Fate/Apocrypha ―赤の軌跡― (穏乃)
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1話 聖杯大戦

アキレウスが好きすぎてアキレウスに報われてもらいます。
ちなみに主人公とアキレウスがくっついちゃうとかそんなのはないですので、読む人は注意して下さい。あと岸波白野も女主人公の方ですけど、色々設定いじくってます。
ほぼほぼオリジナル展開で話を進めていこうと思ってます(思ってるだけ)。


 物語とはたった1つのイレギュラーで結末が変わることがある。例えば一人の少女が戦いに身を投じるだけで皆の知っている物語とは全く違う展開に進んでしまい、それが全く別の物語となってしまったり。

 彼女はこの戦いの結末を見届けた。数多の英雄が自らの信念を胸に秘め戦い抜いた戦争を。しかし本来の物語であれば彼女はこの物語に関わることことすら許されなかった。一つの奇跡が、彼女をこの戦いへと赴かせ、物語の結末を変えたのだ。

 これは本来語られることのなかった、幻のような物語である。

 

 

 イギリス。いや、まさか自分がこうしてイギリスに来るなんて思ってもみなかった。当然だ。魔術協会の総本山であるここ『時計塔』は自分のような薄汚い魔術師とは圧倒的に無縁な場所であるからだ。

  岸波(きしなみ)白野(はくの)、彼女は少なくとも真っ当な魔術師ではない。そんな彼女がここ、時計塔にやってきたのには大きな目的があったからである。大きな目的、といえば大層に聞こえるかもしれないがそこまで大きな目的ではない。岸波白野はフリーランスの魔術師である。仕事があればどこにでも属し、金さえ積まれれば昨日まで味方であった魔術師さえ殺す。そんな彼女が時計塔にやってきた理由は一つ、仕事だ。

「……それにしても、平和だねぇ」

 ふと岸波は言葉を零した。常に戦場に身を置く彼女にとって時計塔は平和そのものでしかなかった。

「魔術を教えてもらう、か」

 岸波にとって魔術とは生きていくために術でしかない。なので勉学のように魔術を学ぶということが彼女には理解することができなかった。

「まぁする気もないけど」

 そうこう言っている間に目的の部屋に到着した。岸波は軽く咳払いをしてから扉を二回、ノックする。

「入れ」

 その言葉を聞けば岸波はドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。そこには一人の老人とサングラスをかけた大男が待ち構えていた。

「召喚科学部長のロッコ・ベルフェバンですね」

「如何にも。お主は岸波白野で間違いないか?」

 はい、と岸波は首を縦に振る。

「……で、何故獅子劫(ししごう)界離(かいり)がここにいるのですか?」

 獅子劫界離。そう呼ばれた大男はこちらに視線を傾けながらニヤッと気怠い笑みを浮かべる。

「まぁ説明するから座れ」

「……」

 岸波は無言で獅子劫の向かい側のソファーに腰を下ろす。

「さて、お主らに集まってもらったのは他でもない。『冬木の』聖杯戦争を知っているか」

 聖杯戦争。どんな願いを叶えるとされる万能の願望機、聖杯を巡って戦う魔術儀式のことだ。だが冬木の聖杯戦争は本来のこれとは異なる。冬木の聖杯戦争は魔術師の間で英霊をサーヴァントとして召喚し最後の一騎になるまで争わせる極めて特殊な戦争なのである。

「知ってるが―――冬木の聖杯は確か第三次を以て消息を絶ったんじゃなかったのか」

 獅子劫が口を開く。

「うむ、それが三ヶ月前に発見された。発見された、と言うよりは隠されていたのがわかったというべきだな」

「場所は?」

 岸波が問う。

「ルーマニア、トランシルヴァニア地方の外れにある都市トゥリファス。そこを管理している魔術一族、ユグドミレニアが所有していることを宣言してきた」

「……それで」

「こちらからは50人の討伐部隊を派遣したが、内49人は全滅。生き残った魔術師によるとサーヴァントによる攻撃を受けたとのことだ。つまり、ユグドミレニアは最低でもサーヴァントを一騎召喚している」

「つまり私達にサーヴァントを召喚してその聖杯戦争に参加しろ―――ってことですか」

「いや違う、お前たちには赤のマスターとしてユグドミレアと戦ってもらう」

「どういうことだ?」

 ロッコは話を続ける。

「今回の聖杯戦争は通常のそれではない。味方が7人、敵が7人。お前らは赤のマスターとして、ユグドミレニアは黒のマスターとして7対7で争ってもらう」

「総勢14騎って、そんなことが可能なんですか?」

「大聖杯に内蔵された予備システムの一つだ。7騎のサーヴァントが一勢力に統一された時はそれに対抗するもう7騎を呼び出すことが可能になる」

「こちらが勝った場合は?」

「無論、勝利した後再び聖杯戦争を執り行う。さて、どうするかね」

 岸波は黙り込んだままであったが、獅子劫が沈黙を破る。

「幾つか質問がある。サーヴァントを召喚する場合には触媒となる聖遺物が必要不可欠となるはず。それはどうする」

 ロッコは無言で引き出しから2つの箱を取り出す。一つ目の箱には石版のような石が。もう一つの箱には青銅の破片のようなものがそれぞれ中にあった。

「こちらはかのアーサー王伝説に名高い円卓の欠片だ。これであればランスロット、ガウェイン、トリスタン。強力な円卓の騎士が召喚できよう」

「こっちは」

「ギリシャ神話のトロイア戦争で使われたとされる武器の破片だそうだ。これならばヘラクレス、ヘクトール、ペンテシレイア。ギリシャ神話に名高い戦士のどれかを召喚できよう。好きな方をもっていけ」

「んじゃま、お先に」

 そう言って獅子劫は円卓の欠片の入った箱を手に取る。

「もう一つ、こちら側のマスターについてだ。岸波白野や俺みたいな魔術師に依頼してるんだ、他はどんな奴らだ」

「ああ、残りは既に決まっていて現地に派遣済みだ。こちらからは4人派遣した」

「もう一人は?」

「聖堂教会から派遣された監督役兼マスターだそうだ。今回は聖堂教会もこちら側につくそうだ」

「名前は」

「シロウ、とかいう神父だそうだ」

 シロウ。名前を聞く限りだと日本人の名前だ。岸波は退屈そうに話を聞きながらも、残った青銅の破片の入った箱を手に取った。

「双方依頼を受けるということで構わんな?」

「おう」

「はい」

 獅子劫と岸波は二つ返事で答える。

「ではすぐにルーマニアに向かってくれ。現地についたらサーヴァントを召喚、その後他のマスター達と合流してくれ」

 

 

 

 私、岸波白野はルーマニアまでの飛行機は退屈で仕方なかった。時間で言えば6時間ほどであったが、その間本当にやることがなくただ退屈な時間を過ごす羽目になってしまった。ルーマニアの首都、ブカレストに到着するなり右手に鋭い痛みが生じた。右手には聖杯戦争の参加権でありサーヴァントを使役するための令呪が発現していた。これで私も聖杯に選ばれたということなのだろう。いや、仮に選ばれなかったら大変なことになっていた。依頼を受けたにも関わらず聖杯大戦に参加できないのだ。まずはその参加権を奪うところから始めなくてはいけなくなる。無事、と言うのだろうか。ともかく無事聖杯大戦に参加できるのだ。まずはサーヴァントを召喚するところから始めよう。同業者である獅子劫が言うにはサーヴァントを呼び出すのはあくまで聖杯。私達マスターはサーヴァントを現界させるだけの魔力を供給さえできれば問題ないという。呼び出すのに関しても簡易的な術式で問題ないとのことだ。

「でも呼び出すなら自分の調子が最高潮の時を狙え、ですか」

 私の魔力が最高潮のタイミングは深夜2時。日本とルーマニアの時差は約7時間ほど。つまり日本時間での2時とはつまりルーマニアで言うところの夜7時のことを指す。魔力に時差ボケがないことを祈ろう。しかし、ルーマニアに来るのは実は最近では二回目である。時計塔に呼び出されるより少し前に、ルーマニアにて荷物の受け渡しで立ち寄った事があった。依頼人の名前は確かムジーク。荷物の内容までは依頼人の要望で確認していなかったけども。

「まさかあれ、実は聖遺物だったなんてことはないよね」

 だとしても驚くことはない。フリーランスの魔術師をやっているのだ、こういうことはよくある。今日依頼を受けていた相手を明日には殺さなければならないなんてことはもう日常茶飯事だ。

「さて、まずは……」

 空腹を満たそう。現時刻は17時、召喚まで少し時間がある。召喚する場所に関してはここに来るまでにある程度目星は付けてある。

 と、ここまで獅子劫界離の姿が見当たらないが、彼とは別行動をとっている。確かに同じ赤側のマスターではあるが、聖杯大戦が終われば敵になるかもしれない。そんな相手と一緒に行動はできない。とはいっても後々に合流はしなければならないが。そうこう言っている内に時間が迫ってしまった。私は急いで目星をつけていた霊園に足を運ぶ。

「さってと」

 術式は完成した。時間も18時55分と丁度いい時間である。

「……」

 右手に刻まれた令呪に魔力を集中させる。

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公。手向ける色は赤。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 召喚の呪文と同時に術式が令呪の補助を受けて召喚陣が赤く光る。

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 召喚陣からその彼が顕現した。長身の男性、金髪に槍を片手に持った彼がそこに立っていた。聖遺物からトロイア戦争で活躍したとされる英雄が召喚されるはずなのだが、流石に一目で誰かまではわからなかった。

「……えっと」

「応、赤のライダー。召喚に応じ顕現した」

 男はこちらに視線を向けながら口を開く。

「答えな、あんたが俺のマスターか?」

 これが私と、ライダーとの出会いだった。



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2話 運命の始まり

いやまさかUA4桁いくなんて思ってませんでした。
3桁いったらなぁみたいな、自己満足で書いてる感あったので、色んな人に読んでもらえてとても嬉しい極みです。

男女の相棒関係って、書くの難しそうです。


 かつてこんなやり取りをした記憶がある。だが記憶は記憶であって、それまでのことだ。

 ーーー答えよ、其方(そなた)が余のマスターか。

 時々思い出す言葉。思い出すたびに自分は何かを忘れているんだということを自覚させられる。サーヴァントとマスター。聖杯と魔術師。知っているはずの何かとは少しずれたそれと向き合うことになるなんて、これから先生きていく上で必要ないと思っていたしそんな機会はないと思っていた。そう、彼と出会うまでは。

 

 

 

 

「……」

 目の前に現れた長身の男性。今岸波白野が召喚したサーヴァントでまず間違いはないだろう。現に服装が現代のものではない。軽装ではあるが、彼のそれは鎧であった。

「貴方のマスター、岸波白野。よろしくね、ライダー」

「まさか俺を召喚するマスターが女なんてなぁ」

 赤のライダーは軽口をたたきながらも辺りを見渡す。

「それでライダー、貴方の真名を教えてほしいんだけど」

「あん?んだよ、俺を狙って召喚したんじゃなかったのか」

 その言葉に岸波は苦笑交じり祭壇に置かれた聖遺物を指差す。

「トロイア戦争に登場する誰かってのはわかるんだけど、名前までは。アマゾネスの女王、ペンテシレイアじゃないことはわかるんだけど。槍を持ってるからヘクトール……」

「あんなおっさんと一緒にすんじゃねえよ」

 あ。その反応で彼が何者なのかはっきりした。

「ギリシャ神話の大英雄、アキレウスを召喚できるなんて私はついてるね」

「へぇ、今のやり取りで俺の真名を言い当てるってことは―――それなりに知識はあるみたいだな」

 青年は先程までの表情とは違い少し柔らかくなったように見えた。今ので自分がマスターであると認めてもらえたのだろうか。

「それじゃマスター、行こうか。俺が真の英雄であることを見せつけてやろう」

 ライダーはやる気に満ち溢れたかのように右拳を左手にパンッと叩きつける。

「その前に、ちょっと用事」

「用事だぁ?」

「そ。神父様に懺悔に」

 そう言って岸波たちは霊園を後にし、街の宿へと足を運んだ。

 

 

 

 

 彼は何故か冷や汗をかいていた。目の前に敷かれた4つの召喚陣を前にゴルド・ムジーク・ユグドミレニアはただ緊張と焦りしかなかった。

「それではそれぞれ用意した聖遺物を祭壇に」

 ユグドミレア一族の長である、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの言葉と共にそれぞれ4人の魔術師は祭壇に聖遺物を置く。ゴルドが祭壇に置いたものはボロボロになりながらも黄金に輝く剣の柄であった。

 これは彼が用意したものではない。正確には彼が魔術師に頼んで運ばせていたものだ。それがつい先日届いたのだ。

「では、召喚を」

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公。手向ける色は黒」

 4人の魔術師の告げる言葉により召喚陣が青白く光る。詠唱が終わると、激しい暴風とともに、4騎の英霊が召喚された。

「召喚に応じ参上した、我ら黒のサーヴァント。我々の運命はユグドミレアと共にあり、我々の剣はあなた方の剣である」

 ゴルドが召喚したサーヴァント、黒い甲冑を身に着けた金髪の少女はこちらに鋭い視線を向けながら口を開く。

「問おう、貴様が私のマスターか」

 その右手に持つ大剣から彼女のクラスがセイバーであること明白だ。ゴルドは望みどおりのサーヴァントを引き当てることができたため、喜びを隠せずにいた。

「召喚したからには勝利を約束しよう、私のこの黄金に輝く魔剣に懸けて」

 

 

 

 

「待ってライダー」

 翌日教会に到着するなり岸波はライダーの歩みを制止する。

「なんだよマスター」

 嫌なものが見えた。たまに見えるアレだ。未来視とも言えるのだろうか。それにしては今見えたものの中には自分がいなかった。だが従えば自分もそうなるのであるというのはなんとなくだが理解できた。

「……これは毒?それから、洗脳」

 見えるものを断片的に言葉にして紡いでいく。

「……神父」

 見えたものが何を意味しているのかは分からないが、今から会う神父は少し警戒した方がいいのかもしれない。

「ライダーは私が呼ぶまで姿を現さないで」

「……わかった」

 岸波の言葉に素直にライダーは聞き受け霊体化する。それを確認すれば岸波は教会の扉を開く。

「……獅子劫界離」

 教会には既に獅子劫界離が到着していた。獅子劫もこちらの姿を確認するなり手を振る。

「お呼びして申し訳ありません、私今回の聖杯大戦の監督役を務めますシロウ・コトミネと申します」

 褐色の肌に白髪の少年。とてもじゃないが、監督役が務まるような年齢には見えない。

「……岸波白野、自己紹介は省いても?」

「構いません、存じています」

 獅子劫は座っていた椅子から立ち上がり、岸波に並ぶように立つ。

「……そちらのサーヴァントは?」

 シロウの言葉とともに白の甲冑で身を覆った騎士のような出で立ちのそれが現れる。恐らく獅子劫のサーヴァントだろう。

「そちらは……?」

「……ライダー」

 こうも簡單にサーヴァントを晒すことになるとは思っていなかった。岸波の言葉を受けてライダーは実体化し、その姿を現す。

「ではこちらも」

 黒に包まれた女性が姿を現した。

「赤のアサシン、真名はセミラミス。よろしく頼むぞ、二人共」

 赤のアサシン、と言うよりは黒のアサシンと呼んだほうが適切ではないかと言いたくなるくらいにその零す笑みまで真っ黒である彼女の実体化とともに獅子劫のサーヴァントは剣を手にする。が、それはすぐ獅子劫によって制止された。

「では、情報交換から始めましょうか」

 赤のマスターである三人は教会に並ぶ椅子に腰を下ろす。

「黒の側もほぼ出揃ったようです。中でもヴラド三世と予測されるランサーが頭抜けて危険でしょう」

「やっぱりあいつを召喚したか」

 ヴラド三世。名前だけ聞けば恐らく吸血鬼ドラキュラの方を思い浮かべる人のほうが多いだろう。しかしサーヴァントは知名度に大きく影響される。ここルーマニアであるならば彼は吸血鬼ではなく英雄として召喚される。であるなら彼のサーヴァントとしてのステータスはある程度上方補正がかかっていてもおかしくはない。

「こちらのサーヴァントは」

「優秀ですよ。少なくとも、質の面においては」

「だろうな」

 アッシリアの女帝、最古の毒殺者。そんなキーワードを持つ赤のアサシンセミラミス。そして岸波の召喚した俊足を異名に持つ大英雄アキレウス。獅子劫の持つサーヴァントはセイバーであること以外何かの宝具かスキルで隠されていてステータスが見えないが、ただならぬ雰囲気を感じる。現状この3騎しか確認できていないが、これだけでも優秀なサーヴァントが出揃っているのは明白だ。

「それから、ルーラークラスの召喚も確認されています」

「15体目のサーヴァント……」

 ルーラー。聖杯戦争を成立させるためにクラス。本来の聖杯戦争であればルーラーが召喚されることはまずないのだが、今回は普通の聖杯戦争のそれとは違う。聖杯大戦というイレギュラーなのだから、召喚されるのも道理である。

「では、他のマスター達と合流しましょう」

 急に頭痛がひどくなった。まるでこのシロウという神父を否定するかのように。

「いや、私はいいです」

「おや」

 驚いたのはシロウだけでなく獅子劫もだった。

「私のライダーは単独でも十分戦える力を持ってる、群れたほうがやりにくい」

 なんていうのはただの言い訳だ。この男から離れたい、それが本心だった。

「団体行動は苦手ですか?」

「まぁ、そんなところ」

「二番煎じだが、俺も」

 そういったのは獅子劫だった。

「こっちのセイバーも単騎で十分戦える」

 それを見ていた赤のアサシンは不満そうな表情を浮かべる。

「敵は完全に軍勢をして成立している。お前たちが勝手に動けば、こちらが迷惑を被るというもの。それでも手は組まぬと?」

「そうだ、悪いな神父」

 そう告げれば獅子劫は言い出しっぺの岸波よりも早く教会を出る。岸波もあとに続くように一礼をしてから扉まで足を運ぶ。

「なにかあれば協力はします、その時は使い魔で知らせてもらえれば」

 

 

 

 

「岸波はなんであいつらと一緒に行かなかったんだ」

 街中を共に歩く獅子劫が唐突に質問を投げつけてくる。

「獅子劫こそ」

「獅子劫さんだ」

 歳下から呼び捨てで呼ばれるのが気に食わないのだろうか。

「俺はまぁ、セイバーの直感を信じただけだ」

「なるほどね」

 つまりは直感をスキルとして所有しているサーヴァントなのだろうか。

「で」

「……私は視えたから」

「視えた?」

「未来視、というわけではないんだけど。危険予知っていうのかな。なんか変な光景が視えたから」

「白昼夢、聞いたことがあるな。白昼夢で未来が視える体質の人間が存在するって」

 そうなのか、初めて知ったという顔をしていた。彼女自身そのことを詳しく調べようなんて思ったこともなかった為、そんな話を聞いたのは実際のところ初めてだった。

「まぁいいか。それじゃ行くか、トゥリファスに」

 トゥリファス、ユグドミレアが管理に置く街で今回の聖杯大戦の舞台となる場所だろう。

「こっからは別行動だが、何か情報があったらくれ」

「お互いにね。死んだらだめだよ、獅子劫」

 岸波と獅子劫はお互いに拳をぶつけ合い再会の約束を交わした後に、それぞれ別行動を始めた。

「さてマスター、ようやく戦場か」

「だね」

「の前にマスター、ちぃーっと頼み事があるんだが」

 サーヴァントであるライダーが頼み事。英雄である彼に頼まれるようなことなんてあるのだろうかと、そんなふうに思いながら岸波はシギショアラを後にした。

 トゥリファスには夜には到着していた。静かな街を歩きながらライダーは自分の新たな服装に満足そうにしながら道を歩いていた。

「いやほんとマスター悪いな、これなかなかにいい感じだぜ」

 ライダー、アキレウスの頼み事というのは現代の格好をしてみたいというものだった。であるなら服屋に言って彼の服を見立ててやるだけでいい。と、言うのは簡單だが女性である岸波が男性の服を買うというのは些か違和感があった。これが獅子劫ならもっと違和感があったのだろうが。

「まぁまぁ、この方が色々便利だしね」

 実体化してもらっていたほうが都合がいいこともある。魔術師だけでなく一般人に目をつけられたくはない。例えば警官だの不良だの。だが彼がいれば童顔であり年齢がはっきりしない私の保護者に見えるので変に声をかけられることは少なくなるだろう。

「……誰だ」

 一瞬だがライダーは気配を見逃さなかった。その言葉とともに緑衣の少女が姿を現す。

「待て、私は赤のアーチャー。神父からお前たちに協力要請が来ている」

 早すぎる。協力するとはいったけども、さっき言ったばかりだ。いくらなんでも協力要請早すぎると思うんです。

「……何」

「こちら側のバーサーカーが暴走して、黒の陣営に殴り込みに行った」

 私もライダーもそれを聞いてポカーンとするしか出来なかった。当然だ、バーサーカーといえど、赤の陣営は自分のサーヴァントを制御できていないのだから。

「それで、どうする気なの」

「もちろん止めれたらそうしたい、だが無理なら―――」

「処分、か」

 アーチャーが口にするよりも早く、ライダーがそれを口にする。それに答えるかのようにアーチャーは首を縦に振る。

「どうするマスター」

「……私はそのバーサーカーがどんなものかわからないし、なんとも言えないけどでも早々にサーヴァントを一騎失うのはまずい。ライダー、行ってきてくれる」

「了解した」

 そう言うとライダーは現代の服からいつもの軽装の鎧の姿へと変わる。

「場所は案内してくれるんだろ、(あね)さん」

「ああ、ついてこいライダー」

 ライダーとアーチャーはこの世とは思えないスピードでその場から飛び去る。岸波もライダーの様子を窺うために使い魔を飛ばした後宿へと戻り、監視用の水晶玉を用意していた。



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3話 生きる代償

言い忘れてました、すまないさん出ません!
すまないさんの代わりに別の黒のセイバーが登場しますけど、完全にオリジナルのサーヴァントになります。ステータス、スキル等はまた後程紹介させていただこうと思います。
また黒のセイバーの真名が何なのか、予想していただければなと思います。

独自解釈も多いので、設定との食い違いがあれば本当にすいません。


「あいっ!」

 狂気に染まった戦士が背中にいつくかの岩が刺さりながらもゴレムに向かって立ち向かう。その姿はまさに、狂戦士(バーサーカー)と呼ぶにふさわしいものであった。

「あれは見捨てるしかないと思うか、ライダー」

 その様子を木の上から見ていた赤のアーチャーはその横で退屈そうにしていた赤のライダーに視線を向ける。

「説得できると思ってるあんたのほうが変わりもんだぜ、姐さん」

「我が名はアタランテだ、姐と呼ぶのはよせアキレウス」

「ははは、親愛を込めての呼び名だ。気にしないでくれ」

 不機嫌そうな表情を浮かべるアーチャーを傍らにライダーは不敵にも笑みをこぼす。

「ま、折角だ。黒の連中の顔でも拝んでこうぜ」

「よかろう。だがあやつがっ宝具を発動させたらすぐさま撤退するぞ、マスターもそこまで強いることはあるまい」

「とは言ってるが、ありゃあいつの宝具が発動すんのも時間の問題だな」

「……っ!?」

 急にアーチャーの様子が変わる。まるで何かを警戒するような仕草を見せる。

「どうした」

「……来るぞ」

 それから赤のバーサーカー、スパルタクスが身動きを封じられるまでは一瞬だった。黒のライダーなる存在とゴーレムに動きを封じられ、そのまま黒のランサーによってとどめを刺された。あれはもうダメだ、連れて行かれるな。

「あーあ、どうすんだアレ」

「……私に言うな。ともかく私が後ろから援護する、ライダーは前を任せた」

「仕方ねえか、頼むぜ姐さん」

 

 

 

 

 ライダーは少し離れたところで木の幹まで降りれば、黒のサーヴァントがこちらまで来るのを待つ。と言ってもそれほど待つ必要はなく、二人のサーヴァントが目の前に現れた。片方は白い衣装に身を包みながらも大きな柄モノを持っている。もう片方は黒い鎧を身に着けながらも大きな剣を片手で持つ女性の剣士だった。

「よう、お二人さん。あー、セイバーとバーサーカー辺りか?」

 軽口が気に障ったのか、黒のバーサーカーは唸り声をあげ始める。

「俺も舐められたもんだねぇ。たった二騎で俺を仕留めようとか、屈辱にも程があるぜ!」

 その迫力に圧倒され木に止まっていた鳥たちが一斉に飛びだつ。それに合わせて黒のセイバーと黒のバーサーカーが構える。

「俺のクラスはライダーだが、安心しろ。戦車は使わねぇ、というか使うことを禁止されている」

 今回の偵察に同行する際に、ライダーはマスターである岸波に幾つかの制限を申し渡されている。そのうちの一つが真名開放をしないこと、そして戦車を使わないこと。戦車を使わない理由は簡単だ、魔力の消費量が半端ないからだ。ライダーの戦車であり宝具でもある、疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)はとてつもない破壊力を秘めている。だがその分魔力の燃費が激しい。それに今回は初戦である、早々に宝具を見せるような真似はできない。

「来い。真の英雄、真の戦士というものをその身に刻んでやろう」

 黒のバーサーカーが飛び出す、それに合わせて黒のセイバーが動く。

「は、しゃらくせえ!」

 ライダーは飛び出してきた黒のバーサーカーを蹴り飛ばし、そのまま突っ込んできた黒のセイバーに槍を大きく振るう。

「くっ」

「へぇ」

 ライダーの振るった槍の一撃を大剣で受け止める。

「うぅ……!」

 体勢と立て直した黒のバーサーカーが再度ライダーに向かって突っ込む。

「バカにしてんのか」

 ライダーはそのまま体を回転させて黒のセイバーに蹴りの一撃を与え、黒のバーサーカー向けて蹴り飛ばす。

「ちっ」

 だが流石に最優のサーヴァントを誇るだけのことはあるのか、これくらいのことでは怯まなかった。

「はあっ!」

 そのまま大剣を振るう。だがその一閃がライダーの届くことはなかった。その一閃が届く前にライダーは黒のセイバーの腕を掴み、そのまま制止させる。

「お前に俺と戦う資格はねぇ!」

 ライダーの持つ槍が黒のセイバーの体を貫く。だが、それが黒のセイバーを貫くことはなかった。

「ち、そっちも硬いのが自慢かよ」

「貴様も相当な耐久力を持っているようだな」

 ライダーは槍を構え直す。

「まぁ気楽に行こうや、戦場で笑わぬ者は楽園(エリュシオン)でも笑いを忘れてしまうぞ」

「……」

 黒のセイバーはそれ以上何かを口にすることはなかった。

「……散り様は陽気がいい、と言ったぜ?」

「……っ!?」

 一瞬だった。音速、と言うよりは音よりも矢の方が先に黒のセイバーに突き刺さる。それに驚いたのは黒のセイバーだけではなく、黒のバーサーカーもであった。

「……ウゥ……っ!?」

 これほどまでに精密かつ音速で矢を放てる英雄はそうはいないだろう。それを可能にするのが彼女、赤のアーチャー『アタランテ』なのである。

「こっちもバーサーカーを失ったんだ、そっちもバーサーカーを失えば公平だろ」

 そう言ってライダーは黒のバーサーカーに視線を向ける。

「そっちのセイバーが姐さんの矢から抜け出すのにどれだけ時間がかかるのかは知らねえけど、俺の俊足より早く抜け出せれるわけねえよな…!」

 そう言い放ち黒のバーサーカーに向かって突撃する。だが、唐突に大きくなった黒のセイバーの魔力にライダーはその足を止める。

「なんだ、その宝具……」

 黒のセイバーの纏っていた黒い鎧が黒い炎となり、黒のセイバーを拘束していた矢を焼き尽くす。

憎しみよ炎となれ(アルングリム)

「その宝具の真名だけじゃてめえの真名はわからねぇが……おもしれぇぞーー」

 戦いを楽しんでいたライダーに、神の力を帯びた攻撃でないと傷つくことのない赤のライダーに右肩に突き刺さった矢と傷口から血が流れる。

「何……?」

 続いて幾つかの矢がこちらに向かって飛来する。

「何者だ?」

 矢を躱すように、ライダーは身軽に体を動かす。しかし狙撃手に目を取られている内に黒のバーサーカーがライダーを避けて森の奥へと突っ込む。赤の狙撃手に目掛けて。黒のバーサーカーは赤のアーチャーの潜んでいた大樹をなぎ倒すような勢いで突進する。その衝撃で、思惑通り赤のアーチャーの潜んでいた大樹が転倒する。

「姐さんっ!?ーーちぃ……」

 赤のアーチャーに気を取られている間にも黒の狙撃手の攻撃は続く。

「ーー……っ。動きを読まれた!?」

 攻撃を躱していたはずなのに、膝に一撃をもらってしまった。

「姐さんは撤退したか、なら俺ももう用はねえ」

 ライダーの口笛とともに空が割れ、そこから三頭立ての戦車が現れる。ライダーの元へと現れたそれは、ライダーを乗せ(そら)へと駆け上がる。

「素晴らしい、素晴らしいぞ黒のアーチャー!!俺を傷つけることのできるお前との戦いは宿命だっ!!オリンポスの神々よ、この戦いに栄光と名誉を与えたまえ!」

 姿の見えぬ黒のアーチャーに向けて、ライダーは高らかに叫ぶ。

「黒のアーチャーよ、勝負はまたの機会だ!次こそは貴様の顔を拝むとしよう!」

 その姿は撤退というよりは、本当に勝負を先延ばしにするような、そのような風格を滲み出していた。

 

 

 

 

 宿の一室で岸波とライダーは向かい合いながら、深刻な雰囲気を漂わせていた。

「ライダー、私戦車は使うなって言ったよね」

 まぁ、当然こうなる。ライダーの戦車は魔力の消費量がかなり多いと何度も説明している。それにこんな早期の段階であんな宝具を見せてしまったのだ。あれでは真名がバレてしまったも当然である。

「いやまぁ、それは悪いとは思ってるんだけどよ。でも俺は戦士であり英雄だ、それ相応の礼儀ってのがある」

「礼儀……」

 岸波白野にとって、その言葉はくだらない以外の何物でもなかった。

「そんなもの、勝利でどうとでもなる。誇りだの名誉だのそんなものね、ライダー……」

 岸波は言葉を溜め込んでから、放つ。

「敗北の前ではなんの意味もなさないの。相手を騙してでも勝たないといけないの。それが戦いなの」

「……そうかあんたとは根本的に相性合わないようだな」

 ライダーは岸波の言葉を聞くなり大きくため息をつきながら床に座り込む。

「言っとくが俺は何をしてでも勝つなんてそんなくっだらねぇ戦い方はしねぇし従わねぇからな」

「……」

 仕方ない。

「令呪を以って命じる」

「ーーなっ!?」

「私のやり方には従いなさい、ライダー」

 令呪に宿った強力な魔力が、ライダーを包み込む。

「ふ、ふざけんなよ……!」

 それだけ告げると、岸波は無言で部屋を後にした。



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4話 少女の願い

ちょっとグダグダします。
こういう描写というか、構想練るのが苦手なので!

それにしても空の境界復刻来ますね。
アポクリファのコラボも近いのでしょうか…


 岸波白野には7年より前の記憶がない。覚えていたのは岸波白野という名前だけだった。身よりもなく、行く宛もない岸波白野はたださまよい続けた。その時に、一人の魔術師と出会った。その魔術師は全てを失った岸波に生きていく術を教え込んだ。魔術、そしてそれで生きていく方法を。10代半ばだった彼女が、気がつけば血に濡れた人生を送っていた。もちろんそんな人生を送れば考え方も歪んでいく。そのやり方から魔術師を殺すことに長けてしまい、5年経つ頃には岸波白野はの魔術師殺しの岸波と呼ばれるようにまでなっていた。

 

 

 

 

「岸波白野、年齢は不明。魔術師殺しの異名を持つ、極めて悪質な魔術師だ」

 ユグドミレアの拠点であるミレニア城の一室で、ユグドミレア一族の長であるダーニックは複数の紙束に目を通しながらつぶやく。

「獅子劫界離といい、まさかこんなやつが聖杯大戦に参加させてくるとはな……」

「どういった方なんですか?」

 隣で聞いていた黒のアーチャーのマスター、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアが問いを投げかける。

「魔術師を殺すためなら周りのものを何でも利用する。狙った魔術師を殺すためなら他に何人殺そうがお構いなしの魔術師としてのプライドの欠片もない女だ」

「……聖杯大戦でも関係のない民間人を巻き込むかもしれないということですか」

「そういうことだ」

「そんなやつ早めに処理せんといかんな」

 そう言って話に割り込んできたのはゴルドだった。

「教会の犬でありながら魔術師を冒涜するような行い、私なら許せませんからな」

「ではこの者の襲撃はお前に任せるとしようか、ゴルド」

「は……?」

 唐突なダーニックの言葉にゴルドは言葉を失う。

「フィオレは切り裂きジャックの件でシギショアラに向かってもらわなければならない、であるならば言い出したお前がいくのが通りだと思うのだが」

「し、しかしだなダーニック。私のセイバーの宝具は対軍宝具、市民を巻き込む可能性が……」

 ゴルドは怯えるようにダーニックに視線を向ける。

「……」

 ダーニックは小さくため息を付けばその場にいた小柄な少年の方に視線を向ける。

「ロシェ、ゴルドに同行しろ」

師匠(せんせい)とセイバーでそのライダーのマスターを倒しちゃえばいいんだね」

 ああ、とダーニックは適当に相槌を打つ。

「ゴルド、先の戦いのように引き分けは許さんぞ」

 ダーニックはものすごい目つきで、ゴルドを睨むつけながらも言葉を吐き捨てた。

 

 

 

 

 トゥリファスに到着してからというものの、最初の赤のバーサーカーの一件以来ユグドミレアからの動きは全くなかった。あちらは城塞、こちらからは何もできない状態である。

「ライダー、今夜ここを離れるよ」

 床で無言で背を向けながら座る彼に視線を向けながら言葉を投げかける。だが彼は岸波の方を向くことなく、応、と答えるだけだった。マスターとサーヴァントの関係としては最悪のものだった。当然だ。現在サーヴァントの考えを無視して無理矢理従わせている状態なのだから。令呪というサーヴァントに対して逆らうことのできない絶対服従権を行使して、ライダーを従わせているのだ。ライダーがマスターである岸波をよく思うわけがない。

「シギショアラまで一旦戻ろうか。そこまで行けば獅子劫とも合流できるかもしれないし」

 ライダーがそれに答えることはなかった。

 夜になるまではそこまでの時間は必要としなかった。外が暗くなれば岸波は荷物をある程度まとめて宿の外へ出る。外は静かで、流れる風は気持ちよく岸波はスーッと深呼吸する。

「さて、行こっかーー」

 ドスン、と街に大きな音が鳴り響いた。音の原因は、岩だった。岩、と言うよりは岩が人の形をした人形、ゴーレムだった。恐らく建物を媒介として顕現したのだろう。

「……タイミング悪っ」

 岸波に対して攻撃を行ってくるのはユグドミレニアの魔術師以外にはないだろう。仮に赤側のサーヴァントが襲撃をしてきていたとしても、メリットがない。赤のライダーが強力なサーヴァントであることは明白だ。もし仮にあの神父が別の思惑で動いていて私が邪魔なのだとしても、こんな早期の段階で手を下すとは思えない。

「ゴーレム、黒のキャスターか」

 大きく飛んでゴーレムの攻撃を躱した岸波は懐から小型の銃を取り出す。

「ライダー、本体を叩いて。ゴーレムは私がなんとかする」

 そう言って岸波は走りながら街中へとはいっていく。

「ちっ」

 勝つためならなんだって利用する。そういった岸波の言葉を思い出したのか、ライダーは少し苛立っていた。

「利用するのは、自分もなのかよ」

 それは俊足というよりは神速だった。ライダーが大きく飛び出すと、そのまま建物の天辺まで上がる。

「……どこだ」

 じっとあたりを見渡すが、それらしいものは見当たらない。

「姿を隠していやがるのか……?」

「まさか」

 それこそ唐突であった。ライダーの視力をもってしても黒い鎧の少女が目の前に現れるまでその存在に気づくことはできなかった。ライダーは反射的に持っていた槍で振るわれた大剣を受け止める。

「な、お前どこから……っ!?」

「……さてな」

 ライダーがここまで気配を察知できなかったということは、もしかすると気配遮断のスキルをもってるからなのかもしれない。ということはこの黒のセイバーと思っていた剣士はアサシンなのか。そんなことを考えながらライダーは黒のセイバーに回し蹴りを浴びせる。

「だが残念だったな、黒のセイバー。今の不意打ちが失敗した以上、貴様が俺に攻撃を加えることはできない」

 それ以前にライダーには神性が帯びた力でしか傷つけることができない

。この無銘の剣士が神性の力を持っているとは思えないが、それでも前回の鎧の宝具の一件がある。油断はできない。

「……宝具、憎しみよ炎となれ(アルングリム)

 黒のセイバーが身につけていた鎧は黒い炎となり、その手に持つ剣にまとわりつく。

「いくぞ、赤のライダー」

 突撃する黒のセイバーの攻撃をライダーは槍で何度か受け止めるが、遂には一撃を受けてしまう。受けてしまうと言うには浅い、ただのかすり傷だ。だが、彼にとってはそのかすり傷が信じられないものであった。

「お前、その炎……神性を帯びているのかっ!?」

「口よりも手を動かさないと死ぬぞ、赤のライダー」

 何度も赤のライダーの槍と黒のセイバーの大剣の混じり合う金属音が街中に鳴り響く。

「……」

 これでは埒が明かない。そう思ったライダーはマスターである岸波白野に念波を送る。

『マスター、宝具を使わせろ』

『……確実に仕留めれるなら』

 許可が降りた。思ったよりも簡單に許可がもらえたことにライダーは驚きを隠せなかった。だがそこまで言われた以上、このセイバーはここで仕留める。そう決心したライダーは黒のライダーとの距離を置く。

「さて、そちらの宝具も真名も今のところわかんねぇけどそろそろ終わらせてもらうぞ」

 ライダーは岸波から送られてくる魔力を槍に集中させ、その槍を大きく振りかぶる。

「受けろ我が信念、宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)ーーっ!!」

 投擲されたその槍は真名開放により本来の力を取り戻し、真っ直ぐ黒のセイバーに向かって一閃を描く。放たれたその一撃を受け止めるために黒のセイバーも大きく手に持つ大剣を振るった。

「はぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

 お互い真名開放された一撃がぶつかり合い、大爆発が起こり街中で巨大な爆音が鳴り響く。

「はぁ、はぁ……」

 結果は圧倒的だった。いくら黒のセイバーの持つ宝具が神性の力を帯びていたとはいえ、それが届かなければ意味がない。大英雄アキレウスの一撃に、彼女の一撃は遥かに届かなかったのだろう。ボロボロになった黒のセイバーの姿がそこにあった。ライダーの投擲した槍は魔力を帯びて、その手に戻る。

「さて、詰めだ黒のセイバー……いや黒のアサシンか?どっちにしろ、こいつでトドメだーー」

 だがライダーの手が止まる。

「……マスター?」

 

 

 

 

「……」

 岸波白野は既にゴーレム相手にボロボロの状態だった。岸波が最初に出した銃ではゴーレムを相手にすることはできなかった為、魔力を込めた弾丸を放つことのできるマグナムを使って撃退をしていた。これなら数発でゴーレムを破壊することができた。だが砕けたゴーレムたちが集まり、巨大なゴーレムへと姿を変えたのだ。その巨大なゴーレムにそのマグナムは全くと言っていいほど通用しなかった。一瞬動きを止めれる程度で、すぐに岸波はゴーレムによって追い詰められる。サーヴァントであるライダーに助けを求めればよかったのだろうが、黒のセイバーがライダーと戦っているのは魔力のぶつかり合いでなんとなく察することができた。ここでライダーを呼び出せば折角の黒のセイバーを倒すチャンスを失ってしまう。

「でもまさか、頭を打つなんて、思ってなかったかな」

 本来の予定ならばライダーが黒のセイバーを倒すまで時間を稼ぐつもりだった。だが一撃を受けた際の落石で頭を打ち、まともに動くことができなかった。

「……馬鹿だなほんと」

 自分のやり方を貫いた結果がこれだ。聖杯を手に入れたいと、そう思ってサーヴァントすら利用した結果だ。今まで色んな人を殺した報いなのかもしれない。

 ゴーレムがこちらに向かってゆっくり近づいてくる。

「あーあ、知りたかったな。こんな屑に成り果てる前の私を。聖杯の力を使えば知ることができたのにな」

 岸波白野が聖杯大戦に参加した理由。彼女が命を懸けてまで叶えたかった願い。くだらないと罵られても、それでも叶えたかった願いを彼女は口にした。遥か遠くの流星はそれを聞き届けたのだろうか、瞬く星が光る。

「ごめんね、知らない誰か」

 君のこと、思い出すことができなかった。岸波の隣で笑っていた、赤い彼女のことを。

「ごめんねライダー、こんな形で敗退することになって」

 本当に申し訳ない。こんな言葉届くはずもないのに、死ぬ間際だからだろうか。自然と言葉にしてしまう。そうこう言っている間に、ゴーレムは岸波の目の前まで迫る。

「許さねぇよ」

 文字通り、願いを聞き届けた流星がゴーレムを粉々に砕いた。否、流星のように駆けるのは赤のライダーだった。

「な、ライダー……っ!?」

 驚きを隠せなかった。何故ならまだ黒のセイバーの反応があるからだ。それなのに彼がここにいるということは、黒のセイバーとの戦いを放棄してここに来たということになる。

「何してんのよライダーっ!?」

「サーヴァントがマスターを助けただけだ、普通だろ」

「黒のセイバーを潰せるチャンスだったでしょうに……」

 今の岸波に怒鳴るほどの力は残っていなかった。

「あんたの願いも、想いも全部聞かせてもらった」

 岸波はそれに力弱くも反応する。

「だから、俺に任せてくれねぇか?」

「……どういうこと?」

 周りにゴーレムの気配を感じなくなったのを確認すればライダーは倒れる岸波の肩を持つ。

「あんたは勝つためなら何でもするって言った。だったら、必ず勝利を持ち帰る。だから戦いは全部、俺に任せてほしい」

 何だこれは。聞いたことのあるような言葉。そう、かつてここではに何処かで。

『余を信じてほしい、必ず奏者に勝利を持ち帰る』

 赤い、思い出せない彼女の言葉を今、一つ思い出した。ライダーは私の記憶にある彼女のことを何も知らない。だから本当に思ってることをそのまま言っただけなのだろう。だけど彼女にはその記憶を重なって視えた。

「……」

「マスター……」

 言葉にならない思いが、岸波から溢れ出た。それは涙となり、叫び声となり、人払いの魔法で孤立した街中に大きく響いた。

「ライダー……」

 まぶたをこすり、涙を拭いながら岸波はライダーの方に向き直る。

「私はやり方を変えるつもりはない、どんなやり方でも勝ちに行く。だからーー」

 だから、この馬鹿正直な男に勝ちを委ねてみよう。岸波白野は初めて、誰かに頼ろうと、そう思ったのだ。

 

 

 

 

「……またしても倒せなかっただと。しかも今回は引き分けでなく敗北」

 暗い部屋の中で、ダーニックは敗北したゴルドと黒のセイバーに罵倒を浴びせる。

「しかもセイバー、貴様魔力不足で本来の宝具が使えないと。そういうのか」

 黒のセイバーは無言で頷く。

「とんだ欠陥サーヴァントを召喚したな、ゴルド」

「……ぐ」

 ゴルドは何も言い返せなかった。

「……セイバー、貴様の真名を教えろ」

「……」

 黒のセイバーはマスターであるゴルドの方に視線を向ける。

「い、言え……」

 既にダーニックに逆らえない状態になっていたゴルドはヤケクソ混じりにそう言い放つ。

「わかった、マスター。我が真名はーー」

 月夜に彼女の唇から放たれた名は、その黄金の剣の持ち手にふさわしい名であった。




早速ですが、独自設定です。
本来アキレウスの槍の宝具はランサーとして召喚された時その力を発揮しますが、本作ではライダーでもそちらを使って貰いました。投擲しちゃってるのは、なんかそっちのがかっこいいかなと思ったからです。


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5話 開戦の狼煙

原作と違ってジークやルーラーの描写がないので物語がサクサク進んでしまいます。
今回はつまらないお話になりそうです。


「開戦前以来ですね、赤のライダー」

 シロウ・コトミネに呼び出され、指定された森にやってきたライダーは警戒しながらもそこで待っていたシロウ・コトミネの前に姿を現す。

「……ここは?」

 ライダーが呼び出された場所は、何もない森であったはずだった。だが、そこには庭園のようなものが広がっていた。

「ああ、これはそのうちわかりますよ。ともかく中に案内します、既に赤の陣営が揃っていますよ」

 そう言ってライダーは庭園の中へと足を運ぶ。

「そういえば貴方のマスター、岸波さんはどうしました?」

「……マスターは遠いところから監視するってよ。必要なら魔力を送るって」

「なるほど」

 退屈そうな話を続けていると、開けた場所に出た。そこは玉座のような場所で、既にそこにはサーヴァントと思わしき人物が何人か集まっていた。

「……セイバーは?」

「呼び出しましたけど、断られちゃいました」

 なるほど、こいつらのことを徹底的に信用してないわけか。そう思いながらもライダーは、自分のいる位置よりも遥かに高い位置に佇む玉座に視線を向ける。そこには見るからに気分を害しそうな笑みを浮かべながらこちらに視線を向ける赤のアサシン、セミラミスが座っていた。

「久しいな、赤のライダー。いや、アキレウスと呼ぶべきか」

「これは聖杯大戦だ、無闇に真名を語るべきではない」

 赤のアサシンに最初に口を出したのはライダーではなく、その場にいたサーヴァントだった。

「あんたは」

「自己紹介が遅れたな、俺は赤のランサー。貴様の戦友となるものだ」

 それよりも、とランサーはシロウの方に振り返る。

「さて、皆さん呼び立ててしまってすみません」

「いえいえ構いません、我々をここに呼び立てたということは遂に開幕の時なのでしょう……?」

 シロウの言葉に問いかけを投げかけたのは中年の男性、恐らく赤のキャスターと思わしき人物だ。その言葉に横で見ていた赤のアーチャー、アタランテも視線を向ける。

「ああ、全ての準備が整った今こそ討って出るとき。折角の聖杯大戦だ、派手に行こうではないか」

「わざわざこんな立派な城を作って、立てこもる準備を整えたのにか」

 ライダーはアサシンに向けて軽口を投げかける。

「ふふ、立てこもる?ライダー、お前は前提が間違っているぞ」

 アサシンのこの言葉とともに城が大きく揺れる。

「なんだ……っ!?」

「敵襲か!!」

 揺れる床を踏みしめて赤のアーチャーは弓を構える。

「違う。皆、外を見るが良い」

 そう言って外へと続く通路を指差し、アサシンは不敵に微笑む。赤のアーチャーや赤のランサーはライダーに続くように外へと出ていく。そこに広がっていたのは先程までの森ではなく、庭園そのものが空を駆けていた。つまり、浮遊していたのだ。

「おいおい、なんの冗談だこりゃ……」

 流石のライダーやアーチャーも驚きを隠せずにいた。

「驚いたであろう、我が宝具虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)にはな。この城は守るために存在するのではない」

「空中要塞、ということか」

「なるほど、こいつで攻め込むってわけか」

 納得がいったのかライダーもアーチャーも表情に余裕ができていた。

「この速度ならミレニア城塞に立てこもる彼らが我々を視認できる距離までそう時間もかからないでしょう。それでは皆さん、戦闘準備を」

 シロウはアサシンの隣で彼の年齢で浮かべてはいけないような、そんな笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「領土ごと攻め込んでくるとは、流石に予想外でした」

 ミレニア城塞で辺りを監視していた黒のアーチャーは空中庭園を視認するなりすぐにフィオレを呼び出した。

「アーチャー、あれは今どうなっていますか」

「停止しました。どうやらこの草原を合戦場とする意向のようですね」

「そうらしいな」

 そう言いながらフィオレとアーチャーの目の前に現れたのはユグドミレニアの長、ダーニックだった。

「連中、竜牙兵を召喚したようだ、こちらのホムンクルスとゴーレムに対抗するためだろう」

 そう告げるとダーニックは背を向けて城内へと足を運んだ。

「中に入るぞ、フィオレ。最早、我々は勝負を彼らに預けるしかない」

「そのとおりだダーニック。此処から先は我ら、サーヴァントの領分だ」

 宙を浮遊していた粒子が人の形となり、黒のランサーが姿を現す。それに合わせて黒のバーサーカー、フランケンシュタイン。黒のキャスター、アヴィケブロン。黒のライダー、アストルフォ。そして黒のセイバーである無銘の剣士が姿を現す。

「我が領土に土足で踏み込んだ挙句、穢らわしい骸骨兵を撒き散らすとはな」

 ランサーは不快そうな表情をしながらも、その表情からは決して笑みが消えることはなかった。それぞれのサーヴァントは戦闘準備を整え、整列したホムンクルスとゴーレムの前に立つ。

「ライダーとアーチャーはホムンクルスの指揮を執れ」

「了解しました。しかし赤のライダーが現れた時は……」

「好きにしろ、指揮は最初だけで構わぬ」

 流石にランサーも察したのか、それ以上に何も言うことはなかった。

「ライダー、シャルルマーニュ十二勇士としての力量、見極めさせてもらうぞ」

「ラジャー!」

 そう言ってライダーは目の前に現れたグリフォンとも言い難い幻獣へと乗り込む。

「バーサーカー、お前は自由だ。果てるまで戦い、狂い踊るがいい」

「ゥ……ゥゥゥゥィ…………」

 バーサーカーっは一度だけランサーに向けて頷けば、再び戦場に向けて唸りを上げる。

「セイバーよ。貴様も我と同じ王であるというのであれば、その本当の力をここに証明してみせよ」

 王、そう呼ばれた黒のセイバーはランサーに視線を向けながらも宝具である大剣と鎧を身に纏い、戦場を無言で睨みつけた。

「さて諸君、アサシンがおらぬこの状況。赤のバーサーカーをこちらの手駒に加えたとはいえあれは所詮手駒。戦力差は見た限りだとこちらの方が不利」

 見たところ、というとこれまでの赤のサーヴァントとの戦いを見る限りの話である。強力な赤のセイバー、赤のランサー、赤のライダーに加えてあんな空中要塞まで出してきたのだ。戦力的に勝っているとは言いにくい状況である。

「さて、それでは質問だ。諸君は敗北を受け入れる気はあるかな?」

 愚問であった。それぞれのサーヴァントがそれぞれ拒絶を示す。

「そう、その通り。我々は勝利する!この程度の戦力差、この程度の絶望、喰らいつくせずして誰が英雄を名乗れるものか」

 黒のランサー、ヴラド三世のその言葉でサーヴァント達も奮え上がる。

「あれは蛮族だ。我が領土を穢し、傲岸不遜に下劣に高笑いする死ぬしかない愚者共だ。笑いながら連中を殺すがいい」

 そして、馬を駆るランサーが先陣を切るように大きく城から飛び降りる。

 

 

 

 

 浮遊する庭園で立ち尽くす彼女は、惨状を見下ろしていた。

「頃合いか」

 赤のアーチャー、アタランテは自らの持つ弓。天穹の弓(タウロポロス)に二本の弓を番えて天へと高く掲げる。

「我が弓と矢を以て太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る」

 彼女の宝具。弓と矢ではなく、弓に番え放つという術理そのものが具現化した宝具が解き放たれる。

「この災厄を捧がんーー訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 空へと放たれた二本の弓が、天へと消え去り、災厄となって光の矢の豪雨となって降り注いだ。黒の陣営が用意したホムンクルスとゴーレムの部隊はこの一撃を以て壊滅状態に陥り、それを見ていた赤のアーチャーが退屈そうにしていたライダーに振り返り言葉を投げかける。

「露払いは終わったぞ。交代だ、ライダー」

「応!」

 ライダーは大声で返事をしながら心底嬉しそうな顔で空中庭園から飛び降りる。飛び降りたライダーの口笛とともに三頭立ての戦車が空を裂いて現れ、落下するライダーはそれに飛び乗る。

「さあ、開戦だ!赤のライダー、いざ先陣を切らせて戴こう!」

 ライダーが鞭を振るのにあわせて、戦車は黒の陣営向けて走り出す。

「さぁ、黒のサーヴァント!このライダーの戦車を止めてみせろ!」

 大きな音をあげながら大地に着地し、そのまま疾走するライダーの戦車の前にいくつかのゴーレムが姿を現す。

「退け、雑魚が!」

「さて、それはどうかな」

 戦車がゴーレムと激突する瞬間に、三体のゴーレムが弾け飛ぶ。弾け飛んだゴーレムの破片はそれぞれ軍馬の足に絡まり、次第に硬化していく。それによりライダーの戦車は足を止め、停止してしまう。それに合わせるように武器を手にしたホムンクルスが一斉にライダーに襲いかかる。

「しゃらくせぇ!」

 ライダは手綱とは別の手で持っていた槍を大きく一振りする。刹那、宙を舞うホムンクルス達は肉片となり、血しぶきとなって地上へと降り注いだ。だがそれに更に追撃をかけるように、一本の矢がライダーに向けて飛んでくる。

「……っ!?」

 反応が遅れはしたが、直撃までは行かなかった。持っていた槍で弾き落とせば、ライダーは嬉しそうに高笑いする。

「黒のアーチャーは何処や!預けた勝負、取り戻しに来たぞ!今宵は心ゆくまで殺し合おう!」

 まるでそれに返事をするかのように再度数本の矢がライダーに向けて放たれる。ライダーはそれを槍で簡單に弾き返す。

「どこだ、黒のアーチャー」

「君が思ってるよりも近くですよ」

 何度も、何度も矢がライダーに向けて放たれる。

「野郎ぉ……」

 ライダーは命の駆け引きを楽しむかのようにそれを何度も何度も弾き飛ばす。矢の襲撃が止めば、ゴーレム達がまるで道を開けるかのように動き出す。

 誘ってやがる。ライダーは確信した。

「だが侮ったな。我が父、我が母、我が友の名にかけて。この俺が背中を見せることなど、あるものか!」

 それはまるで稲妻のようだった。ライダーの宝具、彗星走法。(ドロメウス・コメーテース)瞬間移動にも等しいその速度で戦場を駆け抜け、ライダーは矢の放たれたである森へと距離を詰める。

「どこだ……」

 と、その時ライダーの背に向けて数本の矢が放たれた。だがつまらなさそうにライダーはそれを弾く。

「二度も三度も同じ手が通用すると思うなよ、弓兵。今度はこちらから行かせてもらう」

 軌道を修正しながらも、ライダーは真っ直ぐ矢の放たれる方へと突っ込む。再度矢がこちらを捉えるように飛来する。だがそれを障害物とも感じさせないようライダーは屋を弾き飛ばし、木の上を登っていく。彼の顔に向けて放たれた矢をライダーは素手で掴み取れば、ただ一点だけを睨みつけた。

「捉えたぞ」

 放たれた場所、そこへとライダーは一気に詰め寄る。

「その首、戴いた!」

 詰め寄った弓兵はこちらを向いて微笑んでいた。今、ライダーによって刺されそうになっているというのに。だが、ライダーは攻撃することに抵抗を覚えてしまった。今ここで殺す相手にだ。

「あ、なた、は……」

「そう、それが君の欠点です」

 ただ蹴り飛ばしただけ。ただそれだけであるが、本来神の力をもってしてでないと傷つけることのできないライダーが容易く傷つき、空を舞い、大きく吹き飛ばされた。

「あ……」

 自らを蹴り飛ばした相手である、黒のアーチャーに向けて赤のライダーは戦慄した。かつて自分に槍を与え、武術と知識を授けた彼が目の前にいるのだから。

「貴方は……」



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6話 呪われた魔剣

お久しぶりです!
約二週間ぶりの投稿となります。活動報告の方でも報告させてもらったとおり、しばらく療養しておりましたが、ある程度時間もできたのでようやくの投稿となります。
執筆はしていなかったものの、話の構成は色々練っていたので、これから一気に書いていこうと思います。


()け」

 黒のセイバーが掲げる大剣から放たれる黒い炎が竜牙兵を薙ぎ払う。

「全く、赤の陣営はこの程度の戦力で我々を止めれるとでも思っているのか……」

 次々と現れては攻撃を仕掛けてくる竜牙兵を黒のセイバーは退屈そうに薙ぎ倒していく。

「……ッ」

 と、その時炎の一撃が黒のセイバーに向かって一直線に放たれた。しかし黒のセイバーの鎧はその一撃をまるで何もなかったかのように受け止めた。

「不意討ちか、にしては派手だな」

「失敬、不意討ちのつもりで放ったわけではなかったのだがな」

 黄金の鎧を纏った槍兵。黒のセイバーは一目で彼が赤のランサーであることを理解し、剣を構える。

「黒のセイバーとお見受けする」

「貴様は赤のランサーで違いないな」

 お互いがお互いを確認し合ったところで、二人の闘気が一気に膨れ上がる。

 刹那、赤のランサーが黒のセイバーの懐へと一気に詰め寄る。振り払われた槍の一撃を大剣で流すように弾けばそのまま何度も金属音が混じり合う。

「なるほど、貴様かなりの腕前を持ったサーヴァントであるな」

「そういう貴様もな」

 お互いの一撃一撃を感じ取り、赤のランサーと黒のセイバーは笑みを零す。

「しかしだな黒のセイバー、一つ貴様にいいことを教えてやろう」

 黒のセイバーの攻撃も赤のランサーの攻撃も、殆どダメージになっていないのは傍目で見ていてもわかった。お互いに鎧の宝具があり、それがある一定ランク以上の攻撃でないと受け付けないことも。それを理解した赤のランサーは黒のセイバーの大剣を弾きながら距離を取れば、魔力を収束させる。

「俺は英雄だ。そして真の英雄は、目で殺す」

 梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)。赤のランサーのその視線がまるで魔力を帯びて具現したかのように細いビームのような一撃が黒のセイバー向かって一閃する。

憎しみよ炎となれ(アルングリム)ッ!」

 反射的に黒のセイバーは真名を開放し、その一撃を黒い炎を纏った大剣で受け止める。黒のセイバーの周りの草原が一瞬で荒野と成り果てるほどの魔力が爆発となって辺りを焼き払う。

「ほう、今の一撃を受け止めるか」

「くっ……」

 黒のセイバーはその手に持つ大剣を地面に突き刺し、膝をつく。受け止めることはできたがあくまで受け止めることができたのは宝具である鎧を攻撃へと転じたからである。そしてこの鎧を攻撃へと転ずるということは、鎧としての宝具は機能しなくなるということである。黒のセイバーの宝具、憎しみよ鎧となれ(アルングリム)憎しみよ炎となれ(アルングリム)はどちらかしか発動することができない。宝具を攻撃へと転ずることで黒のセイバーは赤のランサーの宝具の余波をある程度受けていたのだ。

「……」

 マスター、第二宝具の使用の許可を。

 黒のセイバーはマスターであるゴルドに向かって念波を送る。赤のランサーはまだ槍を使った宝具を使用していない。何か隠している。一気に決めなくてはこちらに勝機はないと悟ったのか黒のセイバーは大剣に魔力を込める。

「……ふ」

 必ず決めろ。それを許可と受け取った黒のセイバーは小さく深呼吸をする。

「貴様は危険だ、赤のランサー。故に、決めさせてもらう」

 今まで黒のセイバーの剣が纏っていた黒い炎ではなく、黄金の輝きがその手に持つ大剣を輝かせる。

「宝具……。先程の宝具では対抗できなさそうだな」

 そう告げると赤のランサーの持つ槍が赤く染まる。

「貴様が何者かは知らんが、こちらも決め手を撃たせてもらう」

 黄金の輝きと、紅蓮の輝きが相対する。

「灼き尽くせ、梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!!」

 赤のランサーは後退するように飛びながらそのまま紅く燃える炎の槍を投擲する。

呪われし黄金の魔剣(ティルヴィング)!!」

 黄金の大剣から放たれた斬撃と赤のランサーから放たれる紅蓮の投擲が、一帯を大きな爆発で包み込んだ。

 

 

 

 

「ーーどうして貴方が」

「愚問ですよ。此度の聖杯大戦において私は黒のアーチャー、貴方は赤のライダーとして顕現した。互いに懸ける望みがあり、未練があった。貴方も、私も」

 森の中で只々、沈黙するしか無いライダーがアーチャーに視線を向ける。

「全く甘いに程があるも。生前からそこだけはは直りませんでしたか。貴方は一度味方だと認識したものには、とことん甘い。これは聖杯大戦、情けなど掛けている余裕はないのですよ」

 わかりましたか、アキレウス。

 アーチャーはそう、当然のようにライダーの真名を口にした。それに対してライダーは黙って首を縦に振る。

「ケイローン、貴方は私の兄であり友だった。だから行きます、先生」

「そんな言葉は不要ですよ、赤のライダー」

 黒のアーチャー、ケイローンの言葉を受け赤のライダー、アキレウスはその俊足の踏み込みを以って黒のアーチャーの懐に入り槍を一刺しする。だがまるでそれが来るのがわかっていたかのように黒のアーチャーは最低限の動きだけでその攻撃を躱す。

「な……ッ!?」

「忘れましたか。貴方にこの槍を与え、基礎を教えたのが誰だったか」

 ライダーの戦い方は我流ではない。アーチャーという師がいて、その師から基礎を教わっている。そしてライダーの持つ槍はもともと両親の結婚祝いにケイローンが贈ったもので、その間合いも完全に把握されている。

 アーチャーはそのまま一歩踏み込み、弓を番える。ライダーの頭蓋を狙った零距離射程からのからの一撃。

「死にますよ、ライダー」

 ライダーはその一撃を背を反らすことでギリギリ躱すも、その頃にはアーチャーの次の一撃が迫っていた。無理矢理躱したことで体勢の崩れているライダーに蹴りが放たれる。大きく吹き飛ぶもライダーは間一髪のところで受け身を取り体勢を立て直す。

「いかに不死の貴方とて、同じ神の力を持つ私なら傷つけることはできます」

「なるほど、手の内はお見通しってか」

 ライダーは一定ランク以上の神性の力を帯びた攻撃でないと傷つかない肉体を持っている。だがアーチャーはその一定ランク以上の神の力を所有しており、傷つけることができる。そしてライダーの基礎を教えただけたり、その動き一つ一つの癖を読まれてしまう。

「だが」

 ライダーの動きが変わる。

「これは教わったものではない!」

 ライダーは自分の持つ槍を空中へと手放し、そのまま弱点である踵でアーチャーを蹴り飛ばす。そして落下する槍を手に取ればそのままアーチャーに狙いを定めて一気に突っ込んだ。最後の一突きをアーチャーは躱すも、掠めていたのか首筋から一滴の血が流れる。

「ふむ。英霊になっただけのことはありますか」

「当然。教導するだけのアンタと違って数多の戦場を駆け抜けたからな」

「いや良かった、教え子を一方的に殺戮するのは後味が悪い」

 お互いがお互いに、不敵に笑みを浮かべる。お互いが一気に踏み込もうとした、その時だった。

 ーーライダー、その場から離れて!

 咄嗟に脳から聞こえたマスターの言葉にライダーは足を止めた。それに合わせてアーチャーも動きを止めていた。

「んだよ、マスター。今大事なところなんだがーー」

 ーーバーサーカーの、スパルタクスの宝具が来る!

「ッ!?」

 その言葉を聞き辺りに気を向けると、膨大に膨れ上がった巨大な魔力を感じる。

「ちっ……」

 目の前に黒のアーチャーがいるのに、また決着をつけることができずこのまま撤退するのが悔しいと、そう表情に出ながらもライダーは撤退せざる負えなかった。バーサーカーの宝具の火力は未知。これほど魔力を溜め込んだのだ、この戦場一帯は消し飛ぶだろう。自分もここにいればそれに巻き込まれてしまう可能性が高い。

「アーチャー……」

 アーチャーも状況をマスターから聞いたのか冷静な表情をしながらも撤退するべくライダーと距離を取る。

「ライダー、決着は次の機会に」

 そう言い残し、アーチャーは霊体化して消える。

ーーライダー!

「……くそっ」

 

 

 

 

 圧倒的だった。赤のバーサーカーの宝具によって一帯は荒野と化し、竜牙兵もホムンクルスも戦える状況ではなかった。

「なんて威力だよ……」

 と、その時ライダーの脳内に再び声が聞こえる。

ーー全ての赤のサーヴァントに告げます。

 赤のマスターの一人、シロウの声であることにすぐにライダーは気づく。

ーー我々はこれより大聖杯を奪います。一度庭園の方に戻ってきて下さい。

「……マスター、どうするよ」

 ライダーは今の声をライダーを通して聞いていたであろうマスター、岸波白野に念波を送る。

ーー……一度戻ろう、本当に大聖杯を確保できるかもしれない。

「あいよ」

 そういってライダーは空中に浮かぶ庭園の方へ視線を向ける。その刹那だった。

「……ッ!?なんだッ!?」

 それは黄色く帯びた魔力だった。電気とも言い難いそれがライダーを包み込む。しかしライダーには神の力を帯びた攻撃でないと傷つけることができない。その魔力が攻撃のものであったが、ライダーには一切外傷はなかった。それどころかライダーはその魔力を振り払う。

「……何だあれは?」

 振り払った魔力を辿ると、そこには雷で形成された大樹が聳え立っていた。

「あれは、宝具か?」

 ライダーがそれを目視してすぐに、爆発で辺りが爆音と煙で覆われた。



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7話 裁定者の姿

黒のセイバー、宝具開放したしそろそろ真名バレるのではなんて思ってますけどあの剣って所有者多くて結局わかんないんですよねぇ。
さて、物語ももう少しで中盤です。


炎の一撃と黄金の一撃がぶつかったことで、一帯が荒れ果てたような大地へと変貌した。砂埃が収まると、そこには平然と立っていた赤のランサーの姿があった。

「……私の宝具を相殺したのか」

「なるほど、大した宝具だ。ティルヴィング、黄金の魔剣か」

 黒のセイバーは顔をしかめる。当然だ。宝具の真名を明かすということは自らの真名を明かすのと同義である。そして真名を明かせば致命的な弱点も明かされてしまうということである。

「アルングリムにティルヴィング。なるほど、貴様の真名はーー」

 と、その時ランサーの口が止まる。

「……どうやら撃ち合いはここまでらしい」

「どういうことだ……」

 セイバーは再度大剣を構える。

「撤退命令を受けた、追ってくるというのであればそれもよかろう」

 そう言い残して赤のランサーあ霊体化し、その場を離れる。

「……」

 セイバーは追うことはしなかった。対軍宝具を使用したことで、魔力を大幅に消費したためか、小さくため息をつく。

「限界は後一発、か」

 それが何を意味するのか。マスターであるゴルドすらもその真意に気付くことはなかった。

 

 

 

 

 ここから少し離れた位置での爆発があったことに気付いてはいたが、それよりもライダーは目の前の爆発の方に目を向けていた。まるでクレーターのように大きく開いた穴をライダーは恐る恐る覗き込む。そこには鎧は砕け、荒い息をあげながら立ち尽くす赤のセイバーの姿があった。

「お前は……」

「はぁ……あぁ?お前は、ライダーか」

 マスターからの治療が始まったのか、セイバーの傷や鎧が再生されていく。

「何があったんだ」

「何、バーサーカーとやりあっただけだ」

 バーサーカー、黒のバーサーカーのことだろう。しかし辺りにそれらしい気配もない。

「さっきのはお前の宝具か?」

「ばっかやろう、俺があんな粗末な宝具を持つかよ。ありゃあいつの宝具だよ、自爆しやがったんだ」

 なるほど、とライダーは頷く。先程の雷の大樹は黒のバーサーカーの宝具だったのか。

「セイバー、お前は庭園に行くのか」

「いや、俺はマスターと一度合流する」

 そう言ってセイバーは持っていた剣を肩に乗せながら辺りを見渡す。

「ライダー、あいつらと関わるなら気をつけろ。あのセミラミスって女、本当にまずい」

「警戒はしておこう」

 そう言って二人は背を向け合い、お互いの向かう場所へと走り出す。ライダーの向かう先はもちろん、宙に浮かぶ庭園である。恐らく他の赤のサーヴァントも向かっているはずだ。

 だが、空中庭園は何故かサーヴァントを招集しながらもミレニア城塞へと向かっていた。だがそれに追いつけないライダーではない。その足のスピードは、今回召喚された誰よりも速いと自信のあるものだ。そうしている間に、ライダーはミレニア城塞へと到着した。

「さて、どうやって戻るんだ」

「ライダー」

 唐突に声をかけてきたのは、赤のアーチャーだった。

「ここから戻れるのか」

「さてな、なんとかなんだろ」

 その時だった。風、とも言うべきなのか。ミレニア城塞を中心に、風が大きく渦巻く。それは徐々に大きくなっていき、竜巻とも呼べるものへと変貌する。

「こいつは……?」

 その竜巻はミレニア城塞のありとあらゆるものを庭園内へと吸い込んでいく。

「なるほど、こいつに乗って戻れってことか」

 ライダーは吸い込まれていく岩に飛び乗る。

「ライダー、あれを見ろ」

 アーチャーの指差す方も視線を向ける。そこにはまばゆい輝きを持った、それがあった。

「あれが……大聖杯」

 その神々しさに、ライダーも目を奪われてしまう。

「あれが万能の願望機……」

 あれがあれば、マスターの記憶を取り戻すことが可能なのか。あいつの、過去を知ることも。

 

 

 

 

 庭園内に戻ると既に赤のランサーが待機していた。

「戻っていたのか」

「ああ。だが早速だが仕事だ。黒の陣営が庭園内部に侵入した。もうじきここへ来るだろう」

 彼のその言葉を聞いてから黒の陣営が姿を現すまでそんなに時間はかからなかった。4騎のサーヴァントに数人のホムンクルス。だがライダーが視線を向けたのはもちろん、黒のアーチャーだった。

「決着つけようぜ、先生」

「……」

 ライダーの俊足と巧みなアーチャーの攻撃が火花を散らす。ライダーの槍撃を何度も弓で受け流しながら、隙あらば矢を番えて放つ。いつまでこの戦いが続くのか、ライダーはこの命をギリギリのところでやり取りをする感覚に興奮を覚えていた。

「さあ黒のアーチャー、英霊となったこの俺を止められるかな」

「何をーー」

「忘れているのは貴様の方だ使い魔が!!」

 唐突に耳に入った聞きなれない声にライダーは手を止めた。それに合わせてアーチャーもその声の方に視線を傾ける。そこには人間が、恐らく現在赤のランサーと撃ち合っている黒のランサーのマスターがそこにいた。

「我々はなんとしても大聖杯を奪還しなくてはいけないのです、そのためには宝具を使うしかないのだ!!」

 黒のランサーのマスター、ダーニックはランサーにその手に刻まれた令呪を見せつける。

「令呪を以って命じる、宝具『鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)』を発動せよ!!」

「おのれェェェ、ダーニックゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 その悲痛な叫びも虚しく、黒のランサーの肉体は急変する。聞くのも嫌になるほどの音を立てながら背中から翼が生え、腕は伸び、その牙が鋭く尖っていき、まるでその姿はーー

「余はァァァ吸血鬼などではないィィィィィィィィィ!!」

「ハーッハッハ!いやお前は吸血鬼だ、吸血鬼ドラキュラだ!!」

 ダーニックの高笑いに対して黒のランサーはその手にした肉体を駆使して高速でダーニックをその槍で突き刺す。

「貴様の好きにはさせんぞ、ダーニックゥゥゥゥ!!」

「第二の令呪を以って命じる、大聖杯を手にするまで生き続けろ!!」

 その命令を受けて黒のランサーは大きな雄叫びをあげる。苦し紛れにダーニックの首筋へと牙を立てる。

「第三の令呪を以って命じる、我が存在をその魂に刻みつけろ!!」

 三つ目の令呪の発動と同時にダーニックの姿が消失する。その場にいた誰もがその命令の意図について理解することができなかった。だが、それはすぐに明らかとなった。

「オノレェェェェ、ダーニックゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」

「フハハハハハハハハハハハハハハ!!コレデアナタハワタシ、ワタシハアナタダ!!」

「サーヴァントを乗っ取っただと!?」

「令呪の力だっていうのか……」

 流石にサーヴァント達は驚きを隠せないのか戦いを中断し、そちらの方に警戒を強める。

「ああも成り果ててしまえば、どうしようもないか」

 一番最初に切り込んだのは赤のランサーだった。だがランサーの一撃は躱されるどころか、塵のような姿に変化し全くその攻撃を受け付ける様子はなかった。

「なるほど、最早サーヴァントですらないか」

 その姿はサーヴァントの域を超えていた。これを別の呼び方で呼ぶのであれば、化物。そう呼ぶ以外にはないだろう。

「吸血鬼だ?それがどうした!?」

 ライダーは得意の俊足を活かして吸血鬼の懐へと飛び込む。塵へと変化する暇もなく。だがその攻撃が吸血鬼に直撃することはなく、槍を掴まれてしまう。

「何っ!?」

 そのまま放り投げられたライダーに吸血鬼の牙が襲いかかる。だが倒れるライダーに対して黒のアーチャーが滑り込みながらライダーを大きく蹴り飛ばす。

「何すんだよ!」

「貴方は神の力を帯びた攻撃でないと傷つかない。ですが、傷つけるだけが貴方を倒す方法ではないのですよ」

 黒のアーチャーが淡々と説明をする中、吸血鬼はその場にいたホムンクルスに対して吸血行為を行う。吸血されたホムンクルスたちも先程の黒のランサーのように変貌していき、吸血鬼へと姿を変える。

「仲間を増やすってわけか」

「彼が大聖杯を手に入れてしまえば、本能のまま仲間を増やし続けるでしょう。そうなっては英霊(我々)でも手がつけられない。庭園から出さないで下さい」

 黒のアーチャーの言葉はその場にいる黒のキャスター、黒のセイバーだけでなく赤のサーヴァントに対しての言葉でもあった。流石に割り切ったのかライダーも吸血鬼に対して槍を構える。

「ヴァァァァァァァァァァ!!」

 雄叫びとともに放たれた杭の一撃はライダーでもアーチャーでも他のサーヴァントで向かってでも放たれたものではなかった。まるで反射的に、そこに現れた一人の少女に向かって放たれる。だがその杭の一撃を少女は難なく左腕で弾き飛ばす。

「……吸血鬼」

 赤のサーヴァントでも黒のサーヴァントでもない。そしてマスターでもホムンクルスでもない。人とは違う異質な存在。ライダーは彼女が、今回の聖杯大戦で選ばれたルーラーであることが一目でわかった。

 ルーラー、聖杯戦争を司る裁定者。人間のマスターではなく聖杯そのものに呼び出された存在。聖杯戦争を成立させるための存在が、今目の前に立っていることにライダーも流石に気を張り詰める。

「令呪を以って命ずる」

 本来令呪はマスターしか所有し得ないものである。しかしルーラーは別である。ルーラーは聖杯戦争を成立させるべく全てのサーヴァントに対して二画、令呪を所有している。

「ウグ、ァァアアアアアァァァァア!!」

 しかし元黒のランサーであった吸血鬼に対して、令呪は機能しなかった。当然だ、最早あれは化物以外の何物でもないのだから。

「事情は概ね把握しています。この吸血鬼を倒すため、聖杯大戦の調律のため、一時的に皆さんには協力体制を敷いてもらいます」

「ほう、それはルーラーとしての言葉か?」

 赤のアーチャーが言いながらも余裕のなさそうなっ表情で告げる。

「はい。この吸血鬼を聖杯の元へたどり着かせる訳にはいきません、絶対に」

「了解した、あれは俺達英雄全ての敵だ」

 赤のランサーの言葉にライダーも頷く。

 ルーラーは一拍、深呼吸をすればその背中に刻まれた令呪に意識を集中させる。

「ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名の下にこの場にいる全てのサーヴァントに令呪を以って命じる」

 その巨大な魔力がサーヴァント達を包み込む。

「吸血鬼を打倒せよ!」



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8話 最後のマスター

お待たせしました!
色々話すことがありますが、後書きで!


「ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名の元にこの場にいる全てのサーヴァントに令呪を以って命じる!吸血鬼、ドラキュラを打倒せよ!」

 背中に刻まれた令呪が紅く輝き、その場にいるサーヴァント6騎を包み込む。

 いや、そもそも令呪なんてものは必要なかったのかもしれない。彼らにとってこの吸血鬼は敵であり悪だ。であるならばこの場で始末するのが道理だ。これが聖杯大戦でなければ。そう、現在は聖杯大戦の真っ只中。敵の敵は味方、というわけにはいかない。そういう意味を考えると、今は敵であるサーヴァントも令呪が働く限りは味方ということだ。

「私と黒のアーチャーで援護する、ライダーとランサー、黒のセイバーは好きに動くがいい」

「こちらは僕が担当しよう」

 赤のアーチャーが弓を番えながら吸血鬼に対して威嚇し、黒のキャスターが呼び出したゴーレムで吸血鬼となったホムンクルスに対して攻撃を仕掛ける。

「あいよ、姐さん」

「了解した」

「わかった」

 赤のライダー、赤のランサー、黒のセイバーがそれぞれの武器を構える。

「行くぜ!」

 ライダーはその俊足で吸血鬼に一撃を与える。だが先程とは違い、彼以外にルーラーである彼女を含めて6騎のサーヴァントがいる。吸血鬼の後ろから黒のセイバーが切りかかった。

「霧になった……っ!?」

 黒のセイバーの剣撃は全く手応えがなく、その体は霧状になり移動していく。

「だが、それがどうした」

 炎だった。赤のランサーの放つ炎が、霧となった吸血鬼を焼き払った。直接的なダメージにはならなくとも、それでもいつまでも霧状になっているわけにはいかないのか、実体化し、後ろで弓を構える黒のアーチャーと赤のアーチャーに杭を射出する。この吸血鬼は元々は黒のランサー、極刑王(カズィクル・ベイ)の異名を持つヴラド三世だ。杭を操ることなど造作も無いのだろう。

「だが、その程度だ」

 二人のアーチャーに向けて放たれた杭は黒のセイバーの剣先から放たれた黒い炎によって一掃される。

「詰みだ」

 その背後から赤のランサーが槍撃を放つ。最早7騎のサーヴァントによって息をする暇もなく攻撃を立て続けに受ける吸血鬼は受けた攻撃の傷を再生させていく。だがその再生速度よりも、英雄たちの攻撃のほうが早いのは一目瞭然だった。

「詰みだと言った」

 赤のランサーの放つ魔力放出の炎が吸血鬼を燃やす。

「ぐっ……な、んだ……」

 と、その時突然赤のランサーが動きを止める。

「マスター……か!?」

 同じく赤のアーチャーも苦悶の表情で動きを止めた。その一瞬を吸血鬼は見逃さなかった。吸血鬼は彼らに背を向けて猛烈な勢いで疾走する。

「姐さん!」

「いけ、ライダー……我々のことは構うな!」

「ちっ……」

 ライダーは軽く舌打ちをしながら、黒のアーチャーとルーラーと共に吸血鬼を追いかける。

「私とキャスターはこいつらを先に片付ける」

 その場に残った黒のセイバーは現在も吸血鬼となったホムンクルスと戦うキャスターに視線を向けながらそちらの方に走っていく。黒のアーチャーはそれに対して無言で頷く。

「黒のアーチャー、先ほどの赤側が動きを止めた理由はわかりますか?」

「いえ。向こう側のマスターが拒否したのかと思いましたが、そうではなさそうですね」

 そう言いながら赤のライダーに向けて視線を向ける。

「俺にもわかんねえよ!」

 吸血鬼の追跡を続けるライダー達に向かって、一閃の光がこちらに真っ直ぐ向かって放たれた。咄嗟にライダー達っはそれを躱すが、次々とその攻撃は放たれる。

「防衛システムですか……」

「ルーラー、ライダー、ここは私に任せて下さい」

 そう言って黒のアーチャーは二人から一歩下がり矢を番える。

「……お願いします」

 その言葉を信じてルーラーとライダーは真っ直ぐ大聖杯のあるであろう部屋まで疾走する吸血鬼を追跡する。魔力を放とうとする防衛システムは、魔力を放つよりも前に黒のアーチャーの放つ矢によって尽く破壊されていく。

 

 

 

 

 防衛システムに手こずり、距離を離して先に一つの部屋にたどり着いた吸血鬼はその部屋を見渡す。そこには巨大な構造物、その光で満たされた万能の願望機、冬木の大聖杯だ。

「そこまでですよ、ダーニック」

 大聖杯へと続く階段から一人の少年がこちらに向かって歩いてくる。

「誰だ?」

 少年は階段から降り、その吸血鬼の前に立つ。

「……そんな、莫迦な!?ありえない、何故貴様が生きている……ッ!?」

「貴方が生きていたのだから、私が生きていたとしても驚くことではないでしょう?」

 ふざけるなぁ!!!ーー狂気に飲まれた吸血鬼は只々、叫び散らす。

「吸血鬼っはその比類なき力の代償に様々な弱点を内包せざる負えない」

 よくある吸血鬼の弱点というやつだ。にんにくが苦手だったり太陽が苦手だったり、十字架が苦手だったり。

「この時を待っていたさ、ダーニック!冬木の大聖杯は俺のものだ!お前のような世界を破滅へ追いやるしか能のない者にこの大聖杯は断じて渡すものか!」

「ほざけェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」

「祈りの時間です……」

 少年はその手に持っていた黒鍵を投げ、銀色の刃が舞い、吸血鬼の周囲を囲う。

 

 私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒やす。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬものは一人もいない。

 

 それは炎と呼ぶべきなのだろうか。吸血鬼はただ悶続ける。

 

 浮き砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる。

 

 装うなかれ。許しには報復を、信頼は裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を。

 

 休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ与えられる。ーーーー許しはここに。受肉した私が誓う。

 

この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 かつて魔術師であり、領主であり、怪物となり果てたそれは、人間ではあり得ない洗礼詠唱を受けて、塵となり、そして消滅した。60年以上聖杯を求め追い続けたダーニック・プレストーン・ユグドミレニアは、吸血鬼という汚名を消すために現界し戦い続けたヴラド三世は、ここに消滅した。

 そしてそこに吸血鬼を追ってきたルーラーと赤のライダーが姿を現す。

「……そん、な」

「ルーラー……?」

 その光景、彼と何者でもなくなったそれを見た瞬間、ルーラーは全てを悟った。

「初めまして、今回のルーラー。私がお探しの赤のマスター、シロウ・コトミネです」

 ライダーにとってそれは何も不思議な光景ではなかった。彼とは何度か顔を合わせたこともあれば、話したこともある。

 だがルーラーである彼女にから見れば、その存在は一目瞭然だ。彼は人間ではない、眼の前にいる少年はーーサーヴァントだ。

「思いもよりませんでした、まさか16人目のサーヴァントがいたなんて」

「なっ」

 さすがのライダーも、それをライダー越しに聞いていた岸波も、驚きを隠すことができなかった。

「いえ、私は一人目のサーヴァントです。そして私貴女と同じ、ルーラー」

 ルーラーは本来聖杯によって召喚されるもの。だが今回のルーラーは通常の召喚で召喚されたわけではない。この世に存在する人間の肉体に憑依する形で現界している。それが何故なのか、ルーラーはようやく理解した。ルーラーが既に召喚されていたから、聖杯が混乱したために起こったエラーなのだ。

「……第三次聖杯戦争で召喚されたルーラーですか」

「ええ、貴女にはそのスキルが有る。彼らの正式なマスターとなる前に貴女と顔を合わせてしまうろ全てが台無しになってしまう、お前なんかに俺の夢を、邪魔させはしない」

 少年の声に迷いはなく、そして悪意に満ちた目もしていなかった。自分の行為のすべてが善行だと信じ切っているその無垢な少年に向けて、ルーラーは彼の名を口にした。

「貴方は何が目的なのですか、天草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)

「知れたこと。全人類の救済だよ、ジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

「我々のマスターに何をした、神父!」

 遅れて赤のサーヴァントと黒のサーヴァントが部屋に入ってくる。

「平和的にマスターとしての権利と三画の令呪を譲っていただきました。大聖杯と接続した今、魔力供給に問題はありません」

 赤のアーチャーは赤のランサーに視線を向ける。だが、赤のランサーは首を横に振る。

「そう、彼は嘘を見抜くことに長けた施しの英霊。だから私は出来るだけ嘘をつかずに事を運ばねばならなかったんですよ」

「……赤のアサシン、これは貴女の仕業ですか?」

 その言葉を受けて赤のアサシン、セミラミスは姿を現した。

「なるほど。我が純情なマスターを誑かし、唆し、悪の道へ引きずり込んだと?だが生憎我はサーヴァントだ、サーヴァントはマスターに従うものだろう?」

 ルーラーの問いかけに対してアサシンは嘲笑する。

「ざっけんな!」

 その言葉にライダーは動く、それと同時に赤のアーチャーも矢を放つ。だが、それをその二撃がシロウに届くことはなかった。ライダーの槍はアサシンの左手の黒い魚鱗の装甲で、赤のアーチャーの矢は赤のランサーが掴む。

「ふむ。神魚の鱗を至極当然のように貫くか、さすがはアキレウス。つくづく神の子よな、お主」

「本気だったら鱗も腕も顔面も貫いてるぜ」

 舌打ちをしながら下がるライダーに対して血の滴る腕を摩りながらアサシンは睨みつけた。

「ですがライダー、今のは失策ですよ。私を殺せば、赤のアーチャーも赤のランサーも魔力供給できなくなり、消滅してしまう」

「……」

 確かにそうだ。彼の言っていることは虚言ではない。現在の赤のセイバーと赤のライダー以外のマスターは、彼なのだから。

「ランサー、まさか汝、こいつをマスターと認めるというのではあるまいな!」

「俺もマスターの代替えを認めたわけではない。だが矢を放つ前に、問いただすべき真実があるのではないか?」

「ありがとうございます、ランサー」

 その光景にシロウは意図の読めない笑みを零す。

「さて、ライダー。確認しておきましょうか、貴方はどうしますか?こちらにつくのであれば、貴方とマスターの契約を破棄し、私と契約してもらいますが」

 ライダーは小さくため息をつく。

「くっだらねぇ、俺のマスターは岸波白野(あいつ)だけだ。それ以外は認めるつもりもねえし、ましてやお前のことは最初(はな)から気に入らねえんだよ」

 ライダーは、アキレウスは堂々と言い放った。

「そうですか、貴方は戦力として惜しいのですけどね」

 そう言い捨てればシロウはルーラーの後ろで唖然としていた黒のサーヴァントに目を向ける。

「さて、状況的に考えて貴方達は三騎のサーヴァントを失っています。うちライダーは戦力になりませんし、そちらのセイバーではこちらのランサーが倒せない。降伏しませんか?そうすればこの大聖杯であれば、貴方達の願いを叶えるでしょう」

 黒のアーチャー、キャスター、セイバーはただ立ち尽くしていた。

黒のアーチャー(ケイローン)、貴方はどうですか?」

「どうですか、と言われましてもまだこちらが負けたわけではありません。降伏する理由はないと思いますが」

「なるほど、賢い貴方らしいですね。では貴女はどうですか?その無念を晴らすためだけにサーヴァントとなった貴女ならば、我々の要望に応えるのではないのですか」

 シロウは黒く、そしてただ憎しみをその身に宿した黒のセイバーに対して視線を向ける。

 

 

「黒のセイバーーーいえ、スウァフルラーメ」|

 

 

 今まで、マスターであるゴルドの意図で真名を隠されていた彼女の名を。確かに天草四郎時貞は、そう呼んだのだった。




ということでようやく黒のセイバーの真名を明かすことができました。
ここまでの話は原作とほぼ同じ筋書きなのですが、ここから先はオリジナル要素多めにさせて頂くと思います。
本来いるはずのジークがいなかったり、黒のセイバーが健在していたりと現在の時点で違う部分がありますがこれがこの先の話でどう影響してくるのか。

駄文ではありますが、先を楽しみに待っていただけるとうれしいです。


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9話 終わりの始まり

お久しぶりです。
アキレウスとケイローン実装おめでとうございます。
アポクリファコラボ、皆さん頑張って下さい。

さてさて、久しぶりの更新なんですがまぁ相変わらずのぐだぐだ感が否めないですけど、先はもっとしっかりした内容で固めていきたいですね。


「その無念を、憎しみを晴らすために聖杯を求める貴女であれば、我々の提案を受け入れるのではないでしょうか。黒のセイバー……いえ、スウァフルラーメ?」

「……」

 スウァフルラーメ。そう呼ばれた黒のセイバーは言葉を発することもなく シロウを睨みつける。

「スウァフルラーメ、それが貴女の真名でしたか……」

 彼女の真名に最初に食いついたのは、黒のアーチャー(ケイローン)だった。当然だろう、今まで黒の陣営で唯一、真名を明かされていなかったサーヴァントなのだから。

「……確かに現状お前たちに組すれば、聖杯は手に入ったも当然だろう。しかし、その聖杯は私の願いを叶えることが可能なのか?いや、違うな」

 黒のセイバー(スウァフルラーメ)は手にしていた大剣を、シロウに向ける。

「お前に組みしたサーヴァントは、聖杯で願いを叶えることができるのか?」

「可能です」

 即答だった。シロウは一片の迷いもなく、そう答えた。

「しかし、現状両側のバーサーカーとこちらのランサーしか消滅していない、それでも願いを叶えるだけの魔力があると?」

「はい、この大聖杯には第三次聖杯戦争に参加した私以外の全てのサーヴァントの魔力があります。貴方達全ての願いを叶えても問題ないでしょう」

「……」

 セイバーは無言でシロウの元へと歩み寄る。

「セイバー、貴女何を……?」

 黒のセイバー(スウァフルラーメ)黒のアーチャー(ケイローン)に視線を向ける。

「私は聖杯で願いを叶えることが出来さえすればなんだって構わない。ただ、それだけの話だ」

「な……」|

 黒のアーチャーは絶句する。

「何を言っているのかわかっているのですか……!?」

「それはこっちのセリフだ。なぁ、キャスター」

 黒のセイバーは先程から傍観していた黒のキャスターに言葉を投げかける。

「……そうだね。僕からすれば何故彼らが一斉に襲いかかって黒の側を殲滅しないのか、理解できないといったところか。ルーラーの切り札たる令呪は君には通用しないだろうし、僕なんかじゃ君たちには太刀打ち出来ないだろうね。だからーー」

 そう言って黒のキャスターはシロウの方に歩み寄る。

「キャスター、貴方まで……!?」

「ただし条件がある」

 黒のアーチャーの言葉を無視して黒のキャスター、アヴィケブロンは言葉を紡ぐ。

「どうぞ、出来る限り考慮しましょう」

「僕のマスターに手を出すな」

 その言葉をどう受け取ったのか、シロウは笑みを零した。

「つまり?」

「彼に危害を加えるのはやめろ、ということだ」

 それを隣で聞いていた赤のアサシンが、高らかに笑う。

「己の身と引き換えに主の安全を保証させるとは、なかなか天晴なサーヴァントではないか」

「キャスター、貴方まさか……」

 黒のアーチャーは冷徹な視線を黒のキャスターに向ける。

「では、どうぞ手を」

「手袋越しで失礼」

 黒のキャスターはシロウの差し出した手を迷うことなく握りしめ、契約の詠唱を始める。

「止めなさい、キャスター」

 二人の契約を止めようと、黒のアーチャーの放った矢に対して黒のセイバーは剣を振るい、弾き飛ばした。

「あまり我の庭園を傷つけてくれるなよ、黒のアーチャー」

「セイバー、貴女まで……」

「むしろお前はこの状況でこちら側に付かないというのか、どこまでも哀れな奴だ」

 この状況。そうだ、現在天草四郎時貞側に殆どのサーヴァントが付いてしまっているのが現実だ。黒のランサーと黒のバーサーカーは消失し、黒のセイバーと黒のキャスターが赤側に付いてしまった。赤のライダーがこちら側に付いていると仮定しても黒のライダーと黒のアーチャー、そしてルーラーしかいないのだ。不利な状況なのは明らかだった。黒のアサシンも現状赤側に付いていないとはいえ、味方とも言えない。つまり、現状は最悪だった。

「さて、早速ですが命令ですキャスター。包囲して下さい」

「了解した、我が主」

 契約が完了した黒のキャスターはゴーレムを生み出せば、数体のゴーレムでルーラー達を包囲する。だがそれを赤の稲妻が一刀両断する。

「何!?」

 突然の出来事に赤のランサー以外の赤側のサーヴァントが唖然とする。赤のランサーは現れたそれに対して疾風の如く槍を振るう。それを赤雷が受け止める。

「なるほど」

 その言葉は2つの意味がこもっていたのだろうか。シロウは黒のセイバーによって弾き飛ばされた矢の行き先が天井で、勢いで天井が壊されていることに気付く。それによってこちらの位置を知らせていたのだろう。

「赤のセイバーは貴女でしたか。反逆の騎士、モードレッド」

「は、俺の名前を気安く呼んでんじゃねえよ!」

 赤のセイバーは当初その顔を覆っていた仮面を既に外しており、その敵意をシロウに向ける。

「セイバー、貴様裏切る気か!?」

「馬鹿かてめえ!」

 赤のランサー、カルナの槍撃を弾き飛ばせば赤のセイバーは怒りを顕にしながら大剣を構える。

「先に裏切ったのはそっちだ!俺のマスターを殺そうとしやがったじゃねえか!その時点でお前らは問答無用俺の敵なんだよ!」

 そう言って赤のセイバーは残りのゴーレム達を一掃する。

「おい、撤退すんぞ」

 赤のセイバーは赤のライダーに視線を向ける。赤のライダーもそれを聞けば無言で頷き、ルーラーと黒のアーチャーに決断を促す。

「シロウ、追うぞ」

「いや、ここは僕に任せてほしい」

 背を向けて庭園を後にする彼らを追おうとする赤のアサシンを静止して、歩み出たのは黒のキャスターだった。

 

 

 

 

 赤のライダーは気が付けば黒のアーチャーとルーラーの前から姿を消していた。もちろん赤のセイバーからもである。向かう先は一つ、マスターである岸波白野の下である。

「よく帰ってきたよ、ライダー」

 戦場となったユグドミレニアの管理する草原から離れた場所で、岸波白野は赤のライダーから詳しい現状を聞いていた。

「あの人がまさかサーヴァント……」

 シロウ・コトミネはただならぬ人間ではないと、最初に警戒していたがまさかサーヴァントだなんて誰が予想しただろうか。

「まぁ普通に考えて勝てないでしょうね、赤側に」

 戦力的にも絶望的なのは確かだ。頼もしかった赤側のサーヴァントがセイバー以外全て敵になったのだから。加えて赤のランサー、彼も相当な手練であるのも確かだ。

「……」

 まずは黒側の陣営と合流したほうがいいだろう。一人ではまず勝ち目がない。

「ミレニア城塞は……」

 高台から惨状を眺めると、そこには異形なものがあった。あった、という表現がおかしいかと思うかもしれないが、それは確かにそこにあった。

「あれは……ゴーレム?」

 王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)黒のキャスター(アヴィケブロン)の宝具。本来炉心がなければ動かない宝具のはずだが、恐らく何らかの方法を得て、炉心を得たのだろう。

「まさか、交換条件の意味って」

 僕のマスターに手を出すな。彼は確かにそう言った。彼の宝具には強力な魔力回路を持った魔術師を炉心としなければ起動しない。恐らく彼は全マスターであるユグドミレニアの魔術師を炉心としたのだろう。

「……」

 恐らく岸波白野が彼の立場でも同じことをしていただろう。

「ってんなこと言ってる場合じゃないか」

 そう言葉を零せば、赤のライダーの背中に抱きつく。

「……は?」

「いや、このままミレニア城塞まで連れてって」

「……は?」

「だから、このまま」



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10話 救世の祈り

前書きは置いといて、今回は後書きを書くことにします。


「くっ……」

 王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)、黒のキャスターの呼び出した宝具であるそれはミレニア城塞をただ破壊するだけの兵器でしかなかった。ゴーレムの攻撃をルーラーは旗で何度か受け止める。

「このままでは持ちません!アーチャー、なんとかならないのですか……!?」

「なんとか、ですか……」

 ルーラーは屋根の上で矢を番える黒のアーチャーに叫び散らす。なんとか、と言われてもなんとも出来ないのが現状だ。こちらにはもう黒のライダーであるシャルルマーニュ十二勇士のアストルフォと彼、黒のアーチャーであるケイローンしかいない。かろうじて現状ルーラーが仲間になっているが天草四郎時貞がいる以上、彼女のルーラーとしての特権である令呪も通用しない。八方塞がりなのが現実だった。

「……っ!?」

 ゴーレムは高速で突撃してきた何かの攻撃を受けて一瞬動きが止まる。

「……赤の、ライダー」

 突撃してきた正体は、赤のライダーだった。彼が背負っていたマスターである岸波白野は彼の背中から降りるとフラフラとしながら歩く。

「もう二度とやらない……」

「マスターは下がってろ!」

 赤のライダーは何度かゴーレムに攻撃を加えるも、壊れた部分から高速再生してしまい、攻撃が意味をなしていなかった。

「はぁ、はぁ。ユグドミレニアの長、ダーニック亡き今ユグドミレニアを仕切ってるのは誰?」

 フラフラとした足取りでボロボロになったミレニア城塞まで辿り着けば、その場で戦いを見守っていた眼鏡の少年に岸波は視線を向ける。

「えっと……」

「私です」

 声の方に向けば、そこには車椅子に座った小柄な少女がこちらに向かって来ていた。

「フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアと申します。赤のライダーのマスターで、間違いありませんか?」

「初めまして、岸波白野。お察しの通り赤のライダーのマスターだよ」

 その言葉を聞き近くにいたゴルドとセレニケがふと言葉を漏らす。

「貴様が……」

「例の魔術師殺しの……」

 フィオレは大きく息を呑み、再び口を開く。

「状況はアーチャーからある程度聞いているつもりです」

「なら先に聞かせて、あれは何?」

「……あれは王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)、黒のキャスターアヴィケブロンの宝具です」

「ゴーレムなんだからそうだろうとは思ってたけど。で、当の黒のキャスターは?」

「既に私が仕留めました」

 そう言って屋根から飛び降りてきたのは黒のアーチャーだった。

「ですがあれは既に炉心を手に入れており、彼の消滅だけでは止まらないものとなっているのです」

「炉心って」

「彼の、元マスターです」

 やっぱりか。これほど巨大で強力なゴーレムだ、簡単には作れない。であるならば炉心が必ず必要になってくるだろう。

「つまりキャスターの交換条件で出したマスターに手を出すなってのは、マスターを騙して炉心に使うためなんだね」

 思っていたとおりの展開に岸波は頭を抱える。

「アーチャー、貴方が見る限りではあれの破壊は出来るの?」

「……率直に言います。あれは大地から魔力を無限に吸収しているので破壊は無理です。ただ……」

「ただ?」

「何らかの方法で魔力供給させず、その状態で頭と心臓の両方を同時に破壊すれば、或いは……」

「……」

 不可能だ。何らかの方法で魔力を供給できないようにする。これ自体は簡単だ。大地から魔力を無限に吸収しているのなら大地から離せばいいだけだ。だがそうするとそれを誰かが担当すると、頭と心臓を破壊するものがいなくなるのだ。見ている限りだと、黒のライダーもルーラーも破壊できるとは思えない。

「……あと一人」

 いた。今近くにいて、対軍宝具を所有しているサーヴァントが。

「ルーラー!貴女の力で赤のセイバーをここに召喚できない?」

 赤のライダーと共にゴーレムの足止めをするルーラーに聞こえるくらいの声で岸波は叫ぶ。

「い、今ですか!?く、赤のセイバー!どこかで見ているのでしょう、出てきなさい!」

 焦りながらも、テレパシーのようなもので赤のセイバーに連絡をする。それに応えるように赤のセイバーはすぐに現れた。

「呼んだかよ」

「話は彼女から聞いて下さい!」

 ゴーレムを相手しているので今は説明できないと言いたげにルーラーは怒鳴り散らす。

「セイバー、貴女の宝具であれの頭吹き飛ばせない?」

「んなもん簡単だ。でもな、世の中ギブアンドテイクだろ?」

「だって、ルーラー」

「だからなんで私に振るんですか、今忙しいのですが!?」

 ルーラーが若干イライラしてるように見えてきてしまう。

「じゃああれだ、お前令呪持ってんだろ?それを寄越せ、全部」

「はぁ!?駄目です全部なんて、せめて一画……」

「じゃあ一画だ、一画寄越しな!」

 やられた。ルーラーはそう感じたのか大きくため息をつく。

「わかりました、後で差し上げますから……!」

「よっしゃ、交渉成立だな。で、俺はどっちを叩けばいいんだライダー」

 話をあらかた聞いていたのか、赤のセイバーはすぐに宝具を撃てるよう剣を構える。

「じゃあ俺は心臓をやる、お前は頭を」

「オーライ、三人同時攻撃。マジで行くぜ!」

「先生、タイミングは任せるぜ!」

 赤のセイバー、赤のライダー、黒のアーチャーが一気にゴーレムに詰め寄る。

「木偶如きが、デケえ面してんじゃねぇ!」

 セイバーの放った赤雷の刃ではゴーレムはビクともしない。

「ゴーレムが完成しかけてんのか……!?」

「しゃらくせえ!」

 その横からライダーが槍撃を放つ。だがそれもあっさり受け止められてしまう。

「世界を救う、全ての魂を、僕が終わらせる!」

「キャスター!?」

 ゴーレムから確かに黒のキャスターの声がした。

「世界を蘇らせる。楽園の完成は近い。僕は人々をエデンへ回帰させる」

「くそったれが!!」

「このっ!!」

 ライダーとルーラーが交互に攻撃を仕掛けていき、ゴーレムは次々と崩壊していく。だがそれに合わせてゴーレムの再生していく。

「駄目か……」

 その時アーチャーの渾身の矢が、ゴーレムの足を貫く。

「やったか!?」

「いや」

 アーチャーの漏らした言葉通り、その再生は早く大地からゴーレムが離れることはなかった。

「キャスター、貴方の巨人は確かに受難の民を救い、人々をエデンへ導くことが出来ただろう。しかし、叡智を手に入れた貴方ですら、知らぬことが一つだけあったな。あの英雄は、神など恐れない」

 それは神速、というよりも次元跳躍に近かった。ずっと周囲を飛び回っているだけだった黒のライダーは急降下しながら、ゴーレムの足を一閃する。

触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)!」

 黒のライダーの槍に触れた瞬間、ゴーレムの足は霊体化し体制を崩す。

「後は任せたよ!」

「行くぞ、セイバー!」

 ライダーの放つ蒼い稲妻と、セイバーの放つ赤い稲妻が一帯を奔る。

「命令に従うしか出来ない木偶が、俺の前に立ちふさがるなってんだよ!」

 二つの稲妻は真っ直ぐ転倒するゴーレムに向かって閃光を奔らせる。

「セイバー、遅れんじゃねえぞ!」

「よく吠えた!」

宙駆ける(ディアトレコーン)!」

我が麗しき(クラレント)!」

 ゴーレムに直撃する直前に、二つに重なった閃光が別れそれぞれゴーレムの頭と心臓に向かって放たれる。

星の穂先(アステール・ロンケーイ)!!」

父への叛逆(ブラッドアーサー)!!」

 一瞬だった。先程まで一帯を暴れていたゴーレムは、二つの巨大な穴を中心に崩壊を始め崩れ落ちていく。

「ヘッドショットだ木偶の坊、エデンは他所で探してろ!」

 

 

 

 

「全人類の救済だとぉ……?」

 戦を終え、ミレニア城塞の一室に生き残ったサーヴァントとそのマスター、元マスター達が集まっていた。

「はい、それが私の聞いたシロウ・コトミネ。いいえ、天草四郎時貞の本当の目的です」

 それを聞いていたゴルドはその場の空気も読まずに笑いを堪えきれずにいた。

「よくもまぁそんなバカげたことを……」

「黙ってろ太っちょ!その馬鹿げた願いを簡単に叶えちまうのが聖杯なんだろうが」

「そんなバカな!?」

「……確かに大聖杯は突き詰めればただの魔力の塊です。理論は過程を省略し、結果だけをもたらすことが可能です」

 それを聞いていたフィオレが淡々と説明を加える。

「つまりあのシロウ神父が具体的な方法を知っていた場合は」

「もちろん、実行されてしまいます」

 岸波の問いに、ルーラーが答える。

「問題は天草四郎が人類救済の方法を知っている可能性があるってこと?」

 カウレスが更に問いを投げかける。だが、アーチャーがそれを否定する。

「問題なのはその具体的な方法が、人類にとって厄災である場合です」

「つまり……」

 それを隣で聞いていた獅子劫も口を開く。

「例えば世界一の魔術師になりたい男がいるとして、そいつがそいつ以外の魔術師を皆殺しにしちまうみてえなしょうもない手段だとしても、叶えちまうってことか」

「理論的にはそういうことになります」

 ルーラーの答えに全員が沈黙する。

「それを阻止するためにも、これからのことを考えましょう」

 沈黙の中、最初に言葉を切り出したのはフィオレだった。

「彼らは空中庭園で移動しています。距離だけで言うのなら追いつくのは容易です、飛行機で追いかければいい」

「だが向こうにもアーチャーがいる」

 赤のアーチャー、アタランテ。ギリシャ神話でも有数の女狩人。彼女の弓なら飛行機など造作もなく落としてしまうだろう。

「それにこちらは既に三騎失っています」

「手助けが必要になります」

 そう言ってフィオレは岸波と獅子劫に視線を向ける。

「マスター呼んでっぞ」

「ま、天草四郎を止めるってのには俺も同意だ」

「右に同じく。私らも二人だけじゃあんなのどうしようもないわけだし」

「では、お互い了承したということで宜しいでしょうか」

 アーチャーに車椅子を押してもらいながら、フィオレは獅子劫と岸波の元へと寄る。

「連中を倒すまでの一時的な共闘だがな。なんだったら自己強制証明(セルフギアス・スクロール)を結んだって構わないが」

「え」

 岸波が唖然とする。

「ふふ、そこまでやらずともいいでしょう。貴方方を信用します」

 そう言ってフィオレは握手を求めるように手を差し出す。それに応えるように獅子劫は手を握り返す。岸波もそれに続いてフィオレの手を握りしめる。

「さて、ここで問題があります。貴方達二人とルーラーを味方に加えてもこちらのサーヴァントは五騎。対してあちらは天草四郎と黒のセイバーを加えて六騎、ただでさえ聖杯を奪われて不利なのに人数でも不利なのはあまり良くありません」

 さらに言えばこちらの黒のライダーは戦力とも言えないのだから。

「だからって新しいサーヴァントなんて呼び出せないだろ」

「そうですが……」

「黒のアサシンは?」

「え」

 岸波が小さく言葉を漏らす。

「黒の陣営で失ったのはバーサーカーとランサー、そしてキャスター。セイバーが向こうに行ったとしてもアサシンはどうしたの?」

「……こちらのアサシンは現在赤にも黒にもつかずに行動をしていて足取りがつかめない状況なのです。それも魔術師を殺し回っているみたいで」

「こっち側についてもらえないのかな」

「……確かに相手は一騎。捕まえて交換条件を出してしまえば可能かもしれません」

「よし、じゃあトゥリファスの殺人事件の情報とか調べよう。獅子劫手伝って!」

「な、なんで俺が!?」

 そう言って岸波は獅子劫を連れて部屋を後にした。




アポクリファコラボでライダーとアーチャーの共闘があり、感動です。
こっちでもようやく二人を共闘させることが出来て嬉しかったりします。
この二人は敵対関係もいいかもしれませんが、共闘関係も師弟っぽさを垣間見ることが出来てとてもいいと思います。

さて次回では遂に黒のアサシンに触れることが出来ます。
既にジークがおらず、現段階でセレニケが生きていたりと原作と全然違う話の内容になってきています。ここから皆さんに話の続きを予想したりしていただければなと思います。

最後になりますがいつも感想、誤字報告等本当に感謝しております。


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11話 ジャック・ザ・リッパー

「アキレウス、少し話があります」

 ミレニア城塞の物見台で一人座り込んでいた赤のライダーの元に黒のアーチャー、ケイローンが現れる。アーチャーはライダーの横に座り込む。

「こうしていると、昔を思い出しますね」

「いや、まさか先生と共闘することになるなんて思っても見なかったぜ」

 当然だ。アキレウスは赤のライダーでケイローンは黒のアーチャー。お互い本来敵同士なのだ。現にこの状況になるまで殺し合っていた関係だ。

「なので改めて問いたいのです。貴方ははライダーとして召喚されたにも関わらず、槍の力を最大限にまで使用できていることについてです」

「槍……?」

 宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)、アキレウスの持つ槍の宝具。元々はケイローンがアキレウスの両親に送ったものであり、それをアキレウスが使っているのだ。

「貴方はライダーとしての宝具とランサーとしての宝具の二つを有しています。その場合本来ならばライダーとして召喚された以上槍の能力はある程度制限されるはずなのですが、その様子もない」

「それな、俺も少し気になっていたんだ」

 気になってはいたが、気持ちよく戦えるから気にしていなかった。というのがアキレウスらしいというのだろうか。ケイローンっは小さくため息をつく。

「貴方と同じ性質を持ったサーヴァントがこの世に現界しています」

「……赤のアサシンか」

 赤のアサシン、セミラミス。彼女はアサシンでありながらキャスターとしての側面も持ち、あの空中庭園を宝具として生み出したり魔術を行使していた。実際黒のライダーは彼女をキャスターと誤認したこともあったと聞く。

二重召喚(ダブルサモン)というスキルが存在します。と言ってもこれは三騎士との組み合わせは出来ないのですが……」

 二重召喚(ダブルサモン)とは召喚の際に特殊な条件付をすることによって二つのクラス別のスキルを保有することが出来る、極めて希少なスキルである。だがこれにも制限があり、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの四騎士での組み合わせしか存在しないのだ。

「つまり俺のこれはそれとはまた別ってことか……」

「もしかすると貴方のマスターが特別の可能性もありますが、貴方はランサーとしての側面も持つサーヴァントであることを、自覚してもらいたい」

「俺が、ランサー……ね」

 確かに今考えると俺が普通に槍を全力振るっているのはおかしな話だ。ライダーであるなら戦車で戦うのが筋なのだから。

 

 

 

 

「黒のアサシンのマスターは元々はユグドミレニアの魔術師である相良豹馬(さがらひょうま)になる予定だったけど、召喚のために日本に旅立った後連絡が取れなくなったと」

 単純に考えるとサーヴァントの召喚後、サーヴァントを奪われて殺害されたということになる。そして現在ルーマニアで切り裂きジャックとして注目を集めている。

「ユグドミレニアの力でここ最近のルーマニアの入国記録とかって見れないのかな?」

「可能だ、少し待ってろ」

 カウレスは慣れた手付きでキーボードを叩く。それを見ていたフィオレはまるで現代の技術がわからないような顔で見守っている。

「これだな、ここ一週間分くらいはあるはずだ」

「この中で私と獅子劫以外の日本人はーー二人か」

「レイカ・リクドウと、ロウカ・リクドウか」

「まぁあくまで私の憶測なんだけど、これの片方は黒のアサシンだね」

「黒のアサシンか、因縁だな」

「……ですね」

 それを聞いていた獅子劫とフィオレが呟く。

「何、二人知ってるの?」

「私は直接対峙していませんが、そちらが……」

「一度アサシンとやり合った」

「……どんなサーヴァントだった?」

「確か……あれ?」

 岸波の問いに答えようとするも、獅子劫は頭を抱えだす。

「……思い出せない。なんかこう、記憶に霧がかかっているような」

「……何かのスキルか」

 この様子だと獅子劫だけでなく、直接戦ったであろうセイバーに聞いても同じ反応をされそうだ。

「恐らく相手は記憶を操作するスキルか宝具を所有してる。気をつけないとね」

「それで、どうやってアサシンに協力させるのですか……?」

「とりあえずサーヴァントを無力化させる。その上で命を助けてほしければ協力しろという」

「如何にも悪人の考えそうなことだな」

「うるさい悪人面」

 獅子劫、今のはボケてるってことでいいんだよね。

「アサシンはトュリファスに潜伏してると思う。魔術師を狙ってね。だから私含めて三人くらいで囮になって、アサシンをあぶり出す」

「セレニケとこちらのライダーを同行させましょう。あとは……」

「俺が行く」

 唐突に話を切り出したのはカウレスだった。

「俺だってマスターの端くれだ、囮くらいにはなるさ」

「……あとアーチャーも借りてってもいいかな、狙撃できるやつがほしい」

「わかりました、アーチャーにその旨を伝えておきます」

「よし、結構は明日。ちゃんと私服で来てね」

「ご健闘を祈っています」

 

 

 

 

 トュリファスの街に入るのは簡単だった。岸波は久しぶりの私服に違和感を感じていた。

「なんか、落ち着かない」

「まぁ最近戦いばっかだったしな」

 同じく前に私服を買ってもらっていたライダーもラフなカッターシャツに身を包み、椅子に座りながらマグカップを片手に岸波の言葉を返す。

「戦士には休息も必要だ、こういう時間は大事だぜマスター」

「……そのマスターっての今はなしで」

「は?」

 ライダーは不意を疲れたような表情をする。

「それだと囮にならないから、私のことは名前で呼びなさい、私もアキレウスって呼ぶから」

 本来なら真名呼びなんて言語道断。だが現在に至っては別だ。聖杯大戦で、天草四郎はルーラーとしてのスキル『真名看破』によって全てのサーヴァントの真名を知っている。今更隠すのも、おかしな話というものだ。

「でも黒のライダーも先生もトュリファスから離してサーヴァントは出来るだけ遠くに居させてるのに、なんで俺だけマスーー……あんたと一緒に行動してんだ?」

「ああ、それ。だってあんたの足だとどこにいても同じでしょ、逆に警戒されちゃう」

 成る程、とアキレウスは納得したように首を縦に振る。確かにどこにいるかもわからず、だがどこにいてもすぐに現れてしまうサーヴァントが目の届く範囲にいればそちらの方が相手も岸波やユグドミレニアの魔術師を襲いやすい。

「と言っても本当に来るのかな」

「来るだろ、奴さん大食いみたいだからな」

 今までの殺人事件の量から考えれば黒のアサシンの魔力の燃費が悪いのは一目瞭然。そしてしばらく殺人が起きていない以上、相手も痺れを切らしてこちらを襲ってくるに違いない。

「……アキレウスはさ、なんで聖杯に何を望むの?」

「なんだよいきなり」

「なんとなく」

 岸波はマグカップに残っていた飲み物を飲み干し、アキレウスに視線を傾ける。

「……英雄として生き、英雄として死ぬ。俺の望みは生前から変わらねえよ」

「……英霊って、皆そんなものなのかね」

 え、今私は何を言ったんだろう。皆そんなもの、と普通に言ってしまったが実際に願いを聞いたのはアキレウスが初めてだ。なのにまるで、他にも聞いたことがあるような。そんな気がしてしまったのだ。

「まさか、ね」

 聖杯戦争に、参加したことがあると。そういうことなのだろうか。自分もダーニックのように何らかの方法でこの姿を保ち、過去の聖杯戦争に参加していたのだろう。

「……」

 赤色の少女の姿が頭から離れないことに岸波は苛立ちを感じ始めていた。

「おい……」

「え……ッ!?」

 アキレウスと問答をしていて気付かなかったが、辺りが霧で覆われ始めていた。

「まさか……」

 と、その時街中の人間たちが一斉に咳き込みだす。

「皆さん、家の中に避難して下さい!早く!」

 町の住人もこの霧が異常なものだと気づいたのか岸波の言葉を聞いて家に中へ入っていく。

「これがアサシンの宝具……?」

 霧自体が毒だと感づいた岸波もハンカチで口を塞ぐ。

「岸波!」

 近くで待機していたカウレスとセレニケがこちらに向かって来る。

「大丈夫か?」

「うん、でもこれだと視界が悪くて」

「此よりはは地獄。私達は炎、雨、力」

「……っ!?」

 一瞬の出来事だった。何かに感づいたセレニケは岸波の体を精一杯突き飛ばす。突き飛ばされた岸波は体が宙に浮かぶ中、セレニケの方へと視線を傾ける。

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)!」

 セレニケが突き飛ばしていなければきっと、自分がこうなっていたのだろうか。先程まで何事もなかったセレニケの体から大量後が吹き出し、彼女は力なく崩れ落ちてしまった。




そろそろ回収しないといけないフラグがたくさんあるので、なんとかしていかないとなぁと思います。
さてさてこれでユグドミレニアに残る魔術師も原作と同じになりましたね。

ただ此処で問題が発生しました。アストルフォのマスター、誰にしよう…。
というわけで次回もまた読んでいいただけると嬉しいです。


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12話 トロイメライ

「セレニケ!」

 大量の血液とともに崩れ落ちた彼女の体をカウレスは必死に揺らす。だが既に事が切れてしまっており、その行為は無駄でしかなかった。

「ライダー!」

「わかってる!」

 アキレウスはすぐさまいつもの軽装の姿に戻れば、槍を振るった。振るった先には、小さな女の子がナイフを持って立ち尽くしていた。

「ふふ、バラバラになっちゃった」

 黒のアサシン、ジャック・ザ・リッパーはナイフに付いた血を舐め取りながらそう呟く。

「てめぇ……」

「貴方のことも解体させてくれるのかな?」

「は、馬鹿野郎……」

 ライダーは上空に向かって蒼い稲妻を一閃させる。

「……?私達には当たってないよ?」

「今のは攻撃じゃねえよ」

「攻撃じゃなかったら、何ーーッ!?」

 それこそ一瞬の出来事だった。遠く離れた位置から放たれた矢の一撃がアサシンの両足を撃ち抜いていた。その一撃で両足を失ったアサシンは為す術もなく倒れた。

「よし、生け捕りにーー」

 が、それは叶わなかった。両足を失ったアサシンは何らかの力でその場から消え失せたのだ。

「まさか、令呪……!?」

「アキレウス、早く行かないと手遅れになる!」

「手遅れって……」

 セレニケをカウレスに任せ、岸波はすぐにアサシンを探すべく街中を走り出す。

「気付いてないの?サーヴァントがこの街にもう一人いる!」

「なッ!?」

 それ以上に、岸波は感じ取っていた。このままだと悲劇が起きてしまうということに。

「アキレウス、絶対に止めて!」

 

 

 

 

「ジャック!」

マスター(おかあさん)……」

 両足を失い立つことすら出来ずに倒れ込むアサシンのもとに、彼女のマスターである六導玲霞が現れた。

マスター(おかあさん)ごめんなさい、失敗しちゃった……」

「いいのよジャック、次があるわ?」

 そう答えながら六導はアサシンを背中に背負う。

「ねぇマスター(おかあさん)、これからどうするの?」

「とにかく逃げないとね。大丈夫、安心しなさい?」

 六導の言葉を聞き、少し安心したのかアサシンは落ち着いた様子を見せていく。

「ねぇマスター(おかあさん)、私達またマスター(おかあさん)のピアノ聞きたいな」

「ええ、きっとーー」

 その刹那、六導玲霞目掛けて一本の矢が高速で街を駆け抜けた。それからアサシンを庇うように、六導はアサシンの体を投げ飛ばす。

「え……?」

 六導は死を確信した。だが、自分の命を救ってくれたこの子達のために死ねるのなら本望だ。きっとそんな風に考えていたのだろう。何もかも諦めたような、そんな瞳で一閃する矢が自分の新造王に突き刺さるのをただひたすらに待っていた。だが、その矢が六導の心臓を貫くことはなかった。

「っぶねぇ!!」

 六導は目を疑った。先程までアサシンと交戦していた赤のライダーが、どこからもなく放たれた矢から自分を守ったのだから。

「大丈夫か?」

「な、どうして……」

 六導は驚きを隠せずにいた。それは後ろで見ていたアサシンも同じだ。

「まぁ事情説明は後だ。出てこいよ、姐さん」

 アキレウスの言葉とともに、霧に中から一人の少女が姿を現す。

「赤の、アーチャー……」

「何故だライダー、何故彼らに加担する」

「それはこっちのセリフだ。なんで天草四郎にーー」

「黙れ!!」

 アキレウスの問いなど最初から聞く耳を持たないと言いたげにアーチャーは叫ぶ。

「その子は、黒のアサシンは私が回収する」

「それは許されません」

 遅れてルーラーがその場に現れる。彼女もサーヴァントであるので街から少し離れていたから到着が遅れたのだろう。

「ルーラー……ライダー……、その子は戦わされているんだ!そんな小さな子供を貴様は戦わせるというのか!?」

「そうだ姐さん、あんたらと戦うために俺らにはこいつの力が必要なんだ」

「我々と戦うため、だと?お前たちもその子達を利用するのか……?」

 赤のアーチャーの様子が少しおかしかった。そう、アキレウスは感じた。

「見てわからないのか!?その子はその人間の為に戦っているんだ、戦わされているんだ!!その子は救ってやらねばならんのだぞ!?」

「救えません、貴女には」

 アーチャーの言葉を一蹴したのはルーラーだった。

「彼女は聖杯を求めたが故にサーヴァントとして召喚されました。サーヴァントである以上、貴女では救えません」

「黙れ!貴様は聖女なのだろう!?なら彼女たちは救う対象なのではないのか!?」

 ルーラーはアーチャーの問いに答えることはなかった。

「偽の、聖女……」

「私は、自分を聖女だなんて思ったことはありません」

「な……!?」

 その言葉に、皆が驚いた。

「く……」

 アーチャーは涙を流しながらもアキレウスに一瞬視線を向ければ背を向けて屋根の上へ駆け上がる。

「聖杯が欲しくば取りに来い!全員このアタランテが射抜いてやる!!」

赤のアーチャーはそう言い残してその場を去ろうとするが、それを射抜くように黒のアーチャーが弓を番える。だがその矢が届かないことを確信したのか、矢を放つことはなかった。

「さて、こちらの話に移りましょうか」

 そう言ってアーチャーは黒のアサシンと緑髪の女性に視線を傾ける。

「そうだね。えっと、六導玲霞(りくどうれいか)さんで間違いないよね?」

「……ええ」

 六導はアサシンを守るかのように抱きかかえる。

「まず状況を詳しく説明させてもらうね」

 そう言って岸波は六導に現在の黒と赤の対立について。そして天草の事を、説明した。そして、あの空中庭園のことを。

「それはある程度ジャックから聞いていたのだけれども、そんな事になっていたのね……」

「で、これからは取引だ。私達にとって貴女達は敵。でも天草四郎も敵。そして――」

「私達にとっても天草四郎は敵――」

「そういうこと」

 敵の敵は味方。とまで言うつもりはなかったが、そこまで意図を読み取ってくれた六導に対して小さく笑みを零す。

「つまり天草四郎を倒すまで協力しろと、そういうことね」

「断れば殺す、それはわかってるよね」

「でも私達が協力しなくても貴方達が困るのも事実、よね?」

「私達に条件を出すっていうの?」

「いえ、ただわかってるとは思っていますけど私にはこの子に魔力を供給をする手段がありません。だからこそ魔術師を殺めていたのです」

「それに関してはこちらのユグドミレニアの魔術回路と接続すれば問題ない」

「……私達が協力するふりをするとは思わないの?」

「私達抜きで、彼らに勝てると思うならそうすればいい」

「……」

 六導は怯えるアサシンの方に視線を向けながらも、唇を噛み締める。

「わかりました、貴方達に協力します。それしか私達に選択肢がないみたいですし」

「うん」

 六導の言葉を聞き、手を差し出す。

「私は岸波白野、よろしく六導玲霞さん」

 

 

 

 

「作戦は成功したんですね」

 ミレニア城塞に到着した岸波達は待機していたフィオレに報告をしていた。

「今カウレスに六導さんとここの魔術回路を接続してもらってる」

「そうですか」

「……セレニケさんの件は、ごめんなさい」

 黒のアサシンの襲撃を受けた際、セレニケは事が切れてしまった。当然といえば当然である。アサシンの宝具を直接受けてしまったのだから。

 黒のアサシン、ジャック・ザ・リッパー。世界中に名の知れたシリアル・キラー、岸波のいた日本では『切り裂きジャック』と呼称されている反英霊。その宝具、解体聖母(マリア・ザ・リッパー)、アサシンの持つ4本のナイフ。だがある条件を揃えることで相手を確実に死に至らしめることが出来る。

「……」

「な、何?」

 岸波はキョトンとしたフィオレの顔を見てたじろぐ。

「いえ、貴女のことを少し誤解していました。もっと冷血なお方だと聞いていたので」

「あぁ……」

 そう言われると調子が狂う。岸波は確かに効率を重視した性格をしている。しかし罪悪感がないわけでもない。

「その、白野さんとお呼びしても……?」

「あぁ、うん。構わないけど――」

「姉さん」

 そう言って間に割ってきたのはカウレスだった。

「カウレス、ライダーとの調子はどう?」

「なんか、変な感覚だよ」

 セレニケと契約していたサーヴァント、黒のライダーアストルフォ。彼女が亡くなったことで黒のライダーのマスターがいなくなった。サーヴァントはマスターなしに現界することが出来ない。そしてその場でライダーと契約できたマスター適正者はカウレスのみだった。

「ルーラーからも令呪を一画譲ってもらったから、計二画。これでなんとかやれそうだよ」

 カウレスは令呪が刻まれた右腕を見つめる。

「でも俺なんかがライダーのマスターで本当にいいのか?ゴルドおじさんのがまだいいんじゃないのか?」

「ゴルドおじ様は……」

 ゴルドは自らのサーヴァントである黒のセイバー、スウァフルラーメを失った。その事がショックなのか、どうかはわからない。だが彼はマスターに再度なろうとはしなかった。

「自信を持ちなさい、カウレス。貴方もユグドミレニアのマスターなのだから」

「……」

 岸波はそのやり取りを見ながら、部屋を後にした。




黒のライダーのマスター、消去法で考えればどう考えてもカウレスになってしまうんですよね。
さてさて、次回からはようやく最終決戦に向けての話になります。

黒のアサシンの存在がどう今後の話に関わってくるのか、楽しみにしていて下さい。


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13話 最後の昼

「準備が整い次第、明日にでも空中庭園に空襲を仕掛けます」

 フィオレは再度広い一室に全てのマスターとサーヴァントを集めた。黒のアサシンをこちら側と協力関係を結ばせた今となれば、後は空中庭園に乗り込むだけだ。

「はいはーい!操縦!飛行機操縦できまーす!」

 黒のライダー、アストルフォ。セレニケを失い新たにカウレスをマスターとした今、彼を縛るものは何もない。というのも、アストルフォはセレニケをあまり良く思ってはいなかったのだ。マスターが切り替わったことで、彼の陽気さに更に磨きがかかったように見える。

「操縦はゴーレムにやってもらいます」

「ちぇ」

 フィオレにそう言い渡されアストルフォはぶつぶつ言いながら席に座る。

「ですが飛行機ではいい的です。何か対策は見つかったのですか?」

 ルーラーが続ける。

「何通りか。しかし決め手が欠けています、このままでは……」

「こっちの生存率は低いまま、か」

 岸波は小さくため息をつく。

「あーあ、僕が宝具の真名を思い出せればなぁ」

「え」

 ふと呟いたアストルフォの言葉にその場にいた全員が凍りつく。

「え、何?」

「ちょっと待ってください、今なんて……?」

 凍りつく空気の中でルーラーは声を絞り出す。

「だから僕の持ってる宝具。真名忘れてて困ってるんだよねぇ」

 そう言ってアストルフォは懐から一冊の本を取り出す。

「いやぁ、便利なんだよ。なにせ持ってるだけでいいんだから」

 魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)、彼の持つ宝具の一つだがその名自体は彼が忘れてしまった真名の代わりに付けたもので本当の真名ではない。ただ所有しているだけであらゆる魔術を打ち破るAランクの対魔力スキルを得ることの出来る宝具。

「ですがライダー、それは確か全ての魔術を打ち破れると言われる魔導書……」

「つまり、これがあれば空中庭園の攻撃も突破できる……?」

「しかし真名を忘れているとは……」

 ゴルドは呆れたようにため息をつく。

「うーん。思い出す条件なら覚えてるんだけど」

「条件?」

 六導が言葉を漏らす。

「うん。月の出ない夜であること。その条件をこなせば僕は確実にこの魔導書の真名を発動できるよ」

「月が出ないということは、新月なら大丈夫なのですね?」

「う、うん……」

 ふと呟いたことでここまで問い詰められると思っていなかったのかアストルフォも少し焦ったように頷く。

「次の新月は?」

「今から三日後だ」

「三日後……」

 

 

 

 

 出撃は三日後に決まった。三日もあれば空中庭園はルーマニアの外に出てしまう。それはつまり魔術協会も関与してしまうことと同義である。そしてそれはユグドミレニアの敗北を意味する。それでも三日後と決めたのはユグドミレニアの代表だったフィオレではなくその弟であるカウレスだった。

「それにしてもユグドミレニアはなにをしてるんだろ」

「さぁ。今日は城から一日出ていてくれの一点張りだったからね」

 トュリファスの街並みを岸波とライダー、そしてアストルフォとルーラーが並んで歩く。

「それよか一日時間空いてんだ、どうすんだ?」

「折角だし、観光」

「と言ってもこの街には大したものはないと思うのですけども……」

「あ、はくのん見て見て!あそこのパイ美味しそう!」

「パイ……?」

 ルーラーの目が光る。大したものがあった。呆れた表情でライダーと共に店の中に入れば適当な席に座る。

「あ、えっと白野さん。私あまり持ち合わせがなくてですね……」

「別に聖女様に奢ってもらうなんて考えてないから安心しなさいな」

 自分も持ち合わせはそんなにないがライダーの分くらいなら払う気ではいた。

「あ、僕一文無しー!」

 胸を張りながらアストルフォは手を挙げる。岸波は小さくため息を付きながらメニューに手を伸ばす。

「私が出すよ」

 もちろん後でユグドミレニアから徴収するけども。

「そういえばずっと聞きたかったのですけど、白野さんはどうして聖杯を……?」

「……仕事ってだけじゃ理由にならない?」

「えっと、少し気になったので。貴女は他の人とは違うなぁと」

「……」

 注文し、出されたパイを口に運びながら、ルーラーへと視線をやる。

「ルーラーはさ、過去の聖杯戦争のこととかわかるの?」

「まぁ聖杯そのものに召喚されているのである程度なら」

「……赤い服に身を包んだ女の子のサーヴァントって過去にいた?」

「……どういうことですか?」

 ルーラーは手を止めて、きょとんとした表情で岸波を見つめる。

「私多分、この聖杯大戦が初めての聖杯戦争じゃない」

「亜種聖杯戦争に参加したことがあると?」

 亜種聖杯戦争、世界各地で行われている小規模の聖杯戦争。実際に亜種聖杯戦争に参加したことがあるマスターが赤側にいたと聞く。記憶が無いのはその影響なのかもしれないと岸波はずっと考えていた。

「私七年前より前の記憶がないの。でも最近断片的に思い出したことがいくつかあって」

「それがその赤い服に身を包んだサーヴァントと、過去に聖杯戦争に参加した記憶」

 岸波は小さく頷く。

「可能性としてはありえないことではありませんね。ですがそうと確信も出来ません」

「そっか」

 でもこうなる以前の自分はどうだったのか。それを未だに知りたくてこの戦いを降りれずにいる自分がいる。

「はくのんも色々あるんだねぇ」

 さっきからスルーしていたが、何はくのんって親しげに呼んでるんだろうこのサーヴァント。

 

 

 

 

「こうして街をしっかり見て回るなんて新鮮ね」

 六導玲霞はその街並みを見つめながらも、手を握りながら連れ歩くその少女に視線を向ける。

「ねぇねぇマスター(おかあさん)何か食べたい」

「そうねぇ」

 今まで彼女がこの言葉を聞けば、誰を殺すのかを算段を立てていた。だが今回はお腹が空いたわけでなく何かを食べたいと、そういった。ユグドミレニアの魔術回路と接続した今、アサシンへの魔力供給に問題はない。アサシンのその言葉は魔力が足りなくなったのではなく、街に並ぶ食べ物そのものに興味が湧いたという意味合いだ。そのことに気付いた六導は笑みを零す。

「そう、そうなの!ええ、じゃあ何か食べましょうか。何が食べたい、ジャック?」

「んと、お肉!」

「そう、じゃああそこのお店に入りましょうか!」

 六導はとても嬉しそうにアサシンの手を引っ張りながら店に入る。するとそこには先客がいた。

「あら」

「あ……」

「……」

 赤のセイバー、モードレッド。ミレニア城塞で顔を合わせており、それ以前に一度刃を交えたこともある相手だ。

「えっと、相席いいかしら?」

「……好きにしろ」

 セイバーは口に食事を運びながらそう答える。六導はアサシンと共にセイバーの向かい側に座る。

「今日は一人なの?」

「マスターは出撃に向けて準備中でな、俺は暇だから飯を食いに来たんだよ」

 そう、と六導は相槌を打つ。

「……答えにくかったら答えなくてもいい。なんでアサシンの殺人に加担した」

「え……」

 不意な質問に六導は唖然とする。

「お前魔術師でもなければ今まで人殺しもしたことがなかったんだろ、なのになんでアサシンの魔力供給に必要な殺人に加担したんだ。それ以前に、なんで聖杯大戦に参加しようと思った」

「ああ、その話」

 六導は店員に自分とアサシンの分の料理を頼めば再びセイバーの方に向き直る。

「私はね、元々ユグドミレニアの魔術師に殺される予定だったの」

 六導玲霞は普通の一般人だった。普通、というば語弊があるのかもしれない。娼婦で稼いでいたのだから、普通でないといえば普通ではなかった。だからこそ相良豹馬に狙われたのだろうと今ならそう思える。アサシンを召喚する際の生贄として暗示をかけられ、殺害されそうになったのだ。だが召喚されたアサシンは相良豹馬ではなく自分を選んだ。自分の死にたくないという願いを聞き遂げ、救われたのだ。

「私の願いを叶えてくれたこの子のために、聖杯大戦に参加しようと、そう思ったの」

「それが死ぬかもしれなくてもか」

 六導は無言で頷く。

「……なるほどな」

 大した度胸だ、とセイバーは素直にそう感じた。セイバーはすべての料理を平らげれば立ち上がる。

「明日の戦い、背中は任せるぜアサシン」

「え……?」

 六導にとってその言葉は驚き以外の何でもなかった。ユグドミレニアは彼女たちのことを信用していない。当然だ、いつ裏切るかわからない存在だからだ。そんな自分たちに背中を預けると、確かに彼女はそういった。

「……マスター(おかあさん)?」

「ふふ、ジャック。食事を頂きましょうか?」

 六導玲霞は初めてだったのかもしれない。誰かに、頼りにされたというのが。

「ジャック、帰ったらピアノ聞かせてあげましょうか。お城にピアノがあったのよ」

「うん、聞きたい!」

 口いっぱいに肉を頬張りながらアサシンは笑顔をを零す。




こんにちはこんばんは。
そんなこんなで決戦前のお話です。
まだ少し決戦までお預けです。


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14話 天蠍一射

日常が続くって言ったな?あれは嘘だ。


「それではゴルド叔父様、行ってきます」

 ミレニア城塞でフィオレは笑みを零しながらそう告げる。新月の夜まではあっという間だった。だが岸波達がそれぞれサーヴァントとマスターとして、語り合うには充分すぎる時間でもあった。

「ああ、その……なんだ。生きて帰ってこい」

 サーヴァントを失い、やりきれない気持ちでいっぱいのはずの彼からその言葉を聞き、フィオレは不思議な気持ちを感じた。

「では、行きましょうか」

 ミレニア城塞から空港まではそんなに時間はかからなかった。だが到着した頃には既に辺りは暗く、人影もなかった。

「誰もいないんだね」

 アサシンが六導に手を引かれながら、ポツリと言葉を漏らす。

「ええ、私達の方で貸し切ってありますので」

「貸し切りッ!?」

 誰かに怪しまれないよう学生服を着たルーラーが驚いたような仕草を見せた。

「それはさておき、作戦の確認だ。ライダー、魔導書の真名は思い出せたのか?」

「うん、完璧に思い出せたよ!」

 ライダーは自信満々に胸を張る。

「では空中庭園への突入に支障はありませんね」

「ああ。では各自分散して空中庭園に乗り込んでくれ。ルーラーとアーチャー、アサシンは前衛だ。ここからが問題なんだが――」

「僕の宝具はあくまで空中庭園の砲撃を止めるだけ、赤のアーチャーの矢は止められないよ」

「そこでルーラーの持つ令呪のスキルだ」

 カウレスはルーラーに視線を向ける。

「先に言っておきますが私の令呪は彼らには通用しないと考えておいて下さい」

「でもこちらのサーヴァントには有効と」

「……恐らく空中庭園に突入するまでですが」

 空中庭園には既に令呪に対しての何らかの策が講じられている可能性がある。あまり頼れないのも事実だ。

「後は空中庭園の砲撃だな」

「こちらの方は私でなんとかしましょう」

 そう切り出したのは黒のアーチャー、ケイローンだった。

「何か策があるのですか?」

「おい、先生」

 アーチャーの様子を見てアキレウスが不審に感じ、声を上げる。

「大丈夫ですよ、アキレウス。たまには私にも、頼って下さい」

 たまには、といったが彼には頼ってばかりなのも事実だ。彼なしでは此処まで戦い抜くことも叶わなかっただろう。

「黒のセイバーはアキレウス、貴方に任せます」

「……わかった」

「赤のランサーはセイバーの方に任せることにしましょう」

「俺はライダーと一緒についていく。それから姉さんと六導は後ろから小型機で、マスターが脱落する訳にはいかないからな」

「白野さんは?」

「私はアキレウスの戦車に乗っていくよ」

 と言っても彼の戦車なんて下手をすれば振り落とされてしまう。危険度で言えばかなりリスクが高い。

「それでもマスターとして、これを譲るわけにはいかないんだよ」

 カウレスもそれを聞けば無言で呟く。

「それでは各自健闘を祈る、空中庭園でまた会おう」

 

 

 

 

「あーあ、ついに決戦かぁ」

 岸波は戦車に乗り込みながら小さくため息をつく。

「どうしたんだよ?」

「いや、ここまで色々あったなって」

「何ここが終わりみたいな言い方してんだよ。これが終わったら先生と戦って、アサシンやセイバーをぶっ倒さないといけないんだぜ」

「あれ、黒のライダーは?」

「いやいやあんなの相手になんねぇって」

 軽口を叩くように、そう呟く。

「あ――」

 何かを思いついたようにアキレウスは戦車から飛び降り、その場を疾走する。そして数十秒すればアキレウスは再び岸波の元へと戻ってくる。

「何してたの?」

「ちょっとな」

「マスターに隠し事か」

 そういって脅すように岸波はアキレウスに令呪を見せつける。だがこの行為も既に二人には冗談としてのやり取りをお互いにわかるようになってしまっていた。それほどまでにこの短い戦いの中で、絆が生まれているんだなと、二人は再確認する。

「で、何なの」

「まぁちょっと、託してたんだよ」

「何を?」

「守る、想いかな」

「何じゃそりゃ」

「それより、そろそろ行こうか」

 そう言ってアキレウスは戦車に飛び乗る。

「一応途中まではスピード調節するけど空中庭園まで近づいたらそうも言ってらんねえ、振り落とされんなよ」

「大丈夫!」

 岸波は震えながらも大きく声を張る。

「さぁ開戦だ!」

 刹那、戦車は爆音と共に空中を駆ける。岸波はその爆音と衝撃に驚きながらアキレウスの足にしがみつく。

「ほ、本当に大丈夫なんだよね?」

「ライダーの宝具が確かならな……」

 赤のライダー、アキレウスの宝具。疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)のスピードは圧倒的だった。岸波を配慮してスピードを調節しているとはいえルーラーの乗る飛行機に追いつくのにそこまでの時間を必要としなかった。

「見えました」

 ルーラーが暗闇の空の一点を見つめながら、呟く。

「こちらも」

「うん、見えたよ」

 頭の中からアーチャーとライダーの声が響く。

「アキレウス」

「ああ、俺も見えてきたぜ」

 空中庭園。赤のアサシンの宝具であるそれをアキレウスは暗闇の中で視界に捉える。

「……天草四郎時貞!」

「吠えるな、見苦しい」

 ルーラーの咆哮に答えたのは赤のアサシンだった。

「マスターは大聖杯による人類救済の準備に忙しくてな、お主らに構っている時間はない」

「赤のアサシン、セミラミス……」

 魔術による通信術式で、赤のアサシンはルーラーに直接言葉を投げかける。

「彼は本当に大聖杯の力で人類を救済するつもりなのですか」

「さてな、知らんよ。マスターを止めたくば必死に追いすがってくるがいい。最も」

 赤のアサシンはまるで悪魔のような、邪悪な笑みを浮かべる。

「こちらのサーヴァントを突破できればの話だが」

 その瞬間、空中庭園から光が一閃する。十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)、空中庭園に設置された迎撃術式である。その一つ一つが対軍宝具と同等の威力を持ち、その光弾による魔術攻撃を行うものである。それにより飛行機が一騎、爆発と共に炎に飲み込まれていく。

「来ます!」

「ライダー!!」

「さぁ、刻限だ」

 側面から飛び出てきた黒のライダーとカウレスの駆るこの世ならざる幻馬(ヒポグリフ)が叫びを上げる。

「我が心は月もなく恐怖に震え、されど断じて退きはしない!」

 黒のライダーの持つ魔導書が光り、その頁一枚一枚が周囲へと広がっていく。それはまるで盾のように。

「ライダー、来るぞ!」

 空中庭園から一閃の光弾が放たれる。

「宝具解放――破却宣言(キャッサー・デ・ロジェスティラ)!」

 光弾はそんなライダーを無視して一直線に奔る。だがその光弾はライダーを貫くことなく、無残にも消失していく。

「あはははは、見たかこの本の本当に力!気ん持ちいぃーっ!」

「ライダー、すごいじゃないか……!」

 ライダーの後ろに乗っていたカウレスが声を上げる。

「よし、まずは一枚目!」

 光弾を受け止め、回避しながら空中庭園へと近づけばライダーは宝具である槍を取り出し光弾を放つ棺を一閃する。

「どうだ!」

 だが、棺を破壊した瞬間ライダーはカウレスを空中庭園へと突き飛ばす。

「ライダー、何をして……!?」

 幸い既に空中庭園の中へと突入しており、高度もなかったのでカウレスは無事に着地する。だが肝心のライダーの方を見上げれば、ライダーは魔術による攻撃を受けている姿が目に映る。そしてライダーはそのままカウレスの元へと落下する。

「なんで……」

「防衛術式の防衛術式とか、やらしすぎ……」

 防衛術式の防衛術式。つまり防衛術式を破壊すれば次の防衛術式に反応して攻撃を喰らうというわけだ。

「あの光弾は受け止められても、次のは僕の宝具でも……」

「クソ、このままじゃルーラー達が……」

 私に任せて下さい。

「アーチャーッ!?」

 

 

 

 

「ライダーは空中庭園に突入できたのですね?」

 黒のアーチャーは飛行機の上から空中庭園を見つめる。

「ルーラー、最初の手筈通り向こう側のアーチャーを」

「わかりました!」

 向こうから放たれる矢を受け止めながら、ルーラーは返事をする。

「先生、何をする気なんだ……」

 戦車を奔らせながら、心配するようにアキレウスが言葉を漏らす。

「これこそは、星の(さそり)を穿つ一撃なり」

 黒のアーチャーの姿を目視するなる、赤のアーチャーも弓を番える。

「ルーラー、アーチャー……貴様らを討つ!!」

 赤のアーチャーの番える二本の矢。その術理が具現化し、降り注ぐ。

「二大神に奉る、訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

「我が旗よ、我が同胞を守り給え」

 天から降り注ぐ矢に向けて、ルーラーもその旗の真名を解放する。

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!」

 降り注ぎ、黒のアーチャー達を襲うはずだったその一撃は黒のアーチャーやルーラーに振れることはなく、ルーラーの解き放った結界宝具によって尽く防がれてしまう。

「何……!?」

「ごめんね」

「え……?」

 確かにアサシンには気配遮断のスキルが存在する。だがこの空中庭園に安々と入れるわけではない。にも関わらず、今黒のアサシンは赤のアーチャーの眼の前に現れたのだ。

「……ルゥゥゥゥラァァァァァァアアアアア!!!」

 赤のアーチャーは振り向き、それがルーラーの令呪によって転移してきたことに気付き怒りを叫びへと変える。だがそれが彼女に届くことはなかった。

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)!」

 

 

 

 

「我が矢は既に放たれた」

 赤のアーチャーが放った宝具の中、黒のアーチャーはただ一点。残った十の黒棺を見つめていた。

「まさか……先生、やめるんだ!!」

天蠍一射(アンタレス・スナイプ)!!」

 アキレウスが全てを察し、叫んだ頃には全てが手遅れだった。空から放たれた十の矢の一撃が全ての黒棺を撃ち抜く。

 

 マスター、少しお願いがあります。

 なんですか、アーチャー?

 私の宝具を令呪の力を使って一度だけでなく、可能な限り発動できるようサポートしてほしいのです。

 令呪で、ですか?

 はい。それさえ可能なら、貴女に勝利をもたらすことが可能でしょう。

 

「道は、開けました」

「先生ぇぇぇええ!!!」

 黒のライダーが1つ破壊するだけで身動きを取れなくなるような魔術的防衛攻撃を10つ同時に受け、燃えゆく飛行機と共に黒のアーチャーが崩れ落ちる。

「先生、先生ぇ!!」

「アキレウス!!」

 戦車を使って落ち行く黒のアーチャーを助けようとするアキレウスに、黒のアーチャーは声を絞り出しながらも、張り上げた。

「……マスターを、後を頼みます」

「……」

 アキレウスさえ、彼さえ空中庭園へ突入させることが出来れば勝機が作れる。彼の教え子であり、大英雄である、アキレウスなら。

「……マスター、どうやら私は最後の最後でサーヴァントとしての勤めを果たせたようです」

 宙へと落下し、防衛術式の攻撃を受けて既に消滅しかけている黒のアーチャーは空を見つめた。

「どうか最後の教え子であるあの子達が、夜空で輝きますように」




設定改変等しております。
十と一の黒棺を破壊すると破壊したものに対して電撃のような魔術攻撃が反応する、というものを少し追加させてもらいました。
それから一日一回しか使えない先生の宝具を令呪で無理矢理十回撃たせました。原作とは何だったのか。


さて、話もラストスパートです。


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15話 神罰の野猪

「アサシン!」

 十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)を全て破壊され、ルーラーは空中庭園へと直接乗り込めば直様アサシンの元へと向かう。向かった先にはナイフを持ったアサシンと血だらけで倒れる赤のアーチャーの姿があった。

「やった、のですか?」

 ルーラーの問いかけにアサシンは首を横に振る。

「私達の宝具には条件がある。今回は条件を満たしてないから完全に仕留めきれてはいない」

 でも、とアサシンは続ける。

「不意討ちで思いっきり切り裂いたからもう動くのは無理だと思う」

「……」

 血だらけの赤のアーチャーがルーラーに視線を傾ける。見たところもう、虫の息といったところだろう。

「アサシン、後は任せて下さい。貴女は貴女の役目を果たしてください」

 アサシンは無言で頷けば、颯爽とその場を後にする。

「……ルーラー、何故あの娘達を戦わせる」

 息を荒げながら、赤のアーチャーが言葉を漏らす。

「……貴女の言うようにあの子達は子供です。ですがそれ以前にあれは悪霊なんです、殺人鬼なんです」

「子殺しめ」

 端的に赤のアーチャーが呟く。

「あの娘達はこのままだと殺される、こちら側のアサシンにだ。戦いを強要させたのはお前だ、ルーラー」

「そうですね、私は子殺しなのでしょう。そして今、この場で貴女も殺します」

「異論はない。我々は最早、互いに互いの存在を認められぬ。何があろうと、何が起きようとも、貴様を殺す」

 血が吹き出す腹部を押さえながらも赤のアーチャーはゆっくりと立ち上がる。

「まだ立ち上がるだけの力が残って――」

 ルーラーは驚愕した。赤のアーチャーが立ち上がったことにではない。腹部を押さえる手とは逆の手に持つ、毛皮の存在にだ。そしてその毛皮から明確に感じられる禍々しい魔力にだ。

「まさかカリュドンの魔獣の毛皮……!?」

「そうだ。私はここに誓おう、貴様を斃さずして何が正義か、何が英雄か!」

「やめなさいアタランテ、貴女は英雄であることまで捨てるというのですか!?」

 しかしルーラーの静止を全く聞く耳持たずに、赤のアーチャーはその毛皮を傷口へと押し込む。今まで使い方すらわからなかったその宝具を、赤のアーチャーは取り込んだ。今なら痛みさえも快楽に感じられる。何故ならそれほどまでに、偽の聖女(ルーラー)が憎いのだから。憎悪で埋め尽くされているのだから。

「宝具――神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)

 赤のアーチャーを纏っていた翡翠の衣装が黒く染まり、その透き通った髪すらも白銀に染め上げられる。そこにいたのは最早赤のアーチャー『アタランテ』ではなく、魔人。魔神と化した『アタランテ・メタモローゼ』だった。

「傷が癒えて……ッ!?」

 宝具発動と同時にアサシンから受けていた傷が癒え、すぐさま矢を放つ。ルーラーはそれを旗で弾き飛ばせば赤のアーチャーと距離を取る。

「殺してやる、あの娘達を救うにはもうそれしかないんだ!!」

 次々と放たれる矢の数々にルーラーは回避に専念していく。だが、放たれた矢の方ばかりを見ていたために赤のアーチャーを見失ってしまう。

「一体どこに……」

 だがその思考はすぐに停止されてしまう。赤のアーチャーはルーラーに既に掴みかかっていた。そして、ルーラーの肩を噛みちぎっていた。

「ぐ、あ……」

 ルーラーの肩口から血が吹き出る。

「貴女は私を斃す為にすべてを捨てるというのですか」

 だが赤のアーチャーが答えることはなかった。

裁定者(ルーラー)うを舐めるな、アタランテ……!!」

 ルーラーはアタランテの頭を掴めばそのまま空中庭園の壁に向けて投げ飛ばす。そのまま赤のアーチャーは空中庭園の壁を突き破り中へと転がっていく。

「……」

 ルーラーは空を見上げた。

「……ありがとうございます、黒のアーチャー(ケイローン)

 ルーラーは胸で十字を切る。天草四郎と出会うまでずっと独りで戦ってきた彼女にとってはとても頼もしい味方であった。空中庭園の防衛術式を全て破壊するという役割を一人で引き受けてくれたのだ。感謝してもしきれない。

「ルゥゥゥゥウウウウウラァァァァアアァァアアア!!!」

 建物の中から悲鳴のような叫び声が轟く。

「……」

 ルーラーは無言で建物の中へと入っていく。辺りを警戒しながら入っていけば、部屋の上空に翼を広げ宙に浮く赤のアーチャーの姿を視認する。

「ころす、ころぉすぅうう!!」

 赤のアーチャーが弓から矢を放つ。

「私は愛されなかった子どもたちが少しでも幸せになるようにと戦った。完全でなくとも何かが出来たつもりだった」

 放たれる矢を躱しながらルーラーは自分の身を隠すために柱の陰へと潜り込む。

「だが今の時代に来てみればどうだ、子どもたちの不幸は今も続いている。こんな未来をつくるために私は戦ったんじゃない!」

 それは後悔か、憎悪なのか。赤のアーチャーは抱え込む想いを只々言葉に紡いでいく。

「そんな子どもたちをお前は殺そうとしている、救えるはずなんだ!」

 赤のアーチャーの持つ弓が黒く染まっていく。

闇天の弓(タウロポロス)!」

 天へと放たれた矢はまるで黒い雲のように広がり、そのまま驟雨となってルーラー目掛けて降り注ぐ。ルーラーも流石に逃げ切れず、数本の矢を腕や背中に受けてしまいそのまま地べたを転がる。

「これほどとは……」

「まだ死なないのか」

 その言葉は最早狂気で溢れていた。

「私はお前を殺して願いを叶える」

 再び弓から数本の矢が放たれる。だがそれはルーラーではなく、赤のアーチャー自身に向けて降り注ぐ。それは周囲を破壊するものではなく、赤のアーチャーに取り込まれる形で消滅する。

「何を……!?」

「燃ゆる影、裏月の矢」

 先ほどとはまるで比べ物にならない速度で赤のアーチャーは周囲を移動する。

「我が憎悪を受け入れろ」

「一体どこに……」

 柱と柱の間を高速で移動する赤のアーチャーを部屋の暗さもありルーラーは見失ってしまう。

闇天(タウロポロス・スキア)

 声の方に急いで視線を向ければそこには禍々しい憎悪を纏った赤のアーチャーがこちらを見つめていた。ルーラーは本能的に危険だと思ったのか、すぐに旗の真名を…解放した。

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!」

 それを突っ切るかのように、弾丸のように赤のアーチャーはルーラーは目掛けて突っ込んでくる。

蝕射(セルモクラスィア)!!」

 それを一言で表すのであれば破壊。それ以外で表現できないほどの一撃がルーラーを包み込む。

「く、ぐぁ……!」

 ルーラーの結界宝具、我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)。あらゆる攻撃に対しての守りとなる宝具であるがそれにも限界がある。防いだ代償として旗は損傷していき、限界まで防ぎ切ると使用できなくなるというものだ。今回の聖杯大戦において彼女は何度もこの宝具を使用していた。そして遂にその限界に達したのか、赤のアーチャーの宝具を防ぎきれずに吹き飛ばされてしまう。

「……赤のアーチャー、貴女の全ての子供達を救うという願いそのものに間違いはありません。ですがそのためにあらゆる悪を許容し、執行するという行いは決して許されるものではありません」

 赤のアーチャーはすかさず矢を放つ。だが既にその頃にはルーラーは赤のアーチャーの背後に回っており、そのまま旗で殴りつける。そして倒れ込む赤のアーチャーの翼目掛けて旗を一突きする。だが、それすらも痛みを感じていないのか赤のアーチャーはルーラーを殴り飛ばす。そして自らの翼を掴み、そのまま引き千切る。宝具によって自分の肉体を変化させて生み出した翼といえどそれは彼女の肉体に等しいものだ。それを彼女は躊躇いもなく引き千切る。そして赤のアーチャーの背中から更に血が流れ出す。ルーラーはそれをただ驚きのあまりに見つめることしか出来なかった。

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

 ルーラーはすぐに地面に突き刺さる旗を抜けば、赤のアーチャーに向き直る。

「まだこんな力が……」

闇天の弓(タウロポロス)!!」

 再び空が暗闇の黒に染まり、それが驟雨の矢となって降り注ぐ。

「く……」

 既に旗は使えない。ルーラーは歯を噛み締める。

宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)!!」

 降り注ぐ矢は、蒼き稲妻の一閃により、その全てがかき消されてしまう。

「すまねぇなルーラー、この場は俺に預けてくれ」

 赤のライダー、アキレウス。先程まで戦車で宙を飛んでいたというのに、赤のアーチャーの姿を追ってきたのだろうか。

「待って下さい、彼女をあのままには……」

「わかってる。こっからは俺と姐さんの問題だ」

「ですが、彼女は――」

「頼む、行ってくれ。ケリは俺がつける」

 アキレウスはルーラーの前に立つ。その背中をルーラーは見つめる。

「わかりました」

 そう告げ、ルーラーは背を向けて走り出す。

「待て!!」

 それを追うように赤のアーチャーも走り出すが、それにアキレウスは立ち塞がる。

「行かせねえぜ、姐さん」




ずっと書きたいところだったのでスピード投稿してしまいました。
一日に2話更新なんて初めてですけどそれくらい書きたかったところなんです。

黒のアサシンが死んでいない状態でどうやって赤のアーチャーがルーラーに憎悪を向けるのかずっと考えていたのですが、死地へと赴かせていること。そしてルーラーがアサシンを子供ではなくサーヴァントとしてしか見ていないこと。ここが憎悪を抱く原因に出来ないかなと思いました。
それからここを書くまでにFGOでアタランテオルタさんが出てきてしまい、更に闇天蝕射とかいう新しい宝具をぶら下げてきたので使わせてみました。完全に自己解釈になりますがもしかしてバサランテさんとして召喚されないとこの宝具は使えないのかなとかも思いましたけどそれでも使わせてしまいました。さて、次回ですね。ホントいうとここと次回のところを書きたいがためにこの作品を書き出したようなものなので、張り切っていきたいと思います。


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16話 其々の想い

「そこを退けぇ!!」

 立ちふさがるアキレウスに赤のアーチャーは怒声を浴びせる。しかしアキレウスが道を開くことはなかった。

「いいや退かねぇ。魔性に堕ちたものを討つのは英雄の役割だ」

 アキレウスは赤のアーチャーに視線を向ける。前に会った時とはまるで別人だ。宝具神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)を使用して魔人へと変質しているからではない。赤のアーチャーの人柄そのものが変質しているようにも見えた。

「ルーラーを殺して、そして子どもたちを……」

「姐さん、あんたは道を踏み外しちまった。あんたはどっかで進まずに戻るべきだったんだ」

 先程の宝具の発動の際に投擲した槍、アキレウスの持つ呪われた槍がアキレウスの手元に戻ってくる。かつてアマゾネスの女王を討った際に呪いをかけられた、槍。

『その槍はいつか、お前が愛しく思った誰かを穿つ』

 全く、呪いってのは本当にあるんだね。アキレウスは単純にそう思った。何故ならこれから彼は、愛しく思った誰か(アタランテ)を討たねばならないのだから。

「邪魔をするというのなら……!!」

 魔人が弓を構える。その姿にはかつての仲間であったという躊躇いすらない。

「俺はいつもそうだ、大事だとわかっていることをおざなりにしちまう。後悔ばかりだ」

 でも、今度は。

「悪いな、姐さん」

「消えろぉぉぉぉおおお!!!」

 魔人の叫びとともに、番えられた矢がアキレウス向けて放たれた。

 

 

 

 

 獅子劫界離と赤のセイバーはユグドミレニアや岸波達とは別のルートから突入していた。彼らとは別ルートで入手した戦闘機を使って、ユグドミレニア達との交戦中にどさくさに紛れて突入していたのだ。

「お前が本当に騎乗スキルを持ってるのか疑いたくなっちまったぞ」

 獅子劫はこれまでにもセイバーに乗り物を運転させたことがあった。が、ろくな目に合わなかった。車は運転するだけで大破、今回に限っては戦闘機で突貫する始末だ。途中で抜け出していなければ獅子劫自身も鉄くずの一部となっていたろうに。

「持ってるに決まってんだろ、円卓の騎士舐めんな」

 獅子劫は小さくため息をつく。

「にしても黒のアーチャーの奴、呆気なかったな」

 黒のアーチャーが黒棺を破壊するところを赤のセイバーも見ていた。彼が成し得たからこそ、今こうして空中庭園へと突入できている。だがセイバーは黒のアーチャーと一度やり合っている。そう簡単にくたばるはずがないと思っていたからこそ、最初に離脱したことにあ驚きを隠せずにいた。

「だがお前の心配は黒のアーチャーではなく、自分自身だと思うぞ」

 それは明確な殺気だった。開いた扉の先に立ち塞がるように立ち尽くしていたのは、赤のランサー。施しの英雄、カルナだった。

「……マスター、部屋を3つくらい戻って待機してろ」

「おい」

「何かあれば連絡するから――よ!」

 そう言って私服姿だったセイバーはいつもの白銀の甲冑姿へと戻ればそのまま獅子劫を入ってきた扉の方まで蹴り飛ばす。

「前回ぶりだなランサー」

「ああ、貴様と刃を交えてからずっと思っていた」

 赤のランサーはその手に持つ槍に全神経を集中させる。

「この槍で貴様を貫きたいと」

「ほざけ、槍兵風情が!」

 セイバーが踏み込んだ。ランサーもその一撃に対して槍で防ぐも勢いまでは殺せなかったようで、そのまま後ろの壁へと吹き飛んでいく。

「へ、大したことねえな」

「ふむ」

「な……!?」

 セイバーが驚くのも無理がなかった。ただの一撃、であるにしてもランサーは無傷。当然だ。日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)、彼の持つ黄金の鎧は神々でさえ破壊するのが困難とされる絶対防御の宝具だ。こんなことで傷を負うようなことはありえないのだ。

「……セイバー、今の貴様は何と戦っている」

「は?お前に決まってんだろ!!」

 ランサーの問いに答えるようにセイバーは赤雷を穿つ。が、それすらもランサーに届くことはなかった。

「……今の貴様からは戦士としての気迫を感じられない。戦う勝ちを見出だせない」

「なっ!?」

 その言葉を聞きセイバーは怒り狂ったようにランサーに突撃する。

「っざっけんな、俺が手を抜いてるって言いてえのか!?」

「そうは言ってない、が。貴様の剣からは、貴様の願いが、欲望が、想いが伝わってこない」

「願い、だと?」

「今のお前はまるで、俺ではなく別の遠い存在と戦っているようだ。であるなら、俺が本気を出すまででもない」

 ランサーはセイバーを軽くあしらうように吹き飛ばせば、そのまま跳躍し宙を舞う。

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!!」

 投擲された槍はそのままセイバーを空中庭園の地下深くへと、貫いていく。セイバーも間一髪でその攻撃を受け止めるも鎧は砕け、爆風のダメージで最早動ける状態ではなかった。

「チェックメイトだ、赤のセイバー」

「……か、は」

 血を吐き出しながらセイバーは体に力を入れる。だが立ち上がることは叶わずそのまま倒れ伏せる。

 俺の願い、俺の望み。俺の望みは一体なんだっけ。

 瓦礫の下で赤のセイバー、モードレッドはふとそんなことを思った。

 

 

 

 

 選定の剣を抜き王になる。それが彼女の望みだった。

「でも俺にはその先がわからねぇ」

 彼女は王にならねばならない、ずっとそう思って戦ってきた。だが何故王になりたいのか、何故王になろうとしたのか。王になって何をしたかったのか、それがわからなかった。

「おや、抜かないのかい?」

 唐突な言葉にモードレッドは驚きながらも振り返る。そこには一人の男性と、一本の剣が刺さっていた。見間違えるハズもない。彼女がずっと夢見て戦ってきた、選定の剣だ。これは夢なんだ。そう思って何気なく選定の剣を抜こうと手に取る。が、モードレッドは抜くことに抵抗を覚えてしまった。手も震え、ずっと抜きたかったものが目の前にあるのにもかかわらず、それを抜く勇気が、なかった。

「それを手に取る前にきちんと考えた方がいい」

 男性の言葉とともに一人の小柄な少年がモードレッドの前に現れる。

「え……」

 選定の剣よりも見間違えるハズがない。自らを殺し、殺した父の姿を。

「駄目だ……!」

 モードレッドは叫んだ。

「貴方がその剣を手にすれば、最悪の結末を迎えることになる」

「それを手にしたら最後、君は人間ではなくなるよ」

 モードレッドと男性、二人の言葉を聞いても彼は歩みを止めることはなく、そしてモードレッドの隣に立つ。

「多くの人が笑っていました」

 少年はモードレッドにそう告げた。いや、それは男性に向けた言葉だったのかもしれない。

「間違いではないと思います」

 そうか、そうだったんだ。

 モードレッドはその彼の姿を見て全て納得した。

「貴方は王になって人々を守ろうとしたのではなく、人々を守りたいから王になったのか」

 だとすれば最初から何もかも食い違っていた。父は王になりたいからなったのではなかった。この最低な男に先の未来を視せられて、恐怖を抱きながらも彼は王になったのだ。人々を守りたい一心で。

「さぁ」

 最低な男が、最低な魔術師がこちらに言葉を零す。

「君はどうする?」

 

 

 

 

「そうか、簡単なことだった」

 赤雷が瓦礫の山を吹き飛ばし、フラフラになりながらもセイバーは剣を地面に突き刺しながら立ち上がる。

「……」

 ランサーは無言で、殺気を収めないままそれを見つめる。

「俺の望みは王になることじゃなかった。俺は父上の孤独を癒やしたかっただけだ」

 泣くことも笑うことも許されない。だが自分が王になれば彼が苦しまなくて済むと、そう思い込んでいたのだ。

「俺はあの人の捨ててしまったものを拾ってさえいれば、それでよかったんだよ。だから俺の願いは、唯一つだ」

 マスター、聞こえるか。

『ようやく連絡か、今どうなってる』

 マスター、俺は勝ちたい。この槍兵に、何が何でも勝ちたいんだ。

『勝つ?聖杯を取るんじゃなくてか?』

 ああ、聖杯なんて今はどうでもいい、こいつに勝ちたい。

『わかった』

 セイバーの傷が徐々に塞がっていく。マスターである獅子劫が魔力を送り込んで治癒しているのだろう。ある程度の治癒が終われば再度、赤のセイバーは剣を構えながら立ち上がる。

「待たせたな、ランサー」

「再度問う、お前は何と戦う。お前の望みはなんだ」

「俺の願いはランサー、てめえの首だ!!」

 魔力放出、セイバーのスキルによって放たれる赤雷が周辺の瓦礫をすべて消し炭に変えていく。

「なるほど、今の貴様なら本気を出せそうだ。行くぞ」

「来い!!」

 セイバーの持つ剣が邪剣へと変質する。だがそれはもう父への憎悪によるものではなく、ただ今まで自分の犯してきた過ちへのものである。

 ランサーの視線がそのまま魔力となり、一閃する。レーザー光線のように放たれたそれは、一面を爆風で包み込む。だが魔力放出でその爆風をもろともしないようにセイバーは立ち尽くす。

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

「む……!?」

 不意に撃たれた宝具によって、ランサーも平静さを失う。

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!!」

 二つの宝具がぶつかり合い、その部屋は既に部屋としての機能を失いつつあった。

「これでは決め手に欠けるのか……――」

 その時だった、先程宝具を放ったばかりのセイバーから再び宝具が放たれる。

「宝具の連続使用、令呪のサポートか」

 本来なら大聖杯に接続でもしていない限り、供給される魔力の量的に宝具の連射は不可能だ。だが令呪を以てすればそれも可能だ。令呪は言うならば魔力の塊のようなものなのだから。

「見事だ、今の貴様からは願いを叶えんとする戦士としての気迫を感じられる。どうやら今の俺では不足らしい」

 彼の纏う黄金の鎧が一つ一つ、蒸発するように溶けていく。

「故に、俺にはお前を倒すために絶対破壊の一撃が必要だ」

 鎧が全て砕け散り、代わりに雷光の槍が顕現した。それは神々しく、彼の言う絶対破壊、そのものが具現化したようだった。

「赤のセイバー、貴様の真名を今一度問いたい」

「円卓の騎士、モードレッド」

 セイバーの名を聞き、ランサーは小さく微笑む。

「では我が第二の生における、我が最大の好敵手モードレッドに、最高の敬意を評し、この一撃を贈ろう」

 それは反則なんて言葉で済むものではなかった。まさにそれは神殺しの槍、そのものなのだから。だがモードレッドに恐れはなかった。彼女はただランサーが自分に全力をぶつけてくれるということが嬉しくてたまらなかった。

「でも俺だって負けれねえんだよ」

 どう考えてもこの戦いに挑めば死ぬ。そんな事はわかっていても、負けるわけにはいかないのだ。何故なら彼女は、サーヴァントなのだから。

「神々の王の慈悲を知れ」

「我は王に非ず、その後ろを歩む者」

「インドラよ、刮目しろ」

「彼の王の安らぎの為に」

「絶滅とは是、この一刺」

「あらゆる敵を駆逐する」

 二つの宝具が、至高の光を以て対峙する。

「灼き尽くせ――日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!!」

「撃ち落とせ――我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

 

 

 もういいんだ。誰よりも、俺が納得した。

 そうか、ならいい。

 

 

 対神宝具と対軍宝具がぶつかり合う中、彼と彼女はそんな、何気ない会話で幕を閉じようとしていた。




セミ様戦とカルナ戦繋げただけのくそシナリオにしてしまった!!!
ただ、モーさんの宝具のセリフを変更後のもの使ってみました。
カルナさんもモーション変更来てほしかったですねぇ。

それは置いといて、いつも評価感想等感謝しております。
これからも頂けたら励みになりますので、お願いいたします!


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17話 選んだ道

お久しぶりです。
もう少しで終わります。
いろいろ考えてます。いろいろ。


「灼き尽くせ――日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!!」

「撃ち落とせ――我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

 

 対神宝具と対軍宝具がぶつかり合い、その余波がありとあらゆるものを破壊し尽くす。それはセイバー自身も例外ではなく、肉体が軋んでいるのが分かった。

「く、そったれ……がぁ!!」

 負ける。最初から勝てるなんて思っていなかったが、このままだと本当に負けてしまう。それはつまり、全てを失うことになる。マスターも、勝利も、聖杯も、仲間(あいつら)も。

「はは……」

 セイバーは気付いてしまった。自分でも気付かないうちに敵であり、気に食わなかったユグドミレニアやルーラーや、ライダー達を仲間だと思っていたことに。

「だったら、負けれねぇよな……」

 押し返す。無理なのだとわかっていてもセイバーは諦めることが出来なかった。

「セイバー!!」

「なっ――」

 それは驚きの何でもなかった。今現在この部屋はランサーの宝具とセイバーの宝具がぶつかり合う最中。部屋のあちこちがその余波で崩れ落ちているというのに、その部屋に生身の人間であるセイバーのマスター、獅子劫界離が姿を現したのだから。

「二画の令呪を以って命じる。今こそ王になれ、セイバー!!」

 令呪ブースト。全ての令呪を以ってセイバーの宝具がなんとかランサーの宝具を押し返しだす。しかしそれまでだった。それ以上は動かない。少し、押し返すことは出来た。少しでも時間を稼ぐことが出来た。だが押し返し、勝利するまでには至ることはなかった。

「これでも駄目なのかよ……――」

「やらせるもんかぁ!!」

 燃え盛る空間の中に一人の英霊が姿を現した。それは予想外で、予測外で、予定外の出来事で、黒のライダー、アストルフォが持つそれは彼の宝具ではなかった。

「お前、何を……!?」

 

 

 

 

「ライダー」

「なんだい、ライダー」

 空港で彼の宝具であるこの世ならざる幻馬(ヒポグリフ)に跨るライダーの前にアキレウスが現れた。

「これを持っていけ」

 そう言ってアキレウスは円状の物体をライダーに投げ渡す。ライダーは慌ててそれを受け取る。

「ん……待ってこれ、宝具じゃないか!?」

「ああ、今回盾の役割を担うのはお前だ。俺にはそいつは必要ねえ」

「でも……」

 宝具を渡すということは、その英霊の人生を受け取るのと同義。背中を合わせた彼の王ならまだしも、全くゆかりのないギリシャの英雄であるアキレウスの宝具を受け取るなんて彼には出来なかった。

「それで、俺の代わりに誰かを救ってくれ。そいつは真名を発動させればお前でも使えるからよ」

 その真名は――

 

 

 

 

蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)!!」

 真名を解放したと同時に、そこに生み出されたのは世界そのものだった。ライダーの目には彼の生き様、彼の生きた世界そのものが映し出された。その世界はランサーの宝具を包み込み、それを完全に阻んだ。神をも殺す赤のランサーの槍は彼の宝具によって生み出された世界そのものは殺すことは出来ず、そのまま崩れ去っていった。

「……あれは、一つの世界か?」

 自らの宝具を完全に防ぎきられたことに呆然としていたランサーに、一つの剣撃が浴びせられた。セイバーの宝具でもある燦然と輝く王剣(クラレント)だ。それは不意の投擲によるもので、その投擲はランサーの持っていた槍を弾き飛ばす。

「殺った……!!」

「甘い……!!」

 これが最後の勝負だった。投擲され地面に突き刺さった剣と槍。同じ箇所に刺さった二つの宝具に二人は手を伸ばす。先に手にしたほうが勝ち。の、はずだった。

「な……!?」

 セイバーはまだ剣を手にしていない。にも関わらず、ランサーはセイバーによってその胸に剣を突き立てられたのだ。

「……成る程、一歩及ばなかったか」

 それはアストルフォの持っていた剣だ。彼が今の今まで抜くことがなかった剣をセイバーは投擲の際にライダーから奪い取っていたのだ。

「……これは俺の勝ちじゃねぇ。俺だけなら確実に負けていた」

「これは聖杯大戦だ、サーヴァント同士が協力するのは当然だろう」

 彼の言っていることは正しい。だが彼はモードレッドをセイバーとしてでも反逆の騎士としてでもなく、モードレッドとして戦ってくれた。であるなら一対一で挑みたかった。というのが彼女の本音でもあった。

「ありがとう、カルナ」

 ランサーは満足そうな笑みを浮かべながら崩れ落ち、その肉体は消滅へと近づいていく。

「俺は何もしていない」

「いや」

 カルナがいなければモードレッドは自分の本当の願いに気付くことが出来なかった。自分が王になるのではなく、父の孤独を癒やしたかっただけなのだと。

「さらばだ、モードレッド」

 セイバーの言葉を聞き、遂にはカルナの肉体は消滅した。彼は最後まで、サーヴァントとして有り続けたのだ。

「おい、獅子劫!」

 セイバーとライダーが振り向けば、全身に火傷を負いながら横たわっていた獅子劫に寄り添うように声を上げるカウレスがいた。二人はカウレス達の元へと駆け寄る。

「……駄目か」

「あぁ……」

 獅子劫は聞こえるのか聞こえないのかわからないような声で答える。

「でもお前には先がある。ユグドミレニア、あの嬢ちゃんと契約して――」

「俺はここが終点で構わねぇ」

 そう言いながらセイバーは獅子劫の隣に座り込む。

「何いってんのさ!最優であるセイバーの君を失うわけにはいかないだろ!?」

「俺もそう思う。セイバー、姉ちゃんと契約して……」

「断る」

「なんでさ、君だって叶えたい願いがあるだろ!?」

「もういいんだ」

 小さく溜め息を付きながらセイバーは笑みを浮かべながらライダーとカウレスに視線を傾ける。

「この解釈が間違っていたって構わない。誰よりも俺が納得した」

 だから、もういい。

「……行こうマスター」

 ほんのりと涙を浮かべながらもライダーはセイバーに背を向ける。

「モードレッド、円卓の騎士。そのあり方に敬意を表するよ」

 そう言ってライダーは走って部屋を出ていく。カウレスも無言でそれを追いかけていき、その場にはセイバーと虫の息である獅子劫が残った。

「やっと静かになったな」

「そんな性分だな」

「死にに来たあんたには負けるよ」

 死にに来た、そうだ。宝具同士がぶつかり合い倒壊していく部屋にわざわざ入ってきたのはセイバーに最大まで魔力を送るためだ。サーヴァントとマスターの距離が近ければ近いほど魔力を多く供給することが出来る。だからといって宝具同士のぶつかる部屋にまで入ってくるのは死にに来ているようなものだ。人間がそんなところを耐えれるわけがない。案の定、全身に火傷を負い、もはや生きているのが不思議な状態だ。

「どうだ俺、いいサーヴァントだっただろ?」

「ああ。ここまで来れたのはお前がサーヴァントだったからだよ」

 少しの沈黙が続く。

「マスター、俺は自分が見えていなかった。父上は空に輝く星を手にするために王になったんじゃない、道端に転がる石ころを慈しむために王になったんだ。だから、選定の剣なんて夢はもう見ない、必要ないんだ」

「そうか、いい王になれたのにな」

 獅子劫の言葉にセイバーは苦笑する。

「なぁマスター、それくれよ」

「あ……?」

 そう言って獅子劫は最期に吸っていた煙草に目を向ける。

「仕方ねえな」

「へへ、悪いな」

 そう言って獅子劫の懐から煙草を取り出し、一本咥える。

「……うぇ、なんだよこれ」

「セイバー、楽しかった……か?」

 力を失ったような声で獅子劫が問いを投げかける。

「……」

 これまでの戦い、これまでマスターである獅子劫界離と共に過ごした日々はモードレッドにとってかけがえのないものであることは間違いなかった。

「ああ、楽しかったぜ」

 その言葉を聞けたのか、わからなかったが獅子劫は意識を失ったかのように崩れ落ちた。

「……」

 父上の最期もきっと。

 

 

 

 

「消えろぉ!!」

 アーチャーの放った矢は無数に拡散し、そのままアキレウスに向かって降り注ぐ。

「……っ!!」

 だが最速の英霊であるアキレウスにとってその程度の攻撃、止まって見えていた。直ぐ様アーチャーの背後に回れば持っていた槍を振るう。その一撃に反応するようにアーチャーも弓で防ぐ。一撃、二撃、三撃と何度もアキレウスの槍とアーチャーの弓が衝突する。

「うぅぁああ!!!」

 再び放たれた無数の矢にアキレウスは恐れを知らないかのように、突っ込んでいく。

「アタランテぇぇぇぇええええ!!!」

 正に神速。一瞬で距離を詰めたアキレウスの槍は、アーチャーの腹部に刺さりそのまま地面を抉るように衝撃を起こす。

「……」

 ピクリとも動かないアーチャーの腹部から槍を抜けば、その右肩に宿るカリュドーンの毛皮をアーチャーから引き千切る。するとアーチャーの姿は元の姿へと戻っていき、狂気にまみれた様子は既になくなっていた。

「……ライダー、私はどうすればよかったんだ?」

 目を覚まし、我に戻ったアーチャーが言葉を漏らす。

「わかっていたさ、こんなことであの娘達を救うことなんて出来やしないってことくらい」

 涙を流すアーチャーをアキレウスが無言で抱き寄せる。

「でも、どうすればよかったんだ。もしルーラーの言うようにあの娘達を切り捨てる決断が正しく、守ろうとしたことが間違いだったというのなら……この世界は――」

 呪われている。

 彼女にとってそれは呪い以外の何物でもなかった。

 救いたいものも救えず、それを間違いだと言われ、道に迷ってしまった彼女の嘆きだった。

「それでも」

 アキレウスは堪らず言葉を漏らした。

「それでも俺はアンタが堕ちていくのを止めたかったんだ」

 それはアーチャーの意思を無視したただの我欲だ。だがその言葉を聞いてアーチャーは寂しそうにアキレウスの頬に触れる。

「愚か者だな、ライダー。私はそれでよかったのだ、墜落(おち)てしまえば、翼を広げて飛ぶこともなかったのに」

 堕ちるところまで堕ちてしまえば、夢に向かって飛ぶこともなかったのだ。

「それでもだ」

 アーチャーの姿が消えていくなか、ライダーはその姿を目に焼き付ける。

「馬鹿だな、お前は」

 手に平から零れ落ちるように、赤のアーチャー『アタランテ』は消えた。アキレウスはしばらくしてから立ち上がり、マスターである岸波白野のいる方へと歩きだす。

「姐さん、アンタとアンタの夢は美しかった」

 何より、報われないと知りながらそれでも尚挑み続けるアンタ自身が。



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18話 開演

 黒のアサシンは空中庭園の通路をひたすらに歩いていた。何も攻撃もなく、何の防衛機能も働いていない。妙だと感じながらも黒のアサシンは目の前にある大きな扉の前に立つ。

「……嫌な気配がする」

 言葉を漏らしながら黒のアサシンは扉を開く。

「ようこそ、黒のアサシンジャック・ザ・リッパー」

 扉を開くとそこは玉座のような場所だ広がっていた。そしてその玉座に座っていたのは、赤のアサシンセミラミス。

「……っ」

「まぁ待て、少し余興を楽しもうではないか」

 セミラミスが指を鳴らせば、扉は締まり、周囲から霧のようなものが室内を充満する。

「何……?」

 黒のアサシンが思考を回転させたときだった、全身に激痛が走り、口から大量の血が吹き出る。

「な、毒……?」

「そうだ」

 セミラミスは笑みを零す。

「く、解体するよ……」

「無理だ」

 セミラミスの周囲に展開された魔法陣から鎖のようなものが黒のアサシン向けて放たれる。

「な……っ!?」

「同じアサシン同士、仲良くしようではないか」

 鎖は黒のアサシンに絡みつき、そのまま壁に叩きつけるように動き出す。

「痛いか、そうだろう?」

「ぐっ……」

 額から血を流しながら黒のアサシンは鎖を切ろうとナイフを腰から抜く。

「少し羽虫の気分を味わってみてはどうだ?」

「くっ、嫌っ」

 ナイフで鎖を切り落とせば、床を転がりながら体勢を立て直す。

「面倒くさい……!」

 黒のアサシンはセミラミス向けて大きく飛ぶ。

解体(マリア・ザ)――」

「みずの、おう」

 毒とはいえ霧が出ており、現在は夜。そしてセミラミスは女性。全ての条件が整っている以上宝具を発動させるだけでセミラミスの霊核を破壊することが出来る。なのに黒のアサシンは宝具を発動させることすら、叶わなかった。彼女の全面に鱗のような壁が投影され、それによって道を阻まれる。それが盾でなくセミラミスが黒のアサシンとの距離を置くためにものであることに気付く。

「刻限か」

「あ……」

 痛み、痛み、痛み。黒のアサシンはそれしか感じることが出来なかった。

「我が宝具驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)は我とその周囲を毒へと転ずる。この空間は水の一滴に至るまでの全てが毒。此度は黒のアーチャーの為にヒュドラの毒を用意したがどうだ、痛いか?」

 全身に痛みを感じ毒を吹き出しながら、黒のアサシンはその場で崩れ落ちた。

「結構」

 毒が体を侵食していき、死が近づいているのがはっきりわかる。黒のアサシンは震えながらも涙を流す。

マスター(おかあさん)、痛いよ……」

「黒のアサシン、貴様は道化だな」

 セミラミスは高笑いしながら玉座に腰を下ろす。

「さぁ、お前がここで死ぬのをここで見守ってやろう」

「……ぁ」

 ここで死ぬのか。アサシンはゆっくりと瞳を閉じる。

 

 

 

 

「ジャック、一つ約束してほしいの」

 空港で飛行機に乗り込む黒のアサシンに、六導は言葉を漏らす。

「……ん?」

「えっとね、ジャック。私は貴女のマスターだけど他の人達と違って何も出来ない。魔術師じゃないから。でもね、あなたが帰ってくるのを待ってるから」

「……うん!」

「帰ってきたらまた――」

 ピアノを聞かせてあげるからね。

 

 

 

 

 他愛ない約束。たったそれだけの約束だが、アサシンにとってはとてつもなく大事な約束でもあった。

「……此よりは地獄」

 アサシンはゆっくりと立ち上がる。

「な、まだ立ち上がれると……!?」

「わたしたちは炎、雨、力」

 驚くセミラミスは直ぐに黒のアサシンへと魔力を放つ。だが既に遅かった。“殺人”が最初に到着し、次に“死亡”が続き、最後に“理屈”が大きく遅れて訪れる。ナイフによる攻撃ではなく、呪いそのものである彼女の宝具が、セミラミスに放たれる。

解体聖母(マリア・ザ・リッパー)

「う――ぐぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」

 セミラミスから大量の血が吹き出す。すぐにその場から離れたのか、その血を浴びながら黒のアサシンが倒れその場には黒のアサシンしかおらず静かな空間となった。

「……マスター(おかあさん)

 きっと六導玲霞は空港で黒のアサシンの無事を願いながら待っているのだろう。なら必ず帰らなければ、と黒のアサシンはそんな事を頭に浮かべる。

「……また、ピアノ、聞きたいよ」

 

 

 

 

「失態だな、アサシン」

 大聖杯を前に息を荒げながら落ち着かせていたセミラミスの前に、黒のセイバーが小さく笑みを浮かべながら実体化する。

「セイバー……」

「向こうのアーチャーとセイバーの消失を確認した。対してこちらもランサーとアーチャーを失った」

「……黒のアサシンは」

 とてつもない形相でセミラミスは黒のセイバーを睨みつける。

「……霊基が弱まっているのは確認できる。しかし消失する気配はなさそうだな」

「ちっ」

 セミラミスは黒のアサシンから受けた腹部の傷口を押さえながら悪態をつく。本来ならばセミラミスは黒のアサシンの宝具を受けて消滅するはずだった。だが彼女自身がある程度の呪いに対しての耐性を持っていたため消滅は免れた。とはいえ負った傷はでかい。恐らくは長くは保たないだろう。

「……だがあちらは残りのサーヴァントで厄介なのは赤のライダー、アキレウスのみ。であるならば私がそれを討てば、我々の勝利は揺るがないな」

「油断するなセイバー、貴様の宝具は強力とはいえ撃てる回数は……」

「わかっているさ」

 黒のセイバー、スウァフルラーメ。北欧神話に登場する主神、オーディンの血を引く王。彼女自身の逸話は少ないが彼女の持つ魔剣は群を抜いて有名だ。ティルヴィング、呪われし黄金の魔剣。セイバーが二人のドワーフに作らせた鉄を布のように切り裂き、狙った相手は外さないという力を持つ魔剣。しかしこの剣には呪いがかけられており、所有者が三度願いを叶えると死ぬ。その逸話が宝具となっているため、彼女はこの宝具を一度の限界において三度までしか真名を発動することが出来ない。それは疎か、三度目の真名解放で何が起きるのかもわからないのだ。

「だが呪いなど、私は認めない……」

 

 

 

 

「ルーラー!」

「白野さん……?」

 ルーラーの背を視界に捉えた岸波は大きな声を張り上げる。

「赤のアーチャーは、アタランテはどうなりました?」

「わからない、アキレウス――ライダーに任せてきたから」

 というよりは、恐らくあの戦いはマスターである岸波ですら見届けることに抵抗を覚えた。アキレウスと彼女を、二人きりにしてやりたかったという想いがあったのだ。

「……この先に負傷したこちら側のアサシンの気配があります」

「黒のアサシンの?赤のアサシン、セミラミスは?」

「わかりません。ですが、この感じだとアサシンは既に……」

 ルーラーの様子を見て岸波は表情を曇らせる。

「とにかく急ごう」

 岸波はルーラーと共に黒のアサシンのいるである部屋まで走る。そこにはあちこちが崩壊した玉座と横たわったアサシンの姿があった。

「……アサシン」

 目を覚ますことはなかった。死んではいない、しかしまだこうして現界しているのが奇跡なほどに、霊基そのものは損傷している。

「……セミラミスの宝具ですね」

 最古の毒殺者、セミラミス。ごくの宝具を持っていても不思議ではない。

「……アサシン」

「……行きましょう白野さん。きっとこの先に大聖杯があります」

「……」

 そのまま奥の部屋へと駆けていくルーラーに対し岸波は携帯を取り出す。

「はい、もう限界かと。……わかりました」

 いつくかの言葉を漏らせば岸波は携帯をアサシンの横に置き、ルーラーの元へと駆け寄る。

「行こう、ルーラー。ここからは彼女達の時間だよ」

 その言葉を聞けばルーラーは小さく微笑みながら奥へと走り抜けていき、岸波もそれに着いていく。

「……ジャック?」

「……」

「よく、頑張ったわね」

 携帯越しに六導の声がその空間に響き渡る。

「ご褒美を、あげなくっちゃね」

 六導の言葉に対してアサシンは何も返さない。毒のせいで聞こえていないのか、言葉を返すことすらままならないのか。それでも六導は声を震わせながらも問いかけるのをやめはしなかった。

「ハンバーグが好きだったわね。食べ終わったら一緒にお風呂に入って、それからピアノも聞かせてあげましょう」

 涙が止まらない。それでも六導は声を絞り上げる。

「あとは、そう……お友達がいっぱいできたから。だから――」

 その言葉を最後まで口にする前に六導の腕に刻まれた令呪が消失するのを見てしまう。令呪の消失はつまり、黒のアサシンの消失を意味する。

「……あ」

 何もできなかった。そんな感情が六導玲霞を包み込む。

「ジャック……」

 

 

 

 

「……これが大聖杯?」

「はい」

 大きな地下の空間に置かれた異質な存在。これが大聖杯であることは岸波でもすぐに理解できた。

「いや、はっはっは」

 二人の思考を掻き消すように、愉快な笑い声がこだまする。

「……キャスター、シェイクスピア」

「如何にも」

 二人の前に現れた男性はそう答えた。

「我輩の名前はウィリアム・シェイクスピア、しがない一流作家でございます」

「降伏をおすすめします、貴方では私には勝てない」

 ルーラーが端的に述べる。

「いいえ滅相もない」

 赤のキャスターの手に一冊の本が握られる。

「お楽しみはこれからだ!さぁ開幕だ。席に座れ、煙草はやめろ。写真撮影お断り、世界はすべて我が舞台」

 ルーラーと岸波の視界が、真っ黒に染まっていく。

「我が宝具の題名は開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)!開演!」

 再び目を開いたとき、岸波の目の前に広がっていたのはルーラーや赤のキャスターのいた大聖杯の部屋ではなく、赤い玉座に座る自分とそこに寄り添うようにその場にいた赤いセイバーの姿だった。




ぐだぐだしましたが、ようやく岸波白野の出番です。
さてさてアポクリファの作品も大詰めを迎えようとしているのですが、実は新作考えています。そちらの方はゆっくりと軸を練っていきますので、新作の方を楽しみにしつつこちらの方も楽しみにして頂けたらなと思います。


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19話 彼方へと

ぶっちゃけると多分21話が最終回になります。


「ここは……?」

 岸波が目を開くと、そこには一人の少女がこちらを見つめながら微笑んでいた。

「起きたか、奏者?」

「……奏者?」

 聞き覚えのある響きだ。それにとても懐かしい匂いがする。

「全く、そんなに寝心地よかったのか?まぁ当然であるな、何せローマ製なのだから!」

 と、赤い服を纏った少女はふんぞり返る。

「……あ」

 そうだ、思い出した。私が何者なのか。

 岸波白野。万能の願望気であるムーンセル・オートマトンを巡って戦う月の聖杯戦争に参加したマスターの一人。かつて月の聖杯戦争に挑み岸波白野は幾多の死闘を繰り広げ、そして勝ち抜きこの霊子虚構世界SE,RA,PH,(セラフ)の王となったのだ。そんな中アルテラと呼ばれるサーヴァントを巡って戦ったり、シャルルマーニュと呼ばれたサーヴァントが自身と向き合う戦いに巻き込まれたりと色々あった。だがそれでも最後にはSE,RA,PH,には平和が訪れていた。そんな世界で私は生きていた、マスターだったのだ。でも、ならなぜ私は七年もの間、魔術師として生きてきたのだろう。

「奏者、どうしていなくなってしまったのだ?」

「え……?」

 赤いセイバー。自らと共に数多の戦場を駆けてきた自身のサーヴァントの様子が急変する。

「奏者は逃げたのだ。余や、アルテラや、キャスターを置いてな」

「私が逃げた……?」

 赤いセイバーの指す方向に視線を向けると、そこには赤いセイバーに突き飛ばされるように大型の機械に入っていくのが見えた。

「SE,RA,PH,に突如現れた何かが我らのローマを襲撃した。そして奏者は我らを置いてこの世界に逃げ込んだのだ」

「違う……私は逃げたわけじゃない!」

 そうだ、逃げたんじゃない。私は皆を助けたかったんだ。だから、セイバーと一緒に戦おうとしたんだ。

「いや、逃げた。でなければ奏者だけこの世界にいるのはおかしいであろう?」

「私が、逃げた……」

「そう、貴女は逃げたのです!」

 岸波と赤いセイバーの前に現れたのは、赤のキャスターだった。

「違う!」

 岸波はこの光景を見てはっきりと思い出した。あの時ローマを襲撃した何者かから自分を逃がそうとムーンセル・オートマトンの力を行使し、別の世界へと移動させられたこと。そのショックで記憶を閉ざしてしまっていたこと。今もまだ、セイバー達が戦い続けていることを。

「ですが残念なことに私の宝具がベースとするのは、貴女の記憶なのですよ」

「え……?」

 岸波は呆然とする。

「つまり、自らが逃げたと思っているのは我輩ではなく貴女なのですよ」

「違う、私は逃げてなんて……」

 再び視界が真っ暗になる。目を開けば、そこには一人の少年剣士と赤いフードで顔を隠した小柄な少女の姿が見えた。

「え……」

 赤いフードの少女。顔までは見えないがそれでも覚えている。彼女こそが、SE,RA,PH,を襲撃した本人だ。そしてその隣にいる少年剣士は共に戦ったサーヴァント、シャルルマーニュ。

「シャルル――」

「テラ、ローマの八割方は制圧が完了した」

「そうか、ご苦労」

「え……?」

 岸波の体が震える。

「シャルルよ、見るがいい。この世界はもう、余のものなのだ」

「嘘だ……」

 シャルルが私達を裏切るはずがない。シャルルは何よりも曲がったことが嫌いだ。なのにSE,RA,PH,を襲撃した者たちに力を貸すなんてはずがない。

「キャスター!いい加減にして!こんな偽りの映像なんて見せて何になるの!?」

「おや、何故偽りだと思うのです?」

 キャスターは不思議そうに視線を傾ける。

「現在向こう側の世界がどうなっているのかもわからないのに何故この映像が偽物だとわかるのです?」

「それは……」

「そう、これが真実なのだから!」

「しん……じ、つ?」

 セイバーもキャスターも置いて逃げ、シャルルが裏切った世界。これが本当に現実だと、彼はそういうのか。だが、岸波は否定することが出来なかった。何故なら岸波は、何も知らないのだから。

 

 

 

 

「……ここは?」

「来たか、赤のライダー」

 アキレウスが瓦礫にまみれた部屋に足を踏み入れると、そこには彼を待ち構えていた黒のセイバーの姿があった。

「……てめえか」

「ようやく決着をつけれるな」

 彼らはトュリファスの市街で一度刃を交えている。これは二度目の戦いであり、最後の戦いとなる。

「すまないが貴様には早々に退場してもらわなければならない」

 そう言ってセイバーは大剣を構える。

「……戦士に言葉は不要だ」

 それに答えるようにアキレウスも槍を構える。

「行くぞ!」

「死ね、アキレウス!」

 全身全霊を込めた二人の一撃がぶつかり合う。その一撃の衝撃で付近の瓦礫が消し飛ぶ。

「黒のセイバー、スウァフルラーメ。北欧の主神の血を継ぐものらしいな」

「だから、どうした!」

 問いかけに答えながらも彼らは生死のやり取りをやめることはなく、その刃は交じり合う。

「俺を傷つけることが出来たのが疑問だったが、それなら納得だ」

 スウァフルラーメは神性のスキルを所有している。ならばアキレウスの宝具、勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)を貫いたことも不思議ではない。

「……憎しみよ炎となれ(アルングリム)

 セイバーは大剣を大きく振るい、アキレウスを吹き飛ばす。アキレウスは空中で体勢を整えながら着地をすればすぐに臨戦態勢に戻る。だがその間にセイバーは宝具を発動させていた。自らの鎧を刃と変える宝具に。

「散れ!」

 黒い炎が一閃する。しかし神速の足を持つアキレウスにそのような攻撃は意味をなさなかった。即座に後ろに回り込み、そのまま槍を突き立てる。

「ぐっ……!?」

 辛うじてその攻撃を受け止めるも、流石に先程の宝具で魔力を消費したからか息を荒げている。

「あんたじゃ俺には勝てないっての」

「ふざけるな……!」

 彼女の持つ魔剣が黄金に輝く。

「宝具か……?」

「本来なら天草に使うつもりだったが、仕方ない」

 セイバーの持つ黄金の剣から、斬撃が飛ぶ。

呪われた黄金の魔剣(ティルヴィング)!!」

 全てを貫き、狙った獲物を追い続ける魔剣の真名が解放される。

「くそっ……」

 つまり回避はできない。そう割り切ったアキレウスは直ぐに口笛を鳴らす。すると空間を裂いて、三頭立ての戦車が姿を現す。

「クサントス、バリウス、ペーダソス行くぞ!命懸けで突っ走れ!」

 天駆ける戦車に飛び乗り、それはまさに流星のようにセイバーの宝具に突っ込んでいく。

疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!」

 2つの対軍宝具がぶつかり合う。その様子が本当に、戦争のようだった。爆風が辺り一面を吹き飛ばせば、ゆっくりとアキレウスとセイバーが姿を現した。二人共立っているのが不思議なくらいにボロボロになっていた。アキレウスは不死の肉体を持っているというのに、神性を帯びたその宝具によって、体中から出血しており動けるのが不思議なくらいであった。

「……何故だ、何故そこまでして戦える」

「……、が……ってる」

「……?」

 黒のセイバーが警戒しながらもアキレウスの言葉に耳を傾ける。

「マスターが、待ってる」

「……そうか」

 そういうことか。黒のセイバーは思い出してしまった。彼女が、スウァフルラーメが何故力を求めたのか。何故こんな魔剣を作らせたのか。

 彼女は王だ。王は民草を守らなくてはならない。スウァフルラーメは願った、民を守れる絶対的な力を。彼女はただそれだけのために、剣を手にしたのだ。守るために、戦ったのだ。

「その結果がこれだったが……」

 だが彼は違う。私のように間違った道を進みはしないだろう。

「……長らく忘れていたよ、戦う理由を」

 力を追い求め、その理由を忘れていた。この剣の力を取り戻せばいいと思っていた。それだけ成し得ることが出来れば。

「……決着のときだ、アキレウス」

 再び黄金の魔剣が輝きだす。

「……くそったれが」

「悪いが貴様には本気の一撃を使いたくなった」

 黄金に輝く魔剣に、彼女の纏っていた黒い炎が纏わりつく。そしてそれは黒い輝きとなり魔剣を覆い尽くす。

「この宝具は大聖杯と接続して初めて使用できる特殊な宝具でな、天草から使用を禁じられていたが構わん」

 その一撃がやばいことはアキレウスも肌で感じとる。先程受けた宝具ですらこのざまなのに更にでかいのなど耐えられるわけがない。

「それでも諦めるわけにはいかねえよな……」

 そう言ってボロボロの体を動かし、その手に持つ槍の宝具を構えた。

「この宝具は私の憎しみの宝具を使って本来の黄金の魔剣の力を再現する宝具」

 しかし既にセイバーは宝具を二度も使用している。三回目は何が起きるのかわからない。それでもセイバーは宝具の発動をやめようとはしなかった。

「これが私の戦士としての礼だ!呪われし黄金の魔剣(アルングリム・ティルヴィング)!!」

 それはまさに憎しみそのもの。今までとは比べ物にならないそれがまっすぐとアキレウスに死を与えようと迫ってくる。

宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)!!」

 死に物狂いで真名を発動させたアキレウスの宝具は今にも砕け散りそうに死を物質化させたそれに向かって一閃する。

「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 アキレウスの咆哮も虚しく、彼の体を徐々に黒い炎が侵食していく。槍は燃え、彼の弱点である踵は焼き尽くされ、不死の肉体である宝具は消失する。それでも諦めずにアキレウスはそれを押し返そうとする。

「くそ、駄目なのかよ――」

「……」

 やはりこれにだけは勝てないのだな。

「なっ……!?」

 アキレウスは目の前で起きた現象が信じられなかった。本来ならこのままセイバーの宝具に押しつぶされて敗北するはずだった。だが彼女の宝具は突然ガラスが割れたように消滅し、セイバーの持つ剣から放たれた刃はまっすぐ彼女を貫いた。腹部に突き刺さった剣撃は彼女霊核を貫いており、そのままセイバーの肉体は霊子化していく。

「まさか、これが呪い……」

 信じられないと言いたげな表情でゆっくりとアキレウスはセイバーの元に足を運んだ。

「ああ、どうやら自分自身には勝てなかったらしい」

 自身の消滅を受け入れるように、セイバーは座り込む。

「……あんたわかってて宝具を使ったのか?」

「さてな。だが――」

 呪いなのだとしても、悔いはない。ようやく取り戻せた気がする、自分の願いを。今何をなすべきなのかを。

「急げよアキレウス。貴様のマスターとルーラーはこちらのキャスターが殺す。彼女らとの相性は、最悪だ」

「……っ!?」

 それを聞き、アキレウスは軋む体を必死に動かし、走り出す。

「……ふ」

 まるで、若い頃の自分を見ているようだ。そんな風に思いながらセイバーはアキレウスの背中を見送った。



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20話 聖杯戦争

「……キャスターの宝具ですか」

 ルーラーは退屈そうに言葉を吐き捨てた。ルーラーの視界に映ったのは血に染め上げられた城の中、だがそれが幻であることは彼女も理解していた。

「赤のキャスター、こんな事をしても無駄です」

「ほう、無駄ですか……?」

 その場に赤のキャスターが姿を現す。

「ではせめて、彼の言葉だけでも聞いていって下さい」

 赤のキャスターの姿が死角になって見えていなかったが、彼の後ろにいたのは紛れもなく生前にルーラーと共に戦った軍師、ジル・ド・レィだった。

「な、何故貴方が……」

 いや、これも幻だ。これこそが赤のキャスターの宝具なのだ。

「いえ、彼は偽物ではありません」

「なんですって……?」

「彼は紛れもないサーヴァント。外見だけですけどね」

 ルーラーは驚きながらもジルの方に視線を向ける。

「見てくださいジャンヌ」

 そう言ってジルは抱えていたものをルーラーに見せつけた。それは、ここまで共に戦ってくれた友、岸波白野の生首だった。

「な……やめなさいジル!」

「何故ですか?人類を愛する貴女が何故、そのようなことを言うのですか?」

「え……?」

 ルーラーは引きつったような表情を浮かべる。

「万人を愛する貴女が誰かに助けを乞うと?そんなこと許されるわけがない!ジャンヌ、貴女が本当に彼らを友と呼ぶのであれば何故死地へ追いやったのですか?」

「私……が?」

 岸波白野、六導玲霞、獅子劫界離、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。数多のマスターがこの戦いに赴いている。

「貴女はこの戦いで自らが独りであることを忘れている!万人を愛する貴女が個人に肩入れしてはいけないのです、そうでなくては聖女ではないのです!!」

「それは……」

「友と呼びながら彼らを殺したのは貴女だ!」

 

 

 

 

 最早ルーラーと岸波に戦意など存在しなかった。赤のキャスターの宝具によって心が折れてしまった二人は共に赤のキャスターを前に跪くしかなかった。

「ルーラー、貴女は所詮小娘だ。いくら聖女と振る舞っても17年の朴訥とした日々は消せはしない」

 精神状態を追い詰められたルーラーは息を荒げる。

「人としての感情を捨てた貴女が、人としての感情を持ち続けた私に勝てるわけがないでしょう!」

「私は……」

「さぁ、道化の時間はこれにて終了!」

 赤のキャスターは持っていた時計を投げ捨てる。

「それでは我らがマスター、天草四郎時貞の登場!人類救済の始まりです!」

 赤のキャスターの振り向く方向。大聖杯から全てを成し終えた一人の男が姿を現した。天草四郎時貞、本来のサーヴァントとしての姿を取り戻した彼が。

「叶ったぞ、我が願い。ここに確かに叶った、人類の勝利だ」

 突っ伏していたルーラーがゆっくりと顔を上げる。

「ジャンヌ・ダルク、第三魔法は成立しました」

「第三魔法、魂の物質化?」

「これよりこの庭園は世界各地を周り、あらゆる霊脈から魔力を吸い上げ、人類を肉体という枷から解き放ちます」

 それが天草四郎時貞の考えていた人類の救済、魂を物質化させること。

「生存としての本能は消え去り、我欲は薄れ、人は思考する精神体となる。愛や情は失わず、人はただ不死となる」

 ただそれだけのこと。それだけのことで、天草四郎時貞は本当に人類を救済できると考えている。しかしそれは一つ間違えれば災厄にもなりうる。

「問いましょう、ジャンヌ・ダルク。これを救済と言わずなんとします?人類はいずれこの領域に到達する、ただそれが早まるだけだ」

「それは――」

「目を開きなさいジャンヌ、もうお分かりでしょう」

 問いかけに割り込んだのは赤のキャスターによって召喚されたジルだった。

「世界は未だ残酷なのです。無垢な子供に救済などなく、私は貴女の主で狂乱し、悍ましい罪を犯した。けれどこれで全て償える。この奇跡によって、貴女の罪も償えるのですよ」

「償い、私が……?」

「そう、あの人間たちの命は世界が必要としたものだったのです!」

「違う!」

 ルーラーは必死に彼の振り払う。

「彼らが死んだのであれば、それは私が負うものです!世界に負わせたりはしない!」

「ほう、完全に折れてはいませんか」

 呆れたように赤のキャスターが言葉を零す。

「ジャンヌ・ダルク、私に戦意はありません」

 天草四郎がゆっくりと、聖杯から降りてくる。

「大聖杯を完全に制御し、第三魔法を成就させた今貴女は敵ではない。協力しましょう、貴女がいればこれ以上人が死ぬ恐れはありません」

「受け入れましょうジャンヌ、誰も傷つかない誰も穢されない誰も殺し合わない。そんな楽園が今実現されるのです」

「誰も、傷つけない楽園?」

「その通りですとも」

 でも、傷つかない世界にきっと彼女は。そう考えながらルーラーは岸波に視線を向ける。

「白野、ルーラー!!」

「な……」

 唐突に聞こえた声に、ルーラーが振り向く。それはボロボロになりながらもこちらに向かって走ってくるアキレウスの姿だった。

「……アキレウス?」

「白野、大丈夫か!?ルーラーは!?」

「あ……」

 何故だろう、何故私はこんなにも彼らが頼もしいと思ってしまうのだろうか。だが、そんな彼らをここへ連れてきたのは私だ。私が彼らを殺したのだ。

「私は……」

「何を迷う必要があるのですか!?救済がなければ人は悪しきものとして苦しみ続けるでしょう。善性などこの世には存在しないのです、貴女も――」

「違う……」

 言葉を漏らしたのは岸波だった。

「確かにこの世は悪にまみれている。善が悪に裏返ることだってあった」

 でも、人は善であろうとしている。それは彼が教えてくれた。私のサーヴァント、アキレウスが。こんな悪の塊であった私に、善が何かを教えてくれた。忘れてしまっていた世界の在り方を、思い出させてくれた。

「私はもう間違えてしまっているけれど、でも私には仲間がいる。ルーラーも、アキレウスも。だから正すことが出来る。だから善性がないなんて悲しいことは言わないで……!」

 その言葉を聞き、再びルーラーは顔を俯ける。

「どうしたジャンヌ、弱々しく泣くなど貴女らしくない」

「かもしれませんね。でもやはり、私は悲しい」

 決意をしたように、ルーラーは顔を上げた。

「天草四郎時貞、貴女の救済は認められません。認めてはならないのです」

「ほう、何故です?」

「貴方の行為は人類への不信だからです。人は内なる悪と戦い幾度と敗北しようと認めず、戦い続けてきました。我々はサーヴァント。約上に基づき生者に力を貸す死者であり、それ以上を行ってはならない。人間に対する苦悩、悲しみ、そして怒りとの戦い。貴方の救済はそれを救い上げるのではなく、押し潰すもの。やはり私には認められないのです」

「お待ち下さいジャンヌ、それでは私の犯した罪を償えない……」

「償いを彼の救済に求めてはいけません。犠牲になったものに、償う方法などないのです。貴方も、私も」

「あ……」

 その言葉を聞きジルは崩れ落ちる。

「私は、永遠に許されないのですか?」

「主は全てを許し、貴方が殺したものは決して許さないでしょう。貴方は自身を憎みながら、それでも英霊として生者を救わなければならないのです」

「それが、それこそが私に与えられた罰なのですか?」

「貴方も理解しているはず、人が不老不死を奇跡として与えられれば人間の可能性を信じられなくなってしまう。そして与えたものを敬うだけの、無意味な生命体となる」

「いいえ、それでも無意味な生命体になりません」

 黙って聞いていた天草が言葉を漏らす。

「これが救いかどうか60年考えた。断言する、これは救いだ。誰がなんと言おうと。それ故に、私は貴女を殺す」

「それ故に、私は貴方の夢を壊す」

シロウが小さくため息をつく。

「ヘブンズ・フィール起動、万物に終焉を」

 シロウの言葉に応えるように大聖杯が起動する。

「そして可能であればこの殺戮が、世界最後でありますように」

 大聖杯は大きな翼を広げるかのように、光を帯びる。

「……ジル、旗を任せていいですか?」

 そう言ってルーラーは俯いていたジルに、旗を差し出す。

「ジャンヌ、まさか……」

「剣を使います」

 ルーラーの言葉を聞き、ジルは涙しながらも旗を両手で受け取る。

「お供仕ります」

「……生前、伝え忘れていたことがありました。貴方と共に戦えて、幸せでしたよ――ジル」

「……私もです。私もです、ジャンヌ」

 二人の中にあった葛藤。彼の存在が仮に偽りだったのだとしてもきっとこのやり取りだけでそんなものは消え去ってしまったのだろう。ルーラーはジルのその姿に満足そうな笑みを浮かべる。

「あなた達がいてくれて本当に良かった、私は甘い夢に溺れそうだった」

 振り返ればルーラーは岸波の手を握りしめながら岸波とアキレウスに視線を向ける。

「それを救ってくれたのはあなた達なんです、だから――」

 どうか、私の側にいてください。

 それは彼女が初めて聖女ではなく、一人の人間として抱いた願いなのかもしれない。

「はぁあ!!」

 シロウの呼び出した使い魔が、ルーラーの元へと這い寄る。それに対して恐れを感じずにルーラーは腰に据えていた剣を抜き、その刃を握りながらしゃがみ込み祈りを捧げる。

「諸天は主の栄光に。大空は御手の業に。昼は言葉を伝え、夜は知識を告げる。我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる」

 刃に触れる手から血が流れ、刃を伝い、それは徐々に輝きを増していく。

「あの剣はまさか……。く、行け!」

 シロウの命令に従うように、使い魔が攻撃を仕掛ける。だがルーラーの旗を持つジルが前に立ちふさがり、その攻撃を防ぐ。ルーラーの結界宝具である我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)は彼の手にありながらその力を失いはしなかった。

「させん!彼女の祈りが終わるまで、我が生命絶えると思うな!!」

「我が終わりを此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に。残された唯一の物を以って、彼の歩みを守らせ給え」

 紅蓮の炎がルーラーや岸波達を覆う。

「主よ、この身を委ねます」

 我は、満ちたり。その炎に包まれながら、ジルは満足そうに消滅していく。そして炎は更に辺りを覆いだす。

「これは第二宝具?」

 

 

 

 

 岸波は確かに見た。炎の中で、あのルーラーが弱音を吐く瞬間を。彼女らしくない。でもそれは多分間違いなんだ。聖女ジャンヌ・ダルク。その在り方を、理想を押し付けてしまっていたんだ。

「誰もが私を聖女と呼ぶ、けれど他ならぬこの私がそう思ったことは一度もないのです」

 きっと、だから彼女は聖女と呼ばれたんだ。岸波は彼女の背中を見つめながらそう思った。

「……ちょっとだけ怖かった。死ぬことではなく、離れることが怖かった」

 召喚されてから彼女はずっと召喚された使命のために独りで戦ってきた。それが当たり前で、当然で、それこそがルーラーの在り方だったから。だからこそ、仲間という温かみを知ってしまった彼女は失うことを恐れてしまった。

「こんな気持ちは初めてだけど、でも私はこれでいい」

 こちらを振り向いたルーラーのその表情は弱音を吐く女性の表情ではなかった。

「人の未来、そして仲間(あなた)達の未来。それらのためなら――」

 私は何度だって、命を懸けられる。

 

 

 

 

「絶望の後には希望が待つ!」

 炎の中から姿を現したルーラーのその姿は先程までとは少し違っていた。白を強調した鎧、彼女はそれらを纏っていた。その姿はまさに――

紅蓮の乙女(ラ・ピュセル)!!」

 剣の柄から咲いた一輪の花。そこから放たれた巨大な炎は一直線に大聖杯に向かって行く。

「させるか!」

 シロウの使い魔が炎から第聖杯を守るように立ち塞がる。しかしそれは無意味。使い魔は剣から放たれる炎によって文字通り一瞬で消滅する。

「舐めるな聖女!60年の執念甘く見るな!!」

 シロウは直ぐ様次の一手を討つために剣を構える。

左腕(レフトハンド)縮退駆動(フォールトトレラント)右腕(ライトハンド)空間遮断(セーフティシャットダウン)

 シロウは何の迷いもなく、自らの右腕を切断する。

零次集束(ビッククランチ)!!」

 切断された右腕が媒介となり、そこに小さな何かが生まれる。それはまさに暗黒物質。ありとあらゆる存在を取り込もうと魔力が暴走を始める。

「炎を吸い上げろ、崩壊の星よ!!」

 ブラックホールのようにそれはルーラーの命の炎を吸い上げていく。

「はぁぁぁぁあああああああ!!!」

 紅蓮の乙女(ラ・ピュセル)、彼女自身の生命と引き換えに生み出す炎であり、その剣は『英霊ジャンヌ・ダルク』そのもの。つまりこの宝具の使用後、彼女は消滅する。それでも彼女は命を吐き出すことを止めはしなかった。

「耐えろ大聖杯、人類の希望のために……」

 ルーラーの宝具である炎は徐々に勢いが無くなっていき、ルーラー自身も体をふらつかせる。

「さぁ、自らの命を使い果たして堕ちろ!!」

 しかし、シロウの宝具である暗黒物質は彼女の炎に耐えきれず、その場で大きな爆発を起こす。アキレウスはとっさに岸波の体を守るように抱きしめながら爆発に背を向ける。

「……どうなったの?」

 辺り一帯が瓦礫となり、目の前には力尽きて倒れたルーラーの姿があった。

「ルーラー!!」

 岸波はアキレウスから離れ、そのままルーラーのの元へ駆け寄る。

「しっかりして、ルーラー!」

「あ……白野、さん?」

 岸波白野。月の聖杯戦争の勝利者であるマスター。

「あ……」

 なんて、悲しいのだろう。ルーラーは素直にそう思った。だって彼女は此処での戦いを終えた後、きっとまだやることが残されているのだから。だったら、仲間である彼女にもう一度。

「死なないで、ルーラー!」

「大丈夫」

 力のない声で、ルーラーは声を絞り出す。

「どんなに時間がかかっても、必ず会いに行きます……から」

「……うん、待ってる」

 岸波は涙をこらえながら、消滅していくルーラー『救国の聖女ジャンヌ・ダルク』の最期を看取った。




ジークがいないルーラーにとっての弱み。結構前から考えていたんですけども、今まで無くて困らなかったけどいざ手に入ってしまうと失うのが怖くなる。よくあることですね。
さて長かったようで短かったこの話も次回で最終回になります。


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21話 Apocrypha

遅くなりました、最終回です。


「ご無事ですか、マスター!」

 天草四郎はゆっくりと目を開く。自ら放った宝具とルーラーの宝具がぶつかりあった衝撃で少しの間気を失っていたようだ。

「大聖杯は……っ!?」

 赤のキャスターを振り払い直ぐに大聖杯の方に視線を向ける。そこには爆発を受けて損傷した大聖杯の姿があった。その八割方が損傷していながらも、大聖杯は未だに機能しておりその輝きを失うことはなかった。

「これなら……」

 シロウは立ち上がれば、大聖杯をここまで損傷させた本人であるルーラーの方へ足を運んだ。しかしそこには既にルーラーはおらず、依代となっていた少女と岸波白野、そして赤のライダーであるアキレウスだけが残っていた。そのアキレウスも黒のセイバーとの戦いでかなり消耗しており、いつも持っていた槍はなく、そのボロボロの姿から不死の宝具は失っているように見えた。何より、ここまで消耗していながらサーヴァントに治癒を施さないところを見ると、ますたーである彼女も魔力が尽きたと見える。

「貴方には恨みはありませんが……」

「……」

 この光景に呆然とする岸波と打って変わって、アキレウスはしっかりとした憎しみを込めながらシロウを睨みつけた。

「はくのん!ライダー!」

 しかしそこに現れたのはボロボロになりながらも自らの宝具である幻馬に跨る黒のライダー、アストルフォとその後ろに跨る彼のマスターのカウレスだった。

「ここは任せて、僕が――」

 だがそれは叶わなかった。突如展開された魔法陣から鎖が放たれ、それはアストルフォを縛りつける。

「ライダー!」

 その衝撃で転げ落ちたカウレスが叫ぶ。そしてその魔法陣を展開した張本人である赤のアサシン、セミラミスが姿を見せた。セミラミスは黒のアサシンに受けた傷で苦しむように息を荒げながら自らのマスターであるシロウに大声を叫び飛ばす。

「何をもたついているマスター!我に令呪を寄越せ!」

 言葉の意味を理解したシロウが令呪が刻まれた腕を掲げる。

「令呪を以って命じる、黒のライダーを限界まで縛り上げろ!」

 霊基を損傷し、力が弱まっていたその鎖であり赤のアサシンの宝具である驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)の力が強まっていく。

「この程度の鎖……!」

 抵抗するようにアストルフォが体を動かすも、令呪の力で強まったそれから抜けることは叶わなかった。

「令呪を以って命じる、ライダー――」

 なんとか振り払わせようとカウレスも令呪を掲げるが、それはアキレウスの行動によって止められた。アキレウスは気を失ったルーラーの依代であった少女と岸波をカウレスの元へと運ぶ。

「悪い、二人を頼む」

「バカ、ライダー!どんなに負傷していても魔力供給出来ていない君が行ったら駄目だ!」

「ああ、だからライダー。盾を貸したんだ、剣を借りるぜ」

 そう言って身動きの取れないアストルフォの腰から剣を抜き取る。なんとなくだが、赤のセイバーの魔力を感じた。

「……宝具を失い、魔力供給も滞っている。そんな貴方はサーヴァントであれど人間とさほど変わらない。ただの一撃でも喰らえば消滅に繋がる」

 赤のアーチャーと黒のセイバーとの連戦で宝具を多用し、もう岸波白野は魔力切れだった。令呪による回復もあるにはあるが、大聖杯の破壊のことを考えればここで令呪を使うことは出来なかった。つまり、今アキレウスには何も残されていないのだ。

「しかし降伏すれば命だけは見逃す、と言っても逃げないのでしょうね」

「ああ、ここで逃げるのは今まで戦ってきたもの。そして共に戦ってきた仲間たちへの侮辱だ」

 アキレウスから放たれる殺意を感じ取ったシロウは小さくため息をつく。

「この戦いの勝者が全てを得る、か。なるほど、聖杯戦争に相応しい幕引きだ」

 シロウはその左手に持つ刀を構える。

「我が真名は、天草四郎時貞」

「アキレウス」

 アキレウスも、シロウの言葉に答えるように名乗りあげる。

「はぁぁぁああああ!!」

「うぉぉぉおおおお!!」

 二人が同時に踏み込んだ。アキレウスの持つ剣とシロウの持つ刀が何度も交じり合う。度重なる金属音が響き渡る。

「隻腕だと思って甘く見るな!」

 右腕を失いながらもシロウはアキレウスの攻撃にしっかりと刀を振るう。

「この程度の修羅場、飽きるほどくぐり抜けている!!」

 シロウの言葉と共に彼の手から放たれた黒鍵がアキレウス目掛けて降り注ぐ。

「殺った――」

「ぐっ……!」

 俊足の足を失った彼なら今の攻撃は躱せないと読んでいたのか、大きく後退しながらその黒鍵を避けるアキレウスの姿にシロウは驚きの様子を隠せずにいた。

「何故……?」

 そう呟きながらシロウは直ぐさまアキレウスを追撃するように斬りかかる。しかしそれを既に予測していたアキレウスは躱しながらシロウを蹴り飛ばす。シロウは蹴り飛ばされた勢いを両足で踏ん張りながら殺し、アキレウスの方に再び視線を向けた。するとまるで流星のようにアキレウスはシロウ向かって真っ直ぐに斬りかかってきた。

「ぐ、貴様……」

 シロウは勢いよく刀を振るってアキレウスを吹き飛ばせば刀を地面に突き刺し、黒鍵をいくつか投げ飛ばす。それをアキレウスは吹き飛ばされながら剣で弾いていく。

「なんと、これほど消耗しておきながら互角!?」

「魔術回路の回転が群を抜いている、これで本当に魔力も宝具も失っているのか?」

 二人の戦う光景を見ていた赤のキャスターと赤のアサシンが声を漏らす。それは彼のマスターである岸波も同じだった。というよりは一番彼女が不思議で仕方なかった。魔力供給を失ったサーヴァントがここまで動けるわけがない。仮に動けたとしても数秒で、しかも消滅へと繋がる。にも関わらずアキレウスは先程から魔力を枯渇させること無く剣を振るい続けている。

「なんで……?」

「……そうか、お前そこにいたのか」

 岸波の隣でカウレスが言葉を漏らす。

「誰……?」

「彼女は祈ったんだ。誰かに自分の欠片を受け取って欲しいと。あいつは死んでいなかった、ずっと……ずっと一緒に戦っていてくれたんだ」

 アキレウスがシロウと刃を交えるたびに、それが目に見えてわかるようになってきた。かつて聖杯大戦の途中で彼は雷を浴びた。しかしそれは神性を帯びておらず彼にとっては無害以外の何でもなかった。しかしその時に彼は受け取ったのだ。彼女の、黒のバーサーカーであるフランケンシュタインの欠片を。

「やっちまえ、バーサーカーぁああ!!!」

 放たれる黒鍵をいくつも弾き飛ばし、幾度も刃を交え、アキレウスとシロウの殺意は限界にまで膨れ上がっていた。

「アストルフォにフランケンシュタイン、既に敗北したはずのサーヴァントが最後の敵とは。これが因果か!」

 正確にはアストルフォは敗北したわけではない。しかしあの状況では既に敗北したことに近いだろう。縛られたまま首をはねられてしまえばそこで終わりだ。それでもアキレウスに力を貸し与えているサーヴァントには違いなかった。

「怒りか、アキレウス!仲間を殺されたことへの怒りか!?」

「ああそうだ、おれはてめえを許さねぇ」

 その言葉を聞けばシロウは今までに見せなかった形相でアキレウスを睨みつけた。

「俺が捨てた感情で立ち向かうだと。巫山戯るな!!」

 シロウの振るう剣の勢いが増していく。

「お前にだけは」

 負けられない。負けてはいけないんだ。

 シロウが大きく振りかぶり、アキレウスに刀を振り下ろした。しかしわかっていたことが一つだけあった。天草四郎時貞は聖人で、アキレウスは英雄だ。いくら天草四郎時貞が修羅場をくぐり抜けてきていようが、数多の戦場を駆け抜けたアキレウスに実戦経験で勝てるはずもなくその一撃は難なく弾き飛ばされてしまった。刀を失ったシロウの肩口に、アキレウスの持つ剣が深々と突き刺さる。

「終わりだ」

「まだだ……」

 終われない、60年費やしてきたんだ。こんなところで終われるわけがないんだ。

「令呪を以って、我がサーヴァントに命ずる」

 シロウはアキレウスを離さないように襟元を掴む。

「何を――」

「アサシン、宝具驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)を以って赤のライダーを討て。俺ごとだ!!」

「なっ!?」

 それは捨て身というよりは心中に近かった。負けたくないという想いが、彼にそうさせたのだろうか。シロウは血反吐を吐きながら叫ぶ。

「やめろ……」

 令呪の力に抵抗するように赤のアサシンは体を制御しようと試みる。しかしその令呪の力に逆らうことも出来ず、鎖は真っ直ぐ二人へと飛ぶ。

「私に、殺させないでくれ――」

「天草四郎ぉぉぉおおおお!!」

 アキレウスの叫びと共に、その周囲の全てを破壊するような雷撃が奔る。その雷撃はセミラミスの宝具すらも一瞬で消し炭へと変える。

磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)ッ!?」

 カウレスはそのまるで樹のような雷撃に言葉を零す。

「アキレウス、貴様ぁぁああああ!!!」

 その言葉も虚しく、雷撃の放つ巨大な爆発に二人は消えていった。

 

 

 

 

「……」

 視界が安定しない。

「私、は」

 声を振り絞れば、自らの手を誰かが握ってくれたのがわかった。それと同時に冷たいものが頬に当たる。

「よかった、シロウ……」

 赤のアサシン、セミラミスは涙を零しながらシロウの握る手の力を強めた。

「私は、負けたんですね」

「……そうだ」

 シロウが体を傾ければ、そこにあったのは岸波白野とアキレウスの姿だった。

「戻るのですか、岸波白野。SERAPHに……」

 シロウの言葉に岸波は無言で頷く。

「ようやく私は本当に私のやらないといけないことを思い出した」

 セイバーによってこの世界へと送られた。それはセイバーが私のことを案じてのことだ。もうSERAPHに安全な場所なんてなかった。だからセイバーはSERAPHではない、この世界へと私を送ったのだ。

「向こうからこっちに送られたってことは逆も可能のはず。でも方法が……」

 大聖杯は万能の願望器だ。言うならば魔力の塊、過程を省略して結果を生み出すもの。しかしその過程を知らなければ結果は生まれない。岸波はSERAPHからどうやってこの世界にやってきたのかを知らない。

「……よく考えてください」

 焦りから不安そうな表情を見せていた岸波に向かってシロウは言葉を投げかけた。

「この世界とSERAPHを繋げるものが一つだけある」

「繋げるもの……?」

「天草四郎、まさか……英霊の座か?」

 アキレウスが言葉を漏らす。

「サーヴァントはあらゆる平行世界に訪れます。であるなら平行世界は恐らく英霊の座と繋がっています」

「そこを道として使えば、SERAPHに……?」

「確証はありませんけどね」

 シロウは小さくため息をつく。

「セミラミス、行きましょう。敗北はしたが今更人類の救済を彼らに止める術はない」

 赤のアサシンは小さく頷きながらシロウと共に霊体化し、その場から消え去った。

「……ありがとう」

 大聖杯は既に起動している。別の願いを唱えても、シロウが最初に願った祈りが消滅するわけではない。

「だから私は最後の最後まで残しておいたんだよ」

 そう言って岸波はアキレウスに令呪を見せた。

「……知ってたよ」

 何故天草四郎との戦いで魔力供給もなく、宝具も全て失ったままで戦わせたのか。令呪を使えばアキレウスの治癒など簡単に行えた。それでも使わなかったのは、この二画がなければ聖杯を破壊できないからだ。

「私が向こうに飛んだ後に破壊するって命じてもその通りになるかな?」

「令呪の命令は絶対だ、なるだろ」

「そっか」

 安心したように胸を撫で下ろせば、ルーラーの依代だった女性を抱えるカウレスと黒のライダーの方に視線を向ける。

「カウレス、聖杯を破壊する前にここから離れて」

「……どうしても行くのか?」

 岸波としては聖杯が破壊されてしまえば黒のライダーは消滅する。なので早く脱出してほしいところだったが、カウレスは躊躇うように言葉を漏らす。

「ごめん、私には成さねばならないことがあるの」

「……わかった」

 そう告げてカウレスはルーラーの依代あった女性を抱えながら背を向ける。

「……はくのん」

 二人のやり取りを見ていた黒のライダーが岸波に駆け寄る。

「僕たちにはきっと(えにし)が結ばれた。だから向こうで何かあったらすぐに呼んでね?」

「うん、そうするよ」

 彼は知らないのだろう、既に彼が私達に力を貸してくれていたことに。そう思うと岸波は少し笑ってしまう。

「さて、マスター。最後の令呪を使ってくれ」

 岸波はアキレウスに向き直る。

「その前に、約束を守ってくれてありがとう」

「約束?」

 そういえばそんなこともしたな、とアキレウスは笑い捨てる。戦いに必死で、その事を忘れていたのだろう。

「色々あったな、短い間だったが」

「本当に。まさかユグドミレニアと手を組むことになるなんてね」

 この聖杯大戦では人の汚い部分が沢山見えてしまった。それでも、人は信じられるものだと聖女である彼女は示してくれた。自分の世迷い言を信じて、戦ってくれた。

「だから、私は前を向いて戻ることが出来る」

 そして貴方に出会ってなければ私は、前を向くことすら出来なかったのだろう。ギリシャの大英雄アキレウス、彼のマスターであれたことを誇りに思う。

「岸波白野が令呪を以って命じる」

 令呪の魔力が空気を震わせる。

「ライダー、宝具宙駆ける星の穂先(ディアトレコーン・アステール・ロンケーイ)を以って大聖杯を破壊して」

 そう吐き捨てれば岸波はアキレウスに背を向けて破損した大聖杯の方へと足を運ぶ。

「重ねて令呪を持って命じる」

 大聖杯が岸波の願いを叶える瞬間に、その言葉がアキレウスに届く。

「聖杯を、破壊して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つのイレギュラーが世界の結末を変えた。それは人にとって認知できない、大したことの無い、他愛も無い出来事だった。しかし、数多の願いを受けて胸に秘め彼女はただ歩き続けた。時間という概念を忘れてしまいそうになるくらいに、彼女は歩き続ける。

 戻る場所が既に失われたのは確認済みだ。彼女の英雄は役目を果たした。なら彼女は前に向かって進み続けるだけだ。

「ごめんなさい、私少しだけいかないと」

 ずっと待ち続けていてくれた彼に私はそう告げた。

 彼女がこれほどの結果を出したのだ、私も約束を果たすために彼女を追いかけよう。

 進み続け、疲れて立ち止まる彼女に声をかけてあげよう。

「もう大丈夫ですよ」

 顔をあげる彼女に私はこう告げた。

「貴女の紡いだ物語は、夢なんかでは終わらせはしない」

 




おはようございます、こんにちは、こんばんは。
遂に赤の軌跡完結でございます。

不定期更新&グダグダな文章でお付き合い頂いた方、もしいらっしゃったのでしたら本当にありがとうございます。
岸波白野を主人公にした理由なんですが、エクストラ世界と繋がりを持たせ最終的には続編をなんて考えておりました。ただこのままエクストラ(というかエクステラ)世界の続編なんて作ったら多分収拾つかなくなっちゃうと思うので止めておきます。
ただその設定を使ったFGOのストーリーを模索している途中ではあります。そちらの方はいずれ形にするかもしれないので期待せずにいてもらえたらなと思います。
あと黒のセイバーさんことスウァフルラーメさんですが、すまないさんことジークフリートの代わりとして出演させた理由ですね。まず一番の理由としてアキレウスがルーラー側につくと戦力バランスが崩れてしまいます。なので天草陣営に誰かつけたかったんですが、ジークフリートだと裏切るという行為が想像つかなかったため、代わりのものをオリジナルサーヴァントとして出しました。アルトリア顔でセイバーオルタみたいなイメージを勝手に持っていました。にしてもアキレウスの踵を焼き尽くしちゃうって今考えると無茶苦茶な話でしたね。

型月作品を初めて書かせて頂いたので設定等でグダグダな部分が多かったと思いますがまた次回の作品等でお会いできればなと思います。


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