【ラブライブ μ's物語 Vol.5】アナザー サンシャイン!! ~Aqours~ (スターダイヤモンド)
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第一部
出会い


 

彼女は静岡県沼津市に住む高校生である。

沼津…と言っても市街地からはだいぶ離れた内浦と呼ばれる…良く言えば風光明媚…悪く言えば、少し寂れた海岸線…そんな地域に居を構えている。

実家は地元では有名な老舗旅館で、そこの三姉妹の末っ子だ。

 

名前を『高海千歌』という。

 

千歌は…これといって特徴のない、ごくごく普通の少女だ。

ルックスは悪くないが、特別運動神経いいわけでもなく、特技もない。

学校の成績も中の下くらい。

性格は明るい方だが、だからと言ってグループで行動を供にするようなタイプではない。

飽きっぽくて、なにもかも中途半端…。

それは本人も自覚しており、幼い頃から友人には、自らを『普通怪獣』と自虐的に名乗っていた。

そして、このまま、一生、なんのハプニングもないまま、ありふれた、平凡な人生を送るんだろうな…と思っていた。

 

『伝説』と呼ばれる『彼女たち』の映像を見るまでは…。

 

 

 

 

 

千歌の運命を変えたのは、東京に出掛けた際、秋葉原の駅前にある巨大ヴィジョンで観た『μ's』の映像だった。

 

μ'sが解散してから、すでに数年が経過していたが、その存在はスクールアイドル界のカリスマとして、いまだ絶大な人気を誇る。

 

特にここは彼女たちの地元である。

A-RISEと並び称されるスターであることは間違いなかった。

 

ただし、現役の…一般の高校生からすれば…名前くらいは聴いたことがあるかも…という感じ。

 

μ'sの名前が世に知れ渡った時には解散していたのだから、それはそれで致し方ないことであった。

 

 

 

しかし…

 

 

 

その映像を観た千歌は、今までの人生観が180°変わるほどの衝撃を受けた。

 

流れていた映像は『START:DASH』。

μ'sのメンバー9人が、制服で歌って踊っていた。

 

「普通の女子高生のハズなのに、なんてキラキラして、なんて格好いいんだろう!」

 

まさに一瞬で心を撃ち抜かれたという感じだ。

 

この映像の衣装が…制服…というのがポイントだったのだろうか。

アイドルのフリフリの衣装だったら、そこまでの衝撃はなかったかもしれない。

あくまで…普通の女子高生…これが彼女の中で重要だったようだ。

 

そして思った。

 

「私もこの人たちみたいになりたい…」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、曜ちゃん!一緒にスクールアイドルを始めようよ!」

 

千歌はμ'sの映像を観てから執拗に親友を誘う。

 

「無理だよ。千歌ちゃんが新しく何かを始めたい!って気持ちになるのは凄く嬉しいけどさ、部活との両立は出来ないし…それに、なんて言っても私は音痴だから」

 

幼馴染みであり唯一無二の親友…は、そう言って丁重に断りを入れる。

 

千歌もそれが無理であることは百も承知だ。

彼女が言う『音痴』は(確かにややハスキーではあるが)謙遜の類いでそのまま真に受けるわけにはいかないが…部活との両立が出来ないことはその通りだ。

 

なにせ彼女…『渡辺曜』…は(水泳の)高飛び込みの選手で『前逆宙返り3回半抱え型』という技を武器に、国体選抜にもなろうかという逸材。

確かに千歌の戯言に付き合っているヒマはない。

 

それでも

「千歌ちゃんが本気でスクールアイドルをやるんだったら、衣装は私が作ってあげるよ!」

と彼女は言った。

 

曜は「趣味は筋トレ」というほど、スポーツ万能でありながら、千歌が羨むほどのスタイルの持ち主で、なおかつ裁縫も料理も上手いという人物。

千歌にとっては『親友』と呼ぶには余りに畏れ多い存在である。

 

曜が彼女のことをどう思っているかは定かでないが、少なくとも千歌は彼女のをことを、常に憧れの眼差しで見ていた。

 

その彼女が…「自分の為に衣装を作ってくれる」…そう言ってくれたことが嬉しかった。

その言葉だけで充分だった。

 

実現することは不可能…それはわかってる。

だが…いつの日か…という淡い期待だけを胸に…気が付いたら、自室でμ'sのマネをする…というのが、千歌の趣味、日課になっていた。

 

 

 

そして、やがて1年が過ぎ…千歌が完コピできるμ'sの曲は10曲以上にのぼっていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東京から来た、桜内梨子です」

 

4月。

 

2年生になった千歌と曜のクラスに転校生が来た。

すぐにクラスメイトが集まり、彼女を質問攻めにする。

そこから漏れ聴こえてきた単語に、千歌が反応した。

 

「えっ?音ノ木坂出身?趣味はピアノ?」

 

そして彼女は弾かれるように叫んだ。

 

「桜内さん!私の真姫さんになってください!!」

 

突然の訴えに、クラスメイトが驚いた表情で彼女の顔を見る。

それは親友の曜も…そして言われた本人も同じだった。

 

「桜内さん、私の真姫さんになってください!」

 

「真姫さん?」

 

「はい!西木野真姫さんです!」

 

「…どなた…ですか?」

 

「えっ?どなたですか…って…。μ'sの西木野真姫さんだよ?」

 

 

 

「…?…」

 

 

 

「えっ…ウソ?…知らないの?」

 

「…すみません…」

 

「μ'sは音ノ木坂のスクールアイドルで、伝説って呼ばれてる存在で…」

 

「そうですか…ごめんなさい…本当に知らなくて…」

 

「音ノ木坂から来たんだよね?」

 

「千歌ちゃん、いきなり失礼だよ!」

 

「えっ、あっ…ごめん…そうだね…」

 

曜に諭されて千歌は我に返った。

 

…と同時にカルチャーショックを受けた。

一般人ならいざ知らず、音ノ木坂出身でμ'sを知らないなんてことはあるのだろうか。

なんとなく釈然としない気持ちが、頭に付きまとった。

 

 

 

 

放課後。

 

「あれ?曜ちゃん、部活は?」

 

「今日はお休み…」

 

「珍しいね…」

 

2人は家に帰る為、バスに乗った。

 

「うん…最近、不調でさ…踏み切るタイミングがまったくわからなくなっちゃって…飛び込み台の上に行くのが怖いんだ」

 

「曜ちゃんが?」

 

「専門用語で言うと『イップス』って言うんだ。技術的なことっていうよりは精神的なものらしいんだけどさ…『ここを気を付けなきゃ』って思えば思うほど、逆に意識しちゃって、身体がこわばっちゃう…っていう。それでコーチから、少し頭をリセットした方がいい…って」

 

バスは海岸線をゆっくり走る。

 

「曜ちゃんでも、そういうことがあるんだ…」

 

「『でも』って…」

 

「あ、ごめん、ごめん。曜ちゃんは何でも完璧にこなしちゃうから、そういうことに無縁の人だと思ってた」

 

「あるよ、全然…」

 

「…少し安心した…」

 

「えっ?」

 

「こう言ったら怒られるかもだけど…曜ちゃんには千歌とは違って、悩みなんてないんだろうなぁ…って思ってたから…」

 

「そんなことないよ」

 

「…そうだよね…」

 

「じゃあ、今日はここで…」

 

「あっ!うん、また明日!」

 

曜は自宅付近のバス停で降りて行った。

 

千歌は車内から彼女を見送ったが、心なしか曜の足取りは重く見えた。

しかし、彼女の悩みが、そこまで重症だとは、この時の千歌には知る由もなかった。

 

 

 

 

 

しばらくして、千歌もバスを降りた。

そのまま家に帰ろうとした矢先、彼女が何気なく見た浜辺の視線の先に、ある異変を認めた。

 

「あれ?あの娘…」

 

そこに制服姿のまま座り込んでいたのは、今日、顔を会わせたばかりの転校生だ。

 

「桜内さん?」

 

「うわぁ!び…びっくりしたぁ…あ…えっと、高海さん…」

 

「千歌でいいよ」

 

「だったら、私も梨子でいいです」

 

「こんなところで何してるの?」

 

「穏やかな海だな…って」

 

「えっ?」

 

「私ね…ずっと都内で育ったから、こういう浜辺って縁がなくて…」

 

「なるほど、なるほど…いいところだよ、内浦は。人も町も気候も…みんな穏やかで…」

 

「そんな感じ。時間の流れが違うっていうか…」

 

「ちょっと田舎だと思ってバカにしてるでしょ?」

 

「そうは言わないけど…あ、ちょっと訊いてもいい?海ってどれくらいから入れるの?」

 

「海水浴なら海開きの時期が決まってるから、7月だけど…ダイビングなら入れるんじゃないかな…興味あるの?」

 

「えっ、う…うん少し…」

 

「だったら、今度、いいダイビングスクールを紹介してあげるよ。私のひとつ上の幼馴染みなんだけどさ…って、初対面なのに、こんなにしゃべっちゃってゴメンね!」

 

「ううん、話し掛けてくれる人がいて嬉しかった。私、転校って初めてだから」

 

「良かった!」

 

「あっ!千歌さん、あのね…μ'sのことだけど…」

 

「ん?」

 

「…ごめんなさい、何でもない…気にしないで…」

 

「あ…うん…。まだ、ここにいる?いくら内浦が温暖だからって言っても、この時期、さすがにこれからは冷えるから…あんまり長くいると風邪ひくよ」

 

「そうだね…」

 

梨子は立ち上がって、スカートの砂を払い落とした。

そして2人は、歩き出す。

 

「でも、どうしてここにいたの?私は家がこの辺りだから、バス停がここなんだけど」

 

「私もバス停がここだから…」

 

「じゃあ、ご近所さんだね。どのあたり?」

 

「えっと…地元では有名な老舗旅館のお隣…」

 

「へぇ…そうなんだ」

 

「私も越してきたばかりで、まだ道とか詳しくないんだけど…ここを曲がって…」

 

「あ、近い!近い!私もこっちだよ!」

 

「それで、ここを曲がると…その旅館!何か目印があるっていうのは、わかり易くてありがたいかな…って…千歌さん、どうかした?」

 

千歌は固まっている。

 

そしてポツリと呟いた。

 

 

 

「この旅館…私の家なんだけど…」

 

 

 

「えぇっ!?」

 

 

 

「そう言えば、一昨日(おととい)お母さんが、お隣の家に引っ越して来た人がご挨拶に来たって言ってた…」

 

「うん、行った…」

 

「私はその時、家にいなかったんだけど…まさか、梨子さんだったとは!」

 

「びっくり!」

 

2人は、思わず顔を見合わせて笑った。

 

 

 

「それじゃあ、これからどうぞ、宜しくお願いします」

 

「あ、こちらこそ…」

 

 

 

 

 

そして数分後。

 

千歌は自分の部屋の窓をガラリと開け

「お~い!」

と叫んだ。

 

その声に気付き、対面の窓が開く。

 

「わっ!」

 

「千歌さん!」

 

「もしかして…って思ったけど、部屋も隣同士だったね」

 

「そうなんだね」

 

「何かわからないことがあったら、気軽に声を掛けてね!」

 

「うん、ありがとう!」

 

「それじゃあ、また明日!」

 

「うん、また明日!」

 

そう言って、彼女たちは窓を閉めた。

 

 

 

楽しげな様子の千歌とは対称的に、梨子の表情は若干複雑だった。

 

 

 

…千歌さんか…

 

…優しそうな人で良かった…

 

 

 

…でも…

 

…μ's…真姫さん…

 

…どうして彼女がその名前を?…

 

 

 

…やっぱり私は…それから逃れられないのかしら…

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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バス通学

 

 

 

「おはヨーソロー!」

 

翌朝、独特の挨拶でバスに乗り込んできたのは、渡辺曜。

車内の中ほどの…2人掛けの席に座っていた高海千歌は、それが日常である…と言わんばかりに何の違和感もなく「おはヨーソロー!」と呼応する。

千歌の隣に座っている桜内梨子は、一瞬、戸惑ったが…すぐに「おはようございます」と返答した。

 

曜は…千歌の…通路を挟んだ隣に腰を降ろす。

 

「改めて…こちらが私の家の、お隣に引っ越してきた梨子さん!」

 

「うん、そうなんだってね。すごい偶然!」

 

彼女は昨晩、千歌から既に報告を受けていたようだったが、それでも「驚いた!」というリアクションをした。

 

「そして…こちらが私の大親友の渡辺曜ちゃん!」

 

「宜しくお願いします」

と頭を下げたのは梨子。

 

初対面ではないが、さすがに1日にしてクラスメイト全員の顔と名前を覚えるのは難しい。

そういう意味では、彼女の頭の中へ…確実にインプットされた2人目のクラスメイト…ということになる。

 

 

 

「あれ?曜ちゃん、朝練は?」

 

千歌が、彼女に問い掛ける。

 

「今日は元々お休みの日」

 

「そうなんだ」

 

「その代わり、バッチリ走り込みはしてきたけどねえ」

 

「さすが!」

 

「朝練?走り込み?」

と千歌と曜の会話に割って入ったのは、梨子。

 

「あ、まだ説明してなかったっけ?曜ちゃんは高飛び込みの選手なんだよ」

 

「高…飛び込み?」

 

「そう。プールの高いところから、ポーンって飛んで、グルグルグル…って回って、ドッボーン!って入るやつ」

 

千歌は立ち上がりそうな勢いで、手振り身振りを交えて解説した。

 

「ドッボーン!ってなっっちゃったらダメなんだけどね」

と曜が笑ってフォローする。

 

 

 

高飛び込みという競技は、空中での演技の難易度・出来栄えと共に、入水の際、水しぶきが少ない方が得点は高くなる。

水が撥ねない状態を『ノースプラッシュ』と言い、その究極の状態を『リップ・クリーン・エントリー』と呼ぶ。

これは…唇を弾くような…『ボッ』というわずかな音がするだけ…という意味合いで、千歌が言う「ドッボーン」では、完全に失敗ダイブとなってしまう。

 

…とはいえ、説明自体は梨子には伝わったようだった。

 

 

 

「曜ちゃんは、国体の選手に選ばれようかっていう選手でね」

 

「国体!」

 

「そんなに大したことじゃないって。ほら…競技人口が少ないから…そこそこ練習すれば、それなりに上に行ける…みたいな」

 

「またまたぁ…謙遜しちゃって」

 

「はい、そうは言っても、そんなに簡単には国体の選手になれないですから」

と梨子は、千歌に合わせて何気なく相槌を打ったつもりだったが、その刹那、曜の表情が厳しくなった。

 

 

 

「ん?曜ちゃん?」

 

 

 

「えっ!?あ、ううん…まぁ…それはそれとして…梨子さんはピアノやってたんだっけ?」

と、何かを誤魔化すように曜は話を替えた。

 

 

 

 

「えっ?えぇ、まぁ…ほんの嗜む程度で…」

 

こちらもこちらで、どことなくぎこちない返事。

 

 

 

「私は音痴だし、楽器もできないから、ピアノが弾けるって言うだけで尊敬しちゃうな」

 

「…って曜ちゃんは言うんだけど、別に音痴じゃないと思うんだよねぇ。リズム感だって悪くないし」

 

「いやいや、千歌ちゃん…変にハードル上げなくていいから…」

 

「そう言う千歌さんは、何かされてるんですか?」

 

「私?私は…スクールアイドル!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「…に、なりたいなぁ…なんて…」

 

「…って本人は言ってるけど、どこまで本気かは不明なんだよねぇ…千歌ちゃん、飽きっぽいから…」

 

「もう!今度は本気なんだってば!」

 

「確かに、それだけは1年くらい、ずっと言ってけど…」

 

「…スクールアイドル…」

 

「あ、ほら…私、昨日、初対面にも関わらず、梨子さんに『西木野真姫さんになってください』なんて言って、驚かせちゃったでしょ?」

 

「う、うん…」

 

「そうしたら梨子さんがμ'sを知らなくて、逆に私がもっとビックリしたんだけど…」

 

「ごめんなさい」

 

「ううん、それは私の勝手な思い込みだったんだから、気にしないで」

 

「それで、そのスクールアイドルって…」

 

「あれ?そこから?う~ん…まぁ、早く言えば、学校内でアイドル活動することかな…。歌って、踊って、みんなに観てもらって…それを楽しむ!そして、そうした人たちが目指す大会が『ラブライブ』って言って…その初代チャンピオンが、かの有名な『A-RISE』」

 

「さすがにA-RISEは私も知ってます」

 

「だよね?…そして、その次のチャンピオンが『μ's』。この2組がラブライブの礎(いしずえ)を作ったって言われてるんだけど…μ'sは、さらにその大会規模をアキバドームまでにしたことで『スクールアイドル界のカリスマ』って呼ばれてるんだ」

 

「詳しいんですね…」

 

「えへへ…全部、ネットからの受け売りなんだけどね…。そして、何を隠そう!そのμ'sこそが音ノ木坂の生徒…つまり梨子さんの先輩だった…ってワケ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「初めて知った?」

 

 

 

「…私、そういうの疎(うと)くって…」

 

 

 

「へぇ…やっぱりそんなもんなんだ。千歌ちゃんがあまりにも、μ's!μ's!って騒ぐから、どれだけ凄いのかと思ってたんだけど…わりとそうでもない感じ?」

 

「い、いえ!ち、違うんです!えっと…その…μ'sさんはきっと凄い人たちだったんだと思います!私が無知なだけで…はい…」

 

急に慌てふためき出した梨子に、千歌と曜は首を傾げた。

だが直ぐに、千歌は彼女に言った。

 

「でも…もしかしたら、そうなのかも知れないなぁ。μ'sの活動って1年くらいだったみたいだし、世の中に名前が知られたのは解散したあとだし…思いの外(ほか)売れちゃって…本人たちからしてみれば『あとはそっとして置いて』みたいに思ってたのかも…」

 

「おっ!千歌ちゃん、なかなか大人びたこと言うねぇ」

 

「だって、そうじゃなきゃ、いくら梨子さんがそういう人だからって、ここまで知らないってことは考えられないもん!…確か…一番年下のメンバーが卒業してから、まだ4年くらいしか経ってないハズだし」

 

「でもまぁ、そうなると在学期間は被ってないよね」

 

「そっか…」

 

「えっと…その…私の知識不足は置いといて…さっき『スクールアイドルになりたいな!』って言ってたけど…千歌さんは、まだスクールアイドルじゃないんですか?」

 

「えっ?…あ、うん…今のところは憧れてるだけ。曜ちゃんを『ず~っと』一緒にやろうって誘ってるんだけどね…これが全然、つれなくて…」

 

「私はほら…部活があるし…」

 

「わかってるけどさぁ…あ、それで昨日、梨子さんが…音ノ木坂から来た…趣味はピアノ…って言うから、過剰に反応しちゃった…っていうか…」

 

「ひょっとして、その真姫さんって言う人がピアノを…」

 

「うん。μ'sのメロディメーカーだった人で…これがどの曲聴いてももステキなんだよ。あっ、そうだ!今度、梨子さんにも聴かせてあげるね」

 

「あ、ありがとう…」

 

 

 

…そういうことか…

 

 

 

「ん?今、何か言った?」

 

「えっ?いえ…別に…」

 

「…とかなんとか言ってるうちに、学校に着いたよ!」

と曜が2人に合図する。

 

「あっ、本当ですね。昨日は早めに学校に行ったから、お客さんも少かったし…話す人もいなかったから、凄く遠く感じたけど、今日はあっという間でした」

 

梨子は微笑みながら、思ったことを口にした。

 

 

 

「向こうにいた時は?」

 

「徒歩でした」

 

「ゲッ!?」

 

「えっ?」

 

「どれくらい歩くの?やっぱり1時間くらい?」

 

「まさか!私は学校と家がわりと近かったから…10分くらい…」

 

「そりゃ、そうだ…東京だもんね、東京」

 

「いえ、東京だからといって全員がそうってわけじゃ…」

 

「でもさ、1本バスに乗り遅れたら、1時間待たなきゃならないとかないでしょ?」

 

「ば、場所にもよるんじゃないかな…」

 

「これから大変だよぅ…田舎暮らしは…」

 

昨日の千歌は、梨子に対して『良いところアピール』をしていたハズなのに、今日は一転『不便アピール』である。

不覚にも梨子は「あはは…」と声を立てて笑ってしまった。

 

「ほらほら、バカなことを言ってないで降りるよぅ」

 

「は~い!」

 

 

 

車内は、ほぼ女子高生しかいなかったが、彼女たちが乗車していたのはスクールバスというわけではない。

ただ学校が沼津の中心部とは反対方向にあり…従って、朝の時間帯であっても反対方向は混むが、こちらは割りと空いているのだ。

さらに言えば、そもそも、この地域自体の人口が少ないため、首都圏のようなラッシュは起こりえないのであった。

 

 

 

しかし、それはやがて彼女たちにも暗い影を落とす事態へと発展していくのである…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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再会

 

 

 

「花丸ちゃんは、部活、どうするの?」

 

「マルは…まだ何も考えてないけど…たぶん帰宅部ズラ…。ルビィちゃんは?」

 

「う~ん…わかってはいたけど、ここにアイドル研究部はないから…」

 

「あったところで、お姉さんが許可してくれないんじゃ…」

 

「うぅ…それは確かにそうなんだけど…」

 

 

 

普通の学校であれば、入学式が終わった直後から、新入部員の勧誘活動は始まり、各部から熱気を帯びた掛け声が飛び交うものだが、ここは少し様子が違う。

 

彼女たちが入学した…浦の星女学院…は、数年前から生徒数が減少しており…2年前からは近隣の高校への統廃合の噂が立ち始めていた。

そのせいもあってか、今年の入学者は、わずか12人しかいない。

ちなみに…3年生は38人、2年生は24人(+1人)…つまり全校生徒を合わせても75人…100人にも満たないのである。

 

従って普通であれば、この12人は…部活経験があろうとなかろうと…喉から手が出るほど欲しい超貴重な人材。

故に、各部、激しい争奪戦を繰り広げられる…ハズだった。

 

しかし、そうはならなかったのである。

 

ひとつには、学校自体の部活動が盛んでないことが挙げられる。

何せ、学生数が圧倒的に少ないのだ。

下手したら球技などは、1チーム組めない…ということにもなりかねない。

一昔前までは、そうでもなかったようだが…これでは自然と規模が縮小していくのも、致しかたない。

 

ふたつめは…だからというべきか…在校生に『無理にでも部活を存続させよう』という意志がないのだ。

当然といえば当然かもしれない。

ただでさえ、学校の統廃合の噂が立っている中、新入生はわずか12名。

もちろん、入部したいという者がいれば拒む理由はないが、どんなに頑張っても、この先はそう長くはない。

それなら、今いる面子(めんつ)で、最後まで気兼ねなく楽しんだ方がいい。

 

県民性、地域性…そういったものも相まって、どことなく『なるようにしかならない』という、諦めムードみたいなものが、在校生にはあった。

 

 

 

「あっ、善子ちゃん、おはよう!昨日、突然帰っちゃったから、心配したズラ…」

 

「別に…いいわよ、心配なんてしてくれなくても…」

と彼女は軽く睨むようにして答えた。

 

 

 

…はぁ…

 

…どうして『ズラ丸』と同じ学校になっちゃうかな…

 

 

 

先に席に座っていた…『津島善子』…は心の中で、深くため息をついた。

 

 

彼女の自宅は沼津の中心地にあり、本来であれば、わざわざ遠方にあるこの高校まで通う理由はない。

つまり、逆の言い方をすれば、敢えて『ここ』を選んだことになる。

 

それなのに…

 

挨拶をしてきた…『国木田花丸』…とクラスメイトになるとは夢にも思わなかった。

彼女にとっては、まさかまさかの展開で、昨日は相当、気が動転したのだった。

 

 

 

「あ、あの…お…おはようございます…」

 

花丸と一緒に会話しながら教室に入ってきた友人…『黒澤ルビィ』…が、少しオドオドした感じで善子に挨拶をした。

 

「えっ…あっ…おはよう…」

 

「ルビィちゃん、そんなビクビクしなくてもいいズラ。確かに少し変わってるけど、中身は至って普通ズラ」

 

「えっ…あ、うん…」

 

「あのねぇ、ズラ丸。私があの頃のままだと思って調子に乗ってるんじゃないわよ!」

 

「まぁまぁ…善子ちゃん、落ち着くズラ。昨日は、善子ちゃんがすぐに帰っちゃったから、ちゃんと紹介できなかったけど、改めて…この人はマルの友達のルビィちゃんズラ」

 

「く、黒澤ルビィです。よ、宜しくお願いします」

 

 

 

「ふん!気に入らないわ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「名前よ、名前!」

 

 

 

「名前…ですか…」

 

「それって芸名?」

 

「い、いえ…本名ですが…」

 

「あっ、そう…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「私、シャレた名前の人って嫌いなの。まぁ、私のリトルデーモンになるって言うなら、付き合ってあげていいけどね…」

 

「リトルデーモン?」

 

 

 

…しまった!つい、口走っちゃった…

 

 

 

「な、何でもない!何でもないから…」

 

「クスッ、善子ちゃんは相変わらずズラ」

 

「ズラ丸も気安く、私の名前を呼ばないで!」

 

「善子ちゃん…」

 

「善子言うな!ヨハ…あっ…と、とにかく、私には関わらないで…そっとしておいて」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

善子の言葉を受け、2人は黙りこんだ。

 

それでも、すぐに

「わかった。だけど1年生は12人しかいないから…みんな仲良くしないといけないズラよ…」

と花丸は言って、席に着いた。

 

 

 

…わかってるわよ、そんなこと…

 

…だから私はここに来たんじゃない…

 

 

 

花丸の姿を見ながら、善子は唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

その日の放課後…。

 

花丸とルビィが並んで歩いている。

 

 

 

「マルと善子ちゃんは、幼稚園が一緒でね…」

 

「うん、そう言ってたよね…」

 

「その頃から少し変わってて…善子ちゃんは『自分の名前が平凡過ぎる』って、凄く嫌ってたズラ」

 

「そうかな?」

 

「それで、ある日突然『私の本当の名前は、ヨハネ!あまりにも美し過ぎて、天上界から追放された堕天使である』とか言い始めて…」

 

「それって今で言う『中二病』?幼稚園の時に?…」

 

「自意識過剰なんズラ」

 

「でも…名前が嫌い…っていう気持ちはわかるかも。私もルビィ…って恥ずかしいもん。別にハーフでもないのに」

 

「それはマルも一緒ズラ。花丸なんてダサいズラ…。でも…だからかも知れないけど…善子ちゃん、マルには心を許してくれてて…よく2人で『悪魔ごっこ』をして遊んだズラ」

 

「悪魔ごっこ?」

 

「占いの真似事とか、そんな類いのことだけど…」

 

「ふ~ん…」

 

「善子ちゃんが小学校の時に市街に引っ越しちゃって…それっきりになってたんだけど…まさか高校になって再会するとは…」

 

「10年ぶりくらい…ってこと?よくわかったね」

 

「それは…名前見ればわかるズラ」

と花丸は笑った。

 

「それはそうだけど…よく覚えてたね」

 

「顔も変わってなかったし」

 

「なるほど…」

 

「でも…ちょっと心配ズラ」

 

「?」

 

「10年経っても、性格は変わってないズラ…。クラスに溶け込めるかどうか…」

 

「うふ…」

 

「?」

 

「やっぱり花丸ちゃんは優しいなぁ」

 

「えっ?」

 

「そんなに久しぶりに会っても、ちゃんとお友達のことを思いやれる…。さすが花丸ちゃん!って思っちゃった」

 

「そ、そんなことないズラ…」

 

花丸は少し照れながら、学校を出てバス停へと向かった。

 

 

 

その2人をあとを、そっと尾行するような人影が…。

 

付かず、離れず…一定の距離を保って歩く。

 

 

 

「…花丸ちゃん…さっきから誰かにつけられているような…」

 

「…やっぱり、ルビィちゃんも気付いてたズラか…」

 

「ど、どうしよう…」

 

「こういう時はハッキリ言うズラ…」

 

「う、うん…」

 

「いくズラよ…せ~の!」

 

 

 

花丸とルビィは、歩みを止め、勢いよく振り返った。

 

 

 

 

「わっ!な、なによ!急に怖い顔して振り向かないでよ!」

 

 

 

そう後方から叫ぶのは善子であった。

 

 

 

「な~んだ…善子ちゃんズラか…」

 

「あ、怪しい人につけられてるのかと…」

 

「帰る方向が同じなんだから、仕方ないでしょ!」

 

「なら、コソコソ歩かなくてもいいズラ」

 

「べ、別に…コソコソなんて歩いてないわよ…」

 

「なら一緒に帰るズラ」

 

「えっ?い、いや…私は1本あとのバスに乗るから…」

 

「でも、善子ちゃんちは沼津の市街でしょ?そうしたらマルたちよりも帰るのが遅くなるズラ」

 

「そんなこと、アンタには関係ないでしょ!」

 

「ふぅ…相変わらず天の邪鬼ズラ…」

 

「ふん!」

 

「じゃあ、ルビィちゃん…行こう」

 

「えっ?いいの?」

 

「善子ちゃんは、ああいうことを言い出したら、訊かないズラ」

 

「う、うん…」

 

 

 

「それじゃ、善子ちゃん、また明日!」

 

「さようなら…」

 

2人はやって来たバスに、善子を残して乗り込んだ。

 

 

 

その後、バス停にはバラバラと帰宅する生徒が集まってきたので、彼女はひとりではなくなった。

しかし、話し相手はいないようで…黙ってスマホの画面を見つめていた。

 

 

 

…はぁ…

 

…高校生になったら、変わらなきゃって思ってたのに…

 

…どうしてこうなるのかしら…

 

…このままじゃ、一生友達なんて…

 

 

 

善子は、周りにも聴こえるくらい大きく息を吐くと、そのまま天を仰いだ。

 

 

 

 

~つづく~

 



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生徒会長

 

 

 

「ねぇ、曜ちゃん…」

 

「ん?」

 

曜の電話の相手は千歌。

ベッドに入って、もう寝ようか…という時に掛かってきた。

 

「今度さ、新入生歓迎発表会があるでしょ?あれって個人参加もOKなんだよね?」

 

「う~ん…そういえば、去年は有志みたいな感じで、先輩がダンスを披露してたねぇ…」

 

「私…アレに出たいんだ」

 

「うん、わかった…」

と曜は頷いた。

 

しかし、その意味を理解するまで、しばらく時間を要した。

 

 

 

「えっ!?千歌ちゃん、今、なんて言ったの!」

 

 

 

千歌が言う『新入生歓迎発表会』とは、簡単に言えば『部活紹介』のことで…新入生に対し、持ち時間5分程でプレゼンを行い、自分たちの部活をアピールするイベントだ。

合唱部であれば歌を…空手部であれば『形』の演舞を披露したりする。

この僅かな時間で、いかに彼女たちの心を掴むかが重要で、特に文化部は…年度が変わった一発目の…大事な行事である。

 

学内の規定で言うと、部活を名乗るには『部員が5人以上在籍すること』と『顧問が就くこと』が条件で、それをクリアすれば部費も割り振られる。

しかし前述したとおり、年々、生徒数が減少している為、部活と認められているのは僅か数団体だ。

その代わり、2~4名であれば(一応届け出は必要だが)『有志』『サークル』『同好会』としての活動は認められている。

当然、部室も無いし部費も出ないが、同じ趣味の者が集まり好きなように活動するのであれば、それは大きな問題ではなかった。

中には5名以上となっても、敢えて『部活』にしない生徒もいる。

そういったこともあり『新入生歓迎発表会』は、数年前から部活以外の有志も参加出来るようになっており…千歌たちが1年生だった昨年は…バンドとダンスのサークルがパフォーマンスを披露した。

秋に文化祭が行われるものの、そんな彼女たちには、数少ない発表の場…重要なイベントなのである。

 

 

 

「だからね、曜ちゃんに手伝ってほしいんだ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「一生のお願い!私と一緒にステージに立って!!」

 

 

 

「千歌ちゃん…」

 

 

 

「私ね、やっぱりスクールアイドルをやってみたい。1度でいいからμ'sが見た景色を感じてみたいんだ!それには、どうしても曜ちゃんの力が必要なの。だからお願い!一生に一度のお願いだから!!」

 

 

 

曜は千歌の言葉の意味を、心の中で噛みしめる。

 

そこには迷いのない、強い意志が宿っていた。

 

 

 

千歌という人物は、自らを『普通怪獣』と名乗るほど、平凡な少女だ。

いや、やる気を出せば、何でもソツなくこなせるのであるが「どうせ自分なんて…」という消極的な気持ちが先に出てきてしまい、なかなか結果が伴わない。

結果が伴わないから、さらに自信を無くし…という負のスパイラルに陥ってしまう。

 

曜はそんな彼女にことを、常にもどかしく思っていた。

もちろん、学力や運動神経において、自分が千歌よりも上であることは自覚しているし、彼女がそのことにコンプレックスを持っていることも知っている。

だから、彼女の消極的な発言を聴く度に、それを諌めようと思うのだが…どうしても『自分が上から目線で彼女を見ている』ような感じがして、あまり強くは言えないでいた。

故に彼女が投げ出したり、諦めたりするたびに「千歌ちゃんはそれでいいの?満足した?」という言葉を掛けてきた。

それで千歌は…時には発奮して頑張ることもあるし、そうでないこともある。

どちらにせよ、そこまで言ってあげて、本人が納得しているなら、それはそれで仕方ない…と思ってきた。

 

しかし、彼女とは長い付き合いになるが、これほどまでに自分のやりたいことを主張してきたのは初めてだ。

『一生のお願い』は何度か言われてきたが、今回の『それ』は真剣さが違う。

それは彼女が思い付きで言ったのではなく、μ'sと出会ってからの1年間、ずっと考えていたことだからなのだろう。

 

曜は、千歌が彼女たちに憧れ、ひとり『練習』していたことを知っている。

その練習に度々、付き合わされたこともあったが…彼女が一生懸命歌ったり、踊ったりしている姿を見ているのは、悪い気がしなかった。

むしろ、千歌が何かに夢中になっていることに対して、喜ばしいとも思っていた。

だからこそ…今まではふたつ返事で断っていたが…今日のお願いについては、二の句が継げずにいた。

 

 

 

「曜ちゃんが、部活忙しいのはわかるけど…そこをなんとか!!」

 

 

 

「千歌ちゃん…」

 

そう言ったきり言葉が続かない曜。

だが、しばし沈黙のあと、やっと重い口を開いた。

 

「…少し…時間がほしいなぁ…」

 

 

 

「曜ちゃん…」

 

 

 

「もし『やる』って決めたら、中途半端にはしたくないし…」

 

「うん、うん…わかった…そうだよね…じゃあ…返事、待ってる…。おやすみなさい」

 

「うん…おやすみ…」

 

千歌と曜はそう言って電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後…。

2人は生徒会室へと向かった。

 

ドアをノックすると「はい、どうぞ」と返事があった。

部屋の中には…黒髪のロングヘアーで、口元の黒子が特徴の生徒がいた。

『黒澤ダイヤ』…この学校の生徒会長だ。

見た感じ…和装が似合う美少女…と言っても過言ではないのだが…常に目つきが鋭く、険しい顔をしていて…にこやかに談笑をしているところを見たことがない…と下級生からすれば、かなり近寄り難い存在。

そういうことも含めて、一般生徒が生徒会室を訪れるのは、かなり勇気がいることだった。

 

 

 

「失礼します…」

 

緊張しながら、千歌は部屋に入った。

あとに曜が続く。

 

「どうかされましたか?」

 

先入観があるせいか、千歌にはその声が、異常な程、冷たく聴こえた。

 

「あ、あの…今度の新入生歓迎発表会に私たちも参加したくて…書類を提出しにきました…」

と、おどおどしながら彼女は紙を手渡す。

 

「新入生歓迎発表会に?…」

 

それを受取り、一瞥したダイヤ。

 

「…スクールアイドル?…」

 

「はい!」

 

 

 

「却下ですわ!!」

 

 

 

「えっ!?」

 

「却下です!」

 

「そ、そんな…いきなり…」

 

「いきなりもなにも…確かにその行事には有志の参加を認めておりますが、そもそも貴女たちは、サークルの申請を出しているのですか?」

 

「い、いえ…まだ…」

 

「登録がない者への参加を認めるわけにはいきません」

 

「えっと…だったら、今、書きます!!今、申請します!」

 

「はい?」

 

「それならいいんですよね?」

 

「えぇ…まぁ…承認まで1日は要しますが…」

 

「では、お願いします」

 

「まだ、許可するとは申しておりませんですわ」

 

「えっ?」

 

「後ろにいるのは…渡辺曜さん…ですね」

 

さすがは国体選抜になろうかという逸材。

生徒会長が知らないはずはなかった。

 

「は、はい…」

と曜は、ちょっとこわごわと返事をする。

 

「まさかと思いますが…貴女も一緒に?」

 

「はい」

 

「部活はどうされるのですか」

 

「もちろん、続けますけど…」

 

 

 

「でしたら、なおさら許可はできませんわ!」

 

 

 

「どうしてです?」

 

千歌と曜は同時に声をあげた。

 

 

 

「曜さんは、当校期待の星、いえ静岡県の宝です。そのような人材が、スクールアイドルと掛け持ちなど言語道断ですわ」

 

「でも、これは私の意志です。いくら生徒会長とはいえ、個人の権利を奪う資格は無いと思いますが」

 

うっ…と、一瞬ダイヤは言葉に詰まらせたあと

「…とはいえ、なぜスクールアイドルなのですか…」

とボソっと呟いた。

 

 

 

「やりたいからじゃ、ダメなんですか!!」

 

即答したのは千歌だ。

 

 

 

「千歌ちゃん!」

 

大きな声を出した彼女に対して、曜はびっくりして、思わず叫んだ。

ダイヤに飛び掛るんじゃないか…そんな風に感じたからだ。

 

 

しかし、その千歌を上回る勢いで

「スクールアイドルを甘く見ないでください!!」

とダイヤが噛み付いた。

 

その口調と勢いに、千歌と曜は一歩あとずさった。

 

そして生徒会長は

「念の為に訊いておきますが、目標はラブライブ出場などと言わないですよね」

と続けざまに言い放つ。

 

 

 

「あ、いや…ラブライブはまでは…考えていないですけど…」

 

 

 

「そんな気持ちでスクールアイドルをするなんて、それは全国各地、スクールアイドル活動をしている生徒への冒涜というものですわ!!やはりその申請は却下です」

 

 

 

「えっ!?そんなぁ…」

 

「冒涜って…」

 

戸惑う2人。

 

 

 

そんな彼女たちに、思わぬところから助っ人が入る。

 

「ダイヤさ~ん、それは職権乱用だと思いマ~ス!」

 

突如、千歌と曜の背後から声が聴こえたのだ。

 

 

 

彼女たちが振り向くと、そこには立っていたのは金髪で色白の『生徒』がいた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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理事長

 

 

 

千歌と曜の後ろに立っていた生徒は…パッと見、日本人というよりは西洋人。

髪と肌の色だけでなく、身体つきも日本人離れしていて『グラマラス』という形容詞がピッタリである。

 

 

 

「ま、鞠莉さん…盗む聴きとは趣味が悪いですわ」

 

その姿を見て、ダイヤは彼女の名前を呼んだ。

 

 

 

「ソーリー…バット…外まで声が聴こえま~した…ア~ンド…今は理事長と呼んでくださ~い!」

 

「あぁ…まったくややこしいですわ!!どっちだって良いではないですか!」

 

ダイヤはムッとしながら、頭を掻く。

 

 

 

彼女がイラつくのも無理はない。

その理由は…この学校の…というより、…今、現れた生徒…の立場が複雑すぎるからだ。

 

金髪の少女は名前を…『小原鞠莉』…という。

彼女は地元では有名な『小原財閥』の娘でダイヤと同じ、高校3年生。

父親はリゾートホテルチェーンを大規模に展開している社長だ。

自宅はそのホテルの中にあり、プライベートヘリを所有している…と言えば、どれほどのセレブか想像できよう。

つまり『超が付くほどのお嬢様』なのである。

 

彼女の父親はイタリア系アメリカ人、母親は日本人の…いわゆるハーフで…つまり見た目が日本人っぽくないのは、その為だと言える。

 

しかし問題なのは、そのことではない。

 

一番、周りが混乱する要因は…彼女が『学校の理事長』だということだ。

それも、ついこの間…新学期が始まった、ほんの3日前に就任したばかりである。

正確なことを言えば…海外を飛び回り、ほとんど日本にいない父親が理事長で…彼女は『代理』なのだが、それでも『学校運営の全権を任されてた』ということには変わりない。

この辺りは日本人の感覚ではなかなか受け入れないが、海外では学力さえあれば、10歳だろうと5歳だろうと、大学への飛び級が認められたりする。

それにイメージは近いのかも知れない。

鞠莉の父親は、彼女を理事長足り得る資格があると判断した訳である。

我々の常識は、必ずしも世界のスタンダードではないということだろう。

従って鞠莉は『生徒でありながら理事長』…いや『理事長でありながら生徒』という、なんともややこしい肩書きを持つに至ったのである。

普通なら生徒や保護者からクレームのひとつも起きそうだが、そこはあくまで『代理』だということと…やはり、どことなくのんびりとした地域性が相まって、大事(おおごと)にはならなかったようだ。

 

 

 

「それなら理事長の時は『今は理事長です』と『襷』でも付けてください」

 

「『タヌキ』ですか?」

と鞠莉。

 

マジボケなのか判断が付きづらい、その言葉に…それでも

「『タヌキ』ではありません!『タスキ』です!名前を大きく書いて、肩から斜め掛けにする布の輪っかです」

とダイヤが説明した。

いちいち面倒ですわ…と顔に書いてある。

 

「Oh!…タスキ!…それはグッドアイディアで~す」

 

「軽くバカにしてますね?」

 

ダイヤは鞠莉を睨む。

 

「ノー、ノー、ノー、ノー…」

 

彼女はバイバイをするみたいに、両手を振った。

 

 

 

「あの…それで私たちはどうすれば…」

 

ダイヤと鞠莉の間に挟まれた、千歌と曜。

しかし、その存在を忘れているかのような2人に、堪らず声を掛けた。

 

 

 

「えっ?…あっ…ゴホン!…と、とにかく、当校でのスクールアイドル活動は認めません!」

 

「ダイヤさん!」

 

鞠莉はそう叫んだが

「わかりました!」

と千歌はアッサリ承諾した。

 

 

 

「えっ?千歌ちゃん!?」

 

「曜ちゃん、行くよ!」

 

「えっ?えっ?」

 

千歌は生徒会長に一礼すると、スタスタと部屋を出て行ってしまった。

 

「ま、待ってよ!…あ、失礼します…」

 

曜も彼女に頭を下げると、慌てて千歌を追う。

 

 

 

 

 

部屋には生徒会長と理事長が残った。

 

「ダイヤ…今のはナッシングです!彼女たちがシャイニーするチャンスを奪ってはいけません!」

 

「…それは…理事長としての意見?それとも友人としての意見?…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「鞠莉さんもわかるハズですわ…私の気持ちが」

 

「オフコース!」

 

「…でしたら…」

 

「バット!!…私たちは私たち…彼女たちは彼女たち…。ダイヤの考えはナンセンスで~…」

 

ダイヤは鞠莉の言葉が終わらないうちに、自分の顔を彼女の顔にグッと近づけた。

 

「キ、キスなら今はノーサンキューで~す…それはあとでマイルームで…」

 

「ふざけないでください!」

 

「ホワッツ?」

 

 

 

「貴女…何を企んでいるのですか!?」

 

 

 

「!」

 

 

 

「長い付き合いですから…目を見ればわかりますわ…」

 

 

 

「…それなら…それは見込み違い…。私はただ、彼女たちが輝く場を奪いたくないだけ。それ以下でも、それ以上でもないわ…」

 

これまでとは打って替わって、鞠莉は『流暢な日本語』で言った。

どうやら彼女は、話し方を使い分けることができるようである。

 

 

 

「鞠莉さん…」

 

真顔の彼女を見て、ダイヤも呟く。

 

しかし

「…などと、それで私が騙されるとでも思っているのですか!」

と叫んだ。

 

 

 

「オーマイガッ!さすがダイヤで~す…あっ!そうそう、用があるのを忘れてた!…ということで、私はこれでドローンします…」

 

「ま、鞠莉さん!!」

 

「チャオ!」

 

「えっ?チャオって…鞠莉さん!?…はぁ…行ってしまいましたわ…まったく…」

 

 

 

…本当に貴女は、何を考えているのですか…

 

…それと…

 

…それは『ドローン』でなく『ドロン!』ですわ…

 

 

 

ダイヤは疲労困憊と言った表情で、ドカッとイスに座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、生徒会長を飛び出して行った千歌。

後ろから曜が追いかける。

 

「ちょっと、千歌ちゃん!そんなにすぐに諦めちゃっていいの?千歌ちゃんのやりたい気持ちってそんなものなの?」

 

その声には怒気が含まれていた。

普段はあまり千歌に対して、感情を露わにしない曜だが、あまりに簡単に引き下がった彼女に、気持ちを抑えられなかった。

 

しかし

「大丈夫だよ!私は諦めてないから」

と千歌は笑った。

 

「えっ?」

 

「あはは…だから、私は諦めてないよ」

 

「でも…」

 

「うん、今日は一旦、撤退しただけ…。また、明日、出直すから」

 

「千歌ちゃん?」

 

「確かに、サークルの申請とか出してなかったし…準備不足だった」

 

「…それはそうだけど…」

 

「生徒会長のことも、調査不足だった…」

 

「調査不足って…」

 

「ちゃんと攻略法を考えないと…」

 

「攻略法?」

 

「曜ちゃん…ちょっと果南ちゃんのとこ、付き合って!」

 

「果南ちゃん…じゃなくて、松浦先輩でしょ?」

 

「学校の外なら果南ちゃんでいいの!」

 

「まぁ、本人がいいならいいけど…」

 

「生徒会長さ…なんか変じゃなかった?」

 

「う~ん…普段がどういう人かあまり知らないから…」

 

「スクールアイドル…って言ったとたん、顔色が変わったんだよね…」

 

「確かに、少し違和感はあったけど…」

 

「きっと何かあると思うんだ」

 

「何かって?」

 

「それがわからないから、果南ちゃんのとこに行くんだよ」

 

「なるほど…」

 

「でもね…反対された瞬間、これは大丈夫!って思ったんだ」

 

「えっ?」

 

「あのμ'sも…スクールアイドルを始めた時は、生徒会長に反対されたんだよ。でも、その人も最終的にはメンバーになるの」

 

 

 

…これは千歌の認識に誤りがある。

音ノ木坂の生徒会長だった…『絢瀬絵里』…は、スクールアイドルの活動自体を否定していたわけではない。

μ'sの発起人…『高坂穂乃果』…の『ラブライブに出て、学校名を世に広めて、廃校の危機から救う』という考えに反対したのである。

しかし、千歌にとって、それは『誤差の範囲』なのかも知れない。

憧れのμ'sと同じ状況…それを僥倖と捉えたようだ。

 

 

 

「ね?私たちと同じでしょ?」

 

 

 

…千歌ちゃん、いつになくポジティブ!そしてアグレッシブ!…

 

 

 

曜は久々に前向きな彼女を見て、嬉しくなった。

それと同時に、これから先の…何が起きるかわからないという…なんとも言えない期待感に気分が高揚していくのがわかった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 



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ダイビングショップ

 

 

 

「か~な~んちゃん!」

 

「千歌!?…何回も言ってるでしょ!『…ちゃん』じゃなくて『…先輩』だって」

 

ほら言われた!…と曜は千歌の顔を見た。

 

しかし

「でも、先輩!って感じしないんだよね。そもそも学校に来てないし」

と、千歌はまったく意に介さず…という様子で言う。

 

「だとしても、絶対に他の人の前で言ったらダメよ…って…あら、曜ちゃんも一緒だったの?」

 

「こんにちわ」

 

曜はペコリと頭を下げた。

 

 

 

「忙しそうだねぇ」

と千歌。

 

「そう思ったら手伝ってよ。そこのボンベ、こっちに運んで!」

 

「まったく、人使いが粗いな…」

 

「昔から言うでしょ?『立ってるモノは親でも使え』…ってね!」

 

そう言って彼女は、悪戯っぽく笑った。

 

 

 

彼女たちが訪れたのは…とあるダイビングショップ…だ。

 

そこに…『松浦果南』…がいた。

 

実測値で言うと、訪ねてきた2人よりも5㎝ほど背が高いのだが…そのスタイルのせいか、もう少し上背があるように見える。

 

 

 

「しかし、相変わらずのナイスプロポーションだね!羨ましい限りだよ」

 

ひとしきり仕事を手伝ったあと、千歌が呟く。

 

ピッタリとしたウェットスーツに身を包んだ彼女は…身体のラインが露わになっていて…毎回それを見る度、千歌は羨ましそうにそう言う。

 

「そうかな?あなたたちの方がエッチじゃない?胸の大きさだって、私と変わらないし…曜ちゃんなんて、いつも競泳用水着だし」

 

「私は先輩と違ってチビだから…それに水着で外には出歩きませんし」

と曜は苦笑する。

 

「果南ちゃんみたいにクビレのあるウエストになりたい…」

 

「なら、千歌…朝、一緒に走り込みする?」

 

「えっ?…えっと…それは…遠慮しようかな…」

 

千歌は、あはは…と笑ったあと

「…果南ちゃんの胸のサイズ、絶対逆サバだよね?どう考えても私と一緒ってあり得ないんだから」

と曜の耳に囁いた。

 

 

 

「…それより、何かあった?」

 

果南はショップの中に2人を招き入れる。

 

「うん…まぁ…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「あのさぁ…生徒会長ってどんな人?」

 

「ん?生徒会長?…ダイヤのこと?」

 

「うん…黒澤ダイヤさん…」

 

「ダイヤがどうかした?」

 

「実は…」

と、千歌は今日の顛末を果南に話した。

 

 

 

「なるほど…」

 

一通り話を聴き終わった果南。

彼女は表情を崩すことなく、そう呟いた。

 

そして

「スクールアイドル…千歌がねぇ…」

と唸った。

 

 

 

「何かおかしい?」

 

「ううん…別に…。あなたがそれに夢中になってる…っていうのは、前から聴いてたから、私はそんなに驚かないんだけど…生徒会長は…ダイヤはあまりに突然のことでビックリしたんじゃないかな?」

 

「そうかなぁ?何か異常に拒否反応を示してたように見えるけど」

 

「スクールアイドルがどういうものかは、知ってると思うんだよねぇ…その上で…あなたの本気度を確認した…ってことはない?」

 

「そういえば『ラブライブを目指すのか?』って訊かれたっけ?」

 

「それで千歌はなんと?」

 

「いや…そこまでは考えてない…と…」

 

「それかもね!?…やるからには中途半端はやめなさい…そう言いたかったのかも」

 

「う~ん…そうなのかな…」

 

「そうしたら、もう一回、あなたの本気を伝えてみたら?」

 

「私の本気?」

 

「そう。どうしてあなたがスクールアイドルになりたいのか…どういう風になりたいのか…ダイヤはああ見えて、すごく情熱家なんだよ」

 

「情熱家?逆に凄く冷たい人かと思ってたけど…」

 

「見た目がああだし、口調もああだから…誤解されやすいんだよねぇ…。でも、そうじゃなければ、好き好んで生徒会長なんてしないわよ」

 

「確かに…」

と曜が頷く。

 

「そっか…ただ『やりたい』じゃなくて…『どうしてやりたいか』『どうなりたいか』…それを訴えれば、ちゃんとわかってくれるかも!ってことだね?」

 

「保証はできないけど…」

 

「うん!ありがとう!やっぱり果南ちゃんに相談して良かったよ」

 

「そう?まぁ、健闘を祈るわ」

 

果南はそう言うと表情を崩した。

 

 

 

「さて、それはそれとして…」

と少し間を空けて千歌。

 

 

 

「?」

 

 

 

「果南ちゃんは、いつから学校に来るの?このまま、ずっと休んでたら、留年しちゃうんじゃない?」

 

「そうね…そこは上手くやるつもりだけど…お父さんの回復状況次第かな?もうすぐ復帰出来ると思うんだけど…」

 

「何か手伝えることがあったら言って下さい。泳ぎと体力なら先輩にも負けないですから」

 

「曜ちゃん、ありがとう…。『手伝って』って言うと、すぐに逃げ出す誰かさんとは大違いだね」

と、果南は千歌の方を向く。

 

「はて、なんのことやら…」

 

千歌は、その視線を避けるかのように顔を背けた。

 

 

 

「そうそう…手伝って!って言えば…私の家の隣に越してきた娘がさ…あ、うちの学校の生徒で、私たちと同い年なんだけど…海に潜りたいようなことを言ってたんだよねぇ。今度、連れてきてもいい?」

 

「もちろん!」

 

果南は親指を立てて、千歌に答えた。

 

 

 

 

 

「付き合わせちゃってゴメン…」

 

ダイビングショップを出た2人。

千歌は手を合わせて、曜に「ありがとう」と感謝を意を表した。

 

「ううん、全然…」

 

「部活…行かなくて良かった?」

 

「うん、大丈夫…。ほら、今、ちょっと調子が悪くって…気分転換も必要かな…って。悪い時はとことん悪くなっちゃうから、たまにはリセットしないとね」

 

「ならいいけど…負担になるようなら、やっぱり悪いなぁ…って」

 

「心配しないの!千歌ちゃんが珍しく前向きなんだもん。こんなこと、今後、一生無いかもしれないでしょ?だから、ちゃんと手伝ってあげるよ」

 

「ははは…」

 

 

 

「あれ?」

 

千歌の乾いた笑いを遮るように、曜は首をぐるりと後方に向けた。

 

 

 

「ん?どうかした?」

 

「今、反対方向を歩いて行った人…」

 

「えっ?」

 

「生徒会長じゃない?」

 

「あっ…」

 

彼女たちは、海沿いの道の…陸側を歩いていた。

その反対方向を…既に後ろ姿しか見えないが…間違いなく曜の指摘した人物が遠ざかって行く。

 

 

 

「どこに行くんだろう?」

 

「どこ…って…ここを歩くってことは先輩のとこじゃない?」

 

「生徒会長が?果南ちゃんのとこに?」

 

千歌と曜は、しばし彼女の行き先を見送った。

 

 

 

 

 

「果南さんはいらっしゃいます?」

 

千歌と曜の想像通り、ダイビングショップを訪れたのは、ダイヤであった。

 

ごめん、ちょっと待ってて…と部屋の奥から声がする。

少しして、ウェットスーツからパーカーのセットアップに着替えた果南が出てきた。

 

「あら…噂をすれば影…」

 

訪問者を見て、果南は思わず呟いた。

 

「はい?」

と怪訝な顔をするダイヤ。

 

「ううん…何でもない。それよりどうしたの?ここに来るなんて珍しいじゃない…」

 

まぁ、座って…と果南は、ショップ内の椅子に腰掛けるようダイヤに促した。

 

「相談事があって参りましたわ」

 

「鞠莉と仲違いでもした?」

 

「!?」

 

「別に驚くことじゃないわよ。あなたの相談…って言えば、十中八九そのことなんだから…」

 

「さすが果南さんですわ」

とダイヤは帽子を脱ぐ仕草をする。

 

「それで…何を揉めているの?」

 

「…揉めているという程のことではありませんが…実は、今日、下級生からスクールアイドルをやりたいとの申し出がありまして…」

 

「へぇ、そうなんだ…」

と表情を変えずに返答する果南。

 

 

 

…こういうのをニアミスっていうのかしら…

 

 

しかし心の中では軽く笑みを浮かべていた。

 

 

 

「私はそれを却下したのですが…鞠莉さんは問題ないと…」

 

「ふ~ん…そう…私も別にいいと思うけどな…。ダイヤにそれを止める権利はないんじゃない?」

 

「果南さん!?」

 

「ダイヤの気持ちもわかるけど…それは『その娘』たちには関係ないことでしょ…」

 

「鞠莉さんにも同じことを言われましたわ」

 

「でしょ?それで『私たちの過去』がどうこうなるものでもないんだし…」

 

「…それは理解しているつもりです…。私もその時はつい感情的になってしまい…反省しています」

 

「なら、別にそれでいいじゃない」

 

「ですが…鞠莉さんが賛成している理由はそれだけではないと思うのです!!」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「あの目は…何かを企んでいますわ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「果南さんならわかるハズです。鞠莉さんが何かをしようとしている時の…雰囲気と言いますか、空気と言いますか…目がワクワクしているのです」

 

「あぁ…あれか…。そうね…いつも突然、思いもよらぬ行動をするから…それは確かに不安かもしれないけど…」

 

「はい」

 

「でも…やっぱり、それはそれ、これはこれ。『やりたい』と思っているなら止められないわ。ダイヤが逆の立場だったら、理由もなく却下されて納得できる?」

 

 

 

「…」

 

言葉に詰まるダイヤ。

 

 

 

「…ってこと」

 

「…かしこまりましたわ…」

 

「はい、これで一件落着!!」

 

果南はパチン!と手を叩いた。

 

 

 

「最後にひとつ、よろしいでしょうか?」

 

「どこかで聴いたことがあるセリフね」

 

「その娘たちがスクールアイドルをしている姿を…果南さんは直視できまして?」

 

 

 

「…」

 

今度は果南が口ごもった。

 

 

 

「私は正直、自信がありませんわ」

 

「ダイヤ…」

 

「以上です!」

 

「あっ…うん…」

 

「あと…これは別件ですが…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「いつまで学校を休むつもりで?」

 

「…そうね…それはもう少し…」

 

「まさか、このまま留年なんてことはないですよね?」

 

「ど、どうかな?…あり得るかも…」

 

「許しませんからね!!果南さんが後輩になるなんて、そんなこと許しませんから」

 

「いいじゃない。どうせダイヤは卒業しちゃうんだから…一緒に通うわけじゃないんだし」

 

 

 

「いいえ!何があっても3人一緒に証書をもらうのです!」

 

ダイヤは机を叩かんばかりの勢いで、椅子から立ち上がった。

 

 

 

「3人?」

 

 

 

「もちろん、私と果南さんと…鞠莉さんですわ」

 

 

 

「…そこで鞠莉は関係ないでしょ?…」

 

「いえ、そういうワケにはいきません!」

 

「ダイヤ…」

 

「約束は約束。それはしっかりと守ってもらいますわ。…それとも…このままおかしな誤解を与えたまま、一生を終えるつもりですか?」

 

「そうは思っていないけど…」

 

「ご家庭の事情は理解しておりますが、早く学校に戻ってきてください!毎日毎日、果南さんのノートを取るのも大変なのですから」

 

「そうね…感謝してるわ」

 

「では…あまり長居して、お仕事の邪魔をするのも悪いので、私はこれで失礼しますわ…」

 

「うん、わかった。気を付けて…」

 

果南は一緒に外に出ると、ダイヤの姿が小さくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 



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ユニット結成…CとY

 

 

そして、その翌日の放課後。

千歌と曜は、再び生徒会室を訪れた。

偶然なのだろうか…中には生徒会長のほか、理事長もいた。

 

 

 

「改めて…まず、こっちが有志活動の申請書です!」

 

昨日ほどはオドオドはしていない。

寧ろ、決闘でも申し込むかのような、強い口調。

 

「どうしても、スクールアイドルをやりたいのですか?」

 

受け取った生徒会長…ダイヤも負けじと鋭い視線で彼女を見る。

 

「はい!」

 

「当校での活動は許可しない…と申したハズですが」

 

「生徒会長が何故スクールアイドルを毛嫌いしてるのか、わからないですけど…とにかく、まずはこれを見て下さい!」

と千歌は、自分のスマホにダウンロードしている動画を、ダイヤの眼前に突き出す。

 

 

 

…これは?…

 

 

 

ダイヤの右眉が、一瞬ピクリと動いた。

 

 

 

「μ'sって言います。スクールアイドル界では伝説とか…カリスマ…って言われてる人たちです。彼女たちは…最初、普通の女子高生でした。スクールアイドルを目指していたのは、この中で1人しかいなかったそうです。ダンスとピアノの経験者はいますが、あとはみんな素人の集まりだったらしいです。でも、観てください!みんな、こんなに綺麗で、こんなに可愛くて、こんなに格好良くて、こんなに輝いてて…。最後には…ラブライブって大会で、あのA-RISEを地区予選で破って、全国で優勝して、海外ライブもして…とにかく、とにかく凄い人たちなんです!」

 

千歌は、そこまで一息に捲し立てた。

 

 

 

…残念ながら、全部存じておりますわ…

 

 

 

ダイヤは、顔色も表情も一切変えず、彼女の話を聴いている。

 

 

 

「私は、東京に遊びに行った時に、偶然この曲に出会い…衝撃を受けました。そして、強く思いました。私もこの人たちみたいになりたい!と…」

 

「オー!ユー アー マイ サンシャイン!で~すね?」

と鞠莉。

 

「はい!生まれて初めてなんです!こんな気持ちになったのは!…私は…特技も特徴もなくて…何をやっても普通の女の子です。これから先も、ずっとそんな人生なんだろうなぁ…って思って生きてきました。でも…μ'sに出会ってから、考えが変わったんです。一瞬でもいいから、この人たちみたいに輝いてみたい!同じ景色を見てみたい!って」

 

 

 

「…」

 

 

 

「ダイヤさ~ん、これはOKするしかありませんねぇ」

 

 

 

「…わかりました…認めますわ…」

 

 

 

「えっ?」

 

千歌も曜も、もう少し抵抗にあうのかと思っていたので

「本当ですか?」

と、思わず聴き直す。

 

 

 

「許可致しますわ」

 

ダイヤは、申請用紙に承認印をバンッ!と押した。

 

 

 

「ワォ!」

と鞠莉は、大袈裟に両手を挙げ、目を丸くする。

 

 

 

「それで…ユニット名は決まっているのですか?」

 

 

 

「は、はい!『CANDY』です」

 

千歌が、曜とスクールアイドルユニットを組むことを前提に、1年も前から考えていた名前。

由来は至って単純だ。

『Chika & You』…つまり2人の頭文字『C and Y』で『CANDY』というわけだ。

暖めて…暖めて…やっと披露することができた。

 

 

 

「…キャンディーですか…」

 

「はい!」

 

「…甘いですね…」

 

「はい?」

 

「いえ…。そうしましたら、すぐに『日本スクールアイドル協会』のサイトに登録してください」

 

 

 

「日本スクールアイドル協会?」

 

千歌と曜は、一緒に首を傾げた。

 

 

 

「呆れましたわ。まさか、それも知らずにスクールアイドルになりたいなどと!?」

 

「はぁ…すみません…」

 

「よいですか?日本スクールアイドル協会というのは…これまで個々バラバラに活動していたスクールアイドルをある程度一元化し、広くその存在を世に知らしめようと作られたコミュニティサイトです」

 

「はぁ…」

 

「このサイトに登録すれば、自分たち専用のホームページが与えられます。ですので、そこにメンバーを紹介したり、活動内容を載せたり、当然ながらライブ映像をアップすることもできます。ライブ情報については、カレンダー形式で表示もされますので、いつ、どこで、誰がライブをするのか…それを見れば一目瞭然ですわ」

 

「そんなのがあるんだ…」

 

「このサイトは、スクールアイドル同士の『横の繋がり』にも活用されていて、お互い情報交換したり、合同ライブを企画したり…不要になった衣装を譲ったり譲られたり…」

 

「そっか!衣装ってお金掛かりそうだもんね…」

 

「スクールアイドルは大抵、部活というよりは…少人数でサークル的な活動をしていますので、学校を頼るというのはあまりできません。ですから、それはそれはとても貴重なものなのです」

 

「なるほど…』

 

「それこそが…その…貴方が憧れている…μ'sのメンバーの1人…が立ち上げたコミュニティサイトなのですわ」

 

「そうなんですか!?知らなかったなぁ…」

 

「μ'sがカリスマと言われているは、ラブライブの発展だけでなく、そういうことも含めてスクールアイドルの認知活動に尽力した結果なのです」

 

「随分詳しいんですね…」

 

そう言ったのは…ただただ、ダイヤの説明に感心している千歌…ではなく曜であった。

 

「は、はい?え、えぇ…これは…その…生徒会長としては当然のことですわ!」

 

ダイヤは少し、慌てたように答えた。

 

「イエース!これはスクーアイドゥだけでなく、色々なサークルが活動していく為のモデルケースになったので、学校関係者ではメジャーなサイトなんで~す」

と鞠莉がフォローした。

 

 

 

「スクー…?」

 

「アイドゥ…?」

 

千歌と曜は、その発音に違和感を覚え、思わず口にする。

 

 

 

しかし、すぐに気を取り直し

「えっと…あの…許可して頂きありがとうございます。一生懸命頑張りますので、宜しくお願いします」

と千歌は頭を下げた。

曜もそれに合わせる。

 

「いえ…」

とダイヤ。

 

「では、失礼します」

 

千歌と曜は再度一礼して、振り返り部屋を出ようとした。

 

 

 

その時だ。

 

 

 

「貴方たちではμ'sになれません。μ'sが見た景色も見れません。そして、ステージの結果がどうであれ、私は一切の責任は持ちませんので、予めご承知おきを…」

 

ダイヤは2人に、そんな言葉を浴びせた。

 

 

 

驚いて立ち止まる2人。

 

しかし、それより早く

「ダイヤ!?」

と叫んだのは鞠莉。

彼女を睨み付けている。

 

 

 

「当然ですわ。顧問がいないサークル活動ですから、何が起きても、それは自己責任です」

 

ダイヤは…「挑発には乗りません」…そんな感じで至って冷静に答えた。

 

 

 

それを受けて

「ご忠告ありがとうございます」

と部屋を出る千歌。

 

「失礼しました」

 

曜もそのあとに続く。

 

 

 

 

 

「気分悪いなぁ…」

と廊下を少し歩いてから、曜が不満を口にした。

 

ここまで来れば、その言葉も彼女たちに聴こえることはない。

 

「生徒会長?」

 

「そう。アッサリOKしてくれたのは良かったけど…最後の最後であんなことを言わなくても」

 

「そうだね…」

 

「スクールアイドルのことも妙に詳しい感じだったし…なにか引っ掛るんだよねぇ…」

 

「でも、コミュニティサイトだっけ?…のことも教えてくれたし…なんだかんだ言って協力してくれる雰囲気だったけど…。果南ちゃんが言ってた通り、私たちの本気をわかってくれたんじゃないかな?」

 

「う~ん…そうなのかな…」

 

千歌の浮かれた表情とは違い、曜は少し納得していない顔だ。

 

しかし、それには気付かず

「そうと決まれば…曜ちゃん、早速、練習するよ!」

と元気に彼女の手を引っ張り、千歌は走り出した。

 

 

 

…まぁ、いいか…

 

…よーし!!千歌ちゃんの本気、見せてもらうよ!…

 

 

 

普通に走れば曜の方が圧倒的に速い。

 

しかし今は、千歌の後を追いかけて見るのも悪くないと思っていた。

 

 

 

 

 

千歌が披露しようと思っている曲は既に決めてある。

μ'sの『START:DASH』だ。

それは彼女の人生観を変えた曲だから。

 

だが、もうひとつ理由がある。

この曲は3人ヴァージョンと9人ヴァージョンの2パターンあるが、彼女が最初に観たのは後者だった。

実は、それが重要で…μ'sとして残されているライブ映像の中で、唯一『制服姿』でパフォーマンスしている曲なのだ。

先にも述べたが、これがフリフリの衣装…ファーストライブの3人ヴァージョン…であったら、そこまでμ'sに興味を示していなかったかもしれない。

あくまで『普通の女子高生が…』というところが、感銘を受けたポイントだったのだ。

然るに…彼女の中では(金銭的、時間的な問題を除いても)『衣装を新調せず制服のままでよい』…ということが大きなウェイトを占めていた。

 

 

 

かくして千歌と曜のユニット『CANDY』は始動したのである。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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砂浜

 

 

 

『新歓』こと『新入生歓迎発表会』まで2週間弱と、時間はほとんどない。

それでも千歌は自信に満ちていた。

それは趣味として、1年近くもμ'sのマネをしてきたからだ。

一夜漬けの付け焼刃ではない。

彼女たちの歌い方までコピーできる。

今回、コンビを組むことになった曜に対する不安もない。

何度も『練習』に付き合ってもらってきた。

元来運動神経の良い彼女は、自分より先に『振り付け』を覚えることもあって、逆に教えてもらうこともあった。

そうしているうちに、自然と歌も覚えたようだった。

だから…「完璧に出来る!」…千歌はそう思っていた。

 

 

 

だが…彼女の中で誤算があった。

 

 

 

それは『2人で一緒に』パフォーマンスをするということが、まったく頭に入っていなかったのだ。

つまり…ひとりひとりの単体であれば歌って踊れるものの…2人となると、その位置関係や距離感をどうするのか…そういうことが抜けていたのだ。

試しに踊ってみるが、何度やっても離れすぎたり、ぶつかったりしてしまう。

また自室に大鏡があるわけではないので、横に並ぶと振り付けのタイミングが合っているのかどうか、そういうことの確認すらできなかった。

スマホを使って録画をしてみても限界がある。

1日…正確に言えば…ダイヤに承認を得たその日の放課後の2~3時間…練習して、千歌はようやくそのことに気が付いた。

 

「誰か、コーチが必要だねぇ…」

 

 

 

そこで白羽の矢が立ったのが…

 

 

 

「ごめん!家がお隣というよしみで…私たちの練習に付き合って!!」

 

 

 

「えぇ~私が!?」

 

誘われたのは桜内梨子だった。

 

 

 

「見てて『そこ、ズレたよ!』とか、そういうのを伝えてくれるだけでいいから」

 

「お願い!」

 

曜からも頭を下げられた。

 

「う、うん…まぁ…見るだけなら…」

 

「うわぁ!ありがとう!助かるよ。じゃあ、今日から…」

 

「私はちょっと部活に顔を出すから…今日は8時くらいからでもいい?」

 

「え、えぇ…」

 

「まぁ、梨子ちゃんは移動時間ゼロだから、全然問題ないよね」

 

「…って千歌ちゃんが言うセリフじゃないでしょ?」

 

「へへへ…」

 

こんなやり取りを経て、CANDYの練習には、コーチとして梨子も合流することになった。

 

 

 

「ひとつね、気になることがあるんだけど…」

 

千歌の部屋で練習している2人に梨子の言葉を投げ掛けた。

 

「気になること?」

 

「ステージの大きさって把握してる?」

 

「ステージの大きさ?」

 

「うん…あ、余計なことかも知れないけど…」

 

「それって大事?」

と千歌は無邪気に訊く。

 

「どうだろう…2人だとあんまり関係ないのかな?…でもやっぱりステージの大きさによって、距離感とか変わると思うの。小さいとこならいいけど…大きいステージで真ん中でこじんまり踊っても…寂しく見えるっていうか…」

 

「なるほど…それは確かに見栄えは良くないね」

 

曜はその様子を頭の中でイメージしながら呟いた。

 

「つまり、ステージの大きさによって、距離を縮めたり、離したりする…ってこと?」

 

千歌は両腕を前に伸ばして『前、ならえ』をすると、その幅を狭めたり拡げげたりした。

 

「うん…」

 

「さすが!ピアノをやってるだけのことはある!ステージ経験者は違うねぇ」

 

「別にそういうわけじゃないけど…」

 

「じゃあ、明日、ステージの大きさを測ってみよう!」

 

 

 

…ということで、その週末の土曜日…の午後。

 

午前中、部活の練習があった曜は、昼食を取ったあと…バスを使わず、自転車を漕いで…『練習場所』…千歌の家の近くの浜辺へとやって来た。

そこにいたのは千歌と梨子。

砂浜には大きく長方形の線が描かれていた。

 

「いやぁ、ご苦労!ご苦労!」

 

自転車を降りると、曜は2人の下へと歩いて近付いていった。

 

「これがステージの大きさ?」

 

「あっちが客席のつもり」

と千歌は海を指さした。

 

「『春の海…ひねもすのたり、のたりかな』…って詠いたくなるわね」

 

曜は波間に目をやると、眩しそうに呟いた。

 

「はい」

 

頷く梨子。

 

「ステージから見る景色も、こうやってキラキラして見えるのかな」

 

「普通、客席は暗いものだよ」

 

「あっ、そっか!」

 

てへ…と舌を出す千歌。

 

「でも、あながち間違いじゃないかもしれません」

 

「ん?」

 

「アイドルのライブとかであれば、ペンライトの光の波が、会場いっぱいに揺れてますから…あ、もちろんピアノの会場ではそんなことないですけど」

 

「だよね!μ'sのライブとか見てても、すごく綺麗だもんねぇ…」

 

「少なくとも、新歓では無理だけどねぇ。客席を暗くして…なんてことは出来ないし」

 

「そうか…そうだねぇ…。まぁ、それはそれとして…こうやって見ると、ステージって結構大きいかも」

 

「普段、意識しないもんね」

 

「でも…さっき曜ちゃんが来る前にひとりで踊ってみたんだけど…この中で練習するとイメージが沸くっていうかなんていうか」

 

「そりゃあ、部屋の中で練習するよりは」

 

「この大きさに馴れなきゃいけないんだね」

 

「それじゃ、始めますか!?」

 

「よし!頑張るぞ!」

 

「おー!」

 

2人は靴を脱ぐと、梨子のカウントに合わせてステップを踏み始めた。

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れた…もう、立てない…」

 

千歌はしりもちをつくように、ドサッと座り込んだ。

 

「なんで曜ちゃんはケロッとしてるの?」

 

「ケロッとはしてないよ…砂の上で踊るのは負荷が掛かるから、余計疲れるよね。いいトレーニングになったかな?あっ、梨子ちゃんも長い時間ありがとう」

 

「いえ…家に居てもすることがないので…」

 

「でも、お陰で2人で踊る感覚が掴めてきたよ」

 

「はい、すごく良かったです」

 

「これなら本番もバッチリだね?」

 

「ダメだよ、気を抜いちゃ。千歌ちゃんの悪い癖だよ。まだあと1週間あるんだから、細かいところまで合わせないと」

 

「ひょえー!曜ちゃん、厳しい…」

 

「職業病?なのかな。高飛び込みは、踏み切ってから入水まで、一寸の狂いも許されないから」

 

「そうだね…」

 

「じゃあ、今日はこれで帰るよ」

 

「自転車に乗って?」

 

「当たり前でしょ?置いて帰るわけにはいかないでしょ…」

 

「そうだけど…凄い体力だなって!」

 

「千歌ちゃんも、少しは走りこみした方がいいんじゃない?ワンステージでへばってるようじゃ、とてもμ'sにはなれないぞ!」

 

「う、うん…考えておくよ…。えっと…じゃあ、明日は自主練ということで」

 

「ヨーソロー!!」

 

「ばいばい」

 

「またね!梨子ちゃんも」

 

「はい、また来週」

 

曜は自転車に跨り、颯爽と海岸線の道を走っていった。

 

 

 

「本当にありがとう」

と、改めて梨子に礼を言う千歌。

 

「ううん、本当、気にしないで」

 

2人は家へと歩き出した。

 

「千歌ちゃん…」

 

「ん?」

 

「楽しい?」

 

「えっ?」

 

「あっ…その…見てて、結構ハードだな…って思ってたんだけど…」

 

「う~ん…ハードだよ!」

 

「でも、顔がすごく楽しそうだから…」

 

「楽しい!すごく楽しいよ!そりゃあ、体力的にはキツイけどさ…でも、ずっとμ'sみたいになりたい…ってマネをしてて…それをお披露目できるんだ!って思ったら、そっちの方が上回っちゃうよね!」

 

「うん、そうだよね…」

 

「それにね…」

 

「それに?」

 

「大好きな曜ちゃんと一緒にできるんだよ。こんな嬉しいことはないでしょ?」

 

「…羨ましいなぁ…」

 

「えっ?」

 

「あっ…ほら、好きなことを見つけて、好きな人と、好きなことに打ち込める…って贅沢じゃない?」

 

「梨子ちゃんは、そうじゃないの?」

 

「私?」

 

「ピアノは?」

 

「ピアノか…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「…今は……」

 

 

 

「今は?」

 

 

 

「あっ…なんでもない!今の言葉は忘れて!」

 

 

 

「梨子ちゃん?…」

 

 

 

「それより、頑張ってね!時間があるときは練習付き合うから」

 

「うん!ありがとう」

 

「じゃあ、今日はここで…」

 

「…って言っても、窓を開ければ会っちゃうんだけどね」

 

「うふふ…そうだね…」

 

そんな会話をして、千歌と梨子は家の前で別れた。

 

 

 

…μ's…

 

…START:DASH…

 

…どうしてだろう…

 

…ずっと避けてきたハズなのに…

 

…どんどん深みにハマっていく気がする…

 

 

 

気付けば梨子は、彼女たちがこれまで何度も何度も繰り返し聴いていた曲を、ピアノで奏でていた。

 

 

 

「あれ?このメロディー…」

 

 

 

隣の家の…彼女の部屋の窓を挟んで向こうにいる少女…は、その心地よい音色に、しばし耳を傾けていた。

 

 

 

…梨子ちゃんのピアノ…

 

…初めて聴いたけど…

 

 

 

…なんて素敵なんだろう…

 

 

 

すぐにも窓を空けて、声を掛けようかと思ったが、ジャマをしては良くないと千歌は自制し、その音色に聴き入った。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ファーストライブ

 

 

曜は激しく後悔した。

なぜ、気付いてあげられなかったのだろう…と。

 

梨子も激しく後悔した。

なぜ、伝えてあげなかったのだろう…と。

 

このあと、どう彼女と向き合えばよいのか…すぐには考え付かなかった…。

 

 

 

 

 

新歓こと新入生歓迎発表会の当日となった。

 

「おはヨーソーロー!!」

 

「おはよう!」

 

「おはようございます!」

 

学校へと向かうバス。

先に乗っていた千歌と梨子に、曜が合流した。

 

「千歌ちゃん、ちゃんと寝られた?」

 

「バッチリ!…とは言わないけど…」

 

「えぇ!大丈夫?」

 

「うん!あぁ、いよいよだな…って思ったら、なかなか寝付けなくて…。でも、知らないうちに眠っちゃったみたいで…美渡姉ぇに『バカ千歌、遅刻するよ!』って叩き起こされた」

 

「その声、私の部屋にも聴こえたよ」

 

「あははは…目に浮かぶ」

 

曜はそう言って笑った。

 

 

 

『美渡(みと)姉ぇ』とは、高海三姉妹の次女。

千歌のすぐ上の姉だ。

 

「あんな、起こし方しなくてもいいのに」

と千歌はプウッと頬を膨らませる。

 

「でも、優しいお姉ちゃんじゃない…ちゃんと起こしてくれるんだから。私は美渡お姉さん、好きだけどな。サッパリしてて」

 

「え~曜ちゃんは、お姉ちゃんがいないから、そういうこと言うんだよ!お姉ちゃんなんて、志満姉ぇひとりいれば充分」

 

『志満(しま)姉ぇ』とは、高海三姉妹の長女。

なにかと忙しく家を空ける母に代わり、実質、家業の旅館を切り盛りしている『若女将』である。

性格は至っておっとりしており、曜は彼女が怒っているところなど見たことがないが、千歌が畏(おそ)れる次女が…彼女に「美渡!」と言われるだけで萎縮することがある…というのだから、キレたら怖い…というタイプなのだろう。

だが、千歌にはメチャメチャ甘いらしい。

 

「私も姉妹がいないから、お姉ちゃんって憧れるなぁ」

 

「梨子ちゃんも?美渡姉ぇなら、今すぐ熨斗(のし)を付けてプレゼントするよ」

 

「ふふふ…」

と苦笑する梨子。

 

 

 

「朝まで練習してたらどうしようかな?…ってちょっと心配してたけど…でも、ちゃんと眠れたならよかった」

 

「うん…あのね、μ'sのリーダーはライブ前日に雨の中、走りこみして…当日熱が出ちゃって…頑張ってステージには上がったんだけど、パフォーマンス終了後倒れちゃった…ってことがあったんだって。だから…」

 

「偉い、偉い!」

と曜は千歌の頭を撫でた。

 

 

 

彼女の情報源はネットである。

実はμ'sの公式なサイトというものは存在していないが、彼女たちのファン…あるいは関係者(?)と思われる者がアップしたホームページは複数存在している。

 

その中で、一番信頼性が高いと言われているのが『μ's伝説』というサイトである。

μ'sが解散した直後から存在しており…その後、更新された様子は一度もないが…その情報は質、量とも一番充実している。

新規に立ち上がったサイトは、少なからず彼女たちの近況…下手したらプライバシーの侵害…と訴えられても仕方のない情報等も載っていたりする…が、μ's伝説はそのようなことは一切なく、あくまで彼女たちの在学中…μ'sとして活動した1年間のみのエピソードが記されている。

エピソードに尾ひれ背びれが付き、それがネタ化・都市伝説化している他サイトに比べると、その内容は現実的かつ詳細で…かなり近い筋の関係者…もしくは本人たちが語ったものを纏めたのではないか…とも言われているのだ。

 

千歌が語った今のエピソードも、そこに記載されていた。

μ'sは…穂乃果の一時離脱が切っ掛けで、ラブライブのエントリーを取りやめ、解散の危機を迎えた…ことも記されていた。

 

 

 

「あ~ドキドキする~」

 

発表は午後からだ。

しかし、千歌は朝礼が終わってから午前中の授業が終わるまで、ずっとそう言っていた。

昼食もほとんど口にしなかったようだった。

 

「大丈夫?」

 

曜はさすがに心配になって声を掛ける。

 

「う、うん!なんて言えばいいんだろう?武者震いっていうのかな?でも、緊張じゃなくて…ワクワクするっていうのかな。そっち方のドキドキ」

 

「うん。だったらいいけど…」

 

その様子に、曜はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

「なんだか、私の方が緊張してきちゃったかも…」

 

そう言ったのは梨子だった。

 

経験上…これまで何回、ステージで演奏したかわからないが…ピアノの発表会で緊張しなかったことなど皆無であった。

 

 

 

…自分のことじゃないのに…

 

 

 

正体不明の不安が梨子を襲う。

 

 

 

…ううん、大丈夫!あんなに練習したんだから…

 

 

 

「頑張ってね!」

 

彼女は千歌の手をギュッと握り締める。

 

「うん、まかせておいて!!…さぁ、曜ちゃん、いくよ!」

 

「ヨーソーロー!!」

 

2人は元気一杯に教室を飛び出していった…。

 

 

 

発表の場は体育館だ。

そこには新入生の12人と在校生、教職員…それにこの春の卒業生含むOGが十数人…全部で100人ほどがステージに視線を注いでいる。

 

 

 

そして…

 

 

 

各部活、有志のプレゼンは終わり、いよいよ千歌たちの番となった。

 

「…さて次の組で本日最後になります。発表してくれるのは、有志としての参加で…2年生の高海さんと渡辺さんです。ジャンルはえっと…スクールアイドル?…ユニット名はCANDY。結成僅か2週間だそうですが…果たしてどんなパフォーマンスを見せてくれるのか!?…では、お願いします」

司会者に紹介されると、ステージの上手(かみて)から千歌、下手(しもて)から曜が現れた。

 

 

 

わ~という歓声と共に、同級生が2人の名前を呼んだ。

軽く手を振って、それに応える曜。

 

 

 

一方の千歌は…

 

 

 

…あれ、千歌ちゃん!?…

 

 

 

その様子を見て違和感を覚えたのは曜だった。

 

「行き過ぎだよ!こっちこっち!」

 

彼女は『バミり』と呼ばれる…ステージに貼られた、立ち位置の目安となるテープ…を通り越した。

 

「おぉ…ここだった…」

 

彼女に指摘されて、千歌は立ち止まる。

 

 

 

…千歌ちゃん?…

 

 

 

曜は彼女の顔を見た。

 

視線が定まっていない。

呼吸が粗い。

マイクを持つ手が震えている…。

 

 

 

…あっ!ちょっと待って!!タイム!!…

 

 

 

そう思ったものの…時、既に遅し。

何度も何度も聴いたピアノのイントロは、曜の気持ちとは反対に、何事もなく流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…私…」

 

千歌は目を開けると、ゆっくりあたりを見回した。

 

見慣れない光景に、頭が混乱する。

 

 

 

…ここはどこ?…

 

…確かステージに上がって…

 

…夢?…

 

 

 

ハッとして、ガバッと上半身を起こす。

 

「えっ?えっ?あっ…」

 

 

 

ベッドの横には、曜と梨子が心配そうに彼女を見守っていた。

 

 

 

千歌は、その姿に気が付き

「あっ…」

と再び呟いた。

 

そして一瞬で状況を理解する。

 

 

 

…夢じゃ…ない…

 

 

 

千歌は、その瞬間、思考回路が止まった。

 

 

 

 

 

ステージの袖にいた時までは、普通だった。

なんともなかった。

楽しく歌って踊る自分を想い描いていた。

 

しかし、1歩足を踏み出したとたん…観客である生徒たちを見たとたん…頭が真っ白になった。

 

生まれて初めて受ける、自分だけに注がれる100人からの視線。

自分の名前を呼ぶ声。

期待感と好奇心に満ち溢れた、彼女たちの熱気。

 

千歌が培ってきた自信は、ものの数秒で重圧に押し潰された。

 

 

 

…こんなに大勢の前で…

 

…私が歌う?…

 

 

 

間違えたらどうしよう…。

笑われたらどうしよう…。

余裕など、まったくなくなった。

 

 

 

曜に立ち位置のことを指摘されて…それからあとのことは、なにも覚えていない。

正確に言えば…何回か彼女にぶつかった記憶だけが残っている。

 

そして、気付いたらここにいた。

 

 

 

 

 

「曜ちゃん!ごめん!!」

 

千歌は叫ぶように大きな声を出すと、ベッドから逃げ出そうとした。

 

 

 

「千歌ちゃん!!」

 

彼女は、それを止めようとした曜ににぶつかり転げ落ちた。

 

 

 

「だ、大丈夫?」

 

梨子はすぐさま2人に寄り添う。

 

「あいたたた…けど、セーフってとこかな?」

と曜。

 

千歌は一緒に倒れこんだ彼女に、しっかりと抱き止められていた。

 

 

 

「あらまぁ…目を覚ましたと思ったら、騒がしいこと…」

と、この部屋の主(あるじ)…少し年配の保健医…は軽く眉をひそめた。

 

 

 

保健医に勧められた水を飲み、少し落ち着いた千歌。

 

「曜ちゃん…梨子ちゃん…」

と彼女が何か言い掛けた時に、部屋をノックする音がした。

 

保健医が「どうぞ…」と返事をすると、そこに現れたのは生徒会長…黒澤ダイヤだった。

 

「先生…」

 

「大丈夫です。倒れた原因は過呼吸だけど…それ自体はもう落ち着いてるから。ただ、まだ少し混乱してるかな。まぁ、それももう少し休めば問題ないでしょう」

 

「そうですか…かしこまりまた。とにかく、何事もなくて良かったですわ…」

 

「あとはこっちにまかせて」

 

「恐れ入ります…」

 

「貴女も大変ね」

 

「生徒会長として、それは当然の職務ですから…それでは、高海さん!」

 

 

 

「は、はい…」

 

 

 

「お大事に」

 

 

 

「…あ…ありがとうございます…」

 

千歌はベッドに腰を掛けた状態で、頭を下げた。

それと同時に涙が落ちる。

「ほら、見たことか!」…そう言われた気がした。

 

 

 

「千歌…ちゃん?…」

 

堰を切ったように…とは、このことを言うのだろう。

一度、流れ始めたそれは、留まることを知らない。

どんなに堪えても、涙がこぼれ落ちてくる。

 

悔しい。

恥ずかしい。

情けない。

 

その落涙には、全部が入り交じってた。

 

 

 

「曜ちゃん…梨子ちゃん…ごめん…今日は先に帰って…」

 

「千歌ちゃん?…」

 

「もう、終わったんだ。もう、いいんだよ…私に付き合わなくても…。一緒にやろう!…って、お願いして…梨子ちゃんにも手伝ってもらって…なのに、こんな無様な結果だなんて…バカみたい…」

 

「なに言ってるの?あれくらいで落ち込まないの!」

 

「う、うん!初めてなんだもん!そういうことだってあるよね?」

 

「そう、そう!」

 

項垂(うなだ)れている千歌に、曜と梨子が明るく話し掛ける。

 

「生徒会長の言う通りだった。私にはμ'sが見た景色は見えなかった…見る資格もなかった…」

 

「…」

 

「でも、それでわかったんだ。改めてμ'sの凄さが。私は勝手に…普通の女子高生が…って思ってたけど…違ったんだ。あの人たちは、選ばれた9人なんだって…。そんな当たり前のことを今まで気が付かなかったんて…やっぱり私はバカ千歌だよね…」

 

「そんなことないよ…」

 

「そんなことあるよ!」

 

「千歌ちゃん!」

 

「曜ちゃん、梨子ちゃん…今日まで付き合ってくれて、ありがとう。結果はあんなだったけど…やりたいことをやらせてもらったし…満足してるよ。本当に練習してる時は楽しかった」

 

 

 

「…それでいいの?…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「千歌ちゃんはあれで満足してるの?」

 

 

 

「いいんだ…もう…。自分の実力もわかったし。何をやっても、曜ちゃんには敵わない!ってことも…」

 

「…本当に終わりにしちゃうの?…」

 

「うん!だから、曜ちゃんは部活に専念して…。そして『スクールアイドルごっこ』はこれでおしまい。CANDYもこれで解散…」

 

 

 

バシッ!!

 

 

 

曜の右手が唸り、その掌が、千歌の左頬を捉える。

その瞬間、彼女の身体は左から右に弾かれように吹っ飛んだ。

梨子も保険医も、それを止めることが出来なかった。

あっという間の出来事だった。

 

 

 

「千歌ちゃんが、そういう娘だとは思ってなかった…最低だよ…千歌ちゃんは…千歌ちゃんは最低だよ!」

 

曜の目には、涙が浮かんでいた。

 

 

 

「…最低か…そうだね…これからは普通怪獣じゃなくて、最低怪獣を名乗らなきゃね…」

 

 

 

「千歌…ちゃん…」

 

 

 

「だから…今日は先に帰って…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「帰ってよ!お願いだから…今日は…先に帰って…」

 

 

 

「梨子ちゃん、行くよ!」

 

「えっ?曜ちゃん?」

 

「いいから、いくよ!」

 

「あっ!えっ?」

 

曜は千歌の言葉を聴くと、戸惑う梨子の腕を強引に引っ張り、部屋を出ていった。

 

 

 

「よかったの?一緒に帰らなくて…」

 

2人が去ったあと、保険医はお茶を差し出しながら、千歌に訊いた。

 

「…正直…わからないです…でも、今は…」

 

「そう…。過呼吸になったのは精神的なことで…病気じゃないから、お薬とかは出せないけど…もう少し休んでいく?」

 

「すみません…あと少しだけ、お願いしてもいいですか…」

 

「それじゃあ、あと1時間だけね。私はそこに座っているから、具合が悪くなったりしたら、呼んでね」

 

「はい…すみません…」

 

 

 

 

 

その後、千歌は…保険医から連絡を受けて迎えに来た姉の美渡…の車に乗って帰宅した。

普段の姉なら、嫌味のひとつやふたつは言うのだろうが、この日はただただ無言で運転していた。

千歌にとっては、それが逆に辛かったのだっただが…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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偉大なる先輩

 

 

 

 

失意で帰宅した千歌。

食事も取らずに、部屋に閉じ籠った。

ベッドの上に横たわり、今日一日を振り返る。

 

 

 

…何もできないのに、独りではしゃいじゃって…

 

…バカみたい…

 

 

 

しかし、彼女が最も後悔していることは、パフォーマンスを失敗したことではなかった。

 

 

 

…曜ちゃんに恥をかかせちゃった…

 

…もう親友だなんて言えないよ…

 

 

 

その一言に尽きる。

 

 

 

曜はいつも、千歌の味方をしてくれた。

苦しい時でも、いつも励まし、力になってくれた。

その彼女を裏切ってしまった。

 

それだけじゃない。

「最低だよ」と曜が放った言葉が胸に突き刺さる。

 

 

 

…最低だ…

 

 

 

定期テストがある度に「明日は学校に行きたくないな…」と思っていたが、今はその何十倍、何百倍もそんな気持ちだ。

いや、明日だけじゃない。

その先…未来永劫、学校には行きたくなかった。

 

何も考えずに、寝てしまおう。

そう思ったが、心を無にすることなどてきなかった。

 

 

 

…座禅を組めば、そうなるのかな?…

 

 

 

取り敢えず、身体を起こし、胡座(あぐら)をかいてみるが…やっぱり、無理だ…と、すぐに諦め、再び寝転んだ。

 

 

 

部屋を暗くして…静かに心を落ち着かせようとしていたせいか…少しだけ感覚が研ぎ澄まされているように感じられた。

普段とは違う物音が耳に入ってくる。

 

それは…最初、ラジオからの音楽かと思った。

ハッキリ…ではないが、微かに歌うような声が聞こえる。

イヤホンから漏れる音…そんな風でもある。

 

しかし、自分の部屋にはそのような物はない。

もちろん…自宅である旅館…の客室から聴こえてくるものでもなかった。

 

 

 

…幻聴?…

 

 

 

千歌は頭を振った。

自分がおかしくなった…そう思ったからだ。

 

だが、やがて…

 

それが、部屋の外から聴こえてくるものだと気付いた。

 

 

 

♪…ね~ば、ね~ば、ねば…

♪…ね~ば、ね~ば、ねば…

 

 

 

耳を済ませば、何度も同じフレーズがループしている。

そして、それは…平常心で聴いたら、ちょっと吹き出してしまいそうな間の抜けたメロディだった。

 

 

 

…窓の外から?…

 

…!?…

 

…ひょっとして!…

 

 

 

千歌は勢いよく起き上がると、自分の部屋の窓を思いっきり開けた。

 

 

 

そこで目にしたのは…

 

 

 

♪…ね~ば、ね~ばねば…

♪…ね~ば、ね~ばねば…

 

 

 

「梨子ちゃん!?」

 

 

 

呪文の如く、ひたすらそのフレーズを繰り返す、隣に住む同級生の姿だった。

 

 

 

「その歌は一体…」

 

沈んでいた気持ちより…誰が聴いても一発で覚えてしまう程の…謎のフレーズに対する好奇心が勝った。

 

 

 

「ふふふ…知りたい?」

 

口ずさむのを止めた梨子が、妖しく微笑む。

 

千歌は黙って頷いた。

 

「これね…音ノ木坂に伝わる『応援歌』なんだ」

 

「音ノ木坂に伝わる応援歌?」

 

「本当はフルコーラスあるみたいなんだけど、今は、そこだけが抜き取られて、こうなったみたい。落ち込んでる誰かを励ましたり…自分を奮い立たせたり…そうしたい時には、この歌を口ずさむの」

 

「…♪ね~ば、ね~ばねば…」

 

「ふふふ…不思議な歌でしょ?」

 

「う、うん…」

 

「一説によると、あのμ'sの未発表曲らしいんだ」

 

「えっ?μ'sの…」

 

「あのね、千歌ちゃん…」

 

「うん」

 

 

 

「私ね…千歌ちゃんに嘘をついていたことがあるの」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「だから、それを謝りたくて…」

 

 

 

「嘘?梨子ちゃんが?」

 

 

 

「…うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ね…μ'sのことを知らない…って言ったけど…ごめんなさい…あれ、嘘なんだ…」

 

「…そうなんだ…」

 

2人は、そのμ'sの曲を練習した浜辺へと移動していた。

車も人影もなく、静かに波音だけが響いている。

 

 

 

「音ノ木坂でμ'sを知らない人なんていないよ。だって、学校を廃校の危機から救った救世主だもん」

 

「やっぱり、そうだよね…」

 

「本人たちは…そのことにはあんまり拘ってないみたいで…校内にも部室にも、μ'sの記録みたいなものは、何ひとつ残していかなかったけど…」

 

「えっ?何にも残ってないの?」

 

「衣装もスコアブックも…ラブライブの優勝旗も…μ'sとして活動した全てを回収したみたい」

 

「どうしてかな?」

 

「たぶん…μ'sって名前で後輩が縛られるのがイヤだったんじゃないかな?」

 

「なるほど…」

 

「でもね…先輩たちの残した歌とか功績とか…そういうものは全部残ってるの。形じゃなくて精神っていうのかな…」

 

「精神?」

 

「新しいことに挑戦する気持ち…仲間を思う気持ち…支えてくれる人に感謝する気持ち…」

 

「それって…μ'sの歌詞そのものだね?」

 

「うん…本当に偉大な人たち…」

 

「なんか安心した。梨子ちゃんがμ'sを知らない…って言った時は、ちょっとガッカリしたけど…ちゃんと認められてたんだね…あれ?でも、じゃあなんで梨子ちゃんはμ'sを知らないなんて言ったの?」

 

 

 

「西木野先輩と競べられちゃうことが、イヤになっちゃって…」

 

 

 

「あっ…」

 

千歌にも心当たりがある。

私の真姫さんになってください!…梨子が転校してきた初日に、まさにそんなことを言ったのだった。

 

 

 

「音ノ木坂で、ピアノを弾いてる…ただそれだけなのに…会う人会う人、話題にするのは西木野先輩のことばかりで…偉大な先輩ってことはわかってるんだけど『だから、なに?私は私よ』って。反発心って言うのかな…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「そうしたらね…だんだん、ピアノが弾けなくなっちゃって…気が付いたら…鍵盤に触れることさえできなくなってたの…」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「バカみたいでしょ?」

 

「ごめん…そんなこと全然知らなくて…もしかして、それが原因で転校してきたの?」

 

「…そう言ったら、先輩に怒られちゃうかな?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「でもね…ちょっと違うのかも…。先輩と比較されたりして、精神的に辛かったのはその通りなんだけど…本当はもっと前に…スランプっていうのかな?…少しずつ演奏に壁みたいなのを感じ始めてて…それでも騙し騙しやってたんだけど…限界がきちゃったの。だから、たぶん…先輩のせいにしたかったんだよね…自分から逃げてきちゃったんだ」

 

「そんなことが…」

 

「…でもね…」

 

「でも?」

 

「千歌ちゃんに気付かされた」

 

「私に?」

 

「好きなことに対して、一生懸命、楽しそうに打ち込んでる千歌ちゃんの姿を見て、思ったんだ。いつしか、この気持ちを忘れてた…って」

 

「気持ちを…忘れてた?…」

 

「きっとね『ピアノを上手く弾こう、上手く弾こう』って気持ちだけが先走っちゃって…テクニックだけを追い求めていたというか…心じゃなくて、頭でピアノを弾いてたの」

 

「難しいことを言うね…」

 

「ふふふ…簡単に言えば…気持ちに余裕がなかった…ってことかな?」

 

「余裕…」

 

「正直言うと、転校してきて初日に西木野先輩の名前が出てくるとは思わなかったの。まさか、ここで!?って」

 

「本当にごめん!」

 

「ううん…いいの…。それがね…千歌ちゃんの練習を見ているうちに、どんどん考えが変わってきて…もう解散して何年も経ってるのに、東京からこんなにも離れてるのに、いまだに愛されてるμ'sってなんなんだろう…って」

 

「うん、うん」

 

「その時に思ったの。やっぱりμ'sって凄いんだなぁ…って。私、口では偉大な先輩とか言っておきながら、心のどこかで認めてなかったんだと思うの。嫉妬してたんだ」

 

「嫉妬かぁ…わかるなぁ、その気持ち。私も曜ちゃんにずっとしてるから…」

 

「だけどね…やっとわかったんだ。『私は私』って思っていながら、常に先輩を意識してたのは、自分だったんだって。『μ'sは凄い!こんなにも愛されてるんだ』って認めたら、なんか心の中がスーっと軽くなって…そうしたら、なんだかSTART:DASHを弾いてみたくなっちゃって…」

 

「うん、聴こえてた。うっとりとするぐらい綺麗な音色だったよ」

 

「私もね…凄く気持ちよく弾けたの。本当に久々に、清々しい気分だった」

 

「難しいことはよくわからないけど、そうじゃなきゃ、ああいう音は出ないんだろうね…」

 

「だから…」

 

「だから?」

 

「千歌ちゃんには、感謝してるんだ」

 

「私に感謝?」

 

「嫉妬心からは何も生まれない。相手のことを認めて、尊敬することが如何に大事か…ってことを教えてくれたから」

 

「そんな、私なんて何も…。凄いのはμ'sで…」

 

 

 

「千歌ちゃん!」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

「ごめんね、私の経験を伝えてあげられなくて…」

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

「ステージで緊張しない人なんていないから…」

 

「あっ…」

 

「私だって、何回やっても、手も足も震えるもの」

 

「梨子ちゃん…」

 

「でも、本番前にそれを伝えてあげられなかった。千歌ちゃんなら大丈夫!…そう思っちゃったの。バカだなぁ、私…。そんな人、いるわけないのに…。ましてや、初めてのステージなんだよ…そんなわけないんだよ…」

 

「でも、曜ちゃんは…」

 

「曜ちゃんだって、緊張してたよ。でも、飛び込み競技をしてるから…そこは千歌ちゃんと違って、場数を踏んでるかも知れないけど…。私がもっとしっかりしてれば…」

 

「違う!違うよ!そんなことないよ!…私が…私がだらしなかっただけで…」

 

「でもね…これだけは言っておきたかった」

と梨子は、千歌の言葉を遮った。

 

 

 

「?」

 

 

 

「たったの1回上手くいかなかっただけで、解散だなんて言わないで…」

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

「あぁん、違う…こういう言い方はフェアじゃないな…もっと素直に気持ちを伝えなきゃ…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「私もCANDYに入れてください!お願いします!」

 

 

 

「り、梨子ちゃん!?…」

 

 

 

「私を2人の仲間に入れてください!」

 

 

 

「ちょ、ちょっと…嘘でしょ…えっ?えっ?…梨子ちゃん…」

 

 

 

 

 

その会話を聴いた瞬間、物音も立てずに、その場を離れた人物がいた。

千歌のことが気になり、彼女の家に向かう途中、浜辺にいた2人発見したのだ。

 

立ち聞きするつもりはなかった。

だが、なかなか、声を掛けるタイミングが掴めず…結局ここまでの会話を聴いてしまったのだ。

 

 

 

…梨子ちゃん…か…

 

 

 

帰り道を歩く曜の胸には、複雑な想いが芽生え始めていた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 






運営から指摘を受けて、一部内容を修正しました。
※歌詞の削除
2018/11/14



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意外です。

 

 

 

 

「お、おはよう…」

 

「…おはよう…」

 

 

 

翌朝、梨子と一緒に登校した千歌が、教室にいた曜に声を掛けた。

しかし、その返事は「おはヨーソロー」ではなかった。

 

 

 

「…今日は…朝練だったんだ…」

 

「…うん…まぁ…」

 

「だよね…」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

…千歌ちゃん、頑張れ!…

 

 

 

昨夜「まず、謝ること!」と梨子は、彼女に伝えた。

叩かれたのは千歌なので…どちらかと言えば、被害者は彼女なのであるが…状況から言えば、まず先に謝った方がいい…と梨子は思った。

お互い意地を張れば、2人の仲の修復はそれだけ難しくなる。

 

 

 

「あ、あのさぁ…昨日のことだけど…」

 

「…別に…なんとも思ってないよ…」

 

「本当に!?」

 

千歌の顔がパッと明るくなった。

しかし、次の瞬間、どん底に突き落とされる。

 

 

 

「うん。私には、もうどうでもいいだから」

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

…あちゃ~…

 

…これは、わりと根が深そうですね…

 

 

 

梨子は、軽く頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

2人は話しをしないまま、授業が終わった。

 

 

 

「じゃあ、部活に行くから…」

 

「あっ…うん…頑張って…」

 

必要最低限の…会話…というより連絡事項。

 

 

 

…それでも、それがあるということは…

 

…絶縁状態には陥っていない…ということね…

 

 

 

梨子は、ホッと胸を撫で下ろす。

彼女も2人の仲を、我が事のように心配しており、一喜一憂、忙しい。

 

 

 

「あの…高海先輩か渡辺先輩はいらっしゃいますか?」

 

そんな時、教室の外から声を掛ける者が現れた。

訪ねて来たのは、ゆるふわツインテールの少女だ。

その後ろにもう1人いる。

着用している制服から、すぐに1年生とわかった。

もっとも『先輩』と呼ばれた時点で、それはそうなのだが。

 

 

 

「はい!?高海は私だけど…」

 

「あ、あの…」

 

「はい…」

 

 

 

「わ、私もスクールアイドルを…一緒にやらせてください…」

 

彼女は恥ずかしそうに、とても小さな声でそう言った。

 

 

 

「スクールアイドルを…」

 

「一緒に?」

 

その言葉に思わず、千歌と曜は顔を見合わせた。

しかし、すぐに視線を逸らせる。

 

 

 

「えっと…どういうことかな…」

 

「は、はい…昨日の発表会を観て…あの…その…私も参加させて欲しい…って…」

 

千歌は彼女の発言の意図がわからず、戸惑っている。

それはそうだ。

満を持して挑んだファーストライブは大失敗に終わった。

どう贔屓目に見ても、誉められた内容ではない。

一緒にやりたい…なんて思う人が現れるなんて、想像もしていなかったのだ。

 

 

 

「どうして?…」

 

「やりたいから…じゃ…ダメですか?」

 

 

 

…あっ!そのセリフ…

 

 

 

ついこの間、自分が生徒会長に伝えた言葉だった。

 

 

 

…やりたいから…か…

 

 

 

「わ、私…小さい頃から、アイドルに憧れてて…それで…その…」

 

彼女は、うつむきながらも…なんとか自分の想いを伝えようとしている。

それは千歌にも感じられた。

それでも尚、自分たちのパフォーマンスを観て、一緒にやりたいと言われたことは、理解し難かった。

 

「あなた…お名前は?」

 

あまり深い意味はない。

ただ…ちょっとこの『変わり者』を不思議に思い、なんとなく訊いた…そんな感じだった。

 

「あっ…はい…黒澤…黒澤ルビィです!」

 

 

 

「黒澤…」

 

「ルビィ…」

 

 

 

「黒澤ルビィ!?」

 

 

 

「ピギィ~…」

 

 

 

「うわぁ…なに?今の…」

 

 

 

先輩たちの驚きの声よりも、それにびっくりした後輩の叫び声の方が大きかった。

さらに、その声に慄(おのの)く先輩たち。

 

 

 

「ルビィちゃんは、極度の人見知りで、小動物みたいに臆病なんズラ。先輩たちが驚かすから、逆にびっくりしたズラ」

と、彼女の後ろに控えし…花丸…が、説明した。

 

 

 

「あ、ごめん…驚かせるつもりはなかったんだけど…ひょっとして…生徒会長の妹さんかな…って?」

 

千歌は右手を左右に振りながら…違う違う…と弁明した。

 

「は、はい…」

 

「へぇ…生徒会長の…嫌味でも言いにきた?」

と冷たく言い放ったのは、曜。

 

「よ、曜ちゃん!」

 

彼女の言わんとしたことを理解した梨子が諌める。

性格は…見る限り真逆という感じだが…確かに生徒会長の妹と聴けば、あらぬことを勘繰りたくもなる。

しかし、この状況でそれを言うのはどうか…という感じだ。

 

 

 

「あの…お姉ちゃんが…何か?…」

 

「えっ?」

 

 

 

深い理由はわからないが、生徒会長はスクールアイドルに対して、嫌悪感のようなものを示していた。

少なくとも、彼女たちにはそう感じた。

その妹が、自分たちの仲間に入りたいと言っている。

普通に考えれば、おかしな話だ。

 

 

 

「えっと…このことは、お姉さん知ってるのかな?」

 

部外者ではあるが梨子も気になってしまい、さりげなく訊いてみる。

 

「いえ…まだお姉ちゃんには…。でも…先輩のパフォーマンスを観て、素直に凄いなぁ…って思いました。たぶん、私はやりたくても、その勇気がなかったから…」

 

「勇気…」

 

「はい!あ、あの…私は…私はお姉ちゃんと違って、背も小さいし…声も小さくて…人見知りで…得意なものも何もないですけど…でも…でも、アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!…ですから…CANDYのメンバーにしてください!お願いします!」

 

ルビィは力強く言い切ると、深々と頭を下げた。

 

 

 

梨子は千歌の顔を見る。

曜も千歌の顔を見た。

 

 

 

そして彼女はルビィに言った。

 

「…ごめんなさい…」

 

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

千歌以外の…その場にいた4人は、同時に同じリアクションをした。

 

 

 

「千歌…ちゃん…」

 

 

 

「ごめんなさい。私を観て『一緒にやりたい』って言ってくれたことについては、凄く嬉しいよ。不本意なパフォーマンスだったけど…それでも、そう思ってくれた人がいたなら、やって良かった!って思ってる。だけどね…だからこそ…なのかな?その気持ちには応えられないんだ」

 

「お姉ちゃんのせい…ですか?…」

 

「ううん、それは関係ないの。そうじゃなくて…自分のことすら、まともにできないのに、新しい仲間を迎えて一緒にやるなんて…私には無理だってこと。逆に私が足を引っ張っちゃったら、本気でスクールアイドルを目指すあなたに、失礼でしょ。だから…」

 

「そんなこと…ないで…」

 

「なくないよ。私は何もかも中途半端なバカ千歌だから…」

 

その言葉を聴いて、曜は千歌の顔から視線を逸らした。

 

 

 

「か、関係ないズラ!スクールアイドルは一人じゃないズラ!みんなで力を合わせることが大事なんズラ!」

 

ルビィの後方から、花丸が援護射撃すると「えっ?」と彼女は振り返った。

 

 

 

「花丸ちゃん…先輩だよ、そんな言い方は…」

 

「言うべきことは言った方がいいズラよ」

 

「あなたは?」

 

「ルビィちゃんの友達の…国木田花丸ズラ」

 

「花丸…さん…」

 

「ルビィちゃんは、ずっとスクールアイドルに憧れてたズラよ。だから、先輩の発表を見たときは、本当に喜んでたズラ。同じ趣味の人がいる!って、本当に喜んでたズラ…それなのに…そんな言い方はないズラよ…」

 

「…友達想い…なんだね…」

 

「マルにとっては、大事な大事な親友ズラ」

 

「親友か…ルビィさん…」

 

「は、はい?」

 

「素敵なお友達だね?」

 

「は、はい!」

 

「そのお友達の熱意に免じて…って言ってあげたいけど…それでもやっぱり、一緒にやることはできないや」

 

「どうしてなんズラ?」

 

 

 

「CANDYは解散しちゃったんだ…」

 

そう千歌が告げたとたん、曜は教室を黙って出て行った。

 

 

 

「えっ!?」

 

状況を飲み込めないのは、ルビィと花丸。

狐につままれたような顔をしている。

 

 

 

 

「もう、CANDYっていうスクールアイドルは無いんだ。だってそうでしょ?あんなパフォーマンスでスクールアイドルを名乗ろうなんて…百年早い!って話で…」

 

「でも、それを観て、入りたいと思った人がいるズラ」

 

「うん、だから、完全に予想外のことで…かなり驚いてる」

 

「…」

 

「ルビィさん…だっけ?」

 

「は、はい…」

 

「そういう訳で、私は一緒にしてあげることはできないの…ごめんなさい…」

 

「…あ、いえ…私こそ、突然押し掛けてしまい…」

 

 

 

「でもさ、やりたいっていうなら、やったほうがいいよね?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「私は…結果は散々だったけど、一応はステージに立たせてもらったから…満足してるんだ」

 

「千歌ちゃん…」

 

傍らで聴いていた梨子は、その言葉に色々な感情が入り雑じっているのを知っていた。

嘘ではないが、本当でもない。

彼女自身、昨日の結果を消化できていないことが、痛いほどわかっている。

 

「生徒会長…お姉さんを説得するのは、なかなか大変だと思うけど…やりたいなら、勇気を出してやるべきだと思うよ」

 

「…先輩…」

 

「…なぁ~んて、偉そうなことを言っちゃったりしてね…。じゃあ、私は帰るから…花丸さんだっけ?お友達を助けてあげてね?」

 

「は、はぁ…」

 

「あっ!そうだ!あなたが一緒にスクールアイドルをやってあげればいいんじゃない?」

 

 

 

「マ、マルが…ズラ?」

 

 

 

「名前はそうだな…『はなまるびぃ』!うん、それだ!決まり!じゃあ、私はこれで!」

 

「えっ!あっ、うそ?私も帰るよ…あ、2人ともごめんなさい…力になれなくて…ちょっと千歌ちゃん、待ってよ!」

と梨子は彼女のあとを追って、教室から姿を消した。

 

 

 

「勝手過ぎるズラ…」

 

取り残された花丸は、ルビィに向かってポツリと呟いた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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嘘つき




【お詫び】
昨日3月19日22時に、同時進行で書き進めている別作品の話を、誤ってUPしてしまいました。
その後、読者の方からご指摘頂き、22時40分頃に削除致しております。
お読み頂いた方に、慎んでお詫び申し上げます。





 

 

 

 

「いらっしゃいませ!…って…なんだ、千歌か…」

 

「なんだ…はないでしょ?」

 

「ん?そちらは?」

 

「あっ、この間話した…隣に引っ越してきた同級生の…」

 

「こんにちわ。桜内梨子です」

 

「…で、この人が果南ちゃん」

 

「果南先輩でしょ!」

 

「えへへ…」

と千歌は、ペロッと舌を出した。

 

 

 

ルビィと花丸から『逃げてきた』千歌は、そのまま梨子を連れて、果南のいるダイビングショップを訪れた。

 

 

 

「ダイビングの予約をしに来た…って、感じじゃないわね…」

 

「わかる?…ごめん、今日はそういう気分じゃないんだ…」

 

「…何かあった?」

 

「うん、実は…」

と千歌は、昨日、今日の顛末を話した。

 

 

 

「…なるほどねぇ…」

と一通り話を聴き終わった果南は、腕組みをしながら、そう呟き…続けて

「それで千歌は、どうしたいの?」

と訊いた。

 

「それが…よくわからないんだ…」

 

「わからない?」

 

「ステージに立てた…ってことに対しては満足してるの」

 

「満足?」

 

「もちろん、上手くいかなかったことについては残念だったし、悔しいけど…でも、それが私の実力だっだんだ…と思えば納得もできる」

 

「ふ~ん…」

 

「だけど…曜ちゃんには、どうやって謝ったらいいか…凄く期待してくれたのに、裏切っちゃって…」

 

「曜ちゃんが怒ってるのは、失敗したことじゃないんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「千歌の話を聴く限り…私も曜ちゃんと同じ気持ちだから」

 

「えっ?」

 

「今すぐ千歌をひっ叩(ぱた)きたいくらい」

 

果南の顔が厳しくなった。

 

 

 

「ひっ!」

 

千歌は反射的に後ろに飛び退(の)いた。

 

 

 

「なんて…私は叩かないけどね」

 

「何がそんなにダメなのかな…」

 

「それは自分で考えなさいよ。曜ちゃんとは長い付き合いでしょ。彼女の性格やこれまでの言動を遡れば、おのずと答えはわかるんじゃないかしら」

 

「…」

 

「あっ、そうそう…千歌に手紙を預かってるんだ」

 

「手紙?…」

 

「はい、どうぞ…」

 

「えっ?2通も?」

 

果南が千歌に手渡したもの…1通は縦書きの白い封筒、もう1通は横書きのレターセットだった。

縦書きは毛筆で、横書きは万年筆で…共に宛名は『CANDY様』と書いてある。

しかし、差出人の記載はない。

 

「誰から?」

 

「さぁ…」

 

「さぁ…って…」

 

「気が付いたら、外のテーブルに置いてあったの」

 

「そんなことってある?」

 

 

 

…まさか、曜ちゃん?…

 

 

 

千歌は早速、縦書きの封筒を開いてみた。

 

 

 

「『拝啓…CANDY様。新入生歓迎発表会でのステージを拝見させて頂きました。正直申し上げてガッカリ致しましたわ。あのようなステージを観せられて終わり!では、私たちは納得できません!次回は完璧なパフォーマンスを披露して頂けますようお願い致します…敬具。追伸…貴女にその意地があれば…ですが』」

 

 

 

毛筆で書かれていたその文章は、CANDYを叱咤激励するものだった。

 

 

 

「次回…意地…」

 

読み終わった千歌は、そう呟いたあと、しばし無言となった。

 

 

 

「千歌ちゃん、もう一通は?」

 

「えっ?あっ…」

 

梨子に促されて、彼女は横書きの封筒を開けた。

 

 

 

「『拝啓…CANDY様。新入生歓迎発表会でのステージを拝見させて頂きました』…あれ?同じ人?」

 

縦横と毛筆、万年筆の違いこそあれ、書き出しはまったく一緒だった。

 

 

 

…はぁ…

 

…そこまで変えたなら、文章も少しは考えなさいよ…

 

 

 

口には出さないが、果南は心の中でそう思った。

 

 

 

「『結果は伴いませんでしたが、ステージに立った勇気には敬意を表します。そこで、老婆心ながら、私からお伝えしたいことがございます。お二人が披露されたSTART:DASHですが、本家μ'sが初めて発表した時は、ほとんど観客はおりませんでした。人がいなければ、練習と変わらす、普段通りにパフォーマンスができたのではないかと考えております。しかし、お二人のステージは百人ほどの観客がおりました。初めてのライブですし、緊張しないわけがございません。ですから私は、その二つを単純に比較してはいけないと思うのです。最後になりますが、今後の活動、頑張ってください。期待しております…敬具』『追伸…μ'sの園田海未様は、とても恥ずかしがりやだったそうですが、様々な特訓により、それを克服したと聴いております。千里の道も一歩から…ローマは一日にしてならず…ですわ』」

 

 

 

…ですわ?…

 

 

 

千歌の脳裏にある人物が思い浮かんだ。

 

 

 

…いやいや…まさか…

 

 

 

彼女が、自分たちにこんな言葉を掛けるとは思えない。

千歌はその人物を頭から消去した。

 

 

 

「随分μ'sに詳しい人だね。確かに園田先輩は、極度の恥ずかしがりやで…ミニスカートの衣装も着るのがイヤだ』って駄々を捏(こ)ねたみたいだよ…それを治す為に、秋葉原でビラ配りをしたとかしないとか…」

と梨子。

 

「へぇ…そうなんだ…。ステージの上じゃ、投げキッスとかしてるのに…ね」

 

「だから、そこまでなるのに、相当努力したんじゃないかな?」

 

「そう…なの…かな…」

 

梨子の言葉に、半信半疑な千歌。

彼女も、園田海未が恥ずかしがりやだった…という情報くらいは知っている。

しかし、そこまで極端だとは思っていなかったのだ。

 

 

 

「どうするの、千歌?どっちの手紙も次回を期待してるってさ…」

 

果南は千歌の顔を覗き込む。

 

「あっ…うん…」

 

「そういうこと…なんじゃないかな?」

 

「えっ?」

 

「曜ちゃんが考えてること…って」

 

「あっ…」

 

「これは2人の問題だから、私は口を挟むつもりはないけど…あとは千歌がどうするかじゃないの?」

 

「う、う~ん…」

 

 

 

実は梨子にも同じようなことを言われた。

頭ではわかってるつもりだ。

だが、行動が伴わない。

何故ならそれは、自分に自信がないから。

 

 

「口で言うのは簡単だよ…だけど…」

 

「それで千歌が、大事な親友をひとり失ってもいい…って言うなら、それはそれで構わないけど…」

 

 

 

「…親友か…」

 

 

 

…曜ちゃんは私のこと、どう思ってるのかな…

 

 

 

「私から言えるのはこれくらい。あとは自分で考えなさい…自分のことなんだからさ」

 

「う、うん…」

 

「じゃあ、そういう訳で…。仕事を手伝わないんだったら、今日は家に帰りなさい」

 

「…ねぇ、果南ちゃん…最後にひとつだけ訊いていい?」

 

「なぁに?」

 

 

 

「もし、果南ちゃんが千歌の立場だったら、どうしてる?」

 

 

 

「えっ?私が千歌の立場だったら?」

 

 

 

「どうやって、謝る?」

 

 

 

「…そうねぇ…まず、なんで曜ちゃんに叩かれたか、もう一度考える…かな?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「だって、あの曜ちゃんが千歌に手を出すなんて…よっぽどのこでしょ?それがどういうことか考えて…信頼回復に努める。それも言葉じゃなくて、行動で!…私ならそうするかな…」

 

 

 

…なんて、自分のことを棚に上げて、何を言ってるのかしら…

 

…千歌、こんな嘘付きにはなっちゃダメだぞ…

 

 

 

「だから…自分の気持ちに正直になりなさい!」

 

 

 

「自分の気持ちに正直に…か」

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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インパクト

 

 

 

 

 

「それにしても、酷いズラ。昨日の今日で解散なんて、ありえないズラ」

 

「…なにも花丸ちゃんがそんなに怒らなくても…」

 

「だって、勇気を振り絞って『入れてください』って言ったルビィちゃんが、あまりにも可哀相ズラ」

 

「…そんなことないよ…」

 

花丸の質問に、ルビィはどう返答したらいいかわからず…そう言うのが精一杯だ。

 

 

 

千歌と梨子が、果南のダイビングショップで話をしている頃、この1年生コンビは喫茶店にいた。

 

 

 

「でも、マルはちょっと感動したズラ」

 

「えっ?」

 

「ルビィちゃんが、自分がやりたいことをハッキリと伝えられたズラ。マルがいっぱい褒めてあげるズラ」

と花丸は彼女の頭を、クルクルと撫でた。

 

「ぴぃ!!…恥ずかしいよ…」

 

「ふふふ、照れてるルビィちゃんも可愛いズラ」

 

「えっと…それは『凛さん』のセリフだよね…」

 

「ルビィちゃんが『花陽さん』なら、マルは『凛ちゃんさん』になるズラよ!…って言っても、見た目は似ても似つかないけど…」

 

「うふっ、ありがとう」

 

 

 

「でも…それで、どうするズラ?」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「スクールアイドル」

 

 

 

「あっ…うん…」

 

どうしようもなにも…どうにもならない…ルビィはそんな顔をしている。

 

 

 

「先輩たちには断られたズラ…」

 

「解散しちゃったんじゃ、仕方がないよ」

 

「でもあの感じじゃ、解散してなくても断られてズラ」

 

「う~ん…考えてみれば当然なのかも。だって見ず知らずの人がいきなり押しかけて来て『一緒にやらせてください!』って言われても、それは返事に困るもんね」

 

「でも、花陽さんは、そうやってメンバーになれた…って話だったズラ」

 

「それはそうだけど…だからって必ず同じ結果になるってことじゃないし…」

 

「ルビィちゃんが、スクールアイドルになれる最大のチャンスだと思ったんだけど…」

 

 

 

「…お姉ちゃんに何か言われたのかな…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「先輩たち、ルビィが妹だって知ったら、すごくびっくりしてたし…」

 

 

 

「そ、そうだとしても…ルビィちゃんが気にすることはないズラよ。お姉さんはお姉さん、ルビィちゃんはルビィちゃんズラ」

 

「う、うん…そうだけど…」

 

 

 

「ルビィちゃん!」

 

少し間が空いたあと、花丸は急に真剣な顔つきで、彼女の名前を呼んだ。

 

 

 

「は、はい!」

 

その呼びかけに、ただならぬ空気を感じ取ったルビィは、姿勢を正して返事をした。

 

 

 

「頑張ってなるズラ!」

 

 

 

「な、なにに?」

 

 

 

「決まってるズラ。スクールアイドルになるズラよ」

 

 

 

「誰が?」

 

 

 

「もちろんルビィちゃんズラ!」

 

 

 

「ぴぃ!ひ、ひとりで?…」

 

 

 

「マルも手伝うズラよ!」

 

 

 

「えっ!?花丸ちゃんが…」

 

ルビィはそう言ったあと呆然と彼女を見つめている。

あまりに突然の展開に、言葉が出てこないようだった。

 

 

 

「マルは…マルは…凛ちゃんさんみたいに可愛くないし、運動も苦手だし…スクールアイドルなんて、とても無理だと思ってたけど…でも…でも…ルビィちゃんの力になれるなら、頑張るズラ」

 

 

 

「花丸…ちゃん…」

 

 

 

「…ルビィちゃんが花陽さんに憧れてるように、マルもずっと凛ちゃんさんのようになりたいと思ってたズラ。花陽さんと凛ちゃんさんの関係みたいになれたらいいな…ってずっと思ってたズラ…。だから…だから…」

 

 

 

「うぅ…」

 

想定外の告白に、ルビィの目から涙がこぼれ落ちた。

 

 

 

「本当は、ルビィちゃんが先輩たちと一緒にやれるなら、それでいいと思ってたズラ。マルはそれで満足だったズラ。でも、それは無理だった…」

 

「花丸ちゃん」

 

「さっき帰り際に先輩に言われたズラよ…友達を大切にって…。その時思ったズラ…見てるだけで本当にいいのか…って。口先だけ応援してる、頑張って…言ってるだけで本当にいいのかって」

 

「そんなことないよ。花丸ちゃんが、そばにいてくれただけで、今までどれだけ助けられてきたか…」

 

「マルは、ルビィちゃんがアイドルになるのを楽しみにしてたズラ。だから、その夢をかなえる為なら、どんなことでも手伝うズラよ!」

 

「花丸ちゃん…」

 

「それとも…マルじゃ足手まといになるズラか?」

 

「ううん…そんなことないよ…。足手まといだなんて…そんなことないよ…」

 

「じゃあ…」

 

 

 

「うん!一緒にやろう!ルビィと一緒にスクールアイドルやろう!」

 

 

 

「決まったズラ!!」

 

「ありがとう!!花丸ちゃん、ありがとう」

 

2人は椅子から立ち上がると、抱き合って、その喜びを表した。

 

店内に客はほとんどおらず…従って、特に注目を浴びることもなかったが…唯一、その様子を凝視している者がいた。

涙を流して抱擁している彼女たちを、冷めた目で見つめていた。

しばらくして、その視線に花丸が気付く。

 

 

 

「よ、善子ちゃん!!こんなところで、何してるズラ?」

 

「えっ!?あっ…」

 

ルビィは後方を振り返った。

 

 

 

「こんなところで…ってここは喫茶店でしょ?お茶をしてて、何が悪いの?」

 

「いつから、いたズラ」

 

「ズラ丸が入ってくる前からよ」

 

 

 

…まったく気配がしなかったズラ…

 

 

 

「なんだか、随分面白そうな話をしてたじゃない。まぁ、私には関係ないけど」

 

「そ、そうズラね…」

 

「スクールアイドル?ズラ丸が?ふ~ん…身の程知らずも甚だしいわね。まぁ、私には関係ないけど」

 

「そ、そうズラね…マルもそう思ってるズラ」

 

「それで、名前は決まってるの?」

 

「名前?」

 

「ユニットの名前よ!ユニットの!まぁ、私には関係ないけど」

 

「えっと、それは…『はあまるびぃ(仮)』ズラ…」

 

「なに、そのセンスゼロの名前は!そんなダサダサな名前で、やっていけるわけがないじゃない。まぁ私には関係ないけど」

 

「善子ちゃん…」

 

「な、なによ…」

 

 

 

「仲間に入りたいなら、素直にそう言うズラよ」

 

花丸はニヤッと笑って、彼女の顔を覗きこんだ。

 

 

 

「な、なに言ってるのよ!そんなわけないじゃない!なんで私がスクールアイドルなんか…」

 

「なら、マルたちの話に口出しは不要ズラ」

 

「そんな言い方はないでしょ!私はただ…」

 

「うん、私は善子ちゃんの意見を聴いてみたいな…」

 

「ほら、そうでしょ?アンタ、なかなか話がわかるじゃない!」

 

「は、はい…」

 

「それで、どうしたらいいズラ?」

と花丸。

仕方ない、取り合えず話だけは聴いてあげるわ…と言った表情だ。

 

どちらかというと『ふくよかな体つき』と、のんびりとした雰囲気を醸しているせいで、大人しく控え目な感じに見られがちだが…なかなかどうして、言葉の端々に気の強さが現れている。

特に彼女に対しては、ことさら、それが垣間見られる。

 

「そ、そうね…えっと…その…よくは知らないけど、スクールアイドルなんて、全国にゴマンといるんでしょ?ただ普通に活動してたって、目立たないわよ。だからインパクトが大事なの!いいインパクトよ、インパクト」

 

「…μ'sもそのインパクトを求めて試行錯誤した…ってネットに書いてあった」

 

「ほら!そうでしょ?名前、衣装、パフォーマンス…すべてにおいて、観客の心をガツンと掴むインパクトが大事なのよ!」

 

「確かにそうですね!」

 

ルビィの目が輝いた。

 

「それは、一体なんズラ?」

 

 

 

ギラン!と自ら効果音を口にして

「ふふふ…それこそが…『黒魔術』よ!!」

と善子は、ここぞとばかりにイスに飛び乗り、大見得を切った。

 

 

 

「あほくさ…完全に自分の趣味ズラ」

 

 

 

「こら~!ズラ丸!調子に乗るなぁ~!」

 

「別に調子になんて乗ってないズラ…」

 

 

 

「黒魔術!」

 

 

 

「…ってルビィちゃん?」

 

「ふふふ…わかる人にはわかるのよ」

 

「…ってなんですか?」

 

「お~い!知らんのか~い!」

 

 

 

…善子ちゃんて、こんなキャラだったっけ?…

 

 

 

「黒魔術が何かは置いといて…黒ずくめの衣装、陰鬱とした歌詞、動きのないステージ…」

 

「マルが知ってるアイドルとは、真逆ズラ…」

 

「いい、ズラ丸?アンタみたいなアイドルとは程遠い人間が、いきなりあんなに激しく歌ったり、踊ったりできるわけないでしょ?自分の短所を活かす、最高のアイデアじゃない!」

 

「悔しいけど…一理ある…ズラ…」

 

「ふん、つまり、そういうことなのよ!…そしてユニット名はズバリ『フォーリン エンジェル』」

 

「フォーリンエンジェル?」

 

「略して『フォリエン』」

 

「略す意味があるズラか?」

 

「あるわよ!『ドリカム』『ミスチル』『ももクロ』…略して呼ばれることこそ、メジャーの証しなのよ」

 

「ふ~ん…」

 

「まだ何か文句がある?」

 

「当然、善子ちゃんも一緒にやるズラね」

 

「あ、当たり前じゃな…えっ?わ、私が?」

 

「このユニットの言い出しっぺだもん。当然ズラ」

 

 

 

…わ、私が…

 

…スクールアイドル?…

 

 

 

…考えても見なかった…

 

 

 

…でも…

 

…もし、この趣味が認められたなら…

 

…ようやく、善子じゃなくて、堕天使ヨハネとして…

 

…堂々と活動できる!?…

 

 

 

「花丸ちゃん…善子ちゃんを巻き込むのは悪いよ…アイデアを出してくれただけでもありがたいのに…」

 

 

 

…こら!ルビィ!…

 

…余計なことを言うな~!…

 

…珍しくズラ丸がいい流れを作ってるんだから、アンタが潰してどうするのよ!…

 

 

 

「でも、ルビィちゃん!きっと善子ちゃんは、仲間に入りたくて、入りたくて仕方がないんズラ。ここで味噌っかすにするのは可哀想ズラよ」

 

 

 

…誰が味噌っかすよ!…

 

…でも、ズラ丸!いいフォローだわ…

 

 

 

「でも、無理に付き合わせちゃうのは…」

 

 

 

…だから、ルビィ!…

 

…無理じゃないから!…

 

 

 

「エ、エヘン…ま、まぁ…その…なに?…ズラ丸がどうしてもって言うなら、入ってあげてもいいわ。なんだかんだ言っても、アンタとは同じ幼稚園だったわけだし…」

 

 

 

「やっぱ、ルビィちゃんと2人でやるズラ…」

 

 

 

「こら~!!私も入れなさ~い!」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「…あっ…いや…え~と…その…」

 

 

 

「…仕方がないズラね…」

 

花丸とルビィは、顔を真っ赤にしている善子を見て、クスクスと笑った。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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黒い三連星

 

 

 

あれから1週間ほどが過ぎた。

 

 

 

曜は…朝と夕と部活に出ている為、千歌とは教室でしか顔を会わさない。

かと言って、そこで会話があるかと言えば、ほとんどない。

1年生が訪れてきたあの日から、2人の距離は何も変わっていない。

 

そんな様子に梨子はやきもきしているのだが…『部外者』である自分では…だからと言ってどうすることもできなかった。

 

 

 

「じゃあ、部活に行くね…」

 

「うん、頑張って…」

 

 

 

こんな無味乾燥な2人の業務連絡を聴くのが、とても辛い。

 

 

 

「ねぇ、千歌ちゃん…もうそろそろ…」

 

「うん…わかってるよ。ちゃんとタイミングを見て話すから…」

 

その会話も、もう何度もした。

 

 

 

…どうしたらいいのかな…

 

 

 

梨子にはお互いの気持ちがわかる。

だが、それ以上踏み込むことはどうしてもできなかった。

 

 

 

しかし、とある日の放課後。

その状況に変化を起こす出来事に遭遇する。

 

 

 

いつものように千歌が、曜と業務連絡を交わす。

そのあと校舎を出ようとした2人の前に、黒い人影が3体、目の前を通り過ぎていったのだ。

 

「なに、今の?」

 

「まさか、不審者?」

 

「裏庭の方に走って行ったよね?」

 

「う、うん…」

 

「梨子ちゃん、あとを追うよ!」

 

「ま、待って!誰か先生を呼んだ方が…」

 

「そんなこと言ってたら、逃げられちゃうよ!」

 

「でも…」

 

「さぁ、行くよ!」

 

そう言うと千歌は、強引に梨子の手を引っ張り、走り出した。

 

 

 

…も、もう…

 

…どこにそんなパワーがあったのかしら?…

 

 

 

さっきまでの千歌なら、負のオーラしかなく、とてもこんなに積極的に動くことなど考えられなかった。

いや、逆なのかもしれない。

その鬱屈と『溜まっていたなにか』が、パチン!と弾けて、一気に溢れ出したのかもしれない。

 

スタートが出遅れたので、その姿を捉えることはできなかったが…取り敢えず2人は黒い影が向かったであろう、裏庭までやって来た。

 

「ここで様子を見よう」

と千歌は、校舎の壁に背中を付けて身を隠し、そば耳を立てた。

勢いで、梨子も同じことをした。

 

 

 

…なにしてるんだろう?…私…

 

 

 

すると…微かではあるが、小さな声が聴こえてきた。

 

「何か聴こえるね…」

 

「シッ!静かに」

 

千歌の佇(たたず)まいは、すっかり刑事ドラマかなにかの『それ』になっていた。

 

 

 

…えっ…お経?…

 

 

 

耳を澄ませて聴こえてきたのは、小さく、低く唸るような声。

梨子には直観的に、それが『アブナイ』ものだと感じた。

長居は不要だ。

戻って助けを求めた方がいい。

 

「千歌ちゃん…」

 

そう言い掛けた、まさにそのタイミングで彼女は飛び出した。

 

 

 

「あなたたち、ここで何をやってるの!」

 

 

 

…あちゃ~…

 

…間に合わなかった…

 

 

 

千歌のあとに続き、梨子も前に出た。

 

 

 

その先にいたのは…

 

 

 

黒いレインコートのようなものを着込んだ人の、後ろ姿だった。

頭からフードをスッポリと被っているので、風体(ふうてい)は定かではないが、コートの裾から下は、ミニスカートと細い脚が見えた。

 

 

 

…えっ?女の子?…

 

 

 

梨子の疑問は、一瞬で解けた。

 

 

 

「スクールアイドル活動ズラ…」

 

 

 

「スクールアイドル活動?」

 

「…ズラ?」

 

 

 

その独特の沼津弁に、2人は聴き覚えがあった。

それは遡ること1週間ほど前。

彼女たちの教室を訪れた後輩のうちの1人だった。

 

 

その彼女が、被っていたフードを後ろにやりながら、振り返った。

 

「なんだぁ…先輩たちズラか…」

 

 

 

「あなたは確か…」

 

 

 

「1年生の国木田花丸ズラ。そして、こっちがルビぃちゃん…こっちが善子ちゃんズラ」

 

「善子じゃなくて、ヨハネって呼びなさいって言ったでしょ!」

 

 

 

…ヨハネ?…

 

 

 

梨子の頭に消えたハズの疑問符が、またひとつ増えた。

 

 

 

「今、スクールアイドル活動…って言ったけど…」

 

「先輩がルビィちゃんの加入を断ったから、自分たちで作ったズラ」

 

 

 

「えっ!?」

 

千歌と梨子が同時に声を上げた。

 

 

 

「あ、その…先輩たちに断られたは、ちょっと語弊があるというか…なんというか…」

 

「ルビィちゃん、そこはハッキリいうズラよ!」

 

「そうそう『やりたいなら自分たちでやれば!』って言ったのは、先輩たちなんでしょ!?私たちの活動に口出ししないでほしいんだけど」

と善子。

 

「ご、ごめん…そういうつもりじゃ…。ちょって、怪しい人影を見たから…おや、なんだろう…って思っただけで…ねぇ、梨子ちゃん!?」

 

「えっ、わ、私に振る?…う、うん…そうなの…」

 

「怪しい人影とは随分な言われようね…」

 

「まぁ、普通は思われるズラ…」

 

「しか~し!この悪魔の降臨儀式を見たからには、生きては…モゴモゴモゴ…」

 

「ちょっと、善子ちゃんは黙るズラ!」

と花丸は彼女の口を手で封じた

 

 

 

「悪魔の…」

 

「降臨儀式?」

 

 

 

「今のは気にしなくていいズラよ…」

 

「あの後…私たちに考えたんです。先輩たちの話を聴いて…やっぱり、見ず知らずの後輩がいきなり来て、一緒にやらせてください…なんて虫が良すぎるな…って。でも、そうしたら、花丸ちゃんが一緒にやろう!って言ってくれて…」

 

「オラも、先輩たちの言葉に目が覚めたズラよ。口だけで応援してても、意味がない…って、わかったズラ。だから、ルビィちゃんがやりたいことを一緒にやろうと決めたズラ」

 

「そうしたら善子ちゃんも、賛同してくれて…」

 

「賛同した…って言うより、実質、私が作ったようなものだけどね…」

 

「そっか…そうなんだ…」

 

「ごめんなさい、変な勘違いしちゃって…」

 

「わかればいいのよ、わかれば」

 

「こら、善子ちゃん!」

 

「なによ!」

 

「先輩に対する口のきき方は、気を付けるズラよ」

 

「ふん!」

と善子はそっぽを向いた。

 

 

 

「…ビックリさせて、すみませんでした。そういうことですので…」

 

「あぁ…うん…頑張ってね…」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 

千歌は踵(きびす)を返し戻ろうとしたが、すぐに立ち止まった。

 

「ごめん、もうひとつ訊いていいかな?」

 

「は、はい…なんでしょう?」

 

「お姉さんは…生徒会長はなんて?すんなりスクールアイドルのこと、認めてくれた?」

 

 

「…」

 

しかし、千歌の質問に答えは返って来なかった。

 

 

 

「やっばり…ダメだって?」

 

 

 

「いえ…お姉ちゃんにはまだ…話してないんです…」

 

「えっ?」

 

「もうちょっと…ちゃんとできるようになったら、話すつもりで…なので、お姉ちゃんにはまだ、内緒にしておいてくれますか…」

 

「あっ…うん…わかった…。ごめんね、余計なことを訊いて…」

 

「いえ…」

 

「じゃあ、頑張って…」

 

「は、はい!」

 

 

 

そう言い残すと、千歌は足早にそこをあとにした。

 

梨子も慌てて、その後ろを付いていく。

 

 

 

「千歌ちゃん…」

 

「ふふふ…おかしいよね?『やりたかったら、自分たちでやったら』って言ったのは私なのに…なんでこんなに悔しいんだろう!」

 

「千歌ちゃん…」

 

「ごめん、梨子ちゃん…少しひとりにさせて…。自分自身の気持ちを納得させる時間がほしいの…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「お願い!」

 

 

 

「う、うん…わかった。じゃあ、今日はこれで帰るね。気持ちの整理がついたら、いつでも声掛けて。窓から呼んでくれれば、いつでも顔を出すから」

 

「ありがとう…」

 

「じゃあ…」

 

「うん…じゃあ…」

 

梨子は、千歌に別れを告げると、そのままバス停へと歩いていった…。

 

 

 

 

 

~つづく~



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自信

 

 

 

「果南ちゃん!!」

 

「どうしたの?」

 

 

 

「果南ちゃんさ、毎朝、走ってるでしょ?私もこれから一緒に走る!」

 

 

 

「?」

 

 

 

「私、決心したんだ!自分を変えなくちゃ!って」

 

 

 

梨子と別れた千歌は、その足でダイビングショップを訪れた。

電撃訪問を受けた果南は…いや、彼女が突然来るのはいつものことだが…作業の手を止め話を聴いた。

 

 

 

「なにかあった?」

 

「…うん…あのさ…私…」

と言ったあと、千歌は言葉を詰まらせた。

話したいことは山ほどあるのだが、なにからどう伝えたらいいかわからない。

 

その雰囲気を察した果南は

「いいよ…落ち着いてからで…ゆっくりしていきなさい。コーンスープでも飲む?」

と言った。

 

海に中いることが多い彼女にとって、陸に上がった時に摂る温かい飲み物は必需品である。

千歌は黙って頷いた。

 

 

 

彼女が喋れるようになったのは、そのスープを飲み干してからだった。

 

「あのね…私…μ'sに憧れて…曜ちゃんにお願いして…ステージに立たせてもらって…結果は上手くいかなかったけど…でも、これが私の実力なんだ!って思ってて…」

 

「…うん…」

 

「曜ちゃんには、これ以上迷惑掛けられなから、解散するって言ったら、怒られちゃって…」

 

「そこまでは聴いたよ」

 

「うん…」

 

「まだ、仲直りはしてないの?」

 

「タイミングが難しくて…」

 

「…そっか…」

 

「それでね…だけど、この間…後輩が私たちと一緒にスクールアイドルをやりたい!って言ってくれての」

 

「凄いじゃない!」

 

「う~ん…私たちのパフォーマンスが認められた…っていうよりは、スクールアイドルに挑んだことに対して、評価してれた…って感じかなんだけどねぇ…」

 

「でも、それなら…やった甲斐があった…ってことじゃない?」

 

「うん…まぁ…」

 

「それで?受けたの?」

 

「…断っちゃた…」

と言ったあと、その経緯について説明した。

 

 

 

「千歌らしい…って言えば、千歌らしいわね。あなたなりに、相手を気遣って…ってことでしょ?」

 

「…うん…」

 

「だけど、それは長所でもあり、短所でもあるのよね…」

 

「短所?」

 

「つまり、千歌には『自分がない』のよ」

 

「自分がない?…うん、そうかも知れない…」

 

「自己主張とわがままは紙一重だと思うけど…」

 

「うん…」

 

「それで?」

 

「今日、その後輩が練習しているところを見ちゃって…」

 

「自分たちでスクールアイドルを始めた…ってこと?」

 

「うん、しかも1人増えてた」

 

千歌は軽く笑った。

 

「なるほど。千歌の助言を受け入れたのね」

 

「だけど、その瞬間、悔しくなっちゃって…」

 

「悔しくなった?」

 

「バカだよね…自分で『やりたければ自分たちでやれば』なんて言っておいて…彼女たちの姿を見たら『あぁ、もう私にはできないんだな…』って思ったら、急に泣きたくなっちゃって」

 

「どうして?」

 

「やっぱり…悔いが残ってるんだと思う…ちゃんとステージができなかったことに…」

 

「自分の気持ちを圧し殺してた?」

 

千歌はゆっくりと頷いた。

 

「このままで終わりたくない…終わりたくないんだよ…。だって、最初で最後のステージがあんな形で…一生あの時の記憶が付きまとうなんて…悲しすぎるから」

 

「だったら、解散するなんて言わなきゃいいのに…」

 

「曜ちゃんに叩かれたのも、それが理由だと思うんだ。失敗したのに、ステージに立てただけで満足だ…なんて言っちゃったから」

 

 

 

「…」

 

 

 

「それだけかな?」

 

 

 

「えっ」

 

 

 

「曜ちゃんが怒った理由」

 

 

 

「さすが果南ちゃん、なんでもお見通しだね」

 

「当たり前じゃない、何年、千歌の面倒を見てると思ってるのよ」

 

「えへへ…そうだね…」

 

「逃げたから…でしょ?」

 

「うん…。曜ちゃんにこれ以上迷惑は掛けられない…そう言ったのはウソじゃないけど…何もやり遂げてないのに解散するなんて言えば…それはいくらなんでも曜ちゃんだって怒るよね…」

 

「はぁ…ようやくそこに気付いたか…」

 

「…だよね…。ようやく…だよね…」

 

「それで、どうするの?」

 

 

 

「イチからやり直す!」

 

 

 

「イチ…から?…」

 

 

 

「うん。イチから…。差出人不明の…あの手紙にも書いてあったけど…μ'sの海未さんだって、最初から完璧だった訳じゃなかったんだよね。苦労しながらも弱点を克服して…そしてあれだけの輝きを放てるようになったんだ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「私ね…μ'sは普通の高校生なのに、あんなにキラキラしてて凄い!ってずっと思ってたんだけど、ちょっと間違ってた。普通の高校生が、ただそのままμ'sになったんじゃなくて…そこからトレーニングして、努力して…『μ'sになっていった』んだ。だから、努力もトレーニングもしてない私が、μ'sと同じ景色なんて見られるハズがなかったんだよね…」

 

「μ'sになっていった…か…」

 

「生徒会長に言われたんだ。申請を出しに行った時『あなたはμ'sと景色など見られません』って。その時は『何言ってるんだ!』って思ったけど…その通りだった…」

 

「…もしかして、それで一緒にランニングをしたい…って?」

 

「うん。体力を付けるのは、もちろんだけど…自分でこれだけ頑張ったぞ!っていう自信を持ちたいんだ」

 

「なるほど」

 

「そして、生まれ変わった私を曜ちゃんに見てもらうの。曜ちゃんに頼らず、自分で努力してる姿を」

 

「へぇ…」

 

「それを認めてもらったら…私の本気を見てもらったら…改めて曜ちゃんに、お願いするんだ。『もう一度、一緒にステージになって。今度は何があっても逃げません!って」

 

 

 

「…」

 

 

 

「だから…早朝トレーニング…ランニング…一緒にさせてほしいんだ!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「ダメかな?」

 

 

 

「…わかったわ…。別に私が何をするわけじゃないから、勝手に来るのは構わないわよ」

 

「あ、ありがとう!!」

 

「そのかわり…」

 

「千歌のペースになんか、合わせないからね!そんなことしたら、私のトレーニングにならないから」

 

「う、うん!わ、わかった」

 

「じゃあ…どうしようかなぁ…明日の朝、6時に淡島神社の階段下に集合ね」

 

「6時!?」

 

「あれ、遅い?5時半にする?」

 

「あ、いや…6時でいいです…」

 

果南は千歌の顔を見て、クスッと笑った。

 

 

 

「あとね、果南ちゃん…」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「…スープを…もう一杯くださいな!」

 

 

 

果南はブフッと吹き出した。

 

 

 

 

~つづく~

 



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異色

 

 

 

「お~!偉い、偉い!ちゃんと来たんだね!」

 

「そりゃあ、初日から遅刻ってワケにはいかないからさ」

 

果南に指定された神社の入口…階段の一番下…に千歌は時間通りに現れた。

 

「…とか言って…本当は梨子ちゃんに起こしてもらったんじゃない?」

 

「ドキッ!」

 

バレたか…千歌はそんな顔をする。

彼女の後ろには、梨子の姿があった。

 

「あ、いえ…私も運動不足だから、そういうことなら一緒に…って付いてきたんです」

 

「ふ~ん…優しい友達を持ったねぇ…」

 

梨子のその言葉…嘘ではないだろう。

しかし、それだけじゃないことを果南は見抜いていた。

 

「あはは…」

 

千歌は笑って誤魔化した。

 

 

 

「さあ、じゃあ、行こうか」

 

入念にストレッチをしたあと、彼女が2人に声を掛けた。

 

「う、うん!」

 

「…とはいえ…千歌たちにいきなり走れ!って言うのは『酷』だから…まずは頂上まで歩いて昇ることからやってみよう」

 

「え~!一緒に走るよう!」

 

「ここの階段をナメたらダメよ?まぁ、いいから、まずはゆっくり上がってきなさい」

 

「う、うん…わかった」

 

「いい?決して慌てなくていいからね!ケガしたら元も子もないんだから」

 

「うん」

 

「一番上まで行ったら、そこで待ってて!じゃあ、また、あとで!」

 

 

 

「あとで?」

 

千歌がその意味を訊こうとした、その瞬間、果南の姿はあっと言う間に小さくなっていった。

自分で「パンッ!」と手を叩いて、スタートの合図を出すと、頂上へと続く階段を一気に駆け登っていったのだ。

 

 

 

「は、速い!」

 

2人は、疾風の如き果南の姿を、呆然と見送った。

 

 

 

「標高137m…往復 約50分…」

 

梨子は、入口にある立て看板に目を疑った。

 

「げっ!…」

 

そして、呻(うめ)いた。

 

 

 

「千歌ちゃん…こんなに長いの?聴いてないよ!」

 

「あれ?そうだっけ?でもμ'sだって神田明神の階段ダッシュをやって、鍛えてたんでしょ?」

 

「それはそうだけど…神田明神は片道25分も歩かないから!角度はキツイけど、1分もあれば登れるかと」

 

「そうなの?」

 

「たはは…」

 

「で、でも…やるって決めたから!」

 

少し怖じ気付いた表情をした千歌だが、すぐに力こぶしを作って、やる気を示した。

 

「う、うん…もちろん、頑張るけど…」

 

梨子も、ここまで来てあとには引けない。

 

 

「よ~し、行くぞ!よ~い、ド~ン!!」

 

千歌は意を決して、大きく手を振って歩き出した。

梨子もあとに続く。

 

 

 

 

 

「ぜぃ…ぜぃ…」

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ただ、歩いて登り降りしただけなのに…」

 

「膝が…ガクガクしてる…」

 

「ふともも…パンパンだよぅ…」

 

「それなのに…果南ちゃんは…」

 

 

 

彼女たちが行って帰ってくる間に、果南は2往復していた。

いや『下山』した時にはすでに姿はなく、彼女は海岸線の道を走りに行ってしまった。

 

 

 

「バケモノだ…」

 

千歌は思わず、そう口にした。

 

 

 

 

 

「高海?」

 

教師に呼ばれた。

 

「お、起きてます!」

 

授業中、千歌はどんなに抵抗しても、瞼(まぶた)が落ちてくる。

春の麗らかな陽気がそうさせるのだが、原因はそれだけではない。

朝の走り込み…いや『登山』が原因だ。

早起き自体は、それほど苦にはならなかったが、やはり1時間近く歩いたことが大きく響いている。

つまり、疲れだ。

 

 

 

「桜内?」

 

「は、はい!起きてます!」

 

 

 

確実に2人の体力を奪っていた。

 

 

 

…千歌ちゃん?…

 

…梨子ちゃん?…

 

 

 

事情を知らない曜ではあったが、2人の名前が続けて呼ばれたことに、違和感を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『登山』を続けること、1週間。

 

初めは脚が筋肉痛で、歩くことすらままならなかった2人だが

「それは、逆に動かした方が早く治るのよ!」

と果南に言われ、半信半疑ながら前に進んだ。

するとどうだろう。

確かに、中腹から頂上に近づくにつれ、痛みが和らいでいる気がした。

 

 

 

一般論で言えば、筋肉痛が発生した場合、その部位を鍛えるのは2~3日空けるのが良いとされている。

過剰なトレーニングはオーバーワークとなり、筋繊維を痛め肉離れなどを起こす恐れがあるからだ。

しかし、たった1日歩いただけである。

まずは身体を慣らすことが大事で、休むのはまだ早い。

その辺りは『趣味はトレーニング』という果南の、経験に裏打ちされた判断である。

 

 

 

3日目くらいが苦しさの頂点だった。

しかし、それを過ぎてからは、徐々に身体も慣れてきて…今では、少し早足で、会話をしながら歩けるようになっている。

僅か1週間だが、確実に進歩していることを2人は実感していた。

 

 

 

「明日からGWだけど…」

と果南。

 

家業のダイビングショップを手伝う彼女にとって、夏休み前の大事な書き入れ時である。

トレーニングが早朝とはいえ、そうそう千歌たちに付き合うワケにはいかない。

 

「うん…家の手伝いもあるから、毎朝…ってわけにはいかないけど…でも、時間を見つけて続けるよ」

 

それは家業が旅館の千歌も同じだ。

何が出来るというわけではないが、彼女なりにやることはある。

 

「そうね。『継続は力なり!』ってね。千歌の場合は体力だけじゃなくて、精神力を鍛えるのも目的なんだから」

 

「うん」

 

「私がいないからってサボっちゃダメよ!」

 

「わかってるよ」

 

「じゃあ、頑張ってね」

 

そう言って果南は千歌を見た。

 

心なしか彼女の顔に、自信のようなものが滲み出ているのを感じた。

 

「梨子ちゃんも…よろしくね!」

 

「はい!」

 

梨子はにこやかに返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのGW中のこと。

ネットでは、ある少女たちの映像が話題になっていた。

 

 

 

 

〉なんだこれ?

 

〉スクールアイドル…なのか、これ?

 

〉斬新!!

 

〉これはこれでアリ

 

〉いや、論外

 

〉かっこいい

 

〉聖飢魔II?

 

〉ルール違反だろ、これ。

 

〉この手があったか

 

〉顔が見えないんだけど…

 

〉意外と可愛いんじゃね?

 

〉これでラブライブに出るのか?

 

〉出ても即、予選落ち

 

〉個人的には好きたけど

 

 

 

 

その話題の主は3人組の少女で、黒いパーカーを身に纏っている。

そのフードは目深に被っており、ほとんど顔は見えない。

 

ゴシック調の荘厳なメロディー。

『魔界』『漆黒の闇』『堕天使』『召還』…といったワードが並ぶ異様な歌詞。

ほとんど動かないダンス。

呪文を呟くようなボーカル…。

 

 

 

彼女たちを『スクールアイドル』と呼ぶには、あまりに違和感がある。

 

 

 

しかし、一方で『COOL』という声もあった。

確かに、現在の音楽界では『メタルとアイドルを融合』させ、世界で活躍する者もいれば…これまでの路線とは真逆の…ハードな曲調と激しいダンスが売りの『笑わない女性アイドル』もいる。

楽器を持たない女性パンクバンド(?)なども登場しており、こうした『ややダークサイド寄り』の女性ユニットが人気を博しているのも事実だ。

 

 

 

その楽曲が上がったのは、メンバーのひとりが個人的に開いていたサイト。

普段は趣味である『黒魔術占い』を配信している。

そこに突如現れたのが、このダンスボーカル(?)ユニット。

 

 

その名前を『ふぉ~りん えんじぇる』と言う。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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姉妹の秘密

 

 

GW明け。

 

生徒会室に呼び出されたのは…津島善子、国木田花丸、そして黒澤ルビィの1年生…3人。

 

「これはあなたたち…なのですか?」

 

そう訊いたのは…黒澤ダイヤ。

ルビィの姉であり、生徒会長でもある。

 

「はい…」

 

「そうズラ…」

 

善子と花丸は、少し不機嫌そうに返事をした。

 

「お姉ちゃん…」

 

「ルビィは黙ってなさい!」

 

「でも…」

 

「そうズラ!生徒会長に怒られるようなことはしてないズラ」

 

「いえ、学校に無許可でアイドル活動を行うことは、充分注意するに値しますわ!」

 

 

 

どうやら、彼女たち…『ふぉ~りん えんじぇる』…がサイトにアップした映像を、ダイヤは目にしたようである。

 

 

 

「しかも、なんですか!?あれは!アイドルの品位の欠片(かけら)もありませんわ」

 

「アイドルの品位?なんですか、それ?」

と善子。

 

「はい?」

 

「そんな定義、誰が決めたんですか!」

 

厨二病を患っているわりには、意外と言うことがまともだ。

 

「うっ…」

 

もっとも、ダイヤはそんなことを知る由もない。

生意気な1年生ですわ!という顔をした。

 

「…まぁ、その…それは…その…と、とにかく、やるからには、ちゃんと活動の申請を出してください」

 

「わかったズラ…」

 

「それから、ルビィ…あなたは、この後、ここに残りなさい」

 

「…」

 

「返事は!?」

 

「は、はい!」

 

 

 

…姉妹喧嘩?…

 

…う~ん…でも、マルは2人が争うところを見たことないズラ…

 

…ふ~ん…

 

 

 

2人は、後ろ髪を引かれる想いで、ドアを開けた。

 

 

 

 

 

生徒会室は善子と花丸が出ていった後、姉妹だけになった。

 

「ルビィ、お姉ちゃんにも内緒で…どういうことなのですか?」

 

「ごめんなさい…」

 

「謝らなくてもいいから…ちゃんと説明してください。あなたも、私のスクールアイドルに対する想いを知らないわけではないでしょうに…」

 

「うん、それはそうだけど…」

 

ルビィはそう言うと、これまでの経緯を話した。

 

 

 

 

「なるほどですわ。やはり、あの新人歓迎発表会に出た2年生に感化されたのですね」

 

「ずっと、スクールアイドルをやりたかったから…。この学校でもできるんだ!って思って…」

 

「ですが…私も彼女たちのその熱意に押されて、渋々許可をしましたが…結果はあのザマでしたわ。あれで当校のスクールアイドルを名乗るなど…」

 

「お姉ちゃん!」

 

「は、はい!?」

 

「そんなこと言っちゃダメだよ!」

 

「ルビィ…」

 

「お姉ちゃんのその理屈なら…下手な人はスクールアイドルをやるな…ってことだよね」

 

「そ、そうですわ。その程度のレベルでは、恥を掻くだけですから」

 

「でも、それって差別だと思います」

 

「差別…」

 

「初めから上手な人なんていないと思うし…お姉ちゃんたちだって、きっとそうだったんだし…だから、それをお姉ちゃんの判断で決めるなんて間違ってます」

 

「そんな!私は経験者として、後輩に恥ずかしい思いをさせたくないだけです」

 

「恥ずかしい思い…って、ダメなことなんですか?」

 

「えっ!?」

 

「ルビィは人見知りで、誰かに話しかけられるだけでドキドキしちゃうけど…でも、それを克服しなきゃ!…って思ってます。だって『あの花陽さん』も、最初はルビィと同じだったんですから…。だから、ルビィだって…」

 

 

 

「ルビィ!!」

 

 

 

「ぴぃ!!」

 

 

 

「…大人になったわねぇ!!」

 

 

 

「ぴぎぃ!」

 

 

 

「うん、うん!そうか、そうか!いや、いや、ルビィも立派になったねぇ!世は満足じゃ!」

 

姉は妹を抱き寄せると、頭をナデナデした。

 

 

 

「もう!お姉ちゃん、キャラ変わりすぎですぅ…」

 

 

 

「はっ!誰も見ていませんね?」

とダイヤは、周りをキョロキョロと見る。

 

 

 

…こんな時、鞠莉さんがひょこり現れたりしますからね…

 

 

 

「そういうことでしたら可愛い妹の為、お姉ちゃんは全力で『ふぉ~りん えんじぇる』をサポート致しますわ!」

 

誰もいないことを確認したダイヤ。

安心したように言い放った。

 

 

 

…職権乱用…

 

…そうズラね…

 

…それと…妹の前だと、あんな風になるのね…

 

…あそこまでとは知らなかったズラ…

 

 

 

ドアの外でそば耳を立てていたのは、善子と花丸。

 

 

 

…でも、これで生徒会長のお墨付きはもらったようなものじゃない…

 

…そうズラね…

 

…だけど…『経験者』って…なに?…

 

…それはわからないズラ…

 

…アンタ、ルビィとずっと一緒にいるんでしょ?なんで知らないのよ…

 

…ごめんズラ…

 

…ふ~ん、アンタにも秘密にしてるってこと?…

 

…かも知れないズラ…

 

…でも…裏を返せば…そこが生徒会長の弱みなのかも知れないわね…

 

…弱み…

 

…さて、盗み聞きがバレないうちに、ズラかるわよ!ズラ丸だけに…

 

…意味わからないズラ…

 

 

 

2人は、音を立てずに、忍び足でその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元気ないじゃん!?」

 

「えっ?あ、うん…」

 

クラスメイトに訊かれ、曜は少し伏し目がちに答えた。

彼女の名は『むつ』。

いつも『よしみ』『いつき』つるんでいるため、仲間内では、3人のことを『よいむつトリオ』などと呼んでいる。

千歌と曜とは…親友…というほどではないが、それでも、行動を共にすることも多く、仲は悪くない。

 

 

「なにかあったの?」

 

珍しく単独でいる彼女が、心配そうに声を掛けた。

 

「べ、別に…。ほら、私は今、部活が忙しいから…」

 

「ふ~ん…」

 

「なに?」

 

「いや、それだけじゃないでしょ?」

 

「えっ?」

 

「嫉妬…」

 

「嫉妬?」

 

「千歌を…桜内さんに盗られた…とか思ってない?」

 

「そんなこと…」

 

「ここのところ、ずっと一緒だもんね!あの2人…」

 

「…それはそれで、いいんじゃない?私がとやかく言うことじゃ…」

 

「朝練も一緒にしてるでしょ?」

 

「朝練?誰が?」

 

「えっ?だから…千歌と桜内さん…知らないの?」

 

「…」

 

「この間、たまたま用があって『いつき』が朝早く淡島神社の側に行ったら…2人がランニングしてたらしいの。それで…どうしたの…って訊いたら『朝練だ』って…。何の朝練かまでは知らないけど、ここのところ、ずっと走ってるんだって」

 

「そう…なんだ…」

 

「本当に知らなかった?」

 

「…さっきも行ったけど…ここのところ部活が忙しくて…」

 

「…そう…まぁ、2人のことだから、私は口出ししないけど…まぁ、何か悩みがあるんだったら、相談しなさいな」

 

「えっ?あっ、うん…そうだね…」

 

「曜が元気ないと、こっちも調子狂うんだよねぇ!」

 

「ありがとう」

 

「いえいえ、困った時はお互い様ってね!」

 

「うん」

 

「じゃあ、帰るね!部活頑張って!」

 

「うん、バイバイ!」

 

 

 

…2人が朝練?…

 

…いつから?…

 

…あっ!そういえば…授業中、すごく眠たそうにしてる時があったっけ…

 

…っていうことは…

 

…あの頃から?…

 

 

 

…あれ、なんでだろう…

 

…こんなに悲しい気持ちになるのは…

 

…別に千歌ちゃんが何をしててもいいじゃない…

 

…なのに…

 

 

 

…どうしてこんなに切なくなるの…

 

 

 

 

 

「渡辺、大丈夫か?」

 

水着に着替えた曜に、注意したのは部活のコーチだ。

 

「は、はい!」

 

「まったく集中してないみたいだが…」

 

「すみません」

 

「調子悪いなら、帰れ」

 

「いえ…」

 

「怪我されても困る」

 

「…」

 

 

 

…曜、最近、ずっとあんな感じじゃない?…

 

…スランプ、長いわね…

 

…このままじゃ、強化指定も外されるんじゃない?…

 

 

 

先輩部員の囁く声が、曜の耳にも届く。

 

 

 

…私、何してるんだろう…

 

 

 

彼女は大きく溜め息をついて、プールをあとにした…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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泣きたいのは…誰?

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

 

神社に向かう階段を、千歌と梨子が早足に登っていく。

あれから、ずっと続けている朝練。

まだ…走る…というまでには至らないが、それでも始めた頃に比べれば、2/3くらいの時間になった。

 

そんな彼女たちを、階下から見ていた人物がいる。

見守る…というよりは、隠れて様子を窺っているという感じ。

 

 

 

「やっぱり、気になる?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

弾かれたように、逃げ出しそうとしたが…曜…は、その声の主が誰かを悟ると、すぐにそれを諦めた。

 

 

 

「松浦先輩…」

 

 

 

「おはよう!」

 

「お、おはようございます…」

 

「ふふふ…こんなところにいないで、一緒に行けばいいじゃない。あなたの脚なら、すぐに追い付くでしょ?」

 

「えっ?な、なんのことですか…」

 

「とぼけても無駄よ」

 

「私はただ、たまたま通り掛かったら、千歌ちゃんたちがいたから、何してるのかな…って」

 

「ふ~ん…まぁ、そう言い張るなら、それでもいいけど…」

 

「で、では…さようなら!」

 

曜はそう言うと、その場を去ろうとした。

 

 

 

だが…

 

 

 

「曜ちゃんに認めてもらう為なんだよ」

 

 

 

「えっ!?」

 

果南の言葉に、思わず立ち止まった。

 

 

 

「あっ!千歌からは『黙ってて』って言われてるんだっけ…」

 

後輩の背中に、とぼけた言葉をぶつける。

 

 

 

「…」

 

曜にも、それが『釣り』だとわかっている。

 

 

 

「だから、今から話すことは、私の独り言…。聴くも聴かないも、あなた次第…」

 

 

 

「…」

 

果南の顔を見ることはしなかったが、彼女は止めた脚を踏み出すこともしなかった。

 

 

 

「千歌はね…あの娘なりに、解散を告げたことを反省し、イチから出直すつもりでいるの。その為には、まず、自分を変えなきゃ!って、それから毎日毎日、朝練に臨んでるわ」

 

 

 

「自分を変える?…」

 

曜が呟く。

 

 

 

しかし、果南はそれには答えず

「1年生がスクールアイドル活動を始めたのにも、触発されたみたい…。まぁ、体力作りの一環もありかも知れないけど…精神力の強化…っていうのが一番の目的かな…。それを継続してやり遂げることで、自分の自信を持つこと。それがこの朝練の目的」

と言葉を続けた。

 

 

 

「なんの為に…」

 

 

 

「何か言った?私の話は独り言。訊きたいことがあるなら、直接本人に確認したら?」

 

 

 

「…」

 

曜は止めていた脚を、再び踏み出した。

果南の言葉は聴こえたハズだが、それを無視するように、この場から去っていく。

 

 

 

「やれやれ…」

と果南。

続けざまに…まぁ、そう簡単にはいかないわね…と小さく呟いた。

 

 

 

…そう、私たちも同じだもの…

 

 

 

寂しそうに小さくなっていく後輩の後ろ姿を…果南は小さく首を振りながら見送った…。

 

 

 

 

 

彼女は、千歌たちが下山するのを待って…曜がいたことを告げた。

 

「曜ちゃんが?どうして?」

 

さぁ…とお茶を濁す果南。

 

「直接本人に訊いてみたら?」

 

曜に向けた言葉と同じことを口にして、彼女は海岸線の道路を走り始めた。

 

 

 

 

 

「あのね、千歌ちゃん…」

 

「なぁに、梨子ちゃん」

 

その日の放課後。

相変わらず業務連絡だけで教室を出ていった曜の様子を見て、堪らず千歌に声を掛けた。

 

「手紙、書いてみたら?」

 

「手紙?誰に?」

 

「曜ちゃんに…」

 

「えっ?」

 

「今朝、曜ちゃんが朝練見に来てたって、果南さんが言ってたでしょ?」

 

梨子からすると、まだ今期に入って登校していない果南は、学校の先輩という感覚が薄い。

ダイビングショップのお姉さん…そんな認識。

故に『松浦先輩』ではなく、千歌に引っ張られて『果南さん』と呼んでいる。

 

「やっぱり、曜ちゃんも気にしてるんだよ」

 

「…」

 

「でも、それを口にできない…」

 

「う、うん…まぁ…」

 

「千歌ちゃんが、ちゃんと認めてもらえるまでは…っていう気持ちもわかるけど、でも、それまでこんな感じが続くのも、よくないじゃないか…って」

 

「わかってるけど…」

 

「だからね…直接、話すのが難しいなら…手紙はどうかな?って。古くさいかもしれないけどLINEじゃ、気持ちは伝わらないと思うし…」

 

「手紙か…」

 

「あっ、余計なこと言っちゃって、ごめんなさい」

 

「ううん、ありがとう。そうだよね…梨子ちゃんも、私たちがずっとこんなんじゃ気を使うよね…」

 

「あ、ううん…あ、いや、そうかな?…早く仲直りして欲しいな…とは思ってるよ」

 

「そうだよね…うん…」

 

 

 

 

 

そして、その日の夜、千歌は曜に向けての手紙を書いた。

 

自分から誘っておきながら、だだ1回のミスで『解散する』とした発言を恥じていること。

本当は、リベンジしたいと思ってること。

いや、そんなチープな単語では言い尽くせない、μ'sへの想い。

 

でも、もう一度チャレンジはしたいなどと言うのは、曜の優しさに甘えているのではないか…という葛藤。

その為には、まず自分が変わらなきゃ!と朝練を始めたこと。

そして…やる気と努力を認めてもらった上で、改めて一緒にステージに立つことをお願いするつもりであること…。

 

何をどう伝えたらいいか…。

悩んで悩んで、何度も書き直して…仕上げた時には朝になっていた。

 

 

 

 

 

「千歌ちゃん、大丈夫?」

 

真っ赤な目をして朝練に現れた彼女を見て、梨子は心配そうに声を掛けた。

 

「あは、昨日徹夜しちゃって…」

 

「まさか、手紙を書いてて?」

 

「うん!でも平気、平気!」

 

元気だよ!と力こぶを見せたものの、目を開けているのが辛そうだ。

それは朝日が眩しいから…だけでないことは、果南にも容易にわかった。

 

「無理しなくていいんだよ!それで身体壊したら、本末転倒なんだから」

 

「わかってるよ。でも、ほら…ここでやめたら、自分に負けちゃうから…」

 

「…そっか…。うん、じゃあ、頑張りなさい!その代わり、人に迷惑掛けたりしないでね」

 

果南はそう言うと、梨子の顔を見てパチリと片目を瞑った。

授業中寝たら、起こしてあげてね…そうな風に言ってるようだった。

 

 

 

 

 

睡魔に襲われながらも、なんとか一日を乗りきった千歌。

授業が終わり、いそいそと部活に行こうとした曜を…小さな声で彼女の名を呼んだ。

 

 

 

「あ、あのね…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ぶ…部活…頑張ってね…」

 

 

 

その言葉に顔を曇らせた曜。

 

「…うん…」

 

それだけを残して、教室を出ようとした。

 

 

 

「よ、曜ちゃん!待って!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

呼び止めたのは、梨子だった。

 

 

 

「あ、あのね…ほら、千歌ちゃん!そうじゃなくて、別に言うことがあるでしょ」

 

「…う、うん…」

 

「ほら、早く!」

 

「あ、あのね…曜ちゃん…」

 

 

 

「どうして梨子ちゃんなの?」

 

 

 

「えっ?」

 

千歌と梨子は、曜が放ったその意味が理解できず、お互いの顔を見た。

 

 

 

「これは、私と千歌ちゃんの問題なの…。どうして梨子ちゃんが間に入ってくるの?」

 

 

 

「あっ…」

 

梨子はその瞬間、血の気が引いた。

 

 

 

…そういうつもりじゃ…

 

 

 

だが、それは少なからず恐れていたこと。

でしゃばっちゃいけない…そう思っていたのに…どこかで歯止めが効かなくなっていたのかも知れない。

 

 

 

「とにかく、余計なことはしないで…」

 

曜はそう言うと、廊下の向こうに消えていった。

 

 

 

「…そうだね…」

 

梨子はその言葉を聴くと、曜とは反対方向に歩き出した。

 

 

 

…追わなくちゃ!…

 

 

 

千歌は思ったが、足が出ない。

 

 

 

…どっちを?…

 

…どっちもに決まってるじゃない!…

 

…でも…

 

 

 

朝練で培ってきた自信は、脆くも崩れていった。

 

 

 

…バカ千歌!!…

 

…バカ千歌!!…

 

 

 

…このままでいいの!?…

 

…いいわけないでしょ!!…

 

 

 

「うわぁ~~~!!私はバカ千歌だぁ~~っ」

 

思いきり叫んだ。

 

 

 

果たして、その声は2人に届いたのだろうか…。

 

 

 

しかし、曜も梨子も、千歌の元には戻ってこなかった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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夜空は何でも知っているの?

 

 

 

 

「えっ?千歌ちゃん、まだ帰ってきてないんですか?」

 

「そうなのよ。あのバカ、どこほっつき歩いてるんだか…私もケータイ鳴らしたんだけど、電源入ってないみたいで…」

 

「け、警察に連絡したほうが…」

 

「まだ、7時半でしょ?まぁ、そのうちフラッと帰ってくるわよ」

 

千歌のすぐ上の姉…美渡…は、家を訪れた曜にそう告げた。

のどかな街だから…と言ってしまうと実も蓋もないが、あまりにも危機意識がない。

 

「でも…」

 

「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ!帰ってきたら、ちゃんと曜ちゃんに連絡するから」

 

「は、はい…」

 

まったく…戻ってきたら『とっちめて』やるんだから…と彼女は、どこまで本気かわからない顔で家の奥へと入っていった。

 

 

 

曜は帰宅後、かなり悩んだ末、ここを訪れた。

もちろん、放課後の事を謝罪するためだ。

色々なフラストレーションが溜まっていて、それを梨子に八つ当たりしてしまった。

 

 

 

…千歌ちゃんがバカ千歌なら、私は『大バカ曜』だ…

 

…人に当たるなんて、最低だよ…

 

 

 

そんな気持ちで臨んだ部活は、案の定、集中力を欠き…今日はコーチに指摘されるより早く、自ら帰宅を申し出た。

 

だが、心の中のモヤモヤは晴れず、意を決して、自宅を出たというわけだ。

 

 

 

ところが…

 

 

 

千歌は家にいなかった。

 

 

 

…ハッ!…

 

 

 

…梨子ちゃんちだ!…

 

 

 

曜はここのすぐ隣が、彼女の家だと思い出す。

いや、もちろん、知ってはいたが、実際ひとりで玄関のチャイムを鳴らしたことはなかった。

 

 

 

「梨子~、お客さ~ん」

 

対応した母親が大きな声で呼んだ。

 

 

 

「お客さん?誰?」

 

自室にいた梨子が、首を傾げながら2階から降りてくる。

彼女はすでにTシャツとハーフパンツというラフな格好をしていた。

 

「あっ!曜ちゃん…」

 

しかし、そのあとの言葉が続かない。

さっきはごめん!…なのか…何か用?…なのか。

 

 

 

梨子は梨子で帰宅後、部屋に籠ったまま、何をどうしたらよいものか…と悩んでいた。

食欲がないから…と、夕食も摂らずにいた。

 

そこに現れたのが、曜だった…というわけだ。

 

しかし、まだ、心の準備が整っていない。

梨子は視線を落としたままでいた。

 

 

 

だが、話は曜から切り出した。

 

「ねぇ、千歌ちゃん、来てない?」

 

 

 

「えっ?千歌ちゃん?」

 

 

 

「家に帰ってきないみたいだし、ケータイも繋がらないし…」

 

 

 

梨子の顔が青くなる。

 

「ま、まさか…」

 

最悪の事態が頭を過(よぎ)った。

 

 

 

「どうしよう…」

 

 

 

その言葉を聴いて、一瞬にして…迷い…わだかまりのようなものが吹っ飛んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってて!」

 

梨子は自分の部屋に戻ると、パーカーを1枚羽織り、戻ってきた。

 

 

 

「一緒に探しに行こう!」

 

 

 

「梨子ちゃん…」

 

 

 

「お母さん、ちょっと出掛けてくる!千歌ちゃんが行方不明なんだって!」

 

そう言うと、梨子は曜の手を引き、玄関を飛び出した。

 

 

 

「千歌ちゃんが…行方不明?…」

 

梨子の母親は、娘が残していった言葉を、鸚鵡返した。

 

 

 

 

 

「梨子ちゃん、うしろに乗って!」

 

「えっ?自転車?」

 

「立ち乗りになっちゃうけど…そこのステップに足掛けて、私の肩をしっかり、掴まっててね!」

 

「こ、こうかな?」

 

「行くよ!」

 

「ひゃあ!」

 

曜が勢いよくペダルを踏み込んだので、梨子は反動でうしろにひっくり返りそうになった。

 

「飛ばすよ!」

 

「でも、二人乗りは…」

 

「大丈夫だよ!ここら辺は警察こないから」

 

 

 

…そういう問題じゃ…

 

 

 

冷静な状態の梨子なら、そこは強く主張して、乗車を拒否しているところだが…しかし、さすがにそうも言ってられない。

ガッチリ曜の肩を掴んで、彼女のうしろで風を切った。

 

 

 

一緒に新入生歓迎発表会の練習をした海岸、朝練をしている神社への階段、果南がいるダイビングショップ…いそうなところを走り回ってみたが、彼女の姿は見当たらなかった。

 

そして、2人は学校へと辿り着く。

 

 

 

…まさかとは思うけど…

 

 

 

口にはしないが、曜も梨子も同じことを考えていた。

さすがにこの時間までいるとは、思えない。

 

 

 

ところが…

 

 

 

千歌は校門の前に立っていた。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

お互いが、その存在に気付く。

 

 

 

「ち、千歌ちゃん、何してるの!?」

 

「あれ、曜ちゃん、どうしたの?部活は?」

 

ほぼ同時に喋った。

 

 

 

「今日は早めに上がったの」

 

「曜ちゃんを待ってたんだ」

 

またも同時に、言葉を発した。

 

 

 

「えっ!どうして!?」

 

最後は2人の声がシンクロして、思わず「ぷっ!」と吹き出した。

 

 

 

「と、取り敢えず、順番に話して、状況を整理しよう」

 

梨子が一旦、場を仕切る。

 

「えっと…まず…千歌ちゃんは何をしていたの?」

 

「私?私は…あのあと、ちゃんと曜ちゃんと話をしなくちゃ…って思って、部活が終わるのをここで待ってたんだけど…。曜ちゃん、いつ出てきたの?私がボケッとしてたのかな?まったく気が付かなかったよ…」

 

「ご、ごめん…調子があんまり良くなくて…行くには行ったんだけど、すぐ出てきたゃったから」

 

「あぁ、そうだったんだ!私は少し教室でモタモタしてたから、その前に帰っちゃってたんだね…って、具合悪いの?」

 

「う、ううん…具合が悪いってワケじゃないんだけど…」

 

「そっかぁ…あれ?そうしたら、どうして曜ちゃんと梨子ちゃんがここに?」

 

「それは…」

と曜。

 

彼女が口籠ったのを見て

「曜ちゃんが、千歌ちゃんのケータイを鳴らしても出ないから…って。それで、家まで行ってみたけどいなくって…。今度は私のところに来てないか?って。でも、いないよ…ってなって…」

と梨子が説明した。

 

「ケータイ?あっ、本当だ。電源落ちてる…。そっか、昨日、徹夜してて…すっかり充電するの忘れてたんだ」

 

千歌は屈託もなく笑った。

その様子に…らしいな…と2人も表情が弛んだ。

 

「もう…すごく心配したんだから…」

 

「あちこち探し回ったんだよ」

 

「あっ…ごめん…」

 

「とにかく、無事でよかったぁ…」

 

梨子はホッと胸を撫で下ろした。

 

「うん…」

 

曜も、まずはひと安心という顔をする。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「心配…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「…してくれてたんだ…」

 

 

 

「あ、当たり前だよ。なに言ってるの?」

 

 

 

「だってさ…」

 

 

 

「そ、それは…なんていうか…ここのところ、ギクシャクしちゃって、話しづらかったのはあるけど…別に絶交した訳じゃないし…」

 

 

 

「…うん…ありがとう…」

 

千歌は申し訳なさそうに、はにかんだ。

 

 

 

「あっ!それより、千歌ちゃんちに連絡しないと!」

と曜。

 

「そうだ!忘れてた!千歌ちゃん、ほら、ケータイ貸してあげるから、電話して!」

 

梨子がスマホを手渡す。

 

「え~、いいよ…」

 

「よくないよ!私、お母さんに『千歌ちゃんが行方不明になった!』って、言ってきちゃったから、今頃警察に連絡しちゃってるかも知れないし」

 

「大袈裟だなぁ…」

 

 

 

「千歌ちゃん!!」

 

 

 

「は、はい!」

 

鬼のような形相になった梨子の言葉に、千歌は思わず背筋を伸ばした。

 

 

 

「電話…」

 

 

 

「す、するよ…する…」

 

 

 

 

梨子のスマホを借りて、家に無事を伝えた千歌。

 

「美渡姉ぇが出たんだけど『あぁ、そう…』」って切られた…」

 

「ははは…」

 

しかし、帰ったら千歌は、こっぴどく怒られるだろう。

曜はその様子が想像できた。

 

 

 

「じゃあ、帰ろうか…」

 

梨子は2人に声を掛けた。

 

「うん」

 

「千歌ちゃんと梨子ちゃんはバスで帰りなよ。私は自転車だからさ」

 

「えぇ、いいよぅ。みんなで一緒に歩こうよ」

 

「でも、ほら…それだと時間掛かるし…」

 

「あ、もちろん、曜ちゃんがイヤならそうするけど…」

 

「べ、別にそういう意味じゃ…」

 

「じゃあ、歩こう!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

「…あ、あのさぁ…これ…受け取ってくれるかな?」

 

「手紙?」

 

帰路に就いた千歌が、自転車を押して歩く曜に、それを見せた。

 

「放課後に渡すつもりだったんだけど…」

 

「ごめん!あの時に私がもらってれば、こんなことにはならなかったのにね…」

 

「いや、私が余計な口出しをしちゃったから…」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「その話は、一旦、こっちに置いておこうか…」

と千歌がジェスチャー付きで言う。

 

「そ、そうだね。話が前に進まなくなっちゃうもんね」

 

梨子は苦笑しながら頷いた。

 

「家に帰ったら読んで!」

 

「うん、わかった…。あれ?ひょっとして…千歌ちゃんが徹夜したのって…これが理由?」

 

「ほら、私、バカだからさ…どうやって何を書いたらいいのかな?…とか…漢字はこれであってるかな?…とかやってるうちに時間かかっちゃって」

 

「そうなんだね…。実はさ…私も書いてたんだ…手紙…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「千歌ちゃんのこと、叩いちゃった日の次の日に…」

 

 

 

「そんな前に?」

 

 

 

「でも…渡せなかった…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「今日はそれを渡そうと…思って千歌ちゃんちに行ったんだけど」

 

「うん…」

 

「だから、私のも受け取ってくれる?」

 

「も、もちろん!」

 

「それと…梨子ちゃん!」

 

「は、はい!?」

 

「ごめんね、あんなこと言っちゃって…」

 

「ううん…余計なことをしたのは私だから」

 

 

 

「あとね…ありがとう!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「千歌ちゃんを一緒に探してくれて!」

 

 

 

「あ、当たり前の事をしただけだから…」

 

 

 

「私の親友は…色々、不器用なところがあるけど…気を使い過ぎたりするけど…これからも暖かく見守ってあげてね?」

 

「…うん…」

 

 

 

曜は、少し胸が苦しかった。

梨子に言った言葉に嘘はない。

99%は、親身になって千歌を探してくれたことへの、感謝の気持ちだ。

 

しかし、残りの1%の…そのわずかな感情が自分の中に残っていることを恥じていた。

 

 

 

…心が狭いな…

 

 

 

「じゃあ、また明日!」

 

道順の都合で先に別れることになった曜は、無理矢理に笑顔を作って、手を振った。

 

 

 

「うん、また明日!」

 

千歌も梨子も、そんな彼女の感情は、当然知る由もなく、これまでのように「バイバイ」と手を振って別れたのだった。

 

 

 

 

 

家に着いてから、美渡にたっぷりと怒られたあと、千歌は曜から受け取った手紙を読んだ。

 

それは…手紙…と言うよりは…極めて『詩的』なものだった。

 

 

 

 

注:ここに『夜空はなんでも知っているの』の歌詞がありました。

 

 

 

 

「…曜ちゃん…」

 

 

 

葛藤。

 

千歌がその言葉を知っているかは定かではないが、この詩には、その時の曜の心情がよく現れていた。

 

彼女も苦しんでいたのだった。

 

 

 

「決めた!『CANDY』は正式に解散する!」

 

部屋でひとり、叫ぶ千歌。

そして、続けざまに言い放つ。

 

「そして『CANDY』は『CANDLY』に生まれ変わるんだ!!」

 

力こぶを作って、高らかに宣言したのだった。

 

 

 

バカ千歌!静かにしなさいよ!…と、部屋の向こうから、美渡の怒声が聴こえてきた…。

 

 

 

 

 

第一部

~完~

 







運営から指摘を受けて一部内容を修正しました。
※歌詞を削除
2018/11/14


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第二部
リスタート!


 

 

 

「…ひとり増えた…とおっしゃるのですか?」

 

ダイヤは目を丸くして驚いた。

 

 

 

「はい!ここにいる桜内梨子ちゃんが、仲間になりました!」

 

千歌が差し出した申請書には『3人目の名前』が記載されていた。

 

 

 

「あなたたちの活動は終了したものだと思ってましたわ…」

 

「えへへ…そうですね。でも、そう簡単に終わらすわけにはいきません。だって…♪諦めちゃダメなんだ その日は絶対来る…ですから」

と千歌は…自らが体育館のステージで歌った曲の一節…を口ずさんだ。

 

その後ろで、曜と梨子はにこやかに微笑んだ。

 

 

 

先の『行方不明事件』をきっかけに、それぞれの想いを綴った手紙を交換し、2ヶ月弱続いたギクシャクした関係に終止符を打った千歌と曜。

そこに梨子が加わり、新たなユニット名を引っさげて「スクールアイドル活動を再開する」と生徒会長に告げたのだった。

 

 

 

「新しいユニット名…『CANDLY』…ですか?『ろうそくのような』…ってとこでしょうか」

 

「はい」

 

「…あまり意味はわかりませんが…」

 

「えへへ…『Chika AND Liko,You』の略なんです」

 

「本当は私は『L』じゃなくて『R』なんですけどね…」

 

梨子は恥ずかしそうに俯いた。

 

「いいの!Lの方がカッコいいんだから!」

と千歌は気にも留めていない。

 

 

 

「C…AND…L…Y…なるほど…ですわ」

 

 

 

…吹けば消える…ということにならないようにして欲しいものです…

 

 

 

「それはそれとして…ひとり増えても、ふたり増えても、あなたたちではμ'sにはなれませんよ」

 

その言葉はユニットを結成した時にも聴かされた。

 

「それはわかっています。でも、気が付いたんです。μ'sだって最初から完璧じゃなかったハズなんです。苦しんだり、悩んだり…色々、試行錯誤しながらお互いを高めていって、ラブライブで優勝するまでになった。だから、私たちも一歩づつ、頑張っていこう!そう決意したんです」

 

「…わかりましたわ…とりあえず申請書はお預かり致します」

 

前回と違ってダイヤはアッサリOKを出した。

 

 

 

「それと、ついでにもうひとつお願いが…」

 

 

 

「なんでしょう?」

 

 

 

「私たちの練習場所として、学校の屋上を貸して欲しいんです」

 

 

 

「屋上…ですか?…しかし、あそこは…」

 

 

 

「妹さんたちが、使われてるんですよね?」

 

千歌は少し意地の悪い言い方をした。

 

 

 

彼女が「スクールアイドルを始めたい!」と言った時には、頑なな態度で拒否をしたダイヤ。

そうまでして反対する理由は定かでなかったが、妹たちの活動には寛容だったようだ。

当初、中庭で活動していた彼女たちの練習場所は、いつの間にか屋上へと格上げされていた。

それを逆手に取った千歌の交渉。

μ'sを愛するものとして『屋上で練習する』というのは、やはり憧れであり『外せないシチュエーション』なのだ。

 

 

 

「えぇ…まぁ…その…」

 

 

 

「ウチの学校の屋上は広いし…大丈夫です、邪魔にならないように練習しますから…お願いします!」

 

「お願いします!」

 

千歌が頭を下げたのを見て、曜と梨子それに続いた。

 

 

 

「えぇ…まぁ…仕方ないですね…」

 

この件に関しては、ダイヤの方が形勢は不利。

押し切られた格好だ。

 

 

 

 

 

「チャオ!」

 

「鞠莉さん!…いえ、理事長!ノックぐらいはして欲しいですわ!」

 

ダイヤは、彼女が肩に掛けている『襷』を目にして、呼び名を言い直した。

 

「ソーリー!」

 

口ではそう言ったものの、彼女の表情を見ると、正直あまり意に介していない様子だ。

むしろ、浮かれているようにも見える。

 

 

 

「なにか?」

 

ダイヤは、怪訝な顔をして鞠莉を見た。

 

 

 

「沼津の駅前で行われるフェスティバルに参加することにしま~したぁ」

 

 

 

「は、はい?なんですか、突然!?」

 

鞠莉の言葉に、ダイヤだけでなく、2年生の3人も『?』の目をして彼女を見た。

 

 

「はぁ…」

 

 

 

「だから、本校もそれに参加することにしましたぁ」

 

鞠莉は同じ言葉をを繰り返した。

 

 

 

「はぁ?」

 

4人が鞠莉を見る。

 

 

 

「ステージでパフォーマンスで~す!」

 

 

 

「な、何故、そのような勝手なことを!?」

 

動揺するダイヤ。

 

 

 

「ホワット?」

 

 

 

「ですから、何故そのような大事なことを勝手に決めてくるのですか!?」

 

 

 

「ビコーズ…アイ アム ア リジチョー」

と、彼女は肩から掛けている襷を指差しながら言った。

 

 

 

「…」

 

それを言われてはグウの根も出ない。

 

 

 

「イズ ゼア ア プロブレム?」

 

「い、いいえ、問題ありませんわ!!」

 

からかうように、英語で質問した鞠莉。

それを承知で、ダイヤはわざと日本語で返事した。

 

 

 

「…ですが…ステージでパフォーマンスと申しましても…今の『浦の星』にはそれが出来るような部活はありませんわ」

 

「そうだよね…他の高校みたいに吹奏楽部とか、ダンス部とかないもんね」

 

「サークルとかでいいなら、バンド組んでる先輩とかはいるけどね…」

 

話を聴いていた千歌と曜が、ボソリと呟いた。

 

「出演するのはユーたちです」

 

「あははは…違いますよ理事長。曜ちゃんはユーじゃなくてヨウですよ。確かにYOUで同じスペルだけど…」

 

「ノー、ノー、ノー、ノー…ステージに立つのは、ユーとユーです」

と鞠莉は、千歌と曜を見た。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「ステージに立てるのは各高校の『スクーアイドゥ』なので~す!!」

 

 

 

「な~んだ、そういうことか…」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「え~っ!!」

 

 

 

「わ、私たち?」

 

 

 

「イエース!!この学校にもスクーアイドゥーならありま~す!確か…『パンティー』でしたね?」

 

「『キャンディー』です!!」

 

「オー、ソーリー!」

 

「でも、1人増えて、『キャンドリー』になったらしいですわ」

 

「ホワッツ?」

 

さっきまでの経緯を知らない鞠莉は首を傾げる。

 

しかしダイヤはそれには答えず

「ですが、理事長。スクールアイドルでしたら、もう1チームござますわ」

と言葉を続けた。

 

「知ってま~す!…なので、フェスティバルには両方出ればいいと思いま~す!ノープロブレムで~す」

 

「理事長…」

 

 

 

…何が目的なのですか?…

 

 

 

ダイヤは…睨む…というより、鞠莉の心を透視するような目で、彼女を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう!どうしよう?」

 

「千歌ちゃん、少し落ち着こうよ」

 

曜はパニクっている彼女の肩を、二度ほど叩いた。

 

「う、うん…わかってるけど…いきなり沼津デビューだよ!突然すぎて」

 

「うん…ちょっとビックリだよね…」

 

梨子も多少困惑気味である。

 

「でも、いいタイミングじゃない?梨子ちゃんが入って、再始動する!って言ってはみたものの、その先のことは正直決まってなかったんだし…まずは目標ができた!ってことでしょ」

 

「それはそうだけど…」

 

「何組出るのかな?」

と千歌。

 

「それは私に訊かれても…」

 

曜と梨子は声を合わせて、そう答え、思わず吹き出す。

 

だが、2人ともすぐに真顔になった。

 

「でも、今回は他校のスクールアイドルの云々じゃなくて…」

 

「1年生に勝たなきゃ意味がないんだよね?」

 

その言葉を聴いた千歌の顔は、一瞬で引き締まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マルたちが…」

 

「沼津デビュー?」

 

姉のダイヤから聴いた情報を、妹のルビィが花丸と善子に伝えた。

 

「ふふふ…ついにこの時が来たのね!このヨハネの進化した姿を、下界の者どもに知らしめる時がやってきたんだわ!」

 

「アホくさ…」

 

仰々しく両手を広げ、ひとり悦に入る善子を見て、花丸は冷たい視線を注いだ。

 

「でもね…善子ちゃん…」

 

「ヨハネって呼びなさいよ!それから、いい?アンタは『べリアル』!ズラ丸は『アザゼル』!!いい加減に覚えなさいよ」

 

「う、うん…ごめんなさい…」

 

「それで…何?」

 

「…えっと…その…理事長さんが『でも、ひとつの学校にふたつのスクーアイドゥはいりませ~ん!』って」

 

ルビィは鞠莉の口調を真似ながら告げた。

恐らく、ダイヤが彼女にそう伝えたのだろう。

 

「どういうことズラ?」

 

「そのステージで人気が高かった方に『ラブライブの予選参加を認めま~す!』って」

 

「ん?」

 

「…ってことは…先輩たちと…対決するズラか?」

 

ルビィは黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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2から3に?

 

 

「鞠莉さん、いったい何を考えてるのですか?」

 

千歌たちが退室したあと、生徒会長は理事長を問い詰めた。

 

 

 

「ホワッツ?」

 

彼女は右耳に手を添え『なんですか~』と言う仕草だ。

ダイヤには、それが『おちょくられている』ように感じられ、鞠莉をグッと睨んだ。

 

 

 

「フェスティバルに参加などと…」

 

「アピールで~す!」

 

「はい?」

 

「ここ…浦の星女学院の…」

 

「えっ?」

 

「ここまで言えば、ダイヤさんなら…アンダースターンドですね?」

 

「あっ!ま、まさか…」

 

「イエース!」

 

 

 

「状況は…それほど深刻なのですか?」

 

ダイヤの顔が『怒』から『哀』へと、シフトする。

不安でいっぱい…そんな感じだ。

 

 

 

「…」

 

鞠莉は返事をしなかった。

その表情に笑みはない。

彼女の瞳をジッと見つめたダイヤは…それが、どれほど真剣なものかを読み取った。

 

 

 

…どうやら、ふざけているワケでは無さそうですね…

 

 

 

「そうなのですか…。で、ですが…それでも、当校の生徒をラブライブに引っ張り出すなんて、私は反対ですわ!」

 

「ホワ~イ?」

 

「音ノ木坂のケースは『奇跡』なんです。レアケースです。環境が違いすぎますわ!」

 

「じゃあ、鞠莉さんは…この学校が『無くなってもOK』なので~すね~?」

 

「なっ!…そ、そんなことはありません!!…ありませんが…何か別の方法があるハズですわ!それに…」

 

「それに?」

 

 

 

「妹にも、後輩たちにも、私たちのような思いをさせたくはありません!」

 

 

 

「どうして、同じだと決めつけるので~す?」

 

 

 

「うっ…それは…その…ですが…わかってるハズです、鞠莉さんも。こんな地方のスクールアイドルなど、大都市の人たちには敵わないことを!!」

 

 

 

「…私たちが負けたのは…それが理由だとでも?」

 

鞠莉の口調と表情は、一段と厳しくなった。

 

 

 

「そう割り切らなければ、やってられません!!」

 

バンッ!と机を叩き、ダイヤは部屋を出て行った。

 

 

 

「ダイヤはいつでも『アノ日』みたいで~す…」

 

その様子に鞠莉は、肩を窄(すぼ)めて、何度か首を横に振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌は放課後、例のダイビングショップを訪れ、鞠莉の話について…店を任されている…果南に報告した。

 

 

 

「へぇ…鞠莉がそんなことを…」

 

「うん!相変わらず生徒会長は厳しい顔をしてたけどね」

 

「そう…鞠莉が…そんなことを…」

と彼女は、もう一度同じ言葉を呟いた。

 

「どうかした?」

 

「えっ!?ううん…別に…あ、でも良かったじゃない。出たかったんでしょ、ラブライブ」

 

「ラブライブ…かぁ…考えたことなかったなぁ」

 

「そうなの?」

 

千歌のセリフに、果南は『意外』という反応をした。

 

「えっ?いやぁ、それは『出てみたいなぁ』って思ったことはあるよ。でも…そもそも自分がスクールアイドルをすること自体、夢のまた夢だったし…だから…」

 

「なるほどね!じゃあ『道は開けた!』…ってとこかな?」

 

「えっ!?」

 

「キッカケはどうであれ、目指すものができた。漠然と歌って踊るよりは、何か目標があった方がいい!ってこと。もちろん一朝一夕で、どうなるものじゃないと思うけど」

 

「う、うん…そうだね…」

 

「あら?あんまり乗り気じゃない…って感じね?」

 

「そういうわけじゃ…」

 

「何か不安があるなら言ってごらんなさい」

 

「不安ってわけじゃないけど…」

 

千歌は一拍置いてから

「1年生と競わなきゃいけないのって…何か違うんじゃないかな」

と言った。

 

「?」

 

「同じ学校の中で『勝った』とか『負けた』とか…その…戦うことから逃げてるとか、そういうんじゃないよ。メンバーも増えたし、私も真剣にやろう!!って思ってるんだから。それにコンクールに出るなら…それは実力のある方がふさわしいに決まってるもん!…でも、それはわかるんだけど…」

 

「けど…」

 

「なんか、モヤモヤするんだよねぇ」

 

「それは…負い目じゃない?」

 

「負い目?」

 

「一緒にやりたい!っていう依頼を断っちゃったこと…にも関わらず、活動を再開させたこと…それなのに、自分たちが学校代表になっちゃたらどうしよう…そういうマイナスな気持ち」

 

「うん…それはあるかも…」

 

「じゃあ、一度、話をしてみれば?」

 

「ん?」

 

「1年生が、どう考えてるのか…。もしかしたら、彼女たちの目標に『ラブライブは無い』かもしれないじゃない。それなら、代表を争うこともないでしょ」

 

「そ、そうだね…。うん、ありがとう。まずは、謝ることからしてみるよ」

 

「少しは役に立ったかしら?」

 

「バッチリだよ!!」

 

「なら、良かった」

 

果南は、ホッとした顔をした。

いや、安堵の表情…と言うよりは、敢えて微笑みかけているようにも見えた。

もちろん、その相手は千歌に向かってである。

自主トレを始めてから、彼女から前向きな言葉が増えてきたことを喜ばしく感じていたからだ。

 

 

 

「でもさぁ…理事長も思い付きで、勝手に決めないでほしいよね」

 

「ん?」

 

「イベントの出演とか、ラブライブへの出演権とか」

 

 

 

「何か考えがあるん…」

と果南は言いかけて、慌てて口を噤んだ。

 

 

 

「考え?」

 

 

 

「ごめん、ごめん!間違えたわ。『何も考えてない!』って言おうと思ったの。鞠莉のことだから…思い付きって言うより、気まぐれ?彼女は割とラテン系な性格だから、それは充分あり得るわ」

 

「だよねぇ!理事長って何でも『ノリ』で決めちゃいそうだもんね!」

 

「まあね…」

 

「良かったぁ!あのμ'sみたいに、統合阻止の為に、宣伝するのかと思ったよ…」

 

「えっ?」

 

「…だけど、いくらなんでも、さすがにそれはないよね…。音ノ木坂とウチとじゃ、環境も条件もまったく違うし…」

 

「そ、そうね…それは…」

 

「もし、そんなことだったら、私たちには荷が重いと言うか、なんと言うか…純粋にスクールアイドルを楽しめなくなるよね?」

 

 

 

「う、うん…まぁ…あ、それより、私、来週から学校に行くから」

 

果南にしては歯切れの悪い相槌を打ったあと、何かを誤魔化すように話題を切り替えた。

 

 

 

「まったく、果南ちゃんは忙しいねぇ。早くしないと、ホント、留年しちゃ…えっ!?…今、なんて?」

 

耳に手を当て、千歌が訊き直す。

 

 

 

「だから、来週から復学するって言ったの」

 

 

 

「わぁ!!」

 

彼女は、大袈裟に両手を挙げて驚いた。

 

 

 

「お父さんがね、ようやく仕事に復帰できることになって…当分、手伝いは必要だけど…」

 

「わぉ!おめでとう!良かったねぇ!」

 

「ありがとう。永らく心配掛けたわね」

 

「いえ、いえ…なんのなんの。…でも、そうすると…果南ちゃんの『カラダ目当て』で通ってるお客さんは寂しい想いをするねぇ…」

 

 

 

「『カラダ目当て』って何よ!…それはちょっと卑猥じゃない?」

 

果南は、ムッとした顔をして千歌を睨んだ。

 

 

 

「あっ…」

 

顔を赤らめる千歌。

 

 

 

「言葉に気を付けてよ」

 

「もちろん、そんな意味で言ったんじゃ…果南ちゃんのナイスバデーが拝めなくなるっていうことだから…」

と千歌は訂正した。

 

「まぁ、手伝いを辞めるって訳じゃないし、土日は出る予定だから、それはあんまり変わらないけど…」

 

「そっか…」

 

「それより、学校であんまり変なこと言わないでよ。おかしな噂が立っちゃったら、復学してもすぐ休まなきゃいけなくなっちゃうんだから」

 

「あははは…ヨーソロー!」

 

曜の真似をして敬礼をする、千歌。

 

「本当にわかってる?…あと、学校ではちゃんと『松浦先輩』って呼ばなきゃダメよ」

 

「ん?」

 

「いくら幼馴染とはいえ、そこはケジメをつけないと」

 

「う、うん…わかった」

 

「わかりました!でしょ?」

 

「え~…今はいいじゃん!!」

 

「ダ~メ!」

 

「うぅ…」

 

「…なんて…」

 

果南は千歌の顔を見ると、プッと吹き出した。

 

「な、なに?」

 

「ううん…別に…やっと千歌が普段通りになってきたな…って思っただけ」

 

「普通怪獣に戻った?」

 

「少し違うかな。フ『ツー』じゃなくて、フ『スリー』くらいになったんじゃない?」

 

「ツーじゃなくて、スリー?なにそれ」

 

「成長してる…ってこと」

 

「レベルアップした?」

 

「ほ~んのちょっとだけね」

 

果南は右手の親指と人差し指の先に、わずかに隙間を作って千歌に見せた。

 

「ほ~んのちょっとだけ…かぁ…。でも、それは果南ちゃんのお陰だよ。色々、助けてくれたから」

 

「まぁね!」

 

果南は豊かな胸を突き出して、自分の手柄を誇示する。

 

「いやいや、そんなに威張らなくても」

 

千歌は彼女が強調した部位をガン見しながら、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

「だけど…これからは、あんまり頼らないで…」

 

 

 

「えっ…」

 

不意を突かれた言葉に、戸惑う千歌。

 

 

 

「自分のことは自分で解決する!そうしないと、いつまで経っても大人にはなれないぞ」

 

 

 

「あっ…」

 

「余計なことだったかな?」

 

「いえ…『松浦先輩』、貴重なアドバイスを頂き、ありがとうございます!!」

 

「現金ねぇ」

 

「あっ、そろそろ時間なので…それでは、今日はこれにて、失礼しま~す」

 

「うん、じゃあね」

 

千歌はペコリと頭を下げ店を出ると、走って家へと帰って行った。

 

 

 

 

 

「鞠莉…あなた、本気でラブライブなんて…」

 

その姿を見送った果南。

そう呟きながら、夕日が沈み行く水平線に視線を送った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果南との話を終えた千歌の家に、曜と梨子がやって来た。

3人とも夕食は摂ったのだが、お菓子を食べながら…しかし何やら神妙な面持ちで、打ち合わせを始めた。

フェスティバルに向けての曲の選定会議のようだ。

 

 

 

「やっぱり、μ'sの楽曲から借りてくるのが、一番てっとり早いかな?発表されているやつなら、だいたい頭に入ってるし」

 

「まぁ、そうだよね」

 

曜も千歌が歌っているのを聴いている為、耳馴染みはある。

 

「でも、それは他のスクールアイドルも同じだと思うんだよね…。新鮮さはないかな…一般の人は別としても、μ'sはやっぱり特別な存在だから」

 

「うん」

 

「だから、できれば、みんなが知らない曲の方がいいかな?って」

 

「なるほど」

 

曜が相槌を打つ。

 

「ねぇ…梨子ちゃんは、どれくらい知ってるの?」

 

「えっ!」

 

「μ'sの曲」

 

「私?…たぶん、千歌ちゃんよりは詳しくないかも。意識的に避けてたところがあったから…。聴けば『あぁ…』ってなるくらいかな?」

 

「そっか…」

 

「ごめんね、役に立たなくて…」

 

「そ、そんなことないよ!…でも、ちょっと、私が知らないような曲も知ってるかな?っていうのは期待してたけど」

と千歌は素直な気持ちを吐露した。

 

「そうだね…」

 

梨子はそう返答したが、ふと思い出したように

「あっ!でも…」

と言葉を続けた。

 

「ん?」

 

「そういうことなら、なくはないかな…」

 

「ん?」

 

「ほら、この間の…おまじないみたいな曲、覚えてる?」

 

「『♪頑張らね~ば、ね~ば、ネバギブアップ、ら~らら、な~りたいな!』…っていうやつ?」

 

梨子が千歌を励ます為、窓越しに歌った曲だ。

全体の歌詞は不明だが、μ'sの未発表曲であるらしく、その中毒性の高いフレーズだけが、音ノ木坂の後輩たちに『応援歌』として受け継がれている。

 

「そういう類いのは何曲か、知ってるよ」

 

「へぇ…」

 

「例えば?」

 

「例えば?…そうだなぁ…『♪足りないよ 足りない もっと 時間がね 欲しいんだぁ!』…とか」

 

「うん、うん。あるよね、そういう気持ちになること」

 

「あとは…『♪一生懸命やったよ!』…とか。これはホント、ワンフレーズだけなんだけど…テストとかで『どうだった?』なんて訊かれたときに、これで答えたりするの」

 

「一生懸命やったよ…か…。なんか、ドキッとさせられる歌詞だね…」

と千歌。

 

「ん?千歌ちゃん?」

 

「…これまでの自分を思い返すとね…やっぱり、そうじゃないから…」

 

「おぉ!千歌ちゃん、変わったねぇ!」

 

「曜ちゃん…」

 

「私はそれだけで、もう満足なんだけど」

 

「ダメだよ、こんなんで満足しちゃ!もう普通怪獣は卒業するんだから!」

 

ふふふ…と曜は笑った。

 

 

 

「でも、そうなると、歌詞の全体が知りたいねぇ」

と千歌。

 

「そうだねぇ…。梨子ちゃんの友達とか、先輩とかを辿っていけば…誰か知ってる人にぶち当たるんじゃないかな?」

 

「それはゼロじゃないけど…でも、どうかな?…音ノ木坂のアイドル研究部に、知り合いはいるけど…彼女たちでも難しいんじゃないかな…」

 

「直接、本人に訊ければいいのにね?」

 

「あはは…それね!」

 

曜の『どストレート』な呟きに、千歌は思わず笑った。

 

 

 

「…」

 

 

 

「ん?梨子ちゃん、どうしたの?」

 

 

 

「あるかも!!直接、本人に訊く方法!」

 

 

 

「そうだよね、そんな簡単には…えっ!?今、なんて!?」

 

千歌は、さっき果南にも同じようなリアクションをした。

 

 

 

「ゼロじゃないかも…運が良ければ会えるかも!だよ」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「行ってみよう!今週末!」

 

 

 

「行くって…どこへ?」

 

 

 

「東京だよ、東京!」

 

 

 

「東京?…あっ!まさか…」

 

千歌は何かを悟ったようだ。

 

 

 

「たぶん、あそこが、一番会える確率が高いと思う」

 

 

 

「なるほど!さすが梨子ちゃん!」

 

 

 

「?」

 

 

 

曜は怪訝な顔をしているが

「大丈夫!ちゃんと『曜ちゃんも楽しめるよう』に計画するから!」

と千歌は、彼女の両肩をガッチリ掴み…私に任せなさい!とばかりに大きく頷いた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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レジェンドに逢いに

 

 

 

「でも、本当にいいのかな?『個人宅』に押し掛けるなんて」

 

曜は心配そうに千歌を見た。

 

「それは…大丈夫だと思う。あくまでも『お店に、お客さんとして』訪れるわけだから」

 

「それはそうだけど…」

 

 

 

打ち合わせていた通り、千歌と曜、それに梨子の3人は週末の休みを利用して、東京へとやって来た。

 

各々寄ってみたいところはあるのだが、まずは今日最大の目的『μ'sのメンバーに逢う』ことを優先させ、なにはさておき、まっすぐそこへと向かった。

 

 

 

「『聖地巡礼』って言うんだって」

 

「ん?」

 

「μ'sの人たちが関わった場所を、色々訪れるのを」

 

「へぇ…」

 

「その中でも、ここは絶対外せないポイントなんだよ!なんせ、唯一『ご本人様に逢えるかも!』って場所だから」

 

「本当にいるの?」

 

「う~ん…それは『運次第』なんだけどさ」

 

「運次第か…」

 

「結構な割合で『店番してる』…って噂だから…」

 

「あっ!ここみたい!」

 

梨子がスマホの画面に表示された地図と、目の前の建物を見比べながら、2人に伝えた。

 

 

 

「ここが…μ'sの…」

と千歌は感慨深げに、店の看板を見た。

 

 

 

一行が辿り着いた場所は…『穂むら』…であった。

言わずと知れた『高坂穂乃果』の実家だ。

 

 

 

「雰囲気のある、素敵なお店だね!」

 

「それは曜ちゃん、μ'sのリーダーのおうちだもん!」

 

「いや、それはさすがに関係ないと思うけど…でも、何となく千歌ちゃんのおうちに似てるよね?」

と一旦苦笑したあと、梨子は言葉を続けた。

 

「そうかな?まぁ、うちは単に古いだけだけどね…」

 

千歌の実家も老舗の旅館だ。

謙遜はしたものの、自分との共通点が出来たみたいで、悪い気はしない。

 

 

 

「梨子ちゃん、ここに来たことはないの?」

 

「音ノ木坂の生徒ならみんな知ってるし、お饅頭ももらって食べたことはあるけど…来たのは初めてだよ」

 

「だよねぇ…」

 

「じゃあ、早速中に入ってみよう」

 

曜が千歌の手を引っ張った。

 

 

 

「…ちょっ…ちょっと待って!まだ、心の準備が…」

 

彼女は足を踏ん張り、ブレーキを掛ける。

 

 

 

「千歌ちゃん?」

 

 

 

「えへへ…やっぱり憧れの人だから…急には…」

 

 

 

「そっか…そうだよね…」

 

曜はコクリと頷いた。

彼女のμ'sに対する想いは充分理解しているつもりだったが、それでも、きっと曜が考えている以上のものがあるのだろう。

 

緊張?不安?興奮?

 

千歌の顔に、色んなものが見え隠れする。

その表情に一瞬、ファーストライブのステージを思い出した。

 

 

 

「大丈夫だよ。今日はちゃんとサポートしてあげるから!」

 

 

 

「曜ちゃん…」

 

梨子も千歌の目を見て、首を何回か縦に振った。

 

 

 

「うん…2人ともありがとう…」

 

 

 

「じゃあ、まず、大きく深呼吸しようか…」

 

 

 

「よし!…ヒッヒッフー…ヒッヒッフー…」

 

 

 

「千歌ちゃん…それ深呼吸じゃないよ…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「…それ、赤ちゃん、生むときの呼吸法…」

 

 

 

「あっ!…そうでした…」

 

真っ赤になって俯く千歌…。

 

 

 

はい、やり直し!…と2人に促され、彼女はスー…ハー…と数回、繰り返した。

 

 

 

「よし!もう大丈夫!」

 

「落ち着いた?」

 

「うん!」

 

「じゃあ、行こうか」

 

「あっ!待って!」

 

「また?」

 

「違うの…ほら…」

と千歌。

 

そう言われて、彼女の視線の先に目をやる曜と梨子。

 

「あっ…」

 

そこには店から出て、道路に打ち水を始める…頭に三角巾を巻いた女性…の姿があった。

 

 

 

「もしかして…あの人が…」

と千歌が呟く。

 

「…μ'sの人たちって…私たちより5歳くらい上だっけ?」

 

「一番下の人で4つ上だったかな?」

 

「だよねぇ…」

と言ったあと、曜は少し首を傾げた。

 

 

 

…なにか違和感が…

 

 

 

曜は目を細めてマジマジと、打ち水姿の彼女を見る。

元々視力はそれほど良くない為、普段はコンタクトを装着をしているが、この日はたまたま裸眼だった。

 

すると彼女は、バッグから取り出した眼鏡を掛け

「だとしたら…かなり上に見えるよね…」

とコメントした。

 

そう言われて見れば、かなり老けて見える気がする。

 

曜に指摘され

「た、確かに…」

と千歌と梨子が口を揃えた。

 

「下手すると、千歌ちゃんのお母さんの方が若く見えるかも…」

 

「だね…」

 

「いやぁ、梨子ちゃん、曜ちゃん!私のお母さんは特別だから。家族で歩いてても、私より下に見られることもあるし…」

 

「うん…」

 

梨子も、引っ越しの挨拶で初めて顔を会わせた時、子供が出てきたのかと思ったほど、千歌の母は小柄で、尚且つ、童顔である。

比較対象としては、適切でないかも知れない。

 

 

 

「あら?お客様かしら?」

 

遠巻きに見ている3人に気が付き、打ち水の女性が声を掛けた。

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

「どうぞ。お店は開いてますよ…」

 

 

 

「あ、あの…こ、高坂穂乃果さんですか!?」

 

打ち水の女性の声を聴いた千歌は、弾かれたように走り出し問い掛けた。

 

 

 

「うふふ…やだわぁ…娘に間違えられるなんて…」

 

 

 

「えっ?…はっ!…あっ、お母様でしたか…」

 

 

 

…だよね…

 

…いくらなんでも、そんなに老けてるわけないか…

 

…逢いたさが募るあまり、先走っちゃった…

 

 

 

落ち込む千歌。

 

あぁ、やっちゃった…と曜と梨子は苦笑いする。

 

 

 

「ごめんなさいねぇ…穂乃果じゃなくて」

 

「い、いえ…私が勝手に間違えただけで…す、すみません…」

 

「いいのよ…よくあることだから。まぁ、ほとんどお世辞で言われるんだけど…」

 

その頻度がどれほどかはわからないが、わりと日常茶飯事のことなのだろう。

彼女は屈託なく笑った。

 

そして

「それより、そんな日向(ひなた)に立ってたら、暑いでしょ?どうぞ、中にお入りなさい…そちらのお嬢さんも…」

と言葉を続ける。

 

曜と梨子は一瞬顔を見合わせたが、すぐにその言葉に従うことにした。

 

 

 

その途端、穂乃果の母は

「あら『花陽ちゃん』?…」

と曜を見て、思わずそう呟いた。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

…のワケはないわね…

 

 

 

「あっ、今の言葉は気にしないで…」

 

彼女は、すぐにその言葉を打ち消したが…実はそれは千歌は前々から思っていたことだった。

 

曜は…μ'sにいた『小泉花陽』にそっくりだ!…ということを。

 

強いて言うなら、親友の方が少しシャープで、レジェンドの方はもうちょっとソフトな感じ…。

実物に逢ったことはないが、きっと並んだら双子…少なくとも姉妹…と言っても疑われないレベルだ…と千歌は思っている。

 

「ほらね!やっぱり曜ちゃんは似てるんだよ!」

 

自分の考えが実証されたようで、彼女は嬉々とした表情で曜に訴えた。

 

「う、うん…」

 

世の中には、自分に似ている人が3人はいるという。

千歌に言われて、曜も『その気』になっていたが、正直、自分自身はそこまでだとは思っていなかった。

それが今、初めて『第三者』に言われて「あぁ、そうなんだ…」と少し納得したようだ。

 

 

 

「待っててね、冷たいお茶を出してあげるから…」

 

穂乃果の母は、店内の一角にある…テーブル席…いわゆるイートインスペース…へ3人を誘導し、半強制的に座らせた。

 

「あ、いえ…お構い無く…」

 

千歌が恐縮して右手を二、三度横に振ったが

「『雪穂』…お客様にお茶をご用意して!3名分」

と穂乃果の母は、それを無視して、店の奥に声を掛ける。

 

ほどなくして「は~い」という返事が聴こえた。

 

 

 

ぐるりと周りを見渡せば、余計な装飾は施されておらず、落ち着いた雰囲気の店構えで、まさに…『老舗の和菓子屋』…と呼ぶに相応しい佇まいである。

 

しかし、彼女たちが座ったテーブルの隣にある…棚の上…だけ、若干、趣(おもむき)が異なる。

数十冊もの大学ノートが、ブックエンドに立て掛けられており、およそこの店内には似つかわしくない。

そこだけが別世界。

 

 

 

「それね…来てくれたお客さんが書き込んでいく『想い出ノート』なんだよ…」

 

3人がそこを不思議そうに眺めているのに気付き、お茶を出しにきた雪穂が解説した。

 

 

 

「想い出ノート?…あ…どうぞ、お構い無く…」

 

千歌は、彼女からお茶を手渡されながら、先ほどと同じ言葉をの口にしたが

「いやいや、うちはこれが商売だから!美味しいお茶を飲んでもらって…気に入ったお団子とか、お饅頭を買ってもらう!!」

と雪穂。

 

「そ、そうですね…」

と3人は思わず笑った。

 

 

 

だがその瞬間

「えっ…花陽先輩?」

と、ひとりひとりにお茶を手渡していた雪穂の手が、不意に止まった。

 

 

 

「あっ…やっぱりそう思います?彼女…μ'sの小泉花陽さん似てますよね?」

と千歌。

我が意を得たり!という顔をしている。

 

 

 

「えっ?あ…うん…似てる…っていうか…瓜二つ…。あ、いや…花陽先輩の方が、もうちょっと『フワ~ン…』ってしてる感じだけど…一瞬ビックリした」

と雪穂。

 

そして、もう一度「あぁ、ビックリした…」と呟いた。

 

 

 

3人はもちろん知る由もないが、雪穂にとって小泉花陽は特別な存在なのだ。

 

『矢澤にこ』のあとを引き継いでアイドル研究部の部長になったのが、花陽。

その花陽からバトンを渡されたのが、雪穂。

つまり、花陽と雪穂は、師弟関係にあると言っていい。

思えば(バスタオルを巻いていたとはいえ)μ'sのメンバーに初めて『裸を見られた』のが、花陽だった。

以降、雪穂の視線の先には常に彼女がいた。

穂乃果と喧嘩する度に『花陽先輩がお姉さんだったら、どんなに幸せだったんだろう』などと考える日々が増えたいった。

そういったことも含めて、いつしか…学年はひとつしか違わないが…公私共々、雪穂は花陽に面倒を見てもらうようになり…ある意味、姉の穂乃果より尊敬している人物だったりするのである。

 

 

 

 

…花陽先輩…

 

…たまにはお店に顔、出してくれないかな…

 

 

 

…また、昔みたいに2人きりでお話したいよ…

 

 

 

彼女は仕事の都合で、高校卒業後、渡米している。

帰国しても滞在期間は短く、一緒にゆっくり過ごす時間など、ほとんどない。

 

…とはいえ、花陽が面会する優先順位において、雪穂は最下位と言うわけではない。

大抵、μ'sで集まる場合、その拠点となるのは姉の部屋であるため、自然と同じ家に住んでいる雪穂も遭遇することは多い。

 

しかし、当然のことながら、そこには他のメンバーがいる。

いくら、穂乃果の妹であっても、この中に居てはなんのアドバンテージもにならない。

雪穂の存在などあっという間に埋もれてしまう。

故に、花陽が高校を卒業して以来、雪穂が彼女とツーショットになるようなことはなかったのだ。

 

 

 

近くて…とても遠い存在…。

 

 

 

その花陽が突然現れたと思い、彼女はかなり動揺したのだった。

危なく、お茶を落としそうになったくらいだ。

 

しかし、そうではないとわかると、呼吸を整えてから

「い、一応、確認するけど…μ'sのファンの方かしら」

と質問した。

 

話題を変えて、気持ちを落ち着かせる。

 

「は、はい!」

 

「ひょっとして…お姉ちゃん…じゃない、高坂穂乃果に逢い来た?」

 

「え…あ、あの…その…はい…」

 

正直に答えて良いものか…千歌は少ししどろもどろだ。

 

「ご迷惑だとは思ったのですが…どうしてもお逢いしたくて…」

と曜がフォローする。

 

「そっかぁ…」

 

「…あ、あの~…もしかして…妹さん…なんですか?」

 

「えっ?あ、私?うん…穂乃果の妹だよ。…ごめんね…お姉ちゃんじゃなくて…」

 

「いえ、そういうつもりじゃ…」

 

「確かに…たま~に…本当に極々たま~にお店に立つことがあるんだけど…そんなことは激レアで…。逢うのは宝くじを当てるより難しいかも」

 

「そ、そうですよね…私たちも『もしかしたら』…くらいな気持ちで来たので…」

 

 

 

あ、冷たいうちにどうぞ…と雪穂はお茶を勧めながら

「どちらから?」

と訊いた。

 

μ'sのファンがここを訪れるのは慣れっこだが、あまり深く会話をすることはない。

いくら妹とはいえ、自分はμ'sのメンバーではないからだ。

 

しかし、この日は、もう少し話してみようと思った。

曜に花陽の面影を見たせいかも知れない。

 

 

 

「し、静岡からです!」

 

「静岡から?わざわざ?」

 

静岡と言っても、東西に幅広い。

熱海、伊豆、富士、浜松…人によって思い浮かべる場所は様々だろう。

 

「…って言っても…沼津ですけどね…」

と曜。

 

「…でも、遠いよね。本当にごめんね、そんなとこから来てもらって」

 

「いえ…」

 

「お姉ちゃんはね…昔はそれなりに、店の手伝いもしてたんだけど…最近はサッパリ…。でも『店番の噂』だけがひとり歩きしちゃってね…。とか言って…『それでお客さんが来てくれるなら、それはそれでいいかぁ』…ってうちも、敢えて否定はしてないんだけどさ」

 

あはは…と笑う雪穂に、3人もつられて表情を崩した。

 

「そうやって、お姉ちゃんに会いにきてくれた人たちが…μ'sへの想いとか…感謝の気持ちを伝えたい…っていつしかノートに書き残していくようになってね…」

 

「あっ!それがこのノートですか?」

 

老舗の和菓子屋に似つかわしくない…彼女たちのテーブルのすぐ隣にある棚のノート…は、つまりそういう理由で置かれていたのだ。

 

 

 

「μ'sが解散して4年以上も経つのに…そのノート、いまだに増え続けてるの。本当に愛されてるんだなぁ…って思うと、羨ましいと言うか…妹ととして誇らしく感じたりするんだけど…」

 

「じ、実は…私もμ'sに憧れてスクールアイドルを始めたんです!」

 

「そうなんだ!」

 

「誰推し?」

 

「えっ?あ…も、もちろん…穂乃果さん推しです!」

 

「うふっ、気を遣わなくていいんだよ」

 

「そ、そういうわけじゃありません…。あ、本当言うと、誰推しっていうのはなくて箱推しなんですけど…穂乃果さんは…なんとなく、メンバーの中で私に近いかな…って。いえ、その私なんか、全然足元にも及ばないんですけど…見た目っていうか、雰囲気っていうか…」

 

「うん!そう言われてみれば、なんとなく背格好が似てるね…。でも…穂乃果推しかぁ…。お姉ちゃんは本当に罪作りな人だなぁ…」

 

「はい?」

 

「彼女に憧れたら、あなたたちのスクールアイドルとしての未来はないから」

 

「えっ?」

 

「いい?あの人はだらしなくて、ガサツで、時間にもルーズだし、作詞作曲もしなければ、衣装のデザインもしないし…。リーダーとは名ばかりで…実際は…他のメンバーにいつも助けられてばかりで…。あんなサイテーな人はいないんだから」

 

 

 

…ひどい言われよう…

 

…仲、悪いのかな?…

 

…まさか…

 

 

 

千歌と曜、梨子は目でそんな会話をした。

 

 

 

「だから…憧れるなら、お姉ちゃん以外の人にしたほうがいいよ」

 

 

 

雪穂のその言葉は、身内ならではの謙遜。

3人はそう受け止めた。

 

それを悟ったらしく

「冗談だと思ってるでしょ?私はマジに言ってるのよ!」

と彼女は念を押した。

 

 

 

「はぁ…」

 

そう言われると、3人はこんな返事をせざるを得なかった。

 

 

 

「ところで…わざわざ沼津から来てまでお姉ちゃんに逢いたい…って、なにか用があった?」

 

「あ、いえ…その面と向かって訊かれると…たいした話ではないのですが…」

 

「こう見えて私も、お姉ちゃんたちと同時期に音ノ木坂のアイドル研究部にいた身だからね…少しくらいなら相談に乗るわよ」

 

「えっ!妹さんもスクールアイドルをしてたんですか!?」

 

「うふふ…何を隠そう…あの『絢瀬絵里先輩の妹』と一緒にね!」

 

「す、すごいです!!」

 

「まぁ、μ'sが凄すぎて、私たちは箸にも棒にも引っ掛からない『ダメダメスクールアイドル』だったけど…」

 

「そうなんですか?」

 

「周りの期待値が高すぎて…って、これは言い訳かな。単純に実力がなかったのよね」

 

「あ、いえ…そんなことはないと思いますが…でも、なんとなくわかります。μ'sの皆さんは、ひとりひとり単体でも勝負出来るのに、それが9人も集まってるんですから…それは確かにズルいですよね!」

 

「うふっ…まぁね…」

 

雪穂はクスッと笑った。

 

 

 

音ノ木坂に入学が決まったあと、自分も亜里沙も「μ'sには入らない」と宣言したものの、やはり心のどこかでは同じステージに立ちたいという気持ちがあった。

それは、今、この段階においても燻っているのだ。

 

 

 

「それで?それで?」

 

雪穂は彼女たちのテーブルの…空いてるイス…に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

~つづく~



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音ノ木坂のスクールアイドル

 

 

 

 

 

「あ、これ試食してみる。当店自慢の『柚子味噌団子』。発売以来大好評のロングセラー商品なんだよ」

と雪穂はショーケースから一串取り出すと、箸で小皿に取り分け、3人の前に置いた。

 

「えっ?いいんですか?」

 

「その代わり、食べて美味しかったら、いっぱい買っていってね」

と雪穂は悪戯っぽく笑った。

 

さすが商売人の娘である。

こういう『押しの強さ』は姉にも負けていない。

 

 

 

「では…お言葉に甘えまして…」

 

パクリ…と口にした3人。

 

 

 

「!!」

 

 

 

「美味しいです!」

 

 

 

「でしょ?」

 

 

 

「はい。柚子のスッとした香りが、いいアクセントになっていて」

 

「うん。お味噌の甘辛さ加減も丁度よくて」

 

「このお茶とベストマッチです!」

 

 

 

「アキバのお米クイーンが太鼓判を押したお団子だからね…当然、当然!」

と雪穂は姉譲りの…決して大きくない胸を張った。

 

「アキバのお米クイーン…ですか?」

 

「ん?ううん…まぁ、それはそれとして…それで?」

 

雪穂は、この沼津から訪れた3人に興味を持ったらしい。

空いている席に座ると、グイグイと彼女たちに迫る。

 

「それで…とおっしゃいますと…」

と千歌が聴き返す。

 

「お姉ちゃんに、何か相談があったんでしょ?」

 

「あ…はい…」

 

次の言葉に、一旦、千歌は躊躇する。

だが意を決したのか、大きく深呼吸したあと

「あの~…その~…唐突ですが…『♪頑張らね~ば、ね~ばねば、ネバ~ギブアップ…』って歌…ご存知ですか?」

と尋ねた。

 

 

 

「!!」

 

 

 

「音ノ木坂に伝わる応援歌…って聴いてるんですけど…」

 

 

 

「もちろん知ってるけど…どうしてあなたたちが?」

 

 

 

「実は…」

と千歌は、梨子が音ノ木坂からの転校生であることを伝えた。

 

 

 

「なるほど、そういうことか。今の歌はコアなμ'sのファンでも、そう知ってる人はいないから…どうして?って思ったけど、そういうことね」

 

「すみません、突然」

 

「ううん…えっと…梨子ちゃんって言ったっけ?…今、2年生?」

 

「はい」

 

「じゃあ、丁度入れ替わりだったのね。私が今、大学2年だから」

 

「そうなんですね…」

 

「…それで…その歌がどうしたの?」

 

「あ、はい…私たち、今度、地元のスクールアイドルが集まるイベントに出演することになったんですけど…その…オリジナルの曲とかなくて…」

 

「わかるなぁ…なにはさておき、そこが一番大変だよね!」

 

「はい、そうなんです!μ'sの曲なら全部歌って踊れるんですけど…」

 

「へぇ!すごいね!」

 

「なのでμ'sの曲で出ようかと思ったんですけど…でも、他のスクールアイドルも同じだったらインパクトがないし…それで音ノ木坂にいた梨子ちゃんに、みんなが知らないμ'sの曲ってないの?って訊いたら…」

 

「こういうのなら聴いたことあるよ…って話になりまして」

 

「なるほど」

 

「だけど、そのフレーズだけしか知らないって言うから、だったら直接、本人に訊いたら、歌詞全部がわかるんじゃないかと…」

 

「それでわざわざ沼津から?結構無茶するねぇ…」

 

「はぁ…すみません…」

 

「そういうことか…。まぁ、あのメンバーで本人に逢えるかも…って言ったら…うん、ここになるのかな…。まさか、学校や職場に押し掛けくるわけにもいかないしね」

 

「はい…」

と千歌は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

 

「『ラブノベルズ』」

 

 

 

「えっ?

 

 

 

「今の曲のタイトルだよ。確かに学校じゃ、曲の一部分だけが独り歩きして、ある種『呪文』みたいに唱えられてたけど」

 

 

 

「ラブノベルズ…恋愛小説?…」

 

「やっぱり、正式な曲だったんですね!?」

 

 

 

「うん…正確に言うと…μ'sの曲ではないかな…」

 

「えっ?」

 

「構想のまま終わっちゃったから、お披露目することはできなかったんだけど…μ'sには3つのユニットがあってね…」

 

「ユニット…ですか?」

 

「曲作りの合宿をした際に、くじ引きで班分けをしたんだって。それをそのままユニットにしたみたい。えっと…『作詞班』だった希先輩、海未先輩、凛先輩のユニットと…『作曲班』の絵里先輩、にこ先輩、真姫先輩のユニット…そして『衣装班』のことり先輩と花陽先輩…あと、うちのお姉ちゃん…ってね。今、歌ったラブノベルズは作曲班の持ち歌なんだよ」

 

「そうなんですね…」

 

「『頑張らね~ば、ね~ばねば、ネバ~ギブアップ…』だけ切り取っちゃうと『?』ってなっちゃうけど、全体の歌詞を見ると『鈍感な男の子に、なんとか自分の恋愛感情を気付かせたい!』っていう、すごく健気な曲なんだ」

 

「うわぁ…それは是非アタマから聴いてみたいです!」

 

「そうだよねぇ。でも…私も生では聴いたことないの…」

 

「どうしてですか?」

 

「結局、早々にμ'sを解散させちゃって…ユニットでの活動は実現しなかったから…」

 

「あっ…」

 

「スクールアイドルに拘らないでμ'sの活動を長く続けてれば、ユニットも含めて、もっともっと人気が出たんだろうけどなぁ…」

 

「もったいないですよねぇ…」

 

「本当にもったいない。多分、世間で知られてるのって…十数曲だと思うんだけど…本当は未発表のものも含めると、100曲くらいあるんだって」

 

「ひゃ…ひゃくですか!?」

 

「さっき話したユニット曲も含めてなんだけど…」

 

「確か…μ'sの活動期間って…」

 

「1年…」

 

「ですよね…ってことは…」

 

「1ヶ月に10曲近く作ってたことになるね」

 

「ひょえ~…やっぱりμ'sは凄いです!」

 

「でも、それなら…」

と梨子が口にした。

 

「ん?」

 

「どうして先輩たちは、後輩になにも残していかなかったのでしょうか?私、アイドル研究部の子から聴いたことがあるんです。μ'sは…先輩たちは部室になにも残していかなかったと。楽譜も作詞したノートも…ラブライブで優勝した証も…」

 

「ケチだよねぇ…」

 

「えっ?」

 

「せめて未発表曲だけでも、後輩の為に譲ってくれれば良かったのにね!」

 

「はぁ…」

 

「でもね…μ'sはμ'sであって、私たちは私たち…そうしたかったんだと思うの。それはね、元からある楽曲を使うのは楽だよ。その方が余計な時間取られることはないから、その分練習に打ち込めるし」

 

「…えっと…耳が痛いです…」

 

「あ、まぁ、人それぞれ事情があるから、それはそれで否定はしないけどね…でも、私は一番近いところで見てたからわかるんだ。スクールアイドルってさ…みんなでひとつのものを作っていく過程が楽しいんだ!って」

 

「過程…ですか?」

 

「そう…過程…。μ'sがなんでA-RISEに勝てたか…って話が昔あってね…人数とか勢いとか、色んな要素があったとは思うんだけど…最終的には『応援してくれた人への感謝の気持ちを歌に込めて…その想いが聴いてる人たちに伝わったから』…って結論に達したの」

 

「…」

 

「それはつまり…詞も曲も衣装も振り付けも…全部自分達で作り上げてきたものだから。ぶつかったり、へこんだりしながら、ひとつひとつ壁を乗り越えて、みんなで同じ方向を向いて…そうやって作り上げてきたから」

 

「全部、自分達で作る…」

 

「口で言うのは簡単だよね…。でも、そうやって作ったものは、やっぱり曲に対する『思い入れ』が違うと思うんだよね…」

 

「…」

 

「ごめんね、難しい話しちゃって」

 

「い、いえ…勉強になります!」

 

「だから…μ'sが後輩に何も残していかなかったのは…自分たちの手で、自分達の曲を作りなさい!っていうメッセージなの」

 

「…なるほど…」

 

「もっと言えば、後輩が『μ'sの七光り』みたいに評価されるのも可愛そう…とか、逆に『μ'sの名前に縛られるのが可愛そう』…とか…どっちにしても『μ'sの匂い』を消そうって考えがあったみたい」

 

「…そうなんですね…」

 

3人は雪穂の説明に、神妙な面持ちで聴き入っていた。

 

「あ、ごめんね。偉そうなことを言っちゃって!あくまでも、それは私たちの話だから」

 

「こんな貴重なお話を聴けるなんて思わなかったです」

 

「私も…音ノ木坂に在籍していたのに、まったく、そういうの知らなくて…」

 

「いいの!いいの!気にしないで」

 

「それにしても100曲って…信じられないです」

 

千歌は、曜と梨子に…ねぇ…と同意を求めた。

それに大きく頷く2人。

 

「海未ちゃんと真姫先輩が『神』過ぎるのよねぇ…」

 

雪穂がポツリと漏らした一言に

「真姫…先輩…」

と思わず、反応してしまったのは梨子だった。

 

「ん?どうかした?」

 

「あ、いえ…」

 

「梨子ちゃんはピアニストなんです」

 

「ち、千歌ちゃん、言わなくてもいいよ!」

 

「え~…折角だから聴いてもらおうよ」

 

「うん、いいよ。続けて…」

 

「音ノ木坂でピアニストって言えば…」

 

「あぁ…そういうことか!…わかっちゃった!」

 

「えっ?」

 

「どうしても比較されちゃうもんね?それが悩みだった?」

 

「な、なんでそれを…」

 

「だって、私がそうだったもん。なにかにつけて、お姉ちゃんと比較されたから…」

 

「あっ!…」

 

「私はね…自分からお姉ちゃんみたいに…じゃなかった…『μ'sみたいにスクールアイドルをやりたい!』って飛び込んだ世界だから、それなりに覚悟はしてたんだけど…まったく関係ない人が、色々比べられちゃうのはツラいよねぇ」

 

「は、はい…」

 

「それで梨子ちゃん、μ'sのことが嫌いだったらしくて…」

 

「き、嫌いとは言ってないよ!意識的に避けてただけで…」

 

「でも、ピアノが弾けなくなっちゃうほど、大変だったんでしょ?」

 

「…」

 

「そっか…相手が真姫先輩じゃあね…そうなるか…」

 

「でも、千歌ちゃんに出逢ってから気が付いたんです!私がいかに子供だったのか…って」

 

「?」

 

「千歌ちゃんが、すごく楽しそうにμ'sの曲を歌って、踊ってるのを見て…あぁ、やっぱりμ'sって凄いんだな。いまでも、こんなに愛されてるんだ!みんなをこんなに元気にするんだ!って思えるようになって…」

 

「うん…」

 

「それでわかったんです。私はただμ'sに嫉妬してたんだ…って…。先輩たちのことを、認めたくなかっただけ…よく知らないまま、ただ名前に反発してたんだ!って。それに気が付いたら、心がスーっと軽くなったんです」

 

「それからだよね?梨子ちゃんも一緒にスクールアイドルをやってもいいよ…って言ってくれるようになったのは」

 

「うん」

 

「なるほどね…そんな葛藤があったんだ…」

 

「はい…」

 

「あなたは?」

 

「私…ですか?」

 

急に話を振られて、曜は目を丸くした。

 

「私は…千歌ちゃんの力になりたい!って思ったからです」

 

「?」

 

「千歌ちゃんは小さい頃からの幼馴染みなんですけど、何をしてもあきっぽくって、中途半端で…」

 

「わぁ!曜ちゃん、今、それ言っちゃう!?」

 

「クスッ…」

 

「でも、このスクールアイドルに関しては…μ'sのことを知ってからは、本当に一生懸命、歌ったり踊ったりして…ずっと一緒にやろうよ…って声を掛けられてたんですけど、ついにその熱意に負けたっていうか」

 

 

 

…お姉ちゃんと海未ちゃんみたい…

 

 

 

「千歌ちゃんが本気で打ち込むなら、力になってもいいかな…って」

 

 

 

「よし!わかった!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「そうしたら、あなたたちに、未発表の曲をひとつ教えてあげる」

 

 

 

「ありがとうござ…えぇっ!?…」

 

 

 

「本当は私にそんな権限はないんだけどね…」

 

「あ、いや…でも…」

 

「あなたは、ちょっと私のお姉ちゃんに似てるし、あなたは花陽先輩に激似だし…ということで、2人が所属してたユニットの曲とかどう?」

 

「衣装班…でしたっけ?」

 

「うん。どういう曲がいい?」

 

「教えてもらえるなら、どんな曲でもいいです」

 

「でもさぁ…あるでしょ?好みって。明るい曲がいいとか、アイドルの王道みたなのがいいとか…」

 

「いえ、本当に贅沢を言える立場ではないので…」

 

「そうしたら…あなたたちのコンセプトって何かなかぁ?」

 

「コンセプト…ですか?」

 

「そこまで考えたことはなかったです…」

 

「それはちょっとダメだなぁ…」

 

「はい…」

 

「さっきの話に戻っちゃうかも…だけど…憧れのアイドルを真似するのは全然構わない。…でも…やっぱりそこに自分たちらしさがないと…お客さんはついて来ないわよ」

 

「はい…すみません…」

 

「別に謝らなくてもいいけど…」

 

「でも、言われたことはわかります」

 

「そう?…で、どう?あなたたちはどんなステージをしたいの?…可愛らしい?大人っぽい?元気?お淑やか?」

 

「う~ん…」

と首を傾げる千歌。

 

「いや、千歌ちゃん!」

 

「そこは悩むとこじゃないよ」

 

「えっ?」

 

「そこは…ねぇ?」

 

「うん」

 

曜と梨子は目を合わせると、口を揃えてこう言った。

 

 

 

「元気の一択だよ」

 

 

 

「あはは…だよね!」

 

 

 

「元気?」

 

「はい!千歌ちゃんから元気を取ったら、何にも残んな…」

 

「ちょっと、曜ちゃん!」

 

 

 

…ますます、うちのお姉ちゃんっぽい…

 

 

 

「わかった!元気ね…ちょっと、待ってて…すぐ、戻ってくるから」

そう言って雪穂は席を外すと、店の奥へと消えた。

 

 

 

待たされた3人の間に、なんとも言えない緊張感が走る。

無言のまま雪穂の帰りを待った。

 

 

 

ほどなくして彼女は音楽プレーヤーを片手に戻ってきた。

 

 

 

…まぁ、お姉ちゃんもことりちゃんも、花陽先輩も許してくれるでしょ…

 

 

 

「参考にしてみてね」

と雪穂。

 

そして3人に曲を聴かせたのだった…。

 

 

 

 

~つづく~

 



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雪穂'sセレクト

 

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

「あはは…こっちこそ、押し売りみたいに色々買わせちゃって…ごめんね」

とレジに立つ雪穂。

 

本人は否定するだろうが、こういった時の表情や口調、仕草の一つ一つは、やはり姉に似ている。

血は争えないものだ。

 

 

 

「いえ、一度は『穂む饅』も食べてみたかったですし」

 

「先ほど頂いた、柚子味噌団子もすごく美味しかったので」

 

「なによりも…すごく貴重な事を教えて頂きましたから…」

 

会計を済ませ、手に紙袋をぶら下げた3人は、口々に彼女に礼を言たった。

 

 

 

「役に立ったのなら、何よりかな」

 

「はい。早起きして来た甲斐がありました」

 

「そう…良かった。えっと…これからどこか寄っていくの?」

 

「そうですね…このあとは、まず神田明神です」

 

「そりゃそうだ!外せないよね…是非、男坂の階段登りに挑戦してみてね!」

 

「もちろんです!」

 

「でも、周りの人には充分注意して」

 

「はい」

 

「神田明神だけ?」

 

「いえ…あとは時間を見ながらですけど…やっぱりここまできたら、秋葉原を散策してみようかと…」

 

「なるほど、なるほど」

 

「メイドカフェとかも行ってみたいし…アイドルショップでμ'sのグッズも買いたいし…色んなコスチュームが売ってるお店も行きたいし…」

 

「コスチューム?」

 

「ライブの参考にしたいかな…と」

 

「あぁ…」

 

「彼女、裁縫がすごく得意で…衣装作りを担当してもらおうかな…って思ってるんです」

と千歌が曜を紹介した。

 

「そうなんだ」

 

「それに…実はコスプレマニアなんです!」

 

「ちょっと、千歌ちゃん、それは言わなくていいよ!」

 

「えへへ…さっき私の事を暴露したお返しだよ」

 

「コスプレマニア?」

 

「はい。正確に言うと…ユニフォームとか制服マニアって言うのかな?」

 

「あ、父がフェリーの船長やってて…その服装が素敵だな…っていうところから始まって…」

 

「本当に好きなんですよ~。そういうのを見ると無性に着たくなっちゃうみたいで…人が変わったように、急にテンション高くなっちゃうんです…」

 

「ち、千歌ちゃん!」

 

曜は顔を赤くして俯いた。

 

「…μ'sにもそういう人がいたから、その様子はなんとなく想像が付くなぁ…」

と、雪穂はひとつ上の先輩の顔を思い出し、表情を崩した。

 

「もしかして…小泉花陽さんですか?」

 

「うん。普段はフワ~ンってしてるんだけど、お米とアイドルの事になると人が変わっちゃうの」

 

「その噂はネットとかで見たことはありますけど…」

 

「でも、なんでも『極める』ってスゴいことだと思うよ」

 

「はい、ありがとうございます」

と曜は恥ずかしげに頭を下げた。

 

 

 

「ところで…そのコスプレのお店ってどこのこと?」

と雪穂が問う。

 

「確か…秋葉原の駅前のビルだったよね?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

…えっと…

 

…そこは…

 

…もしかして…と思ったけど…

 

…3人には刺激が強すぎるんじゃないかなぁ?…

 

 

 

…まぁ、何事も経験かな…

 

 

 

「そ、そっか…あそこに行くんだ…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「ううん…なんでもない。まぁ、折角だから、楽しんできてね」

 

「はぁ…」

 

「じゃ、じゃあ…買ってもらったものはみんなナマ物だから、早めに食べて」

 

「あ…はい!!」

 

「スクールアイドル…苦しいこととか、辛いことととか、いっぱいあると思うけど…逃げずに頑張れば、絶対その先にいいことがあるから…」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

3人はそう礼を言うと、何度も頭を下げながら店を出た…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ…世の中には…あんなにエッチな服があるんだね…」

 

 

 

東海道線の車中。

ボックス席に座った3人は、囁くように話をしている。

 

 

 

「まだドキドキが止まらない…」

 

「え~梨子ちゃん、ガン見してたでしょ?」

 

「してないから!!」

 

千歌が梨子をからかうと、彼女は真っ赤な顔をして否定した。

 

「…とか言って…千歌ちゃんこそ、あそこで何か買ってたりして…」

 

「曜ちゃん!!」

 

今度は曜が千歌をからかう。

 

 

 

彼女たちは最後に訪れた…秋葉原の駅前のビル…が、想像以上に『アダルトな店』だったことに興奮を隠せずにいた。

 

 

 

「えっと…とにかく一旦冷静になろう…」

 

「う、うん…まず、その事は忘れよう」

 

「そ、そうだね…」

 

千歌は恥ずかしさのあまり、火照って汗ばんだ身体を冷ますように、ペットボトルのお茶をゴクリと飲んだ。

曜も梨子もそれに併せて水分補給する。

 

 

 

「そ、それよりも…雪穂さんが落としてくれた曲、もう一回聴いてみない?」

 

「うん、そうしよう」

 

千歌と曜は、それぞれの片耳にイヤホンを差し込むと、携帯音楽プレーヤーに落とした『雪穂からのプレゼント曲』を再生した。

 

「この曲…『デモ』って言ってたけど…3人が凄く楽しそうに歌ってるのが伝わってくるよね!」

と梨子。

 

「うん、なんか弾け飛んじゃってる感じがいいよね。この曲聴いて、嫌な気持ちになる人はいないと思う」

 

曜も気に入ったようで、ニヤニヤしている。

 

「確かに…私が知ってるμ'sの感じとは全然違う!そして『♪わ~おわお…』のバックコーラスが、可愛すぎる!」

 

「千歌ちゃんのイメージにピッタリ」

 

「そうかな?」

 

「雪穂さんが言ってたけど『元気』がいっぱい溢れてる!っていうか」

と曜。

 

「うん、わかる。でも…どっちかっていうと、元気いっぱいな感じは、私より曜ちゃんの方じゃないかな?」

 

 

 

「つまり…2人にピッタリの曲…ってことでしょ?」

 

 

 

「梨子ちゃん…」

 

 

 

「さすがにμ'sのリーダーの妹さんだけのことはあるなぁ…2人のことを見てパッて『これ!』って曲を選んでくれたよ」

 

「そんな…梨子ちゃんだけ、違うみたいな言い方しないでよ」

 

「そうだよ。きっと梨子ちゃんも含めて…3人のイメージから選んでくれた曲だよ」

 

「…私は…そんなに明るくもないし、元気でもないし…」

 

「急にそんな顔しないでよ。ピアノを弾いてる梨子ちゃんは、すごくキラキラしてて、凄く輝いてるよ」

 

「たぶん、あれが本来の梨子ちゃんのキャラクターなんだよね」

 

「あと、エッチなおもちゃとか見てるときの顔も…」

 

「だから見てない!!」

 

「明日、クラスのみんなに教えちゃおう!」

 

「きゃぁ~やめてぇ~」

 

梨子は大きな声を出して、立ち上がった。

 

 

 

「?」

 

 

 

「あ、いえ…なんでもないです…お騒がせしてすみません…」

 

周りの視線が集まったのに気付き、彼女はそう言い訳をすると、ゆっくりと身体を沈め席に戻った。

 

「も、もう!!」

 

「ぷふっ…」

 

「ふふふふ…」

 

「わ、笑いごとじゃないから!」

 

「ごめん、ごめん…梨子ちゃんって結構弄ると面白いな…って」

 

「あぁ、そういうことするなら、もう、協力してあげないから」

 

「あ、うそうそ冗談だよ、冗談!!」

 

 

 

その様子を見ていた曜は

「よかったね、千歌ちゃん」

と、ふとそんな言葉を口にした。

 

 

「えっ?」

 

 

「…ん?…ううん、なんでもない!。冗談が言えるような友達ができてよかったね…って単純にそう思っただけだから」

 

「うん…そうだね…。ほんのちょっと前までは…私の唯一の親友を失うところだったのに…今はこうして2人もそばにいてくれてる…。曜ちゃんにも、梨子ちゃんにも感謝、感謝だよ」

 

「千歌ちゃん…」

 

「えへへ…」

 

外はすっかり日が暮れて、窓に自分の顔が映る。

それは1ヶ月前とは明らかに違う顔だった。

 

 

 

「聴けば聴くほど、忙しくても、充実してた日々を送ってたんだろうな…ってわかるよね!」

 

「うん!」

 

 

 

「…だけど…」

 

 

 

「千歌ちゃん?」

 

 

 

「それと同時に『頑張れ!』って言われてるみたいだよね!『まだまだ、始まったばっかりだぞ!』って」

 

「そうだよ。もう、普通怪獣チカッチは卒業するんだから」

 

「曜ちゃん…うん!今度のフェスティバル、一所懸命練習して、精一杯頑張るよ」

 

「千歌ちゃん…」

 

「だから、改めてお願い!ふたりとも、私に力を貸して!」

 

 

 

「ヨーソロー!!」

 

「うん!」

 

 

 

そして3人は、沼津に着くまで、雪穂に貰った曲を代わる代わる聴いて帰った…。

 

 

 

 

注:ここに『WAO-WAO-Powerful day!』の歌詞がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

~つづく~

 






運営から指摘を受けて一部内容を修正しました。
※歌詞の削除
2018/11/14


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屋上

 

 

 

 

 

「こんにちわ!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「今日から、私たちもここを使わせてもらうことになったから…よろしくね!」

 

 

 

「は、はい…」

 

 

 

「あっ…これ…よかったらどうぞ」

と梨子が『3人』にペットボトルを差し入れる。

 

初夏とはいえ、日陰のないアスファルトの屋上は…照り返しもあり…体感温度は倍くらいに感じられる。

 

「そんな変な顔をしなくても大丈夫だよ。毒なんて入ってないから」

 

その隣で、千歌はそう言って「えへへ…」と笑った。

 

 

 

生徒会長のダイヤを押し切る形で、千歌たちは屋上で練習する権利を得た。

そして、この日はその初日。

『先住人』に挨拶をして、再始動の一歩を踏み出した。

 

 

 

しかし、覚悟はしていたが…気まずい…。

 

 

 

要因はいくつもある。

 

一度は「解散する!」と宣言したこと。

彼女たちの「仲間に入りたい!」と言う希望を断ったこと。

『あれ』をスクールアイドルの『それ』と呼んでいいかどうかはともかく…千歌たちよりも早く(ネットであるが)『デビューしている』こと。

そして…この場所を『間借り』させてもらうこと…。

 

さらに言えば…意図せず『対決』することになったこと…。

 

 

 

「あっ!…邪魔しないように練習するから…ここからこっちを貸してね?」

と千歌は、屋上への出入口から遠い方…『向こう半分』…をジェスチャー付きで指し示す。

 

 

 

「はぁ…」

 

1年生の3人は、そう返事をせざるを得なかった。

 

 

 

曜は『部活』に出ている。

千歌と梨子が体力系のトレーニングをする日は、あっちに出て、パフォーマンス練習をする日はこっちに参加する…ということで折り合いを付けた。

そのうち、そうは単純に分けられなくなる日が来るのだろうが…今の段階ではこれがベストだと判断した。

高飛び込みの踏み切るタイミングが合わなく、ある種、イップスになっている状態。

ダラダラと練習するより、メリハリを付けて、集中力を高める…という『もっともらしい理由付け』をして、顧問を納得させたのだった。

 

 

 

千歌と梨子は…屋上の空中の仕切った『中央線』…から遥か遠く…隅っこへと歩いて、ストレッチを始めた。

 

 

 

 

「『ベリアル』です!」

 

「『ヨハネ』です!」

 

「『アザゼル』ズラ!」

 

「『ふぉ~りんえんじぇる』です!」

 

 

 

「…なによ、このブリブリのアイドルみたいな自己紹介は!?」

 

「えっ?ダメかな…」

 

「スクールアイドルなんだから、それでいいズラ」

 

「ダメよ!ダメ、ダメ!私たちのイメージに合わないわ」

 

「…なんズラ?…私たちのイメージって…」

 

「いいから…次、いくわよ!」

 

 

 

「どうもぅ…アザゼル、ズラぁ!」

 

「ベリアルで~す」

 

「ヨハネで~す…ってトリオ漫才か!!」

 

「マルはこれがいいズラ…」

 

「えっ?わ、私は…ちょっと…」

 

「当たり前じゃない!却下よ、却下!次いくわよ、次!」

 

 

 

「ギランッ!…ヨハネ!」

 

「スタッ!…アザゼル…ズラ…」

 

「パシッ!…ベリアル…」

 

「3人揃って…」

 

「ふぉ~りんえんじぇる!!」

 

「『3人揃って』はダサすぎ…これじゃあ戦隊モノみたいズラ」

 

「そ、その前の擬音も、充分変だと思うけど…」

 

「な、生意気よ!ルビィのくせに…」

 

「善子ちゃん、それじゃ『ジャイアン』ズラ…」

 

「善子じゃなくて、ヨハネ!…ってズラ丸、アンタも自己紹介の時くらい『…ズラ』はやめなさいよ!」

 

「まったく文句が多いズラ…」

 

「よ、善子ちゃ…じゃなくてヨハネちゃん…素朴な疑問なんだけど…」

 

「何よ?」

 

「…自己紹介って必要なのかな?…」

 

「当たり前でしょ!何チーム出ると思ってるのよ!こういうのはね、目立ったもの勝ちなのよ!インパクトよ、インパクト!」

 

善子がμ'sについて、どこまで詳しいか知らないが…かつて彼女たちの中にも、同じようなセリフを吐いたメンバーがいた。

その時は試行錯誤の末、落ち着くとこに落ち着いたのだが、いつの時代にも、似たようなことを考える者はいるのである。

 

 

 

千歌と梨子は、その様子を柔軟をしながら、その様子を窺っていた。

 

「…あの娘たち…なにしてるのかな?」

 

「コントの練習?」

 

「もしくはトリオ漫才?」

 

 

 

「まさかね」

 

ふたりは顔を見合わせた。

 

 

 

しばらく…まるで奇異な生き物に出会ったかのように、その様子を見守っていたが、彼女たちの会話が途切れるのを待って恐る恐る声を掛けた。

 

「ね、ねぇ…ちょっと訊いてもいいかな?」

と千歌。

 

「なんズラ?」

 

「今度のフェスティバルに出るんだよね?」

 

「は、はい…」

 

聴き取るのがやっと…の声でルビィが返事をする。

 

「今のは…その練習?」

 

「ま、まぁね!」

 

偉そうに善子が胸を張った。

 

「そうズラ。決して、お笑いの練習じゃないズラ」

 

「こらぁ!余計なことを言うなぁ!」

 

「いや、端からみたら、誰がどう見ても、そう見えるズラ…」

 

「あはは…」

 

このやり取りが、すでに漫才…そんな風に思えて、思わず千歌は笑ってしまった。

 

 

 

「…それで、なにか用ですか?」

 

笑われたのが不快だったのか、善子は千歌にぶっきらぼうに訊いた。

 

 

 

「やっぱり…ラブライブ…出たいよね?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

『ラブライブ』という単語を聴いて『ビクッ!』と反応したのはルビィだ。

 

そのリアクションがあまりにも大きかったので、花丸も善子も、思わず彼女の顔を見た。

 

 

 

「えっと…その…」

 

 

 

「当たり前ズラ!ルビィちゃんはその為にスクールアイドルになったズラ!」

 

 

 

「だ、だよねぇ…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「私はね…私はラブライブ自体に、そんなに興味がなかったんだ。ただただ、μ'sに憧れて…あんなステージができたらいいな…そんな風に思ってたの」

 

 

 

「…」

 

3人は話の意図が見えず、不思議そうな顔をして千歌を見ている。

 

 

 

「だから、ラブライブの出場権はね…このフェスティバルの順位に関わらず、あななたちに譲ろうかな…って」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「だって…意気込みっていうか…なんの夢も持ってない人が出たら失礼でしょ?」

 

 

 

「安心するズラ。そんな情けを掛けてもらわなくても、マルたちが勝つズラ」

 

「ズラ丸、いい事言うじゃない!そこはアタシも同意よ」

 

「…花丸ちゃん、ヨハネちゃん…」

 

 

 

「うん、そうだよね…だけどね…私も負けない!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「ラブライブの出場権をあげる!って話は、撤回するね!」

 

 

 

「はぁ?」

 

善子が表情もろとも露骨に疑問の声を口にした。

 

 

 

「ライブをやるからには、全力を尽くす!…正直…ラブライブ云々なんて、全然イメージ沸かないし…勝つとか負けるとか、よくわからないけど…でも、私たたち、精一杯頑張るから!」

 

 

 

「ちょっと、なに言ってるかわかんないんだけど…」

 

某漫才師か!とツッコミたくなるような善子のセリフ。

 

 

 

「あらら…」

 

善子の言葉に、千歌の後ろで話を聴いていた梨子がコケそうになる。

 

 

 

「善子ちゃん、そこは理解してあげるズラ…」

 

「善子じゃない!ヨハネ!」

 

「いちいち面倒くさいズラ…」

 

「それで?」

 

少しムッとして、善子が千歌に訊く。

 

 

 

しかし

「つまり…宣戦布告…ってことズラね!」

と答えたのは花丸。

 

 

 

「正解!…って…そこまで大袈裟な話じゃないけど…」

 

千歌は頭を掻きながら、彼女の言葉に頷いた。

 

 

 

「ふ~ん…」

 

善子は冷ややかな視線を、千歌に浴びせる。

 

「い、一応ね…ほらルビィちゃんが『私たたちと一緒にやりたい!』ってくれたのを断っちゃったし…ユニットも『解散する!』なんて言っちゃたりもしたから…」

 

「わ、私は気にしてないですけど…」

 

「本当?そう言ってくれると、少しは気が楽になる…」

 

「そんなの社交辞令に決まってるじゃない!」

 

「よ、ヨハネちゃん!」

 

「だから、ヨハ…って、合ってるわね…」

 

ルビィに希望通りの名前で呼ばれたが、ついツッコミそうになった善子。

バツが悪そうに、下を向いた。

 

 

 

「ルビィちゃんには勝手な事ばかり言って悪いなぁ…って思ってる。だけど…やる!って決めたからには、真剣にやらないと…お客さんにも失礼だと思ったから…どうしても先に伝えておきたくって…」

 

「はい…」

 

「ありがとう…。ごめんね、練習の邪魔しちゃって…」

 

「い、いえ…」

 

 

 

「じゃあ、コントの練習の続きを…」

 

 

 

「だから、違うってば!!」

 

ムキになって否定する善子の姿を見て、千歌と梨子は微笑んだ。

 

 

 

 

 



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共同作業

 

 

「それで、歌詞の方は進んでる?」

 

 

 

屋上での練習を終えた帰り道。

千歌と梨子は、同じく『部活の練習を終えた』曜と合流した。

 

今の質問をしたのは、その曜。

 

それに対し

「うん!順調、順調!でも、言葉が次から次へと出てきちゃって…『小説』みたいになっちゃったんだ」

と千歌が笑いながら答えた。

 

「小説?」

 

「それで、このあと梨子ちゃんに手伝ってもらって、ちゃんと曲になるよう『詞(うた)』にするんだけど」

 

「なるほど」

 

「もし良かったら、曜ちゃんも手伝ってくれないかな?」

 

「ヨーソロー!」

と曜は、二つ返事で快諾した。

 

「ごめん、疲れてるところ」

 

千歌は掌を合わせて、彼女に頭を下げた。

 

「なに言ってるの!だって『みんなで作り上げていくことが大事』なんでしょ?」

 

雪穂の教えられた言葉だ。

 

「うん!」

 

「それでテーマは?」

 

「えへへ…それは見てからのお楽しみ…ってことで…」

 

「OK!じゃあ、一旦、家に帰って、着替えてから出直すよ!」

 

「了解!あっ、ご飯は食べて来なくていいよ。志摩姉ぇに頼んでおくから。梨子ちゃんと3人で食べよう」

 

「おっ!?…いつも、悪いね!」

 

「いいの、いいの!どうせ、旅館の余り物なんだから」

 

「それが、凄く、贅沢だ!って話なんだけどね」

 

「そうかな?」

 

「そうでしょ!いくら余ったからって、なかなか夕食にアワビとか伊勢エビのお刺身は出てこないよ」

 

「だって、そりゃあ沼津に住んでるんだもん。普通出るでしょ」

 

「えっ、沼津の人の夕食って、みんなそうなの?」

 

「だから、梨子ちゃん、真に受けちゃダメだって!沼津の住民だからって、みんなそういう食事はしてないから」

 

「…だよね…。だけど私も何回かご馳走になってるから…ちょっと、そうなのかな…って思っちゃった」

 

「ないない!千歌ちゃんは、その辺の感覚が完全にマヒしてるよね…」

と曜。

 

 

 

時として人は、自分が生まれ育った環境下で起きている日常は『周りの人間も同じように過ごしているもの』だと『誤認』していることがある。

 

だが、それが『そうではない』と知ったとき、衝撃を受けるのだ。

 

 

 

余談になるが、夏の風物詩(注:本日の日付は8月中旬)のひとつに『蝉の鳴き声』というのがある。

筆者は生まれも育ちも神奈川県の為、蝉と言えば「ミーンミンミンミンミンミンミーン…」でお馴染みの『ミンミンゼミ』を思い浮かべるが、静岡以西の主流は「シャッシャッシャッシャッシャッ…」と鳴く『クマゼミ』らしい。

それを知ったのは、結構、大きくなってからのことだが、こういった文章を書くに当たって『みんなが知ってるであろう』とか勝手に思い込んでると、あとで『恥を掻く』『痛い目に遭う』ということがよくある。

 

パロディなんかも好きで、よく書いたりするのだが、これなどは読んでくれる人が元ネタを知らないと「なんのことかさっぱり」…となってしまう(まぁ、それはそれで開き直るしかないのだが…)。

 

故に極力、下調べなどをして注意してはいるものの…自分の常識、知識は世間と同等ではない。

 

人はそれを『カルチャーショック』と呼ぶのである。

 

 

 

「千歌ちゃんの場合、お風呂だって、どこの家も『温泉』だと思ってたしね」

 

「む、昔の話だよ」

 

「なるほど…そういうもんなんだね…」

と梨子は、少し納得したようだ。

 

 

 

「そっか…晩御飯のおかずは『沼津だから』じゃなかったんだね」

 

「まだ、それを言う?」

と曜が笑う。

 

千歌にしてみれば当たり前のことではあるが…考えてみれば、それは確かに贅沢なことなんだ…と、改めて気付かされたのだった。

 

 

 

「じゃあ、またあとで!」

 

「うん!」

 

そんな会話を交わして、曜は先にバスを降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ…千歌ちゃんの意外な才能発見!」

 

曜は、彼女が『小説』を書き込んだノートを見て、感嘆の声をあげる。

誤字脱字は多いが、それはひとつのストーリーとなっており、彼女が伝えたいことは、それなりにわかる『文章』になっていたからだ。

 

 

 

千歌の家に集まり、豪華すぎる夕食を終えた3人は、彼女の部屋に移動し、作業を開始した。

 

 

 

μ'sのリーダー、高坂穂乃果…の妹…雪穂から貰った曲。

 

最初はそれでフェスティバルに出ようかと考えたていたが…『自分たちで作り上げていく過程が楽しい』…と彼女が放った言葉に触発され、オリジナル曲に挑戦してみることにしたのだ。

 

 

 

「だけど…確かに、これはちょっとした『短編小説』だね」

 

「でしょ…」

 

「それに…だいぶ貰った曲に『引っ張られてる』気がする」

 

「は、初めてだから…どうしても影響されちゃう…っていうか…いきなり、違うテーマって言われても、すぐには出てこなくて」

 

「だよね…」

 

「それに、雪穂さん…結構私たちのイメージにピッタリの曲を選んでくれちゃったから、変えようがなくて…あ、迷惑っていう意味じゃないよ」

 

「わかるよ、それくらい…」

 

「これが『まったく合わない曲』なら『そうじゃないよね!私たちはこうだよ!』ってなるんだけど…」

 

「それはそうだ」

 

「だから、決して真似をしたつもりはないんだよ!」

 

「『インスパイアされた』って言えばいいのかな…」

 

「そう!それ!さすが梨子ちゃん!いい言葉を知ってるね!」

 

「あとは『オマージュ』とか『リスペクト』とか…」

 

「うん、それそれ!…っていうことで盗作したわけじゃないから!!」

 

「ふふふ…」

 

曜は『そんな事』を言ったつもりはないのだが、必至に弁解する千歌を見て、苦笑した。

 

 

 

「そこで…ここから伝えたいことを絞って、文章を削っていく作業をしなくちゃいけないんだ」

 

「ふむふむ…」

 

「梨子ちゃん、この短編小説を、どれくらいまで短くしていけばいいのかな?」

 

「テンポ…速さにもよるけど、3分くらいの曲で、だいたい75~100小節くらいかな。そこから前奏とか間奏とかを抜いていくから…」

 

「なるほど、なるほど」

 

梨子の説明に頷く千歌。

 

「例えばさ、千歌ちゃんが書いたこのノートを見て、だいたいこんな感じの曲…みたいなのって、演奏できたりする?」

と曜が質問した。

 

「うん…まぁ…できなくはないかな…。私のイメージだと…」

と言うと梨子は、家から持ち込んだ『ミニピアノ』で、ポロポロと即興で曲を奏でた。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「…どうだったかな?…」

 

 

 

「ハラショー!!」

と突然叫ぶ千歌。

 

 

 

「は、はらしょう?」

 

梨子が首を傾げた。

 

 

 

「ロシア語で『素晴らしい!』の意味。μ'sの絵里さんの口癖だったんだって!」

 

「ブラボーってことかな?」

と曜。

 

「うん、たぶんそれ!とにかくビックリした。アドリブで、あんなにすぐに曲ができちゃうもんなんだね」

 

「ピアノやってる人なら、だいたいの人はこれくらいできると思うよ…」

 

「いやいや、そんなことはないよ!…ハラショーだよ、ハラショー!」

と曜は覚えたての単語を使って、彼女に握手を求めた。

 

照れながら、梨子はその手を握り返す。

 

そこに、千歌も手を重ねた。

 

「うん!スゴい、スゴい!取り敢えず、今の曲に、詞を当て嵌めていこうよ!」

 

「えっ?そ、そんな簡単な決めちゃっていいのかな?」

 

「いいんじゃない?時間もないし」

 

「千歌ちゃん、そんな理由?」

と梨子は、眉をハの字にした。

 

「…っていうか、なんて言えばいいのかな…私の中の詞のイメージとシンクロした」

 

「そうだね!私も『パーン!』って頭の中に飛び込んできたよ!」

 

 

 

すると

「当然でしょ!」

と梨子は、今まで見たことがないドヤ顔をした。

 

 

 

「!?」

 

「!?」

 

 

 

「へっ?どうかした?」

 

 

 

「…ううん、なんか、一瞬、梨子ちゃんが違う人に見えた…」

 

「う、うん…」

 

 

 

「な、なに?それ?…」

 

焦る梨子。

 

その表情は…生真面目な彼女の性格が垣間見れる、これまでと変わらないものだった。

 

 

 

「あれ?…なんでもない…たぶん気のせいだと思う」

 

「…だね…」

 

「もう、ビックリさせないでよ…」

 

「あははは…ごめん!ごめん!」

 

「それより、早く、作業を始めよう!」

と曜が仕切り直す。

 

 

 

「ようし、頑張るぞ!」

 

「オー!!」

 

 

 

ちょっと、バカ千歌!静かにしなさいよ!…という美渡の声が階下から聴こえてきた。

 

その声は恐らく、3人の掛け声よりも大きかったと思われるのであるが…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ふぉりえん!降臨!

 

 

 

フェスティバルの当日を迎えた。

 

 

 

沼津の駅前には、この日の為に特設ステージが作られた。

 

観客席にはパイプ椅子が並べられている。

その数、およそ50脚。

これを多いとみるか、少ないとみるか。

 

 

 

 

「最近、スクールアイドルなるものが流行ってるらしいらぁ」

 

「じゃあ、今度、スクールアイドル集めてフェスティバルでもやってみるか」

 

「おぉ、それは話題にはなるらぁ」

 

 

 

 

スクールアイドルがなんだか、よくわからないまま、貧しい知識と乏しい情報を頼りにおっさんたちが企画した…。

 

恐らくはそんな感じだろう。

 

 

 

多くの場合、その手のイベントは、的外れで頓珍漢な運営により…客席は閑古鳥が鳴き、司会者のカラ元気な声だけが会場を賑わせている…ということがよくある。

 

そんなイベントに出演させられるパフォーマーたちは、悲惨の一言に尽きる。

誰もいない、誰も見ていない場所で歌ったり、踊ったりしても虚しいだけだ。

 

 

 

確かに5年ほど前に較べれば、スクールアイドルの知名度は上がった。

 

…とはいえ、まだまだ盛り上がっているのは、ごく一部。

通りすがりの一般客が、腰を据えて彼女たちのパフォーマンスを観てくれるかどうかなど、予想がつかないことだった。

 

 

 

今日のイベントは、地元のチアダンスチームや日本舞踊の団体が出番を控えており、夕方から夜にかけてはバンドが何組かステージに立つ。

 

スクールアイドルは、その先陣を切っての出演となり、沼津近隣の高校から13チームが集まった。

 

 

 

そのうちの2チームが『ふぉ~りんえんじぇる』と『CANDLY』である。

事前に順番が決められ、それぞれ8番目、9番目となった。

 

 

 

開演は10時。

 

 

 

近くのビルの一室を控室として借受け、参加者はそこに押し込められた。

個別に部屋が割り当てられている訳でも、パーテーションで仕切らられている訳でもない為、持ち込んだ衣装やメイク道具でごった返す。

贅沢など言ってられない。

 

1年生の3人も、2年生の3人も、もちろんお互いを無視していたわけではないが、自分たちの支度で手一杯…声を掛け合う余裕などなかった。

 

 

 

そうこうしているうちに開演。

 

 

 

客席は…思いの外、人がいた。

 

いや…想像通り、一般客の姿はそれほどおらず、パイプ椅子は埋まっていないが…その替わり、そのエリアをぐるりと取り囲むように、出演チームと同じ高校と思われる生徒が応援に駆けつけていた。

 

その数2、30人程度。

 

ステージにメンバーが現れると「キャー」とか「ワー」とかの歓声があがり、手作りのウチワが打ち振られる。

しかし、いかんせん『身内感』が半端ではない。

会場が盛り上がっているかと言われれば、答えはノーである。

 

 

『ラブライブ』ではないので、演じる曲は未発表作品でなくても構わない。

そこで、彼女達がステージの上で披露したのは『A-LISEの新曲』が披露だった。

 

 

 

A-RISE。

 

言わずと知れたμ'sと並ぶ『スクールアイドル界のカリスマ』…。

しかし、彼女たちと違うのは、いまや『日本を代表するアーティスト』となったこと。

プロデビューして約4年余り。

日本でμ'sを知らなくても、A-RISEを知らないモノはいなかった。

 

 

 

それはさておき…

 

 

 

最初のチームの出来栄えは、可もなく不可もなく…という感じで、パフォーマンスを終えた。

これが、順位付けを必要とするコンテストであれば、そのクオリティーを求められるところだが、今日のイベントはそうではない。

 

精一杯やりきったかどうか…が大事なのである。

そういった意味では、観客が少ないながらも、力は出しきったのだろう。

彼女たちは満足そうに笑みを浮かべ…それを見た同窓生たちからは大きな拍手が送られた。

 

 

 

ところが、この学校は1チームのみの参加だったようだ。

パフォーマンスが終わると、応援部隊は、スーッといなくなってしまった。

 

そんなものだろう。

 

『スクールアイドルが大好き!という人』か、『よっぽどの暇人』でない限り、全部を通して観よう…などとは普通思わない。

自分たちの関係者以外、興味がないのは当然だった。

 

 

 

2チーム目、3チーム目などは、応援してくれる同窓生さえいなかったのだろう。

恐らく親族と思われる人たちのみが集まった…まばらな客席に向かってのステージとなってしまった。

 

 

 

しかし、5チーム目が終わった頃からだろうか…徐々に人が増え始めくる。

 

いつしかパイプ椅子も埋まり、7チーム目が終わったときには、かなりの人だかりが出来ていた。

 

 

 

そのお目当ては…『ふぉ~りんえんじぇる』。

 

 

 

以前ネットで披露した、およそスクールアイドルらしからぬ、風変わりな曲とダンス。

賛否両論あったが、それはちょっとした話題を呼び、一部のファンからは支持されていた。

 

どうやら、パイプ椅子に陣取ったのは、その連中らしい。

善子が『自身のサイト』で、この日のことを宣伝した効果もあったようだ。

 

 

 

津島善子。

 

彼女は自らを『堕天使ヨハネ』と称し、黒魔術の世界に嵌まるなど、厨二病を患っている節があるが、裏を返せば『自己プロデュース能力に長けている』とも言えた。

自分の『イタさ』を知り、開き直ってしまえば、怖いものなし。

だから思いきってSNSなどを利用して、今日のステージを外に向けて発信したのだ。

 

花丸は…善子の性格を面倒くさいと思いながらも、嫌っている訳ではない。

むしろIT音痴な彼女にとって、善子の存在はなくてはならないものであり…方向性はともかく『自分の世界観』『個』を持っていることに対しては、口にこそしないが、ある種、評価をしているのだった。

 

ルビィも、憧れていたスクールアイドルへの後押しをしてくれた花丸はもちろんだが『極度の人見知り』な彼女にとって、善子の強引なまでのリーダーシップは、尊敬に値するものだった。

なかば無理矢理メンバーに加わった感があるものの、今ではこのチームを引っ張っていく存在となった彼女にも、ルビィは深く感謝していた。

 

 

 

「すごい人ズラ…」

 

「ど、どうしよう…き、緊張で足が…」

 

「ちょ、ちょっと、呼びすぎたかしら…」

 

 

 

この集客数は3人の想定を越えていたようだ。

 

ステージ袖からチラッと外を覗いた彼女たちに、なんとも言えない熱気が伝わってきた。

 

その理由は…

 

集まったのは、彼らだけではなかったからである…。

 

 

 

「かなりの人数が来ましたわね」

 

「イエ~ス!!学校の存続が懸かっているので~す!これくらいの『学徒動員』は当然で~す」

 

「鞠莉さん、声が大きいです!」

 

「オー…まだシークレットでしたねぇ」

 

「それに『学徒動員』は、意味が違いますわ!」

 

 

 

ダイヤと鞠莉の会話から推測するに、2人は全校生徒へ応援要請を出したようだ。

 

だが『学校の統廃合が迫っている』ということは、まだ伏せらたままらしい。

 

 

 

1年生の3人は、既にネットデビューしているとはいえ、人前で披露するのは初めてだ。

ルビィたちの脳裏に『千歌の失敗』がフラッシュバックする。

 

「大丈夫ズラ。まず、掌に『人』って字を3回書いて、それを飲み込むズラ」

 

「人、人、人…」

 

「善子ちゃん、それ『入』に、なってるよ…」

 

「うっ…ルビィの癖に、生意気じゃない…」

 

「あと、人の頭をカボチャと思うズラ」

 

「マルちゃんは、冷静だね…」

 

「マルは『聖歌隊』で歌ってるから、多少は慣れてるズラ…」

 

「そうだったね…」

 

「失敗して当たり前!それくらいの気持ちが大切ズラ。マルたちに失うものなんてないズラよ」

 

「そうね…命まで取られるわけじゃないし…」

 

「う、うん!がんばルビィ!だね」

 

 

 

 

「あっ!出番ズラ!」

 

「じゃあ、いくわよ!」

 

「う、うん!」

 

 

 

「せーのっ!」

 

 

 

「べリアル!」

 

「アザゼル!」

 

「ヨハネ!」

 

 

 

「ふぉ~りんえんじぇる、降臨!!」

 

 

 

学校の制服に、黒のパーカー。

ネットで披露した姿と同じ。

変化があるとすれば、腕にスカーフを巻いていることだろうか。

ルビィがピンク、花丸がイエロー、善子がホワイト…と色分けされていた。

 

 

 

3本のスタンドマイクが立てられたステージ。

その前に、フードをすっぽり被った格好のメンバーが現れる。

 

その瞬間、男子の野太い声と同窓生たちの黄色い声が、会場に響いた。

 

彼女たは立ち位置に付くと、イントロが流れるのを待った。

どうやら、屋上で練習していた自己紹介はしないようだ。

 

 

 

そして曲が始まった途端、ふぁさ…とフードが脱げ、彼女たちの髪の毛が風にたなびいた…。

 

 

 

 

私は悪魔

あなたを虜(とりこ)にする…

可愛い悪魔…

 

魔法のカラコンで、その眩しい瞳を見詰めたら

あなたの心はもう動けない…

 

ふたりの視線はやがて、ひとつの虹の架け橋…

 

Ah~Ah~ Devil!

I'm sweet little Devil!

 

Woo…可愛い悪魔…

 

 

 

 

これは…

 

 

 

かつてのスーパーアイドルの、名曲の替え歌だった。

 

シンプル イズ ベスト!

そう言わんとばかりに、派手なステップもフォーメーションチェンジもない。

 

だが、その振り付けは…彼女たちの容姿からすれば、少し大人びており『艶っぽく』感じられた。

だが、決して『エロい』という訳ではない。

絶妙なアンバランスさ。

 

それが下品にならなったのは、元歌の素晴らしさもあるのだろう。

 

前回のアッパーな激しいポップロックから一転、スローテンポのメロディアスな曲調に、会場は一瞬、驚きを隠せなかったようだったが、花丸の『聖歌隊』で培った歌唱力を生かした『ハモ』がそれを打ち消した。

 

 

 

魅せる!というよりは、聴かせる!というステージ。

 

彼女たちが狙ったのは『動』ではなく『静』。

ダンススキルが高くない…という自分達の弱点を逆手に取った作戦だった。

 

 

 

これはこれでインパクトが絶大だったようだ。

 

2コーラス目に入る頃には、通行人…特に中高年の男性が脚を止め、彼女たちの歌声に聴き入っていた。

 

 

 

そしてステージが終わると、この日一番の拍手と歓声が、会場中に鳴り響いたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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WAO-WAO-Powerful day…からの…

 

 

 

 

「おぉ!盛り上がってるねぇ」

 

「『理事長』が学校あげて応援する…って言ってたから…」

 

「まぁ、言い出しっぺは理事長なんだもん、それくらいは当然!」

 

ふぉ~りんえんじぇるのパフォーマンスをステージ横の前室で『聴いていた』千歌、梨子、曜。

彼女たちの姿を観ることはできなかったが、歌声とその歓声は耳に入った。

 

「1年生…頑張ったみたいだね…」

 

「うん」

 

「さぁ、私たちも負けてられないよ!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「大丈夫だよ!失敗しても顔に出しちゃダメだからね!」

 

急に不安げな表情になった千歌に、曜が声を掛ける。

 

「う、うん…」

 

「そもそも、今回はオリジナルの振り付けなんだから、間違ったってバレないし」

 

「そっか…うん…」

 

 

 

「千歌ちゃん!」

 

「うん?」

 

「楽しもう!」

 

「梨子ちゃん…」

 

「曜ちゃんがやってる高飛び込み…私がやってるピアノ…それと違って『お客さんと一緒に盛り上がれる』のが『スクールアイドル』だと思うんだ。だから、いいところを見せよう!とか、しっかりやろう!とかじゃなくて、まず『私たち、楽しんでやってます』ってなることが大切だと思うんだよね」

 

「梨子ちゃん、語るねぇ!…でも、その通りだよ。『リベンジしよう!』なんて気負わないでね!」

 

「う、うん…わかった」

 

千歌は握り込んだ拳をパッと開き、プラプラとさせた。

 

「そうそう、リラックス、リラックス!」

 

曜にそう言われて、千歌は笑顔を見せた。

 

 

 

「あ、そろそろ出番みたい…。大丈夫、千歌ちゃんならきっとやれる!」

と梨子。

 

 

 

「うん…よし!じゃあ…いくよ!」

 

曜と梨子は頷くと、それぞれ右腕を真っ直ぐに伸ばした。

そこに千歌も右腕を伸ばし、お互いの手を重ねる。

 

大きく息を吸い込むと、そのすべてを吐き出すように

「全速前進!」

と千歌が叫ぶ。

 

 

 

「ヨーソロー!!」

 

曜と梨子はそれに負けないくらいの声を出し、伸ばしていた腕を天に突き上げた。

 

 

 

そして曜が考えた…この掛け声…と共に、3人はステージへと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

「これが、私たちのオリジナル曲…」

 

「うん、できたね…」

 

「時間が無いなかの突貫作業だったけど、なんとかなったね!」

 

「ありがとう、梨子ちゃん、曜ちゃん!」

 

「どういたしまして」

 

「お礼は…『ちゃんとパフォーマンスをすること』…『失敗しても、泣かないこと』…ってことで」

 

「よ、ヨーソロー!」

 

「それ、私のセリフだよ!」

 

「あははは…」

 

「でも…本当にいい歌詞だね」

 

「曜ちゃん…」

 

「千歌ちゃんが苦しんだあと、立ち直ってくれて…見事に復活した!その様子がすごくわかると思うんだ。きっと…学校のみんなにも、生徒会長にも届くと思うよ」

 

「朝練に付き合ってくれた…松浦先輩にも…」

 

「曜ちゃん、梨子ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「さぁ、あの娘たちがどこまでやるか…楽しみですわ」

 

 

 

「まったく…応援してるんだか、してないんだか…」

 

 

 

「か、果南さん!」

 

「チャオ~!」

 

 

 

「そんなビックリすることじゃないでしょ。私はあの娘たちのフィジカルトレーナーなんだから、教え子の様子を見に来るのは、当然のことでしょ」

 

「なるほど…物は言い様…ですわ」

 

「それより、やめろって言ってみたり、フェスティバルに出ろって焚き付けてみたり…あなたたちこそ、なにやってるんだか」

 

「この件については、鞠莉さんが…」

 

「イエース!私が理事長権限を行使しました~」

 

「…まぁ、いいわ…何を考えてるかはわからないけど、今の千歌はこの間までの千歌じゃない。たぶん、あなたも驚くハズよ」

 

「そうですか…期待していますわ!」

 

 

 

 

 

 

「衣装は、こんな感じでどうかな?」

 

「ジャケットにショーパン?」

 

「さすがに今からステージ衣装作るのは難しいから、有り合わせのものになっちゃうけど…」

 

「いや、でも、曜ちゃん。ジャケットを揃えるのも大変じゃないかな?」

 

「その辺は任せて!私のコレクションから持ってくるから」

 

「おぉ!さすがコスプレマニア!」

 

「…曜ちゃん、なんか、凄い…一回、そのコレクションを見せてもらおうかな?」

 

「いいよ。そうしたら、梨子ちゃんもこの世界に嵌まるかも知れないね…」

 

 

 

 

 

ステージに3人が現れる。

 

ふぉ~りんえんじぇるが黒のパーカーだったのに対し、彼女たちは真逆。

 

千歌は、白を基調としたジャケットに同色のショートパンツ、膝下までのブーツ。

インナーにはオレンジのブラウスを纏っていた。

 

曜も梨子も基本スタイルは同じだが、若干、ジャケットの裾丈やブーツの長さ、着けているアクセサリーなどが違う。

 

そしてインナーの色が、それぞれライトブルーとピンクであることや、曜はハンチングを、梨子はキャップを被り『3人のキャラ分け』をしていた。

 

 

真ん中に千歌…右隣に曜、左隣に梨子。

3人が所定の位置に付き、スタッフに向かって『準備OK』のサインを送る。

 

 

 

シンプルなギターサウンドのイントロが8小節流れたあと、曲調が一転して、歌が始まった。

 

 

 

 

注:ここに『元気全開 DAY! DAY! DAY!』の歌詞がありました。

 

 

 

 

「振りきったわね!」

 

果南はニコリと笑い、ダイヤを見た。

 

「ベリーベリーシャイニーで~した~」

と鞠莉もそう言ってダイヤを見る。

 

「た、確かに、勢いはありましたわ。それは認めます。…ですが…歌は叫んでいるみたいですし、ダンスも粗すぎ…」

 

「いいんじゃないの、それで!」

 

「果南さん…」

 

「どれを見ても同じなんてつまらないし、この曲ならこんなステージでも、全然あり!…だと私は思うよ」

 

「…ですが、人前で披露するならある程度のレベルが…」

 

「そこだよね…私とあなたと…昔から埋まらない溝は…」

 

「あっ…すみません…つい…」

 

「別に謝らなくてもいいけど…でも、ほら…あの娘たちの表情を見てごらん」

 

「とても満足そうですわ」

 

「そして、応援に集まってくれたみんなの顔も」

 

「えぇ…いい顔をしています」

 

「これが答えなんだと思うよ。千歌たちが、もがいて苦しんで…たどり着いたもの。もちろん、これがゴールじゃなくて…ここからがスタートなんだと思うけど…」

 

「わ、わかっていますわ!」

 

「そう…ならいいわ…。あっ、じゃあ、私は帰るわね…復学したとはいえ、ショップの手伝いがなくなったわけじゃないから」

 

「果南…シー ユー!」

 

「うん、また明後日、学校で」

 

 

 

「果南さん!」

 

 

 

「なに?」

 

2人の前から立ち去ろうとする彼女を、ダイヤが呼び止めた。

 

 

 

「悔しくないのですか?あなたの教え子たちのステージを観て…」

 

 

 

「…さぁ…どうなんだろう…。あっ!さっきは冗談半分で教え子だなんて言ったけど…私は別に…そんなんじゃないから…。じゃあ…」

 

果南はそう言い残すと、あっという間に人込みの中に紛れ、姿を消してしまった…。

 

 

 

「私は…悔しいですわ…」

 

 

 

「ダイヤ…」

 

彼女の独り言を聴いた鞠莉は、うしろからそっと肩に手を掛けた…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 






運営から指摘を受けて一部内容を修正しました。
※歌詞の削除
2018/11/14


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悪魔の囁き

 

 

 

 

 

 

「土曜日のイベントはお疲れさまでしたわ」

 

 

 

ふぉ~りんえんじぇるとCANDLYが、フェスティバルでパフォーマンスを披露してから2日後…週明け月曜日の…放課後。

2チームは生徒会長室に呼び出された。

 

 

 

「概ね、良かったと思いますわ。1年生は…伝説のアイドルを新たな解釈によって現代に甦らせ、多くの観客の心を掴みました。他校がA-RISEやμ'sのコピーをする中、この着眼点は素晴らしかったですわ。さすがル…いえ、失礼…合格点を与えましょう」

と生徒会長のダイヤ。

 

 

 

…なに、この人…審査員?…

 

…今、妹を誉めようとしたズラ…

 

 

 

「はい?なにか?」

 

 

 

「い、いえ…ありがとうございます」

 

ルビィが頭を下げて、礼を言った。

 

 

 

「続きまして2年生ですが…まずオリジナル曲を披露したことに驚きました。そして『新歓』の時とは比べ物にならないくらいの勢いと、堂々したステージ。正直申しまして、多少、見直しましたわ」

 

 

 

…誉められちゃった…

 

…意外だね…

 

 

 

「ただし!」

 

 

 

「?」

 

 

 

「どちらも、あれではラブライブの予選を勝ち抜くことはできません!!」

 

バン!と机を叩き付けながら、ダイヤが叫んだ。

 

 

 

「そ、そんな言い方をしなくてもいいズラ」

 

「そうよ」

 

突然のダメ出しに、妹は黙っていたが、花丸と善子はダイヤに反論する。

 

 

 

「ですが、お伝えしたハズですわ。どちらかにラブライブ出場の…学校代表になっていただく…ということを。つまり、あれで満足してもらっては困る…ということですわ」

 

「ラブライブで戦えるようなレベルじゃないことは、私たちだって充分わかってるつもりです」

 

「一生懸命やったけどね」

 

千歌と曜は、その1年生をなだめるように…いや、自分たちに言い聴かすかのように、そう口にした。

 

「それで、代表はどうやって決めるズラ?」

 

「全生徒に投票して頂きます。学校代表として、どちらのチームがふさわしいか?」

 

「一般投票はダメなんですか?」

 

「一般投票?」

 

「ネッ…」

 

「ブッブーですわ!」

 

「ト」と善子が言い終わらないうちなや、ダイヤは速攻で却下した。

 

 

 

「あ、あの…その話なんですけど」

と申し訳なさそうに小さく手を挙げたのは、千歌。

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「私たち…その件に関しては、1年生に譲ります」

 

 

 

「はい?」

 

「えっ?」

 

千歌の発言に、ダイヤだけでなく1年生の3人も耳を疑った。

 

 

 

「でも、この間『あなたたちに譲る気はない』って言ったズラ」

 

「うん。言った」

 

「急にどうしたズラ?」

 

「あのね…曜ちゃんと梨子ちゃんたちと一緒に曲作りをして…ステージに立たせてもらって…この間とは違って、やるだけのことはやって…観ていた人から、拍手ももらって…技術的なこととかはまだまだかも知れないけど、すごく楽しかったんだ。生まれて初めて『充実感』みたいなものも味わうことができた」

 

 

 

「…」

 

 

 

「同時に…好きなことを、好きな時に、好きなようにやるのが、私たちのスタイルなのかな?って」

 

 

 

「あなたたちのスタイル…ですか?…」

 

「もちろん、ラブライブみたいな華やかなステージに立ってみたい!っていうのはあります。はっきり言えば憧れです。…でも、今の私たちの実力じゃ到底無理な話で…地区予選すら勝ちあがれないと思うんです。えっと…その、決して『上を目指す』ことから逃げているわけじゃないんですよ。観てる人に喜んでもらうには、レベルアップをしなきゃいけないことも理解してます。でもラブライブに出て『全国優勝する』っていうのが…私たちの目標ではない…ということです」

 

「なるほど」

 

「それに…元々、私はμ'sに憧れてはいたけど…ラブライブにはそこまでの意識がなかったので。おそらく…それは妹さんの方が遥かに大きいかと…」

 

「随分と上から目線ズラ」

 

「ひょっとして、アタシたちに勝ったつもりでいる?」

 

「気を悪くしたらゴメン…そういうわけじゃないんだ。私たちは精一杯パフォーマンスしたし、あなたたちにも負けないうに頑張った…って思ってる。だから、投票の結果がどう出ようとも、それはそれで構わない。そもそも、同じ曲、同じダンスで競うなら採点のしようもあるかも知れないけど、まったく違う曲で競ってるんだから…好きとか嫌いとか、知ってるとか知らないとか…そんなのが投票の基準になると思ってるし」

 

「だから今回に限って言えば、勝ったとか負けたとか…あまり意味がないかな…って」

 

千歌のあと、曜と梨子が相次いで意見を述べた。

 

 

 

2人はタイムを競い合う…とか、得点を奪い合う…とかではない『採点』という『かなり曖昧な判定基準』の中で生きてきた。

 

曜は高飛び込み、梨子はピアノ。

 

どちらも審査員の主観によって順位が上下する…ということがなくはない。

これはどの競技でも言えることだが、以前に較べればだいぶ『透明化』が進んでいるものの…それでもそういった心情が加味されてしまうのが、採点競技の難しいところである。

 

2人が言った「勝った、負けた」については、投票者が素人の生徒である為、単純に人気投票となることを揶揄したものと思われる。

その結果に一喜一憂する必要はない…そう言いたかったのだ。

 

 

 

「確かに…二人の仰ることもわかりますわ。ただし、スクールアイドルにはそういった要素も必要だということは、ご理解いただきたいですわ」

 

「まぁ…それは…」

 

「投票は行います。ただし、単純に得票数の多い少ないで代表を決めるのは、一旦、白紙に戻します」

 

 

 

「…?…」

 

 

 

「その差がどれくらいのものなのかも含めて、判断するということです。もちろん2年生の主張も選考の材料にはさせて頂きます。」

 

 

 

「どうしても、ラブライブに出なきゃいけないんですか?」

 

千歌の素朴な質問。

 

 

 

「はい」

 

なんの躊躇いもなく、ダイヤ。

 

 

 

「えっ?」

 

その返答の早さに、6人が驚きの声を上げる。

 

 

 

「学校の存続が懸かっているからです」

 

 

 

「学校の存続…えぇ!?」

 

6人の声が更に大きく響いた。

 

 

 

「この学校が統廃合の危機に立たされていることは…残念ながら、みなさんもご存知だと思います」

 

「噂は聴いたことがあるけど…」

 

「初めて聴いたズラ…」

 

「はい、私も初めて言いました。今、この話を知っているのは、全校生徒であなたがただけです」

 

「つまり…悪魔の囁きを聴いてしまった…ってことね」

 

「意味不明ズラ…」

 

「なんで、そんな大事なことを私たちに…あっ!!…それって…まさか…」

 

 

 

「音ノ木坂の再現を狙ってる…ってことですか」

 

千歌の言葉を遮るように、梨子が言葉を発した。

 

 

 

「あぁ、そうでした…桜内さんは音ノ木坂からの転校生でしたね…」

 

ダイヤは彼女をじっと見た。

 

 

 

「どういうこと?」

 

善子が首を傾げる。

 

恐らくこのメンバーでμ'sについて、あまり詳しくないのは彼女のみだ。

花丸はルビィから、曜は千歌から、それぞれ嫌というほどその話を聴かされているし、梨子は…当事者と言ってもいい。

 

 

 

「ルビィちゃんがファンだっていうμ'sは、元々自分たちが通う高校の廃校を阻止する為に作られたグループなんズラ」

 

花丸は、隣で頭に?マークを浮かべている、善子に説明した。

 

「なにそれ?」

 

「早い話…鞠莉さ…いえ理事長はラブライブに出場して優勝することで、この学校をアピールすることを考えていますわ」

 

「それで、入学者を増やす…ってこと?」

 

善子が確認する。

 

「はい、その通りですわ」

 

「いやいや、ちょっと待ってよ!それならもっと、ラブライブ出場なんて…」

 

千歌は首を横に振る。

 

「学校の看板を背負って出場するのは、荷が重い…というのですか?」

 

「そうですよ!だって、私たちのせいで入学者が増えませんでした…だから学校がなくなります…なんて言われても…」

 

「ルビィちゃんはどう思うズラ」

 

「ラ…ラブライブには出たいけど…学校の存続が懸かってるなんて言われると…ちょっと…」

 

「だよね!」

と千歌が同意する。

 

「もちろん、それが学校存続の100%を占めているわけではありません。仮に上手くいかなかったからと言って、あなたたちに責任を押し付けるようなことはいたしませんわ。経営者は経営者、生徒会は生徒会で各々仕事をこなします。ただ、折角スクールアイドルが当校に誕生したのですから、私たちとしてはあなたたちにも協力して欲しい…と、こう申し上げているのです」

 

 

 

「…」

 

 

 

「高海さん。あなたは先ほど、μ'sに憧れてはいると仰いましたね?」

 

「はい…」

 

「以前『μ'sと同じ景色を見たい』とも仰いました」

 

「まぁ…」

 

「ならば…結果はどうあれ、挑戦してみるというのが、必然というものではないでしょうか?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「スクールアイドルの活動を、楽しく仲良くやることは構いません。しかし向上心がなければ、何も成長いたしません。目標がなければ、向上心など生まれません。『夢あるところに道あり、道あるところに世界あり』ですわ」

 

「なんか上手く言いくるめられている気が…」

 

 

 

「だったら、生徒会長がスクールアイドルやって、ラブライブに挑戦すればいいんじゃない?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「善子ちゃん!?」

 

 

 

「私たちより、詳しいんでしょ?スクールアイドル」

 

 

 

「そ、それは…」

 

 

 

「だって、妹がこれだけ詳しいんだから、姉が知らないはずはないでしょ」

 

 

 

「へっ…な、なにを…言ってるんですか…」

 

 

 

「理事長と組んで、出ればいいんじゃない?」

 

善子は花丸と違って、ルビィに対する変な柵(しがらみ)がない。

ダイヤだろうが生徒会長だろうが、物怖じしない。

 

 

 

「い、いや…あの…」

 

逆にダイヤの方が、その態度に押されている。

 

 

 

…あれ?急に生徒会長、しどろもどろになってるよ…

 

…う、うん…どうしたんだろう…

 

…なにかあったのかな?…

 

 

 

その様子を見て、2年生の3人は目と目で会話を交わす。

 

 

 

「あ、あのね…善子ちゃん、お姉ちゃんはね」

 

 

 

「ルビィ!余計なことはお話しにならないでください!」

 

 

 

「お姉ちゃん…ちゃんとお話した方がいいよ」

 

 

 

「あなたたちには関係ないことですわ」

 

 

 

「関係なくないよ!」

 

 

 

「ルビィ!」

 

 

 

「あ、あのね…お姉ちゃんはね、スクールアイドルだったんだよ」

 

 

 

「えぇ~~~っ!?」

 

生徒会長室に響いたこの日3度目の驚きの声。

 

その大きさが更新された瞬間だった。

 

 

 

「あ、あぁ…」

とこれまでの強硬な態度とは一変、よろよろと倒れそうな声を出しつつ、ダイヤは部屋を出て行く。

 

 

 

「お、お姉ちゃん!」

 

 

 

「ルビィ…今日は先に帰ってますわ…」

 

そう言い残すと、彼女は廊下へ消えていった。

 

 

 

「へっ?」

 

「なに?」

 

 

 

あまりの急転直下の展開に、呆気に取られた5人。

部屋に放置されたことに気付き、お互いがお互いの顔を見合わせる。

 

 

 

「ルビィちゃんはお姉ちゃんを追わなくていいズラ?」

 

「う、うん…」

 

「私たちに気を使わなくてもいいズラよ」

 

「いや、ズラ丸。こうなったら説明責任があるんじゃないの?」

 

「善子ちゃん、説明責任って…」

と花丸はルビィを庇おうとしたが、2年生の3人は興味津々で彼女の顔を見ていた。

 

 

 

「ルビィちゃん…」

 

 

 

「う、うん…花丸ちゃん…今まで黙っててごめんね。ルビィ…みんなにちゃんとお話するよ…」

 

彼女はそう呟くと、ゆっくりと、静かにその真相を話し始めたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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黒歴史

 

 

 

 

 

『生徒会長が…スクールアイドルだった?』

 

ルビィの口から明かされた衝撃の言葉に、5人は耳を疑った。

 

 

 

「お姉ちゃんはね…あぁ見えて、小さい頃からアイドルが大好きで…」

と妹は、ゆっくりと説明を始めた。

 

「2歳になるかならないかくらいの時には、おもちゃのマイクを持って歌ってそうです。そうすると…おばあちゃんが凄く喜んでくれて…それがまた嬉しくて、何度も何度も歌った…って」

 

「おぉ…私と一緒!誉められて伸びるタイプなんだね。それが美渡姉ぇにはわかんないんだよね…」

 

「美渡姉ぇ?」

と1年生。

 

「あ、ごめん!こっちの話…。あ、でも生徒会長にも、そんな時代があったんだね…」

 

「普段は凄く真面目なんですけど、その反動みたいなのがあって…アイドルのことになると暴走するところがあるんです…」

 

「へぇ…」

 

「その影響でルビィちゃんもアイドル好きになったズラ?」

 

「うん。物心付いた時から、お姉ちゃんがアイドルしてたから」

 

「なるほど。つくづく育ってきた環境って大事だと思うエピソードだね」

 

「千歌ちゃんちの環境が悪いとは思わないけどなぁ」

と曜。

 

「うん」

 

梨子はその言葉に頷いた。

 

 

 

 

「それで…お姉ちゃんが小学6年生、ルビィが4年生の時に、運命的な出会いがあったんです!!」

 

 

 

「運命の出会い?」

 

 

 

「お母さんとおばあちゃんと一緒に用があって東京に出掛けたときに、帰りに秋葉原に寄ったんです。お姉ちゃんが、どうしても『アイドルグッズがほしい!』って駄々こねて」

 

 

 

「あはは…そうは見えないけどね」

 

「うん」

 

千歌と曜は、いつもキリッとしているダイヤが、道端に寝そべり手足をバタバタさせている姿を想像して笑った。

 

 

 

「いや、今の姿でさすがにそれはしないか」

 

「そりゃそうだ。6年生の生徒会長かぁ…見てみたいね」

 

2人は頭の中で、リトルダイヤを思い描いた。

 

 

 

「その帰りに立ち寄ったファストフードショップに…なんと…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「μ'sの絢瀬絵里さんと小泉花陽さんが居たんです!!」

 

 

 

「え~!?」

 

一番大きな声をあげたのは、やはり千歌だった。

 

 

 

「ほ、本物が居たの?」

 

「はい」

 

「そ、それで?二人は何を食べてたの?どんな服装だった?どんな話してたの?」

 

「ピギィ!」

 

「ちょっと、千歌ちゃん、がっつき過ぎだって」

と曜が苦笑しながら注意する。

 

「あ、ごめん…つい…」

 

「え、えっと…何を食べてたかは…たぶん、ハンバーガーだったと思います…」

 

「ポテトは?」

 

「あったかと…すみません、あんまり覚えていないです」

 

「その情報は要らないズラ」

 

「でも、服装は衣装じゃなかったです」

 

「それは、いくらスクールアイドルだからって、そんな格好で街中をウロウロしないでしょ」

と善子。

 

 

 

「黒ずくめの格好で街を徘徊するほうが、よっぽど怪しいズラ」

 

 

 

「ぶっ!!さ、さすがに今は、そんなことしてないから!!」

 

善子は慌てふためいて否定した。

 

 

 

「えっと…たしか絵里さんは髪を下ろしていて…花陽さんは眼鏡を掛けていました」

 

「それって変装してた…ってこと?」

 

「…とは違うと思います。そこまで大袈裟な感じじゃなくて…とっても自然で…きっと普段はこんな風なのかな…って思いました」

 

「いや、だから逆に…よくわかったね…ってことでしょ?」

 

「は、はい!!その…全然オーラが違ったんです!…絵里さんは本当に綺麗でピカァってしてて…花陽さんも本当に可愛くてパーッってしてて…ルビィはまだ小さかったけど…一目見てμ'sの人だ!っわかりました」

 

「そうなんだね!うん、凄いね。やっぱりμ'sは凄いんだね!」

 

「そうなんです!!」

 

 

 

現在の室内の温度は25℃くらい。

 

しかし千歌とルビィーの周りだけは60℃くらいに上がっていた。

 

 

 

「それで?それで?」

 

 

 

「お母さんにお願いして声を掛けてもらって…」

 

 

 

「うひゃ~~!!」

 

千歌の絶叫が、主(あるじ)の居ない生徒会長室に響いた。

 

 

 

「その日アイドルショップでμ'sのブロマイドをいっぱいに買ってたんです…。それで絵里さんと花陽さんのを二人に手渡してサインを書いてもらったんですぅ!…そうしたら、ちゃんと、それぞれ『ダイヤちゃんへ』『ルビィちゃんへ』って」

 

「いいなぁ!いいなぁ!」

 

「はい!その当時はわからなかったんですけどμ'sのメンバーのサインって、超レアなんです!何でかって言ったら、その後、すぐに解散しちゃって…」

 

「えっ!そんなタイミングでもらったの!?」

 

「はい!人気に火が点いた瞬間に解散しちゃったので…だから活動期間も短かったですし、当然、サイン会なんてないので…サインそのものの絶対数が少ないんです」

 

「なるほど」

 

「ネットでは、色紙が片手を超える価格で取引されてるみたいです」

 

「5千円?」

 

「一桁違います」

 

「5万!?」

 

「はい」

 

「ひょえ~…」

 

「お姉ちゃんも私も、絶対売りませんけど」

 

「まぁ、そうだよね…」

 

「本当はプライベートな時間に声を掛けるなんてやっちゃいけないんだけど…とても優しく、丁寧に対応してもらって…最後には握手までしてもらって…それまでは『箱推し』だったんですけど、その瞬間からお姉ちゃんは絵里さんを、私は花陽さんに大ファンになっちゃったんです!」

 

「憧れのスターにそんなことしてもらったら、それはそうなるよね」

 

曜はうんうんと二度ほど頷き、彼女の言葉に理解を示した。

 

「今でもそのサイン付きブロマイドは、おうちの神棚に飾ってあるんです」

 

「神だね、神!」

 

「はい!」

 

千歌の言葉に、即答したルビィ。

 

 

 

二人の周りの気温は100℃を超えていた。

 

 

 

「…で?…」

とその先の話を促したのは善子。

 

しかし『ダイヤがスクールアイドルをしていて、何故辞めたのか』までは、まだ先が長いなぁ…という気持ちでいたのは、他の3人も同じだった。

 

 

 

「あ…えっと…時は流れて…お姉ちゃんは高校生になり…」

 

「お、随分飛んだね」

 

「お姉ちゃんは憧れだったスクールアイドルになることを決めます」

 

「うん」

 

「でも、ひとりではできません」

 

「ほう…」

 

 

 

「そこで…幼馴染の小原先輩と松浦先輩に声を掛けて…3人でユニットを組んだんです」

 

 

 

「えっ?小原先輩って…」

 

「理事長ズラか?」

 

善子と花丸が顔を見合わせる。

 

 

 

「松浦先輩って…」

 

「果南ちゃん?」

 

曜と千歌、そして梨子も同じことをした。

 

 

 

「3人って幼馴染だったんだ…」

 

「千歌ちゃんは、松浦先輩と仲いいじゃん?知らなかったの?」

 

「う~ん、果南ちゃんとは家族ぐるみの付き合いだけど、さすがにお友達のことまでは…一緒に遊んだとかもないし…」

 

「まぁ、それはそうだよね」

 

「それより果南ちゃんが、スクールアイドルをやってた方が驚きだよ!」

 

「初耳?」

 

「初耳、初耳!…なんで教えてくれなかったんだろう…」

 

 

 

「『黒歴史』ってやつじゃない?」

 

 

 

「黒歴史?」

 

善子の言葉を千歌が鸚鵡返した。

 

 

 

「消してしまいたい過去のことよ」

 

「例えば、善子ちゃんが『私のことは堕天使ヨハネと呼んで』みたいに言ってたりすることズラ」

と花丸がフォローを入れる。

 

「別にそれは黒歴史じゃないし!ってうか、どっちかと言えば『黒魔術』だし!さらに、それはまだ、現在進行形だし!」

 

「開き直ってるズラ…」

 

「黒魔術?」

 

「先輩、それは流すズラ…」

 

「あ、うん…ふ~ん黒歴史かぁ…。理事長はなんとなくわかるじゃん。あんな感じのノリの人だから…」

 

「まぁね」

 

「『オー!ダイヤ、ナイスアイディアで~す。一緒にシャイニーしましょう』みたいな』

 

「あははは…」

 

千歌の物マネに、一同が笑った。

 

「でも、果南ちゃんは…意外だなぁ…」

 

「そうだね…」

 

 

 

「お姉ちゃんたちは…高海先輩たちみたいに『新歓』でライブをして…そのあとラブライブの予選もエントリーして…二次予選までは突破したみたいなんです」

 

「二次予選?」

 

「うん、簡単に言うとラブライブは…地区大会が一次予選、県大会が二次予選、そのあと東海地方のブロック大会があって…そこを勝ち抜けると最後、全国大会…ってなるんだよ」

とルビィが善子に説明した。

 

「へぇ…」

 

 

 

「でも…ブロック大会の前に解散しちゃって…」

 

 

 

「えっ?」

 

「大会を前に?」

 

 

 

「はい…」

 

 

 

「どうして?」

 

 

 

「それは…ルビィにもわからないんです…」

 

「わからない?」

 

「突然辞めちゃって…でもその理由は教えてくれなくて…」

 

「仲違い…した?」

 

「ごめんなさい。それは本当にわからないんです。お姉ちゃんに訊いても『ルビィには関係ないことですわ』って…」

 

「おぉ、姉妹だけあって似てるね」

 

「そこ?」

と曜が千歌にツッコむ。

 

 

 

「なんだか、余計謎が深まったズラ」

 

「簡単よ。生徒会長と理事長…それに松浦先輩って人とスクールアイドルを始めたけど、仲違いして解散。そこにアタシたちが現れて、イライラしてる…ってことじゃない。八つ当たりよ、八つ当たり!」

と善子は吐き捨てるように言った。

 

「『坊主憎けりゃ、今朝まで憎い』っていうこと?」

 

「高海先輩…『今朝』じゃなくて『袈裟』ズラ」

 

「あはは…先輩に容赦ないね」

 

「マルの実家はお寺だから、そこは譲れないズラ」

 

「あっ、そうなの?なんか…ごめん…」

 

 

 

「でも、それはそんな単純な話じゃなさそうな…」

 

これまで口数が少なかった梨子が、ポツリと呟いた。

 

 

 

「…う~ん…」

 

 

 

確かにそうだけど…という感じの沈黙。

 

 

 

「まぁ、こうなったら直接本人に訊いてみるしかないか!」

 

 

 

「直接」

 

「本人に」

 

「訊く」

 

「ズラか?」

 

 

 

曜、梨子、善子、花丸が代わる代わるに口にした。

 

 

 

「千歌ちゃん、訊くって誰に?」

 

「えっ?誰にって…まずは生徒会長?」

 

「妹にも話さないことを、私たちに話すかな?」

 

「あ、それはそうだね…じゃあ、果南ちゃん?」

 

「でも、千歌ちゃんにも秘密にしてたんでしょ?さっきの話じゃないけど、本当に隠しておきたいなら、話さないと思うなぁ」

 

「うぅ…だよねぇ…ってことは…理事長?」

 

「…かな?…」

 

「一番、ペロッて話してくれそうだよねぇ?」

 

「まぁ…」

 

 

 

「よし!じゃあ…みんなで確認しにいくぞ!おー!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「…ってあれ?…そこはみんなで声を合わそうよ」

 

 

 

「そんなの、いきなり言われてできるわけないでしょ」

 

「珍しく善子ちゃんに同意するズラ」

 

「善子って呼ぶな!」

 

「やれやれ…ズラ…」

 

 

 

「あの…練習中からずっと気になってたんだけど、堕天使ヨハネってなに?」

 

「桜内先輩、そこは喰いつかなくてもいいズラよ」

 

 

 

「よくぞ訊いてくれたわ!津島善子とは世を忍ぶ仮の姿!…しかし本当の私は…」

 

 

「パンドラの箱を開けたズラ…」

 

 

 

それから約2分にわたって、彼女のワンマンショーが始まった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

 

 

その日の夜のことだった。

 

 

 

『園田海未、事故死』というニュースがネットを駆け巡ったのは…。

 

 

 

 

 

第二部

~完~

 



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第三部
それどころじゃない!!


 

 

 

 

 

千歌たちが最初にそのニュースを目にしたのは、スマホの画面に表示された速報だった。

帰宅し、夕食を摂り、入浴して…一段落した頃のことである。

 

 

 

『サッカーのオリンピック代表候補選手が、交通事故に巻き込まれ、意識不明の重体』

 

 

 

彼女たちが住む沼津…つまり静岡…は元々サッカー王国であるから、ほとんど全員、それが誰かを知っている。

千歌も「えっ…」と言ったあと、しばしの間、絶句した。

 

だが仮に…サッカーに全く興味がない人でさえも、その人物の名前くらいは聴いたことがある。

 

 

 

事故に遇ったのは…これからの日本代表を背負って立つ…と言われている時の人であった。

 

 

 

ほどなくして、このショッキングな出来事はTVのニュース番組でもトップで伝えられ、全国民に知れ渡ることとなる。

 

 

 

そんな中…

 

 

 

ネットやSNSを通じて拡散したのが…『元μ'sの園田海未死亡』…という情報だった。

それは『ニュース速報よりも早く流れた』とも言われている。

千歌が知ったのも、ネットからだった。

この事故の関連ワードで『彼女の名前が急上昇』したことから目に付いた。

 

 

 

「園田海未…って…まさか、あのμ'sの園田海未さん?えっ?事故死ってどういうこと!?」

 

ボンッ!と音を立てて、千歌の頭の中は瞬く間にブラックアウトした。

 

 

マスコミでは「尚、ほか1名が事故に巻き込まれた模様…」と述べられたのみで、その身元には触れられていない。

それが園田海未だなどと、どこも報じていない。

どこのニュースサイトを見ても、一言もそんな文字は存在していない。

 

 

 

「う、うそだよね…」

 

それは誰に同意を求めたのだろうか…。

千歌はひとり、ポツリと呟いた。

 

 

だが…

 

 

いくらμ'sと言えども、所詮は素人。

グループとして一世を風靡したのは間違いないが、現時点でA-RISEほどの知名度があるか?…と問われれば否定せざるを得ない。

もし、彼女が現役のアイドルであれば、ニュースでも名前が読まれるかも知れないが、今は一般人である。

公表されなくても当然と言えた。

 

 

 

それでも、こういう形で被害者として特定されたのは『目撃者がいた』ということだ。

しかし、先に述べた通り、彼女の名前を知る者は、そう多くない。

故に…発信源はコアなファンか、親しい間柄…またはそれに準ずる存在からだと言えた。

 

 

 

とはいえ、その情報の信憑性に疑問符が付いたのも確かである。

いや、そもそもファンとしては、そんなネガティブな話を、そう簡単に受け入れられることなどできない。

どちらかと言えば『信じたくない』⇒『嘘だ』という風に、心の中で自動変換されていた。

 

 

 

いずれにしても、このニュースにより、サッカーファン、μ'sファンを中心にネット上は騒然となっていた。

 

 

 

 

 

「…どうしよう…どうしよう…」

 

ルビィがパニックになり、右往左往しているところを、ダイヤは後ろから抱き締めた。

 

「…落ち着きなさい!こ、これは…な、何かの間違いです。えぇ、そうです…あってはなりません…信じられませんわ…こんなことが起こるなんて…」

 

そう言った彼女も震えていた。

涙が止まらない。

 

 

 

「…お姉ちゃん…」

 

「…ルビィ…」

 

 

 

μ'sが解散してから4年余りが経とうとしていた。

海未だけでなく、現役でアイドル活動しているメンバーはいない。

 

それでも『スクールアイドルのカリスマ』『レジェンド』と呼ばれている彼女たちの活躍は、いまだに色褪せることなくダイヤの胸に焼き付いていた。

 

その憧れのスターの…突然の訃報…。

 

ショックを受けないハズがなかった。

 

 

 

 

 

恐らく、このような光景が全国各地で見られたと思われる。

 

 

 

 

 

千歌の部屋でも、同じことが起きていた。

 

 

 

「どうしよう…どうしよう…」

 

「千歌ちゃん、取り敢えず、一旦落ち着こう…」

 

「でも、梨子ちゃん…」

 

「気持ちはわかるけど…今は、何もできないから…」

 

「う、うん…」

 

「曜ちゃんも、こっちに向かってる…って連絡あったけど…『早まらないように伝えて!』って…」

 

 

 

速報を見て、千歌の家の隣に住む梨子は真っ先に駆けつけた。

やはり曜と同じことを考えていたからだ。

 

瞬間移動できるなら、曜も今すぐ千歌の部屋に行きたいと思ったが、物理的にそれは敵わない。

「まさか『後追い』なんてしないよね…」と思いつつ…だがμ'sに心酔している千歌のことだ、万が一がないとは言い切れない。

逸(はや)る気持ちを抑え、まずはその想いを梨子に託した。

 

 

 

「う、うん…それは大丈夫…でもビックリしちゃって…」

 

千歌はそう答えたものの…何も考えられず、梨子に身体を預けて泣くしかできなかった。

 

 

 

絵里推しのダイヤ、花陽推しのルビィ…そして、特に推しメンがいない千歌でさえこの状態である。

海未推しのファンであれば…その心痛は計り知れない。

ネット上では、彼女の死を悼む声とともに『厭世の念』を著す書き込みが散見され、それに対し「早まるな!」という言葉が、かなり目立っていたのも嘘ではない。

 

 

 

しばらくして、曜が到着。

 

 

 

3人は嘘か本当かよくわからない情報に翻弄され…そして、次々と発生する『誹謗・中傷』の類いの書き込みに気分を害しながら、一晩を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局『その情報』が『ガセ』だとわかったのは…明け方近くになってからある。

 

園田海未が事故に巻き込まれて、救急車で病院に運ばれたのは事実であったが…実際には…掠り傷程度で生死に関わるような怪我ではなかった事が判明する。

 

そのことはμ'sの中で唯一芸能活動を続けている『小庭沙弥』こと『矢澤にこ』からSNSを通じて発信され『死亡説』は終止符を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは…命に別状がないということで…ホッとしましたわ」

と生徒会長室で、千歌たちを前に切り出したのはダイヤ。

 

 

 

CANDLYとふぉ~りんえんじぇるの6人は、先日行われたフェスティバルの投票結果を訊きに、この部屋に来ている。

 

しかし、生徒会長は「そんなことはどうでもいい」とばかりに…昨夜から未明に掛けての騒動…についての心情を吐露した。

 

 

 

「はい!本当に良かったです」

 

千歌もダイヤと気持ちは同じだ。

この想いを、早く共有したかったから、その言葉を受けて、食い気味に返答した。

 

 

 

「千歌ちゃん、この世の終わりみたいな顔をしてたもんね」

 

「う、うん…なんて言うか…頭が真っ白になっちゃって…別に何もできないのにね」

 

「うん。ルビィもどうしよう、どうしよう…ってバタバタしちゃって、お姉ちゃんに何度も『落ち着きなさい』って言われちゃいました」

 

「かく言う私も…だいぶ取り乱しておりましたが…」

 

「まぁ、とにかく無事でなによりだったね…」

と曜は少し眠たげに言った。

 

花丸と善子は別として、他の5人は余り寝ていない。

千歌は、授業中爆睡していたが、生真面目な曜と梨子は頑張って起きていたので、今ごろになって眠気がピークに達しようとしていた。

 

 

 

だが、突然のダイヤの大きな声に、それは一瞬で吹き飛ばされる。

 

 

 

「それにしても…なぜ被害者である園田海未さんが、悪者扱いされなければないのですか!!」

とダイヤは物凄い形相で千歌を睨み、机をバンッ!と叩いたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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マイノリティ

 

 

 

 

「えっ?私が怒られるの?」

 

 

 

元μ'sの園田海未が事故に巻き込まれたことに関して、ダイヤは激しい怒りを感じているようだ

その気持ちが、千歌へとぶつけられた。

 

 

 

「お、お姉ちゃん、高海先輩は悪くないよ!」

 

「わかってますわ!高海さんに怒鳴っているのではありません…」

 

「いや、今のはどう見ても、千歌ちゃんに向かってだよね…」

 

「う、うん」

 

曜の呟きに梨子が頷く。

 

 

 

だが、千歌はダイヤが怒鳴った意味を、なんとなく悟った。

 

「私も気持ちはわかります。海未さんは事故に巻き込まれただけ…それなのに『何故、そこに居たんだ』とか『お前がいなかったら、高野選手が巻き込まれることはなかった』とか…心無い言葉が溢れていて…」

 

「マルも見たズラ。あまりに汚い文字が並んでいて…悲しくなったズラよ」

 

「『死ねば良かったのに』…なんて言葉もあった…」

 

善子がボソッと呟く。

 

 

 

 

事故の概要はこうだ。

 

加害者は16歳の少年…当然、無免許運転である。

信号無視の末、対向車と衝突して、そのはずみで歩道に乗り上げ、街路樹に激突。

運転していた少年は、足を骨折したものの命に別状はなかったが…車に同乗していた少女は…全身を強く打ち、死亡した。

 

 

 

一方、その事故に巻き込まれたのは、信号待ちをしていた男性と女性。

 

それがサッカーのオリンピック代表候補『高野梨里』…と…元μ'sの『園田海未』だった。

 

目撃者の話によれば、男性が女性を庇ったように見えたという。

 

 

 

ニュースなどの情報によれば、高野は意識不明の重体。

脊髄に損傷が見られるという。

 

これでは仮に意識が戻ったとしても、1ヶ月後に控えたオリンピックの出場は絶望的であった。

 

彼は予選で結果を残し、五輪での活躍がもっとも期待されたひとりである。

しかし、この、死線をさまよう状況に…日本中、いや彼を知る世界中の人々…から同情が集まった。

 

 

 

ところが…だ。

 

 

 

人の不幸は蜜の味。

こういう状況を喜ぶ者がいるのが、悲しい現実。

ネット上には、すぐにアンチ高野が湧き出した。

 

『訃報』

 

そんな見出しのスレが乱立した。

『悲報』ではなく『訃報』だ。

悪ふざけにも程がある。

しかし、当人たちは必ずしもそうは思っていないのだろう。

 

 

 

それは彼の活躍を羨む者なのか?

あるいは、彼に何らかの私怨を持つ者なのか?

それとも…純粋に社会常識が通じない…極めて稀少な人種なのか…。

 

 

 

「なに、大事な時期に、事故に巻き込まれてるんだよ!」

「女助けてる場合かよ。自分の身を守れよ!」

「高野の五輪終わった。これが本当の『ご臨終』」

「五輪どころか、サッカー人生も終わり」

「女もイチャついてる場合かよ!」

「たいした実力もないくせに、調子に乗ってるから、バチが当たったんだよ」

 

とても彼が被害者だとは思えない文字が並ぶ。

 

 

 

そして極めつけが…善子がさっき「見た」と口にした、あまりに卑劣極まりない文言…

 

 

 

『どうせなら、死ねば良かったのに』

 

 

 

中には「サッカー選手がサッカーできないなら、それは生き地獄。本人も死んだ方がマシだと思うんじゃないか」なんてもっともらしいことを言う者もいたが、それは他人が決めることじゃない。

 

だが、彼らにそんな言葉は通じない。

 

 

 

この事故の余波は、名前を晒された海未にも及んだ。

 

彼女は高野に助けられたばかりに、まず彼のファンから『疫病神』などと罵倒された。

さらには一緒にいたことで『高野の彼女か?』などとも噂された。

 

なにひとつ確証はない。

 

だが『恋は盲目』と言うが、熱狂的なファン…いや信者と呼ばれるような者たちにとっては、その情報の真偽に関わらず、そう思わされたことだけで怒りの感情が吹き出してしまう。

 

μ'sの中でも、ストイックで清廉としたイメージの強い海未が『男と一緒にいた』ということのインパクトは、彼らにとって想像以上の破壊力をもたらした。

 

「海未ちゃんに男?」

「裏切られた!」

「高野許すまじ」

「ふたりとも死ね!」

 

興奮は収まらない。

 

 

 

そこに、ここぞとばかりに『アンチ海未』が便乗して、彼女を口汚く罵った。

 

μ'sに限ったことではないが、同じグループを応援しながら、好きなメンバー(推しメン)が違うと、ファン同士で対立したりすることはある。

 

「アイツ、使えねぇ!」

「メンバーから外せ!」

「AよりBの方がマシ」

「バ~カ!Bの方が使えねぇ!」

「にわかは黙ってろ!」

 

それはアイドルの世界だけではなく、野球でもサッカーでも日常茶飯時。

いや、もしかしたら交代選手がいる分、スポーツの世界の方が、よっぽどこういうことはシビアかも知れない。

 

いずれにしても、ネット上では

こうして『高野ファン』『アンチ高野』『海未ファン』『アンチ海未』が『四つ巴』となり、彼らふたりに対し罵詈雑言を浴びせていたのだ。

 

もちろん、それは…ファン全体からすれば、ごく一部の者の仕業…である。

これが意見が大半ではない。

しかし『良識ある人々』は、このような不毛な争いに参加しない。

中には「この状況でそんな話をするのは不謹慎だ」と訴える者もいるが、正論を述べれば述べるほど、熱くなった連中から集中砲火を浴びる。

『出る杭は打たれる』のだ。

 

結果、多くのファンは…一部の暴走したマイノリティ同士の言い争いを、ただ傍観するしかなく…ネット上は見るに堪えない言葉で溢れかえったのである。

 

 

 

「ありえません!ありえませんわ!狂ってます!狂ってますわ!!」

 

「お姉ちゃん、落ち着いて…」

 

「人として間違ってます!」

 

「そうですよね…。私は…千歌ちゃんほどμ'sに思い入れがあるわけじゃないし…そんなに詳しわけじゃないけど…生徒会長の言う通りだと思います。そもそも、事故の被害者に対して『有名人を目撃しました』みたいな感じで、SNSやネットにアップすること自体、信じられないですし…」

 

「そう!そうなのです!桜内さん!!まずそこなのです!東京の人は、みなさん、こうなのですか?なぜこうも薄情なのでしょうか!?」

 

「東京、恐いズラ」

 

「い、いえ…東京だからどうの…って問題じゃないと思いますけど…」

 

「それになんですか!この降って湧いたように現れた『アンチ』たちは?」

 

「ですよねぇ。今、この状態で『海未さん推し』だとか『そうじゃない』とか関係ないのに…どうしてμ'sのファン同士でケンカしてるんだろう」

 

「はい、高海さん!…愚かです…愚か過ぎます…」

 

「はい…」

 

 

 

「そして、いつの間にかこの争いに、A-RISEファンが参戦してるのよね…」

 

「そうなんズラ、善子ちゃん。どうしてこんなことになったのか、もうワケがわからないズラ…」

 

「ヨハネよ!」といつもの善子ならツッコむところだが、さすがにこの雰囲気では、それを言うことを憚(はばか)れた。

 

 

 

「μ'sとA-RISE…共にスクールアイドル界をメジャーに引き上げた二組…。μ'sは解散していますが、それでもA-RISEは『彼女たちは永遠のライバル』と公言している程の存在。それなのに、なぜA-RISEのファンがμ'sファンを煽るのでしょうか…」

 

「お姉ちゃん…」

 

「私は…思わず『ファン同士、仲良くしましょう』と書き込んでしまいました。…ですが…」

 

ダイヤはそこから先の言葉を飲み込んだが、その結果がどうだったか?ということは容易に想像できた。

 

 

 

「叩かれた…ズラ?」

 

 

 

花丸の問いかけに

「はい」

と彼女は小さく頷いた。

 

 

 

「どうして、そうなるんですかね…」

 

千歌はそう問い掛けた。

 

 

 

答えはわかっている。

世の中には『自分たちとは違う考えを持っている人がいる』ということだ。

 

だが、それを受け入れることは到底できない。

 

少なくとも、ここに今いる7人は同じ気持ちだ。

 

 

 

しかし、だからと言って、それに抵抗できるだけの力は無い。

 

「自分自身が情けないですわ。あんな人たちに屈するなんて…」

とダイヤが呟く。

 

その虚無感とも言える空気が、この部屋を長い時間支配した。

 

 

 

「で、でも…海未さんは無事だったみたいだし…それだけでも『よし』としないと…」

 

「そうだよ!…サッカー選手は…それは…まぁ…残念だけど…海未さんは助かったんだし…」

 

「そうズラ!高海先輩と渡辺先輩の言う通りズラ!」

 

「うん…私たちがウジウジしてても、海未さんは喜ばないと思う」

 

「ルビィ…」

 

「私たちはきっと何もできないし、何の役にも立たないかも知れないけど…」

 

「そうですわね!少し叩かれたくらいで、私もどうかしてました。はい、これから、気持ちを切り替えますわ」

 

 

 

ダイヤの顔が微笑んだのを機に、ようやく生徒会長室の重い空気が緩和されたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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出場権はどっちだ!

 

 

 

 

 

「さて…それでは本題へと参りますわ」

 

 

 

「本題ってなんだっけ?」

 

「千歌ちゃん、それはボケすぎだよ」

と曜は笑った。

 

 

 

沼津駅前で行われたスクールアイドルのイベントに出演した2年生の3人『CANDLY』と、1年生の3人『ふぉ~りんえんじぇる』。

 

生徒会長のダイヤはどちらのパフォーマンスがが良かったか…判断を生徒に委ね「投票数の多かった方にラブライブ予選の出場権を与える」…としていた。

今、ここに集まっている理由は、その結果を聴きに来ているのだ。

 

 

 

「あははは…そうだった、そうだった。『海未さんの事故騒動』で一瞬、それを忘れてたよ」

 

「いえ、それについては私もつい興奮して取り乱しましたので…」

とダイヤは上半身を斜め45°に折り曲げた。

 

 

 

「それで…どっちが勝ったズラ?」

 

花丸の問いに、再び生徒会室は緊張感が高まる。

 

 

 

「それでは発表いたしますわ…」

 

 

 

結果を待ち受ける6人がごくりと喉を鳴らした。

 

 

 

「引き分けです!」

 

 

 

「えっ!?」

 

「引き分け?」

 

 

 

「はい。ドローですわ。まぁ…甲乙付け難い…ということなのでしょう」

 

 

 

「…」

 

1年生も2年生も、それぞれが顔を見合わせる。

予想外の答えが返ってきて、どうリアクションしたらよいのかわからない…そんな感じだ。

 

 

 

「だとすると…どうなるズラ?」

 

「なにがでしょう?」

 

「ラブライブ予選の出場権ズラ」

 

「どちらも出場を認めざるを得ない…ということになりますわ」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「どちらにもってことは…」

 

「2チームとも…ってこと?」

 

困惑の表情を見せる6人。

 

 

 

「いえ、そうは言っておりません」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

「出場するのは1チームです!」

 

 

 

「えっ?」

 

「意味がわからないズラ!」

 

「そうだよ、どちらも出場件を与えるって言ったじゃない」

 

「2チームで…とは申しておりません」

 

「どういう意味ですか?」

 

 

 

「出場は1チームと致します」

 

 

 

「えっと…それは…」

 

 

 

「皆さんはひとつになって頂きますわ」

 

 

 

「なぁ~んだ、そういうことか…って…えぇっ!?ひとつになる!?」

 

 

 

「千歌ちゃん、そのノリツッコミはいくらなんでも…」

 

「いやいや曜ちゃん!そうは言っても…」

 

「うん、お姉ちゃん、ちゃんと説明してほしいです」

 

 

 

「そうですね…これは理事長とも話し合って決めてことですが…まず投票結果の通り、2チームのパフォーマンスは甲乙付け難いものであり、どちらか一方のみ予選の出場権を与えるというのは不公平だと感じました。…で…あれば…2チームとも出場させれば良いのでは…ということも考えましたが、それは学校運営上、効率が良くないと判断したわけですわ」

 

 

 

「効率?…」

 

 

 

「ラブライブの出場にはご存知の通り、学校の承認が必要です。勝手にエントリーは出来ません。サークルとして活動する分においては、各々の責任において、ある程度の自由を認めておりますが…『学校代表』という肩書きが付く以上、当方で管理させて頂くことは、生徒を守るという意味においても当然の義務であるといえます」

 

 

 

「なんだか、難しい話になってきたねぇ…」

 

 

 

「今の私たちにおいて、2チームを同時にコントロールするなど、到底無理な話です」

 

 

 

「コントロールってなによ!」

とそれを聴いた善子が噛み付いた。

 

 

 

「練習場所の確保!スケジュール調整!体調管理!合宿の許可!衣装代や遠征費の資金調達!宣伝活動!」

 

 

 

「わっ…わっ…うわぁ…」

 

ダイヤの『くわっと見開いた瞳』と、その『圧』に6人はたじろぎ…あとずさりをする。

 

 

 

「恋愛禁止!国籍不明!年齢不詳!存在不明!解析不能!その他諸々!!あなたたちだけで、それができるというのですか!!」

 

彼女のバックには稲妻が走り、どぉ~ん!という音がした。

 

 

 

「あ、いや…その…」

 

「最後の方はよくわからなかったけど…なんとなく大変そうなことは理解したズラ…」

 

 

 

「…というわけで…今からは6人1チームで活動して頂きます!!」

 

 

 

「そんな急に言われても…」

 

「そうズラ。そんなことは認められないズラ!」

 

 

 

「あ、あの…」

 

 

 

「はい、高海さん、なんでしょう?」

 

 

 

「ひとつ、どうしても訊いておきたいことがあるのですが…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「どうして生徒会長はスクールアイドルを辞めたのですか?」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「妹さんから、二次予選まで進んだのに…その直前にステージに立つことなく解散しちゃったって聴きました。でもその理由は教えてくれないって…」

 

「千歌ちゃん、その話は理事長に訊いてみるって話じゃなかったっけ?」

 

「でも曜ちゃん、この流れなら教えてもらえそうな気がしたんだもん」

 

「無理、無理!生徒会長が喋るわけないじゃん」

 

 

 

「…」

 

ダイヤは口を一文字に結んでいる。

 

 

 

「どうしてなんですか?」

 

千歌がグイッと一歩前へ、詰め寄った。

 

 

 

「あ…あなた方に…お話することではありませんわ…」

 

 

 

「いえ、それは話してもらう必要があります!」

 

 

 

「梨子ちゃん!?」

 

まさかの言葉に千歌と曜は驚いて、二人同時に声をあげた。

彼女から追求の発言が飛び出すとは思っていなかったからだ。

 

 

 

「生徒会長はμ'sファンだと聞きましたので、ならば、一言、申し上げます!…そのμ'sも…一度は解散の危機を迎えて…ラブライブの出場を辞退したことがありました。でも、そのあと心をひとつに活動を再開して、全国大会で優勝しました」

 

「今更、桜内さんにも教えられなくても存じてますわ」

 

「…であるなら…なぜ、生徒会長たちはそういう風にならなかったのでしょうか?」

 

 

 

「!」

 

 

 

「私たちがこれから活動していくにあたり、教訓とするべき話であるなら、聴いておくに越したことはないですし」

 

 

 

「なるほど、モノは言い様ですね」

 

 

 

「それに…千歌ちゃんがスクールアイドルを始める時に『中途半端な気持ちでやってほしくない!』みたいなことを言ってましたよね?そうまで言う人が、なぜ途中で辞めたのか…みんな興味があると思いますけど」

 

 

 

「本心は興味本位…ということですか?」

 

 

 

「どう、捕らえてられても結構です」

 

 

 

「…かしこまりましたわ…お答え致しましょう…」

 

ダイヤはそう言うと、1回大きく深呼吸をした。

 

 

 

「確かに私は…幼いころからアイドルが好きで…その中でも…とあるキッカケでμ'sに傾倒していきました。そして高校に入り、親友と念願だったスクールアイドルを結成したのです」

 

 

 

「それが理事長と…果南ちゃ…じゃなかった、松浦先輩なんですね?」

 

 

 

「はい。2人は幼馴染でしたし、気心は知れておりました。ですから私の気持ちを理解して、スクールアイドルについては、ふたつ返事で承諾して頂きましたわ」

 

「3人ともスタイルいいし…人気あったんだろうね…」

 

千歌がボソッと呟くと

「もちろんですわ!」

とダイヤが即答した。

 

 

 

「ふふ…」

 

吹き出したのは善子。

 

 

 

「なんですか!?」

 

 

 

「見た目通り…自信過剰な人だと思って…」

 

 

 

「私がですか?…そうですね…仮にも人前でステージの上に立とうという者は、それ相応の自信が無ければ勤まりませんから」

 

 

 

「あっさり肯定したズラ…」

 

 

 

「さて、そんな私たちは地区予選、一次予選を難なく勝ち上がりました。今のお話の通り、この時はもう自信の塊、他校のスクールアイドルになど負ける気がしませんでしたわ」

 

 

 

「それがどうして急に…」

 

 

 

「端的に申し上げれば…方向性の違い…ですわ」

 

 

 

「方向性の違い…」

 

「ミュージシャンが解散するときによく聴く言葉だよね」

 

千歌は曜の言葉に頷いた。

 

 

 

「より高いレベルを望むあまり…音楽であるとか、ダンスであるとか、衣装であるとか…3人の意見がぶつかり合ってしまい…二次予選が始まるまで纏まらなかった…ということですわ」

 

 

 

「それで…解散?」

 

 

 

「元々、私が誘って始めたことです。その私の熱が冷めてしまったら…2人は続ける意味がありませんので」

 

 

 

「…」

 

 

 

「ですから…あなた方がスクールアイドルを始めると聴いた時、反対したのです。一人の思い付きだけで、どうにかなるようなものではないのです」

 

 

 

「思い付き…」

 

 

 

「仮に3人が同じ志や情熱を持っていようと…信念が硬かろうと…そこまでのアプローチの仕方が違えば、目標に辿りつくのはとても難しいのです」

 

 

 

「ふ~ん…それなのに…2年生と一緒にやれ…と言うズラか…」

 

「ズラ丸の言う通り、それは矛盾してるよね?」

 

 

 

「そ、それはですね…」

 

 

 

「学校が廃校になるからデ~ス!」

 

 

 

「鞠莉さん!!」

 

口ごもるダイヤに助け舟を出したのは…理事長こと小原鞠莉だった。

彼女は生徒会長室のドアをガチャリと開けると、つかつかと歩いてダイヤの隣に立った。

 

 

 

「チャオ!」

 

 

 

「チャオ!ではありませんわ。いつから話を聴いていたのですか!?」

 

 

 

「『本題と参りますわ』…あたりから?」

 

 

 

「ほぼ始めからじゃない…」

と善子は呆れたという顔をした。

 

 

 

それはダイヤも同じだった。

 

 「盗み聴きとは趣味が悪いですわ」

と鞠莉を睨み付ける。

 

 

 

それにはまったく意に介さず…という感じで

「ダイヤから聴いてると思いますが…当校は廃校の危機なのデ~ス!みんなの力が欲しいのデ~ス!ふたつの力をひとつに合わせて、叫べ勝利の雄たけびを…なのデ~ス!!」

と鞠莉は声高らかに、彼女たちに説いた。

 

 

 

「そうは言っても…」

 

 

 

「まぁ…その通りですわ。…私たちは…お互いのスクールアイドルの理想像だけをぶつけ合って、空中崩壊してしまいました。ですが…もし、そこに使命のようなものがあったらどうでしょう?きっとそれを乗り越えていたのではないか…と思うのです!さぁ、今こそ、2つのチームが手と手を取り合い、この苦難に立ち向かおうではありませんか!!」

 

ダイヤは拳を固めて、熱く熱く、力説するのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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1+1=1

 

 

 

 

 

「千歌ちゃん、それで…どうするの?」

 

 

 

「どうする…って?」

 

 

 

「1年生と一緒にやるか…ってこと」

 

 

 

「あぁ…それね…。突然のことだから、今すぐには答えられないよ…」

 

バスの最後列のシートに座る千歌は、困惑した表情で…右隣に座る曜…に答えた。

 

 

 

「そうだよね…」

 

千歌の左隣の梨子も、同じような顔をして頷いた。

 

 

 

1年生のスクールアイドル『ふぉ~りんえんじぇる』とラブライブの出場権を懸けた戦いは、引き分けに終わった。

その結果を受け、生徒会長のダイヤは「どちらか片方を選ぶことは出来ない」として両者に出場権を与えると明言。

だがその条件は『2チームがひとつになること』だった…。

 

 

 

彼女たち2年生は戸惑いながら、このバスに乗り込んだ…というワケだ。

 

 

 

「正直言えば…私が歌詞を書いて、梨子ちゃんが作曲してくれて…曜ちゃんが衣装を作ってくれれば『3人で全然いいじゃん!』って気持ちもあるだよねぇ…」

と千歌。

 

「確かに」

 

曜は相槌を打った。

 

 

 

「…でもね…」

 

千歌は腕組みをしながら、遠い目をした。

車内は左の窓から海面に反射した夕日が差し込んでいる。

キラキラとしたオレンジの空間は少し眩しくて…それは今朝経験したなんとも言えない哀しい気持ち…を消し去るような、とても穏やかな空間を作り出していた。

 

 

 

「でも?…」

 

 

 

「私が憧れてるスクールアイドルが『A-RISE』だったら、自分自身をそれで納得させられたかもだけど…やっぱりちょっと、違うんだよねぇ…」

 

 

 

「違うって?」

 

 

 

「うん、梨子ちゃん…それは私の憧れが『μ's』だったってことかな?」

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

「生徒会長が1年生と一緒に…なんて言い出さなければ、そうは思わなかったんだろうけど…」

 

「じゃあ6人でやるのはまったく問題ない…ってこと?」

 

「違うよ、曜ちゃん」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「9人でやりたいなって…今、すごく思ってるんだ」

 

 

 

「9人?」

 

 

 

「私たちと1年生と…3年生…」

 

 

 

「3年生?」

 

 

 

「生徒会長と理事長と…果南ちゃんを入れて…9人だよ」

 

 

 

「えっ?…」

 

 

 

「偶然にも、μ'sも各学年の人数は同じ3人ずつだし」

 

 

 

「ちょ…マジ?…」

 

曜と梨子と顔を見合わせたあと、しばしの間、絶句した。

 

 

 

「マジ?…って…何かおかしいこと言った?」

 

「いやぁ…1年生と一緒にやるかどうか…って言ってるのに、いきなりそこを飛ばして3年生の話が出てくるから…」

 

「曜ちゃん、それはそうなんだけどね…今朝のことがどうしても気になっちゃって」

 

「今朝のこと?」

 

「もしかして…μ'sの園田海未さんの…」

 

「梨子ちゃん、正解」

 

「あっ…」

 

曜も梨子の言葉で、どういうことか理解したようだ。

 

 

 

「…私も曜ちゃんも…梨子ちゃんも…ある日突然、この世からいなくなっちゃうかも知れない…って思ったらさ…やらないで後悔するよりは、やって失敗したほうがいいんじゃないかって」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「さっきの生徒会長の話が本当なら、3年生の3人も不完全燃焼のまま、解散してるんじゃないのかな?だったら…もう一度私たちと一緒にラブライブに参加したらいいんじゃないかな…なんて考えたりして」

 

「なるほど…」

 

「もちろん、まずは1年生と一緒になることからしきゃいけないのはわかってるよ。でも…望みは大きく果てしなく…無理って決め付けたら、何も進まないから」

 

「千歌ちゃん、どうしたの?今朝はあんなに死にそうな顔をしてたのに、急に大人になったみたい」

 

「あはは…死にそうな…は酷いな…」

 

「ううん、曜ちゃんの言う通りだよ、一時はどうしよう…ってほど落ち込んでたから…元気になって本当に良かった」

 

 

 

「曜ちゃん、梨子ちゃん…心配かけちゃってごめんね。でも、もう大丈夫だから」

 

そう言って千歌はニッコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

その2年生の乗るバスの…同じ車内の前方に…花丸、ルビィ…通路を挟んで善子の3人…が座っていた。

 

 

 

「アンタ、この結果について、生徒会長から何にも聴いてなかったの?」

 

「…うん…」

 

「ふ~ん…」

 

「どうかしたズラ?」

 

「いや本当はどっちが勝ったのかなって?」

 

「どっちが勝った…ズラか?」

 

「ちょうど『引き分け』だなんて…あり得ないでしょ?」

 

「…マルも少しだけ気になったズラ…」

 

「アタシたちが負けていた…とは思ってないけど…仮にそうだったとしたら…」

 

「生徒会長がルビィちゃんに忖度した…ってことズラか?」

 

「アンタも知ってるでしょ?普段は見せない妹への猫かわいがり具合…あれを聴いたらそう思っても不思議じゃないでしょ?」

 

 

 

「しっ!善子ちゃん、それは禁句ズラ!」

 

 

 

「?」

 

ルビィはなんのことかわからず、花丸と善子の顔を交互に見る。

 

 

 

「実際、得票数は聴かされてないわけだし…μ'sだっけ?…の『なんとかさん死亡』の件で上手く誤魔化された気がしないでもない」

と善子は何事もなかったように話を続けた。

 

 

 

「いや、死んでないズラよ…」

 

 

 

「アタシは一人っ子だからよくわからないけど…姉妹ってそんなものなの?結果がどうだったとか、こうだったとか、そういう会話が一言もはないわけ?」

 

「う~ん…おうちではそういう話、厳禁だったから」

 

「…にしても…よ!…ズラ丸はどう思う?」

 

「マルも一人っ子だから…」

 

「そうだったわね」

 

「でも、姉妹だから難しい…ってこともあるんじゃないかと思ったりするズラ。お互い思春期だし」

 

「そういうもの?」

 

「…どうなんだろう…」

 

「どうなんだろうって…ってアンタ…」

 

 

 

「…で…ルビィちゃんはどうするズラ?」

 

 

 

「えっ?マルちゃん、どうするって?」

 

 

 

「2年生と一緒に活動することズラ」

 

「う、うん…そうだね…」

 

「前に2年生と『一緒にやろう』って言ってフラれたんでしょ?アタシはそんな人たちが仲良くしてくれるなんて思わないけど」

 

善子はチラリと後ろを振り返り、後部座席に陣取る千歌たちの姿を見た。

 

 

 

「マルは善子ちゃんには訊いてないズラよ」

 

「ヨハネよ!」

 

「それはどうでもいいズラ」

 

「創造主が意見を言って、何が悪いのよ」

 

 

 

「創造主?」

 

 

 

「この『ふぉりえん』はアタシが作ったようなものじゃない」

 

「いや、善子ちゃんは無理やり割り込んできたズラよ」

 

「違うでしょ。ズラ丸たちがグズグズしてたから、アタシが手を差し伸べてあげたの!」

 

「はい、はい、わかったズラ」

 

「なによ、その言い方は…」

 

「不毛な議論は疲れるズラよ…」

 

「不毛ってことはな…まぁいいわ…言い合っててもラチが開かないから…それよりズラ丸はどうなのよ。アンタだって先輩のことは良く思ってないんでしょ」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「ん?…じゃないわよ。アンタだって先輩のことは嫌いなんでしょ」

 

「いやぁ…そうは思ってないズラ…」

 

「あ、裏切ったわね」

 

「裏切るもなにも…マルは別にそこまで嫌ってないズラよ。確かに…厳しいことは言ったかも知れないかもだけど…ただ、あのパフォーマンスを観て、少し感動したっていうかなんていうか…」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

「熱いものを感じたズラ!…飛び散る汗!ほとばしる情熱!…観ていて、とても興奮したズラよ。アレを見たとき『あぁ、この人たちもスクールアイドルを本気で頑張ってるんだ』って思ったズラぁ…。あれがグダグダだったら、一緒にやらなくて良かった…と思ってたかもだけど、今はそうは思わないズラよ」

 

「『手のひらクルー』ってヤツね…」

 

「否定はしないズラ…」

 

 

 

「ふ~ん…で、アンタはどうなのよ」

と善子はルビィに話を振った。

 

 

 

「私は…一緒に出来るなら、お願いしたいかな…って」

 

 「へぇ…」

 

「その…前にも言ったけど…先輩に断られたのも当然だと思ってたから…別にそれで怨んだりとか憎んだりとかもしてないし…そのお陰で…ヨハネちゃんとも仲良く慣れたし」

 

 

 

「善子よ!…って、あっ…」

 

 

 

「ぷふっ!ツッコミ間違ったズラ」

 

 

 

「い、今のはノーカウントよ。アンタが変なこと言うから、調子が狂ったの!」

 

 

 

「でも、本当のことだから…」

 

 

 

「勘違いでしないでよね。さっきも言ったけど、この『ふぉりえん』はアタシの『リトルデーモン』を増やす為に作ったグループなの。つまり『布教』よ、布教。別にアンタたちのために協力したとか、そんなんじゃないんだってば!!」

 

「善子ちゃん、いつまでそんなことを言い続けるズラ?」

 

「知らないわよ!…地球が滅ぶまでじゃないの?」

 

「そ、そうなんだ…」

 

ルビィが真顔で彼女の顔を見ると

「えっ…い、いやぁ…そこは真剣に頷かれても困るんだけど…」

と善子は顔を赤くしてソッポを向いた。

 

「あぁ、わかったズラ!善子ちゃんは先輩たちと一緒になると、そのキャラが出来なくなるのが嫌なんズラ」

 

 「キャラって言うな!誰がなんと言おうと、アタシは堕天使ヨハネそのものなの!」

 

「うんうん、マルたちの前ではそれでいいけど…だけどもう高1になったズラ。これを機にそういうことは卒業した方がいいズラよ。このままだと、社会に出られないズラ…」

 

「うっ…ズ、ズラ丸のクセに偉そうなことは言わないでよ!」

 

「現実逃避はよくないズラ」

 

「アンタには関係ないでしょ!もういいわ…」

 

 

 

ぴんぽ~ん!

 

 

 

「!?」

 

「善子ちゃん?」

 

 

 

「これ以上付き合ってられないから、次のバス停で降りるわ」

 

 

 

「えっ?でも、善子ちゃんのおうちは終点まで行かないと…」

 

 

 

「アタシがどこで降りようと勝手でしょ!とにかく今は、アンタたちと一緒にいたくないの!」

 

 

 

「善子ちゃん…あのね…」

 

 

 

「いいから、黙ってて…」

 

 

 

「ズラ…」

 

 

 

 

 

ぶろろろ…

 

 

 

 

 

「…で、なんでアンタたちも一緒に降りてくるのよ…」

 

 

 

「ここ、マルたちが降りるバス停だからズラ…」

 

「うん…」

 

 

 

「あっ!…」

 

 

 

「むしろ、一緒に降りてきたのは善子ちゃんズラよ」

 

「うん…」

 

 

 

「どうして、そういうことは先に言わないのよ!」

 

 

 

「『黙ってて!!』って言ったのは善子ちゃんズラよ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「じゃあ、マルたちはこれで帰るズラ…」

 

「うん…」

 

 

 

「あぁ…そう…さよなら…」

 

 

 

「ちなみに…この時間、次のバスは45分後ズラ…」

 

「うん…」

 

 

 

「…45分後ね…」

 

 

 

「じゃあ、バイバイズラ」

 

「バイバイ」

 

 

 

「ははは…ばいばい…」

 

 

 

 

 

2人のあとを見送った善子は、バス停のベンチに腰を下ろすと

「45分…ここでどうしてろって言うのよ…」

と頭を抱えながら呟いた。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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ネーミング

 

 

 

 

 

「抜ける…ズラか?」

 

「だって、アタシがスクールアイドルを続けることに意味がないことは明白でしょ」

 

「そんなぁ…」

 

ルビィは泣き出しそうな顔をして、善子を見る。

 

「元々、そっちの世界に興味があったわけでもないし…」

 

その表情に気付かないフリをして、彼女は答えた。

 

 

 

生徒会長から1年生と2人生の合流を指示された翌日…の放課後。

善子は自ら『脱退』を申し出ていた。

 

 

 

「『ふぉ~りんえんじぇる』の名前はどうするズラ?」

 

「アンタたちにあげるわ。いや、そもそも先輩たちと一緒になるんだったら、その名前は要らなくなると思うけど」

 

 

 

「逃げるズラか?」

 

 

 

「…!!…」

 

花丸の放った一言に、善子は険しい顔をした。

 

 

 

「また…ぼっちに戻る…ズラ?」

 

「花丸ちゃん…そんな言い方は良くないよ」

 

 

 

「ぼっち?…上等よ…。まぁ、アンタたちがスクールアイドルを愛するように、アタシはアタシで趣味があるから…。人間、そうは簡単に変われないのよ」

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 

「アンタたちのことは…草葉の陰から見守っててあげるわよ」

 

 

 

「それじゃ善子ちゃん、死んでるズラ…」

 

 

 

「う、うん…そ、それなりに…まぁまぁ、楽しかったわ。じゃあ」

と、それを無視するかのようにそう告げて…彼女は教室を出て行った。

 

 

 

「ヨハネちゃん!」

 

 

 

「よすズラ!」

 

その姿を追おうとするルビィを、花丸が制した

 

 

 

「!?」

 

 

 

「放っておくズラよ」

 

「でも…」

 

「善子ちゃんは、あぁ見えて頑固ズラ。今は何を言っても無駄ズラよ」

 

 

 

「…」

 

 

 

「そう悲しい顔はしないで欲しいズラ。ルビィちゃんにはルビィちゃんの夢があるズラ。人の心配はしてるヒマがないズラよ!」

 

「う、うん…」

 

「大丈夫…そのうち、きっと戻ってくるズラ」

 

「うん!そうだよね!」

 

花丸の確信に満ちた表情に、なんとなくそんな気になったルビィは大きく頷いた。

 

 

 

 

 

一方、同じ頃…2年生の教室…。

 

 

 

「えっ?一旦、離脱する?」

 

曜の発言に、千歌と梨子は一瞬言葉を失った。

 

 

 

「うん…とっても言いづらいんだけど…」

 

「部活?」

 

「もうすぐ大きな大会があって…私は調子を崩してたから辞退しようかと思ってたんだけど…やっぱり、出なきゃ出ないで後悔しそうだから…」

 

「いや、それはそうだよね!仕方ないよ。こっちはさ…私のわがままで付き合ってもらってるわけだし…」

 

「やるからには中途半端にしたくないって言ったのは私なんだけど…」

 

「全然、全然…気にしないで!…ほら、始めた時と違って、今は梨子ちゃんもいてくれてるし」

 

「うん!だからこそ、安心してるんだけど…ってことで…梨子ちゃん…しばらく留守にするけど…」

 

 

 

「…えっ?…あ…うん…」

 

梨子の顔に動揺が見える。

 

 

 

「梨子ちゃん?」

 

 

 

「あ、曜ちゃんがいてくれないと、やっぱり不安があるっていうか…」

 

「大丈夫だよ。この先は1年生も一緒になるんだから」

 

「そうだけど…だから不安で…。1年生…結構、恐そうなんだもん」

 

「えっ?怖い?面白いとは思うけど、怖いとは思わないなぁ…。練習中はコントやってるし」

 

「でも千歌ちゃん…」

 

「確かにああいうことがあったから、私たちには少し反抗的かな…とは思うだけど…」

 

「…うん…」

 

「キャラは掴みきれてないところがあるけど…同じ趣味を持つもの同士だよ!すぐに打ち解けるって!」

 

「ならいいけど…」

 

「ははは…大丈夫だって!」

 

曜は笑って梨子の肩を叩いた。

 

 

 

続けて

「ラブライブの一次予選は…10月からだっけ?」

と彼女は千歌に訊く。

 

「うん…10月に地区予選、11月に県大会、12月に地方大会があって…3月に全国大会…だね。…で…エントリーは8月中までみたい」

 

「もう6月も終わろうとしてるから…あと2ヶ月ちょい?」

 

「いやぁ、実はその前から戦いが始まってて…有力どころっていうか、そういうグループはもう、ライブとかガンガンにやって、映像流したりとかして、ファンにアピールしてるんだよ。ラブライブの勝敗って審査員の採点じゃなくて、結局は人気投票みたいなもんだから」

 

「そっかぁ…そうすると…ちょっと出遅れた感が強い感じ?」

 

「だいぶね…」

 

「なるほど…」

 

「だから…本当言うと、この期間に曜ちゃんがいなくなるのはキツイんだけど…」

 

「ごめんね…わがまま言って」

 

「いや、それはもう、仕方ないことだし…その間、1年生と協力して頑張るよ!」

 

「よし、任せた!」

 

 

 

「…と盛り上がってるところ、申し訳ないズラ…」

 

 

 

「あら?国木田さんと黒澤さん?」

 

そこに現れたのは『ふぉ~りんえんじぇる』の話し合いを終え、2年生の教室に移動してきた花丸とルビィだった。

 

 

 

 

 

 

「…ということズラ…」

 

花丸が『ついさっき善子がメンバーから外れた』ことを説明した…。

 

 

 

「そうなんだ…」

 

2年生の3人はそう言ったまま、言葉が出ない。

 

千歌にして見れば、どちらかというと花丸とルビィを引っ張っていったのが善子だと思っていたので、その報告はとても意外に感じられた。

 

 

 

「じゃあ、当面4人での活動ってことになるのか…」

 

自分も一時、離脱する。

曜も、その旨を彼女たちに事情を説明した。

 

 

 

「いや、待つズラ…まだマルたちは先輩たちと一緒にやるとは言ってないズラよ」

 

 

 

「えっ?」

 

「やらないの!?」

 

2年生の3人は、驚きの声をあげた。

 

 

 

するとルビィは精一杯深呼吸をすると、吸い込んだ息を大きく吐き出すように

「背も小さくて、人見知りで、得意なものも何もないですけど…でも…アイドルへの想いは誰にも負けないつもりです!」だから…改めて…『CANDLY』のメンバーにしてください!」

と力強く告げた。

 

「マルは…ルビィちゃんほどアイドルは詳しくないかもだけど…でも…ルビィちゃんの夢を叶えるために力になりたいズラ」

 

 

 

「だから…改めて…『CANDLY』のメンバーにしてください!お願いします!!」

 

ふたりは深々と頭を下げ、右手を前に差し出した。

 

 

 

「!!」

 

 

 

つい1ヶ月半前は、その申請を断ってしまった。

でも今回は…。

 

 

 

「うん。こちらこそよろしく」

 

「一緒にがんばろう」

 

千歌と梨子がふたりの手を握った。

 

 

 

「良かったズラ。また断られたらどうしようかと…」

 

「うん…」

 

 

 

「あははは…そんなわけないよ…」

 

千歌は笑っているが、目にはうっすら光るものが見える。

前回のことがあったにも関わらず、こうして頭を下げてくれたことが何より嬉しかった。

 

 

 

「私こそ…頼りない先輩だけど…一生懸命頑張るから」

 

「私も…アイドルとか全然詳しくないから…いっぱいいろんなことを教えてね?」

 

「よぉし!まずはこれでラブライブに向かって1歩前進だね」

と曜はウインクしながら親指を立てた。

 

 

 

しかし

「あれ?でもさぁ…さっき『CANDLY』に入れてください…って黒澤さんは言ったけど…名前はそれでいいのかな?」

と首を傾けながら、疑問を呈す。

 

「そうだよね。あれって『Chika AND Liko,You』の略だから」

 

「『Liko』の『L』は本当は『R』なんだけど…」

 

梨子はこないだも同じことを口にしていた。

相当『Liko』に抵抗があるらしい。

 

 

「それにあなたたちは『ふぉ~りんえんじぇる』ってグループ名があるし…」

 

 

 

「はい…そうなんですけど…それは善子ちゃんと3人で活動するとき用に、残しておこうと思って…」

 

 

 

「3人で活動するとき用?」

 

 

 

「きっと彼女は帰ってくるズラ」

 

花丸のその言葉と表情には、彼女たちを納得させるだけの力があった。

 

 

 

「そっか…」

 

それを見たら、誰もがそう言わざるを得ない。

 

 

 

「じゃあ、改めて…名前、どうする?」

 

 

 

「μ'sにあやかって…『沼's』とか?」

 

 

 

「ぬまず…ズラか?」

 

「あは…」

 

 

 

「千歌ちゃん…面白いけど…それはさすがに…」

 

梨子がNGを出した。

 

 

 

「だよね…」

 

「私は…『CANDLY』でいいです」

 

「黒澤さん?」

 

「そんなにコロコロと名前を変えるのもどうかと思うし…私は先輩たちのグループに入れてもらった身なので…」

 

「一緒にやるんだから、入れてあげたとか、そういうつもりじゃないんだけど…まぁ、そうか…この先、メンバーが増えるたびに名前を変えるのもなんだもんね」

 

 

 

「メンバーが増える…?」

 

 

 

「あれ?言わなかった?…えっと…その…さっき辞めちゃったのは、何さんだっけ?」

 

「善子ズラ…津島善子…」

 

「そうそう、津島さんと…浦の星のスクールアイドルの大先輩を入れて9人…」

 

 

 

「?」

 

 

 

「間に合うかどうかはわからないけど…9人で目指すよ…ラブライブ!」

 

 

 

「えっ?」

 

「お姉ちゃんたちと?」

 

 

 

「黒澤さんならわかってくれると思うんだ。1年生が3人、2年生が3人、3年生が…」

 

 

 

「3人!!」

 

 

 

「学校が統廃合の危機、μ's好きが3人もいて、音ノ木坂からの転校生もいる。そして曜ちゃんという、μ'sメンバーのそっくりさんまでいる!」

 

「あぁ!花陽さんですよね?やっぱり高海先輩もそう思います?私もひと目見た時からそう思ってたんです!!」

 

「でしょ?実はね、あの高坂穂乃果さんのお母さんと妹さんからも、そっくりだってお墨付きをもらったんだよ!!」

 

 

 

「ピギィ!!逢ったことあるんですか!?」

 

 

 

「うん、この間のフェスティバルの前に…東京まで行って…」

 

 

 

「うひゃぁ!!どうして誘ってくれなかったんですかぁ!?」

 

 

 

「千歌ちゃん、今、その話は関係なくない?」

 

「ルビィちゃんも、興奮しすぎズラ…」

 

 

 

「あっ!…」

 

「あっ!…」

 

千歌とルビィはお互い顔を見合わせ笑った。

 

 

 

曜と花丸も…お互い大変だね…という感じで苦笑する。

 

 

 

「と、とにかく…こう…μ'sとは浅からぬ縁を感じたというかなんというか…コピーをするつもりはないんだけど…でもそこまでの条件が揃ってるなら…」

 

「9人でやりたいってことですね?」

 

「いきなり2人欠けちゃったけどね…」

 

「あはは…その内のひとりは私だ…」

 

曜が頭を掻く。

 

 

 

「あぁ…でも、すごいです!…9人いれば…あんなこともこんなこともできますよ!」

 

「そうだよね?だからさ…黒澤さんは、是非、お姉ちゃんを私たちと一緒にスクールアイドルをやるように説得して欲しいんだ」

 

 

 

「はい!それぐらいのことは、お安い…ご……えっ?えっ?…」

 

 

 

そう言い掛けたルビィだが、一転して

「ピギャ~~~!!お姉ちゃんを説得~」

と大きな声で叫んだのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 







運営から指摘を受けて、何話か内容を修正(歌詞を削除)しました。
『それ』ありき…で、話を作っていたので自分の落ち度とはいえ、しばらく凹んでました…。

少しお休みさせて頂いて、どうするか考えましたが…一応『そこに歌詞があったという体』で再開することにしました。

…というわけで、今後とも皆様、ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。




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インファイト!

 

 

 

 

 

「私が、あなたたちのトレーナー?」

 

放課後、梨子とともにダイビングショップへやってきた千歌は、客が使った道具の片付けをしている果南に、この日の出来事を報告したあと

「うん!新しく1年生も入ったし…『経験者』として、色々教えて欲しいんだ」

と依頼した。

 

 

 

「経験…者?」

 

千歌の言葉に、首を傾げる果南は

「なんのこと?…あっ、それ、こっちに運んで」

と続けざまにそう言い放った。

 

 

 

「もう、とぼけても無駄だよ。生徒会長から聴いたんだから…」

 

重いボンベをゴロゴロと転がしながら、千歌は彼女に詰め寄った。

 

 

 

「ふ~ん…」

 

「それにしても、まさかスクールアイドルをやってたとはねぇ…全然知らなかったよ」

 

「教えてないもの」

 

「なんで?私と果南ちゃんの仲じゃん!?」

 

「親しき仲にも礼儀ありってね」

 

「その言葉、そういう意味で使うんだっけ?」

 

「とにかく…そういうことをやってたのは認めるけど…だからと言って…あなたたちのトレーナーになる…とはならないから」

 

「私が言うのもなんだけど…1年生の2人はそれほど運動神経も良さそうじゃないし、体力もなさそうなんだ。だから…」

 

「それで?見ての通り、私は忙しいの」

 

「それはわかってるよ。でもさ、復学もしたことだし、毎日は手伝わなくてよくなったんでしょ?…ということで、1週刊全部じゃなくていいんだ。3日でも2日でも…」

 

「い~や!」

 

「なんでさ?ケチ!」

 

「ケチで結構よ。それにトレーニングなら曜に見てもらえばいいでしょ?」

 

ボンベを一箇所にまとめ終わった果南は、ブラシを手に取ると、少しオーバーなくらいにゴシゴシとデッキを擦り始めた。

 

 

 

「あの…私からもお願いします…ほんの少しでいいので…」

 

 

 

「梨子さん?」

 

 

 

「曜ちゃんも、部活の合間を見て練習には参加してくれる…とは言ってくれたんですけど…今は部活に集中して欲しくって」

 

「友達想いだこと…。でも、その犠牲を私が負う理由にはならないわね」

 

「果南ちゃん…」

 

「私は私で、自分の身体を鍛える時間が欲しいもの」

 

「果南ちゃんはどこに向かってるのさ!?折角、そんなにナイスバディなのに、ほどほどにしないと、ムキムキの筋肉オバケになっちゃうよ!」

 

「別に千歌には関係ないでしょ!」

 

 

 

「ダメだよ!ムキムキオバケのスクールアイドルなんて見たくないもん?」

 

 

 

「…なんの話?…」

 

果南は眉をひそめた。

 

 

 

「もちろん、果南ちゃんの話だよ!」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

「正直に言うよ!…果南ちゃんにも一緒にステージに立って欲しい」

 

 

 

「えっ…」

 

 

 

「果南ちゃんだけじゃない、今は一時離脱中だけど…曜ちゃんと津島さんと…生徒会長と理事長代理の9人でステージに立ちたい」

 

 

 

「…9…人…で…?…」

 

千歌の言葉を反芻する果南。

 

 

 

「そう、その9人で…第2のμ'sを目指すんだ!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「廃校の危機を救うべく、立ち上がった9人の女神!その名もμ's!!」

 

こぶしを固く握り締め、高らかに謳いあげた千歌のバックには、どど~ん!!と大きな波が岩に砕けちっていた。

 

 

 

「…」

 

少し呆れた顔をして、果南は千歌を見た。

 

 

 

「いや、そんな目で見なくても…」

 

熱くなった自分の姿に恥ずかしくなり、下を向く千歌。

 

 

 

「…まぁ…一応知ってるわよ。千歌やダイヤほどのめり込んではいないけど」

 

 

「うん。うん、それなら話は早い!」

 

千歌はその言葉を聴いて、顔を上げた。

 

 

 

「今回、理事長代理と生徒会長から、ラブライブに出場して、学校の知名度を上げて欲しいって頼まれたことは説明したと思うけど…それってズルいよね?」

 

 

 

「ズルい?」

 

 

 

「だって、果南ちゃんたちが、解散しないでスクールアイドルを続けてれば、こうはなってなかったかも知れないでしょ!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「地方予選に参加して、本大会に進んで…優勝していれば、この学校の知名度は、今より全然あったかもでしょ?それを…私たち押し付けるのって間違ってるよね?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「それは、私だってラブライブに参加できるなんて考えたこともなかったから…ううん、ラブライブにはずっと出てみたいとは思ってたけど…そんなことは夢のまた夢で…だから、そのチャンスをもらったことに関しては、めちゃくちゃ嬉しいけどさ…でも、学校の存続が懸かってるとか…そんなの背負っていく自信なんてないよ」

 

「千歌…」

 

「だから、先輩たちに責任は取ってもらう。みんなで一緒に頑張って、この学校を救うんだ。3年生の3人と1年生の3人、そして…私たち!!…ほら、μ'sと同じ9人なんだよ。こんな偶然ある?」

 

「そんなの偶然じゃないよ。千歌のこじつけでしょ」

 

「こじつけじゃないよ!」

 

「別に人数合わせなら私たちじゃなくて、誰だっていいじゃない」

 

「それじゃダメなの!」

 

「どうでもいいけど、私は二度とスクールアイドルには関わらないつもりから…」

 

 

 

「逃げるんだ?…」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「私が初めてのライブを失敗したとき、果南ちゃん、すっごくエラソーなこと言ってたけど…自分はそう言って逃げるんだね」

 

 

 

「ち、千歌ちゃん…いきなりそんなこと…」

 

 

 

喧嘩越しの彼女の口調に、梨子が慌ててストップを掛けるが

「梨子ちゃんは黙ってて」

と千歌はその言葉を無視した。

 

 

 

「珍しいわね?千歌が私につっかかってくるなんて…あ、わかった!鞠莉の差し金ね?あの娘に何をそそのかされたか知らないけど、あなたはあなたたちで頑張りなさいよ。いいじゃない、自分たちで好きなようにやれば…あ、これ、お客さんにもらったお菓子だけど持って行く?」

 

果南は今の話を聴いていなかったかのように振舞う。

 

 

 

「後悔、してないの」

 

ポツリと呟いた千歌の言葉に、菓子を分けていた果南の手が一瞬止まった。

 

 

 

「後悔、してないの?」

 

千歌はもう一度、同じ言葉で問い掛けた。

 

 

 

「千歌…しつこい女は嫌われるわよ」

 

ニコリと笑って、果南が返答する。

 

 

 

「じゃあ、質問を変えるよ」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「どうして解散したのさ」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「どうして、地方大会に出る前に解散したのさ…」

 

 

 

「ダイヤはなんて?」

 

 

 

「音楽性の…方向性の違いだと…」

 

黙っていることに疲れたのか、この緊張感に耐え切れなくなったのか…梨子が横から口を挟んだ。

 

 

 

「だったら、そういうことじゃない?」

 

 

 

「違うよ!絶対そんなハズないよ」

 

果南の言葉を速攻で否定する千歌。

 

「私、ちっちゃい頃から果南ちゃんと一緒に過ごしてきたからわかるもん。上手く言えないけど…今のは、何かを誤魔化すときの言い方だよ」

 

 

 

「誤魔化してなんかいないから…」

 

 

 

「ねぇ、本当は何があったの?なんで、解散しちゃったの?それが原因で生徒会長は私たちのことをよく思ってないんでしょ?それが解決したら、3年生も協力してくれると思うんだ!だから本当のことを…」

 

今日の千歌はこれまでと違う。

果南の懐に潜り込み、被弾覚悟の接近戦を仕掛けていく。

 

 

 

「なら、ダイヤに訊けばいいでしょ?」

 

 

 

「訊いたよ。訊いたらさっきの答えだったんだよ。でも、絶対違うと思うんだよねぇ…なにか隠してると思うんだ。だから果南ちゃんに訊けばわかるか…」

 

 

 

 

「いい加減にして!!」

 

 

 

「…も…」

 

「…」

 

果南の叫び声に、千歌と梨子の呼吸が止まった。

 

 

 

「いい加減にして…。あなたたちの活動は応援するよ。百歩譲って、トレーニングも見てあげてもいい。…でも…誰になんと言われようと、私は二度とスクールアイドルはやらない。やらないったらやらない!」

 

 

 

「果南ちゃん…」

 

 

 

「鞠莉とダイヤに伝えて。あなたたちの思うようにはいかないって」

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?…」

 

果南に怒鳴られ、渋々帰宅することになった千歌に、梨子が言葉を掛けた。

 

「ん?うん…大丈夫!…あ、いや…う~ん、本当言うと、ちょっとビックリしちゃったけどね。果南ちゃんに怒られたことはいっぱいあるけど…あんな風に言われたことって、ないから…」

 

「私は生きた心地がしなかったよ」

 

「あはは…だよね!…ごめん」

 

「ううん、それはいいけど…」

 

「ニラんでた通り、あれはただの方向性の違いとか、そんな単純な話じゃないね」

 

「うん…」

 

「傷、ガッツリ抉(えぐ)っちゃったみたい」

 

「そうだね…相当いったね…」

 

 

 

「だけど…」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「だからと言って諦めないよ!」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「絶対、口説き落としてみせる!」

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

「正直…理事長代理も生徒会長も…まだ、どういう人かよく知らないけど…少なくとも一時はスクールアイドルをやってたんだから、絶対、私の気持ちをわかってもらえるよ」

 

 

 

「千歌ちゃん…」

 

 

 

「そう言えばさ…さっき果南ちゃんが『鞠莉とダイヤに伝えて。あなたたちの思うようにはならないから』って言ってたけど…」

 

「うん」

 

「もう学校に行ってるんだから、自分で言えばいいのにね。いつまで休学気分でいるのかな」

 

「いや、そういう意味じゃないような…」

 

「違うの?」

 

「違くはないけど…違うかな?」

 

「難しいことを言うね…」

 

「ごめん」

 

「いや、謝らなくてもいいけど…」

 

 

 

「ねぇ千歌ちゃん…いいのかな?」

 

「なにが?」

 

「3年生の3人が、今、どういう状況なのかわからないけど…私たちが引っかき回しちゃっていいのかな…って」

 

「引っかき回されてるのは私たちだよ。勝手に何でもかんでも決められちゃって…」

 

「…なのかな?…」

 

あまりにも目まぐるしい展開に、誰の話が正しいのか梨子の思考は着いていけないでいた。

 

 

 

「まぁ、こうなったら、次は生徒会長を攻めていくよ」

 

「それが一番、難しいんじゃない?」

 

「大丈夫!勝算はあるよ。μ'sが好きな人に、悪い人はいないからね!」

 

「なに、それ…」

 

「ん?」

 

「えっ?…あははは…今、私が作った言葉」

 

「あっ…そうなんだ」

 

「でも、絶対に間違ってないないから!」

 

 

 

…ついこの間まで『普通怪獣』と自分を卑下していたのに、なんだか急に違う人になったみたい…

 

 

 

千歌のその言葉に、思わず微笑んだ梨子だった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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妹のお願い

 

 

 

 

 

「あの…お忙しいところすみません…」

 

「別に忙しくはないですわ。あとは寝るばかりですし。なんでしょうか?」

 

「実は…お姉ちゃんにお願いがあるんです」

 

 

 

千歌たちが果南を口説いていたその日。

舞台は黒澤家に移る。

入浴も済ませ「さぁ、就寝」という時に、妹はダイヤの部屋をノックしたのだった。

 

 

 

「お小遣いのことでしたら、お母様に相談してくださいな」

 

「うにゅ~…そうではなくて…」

 

「お勉強でわからないところでも?」

 

「それも違います…」

 

「では…」

 

彼女には他に思い当たる節がない。

それでは一体なんでしょうか?と首を傾げる。

 

 

 

「あの…あの…お姉ちゃんに練習を見てほしいんです」

 

 

 

「…練習…ですか?」

 

意を決したように声を絞り出した妹の顔を、姉はマジマジと見た。

 

 

 

「うん…私たち…『CANDLY』の…」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「ダメですか?…」

 

 

 

「…」

 

彼女の問い掛けに、言葉が出ない姉。

 

 

 

「ダメなんだ…」

 

 

 

「い、いえ…その…なんといいますか…」

 

その言葉は明らかに動揺していた。

 

 

 

「お姉ちゃんは…学校を救って欲しいと後輩たちにその使命を託しながら…でも自分は高みの見物で、なにもしないつもりですか?」

 

「なんて言い草ですか!いくら可愛い妹だからって、怒りますよ!」

 

「じゃあ、その妹を助けると思って、手伝ってください」

 

「で、ですから…生徒会長としてできる限りのバックアップはします」

 

「出来る限りって?」

 

「そ、その…練習場の確保ですとか、ライブの宣伝ですとか…」

 

 

 

「お姉ちゃんは…」

 

 

 

「はい…」

 

いつになく真剣な妹の表情に、身構える姉…。

 

 

 

「本当はルビィたちにどうして欲しいんですか?」

 

 

 

「はい?…本当は…ですか?…そ、それは…」

 

ダイヤの言葉の歯切れが悪い。

学校にいるときは、スパッ!スパッとなんでも一刀両断して、反論の「はの字」も許さないような雰囲気を全身から漂わせているが、こと妹が相手だと勝手が違うようだ。

しかも、自分が心の中に抱えている矛盾点を鋭く突いてくるので、なおさら分が悪い。

 

 

 

「私たちが、ただラブライブにエントリーするだけで、生徒って集まるんですか?それなら別にいいんですけど…」

 

普段は姉に対して従順な妹であるが…この日は違った。

姉から強く言われると「うにゅ…」とすぐに凹んでしまい、涙を見せるのが今までのパターン。

 

しかし今日は

「わかりました。お姉ちゃんが協力してくれないなら、ルビィはスクールアイドル辞めます!」

と反抗的な態度を貫く。

 

 

 

「お待ちなさい!」

 

部屋を出て行く妹を、姉が呼び止めた。

 

 

 

「嫌です、待ちません!…あ~あ~…お姉ちゃんが尊敬する絵里さんだって、最後はμ'sのメンバーになったのになぁ…」

 

「絵里さんを引き合いに出すのは、卑怯ですわ!」

 

ダイヤにとって、μ'sの絢瀬絵里は神と崇めるほどの存在。

浦の星女学園で生徒会長を務めているのも、彼女に感化された部分が大きい。

当然のことながら、そのことを妹のルビィは充分過ぎるほど知っている。

絵里を引っ張り出すのは卑怯だと思いながらも、今回ばかりはそうも言っていられなかった。

 

「もう一度言いいます…私たちの練習を手伝ってください」

 

「なるほど…絵里さんも、そうやって穂乃果さんたちに誘われたのでしたね…」

 

「正確には『ダンスを教えてください』だったと思いますけど」

 

「ふふふ…そうですね」

と自嘲気味に彼女は笑った。

 

 

 

「正直言いますと…ルビィたちがアイドル活動をすることについて、整理がついていないのです…」

 

ダイヤは観念したかのように、苦しい胸の打ちを吐露し始めた。

 

 

 

「ルビィも知ってのとおり…お姉ちゃんたちもスクールアイドルをしていましたが…志半ばに解散してしまいました。そのことが正解だったのか、どうか…今でもそれはわかりません。ただ、もう金輪際、私がスクールアイドルに関わることはない…それだけは心に決めていたのです…」

 

部屋を出て行こうとしたルビィは、背中で姉の言葉を聴いていた。

 

「ですから…このようなことになって…戸惑っているのは事実です」

 

「お姉ちゃん…」

 

「千歌さんがスクールアイドルを始めたい…と言ったとき、なんともやるせない気持ちがありました。応援したい気持ち半分、諦めて欲しい気持ち半分…。でも鞠莉さんにも、果南さんにも『あなたに彼女たちを止める資格があるのか?』って嗜められましたわ。もちろん、そんなもの、あるハズありません…。ですから、内心、とても複雑でしたが…渋々認めることにしたのです」

 

「お姉ちゃん…」

 

「ところが…想定外のことが起きました。まさか…あなたがスクールアイドルを加入するとは、思ってもみなかったのです」

 

「…」

 

「いえ、考えて見れば、至極、当然のことですわ。私の妹なんですもの。私がμ'sに憧れたように、ルビィだってμ'sに憧れている。そんなことはわかりきっていることでしたのに…でも、どこかで私の気持ちをわかってくれているハズと、自分の中に言い聞かせてきたのです…」

 

 

 

「少し違います」

 

ルビィはクルッと振り返ると

「私が憧れていたのはね…お姉ちゃんなんです!」

と彼女に言った。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「私が憧れていたのは…お姉ちゃんなんです…」

 

 

 

「ルビィ…」

 

 

 

「…ちっちゃい頃、もちろんμ'sの人たちに憧れてますけど…やっぱり雲の上の人たちって感じで…」

 

「それは私も同じです」

 

「だけどね、お姉ちゃんは違うんです!毎日、一緒に生活しているお姉ちゃんが、ステージの上でライブしてるんです!私のお姉ちゃんがスクールアイドルなんです!憧れないわけ、ないですよ!」

 

「ルビィ…」

 

「私ね、高校に行ったら、ずっとお姉ちゃんと一緒にスクールアイドルができると思ってたんです…だけど突然解散しちゃって…その夢は叶いませんでした」

 

「それは…申し訳ございません…」

 

ダイヤは項垂れ、小さく呟いた。

知らない人が見たら、どちらが姉で、どちらが妹かわからないような場面である。

 

 

 

「それで…本当はどうして…『Aqours(アクア)』…解散しちゃったんですか?もう、教えてくれてもいいですよね?」

 

 

 

「本当は?」

 

 

 

「性格の不一致とか音楽性の違いとか…単純にそれだけが理由じゃないですよね?」

 

 

 

はい、そうですね…と言い掛けたダイヤだが

「いえ…それだけは…ブッブーですわ」

と切り返す。

 

 

 

「えぇ!?」

 

およそこの場の雰囲気には馴染まない『否定の効果音』を発した姉に、妹は戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

「なにか?」

 

「う、う~ん…なんでもな…く…ない…です…。お姉ちゃんたちが、スクールアイドルを解散しちゃった理由がわからないと…話が進まないのですから」

 

「話を進める?なんのことですか」

 

「あっ…えっと…えっと…それは、言葉の綾というかなんというか…」

 

「私たちに何があったのかは、3人だけの秘密なのですわ。いくらそれが妹であっても、教えることはできません」

 

「うぅ…」

 

「涙目で見ても、ダメなものはダメなのです。私にはルビィと同じ位、鞠莉さんも果南さんも大事なのです!!」

 

ダイヤの声が大きくなった。

 

 

 

「…ピギィ!ご、ごめんなさい…そういうつもりで訊いたんじゃ…」

 

 

 

「い、いえ…わたしも強く言い過ぎましたわ…」

 

 

 

「…え、えっと…ルビィのお願いは伝えたから…今日は部屋に戻ります…」

 

 

 

「はい…」

 

 

 

「お休みなさい」

 

 

 

「…あっ…待ちなさい!」

 

 

 

「!?」

 

俯きながら部屋を出て行こうとしたルビィの足が止まった。

 

 

 

「さっきの話ですが…少し考えさせてください…」

 

 

 

「お姉ちゃん…」

 

 

 

「友人を失うのも嫌ですが、妹を悲しませるのも好きではありませんので…」

 

 

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

その言葉を聴いた妹は、踵を返して姉の胸へと飛び込んでいった。

 

 

 

「ふふふ…ルビィってば…まったく現金なのですから」

 

姉に頭を撫でられ「えへへ…」と笑った妹だったが、その目からはポロリと涙が落ちたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 







明けましておめでとうございます。
しばらくお休みを頂いていましたが、他作品も含め活動を再開します。
本年も宜しくお願いします。


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スクールアイドルをなめないで!

 

 

 

 

 

浦の星女学院のスクールアイドル2組は、ひとつに統合されることになった。

 

しかし…1年生の善子はそのことに反対し、チームを『脱退』した。

そして…2年生からは『本業である水泳部での活動』を理由に、曜が一時離脱。

 

こうして練習拠点にこの日集まったのは、千歌、梨子、ルビィ、花丸の4人だった。

 

 

 

「改めて…よろしくね」

と、千歌が右手を差し出す。

 

「よろしくお願いするズラ」

 

「はい、お願いします」

 

その右手に花丸とルビィが、自らの手を重ねた。

 

 

 

「さぁ、じゃあ、早速始めようか!」

 

「はい!」

 

「まずは…私たちは柔軟やって、筋トレして…みたいなことから練習を始めるんだけど、黒澤さんたちはどうしてた?」

 

「うにゅ~…正直、あんまりそういうのは…」

 

「どっちかと言うと…運動は苦手で…あまりやってなかったズラ」

 

「そっか…でも、少しはやらないと…だよね?」

 

「はい!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「国木田さん、そんな暗い顔しないで。私たちだって、最初は毎日、筋肉痛だったんだから」

 

「うん、ようやく、少し慣れてきたけどね」

 

千歌の言葉に、梨子が微笑みながら相槌を打つ。

 

 

 

「わ…わかったズラ…」

 

はあ…と花丸はひとつため息をついた。

 

 

 

「大丈夫だよ、徐々に慣らしていけば…」

と千歌が言いかけた時だ。

 

屋上の扉が開き、人影が現れた。

 

 

 

「何、言ってるの?1年生は出遅れた分、ビシビシ鍛えるわよ!!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「別に驚くことじゃないでしょ?私にトレーナーを頼んだのは誰?あなたでしょ?」

 

そこには、トレーニングウェアに身を包んだ果南が立っていた。

 

 

 

「果南ちゃ…松浦先輩!!来てくれたんですね!!」

 

ここが学校の屋上であると思い出し、千歌は呼び名を言い直して、訪問者を出迎えた。

 

「まぁね…売り言葉に買い言葉みたいな感じで『見てあげる』なんて言っちゃったから…」

 

「ありがとう!!…ございます…」

 

「ふふ…でも、見るだけたがらね」

 

「そのわりには、運動する気マンマンのスタイルですけど」

と千歌は、果南の格好を見てニヤリと笑った。

 

「これは…しばらく休学してたから、制服でいるのが気持ち悪いっていうか…この方が楽なんだもん…って私の話は置いておいて…えっと…あなたがダイヤの妹の…」

 

「は、はい!ルビィです!えっと…その節はお姉ちゃんがお世話になりまして…」

 

「ふふふ…別にお世話なんてしてないけど…お姉ちゃんと違って、随分、可愛らしいのね」

 

「か、可愛いなんて…」

 

褒められたルビィは顔を赤くして、下を向いた。

 

「それから、あなたが…」

 

「国木田花丸ズラ」

 

「国木田さん…あなたも『ふっくら』してて可愛いわね」

 

「えへへ…そうズラか…」

 

こちらも、少し照れたように頬を紅く染め、俯いた。

 

 

 

しかし、次の瞬間、2人の表情は一変する。

 

 

 

「なるほど…これは鍛え甲斐がありそうね!!」

 

 

 

「にゅ!?」

 

「ズラ?」

 

 

 

「まずはその弛(たる)んだお腹を、徹底的に引き締める必要がありそうね!!」

 

果南が浮かべた不敵な微笑みに、ルビィと花丸だけでなく、2年生の2人にも、ぞくりと背中に悪寒が走ったのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…」

 

「…はぁ…はぁ…」

 

屋上に2人の少女が仰向けに倒れ、呼吸を荒くしていた。

ルビィと花丸だ。

 

 

 

「ちょ…ちょっと果南ちゃん!いくらなんでも、これはやりすぎだよ」

 

「松浦先輩…でしょ?」

 

「あっ!…そうでした…」

 

呼び名を訂正された千歌は「しまった」と舌をペロリと出したが、すぐに

「いや、それはどうでもよくて…えっと、初日からこれは厳しすぎませんか?」

と彼女に反論する。

 

「そう?」

 

「運動部の練習じゃないんですから…ここまでハードにしなくても…」

 

「でも、ラブライブの予選まで、時間ないんでしょ?悠長なことは言ってられないんじゃない?」

 

「それはそうですけど…なんと言いますか…練習もバランスが大事かと…」

 

慣れない果南への敬語に戸惑いつつ、千歌は反論を試みた。

 

 

 

「…あなたにもこの際だからハッキリ言っておくわ」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「『体力あるものだけが、ラブライブを制す!!』」

 

 

 

「えっ?…なに、その変な格言みたいなのは…」

 

不意を突かれた言葉に、千歌は目を丸くした。

 

 

 

「経験者は語る…ていうやつよ。あなたたち、ステージでのパフォーマンスにどれだけエネルギーを消費するか、甘く考えてない?」

 

「そんなことは…」

 

「あるわね!…いい?たかが『ステージの上で1曲披露するだけだ』と思ったら大間違いなんだから」

 

「そうは思ってないよ…あ、いや…思ってないです!…一応…私たちだって経験者なので」

 

 

 

「あんなステージで『経験者』だなんて言わないでほしいわ!」

 

果南は千歌の言葉を一括した。

 

 

 

「ラブライブのそれは…たとえ予選であっても、照明からなにからなにまで、まったくスケールが違うの。特にステージの上の暑さときたら…体感温度なら50℃にも60℃にもなるわ。その中で観客からのプレッシャーを感じながら、衣装を着て、歌って、踊って…そして最高のパフォーマンスを魅せなければならない。生半可な体力と精神力じゃ、とても上に勝ちあがることは出来ない!!…例え…どんなに歌とダンスが上手くてもね…」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「どんなに上手くても…」

 

千歌の後ろで話を聴いていた梨子が、思わず呟いた。

 

 

 

「…ううん…なんでも無いわ…それより…1年生の2人はいつまでそこに寝転んでるつもりかしら。やる気がないなら、私、帰ってもいいかしら…時間の無駄だから!!」

 

 

 

「果南ちゃ…松浦先輩!いくらなんでも言いすぎです!」

 

 

 

「練習を見てほしい…って頼んだのはあなたでしょ!私のやりかたに文句があるなら、もう二度と来ないから!…さようなら!」

 

果南は冷たく4人にそう言い放つと、くるりと背を向け歩き始めた。

 

 

 

「あっ…」

 

千歌も梨子も、その後ろ姿になんの声も掛けることができない。

ただ、見送るだけ…。

 

 

 

しかし

「…待ってください…」

との声を聴き、果南の足が止まった。

 

 

 

「…待ってください…。すみません、続きを…お願いします…」

 

ゆっくりと立ち上がり、彼女の近寄ったのはルビィだった。

 

「…まだ…できます…まだ…やれます…」

 

 

 

「ふ~ん、そう…」

 

 

 

「ですから、続きを…」

 

 

 

「でも、あなたのお友達はどうかしら?いいのよ、無理しなくても。別にラブライブに出れなくても、スクールアイドルができないわけじゃないんだし」

 

 

 

「…お、オラも…やるズラ…」

 

 

 

「花丸ちゃん!?」

 

 

 

「へへへ…ルビィちゃんを助けたいって言ってるのに、マルが足を引っ張るわけにはいかなズラよ」

 

 

 

「…花丸ちゃん…」

 

 

 

「黒澤さん!国木田さん!無理しなくていいから…なんだかんだで、身体が一番大事だし」

 

「うん、千歌ちゃんの言う通りだよ」

 

 

 

「やります!!」

 

「やるズラよ!」

 

 

 

「黒澤さん…国木田さん…」

 

 

 

「そう…わかった…」

 

2人の熱意に心が動かされたのか、果南は小さく頷いた。

 

 

 

だが

「それでも今日はここまでとするわ」

と彼女は4人に告げた。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「2人のね…本気度を見てみたかったの」

 

 

 

「本気度…」

 

 

 

「うん、本気度…。スクールアイドルに懸ける情熱って言ってもいかしら。できるできないは、その人の能力の問題もあるし、仕方がないと思ってるの。でも…やるやらないはそうじゃない。心の持ち方。困難に立ち向かっていく気持ち…強い意志が何より大事だと思ってるわ。そういう意味では…合格点…ね」

 

 

 

「あっ…ありがとうございます!」

 

 

 

「でも、やっぱり今日はここまでにするわ」

 

 

 

「どうして…」

 

 

 

「今日はね…あなたたちの基礎体力がどれくらいか、それを知りたかっただけだし、どこを鍛えていけばいいかもわかったから。千歌も言ってたけど、オーバーワークで身体を壊したりしたら本末転倒だもの。少しは根性あるってこともわかったしね…だから、今日の私の役割はおしまい。あとは…ドアの向こうで心配そうにこっちを覗き込んでるお姉さんに、指示を仰いでみたら?これ以上やって『妹を苛めた』なんて怨まれるのも面倒だし」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「お、お姉ちゃん!」

 

「生徒会長…いつからそこに!?」

 

 

 

「い、今来たところですわ!生徒会の仕事が長引いたものですから…け、決して始めから見ていたわけではありませんわ」

と言い訳をしながら、ダイヤはドアの陰から姿を現した。

 

 

 

「お姉ちゃん、来てくれたんだね!」

 

「い、いえ…その…生徒会長として…学校存続の為に何ができるかと考えたわけでして…妹に頼まれたからであるとか…そういうわけでは…ただ経験者として少しアドバイス的なものを…」

 

「…って上下トレーニングウェアを着こんだ人が言うセリフじゃないわね」

 

果南は、さっき千歌に言われたようなセリフをダイヤにぶつけ、ニヤリと笑った。

 

「…果南さん、意地が悪いですわよ…」

 

「そう?…じゃ、あとはよろしく!!」

 

ダイヤの言葉を軽くいなして、果南は足早に屋上から去って行った…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 



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伝説のスクールアイドル(上)

 

 

 

 

「ふぅ…疲れたズラ…」

 

「もう、動けない…」

 

果南にフィジカル面をみっちり鍛えられた後、同じく臨時コーチに就任したダイヤの『ダンスレッスン』に、1年生の2人は音を上げた。

 

もちろん、2年生の2人もキツイのは同じだ。

ただ彼女たちより早く、体力トレーニングに取り組んでいた分、少しだけ余裕があった。

 

 

 

「初日からハードだったけど、国木田さんも妹さんも、よく頑張ったよ」

 

「うん」

 

「そうですね。色々と言いたいことはありますが、まぁ、今日はこれで『よし』と致しますわ」

 

千歌と梨子が1年生を称えたのに続き、ダイヤも花丸とルビィに言葉を掛けた。

 

「毎日これが続くズラ?」

 

「続く…のかな?」

 

妹が姉に訊く。

 

 

 

「そうですね…そこは果南さんに確認してみますわ。オーバーワークでケガをしてしまっては、元も子もありませんから…まぁ、同じ轍は踏まないと思いますが」

 

 

 

「同じ轍?」

 

ダイヤの言葉に引っ掛ったようで、千歌が疑問符を付けた。

 

 

 

「あ…いえ…なんでもありませんわ。物事には順番がありますから、徐々に身体は慣らしていくのがいいと思います」

 

「そうだよね」

とルビィが頷く。

 

 

 

「あっ、だったらさ、妹さんも国木田さんも、朝練、一緒にしない?」

 

 

 

「朝…」

 

「練…ズラ?」

 

 

 

「ほら、あそこに神社があるでしょ?私たち、あの階段を毎日、登り下りしてるんだよ!ね?」

 

「うん。初めは歩くだけでも辛かったけど、今は会話しながら登るれるくらいは余裕が出てきたかな」

 

「まだ、果南ちゃんみたいに走ったりはできないけどね」

 

「なるほど。2年生はそのようなトレーニングをしてるのですね?」

 

「トレーニングという程ではないですけど…継続は力なりといいますか…」

 

「毎日、頑張ってるってことが、自信に繋がればって始めたんです」

 

 

 

「素晴らしいことですわ!」

 

 

 

「えっ!?」

 

千歌と梨子は、思わず声を上げて、顔を見合わせた。

 

 

 

「えっ?」

 

そのリアクションを見て、ダイヤも不思議そうな顔をする。

 

「何か、おかしなことを言いましたか?」

 

 

 

「あ…いえ…別に…」

と梨子はお茶を濁した。

 

しかし

「生徒会長に褒められるとは、思ってもみませんでしたので…ちょっとビックリしました」

と千歌はストレートに言い放つ。

 

 

 

「あなたたちは私を、どのような人間だと思っているのですか。いいものはいい、悪いものは悪い。その判断くらいつきますわ」

 

ダイヤは少し恥ずかしそうに…だがそれを隠しながら反論した。

 

 

 

「お姉さん、可愛いズラ」

 

「うん、誤解されやすんいだけど、本当のお姉ちゃんは凄くチャーミングな人なんだよ」

 

花丸とルビィはその様子を見て、コソッと呟いた。

 

 

 

 

「それで?」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「妹さんと国木田さんは、どうするの?明日から一緒に朝練する?」

 

「は、はい!お願いします!!」

 

「国木田さんは?」

 

「ルビィちゃんがやるなら…頑張るズラ…」

 

だが、彼女の顔の顔に笑みはない。

 

 

 

「朝は早いけど、無理しないでね」

 

「マルはお寺の娘ズラ。早起きは慣れてるズラ」

 

「へぇ!そうなんだぁ…初耳…」

 

 

 

「ぷっ!」

 

吹き出したのはダイヤ。

 

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「生徒会長?」

 

 

 

「す、すみません。お寺の娘が、神社に向かう姿を想像したら、妙にシュールで…思わず吹いてしまいましたわ」

 

「別に法衣を着ていくわけじゃないズラよ」

 

「も、もちろんわかってますわ」

 

「寺の娘と言っても、普通にクリスマスも祝うし、七五三もするズラ。先入観で判断するのはよして欲しいズラ」

 

「そうですね。これは失礼しましたわ」

 

花丸の指摘に、ダイヤは素直に頭を下げた。

 

 

 

「先入観か…確かに私たちも、生徒会長って、ただ単に恐い人だと思ってたけど、そうじゃなさそうだってことは、なんとなくわかりました」

 

「そうだね」

 

「当たり前ですわ」

 

「考えてみれば、果南ちゃ…松浦先輩と一緒にスクールアイドルをやってたんだもんね…。先輩も、そんな恐いだけの人とはさすがに組まないか」

 

 

 

「…」

 

千歌は深く考えずにそんなことを言ったが、それを聴いて一瞬ダイヤは表情を曇らせた。

 

 

 

「生徒会長?」

 

 

 

「…はい?…あっ?そうですわね…私が恐いというのは誤解ですわ…」

 

「すみませんでした…」

 

「いえ…。それより、その『生徒会長』という呼び方は、やめてもらえないでしょうか?」

 

 

 

「『お姉さん』がいいですか?」

 

 

 

「嫌です!」

 

ダイヤは速攻で否定した。

 

 

 

「そこは普通『黒澤先輩』が正しいのではないのでしょうか?」

 

「ですね!確かに!」

 

「あ、あの…それでしたら私も『妹さん』という呼び方は、やめて欲しいです…」

と姉に続いてルビィが遠慮がちに訴える。

 

 

 

「『黒澤後輩』?」

 

「いやいや、千歌ちゃん、そうは呼ばないでしょ」

 

普段はあまりツッコミをしない梨子だが、これにはさすがに反応した。

 

 

 

「えっと…じゃあ…ルビィちゃんでいいかな?」

 

「はい!」

 

「そうすると…国木田さんも…花丸ちゃんって呼んでいい?」

 

「もちろんズラ」

 

「その代わり、私たちは千歌先輩、梨子先輩と呼ばせてもらいます」

 

「あっ、いいねぇ!なんか、グッと距離が縮まった気がするよ」

 

「もうひとりの1年生は…津島さんだっけ?」

 

「津島善子ズラ」

 

「じゃあ、あの娘は善子ちゃんだね」

 

「でもマルちゃん、善子ちゃんは『ヨハネ』って呼ばないと怒るんじゃないかな?」

 

「それはシカトするズラ」

 

「ヨハネ?そういえば、練習の時にもそんなこと言ってたよね?」

 

「私もずっと気になってんだ。あれって3人で活動するときの芸名みたいなものでしょ?」

 

「はぁ…違うズラ…」

と花丸はため息をつきながら答える。

 

「違うんだ…」

 

「その話は長くなるから、また後でにするズラ」

 

「う、うん…そうだね…」

 

ルビィがその言葉に相槌を打った。

 

 

 

 

「そうなんですか!?」

 

千歌の驚いた大きな声が、練習が終わってから乗り込んだ帰りのバスの中に響く。

とはいえ、乗客は彼女たち…千歌、梨子、ルビィ、花丸…そしてダイヤ…しかいない為、特に迷惑というわけではない。

 

 

 

「はい。あのμ'sが神田明神の階段ダッシュで身体を鍛えた…というのを知っていましたので、私たちも真似をさせて頂きましたわ」

 

先ほど2年生から1年生に「一緒にやらないか?」と誘った朝練…淡島神社への登り下り…の話である。

どうやら、元々の発案者はダイヤだったらしい。

 

臨時コーチとして接してるうちに、少しずつだが、千歌たちに心を許しているようだ。

段階的ではあるが、ポツリポツリと『彼女たち』の過去を明かし始めた。

 

 

 

「恐らく、日本全国、どこのスクールアイドルもそうだと思いますが…練習でもなんでも、手本としたのはμ'sやA-RISEですから、当然それはそうなりますわ」

 

「そうですよね。なんにも知識が無い人が、いきなりスクールアイドルを始めよう!って言っても、普通はどうしたらいいか、わからないですもんね?」

 

「はい。幸いなことにμ'sについては、練習方法とか、活動内容とか、その時の出来事とか…詳細な情報がネットに上がっておりましたので、随分、参考にさせて頂きました」

 

「そのサイトは『μ's伝説』ですよね!」

 

「ピンポーン!…ですわ」

 

ダイヤはうん、うんと2度ほど首を縦に振った。

 

 

 

μ's自身のホームページは存在しないが、彼女たちのうちの誰か…もしくはそこに近しい人間…がまとめたものだと言われ、数ある彼女たちの関連サイトの中で、唯一『公式』と呼ばれているのが『μ's伝説』である。

 

 

 

「私も見てます」

 

「あれを見ていないスクールアイドルがいたとしたら、完全にモグリですわ」

 

 

 

…この間、千歌ちゃんに言われて、目を通しておいて良かった…

 

 

 

梨子は人知れず胸を撫で下ろしたあと

「あのサイト作ったの…妹さんなんじゃないかな」

とボソッと呟いた。

 

 

 

「妹さん?ルビィちゃんのこと?」

 

 

 

「えっ?」

 

突然名前を呼ばれて驚くルビィ。

 

 

 

「違うよ、妹さんってルビィちゃんじゃなくて…μ'sのリーダー…穂乃果さんの…」

 

「あぁ!この間会った…たしか雪穂さん…だっけ?」

 

 

 

「なっ!あなた方は穂乃果さんに妹さんにお会いしたのですか!」

 

 

 

「あれ?言わなかったですか?…あ、話したのはルビィちゃんたちにか」

 

「はい?ルビィは聴いたのですか!?」

 

「あっ…うん…」

 

「なぜ、教えてくれないのです!」

 

「知ったら…ずっと『羨ましいですわ…』って言い続けてそうで…」

 

「あははは…わかる!わかる!」

 

千歌が手を叩いて反応すると、ダイヤはムスッとして、ソッポを向いた。

 

「わかりましたわ。その話はあとでゆっくりお聴きします…それより、あのサイトを穂乃果さんの妹さんが作られたという根拠は?」

 

「はい…先輩たちは、後輩の私たちに『μ'sで活動した痕跡』を一切残さず学校を去ったのです」

 

「後輩の私たち?…そうでした…桜内さんは音ノ木坂からいらしたのでしたね…」

 

「はい。ここに来るまでは雲の上の存在…っていうか『μ'sの後輩』なんて言われても、自分とは関係ない話だと思ってましたけど…」

 

「活動の痕跡を残さなかった…って、仰いましたけど?」

 

「ラブライブで優勝した証…賞状も旗も盾も…楽譜も衣装もなにもかも…全て持ち帰ってしまって、学校にはなにひとつ残していかなかったらしいんです」

 

「ですから…そこに通っていた私たちでさえも…本当にμ'sっていたのかなぁ…なんて話もしょちゅうしてました」

 

 

 

「本人に在籍されていたのですよね?」

 

 

 

「実はμ'sっていなかった?『都市伝説』だったんじゃないズラか?」

 

 

 

「よしてください。私たちはご本人にお会いしたことがあるのですよ。サインだってちゃんと持ってますわ」

 

 

 

「だから、それが世にも奇妙な的な…」

 

花丸がニヤリと笑う。

 

 

 

「お寺の娘に言われると、メチャクチャ恐いんだけど…」

 

怪談話をするにはまだ早い。

だが、4人は一瞬、ごくりと唾を飲んだ。

 

 

 

「冗談ズラ」

 

その言葉にホッとする、黒澤姉妹と千歌、梨子…。

 

 

 

「マルはμ'sについてあんまり詳しくないけど、解散してから4~5年しか経ってないのに、本当に伝説の存在なんズラね…」

 

「そうだねぇ」

 

ルビィが頷く。

 

 

 

「でも…目に見える品物はないですけど、先輩たちが残してくれたチャレンジ精神みたいなものとかは、ちゃんと受け継がれてますから」

 

「そうなのですね。だとすると、なぜ彼女たちは、その痕跡を消してしまったのでしょうか?」

 

「その理由は…『後輩にμ'sって名前を背をわせたくない』…って理由だったんだっけ?」

 

「うん。μ'sが音ノ木を廃校の危機から救ってくれたのは事実だけど…その名前だけが独り歩きしちゃうと、一生『μ'sの音ノ木』ってなっちゃうからって…」

 

「なるほどですわ…実に思慮深い人たちです。益々、尊敬しちゃいますわ」

 

「ですから、μ'sだったメンバー本人が、あのサイトを作ったとは思えないんですよね」

 

「確かに…そこまで痕跡を消すなら、自分たちの記録を残すことは矛盾するズラ」

 

「…っていうことを考えると…妹さんなのかな…って」

 

「妹さんも、音ノ木でスクールアイドルをしてたって言ってたよね?」

 

「はい、それは存じてます。絵里さんの妹さんとコンビを組まれておりましたわ」

 

「さすが生徒会ちょ…じゃなかった黒澤先輩、話が早い!」

 

「やっぱりμ'sメンバーの妹ってことで、相当苦しんだみたいですよ」

 

梨子は本人から聴いた話を、思い出しながらダイヤに伝えた。

 

「それは、プレッシャーだったハズですわ。…やはり2人にはμ'sの後継者的な役割を求められていたかと、記憶してます…」

 

「それもあるのかな?…雪穂さん、お姉さんのこと、結構嫌ってたよね?あんないい加減な人に憧れるな!って」

 

「千歌ちゃん、嫌ってたワケじゃないと思うけど…」

 

「まぁ、私も妹だからわからなくはないけどね!美渡姉ぇとは仲悪いし」

 

 

 

「はい?妹というのは皆さん、姉のことをそう思っているのですか?」

 

「ぴぃ!!ち、違うよ、お姉ちゃん、それは人それぞれだと思うよ!ルビィはお姉ちゃんのこと、大好きで尊敬してるから」

 

「当たり前ですわ」

 

 

 

「ぷっ!」

 

「ふふふ…」

 

「あは…」

 

 

 

「なにか、おかしなことでもありまして?」

 

 

 

「いえ…」

 

「なんでもないです…ズラ…」

 

 

 

「だけどね、千歌ちゃん…」

 

梨子は何事も無かったかのように話を続けた。

 

 

 

「雪穂さんは、私たちの前では謙遜してそう言ってたけど…やっぱり尊敬してたと思うんだ…」

 

「う~ん…」

 

「当然です。姉を尊敬しない妹などおりませんですわ!」

 

 

 

「ルビィちゃん、こういうお姉さんでも、そう思う?」

 

千歌は彼女の耳元で、こっそりと質問すると…ルビィは、それには無言で笑って答えた。

 

 

 

「話を元の戻すとね…本人たちは自分たちの活動に頓着しなかったみたいだけど…妹さん…雪穂さんはそれがイヤだったんじゃないかな?μ'sって存在を、この世から消したくなかったんだと思うの。それは一番身近でお姉さんたちの努力を見てきたから…誰よりもその頑張りを知ってるから…」

 

「桜内さんの推理は一理ありますわ。μ's関連のサイトは数多く存在します。ですが、どれも似たり寄ったりのものばかりで…中にはメンバーの近況を載せたものなどもございますが…正直、ファンが無許可で勝手に作ったものばかりでしょう。しかしながら『μ’s伝説』だけは、当人たちでしか知りえない細かなエピソードが、かなり載せられています。つまり…本人でなければ、相当、近い人…ということになりますが、それが妹さんであれば、充分考えれる話です」

 

「そっかぁ…雪穂さん…お姉さんのこと、尊敬してたんだねぇ」

 

「千歌ちゃんだって、美渡さんのこと、本気で嫌いなわけじゃないでしょ?」

 

「ん?…ま…まぁ…それはそうだけど…」

 

梨子に意地悪く顔を覗き込まれた千歌は、ゆっくりとその視線を外したのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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伝説のスクールアイドル(中)

 

 

 

 

「μ’sか…ひと目、生で観てみたかったなぁ…」

 

 

 

「はい!」

 

「はい!」

 

千歌の言葉に、ダイヤとルビイが同時に声を上げた。

 

 

 

「あれ?2人は直接会ったことがある…って…」

 

 

 

「会ったことがあるのは絵里さんと」

 

「花陽さんです!」

 

「ほかのメンバーは見たことありませんし…」

 

「なにより生のステージが観たかったんですぅ!」

 

 

 

「あはは…そういうことね…」

 

黒澤姉妹の話に、千歌は苦笑した。

同時に、この2人も本当にμ'sが好きなんだなと感じた。

 

 

 

「ところで高海さんは…誰推しなのですか?」

 

不意にダイヤが千歌に訊いた。

 

 

 

「推し?好きな人ってことですか?私の?…そうですねぇ…特に誰っていうことはないですけど…」

 

「敢えて言うなら?」

 

「そうですねぇ…穂乃果さん…ですかね?やっぱり。あのメンバーの中だと、一番親近感が沸くというか…」

 

「確かに…なんとなく雰囲気は似てますわね」

 

「えへへ…実は…雪穂さんにも同じこと言われたんですよ!」

 

「まぁ!なんと!」

 

「でも、私なんかより…曜ちゃんだよね!?」

 

梨子は千歌に同意を求められて…うん…と返事をした。

 

「曜ちゃん?…渡辺さんのことですか?」

 

「はい!私も前々からそう思ってたんですけど…曜ちゃんて花陽さんに似てるなって…そうしたら、雪穂さんと雪穂さんのお母さんもそう思ったらしくて、2人ともすごく驚いてました」

 

「ルビィも新歓で観た時から、ずっと思ってました」

 

「はい、実は私も彼女が入学したときから、そう思ってましたが…そうですか、関係者も驚くほどなのですね…」

 

「あれ?そう言えば…ルビィちゃんって、花陽さん推しだったっけ?」

 

「はい!サイン貰ったから…っていうのもあるんですけど…私と性格が似てるかな…って。本当のことはわからないですけど…大人しいというか、引っ込み思案で…とてもスクールアイドルで人前に出るような性格ではなかった…って聴いてるので…」

 

「そうですね…ルビィには弱音を吐くたびに『花陽さんはこうだったらしいですよ』と私が言って聴かせてきましたので…」

 

「確かに!すごく内向的な人だったらしいよね…μ'sに入るまでは…。そこは真逆だなぁ…曜ちゃん、メチャメチャ、ポジティブな人だし」

 

「性格まで同じなわけはないですわ」

 

 

 

「はっ!!」

 

バシッと音を立て、千歌はいきなり立ち上がった。

 

 

 

「どうしたの!?」

 

梨子があまりに突然のことなので、思わず大きな声で訊く。

 

 

 

「ルビィちゃん…もしかして曜ちゃん目当てで…私たちに近づいてきた?」

 

 

 

この言葉に彼女は、シートからズリ落ちる。

梨子も花丸もダイヤも、同じようなリアクションをした。

 

 

 

「曜ちゃんは、花陽さんじゃないからね!!いくらルビィちゃんでも、曜ちゃんは譲らないから!」

 

 

 

「ぴぎぃ!!…」

 

 

 

「千歌ちゃん、まぁまぁ、落ち着いて」

と梨子は、興奮した彼女をなだめた。

 

 

 

「あっ…そういう意味じゃないですよ!私の幼馴染なので…ねぇ?…やだなぁ、みんな変な風にとらないでよ…」

 

 

 

「誰もそんなこと、思ってませんわ…」

 

 

「ですよねぇ…」

 

顔を赤らめて、席に座り直す千歌。

 

 

 

すると今度は

「ルビィちゃんが浮気したら、オラが許さないズラ!」

と花丸が立ち上がった。

 

 

 

「えっ?花丸ちゃん?」

 

 

 

「オラはルビィちゃんの『凛ちゃん』さんになると決めたんズラから」

 

 

 

「凛・ちゃん・さん?」

 

「チャン・リン・シャン…なら聴いたことあるけど…」

 

 

 

「花陽さんがスクールアイドルになるのを後押ししたのが、幼馴染で親友の凛ちゃんさんと聴いたズラ…。オラは凛ちゃんさんみたいに可愛くないし、運動も出来ないけど…ルビィちゃんが喜んでくれるなら、なんでも協力するズラ!」

 

「そんなことないよ…花丸ちゃんは凄く可愛いよ!」

 

「何言ってるズラ…オラは太ってるし、訛りもあるし、ルビィちゃんに較べれば、全然ズラ」

 

「そんなことないよぅ」

 

「あるズラ」

 

「ないもん」

 

「ある」

 

「ない」

 

「ある」

 

 

 

はぁ…また始まりましたわ…という表情で2人を見つめるダイヤ。

 

毎度のことなんですか?と千歌が目で訴えると…はい…と無言で頷いた。

 

 

 

「花丸ちゃんは…ルビィが食べちゃいたい!って思うほど可愛いもん!」

 

「ルビィちゃんだって、マルが食べちゃたいくらい可愛いズラ」

 

 

 

「あの…」

 

 

 

「?」

 

「?」

 

 

 

「2人とも凄く可愛いと思うよ」

 

 

 

「梨子先輩!」

 

「ズラぁ!!」

 

2人は彼女にそう言われると、満足そうに微笑んだのだった。

 

 

 

「そうなると…果南…じゃなかった…松浦先輩とか小原先輩もどうだったか知りたいですねぇ」

 

千歌が調子に乗ってダイヤに尋ねる。

梨子は「千歌ちゃん、その2人の名前を出すのは、まだ時期尚早だよ!」と内心思ったが、時すでに遅し…である。

 

 

 

案の定、2人の名前を聴いて、一瞬、ダイヤは顔を強張らせた。

 

 

 

「しまった!地雷を踏んだ?」と千歌も、息を飲む。

 

 

 

しかし

「どうでしょう…ほかの2人はスクールアイドルに、そこまで興味を持っていませんでしたので…」

とダイヤ。

 

「あっ…そうなんですか…」

 

千歌からすれば「あの果南が」未だにスクールアイドル活動をしていたなんて、信じられないでいる。

だからダイヤのその言葉には信憑性がある。

逆に果南が「○○推しだった」などと言われたほうが、よっぽど衝撃である。

 

「ですが…まぁ私がμ's、μ'sと騒いでおりましたから、顔と名前ぐらいは知っておりますわ。鞠莉さんは…そうですね…やはり絵里さんのことは気になっていたようです。私が絵里さん推しである事を知っての話ですが『ワタシノホウガ スタイルイイデース』って言っていましたから」

 

 

 

…それって…ジェラシー?…

 

…だよね…

 

 

 

千歌と梨子は、目と目でそんな会話を交わした。

 

 

 

「『バット… ノゾミノバストハ トゥーマッチデース』とも言ってましたけど…」

 

 

 

千歌と梨子は相手の胸を見た後、自分のそこに視線を移した。

 

「あはは…」

 

「あはは…」

 

決して千歌も梨子もスタイルが悪いワケではないが、その3人にはどうやっても敵わない。

希、絵里、鞠莉が横一列にならんだ姿を想像して、その大迫力のボディに笑うしかなかった。

 

 

 

「あとは…にこさんを見て『コノコ カワイイデース!イモウトニ シタイデース』とも言ってました」

 

「いやいや、私たちより全然年上ですから!」

 

「私も同じことを言いましたわ」

 

「まぁ、リアルタイムで観てるわけじゃないですから、わからなくもないですけど…」

 

「にこさんのテンション高めのキャラクラーが、ラテン系の人間には合うようです」

 

「小原先輩って、そうなんでしたっけ?」

 

「はい、彼女はイタリア系アメリカ人と日本人のハーフですから」

 

「そうなんですね…言われてみれば『にっこにっこに~!!』とかやっても、全然違和感なさそう」

 

「はい、普段からあんな感じですので」

 

「…となると…かな…じゃなくて松浦先輩が、謎かも…」

 

「果南さんは…そうですね…仰る通り、全くと言っていいほど興味はありませんでしたわ…」

 

「ですよね?…プライベートでもアイドルのアの字も出たことないですから」

 

 

 

「ですが…強いて言うなら…海未さんでしょうか?」

 

 

 

「海未さん?」

 

 

 

「推し…というワケではありませんが…海未さんといえば『μ'sイチの運動神経と体力を誇る』と言われておりますので『いつか勝負してみたい』というようなことを…」

 

 

 

「果南ちゃん、なんの勝負だよ!!」

 

つい普段の口調でツッコミを入れてしまった千歌は

「筋肉オバケの果南…いや、松浦先輩らいいけど…」

と自分で自分の言葉をフォローした。

 

 

 

「はい、私もそう思いますわ」

 

だが、あまり気にする素振りもなく同調するダイヤ。

 

「彼女ももう少し、女性としても自覚を持って頂ければ…」

 

「松浦先輩、スタイルいいんですもんねぇ…脚も長いし…あれを宝の持ち腐れって言うんじゃないですか?」

 

「高海さんもそう思われますか?」

 

「こう見えて付き合い長いですから…よく言えば『さっぱりしてる』というか『頼りがいがある』というか…」

 

「珍しく意見が合いますわね…」

 

お互い「えへへ…」「ほほほ…」と笑う。

 

 

 

…この感じなら訊いても大丈夫かな…

 

 

 

「ところで…どうして解散しちゃったんですか?」

 

千歌はこのタイミングで、思い切り内角を抉(えぐ)ってみる。

 

 

 

しかし

「その話でしたら…前にご説明したハズですわ。同じことを何度も言わせないで欲しいです」

とダイヤは案の定、ピシャリと言い放った。

 

 

 

「…ですよね…すみません…」

 

 

 

「今後、その質問については一切受け付けませんので」

 

 

だが

「…はい…じゃあ…別の質問をしてもいいですか?」

と千歌も食い下がる。

 

 

 

「なんでしょう?」

 

 

 

「先輩たちは活動していたときのグループ名を教えてください」

 

 

 

「グループ名…ですか?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「…アクア…ですわ」

 

 

 

「悪魔?」

 

「善子ちゃんが喜びそうなグループ名ズラ」

 

「悪魔ではありません、アクアです!」

 

 

 

「アクア?…アクアラングの?」

 

「はい!」

 

 

 

「アクアマリンの?」

 

「はい」

 

 

 

「アクアブルーの?」

 

「はい」

 

 

 

「へぇ…アクア…だったんですか…」

 

 

 

…ん?…

 

 

 

…アクアブルーのアクア?…

 

 

 

…アクアブルー…アクアブルー…

 

…アクアブルーって何だっけ…

 

 

 

…あっ!…

 

…それって確か…

 

 

 

「絵里さんのパーソナルカラー!!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「ですよね!?」

 

 

 

「な、なんのことでしょう?アクアは…ぬ、ぬ、沼津の海をイメージして付けた名前で…」

 

 

 

…図星…なんですね…

 

…あはは…職権乱用ってやつだ…

 

 

 

千歌は心の中で笑いを堪えていた…。

 

 

 

 

~つづく~

 

 

 

 



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伝説のスクールアイドル(下)

 

 

 

「ところで、そのμ'sですが…」

 

自身の過去から千歌たちの目を逸らすかのように、ダイヤは話題を切り替えた。

 

「再結成するかもしれないと噂になっております」

 

「そうなんですよね!実は私も凄く気になってて…ネットでの反応を見ると賛否両論あるみたいですけど…」

 

 

 

先日、若手サッカー選手…高野梨里…が交通事故に巻き込まれ、意識不明の重体に陥った。

そこに居合わせたのが元μ'sのメンバー、園田海未だった。

 

一時は死亡説も流れたが、それは全くのデマ。

実際は高野の咄嗟の判断により、海未は事故車の直撃を避けることができた為、怪我は掠り傷程度…翌日には無事であったことが確認されている。

 

ところが、この事故は海未、そしてμ'sにとって全く意外な方向へと進んでいった。

 

彼女は「偶然にも現場に居合わせてしまった不幸な被害者」のハズだった。

しかし、いつの間にか『高野を意識不明にした犯人』として、叩かれることとなってしまったのだ。

 

今、この件で「高野ファン」「アンチ高野」「海未ファン」「アンチ海未」がお互いに非難合戦を繰り広げており…そして、それが何故か「μ'sファン」vs「A-RISEファン」の争いへと飛び火して、ネットは荒れに荒れている。

事故から一週間ほど経つが、彼らの対立は終息に向かうどころか、一向に収拾がつかない状態だ。

むしろ、激しさを増していると言っていい。

 

 

 

そんな中、同時並行的に湧き上がってきたのが「μ’s再結成希望論」である。

 

 

 

彼女たちの活動期間は短く、人気に火が点いた時には既に解散してしまっていた。

それが『伝説のスクールアイドル』と言われる所以(ゆえん)でもある。

 

本人たちには不本意であろうが、園田海未の名前が注目されたことにより、かつてのファンを中心にμ's再結成の期待が高まっているのだ。

「μ'sなんて、ただ人数が多いだけで、実力は素人」と彼女たちのファンを煽るA-RISEファンへの対抗心…も、その一因だと言えよう。

 

 

 

「高海さんはどう思われますか?」

 

「μ'sの再結成ですか?」

 

「はい。当時の記憶を美しいまま閉じ込めておきたい…という方と、それを差し置いても今の元気な姿を見てみたい…という方…。そのどちらも間違ってはいないと思うのですが…」

 

「私は観たいです!それは…時間が経ってるから、私たちが動画で観てるμ'sとは別人になってるかも知れないし、色々違くなってるかもだけど…でも…観てみたいです!ダイヤさんは?」

 

「もちろん、私もですわ!」

 

「ですよねぇ」

 

「はい、私のナンバーワンスクールアイドルはμ'sですので。彼女たちのステージが観られるのであれば、どれほど幸せなことかわかりませんわ」

 

「オラは美しい想い出は、美しいままで…が、いいズラ。歳を取って動けない、歌えないなんていう人たちを見るのは、偲びないズラ。モノの憐れ…ズラ」

 

2人の話を聴いていた花丸が口を挟んだ。

 

「その考え方も否定はしませんわ」

 

「だからこそ、ネットでも意見が割れてるんだよねぇ」

 

 

 

「はい、そうですね…ですが!!…μ'sは、決して中途半端なパフォーマンスをする人たちではありません!やるとなったら全力で仕上げてきます!!決して私たちを落胆させることはないハズです!!私はそう信じていますわ!!」

とダイヤの言葉は一気に熱さを増した。

 

 

 

「お、お姉ちゃん…」

 

車内に彼女たち以外の乗客はいないとはいえ、周りが見えなくなった姉を妹が制した。

 

 

 

「し、失礼しましたわ…私としたことが…」

 

「あはは…いえ、いえ…私も同じ気持ちですよ。μ’sなら全体に期待を裏切らないステージを見せてくれると思ってます」

 

「高海さん…」

 

「ちなみに…生徒会ちょ…じゃなくて黒澤先輩は、どの曲が一番好きですか?」

 

「μ'sの曲でですか?」

 

「はい」

 

「どれも素敵ですから、選べませんわ」

 

「そこを敢えて言うなら…」

 

「そうですわねぇ…やはり選べません、選べませんわ」

 

「あはは…ルビィちゃんは?」

 

「ぴぃ!?ル、ルビィ…ですか?」

 

突然話を振られて戸惑う妹。

 

だがすぐに

「ルビィは…『Wonder zone』って曲が好きです」

と返す。

 

「意外!」

 

千歌は思わず、そう漏らした。

 

 

 

μ’sとして世の中に出回っている曲(動画)は、十数曲あるが、ルビィが選んだそれは、まだ彼女たちが活動を始めたばかりの頃のもので、どちらかと言えばマイナーだと言えた。

逆に言えば、それだけルビィも姉のダイヤに負けず『コアなファン』だと言うことなのだろう。

 

 

 

「μ’sと言えばアキバ、アキバと言えばこの曲だと思うんですぅ」

と彼女は持論を展開する。

 

「なるほど…」

 

「千歌先輩は?」

 

「私?私は…やっぱり『START:DASH』かな。東京に行ったとき、偶然アキバの駅前の大型ヴィジョンで流れているのを観て…衝撃を受けたというか…スクールアイドルを始めようって思った曲なんだ」

 

「新歓で披露した曲ですよね?」

 

「大失敗しちゃったけど…」

 

「いえ、あのμ'sも観客ゼロからのスタートだったと聴いておりますので…ナイスチャレンジでしたわ」

 

 

 

正確に言えば『絵里』やスタッフとして手伝っていた『ひふみトリオ』、あとから来た『花陽』や『凛』、隠れて見ていた『にこ』もいたので、ゼロではないのだが。

 

 

 

「そう言われると…恥ずかしいですけど…本当はもうあれで、終わりにしようと思ったんです。取り敢えず『ステージに立つ!!』っていう希望は叶えられたので…」

 

「そうなのですか…」

 

「でも…果南…じゃなかった、松浦先輩から手紙を渡されて…」

 

 

 

「手紙ですか?」

 

その言葉にダイヤは、ピクッと反応した。

 

 

 

「へっ?あ、はい…」

 

 

 

「そこにはなんと?」

 

 

 

「2通あって…どっちも書き方は違うんだけど『このまま終わらせていいのか?』っていう内容でした。そういえば…今、生徒会ちょ…じゃなくて、黒澤先輩が言ったみたいに、あのμ’sだって最初からスターだったワケじゃないんだから…みたいなことも書いてありましたね」

 

 

 

「…そうですか…」

 

 

 

「あの人もμ'sのファンだったのかなぁ…」

 

 

 

「ど、どうでしょうか…」

 

ダイヤの額に汗が滲んだ。

 

 

 

「あれ?具合悪いんですか?」

 

その様子を見て、千歌が尋ねる。

 

「い、いえ…少し暑く感じられまして」

 

まだ梅雨入りの発表はないが、確かに車内の湿度は高めだ。

 

「そうですね…すこし蒸しますねぇ…開けます?」

 

「ええ…」

 

ダイヤの返事を受けて、窓側に座っていた梨子が、少しだけ窓を開けると、海沿いを走るバスに、潮風が流れてこんできた。

 

「私はその手紙に励まされて…前を向くことができました。かな…いや、松浦先輩や曜ちゃんたちの助けがあってこそ…ですけどね」

 

「それは良かったですね…」

 

「はい!…あ、でも…その人にお礼が言えてないんですよ。名前が書いてなかったから…」

 

「それは…別にお礼など望んではいないのではないでしょうか。今後、高海さんが活躍する姿を見せればよいのかと…」

 

「それはそうなんですけど…少なくとも私たち以外にもμ'sファンがいるってことなのかな…と思いまして」

 

「そ、そうですね…ファンかどうかまではわかりませんが、伝説のスクールアイドルですし、どこかで聴いたことを書いたのではないでしょうか…」

 

 

 

「そうなんですかねぇ…でも、よかったです!先輩とルビィちゃんがμ'sのファンで」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「探してたんです。この学校でμ'sについて一緒に語り合える人を」

 

 

 

「えっ?…」

 

 

 

「もちろん私には曜ちゃんっていう親友がいるから、彼女には色々聴いてもらってるんだけど、元々ファンってわけじゃないから、私が一生懸命話しても、いまいち反応が薄いんですよねぇ」

と千歌は苦笑しながら、自身の心境を述べた。

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

「でも、先輩は私よりμ'sのこと詳しそうですし…」

 

 

 

「当然ですわ。ファン暦が違いますもの」

 

少し勝ち誇ったように、ダイヤは胸を張った。

 

 

 

「ですから…その…友達になってもらえませんか!?」

 

 

 

「は、はい?」

 

 

 

「千歌ちゃん、友達って!」

 

いきなりの申し出に告げられたダイヤだけでなく、梨子も驚きの声を上げた。

 

 

 

「表現が正しいかどうかはわからないですけど…その…同じμ’sファンととして…仲良くできたらいいな…って思ったんですけど…」

 

 

 

「なるほど…そういうことですか」

 

 

 

「ダメ…ですか」

 

 

 

「…」

 

千歌の問い掛けに対し、彼女はしばらく腕を組んで考える。

 

そして、千歌が見つめる中

「わかりました。別に構いませんわ」

と答えを出した。

 

 

 

「本当ですか?」

 

目を輝かす千歌。

 

 

 

「確かに友達という表現はいかがなものかと思いますが…同じμ'sのファンとして、お互い親交を深めるというのは悪いことではないと思いますわ」

 

穏やかな表情でダイヤは言った。

 

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

しかし

「その代わり…」

と、すぐに彼女の目つきは鋭くなった。

 

 

 

「は、はい…なんでしょう」

 

緊張の面持ちで、千歌は彼女を見た。

 

 

 

「先ほどの…穂乃果さんの妹さんの話…あとでゆっくり聴かせてくださいね?」

 

 

 

「あっ…も、もちろんです!!」

 

それを聴いてニコリと微笑んだダイヤ。

 

千歌も満面の笑みで、それを返す。

 

そして2人は…どちらからともなく硬い握手を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「千歌ちゃんって凄いね」

 

バスを降りて、家に向かう途中、梨子は彼女に向かって言った。

 

ふたりの家は隣同士だ。

玄関まで同じ道のりを歩く。

 

「えっ?凄いってなにが?」

 

「コミュニケーション能力とか、行動力とか…」

 

「私が?」

 

「うん…」

 

「そうかな?」

 

「前に…千歌ちゃんは自分のこと『普通怪獣』って言ってたでしょ?」

 

「今でも思ってるけどね」

 

「ううん、全然違うよ。全然、普通怪獣なんかじゃないよ」

 

「梨子ちゃん?」

 

「スクールアイドルを始めたことだってそうだし…思ったからって、普通はできないもん」

 

「それは、梨子ちゃんと曜ちゃんの助けがあったから…」

 

「それにあの生徒会長を、いとも簡単に仲間に引き入れちゃった」

 

「あはは…仲間に引き入れるって…」

 

「これまでのことを考えれば、急展開だよ」

 

「μ's好きの人に悪い人はないから」

 

「ふふふ…初めて聴いた」

 

「あはは…」

 

「でも…もしかしたら本当にできるかもね?」

 

「なにが?」

 

「先輩、後輩合わせて…9人のスクールアイドル!」

 

「あっ…」

 

「うん、千歌ちゃん見てたら、私もそんな気がしてきちゃった」

 

「あ、ありがとう!うん、やるよ、絶対!」

 

 

 

「その熱い気持ちが…もう普通じゃない…ってことに千歌ちゃんは気付かない?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「もう、全然、普通怪獣なんかじゃないよ」

 

 

 

「じゃあ…今は?…」

 

 

 

「『情熱怪獣』かな?」

 

 

 

「バイオリンの音楽が流れてきそうだね?」

 

 

 

「そうだね」

と言って梨子は笑った。

 

 

 

「情熱怪獣かぁ…なんか、そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

「うん」

 

「よ~し、これからの活動に備えて、私はいっぱい詩を書きまくるうぞ!だから梨子ちゃんは…」

 

「千歌ちゃんに負けないように、いっぱいいい曲を作るよ!」

 

「競争だね!」

 

「うん!頑張るよ」

 

「あっ、おうちに着いちゃったね」

 

「そうだね」

 

「じゃあ、また明日」

 

「また明日」

 

 

 

窓を開ければお互いの顔が見える距離に住んでいる2人だが、一旦、次の朝まで、それぞれ別の時間を過ごす。

 

千歌と梨子は、別れの挨拶を交わすと、自分の家の玄関へと消えていった。

 

 

 

 

 

第三部

~完~

 

 



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第四部
コーチとコーチ


 

 

 

「おはよう」「おはようございます」の声と共に、千歌、梨子、ルビィ、花丸…それにダイヤ…の5人が朝練に集まった。

 

 

 

「えっ…ダイヤさんも?」

と驚く千歌。

彼女が来ることは、予想していなかったからだ。

 

 

 

「当然ですわ。妹が頑張る…と言うのですから、姉として協力せざるを得ないですもの」

 

 

 

「は、はぁ…まぁ…」

 

「それは…そうです…ね…」

 

2年のふたりは、少し間の抜けた相槌を打った。

 

 

 

「ねぇねぇ、こういうのって、何て言うのかな?親バカ?」

 

「親じゃないから…姉バカかな?」

 

「うちの美渡姉ぇとは真逆だね」

 

「たし…そう…かな?」

 

千歌の呟きに、一瞬「確かに!」と言いそうになった梨子だが、かろうじて言い直すことに成功した。

 

 

 

ルビィと花丸の1年生が加わった、新生『CANDLY』。

その臨時コーチに就任したのが生徒会長の黒澤ダイヤである。

 

彼女には…かつて『アクア』というグループを組んで活動していたが、志半ばで解散した…という過去があった。

その理由は未だ定かではないが…当初、千歌たちの行動に否定的だったのには、どうもその辺りが起因するらしい…ことは、明らかになってきた。

 

そのダイヤを、千歌のμ'sに対する愛情と、妹ルビィのスクールアイドルに対する情熱が動かした。

 

本人は「妹の為」と主張しているが、これまでの冷徹な雰囲気とは打って変わって、表情は明るい。

スクールアイドル活動に携(たずさ)われることが、まんざらでもない様子だ。

 

 

 

「この勢いで私たちのグループに参加してくれればいいのにな…」

 

「うん、そうだね…」

 

 

 

今、千歌たちが通う学校のスクールアイドルは、紆余曲折あった末、この『CANDLY』しかない。

所属メンバーは千歌、梨子、ルビィ、花丸と…本業である高飛び込み(水泳部)を優先する為、一時離脱している曜…の5人だ。

 

千歌はここに、ルビィたちと『ふぉ~りんえんじぇる』を組んでいた善子…スクールアイドルの先輩であるダイヤ、果南…そして理事長こと鞠莉…の4人を引き入れることを目論んでいた。

 

各学年3人ずつの…計9名…というメンバー構成は『あのμ's』と同じ。

もちろん、彼女たちを仲間にしたい理由はそれだけではなかったが、しかしμ'sに憧れる千歌にとっては、決して小さくない動機ではあった。

 

 

 

「おはよう!」

 

5人に遅れてやって来たのは、こちらも臨時コーチに就任した果南だ。

いや彼女の場合、千歌と梨子の面倒は見ていたので、ルビィと花丸が『果南に入門した』が正しい表現かも知れない。

 

 

 

「遅いですわ」

 

果南の姿を見たダイヤは、挨拶もそこそこに言い放った。

 

 

 

「ごめん、ごめん…海岸をひとっ走りしてから来たもんで…」

 

「はい?もう走って来たのですか!」

 

「まぁね…」

 

「まったく、あなたという人は…相変わらずですね…」

 

ダイヤは呆れたと言うよりは、少し苦笑いに近い表情を見せた。

 

 

 

「…で…なんでダイヤがいるわけ?」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「あんたも練習に参加するわけ?」

 

 

 

「わ、わたくしは…なんと言いますか…付き添いと言いますか…」

と、あたふたと答えるダイヤ。

 

 

 

それを見て果南は

「ふ~ん…まぁ、なんでもいいけど…若い娘たちの足を引っ張るんじゃないよ」

と言い、悪戯っぽく彼女の顔を見た。

 

「失礼ですね!まだ、そこまで老け込んでおりませんわ」

 

ダイヤは少し顔を紅くして、果南に反論した。

 

 

 

「ならいいけど…うん、こんな無駄話は時間がもったいないね…それじゃあ、早速始めようか!」

 

 

 

「はい!」

 

「よろしくお願いするズラ」

 

元気に返答する1年生のふたり。

その声は初夏の青い空と同じくらい、澄んでいる。

 

 

 

それから果南の指導の元、充分にストレッチを行った5人は、それぞれ神社の入り口から頂上を目指したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…やっと…頂上…」

 

「…うぅ…死ぬズラ…」

 

 

 

「これくらいで…ぜぇ…死には…ぜぇ…しませんわ…」

 

 

 

初夏の青空はどこへやら、完全に吹雪の中で遭難したかのような声のルビィ、花丸…それとダイヤ…。

 

 

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

自分たちが頂上に着いて、暫くしてからやって来た彼女たちに、千歌と梨子が声を掛ける。

 

 

 

「脚が…棒ですぅ…」

 

「膝が笑ってるズラ…」

 

「も、もちろん…大丈夫ですわ…」

 

 

 

「私たちも最初はそうだったんだよ」

 

「うん!でも、毎日続けてると、これだけの差が付く…ってことなんだね」

 

千歌は自分たちの成長を喜びつつ、後輩に自慢した。

 

 

 

「…黒澤先輩も…相当、キツそうですけど…」

 

「ひ、久々でしたので…少し、感覚がニブッていただけです。大したことはありませんわ!」

 

千歌の問いかけに、キッと目に力を込めて答えるダイヤ。

 

しかし

「ふふふ…強がっちゃって!やっぱり1年ちょっとのブランクは大きいんじゃない?これじゃあ、妹の付き添いだ…なんて言ってられないわよ」

と、果南がしたり顔でダイヤを煽った。

 

「黒澤先輩もやってたんですか?」

 

果南の言葉を受けて、梨子が何気なく問うた。

 

「してたわよ。わりとガッツリね!でも…まぁ…色々あって…あぁ、その話はどうでもいいんだけど…その時は若々しかったのになぁ…そんな醜態さらして、よくコーチなんて引き受けたよね!?…今の姿はさ…まるでお婆ちゃんだね、お婆ちゃん…ダイヤお婆ちゃん」

 

 

 

「ダイヤお婆ちゃん!?」

 

彼女を挑発するかのようなセリフに、一同が驚く。

 

 

 

「…」

 

だが、言われた本人は返す言葉がない。

ただ黙って、果南の顔を見ている。

 

 

 

「言われて当然でしょ?私は彼女たちの面倒を見る…って引き受けた以上、真剣にこのことと向き合っていくつもりでいるわ。あなたはどうなの?」

 

「それに関しては、私も…」

 

 

 

「違うね!」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「今のダイヤは中途半端だよ。あなたが協力する理由は…妹がいるからとか、妹の為とか…それはウソじゃないかも知れないけど…まだ、どこかで千歌たちがスクールアイドルをすることに対して、認めてない部分がある」

 

 

 

「そんなことはありま…」

 

 

 

「ある!私にはわかる!」

 

 

 

「なぜ、そうだと…」

 

 

 

「だって…あの時の千歌と同じ顔してるもの」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「私と同じ?」

 

「千歌さんと同じ?」

 

二人は、どちらからともなく、顔を見合わせた。

 

 

 

「果南ちゃ…松浦先輩、どういうことですか?」

 

「はい、どういうことでしょう?」

 

 

 

「千歌は…新歓で失敗したあと、曜ちゃんとのユニットを解散したんでしょ?でも、1年生が新しくユニットを組んだのを知って、どう思ったんだっけ?」

 

「えっ?…あぁ…えっと…情けないというか…悔しいというか…羨ましいというか…このまま終わらせていいのかな?もう一回やらなくていいのかな…って…」

 

「今のあなたも、たぶん、同じことを考えてるハズよ。みんながいるから…これ以上は言わないけど…つまらない意地を張ってないで…コーチだなんて高みの見物してないで、一緒にやればいいじゃない」

 

 

 

「えっ?果南ちゃん!?」

 

突然の一言に、つい千歌は、いつもの呼名を口にしてしまった。

 

 

 

「私は…スクールアイドルなんて柄じゃないし…興味もない。ダイヤが『やりたい』って言うから、ちょっと付き合ってあげただけ。だから、別に未練なんてないわ。でも、あなたは違うでしょ?今でも、やりたくて、やりたくて、やりたくて仕方なんでしょ?だったら、やればいいじゃない!私や鞠莉なんかよりも、ずっと趣味の合う仲間がいるじゃない!後輩だからとか関係なく、一緒に楽しめばいいじゃない!」

 

 

 

「果南さん…」

 

 

 

「私は千歌と約束したから…協力は惜しまない。私ができることは全力でサポートするわ。もちろん、梨子ちゃんも、1年生であっても…そして、ダイヤ…あなたであっても…」

 

 

 

「果南さん…黙って聴いておりましたが…言葉が過ぎましてよ!」

 

 

 

「そうかな?そんなことはないと思うけど…」

 

 

 

「えっ…えっと…まぁまぁ…落ち着いて…」

 

「う、うん…」

 

「そうズラ…落ち着くズラ」

 

 

 

「ふふふ…参りましたわ…果南さんは休学から復帰しても、果南さんのままでした」

 

 

 

「お姉ちゃん?」

 

突然、笑みを湛えた姉に、不思議がる妹。

 

 

 

「当たり前じゃない。人間、なかなか急には変わらなくてよ」

 

だが、果南はダイヤの言葉に、何の疑問も持たずに返答した。

 

どうやらこれはこれで二人の間では、意思の疎通が図られているらしい。

 

 

 

「本日は…これで勘弁して頂けますか?…ご指摘はご指摘として承りますので…」

 

 

 

「わかった…。私も初日から少し言いすぎたかな…とは思ってるんだけど…とはいえ、黙っていられない性格だから」

 

 

 

「はい、存じてますわ。逆に安心しました」

 

 

 

「?」

 

さっきまで険悪ムードに道溢れていた二人だが、よくわからないうちに和解しているようだ。

千歌たちは、果南とダイヤの顔を交互に見ながら、呆気に取られていた。

 

 

 

「さてと…何、ボーっとしてるのかな?急いで下に降りないと…あなたたち、遅刻するわよ?」

と果南は、早く走れ!とばかりに2~3回、腕振りをする。

 

 

 

「あっ…」

 

 

 

「じゃあ、私は先に行くから!千歌、梨子ちゃん、3人のことは任せたよ!…ってことで…あとはよろしく!」

 

そう言い放つと、彼女は疾風の如く階段を降りて言ったのだった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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煽り煽られ

 

 

 

 

ダイヤが朝練に初めて参加した日の放課後…。

千歌たちが屋上に向かうと、そこには既に果南の姿があった。

 

 

 

「遅~い!」

 

 

 

「き、気合入ってるねぇ…」

 

「言ったよね?私がコーチをするからには、中途半端は許さないと」

 

「言ったけどさぁ…忘れないでほしいのは、私たちスクールアイドルなんだよ!陸上選手になろう…っていうんじゃないんだから」

 

千歌は駄々を捏ねるように、腕をぶんぶんと上下に振った。

 

「わかってるわよ、それくらい」

 

そんな彼女を「はい、はい」と軽く手を振って果南があしらう。

 

 

 

「それより、ダイヤは?」

 

「多分、生徒会だと思います」

とルビィ。

 

「そっか…って、彼女はメンバーじゃなかったんだっけ?」

 

「はい、臨時コーチです」

 

「一緒に鍛えてやろうと思ったんだけど…なら、仕方ない。じゃあ、アップから始めようか」

 

「松浦先輩も一緒に走ればいいのに」

 

「千歌?」

 

「学校に来るようになって、体力が有り余ってるでしょ?」

 

「?」

 

「…おうちの手伝いの方が、力仕事も多し…」

 

「そりゃあ、まぁ…」

 

「体育の授業だけじゃ物足りないでしょ?」

 

「…それは…そうかな…」

 

「だから本当は自分も身体を動かしたく、てウズウズしてるんじゃないのかな?って」

 

「…」

 

「どうせなら、一緒に練習したらいいんじゃないかな?…って」

 

「なるほど…それはそうだね!…なんて言わないわよ!」

 

「む!」

 

「その手には乗らないから!だいたい、あなたたちに合わせてトレーニングしたって、なんの役にも立たないもの。コーチはコーチ!あくまでも私の親切心で、付き合ってあげてるだけなんだから」

 

「ちぇっ…」

 

「私の心配はいいから、無駄話しないでちゃんと走りなさい!」

 

果南は千歌を手で追い払った。

 

 

 

 

 

 

アップとストレッチ、筋トレにたっぷりと1時間を費やした4人のTシャツは、汗で肌に張り付いている。

 

「暑い~」

 

「疲れた…」

 

「死ぬズラ…」

 

「喉が渇きましたぁ…」

 

千歌がシャツの裾を絞ると『じゃじゃ』っとしずくが落ちた。

 

「うん、いい汗搔いてるね」

 

それを見て果南が笑う。

 

 

 

「ルビィちゃん、μ'sもこんなに練習してたズラ?」

 

「う、うん…多分…。海未さんっていう人が相当厳しかったみたいだから」

 

「そうなんズラ?」

 

「なんでも合宿の1日のメニューがランニング10㎞、遠泳10㎞、腕立てと腹筋が20セットづつあって…」

 

「げげっ…それじゃトライアスロン…」

 

「それから発声に、ダンスに精神統一…」

 

「もういいズラ」

 

花丸は、まだまだ続きそうなルビィの言葉を遮った。

 

「へぇ…さすがラブライブ優勝チームのことだけはあるわね!」

 

「い、いや…さすがにそれは誇張されてると思うよ!いわゆる…都市伝説…的な?」

 

果南がひときわ目を輝かせたのを見て、千歌がすかさずツッコんだ。

 

「そんなことないでしょ?やっぱり上を目指すならそれくらいのことはしないと…ねぇ?」

 

「…」

 

「なに黙ってるの?千歌はμ'sが見た景色を見てみたいんでしょ?これくらいの練習で弱音吐いてたら、その背中すら見えないわよ」

 

「わかってるけど…」

 

「μ'sか…私もそのメンバーだったらなぁ…そうしたら…」

 

「?」

 

「!!…ううん、なんでもない!」

 

果南は何か言いかけたが、千歌の視線を感じると、すぐにその言葉を飲み込んだ。

 

 

 

「ルビィちゃん、もうひとつ聴いていいズラ?」

 

「なぁに?」

 

「μ'sの練習場所も屋上だったみたいだけど…そこに屋根はあったズラ?」

 

「えっと…そこまでは詳しくないけど…」

 

「音ノ木坂の屋上に、屋根なんてなかったよ」

 

「おぉ!さすが出身者ズラ」

 

「それがどうしたの?」

とルビィが訊き返す。

 

「どうして、こんな日陰もできないような場所で練習してたんだろう…って思ったズラ」

 

「ただ単に練習場所がなかっただけ…ってことだったような…」

 

「うん、そう書いてあったね」

 

ルビィと千歌が『μ's伝説』に記載されていた情報を、花丸に伝えた。

 

「ただ単に、それだけ?…だったら、別にマルたちは別の場所で練習してもいいと思うズラ…」

 

「それはそうだけど…」

と梨子は相槌を打つ。

 

だが…

 

「マルちゃん、それは違うよ!サッカー部員が国立競技場に憧れるように!」

 

「野球部員が甲子園を目指すように!」

 

「スクールアイドルにとって学校の屋上は聖地なんだよ!!」

 

千歌とルビィが…最後はふたり口を揃えて彼女に訴えた。

 

「そ、そうなんズラ…ご、ごめんズラ…」

 

その気迫に押されて、頭を下げる花丸。

 

「…とはいえ…」

 

「…暑いです…」

 

 

 

「心頭滅却すれば、火もまた涼し…ですわ!!」

 

そこに…生徒会長登場。

 

 

 

「出た!」

 

「出た!とはなんですか!私はあなたたちのコーチなのですよ!」

 

「あはは…そうでした」

 

遅れてきた彼女の言葉に、千歌は苦笑した。

 

 

 

「いいタイミングで来たわね!筋トレまで終わったところなんだけど…このあとはアナタにまかせていいかな。正直、次は何をさせようかと思ってたの」

 

「そうですか」

 

「来なかったら10㎞のロードワークに出てた」

 

 

 

「おぉ!救いの神ズラ」

 

「生徒会長様ぁ」

 

「お姉ちゃん!!」

 

口々にダイヤを崇める。

 

 

 

「いいですわね、行きましょうか?」

 

 

 

「ひぃ!鬼ズラ!」

 

「悪魔だ!」

 

「うぅ…姉妹の縁を切るぅ」

 

掌返し。

口々にダイヤを罵った。

 

 

 

「ひどい言われようですね…ですが…μ'sの合宿の時の練習メニューなど…」

 

「それはさっき訊いたズラ…」

 

「どうせ私たちにはμ'sの背中すら見えないですから」

 

「…なにかありましたか?」

 

「さ、さあ…」

 

ダイヤの問いかけに果南は笑いながら首を傾げた。

 

 

 

「じゃあ、あとはよろしく」

 

「折角ですから、果南さんも一緒にやっていきません?」

 

「へっ?」

 

「朝は私が参加したのですから、今度は果南さんの番ですわ」

 

「そんな約束はしてないけど…」

 

「それはそうですが…今朝、私をおばあさん扱いしたものですから…果南さんはどうなのかと」

 

「心配無用!ダイヤと違って、ちゃんと鍛えてるから」

 

「ではダンスはいかがでしょう」

 

「ダンス?」

 

「まだ振り付けを覚えていますか?覚えておりますわね?ええ、覚えていますとも。毎日、あれだけ練習したのですから、忘れるハズはありませんよね…」

 

「そ、そりゃあ…」

 

「えぇ、その若さでまさか覚えてないなんて、あり得ませんもの…ということを証明してみましょう」

 

「よし、わかった!…って今日は何?さっきも同じようなことを言ったんだけど…そんなに煽ったって、私はもう、そういうことはしないって決めたんだから」

 

「かな…ん…いや松浦先輩の踊る姿、見てみたいなぁ」

 

「千歌ぁ!」

 

「だって、一度も見たことないんだもん!ちっちゃい頃からの付き合いなのに、一度も見たことないんだもん!」

 

「人に見せられるようなものじゃないから」

 

「でも、地区予選は勝ち抜いたんでしょ?それってすごいことだよね!」

 

「それは…たまたまこの地区のレベルが低かっただけ」

 

「…逆に言えば、周りの高校より上手かったわけでしょ」

 

「えっ…あ、うん…まぁ…」

 

「マルも見てみたいズラ」

 

「ルビィも見たいです」

 

「私も…見てみたいです」

 

「梨子さんまで…」

 

4人は両の手を胸の前で組んで、拝むように果南を見た。

 

「お願いしま~す!!」

 

「仕方がないわね…なんて言わないわよ、絶対」

 

「ケチ!」

 

「ケチで結構です~」

 

千歌の煽り文句に釣られて、果南は子供の様な言葉を返した。

 

それを見て3人が笑う。

 

 

 

「果南さん!」

 

「なに?」

 

「あなたが休学中に、ノートを取ってあげていたのは誰でしょう?」

 

「!!」

 

「何を隠そう、この私ですね?」

 

「…そ、それは…今、関係ないでしょ…」

 

「トレーニングのし過ぎで…授業中寝ているあなたを、いつもそっと起こしてあげているのは誰でしょう?はい、この私ですね」

 

「うっ…」

 

「幼い頃ハグと言って、いつも『サバ折り』されていたのは誰でしょう?ピンポーン、私です…わ」

 

「…汚いなぁ…そういう攻め方…」

 

「何もひとりで踊ってください…とは言っておりません。いかがでしょう?私と一緒に踊るというのは」

 

「はぁ…わかったわよ…やればいいんでしょ!やれば」

 

「はい」

 

「でも、一回きりだからね!」

 

「よろしいでしょう」

 

「なに?その上から目線は!…むかつくなぁ」

 

果南は冗談とも本気ともつかない表情で、そんな言葉を吐き出したのだった。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

 



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一進一跳!

 

 

 

 

「おぉ!ナイスタイミング!」

 

突然聴こえた声に、そこにいた全員の視線が屋上の出入口に集まる。

 

 

 

「曜ちゃん!?」

 

 

 

ひょっこりと現れたのは渡辺曜だった。

 

 

 

「部活は?」

 

彼女は「しばらく高飛び込みの練習に打ち込む」と、千歌たちのアイドル活動から離脱中である。

それが何の前触れもなく、いきなり姿を見せたのだから、千歌がそう訊くのは当然のことだった。

 

 

 

「う、うん…えっと…色々あって…」

 

 

 

「色々?」

 

 

 

「そ、それより、松浦先輩のダンスが見られるんでしょ?」

 

その話題に触れられたくないのか、千歌の反問を無視するようにして果南に話を振った。

 

 

 

「あら、聴いてたの?」

 

 

 

「何やらお取込み中だったもので、入るタイミングを窺ってたら…まぁ…結果的にそうなりました」

 

曜は苦笑いをしながら、千歌たちの方へと歩を進めていく。

 

 

 

その姿を横目に

「良かったですね。ギャラリーが一人増えましたわ」

とダイヤ。

 

 

 

「なにがどういいのよ?」

 

 

 

「それは…スクールアイドルたるもの、ひとりでも多くの方に観て頂くことに、活動の意義がある…と思いまして」

 

 

 

「なるほどね…って…あなたも私もスクールアイドルではないけど…」

 

 

 

「確かに…おっしゃる通りですわ」

 

くすり…とダイヤは笑った。

 

 

 

「まぁ、いいわ。ここまで来たら、一人増えようが、二人増えようが一緒、一緒!終わったら私は家に帰るから、さっさと踊るわよ!」

 

先ほどまではあれほど嫌がっていたのに、いざ踊ると決めたら潔い。

根っからの体育会系…そんな性格が透けて見える。

 

「さぁ、何にするの?ぼやぼやしてないで、早くやるよ!」

 

手を二度ほど叩いて、逆にダイヤを煽った。

 

 

 

「ふふふ…果南さんのそういうところ…変わってませんね」

 

 

 

「ほらほら、そういうのいいから!私の気が変わらないうちに早くして!」

 

 

 

「はい、わかりましたわ!では…あの曲にしましょうか?」

 

 

 

「あの曲…って…あの曲?」

 

それだけで果南はピン!と来たようだ。

 

 

 

「はい!やるからには、やはり一番…」

 

 

 

「あ~わかった!わかった!御託はもういいよ!」

 

 

 

「では…しばしお待ちを…」

 

ダイヤはそういうと自分のスマホを取り出し、なにやら画面を操作する…。

 

 

 

ボリュームをフルにした「それ」から聴こえてきたのは、エレキギターの音と少女たちの「OH!YEAH!」という掛け声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

踊り終わったダイヤは「ぜぇぜぇ」と息を切らしている。

スタミナには絶対の自信を誇る『筋肉お化け』の果南でさえ、呼吸を荒くしていた。

故に、それがどれだけ激しいものだったかがわかる。

 

 

 

その二人のダンスを見終わった千歌たちは、少し呆気に取られていたが、すぐに精一杯の拍手を送った。

5人の手を叩く音が、屋上のコンクリートに反射する。

 

 

 

「すごいよ!すごいよ!ねぇ?曜ちゃん!梨子ちゃん!…かな…ん…いや松浦先輩がこんなに踊れるなんて」

 

「うん!びっくりしたよ」

 

「カッコ良かった」

 

「さ、さすが…マルたちに厳くするだけのことはあるズラ…」

 

 

 

「お姉ちゃんって…やっぱり、すごい!」

 

 

 

「そこは『松浦先輩って!』…でしょ?」

とルビィを軽く睨む果南。

 

 

 

「えっ?あ…も、もちろんです!!」

 

 

 

「妹を脅すのは、やめてくださいませんこと?」

 

 

 

「いや、脅してないから!」

 

彼女はこわばった表情をすぐに崩した。

 

そして

「どう?これで満足した?」

とキャラリーに問い掛けた。

 

 

 

「満足も何も…もっともっと見たくなっちゃったよ!」

 

 

 

「だ~め!こんなことするのは今日が最初で最後なんだから」

 

 

 

「いいものを観させてもらったであります」

 

 

 

敬礼して果南を見る曜に

「それはどうも」

と彼女は軽く手を挙げた。

 

 

 

「ねぇ…千歌ちゃん…」

 

「なぁに?梨子ちゃん」

 

「今の曲って…ひょっとして…」

 

「うん、μ'sの…」

 

 

 

「はい!μ'sの曲の中でも一番動きが激しいと言われている『No Brand Girls』ですぅ」

 

千歌を遮るかのように、梨子に答えたのはルビィだった。

 

「動画で公開されているμ'sの曲は、全部で14曲(※)あります。そのほとんどが、横揺れの2ステップが基本なんですが、No Brand Girlsだけは唯一縦揺れなんです」

※【ラブライブ物語Vol.4】第139話参照

 

 

 

「そうなんだ…」

 

 

 

「衣装もとても格好いいのですわ」

 

「うん!…私には似合わないと思うけど…」

 

「この曲は大雨の中で披露されたのですが、彼女たちの身体から湯気が立ち昇り…何度見ても心熱くするステージなのです!」

 

妹に負けじと姉も力説する。

 

「そして高熱を押してパフォーマンスをしていたリーダーの穂乃果さんが、倒れちゃうんだよね?」

 

 

 

「倒れたって…死ん…」

 

 

 

「ブッブー!!…いやですわ、梨子さん!穂乃果さんは生きています!縁起でもないことを言うのはやめてください!」

 

 

 

「で、ですよね…」

 

梨子はついこの間、彼女に会いに出掛けたことを思い出し、愚問だったことに気が付いた。

そして『海未が事故死した』というデマが流れたことも。

ダイヤが過敏に反応したのは、そのこともあってのことだろう。

 

 

 

「…すみません…」

 

 

 

「ですが…そういうアクシデント込みで、やっぱり『ノーブラ』は最高に盛り上がる神曲ですわ!!」

 

しかし、梨子の反省など、どうでもいいとばかりに、ダイヤの言葉は止まらない。

 

 

 

「ノーブラ…ズラ?」

 

 

 

「…あら、花丸さん。そういう意味ではありません」

 

 

 

「わ、わかってるズラ」

 

 

 

「そして何より、この曲の素晴らしところは…『♪目~指す場所は…』からの」

 

「『絵里さんと花陽さんの絡み』ですぅ!!」

 

 

 

なるほど。

ダイヤの推しは絵里、ルビィの推しは花陽。

家でふたり揃って、そのパートを真似していたことは容易に想像できる。

 

 

 

「あぁ、絵里さんて、なんて美しくのでしょう」

 

「あぁ、花陽さんて、どうしてあんなに可愛いんだろう」

 

どうやらこの姉妹はμ'sの話となると、ふたり揃って完全にオタク化してしまうようだ。

うっとりとした顔をして、ふたりの視線は遠いところを彷徨った。

 

歴は浅いとは言え、千歌もμ'sファンのひとりである。

だが会話に入る隙がない。

このあとも次から次へと『えりぱな』の魅力を語り、キャッキャッと騒ぐダイヤとルビィだったが…やがて、その周りの冷めた空気を察知して、自我を取り戻した。

 

 

 

「…ご、ごほん…私としたことが…取り乱してしまいましたわ」

 

「う、うん…ルビィも…」

 

 

 

「い、いいよ、全然…まさか生徒会長がこんな人だとは思ってなかったから、ちょっと驚いただけで…」

と千歌。

 

 

 

「驚いたと言えば…やっぱり…松浦先輩のダンスですぅ」

 

 

 

「いいわよ、ルビィ。取って付けたように言わなくても」

 

 

 

「いえいえ、本当にすごかったです!この曲を、あんなに完璧に踊れるなんて!」

 

 

 

「あなたのお姉さんにタップリ仕込まれたからねぇ…自転車や泳ぎと一緒で、一度覚えたら、そう簡単に忘れないみたい」

 

 

 

「そういうものですか?」

 

 

 

「わかんない、多分そうじゃないかな…って」

 

 

 

「御見それしましたわ」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「さすが果南さんです。どうやら私はアナタを見くびっていたようです」

 

 

 

「あぁ…お陰様で体力に関しては、寧ろ以前より上がってるからねぇ」

 

 

 

「えぇ、それはそうですが…ステップもフリも見事なものでした」

 

 

 

「そう?褒められても何も出せないけど…」

 

 

 

「…それだけに…もったいないです」

 

少しだけダイヤの声のトーンが変わった。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「あなたはこれだけの才能がありながら…」

 

 

 

「ダイヤ!!」

 

 

 

「!!」

 

 

 

「その話はしない…って約束でしょ!?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「じゃあ、私はこれで帰るから…あと、宜しく!」

 

 

 

「あ、あ…えっと…ありがとうございました。明日も宜しくお願いします!!」

 

千歌が礼を言うと、梨子たちも一斉に頭を下げた。

 

 

 

それを背中で聴いた果南だったが、何も言わずに屋上を後にした。

 

 

 

 

「お姉ちゃん?」

 

果南に一喝されたダイヤは、しばし黙っていた。

 

しかし妹に声を掛けられると

「失礼しました。では今日の練習は始めましょうか」

と切り出したのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 



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