【未完終了】インフィニット・ストラトス ━風穿つ者━ (針鼠)
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VSセシリア
一話


「うわー……馬鹿みたいにでか」

 

 そびえ立つ鉄門扉。

 春を象徴するといって過言ではない桜の花びら舞う季節。少年は大きな門、その先に広がる広大な敷地と門扉に比例するように巨大な建物の群を見上げていた。

 

「つか本当に馬鹿じゃねえの、この広さ」

 

 げんなりと吐き捨てる。

 彼の口から早々にこうも愚痴が続くには彼なりの理由がある。まずはその経緯(いきさつ)から物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 少年は紙を眺めていた。じっと。穴が空くほどという言葉が当てはまるほどに。

 少年が紙を眺めるその場所はアパート。正確には、彼が住まう二階建てアパートのポスト前。

 

 三月下旬。それは多くの人間が新たな生活を踏み出す直前であり、かくいうこの少年もまた、数日後から高校生として近くの高校へ入学する予定だった。

 生まれつきの三白眼で、初対面だと限りなく印象の宜しくない自分をどうクラスメートにアピールしていくか。そんな他愛のない不安と新たな世界への期待に胸高鳴らせる。そんな普通の一日になるはずだった。

 

 わけあって一人暮らしの彼は夕飯の買い物を終えて帰ってくると、ルーチンワークのように自分の名札のポストを開けた。

 中には夕刊と封筒が二通。

 買い物袋をさげたはそのままに、空いている右手で夕刊を取ると脇にはさみ、続いて封筒を重なったまま掴む。何気なく見ればなんと入学先の高校からではないか。

 

「?」

 

 妙ではあった。入学式まであと二日。新入生への案内含めすでに必要書類諸々は送られてきている。今更連絡があるとはよほど急な内容なのか。

 そう考えると彼はその場で封筒を開くことにした。一旦買い物袋は足元へ。夕刊ともう一通の封筒はポストへ戻す。

 そうして開けた封筒には紙が一枚だけ。そして一文だけが記されていた。

 

『合格取り消し通知』

 

「………………」

 

 人がショックのあまり言葉を失うとはこのようなことをいう。

 合格通知というのは聞いたことはある。なにせついこの間貰ったばかりだ。しかし合格取り消し通知とは何だ。聞いたことも見たこともない。

 入学前に犯罪に手を染めて警察に厄介になったというならわかるが、自分は覚えがない。目つきは悪いが本物の悪人ではない。

 

 今一度紙を見る。しかし記された文章に変わりはない。当たり前だ。

 

「ひとまず保留。保留ったら保留」

 

 目の前の現実から全力で逃げ出したい少年の逃避先はもう一通の封筒へ。

 半ば放心状態で開けた封筒の中も紙が一枚。ただしこちらは一文ではなく、そしてその内容は少年の意識を再覚醒させるほどの威力を秘めていた。

 

御堂(みどう) (かえで)殿。この度は《IS学園》入学おめでとうございます』

 

 そう、これこそが合格通知である。ただ、この学園を受けた覚えが彼には、楓には一切無いのだが。

 

 

 

 

 

 

 《IS学園》。それは世界最強の兵器、《インフィニット・ストラトス》――――通称、《IS(アイエス)》に携わる人材を育成すべく日本に設立された特殊国立高等学校である。

 その特殊性を軽く説明すると、まずこの学園は日本を含んだあらゆる国家機関に属さず、また干渉を許さずとする条約が存在する。ちなみに条約の名は《アラスカ条約》。

 たかが高等学校には相応しくない規則なのだが、それがまかり通ってしまうほどに《IS》という兵器は常識外れなのだ。なにせこれが世界に登場したその瞬間、世界が有していたあらゆる武力が紙ほどの威力しか持たなくなってしまったのだ。

 

 自由自在に空を駆け、特殊兵器を搭載するそれは、たとえ一機であっても小国程度滅ぼせる可能性を持つ。実際に出来るかどうかが問題ではない。そんな可能性を秘めている、それだけで危険性としては充分だった。

 そして同時にこう考えるのも人間の常。

 

 あの超兵器が欲しい、と。

 

 それほどの兵器が無尽蔵に量産され、世界が再び争いに溢れたとき、おそらく世界は今度こそ致命的な傷を負うことになるだろう。

 

 それを考慮したのかどうかは知らないが、時代を変えた超兵器、《IS》の開発者はそこに制限を設けた。《IS》において必要不可欠であると同時に最大のブラックボックス、コアの数を絞った。その数、四百六十七。これが現存するコアの数であると同時に、世界で稼働可能な《IS》の最大数となる。

 波乱と抑止。両方を為した開発者の名は篠ノ之(しののの) (たばね)

 彼女は、楓の母親でもあった。

 

 

 

 

 

 

「マジで広すぎだってんだよ……」

 

 入学早々疲労困憊な楓。

 これからの三年間の寮生活に必要な大荷物を背負ったまま何時間と敷地を彷徨っていればそれも仕方ない話だ。しかし、完全無欠に遅刻だった。

 偶然出会った優しい用務員さんに道を尋ねることが出来なかったならばもっと遅れていたことだろう。

 

「初日から遅刻とはいい度胸だな」

 

 ようやく辿り着いた教室の前には、何やらおっかない顔をした美人が立っていた。

 しゃんと伸びた背筋。黒のスーツを着こなす出で立ちは、女性ながら格好良いという言葉が適切だ。他人事ならそう感心も出来ただろう。

 ――――氷のような視線が自分に突き刺さってさえいなければ。

 

「すんません。道に迷っちゃっ――――でッ!?」

 

 言い訳をさせることなく下げた頭に衝撃。

 悶絶しながら顔を上げると、女性はポンポンと出席簿を手で弄んでいる。どうやらあれで殴られたらしい。

 

「早速説教でもしてやりたいところだが、入学初日で時間がない。運が良かったな」

 

「出席簿で頭殴られるのは果たして運が良いっていえない気が――――ごめんなさい黙ります」

 

 無言で出席簿を振り上げるので素直に謝って間合いをあけた。

 女性は無言で出席簿を下ろした。

 

「私の名は織斑(おりむら) 千冬(ちふゆ)だ。貴様のクラスの担任となる」

 

(織斑……千冬……)

 

 その名はとても有名だ。何を思い出すかは人それぞれであろうが、楓が真っ先に思い出したのは、

 

「あー……あんたが『ちーちゃん(・・・・・)』か」

 

「何……?」

 

「あ」

 

(やべ)

 

 思わず考えなしに口に出てしまった。おかげで千冬の眼の色が変わり、改めて楓を睨んでいた。

 

『はーい、それでは入ってきてくださーい』

 

 妙な空気を切り裂いたのは扉の向こうから聞こえてきたなんとものんびりした声だった。

 

「ういーっす」

 

「待て貴様――――」

 

 これ幸いと逃げるように教室へ。千冬の声は聞こえないものとして無視した。

 

 

 

 

 

 

 扉をくぐるとまず目に入ったのは眼鏡の少女だった。否、少女ではない。

 教壇に着き、制服姿ではない彼女は千冬と同じく教育者の立場なのだろう。あまりの童顔ぷりに勘違いするところだった。外の千冬は自身を担任と言っていたので、彼女は副担任なのだろうか。

 

「は、初めまして! 山田(やまだ) 真耶(まや)です。この度はどど、どうぞよろしくお願いしまふ!」

 

「……あ、いえいえご丁寧にどうも」

 

 何故いきなり副担任から恐縮気味な自己紹介をされなくてはならないのかわからないが、とりあえずこちらも会釈して返す。きっとあがっているのだろう。故に最後噛んだのは指摘しないのが優しさだと思う。

 

「そ、それでですね」深々と下げた頭をもたげて「たった今クラスの皆さんの自己紹介が終わったところなので、その、自己紹介を……お願いします…………」

 

「なんで最後泣きそうになるんすか! 大丈夫ですよしますから!」

 

 これではこちらが悪者だ。何もしていないのに。

 

 クルリと体の向きを入れ替えて、楓は名乗る。

 

「ども、御堂 楓です。よろしく」

 

 沈黙は数秒。

 

「「よろしくー!!」」

 

 黄色一色の声が返ってきた。

 それもそのはず。見渡せば女子。女の子。少女。淑女。

 見渡す限りの花の園。

 

 楓に驚きはない。これはクラスの偏りや嬉しい偶然などでもないのだ。どちらかといえば、楓の方がこの場の異端。

 何故なら――――、

 

 最強の兵器、《IS》は女性にしか操れないのだから(・・・・・・・・・・・・・)




初めましての人もそうでない人もこんにちわー。

>この作品は以前友人リクエストで書いたもので、すでに二度完結させているものです。
どうやらアニメの二期がやるらしく、それを見て以前の続きを書いて欲しいとせがまれたのでとりあえず前回の完結部分まで書いて、アニメ二期見て書けそうだったら書こうかなと思ってます。

>作者は小説の方は読んでないので知識はアニメとウィキになります。ですので色々誤差が生じるかも? そのときは是非とも教えて下さい。

ではでは、とりあえずアニメ一期の完結までお付き合いくだされー。


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二話

 《IS》。正式名称を《インフィニット・ストラトス》。

  元々は宇宙空間での活動を目的とした特殊スーツであったが、《白騎士事件》を契機にその様相が変わる。

 

 《白騎士事件》とは、《IS》発表から一ヶ月後に起きた世紀の大事件。世界中の軍事コンピューターが何者かによって同時にハッキングされミサイルが同時発射されたのだ。

 目標は日本。その数なんと二千三百四十一発。

 誰もが焦土と化す日本を幻視したその瞬間、それは現れた。

 

 空を浮かぶ人型のそれ。顔まで覆う機械鎧。

 純白の騎士は現れるなり瞬く間に日本を狙ったミサイルを落とす。戦闘機を上回る速度と自在な動きで空を無尽に駆け抜け、たった一機で半数以上ものミサイルを撃墜したのだ。

 

 日本は救われた。しかしそれだけでは終わらなかった。

 《IS》の性能を見た世界が、今度はハッキングなどという被害者ではなく、明確な欲望を持って攻めてきたのだ。

 しかしそれすらも白騎士は叩き伏せた。

 砲弾を躱し、銃弾を弾き、歩兵を蹂躙し、空母を沈め、戦闘機を落とした。

 世紀の大事件も、世界の欲望も、白騎士――――《IS》という新しい時代を前に消え失せた。

 

 圧倒的な性能を目の当たりにして世界が興味を抱かないはずもなく、結局《IS》は本来の目的である宇宙空間での使用より、飛行、パワードスーツとしての軍事転用が主として世界に受け入れられていったのだった。

 

 世界は競って《IS》を作る。しかし《IS》は謎が多すぎた。

 特に心臓ともいえるコアの部分がブラックボックスではたとえ外装が完成しても、ただの高価な人形に違いない。

 結局世界中の科学者が総出となってもコアを作るどころか解析すらまともに出来なかった。ただ一人の例外、製作者たる束を除いて。

 

 束が作ったコアの数が世界で活動出来る《IS》の絶対数となり、そして何故か女性にしか反応しないおかげで、世界は女尊男卑の様相を呈する。

 ――――しかし、ここにもまた例外(・・)が存在したのだった。

 

 

 

 

 

 

 学生に人気が高い窓際最後方の席をあてがわれた楓。これもきっと日頃の行いがもたらしたささやかな幸せに違いない。――――実際は遅刻した結果、とってつけたように用意された場所なだけなのは承知している。ただの逃避だ。

 逃避、というのはこの刺さるような視線。

 

「注目の男の子ひそひそ……」

 

「二人目の男子ひそひそ……」

 

「目つき悪いしピアスしてるけど不良系? ひそひそ……」

 

「あ、でも私案外タイプかもひそひそ……」

 

 無論ばっちり聞こえている。そして不良扱いを受けていたり怖いと言われていることに相当なダメージを受けている。

 

 女性にしか操ることの出来ない《IS》。

 必然、教員を含めたこの学園の九割以上が女性である。そこにポン、と男子が混ぜられれば注目を集めるに決まっている。

 それが仕方ないことはわかっている。わかっているのだが……、

 

「想像以上に落ち着かねえ」

 

 故に楓は窓の向こうに顔を背けて興味が無さそうなポーズを取っているのだが、いつまでもこうしているわけにもいかない。これから最低三年はここで、このクラスメート達と共に学園生活を過ごすのだから。

 

「ちょっといいか?」

 

 ここは第一印象の悪さを払拭するべく春休み中に考えた作戦Cを決行するか、などと考えていたところに声をかけられる。

 その声はまるで男のようで、視線を向けると男みたいな体つきと顔立ちの――――というか目の前の人物は間違いなく男である。

 

「たしかあんた……」

 

「一夏だ。織斑(おりむら) 一夏(いちか)

 

 楓とは違って人好きしそうな爽やかな笑顔で名乗る彼を少し羨ましく思いながら彼のことを思い出す。

 彼のことを楓は知っている。いや、楓だけではない。世界中の人間が、今まさに彼に注目しているといって過言ではない。

 この学園内で楓同様、異端に属する存在(おとこ)

 

「知ってる。お前有名人だからな」

 

「そうなのか?」

 

「そうだよ」

 

 惚けた奴だ。しかしわざとやっているようには見えないので天然だと断定。

 

 この一夏という少年は入学式直前に急遽発覚した楓とは違い、とある入れ違いから偶然《IS》を起動させてしまい前々から世界的に注目を浴びている。今や時の人。

 彼のおかげで楓は『二人目』として扱われるので、多少気苦労が減ったと思う。まあ、結局この学園に入学したら一緒だが。

 

「俺ってそんなに有名なのか? 別に大したこと出来ないぞ?」

 

「お前さんが思ってるよりはな」兎にも角にも名乗られたなら名乗るのが礼儀か「御堂 楓だ。よろしくな、織斑」

 

 差し出した手を嬉しそうに取る。

 

「ああ! 一夏でいいぞ」

 

「んじゃこっちも楓でいい」

 

 元気が良くて気のいい奴、というのが楓が抱いた一夏の第一印象だった。

 今まで見ていた彼は全て画面越し。それも当時は他人事として眺めているだけだった。

 実際にこうして話してみて、改めて同類がこいつで良かったと思えた。

 

「それにしても楓がいてくれて助かった。男が俺一人で心細かったからさ」

 

「そりゃお互い様だろ」

 

 一夏が話しかけてくれなかったら多分まだ意味もなく窓の向こうを眺めていたに違いないのだから。

 周囲のひそひそも、一夏との交流を傍目から眺めてからいい方向に流れているみたいだ。

 意外と怖くない……? これが大切である。

 

「――――ちょっといいか?」

 

 一夏との他愛ない会話を、少し硬さを感じた声が遮った。

 見れば立っていたのは今度こそ女子だった。

 

 長髪を長いポニーテールに結った少女。その佇まいはしゃんとしており何か武道でもしているのだろうか。

 学園の制服であるものの、古風な雰囲気を抱かせる綺麗な女の子だった。

 

(ほうき)?」

 

 少女が名乗るより先に一夏は少女を見るなりそう呼んだ。

 どうやら知り合いらしい。――――というか、

 

(箒?)

 

 それは楓にとっても聞き覚えのある名だった。

 しかし別に互いに面識があるわけではない。それどころか向こうは、仮に楓の名を聞いたところで何かに引っかかるということもないだろう。

 これはあくまで楓が一方的に知っているだけなのだから。

 

「どうかしたのか?」

 

 少女、箒に尋ねる一夏。

 けれど少女の方は歯切れ悪そうに、チラチラとこちらを見ている。

 察したのは楓。

 

「行ってやれよ」

 

「おう?」

 

「………………」

 

 不思議そうに首を傾げる一夏と、どこかホッとした顔の箒。

 

「じゃあまた後でな、楓」

 

 手を振る一夏に応えて手を振る。それに続く箒の背を目で追うと、自分にもお迎えが来ていることに気付いた。

 

「御堂 楓、ちょっと来い」

 

 扉の前でこちらをじっと睨む千冬は有無を言わせぬ声色でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 命じられるまま彼女の背について歩く。

 教室を出て校舎を出て、馬鹿広い学園の敷地を真っ直ぐ歩く。

 ようやく彼女の足が止まったのは大きな池の畔だった。

 

 楓の記憶の限り、今のところ常時不機嫌な調子の千冬。振り返った彼女はやっぱり機嫌が悪いのか、眉間にシワを寄せている。

 美人なのに勿体無い。

 

「貴様は束を知っているのか?」

 

 駆け引きもない。マナーもない。

 回り道一切無しのド直球の質問だった。

 

「あいつは今どこにいる?」

 

 いや、これだけ高圧的だと質問というより詰問……尋問か。

 

「さあ。世界中が知りたがってるけどね」

 

「……まともに答える気はないということか?」

 

 千冬の瞳の温度がさらに下がった。

 

「まさか。俺も知らないだけだよ」

 

 これは本当のことだ。

 楓が最後に束と会ったのは一人暮らしを始めた中学二年のとき。以来直接顔を会わせていない。

 

 彼女は世界で唯一《IS》のコアを生み出せる科学者だ。世界中が血眼になって彼女を探しているが、彼女はそれを嘲笑うように捕まらない。

 というのもどうやら彼女は移動型ラボなどというものを開発して常に動き回っているらしいのでそう簡単に捕まるはずもない。

 

(まあ、会ってないだけで電話で連絡はちょくちょくしてるんだけど)

 

 居場所は知らない。会ってもいない。故に嘘ではない。

 心の中でそんな屁理屈をこねる。

 

 それも当然だ。

 血の繋がりこそ無いとはいえ唯一の家族の安全に関わる。

 それほどまでに、まだ楓は千冬を信用しているわけではないのだ。

 

 一体どこまで見通しているのか。まるで心を直接覗くような刃の視線に自然息を呑む。

 千冬は一旦、目を伏せた。

 

「ならば質問を変えよう。貴様は束とどういう関係だ?」

 

 ここで嘘を答える必要もないだろう。

 

「あの人は育ての親、かな。まあ親ってよりは姉ちゃんみたいに思ってるけど」

 

 それも相当に手のかかる駄目姉貴。

 なにせ彼女はやりたいことは何をしてでもやる。やらないことは頑としてやらない子供みたいな性格をしている。

 おかげでその『やりたくない』ことのしわ寄せが悉くとしてこちらにくるのだ。

 

「あんたの話は束から聞いたんだ。というか、あいつの話はいつも『ちーちゃん』か『ほうきちゃん』か『いっくん』のどれかだったから」

 

 『ほうきちゃん』が彼女の実の妹である篠ノ之 箒。『いっくん』が妹の幼なじみの一夏。そして『ちーちゃん』が親友の千冬のことである。

 彼女の子供っぽい好き嫌いは筋金入りで、興味のない人物は何度会おうと名前も顔も覚えない。逆に好きになった人はたった一度しか会っていなくても絶対に忘れない。

 

「特に千冬さんの話はいっぱい聞いてたよ。ブリュンヒルデと呼ばれたあんたの武勇伝」

 

「その名で私を呼ぶな」

 

 一層機嫌が悪くなってしまった。

 楓は肩を竦める。

 

「私の話はどうでもいい。貴様と束の関係だ」

 

「孤児だった俺をあの人が拾ってくれただけだよ。その後数年間一緒に暮らしてた。それだけ」

 

 楓は孤児院の出身者だ。孤児院の院長の話では物心が付く前に施設の前に捨てられていたらしい。寂しい話だが、今の時代それほど珍しい話でもない。

 しかし見ず知らずの、何の背景も持たない自分を束が拾ってくれた理由は未だわからない。慈善家とは思えない性格だが。

 まあ、彼女の気紛れ可能性が高いので、考えるだけ無駄だが。

 

「本当か? 本当にあいつの居場所を知らんのか?」

 

「知らない。俺が一人暮らししてからは一度も会ってない」

 

 どうせ今もどこかで呑気に笑っているに違いない。

 

「そういう千冬さんは? 友達なんだし知ってるんじゃないの?」

 

「知らん」

 

 こちらの質問はばっさり切って捨てる。

 

「わかった。手間を取らせたな」

 

 用は済んだというように背中を向ける千冬。

 

「ああそれと」校舎へ戻る足を止めて「私のことはちゃんと『織斑先生』と呼べ。今のは私からの呼び出しで、プライベートの会話だったから見逃してやる。以後は容赦無く罰をくれてやるからそのつもりでいろ」

 

「了解。織斑先生」

 

 彼女は満足そうに頷いて、今度こそ立ち去る。

 その場に残された楓は側にあったベンチに腰掛けて、ズルズルと体を沈ませた。

 

「うーむ……生で見ると凄い美人だったな」

 

 そして怖い。




閲覧ありがとうございましたー。

>すでに完結してて展開決まってるからスイスイ書ける……などと言ってみましたが、意外と筆ないし指が進まないもんですなぁ。
やっぱり書きたい作品が他にもいっぱいあるからですかね。

まあまだアニメの二期が始まったわけでもないのだし、慌てる必要はないですよね

>ちなみに、彼がISに乗るのはまだまだ先でござる。


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三話

 入学式を終え、クラスメートとの顔合わせも終わるとさっそく授業も本格的に開始され始めた。

 なにせ覚えることは山ほどある。基本性能然り、機器の名称然り、操作方法然り。兵器でもある《IS》を運用するのだから法律関連も精通していなければならない。加えて社会に出る上で必要となる普通教科の内容も含まれているので、それはもう文字通り山のような教材が存在する。

 故にこの学園の偏差値は高い。《IS》適正の高さもさることながら、一般的に優等生と呼ばれるレベルが水準の集まりである。

 だから、仕方のない話かもしれない。

 

 比較的丁寧でわかりやすいよう工夫された副担任の山田 真耶の努力虚しく、今まで男であるが故に《IS》と関わりのなかった一夏が『何一つわからない』という発言をもって、ひとまず終礼の電子音が鳴った。

 

「ようよう一夏、ちょとシャー芯くれね? ――――ってか生きてる?」

 

「ああーうぅー……」

 

 呻き声をあげるだけの屍だった。

 

 先ほどの『わからない』発言による千冬からの出席簿アタックで、すでに授業でオーバーヒートしていた一夏の脳はトドメをさされたようだった。

 

 机に突っ伏した一夏が顔をこちらに向けて縋るような視線を送ってきた。

 

「楓は授業わかるのか?」

 

「ハッハッハッ! 当然だよ君。俺を誰だと思ってるのかね!」

 

 思わず自慢気に鼻が伸びる。

 しかしこれは別に楓が所謂優等生である証明ではなく、彼はかの世紀の科学者、束と一緒に住んでいたのだ。別に彼女の作業を手伝っていたわけでもなんでもないが、《IS》に関しては並みの者より遥かに知識を有している。

 その証拠に、一般教科については学年でも底辺に近いだろう。

 

「くそー。裏切り者め」

 

 恨みがましい声をあげる一夏。

 しかし彼については楓も同情しないでもない。

 事前の勉強を怠っていたのは自業自得とはいえ、元より自分達に《IS》の知識など不要なのだ。何故なら楓達男には、本来あれは動かせないものなのだから。

 開発者になろうとでも思わない限り、少なくとも縁のある代物ではない。

 それを急に膨大なマニュアルを覚えろと言われても頭に詰め込めるわけがない。

 

「――――ちょっとよろしくて?」

 

 会話を遮る声。

 どことなく似たシチュエーションだったが、今回の人物は箒ではなかった。

 

 金髪碧眼の白人。長い髪を縦ロールに、日本人より体つきや顔つきがどこか大人びて思える少女が目の前に仁王立ちしていた。

 

「……ちょっと、聞いていますの?」

 

 楓、一夏共に視線を向けるだけでそれ以上の反応を見せなかったので、少女は不機嫌そうに眉根を寄せた。

 楓としてはてっきりまた、一夏の知り合いなのかと思っていたのだが。

 

「んあ? 聞いてるけどなんか用か?」

 

「んまあ! なんて返事の仕方なんですの! このわたくしに話しかけられたのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

 どうやら違うらしい。

 

 色々と限界で、主に熱くなった頭を休ませるのにいっぱいでぞんざいな返事をした一夏を責める少女。

 さっぱり要件が掴めないが、なんだか面倒そうな女の子だなぁ、と楓は心の内でぼやいた。

 

 だというのに、

 

「だって俺お前のこと知らないし。楓は知ってるか?」

 

「そこで俺に振るなよ。……いや、知らないけどさぁ」

 

 一夏は馬鹿正直に彼女の怒りの炎に薪をくべる。

 

「知ら、ない?」

 

 案の定、顔を赤くして身を震わせる少女。

 

「イギリス代表候補生にして入試首席であるこのわたくしを、セシリア・オルコットを知らないとおっしゃいますの!?」

 

 縦ロールを振り乱して絶叫するセシリア。

 おそらく自己紹介のときもこんな感じで名乗ったのだろう。遅刻した楓は知る由もないが。

 しかも、その自己紹介を聞いていたはずの一夏は、

 

「なあ、質問いいか?」

 

「よろしくてよ。下々の要求に応えるのが貴族の役目」

 

「代表候補生って、なんだ?」

 

「期待しちゃいなかったけど、お前どんだけだよ……」

 

 さすがに少し引いた。ものを知らないにも程がある。

 セシリアに至ってはもう言葉も出ないようだった。

 なので不本意ながら楓が説明を請け負うことに。

 

「文字通り候補生だよ。国家代表の《IS》乗り……その候補。候補っつっても待遇は格別だ。国によって扱いは違うだろうけど、まあ大抵はかなり優遇されてるな」

 

「そう! つまりエリートなのですわ!」

 

 楓の説明の甲斐あって、ようやくセシリアは自分のペースを取り戻して高らかに告げる。くびれた腰に手を当てたポーズがやけに自然。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間と同じ教室で教えを受けるなど、頭を下げて頼んでも実現出来ないほど名誉なこと……。もう少しその幸福を理解してくださる?」

 

「そりゃラッキーだな」

 

「……貴方、馬鹿にしてますの?」

 

 この二人、相性が悪いらしい。

 天然と高飛車は混ぜると危険。

 

 セシリアは眉をひくつかせながら一夏を一瞥。

 

「大体貴方がた、よくもまああの程度の学力でこの学園に入れましたわね。男性で《IS》を操る方と聞いていたので、てっきりどんな知的な方かと殿方かと思っていましたのに」

 

「ついでとばかりに俺もまとめないでくれ」

 

 さすがに一夏ほどの世間知らずの汚名は着せられたくはない。それに知識にしても、《IS》に関してなら遥かに上だと自負している。

 そんな楓の主張も何処吹く風と聞き流している様子のセシリア。

 

「まあですが、わたくし優秀ですので? 泣いて頼むのであれば色々教えて差し上げてもよくってよ。なにせわたくし、入試の実技試験で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから!」

 

 これで高笑いでもしてみれば似合いそうだな、と思った楓。見下されている上にとても馬鹿にされているのだが、外見と違ってこの程度で突っかかるほど気の短い性質でもない。

 この手の人間は気持ちよく喋らせてやるのが一番良い。

 

 どこか彼方を見ながら流し聞いていた楓だったが、隣の一夏が『ん?』と疑問気な声をあげた。

 良い予感がしない。

 

「入試ってあれか? 《IS》を動かして戦うやつ」

 

「それ以外ないでしょう」

 

 語りに水を差されて僅かに不機嫌さを滲ませる。

 それは一夏の次の発言で決定的に歪むこととなった。

 

「それなら俺も倒したぞ」

 

「んなっ!? わ、わたくしだけと聞きましたわ!」

 

「女子だけってオチじゃないか?」

 

 あぁ……、と額に手をあてて天上を仰ぐ楓。この男、水を差すどころかぶちまけやがった。

 

 ピッキーン、という音が聞こえてきそうな感じでショックのあまり硬直してしまったセシリア。一夏は己が何をしたのかわかっていないようで首を傾げている。

 ちなみに、もちろん楓はそんな試験受けていない。

 入学が決まったのは二日前。渡されたのはいきなり合格通知だったわけだから。

 

「あ、貴方達も教官を倒したというのですの!?」

 

 硬直から復活したセシリアが顔がぶつかりそうな勢いで一夏に詰め寄った。

 

「え、えーと……多分」

 

「いや、俺は別に倒してなんか――――」

 

「どうなんですの! はっきりしなさいな!!」

 

「まあまあ、落ち着けって」

 

「これが落ち着いていられますか!」

 

 仲裁に入ろうにもセシリアには楓の言葉が耳に入っていない。このままだと巻き添えで噛み付かれそうな調子だった。

 そんなとき、楓にとっては都合よく、彼女には都合の悪いタイミングで次の時限のチャイムが鳴った。

 

「くっ」

 

 電子音を鳴らすスピーカーを睨みつける。

 そうして次に楓達を睨みつける。

 

「また後で来ますわ!」

 

 返事は求めていないとばかりに告げるなり自分の席に戻る。

 

 結局、最後まで彼女が何に怒っていたのかわからない一夏は首を傾げ、とばっちりを受けかけた楓は安堵の息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 次の授業で教壇に立っていたのは千冬だった。

 彼女は授業を始める前にわざとらしく、今思い出したかのように言う。

 

「そういえば、再来週にあるクラス対抗戦の代表者を決めねばならんな」

 

 また一夏が、何のことやらと首を傾げているのが後ろから窺えた。しかし今回に限っては楓以下、クラス全員が知らないワードだった。

 

 クラス対抗戦。

 その名の通り、クラスの代表者達によって行われるリーグ戦。無論、競うのは《IS》による戦闘だ。

 その代表者だが、なんでも今回限りの代表ではなくこれからの行事全てに関わる、謂わばクラスの学級委員のような立場になるらしい。

 

「ちなみに、クラス対抗戦は入学時点からの各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないだろうが、競争は向上心を生む。それと一度決まれば最低一年間変更はきかんからそのつもりでいろ」

 

 最後に千冬はそう付け足した。

 

 ふむ、つまりは面倒な役回りなのだと身も蓋もない解釈をする楓。

 事実普通の学校の学級委員でさえ物好きでなければやりたがらないのだ。《IS学園》などという特殊環境下の代表を、たかがクラスのリーダーだと断じることは出来まい。

 それぐらいクラスメートの大半は理解している。その上で、一人の女子生徒が手を上げた。

 

「はい。織斑君を推薦します」

 

 立候補でなく推薦(ひとまかせ)だった。

 

「うえっ!?」

 

 前触れもなく名を呼ばれ、しかも当然のようにそれを受け入れる千冬に、彼は奇声じみた悲鳴をあげた。

 

 さすがに同情しなくもないが、いっそこのまま一夏に決まってしまえと内心ほくそ笑む楓。

 世にも珍しい男の《IS》操縦士。それならいっそクラスのシンボルにしてしまおうという彼女達の魂胆だろう。その証拠に何人かの視線は楓にも向いていたが、未だ強面の効果が働いているのかあと一歩踏み出せないでいるようだ。

 それはそれで傷つくのだが、今に限ってはそれで構わない。

 何処それの某かが無駄な勇気を振り絞らない内に一夏に決まれ。

 

「納得いきませんわ!」

 

 そんな楓の願いを、一つの声が断ち切った。

 

「このような選出認められません! 男がクラス代表など……」彼女は一夏を仇のように睨みつけてから「わたくしに一年間生き恥を晒せとおっしゃるのですか!? そもそも! 実力でいけばわたくしが選ばれるのが必然。それを物珍しいというだけで決めるなんて認められませんわ!」

 

「酷い言われようだな」

 

「当然ですわ」

 

 完全にとばっちりを受けている一夏だった。

 しかし、セシリアの言い分もわかる。一度きりのものならまだしも、一年という長い期間、クラスの代表を務める人間を選ぶのだ。

 それに彼女の首席発言が本当ならば彼女には相応の力があると認めざるをえない。

 彼女には彼女なりの、イギリスの代表候補生としてのプライドがあるのだろう。

 

 自分には関係の無い話であるが。

 楓は無責任に推移を見守る。

 

「大体、文化としても後進的なこんな島暮らしだけでも耐え難いのですのに。これで貴方のようなお猿さんがわたくしの上に立つなどと――――」

 

「イギリスだって大したお国自慢なんてねえだろうが」

 

 今まで黙っていた一夏が怒鳴り返す。

 

「世界一不味い料理で何年覇者だよ」

 

「貴方!? わたくしの祖国を侮辱しますの!」

 

「そっちが先だろう」

 

 睨み合う二人。

 やがて、わなわなと体を震わせていたセシリアが白く長い指先を一夏に突きつけた。

 

「クラス代表を懸けて決闘ですわ」

 

「おう。望むところだ!」

 

 売り言葉に買い言葉とはこのことか。

 一夏もこの場の雰囲気と感情に乗せられるまま応じた。

 

 何やら思わぬ面白イベント発生にクラスがざわめく中には楓もいた。

 

 それにしても今どき決闘とは古風な。

 どちらにせよ、周囲の自分への視線も掻き消え、安堵の息を一人ついていた。

 

 ――――それを見ている者がいた。

 

「今ならば一票でも入ればその者も戦いに参加させよう。自他推薦構わんぞ」

 

「「御堂君を推薦します」」

 

 さらにクラスが盛り上がった。

 

 明らかに悪意ある後押しだ。

 その証拠に目があった千冬は意地悪そうに笑っている。

 

「畜生。千冬さんめ……」

 

 ゴン、と机に額をぶつけて楓は突っ伏した。




閲覧どもでしたー。

>書いてて思ったんですが、楓って本当に特別な色のないキャラだなぁ、と思いました。
一般的な男の子をイメージして書いてるんですがまさにそのままになってるような……。

>バトルは次々回くらいですかね。


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四話

 放課後、教科書類を鞄に詰めながら楓は疲労感に満ちたため息を吐き出した。

 入学式初日から何故こう厄介事に巻き込まれるのか。なんだかんだと平和だった中学校がすでに懐かしい。

 

「はぁ」

 

「どうかしたのか、楓」

 

「俺はたまにお前が羨ましいよ」

 

「そ、そうか?」

 

 照れる一夏。

 しかし決して褒めていない。楓以上に厄介事の中心にいるのに、こう呑気なのは大物なのかただの阿呆なのか。それとも両方か。

 

「一夏!」

 

 呼び掛けに振り返る。

 楓達に向かってズカズカと歩いてくる少女。篠ノ之 箒だった。

 彼女は一夏の側にいる楓に気付くと少しだけ感情露わだった態度を改める。

 

「おぉ、箒」一夏は気軽に名を呼んでから「そういえば楓には紹介してなかったよな? 篠ノ之 箒。俺の幼なじみだ」

 

「……篠ノ之 箒だ。よろしく頼む」

 

 一夏の『幼なじみ』という発言にどこか引っかかったような顔をした箒だったが、すぐに厳格な顔つきで会釈する。

 

「御堂 楓。よろしく、篠ノ之ちゃん」

 

「ちゃんはやめてくれ。それに、苗字で呼ぶのも出来れば遠慮願いたい。……苦手なんだ」

 

 楓の呼称に恥ずかしそうに顔を赤くした後、今度は暗い影を落として付け加えた。

 

「了解。よろしくな、箒」

 

 そう呼ぶと彼女はどこか安堵したように小さく笑った。

 穏やかな笑顔は、こうしてみると束と重なるものがある。さすが姉妹。

 

 苗字で呼ばれるのが苦手。というより、その苗字から束の親族であることを知られ、詮索されるのが嫌なのだろう。

 《IS》が世に出て、世界の情勢に関わるほどの力を有しているとわかった瞬間から、その技術を、束を手に入れるために彼女の家族にまであらゆる組織の手が伸びた。

 そしてその安全を確保するために保護をうけるも、以前のような自由な生活とは程遠いものだっただろう。

 

(やっぱり、箒は束を恨んでるだろうか?)

 

 楓は箒を見つめる。

 

「……? 私の顔に何かついているか?」

 

 それに疑問を抱いた彼女は不審そうに尋ねてきた。

 

「……いいや」

 

 今はいい。彼女にとって傷になっているかもしれないものを無闇に触るのはあまりにも無神経だと思うから。

 

「そうだ一夏!」

 

 楓の視線の意味をわかりかねていた彼女だったが、ここにきた目的を思い出して一夏に怒鳴る。

 

「放課後は剣の訓練をすると言ってあっただろうが!」

 

「あ……」

 

 完全に忘れていたという感じだ。

 それに対して先ほどまでの落ち着いた雰囲気は何処へやら、うがーと歯を剥き出して怒る箒。

 しかし普段のそれより今の姿の方がしっくりくるのは、こちらが彼女にとっての自然体なのだろう。それを引き出せるのが一夏なのだ。

 

 それにしても、

 

「訓練か」

 

 おそらく、セシリアとの決闘に備えての特訓だろう。

 

「そうだ! 楓も来るか?」

 

「いや、遠慮しとく。俺は剣より自分の《IS》を慣らすよ。まともに起動させるの久しぶりだし」

 

「楓って専用機持ってるのか!?」

 

 一夏が驚いて声をあげる。傍らの箒も声には出さずとも同様に驚いた顔をしていた。

 

「言ってなかっけ?」

 

 言いながら楓は黒色の三連ピアスを示す。それこそが彼の《IS》の待機状態の形状だった。

 専用機持ちは皆、このように《IS》を待機状態にして携帯している。そして待機状態の《IS》は大抵アクセサリーの形をしている。

 

「ってわけだから俺は特訓は遠慮しとくよ」

 

 ちらり、と箒を見るとどこかほっとした顔をしていた。

 彼女はどうやら一夏に気があるようだ。それに気付いていながらせっかくの二人きりの時間を邪魔するのは気が引けた。

 

「そーゆーことだから、二人で仲良くな」

 

「そっか」

 

「ほら、行くぞ一夏。貴様のなまった体を鍛え直してやる」

 

 とても生き生きした箒が引きずるように一夏を連れて行く。

 

 そんな二人を眺めながら、楓はふと自分の専用機であるピアスを撫でる。

 楓は専用機持ちという存在の重さを理解している。最強の兵器を一個人に持たせることの意味を、だ。

 個人が有するにはあまりにも大きすぎる。ましてや、学生である楓ほどの年齢の子供達には言うまでもない。

 

 それに、そもそも束がコアを作らない限り《IS》の絶対数は決まっている。それはつまり一国が保有するコアの数も限定される。

 その内の一個を特定個人に与えるのだ。

 故に、専用機持ちの代表候補生は国からサポートが惜しみなく奮われる。

 

 しかし、楓は違う。彼は別に代表候補生などではない。

 それなのに何故彼が専用機を持っているのかというと、無論、束が与えたのだ。

 ある年の誕生日、彼女は買ってきた玩具を与えるような気軽さで、兎のイラストが描かれた紙に包装されたこれを渡してきたのだ。

 各国の研究者が聞けば卒倒しそうな話。

 

 つまり世間は一夏を一人目、楓を二番目の男性《IS》操縦者だと言っているが、それは違う。楓はずっと前から《IS》に乗っている。

 当時の幼い自分は、その異常に気付くこともないまま自然に《IS》を纏っていたものだ。

 

 IS学園からの身に覚えのない合格通知に応じたのもそれが理由。

 受験した覚えは無いが、呼ばれる理由に心当たりはあったから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 楓が《IS》に乗れるのを知っているのは束だけ。ならば、そんな自分を学園に呼んだのは彼女の意思だ。

 そして、彼女がそう望んでいるなら、断る理由が楓にはない。

 

 

 

 

 

 

「あぁー……疲れた」

 

 凝った肩を回して解しながら、楓は一人日の暮れた道を歩く。今の今まで彼は一人で自身の《IS》を展開していたのだ。

 入学式当日とあってか同級生はもちろん、上級生もアリーナに姿は見えず……というか今日に限っては借りようとする人もいなかったとアリーナの管理をしている教師は言っていた。

 頼み込んでみると案外すんなり申請は通り、専用機を持っているから学園の《IS》の貸出はいらないと断るとやや驚かれたりもした。

 

 とにかく、そうして久しぶりに乗った相棒の調子は、まあ元気だった。

 子供のときは自身の手足の如く自在に操っていたはずなのに、肉体的に成長している今の方が振り回されるじゃじゃ馬っぷり。

 今までの生活で《IS》に乗る機会などあり得ないし、そもおいそれと乗り回せるものでも立場でもなかった。

 故に束と住んでいたとき以来、約二年ぶりの全身展開となった。さすがにブランクは感じる。

 

「こりゃしばらくは勘を戻すのが優先かー」

 

 生身の鍛錬を含め、少しでも昔に戻るための訓練法を頭に思い浮かべながら歩いていると、ようやく大きな建物が見えてきた。隠すつもりもないそれこそ、楓がこれから住む寮だった。

 

「たかが学生に……ほんとここってふざけてやがる」

 

 短い期間とはいえバイトをして一人暮らしを経験していた彼は複雑な心境で建物を見上げる。

 ふと、その入口に何者かが立っているのが見えた。

 漆黒のスーツにタイトスカート。その人物は壁に背を預けて、まるで眠るように目を閉じていた。

 

「千冬さん?」

 

 その人物は千冬だった。

 

 楓が近付くと、気配を感じ取ったのか千冬の瞼が上がる。相変わらずの鋭い瞳は入り口で呆けている楓を見つけた。

 

「御堂、ついてこい」

 

 言うなりついてくることが決まったかのように歩き出す。

 有無を言わせないのも相変わらずだった。

 

 

 

 

 

 

 千冬は真っ直ぐとある部屋にやってくるとノックもなしに開け放つ。そのまま我が物顔で部屋の中にまで入っていってしまう。

 シーツの乱れたベットの上に鞄を放り投げ、上着をたたみもせず椅子の背もたれにかける。

 その後ろをただついてきた楓。明らかに生活感のある部屋を前に呆然とした。何より、今の状況が理解出来ないのだ。

 

「どうした? 早く入れ」

 

「いや、そう言われても」

 

 おずおずと、扉を後手に閉めながら扉の前で尚立ち尽くす。

 

「念のため聞くけど、ここ誰の部屋?」

 

「ん? 私の部屋だが」

 

「は?」

 

「今日からはお前の部屋にもなるがな。だから気にせずさっさとあがれ」

 

「はああああああ!?」

 

 堪らず声をあげる。

 

「てっきり俺は一夏と同じ部屋だと思ってたぞ!?」

 

 というか、普通そうあるべきだろう。なにせ二人きりの男なのだ。ちょうど寮の部屋は一部屋二人で住まうことを前提に造られていると聞いていたし。

 

「まあ本来ならそうなのだが」喋りながら千冬は無造作にかけてあったタオルを手に取り「あいつはともかく貴様はあまりにも急過ぎる転入だったものでな。部屋割りを変えるにも色々と手続きが必要なんだ。それに今度は織斑の専用機の登録もある」

 

 各国の女生徒が集まるこの学園。ただでさえ手続き、書類の類は多い。

 そこに急にやってきた男性操縦士。楓の書類にしても未だ完了していないものも多いのだと千冬は言った。

 

「山田先生も嘆いていたな」

 

 まるで他人事のように笑う千冬。

 

「それでなんで俺が千冬さんと同じ部屋?」

 

「お前はあいつと違ってこの学園に知り合いもいない。さすがに何の接点もない男女を同じ部屋に詰め込むのは問題がある」

 

 それで教師である千冬と相部屋になったと。彼女ならば万に一つの間違いも起きないという信頼……というより、紛れも無い事実から。

 

「まあ納得した。俺に対して一切断りがなかったのは気になるけど」

 

 一先ずは、と付け加えておく。

 

「それにしても……」

 

 そうしてから改めて部屋を眺める。

 今し方彼女が放り投げた服の他にもかごに山のように積み上げられた服。テーブルの上にはビールの空き缶。

 率直に言って、だらしない。

 

「質実剛健。高潔無比。完全無欠のブリュンヒルデ様に、まさかこんな一面があったとは」

 

「黙れ」

 

 投げつけられた空き缶を受け止める。

 一つ息を吐く。

 まずは掃除だ。

 

 

 

 

 

 

 掃除という名の戦いはおよそ一時間の死闘となった。

 最後に大量の服を詰め込んだ乾燥機のスイッチを入れたところで一人シャワーを浴びてさっぱりした千冬が現れた。

 

「ほう、大したものだ」

 

「なにを他人事な。明日まとめたゴミくらいは捨ててこいよな」

 

 口調はぶっきらぼうに、しかし楓は千冬を直視することが出来なかった。

 というのも彼女の格好は今日一日のきちっとしたスーツ姿から一転、ショートパンツに黒のタンクトップというあまりにもラフ過ぎる格好だった。

 ギャップ云々以前に、彼女のスタイルを考えれば顔が赤くならざるを得ない。

 

 これが少なくとも数ヶ月。色々と耐えられるだろうか。

 

「千冬さんお茶飲む?」

 

 やかんに水を入れながら尋ねる。

 

「いや、ビールをくれ」

 

「へいへい」

 

 火を入れて、冷蔵庫を開ける。中にはろくな食材が入っていないくせに酒類だけはびっちり並んでいた。

 若干呆れながら缶ビールを取って投げ渡す。

 

 プシュ。ゴクゴク。プハーッ!

 

 絵に描いたような仕事終わりのOLだった。

 あそこまで美味そうに飲まれると興味が湧く。

 

「やらんぞ」

 

「ちょっとだけなら」

 

「命が惜しくなければ飲むがいい」

 

「…………さ、お湯沸いたかな」

 

 好奇心より命が大切だ。

 

 自分のお茶を勝手に借りた湯のみに注いで居間に戻ると、千冬は部屋のパソコンの前であぐらをかいて座っていた。

 どうやら学園の資料のようだったので、画面が見えない位置に腰を下ろした。

 しばらく無言のまま時間が過ぎる。

 

「千冬さんてさ」

 

「織斑先生だ」

 

「今は部屋に戻ったんだしプライベートでしょ。千冬さんなんて酒飲んでるし」

 

 千冬は忌々しそうに眉をひそめてこちらを睨む。

 

「だとしても私の方が年上だ。敬え」

 

「はいはい」適当な返事をしながら「千冬さんてさ、案外普通なんだな」

 

 当たり前のことなのに、少しだけ驚いた。

 楓が初めて彼女を見たのは画面越しだった。第一回IS世界大会、モンド・グロッソ。

 強かった。誰よりも、何よりも。

 人とはこうも強く、美しく在れるものなのかと、感動を覚えた。

 だから、きっと彼女には出来ないことなどない。弱みもなく、欠点もない。そんなふうに考えていた。

 

 しかしそうではなかった。今見ている彼女は極々普通の、ただの女性だった。

 そんなこと、少し考えれば当たり前のことなのに。

 

「幻滅したか?」

 

 自嘲気味に千冬は笑った。

 

「いんや。むしろ、ちょっと嬉しかった」

 

 彼女を身近に感じて、憧れた人を近くに感じて、少し嬉しかった。

 

 千冬はきょとんとした顔をしていた。

 おそらくとても珍しい姿なのだと思う。

 

「変な顔」

 

 ピクン、と眉間を引くつかせる千冬。

 しかし殴りかかることはせず、自制するように酒を煽る――――が、どうやら空だったらしい。

 

「御堂、新しいのを取れ」

 

 まるで駄々をこねる子供だ。

 また新しい彼女の一面に隠しもせず笑ってみせる。

 

「了解、女王様」

 

「そこまで偉くはない」

 

 後頭部に空き缶を投げつけられた。




閲覧ありがとうございまっす。

>先日、この作品の元がとあるサイトから完全に消失しましたのでここからは完全に書き直しとなります。
はっはー。データ保存しておけばよかったとちょっと後悔。

>本来千冬さんの性格なら楓のタメ口に物凄く怒りを覚えるでしょうが、まあ彼のキャラ付けということでそこはスルーで。
次回は遂に一夏君とセシリアとのバトルだぜ!


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五話

 半径百メートル以上の円形状のアリーナ。学園でISを使った実技訓練、また試合などで使われる施設の一つである。

 すり鉢状の観客席を埋めるのは女子、女子、女子。そしてアリーナの中央に立つ人物もまた女性だった。

 

「わたくしを相手に逃げずにきたこと、まずは褒めて差し上げますわ」

 

 金髪の縦ロールを弾いて笑う少女。セシリアは、目の前にいる人物に対して微笑みかける。この学園の、否、世界において最たる異端。男性のIS操縦士、御堂 楓に。

 一昔前ならば男と女が一対一で相対すれば鼻息を荒らげるのは男であった。しかし今は違う。たった一つの兵器、ISの存在によってそれは見事に逆転している。

 今や女性相手に腕力で優位に立てる時代は終わった。

 

 IS。その優位を抜きにしても、セシリアは男である楓を目の前に自信を持って立っている。

 そのための努力はしてきた。訓練にも耐えた。

 だからこそ彼女は両親の死という逆境から這い上がり、英国の代表候補生にまで上り詰めることが出来た。

 故に彼女は笑う。勝利を確信して。この世の誰より、男などより自分は強いのだと。

 

 だというのに、

 

「わたくしがせっかく褒めているのに貴方は一体なにをしていますの!?」

 

 正面に立ち上はだかるはずの男は先程から背中を向けてうずくまっている。

 

「いや、ちょっとたんま」

 

 覗き込もうとしてくるセシリアを片手で制する楓。

 セシリアから見えないが、楓の顔は真っ赤に染まっていた。その原因はセシリアの格好だ。

 

 ISに乗るとき、搭乗者は専用のスーツを着る。理由はISとのシンクロ率を上げるためだ。

 別に普段着でも纏うことは可能だ。が、やはり専用のスーツを着た方が思考の伝達速度は上がり、誤差は格段に減る。

 そしてそのスーツなのだが、まるでスクール水着かタイツのように体にピッタリ貼り付くようなタイプが多い。

 つまり体のラインが如実に現れるのだ。

 加えてセシリアは同年代の女子に比べて色々と発達している。端的に言えば、目のやりどころに困る。

 

(くっそ、スーツ姿って生で見るとあんなエロいのか! つかいいのかあんなの!? なんであいつは恥ずかしくないだっての!)

 

 画面越しで見たことはあった。そのときは大して気にならなかったが、こうして生で晒されるとどうしようもない。おまけに漫画アニメよろしく鼻血まで出てきて、もうほんとどうしよう。

 

「?」

 

 ちなみに彼女とて恥ずかしくないわけではない。しかしそれは自覚すればの話だ。

 ISに乗るならスーツを着るのは当たり前。そしてスーツがこういうのも当たり前。

 なのだからまさか目の前の男がそんなことでうずくまっているなどと気付くことはない。

 

 ところで、セシリアは『一人目』の、もしくはこの場に現れるはずのもう一人の男に思い馳せる。

 その人物の名は織斑 一夏。

 彼女にしてみれば目の前の楓より、そちらの方が気に入らないのだが、彼は未だこの戦場に現れない。

 会場の誰もが彼の登場を今かと待ちわびている。

 

「逃げたに決まってますわ」

 

 セシリアは吐き捨てる。

 

「まあそれも仕方のない話。なにせわたくしが相手なのですから」

 

 男なんてそんなものだ。情けない。弱い。

 

「むしろ懸命な判断が出来たことを褒めて差し上げるべきかしら? たとえ逃げたとしても少しは見なおしてあげて――――」

 

「逃げてねえよ」

 

「え?」

 

 おもむろに立ち上がった楓はピットを見つめる。まるで今にもあそこから一夏が出てくると確信しているように。

 苛立つ。セシリアは目を細めた。

 

「それはどういう意味――――」

 

「来た」

 

 言葉に誘われてセシリアもピットを見やる。そこから鈍色が飛び出した。

 視線を感じて楓を見やると、彼は『ほらな』と言って笑った。

 忌々しいと唇を噛む。

 

 ピットから飛び出したISはぎこちなく上空を旋回してからようやくセシリア達の間に着陸した。

 鈍色のISを纏っているのはやはり『一人目』の男のIS操縦士、織斑 一夏だった。

 

「お待たせ」

 

「おう、待ったぞ。登場から目立ちやがって腹立つな」

 

 楓の軽口に一夏は苦笑する。

 

「真打ちは遅れてやってくるってな」

 

「――――誰が真打ちですって?」

 

 和やかな雰囲気は蒼い光に断ち切られた。

 

 それはセシリアがISを展開した燐光だった。

 スーツと同じ蒼色のIS。展開時からその手には長銃が握られている。

 

「真打ちはいつだってわたくしですわ」

 

 英国第三世代、《ブルー・ティアーズ》。

 それが彼女の専用機の名前。

 

 セシリアは一夏、楓と順に眺めて、構えた銃を下ろした。

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

 穏やかに告げる。

 

「チャンス?」と一夏。

 

「そう。この勝負、わたくしが一方的な勝利を手にするのは自明の理。ならば恥をかく前に、今ここで泣いて謝るのでしたら許してあげないこともなくってよ」

 

 髪をかきあげる動作はゆったりと、それでいて威圧的だった。

 彼女はこの戦いで負けるなどとは露ほども思っていない。事実、彼女は強い。代表候補生、それも専用機持ちの実力は伊達ではない。

 

 だが、その名で怯むなら端からこの場に立っていない。

 

「それはチャンスとは言わないな」

 

 一夏が言い、

 

「右に同じく。男にだって意地くらいあるんだよ」

 

 楓が続ける。

 セシリアは不愉快に眉をひそめた。

 

「くだらないですわね」

 

「ぶっちゃけただの見栄だからな。否定はしない」

 

 楓の物言いに、苛立ちが募る。

 

「本当にさっきから勘に触りますわね! なにをしていますの。早く貴方もISを展開しなさいな。そうすれば一瞬で撃墜させてあげますわ!」

 

 セシリアからようやく笑みが消えた。侮りが消えたわけではない。ただそれ以上に怒りが勝った。

 ただの標的から、叩き潰すべき敵として映った。

 

 しかし彼女の言葉の通り、あとISを展開していないのは楓だけ。会場の視線も、一夏の視線も、楓へ注がれている。

 それを自覚しながら楓は左耳の黒色のピアスに触れる。そうして己の愛機の名を告げた。

 

「《八咫烏(やたがらす)》」

 

 漆黒の粒子が渦を巻いて楓を包み込んだ。それも一瞬のこと。やがて内側から弾けるように光は霧散した。

 会場中の視線が集まる中、黒の光からそれは姿を現した。

 

 それは正しく異形であった。

 

 ISというのは結局のところ機械だ。体に纏う(アーマー)。どうしたって見た目はゴツくなってしまう。それは世代に拘わらず共通の特徴だった。

 しかし楓のISは違った。

 長い手足。削ぎ落としたかのような痩躯。パッと見たところ武器らしいものは見えない。ただ装甲の表面が、まるで鱗のように逆だっているのが特徴的だった。

 

「それが……IS、ですの?」

 

 誰もがその異様な姿に沈黙した中でセシリアは辛うじて問う。

 しかしやがてその驚きは薄まり、客観的に見た感想が頭に浮かぶ。特に間近でそれを見ている彼女と一夏はほぼ同時にこう言った。

 

「貧弱ですわね」

 

「なんというか、なよいな」

 

 会場にいる大多数の感想だった。

 見た目の異様さに最初こそ衝撃を受けたが、なんてことはない。それは他のISと比べればあまりにも頼りなく見えた。

 不気味であっても強そうには到底見えない。

 

 そんな感想は承知していたのか、楓は肩を竦めた。

 

「そう言うなって」

 

 感触を確かめるように展開したISの手を開閉する。二人は気付けなかったが、何気ないその動作が熟練した者からみれば感嘆するほど滑らかだった。

 そのことには気付けなかったが、二人は楓の鋭い視線に思わず気圧された。

 

「すぐに驚かせてやるから」

 

 

 

 

 

 

 なにはともあれ始まった三つ巴のクラス代表決定戦。開戦はセシリアのメインウェポン、《スターライトmkⅢ》から射出された青白いレーザーだった。

 セシリアの狙いは当初の通り、一夏。

 

「さあ踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと《ブルーティアーズ》の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 攻撃手段は長銃だけではない。彼女の駆る愛機と同じ名を冠する特殊兵装、レーザービット《ブルー・ティアーズ》で確実に一夏を追い詰める。

 一夏もブレードを構えてなんとか間合いを詰めようとしているが突破口が掴めないでいた。

 

 やはり男なんてこんなもの、そうセシリアは思いながら心の片隅で彼を認めつつもあった。

 操作技術は拙い。中・遠距離タイプの自分に、近接武器のブレードで歯向かおうとするのは滑稽。しかし、彼は堕ちない。

 決まったと確信した攻撃は幾度かあった。だというのに、未だ決めきれない。

 それはここぞというときの戦闘勘の良さ故だった。

 それに、動きがぎこちないというのも、彼は未だISの稼働時間がほとんどないと聞いている。対してセシリアはこの学園に来る前から祖国で訓練を重ねている。そう考えればこうして食い下がってくること自体凄まじい才能といえる。

 

 だとしても、彼女の奥底の感情はそれを否定する。男を否定する。

 認めない。認めてなるものか、と。

 感心が苛立ちにすげ変わる。

 

 ――――その矛先は下方へ向いた。

 

「貴方はなにをしていますの!」

 

「ん?」

 

 戦闘中だというのに、セシリアは下方へ向かって吼えた。

 セシリアと一夏が身を削り合って戦う最中、初撃の回避以来、未だ開始位置からほとんど動いていないISの姿があった。

 

「驚かせてやるなどと大層な口を叩いておきながら、やる気がありませんの!?」

 

(やはり男なんて……)

 

 男への怒りが再燃するセシリア。

 そんな彼女を見上げる痩身長躯のIS搭乗者は、挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「なら、やる気にさせてみろよ」

 

「っ! 本当に口の減らない!」

 

 一先ず一夏を放って、セシリアの銃口は楓を向いた。躊躇うことなくトリガーを引く。

 青白い閃光が大気を焦がした。しかしそれは楓に当たる直前で『何か』に阻まれ霧散した。

 ――――何か、ではない。

 それは菱型の板。《八咫烏》の色と同じ漆黒のパネル。

 十二の物体は楓の周りを惑星のように回っている。その内の一つがセシリアの攻撃を防いだのだ。

 

「シールドビット……。貴方程度がわたくしと同系統の兵装を操れるとは思いませんでしたわ」

 

「おう驚いたか」

 

 子供のような幼稚な笑顔を浮かべる。

 

 驚いた。確かに、セシリアは楓の言葉以上に実は驚いていた。

 というのも、彼女は知っているからだ。同じビット兵器を操る者だからこそ、彼が行っていることの凄さが嫌でもわかった。

 ビット兵器は操るのに多大な集中力が必要となる。かくいう彼女もビットを操っている間はそれ以外の行動が取れないという弱点を持っているぐらいだ。

 

「ま、これは《エネルギー吸収(ドレイン)》も《反射(リフレク)》の効果も無い、ただの壁だけどな」

 

「そうですか」内心の驚愕を隠すように必要以上の反応を見せず「それで、いい加減ここまで上がってきてはいかがかしら? 見たところ武装はそのビットだけ。なら貴方のISも近接格闘型なのでしょう?」

 

 上がってきたところを撃ち落としてみせる。

 そう意気込んでいたセシリアだったが、

 

「無理。だってこいつ空飛べないし」

 

「…………は?」

 

 耳を疑った。

 

「今、なんとおっしゃいましたの?」

 

「俺のISは飛べないって言ったんだよ」

 

「そ――――そんなはずありませんわ!」

 

 セシリアは叫ぶ。

 

 彼女の驚きも当然だ。ISには様々なタイプがある。一夏の《白式》のような近接格闘型。セシリアの《ブルー・ティアーズ》のような中・遠距離の射撃型。他にも武装や操縦士の戦い方でタイプはさらに分かれる。

 しかし、それ以外にもISには様々な機器、システムが備わっている。操縦士の視野を補佐する《ハイパーセンサー》。操縦士を守る《絶対防御》。ISの核となるコア。

 これら後者はISのタイプに左右されない、謂わば基本システムだ。

 

 その内の一つ。《PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)》。

 これによってISは空を飛び、加減速を行っている。

 

 ――――つまり、ISが飛ぶことは基本的な性能だということだ。高機動型とそうでないもの、速度に差はあれど、飛べないISはこの世に存在しない。

 そのはずだった。

 

「ISが飛べないなどと、そんな馬鹿なことが……」

 

「嘘じゃねえよ」

 

 彼はあくまで軽い調子で笑う。自身がどれだけとんでもないことを言っているのか、自覚しているか疑うほどに。

 

「こいつは飛べない。――――けど、翼は持ってる」

 

 言い終えた瞬間には、またしても彼は消えていた。

 

「また……!」

 

 しかしさすがに彼女も代表候補生。二度目となれば対応は早い。

 今度は肉眼に頼らず、ISの基本システム《ハイパーセンサー》で探る。――――捉えた。背後。

 すかさず射撃。

 だがそれは阻むように現れた黒い壁に防がれる。

 

「まだですわ!」

 

 それは予想の範囲内。自身の愛機と同じ名を冠するビット兵器で左右から挟み込む。

 

「もらいましたわ」

 

 瞬間、漆黒のISは消えた。《ハイパーセンサー》という『目』からも完全に。

 

「――――え?」

 

「こっちだ」

 

 声は背後から。突如彼女の視界ウィンドウが赤いシグナルに染まる。

 反射的に長銃が幸運にも攻撃を防いだ。それでも威力は殺しきれず体勢が崩れる。

 そも彼女の機体は格闘戦には決定的に向いていないのだ。

 

 体勢を崩されながら彼女は見た。空を飛べないと言っていた彼が、こうして上空の自分に攻撃を与えた手段を。

 楓が空中で踏みしめる菱型のパネル。

 

「ビットを足場に!?」

 

 そんな出鱈目な。そんな非効率な。

 それなのに、

 

(速い……!)

 

 また消える。踏みしめたビットを置き去りに、セシリアの視界から楓が消える。

 気付けばいつの間にか十二の板が結界のように彼女を取り囲んでいた。

 それを足場に縦横無尽に空を跳ね回る。

 しかも異常なのは、徐々に彼女の目から彼の姿が消えかけていることだ。

 

「ハイパーセンサーで追い切れないなんて……!」

 

 がむしゃらに放ったライフルも虚空を穿つに終わる。

 

「くっ!」

 

 だとしても彼女は諦めない。

 優れた頭脳とISのサポート。高速で演算を繰り返して彼の軌跡を追う。――――否、追うだけではない。見切る。彼の姿を。彼の居場所を。

 そして、彼のこれから進むであろう道筋を。

 

「そこですわ!」

 

 決死で割り出したポイントをレーザービットが四方から囲む。そこへ飛び込んでくる影を遂に捉えた。

 

「――――――――――――」

 

 さらに速度が上がった。

 レーザーが貫いたのは彼の影だけだった。ISといえど不可能なほぼ直角に切り返しで躱すと、今度はセシリア目掛けて猛進してきた。

 

 まだ速度が上がるのは予想外だった。しかし、その行動は予測していた。

 

「かかりましたわ」

 

 セシリアは勝利を確信した。

 スカート状にスラスターとなっていた部分が首を上げた。彼女のビットはレーザータイプが四基。加えて、ミサイルビットが二基。

 至近距離。それも向こうは超高速でこちらに突進している。

 超高速機動も関係ない。これはどうあっても躱せない。

 

 ――――楓が上へ跳ねた。

 

「な……!」

 

 眼前に呼び出したシールドビットに手をついて、高速機動を維持したまま前方宙返り。

 放たれたミサイルはその尋常ならざる動きについていけず、獲物を見失い彼方へ消える。

 楓はそのままセシリアの頭上をも飛び越えて背後へ降り立った。

 あらゆる理由から、彼女が動けるはずもなかった。

 

「――――らあああああ!」

 

 拳を握る楓を止める手段を、もうセシリアは持っていなかった。そこで楓を背後から強襲したのは一夏だった。

 楓はセシリアへの攻撃を寸断。振り返ると手の平で撫でるように刀をいなした。

 完璧な奇襲も、思わぬ絶技によって失敗。攻守が逆転する。

 

 楓は右足での上段蹴り。

 一夏は刀を立てて左側面を守った。

 

「が……!」

 

 しかし、楓の蹴りが撃ち抜いたのは一夏の右側頭部だった。

 

(なんで!?)

 

 確かに楓の攻撃は右の上段蹴りだった。しかし今見た彼の格好は、右の回し蹴りに変化していた。

 それに攻撃が当たる一瞬、楓の姿がブレて見えた気がした。

 

 答えは出ないまま、混乱する思考をそのままになんとか体勢を保つ一夏。その頃にはセシリアもビットを手元に戻して体勢を整えていた。

 一方で、楓は追撃もせず悠々と地面へ降り立った。

 

「どうだ? 驚いたか」

 

 空を見上げて彼は言い放つ。

 二人は言葉が出なかった。静まる観客も然り。それほどに彼の動きは異常に過ぎた。

 

「な、なんですのその動きは!」やがて溢れるようにセシリアが叫ぶ「あんな動きが……いくらISとはいえ出来るわけが……」

 

「普通じゃないからな」

 

 楓の言う通り、たしかに《八咫烏》は普通じゃない。

 あの異形は極限まで装甲を削いで軽量化した結果だろう。そうでなければビットに乗る、また蹴って空を駆けるなんて真似出来るわけがない。ビットの方が耐えられない。

 

「――――だとしても」セシリアは吠える「あのスピードは納得出来ませんわ!」

 

「それに俺への攻撃もだ。あのとき、確実に蹴りの軌道が変わってた」

 

 《ハイパーセンサー》でさえ追い切れないスピード。攻撃動作に入っていながら変わった蹴りの軌道。

 

「タネは簡単。――――これだ」

 

 楓が呆気なく語る。示したのは鱗のような装甲。

 セシリアはそこを注視する。

 

「…………風?」

 

「ピンポーン」

 

 楓が示した箇所から、否、《八咫烏》のあらゆる箇所から空気が取り込まれ、また吐き出されているのが見えた。

 楓は風の排出をブースト代わりに、時にブレーキとして使っていたのだ。

 元々の機動性能に上乗せされた急加速減速、それに加えたシールドビットを使った立体機動は、さしもの《ハイパーセンサー》でも追い切れない動きを実現した。

 一夏への攻撃も原理は同じ。風の排出で無理矢理蹴りの軌道をねじ曲げていたのだ。途中までの動作を全て無視して。

 それはつまり、楓は相手の行動を見てから後出しで攻撃方法を変えることが可能ということだ。要するに、防御不能。

 

 セシリアはゾッとした。

 最初見たときは貧相にしか見えなかったあの漆黒のISが、今は酷く不気味な存在に思えた。ダランと下がった長い腕が、まるで死神の鎌のように見えた。




閲覧ありがとーごぜえます。

>意外と長くなってますねえ。でも今度こそ本当に次話でセシリア編は終わります。
《八咫烏》については色々突っ込みどころ満載でしょう!一応欠点とかは追々語ることになるのですが、是非ともツッコんでくれて構わないですよ。
無理矢理蹴りの軌道とか曲げたら体バラバラになっちゃうだろ!とか。

はい、その通りです。

>話は全然ちゃいますが、お休みが欲しい。残業はもうお腹いっぱいなのだよ。


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六話

 セシリア・オルコットは強い。それは紛れもない事実として。

 イギリスの代表候補生。専用機持ち。入学試験で真っ向から教員を倒した実力。そして何より、自身の強さを信じている精神力。

 疑う余地など微塵もない。

 

 そんな彼女が生まれて初めて思った。

 

 ――――自分は、この男に勝てないかもしれないと。

 

 御堂 楓。『二人目』の男のIS操縦士。そんな彼が駆る愛機、《八咫烏》。

 ISにとって基本システムである《PIC》を搭載していない――――実際は飛行能力のみ機能していない――――操縦士と同じくする異端のIS。

 《PIC》による永続的な飛行能力を犠牲に、極限まで軽量化することで実現した《ハイパーセンサー》すら超えたスピード。

 

 しかし、彼女が評価するのはISの性能ではない。彼、楓自身の能力。

 その顕著たる例が彼女と同じくするビット兵器。

 セシリアが扱うのはレーザービット。対して彼はなんの効果も付随しないシールドビット。しかし、彼はセシリアでさえ四基を操るので精一杯のそれを、なんと十二も同時に操る。それもそのビットに乗って空中戦をこなす絶技さえ可能としている。

 

 単純に勝てないと思った。同じ土俵で見せつけられた実力差。しかも、きっと彼はそんなこと意にも介していないというのがなんとなくわかってしまったのが余計に悔しかった。

 

「ここまでだな。もう勝負はついた」

 

 だから、彼がそう言って戦闘を放棄する行動を取ったとき、彼女は何も言い返すことが出来なかった。

 まるでそれは、それは彼女にとって嫌悪する父の姿に重なった。

 

「ま、元々俺クラス代表になる気なかったし。あとは二人で戦って勝った方が――――」

 

「――――ふ、ざけんなッ!」

 

 怒号はすぐ近くから放たれた。

 それが誰のものなのか、わかっているからこそ驚き、彼女はそちらを見る。

 織斑 一夏。

 『一人目』の男性操縦士にして、この場において最も弱いはずの彼だけが純粋に怒りを露わにしていた。

 

「まだ勝負は終わってない!」

 

「終わりだよ」

 

 にべもなく、楓は答える。

 

「悪いが、どう足掻いたって今のお前達には負けない」

 

 別に楓は一夏を見下しているわけではない。むしろ本気で戦う二人の姿に、あまりにも中途半端な気持ちでこの場に立つのが申し訳なくなったのが彼の真意。

 それでも事実は事実として、彼は嘘をつかない。

 

 しかし時にそれが他人の琴線に触れることもある。

 今回でいえば、一夏という男の『くだらない男の意地』だ。

 

 《白式》が発光する。まるで一夏の感情に呼応するかのように強い光を纏って。

 

「…………!」

 

 セシリアは息を呑んだ。

 光から現れた一夏の姿は変わっていた。鈍色の装甲が眩むような純白に変貌していた。

 そうだ。初めから気付くべきだった。

 彼のISは最初から『白』を冠していたということに。

 

一次移行(ファースト・シフト)……貴方まさか、今まで初期設定のまま戦っていましたの!?」

 

 一次移行。

 ISは生きている。彼等はただの機械ではない。持ち主と共に成長し、強くなっていけるパートナーである。

 学園の授業で、まず最初に習う事柄だ。

 

 《初期化》と《最適化》。その二つを合わせて一次移行と呼んでいる。

 それはISと操縦士がまず何よりも最初に行う儀式。

 たったそれだけのことだが、たったそれだけのことが、専用機持ちとそうでないものの実力を隔てる絶対的な差であると言って過言ではない。

 

 セシリアにとって、織斑 一夏とて決して弱い相手ではなかった。確かに未熟であったが、それを忘れさせるほどの才気を感じた。――――現実はそれ以上だった。

 彼は今まで借り物のISで戦っていたのと同義。しかし今、今度こそあのISは彼の専用機となった。

 

 それでも、

 

「だからどうした」

 

 楓は言い放つ。元々鋭い目つきを猛禽類の如く光らせて、彼は上空の『白』へ告げる。

 

「お前の才能は正直すげーと思う。でも、それがどうした。少なくとも今この場で、その程度で埋まるほど俺は弱くない。俺と《八咫烏(こいつ)》が飛んできた時間はお前等の倍じゃきかないんだぜ」

 

 その通りだ。

 たしかに一夏の才気は凄まじいと思う。一次移行を果たし、彼は先ほどまでよりずっと速く、強くなった。それでも、楓の言葉の通り一夏が彼に勝てるとはセシリアには思えなかった。

 

「――――だからどうした!」

 

 だから、その言葉は彼女の胸をうった。

 

「たとえそうでも俺は負けない。この剣に懸けて、千冬姉の名に懸けて、俺は負けない」

 

 一切怯まず。一切躊躇わず。一切臆さない。

 その言葉に後悔があろうはずがない。何故なら彼は雄々しく笑っていたから。

 

 

 

 

 

 

 ――――ああ、本当に強い。

 

 楓は小さく笑った。

 あまりにも一夏とセシリアが熱い戦いをしてくれるもんだから、流されるままこの場に立つことを彼は恥じた。故に辞退しようと思ったのに、それはまた違う意味で一夏の逆鱗に触れたらしい。

 

 それにしてもあれだけ力の差を見せつけてやったのにあの啖呵。馬鹿だと思う。だけど、羨ましいくらい眩しく見えた。

 

「わかった」

 

 ここまで言われて下がるのは野暮だ。男の意地なら開戦のときセシリアに言ったように楓にもある。

 しかしこのままただ戦うのはあまりにも卑怯だ。それほどまでに一夏は未熟で、楓はあまりにも熟達し過ぎている。

 

「――――コネクト」

 

 囁くような楓の言霊に従って、彼の周囲を旋回していた十二の板は互いに連結し合う。やがて誕生したのは楓の身を覆い隠すほどの一枚の壁。

 

「これを壊せたらお前等の勝ちだ」

 

 それが今出来る最大限の勝負。

 

「気に入らないかもだけどこれで勘弁な」

 

 楓の苦笑に一夏もまた笑った。彼も実はわかっている。自分と楓の実力差に。今それが埋めることが出来ないという現実に。

 

「セシリア」

 

「え? あ……は、はい!」

 

 一夏はセシリアを呼びつけると視線を合わせる。時折セシリアが頷く仕草をしているので、おそらくプライベートチャネルで作戦会議中なのだろう。

 

(まったく、いつの間に仲良くなったんだっての)

 

 まるでこれでは自分だけが悪役だ。

 外見の配役ならピッタリだと自覚出来てしまうことが悲しい。

 

 やがて、二人の目が楓に向いた。作戦会議は終わったらしい。

 

「いきますわよ!」

 

 まずはセシリア。彼女はビットではなく主武装のライフルを撃った。

 青白い閃光。しかし、それは楓の前にそそり立つ一枚の壁に阻まれる。

 

「まだまだですわ!」

 

 彼女は間髪入れず撃ち続ける。エネルギーを充填し、トリガーを引く。

 射撃。射撃。射撃射撃射撃射撃。

 

 楓のシールドビットは互いに繋ぎ合うことで全体の出力を上げている。それは接続するビットが多ければ多いだけ全体のパワーは上がるのだ。

 十二が連なった今のこれ相手ではセシリアがビーム兵器をいくら当てようが無駄だ。

 

 そんなことは彼女も承知の上だった。

 

 彼女は知った上でビームを放ち続ける。延々と。一撃に最大の集中力を費やして。

 

(なるほど)

 

 壁の後ろで楓は彼女のやっていることに気付いていた。

 セシリアは連なった十二のビット。その内の一基をひたすら射撃し続けていた。

 全体の出力は上がっていても、一つの耐久値が上がっているわけではない。

 

 今や一枚の黒い壁にしか見えないはずのシールドから継ぎ目を見つけ、それも一点を違わず撃ち続ける射撃能力と集中力。

 紛れも無い。彼女も又、一夏と同じく天才だ。

 

「こ、れで……最後ですわ!」

 

 最後の一射。ここにきて一番威力の乗った攻撃を放ったのは、彼女の才能云々ではなく彼女の強さだった。

 しかし、結局彼女の精密射撃でビットの壁を貫くことは出来なかった。

 ならば、ここからは彼の出番だ。

 

「今ですわ一夏さん!」

 

「うおおおおおおおお!」

 

 雄叫びと共に彼は真っ直ぐに突進してきた。

 前方に突き出された刀が纏う燐光に、楓は目を見開いた。

 

「《零落白夜(れいらくびゃくや)》か……!」

 

 それはかつて、世界大会を勝ち抜いた際、彼女の切り札であった能力。

 効果は、エネルギー無効化。

 

 《白式》が黒壁と激突。無論、突き出された刀の切っ先はセシリアが決死の攻撃で削った一枚のビットを捉えていた。

 

 拮抗は一瞬も保たなかった。

 甲高い音と共に壁に穴が空く。一基のビットが真っ二つに砕かれた。さらにそこから蜘蛛の子を散らすようにビットが分裂し、離れていく。

 全てを切り裂いて一夏は進む。

 そして遂に、雪片弐型の切っ先が漆黒のISを捉えた。

 

 シールドエネルギーが発動――――無効。すぐさま絶対防御が発動する。

 

「うおおおおおお!」

 

 《八咫烏》のシールドエネルギーが物凄い勢いで減少する。

 勝った。一夏はそう確信した。

 

「おおおお――――え?」

 

 突如、煌々と輝いていた雪片弐型の光が消え失せる。それどころか《白式》のあらゆる行動が取れなくなっていた。

 

「なんで……?」

 

 混乱する一夏。

 対して、正面に立つ楓は平静そのものだった。

 

「《零落白夜》はあらゆるエネルギー効果を無効化する絶対無敵の必殺技だ」『だが』と続け「比例して発動には相当量のエネルギーが必要になってるはずだ」

 

 言われて一夏はようやく気が付いた。僅かに残っていたはずの《白式》のエネルギーがいつの間にかゼロになっていた。

 

「それは所謂、諸刃の剣。今回はこっちのエネルギーが尽きるより先に《零落白夜》がそっちのエネルギーを喰い尽くすのが先だったってことだ」

 

「……くそ」

 

 地面に着陸すると一夏のISの展開が強制解除される。その目の前に、ゆっくりと降り立つ痩身の黒。

 セシリアもほとんどエネルギーが底を尽きかけている。勝敗は誰の目にも明らかだった。

 

 やがて、楓はISを解除する。

 

「千冬さん、決着はついた」

 

『…………いいのか?』

 

 楓は頷いた。

 

「結果は見ての通り、だろ。――――コールを」

 

 数瞬の間をあけて、千冬の声がアリーナに響く。

 

『試合は終了だ。勝者――――』

 

 

 

 

 

 

「それでは、一年一組のクラス代表は織斑 一夏君に決まりましたー」

 

「へ?」

 

 教壇に立つ真耶が『語呂が良くていいですねー』などとほわほわした空気で和んでいる。

 クラスメート達までイエーイとテンションが上がる中、一夏はとりあえず叫んだ。

 

「どうして!? 勝ったのはセシリア(・・・・)だろ!」

 

 そう、あの勝負の後、千冬が宣言した勝者の名はセシリアだった。一夏でも、楓でも無く。

 あのとき、最後までエネルギーを残してISを展開していたのはセシリアだった。だから楓は言ったのだ。――――結果は見ての通りだと。

 

「それなら簡単です。それはわたくしが辞退したからですわ」

 

 一夏の疑問の声に答えたのはセシリア。

 

「たしかにわたくしは勝ち名乗りを受けましたが、さすがにあんな形の勝利など、わたくしのプライドが許しませんわ」

 

「それなら楓が……」

 

「パス。俺がそんな柄に見えるか? つか、俺は端からやる気ないって言ってんだろ」

 

 手をヒラヒラとさせながら拒絶する楓。

 しかし一夏とて素直に受け入れられない。あの勝負で自分は明らかに負けているのだから。

 

「それなら俺も辞退――――」

 

「却下」それも楓に斬り捨てられる「そもそもドベに選択の権利なんかねえよ」

 

「ぐ……」

 

 それには黙らずを得ない。

 反論が出来ず一夏が黙ったのを了承と取ったのか、真耶は朗らかに笑う。

 

「それでは改めまして……一年一組のクラス代表は織斑 一夏に決まりましたー」

 

『イエーイ!』

 

 テンションの高いクラスだった。

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ?」

 

「なにが?」

 

 楓は部屋の隅で腕立てをしながら声をかけてきた同室者の背中を見る。

 千冬は何やら学園の資料を作っているようで、一切目をこちらに向けずに、されど声だけを投げかける。

 

「あの場面、お前とオルコットのエネルギー残量はほぼ同じだった。そしてそれならお前は万に一つも負けなかっただろう」

 

 それは世辞でも何でもない、ブリュンヒルデとまで謳われた最強のIS操縦士の確かな分析だった。イギリスの代表候補生、今年の首席であるセシリアと比べて、だ。

 

「だって、あの壁壊されたら俺の負けって言っちゃってたし」

 

 腕立てを終えて、今度は仕上げのストレッチを始める。

 千冬は背中で笑った。白々しいとばかりに。

 

「そもそもそれ自体おかしい。セシリアの射撃時、何故お前は何一つ行動を起こさなかった?」

 

「………………」

 

「シールドビットを繋げたあの形態……おそらく広範囲を防御するシフトなのだろう? あいつらの狙いがわかった時点でやりようはいくらでもあったはずだ」

 

 何もかもお見通しだった。

 千冬の言う通り、あのビットのフォーメーションは広範囲防御型。あの場面、《八咫烏》一機を守るだけなら、もっと範囲を狭めシールドの出力を上げることは可能だった。

 そうでなくても、セシリアがビット一基を集中的に狙ってるとわかった時点で射撃の間にビットの配置を動かしたり、横ではなく層のフォーメーションを組めばいい。もしそうなれば彼女の腕を持ってしても、ああもピンポイントにビットを傷付けられはしなかっただろう。

 

 ならば何故、楓は何もしなかったのか。

 受けてみたいと思ったのだ。世界最強の剣を。かつて彼女が振るったとされた最高峰の剣撃。

 あのとき、一夏の《零落白夜》を見たとき、楓はかつて見た千冬の姿を思い出した。数多の強者をその剣一本で打倒していくその姿を。憧れたその姿を、一夏と重ねた。

 

 楓は小さく笑う。

 

「千冬さん。マゾってどう思います?」

 

「気色が悪いな」

 

「ですよねー」

 

 これは言わない方がいい。自身のイメージのため、彼は黙っておくことにした。




閲覧あざます!

>ということで、第一章、セシリア編はこれにて終わりです。
形式は相変わらずアニメ&他の方の作品を読んで本筋を辿っていく感じです。次回以降もこんな感じとなりますのでよろしくお願いします。

>展開として仕方ないとして、セシリアさんは本当は凄く強いはずですよねえ。なにせ試験とはいえ、一夏君とは違い教員を正面から打倒しているわけですから。
ま、こちらの作品でも存分にやられていただく予定ではありますが!(笑)

そういえば、アニメ2期っていつからなんでしょうね?


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VS鈴
一話


「なあ楓、空を飛ぶってのはどういう感覚なんだ?」

 

 どこか落ち込んだ一夏の声に、非情にも楓は呆れた目で質問してきた一夏を見る。

 

「それ俺に聞く? 俺の《八咫烏》の場合、『飛ぶ』わけじゃなくて『跳んでる』だけだからな」

 

 楓のISは超軽量化による速度上昇のために浮遊機能を犠牲にしている。本来基本性能として備わっているはずの飛行能力が機能していないのだ。シールドビットを足場に空を無理矢理に飛んでいるに過ぎない。

 ずっと乗って浮いていることも出来なくはないが、いくら軽量化しているとはいってもその重みで徐々に高度は落ちていく。故に飛び跳ねる手段を取っている。

 

 楓の答えに『だよなー』と溜息を吐き出す一夏。

 さっきの授業で一夏はスムーズな飛行も出来ず、挙句着陸もまともに出来ず大失敗をやらかしたのだ。

 

「あれじゃねえの? こう……ぶわー! とか、もしくはうおおおって感じ」

 

「わからん」

 

 ガクッ、と一夏は机に突っ伏す。

 

「そういえばさぁ」

 

 二人の会話を笑って聞いていたクラスメートの一人――――もちろん女子――――が言う。

 

「二組のクラス代表が変わったらしいね」

 

「そうそう。たしか今度中国から転校してくる人らしいよ」

 

 転校生とはまた時期はずれな、と楓は思った。

 セシリアがいつもの腰に手をあてたポーズでフッフッ、と笑う。

 

「今更ながら、イギリスの代表候補生であるこのわたくしを危ぶんでの転入かしら」

 

「危ぶむもなにも、お前クラス代表じゃねえじゃん」

 

「なにか言いまして? 楓さん」

 

「ハッハッ、なんでもねえです」

 

 どうやら余計なことを言ったらしい。セシリアの後ろに憤怒という名の炎が見える。

 

「どんな奴なんだろ。強いのかな?」

 

 一夏としては純粋な興味から出た言葉だっただろう。しかし、彼を想っている箒、それとつい最近一夏を気にし始めているセシリアが顔をむっとさせる。何故ならこの学園にやってくるなら、それは間違いなく女の子に他ならないのだから。

 

「一夏、他人のことなど気にかけてる場合か」

 

「その通りですわ一夏さん。ですからわたくしと一緒に特訓を」

 

「なにを言っている一夏は私と!」

 

 ワーワーギャアギャアと最近見慣れた言い合いが始まる。

 こうなったら放っておくのが一番だというのが、一夏を除いたクラスメート達の結論であった。

 

「まあ楽勝だよ。なんたって一年で専用機持ってるのうちと四組だけだから」

 

「――――その情報古いよ」

 

 クラスメートの言葉に突然割り込んできた声。一斉に視線が向く。教室の扉に小柄なツインテールの少女が背中を預けて立っていた。

 少女は勝ち気そうなつり上がった目を開いて楓達を睥睨する。

 

「二組のクラス代表も専用機持ちになったから。そう簡単には優勝出来ないよ」

 

 突然やってくるなり宣戦布告する少女。そんな彼女の正体を想像していた楓達だったが、隣にいた一夏が突然立ち上がった。

 

「鈴……鈴か?」

 

 ニッ、と笑った少女は扉から背中を離す。そうして彼女は一夏へ指を突きつけた。

 

「そうよ。中国代表候補生、(ファン) 鈴音(リンイン)。今日は宣戦布告にやってきたってわけ」

 

 あれがさっき話していた中国の代表候補生。なるほどこの時期にやってきていきなりクラス代表に収まるぐらいなのだ。大した自信っぷり。

 しかしそれよりも楓が気になるのが一夏との関係だ。

 

「なに、知り合い?」

 

「おお!」彼は嬉しそうに笑ってから「それにしても鈴、なに格好つけてるんだ。すっげー似合わないぞ」

 

「なあっ!? なんてこと言うのよアンタ!」

 

 鈴音はさっきまでの堂々とした立ち振舞から一転して、歯を剥き出して子供のようにがなった。

 いやにその姿がしっくりくるのは、きっとこちらが彼女の地なのだろう。

 そうして文句を言おうと思ったのか彼女は一夏に詰め寄ろうとして、その背後に立った人物を楓は見つけた。

 

「あ」

 

「ふぎゃ!?」

 

 楓の警告は間に合わず振り下ろされた拳骨。鈴音は涙目になりながら文句を言うべく振り返って、硬直した。

 

「もうSHRの時間だぞ」

 

「ち、千冬さん……」

 

 ガツン、と再び鉄拳が落ちる。

 

「織斑先生だ。そんなところに突っ立っているな。邪魔だ」

 

 一夏と知り合いならば千冬と彼女が知り合いなのも道理である。故に彼女は有無を言わさぬ千冬の言葉に、先ほどまでの強気っぷりを投げ捨てて素直に道を譲る。懸命だ。

 しかし今一度一夏を見ながら、

 

「また後で来るからね! 逃げないでよ一夏!」

 

「さっさと戻れ」

 

 千冬の一声に身を縮こまらせて一目散に逃げる鈴音。

 楓としてここで彼女が何者なのか一夏に訪ねたいところであるが、

 

(うん。今は席に戻ろう)

 

 大人しく席に戻る。

 しかし箒、セシリアを筆頭にクラスメート達が一斉に一夏に詰め寄って、案の定千冬の制裁に合う光景を彼は教室の後ろから眺めていた。

 

 今日も一日、平和である。

 

 

 

 

 

 

 ジリジリとつま先で距離を詰める。相手の呼吸を感じ取る。目を見つめ、同時に全体をぼぉーっと眺める。

 隙がない。呼吸も読めない。

 飛び込むタイミングが計れない。それでもこのまま睨み合ってるだけでは埒があかない。

 

「――――ふっ!」

 

 風を切るような短い吐息と共に突進。身を低く、突き上げるように右の掌底を喉へ。

 相手は体を半身にして紙一重の回避。

 ならばとこちらは体を回転させて、相手の背後から蹴りの強襲――――を考えていたのだが、空を切った右腕を取られる。

 気付けば足は地面を掴んでいなかった。優しく、鋭い足技は痛みを感じさせずに楓の足を刈った。

 後は為すがまま。体は半回転して楓は天上を見上げる形となった。

 

「これで私の八勝だ」

 

 そして楓の八敗目である。

 

 楓に勝利宣言したのは鋭い顔つきを嗜虐的に歪ませた千冬だった。その格好はいつもの黒スーツではなく、今は白と藍色の道着に包まれている。

 

 何故楓と千冬が道場で戦っているのか。

 それはいつもの放課後、箒とセシリアに引きずられるように連れてかれる一夏を生暖かい目で見送って、さて自分も訓練――――もとい《八咫烏》の慣らしをしようかとアリーナに向かっていたところ、偶然にも千冬に出会った。

 そこで、どうせなら千冬に訓練に付き合ってもらえないかと思い立ったのだ。

 といっても半分以上断られるのを覚悟したお願いだったのだが、なんの奇跡か彼女はそれを承諾。しかしISの訓練は楓に贔屓になるとして、ISを使わない運動となった。

 ついでに昼間の鈴音という少女についても尋ねたら、時間がもったいないから運動しながら教えてやると言われて今に至る。

 

 おそらく世界最強のIS操縦士。イコール世界最強の女である織斑千冬。

 彼女の強さはテレビで観て知っていたつもりだったが、甘かった。彼女はおそろしく強い。

 男である楓相手に一方的。それも彼女は、自分は片手を使わないというハンディまで勝手に課しながら戦っている。

 

 千冬自身、剣の達人であることは世界的にも有名だ。だからたとえ無手でも同じ武道である以上ある程度心得があるのは想像していたが。

 

 床を蹴って後転。勢いのまま立ち上がって拳を構えた。

 この試合にルールは無い。開始の合図もなければ終わりの合図もない。故に八敗というのは、正確には八回楓が投げられて床を転がったことを意味する。

 そのまま寝転がっていては追撃がある――――といっても彼女はしないだろうが――――あくまで実践的な模擬戦だ。

 

「……素手の勝負なら有利かと思ってたのに」

 

「馬鹿め。貴様等程度相手なら、素手でも剣でも大して変わらん。それに貴様は技が粗すぎる」

 

「へーへー。所詮我流の喧嘩格闘術ですよ」

 

 ぐうの音も出ない。事実その通りなのだろう。

 それでも自分の土俵で、そも女性相手にハンディ付きで打ち負かされるのは悔しいものだ。

 

「さて、どこまで話したかな」

 

 千冬はあくまで自然体。軽く足を開いてるだけで、構えらしい構えも取らずに相対する。

 それは余裕の現れか。はたまたこれが彼女の構えなのか。

 

「凰は以前あいつと同じ学校に通っていた。篠ノ之とは入れ違いでやってきた」

 

 だから箒は彼女を知らず、一夏と鈴音は知り合いだった。

 つまり彼女もまた幼なじみ。

 

「だが家庭の事情でな。中学のとき中国へ帰ったはずだ」

 

「家庭の事情?」

 

「そこまでは私も知らん。――――だが、そうか」彼女は呟くように「帰ってきたのか」

 

「なるほ――――どっ!」

 

 昔を思い出しているのか千冬の意識が一瞬逸れたのを感じて、不意打ち上等とばかりに踏み込む。

 今更男のプライドもへったくれもない。こうなれば一撃入れるか、あわよくばあの胸にタッチしなくては悔しくて夜眠れない。

 

 そんな邪な思いも、華麗な体捌きで躱され、そのまま前方に投げ捨てられる。顔面から床にダイブ。痛い。

 

「容赦なさすぎでしょ、織斑先生」

 

「今は先生でなくてもいいぞ?」獰猛な笑みを浮かべて「私にとっても今はあくまでプライベートで貴様をストレス発散に使っているからな」

 

「鬼か畜生!」

 

 打った鼻を涙目で擦りながら再び構える。

 

「こちらからも聞きたいことがある」

 

「はい?」

 

「貴様が束にISを貰ったのは聞いた。だが、ならば織斑やオルコットとの試合でも見せたあの戦闘経験はどこで積んだんだ?」

 

「ああ、そのこと。束の作ったゲームのおかげだよ」

 

「ゲーム?」

 

「その名も――――《天才束さんクエスト!》だって」

 

 千冬はなんとも言えない表情を浮かべていた。それも仕方ない。

 

 《天才束さんクエスト!》とは、つまりIS訓練用のシュミレーションプログラムだった。

 ステージは全部で百。難易度は数字が上がるほど上がっていき、一番最初のステージは動かない的を壊すといったゲームのチュートリアルのような代物だった。

 しかしさすがはあの天才が作ったもの。実際にはISを装着してただ突っ立てるだけなのだが、その体験は実戦とまるで遜色が無かった。しかも搭乗しているISの機能もそのまま反映されるので、まさに実戦さながらの戦いが畳一畳のスペースで出来る。

 各国の研究者、特に戦闘訓練のプログラムとして軍などは喉から手が出るほど魅力的なものだっただろう。

 

 実際に、楓は軍人としての戦闘訓練を積んだわけではないが、あのゲームをクリアするための試行錯誤がそのまま生きた経験として技術を、心得を現実の肉体にも刻んだ。

 

「なるほどな。貴様のその強さはそのゲームによって培われたのか」

 

 千冬は一旦言葉を切って、

 

「貴様はそれを全てクリアしたのか?」

 

「まさか。たしかレベル八十七辺りで詰んだ」

 

 思い出すだけで怖ろしい。秒間約五百発の馬鹿げた数字を叩き出すビーム兵器で弾幕を張る固定砲台タイプのISに、それを守る亀のような見た目の重武装タイプのISのタッグ。

 装甲が薄い、つまりは防御力の低い《八咫烏》にとって防御手段は回避が基本。もはや壁に近い弾幕は相性最悪だったし、運良く接近出来ても、《八咫烏》の軽い打撃では分厚い多重装甲を貫けずそのまま蜂の巣。まさに天敵のタッグだった。

 果たして、あのゲームのレベル百とは一体どんな化け物が出てくるのか。

 

「さあもう一本だ」

 

「うわー笑顔が怖い」

 

 くい、っと手を招く千冬。

 きっとレベル百は目の前の最強のような人物だったに違いない。




閲覧ありがとうございましたー

>何故か出張帰り一発目がこっちになってしまいました。何故だろうか。特に理由がないので考えるのをやめます。

>ってなわけで、鈴編スタート。私にとってヒロイン組で二番目に好きな子ですねえ。でも彼女の章なのに出番が少なかったような?……あれ?
ちなみに一番はラウラです。銀髪って可愛い!

>楓は箒とか鈴派(教え方)


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二話

 天空を白が駆ける。それを追うのは随所に黒いカラーが混じった赤い機体。両肩の浮遊型装備が特徴のISだった。

 白は言わずもがな《白式》。搭乗者は一夏。

 そして、赤と黒の機体の名は《甲龍(シェンロン)》。中国の第三世代。つまりその搭乗者は一夏の二人目の幼なじみ――――鈴音だった。

 

 遂に始まった学年別トーナメント。我等が一年一組代表、織斑 一夏はなんという縁の深さか、因縁のある鈴音と初戦からぶつかることとなったのだった。

 

「あいつも悉く運が無いよなぁ」

 

 きっと一夏には常に女難の相でも出ているに違いない。

 しかし考えてみるとそれは、常に女子に囲まれていなければ起こりえないことだ。何故なら端から女に縁が無い者には女難の相など出るはずもないのだから。

 

「あ、なんかむかついてきた。ざまあみろ落ちちまえ」

 

 醜い嫉妬だとわかっていながら天空を逃げまわる一夏へ暴言を吐き捨てる。

 

「……貴様今、よからぬことを口走らなかったか?」

 

 むっと眉をひそめた箒の刃のように鋭い視線がこちらを射抜いていた。とても怖い。

 楓は両手を挙げて無抵抗をアピールしつつ首を横に振る。

 どうにか納得してくれたのか、箒は『それならいい』と言って再び上を見上げる。

 

 ほっと息をつきながら、楓も再び空の戦いを見上げた。

 戦いは終始鈴音が優勢だ。他の代表候補生に比べれば彼女は代表候補生になってから日が浅いらしいが、操縦技術もさることながら、とにかく間合いの取り方が上手い。

 彼女の武器は大型の青龍刀。《白式》の雪片より間合いが広く、中々一夏に懐に入らせない。刀しか武器の無い一夏にとって、間合いが詰められなければ一方的に嬲られるしか道はない。そしてそれ以上に一夏の踏み込みを鈍らせているのが、《甲龍》の肩に装着された浮遊装備である。

 

「龍咆ねえ」

 

「空間に圧力をかけて撃ちだす衝撃砲。砲身がありませんので射角は無限。それに砲弾も、あくまで衝撃に過ぎませんので目で見ることは不可能ですわ」

 

 呟きが聞こえたのか、セシリアが空の戦いを見守りながら説明する。

 

「それにあの中国の第三世代は、第三世代型の欠点でもある燃費の悪さと不安定な性能を改善した機体と聞いています」

 

「つまり長期戦は不利ってことか」

 

 コクリと彼女は頷く。

 

 確かに機体は優秀だ。しかしやはり、それを使いこなす鈴音の実力が高い。

 いくら適正が高かったとはいえ、短期間であれほど見事に操るのは類稀なる才能と確かな努力があったからこそであろう。

 それもこれも想い人が、一夏が、IS学園にいると知ったから。

 彼女だけではない。楓はアリーナの最前列に腰を下ろしているが、さらに前ではステージを包むバリアに張り付くように立って観戦する箒とセシリアがいる。彼女達もまた、一夏を想って今ここにいる。

 

 その姿は眩しくて、愛おしくて、特に彼女達に恋愛感情を持っていない楓だが軽い殺意を覚えるほどに甲斐甲斐しい。

 

「……果報者め」

 

「さっきからなにをぶつぶつ言っているのだ?」

 

 再び彼女は振り返るが、今度も聞こえていなかったようだ。

 そんな彼女へ楓は指で上を示して教えてやる。

 

「なんでも。――――それより、ピンチだぞ」

 

「――――ッ! 一夏!!」

 

 遂に龍咆に捉えられた《白式》が錐揉しながら落下する。だがなんとか体勢を立て直した。

 再び対峙する二人。僅かに、一夏が間合いを取ろうと考えたのか下がった。

 

 苛立ちが募る。

 実は観客側としてここにくるのは初めての楓。友人の戦いをただ見ていることがこうもじれったいものだとは思わなかった。

 また一歩《白式》が下がる。

 苛立ちが頂点に達した。

 

「そうじゃないだろうが馬鹿!」

 

 思わず叫んだ楓。周りの生徒も、箒やセシリアも驚いていたが目に入らない。

 ここからでは一夏に聞こえないのは承知。それでも叫ばずにはいられない。これほどまで想ってくれる女の子達がいるのだ。無様であるなど誰が許しても許さない。

 

 操作技術は鈴音が上。武器の間合いも。たとえ長期戦に持ち込んでも不利になるのは一夏の方だ。

 なら、やることはたった一つだけ。

 

「退いてどうする!? 今退いたら、戦う場所を失うぞ!」

 

 声が届いたとは思えない。それでも、一夏自身の本能か、それとも破れかぶれの偶然か、彼は後退を踏み止まる。そうして一転、真っ直ぐ突っ込んだ。

 迎撃に《甲龍》の衝撃砲が放たれる。しかしそれは眼前にかざした雪片によって弾かれた。

 

「それだそれ!」

 

 たとえ弾が見えなくとも軌道は直線のみ。そしてたとえ射角が無限でも、砲身が無限にあるわけではない。一度に撃ってくる弾は一つか二つ。下手に躱そうとするより真っ直ぐ行った方が被弾は少ない。

 見る者が見れば偶然上手くいっただけだと言うだろう。それでも、勇気を振り絞って前に踏み出したからこそ見えた光明だ。

 

「男は黙って正面突破だ! そんで派手に撃墜されちまえ! 爆散しろ!」

 

「お前応援してるんじゃなかったのか!?」

 

 ふと湧いた本音が思わずダダ漏れとなり、箒にツッコミを受けるが聞き流している間に戦況が動いた。

 龍砲の再チャージに一瞬焦りを見せた鈴音。一夏はここを好機と睨み奥の手を出すことを決めたようだった。だが、

 

 ――――突如落ちてきた光の柱がステージを諸共吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 

「なによ、これ……」

 

 鈴音は爆煙の向こうを見つめる。

 思わぬ一夏の反撃に戦況が傾きかけたその瞬間、ステージ中央が突然吹き飛んだ。一夏の攻撃が逸れたわけでも、無論彼女が何かしたわけでもない。

 なら残る可能性は、第三者の介入。

 

 しかし、あり得るのだろうか?

 学園の周囲は常に厳重な監視体制が敷かれており、このアリーナには遮断シールドが展開されていたはずだ。それらを掻い潜りここに襲撃を仕掛ける者など――――否、仕掛けられる者など(・・・・・・・・・)いるのか。

 

「っ!」

 

 鈴音は唇を噛み締めISを操作。通信をオープンチャネルに切り替える。

 

「一夏! 試合は中止よ今すぐ逃げなさい」

 

 彼女にとって、この騒ぎを起こした者のことなどどうでもいい。これほどの騒ぎだ。すぐに優秀な教員達がやってきてくれるはず。

 けれどそれには今少し時間がいるだろう。観客の避難を同時に行っているはずだからだ。

 ならば気にかけるべきは、この戦場に場違いに突っ立っている彼だけだ。

 

 案の定、逃げろと声をかけた向こうは戸惑ったように声を返してきた。

 

「逃げろって……お前はどうするんだよ!?」

 

「アタシが時間を稼ぐから逃げなさいって言ってんの!」

 

「そんなことっ……! 女を置いて、鈴を置いてそんなこと出来るわけないだろ!」

 

 ああ、まったく。

 

 鈴音は微かに笑い、その頬を染める。

 無自覚に気障なセリフを吐くのは相変わらずだ。

 それでも今はその言葉に甘えるわけにはいかない。自分は代表候補生で、一夏はまだISに乗って日が浅いひよっ子なのだから。

 自分が守らなくてはいけない。

 

「別にアタシも最後までやり合うつもりはないわよ。こんな異常事態、すぐに先生達が駆けつけて――――」

 

「危ない鈴!」

 

 黒煙を斬り裂く光が鈴音の眼前に迫る。

 いち早くその攻撃に気付いた一夏が問答無用で鈴音を抱き抱えて緊急回避。しかし第二射。三射とすかさず黒煙の中からビームが放たれる。

 

(躱しきれない……!)

 

 せめて鈴音だけでも、と庇うように強く彼女を抱き締める。

 二人に襲いかかったビームは、しかしその寸前で何かに阻まれて霧散した。

 

 ビームを防いだのは菱型の黒色の板だった。

 

「真打ちは遅れてやってくるんだったよな、一夏」

 

 遅れて、二人の前に立つ長身痩躯のIS。

 

 御堂 楓。参戦。




閲覧どもでしたー

>てなわけで鈴編二話です。
かなーり早い展開で無人機突入していますねえ。それってつまり鈴ちゃんの出番が少なく……いや、みなまで言うまい。

まま、次回は楓君の初まともなバトルになります。


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三話

 一夏達を狙ったビームをシールドビットを操って防いだ楓はステージ中央にいる彼等の傍らへ降り立つ。その間も黒煙に揺らぐ、敵らしきシルエットへ警戒を続ける。

 

「楓!」

 

 喜々と弾んだ友人の声。

 こそばゆさを感じながら、とりあえず教えておいてやる。

 

「一夏、いい加減離してやれ。窒息死するぞ」

 

「へ?」

 

 キョトン、としながら彼は己を胸元でもがく存在にようやく気付いた。慌てて抱きしめていた腕をゆるめる。

 

「ぶはっ!」

 

「わ、悪い鈴」

 

 ぜーはー、と呼吸を荒らげる鈴音。その顔が赤い理由は、呼吸困難ともう一つの理由だろう。

 

「アンタ殺す気!?」歯を剥き出して一夏に一発パンチをくれてから、彼女は楓の存在に気付き「ていうか、アンタ誰よ」

 

「自己紹介したいところだけど、今はそんな余裕ないから後でな、チビ子」

 

「チッ……!? こ、殺すわ」

 

「待て待て鈴!」

 

 煽っておきながらワーギャーと喚く二人を放置して、楓はようやく晴れてきた黒煙のシルエットを視界に捉える。

 それは言うなれば異形だった。

 異様に大きな腕には人間でいう筋繊維のように太いホースが幾重も伸びていて、他にもいくつもパーツが露出した無骨過ぎる造形。極めつけはフルスキン。その頭部には禍々しく赤い光を放つ五つ目が付いている。

 それでも、それは間違いなくISだった。

 

 楓は鉄の塊にしか見えないISへオープンチャネルを飛ばす。

 

「そこのお前、目的はなんだ。ここがどこだかわかってんのか?」

 

 返答は腕部に装着されたビームの攻撃だった。

 一夏は鈴音を抱えたまま、楓は一人でそれぞれ回避する。

 

「問答無用かよ!」

 

 友好的に話し合いが通じるとも思っていなかったが、まさかこの状況でも話し合いにすらならないとは。

 

「セシリアと同じビーム兵器……」

 

「同じじゃねえよ」

 

 一夏の呟きを否定して、目の前に先ほど敵の攻撃を受け止めたビットを見せてやる。それは見るも無残にボロボロだった。

 

「セシリアより威力は上だ」

 

 クラス代表を決めたあの試合で、幾度もセシリアの攻撃を防いでいたシールドビットがたった一発でこの有り様。

 敵の力を改めて知った一夏は喉を鳴らし、尋ねてくる。

 

「先生達は?」

 

「そろそろ来てもおかしくないはずだけどなぁ。来ないってことは、来れない理由があるんだろ」

 

 実際、先程から副担任の真耶が切羽詰まった声で呼びかけてきている。

 

「ならアンタはどうやってここまで来たのよ」

 

 ようやく一夏の腕から解放された鈴音は胡散臭そうな目で睨みながら訊いてくる。

 楓は上を指差して、

 

「あのISがぶち破ったところから」

 

 指し示した場所はすでにシールドは復元している。あそこから教員達が突入、もしくは脱出というのは無理そうだ。

 

「でだ、どうする?」

 

 楓は二人に尋ねた。

 逃走は不可。敵はやる気。

 ならば答えは決まっている。

 

「俺達で時間を稼ごう」

 

 勇ましく一夏が答えると、鈴音は呆れたようにため息を吐き出す。

 

「元々そのつもりだったんだしね。もちろんアンタも手伝いなさいよ、ひょろ長(・・・・)

 

「当然。ここで活躍すれば学園でのイメージアップ間違いなし!」

 

「馬鹿じゃないの。アンタの戦闘スタイルは?」

 

「男は近接一本だろ」

 

「訂正。アンタは正真正銘馬鹿ね」鈴音は冷たくあしらい「ならアタシが援護するわ。馬鹿二人は突っ込みなさい」

 

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 

 やや後方から五つ目のISを龍咆で牽制しながら、鈴音は先ほど現れた楓について考えていた。

 今戦っているISも異形だが、彼のISも充分異形だ。

 機械鎧であるISにしてはあまりにも脆弱そうな装甲。しかも本人の話では武器は無し。装備はシールドビットのみで、スタイルは近接戦一本だという。

 しかし、彼が救援として現れたときの一夏の声は紛れもない安堵が窺えた。つまりそれだけ楓の力を信頼しているということだ。

 その答えは、戦闘が始まってすぐに彼女も理解出来た。

 

「速い……!」

 

 飛び出したのは一夏とほぼ同時。それなのに、一夏が敵との距離を半分埋める内に楓はすでに接敵していた。

 

 洗練さなど欠片もない乱暴に繰り出された拳。敵の巨大な腕に防がれるとすぐさま体を反転させて蹴りを放つ。

 それすら予測していた敵はもう片方の腕で防ぎにかかるが、突如楓の蹴りの軌道が不自然に曲がる。頭部を狙っていたはずの蹴りは魔法のように敵の腹部を蹴り上げた。

 

 しかし敵にダメージは見えない。まるで作業のように、淡々と振り上げられた鋭い爪を振り下ろす。

 楓は冷静に腕を受け流す。攻撃と比べて防御は舞いのような美しさすら感じた。

 

 そこでようやく一夏が追いつく。

 エネルギー無効化攻撃の《零落白夜》を発動させた刀を振り下ろす。

 

「…………」

 

 敵は過敏にそれを察知すると即座に大きく回避行動を取る。

 

「ちっ!」

 

 悔しそうに顔を歪める一夏。

 

「そう簡単に逃がすかよ!」

 

 すかさずそれを追う楓に向けて五つ目のISは腕部のビームを射出。

 このビームの威力は脅威だ。先ほど、楓のシールドビットをたった一撃で破損させている。

 しかし楓が取った行動は回避ではなく、周囲に展開していたビットを正面に回す。それもたった一基。

 

「やりようはあるんだよ!」

 

 シールドビットはビームを防ぎ、尚、半壊未満に抑えていた。正確には防いだのではない。受け流した。

 正面から受けるのではなく、ビットを微妙に調節してビームを逸らしたのだ。

 

(強い……)

 

 素直に鈴音は認める。

 あのISの異常な速度もさることながら、ビットの精密な制御。何より攻撃時の荒っぽさに比べて、彼の動きは自分とは比べ物にならないほど滑らかだった。正しくISを生身の如く操っている。

 一体どれほどの時間を経ればあれほど自在にISを操れるようになるのか。

 

 芽生えた僅かな尊敬と悔しさ。

 しかしあの男は自分を『チビ子』と罵った。故に絶対この気持ちは口に出してやらない。

 そう固く決意しながら、鈴音は衝撃砲を放った。

 

 

 

 

 

 

(妙だ)

 

 幾度目かわからない攻防を終えて、敵の牽制射撃を躱しながら後退する楓はその違和感に眉をひそめていた。

 

「一夏馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」

 

 後方から衝撃砲で敵を押さえながら鈴音ががなる。

 楓達の作戦は当初の大雑把な作戦から少しだけ形を変えていた。

 まず機動力に優れる楓が敵を撹乱。鈴音の援護を混じえながら敵の動きを止めて、そこで一撃必殺の威力を持つ一夏の《白式》が決める。――――のだが、どうにも最後の一撃が決まらない。今のはちょうど四度目の失敗だ。

 

 しかしそれも実は仕方がない。理由はわからないが、敵のISはどうにも《白式》の攻撃を最優先で対処している。たとえ楓の攻撃や鈴音の衝撃砲を受けようとも、決して《零落白夜》にだけは当たらないよう躱している。

 

「狙ってるつうの!」

 

 怒鳴り返す一夏。誰よりも彼自身が己の不甲斐なさに頭にきている。

 

 二人が噛みつき合っている間にも、懐へ潜り込んだ楓の当て身が五つ目を吹き飛ばす。その感触に(・・・)、やはり楓は顔を歪めた。

 

(やっぱり、手応えが無い)

 

 弱い、というわけではない。文字通り手応えが無い。

 疑問を胸に抱きながら好機とばかりに追い打ちを仕掛ける楓。完全に頭部を捉えたと思った拳を、敵はブリッジのように身を折り曲げて躱す。それどころかそのまま背中から四つん這いになって駆動している。

 

「んなのありかよっ!?」

 

 あまりにも無茶苦茶な駆動。あれでは中の人間もただでは済まないはずだ。

 だというのに、敵は平然と体勢を立て直して、どころか攻撃を放ってきた。

 

 大きく空振りさせられた体勢の楓はビット二基で防ぐ。その間にブースター代わりの風を前に向けて放出。瞬く間に敵との距離を開けて離脱した。

 呼び戻したビットは半壊。すでにここまでの攻防で半分以上がおシャカにされていた。

 

「ったくどうすんのよ!」

 

 通信向こうから鈴音の声が届いた。

 

「なにか作戦がなきゃ、アイツには勝てないわよ!」

 

 代表候補生とはいえ彼女も人間。それもまだ十代の女の子だ。

 敵の力を目の当たりにして、みるみる自分達が追い詰められていくことに焦りを覚え、そして本人は自覚していなくとも恐怖が顔を見せてきたのだろう。

 

「逃げたきゃ逃げてもいいぜ、鈴」

 

 そんな彼女へ一夏は言う。

 

「誰が逃げるっていうのよ! これでもアタシは代表候補生なのよ」

 

「そうか、なら――――」

 

 一夏は彼女と背を合わせる形になる。

 

「俺も、お前の背中ぐらいは守ってみせる」

 

「へ?」

 

 鈴音の頬が瞬時に赤く染まる。

 

「あ、ありが――――」

 

「おーい、危ないぞー」

 

「え? ――――ひゃ!?」

 

 鈴音の鼻先をビームがかする。

 

「ちっ、当たっちまえばいいものを」

 

「あ、アンタ!」

 

「あーもー、そういうことはせめてプライベートチャネルで勝手にお願いしますよ。お二人さん」

 

「くっ!!」

 

「?」

 

 わかっているからこそ今のやりとりの羞恥心から益々赤くなる鈴音。

 そしてなにもわかっていない一夏。

 こんな状況なのに、空気を読んで端っこで大人しくしていた方がいいのではないかと本気で考え始める楓。

 

 まあしかし、大した男だと楓は内心思っていた。折れかけていた鈴音の心がいつの間にか持ち直している。

 無自覚だろうがなんだろうが、織斑 一夏という少年にはそういう力がある。

 事実楓自身も、彼に無根拠な信頼寄せている。だからこそ何度失敗していても、彼の攻撃を信じて足止めに徹しているのだから。

 

「まあ漫才はこれくらいにして――――実際どうする?」

 

 楓は二人に問う。

 敵の攻撃は主に二種類。接近戦ではあの大きな腕を振り回すだけだが、厄介なのは両腕と両肩から放たれる強力なビーム兵器。

 仮に消耗戦に持ち込んでも、先に《白式》と《甲龍》のエネルギーが底をつくだろう。

 

「なあ」不意に一夏が聞いてきた「あれって、本当に人が乗ってるのか?」

 

「はあ?」

 

 鈴音が呆れたような声をあげる。

 

「人が乗らなきゃISが動くわけないでしょう」

 

 確かに敵は未だ無言のまま。フルフェイスなので搭乗者の顔は確認出来ない。しかし、それでも、ISは人が乗って初めて動く。あくまであれはそういう機械なのだ。

 

「いや、無人だ」

 

「はあ!?」

 

 それを楓はあっさり肯定した。

 

「何度かあいつを殴ってわかった。あれに人は乗ってない」

 

 それが違和感の正体。あの手応えの無さ、そしていくら攻撃を与えてもまるで動じない動き。無人ならば、あの無茶苦茶な駆動も理解出来る。

 

「たとえあれが本当に無人機だとしてもどうだっていうの? 無人機なら勝てるっていうの?」

 

「ああ」一夏は迷わず応えた「人が乗ってないなら、容赦なく全力で攻撃出来る」

 

 《零落白夜》。エネルギー無効化攻撃であるそれは、搭乗者の安全をほぼ補っているバリアすら打ち破る強力過ぎるアビリティー。故に一夏は常に八分程度に抑えて能力を使用している。そうでなければあの刀は、シールを超えて、搭乗者そのものに傷を負わせかねない。

 しかし相手が無人機ならば、気兼ねなく力を解放出来る。

 

「全力だかなんだか知らないけど……その攻撃自体当たらないじゃない」

 

「次は当てる」

 

「言ったな一夏。男に二言は?」

 

「無い!」

 

 上等、と楓は笑う。

 

「一夏、チビ子、残りのエネルギーは?」

 

「もうあんまり残ってないわ」

 

「俺もあと一発が限界だ」

 

 二人が答える。

 

 それも仕方がない。彼等は直前まで代表戦を戦っていたのだ。

 ならば自分の役割は自ずと決まっている。

 

「なら二人で、確実にあいつに攻撃を当てる作戦を考えろ。時間稼ぎは俺一人でやる」

 

「一人って……!」

 

「わかった」

 

 反論しようとした鈴音だったが、一夏は素直に頷いた。

 これぞ男のみぞ知る男の友情というやつだろうか。

 

「ああもう! わかったわよ!」

 

 渋々と、鈴音も了承した。

 

 楓は周囲に四基のビットを展開させつつ、地面を蹴った。




閲覧&感想ありがとうございます!

>明日……つか今日仕事だけどなんか筆が進んだのであっさり次話更新!皆様は三連休楽しんでくだされー。

>主人公強いのは書いてて爽快だなぁ、としみじみ思います。だからこそ受け付けない人の気持ちもわかりますが……自分は努力成長型も最初から強いのも大好きです!


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四話

 一夏と鈴に後ろを任せ、楓は一直線に五つ目の無人機へ突撃する。幸いにも敵は後ろの一夏達ではなくこちらを排除対象として優先したらしく、赤く目を光らせた。

 背中のスラスターから黒煙を吐き出して、こちらに正面を向けながら浮き上がりながら後退する。

 

 敵のISの行動は今までの攻防から大体パターンが読めている。基本的にスタイルは接近戦ではなく中距離の射撃殲滅。

 案の定、距離を開けつつ牽制のビームを放ってくる。

 

 楓は鱗のような装甲から大気を噴出。急加速、急転換を繰り返し紙一重でそれを躱しながら前進。さらに周囲に展開した四基のビットを操る。

 二基を階段のように配置し空を飛ぶ足場に、二基は万が一躱しきれない場合の盾として常に周囲に展開。四基を絶妙なタイミングでローテンションさせながら空を駆け上がる。

 

 遂にこちらの手が届く位置まで接近。

 こうなれば敵の次のパターンは、接近を嫌ってまずは巨大な腕を振り回す。これを普通に退いて躱せばビームで牽制しながらまた間合いを広げられてしまう。

 ならば、

 

「しっ!」

 

 鋼鉄の塊を物ともせず前へ。

 一歩間違えれば正面衝突で大ダメージだが、今までの敵の攻撃スピードなら《八咫烏》のスピードで一瞬早く懐に潜り込めるはず。

 

 額を烈風が叩き、頭上を巨大な鉄が通過する。

 大丈夫だとわかっていても背筋が凍る。しかしここで立ち止まってはせっかくの勇気が無駄になる。間合いは勝ち取った。

 

 まずは拳を二連撃。振り払う左腕を躱しながらさらに一撃。体が折れたところをアッパーで頭部をかち上げる。

 これで相手が生身の人間なら動揺の一つもあっただろうが、相手は無人機。ダメージはそれ以上の効果は生まない。

 冷静に、冷徹に、こちらを叩き潰そうと鋭い爪のついた腕を振り上げる。

 

 だが遅い。

 

 すでに破損して盾として機能しないビットを二基、横合いから無人機の振り上げた腕へ突っ込ませた。盾以上の効果を持たないただの板でも、高速で叩きつければ立派な投擲武器になる。

 関節部を狙って放ったそれは、鈍い音を立てて敵の動きを寸断する。

 再び生まれた好機に乱打を繰り返し、空から地上へ叩き伏せる。

 

 押しきれる――――誰もがそう思える展開であるにも拘わらず、楓はあっさり身を退いた。自身の間合いのさらに外へ。

 何故ならその直前に一夏からのサインが出ていたから。

 

 楓と無人機が戦う後方で、一夏と鈴音の準備は完了していた。

 なんと《甲龍》の衝撃砲をブースターにしようとのことだ。相変わらず発想がぶっ飛んでる。それでもやると言ったならやってもらうしかない。

 

 無人機が体勢を整えるより先に一夏が動き出そうとしたとき、

 

「一夏!」

 

 この場の誰でもない声が響く。

 

 ハイパーセンサーが遠方、アリーナピットに立つ少女の姿を捉えた。

 

「男なら、それぐらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 箒だった。

 

 おそらく一夏の戦いを見ていて、この土壇場でいても立ってもいられなくなってしまったのだろう。少しでも勇気づけたくて、少しでも彼の力になりたくて。

 それはとても美しい想いだ。純粋な願いだ。誇らしい勇気だ。

 しかし、このタイミングは最悪だった。

 

「…………」

 

 無人機のセンサーも箒を認識する。すると目の前の楓達を無視して砲口を彼女へ向けた。

 

「一夏早くやれ!」

 

「……っ!」

 

 思いもよらないハプニングに動きが鈍ったのはやはり生身の人間である楓達だった。

 楓の声で我に返るも、無人機の方が速かった。無慈悲な光が放たれる。

 

「――――っなろ!」

 

 足元の一基を除いて三基を箒とビームの間に滑り込ませる。しかし角度まで調整は出来なかった。一基、二基と貫かれて、まだ無傷だった三基目がどうにか受け切る。

 

「いい加減大人しくしてやがれ!」

 

 受けきった三基目をそのまま敵へ叩きつける。

 五つあった目の一つが砕け散った。

 

「鈴!」

 

 箒の無事に安堵しつつ、一夏が叫ぶ。

 その声に押されるように躊躇っていた鈴音は半ば自棄になりながら衝撃砲を放つ。

 見えない弾丸は《白式》を直撃し、それを推進力にした《白式》が加速し、消える。圧縮したエネルギーを爆発させる超加速、《瞬時加速(イグニッション・ブースト)》。

 

 交差は一瞬だった。

 

 《白式》が一瞬で移動した次の瞬間、無人機の右腕が宙を舞っていた。残された四つの目から光が失われ、本体も前に傾いで遂に倒れた。

 

「やった、のか……?」

 

 倒れた無人機を確認するとその場に膝をつく一夏。その手の雪片からも光が失せた。

 

「終わったぁ」

 

「あー、疲れた」

 

 鈴音は張り詰めた緊張が解けたのかへたり込む。

 楓もビットを手元に戻して、一先ず息をつく。

 

 勝った。結果として犠牲も出ずに、解決した。――――そう思っていた。

 

 視界に出現する警告ウインドウ。

 

「な!?」

 

 悲鳴のような軋んだ音をあげながら倒れた無人機が残された左腕をもたげた。凶刃が向けられた先には、事態が理解出来ずきょとんとした鈴音がいた。

 

「逃げろ!」

 

 楓は叫びながらシールドビットを再射出。しかし時の巡り合わせは呪いたくなるほど絶望的だった。

 彼女と自分の位置は無人機を挟んで反対側。ならば近い方の無人機を叩き潰す――――それすらも待ってくれなかった。

 無情な光が放たれる。

 

 さっきまでの彼女ならこの程度の攻撃、躱すことも防ぐことも容易かったはずだ。だが訓練でも試合でもない、初の本物の実戦に必死に堪え続けた精神が、戦闘の終わりを感じて切れてしまった。故に今まさに迫り来る光を前にしても彼女は顔色一つ変えない。

 間に合わないとわかっていながら、懸命に鈴音のもとへ駆けつけようとする楓は光に押し潰される少女の姿を幻視した。その瞬間、彼女の体が横合いから突き飛ばされた。

 

「痛っ……」

 

 為すがまま地面を転がった鈴音は、ハッとして視線を上げて見つけてしまった。地面を転がっている、想いを寄せる少年の姿を。

 

 

 

 

 

 一夏だった。倒れていたのは幼なじみの少年だった。

 《白式》はすでに限界を迎えていたのか、彼女が視界に捉えるのと同時に光の粒子となって消えた。つまりそれほどギリギリの状態だったということ。

 

「いち、か?」

 

 《白式》のエネルギーは限界だった。元々の燃費の悪さに加えて、衝撃砲まで利用した瞬時加速、そして絶大な攻撃力を誇る《零落白夜》の使用。

 ISが搭乗者を守る絶対防御の機能は極端にシールドエネルギーを消費する。

 

「一夏」

 

 ならば、消費すべきエネルギーがすでに無かったら? 一体どうやってその機能は起動するのか。

 

「一夏!」

 

 顔を青ざめさせた鈴音は一夏のもとに駆け寄ろうとして、こけた。

 何かに躓いたわけではない。足が震えていた。手も。歯も噛み合わず音を鳴らしていた。

 

「こ、の……!」

 

 それでも、無様な格好など気にも留めず、もがくように地面を掻いて這うように幼なじみの側へ辿り着いた。

 外傷は見えない。しかし意識が無い。

 

「一夏馬鹿! 起きなさいよ!」

 

 いつものように困った顔で答えてくれない。怒ってくれない。笑ってくれない。

 何故だ。何でこんなことになった?

 

「アタシの、せいだ」

 

 代表候補生が聞いて呆れる。勝ったと思って気が抜けていた。そんなもの言い訳にもならない。突きつけられた砲口に、逃げることも構えることも出来なかった。それどころか撃たれる瞬間に至ってさえ、一体何が起こっているのか理解出来ていなかった。

 足を引っ張って、結果そのツケを払ったのは自分ではなかった。自分を庇った一夏だった。

 

 視界が滲む。抱き抱えた眠る少年の頬に、ポタポタと涙が落ちた。

 

「――――やがったな」

 

 聞こえてきたその声には滲み出るほどありありとした感情が込められていた。

 もう一度、今度は剥き出しの感情を叩きつけるように声の主は吠える。

 

「やりやがったなてめええええ!」

 

 漆黒のISを中心に、大気が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 無人機は体からバネを飛ばし、至る所から軋む音をたてながら立ち上がろうとしていた。砕けた赤い目を点滅させ、一夏に切断された右腕の断面からは、まるで鮮血のように茶色い油を垂れ流している。

 人であるなら動けずとも、機械故に動ける。そう、相手は機械だとわかっていたのに。

 完全に停止したことを確認せずに戦いが終わったと安堵してしまった。結果、その油断の代価を払ったのは親友だった。

 

「チビ子、一夏を連れてどいてくれ」

 

 返答は無い。彼女は一夏を抱き抱え、涙をとめどなく流しながらうわ言のように名を呼び続けている。

 スッ、と息を吸い込む。

 

「凰 鈴音!」

 

 ビクリと体を震わせる少女。

 怖がらせるような真似に罪悪感を覚えながら、今度は極力優しく伝える。

 

「頼む。一夏を安全な場所まで連れて行ってやってくれ」

 

 このまま戦いを始めればどんな危害が及ぶかわからない。敵が動けない一夏を狙う可能性だってあるのだ。

 鈴音は無言のままコクンと頷いて、自分の体を引きずるように、しかし一夏のことは丁寧にアリーナの端に避難する。

 

 これで一先ずは安全だ。それが最早手遅れだとしても。

 

「……っ」

 

 奥歯を噛み締める。拳を握り締める。

 自分が油断していなければこんなことにはならなかった、などという傲慢な考えは無い。所詮自分はただの子供だ。けれど、それとこの怒りはやはり別だ。

 悔やむ気持ちは抑えられない。この怒りは耐え切れない。

 

 耐えるつもりも――――無い!

 

「――――初列風切(しょれつかぜきり)

 

 

 

 

 

 

 再び起動した無人機はまず自身の状態を確認する。右腕は欠損。視界に一部障害有り。その他数十箇所、ダメージ蓄積が重度破損(レッド)を訴えている。エネルギー残量も僅か。活動限界およそ五分。

 戦闘続行――――可能。

 

 動ける間は彼、もしくは彼女は戦闘続行不可能ということにはならない。初めからそう設定されているのだ。

 故に無人機であるこれは立ち上がるなりすぐに敵である立ちはだかった漆黒のISへ残された左腕を向けた。エネルギーチャージ。

 

「初列風切」

 

 何事かを呟いた。ゆらりとその細身が動き――――それを認識した瞬間、無人機は宙にはね飛ばされていた。

 

「?」

 

 視界にダメージ状況が送られてくる。新たに計五ヶ所の破損。解析。拳によるダメージと判明。

 そうこうしている間に今度は背後に衝撃。浮いた機体がさらに空へ打ち上げられる。

 

 まただ。何も見えない。

 状況が把握出来ない。状態が整理出来ない。

 ただただ機体ダメージの情報が遅れてやってくる。

 一部視界に障害が出ているが、搭載されたハイパーセンサーに問題は無い。だというのに、見えない拳が、蹴りが、機体に次々とダメージを与えていく。

 

 およそ機体ダメージが八十パーセントを越えたとき、無人機のハイパーセンサーはようやくそれを見つけた。上空へ打ち上げられ、制御とは関係なく空を弾き飛ばされる自身の周囲を囲む物を。

 それは黒いビットだった。無傷な物はほとんどなく、亀裂が入った、すでに壊れかけの物を含めたシールドビットが一定の距離を開けて無人機を取り囲んでいる。まるでそれは結界か、それとも己を捕らえる檻か。

 

 バキン、と一際破損が酷かったビットが突如音を立てて砕け散った。同時にそちらの方向から無人機へ攻撃が入る。

 

 それらのことからようやく無人機はこの状況を把握した。あの痩躯のISはいる。この結界の中をピンボールのように跳ね回っているのだ。それもおそろしく速い。なにせ無人機のハイパーセンサーがその影すら追えないほどに。

 

 これがもし通常通り人が操るISだったなら、この結界から逃れようとがむしゃらに動いてその背中を撃たれただろう。

 しかし無人機はたとえダメージ量が危険域に達し、つまりは自分自身の命がこと切れようとしている瞬間であって尚冷静に動いた。

 

 囲むビットの位置を入力。今までの戦闘から敵IS搭乗者の思考パターンを分析。先ほどのダメージ量から速度を計算。

 

 無人機は何もない空間に左腕を構える。たとえ肉眼で見えなくとも、ハイパーセンサーでさえ見えなくとも、あらゆるデータから次に現れる敵の位置を弾き出す。そこへ撃ち込むだけでいい。

 死の淵にあって冷徹な演算を行った無人機のビームは、しかし虚空を穿つだけだった。

 

「――――次列風切(じれつかぜきり)

 

 痩躯のISはすでに背後にいた。

 

 無人機の計算は決して間違っていなかった。楓の思考パターンから、次に出現する場所、タイミングをまるで予知の如くピタリと当てていた。

 ――――ただ一つ、《八咫烏》の速度はさっきよりさらに速くなっていた。

 無人機がビームを放つその瞬間、すでに楓はビームの軌跡を走破して背後にいた。

 

「お、おおおお!」

 

 搭乗者の裂帛の声と共にさらなるダメージが蓄積される。とどめとばかりに速度の乗った一撃で再び無人機は地面と激突する。

 

 ダメージオーバー。数十秒後、この機体は完全に機能を停止する。それでもまだ数十秒動ける(・・・・・・・・)

 

三列風切(さんれつかぜきり)――――《神威》発動」

 

 与えられた声音から相手の位置を割り出す。しかしその必要も無かった。視界を遮っていた土煙が彼方へ吸い込まれていく。

 見上げたそこに敵のISはいた。

 

 ――――エラー。

 

 痩躯のISの装甲が針のように全て開いている。そこへうねるように大気が吸い込まれているのだ。

 

 ――――エラー。

 

 大気だけではない。巻き込まれたあらゆる物が痩躯のISの装甲、正確には背中部分へ飲み込まれていく。

 結界を作っていた黒いビットはいつの間にか回収され、今度は吸い込む風を制御するように彼の周囲を衛星のように旋回している。そしていくつかは連結し、まるで三本目の足の如く地面へ楔を打つようにして体を支えている。

 

 ――――エラー。

 

 解析するまでもない。途方も無いエネルギーを大気渦巻くあの先から感じる。

 

 ――――エラー。

 

 ならば何故無人機は動かないのか。

 これは機械だ。故に絶望しない。故に諦めることはない。機能を停止するその瞬間まで、最適な行動を取り続ける。

 だからこれは動かないのではない。

 

 ――――エラー。

 

 動けないのだ(・・・・・・)

 

 あらゆる回避を高速シュミレート――――回避不可。

 

 ――――エラー。

 

 周囲の障害物を使った防御――――不可。

 

 ――――エラー。

 

 ならば、敵ISの撃墜――――不可。この旋風の中心に立つ相手を落とせる攻撃方法、該当せず。

 

 ――――エラー。エラー。エラー。エラー。

 

 視界に重なるエラーのウインドウ。それでも繰り返す演算。しかしどんな行動を取っても最適にはならない。機械故に、最適ではないとわかっている行動は取れない。

 

「…………」

 

 漆黒のISが右腕をこちらへ向ける。その手に粒子が集まり武器が握られる。

 それは奇妙なものだった。銃の形をしていたが肝心の銃身が無い。

 グリップとトリガーだけを象ったそれは、まるで何かのスイッチのようだった。――――それが引き絞られる。

 

「潰れろ」

 

 無人機はその四文字の音を拾ったのを最後に、機能を停止した。




書けるときに書いてしまおうがモットーです!はい、閲覧ありがとうございます。

>てなわけで、再びこちらを更新です。だって……だって問題児のストック(原作)が無くなりつつあるんですもの!
まあこっちで他作品の話題は置いておきましょう。

>楓君爆発。この作品初見の人は『あれ?こいつ接近戦仕様じゃなかったの?』と思われたでしょうが、そこら辺は次回の二章エピローグ(?)で解決させますのでお待ちを。

>怒る描写って凄く難しいなぁ、と思いました。なにせ荒ぶる感情を文字にするわけですから『うおおおおおおおお!!』とかセリフだけでも駄目ですし、『彼は怒っていた』とか一言ド直球に書くだけでも駄目ですし……
出来れば読んでいる側が鳥肌立つような熱い感じのを一度でいいから書いてみたいですね。

神よ!明日起きたら突然文才に目覚めるフラグを私に与え給え!!


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五話

 少女が病室に駆け込むと、そこにはベットに一人少年が眠っていた。そこはとても静かで、あまりにも静かすぎて、少女は呼吸も忘れて魅入られるように少年に近付く。

 少年と少女は幼なじみだった。子供の頃はよく遊び、しかし少女の家庭の事情から少年と離れ離れになってしまった。その数年後、とある学園で再会したのだ。

 彼は自分を覚えていてくれた。もちろん自分も彼を忘れたことはなかった。

 

 少女は少年が好きだった。少年の気持ちは知らないが、間違いなく自分は彼が好きだったのだ。それなのに、病室は静かだった。怖ろしいほどの静寂。

 ベットで眠る少年の顔には白い布が被されていた。少年は動かない。もう怒らない。泣かない。笑わない。

 少女は涙を流しながら少年へ顔を近付け……

 

 

 

 

 

 ――――取り落とした漫画が顔にかぶさった。

 

「ああ、暇だ……」

 

 一人ベットの上で楓は孤独にぼやいた。

 無人機との戦闘後、半ば無理矢理教員達に救護室へと詰め込まれたのだ。

 

 ちなみに、先ほどまで読んでいたのは、少し前に面白いから是非読んで欲しいとクラスメートに貸してもらった少女漫画である。余談だが、この後の展開は少女が顔を近付けた途端少年は幽霊となって復活。幽霊となった少年はあらゆる人に乗り移って少女に悪戯するのだが、なんと少女は実は男の子で、それなのにジャンルは恋愛なのだからつまりそういうことだ。最近の少女漫画は描写が過激過ぎると思わされた。さらに余談だが、これを貸してくれた女子は返すときはこれを読んだ上で一夏のことをどう思うか教えて欲しいと言っていた。いっそこの漫画は燃やしてしまおうか悩んでいる。

 

『――――!!』『――――!?』

 

 そんな興味が一ミリも湧かない漫画を読むほどまでに暇を持て余している楓の耳に、隣室の声が貫通してくる。

 隣の部屋には意識を失っていた一夏が寝ているはずだが、どうやら意識を取り戻したらしい。先程から彼の声だけでなくおそらく箒とセシリア、それと鈴音の声も聞こえてくる。

 対して、この部屋には未だ誰の見舞いもいない。

 

「…………」

 

 元々脳震盪で意識を失っていただけなのでそれほど心配していなかったが、本当に無事で良かった。ほんとに。

 

「爽やかイケメンに呪いあれ!」

 

 本音は隠せなかった。

 

 ――――コンコン、と扉がノックされる。

 

「はいはいどう……ぞ?」

 

 一夏を差し置いて自分に見舞い客が来るとは期待していなかったので、てっきり学園の養護教諭かと思っていたのだが、違った。

 モデルのような長身に、長い足に似合う漆黒のタイトスカート。射抜かれるだけで体温が二度低くなると噂される鋭い目つきがデフォルトの女性。見紛うはずがない。扉を開いたのは千冬だった。

 

「千冬さん部屋間違えてるよ。一夏は隣り」

 

 親指で喧しい壁の向こうを示してやる。だというのに、彼女は引き返すことなく後手に扉を閉めると、ヒールを鳴らしながら部屋を横断して、窓際の壁に背中を預けた。

 

「具合はどうだ?」

 

 腕を組んで、彼女はこちらを見ることなく尋ねてくる。どうやら部屋を間違えてやってきたわけではないらしい。

 

「なにを呆けている。聞こえないのか?」

 

「あの、一夏の見舞いは行かないの?」

 

 千冬はフン、と鼻を鳴らして、

 

「今行っても喧しくてかなわん」

 

 眉をひそめてそう言った千冬だったが、意外にも彼女も空気を読んだらしい。弟と、その弟に想いを寄せる少女達との時間に水を差したくなかったのか。

 それで誰も居ないこちらに来たというなら、かなり惨めな気もするがいいだろう。美人の見舞いは大歓迎である。

 

「それで具合はどうだ?」

 

「はっはっは、そらもう完全に折れてました」

 

 白い布で吊った左腕を見せると千冬は鋭い目つきをさらに細めた。

 

「笑いごとか、馬鹿者」

 

 怒られた。

 

 

 

 

 

 

 千冬は身内である一夏ではなく、もう一人の怪我人である御堂 楓の病室へ訪れた。

 本心を言えば弟の容態が気になったが、一夏の方は軽い脳震盪で意識を失っただけで命に別状は無いことはすでにわかっていた。それに一夏の方には、彼に想いを寄せる少女達が世話を買って出た。そこを邪魔するのは姉として気が引ける。

 ならば教員として、より重傷の生徒(・・・・・・・)を優先的に見舞うべきだと思ったのだ。

 

「本当に折れているのか?」

 

 千冬はまだどこか信じられない気持ちで聞き返す。

 叱られた楓は調子をいつも通りに戻して応える。

 

「ポッキリと。まあ、綺麗に折れてるからすぐ治るらしいけど」

 

 楓の言う通り、ISの登場に際して世界の科学技術は軒並み上がった。軍事的な方向にやや傾いてはいるもののそれは医療方面にも言える。ただの骨折程度ならすぐに治るだろう。

 

 ――――しかし問題なのはそこではない。楓はISに乗っていたのにも拘わらず、骨折という傷を負ったこととが問題なのだ。

 

「御堂、貴様のISはなんだ?」

 

 その問いかけにはあらゆる意味を込めていた。

 

「ISは現行、間違いなく最強の兵器だ。そしてそれは同時に、最も安全性の高いものであるともいえる」

 

 例えば刀に鞘があるように。例えば銃にセーフティーが付いているように。

 兵器は、武器は、その威力が高ければ高いほどに使用者を傷付けないような高度な安全装置が備えられている。

 ISでいえばそれはシールド、そして絶対防御。

 

 今回、一夏は敵の攻撃をまともに受けて気を失った。ISに乗っていて気を失うほどのダメージというのも稀だ。

 あのとき《白式》は度重なる戦闘でほとんどのエネルギーを失っていた。――――否、表示だけなら間違いなくゼロだった。だが実は、表示されるエネルギー残量と実際に機体に残っているエネルギーにはズレがある。

 考えてみれば当たり前で、本当にエネルギーが尽きるまで戦ってしまったら戦闘終了と同時に搭乗者はISの展開が強制的に解かれて、最悪生身で空高くから地面に叩きつけられてしまう。

 つまりISは、表示される以上のエネルギーを常に機体に残しているのだ。具体的にはしばらくの飛行、そして絶対防御が発動可能な分だけ。

 

 だからこそ、エネルギーを表面上は失い、鈴音を庇うためにまともに強力なビームをその身に受けてさえ一夏は無事でいられた。そう、

 

「あいつはあれだけの状態で攻撃を受けても軽い脳震盪で済んだ。それに比べて貴様はどうだ?」

 

 事前に聞いた学園の医療スタッフの報告では、左腕の骨折だけでなく全身の筋肉が断裂しかかっているらしい。

 ISという、この世で最も安全なものに乗っていたにも拘わらず。

 

「疑問はまだある。貴様の傷は織斑のように攻撃を受けて負ったものではない」

 

 無人機との戦いで、楓は終始無人機を圧倒していた。遂にまともなダメージを一度たりとも受けなかったと記憶している。

 

「それなのにこの有り様ということは、最後のあの動きが原因なのだろう? ――――それとも最後の砲撃か」

 

「…………」

 

「貴様は言ったな。自分のISは飛行能力を犠牲にして通常のISを凌駕する速さを得た、と。しかしそれは本当か? 飛行能力という絶対的な機能を犠牲にして得たものが、本当にスピードだけだというつもりか?」

 

 しばらく無言のまま時が過ぎた。やがて楓は観念したように無事な右手を挙げた。

 

「答えるから! 答えるから睨まないで」

 

 失敬な、とは思っても言わない。最早見舞いではなく尋問しにきたと言われても仕方がないと自覚していたから。

 意識的に少し昂っていた感情を抑えると、彼は小さく息をついた。

 

「さて、んじゃ問題です。最強の兵器ってなーんだ。あ、ISを除いて」

 

「……ふざけてるのか?」

 

「違うって。これが多分千冬さんにとって知りたいことに繋がるんだよ」

 

 未だ彼が言いたいことが千冬にはわからない。しかし質問に答えるというなら付き合うことにした。

 

「核か?」

 

「あー、そういうことじゃないんだ。そうだな……理想の兵器に必要な絶対的なもの、かな?」

 

 千冬は顎に手をあてて数瞬考えて、

 

「射程と威力か?」

 

「大正解。さすが千冬さん」

 

 右手で膝を叩いて拍手する楓。

 

「そう、理想の兵器っていうのはたとえどんな場所にいようとも確実に、そして自身は絶対の安全圏にいながら対象を抹殺出来るもの」

 

 初めは拳。次は棍棒や石。剣。銃。今ならミサイルか。

 兵器は、人は、そうやって進化してきた。

 

「俺は嘘をついた。《八咫烏》はシールドビットを利用した超高速の立体駆動をメインにした接近戦型なんかじゃない。むしろその逆。単一仕様能力(ワンオフアビリティー)である《神威》による風流操作で圧縮した大気で敵を穿つ、超々遠距離からの絶対射撃型」

 

 楓はこちらを見上げる。

 

「どうしてみんな気付かないのかねえ。篠ノ之 束は完璧だ。天才でも天災でもない。あいつはあらゆる意味で完成された人間だ。そんなあいつが、今更《白式》みたいな欠陥持ちのISを作るのが精々なはずがない。初めからあいつはなんだって作れた――――いや、作っていた」

 

 組んだ腕の中で、千冬は拳を握った。いや薄々感づいていたことを突きつけられたことに戦慄したのか。

 おそらくそれに気付いていながら、楓は告げた。

 

「第零世代――――《八咫烏》は、束が生み出した最初にして完成された(始まりにして終わりの)ISだ」

 

 

 

 

 

 

 ISには開発された時期、性能によって世代が存在する。兵器として完成を目指した第一世代。現在最も世界に普及されている第二世代。《ブルー・ティアーズ》や《甲龍》のような、未だ試験機の域を出ないながら世界最新鋭の技術の結晶である第三世代。そして、世界中の科学者が未だ机上ですら実現することの出来ない、束だけが作り出すことが出来る《白式》の第四世代。

 だが第零世代などという世代は世界中の誰も聞いたことがないだろう。もしそういったものがあったとして、それが当てはまるものは世界にとって始まりのIS、《白騎士》だけだ。

 

「だけどそれは違う」楓は言う「《白騎士》ですら、束が世界へお披露目するために調整したものに過ぎない」

 

 世界が戦慄した伝説の機体ですら、あくまで世界が受け入れられる、理解が出来るギリギリを見極めて彼女が作ったものに過ぎない。もっと正確に言うなら、世界に受け入れられ、かつ搭乗者に合わせて作った、だ。

 

「そこのところはあんたの方が詳しいんじゃない?」

 

 茶化すようなした質問にも、彼女は怒りもせず答えない。はたしてその余裕が無いのか。

 おそらく、《白騎士》の搭乗者は彼女だ。当時、束が心を許していた人物は限られている。家族である箒とその幼なじみの一夏、そして千冬。証拠はないが、確信はある。

 しかし今はそんなことを問い詰めても意味が無いし興味もない。

 

 束は完成されている。束に出来ないことはない。

 例えれば迷路だ。誰もが入り口から迷路を始めるにも拘わらず、束だけがいつも迷路のゴールに立っている。そして彼女は時々気紛れで分岐路に自分の姿を見せる。それが彼女が世に出す作品達だ。IS、《白騎士》もまた然り。

 つまり最初から彼女は作ることが出来た。ISが世に出る前から、第一世代だろうが第二世代だろうが、今世界がようやく辿り着いた第三世代だろうが、最初から彼女は作ることが出来た。何故なら彼女は最初から迷路のゴールにいるのだから。

 

「ともかく、《八咫烏》の高速機動なんておまけもいいところ。って言っても、そのスピードだって別に俺のISが特別なんじゃない。あのスピードはISが本来持つものだから」

 

 千冬が言うように、兵器にはそれ相応の安全装置が存在する。現行最強の兵器であるISの安全装置はこの世で最も安全性の高いものといって過言ではないだろう。そして安全装置とはそのほとんどが、兵器そのものの能力を多かれ少なかれ阻害することで成り立っている。そうでなければISのような単なるパワードスーツで戦闘機並の超スピードの世界で戦うなど出来るはずもない。

 《八咫烏》はその楔を切っている。故に《八咫烏》のスピードはIS本来のスピードと言っていい。

 そこに《神威》による補助、急加減速、直角に等しい急旋回が加わればハイパーセンサーすら追い切れない速度を出せる。

 

 ただし、それは誰にでも操れるものじゃない。

 もし楓以外の人間が《八咫烏》に乗ればおそらく一瞬で意識を飛ばすだろう。PICの完全制御があったとしても搭乗者にかかる負荷はそれほどに計り知れない。

 所有者である楓でさえ、普段から体を鍛え、負荷に慣れているとはいえこの有り様だ。

 

「こいつの本当の特性は一撃必殺の長距離砲撃だよ。兵器としての究極の姿」

 

 耳のピアスに触れる。

 《八咫烏》の単一仕様能力《ワンオフ・アビリティー》、《神威》は周囲の大気を操り取り込み、それを超圧縮することで弾丸として叩きつける。性質としては《甲龍》の衝撃砲に近いが厳密には違うところは多々あり、何より規模が桁違いだ。理論上、《八咫烏》の射程は数十キロに及び、撃ちだす弾丸の範囲は都市すら丸ごと叩き潰せる。

 《八咫烏》が飛べない理由はPICの制御を全て搭乗者の負荷軽減に向けているからだ。しかしそれは決して欠点ではない。何故なら飛ぶ必要が無い。

 《八咫烏》の射撃は正しく一撃必殺。射角も射程も埒外の長距離砲撃。故に、飛ぶ必要もなければ撃った後の反動すら関係無い。

 

「確かに大した威力だった」

 

 ようやく千冬は口を開く。その顔には呆れがありありと浮かんでいた。

 

「貴様の砲撃でアリーナの四分の一が吹き飛んだ。レベル四のシールドを粉々にしながらな。修繕に一体どれくらいかかるか教えてやろうか?」

 

「げ……」

 

 頭に血が上っていたとはいえ、ちゃんと範囲も絞っていたし、射線に生体反応が無いことも確認済だった。しかし躊躇いが無かったのは間違いない。

 まさか修繕費を請求されるとは思わないが……というか、されても払えない。

 

 顔を青くする楓。

 千冬は一つ、ため息をついた。

 

「もう一つ、貴様に言っておきたいことがある」

 

 まだあるのか、とは言わない。これ以上何があるのかと楓が戦々恐々とする一方、なにか千冬の様子がおかしい。

 

「その、だな」

 

 珍しく歯切れの悪い様子に首を傾げる。

 

「んん! ……一夏を守ってくれてありがとう。礼を言う」

 

 らしくない小さな声で千冬は言った。彼女は言葉を繰り返そうとはしない。窓に背けた横顔が赤く見えるのは、果たして夕焼けのせいだったのだろうか。

 

「――――そろそろ限界か」

 

 不意にそう言った彼女は部屋の扉に向かって歩を進める。

 呆けていた楓はそれを目で追う。

 千冬が扉を開けると、比喩ではなく雪崩のように女子が雪崩れ込んでいた。それはクラスメートの女の子達だ。

 

「あたた……」

 

「おーもーいー」

 

「貴様等、教室で待っていろといったはずだぞ」

 

 千冬に咎められて苦笑いするクラスメート達だが、事態が見えずベットで呆ける楓を見つけるなり駆け寄った。

 

「大丈夫御堂くん!?」

 

「お見舞い来たかったんだけど、織斑先生が戻るまで止められててさ」

 

「腕大丈夫?」

 

 楓は己の目を疑った。女の子達が自分を心配している。一夏ではない。この自分をだ。これが夢でなくてなんだ。

 

「俺の見舞い……? 心配して?」

 

「当たり前じゃない」

 

 大勢の女の子達が微笑んで頷く。

 

 これが、これがハーレムというやつなのか。

 感激のあまり身を震わせる楓は彼女達に報いようと口を開いて、

 

「それで織斑くんの部屋の様子は!?」

 

「――――は?」

 

 硬った。

 

 風の如く女の子達は壁際に集まる。耳をあて、真剣な顔で隣の部屋の様子を探る。

 

「く……やっぱりいつもの面子が揃ってるわ」

 

「修羅場!? 修羅場なの!!?」

 

「きゃー! 織斑くん悲鳴あげてるー!」

 

「ちょい待てお前等、まさかここに来たのって」

 

「いやだな御堂くん。私達は御堂くんのこと心配してたよ。ほんと。マジで」

 

「その心は?」

 

「ここなら織斑くんの部屋の様子がわかるかなーって」

 

「お前等の優しさはよくわかった。表出ろやあああああああ!!」

 

 怒り狂う楓に追われて楽しげに悲鳴をあげる者達。その間も必死に一夏の部屋を窺う者達。

 隣りに負けず劣らず騒がしくなった部屋で千冬は頭を抱えた。しかしその口元が微かに笑みを見せた。

 

 楓は知らない。たしかに彼女達はいつものメンバーを相手に一夏の部屋に乗り込む勇気はなかった。野次馬根性で一夏の部屋の様子を知りたいという思惑があった。

 だが、彼女達が楓を心配して千冬にお見舞いをしたいと願い出たのは事実だ。一夏だけでなく楓のことも間違いなく、心から心配していた。

 

 だから、彼女達はあんな怖ろしい出来事があった直後にもこうして笑うことが出来る。大切な友人が無事だったことが嬉しくて。




閲覧ありがとーごぜえます。実は一度投稿して、書き忘れた箇所思い出して消しましたのはここだけの話。

>楓は意外とクラスに受け入れられている、というお話でした。そして正面切って御礼を言うのがちょっと恥ずかしかった千冬さんでした。
ちなみに、クラスにとって一夏はクラスメートであると同時にアイドルな存在。楓はアイドルとは程遠い気安い友人です。
言うなれば高級料理=一夏。庶民料理=楓。親しみやすいけど彼はアイドルにはなれない。

>白騎士って第零世代になってたんですね。むしろ第一世代だったような(これは記憶違いかも)。
これを書いていた当初はウィキに第零世代なんて記載はなかったので、これ幸いとありがちだなーとあとがきに書きつつも設定作りました。
なので今回書いてるときに公式に零世代がいるので設定変えとこうかな、と考えたのですが、まあ大筋変えなければいいかということで変更しませんでした。

>鈴ちゃん編はこれにて終了。次章は人気の僕っ娘と銀髪さん登場!!


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VSラウラ
一話


 シャルル・デュノア――――彼女は自身が名乗るべき名前を胸の内で確認する。そしてやや緊張した面持ちで今一度自身の格好を確認した。

 指定制服はスカートが基本のこの学園で特注のズボン。口調、趣味、何気ない動作に至るまで今日まで訓練を積んできた。訓練では隠しようのない胸の膨らみをはじめとした女性らしい体つきに関しては、会社がこのために開発した特殊スーツで誤魔化している。最後に、暗示のように繰り返している言葉を胸の内で紡ぐ。

 

 ――――僕は男だ。

 

 シャルルは……否、本当の名前をシャルロット・デュノアという少女は、このIS学園に男として入学してきた。

 

 事の始まりは彼女の生まれにある。性のデュノアは量産機ISシェア世界第三位を誇るデュノア社の正真正銘の娘である証だ――――が、彼女は愛人の子だった。母が亡くなった後、後見人として現れた父に連れられた家で彼女は初めてその事実を知った。

 謂れもなく疎まれ、居場所のない少女が悲しみに暮れる暇もなく事態は進む。

 実は彼女の父が経営するデュノア社は深刻な経営危機に陥っていた。シェア第三位といえど所詮は第二世代。世はすでにその次のステージ、第三世代の開発に力を注いでいる。そしてデュノア社はその第三世代の開発に行き詰っていたのだ。

 

 そこで、追い詰められた社長は適正の高かったシャルロットに目をつけた。それもただ優秀なパイロットとして使うのではない。世間で話題になっている世界初の男性IS適正者、織斑 一夏に次ぐ二人目の男性パイロットとしての広告塔。そして同時に学園にある各国の第三世代、及び天災(・・)、篠ノ之 束が自ら手がけたという《白式》のデータ、さらにはシャルロットとは違う本物の男性操縦士のデータを回収すること。

 唯一あった誤算とすれば、二人目という看板は突如現れた御堂 楓という男に取られてしまったことか。

 

 そういった経緯で彼女はIS学園にフランスの代表候補生としてやってきた。父親が一体どういった手を使ったのかはわからないが、シャルロットは書類上、間違いなく『男』として審査を通り、どころか件の男性操縦士達と同じクラスで、さらには同じ部屋で暮らせるようにまで手を回したらしい。

 本当に、一体どのような手段を取ったのか。驚きよりも怖ろしさがシャルロットの身を震わせた。

 

「準備はいいか、デュノア」

 

「は、はい!」

 

 呼び掛けに意識を現実に戻す。

 目の前に立つ女性をシャルロットは知っている。世界最強と呼び声高いブリュンヒルデこと織斑 千冬。

 デフォルトらしい彼女の鋭い目につい萎縮してしまう。それは自分が悪いことをしているという自覚もあった。けれどその眼差しに、ふと思った。もしかしたら彼女は自分の変装を見抜いているのではないか、と。

 

(いけない……)

 

 浮かび上がった不安を押し込めて彼女は背筋を伸ばす。変装は完璧だ。堂々としていなければ余計疑われてしまう。

 変装がバレるということは父の会社が終わることを意味し、そして父の期待を裏切るということだ。

 間違っているのはわかってる。歪んでいるのも。許されないことだというのも。

 

 だけど、シャルロットは唯一残された肉親の期待を裏切りたくなかった。たとえ道具だとしても、母から与えられた名前を偽ろうとも。この最後の居場所を、失いたくなかった。

 

 父の期待。会社の命運。これから出会う人達を騙すことへの罪悪感。

 心優しい少女にはあまりにも重たすぎるものを背負いながら、孤独な彼女は扉をくぐる。

 

 

 

 

 

 

「シャルル・デュノアです。皆さん、よろしくお願いします」

 

 教壇に立つ真耶の隣りで、そう言って彼ははにかんだ。――――そう、彼。

 

「お、男……?」

 

 誰かが今クラスメート達が浮かべる疑問を口にする。

 

「はい。ここに僕と同じ境遇の人達がいると聞いて、本国より転入を――――」

 

「「きゃあああああ!!」」

 

 一斉にクラスが湧いた。

 

「男子よ男子!」

 

「二人目の! 二人目の美形!」

 

「しかも織斑君とは違って守ってあげたくなる系の!」

 

 今二番目に声上げた岸原 理子はあとで説教と心に決めながら、楓はクラスの熱狂に圧倒される転校生を眺める。

 クラスが騒ぐように確かに美形だ。見た瞬間は男か女かわからないほど可愛らしくもあり、凛々しくもある顔立ちの美少年。

 

「美少年……」

 

「静かにしろ馬鹿共!」

 

 千冬の一声でピタリと静まる教室。

 そのあまりの切り替わりの素早さに、爽やかなシャルルの笑顔が引きつって見えた。

 このクラスではすでに日常的なこの光景を受け入れている辺り、自分も中々ここに染まってきたらしい。

 

「織斑」千冬は一夏を見据えて「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男性同士な」

 

「はい」

 

「――――お前もだぞ、御堂」

 

「へーい」

 

「不満があるなら言ってみろ」

 

 スパーン、と弾丸のように飛んできた出席簿が額を貫いた。痛い。

 

「……はい喜んで」

 

「よし。――――ではこれより二組との合同でISの実習を行う。各自準備を終えて速やかに第二グラウンドに集合。以上、解散」

 

 額をさすりながら席を立ち上がる。するとこの後の展開を先読みしたのか、珍しく勘を働かせたらしい一夏がシャルルの手を握って教室を飛び出していく。

 クラスの女子達が悔しそうに歯噛みしている。

 

「……うーむ」

 

 転入生の背中を見送って、どこか感じる違和感に首を傾げながら、楓も着替えのため教室を後にした。一夏に手をひかれるシャルルの横顔が赤くなっているように見えたな、と思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

「着替えないのか?」

 

 一夏は首を傾げる。更衣室に転校生のシャルルを案内して、彼は突然こちらから目を背けるように背中を向けてしまったのだ。

 次の授業は姉の授業。一秒でも遅れればどんな罰が待っているか。

 

「着替える! 着替えるから!」

 

 というくせに着替え始める様子はない。

 

「なにやってんだ?」

 

「楓」

 

 親切心から、今一度シャルルに早く着替えるよう促してやろうと思っていたところでもう一人の男性操縦士である楓が更衣室にやってきた。彼はこの状況を見るなり首を傾いでいた。

 

「そういえば自己紹介まだだったよな!」

 

 女子達の騒ぎがあったのでまだ落ち着いて自己紹介していないことに気付いた。シャルルと楓はまだ話してもいないはずだ。

 

「え?」

 

 思わず振り返ったシャルルは一夏の半裸を見るなりまた慌てて背中を向けてしまう。仕方なしに背中に向けて声をかけた。

 

「俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれよ! 仲良くしようぜ」

 

「……仲良く?」

 

「ああ。同じ男同士だし、当然だろ?」

 

 シャルルはか細い声で『うん』と答えて頷いた。

 応じた背中が突然小さくなったように見えて、男にしては華奢な体格もあって一夏は一瞬彼が少女のようだと思えた。

 

「ありがとう一夏。僕のこともシャルルでいいよ」

 

 しかしそれも本当に一瞬のことで、すぐにその感覚は溶けて消えた。

 

「でこっちが」

 

「御堂 楓だ。よろしく」

 

「よろしく。……御堂君」

 

 楓はシャルルの方を見向きもせず、素っ気ない態度で着替えている。

 シャルルの方も、楓の強面も相まって萎縮したように肩を竦めている。

 

「なんだよ楓。なんかシャルルに冷たくないか?」

 

 御堂 楓という人間はその見た目とは裏腹に、話せば基本明るい反応を返してくる。特に初対面の人間には。本人曰く、その見た目の印象を払拭するべく意識的にそうしていると言うが、やはり根っから裏表のない気持ちのいい性格をしていると思う。だから一夏だけでなく、クラスでも彼は特に親しまれている。

 それなのにシャルルに対する今の反応は珍しい。初対面に限らず、こんなぶっきらぼうに対する友人を見たことがない。

 

「んなことねーよ。てか、くっちゃべってないでさっさと着替えろ」

 

「いてっ! 蹴るなよ」

 

「時間ないぞ」

 

「うえ!? やば……!」

 

 言われて見てみればもう授業が始まってしまう。

 

「あんたも早く着替えな」

 

「う、うん!」

 

 ようやく楓の方からシャルルに喋りかけるものの、更衣室で楓がシャルルに目を向けることは一度もなかった。

 

 

 

 

 

 

「デュノアってあのフランスのデュノア社か?」

 

「え?」

 

 着替えを終えて更衣室から出たのはシャルロットと楓だけだった。一夏はスーツを忘れたと言って慌てて教室に戻り、今再び更衣室へ戻ってきたところだ。

 外で待っていることにしたシャルロットだったが、思いがけず喋りかけてきた楓に素で驚いた反応をしてしまった。

 楓はそれにバツが悪そうに頬を搔く。

 

「あー、さっきはその、ちょっと考えごとしててな。気ぃ悪くしたなら謝る」

 

「あ、いや! こっちこそ、その……ごめんなさい」

 

 さっきまでとは打って変わって顔を見て話しかけてくる楓に、まだ少し驚きを抱きつつ失礼な反応だったと素直に謝る。

 

 御堂 楓。一夏に次ぐ二人目の男性のIS適正者。両親はすでに逝去。三月末、前触れもなく発見された彼を学園は急遽迎え入れたとされている。

 シャルロットが楓について事前の情報として渡されているのはこの程度だ。特別な背景もない。中学もごくごく普通の公立学校。もとは施設育ちで、そこから引き取った人物については何故かわからなかったらしいが、織斑 一夏と比べれば際立つものはない。

 

 実際に会ってみて、その強面にびびったのは事実だ。更衣室でも無愛想だったので何か気に障ることをしてしまったのかと不安になったほどだった。

 

「それで? シャルルってデュノア社の関係者なのか?」

 

「うん。僕の父の会社なんだ」

 

「んじゃやっぱ専用機もあるのか?」

 

「あるよ」

 

 胸元のペンダントを見せると、彼は興味深そうに唸って兵装などを訊いてくる。

 その後もISに限らず他愛ない世間話をしてくる楓に、気付けばシャルロットも最初に抱いていた楓への恐怖心が消えていた。それどころかいつの間にか笑顔まで浮かべて、まるで友人とそうするように普通に会話していた。

 

 一夏に楓、どちらも新参者の自分を温かく受け入れてくれることにいつの間にか心がゆるんでいるのを自覚した。

 やがて、こんなに優しい彼等を騙していることに途方も無い罪悪感が胸を襲った。

 

 

 

 

 

 

 二組合同の実習では、セシリアと鈴音を相手にあのいつものんびりしている真耶が圧倒するという驚愕の光景を見せられた。あの胸然り、IS学園の教員、それも千冬に付いているのだから只者ではないと思っていたが予想以上だった。

 

「やっぱあの巨乳は伊達じゃないか……」

 

「なにか言った? 御堂君」

 

「んにゃ」

 

 不思議そうに首を傾げるシャルル。次いで彼は気遣わしげにこちらを見る。

 

「その腕本当に大丈夫?」

 

「ああ、平気平気。もうほとんど治ってるようなもんだし」

 

 笑って応えながら布で吊った左腕を揺らす。先日の無人機との戦いで負ったものだ。今日は大事を取って訓練も最後のグループ分け以外は見学だったが、すでに骨もついている。

 シャルルに最初怪我について訊かれたときは思わず誤魔化してしまった。まさかISに乗っていて骨折したとは言えない。

 

「――――それにしても、本当に僕もいていいのかな?」

 

「いいに決まってるだろ」

 

 シャルルの問いに答えたのは一人はつらつと笑う一夏だけ。そう一夏だけ、だ。

 シャルルが気にするのも無理は無い。なにせ今この屋上には、おそらく、きっと、いや絶対、二人きりのランチタイムを妄想していた三人の少女が睨みをきかせているのだから。

 

「そうだぞ。気にしても疲れるだけだから気にすんな」

 

 なので肩をポンと叩いて言ってやる。無論、一夏への皮肉なのだが彼は呑気に首を傾げている。

 本当に、こんな状況になる可能性はいくらでも予想出来たのに、何故自分はのこのこと一夏に誘われるまま屋上にやって来てしまったのか、と楓は頭を痛めた。

 

 さて、思惑は外れたものの少女達の睨み合いは続いている。ふと、一夏は鈴音の持つパックの中身を見て声をあげた。

 

「おお! 酢豚だ!」

 

 先日では一夏と鈴音の因縁の種にもなった料理。

 一夏の喜々とした顔に、してやったりとほくそ笑む鈴音。

 

「ん、んんっ!」

 

 わざとらしい咳払いと共に今度はセシリアがバスケットを広げる。

 

「一夏さん、わたくしも今朝は作りすぎてしまいまして」

 

「セシリアはサンドイッチか。美味そうだな」

 

 ふふん、と勝ち誇るセシリア。

 

「一夏っ!」

 

 最後に箒が包を開く。

 

「おお……!」

 

 一夏のみならず、シャルルからも感嘆の声があがった。

 箒の重箱から覗ける料理はどれも手の込んだ手作りを感じさせるものばかりだった。玉子焼きに唐揚げ、きんぴら、おにぎり。和の雰囲気を残しつつ定番なメニューである。

 

(だけどそれをたまたま作りすぎたは無理があるだろうよ)

 

 偶然にしてもあまりにも完成度が高い。そもそも一人分を一夏に手渡す時点でおかしい。

 しかしさすがはドの付く唐変木。一夏は微塵も疑わずに彼女の言葉を額面通りに受け取って、唐揚げを口へ。

 

「美味い!」

 

「そうか! うん、うん。よかった」

 

「箒も食べてみろよ」

 

「え……!?」

 

 言うなり一夏は箸で掴んだ唐揚げを箒の前へ。

 箒は顔を赤くしながらおずおずと口を開き、差し出されたそれを口に収める。

 

「「あ……ああああああ!!」」

 

「いい。いいものだな……」

 

 どれだけ早起きしたのか知らないが、箒の努力が報われたことにそっと祝福の拍手を送る。

 

「なあ、美味いだろこの唐揚げ」

 

「よーし一夏。歯食いしばるか?」

 

「な、なんでだよ楓!?」

 

 わからなければそれでいい。それでいいから一発殴りたい。

 そんな楓達のやり取りどころではないのが箒以外の少女達。

 

「やり直し! やり直しを要求しますわ!」

 

「そうよ羨ましい!」

 

 鈴音の本音が漏れつつある。

 

「それならみんなでおかずを交換し合えばいいんじゃないかな? 食べさせあいっこすればいいでしょ」

 

 このメンバー内で最も常識的であるシャルルが和解策としてそう提案するが、それは戦争の引き金であった。

 

「じゃあ酢豚食べなさいよ一夏!」

 

「いいえ一夏さんわたくしのサンドイッチを!」

 

 やがては放心していた箒も参戦して激化する屋上の戦い。

 しばらくそれを眺めつつ、横を向いて、

 

「購買の場所知らないだろ? 案内してやろうか?」

 

「……うん」

 

 二人は大人しく購買へ向かう。昼休みの時間は限られているから。




閲覧ありがとうございましたー

>てなわけで三章開始。今章は楓の視点が少なくなりそうだなぁ、と考えつつ僕っ娘登場でいきなりネタバレ。
銀髪美人は次話です。

>現在放送中の2期を見ているんですが……これどうしましょう(動揺)
まるで介入するイメージが出てこないうえに、ドタバタ誕生日回とかシャルロットの履いてない回とか色んな意味で介入の余地なしが多いです。本編よりサイドストーリーメインなんですかねえ。

とりあえず、現在は楯無姉妹をメインに無理矢理進めていこうかと妄想中であります。


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二話

 相川(あいかわ) 清香(きよか)はこの朝の冷たい空気が好きだった。部活のときや夜に走るのとはひと味違う。例えるなら誰の足跡もない新雪を進むような爽快感がこの上なく好きなのだ。

 

 学園の敷地はとても広い。校舎はもちろんのこと、複数の演習場。整備場。学園用に常備されている保管庫。イベント用のアリーナ。生徒、及び教員が寝泊まりする寮。他にも生徒達のリフレッシュを考えた公園のような敷地など、施設列挙するのも一苦労するほどだ。

 そんな敷地の外周縁部を走る少女が清香だった。話題の男性IS適正者とクラスメートであり、同時に世界の女性にとって憧れであるあの織斑 千冬が担任を務めるクラスの生徒。そんな幸運に恵まれた一人。

 

 彼女の日課がこの毎朝のジョギング。ルームメイトが目を覚ますずっと前に起きて、学園の敷地を一周する。先ほども述べた通り、ここは一周するだけで大層な距離なので走る距離は充分。加えて自然も多く、道も綺麗で快適だ。

 小さい頃から清香は運動が好きだった。小学校では男子に混じって遊び、中学も運動部に所属するほどだ。

 ジョギングは元々部活の自主練のつもりだったのだが、その清々しさにいつの間にか練習から趣味へと変わっていた。

 

「よお、相川じゃん」

 

「御堂君?」

 

 学園に来てから欠かすことのなかった朝のジョギングだが、今まで誰かと鉢合わせたことはなかった。だから突然後ろからかけられた声には少々驚いた。

 声をかけてきた人物は意外と言えば意外で、世間でも話題になっている男性操縦士。一人目の織斑 一夏に続く二人目である。

 

「あー驚いた」二人は走るペースを自然と合わせて並走する「おはよう」

 

 『おう、おはようさん』と彼は返す。

 

「御堂君も朝走ってたんだ」

 

「まあな」

 

「知らなかった。今まで一回も会わなかったし」

 

 学園に来てからも欠かすことのなかったジョギングだが、楓と出会ったことは一度もなかった。とはいっても広い学園を走っているのだし、時間がずれれば会えなくてもおかしくはない。

 

「最近はちょっとサボリ気味だったし」

 

 そうして彼は自分の左腕を見る。そこでようやく清香は昨日までとの差異に気付いた。

 

「包帯取れたんだ!」

 

「おかげさまで昨日やっと」

 

 ついこの間、謎のISの襲撃によって楓は腕を負傷した。当時清香はアリーナの観客だったのでほとんど事情はわからず、閉じ込められてただ狼狽えていたのを覚えてる。

 思い出せば情けなくあり、そしてやはり怖かった。

 だからあのとき戦ってくれた人達には心の底から感謝している。もちろん楓にも。

 

「相川は毎日ここ走ってるの?」

 

「うん。部活の練習半分。趣味半分って感じかな?」

 

「ハンドボール部だっけ?」

 

「そうだよ!」

 

 実はここだけの話、入学当初御堂 楓は多くの女生徒達から怖れられていた。原因はもちろんその目付きの悪さ。比較対象になる一夏があまりにも爽やかな好青年だったので、尚更彼の悪人面は目立った。

 今はそんな誤解も解けて、クラスにも打ち解けている。もしかしたらアイドル対象として信奉される一夏よりも彼は清香達にとって身近な友人としているかもしれない。

 

 ただし、ファン数は圧倒的に一夏が勝っている。それはもう圧倒的なほど。楓ファンだと答えると『通だね』と言われるぐらい。楓が聞けば泣き出しそうな話である。

 余談だが、清香は極小数の通の人間ではなく、鉄板ともいわれる一夏ファンである。

 

「そういえば御堂君は部活入らないの?」

 

 ふと思い出して清香は尋ねる。

 運動神経に限っていえば楓は学年でも常に上位の成績を残しているからだ。

 

「中学までは野球やってたんだけどなー」

 

「なら是非我がハンドボール部へ!」

 

「そしてついでに一夏も連れてきてくれって?」

 

「バレたか」

 

 パシン、と優しく頭にツッコミを入れられた。

 

 そのあとも他愛無い雑談をしながら走り続け、やがて寮が見えてくる。

 

「そんじゃまた後でな」

 

「じゃあねー。部活の件、考えといてね。」

 

 ひらひらと手を振って返事をする楓の背を見送って、清香も部屋へ戻る。

 

 

 

 

 

 

「えーと」

 

 いつになく微妙な顔で、教壇に立つ真耶は教え子達へ朝の報告をする。

 

「きょ、今日も嬉しいお知らせです。ドイツからの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

 

 引きつった笑顔の真耶の横で、ピシッと背筋を伸ばした銀髪の少女が立っている。精悍な顔つきも去ることながら、小柄で愛らしいはずの少女の異様さを際立たせるのは少女の左目を覆う黒い眼帯。そして彼女が醸し出す殺気に似た鋭い空気だ。

 

(ていうか、いくらなんでも無茶苦茶だろ)

 

 昨日に続いて今日も転校生。それも今度はドイツの代表候補生ときた。いくらなんでも偶然なはずもない。

何かしらの圧力があったのは明白だ。

 理由は訊くまでもない。このクラスには世にも珍しい男のIS操縦士が二人もいる。加えて『天災』、束の実の姉妹も。

 

「最初に言ってたクラスバランスはどこいったんだってーの……」

 

 呆れたように息をついた。

 

「ではラウラさん、自己紹介を」

 

「…………」

 

「ラウラ、自己紹介をしろ」

 

「はい、教官」

 

 真耶の言葉を無視して、千冬の声にだけ素直に従うラウラ。彼女が千冬を教官、と呼ぶ辺り、どうやら二人は学園以前の知り合いらしい。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 しん、とクラスが静まる。

 

「……あの、以上ですか?」

 

「以上だ」

 

 いつもテンションの高いこのクラスでさえ茶々を入れる隙が無い。

 

 するとクラスを見渡したラウラが、ふと視線を止める。そこは教壇の正面の席。即ち、

 

 パン!

 

 一夏の席だった。

 

「へ?」

 

 唐突に、一夏へ近寄ったラウラは前置きもなく一夏の頬を叩いた。予備動作も僅かで素早い。思わずお見事と言いたくなるほどの一撃だった。

 叩かれた一夏の方は呆然としている。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなどと」

 

 いつもながら見事な女難の相である。初対面の人間にまで強く想われるなんて、誰にも真似出来ない。

 楓がそんなくだらないことを考えている間に騒動は千冬が治めたようで、ラウラは空いている席――――楓の隣の席へ座った。

 

「よろしく、お隣さん」

 

 一瞥もくれない。否、石ころでも見るように一瞥された。

 はたして、きっと彼女は楓の名前どころか顔すら覚える気はないのだとわかる。

 

「つまらん」

 

 どうやら相変わらず自分にフラグは立っていないらしい。

 

 

 

 

 

 

「へえ、大したもんだ」

 

 壁際に腰を据えた楓は口笛を吹いて賞賛した。

 

 放課後、いつもの一夏の特訓風景に新しく加わったものがあった。

 空を舞うおなじみの一夏の《白式》。それを隙のない射撃と巧みな飛行で翻弄するオレンジ色の機体。《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》――――シャルルだ。

 

 束作の第四世代、《白式》の機体性能は今更言うまでもない。それをカスタム機とはいえ、第二世代の《ラファール》で圧倒している。文句なしにシャルルの腕は一級品だった。

 《リヴァイヴ》のアサルトカノンによって《白式》のシールドエネルギーがゼロになったのはそれからすぐのことだった。

 

「――――つまりね、一夏が勝てないのは射撃武器の特性を理解してないからだよ」

 

 戦闘終了後、練習相手としての率直な感想を伝えるシャルル。

 一夏のまともな戦いを見るのは初めてのはずだが、中々的を得ている。

 

「一夏の戦い方は行き当たりばったりだからなー」

 

「か、楓まで……」

 

 茶化すように楓が声をかけると一夏がうなだれる。

 

 一夏の戦い方は荒い。特に相手が射撃武器を使ったときの被弾率が高いのだ。

 元々剣道を習っていたからか近接戦の筋は良いのだが、一転相手が射撃武器を使うと動きが単純化する。逃げも攻めも動きが直線的。追い詰めればやがてがむしゃらに突っ込んでくる。そこを狙い撃ち、といった具合だ。

 

 だが今回に限っていえばシャルルが強かった。

 一夏の弱点を即座に見抜いた洞察力。操縦技術も去ることながら、目にも留まらぬ武器の換装にその速度での兵装の的確な選択。

 なにせ今の戦いで一夏は一度もまともに刀を振らせてもらえなかった。

 相性だけなら、近付いてしまえば勝機のある射撃一辺倒のセシリアより悪いかもしれない。

 

(俺ならどう戦うかな)

 

 そんなことを密かに考えていた楓だったが、直後アリーナがざわめいたことに意識を映す。

 視線の先、第二ピットから姿を現したのは漆黒色のIS。とはいえ極限まで装甲を削ぎ落とした楓の《八咫烏》とは違う。特徴的な両肩の厳つい装備、特に右肩のは砲撃兵装のようだ。

 誰かが呟いた。ドイツの第三世代。――――となれば搭乗者は当然、ラウラだった。

 

 

 

 

 

 

 ラウラはピットの上から視線を下ろす。その隻眼が追うのは学園にやってきてから常に唯一人。

 

「織斑 一夏……貴様も専用機持ちのようだな」

 

「だからなんだよ」

 

「ならば話は早い。私と戦え」

 

 冷たい瞳で、燃え盛る憎悪の声で告げた。

 一夏は一度だけ睨み返し、視線を外した。

 

「嫌だ。理由がねえ」

 

「貴様になくとも私にはある」

 

「知ったことか」

 

 朝の件が響いているのか、珍しく険のある調子で答えるとラウラに背を向けて立ち去ろうとする。

 

「――――そうか、なら仕方がない」

 

「っ!?」

 

 ラウラが右型に装備したレールカノンを無防備な一夏の背中に躊躇わず撃った。その弾丸は悲鳴があがるより速く、しかし一夏に届くことはなかった。

 一夏を庇うように盾を突き出して前に出たシャルル。しかしその彼女まで戸惑った顔をしていた。衝撃が、無い。

 

「おいおい転校生、それは玩具じゃないんだからそうポンポン撃つんじゃねーよ」

 

 壁際に座り込んだままの格好で声をかけたのは楓だった。

 ラウラが横目で睨みつけると、楓は嘲笑うように口端をつり上げた。

 

「やっと目があったな、転校生」

 

「黙れ」

 

 何かをしたと察したのか、それともただ目障りな羽虫を払ったつもりなのか、ラウラは生身の楓に向けて再びレールカノンを撃った。

 

「楓!」

 

 今度こそ惨劇を想像した誰かの悲鳴があがる。

 一夏が慌てて動き出すが明らかに間に合わない。

 しかし彼等が想像した通りにはやはりならなかった。

 砲弾より先に、花弁のように連結した三枚のシールドが楓と砲弾の間に展開されていた。

 

 ラウラの目が初めて一夏を見るときの憎悪以外の感情を見せた。

 

「ビット兵装のみの部分展開だと……?」

 

「それに展開までが早い……!」

 

 シャルルまで驚きの声をあげる。

 部分展開とは、ISの兵装を含めた一部のみを展開させる技術である。無論それなりの技術を持っていなければ使えない。その展開速度は人間の反射神経を超えることは無いといわれている。

 だが今の楓の展開速度はその限界に限りなく近いものだった。

 

 ラウラが黒い花弁の向こう側で不敵に笑う楓を睨む。

 

「貴様、何者だ?」

 

「クラスメートの顔ぐらい覚えろよ。お前のお隣さんだ」

 

 挑発的な彼の言い方にかっとなるラウラだったが、割り込んできた教員のアナウンスにやがて唇を噛み締めて引っ込んだ。




閲覧あざます!

>主人公つええええええ!を今のところ地でいっております展開。さすがは執筆時高校一年生の私。(…………あれ?今も作風はあまり変わらないような………………)

>相川さん登場の理由は、一期アニメを見てあのワンシーンだけで好きなったからです。なぜモブなんですか。二期の出番はいつですかああああ!!


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三話

「大丈夫だったのか楓!?」

 

 シャルロットが更衣室へ入るとちょうど先に楓を追った一夏が部屋から溢れるほど大声を放つ。見ればツンツン髪の後頭部が大きく項垂れていた。

 

(まさかやっぱり怪我を!)

 

 生身でISの攻撃に晒されたのだ。それもおかしくな

 

「死ぬかと思った……」

 

 結論から言って大丈夫だった。

 

 ロッカーにしなだれかかる楓の額には冷や汗がびっしり浮かんでいる。

 てっきりあれだけ格好良いセリフを吐くものだから余裕なのかと思っていたが、そうでもないらしい。

 

 楓は唇を尖らせて、

 

「勢いに決まってんだろ。あいつがシカトばっか決めるから頭にきただけだよ」

 

「き、気を付けなきゃ駄目だよ。本当に危なかったんだから」

 

 そんな子供っぽい理由だとわかって苦笑いしつつ、シャルロットは嗜める。

 しかし、実際はどうだっただろうか。本当に楓が危なかったのかと問われると、シャルロットは素直に頷けない。

 思い返してみればラウラの放った砲弾の軌道は彼を直接狙っていなかった。おそらく脅しのつもりだったのだろう。それでも充分に危険だが。

 

(それに……御堂君ならあっちが本気でもなんとかなったかもしれない)

 

 思い出すのは先程の攻防。

 ISの部分展開。ISの一部、もしくは兵装のみを部分的に展開させる高等技術の一つである。しかし高等技術とはいうものの、これはある程度ISに乗り慣れた者なら可能な程度の技術ともいえる。かくいうシャルロット自身も使える。

 だが楓が行ったのは兵装の一部、それもビット兵器の展開だ。

 ビット兵器は現在開発されている特殊兵器の中でも最も扱いが難しいものの一つである。それを楓はISの補助を受けずに生身の演算能力で操ってみせた。

 その難易度は腕などの一部を展開させる単なる部分展開より遥かに上だ。

 

 そしてもう一つ。部分展開に限らず、ISの展開速度は人間の反射神経を超えることは無いと言われている。所有者が展開を念じ、ISがそれを受信して装甲が展開される、という流れなのだからそれは当然である。この搭乗者からの送信とISの受信ライン――――つまりはISとのシンクロ率が高ければ高いほど速度が上がる、というわけだ。

 世界大会に出るような熟練の者になれば思うと同時に展開されると聞く。楓の速度はまさにその限界に近いと思われる。少なくとも、シャルロットが知る中で楓以上に素早い展開を見たことがない。

 

 ラウラとの交戦はほんの一瞬だった。それでも彼女の実力の高さ、その片鱗は感じることが出来た。

 しかしだからこそ、ラウラを軽くあしらった楓の実力は測り知れない。

 

「あんなに早くISを展開させる人、僕初めて見たよ」

 

「展開速度なんて慣れだよ慣れ。あんなもん、練習すれば誰にだって出来るようになるよ」

 

 シャルロットとしては心からの敬意をもって送った賛辞だったのだが、楓の応対は素っ気ない。

 人によってその物言いは傲慢に聞こえたかもしれない。けれど他人の心の機微を読むのに長けたシャルロットにはわかった。

 威張るでもない。謙遜するでもない。もちろん蔑みの気持ちなど欠片もない。『あんなもの』と言い捨てたその言葉は、彼にとってそのまま真実なのだ。

 特別な才能も技術もいらない。時間さえかければ誰にだって出来る。

 

 そうかもしれない。ISの絶対数が少ない現在、特定のコアとのシンクロ率を上げられるものは少ない。だから部分展開が高等技術とされながらさして珍しくないのと同様に、彼の言葉の通り、環境と時間さえあれば出来るものなのかもしれない。

 だとしてもあれほどISを見事に操れることは誇っていいとシャルロットは思う。

 

 ますます楓という人間がわからなくなる。男でありながらISに乗り、どこかの国の代表生でもないのに専用機を保有し、誰よりも自在にISを操る。

 一体彼は何者なのか。どんな人生を歩んできたのか。

 

「なにはともあれ楓が無事で安心したぜ」

 

「うん。本当に」

 

「もうあんな無茶しないでくれよな」

 

「一夏にだけは言われたくねえ」

 

 兎角、この話題は終わる。そろそろ寮の門限が迫っているのだ。

 するとおもむろに、いや当然として、一夏は上半身のスーツを脱いだ。

 

 それを目撃したシャルロットの顔が瞬間的に赤くなる。視線を他所へ逃すと、自分のロッカーから荷物を掻き抱いてそそくさと扉の方へ。

 

「じゃ、じゃあ僕は先に部屋に戻ってるね」

 

「えー。またかよ?」

 

 一夏は明らかに不満そうな声をあげる。すると何を思いついたのか、僅かばかり悪戯顔を浮かべてシャルロットの方へ歩み出す。上半身裸で。

 

「ひゃ!」

 

「たまには一緒にシャワー浴びようぜ」

 

 シャルロットは正真正銘の女だ。そんな彼女が男としてばれずにいるのはデュノア社が開発した特殊スーツのおかげと言っていい。しかし当然シャワーを浴びるときは裸になる。裸になるということは特殊スーツの恩恵は当然消え、彼女の女性らしい肉体は露わになる。

 まあ仮にその解決法があったとして、初心な少女が同年代の男の子と一緒に入るなど不可能だったわけだが。

 

 ジリジリと間合いを詰めてくる半裸の一夏。あらゆる意味で高鳴る鼓動を必死に押さえながら、絶望に暮れるシャルロット。

 

「俺も今日は帰るわ」

 

「楓もかよ!?」

 

 そんなとき、シャルロットにとってノアの方舟に等しい声が降り立った。

 

「ギブスは取れたけど一応定期健診には来いって言われてるし。風呂は部屋で入る」

 

 言うなり鞄を肩に背負って部屋を出て行く楓。これ幸いとシャルロットもそそくさと更衣室を後にする。

 ただ、扉が閉まる直前、一夏が寂しそうにため息を吐くのを見て彼女の心は締め付けられた。

 

 

 

 

 

 

 夕日ももうすぐ落ちようかという時間、検診を終えた楓は学内の敷地を一人で歩いていた。入学初日、千冬に連れられてきた畔近くだ。

 

 腕の経過は良好だった。骨もくっつき、無理さえしなければ軽い運動、それにISの操縦も許可が出た。実は少し前から勝手に筋トレなどは始めているのだが、告白したら多分怒られるだろう。黙っておくことにする。

 

「最近一夏の奴の訓練眺めてるだけで暇だったからなー……ん?」

 

 誰になくぼやいていると道の先に佇む長い黒髪の背中を見つけた。彼女が見ているだろう先を追うと、とぼとぼとした足取りで寮の方向へ歩く一夏の背中があった。

 無遠慮に近付いて女性の背中へ声をかける。

 

「なに? 姉弟喧嘩?」

 

 おそらく気配で気付いているだろうと思っていたのだが、声をかけると一瞬硬直したかと思えば凄い顔で睨まれた。

 

「近頃の男共は盗み聞きが流行っているのか? 嘆かわしい世の中だな」

 

 千冬は低い声で言い捨てる。

 

「ちょっとちょっと、誤解しないでよ千冬さん」

 

「『織斑先生』だ」

 

 一層目つきが鋭くなる。

 

「……織斑先生。俺は今ちょうどここを通っただけで、なにも聞いちゃいないって」

 

 千冬は観察するようにしばらくこちらを睨みつけていたが、やがて僅かばかり圧迫感が減った。嘘ではないと信じてくれたらしい。

 ――――とはいえ、聞いてはいなくともあの姉弟がなにを話していたのか察するのは容易い。十中八九、ラウラ・ボーデヴィッヒのことだろう。ラウラと千冬が既知で、彼女が一夏に並々ならぬ感情を抱いていることくらい一夏も気付いている。ならば一夏がその理由を知りたいと思うのも当然だろう。

 

「ラウラとやりあったそうだな」

 

 なんとまあ耳の早いことだ。

 

「殺されかけたよ。一体どんな教育したんだってーの」

 

「ラウラに貴様は殺れん」

 

 ふっ、と千冬は笑う。

 多分褒められたのだろうと思う。でなければ適当にはぐらかしたか。

 

 ラウラと千冬の関係を、彼女達になにがあったのか、楓は知らない。しかしラウラが千冬に抱く感情はわかるつもりだ。

 ラウラは織斑 千冬に憧れている。心酔していると言ってもいい。

 そしてそれがわかれば、彼女が一夏を一方的に憎む理由にも思い当たる。

 

 かつて、IS世界大会、第二回モンド・グロッソでのことだ。千冬が第一回を圧倒的な力で勝ち抜いてその名を世界中に知らしめた二度目のそこで、彼女は周囲の期待通り圧倒的な実力差を見せつけて勝ち上がった。決勝の相手の実力も高かった――――が、千冬の強さは次元が違った。最早連覇は決まったといって間違いなかった。

 第一回の大会で彼女の強さに魅せられた者は多い。熱狂的なファン達にとって千冬の連覇は輝くべき栄光であり、しかし必然のものであるとさえして胸を高鳴らせていた。

 世界中の注目を浴びた大会決勝戦。

 

 ――――千冬は決勝に現れなかった。

 

 結果は対戦相手の不戦勝。連覇の栄光は潰え、彼女が世界大会に再び姿を現すことはなかった。

 

 実は決勝のあの日、千冬の弟が何者かによって誘拐されたと楓が知ったのは翌日のニュースだった。そう、拐われたのは、当時楓は名前どころか顔も知らなかった一夏だった。

 

 犯人は今なお不明。

 千冬が駆けつけたとき一夏は怪我一つなかった。しかし彼女の夢――――否、彼女崇め期待していた人間達にとっての夢は夢のまま終わったのだ。

 

「後悔してる?」

 

 主語もない、話の流れもまるで関係ない問いかけだったが、彼女は躊躇わず答えた。後悔などするはずない、と。

 それはおそらく真実だろう。彼女は大会連覇を捨てて一夏を救ったことを後悔などしない。一夏と友人になった楓もそれで良かったと思う。

 しかし当時、一夏との接点のなかった楓は見ず知らずの彼女の弟が助かった安堵より、千冬の連覇が果たされなかった落胆の方が大きかったのも事実だった。それは千冬に心酔していた者達も同様に。

 

 彼等にとって千冬は特別で絶対。神のような穢れ無き全能の存在。

 故に彼女に挫折などあってならない。絶対不敗は必然。

 それを一夏は汚した。遠因ではあるが、決して一夏の本意ではなかったが、一夏のせいで千冬の栄光に汚点が刻まれてしまった。憎む理由はそれで充分。

 所詮一夏は彼女のただの弟でしかない。

 

 ラウラという少女はそんな考えをする一人なのだろう。今もまだ、自らの妄想と憧れで形成された偶像の『織斑 千冬』を狂信している。

 

 その気持ちは、楓もわからないでもなかった……。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、楓は救護室から一夏達が特訓しているはずの第三アリーナへ向かっていた。昨日の無茶が養護教諭にバレてこってり絞られた上に、今日は訓練前と後の二度検診に来るよう言われたのだ。

 

「あの先生、ずっと笑ったまんま淡々と検診するんだもんなー。千冬さんとは違った意味で怖すぎる」

 

 こっちが何を話しかけても無視。ただただ検診を進める姿は無言の圧力を感じた。もう二度とあんな診察は受けたくない。……訓練後に行かなくてはならないのだけど。

 

 まだ数時間は先のことを思ってどんより暗い気持ちになっていた楓を複数人の女生徒達が抜かしていく。それも一人や二人ではない。人の流れが明らかに早く、しかも楓も行こうとしているアリーナへ向かっているのだ。

 一体何事かと思っていたところで駆け抜ける女子の会話が漏れ聞こえた。

 

「一年の専用機持ち三人が第三アリーナで模擬戦してるって!」

 

「これは見るっきゃないよねー!」

 

「………………」

 

 キャーキャー騒ぎながら去っていく彼女達の背中を、楓はいつの間にか歩みを止めて見送っていた。

 

 一年生の専用機持ちが模擬戦。この時期に、このタイミングで。

 楓は昨日の千冬との会話を思い返していた。

 

「嫌な予感しかしねえ……」

 

 トーナメント直前に模擬戦をやらかす専用機持ちに心当たりがありすぎる彼は、硬い質の黒髪を乱暴に掻き乱しながら自然と駆け足でアリーナへ向かった。

 

 

 

 

 

 

「なんだ、お前じゃなかったのか」

 

「楓?」

 

 アリーナへ着いて偶然最初に見つけた人物に、楓は心底意外な目を向けた。

 アリーナ観客席に、椅子に座らずシールド向こうのステージを見つめるのはてっきり模擬戦をしている専用機持ちの一人かと思っていた一夏だった。隣にはシャルルもいる。

 

(ということは……?)

 

 一夏達の隣に並んでステージを窺う。

 青白い閃光を断続的に放つ《ブルー・ティアーズ》。青龍刀を手に間合いを詰めようとしている《甲龍》。そして、それら二機を相手取っている《シュヴァルツェア・レーゲン》。

 戦っているのはセシリア、鈴音、そしてやはりラウラだった。

 

「なんだってこんなことになってんだよ?」

 

 楓が尋ねると一夏達もつい今し方来たばかりなので詳しい話は知らないようだった。

 ここまでで聞いた者達の話では模擬戦らしいが、この面子がトーナメントに向けて切磋琢磨するほど仲が良いとは思えない。それに戦闘は三つ巴というわけではないらしく、セシリアと鈴音が二人でラウラを攻撃している。

 おおよそ、何かの諍いから争いへと発展してしまったのだろう。

 

 戦況は、なんと驚くことにセシリア・鈴音の劣勢だった。

 代表候補生、それも第三世代の専用機持ち二人を相手に、ラウラは苦もなく捌いている。

 

(やっぱ強いな……。ISにっていうより、戦い慣れてる感じだ)

 

 ラウラの出身はドイツ軍。セシリア達も代表候補生である以上、軍、もしくはそれに類する環境でそれなりの訓練は積んでいるだろうが、ISが登場してからの彼女達とその前から軍人であったラウラとでは場数が違う。セシリア達はあくまでISのパイロットなのだ。

 そも、セシリア達はコンビというよりそれぞれがラウラを狙っている程度の共闘だ。連携など望むべくもない。

 

 鈴音が放った不可視の砲弾。それをラウラは薄い笑みを浮かべて手を翳すと、それだけで砲弾は見えない壁にぶつかったかのように止められてしまった。

 

「龍咆を止めやがった!?」

 

 驚く一夏の尻目に楓は驚きとも感心ともつかない調子で呟いた。

 

「もしかしてAICか?」

 

「AIC?」

 

 呟きが聞こえたのか一夏が復唱する。

 

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーだよ」こちらも真剣な顔で戦いを見つめるシャルルが「ISの慣性運動を制御するPICを発展させた兵器で、慣性停止結界とも言うらしいよ」

 

 模範的な解答だった。

 シャルルの言う通り、AICは対象の運動エネルギーを強制的に停止させる。効果は薄いものの、エネルギー兵器にすら使用可能な強力な兵器だ。

 

 一夏を覗き見ると彼は無言で戦いを見ていた。シャルルの説明でも、きっと原理が理解出来たとは思えない。けれどかつて自身を苦しめた鈴音の攻撃を容易く防ぐその光景でAICの絶大な能力は理解したようだった。




どもども閲覧ありがとうございます。

>どもこんばんわさまです。
今回は特に山場もない展開も進まない、謂わば繋ぎ回です。ちなみに次話も繋ぎ回の予定です(え)

>ちなみに楓がAICを知っていたのは例の『束さんクエスト』で同様の兵器を積んだISと戦っているからです。

>アニメ最新話より
相川さんの出番きたあああああああああああああ!!
まさかのセクハラ(受け側)要員とは!エロ担当でしたね。


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四話

 ――――戦いは終始ラウラが圧倒した。

 

 巧みにワイヤーを操りセシリア達を追い詰め、迂闊に近付けばAICで動きを止める。彼女達のあらゆる攻撃もAICの結界に阻まれてしまった。

 セシリアが自滅覚悟で撃った至近距離からのミサイルもまるで効果はみえず、遂に二人はワイヤーに絡め取られて身動きが取れなくなってしまう。

 

 それで終わりではなかった。

 ラウラはシールド向こうの観客席に一夏の存在を確認すると嗜虐的な笑みを浮かべて二人を嬲り始めたのだ。間合いを開けたくてもワイヤーで動きは制限され、反撃しようとすればAICで止められたところを殴られる。

 それは明らかに一夏に対する挑発だった。

 

「やめろラウラ! ラウラ!」

 

 堪らずシールドに拳を叩きつける一夏。それを見るとラウラはさらに口端を歪めた。

 その顔を見て、楓の堪忍袋の尾が切れた。

 

「一夏――――斬れ!」

 

 はたして、一夏は楓の言葉を瞬時に理解したのか、それとも初めからそのつもりだったのか、授業のときとは段違いの早さでISを展開させると《零落白夜》でアリーナのシールドを斬り裂いた。

 そのままの勢いでラウラへと突進する一夏。

 それに気付いたラウラは向かってくる一夏へ手を翳す。ピタリと、空中で一夏の体が静止する。

 

「な、く……っそ!」

 

「感情的で動きも直線的。絵に描いたような愚か者だな」

 

 不様だと酷薄に笑う彼女は怒りに満ちた一夏の鼻先にレールカノンを突きつけた。

 

「死ね」

 

 積年の憎しみを込めて、ラウラは躊躇いなど見せず引き金を引く。

 しかし砲弾は一夏の遥か頭上を通過し、明後日の方向へ飛んでいってしまう。

 

「だからそんなもんポンポン撃つなって言ってんだろうが!」

 

 一夏に続いてステージへ侵入していた楓は瞬時に《八咫烏》展開し、寸でのところでレールカノンの砲身を蹴り上げていたのだ。

 

「貴様またっ!」

 

 あわや憧れの人(千冬)を穢した男の抹殺を邪魔した痩身のIS。それを纏っているのが楓だとわかると一層顔を憤怒に染めてラウラは吠える。

 けれど楓は彼女には取り合わない。

 

「一夏! 二人を回収しろ!」

 

 セシリアと鈴音はすでにワイヤーの拘束から解放されており、その場で崩れ落ちている。意識はあるようだがすぐに動けそうにない。そのままにしていては巻き込みかねないのでは気が気でない。

 

 楓の声に応じた一夏は大胆にもラウラへ背中を晒してセシリア達のもとへ駆けつける。

 ラウラの憎悪に染まった瞳は、目の前の楓を無視して執拗に一夏だけを追う。右肩の砲身を旋回させて、砲弾を再装填。

 しかし今度はシャルルの強襲が動きを寸断させる。

 

「雑魚が……どいつもこいつも邪魔ばかり!」

 

 癇癪を起こした子供のように喚くラウラ。

 楓はそんなラウラを警戒しつつ、一夏がアリーナの端へ二人を避難させたのを確認して安堵する。シャルルが傍らへ立ったことで万全だと意識を移す。

 

 正面へ視線を戻すと、凍りつくような隻眼がこちらを睨みつけていた。

 腕部から射出したレーザーブレードを殺意と共に突きつけてくる。

 

「そんなに殺されたければそうしてやろう。この私と《シュヴァルツェア・レーゲン》の前では、所詮貴様等など有象無象の一つに過ぎない!」

 

 スラスターを吹かせた《シュヴァルツェア・レーゲン》が真っ直ぐ突っ込んでくる。

 先ほどの戦いを見る限りラウラのISは全距離(オールレンジ)対応型。なら近接型にしか見えない《八咫烏》相手にあえて接近戦を挑もうとする意図は、間違いなく自信の現れだ。それが傲慢かどうかはこの後の結果が決める。

 

「っ!」

 

 楓の選択肢に後退は無い。友達を傷付けられて頭にきているのは一夏だけではないのだ。

 《八咫烏》の鱗のような装甲が風を吸い込む。

 圧縮された空気が爆発し、その推進力をもって超スピードを叩き出すのが楓のISの特性。今まさにそれが為されようとした瞬間、目の前に人影が割り込んできた。

 

「な……!?」

 

 絶句したのはラウラだった。シャルルやセシリア達、周囲の観客達も同様。

 突然のことにつんのめるように緊急制動をかけていた楓は、絶句を通り越して笑いが漏れた。

 そんな彼等彼女等を代表するように、目を丸くした一夏が口を動かす。

 

「千冬姉?」

 

「やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

 ため息混じりにそうぼやく千冬。そんな軽口を叩く彼女の手には人ほどの大きさはある大剣が握られている。おそらくは打鉄に標準装備されているブレード。

 そう、千冬は仮にもISを用いて振り回すべき大剣を生身で振り回し、あろうことかラウラの……《シュヴァルツェア・レーゲン》の攻撃を受け止めたのだ。

 誰も彼も声を失って当然である。

 

「パワフルすぎんよ千冬さん」

 

「『織斑先生』だ。馬鹿者」

 

 おまけに余裕たっぷり。

 

 世はこの人を世界最強と呼ぶが、それは正しいのかもしれない。ただしISという世界最強の兵器を乗りこなすが故の最強ではなく、正真正銘、織斑 千冬は最強の存在なのかもしれない。

 

「模擬戦をやるのは構わん。――――が、アリーナのバリアを破壊するような事態にまでなられては教師として黙認しかねる」

 

 鋭い視線で面々を見渡す。

 楓はすでに両手を挙げて降参し、一夏は怯えたように体を竦ませ、ラウラに至っては借りてきた猫のようにだんまり押し黙っていた。

 

 少しばかり気が収まったのか、千冬は一息挟んで告げる。

 

「この決着は学年別トーナメントでつけろ。それまでは私闘の一切を禁じる。――――ああ、それと」立ち去ろうとした彼女はふと足を止めて「今度のトーナメントはより実戦的な戦闘を行えるよう二人組での参加が必須になる。ペアを作れなかった者はこちらで自動的に選ぶから、そのつもりでいろ」

 

 最後にそんなことを言い残して今度こそアリーナを去る。彼女が去ったからとはいえ今更ここで暴れようなどと考える輩はもういない。

 颯爽と現れるなり事態を治め、去っていく。

 その背中があまりにも逞しすぎて、隙がなさすぎて、楓はちょっぴりへこんだ。

 

 

 

 

 

 

「凄いなこりゃ」

 

 その声に楓は顔を上げる。

 着替えていたはずの一夏が更衣室に備え付けられた画面を見て感心していた。画面に映るのはアリーナのVIP席の中継。楓も見覚えのある顔からない顔まで、総じて結構な数がいる。

 

「三年にはスカウト。二年は一年間の成果の確認のために集まってきてるからね」

 

 楓同様一夏の声を聞きつけたのか、スーツに着替え終えたシャルルが現れる。

 

 ISは今や世界の中心といっていい。たとえ昨日まで弱小国弱小企業であっても、優れたISを開発することが出来れば他国他企業とのパワーバランスが容易に崩れてしまうほどの影響を持っている。

 となれば当然、優秀な技術者やパイロットを欲するのは当然だ。

 そんな彼等にとってこの学園は人材の宝庫であろう。

 

「ふーん。ご苦労なことだ」

 

「他人事じゃねえだろ。お前もその対象なんだよ」

 

「俺が?」

 

 惚けた顔の一夏に楓は呆れ果てる。

 

「俺達は数少ない男のIS操縦者だ。今回に限っちゃ、それを目当てに来てる奴もいっぱいいんぞ。多分」

 

 なにせ今回のタッグマッチは今年初の外部を招いたイベントだ。噂の男性操縦者がどんな人物なのか、あわよくば自分達の方に取り込めないかと考えてる輩は多いだろう。言い方は悪いが、希少種である楓達はその体に眠るデータの塊としても、また広告塔としてもとても魅力的であるはずだから。

 その辺り、一夏という男は自覚が無さ過ぎる。

 

「そんなことより楓、本当に大丈夫なのか?」

 

 心配してやったのに『そんなこと』で済ましてしまうお気楽一夏は、逆に気遣う表情でこちらを窺ってくる。

 隣では同様にシャルルも不安そうにしていた。

 

「腕はもう大丈夫だっての」

 

 今まさに自分の心配をしろと言ったのに、他人を気遣う彼等に楓はむず痒さを感じながら誤魔化すように笑って左腕を回す。

 骨折をしていた左腕は数日前に学園の養護教諭御墨付きで完治していた。よって楓は今回のタッグマッチに参加するので今ここでスーツに着替えている。

 実は、千冬や真耶からは今回は辞退しても構わないと言われていたのだが、自分だけ見物していても暇を持て余すので参加の旨を伝えたのだ。

 

「無理しちゃ駄目だよ?」

 

「シャルルまで心配症だなぁ。――――そういえばお前等コンビ組んだんだっけ?」

 

 気恥ずかしさを隠すように話を変える。

 

「ああ。楓は誰と組んだんだ?」

 

「誰とも組んでねえよ」

 

「そうなの?」シャルルは少し驚いた様子で「御堂君なら色んな人から誘われたんじゃない?」

 

「…………いや?」

 

「「………………」」

 

 空気が冷えた。

 

「ま、まあもし誘われてても断ってたよ。ランダムの組み合わせのほうが平等だからな! 本当だからな!」

 

 微妙な空気を精一杯の虚勢で振り払う楓。一夏とシャルルは同意してくれるのにこちらと目を合わせようとしない。

 

 実際、楓の腕の怪我を考えてクラスメート達含めて生徒達はてっきり楓は不参加かと思っていたのだ。そうでなければ数少ないとはいえ存在する楓のファン、もしくは今回の優勝権利の為(・・・・・・・・・)実力では代表候補生達に引けをとらない楓を誘おうとした者は確実にいただろう。

 そんなこととはつゆ知らず、目から溢れるしょっぱい水を楓はそっと拭った。

 

「あ、見て! 対戦相手が決まったみたいだよ!」

 

 必死に場の空気を取り繕うシャルルが画面を示す。

 二人もそれを理解しながらあえてそのフリに付き合った。

 

「あ……」

 

 表示されたトーナメント表にシャルルは声を漏らす。

 楓は笑った。

 

「一夏、お前くじ運良いな」ただし、と続けて「相変わらず女運は悪いけど」

 

 『ラウラ・ボーデヴィッヒ、篠ノ之 箒VS織斑 一夏、シャルル・デュノア』。

 

 なんと一夏達の初戦の相手は念願叶ってラウラだった。ただしそこに表示されたラウラのパートナーは箒。

 なんとも意地の悪い組み合わせ。これが偶然だというなら、神様とやらは相当性根が悪い。

 

 相変わらず絶えることのない女難の相を持つ一夏に半分の同情と半分の冷やかしで笑っていると、お返しとばかりに一夏は笑ってきた。

 

「そっちはくじ運も悪いみたいだぞ」

 

「あん?」

 

 指し示された画面を見て、楓は頬を引き攣らせる。

 

 『御堂 楓、相川 清香VSセシリア・オルコット、凰 鈴音』

 

 楓の初戦の相手は、優勝候補筆頭の代表候補生コンビだった。




毎度閲覧ありがとうございます。アクセス数を見て日々ニヤニヤしております。

>少し短めですみません。本当なら三話でここまで書く予定だったのですが、繋げると長くなりすぎると思ってわけました。

>アニメ版からの改変。セシリアと鈴ちゃんは一夏の介入がアニメより早かったので幸いにもダメージが深刻ではなかったという設定です。
当時も書きましたが、ラウラとのタッグも考えたんですが、そうなるとただでさえ少ない箒ちゃんの出番が壊滅すると思いボツ。しかし結局一夏達の戦闘は飛ばし気味になるので結局壊滅!
ごめんねヒロイン!

>次回は相川さんとのタッグ戦!


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五話

 第一試合に振り分けられた楓は更衣室で一夏達と別れてアリーナピットへと一人で向かう。ちなみに一夏とシャルルの試合は第二試合。

 

「にしてもまさかあの二人が組むとはなぁ」

 

 憂鬱気なため息が漏れる。

 

 ラウラとの一件以来、二人は今までよりずっと苛烈な訓練を積んでいた。まさに鬼気迫る、といった感じに。二対一で手も足も出ずに大敗したのは、よほど彼女達のプライドを傷つけたらしい。

 故に、まさか決して相性の良いとは言い難い二人がタッグを組むのは予想外だったが、二人がリベンジに燃えるのはわかる。

 それだけなら別にいい。相手が強いのはむしろ燃える性質なので構わない。――――が、おそらく彼女達はリベンジ以上に苛烈な炎を滾らせているだろうから憂鬱なのだ。

 

 今回のタッグトーナメントで一夏はシャルルと組んだ。それも千冬が告知したその日に。

 今更述べる必要もないが、一夏に思い恋焦がれる面子は、一夏とタッグを組むのは自分だと信じて疑ってなかったわけで、一夏が自分以外の誰かと組んだことはもちろん気に入らないわけで。

 ぶっちゃけ彼女達はリベンジ以上に一夏に目にもの見せてくれようと意気込んでいる。

 そんな彼女達の相手をしなくてはならないことが面倒で仕方ないのだ。

 

「なんで俺があの馬鹿の尻拭いしなくちゃいけないだっての」

 

 しかもその結果、楓には一切得がない。

 理不尽だ。納得いかない。

 

 そうしてぶつくさ文句を言っていると目的地のピットへ着く。

 ピットは今回の試合に使用される数機のISと、それを整備、管理する技術者と教員達が慌ただしく走り回っている。

 それらをなんとなしに見渡して、楓は不思議に首を傾いだ。

 

「あれ? 相川のやつまだ来てないのか」

 

 もうそろそろ第一試合の開始時刻だ。専用機持ちには関係無いが、そうでない生徒達は学園側が用意しているISを使用する。その際セッティングが行われる。個人に譲渡するわけではないので初期化はせず、その都度、最低限使用者に合わせたフォーマットが施される。

 だからほとんどの者が自分の試合の一つ前にはピット入りするはずなのだが、第一試合に出るはずの清香の姿が見えない。

 

 ――――と思いきや、急ぎ駆けまわる周囲の人間に潜むように、ピットの隅で膝を抱えて丸くうずくまる背中を見つけた。

 何をしているのかと思い近付く。

 

「大丈夫大丈夫授業のときみたいにやれば絶対大丈夫勝てば織斑君と公式カップル権ゲット緊張なんてしてない大丈夫してないしてない」

 

 とりあえず大丈夫じゃなさそうだ。何を言っているのかは声が小さすぎて一切聞こえてこないが、どうやら彼女は緊張して自分を見失っているらしい。

 

『第一試合の相川 清香さん。ISのフォーマットを行いますので急いでピットへ来てください』

 

 教員のアナウンス。彼女はここにいるのだが、教員達は清香の存在に気付いていないらしい。清香は清香で今のアナウンスにも反応を示さない。緊張のあまり外部の音をシャットアウトしてしまっていた。

 

 それもまあ仕方のない話かもしれない。専用機を持つ楓と違い、清香達一般生徒は未だまともに動かせるほど充分にISに触れてさえいないのだ。触れる機会は実践授業と放課後の時間ぐらい。しかもそのどちらも限られた数のISをみんなで共有している。

 

 慣れない操縦。その上での初戦闘。アリーナを埋め尽くすほどの観客。トーナメント第一試合。相手は国家代表候補生にして第四世代の専用機持ち。

 緊張の理由など挙げればきりがない。

 

 かくいう楓だって緊張しているが、多分彼女はその比ではない。ISの操縦で今更不安など無いし、相手が代表候補生であっても自分の実力は彼女達に勝るという自信がある。大勢の観客に見られているということには多少なり緊張するが特別あがり症なわけではない。むしろ程よく心地いい緊張感だとすら言えてしまう。

 

 それもこれも、楓は自分が世界中の誰よりも長くISと触れ合ってきたという自信があるからだ。しかし清香にはそういった自信が無い。裏付けとなるものが無ければ自信なんて持ちようがない。

 

(ってもこのまんまじゃなー)

 

 困った調子でガシガシと頭を掻いていた楓はふと、縮こまったその小さな背中を見てこの空気を一変させる方法を思いついた。決して悪戯心が湧いたのではなく、善意から。

 そろりそろりと近付いて――――どうせ相手は気付かないだろうが――――人差し指で脇腹を突いてやる。

 

「えい」

 

「ひゃわ!?」

 

 これには自分の世界に没頭していた清香もたまらず素っ頓狂な悲鳴をあげて飛び上がった。

 両腕で抱えるように自分を抱きしめ振り返った清香は、楓の姿を確認して、楓が一体何をしたのか理解して、思わずまた叫びだそうとして――――眼前に突きつけられた指先にむぐ、と押し黙る。

 

「はいお名前は?」

 

「え?」

 

 しばし沈黙。

 

「相川……清香……です」

 

 我を取り戻したとはいえ、未だ平常心とは程遠い清香はおずおずと質問に答える。

 

「出席番号は? 趣味は? 部活はやってる? クラスは?」

 

「出席番号一番……趣味はジョギング……部活はハンドボール部でクラスは――――って同じクラスでしょ!?」

 

 矢継ぎ早に畳み掛けると清香はそれでも素直に質問に答える。まるで無意味な、本当に意味の無い質問に律儀に。

 しかしまあ、時間の経過につれて平静を取り戻したのかようやくまともなリアクションが返ってくる。

 

 クラスメートにクラスを尋ねられたことに今度は別の意味で泣き出しそうな清香。そんな彼女へ楓は子供にそうするように身を屈めて視線を合わせて言ってやる。

 

「そうだよ。同じ一年じゃねえか。俺もお前も、セシリア達も」

 

「あ……」

 

 ようやく清香は楓と目を合わせた。乱れていた呼吸も落ち着く。

 どうやらもう大丈夫のようだ。

 

『相川 清香さん。ISのフォーマットを行いますので至急ピットへ来てください』

 

「ほら、呼ばれてんぞ」

 

「は、はいはいはーい! わたしです! ここにいます!!」

 

 清香の背中を押してやると、彼女は弾かれるように整備中の《打鉄》へダッシュする。

 その忙しなさがまるで可愛らしい子犬のようで、楓は小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 響き渡る歓声は雷のように、興奮した観客達の足踏みは地震かと思えるほど会場は揺らす。それは四機のISがピットから出てくるとより一層激しさを増した。

 待望のトーナメントの第一試合にして、開幕を告げるのは注目のイギリスと中国の代表候補生タッグ。しかも世界最先端たる第三世代の専用機持ち達。

 その相手は、人によってはその第三世代機を駆る代表候補生よりも注目度の高い、世界でたった三人の男性IS操縦者。たとえそれがその三人の中でも最たる注目を集める『織斑 一夏』でなくても。

 

 四機のISがステージ中央に降り立つ。

 

「楓さん、以前の借り今日こそ返しますわ」

 

 蒼の機体、イギリス第三世代《ブルー・ティアーズ》の操縦者、セシリア・オルコットはカメラを意識しつつ笑む。

 

「一度アンタとは戦ってみたいのよ」

 

 赤いラインの入った機体、中国第三世代《甲龍》の操縦者、凰 鈴音は好戦的に八重歯を見せる。

 

「やれるもんならやってみろ」

 

 長身痩躯の異形な機体、《八咫烏》の操縦者、御堂 楓は泰然と立ちふさがる。

 

 三人は今にも飛び出してしまいそうなほど高ぶった様子で試合開始を待っている。

 そんな中に一人だけ、今にも膝が砕けてしまいそうなほど緊張に襲われている者がいた。

 鈍色の機体、日本第二世代《打鉄》の操縦者、相川 清香。希少な男性操縦士でも、国の代表生でもない。一般入試で学園に入学した単なる女子生徒である彼女は、逞しいISの装甲を纏ったまま女の子っぽく内股で震えていた。

 

(し、心臓が爆発しそう……!)

 

 一時は楓のおかげで吹っ切れた清香だったが、いざステージに出て凄まじい熱気を肌で感じたら緊張が舞い戻ってきてしまった。

 部活の試合で多少の観客の目には慣れっこだが、広大なアリーナを埋めるほどのこれはさすがに規模が違いすぎた。

 

『よー、楽しんでるか?』

 

 そんな彼女の耳へ――――正しくは思考へ――――かけられた呑気な声。楓だった。

 

「そんな余裕ないよっ! き、緊張で死にそう」

 

 ちょっと半泣きでパニック状態にありつつある清香。どれほどかというと、楓がわざわざプライベートチャネルで連絡を取ったのに声を大にして答えてしまうくらい。

 

『なんだよ、さっき吹っ切れたんじゃなかったのか? もう一回脇突いてやろうか?』

 

「あれここでやったら本気で怒るかんね!」

 

 緊張してても乙女である。

 

『同じ一年なんだし、そう気ぃ張るなって』

 

「同じ一年生だけど、セシリアも凰さんも代表候補生だよ!? 専用機持ちだよ!!? 私とは全然実力が違うよ……」

 

『まあな』

 

 楓は特に否定しなかった。

 

『さっきはああ言ったけど、ぶっちゃけ実力差ははっきりしてる。地力も実戦経験も才能も、全部向こうが上だ』

 

 あまりにもはっきりした物言いに、清香は少なからずショックを受けた。自分は彼女達に劣っている。それは自覚しているし事実だ。だからこそ彼女達は専用機持ちの代表候補生で、自分は専用機どころか候補生でもない。

 それでも味方だと思っていた人物に直接告げられれば事実だと認めていてもショックだった。

 

 地力は負けている。経験は致命的に足りず、才能も劣っている。ならば一体どうやって勝てというのか。

 

『勝てとは言わねえよ』

 

「え?」

 

 楓のかけてくれた言葉は清香の予想に反するものだった。

 

『緊張するなとも言わない』彼は会場を見渡して、清香へ笑いかける『こんな大注目された試合なんて一生であるかどうかだ。どうせならその緊張もひっくるめて楽しめ』

 

「楽し、む?」

 

『ああ。それと俺から二つIS戦闘の極意を教えてやろう』

 

「お、教えて!」

 

 最早藁にもすがる思いで食いつく清香。

 楓はニヤリと笑う。

 

『最後まで諦めるな。出来ないことを無理してしなくていい。必死に考えて、出来ることを精一杯やれ』

 

「…………それだけ?」

 

『おう。あとは気合だ! 頑張れ!』

 

「それだけ!?」

 

 まるでアドバイスとは言えない楓のそれは単なる精神論にしか聞こえない。事実そうである。

 必勝法とか、コツとか、そういったものを期待していた清香の悲鳴は、無情にも試合開始のブザーに掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 迅速に動いたいのはやはり経験豊富なセシリアと鈴音だった。元々好戦的な性格でもある。

 一方、彼女達以上に経験値の高い楓は珍しく初手に『見』を選んだ。理由は多々あるが、まずは相手の出方を窺う。

 セシリア達が選んだ作戦はシンプル。二手に分かれた。つまりタッグ戦で一対一の状況を作り出そうとするものだった。

 セシリアは清香へ。鈴音は楓へそれぞれ向かう。楓はそれに応じ、鈴音と共に飛び立つ。

 

 そんな中、一人まごつく機体があった。相手の出方を窺った楓より動き出すのが遅かったのは、やはりというか清香だった。

 

「申し訳ありませんが相川さん、先に退場してもらいますわ」

 

 セシリアが構えるライフルが、ガチリと攻撃的な音を立てると清香はようやく意識を取り戻す。このままではまずいと空を飛んだ。しかしそれは誰の目にも、拙い。

 

 突きつけられた銃口から青白いビームが放たれる。

 

『躱せ!』

 

「無理だよー!」

 

 楓の指示を悲鳴混じりに答える。

 背中を撃たれ体勢を崩すが、なんとか立て直す。必死に距離を取ろうと逃げ惑うも、上を陣取ったスナイパーにとってそれを撃つのは朝飯前だった。

 上に逃げようが左に逃げようが、右も下も全て駄目。どこへ逃げようが正確に、精密に、そして確実に清香の乗る《打鉄》のエネルギーが削られていく。

 

 視界を埋め尽くすウインドウが一体何を示しているのか。とにかくけたたましいアラームを聞きながら清香は目を閉じる。

 

(やっぱり私なんかがセシリアに勝てるわけない……)

 

 それは初めからわかっていたことだ。この結果は当然で、仕方のないこと。だって初めから実力差は歴然だった。土台この戦場に立つことが場違い甚だしい。

 楓には申し訳ないがここまでだ。自分は精一杯――――

 

(精一杯? 精一杯何をしたのかな?)

 

 ふと湧いた疑問だった。

 いややめろ。大人しく諦めよう。これ以上ここにいても何も出来やしない。……そんな声ばかりが聞こえてくるのに、彼女はそれを考えることをやめられなかった。

 

 ――――諦めるな。

 

 幻聴のように彼のアドバイスが聞こえてくる。実際幻聴だと思う。

 しかし、しかしだ。事実彼は清香にそう言ったのだ。

 代表候補生にも負けない実力を持っていながら、もしかしたらトーナメントの優勝だって狙えるかもしれない実力を持つ彼は、清香に勝てとは言わなかった。足を引っ張るなとは言わなかった。

 

 諦めるな。出来ることだけをすればいい。

 それは決して無茶なお願いではなかった。ISに乗った時間も、才能も関係無い。誰にだって出来る簡単なことだった。

 

 それなのに、自分はそんなことすら出来ていない。何もしていない。

 

(でも、今私に何が出来る?)

 

 考える。考えろと自分自身に清香は訴えた。

 セシリアには勝てない。武器は標準装備のブレード。満足に空も飛べない自分では空を制圧したセシリアの射撃を掻い潜って一撃与えることも不可能だ。

 

 そうだ。それは出来ないことだ。

 

 清香は考え方を変える。

 セシリアに勝つ必要は無い。――――そう、ならば、勝つことが出来ないのなら最初から間合いを詰める必要など無い。

 

 清香は地面に降りる。撃墜寸前だったのだ。初めから高度は低く着地は比較的簡単に出来た。

 しかしそのまま一向に飛び立とうとしない清香に、空から見下ろすセシリアの眉が怪訝に歪む。

 

「諦めましたの? それならこれで終わりにしてあげますわ!」

 

 動きを止めた清香が勝負を捨てたとみて、勝利を確信したセシリアがトドメとばかりにライフルを放つ。

 

「……よーい、どんっ!」

 

 清香は突如として走りだす。空を飛ぶのではなく、ISで地面を駆けた。

 結果セシリアの攻撃が初めて外れた。

 

「やった!」

 

「な……!?」

 

 勝利を確信していただろうセシリアの驚いた声が聴こえる。

 してやったりとVサインでもやってやりたい気持ちを我慢する。動きを止めず、そのまま全力疾走で駆け続ける。

 

 まともに空も飛べない。武器の間合いまでセシリアに近づくことも出来ないと考えた清香はどちらも捨てた。無理をして空中戦を挑むのも、勝つ為にセシリアに攻撃を当てることも諦めた。

 出来ることをする。即ち走ることだ。

 そもISに乗っているからといって飛んで戦わなくてはいけないというルールは無い。元々IS操縦で誰もが最初に当たる壁が飛行だ。人間はそもそも自身の力で空を飛ぶことは出来ないのだから当然ともいえる。飛んだことがないのに飛ぶ感覚など早々わかるはずがない。

 逆にいえば、走るだけなら最初から誰でもある程度出来るのである。飛行時のような立体的な動きや、何より相手に攻撃のプレッシャーをかけることは出来ないが、拙い飛行でただただ的にされるよりこっちの方がずっと良いはずだ。

 

 セシリアも流石で、すぐに平静を立て直すと即座に次射を放つ。あのまま清香が調子に乗って動きを止めていれば次弾が貫いていただろう。

 たて続けに放たれるビームは、しかし今度は中々当たらない。

 

「このっ!」

 

 しかし彼女も伊達に国を背負った代表生ではない。ただ速く動けるようになったからといってそれで当てられないほど彼女の腕は低くない。

 一射目でスピードを、二射目で清香の動きのパターンを読み取る。三射目には確実に捉えていた。

 

 所詮清香の操縦技術ではセシリアの狙撃を全て躱すことなど出来はしない。――――出来ないことを、清香は最初からわかっていた。

 

 清香は今までお荷物でしかなかった大ぶりのブレードを盾にしてセシリアのビームを防いだ。

 

(出来た!)

 

 心の中でだけガッツポーズをして、すぐさままた駆け出す。

 元々剣なんて使え慣れない物。そも近付けないのだからこんなものに意味は無い。ならば壁として使うと決めた。

 今清香は攻撃など一切考えていない。飛ぶことも出来ずひたすら地上を逃げ回り、躱せない攻撃は武器を盾にして防ぐ。

 

 周りから見れば自分はどれだけみっともなく映っているのだろうか。

 清香を含め、ISバトルとはとても華やかなものだ。軽やかに舞い、時に激しくぶつかり合う。それでさえ美しいのだ。

 それがどうだ。今の自分の姿に華やかさなど微塵も無い。

 

(やっぱり見るのとやるのは違うなぁ)

 

 面白くて思わず笑ってしまう。――――笑う。そう、そんな周囲の目とは裏腹に、今清香は笑っている。

 

 追い詰められているのは清香だ。攻撃の手段など無く、セシリアは一方的に空から攻撃出来る。攻撃を防ぐことが出来るようになったといっても、それでも少なからずエネルギーは削られていく。

 間違いなく清香は追い詰められている。遠くないうちエネルギーが尽きて、清香は敗北するだろう。

 

 ひりつく肌。バクバクと暴れる心臓。試合の前と同じはずなのに、何故だろうか全然違う。

 それはきっと、

 

『な? 案外気合でなんとかなるもんだろ?』

 

 いつの間にか寄り添うようにそこにいた長身痩躯のIS。空を見上げればセシリアの側には鈴音の姿があった。

 

「まったくなにやってんのよアンタ! さっさと一人倒して、二人がかりで楓と戦う作戦だったでしょう!?」

 

「ちょ、ちょっと油断しただけですわ。鈴さんこそ、楓さんをもっとしっかり引きつけておいてくださいな!」

 

 なにやら言い争っているようだが、離れた位置にいる清香には聞こえない。聞いている余裕もなかった。たた一分足らずの攻防でもう息があがってしまった。体力には自信があったと思ったのに。

 しかしそんなことで悲観な気持ちにはならなかった。それどころか、驚くことに今自分は、楽しくて仕方がない。

 

『楽しんでるか?』

 

「うん!」

 

 試合前には答えられなかった質問に、清香は上気して赤く染まった顔で頷く。

 

 それを見た楓は何を思ったのか『うし』と気合いを入れた声を出す。

 

『俺は全面サポートするから、アタッカーは相川に任せた!』

 

「了解!」

 

 試合前の彼女なら頭が真っ白になってしまいそうな提案に、しかし清香は半ば反射的に応じた。それほど彼女は今この試合に夢中になっていた。




遅くなりましてすみません。閲覧ありがとうございましたー。

>どもども、更新遅くなりました。やっぱり年末に近付くと色々忙しいなぁ、と言い訳しつつ、おそらく年内の更新は出来てあと一度でしょうか。もしかしたら次回更新は来年かもしれませぬが……。

てなわけで今のうちに言ってしまいましょうか。皆様今年は大変お疲れ様でした。来年もよいお年を!


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六話

 楓、鈴音が加わってからの戦況は硬直した。そのことに鈴音は奥歯を鳴らす。本来ならこんな膠着状態などあり得ないのだ。

 総合的な実力は間違いなく鈴音達の方が上だ。それは慢心ではなく事実として。しかし如何せん彼女達は我が強すぎた。互いの邪魔こそしないものの、互いのフォローは最低限。代わる代わるで放たれるそれは絶え間ない怒涛の攻撃に見えるが、実際はただ順繰りに撃っているにすぎない。

 

 だとしても、本来ならそれで充分のはずだった。想定外だったのは清香の活躍。緊張でガチガチだったのを見たときは当初の作戦通り戦いは進むと思っていた。清香を迅速に排除して、その後二人がかりで目下最大脅威として認識している楓を倒す。

 鈴音とセシリアは、おそらくこのトーナメント参加者の中で楓を最も高く評価していた。その実力はあのラウラをも上回ると確信している。故になるべくエネルギーを温存して楓との戦いに入りたかった。なのに、緊張が解れた清香は驚くほど粘り強い。楓のサポートが入ってからは直撃が一切無い。

 

 圧倒的な性能差、実力差があるのに思い通り戦いが進まないことに鈴音は徐々に焦りを感じていた。

 

「ああもうっ!」

 

 そういった気持ちばかりは通じるのか、焦れたセシリアが苛立ち気に怒鳴ると遂にビット兵器を展開した。

 今までは作戦と彼女の中のプライドが邪魔をしていて出し渋っていた。

 

「これで本当に終わりですわ!」

 

 宣言と共にセシリアの周囲に浮かぶビット兵器、四基のブルー・ティアーズとメインウェポンのライフルから光が迸る。それもたて続けに。作戦にあったエネルギーの節約など度外視した高速連続射撃。

 青い光の雨が降り注ぐ標的は清香だった。

 

「駄目! 避けられない!」

 

 セシリアの全力面制圧射撃。範囲が広い。数が多すぎる。

 もし清香が自在な飛空技術を持っていれば、ブーストを全開にして逃れられたかもしれない。しかし彼女にはその力が無い。これは走るだけでは逃げ切れない。

 

 鈴音はほっと息を吐く。予定は大分狂ったがどうにかこれで清香は退場させられる、と。

 

「諦めるな!!」

 

 アリーナに声が響き渡る。それに、一瞬前まで呆然と空を見上げていた清香は体を跳ねさせた。

 声の主は、今までプライベートチャネルに徹して会話していた楓だった。彼は会場中の視線を集めても意にも介さず声を張り上げる。

 

「全部が全部当たるわけじゃない! よく見ろ! どこが薄い(・・・・・)!?」

 

 諦めかけていたはずの清香の目に光が戻る。覚悟を決めた表情で再び空を見上げる。

 

(薄い? 一体なんの指示を……)

 

 楓の言葉の意味を鈴音はすぐには理解出来なかった。しかしあの言葉から何かを受け取ったらしい清香は埋め尽くすような空の弾幕を見上げ、疾走する。

 それは無駄な行為だ。鈴音や楓ならともかく、今の清香ではセシリアの攻撃範囲から逃れるスピードは出せない。

 ならば、それでも逃げられるだけ逃げようと思ったのか? ――――そう考えた鈴音を裏切るように、清香は途中で止まってしまう。それだけでなく彼女は精一杯身を縮めて頭の上に剣を翳す格好をとった。直後、光の雨が大地を穿つ。

 

 濛々と立ち込める噴煙。清香が一体何をしていたのか遂に鈴音にはわからなかったが、これでようやく当初の作戦通り楓に集中出来ると彼女は考えていた。そんな思考を、次の瞬間飛び込んできた光景が吹き飛ばす。

 

「あ、あっぶなー……」

 

 清香は健在であった。健在どころかほとんど被弾したように見えない。

 

「そんな……」

 

 呆然自失とするセシリア。今の攻撃は今までのとは違い、正真正銘彼女の本気だった。それがまるで効果を出さなかったのだ。

 

(なんで……?)

 

 わからないのは鈴音も同様だ。

 困惑する鈴音は周囲を見渡し、あることに気付く。清香の周囲だけ何故か地面が荒れていない。それはつまりセシリアの攻撃が届いていないということだ。

 何故――――と考えて思い至る。清香の周りに攻撃がいかなかったのではない。彼女のいる位置には初めから攻撃が届いていなかったのだ。

 

 セシリアの面制圧射撃。たしかに大した威力と範囲をもっていたが、しかし精密さは普段のそれよりずっと落ちる。それは攻撃範囲内にムラが出るということだ。清香はそのムラを見切って最も弾丸が飛んでこない位置へ移動しただけ。

 そうなれば先ほどの楓の指示の意味も理解出来る。薄い場所、というのは弾幕の薄い場所という意味だ。

 指示をした楓もさることながら、即座にそれを理解し実行した清香も賞賛に値する。最早、彼女を単なる素人と見下すのはやめるべきだ。

 

「それなら今ここで!」

 

 ショックからいち早く立ち直った鈴音は即座に地上まで降下、着地。龍咆を向ける先はセシリアの攻撃を凌ぐために身を屈めて動きを止めている清香。剣を頭上に翳している今、横からの攻撃を防ぐ術はない。

 放たれる衝撃砲。しかし、何処からともなく現れた漆黒の板に阻まれた。

 

 奥歯を砕かんばかり噛み締める鈴音。楓だ。

 

「今だ相川!」

 

 楓の声が飛ぶのとほぼ同時に清香は鈴音に向かって駆け出していた。鈴音は今地上にいる。遥か上空にいるときは届かなかった手が今なら届く。

 鈴音の取れる行動は二つ。一つは真っ向からの正面衝突。二つ目はこのまま急速後退しつつ上昇。空へ逃れてしまえば清香を再び一方的な攻撃の的に出来る。鈴音の腕ならたとえ清香が空まで追ってこようと追いつかせない自信がある。そうなれば清香には届かない中距離から龍咆を撃ち続ければいい。清香の粘りはたしかに凄いが、結局こちらが落とされる脅威は無い。

 

 だからこそ、鈴音はその場で構えた。ここで退けば間違いなく必勝だ。しかし所詮素人に違いない者を相手にここで逃げることはどうしても出来なかった。

 それは彼女の代表候補生としてのプライドか。はたまた愚かな傲慢か。

 

 どちらにせよ楓が清香を送り出したということは勝算があると見たからだ。そんなもの、真正面から粉砕してみせる。

 

「舐めんじゃないわよ! 接近戦なら勝てるっていうの!?」

 

 怒り吼えながら鈴音は青竜刀を構える。清香の武器は標準装備のブレード一本。今までの速度を考えれば接敵は五秒。けれど鈴音の間合いに入るのは一秒早い四秒後。

 

 冷静に、的確に、鈴音は状況を計算する。普段メンバーの中でもお転婆な面が多く見える彼女だが、彼女の根はとても真面目だ。他の学校ならば優等生と呼ばれる者が多く集まるIS学園。その中でも代表候補生の彼女達は破茶滅茶なようでいて、実は誰よりも基本に忠実である。才能ももちろんあるだろうが、それを形にするだけの反復練習と試行錯誤の日々。彼女達の強さは努力の賜物である。それは同じ候補生であるセシリアやシャルルも同じく。

 

 だからこそ、基本を頭に叩き込み、常にセオリーから確率を計算する鈴音は一瞬頭が真っ白になるほどの驚愕に襲われた。――――駆け出していた清香が唯一の武器であるブレードを投げた。

 

「っ!!?」

 

 身を反らした鈴音の鼻先を剣が掠めていく。

 

 まさか、唯一の武器を投げ捨てるだなんて。教科書になど書いてない。セオリーなど度外視した奇行だった。

 清香のハンドボール部での経験が今の投擲に活きたことなど鈴音には知る由もないことだった。

 兎に角、結果として鈴音は虚を突かれ、優位のはずだった一秒を逃した。前を向いたときにはすでに清香が懐に飛び込んでいた。

 

 再び鈴音に二つの選択肢が与えられる。後退か、迎撃か。無論、彼女は迷うことなく後者を選んだ。

 

(こんなの全然ピンチじゃない!)

 

 接近戦。それは本来の自分の距離だ。

 退けない。退くわけにはいかない。これは間違いなく彼女の、鈴音の意地だった。

 

 けれど、鈴音は一つミスを犯す。

 清香はすでに互いの呼吸音が聞こえるほど近くにまで迫っていたのだ。《甲龍》はたしかに近接戦闘を土俵とするISだ。しかし、今清香がいる位置は拳が届くほどの超接近戦。

 大型武器を振り回す鈴音より、清香の拳が届くほうが早いのは必然だ。

 

「やああああああああ!!」

 

 裂帛の気合いと共にラッシュする清香。それはただ力任せに拳を突き出すだけの子供の喧嘩と同じ。けれどISを纏って繰り出されるそれはれっきとした攻撃であり、間違いなく鈴音のエネルギーを削っていた。

 

「こ、の……!」

 

 出力を最大にして剣を振り回す鈴音。強引に清香をひっぺがした。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 互いに荒い息を吐く。

 実際のダメージでいえば、鈴音のそれは大したものではない。所詮は拳。それもただがむしゃらに振り回したような格闘術とは到底呼べない拳打。効くはずがない。実際失ったエネルギーは精々十パーセント程度。

 しかし、今の攻防は鈴音の精神に多大な傷を負わせていた。

 剣を投げるという奇策で間合いを詰められ、見事懐に潜り込まれてラッシュを浴びた。正真正銘、今の一幕だけでいうなら完全に鈴音は清香に力負けした。

 

(あれほど自分で言ってたのに、結局アタシは驕ってた……)

 

 代表候補生であるということ。第三世代という世界最新鋭の専用機持ちであること。そして、それらを成し得た自身の努力と才能に。

 侮ってはならないとあれほど言い聞かせていたのに。セシリアとの戦いを見て清香の粘り強さはわかっていたはずなのに。

 鈴音は結局己の力を過信した。だから追い詰められたあの瞬間、強引に迎え撃ち挙句ミスを犯した。結果がこれだ。

 

 腹立たしい。自分の甘さに歯ぎしりする鈴音は、ハイパーセンサーで急速接近する存在を感知した。避けようとして、それが何か気付いた彼女は受け止めた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 飛んできたのはセシリア。ということは、

 

「ナーイスキャッチ、チビ子」

 

 ブチン、と彼女の決して強くない血管が容易く切れた。ついさっきの反省も吹き飛び、感情の赴くまま両肩に展開される空間兵器にエネルギーを収束する。狙いは馬鹿にしたように笑う楓の顔面だ。

 

「誰がチビですって!?」

 

「り、鈴さん!」

 

「なによ!」

 

 見れば抱きとめたままのセシリアが顔を青くしている。それでようやく怒りで狭まった視界にそれが入ってきた。

 

「コネクト」

 

 ニヤリと笑う楓。告げられた主の声に応じて鈴音達の周囲を漆黒の盾達が囲む。展開されるシールド。それは謂わば箱。彼女達は今密閉された空間に閉じ込められた。――――ならば、そんな場所で膨大なエネルギーを放てば?

 

「ちょ、ま――――」

 

 すでにその声は遅く、どーんというコメディチックな轟音と煙に埋もれて彼女達の姿は見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 囲われた黒い箱から噴煙があがる。清香は呼吸を整えながらそれを見つめる。

 やがて、目を回したセシリアと鈴音がその場に倒れていた。

 

「おーおー。さすが第三世代兵器。すげー威力」

 

 ケラケラと笑うのは自分のパートナーである男の子。

 しかし清香は未だ状況を呑み込めずにいた。否、受け入れられていなかった。だから率直に聞いた。

 

「勝った?」

 

 すると彼は親指を立てる。

 

「おう。大勝利だ」

 

 まるでそれを合図にするように試合終了を告げるブザーが響き渡る。次いでそれを掻き消すほどの大歓声。

 

 徐々に、清香の中にあらゆるものが湧き出てくる。疲労であったり、安堵であったり……。しかし何よりも大きく感じるものがある。

 

「や、やったあああああああ!!」

 

 歓喜だ。

 

 思わずISのまま楓に飛びついてしまう。すると会場から『おお!?』とどよめきが起こったが、今の清香には気にならなかった。顔を赤くして慌てふためく楓の声も耳に入らなかった。

 

 後に、衝動的に取ったその行動を映像で見た彼女はぽつりと呟く。IS越しは勿体無かったかな、と。




遅ればせながら、あけましておめでとうございます!至らぬところは多々ありますが、今年もどうぞどうぞよろしくお願いいたします。

>年が明けました。しかし就職先が小売業な私は絶賛働いている……つうか年末から一向に休みがありませんで、はっはっは!死んでしまいそうです。
ようやくのお休みですが明日は仕事だぜ☆もう一週回って面白くなったものが、もう一週して絶望に戻ってしまいそうです。

>はい、仕事の愚痴はここまでに。
今回のお話でひとまず相川さんの出番はしゅーりょー。次回はいつになることやら。次話でVSラウラ章終わりです。……うん、いい加減これ章タイトル詐欺なんじゃないかと思ってます。前回も鈴ちゃんとは戦ってないですしね!

>ISアニメ終わりましたねえ。さてさてあれっておそらく、というか絶対オリジナルっぽいですが、一体どこからどこまでオリジナルなんだか、ノベル原作無しの私にはさっぱりです。京都旅行そのものがオリジナルでしょうか?
予想通り原作に影響なさげに終わらせてくれまして、じゃあこっちはどうすればいいんだ!と思っております。まあ、おいおい考えましょうか。
まずは頑張って二期スタートまで書きましょう。

>さあ私としてはさっぱり年を明けた感じはしませんが、改めて今年もよろしくお願いします。今年もより一層皆様と私(重要!)が良い年でありますように!!


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七話

 試合を終えた楓は観客席には戻らずピットの隅に設置されている画面で次の第二試合――――つまりは一夏達の試合を観ていた。

 

 先手必勝とばかりに開始の合図と同時に飛び出す一夏。

 それを見て、思わず楓の口から呆れのため息が出る。

 

 ラウラの停止結界は強力無比。捕まれば身動きが取れず、無防備なところを為すがまま砲撃を浴びせられる。

 それを考えれば捕まる前のスタートダッシュの奇襲は間違っていない――――が、それはこれが初戦であったならば、だ。前回その手は使っている。そして失敗しているのだ。

 

 案の定、警戒していたラウラの結界に捕まっている。

 まったくあの親友は考えなしすぎる。

 

「ま、学習能力が無いのはどっちもか」

 

 楓の呟きと、一夏の背後からオレンジの機体が飛び出したのは同時だった。

 

 一夏にばかり気を取られていたラウラは飛び出してきたシャルルの弾丸に反応が遅れ被弾。画面越しにも聞こえてきそうなほど歯を食い縛って一時後退した。

 

 《シュヴァルツェア・レーゲン》の慣性停止結界(AIC)は結界内の物体の動きを強制的に止めてしまう強力な盾であり檻。しかしその半面、発動及び維持には操縦者の多大な集中力が必要とされる。前回楓があれを破ったのもシャルルとの連携だった。

 もしこの戦いが一対一だったなら、ラウラが一夏を捕らえた時点で勝負は決していた。しかしこれはタッグ戦。それを忘れていた、いや甘く見ていたラウラの失態だ。

 

 千冬との一件からか、前より一層一夏に執着を見せるラウラ。その隙を突いて確実にダメージを重ねていくシャルルは流石だ。だがタッグパートナーがいるのはあちらも同じだ。

 

『はあああああああ!』

 

 《打鉄》を操るラウラのパートナーは箒。

 

 一夏達の取った作戦は先ほどセシリア達が楓達に対してやったものと同じだった。

 一夏がラウラを抑え、シャルルがその間に箒を倒す。最終的には二人でラウラを相手取るつもりだろう。セシリア達との違いを挙げるなら、危ないと思えば一夏達は互いのフォローを入れていることか。

 

 戦況は一夏とシャルルが優勢。差が顕著に現れているのはやはり箒とシャルルの戦いだ。

 専用機を持たない箒のIS起動時間は精々清香と同じぐらいのはずだ。しかしその動きは一年生にしてみれば上出来。清香と違い飛行操縦もしっかり出来ている。剣に至っては一夏をも上回るほどだ。

 

 だがそれも、結局は一年生にしてはというだけ。剣技は一流でも総合的な技術では専用機持ちのシャルルにはまだ到底及ばない。

 必死に間合いを詰めようとする箒だが、シャルルには届きそうで届かない。苦しくなって逆に大きく離れようとすればいつの間にか近接射撃を浴びる。

 

 結局最後まで、箒は一度もまともに剣を振ることも出来ずエネルギー切れに追い込まれてしまう。

 同時に勝負はこの時点で決したと言ってよかった。箒を倒して一夏に合流したシャルルとのコンビネーションに、いくらラウラといえどついていけない。

 

「もしあいつが箒とちゃんと協力してりゃ面白くなったかもしれないのに」

 

 本当に今更の話だ。

 

 ……戦いは進み、ラウラに最後の好機が訪れる。

 きっかけは相変わらずペース配分が苦手な一夏からだった。勝負を決めにいった一夏が切り札である零落白夜で追撃したのだが、決めきれない。供給エネルギーが足りずにアビリティーが消える。

 

 ラウラの隻眼が獰猛に光る。

 

『もらった!』

 

 プラズマ手刀で一気に間合いを詰めるラウラ。しかしその最後のチャンスさえまたしてもシャルルのフォローによって潰される。特訓でも一度も見せたことはなかったシャルルの瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 怒りに震えるラウラがシャルルへ右手を翳す――――が、シャルルのライフルを借り受けた一夏の射撃に邪魔される。

 

『こ、の死に損ないがああああ!』

 

「懲りない奴」

 

 怒りで周りが見えていないラウラは容易くシャルルを懐へ入れてしまう。

 密着した《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》の左腕部の盾が弾け飛ぶ。中から現れた杭にも見える巨大な槍。

 シールド・ピアース。第二世代でも最強の攻撃力を誇るシャルルのそれは、リボルバー機構で連射さえ可能な改造を施されていた。

 

 再び発動させた瞬時加速でラウラの壁際に追いやり、槍を突きつけた。

 

(決まったな、こりゃ)

 

 断続的に穿たれるダメージは程なく《シュヴァルツェア・レーゲン》のエネルギーを消滅させる。誰もが決着を確信した。

 ――――突如、ラウラのISが紫電を纏うそのときまで。

 

 

 

 

 

 

「シャルル!」

 

 勝ったと思った。零落白夜は決まらなかったが、シャルロットに教わった射撃は上手くはまった。彼女が言っていた奥の手の槍は凄まじい速度でラウラのエネルギーを奪っていく。

 あと少し、一夏がそう思ったその瞬間、異変は起こった。

 

 突如紫電を纏ったラウラのIS。密着していたシャルロットが弾き飛ばされた。

 最初はラウラの奥の手かとも思った。しかし様子がおかしい。シャルロットを弾き飛ばしても雷は止まず、それどころか苦鳴をもらしたのはラウラの方だった。

 

 ドロリと、ラウラのISが崩れた。

 

 変形したのではない。そもISに変形機能は存在しない。

 

(なら、あれはなんだ?)

 

 重厚に思えた装甲が溶けていく。まるで泥のように粘性のある動きで《シュヴァルツェア・レーゲン》は完全に溶けて原型を無くし、遂には主である少女を悲鳴ごと呑み込んでしまう。そうして姿を変えたそれに、一夏は唇を震わせた。

 

「雪片……?」

 

 黒い泥は人型を象った。右手から伸びる剣。それらはかつて、世界大会を戦った姉の姿に重なった。――――否、あれは千冬だった。

 

「……っ!」

 

 思わず一夏が剣を構えた瞬間、千冬の形をしたそれが一足のもと間合いを詰める。腰溜めからの一閃。

 剣先を弾かれ体勢が崩れる。同時に肩の当て身で無理やり転ばされた。

 見上げたときには、振り上げた漆黒の剣が振り下ろされていた。

 咄嗟に腕で防ぐが、転んだままでは踏ん張れもしない。そのまま吹き飛ばされる。

 地面を転がる間に遂にエネルギーが完全に尽きてISが強制解除される。 

 

「一夏!」

 

 シャルロットの悲鳴。

 

 起き上がると防いだ左腕に痛みが走った。見れば血が滴っていた。残存エネルギー不足でダメージが吸収しきれなかったようだ。

 

 ――――だが、そんなことより一夏は目の前のそれを睨みつけた。シャルロットの声も、周囲の悲鳴も、何も耳に入らない。

 

(今の、技は……)

 

 奥歯がしなるほど歯を食いしばる。傷のある左腕を強く握りしめた。

 

(今の技は!)

 

 立ち上がる。だけではない。一夏は千冬の形をしたそれに向かって駆け出した。ISも展開されていない生身のままで。

 

「なにをしている一夏!」

 

 それを間一髪羽交い締めにして止めたのは箒だった。避難の指示はされていたが彼女が一夏を置いて逃げれるはずもなかった。

 

 そんな幼なじみの気持ちにも気付かず、一夏は箒を振り解こうともがいた。

 

「放せよ箒!」

 

「馬鹿者! どうしたというんだ一夏!?」

 

 正直箒の方が動揺するほど一夏は興奮していた。これほど感情を剥き出しに、強い感情を押し出す姿を初めて見た。

 だがこの手を放せば彼はあのISに向かって行ってしまうだろう。生身であれに勝てるはずがない。いや、勝てる勝てないではない。このままでは一夏が死んでしまう。

 それがわかるから、箒は今の一夏が恐ろしくても決して手を放さなかった。

 

「あれは千冬姉のものだ! 千冬姉だけのものなんだ!」

 

「千冬さん……?」

 

 言われてようやく彼女も気付いた。あの姿、さっきの技、それらは確かに箒の記憶にも残る織斑 千冬のものだ。

 だが何故ラウラのISが千冬の姿になるのか。そも形が変わろうが操縦士はラウラに違いないはずなのに。

 

 いや、あれが本当に千冬なのだとして、だからといってこれほどまでに一夏が怒る理由がわからない。このままでは死にに行くようなものだ。

 ならば止めなくてはならない。腕尽くでは止まらない。だから、彼女は意を決して言う。

 

「《白式》のエネルギーも無いお前に何が出来る」

 

 一夏の抵抗が弱まった。しかし感情だけが痛いほど伝わってくる。己の弱さを嘆く彼の想いが伝わってくる。

 

「お前がやらなくても、いずれ事態は収拾される」

 

 それでも箒は言葉の刃で一夏を斬りつける。たとえ恨まれようと、一夏が悲しもうと、殺されてしまうのは嫌だった。それしか出来なかった。

 

「違うぜ箒」

 

 しかし、だけど、一夏はそんなことでは萎えなくて、

 

「俺がやらなくちゃいけないんじゃない。俺がやりたいからやるんだ!」

 

 それこそが彼の姿だった。箒が好きになった彼の強さだった。

 

 一夏の想いに思わず手を放してしまう。しまった、と思うより先に彼は駆け出すが――――、

 

「だからって無謀に決まってんだろ、阿呆」

 

 足を引っ掛けられて一夏は盛大に転んだ。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ふぅ」

 

 一夏をすっ転ばせて、兎にも角にも楓は息を整える。なにせステージの端から端まで全力疾走だったのだ。体力自慢だといっても限度がある。

 

「楓……」

 

「よっ、箒。試合はいいとこ無しだったな」

 

 スパーン、と叩かれた。和ますつもりだったのだが。

 

「なにすんだよ楓!」

 

 ガバっと立ち上がった一夏が食って掛かる。その鼻先に指を突きつけて、

 

「大馬鹿野郎に馬鹿野郎って言ってやったんだよ大馬鹿助! 生身で世界最強の兵器に殴りかかる馬鹿がどこにいる!?」

 

 ぐっ、と押し黙る一夏。

 

「でも、アイツは! 千冬姉の技を!」

 

 チラリと楓は例のISを見た。今は動きが無い。どうやらこちらが動かなければ向こうも動く気は無いらしい。つまりこうしていれば無害だということだ。中のラウラを除いて、だが。

 

 こうして待っていれば、やがて事態の鎮圧のためISを展開した教師や先輩がやってくることだろう。あのISの実力は未だ未知数だが、それら戦力を打倒するほどとは思えない。目的にしても、破壊にせよ逃走にせよ、今この瞬間に何もしないところをみると特に無いのだろうともわかる。

 

「エネルギーが無いなら持ってくればいいんだよ」

 

 そう言ったのはシャルルだった。彼女は一夏に傍らに立つと、《リヴァイブ》からコードを伸ばして待機状態にある《白式》のガントレットに繋ぐ。

 エネルギーの譲渡。といっても、彼女の方もさほど残ってはいなかった。渡せたのは精々武器を含めて一部程度。

 

「ありがとうな、シャルル」

 

「うん。約束だよ。絶対負けないでね」

 

「おう。これで負けたら男じゃねえよ」

 

 二人は笑顔でそう掛け合う。

 一夏は雪片を展開。やはり、剣と右腕の展開が限界だった。

 

「止めるなよ、楓」

 

「止めても聞かねえだろうが。とっとと行って来い、大馬鹿」

 

 頷いて、一夏は千冬を象ったISへ向かっていく。

 

「何故だ! どうして止めないんだ!」

 

 悲痛に叫ぶ箒はその場にへたり込む。その肩をシャルルがそっと支えた。

 

「あいつが行かなくてもあのISは止められる」

 

「だろうな」

 

「なら!」

 

「憧れている人の技を使われた。それも、そこにどんな想いがあるのかも知らない機械なんかに」

 

 その気持ちは楓にもわかる。剣は習わずとも同じく千冬を憧れる者として、一夏の怒りは理解出来る。

 

「だとしても、一夏がやらなくちゃいけない理由なんて……」

 

「あいつも言っただろ。あれはあいつがやりたいからやってるんだ」

 

 利口じゃないのはわかってる。無謀なのも。

 しかし理屈ではない。そうではないのだ。

 

「何故……?」

 

「あいつが織斑 千冬の弟だからじゃねえの?」

 

 勝負は一瞬だった。一夏の一刀が千冬の形をした《シュヴァルツェア・レーゲン》を斬り裂き、中から倒れるように出てきたラウラを抱きとめる。

 そのときの剣技は、まるでかつての千冬のように楓には見えた。




閲覧ありがとうございまーす。

>あれ?一番中身が無い章だと思っていたのにやたら長くなっています。どうしてでしょう……。
次話で三章エピローグ。そして次々話で一期最終章の福音になります。

>大変です。箒さんがヒロインしていません。なのにこのシャルのヒロインっぷり。
そして実は実は、楓君今回なんもしてない!!マジでなんもしてない!!

>また次回!


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八話

「結局トーナメントは中止になるみたいだよ」

 

 千切ったパンをもそもそと食べながらシャルルは言う。

 

「でもデータは取りたいみたいで、一回戦だけは全部やるみたい」

 

「「ふーん」」

 

 楓と一夏の気のない返事にシャルルが苦笑する。

 

 今日の試合は一夏達の第二試合を最後にお流れとなった。さすがにあの騒ぎのあとにトーナメントを続行するわけもない。しかし外部の人間にとっては数少ない有望な人材を品定めする、謂わば品評会。無理を通してでも続けたいのだろう。

 

 ――――とはいうもののそれは向こうの事情、楓には関係無い。自分の試合を終え、唯一興味のあった一夏達の試合も終わった今、自分勝手ながらトーナメントの続行に興味は湧かなかった。おそらく一夏も同じようなところだろう。

 

「ん?」

 

 乱雑にフォークに絡めたパスタを口に運ぼうとしたとき、ふとこちらを見つめる数人の女子を見つけた。

 

「優勝……チャンス……無効……」

 

「「うわあああああああん!!」」

 

 泣きながら走り去る。

 

「なんだ一体?」

 

「知らん。どうせろくなことじゃないだろ」

 

 心配する一夏と対称的に素っ気なく言い捨てる。実際その通りであったが。

 

「でもなぁ」一夏がラーメンをつつく箸をこちらに向けて「どうせなら楓とも戦いたかったぜ」

 

「あ、それは僕もかなぁ」

 

「……そういや、一夏と戦ったのってクラス代表決めるときだけだっけか?」

 

 入学後間もなく、後に鈴音と戦うことになったクラス代表戦。その代表をクラスから選出する際に、当時まだほとんど面識のなかったセシリア、一夏、そして楓が戦った。

 ついこの間のことのはずなのに、もうずっと昔のことのようだ。

 

 思い返してみれば、楓が一夏と戦ったのはあれきりだ。しかもあのときはセシリアを交えた三つ巴。まともに一対一で一夏と戦ったことは一度も無い。

 

「ま、俺とシャルルのコンビなら楓が相手でも負けなかったけどな」

 

「シャルルにおんぶに抱っこがよく言うぜ」

 

「そ、そんなことないぞ!」

 

「そうだよ! むしろ僕のほうが一夏に助けられてばかりで……」

 

 へん、と笑ってやるとムキになった一夏が言い返し、それを擁護するシャルル。しかも後半は何故か赤面している。なにかあったのだろうか。

 

「あ! 織斑くーん、デュノアく-ん、御堂くーん!」

 

 騒がしい食堂に加わる声。そちらに視線をやると、

 

「……乳が走ってくる」

 

「なにか言ったか? 楓」

 

「なんでもない」

 

 間違えた。乳ではなくて副担任の山田 真耶だ。

 

「はぁ、ようやく見つけましたぁ」

 

 とろけた声をあげてその場で乱れた呼吸を整えようとする真耶。

 どうやら楓達を探して校舎を走り回っていたらしい。そりゃあれだけ立派なものを二つも抱えて走っていれば疲れもするだろう。明言は避けるが。

 

「ふぅ……今日は三人ともお疲れ様でしたぁ」

 

 ようやく息を整えた真耶は、いつも通りのどかな笑顔を浮かべる。

 

「そんな皆さんの労を労って、遂にあの場所が解禁になったんです!」

 

「あの場所?」

 

 はて、と首を傾ぐ三人。

 

 ふふん、とたわわな胸を張って、真耶はいつもより三割増し高いテンションで告げる。

 

「男子の大浴場なんです!」

 

 大浴場。即ち風呂である。

 

 この学園寮には個々の部屋にキッチンからトイレ、備え付けのクローゼットまでなんでも揃っている。もちろん設備の一つにはバスも入っている。――――のだが、さすがにスペースをそこまで取れるわけもなく、ビジネスホテルのシャワールーム程度の規模である。まあ、それでも学生寮にしてはふざけたほど充実しているわけだが。

 しかし、中には風呂好きな者はいるわけで。日本特有の底の深い湯船に肩まで浸かりたいという意見が意外と多かった。その要望に応えた学園は学園施設に大浴場を追加したのだった。

 かくいう一夏もそんな風呂好きの一人だったのだが、大浴場は一つきりで、当然普段は女子生徒達が使っている。言わずもがな、男である彼は悔し涙を流して我慢するしかなかった。

 

 それが解禁となったらしい。無論使用日を決めて、男女分けてだ。

 比率を鑑みて割合は当然女子に偏るのだが、それでも一夏は跳ね回るほど喜んでいた。特別風呂好きではない楓は特にリアクションは無い。

 

 だがどうしたことか、真耶の手を取って小躍りしていた一夏は、シャルルを見るなり固まる。次いで楓を見て、うーんと唸り、口を開きかけ、また閉じて唸る。一体どうしたというのか。

 

「なんかよくわからんが、今回は俺いーわ」

 

「え? なんでだよ」

 

「今日は色々無理したし、部屋でゆっくり休んでるよ。風呂は勝手にどうぞ」

 

「大丈夫?」

 

 左腕をさする仕草をすると、途端に不安顔になる二人に『大丈夫』と応えて食べ終えた食器を片付けて別れる。

 

 

 

 

 

 

 楓は千冬の部屋――――ではなく、星空の下、一人アリーナの隅に座り込んでいた。いや、一人ではない。彼の正面には鎮座する漆黒痩躯の機体があった。

 当然普段彼が乗る搭乗スペースには誰も居ない。乗るわけでもない。整備するわけでもない。楓はただじっと無人のISと向かい合う。

 

 先ほど一夏達にはああ言ったが、別に体の調子は悪くない。腕はすでに完治している。今日の試合で痛めたところもない。風呂を断った理由は別にあるのだが、今はそれはどうでもいい話だ。

 

 ここにやってきた理由は、久しぶりにこうして《八咫烏》と二人になりたかったからだ。

 束に《八咫烏》を貰った当時は四六時中展開して遊んでいた。彼女が作ってくれた例のゲーム然り、人目につかないように実際に外に出たりもした。

 ある日、束は言った。ISは生きているのだと。

 子供ながら純粋だった楓はその日から《八咫烏》を遊び道具ではなく対等の存在として接するようになった。子供がぬいぐるみを友達だと言うように、小学校に通っていなかった楓にとって《八咫烏》が初めてにして唯一の友達だったのだ。

 

 小学校には通えなかったが、束のおかげで中学には通えた。手段はわからないが、まあ彼女に不可能などない。

 その頃には幼かったときとは違いISの価値を知り、分別を知った。無防備に展開して外に出ることもなくなり、一緒に布団で寝るようなこともなくなったが、それでもたまに、こうして向かい合うことは続けた。

 会話が出来るわけではない。でも、こうしていると人間の友達といるときとは違った居心地の良さがあるのだ。それは彼が、もしくは彼女が、束に次いで自分と最も深い関係の存在だからかもしれない。己の半身といえるほどに。

 

 IS学園に来てからは毎日が忙しくて暇がなかったが、ふと今日は無性にそうしたかったのだ。多分、ラウラのあれ(・・)を見たからだ。

 

 ヴァルキリー・トレース・システム――――通称、VTシステム。それがラウラの《シュヴァルツェア・レーゲン》に搭載されていたシステムの名らしい。

 詳しいことを千冬は教えてくれなかったが、なんでもその性能は過去のモンド・グロッソ出場者の戦闘データを抽出し、強制的に実行させる戦闘プログラムらしい。それだけ聞けば大した代物だが、その副作用として操縦者へかかる負荷は今日のラウラを見れば明らかだ。故に現在では世界的にVTシステムの研究、運用は禁止されている。

 

 あのとき、悲鳴をあげていたのはラウラだけではなかった。楓には《シュヴァルツェア・レーゲン》もまた泣いているように感じられた。己が守るべき主を、己の意志に反して主を喰らうのは一体どれほどの苦痛であっただろうか。

 ISは生きている。おそらくこの世界で最も長くISに触れて生きている楓だからこそその意味を誰より知っている。だからこそ、搭乗者もISも単なる兵器にしか思っていないあんなシステムは許せなかった。

 

「本当にこんなところにいた」

 

「シャルル?」

 

「よい、しょ」

 

 突然背中越しにかけられた声に振り返る。ちょうどシャルルは観客席の縁を乗り越えてきたところだった。

 

「織斑先生に聞いたらアリーナにいるって聞いてさ」

 

 言った覚えはなかったが、あの人にはなにもかもお見通しということだろうか。

 

「こんな所にいたら風邪ひくよ?」

 

「知らないのか。馬鹿は風邪ひかないんだよ」

 

「またそんなこと言って」クスクス笑い、シャルルはこちらを窺ってくる「隣り、座っていい?」

 

「いいぞ。でもシートもなにも無いから地べたで勘弁な」

 

 許可を得たシャルルはおずおずと近寄ってくると、そっと隣に腰を下ろした。そんなシャルルは少しだけいつもと違っていた。格好は室内着のジャージなのだが、普段後ろで纏めている長い髪を今はおろしているからだろう。それと仄かに赤い頬。屋外だがほんのりシャンプーの香りがした。

 

「なんだ、シャルルも風呂入ってきたのか」

 

「えっ!? あ、う……うん! そそそそうなんだー。あはは」

 

 問いかけると、シャルルはさらに顔を赤くしてやたら身振り手振りで答える。

 

「そっちこそ湯冷めして風邪ひくなよ」

 

「う、うん」

 

 ぶんぶん、と上下に顔を振って、まるで赤くなった顔を隠すように膝を抱えて顔を埋める。

 それを見て、楓はちょうどいいとばかりに訊いてみることにした。

 

「シャルル、お前本当は女だろ?」

 

 案の定、彼女は凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 楓に言いたいことがあった。だから一夏と別れた後、彼がいるはずの千冬の部屋を訪れたのだがなんと不在。普段のスーツ姿ではないラフな格好の千冬の助言通りアリーナに来てみると楓はそこにいた。ステージの隅で、自分のISを向かい合っている。

 一体なにをしているのかわからなかったが、邪魔をしないようそっと近付いて、少し迷ってから声をかけた。

 

 彼は普段通りで、自分も普段通りだったはずだ。つい先程、思い出すとかなり恥ずかしい出来事はあったものの、それでもいつも通り自分はシャルル・デュノアであったはずだ。

 

「シャルル、お前本当は女だろ?」

 

 シャルルは――――否、シャルロット・デュノアはその一言に凍りついた。

 

 頭が一瞬真っ白になる。今楓が口にした言葉は、どう解釈しても同じ意味に辿り着いてしまう。即ち、バレている。自分が女であることを。それもその口ぶりからするとかなり前から。

 

 現在、この学園でシャルロットが女であることを知っているのは自分を除いてたった一人だ。ルームメイトにして、自分に居場所を与えてくれた恩人。そして、想い人。

 ならば一夏が彼に話したか。否、と彼女は即座に断じた。

 たしかに一夏と彼は親しい間柄だ。直接言うのは恥ずかしいと一夏は言っていたが、彼のことを年の近い兄のように慕い、尊敬していると以前話した。それほど彼を信頼している。

 

 だがしかし、一夏はシャルロットのことを秘密にすると約束してくれた。誰にも言わないと。ならその言葉の通りなのだ。

 これは楓を信頼しているとかそういう話ではない。一夏は約束を破らない。誰にも言わないと言ったら絶対言わない。もし仮に楓に相談するならばまず先にシャルロットに相談してくれるはずだ。

 

 出会ったばかりの異性の言葉をこうも愚直に信用するのはおかしいかもしれない。それでも、彼女は一夏のことを信じた。

 

 ならば楓は一夏とは関係なく気付いたのだ。無論、彼には一夏とは違い決定的な姿(・・・・・)を覗かれた記憶は無い。

 

 シャルロットは一瞬誤魔化そうか迷い、ふぅと息をついた。

 

「いつから気付いてたの?」

 

 誤魔化さなかった。そも、ついさっき、一夏のおかげでもうシャルロットは自分を偽る必要性を無くしていたのだ。

 それでも気になったから尋ねた。

 

 シャルロットの肯定の返事にも楓はほとんど動揺せず、思案顔で空を見上げる。

 

「んー、初めて見たときからなんか体つきに違和感みたいなのはあってさ。それにシャルルって喋り方にしても動作にしても、なんか妙に丁寧だったからさ。まるで覚えたことを思い出しながらしてるみたいに」

 

「……つまり、最初っからってわけだね」

 

 シャルロットの男として訓練された動作は完璧だった。喋り方、趣味嗜好、あらゆるプロフィールを覚え、この学園にやってきた。それがまさか、完璧に覚えすぎたが故に気付かれたとは。

 

「多分千冬さん辺りも気付いてたよ」

 

 言われて、シャルロットは苦笑した。今まで必死にバレないよう努力していたのに、すでに二人以上に気付かれていたことに。

 

(あれ? そういえば……)

 

 ふと、思い出す。

 シャルロットの演技は完璧だった。実際クラスでも楓や千冬以外の人間は今も自分が男であると疑っていないだろう。

 そんな今日までの学園生活で彼女には幾度かピンチがあった。女だとバレてしまいそうなピンチが。それこそその筆頭は一夏だった。純粋な一夏はあの出来事があるまでシャルロットが男であることを微塵も疑っていなかった。そんな彼のスキンシップに何度冷や汗を流したことか。

 

 だが、そんなとき決まって楓はいた。それだけでなくシャルロットが断る、また逃げるタイミングを作ってくれていた。偶然だと思っていた。ラッキーだと安堵していた。けれどいざ思い出してみると、そんな偶然があまりにも多すぎる。

 

「……もしかして、助けてくれてたの?」

 

 自信がなくて囁くような声になってしまった。それでも確実に隣の楓には聞こえているはずだが、彼は聞こえていないかのようにそっぽを向いたまま。その耳が赤くなっているのを見て、

 

「ぷっ」

 

 思わずシャルロットは笑った。

 

「あーあー……本当は今まで騙してたこと謝ったり、一夏を助けてくれたこととか御礼言おうと思ってたのに」彼女は困ったように微笑んで「ありがとう一回じゃ足りなくなっちゃったよ」

 

「一回で充分だよ。友達なんだから、持ちつ持たれつってな」

 

 友達、シャルロットは小声で復唱し、優しく笑った。

 

「優しいね、御堂君は」

 

「そうだよ。今更気付いたのか?」

 

 彼はおどけたように笑う。

 

「それと、楓でいい。今更か?」

 

 ううん、とシャルロットは首を横に振る。

 

「シャルロット・デュノア。それが僕の本当の名前」

 

「そっか。んじゃま、これからもよろしくなシャルロット」

 

「聞かないの? 僕が男だって嘘ついてた理由とか」

 

「言いたいなら聞くけど」楓は横目でちらりとこちらを見て「もう必要なさそうだしな」

 

「?」

 

「一夏のこと好きか?」

 

「っ!?」

 

 ボンッ、とシャルロットの顔が茹で上がった。

 『人間磁石め』と楓がぼやくのが聞こえた。

 

 すると、急に楓はわしわしとシャルロットの頭を撫ででくる。思わず目を回すほど荒っぽく。

 

「ななな、なにさぁ!?」

 

「頑張れ。敵は多いけどな」

 

「楓は僕を応援してくれるの?」

 

「俺はお前含めてあの面子にやっかまれるのは御免だ。だから地力で頑張れ」

 

 えー、と不満の声をあげるシャルロット。

 

 二人は知らない。翌日、そのメンバーにあのラウラまで参加することを。




いつも閲覧ありがとうございます。

>てなわけで、三章終わりです。前話でも述べましたが、今章の楓君はほとんどなにもしていません。しかしさり気なくシャルのフォローはしていたんだよ、というお話。
次章でアニメ一期終盤です。それと大まかにですが二期分の妄想……もといプロットが頭の中に出来てきました。いざ文章にするときに忘れてるのがほとんどなんですがねw

>すごく疑問なんですが、アニメ二期のラストに束さんといた人はどなた?


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VS福音
一話


 青い空。白い砂浜。そして、果ての見えない広い海。――――なにより水着の女の子である。

 

 突然ではあるものの、臨海学校である。

 

 

 

 

 

 

 学園所有の専用バスに揺られやってきたのは海の近い、格式高そうな老舗の旅館。なんでも例年この学園の臨海学校にはこの旅館を貸しきっているらしく、見た目若い女将さんが見惚れるような笑顔で出迎えてくれた。ちなみにあの女将さんは去年も、その一昨年も、聞けば学園が初めてこの旅館を訪れた頃から女将さんだったらしい。実年齢は不明。

 

 兎に角、各々が一旦割り振られた部屋に荷物を置いて大部屋に集められる。そこで千冬の口から告げられたのは、初日は自由時間でいいとのお達しだった。臨海学校も立派な学業の時間――――だがたまには羽目を外して良しと言われた生徒達は狂喜乱舞した。比喩ではなく狂ったように喜び乱れ舞った。

 

 部屋の割り振りで一人出遅れた楓がトランクスタイプの海パンを履いて浜辺にやってくると、すでにクラスメート含め一年生達は海を存分に満喫していた。

 太陽の日差しと、若者達のエネルギーに満ち満ちた熱気に当てられて、楓は達観したように零す。

 

「若いっていいねえ」

 

「オヤジか貴様は」

 

 スパン、と力加減を踏まえた鋭いツッコミを入れられた。

 

「いや、つい圧倒、され……て…………」

 

「どうした?」

 

 振り返った楓は固まる。

 背後からツッコミを入れたのは声からして千冬であると充分予測していた。そして振り返り、予想通りそこにいたのは彼女だった。ただし、その格好に思わず言葉を失ったのだ。

 

 普段スーツに隠されたシミひとつ無い艶やかな肌。鍛えぬかれ洗練された肉体に無駄な肉など一切無く、しかし母性の象徴たる所々は充分過ぎるほど実っている。刀のような鋭い美貌は灼熱の太陽の下でも翳ることはなく、それら全てを際立たせる大人っぽい黒色のビキニ。

 後ろに立っていたのは水着姿の千冬だった。

 

 まじまじと、無遠慮に千冬の立ち姿を眺めた楓は一言。

 

「千冬さん、なんかすっげーエロい」

 

「ガキが色づくな」

 

「っでえ!?」

 

 硬い拳が容赦なく振り下ろされた。

 

 目をチカチカさせて、殴られた頭頂部を擦る楓は唇を尖らせる。

 

「褒めてるのに」

 

「それで褒めてるつもりなら、貴様はもう一度『女』というものを学び直せ。そして私のことは『織斑先生』だ。一体何度言えば――――」

 

「ぷっ、千冬さんが恋愛語ってる……え? 実は経験豊富だったりするのか!?」

 

 前半は明らかに馬鹿に、後半は動揺した様子で騒ぐ楓の顔が、グワシッ! と掴まれた。

 

「そうか、死にたいのならそう言え。沈めてやる」

 

「いででででででで! つ、潰れる! メキメキいってる!!」

 

「織斑せんせー! お待たせしましたぁ!」

 

 セルフ万力から、千冬の気紛れでからがら解放された楓はその場に跪いていた。そうして遠間から呼び掛けられた真耶の声に釣られてそちらを向いて、再び硬直することになる。

 

 探していた千冬を見つけたからか、嬉しそうに大手を振って駆け寄ってくる真耶の姿は幼く、危なっかしい。そしてなにより危なっかしいのは彼女の格好だ。普段の大きめのサイズの服でも充分わかるロマンの塊が、今はみんなと同じ水着という頼りない布切れに覆われただけで、彼女は千冬とは違い同世代の女性より身長が低くありながらしかしそのスタイルは千冬を上回るものであり、それはつまり――――

 

「どこを見ているエロガキ」

 

 地面にめり込むほど強く叩き伏せられる。しかし楓の顔は満足気だったという。

 

 

 

 

 

 

 夜。大広間にて一同に会する生徒達。

 

 グツグツといい具合に煮えた牛肉と山菜の鍋。新鮮なお刺身。ふっくらと炊かれた白い米。

 誰もが思わず溜まった涎を飲み込む料理の品々が並ぶ御膳。その前に敷かれた座布団の上に膝を折って座るのは全体の三分の二だけ。残りは和室の景観に似つかない簡易テーブル席に座っていた。

 IS学園はその特性故、毎年多くの外国人が入学する。彼女達のほとんどは畳の上に直に腰を下ろして食事をするなど経験したこともない。

 そんな彼女達の為に、毎年旅館側は特別に和室にテーブルと椅子を持ち込んで大部屋に並べてくれるのだ。

 

 しかし、今年はどういうわけかテーブルではなく日本様式に沿った食事を希望する者が多かった。せっかく日本に来たのだから、どうせなら日本の作法に則りたいという熱い希望が彼女達の主張である。――――無論、それには裏がある。彼女達の目的は一夏だった。

 

 一夏は生粋の日本男児である。飲み物は茶を好み、肩まで浸かれる風呂を愛する、ついでに人情味あふれた、近年でもみない絵に描いたような少年だ。そんな彼は、当然のように夕食ではテーブル席ではなく御膳の用意された和式を選ぶ。実際一夏はそのつもりだった。

 ならば、彼の隣の席で夕食を迎えるには自らもそちらを選ばなくてはならないのだ!

 

 改めて語る必要も無いが、一夏は学園のアイドルである。同じクラスの連中はもちろん、普段クラスが別々で中々お近づきになれない女子生徒達も、今回の臨海学校で一気に彼との距離を縮めたいと思っていた。

 必然的に起こったのは血を血で洗う戦争だ。謀略の限りを尽くし、魂を削るような駆け引きを行い、最後は執念がモノをいう正しく闘争。

 

 恐ろしや。楓はそんな戦いを、さっさと空いているテーブル席で眺めていた。これほどの激戦が巻き起こっているのに、相変わらずの唐変木一夏は先ほど気楽な調子で『一緒に食おうぜ』とか誘ってきた。蹴り飛ばして断った。

 楓は一夏の隣に座ったって得は無い。それどころか要らぬ恨みを買う可能性しかない。そんなものは御免だ。ちなみに楓の隣はまだ空席だ。

 

 本人そっちのけの戦いは結局セシリアと、ちゃっかり隣を確保したシャルロットの勝利で終わった。余談である。

 

 食べ始める前の騒がしさが嘘のように和やかに夕食の時間は流れた。見た目通り美味しい料理に誰もが舌鼓を打ちながら箸を進める。

 楓も時折友人達との会話を楽しみながら美味しい料理を堪能していたのだが、ふとあるものを見つけて正面の人物に声をかけた。

 

「なあラウラ」

 

 楓の正面に座るのは左目を眼帯で隠した隻眼の少女、ラウラだった。

 彼女はドイツ人でありながらとても綺麗に箸を使いこなし山菜を頬張り、こちらを見た。

 

「なんだ?」

 

 老老とした口調ながら少女らしい高い声。

 最初の頃は声をかけても視線すらくれなかったが、あのタッグマッチ以来徐々に態度が丸くなってきた。今ではクラスにもかなり馴染んでいる。

 堅苦しい口調や、今でも時たま見せる冷淡さも、個性として受け入れられている。

 

 席が隣ということもあって、楓はこのところ特に彼女と会話することも多い。そんな彼女について楓は最近あることに知ったことがある。

 

「これ知ってるか?」

 

 楓が指し示したのはラウラの刺身皿。その隅。緑色の塊。ご存知、わさびである。

 

 ラウラは馬鹿にするなというように自慢気に鼻を鳴らす。

 

「当然だ。わさびというやつだろう?」そう語った彼女は少し怪訝な顔をして「まあ、色が色なので食すのは遠慮したがな」

 

 たしかに、わさびを知らない者にとってこんな緑々した物を好んで食べようと思う者はいないだろう。悪く言えば毒々しい見た目も手伝っている。

 見れば彼女だけでなく他の外国人の少女達の多くも刺し身を完食しているものの、皿にわさびだけを残している。

 

「じゃあ食べたことないのか?」

 

「ああ」

 

 だからどうしたと言わんばかりにラウラは湯豆腐をつまみ、はふはふと食べている。

 

「そうか……」

 

 突然、楓は深刻そうな顔を俯かせた。

 

「なんだ? どうかしたのか?」

 

「いや、な……」

 

「言いたいことがあるならはっきり言え」

 

 口調は傲慢ながら、その顔には友人に対する気遣いが窺える。仲間にはとことん優しいというのも最近知った彼女の一面だ。

 

 楓は意を決したように顔をあげた。

 

「わかった。言うよ」

 

 実はな、そう言ってしばし溜めた後、彼は口走った。

 

「実はわさびっていうのは日本の夫婦にとって誓いの証なんだ」

 

 『え?』と楓の左右、ラウラの左右にいた日本の女子生徒達は声を揃えた。無論それは今し方楓から告げられた話が初耳であるからだ。

 

「日本じゃわさびを食べることは夫婦にとって最初に与えられる試練みたいなもんでな。互いに同じ席で食べるのは謂わば最初の儀式なんだ。逆に食べられないと正式な夫婦として認められないという厳しい掟がある」

 

 いや、初耳というか確実にデタラメだった。そんな話聞いたこともない。

 なにが悲しくてわさびが食べられないくらいで夫婦になれないというのか。日本人にだってわさびを好まない者はごまんといる。

 

 だが、しかし、

 

「なん……だと?」

 

 隻眼を目一杯見開いて、今まで上手に握っていた箸を落としそうになるほど驚愕するラウラ。――――そう、彼女は面白いほど純粋だった。

 

 その後も表向きは真剣な顔でわさびについての歴史を語る楓。そんな中、テーブルの下で笑いを堪えて震える握りしめられた拳。

 周囲の友人達も、こんなデタラメな作り話を真剣に聞きいるラウラが可愛くて、面白くて、黙って身悶えていた。

 

「……そうだったのか」

 

 楓の話を最後まで聞いたラウラはしばし目を閉じて黙考し、やがて座敷側で楽しく食事を摂る想い人の少年を見た。そんな彼の刺身皿の上に、わさびの塊は無い。今の彼女にはそれが彼からのプロポーズにさえ思えた。

 

「一夏は私の嫁だ。ならば夫婦である私がこのわさびを食べないわけにはいかない!」

 

 勇ましい。悲しいほどの純白な、穢れ無き心の持ち主だった。だがしかし憐れだ。

 

 一度は置いた箸を掴む。その箸さばきはやはり見事で、寸分違わずわさびの塊を掴み取った。丸々全部。

 

「あ、あのラウラさん?」笑いを堪えた涙目で隣の席のクラスメートが「少しずつ食べたほうが……」

 

「構わん。わさびなるものが少々なる刺激物だというのは知っているが、これも試練。いやこれを一気に食べてこそ私の嫁に対する愛を示すことになろう!」

 

 もう駄目だ。お腹が痛い。

 楓に至っては最早声を出すことも出来なかった。

 

 そんな周囲の目の前で、ラウラは掴み取ったわさびを躊躇いなく口へ放り込んだ。

 

「あ……」

 

 誰かが声を漏らした。しかしすでに手遅れだ。

 

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 

「っ~……!!!!!?!!??」

 

 声にならない絶叫だった。ラウラの色白の肌がみるみる赤く染まる。

 

「ぶわっはっっはっはっはっはっは!!」

 

 堪えられなくなった楓は腹を抱えて笑った。なんか座敷側では一夏達が騒がしいが、そんなことを気にしてられないほど、今にも椅子から転げ落ちんばかりに大笑いして、その顔面に出席簿が突き刺さった。

 

「貴様等は静かにすることが出来んのか!?」

 

 千冬の一喝を持って場は鎮まり、後は粛々と幕を下ろすのだった。

 

 ちなみに、食事の後ラウラの軍隊仕込みの制裁から楓を救おうとする者はいるはずもなかった。自業自得である。

 

 

 

 

 

 

 騒がしい夕食を終え、時刻は決められていた消灯時刻も過ぎた。

 

 そんな夜更け、月明かりだけを頼りに板張りの廊下を歩く人影が一つ。現在旅館に寝泊まるほとんどが十代半ばの少女であるが、その人影は百八十近い体格を有していた。パタパタとスリッパを鳴らして歩くのは楓だった。

 ここが学園の外であろうが、今回の臨海学校の責任者は規則にはめっぽう厳しい織斑 千冬。消灯時間も過ぎたこんな夜更けに部屋を出て出歩こうものなら即刻厳罰が課されるのは必至。せめて言い訳ぐらいの猶予は与えてくれるかもしれない。

 

 そんなこと彼ほどの人間がわからないはずもない。それでもこうして命知らずに出歩いているのには理由がある。それはそれは深い理由。

 その原因は楓の同室、副担任の山田 真耶にある。

 

 改めて言う必要もないが、織斑 一夏は学園のアイドルである。そんな彼をこの外出時に女子生徒と同室にするわけにはいかない。――――いやまあ、学生寮の同室も大概ではあるのだが。

 兎も角、勢い任せて一夜の間違いでも起こされるのはまずい。そうでなくても一夏が野放しになっていれば彼を狙う女子達が騒いで旅館に迷惑がかかる。

 それらを考慮して学園がとった措置は至極明快。

 

 一夏は千冬と同室にしてしまおう、というものだった。

 

 姉弟の千冬なら間違いが起こるはずもない。他の生徒達も千冬がいたとあっては無茶も出来ない。これぞ一石二鳥である。

 もう一人の男性操縦士? あっちは大丈夫だろうけど副担任とでも同じ部屋にしとけばいいんじゃね? はっはっ、これで万事解決!

 

 ――――てな感じだったのだが、

 

「全、然! ダメじゃねえか!」

 

 夜。千冬と明日の段取りを終えて部屋に戻ってきた真耶はふとんにもぐり込むなりぐっすり眠ってしまった。それはいい。

 問題は彼女の寝相の悪さだ。眠るなりすぐに掛け布団をはねのけた彼女は、あられもない姿を晒していたのだ。元々旅館から貸し出された浴衣に装いを変えた真耶の姿はそれだけで目に毒だったわけだが、寝返りをうつ度にその胸が零れ落ちそうで、あまつさえ、

 

『あ……織斑君、だめ……ダメですそんなの。み、御堂君まで……もう、二人一緒にだなんて』

 

 とか寝言で口走っていた。

 

「どんな夢見てんだあの人!!」

 

 このままでは己の理性を制御しきれず明日には退学処分が待っていそうだったので彼は部屋を出た。せめてふとんにもぐって一秒で眠るぐらい猛烈な眠気がやってくるまで、こうして時間を潰す羽目になったのだった。

 

 そんな理由で夜の旅館をぶらつく。明かりは月だけ。音色は虫の鳴き声。世界はひたすらに静かだった。

 現在旅館に泊まるのは騒がしさにかけては世界一を評していい学園のメンバー。しかし通り過ぎる部屋はどこもかしこも物音一つ無い。さすがの彼女達も長時間の移動と、昼間の海水浴で騒ぎすぎて、夕食と風呂を済ませるなりすぐに眠りに落ちてしまったのだ。

 

 ふと開けた空間に出た。そこはどうやら中庭のような場所らしく、屋根は無く、整備された草木が茂る場所に石床が敷かれていた。そちらへ足を伸ばそうとして、

 

「こんな時間に貴様はなにをやっている」

 

 背後から死刑宣告が告げられた。

 

「言い訳があるなら」いや、と彼女は断じて「遺言があるなら早く言え」

 

「せめて言い訳させて!」

 

 正しく死刑宣告だった。

 

 振り返ったそこに立っていたのはやっぱり千冬で、彼女もまた浴衣に身を包んでいた。普段見ることのないそんな格好に一瞬見惚れてしまうが、今まさに自分の命が危ういことを思い出して楓は必死に頭を回転させる。

 ふと、懐の重みに気が付いた。忘れかけていたが今はこれだけが最後の頼みの綱である。

 

「言い訳が思いつかないから買収することにする」

 

「なに?」

 

 ゴソゴソと懐を弄って取り出したのは――――缶ビールだった。

 

「………………」

 

 千冬の目が一瞬輝いたのを楓は見逃さなかった。

 彼女の眼前にビールを差し出しながら、楓は満面の笑顔で言う。

 

織斑先生(・・・・)、少しご相談があるのですがお時間よろしいですか?」

 

 あまりにも下手くそな小芝居である。暗に見逃してくれと言っているのだから。

 

 しばし難しい顔で葛藤していた千冬は、やがて顔を背けてぼそりと答える。

 

「五分だけだ」

 

 交渉は成立した。




毎度閲覧ありがとうございます。最近更新速度落ちていて申し訳ない。

>てなわけのアニメ一期最終にして、四章、VS福音の始まりです。
今回はなぜか山田先生がやたらピックアップされてしまいました。けどあんな童顔先生いたら私は休まず学校に行きました。たとえ熱でも這って行きましたとも!

>夕食のあれは、一部私の実話エピソードをもじったシーンでした。けど改めて読むとなんか楓がすっごい性格悪く見えましたw
ラウラは可愛いなぁ。ほんと。
皆さんはこんな悪ふざけはダメですよ。わさびで遊ぶとほんと死ぬ思いして鼻水出ます。


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二話

 光は夜空の月明かりだけ。草場に紛れる虫の音色が夏の夜を演出する。

 皆が寝静まった夜半。まるで世界に彼女と二人っきりなのではと錯覚するほどのこのロマンチックな時間の流れを、楓は噛み締めるように味わっていた。

 だが、あわよくば言いたいことが一つだけ彼にはあった。

 

「ん? なにか言いたげだな」

 

 景気良くビールを煽っているこの状態はなんとかならないものだろうか。

 

 中庭の縁台に腰を落ち着けて、月見酒だと機嫌良く楓から渡された缶ビールを煽る千冬。たとえ教師と生徒の立場とはいえ、男女が夜遅くに二人っきりで向かい合っているのだ。少しぐらいそういう雰囲気が欲しいのだが、彼女はお構いなしだった。

 

 まあ、そんな彼女が飲んでいるそれは楓自身が己の命を救う代償として引き渡したものだから文句を言えるはずもない。それに、

 

(あんな美味しそうに飲んでんだし……いっか)

 

 超人、鉄人、最強。色々と呼ばれる千冬であるが、彼女も結局は人間だ。教師ともなれば生徒では及びもつかない苦労もあるのだろう。そんな疲れをあんな缶一本で吹き飛ばせるなら、いくらでも楓は献上する所存だ。

 ――――そう自分自身に言い聞かせる。

 

「それで、相談というのはなんだ?」

 

 酒気を帯びてやや赤らんだ顔でそう質問してきた千冬に、楓は疑問顔を返した。

 

「相談?」

 

 メキャ、と聞こえてはいけない音が聞こえた。

 

「ああ思い出した思い出しました思い出しましたああああ!!」

 

 両手を万歳させて訴えると、千冬は胡乱げにこちらを睨みながらやや凹んだ缶を傾ける。

 

 そうだった。ここに彼女を連れだした方便で、相談があると言ったのだと楓は思い出す。――――が、もちろん相談などない。現在必死に学園での悩み事を見つけようと色々思い返しているのだが、中々適当な事柄が該当しない。

 それはまあ、学生としてとても恵まれた話なのだが、今この瞬間においては命に関わる危機的状況だ。

 

「えーと……そう! ラウラのこと!」

 

「ラウラ?」

 

 やがて、無意識に唸り声を発するほど考えて捻り出した『相談』の内容は、先ほどの夕食の席でからかった隻眼の少女についてだった。

 

 ラウラが転入したとき、千冬への憧れ、失望から溢れでた憎悪を、彼女の弟であり世界大会を辞退させた遠因でもあった一夏へと向けた。

 結末としてその気持ちを利用されてVTシステムが発動してしまったわけだが、暗闇に囚われていた自身を救ってくれた一夏に千冬に似た、しかしどこか違った好意を抱くようになる。今では一夏争奪戦に参加する女の子の一人だ。

 

「変わったよな」

 

 夕食の件でも思ったが、彼女の態度はとても柔らかくなった。当初は孤高であることを強さだと思っていた節があったが、今は自ら人の和に入ろうと歩み寄り、他者の心を理解しようと努力している。

 

「元々あいつは人一倍純粋なだけだ。悪い奴じゃない」

 

「それは最近知った。あいつは面白くて、良い奴だ」

 

「ああ」

 

 ふと見た千冬の横顔は嬉しそうに綻んでいた。千冬にしてみればラウラは一夏に次いで身内のように思っている教え子だ。最初の印象が最悪に尽きるラウラがあれからクラスに馴染めているか、本当のところ心配していたのかもしれない。

 

「まあ、俺だってあのときのラウラの気持ち、わからないでもないんだ。憧れだった千冬さんが決勝に現れなかったとき散々愚痴ってたし」

 

「憧れ、か。世辞が下手だな」

 

「嘘じゃねえよ。俺はあんたに憧れてた。いや、今でも憧れてる」

 

 そうだ。憧れている。

 初めて千冬の戦いを見たときの衝撃は今でも覚えている。可憐だった。苛烈だった。

 たった一本の剣でもって数多の武装を切り伏せ、道を切り開き、敵を打ち倒す。憧れないはずはない。

 楓は、初めて彼女を見たときから織斑 千冬のファンなのだ。

 

 だからこそ世界大会辞退のときは残念でならなかった。

 

「事情が事情だったから仕方ないのはわかってる。それでも、俺はあんたがどんな形であれ負ける姿は見たくなかった」

 

 薄情であるかもしれないがそれは本音だ。あのとき、見ず知らずの彼女の弟の安否より、彼女の栄光が汚れることの方が無念だった。

 

「――――でもな」

 

 言葉が続いたことに憂鬱に陰った千冬が顔を上げた。

 

「あのときあんたが一夏を見捨てていたら、たとえ大会を優勝して二連覇したとしても今日まであんたのことを憧れ続けることは出来なかったと思う」

 

 その真っ直ぐな声音に千冬は目を丸くする。

 月を見上げていた楓は千冬に正対して笑う。

 

「あのとき一夏を助けてくれてありがとう。今日まで憧れの人でいてくれてありがとう。――――俺は千冬さんが好きだ。付き合ってくれ」

 

「断る」

 

「ええー」

 

 ばっさりだった。

 

「もう少し顔赤らめたり悩んだりしないか? 一応青少年が勇気出して告白してるってのに」

 

「馬鹿を言うな。見ろ。顔が赤いだろ?」

 

「酒じゃん」

 

 クク、と千冬は笑う。

 

 こんな冗談を言う彼女は珍しい。たった缶一本で酔いでも回ったのだろうか。

 

「それに言葉の割に堪えたようには見えないぞ?」

 

 鼻で笑う千冬。

 楓は肩を竦める。

 

「ま、端から告白一発オーケーだなんて期待してなかったよ」

 

 そも楓と千冬の関係は教師と教え子。たとえ万が一、億が一、千冬にその気があっても許されるはずがない。まああり得ないのだが。

 

「勝負は卒業後ってね」

 

 えいえいおー、と呑気に腕を振り上げる楓。大きく口を広げて欠伸をする。

 本当に、これで本気の告白だと言っても信じられやしない。

 

「それじゃあおやすみ、千冬さん」

 

「まあ待て」

 

 ようやくやってきた眠気に部屋に戻ろうとする楓だったが、その右肩が掴まれる。それもギリギリミシミシと尋常でない圧力がかかっている。

 嫌な予感しかしない。

 

「一つ聞き忘れたことはある」

 

「な、なんでございましょう?」

 

「この缶ビール、貴様一体何故持っていた?」

 

 ギクリ、と楓の体が跳ねる。逃げたくてもこの手は放してくれそうにない。

 

「なあ、教えてくれ」

 

 どうやら、眠るのはもう少し先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 朝である。窓から零れる日差しの刺激に顔をしかめて楓は目覚めた。

 今日のスケジュールはたしか朝食後、本格的にIS訓練が予定されている。臨海学校も立派な学業の一環なのでそれは仕方がない。昨日が特別だったのだ。

 

 まだ少し残る眠気に抗って起き上がろうとして――――気付いた。体が動かない。もっと具体的に。左腕になにやら超絶的に柔らかいものが押し当てられて掴まれている。

 

 ふと視界に入ったのは隣の布団。無人である。あそこにいたのは真耶だった。

 ――――と思考がフリーズする直前に気付くことが出来た。彼女は昨夜眠る前に言っていた。自分は教師陣の朝礼に参加するので先に部屋を出ると。あんななりでも彼女は楓達の副担任だ。

 

「ならこれは……?」

 

 ギギギ、と顔を横に向けて、そこににょきりと生えるウサ耳を見た。紛うことなき、ウサ耳である。

 

「すぴーすぴー」

 

 そんなウサ耳を生やす女性は楓の左腕を抱き枕のように抱えて、あまつさえ涎まで垂らして熟睡している。

 

「………………」

 

 それを見るなり楓は直前までのパニックも何処へやら、躊躇いもなく腕を引き抜く。そうして起き上がると布団を畳み始めた。訂正、ウサ耳の女性ごと丸め始めた。

 簀巻きにされた布団には二本のウサ耳が生える奇怪なものとなる。女性の方はこうも乱暴に扱われてもどうやら眠ったままのようだ。

 そんな布団を楓は蹴って転がして部屋の隅に追いやる。

 

「さ、顔洗って飯食うか」

 

 見栄でもなんでもなく本当にいつも通りな調子で、なんなら欠伸混じりに部屋を出て行く。

 部屋には、寝息をたてる謎のウサ耳を生やした布団だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 臨海学校二日目。

 

 大半の一般生徒達は教材として学園から持ち込まれたISを使用した訓練。無論持ち込まれた機体は数機だが、学園では三学年の授業プラス開発用プラス学園警備用と分散し割り振られて使っている普段と比べればこれでもずっと一人当たりの稼働時間が増える。

 一方、専用機を持っている者達は彼女等とは別行動となる。是非この機会にと、専用機持ち達のスポンサーから送られてきた新装備の試験運用が主となる。

 

 一般生徒達とは少し離れた岩場で楓含め一学年専用機持ちメンバー、それと監督役である千冬がいる。

 

「どうした楓? なんか目が虚ろだぞ」

 

「いや、なんでもない」

 

 朝から様子がおかしい親友を気遣う一夏。しかし楓は大丈夫だと繰り返すだけで話そうとはしない。

 それも仕方がない話だ。彼にはもう今日が平穏で終わるはずがないということがわかってしまったのだから。なにせ朝から『兎』を見たのだ。

 

「よし、全員揃ったな」

 

「ちょっと待って下さい」

 

 白いジャージ姿の千冬が一同を見渡して確認を取る。そこへすでにISスーツに着替えた鈴音が手を挙げて発言する。彼女だけではなく、この場のほぼ全員が思っていた疑問だった。

 

「箒は専用機持ってないでしょ?」

 

 専用機持ちが立ち並ぶ列に、普段授業では別行動を取ることが多いはずの箒が加わっていた。その疑問は鈴音だけでなく、この場のほぼ全員が抱いていたものだった。

 

 指摘された箒は気まずげに視線を伏せ、それを見た千冬が大きくため息を吐く。

 

「それについては私から説明しよう。実は――――」

 

「やーーーーっほーーーー!!!!」

 

 来た。

 

 楓は平穏へ別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

「やーーーーっほーーーー!!!!」

 

 恐れ多くも千冬の言葉を遮って、その陽気な声は上から降ってきた。

 事情を知る一部を除いて全員の視線が声の方、即ち崖の上へと集まる。

 灼熱に輝く夏の太陽を背に崖っぷちに立つウサギ耳のシルエット。その人物は視線が集まったのを確認したかのように、なんと崖下にその身を投げた。

 

「あぶ――――」

 

 ――――ない、というシャルロットのセリフは途中で飲み込まれた。何故なら崖下に身を投げたと思ったウサギ耳の人物は、重力を馬鹿にしたような調子で壁面を駆け下りているのだ。まるでお伽話の少女のような青いドレス姿で崖を生身で駆け下りるその姿は出来の悪いホラーか、センスのないコメディにしか見えない。

 

「とうっ!」

 

 という掛け声と共にウサ耳女性は壁面を蹴った。超人的な脚力が為せる業か、遥か高くを舞い踊り、頂点を過ぎるとやがて浮力を失って落ちてくる。その先は、

 

「ちーちゃああああん!!」

 

 両腕を開いて飛び込んだ先は千冬だった。正確には千冬の胸へ向かってダイブしていた。

 しかしさすが最強の女はこの奇襲に即座に反応。片手で飛び込んできたウサ耳女性の顔面を鷲掴みにすると接近を許さない。だがしかし、格好からして只者ではない女性は押さえられてもめげずに猛進する。

 

「やあやあ会いたかったよちーちゃん! さあハグしよう今すぐしよう愛を確かめあおう!!」

 

「うるさいぞ、束!」

 

 束。篠ノ之 束。

 

 そう彼女こそ、世界を変えたISという存在の最初にして唯一の開発者。現在世界中が血眼になってその行方を探している最重要人物。――――篠ノ之 束。

 

「相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ!」

 

 そう言いながらあっさり千冬の拘束から抜けだした束。彼女のウサ耳がウイーンウイーンと機械調に動くと、まるで最初からわかっていたかのように岩陰を覗きこむ。そこには頭を抱えて隠れる箒がいた。

 

「やあ!」

 

「……ど、どうも」

 

 観念して岩場の影から出てくる箒。その様を無遠慮に眺める束は機嫌良さそうに弾んだ声をあげる。

 

「ひっさしぶりだねえ、箒ちゃん! こうして会うのは何年ぶりかな? 大きくなったね! ――――特におっぱいぶぁ!!」

 

 どこから取り出したのか、容赦の無い箒の竹刀による突きが束をぶっ飛ばす。

 

「殴りますよ?」

 

「殴ってから言ったー! 箒ちゃんひっどーい!!」

 

 しかしやはり、セリフの割にダメージは見られない。いや、そんなことより、誰も彼もがなにも言うことが出来なかった。現れるなりマイ・ウェイ、マイペースを往く束に、初対面の者達は未だだらしなく口を開けて呆然とし、彼女を知る千冬達は辟易としている。

 

 篠ノ之 束とはこういう人間だった。世界を変える物を作ったかもしれない。数えきれない人間の人生を変えてきたかもしれない。しかし、そんなこと彼女には関係なかった。否、正しくは興味がなかった。

 彼女は我儘で、気分の上下が激しくて、つまりは子供だった。なんでも出来てしまう(・・・・・・・・・・)子供だ。

 

「およ?」

 

 楓と束の目がふと合った。

 箒や千冬にしたのと同様、問答無用のダイビングハグかと思いきや、彼女は髪の乱れを直し、ドレスの埃をはたいて身だしなみを整える。急に大人しくなった彼女はひと通り身だしなみを整え終わると両腕を大きく広げて、最後に満面の笑顔を浮かべた。

 

「久しぶりかーくん。久しぶりにお母さんの胸に飛び込んできていいんだよ?」

 

「しねえよ。ていうかしたことねえだろ」

 

「………………」

 

 場が沈黙した。

 

 やがて、じわー。じわわわーと笑顔のまま束の目に涙が溜まって、

 

「かーくんが……かーくんがぐれたああああああああ!!」

 

「こら! やめろ束!」

 

 叫びながらちゃっかり千冬の腰に抱きつく。さすがの千冬もいつものクールビューティーな女教師を演じられず素の調子で束を引き剥がそうと離れない。彼女は頭脳だけでなく肉体面も超人級なのだ。

 

 そんな姿を眺めながら、楓は彼女にはバレないように小さく笑う。彼女が箒に言った言葉ではないが、こうしてまともに対面するのは何年ぶりだったか。いや、実際それほど長い年月は経っていない。精々が二年。その間も幾度か電話で会話もしているので実際は全然久しくは無い。

 それでも、少しだけ懐かしい感じがしたのは楓の本音だった。

 

「もう」

 

「なにがなにやら……」

 

 資料ではなく、本物の篠ノ之 束とは初対面であるセシリア達はもう喜べばいいのやら感動すればいいのやら驚いていいのやらわからず疲れ果てていた。

 

「み、御堂が姉さんの子供!?」

 

 周りとは少し違ったことで驚く箒。

 

 入学直後、千冬から面倒事を避ける為にも束との関係は他言無用だと言い含められていたのだった。楓自身隠しているつもりはなかったが、聞かれることもなかったので言いそびれていた。




閲覧ありがとうございましたー。

>ごきげんうるわしゅうございます。
最近は雪、雪、雪のオンパレードですごかったですね。皆さんは怪我や体調崩されたりしてませんか。雪の日は絶対に外でちゃダメですね。

外、ダメ、キケン。

>ヒロイン決定!――――今更かよ!というツッコミが聞こえてきそうですが。
てなわけでメインヒロインは千冬さんでございます。ヒロインつか、千冬さん単体で強すぎますけどね!


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三話

「そ、それで束さんはなにをしに来たんですか?」

 

 混沌と化したこの状況で、良くも悪くも太い神経を持つ一夏が尋ねる。

 それにハッとする束。

 

「そうだったよ! よくぞ聞いてくれました! さすがはいっくん!」

 

「はぁ、どうも……」

 

 コロコロとテンション起伏が激しい束にさすがの一夏でさえ引きつった顔をする。

 しかし束はそんなものも見えていないようで、たわわな胸を張って高らかに叫ぶ。

 

「さあさあ皆さん、大空をご覧あれ!」

 

 指差された空を見上げる。青い空に一点の光が現れる。光は徐々に形を帯びて、遂に面々の前へ落ちてきた。

 

 飛来したのは八面体の箱。銀色の滑らかな表面は鉄かステンレスか、はたまた『天災()』がこの為だけに生み出した未知の素材か。たったそれだけのことも誰もわからない。

 

「えいっ!」

 

 それを嘲笑うように、彼女が取り出したリモコンのスイッチを押すと未知の箱は星形の粒子となって霧散する。

 

「あれは……」

 

 楓の視線の先、消えた八面体の箱の中から現れたのは紅のIS。そして、束がわざわざここにやってきて、この場に彼女が加わっていることから、すでにその機体の主は決まっているのだろう。

 

「これぞ我が愛する妹、箒ちゃん専用のIS。その名も《紅椿(あかつばき)》!」

 

 やはり、この機体の主は箒だった。考えてみれば、あの身内贔屓……というより、自身が気に入った人間になら世界の半分だって気軽に渡しかねない束が、愛する実の妹である箒にISを渡さないわけがない。一夏の《白式》のときでさえ横から茶々を入れて自ら《白式》に手を加えたのだから。

 

「篠ノ之」

 

「はい」

 

 千冬に促されて、箒は緊張した面持ちで《紅椿》に歩み寄る。間近に立って一度その全景を視界に収めると『頼むぞ』と小さく呟いて装甲に触れた。途端、《紅椿》は一瞬粒子に変換され、すぐさま光は箒へ纏われる。

 

「うふふふー」

 

 その光景をだらしない顔で嬉しそうに眺める束。

 

「それじゃ、《初期化》と《最適化》終わらせちゃおっか?」

 

 言うなり束が右手を横に振ると虚空に透明のコンソールが出現する。それを凄まじい早さで操る。瞬く間に《一次移行》は完了した。

 

「こんな短時間で……」

 

「はっやーい! さすがワタシっ!」

 

 自画自賛、というのはこの場合当てはまらないのかもしれない。束の場合、事実やることなすこと全てが凄いのだから。

 ラウラまでも、初めて目の当たりにした彼女のスペックに口を挟めずにいる。

 

 そんな彼女達の存在を束は気にもしない。否、初めから眼中に無いのだ。

 

「次は試運転いってみよー!」

 

 一人だけテンションがうなぎのぼりのウサ耳博士。対称的に、いつもより、特に姉である束が現れてからずっとしかめっ面をしている妹は硬い顔で頷く。

 箒は目を閉じて念じた。――――翔べ、と。

 

「っ!?」

 

 消えた。消えたように思えた。

 映像のコマが飛んだように、真紅の機体はすでに遥か上空を飛んでいた。

 

「速い!」

 

 シャルロットのみならず、全員の感想だった。そんな観客のリアクションは心地いいとばかりに束はえっへんと胸を反らして鼻高々に告げた。

 

「ふっふっふ、当然なんだよ。なにせ《紅椿》は世界が開発した(・・・・・・・)現行ISをあらゆる面で上回る第四世代なんだから。基本スペックだけでいえばいっくんの《白式》より上だよっ!」

 

 第四世代。未だ第三世代の試作機を生み出すのが精一杯の世界の科学力では机上にすらあげることの出来ない未来のIS。一夏の《白式》もまたスペック上、第四世代に分類されるわけだが、《紅椿》はそれすら上回るらしい。

 

「………………」

 

 この場のほとんどの人間にしてみれば第四世代というISを作った束を流石だ、と思っているだろう。しかし、この場において二人だけ……楓と千冬だけはそれを別の意味で捉えていた。つまりは――――また彼女は第四世代(未完成)を生み出した、と。

 

 篠ノ之 束は天才でも天災でもない。彼女は完全なる存在。彼女の手にかかれば作れないものなどない。出来ないことなどない。

 ならばそんな彼女に出来ないはずがない。第一世代? 第二世代? 第三世代……第四世代……未だ発展途上のISなどで収まるはずがない。束は作ることが出来る。完全なるISを。無比なるISを。実際、兵器として完成されたISはすでに作られているのだから。

 

「楓の《八咫烏》とどっちが速いのかしら……」

 

 ふと漏らした鈴音の言葉に、束は答えることをしなかった。いつも通り外野の声とシャットアウトしていたのか。それとも、聞こえていて答えなかったのか。

 

 やがて、箒と《紅椿》の派手なお披露目は途中慌ててやってきた真耶の持ってきた案件により途中で仕舞いとなった。

 

 

 

 

 

 

 逼迫した様子の真耶が千冬に何事かを伝えると千冬の顔もまた険しいものに変わる。すぐにその場にいる箒を含めた専用機持ち達へ旅館の大広間へ集まるよう告げると、自身は真耶と共に足早に旅館へ走った。どうやら緊急性の高いなにかが起こったらしい。

 千冬の様子からそれを察した一夏達も後を追うように旅館へ向かって走った。

 

 楓も千冬と真耶の様子から一夏達と同様の意図を感じ取り、今すぐにでも旅館へ戻ろうと思っていたのだが、どうしても置いてけぼりを喰らった彼女の背中が視界から外せないでいた。

 そも、束との再会は自分だって本当は嬉しいのである。しかし友人、特に想い人である千冬の目がある手前、さっきはいつもより少しばかりつっけんどんな態度を取ってしまったのだ。

 

「なあ、束」

 

 その名を呼んだのも妙に久しぶりな気がした。

 

「元気だったか?」

 

 ピクン、ピクンピクン! と彼女のウサ耳が跳ねて、次は背中を折って前かがみに蹲ると震えだし、最終的に、

 

「元気だったよー! 元気だったけど……かーくんいなくて寂しかったよおおおお!!」

 

 やっぱりタックルのようなダイブだった。大袈裟なほど涙を流し抱きついてくる彼女を、楓は拒まず受け入れる。押し当てられる頭をあやすように撫でてやる。

 これで母を名乗るのだからおかしなものだ。どっちが保護者か傍目ではわかりゃしない。

 

 そうしてしばらく、およそ二年分。正確には約一年半の再会の抱擁を受け止めて、楓はいい加減自分も一夏達を追わなければならないと束を引き剥がす。

 

「相変わらずの馬鹿力め!」

 

「バカは偉大なんだよー!」

 

 グギギギ、と子供の意地の張り合いのように押しのけてなんとか束を引き剥がす。束の方はぶーたれてはいたものの、少しは満足したようではにかんでいた。

 

「そういやそうだ。……束、一つ訊いていいか?」

 

「なにかなかーくん? 愛する息子の質問にはお母さんばっちり答えちゃうぞ! 子供のでき方はコウノトリが――――」

 

「それはどうでもいい」

 

 立ち去ろうとして振り返った楓。束はウキウキと瞳を輝かせて息子の言葉を待った。

 

 楓は顔色一つ変えずに尋ねた。

 

「お前、なにか企んでるのか?」

 

「………………」

 

 その質問には楓にとってあらゆる意味合いが込められていた。そしてまた、その全ての意味を完璧なる束は汲みとっていた。その上で彼女はこう答える。一切笑顔に翳りを見せずに。

 

「やだなーかーくん。お母さんも女の子だから、秘密の一つや二つ持ってるよー」

 

 イヤン、と頬を赤く染めて答えるいつも通りの束に、楓は『そうか』とだけ答えるとそれ以上の追求はしなかった。初めからまともに答えが返ってくるとは思っていなかった。

 ――――だがそれでも、彼女は(・・・)嘘をつこうとはしなかった(・・・・・・・・・・・・)

 

 それだけで楓は満足してしまった。

 

 

 

 

 

 

 現在時刻より二時間前、ハワイ沖で試験稼働していたアメリカ、イスラエル合同開発の軍用IS、名称《シルバリオ・ゴスペル》……通称福音が原因不明の暴走。監視空域を突破した、というのが今回起きた事件なのだと千冬の口から語られた。

 

 授業は一般生徒達も含めて一旦中止。彼女等は自室待機。専用機持ちは旅館の大広間の一室を借りきった、即席の作戦室に集まっていた。無論、楓もその一人に加わっている。

 部屋に持ち込まれた巨大モニターを初め、機器の数々。それらを単独で処理している真耶の表情はいつになく真剣だ。

 

 ISは兵器だ。誰がなんと言おうとも、最強の兵器たる力を備えている。それも二つの大国が共同開発していた第三世代、それも軍用となれば、暴走した今市街地にでも現れて暴れれば簡単に人死にの大事件になる。

 それを怖れて通達が降りてきたのだ。『福音を止めよ』――――と。

 

 福音は偶然かどうかはさておいて、予想進路にこの空域近くを通るらしい。現状ここには学園から持ちだした訓練機が四機。それと一年には楓を含め専用機が六機――――いや、今は箒と《紅椿》がいるので七機もの最新鋭のISが揃っている。ちょっとした国なら冗談ではなく攻め落とせる戦力を保有している。

 そこで今回の任務の白羽の矢がこちらへたったというわけだ。

 

(偶然、ねえ)

 

 誰にでもなく心の中で楓はぼやいた。はたしてこれが本当に偶然なのか否か。

 

 ――――まあ、今はそんなことどうでもいいのかもしれない。

 

「福音がこの空域を通過するのはおよそ五十分後。学園上層部からの通達により、この件は我々が対処することとなった」

 

 いつにも増して千冬の硬質な声が部屋に響く。そのことに各々の顔にさらに緊張が満ちる。

 

「教員は訓練機を使って予想空域、及び海域を封鎖する。よって本作戦の要は貴様達専用機持ちに担当してもらう」

 

「ちょっと待った千冬さん!」

 

 千冬の発言に楓は手をあげて意見する。

 

「百歩譲って作戦への参加はともかく、なんで教員じゃなくて俺達が直接対応するんだよ?」

 

「『織斑先生』だ」ドスのきいた声で注意してから「私達だけで片をつけたいのは山々なのだが……残念ながら、福音のスペックを見る限り訓練機での対応は難しい」

 

 苦々しい顔で千冬は答える。実際彼女もこんな事件に生徒を巻き込むのは本意ではないのだろう。

 

「はい!」セシリアが手を挙げる「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「いいだろう。だが情報は決して口外するな。情報が漏れれば、査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられることになる」

 

 こんな突然の事態であるにも拘わらず、セシリアに動揺や怯えた様子は無い。見てみれば他の面々も。

 よくよく考えてみれば、この場にいる人間のほとんど、楓と一夏、箒を除いて皆軍に所属、もしくはそれに準ずる機関での訓練を修めている。いつもは子供より子供っぽい少女達であるくせに、こんなときは凛々しい。

 

「女ってのは逞しいなぁ、おい」

 

「御堂。作戦参加を辞退するなら退室して構わんぞ」

 

 むしろ余計な情報を耳に目に入れる前にそうするべきだと千冬は促す。その心遣いは――――心外だ。

 

「冗談。暴走ISを止めたヒーローインタビューで明日から俺のモテ期がやってくる予定だぜ!」

 

「馬鹿め。情報漏洩すれば裁判と監視だと教官が言っていただろうが」

 

「あ、そっか」

 

「なんかアンタと作戦こなすのが不安になってきたわ……」

 

 ラウラに窘められ、鈴音に呆れられる。

 

「織斑、貴様はどうする? 別に作戦への参加を拒否しても罪には問われんぞ」

 

 千冬の言葉はこの場で特に動揺が見て取れる少年へ向けられた。それも仕方がない。一夏は正真正銘、単なる一般人に過ぎないのだ。

 クラスマッチでの無人機の乱入。VTシステムの暴走。そのどちらも突発的な発生で偶然その場に居合わせ、半ば自棄で対峙していた。

 しかし今回は時間的に余裕は無いとはいえ、初めて『逃げる』という選択肢が与えられた。こんな殺伐とした事件には関わらず、ただの生徒として自室に篭ったところで誰も咎めはしないだろう。

 

 そして問いかけた千冬もまた、その言葉に弟への不安が感じられた。出来うるならばそうしてくれという願いのように思えた。

 

「――――千冬姉、俺にもそのデータ見せてくれ」

 

 楓は小さく笑う。親友が危険な作戦に参加するのはいい気はしない――――が、そうでなくては彼ではないとも思ってしまうのだ。

 多分、千冬も同じ気持だったのだろう。ふ、と一瞬だが小さく笑った。誇らしそうに。

 

「わかった。この場にいる全員に、本作戦の概要を伝える」




閲覧どうもありがとうございます。

>うー……早くバトルを書きたいです!

>前話でヒロインを千冬に確定させたわけですが……はっは!予想通り評価落っこちてましたね!
まあでも誰がなんと言おうと今作のヒロインは千冬さんなのです。だがしかし、サブと公言するのはあれですが、ヒロインが出尽くしたとは言っていなかったり……………………(ぼそぼそ)
詳細につきましては二期突入前の『注意事項の章』で説明致しまする。

>さあさあ一期もラストスパート!!

そこ!まだ一期とか言わない!!

……ぴーえす、なろう出身らしい『劣等生』というのがいい具合に厨二っぽくて激しく書きたくなっております。
とりあえず原作買ってみようかしら


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四話

 部屋の巨大モニターに《シルバリオ・ゴスペル》――――福音の外装フォルムを始め、スペックデータが表示される。

 

 改めて見てみて、さすがは軍用機と銘打たれているだけあってその内容は第三世代特有の新兵器の実験性より、現在実現出来得る限りの効率的な破壊が詰め込まれている。

 高機動型の射撃特化。大別したタイプならセシリアの《ブルー・ティアーズ》と同種だが、全距離対応(オールレンジ)一射必中(ワンショット)のセシリアとは違い、福音は広域殲滅を目的とした特殊兵器を積んでいるらしい。肝心のその兵装についての詳しいデータは載っていない。――――というか、そこだけでなく所々データは虫食いのように穴が空いている。

 

「このデータでは格闘性能が未知数だな……」

 

 難しく顔を顰めるのはラウラ。

 

 これはおそらくわざとだ。データを提供しているのは福音を製造したアメリカ、イスラエルの開発チーム。自国の技術の結晶たる福音のデータをむざむざ全て晒すことはどうしても出来なかったのだろう。

 暴走させた挙句、それを止めてやろうとしている楓達にしてみれば、この期に及んでなにを馬鹿なことを言ってるんだと怒鳴ってやりたいところではあるが、そんな大人の事情がわからないわけでもない。仕方ないと割り切る他ないのだ。

 

「!」

 

 流れるスペックデータの中、楓はある一文に目が止まり、思わずそれを口ずさんだ。

 

「無人機、か……」

 

 《シルバリオ・ゴスペル》は第三世代機にして、世界初の(・・・・)無人機体だった。――――そう、それはあくまでも世界にとって初の試みであるだけ。

 

 無人機はすでにある『天災』と呼ばれる博士によって先んじて実現されている。実際楓はその無人機、あの鉄塊のISと相まみえている。

 有人機と違い肉体の限界を越えた駆動。エネルギーが尽きるまで半永久的に動き続ける鋼鉄の体。そしてなにより脅威だったのが、どんな状況であっても淡々とこなされる冷徹な計算。

 

 決して有人機が無人機に劣るとは思わない。むしろ瞬間的な性能を発揮するのは、ISコアと搭乗者がシンクロしたその瞬間にあるわけで、正しく無限の可能性を秘めていると言っていい。しかし、無人機はそれとは対称的に高水準のアベレージで性能を発揮する。摩耗することのない無限のスタミナ。切れることのない集中力。決して揺らがぬ鋼の精神力、といった具合に。

 

 以前はそれをちゃんと理解していないがために不意を突かれた。二度目は無い――――とはいえ、

 

「福音は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは、おそらく一度が限界だろう」

 

 千冬の言葉に再び場が重い空気に包まれる。

 敵は二つの大国の最新鋭IS。データ不足。事前の偵察は不可。どころか向こうがこのまま作戦空域にのこのこやってきてくれるという保証も無い。

 後手の後手。最悪の迎撃戦。

 例えるなら暗闇の中、顔も風貌もわからない、いつここを通るのかもわからない奴を待ち伏せる。よしんばやってきたところを鉄パイプ振りかぶって飛び出してみたら、相手は機関銃構えてたってオチもあり得る。

 

 それでも、接触出来るのは一度だけ。ならばこちらがぶつけるのはこちら側の最大火力。

 自然、全員の意見は統一され、視線が一夏に集まった。

 しばらく、間抜けにも真剣に考え込んでいた彼はようやく視線に気付いて呆けてから、気付いた。

 

「――――俺!?」

 

「お前以外誰がいるんだ。アホ」

 

 楓の辛辣なツッコミに一夏はぐっ、と首を竦める。

 

「あ、でも楓でもいいんじゃないかしら」

 

 と、そこへ鈴音が意見を挟んだ。

 

「あのときの……えーと、砲撃? みたいのでドカーンと」

 

「それは無理だ」

 

 以前、一度《神威》をその目で見ていた鈴音の提案だったが、ほとんど間もなく千冬がそれを却下する。

 

「たしかに御堂のあれは《白式》の《零落白夜》同様、一撃必殺の威力を持っている。しかしチャージまでに時間がかかりすぎる。福音がそれに気付いた場合、進路を変更される可能性がある」

 

 千冬の説明は論理的以外にどこか有無を言わせない圧力を感じた。その証拠に鈴音は納得するより先に首を縦に振らざるを得ないようだった。

 鈴音には気の毒だが、千冬の今の説明は大嘘である。

 

 今回の作戦に置いて《神威》は最適の一手だ。たしかにチャージに時間は必要ではあるものの、それも発動させてしまえばたかが数秒。仮に、千冬の言ったように福音がそのエネルギーを察知して百八十度引き返したとしても、そも《神威》は広域殲滅さえ可能な超長距離狙撃兵器。相手が音速だろうと光速だろうと逃しはしない。

 

 それを、あえて千冬が全員の前で嘘をついてまで楓にやらせなかったのは、無論楓のためだ。《神威》はたとえ射程を絞って威力を抑えても操縦者、つまりは楓に大きな負荷が発生する。それは以前の一件でわかっている。

 前は骨折で済んだ。だが次はどうなるかわからない。

 

 千冬はあの一件の後、今後一切《神威》を使うなと直々に言ってきた。半ば脅迫だったが、それが彼女の優しさだとわかっている楓として無碍にも出来ない。なにより、好いている女性から心配されたのだ。嬉しくないわけがない。

 まあ楓とてむざむざ怪我をしたいとは思わないので、出来るならば使いたくないのは本音だ。

 

「なら問題はどうやって一夏を運ぶかだね」

 

 作戦の方針が決まったので、シャルロットが話を纏めつつ次の難点をあげる。

 

「目標に追いつけるスピード……それと高感度センサーが必要だな」

 

 ラウラもより具体的な条件をあげる。

 

 速度は大前提。高感度センサーは、超スピードの中で福音を追う必要があるからだ。この条件だけなら楓の《八咫烏》は適任なのだが、それはあくまでも単独で追う場合だ。

 楓の《八咫烏》が超スピードを実現出来るのは極限まで削ぎ落とされた装甲と、風の吸墳出という特殊な加減速を行っているからだ。《白式》を抱えながらそれらをするには些か以上に不可能だ。

 

 となれば、あとは単純に現状最も速度が出るISが運搬役となる。

 千冬も同じ意見に達したのかそう指示を出そうとして、

 

「ちょっと待ったー!!」

 

 再び、それはこの場にいるはずのない人物によって遮られる。

 

「その作戦はちょっと待ったなんだよっ」

 

 ニョキッと、屋根裏からウサギ耳が生えてきた。続いて顔を出した束は全員の呆気に取られた顔にご機嫌ににぱっと笑う。

 

 屋根裏からまるで忍者のように身を躍らせて部屋へ侵入。そうして一目散に頭を抱える千冬へ擦り寄っていった。

 

「ねえねえちーちゃん! もっといい作戦がワタシの頭になうぷりーてぃんぐー!!」

 

「部外者は出て行け」

 

「ねーねーちーちゃん! ねーってば――――ふぎゃ!?」

 

 心底頭が痛いとばかりに眉間をつまむ千冬。それに構わず束はギッタンバッコン肩を揺すって訴える。本当に、精神年齢が子供なのは出会った頃からなにも変わらない。

 

 楓は無防備な背後から束のウサギ耳を掴んだ。千冬が困り果てていた、というのもあるがこれ以上は身内として恥ずかしくて仕方がなかった。

 

「すんません千冬さん。今すぐこの駄兎捨ててきますんで」

 

「わーわー! かーくんタイムタイムー!!」

 

「ええい聞く耳持つか! 少しは空気を読め!」

 

「おおっと束さんを侮っちゃいけないなー。知ってるもん。KYって言うんでしょ? いやーさすがは天才のワタシ。今時の流行り言葉だってばっちりなんだよ!」

 

 自慢気にふふん、と鼻を鳴らすのでイラッときた楓はウサ耳を引っ掴んだままズルズルと彼女を引きずって歩く。向かう先はもちろん、部屋から彼女を放り出すべき襖だ。

 

「待って待ってかーくん待ってー!!」ちょっと涙目で「ここは断然! 断然《紅椿》の出番なんだってばー!」

 

「なに?」

 

 どうやら、千冬が聞く耳を持ったようなので楓は足を止める。しかし自由にさせればまた暴れだしかねないので耳はしっかりと捕まえたままだ。

 束はそんな格好でも器用にふんぞり返る。

 

「《紅椿》の展開装甲だよ!」

 

「展開装甲?」

 

 耳慣れないワードに全員が首を傾げる。楓も聞いたことのないものだ。

 

「展開装甲は第四世代の装備でねー。どんな環境、条件でも即時対応出来る万能装備なのだ!」

 

 第三世代も含め、現在稼働中のISは常にまったく同じ装備であることは無い。時間の許す限り新装備などのテストを行いたいという理由もあるが、どんなISであっても状況や作戦に合わせて装備類を含めて対応した装備に換装する必要があるからだ。

 例えば夏の海に行くのにコートを羽織らないように。雪山を登山するのにサーフボードが必要無いように。

 状況と環境、その時々によって必要なもの、適した装備は異なる。

 

 しかし束の言う展開装甲とは、それらの手間を一切省いたものであった。

 気候、天候、作戦、コンディション、敵の情報諸々。それらをたかが数分のセッティングだけで瞬時に適応させることが出来るというのだ。それもこちらはまったく同じ装備で。

 

 これは実はかなり大きい。まず如何なる状況にも対応させるための膨大な装備が必要なくなる。それは同時に、その装備を扱うための搭乗者の知識習得と実働訓練が必要なくなるということだ。

 装備開発のコスト。搭乗者のセンス。そして時間。全てを削減出来るのだ。

 

「ちなみにこの展開装甲は《白式》の雪片弐型にも使っているわけだけど……つまり《紅椿》は全身の装甲が雪片ってわけなんだねー。さっすがー! すっごーい! ワタシ超天才! ぶいぶい!!」

 

 一般人よりよほどISに深く関わる彼女達だからこそ、束が今言った画期的な発明品に声を失う。これが天才。自分達より一歩や二歩どころではない。必死に歩いている頃には彼女はエンジン搭載の車で追い抜く、もしくは空でも飛んでいる。

 文字通り次元が違う。

 

 そんな、人類のこれからの歴史二世紀分くらい先の知識が詰まっているかもしれない頭に、楓は容赦なく

拳骨を落とした。

 それには皆が目を白黒させた。

 

「調子にのるな」

 

「わあああああああん! かーくんがぶったー!」

 

 最早核より扱いに困る彼女相手に、他愛なくそんなことが出来るのは彼か千冬ぐらいだ。肉親である箒さえ、いや最も束の存在に振り回された彼女だからこそ、束とこういったじゃれ合いをするのは難しいのかもしれない。

 

「わあああああああん!」

 

「いい大人がすぐ泣くなよ」

 

「じゃあもうワタシ大人じゃなくていいもんっ! 子供だもん!」

 

「子供か!」

 

「子供だもんっ!!」

 

「ええい鬱陶しい! 二人共出て行け!!」

 

 楓と束は揃って部屋から叩き出された。

 理不尽だと部屋の前で項垂れる楓だった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、旅館の一室を改造した作戦室から屋外へ。旅館からはさほど離れていない林地に真耶を除いたメンバーが揃っている。

 《紅椿》を調整するにも一度ISを展開させなくてはならない。まさか室内で行うわけにもいかなかったのだ。

 

  作戦は結局束の案に決まった。大きな理由としてまず時間がなかった。

 福音がこの近辺の空域に入るまであと僅か。それに間に合わせられる者が他にいなかったのである。それと、《紅椿》のスペックの高さは期待するに充分なものであることは間違いなかったからだ。

 

「………………」

 

 それでも、千冬の表情には拭い切れない不安が窺えた。それは各々作戦に備えて準備を進める他のメンバーも感じていた。無論、楓も。

 不安の原因は、この作戦の要でもある箒だった。

 

 彼女はこの作戦が決まってからというもの、すこぶる上機嫌だった。それはもう、にやける顔は隠しきれず、部屋を出るときは鼻歌を交じりであったほどに。

 楓達の不安の種はまさしくそれだった。

 彼女は決してこんな非常事態を楽しむタイプの人間ではない。むしろ悪に怒り、正義感に熱く燃えるタイプである。断じて戦いを遊興と履き違える性格ではない。

 

 結論を言えば、彼女は浮かれているのだった。これからの出撃に。初めての《紅椿》のお披露目に。一夏と共に行く戦場に。

 

 特に作戦に向けてやることのなかった楓は、《八咫烏》の簡単なメンテナンスだけ終えると少し考えてから束の調整を受けている箒の近くへ行った。どうにもこのまま行かせるのが不安だった。

 

「随分楽しそうだな」

 

 声をかけると彼女は一瞬驚いて、すぐに表情を引き締める。

 

「そ、そんなことはない!」

 

「そうか」

 

 了承も取らず隣に腰を下ろす。

 束は楓の存在に気付いていたが、特になにも言ってはこなかった。相変わらず楽しそうに異常な速度でコンソールを叩き続ける。余計な茶々を入れてこないのは助かるので楓も特に触れない。

 今は箒だ。

 

「別にいいと思うぞ。初めて専用機を貰ったんだ。喜んだっておかしくない」

 

「うむ……」

 

 そう、別に喜ぶことそれ自体に楓は不満は無い。数限りあるISの一機を、自分専用に持てる。なにも感じない輩もそういまい。それに、彼女の場合はただ専用機を得たから喜んでいるのではないことはわかってる。

 一夏と一緒にいられる。

 今まで、一緒にいたくてもどうしてもここぞという場面で彼女は守られる側の人間だった。結局それは力が無かったからだ。肉体面で差があったとは思わない。才能だって。それでもセシリア達とは違い、彼女には戦う力が無かった。

 

 しかし今は違う。《紅椿》を手に入れた彼女はただ守られる側ではなくなった。それどころか、今回の作戦では一夏を支える唯一のパートナーとして選出されたのだ。嬉しくないはずがない。

 

 それでも彼女の性格上、やはりこんな事態を喜ぶことは許されないことだと感じている。だからこそこの微妙な表情なのだろう。

 

「なにか用か?」

 

 自身の複雑な感情を隠すように箒はわざとらしい咳払いで誤魔化してから尋ねてきた。

 

「なーに、一つ義理の兄ちゃんから初の実戦に出陣する義妹へつまらん話をしてやろうと思ってな」

 

「何故私が妹なんだ」

 

 不満そうに眉根を寄せる箒を無視して楓は語る。

 

「俺が初めてISで人を傷つけた話だ」

 

「!?」




閲覧感想、いつもありがとうございます。

>なかなかバトル始まらねーなーおい、と思った方ごめんなさいです。いや実際誰よりも私がそう思ってます。

>束さんは精神年齢超子供って感じで書いてたら予想以上に子供になってしまいました。ある意味これもキャラ崩壊なんでしょうか(笑)

本編に関係無い余談ですが、楓君は施設育ちで実年齢わかっていないので実際一夏達より年上の可能性有りです。まあといっても、仮に離れていたとして一つ二つ程度ですが。

>次回は前半にちょろっと回想入ってすぐに箒、一夏の出陣。そうすれば遂にバトルが書けます!


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五話

 当時、楓の趣味といえば勉強か家事。遊びといえば専ら妄想に耽ることであった。

 

 ――――悲しい目をしないでやって欲しい。それは仕方のないことだったのだ。

 

 孤児あがりの彼は小学校に途中から通えるほどの知識も、教養もなかった。となれば当然同年代の友人など出来ようはずもない。

 前者については親代わりはかの天災(・・)。勉強ツールも教材も、馬鹿高い学費がかかる私立などよりよっぽど効率的且つ高性能、高機能のものが星の数ほど用意された。教科書にも出てくるような有名な人物について尋ねれば、教科書に記されているはずのない初恋の人物の名までまるで常識のように出てくる始末である。環境だけなら恵まれすぎていたと言っていい。

 ただ、後者の問題については解決の兆しすらなかった。楓にとって友人どころか知り合いと呼べる人間は、孤児を出た今、親代わりの束のみ。しかし彼女は基本的に家をあけることが多く、そうなるとほとんどの時間を楓は一人で過ごすしかなかった。

 

 別に寂しいことはなかった。そも生まれたときから天涯孤独で、家族友人に囲まれる日々など知らないのだから。

 ただ暇だった。勉強も嫌いではないものの好きとも言えず、家事だって別に好きでやっているわけではない。故に極めてやろうという気概もない。

 

 だから、束がISを――――《八咫烏》を与えてくれてからというもの、彼はISに熱中した。

 最初は歩くことも覚束なかったが、練習を重ね徐々に技術を身に着けた。後に束がゲームとして作ってくれた戦闘シュミレーションプログラムは、思惑通りゲームを攻略するように挑戦し続けた。

 楽しかった。少しずつ《八咫烏》と一体になっていく感覚が心地良くて、嬉しかった。

 

 ――――そんなある日。ある出来事が起こる。

 

 その日も束はふらりと何処かへ出かけてしまい、楓は彼女を見送ってから手早く家事諸々を終えるとすぐに《八咫烏》を纏ってシュミレーションを始める。しかしその日はどうにもレベル56のステージに設定されたオールラウンダー型の敵に手こずり中々クリア出来ずにいた。

 一旦プログラムを終了して、一人作戦会議と気分転換を兼ねて現実の空を飛ぶことにした。

 今思えば、見つかればとんでもないことになっていただろう。なにせ所属不明のISが日本上空を飛行しているのだ。バレれば騒ぎになる、程度しか考えていなかった当時の自分は、やはり幼かったのだ。

 

 街の上空を適当に飛び回って一、二時間ほど経ってから楓は家に帰ってくる。適当な場所でISを解除して、今度こそステージをクリアしてみせると意気込みながら家の敷地に入ろうとして、気付いた。

 家に誰か(・・)がいた。

 

 最初は束が帰ってきたのかと思った。しかしそれにしては随分時間が早い。それに、中にいる者の気配はどうも慌てているというか、落ち着きのない様子で部屋中をひっくり返していた。あのマイペースウサギが慌てることなど、まだ短い付き合いとはいえ想像すら出来ない。

 訝しみながらそっと窓から中を覗く。すぐにそれが自分に見覚えのない人物だと判明した。

 泥棒だ。

 

 楓はこの事態に警察、もしくは束に連絡しようという考えは一切なかった。なにせ自分には世界最強の相棒がいるのだから。

 捕まえれば束は褒めてくれるだろう。警察に表彰されたりして、ヒーローなどと呼ばれてしまうかもしれない。

 腰が引けるどころか、頭の中ではその後のことでいっぱいだった。

 

 妄想も大概に、突入前にもう一度中の様子を窺う。

 見知らぬ大男は棚をひっくり返しては苛立ち紛れに物を投げ捨てる。周囲には束が気紛れに作った、どこかの研究所に持っていけば眩むほどの大金を喜んで差し出すだろう作品が散らばっているのだが、男はそういったものに詳しくないようで、加えてあまりにも扱いがぞんざい過ぎたため拾う気はなさそうだった。

 

「………………」

 

 さすがにじわりとした緊張に体が強張る。手汗を服でこすり、無意識に『いつも通りいつも通り』と繰り返しながら耳のピアスに触れて、

 

「誰だ!?」

 

「っ!!」

 

 展開時の発光が漏れて男に気付かれた。

 しかし楓は構わず男の真正面に姿をさらけ出した。

 

 

 

 

 

 

「それでどうなったんだ?」

 

 硬い声で箒は尋ねた。

 束は黙ったままセッティングを続ける。

 

「捕まえたよ。俺は傷一つ負わず、なにも盗まれず、呆気無く倒せた」

 

 その答えにほっと息を零す箒。

 

 今のが昔話で、現在こうして楓が健在であるのだから当然の答えなのだが、それでも彼女はかつての楓の身を案じていた。それは嬉しくある。

 だがこの話の本題はこれからだ。

 

 当時の《八咫烏》の装備はシュミレーション時は現在と変わらないまでも、現実ではワンオフアビリティーの《神威》も発現しておらず、セーフティーを外した超スピードも出せないようにされていた。代わりに、束が護身用に持たせた電気銃が唯一の装備だった。無論、男を捕まえるのに楓はその銃を使った。

 

「そう、なにも問題はなかった。自分の想像した通り、《八咫烏》を目の当たりにした男は情けない声をあげて立ち竦むだけだった。照準を合わせて、引き金を引く」

 

 大人、それも大柄の男とはいえ相手は生身の人間。シュミレーションの難易度でいえばレベル3程度。止まった的を撃つ。ただそれだけ。

 

「弾が男に当たって、一瞬光りが迸った後、男は倒れた。簡単だった。本当に簡単だった。思っていた通りに……思ってた以上に……。――――それが怖かった」

 

「怖い?」

 

 意味がわからないと首を傾げる箒。

 

「弾が当たった瞬間、男は絶叫をあげて倒れた。倒れてからも体を痙攣させて、目は白目をむいて、泡までふいてた」

 

「……殺したのか?」

 

「いや、生きてたよ」

 

 不安そうになる箒の質問に楓は首を横に振る。

 

 後で聞いた話だが、束が開発した電気銃は本当に護身用で、弾が当たった瞬間対象の体をスキャンして絶対に死なない、しかし確実に気絶させる最大の出力で電気を流す。謂わば超高性能スタンガンのようなものだった。

 

 でも、そう、殺してしまったかと思った。

 今でも思い出せる。リビングに大の字に倒れた男の姿。あまりにも呆気なく、簡単に、人が倒れた。ほんの少し指先を動かしただけで。

 

「それが怖かった。遅まきながらそのとき気付いたんだ。自分が持ってる力の大きさに」

 

 それは相手を容易く傷付けるもので。感情的に振り回せば命さえ奪えてしまうもので。

 

 もし、なにか少しでも間違えれば、大切ななにかさえ潰してしまいそうな恐怖が湧いた。

 

「………………」

 

 箒はしばらくなにも言わなかった。楓もなにも言わない。

 

「……それは、当時のお前と今の私が同じだと言っているのか?」

 

 やがて箒の口から零れたのは、深い怒りが篭った問いだった。

 

「力に溺れて幼稚に喜ぶお前と同じだというのか!?」

 

「少なくとも俺にはそう見える」

 

「違う! 私はただ一夏と共に戦いたいだけだ! セシリアでもない。鈴でもない。シャルロットでもラウラでも……お前でもない。私が! ……あいつと一緒に戦う」

 

 思わず息が荒ぐほどに感情的な言葉を吐き出す箒。

 

 それとは対称的に、楓は穏やかな雰囲気を崩さずにいた。こうなることを楓はわかっていた。それでも言わねばならないと思ったから話した。

 

「そっか」

 

 これ以上は忠告ではなく余計に煽ることになってしまう。作戦前に頭に血がのぼりっぱなしでも困る。

 そう考えた楓は立ち上がりその場を去る。背中に、箒の強い視線を感じながら。

 

 

 

 

 

 

「なんか箒の声、妙に弾んでたわね……」

 

 大部屋を一室借り切った臨時作戦本部。そこには一夏と箒を除いた専用機持ち達がスーツに着替えた状態で待機していた。無論、そこには楓の姿もある。

 

 つい数分前、作戦開始時刻と同時に一夏と箒が飛び立った。それを見送った楓達もそれで終わりというわけではない。あらゆる状況に備え、作戦非参加の者達も出撃準備を整えて待機と千冬から命令が出ていた。

 

 緊張に包まれた部屋で、鈴音の呟きに一同も不安な顔を作る。それには楓も心の内で同意する。

 

 作戦開始直前のブリーフィングでは、まるで初の実戦とは思えないほどハキハキと受け答える。緊張で縮み上がってしまうのも困りものだが、その様子は周囲に違和感と同時に例えようもない不安を抱かせるに充分だった。

 

(逆効果だったかなぁ……)

 

 天井を見上げながら、楓は己の過去を話した一件を思い出す。

 結局、あの一件より後、箒は明らかに楓を避けていた。たまにこちらを見るその目は、目にもの見せてやると言わんばかりの怒気篭ったものだった。

 

 別に感情が昂ぶることが悪いとは言わない。人は機械ではないのだから感情を吐き出して生きていくべきである。しかし今回に限っていえば不安で仕方がない。

 それは時に実力以上の結果をもたらすこともあるが、それと同じくらい――――いやほとんどの場合、冷静さを欠いた感情の爆発は無残な失敗が待っている。

 その代価が己自身に振りかかるならばまだいい。しかしこれもまた世界の意地悪いところで、代価の多くは身近な人間に求められることもあるのだ。

 

「どこいくの楓?」

 

 一夏達と福音の接触予想時間まであと僅か。待つことしか出来ないとはいえ投げやりにもなれない心優しい少女達。

 そんな時間に不意に立ち上がった楓に気付いてシャルロットが声をかけた。

 

 楓はからかうような笑みで、

 

「緊張したら便所行きたくなった。なんなら一緒に行くか?」

 

「殺されたいのか」

 

 顔を真っ赤にするシャルロットの隣でナイフの如き鋭い視線で睨んでくるラウラ。

 ブルリと背筋を震わせて足早に退室する。

 

「ふぅ……」

 

 閉じた襖に寄りかかる。ついため息が漏れた。

 ガリガリと後頭部を掻き乱した楓は不意に真面目な顔になるとトイレとは反対方向に廊下を進む。彼は今から一夏達を追うつもりだった。それも一人で。

 

 今からではいくら《八咫烏》でも福音接触前に追いつくのは不可能だろう。そもこれは明らかな命令違反だ。結果がどうであれ、この件に関して千冬から少なからず罰則が言い渡されるだろう。

 しかし、それでも楓は決めた。

 

 鬼のような形相の千冬の監視のもと、自分は泣きそうになりながら反省文を書かされる。それを友人達は呆れた調子で笑う。

 今あるこの不安は杞憂で終わり、そんな未来になればいいと楓は祈りながら三連型のピアスに触れる。

 

 いつもは不安を吹き飛ばしてくれる逞しい相棒を纏っても、不安は消えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「遅かったかっ!」

 

 シールドビットを足場に海を渡り空を走る漆黒の機影。長身痩躯の異形のIS、《八咫烏》の主である楓は、ようやく目前に捉えることが出来た光景を前に吐き捨てずにはいられなかった。

 

 墜落する白いIS。それを受け止める紅のIS。そして、それらを悠然と見下ろす銀色のIS。

 

『一夏! しっかりしろ一夏!!』

 

 領域内に入ったからか、オープンチャネルに設定された箒の声が伝わってくる。その声ははっきりとわかるほど取り乱しており、作戦前の傲慢とも思えるほどの逞しさは消え去っていた。

 そしてその声に応える声がない。それが現状の最悪さを楓に物語る。

 

 さらに速度を上げて戦場へ近付く楓。同時にハイパーセンサーのフォーカスを箒達より高域を陣取るISへ向ける。名の通り銀のカラーリングを施された機体――――《シルバリオ・ゴスペル》。

 流線型のフォルムは鎧とさえ称されるISにしては細い。しかし、福音が背に折りたたんでいた翼を広げた瞬間、楓は寒気を感じた。

 

 福音が攻撃態勢に入った。

 

 今なお近づいている楓に気付いているのかどうかはわからないが、福音の標的は未だ一夏達に向いている。さらに楓はその斜線上、先ほどまでの戦闘で荒れ狂う海上に頼りなく浮かぶ船を見つけた。検索をかけるが、該当船籍は無し。

 そも今ここ一帯は作戦方針が決まったその瞬間からIS学園の教員達が封鎖をかけているはずだった。公的機関にも通告は届いているはず。

 つまりあれは運悪く(・・・)包囲網を抜けてしまった密漁船だった。

 

「っとに間が悪ぃ!!」

 

 嘆かずにはいられない。

 

 福音はすでに攻撃体勢に入っている。標的にされている一夏達だが、一夏の反応は無い。箒は完全に我を失っているようで福音に見向きもしていない。仮に今気付いて回避行動を取ったとしても、それではその下の密輸船は確実に沈む。

 

 結論は一つ。

 

「――――コネクト!」

 

 足場に二基を残して残り十基を先行させて一夏達と福音の間に滑り込ませる。接続。最大出力で広域シールドを発動。

 

「………………」

 

 澄み切った鈴の音が響いた。――――同時に空に光が瞬いた。

 

 広げられた福音の翼から百を超えるエネルギー弾が放たれる。それらはギリギリで間に合った《八咫烏》のシールドに衝突する。

 

「……っ!!」

 

 苦悶の表情を滲ませる楓の視界の端で、急速に《八咫烏》のエネルギーが減少していく。広域範囲に最大出力のシールド展開。しかも質が悪いことに、福音のこれは絨毯爆撃のように一点ではなく広範囲を満遍なく撃つ射撃兵器。おかげで出力を緩めることも範囲を絞ることも出来ない。

 しかし幸いにも一度目の攻撃は凌ぎ切った。

 

 一夏達は無事。海上の船も荒波に弄ばれながらも転覆までには至っていない。

 

 ほっ、と安堵の息をついた楓はこの瞬間警戒がたしかに緩んだ。

 今の今まで高々度を維持していた福音が突如湧いて出たように背後に現れた。刃のように鋭く尖った腕を引き絞って。

 

(しま――――)

 

 間に合わないとは理解しつつ振り返る。しかし、引き絞られた腕が楓を穿つことはなかった。その体勢のまま、福音は不自然に動きを止めていた。

 考えるより先に後退して間合いをあける。しかしやはり追ってくる様子はない。

 

「………………」

 

 感情の読めない顔で――――当然だが――――しばし沈黙していた福音は、再び高々度を取ると、その場で膝を抱えて完全に動きを停止した。

 

「なん、だ?」

 

 あまりにも意外な行動に戸惑う楓。元々福音は暴走を起こしていると聞いているが、それにしても今の寸止めとこの行動停止はわけがわからない。

 

(攻撃するべきか……?)

 

 今なら確実に先手を取れる。一撃で仕留めれば終わる。だが、

 

「――――千冬さん」

 

 楓は千冬に通信を繋げた。もちろん福音への警戒は続けたまま。

 

『御堂……』

 

 おそらく途中から気付かれていただろう千冬の声は言い難い感情が滲み出ていた。いつもより数段低い声は、多分怒っているのだろうか。

 

「作戦は失敗。福音は動きを停止。作戦海域に密漁船が迷い込んでいるので人を寄越して保護してくれ。――――それと」

 

 今一度、楓は眠りについた福音を強く睨み上げる。努めて平静に。

 

「一夏が負傷。意識が無い。至急医療班を」

 

 通信越しの千冬が一瞬息を呑んで沈黙する。

 

『了解した』

 

 しかし返ってきたのはただ一言。それきり通信が切れる。

 

「箒」

 

 福音に動きがないことを確認し、しかし警戒は緩めず背中越しに声を投げかける。

 

「作戦は失敗だ。一度戻る。後ろは俺がつくから一夏を連れて先行してくれ」

 

 箒は無言のままだったが、静かに頷くとふらふらと動き始める。帰投して医療班に一夏を引き渡すまで、彼女は一言たりとも言葉を発しなかった。




閲覧ありがとうございますー。

>どもどもお久しぶりなような。思っていたより日が空いてしまいました。申し訳ありません。

>ひっさしぶりのバトルシーン!でもちょっとだけ……。
それでもバトルは書くとスカッとしますねえ。

>――――てことで問題児最新刊!!(ここでの叫びは間違ってますが)
まだ読んでいませんが、次回はようやくの問題児の更新となりますのであしからず!!

>ISの次話はどこまでいけるでしょうか。福音の決戦に突入出来るか、って感じです。
ではでは次回まで!


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六話

 楓達が帰還して、千冬は現状待機を言い渡すなり作戦室の引き篭もってしまう。専用機持ち達を含め誰の入室も禁じた。

 

 待機を言い渡された者達も一夏の意識不明の重体に小さくないショックを受けていた。特に、直接的な原因となってしまった箒は酷かった。帰還以後、眠り続ける一夏の側から決して離れようとせず、食事はおろか一言も喋らない。

 誰もそんな彼女に声をかけられずにいた。その余裕がなかっただけかもしれない。

 

 想い人と大切な友人。傷付いた二人を部屋の外から見てから、ラウラは誰に告げるでもなく外へ出た。

 悔やむ気持ちはわかるが福音は未だ暴走状態のまま野放し。じっとしていてもなにも始まらない――――というのは建前で、結局彼女自身も陰鬱とした空気を嫌って気分転換をしたかっただけだった。

 

 ドイツ軍の部下に通信を繋いで福音の情報提供を頼んでから、自然、深呼吸した。幾分気が楽になった気がしないでもない。だが、気を緩めると脳裏に眠り続ける一夏の顔が浮かぶ。

 引率の養護教諭の話ではいずれ目を覚ますとのことだったが、そもISに乗っていて意識不明になるまで生身の肉体にダメージがいくことが驚愕なのだ。だから考えてしまう。もしかしたら、もう二度と彼は目を覚まさないのではないか、と。

 

(嫌だ……)

 

 己の最悪の想像にブルリと体が震える。目からは今にも涙が溢れてきそうだった。

 一夏は彼女にとって恩人であり、希望であり、憧れであり、大好きな男の子。

 それがいなくなってしまう。かつて千冬が去ってしまったときも多大なショックを受けたが、もし、万が一そんなことになってしまったら、自分はもう立ち直れないかもしれない。

 考え始めるとどんどん想像は最悪ばかりが浮かぶ。

 

 彼女は軍人だが、やはり年端のいかない女の子なのだ。その体は華奢で、心は傷付きやすく、脆い。

 

 そんなときふと、旅館前の石階段に座り込む背中を見つけた。

 ラウラは少し考えてから、目元を拭ってその背中に近付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたのか」

 

 後ろからかけられた声に楓は振り向く。立っていたのは銀髪隻眼の少女。

 宿内に居づらくて外へ出てきたのだが、彼女も同じような理由なのだろうかとなんとなしに考える。

 

 この場においてもラウラの顔つきは毅然としたもので、さすが軍人大したものだと思ったのだが、隻眼の目元が赤くなっていることに気付いて考え直す。彼女も他の子達と同じ、たとえ強くても普通の女の子なのだと。

 それでもこうして弱さを見せないように振舞っているのだから、そのことを指摘するほど彼も人でなしではない。

 

「みんなはどうしてる?」

 

 開いていた携帯を閉じて尋ねる。

 

「なにも。一夏の意識もまだ戻らない。教官も作戦室に篭ったままだ」

 

 苦い顔でラウラは応える。

 

 変わらない。このままではなにも。

 そんなことは楓でさえわかっている。それでも今はどうしようもない。それもわかってしまうから歯痒くて仕方がない。

 

「あ、その……だな……」

 

「どうした?」

 

 顔を俯かせて何かを言おうと口を開こうとするラウラだったが、何故か続く言葉は出てこずに俯いたまま止まってしまう。

 そんならしくない彼女の様子に楓は大人しく待ってみる。

 やがて、彼女はようやく問いを音にした。

 

「お前はああなることがわかっていたのか?」

 

「………………」

 

 ああなる、とは一夏の撃墜のことか。箒の慢心か。それとも作戦の失敗そのものか。

 たとえどれであろうと楓の答えは決まっていた。

 

「わかってたらもっとマシな結果になってたよ」

 

 楓は笑って答える。悔しさを誤魔化すような、苦しい笑顔だった。

 

 あのとき、作戦を知っていた者達の中で唯一戦場に駆けつけた楓。しかしそれも結局は間に合わなかったのだ。

 

「俺は間に合わなかった」

 

「だがお前が駆けつけたからこそ、一夏も箒も帰還出来た。私は、箒の異常に気付いていながらなにも出来なかった……」

 

「同じだよ。俺もなにも出来てない」

 

 箒の暴走に誰もが気付いていながらなにも出来なかった。諌めることも、フォローしてやることも。

 その代償を支払ったのが一夏だった。楓達が本当に悔やんでいるのはそのこと。

 

 沈黙を楓の携帯の着信音が破る。

 その内容を読むと、楓の口元がほんの僅か笑みを作る。

 俯いているラウラはそれに気付かない。彼女は今自身の不甲斐なさに打ちひしがれている。それはこの場にいないセシリア達も同様であろう。

 

 楓は、いつもより一段と小さい位置にある少女の頭を乱暴に撫でる。

 

「……なにをする」

 

 殴られはしなかったが凄い目で睨まれた。

 

「いい女の条件、教えてやる」

 

「?」

 

 脈絡ない話に首を傾げるラウラだったが、楓は構わず続ける。

 

「『待てる女』と『行動を起こせる女』だ」

 

「矛盾してないか?」

 

「そうでもないぞ。待つっていうのはなにもただ相手に丸投げして大人しくしてるだけじゃない。相手を信じて、一緒にいられる場所を守ることだって信じて待つってことだ」

 

 ラウラははっ、とする。

 

 自分にとって守るべき場所。部下達のいる部隊はもちろん。今はシャルロットや友人達のいるこの学園も大切な場所。

 そしてそこには絶対に彼がいるのだ。ラウラが想い、憧れる一夏が。

 

「やられっぱなしは癪だろ? お前も、お前達も(・・・・)

 

「――――ああ」

 

 ようやくラウラに笑顔が出たことに楓は安心する。

 

「いつまで触っている」

 

 パシン、と頭を撫でていた手を叩かれた。

 

「貴様が語れるほど女について知っているのかどうか疑わしいが、さっきの条件とやらは心に留めておこう」

 

 すっかりいつもの調子で良かったような、しおらしい彼女が見れなくなって少し残念なような。

 苦笑する楓。

 そして携帯からチップを抜くとそれをラウラに差し出した。

 

「これは?」

 

「福音の現在地だ」

 

「!」

 

 それは現在千冬が全力で追い、ラウラも部隊に調査を頼んでいるもの。しかし、部隊の調査能力をもってしてまだわかっていないことを、所詮一介の操縦士に過ぎない楓がどうやって見つけ出したというのか。

 

「福音は今そのポイントで動きを止めてる。理由はわからないけど、間違いなく今がチャンスだ。だから他の連中のことはお前に任せる。――――いいか?」

 

 手渡されたデータを前に、どうやって彼がこの情報を得たのか問い詰めるべきか悩むラウラだったが、やめた。

 今はそんなことどうでもいい。

 それに、端からラウラには楓を疑う理由などないのだから。

 

「お前はどうするのだ?」

 

「俺はもう一人の意地っ張りに気合い入れてくる」

 

 視線の先は旅館。その一室に閉じこもる彼女(・・)

 

 誰なのかを察したラウラは一瞬顔を青くして、同情するように苦笑と共に楓の肩を叩いた。

 

「無事でいられるよう祈っている」

 

「おう、頼む」

 

 実際楓だって、事ここに至っても怖気づきそうなのだ。当たって砕けろの気持ちでなければやってられない。

 今から相手するのは福音より手強い頑固者。なにせ立ち向かうは世界最強だ。

 

 

 

 

 

 

 

 『福音の座標データは好きにしていいからね。アメリカに送ろうがイスラエルに送ろうがイギリスに送ろうがドイツに送ろうが、もちろんちーちゃんに渡してもいいよ!』

 

 冒頭からして軽い頭を発揮する保護者である兎からのメール。現状最高機密に等しい極秘データを通常のメールに添付して送ってくる辺り彼女の神経は尋常ではない。

 しかし、そんなぶっ飛んだ神経の持ち主だからこそ、福音の現在地を割り出すことが出来るのか。連絡してから五分と経たず付近の詳細な地形データと一緒に送られてきた。

 相変わらず恐れ入る。

 

『かーくんは昔からなんでも出来ちゃう子だったから手がかからなかったよねー。料理も洗濯も掃除もなんでも出来る自慢の息子だよっ! そういえば最初に覚えたのは洗濯だったよね。自分でおねしょした布団を洗うだなんてほんとうによく出来た子――――

 

 勢い良く携帯を閉じる。

 

 余計な情報が多いのも相変わらずだ。これが全国送信でもされようものなら自殺しかねない赤っ恥だと楓は背筋に寒気を覚える。

 

 さて、データはラウラに渡した。彼女には他の面子を任せた。今回、他にまで気を回す余裕がなくなりそうだったからである。なにより異性である自分より、ラウラの口から喝を入れたほうが上手くいく……と思う。

 

 目の前に一枚の襖。取っ手に手をかけて横にスライドさせる。

 部屋の大部分を占める大型モニターと数台のパソコンの光が部屋を灯す。

 その巨大モニターの前に仁王立ちする女性。女性の背中に楓は視点を合わせる。

 

 ゆらりと、千冬が首だけを回してこちらに振り返る。

 途端、心臓が鷲掴みされたように不規則に鳴動した。殺気すら感じる冷たい瞳。

 

「なにをしに来た。入室を許可した覚えはないぞ」

 

 いつもよりトーンの低い声がさらに恐怖を煽る。

 

「もう一度命令する。大人しく部屋で待機していろ」

 

「――――報告があってさ。勘弁してよ」

 

 楓はわざとらしく軽薄な笑みでさらに部屋へ一歩踏み込む。それが精一杯の張れる虚勢。

 

「報告?」

 

「六名が待機命令を無視。福音と交戦を始める」

 

「なんだと……?」

 

「織斑先生!」

 

 険しくなる千冬の顔。問い詰めようとして、それを真耶の悲鳴のような声が遮った。

 真耶の操作する端末からモニターへ情報が送信される。

 モニターにはこの旅館を中心にした地図が表示されており、そこに複数の緑色の光点が現れる。光点は旅館から飛び立ち移動している。

 

 光点の大きさ、移動速度から飛行機や車ではない。そもこの緑色の光点は学園に登録されているISにコアを示している。それが五つ。

 専用機持ち達のISだった。

 

「あの馬鹿共……」

 

 千冬の脳裏に少女達の顔が過り、歯を鳴らす。――――けれどすぐにその違和感に気付いた。

 

「――――六人だと(・・・・)?」

 

 モニターから再び楓を見やる。彼はこちらを真っ直ぐ見つめていた。

 

「命令違反者は篠ノ之 箒。セシリア・オルコット。凰 鈴音。シャルロット・デュノア。ラウラ・ボーデヴィッヒ……。それと――――俺だ」

 

 自らを指し示す。

 

 しばし、部屋を沈黙が支配した。それはすぐに破られる。

 

「――――舐めるなよ」

 

 絶対零度の声音。

 

「今更教員を向かわせても間に合わん。呼びかけたとて素直に戻っては来ないだろう」

 

 だが、と千冬は楓へ正対して歩を踏み出す。

 

「今目の前にいる貴様をみすみす行かせると思うのか?」

 

 畳を踏み抜かんばかりに怒気を撒き散らして楓へ近付く千冬。冷徹な瞳を湛え、遂に間合いに入った楓に右手を伸ばして、

 

 ――――楓が千冬の右手を掴むなり足を払った。

 

「っ!?」

 

 まさかの反抗に完全に油断していた千冬は背中から倒れるも、残った左手で辛うじて受け身だけはとる。

 すぐに立ち上がろうとするも、楓は取った右腕を極めて動きを止めてくる。

 

「き、さま……っ!!」

 

 マグマの如き怒りの感情が噴き出しかけ、無理矢理極められた腕を引き抜こうとする千冬。

 

 そんな彼女へ、楓は上から覆いかぶさって――――唇をぶつけた。

 

「っっ!!?」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になる。即座にそれは憤怒の色に塗り潰される。

 千冬は藻掻くが、いくら千冬とはいえ相手は成人に近しい男性。純粋な筋力で抗うのは難しい。おまけに今は上からのしかかられている体勢だ。

 

 やがて、抵抗が弱まったのを見計らって楓は顔を離す。馬乗りの体勢は変わらないまでも拘束されていた右腕は解放されている。だがしばらく動けそうになかった。

 二人の荒い呼吸だけが部屋に響く。

 

「へ」嘲るように楓は口角をつり上げ「俺の初勝利」

 

 鬼の形相で、不遜な楓の顔をはね上げてやろうと拳を握る。――――が、それより先に楓の二の句が続く。

 

「いい加減、冷静になったかよ」

 

「なにを……」

 

「らしくねえよ千冬さん。んな情けない顔、全然似合わねえ!」

 

 唐突な楓の叫びに千冬は戸惑う。湧き上がっていた怒りすら忘れるほど。

 

(――――いや、違う)

 

 胸の内で自己否定した。千冬にはなんとなくわかった。わかっていた(・・・・・・)

 自分を見下ろす少年。かくいう彼自身が今にも泣きそうな情けない顔を浮かべるその瞳に映る自分自身の顔は、なるほど酷い顔をしていた。

 

 握りしめていた拳を解き、右腕で天井を仰ぐ目を覆った。

 

「わからないんだ。どうしたらいいのか、わからない」

 

 千冬自身、誰のものかわからなくなるほど情けない言葉が出た。

 

 表情から色が失せていく千冬と対称的に、益々楓の顔の方が悲痛に歪む。

 

「思った通りやればいいじゃんか。文句言う周りなんて力尽くで黙らせればいいだろ? こんな所で引き篭もって、あんたはなにやってんだよ!!」

 

「それは、出来ない。私は教師だ。この作戦の責任者だ。一人の生徒に肩入れすることは許されない。それがたとえ……弟であっても」

 

「ふざけんな!」

 

 ビクリ、と千冬の体が震えた。

 

「あんたは教師だ……責任者だ……。でも、その前に! あんたは織斑 千冬だろうが!! 一夏の家族だろうがっ!!」

 

「……っ!」

 

「今千冬さんがやらなくちゃいけないことなんかわかりきってる」

 

 まるで物分かりの悪い子供に言い聞かせるように、楓は言葉を落とす。

 

「今は、なにを差し置いても一夏の心配をしてやることだろ……?」

 

 かつて世界中の人間が望んだ世界大会二連覇。その栄光を、期待を、千冬は裏切った。たった一人の弟を助ける為に。

 当時、一夏が攫われたと知った瞬間彼女は控え室を飛び出した。考える時間など一秒も要らなかった。

 

 あのときの自分はやるべきことがわかっていたのだろうか? 今の情けない自分を見たら、嘆くだろうか。怒るだろうか。

 

 大人になったつもりでいた。しかしそれは勘違いだった。

 今の自分はただ大人ぶって、立場に縛られ責任を取りたがっているだけだ。

 それが大人なんだと思っていた。

 

「――――でも、千冬さんの立場が大事なのもわかってる。俺の考えが子供なのも」

 

 ようやく千冬の上から退いた楓。少し距離を取るとISを展開させた。

 漆黒痩躯。烏羽のような装甲を持つIS。

 

「だから俺が代わりになんとかする。千冬さんの邪魔になるもの、千冬さんの代わりに全部ぶっ潰してきてやる!」

 

 開け放った窓から飛び出す。吹き込む突風に書類が巻き上がる。

 千冬は倒れたまましばらく動く気が起きなかった。もうしばらく動きたくなかった。

 

 腕に遮られた彼女の顔は、はたしてどんな表情だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館を飛び立って僅か数十秒。楓は盛大に落ち込んでいた。

 

「さいっっっっっっってーだぁ…………俺」

 

 先ほどまでの威勢など露も残さず霧散させて、深い溜息を吐き出す。

 

 千冬に元気を出してもらいたかったのは本心だ。しかし実際目の当たりにして、想像以上の千冬の凹みっぷりにショックを受けたというか、筋違いも甚だしい怒りが湧いてきたというか。だからといって、

 

「弱ってる女の人押し倒して無理矢理キスするとか」

 

 文字にしても言葉にしても最悪だ。というか犯罪だ。……最悪だ。

 

「………………」

 

 だというのに、思い出そうとして最初に浮かぶのが唇の感触だというのだから。我ながら救い難い阿呆だと思う。

 

「柔らかかったなぁ」

 

 男とは本当に阿呆である。

 

 ちなみに、部屋にいたがまるで存在がなかった真耶は、楓と千冬のキスにショックを受けてこのときの記憶を丸々失っていた。余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高速で背後から飛来する大口径の弾丸を福音は後ろに目があるかのように軽々と躱す。続けざまに鈴音、箒の接近戦型二機がそれぞれの武器を振り下ろすが、銀色の残光を斬るに終わる。

 

 頭上。

 

 月の光を反射する銀の装甲。惚けるような美しさに目を奪われそうになるが、この位置取りは危険だった。

 福音が背に折り畳んでいた翼を広げる。その場で回転。

 収束されたエネルギーが雨のように降り注ぐ。

 

 かの機体の名を冠する福音の特殊武装、《銀の鐘(シルバー・ベル)》。最大三十六の砲口から放たれる広域射撃武器。

 

 すぐさま箒は回避行動を取る。――――が、機体スピードがそれほど高くない鈴音はどう足掻いても範囲外には逃げられない。そんな彼女の前に割り込むのはシャルロット。大型シールドを構えてエネルギーの雨を受け止める。

 

 福音の射撃が止むのと同時、セシリアとラウラが再び長距離からの波状射撃。

 しかし射撃兵器であると同時に常に瞬時加速並の急加速を行える大型スラスターの役割を持つ翼を持つ福音を捉えることは出来ない。

 

 箒は苦い顔を作る。

 

 状況は拮抗状態だった。数の上では優位があるものの、福音の超高速移動を捉えられない。それはつまり、こちらが一人でも落とされれば戦況は向こうへ傾くことを告げている。

 実際今の鈴音のように、危ない場面は何度もあった。

 

 数の優位があるのだからエネルギー切れを待つのも手だが、未だ福音にその兆候は見られない。まるで永久機関でも持っているかのように無尽蔵にエネルギーを振りまく。

 そもそんな消極的な考えで立ち向かえばたちまち落とされる。

 

 いっそ自分が捨て身の攻撃を仕掛けて動きを止めるか、箒がそんな覚悟を決めようとしたとき、

 

『ったく、ほんと羨ましい奴だよ。一夏』

 

 通信領域に入った少年のぼやきが届いた。――――と、同時に福音に漆黒の影が突撃して弾き飛ばす。

 

 やっと来た。

 

 箒がその影の正体に無意識に心が高鳴るのと他のメンバーから矢継ぎ早に通信が入るのは同時だった。

 

『遅いですわ楓さん!』

 

『なにやってたのよアンタ!』

 

『遅れた分はしっかり働いてもらうからね』

 

『不様な姿を見せれば後ろから撃つからな』

 

『……お前等、ほんの少しでいいから俺にも優しくして』

 

 誰も彼もが浴びせる厳しい言葉にいきなり凹んだ様子の楓。

 だがしかし、みんなの声に萎えかけていた覇気が戻った。かくいう箒も、先ほどまでの締め付けられるような焦燥感が安堵に変わっているのを実感する。

 

 楓という少年は一夏とどこか似ているところがある。

 希少な男性操縦士という立場もだが、基本馬鹿なところとか、よくわからない男のプライドを大事にするところ。あとはどっちもスケベなところとか。

 でも、二人共底抜けに優しい。

 楓は一夏のような無自覚な優しさと違い、察して、考え、無遠慮に踏み込もうとはせずに遠巻きにそっと助けてくれる。今回だって事前に助けてくれようとしていた。

 

(いや、でも一夏の方がちょっと格好良いし……)

 

 自分で言っていて顔を赤くする箒。

 

『元気そうだな』

 

 いつの間にか隣へきていた楓に驚いた箒はわたわたと腕を振って顔を隠そうとする。

 

「な、お……遅いのだ馬鹿者!」

 

『どいつもこいつも。これでもこっちは超特急で来たんだよ』

 

 唇を尖らせていじける楓。どうやら赤くなった顔は気付かれていないらしい。

 

「……ありがとう」

 

「なにが?」

 

「私は弱い。それを気付かせてくれたことだ」

 

 不意の箒の言葉に楓は首を傾げる。

 惚けているのだろうか。それともわかっていてそんなフリをしているのだろうか。

 こういった演技の上手いところが馬鹿正直に過ぎる一夏とは違うところかもしれない。

 

 箒の言葉をどう取ったのか、楓は優しげに微笑む。

 

「いいや。やっぱりお前は強いよ」

 

 こちらの悠長な会話に苛立ちを覚えたのか――――まあ相手は機械だが――――それとも一瞬で実力を見極めたのか、のっぺら坊のような福音のフルフェイスが楓に向く。

 今にも飛び掛かってくるかと箒が身構えたときには福音の背後を漆黒の影が取っていた。

 

「!」

 

 驚きはしかし箒の分だけ。

 福音の鋼の精神は動揺など微塵もなく、迅速に背後の敵から逃れるように急加速で上昇。上を取れば再び例の広域射撃を行うのだろう。

 

 だが今回は相手が悪い。

 

 漆黒の影は僅かも遅れず、むしろ福音より先行していたかのようにそこにいた。容赦の無い蹴りが無人機の背中を強かに打つ。

 

 翼を盾にしたのか、然程ダメージを受けた様子のない福音は警戒を表すように大きく間合いを開けた。

 それを楓は敢えて追わなかったようだ。

 

「千冬さんのためってのもあるけどなぁ、こっちだって腸煮えくり返ってんだよ」

 

 一夏を傷付けられて怒っていたのは箒達だけではない。悔しかったのは千冬だけではない。

 楓だって同じだ。

 友達が、意識を失うまでボロボロにされた。これで怒らないわけがない。

 

 親指を下に落として、歯を剥き出した。

 

「お前はここできっちりぶっ潰す!」




閲覧ありがとーございますー。

>ってな感じでVS福音ラストバトル開始!

>福音の機体設定や、千冬さんの意外に脆いメンタルは構成上の私の捏造です。アニメ見てても福音の無限エネルギーどうなってんだろ、っていう疑問はあったので、こちらでは独自設定作って帳尻を合わせます。次話辺りで。

ではではまた次話ー


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七話

 闇夜を銀色が切り裂く。

 

 シャルロットの散弾が、セシリアの多角射撃が、福音を追い詰めながらしかし落とせない。高速飛行で直撃を避け、それだけでなく隙あらば接近を狙っている鈴音と長距離砲で狙いをつけるラウラを牽制している。

 

 強い。

 

 元より軍事用に開発されたIS。戦闘におけるスペックの高さもさることながら、搭載されているAIの性能も予想よりずっと高い。

 候補生とはいえ、複数の国家代表を相手取り互角……いや正味な話彼女達は押され始めていた。

 

 ――――先ほどまでならば。

 

「おぉっ!」

 

 高速で動く福音の背後を取るのは漆黒のIS。

 福音が回避行動をとる前に、楓の右拳は福音の背を打つ。

 

 握った左拳をもう一撃と突き入れるものの、福音は両腕を交差させて防御。急速上昇して楓の間合いから離脱する。

 けれどそこへ先回りした箒が二刀で迎え撃った。

 

 音速並の機動力を持つ福音は、先ほどまでなら状況が悪くなるとこのスピード差を利用して間合いを離して戦闘を仕切り直していた。唯一そのスピードに対抗出来るのは《紅椿》だが、未だ操縦者たる箒の技術は《紅椿》のスペックに追い付いていない。高速戦闘をこなすには圧倒的に経験が不足していた。

 

 しかし、楓という福音を上回る高速戦闘の実力者の存在によって状況は一変。

 福音の容易な離脱を封じ、尚且つ動きを誘導出来るようになった。

 

 セシリア達が注意をひき、楓が追い詰める。最後の詰めは箒。

 たった一人の存在が戦況をひっくり返してしまった。

 

 だが実際のところ、楓一人であっても福音と戦うことは出来る。勝つことも決して不可能ではないだろう。

 千冬との約束で《神威》の使用を制限されているものの、いざとなれば楓は使うつもりでいる。無論自滅するような無茶をやらかすつもりはないが。

 

 そんな制限があってなお、楓は福音と戦える。ならば何故それをしないのか。

 理由は三つ。一つは、一人で戦えば自然楓の負担は増す。それはリスクを背負うということ。二つ目は前回のような不測の事態が起こったときに互いにカバーをするため。

 そして最後の一つ。これは楓自身の個人的な思いでもある。彼女達の想いを尊重してやりたいと彼は考えていた。そして楓自身、彼女達と一緒に戦いと思っているから。

 

(それに黙って見てろって言って、どいつもこいつもはいそうですかってなるタイプじゃねえし)

 

 楓は苦笑を混ぜつつ、福音の背を追う。

 

「コネクト!」

 

 立体空間を使った多角攻撃。拳と蹴りの二連撃を叩き込まれ逃げようとする福音を、連結させたシールドビットで阻む。上下左右正面、全方位を檻のように囲んだ。

 

 福音は大型スラスターであり主力武装でもある翼を展開。翼を広げたまま体を錐揉み状に回転させて、ブレードとなった翼撃でシールドを破壊した。

 

「予想通り!」

 

 脱出の方向を読んで先回りしていた楓が追撃を構えるも、すでに視界を光弾が覆っていた。福音は体を回転させながら射撃まで行っていたのだ。

 この反撃は予想外。

 

「くっ……!」

 

 寸前で攻撃を中止して超反応で回避。その間に福音は一時安全圏まで逃げてしまう。

 

 先程からこれの繰り返しだった。

 たしかに楓の登場で形勢は逆転した。ダメージも確実に与えているが、決定打を与えられない。

 長期戦が不利というわけではない。しかし万一にでも逃げられてしまえば、福音がその後どんな行動を取るのかわからない。そのとき楓が福音を追える状態にあるとは限らない。

 そうなれば福音が街を、それとも友人達がいる旅館を襲う可能性もある。それだけは絶対にさせてはならない。

 

 それに不利でないとはいえ、先に戦闘を開始していた少女達の疲労は目に見えて表れ始めていた。特に箒は初陣からの二連戦。

 不安要素がある以上、優位を保っているうちに決着をつけたいというのが楓の考えであった。

 

 リスクを負ってでも攻めてみるか。楓がそんなことを考えていたそのとき、今まで常に福音の隙を突く役目にあった箒が単独で飛び出した。

 

 それはおそらく楓と同じ考えに至った故に。だが無茶をして返り討ちにでもあえば目も当てられない。

 それも承知の上なのか、少女は裂帛の声をあげながら二刀を構えて突進する。

 

 押し付けられた刀を福音は無造作に掴む。二刀両方。

 馬力は《紅椿》の方が上。競り合えば必然、勝つのは箒だ。

 しかし福音の狙いは押し合いの勝利ではない。箒の動きを一瞬でも止めること。

 

 左翼が開かれ、エネルギーが収束する。

 

「箒!」

 

「――――っ」

 

 箒は半歩下がった。しかしそれは臆したが故の後退ではない。

 

 刀を押し続けていた力を一瞬だけ抜く。

 福音の拘束が緩んだその瞬間、彼女はその場で縦に一回転。右足のかかと落とし――――否、振り下ろす右足の先から第三の刃。打撃ではなく斬撃。

 

 さしもの福音もこれは予想出来ず、箒は見事展開していた左翼を斬り飛ばした。

 

「――――――――」

 

 声なき悲鳴をあげて、福音は千切れた翼と一緒に海へ落下した。

 

「……終わったの?」

 

 願うようなシャルロットの声には、勝利を喜ぶ僅かな色がみえた。他の面々も。

 ただ、楓と箒だけが、いつまでも泡立つ海面を見つめていた。変化は直後。

 

「まだだ!」

 

 楓が声をあげるのと同時、福音が落ちた場所を中心に海面に水柱が立ち昇る。

 

「まだ動くの!?」

 

 慌てて戦闘態勢を取り直す鈴音の悲鳴。

 

 全員の視線が、水柱の根本、青白く輝く眩い光に集まる。

 

 海水が高密度のエネルギーに晒され蒸発し霧となる。

 光の中心には、まるで母の腹の中で眠る赤ん坊のように、身を丸める福音のシルエットが見えた。

 

 それを視認した瞬間沸き立つ言いようのない危機感に、楓は思わず叫んでいた。

 

「ラウラ!」

 

「おう!」

 

 同じく不安を覚えていたのか、ラウラは楓の言葉を全ては聞かないまま肩の巨大レールガンを撃った。

 巨大な弾丸は霧を裂いて光の中を進む。中心へ向かい、やがて消えた。

 

「ば、かな……」

 

 ラウラが隻眼を見開いて絶句する。

 

 弾が消えた――――わけではない。海水同様、高密度のエネルギーによって福音に届く前に蒸発してしまったのだ。……海水とレールガンによって放たれた弾を『同じ』などと言えるはずもないが。

 

 それほどまでに、今あの一帯は結界のようにエネルギーが渦巻いているということだ。

 その様を、苦い顔で楓は見つめる。

 

「第二次移行《セカンドシフト》……」

 

 第二次移行。

 

 今までのデータを初期化し、新たな主の肉体に合わせて調整する第一次移行《ファーストシフト》。第二次移行とは、シンクロ率がある数値を越えた瞬間発現するISの第二形態。

 身体特徴と表面的思考にのみ調整される第一次移行と違い、第二次移行は搭乗者とISが深層意識までシンクロさせて初めて可能となる進化だ。

 

 ISは生きている。ISは操縦者と共に成長するパートナーである。

 教本の一番最初に書いてある一文であるが、未だこの第二形態にまで辿り着いた操縦者は少ない。肉体の同期だけならともかく、思考、つまりは心まで通わせるというのは言葉以上に難しいのが大きな理由だ。

 けれど、いやだからこそ、第二次移行に達したISは例外なく強い。

 

「――――――――」

 

 光の中心で福音がゆっくりと動く。丸めていた身を起こし、宙空で直立。同時に渦巻いていたエネルギーも徐々に収まり始めた。形態変化の影響で一時的に能力以上のエネルギーが放出されていたのだろう。

 それが収まりつつあるということは、動く。

 

「え?」

 

「後ろだ箒!」

 

 福音が消えた。それに呆けた声をあげる箒。唯一、楓だけが動きを追えた。

 しかし遅かった。

 楓が叫んだそのときには、福音によって箒は薙ぎ払われていた。

 

「あああっ!?」

 

 為す術無く箒は落下。

 

(速い――――!)

 

 先ほどまでとは比べ物にならないくらいに。

 

 福音の姿は変わっていた。

 全身から光の翼を生やしたその姿は、まるで聖書に出てくる大天使のようだ。

 

 だが今の楓達にしてみれば、それは救いの存在ではなく、断罪を下す執行者。

 

「箒さん!」

 

「――――――――」

 

 墜落する箒に気を取られたセシリア。その隙を福音は冷徹に突く。

 超高速によって背後に回ると、大きく広げた光翼で蒼い機体ごと包み込む。

 

「きゃあああ!!」

 

 今や福音の翼は兵器などという生易しい代物ではない。レールガンの弾を一瞬で蒸発させるほどのエネルギーを凝縮した力の塊。

 力の奔流に打ちのめされたセシリアは意識を失って墜落する。

 

 それを見て、楓の頭が真っ白になる。

 

「て――――っめえええは!!」

 

 《八咫烏》の鱗のような装甲が逆立つ。

 

 初列風切。《神威》発動の第一段階。

 

 ビットが無尽に巡り、それを足場に楓が空を駆ける。正しく疾風の動きでもって勢いを殺すことなく放たれた蹴撃を、しかし福音は躱した。

 返される手刀が目前に迫る。

 首を横に振って回避し左フック――――が、これも躱される。

 

「ちぃっ……!」

 

 今の福音は明らかに楓より速くなっていた。

 そしてそれならば、楓の行動も決まっていた。

 

「次列風切」

 

 心の中で千冬に謝罪しつつ、楓はさらにギアを上げた。

 

 《神威》の準備段階とは、本来ISに備わる人体保護のセーフティーを外すもの。実質《神威》というアビリティーが発動するのは三段階目。

 第一段階、初列風切では少しばかり体に負荷がかかる程度でしかないが、第二段階である次列風切からは骨が軋み筋肉が悲鳴をあげる。楓のような天性の柔軟性と日常的に鍛え上げた肉体であってようやく耐えられるここがギリギリ。

 故に楓が学園内で本気で試合をする場合使うのも、肉体に影響がほとんどない初列風切まで。《神威》について説明した千冬も、厳格に禁じたのはこの二段階から先の話だった。

 

 今の第二形態に達した福音相手に初列風切では足りない。というならば彼に躊躇いは無い。

 己のリスク軽減のために、これ以上友達を目の前で傷つけられるのをよしと出来る人間ではない。

 

 しかし、それでさえ福音との速度は互角だった。

 

「――――――――」

 

 福音は急速後退で間合いを開ける。

 天を覆わんとばかりに大きく広げられた光翼。そこから放たれた弾はまるで羽のようで、その数たるは十や二十ではきかない。

 

 対して楓は離脱するのではなく向かっていった。

 敵は射撃特化。元来この中遠距離が最も地力を発揮する。

 ならば間合いを離していても好転はしない。

 

 十二のビットをフル稼働させて、時に足場に、時に盾に、その悉くをまるで予知でもしているかのように躱す。神業。

 光羽の雨をくぐり抜けたその先で、

 

「くっそ!」

 

 さらに数を増した光が押し寄せていた。

 

 悪態をつきながら、それでも楓は躱し続ける。数センチ。数十センチ。数メートルと、気の遠くなるような福音との距離を詰めていく。

 

「――――――――」

 

 だがそれを嘲笑うように、福音の攻撃は止まない。それどころか撃つ度にその数を増し、遂に楓も躱すのに精一杯となり前に出ることが出来なくなってしまった。

 

(どうなってんだ!? いくらなんでもおかしいだろ!)

 

 光を頬の横に掠らせながら、楓は思考を巡らせる。

 

 ISのエネルギーは有限だ。それはたとえどんな機体であっても例外は無い。

 それなのに、福音はこうも大技を連発しながら未だエネルギー切れを起こさない。そも福音は自分達以上に連戦を強いられている。必然、エネルギーの回復は先の一戦とこの二戦までの間の自然回復以外見込めないはずなのだ。自然回復でのエネルギー回復量などたかが知れている。

 ありえない仮定だが、仮に回復しきっていてもこの戦闘で使用した消費量と供給量との比率がおかしい。

 

 人類永劫の夢とさえいえる永久機関。まさかそんなものを実装としか思えない福音を睨む楓の視界にある情報が表示される。

 それは大気を流れるエネルギーの残滓の流れ。

 

 戦闘によって使用され撒き散らされるエネルギーは、通常時間と共に大気へ溶けてやがて消える。ビーム兵器等、他にもシールドなどに使用されたエネルギーその全て。

 福音は、正確には福音のワンオフアビリティーは、おそらくその本来大気に消えるはずのエネルギーを蒐集し蓄積するもの。そう考えればこの異常なエネルギー保有量にも説明がつく。

 

 エネルギー収束。それが福音の単一能力。

 

 自分で存分に吐き出したエネルギーを自分自身で回収する。まさか回収率が百パーセントではなかろうが。

 

 広域殲滅射撃型に、永久機関に等しいエネルギー供給アビリティー。

 組み合わせとしては最強――――最悪だ。

 

「――――――――」

 

「またかよ!」

 

 最早迫る壁に迫る光の弾丸。

 しかしそれを紙一重とはいえ直撃を避け続ける楓もまた、この場において段違いの実力者である。

 

「――――いい加減にしなさいよ!」

 

「こっちも忘れないでよね!」

 

 壮絶な戦いに気付かず硬直してしまっていた鈴音とシャルロットが遂に動く。左右から福音へ挟撃を仕掛けた。

 

 福音は一度身を包むように翼を折り畳んで体を縮ませ、回転と共に光の弾を全方位にばら撒いた。

 

「きゃ!」

 

「くっ!」

 

 楓のような回避技術を持たない二人は武器や盾で身を固めて防ごうとするが、基本出力までも上がった今の福音の攻撃に二人共に押し戻されてしまう。

 

 追撃を加えようと翼が脈動するのを、楓は見逃さなかった。

 

「させるか!」

 

 三列風切。遂に《神威》発動。

 

 一瞬ではあるものの、二人が作ってくれた弾幕の隙間。楓は《八咫烏》のワンオフアビリティーを発現させる。

 

 足場として周囲に展開させていた漆黒のビットが集結し、再展開。ビットは機体を支える三本目の足となり、また吸い込まれる風を制御する。

 大気が《八咫烏》の背中に吸い込まれていく。

 前に突き出した右手に銃身の無い銃が握られる。

 

 あとはトリガーを引くだけ。

 速度も距離も関係無い。放てば必中必殺。一撃で何もかもを穿つ大気の弾丸がそれで放たれる。

 

 不意に、楓を見下ろす福音が僅かに動いた(・・・・・・)

 

「……っ」

 

 白み始めた空が割れた。




閲覧ありがとうございましたー。

>最近交互な更新となってます。
それでもこっちの更新で考えると約一ヶ月なので、もっと早く書けたらいいなぁと日々出来もしないことを考えております。

>本格的にバトルなお話でした。福音さんマジで強いぜ!
ちなみに、一応言っておきますが福音さんのアビリティーは勝手に考えたものなので原作とは違います(原作にアビリティー出てるかわかりませぬが)。福音の無限弾幕を自分なりに解釈してこじつけました。

>福音戦は次回か、もしくはあと二話くらいになります。そうしてようやく二期です。思ったよりもここまで来るのにかかりましたが、ようやくですぜ。

ではでは、最近気候もおかしく体調崩しそうではありますが、皆様体を大切に頑張ってまいりましょー


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八話

「嘘……」

 

 鈴音は目の前の光景に戦闘中であることを忘れて呆然とする。

 

 楓が神威を撃った。かつて、IS学園のアリーナの、レベル4シールドを木っ端微塵に破壊し、一夏と鈴音2人がかりで互角であった無人機を葬った一撃。

 そして今、雲を穿ち天を裂く。

 超常の兵器たるISの中でも埒外の威力。

 

 彼女が驚くのは再び目にしたその威力に――――ではなかった(・・・・・・)

 

「――――――――」

 

 世界の有り様をも一変させるあの攻撃を受けて、福音が健在であったことに。

 

 否。受けた、のではない。躱した、のだ。

 その証拠に福音の左翼が軒並み吹き飛んでいる。

 

 しかしそれさえも鈴音には信じられなかった。

 

 楓の、《八咫烏》のアビリティー、神威は彼女も以前目の前で見ている。加えて楓自身に問い詰めもした。

 神威の能力は風流操作。大気を操り圧縮させ、弾として相手に解き放つ。原理としては鈴音の専用機《甲龍》の特殊兵装、龍咆に似て非なる類のものだ。ただ、威力・規模・速度、全てにおいて龍咆とは桁が違う。

 

 神威は大気を圧縮して放つ『弾』といっても、それは最早迫る『壁』に等しい。巨大な壁が最低でも音速を超えて飛んでくる。威力は見ての通り。

 防ぐことはもちろん、本来回避すら出来ない必中必殺の一撃。

 ――――そのはずだった。

 

 楓がその性能について全てを語ってくれたかはわからない。それでも鈴音自身実際に目の前で見て、後にデータを確認しても神威が防御回避不可能の必殺だというのは事実であると思っていた。

 それを、福音は躱した。

 

(いや……)

 

 不意に、鈴音の脳裏に過る。

 

 もしかしたらそうではなくて、

 

「外したの……?」

 

 たとえ超音速飛行が可能な福音であっても、防御も回避も出来ない。ならば答えはひとつ。

 楓自身が外したのだ。

 

 しかし、ならば何故という疑問が浮かぶが、その答えも直前の福音の奇妙な動きと現在の状況を鑑みてすぐに合点がいく。

 ――――そしてそれは、彼女にとって奥歯を噛み砕かんばかりに顔を歪めるほど最悪な理由であった。

 

(まさか、アタシを庇って狙いがずれたの!?)

 

 あの一瞬、福音はたしかに動いた。僅かに鈴音の方に寄っている。

 

 直前に攻撃を仕掛けた鈴音はたしかに福音との距離が近かった。そして、神威ほどの広域殲滅兵器は、総じて精密な射撃は難しい。そも一帯を破壊するから広域殲滅と呼ばれるのだから。

 

 痩身漆黒の鎧を纏う少年は、苦しげな表情で福音を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外した……ッ!」

 

 神威を撃ってなお福音が立っていることに、楓は2つの理由で顔を歪めた。

 

 ひとつは必中必殺である奥の手を出して、それを外してしまったことに。

 もうひとつは、右足から駆け昇る激痛に対して。

 

 あのとき、福音は咄嗟に一番近くにいた鈴音に寄った。

 広域殲滅の兵装は総じて精密な射撃を必要とされない。それは《八咫烏》の神威とて例に漏れない。

 よって福音の取った手段は敵ながら見事であったと褒めざるを得ない。武器に抜け道が無いと見るや搭乗者の隙を突いたのだから。

 誤算を生むのはいつだって道具ではなく使い手の方だ。

 

 楓とて外すつもりはなかった。それでも鈴音を巻き込むことを怖れて咄嗟に範囲を絞ったのは事実。そして実際、当たったのは福音の左翼と彼方の雲だけ。

 

 第二形態となった福音の翼は、第一形態時の物理スラスターではなくエネルギー体。それはつまり、いくらでも修復は可能ということだ。

 

 考えたそばから福音の削れた左翼が瞬く間に復活。直後、楓に極太の光を放った。

 

 回避しようとして、右足に痛みが走る。

 

「ちぃぃ!!」

 

 機体の支えと風流操作に使っていたシールドビットを眼前に急速展開。回避を諦めて防御に徹する。

 福音のビームが盾に直撃。受け切るものの、衝撃がさらに痛みを増幅させる。

 

 福音は楓との距離を置いたまま次弾を撃つ。

 楓は再びそれを防いで堪える。

 

 おそらく、福音はこれから先、決して近づいてこない。

 

(さすがAI。憎らしいほど冷静だ。このままなぶり殺しにするつもりかよ!)

 

 神威の解放は文字通り諸刃の剣。ISのセーフティーを外してようやく発動するアビリティーである神威は、撃った直後著しく機能が低下する。元より撃てば勝利と同義の兵器。撃った後のことなど考えていない。

 加えて楓自身へのダメージもある。

 

 今の楓の状態を見ればもう一度神威が撃たれる心配が無いのは明白。ならば、福音はこれ以上楓の土俵である接近戦を挑む必要は無い。

 神威以外の射撃兵器を装備してない《八咫烏》を、安全地帯からただビームを撃てばいい。直撃はいらない。防がれても構わない。

 撃ち続けて削りきってしまえばいい。

 

 これがもし相手が人であったなら、好機とみて一撃で仕留めにきたかもしれない。あるいは驕って隙を見せてくれたかもしれない。

 しかし福音に人は乗っていない。

 いつだって、アレは冷徹に計算を重ねるだけ。

 

(ま、ず……意識が……)

 

 右足は動かない。体中が痛くて泣きそうだ。

 

 壁の向こうから、何度も何度も執拗に攻撃が叩き込まれる。その度痛みが跳ねて意識が途切れる。

 

『貴様ぁぁぁ!』

 

『そいつから離れなさいよ!』

 

『これ以上させない!』

 

 ラウラ、鈴音、シャルロットが楓の救援に立ち向かう。

 福音はそれらを紙一重で全て躱すと、翼ごと体を回転させて3人をまとめて薙ぎ払う。

 

(ラウラ……チビ子……シャルロット……)

 

 薄れる意識の端で、落ちていく友人達の姿を捉える。

 しかし見ていることしか出来なかった。もう体が動かない。

 

「――――――――」

 

 上空の福音がこちらを見下ろす。翼が輝く。その光は今までで最大だった。

 

(やば。……死ぬ)

 

 千冬の命令を無視して、約束を破って、あれだけの啖呵を切っておきながらこの様だ。情けないにもほどがある。

 自分だけならいざしらず、ラウラ達までたきつけておきながら。

 

「悪い、千冬さん……」

 

 最後に口をついて出たのは今も作戦室で仏頂面をしているだろう女性への謝罪の言葉だった。

 

 天空から光が落ちる。それは楓を貫く――――はずだった(・・・・・)

 

『諦めるなんてらしくないぜ、楓』

 

 やってくるはずの衝撃はなく、代わりに聞こえてくるはずのない人物の声が聞こえた気がした。

 何故なら()は今も旅館の部屋で寝ているはずなのだ。先の一戦での昏睡状態。たとえ意識を取り戻しても、現在の状況も知らず、体だって動かないはずなのだ。

 

 それでも、そこに()がいることに、楓は何故か当たり前のように受け入れていた。

 

「遅えよ、ヒーロー」

 

 福音から放たれた断罪の光は、さらなる光によって掻き消されていた。楓を庇うように立ちはだかる純白のIS。

 

 一夏は、顔だけ回して笑った。

 

『いつもとは立場が逆だな』

 

「見せ場取っておいてやったんだ。感謝しろよ」

 

『おう。あとは任せろ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういい、箒」

 

 借りていた肩を解いて箒を押し出す。

 

 単騎福音に向かった一夏。

 復帰した箒に肩を借りて地上へ降りた楓は、地上に着くなり少女を空へ促す。

 

『だが……』

 

 しかし、未だダメージが深刻な楓を、戦場から離したとはいえひとり残していくことに箒は躊躇いを感じているようだった。

 

「行けって。俺は大丈夫。鍛え方が違うからな」

 

 正直強がりだ。足は相変わらず引きずったまま。気を抜けばその場に倒れてしまいそうなほど体は痛いし重い。

 けれどそこは根性で堪える。

 

「せっかく一夏の隣で戦えるんだぞ。お前がずっと、願ってやまなかった居場所だ」

 

 彼女は、ずっとそうだった。いつだって一夏の力になりたいのに、才能はあっても力が無くて、ここぞというときはいつも守られる側の人間だった。

 それが嫌で彼女は手に入れた。力を。

 一度はその使い方を誤ったが、それももう心配ない。

 

「素直になればいい。素直に甘えて守ってもらえ」

 

 そして、

 

「お前もあいつを守ってやればいい」

 

『――――ああ!』

 

 しばらく葛藤していた箒だが、最後の言葉に押されて飛び立つ。

 

「頑張れよ」

 

 飛び立つ少女の背中にそっとエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおぉぉ!」

 

 気合いと共に一閃。

 

 一夏の剣を、福音は防ぐのではなく横に躱した。そのまま一夏から距離を取る。

 一撃必殺の零落白夜があるとはいえ、速度で劣り、武装も近接のみの《白式》では福音には追いつかない。当たらない。

 

 前の一戦では(・・・・・・)

 

「――――っ!」

 

 一瞬で福音に追いつく。

 

 瞬間加速。

 だが今までよりずっと速い。チャージ速度も、機体速度も。

 

 接近を嫌ったのか、福音は弾幕を張って一夏を遠ざけようとする。

 それに対して、一夏は左腕を翳した。

 左腕を中心にシールドが発生。福音のエネルギー攻撃を全て掻き消した。

 

 それだけではない。

 

「喰らえ!」

 

 突き出した左腕から大出力の粒子砲が福音に放たれる。さらにはそれを機に近付いて振りかぶったのは、左手から伸びるクロー。

 

 瞬間加速を向上させた背中の大型スラスター。

 そして今までなかったバリアシールドに加え、中距離を埋める射撃、雪片以外の近接兵装を備えた新たな《白式》の左腕。

 

 これこそ、《白式》の第二形態。雪羅。

 

 シールドもクローも、雪片同様、零落白夜のエネルギー無効化能力が発現している。つまり、今や《白式》はエネルギー兵器を主武装としたISの天敵と呼べる存在になっていた。

 

 福音の計算を越えたのか、クローの一撃は福音に届く。しかし浅い。

 即座に体勢を立て直した福音は、再度間合いを開けようと後退。

 それを再チャージしたブーストで追う。

 

「――――――――」

 

 福音は再び弾丸を発射。ただし数はさっきの倍以上。

 

「関係ねえ!」

 

 雪羅をクローからシールドに切り替えて、一夏は特攻。

 零落白夜と同様の効果、ということはエネルギーの完全無効化。それを剣という線ではなく面で行える今、それがエネルギー兵器であるなら数も威力も関係無い。真正面から蹴散らすのみ。

 

 すでに一夏に対する攻撃は無意味であると判断して然るべき。それなのに、福音は後退を続けながら弾幕を絶えず張る。

 ――――否、無駄ではなかった。

 

(――――!? エネルギーが!)

 

 一夏の視界に警告を告げるウインドウが表示される。エネルギー残量が、この数分の戦闘ですでに枯渇しようとしていた。

 元々零落白夜というアビリティーを含め、燃費が悪い《白式》。そこにさらに雪羅という性能を追加すれば、それは常時零落白夜を発動させているに等しいエネルギーが消費されていくのは必然。

 

 だからこそ、一夏は短期決戦を挑み、福音は無駄とも思える攻撃を続けた。全ては足止めと、一夏に常に雪羅を発動させるために。

 勝負はあった。

 

 これがもし、一夏だけだったなら。

 

『わたくしがここにおりましてよ!』

 

「セシリア!」

 

 エネルギー切れを起こしかけていた一夏にとどめをさそうと力を収束させていた福音の翼を別角度からのビームが貫く。暴発し体勢を崩す福音。

 

『やられっぱなしってのは性に合わないのよッ!』

 

 さらに、横合いから青龍刀で斬りかかる鈴音。

 

 ラウラ、シャルロットも加わって4人が福音を引きつける。

 

『一夏』

 

 全ては彼女を一夏の横に届けるために。

 

「箒?」

 

 差し出された箒の手を、一夏は握る。

 箒と《紅椿》に光が宿り、それは一夏と《白式》に伝わる。すると見る見るうちに2機のエネルギーが回復していく。

 

 《紅椿》のワンオフアビリティー、絢爛舞踏(けんらんぶとう)。《白式》の零落白夜、エネルギー消滅と対をなす能力、それはエネルギー増幅。福音の、大気中のエネルギー蒐集などという紛い物ではない、本物の永久機関足りえる最高峰の能力。

 

(温かい……)

 

 黄金の光と共に、少女の想いも流れこんでくるようだった。

 ひたすらに純粋で、真っ直ぐで、そして優しい少女の心。

 

『一夏、奴を倒してみんなを守ってくれ。そして、私にお前を守らせてくれ』

 

「ありがとう、箒」

 

 互いに言葉は自然と紡がれていた。

 

 一夏は噛み締めるように目を瞑って沈着する。次に瞼を開いたときには覚悟は決まった。

 

「いくぞみんな!」

 

『おう!』

 

 返ってきた声の、誰ひとりにも迷いや怯えがないことに、一夏は頼もしさのあまり笑いが溢れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先陣を切ったのは箒。

 絢爛舞踏が発現している今、高性能故に燃費も激しい《紅椿》でもフルパフォーマンスで戦うことが出来る。

 雨月、空裂の二刀でもって福音の弾を斬り裂いた。

 

 そのまま押さえつける。

 

『今だ一夏!』

 

 箒が呼ぶよりも早く、彼女の力を信じていた一夏は駆けていた。

 零落白夜の一刀は、方向性は違えど《八咫烏》の神威と比肩しても劣らない威力を持つ。当てれば勝利。

 

 しかしそれは敵も百も承知であった。

 

「――――――――」

 

 瞬間的に出力を上げた福音は力任せに箒との密着状態を解除。その僅かな隙間に、自身のダメージを顧みず至近距離からビームを撃った。

 

 たたらを踏む箒を追撃の蹴りでどかし、自由になった翼を薙いだ。光の雨が一夏を襲う。

 

「くっ!」

 

 シールドへの切り替えが間に合わないとみると、やむを得ず旋回して射線から外れる。それは同時に福音への接近も遮られたことを意味する。

 

「ラウラ頼む!」

 

『任せろ!』

 

 地上から、肩に背負った砲台から巨大レールガンを放つラウラ。

 

『まだまだいきますわよ!』

 

『こっちにだっているんだからね!』

 

 次いでセシリアのビット攻撃、鈴音の衝撃砲が間髪入れず放たれる。

 

『一夏! もう1回よ!!』

 

 鈴音の声に今一度雪片を握る手に力を込める。

 

 そのとき、多角射撃に晒されていた福音が体を丸めていた。その予備動作は福音が主武装とする広域殲滅兵器。

 天空から、全方位に光がばら撒かれる。

 

 逃げ遅れた鈴音を、物理シールドを展開しながらシャルロットが瞬間加速を使って救う。しかし完全に福音の攻撃範囲から逃れるには距離が足りなかった。

 

『一夏早く! もう保たない』

 

 はたして、一時的にとはいえ周囲を一掃した福音は大気中に漂うエネルギー残滓を蒐集しながら状況を解析する。

 

 機体蓄積ダメージ、中。エネルギー残量、62パーセント。63、64……。

 敵、脅威レベル修正。位置補足。――――上。

 

「おおおおおおお!!」

 

 太陽の中から一夏は現れた。

 

(福音は今リチャージ中……。俺の方が速い!)

 

 スラスターを蒸かして直進。そのまま真っ直ぐ剣を突き立てれば勝てる。

 

 箒が、セシリアが、鈴音が、シャルロットが、ラウラが、そして一夏自身も勝利を確信した。

 

 しかし、絶望は口を開けて待っていた。

 

 たしかに福音の翼は大技直後で、エネルギーを再チャージし撃つにはどう早くとも2秒を必要としていた。

 一方で、一夏は瞬間加速を使い最早目前。剣の間合いに入るまでは1秒足らず。

 

 しかし、それは同時に一夏自身すでに回避不可能な位置でもあった。

 

 福音ののっぺりとした頭部に縦に亀裂が走る。今までの戦いで欠損した――――のではない。パカリと開かれたそこから、短身の砲口が現れたのだ。

 すでにエネルギーのチャージは終えていた。

 

(誘い込まれた!?)

 

 気付いた時にはすでに遅い。一夏の剣の間合いまであと1秒。福音の射撃準備はすでに終わっている。

 1秒。距離にして数メートル。

 だが、それはあまりにも遠い。

 

 唯一の中距離武装である荷電粒子砲だが、それには左腕を切り替える必要がある。どちらにしても時間が足りない。

 

『一夏!』

 

 箒の、少女達の悲鳴が聞こえる。

 

(……駄目だ! 届かない!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――とっておきの花道だ。とっとけ、親友。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――!」

 

 対ゼロ距離対策の奥の手。極太の光が直線を焼き焦がす。次いで爆発。

 

 しかし、そこに一夏の姿はない。

 

「お、おおおおおおおおおおお!!」

 

 光の射線。そのさらに上。

 

 爆発したのは先ほどまで一夏がいた位置にあったボロボロの黒いビット。

 

 あの瞬間、一夏の目の前にそれは現れた。反射的に一夏はそれを足場に上へ跳んだ。

 咄嗟の判断だったとはいえ、一夏にとってそれはさして難しいことではなかった。何故ならその姿を、彼は何度もその瞳に焼き付けていたから。そして尊敬する姉の剣と同様、その姿に実はひっそりと憧れていたから。

 

(やっぱり敵わねえよ、楓)

 

 ここまでの道はみんなが作ってくれた。なら、ここで決めなくては男じゃない。

 

「今度は逃さねえ!!」

 

 振りかぶった剣を振り下ろす。遂にその剣は福音を捉え、斬り裂いた。

 

 こうして、戦いの終わりを告げるように、長い長い夜は明ける。




閲覧ありがとうございました。

>次回エピローグで福音戦は終了致します。

>いやぁ、最後は一夏君が主人公してくれてなによりです。ただ実はボッコボコにされただけで退場したこの作品の主人公どこいった!

>福音さんマジ魔改造。無人機だからこその切り札でしたね。実際アニメでもちょいとほのめかしてた近接未知数の話とかって結局どうだったとかがさっぱりでしたので、こんな装備を追加してみました。
ただぶっちゃけ福音さん強くし過ぎて攻略法が浮かばなかったから、原作主人公のパワーをお借りしたとか言えない。

ではではまた次話のエピロ-グで。


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九話

 一段と強い日差しの日中。海岸には多くの少女達が和気あいあいと戯れていた。

 

 今日で臨海学校も最終日。午前中は変わらず授業だったが、午後は教員達の粋なはからいで帰宅時刻まで自由時間が与えられた。

 

「うー……」

 

 そんな光景を……否、正しくは友人達の楽しげな笑い声を旅館の一室で聞かされるのは楓だった。生殺しのような状態で、彼は向かい合った画面と睨み合う。

 

 旅館へ帰還した後、当然のように楓達は揃って千冬の叱りを受けることとなった。学園へ帰った後、反省文の提出。加えて懲罰用の訓練メニューが課せられる羽目になる。

 しかし楓だけはそうはいかなかった。

 楓の場合、箒と一夏の最初のアプローチ作戦時にも待機命令を無視して独断行動を取っている。さらに千冬との約束を破って神威まで使ってしまった。

 結果、楓は一夏達より一足早く反省文10枚のノルマを本日中提出で執行されたのだった。

 

「手が止まっているぞ」

 

 そんな楓に厳しい声を浴びせるのは、窓際に立ち楓及び海岸の生徒達を監視する千冬。

 

 楓は腕を組んで直立する千冬の背中に恨めしげな目を向ける。

 

「千冬さんの鬼」

 

「レポートの枚数が足りないならそう言えばいいものを。プラス2枚だ」

 

「悪魔……」

 

「3枚だ」

 

 バタンキューと座卓に突っ伏す。

 

 千冬は嘆息を漏らし、楓へと向き直る。

 

「どうせその足では遊べないのだからいい加減諦めろ」

 

 千冬の視線は座卓の下に伸ばされた楓の右足に向けられる。足首から膝までを固定するように包帯がぐるぐると巻きつけられ、脇には歩行用に松葉杖が置かれている。

 福音との戦闘……というよりは、例によって神威の発動によって負った怪我。幸い折れてはいなかったが、靭帯が伸びていた為、全治1週間を言い渡されている。

 

 一瞬、千冬の瞳に悲痛な色が滲んだ。

 

 その傷は、本来楓が負うべきではなかった傷だ。全ては指揮官である自身の判断ミスが招いた代償である。

 今回はたまたま運が良かった。一夏や楓が傷を負ったものの、取り返しのつかない事態にはならなかったのだから。

 しかし、それはやはりたまたまでしかないのだ。それで自分自身を許すことが、千冬には出来ない。

 

「なあ、御堂」

 

 千冬は思わず声をかけてしまう。

 

「貴様は今の世界が楽しいか?」

 

 彼女(・・)にされた質問を、そのまま問いかけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、御堂。貴様は今の世界が楽しいか?」

 

 不意に千冬はそう問いを投げかけてくる。その質問の内容が、はたして千冬自身から出たものかどうか、それくらいは楓にだってわかるつもりだった。

 動かしていた手を休め、楓は視線をどことなく遠くへ向ける。

 

「元々俺にとって世界なんていうのは孤児院の中だけのものだった。あのときあいつに会わなきゃ、きっとあのまま世界は閉じたものだったと思う。IS学園に通うこともなく、一夏達とも出会うこともなく……多分それは、すげーつまらなかったと思う」

 

 あの日、あのとき、彼女に会って世界は広がった。全てに色がついた。

 

 たとえ束がこの世界をどう思っていようとも、楓は彼女に感謝している。返しきれない恩を感じている。

 

「だから俺は今の世界が好きだよ。もったいないくらい幸せにしてくれるこの世界が好きだ。――――それにほら、千冬さんにだって会えたし」

 

 こっ恥ずかしい台詞を言っていると自覚して、最後は茶化すように締めた。

 見れば千冬は目を丸くしている。その顔がふっと弛む。

 

「そうか」

 

 『ところで』と千冬は体の向きをくるりと反転させる。人差し指で唇を撫でる。

 

「あのときは油断した。一本取られたと言わざるを得まい」

 

「!」

 

 楓の顔が一瞬で赤くなる。思考が空回り爆発。頭の中では『あのとき』の光景が目まぐるしく再生される。

 

「いや、その、あれは……」

 

 なんと言い訳しようか。いやそもそもとしてあれに言い訳など存在しない。無理矢理襲って唇を奪った以上の事実は無い。

 かといって謝るのも違うと思う。それはそれで失礼な気がする。

 

「……それじゃあ、あの、合格点でしょうか?」

 

 いっそ開き直ってみた。

 

「調子に乗るな、馬鹿者」

 

 ガツンと出席簿アタックを受けて悶絶する。怪我人にも容赦がなかった。

 

「…………だがまあ」

 

 はたかれた頭を擦る楓はとんでもないことを耳にする。

 

「赤点には補習が必要だろう。今度飯ぐらい付き合ってやる」

 

「――――へ?」

 

 姿勢を崩してうっかり座卓のコンソールの上に手を置いてしまう。その際、半ばまで書き途中だった反省文が全削除されてしまうが楓は気付かない。

 

 日差しが熱い。夏はまだ終わらない。




閲覧ありがとうございましたー。

>てなわけでエピローグです。超絶的に短くて申し訳ありませんが、まあエピローグって本来こんな感じだったかなと開き直ったりしてみます。

>千冬さんのデレ!でももちろん彼女は楓を恋愛感情云々で見てはいません。生徒達の中で、一夏に次ぐ、もしくは一夏並に特別意識しているというのは事実ですが、それも楓君が束さんと繋がっているからというのが主な理由ですし。
けどまあまったくそういった方面で意識してないといえば嘘になる(どっちなんだ)

>なんだかんだとこうして一期終了まできました。ということで次話からは私にとっても皆さんにとっても未知となる二期突入です。
ただ二期突入に際して重要なお知らせ……というか注意事項が発生するので、次話更新前に注意書きを投稿します。ぶっちゃけ危険タグが増えます。

まま、そこら辺もぼちぼちということで、また次回までお元気で。
そしてこの一期まで付き合っていただき改めてありがとうございました!


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2期開始 VS楯無
注意書き!


※このページは注意書きになります。

 

皆様おはようございますこんちにはこんばんわ。いつも閲覧感想ありがとうございます。

このページはアニメ2期突入前の注意書きとなりますのでご連絡致します。

 

>ここより本文。

この作品の事前のタグというか方針は基本原作(アニメ)沿いで、ヒロインは本作に支障も出ないし美人な千冬さんという感じにしてたんですが、二期に入りましておそらく一変します。予定ですが、多分一変します。

 

増えるタグとしたら、原作ブレイクの一言。

 

まずとあるヒロインのフラグをひとつ奪ってしまうこと。メインヒロイン千冬さんだと言っておきながら今更なんでと思いましょうが、とにかくヒロインフラグをひとり奪います。そのヒロインの展開については今後のネタバレになってしまいますので割愛。

さらに、それに伴って二期終了までのストーリーも変わるのと、その後完結に向けてオリジナルまで入ってしまうというまさにブレイク尽くし。

 

というか二期のあれサイドストーリーっぽいの多くてどうしましょうって感じです。シャルのパンツ回とか書けないです。書いたとして主人公どないせいっちゅうの。

 

なのでここより先は原作沿いじゃねえのかよ!てな方は戻られることをオススメ致します。ただ一言言い訳を述べさせていただけるなら、フラグ奪ってもキャラ崩壊はさせたくないと思っておりますので。ヒロイン組については、あくまでこんな一面があったらいいなぁという私の妄想で、共感していただけたら嬉しいなぁと思っております。

だから二期は随所で千冬さんが女の子になるかもしれません。赤面とかしちゃうかもしれません。乙女かもしれません。

 

なんかこうやって書いていると普通にキャラ崩壊じゃないかと思えてきましたが、あくまで私的にこうあって欲しいだけで原型は残すつもりです。はい。……多分。

 

さてさて、こうしてぐだぐたと長い口上でしたが、その理由は……本文って1000文字無いと投稿出来ないんですね。いつも文字数気にしたことなくて知りませんでした。ちなみにここまででようやっと900文字。あと100はどうしたらいいのか。あと100は。

 

まま、そんなこんなと書きましたが、原作ブレイクそれでも構わないんだぜ!な人はどうぞこれからもよろしくお願い致します。

 

ちなみに、タグについては基本原作は外さないまま、二期より先、原作ブレイク有りと追加させていただきます。他追加したほうがいいのあったら随時追加していきますので!

 

では次話より本編をどうぞ。



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一話

 ――――遂に始まりましたー。

 

 ――――これは、秘密の対決です。

 

 ――――一夏! もてなしてやる!

 

 ――――わたくしの一流のサービスに酔いしれてくださいな。

 

 

 

 

 

「あー……俺なにしてんだろう」

 

 無意識に口から漏れたぼやきは虚しく空気に溶ける。逃避の為に彼方へ向けた視線は、しかし薄暗い天井に遮られてさらに陰鬱な気分になった。

 仕方なく視線を眼下へ戻す。

 

 今尚ステージで展開している一夏と少女達の乱痴気騒ぎ。それを裏方で眺める少年――――御堂 楓の目は完全に死んでいた。

 

「御堂君! 照明もっと右に!」

 

「…………」

 

 いつも騒がしいが、今日もやっぱり騒がしい我がクラスメートのひとり。岸原 理子は、眼鏡の向こうの瞳に爛々とした光を灯してステージを凝視しながらこちらを見ずに叫んだ。

 危なすぎる友人――――と思いたくないけど――――の指示に、楓は無言のまま照明機器の首を右に回した。スポットライトがステージに立つ一夏を照らす。

 

 さて、と体と切り離した思考で、改めて何故自分がこんなことをしているのか少し思い出してみることにした。きっかけは数日前。最早誰だったかは覚えていないがクラスメートの発言だった。

 

 ――――織斑君の誕生日来週なんだって、と。

 

 知っていたからこそ黙っていた2人の幼馴染は顔を険しいものに変えた。

 情報収集の際に知っていたが、やはり同じく黙っていた仏・独の少女達はぎくりと体を硬直させた。

 少女達の中で唯一知らなかった英国貴族の少女は、他のクラスメートの少女達以上に鋭い光を獣の如く光らせた。

 

 織斑 一夏といえば学園の――――否、今や世界規模のアイドルである。女性しか操れないとされていた現行最強の兵器、インフィニット・ストラトス――――通称、ISを男にして操った最初の人物。しかも彼の姉は、各国のISが競い合う世界大会の第一回優勝者。おまけにルックスは爽やか美少年とくればお茶の間どころか異世界だって騒がせそうだ。メディアも腕が鳴るというもの。

 

 そんな今世紀大注目の男性操縦者、一夏の誕生日。それを見逃す手はない。見逃せるわけがない。

 現在一夏はISの養成学校であるIS学園に在籍している。日本にあるこの学園は、しかしISの特殊性故にあらゆる国、企業等の機関に干渉を受けず、属することはない。それは日本政府も同様である。

 一夏が学園にいるかぎり、おいそれと他人が接触することは出来ない(それでも毎日100単位のファンレター諸々が届けられている)。

 

 つまり、彼に関われるのは一部例外を除けば学園にいる人間だけである。

 ISは本来女性にしか扱えない。イコール、学園の9割は女性である。有名人で憧れる女性の弟で、しかもイケメンとくれば年頃の少女達の心に恋心のひとつやふたつ生まれるのも致し方ないといえよう。無論、程度の差はあるだろうが。

 

 そんな男性の誕生日。それは一夏との心の距離を縮める一大イベント。教室がざわめく。後に恐ろしい静寂が支配した。

 

 ちなみに、世界の認識では(・・・・・・・)2人目に数えられる男性操縦士が同じクラスにいるのだが、彼はそのとき我関せず机に突っ伏していたという。

 

 そんなこんなで始まった乙女達の血を血で洗う争い。誰が一夏を祝うか。誰が当日一夏と共にいるか。誰が、誰が、誰が。

 時に謀略を。時に実力行使で。

 共闘、裏切り、闇討ち、奇襲、戦国時代も真っ青のなんでもあり(バトルロワイヤル)

 

 数多の屍が積み上がり、しかしてそこに立つのはやっぱりいつものメンバーだった。一夏に本気で想いを寄せる5人の少女。

 戦いは始めこそ生身で行われていたが、誰が口火を切ったか遂に専用機まで持ち出すいつもの(・・・・)大乱戦。世界最強、それも最先端の兵器達が荒れ狂う修羅場は、各国首脳陣が見れば卒倒したことだろう。

 

 ふと、楓は思考を過去から現在へと戻した。そこから先、戦いが――――やはり――――いつも通りの泥沼へ突入した辺りで楓の記憶は途切れている。何故なら流れ弾が直撃して気付いたら救護室のベットの上だったからだ。

 

 その後どんな方法で手打ちとなったのか経緯はわからないが、兎にも角にも『一夏の誕生日を祝いたい』という同じ目的を持つ少女達はそんなひとつの目的の為に一致団結した。脱落した者達も含めて。

 すぐさまイベントの企画会議が開かれ、方針が決まってからはセットの作成、当日の役割分担等など、つい先程までの血みどろの争いが嘘のように目覚ましい手際でイベントの準備は進められた。

 

 ちなみに、楓はそんな彼女達を見て女の友情とはなんぞやという一生かけても解明出来なさそうな謎に挑んでいたら、『サボるな!』とクラスメートに怒られて力仕事を手伝わされていた。

 もうひとつ驚いたのは、今回のイベントに教員まで参加するということだ。

 

 こうして開幕に至った織斑 一夏誕生日パーティー改め、『織斑 一夏にサービス対決』。死闘を勝ち抜いた件のメンバーがあれやこれやと一夏に尽くして喜ばせるというもの。事前に一夏にはこれが誕生日パーティーであることは伝えず、最後にサプライズさせるのが大まかなコンセプトらしい。

 なので一夏への呼び出しは真耶が、夜中に資料を届けて欲しいという名目で誘い出す。そこを闇討ちして拉致する。

 

 ……作戦立案者には本当に祝う気があるのか言ってやりたい。そしてそれを承認した真耶も真耶である。

 

 その他にもいくらなんでも、と思う部分はあれど、けれどあの天然少年ならあっさりひっかかるのだろうなという確信があった。実際彼は机上の空論としか思えない偶然頼りの作戦のフラグを余さず拾ってくれた。まったくもって期待を裏切らない男である。

 

 そんな一夏は現在箒、セシリアと続いて3番手のシャルロットのサービスを受けている。未だに詳しい事情は説明されず、それなのに言われるがままサービスを受けているステージの男を天然だからとだけで断じることがすでに楓には不可能だった。

 

(というか、そもそもなんで俺がこんなことせにゃならんのだ!!)

 

 凄い今更感な怒りが湧いた。爆発した。

 一夏は友達だ。この学園では唯一の男友達。友達の誕生日を祝うことに異存は無い。しかし理不尽な流れ弾で気絶させられて、目を覚ましたら今度は重いセットを汗水流してえっこらと昼夜運ばされて、当日は裏方で一夏が美少女達とイチャコラするのを見物させられるこれはなんて拷問。怒っていい。怒っていいはずだ。

 

「御堂君照明もっと強く!」

 

「…………」

 

 まあ、逆らえるはずなどないのだが。いつだって少人数は黙るしかないのだ。

 

 ホロリとしょっぱい汗を、光を失った目から流しながら、楓はキリキリ照明担当を務める。

 

(イケメンがそんなに偉いか畜生め!)

 

 心の中では血の涙を流していた。

 

 

 

 ――――教育的指導です! デュノアさんは強制終了です!

 

 ――――ええええええ!?

 

 

 

 高らかに鳴らされたホイッスルの音の後に、真耶はステージ下からステージ上のシャルロットにレッドカードを突きつけた。どうやらシャルロットのサービスが不健全であると判断されたらしい。

 ちなみにその内容とは、胸の谷間に挟んだクッキーを食べさせようとしたこと。

 まったくけしからん。でもその前に口に咥えて食べさせてあげようとしたのはオッケーみたいなのだが、はたして学生の倫理とはなんなのか。

 

(それに……一番不健全なのはどう考えても山田先生だよなぁ)

 

 ステージ脇で司会進行を務める真耶の格好はいつも授業で着ている服ではない。水着にも見える露出過多な白と黒の斑模様の服。頭にはぴょこんと伸びる短い耳がなにか動物のコスプレであることを示している。

 今回女性陣は皆なにかしら動物のコスプレをしている。1番手だった箒は巫女服姿の狐。2番手のセシリアは白バニーガール。3番手のシャルロットはフレンチプードル。まだ出番が回っていないラウラと鈴が、それぞれ黒兎と猫。こんなイロモノ全開の催しなのに容姿抜群の彼女達が着れば呆れるよりも思わず見惚れてしまうのだから本当に凄まじい。

 そして真耶の格好は牛。彼女にその動物があてがわれた理由は推して知るべし。ただ、理不尽な扱いに怒りを覚える楓がこの茶番に唯一価値を見出すならこの絶景である。眼福眼福。

 

 そんなときにふと照明が切れた。

 

「あれ?」

 

 突然のことに首を傾げつつ楓は機器を弄る。しかしスイッチは切れていない。それに消えているのは楓の担当するものだけでなく複数の照明全てが落ちている。ということは個々の機器の故障ではなく、照明全てを制御している大本に問題が起きたようだ。

 

「ちょっとちょっと御堂君どうしたの?」

 

「まだボーデヴィッヒさんの時間終わってなくない?」

 

 同じく裏方に回っている女の子達が騒ぎ出す。声しか聞こえないがステージの上でラウラが喚いているようだった。その後は一夏の叫び声と、トリである鈴音まで出てきているらしい。もうひとり分、声が聴こえるような気もする。

 

「んー、配線とかは平気そうだなぁ。となるとやっぱ問題は制御盤の――――ん?」

 

 楓は暗闇の中しばらくガチャガチャと機器の調子を確かめていたが、不意にどうして自分がこんな必死にならなければならないのかと思い直す。他人のハーレムの引き立て役など真っ平御免だ。

 

「考えてみりゃ馬鹿らしくなってきた」

 

 よくよく考えてみればこれは合法的にこの場を抜け出すチャンスである。幸い今は突然の暗闇に周囲の人間は慌てふためいており、楓を監視する者などいない。

 配線を剥き出しにしていた照明機器の蓋を閉めてから、楓はそっとステージ下にある控室に足を向けた。

 

 控室は出番を待つ女性陣が、文字通り準備する為の空間である。そこへ足を運ぶというのは漫画アニメよろしくラッキースケベが手ぐすねひきそうなシチュエーションだが、生憎そんな星の下に生まれた覚えは楓にはない。実際今日に至るまでそんな素晴らしい出来事が無いのだから間違いない。

 それに楓にも考えがあってのことだ。女性陣は皆出番を終えた後は舞台脇の椅子に座って待機するのがルールになっていた。他の邪魔をさせない為だ。先ほどステージには最後の順番である鈴音も登場していた。つまり現在控室に人は残っていない。そんな場所にラッキーもなにもあるはずがない。

 すでに用済みとなった空間は絶好のサボり場所。とりあえず全部終わるまで暇を潰そう。

 

 そう考えながら、楓は辿り着いた控室の扉に手をかけた。もちろんノックなどせず、誰もいない部屋に入ってひとり寂しくハーレム野郎を恨みながら過ごす為に扉を開けた。

 

 はたして、

 

「そういや山田先生がスペシャルゲストがなんとかとか言って、た、よう……な?」

 

 はたして、一夏誕生日パーティー開始前、どこか楽しげな真耶の話をこのタイミングで思い出したのは何故だったのか。

 

 楓は見てしまった。扉を開けた先は以外に広い空間だった。いくつもの衣装をかけたハンガーラックが壁際にズラリと並び、中央には控室を使う人間用のテーブルとソファー。テーブル上の飲みかけのペットボトルやお菓子は箒達のものだろう。

 テーブルの前、部屋の右手一番奥に位置するステージの様子を映す液晶画面。今は灯りが無いからか真っ暗で様子はわからない。

 

 そして、部屋の一番奥。扉を開けた楓の真正面。

 2メートルほどの姿見はもちろんここで着替えをした女性達がステージに出る前に己の姿を確認する為のもの。今、その前に立つ人物がいた。

 

 女性の髪は長かった。腰ほどより下、一番長い先端部分は膝裏に届きそうなほどの漆黒の長髪。女性は背も高かった。無論女性にしてはだが。容姿の特徴だけ見れば現代の大和撫子という感じで、着物でも着ればとても似合うと思った。

 そんな彼女は、今そんな楓の想像とは真逆の格好をしていた。

 

 メイド服。

 

 色は紺を基調にしていて、ロングスカートタイプではなく、日本文化に染まりきったそれは随所にフリルをあしらい、かなりきわどい位置まで黒のロングタイツを穿いたふとももを露出していた。

 一瞬前まで想像していた着物とは真逆の西洋服であるが、不思議なことにこれもまた女性にはとても似合っていた。いや、不思議なことはないのかもしれない。モデル顔負けのスタイルと整った顔立ち。たとえどんな服であれ彼女ならば無理矢理着こなしてしまいそうだった。

 

 さて、そんな女性は部屋に備え付けられた全身を映せる大きな鏡の前で己の格好を確認している最中だった。

 姿見の前で、最初は着崩れているところはないかとあれこれ確認しているだけだった。しかし存外鏡の中の自分はメイド服を着こなしているように思ったのだった。普段は立場からも、また己のキャラクターからも、こんなヒラヒラした服を着る機会は無い。彼女もやはり女性であり、いつしか身嗜みを整えることから鏡の前でそれらしいポーズまで取っていた。普段らしからぬテンションは、やはり今日が親類の誕生日だったからか。いよいよ調子に乗ってきた彼女は、部屋の扉が開くそのときまで気配に気付くことが出来なかった。そしてそのときには全て手遅れだった。

 

 女性――――織斑 千冬にとってそれは人生最大の不覚であった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 この瞬間に至るまでの千冬のあれこれを知らない楓にしてみれば、扉を開けた先にいるはずのない人間がいたことにまず驚き。その女性が自分の初恋にして現在告白中の人物だったことに2度驚き。そんな女性が普段からは想像すらしたことなかったミニスカートの、しかもメイド服を着てることに3度驚き。鏡の前で艷のある微笑をたたえてポーズを取る姿を目撃して――――己の死期を悟った。

 

「……御堂」

 

 まるで地の底から響く呪詛のような重く低い声だった。

 

「頭を差し出せ。私が忘れさせてやる」

 

「物理的に!?」

 

 辞世の句がツッコミであった楓が最後に見たのは、最近見慣れた我がクラスの出席簿だった。

 

 鈍い音と共に、バタンと控室の扉が閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んが……?」

 

 あまりにもマヌケな声が一体どこから聞こえたのかと思ったら、自分自身の口からだと気付いて楓は独り気恥ずかしくなる。

 

「――――っぅ!」

 

 どうしてこんなところで寝ているのかと思いながら上体を起こすと同時に側頭部に鋭い痛みが走る。思わず伸びた右手が腫れに触れた。たんこぶになっている。

 しかし何故。そもここはどこで、どうして自分はこんなところにいるのか。なにか気絶する前にとてつもない何かを見た気がするが思い出せない。

 

「あらん? 意外と早いお目覚めね」

 

 顔を上げるとまず目に入ったのは千冬の姿だった。彼女はいつも通り(・・・・・)髪と同じ黒色のスーツ姿で立っていた。その姿はいつも通りなのに、何故か強烈な違和感みたいなものを覚える。それがなんなのか必死に思い出そうとすると朧気に――――、

 

「御堂、それ以上無理はするな。いいな? これ以上思い出そうとするな。これは命令だ」

 

 何故だろうか。無言で首を縦に振る楓の姿がそこにあった。

 

 背筋に理由なき冷や汗を流しながら、もうひとりこの場に立つ存在に気付く。

 ここが学園内である以上当然のことながら、そこにいたのは女性だった。肩ほどまでの長さの空色の髪。いつも周りにいる少女達も美少女だが、その人物も負けず劣らず整った容姿だった。おまけに抜群のプロポーション。非の打ち所のないというのを体現したような女性は、しかし何故か猫のコスプレをしていた。

 

 女性は楓の視線が自分に向いていると気付くとこちらに向けて手を振った。

 

「やっほー楓君。朝からこーんな美女2人に囲まれて幸せものね」

 

「あんたは……」

 

 人好きしそうな魅力的な笑顔で手を振る美少女に楓は言ってやった。

 

「露出会長」

 

「生徒会長よ!」

 

 少女は叫んだ。そうして頬をぷぅとふくらませると、わたし怒ってますといった態度をとる。

 

「もう! 私だって立派な淑女なのよ? この柔肌を見せるのは将来を誓った相手だけだって決めてるの」

 

「ツッコミ待ちか? なら思う存分ツッコんでやるからまずはそこの姿見で自分の格好を――――あれ? 粉々になってる?」

 

 視界の端で千冬が反応した気がしたが、教員たる彼女が学園の備品を壊すことなどあり得ないので気のせいだと思う。そんなことを考えていると空色髪の少女は顔を赤らめて、目を伏せる。

 

「存分に突っ込むだなんて……さすがのおねえさんもそんな積極的にこられるとちょっと」

 

「自分の愛機で頭冷やせ」

 

 もじもじと体を捩らせると、少女の育った随所に思わず男の本能で目が追ってしまう。わざとらしい反応も、この行為も発言も、全て彼女の計算なのだから恐ろしい。それでも本能には逆らえないのだ。

 

 そう、彼女は出会ったときからそうだった。あれは臨海学校から帰ってきてしばらくのことだった――――……。




閲覧ありがとうございます。

>ようやく辿り着きましたアニメ2期!

新たなスタートはいきなりアニメ5話でしたが、ここから遡って再びこの時間軸に戻って参ります。相変わらず大まかな構想だけしかないですが、どうぞ行きあたりばったりな作風をよろしくお願いします。


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二話

 波乱の夏が終わった。

 

 臨海学校での銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)迎撃ミッションを含めた諸々、楓にとって今までで最も密度の濃い夏であった。夏休みなのに疲れるとはこれ如何に。

 

 出来ることならば二学期は平穏無事に過ごせたらいいなぁ……。

 

 ――――と、そんな楓の願いは当然の如く打ち砕かれる結果となる。

 

 それを楓本人が『ですよねー』とか言いながら現実逃避気味に受け入れてしまっている辺り、彼もこの騒がしい日常に慣れつつあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、夏が終われば当然季節は秋がやってくる。

 スポーツの秋。芸術の秋。食欲の秋。エトセトラエトセトラ。

 とまあ様々なことが思いつく季節なのだが、学生にとって夏休みの次にやってくる一大イベントの到来であった。

 

 

 ――――文化祭の出し物を決めてください。

 

 

 朝礼で副担任の真耶がほわんとした笑顔で言った。

 

 秋における学生達の一大イベント。即ち文化祭である。

 

 それはここIS学園も例外ではない。

 

 元より、仮に建前だとしてもここはあくまでも学校。本分は学業。一般常識を学び、社交性を養う場である。

 ISという一点を除けば、水準は変われど基本的に他の学校とやっていることは大差が無い。

 

 だが、その一点(・・)がこの学園の特殊性を生むのもまた事実である。

 

 学園は基本的に外部からの入場を厳しく制限している。関係者であってさえいくつもの書類と許可が必要になる。

 各国のIS機のデータも去ることながら、金の卵である学生達の情報。そしてあわよくばパイプ作り。

 形があるものから無いものまであらゆる宝が眠る学園から外に持ちだされると困るものは多い。

 

 しかし、以前のクラス対抗戦然り、対外的に行われる行事というのは存在する。学園祭もそのひとつである。

 

 無論、通常の学校がそうであるように誰もがフリーパスというわけにはいかない。先に挙げたように学園の外に持ちだされては困るものは数多くある。加えて、学園に妙な工作をされるのも困る。無制限の入退場を許せば必ず問題は起こる。

 

 そこで学園側は、生徒達に1人2枚ずつ招待状を配布。当然招待されるのは生徒達の親類もしくは知人。数の制限のみならず素性も容易く調べることが出来るようにする。

 他は学園運営側に関わる御偉方となる。

 

 これでも当日の警備――――教員達及び一部生徒――――よりずっと多い人数になるが、それでも問題が起きる可能性はかなり低くなる。

 

 とまあ、話はかなり逸れたものの、物々しさとは裏腹に文化祭というイベントの内容はやはり概ね他の学校と同じである。

 クラスごと、あるいは部活で出し物をしてワイワイやる。

 

 楓が在籍する1組も同じ。こうして冒頭の真耶の発言に戻るのである。

 

 

「お前らな~~ッ!!」

 

 

 クラス委員長として一時的に教壇に立つ好青年、織斑 一夏は眉間に険しいシワを寄せていた。

 原因は黒板風ホロに記された出し物の案である。

 

 

 1,織斑一夏のホストクラブ

 2,織斑一夏とツイスター

 3,織斑一夏とポッキー遊び

 4,織斑一夏と王様ゲーム

 

 

「お前ら真面目に決めろよ!」

 

 

 一夏が叫ぶ。

 

 しかしクラス一同、つまりは女子一同は『ええー、大真面目だよ?』とか真顔で言っている。実際彼女達は本気である。

 

 一夏という少年は見た目良し。古き日本男子たる男気あり。初の男性IS操縦者という話題性有り。さらには世界中の憧れ、織斑 千冬の弟という肩書まで持っている超々優良物件なのである。

 朴念仁のきらいはあれど、大したマイナス要素にはなりえない。

 

 つまりは彼はクラスのちょっと格好良い男子ではなく、ワールドクラスのアイドルなのである。

 上記の案はクラスの女子というより、世界中の淑女達が望むといって過言ではない。

 

 だがまあ、振り回される方はたまったものではない。同情しようではないか。ああ同情してやるとも。

 

 

「――――俺は悔しくなんてないからな!」

 

「おおう、どうしたんだよ楓?」

 

 

 窓際最後方。今まで悟りでも開きそうな雰囲気で、死んだ目で静止していた楓は、唐突に覚醒、立ち上がるなり人差し指を教壇の一夏に突きつけてやった。

 悲しいかな声が上擦っていた。

 

 

「畜生っ!! 織斑一夏とポッキー遊びに1票!!」

 

「うおい!?」

 

 

 唯一の味方かと思っていた親友のまさかの裏切りに一夏は絶望した顔になる。

 

 だが知ったことか。向こうが世界中の女子の願いならば、この叫びは世界の男子の呪詛だと知れ。

 

 楓の目からキラキラとした光が散った。けれど誰も見ていなかった。

 

 今日も学園は騒々しいぐらい平和であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間。廊下を歩く楓は独り言を漏らす。

 

 

「たく、ラウラは時々とんでもないこと言い出すもんなぁ」

 

 

 結局、出し物は今流行のメイド喫茶に決まった。一夏には執事となってもらう形で。

 

 発案者はなんとラウラだった。

 

 飲食店ならば経費の回収を望めるし、且つ噂のイケメン操縦士や美少女勢が奉仕となれば一般来場者にも大受け間違いなしだ。

 

 ドイツ出身の、しかも一夏に出会うまでは根っからの軍人であった彼女がどこでそういった俗物の知識を手に入れているのか訊いてみたところ、どうやら彼女の部隊の副官の入れ知恵らしい。

 はたして彼女の副官がわざとなのか本気なのかはわからない――――が、面白いので楓は黙っておくことにした。

 

 なにより今回に限っていえばグッジョブであるし。

 

 

「ウチの学校レベル高いからなぁ」

 

 

 クラスメート達が超ミニのメイドさんコスプレ(願望)で動き回る姿を思い浮かべて今から顔をだらしなくゆるませる。

 

 いっそ担任ということで千冬もメイド服を着てくれないだろうか。着てくれないだろうなぁ。真耶ならゴリ押せば着てくれると思う。

 

 などと邪念に満ち満ちていた思考は、体がブルリと震えるのを機に本能に割り込まれる。

 

 そも楓は休み時間にどこにいこうというのか。次の授業は普通座学で移動教室ではない。ならばどこにいくのか。

 トイレである。

 別段特別なことでもなければ、人間として当たり前の生理現象といえるだろう。

 

 ただ問題がひとつ。

 

 改めて言う必要もないが、この学園は本来女子校といって相違ない。ISが女性にしか乗れない以上、それは当然だ。一部教職員及び従業員に男性がいるだけで、基本この敷地内に男はほとんどいない。

 自然、施設も女性専用となる。トイレも。

 そう、学園のトイレのほとんどは女子トイレなのだ。

 

 しかし、楓や一夏がまさか女子トイレを使うわけにはいかない。

 無論、男子トイレがまったく無いわけではないのだ。一部従業員や時々訪れる来賓用に、ひとつだけ存在する。この馬鹿広い建物にひとつだけ、だ。

 それも使う人間が生徒を前提にしていない為、トイレの場所は職員室に近い。そして楓のクラスは建物内で最も職員室から離れている。

 

 イコール、男子トイレが遠い。

 

 これが中々不便なのである。

 休み時間が始まるやいなや真っ直ぐ目指して、用をたして真っ直ぐ戻ってきてちょうど短い休み時間が終わる。故に普段は時間が多い昼休みまで我慢するのだが、体の要求をそう毎度コントロール出来るわけもなし。

 

 

「これ真剣になんとかなんねえかな。けどトイレ増やしてくれって誰に言えばいいんだ?」

 

 

 ぶつぶつ独り言をぼやきながら、ようやく見えてきた青い人型マークを見つけて足を早める。

 少し重い扉を押して開けて――――、

 

 

「待ってたわよ」

 

 

 バタン、と間をあけず閉めた。

 

 

「………………」

 

 

 今、トイレの中に女の子が見えた。学園の制服。青い髪。扇子を持っていた気がする。

 

 楓は眉間を揉む。最近色々あって疲れているのかもしれない。

 

 今一度、扉の上にある標記を確認。うん、間違いなく男子トイレである。

 

 ほっ、と安堵した後扉を押し開けた。

 

 

「いやぁ、参った参った。男子トイレで女の子が待ち構えてる幻覚だなんて、どんなアブノーマルな出会い求めてるんだっての。我ながら恐ろしい――――」

 

「急に閉めるだなんて酷いじゃない。おねえさん、悲しい」

 

「………………」

 

 

 いた。女の子がいた。

 

 学園の制服を着た、青い髪の、控えめにいっても美少女が。開いた扇子で顔の下半分を隠しながらわざとらしくシクシク泣いている。

 けど彼女がいるここは男子トイレだった。

 

 

「ふっ」

 

「?」

 

 

 小さく笑った楓に、少女が訝しげに首を傾けた。

 

 可愛らしい仕草だと思う。でも楓はそんなことをとりあえず頭の片隅に置いておいて、叫ぶことにした。

 

 

「きゃああああ! 変態!!」

 

「なんでちょっとオネエなの?」

 

 

 少女の方が堂々としていた。男子トイレなのに。




閲覧ありがとうございましたー。

>更新が二ヶ月も空いてしまい、お待ちしてくださっていた方(がいればいいなぁと思いながら)申し訳ありませんでした!

>というわけで、今話は時系列的には前話より遡って、アニメ2期の2話になります。会長とは初対面です。

>トイレ問題は実際原作どうなってるかは知らなくて、私の想像です。寮は部屋についてるとして、なら学園内はどうしょうかな、と。でもまあさすがに一箇所は酷すぎましたかねw

>次話も問題なければわりとすぐ更新出来るかと思われますのでー。
ではでは次回!


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三話

「私の名前は更識(さらしき) 楯無(たてなし)。この学園の生徒会長なのだー。はい、拍手拍手」

 

 

 空か海といった綺麗な青い髪。箒並にスタイルの良い肢体は学園指定の制服を纏っている。そしてなにより特徴的なのが、表情だ。

 甘えるような、しかし決して媚びる様子の無い艶やかな微笑み。

 

 例えるなら猫。普段用がないときは呼んでも一顧だにしないくせに、自分が構って欲しいときは擦り寄って甘えた声を出す。

 わかっていながら憎めない。払いのけることが出来ない魔性を秘めた少女。

 

 きっと彼女はたくさんの人に好かれているのであろうと、楓は目の前の少女に漠然とした印象を持った。

 

 そんな彼女の正体は、彼女自身が口にした通りこの学園の生徒会長である。

 最近までなにかの用事で長期不在だったが、ついこの間ようやく帰ってきて、全校集会で改めて自己紹介をしていたのは記憶に新しい。

 

 

「んん? もしもーし? みんなの生徒会長だぞー」

 

「知ってるし!」

 

 

 リアクションが無いことが不満だったのか、あまりにも異性に対して不用心に顔を近付けてこちらが慌てて身を引くと嬉しそうにコロコロ笑った。

 

 

「ならもっとリアクションが欲しいなぁ。ノリが悪いと女の子にモテないぞ!」

 

 

 ちょっとグサリときた。

 

 

「――――って違う違う! なんであんたこんな所いるんだよ! ここ男子トイレだぞ!? 右向いても左向いても、ついでに上向いても女ばっっっっかりのこの学校で数少ない男の安息の場所なんだぞ!?」

 

「上向いても……。君、女の子のパンツ覗き見たら犯罪だよ?」

 

「たとえだけどごめんなさい!」

 

 

 全力で頭を下げた。

 

 恐ろしい。もしこの少女、楯無が『御堂 楓は女の子のパンツを覗き見る変態だ』とか言いふらせば冤罪だろうと関係ない。この学園内で彼女と楓、女と男の発言権、どちらが上かなど今更考えるまでもない。

 

 しかしそこでふと楓は思い出す。

 

 

「なら男子トイレで待ち構えてるお前はなんだよ?」

 

 

 そう、男が女のパンツを覗くのは犯罪だ。けれどそれは逆の立場であっても同じことが言えるはずだ。

 

 楯無は顔を背けた。開いた扇子で口元を覆い隠した。

 

 

「だって仕方ないじゃない。一夏君とコンタクト取るのは簡単だったんだけど、貴方はそうはいかないんだもの。さすがの私もあの織斑先生の部屋で裸エプロン……に見せかけた水着エプロンで待ち伏せは出来ないわ」

 

 

 なんか凄い耳を疑うワードがたくさんあった。

 

 

「一夏にはやったのかよ!」

 

「あら、まだ未遂よ?」

 

「やる気満々だよな?」

 

「今夜」

 

「逃げろ一夏あああああ!!」

 

 

 教室にいるであろう親友に向けて警告を叫ぶ。

 だが無駄であろう。この少女はやるといったらやる。

 

 楓の直感であったがそれは正しいのである。

 

 

「――――で?」

 

「ん?」

 

 

 コントじみたやり取りはもうそこそこにして話題を戻す。

 楯無の方はわかっているくせにわからないといった調子で首を傾げる。

 

 一々の仕草、視線や間に至るまで計算され尽くされたかのように奇妙な好感を抱かせる。

 実際どうなのだろうか。全て計算なのだとするとかなり恐ろしいものだが。

 

 内心で抱く恐れを、わざとつっけんどんな態度を取ることで誤魔化す。

 

 

「生徒会長様はこんな所になにをしていらっしゃったのでしょうか?」

 

「そんなに畏まらなくていいわ」

 

「違えよ。皮肉ってるんだよ」

 

 

 荒んだ視線も軽やかな笑みで受け流される。

 

 

「フフ、用はもう済んだわ」

 

「はあ?」

 

「御堂 楓君。公式上(・・・)、2人目の男性IS操縦者の貴方に会いたかったの」

 

 

 赤茶けた瞳を細める。

 

 

「貴方は一夏君とは違って心配なさそうだから。それでも顔合わせだけはしておきたかったの」

 

 

 本当に本気で、楓は少女の言葉の意味がわからなかった。

 

 しかし彼女はその疑問に答えることなく『じゃあまたね』とだけ言って極々自然に男子トイレから出て行った。

 

 旋風のような少女だった。そしてその風があの朴念仁にちょっかいを出すというならば、それは彼の周囲を巻き込んで大きな嵐となるのだろうと予測出来た。

 

 

「はぁ……」

 

 

 それに巻き込まれるとすると、今から憂鬱で仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓との接触を済ませた楯無は、すでに次の行動に移っていた。本命である(・・・・・)一夏との接点はすでに作ってある。

 

 更識家。

 

 それはこの日の本において特別な意味を持つ家の名である。更識が負うその役割とは、対暗部用暗部。

 文字通り、裏で蠢く不貞の輩を排除するさらなる裏。闇を喰らう闇の一族。

 

 そして彼女が背負う『楯無』の名は、代々更識家当主に受け継がれてきたもの。

 代を数えれば彼女で十七番目である。

 

 そんな今代の楯無は、今最も厄介な案件を抱えている。厄介さでいえば歴代でも1、2を争うやもしれない。

 なにせ世界を一変させた兵器、インフィニット・ストラトスを、まさか男で操る者が現れたのだから。

 

 ISが発表された直後――――正確には、現在も表向きには(・・・・・)まったくの原因不明とされている『白騎士事件』の直後――――も慌ただしいものだったが、男性操縦者の出現はそれに輪を掛ける衝撃だった。

 なにせそれを解明することは、今尚未知数であるISを解明することになるかもしれない。そうならずとも、今は女性しか操れないISを一夏達のように他の男でも扱えるようになるかもしれない。

 そうなれば再び世界はひっくり返る。

 

 別に、彼女個人としては世界がひっくり返ろうが宙返りしようが知ったことではない。最愛の妹さえ平穏無事ならばどんな世界でも受け入れるだろうし。

 しかし、急激な変化は望まない。

 ISの登場がそうだったように、急激な変化は世界を酷く歪ませる。

 

 ISという超科学の結晶は確かに世界の技術レベルを大きく躍進させ、多くの人間に感動を与えたが、その裏では同じ数の人間が……いいや間違いなくそれより多くの悲劇が生まれた。

 

 それもこれも、世界はあまりにも急激な変化に耐え切れなかったのだ。

 

 軍事技術は天井知らずに伸び続け、国同士の争いは小競り合いを含めれば目に見えて増えた。

 どこもかしこも表面上は友好を謳い、腹の中は他国を出し抜くことばかり考えている。

 女尊男卑は露骨化し、今や女が男をあごで使う光景は日常風景だ。

 国のトップの多くが女性に取って代わり、ISが兵器の主軸に置かれる今、女性軍人も珍しくはなくなった。

 

 ――――だとしても、やはり楯無には関係の無いことだった。

 『楯無』としては頭に入れて理解しておかねばならない事柄だが、彼女個人としては世界の舵を男が取ろうが女が取ろうが構わない。真っ当な人間が、上手く舵をきってくれるならば文句など無い。

 

 けれど、やはり悲劇は少ないに越したことはない。

 誰だってバットエンドよりハッピーエンドを望むように、楯無という少女もまたハッピーエンドを好む人間であった。

 

 だから彼女は件の男性操縦士達にコンタクトを取ったのだ。今世界が最も注目している彼等に。

 

 ISの生みの親である篠ノ之 束はもちろんのこと、世界にとってイレギュラーである織斑 一夏。そして御堂 楓。

 

 束は各国が多額の賞金まで懸けているにも拘らず未だ行方知れず。

 しかし一夏と楓の2人は居所はもちろんのこと、なんなら個人情報だってそれなりの力を持つ者なら容易く得ることが出来る。

 

 束は無論、ISというブラックボックスを解明する鍵になり得る者。

 どちらが手に入れやすいかと問われれば、考えるまでもないだろう。

 

 幸いあまりにも多くの目があるあまり、互いに互いを牽制し合うこととなって、結果どこも身動きが取れずにいる。下手に動いてしくじれば、待ってましたと追い落とされ爪弾きにされてしまう。

 

 しかしそれも時間の問題だ。彼等を狙うのは国だけではない。

 企業。組織。個人を含めれば綺羅星の如く存在する。

 その中の誰がいつ痺れを切らすとも限らない。

 

 それを防ぐべく楯無は『更識』として行動を起こした。

 

 といってもやることは大方決まっていた。ひと通りの情報はすでに揃っていたし、これから必要になりそうなあらゆることへの根回しは同時進行で進めている。

 

 あとは、2人に直接会うことで、事前の情報で構築したプランに修正を加えるだけ。

 データや人づてのものももちろん必要だが、生の情報というのはどうしても必要になる。机上だけで物事を全て上手く回そうとする輩は、神になったつもりの大馬鹿者だ。

 

 そんな事情から実際に顔を合わせてみた結論は、まあ概ね予想の範疇といったものだった。

 

 織斑 千冬の弟である織斑 一夏は噂通り見た目は美形、中身は天然君。頭が悪いわけではないようだが、少々回転が遅い。それになにより危機意識が絶対的に足りない。

 自身や、彼の専用機である白式の価値というのがわかっていない節があり、楯無がその気になれば今日だけで3回は誘拐強奪殺害の機会があった。

 彼については要監視及び対策の必要性有り。

 

 逆にもうひとりの男性操縦士は落ち着いたものだった。

 コントじみたやり取りの間も、常に楯無との距離を一定に保ち警戒をゆるめなかった。

 

 実力もあの千冬の御墨付きだというし、彼については特別対策を立てる必要はなさそうだ。

 

 ――――でも、

 

 

「んー。それはそれでこう……悔しかったりするのよねえ」

 

 

 ――――『次はお色気で迫ってみようかしら?』。そんなことを考えながら少女は、当面目を光らせる必要のある問題児の背中を見つけて歩を早める。

 

 扇子を閉じた小気味良い音が廊下に反響した。




閲覧ありがとうございました!

>きました次話!といっても時間的にも展開的にもそれほど進んでおりませんが……。

>次回辺りにでもバトルシーンに突入できたらよいなぁ、と思いつつ、意外とこの作品はこんな日常を繰り返す方が性に合っているような気がしないでもない。

>次も割りと早めに書けたら、いいや書いてみせると意気込んでどうぞゆるりとお待ちくだされ。


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四話

 嵐は思ったよりも早くやってきた。

 

 それは最早日課となった放課後の一夏の特訓が行われるアリーナへの道中、楓は項垂れる銀髪少女の背中を見つけた。

 

 

「ラウラ?」

 

 

 背中の主はまず間違いなくドイツ代表候補生、そして楓や一夏達のクラスメートであるラウラ・ボーデヴィッヒのものだった。

 

 しかし妙だ。何故彼女は今時分、こんな場所にいるのだろうか。

 

 というのも、目下一夏の特訓は楓を除いた5人のメンバーがそれぞれ教官役をローテーションしている。はじめは全員が一斉にあれやこれや一夏を言葉でコテンパンにしていたのだが、傍目からはもちろん、本人達をしてさすがに効率が悪いと気付いたのがきっかけだ。

 それに、放課後の特訓は一夏に合法的につきっきりになれる数少ないチャンス。各々不服はあれど当番制で話は落ち着いたのだった。

 

 そして楓の記憶が正しければ今日の当番はラウラだったはずだ。ラウラを含め、彼女達にとっては指折り数えるほど待ち焦がれた日だったはず。

 鞄を部屋に置いて、ついでに所用を済ませてから向かった楓が追いつくはずがない。

 

 なにかあったのだろうか、というのはあの後ろ姿を見れば瞭然である。

 

 

「なーにしょげてんだよ」

 

「……ああ、御堂か」

 

 

 近くまで寄って声をかけると、ようやくながらこちらの存在に気付いた。緩慢な動きで振り返り、光を失った隻眼が向けられる。

 普段なら、後ろから近付こうものなら射殺さんばかりに睨みつけるぐらいはしてくるだろうに。

 

 なるほど、重症のようだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ありありと重苦しいため息を吐くラウラ。

 

 

「なにかあったのか?」

 

「………………」

 

 

 定型文の質問をするも、彼女は口を開かない。

 

 埒が明かない。とはいうものの、このまま放っておくわけにもいかない。

 彼女はクラスメートで、席はお隣さんで、そして友達なのだ。

 友達が明らかに落ち込んでいるのを見つければなんとかしてやりたいと思うのは普通のことだ。

 

 御堂 楓は薄情な人間ではないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 学園敷地内には大きなビオトープがある。四季折々の木々に囲まれた池には、鯉などの水棲生物が放されている。

 入学案内やホームページなどには生徒達のリラックス効果を謳っているが、実際どれほどの効果があるのかは不明。そも寮からも校舎からも遠いので誰も好んで寄ることはない。

 

 そんな池の畔に申し訳程度に設置されたベンチに少女は腰を下ろしている。いいや、正確に言い直すならば座らされている。

 

 

「おい!」

 

「なんだよ」

 

 

 再三の呼びかけに、背後の男はようやく返事をした。

 

 ラウラはとりあえずこの状況を問いただすことにした。

 

 

「一体私はこんな所で何をしている?」

 

「見ての通り髪をとかされてるんだろ?」

 

 

 あっけらかんと楓は言った。

 

 事実その通り、ベンチに座ったラウラの髪を楓は取り出した櫛でとかしている。

 

 しかし言いたいことはそんなことではない。

 

 

「そうではない! 何故私がお前に髪をとかされなくてはならないんだ!?」

 

「お前なぁ」呆れ混じりに楓は肩を竦め「あんだけ負のオーラ全開にしておいて放っておけってのが無理だろ」

 

「お前には、関係ない」

 

 

 脳裏に蘇る保健室での光景。

 それを振り払うように顔を振った。

 

 

「だあーじっとしてろ!」

 

「むがっ」

 

 

 無造作に頭をホールドされた。首が嫌な音をたてた気がする。

 

 どうにか逃れられないかと思案するラウラだったが、楓は逃がす気はないらしく再び櫛で髪をすく。

 気落ちしていたということもあって無理矢理逃げる気力も無い。

 

 ラウラは諦めて為すがまま大人しくすることにした。

 

 それからしばらく、楓が一方的に髪をとかし続ける。

 

 

「どうだ中々上手いもんだろ?」

 

 

 頭の後ろで自慢気に言う楓。

 

 確かに、彼の言う通り楓の手つきは妙に慣れていた。

 引っ掛けることもなく櫛は流れ、不思議と眠たくなるような心地良い安心感があった。

 悔しいので言わないが。

 

 そも、普段から櫛を持ち歩いているということからして不思議でならない。

 女であっても化粧道具を持たないラウラのような例外がいるように、男でそういった物を常備する者もいる。

 

 しかし楓がそういった種類の人間だったのは正直意外だった。

 

 その答えは続く言葉で回答となる。

 

 

「束の奴も無頓着でさ。髪がはねようが爆発してようがお構いなしでやんの」

 

 

 篠ノ之 束。

 

 ISの開発者にして世界をひっくり返した科学者。箒の姉にして、千冬や一夏と親しくする女性。

 

 臨海学校で本物を見たが、初対面であったラウラははじめあれ(・・)が本当に本物だとは信じることが出来なかった。

 精神年齢は正しく子供。千冬や箒に抱き着いたり胸を揉もうとしたり、やることなす事馬鹿ばかり。

 

 これが時代を変えたISの創始者。世界に天災とまでいわれ恐れられる存在だとは俄に信じられなかった。

 

 しかしその評価はすぐに変わった。

 

 異常な速度のセットアップ。そして《紅椿》の絶大な性能。

 

 未だ世界が机上という空想ですら実現出来ない第四世代という未来機を、現実のモノとして顕現させた彼女はやはり通常のものさしなどでは測れないのだろう。

 

 楓は、後ろの少年はそんな人物と住んでいたという。専用機まで貰ったと。

 

 そのことを彼は一切隠そうとはしない。かといって自慢げに率先して吹聴しているわけでもない。

 最初は浅慮な男だと思った。

 千冬をはじめ周囲の者が情報規制しなければ大変なことになるというのに。

 

 けれど最近わかった。彼はただただ『普通』なのだ、と。

 

 誰だって家族のことを訊かれればどんな人だか答えるだろう。嬉しかった誕生日プレゼント。どれだけ嬉しかったか聞いて欲しくて友達に喋ったりするだろう。

 

 彼がしているのはただそれだけだったのだ。

 

 楓は束を特別扱いしない。家族としての特別はあるだろうが、世間が束に思う『特別』とはまるで違う。

 

 彼にとって束という女性は世界をひっくり返すほどの大科学者で、けれど子供っぽくて手の焼ける……そんな家族なのだ。

 あるがままを受け入れる。受け入れることが出来る。

 だから彼は平然と束を家族と言うことが出来る。

 

 それは素直に凄いことだと思う。

 

 箒が束に劣等感を抱くように、一夏が千冬に憧れるように。

 血の繋がった実の兄妹であってもどこか一線を引いてしまう、一種の神聖視してしまうほどの人物を、同じ目線で語れてしまう楓はやはり凄いと思う。

 

 

「――――私は、負けたのだ」

 

 

 気付いたら己の心の内を吐露していた。気付いても、すでに溢れてしまった言葉は止まらない。

 

 保健室での一件。

 

 特訓の時間だというのに中々姿を見せない一夏に業を煮やして探し回って、千冬に保健室で見かけたと聞いて急いで行ってみれば、生徒会長に膝枕をされて慌てふためく光景を見せつけられた。

 つい本気で襲いかかってしまったそれを、あの会長は座ったままいなし、首元に一撃を寸止めしてみせた。

 

 

「正面から仕掛けて、無様にあしらわれた……!」

 

 

 完敗だった。悔しかった。――――だけど、

 

 

「だが、私はそれよりも自分が腹立たしい! 敗北を認めてしまった! 去っていくあいつの背中を黙って見送ってしまった……!」

 

 

 視界が滲む。膝の上で握った拳がポタポタと湿っていく。

 

 弱いことが悔しかった。

 

 実力で楯無の暴挙を止められなかった力が。そして、敗北を認めて諦めてしまった心が。

 

 悔しくて、それ以上に情けない。

 

 せめて押し殺して泣くことが、少女にとって最後の意地だった。

 

 

「――――ほい完成」

 

 

 はたしてどれくらいそうしていただろうか。

 

 泣き喚くのを堪えるのに必死で時間の感覚を失っていたラウラは、両肩をポンと叩かれることでようやく我に返る。

 

 

「見てみろよ」

 

 

 後ろから伸ばされた手は小さな鏡を持っているようだった。

 涙で視界がグチャグチャだったのでよく見えない。

 

 乱暴に袖で拭う。

 

 きっと泣き腫らした酷い顔が映っている。

 そう思いながら、晴れた視界に飛び込んできたのは――――、

 

 

 なんかすっごいドリル頭になった自分の頭だった。

 

 

 鏡の端でプルプル震えながら口元を押さえる少年の顔を見つける。

 

 

「な? すっげー変だろ?」

 

 

 殴ってやった。全力で。顔面を陥没させる勢いで。

 

 

「っっ……!!??!!?」

 

 

 ゴロゴロ足元を転げる楓は声にならない悲鳴をあげているが知ったことではない。

 

 

「遺言程度聞いてやろう」

 

「いや、あまりにも反応がなかったからつい悪戯心が」

 

「目標を撃滅する」

 

 

 レーゲンまで全身展開させてレールガンの砲口を突きつける。引き金を引けば跡形も残らない。いや、残さない。

 

 

「ようやくらしくなったな」

 

「?」

 

「やっぱラウラはそうやってツンケンしてる方がらしいって言ったの」

 

「…………はぁ」

 

 

 長い長い沈黙を経て、ラウラはレールガンを下ろす。

 

 結局、彼はそういう人間なのだ。

 

 弱音を吐き出し、泣いて、そうして最後に暴れたことで、ラウラの鬱屈としていた心は晴れていた。

 

 ラウラのことを『強い』と思っている同級生達には出来ない。『幼い』と甘やかしてくれる千冬にも出来ない。

 

 落ち込んでいた友達を元気づけてやろうと道化を演じる。自分なんかを、『普通の友達』だと思ってくれる彼だから出来たこと。

 

 

「お前には当分敵いそうにないな」

 

「今まさに致命傷負ったけどな」

 

 

 軽口は減らず、思いやりに溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と共に第二アリーナへと足を運んだ楯無。

 

 アリーナにいたシャルロットとセシリアに協力を取り付けて、今は一夏の特訓の真っ最中。

 

 それを観客席から眺めながら、彼女はふと先ほどの保健室でのことを思い出していた。

 

 

(ちょっと強引にやり過ぎちゃったかなぁ)

 

 

 一夏との接触を見せつけることでラウラを挑発し、力で捻じ伏せ納得させる。

 

 一夏の早急なレベルアップの為に教官役は譲れない。勝ち取るには有効な手段だとは思ったが、少しばかり強引だったかもしれないと彼女は反省していた。

 かといって最善であったのは事実なので後悔はしていない。

 

 

「なるほどね。一夏の射撃能力の向上ってよりは、どっちかっていうと接近戦に持ち込むアプローチの訓練か」

 

「楓!?」

 

 

 隣のシャルロットがいち早く声に反応して振り返るなり背後の人物の名を呼ぶ。

 

 一方で楯無は、敢えて焦らすようにゆっくりと振り返った。

 

 おしゃれではないものの最低限清潔に整えられた髪。身嗜みの良さに反して人相の悪い目つき。

 この学園内で一夏と同じくするイレギュラー。

 

 御堂 楓。

 

 

「その通り。よくわかったわね」

 

 

 何故今ここに彼がいるのか。

 

 内心の疑問をおくびにも出さないで、楯無はただ悠然と微笑む。後輩を褒める優しい先輩として。

 

 一方で、楓は悪い笑みを浮かべている。

 

 それが妙だと感じた。

 彼は外見こそ悪人面でも実際の性格は限りなく善人である。むしろ悪人面である見た目を自覚していて、なるべくそう見えないよう健気に努力している。

 

 しかし今は、わざとらしいほど威圧的な笑みを作っている。

 

 

「なあ、みんなから聞いたけど、あんた学園最強なんだって?」

 

 

 決してこちらからは切り出さない。そうして相手の出方を窺っていると、彼はそう質問してきた。

 

 

「ええ。この学園の生徒会長というのは、即ち最強の称号なの」

 

「最強のあんたが教えれば、一夏は強くなるのか?」

 

「少なくとも、今よりはずっとね」

 

「最強のあんたが教官としては適任ってわけだ」

 

「そうよ。――――随分こだわるのね?」

 

 

 『そうか』と彼は呟いた。

 

 直後、楓の体を光が包み込み、光が消えたそのときには漆黒の機械鎧を纏っていた。

 

 突然のISの展開に慌てふためくシャルロット。一夏とセシリアも騒ぎに気付いて降りてきた。

 

 楯無だけが泰然と、正面から楓に向かい合った。

 

 

「なんのつもりかしら?」

 

「いやね、最強が一夏の教官役だっていうんなら――――俺があんたを倒せばあんたは御役御免ってわけだよな?」

 

 

 思わず弛んだ口元を開いた扇子で覆い隠す。

 

 その扇子には筆文字で2文字が記されている。

 

 

「面白いことをいうのね」

 

 

 『最強』と。




閲覧感想ありがとうございますー。

>三話あとがき通り、意外と早く更新出来てよかったよかったと胸を撫で下ろしております。
しかしバトルシーンは嘘ぶっこきました。すみません。次話は間違いなく戦います。戦いますとも!

>今回の話を読んだ後、きっと疑問に思った方もおりましょう。福音のときといい、何故この作品はラウラの出番が多いのだろうかと。

一章からいるポニテ箒とかテンプレ金髪お嬢様セシリアとか、ツインテール鈴音とかボクっ子シャルロットとかもっと出せよ、てかそもそもメインヒロイン千冬さんじゃなかったのかよ!2期編まだほとんど出番ないじゃん――――と。

ええ、この奇々怪々、難透難解なこの疑問にお答え致しましょう。

何故なら……私がラウラが好きだから!

驚きましたか?驚いたでしょう。
私自身驚きですよ。まさか己の好みが故に作品のメインヒロインないがしろとか。

…………いやほんと、我ながらしっかりしろよと思いました。反省しています。

後悔はしてないですけども!!(おそらく懲りません)


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五話

「楓、本当にあの生徒会長と戦う気?」

 

 

 第二アリーナの端っこで黙々と準備体操をしている楓。

 

 それを窺っていた一夏達だったが、意を決したようにシャルロットが口を開いた。

 

 

「ああ。もちろん」

 

 

 事も無げに即答する楓に、シャルロットは益々不安を覚える。思わず力の入った手が拳を作ってしまう。

 

 

「そんなに強いのか?」

 

「……うん」

 

 

 柔軟を続けながらの楓の質問にコクリと頷いて答える。

 

 

「IS学園において、生徒会長っていうのは生徒達のトップなんだよ。あの人も言っていたように文字通り最強の称号。今日までその座を狙って襲ってきた人達を、あの人は全て返り討ちにしているらしい」

 

 

 それに、と続ける。

 

 

「あの会長は僕達候補生とは違う。ロシアの国家代表なんだ」

 

 

 国家代表。セシリアや鈴音、ラウラ達候補生とは違う。正真正銘、国を背負って戦うことを許された本物の代表操縦者。

 

 

「ロシア?」一夏が首を傾ぐ「あの人ロシア人なのか?」

 

「ううん。詳しい情報はわからないけど日本人、のはず」

 

 

 シャルロットが父の命令で学園に入る前に与えられていた知識の中には勿論、学園の重要人物ということで楯無の情報も入っていた。否、正しくは、ほとんど情報らしい情報は存在しなかった。

 先程一夏達に説明した以上の情報を得ることが出来なかった。腐っても未だ世界クラスの大企業たるデュノア社の総力をもってして、更識 楯無という少女の情報をほとんど得ることが叶わなかったのだ。

 

 たしかに国家代表ともなれば、その個人情報は秘匿性も最高機密に類する。だがしかし、彼女に関してはあまりにも情報が少なすぎた。

 ただ父が、学園に出立する直前こう言っていたのは覚えている。

 

 更識には手を出すな、と。

 

 それが果たして学園の長たる彼女を敵に回すなという意味だったのか。それとももっと別の……。

 

 

「へえ、代表ってことは千冬さんとまではいかなくてもワールドクラスの実力ってわけだ。そりゃ楽しみ」

 

 

 シャルロットの不安と裏腹に、当の本人は手を叩きそうなほど喜んでいた。

 

 

「はぁ……まったく」

 

 

 一夏といい楓といい、どうしてこう男の子は男の子なのだろうか。正直自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 

 シャルロットが苦笑を浮かべているとピットから1機のISが飛び出してくる。つい見惚れてしまうほど華麗なターンを決めながら、ISを纏った楯無はシャルロット達の目の前に降り立った。

 

 

「お待たせ」

 

 

 楯無の登場を機にシャルロット達はアリーナの客席へ移動する。

 

 アリーナ中央で楓と楯無が向かい合う状態になった。

 

 

「それがあんたのIS?」

 

 

 開始の合図を待つ間に、自身もISを纏った楓が尋ねる。

 

 集中を高めるべき戦闘前に軽率な行為とも思われるが、訊かれた楯無の方も特に気にした様子はなく、不敵な笑みをたたえて答えた。

 

 

「ええ。名前は《霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)》よ」

 

 

 ミステリアス・レイディ。

 

 機体カラーは彼女の髪の色と同じ水色。機体装甲が全体的に薄いのが特徴的で、見た目通りの性能ならば攻撃力か、はたまた楓の八咫烏と同じスピードに秀でているのだろうか。

 武装は右手に携えたランス。加えて、左右一対に浮かぶ謎のパーツ。ビット、或いは非固定型の特殊武装。

 

 最強と謳われる彼女の専用機だ。外見だけで性能の全てを予測するのは不可能な話である。

 名の通り、正しく謎という(ベール)に包まれた機体であった。

 

 

『それじゃあ、始めましょうか』

 

 

 軽々な調子で楯無は言う。

 

 そも、霧というならば機体の主たる彼女も同様だった。

 

 一見お調子者に思える彼女の表情ひとつ、挙動ひとつ取って隙があるようでまったく無い。それはつまり彼女はそう演じているのだ。

 学園の生徒会長にしてロシアの国家代表。元より実力が抜きん出ているのは明らかだが、彼女には他にも秘密があるのではないか。

 

 

『学園最強の実力、じっくり教えてあげるわ。可愛い新入生(ヒヨコ)君』

 

「っ!」

 

 

 空気が変わった。それは楯無が戦闘態勢に入ったことを意味しており、同時にそれが単なる小手調べの威嚇であることをシャルロットは理解した。理解して尚、直接向けられてない気迫に気圧された。

 

 思わず制服の胸元を強く握り締めてしまい、相対する楓を見やり、シャルロットは再び驚く。対峙する楓に緊張など欠片も見えなかったのだ。

 直接圧をかけられている彼は、それどころかその顔に楯無同様不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

『……ふーん』

 

 

 楯無の眼の色が変わる。僅かにその瞳に興味が滲んで見えた。

 

 

『少しは楽しめそうかな』

 

『楽しむどころか、その霧吹き飛ばしてやるから覚悟しろ』

 

『やれるものならどうぞ』

 

 

 互いの牽制は終わった。直後――――戦闘開始のブザーがアリーナに鳴り響く。

 

 

『――――っ』

 

 

 最初に動いたのはやはり楓。

 

 瞬間加速並みのゼロスタートで一気に間合いを潰しにかかる。

 

 いきなりの特攻に、或いは八咫烏の速度に面食らった様子の楯無だったが、そこは流石学園最強。即座に突き出したランスは正確に楓の動きを捉えていた。

 

 迫るランスを得意の見切りで躱す楓だが、楯無の巧みな槍捌きにあと一歩が詰め切れない。

 攻めあぐねていると見た楯無が微笑を零す。

 

 楯無はやはり強い。

 

 開始と同時に仕掛けた楓の突進を初見でありながら見切って止めた。その後も重武装のランスを巧みに操り懐に入れさせない。

 楓が不用意に飛び込めば薄い装甲を狙いすました一撃が襲うだろう。

 

 誰が見ても、戦いの流れを掴んだのは楯無であると思っただろう。

 

 

(いや違う……!)

 

 

 シャルロットが、いいやおそらくは一夏やセシリア、彼と戦ったことのある者がこの戦いを見ていたなら誰もが気付いただろう。

 

 

「ああ、違う」

 

 

 同じことを考えていたのだろうか、隣りにいた一夏が思わずといったように口に出した。

 

 

「あいつはもっと速い……!」

 

『な!?』

 

 

 ランスの先端をくぐり抜けた楓の姿が一瞬霞む。その残像が消えるやいなや、楓は楯無の懐深くに踏み込んでいた。

 

 決して楯無が油断したわけではなかった。その証拠に、驚きに顔を歪めたのは一瞬。一歩下がったそこは再び彼女の間合いである。だが、そこにいるはずの楓は消え去っていた。

 

 

『いない!?』

 

 

 今度こそ、楯無は驚愕に動きを止めた。

 

 改めて周囲を探す必要はなかった。楯無の背後を、楓は完全に取ってみせた。

 

 

『油断……じゃないわね。噂以上の機動性能だわ』

 

 

 肩を竦めて楯無は言う。槍を下ろして脱力した姿は、すでに己の敗北を受け入れているかのようだった。

 

 

(楓が勝った……?)

 

 

 たった一度。されど実力を示すには充分な結果である。

 真正面から撃ち合って、楓は見事彼女の背後を取ったのだ。

 

 あまりにも呆気ないようだがこれで勝負は、

 

 

『おいおい、負けた芝居するつもりならもうちょい悔しそうな顔しろよ』

 

「え?」

 

 

 突如楯無へ向けてかけた楓の言葉をシャルロットはすぐに理解出来なかった。

 

 ただ、言葉を投げかけられた楯無だけがクスリと笑う。

 

 

『あら、バレちゃった?』

 

 

 妖艶に微笑む少女の姿がドロリと溶ける。否、水となって弾け飛んだ。

 

 

『ざーんねん。油断している後ろからイタズラしようと思ってたのに』

 

 

 再び楯無が姿を現したのは楓の背後、数メートルの間合いを取った位置だった。

 

 先ほどまで彼女の姿をかたどっていた水はまるでそれそのものに意志があるかのように空中を漂い楯無のもとへ。水のヴェールとなって主を包み込む。

 

 

「水?」

 

『ただの水じゃないのよ。これはISのエネルギーを伝達する特殊なナノマシンで出来ているの。つまりこの水は私の自由自在に動かせるってわけ』

 

 

 観客席にいるシャルロットの呟きを耳聡く拾った楯無が自慢気に語る。

 

 それだけ彼女はこの武装に自信を持っているのだろう。だからこそ、楓を見る目にはプライドを傷付けられた僅かな怒りが見て取れた。

 

 

『よく見破ったわね。どうやったの?』

 

『どうもこうも見たまんま。それが本物で無い以上、違和感は存在する。ISのハイパーセンサー()を完全に誤魔化せる方法ってのは案外とないもんさ』

 

『まあね。さすがにハイパーセンサーを誤魔化せるほど精巧な擬態は作り出せないもの』

 

 

 シャルロットは思わず喉を鳴らす。

 

 はじめからわかっていたことだがまざまざと思い知らされる。この2人のレベルは自分達とはひとつもふたつも違う。

 

 そんな自分に勝敗の予想など出来るはずもない。

 しかしこれだけは言える。

 

 この戦いは確かに、学園の最強を決める戦いだと。




閲覧ありがとうございましたー。

>今年はあと何度更新出来るかしら、と思いながらあと1回、2回更新はしたいなぁと無謀な想いを抱く今日このごろでございます。

>さてさてVS楯無さんです。実はこのバトル以降のストーリーが大筋以外さっぱり浮かんでいませんが大丈夫でしょうか!?大丈夫じゃないですねはい!

>次回もバトル。次々回にでもこの章を区切れたらなぁと考えております。
ではではまた次回ー


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六話

 千冬はモニター室でひとりアリーナの戦いを観戦していた。

 

 対暗部用暗部としてこの国の影で暗躍する一族、更識家当主、更識 楯無。

 相対するは『天災』篠ノ之 束が秘蔵っ子、御堂 楓。

 

 その戦いは、図らずも学園最強――――否、彼等の世代の現最強を決める戦いといっても過言ではない。少なくとも千冬はそう考えていた。

 

 千冬がこの戦いを知りえたのは無論偶然などではない。

 元々一夏をはじめとした重要人物には監視の『目』をつけるよう政府から学園に密命が下っている。政府側の身勝手な理由でそのような命令が下っていたならば鼻で笑って御免こうむると断ってやるのが千冬という人間だが、事実彼等を狙う存在は大小合わせれば星の数いる。故に、気は乗らずとも監視対象者の情報は誰よりも早く掴める。楓もその対象だ。

 

 ただ今回に限って言えばそんなことをしなくとも情報はすぐ耳に届いただろう。なにせ当事者たる彼女、楯無からは、事前に一夏と楓に接触することを直接聞いていたからだ。

 

 彼女の義理堅さを思わせる反面、『自分は私益の為に関わるのではなく、みんなの為にやっているのだ』という口実に思えなくもない。

 それぐらいには頭を働かせる人物である。楯無という少女は。

 

 試合開始直後、仕掛けたのは楓。相変わらずそのスピードは目を見張るもので、スピードだけなら世界クラスだと千冬をして言わしめる。

 一方で、一度は虚を突かれ背後を取られたかのような楯無だったが、それは彼女の専用機が造り出した水の分身であった。楓もまたそれを即座に見破る。

 

 

「ほう」

 

 

 思わず感心してしまうほど、両者の技量は千冬の予想を越えて高かった。

 

 国家代表である楯無はもちろんのこと、楓の実力の高さも千冬は今までの事件を経てよく知っている。それでもこうして同世代で、しかも近いレベルの者同士が戦うとその実力も正確に見えてくるものなのだ。

 この最初の、たった一度の攻防で千冬はそれを見た。

 

 IS操縦士としての実力とはなにか、と問われればなにを思い浮かべるだろうか。

 

 おそらく、まず初めに思い浮かべるのはIS適正だろう。他には、剣術や格闘技といった技が動きに反映されることを考えると操縦士の武術経験。激しい動きに耐え得る肉体強度。あとはIS戦闘の経験値辺り。もっと広義に捉えるならばISの性能も含まれていいと思う。

 

 それらも決して間違いではない。

 だがもっと根本的な話なのだ。

 

 ――――と、思考の途中で千冬は意識を背後に向けた。正確には今から開かれるであろう部屋の扉に。

 

 

「――――失礼します!」

 

 

 感覚に過たず、部屋の扉が些か乱暴に開け放たれる。次いで余裕の感じられない、あくまで定例文として告げられた入室の断り。

 

 千冬はモニターから目を切って振り返る。扉の前には、全力疾走でもしてきたのか肩で息をするほど呼吸を荒らげたラウラの姿。

 ラウラは千冬から、千冬の背後のモニター、そこに映されたものを見るなり顔を険しく歪め、再び千冬に目を向けた。縋るような、必死な瞳だった。

 

 

「教官! 今すぐこの戦いを止めてください! これは……御堂は私の為に――――」

 

「馬鹿者」

 

 

 パシン、と小さな銀髪頭の旋毛目掛けて出席簿を落とした。

 

 ラウラが潰れた声をあげる。

 

 

「何度言えばわかる。ここでは『織斑先生』と呼べと言っているだろう」

 

「そ、そんなことを言っている場合ではありません!」

 

「ほう、私の話しは『そんなこと』だったか?」

 

 

 ビクリと隻眼の少女が怯える。

 

 しばし無言で見つめ続けてやると、やがて耐えかねたようで消え入るように『織斑先生』と訂正した。

 よし、と頷いてやる。

 これはあくまでも教師と生徒のけじめであるから。

 何度だって注意するが、何度でも許すものだ。

 

 

「それで?」

 

「え?」

 

「要件があったのではないのか?」

 

 

 若干涙目で頭をさすっていたラウラは、その言葉で何故自分がここにきたのかを思い出したのか話し始める。保健室での一幕。唐突な更識 楯無の登場。そして、楓の介入。

 

 保健室の後、楓に弱音を吐いてしまった内容については、少し濁した。話さないわけにもいかず、しかしありのまま話すにはラウラとしても非常に恥ずかしかったから。

 

 それでも根が正直な少女である。妙に鋭い千冬でなくても大方は察せたことだろう。

 

 

「……なるほど」

 

 

 兎にも角にも、ここにきてようやく千冬もラウラの説明によって事の次第、その大まかな事情を理解することが出来た。

 

 突っかかるとしたらおそらく楓の方なのだろうと予想していた通りだったわけだ。

 

 

 

 ――――だが何なのだろうか。このもやもや感というか、イライラ感というか。

 

 

 

 そんなときに不意にモニターに映った楓の顔が視界に入ってしまい、

 

 

「チッ」

 

 

 舌打ちがもれた。それも結構感情が篭っている。

 

 

「お、織斑先生!? 何を――――いたっ! いたたたたたッッ……! 痛いです痛いです教官!!」

 

 

 我に返って見れば、千冬の両拳がラウラのこめかみをグリグリとこねくり回していた。いやゴリゴリか。

 

 

「ああ、すまん」

 

「????」

 

 

 解放されたラウラはわけがわからず頭を抱えながら目を白黒させている。

 

 わけがわからないのは千冬も同じ。ただ無性に腹が立ったが故の奇行だった。

 

 らしくない。気を落ち着かせる為に静かに、深く、息を吸ってゆっくり吐き出した。

 幾分鎮まってきた。

 

 

「ど、どうかされたのですか……?」

 

 

 ビクビク怯えながら窺ってくるラウラに大丈夫だ、と答える。

 

 

「それで」とりあえず話題を打ち切って「この戦いを止めろ、だったか?」

 

 

 ラウラがこの部屋に来た理由。それは部屋に入って開口一番口にしたその言葉だっただろう。

 

 ハッ、としたラウラは声音に必死さを戻して訴える。

 

 

「事情は先程話した通りです! 御堂が戦う理由などありません!」

 

「無理だな」

 

「何故ですか!?」

 

「まあ落ち着け」

 

 

 無意識だろうが、間合いを詰めて声を張り上げるラウラ。普段の冷静沈着な姿とは正反対だった。それほどにこの戦いを止めたいらしい。

 先程の話の通りならば原因が自身にあると思っているのだから、責任感の強い彼女ならば無理からぬことだ。

 

 しかしこの戦いは止められない。――――というより、止める理由がない。

 

 

「この戦いは生徒会長である更識によって学園に正式に認められた模擬戦だ。誰を咎める理由も無い。御堂はもちろん、お前もな」

 

「く……」

 

「なに、気にする必要など無い。そも戦いそのものはあの馬鹿が吹っ掛けたことだ。――――それよりもよく見ておけ」

 

「え?」

 

「これほどのレベルの戦い、滅多に見れんぞ」

 

 

 2人の目はアリーナを映すモニターへと重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これが御堂 楓……そして、世界のどこにも存在しないはずの四百六十八番目のコアを有するIS――――八咫烏)

 

 

 楯無は異形のISを努めて冷静に観察する。

 

 パワードスーツと言われながら、どちらかといえばアーマーと呼ぶに相応しいISの外観は基本的にどれも(いかめ)しい。それは他に容量を割く為に敢えて防御力を犠牲に装甲を削った楯無のミステリアス・レイディをして同様に。

 

 だが目の前の八咫烏は少し違う。

 

 操縦士たる楓の元々長い手足を覆う漆黒の装甲は、極限まで研鑽された刃のように薄い。それが鱗のように重なった多重装甲となっていた。

 性能を追求した結果辿り着いたのではない。最初から、この姿が完成形なのだと言わんばかりにそれは改良の余地など残していなかった。

 

 それは楯無の知るどんなISよりも華奢で、そしてどんなISよりも洗練された美しさを持っていた。

 

 

「――――――――」

 

 

 楓の八咫烏が跳ぶ。

 

 飛行能力こそ無いものの――――否、飛行能力を持たないからこその超高速移動。衛星のように彼の周囲を回っていたシールドビット達がそれを合図にするように散開しこちらを取り囲む。

 

 疾風が駆ける。

 

 風を切る音。爆発じみた跳躍音。

 

 ビットを足場に縦横無尽に空間を駆ける楓。

 

 驚くべきは、その速度はもちろん切り返しのスピードだ。

 これを肉眼だけで追おうとすればすぐに視界から逃げられ見失い背中を襲われるだろう。――――そう、肉眼ならば。

 

 

「――――そこよ!」

 

 

 楯無から見て正面右2つ目のビットを蹴り、左下、頭上と経由して背面に回る。間髪入れず側面から強襲してくる楓の鼻先に振り返り様のランスを見舞う。

 

 寸でのところで楓は急停止。颶風となってランスが回る。

 

 即座に次に動いた楓は再び加速。ビットを足場に立体的な動きでこちらを翻弄して強襲してくるが、無駄なことだ。

 

 

「はあっ!」

 

「ぐっ……!」

 

 

 誘い込んだところに遠心力を利用した一撃を叩きつけた。

 辛うじて両の腕を交差して防がれるも、元々防御力の低い機体。今ので決して少なくないエネルギーを持っていけたはずだ。

 

 3度目はなかった。流石に考えなしの特攻は無駄だと悟ったようだ。

 

 そんな楓を目の当たりにして、楯無は大袈裟に肩を落としてため息をついた。

 

 

「はあ、残念。期待外れもいいところね」

 

「あん?」

 

「豊作な今年の新入生最強だと聞いていたからどれほどのものかと思っていたのに……この程度なのね」

 

 

 軽い挑発だったが、楓は目に見えて機嫌を損ねていた。それでも怒りに任せて突っ込んでこないところはギリギリ評価出来る。

 

 ――――が、期待外れだと言ったのは事実だ。

 

 

「飛行機能を犠牲にしてまで得た最速のISだというから私だって凄くワクワクしていたのよ? それなのに、早く動くだけで最速だと思ってるなんて」

 

「!」

 

 

 楯無は失望からため息を耐えられなかった。

 

 そもそも、楓は最速というものを履き違えている。

 確かに八咫烏は速い。しかしただそれだけだ。

 ただ速いだけならば初見こそ不意を突かれても、2度目は無い。

 何故ならISには、ハイパーセンサーという死角の存在しない目があるのだから。

 

 これが生身だったなら話は違った。生身の人の視界にはどうしたって死角が生まれる。それならば、ただ速いだけでも、一瞬でも振り切れば相手は姿を見失う。死角からの強襲に意味が出る。

 

 しかしハイパーセンサーに死角は存在しない。

 

 今までの相手、楓の同級生である1年の専用機持ち達。彼女等は優秀ではあるものの、基本性能を完全に使いこなせているとは到底いえない。機体制御に関してはメンバーの中で図抜けているシャルロットでさえ死角は存在している。

 

 だが今相手をしているのは更識 楯無。学園最強にして、ロシアの国家代表。

 基本性能を使いこなしていることは最初の攻防で証明している。

 

 そんな彼女にスピードのみの撹乱など意味が無い。なにせ全て見えているのだから。

 人は光より速くは動けない。ならば、いくら速かろうと視界に収めている限り見失うことはない。

 

 そしてもうひとつ、楓には欠けているものがある。

 

 それは攻撃力だ。

 

 

(装甲を削った結果失ったのは防御力ともうひとつ、重さ。重さがなければ打撃は必然的に軽くなる)

 

 

 それを補うのが武装であり、或いは技術。

 

 八咫烏に武装は無い。ならば格闘術だが。

 武術の心得でもあったなら体重が軽くても相手に致命傷を与える術もあっただろうが、ここまでの攻防を見るに楓に武術の覚えはない。精々が我流。

 研鑽の無い拳など不意でも突かない限り致命にはなり得ない。そして不意を突かせることは、ことハイパーセンサーを使いこなす楯無に至ってはあり得ない。

 

 結論を言って、このまま続けても楯無が楓に負けることは万にひとつもない。

 

 

「……そうだな」楓がポツリと零す「ただ早く動くことが最速じゃない」

 

 

 ダラリと両の腕が下がる。それは彼が諦めたのだと楯無は思った。

 当然であるという思いと、少しだけ残念な気持ちを抱いていた。――――だから、

 

 

「そんな簡単なことも忘れてたよ」

 

「!?」

 

 

 顔を上げた楓の瞳に、未だ光が強く輝いているのに気付いてハッとする。

 

 

「降参はしないの?」

 

「生憎、往生際は悪い方なんだ」

 

 

 ニヤリと、悪人面で悪どく笑う。

 

 警戒は解かなかった。これほどの実力差を見せつけられて、尚これほどの目を出来る者を相手に油断など出来るはずもない。

 楯無に油断は無かった。かといって気負いもない。

 

 

(動いた……)

 

 

 フラリと、脱力したまま楓の体が楯無から見て右側に体が傾斜する。徐々に徐々に傾き続ける体。

 突然気でも失ってしまったのかと思うほど、頭から地面に倒れ込む。

 

 異常な光景を前に、しかし楯無の警戒は弛むことはない。

 

 それでも疑いの眼差しを向ける先で、遂に楓の頭が地面に触れようかという一瞬、

 

 ――――キュン。

 

 

「ッッ!!?」

 

 

 楯無の視界から漆黒の機体が消失した(・・・・)――――と同時に背後に影を見た。

 

 

「っ……は、あああああ!!」

 

 

 それが何なのか確かめることすらせず、ただそれに脅威だけを感じ取って、楯無はなりふり構わずランスを右回りに薙ぎ払った。その影を追い払うように。

 

 

「っと、とと」

 

 

 振りかぶっていた拳を引っ込めて、楓が上体をそらして穂先を躱す。影の正体はやはり楓だった。

 

 何故。どうして。どうやって。

 

 湧き上がる疑問を隅に追いやり楯無は目の前の少年を凝視する。今度こそ見失うまいと。

 

 

「せっ!」

 

 

 楓が左の拳を突き出してくる。それをランスを片手に持ち替えて、空いた左手で流すようにして外す。

 体重の乗っていない、なんとも温い拳打だ。

 やはり攻撃に関していえば彼を怖れる理由は無い。

 

 反撃は容易い。

 

 

「へっ」

 

 

 見開かれた楯無の眼から、楓は再び消えた。返す槍は砂煙を貫くに終わる。

 

 

(どこに――――!?)

 

 

 陽炎のように消えた楓の姿は一瞬の空白の後すぐ現れる。しかしISという高速戦闘での一瞬は致命的だ。

 

 

「もらったあああああ!!」

 

「くっ」

 

 

 勝利を確信した楓の雄叫び。

 無防備な背後を突かれた楯無は今度は反撃も出来ない。

 

 素人の、されどISという機体から生み出される推進力によって放たれた拳は楯無の背中を捉えるはずだった。

 

 楓の拳は、楯無に届く直前に透明な膜に阻まれる。

 

 楯無は事前に自身の周囲をナノマシンで操る水でシールドを張っていた。

 

 

「こ、のっ!」

 

 

 思いがけない妨害にめげず楓のラッシュが水膜を叩く。

 

 所詮は保険のシールド。全てのダメージは防げないし、そう長くは保たない。それでも、楯無が立て直すには充分な役割を果たした。

 

 牽制の水弾を放つと楓は即座に後退。逃げに回られればこちらに追いつく術はない。

 それでもひとまずの安全圏まで押し戻せた。

 

 と思うのも束の間、楓は真っ直ぐ突進してくる。今度は視界から消えない。

 

 工夫もなく向かってくる猪の対処法など今更迷うこともない。

 

 

「――――舐めないで欲しいわねっ!」

 

 

 向かってくる速度に合わせて槍を突き出す。カウンターの要領で過たず楓を貫くはずのそれは、しかしそうならなかった。完全に肘を伸ばした状態になっても切っ先は楓に届かない。

 

 まるで化かされでもしたかのようなタネ明かしは至極単純であった。

 

 急加速からの急停止。真っ直ぐ向かってきていたはずの彼がピタリと止まっていた。

 

 見えていたのに――――否、見えていたからこそ気付けなかった。

 

 僅か数ミリ。けれど絶対に届かない間合いの外で彼は笑む。――――そして左にステップ。切り返して右へ。

 

 楓が消える方法はすでにわかっている。

 

 楯無は先程言った。ただ早く動くことが最速ではない、と。どんなに速く動こうとそれが光の速さでも無い限り、視界にいながら人が消えるなどあり得ない。

 本当の最速とは、目に見えない速さとは、それは――――思考を超えること。

 

 ひとつは、先程のような急加速からの急停止で楯無に距離を誤認させた方法。見えているのに錯覚させる、思考の間隙。

 

 そしてもうひとつが、思考の外へ逃げる方法だ。

 

 例えば手品だ。あれは関係無い場所に注意を集めその隙に見え難い位置で仕込みをしたり、或いは相手の思考を誘導したり、とにかくあらゆる方法で相手の思考を逸らす。

 見えているのに見えなくする。

 

 たとえハイパーセンサーで視界を全方位カバーしようとも、結局その処理をするのは操縦士、つまりは人だ。見えていても肝心の脳が気付けなければ、思考が追いつけなければ見えていないのと同じ。

 そして楓は手品師さながら視線を誘導する挙動を取り、尚且つそれに加えて緩急を使っている。

 

 左右に体を振った楓の動きは明らかに遅い。このまま突っ込んでこようものなら容易く返り討ちにすることが出来る。

 

 楓は右に体を傾ける。それを楯無は追う。

 360度全てを見渡す目は、ガクンとスピードを落として体を沈める漆黒の機体を否応なく追いかけてしまう。見えすぎるほどに見えてしまう。

 

 わかっているのに。――――視界が、思考が狭まった。

 

 

「――――!!」

 

 

 消えた。忽然と楓と八咫烏の姿は消え去った。

 

 

(わかっているのに……!!)

 

 

 実際は、楓は急加速で体を反転。左右かはたまた上からか、楯無の間際を通り過ぎてどこかにいるはずだ。

 楯無はそれが見えているはずなのに見えない。ハイパーセンサーの情報処理を意図的にエラーさせられた状態だ。

 

 

「っふ!」

 

 

 呼気は背後。

 

 姿を確認するより先にランスを盾に持っていきながら歯を食いしばる。ほぼ同時に風でブーストされた回転蹴りが叩き込まれた。




閲覧ありがとうございます。

>明けましておめでとうございます!今年もどうぞ宜しくお願い致します!!

……とはいったいどの口がいうのでしょうか。この口ですね。現在罰としてこれを絶賛正座で書いております。

>年始初っ端からこれで不甲斐ないですが本当に申し訳ございませんでした!年末にもう一度更新を、とかいっておきながら年明け14日目にしてようやく更新出来ました!
これには海より深く、山より高く、さらに空より広い理由――――も特になくただの仕事でした。

>兎にも角にもなんとか更新出来て良かったです。とりあえず現在更新中の作品を1話ずつ更新して年明け挨拶終えてからまたローテンション更新に戻りたいと思います。
楯無さんとの戦いはなんとか今月中には……いや、余計な事は言うまい。

ではでは!!
遅ればせながら、皆様の2015年が良いお年であることを願っております。


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七話

(あー……こりゃ参った)

 

 

 楓は心中で嘆いた。顔に出さないようにするのが精一杯だった。それほどまでに、

 

 

(強えわ、マジで。これが学園最強か)

 

 

 目の前に立ちはだかる空色のIS。それを駆る少女は挑発的な微笑でこちらを眺めている。

 

 更識 楯無は楓の想像を越えて強かった。再三の強襲にも対応された。死角を突けたのは速度に慣れていなかった初撃のみ。

 仮にも国家代表。現在急成長しているとはいえ一夏達とは比にならない強さなのだろうと予想はしていたものの、しかし所詮は学生と楓は正直舐めていた。それは決して己の驕りから出た慢心ではない。多少ブランクがあるとはいえ、製作者の束を除いてこの世界の誰よりも長い時間ISという存在に触れていたという自負。そして幼い頃に積み重ねた遊びという名の努力に裏付けされた正しく自信だった。

 

 実際、それは正しい。楓の実力はすでに学生の域を越えており、世界代表クラスでも充分戦っていけるものがある。ただ、目の前に立つ少女もまた只者でなかった。楓は知る由も無いが、若くして対暗部用暗部の党首たる彼女は天性の才能、そして尋常ならざる鍛錬を積み重ねてきていた。IS操縦士としての年季こそ楓に劣るものの、それ以外の全てにおいて楯無は現在の楓を上回っていると言って過言ではない。

 

 まだたった数度のぶつかり合い。しかしたったそれだけでいよいよ手が出なくなってきた。というのも同程度の実力者が相手故に楓の弱点が浮き彫りになってきたのだ。

 

 楓とて自身の急所ぐらい心得ている。それはズバリ――――攻撃。

 

 八咫烏は篠ノ之 束が作った最初にして完成されしIS。それも『兵器』として完成された究極型。能力を解放した神威によって収束操作される風の弾丸は距離も、防御力も、数も、あらゆるものを無視して撃滅する一撃必殺の火力特化。本来なら攻撃力に不安を覚えるはずなどない。

 だが如何せん、それを使わないとなると話が百八十度変わってしまう。八咫烏の絶対射撃は絶対撃滅が常。範囲を絞るならまだしも威力を調整などという細かいことは出来ない。故に、楓は以前のような生死がかかるような実戦以外で、ましてや同じ学園の生徒に向けて撃つつもりはない。

 

 ――――そしてそうなると八咫烏の性能というのはガラリと変わる。まず武装の不足。射撃武装を除けば搭載しているのはシールドビットのみ。

 次に機体の軽さ。射撃を除けば速さこそ八咫烏の真骨頂なわけだが、故に装甲は薄く機体は軽い。武装を持たない楓の攻撃手段は基本徒手空拳。体重の軽さは致命的だ。

 ならば武術家というのは皆体重が重いのか、というとそういうわけではない。体重の軽い者はそれを技で補う。しかしここでもまた弱点がひとつ。楓はその技すらない。昔から、楓はずっと我流で戦ってきた。

 

 結果、身のこなしや機体制御、他は回避にかけては一級品ながら、必殺の射撃を封印した楓は絶対的に攻撃力に欠いていた。

 

 

「はあ」

 

 

 と、そんなことを悶々と考えていたところで楯無がわざとらしくため息をついた。

 

 

「残念。期待外れもいいところね」

 

「あん?」

 

 

 思わず声が低くなってしまった。だがすぐに思い直す。彼女の落胆は当然のことだ。威勢よく喧嘩を売ったのはこちらなのに、たった数度手を合わせただけで決定的な実力差を露呈してしまったのだから。

 楯無は一夏達とは違いISの基本性能を完全に使いこなしている。その上でこちらを無理に追わず、さり気ない、しかし幾つもの所作でこちらの攻撃を誘導。狙いすまして適確に迎撃してくる。攻略法としては完璧だった。

 

 内心歯噛みしている楓を知ってか知らずか、楯無は続ける。

 

 

「飛行性能を犠牲にして得た最速のISだというから胸踊らせていたのに……まさか速く飛ぶことが最速だと思ってるだなんて」

 

 

 失望を滲ませ楯無は告げる。その言葉を聞いた楓は――――、

 

 

(速く、動くだけ……?)

 

 

 突如、体を雷撃が貫く錯覚を覚えた。鮮明に思い起こすのはかつての自分。中学よりも前。かつて、束と共に過ごしていたあの数年。そして当時の楓にとって唯一の遊び相手だった束が作りしプログラム達。あのときも同じ壁にぶつかった。速度に物を言わせた戦いに限界がきて中々ステージをクリアすることが出来なかった。

 果たして、あのときはどうしたのだったか。

 

 

「……ああ……ああ、そうだった。ただ速く飛べばいいわけじゃなかった」

 

「?」

 

 

 キョトンとしている楯無を見据えた。今からあの顔を驚愕に変えてやろうと思うと俄然やる気も出てきた。

 

 

「――――そんな簡単なことも忘れてたよ」

 

 

 宣言と共に体中の力を一気に抜く。完全な脱力。楯無が仕掛けてこないことに賭けて一瞬とはいえ思考までも完全停止。八咫烏との接続を一時的に切断。見えすぎていた(・・・・・・・)視界も暗闇に。体は重力に引かれて傾斜する。

 

 楯無は頭が良い。そして派手好きな装いとは裏腹に彼女の本性はとても慎重。大事な場面になればなるほど彼女は勝率の高い戦法ではなく絶対に負けない戦法を取る。

 これがこの短い間で観察した彼女の評価。

 実際に合っているかどうかは別にして、楯無は突然無防備を晒した楓を攻撃するのではなく見に回った。予想通り。そして、これで賭けには勝った。

 

 

(――――再接続)

 

 

 意識を覚醒。と同時に血潮が流れるかの如く己の感覚が機械の鎧に通っていく。頭の中は生まれ変わったように爽快だ。

 戻った視界で最初に見たのは未だ呆然としている空色髪の少女の顔だった。こちらの意図を理解しようとする目だった。思わず吹き出しそうになる。

 

 

(無理だな。頭の良いお前には絶対にわからねえよ。こんな――――馬鹿な戦い方なんてな!)

 

 

 足裏で地面を叩く。楯無から右に。――――直後に左へ切り返して(・・・・・・・・・・)

 

 楯無の背後を取った。楯無は楓を見失っている。そのはずなのに、彼女はそれでも何かを感じ取ったのか巨大なランスを振り回した。

 緊急停止。だけでは足りず上体を逸らす。鼻先を穂先が掠めていった。

 

 

「っぶな!」

 

 

 勘だとしたら大したものだ。

 

 上体を戻すとすでに楯無は再度こちらを補足して正対していた。今の一瞬何が起こったのかはわからない。それでも次は見極めてやると赤い瞳が物語っていた。

 やってみろと楓も目で応える。左の拳で牽制。

 これは躱される。或いはいなされる。そう予想をつけながら体はゆっくり右へ流す。楯無はやはり拳を受けるのではなくいなし、そして意識はしっかりこちらを追っている。

 

 追ってこい、追ってこい……そう念じながら尚体は右へ流れていく。遂に楯無は牽制の左拳に槍のひと突きで応える。

 

 

「へっ」

 

 

 それを楓は待っていた。楯無が柄を握る手に力を込めた瞬間、楓は極限まで落としていたギアを一気にトップへ。同時にアクセルを全開。機体を右ロール。楯無の左側面を掠めるまで接近して背へ回り込む。再び、これで楯無の視界から楓は消えた。

 

 虚空を穿つ楯無。背後にいる楓に彼女の驚き顔を見ることは出来ない。残念、と思いながら拳を作った楓は無防備に晒された背中に全力の拳を叩きつけた。しかしそれは見えない膜に防がれる。それは彼女が操る水だった。一体いつからこんなものを施していたのだろうか。最初から? 何にせよやはり簡単にはいかせてくれない。だからといってこの好機をフイにするつもりは毛頭無い。

 

 

「こ、のっ!!」

 

 

 一度で駄目なら2回。3回。技術など一切無い、性能に引きずられるままのラッシュ。幸い水膜のシールドはそれほど厚くない。衝撃は間違いなく彼女の機体にまで届いている。そしてこのまま殴り続ければいずれシールドは破壊出来るだろう。――――とさっきまでの楓ならば意地になって攻撃を続けていただろう。ある程度攻撃を加えると楯無が体勢を整える前に後退した。直後水弾が楯無の周囲一体を撃った。もしあのまま攻撃をやめていなかったらシールド突破と引き換えに大ダメージをもらっていたかもしれない。

 

 

「まだまだっ!」

 

 

 水弾の雨が止むと同時に楓は再度突進。完全停止からの最高速度到達(ゼロスタート)からの今度は正面突撃。

 

 

「舐めないで欲しいわね!」

 

 

 まだ完全にとはいえないまでも体勢と一緒に幾分平静を取り戻す精神力は流石。適確なタイミングと軌道を取って突き出された槍は過たず楓を捉えていたことだろう。もし、楓がトップスピードのまま飛び込んでいたならば。

 

 

「なっ……」

 

 

 今度は仰天顔を正面から見れたことに満足する。突き出された槍は楓の鼻先でピタリと止まった。――――否、楓の立つそこは楯無の広い間合いの更に外。楯無が貫いたのは幻影の楓の姿だった。

 

 完全停止からの最高速度到達(ゼロスタート)からの最高速度到達からの完全停止(クイックストップ)

 

 0から100。100から0への急激な速度変化。これこそが八咫烏の速さの秘密。それでも楯無ほどの操縦士ならば完全に槍を出す前に気付けたはずだ。それが本来の力を出せなかったのは、やはり鋼の精神にも動揺が生まれているのだろう。

 畳み掛けるならばここを置いて他に無い。

 

 左にステップ。次いで右に。視線を左右に振りながらそうして今度は速度を落とす。失速。楯無の意識が追い付いてくる。優秀な彼女ならば八咫烏の姿が消えるカラクリはもうわかっているだろう。それでも何度も何度も楓の姿を見失った彼女は追わずにはいられない。

 いつもより確実に冷静さを欠いた頭で、速さで劣るが故に旋回動作のみで追うはずの軸をぶれさせたまま、見えているはずの視界を己の脳が処理しきれていないことを自覚しながら――――再び目の前で楓が消える。

 

 今度こそ、完全に無防備な背中が晒される。先程のような水膜を再び張る時間が与えない。鋭く呼気を放ち右足の蹴りを放つ。ふくらはぎ付近から風を噴出させて威力をブースト。ほとんど倒れこむようにして全体重を乗せた一撃。

 だがやはり学園最強。彼女は寸前で体を回してランスを挟み込む。それを構わず撃った。

 

 

「ちっ!」

 

「くっ!」

 

 

 悔しげな声はどちらからも漏れた。手応えはあったものの寸前で楯無の防御は間に合ってしまった。致命打とはならずしかしダメージに加えて体勢も崩れている。追撃。

 

 楯無は足掻くように水弾の雨を放つ。これを素直に躱していては好機を逃すと思った楓は多少強引にシールドビットを盾に雨の中を突き進む。すでに間合いは楯無のランスの内側。接近戦。――――から更に楓は踏み込んだ。

 

 

「え!?」

 

 

 打撃を予想して顔を守るように腕を交差させていた楯無から疑問の声。そうでなくては困ると、楓は密着するまで詰めた距離で防御に回していた楯無の腕を取って強引に楯無の体を回転させる。そうして背面に回ったと同時に腕を彼女の首に回して抑え込んだ。両腕で首を締めながら自分と相手の体で相手の武器を持った腕を封じる。

 

 

「が、ぐ……!! し、絞め技ですって……?」

 

 

 IS戦闘に本来ここまでの接近戦が発生することはほぼ無い。ほとんどが中遠距離戦。あっても近接武器を使ったものだ。何よりIS戦闘はそのほとんどが自然と空中戦闘であり、ついては離れる空中戦闘の最中に相手の関節を取ってやろうなどと考える者はいない。だからこそこれは意表を突ける。楯無のような熟練のIS操縦士になればなるほどこれは上手くハマる。

 そしてもうひとつの盲点。ISは絶対防御の前にシールドエネルギーで相手の攻撃を相殺、減衰させるわけだが、これら相手に直に触れて初めて成立する絞め技や関節技といった攻撃はそれをすっ飛ばして絶対防御を発動させることが出来る。それも発動させながらも完全に痛みや呼吸阻害を防ぐことが出来ない。

 

 

「IS戦闘で絞め技関節技極められるなんて思ってもみなかったろ?」

 

 

 余裕綽々を気取って口角を吊り上げる楓だが、身動ぐ楯無を抑え込むのが実は相当大変だった。ニワカ仕込みの楓と違いどうやら楯無はこっちの心得もあるらしい。体勢は完全に優位にあるのに気を抜けばすぐにでも抜けだされてしまう。

 それでも間違いなく今、彼女のミステリアス・レイディは絶対防御を発動させ、凄まじい速度でエネルギーは減少しているはずだ。こうなれば我慢比べだと気合を入れ直した直後、今まで必死に押さえ込んでいた腕の感触が突如喪失する。

 

 

「あれ? ぐへっ!!?」

 

 

 我ながら間の抜けた声を出した寸後、下からきた衝撃が顔を上にかち上げた。




閲覧、感想ありがとうございますー。

>さて楯無さんとの戦闘も次回辺りで決着でしょうか。どうだったでしょう、と聞くのは次回に取っておくことに致します。

>捏造設定をひとつ。絞め技と関節技。この解釈は完全に私の捏造ですので原作をお持ちでない読者様方はお気をつけください。まあなにに気をつけるのかは置いておきまして。
実はこの発想はアニメ一期のラウラ登場回、彼女がセシリアと鈴をボッコボコにしちゃう戦いを見ていて思いつきました。あのとき完全にワイヤーで首締めちゃってるけどヤバくないのだろうか、と。そこから多少安全性を保障する為の絶対防御は発動してるんだよ!とか、でも完全には痛みとか防げないんだよ!といった設定を付け加えてみました。原作でそういったシーンはともかく説明があるとも思えないので完全に妄想です。

>とまあ割りと長くなっているVS楯無編も次回か次々回辺りで終わります。少なくともバトルは次回決着です。さすがに今月は無理でしょうが、来週中辺りにでも完成を目指していこうかと思います。

ではではまた次回ー


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八話

 下から顎を跳ね上げられる。一瞬視界が明滅するも幸い追撃はなく、顔を前に戻す。それでどうしてあの拘束状態から楯無が抜け出せたのかようやくわかった。

 楯無は展開していたISを解除していた。無論完全解除していれば試合放棄とみなされるので一部だけを残している。そうして生まれた隙間から抜けだしたのだ。

 

 

「いっつつ……。無茶すんなぁ。戦いの最中に、しかも接近戦でIS装甲を解除するなんて」

 

「はぁ……はぁ……こっちも驚いたわ。まさかIS戦闘で関節、絞め技の類をかけられるだなんて」

 

 

 たとえ装甲が無くてもISを起動させていればシールド、及び絶対防御は機能する。しかし数多の近代兵器を単騎殲滅することが出来るISを相手に一瞬とはいえ装甲を解除するだなんて発想もそうだが、思いついても中々実行出来やしない。並の度胸ではない。

 

 楯無は楓との間合いを取ると再度装甲を展開。機体ダメージはそれほどでもないが先の攻撃でかなりエネルギーは消費していた。対して楓も序盤の蓄積ダメージが溜まっている。あと数回今までのような攻防を繰り返せば決着は着く。観戦している誰しもの予想だった。

 だが実際に戦う楓と楯無だけが、なんの根拠もない予感を抱いていた。

 

 次の激突で決着する。

 

 何度も言うが根拠は無い。エネルギーは減っているといっても2人共に大技の直撃でもなければまだ耐え得る程度。そして実力が限りなく拮抗している彼等に、これまでがそうだったように決定的な隙でもなければ当たらない大技の直撃を許すことなど無いに等しい。それでも、2人は次の激突で勝負が決するという確信に近い予感があった。

 

 だからこそ軽々に動けない。今までに無い緊迫した硬直が続く。――――そう思ったからこそ、

 

 

「――――っ!!」

 

 

 楓は動いた。

 

 思考の隙を突くことは相手の意表を突くこと。それに駆け引きを含めた心理戦では楯無に分がある。だが駆け引きを介さない直感と反射神経での戦闘ならば自分に分がある、そう考えた。ならば相手に思考する時間を与えない為にもここは速攻が正解だ。

 

 

「…………っ」

 

 

 正しくその選択は楯無にとって最も嫌とするものだった。楓の読みは概ね正しく、しかし彼女はほとんど間も無かった数秒でもこの速攻を含めた楓の初手を5通り、次手を3通り、さらにそれぞれの2手目までを一瞬で思考していた。逆に言えばここからの3手が実質の勝敗を決するの分かれ目。

 

 まずは離れた間合いを潰す直進。楯無は動かない。速度は圧倒的に楓が勝る。ならば不用意に動くのは隙を生むこととなる。楓の動きを誘導し、先読んだ所に迎撃のカウンターを叩き込む。基本的な戦術に変更は無い。

 すでに彼女に楓への侮りは無い。間違いなく世代最強。学園……いや、世界でも充分通ずるクラスの操縦士である。そう認めるからこそ、

 

 

(負けられない!)

 

 

 もうすぐ、直進する楓が楯無の攻撃の間合いに入ろうかという寸前、ふっと楓の速度が減速する。棒立ちに思えるまま歩むようなスピードで1歩、2歩と歩む。敵前において致命的な行動。間合いまであと半歩――――

 

 

「――――ッ」

 

 

 踏み出した足のつま先が楯無の間合いに入ろうかという瞬間、楓が再び加速。装甲の隙間から風を噴出させ、それを推進力にあらゆる方向に予備動作無しで一気にトップスピードに乗る八咫烏の特性。

 楯無はしかし楓を見失わなかった。

 視線は下。地面すれすれまで体勢を低くした漆黒の機体が影のように地面を疾空していた。もし減速時あのあのときに攻撃をしていたらそれを躱され狭まった意識が再び楓を見失っていただろう。しかし楯無は攻撃の欲を堪えて釣られなかった。

 

 

「ふっ!」

 

 

 攻撃動作に入ると共に呼吸を止める。影のように地を這う楓を縫い付けんが如くランスを下方向に向けて引き絞る。――――しかし追っていた影は幻のように消え、

 

 

「――――信じてた。あんたならちゃんと追ってこれるってな」

 

 

 声は背後からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓は減速から急加速して体勢を低く、斜めに切り込むように楯無の間合いに踏み込んだ。静から動。並の者ならカラクリがわかっていても何度だって引っかかってしまうだろう回避不可避の八咫烏の基本戦法。しかし更識 楯無はその並の者ではない。

 楯無がそうであるように、楓も彼女を自分と同等、もしくはそれ以上の操縦士として認めている。だからこそ彼は信じた。彼女の優秀さを。

 この切り込みに楯無は追い付いてくる。絶対に対応してくる、と。

 

 だから楓は踏み込むと同時に予め目の前に配置した(・・・・・・・・・・)ビットを蹴って直角に跳ね上がった。

 

 急激すぎる動きにPICで制御しきれなかったGが体を軋ませる。歯を食いしばってそれを耐え、楯無の頭上を宙返りで越える。背後を取った。

 

 

「信じてた」思わず告げていた「あんたならちゃんと追ってこれるってな」

 

 

 ランスを振りかぶったまま硬直する楯無。無防備な背中を打って勝負は決する。

 

 

「――――奇遇ね」

 

 

 空色の機体が霞む。しかし楓のように視界から消える高速移動をしたわけではない。彼女のそれは旋回。ただし、通常からはあり得ない速度での百八十度の急旋回。通常のブーストではあり得ない速度。ならば答えはひとつ。

 ――――瞬時加速(イグニッション・ブースト)。本来直進運動に使われるそれを旋回に使ったのだ。

 

 

「私も信じてたわ。貴方なら必ず私の読みに応えてくれるって」

 

 

 勝利を確信して微笑む楯無の顔は微妙に引きつって見えた。おそらく無茶な駆動に肉体にも少なくないダメージが響いたのだろう。楓がいつもやっていることも同じなのだが、八咫烏はその反動を抑える為に飛行性能を犠牲にしてPIC制御を反動制御に回し、操縦士である楓も肉体の慣れと普段からその為の訓練と鍛錬を行っている。

 

 楯無は勝利を確信する。先の攻撃の溜めも始めからこの瞬間の為。後はこの穂先を突き込むだけ。

 

 

「はあっ!」

 

 

 気合一閃。霧の淑女は、その霧を払うかのように雄叫びと共に突き放った。

 

 

「――――初列風切」

 

 

 だが槍が貫いたのはまたしても幻影だった。

 

 

「なっ……」

 

 

 楓は最早言葉も無く再び楯無の背後を取っていた。というよりも喋る余裕がなかったというのが正しい。それほどまでに今の動きは限界のギリギリだった。

 楯無の攻撃を避けたのに理屈など無い。読み合いは完全に負けた。元々そこで勝てるとは思っていなかったがそれを上回る速度で先に攻撃を放つはずだった。しかし瞬時加速で旋回するという楯無の荒業にそれも叶わず、あとはあの槍に貫かれて試合は終了。そのはずだった。

 

 何度も言うが読み合いは負けていた。故にこれに理屈など無い。ただそれでも敢えてこの攻防の勝敗を決した理由を挙げるなら楓の無意識下での反射神経が僅か楯無を上回った。後は攻撃を受けて終了、そう頭で考えていた間に楓の体は尚勝利を求めて動いた。リミッターのひとつを解除。一瞬とはいえこれまでの動きを更に超えた超速にはさしもの楯無も追いつくことは出来なかった。

 

 操作したシールドビットを足場に宙空を三角跳び。鏡の筒を光が乱反射するように鋭角軌道で楯無の後ろへ。今度こそ、そう思いながら拳を握る楓。

 今度こそ勝負は決した。今度ばかりはモニタールームの千冬でさえそう思っていた。――――唯一人、諦めの悪い少女だけは違った。

 

 楯無は再度瞬時加速による急速旋回を試みる。しかしそれは始めから結果のわかりきった行動であった。1度目は楓の動きを見事に読み切り、さらにその動きをどうにか誘導出来たからこそ成功したといっていい。始めから向くべき方向がわかっていれば事前に備えることは出来る。それでも元より成功率が格段に悪い駆動。成功確率は精々3割が良いところだったといえる。

 それなのに今は完全に読みの上をいかれ、楯無自身何が起きているのか正しく理解出来ていないまま、しかしこのまま黙って敗北することは出来ないと単なる意地で体が動いた。ただそれだけなのだ。結果は当然失敗である。

 

 

「っ!? ――――きゃ!!」

 

「ば……!」

 

 

 攻撃動作を半端に止めて構わずスラスターをふかした結果、軸がぶれて旋回どころか足が絡まって体が傾く。そしてそれは幸か不幸か、倒れる方向は背後で拳を引き絞っていた楓の方へ。

 楓は楓でトドメと決めた攻撃の最中。今更止まれない。しかも楯無の実力を下手に信用していた為にまさか彼女が今更素人さながら姿勢を崩して倒れ込んでくるなど予想出来るはずもない。振りかぶった拳が硬直してしまう。真正面から倒れ込んできた楯無を受け止めることも出来ずなずがままに激突。そのまま2人で地面を転げる。視界が、世界がグルグル回る。

 

 ようやく止まったとき、目を開けた楓の前にはあまりにも近すぎる距離にあった少女の顔。そして唇に触れている柔らかく温かな感触。それが何なのか考えていると目覚めた楯無と至近距離で目があった。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 ッッッッ!!!!

 

 どちらともなく全力で飛び退った。

 

 呆然と楓は己の唇を手で触ろうとして、直前で止まる。触ってしまうとそれを自覚してしまいそうで、それになんか勿体無い気がして、

 

 

「――――ってなにが勿体無いんだ俺の馬鹿! いいか俺には千冬さんと心に決めた人がっっ!!」

 

 

 一体誰に言い訳をしているのか。まさかモニタールームで千冬が見ているだなんて夢にも思っていない楓はとりあえず地面に頭を打ち付けて必死に理性を保とうとする。残り少ないエネルギーが減ったが関係無い。

 

 

「そ、そうだ……。兎に角今は勝負の決着を――――」

 

 

 何かを忘れるには別のことに集中すればいい。少なくともその間はそのことを忘れることが出来るからだ。そう考えた楓は一先ず今が戦闘中であったことを都合良く思い出して意識を切り替えようとして、見てしまった。

 

 泣いていた。楯無が涙を流していた。シクシクメソメソ泣いていた。

 

 楓は猛烈に死にたくなった。今なら銃弾レーザーミサイル飛び交う戦場でもオアシスだと喜んで飛び込めそうだった。しかし残念ながらここは学園のアリーナで、周囲はシールドで隔離されており、ここには自分と彼女しかいなかった。地獄だった。

 

 自ら男子トイレに仁王立ちで待っていられる胆力の持ち主が泣き崩れるとはまさか。いやしかし、会長だ国家代表だといっても楯無も女の子。女の子にとってキスはとても大切だ。いや男だってそうだけども。けど男にとって美少女とのキスはショックよりはどちらかというと役得、

 

 

「ふんぬっ!!」

 

 

 自分で自分を殴った。エネルギーが減った。知らん。

 

 

「…………謝ろう」

 

 

 楓は覚悟を決める。たとえ体勢を崩して突っ込んできたのが相手だったとしても、この状況下で頭を下げられないならばその男は人間として最低辺である。

 重い足取りで楓は楯無に歩み寄る。

 

 

「その……わ、悪かった。まさかこんなことになるとは」

 

 

 膝を曲げて視線の高さを合わせる。とはいっても相手は顔を手で覆っており顔を見せてはくれない。どうにかせねばとさらに近付いて、

 

 

「うふっ」

 

 

 槍の穂先が楓の腹部に突きつけられていた。

 

 

「――――は?」

 

 

 直後、穂先から放たれた高圧水流の衝撃が腹部を抜けて背中へ貫通。絶対防御の発動など意味を為さない。問答無用でオーバーキルだった。

 倒れ伏した楓の目の前ですんなりと楯無は立ち上がった。

 

 

「勝負の最中に気を抜いたらダメよ。たとえ女の子が泣いてもね」

 

「は、図ったな……」

 

「あら、涙は女の最大の武器なのよ」

 

 

 直前の泣き顔は何処へやら、ウインク付きの素敵な笑顔を振りまく。薄れゆく意識中で楓は最後に思った。

 

 

(女って、怖い)

 

 

 暗転。




閲覧ありがとうございましたー。

>なにこのラノベみたいな展開(どの口が言うのか)。

>はい、数日ぶりの投稿が出来てなによりです。この展開というか決着の仕方は前々から概ね決めていたのでようやく辿りつけたか、という心境でございます。ええこのベッタベタの萌えラノベ展開は狙ってます。

>俺の楯無さんは嘘泣きなんて汚い真似しないやい!とお思いの方もいらっしゃいましょう。そこら辺を実は彼女自身も思うところがあるのでそれは次話に書こうかと思います。

>ちょいと要らぬ補足をします。楓と楯無さんの実際の実力差についてです。本編では楓主観も多く楯無さんを格上っぽく書いておりますが、奥の手である八咫烏の射撃がチート武器なので奥の手有りならば楓に軍配が上がります。さらに操縦士としての能力も実は楓が僅かながらも確実に勝っています。ただ人間スペック(心理戦含めて)は楯無さんの圧勝なので生身じゃまず勝てません。ちなみに楓が87レベルまで到達した『束さんクエスト』に楯無さんを当てはめるとレベルは78くらいです。
この補足に意味はほとんどありませんが、実際の実力基準程度でお願い致します。

>ではでは次話で今章締めです。


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九話

「………………」

 

 

 いつも通り遠い男子トイレの扉を開けたらそこにはまたも水色髪の少女が仁王立ちして待ち構えていた。さすがに2回目となると楓も叫ぶことはしない。それでも相手が美少女なだけにそんな変態行動をする性格は残念極まりない。

 

 

「あんたほんとなんなんだ。通報すんぞ」

 

「2回目のリアクションが薄いのはちょっぴりつまらないわね」

 

 

 相変わらず楯無の方は何故か堂々としたものだ。本当になんの自信に溢れているのだろうか。知りたくはないが。

 

 

「昨日は結局模擬戦の後話せなかったでしょう? だから、ね」

 

 

 模擬戦と聞いて楓が顔を顰める。というよりは合わせる顔が無いというやつだろうか。あれだけ大見得を切っておいて結果は失神ノックアウト。穴があったら入りたい。

 楓の表情から幾分かその気持ちを汲み取った楯無はしかし閉じた扇子を口元に当てて微笑。

 

 

「悔しがるのは立派立派。さすが男の子! でもまだ学園最強の座はあげられないわ」

 

 

 なーんて言いながら楯無は扇子を勢い良く開く。いつも通り自身の気持ちを直接的に表す文字がそこに記されているわけだが、そこには筆文字で2文字『屈辱』。

 

 

「おい、勝ち誇ったセリフと顔の割に言葉が残念だぞ」

 

 

 パシン! と閉じられ、再び勢い良く開かれる。『恥』。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 言葉が出てこないで2人で沈黙。すると楯無は扇子を閉じて、一転して勝ち誇っていた笑みを消した。目尻を下げて羞恥心からか頬を赤く染めた。

 

 

「……私だってあんな手に頼ったのは不本意だったのよ。それでも負けるわけにはいかなかったの」

 

 

 どうやら、彼女にとってもあの決着は思い出したくもないものらしかった。勝利が全てと言うには彼女には最強を名乗るプライドがあった。

 

 

「だから昨日の勝負は引き分け、ということで手を打たない?」

 

 

 小首を傾げるようにして楯無はそう提案した。楓としてはどうであれ自分の負けには違いないと思っている。公式な試合などで無い以上、勝ち負けは己自身で割り切ればいい話なのだから。故に返答は決まっている。

 

 

「まあ別に好きにしろよ」

 

 

 楓がそう答える。楯無もそれで踏ん切りをつけたらしく『ありがとう』とだけ言ってこの話題は終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか負けるだなんてねえ……)

 

 

 先程待ち伏せて話し合った結果、先日の模擬試合は引き分けと決まった。しかし楯無にしてみればあれは完全な敗北である。思い返せば楓が本来の戦い方を思い出してからは終始一方的な展開だった。最後を除いて一度たりとも楓に攻撃は当てられず、こちらは確実にエネルギーを削られていた。相性でいえば決して悪くはなかったのにこの様である。

 

 

「ふふっ」

 

 

 それを悔しがると同時に嬉しがる自分がいた。今まで彼女は誰と競うこともなかった。自分が何をやっても誰よりも優れているだなんて言うつもりはないが、それでもなんでも出来る超人だと言われて遜色ないスペックを持っている。それも世界水準で。そんな彼女と張り合える存在というのは、少なくとも現状存在し得なかった。一夏をはじめ才能ある者は多々いれど、しかし現状では誰も彼も楯無にとって守るべき存在である。それが嫌なわけではない。ただ、少しだけ寂しかったといえばそうだった。

 

 そんな楯無をして勝てなかった。御堂 楓。彼は楯無に勝った。

 手の内全てを晒したわけではないもののそれは向こうも同じ。あくまで学内の模擬戦という範疇でだが、互いに全力を出し合った。その上で楯無は敗北した。

 悔しさはある。しかしそれ以上に嬉しかった。自分と対等の存在がいてくれたことが嬉しくて堪らなかった。

 

 彼女の当初の目的は希少な男性操縦士の護衛及び降りかかる火の粉をある程度自己で対処出来るレベルに彼等を育て上げること。前者後者どちらも必要であるのは織斑 一夏。その点、楓にはどちらも必要無いといえる。なにせ彼は楯無より強いのだから。となれば最早楯無は定期的な監視以外楓に接触する必要は無くなるわけだが。

 

 

「御堂 楓君か……」

 

 

 コツコツとどこか弾むように床を鳴らして廊下を歩く楯無はそんなもの気にしていなかった。『更識 楯無』の任務として接触する必要は無い――――が、『更識 刀奈』として、ひとりの少女として彼に興味が出てしまった。関わりたいと思ってしまった。

 

 

「どうにかして生徒会に入ってもらえないかな?」

 

 

 少女はそんな独り言を漏らすのだった。

 

 

「………………」

 

 

 思い出したように不意に廊下で立ち止まる。指先が自身の唇にそっと触れる。その温かさが心地良くて、高鳴る鼓動に急かされるように再び動き出した足取りが早くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――……この一件から後、楯無は頻繁に楓の近くに出没することなる。ある時は旧スク姿で更衣室で待ち構え、ある時は千冬が不在を狙って部屋でメイド服姿で出迎えたりしたこともあった。そして今、彼女は猫のコスプレ姿で千冬と対峙している。

 水色髪は変わらず、破天荒さも変わらず、ただひとつ変わったことといえば、

 

 

楓君(・・)、ほらほらナイスバディのおねえさんの猫姿になにか感想はないの? 今日は織斑君の誕生日だっていうから張り切ってきたのよ?」

 

 

 初対面は苗字呼びだったのに対して今は名前になっていること。逆に、一夏は苗字呼びになっていた。

 

 

「てかそれチビっ子から剥ぎ取ってきたんだろうが。あいつ絶対怒り狂ってるぞ」

 

「ふふ、借りたのよ。でもちょーっと胸が苦しいかな」

 

「………………」

 

 

 わざとらしく言いながら胸元を直す楯無。流し目でこちらを見ている辺り確信犯なので全力で理性を保つ努力をする。けれどチラチラと横目で見てしまう。努力は必ずしも実るとは限らないのだ。

 

 

「――――ほう、そんなに気になるか? 御堂」

 

 

 ゾクンと寒気が走る。それほどにその声は低く、冷たさを帯びていた。見れば口から蒸気でもあげていそうな千冬が右手をゴキゴキ鳴らしていた。

 

 

「お、おい楯無。お前が煽ったんならちゃんと始末を――――ってあれ?」

 

 

 縋るように探した少女はいち早く姿を消していた。畜生、と思う余裕は無かった。唯一の扉の前を陣取る千冬。一体全体楓が気絶から目覚める前に何があったのかはわからない。しかし何故だろうか。千冬と楯無が事あるごとに衝突し、最終的に被害を被るというのはここ最近の展開であった。

 

 

「納得いかねえ……」

 

 

 表舞台ではいつものメンバーと一夏がじゃれあい、裏では楓が悲鳴をあげる。

 

 ああやはり、学園は平和である。




閲覧ありがとうございますー。

>VS楯無章、結です!いやぁ、途中の更新途絶えたりと随分長い道のりに思いましたがようやく辿り着けました。さて、そしてもうひとりのヒロインが楯無さんと相成ります。
これで本命、千冬さん。ライバル、楯無さん。まさかの伏兵、相川さんの今作の三大ヒロインが揃いました。最後の伏兵は果たして伏したままの可能性が極めて高いですが(!?)

>2期は1期であんまり書けなかった恋愛要素書きつつ、アニメ本編の重要回を中心に物語を進めます。恋愛要素を進めるにあたってこれからは特に原作キャラのイメージを崩さないよう、しかしデレさせる努力をしていこうかと思います。時期的にもバレンタインデーのおまけ話も書きたかったなぁ、と思いましたが。

>さてここからまたしばらく他作品を進めますので、再びローテンションで戻ってくるまで気長にお待ちいただければ幸いです。それでは次回ー


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VS???
?話


復活一発目がサイドストーリーですみません。


「バレンタインデー?」

 

 

 次の授業の準備をせっせとしていたクラスに、この声は不思議なほど響いた。もしくは、それほどに世に言う乙女である彼女達には聞き逃せない重要なワードだったのか。

 

 

「そうそう! もう来週じゃん? みんなは誰にあげる?」

 

 

 授業が始まる前の休み時間、話題の提供者であるクラスの眼鏡っ娘、岸原 理子は憚らず声を大にして問うた。

 

 世界各国のエリートが集められると世間では言われている学園だが、蓋を開けてみれば普通の学校と変わらないなぁ、と相川 清香は他人事のように思っていた。

 ちょうどいつものメンバーで雑談を興じていたところへの理子の質問に、教室中が騒然となった。

 

 

「えー! やっぱり織斑君でしょー!」

 

「私織斑君の為に今日まで必死に料理の勉強してきました!」

 

「でも手作りとかって引かれないかなぁ……」

 

「あー」

 

「結局市販の物には敵わないしねえ」

 

「市販のチョコっていえばさ、あの有名ブランドのお店、近くに出来たらしいよ!」

 

 

 ちなみに、この話題の中心である学園唯二(・・)の男子達は、前の体育の授業で使用した器材をえっほと片付けているので不在。聞かれることは無いと安心しきっている女子達の口は軽い。やんややんやと最初の話題から枝分かれして様々な話が飛び交う。

 

 

「相川さんは織斑君にどんなチョコあげるの?」

 

「え?」

 

 

 クラスのしっかり者と一夏の中で専ら評判である鷹月 静寐の不意打ちの問いに、清香は思わず言葉を詰まらせる。そうなればもうどうにもならない。我ながららしくない、なんとも歯切れの悪い調子でなってしまった。

 それには静寐の方が首を傾げてしまう。

 

 

「チョコ、織斑君にあげるんでしょう?」

 

「えーあー……と」

 

 

 痒くもない頬を掻いて明後日の方を向く清香。これでは暗に『何かあります』と白状しているようなものだ。

 

 清香が事あるごとに一夏に積極アピールしていたことはクラスでも周知のことである。持ち前の明るさと行動力、加えて出席番号のアドバンテージをフルに活かして、ともすればいつも一夏を巡って凄まじい争いを繰り広げる彼女達すら差し置いて先陣を切るのである。

 

 だから、静寐は清香が間違いなく一夏にチョコをあげるものだと決め込んでいた。それなのに彼女のリアクションがおかしい。似つかわしくない。まさか、と口にする。

 

 

「あげないの?」

 

「…………うん」

 

 

 まるで観念でもするように頷いた清香に、静寐は目を瞬かせた。続く言葉でさらに驚きを重ねることになる。

 

 

「私、御堂君にあげようかなー……なんて」

 

「えええええええええええええ!!?」

 

 

 静寐の絶叫という珍事に周囲の者達までぎょっとする。

 

 

「なになにあーちゃん、みー君にチョコあげるのー?」

 

 

 のそりと、清香の机に寄り掛かるのは布仏 本音。明らかにサイズのあっていないブカブカの制服姿の不思議少女は、最早机に寄りかかるというよりは乗り上げてしまっている。

 清香にとって親友とも呼べる少女の懐っこいのほほんとした笑顔に、清香はコクリと頷いた。今度はクラス中が絶叫。

 

 

「えー! 相川さんて織斑君推しじゃなかったっけ?」

 

「なになに修羅場!?」

 

「いやー、あれでしょ。タッグ戦」

 

 

 誰ぞやの言葉に一同が『ああ』と唸る。

 

 学年別トーナメント。すでに去年の出来事となるあれは、たしかちょうどシャルロットやラウラが転入してきたときぐらいだったか。今思い出すと懐かしくもある。

 話を戻す。その学年別トーナメント、例年とは少々趣向を変えてタッグ戦であった。そのとき清香と楓はパートナーとなって優勝候補筆頭であった鈴音とセシリアペアと一回戦から当たり、なんとなんと大金星をあげてしまったのだった。

 

 

「たしかにあのときの御堂君、ちょっとかっこ良かったもんね」

 

「ちょっと、ね」

 

「あのときは、ね」

 

 

 褒めているのか貶しているのか微妙なところだが、女子一同は各々感想を出す。トーナメント以外でも臨海学校や普段の授業態度まで持ちだして厳しい評価が下される。しかし幸いにも概ね称賛に意見は傾いていた。

 

 

「けどさ」と言ったのは理子「御堂君のファンて織斑君よりもずっと少ないけど、だからこそ結構ガチで狙ってる人いるっぽいよ」

 

 

 ピクン、と清香の耳が動く。

 

 

「あー……わかる。織斑君と間違いなく世界クラスのアイドルだけど、御堂君は学校の有名人くらいだもんね。例えるなら織斑君は高級料理。御堂君は」谷本 癒子は少し間をあけて「地元のよく行く中華料理屋さんくらい?」

 

「あー、そうかもそうかも!」

 

 

 ピクピクン、と清香の耳が動いた。遂にがー、と叫ぶ。

 

 

「いいじゃんいいじゃん! 地元の潰れかかった古い中華屋さんだって! 庶民の味方! ほっとするじゃん親しみ深いじゃん!!」

 

「うん、相川さん。さすがにそこまで言ってない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここにもまた、清香とは別の少女が来週のイベントを前に心踊らせていた。

 

 生徒会室。たかが学生には些か立派過ぎる執務机を、しかし一介の取締役より堂々と乗りこなす水色の少女。口元を隠すように広げた扇子から時折悶えるような忍び笑いを漏らすのは、更識 楯無。

 

 

「うふふ。虚、頼んでおいた物はちゃんと手配してくれた?」

 

「はい、お嬢様」

 

 

 そんな生徒会長に影の如く付き従う眼鏡の麗人は布仏 虚。生徒会会計にして『更識』に仕える楯無の専属メイド。ちなみに1組のいる本音の姉でもある。

 

 

「今から楽しみだわ。当日のために体を清めておかなくちゃ! ビターとブラック、どっちが好きかしら?」

 

「お嬢様、すでにオチが見えています」

 

 

 楓曰く露出会長。または残念美人と名高い彼女は、当日楓の期待を裏切ることはなかった。本当に残念ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらにさらに、某バーにて。

 

 

「そういえば織斑先生は明日チョコあげないんですかぁ?」

 

 

 ぶふぉっ、と千冬は盛大に咳き込んだ。隣を見やると真耶はニコニコ笑顔。

 千冬は口元を拭って乱れた精神を持ち直す。

 

 

「――――勘違いするな。御堂と私はそんな関係じゃあない。大体あいつは私の生徒で、私は曲がりなりにも教師だ」

 

「ふふっ」

 

「?」

 

「私、御堂君にって言ってないですよ? 弟さんにあげないんですかって意味でした」

 

「………………」

 

 

 しばし、店の空気が静止した。

 

 千冬はひきつった笑みで真耶を見る。

 

 

「真耶、良い性格になったな」

 

「織斑先生のご指導のおかげです」

 

 

 いつの間にか逞しくなった元教え子は、今や隣りでえへんと胸を張っている。

 

 

「お前に男が出来ない理由がわかった気がする」

 

「ひ、酷いですよー!」

 

 

 明日、千冬から真耶に大量の資料整理が言い渡されたとか無いとか。




閲覧ありがとうございます。

>こちらのみの読者の皆様にはお久しぶりでございます。長らく更新止まってしまい申し訳ありませんでした。……いやほんと、私自身四ヶ月超空いてしまうとは思ってもいませんでした。
改めてごめんなさい。

>重ねて、いきなり番外編でして、本編お待ちの方はすみませんでした。とりあえずこういった作品だったなぁ、と思い出していただけたなら幸いです。
このバレンタインデー回の続きがあるかないかは不明です。構想はありますが、番外編に少ない執筆時間を使ってしまうのは本末転倒ですしね!

>とまあ、ちょいとリアルの生活事情が変わったのもあって執筆速度は相変わらずとなりそうですが、とりあえず数話程度はこちらの更新になるかと思います。

ではでは、改めまして宜しくお願いいたします。


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一話

 バターをあてたフライパンにまずは鶏肉、順に野菜を投入して炒める。ある程度熱が通ったのを見計らってケチャップを入れてまた炒める。水分が飛んだら白飯を入れる。塩コショウで味をつけて完成したチキンライスを皿に盛る。

 次に油をひいたフライパンに今度はボールにあけた卵を入れる。フライパンに接している面がある程度固まったところでフライパンを軽く揺すって端に寄せる。皿に盛ったチキンライスを上へ卵をのせてやれば、

 

 

「オムライス一丁!」

 

「はーい」

 

 

 パセリを添えた皿を受け取りにきた給仕係のクラスメートに渡す。

 

 そう、今日は文化祭である。

 

 IS学園では毎年厳重な警備のもと行われる秋の一大イベント。しかしあらゆる特殊性を持つこの学園といえど、生徒はあくまでも十代の少女達。文化祭の出し物は他の学校とそれほど遜色はなかったりする。実際、楓達1年1組の催しは喫茶店である。文化祭において定番といえよう。

 

 ただ、死ぬほど忙しい。

 

 

「御堂、パンケーキ2だ」

 

「御堂さん、オムライス1、ミートスパゲッティ1、デザートにジェラート2ですわ」

 

「御堂、ホットケーキ2とフルーツサンド1いける?」

 

「っだあああああクソ! 了解ッッ!!」

 

 

 忙しすぎる。箒、セシリア、シャルロットと立て続けに知らされる注文群。その前にも二件注文が入っている。

 

 率直に言って、楓達の店は大繁盛であった。というのもこのクラスはあらゆる意味で注目度が高いメンバーが揃っていて金の卵をひと目見ようと企業のお偉いさん達がやってくる。さらに美少女がメイド服で給仕してくれるというのだから一般の男客もこぞって足を運ぶ。

 だが、この忙しさの真の理由は他にある。

 

 ――――メイド&織斑一夏の執事喫茶。

 

 そう、これが我らが1組の催しである。お分かりいただけるだろう。この忙しさの理由は間違いなくあの後半部分によるものだと。

 世界でも希少な男性IS操縦士、さらに世界最強のブリュンヒルデ――――織斑 千冬の弟。そしてイケメン。ザ・アイドル。

 そんな一夏目当ての客は外来はもちろん、同じ学園の他クラス、さらに他学年の女子まで引き寄せてしまう。それがこの忙しさの理由である。

 

 

「それにしても御堂君は器用だねえ」

 

 

 クラスメートの清香が――――もちろんメイド服――――流れるような楓の手際を見て感心する。

 

 

「まあ、料理は昔からずっとやってたしな」

 

 

 一人暮らしの間はもちろん、あのウサ耳博士が自分で料理をするはずなどない。以前束に料理ぐらいやってみろと言ったら、彼女は僅か3分で料理ロボを作ってきた。過程ではなく結果に意味を求めるのは科学者らしいが、それは違うとスクラップにしてやった。

 

 そんな感じで料理には自信……というよりは別段苦手意識ももってなかった楓だが、当初彼は料理担当ではなく一夏同様執事姿で接客をする予定だった。楓とて貴重な男子要員。知名度等で一夏には負けるものの、それなりの集客も見込める。

 ならば何故それがなくなったのかというと、超絶的に執事服が似合わなかったのだ。……いや、ある意味似合いすぎていたともいえる。ただそれは執事というより――――マフィアだった。

 

 つり上がった三白眼に黒スーツ。洒落っ気のない髪をオールバックで纏めた姿を見て、クラスは大爆笑の渦だった。

 それなりの付き合いで楓の性格を知っているクラスメートならば笑いで済んだが、初対面ならば間違いなく目を合わせることを拒否する強面。楓は心が折れて料理担当となった。

 

 

「むむ、こうも女子力の高さをアピールされると私達としては複雑」

 

「たしかに。結局料理担当決めたのも、一番御堂君が美味しかったからだもんね」

 

 

 微妙な顔をする理子と苦笑する静寐。

 

 というかみんな働け、という楓のツッコミは忙しさのあまりなかった。料理担当は楓を中心にして交代で2~3人が入っている。本格的な料理が必要なものは楓が、野菜を刻んだり湯を沸かしたりの簡単な下準備、パンケーキなどの簡単な調理をヘルプのメンバーがやっている。飲み物をいれたりお菓子類など市販の物をあけるだけのものは給仕係も含めて手が空いている者がやっているのだが、それでもやはり料理の方は手が足りないのが現状だ。

 

 するとセシリアがやれやれと頭を振る。

 

 

「仕方ありませんわ。わたくしが調理に入って――――」

 

『それはやめて』

 

 

 咄嗟ながら揃った全員の意見にセシリアは納得いかなそうにぶーたれていた。

 しかし彼女にだけは調理を任せることは出来ない。彼女が奮った料理で生まれる地獄絵図が目に浮かぶ楓は必死に手を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんとか昼の山場は乗り切った……)

 

 

 半ば放心状態になりながら、しかし手はサンドイッチを作っては皿に並べている辺り彼の料理経験の長さが窺える。

 昼時を過ぎてお客は目に見えて減った。なにより一夏が休憩に入って不在というのが大きいだろうが。

 

 一夏達が戻ってくる前に少し休憩を貰おうか、と楓が考え始めたところでメイド服の少女が調理場にやってくる。そちらに目を向けた。

 白く清楚なエプロンと紺地のスカートは見事なコントラストを演出している。口元を隠す扇には墨字で書かれた『神出鬼没』の四文字。赤茶けた瞳は悪戯好きの猫のように細められている。

 

 

「…………」

 

 

 そんな楯無へ、楓はスッとサンドイッチが盛られた皿を差し出した。

 

 

「サンドイッチあがり」

 

「ちょっと!?」

 

 

 まさかのスルーにさしもの生徒会長が悲鳴をあげた。

 

 

「せっかくメイド服を拝借してお披露目してあげたのに感想もないのかしら?」

 

「お客様、こちらは関係者以外立ち入り禁止なので戻ってください。あと服は返せ」

 

「こ、ここまで無視されると流石に堪えるわね……!」

 

 

 ふん、と頬をふくらませて機嫌を損ねる楯無は一向に調理場から出て行こうとはしない。実際、言って聞く輩ではないので楓も作業を続けながらおざなりな注意である。一体どのような手段を用いてここまで入り込んだのか。

 

 

「それで? 何しにきたんだ。一夏なら今いないぞ」

 

「そうなの?」

 

 

 彼女は一夏の護衛役でもある。クラスにちょっかいを出すときは決まって一夏を巻き込むのは、悪ふざけが4割に暇つぶしが4割。護衛の責任は精々2割がいいところだろうというのは楓の予想。

 

 

「休憩中。っつても、多分そろそろ帰ってくるだろうけどな」

 

「そ。じゃあもう少しここで待たしてもらうわね」

 

「警備員さーん、不審者がいますよー」

 

「ふっふーん、邪魔者は全員一時待機を生徒会長権限と更識の名前で命じているから無駄無駄」

 

「職権濫用じゃねえか!?」

 

 

 基本自由人の本領発揮である。

 

 楯無の相手をしていては仕事が進まないと思い直し、楓は一旦使用した調理器具を洗い出す。楯無は勝手に引っ張りだした椅子に腰掛けている。

 

 

「ねえ、楓君。貴方生徒会に入らない?」

 

「なんだよ突然」

 

 

 楯無の提案は本当に唐突なものだった。しかし意外にも彼女は真面目な声色で続ける。

 

 

「自覚はないかもしれないけど、織斑君同様、貴方だって狙われているのよ?」

 

「一夏のおまけくらいでだろ?」

 

「これは冗談じゃないわ。見方によっては注目度が低い貴方の方が狙い易いと考える者だっている」

 

 

 スポンジで包丁を拭いながら考える。

 

 世界でも稀少な男性のIS操縦士。その希少価値はともすれば最新鋭のIS兵器技術より高い。広告塔としてはもちろん、楓や一夏の情報を突き詰めれば楓達以外にも男性の操縦士を造れる(・・・)かもしれない。

 

 

「生徒会に入ってくれれば私だって目を光らせることが出来る。貴方なら実力は申し分ないし」

 

 

 その提案が彼女の優しさであると理解しながら、楓は首を横に振る。

 

 

「悪いけど柄じゃねえよ。そういうのは一夏辺りを勧誘してやれよ。あいつの方が年がら年中部活とかにも誘われてるからなぁ。生徒会にでも入ればみんな納得して引き下がるだろうし」

 

 

 蛇口を締めて楯無の方を向き直る。

 

 

「でも、心配してくれてありがとう」

 

 

 楯無は目を丸くしてた硬直していたかと思うと、我に返るなり扇で顔を隠してしまう。扇には『顔厚忸怩』。はて? なんと読むのだろうかと楓は首を傾げながらも、次の調理をしようかとガスコンロの前へ。

 今は調理番が楓ひとりなのでホットケーキを焼きにかかる。

 

 

「……なら、ふたり一緒になら問題ないわね」

 

「なんか言ったか?」

 

「ううん、なんでもないわ。――――それより、美味しそうね!」

 

 

 ひょこ、と顔を脇から覗かせる楯無。

 

 

「食うなよ。お客に出すんだから」

 

「なら私にも作ってよ」

 

「列に並んで客として来店して注文すればな」

 

「いけず。おねえさん楓君の手料理食べたいなー。ねえねえ」

 

「ええい鬱陶しい!」

 

 

 肘で横腹を突いたりと邪魔をしてくるので振り払うと、身軽な調子で躱される。

 クスクスと笑う楯無は閉じた扇子の先端を向けて言い放つ。

 

 

「生徒会長権限で命令します。私に料理を作りなさい」

 

「今度暇があったらな」

 

「やったぁっ! どんなフルコース料理作ってもらおうかしら」

 

「うおい!? お前俺になに作らせる気だ!」

 

 

 所謂一般家庭で作られるようなものしかレパートリーが無い男にフルコース料理など作れるはずがない。だというのに楯無は意図的に聴こえないフリをしてお気楽に鼻歌をずさんでいる。

 

 

「じゃあね、楓君。1ヶ月専属シェフの件、楽しみにしてるから」

 

「なんかどんどん上乗せされてる!?」

 

 

 調理場から出て行く自由過ぎる少女の背中を止める術を、楓は持っていなかった。




閲覧ありがとうございまっす。

>日曜日ということでさらっと書いてしまった冒頭をそのまま投稿してしまいました。さすが二期となれば楯無さんのヒロイン力を発揮せずにはいられない!
だがしかし、全国の千冬さんファンの皆様、次話では遂に我らが千冬さんが登場です。だがしかし(2回目)、彼女にヒロイン力を発揮させる自信がありません!!

>束さんの女子力は科学力。彼女は料理をしろと言われれば料理ロボットを。掃除しろと言われれば掃除ロボットを。もっと女の子らしくと言われればパーフェクト女の子、メカ束さんを作ってしまう人です。色んな意味で駄目な人ですわ。

>ではでは次回まで!


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二話

「失礼しまーす」

 

「御堂君?」

 

 

 一時休憩をもらい楓が訪れたのは、広大な敷地を持つ学園を管理する為のシステムルーム。そこには数人のオペレーターに混じって画面と睨めっこする副担任の真耶と、その傍らで全体を監視する役にある千冬がいた。

 楓がやってきたことに真耶が気付いて振り返り、千冬は怪訝な顔をした。

 

 

「何しに来た? ここは教員以外立ち入り禁止だぞ」

 

「まあまあ千冬さん。そんな堅いこと言わずに。頑張ってる先生方におすそ分けを……」

 

 

 楓が差し出したのはケーキが入っているような紙箱。中には楓達の店で出しているハニートーストやパンケーキなどが入れてある。

 

 

「わあ! ありがとうございますー! 私お腹ペコペコだったんですよねえ」

 

 

 そう言って目を輝かせる真耶。千冬は他のオペレーター達も物欲しそうな目で見ているのに気付き、諦めめいたようにため息をついた。

 

 

「……許可する。但し、休憩は交代だ」

 

 

 部屋に歓声があがった。

 

 

 

 

 持ってきたパンケーキを真耶達がワイワイとつついてる一方で、楓はこれまた持ち込んだ急須で注いだほうじ茶を千冬に差し出した。

 

 

「はい、千冬さん」

 

「……最近貴様わざと言ってるだろう」

 

 

 湯のみを受け取りつつそう言う千冬さんの目は据わっている。――――が、これで引いてはいけないと楓は己を奮い立たせる。『先生』呼ばわりをしていたらいつまでたっても『先生』と『生徒』の関係から脱却出来ない。最も怖いのは学園を卒業してからもその関係が維持されてしまう場合だ。それはまずい。それを避ける為の名前呼びである。少しでも自分をひとりの『男』として千冬に認識してもらわねばならないである。

 しかしわざとだといえば千冬のことだ。きっと怒る。

 

 なので、バレバレであってもここは白を切る。

 

 

「えー、そんなこたぁないっすよー」

 

「白々しい」

 

 

 ふん、と鼻を鳴らす千冬。しかしいつものように殴ってはこない。はて? と思いつつ、殴られなかったのだからラッキーだと思うことにして楓は今一度部屋を見渡す。

 無数の画面には学園祭のリアルタイムの映像が随時送られているようだった。併せて各国からの情報もここでまとめているのだというのから人手はいくらあっても足りまい。学園祭の間、千冬を始め真耶達もここに缶詰状態だと聞かされ、楓はまた差し入れのひとつでも持ってこようと思うのだった。

 

 

「あれ?」

 

 

 画面のひとつがやけに騒がしいことに気付く。場所は室内演習場。たしか今の時間は生徒会による演劇だとパンフレットには書かれているが、どうもただの舞台ではないようだった。箒、セシリア、鈴音、シャルロットにラウラ。五人は頭の上にティアラ。格好はドレスという絵に描いたような『お姫様』姿。となれば当然相手となる『王子様』がいるはずで、誰かなど見るまでもなかった。

 全速力で広い舞台を駆け回る一夏がいた。

 

 

「なにやってんだあいつら……」

 

 

 剣で斬り結び、銃で狙い撃ち……いや、本当に何をしているんだろうか。一夏を奪い合うというよりは、一夏を殺しにかかっているようにしか見えない。

 益々激化する戦場に更なる混沌が投げ込まれる。それは我がクラスメート達。イナゴの大群よろしく、やはり一夏に襲い掛かる連中。加えてセットの城のギミックなのか砲撃まで飛び交う始末。

 

 

「いやいや! あいつら店どうしてるんだよ!?」

 

「心配するのはそこなのか……」

 

 

 逞しく染まってきたな、と千冬は茶を啜る。実の弟のことであるのに彼女も大概であるが、それは誰もツッコまない。

 

 

「更識と戦っていたな」

 

「ぶっふぉー!!?」

 

 

 不意に飛び出した話題に楓は目に見えて動揺する。そのことに千冬の方が不思議そうに首を傾げた。

 

 

「何故それほどに動揺する?」

 

「み、見てたの……?」

 

 

 千冬が頷くと楓は盛大なため息と共にその場に座り込んでしまう。体育座り。所謂、いじけ体勢。

 

 楓にとって、あれは負け試合なのである。それもただの負けではない。散々大見得を切った上での敗北だ。はたして千冬がどこから見ていたのかは楓にはわからないが、好きな女性に自分の負けた戦いを見られていたというだけで充分落ち込む理由になる。

 

 楓が何も言わずにいじいじしてしばらく、千冬はようやく楓の心情を察して、それは無用な話だと断じた。

 

 

「お前と更識の戦いは間違いなく世界水準のものだった。誇りこそすれ、恥じる理由にはならん」

 

 

 滅多に人を褒めない千冬にしてみれば最大限の称賛だったのだが、楓の態度は変わらない。それは最早男心の域の話であり、世界最強といわれているといってもやはり女性である千冬にはわからないのかもしれなかった。

 その後も思いつく限りの褒め言葉を浴びせる千冬とそれでも復活しない楓。

 

 ――――しかし、なんとなくでも察せる人間もいたりする。意外な人物が。

 

 

「あれー? 織斑先生、珍しいですねえ。織斑先生がそんなに必死に慰めるなんてー」

 

 

 差し入れを食べ終えた真耶がひょこ、と首を出して一言。続けてもう一言。

 

 

「そういえば」にっこり。邪気の無い笑顔だった「織斑先生ずっと心配してましたもんねー。御堂君のこと」

 

 

 ピクン、と顔を膝に埋めた楓の耳が動く。

 カチン、と千冬が凍りついた。

 

 静寂が部屋を満たす。ちなみに差し入れを平らげた周囲の者達は業務を続けている――――風を装って興味津々だ。

 

 微動だにしなかった楓が千冬の顔を見上げる。その瞳は潤んでいた。

 

 

「………………ほんとう?」

 

 

 うっ、と千冬が身を引く。されど反射的に『違う』などと言うことを避けた辺り、彼女も立派な大人なのであった。

 腹を括ったといったふうに、渋面だった千冬は敢えて真っ直ぐ楓を見下ろす。

 

 

「うおっほん! …………ああ」

 

 

 普段からは到底信じられないくらいの小声だった。

 

 

「千冬さん大好きいいいいい!!」

 

「調子に乗るな」

 

 

 飛びついてきた楓の首筋に回し蹴りが見事に入った。

 

 

 

 

 一夏争奪戦で学園祭が大乱戦となってからしばらく。一夏の姿が忽然と消えるが、少女達の争いは熱を増すばかり。

 

 

「店の方心配だからそろそろ戻るわ」

 

「さっさと出て行け」

 

「御堂君、差し入れありがとうございましたー」

 

 

 すっかり元気を取り戻した楓と、先程から頬を赤くして口数少ない千冬。真耶達周囲の者達は暖かくニヤニヤと見守るだけだった。

 

 おそらくはまともに店はやっていないだろうと思いつつも、根は真面目である楓はそこそこにして管制室を後にしようとする。――――そのとき、突如としてけたたましいアラート音が鳴り響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オルコットと凰は哨戒につけ。他は織斑の援護。ロッカールームへ向かえ』

 

 

 千冬の指示にそれぞれが従う。箒、シャルロット、ラウラは現在戦闘中らしい一夏の援護へと向かう。

 

 

「セシリア、アタシ達も行くわよ」

 

「はいですわ」

 

 

 粒子が体を包み装甲を展開。《ブルー・ティアーズ》、《甲龍》をそれぞれ展開したセシリアと鈴音も役割を果たす為空へと昇る。

 

 敵は現在一夏と交戦している一機のみ。情報によれば敵の機体は以前アメリカで強奪された第二世代、《アラクネ》と呼ばれるISらしい。セシリアは己の知識でその名を検索。多腕武装のキワモノらしく、量産には至らなかったらしい以外セシリアにも大した情報はなかった。――――が、シャルロット達が向かった今、そちらはすぐに片がつくだろう。敵が如何ほどの者かわからないが、一夏を加えて4人という数的有利、しかも内2機は第四世代となればよほどの相手だとしても負けはしない。

 

 となれば、問題はむしろこちら側。まさか一機だけでこの学園の中心で暴れて無事に済むとは思っていまい。増援は必ずやってくる。それを止める、あわよくば拿捕することこそがセシリア達の役割。

 敵の目的が一夏なのか、はたまた学園の機密情報、或いはテロ、なんにしてもただでは帰さない。

 

 

「レーダーに反応!」

 

 

 セシリアがそう意気込んだそのとき、鈴音の声が届く。無論、すでにセシリアも補足済みだ。

 

 

「……っ、そんな」

 

 

 しかし、セシリアは拡大された敵機の姿を見た瞬間、戦場だというのを忘れて呆けてしまう。

 

 敵IS。深い、セシリアのブルー・ティアーズよりも深い蒼色。紫にも近い色の機体の背中から両側に備えられた大きなスラスターは、まるで蝶の羽のようだった。その機体を、セシリアは知っていた。だがあり得ない。アレはここにあるはずがない機体。何故ならあれは、

 

 

「BT二号機……《サイレント・ゼフィルス》!」

 

「どうしたのセシリア!? 早く撃って!」

 

 

 英国本国にあるべきはずの機体の襲撃に動揺を隠せずにいたセシリアは牽制射撃を始めていた鈴音に遅れてライフルを構える。

 

 

(是が非でも逃すわけにはいきませんわ!)

 

 

 鈴音の龍砲の射程は中距離。しかしセシリアの主武装であるスターライトMKⅢにはすでに射程圏内。牽制ではなく確実に仕留めるつもりでセシリアは引き金を引いた。

 迸る青白い閃光。

 

 そのとき、セシリアはサイレント・ゼフィルスの搭乗者の口元が嘲るように引き裂くのを見た。

 

 レーザーがサイレント・ゼフィルスの羽を捉えようという瞬間、割って入るモノがあった。

 

 

「シールドビット!?」

 

 

 レーザーを止めたのはサイレント・ゼフィルスの周囲を浮遊する二基のビット。中心が吹き抜けになっている逆三角形のそれはエネルギーシールドを展開してセシリアの攻撃を散らしていた。

 エネルギーアンブレラ。ビーム射撃とシールド、どちらも備えるビット兵器。

 

 

「ならばこちらもっ!」

 

 

 エネルギー兵器ではシールドに弾かれると悟ったセシリアはブルー・ティアーズ唯一の実弾武装であるミサイルビットを射出。ビット同士の戦いならば、適正においても経験においても自分が勝ると踏んでの攻撃。

 瞬後、ミサイルの一基が爆発した。

 

 

「な……!?」

 

 

 黒煙を突き抜いて放たれる紫色のレーザーがもう片方のミサイルビットに向かう。セシリアは残ったビットの軌道を逸らす。なんとか躱すことが出来たと思ったのも束の間、レーザーがその軌道を変えてミサイルを追跡。貫いた。

 

 

「今の……BT兵器の偏向射撃(フレシキブル)!?」

 

 

 偏向射撃とは、レーザー兵器の軌道を発射後に任意で変えることが出来る技術である。理論上だけならすでに方法は確立されているが、現状BT兵器適正値が最も高いセシリアでさえ発現は困難であった。それを、目の前の操縦者は実践している。それだけではない。

 敵はビットを六基射出してきた。『六基』だ。セシリアは未だ『四基』が精一杯のそれを、しかも鈴音との戦闘をこなしながら見事に操っている。

 

 それはセシリアの精神に多大な衝撃を与えた。己の価値観を根こそぎ奪われてしまったかのような錯覚に今度こそ彼女の動きが完全に停止する。

 

 無情にも、二基のビットの砲口がセシリアを狙っていた。

 

 

「セシリア!!」

 

 

 鈴音の声に我に返るもすでに手遅れ。セシリアはただただ迫り来る光を見つめることしか出来なかった。

 

 ――――そのとき、漆黒の壁がセシリアをレーザーから守る。

 

 

「悪いなセシリア。ご期待の王子様じゃあねえけども、今回は勘弁してくれ」

 

「御堂さん……?」

 

「………………」

 

 

 サイレント・ゼフィルスの操縦者がそちらに視線をやる。漆黒の鎧を纏ったもうひとりの男(・・・・・・・)は正面から立ちはだかった。




閲覧ありがとうございましたー。

>てな感じで二話!執筆遅くて本当に申し訳ないです。

>今回ようやくメインヒロイン千冬さん登場!誰がなんと言おうとメインヒロインです!メインヒロイン!大事なことなので3回言いました。

>ちなみに、千冬さんの好感度は見ての通りすでに良好くらいには達しております。アニメ見る限りの彼女ならばこうも簡単にはいかないでしょうが、基本この作品の彼女のメンタルは実はあまり強くなかったり(福音作戦時のときとか)なので、実はもう結構楓君の恋は成就していたりします。

>次回はエムことまどかちゃんとの戦い。原作ノベルを集めていないので、基本アニメ路線の展開なのをもう一度述べておきます。

>セシリアさんの成長はどうしようかまだ悩み中。原作だと偏向射撃出来るようになっているようで、けどアニメだと特に触れていないんですよねえ。どうしようか。

>まま、そんなこんなの亀更新ですがまた次話でー。

>そういえば、どなかた感想を書いてくださっていたみたいで、履歴……というかはあったのですが中身は見れませんでした。お返事遅くて削除しちゃってたとしたら申し訳ありませんでした。


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三話

 異常事態のアラームが鳴るなり楓は一目散に管制室を飛び出した。すぐさま通信が入る。接続を許可すると、視界に真耶と千冬の映像が映る。

 

 

「どこ行けばいいっすか!?」

 

 

 学園祭は毎年常に最大級の警戒態勢を敷いている。中でも今年は男性操縦者という異例があった為、例年より警戒レベルは高かったはずだ。

 それを突破して侵入してきた者がいる。

 そんじょそこらの盗人程度ではないのは明らかだ。実際、相手は第二世代のISまで持ち出してきている。

 

 楓の質問に、しかしふたりは苦々しく顔を歪めるだけで指示しようとはしない。

 

 学園の主な戦力は皆教員である。それは学生との経験の差、というのももちろんある。――――が、それ以上に、子供達を戦場に立たせたくないという『大人』である彼女達の矜持だ。願いと言い換えてもいい。

 

 しかし今、学園戦力は皆学園の外の警戒に当たっていた。内部の問題を伝えて急行させるにも時間がかかる。それに問題はもうひとつある。現在セシリア達が戦っている相手は学園の外からやってきた。それが意味することはひとつ。

 

 上空の敵は警戒網を何らかの方法で抜けたか、或いは、学園戦力を撃滅してここにきているはずである。

 

 実際、連絡が取れていないのだろう。先ほどから映像の向こうから怒鳴るようなオペレーターの声が聞こえている。

 だからこそここは楓が動かなければいけないのだ。たとえ代表候補でなかろうと、現状学園の戦力に数えられる自分が呑気に見ていることなど出来はしない。

 

 

「千冬さん!」

 

 

 千冬が唇を噛むのが見えた。千冬は真耶に目配せして、意図を受け取った真耶は頷くとこちらを正視する。

 

 

『ロッカールームで織斑君が交戦中。屋外でも、現在オルコットさんと凰さんが交戦してます』

 

 

 緊張からか、真耶の声がいつもより硬い。或いはこの状況で、守るべき生徒を頼らなくてはならない己を恥じてからなのかもしれない。

 とても優しい大人達。それでも、それは無用な心遣いだと楓は言ってやりたいが、言葉にせずに目で訴える。直接的な指示を求めて千冬を見る。

 

 

『――――屋外へ迎え』観念したように千冬は告げる『オルコット達の援護だ』

 

 

 ようやく与えられた信頼に嬉しさが込み上げる。だが同時に湧いたのは疑問だ。

 

 

「いいのかよ千冬さん。敵の狙いは――――」

 

 

 一夏だ。間違いない。

 

 二箇所同時攻撃。内部と外を同時に。役割を考えれば自ずと敵の狙いが読める。

 堂々と包囲網を突き破ってレーダーに捉えられるのも構わず上空に現れた敵と、事を起こすまで存在を隠していた中の敵。しかもそこに一夏がいるとなれば確定だ。

 

 上は陽動。となれば本命は中だ。

 

 一夏はあらゆる面で興味をそそられる素材なことだろう。それこそ、同じ男性操縦士ながら楓との価値の差は雲泥の差であることはご覧の通り。

 安堵する一方、癪に思わなくもない。

 

 

『わかってる。だが、問題ない』

 

「? いやに断言すんね」

 

『向こうは学園最強がいる』千冬は数瞬沈黙を挟んで『――――更識は織斑の護衛を国から任されている』

 

『お、織斑先生!?』

 

『構わんさ』

 

 

 更識 楯無。対暗部用暗部、『更識』の現頭首。彼女がここ最近一夏につきまとっているのは、今回のような輩が現れたときの対処を任されてのこと。加えて一夏自身にも、それら火の粉を自ら払えるだけの力を持ってもらうことが目的なのだという。

 

 

「どうりで。無茶苦茶だとは思ってたけど……」

 

『口外はするなよ?』

 

「その気はないし……言っても信じるかねえ。あの露出狂が国の裏側の人間つって」

 

 

 妙なところは多々あるが、楯無は見た目普通の女の子だ。それが実は正体は、血を血で洗う暗部の人間でしたといって果たして信じられるだろうか。今のように千冬辺りから話されれば別だろうが。

 

 

「まあ、とにかく了解。外へ出てセシリア達の援護に向かいます」

 

『頼むぞ。……急げよ』千冬の声音がひとつ低くなる『上の方が危ういかもしれん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(間一髪)

 

 

 千冬の許可をもらい、屋内でのIS全身展開をして駆けつけることすぐ。外へ飛び出して目に入ったのは、砲口を突きつけられているにも拘らず、呆然と立ったままのセシリアの姿だった。

 

 千冬の指示を仰いでいる暇は無いと、独断で行動を開始。ビットを射出。全速力でセシリアと、彼女に砲口を突きつける紫色のビットとの間に滑り込ませる。

 どうにか間に合い、楓自身もセシリアの傍らまで昇る。

 

 

「大丈夫か、セシリア」

 

『え、ええ……。ありがとうございました』

 

 

 セシリアと鈴音。ざっと見たところ、ふたりとも大したダメージを受けた様子も無い。

 それを確認し終えてから改めて意識をこの場にいるもうひとりに向けて、

 

 背筋を嫌な汗が流れた。

 

 すでに周囲をビットに囲まれていた。仄暗い砲口から光が溢れる。

 

 

『楓ッ!』

 

 

 鈴音の悲鳴より先に、それぞれのビットから紫色のレーザーが放たれた。四方を囲んだ攻撃は、上から見れば十字を描いていただろう。

 

 足場にしていたビットの上でしゃがむ。頭上を光が交錯したのを見計らって、反撃とばかりにビットを蹴りつけて突進。ビットの連射性能は高が知れている。チャージが完了する前に本体を叩くつもりだった。

 そう思っていた楓の頭に、セシリアの切迫した声が響く。

 

 

『駄目です御堂さん! 避けてください!!』

 

「なっ……!?」

 

 

 躱したはずのレーザーが曲がる。一度避けたはずのそれが、まるで海を泳ぐ魚のように空を旋回して再び牙を剥いてきた。

 

 予想していなかった方向からの攻撃に対して、楓は自分のビットを足蹴にして急転換。

 しかし紙一重で躱すも前進は止まってしまった。そしてそこは、敵の真正面だ。

 

 

『――――――――』

 

 

 冷酷無比な相手の主武装による攻撃。

 

 体勢はすでに崩れている。これ以上のアクロバティックな回避は出来ない。そう判断して、楓はビットのいくつかを自分の周囲に呼び寄せた。

 

 

「コネクト!」

 

 

 漆黒の盾に紫色の光が叩きつけられる。

 

 ただの射撃。しかしそのエネルギー量に、防御に回したビット本体が軋みをあげる。追撃を受けたらまずいと焦っていたものの、何故か相手は追撃してこなかった。

 疑問に回答を出す前に、一先ず体勢を立て直す。

 

 

(今の射撃……)

 

 

 偏向射撃。

 

 放ったレーザーの軌道を任意で変更出来る誘導射撃。光学兵器を操る特性の中でも極めて難易度の高い超高等技術である。現状世界でこれを出来る操縦士は発表されていないはずだが。

 そしてなにより、それを高速戦闘を主としている楓に当ててきたこと。それこそが最も脅威である。加えて相手はビット兵器まで併用しているのだ。

 

 未だ世界未踏の技術である偏向射撃。速度特化したISに当てる射撃技術。6基ものビットを苦もなく操る並列思考《マルチタスク》。

 この操縦士の実力は、間違いなく楓より格上だった。

 

 今まであの楯無相手でさえ実力で劣っているとは思わなかった楓が、たった一度の攻防で彼我の実力差を認めてしまった。それほどまでに目の前にいるゼフィルスの操縦士の力量は凄まじい。

 

 どうする。対峙しながら楓は思考をフル回転させる。

 楓が真っ向から戦ったとして、精々相打ちが関の山。禁じ手の神威を使うにしてもその隙を与えてくれるかは怪しい。下手をすれば何も出来ず撃墜される。そも、こんな味方が混雑している戦場で使えるはずもないのだ。

 

 

(――――どうするッ!?)

 

 

 ゼフィルスの一挙手一投足に神経を張り巡らせる。たとえ動きを察知出来ても、それに対処出来るかは不明だが目を切れば一瞬で撃ち落とされる可能性がある。

 

 ――――そう思っていた矢先、ゼフィルスは構えていたライフルをおもむろに下ろした。

 

 

『なるほど。少しは使える者もいるようだな』

 

 

 オープンチャネルで繋がれた回線から、声音だけはまだ幼い印象を受ける少女の声が届けられる。その言葉は、唯一口元だけが露出したゼフィルスの操縦者のそれと同期しているようだった。

 どうするべきか、などと考える必要は無い。

 

 

「話す気があるってことは……交渉の余地ってのもあるのか?」

 

 

 時間を稼ぐしかない。実力差はわかった。ならばこのまま真っ向からやり合うのはうまくない。

 なんでもいいから時間を稼いで、個の実力を封じ込めるだけの戦力がこちらに揃うのを待つしかない。――――そんな思惑、透けて見えて当然だ。

 

 

『無い』

 

 

 無情な一言がゼフィルスの操縦士が告げるのと同時、機を窺っていた鈴音とセシリアの同時攻撃が襲う。しかし当たらない。蝶の羽のようなスラスターが生んだ推進力は、しかし鋭い風切り音を出すほどに凶悪だった。蝶のような舞いとは程遠い、その動きは、獲物を追う狼のそれだった。

 

 

『なっ!?』

 

 

 不意を打って一発当てることすら出来なかったことに唖然とするふたりをゼフィルスのビットが狙う。気付いて回避行動を起こすが、遅い。

 

 回避は間に合わないと感じた楓が操作したビットがゼフィルスの攻撃からセシリア達を守るが、それが敵の狙いだったと気付いたのは残りのゼフィルスのビットが楓の周囲を囲んでいた後だった。

 歯噛みし、手持ちのビットで身を守る。『受ける』のではなく『いなし』たいのだが、敵の間断ない射撃にその余裕は無い。機を見計らったかのように、再びゼフィルスの主武装による一撃。

 

 

「――――ッコネク……がっ!?」

 

 

 一枚では守りきれないと判断して手近の三枚による多重防壁を作るが、数度の攻撃に晒されて耐久に限界がきていたのか、ビットは着弾と同時に爆発する。幸い、敵の攻撃の威力の大半を削いでいってくれたので直撃のダメージは無い。だが、

 

 

『さあ、その板切れはあと何枚残っている?』

 

 

 嗜虐的に歪んだ敵の顔が物語っている。端から狙いは楓にあった。厄介者だと睨んだ楓の武力を削ぎにきたのだ。

 

 

(守りに徹すれば……多分こいつは無関係の奴等を狙うな)

 

 

 会ったのは初めて。言葉を交わしたのもさっきのだけ。顔も名前を知らない相手だが、この少女はそれをやるだけの覚悟を持っていると確信出来た。無関係の他人を傷付けることを覚悟と呼べるかはわからないが。

 多分、彼女は目的の為なら手段を選ばないタイプの人間。

 常に冷徹なまでの計算で攻防をこなし、機械のように戦いを作業のようにこなしていく。

 そうでなければ先刻のように、楓がセシリア達を守ることまで計算に入れた戦術は組んではこないだろう。

 

 格上相手に防衛戦。最悪の展開は一般人に被害が出ること。ならばどうあろうと目の前の敵を、ここに釘付けにする必要がある。

 最善の策とはなにか。

 

 特攻だ。

 

 ――――跳ぶ。

 

 地を蹴り、建物を蹴りビットを蹴る。跳躍に跳躍を重ねて、あたかも自身をピンボールの球のように跳ね回る。

 天地左右。高速で切り替わる視界を脳が処理。熱をあげながら正しく認識する。

 

 ゼフィルスは――――不動。動けないのか。はたまた動かないのか。まずはそれを確かめると、ゼフィルスにとって後方からの蹴撃。動けないなら、見えていないならばそのまま側頭部を蹴り抜く。

 

 

「――――つッ!! やっぱ見えてんのね」

 

 

 高速からの回転蹴りは八咫烏とは形状の異なる盾によって防がれた。

 

 他のビットがこちらに砲口を向ける前に離脱。

 

 今度は楯無戦でもやった緩急からの急加速。

 

 

『何度やっても無駄だ。追えない動きでない以上、その過程をどうしようと意味は無い』

 

 

 左側面からの攻撃を、ゼフィルスの操縦士は確実に捉えていた。バイザーの向こうで目が合ったかのような感覚。

 

 

「初列風切」

 

『!?』

 

 

 急加速からの急停止。そしてそこから更なる加速。

 

 限界だと思わせていた速度をさらに上回る加速。初見。それも最初の一撃ならば追いきれないはず。

 

 途中まで捉えられていた攻撃方向とは逆、右側面に回り込んで右拳を引き絞る。意識の外、意識の死角から放つ一撃の狙いは敵の巨大スラスター。機動力を削げば今よりずっと手段の幅は増えてくる。時間稼ぎはもちろん、撃退、鹵獲だって、

 

 

『無駄だと言った』

 

 

 そんな願いにも似た思惑も、放った拳が呆気無く掌で止められた瞬間儚く散る。

 

 瞬間的に拳を引いて後退するも、複数方向からのレーザー攻撃に逃げ道を潰される。凶悪なまでの主武装の一射。

 やむなくも繰り返される光景。さらにビットを2基破壊される。

 

 これでは増援が来るより先にこちらが丸裸にされる。そう思った瞬間、下方で屋内演習場から爆炎があがった。




閲覧ありがとうございましたー。

>ちょうど一ヶ月ぶりの更新……ほんと遅くて申し訳ありませんでした!出来れば毎日、せめて一週間に一度の更新が出来ればいいのですが。よほどで無ければ内容忘れちゃうレベルです。すみませぬ!

>忙しさもそうですがモチベーションが中々上がりませんね。書けるときはばああああ!っと書けるときもあるのですがね。
さすがに新作の余裕は無いので頑張って控えてますが、気分転換の作品て大事です。あんまり完結させるつもりの無い作品書くのもなんですしね!

>さあさあ、久しぶりなのに若干愚痴っぽくなりましたが本編あとがき!

>まどかちゃんの強さってイマイチわからんですが、実際楯無さん辺りと比べるとどんなんなんでしょう?一応こちらではまどかちゃんのが強い感じにしてますが……彼女は直情的なイメージあるからハメ手にやられそうな気がしないでもないです。

オータムさん?いやいや彼女は物語に必要な方ですよ!主に噛まs(殴)

>ではでは、次の目標を2週間後として、はたして達成出来るか怪しいですががんばろうかと思います。
閲覧ありがとうございましたー


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四話

 あがった土煙。下方にある屋内演習場。戦闘で穴の開いた屋根から中を見やれば、八脚型の見慣れないISがいた。情報通りならばあれが直接一夏を狙っていたという相手だ。

 

 

『畜……生っ!!』

 

 

 聞こえてきた苛立った女性の声。ダメージを受けているらしい第二世代、アラクネは緩慢な動きながら立ち上がろうとしている。そこへ、

 

 

『待て!』

 

 

 アラクネが吹き飛んできた方向から白色のISが現れる。純白の装甲に、手には零落白夜。一夏だ。

 

 そのとき、ゼフィルスの操縦者が、弱っているアラクネに追い打ちをかけようとする一夏に向けてライフルを構える。

 

 

「させるか!」

 

『邪魔だ』

 

 

 させまいと動く楓より先に、複数のビットがこちらに向けてビームを放つ。躱さないわけにはいかず、当然敵の攻撃を阻止出来ない。

 

 

「一夏躱せ!」

 

『ッ!?』

 

 

 一瞬早く届いた声に気付き、一夏は急停止。その目の前に高出力のエネルギーが叩きつけられる。頭上を見上げる一夏とゼフィルスの視線が交錯する。

 そのとき、ゼフィルスの操縦者の気が僅かに揺らぐのを楓は感じ取った。それが何なのか。理解する前に状況はさらに転がる。ただし楓達にとって好い方向に。

 

 

『――――これまでだな』

 

 

 ゼフィルスの背に突きつけられた刀剣。緋色の機体、箒だった。さらに、一夏の動きが止まった隙に逃げ出そうとしていたアラクネをラウラがAICで止め、シャルロットが銃を突きつけている。

 

 

「終わりだ。降参しろ」

 

 

 そう口にしながら、楓は体中から汗が噴き出るのを止められなかった。完全に取り囲んだ。仲間のひとりを拘束まで追い込んだ。それでも尚、勝ったという確信が持てなかった。

 

 ゼフィルスの操縦者はただ笑った。その意味を真に理解出来ていたのはやはり楓だけだった。

 

 

『なっ!?』

 

 

 まず狙われたのはアラクネを拘束するラウラとシャルロット。箒に背を取られたまま、彼女に感知されないほどの早撃ちで下方の2人を狙う。距離があったこともあり回避は容易かった。しかし動かざるを得ない以上、AICは解除せざるを得なかった。

 

 

『貴様!』

 

『遅い』

 

 

 箒としてはまさかこの状況で動くまいと思っていたところの攻撃。呆然としていたところから回復し攻撃に動くも、すでにゼフィルスはその場にいなかった。急速ターン。ふたりの立ち位置が入れ替わる。箒からしてみれば消えたかのように思える動きだろう。

 刀を振り上げたまま硬直している背中に蹴撃が叩きつけられる。

 

 

『よくも箒をッ!!』

 

 

 地上から上空のゼフィルスに突貫してくる一夏を、しかしゼフィルスは容易く迎え撃つ。ビットで一夏の動きを制限、先読みの如く放たれたライフルの一射が一夏を捉える。咄嗟に零落白夜を盾にして防ぐも勢いまでは殺せず吹き飛ばされてしまう。

 

 

『……何故飛び込んでこない?』

 

 

 ゼフィルスの操縦者が楓に向けて問いかける。

 

 そう、楓だけは勝利が確定したと思われた瞬間も気を抜かなかった。それなのに最初の攻撃も、今の攻防でも手を出してこなかった。何故だと、彼女は疑問を抱く。

 それに対して楓は正直に答えた。

 

 

「無闇に戦って勝てるレベルじゃないからな」

 

 

 無闇に飛び込んでもまとめて撃ち落とされる。ならば今以上にこちらの増援が集まるまで時間を稼ぐ必要がある。ここには学園の教員のみならず、上級生達だっている。いくら相手が強くとも、多勢に無勢という言葉は当てはまるものだ。

 

 その返答に、彼女は感心したように口端を歪めたあと、

 

 

『――――――――』

 

 

 下方のアラクネに向かって何事かを呟く。この状況ならおそらく撤退。

 

 

「逃すと思うか?」

 

『止められると思っているのか?』

 

 

 見下したように言われるも、言い返すことは出来なかった。

 

 

『それなりに楽しませてもらった礼だ。受け取れ』

 

「なにを――――」

 

 

 再びビットによる波状攻撃。それをビットを蹴ることで体勢を変え回避。目まぐるしく視界が揺れる中で、下方にいるアラクネの動きが変わったのに気付いた。全身スーツの人物、おそらくは操縦者が機体を降りて駆け出す。それと同時に機体はラウラ達の方目掛けて走りだした。攻撃の意図など無い。当然ながら知性も感じないただの直進。

 

 

「逃げろ! そいつは自爆――――」

 

 

 その意図に気付いて叫んだ一瞬。仲間を案じたほんの一瞬、決して外してはいけない楓の意識からゼフィルスが消えた。

 

 ヌッ、と目の前に現れたゼフィルスのビット。視界の端でゼフィルスの操縦者の口元が歪むのを見た。

 

 瞬間、目の前のビットが発光し、爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビットによる防御は間に合わなかった。回避も。

 しかし楓は無事だった。

 

 目の前に広がる水のヴェール。これが何かなど、今更考えるまでもない。

 

 

『大丈夫?』

 

 

 悪戯を成功させた子供のような、くすぐるような少女の声が飛んできた。見れば下方のアラクネの爆発から皆を守っているのも同じ水のヴェールだった。

 

 

「敵は?」

 

『逃げられたわ』

 

 

 楯無の返答は予想されたものであり、実際楓も、索敵するも反応は無い。楯無の声には逃したことに対する僅かな悔しさのようなものを感じたが、はたして、逃げたことで助かったのはどちらかと思うと楓はほっとした気持ちがあるのも否めなかった。それほどまでにあのゼフィルスは強かった。少なくとも、こちらに犠牲を出さず勝つことは不可能だっただろうと。

 

 

「ところで」楓は安堵と呆れを含めた息を吐き「そろそろ放してやれよ」

 

 

 水のヴェールの中で一夏を守るように抱き抱えている楯無。おそらくわざとだろう、胸を一夏に押し付けるように倒れ込んでいる。

 

 指摘すると、下方の少女はこちらを見上げた。その表情は意味深な笑みを浮かべている。

 

 

『あらあらー? もしかして、おねえさんが織斑君と仲良くて妬いてるのかなぁ?』

 

 

 殴りたい笑顔というのはこういうものかと、初めて知った思いだ。

 

 

『それに君のことも守ってあげたんだし、なにかお礼があってもいいわよね』

 

「ぐっ……」

 

 

 それにはさすがに言葉が出ない。実際、先ほどの状況では少なくないダメージは被っていただろう。大事にはならずとも、助けられた事実は変わらない。

 

 

「お、脅す気か? まさかメイド服を着て接客しろとか無茶ぶりを……」

 

『それも面白そうだけど、それはまた今度。――――今度から楯無って呼んで?』

 

 

 片目を瞑って可愛らしく微笑む美少女に対する言葉も立場も、今の楓は持ち合わせていなかった。




閲覧ありがとうございましたー。

>なんと3週間の間をあけて、これっぽっちの文章しか書けなかったという体たらくッ!!

>どうもこんにちわー。お盆からずっと夏風邪?的なものに悩まされている今日このごろ。皆さんは体調を崩さないよう気をつけてください。特に冷房は計画的に!

>ではあとがきを。
本当ならもっとまどかちゃんの強者絶望加減をもっと強調したかったのですが、イマイチ上手くいきませんでした。やはりオータムさんと絡ませるべきだったか、と今更後悔してたりしてなかったり。

>実はこれでVS?章は終わりです。締まらなさ半端ないっすが。
次章にアニメのサイドストーリー的なのと簪ちゃんのに絡ませて、その次に修学旅行ってな感じですかねえ。まあ予定は未定とよく言ったもんですが。

ではではまた次回にー


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VS簪
一話


「妹を、お願いします!」

 

「へ?」

 

 

 部屋の扉を開けた一夏は、出会い頭にそう頼み込んでくる楯無を前に呆然とする。

 

 何故彼女が自分の部屋にいるのか。そんな当たり前の疑問を抱くことが出来ないくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識 楯無には妹がいる。名を、更識 (かんざし)

 

 自由奔放でアクティブな姉とは対照的に、簪は生来内気な気質であるものの、その実力は確かなもの。なにせ日本の代表候補生だ。

 

 

「お嬢様、何故織斑君に今回のパートナーを頼んだのですか?」

 

 

 一夏に頼み事を終え生徒会室に戻ってきた楯無。通常業務を片付けていると、不意に生徒会会計の虚がそう尋ねた。

 

 

「んー? どうしてって?」

 

「簪ちゃんの専用機が今も無いのは、同じ開発元の倉持技研が織斑君の白式にかかりきりになってるからだと知っているでしょう。それなのに何故わざわざ因縁のある彼をパートナーに選ぶんですか」『どうせなら』、虚はそう続けて「もうひとりの彼の方がいいのでは?」

 

 

 ピシ、と楯無の手が凍りついたように止まった。

 

 

「……彼って?」

 

「御堂 かえ――――」

 

「駄目よ! ぜっっっっったいに駄目!!」

 

 

 声を張り上げて拒否する楯無。思わず勢い余って椅子がひっくり返っている。

 キョトンとした虚の表情に気付いたのか、楯無はハッ、として正気に戻った。

 

 

「あ、あれよ。そう……ほら、かんちゃんヒーローが好きじゃない? 楓君はどっちかというと悪者の顔してるし、あの子とは相性悪いと思うのよね、うん!」

 

「お嬢様、それで言い訳してるつもりですか?」

 

 

 呆れたようにため息をつく虚に、自覚はあったのか楯無は頬を染めて着席した。

 

 虚と楯無は主従である前に幼馴染だ。常に完璧超人を気取る楯無が唯一素の顔を見せられるのは彼女といるときだけである。――――いや、

 

 

(最近はそうでもなかったですね)

 

 

 丁度話題になっている二人目の男性操縦士の顔を浮かべ、虚は苦笑を浮かべる。幼馴染が自分以外の拠り所を見つけてくれた嬉しさと、半分は妙な悔しさを伴って。

 

 すでに自分の心の内が露見しているとはいえ、更識の頭首として、或いは生徒会長として、格好をつけたい楯無ではあったが、さしもの虚には無駄かと観念したのか、とつとつと語り始める。

 

 

「……だって、かんちゃんて可愛いじゃない?」

 

「は?」

 

 

 いきなりのシスコン発言に虚も思わず素で問い返してしまった。

 しかし楯無はそんなことにも気付かず、また、一度溢れ出した言葉はとどまることを忘れていた。

 

 

「スタイルは悪くないし! 可愛いし! 頑張り屋さんだし! あと可愛いし! ちょっぴり暗いけど、それも守ってあげたくなっちゃうし! それと可愛いし!」

 

 

 エトセトラエトセトラ。拳を握って最愛の妹自慢が始まってしまう。

 しかしそこは幼馴染。虚は『はいはい』とたまに相槌をうちながら仕事を進める。

 

 

「――――やっぱり可愛いし! それでね?」

 

「あ、話進みましたか?」

 

 

 意外と辛辣な対応の虚であるが、楯無は気にしていないのか、それとも気付いていないのか、それに対する反応は無い。

 正解は前者。今、彼女の頭には周囲に気を配る余裕が無い。

 

 

「困る、のよ」

 

「困る?」

 

「……かんちゃんと、その、楓君が仲良くなっちゃうと――――いいえ、別に二人が仲良くなるのはいいのよ!? むしろなってくれたら凄く嬉しい! ……でも」

 

 

 はてなマークをいくつも頭に浮かべる虚。

 らしくなく歯切れが悪い楯無は、それを自覚したのか遂に白状する。

 

 

「楓君がかんちゃんを好きになっちゃったら困るじゃない!!」

 

 

 場が沈黙する。

 

 たっぷり一分後。赤面させた幼馴染に対する生徒会会計の言葉は、

 

 

「あー、そうですか。それは大変ですね」

 

 

 やっぱりおざなりだった。やってられないと言わんばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室でとある乙女が乙女らしい悩みを抱えている丁度その頃、

 

 

「――――おう、簪」

 

 

 IS学園、開発及び整備室。

 

 放課後、そこへ足を運んだ楓は、入るなり見知った背中を見つけて声をかけた。

 声をかけられた少女は呼ばれた瞬間こそビクゥ、と体を跳ねさせたが、振り返って人物の顔を確認するとどこかホッとしたように息をついた。

 

 

「……うん、四日ぶり」

 

 

 更識 簪。

 

 肩に届くくらいの長さで切り揃えられた髪は、跳ねっ毛の誰かさんとは対照的に内向きに跳ねている。IS用簡易ディスプレイである眼鏡は理知的な印象を与え、しかしどこか自信の無さそうな顔付きが同時に暗そうな印象も与える。

 それがここ最近特に暗く見えるのは、勘違いではない。

 

 

「専用機、まだ出来ないんだな」

 

「……うん」

 

 

 簪が向き合うものを、楓は見上げる。

 鈍く光るシルバーカラー。背面に搭載されたミサイルポッド。無骨なデザインは、原型である打鉄の名残だろう。

 

 打鉄(うちがね)弐式(にしき)

 未だ未完成である(・・・・・・)彼女の専用機の名だ。

 

 楓と簪が出会ったのはもう随分前になる。場所はここ、整備室。

 元々数年間、ISの生みの親である篠ノ之 束と過ごしていた楓は、自然とISの関する知識が深い。大掛かりな改修や開発は流石に出来ないが、整備程度ならば自分で出来る。

 

 故にIS学園に入学してからも八咫烏の整備は自分で行っていた。そんなとき、簪と出会ったのだ。

 

 最初に声をかけたのは楓だった。整備に立ち寄ったとき、整備科でも無い人間がいるなーと思っていて、確か三度目くらいに見掛けたとき、なんとなしに声をかけたのだ。

 

 そのときも突然声をかけられたことにビビりまくっていた簪は、最初は挨拶も返してくれなかった。だがそんなことを何度か繰り返している内に幾分慣れたのか、最初は挨拶だけ。続ける内に一言二言言葉を交わすようになり、近頃はようやく会話と呼べるものになるまでに至った。

 

 

(なんかあれだな。感慨深いものがあるよなぁ)

 

「?」

 

 

 ひとりで勝手にジーンときている楓に、コテンと首を傾げる簪。

 

 散々浸ってから、さてと話を戻す。

 

 

「でもこれ、大体は出来てるんだろ?」

 

「うん、機体自体は大分安定してきた。……でも、武装はまだだし。それに稼働データも全然足りない」

 

「まあ、焦ってもしゃーねえし。事故ったら危ないからな」

 

 

 稼働データが不十分ということは、どんな不具合が起きるのかわからないということだ。ブースター点火。再点火。スラスター稼働。重力制御。短時間の稼働なら問題なくとも、一定時間以上の連続稼動で出てくる問題だってある。

 それらを発見するためにも稼働データは多ければ多いほどいい。

 

 

「目玉の武装はマルチロックオンのミサイルだっけか? 整備の誰かに相談したのか?」

 

「………………」

 

 

 押し黙る簪。

 

 

「あれは第三世代の技術だからなー。独自で完成させるのはちっとばっかキツイかもだぞ?」

 

 

 それでも、簪は黙ったままだった。

 

 そも、日本の代表候補であるはずの簪の専用機が遅れているのには理由がある。それは日本にひょっこり現れた男性操縦士の機体開発元が、簪の専用機を作る研究所と同じ研究所だったからだ。

 搭乗者は世界でも二人しかいない男性操縦士。それも機体に手を加えたのは、ISの生みの親、篠ノ之 束。

 研究所が本来開発するはずだった簪の専用機を後回しにしてそちらに人手と時間を割くのも仕方のないことだといえた。

 

 当初は大人しく待っている簪だったが、中々進まない開発と、それに個人的な理由からもあり、未完成の機体を預かり自分で専用機を組み上げる決意をした。

 

 しかし、そう上手くはいかなかった。簪もプログラム自体は得意な方ではあるが、やはり生粋の技術屋ではない。クラス対抗、ツーマンセルトーナメントと、立て続けの行事にも機体は間に合わなかった。

 

 だからこそ、今度の専用機タッグマッチには、この弐式で参加したいと簪は思っていた。そしてそこで勝つことが出来れば――――姉さんとも。

 

 

「……それに、白式も落としたい」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

 

 ちょっぴり漏れてしまった本音。聞き返してくる楓に簪は『なんでもない』と答える。

 

 

「――――まあ、いいんじゃねえの? ひとりでやれるだけやってみれば」

 

「え?」

 

「んじゃまあ頑張れよー」

 

 

 ヒラヒラと手を振ってその場を後にする楓。その背中を、簪は暫し呆然と見送るのだった。




閲覧ありがとうございます!

>とてつもなくお久しぶりでございます。一年以上と更新を止めていましたが、この度ようやく復活出来ました。一時スランプ的なものに陥り執筆そのものが止まっておりまして、その後復活し、もうひとつの作品の区切りがついたのでこちらを再開致しました。
停止中、いただいたメッセージありがとうございました。嬉しかったです。
てなわけで出だしの感謝文はここまでで!

>簪ちゃん登場!やったね眼鏡っ娘!そしてこの作品でメインよりずっとヒロインらしいヒロインやってる楯無さん。すでに妹さんとはエンカウント済みなのでした。

>やっぱりシャルのパンツは無理だったよ……。セクハラ以上にやることが無いのだもの

>とまあまあ、相変わらず章タイトルは大嘘つきなのはこの作品の特徴だと割り切りまして。とりあえずこの調子で進めていきたいと思います。
改めまして、宜しくお願いいたします。

ではまた次回ー


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二話

 先日、担任の千冬から新たな行事の発表があった。

 

 専用機タッグマッチ。

 

 ネーミング通り、専用機持ちだけが参加出来るタッグマッチである。

 例年行われるクラストーナメントなどとは違い、これは今回初めての試みとなるイベントだ。無論、『お祭り』という意味のイベントではない。むしろこれは『訓練』だ。

 

 というのも、立て続けに起こる学園襲撃事件では、程度の差こそあれ毎度怪我人を出している。その全てが専用機持ちというのが、世界政府の防衛本能を刺激したらしい。

 現代戦争の要になっているISは、本来国が総力を挙げて保護すべき宝だ。それが、これほど短い期間に何度も損傷するというだけで、報告を受けている機関はどこも青ざめていたことだろう。

 

 トドメになったのが先日の文化祭。亡国機関(ファントムタスク)による白式強奪未遂。

 

 幸い未遂で終わったとはいえ、いよいよ以って政府は学園に口を出してきた。そのひとつが今回のタッグマッチ。

 専用機持ち達の自衛能力の向上が政府の目的である。

 

 IS学園が学校である以上、学園としては一部の生徒の成長にしか繋がらないこんなイベントは行いたくないのが本音なのだが、世界政府の意向を無視するには学園側も生徒に被害を出し過ぎていた。

 

 

(まあ実際は、千冬さん達だからこそ、被害がこれだけで済んでるんだけどな)

 

 

 いつだって全力のサポートと指示を与えてくれる大人達がいたからこそ、学園だって致命的な事にはなっていない。それがわかるのは、そのとき現場にいた一部だけでしかない。

 

 毎夜部屋に戻ってからも資料に報告書にと机に向かう想い人の背中を思い出しながら、楓は納得したがらない心を必死に鎮めていた。

 ズズ、とストローで中身を吸い上げるとパックが凹む。

 

 

「なあ楓、どうしたら四組の簪さんパートナーになってくれるかな?」

 

「血迷ってんのかお前」

 

 

 反射的だったが故に、思ったことがそのまま口から出てしまった。

 だが訂正はしない。

 

 

「な、なんでだよ?」

 

「すっとぼけてるのはいつも通りだから今更直せとは言わねえけど言うぞ? いいか? ばっかじゃねえの!? 自殺願望があるなら勝手に死ね。俺を巻き込むな。てかこのままだと巻き込まれるから離れて下さい。半径一キロ」

 

「無理だろ俺達同じクラスだろ!!?」

 

 

 あんまりだと叫ぶ一夏だが、叫びたいのはこっちである。

 今の一夏の発言をきっかけに、推定五ヶ国の最新兵器が一斉に襲い掛かってくるのだから。

 

 専用機タッグマッチ。

 言わずもがなこんなイベントを前に、いつもの連中が黙っていられるはずがない。その全員が専用機持ちというイベントの参加資格を有しているのだから。

 

 箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ。

 皆我こそはと一夏とペアを組もうとするだろう。というか誰も彼も、すでに自分がパートナーに選ばれるだろうと妄想夢想していそうだ。最近みんなの機嫌がいいのが逆に恐ろしい。

 

 多分、目の前の少年は、彼女達から発せられるサインにも気付かず、それなのに相変わらず勘違いさせるような行動ばかりを取っているのだろう。

 だというのに、あろうことか彼はまったく別の人物をパートナーに誘おうとほざいているのだ。

 

 これを彼女達が耳にすれば、刃、レーザー、ミサイル、砲弾の雨あられ間違い無し。

 楓だって死にたくないのだ。

 

 

「お前ももうちょっと節操もてよ」

 

「言ってる意味はよくわかんないけど、俺にだって事情があるんだよ」

 

「へー。さようでございますかー。モテル男は(つろ)ぉございますなー

 

「他人事だと思いやがって……!」

 

 

 疲労困憊といった様子の一夏。だが同情などくれてやるつもりは楓には無い。モテるが故の悩みなど知ったことかと。

 

 

「まあ、俺にはどうでもいいけどよ。お前、簪を誘ってるっていうの他の連中には絶対バレないように――――」

 

「ねえねえ知ってるー? 織斑君、四組の簪さんに猛烈アタックしてるらしいよー」

 

「えーうそー!? ってことは簪さんが織斑君の本命!!?」

 

「『お前が欲しい。俺にはお前が必要だ』だってー!」

 

『キャー!!』

 

 

 ワイワイガヤガヤ。

 

 廊下から漏れ聞こえてくるガールズトーク。

 

 

「そんな事言ってねえよ! ったく、どうしてそんな話になるん……」

 

「半径二キロ離れろ」

 

「さっきより遠くなってる!?」

 

 

 迂闊過ぎる。碌でもない結末は自業自得だと、楓は一夏を見捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識 簪にとって、姉である楯無はどういった存在か。

 

 幼くして更識の当主となり、『楯無』の名を継いだ一族史上でも比類なき才女。

 更識のあらゆる戦闘術を修め、頭も切れる。

 IS操縦士としての技量は国家代表クラス。だけではなく、自作で専用機を組み立てるセンスと知識を持っている。

 

 非の打ち所のない者とは彼女を言うのだろう。

 

 人に愛され、そして神に愛された少女。

 

 ――――、一体いつからだっただろうか?

 

 簪が、姉と距離を置くようになったのは。

 自分なんかとは違うと、考えるようになったのは。

 

 簪という少女は、生身のスペックは単なる少女の域を出ない。操縦士としてだって、たかだか候補生である自分と、すでに国家代表である彼女との差は明らかだ。

 年齢差などという言い訳も出来ないほど、簪と楯無には絶望的な差があった。

 

 楯無は、姉はそんな自分に何も求めていない。周囲だって何も期待していない。

 

 

(――――ううん、違う。本当はわかってる)

 

 

 周囲の人間の気持ちはわからない。でも、少なくとも楯無は、簪の姉はそんな風に考えていない。『絶望的な差』などというのは、所詮簪が勝手に抱いている劣等感に過ぎない。

 何故なら、本来姉妹の関係に、戦闘技術も操縦士としての技量もまったく無関係なのだから。当然だ。

 

 だけど、それでもと簪は思う。

 

 それでも、彼女が姉の顔を真っ直ぐ見る為に、並び立って歩く為に、簪はひとつだけでもいいから自信が欲しかった。

 専用機を貰って候補生として結果を残せれば。そうしていつか姉と同じ国家代表になれれば。少しは追いつけたのだと。簪はきっと姉と前のように笑い合えるのだろうと思っていた。

 

 ――――思っていたのに。

 

 突然日本に現れた男性操縦士。そして彼に与えられた専用機体。

 簪の機体開発を受け持っていた研究所が、簪のものとは別に試作していた機体を、あの篠ノ之 束が完成させ一夏に与えた。

 当然研究所はそちらにかかりきりとなり、簪の機体開発は完全にストップしてしまった。

 

 そのことについて一夏を恨むのは筋違いだとわかっている。それでも簪にとって、姉と仲直りする為の機会を奪った遠因である彼を気にしないというのは無理からぬ話しだ。ましてや、本人に『専用機が見たい』だ、『パートナーになってくれ』などと言われれば、どの口が言うのだと怒鳴りつけたくもなるというもの。

 

 

「今日はまた随分御機嫌だな」

 

「………………」

 

 

 声をかけられ、思考が現実に戻る。

 

 しかし簪は振り向かない。声の主が誰なのかわかっているからこそ、振り向いたら負けな気がした。

 

 

「怒ってない」

 

「言ってねえし。んなむくれっ面で言う台詞じゃねえよ」

 

 

 整備室にやってきた楓は簪の顔を覗き込んで苦笑する。

 あくまでも平静を主張する簪だが、いつも以上に平坦な声色が、逆に心情を露わにしている。

 

 それでも指摘されたことが気に入らなかったらしく、簪は鼻を鳴らしてそっぽを向いて作業に戻るのだった。

 対して楓は肩を竦める。

 

 

「まあ、理由の方は大体想像がつくんだけどな」

 

 

 学園にたった二人きりの男子生徒。それも同じクラスともなれば、楓が一夏と交流があることは容易に考えられることだった。となれば、彼は一夏が簪にアプローチをかけていることを知っていて、それでいて簪の事情もなんとなく察していることだろう。

 

 全て知られていると考えると誤魔化すのも無駄な労力だと、簪は途端に肩の力を抜いた。

 

 

「なんなの? あの人」

 

 

 気付けば言葉が漏れていた。

 

 一体彼は何なのか。どうして自分なんかに構うのか。

 実際彼が、簪の事情を知っておちょくっているとは思えない。だからこそ、どうして彼が声をかけてくるのか簪にはわからなかった。

 自分と一夏に、接点なんてないのに。

 

 

「馬鹿だな」

 

 

 楓は言い切った。

 

 

「それに女誑しで、単純で、人の気持ちに鈍感」

 

「……最低」

 

 

 特に一つ目。

 

 簪の目が据わった。

 

 

「――――でも、悪い奴じゃないよ」

 

「え?」

 

「頭悪い考えなしだけど、間違ったことは絶対やらない。苛つくぐらい物を知らないけど、素直で純粋だ。それに普段は鈍感なくせに、妙なときばっか察しが良かったりする。――――たまに本気で苛つくし、ぶん殴ってやりたくなるときもあるけど……良い奴だ」

 

 

 そう言って楓ははにかむ。

 

 楓から見た一夏の印象。はたして、簪から見た一夏の印象とはどうだろうか。

 

 わからない。当然だ。簪は、楓より全然一夏のことを知らない。

 でも、

 

 ――――ぶん殴ってやりたくなる。

 

 

「………………」

 

 

 簪は自分の右手を見やる。

 

 今日、簪は生まれて初めて人を叩いてしまった。

 殴るなんて非生産的だ。怒るなんて労力がかかるだけで無駄なことだ。

 そう思っていたのに。

 

 何故、一夏と話していると胸の辺りがざわつくのだろう。

 

 白式の操縦士だから?

 彼のせいで、自分の専用機が完成しないから?

 

 それも、あるだろう。でも、本当にそれだけだろうか。

 

 

(わからない……)

 

 

 それとも、彼が男の子だからだろうか。

 

 ふと簪は間近にいる異性を見上げる。

 

 

「? なんだよ」

 

「……君といても何にも感じないのに」

 

「おい、なんか若干失礼なこと言ってねえ?」

 

 

 楓の言葉を取り合わず、簪は専用機を完成させるべく手を動かす。

 

 はたして、どちらといるときの感情が本当の自分なのだろうか。そんなことを片隅で考えながら。




閲覧どもでしたー。

>更新は亀にも失礼なくらい遅く、しかも相変わらず難産が続いてます。文字数が少ないのはその影響です。まあでも文章の印象は前にちょろっと戻ってきたかなぁ、と自己評価してみたり。

>簪ちゃんて実際のスペックはどんな感じなんでしょう。操縦士というよりやっぱりエンジニア系?操縦士としての腕は、ヒロインズの中でどんな感じなのかな、と改めて2期を観ながら考えています。

>実際打鉄弐式を改造するとしたら、もういっそ機動を捨て去って重装甲の旋回重視。火力特化の針鼠みたいにしてやりたいというロマンが生まれました。武装の名前は山嵐だし。


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