけを再開した。

 

 

 

 

 

 コタロウは彼の言葉が実は間違っていたのではないかと思ったのは、『急いでいます』と自分の前で先を遮る数人の警備員に局員証をみせて少し頑丈なシャッターを通してもらって、4、50メートル進んだときであった。

 

 

(うん。引き返そう)

 

 

 次に会った人にもう一度道を聞こう決め、来た道を戻り始める。

 そして、次の角を曲がろうとしたときに、ごそりと動く人影が自分の視界に入った。

 

 

(忙しそうだけど、僕も急いでいるし……)

 

 

 迷惑を承知でトラックの後ろのドアを開けようとしている人に声をかけた。

 

 

「あの、お忙しいところ申し訳ありません」

「…………」

 

 

 コタロウの声に反応して振り返る人は、

 

 

(大きい人だなぁ……全身黒()くめで、あれ? 目が4つ?)

 

 

 見上げる人はコタロウが見上げるほど大きく、首元に紫色のスカーフを巻き、2対の赤い目が鈍く光るモノであった。

 

 

(誰かの使い魔だろうか? いや、それより――)

 

「道を訊ねたいのですが――」

 

 

 コタロウが、相手が実はドアを開けようとしているのではなく、こじ開けようとしているのに気づくのはそれからすぐのことである。

 通風孔から流れるものだろうか、それとも地上から流れてきたものだろうか。それは彷徨(さまよ)い、(そよ)いで(なび)く。

 

 

 

 

 “彷徨(ほうこう)(かぜ)の如し”

 

 

 

 

 

 



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第21話 『涕涙、霖の如し』

 

 

 

 

 相手はコタロウに背を向けると金属でできたドアに手を入れ、バキンという音とともにそれを(むし)り取った。

 

 

(僕が見たオークション参加のメンバーには機動六課を含めて、このような人物はいなかった。作業員メンバーの誰でもなく、そもそもドアをとる時点で、このトラックの所有者じゃない)

 

 

 ごそり、ごそりとトラックの中の木箱をあさりだす。

 

 

(使い魔の主人自体の命令もこのような非効率性は求めない、外では襲撃……)

 

[八神二等陸佐、今、お時間宜しいでしょうか?]

[ごめんな。外の通信報告に集中したいねん。後でもええか?]

[了解しました。申し訳ありません]

 

 

 事後報告という事を確認し、念話を中断する。相手に名前を知らせてはまずいと念話にしたのだ。

 視線を相手に戻す。

 

 

「盗難と判断しました。もし、運転手の使い魔ではなく、言葉が理解できるのであれば、任意の上御同行願います。言葉が理解できないのであれば、私の構えを見て私が貴方を拘束しようとしていることを認識してください」

 

 

 傘の柄に手を置いて「傘、ワイヤー」と唱えてワイヤーを出すと、分断してワイヤーのみにする。

 コタロウの言葉を理解したのか、それとも言葉という音に反応したのか分からないが、相手は狙いの品を地面に置いて、振り向いた。

 

 

(えーと、軽く打ちすえるだけ。お腹に一撃で、いいのかな?)

 

 

 少なくとも傘を貰ってから6年、コタロウは一度も実戦をしたことがない。

 

 

(軽く、軽く)

 

 

 相手も合わせて構えをとる。

 相手は、傘からワイヤーを出したところは見ていない。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第21話 『涕涙、霖の如し』

 

 

 

 

 

 

 ホテル・アグスタにガジェットドローンが攻めてくる前、ティアナは自分の守備位置についているときに、スバルから念話が飛んできた。

 

 

[でも、今日は八神部隊長の守護騎士団、全員集合か]

[そうね。アンタは結構詳しいわよね、八神部隊長とか、副隊長とかのこと]

 

 

 彼女は頷いて、ふとスバルがその人たちについて詳しいことを知り、聞いてみる。

 

 

[う~ん、父さんやギン(ねえ)から聞いたことくらいだけど……]

 

 

 スバルの知る限りでも、自分と比較にもならないという事がわかる。

 八神部隊長の使用しているデバイスが魔導書型の『夜天の書』というもので、副隊長たちとシャマル先生、ザフィーラは八神部隊長の『個人保有』の特別戦力。リイン曹長は別枠だが、同様と思って構わない戦力で、合わせれば他の部隊とは比較にならない戦力だという。

 

 

[稀少(レア)スキル持ちの人たちはみんなそうよね]

[ティア? なんか気になるの?]

[別に]

 

 

 ティアナは素っ気なく答えると、スバルは念話を打ち切った。

 彼女は今、1人という事もあり、待機命令中の間、考える余裕ができる。

 

 

(六課の戦力は無敵を通り越して、明らかに異常だ。八神部隊長がどんな裏ワザを使ったのか知らないけど、隊長格全員がオーバー(エス)。副隊長でもニアSランク……)

 

 

 考えると、それをサポートしている人たちもエリートばかりということを再確認し、目を閉じながら奥歯に力を入れる。

 次に周りの人間に思考が移り、

 

 

(あの年でBランクを取っているエリオと、稀少で強力な竜召喚士のキャロは2人ともフェイトさんの秘蔵っ子)

 

 

 なおかつ、自分のよく知るスバルは戦術に稚拙さが残るものの、潜在能力と可能性を秘めていることは日々の訓練を見ていても十分わかる。

 

 

(スバルは、優しい家族のバックアップもある)

 

 

 息を吸い、口を狭く深く息を吐く。

 

 

(やっぱり、ウチの部隊で自分が、私だけが……)

 

 

 凡人(ぼんじん)という、今まで何度も思えば打ち消してきた言葉をまた思い出す。

 

 

(『友がみな――』なんじゃない、私の周りにいる人たち全てが才気に溢れている!)

 

 

 小さく顔を横に振り、そんなことは関係ない。大切なのは周りの才能ではない。と思考を雲散させる。

 

 

(それでも、私は立ち止まるわけにはいかないんだ)

 

 

 そうして間もなく、ガジェットが攻めてきたと通信が入った。

 

 

 

 

 

 管制指揮はシャマルが執ることになり、シグナムとヴィータたち副隊長とザフィーラは、新人たちの防衛する領域よりも前線に自分たちの防衛ラインを引き、ティアナとスバルは2人がガジェットを自分たちより的確に破壊しているところをモニターで確認する。

 

 

「副隊長たちとザフィーラ、すごーい!」

 

 

 スバルはそれを見て、驚嘆する。モニターから確認できる黒煙が、耳に届く爆発音がそれを物語っている。

 

 

「これで、能力リミッター付き……」

 

 

 逆にティアナは愕然とする。見るというよりも見せつけられていると思わせる映像にしか見えなかった。

 今できることはそれに(こぶし)を握ることしかできない。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ゆらゆらと黒煙が立ち上るのを見ている男と少女に、通信が入り、モニターにとある人物が映し出される。

 

 

「ごきげんよう、騎士ゼスト、ルーテシア」

「ごきげんよう」

「……何の用だ」

 

 

 その人物にゼストは挨拶することなく、用件を聞く。もともと用件がなければこちらからも、向こうからも連絡など来ないからだ。

 そして、その考えは当たりであり、相手は自分たちの今の場所を把握していることを知った上で依頼を投げかけてきた。

 向こうにあるホテル・アグスタで行われている――実際にはまだ行なわれていない――オークションのカタログには載せられていない品を手に入れてほしいというものだ。

 ゼストはレリックがらみでない限り不可侵を守るという約束のもと断るが、

 

 

「いいよ」

 

 

 ルーテシアは2つ返事で答えた。

 

 

「優しいなぁ、ありがとう。今度、是非お茶とお菓子でもおごらせてくれ」

 

 

 相手はルーテシアのデバイスに情報を転送する。

 

 

「アスクレピオスに私がほしいデータを送ったよ」

 

 

 間もなくして、吉報(きっぽう)を待っているよと相手は言葉を残し、通信を切った。

 

 

「……いいのか」

「うん。ゼストやアギトはドクターを嫌うけど――」

 

 

 ルーテシアは小さく頷いて、実のところ自分は彼のことをそれほど嫌いではないと言い残し、身を隠していたフード付きの大きなコートから袖を抜き、ゼストに預ける。

 

 

「そうか」

 

 

 またこくりと頷いて彼から十分に距離をとり、両手を広げる。

 

 

(ワレ)は乞う、小さき者、羽搏(はばた)く者。言の葉に応え、我が命を果たせ……召喚」

 

 

 紫紺(しこん)色の正方形の魔方陣を展開し、ゆっくりと魔力で土台を作りだした後に、呪文を詠唱した。

 

 

(おそらく、相手にも気づかれたろうな、(すみ)やかに完了して、はやくここを離れるとしよう)

 

 

 ゼストは彼女の放つ魔力が特徴的で、かつ躊躇(ためら)いがないことを知っていたので、そんなことを思いながら少女を見守る。

 

 

「インゼクトツーク」

 

 

 その言葉で(いく)もの小さい虫のようなものを身のまわりに放つ。

 

 

指令(ミッション)無機物操作(オブジェクト・コントロール)

 

 

 気をつけてね。と放たれた者に言い聞かせ、向かうように命じた。

 

 

 

 

 無機物(ガジェット)に、自分が召喚させた虫をとりつかせ、相手が様子を見るために一時引き下がったのを見計らってから、

 

 

「ブンターヴィヒト。無機物(オブジェクト)11機、転送移動」

 

 

 と、さらに魔力を練りこんだ。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「有人操作に、切り替わった?」

 

 

 シグナムとヴィータの攻撃が突如として当たらなくなったことからシャマルが見定め、

 

 

「それが、さっきの召喚士の魔法?」

 

 

 六課本部のオペレーションルームにいるシャリオは、先ほど感知した巨大な魔力を放った召喚士の魔法によるものだと憶測する。

 シグナムは新人たちの援護へ向かえとヴィータを(うなが)し、シャマルはザフィーラにシグナムと合流をと管制を執る。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「遠隔召喚!」

 

 

 まさかとばかりにキャロは顔を険しくする。

 

 

「来ます!」

 

 

 その張り上げとほぼ同時に、自分たちの前方に見たことのない魔力光を放つ魔方陣が展開され、11機のガジェットが出現した。

 

 

(ここからだ)

 

 

 ティアナは肩幅よりも少し広めに足を開き、僅かに膝を曲げて重心を低くする。

 

 

「あれって、召喚魔方陣?」

「召喚ってこんなこともできるの?」

 

 

 キャロの錬鉄召喚とは違い距離をなくす転送魔法にスバルは息をのんだ。

 

 

「優れた召喚士は転送魔法の熟練者(エキスパート)でもあるんです」

「何でもいいわ。迎撃、行くわよ!」

 

 

 ティアナの言葉に、全員迎撃姿勢をとる。

 

 

(本当に何だっていい。今までと同じだ――)

 

 

 落ち着かせるように、1つクロスミラージュにカートリッジを込める。

 

 

(証明すればいい。自分の能力と勇気を証明して――)

 

 

 変わる方法は6年前に体験したはずだと、デバイスを構え前髪の先に見えるガジェットに狙いを定め、

 

 

(私はそれで、いつだってやってきた)

 

 

 魔方陣を足元に展開して態勢をとり、戦略を張り巡らせた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「……見つけた」

 

 

 ルーテシアは自分が召喚した虫のうち、数匹をホテルの捜索へ向かわせていた。

 虫は小さく、普通の人には目視できても気にならない程度なので捜索は容易に事が運び、すぐに依頼の品を発見できたと報告を受ける。

 

 

「ガリュー、ちょっとお願いしていい?」

 

 

 彼女の左腕に装着されているアスクレピオスが肯定を示すように、ぽつと光る。

 

 

「邪魔なコはインゼクトたちが引き付けてくれてる。荷物を確保して……うん、気をつけていってらっしゃい」

 

 

 その左腕を掲げると、魔力弾とは異質な何か飛び出し、アグスタへと向かっていった。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

(当たらない)

 

 

 (たま)が当たらないことは訓練でも実戦でもいくらでもあったが、今日はいやにそれが目につき、ティアナに焦りを生ませる。

 一度深呼吸をして、ガジェットが打ち出した質量兵器のような索敵弾に狙いを定め、打ち抜く。

 彼女はそれに全弾命中させたことで、リズムを取り戻した。

 

 

「ティアさん!」

 

 

 キャロの声色から自分の死角から狙われていると思い後ろを振り向くと、その通りに背後にガジェットが2機、自分に対して狙いを定めていた。

 跳躍することで、ガジェットが打ち出した弾をかわし、今度は彼女がその2機に狙いを定めて魔力弾を放つ。

 だが、

 

 

(打ち抜けない)

 

 

 当たりはしても、AMFを展開しているガジェット本体までには届かず、無力化されてしまった。

 ティアナは苦虫を噛んで顔を歪めた。

 

 

(――くっ)

 

 

 心境としては、相手にではなく自分の実力に腹立たしくなる。

 リズムは取り戻しても彼女にとっては一番いやなタイミングで、フォワード全員にシャマルから通信が入る。

 

 

「防衛ライン、もう少し持ちこたえててね」

「はい!」

「ヴィータ副隊長がすぐに戻ってくるから」

 

 

 ティアナには自分たち、いや自分だけでは何もできないといわれているようで、

 

 

「守ってばかりじゃ行き詰まります。ちゃんと全機落とします!」

 

 

 持ちこたえるという願いに近い命令に自分の意志を上乗せする。

 

 

「ティアナ、大丈夫?」

 

 

 本部のオペレータから無茶はするなと警告するが、彼女は自分の積み上げてきたものを、自分独自で積み上げてきたものを信じて疑わず、

 

 

「毎日朝晩、練習してきてんですから」

 

 

 それを自分に言い聞かせるように普段の言葉より口語調になる。

 

 

「エリオ、センターに下がって。アタシとスバルのツートップで行く!」

「あ、はい!」

「スバル、クロスシフト(エー)。行くわよ!」

 

 

 ティアナの指示にスバルが拳を握って応え、空中路(ウィングロード)で滑空していく。

 

 

 

(証明、するんだ)

 

 

 

 両拳銃にそれぞれ2発の装填(ロード)

 

 

 

(特別な才能や、凄い魔力が無くたって)

 

 

 

 魔方陣の光強さが足元を明るくさせ、周りを暗がりにする。

 

 

 

(一流の隊長たちの部隊でだって、どんな危険な戦いだって……)

 

 

 

 練成した魔力を弾として自分に周りにいくつも解放する。

 

 

 

「アタシは、ランスターの弾丸はちゃんと敵を撃ち抜けるんだって」

 

 

 

(証明、するんだ!)

 

 

 

 その間にスバルがガジェットを誘導し、自分に引き付けていた。

 狙いを定めようと意識を強めるが、なかなか照準が定まらず、腕に魔力が逃げ出し、ぴりりと電撃のように魔力光が(ほとばし)

 

 

「ティアナ4発装填なんて無茶だよ。それじゃティアナもクロスミラージュも――」

「撃てます」

<問題無く>

 

 

 ティアナは通信の再警告を遮り、クロスミラージュも(あるじ)に倣う。

 なんとか魔力を抑え込むことに成功し、照準を合わせ、

 

 

「クロスファイヤー――」

 

(大丈夫、いける!)

 

「シュート!」

 

 

 周囲の魔力弾を、腕を交差させて一斉に出力した。

 1つ、また1つとガジェット向かい、当たり、打ち抜き、爆ぜる。

 威力は十分で、的確だ。

 彼女はさらに、クロスミラージュの引き金を引き、魔力弾を放つ。

 それもまた、的確だ。

 

 

 

 

――『あぁ、手傷を負わせるのにやっとだったランスターの妹か』

 

 

 頭の中にノイズが入るまでは。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ガリュー?」

 

 

 ルーテシアが異変に気付いたのは、ガリューが人に見つかり一撃で眠らせると報告があって間もなくのことだ。

 

 

「どうした?」

「……ガリューから反応が返ってこないの」

 

 

 意思の疎通をはかるが相手からの反応がない。

 もう一度呼び掛けると、応答が返ってきた。

 

 

「ガリュー!?」

 

 

 苦悶の意思が返ってくる。

 ゼストから見ても明らかにルーテシアが驚き、瞳が揺れており、動揺しているのがわかる。

 

 

「ゼスト、ガリューが……」

「ひとまず、連れ戻すんだ」

 

 

 揺れる瞳が彼に訴えかけ、連れ戻すことを提案する。

 彼女は念じて引き戻し、

 

 

『…………』

 

 

 2人は寝そべるガリューを見て目を大きく見開いた。

 (うめ)き声を()らせている彼は魔力を帯びない通常のワイヤーで手足を縛られているが、それよりも大きく注視する部分が2人にはあった。

 

 

「シールドは張らなかったの?」

 

 

 ガリューの腹部にはくっきりと足跡が残されていた。それは汚れで付いたものではなく、へこんでいるのだ。深さは軽く成人男性の親指第一関節ぐらいのものである。

 

 

「嘘、でしょう?」

「ガリューは何と?」

「多分、油断からだと思うけど、転ばされた後……」

 

 

 彼女が代弁するに、転ばされた後、警戒を持ってシールドを展開したが、展開部分で一番魔力結合の弱い部分を見破られ、相手の足の振り上げとともに蹴り崩されて、振り上げられた足は気づけば自分の腹部を踏み抜いていたという。

 振り下ろされた足の動きも見えなかったと付け加える。

 

 

紡解点(アンラヴル・ポイント)

「それは?」

「生成し始めたときに一番最後に魔力結合される部分、或いは生成した後一番結合が薄い部分のこと。これは誰にでもある」

 

 

 人間が作るものに完璧などないというように、言葉を吐き、ガリューを召還(しょうかん)する。

 

 

「そこを突かれたと? しかし、可能なのか?」

「うん。注意して見れば誰にでも見える」

 

 

 ほらといわんばかりに自分でもシールドを張り、連結の遅いところを見せる。

 

 

「一瞬じゃないか」

「うん。一瞬。それでココも紡解点」

 

 

 そのままシールドの薄いところも見せる。それは先程の部分ではなく別の部分で、周りと比べて言われなければ気付かないほど僅かに光が弱い。

 

 

「でも、これは周りより結合が弱いだけ。シールドの場合、他より2、3割劣るくらい」

「これを見破ったと? しかし――」

「そう。ガリューが戦った人の怪力も異常だけど、これを一瞬で見抜くほうが、はっきりいって異常」

「ましてや、戦闘の中ではなおのこと困難」

 

 

 こくりと彼女は頷く。

 

 

「管理局員なのか?」

 

 

 ゼストの言葉にルーテシアはアスクレピオスにいるガリューに話を聞き、首を傾げた。

 

 

「わからない。って」

「わからない?」

「多分そうだと思うんだけど、管理局員の制服なんて着ていなかったし、魔力も弱くてそうかどうかも怪しいって」

 

(僅かに魔力を有する、一般人程度)

 

「デバイスは所持していたのか?」

 

 

 ふるふると彼女は首を振った。

 

 

「ガリューが言うには……」

 

 

 次の言葉に、ゼストもその人が管理局員かどうか首を傾げた。

 

 

「左腕がなくて、左腰に傘を差していたって」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「失敗したのかい?」

「うん」

 

 

 相手は経緯を聞くと先ほどの2人と同じように首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 がらりと何かが崩れたような気がした。

 

 

「ティアナ、この馬鹿!」

 

(いや、違――)

 

「無茶やった上に、味方撃ってどォすんだ!」

 

 

 自分の撃った魔力弾のうち1つがスバルへ当たりそうになり、ヴィータがそれを寸でのところで打ち返してから、彼女の言葉なんてティアナの耳には届かなかった。

 

 

「あの、ヴィータ副隊長。今のも、その、コンビネーションのうちで」

巫山戯(フザケ)ろタコ! 直撃コースだよ今のは!」

 

 

 スバルの言葉も同様である。

 

 

(…………)

 

 

 頭が真っ白になり、一瞬、周りの状況も忘れた。

 

 

「ち、違うんです。今のは私がいけないんです。避け――」

「うるせェ馬鹿ども!」

 

 

 砕かれたガジェットから煙が立ち昇り、油の混じった焼け付くにおいに瞳が動く。

 

 

「……もういい」

 

 

 ヴィータの抑揚(よくよう)無い声から意識してティアナの耳に入ると、次に吐かれる言葉が分かりすぎるほど分かっていたのにもかかわらず、

 

 

「後はアタシがやる。2人まとめてすっこンでろ!」

 

 

 自分の身体から力が抜けていくのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

(ジャンに言われた通り、軽めにしたけど……)

 

「あの人、大丈夫かな」

 

 

 地面には僅かにヒビが入っているのを見る。

 

 

(3トンぐらいってどうなんだろ?)

 

「このヒビを直してから……」

 

 

 コタロウは僅かに身を(すく)ませ、

 

 

(この出向先は今週まで、かな)

 

 

 盗難を未然に防いだものの、取り逃がしたというミスの重大さに息を吐く。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 自分から進んででた裏手の警備が、ひとつの逃避であることはおそらく自分の背後にいるスバルも分かっているだろうと、ティアナは思う。

 

 

「あのね、ティア」

「いいから行って」

 

 

 それでも、彼女は踏み込んでくる。

 

 

「ティア、全然悪くないよ。私が、もっと、ちゃんと――」

 

 

 しかし、今のティアナにはそのパーソナルエリアに踏み込んでくるのが、心を悟られてしまいそうで、嫌だった。

 

 

「行けって、言ってるでしょ!」

 

(アタシ、スバルに甘えきってる。こんなこと言っちゃいけないのに、言ってもスバルは変わらないから……)

 

「ごめんね。また、後でね、ティア」

 

 

 背後の彼女はそれだけ言うと、エリオ、キャロたちのいる場所まで駆けていった。

 

 

(次に会うとき、アイツはまたしゃべりかけてくれる……ごめん、スバル)

 

 

 ティアナは今の自分の行動にも、口に出した言葉にも嫌気がさす。

 

 

(私は死んでしまった兄さんを……生きているスバルも、エリオも、キャロも)

 

「私は……私は……」

 

 

 壁に手を着いて、誰にも見せないように、顎を引いて下を向き、それを流した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 なんとか地上に出ることができたコタロウは、ここが裏手であることを確認した。

 

 

(まずは正直に状況を話し、今後の身の置き方を(うかが)い……ん?)

 

 

 ヴァイスからの指示を受けた集合地点まで戻ろうとしたとき、押し殺すような女性の声が聞こえた。

 

 

(ランスター二等陸士、泣いている?)

 

 

 ちょうど遠目からティアナを横から見ることになり、項垂(うなだ)れている彼女の顔から(しずく)が見えた。

 彼は相手の表情から何かを読み取ることを困難としているが、泣いているところを見れば、今は同じ課にいることから、その理由を問いかけるような考えは持ち合わせていた。

 しかし、彼の場合、もう1つ親友から学びとっている。

 

 

――『いい? 女性が泣き顔を誰にも見せないように、項垂れたりして顔を隠している場合は、それがどんなに(ながめ)のようなものでも、(なぐさ)めてはいけないわ』

 

 それは、秋霖(しゅうりん)午後のとある喫茶店で夫の隣で紡いだ言葉である。

 

 

――『だってそのとき、女性は『泣いてはいない』のだから……』

 

 

 

 

涕涙(ているい)(ながめ)の如し”

 

 

 

 

 

 



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第22話 『掩蔽、雲の如し』

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。それでは、オークション開催です」

 

 

 司会者がゆっくりと壇上中央まで歩き、トントンと簡単にマイクを叩いて調子を確認してから、ホール全体を見渡しながら、開催を告げた。

 次の言葉を(つな)ぐ前に拍手が起こり、そのおさまりを見計らってから、オークションカタログに記載されているルールを読み上げる。

 競り落とした品の受け渡し方法や金額を上乗せる時の手段を話している間、司会者に目を向けずにカタログに目を落とし記載を追う者、自分たちが競り落とす予定の品を再度確認する者がいたりと、参加者の行動は様々である。

 

 

「外は問題なく終わったみたいだね」

「うん」

 

 

 先ほどシャマルから念話が入り、ホテルへの襲撃は阻止されたと連絡があり、なのはとフェイトはすこし警戒心を緩めた。

 それでも多少は問題は残ったが、防衛という最優先事項は守られたのだから、任務遂行結果としては十分である。

 

 

「問題の召喚士は今、探索中や」

「あ、お帰りはやてちゃん。と、アコース査察官?」

 

 

 見つけるのは難しそうやな。と声を漏らし、壇上を一瞥する。

 

 

「久しぶりだね、高町一尉、フェイト執務官?」

『お久しぶりです、アコース査察官』

 

 

 会場の雰囲気もあってか、なのはとフェイトは簡単な会釈で済ませる。

 

 

「ほんなら、区切りがいいところで、私たちは会場から抜けようか。なのは隊長は新人たちを、フェイト隊長は現場調査をお願いできるか?」

『了解』

「ふむ。忙しそうだね」

「どこかの査察官と違ってなぁ~」

「こういう場で揶揄(からか)うなんて、はやても意地が悪いなぁ」

 

 

 苦笑するヴェロッサにすこし意地悪く笑うのをなのはとフェイトは見た後、2人はお互い顔を見合わせ眉を寄せてくすりと笑う。

 

 

「全く、仕様の無い妹だよ……でも、まぁ――」

 

 

 だが、今度はヴェロッサがしたり顔が3人を見た。

 

 

「では、ここで品物の鑑定と解説を行なってくださいます、若き考古学者の方々を紹介させていただきます」

 

 

 そのまま3人が彼と目を合わせると、彼は視線を壇上に移動させ、3人を壇上に向けさせる。

 

 

「ミッドチルダ考古学士会の学士であり、かの無限書庫の司書長、ユーノ・スクライア先生です」

『――えっ!?』

 

 

 3人とも目を見開いた。

 

 

「サプライズには成功したかな?」

『ユーノ(くん)?』

 

 

 ヴェロッサは自分の言葉が3人に聞こえていないがわかるとさらに顔をほころばせた。

 

 

「それでは、ひとこと言葉を頂けますか?」と司会者に促され、ユーノと入れ替わる。

「あ、どうも、こんにちは、ご紹介にあずかりましたユーノ・スクライアです」

 

 

 ユーノはこの会場に招かれた事の感謝の言葉と、微力ながら尽力いたしますと一言述べ、司会者にマイクを戻した。

 

 

「アコース査察官もなかなか――」

「意地が悪いと思います」

 

 

 はやて、なのは、フェイトにとっては(うれ)しいサプライズであるものの、どうも相手に一枚上手というところを見せつけられているようで、納得がいかないかった。

 

 

「意地が悪くてなによりだ」

 

 

 実質、彼は一枚上手であることを見せつけていた。

 

 

「ユーノ・スクライア先生、ありがとうございました。それでは次に――」

 

 

 司会者は大きく意気込む。

 

 

「僅か26歳でミッドチルダ、ベルカにおける民俗学、自然哲学、言語学の3分野において、博士を修め、かつミッドチルダで最も栄誉がある賞、『ディアヴ・ストーン賞』を受賞したご夫婦をご紹介いたします」

『……え? いや、まさか』

 

 

 司会者が自分のことのように自慢げに紹介するなか、なのは、フェイト、はやては久しぶりに会ったユーノとは違う、困惑の表情をする。

 

 

「どうかしたのかい?」

「アコース査察官、あの夫婦もお呼びになられたんですか?」

 

 

 不思議に思った彼が3人に(うかが)うと、悪い冗談だろうというようにはやてが質問する。

 

 

「いや、違うが……」

「さよ、か」

「あの夫婦ということは、知り合いなのかい?」

 

 

 ええ、まぁ。と曖昧に彼女は返す。

 

 

「この賞は、規則上、年1人しか受賞することしかできませんでした。しかし、これを覆したのはいまだ新しいと私も存じています。選考者たちは口を揃えてこう申したそうです。『優劣付け(がた)し』と。……口上が長くなりました。それではお願いします――」

『…………』

 

 

 3人ではなく、この会場にいる人たちのほとんどが息をのんだのは、

 

 

「ジャニカ・トラガホルン先生、ロビン・トラガホルン先生!」

 

 

 その夫婦が、それは1つの芸術のように存在し、壇上を悠然と歩いているからだ。

 

 ジャニカは黒いシャツに鈍いシルバーのネクタイを締め、上下とも黒いスーツを着こなし、赤黒い臙脂(えんじ)色の髪と見事に調和している。

 対するロビンは女性であるのにもかかわらず、ジャニカと揃いの黒いスーツを着て、相対するように白いブラウスにダークシルバーのネクタイが銀色の髪の彼女を引き立たせている。

 なおかつ、2人でいることそのものが互いを強調し、周りの時間を止めていた。

 ゆっくりとマイクの角度をあわせる。

 

 

「長い口上、どうもありがとう。しかし、私たちは年に片手で足りるほどの講義しかしておらず、広く長い道を創り、進んでいる多くの教授陣には敵いません。もちろん、スクライア司書長にも……」

 

 

 ジャニカはユーノに目配せすると、相手は両手を突き出しぶんぶんと狼狽(ろうばい)する。

 

 

「ご謙遜を。それに皆さんと違い、私たちは罪で暮らしているんですから、会場にいるほとんどの方々にも敵わないわけです。まぁ、罪を犯すほうではなく、取り締まるほうですが?」

 

 

 僅かに会場を()かす。

 

 

「だろう? 古代遺物管理部機動六課課長、ハヤテ・ヤガミ二等陸佐、エース・オブ・エース、ナノハ・タカマチ一等空尉、そして若くして執務官に就く、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官?」

 

 

 彼女たちには敵いますといわんばかりに視線を送ると、会場全員がそれに促され、視線が彼女たち3人に向く。当然、近くにいるヴェロッサにもだ。

 

 

『な、なな!?』

「――それでは、今回は仕様がなく『自慢の妻』ということで、引き継がせましょう」

 

 

 ジャニカは彼女たちに会場全員の視線が送られたところを十分に楽しんでから、ロビンにマイクを引き継がせる。

 

 

「ふぅ、意地の悪い夫ですみません。ロビン・トラガホルンです――」

 

『(ま、全くです)』

 

[折角着たドレスなんだ、見られたほうが良かっただろう?]

 

 

 ロビンの後ろに付いたジャニカから内心驚いている3人に念話が入り、

 

 

[ジャニカ二佐が一番意地が悪い]

 

 

 かろうじてはやてが返すと、なのはもフェイトも大きく頷く。

 尚、すでに観客の視線は壇上に戻っている。

 

 

[意地が、悪い? 見せ場を作ったはずだが……]

[一応、任務中ですので]

[ふむ]

 

 

 ちらりと、彼女は横目でヴェロッサを見ると、彼も少し驚いているようである。

 

 

[まぁ、意地が悪いのは認めよう。だが、一番じゃあないぞ?]

[ん、それはどういうことやろか?]

[なんだ、聞いていなかったのか?]

 

 

 会場が沸くのを見ると、ロビンの話術もジャニカに引けを取らない。

 

 

「――そうは思いませんか? 稀少技能、古代ベルカ式の使い手、ヴェロッサ・アコース査察官?」

『……うぅ!?』

 

 

 また、会場全員の視線を4人に(そそ)がせる。

 

 

[『優劣付け難し』と言っていただろう?]

 

 

 その念話は届いていても4人は反応できないでいた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第22話 『掩蔽、雲の如し』

 

 

 

 

 

 

 それからまもなく、はやては制服に着替えた後、なのは、フェイトと別れ、ヴェロッサ、ジャニカ、ロビンと一緒にホテルが運営するカフェで帰りの準備が整うまで、一息を付いていた。

 

 

「いやはや、まさか公開されている私の能力のぎりぎりを紹介されたときはびっくりしました。やはり、事前に?」

「まぁ、事前にといえば、事前にだな」

「正直、参加人数全員の経歴を覚えるのは骨でしたね」

「オークション参加メンバーの情報だけだと、その人の称号までは書かれていないからなぁ」

 

 

 1週間程まえから覚え始めていたと聞いたはやては、今右に座っている女性とその向かいに座っている男性の『才』に愛想笑いしかできない。

 

 

「その笑いを見ると、覚えてはいないようだな」

「す、すみません」

「あまり、はやてを(いじ)めないでください」

「こちらこそ、うちの愚かな男が申し訳ありません。そのためにアコース査察官が全員覚えたのですから何も問題ないでしょう?」

 

 

 ジャニカはロビンを(にら)み、胸ポケットのハンカチを相手に手渡すと、その女性は3本指で受け取り、口周りを(ぬぐ)う。

 

 

「…………」

「ぼ、僕も苛めないでいただけるとありがたいのですが」

 

 

 驚くはやての視線を受けながら、ヴェロッサはぴくりと眉を動かす。

 

 

「ま、まぁ、ある程度慣れましたわ。それで今日も、もしかしてコタロウさんが心配で?」

『ん?』

 

 

 その一言に、今度は夫婦が驚いた。

 

 

「ネコが来てるのか?」

「ここで彼のすることなんて……いえ、大抵できますが」

 

 

 彼らもコタロウと同様に普段は冷静であり、彼が絡むとより感情的になるのがよく分かる。だが、そもそもコタロウがここに来る予定ではなかったと思い出すと、今回は偶然だと考えた。

 

 

「はやて、コタロウさんというのは?」

「ん、今六課に出向できている機械士(マシナリー)なんよ。ああ機械士というのは――」

「『局の修理屋』がはやての課に?」

 

 

 はやての言葉を遮りヴェロッサがぼそりと工機課の代名詞を答える。

 

 

「なんや、知ってるんか?」

「ああ、ウチにも一度来たことがあるんだよ。1日だけだったけど。機械士、ダヴバード・ロクキール――機械トリ(マシナリーバード)――の技術力、知識、身体能力には驚くところが沢山あった」

 

 

 たったの1日だけだったのに。とさらに続ける。

 

 

「それで、興味から少し調べたんだよ」

「ああ、ハトさんか」

「今は何処で何を修理しているのかしら?」

 

 

 (ダヴ)というあだ名より、はやての意識はヴェロッサに向いていた。

 

 

「それで?」

「うん。それがねぇ、何も出てこなかったんだよ」

「何も出てこない?」

「データ上はね。『機械』なんて言葉で調べると数限りなく出てくるし、『機械士』なんて、通称みたいなもので公式データには登録されてない――それ以外のデータには出てくる。『マシン』や『マシナリー』なんて本来『機械部品』と言う意味だからなおのことね」

「なおかつ、40代以上でないと知らないときたもんだ」

「ええ、そのとおりです」

「さらに、その人たちも話し出すと――」

「昨日のことのように話し出して、懐かしむあまり一杯付き合わされるでしょう?」

「それもそのとおりです」

 

 

 つまるところ、詳しいことは口承(こうしょう)でしかない事しかわからないと言うものだった。

 

 

「本人たちも色々忙しいせいで、情報は設立当初のまま塗り替えられておらず、事件という事件にも残されていない。功績という功績も無し。まぁ、僕も興味本位からだからそれ以上は調べなかったけど」

「そこに行き着くだろうな」

「ジャニカ二佐もお調べにならはったんですか?」

「俺は――」

「私たちは直接本人から聞いていますから、それ以上に知っています」

「知りたければ――」

「体験するんだな。何を聞けばいいかでさえ、分からんだろうから」

 

 

 本当にお前は横取りするのが好きなんだなぁ。といつも通りの口喧嘩を始める夫婦にヴェロッサは驚き、はやては苦笑した後、考え込んだ。

 

 

(ほんまに何処にも出てこないんか。あんなにすご……いや、局の修理、雑作業一手に引き受けて、終われば次の現場。当たり前と言えば、当たり前、か。やっぱり、その都度見るしかないんやろか)

 

 

 どんなときに? と自問自答しているとき、聞き覚えのある声が向こうから聞こえた。

 

 

「はやて、コタロウが報告したいことがあるって」

 

 

 ヴィータの後ろに付くコタロウを見て、ロビンはジャニカの会話そっちのけで彼に抱きつこうとしたが、この時ばかりは彼はそれをやめさせた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした」

 

 

 コタロウは報告の始まりにも同様に述べ、状況をなるべく的確に話した。

 

 

「了解や。無事でなにより。せやけど……いや、事後報告の確認はしたな。こちらのほうこそ、すみません」

 

 

 先に連絡が欲しいと思ったが、連絡を貰っていたのは確かで、事後報告判断をしたのは自分だと思い出すと、はやても頭を下げる。

 

 

「いえ。それで、私はやはりこのミスにより、来週から別の場所になるのでしょうか?」

「ん。いや、そんなんにはならへんけど……」

「それでは、反省文はいつまでに?」

「反省文もなにも、お咎めは何もなしや」

「しかし、それでは――」

 

 

 2人の会話で3回ほど同じやり取りがおこなわれると、するりとジャニカは彼の腰から傘を抜き取り、石突(いしづき)に持ち替え、

 

 

「傘、張り扇(ハリセン)

 

 

 はらりと、傘をまとめているボタンがはずれてハリセンになり、そのままスパンとコタロウを(はた)く。

 

 

「ジャン、痛い」

「反省を食い下がるのはいいが、3回以上は時と場合だ。この場合は(とが)めがない事を喜んで引き下がって良し」

 

 

 コタロウはうぅむとしばらく悩んだ後、謝辞を述べて敬礼して場を収めた。

 

 

「その傘って、ハリセンにもなるんか? あ、いや、余計やった。それで、その人物の顔は覚えてますやろか」

「はい。傘、剥離(アンマウント)仮紙(ダミーペーパー)

 

 

 こくりと頷き、傘に命令すると、離れた生地は鳶色(とびいろ)から白く変わり、紙になる。

 そして、床に広げてぺたりと座り込むと、ペンを片手に――もともと片手しかない――ザザという音とともに描き出していった。

 

 

「これも機械士の実力、か」

「こんなんばかりなんよ」

 

 

 今度ばかりははやては驚かず、ヴェロッサが驚き、トラガホルン夫婦は表情変えず紅茶を飲み干していた。

 

 

「ふむ。このような方でした」

「お前、絵も描けるのか?」

「召喚獣、やろか。いや、追っているのも召喚士やからそれが妥当やな」

 

 

 設計製図(トレース)補助も行ないますので。と紙を見せながらコタロウは頷く。

 その後、立体感のある絵をデータでシャリオに送ると、同時に帰る準備が整った知らせを受けた。

 

 

「俺らも帰るかね、仕事もたまり始めたろうし」

「主に貴方の不備が発生した書類ね」

 

 

 どうだか。とはやてに合わせて夫妻が立ち上がり、ロビンが気付く。

 

 

「でも初めてね。ネコが実戦をしたなんて」

「ああ、そうだな。少なくとも出会ってからは」

「え、うん。うん? そ、か。いや、思い出したよ。初めてだ、僕。模擬戦以外で人と戦ったの」

『快挙だ』

 

 

 夫婦が驚くなか、はやて、ヴェロッサ、ヴィータは頭を傾げる。

 

 

「ん、戦ったって言ったけど、お前、強いのか?」

「わかりません。少なくとも、私はジャンとロビンに勝ったことはありません」

「ネコはいつも防戦一方だもんな」

「うん」

 

 

 次にヴィータが夫婦に聞こうとするとはやてが止めて、首を振った。

 

 

「2人とも、私と同じや」

「え゛?」

「聞いたことないか? 『Quad(クアッド)(エス)天魔使(てんまし)

「本局のほうだと、夫婦であることが有名すぎて、この名前は一人歩き。顔を知っている人は少ないんだよ」

 

 

 はやても今日、夫婦に会う前にヴェロッサから聞いたばかりである。

 まだヴェロッサも直接2人の戦闘を見たことはないことから、六課の誰一人として知っている人はいないだろう。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

――『ティアナは時々、少し一生懸命すぎるんだよね。それでちょっとやんちゃしちゃうんだ』

 

 

 ホテル・アグスタから戻った新人たちは今日の実戦もあり、夜の訓練はなくなって、ティアナは個人練習に励みながら、現場でなのはに言われたことを反芻していた。

 

 

 

――『でもね、ティアナは1人で戦っているわけじゃないんだよ?』

 

 

 精密射撃の練習は動きを最小限に保たなければならないため、下半身はほぼ固定され、疲労も著しい。

 

 

 

――『集団戦での私やティアナのポジションは、前後左右全部が味方なんだから。その意味と今回のミスの理由、ちゃんと考えて同じことを二度と繰り返さないって、約束できる?』

 

 

 射撃の標的は彼女の周囲に展開され、日が落ちても練習できるよう、銃口が正常に向けられれば点灯するものだ。

 

 

(確実に、確実に――くっ)

 

 

 限界に達したのか足が震え、力た抜けてへたりと座り込んでしまった。

 

 

(まだだ。こんなんじゃ)

 

 

 拳を握って大腿を一発殴り、立ち上がり再び構える。

 

 

(もう、一度――)

 

「4時間も続けてるぞ、いい加減にしたらどうなんだ?」

 

(ヴァイス、陸、曹?)

 

 

 十分だろうと手をたたいて、ティアナの注意を引く。

 

 

「見てたんですか?」

「コタロウさんと一緒にヘリの整備中、スコープでちらちらとな」

 

 

 彼は腕を組んで言葉を選ぶと、

 

 

「ミスショットが悔しいのは分かるけどよ。精密射撃なんざ、そうホイホイうまくじゃあない」

 

 

 近くの木に寄りかかって、がしがし頭をかく。

 

 

「無理や詰め込みで、ヘンな癖つけるのもよくねェぞ」

 

 

 ヴァイスの面倒見のよさを知っていても、今の彼女には少し鬱陶(うっとう)しい。

 そして、その雰囲気は十分にヴァイスに伝わった。

 

 

「――って、昔なのはさんが言ってたんだよ。俺ァなのはさんや、シグナム姉さんたちとは割と古い付き合いでなぁ」

「……それでも、詰め込んで練習しないと、うまくならないんです。凡人(ぼんじん)なもので」

 

 

 話を無理やり打ち切るために、ヴァイスに背中を向けて、再び銃を構えた。

 

 

「凡人、か。俺からすりゃあ、お前は十分に優秀なんだがなぁ。(うらや)ましいくらいだ……」

 

 

 彼女はもう話をするつもりはないらしく、ヴァイスは息を吐く。

 

 

「ま、邪魔する気はねェけどよ。お前等は身体(からだ)が資本なんだ。体調には気を使えよ」

「ありがとうございます。大丈夫ですから」

 

 

 しばらく、ティアナは彼のほうを向かずに訓練を続けていると、いつのまにか気配は消えていた。

 

 

(少しでも、無理をしないと。少しでも、詰め込まないと、追いつけない。『あの時から』決めたんだ)

 

 

 『あの時』を思い出し、意志をもう一度固くする。

 

 

(練習しないと……そうしないと、何も、何も変わらないし、傷つける!)

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「コタロウさん」

「はい」

 

 

 がたりと彼の向かいに座り込んだヴァイスは食堂のテーブルに突っ伏した。

 

 

「時間があったときに、コタロウさんからも言っておいてくださいよ、ティアナに」

「何をですか?」

「こう、なんて言いますか……」

 

 

 コタロウはヴァイスの言葉を聴いてこくりと頷き、自分で言ってヴァイスは首を(かし)げた。

 

 

 

 

 

 

 人によって様々であるが、その人の歩んだ過去は無言によって(おお)われ、その人自身の(すがた)(おお)われるため、よく見えない。

 

 

掩蔽(えんぺい)(くも)の如し”

 

 

 

 

 

 



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第23話 『想念、昊の如し』

 

 

 

 

 

「あの、さ。2人ともちょっといいか?」

 

 

 ホテル・アグスタから隊舎に戻り、新人たちに午後の訓練の延期を伝えた後、ヴィータがなのはとフェイトの背後から話しかけた。

 

 

「……あ、うん」

 

 

 その場にいたシグナム、シャリオも彼女の1つ音を下げた声に真剣さを感じ、加わることにする。

 彼女たち5人は休憩室に移動する間、誰一人として口を開くことはなく、飲み物を手に取りイスに腰をかけた。

 

 

「訓練中から時々、気になってたんだよ。ティアナのこと」

「……うん」

 

 

 紙コップの中に入っている飲み物は口をつけたばかりで蛍光灯の反射光が波立っていた。

 

 

「強くなりたいなんていうのは、若い魔導師なら皆そうだし、無茶も多少はするもんだけど、時々ちょっと度をこえてる」

 

 

 組んだ腕のなかの指をトントンとヴィータは動かし、なのはを見る。

 

 

「……あいつ、ここに来る前になんかあったのか?」

 

 

 ヴィータは今日、彼女の無茶を目の当たりにしたので、疑問に思うことは当然である。なのはは心の準備をしていたものの、話すのは心苦しく、顔を歪ませた。

 

 

「…………」

 

 

 その間、ヴィータはなのはが理由を話すにせよ、話さないにせよ、口を開くのまで無言を貫いた。

 一度目を細めた後、彼女は口を開く。

 

 

「ティアナのお兄さん、ティーダ・ランスター。当時の階級は一等空尉。所属は首都航空隊。享年21歳」

 

 

 話し出すと同時に1人の男性が休憩室に入り、飲み物をぐいと一気飲みして、すぐに出て行く。

 

 

「結構なエリートだな」

「……そう、エリートだったから、なんだよね」

 

 

 フェイトがなのはに目配せした後、彼女の代わりに口を開いた。

 ティーダ・ランスターが亡くなった原因は、任務中での出来事による殉職。彼の精密射撃は、なのはよりも優れ、二度撃ち(ダブルタップ)――一度撃ち抜いた場所に寸分違わず同じ箇所を撃ち抜く射撃術――を得意とする射撃は航空隊でも群を抜いていたという。加えて、彼はその射撃術で犯罪者を必要以上に傷つけることは決してしない、優しい人間であったらしい。

 

 

「ティーダ一等空尉の亡くなった時の任務。逃走中の違法魔導師に手傷は負わせたんだけど、取り逃がしちゃってて」

 

 

 しかし、当時の任務ではそれが裏目に出た。相手は必死とも決死とも言える覚悟で彼に挑み、致命傷を与え、逃亡を(はか)った。彼はその時の怪我(けが)が原因で帰らぬ人となった。

 

 

「まぁ、地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日のうちに取り押さえられたそうなんだけど」

 

 

 なのはは捕らえられた犯人が、半身(はんしん)(こお)りつき、もう半身は黒く()げ、ずぶ()れで両手両脚の骨が折れていたことは話さなかった。

 

 

「その件についてね、心無い上司がちょっとひどいコメントをして、一時期問題になったの」

「……そのコメントって、なんて?」

 

 

 片眉を上げたヴィータになのはは一口飲み物を含んで口を潤わせた後、彼の上司の言葉をそのまま真似た。

 

 

「『任務を失敗するような役立たずは死んで当然だ。死んだら死んだで葬式に行かなきゃならんのが迷惑極まりないがな』」

「…………」

「ティアナはその時、まだ10歳。たった1人の肉親を亡くして、しかもその最後の仕事が無意味で役に立たなかったみたいなこと言われて、きっとものすごく傷ついて、悲しんで……」

 

 

 それ以上なのはが口を開かなくても、ヴィータは十分何を言いたいのかが分かった。

 

 

 

 

 

 

(そっか、『近いうちに』と言ってから6年()つけど、享年21歳ということは、ランスター一等空尉は殉職していたんだ。それにランスター二等陸士は彼の妹……)

 

 

 コタロウはあれから一向に連絡のない彼の現状を知る。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第23話 『想念、昊の如し』

 

 

 

 

 

 

 練習後、ティアナは熱めと(ぬる)めのシャワーを交互に浴びて、筋力の血行を促進させ、なるべく明日に疲労を残さないように努めた。

 そして、今日は朝4時に起きなければならないのにもかかわらず、0時過ぎに寝てしまったため、設定した目覚ましで起きることができなかった。

 

 

「ティア~、起きて、朝だよ」

 

 

 スバルに揺さぶられて、ゆっくりと目を覚ます。

 

 

「……ん」

「起~きてっ」

「お、きた。ありがとう」

「練習行けそう?」

 

(疲れは、それほど()まってないみたい)

 

 

 彼女の言葉に頷き、もそりとベッドから()い出てると、スバルからトレーニング服を受け取った。

 

 

「さて、じゃあ私も」

 

(ん、スバル、も?)

 

 

 着替えるために自分のスペースを確保しようと彼女から距離をとると、背後で服を脱ぐ音が聞こえ、振り向くとスバルも着替え始めていた。

 

 

「――って、何でアンタまで?」

「1人より2人のほうが色々な練習ができるしね。私も付き合う」

 

 

 ティアナはそれを聞いて、常人より体力のあるスバル――彼女は日常行動なら4、5日不眠でも問題ない体力の持ち主――でも自分の訓練を加算すれば、負荷がかかりすぎると思い、彼女の申し出を断るが、決めたことに対する彼女の態度も良く知っていた。

 それが今までのティアナをよく支えていた。

 

 

「私とティアはコンビなんだから。一緒に頑張るの!」

「…………」

 

 

 片目でウィンクされた時には、言い返すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「短期間で、とりあえず現状戦力をアップさせる方法」

 

 

 ティアナが思案していたことは言葉通り、短期間で戦力をアップせることであった。

 

 

「うまくできれば、アンタとのコンビネーションの幅もグッと広がるし、エリオやキャロのフォローも、もっとできる」

「うん。それはわくわくだね」

 

 

 個人の能力を向上させるものだが、それによる自分との連携や、エリオとキャロをもっと安全に戦わせることができるという1人よがりしない考えにスバルは大きく頷いた。

 

 

(ティアはしっかりみんなのことをよく考えてる)

 

 

 スバルはティアナとコンビで行動をとることが多く、彼女が決して一匹狼(いっぴきおおかみ)として個人練習に(はげ)んでいるわけではないと元々考えていたので、大きく感心することはなかった。

 出会った当初のとげとげしい振る舞いはそういったことの裏返しであったと今になってはよくわかる。

 

 

「いい? まずはね……」

 

 

 スバルはその詳細に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 それからというもの、なのはやフェイト、ヴィータとの訓練指導以外の全ての時間をコンビネーションにあてた。

 休憩も訓練のうちに入ることはよく理解していたものの、息を合わせるような訓練は費やした時間がものを言うため、疲労をほぼ忘れるというくらい練習に励んだ。

 疲労の回復は隊長陣たちに知られてはならないと考え、シャマルには決して診察を依頼しなかった。

 なのはたちは彼女たちが個人的に訓練をしていることは知ってはいたが、内容を問い詰めるようなこともしなければ、傍観に努めるという事もせず、ただ無理をしないようにと願い、背を向けることにした。

 彼女たちが隠れて練習をしている時点で見るべきではないと判断したためだ。

 しかし、コタロウとエリオ、キャロには「彼女たちが無理をしないようにサポートをお願い」と彼女たちの疲れをなるべく軽減するように頼んでいた。

 スバルもティアナに対してはなるべく迷惑をかけないよう、彼女の考えに真摯に耳を傾ける。

 彼女の考えが危険行為になりそうな時はさすがに注意するも、強くなること、効率よく危険を脱することについては(おおむ)ね考えは一緒であった。

 

 

「幻術のデメリットは知ってるよ? でも、中長距離から踏み込んで近距離戦なんて、危険なんじゃないかな?」

「……それは、わかってる。でも、私が中長距離からの支援から近距離への攻撃に転ずることで、相手のリズムを崩し、意表を突くことが可能なのよ……ごめん、これだけは譲れないわ」

「…………」

 

(確かにそれは相手の撹乱(かくらん)にはもってこいだけど、危険だよ。よっぽど近距離戦に慣れないと……)

 

 

 作戦としては確かに魅力的である。だが、一歩間違えば他へのサポートはできなくなり、陣形も崩れる。近距離戦も一撃ですぐに中長へ距離をとらなければならず、体力も使う。

 

 

(大丈夫かな)

 

 

 ここ数日で顕著に出たのはティアナの体力の少なさであった。もちろん、同期の中ではスバルには劣るものの、秀でるくらいの体力は兼ねている。それでも中距離戦からの近距離戦、またその逆の行為に消費する体力は尋常ではない。

 

 

「……成功率」

「え?」

「成功率6割行かないとダメ。これ以下の場合は次のなのはさんとの模擬戦では使わない。私もこれ以上は譲れない。自分も結構無茶してるけど、譲れないよ。パートナーとして」

 

 

 次の模擬戦までティアナの体力は付いてきて、成功率は上がるだろう。それでもこれ以下の成功率はスバルは許さなかった。

 

 

「わ、かったわ」

「うん!」

 

 

 ティアナは少し顔を歪めたが、6割という成功率でも許してくれたスバルに頷いた。

 

 

「上げてやるわよ、絶対に」

 

 

 そうしてもう一度練習を再開しようと彼女はクロスミラージュを持ち、スバルに空中路(ウィングロード)を出すように指示をする。

 もう日の変わりが近づいてはきたが、あと何度かはできそうだ。

 スバルは空中路を展開し、滑走しながら交互に敷かれた空中路をティアナが階段のように駆け上がってくるのを目で追う。

 だが、残り2、3段というところで彼女は足が上がらなかったのだろうか、バランスを崩して前のめりに空中路から落ちる。

 

 

「――っかは!」

「ティア!」

 

 

 クロスミラージュを持ちながら手からつき、(ひじ)、肩と受け流していくが、完全にダメージを吸収はできなかった。ごろりと仰向けになって、大きく息をする。

 

 

「大丈夫!?」

「なん、とか、ね」

 

 

 すぐにスバルは彼女を抱き、10メートルほど離れた場所にいるコタロウ――早朝はヴァイスが見学している――に助けを求める。

 

 

「すいません。私、ティアを運ぶんでデバイスを――」

「聞いて、なかった、の? なんとか、大丈夫だって」

「だってティア――」

「大丈夫だか、ら。それよりも水を、お願い。ちょっと眠気が、あったみたい。吹き飛ばしたいの」

「だったら、今日はもう――」

「いいから、お願い」

「わ、わかった」

 

 

 ティアナの気迫に押され、頷いてしまったスバルはそっと彼女を横たわらせ、立ち上がるが、

 

 

「水があればよろしいのですか?」

 

 

 スバルに呼ばれたのはいいが、会話に区切りがなく話しかけることができなかったコタロウが口を開いた。

 

 

「え、あ、はい」

 

(持ってきてくれるのかな?)

 

 駆けようとするスバルは足を止める。

 

 

「量としてはどれくらいになさいますか?」

 

 

 コタロウはするりと傘を抜いて開くところをみると、どうやら持ってきてくれるものではないらしい。

 

 

「えと、あの――」

「思い切り、被りたい、ので、バケツ一杯くら、いです」

「分かりました」

 

 

 息絶え絶えにも何とかティアナは立ちあがり、正面の男をみる。

 

 

「ランスター二等陸士、私が柄を手渡したら自分の名前を言ってください」

 

 

 こくりと頷くと、彼は口を開いた。

 

 

「傘、権限付与(オーソリゼーション)8等級(レヴェル・エイト)。どうぞ」

「ティアナ・ランスター」

 

 

 渡された傘に名前を答えるとちかりと柄の先が光る。

 

 

「量は出力する魔力とその制御で調節可能です。疲労が激しそうなので説明は省きます。私の後に続けてください」

 

 

 彼はティアナから一歩下がり、彼女の差した傘から出る。

 

 

「傘、夏昊天(なつのこうてん)、天気ハ雨」

「傘、夏昊天(なつのこうてん)、天気ハ雨」

 

 

 ティアナが言葉とともに魔力結合した途端に、傘の内側からシャワーよりも激しい水が降ってきた。

 

 

「――うわわ!」

 

 

 スバルも思わず距離をとり、ティアナはコタロウの言葉を思い出し、魔力を制御すると、応じて強さも治まった。

 

 

(え、え~~)

 

「ネコさん、これ、雨?」

「はい。各季節の空、春蒼天(はるのそうてん)夏昊天(なつのこうてん)秋旻天(あきのびんてん)冬上天(ふゆのじょうてん)から選択のもと、天気の生成が可能です。ランスター二等陸士、被ると言っていましたが、こちらで宜しいですか?」

「……はい。びっくりしましたけど、これぐらいで丁度いいです」

 

 

 上を向いて傘を除くと、口の中に雨が入り、喉を潤す。そして身体から熱が程良く奪われて、体力が僅かに戻っていく。

 

 

()ませる時は『傘、止め』と命令してください」

 

 

 そのまましばらく傘が生成した雨に打たれているティアナをみて、スバルは彼女の服が濡れたことにより透けてしまっていることに気付いた。

 右にいるコタロウはティアナのほうを向いたままだ。

 急いでスバルはティアナとコタロウの間に割って入り、彼のほうを向くが、

 

 

(目、閉じてる)

 

 

 横から見たときは帽子に隠れて見えなかった彼の目は閉じられていた。

 

 

「もし、服を乾かす場合は、『傘、天気ハ(はれ)(かぜ)ハ下』と命令してください。夏昊天のまま、気圧を変えて風を起こします」

 

 

 雨を降らせた時点で服についても考えていたらしい。ティアナは彼の言ったとおりに命令すると、すぐに服は乾き、ある程度体力が回復したことを実感する。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 彼女は彼に傘を返し、屈伸(くっしん)を始め特訓の続きをするためにクロスミラージュを握りなおした。

 

 

「ティア、もう今日は……」

「ごめん。次の模擬戦までにどうしても成功率を上げなきゃならないから」

 

 

 スバル、お願い。と言われると彼女も断れず、顎を引く。

 2人はコタロウにぺこりと頭を下げて、背を向けたとき、

 

 

「ランスター二等陸士、グランセニック陸曹より伝言が――」

「すみません。今は模擬戦に向けて力を注ぎたいんです。その後でもいいですか?」

「……ふむ。問題ありません」

 

 

 ティアナはヴァイスが自分に対して何を言おうとしているのか大体予想が付いていたので、先ほどのコタロウの対応とは話が別だというように話を終わらせる。

 

 

「行くわよ、スバル!」

「う、うん」

 

 

 彼女たちはまた練習を再開した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「さて、午前中のまとめ。2ON1(ツー・オン・ワン)で模擬戦やるよ」

 

 

 結果的に、ティアナの考えた戦略の成功率はぎりぎり6割まで引き上げることができた。蓄積された疲労を考えてのことなので、昨日早めに休んだこともあり、成功率は幾分かそれよりも増すだろうというのが2人の考えである。

 

 

「まずはスターズからやろうか」

『はい!』

 

 

 なのはな空中でティアナとスバルに防護服(バリアジャケット)の準備をするよう指示を出す。

 

 

「エリオとキャロはアタシと見学だ」

『はい!』

 

 

 一緒に訓練をしていたヴィータが2人に下がるように言うと、3人はコタロウがデータを収集しているビルに上り、空を見上げる。

 

 

「――あ、もう模擬戦始まっちゃってる?」

「フェイトさん」

 

 

 遅れてフェイトも駆けつけてきた。

 

 

「私も手伝おうと思ってたんだけど……」

「今はスターズの番」

「本当はスターズの模擬戦も私が引き受けようと思ったんだけどね」

 

 

 ああ。とヴィータは頷く。2人は新人たちの教導をとるときに同時にお互いもよく見ていた。その中でもなのはの訓練密度が自分たちに比べて特別濃い。自分たちでできることならば交代して、気休め程度にも休ませてあげたかった。

 

 

「なのは、部屋に戻ってからも、ずっとモニターに向かいっぱなしなんだよ」

 

 

 彼女はコタロウが編集したデータを使用することなく、自分で練習を確認して訓練メニューの作成や新人たちの陣形のチェックをしていた。もちろん、彼が編集したデータも確認するが、参考程度にである。なのはは自分でできることならば必要なのは時間だけと考え、()しむことなく(つい)やした。

 

 

「なのはさん、訓練中もいつも僕たちのこと見ててくれるんですよね」

「本当に、ずっと……」

 

 

 それはヴィータ、フェイトに関わらず、エリオやキャロにも見て分かるほどである。

 

 

「お、クロスシフトだな」

 

 

 眼下にティアナ特有の魔力色が入ることで会話をやめ、模擬戦に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

「クロスファイヤー、シュート!」

 

 

 ティアナの周りに生成された複数の魔力弾が命令とともに上空にいるなのはに向かっていく。

 

 

「なんか、キレがねェな」

「コントロールはいいみたいだけど」

 

 

 向かう先の相手の視界を誤魔化すように、各魔力弾は揺れ動くもののスピードは無く、

 

 

「それにしたって……」

 

 

 弾丸は()けようとする彼女を抜くことはなく、彼女を追い立てるように背後を追う。

 

 

(誘導して私をどこかに誘い込もうとしている?)

 

 

 背後を追う通常なら当てることを目的とした弾丸を見ながら、相手の戦略を読もうとしたところで、前方から風を切る音がした。

 なのはは警戒して自分の周りに魔力弾を生成する。

 

 

(――フェイクじゃ、ない)

 

 

 ここでなのははこの戦略が自分が教えたものではないと判断した。

 一直線で射撃を得意とする相手に真正面から飛び込んでくる戦略は教えたことがない。

 正面から特攻にも近い速度で空中路(ウィングロード)を走ってくるスバルに向かって弾を放つ。

 

 

「うおおォ!」

 

 

 彼女は左手にバリアを展開して前方に(かざ)しなのはの(はな)った弾から身を守る。

 

 

「――くっ!」

 

 

 だが、速度は(ゆる)めることなく、スバルはなのはに突っ込んでいった。

 スバルは右手のリボルバーナックルを突き出し、なのははそれをレイジングハートで受け止めシールドを展開する。

 

 

(いや、まさか)

 

 

 なのはは1つの答えを導き出したが、その考えに至るような教え方はティアナにもスバルにもしていないと(かぶり)を振って、スバルを吹き飛ばした。

 

 

「ほらスバル、ダメだよそんな危ない軌道」

「っとと、すいません! でも、ちゃんと防ぎますから!」

 

 

 態勢を立て直してからなのははティアナを探そうと周りを見ると、離れたビルの屋上から自分に狙いを定めているのが確認できた。

 魔力を溜めこみ出力を上げている。

 

 

 

 

 

 

「砲撃? ティアナが!?」

 離れたところで見ているフェイトはティアナがいつもと違う行動をとっていることに驚くが、

 

 

 

 

 

 

(な、なんで?)

 

 

 なのはは2人の考えている戦略が自分の考えていることと同じであると確信し、表情を変えないまでも、動揺をしてしまう。

 

 

(あれは、フェイク)

 

 

 見ているフェイトたちと違い、これから起こす2人の、特にティアナの行動が手にとるように分かった。

 

 

 

 

 

 

[特訓の成果。クロスシフトC、行くわよスバル!]

「おォ!」

 

 

 ティアナの念話に咆哮(ほうこう)で応え、スバルはリボルバーナックルから弾式魔力(カートリッジ)装填(ロード)する。

 彼女が装着しているマッハキャリバーは勢いよく回転し、敷かれた空中路を駆け抜け、なのはとの距離を詰める。

 その威力を相殺するかのようになのはは魔力弾を放つが、スバルはそれをすり抜けて思い切り彼女に右拳を突き込んだ。

 

 

「ぐぐ、ぐゥ!」

 

 

 なのはは先ほどと同様、シールドで防ぐ。

 

 

[ティアァァ!]

 

 

 念話で彼女は合図した。

 

 

 

 

 

 

 ビル上のティアナの投影(シルエット)が消えたところで、

 

 

「あっちのティアさんは幻影!?」

 

 

 キャロが叫ぶとエリオが周囲を見回す。

 見つけたティアナは空中路を走り抜けていた。

 

 

 

 

 

 

(バリアを切り裂いて、フィールドを突きぬける!)

 

 

 駆け上がりながら、ティアナは装填(ロード)して今は一丁拳銃のクロスミラージュからナイフを魔力で生成する。

 

 

(――一撃必殺!)

 

 

 なのはよりも上空でティアナは振り返りながら相手を見定め、重力の力と脚力を加算させて攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 なのはは背後から来る気配を感じながら、疑問が治まらないでいた。

 

 

(どうして、こんな中長距離から近距離に戦いを移す危険な戦略を? 私はこの考えに至らないように、教えてきたのに――)

 

 

 隠れて練習をしていたのは知っていたが、こんな戦略を立てたことに内心激しく動揺する。

 

 

(ホテル・アグスタで注意したときだって、『分かった』って思っていたのに)

 

「レイジングハート、状態解放(モードリリース)

 

<わかりました>

 

 

 気づけば彼女は愛機を解放していた。

 レイジングハートは珠玉に戻る。

 

 

(……思っていた?)

 

 

 背後から聞こえるティアナの気迫を込めた声は聞こえず、

 

 

 

――『あぁ、何せ感性が感情と表情をうまく結び付けてくれないからなぁ』

――『でも、近道をしなければ彼を知ることはできるわ』

 

 

 

 両親の言葉が頭の中に鈴のような音を奏でて響き渡った。

 

 

嗚呼(ああ)、そっか。私、ティアナたちの感情を思った気持ちでいたんだ。相手の声を聞かず、私の思いを隠し、表情や雰囲気だけから相手を理解したと勘違いしてたんだ)

 

 

 自分の両親が言ったことが今理解できた。

 

 

(ちゃんと聞くように……ううん、もっときちんと声を聞く努力をして、少しでもお互いが理解できるように思いを張り巡らせればよかった。確かに、見るだけ、感じるだけで、近道、横着(おうちゃく)してた)

 

 

 スバルの拳を、ティアナのクロスミラージュを素手で受け止めても痛みなんて感じなかった。

 

 

 

 

 

 

「頑張っているのは分かるけど、模擬戦は喧嘩(けんか)じゃないんだよ」

 

(……違う、私が言いたいのはこんな言葉じゃない)

 

 

 自分の言っていることと考えていることが一致しないという事はよくあり、なのははその状態に(おちい)っていた。

 

 

「練習の時だけ言う事しているふりで、本番ではこんな危険な無茶するんなら……練習の意味、ないじゃない」

 

(お願い私、こんな頭ごなしじゃなく――)

 

 

 傾いた感情を戻すことは容易ではない。

 

 

「ちゃんとさ、練習通りやろうよ」

 

(ちゃんと、落ち着いて……)

 

 

 分かっていても止められない。

 

 

「あ、あの――」

「ねぇ、私の言ってること、私の訓練、そんなに間違ってる?」

 

(押し付けるんじゃなく――)

 

 

 まるで自分の体が何かに操られているように、口が動いてしまう。

 

 

 

 

 

 

<解除します>

 

 

 クロスミラージュのナイフが消え、ティアナはなのはから距離をとる。

 

 

(なのはさんの言っていることが間違っているなんて思わない)

 

「私は、もう、誰も傷つけたくないから!」

 

(そう、私は誰も傷つけたくない)

 

 

 (おお)って隠してきた彼女の感情が、なのはのなにか諦めたような表情を見ることによって爆発した。今まで溜めこんできた疲労が身体もろとも制御できなくなってしまったのだ。

 もう一度彼女は魔力の装填を行なう。

 

 

「無くしたくないから!」

 

(あんなミスするようじゃ、今度は私が大事な人を――)

 

 

 脳裏に兄ティーダが生きているときにみせた最期の笑顔を思い出す。

 

 

(無くしてしまう!)

 

 

 発した言葉と思いが一致する。

 

 

「だから、だから私は、強くなりたいんです!」

 

 

 

 

 

 

「少し、頭冷やそうか」

 

(お願い、やめて)

 

 

 なのはが願っても、自分の行動は止まらず、指先に魔力を込めてティアナに向ける。

 

 

「クロスファイヤー――」

「うわァァ、ファントムブレイ――」

 

(私はただ、強くなりたくて……)

 

 

 ティアナは感情のままに魔力を解放、弾を生成した。

 しかし、なのはのほうは感情的ではなく落ち着いており、複数弾生成にも関わらず構築が早い。

 

 

「シュート」

 

 

 ティアナが引き金を引くよりも早く、なのはは弾を放った。

 そして逃すことなく全弾命中する。

 

 

「ティ――バインド!?」

「じっとして、よく見てなさい」

 

 

 自分の行動を阻もうとするスバルにバインドをかけ、身動きをとらせない。

 

 

(こうしたかったんじゃない、こう教えようとしたんじゃない)

 

 

 いくら制止させようとしても、態度が感情と結びつかない。

 自分の指先に魔力が収束していく。

 

 

「なのはさん!」

 

 

 なのははスバルの声が耳に入ってきても自制することはできなかった。

 ティアナは生成した魔力を先ほどのなのはの一撃によって相殺され、ふらふらとなんとかバランスを保ち、立っている。

 ぼんやりとなのはを見つめながら。

 

 

『(違う(そうだ)、私はただ……)』

 

 

 なのははドンという音とともに収束砲を放った。

 ティアナは避けようと思っても身体は動かず、向かってくる砲撃の光が視界を占めていく。

 

 

『(私はただ……貴女(あなた)にそれを知ってほしいだけ)』

 

 

 互いの思いは一致したが届くことはなく、なのはの放った砲撃だけがティアナに届き、彼女が立っていた空中路から重力に逆らわずに落下した。

 スバルが立っている近くの空中路に倒れ込む瞬間だけ、痛みが無いようにティアナはふわりと倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

「ティアァァ!」

 

 

 スバルの叫び声はなのは、ティアナには聞こえず、見ているフェイトたちにのみ響き渡った。

 倒れたティアナに近づいてもバインドがかけられているため、手を差し伸べることもできずに見下ろすことしか彼女にはできない。

 

 

「模擬戦はここまで。今日は2人とも撃墜され終了。コタロウさん、いつも通り後でデータをください」

 

 

 淡々と述べるなのはの声には抑揚(よくよう)がなく、

 

 

「…………」

 

 

 涙を流しながら無言で睨みつけるスバルの視線と目を合わせた後、ふとなのはは天を仰ぐ。

 春を過ぎて夏が近いせいか日は高かった。

 

 

 

 

 

 

 人の思いや考えは例え感情、雰囲気を感じ取っても、(つか)めるものではない。

 もちろん、声を聞いたからといって理解できるというものでもない。

 それは(そら)のように大きく、広いのだ。

 (ただ)、ほんの少しの切欠(きっかけ)でお互い歩み寄ることができ、近づくこともできる。

 思いや考えを知ろうとすることは難しくもあり、簡単でもある。

 

 

想念(そうねん)(そら)の如し”

 

 

 

 

 

 



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第24話 『首肯、凪の如し』

 

 

 

 

 スバル・ナカジマが彼女、高町なのはに出会ったのは11歳の頃である。

 その彼女に出会う前、スバルは自分よりも前には必ず姉を立たせる人で、何をするにも姉を前に置き、また姉の後ろを必ず付いていくという、いわゆるお姉ちゃん子であった。

 だが、なのはと引き合わせた事柄はそれからの彼女を大きく変えた。

 ミッド臨海空港の大規模火災事故だ。少なくともスバルが助けを求めた声の届く範囲には人はおらず、周りには瓦礫(がれき)と大火、そして巻きあげる粉塵(ふんじん)が彼女の傍に寄り添っていた。

 

 

「……痛いよぉ、熱いよぉ」

 

 

 何度か爆風に巻き込まれ、じわじわと体力と精神力を削り取られていたスバルは(ひざまず)き、ぽろぽろと涙を流す。

 

 

 

 

――(小さい頃の私は怖いことから逃げ、ただ(うずくま)ることしかできなかった)

 

 

 

 彼女は下を向いていたため、背後に空港の象徴(シンボル)である彫像があることに気付かず、思い切り泣くという力も尽きてで嗚咽する。

 

 

 

 

――(だから、自分が変わろうと思った出来事はよく覚えている)

 

 

 

 

 突然背後が暗くなったので振り向くと、自分が普段見ている家の天井よりも高い彫像が倒れ掛かってきた。

 

 

「――ッ!」

 

 

 スバルは(すく)みあがり、眼を閉じることしかできなかったが、一呼吸おいても自分には何も降りかかっては()ず、

 

 

「よかった、間にあった」

 

 

 眼を開いてみると、彫像は撫子(なでしこ)色の魔力光を放つバインドで固定され、スバルに影が降りかかっただけであった。

 彼女は声のするほうに視線を移し、その声の主を見た。

 

 

「よく頑張ったね。もう、大丈夫だからね」

 

 

 空中から急いでスバルに近づき、安否を確認した女性が『エース・オブ・エース』の異名を持つ、高町なのはという人であることを知ったのはしばらくしてからである。

 

 

 

 

――(その時のなのはさんは凛々しくて……)

 

 

 

 

「安全な場所まで、一直線だから」

 

 

 女性は彼女の安全を確保すると、天井を見上げ、左手に持つ愛機に指示を出す。

 スバルは自分を不安にさせない彼女の言葉、愛機が従い変形するさま、内包し練り上げられる魔力、そして見えない空へと愛機を構える物怖(ものお)じしない悠然な姿勢に目を奪われた。

 

 

 

 

――(格好良くて、優しくて……)

 

 

 

 

 その後、女性のまるで天井ごと空まで打ち抜くような収束砲撃は、そのひと本人の強さであるかのような力強さであったことをスバルは忘れない。

 彼女に優しく抱き上げられながら打ち抜いた穴を通り抜けてその場を脱し、彼女の背中にまわされた腕の温もり、肌で感じる空の冷たい空気、腕の合間から見える夜空の星々全てがスバルの緊張を解き、安心を促す。

 

 

 

 

――(弱い自分がとても情けなく見えた)

 

 

 

 

 救助隊に救急車で運ばれた時は、再び救助に戻るため飛び立つ彼女の背中を見て、悔しくて泣いた。

 

 

 

 

――(強くなろうと思ったのはその時からだ)

 

 

 

 

 

 

 スバルは医務室から出た後、近くの休憩室に座り込んだ。おそらく、エリオとキャロの模擬戦はもう終わっているだろう、今は昼食の時間であるが、空腹感はない。(かつ)いだティアナは気絶よりもむしろ、死んだように眠っている状態で、あまりにも静かな呼吸だったのでスバルは心配で仕方がなかったが、シャマルが言うに「今までの疲れがでた」といったもので大事ではないらしい。

 それでも彼女はティアナの事が心配だったが、

 

 

(なのはさんは、なんで、あんな……)

 

 

 なのはの感情を切り捨てた抑揚のない表情を思い出すと、何も読み取ることができないことに苛立ちを覚え、一瞬、手に持った一度も口をつけていないコップを握りつぶしそうになる。

 背中を壁に寄り掛かせながら、ごちんと後頭部を壁にぶつけた。

 

 

(……そんなにいけないことだったのかな)

 

 

 ティアナと自分の努力と頑張りがあまりにも呆気なく終わり、問いただしてみても、明解なものは何も浮かびあがってはこなかった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第24話 『首肯、凪の如し』

 

 

 

 

 

 

 なのははフェイトがエリオとキャロの2人と模擬戦するのをヴィータと2人で見学していた。

 フェイトは元々、なのはやヴィータのように教導を専門としていない。だが、それにも関わらずエリオとキャロに的確な教導を行なえるのは、彼女が2人の特性をよく理解していることと、そもそも教えることに苦を感じない性格を持ち合わせているためだ。彼女が元々面倒見が良いことも付け加えることができる。

 

 

『…………』

 

 

 そして、その間ヴィータはなのはが自分のすぐ隣にいても口を開かなかった。ただ、フェイトと交替するために着地した時は、フェイトと合わせてなにか口を開こうとしたが、それも結局何もなかった。

 なのはのほうも同様で、口を開くことはなくじっと3人の模擬戦を見守っていた。

 

 

「……それじゃ、午前中はここまで」

 

 

 ほどなくして3人の模擬戦も終了し、フェイトはエリオとキャロに今回の改善点と次回への課題を説明すると、お昼にして構わないと言い渡す。

 

 

「高町一等空尉、4人の模擬戦のデータ、および編集データをレイジングハートさんに転送しておきました」

 

 

 一番初めになのはに口を開いたのはコタロウだった。

 

 

<確かに頂きました>

 

「ありがとうございます」

 

 

 彼はなのはのすぐ近くに着地して、報告をするとぺこりと頭を下げ、敬礼をする。彼だけがいつもと変わらない挙動だ。なのはの次の指示を待つ。

 

 

「コタロウさん、あとフェイトちゃんもヴィータちゃんも先にお昼に行っていいよ」

「わかりました」

「……ん、ああ」

「……なのは」

 

 

 再度コタロウは頭を下げると建物から飛び、傘を差してふよふよと降りていった。

 

 

「なのは――」

「ごめん。フェイトちゃん」

 

 

 たまらずフェイトが右手を差し伸べようとするが、なのはに背中を向けられてしまう。

 

 

「……行こうぜ、フェイト」

「だって、ヴィータ」

 

 

 ヴィータとなのなの間にいるフェイトは2人を何度か交互に視線を移すと、出した右手を軽く握りしめ、胸元に添えて大きく深呼吸をする。

 

 

「うん……」

 

 

 頷いた後は、なのはと相対(あいたい)するように背を向けて歩き出すヴィータを追って、もう一度ドアを閉める前になのはの背中を一瞥して、静かにドアを閉めてそこを後にした。

 なのはは2人の足音が段々と遠ざかるのを聞きながら、モニタを開いて先ほどのスバルとティアナとの模擬戦の内容を確認する。いつもなら、自分の視点ではない個所からのデータでも自分の視点から見ることができたし、第三者としてみることもできた。

 しかし、今日の模擬戦は第三者、つまりスバルとティアナと戦っている相手が自分ではない誰かと戦っているようにしか見えなかった。見えたのは開始すぐの自分の射撃くらいである。

 

 

「ひどいなぁ、これ」

 

 

 息をつくと、また少し冷静になれた。

 

 

(……どっちがひどいんだろ)

 

 

 モニタから視線を外すと、ヴィータとフェイトが建物からでて、隊舎へ向かって歩いているのが目に入る。フェイトが視線をこちらに向けたが、目を合わせようとはせず、またモニタへ目を移す。

 そのまましばらく繰り返し模擬戦を見たが、うまくまとめあげることはできそうにないと判断すると、モニタと閉じる。

 

 

「…………」

 

<マスター、少しお休みなられては?>

 

「ありがとう。大丈夫だよ」

 

 

 レイジングハートが光るのにあわせて笑って返すが、声のトーンは変わらず抑揚がなく、いつもと様子が違うことくらいしかレイジングハートは分からなかった。

 

 

(……どうしよう。心の整理が全然つかないよ)

 

 

 おそらく内面とは違って、表情は仮面を付けたように普通だろう。それは先ほど見ていた模擬戦の内容からでもうかがえた。

 彼女は完全に傾いた心、または感情を元に戻すことができずにいた。いつもなら不安になっても、持ち前の前向きさで自身を取り戻すことができたのだが、自分の慢心から生まれた自己嫌悪には慣れておらず、解決するのに必要なのが時間なのか、それとも他の何か(・・)なのか分からないのだ。

 気づけば膝を抱えて少女のように座り込んでいる。

 

 

(こういうとき、どうすればいいのかなぁ)

 

 

 相談したいわけではないし、誰かに解決方法を聞きたいわけもない。霞のようなもやもやした感情が出口の無い部屋に閉じ込められて、不思議と気流を生み出してぐるぐると渦を巻いている。

 午後にはまた訓練がある。それまでには何とか自分を取り戻したい。

 

 

<マスター、通信です>

 

 

 そんなことを思っているときに、不意に通信が入る。

 

 

「ん、誰だろ……って、ユーノくん!?」

「やぁ、なのは」

 

 

 相手が意外だったので、一瞬ユーノの名前を口に出しても理解するまでに時間がかかった。ぱっと立ちあがる。

 

 

「ど、どうしたの!?」

「あー、うん」

 

 

 画面先のユーノは何か気まずそうに頬を掻いている。

 

 

「ええっと、本当なら多分、仕事のことだろうし、僕がいうのはどうかなぁと思ったんだけど……」

 

 

 そこから先、今度は口ごもり顎を引くが、意を決したように、

 

 

「なのは、何かあった?」

「……え」

 

 

 思い切り相手は彼女に踏み込んできた。

 

 

「それ、って……もしかして、フェイトちゃんやヴィータちゃんたちが何か?」

「へ? いや、違うけど……」

 

 

 いくらなんでもあの2人が今の自分をはやてやユーノに話すとも思えなかったが、あまりにもタイミングが良すぎる。だが、彼は何のことだろう? と首を傾げるところを見るとどうも違うらしい。

 

 

「そ、そう。うん、何もないよ。大丈夫」

「そう?」

「え、と。なんでそう思ったの?」

 

 

 では、何故そう思ったのかが気になり、なのははなるべく表情を装いながら、相手を遮って理由を聞いた。

 

 

「うん。この前、さ、ホテル・アグスタで会ったじゃない?」

 

 

 確かにこの前、その場所でオークションが終わった後、事後調査の合間を割いて短い間であるが久しぶりに会い、話をした。自分のこと、ユーノのことなど簡単にだ。

 彼女は頷く。

 

 

「それで、その時思ったというか、久しぶりだったからかな? なんか、息をついていないっていうか、頑張りすぎっていうか……うん。ごめん」

「どうしたの?」

「えと、気分を悪くしたらアレなんだけど。なのはが、さ、肩と胸を張りすぎているように見えた」

「……過信してるって、こと?」

 

 

 彼は頷いて、その後もう一度「ごめん!」と頭を下げた。

 

 

(……ユーノ君は、気づいてたんだ。自分では気づかないところに)

 

 

 それは久しぶりに会った時の違和感からくる偶然の要素を多く含んだものかもしれない。けれど、例えそれが発端だとしても、今の彼女には自分の納得を後押しする何物でもなかった。

 

 

「それで、それが実は勘違いだったらどうしようと思って、何日か考えたんだけど……本当にごめん」

 

 

 ユーノは考えても答えが出ることはなく、連絡をすれば答えはすぐにわかると分かってはいたものの、聞くべきかどうか数日悩み、自分の精神的安定も込めて聞くことにしたのだと吐露する。

 

 

(……心配しているのが伝わってくるよ。でも……)

 

 

 ゆっくりとなのはは目を閉じて、口を結んだ。その後、眉を寄せて顎を引き、思い切り肺に溜めこんだ息を吐きだす。

 

 

「私のことを心配して?」

 

 

 きちんと相手の思いを正直に聞いてみた。少しでも彼の今の心を知りたかったのだ。

 

 

「あ、いや……うん」

 

 

 モニタの向こう側の彼は否定するしぐさを僅かに見せたが、すぐに落ち着き、目を閉じているなのはのほうを向いて頷いた。

 

 

「……ありがとう」

「なのは?」

 

 

 彼女は薄く眼を開いてもユーノのほうを向くことはなく、地面に目を落としたまま頷く。

 

 

「うん。その通りだよ。私、大丈夫じゃない。私ね――」

「あ、ちょっとまって」

 

 

 今の感情を素直に伝えようとするなのはに、ユーノは両手を前に出してそれを止める。

 

 

「ユーノ、君?」

 

 

 彼は通信機能のうち映像通信だけを切断し、音声だけにする。

 

 

「これで大丈夫」

「え、と……」

「僕は頷くことしかできないから」

「……ふぇ?」

「なのはが泣いても、僕は近くにいないから何もできないんだよ」

 

 

 気づかぬうちに、顔をあげた彼女の目じりには涙が溜まり始めていた。ユーノはモニタを閉じる前にすでにその状態であったとは言わなかった。

 

 

「君の心を軽くすることしかできない」

「…………」

「頑張れとは言わないよ。なのはは強いから。だから、僕はなのはの声に頷くだけにするよ」

 

 

 ユーノが声柔らかに「どうぞ」となのはの心にドアを取りつけて、ドアノブを引くと、そろりそろりと霞が外に出てきた。

 

 

「う、あう。私ね、ひどいことしちゃった。えと、ね……」

「……うん……うん」

 

 

 それから涙声のなのはの言葉に、(なぐさ)める言葉もかけなければ、同情する言葉もかけず、ユーノはただ頷くことに徹した。

 彼女は自分の想い、後悔を心から出すたびに、渦巻く気流が凪がれていくのを実感する。

 

 

 

 

 

 

「……もう、大丈夫、だよ。ユーノ君」

 

 

 自然に流れる涙に抵抗しなかったせいか何度かしゃっくりをしたものの、泣きはらすという事はなく、最後に軽く(ぬぐ)い、相手に伝えると、モニタが開き向こう側には表情を窺うようにみて安心するユーノが映る。

 

 

「よかった、いつものなのはだ」

 

 

 いつもの自分とはどんなのだろうと不思議に思うが、彼から見ても自分がいつもの自分であることが分かると、目を細めてにこりとする。

 向こうも合わせて微笑んだ。

 

 

「ありがとう、ユーノ君」

「ううん。気にしないで、だって僕はなのはの友達(・・)なんだから」

「……バカ」

「え、と。なのは?」

 

 

 ユーノは画面の向こうの彼女が聞き間違いかと思えるような反応を返したので首を傾げる。心なしか口をヘの字にしているように見えた。

 言ったなのはも驚いて、すぐに頭を振る。

 

 

「う、ううん! なんでもない、なんでもない! も、もう大丈夫だから!」

 

(えーと、あれ? なんだろ、モヤっとした)

 

「本当に、今度の今度は大丈夫! ほら、時間もアレだし」

「う、うん。分かったよ。でも、無理はしないで」

 

 

 通信を切る前に、もう一度心配されたが、手でグーをつくって「大丈夫!」と返し、手のひらを振ってユーノと別れた。

 

 

(多分、まだ完全じゃない。でも大丈夫。今度はきちんと言おう!)

 

 

 なのはは正面から風を受けながら大きく深呼吸をして、余った昼食時間のつぶす方法を考えることにした。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 とすんと座る音と人の気配を感じてそちらを向くと、ある意味今日の模擬戦で一番近くで見ていた男性が自分より少し離れたところに座っていた。

 おそらく昼食後の休憩場所を個々に選んだのだろう、彼は常で休憩をとることはなく、毎回場所を移動していた。

 

 

『…………』

 

 

 その前に、何人かスバルのいる休憩室に入りはしたが、彼女の放つ拒絶する空気に()されすぐに出ていってしまった。それはエリオとキャロも例外ではない。

 コタロウは間もなく、飲み物を空にして休憩室を出ていこうとしたとき、

 

 

「ネコさ、いえ、コタロウさんも、見てましたよね?」

「何をですか?」

 

 

 スバルの突然の質問にも特に動揺することはなく、空になったコップを捨てるのを止め、彼女を見る。

 

 

「今日の模擬戦と、普段のティアと私の個人練習を、です」

「はい」

 

 

 彼女は顔を下に向けて、コタロウを見ることなく、まだ一口も付けていない飲み物に視線を移す。

 

 

「朝とか、夜、頑張ってましたよね?」

「休むことなく練習に励んでいたと、グランセニック陸曹から聞いています。短い間ですが、ここ数日と比べるのであれば頑張っていたと思います」

「……間違っていたんですかね、それ」

「それを決めるのは私ではありません」

 

 

 考える様子もなくコタロウは即座に答えた。

 

 

「なのは、さん、ですか?」

「付け加えるならば、ランスター二等陸士、ナカジマ二等陸士を教導している皆さんとその本人です」

「まぁ、あそこでヴィータ副隊長もフェイトさんも止めなかったってことは私たちが悪いんですよね……でも! でもですよ?」

 

 

 ゆっくりとスバルは顔を上げた。

 

 

「もう、動けないって見ても分かるのに、あそこで気絶させる必要があったんですか!?」

 

 

 コタロウがそれほど遠くにいないのにもかかわらず、声が大きくなる。彼はスバルの声量に驚くことなく真っすぐ彼女を見て、表情からまだ彼女の言葉が続きそうだと、即座の回答を控えた。

 

 

「あんなにティアは頑張っていたのに、ここに来る前だって、一生懸命で、訓練校でだって、ずっと、ずっと頑張ってたんです! それをまるで、まるで、認めない人への見せしめみたいにしなくてもいいと思います!」

 

 

 立ちあがって訴えかけるスバルに、コタロウは顎を引く。

 

 

(感嘆、あるいは肯定調。でも、何か僕に意見を求めようとしている? 高町一等空尉を機械的見地で話したほうが良いのだろうか? だったら、その前に……)

 

 

 若い人間ばかりだからだろうか、六課にいる人間のほとんどは表情がとても豊かで、少しずつではあるが、コタロウに判断力が付き始めていた。

 彼は顔をスバルに向きなおす。

 

 

「高町一等空尉は頑張っていないのでしょうか?」

「…………」

 

 

 彼女は彼の脇を通りコップをゴミ箱に叩きつけ、そのまま隣にある自販機を思い切り殴りつけた。

 

 

「どうしてそういうこと言うんですか? そりゃあ、なのはさんだって頑張って、い、ると思います。いつも私たちのこと見てくれますし……でも、ティアのほうが、ティアのほうが頑張っていると思います!」

 

 

 拳が自販機に手首までめり込み、じわりと中の水分が流れ出た。

 引き抜くと手には一切怪我はなく、自販機から黒や茶色の液体が流れ出し床を汚す。吹き出る事はなく、2人とも服にかかるという事はなかった。

 

 

「失礼します」

 

 

 それだけ言ってスバルは休憩室を後にした。

 コタロウは自分の手に持つコップをゴミ箱に入れてから、

 

 

「……なるほど」

 

 

 こくりと頷いた後、つなぎのファスナーをジジと開け、内側に備え付けてあるまるで網目のように張り巡らせている大小様々な工具の中から適した工具を取り出して口にくわえ、傘を片手に自販機の修理に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

(なんだろ、ちょっとスッキリした)

 

 

 スバルはそれが自販機を殴りつけたからなのか、あるいは自分の想いを誰でもよい誰かにぶつけたからなのかは分からなかった。

 

 

 

 時々、自分の沈みきった、或いは高まりきった感情を元に戻すことが困難を極めるときがある。

 その時、相手を気遣うことなく思いの(たけ)をぶつけることで、元に戻ってしまう事が(まれ)にある。そして、その相手が感情を持つものであれば、当然寛恕(かんじょ)、または沈着が要求される。

 自分はただ、吐露するだけでよい。

 相手は首肯し、感情を凪いでくれる。

 

 

首肯(しゅこう)(なぎ)の如し”

 

 

 

 

 

 

 



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第25話 『綺羅、星の如し』

 

 

 

 

 

 ティアナは目を覚ました時、目を閉じる前の最後の景色をすぐに思い出すことができず、自分がどこにいるのかすぐに把握することができなかった。

 

 

「あらティアナ、起きた?」

「……シャマル先生」

 

 

 彼女が入ってきたことがヒントになり、自分が眠る前――正しくは気絶する前――の状況を思い出そうとする。

 シャマルは彼女の近くに座り、当時の状況を語る。

 

 

「ここは医務室ね。昼間の模擬戦で撃墜されちゃったのは覚えてる?」

「……あ」

 

 

 ティアナはスバルと組んでなのはと模擬戦し、相手に撃墜されたことを思い出した。

 

「はい」

「なのはちゃんの訓練用魔法弾は優秀だから、身体にダメージはないと思うんだけど……どこか、痛いところある?」

 

 

 立ちあがってティアナの衣服を持ってきたシャマルは、確認として彼女に身体の状況を聞くと、彼女は首を横に振る。

 そして、ふと視界に入った時計が視界に入り、彼女は驚き、

 

 

「――っ! 9時過ぎ!?」

 

 

 窓の外に目をやると、外は真っ暗だった。

 

 

「すごく熟睡してたわよ? 死んでるんじゃないか? って思うくらい」

 

 

 シャマルは目を細めて、

 

 

「最近、ほとんど寝てなかったでしょう? 溜まってた疲れが、まとめてきたのよ」

「…………」

 

 

 彼女の最近の身体のことを考えない特訓を示唆する。

 その後シャマルが、まだ横になっていても構わないという誘いを丁寧に断り、ティアナは医務室を出た。

 部屋に戻る途中、隊舎と寮の間にスバルと出会い、2人で一度なのはのいるオフィスへ謝りに行ったが、そこにはフェイトしかおらず、

 

 

「なのははまだ訓練場だよ。今夜は遅いから、明日朝にでも、もう一度話したら?」

 

 

 と諭されて、寮へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 なのはは、午後スバルと顔を合わせたが、お互い会話をすることはなく、練習のメニューを伝えたくらいで彼女の教導はヴィータが行なった。

 夜練習も同様に、話す会話は業務的なものばかりで、終了後スバルはいそいそと寮へ戻ってしまった。その後、隊舎へ早足に向かうのをなのはは目で追うも、追いかけなかったのは、まず、ティアナが起きないことには何も始まらないと考えたためだ。

 現在、なのはは練習場の前で明日の練習メニューを考えている。コタロウは練習場内を歩きまわり、所々で火花を散らしている。練習によって臨界を超えて傷つけてしまった場内を修理しているのだ。

 

 

「……なのは」

「あ、フェイトちゃん」

 

 

 なのははきりの良いところでデータを保存し、

 

 

[コタロウさん、そちらのほうは]

[はい。そろそろ終わります]

 

 

 念話でコタロウに話しかけ、3人で隊舎に戻ることにする。

 

 

「さっき、ティアナが目を覚ましてね。スバルと一緒にオフィスに謝りに来てたよ」

「……そう」

 

 

 フェイトはひとまず明日もう一度来て話すことを提案し、寮へ帰ったことも伝える。

 

 

「ごめんね。私の監督不行届きで……フェイトちゃんやライトニングの2人まで巻きこんじゃって」

 

 

「う、ううん! 私は全然――」

「あと、コタロウさんにも……」

「私は特に迷惑なことはありません」

 

 

 午後以降の練習そのものがぎこち無くなってしまったことをなのはは謝った。

 

 

(でも、よかった。なのは、会話するくらいの余裕ができてるみたい)

 

 

 フェイトはあれほど(ふさ)ぎこむなのはをここ最近見たことがなく、どうしようかと悩んでいたが、午後からは落ち着いたようで安心していた。

 

 

「それで、その時、ティアナとスバル……どんな感じだった?」

「ん、やっぱり、まだちょっとご機嫌ななめだったかな」

 

 

 起きたばかりのティアナとそれに付き添っていたスバルはいくらか落ち着いていたものの、殺気立った怒りはなく、なんとなく納得の表情であったという。

 なのはは少し視線を下げて(うつむ)くも、すぐに顔を上げた。

 

 

「明日の朝、ちゃんと話そうと思う。フォワードのみんなと」

「うん」

 

 

 シャリオに閲覧許可が必要な情報の申請していることを話してから、また彼女は俯いた。

 

 

「……でも、聞いてくれる、かな」

「だ、大丈夫だよ。ねぇ、コタロウさん?」

 

 

 フェイトは少しでも早く立ち直ってほしかったため、焦りながら後ろを1人で歩いているコタロウにも同意を示すよう、横眼を流す。

 

 

「……ふむ」

 

 

 だが、彼はすんなり頷くことはせず、顎に手を置いて俯いた。

 

 

(あれ? いつもなら、すんなり返すのに……)

 

 

 彼のいつもと違う行動によって発生した間に、フェイトは余計に焦ってしまう。

 

 

「疑問に疑問で返すようで申し訳ありません。高町一等空尉、1つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい」

 

 

 彼女たちは立ち止まり、コタロウを見た。

 

 

「高町一等空尉は、フォワードの皆さんに聞いてほしいだけなのですか?」

「……はい。そ――」

 

 

 なのははそのまま頷こうとしたが、思い(とど)まる。

 

 

「なのは?」

「……ち、がいます。私はあのコたちに知ってほしいんです。私が何故、今の教導をしているのかを」

 

 

 聞いてほしいだけではない。理解してほしいのだ。となのはは視線を泳がせることなく、真っすぐコタロウを見る。

 

 

「であれば、私の回答は『わかりません』です。聞くことは簡単ですが、理解してもらわなければならないということは、大変難しいです」

 

 

「……そう、ですよね」

「はい。私は何故か同じ過ちをジャン、いえ、トラガホルン夫妻にしていますので」

 

 

 彼は小さく息をつく。

 

 

「何回も、ですか?」

「はい。何回も、です。ですから、答える前には情報を良く集めるのですが、いつも彼らを困らせてしまいます。おそらく、それが私の個性なのでしょう」

 

 

 それが容易に想像できてしまったのか、なのはは微笑んでいた。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官、申し訳ありません。私は貴女に同意はできませんでした」

「……いえ」

「話すということは、私にとって最も大きな課題の1つなのです。この六課に出向して、うまく成立しないことが多く、改めてそう思いました」

 

 

 そういっても彼の表情は落ち込んでいるような表情は一切感じられず、いつも通りの寝ぼけ眼だ。

 

 

「ありがとうございます。フォワードのみんなには分かってもらえるよう、頑張ろうと思います」

「はい」

 

 

 また少し、なのはは落ち着いたそぶりをみせ、今度は3人並びながら隊舎へ歩き出した。

 

 

「……あのね、フェイトちゃん」

「ん?」

「今日、もし緊急出動があった場合、ティアナを外そうと思うの」

「あ、うん。そのほうが、いいかも」

 

 

 万全が取れていないときの緊急出動がどれほど危険なものかを2人は良く知っていた。不満は出るかもしれないが、当然のことなのだ。不安定な時ほど命を脅かすものはない。

 

 

「本当ならね、私も……にゃはは。みんなに迷惑かかるから出動はするべきじゃないんだけど――」

「大丈夫だよ。無理しないで」

 

 

 実際のところ、フェイトから見てもなのはもまた万全とは言い難い。だが、彼女の立場というものも良く知っていた。

 

 

「でも、私は隊長だから――」

「なのは、午前中、言えなかったけどね」

 

 

 フェイトは彼女のほうを向く。

 

 

「近くにいるんだから、いざというときは頑張らないで、頼ってよ」

「……フェイトちゃん」

 

 

 全部口に出してから、なのはの隣に彼がいることを思い出し、気恥ずかしさを覚えたのは余談として、隊舎に入ってからすぐに警戒態勢の警報が機動六課に鳴り響いた。

 

 

 

 

 きらりと光る、星が良く出ている夜だ。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第25話 『綺羅、星の如し』

 

 

 

 

 

 

「いや~、ちょっとしたことで変わるもんすねぇ」

「操縦しにくいですか?」

「とんでもない! 操縦桿(そうじゅうかん)応答(レスポンス)速度が段違いで、慣れればこれほど扱いやすいものはねェっすよ」

「慣れましたか?」

 

 

 もちろん。とヴァイスは大きく頷く。

 ヴァイスは既にヘリに乗り込んでいる状態であり、コタロウはドアの前に立っている。

 警報の原因は、どうやら航空型のガジェットドローンの出現のようで、以前のとは違い、速度の向上がみられた改良型だという。

 隊長陣であるはやて、なのは、フェイトの見解としては、こちらの戦力を測るものではないかといったもので、できるだけこちらの手をみせないよう、空戦を可能とする、なのは、フェイト、ヴィータが今回出撃することとなった。

 なのははフェイトとヴィータにだけ、自分が本調子ではないことを告げるも、激しい空中戦はしないが、砲撃の出番があるのであれば出撃したいと懇願した。2人はなのはの消極的であるものの積極的である態度に、顔を歪めたが「無理はしないこと」と強く念を押して許可をした。

 

 

「コタロウさんは何か指示は出てるんですかい?」

「いえ。あなたから特に指示がなければ、本日は終了です」

 

 

 もともと、フォワードの夜練習が終了したところで、コタロウへの指令権限はヴァイスに遷移しており、彼からの指示がなければ実質本日の作業は何も残っていなかった。コタロウは名目上はシャリオの下に就いているものの、作業内容はフォワードのデータ収集のほかに、六課のあらゆるメンテナンススタッフのサポートしながら庶務をこなし――彼らもコタロウの分野にとらわれない修理技術の高さを認識している――隊舎内の清掃スタッフの手伝い――主に外の窓ガラス清掃――も行なっている状態でほぼ一般スタッフと変わらないポジションであるため、指示がなければ作業は終了になる。

 

 

「何かありますか?」

「ん~、特に無いっすね」

「それでは、見送ってから寮へ戻ろうと思います」

「お疲れ様です」

 

 

 ヴァイスは愛機であるストームレイダーに合図を送るとゆっくりとヘリを起動し始めた。

 

 

「よし、っと。後はなのはさんたちが乗れば大丈夫」

 

 

 彼は身を乗り出して後方を見ると、コタロウも合わせて視線を移す。

 そこには乗り込もうとしているなのは、フェイト、ヴィータの3人と待機するシグナムと新人たち4人の計8名がいた。

 

 

「今回は空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の3人」

「みんなはロビーで出動待機ね」

「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ」

『はい!』

「……はい」

 

 

 隊長たちの言葉に、ティアナだけが遅れて返事をした。そして、乗り込もうとするところで、なのはは振り向く。

 

 

「ティアナは出動待機からはずすから」

『――!』

 

 

 その言葉にティアナは目を見開き、他の新人たちは息をのみ、なのはの後ろにいるフェイトはティアナから目をそらした。

 

 

「そのほうがいいな……そうしとけ」

「今夜は体調も魔力もベストじゃないだろうし」

 

 

 ティアナには、ヴィータの言葉は気遣いに聞こえても、なのはのはそうは聞こえず、きゅっと奥歯を噛みしめた後、

 

 

「……言う事を聞かない部下(やつ)は、使えないってことですか?」

 

 

 視線を下ろしたままのティアナになのはも口を結ぶ。彼女は真っすぐ姿勢を正してティアナを見る。

 

 

「自分で言ってて分からない? 当たり前のことだよ、それ」

 

 

 今日の模擬戦のことではない。上司と部下の関係についてなのはは述べた。実際、ティアナは教導に対しての反抗はあったが、指示に対しての反抗は過去も今もしたことがない。

 

 

「現場でも命令や指示は聞いています。教導だって、ちゃんとさぼらずやってます」

「…………」

 

 

 なのはは彼女の言葉を冷静に、ひとつひとつ確認するようにじっくりと耳を傾けた。

 

 

「それ以外の場所での努力まで、教えられたとおりじゃないとダメなんですか?」

 

 

 真っすぐな視線に反抗の色が見え始めたところでヴィータがティアナに歩み寄るが、なのはに腕を出だされ制止させられる。ヴィータはなのはを見上げても、彼女はティアナから視線をそらすことなく、相手の言葉を聞いていた。

 

 

「私は――」

 

 

 ティアナは悔しさに代わって(まなじり)に涙をため始め、一歩なのはへ踏み出した。

 

 

「なのはさん達みたいにエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいな稀少技能(レアスキル)も無い!」

 

 

 両手を握りしめて、また一歩踏み出す。

 

 

「少しくらい無茶したって、死ぬ気でやらなきゃ、強くなんて慣れないじゃないですか――っ!」

 

 

 突然、2人の間から腕が見えたかと思うと、ティアナは右肩を掴まれ、視界が揺れる。左頬に鈍い痛みが感じる頃には彼女は地面に伏していた。

 シグナムに殴られたのだ。

 

 

「シグナムさん!」

「心配するな、加減はした」

 

 

 なのははシグナムの背中を見ると、

 

 

[言葉は全部聞けたな]

[……え、はい]

[少々荒っぽいが、これ以上は話の無駄だ。矛先は変えてやったほうが幾分か落ち着きやすいだろう]

 

 

 時間も同時に無駄にする気か。と言わんばかりになのはを横目で視線を送りながら、念話を届かせる。

 

 

「駄々をこねるだけの馬鹿は、なまじ付き合ってやるからつけ上がる」

 

 

 今度はなのはだけでなく、全員に聞こえるように声に出した。

 

 

「痛そうですね」

「んまぁ、シグナム姐さん。自分が悪役になるの嫌いじゃねェすから」

 

 

 一部始終を見ていたコタロウとヴァイスは普通に会話をしていてもエンジンと風の音で後方には聞こえることはなかった。

 

 

「――ヴァイス。もう出られるな」

「ん、乗り込んで頂ければすぐにでも!」

 

 

 シグナムの確認に彼は大きく頷く。

 なのははヘリに乗る前、ティアナに一言口に出そうとするが、今度はヴィータに頑として押さえつけられた。フェイトが念話でエリオとキャロにフォローをお願いするなか、ヘリは飛び立っていった。

 

 

「……目障りだ。いつまでも甘ったれてないで、さっさと部屋に戻れ」

 

 

 上体は起こしているものの、いまだに立ちあがることができないティアナにスバルが寄り添っている。

 

 

「あの、シグナム副隊長、その辺で……」

「スバルさん、とりあえずロビーへ……」

 

 

 エリオとキャロは自分たちがこの場を治めることはできなくても、流れは変えることができると思い、フェイトからのお願いも含め、ひとまず声を出してみた。

 

 

「シグナム副隊長」

 

 

 シグナムはぴくりと眉を動かして、立ち上がって正面を向くスバルの目を射抜く。

 

 

「なんだ」

 

 

 迷いの無い彼女の視線は、はじめは決意のあったスバルの瞳を歪ませる。たまらずシグナムの視線から逃げ、目を泳がせながらもスバルはぽつりぽつりと口を開いた。

 

 

「命令違反は絶対ダメだし、さっきのティアの物言いとか……それを止められなかった私は確かにダメだったと思います……」

 

 

 昼間のような怒りではなく、反省と自己嫌悪の気持ちが声の震えからもスバルは自覚できた。

 

 

「だけど!」

 

 

 訴えること、自分の意見を聞いてもらうことの為には視線は落としたままではいけないと、彼女は顎を上げてシグナムの瞳に自分の瞳を合わせた。

 

 

「自分なりに強くなろうとするのとか、きつい状況でもなんとかしようと頑張るのって、そんなにいけないことなんでしょうか!」

 

 

 自分の言いたいことは間違っていないはずだと言わんばかりに疑問形にはせず、声を大きくする。

 

 

「自分なりの努力とか……そういうことも、やっちゃいけないんでしょうか!」

 

 

 しかし、今日の認めてくれないような出来事を思い出し、段々と声が小さくなっていく。言い終わった後は嗚咽が小さく響いていた。

 

 

「自主練習はいいことだし、強くなるための努力はすごくいいことだよ」

『…………』

 

 

 この場にいないはずの声に気付いて、そちらを向くと、

 

 

「シャーリーさん」

 

 

 彼女がそこにいた。そして、彼女の後ろのほうには階段を下りていくコタロウの背中が見えた。

 

 

「持ち場はどうした?」

「メインオペレートはリイン曹長がいてくれてますから」

 

 

 すみません、一部始終聞いてしまいました。とシャリオは頭を下げた。

 

 

「なんかもう、みんな不器用で……見てられなくて」

 

 

 まだ17歳の彼女には、この場の空気を放置することはできそうになかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 シャリオに「話したいことがある」とロビーへと促された新人たち4人は、シャマルを加え、長椅子に座り込んだ。シャマルの右にはシャリオが画面を操作し、左には腕を組むシグナムがいる。

 

 

「シャーリー、話すといっても機密情報が入っているだろう?」

「あ、はい。申請は今日の午後にはしていて、音声なしで等級(レベル)の低い個所をいくつか選別して許可してもらいました」

 

 

 シグナムとシャマルにはシャリオが何を話そうかとしていることは分かっていて、新人たちだけ、顔や視線を見合わせる。

 シャリオは準備が出来上がると、隣にいる2人に合図を送ってから口を開いた。

 

 

「昔ね、ある女の子がいたの――」

『…………』

 

 

 彼女が話し始めた最初は、その女の子が誰なのか、新人たちには分からなかった。

 シャリオは追わせるように左を向くと大画面にとある学校風景が映し出され、さらに続ける。

 

 

「その子は本当に普通の女の子で、魔法なんて知りもしなかったし、戦いなんてするような子じゃなかった――」

 

 

 画面に映し出された映像には、無音無声のまま他にも家での何気ないやり取り等の日常風景も映りだされ、どこかのドラマの一場面のように流れていく。そして、映像のなかの面影から、新人たちはすぐにその女の子がなのはであると気付いた。

 シャリオの流す映像の中に魔法を使用する場面はなく、話す言葉も一般家庭を説明するように淡々と話している。

 

 

「だけど、ほんの些細なきっかけで――」

 

 

 ひとつキーとタイプすると場面が変わる。そこにはデバイスとの契約、戦闘が映し出された。画面の中の女の子が動揺、戸惑いを感じていることは明らかで、形を判断することができないモノからの強襲に目を(つむ)りながら、(おび)えながらのバリア展開に息をのむ。

 要約(ダイジェスト)として流れる戦闘は、明らかに女の子の想像を超えるもので、激しい竜巻に吸い寄せられるように葉のように巻き込まれていくのが無音無声のせいか、その恐怖が容易に感じ取れた。

 

 

「その女の子は、魔力が大きかったというだけで――」

 

 

 解説するシャリオの言葉を聞かなくても、明らかに状況が異常であることは判断が付く。

 また、画面が変わる。今までは得体のしれない何かであったが、今度はその女の子と同じくらいの金髪の女の子との戦闘だ。

 

 

「これ……」

「フェイトさん?」

 

 

 映し出されたのは幼いころのフェイトであった。

 

 

「フェイトちゃんは当時、家庭環境が複雑でね……」

 

 

 あるロストロギアをめぐってなのはと敵対していることを告げると、フェイトを中心に映像が移り変わる。とある女性――シグナムがフェイトの母親であると付け足す――に縛りあげられ、鞭で全身を打ちつけられる苦悶の表情のフェイトが映し出された。瞳は何かに執着するように鈍い光を放ち、疲労と苦痛に耐える様子が見て取れる。

 ここからはシャマルがシャリオに代わりに口を開き、この事件をきっかけになのはとフェイトが友情を育むことになると言葉を結ぶ。

 だが、映像の中のなのはとフェイトは戦闘を繰り返していた。

 

 

「収束砲!? こんな、大きな!」

 

 

 なのはの放つ砲撃は、画面の大半を占めるように大きく、わずか9歳の放つものではないと、エリオを皮切りに新人たち全員、(すく)みあがる。見た目からもわかる大威力砲撃は、身体の負担を無視したものだった。

 

 

『…………』

「その後もな、さほど月日をおかず、戦いは続いた」

 

 

 シグナムが口を開くと同時に場面は変わる。次はなのはとよく知る人物との戦闘風景だ。

 

 

「私たちが深く関わった、闇の書事件」

「襲撃での撃墜未遂と、敗北」

 

 

 事件そのものは新人たちの耳にも入ってくるくらいの情報はある。それだけ有名な事件であった。なのははヴィータと戦闘し、重みのある一撃でバリアを砕かれ、敗北する映像が新人たちの顔を歪ませる。

 

 

「それに打ち勝つために選んだのは、当時はまだ安全性が危うかった弾式魔力供給機能(カートリッジシステム)の使用」

 

 

 今から10年前、この機能は使用時の反動が大きく、使用者はその反動を許容しなければならないもので、身体のできた大人であれば筋力と技量でカバーできるが、そうでない子どもには負担が大きすぎ、耐えうることが困難な設計の1つであった。

 シグナムはそれでも当時の機能を使用しているなのは、フェイトの覚悟を少し思い出した。

 

 

「誰かを救うため、自分の想いを通すための無茶を、なのはは続けた」

 

 

 映像の中の戦闘は、今まで見てきたものとは違う、大魔力戦の数々が映し出される。今の新人たちには考えられない無茶な戦闘であった。作戦も戦略もその場その場で立てられ、成功率を限界まで下げた危険性伴うものだ。

 

 

「だが、そんなことを繰り返して、負担が生じないはずがなかった」

「……事故が起きたのは入局2年目の冬」

 

 

 シャリオは一度、画面を閉じた。

 

 

「異世界の捜査任務の帰り、ヴィータちゃんや部隊の仲間たちと一緒に出かけた場所。不意に現れた未確認体。いつものなのはちゃんなら、きっと何も問題無く、味方を守って落とせるはずだった相手。だけど……」

 

 

 シャマルはきゅっと一度口を結んでから、小さく首を振る。

 

 

「溜まっていた疲労、続けてきた無茶が、なのはちゃんの動きをほんの少しだけ鈍らせちゃった」

 

 

 ここからは機密情報ではない、シャマルの医者としての情報である。一般的に個人の情報を公開することは禁止されているが、なのははこの映像の公開を医療の発展のため、ひとつの検体サンプルとして許可していた。

 シャマルはその内容を公開する。

 

 

『……ぅ、ぁ』

 

 

 見たこともないなのはの状態に新人たちは声を漏らす。胸部は包帯で巻かれ、口にあてがわれた酸素マスクからは呼吸のたびに白くなり、その割には肺は活動していないかのように微動だにしていなかった。

 

 

「なのはちゃん、無茶して迷惑かけてごめんなさいって、私たちの前では笑っていたけど……」

 

 

 飛べるかどうかもわからず、立って歩くことでさえままならないかもしれない状態であったとシャマルはなのはのリハビリ風景も交えながら口を開く。今度の映像には声も混じり、悲痛の声の中、転んでは立ちあがるなのはのリハビリ映像に目を閉じ、耳も塞ぎたかった。

 スバルたちが目を泳がせたところで、映像を閉じた。

 

 

「無茶をしても、命を賭けても譲れぬ戦いの場は確かにある。だが、お前がミスショットをしたあの場面は自分の仲間の安全や――」

 

 

 ゆっくりとティアナは声のするほうを向き、焦点を合わせる。

 

 

「命を賭けてでも、どうしても撃たねばならない状況だったか?」

 

 

 ホテル・アグスタでの自分の行いを反芻し、

 

 

「訓練中のあの技は、一体誰のための、何のための技だ?」

 

 

 今日の模擬戦で実行した戦略と技を思い出し、一瞬の強張りの後、全身から力が抜けていくのをティアナは感じた。

 

 

「…………」

 

 

 目を閉じ、恥じる。

 

 

「なのはさん、みんなにさ、自分と同じ思いさせたくないんだよ。だから、無茶なんてしなくてもいいように、絶対絶対みんなが元気に帰ってこられるようにって」

 

 

 その先もシャリオは続けたが、聞かなくても、なのはがどのような考えで、これから自分たちをどうしようとしていこうかという思いはひしひしと伝わっていた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、フォワード部隊の解散報告を受けた後、新人たちを残してシグナム達は姿を消す。

 

 

「……ティア」

「ごめん、ちょっと外で風に当たってくる」

 

 

 彼女は(うつ)ろに立ちあがり、ロビーを後にするも、スバルは止めはしなかった。

 

 

『…………』

 

 

 エリオとキャロも何も喋らず、彼女を見送ると、フェイトから帰還したと念話が入る。

 

 

「あの、フェイトさんたち帰ってきたみたいです」

「……そう」

「い、一応解散ということですし、寮へ戻りませんか?」

「……うん、そう、だね」

 

 

 スバルは促されるかたちでロビーを後にし、エリオとキャロと並んで通路を歩く。ティアナに合わないように歩調はとてもゆっくりだ。

 

 

「……なのはさんって本当に一生懸命だよね」

『はい』

 

 

 ティアナも自分も頑張ってはいるが、今回は別の方向であったと悟る。

 

 

「本当に頑ば……」

 

 

 ため息をつきながら笑おうとするが、スバルは何かを思い出してびたりと足を止める。

 

 

「スバルさん?」

「どうしたんですか?」

 

 

 何事かと2人はスバルを覗き込むとティアナと同じように目が虚ろになっていた。

 ふらふらとスバルは壁に額を付け、そのまま一呼吸おいた後、

 

 

 

 

――『高町一等空尉は頑張っていないのでしょうか?』

 

 

 

 

 1人の男性の言葉に、思い切り壁を殴りつけた。

 

 

「ス、スバルさん!?」

「え、あの」

 

 

 砕けはしなかったものの、壁はこぶしの大きさでへこんでいた。

 

 

(……私、馬鹿だ)

 

 

 自分の拳も無傷であった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 シャリオが勝手に自分の過去を話してしまった事について注意した後、なのははティアナを探しに外に出て、シャリオが教えてくれた場所にぽつんと1人で座り込む彼女を見つけた。

 気配に気づき、ティアナがこちらを向いたところで、なのはは微笑む。

 なのはが隣に座り、軽く伸びをしたところでティアナは口を開く。

 

 

「シャーリーさんやシグナム副隊長に、色々聞きました」

「なのはさんの失敗の記録?」

「え、ああ、じゃなくて」

 

 

 手を振って否定し、言葉を濁す。

 

 

「無茶すると、危ないんだよって話だよね」

「……すみませんでした」

 

 

 物陰から、途中でなのはの背後を見つけてついて行った落ち込みながらも見守るスバルと、エリオとキャロ――フリードもいる――にシャリオが追いついた。

 

 

「じゃあ、分かってくれたところで、少し私にも話させて」

「…………」

 

 

 一度目を閉じた後、なのは静かに息を吸う。

 

 

「あのね、ティアナは自分のこと、凡人で射撃と幻術しかできないっていうけど、それ、間違ってるからね」

 

 

 しっかりと感情を交えた声だ。風に乗るようにティアナに届く。

 

 

「ティアナも他のみんなも、今はまだ原石の状態、でこぼこだらけだし、本当の価値も分かりずらいけど」

 

 

 ティアナがなのはのほうを向いたので、彼女も合わせてそちらを向き、

 

 

「だけど、磨いていくうちに、どんどん輝く部分が見えてくる。エリオはスピード。キャロは優しい支援魔法。スバルはクロスレンジの爆発力。3人を指揮するティアナは射撃と幻術で仲間を護って、知恵を勇気でどんな状況でも切りぬける」

 

 

 思い描きながら、軽く腕を振る。

 

 

「そんなチームが理想型で、ゆっくりだけど、そのかたちに近付いていってる。模擬戦でさ、自分で受けてみて気付かなかった?」

 

 

 当ててしまってごめんなさいと思っていることを謝ってから、

 

 

「ティアナの射撃魔法――クロスファイヤー・シュート――って、ちゃんと使えばあんなに避けにくくて、当たると痛いんだよ?」

 

 

 それでもなお、申し訳なさそうにティアナの魔法の良さを説く。なのはは教導しているときのような真面目な表情に戻り、少し叱る。

 

 

「一番魅力的なところを(ないがし)ろにして、慌てて他のことをやろうとするから、だから危なっかしくなっちゃうんだよ」

 

 

 技が磨かれていないうちに、次の技を習得することは、自分の魅力に気付くことも無ければ、その技の完成度も低くなり、結果的に良くないことに繋がる可能性があることを示唆した。

 

 

「――って教えたかったんだけど」

 

 

 そろりとクロスミラージュを手にとり、

 

 

「システムリミッター・テストモードリリース」

 

 

 なのはの命令にチカリと反応する。

 

 

「命令してみて、モード(ツー)って」

「……モード2」

 

 

 ティアナは彼女から愛機を受け取り、構えながら言われたとおりに命令すると、クロスミラージュは自分が自力で制御し出力したものとは違うダガーが出力され、デバイスも合わせて変化する。

 

 

「……これ」

「ティアナの考えたことは間違えじゃないよ? でもね、それはより確実な精密さ、基礎の土台ができてないと、危険しか伴わないんだ。だから、なるべく基本を、この考えにならないように教導してた」

 

 

 なのははダガーモードのクロスミラージュを見ながら、目を細めて、

 

 

「あと、ティアナは執務官希望だもんね。ここを出て、執務官を目指すようになったら、どうしても個人戦が多くなるし、将来を考えて用意はしてたんだ」

 

 

 ゆっくりとティアナからデバイスを受け取り、モードを解除する。ティアナの考えは間違ってはいない。射撃手が常に、相手と距離をおいて戦う事があるかと問われれば、それは否である。ただ、今確実にできていないものをそのままにして次の段階へ進むことは自滅への一歩でしかなく、ティアナはなのはの教えているものが基礎そのものであるという自覚がなかった。

 彼女は先ほどシャリオから教えてもらった、なのはの教導の意味するものと、後悔の念から悲しくなり、恥ずかしさも忘れて嗚咽を漏らす。

 

 

「クロスのロングももう少ししたら、教えようと思ってた。だけど、出動は今すぐにでもあるかもしれないでしょ? だから、もう使いこなしている武器を、もっと、もっと確実なものにしてあげたかった」

 

 

 自分がそれを話そうともしなければ、相手の意見を聞くような仕草もとらず、ただ一方的に教えていたこと――今までの一斉教導では思いつかなかった考え――を省みて、声を落とす。

 

 

「ごめんね」

「……ぅ、ぁぅ」

「多分、私の教導、地味で成果を感じられないことが多いし、自分の考えも押しつけっぱなしで……苦しかったり、不満があったり、色々したよね?」

 

 

 もう一度、ごめんとなのはは謝る。

 

 

「思い詰めて、頑張らなくてもいいよ。ティアナには、私やみんながいるから、そういうときは言ってほしい。ううん、出動前、言ってくれて嬉しかった」

 

 

 泣いているティアナを引き寄せ、

 

 

「本当にごめん。私も、もっとそういう風に聞けばよかったんだよね」

「いえ……いえ……私のほうこそ、すみません。ごめ゛ん゛な゛ざい゛」

「1人で頑張らないで、みんなでお互いに頑張っていこう?」

 

 

 それから、何度も何度も、ティアナは謝罪を続け、なのはは子どもをあやすようにぽんぽんと背中を軽く叩いた。

 

 

 

 

 

 少し空に雲が出てきていても、星は(またた)きは失っていなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

『おはようございます』

「ん、おはよう」

 

 

 朝になり、支度をして外に出ると、元気な挨拶がティアナを迎えてくれた。

 

 

「おはようございます」

「うん。ティアナ、昨日はよく眠れた?」

「はい」

 

 

 じゃあ、ちょっと散歩でもしようかとフェイトに誘われて新人たち揃って近くの芝生を歩く。

 

 

「……技術が優れてて、華麗で優秀に戦える魔道師をエースって呼ぶでしょ? その他にも、優秀な魔道師をあらわす呼び名があるって、知ってる?」

 

 

 少し遠回りになるが、朝の練習には十分間に合う時間だ。

 

 

「その人がいれば困難な状況を打破できる。どんな厳しい状況でも突破できる。そういう信頼があって呼ばれる名前……」

 

 

 スバルたちは互いに顔を見合わせるが明確なものは思い浮かばない。

 フェイトはにっこりと微笑んで、後ろ手を組む。

 

 

Striker(ストライカー)

『……あ』

 

 

 彼女は全員の顔を見てから、前を向き、

 

 

「なのは、訓練を始めてすぐの頃から言ってた。うちの4人は全員、一流のストライカーになれるはずだって」

 

 

 空を見上げる。

 

 

「だから、うんと厳しく。だけど大切に、丁寧に育てるんだって」

 

 

 昨日の空はそのままに、朝日が海上を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

「しっかし、教官っていうのも因果な役職だよなぁ。面倒な時期に手ェかけて育ててやっても、教導が終わったら、後はみんな勝手な道を行っちまうんだから」

「まぁ、一緒にいられる期間があんまり長くないのは、ちょっとさびしいけどね」

 

 

 なのは、ヴィータ、シグナムが訓練場の階段を上がったところにおり、コタロウは階下の海辺近くでぼけりとなのはからの指示を待っていた。

 

 

「ずっと見ていられるわけじゃないから、一緒にいられる間は、できる限りのことを教えてあげたいんだ」

 

 

 データを打ち込んだのか、コタロウに合図を送ると本日のメインとなる訓練施設を形成する。準備が整ったところで、新人たちが寮から走ってくるのが見えた。

 

 

「おはようございまーす!」

『おはようございまーす!』

 

 

 スバルに合わせて全員が走りながら挨拶をした。

 

 

「おォ、来たか」

「おはよう」

 

 

 ヴィータが全員に、今日の訓練の辛さを(ほの)めかすのを見ながら、なのはは思う。

 

 

(何があっても、誰が来ても、この子たちは()とさせない。私の目が届く間はもちろん、いつかひとりでそれぞれの(そら)駆ける(とぶ)ようになっても……)

 

 

 この子たちを力を最大限に引き出すためにはどうしたらよいか考えることは、これからもあるかもしれない。だが、それでも一歩一歩確実に前を見て強くしていこうと決意を改めた。

 

 

「さぁ、今日も朝練頑張るよ!」

『はい!』

 

 

 そうして、海上に浮かんだ訓練場へ足を運ぼうと階下へ降りるとき、

 

 

「――あ!」

 

 

 スバルは1人の男性が目に入り、声を上げる。

 

 

「スバル?」

 

 

 ティアナの呼び掛けを無視して、階段を使うことなくそこから飛び降りた。

 

 

「コタロウさん!」

「はい」

 

 

 飛び降りることで誰よりも速くスバルはコタロウに近づくと、膝をついて手を床につき、

 

 

「昨日はすみませんでした!」

「…………」

 

 

 ぞろぞろと後ろに続くなのはたちを余所に、土下座をして頭を地面につけんばかりに謝る。

 

 

「なのはさん、頑張ってました!」

「え? 私?」

「私が何か、ナカジマ二等陸士に謝られるようなことをしていたのであれば、許しますので、立ちあがっていただいてもよろしいですか?」

「……はい」

 

 

 顔は上げずにしょんぼりとスバルは立ちあがる。

 

 

「アンタ、何したの?」

 

 

 状況を読み切れていない隊長、新人たちのなか、ティアナが口を開いた。スバルは両手の人差し指をちょん、ちょんと何度も付け合わせながら、

 

 

「あのぅ、そのぅ……」

 

 

 ゆっくり昨日の、昼間の出来事を話す。

 

 

 

 

 

 

「はァ!? じゃあ、お前、ティアナが撃ち落とされて、煮え切らない気持ち全部コタロウに吐き出して、挙句の果てに休憩所の自販機壊しただァ!?」

「……はい」

「その場でちゃんと修理しておきました」

 

 

 驚くもの、乾いた笑いをするものがそれぞれいるなか、コタロウだけが普通に話す。

 

 

「ふむ」

 

 

 そして、少しコタロウは考える。

 

 

「ナカジマ二等陸士」

「……はい」

「もしかして、ロビー近くの通路のヘコみもそうですか?」

「――う゛! ……はい」

 

 

 何それとみんながスバルに視線を送る中、エリオとキャロが何をしたか話す。

 

 

『……は?』

「すいません!」

「そちらも今朝、直しておきました」

 

 

 なのはは頑張っているのか? という質問で感情が爆発した後、シャリオとシグナム、シャマルからなのはの過去を聞き、自己嫌悪をそのまま壁にぶつけてしまったことも話す。

 

 

『…………』

 

 

 先ほどまで、あれだけ元気になっていたスバルは肩を落とし、周りは少し呆れてしまっていた。

 

 

「しかし、カギネ三等陸士が許しているのだから、それで良いのではないか?」

「はい」

「ま、練習時間これ以上なくしても困るし、はやく始めようぜ」

 

 

 シグナムの言葉にコタロウは頷き、ヴィータも練習開始を促そうをするが、

 

 

「すみません」

「ん?」

「ナカジマ二等陸士に質問と、ランスター二等陸士に伝言があるのですが、よろしいですか?」

「それは短いのか?」

「はい。すぐ済みます」

 

 

 それならと、ヴィータたちは待つことにする。

 

 

「ナカジマ二等陸士」

「は、はい!」

 

 

 めったにない彼からの質問に落とした肩を戻して、ぴしりと姿勢を正す。

 

 

「高町一等空尉は頑張っていた。とのことですが、それはやはり高町一等空尉の過去のお話ですか?」

 

 

「……え、あ、はい」

 

 

 ぴくりと、隊長たちの眉が動き、ティアナたち新人たちも2人のほうを向く。昨日の今日で謝罪があったのだ。コタロウが何か話があったのだろうと思うのは、容易に想像がつく。

 

 

「それは胸の傷のお話ですか?」

『――っ!!』

 

 

 しかし、話しの内容が分かり、確認するように質問するとは思えず、全員が彼を注視する。

 

 

「え、あの、はい」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 ぺこりとコタロウは頭を下げるものの、スバルたちには何故彼がそれを知っているのか分からない。

 

 

[シグナムさん、昨日、コタロウさんにも話したんですか?]

[いや、話してない]

 

 

 それはヘリに乗った人間なら分からないが、残ったフォワード陣は確かに彼が話の場にいないことを知っていた。

 

 

「あの、コタロウさん」

「はい」

「何で知ってるんですか」

 

 

 スバルが全員の代表のように質問すると、彼は特に不思議がる様子もなく、

 

 

「フィニーノ一等陸士の付き添いで、デバイスを見ているのですが、レイジングハートさんだけ、自己判断で使用者、つまり高町一等空尉にショックアブゾーバーを展開していました。それは砲撃時のほんのコンマ数パーセントの魔力をそこに独自で割き、自身で衝撃を吸収しています。そのアブゾーバーの重心から判断するに、使用者の胸を重点的に展開していたので、過去に大きな傷を負ったのではないかと見地しました」

『…………』

 

 

 黙って彼を見るなか、なのはは首にかかっているレイジングハートをみる。

 

 

<申し訳ありません。マスターの命令なしに行なっていました。完治はしているのですが、いざというときのためを見越してです>

 

「うん、それは、いいんだけど……」

 

 

 今まで使用していて数年間、全くそれには気付かなかった、いや、レイジングハートも使用者に分からないほど微弱に展開していたものに気付く。その行為に少し驚いた。

 周りもそれを聞き、理解できるも、彼の以前見せた機械的見地に再び目を見張る。

 彼にとってはほんの確認要素でしかなかったが。

 

 

「ランスター二等陸士」

「はい」

 

 

 次にティアナのほうを向く。

 

 

「グランセニック陸曹より伝言があります」

 

 

 その言葉に、あっと声を漏らす。

 模擬戦前、傘を借りた後に彼が言おうとしたものだ。おそらく「無理はするな」といった類の言葉だと思い、少し遠まわしに断ったことを思い出した。

 今では、昨日のこともあり、それは自覚していた。

 

 

「頑張らないでください」

「……はい」

 

 

 やはりそのような言葉であったとゆっくりと頷く。

 

 

「は、さっきなのはが頑張るって言ったのによ」

『…………』

 

 

 ふふんと笑って歩き出すヴィータの言葉に、新人たちは『あれ?』と首を傾げた。

 

 

『(……なんだろう? どこかで同じことあったような……)』

 

 

 なのはとフェイトもどこかしら記憶にあり、不思議に思う。

 

 

『(なんか、記憶にあるなぁ)』

 

 

 疑問に思いながらも、コタロウはこれ以上話すことはなく、隊長たちを先頭に歩きだす。訓練の時だけはコタロウは隊長たちのすぐ後ろ、新人たちよりも前を歩く。

 

 

 

 

――『新人の皆さん』

――『頑張らないでください』

――『はい! ……え?』

――『コタロウさん、頑張らないなんてそんなありきたり……え?」

――『あの、一応、俺やなのはさんは『頑張って』と……』

 

 

 それは初出動の時である。

 全員、どんな言葉にでも答える元気があった時だ。

 

 

 

 

『(……あ)』

 

 

 スバルたちは思い出した。

 

 

 

 

 

――『コタロウさん、皆になんて言ったんですか?』

――『『頑張らないでください』と言いました』

――『…………』

――『……えと、んー?』

――『リイン?』

――『あ、はい。確かに、コタロウさんはそういいました』

 

 

 

 

『(……あ)』

 

 なのはたちも思い出した。

 

 

 

 

 

 

 そして、それぞれ昨日のことを思い出す。

 

 

――『近くにいるんだから、いざというときは頑張らないで、頼ってよ』

 

 なのははフェイトの言葉を、フェイトは自分の言葉を思い出し、

 

 

――『思い詰めて、頑張らなくてもいいよ。ティアナには、私やみんながいるから、そういうときは言ってほしい。ううん。出動前、言ってくれて嬉しかった』

――『1人で頑張らないで、みんなでお互いに頑張っていこう?』

 

 新人たちはなのはの言葉を、なのはは自分の言葉を思い出し、

 

 

 

 

――『頑張らないでください』

 

 

 先ほどのコタロウの言葉へと思考が終着した。

 

 

 

『……あー!!』

 

 

 ヴィータとシグナムはなのは、フェイト、そして新人たちが揃って立ち止まり声をあげたことに驚いた。

 2人を除く全員がコタロウを見る。彼は前を歩いていたフェイトが立ち止まったので、彼女の後頭部に鼻っ柱をぶつけ、落ちた帽子を被りなおし鼻を右手で押さえていた。

 訓練場に着いていないのにも関わらず立ち止まった彼女を不思議に思うも、再び歩き出そうとする彼に、

 

 

「あの、ちょっと、コタ――うわっ!」

 

 

 話しかけようと一歩前に出ようとしたスバルは、自分の足に引っ掛かり、重心が思い切り前に傾いて、思わず手をバタつかせてしまい、

 

 

「……ん?」

 

 

 横に()いでコタロウを海に突き落としてしまった。彼も振り向くために重心を傾けていたため、特に重さを感じることなくすんなりと倒れた。

 

 

『…………』

 

 

 ざぶんと凪いでいる海に白い波が立つ。

 

 

『…………』

 

 

 ぶくりぶくりと泡がたち、

 

 

『…………』

 

 

 こぽりと最後に小さな気泡が出てから、

 

 

「わ、あわわわわわーー」

「ちょっと、スバル!」

「おい、待て! 今何が起こった」

『ええーーー!?』

 

 

 一同、騒ぎ始めた。

 

 

「す、すぐに助けに――」

「ごぼ」

『……ごぼ?』

 

 

 沈んだ場所に目を向けると、また小さな気泡が出た後、帽子が水面に出て、階段を上るように、コタロウが一歩一歩足踏みしながら、ざばりとあらわれた。

 彼は一応魔法によって、飛ぶことはできる。しかし、厳密には空中路(ウィングロード)に近く、足元に片足ほどの地面をつくりだし、その上を歩く。垂直に上がるときは、梯子(はしご)を登るように足踏みをして地面から距離を取るのだ。

 

 

「……ごへ」

 

 

 無言で地面に足を着くと、口から魚を吐きだした。そしてその後、ごほごほと思い切りせき込む。

 

 

「す、すみませんでしたーー!」

 

 

 スバルはコタロウの背中をさすり、少しでも和らげるように努める。

 さすがに今は彼女が何について悪いと思っているかは理解できた。

 

 

「コホ、許します。それで……私に何か?」

『(えー!? 怒らないの?)』

 

 

 内心それは怒ってもいいんじゃないかと思うが、あえて口には出さなかった。

 しばらく背中をさすっていると大分治まってきたようで、(せき)も引いてくる。もう、大丈夫ですと断った後、すくりと立ちあがり、申し訳なさいっぱいで半泣きのスバルも立ちあがらせる。

 

 

「何か、ご用件があったのではないのですか?」

「……ぐすん、ふぁい。ありました」

 

 

 服を乾かす許可をなのはから得てから、パチンと傘を差す。

 

 

「乾かしながらお伺いしますから、話してください」

「……はい。コタロウさん、以前も『頑張らないでください』って言ってたじゃないですか?」

「はい」

 

 

 こくりと頷き、傘に『夏昊天(なつのこうてん)、天気ハ晴レ、風ハ下降』と指示を出すと、傘から風が吹き出た。それを知らない人は少々驚く。

 

 

「それで、それはどういう意味で言ったのかなと」

「ふむ」

 

 

 帽子を腰のベルトに引っ掛けながら乾かすコタロウは風に目を細める。

 

 

「高町一等空尉は頑張れという言葉の次に、『離れてても、通信で繋がってる。ピンチの時は助け合える』と(おっしゃ)っていました。ジャンとロビンもよく言います。『自分にできることはやる。できないことは頑張らずに仲間に頼む』と」

 

 

 ジジっと胸元を僅かに開けて中にも風を送る。髪は既に乾いており、緩やかにカーヴを描いている。

 

 

「ですので、『頑張れ』に対して『頑張らない』と言いました。適宜、『お好きなほう』を選べばよいのです」

 

 

 キャロはその時、選ぶ行為そのものを学んだ。だが、コタロウはそうではなく、自分のできる部分を見極め頑張ること、相手を信頼してお願いすることを意味していたのだ。

 

 

「そして、これは私が初めて機械ではなく、人と多く接する場、つまりこの六課で思考したものですが、ランスター二等陸士が一番、それを学んでいると感じました」

「わ、たし、ですか?」

 

 

 頑張る要素とそうでない要素を学ぶ、なのはの指示を一番よく守っているとコタロウは言う。

 

 

「昨日のヘリポートで、エリートでもなければ、ナカジマ二等陸士、モンディアル三等陸士のように強くもなく、ル・ルシエ三等陸士のような稀少技能(レアスキル)も無いと言っていました」

 

 

 自分を凡人と認めたティアナの言葉だ。

 

 

「グランセニック陸曹にも、『自分は凡人だ』と言っていたみたいですね」

「……あ、はい」

 

 

 靴を脱いで、中も乾かそうとする。視線はティアナではなく、靴の中だ。

 

 

「私はあなたが凡人であることを否定しません」

「…………」

「自分がそう思っているのであれば、それで十分だからです」

 

 

 靴は衣服と違い、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 

「あなたは誰の能力も持ち合わせておらず、ただの凡人です」

「…………」

 

 

 昨日、塞がった傷が開こうをしているようで、ティアナは顔をゆがませ、なのはが止めに入ろうとするが、

 

 

「しかし、ランスター二等陸士はセンターガード故、全ての能力を使う事ができます」

「――っ!」

 

 

 大きくティアナは目を見開いた。

 

 

「クロスレンジの力も、対応できない高速の中も、稀少技能である竜召喚もあなたは自分の前後左右にいる仲間にお願いするだけで、叶えることができます」

 

 

 靴は乾き、開いたまま傘を地面に置くと――風は手放したところで消えている。

 

 

「あなたはその全てを兼ねています」

『……え』

 

 

 周りが声を漏らすなか、コタロウは靴をはき、片足で跳躍しながら耳の水抜きをする。これは新人の皆さんにも言えることですが、と言葉を繋ぐ。

 

 

「地球の言葉を借りるのであれば、『綺羅、星の如し』と言いましょうか。あなた方の背後には星のように隊長たちが居並び、守っています」

 

 

 ティアナたちは気づいたように隊長たちを見た。

 

 

「ランスター二等陸士は、兄、ティーダ・ランスター一等空尉の妹であると先日知りました。彼は亡くなり、星よりも遠い場所にいますが、あなたの頭の中にはしっかりを残り、あなたの性格として受け継がれているはずです。それは両親から受け継がれた遺伝子も同じですね」

 

 

 今度はフェイト、エリオも目を見開く。

 

 

「せっかく、あなたの周りには多くの人がいるのですから、頑張らなくてもよいはずです。一言お願いすれば、自身は能力を発揮できなくても、助けてくれる仲間や友達がいるのですから」

 

 

 コタロウは自分の周りには同じ工機課の4人とトラガホルン夫妻の2人、そして片手で足りるくらいの知り合いしかいないことは口には出さなかった。

 

 

「そういう意味すべて含めて、頑張らないでくださいといいました」

『…………』

 

 

 衣服は残らず乾き、全身を見まわしてからパチンと傘を閉じ、左腰に差した。

そこで初めてコタロウは周りを見ると、全員(ほう)けながら自分を見ているのに気付き、

 

 

「ランスター二等陸士?」

「……ぐ、うぅ」

 

 

 ランスター二等陸士だけが、自覚なく泣いていた。彼は前に進みでる。

 

 

「泣いているのですか?」

「え、う゛う゛、泣いて、ま、せん」

「……そうですか」

 

 

 ぐしぐしと目をこすると、彼は再び傘を抜いて開き、彼女に手渡した。

 

 

「こ、れは?」

 

 

 傘を持たせたあと、傘の先端、石突を掴み、ぐいと彼女の顔を隠す。

 

 

「高町一等空尉」

「え、あの、はい」

 

 

 惚けた状態から我を取り戻し、ふるふると頭を振って反応する。

 

 

「今から私、()をつきます」

「……へ?」

「よろしければ、頷いてください」

「あ、はい」

 

 

 コタロウの嘘をつきますというおかしな宣言に、全員自覚を取り戻した。

 彼は空を見上げ、

 

 

()()()()()()()()()()()()()お休みしませんか?」

 

 

 手をかざして朝のまぶしく光る太陽を見る。

 なのははつられて空を見て、その後、傘に目を移し、

 

 

「ふふっ。そうですね。()()()()()()()()()なら」

 

 

 ティアナ以外の新人たちは大きく微笑み、ヴィータとシグナムは仕様がないという顔をした。

 

 

「5分で、5分で、この通り雨は止みますから」

 

 

 傘を差しているなかから小さな声が漏れ、その通り、5分後には傘は閉じられ、元気いっぱいで本日の朝練を開始することができた。

 

 

 

 

 

 

 自分の周りには、あらゆるものが存在している。

 それは特に、近いから大事であるとは限らず、遠くにあるからといって捨ててよいものでもない。自分で見つけ、判断しなければならない。

 その時になれば必要で、あるときは必要でないかもしれない。

 だが、私たちはそれに守られている。

 もちろん、守るときだってある。

 助けるときだって、教えるときだって、学ぶときだってある。

 お互いが影響し合っていることは疑う余地がない。

 1つ、星に願ってみてはどうだろうか。

 綺羅と光るその星はあなたを助けれくれるかもしれない。

 そして、忘れてはいけない。

 あなたも当然、星なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「コ、いえ、ネ、ネコさん」

「はい」

「1つ直してほしいものがあるのですが」

「何でしょうか?」

「このオルゴールなんですけど……」

 

 

 彼は極稀にしか自分からは語らないため、過去に全く同じものを直していたとしても、持ち主が違えば、特に詮索することなく直せるものを直す。

 

 

「わかりました。それでは貸していただけますか?」

 

 

 今日、彼女は1つ星にお願いをすると、こくりとそれは頷いた。

 昨晩は自分が大事している写真の裏側に『お父さん お母さん お兄さん ありがとう』とメッセージを添えたのは誰にも言えない秘密だ。

 そして、ティアナが兄ティーダ・ランスターとコタロウ・カギネとの交流を知るのは、また別の機会である。

 

 

 

 

 

 

()()(ほし)の如し”

 

 

 

 

 

 



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第2章 『ネコは三月を』
第26話 『指を口元に、片目を瞑り』


 

 

 

 

 

 ティアナ・ランスターが初めてティーダのオルゴールの音を聞いてから、数日は何事もなく隊長陣は教導を、新人たちは訓練に次ぐ訓練を繰り返した。夜練習は時々、体調を考えて休みになるパターンもあったが、それでも密度は濃く、熱した湯を冷まさないような訓練が続いていた。

 

 

「んじゃ、午前の訓練はこれで終わりだ」

『あ、ありがとうございました!』

 

 

 新人たちは、隊長たちもそれなりに動いているはずなのに、息一つ乱れていない事が不思議でならならいと、息を切らしながら思う。自分たちの個人練習に付き合うことで、夜練習がない時ぐらいしか休む暇がないのにも関わらず、何事も無かったかのように振舞っている。

 

 

「しっかりクールダウンして、シャワーを浴びた後、お昼にしようか」

『はい!』

 

 

 だが、練習が日を追うごとに激しくなってもこなせてしまう自分を考えると、その成長に拳を握り締めてしまう。過大評価をするつもりは無いが、初めの頃に比べると随分動けるようになったと、新人たち、そして隊長たちも自信を持って言うことができる。もちろん、(はやし)し立てるように聞く人間は六課にはいない。

 

 

「それぞれの訓練記録とその編集記録をレイジングハートさんに転送しておきました」

 

<ありがとうございます、カギネ三等陸士>

 

 

 また、上空から全員の動きを捉え、記録した後、傘を使ってふよふよと降りてくる寝ぼけ目の男、コタロウ・カギネの行動に驚くことも()()()なった。八神はやてが話す彼の経歴を聞けば、データ収集の正確さ、隊舎内を放浪しながら所々を修繕する技術などは彼の所属する電磁算気器子部工機課の人たちにとっては当然であることが理解できたからだ。加えて、ティアナの過去と劣等感から発生した(わだかま)りが()けると同時に、彼に対する一種の緊張も(ほど)け、親密度も幾分か上がった。

 エリオとキャロは「コタロウさん」と以前のままであるが、ティアナが彼のことを「ネコさん」と呼ぶようになったことが、なによりもそれをあらわし、

 

 

「あ、ネコさん」

「はい」

「朝、小耳に挟んだんですけど、ヴァイス陸曹が外出でいないのでしたら、お昼一緒にどうですか?」

「ご迷惑にならないのでしたら、ご一緒させていただきます」

 

 

 食事に誘うことも、特に戸惑いはない。

 彼は全員のクールダウンと着替えが済むのを待ち、一緒に食堂へ向かうことにする。

 

 

 

 

 

 

 向かう途中、今日の夜の訓練が高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの急遽入った調査依頼によって中止になったことを告げ、午後の訓練に力を入れるからとヴィータが(おど)し、新人たちを苦笑いにさせた。

 

 

「おー、なのはちゃん、フェイトちゃん」

「今日は早いんだね、お昼」

「うん。午後からちょっとな、忙しくなりそうなんよ。それで早めにご飯」

 

 

 八神はやてはリインフォース・ツヴァイ、シグナム、シャマル、ザフィーラと一緒に食事をしながら、午後にリインと一緒に先日の出撃についての報告を陸上本部にしなければならず、その準備に手を焼いていることを話す。シグナム以下もどうやら忙しいようだ。

 本当なら文字通りネコの手も借りたいくらいだが、それが妥協への入り口だと分かっていたので、頼むことはしなかった。これは他の隊舎内の人達にも言えることで、必要以上に他の人の手は借りてはいない。

 

 

(そうすると、夜時間空くのはあたしだけか? いや、暇なら暇でいいのか)

 

 

 ヴィータが時間が空くことに心配を覚える妙な感覚に浸りながら、席につき、スープで口を湿らせて1つ目のパンにかぶりつく。

 隊長たちは日常的に忙しいということはなく、身体と頭を動かす時間はある程度分けられている。だが、このようにポッカリ時間が空くことは六課設立から考えてもなかなかない状況であった。ヴィータも夜訓練がない時は、最近得意になってきた書類作成があったりしたのだが、今日に限ってはそれもない。

 

 

(余った時間の使い方、かぁ)

 

 

 何故、料理を作るのは趣味になって、料理を食べることは趣味にならないのだろうとも考える。彼女はお菓子は元より、美味しいものを食べるのが好きだ。それは一般人も当たり前なことであるが、ヴィータの好きという感情は一般人のそれよりも多いと自負している。

 だから、それに切欠を作る人間がいるとは思いもよらなかった。

 

 

「ヴィータ三等空尉」

「ん~」

 

 

 ごくんと口に入っているものを飲みこんで、彼を見る。後ろのテーブルでは食事の準備をしている新人たちがいた。なにか雑談をしながら、料理を運び、飲み物の用意をしている。

 

 

「今日の夜、少々お時間ございますか?」

「おォ、不思議とある」

 

 

 ヴィータははやてたちに隣接するテーブルに座っており、一緒になのはやフェイトも座っている。そろそろはやてたちは食事が済むらしく、最後にリーフティーで気持ちを切り替えようとしていた。

 

 

「それでは今夜、ディナーをご一緒しませんか?」

『――ぶふっ!』

 

 

 ヴィータの隣では向かい合っている数名と1匹の噴き出す――ザフィーラは四足(よつあし)の為、飲むというより舐めるに近く、衝撃で鼻に入った――音が聞こえ、背後からは皿が複数枚割れる音がした。

 唯一何も被害がなかったのはヴィータとはやて、リインのお向かいにいたシャマル――被害甚大なのはリイン――と、提案をした男だ。

 一方、彼女と同席しているなのはとフェイトはというと、

 

 

「わわっ」

「……」

 

 

 口に運ぶ手前で、料理を胸元にこぼしていた。

 

 

 

 

 そう、コタロウの行動に対する驚きは、()()ではなく、()()()なっただけだ。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第26話 『指を口元に、片目を瞑り』

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんな~、シグナム」

「いえ、大丈夫です。それより……」

 

 

 はやてがシグナムを拭く中、シグナムは隣のテーブルの上に放心状態で座り込んでいるリインをみると、彼女は拭くどころの騒ぎでなく、最早(もはや)着替えなければならない濡れ具合であった。

 だが、

 

 

『…………』

 

 

 リインを含め、その状態にしたシャマルの視線はコタロウのほうを向いたままだ。

 他にも、割れた皿を片し、服を拭く人は彼の周りには数人いる。

 

 

「悪ィ、もう一回言ってくれ」

「それでは今夜、ディナーをご一緒しませんか?」

 

 

 一言一句変えることなく、もう一度繰り返す。

 ここが外なら間違いなく風が吹き、この空気を入れ替えているはずだ。

 

 

「……誰と?」

「私と」

「誰が?」

「ヴィータ三等空尉が」

「2人で?」

「トラガホルン夫妻と一緒です」

 

 

 ヴィータは視線をコタロウから離し、目を閉じる。

 一度、水を喉に通してから、

 

 

(待て待て……待て待て待て! 状況を整理しよう)

 

 

 頭を必死に回転させる。

 

 

(何処からこの雰囲気になった? 午前中の練習は至って普通だった。スバルの動きも良くなってきたし、攻防の戦略も整理しながら立てられるようになってきて……)

 

 

 内心頭を振り、それは違うと整理しなおす。

 

 

(うん……うん……そうだ、練習後は食堂にきて、はやてたちと会話)

 

 

 これは問題ないと少し顎を引く。

 

 

(皆、忙しくって、あたしだけ時間が空いていた。それが問題か? いや、違うな……)

 

 

 くるくるとネジが頭の左右に食い込んでいくような感覚で、最後の(ひと)回転を澄ませると、

 

 

(……そうか、コイツが『ディナー』なんてものに誘うからだ)

 

 

 何のことはない、コタロウが話しかけてきたことがそもそもの原因であることに気付いた。であれば「何であたしが……」と突き返してしまえばよい。

 ヴィータは軽く頷いて目を開き、彼を再び見据えて、

 

 

「……なん――」

『何でですかーー!?』

 

 

 見事にシャマルとリインがヴィータを遮り、代弁してくれた。

 リインは、もはや水を含んだことによる服の重みもなんのそので、コタロウの目と鼻の先まで飛び上がる。

 彼はその勢いに少し顔を引くが、

 

 

「オークションの鑑定及び、解説の報酬だそうです」

 

 

 距離を(はばか)らない彼女たちの声と違って、平然沈着に彼女たちに届く声で疑問に答える。

 ホテル・アグスタで開催されたオークションは、ホテルの系列会社が行なっているものではなく、とある競売会社(オークションハウス)が会場としてホテルのホールを借りて行なわれた。トラガホルン夫妻はその競売会社から依頼を受け、その報酬としてホテルの優先的なディナー招待券――ただし、事前予約必須――を頂いたのだという。これは時空管理局における賄賂罪として扱われる可能性があり、懲戒処分を受けることになり得る。だが、それは正規の手順を踏まない場合だ。もともと、夫婦は年に数回、外部での講義を行なっており、これに『私』として行動することを事前に管理局に申請している。且つ、これに対する報酬も管理局と依頼者間で合意が取れていれば、問題なく報酬を受けることができることになっている。この合意にはある程度の信用が必要であることは言うまでもない。

 ユーノの場合も同様であったが、彼の人間性が表に出たのか、断っている。

 

 

『へぇ~、なるほど~……って、違います! 何でヴィータちゃんとなんですか!?』

 

 

 コタロウが右後ろのポケットからハンドタオル――茶トラのネコがあしらわれている――を取り出し、リインに手渡すと、彼女はテーブルに着地して服の上から水分を取り始めた。そして、彼の説明に理解を示すも、聞きたいのはそれではないと眉根を寄せる。

 

 

「ヴィータ三等空尉がお時間がありそうでしたので、話の状況を伺う限り」

『た、確かに』

 

 

 ここまで声を揃えるシャマルとリインは、また彼の答えに理解しつつも、何故か納得できずにいた。シャマルも確かに今日は、午後の訓練結果を元に、シャリオと協力して新人たちの体調を間接的に()なければならない。

 うんうんと唸る2人を余所にヴィータはコタロウを睨み上げ、

 

 

「行かねェ」

 

 

 と、すぐに手を振りながら視線をそらし、食事を再開しようとする。

 

 

「他のヤ――」

「ほう、誘いを断る理由くらいは聞かせてほしいね」

「命令ではないけれども、頭ごなしでないものがほしいわね」

 

 

 聞き覚えのある声が先ほど視線をそらしたほうから聞こえてきた。彼の足元を見ても、他に足がないことから、今ここには居ない人物であることは間違いない。

 割れた皿を片づける音が聞こえないことから、既にその片づけは終わったのだろう。状況としては、一応全員、ある程度の落ち着きを取り戻している。

 ゆっくりとヴィータは視線を彼に戻すと、

 

 

「やぁ、モニター越しで申し訳ない」

「ホテル・アグスタ以来ね、ヴィータ三等空尉」

 

 

 彼女から見てコタロウの右側にモニターが2つ開き、彼女を覗き込んでいる彼らがいた。

 

 

「ト、トラガホルン二等陸佐!」

「おっと、過保護だと思ってもらっては困るぞ?」

「もともと今夜のことについて昼食時に話す予定で、丁度今回線を繋いだところなのですから」

 

 

 敬礼はしなくて結構、と周りに聞こえる声で響かせる。

 その後、ジャニカは不敵に笑い、ロビンは頬に手を当てて、

 

 

『何とも、私たち (貴女) にとって都合の良い (悪い) 展開で申し訳ないが』

 

 

 ひとまずヴィータに発言権を与えてみた。

 冷静に考えれば主張できたかもしれない黙秘権という言葉は、彼女の頭の中に出てきてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 食堂が夫妻によって法廷にされ、外堀を埋め、感情を揺さぶり、徐々に真綿で首を絞めるようなやり方で追い詰められていく1人の人間を見たとき、自分たちが完全に傍聴席にまわり、手も足も出ない事を知った。おそらく、口を挟めば自由に発言を与えられるであろうが、後ろ向きに崖を歩く人間が増えるだけで、なにも好転はしないという結果は目に見えていた。

 新人が替わろうとすれば、

 

 

「まさか、『(かば)う』という一種の親切心からでたものではないだろうね?」

 

 

 と、ティアナでも口を(つぐ)む状況に追いやられ、

 

 

「リイン曹長、シャマル主任医務官が替わっても構いませんが、予定を余暇の為に曲げるというのは、はたして適切でしょうか?」

 

 

 と、声を荒げることなく2人を沈黙させた。

 もし、十分な知識を持った人間が六課にいれば、もしくはヴィータが明確な断る理由を話せていれば、相手は納得させることができたかもしれないが、そもそもトラガホルン夫妻はヴィータが恥ずかしさからくる拒絶で断っていることを見破っていたので、引き下がる気はなかった。

 

 

「ヴィータ三等空尉、貴女もしや、自分が女性である自覚が無いのではありませんか?」

「あ、あたしは騎士だ! ……です」

「そうですね。そして――いえ、それ以前に女性でしょう?」

「だからって、そんなディナーなんて……」

「貴女、強くはなりたくないのですか?」

「つ、強さとホテルの食事なんて、関係ねェじゃない、ですか」

 

 

 至極まっとうな答えであると、自分でも納得しながらヴィータは反抗する。

 騎士は(あるじ)を守護する為に戦うものだ。これはヴォルケンリッター共通の意志でもある。

 しかし、そんなことは歯牙にもかけず、

 

 

「貴女が『騎士としての強さ』を求めるだけに甘んじて、『女性としての強さ』を求めないのなら、そうなりますね」

「……女性としての強さ?」

 

 

 ロビンは静かに頷く。ジャニカとコタロウは通信で離れていながらもスバルたちと一緒に食事をすることにした。

 ヴィータは訝しむなか、

 

 

「そうです。騎士としての強さをもって主を守護し、女性としての強さをもって気高くあると。そうなりたいとは思いませんか?」

 

 

 どんな状況でも気高くあり、過信することなく迎え撃つ。騎士として、女性としての誇りを持った人になりたくはないかと、ロビンは問う。これは周りで聞いている女性陣にも問われているようにも聞こえた。

 

 

「どんなクラスのホテルに食事に誘われた時にも、動揺することなく悠然と立ち振る舞う自分を見たくはありませんか? もちろん、誘いを断るしなやかな自分でも構いませんが」

 

 

 真綿で締めながらも、冷やかすようなふざけた表情は一切ロビンには見られない。

 ヴィータを1人の女性として、対等に話を進める。

 

 

「恥ずかしさは一時です。しかし、自分の為になるなら、1つの(かて)として経験してみても構わないのではありませんか?」

 

 

 追い詰められているのは分かっているが、それは逃げ場を与えないのではなく、自分の思考の結果をきちんと聞くためというのことが把握できると、

 

 

「じゃ、じゃあ、1回だけ」

 

 

 と、もじもじしながらヴィータは答えた。

 感情を表に出したリイン、シャマル関係なく、女性たちは少し羨ましいとヴィータとロビンを見比べた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 やはりともいうべきか、ジャニカとロビンの2人自らが作りだした空気は、自分で入れ替えていったため、午後の練習に差し支えることはなかった。練習開始さえしっかりできていれば、練習密度のおかげか、強制的に今夜のことを考えずに済むのだ。ただ、身体を動かさない人間たちは分からないが。

 時々、ヴィータがスバルに対し練習を激しくしたことがあったが、それは思い出した瞬間ではなく、振り払った瞬間である。

 そして、夜の(とばり)が降りはじめたころ、午後の訓練が終わった。

 座りながらクールダウンをするスバルとなのはたちは、ヴィータが一定距離を行ったり来たりしているのを見ながら、自分でもああなるだろう、しかし羨ましくもあると、どっちつかずの想いを張り巡らせる。

 

 

「待ってればいいんだっけ?」

「ん、お、おう」

 

 

 予定は変わることなく夜は自由待機(オフシフト)になる。

 ロビンから言われたことは、シャワーを浴びた後、寮の入り口で待機することだ。

 ヴィータは入局当初の緊張とは全く違う緊張感で若干脚が震えていた。

 そして、訓練場から寮へ向かい、言われたことを済ませ寮の外に出ると、

 

 

「こんばんは、ヴィータ三と、いえ、ヴィータさん」

「ども、です」

 

 

 少し離れたところに黒のセダンが停車し、助手席からはロビンが、運転席からはジャニカが降りてきて、挨拶を済ます。ジャニカはディナー用のダークスーツを着こなしているが、ロビンはドレス姿ではなく、局員規定の制服だ。

 

 

「それでは、着替えましょうか」

「え、あ、でもあたし――」

「ん、5着持ってきた。サイズは合うはずだ」

 

 

 一式全部ある。と、ジャケットを脱いだジャニカが各種ケースを運んでくる。

 

 

「サイズはネコが教えてくれました。彼は見るだけでおおよその採寸を取ることが可能ですから」

 

 

 そのおおよその差分率はあえて言いはしなかった。

 ジャニカとロビンはヴィータの部屋へ赴き、ケースを置く。

 

 

「レディ・ヴィータは別として、あんたはどうあがこうとも変われないのだから、努力はするなよ」

「くどいという言葉が最も似合わないのはネコくらいのものね。早く出ていきなさい、ジャン」

 

 

 返事をする間もなく、ドアは閉まった。

 

 

「えと、あの――」

「さて、それでは、全て脱いで頂きましょうか?」

「あ、はい……って、はい?」

 

 

 公衆浴場で、人前で脱げたのは用途が入浴なので恥ずかしくはない。だが、何故だろうか、同性でも着替えの為に服を――ましてや下着まで――脱ぐのは、どうしようも無く恥ずかしいことに今気が付いた。付け加えるなら、それをじっと見られているのだ。

 ヴィータは耐えきれなくなり、おずおずと口を開くと

 

 

「向こうを向いてもらって、い、いいですか?」

「それが一般的な反応ね」

 

 

 さも当然というようにロビンは切りかえす。まるで、そういわれるかを待っていたかのような反応である。

 

 

「も、もしかして、揶揄(からか)って、ます?」

 

 

 制服を脱ぎ、シャツに手をかけ、前ボタンを中ごろまで外してから、彼女ははたりと気付き、すらりと背の高いロビンを見上げる。

 彼女と目が合うと、相手は左手人差し指を口元に、片目を瞑りながら、

 

 

「それは秘密」

 

 

 コタロウのような感情を見せない表情で応えた。

 そして、後ろを向き、取り揃えた品をケースから出し始めた。

 

 

「貴女の(あか)の似合い具合は、言わずもがなね」

 

 

 緊張の為か、ヴィータは自分の着る下着、ドレス、ヒール、ドレスグローブに至るまで、寸分たがわずぴったりなサイズであることに違和感を感じることはなく、それを告げた人物のことなど頭の隅にも残らなかった。

 

 

 

 

 



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第27話 『それは秘密』

 

 

 

 

 六課の人たちが使用している寮にも数台のテーブルが用意されている休憩所がある。ここは就寝前の談話や自由待機(オフシフト)の時間潰しに利用されていたりするのだ。

 スバルたちは着替えを済ませた後、隊舎の食堂へ揃って移動しようと休憩所を横切ろうとしたとき、見覚えの無い臙脂(えんじ)色の髪が自分の視界ぎりぎりに入った。いつもないものがそこにあると違和感を覚えるのは大抵の人間で、スバルたちも不思議に思い、そちらを向く。

 

 

「ん、顔だけでなく、身体もこちらを向けてくれると嬉しいね」

『し、失れ――』

「敬礼は結構。今日は『公』ではなく、『私』で来ているのだから」

 

 

 制服を着なければ、30手前の若造にしか見えんよ。と、新人たちを(たしな)める。

 ジャニカはシャツの袖を2、3度捲くっており、脚を組んで、ポケットに入るくらいの本を読んでいる。スバルたちが身体を向けると、そこで初めてスバルたちのほうに目線を上げて、本を閉じた。

 

 

「揃って、夕食かい?」

『はい』

「もし、急がないのであれば、暇つぶしに付き合って頂けるかな? 謝礼もだそう」

「それは構いませんが、謝礼は、その、結構です」

 

 

 ティアナの言葉に皆が頷いて、ジャニカの傍まで近付くと、彼は柔和に席を促し、席に着く。

 ジャニカの暇つぶしであるスバルたちとの会話は、コタロウという話題を出さない六課での仕事内容であった。「情報機密を話さないよう言葉を選ぶように」とジャニカは新人たちの話術の難易度を上げ、それぞれの難度にあった質問を、ティアナを筆頭に質問をしていった。

 ただ、

 

 

「さて、新人唯一の男性エリオ・モンディアル君」

「は、はい!」

「周りが女性ばかりで、モヤモヤしないかい?」

「モ、モヤモヤッ!?」

 

 

 エリオに限っては、分野の違う質問をにやにや口の端を上げて質問をする。

 ひくっと肩を上げて一歩二歩を後ずさり、腕の何処に収めてよいかも分からないといった様子で、わたわたと挙動するエリオの顔は熱気に当てられたように赤面した。

 

 

「え、いや、あの」

 

 

 エリオより年上のスバルとティアナは一瞬ぽかんとしたものの、興味本位からか、あえて笑顔がでないように、不思議な顔をするキャロを同じ表情を装い、エリオの顔を覗き込む。

 そのうち、ジャニカは堪えきれなくなったとばかりにクツクツ笑い出し、

 

 

「ひとまず、その表情は『羞恥』からくるものとしておこうか」

「……ひ、ひとまず、じゃ、ないです。本当に――」

「まぁ、質問が不明瞭の場合、解釈の仕方は色々あるな」

 

 

 エリオは『よからぬこと』からではなく、『羞恥』から来ることを小さくもはっきりと答え、ジャニカはおどけるそぶりなく、目を細める。

 

 

「大抵の場合、嘘が上手いのは『女性』だ」

 

 

 スバルとティアナは挑戦的な目を向けられて、じとりと汗をかいた。先程までとは表情も違い、乾いた笑いをしてエリオからジャニカへ視線を移す。

 

 

「質問が不明瞭な場合は、素直に『(おっしゃ)っている意味がわかりません』と返しなさい」

「……あっ、はい!」

 

 

 話の内容は変わっても、話術の難易度は変わらず少し高めだ。上官からの質問に戸惑うことなく答える技術が管理局にいる限り必要であることを説明すると、ジャニカはエリオに再度同じ質問を投げかける。

 

 

「お、仰っている意味がわかりません」

「ふむ……『周りが女性ばかりで、相手の無自覚な発言で戸惑ったりしないかい?』と言えばわかるかな?」

「はい。あの……時々あります」

「結構!」

 

 

 手を招いてエリオが顔を近づけるのを待ち、手の届く範囲になってから頭を撫でた。

 

 

「正直や誠実を履き違えてはいけない。質問に常に正直に応えてしまうと、よからぬ結果を招きかねない。どの答えにもなりえる問いが仕儀(しぎ)に至らぬよう、予防線を張り巡らさなければ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 暇つぶしでお礼を言われることになるとはね。と、最後にエリオの頭をぽんぽんと軽く叩いてイスの()(もた)れに寄りかかる。

 そして、ジャニカは鈍く光る銀色の腕時計で時間を確認し、「そろそろか」と声を漏らした。

 

 

「良い暇つぶしになった。どうもありがとう」

『こちらこそ、大変勉強になりました』

 

 

 口々にスバルたちはジャニカにお礼を言うと、彼はそれを気にする様子も無くひらひらと手を振る。彼にとっては本当に暇つぶしでしかないのだ。大学で教授する良い練習になったくらいしか彼は考えていない。

 

 

「では、暇つぶしになってくれた礼を受け取ってもらおうかな?」

「あの、先程も申し上げましたが――」

「なぁに、金銭的なものは一切掛かってない。ちょっとした、驚嘆する(サプライズ・)贈り物(プレゼント)さ」

『……え?』

 

 

 ジャニカはもったいぶるように通路側を向くのに従って、スバルたちもそれに誘われるように彼に倣う。休憩所と通路の間にはスバルたちがジャニカに気付いたことからもわかるようにドアというものは備え付けられていない。そのため、人の足音は良く聴こえ、今回も誰かがこちらに向かって歩いてくるコツコツという靴音がスバルたちの耳に入ってきた。

 

 

「ジャン、用意できたよ」

「ん、良く着こなせてるぞ」

『……う、わ』

 

 

 特徴ある寝ぼけ目から彼がコタロウということはすぐにわかったが、普段寝癖ともとれる髪は適度な整髪料によって後ろへウェーヴがかかり、僅かに前にかかる髪とその目の調和からは、一瞬彼と認識することができなかった。スバルたちの誰一人として彼のこんな髪型(ヘアースタイル)を見たことがない。

 最近気付いたことであるが、彼は身長が男性の平均よりは低いが、自分たちよりは高い。制服の場合は底の高い靴を履き、訓練時はブーツで彼とは離れて訓練を行なうため、なのは共々気が付かなかったのだ。これには彼への興味も付加されており、初めは驚くくらいだったのだが、ここ数日からは彼自身への関心も湧いている。だから、自分たちより背の高い男性が見事にダークスーツを着こなしているのには息を呑む以外の行動を認めさせてくれそうになかった。

 

 

「コ、コタロウさん、格好いいです」

「ありがとうございます、モンディアル三等陸士」

 

 

 エリオがかろうじて出せた言葉に、スバルたちは無言でうなずく。

 それに応じて行なう彼の会釈もまた落ち着いたもので、普段の振る舞いがそのまま応用されていた。エリオを含む全員の頬が僅かに染まり、彼らを緊張させる。

 

 

「ロビンとヴィータ三等空尉は、まだ時間かかりそう?」

「そうだな、もう少しかかるかもな」

 

 

 コタロウが確かめるように左腕を握るのを見て、先程まではしていなかった義手をしていることに気付く。近くの席に着いたところで、やっとスバルたちは呼吸と思考をする余裕が出てきた。

 

 

「男なのに『たおやか』という言葉が似合うだろう?」

 

 

 言葉の意味は曖昧でもジャニカが言わんとしていることは容易に解釈することができ、また彼らは無言で頷く。

 

 

「謝礼はこれだけではない……」

 

 

 そして、先程と同じようにスバルたちの反応を楽しむような笑顔をジャニカは見せ、

 

 

「親愛なる上官、レディ・ヴィータのドレス姿を見たくはないかね?」

『…………』

 

 

 もう一度、彼らの呼吸と思考を削ぎ落とそうとする。

 実のところ、彼は隊長陣――ヴィータを除く――にも同じ言葉を念話で送っていた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第27話 『それは秘密』

 

 

 

 

 

 

 ヴァイスの操縦するヘリから降りたはやてとリインは、ジャニカからの念話を聞きとったところから、どうやらまだ出発はしていないようだと、少し早足で階段を下り、寮へと急いだ。ヴァイスも急いでヘリを止め、彼女の後を追う。

 寮の入り口近くには黒のセダンが留めてあり、ジャニカと新人たち、シャマルとシャリオ、そして1人見覚えの無い男性が遠目に見えた。シャマルとシャリオはその男性について少し戸惑っているように見える。

 その理由は、はっきり彼らに近づいたときに明らかになった。

 

 

『コ、タロウ、さん?』

「はい」

「お、例外漏れることないその反応。ネコが六課内で全く関心がない人物ではないことがわかるな」

 

 

 はやてたちは、その男がコタロウと分かった瞬間に目を見開き、その後すぐにたじろいで半歩後退する。リインが先程のエリオの言葉を漏らすと、コタロウはその時と同じように返し、彼女たちを緊張させる。ジャニカの言ったとおり、シャマル、シャリオを含め、全員がエリオたちと同じ反応をしたようだ。

 

 

「若い人間は本当に偏見が少ない」

 

 

 ジャニカはコタロウの話題を一切出さなくても、彼がこの課でどのような扱いを受けているのかが手に取るようにわかった。彼の普段の暮らしぶりも同様である。

 リインは彼の周りを螺旋を描くように飛び、無言で万歳をしたり、ふむふむと頷いていたりしていた。

 

 

「一見、執事(バトラー)にも見えるが、紳士(ジェントルマン)の風格だろう」

「はいですぅ!」

 

 

 この風格は出せないとばかりに、ジャニカ自身も頷く。彼の場合、押さえつけてもある程度の威圧感が(にじ)み出てしまい、鷹揚(おうよう)に構えることが難しい。年を重ねればそれなりに身につけることができるが、彼はまだそれほど重ねてはいない。

 

 

「そろそろ、か」

 

 

 車に乗り込み、エンジンをかける。

 全員がその言葉に、やっと入場を許された観客のような緊張感を覚え、息をのむ。はやてはつい先日、同ホテルでドレスを着る機会があった。しかし、それは警備目的であり、食事も無ければ、エスコートしてくれる人もいなかった。

 そう思うと、やはり羨ましいと思ってしまう。

 そして、その対象がロビンに導かれ、寮のドアをくぐってやってきた。

 

 

『…………』

「な、なんで、お前等――」

「いい? 我慢も秘密と同等に女性の美徳のうちの1つよ?」

 

 

 頬を染めながら歩く彼女は身長という外見を加味しても、もはや、少女と見紛うことができない姿であった。

 ヴィータの着こなしているドレスは、彼女の髪よりも濃く彩られ、歩調に合わせて微かに光る、細身を強調したものとなっており、彼女にしとやかさを与えている。靴もそれに合わせた色で、いつも履いているそれよりヒールは高いが、ロビンが事前に歩行を教えたのだろうか、歩く彼女にぎこちなさはない。肩にかかる透明度の高いストールは彼女に幽玄を与え、特徴とも言える赤い髪は、三つ編みが(ほど)かれ、緩やかなウェーヴを描きながら彼女の性別を決定付けていた。

 彼女に『可愛い』という表現は最も似合い(がた)く、

 

 

『綺麗』

 

 

 自覚なく相応(ふさわ)しい言葉を六課の面々にはかせた。

 おそらく、この周りの空気に圧倒されていないのは、慣れているトラガホルン夫妻と、この空気をなんとも思わないコタロウ、そしてコタロウを見て驚いたヴィータのみである。

 

 

「お前、それ――」

「ほら、コタロウ」

 

 

 ジャニカは驚いているヴィータを遮り、コタロウに合図を送ると、彼は正面にいる彼女に一歩近づいて、右手で相手の髪を僅かにかき上げ、耳元で、

 

 

「大変お似合いですよ、レディ・ヴィータ?」

「――ひぅっ!」

 

 

 と、(ささや)きかけた。コタロウが相互で制服を着ていない時に口調が変わるのは知っていても、彼の言葉は彼女の目を泳がせ、熱をもう一度跳ね上げようとする。

 しかし、ヴィータは一度瞬きをした後、コタロウを正面からおっとりとした薄目で見つめ、僅かに微笑みながら、

 

 

「貴方も大変お似合いですよ、ミスター・カギネ?」

「お褒めに預かり、光栄でございます」

 

 

 着替えている最中に、ロビンに教えられたことをそのまま返して、自制を取り戻した。

 

 

『(ええーー!? なにその紳士淑女の()り取り!)』

 

 

 周りは完全に、取り残された。

 

 

[シャマル、どう思う?]

[もう、今夜の夕食は私が作るしか……]

[うん。動揺してるのはよく分かった。次いで言うと、作らなくてええからな?]

[一体私たちがいない間に何があったんですか?]

 

 

 シャマルが相当動揺しているのがわかると、リインがスバルたちに呼びかける。

 

 

[い、いえ……]

[私たちも何がなんだか]

[僕らはジャニカさんとお話したくらいで――]

[あったとすれば、ヴィータ副隊長が着替えている間にロビンさんが……]

 

 

 自分たちがいた限りでは何もなかったことを話す。(むし)ろ、自分たちも驚いたくらいなのだ。

 そうしている間にも、ジャニカはロビンを後部座席へ促した後、運転席に座り込み、

 

 

「貴女もどうぞ」

「お、おゥ。あ、いや、ありがとう」

 

 

 コタロウもヴィータを同様に促して、助手席に座る。

 

 

「そうだ、1つ教えておこう」

「な、なんでしょうか?」

 

 

 車の窓を開き、近くにいるはやてに笑いかける。

 

 

「女性のエスコートは、ネコには既に教え済みだ」

「え? はぁ」

 

 

 他の女性でも同じ対応を取るぞ? というジャニカの思いは、はやてには届かず、

 

 

「それより、あの、うちのヴィータは無事に帰ってきますやろか?」

 

 

 変わりすぎたヴィータに内心はやては心配になり、正しいかもわからない質問をジャニカに投げた。

 その質問に彼は口の端を吊り上げながら、人差し指を口元に、片目を瞑り、

 

 

「それは秘密」

 

 

 アクセルを踏んで、車をホテル・アグスタへ走らせた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 車内でヴィータはロビンから『演じる』ということを教わった。だが、それはヴィータが入局当初に覚えた不快を表すものの1つで、人間が自分の信念を曲げて上官に媚び(へつら)う行為は、普段彼女の周りにいる人間の顔をも歪ませた。この時も、ヴィータは真っ直ぐロビンに、

 

 

「『演じる』というのは好きじゃ無ェ、です」

 

 

 と、言い切った。ロビンは訥々(とつとつ)とその理由を話す彼女に耳を傾け、打ち明けた後、視線を逸らそうとするヴィータの膝の上にちょこんと置かれている小さな握り(こぶし)の上にそっと手を添えて、

 

 

「貴女は本当に良い方々に恵まれているのね」

 

 

 逸らすことを許さない。

 

 

「それは普段貴女が、良い環境にいるために感じる違和感にすぎないわ。でも、もし自分に幅を持たせるものがそこにあるなら、自分を成長させる機会がそこにあるのなら、演じる価値はあると思いますよ? 貴女はもう、上に立つ人間なのですから、善し悪しは自分で決められるはずです」

 

 

 自分の判断力をもって、メリットのあるモノを吸収してく人間であると彼女は言う。そして、媚び諂う人間に目を向け、思考を深くする必要があるかと問う。答えが既に見えている問いは、ヴィータに自信を付け、評価される言葉は彼女の心を改めさせた。

 

 

 

 

 

 

 だが、いざ演じるということを決めても、ホテルに着いてトラガホルン夫妻が注目を集めだすと――ヴィータとコタロウも集めている――ぐるぐると目を回しそうになった。

 ホテル・アグスタは土地そのものも買い取っているホテルで、レストランもいくつかのグレードに分かれている。その中でも、今回予約しているレストランは余程の幸運に恵まれない限り、最低でも1カ月は待たされるところで、席に付いている人たちは、相応の人であることが見た目から判断できた。

 今回はコースとしての料理は頼んでおらず、一品一品自分で選ぶ形式の『ア・ラ・カルト』を夫妻は採用しており、ヴィータにリストからメインディッシュを中心に小前菜(アミューズブッシュ)前菜(オードブル)、スープ、口直し、デザート、コーヒーを念話で懇切丁寧に促した。分からない事は素直にウェイターに聞くことも教える。

 例えば、

 

 

「魚のほうが好きなのですが、お勧めはありますか?」

 

 

 といったごく単純なものだ。ロビンたちは何も言わず、ウェイターが常に微笑みを変えず説明していくのを聞き、ヴィータはコースを決めていく。途中、分からない事があった時は、リストを手にしている薬指をピクリを動かし、念話で伝え、疑問を回収していった。

 全ての料理を頼み終わり、トラガホルン夫妻が無言で頷くのを見て、初めて緊張が解け、念話の利用性を再確認した。

 

 

「それでは、お飲み物はいかがなさいますか?」

「白を2つ」

 

 

 これは、ジャニカが決めることになっていたので、一言で済まし、ウェイターは引き下がる。

 緊張は解けたものの、ヴィータは体格と違って年齢的には問題なくともはやてがまだ未成年ということもあり、お酒なんか口にしたことがなかった。

 それにテレビで見たこともあるが、こう言った時は、「~の何年物」などと頼むのではなかったか。と、首を傾げる。

 そうこう考えているあいだにウェイターは1本のボトルを両手で持ってきて、女性であるロビン、ヴィータからグラスに飲み物を注いだ。

 透き通るような白さだ。

 

 

「貴女からどうぞ」

「あの、あたし――」

「いいから、一口」

 

 

 一応、形式を組み軽くグラスを掲げるも遠慮を示し、グラスを置こうとするが、ジャニカは何も気にすることはないといった様子で飲むことを勧める。

 しかたなく礼節として受け入れ、少量口に含むと瞳がわずかに動いた。

 

 

「……これ、葡萄ジュース?」

「葡萄酒のほうがよかったかい?」

 

 

 ふるふると首を振る。なるほど、これなら年式は関係ない。

 

 

「ホテルは私たちが今日、(なに)で来ているか知っているのさ」

 

 

 ヴィータはすぐ後ろに構えているウェイターと目を合わせると、軽く会釈を返された。ホテルそのものが、1人の人間のように連携が取れ、一体となり動いている。

 ロビン曰く、

 

 

「集団が大きくなればなるほど、同じ方向を向き、意思疎通をとれていることが要求されるわ。これを勘違いすると、個性を無視したものになりえるけれど」

 

 

 というものであった。

 

 

「付け加えるなら、私たちに快く楽しんでもらいたいのよ」

 

 

 ヴィータに続き、彼女も白葡萄ジュースで喉を潤わせた。

 

 

 

 

 

 

 そこから先は、ドラマで見るような展開が本当に起こり、ヴィータを驚かせるものばかりであった。

 グラスを口に付けるのもそうであるが、料理を口にするにも女性が優先されるレディ・ファースト。聞くところによると、現在は行なわれていないが、女性が席を立ち、座りなおす際には一度男性も立ちあがり、女性が座るまで待つということもかつてあったという。

 緊張の為、最初のうちは味がよくわからなかった料理も、ジャニカからテーブルマナーを教えられつつ、

 

 

「あまりマナーに(こだわ)りすぎないこと」

 

 

 と助言も受けると、段々と心に余裕が出てきて、どの料理も素晴らしいと感じることができた。

 また、何処で分かったのか、コタロウには片手でも簡単に食べることができるよう、料理が既に分けられて出てきたのにも彼女を驚かせた。

 

 

「事前にあたしたちの情報をホテルに話しているんじゃないですよね?」

「そう思うのも仕方がない。だが、グレードの高いホテルは何も、料理が豪華なわけじゃない。優秀な人間が多くいるのさ」

「大切なのは引き抜いたのではなく、育て上げたことよ」

 

 

 葡萄ジュースを口にしながら、ジャニカとロビンは互いに睨みあう。

 そして、この夫婦である。交差する言葉は常に皮肉に皮肉を重ね、いがみ合っているようにしか見えないのにも関わらず、彼は一度もレディ・ファーストを破ることはない――まわりは守らない人間が少なくない。

 

 

「追加のデザートで、パイを御馳走してやろうか」

「さて、そんな粗末なパイと食べるのは、はたして私なのかしらね?」

 

 

 デザートなんだから全員食べればいいんじゃないのか? と不思議に思うヴィータは念話でコタロウに聞くと、実際に食べるわけではありません。と夫婦のやり取りをを見届けながら答える。

 

 

[粗末なパイを食べる ( eat(イート)humble(ハンブル)pie(パイ) ) は『平謝りする』という意味ですよ。なので、負けを認めさせてやる。という歓談の合図になるかな]

[それは、喧嘩開戦の合図なんじゃないか?]

[『そう見える時もある』と、ジャンとロビンは言いますね]

 

 

 レストランだからか、自分たちのテーブル内にしか聞こえない声で話すも、ヴィータからしてみればやはり喧嘩をしているようにしか見えないやり取りが続いた。

 

 

「ジャンの出版した参考書は穴だらけのチーズ以外の何物でもない」

 

 

 だとか、

 

 

「ロビンの出演した民俗学講義のテレビ視聴率は、かつてない程最低なものだったそうじゃないか」

 

 

 といった口論だ。ヴィータの知らない知識が飛び交い、その特殊な言い回しは彼女を感心させる。分からないときはコタロウに聞けば、その慣用句の意味を教えてくれるのだ。この夫婦の言葉の応酬も夫婦なりの愛情表現に見えてくる。

 そして、この遣り取りも緩やかに終着すると、話題は六課の話になり、ヴィータやコタロウが今日までの生活を料理を楽しみながら、談笑を交えた。もちろんコタロウが笑うことはなかったが。

 途中、コタロウが席から離れたとき、ヴィータがうちのシャマルとリインにやけに気にいられていると話すと、

 

 

「コタロウ――このような場ではネコとは呼ばない――に女性が、ねぇ」

「それは恋愛対象をしてかしら?」

「いえ、というよりは……」

「兄妹のようなもの?」

 

 

 こくりと頷く。2人に懐かれているという表現のほうが似合うかもしれないと彼女は付け加える。体裁はあっても彼女たちは憚らないのだ。

 

 

「コタロウにとって良い刺激になるな」

「そうね」

 

 

 2人とも満足そうにデザートを口に運んだ。

 この夫妻はコタロウのことになると、手を取り合ったように協調し合うのも不思議なことである。ヴィータはこんなにも優秀な彼らが何故、コタロウとともにいるのかが気になった。

 それにはまず、コタロウについて聞いてみようかと彼女は口を開く。

 

 

「コタロウは昔からあんな感じだったんですか?」

 

 

 2人の手が止まった。

 しかし、止まったのは一瞬で、ジャニカが食後のコーヒーを要求し、ウェイターを遠ざける。

 空気は重たくはない。ただ、そろそろと足元のつま先から何か冷たいものを感じ始めた。

 

 

『あんなものじゃなかった』

「……え?」

 

 

 彼らの口調が変わり、講義をする教授のように話しかける。今までと違い、彼女を対等に扱わない話し方だ。

 

 

「ヴィータ三等空尉」

「は、はい!」

「時空管理局はとても過ごしやすいと思わないかい?」

 

 

 漠然とした問いで、人間によっては肯定も否定もできる。

 今度はロビンが口を開く。

 

 

「衣服、制服が支給され――」

「食事は食堂、あるいは自販で買うことができ――」

「住まいも管理局配下の住居、もしくは寮が与えられる」

「そして、他に欲しいものがあれば、ネットワークを使って取り寄せることができる」

 

 

 管理局は衣食住が完備され、生活に事欠かないことを告げる。

 改めて考えるとそうだと思う。管理局は所属よっては(つら)く、艱難(かんなん)な部分はあるが、勤務意欲を向上させる福利厚生は割と万全で、(こころざし)とは別として、安定性を求めて入局する人たちもいるくらいである。

 生活面だけを考えれば、かなり恵まれていると思う。

 

 

「はい。そういう意味では過ごしやすいと思います」

 

 

 ヴィータは最初の質問に頷いた。

 ジャニカとロビンも頷く。

 

 

『そう、特に()()()()()()()()()、生活することができる (わね) 』

「……会話を、すること、なく?」

 

 

 気付けば足元にあった冷気は膝下まで感じるようになった。これはトラガホルン夫妻が出したものではない。自分の発言が招き寄せたのだ。

 

 

『コタロウは俺 (私) たちと会うまで、会話をしたことがない』

 

 

 一瞬、彼らの言葉がすんなり耳に入ってこなかった。

 周りの時間は短くとも、彼女自身は多くの時間をかけたような感覚で言葉を理解し、

 

 

「……え……いや、う――」

「私たちに話すような話し方は3カ月かかったわ」

「それが身に付いているのに気付くまで、さらに1カ月」

 

 

 『うそ』と言おうとするヴィータの言葉を遮り、彼の言葉遣いを習得した期間を話す。ジャニカが自身を『俺』と言ったことに彼女は気付かなかった。

 確かに、言葉遣いというのは会話の中、或いは教えられることによって身に付き、使うことができる。嬰児(みどりご)は、育てる人、大人たちの会話を聞きとることによって言葉を身につけることができるのだ。

 だが、それはおかしい。彼は大人だ。彼らに出会うまでに会話をしていないわけがない。現に普段(かしこ)まってはいるが、会話は成立している。

 ヴィータは思考の為に引いた顎を上げると、

 

 

「ヴィータ三等空尉は上官の命令に頷くとき、その遣り取りを『会話』とするかい?」

「或いは、上官に報告するときの遣り取りを『会話』としますか?」

「…………」

 

 

 2人に遮られるも、その質問に即座に応えることができなかった。

 命令を受け取る人間は相手が上官である限り、感情なく頷くしかない。そうしなければ、それこそ『言う事を聞かない部下(やつ)は、使えない』というレッテルを貼られかねない。

 報告も同様であり、事実のみを話す場であって、私情を話すものではない。

 命令や報告に私情を挟むものであれば、それが(ほつ)れとなり、冷静を欠いた歪んだ結果を招きかねない。

 命令や報告に感情を挟まないのが、物事を円滑に進める大前提である。

 だが、もし命令や報告に感情が入り、なおかつそれで物事が円滑に進めることができる場合があるとすれば、それは両者間に信用、信頼が成立しているときだ。

 ヴィータは寒気を覚えながら、彼らの言う『会話』というものが自分の感情や思いを乗せたものであることが分かると、嫌な考えが脳裏をよぎる。

 容易に想像できるのだ。あの寝ぼけ眼の男がどこかの管理世界で、命令に反抗することなく頷き作業に取り掛かる姿を、完了後に報告を行ない信頼を築く間もなく次の現場へ出向される姿を、今日までの彼を見て違和感なく想像できる。

 そうすると、意識しないのに思考が彼女の中を占領し始める。

 

 

(待て、よ。コタロウの入局はなのはと同じ、9歳の頃……9歳の頃、から、そんな命令に頷き、報告をして、また、次の現場へ行く? いや、あいつがジャニカさんやロビンさんと出会ったのは何時だ? いやいや、何時からあいつはこの人たちと親しくなったんだ? いやいやいや! 何時までコタロウはそんな暮らしをしてたんだ? 入局前は? 待、て……そもそ、も、あいつの家族や他の仲間、友達、は?)

 

 

 しかし、隣でイスの引かれる音がしたところで、催眠術が解けたように我に返った。

 驚くようなしぐさでコタロウを見るヴィータが、すこし顔を歪ませていたので不思議に思い、彼は訊ねる。

 

 

「ジャン、僕がいない間にどんなことを話したの?」

「ん~、コタロウにとっては何でもない事さ」

「何でもなく……」

 

 

 思わず席を立って、声を張り上げそうになるが、言葉も出なければ立ちあがることもできなかった。

 彼女は気付いたのだ。

 

 

(……そっか、()()()()()()()()()何でもない、そんなことは当たり前で、普通のことなんだ)

 

 

 ヴィータは苦いものが好きではないにもかかわらず、コーヒーの苦さが気にならなかったことに疑問なんて湧くはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 現在、トラガホルン夫妻に連れられて、星と月が明かりの代表を担う海岸線を歩いている。夫婦とは海を正面に右を、コタロウとヴィータは左をとペアで別れて十数分ほど散歩をするというものだ。

 海岸線といっても砂浜を歩くのではなく、沿岸遊歩道であり、ロビン、ヴィータの足を痛めない程度の道である。

 ヴィータは腕を絡めているコタロウとは視線を合わせず、先ほどの考えを聞いてしまおうかと思う。だが、それは本当にコタロウのことについて深く知りたいのか、ただの興味本位からなのかが分からなくて、下唇を微かに噛む。

 それに、自分については何も話していない。過去に自分が、いや、ヴォルケンリッターである自分たちが起こしたこと、誰と出会い、誰と別れ、誰とともに歩んできたかを彼に話していない。それ以前に、話してよいのかどうかも分からない。

 しかし、彼について知りたいのも事実だ。

 それは彼の未成年時代ではなく、

 

 

「コタロウは、さ」

「うん?」

「今日、楽しかったか?」

 

 

 今日という日が楽しかったのかが気になった。トラガホルン夫妻はいうまでもなく、自分と居てどうだったか? という意味を含んでいる。

 

 

「はい。楽しかったですよ」

 

 

 きっと彼にはそんなことは分からないし、今日は彼から誘ってきたのだからつまらないということはないはずであるが、それでもその返答は自分を安心させた。

 

 

「昨日はどうだ?」

「昨日は楽しかったです」

「一昨日は?」

「一昨日は楽しかったです」

 

 

 そのまま六課に配属されてからは? と聞こうと思うも返答に違和感を覚え、ヴィータはコタロウの顔を下からのぞきこんだ。

 

 

「そういうときは、『は』じゃなくて『も』じゃないのか? 『昨日も』『一昨日も』、だろ?」

「いいえ、『昨日は』『一昨日は』であってます」

「……何で」

 

 

 時間的に既に折り返さなくてはならず、回れ右をして再び2人は歩き出す。ヴィータは彼から目を離さない。

 

 

「一昨日より昨日のほうが楽しかったから。『も』は等しい時に使うものですからね?」

「…………」

「だから、昨日より今日『は』楽しかったし、今日より明日は楽しいと思ってるから」

 

 

 寝ぼけ眼をより細める。

 ヴィータは彼について知らないことが多いなか、ジャニカとロビンがレストランを出るときに念話で言ったことが間違いないことであると理解した。

 

 

[ネコは自分の考えをちゃんと持ってるし、感情が全くないわけじゃない]

[深層で眠っているに近い状態であると思うの]

[俺たちの命を助けてもらったお礼として――いや、それはおこがましいな。親友としてやりたいだけだ]

[私たちが眠っている彼の感情を呼び起こし、引き摺りだして、表面、表情まで引き上げたいのよ]

[悲しさはネコの父親が教えた。嬉しさ、楽しさはこの俺――]

[この私が見つけたわ]

 

 

 よくもぬけぬけと。と、そこからまた口論が始まってしまったが、今、夜道を歩く彼の無表情ながらも纏っている雰囲気は満足感以外の何物でもなかった。

 今度はコタロウのほうからヴィータに話しかける。

 

 

「ヴィータは――レディは止めろと車内で訂正させた――今日、楽しかったですか?」

 

 

 心配というよりも寧ろ、疑問に近く、コタロウは首を傾げる。

 彼から視線を逸らし正面を向いて考える彼女は、今日は夜からかなり色々なことがあったとひとつひとつ指を折る。

 大変で、訓練以上に疲れたが、不思議とつまらなくはなかった。

 ヴィータは頷き、彼を見上げると、

 

 

「それは秘密だ」

 

 

 人差し指を口元にあてて、にこりと微笑んだ。

 コタロウは、その仕草がその人自身を神秘的(ミステリアス)にすると夫妻から聞いていたので、

 

 

「なるほど」

 

 

 と、それ以上は詮索はしなかった。

 2人が正面を向いた先では、ちょうどジャニカとロビンも歩いてくるところであり、その後、彼らは六課まで送り届けてもらった。

 

 

 

 

 

 

 六課の寮の近くまでくると、ロビンから、部屋にあるドレスは貴女のものだから、と断るヴィータに無理やり押し付けた。ここで、

 

 

「職権を乱用しようかしら?」

 

 

 というのは卑怯だとヴィータは思ったが、結局、押し負けてしまった。

 車を降りたあとは簡素なもので、会釈を()わすと、すぐに彼らは車を走らせた。

 そして、部屋に戻ろうかと振り向くと、何処に隠れていたのか、

 

 

「ん、はやて? なのは、フェイトまで」

『お、おかえり』

「ただいま」

「ただいま戻りました」

 

 

 はやてたちとスバルたちが見にきていた。

 なのはとフェイトは、シャリオから出かける直後の彼らを映像で見せてもらっていたので、息を止めるほど驚きはしなかったが、それでも実物を見ると目を見張るほど驚きはする。

 

 

「スバルたちは寝なくて明日大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」

 

 

 全員、ヴィータが表情一つ変えることなく、当然のように彼の右腕に自分の腕を絡めているのを見て、彼女からの質問以上に言葉をかけられなかった。はやてたちでさえ、一歩引いて彼らを見ている。

 

 

(なるほど、『演じる』ね)

 

 

 レストランでは自信がなかった行動も、ここでははっきりと自覚をもって自分が演じているというものを俯瞰(ふかん)で見れた。

 自分たちを思い思いに見るはやてたちを尻目に、ヴィータはコタロウに引かれ悠然と歩く。

 ドアを通ったところで、やっとはやてが口を開いた。

 

 

「ヴィータ、コタロウさん、どうやったん? その、食事は」

 

 

 コタロウはヴィータが立ち止まるのを見計らって歩みを止め、彼女が自分から離れはやてに振り返るのに合わせて、後ろを向く。ワンテンポ彼女に遅れて動く彼もまた、レディ・ファーストを間違えない。

 自分より身長の低い彼女が、右手人差し指を口元に当てるのを見て、次にどんな言葉が彼女の口から出るのか容易に判断ができた。彼も彼女に合わせ、同じ動作を取る。

 そして、ヴィータの念話で疎通を図り、彼は彼女とほとんど同じタイミングで、こう言った。

 

 

『それは秘密です』

 

 

 したり顔のヴィータもまた、コタロウがはやてたちに対し、どのような言葉遣いをするのかが分かっていたので、言葉をそろえることは簡単だった。

 彼女はまた、彼らに背中を向けてコタロウの腕に絡み、

 

 

「今度はあたしから誘うから、しっかりエスコートしろよ、ネコ?」

 

 

 彼は頷く。他にも、

 

 

「食べることも趣味にすることができそうだなぁ、それには色々な作法(マナー)を学ばねェと」

 

 

 などと、独り言を吐きながら、服装指定なくいける美味しいお店もあるのかなぁ、と思考を巡らせる。

 その背後を見送りながら、はやてはなのはとフェイトに視線を泳がせた。

 

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、どないしよう? ヴィータが遠いところに……」

『……う、う~ん』

 

 

 2人は乾いた笑いしか返すことができず、彼女たちもまた、トラガホルン夫妻がヴィータに一体何をしたのか想像することはできなかった。

 

 

 

 

 

 



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第28話 『ネコの傘』

 

 

 

 

 

 ヴィータがドレスを着て食事へ行った夜以降、はやてが懸念した少し近付きがたい女性に彼女がなってしまうのではないか、という考えは杞憂に終わった。

 次の日は、普段通りの制服や訓練服を着ていたし、髪型は三つ編みで、新人たちを待つ姿は威風堂々としていたのだ。

 だた、それを見てついぽろりと、「いつものヴィータ副隊長だ」と、スバルが発言したときは、いつもの下から睨みをきかせ、少し迫力をのせた嫌味を言う事はなく、

 

 

「ば~か」

 

 

 と、揶揄(からか)うような、自慢するような雰囲気と半目で返した。

 そんな想定していたかのようなヴィータの余裕ある態度は、今までの彼女ではまず考えられないことだった。

 そして、彼女は新人たちだけでなく、なのはを含む隊長陣にも目を向けるようにもなったのだ。

 ヴィータが言うには『その人だったらどう考えるのか? って考えるのが楽しくなった』とのことで、なのはが教導プランを考えるのとは別に、自身で教導プランを立て、彼女に見せて、指示を仰いでいた。

 

 

「生徒が1人増えたみたい」

 

 

 なのはの負担は増えはしたものの、ヴィータもしばらくスバルたちを見ていたのか、指摘は少なく、1週間もかからずになのはが任せられるくらいに成長し、結果を見れば彼女の負担を減らすことができた。

 なのはたちから見ても、スバルたちから見ても、ヴィータが成長しているのは明らかであり、疑問に思うよりかは敬慕の念のほうが大きく上回った。

 

 

「成長、するものだな」

「……ん」

 

 

 見回りに隊舎の通路を歩きながら、ぽつりと『剣の騎士』シグナムは(つぶや)くと、『盾の守護獣』ザフィーラは訝しんだ。

 彼女は一度彼を目を合わせてから、また正面を向き、

 

 

「いや、私たちは多くの年月(としつき)を重ねてきたからな。プログラムである私がいうのもなんだが……人間性はある程度定まっているだろう?」

「あぁ」

 

 

 そういうことかと、彼は頷く。

 ヴィータの内面的成長は、はやての守護騎士(ヴォルケンリッター)からみれば、なのはたち以上に関心の対象になる。同じ時間、同じ意志、同じ環境を歩んできたのだ。そのなかで、ヴィータの意思が外を向き、人に関心が及ぶということはかなり驚くものである。

 

 

「確かに驚くことではあるな」

 

 

 彼に同調しシグナムは首肯する。

 

 

「カギネ三等陸士、か」

「シャマルとリインも、あれだけ……その、なんだ、男性に懐くのも珍しい」

 

 

 戦いにおける洞察に長け、それ以外の分野では疎いシグナム、ザフィーラにでもわかるくらい、2人は彼に懐いていた。

 親密度というのは、切欠を通して突然深まるものと時間をかけて築くものとの大きく2つに分けられる。なのはやフェイトたちとは前者、管理局に入局してから出会った人間とは後者であるパターンが多かった。なのはたちは言わずもがなとして、入局後は言ってしまえば『公』としての付き合いが多く、『私』としての付き合いが少ないためだ。この六課自体は普段から『私』に近い付き合いはしていても、もともと身内繋がりがあることもあり、前線以外の一般スタッフとはそれほど仲良くはない。

 稀有な立場であるコタロウ・カギネ三等陸士もそれに近い存在である。

 だが、彼は入局後――六課設立後――に初めて会い、これといった大きな事件に一緒に関わったわけでもなく、突然リインたちと仲良くなっている。

 

 

(いや、彼がどう思っているかは分からないか)

 

 

 最近はヴィータも食事を切欠に彼と親密度を増し、彼を切欠に人間的に成長していた。その証拠に彼女もリインたちと同様に「ネコ」と彼を呼んでいる。

 

 

「そういえば、シャマルは何故彼と親しくなったのだ?」

「ん、それは出張任務で地球に訪れたときに……」

 

 

 シグナムはその時いなかったザフィーラにその時の詳細を説明した。聞き終わった後、彼はコタロウの行動に驚きながらも納得する。シャマルの料理を全部食べたのだ。驚かないほうがおかしい。

 しかし、シグナムやザフィーラは、彼女たちが仲良くなる切欠を知っていても、戦闘を交えずに突然意気投合することが数えるほどしかなかったために、どことなく違和感を感じていた。

 

 

「あ、シグナムにザフィーラ」

「フェイトとシャリオか、調べものか?」

 

 

 交差する通路の右手から長髪の女性2人があらわれる。

 

 

「はい。スカリエッティについての情報が何かないかと」

 

 

 結局めぼしい情報は何もなかったとフェイトは息をつく。

 事件から彼を導き出すことはできても、彼から事件を導き出すことはできず、確証を得ることが困難であることを意味していた。

 

 

「でも、こんなことは当たり前だしね、根気が必要なんだ」

「殊勝なことだな」

 

 

 彼女は頭を振って否定する。

 執務官はそのようなことが大半なのだ。調べることに多くの比重をかける。確実性が欠ければ、もし行動を起こした時に関係の無い人にも被害が及ぶことが可能性がある。

 

 

「そうだ、お茶でも飲みませんか? 休憩がてらに」

「うん。どう、シグナム?」

 

 

 外から帰ってきたばかりのシャリオとフェイトが休憩を促そうとする。

 

 

「残念だが、私は見回り中で――」

「行ってきて構わんぞ、私1人で十分だ」

「……そうか」

 

 

 彼は隊舎の外に向かって、歩き出すのを目で追いながら、3人は食堂へ足を運んで行った。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第28話 『ネコの傘』

 

 

 

 

 

 

「付き合ってやりたいのはやまやまなんだが、統率者ともなると身体の自由がきかなくてな。悪いが、無理だな」

 

 

 まだちらほらと人がいる食堂の隅のほうで1人だけモニターを開き、トラガホルン夫妻と話しているコタロウがいた。

 彼女たちは彼らのやり取りはよく聞きとることはできなかったが、最後のほうで、

 

 

「なら、六課(そっち)の彼らに頼むのはどうだ?」

 

 

 という言葉が彼女たちの耳に入ったので少し気になった。

 通信が終わると紅茶を口にして、「ふむ」と考える彼に隣接するテーブルにフェイトたちは座り、視線を彼に向ける。

 別段、彼の行動におかしいところはない。だが、ヴィータとの食事を含む彼の今までの行動を考えると、どうも彼が六課内で起こす行動は、身内繋がりでないからか、それとも彼の性格故なのか、気になってしまい目についてしまう。それは一挙一動というものではなく、彼が主として動くとき、或いは彼の友達であるトラガホルン夫妻とともに行動をしているときに限定される。

 先ほどの会話内容から察するに、彼が六課内の誰かの命令で動いていないことは明確であり、モニター先の人間が断ったことから、彼自ら行動を起こそうとしていると予想がつく。

 

 

「お願いするなら、シグナム二等空尉、か」

「……ん、私か?」

 

 

 思わず彼の独り言に会話を成立させてしまった。

 ぴくりと彼の体が反応する。彼女たちの座る隣接するテーブルは丁度彼の後ろに位置しており、彼の襟足がはねたようにも見えた。

 

 

『(あ、驚いてる)』

 

 

 シャリオはデバイス調整で、フェイトは訓練で彼と行動することが多く、六課内では彼に近しい人間のうちに入っており、2人にとっては回り込んで見たい気もする。

 おそらく、少し目を見開いたくらいだろうが。

 

 

「勝手なる貴官への発言、申し訳ありません」

「いや、構わない」

 

 

 席を立ち、コタロウはシグナムに向かって敬礼を取る。

 彼はどうやら考えが時々口に出てしまうらしいと思いながら、彼女は敬礼を解かせ、顔を彼に向けずに視線を落とす。

 

 

「それで、私にお願いとは?」

「はい。この『(デバイス)』の動作確認と試験運転のご協力をお願いしたく」

 

 

 きらりとシャリオの眼鏡が光るなか、シグナムは彼の言葉に要領を得ることができず、詳細を伺うと、端的にいえば、

 

 

「……私がカギネ三士と実戦、いや高町教導官の言葉を借りるなら、模擬戦をするということか?」

「はい」

 

 

 彼が言うには1年に数回、自分の最低限度の訓練も兼ねてデバイスの動作確認を行なうらしい。限定付武装局員資格――シャリオが以前調べたところによると、資格試験自体は数年前に廃止されたが、所持している分には有効な資格――を所持する彼は限定付きといえども武装局員であることは変わらず、緊急時に武装局員として出撃をしなければならない。

 

 

「つまり、いざというときは強制的に戦闘に駆り出されるということですか?」

「いいえ。自衛の範囲内です」

 

 

 現在の武装局員資格は一定の魔力を保有し訓練校を卒業した者にのみ任命される資格である。これは、基準となる魔力を有していない人間は武装局員になれないという、ある種、個人の夢を打ち砕く決まりであるが、管理局の考えとしては魔力を有していない人間を戦闘に出し、命を落とす結果に至らせない為というものであり、人命を守るという意味を持っている。

 これが管理局の人材不足を加速させているが、それは余談として、昔を省みると、まだ管理局システムが安定していない頃にできた資格であり、今の管理局の考えにそぐわない資格であることは言うまでもなかった。限定付武装局員資格は最低限度デバイスを動作できる魔力を保有していれば取得できる資格なのだ。

 

 

「自衛でもかなり危険かと。返上、しないんですか?」

「工機課内で魔力を保有しているのは私だけなのです。修理する人間として手を抜くことはできません」

 

 

 総合的に武装局員が自衛もするため、返上を局は推奨している。しかし、そこは自身の立場を自覚しているのか返上することはないと彼は言い切った。

 

 

「……それで、何故私なのだ? 私に限らなくてもいい話だろう?」

「他の方々は新人たちの教育を重視していますので、シグナム二等空尉の書類作業を微力ながら私も手伝い、空いた時間を動作確認に割いていただこうかと」

 

 

 ふむ。とシグナムは顎を引く。微力ながらというのが謙遜以外の何物でもないということは六課内の誰もが思う事である。彼は考えて作成する論文のようなものはさておき、思考を伴わない報告書の類は、隻腕にも関わらず六課内の誰よりも速い。

 普段書類作成を苦手とする彼女にとってそれはまたとない機会ではあるが、裏を返せば楽をするというものにもなり、2つ返事をしようとして踏みとどまった。

 それ以外にも懸念すべきものがあり、シグナムは直立しているコタロウを足先から頭上まで視線を動かす。

 

 

(魔力が低い)

 

 

 彼に魔力で探りを入れてみると、彼の魔力は小さく、武装局員になれるほどの魔力を有していないことが分かる。『傘』であるデバイスで戦う限り、戦闘方法も特殊なものだろうと思うが、攻略し難いともいえず、かえって彼に怪我を負わせてしまう可能性があり、危険性の伴うものになってしまう。

 戦闘が好きなシグナムはあるが、思い切り戦えない相手では精神的に負荷が多すぎてしまい、それが原因で溜まる疲労は避けたかった。

 

 

「その条件は魅力的だが、私には無理だ。手加減できそうにない」

「わかりました……検討して頂き、ありがとうございます」

 

 

 それだけで十分とばかりに、コタロウは頭を下げた。

 

 

「ふむ。テスタロッサはどうなんだ? 六課で加減ができるのは教導しているものたちぐらいだろう」

「いえ、先ほども言いましたが――」

「私なら構いませんよ? その、動作確認にかかる時間はどれくらいなんですか?」

「20分です」

「それくらいなら、なのはたちも大丈夫だと思う」

 

 

 フェイトがそう言うと彼は顎を引いて考える。ジャニカが誘導したこともあるだろう。真面目である半面、融通のきかない彼は内心納得したのか顔を上げた。

 

 

「それでは、お願いできますでしょうか?」

「はい。それで、いつになさいますか?」

「特に、そちらのご都合がよろしければいつでもかまいません」

 

 

 それでは、と考えるフェイトの横から、はい! と手を挙げているシャリオがいた。

 子どもが元気に手を挙げているようである。

 

 

「シャーリー?」

「フェイトさんの予定、確認しました! 明日のお昼前とかどうですか? 私もその時間は空いてます!」

 

 

 既に彼女の予定を確認しており、自分の予定ともあう時間を割り出していた。

 長く付き添ったフェイトにとって、彼女が何故こうも生き生きしているのか大体の予想がつく。

 

 

「コタロウさん!」

「はい」

 

 

 シャリオは立ちあがって彼の正面まで来ると、手を合わせた。

 

 

「その『傘』見せていただけませんか? その、言うタイミングがなかなか無くて」

 

 

 外見だけではなく、機能も色々と見てみたいと彼女は付け加えると、彼は特に考える様子もなく、

 

 

「それは構いません。それでは、傘を握ったらご自分の名前を仰ってください」

 

 

 傘を抜き取り、傘に命令する。

 

 

「傘、権限付与(オーソリゼーション)6等級(レヴェル・シックス)。どうぞ」

「シャリオ・フィニーノ」

 

 

 人物認証したのか柄が光る。

 

 

「……あの、今のは?」

「権限付与です。6等級は1日閲覧、使用が可能です」

「使用?」

「フィニーノ一等陸士は魔力を保有していませんので、魔力を使用しない機能に限られますが、使用が可能です。設計書がデータで添付されていますので、ご覧になればよろしいかと」

 

 

 コタロウは閲覧方法を教え、シャリオは頷く。これだけ見ても、権限を付与されればだれでも使用できる汎用性が持たれていることに目を輝かせた。

 

 

「分解もされますか?」

「…………」

「フィニーノ一等陸士?」

「あ、はい! ありがとうございます! それでは、明日の朝にはご返却いたします」

 

 

 (ひと)(しき)り傘を眺めた後、そそくさとカップを手にとり開発調整室へ行ってしまった。

 

 

「徹夜するな、あれは」

「コタロウさん、シャーリーは、あの、結構のめり込みやすいコなので……」

「……はぁ」

 

 

 首を傾げている彼とは違い、フェイトとシグナムは半ば落ち着いて休息の続きを楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 次の日、朝練の時に彼の特徴とも言える傘が腰に差さっていないのを見て、疑問を持つのは新人たちだけではなく、

 

 

「コタロウさん、傘、どうしたんですか?」

「フィニーノ一等陸士が拝見したいと仰っていましたので、お貸しいたしました」

 

 

 フェイトと模擬戦を昼前に行なう事を経緯も含めて話し、なのはたちを感心させる。

 

 

「ネコさんの模擬戦かぁ……どんな戦いをするんだろうね」

「正直、想像できないわね」

「あの傘で、ですよね」

 

 

 一見、傘の形状から見ると、持ち方から剣のように見え、やはりそれを振って戦うのだろうという予想がつく。

 そこでふと、キャロがコタロウのデバイスに単純な疑問をもった。

 

 

「そういえば、コタロウさん。あの、デバイスには名前って無いんですか?」

「あります。ただ、傘のほうが呼びやすいので、普段はそう呼んでいます」

 

 

 『傘』は2文字で済みますから。と、付け加えるとスバルがいの一番で口を開く。

 

 

「あの、自分の相棒(パートナー)何ですから、名前を呼んであげたほうがいいと思います」

「いいえ、私にとっては自分の手足と同義なので、このままで問題ありません」

 

 

 自分の右腕に名前はないでしょう? というように、コタロウは自分のデバイスを『傘』と言い切った。全員、彼の言い分は納得はしづらいが、理解はすることができたため、それ以上強要をすることはしなかったが、キャロはそれとは別にそのデバイスの名前が気になったので、彼に訊ねると、

 

 

(にわたずみ)という名前です」

「にわたずみ、ですか?」

「はい。『水たまり』という意味が含まれています」

 

 

 傘と言えば雨、雨と言えば水たまりという意味だろうか? と思うも、質問を投げすぎても失礼と感じキャロ達は心の中で完結させる。

 

 

「それに何か意味はあるのか?」

 

 

 だが、ヴィータの考える真意は違うのか、躊躇することなく深く訊ねた。

 

 

「『水たまり』というのは、地上にたまりあらゆる方向に流れる水から『行方知らず』、ジャンとロビンは『神出鬼没』と皮肉りましたね」

 

 

 全員、その意味の真意に関心を示すが、内心は、

 

 

『(確かに!)』

 

 

 『神出鬼没』という彼の行動を表していることに深く深く頷いた。

 別に気付かないような行動をとっているわけではないが、彼の場合、行動次第で予測のつかないものになり得る。

 実はもう1つ、自分が『迷子になりやすい』という二重の意味も含んでいるのだが、それは口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 朝練が終わり支度を整えて、食堂で各々が席に着いたとき、よろよろと程良く髪に癖のついたシャリオが、足取り重く歩いてくるのが見え、誰も座っていないテーブルに座り、ぐにゃりと突っ伏すまでの一部始終を目で追う。

 彼女は徹夜の1つや2つ軽くあしらってしまえる体力の持ち主であるのはずなのに、今日に限っては徹夜1つで悄然(しょうぜん)してしまっていた。

 何事かと思い、フェイトが同席しようと席を移動すると、なのはたちも心配なのか彼女たちの周りに席に着く。

 

 

「シャーリー、大丈夫?」

「あ、はい。体力的にというより、精神的に、少し疲れただけです」

 

 

 ヴィータが気を使って飲み物を出すと、1つお礼を言って彼女は喉を潤した。

 ヴァイスとコタロウは彼女たちから少し離れたところに座っており、1人は傍観し、寝ぼけ眼のほうはパンを口に押し込んでいる。

 これ以上心配させてはいけないとシャリオは周りに食事を促し、一応自分の声が聞こえる位置に移動してもらい――その間にはやてたちも食堂に来た――フェイトは口を開いた。

 

 

「それで、コタロウさんのデバイスは――」

「やっぱり、スゴイのか?」

 

 

 お腹に温かいものを入れたのかシャリオは幾分落ち着いて、ヴィータのもはや決定事項であるような発言にこくりと頷く。彼女は手に持った傘をテーブルの上に置き、

 

 

「このデバイス、自作なんです」

「……それは見れば、わかるな」

 

 

 当然のような発言に、はやては全員の言葉を代弁する。

 しかし、言わんとしていることが違うのか、シャリオは首を振って否定した。

 

 

「このデバイス『(にわたずみ)』はミッドチルダ、古代、近代ベルカのデバイス規格のどれにも準じない、独自規格で作られています」

「ん~、もう少し分かりやすく言ってくれるか?」

「あ、はい。デバイスっていうのは規格が統一されているんです。例えば、レイジングハートさんとバルディッシュさんたちミッドチルダの規格、グラーフアイゼンさんとレヴァンティンさんたち古代ベルカの規格はそれぞれ統一されています」

 

 

 魔法術式と勘違いしてしまうがそうではなく、作成時の時代で修理がしやすいよう、デバイス規格が統一されているという。より簡単にいえば、レイジングハートのパーツの幾つかはバルディッシュに流用でき、グラーフアイゼンのパーツも同様にレヴァンティンに流用できるというものだ。その人にあった使用者独自のデバイスではあるが、細かいところでは統一されている。

 

 

「車のエンジンはバイクに積めない……みたいなもんか?」

「はい。そのような感じです」

 

 

 スバルとティアナは自分のデバイスを自作した時のことを思い出した。自分で設計し、パーツを買って、組み立てたのは今ではいい思い出である。

 だからこそ、彼女たちは気付いた。

 

 

「もしかして――」

「接合部品やパーツそのものが、自作……」

 

 

 こくりと頷く。

 

 

「これは部品を組み立てて作ったのではなく、部品そのものから、部品と部品を結合する締結部品――ネジのようなもの――まで、全て自作なんです」

 

 

 極論を言ってしまえば、とシャリオは言葉を繋ぐ。

 

 

「ただの鉄から組み立てたようなものです。なので、私が知る規格のどれにも当てはまらず、なおかつ一カ所一カ所統一もされていないので、部分部分で違う工具を使わなければならないため、分解なんてできなかったんです」

『…………』

 

 

 そう言って少し肩を下げる。フェイトは昨日コタロウが彼女に確認をとった理由が理解できた。あれは分解する工具を渡そうとしたのだろう。

 

 

「でも、逆に分解できたとしても元に戻せる自信なんてなかったんですが……」

「えと、でも設計書、だっけ? マニュアルみたいなものが一緒だったんだよね? 機能自体は分かったんじゃない?」

 

 

 自虐的なシャリオを見るのがいたたまれなくなり、フェイトは外装ではなく機能のほうへ話題を移そうと言葉をかける。

 

 

「あれは設計書という名の研究論文です」

 

 

 傘の柄を持ち「傘、共有文書出力(ライブラリ)」と唱えると、1冊の電子書類が出てきた。

 

 

「この傘の設計者は当時一等陸尉だったロビン・ロマノワさんと、二等陸尉だったジャニカ・トラガホルンさんです」

 

 

 この時点で彼らを知る人間はざわりと背骨に嫌なものが通り過ぎた。

 

 

「あの2人が『協力』してる時点で普通じゃねェな」

 

 

 ヴィータはこれは早めにご飯を食べてしまおうと急いで口に頬張り、準備を整える間、シャリオはまた首を横に振る。

 

 

「協力なんかじゃありません。『敵対』です」

 

 

 その書の題名を彼女は読み上げた。

 

 

「『傘 (潦) 作成設計書 第23版』……つまりこれ、あの2人が1年11ヶ月かけて研究、検討してはお互いに(あら)を指摘し合い、研鑚に研鑚を重ね、練り直してさらに相手の不備を貪欲に追求し、書きあげられた設計書です」

 

 

 実際の組み立ては1月、つまり作成に丸2年を要しています。とシャリオは告げる。初対面時に彼がこの傘に2年かけたと言っていたのは、彼の技術的な遅延ではなく、設計の綿密化に要した時間であったのだ。

 

 

「はっきりいって、理解することは私には無理です。デバイス作成以外の知識があまりにも多すぎます」

 

 

 一度あの2人の対立を見たことがある人には容易に想像できた。研究面であの口論を行ない、互いに負けじと練り上げるのだ。想像できないのはどんな結果になったかである。

 

 

「理論的なところはほとんど分かりませんが、機能概要はなんとか分かりますので……」

 

 

 コタロウが次のサラダに取り掛かろうとするなか、ヴァイスは食事の手を止めて完全にシャリオの言葉に耳を傾けていた。

 

 

「分かる範囲でお話しますね」

 

 

 

 

 

 

「ネコ()傘にネコ()(からかさ)だろうな」

「ジャンは6年前の自分をそこまで自賛できるものなのね?」

「おい、そのにやけた口元はどう説明するんだ、ロビン?」

 

 

 

 

 



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第29話 『季天鋏』

 

 

 

 

 

 現在、コタロウの手を離れている傘『(にわたずみ)』の形状は柄は感嘆符のように真っ直ぐだが、何処の角度からも握りやすいようきりもみ状の流線型をしている。そこから生える中棒は研磨されたばかりの光を放つ金属素材で形成され、これは他の骨の部分も統一されている。黒鳶色の生地を張る親骨は12本あり、開いたときは計算された様に美しいカーヴを描き、石突は片手で握れるくらいの長さである。

 一般の人から見れば地味な傘にしか見えない。しかし、見る人が見れば、形の整った綺麗なものであった。

 

 

「ひとまず、これが標準形状(デフォルト)で、『形式(スタイル)』と『形態(モード)』が幾つかあり、これはスタイルは『雨傘(アンブレラ)形式』、モードは『お散歩(ワンダー)形態』になります」

 

 

 シャリオは傘を取り、テーブル上から床に移して「日傘(パラソル)形式」と命令すると、カチンと自転し形状が変わる。

 

 

「このように、形式が変わります。因みにこれは『ちょっと一息(ブリーズ)形態』となります」

 

 

 傘の形状が先程前とは違い、柄と中棒はほぼ一体化して重厚感ある黒色。親骨は36本になり、開いてもカーヴはせず、直線である。生地の色は藍鉄(あいてつ)、先端の石突は無くなり、被り物をして紐で結わえられている。柄の長さは使用者の身長ほどに伸び、被さるかたちになっている。

 

 

「唐傘、番傘みたいな和傘になるんか!」

『からかさ、ばんがさ?』

 

 

 地球の日本出身であるはやてやなのはには馴染みは薄くとも見たことのあるかたちであり、昔の人が使っていた――現在でも稀に使用されている――傘であると説明する。それはシャリオも知らない知識だ。

 

 

「今、他の形式もありますが、私がわかっている形式はこの2つです。形態はもう1つあります」

 

 

 傘を握り、「折りたたみ(フォールディング)形態」と命令する。

 

 

「フォールディング……折りたたみ傘か」

「はい」

 

 

 これは銭湯に行ったときに見た形態だ。あの時は手動でこの形態にしていたが、今回は自動で形状が変化している。

 

 

「雨傘、日傘とどちらも対応します」

『…………』

 

 

 驚きというより、形状形態変化の楽しさに息を呑んでいるようだった。シャリオも段々と落ち着きを取り戻し、血色もよくなっている。

 

 

「……あ、すいません。形式でいうならもう1つ、これは『その他』という括りですね」

 

 

 そう言って、傘の先端を持ち「傘、張り扇(ハリセン)」と命令すると、まさしくその形になった。

 

 

「それは見たことあるな」

「他にも、滑空機(グライダー)空飛ぶ絨毯(マジックカーペット)、トランポリン等、魔力を使用して『金属』と『布』を駆使した『何か』に形状変化できます」

『そんなものまで!?』

 

 

 布みたいなもので、薄いものならと彼女は付け足した。

 

 

「これを暇の持て余しとして『寝そべり(リカンベント)形式』と位置づけています」

 

 

 設計書に箇条書きで書かれている部分をスライドさせて、簡単に説明し、その他という番外形式があると言葉を残す。

 

 

「これ、くらいですかね。今わかるところの形式と形態は」

 

 

 形式を標準の傘に戻し、テーブルの上に置く。

 

 

「傘の形式を外れる寝そべり形式を除外すれば、本当にただの傘なんですが、皆さんのデバイスと連想すると、少し怖いですね」

「怖い?」

 

 

 シャリオは一度カップに口をつけた後、眼鏡を掛けなおし、傘を撫でた。

 

 

「この『お散歩形態』で剣と小銃(ライフル)、『ちょっと一息形態』で槍、『折りたたみ形態』で短剣と(ガン)、開けば盾……に見えません?」

「……いやいやいや! それは見ようによっては見えるかも知れへんけどそんな――」

 

 

 シャリオは傘を生地ごと両手で握り、少し捻る。

 

 

「これ、銃口が付いてるんです。ティアナのクロスミラージュも形は少し変わりますけど、魔力結合でダガーを出せますから、おそらくやりようによっては可能です」

 

 

 傘の先端に穴が開き、それをはやてに見せる。

 どうやら、これは偶然見つけたようであった。設計書を読み解く上で、武器搭載を匂わせる記載はあったが、核心を得る解読までは行き届かなかったようである。

 

 

「それと弾式魔力供給機能(カートリッジシステム)も搭載されています」

「カートリッジシステムが?」

「弾数は54発、連続供給が可能です。魔力容量は優れ、弾の大きさは現在皆が使用している弾の5分の1程でロード時間も格段に早いです」

 

 

 この詳細が設計書に書かれているが、複雑すぎて読みきれないという。A級デバイスマイスターであるシャリオは開発はできても理論部分は深くまで学習しておらず、装填方法、効率の理論式までは追いきれなかった。

 分かるのはこの傘がそのような機能を持っているということだけだ。

 

 

「な、何でそれをジャニカ二佐たちは公開しないんや? それがあれば局のデバイス全部向上できるやんか!」

 

 

 勢いをつけるはやてに対し、シャリオは息をついた。

 

 

「公開しているかどうかは分かりません。ただ、現行のままで充分要件を満たしていれば採用はされません。安全性を土台として、要件定義を充分満たす2つの設計書を比較したとき、現行規格採用で大量生産しやすいデバイス設計書と、要件以上の高性能を発揮しますが、構造が複雑且つ今までの規格を外れ、大量生産するまでに時間のかかるデバイス設計書、どちらを採用すると思います?」

「…………」

 

 

 近年やっと安全性を確保できた現行のカートリッジシステムであるが、コタロウの傘が安全性があるとは限らないし、安全性を確保できたのであれば大量生産しやすいほうが、思い思いではあるが、採用されるのは前者であろう。

 そのような人間がこの世に多くいることははやてでなくても知っていた。

 

 

「もし、論文を公開していたとしても更なる研究と実用化までは最低でも20年はかかります。世に出てくるのは多分10数年後です。時代を先取りしすぎた研究が、歴史に埋もれてしまうことを、おそらくあの御二方は知っていたのだと思います」

 

 

 もちろん、コタロウさんのため、という名目が一番最初にくるとは思いますが、研究開発のみの視点から見れば、一般的なことです。とシャリオは言い切った。

 

 

「この傘が採用しているカートリッジシステムは6年前――開発当初であれば8年前――に搭載されているので、現行のカートリッジシステムと同様、当初は安全性は無かったでしょう。6年掛けて安全性を確保したのだと思います」

 

 

 直接本人から聞いたわけではないため――関与する人間は近くにいる――予測の域を出ないが、おおよそそんな感じだろうと彼女は決定付けた。

 はやてたちよりは機械に従事しているため、1つのものを作り上げるのに研究開始から実用化まで多くの時間を費やすことをシャリオは良く知っていた。そして、需要が無ければ開発途中で消えていくことも良く知っている。

 

 

「このデバイスは古代、近代、現代のどれにも当てはまらない未来のデバイスと言ってもいいかもしれません」

『…………』

 

 

 そういわれると、言葉が詰まるのは当然だった。子どもの頃の自分が今の自分を想像できたろうかという感覚に似ており、それが今、目の前にあるのだ。

 

 

「アイツのデバイスは未来のデバイス、か」

「この生地も、現行のバリアジャケットに採用すれば全ての性能をおよそ10倍に跳ね上げます」

「……あかん、納得できるが理解できなくなってきたわ」

「私も理解できていないので大丈夫です。素材は現行のバリアジャケットと同じなんですが、編み方が違うんです。全て手編みで柔軟且つ魔力を受け流す独自の編み方になっています」

「それもやっぱり――」

「はい。大量生産は、現時点では不可能です。工芸の領域で普通の人が編めば少なくとも半年はかかります」

 

 

 フェイトは唸る。簡単に言えば六課の前線メンバーに採用するのには1年以上の月日を費やすという意味だ。

 

 

「コタロウさん」

「んくっ。はい」

 

 

 口に入れたサラダを飲みこむ。

 

 

「この生地は誰が作ったんですか?」

「私です。設計自体はトラガホルン両二等陸佐が、製作、調整は私です。最終調整はあちらが行なうと言ってました」

「因みに、時間はどれくらいで?」

「 336時間です」

『さんびゃッ――!』

 

 

 丸2週間だ。とスバルは声を漏らす。不眠不休で製作したのかは聞かなかったが、それだけの時間がかかったことに嘘は無いだろう。

 改めてこの生地を見る。単純に1日8時間作業に従事したとして42日かかる計算だ。新人4人を優先的に作ったとして6ヶ月弱、手の空いている人が複数人いればもっと短縮できるが、それに時間を割ける人間は六課には居ない。それにそれが出来たとして手編みなのだ、いくつものテストをしなければならない関係もあり、試用期間1年のこの六課にその余裕は無い。

 考えてみれば、彼が普段使用してるデバイスは不安定極まりないもので、実用化には向いていないことがよく分かる。彼が所持するこのデバイスのみが、6年という長い期間テストを行い、実用できる水準に近いものなのだ。

 そこまで考えてはやては疑問に思う。

 

 

「せやけど、そんな危ないもの、完成当時は局が許さないとちゃうんか? 説明聞いたけど、全部研究段階で危険性の高いものばかりやん。所謂(いわゆる)このデバイス、試作品みたいなものやろ?」

 

 

 その疑問はもっともだと思うはやてたちに対し、シャリオは用意していたかのように頷いた。

 

 

「はい。ですので、この傘、局登録がなされていません」

「……は? じゃあ、コタロウさん違法所持や」

 

 

 管理局では民間でもデバイス所持は認められているが、局員は局員で所持する場合は申請が必要で、民間とは違う手順を踏まなければならない。局員では誰でも知っていることである。

 

 

「いいえ。登録されていなくても試作品であれば、試験運転および動作確認、またある程度の一般使用を許可される資格があります」

「……限定付武装局員資格」

 

 

 気付いたようになのはがぽつりと言う。

 

 

「はい。一般のデバイスであれば作成した後、局から認可が降り、正規の局員に使用されます。スバルたちのも出来たばかりだけど、安全性は私だけでなく局もお墨付き。そのあと、上官の許可が降りたところで使用が許可され、調整して、一般許可がおります」

 

 

 マッハキャリバーたちの使用はいきなり本番になったが、それは上司からの使用許可が有り、それ以前に局登録のなされたものであるという。

 

 

「でも、コタロウさんの持つ限定付武装局員資格は、動作確認という名目上で認可の下りていないデバイスの所持と限定使用が許可されているんです。しかも試作品扱いなので、デバイスリミッターも関係ありません。コタロウさんにしか出来ない裏技中の裏技です」

「そ、そんなん、もし、使用して事故が起こったらどないするんや」

「ですから、試験運転、動作確認という模擬戦でしか傘のフルの機能を使用できないんです。おそらく、もし普段使うことがあったのであれば、その機能だけ局で認められたものだろうと思います。局から認可が降りた機能にどんなものがあるか分かりませんけど、2年位前にハリセンという機能を見たことがあります。模擬戦というのはあくまで試験運転の範囲内、スバルたちに言わせれば訓練と同義なんです」

 

 

 さらに例外が存在します。とシャリオは付け加えるが、この会話に何人か付いていけない人間が出てきた。

 

 

「緊急時はコタロウさんも一般武装局員と同様に召集がかかりますから、その時は存分に傘の機能を使用できるんです」

「緊急時って?」

「ん~、分かりませんが、例えば、管理局システムが崩壊するようなときが来たとき、とかじゃないですかね?」

「――ぶふっ!」

「八神部隊長?」

「い、いや、なんでもあらへん」

「まぁ、確かに管理局システムが崩壊するなんてありえないですよね」

 

 

 咳をして頭を振るはやてを見るシャリオにとっては、そんなことはあり得るはずもなく、はやてが吹き出すのも理解できた。

 

 

「せ、整理させると……なんや、コタロウさんの傘は完全独自規格でトラガホルン両二等陸佐とコタロウさんによる独自のチェックをクリアした試作品で、複数武器搭載の可能性を秘め、管理局認可が降りていないデバイス。なおかつ、コタロウさんだけある一定の条件下でフルに使用できるということ。で、ええんかな?」

 

 

 シャリオは頷き、他は悩みながらも顎を引く。

 そして、錆びた人形のように首を動かして、この傘の所持者である男のほうを向くと、彼は既に席を立とうとしていた。食事を終え、そろそろ業務に移らなければいけない時間だ。

 

 

「……機能の説明も、聞きます?」

 

 

 まだシャリオは外装と機能の可能性しか話していない。本来の機能はまだ一言も出てはいなかった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第29話 『季天鋏』

 

 

 

 

 

 

 コタロウの模擬戦――彼に言わせれば試験運転――が始まる十数分前にシャリオが現れ、興味本位からはやてたちも姿を見せる。

 今は訓練場上空で、フェイトがエリオとキャロと模擬戦を繰り広げ、とあるビル群の屋上では、なのはとヴィータ、スバルとティアナがそれを観察している。

 

 

「あ、八神部隊長、シグナム副隊長とみんな」

『お疲れ様です、八神部隊長、シグナム副隊長』

「お疲れ様です、八神二等陸佐、シグナム二等空尉」

 

 

 はやてはスバルたちの敬礼を解かし、気を使わなくてよいことを告げる。

 そろそろ、フェイトたちの模擬戦も終わりそうな雰囲気であった。キャロが支援するなか、エリオが力を込め、彼女に突き込んでいくところだ。

 フェイトは愛機で受け止め、電光が2人の間にほどばしる。頬の横で、膝もとで、身体の脇で光を放ち、轟音と共に一方が弾きとんだ。

 

 

「――ハッ、ハッ!」

「ふぅ。うん! もう少し、弾を避けるときは余裕をもってね? あとはいいかな」

「ありがとうございました!」

「あ、ありが、とう、ございました」

 

 

 キャロはもう少し、エリオを支援して余計な疲労を与えないようにと注意し、3人と1匹は一緒になのはたちのいる地点に着地する。

 彼らの模擬戦のデータをコタロウは編集し、レイジングハートに転送すると、彼もすたんと着地した。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官。それでは10分後にお願いします」

「はい」

 

 

 彼は傘を置き、準備運動を開始する。基本的な腱を伸ばしたり、捻ったり、屈伸をしたりなどして、身体を整えていた。

 特に顔を歪ませることもなく、足を 180度縦に開いたり、横に開いたりしているのを見て、スバルが口を開く。

 

 

「コタロウさん、身体柔らかいですねぇ」

「十数年前、は、カートリッジシ、ステムは身体への負、担が大きかったんです。知らない間に蓄積して、あるとき身体、が動かなくなるこ、とは若い人ほどよくありました」

 

 

 ぴくりとなのはが反応する。つい数日前シャリオから聞いた話だ。

 

 

「成人で、あれば身体が出来上がり、そのシステムに耐えら、れるのですが、子どもの場合そ、れは負荷となり身体を軋ませます。その時、必要なの、が身体の柔らかさなのです。デバイスにかかる負荷を抑え込むか、身体全体で吸収して負荷を逃がすかですね」

 

 

 彼は座り込んでべったりと体を折り曲げる。

 

 

「もちろん大人の場合でも高い負荷、そうですね、もし人体への負担を無視した高出力な砲撃を撃てば、身体が出来上がっても無理でしょう。その場合の柔軟さでもあります。かといって完全に雲散できるかというと、そうではありませんが、柔軟なことで損することはありません」

 

 

 よし。と最後に首をじっくり回し、大きく深呼吸をして体操を終わらせた。

 

 

「え、あの、それは誰に教えてもらったんですか?」

「ふむ。誰に教わったというより、ジャニカ・トラガホルン二等陸佐から貰った訓練学校の教本に書かれていましたね。『身体とデバイスの相互関係』という節に書かれています」

 

 

 聞いたことある節ではあるが、思い出せない。そもそも、デバイスとの相性は学科というより実際に見て、体験しただけな気がすると訓練校出の人間は首を傾げた。

 

 

「……ム」

 

 

 疑問に思うのも束の間、コタロウの魔力制御を感じ取った。

 普段の修理精密性から予想した通り、彼の魔力制御は揺らぎなく安定し、そして堅固だった。

 彼の手のひらの上を凝視すると、何か透明で球体状の物体が浮かび上がっている。彼は手を返すと、それは重力に逆らうことなく緩やか落下し、地面に触れた瞬間にゼリーのように形が歪む。そしてそのままゆっくりと跳ね返り、また彼の手のひらに落ち着いた。

 

 

「何ですか、それ?」

「エアロゲルです。99.9%が空気で残りの0.1%が水の物質です」

 

 

 スバルは手にとってみると、なんとも柔らかいゴムのようでスライムのようでもある不思議な感触だ。ティアナたちも手に取ってみると何とも形容しがたい感触であった。

 興味本位から他の人にも回され同じ感想をもつ。

 

 

「まどろっこしいのなしだ。これ、稀有技術(レアスキル)なのか?」

「いいえ? ただ単に空気中の水蒸気に魔力制御で空気を送り込んで密度を減らしただけです」

「だけですって、お前……」

 

 

 ヴィータが試しに空気中の水蒸気を魔力で収集し、そこに空気を送り込もうとするが安定はしないし、目に見える状態で出現しない。魔力制御に(さと)い、なのはたちがやってみても結果は同じだった。

 

 

「いや、無理だろ。できねェよ」

「訓練次第だと思います。『水分子』と『水分子』の間に自分の『魔力分子』を――」

「ちょっと待て」

 

 

 途端に、エアロゲルは制御を失いシャマルの手の中で雲散した。

 

 

「水分子と魔力分子ィ? お前、魔力素子を制御できるのか?」

「皆さんも魔力素子を使用してバリアを展開しています」

 

 

 物質を扱うとき、例外に漏れることはなく、これ以上分割することのできない素子を使用する。例えば鉄板をつくりたいのであれば、鉄の素子を集めて生成する。魔力によるバリアの場合は、魔力素子を集め、結合して堅固な防御壁をつくりだす。

 この魔力素子の量こそが、その人本人の魔力量となるのだ。

 管理世界はこの魔力素子の利用と、人体にある魔力の源であるリンカーコアの発見により、今まで感覚的に使用していた魔法をほぼ科学に近い形で確立させた。質量保存の法則を無視したように錯覚するのはこの魔力素子を取り扱うからである。

 

 

「んなもん、感覚と意思で作れるだろ」

「はい。なので、魔力素子で分子を制御する感覚です」

「ちょっと待ってくれるか? ということは、コタロウさんは魔力で分子間結合制御ができるということか?」

 

 

 それに近いことであるとコタロウは頷いた。

 ジャニカとロビンはこのことを知っているのだろうかと思うはやてはその疑問を即座に打ち消した。知っている知らないという問題ではない。はやてたちがほぼ感覚と想像、意思によって生成しているバリアの類を粒子単位で完全に制御下において操作している事実のほうが問題である。

 

 

「まさか、デバイスを酸化させたりもできたり?」

 

 

 ぞくりと全員デバイスを隠す。

 

 

「それはできません。あくまで分子同士を近づけたり、離したりすることだけです」

 

 

 コタロウは誓いに近い強さで否定する。

 彼にしては珍しく言葉に力の入ったものだ。

 はやてがぎこちなく頷くのを見て、コタロウは傘を手に取り、和傘に変えて上下に数回振り抜く。そして、そのまま右足を前に出しながら、上から斜めに傘を振り、左足を移動させながら真半身をとる。そこでは既に傘は形状を変え槍のような野点傘に変わり、中心を持って2回転、3回転。さらに腕を内側に巻き込み身体を回転させ、傘を握る手が口元まで来る時には、傘は折りたたまれ小型化されていた。

 進行方向は常に変わらず一直線であったが、彼の身体は独楽(コマ)のように回転し、その間傘は、例えるならば剣、槍、短刀へと形状を変えていく。彼の発言による命令がなかったことから、どうやら口に出さなくても傘の形状は自由に変更することができるようだ。

 傘の形状変化のパターンをいくつか変えながら、歩みを進退する足捌きをスバルたちはみたことがなかった。

 なのはたちのみが、

 

 

『(武道の動き?)』

 

 

 と、親近者である人や学生時代の部活風景で出てきた人、またはテレビでも機会があれば見たことのある動きによく似ていると感じた。

 コタロウがその動きを終えると、ぽつりと声を漏らす。

 

 

「命中力の確認もしておこう」

 

 

 傘を自分の身長の3、4倍高く放り投げると位置は動かずに、先ほどとは比較できない速度で、また独楽のように回り始めた。

 彼の周りの粉塵が僅かに回転にあわせて舞い上がる。

 そして、傘もまた回転しながらコタロウと同じ位置まで落下すると、彼は柄を掴み、

 

 

「――ンッ!」

『……え?』

 

 

 方角としては隊舎に向かって突き抜く。

 以前みたことのある動きを傘はする。遠心力と彼本来の力によって弾きだされた傘は主人の手元を離れずに中棒が伸び、隊舎の屋上に向かって真っすぐ突き進んでいく。

 音はそう、カートリッジロードしたときのような音だ。

 そして、遠目で見るとあれはおそらく避雷針だろうか。それと交わったのを確認してから、彼は傘が自重で(しな)る前に逆の動作を行ない、傘を引き込んだ。

 傘が戻るときの音はまた違い、金属のタガが外れ収納される音である。最後に「かち、ん」という音を漏らし、通常の大きさに戻る。

 

 

「ふむ。問題なし」

 

 

 お待たせしました。とコタロウはフェイトのほうを向き、丁寧にお辞儀をする。

 

 

「それでは、試験運転及び動作確認の条件をお話させていただきます」

「……え、あ、はい」

 

 

 フェイトを含む周りの、特になのはやスバルたちは半ば、何かを諦めたように息を吐いた。

 

 

[あのね、ティア。私、ネコさんについて考えるの止めようと思う]

[奇遇ね。でも多分、また考えるわよ。人間ってそういうものだから。今日のところは考えるのをやめるってことでいいんじゃない?]

[あの地球での夕食の時も、結局考えないと決めたのに、考えてますよね、現在]

[うん]

 

 

 スバルたちが念話をしている間に、コタロウはフェイトにルールを説明していた。

 それは特に難しいことはなく、傘の耐久性と防護性、および操作性の確認のため、攻撃するのはフェイトだけで、コタロウ自身は防衛のみであるというものだ。

 彼は一切攻撃を行なわない。

 

 

「わかりました」

「それではよろしくお願いします。空戦、陸戦もそちらに合わせます」

 

 

 再度彼女は頷き、先ほどのバリアジャケットのままふわりと空を飛ぼうしたとき、ふと、彼の服装がつなぎのままであることに気が付いた。

 

 

「コタロウさんはバリアジャケット、着ないんですか?」

「…………」

「あ、いえ、無ければそれでいいんですが……」

 

 

 コタロウはフェイトに目を合わせ、数回瞬きをした後、

 

 

「――ッ!!」

 

 

 2歩、3歩と引き下がった。顔も幾分か上気している。

 

 

「き、着なければなりませんか?」

『(動揺してる!?)』

 

 

 六課にいる面々が初めて見る光景だ。瞳も僅かだが震えていた。

 しかし、それは幻覚であるかのようにすぐに元の無表情に戻る。

 

 

「は、はい。安全の為、着たほうがいいと思います。その、どうかしたんですか?」

 

 

 全員の代表として、フェイトが先ほどの表情の理由を聞く。

 対する彼は、いつもの表情ではあるものの、淀みのない口調ではなく、

 

 

「わ、私のバリアジャケットは恥ずかしいのです」

 

 

 おずおずとぎこちがなかった。

 それでもフェイトに着用を要求されていたので、彼は傘の先端を地面につけ、

 

 

「セットアップ」

 

 

 彼の周囲が光りだした。

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 靴に類するものであれば、(かかと)から接地する歩き方をすると、カツカツと固い音がする。しかし彼の足音は少し違い、

 

 

――カラコロン

 

 

 小気味良い音が鳴り響いた。

 スバルたちにとっては見たことのない姿で、なのはたちにとっては和傘と同様に見たことのある姿であった。

 知る人の表現を借りるのであれば、彼の履いている履物は足の2本生えた『下駄』と呼ばれるもので、『足袋(たび)』も履いている。『仁・義・礼・智・信』を意味する五つの折り目を付けた黒い『馬上袴』を履き、上半身は紅緋(べにひ)の『羽織』をはおり、中も同じ色の織物を着ている。袖口等の端部分は無患子(むくろじ)の種の色をしており、その後ろからは白地が見え、三色が上半身を彩っていた。胸元には蛇の目に六角形の装飾があしらわれている。そして、激しい運動にも耐えられるよう、黒い(たすき)が隻腕でも器用に交差していた。

 

 

『…………』

 

 

 和傘によく似合っている。

 確かに、このようなバリアジャケットはここミッドチルダではみない服装であるが、特に彼が恥ずかしがるような格好ではない。

 

 

「別に、ねぇ」

「珍しい格好ですけど……」

「よく似合ってますよ?」

 

 

 スバルたちは口々に感想を述べ、周りも同意を示す。

 セットアップを完了した時点で、彼は鼻筋より上を覆う黒曜石のような鈍い光を放つ顔の輪郭を取った一見仮面ともとれるバイザーをしており、目は完全に隠れてしまっていた。おそらく、彼からは見えるが自分たちからは見えない作りになっているのだろう。

 それのみが、少し異質を放っていた。

 

 

「いえ、格好ではなく……」

 

 

 彼は背中を向けるとそこには、

 

 

 

 

『困った時の機械ネコ

 

 ネコは尻尾に語りかけ

 

 尻尾はネコにのみ命を告げる

 

 そして運命はネコに微笑む

 

 常にかわらぬ貴方の親友より……』

 

 

 

 

 という言葉がミッドチルダの言語で円を描いて書かれていた。中心部には横を向いた黒ネコが振り返りながら自分の尻尾斜め上を見つめているマークが大きく貼り付けられ、円の外側にはドライバー、スパナが左右に平行で添えられている。

 かなり人によって感想が分かれるデザインであり、どうやらコタロウにとっては恥ずかしいほうに傾く代物(しろもの)であるらしい。

 

 

『(……答えにくい)』

 

 

 フェイトも感想は控え、「それでは始めましょうか」と地上を離れた。

 コタロウは、またカラコロンと音を出しながら建物から飛び降りると、途中足元に格子状のエアロゲルをつくりだし、弾性力をふんだんに使って高く飛び上がっていった。彼女と同じ高さになって1人分の地面を作り、カラコロンと着地する。

 ここで初めてシグナムが口を開いた。

 

 

「主、カギネ三士の実力をご存じで?」

「ううん。知らん。けど、『Quad(クアッド)(エス)天魔使(てんまし)』のトラガホルン夫妻がいるわけやし、弱くは無い、と思う」

『Quad・Sの天魔使!?』

 

 

 周りも初めて聞く情報である。話題としてはなのはと同様に有名であり、姿は見たことはないが、その異名だけは局内でも知らぬ人がいないくらいである。唯一知らない若いエリオとキャロだけはティアナから局内の有名人であることを教えてもらう。

 

 

「あのお二方が? 異名名高い……」

「2人ともな、SS(ダブルエス)なんよ。アコース査察官から直接な」

「確か、入局当初話題になった人だよね?」

「せやね、その後2年くらいでぱたりと噂を聞かんようになったなぁ」

「私が怪我をした時だから……8年前、だね」

 

 

 スバルたちが入局当初は既に活躍の話しは聞かなくても、時々話題に出てくる人たちである。これほど近くにいるとは思わなかったと内心驚いた。

 そのなか、シャリオはふと頭に1つの共通点を見出す。

 

 

「……傘の制作開始年、ですね」

『…………』

 

 

 気付けばまた、彼に対して思考を巡らせている彼らがいた。

 はやてはこれはまずいと思ってか、シャリオにフェイトとコタロウがよく見えるようにモニターを展開させる。展開したのは複数で、見た目だけでなく、体内の魔力分布や体温、気圧など色々な角度から見ることのできる特徴ある画面だ。これで、魔力の動きなどを観察することができる。

 そこでシャリオは、コタロウの周辺気圧だけが違う事に気が付いた。

 

 

「……嘘」

「どないしたんや?」

「コタロウさんの周囲約1㎝の気圧が異常に低いです。高度およそ3500m級」

「今やったんか?」

「わかりません。ただ、あの地点に着いた時の魔力差分を見ても反応差が見られないという事は、普段から常時使用していると考えるのが普通かと……うわっ、下がりだした!」

 

 

 その気圧を一定にしていたのかと思いきや、急激に10000m級まで下がり、そこで彼の周辺気圧は安定した。その間、はやてたちも魔力反応を察知できた。

 バリアジャケットには本来、空気圧の防護も備えられているが、おそらく彼の場合は機能を一時的に解除しているのだろうとはやてたちは決定づける。

 そろそろとティアナたちもシャリオに近づいてモニターを見た。

 

 

「……そういえば、想定される限りのあらゆる『季』節と『天』気を操作できる機能が付いとるって言うてたな」

「『季天鋏(きてんばさみ)』機能ですね」

 

 

 『季天鋏 (seather(シザー) scissor(シザー)) 』という機能があると食堂でシャリオが話していた。はやてが言った通りの機能で、別名『気象布の裁ち鋏』と名を打ってあった。

 名前と概要以外は、魔力操作の独自理論が展開されており、修正に次ぐ修正が幾重にも張り巡らされていたため、彼女では理解できなかった部分である。

 今、空中にいるフェイトは彼の魔力反応は察知できたが、彼に対して一見どこにも変化が見られずにいた。

 

 

「それでは、使用者(わたくし)コタロウ・カギネの高度約10000mの超高高度を想定した酸素欠乏状態における、傘『潦《にわたずみ》』の試験運転兼動作確認試験を実施します」

「……え?」

 

 

 彼は相手の動揺を無視し、発言を続ける。

 

 

「試験協力者であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は、先ほどの御説明の繰り返しとなってしまいますが、戦略は自由とします。ですが、戦略立案の極端な長考はできるだけ控えるよう御願いいたします。その場合、適当な攻撃を行なってください。また、(わたくし)は衝撃で移動をすることはあっても、基本的に移動は致しません。もちろん、自身の危険性を考慮したうえで回避行動をしてしまうことは、事前に御了承願います。そしてもし、間合いの間隔に御要望がございましたら仰ってください。適宜設定いたします。以上、なにかご質問がございましたら、気にすることなく仰ってください。特に質問が無い場合は頷くか、そのまま5秒間お待ちください……」

 

 

 すかさず、彼女は質問した。

 

 

「酸素欠乏状態とはどういう事ですか?」

「言葉の通り、現在、私たちがいる空気濃度を気圧変化によって減少させ、酸素を欠乏状態にしたということです」

「コタロウさんの人体の影響は?」

(わたくし)はこの傘を所持し、且つ他者に対してある一定の距離がある場合、常に高度約3500mの酸素欠乏状態を維持しているため、特に問題はありません。私の現時点での最高高度耐性は高度約15000mで、耐久時間は72時間ジャストです」

 

 

 相手は普段以上に感情に抑揚が無くなっていた。

 相手を納得させようと、彼は答えに付加情報を発言するが、フェイトは彼の状態が納得ができない。

 

 

「何でそんな状態で試験を行うんですか!?」

「私たち工機課の人間は場所を選びません。飛行する艦船をも迅速に修理をしなければならない場合が存在します。それを想定しての訓練です」

 

 

 他の機械士も例にもれないことを告げる。

 そこでコタロウはトラガホルン夫妻に言われたことを思い出し、付け足した。

 

 

「トラガホルン両二等陸佐から、もし協力者が3つ以上の質問があった場合、この言葉を伝えよと伝言があったため、お伝えします」

 

 

 彼は再び口を開く。

 

 

 

 

『協力者になってしまった以上、何もかもが遅すぎる。分かっていることは、ただ1つ。ネコにとってはそれが日常で、普通であること。これ以上の質問がネコ本人に依存するものであれば、質問は別の機会に致しなさい。それはとても嬉しいことだけれど、頭の良いあなたなら御理解できるでしょう? 試験中、ネコに対する感情は排除することをお勧めする。そうそう、試験に関する質問であれば、どうぞ御自由に』

 

 

 

 

 彼の言葉以降、フェイトは一度深呼吸して相手を見据えた。

 両者間に無言の時間が流れる。

 

 

「5秒の無言、質問無しと判断いたしました。試験運転兼動作確認試験カウントダウン開始……」

 

 

 彼女は呼吸静かに、目を閉じる。

 

 

「5」

 

 

 彼の傘は開いてはおらず、右手に握られ、特に構えてはいない。

 

 

「4」

 

 

 彼のカウントダウンに動揺することなくやおら眼を開き、愛機(バルディッシュ)を構えた。

 

 

「3」

 

 

 モニターを見ている人、空を直接見上げている人たちを意識することは、今までの新人たちの模擬戦と同様にない。

 

 

「2」

 

 

 相手の表情はバイザーによって窺えず、カウントダウンは彼女の緊張を少し押し上げた。

 

 

「1」

 

 

 風が吹き、僅かにフェイトのツインテイルが揺れ、初撃の戦略を立てる。まずはそれで彼の実力を把握しなければならない。全力ではなくコタロウの力を測るのだ。相手の抱えている負荷は考慮しなくてよいと言い聞かせる。

 次の想定される言葉で、ゆっくりとフェイトは間合いを詰めていった。

 

 

「0」

 

 

 

 

 

 

 



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第30話 『それはあなたです』

 

 

 

 

 

――――試験開始 0分 in(イン) eyewall(アイウォール)

 

 

 自分の攻撃を受けるのであれば、もう少し強く、もう少し早く、次撃を行なえばよく、攻撃を避けるのであれば、さらに加減をすればよい。

 フェイトはそう考えていた。

 彼女は今まで執務官として現場調査や情報収集が多く、シャリオに手助けをしてもらってはいるものの、だからといって戦闘が多いとは限らず、少ない。

 それに、六課へ出向してからも自分から向かっていくような戦闘は少なく、指導がそのほとんどを占めていた。

 これより、特に相手の実力が知れない場合、初撃を重要視するのは当然といえば当然であった。触れること事態が危険という人物でもない。

 

 

「0」

 

 

 彼女は振りかぶり、一気に間合いを詰め――一般局員が認識できる速さ――ハーケンフォームで体重を乗せながら相手の頭上から振り下ろす。

 

 

「……へ?」

 

 

 音が耳に届くとともに、自分の視線は下のほうにいるなのはたちを捉えていた。こちら見ているシグナムを目が合う。そして、フェイト自身がそうであるように、モニター越しで見ている人たちも、目を見開いていた。

 

 

(何がおきたの!?)

 

 

 だが、模擬戦をしている人と模擬戦を見ている人とは観点が違う。前者は当惑で後者は驚きである。

 フェイトは彼が予想外の行動を起こしたため、認識できず、一瞬何が起こったのかわからなかったのだ。体勢を立て直し、彼を真正面から見ると、攻撃する前と変わらない自然体の構えである。

 もう一度、今度は見逃さないように重心を僅かに傾け、ハーケン(バルディッシュ)を振り上げる。

 ハーケンが頂点に達し振り下ろそうとした瞬間、彼が動いた。

 コタロウも和傘を振り上げ、これからフェイトが描くハーケンの軌道上を僅かに外れた位置に平行に添え、ハーケンが軌道を通り過ぎようとしたときに和傘をその()に当てて、軌道をずらし、自身に当たるのを防ぐ。

 この時の魔力で覆われたハーケンと傘が擦れる音をフェイトは初撃で聴いたのだ。魔力同士の擦れる音は荒い(やすり)のような乱暴な音ではなく、涼やかで根元から先にかけて音程の変わる鉄琴よりも滑らかな音色がした。

 

 

(これは想定してなかったな)

 

 

 最近は確実な防御をエリオたちに教えていたため、このような防御方法があったことをすっかり忘れていた。いや、聞いたことはあるが、実際見たことがあるのは初めてかもしれない、とフェイトは思う。

 

 

(――それならっ!)

 

 

 上からではなく、横から攻めようとハーケンを握りなおし、横一閃に薙ぐ。

 彼はフェイトの初動では動かず、薙ごうと刃が向かおうとしたときに動き、ハーケンと傘を擦り合わせ軌道をずらした。

 ハーケンは彼の頭上を斜めに通り、振り終えたフェイトは右腕が左目を隠すような残身をする形になる。

 自分の攻撃があたる感触はある。しかし、擦れる音とともに軌道をずらされ、空振る姿勢を残して相手を見据えるかたちで終わる。そして、相手は攻撃が逸れたのを見届けてから自然体に戻る。

 二撃、初撃もあわせると三撃、見事に自分の攻撃は受け流された。

 純粋に驚くが、それよりも心に息吹くものがあるのをフェイトはまだ自覚できずにいた。

 

 

(次は……)

 

 

 と、正面からではなく、彼の横に移動してみると彼はそれに合わせて彼女の正面を向くように動く。ただ、位置は動かない。

 それではと横に移動しながら視線をコタロウに向けず、払うように腕を振ると、腕が別の意思を持ったように上に弾かれた。いや、弾かれても反動は腕には響いてはこず、もともと自分が上へ払おうとしたかのように違和感が無い。

 力強さより、速さを重視したほうが良いかもしれないと、攻撃に意識せずに戦術を練る。

 その間、絶えず振り下ろし、振り上げ、右払い、左払いと攻めてみるが、全て音を奏でながら軌道をずらされ、当たらなかった。

 

 

(……うん! まずは……)

 

 

 フェイトは自分が口を僅かに緩めていることに自覚はなく、自身の速度を上げ始めた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第30話 『それはあなたです』

 

 

 

 

 

 

――――試験開始 0~5分 out(アウト) eyewall(アイウォール)

 

 

 フェイトの初撃があまりにも綺麗に逸らされたのを見て、特に新人たちは目を見開いた。なのはたちも多少驚く。

 二撃目も同様にコタロウが受け流したのを見て、それが偶々(たまたま)でないことを自覚させた。

 彼はそういうスタンスなのだと。

 

 

「なのは隊長」

「……何、八神部隊長?」

「なのは隊長だけやないねんけどけど、戦術、主に接近戦においてはそちらの方が詳しいはずや、分かったことがあれば、念話でもええ、考えずに口に出してほしい」

 

 

 はやては彼が避けるわけでなく、バリアで受けることもしなかったことで、これから予測される、不明事項をなるべく無くそうと全員に呼びかけた。

 了解ですと全員は頷く

 フェイトは彼との距離を保ちながら周囲を回り、攻撃を繰り出すがどれも初撃と同じように受け流されていた。

 

 

「フェイトの戦術、決まったみたいだな」

「うん」

 

 

 ヴィータの言葉になのはが頷き、フェイトは彼と距離をとる。

 彼女のマントが揺れる。肩幅にあわせてハーケンを握り締め、左足を後ろに前のめりになり、

 

 

「はァッ!」

 

 

 初撃よりは倍以上の速さで突っ込んでいった。大きく振りかぶり、

 

 

「……まずはパワーよりもスピード――」

「それで、正面からじゃなく、背……は?」

 

 

 フェイトが振りかぶった位置から消える前に彼は後ろを向いた。

 遅れて彼女の姿が消え、彼の背後――正面に出現する。

 彼女の体勢は振りかぶった状態であらわれるが、彼がこちらを向いているので目を大きく見開く。そのまま背後を狙おうとしていたのに、正面から受ける形になるのだ。魔力の(こす)る音が聴こえ、軌道を逸らされる。また、フェイトは屋上にいる彼女たちのほうへ視線が向く。

 

 

「ネコさんが背後からの攻撃を読んでたってこと?」

「……ううん。それ、違う」

 

 

 モニター越しから見るのをやめたティアナに、スバルにしては珍しく抑揚が無く、首を横に振る。因みにスバルもモニターは見ていない。

 

 

「ネコさんが動いたのはフェイト隊長が消える少し前……」

「だからっ――」

「消えるってことは残像なんだよ。つまり、消える前にはフェイト隊長はそこにいなくて……」

 

 

 まさか。とティアナは息をのむ。

 

 

「……フェイトさんに合わせて動いたってこと?」

 

 

 スバルは頷く。

 つまり、残像に騙されること無く、彼は動いただけだとスバルは言葉を漏らす。視界の認識がコタロウとは違うことを自覚する。

 

 

「多分、エリオもそう見えてるはず……ね? エリオ?」

「あ、はい。でも、残像は残ってますよ?」

「それは私も。普段接近戦で慣れてるんだと思う」

 

 

 上空ではその間も彼女はフェイントをかけつつ、彼の背後から攻撃しようとしているが、彼の正面を攻撃するかたちに終わる。

 気付けば彼女の行動が執着ともとれる時間が経過していた。

 だが、

 

 

「……なのは隊長、フェイト隊長はまだ手加減しとるんか? なんや、そうは見えへんのやけど」

「うん。全力じゃないけど、かなり本気でやってる」

 

 

 見上げるなのはの目が、どのように見えているのかは分からないが、はやての目にはフェイトが2人、3人で彼を囲っているように見え、目が追いつかない。なにより、戦っている2人はぶつかり合って競り合うことが無いのだ。全てフェイトの振り抜きで終わる。

 

 

 

 

 

 

――――試験開始 5分 in eyewall

 

 

 フェイトはまたコタロウの背後を狙おうとするが、正面から上から下へ受け流されたのを最後に再び彼から距離をとった。

 

 

「……はぁ……はぁ」

「…………」

 

 

 フェイトの呼吸が乱れ始めたのに対し、コタロウの呼吸は乱れていない。

 

 

(もう、一度ッ!)

 

 

 この一撃を最後にしようと今日一番の速さで間合いを詰め、彼の背後に回り込む。

 今度は移動し終わった後も、

 

 

(よしっ!)

 

 

 彼の背中がフェイトには見えた。彼女は既に振り下ろすだけの状態であり、そのまま彼の右肩に狙いをつけ、振り下ろす。

 

 

『――なっ!』

 

 

 降りぬいたとき、彼女の予想としては左足のほうを抜けて終わるはずなのに、実際は右足のさらに外側へ抜けていた。

 今まで彼に逸らされるたびに聴こえた擦れる音が振り抜いた今になって耳に響く。

 すぐに彼へ視線を向けるが、相手は正面は向いておらず背後のままだ。ただ、傘だけが『ちょっと一息(ブリーズ)形態――槍のように長い野天傘』になっており、ハーケンが今通過した軌道上に添えられてあった。

 コタロウはゆっくりとフェイトの方を向き、傘を元の状態へ戻す。彼女の視線はそのまま彼の目を合わせる位置にあったが、相手がバイザーをしていたのでそれは叶わない。

 

 

(凄い! 正面、背後関係ないんだ。 それならっ!)

 

 

 バイザーに何か秘密があるのかと考える余裕は彼女には無く、即座に彼と距離をとった。

 中距離より近く、近距離よりも遠い位置まで移動する。

 そこで改めて彼の姿を広くみると、彼の持つ傘が異様な光を帯びていることに気付いた。

 

 

 

 

 

 

――――試験開始 5~8分 out eyewall

 

 

「なァ、何かアイツの傘、光ってねェ?」

「……そうだな」

 

 

 それは屋上にいるヴィータたちにも見えているようで、シグナムも頷く。

 

 

「傘にフェイトさんの魔力が移動しているんです」

「はァ!? じゃあ、あの傘、フェイトの魔力奪ってるのか?」

「いえ、奪っているのではなく、移動してるんです」

 

 

 奪うと移動は違う事をシャリオは言及する。

 彼女はモニターで魔力反応を見ていたのでフェイトの魔力がコタロウに移動している経過をみていたのだ。

 全員がシャリオの方を向くなか、キャロが口を開く。

 

 

「エリオ君」

「なに、キャロ?」

「あれ、もしかして、『擦過現象』じゃないかな?」

「……あ」

 

 

 彼女の予測に、エリオは保護施設や訓練校の基礎カリキュラムでその用語が出てきたことを思い出した。スバルたちもキャロの言葉に反応し、言葉を漏らす。

 

 

「なるほど、『擦過現象』ね」

「……初めて見た、かも」

 

 

 なるほど。と2人は感心するが、ヴィータをシグナムはなんだとシャリオを見る。

 

 

「『擦過現象』、もう少し詳しく言うのであれば、『魔力異相差間の擦過行為による素子自由化、及び相平衡を利用した魔力素子遷移現象』ですね」

 

 

 フェイトは自身の周りに魔力弾を複数出現させていた。

 

 

「一方の魔力量が極端に大きく、もう一方が極端に小さい場合で、且つ大きいほうの魔力結合力が小さいほうに比べ弱い場合、擦過――互いを擦り合わせたときに発生する現象です。簡単に言いますと、高さの違う砂山を同じ高さにしようとする現象といえばいいでしょうか」

 

 

 一般的に、結合した魔力は衝突すれば必ずその箇所は破壊され、魔力素子は制御を離れ自由素子となる。生成した防御壁が攻撃を受ければ常に同じ強度は保てず、その分弱体化するものだ。

 そして、この時相互間に極端な魔力差が発生する場合、束一的性質と呼ばれる相平衡――安定を求めて均一を保とうとする現象――により魔力素子が小さいほうに遷移するのである。

 これは衝突を連続で繰り返す、つまり擦過を行なうことによって発生するため、一般的には『擦過現象』として呼ばれ、より専門になるとシャリオが話したように『魔力異相差間の擦過行為による素子自由化、及び相平衡を利用した魔力素子遷移現象』と少し長ったらしい呼び方になる。さらに、そこで制御を行なえば魔力素子は雲散することなく他人の魔力を相手の制御下におけることが可能だ。

 

 

「そんなの、今まで見たこと無ェぞ」

「……あるわけありませんよ。単純に魔導師ランクではなく、魔力量の比較でいうと、Aクラスでさえ相手はEまたはFクラスの方ぐらいでなければ発生しない現象なんですから。それ以上でしたらDくらいの差が無ければそんな現象は起こりません」

『…………』

 

 

 ヴィータとシグナムは黙りこむ。

 現在、フォワードメンバーの中にそれほど魔力量の低い人間はいない。全員魔力量は高く、将来性のある人材を集めているのだ。低い人間はいないと言ってもいい。

 

 

「……ゼロレンジ」

 

 

 彼の防御方法を見て、思い出したようになのはが言葉をこぼした。

 

 

「なんやの、それ?」

「あ、うん。一般的にクロスレンジ――ショートレンジも含む――とミドルレンジ、ロングレンジのうちのどれか、あるいはそのいくつかを専門とする魔導師になるんだけど、それはある一定の魔力を持つ人しか魔導師になれないという現在の適正基準が出来てからなんだ。でも、その基準が出来る前はどんなに魔力量が低くても魔導師になれたから、その人たちが戦える領域があったの……」

 

 

 前置きとして、先輩に聞いた話であるとなのはは付け加える。

 

 

「それがゼロレンジ。クロスレンジよりも相手に近く、まるで触れてしまいそうな距離のことなんだ。そのなかでも特に優れた人は『擦過現象』を巧みに使う『アドヴァンスドグレイザー』って呼ばれて、魔力量差を実力差をせず、相手を圧倒することができたみたい、なんだけど……」

「なんやけど?」

 

 

 はやてはなのはを見て訝しみ、

 

 

(……魔力量差を実力差としない?)

 

 

 ティアナは(こぶし)を握り、クロスミラージュに目を落とす。その代わり、

 

 

「うん。でも――」

『すり抜けた!?』

 

 

 上空で何が起こったのかを彼女たちは見逃した。

 

 

 

 

 

 

――――試験開始 8分~11分 in eyewall

 

 

 フェイトはコタロウが何をしたのかを一挙一動として見逃さなかった。

 自分が放った複数の魔力弾は相手に全弾命中させるためのものではなく、散弾のように広範囲を想定したもので、相手が移動するなり、傘を開くなりの回避行動をとるだろうと彼女は考えていた。

 しかし、彼の取った行動はそのどちらでもなく、

 

 

(自分に当たるものだけ、軌道を逸らした)

 

 

 弾幕のなかで自分に当たるものだけに傘の先端を当て、進行方向を変えたのだ。魔力弾は彼の身体すれすれを吹き抜けていった。

 遠目から見れば弾幕の中をすり抜けたように見える。

 

 

(ふ、ふ。それなら、左右同時なら、どう?)

 

 

 まだ、彼女は自分が微笑んでいることに気付いていない。

 心地よい疲労を感じながら、今度は先程より倍近い魔力弾を生成する。

 空は晴れ、太陽が地を照らしているのに、彼女の周りは自身の魔力弾でそれよりも明るい。彼女はそのそれぞれに意思を送り、彼に向かって撃ち放った。左右に別れ、加速し、彼に向かうのをフェイトは見届け、戦術を練ろうとするが、

 

 

(……駄目だ。攻めたい!)

 

 

 寒気に近い振るえが身体に走ると、一度大きく彼と距離をとり、叫んでいた。

 

 

「ザンバーフォーム!」

 

 

 ソニックムーヴも惜しむことなく()()唱え、離れた距離を助走距離として加速度をつけ、彼に突っ込んでいった。フェイトは彼にザンバー――剣――を突き刺す構えである。

 コタロウは傘を伸ばしその中心を握り横にして胸元におく。

 

 

(長さは準備運動で見たとおり自在なんだ)

 

 

 彼の身長の3倍はある長さだ。彼女はさらに加速し距離を詰める。

 そして、彼は魔力弾が自分に着弾するよりも先に、

 

 

(傘の(しな)りを利用して(たわ)ませて、当たる弾だけ(こす)らせた!?)

 

 

 三方向の攻撃がほぼ同時であれば、自分から先に当たるのだけ対処すればよいかのごとく、先端と柄の部分で弾だけ先に軌道を変える。

 その後、瞬時に傘を折りたたみ、ザンバーと地面に対して垂直に前に出し、接触する瞬間に手首を巻き込みながら身体を回転し、剣の腹を撫で、フェイト諸共(もろとも)後ろへ受け流す。左右から彼を襲う魔力弾は彼女とも交差するかたちになるが、彼女は身を(ひるがえ)してよける。

 

 

(傘の伸縮は自身の間合いの調整なんだ)

 

 

 通り過ぎた後、フェイトは彼のほうを振り返ると、傘がまた一段を輝きを帯びていた。

 頬を汗が伝い呼吸が徐々に荒く鼓動も跳ね上がるが、気だるさはなく、心地よい。

 

 

[フェイトちゃん、今のはさすがに……]

 

 

 なのはから念話が入る。明らかに危険性ある行動だとフェイトは言葉遣いから判断できた。

 しかし、

 

 

[……ごめん、なのは。今は、集中したいんだ]

 

 

 彼女の言葉を押しのけた。屋上には一切目を向けない。

 コタロウと間合いを詰め、一撃、二撃と剣を振るい、接近戦を繰り広げながら魔力弾を放ち、自身もその弾幕の中に侵入し、さらに剣を振るう。そして、距離をおいてはまた攻めるとったことを繰り返し続けた。

 彼は傘の長さを自由に変えて、彼女の軌道を擦りながら逸らしていく。

 精神はますます研ぎ澄まされ、自分たちを見ている人たちはもとより、空の景色も分からなくなるほど視界が狭まり、対象がコタロウだけに絞られていった。ただ、周囲を飛び交う自分の魔力弾は手に取るように分かり、軌道修正したりなとでして彼に向かわせる。

 また彼女は彼から距離をとり、呼吸を整えながらカートリッジを3ロード。足元に魔法陣をひき、魔力を練り上げる。魔力が変換され激しい稲妻を周囲に呼び起こし、コタロウに手を翳すと、そこに照準と砲口の役割を果たすリングが二重三重に出現し、手のひらに自身とロード分の魔力が収束していく。相手の姿が霞むほどだ。

 その後、

 

 

「プ、ラズマ……スマッシャーーーッ!!」

 

 

 コタロウに向けて砲撃を撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

――――試験開始 9~14分 out eyewall

 

 

 フェイトがコタロウに向かって左右から攻めるように魔力弾を放つ。

 シグナムは先程のフェイトの斬撃や正面からの弾幕にとった彼の行動を見て、

 

 

「当たるものだけ、軌道を逸らす、か」

「バリアやフィールドを使わず、使う防御壁はシールドのみ。しかも、接触時に接触箇所だけ展開して擦る」

 

 

 ヴィータと揃って片眉を吊り上げるが、フェイトからこぼれる微笑みをみて、自分が拳を握っていることに自覚はあった。

 一つは武者震いであり、もう一つは、

 

 

(……しかし、まぁ)

 

 

 何故断ってしまったのかという後悔である。

 今まで、魔力量の大きさはその人の実力とほぼ比例し、魔力量が少なくとも、雰囲気からその人の実力を判断できた。だが、彼の場合、そのどれにも当てはまらず、とても戦う人間には見えない。

 まさか、戦いの面でも彼に驚かされるとは思わなかったのだ。

 

 

(……うゥム)

 

 

 上空を見上げながら腕を組み、左右の魔力弾がコタロウに迫るのを見ながら、仕方がないとシグナムは首を振る。次回強制的にこちらから迫ってみるかと考えを無理やり完結させて、ひとまずフェイトに自己投影することによって後悔を軽減する作業に写ることにした。

 

 

(私の場合は左右の魔力弾だけの様子見は……やはり、そうするだろうな!)

 

 

 フェイトは少し彼から距離をおき、速度魔法をかけて突撃していった。

 しかし、彼はその三方向からの攻撃を左右の魔力弾から捌き、その後、正面の彼女を接触すれすれで受け流す。

 

 

「いくらなんでも危険すぎるよ」

 

 

 なのはが言葉をこぼしていた。

 

 

[フェイトちゃん、今のはさすがに……]

[……ごめん、なのは。今は、集中したいんだ]

 

 

 と、全員に響く念話で謝りながらも姿勢を変えず微笑む彼女を見て、シグナムも口元を吊り上げる。

 すぐにフェイトは魔力弾を放ちながら彼に迫り、接近戦を繰り返していた。彼女特有の電光以外にも頬を伝い、髪を走る汗が舞い、輝いていた。また、コタロウの傘も輝きを増す。

 一度距離を置き、また接近戦。また離れてと繰り返すたびに速度は増し、彼女の中で練り上げられる魔力量も増え、磨かれていく。その(たび)にシグナムは武者震いを覚え、隣にいるヴィータでさえ、魔力が練り上げられていくのを感じる。

 それは先ほど注意したなのはやスバルも同じであった。

 

 

『(……引き込まれるな)』

 

 

 まるで台風の目(アイウォール)に引き込まれるように、2人の戦いから目が離せなくなる。

 いや、

 

 

(本当の台風の目はアイツか)

 

 

 襲い来る連激による連激を何事もなかったように受け流し、呼吸を乱れず(たたず)むコタロウこそがその中心であるとシグナムは首肯する。

 

 

「なぁ、コタロウさん疲れへんのかなぁ?」

 

 

 そうはやてが言葉を漏らすのも当然である。

 

 

「ただでさえ、酸素欠乏状態なんやろ? おかしないか?」

 

 

 シャリオがモニターを覗き込む限り、接近戦だからか、欠乏状態なのは彼の頭部だけに狭まっている。そうであっても呼吸を行なうのは頭部であるので、依然として酸素が欠乏しているのは変わらないが。

 

 

「疲労を感じない人はいません。ただ、普段から気圧を低く過ごしているせいか、酸素摂取能力が格段に高く、心臓の筋肉が発達しているからだと思います」

「身体能力が高いということか?」

「はい。そうとも言えますが、単純に筋力があるとか体力がただ高いというわけではありません。一般的に人の心拍数は1分間に60~70。多くて80と言ったところでしょうか。ですが、コタロウさんの場合、模擬戦開始時で心拍数が1分間で約20回――」

 

 

 シャマルの言葉に、はやては聞き間違いかと片眉を上げた。彼女はシャリオの気圧変化の驚きで体温などのモニターを見ていなかったのだ。シャマルだけが身体に関わるモニターを見ていた。

 

 

「現在で多くて40前後を保ち続けています。気圧を低くしてもコタロウさんに異変がないのは、それらが影響しているのでしょう。呼吸回数も極端に少ないです。これは1年やそこらで身につくものではありません」

 

 

 平地での訓練や実戦では酸素摂取能力は身に付きづらく、高山を想定した気圧の低い場所での長時間行動で身に付き、強靭な心臓は平地でも身に付くが、高山に比べればそれほどでもない。

 医務官として人体に詳しいシャマルは、これほどまで環境に依存しない瞬発力と持久力を兼ねた人間を見たことがなかった。現在、管理局にいる人たちは、そのほとんどが平地での訓練で、身に付く体力しか持ち合わせていないのだ。しかも、戦闘を主としない人間がそれを身に付けているということにさらに驚く。

 彼の発言からするに、高高度対策であるということは間違いない。そう思うと、フェイトが彼への質問時に考えたであろう言葉が頭をかすめる。

 

 

(コタロウさん、貴方は一体どんな環境で過ごしてきたのですか?)

 

 

 彼が機械士で、出向がほとんどである限り、過ごしてきた環境が一カ所で無いことは分かっていた。だが、それでもトラガホルン夫妻が以前こぼしていた、劣悪な環境というものはどういうところなのかが気になってしまう。人間関係だけでなく、環境そのものに。

 ただ、それは決して聞かないと心に決めていた。

 

 

(貴方なら、聞けば答えてしまいそう)

 

 

 あの夫婦だから話すというものではなく、単純に『質問したから答えた』という結果に終わるのが、シャマルはなんだか怖かったからだ。

 彼に近づけば近づくほどそれが分かってしまう。リインは分からないが、少なくともヴィータはその考えに至っているだろうと彼女は思いながら、今はそれを考えるべきではないと考えを改め、頭を振ってモニターを見なおした。

 

 

『…………』

 

 

 上空にいるフェイトは彼から距離を置き、出現させた魔力弾を使い果たして、肩を大きく上下させて呼吸をしていた。

 左手にバルディッシュを持ち、右手のひらを顔に当て、ぐいと汗を拭う。しかし、辛そうな表情はうかがえず、微笑()みがこぼれている。そして、バルディッシュをスタンバイフォームに戻して、両サイドの髪留めをほどいた。

 なのはたちはどうしたのだろうかとおもうなか、彼女はツインテイルをやめ、後ろで1つに結いあげた。ふるふると頭を振って乱れないことを確認する。

 

 

(そこまでか)

 

 

 戦っている最中、極稀に髪の毛が(うるさ)いと思うときがある。おそらくフェイトはその状態に陥ったのだろうと、シグナムは彼女のポニーテイルに目を細め顔を緩めた。

 次に彼女はカートリッジを3ロードして、魔方陣を足元に引き、スタンバイフォームを解除したハーケンフォームの状態で相手に手を(かざ)す。

 

 

『砲撃!?』

 

 

 数名の言葉が重なり、

 

 

「プ、ラズマ……スマッシャーーーッ!!」

 

 

 それは撃ちだされた。

 コタロウは、砲撃が打ち出されたと同時に右足を引き、腰を低く突く構えをとり、今までフェイトから移動してきた魔力を瞬時に練り上げる。そして、不規則な輝きを放っていたものから、鈍く落ち着いた光を傘に纏わせ、

 

 

「――ムゥッ!」

 

 

 砲撃に向かって突き抜いた。

 2つの光が接触しようとした瞬間、フェイトの撃ちだした砲撃がぐにゃりと曲がり、彼の左肩、首元すれすれをかすめることなく通過する。

 

 

『……は?』

 

 

 傘は光を失って、模擬戦開始時の通常の傘に戻る。

 

 

「……はぁ……傘を開いて、対応すると……はぁ、思ったのに……」

 

 

 それだけ言うと、また彼女はバルディッシュをザンバーフォームに変え、魔力弾をまた複数生成した後、コタロウに切り込んでいった。

 

 

「……そうか、干渉だ!」

「干渉?」

 

 

 思い出したようにシャリオが声を上げる。

 

 

「はい。フェイトさんが打ち出した砲撃に対し、コタロウさんは今まで遷移してきた相手の魔力素子で傘の周りを砲撃を同じ魔力結合を施し、砲撃と同じ速度で撃ち抜くことで干渉、つまり相手の砲撃の『波』に同様の『波』を与えて、歪ませたんです。本当はコタロウさんのほうも歪むんですが、手に持っている分、力で押さえつけて反動を相手に返したんでしょうね」

「そんなこと、可能なんか?」

「目にしたと思いますが、可能です。ただ、それは相手と同類の魔力、同様の魔力結合、加えて同速でないと発生し得ません」

 

 

 さらに、とシャリオは続ける。

 

 

「この、言うなれば『砲撃干渉』は、理論上だれでも可能です」

 

 

 教本にしか載っていない、あるいは部屋の中で行なう実験くらいにしか見たことの無い現象がこれだけ広い空間で行われたことに、シャリオは興奮を隠しきれない様子だった。それは当初抱いていた、傘と彼自身の秘密を打ち消す程である。

 

 

「片や攻戦一方、片や防戦一方だからできるのでしょうね」

 

 

 彼女は声を漏らす。

 確かに、一方が攻撃に徹し、もう一方が防御に徹する。お互いが1つのことしか考えないが故にできるものだとシャリオは考える。攻める人にとって防御を考えないことは一つの利点とも言えた。

 そうシャリオが考えるなか、はやてとヴィータは彼女の言葉に思い当たる節があった。

 

 

 

――「わかりません。少なくとも、私はジャンとロビンに勝ったことはありません」

――「ネコはいつも防戦一方だもんな」

 

 

 

 ホテル・アグスタでのオークションの護衛任務でコタロウとトラガホルン夫妻たちとのやり取りだ。

 

 

『(もしかしてあの2人、守ることしか教えてないんじゃ……)』

 

 

 勝ったことがないというのは、同時に負けたこともなくて、防戦一方というのは攻撃を教えてない、あるいはコタロウ自身が攻撃することを拒んだのではないか。と思わずにはいられなかった。

 『戦うことで大切な人を守る』というのは聞いたことがあるが、純粋に守る技術だけに特化した人物を見たことがない。

 彼女たちがよく知るユーノ・スクライアでさえ、バインド等の敵の拘束する魔法を持っている。多分、ホテル・アグスタで捕え損ねた人物との攻防戦は誰かの助言と独自で考えての行動だったのだろう。普通のワイヤーを使用して拘束したと彼は言っていた。

 

 

 

――「でも初めてね。ネコが実戦をしたなんて」

――「ああ、そうだな。少なくとも出会ってからは」

――「え、うん。うん? そ、か。いや、思い出したよ。初めてだ、僕。模擬戦以外で人と戦ったの」

――『快挙だ』

 

 

 

 だからあの時、そんな会話をしていたのだ。それにデバイスである傘を使わずに戦ったのは今日話したところからも考えることができる。

 

 

「あれだけの戦い――いや、守りか。あれだけの守りができて、細かい魔力制御、アタシら顔負けの身体能力をもっているのに。魔力量が低すぎて正規の武装局員じゃないから、デバイス使った戦闘は緊急時以外規定違反? なんだそれ?」

 

 

 フェイトの息をつかせない魔力弾の応酬と剣による連激を、傘の形態を変えて柔軟に対応し、彼女の体力を削ぎ落としていくコタロウ。しかも、彼は最小限の動きであるため、体力消耗は僅かで相手の魔力を擦り取る。

 

 

(魔力量の低い人間が魔道師になれないのをこんなに不毛に感じたのは初めてだな)

 

 

 そんな彼を見ながらヴィータは戦いたい反面、狼狽して眉を動かす。なんとも複雑な気分であった。

 だが、その雨のように2人の間に降り注ぐ魔力弾のうち、その1つがおかしな軌跡を描いていることに気が付く。

 なのはもそれに気付いた。

 

 

「フェイトちゃん、気付いてない!」

 

 

 それはフェイトの背後の死角を捉え、そこからコタロウを狙っている。今までもフェイトの背後からの魔力弾による攻撃はあったが、かなり早い段階で彼女は避けて対応していた。

 今回はその動作を取ろうとする気配がない。

 体力消耗による集中力の低下で、想像以上に自分の体力が削られていることに気付いていないのだろう。精神力で戦っているといってもいい。

 なのはは瞬時に念話で呼びかけようとするが、呼び掛けることで逆に集中力が切れてしまう可能性があり、躊躇してしまった。彼女、いや2人の周りにはなのはでさえ訓練に使用したことの無いくらいの魔力弾が飛び交っている。

 その一瞬の戸惑いで、魔力弾はフェイトのすぐ背後まで迫ってきていた。

 

 

『……え?』

 

 

 

 

 

 

――――試験終了 6分~5分前 in eyewall

 

 

(…………)

 

 

 プラズマスマッシャーを撃ってからか、それともそれ以前からだろうか。フェイトは考えることを止めて、純粋に戦いを、彼が自分の攻撃を受けるわけでなく擦り続けるのを楽しんでいる。

 髪を結びかえたことに意識はない。

 

 

「……はぁ、ングッ……はぁッ!」

 

 

 ぶつかり合うことを彼はさせてくれない。フェイントが通用しない。自分の動きを見逃さない。位置を移動してかわすということをしない。

 それに加えて魔力弾を狙っているのにそれも身体を張って避けることはせず、自分に当たらないように軌道をかえるのだ。

 上斜めからの斬りつけるが、角度を変えられ当たらない。(かえ)して再度斬りつけても同様だ。だが、当たらないことに対しての焦れる衝動はない。

 そして、この時、残り時間が僅かであることに気付かなければ、自分の体力が既に尽きかけていることにもフェイトは気付かなかった。

 だから、今までなら気付いていた背後にある魔力弾に気付かなかったのは、意外ではなく当然であった。

 上下左右から魔力弾を先行させながら正面からフェイトはぎらりとコタロウを睥睨(へいげい)し、重心を下げ、斬り込む。

その時、今までの傾向として、傘を伸ばして魔力弾の軌道を変え、自分の振り下ろす剣に即座に対応するが、

 

(……えっ!? 当たっ……た?)

 

 

 その挙動はなく、相手の左腰、右肩、左目上――バイザーが砕ける――右足に当たり、

 

 

(――ッ!! 止められない!)

 

 

 我に返り、自分の剣を止めようとするが、寸止めする位置に剣はなく、相手の左肩から右腰骨まで思い切り振り抜いた。

 コタロウはその間、自分に当たる魔力弾をものともせず、フェイトの左肩に傘をのせるだけに執着し、彼女が剣を振り抜いた瞬間、自分に引きこむようにして身体を入れ替える。

 身体が入れ替わる瞬間、フェイトは今まで自分がいた場所に魔力弾が迫っていたことを知り、それを彼は小回りのきく折りたたみの傘で弾を逸らした。

 

 

「あの、すみま――」

「集中力を、切らせないで下さい」

 

 

 砕けたバイザーから片目だけ覗かせ、彼女を見据える。

 その目で、はたと気付いた彼女は急いで周囲を飛び交う魔力弾を再び制御させようと意識を集中させるが、疲労からか、今の今まで制御が取れていたのに、魔力の制御が取れない。

 体中に気だるさが襲いかかる。完全に集中力が切れ、今まで忘れていた疲労が一気に押し寄せる。

 その証拠に、

 

 

「あの!」

 

 

 魔力弾を抑えることができず彼に迫り、逸らすかたちで終わる。

 フェイトはぐらりと飛行でさえ危うくなる。

 

 

「危険です。近付かないでください」

「でも!」

 

 

 なのはとヴィータが向かってきたが、それを制止させる。

 コタロウは傘を口にくわえ、崩れ落ちそうなフェイトを抱きとめ、

 

 

[私の腰元に(つか)まっていてください]

[……え、あの]

[掴まっていてください]

[は、はい]

 

 

 彼女が力を振り絞りながら腰にしがみつくのを確認して、傘を握る。

 

 

「残り約5分で試験を中止し、ひとまず危険回避行動訓練に移行します」

 

 

 彼はフェイトに見向きすることなく、また押し寄せる魔力弾を逸らし、傘を構えた。

 そこで改めてフェイトは周囲を見回し、先ほどまで制御のとれていた魔力弾をみると、それらが自分を狙っているようで、

 

 

(この弾幕のなか、コタロウさんは私の攻撃を受け続けてたんだ)

 

 

 ぶるりと身体が震える。視界が広がり意識を外に向けると、今まで自分が起こしていた空間に少し恐怖するほどだ。疲れがなければ何のことはないが、今の自分の状態を考えると、そう思ってしまう。

 

 

「寒いのですか?」

「あ、いや――」

「傘、自浄後剥離(アンマウント)、ブランケット、色彩(カラー)ダーク・アンド・シルバーチェック」

 

 

 コタロウは生地と骨を分割させると傘を咥え、右手で生地を器用にフェイトのマントの下に滑り込ませた。

 

 

「マントよりは防寒効果があると思われます。すぐ済みますから、もう少々お待ちください」

 

 

 集中力が切れ、体力も無くなり、魔力弾が制御できないのも合わさって、申し訳なさでいっぱいになりながらフェイトはコタロウを見上げたとき、

 

 

「――上昇(アッパー)から頂点(トップ)へ」

 

 

 ぼそりと彼の口から漏れたのを聞く。

 すると、下から覗き込んだからか、模擬戦では見ることのなかった両目がよく見えた。バイザーは丁度半分壊れ、そこから光が差し左目だけを照らす。瞼は開かれ、瞳も僅かに小さくなり、少なくともいつもの寝ぼけ眼ではない引き込まれそうな真剣な目つきだ。

 

 

「ロード数(ナイン)

 

 

 傘が「かち」とダイヤルを回すような音が9回鳴り、僅かに回転するが薬莢は排出されず、コタロウではなく傘の魔力量が跳ね上がる。さらに呼応してフェイトが抱きついている羽織りが9つに割れ、彼の踵ほどまで伸びた。

 魔力反応は当然周りにいるなのはたちにも感知できたが、一番近くにいるフェイトが何よりもそれを感じ取れた。

 

 

「『九 尾 の 猫(キャット・オー・ナイン・テイルズ)形式(スタイル)

 

 

 

 

 

 

――――試験中止 0分~3分 out and in eyewall

 

 

 和傘に生地はなく、骨組みがよく見えた。

 その骨組みである36本の親骨は使用者の身長の5、6倍まで伸び、3本ずつ三つ編みに12本の束になる。次に傘の先端が伸び、束になったうちの3本がそれを中心に編み込まれていった。

 その後、ネコの尻尾のようにぐねぐねと縦横無尽に空間を這う。

 さらにヴィータはコタロウの羽織の文字が変化し始めたことに気が付いた。

 

 

 

 

『困った時の機械ネコ

 

 ネコは尻尾に語りかけ

 

 尻尾はネコにのみ命を告げる

 

 其れは天の如く九つ成り

 

 中央鈞天(きんてん)

 

 東方蒼天(そうてん) 西方昊天(こうてん) 南方炎天(えんてん) 北方玄天(げんてん)

 

 東北方変天(へんてん) 西北方幽天(ゆうてん) 西南方朱天(しゅてん) 東南方陽天(ようてん)

 

 そして天はネコに微笑む

 

 常にかわらぬ貴方の親友より……』

 

 

 

 

 言葉が増え二重にぐるりと猫のマークを囲い、その猫の尻尾も九つに分かれ、先端が稲妻のような『かぎしっぽ』となっていた。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官」

「……はい」

「今この時より、危険回避まで貴女を全力でお守りいたします」

「……は、はい!」

 

 

 フェイトがコタロウを見たことに対し、彼は一度も目を合わせず、周囲の魔力弾を炯眼(けいがん)し鞭を振り上げる。

 

 

『――っ!?』

 

 

 周りは彼ら2人が瞬時にして弾幕の外に出たように見えた。

 だが、それは違い、

 

 

「魔力弾が動いた!?」

 

 

 位置、座標が動いたのはコタロウたちではなく、周囲の魔力弾だったのだ。その証拠にフェイトの髪も(なび)いてなければ、彼の羽織も靡いていない。

 

 

「高町一等空尉、テスタロッサ・ハラオウン執務官をよろしくお願いします」

「は、はい!」

 

 

 なのはは急いで()()()()のコタロウに近づき、酷く疲労しているフェイトに肩を貸し、彼から受け取る。

 

 

「直ぐに離れてください。全弾に触発をかけたので一斉に襲いかかってくるでしょう」

「でしたら、私のシールドで」

「それでは、この『九天鞭(きゅうてんべん)』の動作確認ができません」

 

 

 九つに割れた鞭と羽織の端がうねうねと動きはためく。

 コタロウは彼女が離れないことに首を傾げ、カラコロと自分自ら彼女から距離を置き、襲い来る弾幕のほうを向く。

 とりあえずなのはは、彼より今自分が抱えているフェイトを優先し、ヴィータに合図を送ってシャマルのほうへ降りていくことにした。

 その後、コタロウは向かってくる五十、六十では収まりのきかない弾幕を当たる当たらないにかかわらず、自分を通過するたびに全て擦らせ、魔力を削り取り、弾が存在を保てるまで縮小、自壊させて、その場を収めた。

 フェイトがぼんやりと見るコタロウのその姿は、弾幕の中を静かに舞っているようであった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 階段を降りるように、カランコロンと下駄の音を奏でながら彼はなのはたちのいる屋上に着地すると、すぐにフェイトはよたよたと立ち上がり口を開く。

 

 

「す、すみま、せん、でした!」

「構いません。こちらのほうこそ、試験に助力していただきありがとうございました」

 

 

 息をつきながら、丁寧にお辞儀をする彼女にお辞儀で返し、フェイトががくんと膝から落ちそうになるのをなのはとシグナムに支えられ、すぐに救護室へ運ぼうする。エリオやキャロも彼女たちに付き添い、その後をスバルやティアナがついて行く。

 そして、全員が隊舎へ戻ろうとするなか、シャマルは寝ぼけ眼の男に口を結んで、腕を組んで仁王立ちをしていた。それを見て、歩みをとめるものがちらほらいる。

 

 

「コタロウさん!」

「はい」

 

 

 どうやら、先ほどの自分を省みない行動にかなりご立腹のようである。

 

 

「もっと自分を大切にしてください!」

「大切にしていますが? 死ぬのは私も困ります」

「あの、いや、そうではなくてですね……」

 

 

 彼にとっては死ぬか死なないかが重要だという。

 シャマルはコタロウにさらに注意しようとするが、よく考えればフェイトも、いや、彼女のほうが自分の疲労を考えない無茶な行動をとっている。そう、そちらのほうこそ注意しなければならない対象だ。彼はそれを助け、守ったにすぎない。

 そう考えると、怒りよりも仕様がないという気持ちのほうが大きくなり、彼女は肩の力が抜けてしまった。

 

 

「もう、いいです。もう少し、自分に気を遣ってください」

「わかりました」

「それで、コタロウさんは身体、大丈夫なんですか?」

 

 

 極度に疲労したフェイトも心配であるが、彼も当然心配なのだ。しかし、そこでシャマルは先ほどの模擬戦を振り返る。

 

 

(あれ? フェイトちゃんは疲労してるけど、コタロウさんは……)

 

 

 きょとんと彼女はまだバリアジャケットのままであるコタロウの身体全体をみる。

 顔にかかるバイザーは割れて片目だけ垣間見え、胸元は傷は付いていないものの、僅かに焼け焦げた跡が斜めに走っていた。

 疲労があったとはいえ、速度が乗り切ったフェイトの全力の一撃をなにも防御することなく彼は受け切ったのだ。もしかしたら、余計な力が抜けた分、切れ味が上がっていたかもしれない。

 シャマルは自分で言っておきながら、バリアジャケットが傘と同じ生地を使用していたとしても無事なはずがないと思うと、身体が硬直した。

 だから、

 

 

「ダメです」

 

 

 と言った後、自分が彼の手で押しのけられ、前のめりに膝を曲げず、ばたりと倒れる彼を見た時、激しく動揺した。

 目をぐるぐるさせながら、はやてたちの方を向く。

 

 

「い、い、い、医者ぁ~~~~!!」

 

 

 へたりと座り込んで訴えかけるシャマルに対して、全員が揃って『それはあなたです』と言葉を投げかけるのには、コタロウが無造作に倒れたこともあり、一時(いっとき)の間を要した。

 

 

 

 

 

 



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第31話 『太陽と月』

 

 

 

 古代遺物管理部機動五課が今年の4月から劇的に変化を遂げたのは5月中ごろ、つまり(ひと)月半経ってから、ようやく管理局内で噂されるようになった。

 無論、ジャニカ・トラガホルン、ロビン・ロマノワ両二等陸佐をよく知る人から見れば、一週間、いや三日も経たずにそうなることは疑いの余地がなかったが。

 機動五課が、彼らが来る前まで、査察官を丸め込み、実に巧妙に私腹を肥やし、且つ排他的な課であったことは、ある特定の年齢以上で怠惰な人たちの間では有名な話であった。

 なおのこと悪いのは、知らない人間はそのままに、知っている人間を懐柔、あるいは脅迫の上で排斥する手段――主な対象は新人――を取っていることである。

 そのなか当時、部隊長であったロマノワ二佐と部隊長補佐のジャニカ()()は、訓練校で偶々見かけた新人サングネア・ノヴァクが五課から自分たちの部隊――陸士910部隊――に来た時、局員としての夢と現実のギャップで打ちのめされる以上に目の輝きを失っていたため、こちらから『機動五課』という単語は決して出さず、世間話からやんわりと情報を聞き出した。

 実際には直接本人が五課の不正を話したわけではなく、今日までの身の上話をする過程で目の動き、話し口調、呼吸から『何かあったであろう』という疑いを見抜いた。

 そこからジャニカは――ロビンは自部隊の指揮に専念――本局に提出されている機動五課の不正の糸を紡ぎあげ、一度(ほど)かれた大きな縄を再構成したのだ。その縄には、罪に染まった人間ほど掴まりやすいコブが付いており、機動五課のトップから中堅クラスの人間まで、多くの人間が釣れた。

 彼はかつての上官であるリヒト・ダヴェンポート二等陸佐から助力を得、上官の名前は隠しながら、足元からではなく、トップの首から切り落としにかかった。

 機動五課隊舎部隊長室へ――部隊長室へ向かう間、内情を知らない人間に「数日後に残っているのは君たちだけかもしれない」と不敵に笑いながら彼らを不思議がらせ――彼はロビンと訪れ、機動五課課長に罪状を延べ、相手のくだらない言い訳を無視し、解雇を言い渡した。

 

 

「機動五課課長ヘルバ・アコニート三佐、貴方の奥さんには既に伝えておきましたよ。『あと数日後に離婚すれば、旦那の退職金のほとんどを貰うことができます』と。さすがに局に()()()貢献した先輩殿()を無一文で放り出すようなことは致しませんから」

「貴様ッ――」

「もちろんもちろん。貴方がおよそ20数年間で築き上げてきた信頼から得た人脈を使用して私に挑んでも構いません。ただ、私が言いたいことは……」

 

 

 気迫と共に自分の体内にある全魔力を練り上げる。

 

 

「隊舎入り口からこの部屋まで徒歩で3分32秒かかった。1分32秒でココヲ去レ」

 

 

 びりびりと地面が揺れ動き、食堂では皿が数枚割れた。

 その日は、その時以外の時間帯でも皿が数枚割れている。

 

 

 

 

 

 

 事前に本局にその日限りの人事権限を与えられていたジャニカ()()は、既に両手で縄を掴んでいる人間全てをその場で解雇し、片手、または掴もうとした人間は例外なく降格の上出向させ、内情を知らない人間には、今五課におかれている現状等を丁寧に説明し、その人たち以外、五課に所属している人間を全て立ち退かせた。

 さらに、この内容は局内でできるだけ情報が広がらないよう、ジャニカとロビンは努めた。それは陸士部隊に五課の現状を話し、部隊をニ分割してまでも行なわせる徹底ぶりであったという。

 だがそれは、リヒトのことを考えてのものであり、彼にスポットが当たってしまうのを避けるためだ。彼ら自身、これが外に漏れることになにも後ろめたさはない。

 それからジャニカの元へ通信で機動五課への部隊長の誘いが来たのは、五課の事後処理が終わった3日後で、その返事をする前にコインを1枚投げたことは言うまでもなく、

 

 

「良い知らせと悪い知らせがあるのですが、どちらから先に聞きたいですか、ダヴェンポート二佐?」

「良い知らせから聞こうか」

「機動五課への辞令ですが、快くお引き受けいたします」

「ふむ」

「そして、ロビン・ロマノワ二佐が私の補佐に就きます」

「ほぅ」

 

 

 その場に居合わせているロビンも含め、暫しの間が訪れる。

 

 

「それで、悪い知らせは?」

『…………』

 

 

 

 

 

 

 ロビンは結局のところ、ジャニカが五課の不正を調べている間に、陸士910部隊内で次期部隊長となる人間、部隊長補佐となる人間の選出、育成、引き継ぎは全て終わらせており、異動時の部隊内の惜しまれることを除けば、他のすべては滞りなく終わらせていた。

 機動五課には事情を知らない人たちに加え、自分が今まで出会い信頼を築いた人たちの中でも、その後輩たちを回してもらい、彼らとともに課の再編成を図った。そして五課発足――異動前――までのおよそ5カ月間、陸士部隊指揮の傍ら、その局員たちを育成し、4月から問題なく始動できるよう力を尽くした。

 そして、始動してから約1ヶ月半後、つまり最近になってやっと軌道に乗り始め、時間に余裕が出来始めた。この前のコタロウとヴィータを交えての食事会が1つのタイミングとも言える。

 また、今日はジャニカとロビンは部隊長オフィスで、お昼時間を利用して無言で必死に眉根に皺をつくらないように堪えていた。

 

 

 

 

「やーの。ルナとねるの!」

「だーめ。ソルと!」

 

 

 モニターの向こうでは、今年で5歳と4歳になる息子、娘が互いに声を張り上げていた。

 撮影しているのは夫婦の家の家政婦、サンテ・シュールムムである。

 2人は過去に撮影したビデオを見ているようだ。

 

 

「ルナはパパと寝ようか」

「パパはめがこわいからやー」

「うぐっ」

 

 

 1人の男、ジャニカは無残にも散り、

 

 

「ソルはママと寝るのはどう?」

「ママはおはなしながいからやー」

「むぐっ」

 

 

 1人の女、ロビンもまた無残に散っていた。

 2人の子どもたちは、また自分たちの間にいる男の裾を引っ張る作業を開始する。

 

 

『ネコちゃんとねるのー!』

『…………』

「ネコちゃんはソルとねたいよねー?」

「ちがうよー。 ネコちゃんはルナねー?」

「……ふむ」

 

 

 右手を顎に添えて考えようとするが、2人に頭を撫でさせられることを強要され、どちらがより多く撫でてもらえるかの競争が眼下で勃発しており、2人の頭を交互に撫でさせられていた。

 

 

「この前のように、一緒に寝るというのはダメなの? ソル、ルナ?」

『う~ん』

 

 

 考えている最中でも、自分たちを撫なでてもらえるよう、手が移っては自分の頭の上に乗せなおし、その間、その手の持ち主である男は手をなすがままにされている。

 その後、その兄妹は彼の右足、左足に抱きついて、

 

 

「ルナとはねないけどネコちゃんとねるー」

「兄ぃとねないけどネコちゃんとねるー」

「それでは、やはりそれもこの前のように、僕が2人の間に入るということでいいかな?」

『うん!』

 

 

 頷いてズボンがもぞもぞと動いた。

 

 

「それでは、私はお風呂をお借りいたしますね、ジャン、ロビン、サンテさん」

『…………』

「はい。ごゆっくりなさってください」

『ソル (ルナ) も、はいるー』

「お二人とも、もう入られたとサンテさんが仰っていたけど?」

『いいの!』

 

 

 僕は構わないけど。と言いながら両足にそれぞれへばりついている兄妹をそのままに、膝を曲げずにゆっくりバスルームへ歩いて行く。

 

 

『……ちょっとソルオス、ルナエラ』

『なーにー?』

『どうしてそんなにネコがいいんだ (いいの) ?』

 

 

 ソルオスは彼の右足から、ルナエラは左足からちょっぴり顔を出して、ジャニカとロビンのほうを見て、

 

 

「ネコちゃんのおねむのめがいいのー」

「ネコちゃんはおうたがうまいのー」

『…………』

 

 

 また自分たちが抱きついている足に振り落とされないよう、顔を隠した。

 確かに、以前来た時に試しに彼を自分の子どもたちと一緒に寝かせたことがある。彼らが好きな子守唄も教え、全て彼に任せ――ソルオスとルナエラに任せたともいえる――一晩3人だけにさせたのだ。

 その次の日、その男が帰るときに2人が『やー!』と駄々をこねたのを見て、ジャニカとロビンは成功したことを内心喜んだが、まさかこれほどとは思っていなかった。

 自分の親友が他人にも好かれることは喜ばしいことだが、この時ばかりは表現できない複雑な感情を相手に抱く。

 

 

『ねぇ (なぁ) 、コタロウ?』

「うん?」

『貴方 (お前) には負けない』

「……ふむ」

 

 

 彼は今までの会話の流れから何に負けないのかを考え、1つの答えを導き出し、

 

 

「お先にどうぞ」

 

 

 バスルームへの道をあける。

 

 

『そうじゃないわ (そうじゃねぇ) !』

 

 

 

 

 そこでドアのブザーが鳴り、2人は映像を切って入室を促した。

 

 

「失礼します」

「どうした、サングネア三士?」

「御休憩中申し訳ありません。今年度の経費として回した、去年破損した食堂の食器についてなのですが……」

 

 

 どれ。と書類を受け取ろうとしたところをロビンにかすめ取られ、

 

 

「376枚。結構割ったわね」

「……そうか」

 

 

 ジャニカは特に言い返すことなく、ロビンが書類の不備がないことを確認してサングネアに返すところを目で追う。

 

 

「こちらは御子息と御息女ですか?」

 

 

 フォトフレームに映し出されている2人の子どもが目に入り、サングネアは明るく話しかけた。

 

 

「あぁ、私の勝てない対象だよ」

「それはそうでしょう。それ以外であなた方に勝てるのは、お互いしかおられないのでは?」

 

 

 彼は苦笑し、お礼を述べて部屋を出ようとするが、

 

 

『いや、既にある人に俺 (私) は負けている (わ) 』

 

 

 まさかと彼は振り返ると、ジャニカとロビンは腕を組んで物思いに(ふけ)り、眉を寄せていた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第31話 『太陽と月』

 

 

 

 

 

 

 そもそも、模擬戦が終わっても直ぐにバリアジャケットを解除することを忘れていたことから、コタロウが相応のダメージを負っていることは明白であった。

 

 

「とりあえず、ネコさんも医務室へ連れて行きましょう。私が運びます」

 

 

 提案をしたのはスバルだ。六課の、特に新人の中では彼女が一番力があり、以前ティアナが倒れたときに運んだのも彼女である。

 彼女はまず、うつ伏せに倒れている彼に近づき、

 

 

(……んしょっと)

 

 

 かなり力を入れたことに不思議に思いながら、彼を仰向きにさせた。

 魔力弾が当たったからか、あるいは倒れたときに、砕けたバイザーの破片が(かす)めたからなのか、彼はこめかみから少し出血している。シャリオは()ける意味も込めてそのバイザーを拾い上げ、内側からのぞきこむと、何の変哲のないただの光量を軽減させる防護眼鏡――サングラスのようなもの――であることを確認する。別段、高性能な機器というものではない。

 

 

「ティア、ちょっと手伝って」

 

 

 スバルはしゃがみ、コタロウに対して背を向けて、ティアナに彼を起こして寄り掛からせるようにお願いする。

 

 

「それじゃ、いくわよ。いち、にい、さ――」

 

 

 掛け声に合わせてスバルは力を入れるが、しばらくしても背中に重さは感じない。

 

 

「……ティア? どうしたの?」

「なに、これ……すごく、重いん、だけど」

「うん?」

 

 

 振り向くと、依然として仰向けのままであるコタロウと、彼の肩甲骨あたりに手を入れ――実際は地面と肩甲骨の接地面で手は止まっている――顔を歪ませているティアナがいる。

 

 

「ちょっとスバル、ネコさんどうやって仰向けにさせたの?」

「え? それは、こう、ごろりと……うん、確かに力は入れたけど……そんなに重い?」

 

 

 アンタの馬鹿力と一緒にしないで! という言葉を飲み込み、

 

 

「起こしたら私が支えるから……」

「う、うん。分かった」

 

 

 ティアナと代わってスバルが彼の頭上に座り込み、両腕を滑り込ませようとするが、力を入れながらでないと入らない。しかし、なんとか入れることができた。

 

 

「せーのっ! ……け、結構、重、い!」

「でしょ? これ、普通の重さじゃないわよ」

 

 

 女性と比べるのはどうかと思うが、明らかにティアナの体重の3、或いは4倍以上の重さはある。

 エリオとキャロも彼女たちに近寄る。

 

 

「僕らも手伝います」

「腕をスバルさんの肩にのせればいいんですか?」

「あ、うん。お願い……でも、気をつけて。重いから」

 

 

 ティアナが起きた上半身を支えながら、エリオとキャロは後ろ向きに構えているスバルにコタロウの右腕をのせようとするが、予想以上に重かったのか、彼の腕をぶらりと垂れ下げてしまう。

 その時、コタロウの袖から何かが落ち、がらんと音を立てて転がる。

 

 

「……これ」

「……スパナ?」

 

 

 長さが丁度二の腕くらいのスパナ――レンチ――が日の目に晒されきらりと光った。心なしか腕の重さも軽くなっている。

 

 

『…………』

 

 

 エリオは右袖、キャロは左袖を無言でゆさゆさと振ってみると、がらり、がちん、がこん、はたまた、どさり、ばさっ、コロコロといった音を立てて、大きさ、長さ、重さ様々な工具が地面に転がった。

 

 

『…………』

 

 

 再び腕を持ち上げてみると、普通の重さである。

 

 

「ネコさん、ちょぉっと失礼しますね」

 

 

 気絶して頭を垂れているコタロウの反応は聞かず、スバルは彼の羽織りを無理矢理脱がした。もちろん、上着の1枚を剥いだにすぎないのでまだ中に着ている。

 案の定、いや、かなり重い。これだけで2人分以上の重さはある。

 

 

『……はぁ~』

 

 

 疲労しているフェイトと当惑しているシャマル以外はさすがに諦めたのか、出てきたのはため息だけだった。

 だが、その数分後、新人たちは同じ思考に至る。

 

 

『(低酸素で、しかもあの重さで……模擬戦、やったんだ)』

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒し始め、自分の頬に空調機のひんやりとした風を感じるようになると、フェイトは目を覚ました。

 

 

「……う……ん」

 

 

 なのはとシグナムに支えられながら、医務室のドアをくぐったのは覚えているが、寝かされたところまでは覚えていない。フェイトは手に力を入れて握ったり開いたりして、自分でも大分回復したことが分かると、体調の確認も兼ねてゆっくりと身体を起こす。どうやら、普通に動けるまでには回復しているらしい。もしくはシャマルが処置してくれたのかもしれない。

 自分の服装を見直して、特に身体のべたつきも感じられないことから、誰かがやってくれたのだろうとぼんやり考えて、ふと下を向くと、起き上がる拍子にずれた毛布(ブランケット)が目に入った。

 

 

(……これ)

 

 

 コタロウが自分に貸してくれた、変形した傘の生地である。黒地のバリアジャケットに合うように、黒を下地に銀色格子のデザインが施されている。

 シャリオは特別な編み方がされていると言っていたが、質感はまさに毛布そのもので、心地よい。

 

 

(本当は違ったんだけど……ありがとうございます)

 

 

 恐怖心からの震えを勘違いしたコタロウに内心お礼を言いながら、何時返そうかと毛布を折りたたみ、膝の上にのせて考えようとしたとき、視界に何か入る。

 

 

(コタロウさん?)

 

 

 そちらの方を向くと、羽織を毛布代わりに仰向けになって寝ているコタロウがいた。そのもう1つ向こうには多種多様な工具が大量におかれている。

 フェイトは床に足をつき、まだ少し疲労感は残っているが、歩くことに支障はなさそうであることが分かると、静かに寝息を立てているコタロウに近づいて、午前中の模擬戦を思い返した。

 開始直後は戦術を練り、相手の実力を量りながら加減を調節して彼の試験に貢献しようかと思っていたのに、気が付けば今持てる魔力や技術を最大限に出してしまった。いや、当時の感覚を思い出すと、いつも以上に実力を発揮できた気がすると思う。

 

 

(……凄かったなぁ)

 

 

 背後からの自弾が魔力の流れからか手に取るように分かり、神経が研ぎ澄まされ、まるで空間を制御下に置いたような感覚は、シグナムとの模擬戦でも体験したことのないものだ。少しの間だけゆっくり(とき)が流れていたような気もする。

 最後は疲労で感知することは出来なかったが、かなり特別な感覚であった。

 そして、コタロウを見下ろす。

 配分を忘れた行動により、試験を中止してしまった申し訳なさはあったものの、あの時、彼に抱きとめられた感覚と、こちらから振り落とされないように抱きつき、下から覗き込んだ時の彼の表情のほうが心象に残っており、

 

 

(……ん? ……)

 

 

 僅かに脈が跳ね、顔に熱を感じた。

 フェイトは片手を頬に当てて首を傾げる。彼は顔を自分に向けることはなかったが、魔力弾の光が映った寝ぼけ目でない、慧眼した真剣な目つきは兄であるクロノや親友のユーノ、または他の男性とはまた違う印象を受ける。

 兄やエリオは別として、そもそも捜査中の犯人確保以外であれほど男性を近くに感じたことは、記憶を掘り起こしても出てこなかった。

 ふるふると首を振り、静かに大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻し、もう一度彼を見る。

 コタロウは呼吸の回数が少ないのか、言ってしまえばまさに死んだように眠っているようだ。うつろながら、彼がこめかみに怪我をしていることを覚えていて、その部分を見るために身体を少し折り、身を乗り出して覗き込む。シャマルが治療したのだろう。怪我は綺麗に消えていた。

 そのまま、自分が思い切り斬りつけた胸の方に視線を移す。

 

 

(大丈夫か……な? ――ひうっ!?)

 

 

 自分に何かの影がかかるのに気が付くと、後頭部に重みを感じ、そのまま胸元に引き寄せられた。

 

 

「ん、眠れないの?」

「――ぅぅぅ!?」

 

 

 フェイトはびくりと瞳が小さくなり、一瞬呼吸が止まる。

 中腰の体勢が保てず、膝を折り、ベッドの端に体重を預けることが彼女に出来た行動である。

 

 

(コ、コココタロウさん!?)

 

 

 彼にゆっくりと髪を撫でつけられる。呼吸は一瞬だったが、思考を取り戻すのには数回の呼吸を要した。脈は先程とは比較にならないほど乱れ、それはまだ、取り戻せていないし、取り戻せそうにない。

 さらに、

 

 

「あなたは私の愛にいつ気付くのだろうか?」

 

 

 と口ずさみ始めたときには、一度大きく心臓が跳ね、それを最後に止まっていしまうのではないかと思わずにはいられなかった。

 だが、淑やかで琴線に触れる唄だからだろうか、そのようなことはなく、フェイトの落ち着きを取り戻させる。

 

 

「言葉をかえていくつも愛は伝えられるけど、あなただけは何ものにもかえられない……あなたにはそれが分かるかい?」

「…………」

 

 

 曲調のせいなのか、彼の声色のせいなのか、それともゆっくりと髪を撫でられているせいなのか、分からないことは多いが、これほど愛を伝える歌詞なのに、とても心地が良い。

 唄を聴く限り、月を思わせる歌詞で、まだ鼓動も早く、顔に熱を感じていても、身体中の強張(こわば)りはとれていくのが分かった。

 

 

「……私はあなたを、愛しています」

「…………」

 

 

 その言葉を最後に手の動きも止まり、また静かな間が流れる。

 そこで初めて、コタロウの静かすぎる寝息と心音が自分の耳に入ってきた。

 

 

(終わっ……た?)

 

 

 だが、そこでフェイトは再び驚く。

 彼の方を向いておらず、ただ片耳を胸元に当てている自分が、唄が終わっても自ら起き上がろうとしないのだ。

 別に、彼に力や魔力で強制的に押さえつけられているわけではない。

 

 

(……あったかいな)

 

 

 頭に乗せられている彼の手がほんのりとあたたかい。

 フェイトは少し触ってみたい衝動に駆られた。頭の位置は変えずに、そろり、そろりと手の位置を探るように自分の手をそのあたたかみのあるほうへ持っていく。

 そして、自分の人差し指が彼の手のどこかに触れる。

 その時だった。

 

 

『失礼します』

「――ッ!!」

 

 

 入室のブザー――医務室は他の部屋とは違い、患者を驚かせないメロディ――が鳴り、エリオとキャロが入ってきた。彼女はドアが開く前に乗せられているコタロウの手を払わずに、両手をベッドの端に置いて勢い良く立ち上がった。その勢いで彼の手がぱたりと自身の胸の上に落ちる。

 

 

「フェイトさん、大丈夫ですか?」

「訓練中だったんですけど、今、休憩時間で……」

 

 

 午後の訓練途中の休憩時間を使って、なのはに了承を得て、様子を見に来たというのだ。それほど医務室へ歩く疲労困憊したフェイトの姿は、痛々しかったらしい。

 

 

「あの、やっぱりもう少し横になっていたほうが……」

「顔、赤いです」

「そ、そう?」

 

 

 フェイトの頬は上気して、さらに髪がすこし乱れているせいか風邪を引いているように見える。疲労がよく風邪につながることを知らなくても、今の彼女が心配を助長させる状態であることは手に取るように分かるからだ。

 

 

「だ、大丈夫、大丈夫。心配してくれてありがとう、エリオ、キャロ」

「なら、いいんですが……」

 

 

 訝しむ2人に彼女はにこりと微笑むと、それ以上彼らは自分に訊ねることはなく、その奥にいるコタロウに目がいく。

 

 

「コタロウさんは大丈夫なんでしょうか?」

「へ? あ、うん……今は、ぐっすり眠ってるみたい」

 

 

 フェイトはさっきの勢いに任せた飛び上がりで、起こしてしまったのだろうかとおずおず後ろを向くと、特に変わることなくコタロウは寝息を立てていた。

 

 

「そ、それじゃあ、コタロウさん起こしちゃうかもしれないから、出ようか?」

「フェイトさん、あの、本当にお体のほうは……」

「一応ね、シャマルには連絡しておくよ」

 

 

 キャロの気遣いに、頭を撫でながら応えた後、フェイトはシャマルに念話で起きたことを伝えると、今日は激しい運動を決してしないことを約束し、医務室を後にした。

 2人が自分を守るように先頭を歩くのを見ながら、フェイトは胸に手を当てる。

 

 

(……大丈夫、かな?)

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「フェイトちゃんとコタロウさん、大丈夫やろか?」

「見に行くですか? リインはここにいますから、様子を見に行ってくるといいですよ」

 

 

 モニターの向こうからリインが顔を出して、にっこりと微笑んだ。はやては指を顎に当てて一考すると、息抜きがてらに行ってみようかと思い席を立つ。

 はやてたちはシャマルの診断結果により、2人とも問題ないことが既に分かっていた。フェイトは疲労、コタロウは彼女の攻撃を受けた衝撃――羽織には工具が防護の役割を果たしていて、斬られた痕はなく、斬撃による衝撃――で気絶したのだ。彼女は休めばすぐ良くなるし、彼は起きた後の再診で予後をみる。

 

 

「起きていたら、2人によろしくです」

「ん~。ほなお留守番、よろしくな?」

「はいです」

 

 

 そういって、はやてはオフィスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 正直、コタロウが自分を含め六課の面々の雰囲気という雰囲気を、回れ右したかのように変えることは既に分かりすぎるほど分かっていた。

 

 

「ソルも眠れないの?」

「……え?」

 

 

 しかしそれでも、ちょっと内心興味本位で寝ている彼の顔を覗き込んだとき、彼のほうを向きながら、かなり相手の顔に近い位置に顔をうずめることになるとは、思ってもみなかった。

 彼は機械士(マシナリー)だ。機械を修理し、雑務もこなす優秀な人である。だが、今の状態はどうか。確実に自分の思考を壊している。

 

 

(……ふわわわっ!! 近い近い近い!)

 

 

 はやては壊れて止まっていた思考をなんとか取り戻すと、疑問以前に彼をちょうど上目遣いで見上げる状態にある自分に、今まで体験したことないような緊張と動揺を覚えた。

 

 

「君に出会ってから、全てが変わった」

「んんんん!?」

 

 

 どうやら彼は起きているときだけでは飽き足らず、寝ていても六課の面々――現在、この場にいるのははやてのみ――を驚かせるらしい。

 

 

「眠っている君には分からないかもしれないけれど、傍にいるだけで嬉しいんだ」

「――ンナッ!!」

 

 

 彼が寝ぼけていることと、どうやら子守唄を歌っているのはすぐに分かった。なかなか会えない人――多分、ソルという人――を想う唄で、嬉しい気持ちと哀しい気持ちが揺れ動いている歌詞になっている。

 歌詞を理解することで思考に余裕を見出し、そのまま深呼吸をしようとする。

 しかし、それは息を吐こうとしたところで思い切り両手で口を押さえた。

 

 

(こんな、か、顔の近いとこで深呼吸!? 絶対、できひん!)

 

 

 彼のほうを向いていないのであればいざ知らず、向いている今、普通に呼吸をするのでさえ恥ずかしいことに、はやては気付いたのだ。

 とりあえず、呼吸をいつもより慎重にさせることで事なきを得たが、それでも彼の唄と、髪の間を掻き分けながら指の腹を這わせるような撫で方は止まらなかった。

 

 

(……ぅぅ)

 

 

 思考や感情は頭脳で行なわれているのにも関わらず、胸は激しく鼓動し、それが本当なのかと疑いたくなる。相手がこの鼓動に気付いてしまうのではないかというくらい、自分の耳には自分の心臓の音が聞こえた。

 

 

「今、ここにいる君は果たして夢なのか、現実なのか」

「…………」

 

 

 ひとまず、目を閉じて自分の心臓を押さえつけることに集中するが、周りに何も見えなくなると、彼の手と、呼吸によって上下する胸に余計意識がいってしまう。

 だが、さわり、さわりと自分の髪に触れる手はとてもあたたかく、撫でられる回数が増えれば増えるほど、何故か落ち着きを取り戻していった。

 

 

(ヴィータたちは、こんな感じやったんかなぁ)

 

 

 最近、ヴィータやリイン、ザフィーラを撫でることは滅多に減り、逆にはやては撫でられるのはこんな気分なのかと思う。言い知れぬ不思議な感じだ。始めは驚きはしたものの、今はそんなことはなく、なすがままにされている自分に驚くほどである。

 それでも、唄には終わりがあり、

 

 

「僕の目が覚めても、それが夢じゃなく、君が近くにいれば……いいな」

「…………」

 

 

 手の動きも止まる。

 その頃には、はやては完全に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと目を開く。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 彼は微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 

 コタロウは目覚めた。

 視界はぼやけ、何度か瞬きし、最初に入ってきたのが天井だとわかると、開いた目を再び細くし、

 

 

(医務室?)

 

 

 起き上がり、今いる場所を把握する。

 次に何故ここにいるのかを、思い返した。

 

 

(昼食前に傘の試験運転、残り5分で試験項目の変更をして……)

 

 

 顎に手を当てて、目を閉じ、しばらく考えた後、自分の最後の言葉を思い出す。

 

 

(そうか、『ダメです』と言ったきり記憶が無いということは、そこで気絶したのか。それで誰かが医務室に運んだ……重かったろうな)

 

 

 胸が痛くないことに不思議の思うも、シャマルがなにか処置をしたのだろうと決定付け、ここまでどうやって運んだろうなと考えながら右を向くと、そこには大量の工具が置かれていた。

 

 

(なるほど。工具を別にして運んだのか)

 

 

 ずり落ちた羽織に目を落とし、頷く。

 彼は傘を持ってセットアップを解き、いつものつなぎ姿に戻ると、胸元を開き、工具を袖や胸に仕舞い込んでいく。どうやら、バリアジャケットに変身しても工具が消えることはないらしい。ただ、それとは違い、足のポケットにも工具を入れていく。

 

 

(あの一撃、効いたなぁ。4年5ヶ月ぶりだ)

 

 

 彼は、試験協力者が怪我をしてしまうことに気付いたとき、試験後、なるべく問題なく行動ができるように努めることを一番の優先事項としている。ジャニカとロビンは彼が自分の攻撃を受け、気絶するたびに、「自分を優先しろ (なさい) !」と怒りや泣きつきに近い訴えをされるが、コタロウにとってこの行動は当たり前であり、気絶して遅れた作業は自分だけにかかる負担なので、気にはしなかった。

 もし、本当の戦闘になったときは、対応を変えれば済む話だ。自分の行動による負担は自分で取ればよいと考えている。

 コタロウは時計を見る。

 

 

(今は……17時、か……)

 

 

 休憩時間を抜くと、4時間分の遅延が発生していることがわかる。

 そして、通常勤務時の作業項目を確認し、残作業を終わらせるため、

 

 

「……仕事」

 

 

 彼は医務室をでた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「フェイト隊長も本当に強情なんだから」

「もっと休んでてもよかったんだぞ?」

「……ごめん」

 

 

 午後の訓練が終わり、全員で身なりを整えて隊舎へ戻る頃、なのはとヴィータは途中で訓練を見に来たフェイトに、苦笑にも拗ねるようにも似た口で言葉を漏らしていた。

 シャマルから許可を得ていても、心配なのは変わりないのだ。

 

 

「気をつけてね」

「全くだ」

「……ごめん」

 

 

 彼女たちに対し、フェイトは謝る以外の言葉は許してもらえそうになかった。

 そして、隊舎の入り口をくぐり、何度目かのなのはたちのお叱りに、何度目かの謝りを見せようとしたとき、

 

 

「ヴィータ、なのはちゃ、いや、なのは隊長、フェイト隊長!」

『……ん?』

 

 

 なのはたちと目があうとはやてが早足で近づいてきた。小走りといってもいいかもしれない。

 

 

「どうしたの?」

「コ、コタロウさん見なかったか?」

 

 

 彼女の後ろからシャマルも少し息をついて、彼女たちに近づく。

 

 

「八神部隊長、ネコさんがどうかしたんですか?」

「さっきな――」

「コタロウさんがいなくなっちゃったんです~!!」

『……へ?』

 

 

 話を聞くと実に簡単で、シャマルはシャリオとの仕事の合間に、定期的に彼の様子を見に医務室へ行ったのだが、仕事が終わって、医務室へ戻ったところ彼がいなくなったというのだ。

 彼女たちは、焦り以外に、怒っているようにも見える。

 

 

「……ムゥ」

「フェイト隊長?」

「へ? あ、ううん。と、とりあえず探そう?」

『はい!』

 

 

 新人たちも、幾分か口をへの字にして、ひとまず隊舎の奥へ早足に歩こうとする。

 それは誰かを心配させたためにしているのか、彼について心配しているのか分からないが、彼らも多少怒っているようだ。

 そのなか、ヴィータは、腰に手をあてながらシャマルを見据え、ため息混じりに口を開いた。

 

 

「銭湯の時も言ったけど、念話で全体に呼びかけてみたのか? あと、探査魔法とか……あ、それは大げさか」

「……あ」

 

 

 念話で呼びかけると、彼はすぐに見つかった。

 外の窓を拭いているところだったらしい。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「コ~タ~ロ~ウ~さ~ん~」

「はい」

『…………』

「あなたが何故、このようにイスに座らされて、皆さんに囲まれているか分かりますか?」

 

 

 実際には、シャマルが正面に腕を組んで仁王立ちし、その後ろにはやてやなのはたち隊長陣、新人たち、そして、リイン等、彼をよく知る人たち全員が立っている状況だ。彼の背後には誰も居ない。

 

 

「……ふむ」

 

 

 彼らの見下ろす睨みに近い目線に動じず、考えを巡らせる。さすがのコタロウも、彼らの表情や仕草が、自分の行動によって引き起こされことであることは容易に想像できた。おそらく、何か彼らを逆撫ですることがあったのだろう。

 彼はよく考えた末、幾つかの答えを見出し、口を開いた。

 

 

「倒れるとき、シャマル主任医務官を無言で押しのけてしまったことですか?」

「違います!」

 

 

 シャマルはにべもなく言い放つ。

 

 

「私を運ぶのに大変苦労したことですか?」

『違います!』

 

 

 今度はスバルたちだ。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官を疲労させてしまったことですか?」

「違います!」

 

 

 フェイトも強めに声を出す。

 

 

「5時間程寝てしまったからですか?」

「違います!」

 

 

 またシャマルがぴくりと眉を動かして答えた。

 

 

「…………」

 

 

 コタロウが首を傾げるをみて、シャマルはこれ以上答えが出ないと決定付け、自ら答えを言う。

 

 

「あなたが起きたときに、私への連絡もなく、勝手に医務室からいなくなってしまったことです!」

 

 

 彼の寝ぼけ目が少し開いた。完全に考えになかったらしい。

 

 

「申し訳ありませんでした」

「皆さんに心配をかけたのは、私が大げさにしてしまったことですから、それは私も皆さんに申し訳ないと思っています。ですが、これだけコタロウさんを心配してくれる人がいるんです。少しは自覚してください」

 

 

 怒りの中に、心配を隠している言い方だ。言葉を繋ぐうちに段々と心配にかかる比重が高いしゃべり方に変わってきていた。

 

 

「そんなことばっかりやっていると、コタロウさんのこと、嫌いになっちゃいますよ?」

 

 

 全員、こくりと大きく頷く。

 

 

「……皆さんもですか?」

「そうです! ですよね、シグナム、ザフィーラ?」

「わ、私たちもか? ……そ、そうだな。う、うむ」

「……うむ」

 

 

 もう一度全員が頷き、シグナムたちも(はやて)の心労が増えるなら、そこは頷こうと顔を縦に振る。

 

 

「分かりました」

 

 

 コタロウも全員の頷きに納得したようで、こくりと頷き、

 

 

「分かればいいんです」

 

 

 シャマルも彼の返事に頷いた。

 その後、この話題はこれで終わりというように、シャマルはぱちんと両手をたたき、「それじゃあ、ご飯にしましょう!」と笑顔で食事を提案した。

 

 

 

 

 

 

 今日はヴァイスとは時間がかみ合わず、コタロウはスバルたちと一緒に食事をとっているとき、

 

 

「……まずい」

『ん?』

 

 

 という言葉を残して、口に運ぼうとしているフォークを食器の上に落とした。

 シャマルは彼の「まずい」という言葉にぴくりと反応する。

 

 

「…………」

「コタロウさん、どうしたんですか?」

 

 

 彼が落としたフォークに目を落としているのを見て、隣にいるエリオが口を開く。

 

 

「筋肉痛です」

「筋肉痛?」

「はい。全力で九天鞭を振りましたから、その影響でしょう。神経疲労も同時にきたようです」

 

 

 それは過度な運動をすれば必ず出てくるもので、シャマルが診断する限りは特に異常として捉えることはしなかったようである。逆にフェイトは疲労が問題であったので、同じ症状が既に出ており、動けるくらいに処置はしてあった。だらりと腕を下げて、微動だにしない腕を見て、エリオたちは心配するが、一晩休めば問題ないことを彼は告げる。

 そして、コタロウはエリオのほうを向き、頭を下げた。

 

 

「え、コタロウさん?」

「すみません。お願いがあります」

「なんですか?」

「もしよろしければ、食べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 

 なんだ、そんなことかとエリオは快諾し、コタロウのフォークをとって、彼の口へ運ぶ。

 

 

「はい。あーん」

「あーん」

 

 

 もくもくと()むコタロウを見守っていたとき、エリオは視線を感じる。

 

 

『…………』

「え、皆さん、どうかし……ハッ!」

 

 

 自分の手が、まだコタロウの顔の付近で止まっているのを見て、彼も気付いた。

 

 

「……っと、これは、その」

「エリオくん、エリオくん」

「な、何?」

「私も」

「はい!?」

「私もやってみたい」

「え、あ、なんだ、うん、はい」

 

 

 一瞬、キャロが自分にもやって欲しいといわれたのかと思いびっくりするが、すぐに違うことが分かり、彼女にフォークを手渡した。

 

 

「ル・ルシエ三等陸士?」

「はい、コタロウさん。あーん」

「あーん」

 

 

 コタロウは疑問に思うも、彼女はそれには答えず、彼の口に持っていくと、彼は首を傾げながら口を開いた。

 

 

「おいしいですか?」

「むぐ……はい。美味しいです」

「ふふっ」

 

 

 食堂で出てきている料理なのだから、彼女の食べているものも同じであろうと再び彼は首を傾げる。

 

 

「皆さん、一緒の料――」

「キャロ、あたしもあたしもー」

「はい、どうぞ」

 

 

 彼のフォークは、スバルへ渡る。

 

 

「はい。ネコさん、あーん」

「はぁ。あーん」

 

 

 何故、このような自分の食事を阻害する行為を進んでやるのか、コタロウには分からなかった。思えば、ジャニカとロビンも取りあっていた気がする。

 

 

「ティアもやってみる?」

「な、何であたしが!」

「はい。ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。ランスター二等陸士、モンディアル三等陸士にお渡しください」

「ぁ、ぅ……」

 

 

 一瞬顔を歪め、顔を上気させた後、ティアナはスバルからフォークをもぎ取った。

 

 

「ネコさん! あーん!」

「……あの、ご迷惑――」

「あーん!」

「あ、あーん」

 

 

 彼は終始疑問が取れない様子で、ティアナに断りを入れようとしたが、無理矢理顔に近づけられたこともあり、口を開いた。

 口に入れられた料理を飲み込み、ティアナの手に握られているフォークをエリオに渡してもらうようにお願いするため、再度口を開く。

 

 

「ランスター二等陸士、フォークを――」

「ネ~コ~さ~ん!」

「ん?」

「あーんですぅ!」

「――ングッ」

 

 

 パンが、いや、パンを持ったリインが自分の口目掛けて飛んできた。

 口に入るとかくんと彼は強制的に上を向く。

 

 

「どうですか? おいしいですか?」

『リイン曹長、それは、さすがに……』

 

 

 彼はどうかわからないが、新人たちは背後からいきなり現れた彼女に驚いた。

 彼にとって良かったのは、それほどパンが固くなかったことだ。ゆっくりと器用に食べている。

 

 

「んくっ……おいしいです」

「ふふふーん。よかったです~」

 

 

 そのままリインは満足したのか、自席に帰っていった。その隣でシャマルがリインを叱り、こちらを向いて丁寧に頭を下げている。

 

 

『だ、大丈夫ですか?』

「何がですか?」

『……いえ、なんでもありません』

 

 

 ティアナとスバルは、自分たちがコタロウのことを心配していることに相手が気付かず、彼がリインの行動について何も思っていないことが分かると、それ以上何も訊ねなかった。

 そして、

 

 

『……ええな (いいな) 』

 

 

 ぽそりとつぶやく2人の声に、気付く人はいなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

『(どうしよう (どないしよう) )』

 

 

 自分の手を頭に乗せると、鼓動が少し早くなる。

 その日の夜、それぞれの部屋では、同室の人がぐっすりと眠りに付いたのに、自分がまだベッドの中で枕を抱きながら、今日の午後に起こったことを思い出し、それに否応なく悩まされていた。

 

 

『(……眠れへん (眠れない) ……眠れへんよぅ (眠れないよぅ) )』

 

 

 クラナガンから見た太陽(ソル)(ルナ)は、ゆるやかに傾き始めた。

 

 

 

 

 

 



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第32話 『だからこそ』

 

 

 

 

 

 彼女はあの言葉を聞いたその日から、今日までの数日間、今までの教訓を活かし、ある作業に取り組んでいた。必要な情報は集め、必要な品物は揃え、差し迫る時間を除けば必要なものは全て揃っている。

 

 

「……よし」

 

 

 ここから外は見えず時計だけが頼りで、それを見る限り、残り時間は5時間を切っていた。そこで彼女は残り時間ではないと首を振る。元々制限時間として5時間と決めていたのだ。それに考えるならば、

 

 

「あと、5時間もある」

 

 

 と、前向きに思考を切り替えることである。

 そうしなければ、これからのおよそ5時間を乗り切れないかもしれない。自分の周りには誰も居らず、自分の影を作り出している頭上の光だけが、孤独という恐怖を和らげている。

 怖いのであれば誰か呼べばいいのではないか? という疑問は、今の彼女にとっては考えてはいけないものの1つ。寧ろ、誰かに見つかることは気まずさを生んでしまい、明日の計画に支障をきたしてしまう。見回りの人には既に見つかってしまったが、理由を話せば快く引き下がってくれた。彼は仕事を全うしているだけなのだ。隠すことはできないし、彼女自身の行動はたとえ執務官であっても裁くことは出来ない。

 

 

「大丈夫」

 

 

 彼女は自分に言い聞かせ、初めになにをするか、その次は、と順序を確認して、深呼吸をした後、

 

 

「よし!」

 

 

 敵に立ち向かうかのごとく、それに手を出した。

 

 

 

 

 

 

 コタロウは早朝訓練の付き添いが終わり、フォワード全員揃って食堂へ向かう。朝食を摂るためにヴァイスと一緒に食事を用意し――彼は片腕しかないため、持ち運べる数に限りがある――2人揃って席に着いたとき、向こうから身なりはきちんとしていても、かつてのシャリオのようにふらふらと歩みを進める女性が目に入った。彼女を見かけた人たちは心配して声をかけると「大丈夫、だいじょうぶ」と手を振って気遣いに感謝していた。

 そして、彼女は自分の視界にその対象者が目に入ると、真っ直ぐにそちらに向かって、テーブルの前でぴたりと止まる。

 

 

「おはよう、ヴァイス君、コタロウさん」

「お、おはようございます……って、大丈夫ですかい? 眠れなかったんで?」

「おはようございます、シャマル主任医務官」

 

 

 シャマルは背筋を伸ばし、ぶつぶつを自分に何か言い聞かせるような言葉を吐き、一度頷いたあと、テーブルの上に布製の生地に包まれた箱をコタロウの前に置く。

 

 

「コタロウさん、これを……」

「こちらは?」

 

 

 彼は箱を見て、上目で彼女を覗き込むことのないよう、顎を上げて彼女を見る。ヴァイスはその箱の大きさ形状からある種の予想を立て、彼女が彼の質問に答える前にそれが何かを決定付けた。よほど間違った思考の持ち主でない限り、誰が見てもこれはアレであると。

 

 

(ここまでは想定内……決めたなら堂々としなくちゃ!)

 

 

 彼が上官に対し、目を合わさないことは以前から知っていたため、いくらか彼の顔を真剣に見れた。彼女は微笑むことはせず、意を決したように彼を見返す。

 

 

「お昼のお弁当を作りました!」

『……へ?』

「私にですか?」

「はい! 雪辱(リベンジ)です! 感想、お願いします!」

『…………』

 

 

 味見もしたので大丈夫です! と胸を張る彼女は、自分の料理が下手なのは、以前、コタロウから、

 

 

――『まずいです』

 

 

 と言われたときから自覚、あるいは再確認していた。

 そして、数日前に「……まずい」と彼の口から漏れたことで思い出し、『彼にそれだけは払拭させよう』と、もう一度自分の料理を食べてもらうと決意したのだ。

 食べてもらうのだから、六課にいるうちはこっそりはできない。彼女にとってはもう、『誰かに、コタロウのために弁当を作ったことが知れる』という羞恥より『コタロウに自分の料理がまずいと思われたまま』のほうが比重は高いのだ。

 (よこしま)で、下心(したごころ)があるというものではない。ただ、純粋に、感覚で言うなら『はやてや同じ守護騎士たちに食べてもらう』と同じ感覚だ。

「わかりました。では、昼食後に述べさせていただきます」

 だから、彼がそういうと心がすとんと落ちて、それだけで報われた気がした。緊張していたのは恥ずかしさではなく、断られたらどうしようという不安からだ。

 

 

『…………』

 

 

 だから、シャマルは彼のテーブルから離れるために後ろを向いたとき、皆がぽかんとしていることに狼狽したり、顔を上気させることはなかった。

 

 

「えーー!?」

 

 

 リインあたりが声を上げるのも想定内だ。

 最近はコタロウの性格に対して耐性が出てきたのか、声を上げて驚く人は少ない。

 

 

(……ん?)

 

 

 だが、はやてとフェイトからなにか妙な視線を送られたことに対しては、シャマルは首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第32話 『だからこそ』

 

 

 

 

 

 

「それは何なんですか!」

「……ハムです」

 

 

 リインは今、コタロウが用意したハンカチの上に正座して、たしたしとそのハンカチを手でたたいている。一方、コタロウは彼女がこちらへ飛んできてぐいぐいと頬を押すので、ハンカチをテーブルに敷き、座ることを勧めたあと、彼女が声を上げたので自分がいま食べようとしたものを答えた。

 

 

「違います! これです、これ!」

「お弁当ですね」

「……ごちそうさまぁ」

 

 

 ヴァイスはひっそりと席をはずし、スバルたちの席へと移動するとコタロウたちには聴こえないよう声を小さくして話しかける。

 

 

「なぁ、コタロウさん、シャマルさんといつからあんな関係になったんだ?」

「関係がどうかと言われれば、多分何も変わってないかと……」

 

 

 スバルはサラダを食べ、ティアナたちに目線へ動かすと、周りはこくりと頷く。さらに、何故そのような理由に至ったかを話すと、ヴァイスは彼の性格はそこまでなのかと頭を悩ませた。

 

 

「するってェと、あれは本当にリベンジなのか」

「多分、お弁当自体が親しみのあらわれで、あれから何かっていうものはないと思います」

「というより、僕らも――」

「何かしたいと思います」

 

 

 おそらく、この課が少数精鋭だからだろうとヴァイスは思う。少数なりに親近感を持ちやすく、話をかけることが多い機動六課はコタロウを見過ごすことがないのだ。片腕がなく無口でとっつきにくい彼は別の課や部隊が見れば、無視されることが多かったのかもしれないが、ここでは以前ジャニカが言ったように、外見で人を見ず、偏見が少ない。

 それがコタロウを少しずつ変えているのだろう。いや、どちらかというと彼が六課の面々を変えているのかもしれない。

 自分も自覚はあるが、スバルたちからみても、彼とは家族のように親しくなりたいようである。

 

 

「どうしてお弁当なんですか?」

「それは私も分かりません。詳しい話はシャマル主任医務官にお伺いしたほうがよろしいのではないですか?」

 

 

 コタロウがシャマルに視線を移し、彼女は目が合うと会釈をするが、リインはそちらのほうは向かず、ただじっと無言でお弁当を見ていた。

 

 

「お伺いしなくてよろしいのですか?」

「いいんです!」

 

 

 他の人から見れば彼女が子どもっぽさ故からでた心情であることを理解できたが、コタロウにはそれは分からず、

 

 

「わかりました」

「……え、あの……ちょっ――」

 

 

 彼女の言葉を全てとし、それ以上何も聞かなかった。

 彼は食事を再開しようとする。

 

 

「……リインフォース・ツヴァイ空曹長?」

「や、やっぱり、いくないです」

 

 

 リインは彼があまりにも自分の言葉を素直に受け取りすぎてしまい、逆に動揺して、思わず口に運ぼうとしている彼の右腕に掴まってしまった。ぶらりと両手を上げた状態で吊り下げられた状態になる。コタロウの手は止まり、元に戻す。

 

 

「それではお伺いするのですか?」

「お伺いはしないです!」

「……ん」

 

 

 ふよふよと自分の目線に合わせるように飛び、眉を吊り上げ、頬を膨らませた彼女にコタロウは顔を近づけ目を細める。

 

 

「な、なんですか?」

「……ふむ」

 

 

 彼女が何故、このような――今は彼が顔を近づけたことにより動揺しているが――表情をしているか分からないのだ。

 だが、この六課に来てから、表情変化を見る機会が今までにないほど増えたコタロウは、今まで把握できていた『泣き』『笑い』『怒り』など、特徴ある感情からくる表情以外にも自分に向けられるものがあるのではないかと疑問を持ち始めたのである。

 

 

「私がお弁当を頂いたことについて、何かご不満な点が?」

「――え? べ、別に、そういうわけじゃ……」

「……そうですか」

 

 

 彼にとって彼女の表情は『怒り』には見えなかったらしく素直に聞いてみるが、リインは首を横に振る。

 しかし、彼女はそこで目を見開き、ぽんと手を叩いた。

 

 

「そうです! リインは不満なのです! なので、私の不満を解消してください!」

「……? わかりました」

『…………』

 

 

 胸を張って『不満』を自慢する彼女に、彼は頷く。

 自ら自分の引け目を自信満々に語り、且つそれを公私関係なく真摯に受け取るのことができる人間は、ここでは彼ぐらいのものである。

 リインは相手――特にコタロウ――に自分の考えが伝わったのか、胸を撫で下ろし、またちょこんとハンカチの上に座り込んだ。

 

 

(……不満。この場合、原因が問題じゃなくて、解消する策を考えればいいのか……)

 

 

 コタロウは彼女とお弁当を見比べながら考え込む。不満を抱えている人間に質問することは、時々さらなる不満を与えかねないので、リインへの質問はできない。

 助けとなる情報はシャマルと自分の遣り取りだ。

 顎に手を当てたり、テーブルをコツコツ指で叩きながら、先ほどの遣り取りを振り返り、飲み物で喉を潤したあと、

 

 

「……む、う。それなら……」

 

 

 悩みながらぼそりと独り言を吐く。

 

 

「私が、リインフォース・ツヴァイ空曹長に『お弁当』を作るのは……いや、それはダメか。それだと――」

「ん! それにしましょう!」

 

 

 リインは彼の独り言に賛成と言わんばかりに飛び上がり、彼のまわりをくるくると舞う。

 彼は首を傾げた。

 

 

「私がお弁当を作ることでよろしいのですか? 時間がないのでパンで挟むといった『サンドイッチ』になってしまいますが……」

「はい!」

「最悪、私がその場で作るということになってしまいます」

「『一緒に食べる』ということですよね? なおのこと良しです!」

「……よろしいのですか?」

「よろしいのです!」

 

 

 片手で作るため時間がかかることも告げたが、彼女はより一層目を輝かせた。今度は星の自転のようにくるくる回る。

 

 

「わ、かりました。それでは、今日の昼食は私がリインフォース・ツ――」

「よろしくないです!」

 

 

 言葉を遮られ、視界に影が入ったので見上げると、そこには先ほどのリインと同じように不満をあらわにしたシャマルがいた。

 

 

「シャマル主任医務官?」

「私も不満になりました! なんとかしてください!」

「あの――」

「なんとかしてください!」

 

 

 コタロウは、何故リインが食堂(ここ)の料理より劣る自分の料理を食べたいのか、そして何故シャマルが不満になったのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 結局、コタロウが悩みから解放されないのでヴァイスが脇から助け舟を出し、お昼は時間の合う人たち皆で、外のちょっとした芝生のある広場で昼食をとる案をだした。そうすると次に動いたのはスバルで、食堂のスタッフにかけあい、パンとその間に挟む具をお願いし、用意してもらった。つまるところコタロウはリインにサンドイッチを作り、渡すだけになってしまったが、それでも彼女にとっては渋々ながら満足の域らしい。シャマルもそれに納得した。

 そして、少なからず新人たちにはそのお昼のイベントが楽しみになる要素になり、訓練に良い意味で影響が出た。本当なら、感情の左右によって訓練に影響が出るのは喜ばしくないことであるが、隊長たちもどこかしら心動くところがあり、仕方なく注意をすることはしなかった。

 訓練が終わった後、新人たちはへとへとになりながらもクールダウンをしっかり行い、早々に昼食の準備をしにいく。

 

 

「あれぐらい元気なら、まだ絞れるなぁ」

「……まぁまぁ、ヴィータちゃん」

 

 

 彼らの後ろ姿を見送りながらヴィータは含み笑うと、なのはは(なだ)めるように苦笑い、後を追うように歩き出す。

 フェイトとコタロウは彼女たちの後ろに少し距離を置いて――実際にはフェイトがコタロウの歩調に合わせて――歩いている。

 彼はスバルたちと一緒に向かおうとしたが、彼女たちに止められ、なのはたちと一緒に移動することになったのだ。

 

 

「コタロウさん」

「はい」

 

 

 フェイトは少し声量を下げて話しかけると、コタロウも合わせて声量を下げる。彼にとって声量を合わせることは、聞かれてはいけない話をするという機密性からではなく、上官に呼応するのが礼儀であると考えているからだ。

 

 

「き、今日はコタロウさん、お弁当なんですよね?」

「はい」

「……」

 

 

 前で何気ない会話をしているなのはとヴィータたちとは違い、会話が続かない。しかし、その原因となっているのが、両手の指を交互に組んでは離す彼女のせいなのか、普段と変わらず歩く彼のせいなのかは言及できない。

 

 

「お弁当って、貰うと……う、嬉しいものですか?」

「嬉しい、ですか……?」

 

 

 そのまま十数歩の無言が続くと、また彼女が独り言にとれなくもない消え入りそうな声で問いかけると、彼は目を細めて僅かに顎を上げた。

 

 

(え、あれ? わ、私、変なこと聞いたのかな?)

 

 

 心が不安定な時、自分の口に出した言葉が相手に思考を与えてしまうと、心を覗かれたような気持ちになり、フェイトは思わず顔をコタロウのほうへ向けてしまった。

 彼は彼女がこちらを向いたのに合わせて、彼もそちらを向き、彼女に不快感を合わせないよう、目線だけをやや下に向ける。

 

 

「そのような感情は必要ありません」

「……え、どういうことですか?」

 

 

 先ほどと同様の声量で答えたコタロウに対して、フェイトは今の彼の答え方が、声量は別として、あの模擬戦を思い出させる抑揚のないものだったので、緊張と不安で高まった熱は一気に引き、なのはたちにも届くやや低い声で訊ねてしまう。

 

 

「ん?」

「どうしたんだ?」

 

 

 彼女たちが振り向くと、コタロウは彼女たちのほうを向き、口を開く。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官が『お弁当を貰うことは嬉しいか?』とご質問をされたので『そのような感情は必要ありません』と申し上げました」

 

 

 それは淡々と録音された音声を再生しているかのように淀みがない。

 

 

『……何でですか (何でだ) ?』

 

 

 なのはは驚いたが、ヴィータはまだ彼に対する情報が足りないというように落ち着いていた。

 

 

 

 

 

 

「あ、なのはさーん!」

 

 

 スバルは彼女たちがこちらへ歩いてくるのに気付くと大きく手を振って呼び掛けた。エリオやキャロもそれに合わせて、少し背伸びをして手を振っている。

 そして、なのはたちが自分たちのところまで来た時、コタロウが弁当箱を持ちながら額を抑えていることに首を傾げた。

 

 

「あの、ネコさんどうしたんですか?」

「ん、あぁ、あたしが愛機(アイゼン)で軽く引っ叩いた」

『…………』

 

 

 原因が分からず、スバルたちはなのはへ視線を向ける。

 

 

「……えっと、ね……」

 

 

――『そのような感情が働いてしまうと、お弁当の味を正しく評価できません』

――『よし、とりあえずその弁当をフェイトに渡して(デコ)を出せ……』

 

 

「……あの、つまり……味をきちんと評価することが本来の目的なので、お弁当を貰うということについては特に何も思ってなかったと?」

「はい」

『……はぁ』

 

 

 全員がため息をつくと、スバルは頬を掻きながらコタロウの方を向き、

 

 

「じゃ、じゃあネコさんは、その、味の評価なしでただ単純にお弁当を貰うことに対しては、嬉しいんですか?」

「はい。大変嬉しいです」

 

 

 彼はこくりと頷く。

 味を評価することを第一に考えていたので、貰うことに対しての感情を一切持っていなかったらしい。貰うことを第一に考えていれば、嬉しいことは彼にとって当然のようだ。

 

 

「シャマル先生の言葉が悪かったのかなぁ」

「ネコさんの融通の無さね」

 

 

 スバルとティアナの会話を聞き、なのはは以前コタロウが「いつもトラガホルン夫妻を困らせる」といった類の言葉を思い出し、間違いないと納得して頷いた。

 彼は妙な部分で、人と思うところがずれるようである。

 

 

「おー、準備できとるなぁ」

 

 

 振り返るとはやてとヴァイス、そしてヴォルケンリッターがこちらに向かって歩いてきていた。

 

 

「コタロウさん、どうしたんですかい? そのおでこ……」

「ヴィータ三等空尉に叩かれました」

「……察しろ」

 

 

 ヴィータはヴァイスが不思議がって自分の方を向くまえに答えると、芝生の上に敷かれている、赤、黄、白が格子状に描かれたシートの上に靴を脱いで腰を下ろし、無言で全員をせかす。

 シートは1枚で5人はゆうに座れる広さで、それを3枚使って場所を確保していた。そして、その各シートにはバンとその具であるレタス等の野菜類、ハム等の肉類の他に、ポテトがメインのサラダや、ジャム等、手の込んでいない簡単なものが揃えられている。これらを自分で『料理』して食べるのだ。

 

 

「ネコさん、こっちです! こっち!」

 

 

 リインはすでにシートのやや中心に近い位置に座っており、招き猫のようにコタロウを招いていた。彼が彼女の招くままに移動すると、周りもそれに合わせて座ろうとする。

 ヴァイスは靴を脱ぎながら、

 

 

「しっかし、良い天気なのはいいけど、ちっと眩しいな」

「ちょうど、太陽も真上ですしね」

 

 

 スバルもつられて空を見る。

 雲も今日は少なく、太陽がすこし強めに照らしていた。

 すると、

 

 

「傘、日傘形式(パラソルスタイル)

 

 

 コタロウはリインの正面に座る前に傘を抜き取り、近くの繋ぎ目に突き刺し、

 

 

大きく(ラージ)光透過(トランスルーセント)

 

 

 野点(のだて)傘に変化させ、言葉通りにシート全てを収まるほどに大きくさせたあと、木洩れ日程度の光を入れるように半透明化させた。

 

 

『…………』

「グランセニック陸曹、この程度で宜しいでしょうか?」

「……あ、はい」

 

 

 彼が頷くのを確認して、コタロウは座ろうとすると正面にいるリインが口を開いた。

 

 

「ネコさんのデバイスは何ができないんですか?」

「不可能の方が多いので、可能なリストを後でお渡しいたします」

「い、いいです。少し、興味があっただけなので……」

「そうですか……わかりました」

 

 

 少し首を傾げながらも、彼はシャマルから貰ったお弁当を脇へ置くと、近くにある取り皿の上にサンドイッチの材料を盛る。

 

 

「それでは、お昼に致しましょう」

「は、はいです!」

 

 

 近くにいる人にしか分からないくらいの微弱な魔力反応をリインは感じ取ると、コタロウは料理の作業に取り掛かった。

 まず、リインが目を見張ったのはその指先だ。コタロウの指先は硬化させたエアロゲルを纏い、それをナイフのように使って、バンをリインの持てるサイズに切る。次は具をそのバンに挟めるように薄切りにしていく。切るとき、具がぶれないようにこれもまた指先と同じものを形状変化させ押さえつけていた。

 彼女は、地球へ出張任務に訪れたとき、彼が「料理が実験のようになる」といった理由がよくわかった。その過程が正確で、精密過ぎるのだ。彼にとっては仕事の延長線上に『食べるものを作る』という点があるだけなのだと思わせる。元々表情に出ない彼であるためか、楽しそうでもない。

 

 

「出来上がりました」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ただ、出来上がったものは寸分たがわず、大きさ、見た目は紛れもなく彼女にとってぴったりな料理であった。

 

 

「いただきます」

 

 

 リインがサンドイッチを手に取り、口に運ぶまでをコタロウはじっと目で追う。

 彼女はその見下ろされている視線が気になり、少し身体を移動させ視線を逸らした。このサイズで自分の手に収まる料理は食べる機会が大変少なく、違和感がないことに逆に違和感を(いだ)きながら彼女はそれを食べた。

 味は普段食堂で食べているものと変わらない。

 

 

「おいしいです~」

 

 

 だが、リインはこのような場所で、且つ親しい人が作った料理が普段以上のものになることはよく知っていた。

 

 

「……ふむ」

 

 

 リインは正直に答え、それが相手に不快感を与えない答えであるはずなのに、彼は首を傾げたことを不思議に思う。

 

 

「あの、どうかしました?」

「……はい。自分の作った料理を召し上がっていただき、そしてそのように言われると嬉しいものだと思いました」

「え? そ、そうですか?」

「はい。幾つか私の作成したものをリイン・フォースツヴァイ空曹長がご利用されていますが、それとはまた違います……どうかしましたか?」

ひぃえ(いいえ)、なんでもないです」

 

 

 少し頬を染めたのは彼女だけではなく、彼もだ。もちろん、彼の場合は分からないくらいの小さな変化であったが、リインはそれを見逃さなかった。単純に、自分が彼をそのようにさせたことは嬉しいことだと思う。

 

 

「む~~」

 

 

 シャマルもそれを見ていなければ、より一層嬉しかったことだろう。

 

 

「シャマル主任医務官?」

「さぁ早く、私のも食べてください!」

「わかりました」

 

 

 シャマルは不機嫌そうに彼に顔を近づける。目の下のクマのせいか少し威圧感があるが、彼は動じることなくお弁当に手をかけた。

 

 

 

「シャマル、ちょう顔近いで」

「……え、あ、すいません」

 

 

 はやてに柔らかく注意を受け、コタロウに頭を下げて座りなおす。

 そして、彼が包みを解くのを見守った。

 彼は蓋を開けようとする。

 

 

「あっ」

「どうかなさいましたか?」

「い、いえ……なんでもないです」

 

 

 シャマルは自分の作ったものが唐突に心配になり、思わず声をあげてしまったが、コタロウが自分の方を向くと引きさがる。

 また彼は蓋に手をかける。

 

 

「あうっ」

「どうかなさいましたか?」

「……な、なんでもないです」

 

 

 また同じ行動が繰り返された。

 再び蓋に手をかける。

 

 

「あぁっ」

「どうかなさいましたか?」

「……なんでもないです」

 

 

 またまた同じ行動が繰り返された。コタロウは3回も同じことが起こるとさすがに不思議に思うところがあり、口を開こうとするが、

 

 

「ムゥ! なら、リインが開けるです~!」

『……あ』

 

 

 2人に隙を与えず、リインが蓋を開いた。その瞬間、シャマルは顔を覆う。

 

 

「……ちゃんとしたもの、です」

 

 

 その顔を覆っている間、それを気になる人たち――シャマルの料理を見たことある人全員――が身を乗り出してそのお弁当の中身を見る。どうやら、開ける前から気になっていたらしい。

 

 

『……普通だ』

 

 

 シャマル自身、事前に味見をしていたと言っていたが、それでも心配だった彼らはそのお弁当を見て、外見が変哲ないことに驚いた。

 中身は地球では、ほぼ一般の家庭で食べることのできるものが入っていた。

 主食はご飯で、おかずである副食、菜食は少しバランスは悪いが、唐揚げ、卵焼きと備え付けのようなサラダと品数は十分である。シャマルは『普通』という言葉で多少安心して顔を出した。

 

 

「あとは味、だな」

『うむ』

 

 

 シグナムとザフィーラはヴィータに頷く。

 何対もの目がコタロウの右手を注視し、

 

 

「いただきます」

 

 

 口に入れ――この時点で表情に変化はない――飲み込むのを見守った。

 シャマルの顔はそれでも歪む。コタロウは飲み込んだあと、彼女のほうを向き、

 

 

「おいしいです。前回の料理と比べ、ずっと」

『……お、お~~』

 

 

 数人が声を漏らしたが、シャマルにはすでに聞こえていなかった。

 

 

「ほ、本当ですか!?」

「はい」

「本当に、本当ですか?」

「はい」

「本当に、本当に本当?」

 

 

 最後にもう一度彼が頷くと、曇天(どんてん)が突然快晴になったかのようにシャマルの瞳が光り、

 

 

『(……い、良い笑顔すぎる)』

 

 

 と、周りに思わせるような表情をした。

 そんな表情に感心することもなく、コタロウは次のおかずに箸をのばした。

 彼女の料理の味をよく知る人たちは、試しに食べてみたい衝動に駆られるも、彼が箸を休めなかったこともあり、食べることはできなかった。

 仕方なく、各自食事をとることにする。

 そして、コタロウは残さず食べ終わり、弁当箱を包んだあと、

 

 

「シャマル主任医務官」

「は、はい!」

「ごちそうさまでした」

「お、粗末さまでした」

 

 

 軽く会釈をすると、シャマルもそれに応じて頭を下げた。

 

 

「最後にもう一度聞きたいんですけど……本ッ当~においしかったですか?」

「はい。本当においしかったです」

 

 

 彼女にとって、その結果は大成功と言ってもいいほどのものだ。『前回と比べ』というものが含まれていても、『まずい』という言葉が彼の口から出なかっただけで手を振って喜んでもいいくらいである。

 そして、実際に手を振って喜ぼうとしたとき、

 

 

「や、やっら~ぁぁ……ゃふぅ」

 

 

 緊張が解けたのが、シャマルは疲れと眠気が一気に押し寄せて、ぱたりと倒れた。

 

 

『……へ?』

 

 

 丁度コタロウの膝を枕にするように。

 

 

「あいらろうおらいまふぅ」

「…………」

 

 

 すぐに元の表情に戻ったコタロウだが、さすがに彼もこれには僅かに目を開いて驚いた。彼は自分の膝――実際は(もも)――を枕にしているシャマルを見下ろしながら、数回瞬きして、

 

 

「……寝てますね」

 

 

 と、結論付けた。

 

 

「なるべくお静かに願います」

『…………』

 

 

 この沈黙が別に自分の言葉で静かになったわけではないことが分からないのは、彼だけだ。

 コタロウは自分を枕にしている彼女の顔を覗き込もうとはせず、ただ正面の風景をじっと眺めていた。

 

 

「ネ、ネコさ――」

「お静かに願います」

 

 

 一番初めに口を開いたのはそれを真正面で見ていたリインだ。声が大きかったのか、コタロウに諌められる。

 すぐに念話に切り替え、

 

 

[ネコさん、何なんですか!? それは!]

[……膝枕ですね]

[そうじゃ……いえ、そうなんですけど……]

 

 

 彼女は口をぱくぱくさせて、何かを訴えようとしたが、言葉が上手く出てこない。

 一方、スバルたちは、

 

 

[……あれさ、もう、上官と部下の関係じゃないよね]

[言っておくけど、私たちもご飯を『あーん』して食べさせたんだから、変わらないわよ]

[それは、そうなんだけど……]

[なんか、最近ますますこの六課が『家族』って思うようになってきましたね]

[うん。どんどん大きく……ううん、強くなっている気がする」

 

 

 その光景を見ながら、訓練以外にも強くなっていると実感する出来事に、内心大きく頷いた。訓練が激しく厳しいものだからだろうか、時々彼を原因とする出来事がより一層(おだ)やかで(なご)むのだ。それが六課という集団を堅固にしているように彼らは感じた。

 そんなことを思いながら再びコタロウの方を向くと、また少し変化を見せていた。

 

 

「お、こうすると楽だな」

 

 

 ヴィータがコタロウの背中を支えに自分の背中を預けているのだ。彼を背(もた)れのようにしている。

 

 

「……ヴィータ、それじゃコタロウさんに迷惑が――」

「別にいいだろ。なぁ、ネコ?」

「はい。私は構いません」

 

 

 コタロウの膝枕で片眉を吊り上げても声を出さなかったフェイトは、なるべく落ち着いて彼女を注意するが、彼は特に嫌がってはいないようだ。

 

 

「……ム」

「なんだ、フェイトも寄り掛かりたいのか?」

「そ、そんなこと、ないよ!」

「ふ~ん」

 

 

 語尾を強めてしまった彼女の言葉を、ヴィータは意識することなく聞き流した。ヴィータはフェイトとは直接向き合っているわけではないため、フェイトが若干赤くなっていることには気付かなかった。

 だが、ヴァイスの次の言葉が彼女たちを突き動かした。

 

 

「でも、コタロウさんはネコって言われている割に、立場が逆ッすねぇ」

「逆、ですか?」

「ええ。普通ならネコが膝の上に乗るものでしょう? こう、頭や背を『撫でながら』」

『――ッ!!』

 

 

 コタロウが「なるほど」と頷き、自分の1つしかない手とシャマルの頭を見比べ、彼女の頭に手を持っていこうとしたとき、

 

 

『それはダメ (アカン) !』

 

 

 フェイトは彼の腕を、はやては彼の肩を掴んで、動きを止めた。

 背中に寄りかかっているヴィータが驚くほどの速さだ。

 

 

「え? はやて、フェイト?」

『……ハッ』

 

 

 我を取り戻したかのように2人は目を見開くと、ぱっと彼から手を離した。

 

 

『いや、これは……そのぅ……』

 

 

 手が所在を定めることができずにわたわた動き、最後に後ろに回して、はやてとフェイトは乾いた笑いをする。

 互いの行動より、自分の行動を問い詰められるほうが気になり、笑うあいだくるくると頭を回転させ、

 

 

「ア、アカンよ、コタロウさん、簡単に女の子の頭を撫でるやなんて」

「う、うん! よくないと思う」

「……申し訳ありません。至りませんでした」

 

 

 シャマルを膝枕し、ヴィータの背凭れと化しているコタロウは身体を動かせず、軽く頭を下げると、2人はぎこちなく頷き、くるりと背を向けた。

 

 

[はやてちゃん、フェイトちゃん?]

[どうかしたのか?]

[なんでもあらへん]

[うん。なんでもないよ]

 

 

 ヴィータは見ることができないが、なのはには彼女たちの表情がよく見えた。恥ずかしいとは少し違う表情だ。それに、お互いがお互いの行動に気付いていない。完全に自分についてしか考えることができていない、思考が内面に向かっている様子である。

 

 

(……ん~~?)

 

 

 一口、パンを口にしながらなのはは首を傾げる。以前から――地球に行ったときから――はやてや自分たちが彼への対応が変わったことには自覚していたし、気付いていた。それは自分が思う限り、親しさのあらわれであると思っている。コタロウ自身は気づいていないのであろうが、そうでなければ、あんな状態にはなりえない。

 なのはは彼の膝で静かな寝息を立てているシャマルと彼の背に寄りかかっているヴィータ、それにいつのまにか彼の頭の上に乗って、やや不機嫌ながら食事をしているリインを見る。

 

 

(あれでコタロウさん、普通……なんだよね)

 

 

 それを、違和感なく見れている時点で、自分やスバルたちはかなり感化されているといってもいい。シグナムやザフィーラはまだ抵抗がありそうだが、それも時間が解決するだろうと、なのはは自分の考えを疑わなかった。

 考えを戻す。

 小動物のようにサンドイッチを食んでいるはやてとフェイトへ視線を移す。

 

 

(んと、何かあったと考えるのが普通、だよね。なにかあったのかな?)

 

 

 時間が経つにつれ、平常に戻っていく2人を見て考えを巡らせる限り、もし何かあったとすれば、コタロウの無自覚な行動くらいだとなのはは考える。彼女たちをぎこちなくさせる行動をコタロウが取ったと考えるのが妥当だからだ。以前、彼がはやての行動にあわせて『オウム返し』をしたときのようなことが起こったのだろう。

 

 

(む~~)

 

 

 そう、なのははそれ以上の、特に彼女たちの気持ちまでは掴むことができなかった。はやてたち自身、自分の真意に気付いていないため、分からないのだ。なのはが掴むことができないのも当然である。

 なのははとりあえず、機会があったら聞いてみようくらいに思考を完結させて、2人に飲み物を注いであげた。

 

 

『あ、ありがとう』

「うん! どういたしまして」

 

 

 いや、なのはだからこそ、気付かないのかもしれない。

 そしてその後、シャマルはリインに鼻をつままれて起き上がり、現状を把握してコタロウと目を合わせた時、一拍おいて真っ赤に顔を染め上げ、再び倒れるくらい狼狽したのは余談である。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ティア? 何か調べるの?」

「うん。ちょっとね」

 

 

 その夜、寮に戻る前、ネットワークが使える部屋へ向かおうとするティアナにスバルは首を傾げた。

 

 

「何を?」

「……アドヴァンスドグレイザーについて」

「それって……」

 

 

 コタロウが模擬戦で見せた超接近戦術だ。

 ティアナは軽く首を横に振り、

 

 

「大丈夫よ、そのときはちゃんとなのはさんに話すつもりだし、独りじゃ絶対動かないわよ……アンタにもちゃんと言う」

「なら、いいけど……」

「今はただ、資料を集めるだけ」

 

 

 そう言ってティアナはスバルと別れた。

 

 

 

 

 



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第33話 『なにか変か』

 

 

 

 

 

 アドヴァンスドグレイザー――以降AG――が、人の命を無視した戦闘手段でないという情報は、調べれば直ぐに分かった。元々はフロントアタッカー――以降FA――であり、その人たちのなかで特に魔力の少ない人間が使いだしたのが切欠らしい。

 ティアナは、おそらく敵や周りの自分より多く魔力を保持する人たちに対抗するための手段だったのだろうと考えながらモニターに目を走らせた。

 危険性は確かに、FAの上をゆく。だが、戦闘をする以上は危険と隣り合わせなのは武装局員の誰でもが知っている。それを実力を持ってFAと同じ危険性まで低下させているのだ。高魔力保持者もこのAGを使用していたという記載はあったが、擦過現象――相互の魔力量と結合力差を利用した平衡現象――で相手の魔力を利用するのは低魔力保持者あるいは、魔力放出を可能な限り抑えた人にしかない。

 もちろん自分も六課内では魔力は低いが局内の平均以上なのはよく知っているため、擦過現象を扱う場合は魔力の出力を抑えなければならない。年々高魔力保持者による犯罪が増加している今、近いうちに敵に圧倒させる場面に出くわすかもしれない。これを習得していれば、戦局はかなり有利に進めることが可能だ。

 そして習得したいと考えたのはもうひとつ、

 

 

(昔はもっと頻繁に感じてたはずだ。自分と他の人との魔力差を……)

 

 

 共感である。ティアナはつい先日のフェイトと模擬戦をした男を思い出した。

 その時の映像を見直せば見直すほど、言葉にすることができなかった。

 実際に見たときの印象としては、彼女と彼の魔力差は圧倒的で、彼の方は微々たるものだった。ただ、魔力結合の精度の高さと結合された物質の魔力密度は、誰もが認める最上位の魔導師である彼女を霞ませるほど確実且つ精密だった

 さらに彼は魔力量差を実力差としないということを、体現してくれた。

 

 

(映像資料だ……っと、記録日は……30年前!?)

 

 

 読み進めながら、ティアナはAGの模擬戦記録を見つけ、息を呑んだ。

 異様に古い。近年ではあるが、最近ではない記録だ。

 ティアナはそこに並べてある『中長距離戦』『近距離戦』『(ゼロ)距離』を1つ1つ確認することにした。

 

 

(中長距離戦は……)

 

 

 少し乱れた無音映像の中に映し出されたのは距離を置いた2人が対峙しているところから始まっていた。両方が構え一方が魔力を集束させている。見た限りではAクラス魔道師が砲撃を放とうとしているようだ。

 そして、放つ。

 受ける側はそれに対して右手を前に出し、左手を右側の耳元へ沿えると、

 

 

(……嘘でしょ)

 

 

 砲撃を右肩あたりで掠めながら、その集束砲が放つ魔力を両手で擦り落としていた。

 その後、そのまま擦り落とした魔力に自分の魔力を繋ぎ、結合してカウンターで相手に集束砲を撃ち放ち、相手が分かっているかのように防御をして映像は終了していた。

 あらかじめこの映像を映すための台本(シナリオ)戦なのだろう。事前に返すことが分からなければ、あのように始めに放った人間がカウンターを避けられるはずがない。

 

 

(あくまで防御は零距離、か)

 

 

 次に近距離戦の映像を見る。

 その映像はまさに、この前見たフェイトと男の戦いそのものだった。一方はその場所から動かず、一人が座標を変え、角度を変え攻撃する。しかし、相違点にティアナは気付いた。

 

 

(……相手の態勢が崩れた一瞬を狙って、攻撃を仕掛ける)

 

 

 映像の中は徒手空拳で、相手が攻撃することによって生まれた隙を見逃すことなく迎撃していたのだ。

 フェイトの模擬戦で、男は一切攻撃はしていない。

 相手の耳を掠め、後頭部に手刀を打ち据えようとした時点で寸止めし、映像は終了する。

 先日の模擬戦を見たが、今の映像を見て自身のダガーモードでも応用できそうだとティアナは確信した。

 次に零距離戦の映像をティアナは確認する。

 

 

(…………)

 

 

 一方は両手にダガー、もう一方は徒手で対峙していた。

 ダガーを持つ人は、片方のダガーを逆手にもち、相手は左右で差はあるものの両手を喉の高さまで上げて、互いにゆっくり距離を縮め、互いが腕を伸ばせば接触する距離まで近づく。だが、お互いに動く変化は見られない。間合いを確認しているのだろうかと思った矢先、また彼女は気付いた。

 

 

(……動いてないんじゃない)

 

 

 始めは静止していると思ったのだが、映像速度を遅くしてみると、互いが互いの攻撃を虚実、フェイントを織り交ぜながら、仕掛けては軌道を逸らし合っていたのだ。動きが速くて一瞬目で追いきれなかった。その証拠に地面が互いの(せめ)ぎ合い耐えきれず、僅かにヒビが入りへこみ始めている。

 しばらくその位置で激戦を繰り返した後、さらに互いは緩緩(かんかん)と距離を縮める。互いの肘が当たる距離まで来ると、頭を動かし、回り込みあい重心を変えたりと、熾烈を極める戦いになる。

 速度を遅くして、やっと捉えられるくらいである。通常に戻せば、まず目で追うことはできないだろう。

 戦闘は一方が喉元にダガーを突きつけ、もう一方が相手のこめかみに足を打ち下ろそうとするところで膠着(こうちゃく)し、互いがまた距離をとったところで映像は終了した。

 

 

「レベルが今と比較にならない」

 

 

 始めにティアナが抱いた感想は口からこぼれた。

 魔力量で補えない部分を、体術を持って制する。

 理には適っているが、ここまでとは思いにもよらなかった。あれだけの技術を持てば魔力制御は当たり前、もし相応の魔力を持っていれば、現代では相当の実力者であっただろう。

 では、今で言う(いち)魔導師は相手から魔力、擦過現象を利用しなくても自分の魔力を最大限に使い、AGとして戦わなかったのか。という疑問がわいた。

 さらに資料を読み進めているうちに、

 

 

(……そうか)

 

 

 1つの結論にティアナは至る。

 

 

(通用するのは、AG以外……AGには防御でしか役に立たないんだ)

 

 

 魔力を(じつ)にするためには結合が必須だ。その結合は使用する魔力が大きければ大きいほど労力を費やす。AG同士の戦いの場合、結合する瞬間を見出すことは極僅かしかないため、大きな魔力を使えばそれだけ戦いの危険性は高まる。それは同時に、その結合する瞬間を見出し実行することができる人間、そんな相手と戦うのであれば、戦う前から実力差が圧倒的であることを表している。

 時限式をとりいれたゲリラ戦であれば、元々結合された魔法を使うため通用するかもしれないが、その場で瞬時に結合、出力を行なうことができるのは相手がAG以外である。

 

 

(魔力戦に持ち込んだ時点で、AGが有利。そして、AG同士は実力……絶対的な白兵戦有利者……それが彼ら、なんだ)

 

 

 それはおそらく、一対多の場合も変わらないのだろう。確実に一対一に持ち込んで、打ち倒していくのだ。戦闘中は他の人間は仲間に当てる可能性があるため手が出せない。多は余程のコンビネーションが要求される。

 

 

(でも、一対多になったとしても、AGはほとんど全方向からの攻撃におそらく対応できる)

 

 

 フェイトと男の模擬戦で把握済みだ。彼は全方向からの攻撃で自分に当たるものだけを捌いていた。

 

 

(崩せるとすれば、仲間を切り捨て、仲間ごとAGを倒す広範囲魔力攻撃)

 

 

 しかし、それはFAにも言える危険性だ。だから、そのようなことにならないよう、他のポジションが存在する。

 危険性はFAと同じ。そう思うところで、ティアナは違和感を覚えた。

 先ほどの各距離の模擬戦映像だ。

 

 

(AGはどの距離からの攻撃でも受けるときは必ず零距離……ちょっとまって、ということは……)

 

 

 もう一度今度は、3つの映像を同時に再生させながら、内容を整理する。

 

 

(高魔力保持者でも魔力を抑えて、堅固かつ精密な制御を行なえば、迎撃のときには余計な魔力は使わずに相手の魔力を利用して、どの距離でもカウンターができて……どのポジションの防御もできる……逆に進撃に転じたときは、相手の魔力弾を擦らせながら力を蓄え、自分の攻撃範囲に入れば……打ち倒す……)

 

 

 相手の近付かせないようにする弾幕が寧ろ、相手に力を与える結果になり、攻め込まれたとき、本人にはフィールド、バリア、シールドの防御手段をもって対応するしかない。

 しかもだ。おそらくそのバリアも削り落とされるだろう。

 じとりと冷や汗が出た。

 

 

(零距離を制するAGはすなわち全距離対応可能なFA)

 

 

 FAであるスバルに適したものだと思う。だが、ダガーを使うティアナ自身にも適した能力であることも間違いない。

 彼女は一度モニターから目を話し、背(もた)れに寄り掛かった。

 

 

(じゃあ、どうして現在では使用されていないのか……考えるだけ無駄ね。そんな実力者がそう簡単にいるはずがない。エース級集まるこの六課でも、1人しかいないんだから)

 

 

 実質その通りだった。再び、書かれている電子書類に目を通していくと、管理局システムが安定してくると共に減少し、当時――30年前――以降AGが確認されないことから自然と新しいものの中に(うず)もれ、消えていったらしい。

 

 

(今いるとすれば、ネコさんだけ、か……いや、トラガホルン両二等陸佐が知らないはずがない……けど)

 

 

 彼の親友であるトラガホルン夫妻は優秀すぎる人たちだ。もしかしたらと意気込むが、諦めた。

 彼らと接触するためには彼を仲介しなければならないし、なにより将校クラスの人間が自分に気安く話してくれるとも限らない。もちろん、彼が関係すればあの夫婦は快く話してくれるであろうが、そんなコネのようなものは使いたくなかった。

 ティアナは項垂(うなだ)れ、途中でAGについての調べごとに好奇心という比重が高くなっていることが分かり、自分を戒める。

 知りたいのは誰がAGを知り、使いこなしているかではなく、自分がそれを身に付けることができるか、或いは身に付けたいかどうかである。

 

 

(少なくとも、私はこのAGを使いこなせるものなら使いこなしたい……そのためには、きちんとその危険性を把握して、なのはさんに相談することだ)

 

 

 彼女は一度気持ちと思考を入れ替えて、AGの、特に危険性や弊害について再び調べ始めた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第33話 『なにか変か』

 

 

 

 

 

 

 なのはたちが日中訓練と並行して六課の警備や出動に備えるため、はやての守護騎士であるシグナムとザフィーラは彼等の時間に合わせて行動するのは必然的であった。同時に2人が出会う確率も多く、シグナムが外へ足を運んだとき、四足で歩くザフィーラと何度目かのすれ違いをみせた。

 

 

「異常は?」

「無しだ」

 

 

 彼女は軽く目線で「気分転換でもしないか?」と合図すると、ザフィーラは頷いて彼女の隣に付き、揃って外に出る。

 隊舎の外は日が昇る前と曇天なこともあり、若干気温は低く、眠気を覚ますのには丁度良かった。

 

 

「随分と雲が低いな」

「あぁ」

 

 

 シグナムは目を細めながら上を見上げると、鼠色の雲が直ぐにでも重さに耐えきれずに雨を降らせようとしているのが窺えた。そのまま彼女は一度身体を強張らせたあと、肺の奥まで空気を入れて大きく深呼吸し、六課の隊舎と寮を一周しようと歩きはじめる。

 そして、まずは寮へ向かうために角を曲がったとき、ザフィーラが何気なしに口を開いた。

 

 

「先ほど、カギネ三士に会った」

「……そうか」

 

 

 彼はあくびをかみ殺し頭を振る。

 

 

「何か、準備をしていたな」

「準備? 新人たちのか?」

 

 

 シグナムが語尾を上げて、右耳をひょこりと動かす彼に視線を下げる。

 

 

「いや、違う」

「……要領を得ないな」

「む。木の周りを縄と杭で囲って敷地をつくろうとしていたな」

 

 

 自分で話題を彼女に振っても、話の終着をさせることはできず、2人の間で無言が続いた後、シグナムはザフィーラをやや前にして、あとに歩調をあわせた。

 

 

 

 

 

 

 コタロウがいるのはどうやら寮の近くらしく、そちらへ歩みを進めていく。

 そして、寮の入り口を正面に右側面にある、日の出の影になる場所に生えている一本の木の見えると、その下には片手で十分握れるほどの細い杭が打たれ、人が入らないように縄で杭と杭の間を結んで柵をつくり、その中にコタロウはいた。

 彼は両膝をつき、一見正座のように見えるが、つま先は立て、即座に動けるように構えている。作業帽は深く被り表情を窺えず、手は足の付け根に添えられている状態で座り込んでいた。

 2人がその柵の外、彼の正面に立っていても相手は動く様子はなく、微動だにしない。

 

 

「『訓練中です。 命令、指令の際は念話あるいは通信でお願いいたします』……と書かれているな」

「ふむ」

 

 

 ザフィーラが柵に貼り付けられている注意書きに気が付いて読み上げると、ぽつりと

シグナムの肩に雨粒が当たる。

 

 

(……訓練中、か)

 

 

 座りながらも動ける姿勢と、その張り紙の内容から訓練中ということは間違いないだろう。しかし、訓練内容が分からない。普段彼とともにある傘は彼の背後にある木に立てかけてあり、構えとは別に使う様子は無い。

 ならば瞑想かと考えるが、それならばそもそもこのような体勢はとらないと考えが初めに戻る。

 やがて、身体に当たる雨粒の間隔が短くなるのとは無関係に、シグナムは思考を打ち切った。

 

 

「……やめておこう」

「どうした?」

「いや、強さに関する情報は極力避けようと思ってな」

「……ん」

 

 

 ザフィーラが首を傾げると、彼女が機会があれば交えようとしていることを話す。自分が相手の魔力量だけで実力を判断し、本当ならあの場に立っていたのは私であったこともそれとなく付け加えると彼は苦笑し、息を漏らした。

 

 

「それなら、これ以上ここにいる必要もあるまい。戻るか。雨も降り始めたしな」

「……そうだな」

 

 

 そう言って、ザフィーラとシグナムは雨が本格的になる前に、引き上げた。

 そろそろ、スバルたちの天候に左右されない屋外での訓練が始まる時間だ。

 

 

 

 

 

 

 シグナムが息を呑んだのは、それから数時間後のことである。

 

 

 

 

 

 

 ザフィーラと仮眠をとった後、シグナムは1人で新人たちの訓練の様子を見に行くことにした。

 雨は依然として降り続いており、日中は晴れないという予報者の予報はどうやら間違いなさそうである。

 そのなか、シグナムは隊舎の入り口付近に備えられている廉価の傘を使用して屋上から訓練場を見渡すと、そこでは新人たちが息を乱しながら訓練に励んでいた。今日は雨のせいか、踏み込むべき地盤に思うように力を入れることができず、そこを隊長たちに厳しく指摘されている。

 モニターを使用して切り出した映像では、さらにそれが如実に表れていた。コタロウが以前口にした『気象に左右されない』というのは、どの立場の人間にも当てはまる言葉であることがよく分かる。

 

 

「……む」

 

 

 ふと気になって、いつも全員を見渡せる位置にいる彼が訓練場内にいないことに気付く。再度見渡しても、視界に入ってこない。

 

 

[なのは]

[あ、えと、シグナムさん? 珍しいですね、どうかしました?]

[あぁ、いや、カギネ三士が見当たらないのでな]

 

 

 彼女はそっけないのを装って訊ねる。

 

 

[コタロウさんは午後からなんです。午前中は自由待機(オフシフト)です]

[そうか]

 

 

 普通、自由待機(オフシフト)というと休息、自由時間と等しい扱いだが、彼の場合は少々異なる。彼にとって自由待機とは、六課内の機器類を点検、修理する時間になるのだ。もちろん、休憩も自由に取る私用時間として構わない。ただ、コタロウが自由待機を自堕落なものにしないことは誰もが良く知っているので、注視すること、懸念することはしなかった。彼の自由待機は実質、務め以外の何ものでもない場合が多い。

 彼を戦力としての実力をみると、夜明けにみた訓練も務めの1つと認識できる。

 なのはとの念話を終わらせたシグナムは、あのとき見た彼が脳裏をよぎった。彼女にとってコタロウは決して気になる人物ではない。だが、つい数時間前に見た人物であれば気にはなる。

 シグナムは傘にかかる雫が数滴流れ落ちるのを見た後、踵を返して屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 もし、シグナムが自分の記憶力を自負しているのであれば、この目の前にいる人物は夜明け前から換算しおよそ6時間以上、その姿勢を維持していた。そのなかで違いがあるとすれば、彼の周りに展開している気圧の変化から、雨粒が凝固し、氷の粒となって付近に転がっているくらいだ。

 彼が目を離してから姿勢を変えずにいたという証拠はないが、シグナムは自分の考えを疑いはせず、驚きというよりも寧ろ、不可解かつ異様であることに息を呑んだ。

 既に知っているあまりにも静か過ぎる呼吸は、肩や胸の動きを見せず無呼吸に見え、深く被った帽子は普段から読むことを困難にさせる雰囲気を完全に消失させていた。

 一言で言うのであれば、

 

 

(気配がない)

 

 

 というものである。

 目視できているのに気配がないという感覚が彼を異様と思わせている原因であった。

 

 

「カギネ三士、そこで何をしている」

 

 

 故に、シグナムが思わず彼に向かって話しかけたのは、その雰囲気を一蹴したかったのかもしれない。だが、すぐに彼女は彼に横槍を入れたことを後悔した。何をしているにせよ、彼の訓練の邪魔をしたのは間違いないのだ。長時間一定の姿勢を維持しているということは、等しく真剣な証拠である。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、相手は反応することはなかった。

 彼女が後悔した前後で姿勢、雰囲気に違いはない。変わらず正座をし、身に降りかかる氷の粒にも反応することはなく、無言を貫いている。

 雨脚は強くなり、彼女の傘に降り注ぐ雨粒の音が大きくなる中、すこし見下ろすかたちで彼を見ていた彼女は訓練内容より、今正面にいる彼の状態が知りたくなった。この訓練が何を鍛えるものかは分からないが、正面に立ち、声に出しても全く反応がないのであれば、表情も気にはなるところである。

 まして彼は敢えて無視をする、気付かないふりをする人間でもない。真面目で丁寧な人間であることは人間関係に疎いシグナムでさえ知っている。

 目を瞑り耳でも塞いでいるのだろうかと、彼女は正面よりやや右に移動し、膝を折って彼と同じ視点に立ち、覗き込んだ。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 彼女の呼吸が止まった。身体が硬直し、少し声が漏れてしまったことに気付くまで、数秒を要し、そしてすぐに上体を起こし、呼吸を整えた。

 彼はいつもの寝ぼけ眼ではなかったのだ。『いつもの』ではなかった分、すぐに顔を上げたのにもかかわらず、容易にその表情を思い出すことができる。

 彼は正面を炯眼(けいがん)していたのだ。

 帽子のつばによって顔上半分を覆うように影ができ、その中で黒曜石のような黒い瞳が白目によって強調され、圧倒せんばかりに鈍く炯炯(けいけい)としていた。

 ただそれだけのことであるが、普段の彼からは決して想像することのできない表情であった。今まで――約2ヶ月弱――確認できた表情のうち、どれをとっても寝ぼけ眼が付随していたため、本来の本人と疑わしくなるほど真剣な目つきであるコタロウに彼女は驚いた。目つきが変わるだけでこうも人の印象が変わるのかと思うのはシグナムにとって初めての体験だ。

 彼がフェイトと戦ったときもこんな表情は()()()()()()()

 ふりなのではない。本当に気付いていないのだ。自分の存在だけでなく、降り注ぐ雨の感覚も、その雨が奏でる音も、腿の上に積もっていく氷の粒の重さでさえ、彼からしてみれば存在を許されていないように思えた。

 乱れる心境の中、また少し雨脚が強まった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 シグナムという女性は自分が騎士であることは自覚していたし、余程の切欠がない限り他人に関心を示さない人間であることも自覚していた。もちろん、アルトやヴァイスといった自分に踏み込んでくる人間に対しては、例外である。

 

 

――『あれ? なのはさん、コタロウさんはお昼も自分の部屋ですかい?』

――『うん。さっき聞いたらそう言ってたよ』

 

 

 気付けば彼の部屋のブザーを押そうとしているのは、些《いささ》か自分でも首を傾げた。

 押す前に一度躊躇(ためら)い、

 

 

()()()のことを『訊く』のではない、こちらから一方的に『頼む』のだ)

 

 

 と言い聞かせ、ブザーを押した。

 数秒後、ドアが開くと見覚えのある寝ぼけ目をした男が自分の正面に立っていた。

 

 

「はい」

「…………」

「何かございましたか、シグナム二等空尉?」

「あ、いや……」

 

 

 彼女の言葉が出なかったのは、地球へ訪れたときの銭湯で一緒に入浴したヴィータたちと同じ理由だ。コタロウは着替えの途中で、つなぎの上半身だけ脱いだ状態であり、腰の部分を折り目に生地がだらりと下がっていた。いくら彼女といってもその覚悟や緊張感がなければ――彼の表情も助長している――服の上からでない非対称な彼の両肩を見れば、言い淀んでしまう。その男は左肩から先がないのだ。

 

 

「ひとまず、服を着たらどうだ?」

「……はい」

 

 

 振り返ったときの彼の背中にある火傷も彼女の目に留まった。

 

 

 

 

 

 

 心に隙があったせいか、「部屋(なか)でお茶でも召し上がりになりますか?」という彼の言葉にシグナムは首肯していた。彼は新しい黒のインナーを着込み、つなぎのファスナーを上げると、それほど時間を掛けることなく、部屋に置かれているテーブルに座るシグナムの前にお茶を出した。

 シグナムはカップの面に映る自分をみて、二三度瞬きをし、

 

 

「何故誘った」

「まだ時刻的に休憩中で着替える時間を頂きましたし、呼び出しではなく上官自ら下官の部屋に訪れるほどのご用件であれば、公的な命令よりも寧ろ、何か個人的な命令、或いはご要望の類であるかと考えたためです」

 

 

 正面に座っている彼は、表情から思惑は読めずとも行動から判断することができるのかと思い、再びカップに目を落として一口含んだ。

 

 

(……どこまで観察眼がはたらく?)

 

 

 シグナムがお茶のときのみ砂糖を(さじ)半分入れることを知っているのか、ほんのりと甘かった。砂糖やミルクが出ていないのはそれが理由らしい。

 

 

(いや、言わずもがな、か)

 

 

 その教育を施したのが誰なのかすぐに想像がつき、カップを置いた。

 

 

「確かに、要件というのは私事だ」

「はい」

「おまえと一戦したい。もちろん私のときはおまえも攻撃して構わない」

「…………」

 

 

 単刀直入にこたえる彼女に対し、コタロウは目線を落としてこつこつと人差し指を叩く。シグナムがもう一口含むまでそれは続き、最後に顎に手を当てたあと、彼は口を開いた。

 

 

「1つ、確認をさせていただいても構いませんか?」

「ん、なんだ?」

「それはシグナム二等空尉はレヴァンテインを使い、私はこの傘を使用したデバイス戦ということでよろしいですか?」

「ん、そうだが?」

「分かりました。でしたら、申し訳ありませんがお断わりさせていただきます」

 

 

 ぺこりと頭を下げる。

 

 

「……理由を聞いても構わないか?」

「確かに、この傘は戦う上で『持たば太刀、振らば薙刀(なぎなた)、突かば槍、隠さば懐剣(かいけん)、狙わば銃』という特性を持っています」

 

 

 さらに続ける。

 

 

「ですが、『差せば傘』がそれ以前の、傘そのものであり、『(かざ)せば盾』が本質なのです。九天鞭(きゅうてんべん)は鞭としていますが、役目としては盾です」

「あの鞭が盾?」

 

 

 コタロウは頷き、

 

 

「はい。シグナム二等空尉や高町一等空尉、そのほかの方々は『何かを護る為に戦う人』であると考えています」

 

 

 今度はシグナムが頷いた。

 

 

「私は『何かを護る為に護る人』でありたいのです」

 

 

 私の場合はそのほとんどが機械になりますが、とそこで初めてコタロウはカップに口をつける。

 戦うという言葉は何も、武力を持っての戦いだけではないが、彼の場合はそれに言及していた。戦いたくないと言っているようである。

 

 

「戦いたくはない。ということか?」

「いえ、違います」

 

 

 だが、彼は否定する。

 

 

「私が局員である以上、戦うことはあります。ただ私は、この傘を『武器』として使いたくはないだけです」

「……なるほど」

 

 

 考え方が違う。とシグナムは素直にそう思った。彼女の場合、彼とは逆でデバイスを武器をして使用する。今までもそうであったし、これからも何も疑問に思うことなく武器として使用するだろう。極論、それが故に自分が存在すると言ってもいい。

 

 

「トラガホルン二等陸佐やロマノワ二等陸佐もシグナム二等空尉と同じ考えです。『全員が私のような考えであれば、管理局はとっくに自壊を始めている』と自嘲していましたが」

「そうか……であれば、仕方がないな」

「申し訳ありません」

「ん。構うことはない」

 

 

 またカップを手に取とうとしたところで、はたと顔を上げる。

 

 

「……む、ということはお前がデバイスを使わなければ私と戦えると?」

「はい。それは構いません。先程の両二佐より、最低限の攻めは学んでいます」

 

 

 武器対無手か。と考え込むも、ヴィータから無手で敵を退けたということを聞いたこともあり――その時は無手対無手だが――湯が煮立つより早く彼に対する興味がわいた。

 ならば時間ができたときにと、シグナムはコタロウに約束を取り付ける。

 そうして心が切り替わると余裕も生まれ、自分はやはり深く考えるような人間ではないなと再確認する。思考に重さをおいていたせいか、周りを見ることもできなくなっていたが、今は部屋の回りを見る余裕ができた。

 コタロウの部屋は、おそらくほとんどの部屋も同じであるが、寝具と幾つかの私物で構成されているのがわかる。私物というのは今使っているこのティーセットと、

 

 

「……あれは?」

「資料集です。私は学がないため、機械を修理するときはその歴史や経緯を学ぶようにしているのです」

 

 

 『古代~近代 ベルカの歴史 (武器・武具) 』と書かれた書物が目に入った。厚さは指2本程度で、大きさはポケットに入るぐらい。他にも同じ系統の本が棚に並べられている。

 

 

「ご覧になられますか?」

 

 

 彼女が頷くと、コタロウは立ち上がって机の脇にある本棚から本を取り出し、手渡した。

 

 

「こちらもどうぞ」

「私は目、悪くないぞ」

 

 

 カップの横に置かれた細い銀縁眼鏡を取らずに本を開くと、そこには何も書かれていなかった。ぱらぱらと数頁めくってみても同様に文字一つ書かれていない。

 

 

「何も書かれていないが」

「特殊なインクを使っているので、肉眼では見えないようにしてあります。その『隠解鏡(いんがいきょう)』を使わなければ見えないのです。内容は現代訳していますので、読めないことはないと思いますが」

「しています? というと、お前が作ったのかこの本」

「はい」

 

 

 コタロウ曰く、無限書庫やトラガホルン夫妻が講義をしている大学の図書館からそれに類する本を電子化して送って貰い、まとめ上げたのだという。読めないようにしているのはその書物の中に、漏洩防止策としてのインク生成の項目があったので興味本位から作ったらしい。

 眼鏡をかけると、先程まで何も書かれていなかった白いページに文字や挿絵が浮き上がってくる。内容は想像していたものと違い、文字は細い草書体で書かれ、挿絵は武器武具だけにとどまらず、魔法陣の構成、当時主流とされていた魔法原理、その構造に至った思想等が分かりやすく書かれている。

 シグナムはしばらくの間、読み(ふけ)った。

 

 

「……そろそろ、私は仕事に戻りますが、お持ち帰りになられますか?」

 

 

 余程没頭していたのか、コタロウが昼食を取っていたことにも気付かず、時刻をみるとそろそろ休憩も終わる時間に差し掛かっていた。

 

 

「その眼鏡はスペアがありますので、どうぞお持ちくださって構いません」

「……む、悪いな」

「構いません。私以外の方が読まれても問題がないことに、少し安心しました」

 

 

 ぱたりと本を閉じ部屋を出ようとしたとき、ドアが開いたままの状態であることに彼女は気付いた。

 

 

「私は開けたままにしてしまったか?」

「いえ、女性を自室に入れる場合はドアは常に開けたままにしているのです。ロマノワ二等陸佐が言うには『異性と部屋で二人きりになる場合は四本の足が地につき、常にドアは開けておくこと』とのことで」

 

 

 所謂(いわゆる)、官位によらない異性間のマナーの1つだという。もちろん例外もあるが。

 寮を出ると雨は幾分か弱まったものの、まだ降り続いており、お互いに傘を差して歩き出した。自分より背が低いせいか、彼の差す傘は持ち主の頭をかくし、胸から下しかシグナムは確認することができなかった。

 不意に、彼女は首を傾げて傘の下を覗き込んだ。

 

 

「……雨粒が跳ね返りましたか?」

「あ、いや、大丈夫だ。問題ない」

 

 

 近くを歩きすぎたかと眉を寄せる寝ぼけ目と目が合うと、シグナムは居た堪れない気持ちになり、ぎこちなくまた前を向いた。

 僅かに緊張した心持を振り払い、落ち着きを取り戻す。

 

 

(いつもの目だな)

 

 

 何故覗きこむようなことをしたのだろうかとは考えなかった。

 ただ、普段の彼であることに安心したのはシグナム自身も気付いていた。

 そして、隊舎と寮の中間地点まで来たとき、

 

 

()()()()

「はい」

「二杯目に砂糖はいらない」

 

 

 相手の返事を聞くことなく、シグナムは彼と別れた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 夕食の後、小時間空けて夜間訓練を始める前、一番近くにいる隊長陣たちがシグナムの変化に気付く。

 足を組み、銀縁の半月眼鏡をかけながら、テーブルの上に広げた小さな本に目を落とす彼女はいつもの気高さに若干の淑やかさを身に纏っていた。左手は本をやさしく固定し、右手は次の頁、或いは前のページをめくるために下のほうに添えられている。

 はっきりいって、今まで見たことない仕草である。

 

 

「……どうかしたか?」

 

 

 本の脇に置かれているカップに手をかけるために目線を上げたとき、シグナムは視線を感じそちらを向いた。

 

 

「シグナムが読書……?」

「そうだが?」

「それに、眼鏡」

「……ん」

 

 

 人が普段の印象とはかけ離れた行動を取る場合、必ず原因がある。そして、その原因を探ることが自分の疑問を解消させる最も早い近道であることは、彼女の行動に気付いた人たちの誰もが知っていた。しかし、ヴィータたちはその原因を探る前に、根拠はないが多くの要因を持つ1人の人物が頭の中に思い浮かんだ。

 おそらく、いや十中八九間違いはないだろう。

 

 

『(今度はコタロウさん (ネコ) 、何をしたの (んだ) ?)』

 

 

 内心そのようなことを考えていると、表情に出ていたのだろう。シグナムは彼女たちの表情をみて微笑みをこぼし、やや挑戦的な目つきで、

 

 

「なにか変か?」

 

 

 じっくりと彼女たちの挙動を楽しんだ後、砂糖の入っていないお茶に口をつけ、また続きを読み始めた。

 

 

 

 

 

 



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第34話 『ラッパのラ』

 

 

 

 

『…………』

 

 

「どう? これが調べた結果なんだけど」

 

 

 スバルはティアナが調べた(アドヴァンスド)(グレイザー)についての書類をみて腕を組む。エリオとキャロもティアナの説明を聞き閉口する。

 

 

「う、ん……なんて言っていいか分かんないけど……すごいね」

「え~と」

「すごいですね」

「まぁ、当たり前の反応よね。でも、この映像は合成じゃないし、実際にあんたたちも見たでしょう? それも間近で」

 

 

 もう一度、特にAG同士の模擬戦映像をスローで見直し、両者の動きを確認した。

 

 

「手数足数は1秒間に平均25、6回――」

「――えっ!?」

「互いが接近するほど数は減るけど、それでも――」

「僕等の比じゃないですね」

「これで速さ2分の1」

 

 

 目を皿にして何度も観たからね、とため息をつく。

 

 

「ティアはこれを?」

「……そう。体得したい」

 

 

 ティアナが頷くと、またスバルたちは黙った。

 それはそうだろうと彼女は思う。身体能力の向上は言うまでもないが、それ以外に必要な要素が見つからないのだ。場数という経験が物を言う、六課にいるうちに体得できないということはしたくはない。

 

 

「あの……」

「なに、キャロ?」

「コタロウさんの他にもAGはいるんでしょうか?」

 

 

 テーブルにあるジュース入りの缶に目を落としたあと、ティアナは髪をいじる。

 

 

「分からないわ。でも、フェイトさんとネコさんの模擬戦を見てたなのはさんや八神部隊長は知らなかったみたいだし……10年局にいて知らないとなると、少なくともクラナガンにはいないということになるわね」

「そう、ですか」

 

 

 はやてについては昔から隊長としての進路を決めていたため、前線で戦うことは少なく、出会う機会は低いためわからないが、なのはは戦技教導の傍ら前線に参加することが多く、同時にたくさんの人と会う機会がある。そのなのはも出会ったことがないということであれば、同期や先輩後輩にはAGはいないことをあらわしていた。

 

 

「今週中にはなのはさんに話すつもり」

「それで、分かってもらえば、コタロウさんに?」

「まぁ、そうなるわ。AGに関するデータのうち、習得方法は1つも出てこなかったけどね」

 

 

 大きなため息をつき、ジュースを一気に飲み干して自販機隣のダストシュートに缶を放り込むと、問題は山積みでも区切りをつけるように背伸びをして、気持ちを切り替えた。

 

 

「んで、スバルも参加する? AGって元はフロントアタッカーのことだし」

「ううん。私はいいや」

「そう?」

「うん。強くはなりたいけど……私はなのはさんやヴィータ副隊長から習いたいな」

 

 

 座っている足をプラプラさせて、目線を落として苦笑うスバルに「あぁ」とティアナは声を漏らした。若さゆえの強さの探求にもスバルとティアナの間には違いがあるためだ。恩師の下で教わりたいという純粋な想いの差がそれを引き止めたのだろう。そして、それはティアナにも十分伝わった。

 

 

「それがいいわね。私もそうありたいけど――」

「ネコさんから習いたいんでしょ?」

 

 

 意味ありげにスバルは笑う。

 

 

「何その笑い」

「からかってみたの~」

「……缶を捨てたことにこれほど後悔したのは、今日が始めてよ」

 

 

 いざ投げようとした缶が既にダストシュートの中であることに不満を覚えながら、ゆらりとティアナはスバルの背後へとまわる。

 

 

「だって最近ティア、まるくなったって言うか……えと、なんで怖い顔してるの?」

「缶があれば投げるだけですんだのに……まさか」

 

 

 スバルの頬に痛みが走った。

 

 

(つね)ることになるなんてねぇ」

「イタタタ! イタイよ~~ティア~~」

「アンタ本当に、そのうち痛い目みるわよ」

「ふぎゅぅ~~。うん、し、知ってる。げ、現在進行形で体験中ぅぅぅ~あうぅ~」

 

 

 しばらく、摂ったばかりの水分をスバルは目から消費することになったが、なんとか微量で済み、訓練での反省文がまだ完全に終わってないこともあり部屋に戻ろうということになった。

 その時、

 

 

「ティアナさん、もしその時は僕も一緒にいいですか?」

「ん、ああ、AGの訓練? まだ、色々分からないところがあるけど……別にいいんじゃない? フェイトさんがいいって言えば」

「はい!」

 

 

 エリオも興味があることを示し、全員休憩室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第34話 『ラッパのラ』

 

 

 

 

 

 

「はい。今朝の訓練と模擬戦は終了。お疲れ様」

『お、お疲れ様でした』

 

 

 早朝、前夜の過失のことなどすっかり忘れてティアナを起こすために彼女の胸を揉みしだき、案の定お返しに踏みつけられたあと、スバルは皆と揃って訓練場に向かい早朝訓練を済ませた。なのはやヴィータが考えた訓練カリキュラムは新人たちの日々の成長に合わせて組まれているため、慣れるということはなく、終了時にはへとへとになり、それが早朝、午前、午後、時には夜へと続く。

 そして、今日の早朝はいつもより若干激しく行なわれた気がした。

 今、スバルたちはなのはたち隊長の話を聞くために膝を抱えて座り込んでいる。

 

 

「でね、実は何気に、今日の模擬戦が第2段階クリアの見極め試験(テスト)だったんだけど……」

『――えっ!?』

 

 

 なのはは本当に何気なく、雑務中のながら会話のようにスバルたちに話した。

 驚くのは座り込んでいる新人たちばかりで、彼女の後ろにいるフェイトとヴィータの表情に変化はない。新人たちの後ろに立っているコタロウも同様だ。

 

 

「どうでした?」

「合格!」

『はやっ!』

 

 

 ゆるりと髪をゆらせながら振り向くなのはに、フェイトは悩む間もなく優しく答えてスバルとティアナを驚かせた。

 

 

「ま、こんだけみっちりやってて、問題あるようなら大変だってことだ」

 

 

 それはフェイトが結果を下す前、今日の訓練が始まる前から決まっていたようで、普段の訓練も評価に入っているらしく、スバルたちは苦笑う。

 なのはも全員の成長ぶりを褒め、皆に自信を持たせた。

 

 

「じゃ、これにて2段階終了!」

 

 

 この声と共に全員立ち上がり、腕を大きく上げて喜んだ。さらにフェイトはこれからの訓練はデバイスリミッターを解除した段階で行うことを告げ、シャリオがそのリミッターの解除を行なうので、自分たちの愛機(デバイス)を一度コタロウへ預けるように指示する。

 スバルたちが彼にデバイスを預けるのを見ながらヴィータは腕を頭の後ろに回し、

 

 

「明日からは、セカンドモードを基本形にして訓練すっからな」

『はい!』

 

 

 これもまた何気なく口にしたからだろうか、新人たちは彼女の言葉に疑問を持つことはなく頷いた。

 

 

「あの、明日?」

「はぁ、返事をしてから気が付くか……お前らが普段どんなふうにあたし等の言葉を聞いているか分かったよ」

「いえ、あの、そうではなく……」

「ちょっとヴィータ副隊長」

「冗談だ。つまりはそういうこと。訓練開始は明日からだ」

 

 

 言い淀んで気まずい表情をする新人たちに、なのはが眉をハの字にしてヴィータを注意をすると、彼女は満足したように笑みをこぼした。

 

 

「もう、しようがないなぁ~……あ、それでね、話を戻すと――」

「皆、入隊日からずっと訓練漬けだったから」

 

 

 スバルたちはそれぞれ目を合わせ、ヴィータがうんうんと頷いて、

 

 

「気分転換も大事っちゃ大事だ」

「今日は皆、一日お休みです。街にでも出かけて遊んでくるといいよ」

「私たちも隊舎で待機する予定だから、ゆっくりするしね」

 

 

 彼女たちの言葉を理解していくのに比例して目がきらきら光り、今までの疲労を吹き飛ばし、

 

 

『はーい!』

 

 

 今度はしっかりと理解したうえで大きくスバルたちは頷いた。

 そうして、服はじっくりと選びたいのか、新人たちは食事のあとに私服に着替えることにしたらしく、制服に着替える為に一度寮へ。なのはたちは食事をするために隊舎へ足を運ぶ。コタロウは預かったデバイスをシャリオに渡すためになのはたちについて行った。

 

 

「私服って地球に行ったとき以来だね、エリオくん」

「うん、そうだね。あとは六課に来たときくらいだ」

 

 

 別に休日が無いことに対して不満を漏らしたわけではなく、久しぶりに着る私服に少し緊張しているようだ。スバルとティアナもどんな服を着ようかと盛り上がっていた。

「――ぁ」

 

 

 その時、隣にいるエリオだけに聞こえるくらいに小さくキャロは息を呑んだ。彼女はそのまま(いぶか)しむ彼のほうを向き、声のトーンを下げて、

 

 

「エリオくん、エリオくん」

「どうしたの?」

「地球で一緒にお風呂入ったときのこと、覚えてる?」

「――っ!? お、覚え……」

 

 

 エリオはそこで口を濁した。キャロと一緒に入ったことを『覚えている』と応えることが、答えとして正解なのか誤りなのか判断がつかなかったからだ。

 

 

「あ、と……コ、コタロウさんと入ったときだよね?」

 

 

 と、決して二人っきりでないことを示す答えに落ち着かせた。

 しかし、キャロにとってはまさにそれが聞きたい答えであり、彼からコタロウへと視線を移す。

 

 

「うん……コタロウさんって、どんな服を持ってるのかな?」

「……あ」

 

 

 エリオもそこで思い出した。

 

 

 

――『私服は持ってはいるけど、めったに着ることがないため部屋の荷物の中にまだ収納されたままだね』

 

 

 

 この一言である。

 コタロウはトラガホルン夫妻を除き、互いが制服でない時のみ口調をくずす。思えば、彼が自分たちに柔和に話しかけたのはその時だけだ。彼の丁寧すぎる口調に慣れ、それが既に普通になっていたが、時がくれば口調は柔らかくなるということをキャロとエリオはぽつりと思い出した。

 

 

「それでね……」

 

 

 キャロはエリオの耳元で一つの提案を出すと、エリオはこくこく頷き「聞いてみようか」と、彼のほうに歩いていった。

 

 

「コタロウさん」

「はい。どうかなさいましたか、モンディアル三等陸士?」

「実はですね……」

 

 

 少し背伸びをして口に手を添える彼に、コタロウは膝を折り耳を傾けた。周りもそれに気付き、彼らを見る。

 

 

「それは構いませんが……」

 

 

 彼はエリオを真似るように耳打ちで言葉を返すと、エリオは満足したように顔を綻ばせた。

 

 

「何の話だ?」

「あのですね……」

 

 

 その行為に最初に口を開いたのはヴィータで、彼女にキャロが耳元で話すと、

 

 

「あー、なるほど。いいんじゃないか?」

『はい!』

 

 

 彼女も面白そうだと頷いた。

 そうなると、興味がわくのは周りの人たちである。なのはやスバルたちはキャロやエリオが内緒話をするのにも気にかかるところだが、その話した内容のほうが気になる。

 しかし、それはヴィータがこう言ったことで一蹴されてしまった。

 

 

「それは秘密だ」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

『――ングッ!!』

 

 

 コタロウが食堂に訪れたとき、秘密と言い張ったヴィータはタイミングが悪く、口に入れたミックスベジタブルサラダを喉に詰まらせた。他にも()()をみて同様に詰まらせたり、飲み物を吹き出したりする人が多く、茫然と開いた口をふさげないものもいた。

 彼が訪れたのはテレヴィジョンに映っている地上本部の事実上トップ、レジアス・ゲイズ中将が技術進歩が故の犯罪の手口の高度化なのか、高度化故の技術進歩なのかを問いかけ、今問題視されている揺らぎを確固たる決意を示すかのように声を荒げて、地上本部のこれからを説き終わったときである。

 誰にも聞かれないように小さく「……よし」と袖の中で拳を握ると、真っ直ぐエリオたちのテーブルへ向かっていった。その間、彼を知る人は、全員彼を目で追う。

 

 

「モンディアル三等陸士、こちらが私の私服になります」

「……え……は……はい」

『…………』

 

 

 コタロウは一度会釈をすると、ヴァイスが座っているテーブルに向かい、断ってから席に着く。

 

 

「いただきます……む、やっぱり、うごきづらい」

「…………」

 

 

 料理を自分の皿に盛り、ぱくりと口に放り込んだところで、

 

 

「な、なんですか、その服」

「やはり、この服装は隊舎にはそぐいませんか?」

「あ、いえ、そうではなく……なかなか見ない服装なので」

 

 

 ヴァイスが口を開き、視線を彼の服へ落とすのに合わせて彼も自分の服を見る。

 

 

「こちらは第97管理外世界の日本で時々着られる『着流し』といわれるものです」

「きながし、ですか」

『(……きながし?)』

 

 

 その服はつなぎと同様に上下一体であるが、締めるものは腰のあたりにある帯だけで、袖が無ければ布を巻きつけているだけの単純なものであった。ファスナーも無ければボタンも無く、肩から先の袖は振れるようにだらりと垂れ下っている。鉄紺(てっこん)色の濃淡は縦に縞が入り、その下から出ている足は紐と藁で作られた履物を履いていた。

 

 

「その土地の民族衣装といってもいいかもしれませんね」

「へぇ。あ、傘も和傘? でしたっけ、それになってますね」

「はい。こちらのほうがしっくりくるそうで」

「それで、その着流しってのはコタロウさんが自分で作ったんで?」

「いえ。これはロビンが作ってくれました」

 

 

 フェイトとコタロウの模擬戦を見ていないヴァイスは物珍しそうに――いや、実際に珍しい――着流しの構造や着方について質問しながら食事をすすめた。

 

 

「……さっきエリオたちが言ってたのってあれ?」

「あ、はい」

「ちょっと予想と違ってて、びっくりしちゃいましたけど」

 

 

 この反応はヴィータたちも同じようで、

 

 

「なんだアレ」

「え? ヴィータちゃんが『それは秘密だ』って言ったじゃん」

「そりゃあ、そうだけど……」

「なんの話? というか、何でコタロウさんあんな格好なん?」

「え、うん。ネコってさ、制服着てないとき、敬語じゃなくなるんだよ」

『……へ?』

「あ、まぁ、その時はこっちも制服着てちゃいけないんだけど……銭湯行ったとき、エリオが自分らのことファーストネームで呼ぶって言ってたろ? んで、あたしとリインが混浴行ったときにそう言ってたんだよ。だからいい機会だし……」

「私服着てみたら? ってことになったん?」

 

 

 彼女は頷く。

 

 

「それで、着てみたらああなったと……」

「和服着てくるとは思わなかったんだよォ」

 

 

 フェイトは僅かにひきつった顔のヴィータの次に、服装に合わないカップに手掛けるコタロウを横目でちらりと見る。

 

 

「でも、あれだね……」

「あ、うん。そやね」

「場所は別で、コタロウさん自身は違和感ないね」

「……そうだな」

「というより――」

 

 

『(似合ってるなぁ)』

 

 

 敢えて口に出さなくても、いつの間にかいないリインが彼の周りをふわふわ飛びながらそれを代弁をしていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ヴィータの話を聞く限り、コタロウは実務が無いわけではないため、エリオたちを見送ったあとはまた制服――つなぎ――に着替えるらしく、ひとまず市街に近い出口のほうでなのはと一緒に待機していた。しばらくすると、ティアナがスバルを後ろに乗せた2人乗り(タンデム)であらわれる。

 

 

「転ばないように気をつけてね?」

「はい! 安全運転を心がけます! ね、ティア?」

「何でアンタが答えてんのよ」

「いいじゃん別にぃ~。あ、お土産買ってきますね、クッキーとか」

「嬉しいけど気にしなくていいから。2人で楽しんでくるのが、何よりかな?」

 

 

 なのははスバルたち自身が楽しむことを望んで、にこやかに微笑む。

 

 

「あ、じゃあネコさんはお土産なにが欲しいですか?」

「僕? うーん、そうだなぁ」

『…………』

 

 

 目を細め、顎を少し上にあげて考え込むコタロウに、3人はぱちくりと目を(しばた)いた。

 

 

[……ティア聞いた? 今の]

[ええ、本当に敬語無くなるのね]

[いつもこうならいいのに……]

 

 

 彼女たちが念話をしている間に決まったようで、

 

 

「お金はあとで払うから、キャンディを買ってきてくれるかな?」

「わかりました。味は何にします?」

「スバルさんとティアナさんが選んだものなら、なんでもいいよ」

「……スバルさんだって」

「……ティアナさん、か」

 

 

 ギアをローからニュートラルに切り替え、ティアナは振り向く。

 

 

「あの、ネコさん」

「うん?」

「さん付け、しなくていいですから」

「そうそう。それ抜いて今の言葉、もう一度お願いできます?」

 

 

 彼女たちの言葉を不思議に思うも、

 

 

「スバルとティアナが選んだものなら、なんでもいいよ」

『わかりました!』

 

 

 言われたとおりに応えるコタロウに2人は元気に返事をした。

 

 

「それじゃ、いってきます」

 

 

 スバルが片手をあげて挨拶をしたあと、ティアナはそれに合わせてギアを入れ替え、ゆっくりとクラッチを繋ぎ、

 

 

「はい。いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」

 

 

 サイドミラーに映る微笑みながら手を振るなのはと()()()()にアクセルを余計に回して、危うく転びそうになった。

 

 

「ちょっと、ティアナ!? 本当に大丈夫?」

「え、あ、はい。だ、大丈夫です」

 

 

 もう一度彼を見るといつもの寝ぼけ目無表情であった。態勢を立て直し、今度はゆっくりと慎重にアクセルを回す。

 

 

[ねぇティア。今、ネコさん微笑んでなかった?]

[じゃなきゃ、運転ミスらないわよ]

[なのはさんは、気付いてなかったね]

[まぁ、隣じゃ気付かないんじゃない?]

 

 

 スバルとティアナは互いの確認が取れたのにもかかわらず、まださっき見た彼の惹き込まれるような微笑みが現実なのかそうでないのか疑いながら、自分たちの髪を風に任せて走りだした。余談であるが、彼の表情によって彼のお土産を買い忘れたことに気付くのは今日という日が過ぎたときである。

 なのはとコタロウが2人を見送ったあと、後ろのほうでやや軽い足音が聞こえたので振りかえってみると、エリオとキャロ、そして送りだすフェイトがいた。

 

 

「ライトニング隊も一緒にお出かけ?」

『いってきます!』

「うん、気をつけて」

「あんまり遅くならないうちに帰るんだよ? 夜の街は危ないからね」

『はい!』

 

 

 フェイトは2人が頷いてもどうも心配することは止まず、エリオがキャロをエスコートすることを言い聞かせたあとにも「知らない人に付いて行っちゃだめだよ?」や「何かあったらすぐに連絡するんだよ?」等を何度も何度も繰り返した。それに対しエリオは少し気恥ずかしそうに「大丈夫です」と返事をする。

 それを見てなのはが苦笑するなか、

 

 

「『ラッパのラ』だ」

 

 

 コタロウはぽつりと呟いた。

 

 

「コタロウさん、なんですか? その『ラッパのラ』って」

 

 

 ぴくりと反応するフェイトたちを余所になのはは彼のほうを向く。

 

 

「シン“パ”イされるよりシン“ラ”イされたい。ラッパのラの音は大人には届かないということです」

「……あ」

 

 

 なるほどとなのはは頷く。フェイトは今、信頼したい気持ちよりも心配したい気持ちのほうが大きく、エリオたちを過保護に扱っているのだ。育てるときは、そのジレンマをうまく調節しなければならない。

 

 

「フェイトさん、僕たちのこと信頼してください」

「大丈夫ですから」

「う、うん……でも……」

 

 

 言われて自覚してもまだ揺れ動いており、眉根を寄せてなのはを見る。

 

 

「大丈夫だよ。エリオたちはしっかりしてるから」

「う、ん」

 

 

 次に、コタロウを見た。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官は御二人をどう思われたいのですか?」

「え、っと、信頼したいです」

「では、信頼なされればよろしいのでは?」

 

 

 彼は彼女が選んだほうを推す。

 

 

「でも、心配もしています」

「では、心配なされればよろしいのでは?」

 

 

 彼の答え方は変わらない。

 

 

「でもでもっ、信頼したいんです」

「では、信頼なされればよろしいのでは?」

 

 

 最初と同じ応え方だ。

 

 

「でもでもでもっ! 心配もしているんです!」

「では、心配なされればよろしいのでは?」

 

 

 フェイトがすこし語尾を強めても、彼は変わらない。

 

 

「……ムゥ! 信頼だってしています!」

「では、信頼なされればよろしいのでは?」

「あの、フェイトさん、コタロウさん。その辺で」

「フェイトちゃん、落ち着こう?」

 

 

 依然として彼の無表情で淀みない受け答えはフェイトの頬を少し膨らませ、目を潤ませることになった。コタロウを除いた人たちがフェイトのその表情を可愛いと思っても口には出さず、やんわりと彼女をなだめようとする。

 

 

「う~~、コタロウさんはいじわるです」

「私がいじわる、ですか?」

 

 

 これではいつ決着がつくかもわからないと感じたなのはは、

 

 

「それじゃ、エリオ、キャロ。いっぱい楽しんできてね?」

『は、はい!』

 

 

 話題を切り上げる切欠として2人を送り出した。

 さすがにそれにはフェイトも逃すわけにもいかず、

 

 

「ご、ごめんね。なのはの言うとおり、楽しんできて。心配だけど、信頼もしてるから」

『はい!』

 

 

 取り繕って笑顔で応えた。

 

 

「それでは――」

「いってきます」

 

 

 笑いかけたフェイトに、エリオとキャロも安心して気分を取り戻した。フェイトの隣にいるコタロウに笑顔を向けて歩き出そうとし、

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 笑顔で送り出すコタロウに驚いて躓きそうになった。

 

 

「エリオ、キャロ!? だ、大丈夫!?」

「……はい」

「だ、い、じょうぶです」

 

 

 もう一度彼を見て首を傾げたあと、2人は目を合わせて再び歩き出した。

 そして、彼らの姿がある程度小さくなったあと、フェイトは振り向く。

 

 

「どうしてコタロウさんはそうなんですか?」

「……そう、とは?」

「誰かに頼りたいってときが、誰にでもあるということです」

「まぁ、そういうことかな、コタロウさん」

「ふぅむ」

 

 

 彼女はまだ、ご立腹のようである。

 しかし、

 

 

「それは、テスタロッサ・ハラオウン執務官が私に頼りたいということでしょうか?」

「――へ? あの、いや……それは、そうであるような……そうでないような……」

「フェイトちゃん?」

 

 

 彼の一言でうやむやにされてしまった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「あ、シグナム」

「ヴィータちゃん」

 

 

 そのあとすぐになのはとフェイトは着替えに寮へ戻るコタロウと別れ、自分たちのデスクへ戻ろうと廊下を歩いていたとき、ヴィータとシグナムとすれ違った。

 

 

「外回りですか?」

「108部隊と聖王教会にな」

「ナカジマ三佐が合同捜査本部を作ってくれるんだってさ。その辺の打ち合わせ」

「ヴィータちゃんも?」

「あたしは向こうの魔導師の戦技指導……全く、教官資格なんて取るもんじゃねェな」

 

 

 ポケットに手を入れて愚痴るヴィータに、なのはは彼女がそれほど嫌と思ってないなと破顔する。

 

 

「捜査回りのことなら、私も行った方が……」

「準備はこちらの仕事だ」

 

 

 シグナムは挑発するような笑みをフェイトにこぼし、

 

 

「お前は指揮官で、私はお前の副官なんだぞ? 威厳をもって命令を、な」

「ありがとうございます……で、いいんでしょうか?」

「好きにしろ」

 

 

 そう言ってヴィータが「お昼、評判のレストランに行かねェ?」と続きを彼女と会話を再開し、2人はフェイトたちを背中に歩き出した。

 その時、ヴィータがポケットから手を出したと同時に1枚の紙がこぼれ落ちた。

 

 

「ヴィータちゃん、何か落としたよ?」

「ん? あ、それは!!」

 

 

 なのはは話していたレストランの情報だろうかとぺらりと中身に目を通した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 コタロウが着替えを済ませて隊舎へ戻り、手に数枚の書類を持って歩いていると、そろそろ走りだすのではないかという速さで歩くヴィータと、その後ろを数人の女性が追いかけているのが見えた。

 

 

「ちょっと待ちなさい、ヴィータちゃん!」

「いや、だからな? 悪気は全然無いんだって!」

「いいから、止まれ」

 

 

 イヤリングを揺らしなが歩くシャマルと長い髪を揺らすシグナム、

 

 

「ほんのちょっとでいいから、止まろうよヴィータちゃん」

「お、落ち着こうよ、みんな」

 

 

 サイドテイルのなのはとさらにその後ろを追いかけるフェイトだ。

 ヴィータは後ろから前へ視線を移動させると、コタロウが目に入り少し駆ける。

 

 

「い、いいところにいた!」

 

 

 ぐいっと彼の左袖を引っ張り彼の背後にまわって彼をシャマルたちに向けた。

 

 

「ネコォ、ちょっと助けてくれ」

「助ける、ですか?」

 

 

 じりじりと近付くシャマルたちに合わせるようにヴィータは彼の背中を引っ張り、後ろへ引き下がる。

 

 

「コタロウ、いいからヴィータをこちらに渡せ」

「はい」

 

 

 横に一歩踏み出して道をあける。

 

 

「うおっ、ちょい待て!」

 

 

 すぐさま彼女は再び彼の後ろに隠れる。

 

 

「な、なんでシグナムの言うことを聞くんだ!」

「シグナム二等空尉がヴィータ三等空尉より上官だからです」

「――なっ!? いや、それは違う! 公私混同だ! ここは困っている方を助けろ」

「……ふむ。公私混同……? どうしたのですか?」

 

 

 コタロウは後ろの自分より背の低い女性から、依然として(いきどお)りをあらわにしているシャマルたちに目を向ける。

 フェイトがその間に入り仲裁に入ろうとするが、

 

 

「これ、見てください!」

「はい」

 

 

 シャマルがなのはの持っている紙を指さすと、彼女はそれを手渡した。

 コタロウは書類を腕で挟み――フェイトがそれを見て書類を預かる――その握られて皺の付いた2つに折れば十分ポケットにしまうことのできる紙を受け取り、片手で器用に開くと、そこにはこう書かれていた。

 

 

『自作慣用句

 その1

 ・シャマルの料理を食べる。

 意味:平謝りすること

 由来:シャマルの料理 ⇒ ギガまずいので勘弁してほしい

     ⇒ 謝るしかない

 例:お前にシャマルの料理を食べさせてやる。

 

 その2

 ・シグナムの手加減

 意味:不可能なこと。できたらすごいこと。

 由来:シグナムの手加減 ⇒ できるわけがない

     ⇒ できたら逆にすごい

 例:はやての料理にシャマルが勝つのはシグナムの手加減である。

 

 その3

 ・なのはの砲撃をくらう (見る)

 意味:戦慄する。すくむ。震えあがること。

 由来:なのはの砲撃 ⇒ 大威力

     ⇒ 全員を戦慄させる

 例:その光景を見て、彼はなのはの砲撃をくらう。』

 

 

「ひどいと思いません?」

「だからごめんって謝ってんじゃん」

 

 

 シャマルは腕を組んで立腹し、シグナムは右足で何度も床を叩き、なのはは胸のレイジングハートと握りしめ深呼吸をしている。

 

 

「特に、読めないほどひどい字ではないと思うのですが?」

『違います (違う) !』

 

 

 字面が問題ではないと彼女たちの目に力が入り、三対の目がコタロウを睨んで、そのまま彼の腰のあたりから顔を出しているヴィータを見下ろす。

 

 

「ネ、ネコォ」

 

 

 小刻み震え顔を隠す彼女を見ながらフェイトはどちらが猫か分からないくらいだと思った。

 

 

「つまり……この場を治めればよろしいのでしょうか?」

「あ、うん。そんな感じで頼む」

「……ふむ」

 

 

 懇願するヴィータにコタロウはその紙をシャマルに返し、自分の胸ポケットからメモ帳をとりだし、ぺらぺらとめくりだした。日本でバーベキューをしたときに開いたメモ帳だとすぐに周りは気がついた。中身を見たことが無いのでシャマルたちは予測の範囲をでないが、おそらくトラガホルン夫妻が残した言葉や自分で気がついたものを書きとめているものだろうと考えることができる。

 つまり、彼が困ったときに開くメモ帳だということだ。

 コタロウはそのまま1つのページに目を通したあと、メモ帳をしまいこみ、シャマルたちのほうを向く。

 

 

「ここは私の顔に免じて許していただけませんか?」

『――ンナッ!?』

 

 

 じっと見据える彼に全員大きく一歩引き下がった。

 

 

「あう~~」

 

 

 自分の料理をまずいと言っても「自分の為ならば」と残さず食べ、さらにはお弁当も食べて、なおかつ膝枕をしてくれたコタロウにシャマルは言葉を出すことができない。

 

 

「ん~~ぅ」

 

 

 普段から新人たちの訓練を見て、データを収集し、自分の見たい分野や別の視野も残してくれるコタロウになのはは息を詰まらせる。

 

 

「……う、むぅ」

 

 

 きっかけは何にせよ、最近は本を読むことで学への興味を示し、時々教養を仰ぎ、新たな発見の楽しさを教えてくれたコタロウにシグナムは(ひる)んだ。

 

 

「そ、その発言はあんまりです~!」

「それはずるいですよぉ、コタロウさん!」

「姑息過ぎるだろう、コタロウ」

 

 

 なんとか言葉を出した3人の心持は、ヴィータとフェイトには分かりすぎるほどよく分かった。

 

 

「……?」

 

 

 わからないのは首を傾げる発言者だけである。

 

 

「ヴィータ三等空尉、これで治まりましたか?」

「え、と、治ま……あっ!!」

 

 

 コタロウが今度は身体ごとヴィータのほうを向いたところで、シャマルたちは束縛から解放され、その隙を狙って回り込んだ。

 

 

「お、お前ら! 卑怯だぞ!」

「なんとでも言え」

 

 

 シャマルとシグナムはヴィータの手を掴み、万歳をさせて地面に足がつくかつかないかのぎりぎりまで持ち上げた。

 

 

「ほ~ら、地面に上手く足がついていないと、不安で不安で仕方ないでしょう? こう言う状態ってなんていうか知ってる?」

「……あ、あう」

「浮足立ってるって言うんだよ、ヴィータちゃん?」

 

 

 感情が昂っていることと新人たちがいないせいか、責め立てる3人を止める手立ては、最早フェイトは持ち合わせていなかった。

 

 

「ネ――むぐっ」

「ネコさん、どうもご迷惑かけました」

 

 

 そう言ってヴィータは連れて行かれる。コタロウが無言で見送るなか、その視線の先では、

 

 

「丁度いいじゃないか。出かける前に私たちで戦技指導をすればいい。大丈夫だ。『手加減』はしてやる」

「ゆっくりお話――ううん、しゃべらなくてもいいかも。『私の砲撃をくらう』んだし」

「ヴィータちゃん、大丈夫だよ。私が治癒と『料理』で元気にしてあげるから」

「え、ちょっ、ほらっ、余裕をもって早く――」

「安心しろ、すぐ済む」

「うん! すぐ済むよ」

「さぁ、訓練場に行きましょうね~。あっ、その前に調理室行かなくっちゃ!」

 

 

 という声が廊下に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「――ひゃぅ!」

 

 

 コタロウがブザーを押してメンテナンスルームに入ってきたのは、丁度リインが制服を全て脱ぎ、調整液に浸かった時だ。

 シャリオの予定と自分の空いている時間を報告しようと、すたすたと彼女に近づく。その間、リインには一瞥もしない。

 

 

「フィニーノ一等陸士、今日の予定なのですが」

「え、いや、コタロウさん!?」

 

 

 シャリオが酷く動揺しているのを見て首を傾げると、彼の横でこぽりと気泡の音が聴こえ、そこで初めて急いで本を出し、それを盾にしているリインを見た。

 

 

「リインフォース・ツヴァイ空曹長の調整中でしたか。すみません、フィニー――」

「……って、ください」

 

 

 シャリオに向き直そうするコタロウに、リインが身体をぷるぷるさせながら言葉を絞り出した。

 

 

「申し訳ありません。もう一度よろしいですか、リインフォース・ツヴァイ空曹長?」

「……ぅぅ」

 

 

 リインの顔が、見る見るうちに紅潮していく。

 

 

「リインフォース・ツヴァイ空曹長?」

「コタロウさん、あのですね……」

「フィニーノ一等陸士。申し訳ありません、上官の命令のあとに――」

 

 

 その時だ。リインは大きく腕を振り上げる。

 

 

「で……」

「はい」

「出てってくださいぃ~~!!」

 

 

 彼の頭上が光ると、その頭と同じくらいの大きさの氷塊があらわれ、そのまま彼女の合図で振り下ろされた。

 

 

「ッタ! ……? あの――」

「出てってください!!」

「わ、かりました」

 

 

 ごとりと氷塊が落ち、結合が解放され雲散していく間にコタロウは部屋をあとにした。背中の後ろ、ドアの向こう側では

 

 

「ふえぇぇん、裸見られたですぅ~~!」

「あの、大丈夫ですよ。ほら、コタロウさん、気にしていないようでしたから……」

「それは、なおさらですぅ~~」

「え、えーとぉ……」

「もう、お嫁にいけません~~あぅ~~」

「……どこで、そんな言葉を?」

 

 

 そんなやり取りが行われていた。

 

 

「僕、なにかしたのかな?」

 

 

 もちろん、調整においては男性や女性ではなく、1つの『個』として見るコタロウには彼女の心情を理解することは現時点では不可能だった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「なにがあったんですか?」

「頭に氷をぶつけました」

 

 

 コタロウが部隊長室に訪れたとき、彼が何故頭から血を流しているのか皆目見当がつかず、はやては開口一番で彼に尋ねた。だが、彼は血を流した理由だけを応えただけで、それに至った理由は応えなかった。

 

 

「早くシャマルに見せなあかんやん」

「いえ、血はもう止まっていますので、行くのであればあとにします」

 

 

 そういって彼は手に持った書類をデスクに置く。はやてはそれを手に取り、ざっと目を通すと、怪訝そうに顔を上げた。

 

 

「これはなんですか?」

「はい。こちらは……」

 

 

 そこで彼が話すその書類の理由に、顔を(しか)めるも納得せざるを得ず、頷いて認め印を押す。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 丁寧に頭を下げるコタロウに、小さくため息を吐く。

 

 

(ほんまに、この人()()どこまで及ぶんや)

 

 

 彼の、いや、彼()の考えには今一つ及ばないと思いながら目を細める。全くその通りだと思う。そしてひとまず考えを取り払い、彼を見上げた。先ほどの着流しからつなぎに着替えた彼はいつも通り、自分の目線よりもやや下を向き、上官が不快に思わないようにしている。

 

 

(そんな(かしこ)まらんでもええのにな)

 

 

 はやてはまだ、彼と敬語抜きで話をしたことがない。それはどちらかというと多数の部類にはいるが、何故だかもどかしさは拭いきれないのである。()()日からどうも気持ちが安定しないのだ。ある程度、もしかしたらという条件で自分の心に整理をつけてはいるが、そちらに傾倒するわけにはいかなかった。

 

 

(それでも見極めな、あかんなぁ)

 

 

 ただ、うやむやに心を引き摺るよりは、はっきりと明確にさせておく必要もある。そういった感情の揺らぎが極稀に任務に多大な影響を与えることを知っているからだ。

 今日は久しぶりに自分に多く割ける時間がある。内部の打ち合わせもないため、良い機会だと思い、

 

 

「それでは、私はこれで」

「ちょう待ってください、コタロウさん」

 

 

 コタロウが敬礼し、回れ右をして部屋をでようとしたとき、はやては彼の呼びとめた。

 

 

「はい」

「……え、っとな……うん」

 

 

 口を開くが、言葉に詰まるも意を決したように口ときゅっと閉じて相手を見据えながら、言葉を絞り出した。

 

 

「今日お昼、ご一緒しませんか?」

 

 

 

 

 

 

 



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第35話 『掘り出し物』

 

 

 

 

 

 エリオとキャロは六課を出て最寄りの駅に着くと、シャリオが2人のために作成したプランを確認する。

 

 

「まずはレイルウェイでサード・アヴェニューまで出て、市街地を2人で散歩……」

 

 

 サード・アヴェニューというのはクラナガン中心部の代表的な通りの名前で――南北に伸びる通りをアヴェニュー。東西に伸びる通りをストリートという――そこには雑貨店や本屋、宝石店やレストラン、靴屋や花屋など、娯楽施設を含め様々な商店が並んでいる。

 そのため、

 

 

「ウィンドウショッピングや会話等を楽しんで――」

「食事はなるべく雰囲気が良くて、会話の弾みそうな場所で……」

 

 

 エリオやキャロが読み上げる内容を過ごすのには、不都合な点が何もない場所なのだ。

 彼女はエリオと目を合わせ小首を傾げるが、彼はこの内容に閃くことがあった。

 ぎこちなく相手と同じ仕草をしてみるも、必死に震える腕を押さえつける。

 その原因の1つは、出発前にフェイトから注意を受けた『キャロをエスコートすること』だ。これは、エスコートするほうとされるほうでは言葉の重みが違い、彼の場合はする側の義務に近いものであったために、覚えていたこと。

 もう1つは、先日のある夜、自分が寮の休憩室を通りかかったときにスバルとティアナが、コタロウとヴィータがレストランに食事に行ったあれは『デート』ではないか? という話を偶々(たまたま)耳にしてしまったことである。休憩室には寄らず、立ち聞きした限りだと、当時はトラガホルン夫妻がいたものの、どうやら異性と二人っきりで出かける行為というのは互いの親密を深めるための『デート』と呼ばれるものらしく、発展すれば恋愛というものに繋がるものだと話していた。

 エリオは自分が今、シャリオの立てたプラン通りにキャロという女の子と二人っきりで、進行していく状況を把握した結果、

 

 

(もしかして、これはスバルさんたちが話していた『デート』というものなんじゃ……)

 

 

 予測をたて、シャリオの人懐こい性格から直ぐに結論付けた。

 

 

「……ぁ、ぅ」

「エリオくん?」

 

 

 キャロは違和感に気付き、彼の顔を覗き込むように少し近付いて、目の前で手を振る。

 

 

「エリオくーん?」

「……っ!!」

 

 

 彼は気付いて三歩は大きく後ずさった。呼吸は荒く、瞳は不規則に震わせて。

 

 

「どうかしたの? 具合、悪い?」

「う、ううん! 違うよ! この通り元気です」

「そう?」

 

 

 ならいいんだけど、と訝しむキャロに、エリオは腕を振り上げて問題ないことを大きな仕草で表せてみせた。

 

 

「キャロ」

「うん?」

「ちょっと、ここで少し待っててくれる?」

「え、うん、別に――」

「直ぐにもどるから!」

 

 

 そう言って、彼女の返事を最後まで聞かずに、二十数歩先にある角に入ると、素早く腕に装着している愛機(デバイス)――ストラーダ――を使って、自分の中で一番始めに思いつき、且つ守秘性の高い人間に通信をとることにした。

 

 

「どうかしたの、エリオさん?」

「コタロウさん、今、大丈夫ですか?」

「作業着に着替えている最中の僕を、エリオさんが不快に思わなければ問題ないかな」

「問題ありません」

「ん。用件は?」

「あ、はい。実は……」

 

 

 エリオはコタロウが着替えるということで映像通信から音声通信に切り替え、彼が以前ヴィータと出かけたことと、今回自分が置かれている状況とを重ねながら説明する。スバルたちが話していたということは話さずに知識として話すなか、通信先の彼は着替えていく過程で徐々に口調が変わっていき、説明し終わるころにはいつもの口調に戻っていた。

 

 

「ふむ。なるほど、状況は把握しました」

「……それで、これはデートなんでしょうか?」

「それを決めるのはモンディアル三等陸士、あなた御自身による要素が大きく、判断ができません」

「僕に、ですか?」

「ご質問しても構いませんか?」

「はい」

「今からのお伺いする質問は、決してモンディアル三等陸士にラべリング、つまり暗示をかけるものではありません。質問のあと、心に変化が生じた場合は否定、あるいは考えないようにしてください。考え、意識を強くしてしまいますと、比例して暗示も強くなる傾向があるようなので」

「わかりました」

 

 

 では、と相手は一拍置く。

 

 

「現時点でモンディアル三等陸士は、ル・ルシエ三等陸士に恋愛感情をお持ちですか?」

 

 

 コタロウはエリオの意識しまいとしたところに、隠すことなく言葉をぶつけてきた。

 

 

「あ、ありません」

「今日の休日は楽しみたいですか? ル・ルシエ三等陸士を楽しませたいですか? あるいはどちらも?」

「どちらもです」

 

 

 彼は質問者の問いに応えた。現時点でキャロに恋愛感情なんて抱いていないし、今日という休日を楽しみたいし、彼女も楽しませたい。それがエリオの素直な気持ちである。

 ただ、相手が「質問は以上です」と応えると、

 

 

「でも、キャロとはもっと仲良くないたいとも思っています」

 

 

 と付け足した。

 

 

「ジャニカ曰く」一呼吸置き「それが答えです」

「え?」

 

 

 音声通信であるにもかかわらず、エリオは眉根を寄せる。

 

 

「今の質問の答えが、モンディアル二等陸士の現状を打破する答えになります」

「はぁ」

「貴方は現在、ル・ルシエ三等陸士に恋愛感情を抱いているわけではなく、お互いに楽しく過ごし、仲良くなりたい」

「…………」

 

 

 エリオは相手が自分に確認させるように、1つ1つ区切りながら話すのを聞き、それが自分の今の素直な気持ちであることに気付いた。デートはただ単に自分が最近知った知識であり、キャロに対して生まれてしまった気持ちは、自分が呼び起こしたものなのだ。

 気付かされることも確かにあるが、自覚しなければそれは本物ではない。キャロを意識してしまったということは、どこかにそのような感情を持つ自分がいるかもしれない。だが、それは今の素直な気持ちには当てはまらない。

 

 

(……うん、そうだよ。少なくとも今は、いや、今日は違う)

 

 

 コタロウのいう通りだと思う。自分は今日も訓練とは別の、充実した一日にしたいのだ。そう考えると、落ち着きを取り戻すことができた。

 

 

「デートというのは自分の気持ちが重要なのかもしれません。自分がそう考えていればそれはデートだし、考えていなければデートじゃない」

「はい。相互と自己、あるいは三者の視点によって違います。大切なのは自分で気付くことです」

 

 

 なるほどと頷く。そして、そのままエリオはコタロウに礼を述べ、通信を切ろうとするが、では、と疑問に思うことがあった。

 

 

「あの、シャリオさんの組み立てたプランを進行することは楽しいことなのでしょうか?」

「ふむ。それも楽しさを見つけるという、その人自身によるところが大きいのでしょうが、重要なのは……」

 

 

 エリオは相手の言葉が途切れたので耳を済ませてみると、向こうからはなにかぺらぺらと紙をめくる音が聞こえてきた。

 

 

「これかな……? 重要なのは、一緒に悩むこと、です」

「一緒に悩むこと?」

「はい。独りで楽しむ場合、考えるべきは自分自身だけで構わないのですが、他者と一緒に楽しむというのは、先程モンディアル二等陸士がお答えしたとおり、その人にも楽しんでいただかなくてはなりません」

「はぁ」

「つまりはなるべく思考を同じにする必要があります。ロビンが言うに、楽しみを共有するのは難しくはないそうなのですが、一方が悩みに転じたとき、共有できないことが多いそうです」

 

 

――『例えば女性の場合、服を選び、悩むのも共有して欲しい感情の1つね』

 

 

「な、なるほど」

「もちろん、一方がリードする場合もありますので、これは一例に過ぎませんが、他者と――」

「友達と一緒に遊ぶときは、共有感が大切。ということですね?」

 

 

 他者という言葉が気にかかり、相手の言葉を遮って答えると、向こうは頷いた。

 

 

「わかりました。ありがとうございます!」

「いえ、お役に立てたようでなによりです」

 

 

 そうしてエリオは彼との通信を終えると、両手を後ろに回して待っているキャロに、

 

 

「ごめんね、キャロ」

「ううん。でも、どうしたの?」

「ちょっと、コタロウさんと話してたんだ。フェイトさんからキャロをちゃんとエスコートしなさいって言われてたから、その仕方というか……」

「気にしなくていいのに」

「えっと……ほら、今日はキャロと楽しく過ごしたいし、ね?」

「へ?」

 

 

 エリオが、訓練のときには見せることのない無邪気な笑顔に、キャロは意表をつかれ、少し戸惑い体温が少し跳ねた。

 

 

「えと、あ、ありがとう」

「じゃあ、行こっか」

「うん!」

 

 

 ひとまず、2人はシャリオのプラン通り進めるために、改札を通り抜けた。

 プラットフォームへ向かうときの階段に差し掛かったとき、

 

 

「ねぇ、キャロ」

「ん?」

「コタロウさんって、厳しくない?」

「あ、うん。そう思う」

 

 

 彼女は疑問に思うことなく、こくりと顎を下げた。

 

 

「こっちの方が良いとか言わないで――」

「自分で考えさせて、本人に選ばせるよね」

 

 

 それは自分が認められている証拠なのではあるが、なにか突き放されているようで寂しくもあった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第35話 『掘り出し物』

 

 

 

 

 

 

 エリオとキャロはサード・アヴェニューに着き、シャリオのプランの通りに市街地を歩くことにした。衣服店では帽子から靴下まで、どれが似合うか、どちらが似合うかなどを話し、エリオは彼女に対していつも着ている制服のようなきっちりしたものより、余裕のあるゆったりした服装が似合うと感じ、キャロは彼に対し、今着ているフードも十分似合うが、襟のあるシャツに腕や首にアクセサリーを身に着ければ、より()えると思った。

 他にも本屋へ行けば、最近シグナムが歴史書を読むようになり、時々コタロウに顔を合わせながら教わったりしていたことを話し、ウィンドウの中にドレスやスーツがあれば、ヴィータが夕食後にコタロウにテーブルマナーを習っていることを話した。さらに加えるなら、コタロウがリインの要望でサイズに合った家具や髪留め、寝巻き(パジャマ)などを作ったりしていたことも話題に出した。多分今日の『着流し』というのも彼女は要望するだろうとも話し、会話は途切れることがなかった。

 自分たちがフェイトに引き取られたあとの話も話題に上ったが、自分たちが今おかれている環境を考えれば、後ろ向きな考えは出てくることはなく、楽しく話すことができた。こんな休みは今後あるか分からないが、この充実した日々がずっと続けばいいと心の底から2人は思い会話を弾ませた。

 そして、お昼はどんなものを食べようかと相談しようとしたとき、

 

 

「おい、おばさん。何してくれてんだ、おれの車によォ!!」

「前輪はずした」

 

 

 とある人だかりにいる男性と女性の口論が目に付いた。

 エリオたちは興味本位ではなく、事件性のあるものだろうかと思い、そこへ向かう。

 男のほうは、ヴァイスと同じくらいの背丈で年齢も同じくらい。服装は2人とも見たことがない格好をしていた。だが、いつも管理局の制服が視界にあったせいか、赤いゆったりとした上着に金色のボタンは、エリオたちを不快にさせた。下が逆に引き締まったものを穿いており、尚のことそれを助長している。髪もおかしい。おおよそ自然ではありえない髪形をしている。さらに、頬に描かれているものを見る限りは、男のセンスを疑った。

 

 

「ん、厳密には左前輪」

「……手前ェ」

「交通ルールがわからない? この場所は駐車禁止」

 

 

 一方、道路標識を指差す女性は明らかに男性の2倍は年齢を重ねており、目の下や首に少し皺が目立ち、背丈は対峙する男より僅かに小さい。だが、背筋は真っ直ぐ伸び、面倒臭そうな声であっても、力強さがあった。体格は()()()の上から見る限り、太ってはいなさそうだ。髪は桃色で、ところどころに白髪が窺える短髪である。

 

 

「あぁ、あと邪魔なのよねぃ、個人的に」

「ンの野郎」

 

 

 人だかりの輪にいる女性は、話しながらいつのまにか車の右前輪もはずしていた。彼の上着と同じ色で、どことなく車高の低いそれは静かに前に傾いている。

 口論というより、寧ろ男のほうは既に臨戦態勢に入っていた。こうなってしまった原因は誰に目にも明らかで、男は違反、女は粛清も兼ねた私情である。

 女は彼の怒りをなにも感じていないように、今度は後輪に手を出そうとしゃがんだ瞬間、

 

 

「止めろォ!」

 

 

 男は女に殴りかかろうと飛び掛ってきた。

 

 

「エリオくん!」

「うん!」

 

 

 それを見てエリオはストラーダに合図を送ると、ソニックムーヴを使用してその間に入ろうとする。

 そして、滑り込むように間に入ったそのとき、

 

 

「ん、こらこら。小さな子が入ってきちゃ危ないよ」

「うわわっ」

 

 

 男に立ちはだかる位置にいたエリオは、突如女性にわきの下に手を入れられ、高く持ち上げられた。立った彼女はそのまま相手の拳をくるりと避けて、2回、3回とくるくる回り彼に『着地成功』を楽しませるようにゆっくり降ろした。

 

 

「あ~、この年齢じゃ、高い高いは恥ずかしいか」

「え?」

「それにしても、こんな小さい子に手を上げようとするとは、なかなかの平等主義者だねぃ」

 

 

 エリオが振り返ると同時にがたんと車はまた傾く。

 女の呆れて物が言えないというような顔に対して、

 

 

「あァ?」

 

 

 男は見当違い甚だしいといわんばかりの睨みを女に向け、低い声で唸った。

 しかし、女は(ひる)むことはせず、おもむろに男を指差す。

 

 

「全く、恥ずかしくはないの? いい大人が……」

 

 

 口ではこういっているものの、どうやらこの女性は怒りを(あら)わにしている男性を大人として見てはおらず、完全に子ども扱いしている様子だ。周りの止めようとしながら傍観している人たちは、その口調そのものが相手を更なる暴挙を引き起こすことは容易に予想ができ、その中の一人が交通規制を担っている局員に連絡を取った。

 だが、女性の次の言葉が相手の怒りを頂点付近まで引き上げた。

 

 

「いい大人が、頬に……クックック……『渦巻(うずまき)』なんて描いて……あっはっは!」

『…………』

 

 

 彼女が腹を抱えて笑うので、持っていたレンチが落ち、周りの止まっていた空気にカランという音が響き渡る。

 男は片眉を吊り上げ、横目で車の窓に映る自分の顔を見ると、両頬に赤い渦巻が描かれていた。

 

 

「手前ェがやったのか!」

「うん」

 

 

 子どものように頷く。

 

 

「いやぁ、すぐ気付くかと思ったんだけど、ほら、あんた違法駐車しながら寝てたからさ。呼び掛けても起きないし……くくく……工具の他に持ってるものって、女性なら化粧品……はは……くらいのものだろう?」

 

 

 彼女は「口紅は男にも似合うものなんだねぃ」と、終始笑いを(こら)えながら声を漏らし、相手との感情の温度差をどんどん広げていった。

 男の頬に描かれているのは、自分で描いたものではなく、女が描いた悪戯(いたずら)書きのようだ。

 

 

[エリオくん]

[うん。この空気……]

 

 

 相手の空気に飲まれない、自分独自の、或いは自分の空気に引き込むそれは、あの寝ぼけ目の男に類似していた。キャロは遠くから、エリオはすぐ近くから見ても、容姿や性格はまったく似ていないのに。

 

 

『[コタロウさんにそっくりだ]』

 

 

 と言わざるを得ない。

 男は着ている内側のポケットから、拳に丁度収まる大きさの木片を取り出し、スナップを利かせナイフを出す。エリオはまたすかさず女性の前に飛び出すが、

 

 

「はいはい。女の子の前だからって格好の良いところなんて見せなくていいから、しっかりあの女の子を守ってあげなさいねぃ」

「え、えぇ!?」

 

 

 首根っこを掴まれて女性とともにくるくる回り、男の斬りつけを避けると、キャロの前にすとんと降ろされた。

 

 

「あ、あの!」

「男の子盗っちゃって(スティール)ごめんなさいねぃ」

「いえ、そうじゃなくて……」

「え、あー。遠くでサイレンも聴こえるし、すぐにあの駐車違反……ぷくく……渦巻男は、いや、凶器所持疑い……ふふふ……ほっぺたくるくる男は連れて行かれるから」

 

 

 そのまま、エリオとキャロの肩をぽんぽんと叩くと、彼女は2人に背を向け、また向かいくる男と対峙する。女は背後に被害が及ばないように気遣ってか、すたすたと男のほうへ歩み始め、振り下ろそうとするナイフを、腰を落としてかわした。

 

 

「道具は大事にしないとねぃ。可笑しくて落としちゃったよ」

 

 

 ナイフを避けるというより、先程落としたレンチを拾うためにしゃがんだようだ。そのあと、彼女は彼を無視してまた車に近づき、今度は車輪を取り付け始めた。その間、男は何度か女性に向かってナイフを切りつけるが、車輪を取り付けている最中であるにも関わらず綺麗に避けられ、逆にナイフで自分の車に傷をつけてしまった。

 

 

「ありゃ~、これ、値の張る車なんでしょ? 修理代、結構するんじゃない?」

 

 

 傷ついたところを女は指でなぞりながら顔をしかめる。

 ここまでくると、男は言葉にならない叫び声と方向の定まらない攻撃を交通取締局員がくるまで続けた。

 

 

 

 

 

 

 やってきた局員たちが男を押さえつけ、なんとか宥めて詳細を聞き出すと、彼はぽつりぽつりと言葉と涙を吐き出した。局員たちはこのような錯乱した人間が語る話を半ば創作と信じてはいなかったのだが、女性が頷くのを見て目を見開いた。

 確かに、最終的にナイフを取り出した男性が悪い。だが、車中で寝ているかといって顔に落書きをされ、自分の車の車輪をはずされ、ついには周りに多くの人がいるのにも関わらず、人を小ばかにされたような物言いをされたとあればこのような行いに至る人間がいてもおかしくはないと、少し男に同情した。

 局員の一人が女性に訊ねようと振り向く。

 

 

「あの~……って、うわっ!」

「ん~、あれま。電気系統が耐久度こえてるよ。パーツも規格をあわせただけ。改造もすき放題やってるねぃ」

 

 

 エリオとキャロも、その女性が片手でその車を傾げ上げたことには驚いた。しかも、重そうに感じている仕草はない。

 

 

「車両自動車検定が近づくとその場しのぎで調整するわけだ。ふむふむ……」

「いや、あの……」

「しかし、最近はこんな一般大衆でも立派な部品を使ってるんだねぃ」

「すみません! そこの車を持ち上げてる人!」

 

 

 名前をまだ聞いていない局員は声を張り上げて女性に呼びかけた。

 

 

「ん、はいはい」

 

 

 振り向くことなく返事をすると、左手に車体、右手に何処から出したのかも分からない工具を持ち、車に差し込もうとしていた。

 

 

「あなたは――」

「手前ェ、何してんだ!」

 

 

 局員の声を遮り、手に錠を掛けられている男が叫ぶ。

 

 

「何してるって……修理だよ。落書きで恥ィかいたろうからねぃ。お詫びいっちゃなんだけど……なら、恥かかすなって話しだけど」

「はァ? 勝手に」

「まぁまぁ、資格はほれ、このとおり」

 

 

 手を止め、目の前にパネルを出して「電気系、産業系資格はここかな」といいながら何回かタイプすると、その男の前に所持資格がずらりと羅列した。

 

 

「資格の範囲内でしかやらないから……とまぁ、返事する前にもう終わったけど」

 

 

 ゆっくりと車体を下ろし、続いて車の周りを一周すると、先程男が傷付けた箇所も合わせて修繕し始める。その修理は人の手で行なわれているのに、見る見るうちに磨き上げられていった。

 

 

「ほい。終わり」

『…………』

 

 

 エリオとキャロには見慣れた光景過ぎた。だが、駆けつけた局員には人の目に追える速度であるにもかかわらず、何が起こったのかわからないようであった。

 

 

「んで、お話というのは、局員さん?」

 

 

 その女性が話を促す。

 

 

「とりあえず、名前とご職業を……」

「はいはい」

 

 

 ぴしりと敬礼をとり、

 

 

「名前はシンディア・ノヴァク、職業はあなた方と同じで時空管理局局員、今は出向先にいますが、所属は陸上電磁算気器子部工機課に在籍しています」

「電磁算気器子部工機課? 聞いたことありませんが……」

「まぁ、目立たない課なので……あ、そんな畏まらなくても構いませんよ。私、三士ですから」

「三士?」

「ええ、まぁ。うちの課、課長以外は三士なんですよ。いろいろとあってねぃ」

 

 

 そこからそのシンディアと呼ばれる女性は局員と再度、状況や自分の性格を説明しながら、うまく自分に罪がかからないように話を操作していき、何かあったらお伺いするというかたちに話を終わらせた。

 エリオとキャロは、その彼女の口から出たコタロウと同じ所属課である女性をじっと見つめ、ふと声を漏らした。

 

 

『……機械士(マシナリー)

「ん?」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「へ~、若い子が局員になるってのは少なくはないが、いるもんだねぃ。それで、えーと――」

「エリオ・モンディアル三等陸士であります」

「キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」

「いいよ。二人とも今日はオフだろう? そこまで畏まらんでも。エリオくんに、キャロちゃんだねぃ」

 

 

 先程の場所から移動し、今は海の見える広場に腰を下ろしていた。

 

 

「それで、君たちの課にいるんだって? 機械士」

「あ、はい。コタロウさんが……」

「ネコ、か。ここ5、6年見てないねぃ、そういえば」

「連絡とか、しないんですか?」

「あー、業務連絡的なものはほとんどイヌ課長が、あ、課長はドグハイク・ラジコフといって、ドグだからドッグでイヌねぃ? んで、そのイヌが出すし、プライベートは面倒くさい」

「はぁ」

 

 

 ベンチに座る前に買ったジュースに口をつけ、くるくる缶を回す。

 

 

「それでネコは、どうだい?」

「あ、はい。元気です。一緒にご飯食べてますし――」

「隊長たちとも仲良くしています」

「…………」

 

 

 シンディアはまじまじと2人を見た。

 

 

「え、はい? ちょっとまって……コタロウって、コタロウ・カギネのことだよねぃ?」

「はい。そうですけど……」

「一緒に食事?」

「はい」

「仲良く?」

「あの、はい。そのヴィータ隊長という方がいらっしゃるんですが、その方とはホテルのレストランに行ってました」

「……は~、随分ネコも変わったんだねぃ」

 

 

 信じられないという表情だ。

 

 

「ん、ん、ん~~。そっか!」膝をぽんと叩く「トラガホルンとロマノワだねぃ。そんな苗字の2人がその課にもいるだろう?」

「あ、いいえ」

「会ったことはありますが、うちの課にはいません。機動五課にいます」

「はい」

「そうなの? まぁ、あの2人が関連してるなら、頷ける」

 

 

 大きくシンディアは頷いた。つまり、それほど彼らは交流が薄いようだ。

 

 

『…………』

「しちゃったら仕様がないけど、緊張してる?」

 

 

 2人から少し距離をとり、ぎしりとベンチが軋む。

 

 

「あ、いえ、別に……緊張はしていますが……」

「なんていうか、全然ちがうな、と」

「違う?」

「あー、服装が?」

 

 

 まぁ、つなぎはこんな場所じゃ着ないよねぃ。と、鼻で笑いながら自分のつなぎを見下ろしてレンチやバールを取り出し、放り投げては持ち替えを繰り返して遊び始めた。

 

 

「いえ、そうじゃなくて……」

「失礼な言い方ですけど、コタロウさんと違って明るい方だなと」

「……あ、あー。それ、そっち」

 

 

 彼女は工具をすこんと袖口に入れて頭を掻き、幾分か声も低くなる。

 

 

「あれは、ネコが、その、特別なんだ」

「コタロウさんが?」

「そ。他は皆、結構明るい。まぁ、エリオくんやキャロちゃんには言いにくいんだけど、色々あったのよ」

「はぁ」

「でも、あの二人が私たちがやらなかったことをやっているようで、安心したよ。私たち工機課は全員ネコから逃げちゃったからねぃ」

 

 

 そのなにか諦めたような口調にエリオたちは口を開かず、ただじっと次の言葉を待った。

 

 

「私たちは――」

「おうい。シンディ~~」

 

 

 そのとき、片手に四角い紙製のケースを持った男が向こうから歩いてきた。

 

 

「やぁ、アンタ。買えたのかい?」

「噂のアイス屋さんとケーキ屋さんのブツ、仕入れましたぜぃ? 帰って美味しく頂きましょうや」

 

 

 旦那さんだろうか。年はシンディアと同じくらいの白髪交じりの茶髪男は不敵に笑い、彼女の目の前でふらふらとそのケースを見せびらかす。彼はつなぎを着ていなかった。

 

 

「さすが、愛しのアンタだよ。いいね、いいねぃ」

 

 

 ケースを受け取った彼女は心底開けたくてたまらない衝動を押さえ、嬉々として顔を綻ばせた。

 

 

「んと、で? この初々しい子どもたちは……まさか、盗んできたんじゃあるまいね」

 

 

「盗んだァ? ハッ! 私は売ることはしても盗むなんてしないよ。この子たちは機械士を知ってる、とんだ『掘り出し物』さ!」

「へ~、機械(マシナリー)ジカ(ディア)を?」

『…………』

 

 

 シカ(ディア)の言葉に感心し、エリオとキャロを見下ろす男がダィド・ノヴァクと知るのは、それからすぐのことである。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「なんか、びっくりしたね」

「うん。『おやつ買ったから帰るねぃ』って、すぐに行っちゃうんだもん」

 

 

 ダィドが自己紹介を終えたあとは、また空気に呑まれてしまうのかと思ったのだが、ノヴァク夫妻は「んじゃ、帰ろうぜぃ」という一言で『じゃねぃ』と行ってしまったのだ。同じ局に務めているからか、連絡先の交換も行なわずに。

 そして2人はまた市街地を歩きながら、エリオはシンディアから受け取った物を見る。

 

 

「コタロウさんに渡してって言ってたけど……」

「これ、どうみても」

 

 

 六課では見たことはなく、世間一般でもとんとみなくなった『煙草(たばこ)』である。2人がそれを知っているのは、フェイトと一緒に遊びに行ったとき、「あの人たちはどうして口から煙を吐いているの?」と質問したときに教えてもらったからだ。詳しいことは分からないが、身体には決してよくない中毒性の高いものだと彼女は言っていた。

 だが、その箱の説明を見る限り、そのようなものは書かれておらず、名称も違っていた。

 

 

煙樹(モンテコ)?」

「うん」

 

 

 白十字に樹木が描かれたラベルが箱には施されており、裏面には『生理活性健康増進喫品』と書かれており、人型のピクトドラムが右手で力こぶをつくっているマークがあった。

 

 

「『この製品は新陳代謝を促進させるものですが、本数を守って喫煙しましょう』……?」

 

 

 構成表にはキャロが良く知る、森林浴で取り入れられる物質が書かれており、健康促進、体力回復はおろか、癒しや安らぎ、はたまた虚弱者の体力増進の切欠として利用しても構わないような物質が含まれていた。魔法と同じキレイ(クリーン)なものだ。身体の内外関係なく全体を回復させるものらしい。

 これをいくつか消費された箱が1つと、新品が1つの計2つ――1箱20本――を受け取っていた。

 

 

「これ、売ってるのかなぁ」

「管理局の認定マークも入ってるけど、ストラーダ――」

 

 

 エリオはあまりにも良いことばかり書いてあるので、少し気になったのか愛機で確認をとることにするが、

 

 

<本物です>

 

 

 と、すんなり立証が成された。

 

 

「管理局で売ってるの?」

 

 

 キャロもケリュケイオンに訊ねる。

 

 

<管理局でも売っていますが、そもそもの販売元はノヴァクグループ傘下の1つ、ホワイトエイド社ですね>

 

「……ノヴァク?」

「それって……」

 

<はい。代表取締役はダィド・ノヴァク。公開されているデータ情報によりますと、十年前に倒産寸前のホワイトエイド社を買収し、去年黒字にさせた人です。祖父の先見の明により露天商からグループまで築き上げ、ダィド氏は三代目。二代目であるイグニ・ノヴァク氏は会長を務めています>

 

「す、すごい人なんだ」

「う、うん」

 

<こちらは確かな情報ではありませんが、ダィド氏は世襲ではなく同社の株を8%手に入れ、現会長イグニを解雇、クビにしようとしたとか……>

 

『えっ!?』

 

<その原因が『親子喧嘩』とも言われています>

 

『…………』

 

 

 最後にもう一度<不確かな情報――噂>と付け加えたが、ありえそうで怖く、2人はがっくりと肩を落とした。

 だが、それで消沈、冷静に慣れたために、エリオはこの市街地に不釣合いな音に気付いた。

 

 

「……ん?」

 

 

 その話が興奮したまま終わっていれば、おそらく気付かなかったであろう。

 

 

「どうしたの、エリオくん?」

「いま、何か聞こえなかった?」

「何か?」

 

 

 エリオは確認するように耳を澄ます。

 

 

「ゴトッというか、ゴリッていうか」

 

 

 見渡すと、すこし乗り物でも通り抜けられそうな路地が目に入り、彼は駆けていき、キャロもそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「キャロから、全体通信?」

 

 

 それはエリオたちが楽しく過ごしているか気になり、連絡しようとしたときだ。

 スバルはなんだろうと訝しんで通話許可にする。

 

 

「なんだろう?」

「…………」

 

 ティアナも点滅するデバイスを取り出した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「こちらライトニング(フォー)、緊急事態につき、現場状況をお伝えします」

 

 

 キャロは焦る心を必死に抑え、エリオの手に抱かれている少女に目を落とす。

 少女は裸足で、見た目からしても衰弱しきっていた。

 

 

「サード・アヴェニューF23の路地裏にて、レリックと(おぼ)しきケースを発見。ケースを持っていたらしい小さな女の子が1人……」

 

 

 映像通話、音声通話あわせて六課全体に報告する。

 

 

「女の子は意識不明です」

「指示をお願いします」

 

 

 映像を主にしているのは、なのはたちのいる場所だ。

 全員、すぐになのは、はやてたちの指示によって警戒態勢に入るなか、エリオは自分の腕の中に眠る少女に目を落とした。

 この子がレリックを『盗んだ(スティール)』わけではないことは明らかだが、レリック自体がロストロギアと呼ばれる『掘り出し物(スティール)』の1つであることは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 



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第36話 『ネムノキ』

 

 

 

 

「スバル、ティアナ、ごめん。おやすみは一旦中断」

「はい!」

「大丈夫です」

「救急の手配はこっちでする。二人はそのままその子とケースを保護。応急手当をしてあげて」

「はい!」

 

 

 なのははスターズ分隊へ、フェイトはライトニング分隊へ指示を出す。

 

 

 

 

 

 はやてもまた連絡を聞き、上着を羽織ながら、

 

 

「全員、待機体勢。席をはずしてる子たちは配置に戻ってな」

「はい!」

「安全確実に保護するよ。レリックもその女の子もや」

「了解」

 

 

 返事はシャリオがしたが、全員にも通信で伝わっていた。

 彼女が部隊長室から出て行く後をリインが追い、扉が閉まる。その閉まる音が気持ちが切り替わる合図のように思えた。

 

 

「リイン、聖王教か……いや」

 

 

 ふと、足を止めた。

 

 

「八神部隊長?」

「……リイン」

「はい。なんですか?」

「コタロウさんに連絡取れるか?

「ネ……コタロウさんにですか? わかりました」

 

 

 あらたまってどうしたのだろうと思いながらリインはコタロウに連絡をとる。

 

 

「コタロウさん?」

「はい」

「シャマル、ヴァイスくんに同行してください。以降はそれぞれの隊長の指示、あるいは臨機応変に。行動はお任せします」

「わかりました」

 

 

 そこで、通信が切れる。

 

 

「……八神部隊長、なぜコタロウさんだけに個別で命令を?」

 

 

 隊長たちはそれから部下へ展開していくので当然だが、コタロウは一隊員であり個別に指示を出すのは違和感しかなかった。

 

 

「うん、あんな」

 

 

 はやては廊下を移動しながらリインに電子としての書類をみせた。彼は直接紙媒体で承認を仰いだが、管理は電子でも行われている。

 

 

「……緊急時の武装局員申請願?」

「そうや」

 

 

 と、はやては続けた。

 

 

「平時に万事に備えるという意味で、スバルたちがオフシフトになってすぐな。武装局員申請というのもどちらかというと、コタロウさん自身への命令の幅を広げるためのものや。多分、私らへの配慮や思うんよ。自由度をあげる上でな」

 

 

 なるほど。と頷く。

 

 

「あ、なのは隊長たちにも伝えておかないとな」

 

 

 よく気がつきますね。というリインの言葉に同意しながら、はやては足取りを速めた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第36話 『ネムノキ』

 

 

 

 

 

 

 はやてが聖王教会にこれから起こりうる懸念を話しつつ、シグナムが戻ろうとする頃、なのは、フェイト、シャマルを乗せたヘリはエリオたちが定めたポイントに到着していた。

 

 

「バイタルも安定しているし、心配ないわ」

 

 

 シャマルの診断にみんなが安堵した。

 

 

「ごめんねみんな、お休みの最中だったのに」

 

 

 そんな。とかぶりを振ると、また埋め合わせするかのように切り替える意味をこめて、

 

 

「ケースと女の子はこのままヘリで搬送するから、みんなはこっちで現場調査ね」

 

 

 なのはが指示を与える。

 

 

「なのはさん、この子ヘリまで抱いていってもらえる?」

 

 

 みんながしっかりと返事をし、休みを惜しまずにすぐ切り替えられたのに安心し、シャマルの言われたとおりになのはが幼い子の近くに寄ろうとすると、

 

 

「私が代わりましょうか?」

 

 

 コタロウが名乗り出た。隊長としての考えに集中させるためだろう。

 

 

「え、あ、それじゃあ……いえ、私が運びます」

 

 

 もう一度子供に目をやり、それがあまりにも弱々しく繊細にみえたのか自分で何とかしたいと思い断る。別にコタロウに任せておけないというわけではない。

 

 

「わかりました」

 

 

 そこで彼の声を聞いたからだろうか、キャロがコタロウに呼びかけた。

 

 

「なんでしょう?」

「……これを」

「煙樹(モンテコ)ですか。特にお願いはしていなかったはずですが」

「あ、いえ、シンディア・ノヴァクさんから」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 

 そういうと、右手のポケットにしまいこんだ。

 何人かはそれが煙草と疑問を持ったが、すぐに振り切って今自分たちがやらなければならない事を整理するために頭を回転させ始めた。

 

 

 

 

 

 後方支援(ロングアーチ)は通信回路でガジェットの居場所、動きをリアルタイムで伝達し、めまぐるしく動いていた。肉体的な体力とは違う頭脳体力をフルに使い的確な現状を報告していく。

 

 

「ガジェット、来ました!」

 

 

 その言葉に通信室、全体に緊張が走る。

 

 

「地下水路に数機ずつのグループで少数……16……20!」

 

 

 シャリオに続き、アルトも声を大きくする。

 

 

「海上方面、12機単位が5グループ!」

「……多いな」

 

 

 はやては顎に手を当て、画面の光とその数に目を細めた。

 

 

「どうします?」

「そうやな」

 

 

 そこで、また新たに通信が入った。

 

 

「スターズ2からロングアーチへ」

 

 

 ヴィータからだ。

 

 

「こちらスターズ2。海上で練習中だったんだけど、ナカジマ三佐が許可をくれた。今、現場に向かってる」

 

 

 海上を最高速度で飛んでいる。

 

 

「それからもう一人……」

 

 

 

 

 

 ヘリを操縦しているヴァイスとコタロウの背後のほうでは通信網で女性局員のひとつの見解が耳に入ってきた。

 

 

「私が呼ばれた事故現場にあったのはガジェットの残骸と、壊れた生体ポッドなんです」

 

 

 現場を思い出しながら報告している。

 

 

「ちょうど、5、6歳の子どもが入るくらいの……近くになにか重いものを引きずって歩いたような跡があって。それを辿っていこうとした最中連絡を受けた次第です」

 

 

 それから、とさらに、

 

 

「この生体ポッド、少し前の事件でよく見た覚えがあるんです」

 

 

 はやてが頷くのを女性が確認すると苦虫の噛み潰したような表情をしながら次の言葉を綴る。

 

 

「……人造魔導士計画の素体培養器」

 

 

 ヴァイスは片眉を吊り上げ、前を睨む。女性局員はさらに続けた。

 

 

「これは、あくまで推測なのですが……あの子は人造魔導士の素材として造りだされた子どもではないかと」

 

 

 そうしていくつかやり取りをした後通信は切れ、ヴァイスの耳にヘリの音が優先しだしたころ、

 

 

「人造魔導士か、俺にゃ全然わかりませんがね。こんな子どもをいろいろいじくって何がいいのやら」

 

 

 隣に話しかけるように言ったのだが、応えが返ってこなかったのでふと隣を向く。

 

 

「……何をしているので?」

 

 

 コタロウの前にある画面が開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、彼の指がまるで一本一本独立して生きているような気味の悪い動きしていた。

 

 

「つい先ほどから高町一等空尉とテスタロッサ・ハラオウン執務官が対処されている空圏内でのガジェットの数が増加しており」

 

 

 いつものコンピュータの扱いより段違いに速い指の動きをしている。

 

 

「虚が実の中に混ざっているのかと想定し、解析しています」

 

 

 まさかと、ヴァイスが閉じてないひとつの画面を覗き込むとソナーに映っている敵の数が突然現れたように増えているのがわかる。さらにヴァイスは会話目的でなく通信室とをつなぐと、

 

 

「波形チェック、誤認じゃないの?」

「――問題、出ません! どのチェックも実機としか」

 

 

 あわただしいやりとりが行われていた。

 

 

「……解析終了」

「え。終了って、わかったってことですか?」

「はい」

 

 

 まだ、向こうでは激しい解析が行われていた。

 

 

「それじゃあ、それをみんなに教えてあげれば」

「グランセニック陸曹」

「は、はい」

「一度確認させていいただきますが、それは命令ですか?」

「……」

 

 

 そういわれて、改めて思考する。命令と言えばすぐにでも送る事は可能だ。しかし、

 

 

(送れば、問題は一気に解決。アルトたちの負担も減ってなのはさんたちに貢献できるが……)

 

 

 なにかひっかかる。

 

 

(これで事件が解決すればいいが、これで終わりなわけがない……そうか)

 

 

 再度コタロウを見る。

 

 

(俺らが何も学べない)

 

 

 コタロウが確認した真意がわからないが、このまま困った時にすべて彼に頼るような事があれば、これよりも緊急性の高い事が起こった場合、何もできなくなってしまう。自分たちの隊を驕ってはいないが、今自分たちにできること以上のことをしなければ先はないという考えに至った。

 

 

「前言撤回します。そのデータは送らないでください」

「わかりました」

「うちの隊は優秀なメンバーばかりッスから」

「存じ上げています」

 

 

 じゃあ、しっかり運びましょう。とヴァイスはハンドルと握り、舵をとった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「空の上は、なんだか大変みたいね」

 

 

 はやてが出撃したことと限定解除されたことをわかってか、それともガジェット数の増加からか、ティアナが一機ガジェットを破壊したところで息をついた。

 

 

「ケースの推定位置までもうすぐです」

 

 

 キャロのサーチに頷き、もう一度気合を入れようとした矢先、

 

 

「――ッ!」

 

 

 水路の壁を破壊する轟音が背後で鳴り、全員身構えた。

 土煙で相手は把握できず、止むまで構えを解かず慎重になるが、

 

 

「あ!」

 

 

 薄くなる煙の足元から見えるのは見覚えのある物だった。

 

 

「ギン姉!」

「ギンガさん!」

 

 

 そこには左手にナックルを備え、スバルと同じ腰までかかる紺色のリボン、髪の色は地下ということもあり把握はしづらいが、髪の長さはリボンと同じくらいである事がわかった。

 

 

「一緒にケースを探しましょう。ここまでのガジェットはほとんど叩いてきたと思うから」

「うん!」

 

 

 そこから推定位置に近づくほどガジェットの数は増え、大型のものも増えてきた。一つ一つ確実に破壊し深部へ向かう。そして、広い空洞へと出た。

 

 

「……んと」

 

 

 よほど近くなったのかキャロは強く感じる事ができ、この辺であると断定する。

 

 

「どう、キャロ?」

 

 

 見回すように進む彼女はちょうどある柱を越えたところで、

 

 

「あ、ありました!」

 

 

 黒い四角いケースを見つけた。

 その時だ。

 

 

「なにこの音」

 

 

 足音にしては重く、地面を蹴って進む音ではない。地鳴りがしない。壁伝いに柱伝いに何か遠くから音が向かってきていた。近づくほど速さを増し、

 

 

「跳弾?」

 

 

 自分たちの頭上を通り過ぎていく。キャロは自分に向かってくるのが気配でわかった。そしてそれは自身の近く頭上でとまる。

 

 

「――ッ!」

 

 

 何かはっきりとはわからないが、目をやった瞬間黒い魔力弾がそこからはじき出された。

 

 

「キャア!」

 

 

 とっさの事とケースを両手で抱えていた事が災いし、身体をよじり回避するしかできなかった。

 足元に着弾し衝撃でケースを手放してしまう。

 あがる土煙の中から何かがこちらに向かってくるのがわかったが、キャロは準備が間に合いそうになく目で追おうしかなかった。

 しかし、すかさずエリオが突進する。

 

 

「ハァッ!」

 

 

 その何かとぶつかり二つがはじかれる。

 

 

「エリオくん!」

「さがってて!」

 

 

 キャロはエリオを気遣うが彼はすぐに身体を張り、その何かに対して彼女の前に立った。彼が対峙する間にキャロは後ろに気配を感じ振り返るとケースを抱える少女が立っていた。

 

 

「ダメ!」

「……邪魔」

 

 

 向かおうとするキャロに対しその少女は片手をかざし意識を集中すると、加減のない魔力を収束させ、近距離から遠慮なくキャロに収束砲を撃ち放つ。

 すかさず、キャロはバリアを張るが、近距離で収束力の高い砲撃に耐えることはできず、勢いに破れエリオのほうへ吹き飛ばされた。

 

 

「――ぐっ! うわぁ!」

 

 

 エリオはキャロを抱え柱への直撃を避けようと抱きかかえながら自分が彼女と柱の間になり、背中からぶつかる。勢いは強く石の柱はへこむ。

 黒い身長のある何かは倒れこんだエリオに標的をあわせるが、それに気づいてかスバルが援護に入る。

 

 

「オオォォ!」

 

 

 その何かはスバルの初撃を回転によりかわし、後方へいなした。隙を突いてかギンガも向かい、相手は避けることができず防御に回るも重い一撃で後ずさりする。

 スバルは体勢を立て直し、

 

 

「そこの女の子! それ危険なものなんだよ? さわっちゃダメ、こっちに渡して!」

 

 

 呼びかけるが少女は気にかける様子もなく歩き出そうとする。だが、

 

 

「ごめんね、乱暴で。でもね、これ本当に危ないものなんだよ」

 

 

 幻術魔法で姿を消していたティアナがクロスミラージュを少女にあてがい、諭すように話しかける。

 

 

[スバル、あいつ……]

[うん。隊長たちがホテルでネコさんから聞いたやつだ]

[というと、この子は、一連の――ッ!]

 

 

 目配せしながら念話をしているとき、突然閃光が走った。音と光を特別大きくした支援魔法のようだ。全員あわてて目を閉じるが間に合わず、暗闇という事もあってか人体に与える影響が大きい。それでもなお、ティアナは光がおさまってからすぐ少女に銃口を突きつけるが、

 

 

「キャアアァ!」

 

 

 その何かに蹴られ弾き飛ばされた。しかし、照準をずらす事はせず昏倒するくらいの魔力弾を少女向けて発砲する。

 

 

(――身代わりに!?)

 

 

 だが、それは何かによって守られてしまった。

 

 

「ったくもう。アタシたちに黙って勝手に出かけちゃったりするからだぞ?」

 

 

 少女に呼ばれた手のひらに乗るくらいの小さな人物はどうやら「アギト」というらしく、口調から、自分の力を自負しているようであった。

 

 

「本当に心配したんだからな! ま、もう大丈夫だぞ、ルールー! 何しろこのアタシ――烈火の剣精! アギト様が来たんだからな!」

 

 

 スバルたちが体勢を立て直すなか、向こうは士気をあげるような陽気さで場の空気を作り出していた。こちらの任務遂行の真剣さとは温度差が感じられる。

 

 

「オラオラァ! お前らまとめてかかって来いやァ!!」

 

 

 小さい分迫力がなく、子犬が遠くで吠えているようにしか見えなかった。

 

 

[敵、なんだよね?]

[油断しない!]

 

 

 スバルの気の緩みを察したのか、

 

 

「……コンニャロゥ」

 

 

 左手に火炎球を生成し撃ち放った。

 

 

『――クッ!』

「小さいからってバカにしたろ!」

 

 

 威力は体格に似合わず、スバルが直撃は避けたい力を持っていた。爆炎に包まれないように飛びのく。

 

 

[……ごめんなさ~い]

[ったくもう]

 

 

 今度は顔には出さず謝り、すぐに切り替えた。襲い掛かる相手にはギンガが対応する。

 

 

「ティア、どうする?」

「任務はあくまで、ケースの確保よ。撤退しながらひきつける」

 

 

 こちらが誘導しているのを悟られないように攻防を繰り広げて時間を稼ぐ作戦だ。言うは易いが遂行には難しさが伴う。

 

 

「ヴィータ副隊長とリイン曹長にうまく合流できればあの子たちも止められるかも――だよね」

 

 

 そういうこと。と汲み取りに同意する。

 

 

[よし、なかなかいいぞ。スバルにティアナ]

『ヴィータ副隊長!』

 

 

 二人の会話に上官が割り込んだ。

 

 

[私も一緒です。二人とも状況をちゃんと読んだナイス判断ですよ]

[副隊長、リイン曹長。今どちらに?]

 

 

 リインの通信にエリオが位置を確認するが、返事をするよりも早く、

 

 

「ウリャァァ!」

 

 

 天井が上から打ち抜かれた。

 

 

「捕らえろ、凍てつく足枷! フリーレンフェッセルン!」

 

 

 土煙が消える前にリインは少女に向かって手をかざし詠唱し、放った。少女とアギトは回りに冷気を感じると周りの水蒸気が収束するのがわかるが反応はできず、花の蕾のように氷で周りを囲まれ包まれた。

 一方、ヴィータはグラーフアイゼンのギガントフォルムで大きく振りかぶり黒い何かに殴打する。

 

 

「ぶっ飛べェ!」

 

 

 それは防御体勢を取るも威力を殺しきる事はできず、吹き飛ばされた。

 

 

「っと。待たせたな」

 

 

 スバルたちの出力だとこの威力を出したあとは大きく体力を消耗するが、ヴィータは何事もなかったかのようにケロリとした表情でみんなを気遣った。

 

 

「みんな無事でよかったです!」

「……副隊長たちやっぱりつよぉい……」

 

 

 いいのかな、公共施設壊しちゃって。と味方ながらの心強さ反面、強すぎる威力に心配をする。

 キャロが意識を取り戻すのをエリオが確認すると同時に、ヴィータとリインは相手に対峙しようとする。

 

 

「逃げられたか」

「こっちもです」

 

 

 しかし、両方とも巧妙に逃げられていた。

 

 

「ッ、なんだ!?」

 

 

 そして次の戦略や探索を模索しようとした矢先、地下水路全体が激しく揺れ始めた。

 

 

「……召喚気配が近くにあります。多分、それです」

「というと、地上だな。ひとまず脱出だ! スバル」

 

 

 キャロの判断にヴィータが反応し、スバルに脱出経路の確保を命令した。

 

 

「はい!」

 

 

 スバルは即座にウィングロードをらせん状に生成すると、ヴィータは自分を最後にと脱出する順番も指示を出す。

 

 

「キャロ、はい帽子」

「ありがとうございます」

「ねぇ、レリックの封印処理お願いできる?」

「は、はい。やれます」

「ちょっと考えがあるんだ。手伝って」

「はい!」

 

 

 ティアナはこの脱出中になにかしようとしていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「何だ。いったい何事だこれは」

 

 

 時空管理局ミッドチルダ首都地上本部最上階展望室で、モニター越しに機械が破壊されていく映像を見ながら、防衛長官レジアス・ゲイズは声を荒げた。

 

 

「本局遺失物捜査部機動六課の戦闘、そのリアルタイム映像です」

 

 

 その疑問に答えるかのように防衛長官秘書オーリス・ゲイズは応えた。

 

 

「撃たれているのは、かねてより報告のあるAMF能力保有のアンノウン。撃っているのはおそらく六課の部隊長、魔導士ランクは総合SS(ダブルエス)――」

「ん、地上部隊にSS? 聞いておらんぞ」

 

 

 レジアスは秘書を睨んだ。

 

 

「所属は本局ですから」

「後見人と部隊長は」

 

 

 モニターを変え、後見人たちを映し出す。

 

 

「後見人の筆頭は本局次元航行部隊提督――クロノ・ハラオウン提督とリンディ・ハラオウン統括官。そして、聖王教会の騎士――カリム・グラシア殿のお三方です」

「ちッ、英雄気取りの青二才共め」

 

 

 レジアスが顔をしかめるのを気にもせず、

 

 

「部隊長は八神はやて二等陸佐」

「八神はやて? あの八神はやてか!」

「はい。闇の書事件の八神はやてです」

 

 

 この応えに机を大きく叩く。

 

 

「中規模次元侵食未遂事件の根源。あのギル・グレアムの被保護者。どちらも犯罪者ではないか」

「八神二佐らの執行猶予期間はすでに過ぎていますし、グレアム提督の件は不問という事になっています。ですから――」

「同じ事だ。犯した罪が消えるものか」

「……問題発言です。公式の場ではお控えなさいますよう」

 

 

 彼は一息つき、

 

 

「わかっている。忌々しい。海の連中はいつもそうだ。危険要素を軽視しすぎる」

「中将は2年前から地上部隊への対AMF兵器性の対応予算を棄却しておりますので、本局と聖王教会が独自策として立ち上げたのでしょう」

 

 

 もう見たくないというように八神はやての写真を一瞥すると、

 

 

「……近く、お前が直接査察に入れ。何かひとつでも問題点や失態を見つけたら、即部隊長を査問だ」

 

 

 オーリスは敬礼する。

 

 

「平和ボケの教会連中を叩く、いい材料になるかもしれんからな」

「――了解しました」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「だめだよルールー! これはまずいって、埋まった中からどうやってケースを探す? アイツらだって局員とはいえ、つぶれて死んじゃうかもなんだぞ?」

「あのレベルなら、多分、これくらいじゃ死なない」

 

 

 ルールーと呼ばれる少女は眼下で召喚獣が起こしている激しい地震とは違い、とても落ち着いていた。

 

 

「ケースはクアットロとセインに頼んで探してもらう」

「よくねぇよルールー! あの変態医師とかナンバーズ連中なんかと関わっちゃダメだって! ゼストの旦那も言ってたろ? アイツら口ばっかうまいけど、実際のところアタシたちのことなんてせいぜい実験動物くらいにしか――」

 

 

 そこで眼下の召喚獣が地震に決着をつけた。どうやら、潰しきったのだろう。

 

 

「……やっちまった」

 

 

 そんなことは気にも留めず、

 

 

「ガリュー、ケガ、大丈夫?」

 

 

 ガリューと呼ばれる、何かは無言で頷いた。

 

 

「もどって、いいよ。アギトが入れくれるから」

 

 

 その言葉にもう一度頷き、閃光とともに消えていった。

 地雷王もと促そうとした瞬間、地雷王は地面から突如魔方陣とともに生えてきた鎖に拘束される。

 そこからは怒涛であった、もともとスバルたちの人数のほうが多いのである。先ほどの地下水路のような閉鎖空間と違い、地上では戦術もたてやすく包囲網を作るのは容易であった。

 スバルとギンガのかく乱とティアナの陣地を狭める砲撃、そしてエリオとリインが最後の役割と果たし、少女とアギトを拘束した。

 

 

「市街地での危険魔法に公務執行妨害。そのたもろもろで逮捕する」

 

 

 ヴィータは深く息を吐きながら、二人に対し罪状を述べた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ディエチちゃん、ちゃんと見えてる?」

「ああ、遮蔽物もないし、空気も澄んでる」

 

 

 居住地区の指定を外れた人のいない高いビルの上にディエチと呼ばれた女性が何かを見定めていた。

 

 

「よく見える」

 

 

 その目は瞳孔が開くわけではなく、目の奥の機械ともとれるレンズが動き、遠くに映る飛行物体を捉えていた。

 

 

「でもいいのか、クアットロ? 撃っちゃって」

「ケースは残せるだろうけど、マテリアルのほうは破壊しちゃうことになる」

 

 

 クアットロと呼ばれる女性は陽気な音楽を聴いているかのように微笑み、

 

 

「ドクターとウーノ姉様曰く、あのマテリアルが当たりなら――本当に聖王の器なら、砲撃くらいでは死んだりしないから大丈夫。だそうよ」

 

 

 ころころと楽しそうに笑みをうかべていた。

 そんなものかとディエチは息を漏らす。

 とその時、一つ通信が入った。

 

 

「クアットロ、ルーテシアお嬢様とアギトさんが捕まったわ」

「あ~、そーいえば例のチビ騎士に捕まってましたねぇ」

「今はセインが様子を窺ってるけど――」

「フォローします?」

 

 

 おもいつく節があるのだろうか、声を低くして通信先の女性に促した。

 

「お願い」

 

 

 そういうと通信は切られ、すぐにクアットロはセインに連絡を取る。

 

 

[セインちゃん?]

[あいよー、クア姉!]

[こっちから指示を出すわ。お姉さまの言うとおりに動いてねぇ?]

[ん~、了解~]

 

 

 セインは鬼ごっこでも始まるかのように無邪気に応えた。

 次は先ほど拘束されたルーテシアと呼ばれる少女にクアットロは連絡をとった。

 

 

[はぁい~、ルーお嬢様~]

[クアットロ?]

[なにやらピンチのようで。お邪魔でなければクアットロがお手伝いいたします~]

[……お願い]

 

 

 にこやかにそして不適にクアットロが頷くと、彼女はルーテシアに対して、

 

 

[このクアットロの言うとおりの言葉を、その紅い騎士に]

 

 

 と言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「見えた!」

「よかった! ヘリは無事」

 

 

 空におけるガジェットははやてと代わりなのはとフェイトはヘリの安全確保を言い渡されていた。しかし、なのははとある気配に気づいた。

 

 

 

 

 

「市街地にエネルギー反応!」

「大きい!」

 

 

 通信室では息を呑む。

 

 

「そんな、まさか……」

 

 

 

 

 

「――ッ!」

 

 

 あまりの巨大さにガジェットの撃墜を担当しているはやても気づいた。

 

 

 

 

 

「砲撃のチャージ確認。物理破壊型……推定Sランク!」

 

 

 シャリオが伝えるために落ち着きはらうも声は大きく報告した。

 

 

 

 

 

 そのエネルギーの中心地では、

 

 

「インヒューレントスキル――ヘヴィバレル、発動」

 

 

 砲撃手による照準合わせが行われていた。またそれを指揮している女性は、少女に伝言をしよう口を開いた。

 

 

 

 

 

「逮捕は、良いけど」

「ん?」

 

 

 少女の発言に紅い騎士は首をかしげた。

 

 

「大事なヘリは放っておいて、いいの?」

「――!!」

 

 

 

 

「あと12秒。11……」

 

 

 あ、そうそう。と、もうひとつ女性は少女に伝言をする。

 

 

 

 

 

「あなたは、また、護れないかもね」

「な、に?」

 

 

 紅い騎士の瞳孔が開いた。

 

 

 

 

 

「あの、コタロウさん? どうしたんですか?」

「……事後報告いたします」

 

 

 

 

 

 カウントがゼロになり、

 

 

「――発射」

 ヘヴィバレルと呼ばれる一撃が放たれた。

 

 

 

 

 

 ヴィータたちが空に鈍く光るほうに身体ごと向ける瞬間を狙い女性が地面から飛び出し少女を奪う。

 

 

「あ、この!」

 

 

 しかし、ヴィータは先ほどの言葉に動転し言葉は出ても身体は鉛のように動かなかった。

 

 

(くそ! なんで!)

 

 

 

 

 

 その間にも放たれた一撃はまっすぐヘリへ向かう。

 なのはが限定解除をして、速度を上げればなんとか間に合うと思ったそのときである。一つ通信が入ると、ヘリの側面、砲撃の先に人影が見えた。逆光で姿しかわからないが、これだけは絶対に見間違うものがないものがあった。

 

 

「……ロード数15、パラソル形式(スタイル)

 

 

 この姿を確認できたのは近くにいるなのはとフェイトだけである。砲撃手からは放たれた光で見えない。その影は()と同時に右半身を引いて構え――カロンと音がするところから床を生成しているのだろう。その影はあわてる様子もなく、

 

 

紡解点(アンラヴル・ポイント)は、あそこか」

 

 

 と小さく深呼吸すると、なのはとフェイトがコマ送りのスローモーションを見ているように見えるさなか、

 

 

「ネムノキ」

 

 

 その砲撃に向かって右足で踏み込むと同時に傘をつきこんだ。そして砲撃と傘の先端が交わると、

 

 

 

 

 

「――え?」

「……うそ、私の、ヘヴィバレルが」

 

 

 

 

 

『……割けた』

 

 

 

 

 

 それはネムノキの花のように咲けた。

 

 



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第37話 『ご存知なので』

 

 

 

 

 

 セインはルーテシアをひとまず高架下に届けると、今度はケースを取ってくると少女に伝え、再びもぐりこんだ。

 

 

(今頃、ヘリは撃墜、混乱に乗じてケース奪い、撤退。簡単かんたん~)

 

 

 そうして、片方の指をスコープにして橋の上に指だけ出し目標を定めようとするが、一人がモニターを開き、そこを注視している面々がいるだけであった。

 

 

(ん?)

 

 

「まだ、こっちにいるわ!」

 

 

 一人に気づかれる。

 

 

(しまった!)

 

 

[アギトさん! 脱出しましたか!?]

[してるよ。ったく、こういうこと、だろ!]

 

 

 閃光弾が放たれ、周りは狼狽する。

 

 

[ありがとうございます!]

 

 

 そういうとその目くらましの隙を突き、ケースを奪いさる。

 

 

[おまえのためじゃねぇよ。ルールーのためだ!」

[まーまー]

 

 

 高架下に戻るとルーテシアのそばにアギトがいた。

 

 

「とりあえず、ここから離脱しましょ」

「……うん」

 

 

 少女はアギトをやさしく包み、セインに抱かれながら地面へと姿を消した。

 セインは先ほどのことで疑問とすることがでてきた。

 

 

(ヘリが撃墜されたら、もう少し乱れると思ったんだけどなー。ディエチが目標をはずす……いや、それも考えづらい。クア姉がいるんだし。)

 

 

 というと。と、ルーテシアを抱き移動しながらさらに考えをめぐらせる。

 

 

(防がれたのかな? え、でもヘヴィバレルを防いだら、衝撃波がでて、すこしは相手に不安とか目視確認を遅らせる事ができると思うんだけどなぁ。あ、そっか、話しかければいいんだ)

 

 

 考えてもうまい答えが出ず、直接クアットロに話しかける事にした。

 

 

[おーい、クア姉ぇ、何があったのー?]

 

 

 だが、応答がない。

 

 

[え、クア姉、ディエチ!?]

 

 

 顔に焦りをみせ、強く話しかける。

 

 

[なぁにぃ?]

 

 

 少しの間があって、応答があった。

 

 

[クア姉、そっち、なにかあったの?]

 

 

 ただ、余裕のない受け答えだ。

 

 

[私の、ヘヴィバレルが……]

 

 

 ディエチも応答する。

 

 

[え、はずしたの!?]

[ちがう]

 

 

 おそらく逃げてるのだろう、ところどころ息遣いが伝わってくる。

 

 

[そっち大変みたいだね、なんとか逃げて後で聞くよ]

[……かれた]

[え?」

 

 

 かみ締めたように、ただ勢いがなくうまく聞こえない。

 

 

[何だって?]

[割かれた]

[は、ディエチ、なにいってるの?]

 

 

 要領を得ない、割かれたの意味が捉えきれなかった。

 

 

[まだ、防御壁で防がれたほうがよかったよ! 威力抑えてるし! でも!]

[ごめん、わからないんだけど?]

[あんなに収束させて固めたのに、割かれたんだ!]

[……え、ディエチ待って。割かれたって――]

 

 

 ここでやっと、意味を捉えることができた。ただ、それは考え付きもしなかったのだ。つまり、割かれたというのは、

 

 

「花が咲くみたいにきれいに割けたのよ]

 

 

 クアットロが驚きを隠せないという声色で妹の代返をした。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第37話 『ご存知なので』

 

 

 

 

 

 

 

 もし、表現するなら大水を傘の上にかけた時に出るような音が鳴り、その一撃は割けた。放射上に枝分かれするように細かくぱらぱらと分かれ、ヘリには当たるようなことはなかった。

「対象の目標はヘリと判断しました。これより、ヘリの圏外への退避を第一優先に行動します」

 誰に聞こえるわけでもなくコタロウはつぶやいた。実際はなのはとフェイトには聞こえている。

 傘の柄からは紐がでて手首から離れないよう傘は吊り下がり、先ほどキャロからいただいた煙樹に火をつけ、口で大きく吸い込み、煙を吐く。コタロウは少し身体が楽になるのを感じた。

 彼は再びしっかりと傘を右手で握り、先ほどロードした魔力に自分の魔力をつなぎ合わせると傘はゆがみ――ゆらゆらと蒸気を帯びているように見えた――それをヘリの進行方向へ突き、そして開く。

 

 

「カームホール」

 

 

 ヘリの進行方向から風力が消えヴァイスでも目視できる空気のトンネルが眼前にできた。

 同時にヘリの中になにかやわらかい空気が固形化したような、はたまた水のようなものに包まれる。

 

 

『――!!』

 

 

 ヴァイスとシャマルは呼吸は普通にできるのになにか言われようのない浮遊感に襲われる。

 

 

[シャマル主任医務官、グランセニック陸曹]

 

 

『コ、コタロウさん!?』

[圏外への退避を優先するため衝撃保護のエアロゲルをヘリ内部に生成しました]

 

 

 さらにコタロウは続ける。

 

 

[今から1分間進行方向へは風の抵抗を受ける事をなく突き進ませますので、1分後の操縦をよろしくお願いいたします。今から私が蹴りこみますが、先ほど述べたとおり衝撃は少ないはずです]

[え、コタロウさんは!]

 

 

 ヴァイスが叫ぶ。

 

 

[今、優先されるのはシャマル主任医務官の担当されている少女、と考えます。でなければ、このヘリが狙うのは陽動が関係していると想定しますが、何より優先は少女の圏外への退避です。カウントします。3、2――]

[ちょっ――]

 

 

 コタロウはヘリの後ろにつき、思い切り足を振り上げた。

 蹴りにあたる部分にも魔力で加工されている。

 そして、

 

 

「ネコあし」

 

 

 蹴り上げた。

 ヘリが空気のないトンネルと突き抜けていく。

 音速には壁が存在するがカームホールによりそれがない。

 

 

「ストームレイダー!!」

 

 

 ヴァイスは愛機を呼ぶ。

 

 

<ただいま時速1351キロ>

「マッハ1.1、か!」

<おそらく、あと55秒ほど続きます>

「おいおい……というか何でGを感じない?」

<この特殊なエアロゲルに魔力でさらに上乗せし、Gをなくしていると考えます>

「つーことは、俺がやらなきゃいけないというのは――」

<50秒後、このカームロードおよび、エアロゲルがなくなったときに衝撃なく運転を再開する事かと>

「コタロウさん、無茶いってくれるぜ……」

<できませんか?>

「あァ!? 腕の見せ所だろう?」

 

 

 無理とは言ってねぇ。と荒げる。

 

 

<失礼いたしました>

「シャマル先生」

「はい!」

「つーことなんで、50びょ」

<あと、42秒です>

「――後も先ほどと同じ操縦いたしますんで、安心しててくだせェな!」

 

 

 外をちらりとみたシャマルはこの速度に驚きつつも、

 

 

「もちろんです」

 

 

 ヴァイスの操縦を信用して疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ネコあし」

 

 

 そういってヘリを圏外に蹴りだしたのを目で追い、即座にその蹴りだした人間に焦点を合わせる。

 

 

「……どういうこと?」

「なにを、したの……?」

 

 

 驚くのもつかの間、上空から無数の魔力弾にクアットロとディエチは気づき、飛び降りて回避する。

 

 

「見つけた」

 

 

 しかし、着地してその背後にはフェイトが構えていた。

 

 

「なっ!」

「くっ! 速い」

 

 

 また飛びのき二人はそろってビルからビルへ飛び移って逃げる。

 

 

「止まりなさい! 市街地での危険魔法使用、および殺人未遂の現行犯で、逮捕します」

 

 

 飛行するフェイトの周囲に魔力弾が生成され、二人を捉えた。

 クアットロとディエチは誰かとやり取りをしているようで、「割かれたんだ!」と叫んでいた。

 

 

「もう一度言います。止まりなさい!」

 

 

 その言葉は耳に入ったんだろう。

 

 

「今日は遠慮しときますぅ」

 

 

 と、余裕をみせる言葉を吐く。

 

 

「IS発動。シルバーカーテン」

 

 

 二人は消え、フェイトは目視できなくなった。

 瞬時に彼女は視線を移動させ、

 

 

「はやて!」

「位置確認。詠唱完了。発動まであと4秒!」

 

 

 その先にははやてがおり、準備を整えていた。それを聞いて、フェイトは翻しこの場から退避する。

 

 

「……離れた、なんで?」

「――まさか」

 

 

 シルバーカーテンを解き、上空をクアットロが見上げると、そこには、

 

 

「広域空間、攻撃!!」

「うそぉ~」

 

 

 信じられない大きさの魔力の生成が目視できた。ディエチはひるみ、クアットロは本当に焦っているのかもわからない声を上げる。

 

 

「遠き地にて、闇に沈め」

 

 

 はやては目標を定め、

 

 

「デアボリック・エミッション!」

 

 

 魔法を発動させた。

 大きく周りがその魔法に飲み込まれていく。

 二人は自分たちが考えているよりも危険が大きいものと判断するも、その判断が遅く一度は飲み込まれる。が、何とか脱出できた。

 

 

<投降の意志なし……逃走の危険ありと認定>

 

 

 とある電子性の声が聞こえたと思い、見上げるとそこには金色の髪の執務官。

 

 

<砲撃で昏倒させて捕らえます>

 

 

 背後には二つに結んだ空尉がデバイスを構え、取り囲んでいた。

 

 

[……さすがに、まずいわね]

[どうする?]

 

 

 追い込まれた二人は何とか脱出を試みようとするがすぐには案がでない。

 

 

「――ディエチ、クアットロ。じっとしてろ」

 

 

 どこからか二人にだけわかる声が頭に入ってきた。

 

 

「IS発動。ライドインパルス」

 

 

 その女性はエネルギーを込め、目標を定めると腰を低くかがめて構える。

 同時にフェイト、なのはもまた魔力を練り上げ、

 

 

「トライデント……スマッシャー!」

「エクセリオン……バスター!」

 

 

 ディエチとクアットロに向けて砲撃を打ち出した。速度は速く、二人は先ほどの声を聞かなくとも動けそうにない。

 なのはとフェイトの魔力砲が二人に向けられ当たったとき、通信室では「ビンゴ!」と声が聞こえたが、なのはとフェイトは当たったという感触は得られなかった。

 

 

「ちがう、避けられた!」

「直前で救援が入った」

「アルト、追って!」

 

 

 その言葉にアルトはすぐ行方を追った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ヘリは無事なんだな」

 

 

 ヴィータは光以上のものは確認できず、もう一度通信にて確認する。誰が助けたかよりも無事である事に彼女は息を漏らした。

 

 

「じゃあ、こっちの報告をする」

 

 

 ヴィータは悪いという言葉から、相手を逃がした事とケースも取られたことを報告した。

 リインはスバルたちの責任ではなく指揮官の不始末である事を合わせて伝える。

 

 

「副隊長、あのぅ」

「なんだよ! 報告中だぞ!」

「いや、あのずっと緊迫してたんで切り出すタイミングがなかったんですけど……」

「レリックには私たちでちょっとひと工夫してまして……」

「あぁ?」

 

 

 ヴィータが報告の中断でスバルたちに注意しようとするも、スバルとティアナがおずおずと言葉を選んでレリックについて話し始めた。

 

 

「ケースはシルエットではなく本物でした。私のシルエットって衝撃に弱いんで、奪われた時点でバレちゃいますから」

 

 

「なので、ケース開封して、レリック本体に直接厳重封印をかけて――」

 

 

 ティアナとキャロの説明にスバルが行動で示し、キャロの頭上の帽子をとる。

 

 

「その中身は」

「こんな感じで」

 

 

 するとキャロの頭上にはちいさい花が咲いており、ティアナが魔法解除を行うと、その花は赤く光るレリックに変わった。

 

 

「敵との直接接触の一番少ないキャロに持っててもらおうって」

「……なるほど~」

 

 

 リインの感心とヴィータの乾いた笑いをする。

 召喚士一味には逃げられたがレリックの確保は遂行されているのが分かり胸をなでおろした。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「バカ共が、お前らの目は節穴か」

『……??』

 

 

 とある地下の機器の張り巡らされた研究所のような場所で、集団の中ではトーレと呼ばれる短髪の女性の怒りとも取れる言葉に皆が疑問を持つ。

 

 

「ここだ」

 

 

 そこでは多くのあらゆる角度が映し出された画面が開かれ、エリオやキャロ、の映像が映し出されていた。

 

 

『……あ』

 

 

 その映像は狙っていたものを奪う前のもので、何を閾値(しきいち)にしているか分からないが、奪う対象が赤く、熱源のように表示されていた。

 一つはケース、もう一つは、

 

 

「あの、帽子の中か!」

「してやられたわけだ」

 

 

 キャロの帽子の中が赤く表示されていた。

 

 

「すみません、お嬢。愚妹の失態です」

「……別に、私の探してるのは11番のコアだけだから」

 

 

 ケースには6番と書かれていた。どうやら少女の探している番号ではなく、興味がそがれたのか踵を返し彼女たちと別れた。

 

 

「コアもマテリアルも渡したとなると」

「ウーノ姉様に怒られるぅ」

 

 

 次に、彼女たちの姉の怒りを心配し始めた。セインがため息を漏らし、クアットロが身体をくねらせる。

 

 

「……」

 

 

 そして、ディエチはこの研究所に帰ってきてからいくつか話し合いに参加するも無言が多かった。

 

 

「ディエチ?」

「ウーノ姉さんは見てた? 私のISが割かれたの」

「ああ」

 

 

 見ていた。と、頷く。ディエチは幾分かトーンが低いが理由は分かっていた。

 

 

「ドクターから貰ったデータになかったのもそうだけど、あいつは誰で、何であんなことできたんだ?」

「そうそう。私も聞きたかった。何があったの?」

 

 

 あいつとはディエチのへヴィバレルを細かく割いた性別の分からない人間のことであった。通信傍受はしていたが、聞き取れず、顔もバイザーで隠れ分からなかったのだ。

 ディエチの代わりにクアットロが映像を映し、見事に一撃が割かれたのを見た。

 

 

「え、なにこれ」

「あいつが誰なのかは分からないけど、原理は分かったわよぉ」

 

 

 クアットロが自慢げに言う。

 

 

「一体なに!」

 

 

 ディエチが知りたくてたまらないというようにクアットロに迫る。

 

 

「ちょっと、落ち着いてよぉ。あれはねぇ、紡解点(アンラヴル・ポイント)を突かれたのよ」

「紡解点?」

「そ。魔力とか、私たちのエネルギー生成とかに必ずある、生成上一番弱い部分の(ポイント)のことよぉ」

「そこを突かれると、あんなに簡単に」

 

 

 クアットロがふるふるとかぶりと振る。

 

 

「まっさかぁ。弱いっていっても周りよりってなだけで、威力が弱いところじゃないわぁ」

「じゃあ――」

「単純に」

 

 

 ディエチの言葉を彼女はさえぎった。

 

 

「考えられるのは3つ」

「……うん」

 

 

 ずいと三本の指を立てられディエチは頷く。こぶしを作り人差し指を立て、

 

 

「ひとつめはへヴィバレルはきりもみ状に回転してるから紡解点を見極めるのはほぼ不可能」

 

 

 次に中指を立て、

 

 

「ふたつめは、あの威力を微動だにせず押し返せる物理的な力がないとはじかれるから不可能」

 

 

 最後に薬指を立てた。

 

 

「みっつめは、あの威力に耐えられる堅牢な魔力を瞬時に作れないと不可能」

『……』

 

 

 全員が黙った。

 

 

「つぅまりぃ、高回転するヘヴィバレルの紡解点を見極め、はじき返せる力――非常に強い足腰と腕力――をもち、瞬時に硬く強い魔力生成を持った人間だからできた。ということねぇ」

「……ちょっとまってよ」

「なぁに、セインちゃん」

「例えば、ほら、向こうの隊長たちが間に合ってて防いだらどうなるのさ」

「防げるでしょうねぇ」

 

 

 セインの言葉に即座に答えた。

 

 

「その説明じゃ隊長たちみんなそうだってこと?」

 

 

 彼女は少したじろいでいる。

 

 

「ん~、違う違う」

「え?」

「あちらさんの隊長たちはみんな魔力値が高いでしょ? そんなの魔力量にものいわせれば防げるわ。もちろんこちらも本気なら分からないけど」

「……?」

「私が言ってるのは量じゃなくて質の話」

 

 

 分からないようなので、視点を変えて割く瞬間の映像を見せる。

 遠目の映像をどんどん拡大させた。

 

 

「当たる前にカートリッジをロードしてるけど、本人自体の魔力は武装局員にはなれないものしか持ち合わせてないわ」

 

 

 ぎりぎり数値化できるくらいと説明する。

 

 

「ここでこの人間がやったのは」

 

 

 コマ送りで映像を進め、

 

 

「当たる瞬間にこの(デバイス)に内包してある魔力を僅かに使い、バレルをはじく堅牢なものを瞬時に生成したということなのよぉ」

 

 

 説明をしているクアットロは口調とは裏腹に表情が険しい。

 

 

「この人間がやったのは、どんなに魔力が小さい人間でも、さっきの三点をクリアすればディエチちゃんのISを幾度となく防ぐことができる証明をしてみせたのぉ」

 

 

 声色が段々荒々しくなっていった。

 

 

「局には」

「いるわけないでしょこんなの。私も最初は理論上は可能だと思ったけど、考えて解析すればするほど実現不可能だと結論づけたんだからぁ」

 

 

 さらによ。と続ける。

 

 

「さっきの三点をクリアしても、実行すればデバイスは使い物にならなくなるはずよ。なのにこのデバイス、終わった後もまるで傷ついた形跡がないの。もちろん、遠目で画質が粗いからまるでという表現は間違いだけど」

「……」

「……んとさあ、クア姉さんのことだからほかの視点のもあるんでしょ? 下から見ればバイザーの中の顔が見れるんじゃ」

「もちろん、やってるわよ?」

 

 

 なら。とセインはクアットロを気遣うが。

 

 

「デジタルだとジャミングが入る特殊なバイザーだったわ。私たち目視ではできるけど、機械を通すとジャミングが入って表情がわからないようになってるの」

 

 

 忌々しいといわんばかりの顔をしている。その時、背後で気配がするのを感じて振り向くと、

 

 

「……ルーお嬢様?」

「その人、知ってるかも」

「お嬢様、どちらで?」

 

 

 ディエチとクアットロがルーテシアの発言にぱちくりと目をしばたいた。

 

 

「でも、そのひと傘は持ってたけど、左腕がなかったって。ガリューが」

「ガリューが?」

 

 

 こくりと少女は頷く。

 そして、もう一度目をモニターに向けると、その人間の着ている服装は袖が長く、隠しているようにも、無いようにもみえる。

 

 

「……ちょっとまっててくださいねぇ」

 

 

 クアットロはキーを叩くと、映像が反転する。

 

 

「左腕、ないわねぇ」

 

 

 生体反応を軸に切り替えたようだ。

 

 

「ということは、お嬢は、いえ、ガリューは顔を見たことあると?」

「うん」

「ど、どんな顔でしたか?」

「……見たのガリュー」

 

 

 トーレの質問で、見たのはガリューであるというのは焦って聞くディエチには耳に入っていないらしく、顔立ちを聞くが、少女は冷静に映像は残っていないと答えた。

 

 

「それに、あの傘がデバイスなんて分からなかったし、魔法なんて使わなかったって。あ、あとその人、男の人だって」

「……んと、はい」

 

 

 セインが手を上げる。

 

 

「ガリューさんはその人間と戦ったんですか?」

「うん」

 

 

 一拍おいて、これ。と映像を見せると、

 

 

「気づいたら転ばされて、踏み抜かれたって。それで私が転移させて退避させたの」

『……』

 

 

 全員の顔が驚きに変わった。ガリューの腹部の装甲を破り、くっきり足跡が残されていた。

 

 

「とりあえず、分かったのは、えーと」

 

 

 セインが頭をフル回転させてなんとかまとめようとする。

 

 

「……目が良くて、力があって、魔力が弱くて、でも制御はうまくて、傘を持った、片腕の男?」

『……』

「だって、それしか言い方ないじゃんか~」

 

 

 みんなが呆れ顔でセインをみると、ぶーぶーと不満をあらわにした。

 

 

「まあ、でもそれしか言いようないか」

 

 

 ね、そうでしょ? とセインが胸を張る。それ以外に言いようがないのが納得できないが、実際そうなのだ。男の不明点が多すぎる。顔が分からないうえ、エース級の評判があるわけではないし、特別魔力が高いわけではないし、特殊な能力を持っているわけでもない。さらに過去の有名な事件に関わっているわけでもない。情報があまりにも少ないのに、ガリューを打ち据え、ヘヴィバレルを割いたという事実。

 

 

「この男を調べる方法はないの?」

「ないことはないけどぉ」

 

 

 クアットロは眉根を寄せた。

 

 

「六課にハッキングする労力と今やらなければならないことを考えるとねぇ。やったのはすごいことだけど、私たちの興味とは今は関係ないことでしょ~?」

「当たり前だ」

 

 

 クアットロ、トーレも興味はあるが私的な好奇心をドクターの願いより上にすることはなかった。

 

 

「確かに、そーだけど」

「……次ぎ会ったら、確実に撃ち抜く」

「そゆこと、今度果たせばいいのよぉ」

 

 

 ひとしきり考えた後、技に磨きをかければよいという考えに至り、この話題は流れた。

 しばらくの間、クアットロとディエチは納得のできない顔をしていたが、ウーノと呼ばれる女性の険しい顔によってしゅんと肩を下ろすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ヴィータたちよりも高い位置から見下ろしているシグナムと隣のシャッハ・ヌエラは問題なさそうなやり取りを遠目から見守り安堵する。

 

 

「我々の出番はどうやらなくなったようですね」

「任務は無事完了のようです。喜ぶとしましょう」

 

 

 そういうと二人は武器を納めた。ただ、それから思い出したようにシャッハは「あ」とシグナムを見た。

 

 

「どうかしましたか?」

「……先ほどのヘリの砲撃回避をみて、もしや、と思ったんですが」

「はい」

「そちらに、えーと……」

 

 

 うろ覚えなのかシャッハは眉を寄せ、少し考え込む。

 

 

「コタ……コト……コトローさん? という、人がいませんか?」

「……はぁ」

 

 

 頭の中でシグナムは検索をかけて即座には出てこなかったが、砲撃回避で気がついた。

 

 

「コタロウ、ですか?」

「あ、そうです! コタローさんです!」

 

 

 はじけたというにシャッハは声を大きくする。シグナムに一歩近づき、

 

 

「その人は、なんていうか寝ぼけ目で、勘違いされそうな……あと、傘をぶら下げている……」

 

 

 まだ、歯切れが悪そうであるが、特徴からまず間違いがなかった。

 

 

「コタロウ・カギネ三等陸士で間違いないと思います」

「局員だったんですね……」

「それが、どうかしたんですか?」

「いや、あの、実は一年ほど前に」

 

 

 

 

 

 

――『強盗だー! あいつ、大事な売り上げを!』

――『この聖王教会本部のあるベルカ自治領で、不届きな。ヴィンデルシャフト!」

――『……あの、ナイフとお金、全部拾いきれて……行っちゃった』

――『見つけた! この地で不届きは許しません! 現行犯で――』

――『あの! その人、ぶつかっただけで、関係な――』

 

 

 

 

 

 

「……なんとか寸止めで事なきを得たんですが」

「はぁ」

「ほ、本当ですよ! 誓って当てては!」

 

 

 彼女はぽりぽりと頬を頬をかき、そして必死に弁明する。

 

 

「それはわかりましたが、それでコタロウは……」

 

 

 それからどうしたんですか? というようにシグナムはシャッハに訊ねる。

 

 

 

 

 

 

――『え、違う……?』

――『はい! そちらの方はたまたまそこでぶつかっただけで』

――『そうだったんですか。てっきり……あの、すみません!』

――『先ほどの方は強盗だったんですね。それより、よろしければその武器をおさめ――』

――『遅れました! シスター・シャッハ、強盗は』

――『そいつですね! 直ちに連行します!』

――『え、いやあの』

――『貴女の寸止め、お見事です』

――『不殺の精神は我々も見習わなくてはなりませんね。ほら、来るんだ』

――『その、違……というか、あなたも否定を』

――『私は強盗ではありません』

――『犯罪者はみんな始めはそういうんだ』

――『そういうのは向こうで聞くから』

――『……なるほど』

――『え、なるほどじゃ――』

 

 

 

 

 

 

「あの時は、あれよあれよという間に話が進んで……それで、見送ってしばらくしてから我に返り……」

「……シスター・シャッハ?」

「ち、違うんです! あの後、弁解しにって、犯人も捕まって、あ、いや、先に犯人を捕まえてその後釈放で……あと、凶器扱いで傘も取り上げられてまして……」

 

 

 あわてすぎてて、釈放は後回しにされ、逮捕後に彼は釈放されたらしい。

 

 

「……それで?」

「それで、私は向こうが一度連行されているので名前を知ることができたんですが」

「あなたの名前をコタロウは知らないと」

「……はい。あ、いやでも、間接的にシスター・シャッハとは」

「謝罪はされたんですよね?」

 

 

 

 

 

 

――『証言、ありがとうございました』

――『いえそんな、私のほうこそ』

――『なんとお礼を申し上げていいのか。それとこの傘も』

――『あの、謝るのはわた――』

――『そして、度重なる失礼をしなければなりません、実は急いでいまして……』

 

 

 

 

 

 

「……シスター・シャッハ、それは……」

「ち、違うんです! どうも、拘留されたために時間がなくなってしまったらしく」

 

 二度目の否定は最初よりも小さくなっていた。そして、この時傘が大変大事なものであるということを聞いたらしい。

 眼下のスバルたちなら間違いなく大きなため息をつく内容であった。シグナムは整理するために少し考え、

 

 

「つまり、貴女の勘違いで捕まりそうになった彼は、そのさらに勘違いで本当に連行、拘留され」

「……」

「それで、犯人を捕まえて彼を釈放させて自分の勘違いで拘留された事を謝罪しようとしたが、逆に感謝されてしまったと」

「……はい」

 

 

 もう言わないでくださいといわんばかりにうなだれている。

 

 

「あの、普通なら『証言、ありがとうございました』なんて私に対する嫌味じゃないですか。それは言われても仕方ないですし、言われたほうがすっきりするんですけど」

 

 

 なんとか話し出すが、

 

 

「でもそれは」

「そうなんです。顔には出ませんでしたが、本当に感謝の念を込めて『ありがとうございます』って言われたんです」

 

 

 シグナムはそうだろうと頷く。

 

 

「だから多分、私は彼には『犯人を捕まえ、自分の釈放のために尽力してくれて、さらに傘も取り返してくれた人』だと思われてると思うんです」

「それは間違いないと思います」

「う……ですよね」

 

 

 それで、とシャッハはさらに、

 

 

「一応、別れ際に連絡先をメモ書きでいただいたんですが、そのまま仕事に行ったところ途中で雨が、その、降って、しまって……文字がにじんで、ですね、連絡先がよめなくなりまして、タ(ta)かト(to)かも――」

「それでコトローと」

「あう……はい……」

 

 

 メモ書きを自分の不注意でダメにしてしまったことを吐露し、シグナムの指摘に、消え入りそうな声で前で手を組む。

 

 

「はじめは口調からよい出会いかたと思ったのですが」

「違うんです……彼を見つけた喜びで、全くそんなことは」

 

 

 三度目の違うには力がない。

 そしてシャッハはシグナムの目を見ながら、

 

 

「それでですね、今日はこんなこともありましたが、機会がありましたら改めて謝罪の場を設けていただきたく……」

 

 

 泣きそうなのか恥ずかしいのか分からない顔で懇願した。シグナムはその真剣なまなざしを逸らすことはできず、少し顎を引いて、

 

 

「わ、かりました」

 

 

 と頷くしかなかった。

 

 

「本当ですか!?」

 

 

 シャッハの目が輝きに満ち、

 

 

「はい」

「ありがとうございます!」

 

 

 深々とお辞儀をする。

 

 

(まあ、仕方あるまい。それに……)

 

 

 普段の彼の行動を思い出すと、僅かながら胸がちくりとし、

 

 

(勘違いされたままのコタロウを見るのは、嫌だしな)

 

 

 自分の中にある思いが主の為なのか自分の為なのか分からなかったが、勘違いされたままの彼を見るのは腑に落ちなかった。

 

 

「それで」

「え、それで?」

 

 

 今度はシグナムがシャッハに訊ね、なんでしょう? と彼女は首をかしげた。

 

 

「カリム少将とアコース査察官はご存知なので?」

「あ、う……」

 

 

 なるほど、話さないほうがいいのか。と、思いつつ相手には冗談ともとれる笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第38話 『絨毯の上で』

 

 

 

 

 

「反応……消息不明(ロスト)……」

「異常反応も、消滅……」

 

 

 通信室に喪失感からくる緊張が訪れるが、すぐに切り替えられるように努めた。

 はやては唇を軽く噛み、

 

 

「逃がしたか……」

 

 

 と、悔しがるも周りへの指示は忘れず、各個への状況を確認を始める。

 

 

「……ん、なるほど。レリックはキャロがな……うん……うん……ヘリの女の子は無事なんやね」

 

 

 近くにいるなのは、フェイトも彼女のところに集まり状況を共有する。

 ある程度はやての受け取る報告を聞く限りどの箇所も大事までは至ってないようである。

 

 

「大丈夫そうだね」

「うん」

 

 

 なのはとフェイトは少し緊張を解き、息をついた。

 

 

「でも、レリックをキャロに預けたのはびっくりだね」

「うん。とっさによく思いついたなって思う」

 

 

 ふたりは顔を見合わせてふふっと笑みがこぼれた。

 

 

「あの女の子も命に別状はないみたい」

 

 

 なのははあの女の子が一番気になっていた様子で、安否が再度確認できたことに胸を撫で下ろした。フェイトはなのはの人命救助における意識が自分やはやて以上に高いのを良くわかっていたので、

 

 

「後で、病院に様子見に行ってきなよ」

 

 

 と彼女の背中を押した。なのはは少し眉を寄せて考えようとしたが、フェイトは部隊のほうは自分が処理しておくと彼女のためになれるよう努めた。

 

 

「ありがとう、フェイトちゃん」

 

 

 なのはは頷き、感謝を述べてふと横目で病院のある方向に目をやったとき、

 

 

「……」

「どうしたの、なのは?」

「ねぇフェイトちゃん」

「ん?」

 

 

 今度は目だけでなく、身体ごと方向を変えた。

 

 

「なのはちゃん、どないしたん?」

 

 

 いくつかの報告が終わり、はやてはなのはが背中を向けたことに気づいて会話に参加する。びゅうと少し強めの風が吹いた後、なのはは口を開いた。

 

 

「コタロウさんは、今ヘリ乗ってないんだよね?」

『――!!』

 

 

 その一言に、すぐにはやてはオペレータルームに連絡をつないだ。

 

 

「シャーリー」

「はい、八神部隊長」

「コタロウさんからの報告ってあった?」

「いえ、ちょうど今から連絡をとるところです。一応ヴァイス陸曹からコタロウさんは無事と連絡は受けていたそうで」

「なるほど」

 

 

 レリックと女の子の安否が第一であり、さきほど間接的に連絡があったことと、砲撃直後に「ランバー(がらくた)からロングアーチへ。JF-704――ヘリ――の圏外回避を確認。負傷者ゼロ」と報告を確認できていたことから優先度は自動的に下のほうへ回していた。

 

 

「今つなぎますね」

 

 

 そういってシャリオは彼に連絡をとろうとしたときに一本の通信が通信室に届いた。ちなみにランバーが(アンブレラ)をアナグラムさせたというのは余談である。

 

 

「砲撃者たちの行方が消失したことにより、コードネーム・ランバーより戻します。カギネ三等陸士です」

「あ、コタロウさん、今ちょうど連絡をとろうとしたところなんですよ」

「報告が遅くなり申し訳ありません」

「大丈夫です」

「ネコ、おまえ無事か?」

「現在、死傷者ゼロです」

「――ったく。なんでそういう言い方しかできねんだよ」

 

 

 通信のつながっていたヴィータも割り込んできた。

 

 

「それでは報告いたします」

 

 

 コタロウはバリアジャケットのまま報告を始めた。

 

 

「相手兵器は距離、砲撃までの出力時間、到達速度、威力は――」

 

 

 彼は資料の送信を行った後、自分自身が体験したもの映像から読み取れるものの話を始める。口頭で述べられているものは省かれているところがあるが、送られてきた詳細、調査報告は細部まで綿密に書かれており、これ以上の要求がないところまでなされていた。そしてなによりそれがリアルタイムで目の前で追記されていることに目を見張った。とくにアルトは彼と行動をともにすることがほとんどなく、あっても出来上がったものを見るだけであったのでコタロウのキーボードタッチの早さに開いた口がふさがらなかった。また、機械士として知っているシャリオは速さで驚くことはなかったものの、速さに対する正確さにはアルトと同じ態度であった。

 

 

「――以上です」

 

 

 初めてその光景を目にした者も含めその場にいる全員が凍りついたように静かになった。あえて態度を崩さなかったの者をいうのであれば、新人たちの訓練時に一番近くで報告をうけとっていたなのはくらいである。シャリオももちろん近くにはいたが出来上がった資料を渡されることのほうが多かったために実際の彼の情報処理能力をはっきりと目の当たりにしたのは今日がはじめてだったのかもしれない。彼の処理能力に嫉妬はしていたもののどこかで負けてはいないと思っていたが、今回の件を経てそれらがすべて打ち砕かれたようだった。

 ただ、今は仕事に徹しなければならないのでその感情を押し込んで、

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 報告に対する返答をした。

 

 

(でも、どうしてこんなときだけで、普段脅威に感じないんだろう?)

 

 

 息を吐きながら感情とは別に考える。見た目はひどく頼りない、いやおっとりしているように見えるからだろうか。と。

 

 

「なぁ、ネコ」

「はい」

 

 

 そう考えるなか、ヴィータが何かに気づき話しかけた。

 

 

「なんでお前、傾いてるんだ?」

 

 

 そういわれ周りの人たちもコタロウを見ると首を傾げているわけではないのに画面に対して傾いて彼が映っていた。

 

 

「魔力がそろそろ切れるからです」

「……は?」

「では、報告は以上になります」

「おい! おま――」

 

 

 通信の切れる直前には背景が上に移動し始めていた。コタロウの足場の魔方陣が消え本格的に落ち始めたようである。おそらくこれが脅威に感じない原因なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第38話 『絨毯の上で』

 

 

 

 

 

 

 

「もう! なんでなん!」

 

 

 通信が切れたと同時にそこから一番近いなのは、フェイト、はやてたち三人は魔法で前方にカウルを作らなければ目も開けられない速度でコタロウの救助に向かった。ただ、愚痴をこぼしている時間はない。シャリオの応答に返事はできなかったが、5秒で着いては間に合わないらしい。

 フェイトとなのははコタロウに念話で呼びかけるが、応答がない。通信できる魔力もすでにないようだ。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

(とりあえず、工具は全部手放して――)

 

 

 着地時の衝撃を少なくするために工具を先に落としておいたコタロウは身体をまっすぐに頭を真下に手を顎に当てて考え始めた。

 

 

(高度は150メートル、落下速度を考えると5.53秒か。残り4秒弱……バリアジャケットの耐久性から着地失敗しても重症になることはなさそうだけど)

 

 

 顎から離すと手をうまく使い頭が上に来るように空気の抵抗バランスを変えていく。

 

 

(上官の状況報告時に着地していればよかった)

 

 

 周りのヴィータたちからの報告をはやてが受けている間に残りの魔力で着地していればよかったと少し反省する。空中で作業するときには魔力を使っていたが、魔力をある程度使用した後に作業をするパターンは今までなかったので次回への課題として頭に残した。

 

 

(どうも、人命救助では魔力配分がうまくいかない)

 

 

 フェイトとの模擬戦では終盤の救助以外に過度な魔力の消費はなかったので、これもまた今回得た課題であることも忘れてはならないことだと自覚する。

 

 

(……ん?)

 

 

 着地の準備をしようと体勢を整えようとしたとき、何か気配を感じた。先ほど状況報告が終わって通信を切ってすぐにまた通信が入り救助に向かうとだけ伝えられたが間に合うはずもないと考えていた。距離から換算するに音速を超える速度で向かわないと不可能だからである。

 

 

「まさ――」

「コタロウさん!」

「――っぐゥ!」

 

 

 地面に足がつきそうになったそのとき、腹部に衝撃が走った。進行方向が強制的に変わり身体がくの字に折れコタロウは息を漏らす。

 衝撃部分に目をやると、栗毛色と金色の髪がなびいているのが見えた。

 地面近くの視界からまた遠のき一定の高度をとった。

 

 

「八神二等陸佐、テスタロッサ・ハラオウン執務、官?」

 

 

 そして、腹部から正面へと向きを変えると、

 

 

「高町一等空尉」

 

 

 がこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 地上に降ろされた後、コタロウは二人から離れ敬礼をした。

 

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

 

 なのはは眉を寄せた顔を見せたが、フェイトとはやてはコタロウから離れたときに髪を乱して前にかかっていたため表情は読み取れなかった。

 

 

「着地してからご報告をすれば――っ!」

「どうせ、報告優先にして自分のこと後回しにしたんやろ」

「……」

 

 

 コタロウははやてからは額に手刀を、フェイトからは無言のままジロリと睨まれた。

 今回の救助は確かにコタロウの不手際であり未然に防げるものであるが、自分の危機的状況ににも関わらず無表情であったことに彼女たちの怒りに触れたらしい。

 数秒間はやての手刀とフェイトの睨みが続くと、二人とも大きくため息をついて仕方ないとあきらめた。

 

 

「とりあえず、なのはちゃん」

「うん?」

「病院にいってきてええよ。こっちは私がなんとかしておくよ」

「あ、はやて、私も」

 

 

 二人とも頷いてなのはの背中を押すと「じゃあ」とまだ飛行許可が下りているのを利用して飛び立っていった。

 それを見送った後、コタロウは地面に落ちた工具を拾いに行き移動できる準備が整うとはやては「さてどうしようか」とフェイトを見た。

 

 

「歩く?」

「ヘリがくるまで待ってるというのもあるけど」

『うーん』

 

 

 彼を抱えて移動するというのもあるが、多くの工具をしまいこんだ彼の体重は明らかに重くなっており、抱えるのは不可能である。

 ふとはやては一定の距離をおき待機体勢でいるコタロウをみると腰のものが目に入った。

 

 

「そういえば、まえシャリオから聞いてたけどその傘――(にわたずみ)――に魔法の絨毯(マジックカーペット)という機能が……あかんか、魔力使えないから考えとるんやし」

 

 

 この前彼のデバイスにおける説明を受け、その中に魔法の絨毯という項目があったのを思い出した。しかし、使用者の魔力がないのに発動することはできないことにも気づきまた考え直そうと目を閉じたが、そのはやての言葉にフェイトもひとつ思い出したことがあった。

 

 

「シャリオに渡したみたいに権限付与すれば私たちでも使えるんじゃないかな」

 

 

 訓練の休憩中に何度かスバルやキャロに権限を付与して傘で建物から降りるところを見たことがあったとはやてに話した。

 

 

「魔法の絨毯で移動しますか?」

 

 

 コタロウ自身は徒歩でも問題なかったが、上官の言葉に従うことを優先し提案に対して同意を示す。

 

 

「あ、ほんなら」

「お願いします」

 

 

 二人の相談の上、権限付与ははやてに行うことになった。

 それでは、とコタロウははやてに権限付与を与え、傘を握らせる。機能説明を受けた彼女は傘に魔力を通し始めた。

 

 

「えーと、『傘、魔法の絨毯』」

 

 

 すると傘ははやての手から離れ、布部分と骨組みに分かれた。布は1メートル四方の大きさになりふよりとひざ下ぐらいに浮き、金属部分は柄の部分しか残らない大きさになった。

 

 

(柄は操縦桿(そうじゅうかん)、生地とは同期がとれてるから魔力制御によって……こんなかんじ?)

 

 

 大きさ、厚さを考え魔力を練る。

 

 

「――わぁ!!」

「ちょっと、はやて!」

「……ちゃうんよ、この傘変換効率がものすごいねんて!」

 

 

 込めた途端に15メートル四方まで広がり、厚さも絨毯とは呼べないものになった。

 

 

「ただ込めるのでなく、絨毯を鮮明にイメージしてください」

「わかりました。イメージ、イメージ……」

 

 

 再び魔力を制御するとしゅるしゅると小さく薄くなっていく。絨毯の色は使用者によるのか白銀色になった。

 こんなもんやろかとちょうど三人乗れる大きさになった。

 

 

「ほら、できた!」

「はやてったら」

「ええからええから、乗ってのってー」

「う、うん」

「わかりました」

 

 

 フェイトたちは頷くとはやてを先頭に絨毯に乗る。三人は立った状態で、はやては進行方向を向き、後ろに二人は横に並んでいる。ちなみに靴は履いたままである。

 

 

「すごいふかふか」

 

 

 はやてはしゃがみ絨毯をなでている。

 

 

「イメージがうまくいっているのだと思います。人の想像をより鮮明に具現化できる機構が組み込まれていますので」

「私が考える絨毯ができたということやんね」

「はい」

「フェイトちゃんが絨毯を作るとまた違う絨毯が具現化されるということなん?」

「そうなります」

 

 

 具体的な原理の説明をはやては断り、いよいよ飛行に移行する。

 

 

「はやて、気をつけてね」

「わかっとるわかっとる」

 

 

 依然としてまだ任務中であるが機能のそのものと魔力制御の難しさが心地よく、こみ上げてくるものがあった。

 

 

「いくで」

 

 

 そう言うと魔力を練り上げる。すると、

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官、失礼します」

「へっ?――ひゃうっ!」

 

 

 いち早く何かに気づいたコタロウはフェイトのほうを向き右手で彼女の腰に手を回し引き寄せ、そしてそのまま強制的に伏せさせた。

 

 

「傘、飛べ!――うにゃ!?」

 

 

 そういった瞬間に警戒していなければ立っていられない速度で垂直に急上昇する。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官」

「ぅぅ……」

「……?」

 

 

 フェイトはもちろん上昇加速度に驚いたが、それ以上に突然引き寄せられたことと、今現在目と鼻の先にいる彼と目が合ったことに動揺を隠せなかった。だが、一方のコタロウは自分の言葉に彼女が反応しないことを不思議に思うも、早急にはやてに助言をしなければならないため、

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官」

「ひぅっ……」

 

 

 今度は耳元で低い声で呼ぶことにした。耳の構造上音程が高いものより、低いほうが届きやすいためだ。フェイトが耳を赤くするほど顔を赤らめるなかさらに彼は続ける。

 

 

「しっかりと、掴まってください」

「は、ゃい」

 

 

 それを聞いたフェイトも彼の腰に手をまわそうとすると、彼に手をとられ絨毯を掴むように移動させられた。

 

 

「……え?」

 

 

 掴んだことをコタロウが確認すると、未だに制御をとれずにいるはやてのところに行くために素足になり絨毯を足の裏で掴み立ち上がる。術者はある程度風や衝撃を無意識下でも防護さるため、はやては急加速のみに驚いているようだ。

 

 

「八神二等陸佐」

「は、はい」

「失礼します」

 

 

 そういうと彼女の握っている柄を上から掴む。

 

 

「落ち着いてください」

「あ、うん」

 

 

 握られて子どものようにはやては頷く。

 

 

「先ほども言いましたが、大切なのはイメージです。遮蔽物は周りにないため目を閉じても構いません。しっかりとイメージしてください。どのように飛びたいのか、何人で乗っているか、具体的な体感速度が分からなくても問題ありません。まわりの風景はどのように移動しているかで十分です。より細かに鮮明にイメージしてください」

「う、うん。わかった。イメージやな」

 

 

 そういわれ、高揚からの短絡的なものから細かにイメージを再構築しなおす。人数を意識するとフェイトやコタロウに襲う負荷がなくなり、周りを意識すると速度もはやてのイメージ通りの速度になる。

 

 

「こ、こうか?」

「はい。テスタロッサ・ハラオウン執務官も起き上がれると思います」

「え?……あ、フェイトちゃん、ごめん……」

「う、うん。大丈夫」と、ゆっくりと立ち上がる。

「フェイトちゃん、具合悪い? 顔が少し赤いような……」

「だ、大丈夫だよ? はやての方こそ大丈夫?」

 

 

 その後、フェイトが「……あ」と声を漏らすので、彼女の視線の先に目線を送ると。

 

 

「……」

 

 

 きゅっと柄を持っているはやての手にはコタロウの手が添えられていた。はやては視線をコタロウに向けると、彼は彼女よりワンテンポ遅く視線を上げ彼女と目を合わせる。

 

 

「……」

 

 

 どうかしましたか? というように彼は小首を傾げる。

 

 

「――わぁ!」

 

 

 頬の上気した彼女は一時の間のあと素早く万歳をしてコタロウの手を振りほどいた。その反動で絨毯が大きく反転する。しかし、彼女の三人を乗せているという意識は途切れていないため、一回転しても誰も振り落とされることはなかった。振りほどかれたコタロウは敬礼をして断りを入れた後、回れ右していつ作業着にくくりつけたかも分からない靴を履き始めた。

 それを目で追ったはやては、自分の顔の熱がまだ治まらないままフェイトに念話を入れた。

 

 

[正直なところ聞くんやけど、コタロウさんに何かされた?]

[ど、どうし……]

 

 

 なぜだろうか、そこまで言って自分は彼とはやてのやりとりを見ていたからか後ろめたさを感じ、はやてが絨毯で急上昇した時のことを話した。

 

 

[……なるほどな。それで赤く]

[うん。男の人とあそこまで近くまで来られたことないし……]

[それは私もおんなじや]

 

 

 二人とも助けられるより人を助けることのほうが多い。もちろん男性を救助したこともあるが、そういうときは性別を意識することはなく救助を行っていた。だが、今回二人はひとつ気づいたことがある。それは念話の内容のとおり、助けられる側のときは心音が高鳴ることもあり、男性であることをことのほか意識してしまうということであった。

 そして、その意識というのは突如として起こるものなのに、消えるときは比較にならない冷めにくさをもち困難を極めた。

 はやてとフェイトは自分たちに背を向けて靴を履く彼を見て、逆に元から警戒をしていればこのようなことは起こらないのだろうかとそれぞれ考えるも、

 

 

(『もしそうなら、それは自意識過剰ではないか?』)

 

 

 という考えに至った。

 そこではやては、

 

 

「コタロウさん」

「はい」

「私たちに助けられたとき、どう思いましたか?」

 

 

 今まで救出された人の気持ちを聞く機会も聞こうということも意識したことはなかったので結び終えて立ち上がった彼に聞いてみることにした。

 

 

「ご迷惑をおかけしたとともに、感謝です」

 

 

 しかし、それを聞いた瞬間に後悔する。

 感謝することをを強制的に聞き出しているとしか思えなかったのだ。彼からすればそのように考えることはなく質問に対する回答をしただけである。ただ、もし違う人間に聞いていたら強制しているように聞こえてもおかしくなかった。

 

 

「そか……」

 

 

 そしてはやてはそのままこの話を終わらせようとしたが、

 

 

「そして、飛行速度に失礼ながら驚いてしまいました」

「そうですか」

 

 

 と、彼は続けた。フェイトやはやてにとって彼が驚いたことには感心すべきものであるが、聞いてしまった後悔を打ち消すほどではなかった。

 

 

「それと」

 

 

 ただ、

 

 

「八神二等陸佐の栗毛色に天使の輪のある艶やかな髪と、テスタロッサ・ハラオウン執務官の金色(こんじき)に鮮やかな髪がとても綺麗だと思いました。申し訳ありません」

『……ぅぅ』

 

 

 コタロウの歯に衣着せぬこの言葉には流す態度は取れず、彼を見ながら頬を染め心臓がまた少し高鳴った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 なのはを除くそれぞれが隊舎に戻り、フォワード部隊はシャマル医務官のもと治療を行った。もちろん、ヴィータやリインたち隊長陣も問診程度の診断を受ける。シャマルの診断によるとエリオはキャロのケガも大したものではないことがわかり、なのはにもそれを伝えた。

 

 

「……コタロウさんが来ません」

 

 

 そうシャマルが声を漏らしたのは夕食時にシグナムたちヴォルケンリッターにである。そしてそれははやてやスバルの耳にも入った。

 

 

「医務室にか?」

「そうなの」

 

 

 はじめは彼がシャマルを困らせるという意味で全員が『またか』と思うもすぐにそれはおかしいことに気づく、コタロウが指示を無視することはありえないためだ。

 

 

「ネコさん、どうしたんだろうね」

 

 

 別の席でスバルがみんなに話しかけるなか、むくむくと口いっぱいに放り込んだものを飲み込んだリインが口を開いた。

 

 

「コタロウさん、戻ってからいくつか書類を書き上げた後、自由待機(オフシフト)を申請しているです」

 

 

 医務室に向かわない理由は分からないが、彼の隊舎での行動の参考になるだろうとシャマル伝える。隊舎外へ出るものではないことも付け加えた。

 

 

「もしかしたら、食後に来るのではないですか? 他の隊員たちを気遣って」

「うーん」

 

 

 現在は彼の魔力はまだ戻っていないらしく念話は通じない。

 

 

「コタロウさんが来ないというのはないだろうけど。やっぱり食後かな」

 

 

 サラダをフォークでつつきながらため息をつくシャマルたちとは別のテーブルでは、

 

 

「でもネコさん戻った時、どこかで見た?」

「んー、メインオフィスで書類作成したところをみてからは見てないわね」

 

 

 スバルとティアナが彼の動向を確認していた。そこへ遅れてエリオとキャロもスバルたちと同じテーブルに腰を下ろす。

 

 

「コタロウさんがどうかしたんですか?」

「ん、なんか帰ってから診察受けてないんだって」

 

 

 キャロの質問にスバルが答えるとエリオは、

 

 

「……もしかしたら」

「エリオ、どうかした?」

「もしかして、コタロウさん……」

 

 

 と、フォークに目を落とす。

 

 

「筋肉痛で動けないんじゃ……」

『……あ』

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ネコさーん」

「いますかー?」

「私です、シャマルです」

 

 

 スバルがコタロウの部屋の前のブザーを押すが、向こうの反応は見られなかった。リインとシャマルが次に続いてもすぐに返答はなかった。

 

 

「強制的に開けちゃいますか?」

 

 

 ぎゅぎゅっとスバルは拳を握ってシャマルたちをみると『それはさすがに』と断られた。ティアナは呆れ、コタロウの夕食を持つエリオとキャロは苦笑いをしている。そんなやりとりをしていると、

 

 

「……シャマル、主任医務官?」

 

 

 遅れて返答があった。

 

 

「あ、コタロウさん」

「医務室に行かずに申し訳ありません、う、く、遅れる連絡もせ、ず」

 

 

 言葉一つ一つ搾り出している話し方だ。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「問題、ありません。疲労による筋肉痛です」

 

 

 案の定、筋肉痛で身体が動かなかったようである。

 

 

「食後すぐに、む、向かうご予定でした」

「い、いいですから! 今すぐ開けてください!」

「……はい」

 

 

 ドアがスライドする。

 

 

「すぐ診ますね」

『――っ!?』

 

 

 フェイトとの模擬戦のときにコタロウの身体を見ているシャマルは右手を支えに何とか立っている上半身裸の彼を見ても動揺することなく、すぐに彼を支えてベッドへ促すが、スバルとティアナは彼の姿を見て動揺を隠せなかった。リイン、エリオとキャロは一度見たことがあるので耐性はあったが、やはり左肩から先の無い姿を見て少し心を揺らした。

 

 

「て、手伝います!」

「ネコさん大丈夫ですか?」

 

 

 スバルとティアナはすぐに頭を振り両脇から彼の身体を支えようとする。ティアナは一瞬彼の左肩を間近に見たことで気後れしまったが心を据えて肩の下に手を入れて支持した。

 ぼすっとベッドにうつ伏せにさせるとシャマルは目を閉じて魔力を手に脚から後頭部までゆっくりかざし身体状況を確認した。スバルにタオルを用意させる。

 

 

「……外傷はないわ」

「なんだ~、コタロウさん大げさだなぁ」

 

 

 みんなに伝えると安堵の息を吐き、場が和んだ。以前と同じように筋肉疲労のみのようである。

 しかし、シャマルは一度は顔を緩めるも戻ってきたスバルの言葉に表情を戻した。

 

 

(そう、大げさだけど、全身は動けないほど疲労しているのは事実。多分、前回も同じ……)

 

 

 持ってきたタオルをかけながら、今度は触診にきりかえて思考をめぐらせる。

 

 

(コタロウさんの筋力は常人のそれではないほど鍛えられているのは明らかなのに、どうしてこんなに全身に出るのかしら?)

 

 

 それが不思議でならなかった。各箇所による疲労の差はあるものの、全身満遍なく疲労しきっている。

 

 

「どうかしたんです?」

「ううん、平気。コタロウさんすぐに疲労回復を――」

「いえ、問題ありま――」

「今日は言うこと聞いてもらいますよ。実際医務室これてないんですか、ら!」

「あ、う……」

 

 

 コタロウが拒否する前に、背中のハリのある部分にシャマルは親指を押し込んで二言を許さなかった。

 

 

[うわ……シャマル先生容赦ない]

[今日の緊急出撃を抜いてもネコさんの行動には驚かされるところがあるし」

 

 

 横目で合図するかのようにスバルとティアナは念話を交わすと、シャマルはコタロウに再度一撃を繰り出していた。

 

 

[まあ……]

[ねえ……]

 

 

 シャマルの気持ちは二人にはよくわかった。

 

 

「そうですよ? 上官命令です! ちゃんと治療を受けてください!」

「公私混同ではなく、今日また出動があった場合対応できないことがあるかもしれないじゃないですか。回復も任務のひとつです」

「……わかり、ました。では、お願いいたします」

 

 

 彼女のヒーリングを受ける間、エリオとキャロは煙樹(モンテコ)が芳香として焚かれているのに気がついた。煙は出ていてもすぐに消えていき、部屋に充満することはなさそうである。

 それほど時間はかからず治療が終わると、彼はすくりと立ち上がりシャツを着て大きく身体を伸ばした。

 

 

「どうですか?」

「……問題ありません」

 

 

 ぱちくりと何度か瞬きをしてシャマルを見る。この前の模擬戦では気絶しているうちに治療を受けていたので気がつかなかったが、感心するほどであったらしい。彼の顔からそれを読み取るのは簡単ではなかったが。

 スバルたちはコタロウを見舞った後リインの指示により退室した。彼も回復したこともあって『あーん』をされることなく夕食を食べ終わると、

 

 

「もう動いても問題ありませんが、安静にしてくださいね」

「お見送りを」

 

 

 と、立ち上がったがシャマルに断られベッドへと促された。食事の間彼女から今夜は早く就寝することを注意に近い言葉遣いで言い渡されていたこともあり彼は何も言わずに従った。

 

 

「シャマル主任医務官、リインフォース・ツヴァイ空曹長。それでは、このような状態でたいへん申し訳ありませんが、お先に休ませていただこうと思います」

「はい」

「おやすみなさいです」

 

 

 その言葉とベッドに横になるのを確認してやっとシャマルは安心して立ち上がり、彼女の肩に乗っていたリインもすっと浮かび上がる。だいぶ過剰な休息をさせてしまったが、普段の彼の仕事への勤勉さをみるとそれでも足りないくらいであるとシャマルもリインも思っていた。

 部屋を出ようと回れ右するとすぐに寝息が聞こえたことに多少驚いて振り向くも、シャマルはゆったりと目を細めた。

 

 

「ふふ。いつもこんな風に素直ならいいのに」

「ネコさんはいつも素直ですよ?」

「あなた、わかってて言ってるでしょ~」

「はいです~」

 

 

 リインがコタロウに近づき頭上で一回転した後じっと見下ろして何かしているのが見え、

 

 

「リインちゃん、寝てる人の邪魔しないの」

「はーい」

 

 

 注意するとすぐに彼女の肩に戻ってきた。

 そうして部屋をでたシャマルは、

 

 

(きっとコタロウさんは私の注意に心配が含まれてるなんて気づかないでしょうね)

 

 

 治療という面でしかこうはならないことに(かす)かな悲しみを覚えながら再び医務室へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 次の日。コタロウは新人たちの朝の訓練のサポートに入り、それを終えてみんなの後についていくように食堂へ向かっていた。

 そのとき、

 

 

『おはようございます! 八神部隊長、リイン曹長!』

 

 

 スバルたちはいち早くはやてとリインに気がつき、元気に挨拶をした。なのはは朝食後すぐに移動するらしく、すでに食堂で食事をしている。

 

 

「みんな、おはようさん」

「おはようです~」

 

 

 そして新人たちを見渡すように二人は挨拶をする。はやてはその後ろを歩く男が目に入ると一瞬口が不安げに緩むがすぐにきゅっと引き締めた。

 

 

「八神二等陸佐、おはようございます」

「お、おはようございます」

 

 

 彼女の機微に気づく人はいなかった。

 

 

「ネコさん、おはようございます! 身体はもう大丈夫ですか?」

 

 

 リインはするすると近づき、彼を気遣った。本当なら部下から挨拶をするものであるが、ほとんどの場合彼女から挨拶をされてしまうのが大抵である。

 

 

()()()()()、おはようございます。はい、問題ありません。お気遣いありがとうございます」

「……」

 

 

 コタロウはそう言って丁寧にお辞儀をした後再び歩き出したが、リインは目を丸くしてその場に立ち止まり首だけを動かして彼を追った。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっとネコさん!?」

「はい」

 

 

 その動揺ある言葉にはやてや新人たちが二人を目で追った。

 

 

「ちょっともう一度、リインのことを呼んでくれますか?」

 

 

 コタロウは眉根を寄せるも相手の命令に従い、

 

 

「リイン曹長」

 

 

 答えた。

 

 

「もう一度」

「リイン曹長」

 

 

 そして再び。

 

 

「もう一度!」

「リイン曹長」

 

 

 さらに続けさせた。

 

 

「もう二度!!」

「リイン曹長、リイン曹長」

 

 

 その後コタロウは首を傾げた。

 

 

「どうかなさいましたか、リイン曹長?」

「お、おーー!!!」

 

 

 リインの目がキラキラと輝いた。

 

 

「リイン、どうしたんや?」

「はやてちゃん、ネコさんが」

「コタロウさんが?」

 

 

 新人たちも『なんだろう?』と疑問を持った。

 

 

「リインのこと、リイン曹長と呼びます!!」

「……ん?……あ」

 

 

 いち早く気づいたのははやてだった。

 

 

「願い事が叶ったですぅ!!」

 

 

 リインは昨日コタロウにしたことにまさかと思いつつも、()()が叶ったことにくるくると回り大喜びした。

 

 

 

 

 

 



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第39話 『斯斯然然』

 

 

 

 

 

 

「ネーコさんっ」

 

 

 はやてから説明を受け、そこにいた全員が気がつく間に歩く順番が入れ替わり、コタロウがいつの間にか先頭になっていた。

 そして、トレーに食事を載せたコタロウが窓際の二人席に着き「いただきます」を言おうとしたところ、スバルに呼び止められた。

 

 

「はい」

「こっちで一緒に食べましょー」

 

 

 新人たちの座る席へと誘われる。

 ぽんぽんと席を叩かれスバルの隣にトレーを置き座る。

 

 

「いただ――」

「ネコさん」

 

 

 彼女は大きな目をぱちくりさせて彼を覗き込んできた。

 

 

「はい」

 

 

 食事を遮られるくらいの近さなので、食べる動作を止めるため顔を上げてスバルと距離を取る。彼女は大きな瞳で単純な興味を示したときに見せる無表情さでコタロウを見ていた。

 ティアナやエリオ、キャロも彼を見るが、本人は気づいてないのか気にしていないのか目線をスバルから離さなずにいる。

 

 

「私を呼んでみてください」

「ナカジマ二等陸士」

 

 

 それほど疑問を持たなかったので即座に答えた。

 

 

『......』

 

 

 新人たちは無言のままじっとコタロウをみる。

 

 

「なんでですかぁ?」

 

 

 そして、一番に表情を崩したのは聞いた本人スバルであった。子どもが駄々をこねるように脱力のある声だ。

 

 

「何故、とは?」

「どうしてリイン曹長はリイン曹長で、私はナカジマ二等陸士なんですかぁ」

「ナカジマ二等陸士はリイン曹長ではありません」

 

 

 それは当たり前すぎる正論であるが、彼女からしてみれば不満が増えた。別テーブルでは、

 

 

「えへへへへ~。秘密です~」

 

 

 と、ヴィータ、シャマルに自慢と秘密を交互に表している姿ががみえる。シグナムとなのはが共に席を立ち、ヴィータたちと一緒にいるはやてとフェイトに「じゃあ、いってくるね」と会釈をすると、新人たちのところに近づいてきた。

 

 

「コタロウさん」

「はい。高町一等空尉」

 

 

 席を立ち敬礼をする彼を見て、眉を寄せて「はぁ」と息を漏らし「いってきますね」とだけ言うと、食堂を出ていった。そのときシグナムはコタロウと二言三言話をした。

 

 

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 

 

 コタロウは彼女の背中に送り出す言葉を述べ席につく。

 

 

「では、いただ――」

「ネコさん」

「はい」

 

 

 不満げな顔をしているスバルの横にいるティアナが今度は彼の食事を止めた。

 

 

「別にな……かよくしようとは思っていませんけど……ここでもう長く一緒にいるじゃないですか」

「そうですね」

「私の、いえ、周りの人たちを名前(ファーストネーム)で呼んでもいいんじゃないんですか?」

 

 

 念を押すように私はいいんですけど。と語尾をつける

 

 

「それはある時から、自然とそうなると思います」

「でも、リイン曹長はリイン曹長って呼んでるじゃないですかぁ」

「それはリイン曹長がーー」

「ちょっと、スバル。アンタのその言い方ややこしくなるから!」

 

 

 スバルを遮りコタロウをじっとみて、

 

 

「聞いたところ、昨日までリイン曹長をリインフォース・ツヴァイ空曹長と呼んでたらしいじゃないですか」

 

 

 そのあと恥ずかしそうに瞳を左下に落としながら、

 

 

「も、もしネコさんがよかったら、そ、そろそろ私たちのことを名前で呼んでもいいんじゃないかな...って」

「......」

 

 

 そう言われて、彼はゆっくりと首を傾げた。

 

 

「私が、リイン曹長を昨日まで、リインフォース・ツヴァイ空曹長と...?」

 

 

 親指を顎に当て、コタロウは考えると「確かに」と頷いた。

 

 

「え、コタロウさん自分で気づいてなかったんですか?」

「リイン曹長の呼び方が変わったことに」

「はい」

 

 

 キャロとエリオの言葉にこくりとまた頷く。

 

 

「そういえば、昔トラガホルン両二等陸佐にも同じようなことがありました」

「……な、なんですか?」

「お二人と同居していたときのことです」

 

 

 今度はいただきますの後で淡々と話し始めた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「苦しかってるじゃない! やめなさい!」

 

 

 ロビン・ロマノワは首を締め上げられているコタロウをジャニカ・トラガホルンから引き剥がしてぎゅっと抱きしめた。

 

 

「大丈夫、ネコ?」

「苦しいです、ロビン」

 

 

 首が胸かの違いでコタロウにとっては苦しさは変わらないようである。

 

 

「おい、ネコ!」

「けほ。なんでしょう、トラガホルン()()

 

 

 ロビンは彼から離れると、ジャニカの前に立ちふさがった。

 だが、声が届く限りはそれはたいした問題ではなくジャニカは声を大きく相手に届かせた。

 

 

「なんで、ロビン・ロマノワはロビンと呼んで、俺はトラガホルンなんだよ!」

「それはロビン・ロマノワはロビンで、トラガホルンさんはトラガホルンさんだからではないですか?」

「そうよ。あなた自分の言っていることに矛盾を感じないの?」

 

 

 ロビンはコタロウの言葉に語弊があることはわかりながらも彼に同意した。

 

 

「このやろう」

「なに?」

 

 

 睨み上げるジャニカにロビンは勝ち誇ったように彼を見下す。

 

 

「まさかお前ら……寝たのか?」

 

 

 この三人の住んでいる住居は三人が住むには十分は広さであり、部屋も何部屋かあった。ただ、寝室は二つしかなく、ひとつはシングル、ひとつはキングサイズのダブルベッドがおかれており、ダブルベッドにはいつもロビンとジャニカが寝ていた。

 

 

「何を言い出すかと思ったら、そんなこと」

「寝ましたよ」

『――っ!!』

 

 

 コタロウの発言に二人は驚く。そして、ジャニカよりロビンのほうが驚いたのだ。

 

 

(ネコが嘘を...?)

 

 

 さすがのロビンも一瞬動きが止まり、その隙を狙ってジャニカはコタロウに近づき胸ぐらを掴んで押し上げた?

 

 

「冗談にしては、タイミング悪く言ってくれるじゃないか」

「冗談ではありません」

「ネコ、びっくりしたけど私はーー」

「さぞかし、気持ちよかったろうなァ」

 

 

 魔力がひどくねじまがって練り上げられ、

 

 

「はい。たいへん気持ちよかったです」

「ネコ!?」

 

 

 その言葉に部屋の窓ガラスが衝撃ですべて割れた。

 

 

「手前ェ」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「あ、コタロウさん。今日のメンテについてお話が」

「わかりました」

「え! ちょ、ちょっと――」

 

 

 食べてる途中で止まってしまった新人たちに対し、食べ終わったコタロウはヴァイスと話をするために片付けようと立ち上がる。

 トレーの外にあるコップを戻し持ち上げようとすると、食べ残しはないはずなのに重みを感じた。重さを感じるところを覗きこむと、

 

 

「リイン、曹長?」

 

 

 死角になるところにぶら下がっているリインがいた。

 

 

「それから、どう、なったんです、か?」

 

 

 彼女を降ろすためにトレーを下げると、彼は再び口を開いた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ジャニカの瞳が小さくなり、身体に変化が起ころうとしたとき、

 

 

「昨日は早く帰れたこともあり、よく眠れました」

 

 

「……は?」

 

 

 ぷらぷらと彼に吊り上げられているコタロウはドスンと床にしりもちをつく。

 

 

「痛いです」

 

 

 お尻をさすりながら顔を見上げると間近にジャニカが覗き込んでいた。

 

 

「なに?」

「痛いです」

「じゃなくて、その前だ」

「昨日は早く帰れたこともあり、よく眠れました」

「……俺はロビンと寝たのか? ってきいたよな?」

 

 

 それにコタロウは(まばたき)きをする。

 

 

「トラガホルンさんは『お前ら、寝たのか』といいました」

 

 

 ロビンを見て、

 

 

「ロビンに確認を忘れていました。ロビンは昨日、眠らなかったのですか?」

 

 

 その問いを口にしたときジャニカとロビンはコタロウの言いたいことがわかった。

 

 

『……はぁ~~』

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「その後、ジャンには手刀を、ロビンにはげんこつでこめかみを攻められました」

 

 

 それでは、とコタロウは頭を下げると食器を下げに歩き出した。

 取り残された新人と、実のところ最初から話を聞いていたはやてたち上官はたっぷり間を取った後、

 

 

『はぁぁぁぁ~~』

 

 

 たっぷりと大きく、そして肩を落としてため息をついた。といってもキャロとエリオは終始疑問符を浮かべていたが。

 

 

「えーと、なんの話をしてたんだっけ」

「ファーストネームを呼ぶ呼ばないの話でしょ」

 

 

 そうだったそうだった。とスバルは気がついたがもうその本人はこの場におらず、追及はできなくなってしまった。

 

 

「で、リイン。ネコに何かしたのか?」

 

 

 一方ヴィータはいい加減引っ張るのもいいだろうと言うように横目でリインを見ると彼女は考えたのち、

 

 

「ある程度予想はついたんですけど、もう一度試した後でもいいですか?」

「もう一度?」

「はい~」

 

 

 彼女はエリオとキャロの前まで飛び小さな声で

 

 

「お二人はネコさんに名前で呼ばれたいですか?」

「それは」

「はい。もちろんです」

 

 

 それを確認して、リインは二人に耳打ちする。

 

 

「え……?」

「それを……?」

「もちろん、無理にとは言わないです」

 

 

 まだ、他の人には言ってはダメですよ? 彼女はそういうと彼らから離れ、それを気にしている人たちだけ『なんだろう?』と首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第39話 『斯斯然然』

 

 

 

 

 

 

 

 シグナムがなのはとシャッハの仲介役を果たすために運転手を申しでて、病院へ向っているとシャッハから少女が姿を消したという情報を受け取った。

 到着してから探し出すとすぐに見つかり、なのはと少女との間にシャッハが三階から飛び降りて割り込んだのを見ると、

 

 

(ああ、あのようにしてコタロウを思い込みで疑ったんだな)

 

 

 と確信した。

 

 

(コタロウとの話はいつ話したものか)

 

 

 どうやら、少女の名前はヴィヴィオというらしく身体に問題が無いことから一時的に六課隊舎で引き取ることになった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「臨時査察って、機動六課に?」

「地上本部にそういう動きがあるみたいなんよ」

 

 

 フェイトははやてから査察の話を聞くと、その重い表情の理由を聞くまでも無く理解できた。時空管理局地上本部の査察は厳しく、機動六課の構成を考えても通過するのは簡単なことではない。彼女はここで改めてはやてと目を合わせ、職務として問いただすことにした。

 

 

「……六課設立の本当の理由、そろそろ聞いてもいいかな」

 

 

 査察対策も含めてフェイトは把握しておかなくてはならない。

 

 

「そやね、ええタイミングかな」

 

 

 はやてもそれに応えなければならず、いつかは話そうと思っていたと口を開いた。

 彼女はカリム・グラシアに状況報告をするために聖王教会本部に訪れるので、フェイト、なのはについて来てもらいたい。そこで全部話をする。とのことだ。

 

 

「クロノくんも来る」

「クロノも?」

 

 

 フェイトは自分たちの後見人の一人である自分の兄、クロノ・ハラオウンも同席することを聞き、核心に迫る重要さを認識した。

 

 

「じゃあ、なのはちゃんが戻ってきたら移動しよか」

「うん。もう戻ってきてるかな」

 

 

 パネルを操作し画面を開くと、隊舎ではまず聞くことのできない子どもの甲高い泣き声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「このコはあなたのおともだち?」

 

 

 スバルたちはなのはを含め自分たちが泣いている少女一人に対して普段の訓練とは違う疲れと動揺を隠せないなか、部屋に入ってきたフェイトがまるで日常の一部であるかのようにその少女を泣き止ませたことに目を(しばた)いた。

 

 

「ヴィヴィオ、こちらフェイトさん。なのはさんの大事なおともだち」

 

 

 しがみついているヴィヴィオになのはは丁寧にフェイトを紹介して注意を促す。フェイトはヴィヴィオと同じ視線まで腰を下ろし、さきほど落ちていたうさぎのぬいぐるみを拾い上げて少女のはじめてのおともだちをピコピコと動かしていた。

 

 

[なつかれちゃったのかな]

[それで、フォワード陣に相手してもらおうと思ったんだけど……]

 

 

 なのはは困った顔のまま視線を流すと、申し訳なさそうに『すみません』と頭をさげるスバルたちがいた。

 フェイトはなのはに微笑むとヴィヴィオと目を合わせてぬいぐるみを自分の隣に持っていき少女の説得に移った。それがあまりにも手馴れたものなので自分たちが苦労していたのがなんだったのだろうかという程である。

 スバルは彼女と少女のやりとりをみながら、

 

 

[どうしてフェイトさん、あんなに手馴れて……]

[フェイトさん、まだちっちゃい甥っ子さんと姪っ子さんがいますし]

[――使い魔さんも育ててますし……]

 

 

 エリオとキャロが理由を説明するとティアナも気づいたように二人のほうを向いて、

 

 

[さらにアンタらのちっちゃい頃も知ってるわけだしね]

[『……うぅ。はい』]

 

 

 そのころの自分たちを思い出させた。

 しばらくしてフェイトはヴィヴィオの説得に成功しスバルたちに任せると、はやてたちはヘリで移動すべく、屋上へ移動した。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 なのはとフェイトの聖王教会教会騎士団騎士カリム・グラシアという女性に対する第一印象は物腰が柔らかいというもので、自分たちの想像する騎士筆頭であるシグナムとは比べることのできない風格を持ち合わせていた。お互いに自己紹介を済ませ久しぶりに顔を合わせるクロノとも挨拶を済ませると早速本題に入った。

 

 

「私の能力、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)。これは最短で半年、最長で数年先の未来、それを詩文形式で書き出した預言書の作成をすることができます」

 

 

 使える回数は環境も影響し年に一度で、正当性は解釈ミスを含んでよく当たる占い程度らしい。

 ただ、クロノが言うに聖王教会、次元航行部隊は必ず目を通しているとのことで、信頼性よりも起こりえる可能性に迅速に対応する、いわば注意喚起として採用しているものであるという。

 

 

「ちなみに、地上部隊はこの預言がお嫌いや。実質のトップ――レジアス・ゲイズ――がこのテのレアスキルがお嫌いやからな」

 

 

 ああいう人柄からかそれにいたるのは良くわかるとはやては首を横に振った。

 

 

「そんな騎士カリムの預言能力に数年前から、少しずつある事件が書き出されている」

 

 

 その内容の最新項にはこう書かれていた。

 

 

 

 

『太古イ結晶ト無限之欲望集イ

 交ワル地

 死セル王の下 聖地ヨリ彼ノ翼甦ヘル

 死者共ガ舞踊リ 

 中津大地之法ノ塔ハ虚シク焼ケ崩落チ

 其ヲ先駆ニ数多ノ海ヲ

 衛ル法ノ艦モ砕沈チル』

 

 

 

 

「ロストロギアをきっかけに始まる管理局地上本部の壊滅と、管理局システムの崩壊」

 

 

 正当性から考えるとよく当たる占い程度。ということであるが、裏を返せば解釈ミスをしなければ極めて高い確率で起こりえるものなのだ。数年前から表れ始めていることから解釈誤差は少ないとされ、聖王教会、次元航行部隊はかなりの警戒心をもっているという。

 

 

「――これが六課設立の理由なんだね」

「そや。今まで黙っててごめんな? 不確定要素の……いや、話さなかったのは変わらへんな」

「はやて……」

「全然大丈夫だよ」

 

 

 目を伏せるはやてにフェイトとなのはは任務上話すタイミングや話してはいけない事があるのは分かるため特に気にしてはいなかった。

 そのあと、報告事項も終わり主要な用件がすむと空気が和らぎ、気づけばカリムとも旧知であるかのように会話が弾んだ。

 

 

「またそういうこと言う……」

 

 

 などと、時々クロノがからかわれるのはこの場に男性が一人しかいないのであれば当然でもあった。

 

 

「さて、ではそろそろ」

「あら、もうこんな時間」

 

 

 彼が時計をみるとかなりの時間が経過しているのにカリムも気づいた。

 

 

「ほんなら、私たちも」

「うん」

「今日はありがとうございました」

「また機会があったら是非来てくださいね」

 

 

 なのはたちのお辞儀に会釈で応えると、お見送りを彼女にもさせようとカリムはパネルをたたく。すると、

 

 

「あのときは本っ当に申し訳ありませんでした」

 

 

 先ほどのなのはたちのお辞儀より深く頭を下げているシャッハがそこにいた。

 

 

「……シャッハ?」

「――っ!?」

「お話中でしたか」 

「あ、いえ、これは...」

 

 

 話し中であることに間違いはないし、それにたいして咎めることもないのだが、会話しているようには見えず、誰かに謝罪をしているのは明らかであった。

 席を立ち扉の前にいるなのは、フェイト、はやてとクロノからは画面は見えずにいるが、何かあったのだろうと小首を傾げる。

 

 

「そちらの方になにかなされたのですか?」

 

 

 それから一言二言問答を繰り返すとシスターの責であるならば私が謝らないわけにはいかないと言う展開になり始めていた。

 

 

「どうしたんや、カリム?」

「んー、どうもうちのシャッハがなにかしてしまったようで」

 

 

 いくつか言葉は濁しシャッハの性格なのか罪の深さなのかわかりかねたが、この謝罪のあと正式に赴き謝罪をするようであることがわかった。

 カリムはなのはたちに頭を下げて多少時間がもらえるのがわかると、立ち上がって身なりを簡単に整え、彼女はシャッハに断ることなくその回線に割り込んだ。

 

 

「突然の割り込み失礼いたします。私はこのシスター・シャッハの上司にあたる聖王教会教会騎士団騎士カリム・グラシアと申します。詳細はまだ伺っておりませんが、うちのものが失礼をしたようで……」

 

 

 そうして頭を下げた。

 

 

「もう一度確認するわ、シャッハ?」

「……はい」

「あなたはこの方に……失礼、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 

 カリムは画面に映し出された男性に軽く会釈する。

 

 

「コタロウ・カギネと申します」

『――え!?』

 

 

 思わずなのは達は声に出してしまった。

 

 

「ん? なんだ、フェイトたち知り合いか?」

「知り合いも何も……」

「うん。私たちと同じ六課の局員やもの」

 

 

 はやてはフェイトとなのはの応えにこくりと頷く。カリムもその会話が耳に入り全員にわかるようにシャッハ、コタロウを映し出した。映し出されたシャッハは顔をゆがめて狼狽する。

 

 

「それで、シャッハ? 貴女はこの方に何をしたのですか?」

 

 

 周囲の目にさらすのは、なによりその罪に対する自覚をさせ羞恥ものとであってはならないためである。

 

 

「実は、()()くということがありまして……」

「……それで」

 

 

 起を話し、

 

 

「それで、然然(しかじか)になりまして……」

「……それで?」

 

 

 承になり、

 

 

「そのあと、加えて是是(これこれ)でありまして……」

「な……それで」

『……』

 

 

 転でカリムは笑顔のまま片方の眉が少し震えると同時に、なのはたちは「またか」と肩を落とし、

 

 

「それで、其其と……」

『……』

 

 

 結になると誰も何も言わなかった。

 

 

 シャッハはそれからは口を開かず、カリムが口を開くのを待った。

 

 

(……コタロウ・カギネ? どこかで聞いた……あ、エイミィがこの前言ってたな)

 

 

 クロノはこの間、妻であるエイミィと話したときに話題に出てきたことを思い出した。恩人であることは違いないが、どうも一見では判断のつきづらい雰囲気と性格の持ち主であるらしい。

 

 

[フェイト]

[ん、なに、お兄ちゃん]

 

 

 全員がカリムの眉を寄せて無言でいるあいだに、彼はフェイトに念話を送る。一応なのは、はやてにも聞こえるように。

 

 

[エイミィから彼のことは聞いていたが、本当にそういうことを起こす人なのか?]

 

 

 先ほどのシャッハの会話から彼は冤罪で逮捕されるも抵抗することなく、釈放よりも逮捕優先によって長時間の拘束でも怒ることない人間らしい。人によってはそれでも文句を言わないかもしれないが、画面越しの彼がまるで写真のように微動だにしないことに違和感を感じないわけにはいかなかった。

 

 

[えーと、うん]

[こんなの、しょっちゅうなんよ]

[にゃはは、話すと結構長くなるんだけど……]

 

 

 ある程度耐性のできている三人にとっては当たり前のこと過ぎて小事であるらしい。

 

 

[この人がねぇ]

[多分、見てればわかるよ]

[うん]

[せやな]

 

 

 自然と彼を見定めようとするのは提督という職業柄であるからだろう。少し顎を上げて彼を見直そうとすると三人は付け加えた。

 そうしてやっと、カリムが口を開いた。

 

 

「コタロウ・カギネ様、通信上で申し訳ありません。この度はうちのものが大変失礼をいたしました。許されるのであればカギネ様の時間をお借りし、必ず謝罪を含めてご挨拶にお伺いしたいと存じます」

 

 

 深々と頭を下げた。

 

 

「お顔をお上げになってください」

 

 

 コタロウの言葉に従いカリムは顔を上げる。

 

 

「詳細、把握いたしました。そして、謝罪のご挨拶は必要ございません」

 

 

 表情を特に変えることはなく、

 

 

「ありがとうございます。シスター・シャッハ・ヌエラ様、騎士・カリム・グラシア様お身体ご自愛ください」

 

 

 それでは、と目線を下げ回線を切ろうとした。

 

 

「ま、待ってください!」

「はい」

「あの、それは謝罪を受け取れないということでしょうか?」

 

 

 謝罪を受け取れないくらい立腹していると彼に対して抱いたのだろう。一本気のあるシャッハは食い下がる。

 

 

「いえ、受け取れないということではなく必要がないと申し上げたのです」

「どうしてですか?」

「……どうして?」

 

 

 コタロウは眉根を寄せ、

 

 

「貴女ご自身がご自分の信念に基づいて行動なさったことを、少なくとも私は把握したと考えています。ですので、謝罪を受け取る受け取らないのではなく、必要が無いと申し上げました」

『……』

 

 

 カリムは目を細めただけであったが、シャッハはこれ以上自分を責めることを憚られてしまい、声は出さずに口をぱくぱくと動かすことしかできなくなってしまった。

 それをみてはやてたちはクロノに念話で語りかける。

 

 

[こうなるんよ]

[こういうのもなんだけど私たちのまわりってさ、一致するじゃない? 仕事と信念?]

[コタロウさんは勘違いもあるけど、受け取るときは本当に正直に受け取るから……]

[特にシスター・シャッハの場合は]

[……修道女だから信念と行動が一致する]

 

 

 からこうなった。とシャッハの心中を察した。クロノも今まで誰も責めることができず、かといって自分にも非があるわけではない。ただ、心だけが落ち着かない気持ちになることは何度か経験があった。

 ただ、クロノもカリムも彼の態度をみて、多少の興味を抱いたのは間違いない。

 

 

「コタロウ・カギネ様、多大なる思慮のほどありがとうございます。また機会があるときにでもご連絡をしても構いませんか?」

「はい。カリム・グラシア様」

「いえ。それと様は必要ございません」

「わかりました、ミズ・カリム。それでは」

 

 

 と彼は通信を切る。

 しばらくの無言の空気ののち、

 

 

「さて、シャッハ?」

「……はい」

「皆さんのお見送りを」

「……はい」

 

 

 後で何かあるのだろうかわからないが、何も言わずに全員で通路にでて歩き出した。

 

 

「そうそう、コタロウさんな」

「ん」

「クロノくんより年上なんよ?」

「……は?」

 

 

 目を丸くしてはやてを見る。前を歩いているカリム、シャッハもピクリと反応した。

 

 

「エイミィさんと同い年だね」

「俺のひとつ上?」

「うん」

 

 

 人生経験云々から判断するわけではないが、クロノからすれば自分より上とは思わなかったようだ。

 

 

「はやて、彼の階級は?」

「ん? え、と、三士やな」

 

 

 その言葉に、今度は眉を寄せた。

 

 

「そんなわけないだろ」

「え、何がや?」

 

 

 フェイトとなのはもお互いに顔を見合わせた。

 

 

「いや、まあありえない話ではないが……彼は優秀か?」

「えーと、失礼やけど、今まで会った誰よりも優秀やな」

「うん」

 

 

 一度立ち止まり昨日の事件詳細や隊員情報パネルを開いて、

 

 

「昨日のこれ」

「この、高出力砲を割いたのが、あの」

「うん。コタロウさん」

「それでね」

 

 

 今度はなのはが代役し、パネルを叩く。

 

 

「この調査報告あるでしょ?」

 

 

 先ほどの会談中に出てきた書類であり、読みやすかったのを覚えている。それはカリムも同じであった。

 

 

「相手に逃げられた直後、ものの数分で書き上げたの」

「……これを?」

 

 

 もちろん、後から情報の付け加えで何点か修正はあったがそれもわずかである。

 

 

「なるほど。じゃあ、なおさらじゃないか。こんな人が三士、ありえるのか?」

「それは……」

 

 

 いくら保有資格がそれ相当でも確かにそれはおかしかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「査察の日程は決まったのか」

「中将のご依頼されていた人員を含め、確保しました。週明け早々に行います」

 

 

 レジアスは地上本部の高層からクラナガンを見下ろしながら確認するようにたずねると、オーリスは応えた。

 

 

「連中が何を企んでるやら知らんが、土にまみれ血を流して地上の平和を守ってきたのは我々だ。それを軽んじる海の連中や蒙昧な教会連中に、いい様にされてたまるものか」

 

 

 彼は目を細め、

 

 

「なにより、最高評議会は私の味方だ。そうだろう、オーリス?」

「……はい」

 

 

 振り向いて秘書のほうを向く。

 

 

「公開意見陳述会も近い。査察では教会や本局を叩けそうな材料を探して来い」

「その件ですが……」

 

 

 オーリスは目をそらすことなく少し節目がちに目線を下げると電子パネルを広げながら、

 

 

「機動六課について事前調査をしましたが、あれはなかなか巧妙にできています」

 

 

 そこには六課局員の顔写真が映っていた。

 

 

「さしたる経歴も無い若い部隊長を頭にすえ、主力二名も移籍ではなく本局からの貸し出し扱い。部隊長の身内である固有戦力を除けば、あとは皆新人扱い」

 

 

 そしてなにより、と付け加え、

 

 

「期間限定の実験部隊扱い」

 

 

 息をつくと、レジアスは鼻を鳴らし、

 

 

「つまりは使い捨てか」

 

 

 吐き捨てた。

 

 

「本局に問題提起が起きるようなトラブルがあれば、簡単に切り捨てるでしょう……そういう編成です」

「小娘は生贄か」

 

 

 オーリスの考察に考えるまでも無く彼は呆れたように口を開いた。

 

 

「元犯罪者にはうってつけの役割だ」

「……まあ、彼女はそれさえも望んだ道でしょうけれど」

「なに?」

 

 

 彼女の最後の一言は聞き取れなかった。

 

 

「このあと会見の予定が二件入っています。移動をお願いします」

 

 

 いえ、とオーリスの頭を振った態度にそれ以上聞くことはせず次の予定に考えをうつしていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「え、それじゃあ……」

「はい。私たちは派遣先によって階級が変わります」

 

 

 はやてたちが隊舎に戻っていたときにシャッハがカリムからお叱りを受けているのは余談として、コタロウとすれ違った際に査察の件もあり不備が出ては困るとはやては聞くことにした。

 

 

「どうしてなんです?」

「電磁算気器子部工機課の人間が派遣、出向先の課で誰かの上司であっては困るためです」

 

 

 命令を出すことに躊躇がないようにそのように工機課は特別措置をとられているというのだ。

 

 

「そしたら、本来の階級は何なんですか?」

「疑問に感じたことが無いので、調べたことがありません」

 

 

 ただ、ご安心をと彼は続けた。

 

 

「書類上の不備になることは一切ございませんので、皆さんのご迷惑になることはありません」

「わ、かりました」

 

 

 それ以上確認することが無いとわかると、コタロウは敬礼をしてその場を離れていった。

 

 

 

 

 

 

 それから臨時査察実施日まで日が無いということもあり、六課の職員は作業に忙殺された。コタロウは自分の領分を出ることなく依頼に対して作業を行い。仕事が円滑になるように努めた。しかし、書類の見落としがあった場合は彼はその場にいる上司に指示を仰ぎ書類を片付けていった。

 そして、いよいよ前日になると最後の確認のため、特に上司は確認作業に追われた。

 

 

「すみません」

「あ、コタロウさんすみません、これは私が済ませないといけない作業なので」

 

 

 と、なのはに断られ、

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官――」

「ごめんなさい、今忙しいので」

 

 

 フェイトは早足で各所に回り、

 

 

「八神二等陸佐」

「明日の査察乗り切るよぉ」

 

 

 はやての独り言から近づいてはいけないことはコタロウにもわかった。

 他のシグナムやヴィータたちも同様であった。

 

 

 

 

 

 

 ただ、日常を変えることはかえってこれからの任務に影響をきたすため、臨時査察当日の朝も訓練は行われた。

 

 

「今日はネコさんいないわね」

「そうね。シャーリーさんのところかなぁ」

 

 

 ティアナとスバルが言うように彼は必ず訓練に参加するわけではないことは全員わかっていたため特に疑問には思わなかった。

 訓練が終わり身なりを整えた後、スバルたちは食堂へ向かう。

 

 

「でもまさか、あんな理由で下の名前、あ、シャーリーさん、おはようございます」

「おはようみんな」

『おはようございます』

 

 

 そこにも彼はいなかった。

 

 

「あれ? ネコさんシャーリーさんのところじゃなかったんですね」

「え、うん。来てないけど」

 

 

 もう食堂に行ってるのかなぁと彼女たちは足を運んだ。

 だが、隊長陣が席に着き、ちらほらと職員が食事をしている食堂を見回しても彼の姿は見当たらなかった。

 

 

「いないですね」

「まあ、珍しいことじゃないし、早くご飯食べちゃいましょ」

 

 

 エリオがぽつりと息を吐くとティアナは先に列に並び始めた。

 新人達がそれぞれ全員分の食器や食料を役割分担しながら用意をし、いざ全員で席に着こうとしたとき、ティアナが先に彼に気づいた。

 

 

「あ、ヴァイス陸曹」

「ん、おぉ」

『おはようございます』

「あぁ、おはよう」

 

 

 彼は少し元気がなさそうである。

 

 

「どうかしたんですか? 元気なさそうですけど」

「なにか落としたり、なくされたりしたとかですか?」

 

 

 体の調子が悪そうには見えなかったのですぐに思いつく落ち込む出来事を述べてみる。

 

 

「いや、そういうわけじゃないんだが」

 

 

 すっきりした顔でいる新人達を見たヴァイスはぽりぽりと頭をかきながら、小さく息をついた。

 

 

「そうだよなァ。これくらいで気分落としてる場合じゃないか」

 

 

 査察日だしな。と付け加える。

 

 

「お前らも元気でいるんだし」

「私たち、ですか?」

 

 

 なんだろう。とお互いを見合わせる。

 

 

「え、私たちも関係あるんですか?」

「……書類に不備があったとか」

 

 

 それにしては(せわ)しない職員はいない。昨日の遅くには仕事は片付いているからだ。中には眠そうに話している職員もいるくらいである。

 

 

「え、っと、何ですか?」

 

 

 少し考えたくらいでは査察に関してくらいしか考え付かなかった。

 ヴァイスはそんなもんかねぇ。という具合に息を漏らし、

 

 

「コタロウさん今日からいないのに」

 

 

 ぽつりと言葉をはいた。

 

 

『……??』

 

 

 彼の言葉がうまく理解できない。

 

 

「出張、とか、ですか?」

「なぁにいってんだ、スバル……あ、お前ら知らなかったのか?」

 

 

 次の言葉も理解するまで数秒を要した。

 

 

「コタロウさん、六課の出向は昨日まで。昨日で最後だったんだよ」

『……』

 

 

 その言葉は隊長陣にも耳に入ったが理解が及ばなかった。

 頭に言葉がやっと浸透してくると、ぎ、ぎ、ぎとまるで錆付いた機械のようにゆっくりとスバルたちがなのはのほうを向く。

 なのはは新人たちに視線を浴びたのが理由でなく、彼女もまた、というよりフェイトにヴィータやシャマルも疑問がとけず六課部隊長はやてのほうを向くと、

 

 

「……」

 

 

 はやては血の気が引いて青ざめていた。

 

 

「はやて、たいちょう?」

「やがみ、にさ?」

 

 

 なのはとフェイトに呼ばれても聞こえているのかいないのか判断はつかない。

 

 

「リ、イ、ン?」やっと口を開く。

「はいです?」

「……コタロウさんの書類――」

「え、えーとですね、出向期限は三ヶ月で、延長する場合は事前に申請が必要みたいです」

「はやて、ちゃん?」

 

 

 リインは言われる前に電子データを出力し、シャマルは聞く。

 全員がまさかという顔ではやてをみた。だが、責めることができないのは上官ということだけが理由でなく、ここ数日の忙しさは誰が見ても明らかであったこともある。

 

 

「で、でも! 昨日までなら挨拶くらいしてもよかったですよね。まったくネコさんったら~」

『――っ!!』

 

 

 スバルがからかう程度にコタロウを責めてみると、隊長陣がビクリと肩を震わせた。

 

 

「……あれ?」

「いやな、スバル。コタロウさん昨日挨拶にいったんだよ」

「……え」

『……』

「あとは、察しろ」

「あ、ああ……」

 

 

 隊長たちはいつもならきっと聞き入れただろう。しかし忙しさゆえに後回しにしたことにスバルを含め新人たち全員が気づいた。

 

 

「んで、お前らに言わなかったのは多分、隊長(づた)いでいうなり、挨拶させてもらえたり。そういう指示を仰ぐことも含んでたんじゃねぇかな」

「……な、るほど」

 

 

 本当に知らなかったんだな。と昨日自分だけ彼を送別したことはヴァイスは口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

「“直接ご依頼する場合は工機課まで”とも書いてあるです」

 

 

 臨時査察は今日から二日間午後の時間を利用し行われる。緊張感はあるが、それよりはやてはコタロウの出向期間を延長してしないことにどうしようもない焦りを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえば、そろそろだな」

「どうしたの、お父さん?」

 

 

 ゲンヤ・ナカジマはお茶をすすりながら部隊長室の壁にかかるカレンダーにそれとなく視線を上げた。

 

 

「ギンガ、覚えてるか? 八神に機械士のこと聞かれた後、『言い忘れ』たことがあるって言ったのを」

「え、あー、そういえばそんなこと言ってたね。それがどうかしたの?」

「ん、機械士ってのが有能であることに気づくか気づけないか。もし、気づくとして、だ」

「うん」

「有能なヤツをお前なら手元においておきたいか? それとも手放すか?」

「うーん。人事が希望通りにならないのは知ってるけど、もし叶うなら置いておくかな」

「だよな」

「でも、それが?」

「機械士が有能であることに気づいた上司のほとんどの場合、手放すんだよ」

 

 

 ゲンヤの期待している返答をしたのに、彼はどうもはっきりしないことをつぶやく。

 

 

「置いておきたいのに?」

「あぁ」

「……どうしてなの?」

「有能すぎるからだよ」

「え、と?」

 

 

 ギンガは言わんとしていることがつかめず、首を傾げる。

 

 

「そこにいるのが当たり前になって申請を忘れるんだよ。完全に部や課の一員でいるって錯覚する」

「そうなの?」

「まさかと思うだろ? あるんだよ」

「八神二佐が忘れるってこと?」

「臨時査察あるって言ってたしなァ。忙しさもあいまってもしかしたら忘れてるかもな」

「……なら連絡して注意すればいいのに」

 

 

 呆れるギンガに、不敵にゲンヤは笑う。

 

 

「なんでそこまで面倒見なきゃならん。そもそも施設整備のヘルプ要因だ。三ヶ月もすればハード面は最新ではないが新品同様に内外磨き上げられ、ソフト面も開発ではなくその人にとってもっとも使いやすくかつ汎用性のある物に変わってるだろうよ。ある意味扱えない最新のものより、よく扱える性能の高いものになってる」

「そんなに??」

「あぁ、そんなに」

 

 

 お茶を飲み干しておかわりを頼むと両手を後ろに回しソファに背中を預けた。

 

 

「忘れてたら、まぁ、直接イヌに電話でもするだろ」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 はやては食堂で部隊長、新人たちが見ている目をはばからずテーブルにエヘンではなくゴチンと額を打ち付けた。

 

 

「……わすれ……とった」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3章 『ネコにもなれば』
第40話 『知名度』


 

 

 

 

 

 

 ヴィヴィオが隊舎に預けられてから査察が始まる前のとある朝。朝の訓練が終わりいつものように食事に向かう途中、

 

 

「エリオ、キャロ。どう言うことなのでしょう?」

 

 

 むむむ。と口をへの字にしているスバルとそれをなだめながらも視線をきつくしているティアナがそこにいた。

 不可解なことはひとつ。いつもなら新人たち4人はほぼ一緒に訓練所に向かうのだが、今日に限ってはエリオもキャロも先に行っているとのことだった。そこでコタロウは、

 

 

「エリオ、キャロ?」

 

 

 と、呼び捨てにしていた。

 さすがに隊長たちも驚いたが、リインに聞いてみようとその場ではなにも言わなかった。

 

 

「えーとですね、それは後でリイン曹長に許可を得てからでもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

『……はい?』

「ですから、コタロウさんの寝てる横でお願いするとそうなるのです」

 

 

 一瞬、言っていることがよくわからなかったが、リインが言うにはコタロウが寝てるときに耳元、いや彼の聞こえる声量でお願いをすると次の日言われた通りのことが起こるらしい。

 現に、リインが静養のために早めに寝たコタロウの横で言ったことは、

 

 

「いつになったらリイン曹長と呼んでくれるですか? 早くそう呼んで欲しいです」

 

 

 である。

 

 

「じゃあ、なにか? ネコと一緒に寝ないといつまでも言葉が固いままってことか?」

「みたいですぅ。あ、でも一緒に寝るというよりは寝てるときを狙って『名前を呼んで』もらうように言えばいいのです」

 

 

 ヴィータやシグナム、そしてシャマルは愛称というものが無いので気にはならなかったが――実際はリインが愛称で呼ばれたためになにか感じたことの無い複雑な思いではあった。

 

 

『……一緒に寝る』

 

 

 なのは、フェイト、はやては同時に一緒に寝ることを想像してしまい顔を赤らめた。特にその妄想はフェイトとはやてがなのはより深くはまり、取り払うのに時間を要した。

 

 

『……ぁぅ』

 

 

 一方新人たちの間では、

 

 

「どうも寝てる間に言うと」

「その通りになるみたいです」

 

 

 食堂では別の席でヴァイスと話をしているコタロウを遠目でみていた。

 

 

「なので昨日……」

 

 

 

 

 

 

『私と一緒に寝たいのですか、モンディアル三等陸士、ル・ルシエ三等陸士?』

『だめでしょうか?』

『構いません、そしたら就寝時に私の部屋に来てください』

 

 

 

 

 

 

「というわけでして……」

「え、じゃあネコさんに名前を呼んでもらうためには一緒に寝なきゃいけないってこと?」

「昼寝とかする人じゃないわね……あ」

 

 

 ティアナは何かに気づいたようで二人のほうをみる。

 

 

「そしたら、私たちの名前も呼んでもらうようにアンタたちに言ってもらえばいいんじゃない?」

「なるほど」

 

 

 スバルは頷くが、

 

 

「実は……」

「それは試してみたんです。もしかしたらと思いまして」

 

 

 スバルとティアナは今日の朝の挨拶を思い出して、それが叶わぬものであると理解した。

 

 

 

 

 

 

『おはようございます。ナカジマ二等陸士、ランスター二等陸士』

 

 

 

 

 

 

「だめだった。と」

『はい』

 

 

 本人で無い限りそのお願いは聞き入れられないもののようだ。

 

 

「でも、そっかー。ネコさんの寝ている隙に言わないとダメなのかー」

「仲良くなれば呼ぶようになるってネコさん言ってたけど、まさか寝

てるときに……まあ無防備という意味では」

 

 

 ふと上を向くも思いつくのは相棒のことで、

 

 

「ちょっとスバル、アンタまさか――」

「――ネコさーん、今日い、モゴ!」

 

 

 すぐに後ろから両手で口をふさいだ。

 

 

[ちょっとスバル、何言おうとしてるの!]

[今日一緒に寝ようかなって]

[アンタ馬鹿じゃないの! ネコさん男じゃない]

[うーん]

 

 

 流石にティアナの言わんとしていることはわかる。

 

 

「でもやっぱり名前で呼んでほしくない? ティアも」

「そ、そりゃあそうだけど、さすがにマナー考えなさいよ」

 

 

 狼狽するがこれは踏みとどまった。年齢を考えても仮にも男であるコタロウと夜を共にするのはさすがに気が引けた。エリオはこの状況を地球のスーバー銭湯で経験済みで彼女の気持ちがよくわかった。

 

 

「うーん。じゃあさ、とりあえず一緒に寝るっていうお話をして、それでネコさんがトラさんになるなら一撃やっちゃって、何もしなければそのまま先に寝るのを待って、そしてら『お願い』を言って自分たちの部屋に戻ろうよ。次の日ネコさんには3人でベッド1つはやっぱり狭そうなんで、自分の部屋にもどりましたー。って言えば大丈夫なんじゃないかな」

 

 

 ティアナはそれでも、とは思う。やはり男女は一緒に寝るべきではない。

 

 

(私の知る限りスバルと私はずっとここまでわき目も振らず一直線で

ここまできた。異性は周りに多かったけど、そんな一緒に……)

 

 

 実のところ局員を目指す道中では異性と同じ部屋に押し込められたことはある。いつもその部屋にはスバルもいた。そして、マナーを考えず室内で言い寄られ――襲うに近い――たときは鍛えた腕力と技術で取り押さえてきた。自分なりの手順を踏んでのお付き合いはしたことは無い。もちろん、言い寄られたときはスバルも一緒におり、異性と一緒に部屋にいるということがどれだけ危険をはらむか知っているはずである。たとえ腕力勝ちで取り押さえてきたとしてもそのような行為は恐怖にしか感じない。

 

 

(それをわかっててもスバルはネコさんと寝てもいいって気持ちがあるってことよね)

 

 

 わからなくは無い。彼は頼りになる反面、どこか足りないところも持ち合わせていて、向こうから距離を縮めてくるわけでもないのに気づけば周りとともに親近感を得る。男としての魅力とは別の魅力を持ち合わせていた。ティアナはこの気持ちをどうにも判断できなかった。

 なによりティアナがなのはに一度撃ち落とされて立ち上がったあの時、彼はこういっていた。

 

 

 

 

 

 

『ランスター二等陸士は、兄、ティーダ・ランスター一等空尉の妹であると先日知りました。――』

 

 

 

 

 

 

 つまり、彼は以前から彼のことを知っていたということだ。自分の記憶の定かではない兄のデータではない何かを知っている。それもまたティアナの興味を得させていた。

 

 

「う、うーん。それなら……」

 

 

 そこからの誘惑のせいか、気づけば頷いている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第40話 『知名度』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨時査察が行われる内容は主に、六課の人事配置、勤務形態、財務管理体制、戦力バランス、車、ヘリを含めての備品状況等々多岐に渡り監査が入る。例えば、シャリオがオペレータもしながらデバイス整備をしたりするときちんとした理由付けがないと問われる可能性がある。

 午後一時、時間丁度に隊舎のドアが開き背後に十数名の隊員を連れてオーリス・ゲイズが入ってきた。

 

 

「失礼いたします。オーリス・ゲイズです」

「八神はやて二等陸佐です」

「それではこれより査察を始めさせていただきます」

 

 

 オーリスたちは挨拶を済ませるとすぐに部下に指令をだし査察作業に当たらせた。

 査察官はすでに隊舎の内装を把握しているのか迷うことなく移動をしている。すでにわかっていることだが、はやてはもう一度六課局員に全力をもってサポートするよう周知させていた。

 

 

[査察って、すごいんだね]

 

 

 スバルは朝のコタロウがいないという寂しい気持ちをなんとか振り払って優先度の高いこの査察に考えを移し――これはコタロウに関わる全員に言えた――敬礼をしながら隣にいるティアナに話をふると、いつもなら「当たり前でしょ」とたしなめる彼女も今回ばかりはその緊張感にたじろいでいるようである。

 

 

[他の課の同期から聞いたんだけど、地上本部の査察ってすごい厳しいみたいで査察官もフェイト隊長みたいな執務官クラスの人がなるみたいよ]

[つまり、これ全員フェイト隊長……]

[そう思うとすごいですね]

[うん]

 

 

 査察官は調査能力、対人交渉に優れた人たちであり認定試験がないため執務官には劣るものの、地上の査察官は執務官ほどの優秀さを持ち合わせているようである。仕事にやりがいを感じてる人であれば就きたい職務であり、そうでない人からは最も避けたい部署であった。

 

 

[オーラ、感じますね]

[すごい圧迫感だよね]

[はい]

 

 

 エリオとキャロは査察そのものの内容はわからずともその緊張感はスバルたち以上に敏感に感じ取っていた。

 査察官は2、3人で団体を組み調査を行うらしく、ふとスバルは何気なしにあたりを見回すと、

 

 

[これが今日明日、つづ、くな、な、なん……]

[スバル……?]

 

 

 とある部分で目がとまった。

 

 

[ティア、ティア! あれ! あれ!]

[バカ! 指差すんじゃないの! いったい何が……あ?]

 

 

 出口付近でオーリスに敬礼をしている男に釘付けになった。

 

 

 

 

「コイツが今日から二日間だけ派遣されてきた……ほら挨拶!」

「はい」

「……」

 

 

 はやては上官であろう男に連れられてきた男に息を呑んだ。

 

 

「臨時的任用として電磁算気器子部工機課より派遣されましたコタロウ・カギネ査察官です」

「あなたが中将が特別に呼んだ……」

「中将が……?」

 

 

 そしてオーリスのつぶやきに反応する。

 

 

「その服装にその作業帽は似合わないと思いますが?」

「あ! ほら取れよ」

「申し訳ありません」

 

 

 男に小突かれ帽子を落としたコタロウはそれを拾い上げ、懐にしまいこんだ。

 

 

「でも、コイツ本当に使えるんですか? 人は十分足りてるでしょう?」

 

 

 オーリスは思案すると以前レジアスから言われたことを思い出しいらだたしさを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

『工機課……ですか?』

『あァそうだ。ドグハイク二佐という男に連絡をとり一人こっちに呼ぶように言え。それで査察の機械類あるいは書類の調査にあたらせろ。なんなら他の事をやらせても構わん』

 彼女はその課をはじめて聞いたし、突然くる人間に任せる範囲を大いに超えていることに疑問を抱かずにはいられなかった。こちらの隊員にも十分対応可能であるしわざわざ知名度の低い別の課から派遣を要請するなんて理解できなかった。

『なぜ、そんな聞いたことの無い課から……』

 ただ、そのときのレジアスの言葉が無性に腹立たしかったのを覚えている。

『お前が聞いたこと無いからだ。今の若くて頭のいいやつにそれはわからん』

 

 

 

 

 

 

 

「彼をあなたの下につかせなさい。扱いは任せます」

「え、俺、いえ私の下、ですか?」

「そうです」

「わ、わかりました。おい、行くぞ」

「はい」

 

 

 男の呼びかけに従い、あとを追うコタロウはその男とともに六課内に消えていった。

 

 

「それでは隊長室へ案内をしていただいてもよろしいですか?」

「え、あ、わかりました」

 

 

 先ほどの査察官を目で追うはやてが気にかかるも、オーリスは自分の仕事の前では些細なことでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 フェイトはこのいかにも自分たちの粗探しをするような重箱のすみをつつく質問をするウラカン・ジュショーの挑戦的な目より、その横で報告をしようと微動だにせず立っているコタロウが気になって仕方が無かった。

 そしてなにより、

 

 

「あー、はいはい。次これな」

「はい」

 

 

 彼の報告をないがしろに生返事することが不快であった。

 

 

「それでですね、テスタロッサ・ハラオウン執務官?」

 

 

 そして昨日まで呼ばれていたこの呼び方もまた不快感を得ずに入られなかった。

 

 

「それはですね……」

 

 

 周りでそのやり取りを聞いている六課局員たちは彼女がいつもなら口少なくとも優しさを感じていた会話が今日はうってかわって厳しいことにすぐに気づいた。もちろん今日が査察日でいつもと違う対応をしているのだろうと思ったがそれを差し引いてもその言葉に乗る感情に不快が混じっていることは間違いようが無かった。おそらく、それに気づいていないのは今彼女に質問をしている男だけであろうこともわかっていた。

 

 

「ははぁ、なるほど。つまり……」

「ジュショー一等陸尉」

「なに」

「この書類も問題ありません」

「問題ないならいちいち報告するな。作業を続けろ」

「それでは、進行度を粒度を上げてご報告いたします」

「あァ」

 

 

 彼は腹立たしげに部下を退かせ、またフェイトのほうへ目線を向けると顔をしかめているのがわかった。それを彼は今の質問がなにか虚を突いたのかと思い質問を再開しようとする。

 

 

「失礼しましたね、それで――」

「あのっ」

「なんです?」

「……いえ、なんでもありません。質問を、どうぞ」

 

 

 フェイトはつま先を彼からいっそう離し、顎を落として疲れたようにため息を吐いて質問を受け付けた。応対にミスをしてはいけないのは当たり前で、緊張感を持って臨んでいてもこれほど仕事に身が入らないのは初めてかもしれないとフェイトは思った。

 

 

(……つまんないな)

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「なァ、シグナム」

 

 

 給湯室で壁に寄りかかりながら隣にいる女性に呼びかけると、彼女は隣を見るわけでなく、紙コップに注がれている熱い紅茶の水面に目を落としていた。

 

 

「なんだ、ヴィータ」

 

 

 少しコップを回す。

 

 

「見たか?」

「……なにを」

 

 

 ヴィータは肩を少し落としたあと両手を後ろに回す。

 

 

「ネコだよ」

「ああ、あいつか」

 

 

 すこし紅茶の水面を揺らす。

 

 

「上司にすげェ注意されてやんの」

「……そうか」

 

 

 シグナムはどこか所在がない。

 

 

「それでな『はい』とか『もうしわけありません』とか言っててさ、一蹴されてた」

「……そうか」

「不備が見つからないのに怒られてんだぜ? 変だよな」

「そうだな」

「多分アレだぜ? そろそろ見るもの無くなってまた怒られるんじゃなねェかな」

「かもな」

 

 

 シグナムは別に生返事をしているわけではない。それ以外に返事のしようがないのだ。

 今は少しの合間に休憩をと部下より促されとっているが特に二人は疲れなんてない。

 

 

『……』

 

 

 しばしの無言のあと

 

 

「おかしくねェ??」

「なにがだ?」

「ネコさ、すごいできるじゃん! あいつ肩とか押されて突き飛ばされてたんだぜ!?」

「で、どうするんだ。その場で訴えるのか?」

「――そんなことしたら、アイツがもっと何かされる」

「わかってるのに部下に促されてここに来たな」

「……」

「それでそのお守りが私、と」

 

 

 そこで一口紅茶を飲み、シグナムは大きく息をはいた。

 

 

「部署によってその空気が違うのはわかってただろう? ましてや査察だ」

「んなのわかってるよ! 自分がそんな場所に行ったことないし、今回だってそうだ。そういうところは恵まれてるなって思ってる……けどよ」

 

 

 ヴィータはシグナムのほうを向き顔を上げて訴えた。

 

 

「知り合いがいると違うか?」

「……」

 

 

 その言葉に顔をゆがめると目線を落としてふるふると頭を振る。

 

 

「最初はそう思ったけど、違うみたいだ」

「そこは同じだな」

「っ!?」

 

 

 驚いてヴィータは目線をあげると紅茶を飲み干してぐしゃりとコップを握りつぶした。

 

 

「コタロウがあんな風に扱われると、腹は立つ」

「シグナム?」

「ただ、現状」

 

 

 くずかごにそれを捨ててそこに目を落としながら彼女は口を開いた。

 

 

「コタロウは六課の局員ではないからどうすることもできない」

「そりゃ……そうだけどよ」

「主はやては今夜アポを取ってるそうだ」

「……アポ?」

 

 

 シグナムは頷く。

 

 

「電磁算気器子部工機課に」

「え?」

「それでな」

 

 

 ヴィータの髪をわしわししながら彼女は目を細めて、

 

 

「一人だと心細いから一緒に来てほしいらしい」

「……」

「どうする?」

「行く! 行くぞ!」

 

 

 彼女の目に輝きを得始めたのをみてまた少し微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 オーリス率いる査察官の有能さと厳しさは噂どおりで、数時間もすると状況を報告、質疑する上官やフェイト以外の六課局員はすることが無くなり時間をもてあまし始めていた。特に新人たちはそれが如実であった。

 

 

[なんか、あれだね。六課が丸裸にされてく感じ]

[あはは。そうだね~]

 

 

 それはエリオたちも同じ気持ちであり、

 

 

[なんか自分たちの六課じゃないみたいです]

[うん]

 

 

 スバルたち新人たちは見回りを含めてそれぞれ隊舎内を歩き回っている。エリオとキャロは行動をともにしている。

 

 

[でもさ、ネコさんて査察もできるんだねー]

[そうね]

[なんで三士だったんだろ]

[あ、それね。たまたま聞いたんだけど]

[ん?]

[ネコさん、行く先々で階級変わるんだってさ。特定の階級は持ってないみたい]

[え、そうなんですか?]

 

 

 エリオは内心驚いた。

 

 

[らしいわよ?]

[でも、確かに歳を考えると三士って普通じゃないですよね]

[まぁねぇ、あの歳で三士って相当ダメな人よね、よく考えれば]

 

 

 査察官に質問を受けているのかティアナは案内を促す。

 

 

[そんなわけないのにね]

 

 

 あ、とスバルは何かを見た。

 

 

[どうしたんですかスバルさん?]

 

 

 いち早くキャロは気づいたがスバルは頭を振った。

 

 

[いやね、私たちって恵まれてるなって]

[どうしたのよ突然]

 

 

 普段言わないことにティアナも反応する。

 

 

[ほら、部署によって厳しい場所とかあるじゃん?]

[あー場所によっちゃあるわね、殴られたりもするみた……]

「あはは。ティアは気にしなくていいって」

 

 

 スバルはシグナムに殴られたことのあるティアナをフォローするも真面目な顔になり、

 

 

[そうじゃなく、てさ……]

[わかってるわよ。アンタが言いたいのは過剰な暴力でしょ?]

 

 

 それに頷く。

 時空管理局は広範囲にわたりさまざまな部署が存在する。そのため年に何度か局員の教育の一環として、体罰や行き過ぎた指導をやめるよう研修を受けさせていて、間違いが起こらないよう努めているが完全には行き届いては折らず上層部はすくなからず頭を痛めていた。

 そして管理する側はひとつ間違えれば冷酷な対応が発生し、これもまた防ぎたくてもどこかの部署で行われているのが現状である。そしてキャロはその一端を垣間見ている。

 

 

[そういう部署が減るといいね、エリオくん]

[そうだね]

 

 

 スバルは二人の会話に頷くも晴れた気分ではなさそうであることにティアナは気がついた。

 

 

[どうしたのよ]

[ネコさん叩かれてた]

[『……え?』]

 

 

 全員顔に出すわけにはいかず普段どおりの顔を努めた。

 

 

[どうして不備のひとつも見つけられないんだって]

[そんな……]

[もちろんそんな力任せじゃないよ? みんなのいる前じゃなくて人目のつかないところでパシッって程度だったけど]

[……ネコさんはなんて?]

[失礼いたしました。もう一度見直します。とだけ]

[よくスバル食ってかからなかったわね]

 

 

 スバルは明るく笑ったあと、

 

 

[……大人になってるんだよ、私もー]

 

 

 なにか含みのあるような言い方はエリオたちにはわからずともティアナにはよくわかった。あとで時間ができたら話してみようと心に決める。

 そんなときなのはから通信が入った。

 

 

[ちょっとみんなブリーフィングルームまで来てくれる?]

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 時間にして本日の査察が終わりに近づいてきたときに査察官の誰もがこの六課がおかしいことに気がつき、オーリスに報告するために六課のはやて、なのは、フェイト、以下隊長陣およびレリック報告に関連するスバルたち新人を含めて六課ブリーフィングルームに集まった。

 

 

「それで報告は?」

 

 

 オーリスは査察官のまとめ役に尋ねた。

 

 

「端的に言いますとどこも問題はありません」

「そう……それでおかしいところというのは?」

 

 

 ほかのメンバーにも目を合わせ意見を聞こうとするもその査察官がそれをとめた。

 

 

「今の報告以上のことはありません」

「どういうことなのですか?」

「つまりおかしいというのはそこなのです」

 

 

 オーリスはいまいちつかむことができずにいるとその査察官が口を開いた。

 

 

「全員、不備という不備がまったく見つからないのです」

「それは……?」

「査察は明日行なっても同じでしょう。すでに六課の確認するべきところはすべて目を通してしまったので」

「見直しはしたのですか?」

「はい。ダブルチェックまで済ませています」

 

 

 さらに今度は周りの査察官も情報を追加させる。

 

 

「例えば、スバル・ナカジマ三等陸士のこの文面なのですが」

「――っ!」

 

 

 自分の名前を呼ばれ驚き、オーリスたちの行なわれているやり取りを見守った。

 

 

「このような三士の文章はわずかに冗長さがあり作成慣れしていないのは明らかなのですが……」

「それで?」

「ですが、拙いながらも要点はすべて書き込まれており漏れや修正事項がないのです」

「その冗長さというのが不備とよべるのではないですか?」

 

 

 いえ、と査察官は首を振る。

 

 

「冗長さ無くなれば確かに文章としては向上しますが、三士としては不釣合いな文章になりかえって問題視される内容として取り上げられます」

「……つまり、不備はないと」

「そうなります」

 

 

 そのやり取りをスバルは見て、数日前のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

『ネコさん、この報告書なんですけど……』

『23行目の文章は書かれる内容が足りません。具体的に書いてください』

『わかりました』

 そういってすぐに修正しもう一度コタロウに見せる。

『はい。問題ありません』

『やった。ありがとうございます!』

『いえ』

 ただ気になるところもあった。

『でも、ネコさんこれでいいんですかね』

『はい。問題ありません』

『あ、いえそうじゃなくて……』

『どういうことでしょう?』

『私にもっと作成能力があればもっと簡潔に書けたのかなって』

 そういうとコタロウは考える節も無く書類に目を落とした。

『その人その人の書き方というのがあります。内容は十分含まれてますし問題ありません。かえって誰かが書いたような文章にするとその人の統一感というものが無くなりますのでこの内容、書き方で十分なのです』

『なるほど~』

 

 

 

 

 

 

(あれってそういう意味だったんだ……)

 

 

 査察官のやり取りがコタロウの予想したとおりでスバルは感嘆した。それは他の局員にも言えることで書類に落ち度は無く、本人なりの統一感のある文面にすべて修正されてあった。記憶の無いものはすべてコタロウによって修正が施されてあり、その人ならどういう書き筋なのかを完全に理解した上で直されていた。

 

 

「こちらは備品の購入に関するものなのですが」

「これが?」

「購入した部品、備品すべて型番を含む内容でまとめられており、そこがあまりにも細かく不自然だと思いサンプルとして実際にひとつ機器を開けて調べさせましたがすべて一致しています」

「……」

 

 

 この場でその人物はここにいないが、調べた人物はアルト・クラエッタであり彼女は食堂でぐったりとうなだれていた。

 

 

「解体サンプル、コタロウさんの言ったやつが当たるなんて……暗記しておいてよかった……」

 

 

 

 

 

 

『書類は型番まで一致させてありますが、査察の際もしかしたら不可解に思いサンプルとして一台その場で検査が入るかもしれません』

 コタロウは書類が不釣合いなほど細かくまで書いてしまったことに頭を下げた。アルトはその状態であることは感謝はあれど謝られることは無いと両手を振って遠慮すると、彼はこんなことを言っていた

『もしクラエッタ二等陸士が不要であれば消していただくか、あるいはこの型番をすべて覚えていたほうが賢明かと存じます』

 

 

 

 

 

 

 さらにと別の査察官が伝える。

 

 

「人材配置は安易なものでなくより細かく標準化され細かくも簡略化され見やすく文章化されています」

「……他は?」

 

 

 以降他の査察官も報告もすべてこれ以上精査する必要も無く情報は取り揃えられているし、その情報に何一つ不備なく、この場所なら埃は出てきてもおかしくないような箇所でも何も出てこなかった。

 査察官たちが口をそろえて言うことはこの不備のなさがおかしいことなのだという。

 

 

「誰かに委託した可能性は?」

 

 

 オーリスはその可能性は十分考えられるだろうとまとめ役にたずねるも、

 

 

「文面上なにか隊舎にいない人物が書いてあるのであればすぐに見抜けますのでそれは考えられません」

 

 

 それはありえないと否定されオーリスは探す材料を他に見つけることができなかった。

 

 

『……』

 

 

 そのようなやり取りをしている中、なのははぞくりと寒気を覚えた。一番コタロウに何かを依頼していたのはなのはであり、彼女はいちはやく何かに気づいた。

 

 

(この中にいない人物が書けば、わかる……? じゃあ、コタロウさん本人が書いたものはどうなってるの?)

 

 

 まさか、と息を呑む。

 

 

[なのはちゃん]

[なのは]

 

 

 そこでどうやらはやてもなのはも気づいたらしい。

 

 

[なのはちゃんが一番コタロウさんに書類とかデータ整理とかお願いしてたやんな]

[それって……]

[うん。これは予測なんだけど、多分コタロウさん私の文面で書いてるかもしれない。私、コタロウさんの書類読みやすいって言うか、なんか私の知りたいところを全部わかりやすくしている感じだったの]

 

 

 オーリスたちはまだ話し合いをしているらしい。

 

 

[ということは、コタロウさんは……]

[出向といっても私たちというよりアイナさんみたいな職員に近いし書類上は局員メンバーとして扱われない――もちろんアイナも大事な職員として扱ってる――から表に出てこない。だから]

[コタロウさんがここにいたってことに気づく人は]

[『いない』]

 

 

 確かに書類として派遣されてきた書面はあるが、この査察という場でこんなにも査察官の整理能力に見合う力を発揮しているのに日の当たらないことがあるのだろうかということに憤りを感じずに入られなかった。

 しかも、対面して数メートル先に彼はいるのに、査察官として存在しているのに、こんなにもぞんざいな扱いをされているのだ。それはここにいる誰もがそれを感じていた。

 

 

(これが機械士の能力に気づいているか気づいていないかの差。なんやな……)

 

 

 はやてたちは気づけばオーリスたちのやりとりよりも、そのウラカン査察官の後ろに立っている男に目がいった。

 前線メンバーがスムーズに動くためにはそのサポーターが必要だ。そしてそのサポーターがそれに集中するためにはよりよい環境が必要だ。いままではやてたちはそのことは頭ではわかっていた。だから誰にでも感謝はしていたし、誰が欠けてもうまくは動かないと考えていた。しかし、実際体験すると考えていたものとは全然違った。誰にも気づかれず、ただ言われたことをこなす人が本当にいて、自分たちが気づかなければ感謝もされないだろう人がいる。そしてその人が今目の前でないがしろにされていることに心の整理が追いつかなかった。

 悪いのはないがしろにする人なのか、それとも教育していた人なのか、それとも引き継がれてきた環境なのか、それともその環境を正そうとしない管理局なのかわからなかった。いま彼女たちがその答えを出すのにはまだ幼すぎたことだけが確かなわかることである。

 

 

「八神二佐」

「はい」

 

 

 オーリスはいくつかの考えをまとめはやてを呼び出した。

 

 

「二日間行なわれるはずの査察ですが、進行がことのほか早く進み本日を持って終わりになりそうです」

「そうですか」

「ただ、いくつかの書類は持ち帰らせていただき、明日本局で検証を行ないます。疑義が生じたところでお呼び出しをいたします」

「わかりました」

「大変優秀な部下をお持ちですね」

 

 

 人によっては嫌味に取れるであろう、この言葉は、

 

 

「ありがとうございます。ですが」

 

 

 敬礼をするはやてたちにとっては気にもならず、むしろ、

 

 

「そちらの部下には足元にも及びません」

 

 

 事実であるこの言葉がオーリスには響いた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 オーリスたちが引き上げたあとみんな胸を撫で下ろすも、はやてはこれからのことに緊張を覚えた。

 

 

「今日はみんなごめんな。査察と、コタロウさんの件!」

 

 

 姿勢をただし深く頭を下げる。

 

 

「まだまだ私は半人前や。みんな今日はいろいろと思うところがあったと思う」

 

 

 そして顔を上げてコタロウに関係のある面々を見渡し気合を入れると、

 

「コタロウさんを取り戻します!」

 

 

 決意を新たに時空管理局陸上電磁算気器子部工機課に連絡をとるため隊長室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 



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第41話 『機械士の実力』

 オーリス・ゲイズたちは資料を持ち帰り、その中で選んだ人以外は帰らせて資料の再確認をさせた。ただし、無理をさせるわけにはいかない為自分の体調を考えてと念を押した。

 

 

「ふぅ」

 

 

 デスクに着いている彼女は背後を通り過ぎたウラカン・ジュショーにとある映像を見せた。

 

 

「ウラカン査察官」

「はい。なんでしょう」

「この映像なのですが」

 

 

 そういってこの前の空中ガジェット戦の映像を見せる。この映像の確認は彼の担当である。

 

 

「このヘリを防御した人物は誰ですか?」

「はい」

 

 

 ウラカンはその映像を担当した人物を呼び出した。

 

 

「この映像の人物、だれだ?」

「コタロウ・カギネ三等陸士です」

 

 

 彼の後ろにつき解散を命じられ部署を離れようとする男は資料を見ることなく答える。

 

 

「……そう」

 

 

 ウラカンはその時にはもう会釈をして立ち去っており、いかにもやる気の感じられない男に尋ねるしかなかった。人物の名前を聞くくらいであれば誰でもできるため、二人も必要ないのは事実であるし、また、ウラカンが査察官としては優秀であっても人物として必ずしも優秀でないことを理解していたため気にはならなかった。

 

 

(どこかで聞いた名前ね)

 

 

 と彼女はそこから画面の誘導に従い別にパネルを開くと局員名簿の羅列に確かに記載があった。そして最新版との差分も右に表示してあり、備考欄の期日で『出向期間終了』とグレイアウトされていた。

 映像の詳細は特に興味はなくその男が現在どこ所属かが気になり、その名前をタップすると本来の所属、顔写真が表示された。

 

 

「……電磁算気器子部工機課コタロウ・カギネ。古代遺物管理部機動六課出向後、地上本部本局……査察部に出向……」

 

 

 顔写真を見ただけで気がついたが、ゆっくりと彼女は顔を上げた。光の加減で男から見れば彼女の表情は読み取ることはできなかったが気にはならなかった。

 

 

「カギネ査察官、あなた六課にいらしたのですか」

「はい」

 

 

 オーリスの冷たい応対とは別の無表情で抑揚の無い言葉でコタロウは頷いた。

 

 

「それがなぜこの査察部に?」

「機動六課での出向期間が終わり本局レジアス・ゲイズ中将代理オーリス・ゲイズ三等陸佐により命じられたからです」

「……」

 

 

 もっともな事でありオーリスは窮した。だが、他の局員であれば自分のいままでの応対でたじろぐのを自覚しているオーリスはこの動じない男に眉を吊り上げた。

 

 

「私を揶揄(からか)っているのですか?」

「揶揄う。ですか? ……今の私の発言を検証いたしましたが、揶揄うに値する言葉が見つかりません。失礼を承知でお尋ね申し上げますが、私のどちらに揶揄うに値する文言がございましたでしょうか?」

 

 

 コタロウは深く頭を下げたあと疑問符を投げかけたがそれがまたオーリスをいらつかせる。

 

 

(この男は、なんだ?)

 

 

 レジアスが言うにはこの工機課は『頭のいいやつにそれはわからん』らしいが、この融通の利かない男の何が分からないのか見当もつかなかった。

 もう結構と彼を散らせたあと、興味からかウラカンとコタロウの調査報告を見比べてみた。

 

 

「……これは」

 

 

 ウラカンはテスタロッサ・ハラオウンとの会話による調査でありコタロウはデータでの調査報告である。オーリスは確か見回り時にコタロウのほうが早く報告が終わっていることを覚えていた。であるのに、この男のほうが調査の量は多く、なおかつ質もよかった。もちろんウラカンは口頭調査というものもあり、粗さは出ていると思うが、それを差し引いてもなお彼のほうがよくまとめられていた。というより、このまとめ方は他の査察官の誰よりも読みやすいように思われた。それは自分も含まれている。

 

 

(工機課とはいったい……)

 

 

 思うところがあり彼女は連絡をとるために回線をつないだ。

 

 

「失礼します。オーリスです」

「なんだ、査察の報告なら結果だけで十分だ」

「レジアス中将、ただいまお時間よろしいですか?」

「......構わん」

「工機課の人間に査察を依頼したのは彼らが優秀だからですか?」

 

 

 そんな質問か。とレジアスは呆れるように目を逸らす。

 

 

「そうだが」

「……それは私よりも、ですか?」

 

 

 彼女の常に冷静な表情と対比するような質問を聞き彼は眉を吊り上げた。

 

 

「何を考えてるかわからんが、そもそも優秀さなぞ能力が違えば計れるものでもないだろう。少なくとも工機課の人間が上に立って指導者になることはありえない」

「では――」

「ただもし」

 

 

 彼は繰り返した。

 

 

「ただもし、査察部に2人いたとしたら……お前を含め必要ないだろうな。そういう人種だ工機課の人間は」

「どういうことでしょうか?」

「説明が面倒だからこれ以降は自分で調べるでもしろ。今ある管理局の今まさに踏んでる床、点いてる灯り等の耐久性向上、また戦中質量兵器の分析、デバイスが決して不具合が起きないように調整。戦火の中で壊れた防壁の即時修復、紙媒体から電子データへの速やかな移行と以降のペーパーレス化の確立、給与システムの移管。我ら地上部隊は多くの血を流してきたが、アイツらは泥をすすり死人の血を飲んでも生を望み、今ある環境を整備した人間たちだ」

 

 

 はっきり言おう。と彼は続けた。

 

 

「お前のそのプライドの高さを形成し見下してきた人間だ。それを望んでその立場でいるんだ。見てきた場数と人の数、読み込んだ情報の量が違う」

「……」

「理解しようと思わない時点でオーリス、お前とは人種が違うのだ。まあ今の現役ではそこまで劣悪ではないが培った質は受け継がれているはずだ」

「……わかりました」

 

 

 話を変えますとオーリスはめがねを上げる。

 

 

「仮にもし六課にその工機課の人間がいたとしたら査察はどうなりますか?」

「あァ? そうだな、仮にもしいたら……査察の必要も意味も無い」

 

 

 ヤツらが機械士を知るはずも無いと鼻を鳴らし、

 

 

「機械士の不備を見つけることができるのは機械士だけだ。もし自分の書類を自分で見たとすれば、第三者として確認できる感情を抜いた目をアイツらは持ち合わせている。それぐらい機械士は書類、機械類に対し絶大だ」

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第41話 『機械士の実力』

 

 

 

 

 

 

 六課の隊長室には新人たちを外した隊長、副隊長たちが査察ほどではないが緊張感をもち、電磁算気器子部工機課に連絡をとろうとする部隊長八神はやてを見ていた。

 

 

「ほんなら、掛けるで」

 

 

 邪魔にならないように少し後ろで隊長陣は頷いた。

 『CALLING(呼び出し中)』という数秒の間のあと、

 

 

「はいこちら電磁算気器子部工機課ドグハイク・ラジコフ三佐」

 

 

 画面に映し出されたのはレジアス・ゲイズのほうがまだやさしく見れる強面の顔で、心臓が跳ね上がった。

 お互いの画面は大きく写し出され背景のほうが人物より比率が多く、工機課はがらんどうでデスクライトと画面の明るさ以外に光るものはなく、六課の部隊長室と対比になるようなものであった。

 

 

[顔、怖ェ]

 

 

 思わずヴィータは念話で言葉が出てしまったが、顔で動揺することが失礼であることは誰もがよく知っていたので、その言葉は無視した。

 

 

「嬢ちゃん、お前ェ名前と階級は」

「え、あの、はい! 古代遺物管理部機動六課課長八神はやて二佐です」

「これは失礼。上官でしたか。それで何日間そちらに派遣させればよいので?」

 

 

 第一印象といきなりの単刀直入さに動揺してしまったが、再び彼を呼び寄せることは難しくはなさそうで、すぐに期間を思案する。

 

 

「9ヶ月でお願いしたいのですが」

「9ヶ月ですか。それはまたえらく……3月末まで、か……」

 

 

 向こうで別画面を操作しようとしているのが目線を落とすが、すぐに動作が止まった。

 

 

「ヤガミ・ハヤテ? あ、アイツが依頼したところか」

 

 

 ドグハイクはただ視線を彼女に合わせただけだがはやてからすればじろりと睨んでるように見えた。

 

 

「もしや、工機課(うち)の若いのが修繕等で不具合でもやりましたか?」

「あ、いえ――」

「おい! コタロウ!」

 

 

 呼び出すが向こうでは反応がない。

 

 

「まだ終わってないのかアノヤロウ」

「ドグハイク二佐」

工機課(うち)のものが失礼しましたね」

「いえいえ。そうではなく、ですね」

 

 

 はやては頭を振って否定して、丁寧に説明をする。

 

 

「あの、そちらのコタロウ・カギネ三等陸士がとても優秀なので延長をしたく、ご連絡した次第でして」

「なるほど......ん、機動六課といいましたね」

「え、ええ」

 

 

 彼はひとつ指でタップするとその背景を埋め尽くさんばかりの無数の画面が出現しそれにより少し部屋が明るくなる。

 ドグハイクは椅子をくるりと一回転させると、

 

 

「特に、うちの部下からの報告によれば、そちらの規模を考えても修繕修理箇所が今以上にあるとはないのですが。どこか落ち度でも?」

 

 

 一目で全部見れたとは考えられないが、相手が工機課の人間である限りあり得なくはない。

 また、コタロウの六課での働きに落ち度はなく今現在彼の仕事は発足時に比べると格段に少なくなっている。設備に関しては日々の調整や整備を怠らなければ十分であった。

 

 

「それは......」

「ありましたら、それ相応の処分をこちらで行ないます。人間ですから失敗はありますが、許されない課なので」

「いえ、そんな……先ほどの通りでそちらの課の方々が優秀であるということはこちらに派遣されてきた……カギネ三等陸士から判断できます」

「なるほど」

「こちらは臨機応変に行動するのを優先する機動課の中でも特に高い機動性があると自負しています。ですので――」

「失礼ながら個人的意見を申し上げさせていただきますが」

 

 

 はやての言葉を打ち切り背景にあった画面をすべて閉じた。

 

 

「若いながらよく工機課の仕事内容を理解しているようで」

 

 

 つまるところ、と彼は続ける。

 

 

「自分たちが臨機応変に動けるような何でも命令できる人材がほしいというわけですな」

「はい」

「そうしたら、と」

 

 

 数少ない人材の中から選ぼうとする彼を、

 

 

「あ、あのっ」

「はぁ」

「コタロウ・カギネ三等陸士をこちらに出向させていただけませんか?」

「……コ、いえ、カギネを? 別に以前そちらにいたからといって、うちの課の人間であれば誰でも言われればそつなくこなしますが?」

「コタロウ・カギネ三等陸士でお願いしたいと思います」

 

 

 それを聞いてドグハイクは「ふぅん」と顎に手を当てたあと彼の状況を確認し、いくつか操作しているのが見えた。

 

 

「今は査察部だったな、確か一日早めに、ん、そうかそうか」

 

 

 はやてはとりあえず、再びこちらに彼を呼び戻せそうだと初めの頃の緊張が抜けてきた。

 

 

「わかりました。一応ですね、そちらの機動課の規模ですと期限は3ヶ月程度でできませんかね。一応そちらの整備は完了しているので、随時となると進行基準に則らなければなりませんから」

「わ、わかりました」

 

 

 今度は忘れないようにしようという思いが自分の背後にいる隊長陣たちからビリビリ届き心に決める。ドグハイクはパネル操作をしながらぼそぼそと愚痴をこぼす。

 

 

「最低階級は三等陸士か、ならそれだな。この短期更新がなぁ。査察部で准陸尉、で五課で3等陸士、六課でも『同』と」

 

(ん? なんやて?)

 

「あの馬鹿息子はまだ連絡とれんか。メールか」

 

(『……息子?』)

 

「これでよし。八神二佐」

「え、あはい!」

「書類等はこちらで済ませましたので明後日にはそちらに向かわせます」

「あ、ありがとうございます」

「ん、別に上官なのですからそれほど畏まらなくてもいいとは思いますがね」

「は、はぁ」

「では、何かありましたら、また」

「はい」

「失礼いたします」

 

 

 そうして通信は切られた。

 

 

「……ふぅ」

「はやてちゃん、お疲れさま」

「お疲れ、はやて」

 

 

 全員がそれぞれ彼女を労う。

 

 

「でも、あのドグハイク三佐、息子って言ってたよな」

「確かにそう言ってたな」

「複雑なんだと思うよ」

 

 

 ヴィータとシグナムの会話にフェイトが加わるとそれもそうだと気にはしなかった。

 

 

「でもさ明後日ってことは三佐の独り言からだと明日は五課にいるってことになるんだよね」

「そうやね。あぁ、いい機会やし連絡とってみよかな」

「それがいいと思う」

 

 

 そう言うと今度は機動五課に連絡をとろうとパネルを叩こうとするが、はやての手は止まった。

 

 

「どうしたの、はやて?」

 

 

 フェイトが心配そうに覗き込む。

 

 

「一回休憩してもええ?」

 

 

 それはもっともだった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 機動五課に連絡をするとロビン・ロマノワが出た。

 

 

「あら八神二佐、お久しぶりです」

「こちらこそロマノワ二佐、お久しぶりです」

 

 

 彼女はにっこり微笑んで、

 

 

「ネコの『ついでに』私たちへのご挨拶かしら?」

「……そんなこと、と言われると嘘になりますね。ですが、挨拶をしようと思ったのはそこまでではありませんよ? 先日のヴィータの件もお礼をと」

「あら、ありがとう。それで課長に?」

「ええ」

「少々席を外していますのでお待ちください」

 

 

 ジャニカが戻るまでいくつかの談笑の後――ヴィータは少しいじられた――彼に繋がれた。

 

 

「ん、はやて二佐か」

「お久しぶりです」

「お前、やらかしたろ」

「へ?」

「工機課の更新」

 

 

 お見通しのようで苦笑いするしかできなかった。

 

 

「ドグハイク二佐に連絡をとりましたところ」

「もう五課が押さえてたと」

「……」

「機械士がいたところに査察したんじゃ、絶対当日終わるからな。六課にまさか機械士がいるとは思わないだろうなぁ、レジアス中将」

 

 

 それで予約を入れてたのか。と、工機課の詳しさに感服した。

 

 

「と、次はまた六課か」

「はい」

「なら丁度いいかな」

 

 

 どういうことでしょう? とはやては首を傾げた。

 

 

「実はな、お願いしたいことがある」

「お願い?」

「そうだ」

「なんです?」

 

 

 今夜出動要請がでたらしい。

 日付としては明日ということだが、すでにコタロウの管理下は五課にありすぐに作業に当たらせたいという。交通網を考えると五課のほうが近いが、()()()()なら六課のほうが近く、そちらのほうが都合がいいそうだ。なので、作業スペースの確保と、万事を期すためコタロウに出した仕事が疲労過多になるかもしれないので、回復処置をお願いできないか。とのこと。無論こちらにも医療スタッフはいるが出動に備えているためと、そちらの医療スタッフのほうが有能である――現時点ではとジャニカは強調していた――からという。スペースのほうは問題ないが、一度主任医務官シャマルに伺ってからご返信してもよろしいでしょうかとたずねたところ向こうは頭を下げた。

 はやてはそれをシャマルに話したところ、コタロウが帰ってくるのを知り目をキラキラさせて頷いた。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 それからのすぐにはやてはティアナに案内役を当たらせ、作業スペースには監視役にリイン、医務官のシャマル、そしてどこで聞きつけたかシャリオが自ら願い出てきたのでそれも加えさせた。

 ジャニカがいうには『一人でさせたほうが早いし簡潔である』らしいので極力――彼の口から出るとは考えられないが――コタロウが何かいうまでは見ていることをシャリオに伝えた。

 そしてはじめに隊舎に訪れたのは飛行許可を得た二人で、

 

 

「機動五課のエピカ・デルホーン一等空士です」

「同じくスタンザ・オレット二等空士です」

「機動六課ティアナ・ランスター二等陸士です」

 

 

 大きな箱をひとつ二人で持ってきていた。

 

 

「この度はご依頼了承の件、二佐によろしくとのことです」

「はい。お伝えいたします」

 

 

 三人は挨拶ののちに敬礼を解くと、ティアナがあたりを見回した。

 

 

「ネ、いえカギネ三等陸士は、どちらに」

「いえ、こちらも()()()()向かわせるとしか」

「そうですか」

 

 

 隊舎のドアが開くと、

 

 

「到着したんやね、こんばんは」

「こんばんは」

 

 

 はやてとなのはが挨拶がてら出てきた。実のところフェイトたちもドアの奥のほうでそわそわ行ったり来たりしていた。

 査察部での彼の扱いがあんまりだったので心配だったのだ。ただ、コタロウにあったらおくびにも出さないよう自然に振舞うと心に決めていた。

 はやてとなのはの知名度の高さは当然五課にも及んでおり『SSランク魔道士』と『エースオブエース』を間近で見れるとはエピカとスタンザは思いもよらなかった。

 また二人はトラガホルン両二等陸佐を尊敬し憧れていた。二人は五課が生まれ変わった経緯を目の当たりにしており、局のためになることより二人のためになることなら何でもやろうという決意があった。初めのうちは二人が夫妻であることに驚きを隠せなかったが、ロビンとジャニカに見合う人間は二人以外にありえないことは理解できたし、普段言葉の応酬をしている二人が一人でいるときは決して相手に対して愚痴をこぼさないところに愛を感じていた。

 

 

[まさか、かの有名な二人に会えるとは思いもよりませんでした]

[スタンザ、しかもよ]

 

 

 と敬礼しながら念話を送った。

 

 

[ここには他にも八神二佐の個別戦力ヴォルケンリッターもいるみたいよ]

[トラガホルン二佐がいうには優秀な若手が多くいる場所だから『ここも』勉強して来いということですよね]

 

 

「そんないつまでも敬礼してなくてええよ?」

『は、はい!』

 

 

 はやてたちもティアナと同じよう見回し、

 

 

「コ、んとカギネ三等陸士はまだ来てないの?」

「は、はい!」

「まだかと……」

 

 

[ねえ、カギネ三士のことさっきこのティアナって子は『ネ』といってたわよね?]

[そうですね、八神二佐は『コ』といってました]

[資料によるとコタロウ・カギネよね]

[ええ、八神二佐のいい間違いはわかりますが]

 

 

 なんですかね、と彼らはまた念話で話し始めたがそれは打ち切られた。

 外にいた犬にしては大きい獣が海のほうへ向かって吠えた。

 

 

「ザフィーラ?」

「向こうから何か音が」

「音?」

 

 

(『犬がしゃべった……』)

 

 

 日は完全に落ちており海を見ても遠くまでは見渡せない。

 はやてとなのは、ティアナが海辺に近づくとエピカとスタンザもそれに倣い歩き出した。

 

 

「なにか見える?」

「んー別に」

 

 

 目を細めても何も見えない。が、音は聞こえた。乾いた金属音のような音だ。

 

 

「だんだん近づいてるね」

「うん」

 

 

 そして見えてきた。

 

 

「海の上を走ってる……?」

『……うそ』

 

 

 ティアナの言葉に一番驚いたのはエピカとスタンザである。飛沫(しぶき)の音は聞こえず海を踏む音だけが耳に届いていた。

 ある程度近づいたところで、コタロウは跳躍し腰に差してある傘を引き抜いて着地寸前で開き空気抵抗で重力加速度を緩和し音を殺して着地した。

 

 

「ロマノワ二等陸佐、今機動六課に到着しました」

 

 

 彼はすぐにパネルを開き連絡をとると促され回れ右をして敬礼をした。

 

 

「デルホーン一等空士、オレット二等空士、電磁算気器子部工機課より派遣されました。コタロウ・カギネ三等陸士です」

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

『カギネ三等陸士の仕事ぶりをよく見ておけ』

 

 

 エピカとスタンザは六課へ向かうときにロビンとジャニカにいわれた言葉を思い出していた。

 彼らが案内されたのは15人くらいが収まるくらいの小会議室である。そこにたどり着くまでに数人と挨拶をしたが、エピカとスタンザはずいぶんと格式ばらない朗らかな課だなと感じた。自分たちの五課は四月当初は課内の整備のために厳しさはあったが今はずいぶんと柔らかくなった。それと比べても六課は朗らかな雰囲気であるような印象を受けた。

 

 

「カギネ三士」

「はい」

「この機動六課に以前いたころがあるらしいな」

「そうです、オレット二等空士」

「どういう課なんだ?」

「どういう課……? 主に何について訊ねておられるのでしょう?」

「何についてって、そりゃ――」

「お待ちしておりましたです! ネ、えと、カギネ三等陸士」

「失礼いたします、リイン曹長」

「コタロウさん、はやてちゃ、いえ八神二佐より言付かっております」

「八神二等陸佐より?」

 

 

 こちらの話です。とシャマルは話を流すとコタロウは気にはしなかった。

 コタロウは面識のない人たちの仲介を果たすとエピカとスタンザは敬礼して名前を発し自己を紹介した。

 

 

[この小さいのが曹長??]

[シャマル主任医務官、美人ですね]

[バカ、それはどうでもいい]

 

 

 エピカは自分のそばかすと体質からくる緑と白の(まだら)模様の髪から女性でいることをあきらめている。美人を目にしてもなんとも思わないが、美人と言われるとむずがゆさを覚えていた。実際は彼女のそばかすも年齢を追うごとに薄くなり始め短所ではなく長所になり始めていたが、元来から短所であると感じていたためにそうとは露ほども思っていなかった。

 

 

「シャーリーも後で来るそうですよ?」

「なんでも、勉強したいとのことで」

「……勉強」

「なんでもないですぅ」

 

 

 ティアナは案内をすますと敬礼しその場を離れた。

 

 

[しかし、曹長は私たちの管理だと思うのですが、どうして医務官もいらっしゃったのでしょう]

[トラガホルン二佐が言うには回復要員だそうだ]

[回復?]

[私もそれ以上は『行けばわかる』としか言われなかった]

 

 

 エピカはジャニカから詳しい説明は受けておらず、他にも『通信するときはエピカ、お前が主導で話をしていることにしろ』と指示を受けていた。疑問にあるところばかりだが追求はしなかった。

 

 

「私たちの今日の仕事は」

「『見る』ことですものね」

 

 

 そうして彼女は頷いた。

 小会議室はデスクが四角くサークル上に設置してあり、リイン、シャマルはエピカたち三人の右に座る。リインはモニターを、シャマルは自分の指輪型アームドデバイス・クラールヴィントとキラリと(またた)かせた。

 スタンザとコタロウは持ってきた箱を開けると中には一般局員のデバイスとその予備のデバイスが合わせて50ほどあった。

 

 

「カギネ三等陸士」

「はい」

「本当にこの数をお前一人で行なうのか?」

「そのように命令を受けています」

「確かにそうだが」

「もし、手伝いが必要なら言うんだぞ」

「多大なるご配慮ありがとうございます」

 

 

 二人とも前線および整備員を兼ねている。

 コタロウは傘を出すと、

 

 

「っと、間に合った~」

「あ、シャーリー。こっちですよこっち」

 

 

 シャリオはコタロウと含め三人に挨拶を済ませるとリインの隣に座った。

 

 

「そのモニターはなんですか?」

「ん、はやてちゃんたちも見たいみたいです」

「なるほど」

 

 

 小声でのやり取りの限り見たい人たちは別室で様子を伺っているらしい。もちろん査察部から連絡が来たときはその対応を優先しなければならない。

 

 

「トラガホルン二等陸佐?」

「カギネ三等陸士、すまんな大変な仕事頼んで、命令はデータの通りだ」

「問題ありません」

「お詫びはまたするわ」

「及びません」

 

 

 トラガホルン両二等陸佐から通信が入り、コタロウをやり取りをしているのを会議室にいる全員が見た。

 

 

『よろしく頼む(わ)、機械(マシナリー)ネコ(キャット)

「任せて、ロビン、ジャン」

 

 

 エピカたちは二人がコタロウに労ったことと、その彼が両二佐に対して愛称で呼んだことが信じられなかった。また、六課の通信で見ていた人たちはそのやり取りを見て、自分たちには見せたことも無いほころばせた顔のコタロウとの信頼関係に胸が温かくなり。

 

 

(『いいな』)

 

 

 と心より感じていた。

 通信が切られると、コタロウは無表情でも僅かながら引き締まったようにも見え、さらに焦点が合っているのかわからない目になり暗く沈んだ。

 そのまま傘を開き彼は命令する。

 

 

『傘、MR(メンテナンスルーム)

 

 

 以前付いていた「リトル」は無かった。傘の布と骨組みが分離すると布は広がりデスクに、骨組みは足元と手元に配置される。

 

 

『……』

 

 

 エピカたち二人は驚きで黙ったが、リインたちは邪魔にならないように何も言わなかった。

 コタロウの周りに五課の局員の身体情報が映し出すと作業に取り掛かった。そこからは異質以外の何ものでもなかった。

 まず彼がやったことは、

 

 

「#$%&#$%&!!¥¥」

 

 

 声ですべてのデバイスに起動し各使用者情報と同期した。

 そして、右手と両足の指を使って調整をしだす。

 

 

<これは>

「え、なに、クラールヴィント」

<彼の声音言語は全てのデバイスを起動します>

 

 

 彼の周りで画面が開いたり閉じたりしている中、その端のほうでは六課の面々の情報も映し出されていた。

 点いては消え点いては消えと、身体情報のほかにそれぞれの実戦データも映し出され個人の癖や稼動範囲にあわせ調整されていく。

 彼の時々出す声は普段のものとは言えず、高音、低音と使い分けられており、各デバイスが点滅、点灯するのが声なのか右手に持っている傘の柄を各指それぞれで振動させているからなのか、足の指で行なっている操作なのか見当が付かなかった。普段なら『耐久性よし』など確認する言葉も今回は無かった。

 

 

「;:&&;:;--##-<><>」

 

 

 それぞれの手足の速度は六課の局員たちが今まで見たことのあるどんなものよりも早く、動いているのか止まっているか前述の通り振動していうようにしか見えない。

 通信の向こうでは、

 

 

「なに、これ」

 

 

 リインのモニター越しのなのはは以前彼が「操作をゆっくりしていた」という言葉を思い出していた。

 

 

「ティア、これ」

「……」

 

 

 ティアナはスバルの問いかけが聞こえず、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

「前の外でやってた整備とは、比較にならんな……」

「……うん」

 

 

 はやてもフェイトもこれ以上何もいえない。

 

 

(勉強……そんな次元の話じゃない)

 

 

 シャリオは真っ直ぐ彼から視線を逸らすことができなかった。

 これはエピカたちも同様であり、座っていた椅子から落ちた。

 

 

「な、なんなの」

「わかりま、せん」

 

 

 なおもコタロウは手、いや身体を止めることは無く「&#$%」と聞き取れない言葉を発してはデバイスの調整、整備と行なっていた。

 

 

「■□■■■□□」

 

 

 彼は時々柄から手を離して別の工具へ変換させ整備をしていく。そして、箱から出されたデバイスはもとあった箱に収納されていった。

 

 

 

 

 

 

 時間にして30分経つか経たずして全ての画面が消えた。同時に六課のデバイスも光を失う。整備はされておらず起動させただけのようだ。

 次にコタロウはロビンに連絡をとると、すぐにエピカとつなぎ、

 

 

「エピカ! いいわね。これからのことは全てあなたの声に変えますよ!」

 

 

 これは六課を出るときに命令を受けた疑問の残る指示であった。

 通信の向こうの五課では、

 

 

「いいか、整備員たち! これからエピカが指示を出す。全て滞りなくすませろ!」

『はい!』

『わかりました!』

 

 

 向こうではヘリや滑走路と有しない輸送機が十数台並べられていた。

 

 

「指示は以上よ。スタンザ。一人で辛いだろうがデバイスをもって戻って来い」

「……」

「おい、聞いているのか」

「は、はい!」

 

 

 すぐに作業に取り掛かった。

 

 

「カギネ三士」

「はい、トラガホルン二等陸佐」

「これらどれくらいかかりそうだ」

「各5分から10分で終わります」

 

 

 輸送機の情報を見、操作準備を始めている

 

 

「もっと早くだ。エピカ!」

「はい!」

「終わり次第できるだけ早く合流しろ」

「わかりました!」

 

 

 ロビンは整備員たちの士気をあげている。

 

 

「ネコ! それが終わったらこちらは契約終了、明日は好きに使え」

「わかった」

「またね、ネコ」

 

 

 そうして通信が切れるとコタロウはその十数台の輸送機を映しだし、今度は輸送機の情報を羅列しながら、輸送機そのものを透過していく。

 

 

「A機から取り掛かります」

 

 

 向こうではエピカの声で届いていた。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「終了」

 

 

 通信が切れると口の端が切れて血を流しても気にならずコタロウは傘を納めた。

 エピカは彼の作業中にジャニカから通信が入りそろそろ合流しに向かっていいと言われコタロウに「が、頑張ってください」と敬語で挨拶をし六課を離れた。

 

 

「……さて、ご飯でも買いに行こう」

 

 

 と何気なしに立ち上がった。ただ、足はおぼつかない。

 

 

「コタロウさん!」

「何でしょう、シャマル主任医務官」

 

 

 力の無い目のコタロウは疲労が見えているのは明らかであった。シャマルはぐいと手をとると、シャリオがデスクをどかし寝かしつけた。

 

 

「シャマル主任医務官?」

「黙っててください!」

 

 

 彼女はクラールヴィントに口を合わせると姿を変え彼の身体を診た。

 

 

(筋力疲労は無い、けど)

 

 

 上から下まで手をかざす。

 

 

(視、三叉、内耳、迷走神経……あらゆる神経が疲労過多。そうか……)

 

 

 命に別状は無く視力も問題なさそうだが、先ほどの作業能力をみても反動が無いはずがなかった。

 

 

「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」

 

 

 回復詠唱をする。

 

 

「大丈夫ですか?」

「……」

 

 

 シャマルは答えない。だが、光がコタロウを包んだ後、彼女のため息と表情でリインとシャリオは顔を緩ませた。

 心配からか隊長たちも来て、声をかけた。またなのははヴィヴィオのために先に宿舎に帰っていた。

 

 

「大丈夫ですよ、安心してください」

 

 

 医務官がそう伝えると全員が息を漏らした。

 コタロウはむくりと立ち上がり、

 

 

「みなさん、どうされたのでしょうか?」

 

 

 全員の心配をよそに、回復の礼をした後に彼は小首を傾げる。

 『機械士の実力』とのギャップにそこにいた人たちは嘆息せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 




久しぶりにあとがきを書かせていただきます。
エルンです。

稚拙な文章読んでいただきありがとうございます。

内容は原作を離れたオリジナル展開になっています。
査察の詳細を書いてみたい! というより彼を知ってもらうために査察部分を取り入れてみました。

時系列を確認していくとここまで結構怒涛に過ぎてるんですよね。
ここに来て日々に隙間が出てきているのでオリジナルをはさんでいこうと考えています。

原作を期待された方は申し訳ありません。

そして、小説の誤字報告機能。。。
あの、本当に誤字多くてすみません。
これでも推敲しているのですが……
直す直さないは自分で決めていいんですかね?


ここまで書いて、まだヴィヴィオでてきてないことに気が付きました。
主人公とのからみを彼女登場時にやってしまうと場面転換が多くなりすぎて大変なので、書かなかったら今回も出てこない始末に。
次回以降で話を書けたらいいなと思います。

遅筆で申し訳ありません。
次回も書けたら投稿したいと思います。
前回から今回はスパン短めでかけましたが、次回は結構かかりそうです。


それではまた次回も頑張って書きたいと思います。


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第42話 『ネコ先生によるスキルレッスン?』

 

 

 

 

 少女ヴィヴィオの彼、コタロウ・カギネに対する印象は怖くは無いが怯えてなのはの後ろに隠れてしまう存在であった。それは、なのはがヴィヴィオを連れて寮の廊下を歩いているときに、ふと彼の名前を口に出し、

 

 

「コタロウさんどこにいるのかな?」

「はい、なんでしょう?」

『――っ!!』

 

 

 天井からぶら下がって出てきたことが、少女の第一印象を悪くさせたのだ。ヴィヴィオはその後、彼の数あるポケットから取り出した飴となのはによって泣き止んだが、それからどうも苦手意識を持ってしまっているようであった。

 しかし、先ほどの通りに怖い印象は持っていない。好きか嫌いかは置いておいて、行動の原理は本人はよく分かっていないが彼が近くにいても遠くにいても、つい目線を追ってしまう人であった。

 少女の目線の先の彼は、というより彼に話しかける人は大きく分けて2通りあることに気が付いた。挨拶というのを抜きにして笑顔で話しかける人と眉を寄せて話しかける人の2通りである。とくに後者のほうが多く、アイナが彼を訪ねていたときはひとりで彼女と彼を追っていった。寮のとある部屋に二人で入ったのをちらりとのぞくと、

 

 

「じつは最近ぬいぐるみ作りにはまってまして、それで最後のこの部分がうまく縫製できなくて……」

「なるほど」

「教えていただいてもよろしいですか?」

「わかりました、でしたら少々お待ちしていただいてもよろしいですか?」

 

 

 彼女の作った型紙を見ると何種類かこれから作る予定のようで、クマのようなものや、トリのようなもの、カバのようなもの、ゾウのようなものたちがすべてぬいぐるみに合わせてデフォルメされて型どられていた。それをヴィヴィオは以前描いているのを横で見ていたので知っており、そのなかでアイナはトリを製作しているようである。

 彼はアイナに一言断りいれると、生地を拝借しそのトリより二まわりほど小さく色違いでそっくりなぬいぐるみを、アイナと同じ製作工程まで進めた。

 

 

「では一緒にやっていきましょうか」

「お、お願いします」

 

 

 少女にとって今のあっという間のことがまるで不思議な力を使った魔法のように見えた。そしてそれを今度なのはに話そうと決めた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第42話 『ネコ先生によるスキルレッスン?』

 

 

 

 

 

 

 コタロウは朝、訓練後になのはとティアナに呼び止められ寮の自販機のある、とある一角に席に着いた。遠巻きに新人たちもいて聞き耳を立てた。

 

 

「それで、お話とは何でしょうか?」

「ティアナ」

 

 

 なのはは彼女に目配せすると口を開いた。

 

 

「ネ、いえコタロウさん、以前フェイトさんと模擬戦をしてなのはさんから、ゼロレンジにおける戦闘術があるとお伺いしたのです」

「はい」

「それで個人的に調べたんですが、コタロウさんのように戦う手段をアドヴァンスドグレイザーと呼ぶのですが……」

 

 

 ティアナは真っ直ぐ見られて、いつもの無表情の彼でも違和感を感じずにはいられなかった。

 

 

「コタロウさん、もしかして、知りませんか?」

「はい、存じ上げません」

『……』

 

 

 なのははともかくティアナにとっては出鼻を挫かれてしまった。ここから本筋が始まるというところで彼は知りえていなかったのだ。

 

 

「そう、ですか」

「えーと、実はですね、ティアナが私に相談してきまして……」

 

 

 なのはが言うにはそのアドヴァンスドグレイザーというのが保有魔力が低くても、高い人と遜色ない戦い方ができるということから彼女にもできるのであれば教わりたいというのだ。なにより、この前のヘリでの対処法を見たことが決定的であったらしい。もちろん“できるのであれば”というのは、あれだけの近距離はひとつ間違えば大怪我につながりかねない。以前のティアナの強さに対するわき目も振らない追求を見かねてというところも含んでいる。しかし、今の彼女はなのはに相談し危険は冒さないということを見て取れたためこの場を設けたという。

 

 

「なるほど」

「……すみません。てっきり」

 

 

 ティアナは肩を落とし俯いた。コタロウはパネルを開きそのアドヴァンズドグレイザーについて目を通し始めた。

 

 

「確かに、私の戦闘――彼の場合は防御――術に似ていますね」

「……はい」

 

 

 離れたテーブルの端ではスバルたちが目を合わせ首を横に振る。

 ティアナの肩に手を置きコタロウに軽く会釈して立ち上がろうとしたとき、なのはは正面の彼が顎に乗せていおりまだ話は終わっていないようであることに気づいた。

 

 

「ランスター二等陸士は、いえ、ランスター二等陸士に私の能力を教えればよろしいのでしょうか?」

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 コタロウによる説明は午後に行なうとのことで昼食後に小会議室に集まった。

 

 

「でははじめますが……」

 

 

 彼は首を傾げる。

 

 

『お願いします!』

『お願いします』

「おー、わかりやすくなー」

「お願いするです~」

 

 

 はやてやフェイト、ヴォルケンリッターたちも揃っており、朝より明らかに人数が増えていた。

 

 

「説明するのは高町一等空尉とランスター二等陸士と考えておりましたが」

「聞いているだけだ、気にしなくていい」

「あはは……すみません、話したら皆聞きたいみたいです」

 

 

 シグナムは腕を組んで後ろに寄りかかり、なのはは乾いた笑いを見せた。

 興味を得る理由を理解しかねたが、構わず始めることにした。コタロウはパネルを開く。

 

 

「それでは、これから私のことはネコ先生と呼んでください……あれ?」

「ん?」

 

 

 どうやら教授資料の台本、骨組みはトラガホルン夫婦が作成したようで、一文目を彼はそのまま読み上げたらしい。公文書ではない夫婦の作成資料は基本目を通すことをコタロウはしない。彼は時々あるこのイタズラが、普段の彼らへの困らせたお返しであることを把握はしていた。

 

 

「……失礼しました、前言は撤回し――」

『分かりました、ネコ先生!』

「……はい」

 

 

 だが、この場でそれを犯さなくてもいいのにと内心思いながら、頷くことしかできなかった。

 

 

「これから上官にいくつか質問や試してしまうことをお許しください」

「わ、わかりました」

「それでは、と」

 

 

 彼はいくつか準備をしていたようで、コインを一枚取り出し、彼女に手渡した。表、裏も説明する。

 

 

「コイントス、できますか?」

「はい」

「お願いします」

 

 

 そうすると彼女はコインを弾き手の甲に乗せながらすばやくもう一方の手で隠した。

 

 

「ランスター二等陸士はどちらにしますか?」

「えと、じゃあ表で」

「私も表です」

 

 

 そして確認すると確かに表である。

 

 

「では、もう一度」

「はい」

 

 

 再度コイントスをする。次はコタロウが当たり、ティアナははずれた。

 もう一度、もう一度、と繰り返していくと彼は一定として当たり続けたが、彼女は当たったりはずれたりを繰り返していた。

 

 

「あの、ネコ先生」

「私もやってみていいですか?」

 

 

 スバルの参加に頷くと、コタロウはティアナのコインを渡すわけではなく、スバルにもう一枚コインを渡し、考慮してか今度はコタロウとスバルがコイントスをした。

 

 

「ランスター二等陸士、私のコインとナカジマ二等陸士のコインをそれぞれ答えてください」

「……え、と、こちらが表、そちらが裏?」

「違います。私のは裏で、ナカジマ二等陸士のは表です」

 

 

 そのあと、今度はその二枚を繰り返すと、先ほどと同様にコタロウは当たり続け、ティアナの正答率は一定ではなった。

 

 

『……』

「私の能力が分かりましたか?」

 

 

 ある人たちが見れば手品の類に見えるかもしれないが、そのような出し物ではないことは間違いなく、コタロウの能力のヒントとして実演したのだ。

 

 

「すごく、目がいい?」

 

 

 スバルの答えにコタロウは頭を振った。

 

 

「ランスター二等陸士は、とある一瞬がものすごくゆっくりとスローモーションに見えたことはありませんか?」

「……えと、あります」

 

 

 なのはに撃墜されたときを思い出した。あのときは放たれてから当たる寸前まで、時間が遅れているように思え、かつ身体が動かなかったことを覚えている。

 

 

「私の能力はそれです」

「え、と……?」

『……』

 

 

 なのはたちは彼の答えにそれぞれ考え、自分たちも同じように物事がスローモーションに見えたときの状況を思い出した。

 

 

「ネコ先生の能力は異常なまでの『集中力』なんですよ」

 

 

 先日治療を施したシャマルが簡潔に話した。

 

 

『集中力……』

「おいおい、確かに危ない! ってときはゆっくりに見えたりするけどほんの一瞬じゃん」

 

 

 シャマルの言葉に理解を示すも理由としてはいまいちというようにヴィータは感じた。しかし、シャマルは静かに核心めいた表情を崩すことはなく、

 

 

「そうですよ? それは頭がその異常に耐えられずリミッターをかけてしまうのよ」

 

 

 真っ直ぐ彼を見て、

 

 

「ネコ先生、貴方の能力はリミッターを外せるほどの集中力ですよね?」

「はい」

 

 

 と、彼は頷いた。

 

 

「火事場のバカ力というやつか?」

 

 

 はやての言葉にシャマルも頷く。

 

 

「だから、工機課の環境対応を含め、普段の身体への異常な酷使はそのリミッターはずしに耐えられるようにということも含んでいるんですよね?」

 

 

 これにもう一度コタロウは頷いた。

 

 

「他の工機課の皆さんより私が環境劣化の場所に派遣されるのはそのためです」

 

 

 そして、と彼は続ける。

 

 

「私は『離陸(ロー)上昇(アッパー)頂点(トップ)限界(オーバー)臨界(オーバートップ)』の五段に分けています」

 

 

「え、じゃあ」

「フェイトちゃん?」

 

 

 フェイトは目を少し大きくする。

 

 

「え、うん。模擬戦のときの九天鞭を出すときに『上昇(アッパー)から頂点(トップ)へ』って」

 

 

「なるほどな」

 

 

 その横ではヴィータが指を折り、

 

 

「ロー、アッパー、トップ、オーバー、オーバートップ……あ? じゃあネコセンセーはフェイトとの模擬戦は全然本気じゃなかったってことか?」

「本気、といいますか、集中力の度合いなのでイコール本気かどうかを捉えることは困難です」

 

 

 ヴィータは不満にも似た表情だが、シャマルがそれを諌めた。

 

 

「ネコ先生の能力はきちんと五等分できるようなものじゃないからヴィータちゃんの考えている以上に複雑なのよ」

 

 

 その証拠に、と続ける。

 

 

「あの模擬戦の後やヘリでの対処後など、終わった後の疲労は普段、スバルやティアナたちの疲労とは質が違ってたもの。本気であることと全力はまったく違うわ」

「シャマル、怒ってる?」

「怒ってません!」

 

 

 能力の説明を聞くほど、シャマルとしてはこんなに医務官泣かせなものはないと口をへの字に曲げた。

 

 

「と、とりあえず、ネコ先生サンの能力はその集中力ということでええんやな?」

「はい」

 

 

 コクリと頷くと、彼はティアナを見て。

 

 

「後で、ランスター二等陸士の筋力の確認をしますが、見たところできて30秒が限界だと思います」

「30秒……」

「私の場合はトップで72時間、オーバーになると24時間もつか持たないかかと思います。オーバーの継続は負担が大きいので控えています」

「じゃあ、もし私も五段階できるとして……」

「いえ、それは現時点ではできない。と言わせていただきます。トラガホルン両二等陸佐が自分たちもできないと言っていました」

 

 

 コタロウが言うに、自分の能力は生まれつきなようで、それに興味を示したジャニカとロビンが解析した結果、彼の中では感覚的に制御しているのであり自分たちを含め一般人には到底真似できないことらしかった。自分が話していることは二人から教えてもらったことで、それを一般人でもできるようにしたものらしい。

 

 

「なので、ランスター二等陸士ができるのはオン・オフまでです」

「そうなんですか」

「はい。私は全身の全ての制御ができますので、魔力制御に加え」

 

 

 そういって、ティアナにこちらを見るように言うと、

 

 

「……え」

「このように髪を伸ばすことや」

 

 

 襟足がスルスルと伸びた。次に指を見せて、

 

 

「……」

「爪を伸ばすといった。成長を促すこともできます。これは新陳代謝を無理に上げるので非常にお腹が空きますが」

 

 

 レアスキルと判断していいのか周りは分からなかった。

 

 

「ランスター二等陸士はここまでは不可能です。ですが、集中力を高めることのメリットの大きさがどんなものかは今までの私を見て理解できていると思います」

 

 

 それでは、とコタロウはコインをしまいこむ。

 

 

「映像で見ているかと思いますが、今度は外で実演して、高町一等空尉の許可が下りれば訓練していきましょう」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 シャマルはティアナがこの能力を身につけようと考えていることを先ほど知り、不快感をあらわにしたが無理はさせないことと、普段の訓練に支障をきたすならやめさせるからとなのは管理の下で行なわれることにしぶしぶ納得し自分の仕事に戻っていった。

 

 

「……それで、この格好は」

「しっかり繋がないと内臓が持ってかれてしまいますので」

 

 

 ティアナは今、コタロウにおんぶされた状態で自分の出したバインドで二人をきつく縛りつけた。はじめは女性がぴったりと身体を男性預けることに抵抗を覚えたが、彼がそのようなことで動揺する人間とも思えなかったので覚悟を決めてひしりとしがみついた。

 現在はいつも訓練しているなのはやヴィータ、新人たち、そして珍しくシグナムがいるくらいである。

 新人たちは体育すわりで

 

 

「それでは、高町一等空尉お願いします」

「はーい」

 

 

 少しはなれたところにいるなのはは先ほどコタロウから何点かお願いをされており、その通りに動く。

 

 

「えーと、はじめはこれくらいかな?」

 

 

 自分の周りにいくつもの魔力弾を出現させると二人に向かって打ち出した。

 すると彼は傘を前に出すと以前のフェイトとの模擬戦と同じように自分に当たるものだけを逸らしていった。背負われたティアナはこれを間近で見ることができた。

 

 

(……すごい)

 

 

 傘で触って逸らしているはずなのに、彼女の目には弾が自分たちを避けているように見えた。

 

 

「高町一等空尉」

「はい」

「次の段階に進めてください」

「あの、本当に大丈夫ですか?」

「問題ありません」

 

 

 座っている新人たちから見て今の弾数は多くもないが少なくもない。しかし次になのはが出した弾数は目視では3倍くらいに増えたことがわかり、驚きを隠せずにいた。

 

 

「で、では行きます!」

「お願いします」

 

 

 なのはは魔力を込めるとその多く――新人たちからみたらめったに見ない弾幕と呼ばれる数――の魔力弾を出現させると、コタロウを信じてか一斉に撃ち出した。座っている新人たちは一瞬目を閉じる。

 

 

「ランスター二等陸士、目を閉じてはいけません」

「う、は、はい!」

 

 

 ティアナも同様であり、むしろ狙われる対象であるため身体を強張らせ目を閉じようとするが、コタロウに注意を受けた。

 また傘を前に出すと彼は速度を上げて先ほどと同様に弾くわけでなく全て受け流した。なのはの魔力弾は全て通り過ぎると上昇し再び術者の横を通り、コタロウとティアナに向かっていく。軌道はもちろん同じではない。

 

 

「……ん?」

 

 

 彼はふと何かに気づき下を向くと靴紐が切れているのに気が付いた。

 

 

『あ!!!』

「え、ちょ、コタロウさん!?」

 

 

 正面に弾幕が迫っているのにティアナは前の男が突然しゃがんだことに驚き、目を瞑った。

 術者の制御下でも誰が向かっても間に合わないと思ったそのとき、コタロウは靴紐を掴むためには傘が邪魔であるかのように前にぽいっと放ると、その傘は初めの彼らに当たる弾にぶつかった後、その反動で回転し次の弾に当たるがそれも彼らに当たる弾であり、以降傘はそれを繰り返した。自我なく踊っているようであり、その後ろにいる二人に決して当たらぬよう逸らし続けたのだ。

 

 

「……うそ」

 

 

 スバルの言葉にティアナは目を開け、眼前で起こっていることに目を見張った。

 全ての弾が彼らを通り過ぎたところで靴の応急処置を終えた彼は傘の柄を掴みなのはに終わりを申し出た。

 

 

 

 

 

 

 コタロウはティアナにバインドを解いてもらい背中から降ろすと、彼女はぺたんと座り込んだ。

 

 

「ランスター二等陸士?」

「あの、二回目のは……?」

 

 

 若干恐怖が後から来たのか少し涙ぐんでいる。

 

 

「靴紐が切れたので、当たるのを順番にそらせるよう調整して傘を離したのです。当たる角度まで先に計算しないといけませんが」

「そう、ですか……」

「はい。それでは、ランスター二等陸士」

「は、はい!」

「私のこの能力を身につける訓練を受けますか?」

「……」

 

 

 ティアナはしばしの間考えた後、決意ある目でコタロウを見て、頷いた。

 

 

「わかりました。最低でも弾数を増やす前の状況はクリアできるのを目的とすることにいたしましょう」

「はい!」

「では訓練方法なのですが、初めに高町一等空尉が試すということでよろしいのですね?」

 

 

 彼ら――トラガホルン夫妻を含む――の考えた訓練だろう、その方法を誰よりも先に確認する義務がなのはにはあった。

 

 

「それでは高町一等空尉」

「はい」

「こちらに跪坐(きざ)――足首を立てて踵を上にする正座――してください」

「わかりました」

 

 

 日本出身で兄が武道を修めていることもあり、なのはは背筋を伸ばし凛と座る。

 

 

「私の行なう訓練は、これを――」

 

 

 片手で収まる程度のボール取り出し、

 

 

「私が空中に放るので、落ちてくるボールを上を見上げることなく視認できた瞬間、タッチ、あるいは撃って当てる。というものです」

「なるほど」

 

 

 地味であるが集中力、注意力を磨くにはよい訓練になる。とコタロウが上にボールを蹴り上げるのを確認してからなのはは耳を凝らし目を瞑った。ヴィータ、新人たちは別段難しいとは思わず無言でそのやり取りを見守る。

 そしてなのはは落ちてくるボールの風切り音が聞こえると目を開けタイミングを見計らい、

 

 

「ん……」

 

 

 見えた瞬間ボールを撃ち落した。ボール自体は威力に耐えうるもので無傷で転がる。

 

 

「お見事です」

「これくらいなら別になんでもなくねェか?」

 

 

 ヴィータが声を漏らす間になのはが立ち上がろうとするとコタロウは「あと2つ段階がありますので」とそのままにさせた。

 次に彼は帽子(キャップ)を取り出し、彼女に被らせた。

 

 

「これは……?」

「また同じようにボールを撃ち落してください」

「……? わかりました」

 

 

 先ほどと変わらないだろうとなのはは考えたが、いわれたとおりにして、コタロウの蹴る音が聞こえると目を閉じた。

 

 

「さっきと同じよね?」

「うん」

 

 

 ボールを目で追い上を見上げるティアナとスバルのやり取りにエリオやキャロも頷く。彼の蹴り上げたボールの落ちる範囲はなのはの目の届く範囲に限定されていた。

 また、音が大きくなるのが分かってからなのはは目を開ける。

 

 

「――っ!」

 

 

 なのはは何かに気づいたようで今度は目つきを変えて周囲をうかがい、

 

 

「ン!」

 

 

 先ほどとは違い余裕のないことが新人たちにも分かった。

 

 

「なのは?」

「……コタロウさん」

「はい」

「もうひとつの段階というのは?」

「今度は様々な色、大小のボールを織り交ぜて指定する色のボールを撃ち落すというものです」

「これを被りながら、ですか?」

 

 

 コタロウはコクリと頷く。

 

 

「加えて音を遮断して行ないます」

「……なるほど。ティアナ」

「は、はい」

「午後の訓練はコタロウさんの言うことを守って練習すること。コタロウさん」

「はい」

「ティアナのこと、よろしくお願いします」

「できなければ、筋力トレーニングを課しても問題ありませんか?」

「構いません」

 

 

 膝の埃を払いながらなのはは立ち上がるとコタロウに帽子を返し、ティアナだけ別行動を指示し自分たちは普段の訓練を行なうために歩き始めた。

 ヴィータを含め新人たちはなのはが今の帽子がある、ないで何が変わるかよく分からなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「なのはさん」

「ん?」

 

 

 スバルは準備体操をしながらたずねた。

 

 

「さっきの帽子を被る被らないで何が違うんですか?」

 

 

 なのはは少し考えると、

 

 

「スバル、片目だけ手で隠してみてくれる?」

「あ、はい」

 

 

 左手で左目を隠す。

 

 

「両目で見えている視野角より狭まるでしょ?」

「はい」

「ツバつきの帽子を被ると上が狭まるのよ」

「あ……」

「確か、人間は上に60度まで視野があるんだけど、帽子を被ると20度くらいまで落ちるから、より集中しなければならない」

「なるほど」

「それで周りの音も消して完全に視認してから撃つとなると相当な集中力を有するわね」

「なのはは音ありでやってたな」

「うん。あれは私が初めの説明を間違えちゃってた。音で感知といってなかったからね」

 

 

 なのはは少し苦笑した。

 

 

「でも、無音だったら相当難しいと思う。私も何度か訓練しないと……」

「なのはさんでも?」

「うん。ただ、将来を考えてもティアナ向きの訓練なのは間違いないから、明日からあの子の訓練は今までの訓練を羨むくらいなものになるかもね。コタ、いえネコ先生の訓練は多分私の考えている以上に基準が上に設定されてるから」

 

 

 スバルたちはティアナに二束のわらじを履かせることが分かり寒気を覚え、今夜彼女に訓練の感想を聞こうと思った。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「ティア!?」

「……な、に?」

「だ、大丈夫!?」

 

 

 スバルは流石にティアナがコタロウに担がれて帰ってくるとは思わなかった。

 

 

「……ストレッチとかマッサージはネコ先生がしてくれたから」

 

 

 今はおぼつかないが座り、食べ物を無理にでも口に詰め込んでいる。

 

 

「んぐ、あと終わった後シャマル先生にも診せに行くから、大丈夫よ」

「そんなに辛かったの?」

「身体も精神もね」

 

 

 エリオが興味本位で、

 

 

「う、うまくいったのは何回くらいなんですか?」

 

 

 と聞くとジロリと睨まれ

 

 

「0回よ」

 

 

 と再び口にものを詰め込んだ。

 

 

「ふぅ。成功しないとペナルティ、成功するには神経すり減らさなければならない。後者をとらなきゃいけないんだけど……」

「ペナルティ軽減してもらえばいいんじゃないでしょうか?」

「それも違うのよ」

「違う?」

 

 

 キャロの労わりに首を振って、飲み物を含んだ。

 

 

「……コタロウさん、私の身体状況を私以上に知ってるから本当にできるかできないかのぎりぎりのペナルティを毎回課すのよ」

『……えぇ』

 

 

 彼だからこそ可能なトレーニング方法らしい。訓練終了後に気絶するように組まれているらしい。

 

 

「でも、それだといざ出動のとき、できないんじゃない?」

 

 

 そこでティアナが不敵に笑った。

 

 

「その時は、副作用の少ない生薬を調合した気付け薬を飲ませてくれるってさ……」

『うわぁ……』

 

 

 疲労回復つきのね。と容赦ない訓練法に周りも苦笑いが出た。

 なのはが許すのかという疑問がわいたが、訓練後コタロウはなのはとシャマルにこの特訓法を取り入れた時のティアナの疲労度と薬の成分をプレゼンテーションし納得させていた。

 

 

「そういえば、なのはさん明日からティアナはネコ先生のメニューをメインにして連携訓練以外はそっちに割いていいみたい」

「……そう。まあなのはさんは技術はネコ先生の訓練でも問題ないっていってたし……」

「ネコ先生はティアに起こり得る心配事を私以上に考えてるだろうから……心配していいのやら、しなくていいのやら。とりあえず、ガンバ!!」

 

 

 突っ伏すティアナにスバルは心配しようとするも、労うことしかできなかった。

 

 

「んー」

 

 

 それに彼女は手を振って答えた。

 

 

「ランスター二等陸士」

「は、はい。何でしょう?」

「食べ終わりましたか?」

 

 

 ティアナは顔を上げて頷く。

 

 

「では、訓練を始めましょう」

「え……ここで、ですか」

「あちらにあいているテーブルがございますので」

「あの~」

 

 

 たまらずスバルが口を挟んだ。

 

 

「なんでしょうか、ナカジマ二等陸士」

「もう疲労困憊してますし、今日はこの辺で……」

「強制はしていません。ランスター二等陸士が訓練の程度は私に全てお任せすると盟約しています」

 

 

 とパネルを見せて盟約文をスバルに読ませた。

 

 

「ティア……」

「よい、しょ。と」

 

 

 いいのよ。とやっと立ち上がった。

 

 

「私は強くなる。身体と頭に言い聞かせて納得した上なんだから」

 

 

 それだけいうと空いているテーブルにコタロウと対面するように座ると、彼はカードを取り出し並べ始めた。

 他の新人たちも興味から見学するように近くに座る。

 

 

「それで先生、何をするんですか?」

 

 

 ネコはつけなかった。

 

 

「神経衰弱と呼ばれるゲームです。このカードは1から10までの数字と11から13までの絵柄が入る13枚のカードが四種あり、計52枚あります。裏返しで並べられているので2枚めくりペアをつくり、ペアができれば自分が所有し最後に多く枚数を持っていたほうが勝者。というものです。このカードをよく見ていてください」

 間違えればターン終了です。と、彼は続けた。

 トランプと呼ばれる並べられたカードは魔力によって二人の間に浮かび上がり、くるり、くるりと数回転するとまたテーブルに並べられた。

 

 

「先攻はランスター二等陸士です」

「はい」

 

 

 

 

[私、このゲーム知ってるー]

[僕も知ってます]

[間違いを繰り返しながら配置を覚えていくんですよね]

[でも、これ後者のほうが有利ですよね]

[うん]

[どうして、ティアナが不利なほうなんだろ]

 

 

 みんな目を合わせて首を傾げながらティアナの裏返す手を追った。

 ティアナは一枚めくり、そしてもう一枚めくり合わずにターンを終えた。

 

 

「先生、どうぞ」

「はい」

 

 

 彼は今回教えるという立場であり、これもまた台本があるのか分からないが口を開いた。

 

 

「ランスター二等陸士」

「……はい」

「次回からもう少しよく見ていてください」

 

 

 そういながら一枚、また一枚とめくるがその全てが揃っている。

 

 

『……え』

「せん、せい……?」

「はい」

 

 

 手は止まらない。

 

 

「もしかして、覚えてるんですか?」

「先ほど宙で回転させたときに覚えました。不正を感じているなら今度はランスター二等陸士が行なっても構いません」

 彼が言った「よく見ていてください」というのは初めの配置前の回転で全て覚えろという意味であった。

 気づけば、全てめくり終わっていた。

 

 

「では、ランスター二等陸士。負けた場合、明日私のようにいくらか工具――重り――を忍ばせた訓練着でストップ&ゴーのダッシュを負けた回数×5回、なのはさんの早朝訓練前に行なってください」

「……え」

「問題ありません。きちんと起こしに行きます。順を追って心身の崩壊を起こさない二歩手前ぐらいで訓練していきましょう。では次はランスター二等陸士が配ってください。今の時間で5分でしたので、カードを切っている時間は休憩できますからそのまま続けるとして20回はできますでしょうか」

「……ハイ、ネコセンセー」

『……』

 

 

 新人たちはティアナの魂が体から出て行くのが見えたような気がした。

 

 

 

 

 




どうもエルンです。

執筆時に最近見た読んだもので書き方が変わってしまうことをお許しください。なるべく変えないように努めているのですが難しいです。

さて、今回ですがいろいろ現実では習得不可能な能力をご紹介しました。
魔法の世界とご都合で動いていますので、時系列や体制はなるべく守っていますが能力、才能は現実では起こりえないものになってます。すみません。

そんなわけで、コタロウの暗記や力は意識的に出しています。
能力を出しても体が壊れないように筋肉痛で終わるように鍛え上げてます。

現代では彼の能力はありえないものですが、極限になったときをもっと育てればこうなるんじゃないかな? とも思ったりしています。

オリジナル展開、もう少し続きます。
原作には必ず戻しますのでお待ちください。

それでは


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第43話 『手加減』

 

 

 

 

 コタロウにとっては普通よりやや易しめに設定された訓練はティアナにとっては今までの訓練のどれよりも過酷であった。

 倒れそうになると、

 

 

「――アウッ!」

 

 

 身体のとある箇所を押される反動で拒絶され、

 

 

「――かふッ!?」

 

 

 吐きそうになると全身に気合を入れられ飲み込んだ。

 その訓練模様は他の新人たちの近くで行なわれるときもあり、時々視界に入る彼女の佇まいは訓練の集中を欠いてしまうほどである。なのはの、

 

 

「ほら、集中して!」

 

 

 といわれてティアナへの心配を振りほどいた。

 なのはもそれを見てか数日の間はスバルとの連携訓練はせずにいた。朝昼夕食の食べる以外の時間は全てコタロウに委ねられ、室内でもできる集中力向上法で神経を極限まで衰弱させられた。夕食の後も寝る前まで室外での訓練法により心身ともにすり減らし、夜は泥のように眠った。

 ただ、朝は不思議なくらい疲労が取れていた。

 コタロウ曰く、

 

 

「全身隈無く刺激をし、マッサージをして、寝ることに対しても集中させています。一つ一つ説明をしても構いませんが、それは高町一等空尉に全て展開しています。ランスター二等陸士は訓練に集中してください。細工は流々。です」

 

 

 とのことだった。

 そして日を追うごとにボールに触れる機会が増え始め、神経衰弱も取得枚数を増やしていった。もちろん、コタロウに勝てるまでではなかったが。

 

 

 

 

 

 ところで、段々と無視できないことがティアナの中で起こり始めていた。それはこの訓練を始めてからコタロウとの接点が以前よりずっと増えているのに、「ランスター二等陸士」、「ランスター二等陸士」と常に呼ばれ続けていることである。こちらは「ネコさん」、「ネコ先生」と呼んでいるのにも関わらずである。ティアナは失礼であるのはわかっているがもう抵抗がなく親しみや尊敬を含んでコタロウをそう呼びたいから呼んでいる。確かに、既に彼の呼び方を変える方法は知っているし、制服を着ていればそれがなおさらなのも分かっているので理解はしている。それでも、それでもである。彼女にとっては人懐こいスバルと同様にコタロウに名前で呼ばれたいと強く願い始めていた。だが、一日人権無視ともとらえかねない訓練で周りとの会話も減り、夜は気絶に近い睡眠をとるため、名前呼びの方法を取る時間を割くことができなかった。取るためには特訓による疲労からくる睡眠に耐える決死の思いが必要である。

 そうしてとある夜。

 

 

「……んぅぁ」

「ティア、どうしたの!?」

 

 

 コタロウに運ばれ、寮の部屋で先に眠っていたティアナが突然亡霊のようにむくりと起きあがった。

 スバルは目を見開いて驚き呼びかけるが返事が無い。

 のそり、のそりとドアに向かって歩き出している。

 

 

「ちょっと、ティア~?」

「……」

「――ひっ!」

 

 

 瞳に生気はなかったが目付きは怖く、近づくな、邪魔するなというオーラだけが彼女を支配していた。不機嫌なときのティアナであり、付き合いの長いスバルにとっては知ったオーラであった。

 

 

「えと、あの……」

「……」

 

 

 ドアを開け、一歩一歩前に進むティアナを

 

 

(一体どこに行くんだろう?)

 

 

 と、スバルは後に続いた。月明かりだけが廊下を照らしているので誰かが見れば不気味であることこの上ないが、スバルは彼女が起きているのか寝ているのか分からないという不可解さが心を占めていたので気にすることは無かった。そして、段々と行き先がどうもコタロウの部屋に向かっていることが分かった。

 

 

「ティア~」

「……」

 

 

 返事は無い。

 彼の部屋のドアの前に立つとボタンを押して開けた。コタロウとの訓練が始まったタイミングで彼はティアナに部屋の開け方を教えていたのである。

 

 

「……」

 

 

 スバルが横に立っているのにも関わらずティアナは反応する様子がない。彼女はコタロウの寝ているベッドまでゆっくりと歩くと、

 

 

「え!? ちょ――」

 

 

 おもむろにコタロウに四つん這いで覆いかぶさった。

 

 

(よ、夜這い!? なわけないか。でも、止めないと!)

 

「ティア、起き――」

「私を、ティアって呼ん、で……スゥ」

「……」

 

 

 そのまま、ティアナはコタロウの耳に鼻先が付くほどの距離で身体を彼に預け、すぅすぅと寝息を立てた。

 

 

「あぁ、うーん、そういうことかぁ」

 

 

 スバルはそれを見て、最近彼女が訓練とは別のストレスと感じていることの合点がいった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第43話 『手加減』

 

 

 

 

 

 

「え、模擬戦、ですか?」

「はい」

 

 

 周りに隊長陣がいるなか、コタロウはなのはに許可を願い出た。

 

 

「ティアナと、ですか?」

「いえ、シグナム二等空尉です」

 

 

 以前、彼とティアナが模擬戦したとき、彼女の自信を打ち砕くことから禁止したのは数日前の話である。

 

 

「え、シグナム?」

「はい、主。お互いの時間が空いたときに約束をしまして。以前のテスタロッサ隊長が行なったものではなく、今回は傘なしでの戦いになります」

「というと?」

「コタロウも反撃するということです」

「マジか」

 

 

 コクリとシグナムは頷いた。彼から聞くに傘を使わなければ一般戦闘の心得はあるということらしい。

 

 

「あれ? でもトラガホルン二佐が言うには防戦一方ていうてなかったか?」

「はい。ですが、攻撃をしたことが無いということはないので」

 

 

 ふぅん。とはやてが頷くと周りも倣った。

 

 

「説明はいいから早速昼過ぎから行なうぞ」

「わかりました」

 

 

 彼は頷くと、生徒であるティアナのほうへ向き、

 

 

「ティア」

「はい、先生」

 

 

 ここで本人を含め数人が「あれ?」と眉を寄せる。

 

 

「訓練は模擬戦の後、新しいメニューを進めていきましょう」

「え、あ、はい。わかりました。ですが、今のボールの見極めがまだ、6割に届いてません」

「構いません。基礎は問題ないと判断したので、基本に入りましょう」

「その言い方ですが、今までのは準備運動程度の……」

「はい。今日から訓練を普通にします」

「うぅ……」

 

 

 スバルに肩を叩かれティアナは励まされる。

 そして、なのはは考えた末にある提案とした。

 

 

「うん。そしたら午後はまずシグナム副隊長とコタロウさんの模擬戦を見学して勉強。その後、訓練に移りましょうか」

『はい!』

 

 先ほどのティアナの呼び方については後で本人にスバルが話し、今まで見たことも無いほど相手が紅潮をしたのを彼女は楽しんだ。

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 その日の午後、木の生い茂る訓練場になのは、フェイト、ヴィータ、そして新人たちが集まると、コタロウは多くの工具を置き、ティアナに傘を渡して準備体操を始めていた。シグナムは騎士甲冑に変身しており準備は万端なようである。いささか、彼女は早く戦いたいのか目が爛々としていた。

 

 

「ねぇねぇ、ティア」

「ん?」

「ティアはコタロウさんと模擬戦したことあるんだよね?」

「……1回だけだけどね」

「なのはさんに止められたんですよね」

「まぁねぇ」

「どうしてなんですか?」

 

 

 皆に聞かれ、ティアナは過去を振り返る。

 

 

 

 

――――

 

 

『では、模擬戦を始めましょう』

『えと、先生とですか』

『はい』

 

 

 そういうと、コタロウはティアナの背後数メートルの場所に傘を刺し、また戻ってきた。

 

 

『私がランスター二等陸士の背後の傘を取り返そうとしますので、それをなるべく長く守りきってください』

『守護という名目の模擬戦ですね』

『その通りです』

 

 

 ティアナは攻撃等何をしても構わないと言われ、クロスミラージュを構え戦闘態勢をとる。コタロウは彼女から10メートルほど離れた。彼は特に構えている様子は無い。

 

 

『それでは始めます』

『はい!』

 

 

 そうして彼が、一歩前へ踏み出したのを確認したと思えた瞬間、

 

 

『0.82秒ですか』

『……え?』

 

 

 既に彼は彼女の後ろにいて傘に手を触れていた。

 

 

――――

 

 

 

 

「何十回、いえ百いったかしら、どうやっても2秒以上守れなくてね。なのはさんがそれを見て、精神上よくないからって止められたのよ」

『……なるほど』

「まあ、でもね、その映像見直して最近やっと先生の動きが見えてきたところ」

「すごいじゃん!」

「まだまだよ。目標一分だから」

 

 

 遠めにシグナムとコタロウが対峙するように構え始めていた。彼女は剣を構え、コタロウは自然体であった。

 

 

「筋力トレーニングも土台は身についたみたいだから60秒、一分は動けるみたいだしね」

「へー」

「でも、アンタたちと連携プレイの練習はしてないからまだわからないけどね」

「じゃあ、今日はまた新しい特訓が待ってるけど、明日とかは一緒にできるかもね!! 見せてよ、実力~」

「そうだと、いいんだけど……ついたのは筋力だけな気もするのよねぇ」

 

 

 コタロウの特訓自体がきついことは間違いないが、なのは以上に地味な訓練なので、感触がよく分からないのだ。実戦のための特訓というより、特訓のための特訓ではないかという不安感が残った。

 

 

「そろそろ、始まるみたいですよ」

 

 

 エリオが指をさす方向を見るとシグナムとコタロウは宙に浮いていた。どうやら空戦を選択したようである。

 

 

「それじゃあ、始め!」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 その合図を切られてもどちらも動かなかった。

 

 

「そうそう」

「ん?」

「なんですか、ティアさん」

 

 

 思い出したようにティアナが口を開くと周りが反応する。

 

 

「ネコ先生ね、基本足技で手は使わないのよ。なんでも手は大事みたいで」

「へぇ」

「それで、技は2つ」

「どんな技なんですか?」

 

 

 目線は二人から逸らさずにティアナは続けると、

 

 

「1つは『ネコあし』」

「なんか、かわいい名前ですね」

 

 

 キャロが不思議そうに答える。

 

 

「トラガホルン二佐が考えたのかな?」

「かもしれませんね」

 

 

 スバルとエリオの言葉に頭を振る。

 

 

「どちらでもないし、文字だけ見ればかわいく聞こえるかもだけど、なのはさんたちの世界では――」

 

 

 そこで、シグナムの身体がくの字に折れて吹き飛び、

 

 

「蹴りがあまりにも早く、近くにいても音が後から聞こえてくる『()()あし』って言うみたい。よ」

 

 

 金属を打ち砕くような音が後から聞こえ、風で全員の髪が揺れた。

 ティアナは説明をいいながら、スバルたちはそれを聞きながら、初めて見るコタロウの技に息を呑んだ。

 

 

『……』

 

 

 シグナムは墜ち、地面を削りながら後ろへと追いやられる。

 土煙だけが彼女の居場所を把握する目印になり、その移動が止まるとゆっくりと浮かび上がった。

 

 

「ガハッ」

 

 

 咳を繰り返しながらも呼吸を整えたシグナムは魔力を練ると突撃していった。手甲が砕けてなくなっているのには誰もが気づいた。

 シグナムの一閃を彼は足でいなし軌道を変えて対応していた。傘ほど受け流しは滑らかでないが、対応方法は傘と変わらず基本は受け流すというスタンスらしい。

 そして、彼の繰り出す『ネコあし』は果敢に避ける、あるいはコタロウと同じようにバリア――必ず一撃で破壊される――を使用して受け流していた。彼女の目は獲物を狩る獣のような眼光で周りを気にする要素をひとつも見せていなかった。相手を確実に墜とす剣技を披露している。

 

 

「すごい」

「ですね」

 

 

 スバルにエリオが頷き、ティアナとキャロは見逃すまいと目を凝らした。

 

 

「今の一撃みた?」

「三撃よ」

 

 

 スバルの言葉をティアナは修正する。

 

 

「そうなんですか?」

「エリオ、黙ってみたほうがいいわよ」

「は、はい!」

 

 

 ティアナは「こう、こう、それで……」と全てコタロウの戦術を学び取ろうと目を凝らしていた。

 

 

(ティア、前とは全然違う)

(後で見直さないと、忘れそう)

(……見えない)

 

 

 とそれぞれ思うことがあったが口には出さなかった。

 

 

「ねぇ、ティア?」

「……ん、なに」

「あのさぁ」

「用件は簡潔に!!」

「はいぃ。ネコさんのもうひとつの技ってなに?」

「『ネコのて』っていう足技」

 

 

 ティアナは技名だけ答えた。目は戦闘から離さない。

 

 

「それもやっぱり、由来あるの?」

「聞いたところだと、『ネコあし』からつけたらしいけど、『あし』が『見えない技』なら『て』は『見える技』みたい。どんな技かは私も分からないけど、出すときは技名言ってやってくれるって、先生私にいってたわ」

「そっかー」

 

 

 シグナムの剣、コタロウの足はお互い致命傷にならずお互いの武器が当たるときの空気の圧縮音が鳴り響いた。

 

 

「コタロウさんの初撃を受けた分、シグナム副隊長のほうが若干不利かも」

「だな」

 

 

 隊長陣は互いの状態まで見れるようで、エリオが振り向いた。

 

 

「なのはさんやヴィータ副隊長は――」

「……私たちはエリオたちに教えてるだけじゃなくて」

「常にアタシらも研鑽してんダヨ」

 

 

 ちらりとこちらを向くなのはとヴィータの瞳がティアナと同じように全てを見逃すまいと瞳孔が開いているのが分かった。。

 

 

「フェイト隊長はどれくらいまで見えてる?」

「え、うーん……全部見えてる、かな。一応得意分野だし」

 

 

 二人の模擬戦は一見フェイトとのときより遅く見えたが、それは連撃のすき間で詰め合いをしており、それに気づいているのは隊長陣だけである。

 

 

「ティア」

「はい! 先生!」

「放ちます」

 

 

 突然の通信が入りすかさず反応すると、ティアナはよりいっそう集中力を上げ二人に焦点を絞った。それを聞き全員が反応する。

 コタロウは飛ぶというより、空中に地面を形成している状態であり、蹴りの反動を利用し距離をとった。

 

 

「……お前の表情を変えてみたいものだ」

「それを苦悶というものであるならば、トラガホルン両二等陸佐と同じくらいの脅威は感じています」

「フ、光栄だ」

 

 

 シグナム、コタロウ二人とも呼吸は乱れていない。

 

 

(距離をとったということは、技か)

 

 

 と思うのも束の間、彼は距離をつめてきた。

 

 

「くッ――」

「ネコのて」

 

 

 そうしてまたコタロウは蹴りを繰り出すが、先ほどの『ネコあし』に比べると遅く、視認できる速度である。シグナムは彼の攻撃が頭に横に薙ぐ蹴りであったため、腰を下ろし避け、切り込もうとする。

 

 

「ガァ!?――な、ん」

 

 

 避ける反動で髪が跳ね上がり、その蹴りが(かす)っただけなのに、打ち下ろす衝撃が頭に響き意識が混濁する。

 

 

「ネコ……」

 

 

 次は見極めようとするが

 

 

「あし」

 

 

 放たれたのは今まで『勘』で避け、弾き続けた蹴りであった。

 シグナムは初撃と同様に地面を削ろうとするも軌道を変えて飛び上がり、

 

 

「……」

 

 

 先ほどよりも高い位置でコタロウを見下ろした。

 

 

「……コタロウ」

「はい」

「今の蹴りで分かった。貴様、手加減したな」

 

 

 無傷でないシグナムの表情は冷静だ。

 

 

「はい」

 

 

 対するコタロウの表情は変わらず無表情である。

 

 

「理由は?」

「模擬戦であるからです」

『……』

 

 

 表情を変えずお互い無言で、風だけが彼らの髪を揺らすと、

 

 

「……フフフ」

『(シグナム(副隊長)が笑った……!?)』

 一瞬だが親しい人でも滅多に見ることのできない表情を彼らは見た。

 

 

「模擬戦、終了だ」

「わかりました」

 

 

 シグナムは騎士甲冑を解き、コタロウは魔力で一段一段降りて、地面に着地した。

 

 

「『シグナムの手加減』……か。ヴィータめ」

 

 

 どうしてくれようか。とヴィータを見据えると彼女は首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「先生?」

「はい」

「あの『ネコのて』ってどんな技なんですか?」

 

 

 コタロウが工具をしまっている最中に、ティアナが話しかけた。

 そうすると彼は実演しながら説明したほうが分かりやすいと判断したのか、厚さ十数センチの鉄ブロックの壁をパネルから生成した。

 興味を示してか、隊長、新人たちも集まる。

 彼はその壁と向き合い、

 

 

「まず、『ネコあし』というのは……」

 

 

 造作なく凹み、吹き飛ばされ、その後に激しい破壊音がなり、壁は消える。

 

 

「音速を超える速さで蹴る技というのは説明しました」

「は、はい」

 

 

 名前に沿う技であり、間近で見てティアナは目を見開く。

 今度は蹴りやすいよう円柱状の人ほどある鉄柱を生成し、構えた。

「『ネコのて』というのは……」

 

 

 彼はゆっくりとつま先をコツンと壁に当てると、

 

 

「蹴りの方向と慣性の法則にズレを生じさせる技です」

 

 

 横一文字に鉄柱が凹んだ。

 

 

「……どういうことですか?」

 

 

 今度は。と、ゆっくりと横に蹴り、足の甲を柱に当てると釘を撃たれたように地に沈む。

 

 

「縦と横が分かりやすいので、それで説明しますと、基本的に蹴り上げれば衝撃は上へ、蹴り払えば衝撃は左に流れていきます。このけりこむ動作を小さく小さく絞り上げていくと、見た目と衝撃が必ずしも一致しなくなります」

「は、ぁ……」

「なので」

 

 

 もう一度鉄柱を出現させて横に蹴ると、今度は上に跳ね上がった。

 

 

「このようになるわけです」

「なんてぇ技だよ」

「見えない蹴りですと、勘の良い方には対処されてしまいますから、相手の認識できる速度で放つことに意味があります」

 

 

 隊長たちは原理とそのフェイントの重要さに気づき頷く。

 

 

「コタロウさん」

「なんでしょうか、高町一等空尉」

「その『ネコのて』はどれくらいで習得を?」

「4年前ですが、厳密に言うとまだ至っていません。『ネコあし』ほどの威力を出すことができていませんので。不意の威力は存じ上げているので手加減はできますが」

「今のでも実戦では十分通用するものだと思いますよ?」

「ありがとうございます」

 

 

 鉄柱を消し、傘をティアナから受け取るとシグナムのほうへ歩き、敬礼ををした。

 

 

「本日はありがとうございました」

「いや、依頼したのはこちらだ。礼を言う」

「お怪我のほうは?」

「たいしたことは無い、こちらとしてはお前に――」

「失礼します」

 

 

 初撃を受けた手を持ち、軽く押す。

 

 

「ぐぅ」

 

 

 彼女は顔を歪ませた。

 

 

「後でシャマル主任医務官に診ていただいたほうがよろしいと思います」

「……お前」

 

 

 彼女はため息をついて表情を戻すと、落ち着いたのか口調もトゲがなくなる。

 

 

「こちらも手加減できずにすまんな」

 

 

 シグナムはコタロウの左下腹部に触れると、相手は片目を閉じてそこを押さえた。

 

 

「私も後でシャマル主任医務官に診ていただこうと思います」

「そのほうがいい……フフ」

 

 

 模擬戦では見られなかった彼の表情を見て、その望みどおりにことが運ばないことがまた面白く顔を緩ませ、周りはそれを見逃さなかった。

 彼は振り返り、ティアナのほうを向いた。

 

 

「今の模擬戦で何か、ご質問はありますか?」

「えーと、違和感は少し感じましたが……」

「はーい。ネコ先生」

「はい。ナカジマ二等陸士」

「……あ」

 

 

 彼女が彼にお願いをうっかり忘れたことに今気が付いた。

 

 

「ま、後でも」

「ナカジマ二等陸士?」

「え、はい」

 

 

 ひとまず気づいたことを振り払り話題を戻す。

 

 

「先ほどの模擬戦のとき、シグナム副隊長もネコ先生も背後からの攻撃を分かっていたように対処したように感じましたけど、やっぱり見えていたんですか?」

 

 

 ティアナはスバルがなんだかんだ見えていて、自分の感じていた違和感を言葉にできることに才能の差を感じずにはいられなかった。

 

 

「少なくとも私は、見えていたときもあれば見えないときもありました。シグナム二等空尉はその辺りの技法が巧く脅威に値します。そして、シグナム二等空尉のほうはわか――」

「全て勘だな」

 

 

 彼を遮り本人が答えた。

 

 

「勘、ですか」

「そうだ」

 

 

 シグナムはすっぱりと回答したが疑問は払拭されておらず、彼に向き直り、解説を願い出た。

 

 

「戦うスタイルの違いです。私は相手の癖等を意識下において戦いますが、シグナム二等空尉はそれを身体が無意識に反応することに逆らわず戦います」

「スバルは私、ティアナはコタロウの視点だな。スバル自体全ては見えずに『だろう』でそう思ったのだろう?」

「はい」

 

 

 なるほどとティアナは才能の差ではなくスタイルの違いということに気が付く。

 

 

「どちらも突き詰めれば差はなくなっちゃうんだよね」

「そういえば、うちはティアナみたいに戦うスタイルをするヤツってネコしかいねェな」

 

 

 なのはとヴィータはその話を聞いて隊長同士で話をする。

 

 

「アタシはともかく、なのはもフェイトもなんだかんだ怒るとそうなるしな」

『うぅ』

 

 

 フェイトとなのははどちらも記憶に新しい。だが、それを理解したうえでなのははコタロウに訓練をお願いしたのだ。

 

 

「それは僕らもですか?」

 

 

 エリオとキャロはヴィータたちの会話に参加する。

 

 

「お前らはまだその段階に至ってねェ。だから……」

 

 

 言い出すのがこっぱずかしいのかフェイトが間に入って、

 

 

「大事に大事に育ててるんだよ」

「そういうこと」

 

 

 フェイトとなのはは笑顔で答えた。

 

 

「あ、でも先生、さっき見えないときもあるって言ってましたが、それでも対処できたのはどうしてなんですか?」

 

 

 ティアナはその説明を彼がしていないことに気づいた。

 

 

「それは、私が教える階級段階を過ぎているため教えられないからです」

「……え」

「それは私でも無理なんですか?」

「はい。ナカジマ二等陸士でもできません。これからの経験の中で掴んでいくしかできません」

「それは、アタシら、コイツらにも無理なのか?」

 

 

 ヴィータやなのはたちも参加してきた。

 コタロウはエリオとキャロを見比べると、

 

 

「もし教えられるとしたら、キャロになります」

「え、私ですか?」

 

 

 コクリと頷く。

 

 

「ネコ先生、説明お願いします!」

「死線との距離が見えていないからです」

『……??』

 

 

 結論からでは新人たちは理解ができなかった。

 

 

「コタロウさん、危険の及ぶ範囲でなければ見せていただいてもよろしいですか?」

 

 

 なのはが促すと、コタロウは頷き自分の前に全員を並べさせた。

 

 

「始めに体験していただきますが、つまり……」

 

 

 言葉を途中で止めたかと思うと、(おぞ)ましく禍々しげで、敵意に満ちて、激しい恐怖感情に狩られるほどの気配が正面の無表情な男から(ほどばし)った。

 並んだ人のうち、一人を除いて全員がその恐怖感に耐えられずほぼ衝動に近い形で変身し正面の男に構え、大きく息を吸い込み威嚇する。

 

 

「と、このように自分の死線の境界を判断できる場合、特に武装局員の場合は、この『殺気』に自らの恐怖を振り払い踏み込んでくるのですが」

『……』

 

 

 彼がその『殺気』を消していくまで全員警戒を解くことはなかった。

 

 

「い、今のは……?」

「『殺気』を意識して出せるのか」

 

 

 バリアジャケットも解き手のひらを一度強く握って身体の状態を確認して口を開いた。

 

 

「私は6歳まで山中にいましたので、獣から学びました」

 

 

 彼はそういうと、殺気を放った中で一人だけ身構えることをせず、倒れた人物に近づく。

 

 

「話が逸れました。話を戻しますと、まだ死線を自分では掴めていない人は恐怖に従い限界を超えると気絶してしまいます。もちろん、恐怖の質によって違いはありますが」

 

 

 コタロウは気付けを行い意識を取り戻させる。

 

 

「……うーん。あ、あれ?」

「体調はいかがですか?」

「だ、大丈夫です」

「キャロ、大丈夫?」

 

 

 ゆっくりと立ち上がりフェイトは大きく深呼吸をさせた。

 

 

「キャロ、申し訳ありませんが、よろしいですか?」

「あの、コタロウさん、キャロはもう……」

「先ほどは比較させるため大きく殺気を出しましたが今度は順を追っていきます」

 

 

 よろしいですか? と再度たずねるとキャロはおずおずと頷いた。

 

 

「それでは目を瞑ってください」

「……はい」

 

 

 隊長陣は少し不安げだが彼は構わず進めた。

 

 

「もう、限界だと思う早い段階で手を上げてください」

「わかりました」

「……これくらいの気はどうですか?」

「大丈夫です」

 

 

 ゆっくりジワリと殺気を繰り出す。

 

 

「これは?」

「大丈夫、です」

 

 

 それを何回か繰り返していくうち、キャロは手を挙げ、

 

 

「これ以上は……」

「わかりました」

 

 

 それでは。と、コタロウは目を瞑ったままのキャロの前に手を出すと、彼女はびくりと体を震わせた。

 

 

「反応できていますね。それでは今、私が何本の指を出しているか分かりますか?」

 

 

 彼は正面に指を立てると、

 

 

「1本です」

「正解です」

 

 

 では、さらに。と指の数を変えると全て反応できていた。

 

 

「では次に殺気を少なくしていきますので、私の気配を失わないように繋ぎとめてください」

「わかりました」

 

 

 周りの人たちが分かるほど少なくなり、キャロも繋ぎとめるために全神経で注意を払う。

 

 

「今からゆっくりと手を振り下ろしますので感じたら避けてください」

「……はい」

 

 

 コタロウは右手を上げるとゆっくりと振り下ろすと、キャロは目を閉じているにもかかわらず避けた。

 

 

『……』

 

 

 全員が黙ってみているなか、他にも彼は動作を繰り出し、キャロはその全てを避けてみせた。

 

 

「目を開けて構いません」

「……はい」

「ありがとうございました」

 

 

 目を開ける彼女に彼は礼を述べるとコクリと頷いた。

 

 

「と、このように恐怖という受信機に抗わずに研ぎ澄ましていくと、見えないものに対しても近づけば反応し、避けることができます。逆に死線を判断し恐怖を押さえつけてしまう方は、今の私の出した殺気以上の体験をして体に覚えこませないと見えないものを避けるのは不可能である。ということになります」

 

 

 彼はさらに続け、

 

 

「シグナム二等空尉の勘も似たようなものですが、今まで経験してきた研ぎ澄まされて生まれた『戦うための勘』であるので、私やキャロの『逃げるための勘』とは異なるものですが、どちらもある領域を越えると差は出てきません」

「私たちは構えた時点でその機能で避けることはできないということですか?」

「はい。これからくぐる今以上の死線や恐怖の中で学び取るしか方法はありません。私が教えられないというのはそういう意味です。シグナム二等空尉のような勘を磨きたいのであればあらゆるタイプの方々と戦い、自分の身体へ昇華することとなります」

 

 

 そういって、彼は締めくくった。

 

 

「……勘。か」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 キャロは時間のあるときにコタロウに気配の探り方をならうことを決め、ティアナは今までの訓練が次の訓練へのほんの触りであることを思い知らされた。ティアナはなのはに連携訓練はあと数日待っていただきたいと直訴するほどであった。

 

 

「ゼェ、ゼェ……」

「……」

 

 

 今、彼女はコタロウと対峙しており、一方コタロウは大きくした傘を広げ自分の姿を相手に見せないようにしていた。石突を彼女の額近くに構え、それは銃口を突きつけている状態に見て取れた。

 コタロウの次の訓練はいつトリガーが引かれるかも分からない銃口の前に立ち、撃ち出された弾に当たる前に避けるか弾くというものであった。銃口から撃ち出されるのは殺傷能力のない空圧弾だが、当たれば吹き飛ぶのは確実である。

 そして彼女はもう小一時間そうしている。打ち上げたボールに対処するというのは時間はある程度限られたものだが、この訓練は時間の長短に規則性が無く完全にランダムであるため、集中力を切らす暇が無いのだ。そして、これは3ターン目であり、転がった地面の汚れが目立っていた。

 

 

(もう、どれく――)

 

 

 ティアナは弾に当たり、また地面を転がる。

 

 

「立ってください」

「ガァ……は、い」

 

(だめだ、集中するんだ)

 

 

 全ては撃ち出される弾以外の気を持つと狙われたように撃たれた。

 

 

「お願いします!」

 

 

 彼女はふらりと立ち上がってまた全神経を額に集中する。

 

 

「ア゛ァ……」

 

 

 しかし、向けられた瞬間に撃たれ転がった。

 

 

「立ってください」

「は、はい……」

 

(え、えーと。違う。『集中しろ』と自分に命令するんじゃなくて)

 

「私は集中している。集中している……」

 

 

 呼吸を整え、自分で自分に言い聞かせて立ち上がる。もう自分の才能のあるなしより、弱気で失敗を想像して、失敗どおりに身体が反応し、失敗する可能性を育て上げるのが何より嫌だった。

 

 

(次は上手くいく、今よりちょっと……昨日よりずっと……)

 

 

 毎日毎日、心身ともに疲労で満足する日なんてないが、ティアナの目の光がくすむことが無いのは周りの誰が見ても明らかであった。

 

 

 

 

 




どうも、エルンです。

主人公、模擬戦回でした。
ティアナの成長が早すぎるのは、まぁご都合ということで……



次回は原作にもどります。


ご感想お待ちしております。


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第44話 『優』

 

 

 

 

 

 

 毎日ある程度のサイクルで訓練を行えば筋力や体力がつき、順応してくる。そして、コタロウ・カギネのそれも当てはまっているようにティアナ・ランスターは感じていた。それは彼基準の判断で認められない限り同じ練習が続くからだ。

 しかし、どの一日をとっても身体は順応することはなく、訓練終了後には前のめりに倒れ、彼にケアをされることによって目が覚めるのであった。そのあと、彼女は自身の足で汗を流しに行き、部屋に戻る――ドアを開けた後の記憶がない日も多い。

 

 

「ン……」

「あ、ティアおはよー。昨日もお疲れさま」

「私、昨日は大丈夫だった?」

 

 

 ロフトから降りる足音で目が覚めたティアナはちゃんと自力でベッドに戻っているかの確認をスバルにすると、彼女は頷いた。

 

 

「ちゃんと自力でベッドまで歩いていったよ」

「そっか。あ、スバルおはよう」

 

 

 その言葉に安心し、伸びをしてベッドから出た。

 そうして支度をしているとき、スバルはふと昨日の様子を見てティアナのほうを向く。

 

 

「ティアー」

「んー?」

「やってることは知ってるし見たことあるけど、ネコさんの訓練ってそんなにハードなの?」

 

 

 コタロウの訓練を受け始めて、かなりの時間が経過していた。

 

 

「私の実力ないのもあるんじゃない?」

「んー、そうじゃなくてさ」

 

 

 もうティアナは自分の実力をしっかりを受け止めていた。

 

 

「ほら、なのはさんの訓練もハードだけど段々と考えながらするようになってきてるじゃない?」

「あぁ、私がいつもあんな感じに帰ってきてること?」

 

 

 毎日なのはの訓練内容を教えてるスバルはコクリと頷く。いくらなんでも順応していないことが不思議でならなかった。もう少し余裕が出てきてもいいはずである。

 

 

「私も不思議なのよ」

「へ?」

「ネコ先生の訓練メニューは同じことが多いんだけど、終わるといつもああなのよね」

 

 

 まあ、こうやって次の日に疲労がそんなに残ってないのも不思議なんだけど。と身体をねじってティアナはけろりと答える。

 

 

「さ、今日もやりますか」

 

 

 傾げるスバルをよそにティアナは支度を終え、スバルを急かした。

 

 

「うーん」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 新人たちが訓練場につくと、なのはとコタロウが話をしているのが分かり、

 

 

「え、今日から合流、ですか?」

「はい。私の訓練は昨日で基準を満たすことができました」

 

 

 今日からスバルたちとともに訓練に加わってよいということらしい。

 なのははコタロウから毎日彼女の報告を受けており、成長を言葉や映像から判断していた。

 

 

「でも……」

「でも?」

 

 

 ただ、本人は自分の中で確かなものが少ないのか、コタロウの言葉に不安を覚えているように見えた。毎日成長していると信じていても、自分の今の状態からコタロウの訓練をものにしているとはどうしても思えなかったのだ。

 

 

「前よりは自分を受け止めてますが、少し不安もあります」

「ふむ。不安……」

 

 

 コタロウはティアナの言葉を復唱する。

 

 

「誰と比較をしてそのような判断をしたのかわかりかねますが」

 

 

 そして、一つの可能性に行き着いたのか、顎に当てていた指を離し、離していた目線を再びティアナに戻す。

 

 

「トラガホルン両二等陸佐には劣り、成長速度は最底辺なのは間違いありません。ですが、私が当初に計画していたを3度変更しました。三番目の私の生徒は『秀』の次の『優』と評価したいと考えています」

 

 

 彼が必要以上に褒めたり、おだてたりしないということはわかっているが、訓練の成果から得るものが微々たるもので不安がぬぐえなかった。

 

 

[コタロウさん]

[はい]

[こういうときはですね――]

 

 

 そのやり取りを見ていたなのはから念話が入ってきた。一連の二人のやり取りを見ていて、不思議な感覚を得ていた。彼女から見たら、コタロウもティアナも先生であり、生徒に見えたのだ。昔、先輩からこういうことを教わっていたのを思い出す。

 

 

『良い先生は良い生徒を育て、良い生徒は良い先生を育てる』

 

 

 二人はまさにそれに当てはまっていた。これは教導官として長く、多く生徒を見て養われた目のためだ。そして同時にトラガホルン夫婦のコタロウを長い目で見る気持ちがわかる気もし、つい助言してしまった。

 彼は頷き、口を開く。

 

 

「ティア」

「は、はい」

「世の中に完全に物事を修めることはできません。ただ、今の成果を見せればいいのです」

「はい……」

 

 

(あぁ、コタロウさんにこやかになんてできないから、かえってよくわからないことに……)

 

 

 アドバイス間違えたとコタロウの後ろでなのははまずいという表情をする。それをティアナは見逃さなかった。

 

 

「ふふ。先生」

「はい」

 

 

 笑顔になった彼女に少し目を大きくさせる。

 

 

「先生に恥、かかせないように頑張ってきますね」

「恥?」

「いえ、なんでもないです!」

 

 

 深くお辞儀をして、ティアナはスバルたちと一緒に行ってしまった。

 

 

[なのはさん、顔に出てましたよ? ネコ先生のことありがとうございます]

 

 

 これでよかったのだろうかとコタロウはなのはを見ると、彼女は顔に手を当てて頬を軽く揉み、微妙な表情をしており、疑問符を抱かずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、改めて。みんな、久しぶり」

『はい!』

「お帰り! ティア!」

「た、ただいま」

 

 廃墟設定の訓練場はティアナにとって久しぶりであり、スバルたちは元気よく迎えた。

 

 

「なんか、今までいなかった私が言うのもなんだけど、今日の訓練内容を見る限り、私が後方支援でみんなに指示をする。大丈夫?」

『はい!』

「オーケー!」

「もし、私の指示よりいいのがあれば各自判断で動いてね」

 

 

 ティアナは今日の訓練内容が自分をチームになじませるためものだとすぐに気が付いた。とっさ判断を要求されるものが多い。

 

 

「じゃあ、開始と同時に散開して、撃破していくわよ」

『了解!』

「エリオとキャロはペアで行動すること」

『はい!』

 

 

 そうして、準備完了の合図を送ると、なのはは右手を挙げる。

 

 

「それじゃあ、訓練開始!」

 

 

 と同時に、ガジェットⅢ型が目の前に姿を現した。

 

 

「こんな奇襲……なのはさんもティアが帰ってきて嬉しいみたいだね」

「本当ね」

 

 

 全員が身構える中、ティアナは一歩進みガジェットに対峙した。

 

 

「スバル、遅いわよ。『平時のときに万事に備え』は鉄則」

「え、ティア……?」

 

 

 既にクロスミラージュをセカンドモードにしているティアナは瞬時に魔力を生成し、下から上へガジェットを切り裂いた。激しい金属音が鳴り響き、二つに割れる。

 

 

「兵器なのに遅いのね、ネコ先生なら的確に私のココを撃ち抜いてルワ」

 

 

 トントンを自分の眉間を人差し指で叩き、セカンドモードを解いた。

 

 

『……』

「なにしてるの! さ、散って!」

 

 

 ティアナの言葉にワンテンポ遅れて全員散開した。

 

 

[スバルさん]

[う、うん。ティア、以前と違う]

[すごい、落ち着いてましたもんね]

 

 

 走る速度も以前と違い、しなやかで速く、当然のように壁を二足で駆け上がっている。魔力の使い方がまるで違っているのだ。

 それに、とスバルはティアナに倒されたガジェットを見る。爆発せずに残っている。回路が外からの力によって干渉されていない証拠だ。ひしゃげる部分がなく、確実に「切った」といえる。

 しかし、ガジェットは爆発した。切ったとはいえ、近くの回路が漏電したのだろう。あらゆる面で以前のティアナとは違うことが分かった。

 

 

 

 

 

 

 一方ティアナはこの訓練について、すぐに自分の実力に気が付いた。まだ、集中力を高めていないのにも関わらず、ガジェットが遅く見えるのだ。事実、この訓練の中何度かガジェットと遭遇したとき、その攻撃がよく見え、ぶれることなく撃ち抜いた。

 

 

(よく見える、というか身体が別人みたい。酸素欠乏訓練もしてたせいか、呼吸も乱れないし……)

 

 

[エリオ、三時の方向! 3秒後遭遇、2体! スバルは次のを撃破したら合流して]

[はい!]

[了解!]

[出会ってからの相手の攻撃は――]

 

 

 これまではこんなそれぞれに指示を出すときは頭の中で考えを切り替えて行っていたが、今は並行で行っている。これは隊舎内でも事務作業でも思っていたことだが、このような場合でも生かされていた。

 

 

(なんか、不思議。余裕がありすぎてもっとできそう)

 

 

 そこで、ふるふると首を振った。

 

 

「余裕が油断に変われば、意味がない。と」

 

 

 作戦完遂に注力することに努めることにした。

 

 

 

 

 

 

 なのはは隣にいるデータ収集をしているコタロウを意識せずにはいられなかった。

 

 

(たった数週間でこんなに、ティアナが変わるなんて)

 

 

 訓練の映像や報告を受けていたが、こんなにも反映されるとは予想以上であった。ティアナの周りを見る目は余裕をもって行われており、ガジェットを破壊されるたびにティアナのなかで自信が確信に変わっていくのが画面越しでもわかるほどであった。

 

 

「嫉妬しちゃいますね」

「……どういうことでしょうか」

 

 

 思わず口に出たことに対しかぶりを振る。

 

 

「え、あぁ、ティアナがこんなに成長しているのを見ると私よりコタロウさんのほうが教導にむいているのかなぁ。と」

「……」

 

 

 それに対し、コタロウは少し考えると上官に身体を向けて、

 

 

「失礼ながら、それは要素の一つでしかないとおもいます」

「要素の一つ?」

 

 

 こくりと彼は頷いた。

 

 

「成長はより自己認知が高いほど、好きと思えるほど、信用できるほど高くなるのはよく知られています。ティアが伸びたのは第一に高町一等空尉との信頼関係が確実なるもの故にできたのは間違いないです。私はその成長過程が高町一等空尉の次にいた。それだけであると考えます」

「……はぁ」

 

 

 コタロウの言うことは正論でもっともである。だが、

 

 

「それだけじゃないと思いますよ?」

「……もちろん、様々な要素はあると思います」

 

 

 おそらくティアナはなのはに見せず、スバルには見せる。そして、コタロウにはスバルに見せるのに近い表情を見せているのは彼女の視点から見ても明らかであった。ティアナはコタロウに自然に近い喜怒哀楽を示している。

 

 

(うーん。コタロウさんて仕事とは別に、そういう機微ってわかってるのかな)

 

 

 画面に目を落としている彼は特に変わったところは見て取れない。

 

 

 

 

 

 

 新人たちは全員合流し、襲い来るガジェットと敵対したとき、開始時のティアナがまだ全力でないことが分かった。

 

 

「スバル、この先のを撃破したら終了よ!」

「了解!」

「エリオとキャロは私が援護するからこのポイント撃破を!」

『了解!』

 

 

 スバルは加速し彼女たちから離れると、ティアナに言われた地点を目指した。その一時の間の後、スバルの進んだ通路以外の三方向からガジェットが6体現れた。2体同時なら問題ないがそれ以上の、同時破壊は現在のエリオにはできなかった。

 

 

「――っ!」

「エリオ、ひるまない! キャロ!」

『は、はい!』

 

 

 エリオは構え、近くの2対を破壊し、キャロはほかのガジェットにバインドを展開するが、

 

 

「……え?」

 

 

 キャロのバインドは4つのうち3つは機能をなさなかった。

 

 

「こっちは残り1体、スバル!」

「オーケー」

 

 

 ティアナはエリオの破壊した爆炎のなか――最後の一体はエリオが破壊した――見えにくい視界の先のスバルをみて、クロスミラージュを構えていた。そして放つ。

 それはちょうど、ガジェットに挟み撃ちされたスバルの背後のそれに当たった。

 

 

 

 

 

 

 訓練が終わりなのはが新人たちの前に降りると、新人たちが集合する。

 

 

「みんな、お疲れ様。久しぶりの全員そろっての訓練はどうだった?」

「え、っとぉ」

「……すごかったです」

 

 

 なのはは自分の考察を話す前に、新人たちに尋ねると、スバルは言いよどみ、キャロはエリオの言葉に頷いて答えた。

 

 

「そう? そんなに難しい内容じゃなかった気がするけど」

「いや、そうじゃなくて」

「すごいのはティアナさんですよ!」

「そうです!」

「え、私??」

 

 

 みんなの視線がティアナに注がれた。

 

 

「完全にセカンドモード使いこなしてたじゃん!」

「動きも早くて」

「なんていうか、圧倒してました!」

 

 

 口々にティアナの感想を言う。

 

 

「ま、まぁ余裕もってできたかな」

「私も見ていたけど、ティアナ」

「は、はい!」

「見違えるほど成長したね」

「ありがとうございます!」

 

 

 不安で始まった訓練はティアナの大きな不安を大きな確信を与える内容であった。

 

 

「みんなも、今日はティアナの指示を引いてもミスなく動けてた。今後もこの調子でね」

『はい! ありがとうございます!』

 

 

 この後、朝の訓練の終了をなのはが告げ隊舎に戻る際、新しくできた課題やもっとよくできないか新人たちは相談をはじめた。早く動くためには、伝達するためにはと個人では解決できない課題を話し合っている。

 

 

「あ、先生!」

「朝の訓練、お疲れさまでした」

「はい! あの……」

「どうかなさいましたか?」

「私なりに今の成果を出してきました」

「はい」

 

 

 ティアナはコタロウを見つけると小走りで駆け寄り、彼は気づかないであろうが、ほかの誰が見ても目を輝かせている表情で話しかけた。

 

 

「……?」

 

 

 コタロウの性格をわかり始めているのか、自分がずっと見続けることで相手に疑問を与えていることが手に取るように分かった。

 

 

「私の『優』は取り消されていませんか?」

「与えたものに変わりはありません」

 

 

 だが、次の言葉は出しにくかった。

 

 

「……これで、私、先生の訓練はおしまいですか?」

「はい。訓練方法や今後のメニューデータはクロスミラージュに転送しておきました。ティア、いえ、『ランスター二等陸士』ご自身の力によって伸びていくでしょう。初めに申し上げた2分という限界値も今は余裕ある2分になっています」

 

 

 もどかしそうに見るティアナと違いコタロウは彼女自身の自主自律を疑うことなく答える。ティアナにとっては訓練ももちろんであるが、名前の呼び方が元に戻ってしまったことに心が沈んだ。

 

 

「あ、あの、今度時間があった時、自主練に付き合ってもらえますか?」

「それは問題ありません、ランスター二等陸士」

「ありがとうございます。ネコせ、いえネコさん」

「それでは」

 

 

 彼は会話が終わったと判断するとなのはに先ほどの訓練について報告をしに彼女を通り過ぎた。

 

 

「ネコさんて、やっぱりネコさ……」

『……』

 

 

 スバルたちは近くでそのやり取りを見ていて、見計らって彼女の顔を覗き込むとぎょっと息をのむ。

 もどかしさ以上に言葉を出そうにも出せないでいる。そんな表情をスバルは見た。

 

 

「あ、さ、さぁ支度してご飯でも食べに行きましょ」

「え、うん」

 

 

 すぐさまティアナはいつもの表情に戻し、伸びをして隊舎に向かって歩き出した。

 

 

[スバルさん]

[ん?]

[ティアナさんのあの顔……]

[うーん]

 

 

 スバルは前にも数回あの顔を見たことあると二人に語り掛けた。

 

 

[お兄さんの話をするときね、時々あんな顔しての見たことあるんだ]

[『……あ』]

 

 

 いつも過去の話をするとき、ティアナは悔しそうな表情をしながらであったが、ごくまれにスバルでないと見落としてしまいそうな表情を見せるときがある。兄ティーダ・ランスターの死後の思い出じゃない、それ生前の彼を思い出した時だ。

 

 

[変な、気づかいしないでよ]

[わ、ティア!]

[私の表情のこと言ってたでしょ、3人して]

[『す、すみません!』]

 

 

 いいわよ別に。と彼女はひらひらと手を振った。

 

 

[顔には出しても、言葉には出さないから、勝手な想像はしないこと]

[うぅ、ティア~。でもあれでしょ、おに――]

[はい。スバルは今日一人で書類書き上げるのね]

[え、ちょっと! ひどい!]

 

 

 ティアナは知らんぷりをして足を速めた。

 

 

(なのはさんのこと、言えないなぁ)

 

 

 

 

 

 




すみません。エルンです。

久しぶりのせいか、書き筋がものすごく変わってしまっています。。。

他にも変えたところがありまして、サブタイトルを間に挟まずに投稿してみました。
文章量が短めになったためです。
本当はもう少し書きたかったのですが
すみません
文体が変わってしまったことと、文章力がひどく落ちてしまったためです。
これから書き慣れていければなと思います。

オフのほうがやっと慣れてきまして、書く余裕が出てきました。
一年……長かった。
また、イレギュラーが入ると期間空いてしまいますが、休日に書き進めることができればなと思います。

しばらく、変わった文体になってしまい
読みづらいせいでどんな結果をもたらすか予想はつきますが、書いていこうと思います。

文章短めでスパン短く投稿できて、慣れていけるよう頑張ります。


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