インフィニット・オーバーワールド (マハニャー)
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Story.0 織斑一夏という少年の終わり

 お久しぶり、あるいは初めまして、侍従長です。
 書きたくなって書きました。バハムートの方は一応全巻持ってますが、ISの方はアニメとWikiだけです。なのでちょっと違うところがあるかもしれませんが悪しからず。
 なお、これは受験勉強の合間にちゃちゃっと書いたものなので、次の更新は遅くなりっます。
 それではどうぞー。


 インフィニット・ストラトス。通称『IS』。

 当時中学生だった科学者、天災篠ノ乃(しののの)(たばね)の手により、人類の宇宙進出を目的として生み出されたマルチフォーム・スーツ。

 それは現行するあらゆる宇宙に関する技術を超越したテクノロジーだったが、発表された当時は全く見向きもされなかった。偏に画期的過ぎたのだ。

 しかし、世界に否定されても尚、篠ノ乃束は宇宙への夢を捨て切れず、ついに常軌を逸した行動に出た。

 日本を射程距離内に収める全ての軍事基地のミサイル管理システムをジャックし、2341発以上のミサイルを日本に向けて発射し、その約半数を搭乗者不明、世界初と言われるIS《白騎士》に迎撃させ、更にこのISを捕獲・撃墜しようとした大量の戦闘機・戦闘艦を返り討ちにすることで、ISの有用性を世界に知らしめたのである。

 後に【白騎士事件】と呼ばれることになる事件だが、往々にして物事は上手くいかないものだった。

 世界がISに見出したのは人類の宇宙進出の可能性ではなく、軍事兵器としての利便性と破壊力だった。大国を中心に各国は次々とISを軍事利用の道へと引き摺り込んで行った。もはや本気でISによる宇宙進出を夢見ているのは、製作者の束のみだった。

 さらに悪いことに、何故かISは女性にしか扱えなかった。男性が起動しようとしても何も答えないのである。

 女性にだけ使えて男性には使えない世界最強の兵器――その存在が招く事態など、一つしかあるまい。

 つまりは女尊男卑。自分たちは選ばれた人間である、と言う風潮が世界中の女性の間で流行し、男性の社会的地位は不当に貶められ、多くの男性たちがその風潮に呑み込まれ悲劇に見舞われた。

 そして、ここにまた一人。日本のとある町に居る、一人の少年が、その歪みの餌食となった。

 

 

 

§

 

 

 

 俺は出来損ないと呼ばれていた。

世界最強の女性(ブリュンヒルデ)】の称号を手に入れた姉と、剣道の才能に恵まれた優秀な弟。その間に挟まれた俺は、全く凡庸なヤツだった。

 いや、きっと世間一般の子供と比べれば優秀な方だったのだろうけれど、この二人が居たせいで俺は霞んでしまっていた。

 別にそれを恨む気は毛頭ない。両親に捨てられたという最悪な環境でも、姉は中学生ながらにアルバイトでお金を稼いで、俺と弟を養ってくれた。弟も俺のことを慕ってくれていた。

 俺は二人のように天才ではなかった。けれどその分、俺は剣道も勉強も家事も、死ぬ気で頑張った。二人に追い付くために死ぬ気で頑張った。

 

 けれど、あの日――姉が、ISの操縦技術で覇を競う世界大会モンド・グロッソで総合優勝及び格闘部門で優勝した日から、それまでまあまあ上手く行っていた俺の人生は一変した。

 要するに、俺の無能さが浮き彫りになったのである。

 姉は名実ともにこの世界で最も強い存在となり、弟はそんな姉に触発されてますます剣道に打ち込み、大きな大会でいくつもの賞を取った。

 

 世間はそんな二人を惜しみなく称賛し、逆に俺のことを容赦なく否定し糾弾した。時には暴行に及んだ。殴られた。蹴られた。叩かれた。突き飛ばされた。突き落とされた。石を投げつけられた。刺された。閉じ込められた。折られた。捻られた。押し潰された。絞められた。切られた。

 どうしてこんなことも出来ないのか。お前の姉はあのブリュンヒルデだろう。天才の弟が居るくせに。それぐらい出来て当然よ。お前がちゃんとしてないから。何でこんな奴があの二人の家族なんだ。お姉さんに恥ずかしいと思わないの? 弟が可哀想だ。何でお前みたいな無能があの二人の家族なんだよ。お前何してるんだ? あの二人に迷惑かけて楽しいか。お前何で生きてるんだ。生きてる意味なんてあるの? 恥ずかしくないのか? どうして生まれてきたんですか? 二人に謝れよ。生まれてきてごめんなさいって。出来損ないのくせに。ふざけんな。生きてる価値ないだろ。今すぐ死になさいよ。氏ね。ねえ何でまだ生きてるんですか? ねえ。何で。ねえ。何でなの? ねえ。ねえ。ねえ。ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ…………

 

 ……とか何とか延々と言われている内に、いつの間にか俺は何も感じなくなっていた。

 心が磨り減っているのだと気付いたのは、大分後になってからのことだった。

 もうその時には、何もかもがどうでもよくなっていた。最初の頃は夜になると止まらなかった涙もとうに枯れ果てて、肉体を痛めつけられる痛みも感じなかった。

 俺の幼馴染ですら、俺を出来損ないと否定した。無能と罵倒した。味方は居なかった。誰一人、俺の隣に立ってくれる人は居なかった。

 いや……一人だけ、あの幼馴染の姉である、あの人だけは、俺を見ていてくれたような気がする……まあ、もうどうしようもないけれど。

 それにあの人は、俺がそんな扱いを受けるようになった時には、もう居なくなってしまっていたから。

 

 それでも涙ぐましいことに、勉強と剣道と家事だけは欠かさず続けていた。家族のために。家族だと思っていた者(・・・・・・・・・・)のために。

 そう、例え世界が俺を否定しようとも、俺は、ただ家族に、愛する人たちに認めてもらえればそれでよかったんだ。

 その時はまだ、俺は希望を持てていたんだ。

 

 

 

 けれど世界は――俺が思っていたより、ずっと残酷だった。

 世界は、全力で俺を、織斑(おりむら)一夏(いちか)を否定した。

 

 

 

 第二回モンド・グロッソ。決勝戦。弟の春万(はるま)と一緒に、第一回に続き出場した姉、千冬(ちふゆ)の応援のためドイツに来ていた俺は、『織斑千冬の優勝阻止』を目的とする男たちに誘拐された。

世界最強の女性(ブリュンヒルデ)】の最大の弱点が家族だというのは、周知の事実だった。だからこそ俺が狙われたんだろう。

 たった二人しかいない家族が誘拐されたのだ。試合になど出ている場合ではないはずだと。

 まんまと誘拐を成功させて、依頼の達成を喜び祝杯を上げていた男たちだったが、そのグラスはすぐに彼らの手から滑り落ちることになった。

 

 

 

 彼らが見ていた小型の液晶画面には、万雷の喝采を浴びて悠々とリングに歩みを進める、織斑千冬の姿があった。

 

 

 

「………………ははっ」

 

 

 

 狼狽する男たち。激昂してやってきた依頼人らしき女。未だ歓声を垂れ流す液晶画面。

 それら全てを冷めた目で見やりながら、俺は笑った。笑うしかなかった。

 手足を縛られた状態で、最大限に身体を折り曲げて、笑い転げた。その場に居た者たちが気味悪げな視線を向けているのにも気付かず、ただ笑い続けた。

 

 理解した。違う、嫌でも、理解させられた。

 俺は――織斑一夏は、実の家族に、見捨てられたのだ、と。

 

「はははははははっ、ははは、はははははははははははははははははははははははははははは!!!!」

 

 

 

 ――裏切られた。

 ――家族に。

 ――裏切られた。

 ――大事な人に。

 ――裏切られた。

 ――愛する人に。

 ――裏切られた。

 ――どうして?

 ――裏切られた。

 ――何で?

 ――裏切られ、た。

 ――何故?

 ――裏切、らレた。

 ――何故、何故、何故?

 ――裏切ラレタ……。

 ――何故、何故、何故何故何故何故何故?

 ――ウラギラレタ!

 ――何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故?

 

 

 

 ――何故ダ? ドウシテ俺ハ、裏切ラレタ?

 ――アア、ソウカ。

 ――俺ハ、最初カラ、愛サレテナンテ、イナカッタンダ。

 ――アレ。

 ――ソウイエバ、俺ッテ、

 ――誰ダッケ?

 

 

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」

 

 

 

 どこかの倉庫のような場所に、ついに狂い切った俺の哄笑が響き渡る。

 誰に憚ることもなく、配慮することもなく、俺は笑った。不思議と涙は出なかった。やはり枯れ尽くしてしまったのかもしれない。

 涙と一緒に、俺という人間も、消えてしまっていたのかもしれない。

 

 近くでカチャリ、という金属が擦れるような音が聞こえてきたけど、気にしなかった。

 男たちの内の一人が、黒い金属製の何かを右手に持って近付いてきたけれど、気にしなかった。

 目の前で、パァン、という乾いた音が響いたけれど、気にしなかった。

 お腹の辺りと後複数の場所に焼けるような熱を感じたけど、気にしなかった。

 体の奥から込み上げてくる熱い液体に気が付いたけれど、気にしなかった。

 額に熱い感触のする硬い何かをゴリッと突き付けられたけど、気にしなかった。

 

 

 

「………………………………こんな世界なんて、終わってしまえ」

 

 

 

 そう呟いた、直後。

 

 

 

 ――ポチャン、と。

 

 

 

 静かな水面に朝露が一滴だけ落ちたような、そんな奇妙な、どこか落ち着く音が響いて――波紋が生じるように、空間が揺らいだ。

 

 

 

「お、おい、何だよこれ!?」

「う、うわぁぁぁっ、吸い込まれる!?」

「な、や、やめっ……きゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 空間に突如生じた波紋はどうやら相当な引力を発しているようで、俺を囲んでいた男たちと女をまとめて吸い込んで行く。

 それを漫然と眺める俺だったが、やはりと言うべきか俺だけその影響から逃れられる、ということはなかった。

 両手足を拘束され、更には銃撃を受けて傷ついた俺では、抵抗する術などなく、生まれた空間の揺らぎに呑みこまれて行く。

 そして俺の意識は、泡沫の夢のように、何の感傷も感慨もなく、消えて行った。



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機竜世界編 序章
Story.1 豪商との出会い


 ISが台頭する地球とは全く異なる世界。

 その世界にもまた、ISと同じように絶対的な力を持つ兵器があった。

 名を、装甲機竜(ドラグライド)

 対となる機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜剣することで召喚され、伝説の竜を模した機械装甲を身に纏い、一騎当千の戦力を得る古代兵器である。

 世界に七つ発見された遺跡(ルイン)。それらから発見されたその兵器は、過去数百年間で培ってきた戦争概念を、一瞬にして覆すほどの力を秘めていた。

 既存のあらゆる兵器をあらゆる面で凌駕し、堅牢な城壁もものの数分で灰燼に帰す圧倒的な攻撃力。更に桁違いの耐久度を持つ幻玉鉄鋼(ミスリルダイト)と呼ばれる特殊金属による装甲。

 常識外れの性能を持った兵器の登場によって世界が一変した、というのは一夏が生きていた世界と同じだったが、もう一つ、この二つの世界には大きな共通点があった。

 それは、性別による差別が行われていた歴史である。

 当時最大の大国にして、世界の覇権を握り装甲機竜(ドラグライド)に関する全権を掌握していたアーカディア帝国が敷いた、男尊女卑の制度と風潮によって、一夏の世界とは違い、女性たちは不当に貶められてきた。

 だがこのアーカディア帝国は、今ではただの『旧』帝国でしかない。現状を憂えた旧帝国の大貴族、アティスマータ伯が主導したクーデターによって帝国は滅び、新たにアティスマータ新王国が設立した。

 それによって装甲機竜(ドラグライド)に関する研究は飛躍的に進み、アティスマータ新王国では機体制御の合性適性は女性の方が圧倒的に上だということが解明され、悪辣な男尊女卑の風潮は立ち消えになった。

 同時に旧帝国が独占していた装甲機竜(ドラグライド)の権益が、世界中に正しく分配されることになった。

 装甲機竜(ドラグライド)は、それまでの戦争の主力であった剣、銃、大砲、馬、その全ての存在の価値を無に帰した。もはや戦争、外交、商工と言った全ての分野において、その言葉なしでは何も語れない。

 特に商業の分野に装甲機竜(ドラグライド)が与えた影響は凄まじいものがあった。そうなった大きな理由の一つに、その希少性が挙げられる。

 何せ装甲機竜(ドラグライド)遺跡(ルイン)からごく稀に少数が発見されるのみなのである。それを個人レベルで手にしている者などそうはおらず、専ら王国の騎士か一部の権力者しか持つことが出来ない。

 供給量が少なければ、またその値段が上がるのも当然のことだった。

 最初に装甲機竜(ドラグライド)が市場に上げられた時には、ほとんどの商人は見向きもしなかった。確かに有用そうではあるが、所詮は人を殺すための戦いの兵器。誰もそんなものを好き好んで持ちたくはなかったのである。

 しかし一部の商人、本当に自身の利益になるものを正しく選ぶことの出来る嗅覚を持った者たちは、その値段が更に上昇しない内に市場に出回った装甲機竜(ドラグライド)を買い占めた。

 彼らの判断が理に適った的確なものであったことは、それから一年もしない内に証明された。装甲機竜(ドラグライド)は短期間で世界の中心に居座ってしまったのである。

 自らの商才を遺憾なく発揮した商人たちは、装甲機竜(ドラグライド)に関する取引によって多大な権益を獲得し、豊かな私腹を更に肥えさせた。

 そんな商人たちの中でも、一際目を引く躍進を見せた商人が、世界を支配する七つの大国の内の一つ、マルカファル王国に居た。

 天才的な商才を発揮してたったの数年で、自身の商会を世界最大規模の商会にまで育て上げた女傑。

 ヴァンフリーク商会総帥という肩書を持つ、世界を牛耳る稀代の豪商。

 彼女は名を、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークと言った。

 

 

 

§

 

 

 

 マギアルカ・ゼン・ヴァンフリーク。

 オレンジ色の髪を頭の左右で輪にするように束ね、幼げな顔立ちと小柄な体躯だが、どこか老成した雰囲気と不思議な艶やかさを持ち、尊大な口調が特徴の少女。

 商人のような、あるいは錬金術師のような、機能美と派手さが同居した衣装。

 世間には彼女の多大なる功績と共に、『幼い少年が好き』という性癖も広く知れ渡っている。もっともこれは、ある事情があって、必ずしも真実ではないのだが。

 

 さて、大商会の総帥であるマギアルカは、忙しい時は本当に多忙の身だが、それ以外の時は基本的に自由だ。

 彼女を支える秘書たちは皆、マギアルカが自ら選び鍛え抜いた優秀な者たちばかりなので、マギアルカが居なくとも商会を回すことが出来るのである。

 なのでマギアルカは、秘書たちに業務の全てを丸投げして、こうして大手を振って外を一人でぶらついているというわけである。

 

 今彼女が居るのは、マルカファル王国の城下町から遠く離れた、あらゆる色を失ったかのような鈍色の街だ。

 王国の中でも文化遺産として、そして立入禁止区域に指定された廃都ゲルセラである。

 複雑な彫刻の衣装が施された背の高い町並みは、その全てが鈍色にくすみ、まるで時を止めたかのような風情を湛えている。

 

「んぅー……ふぅ、ちょっとばかし息抜きに来てみたが……人っ子一人おらぬ割に、ここは騒がしいのぅ」

 

 そこら辺に転がった瓦礫の内の一つに腰かけたマギアルカは、ググッと伸びをしながら独白する。

 呑気に呟く彼女の足元には――全身から青黒い血を流す、巨大な体躯の奇怪な生物の姿があった。

 明らかに絶命している。つい先程、マギアルカが討伐したばかりの幻神獣(アビス)だ。

 

 装甲機竜(ドラグライド)を纏って戦う騎士たち、機竜使い(ドラグナイト)が警戒するべきなのは、何も同じ機竜使い(ドラグナイト)だけではない。

 この世界には、それよりもよっぽど警戒すべき人の天敵、幻神獣(アビス)と呼ばれる生物が存在していた。

 遺跡(ルイン)から現れる、生態も正体も何一つ不明な恐るべき幻獣。

 幻神獣(アビス)は出現率こそ低いが、基本的に機竜使い(ドラグナイト)の数倍の戦闘力を誇っている。

 本来なら機竜使い(ドラグナイト)たちが徒党を組んで、死力を尽くして討伐に当たるべき相手なのだが……

 

「ま、暇つぶし程度にはなったかの」

 

 この、商人としてだけでなく機竜使い(ドラグナイト)としても、マルカファル王国一の実力を誇るマギアルカにとっては、一匹だけでは取るに足らぬ相手だった。

 腰にかけた機攻殻剣(ソード・デバイス)の柄を弄びながら、マギアルカは口元に手を当てて大きな欠伸をした。

 

「さて、あまり長居していても、また無粋な獣どもがこぞってやって来るかもしれんし、帰るとするか。……ん?」

 

 ふと、自分以外誰もいないはずのこの空間に、新しい気配が生じたことにマギアルカは気が付いた。

 わざわざ好き好んでこんなところに来るような人間はほぼ居ない。となれば、相手はやはり幻神獣(アビス)だろう。

 

「ふふん、何じゃ、わしに惚れでもしたか? 随分と熱烈なアプローチじゃ。よほど逃がしたくないと見えるな」

 

 嘯きながらもマギアルカは素早く周囲に視線を巡らせて、機攻殻剣(ソード・デバイス)の柄に手を添える。

 だが今回は、マギアルカがこれまで経験してきた気配とはどこか違った。

 まず気配の方向が分からない。どこからのものか分からないのではなく、どこからも感じ取れるのだ。

 さらにもう一つ、気配の実像が掴めない。

 人間であれば人間の、装甲機竜(ドラグライド)であれば装甲機竜(ドラグライド)の、幻神獣(アビス)であれば幻神獣(アビス)の。それぞれそうと分かる特徴があるはずなのだ。

 

 しかし今感じ取れるのは、何か分からない不思議な感触だけ。

 そんな時、小さな、けれどはっきりとした、ポチャン、という水音が聞こえた。

 まるで、凪いだ湖面に滴が滴り落ちたかのような――

 

「……ッ、何じゃ!?」

 

 その音を皮切りにして、突如、彼女の周囲の空間が波紋を広げるように揺らぎ始めた。

 ――マギアルカには知る由もなかったが、その揺らぎはこことは異なる世界のとある誘拐現場に生まれたものと、よく似ていた。

 違う点があるとすれば――向うの世界では全てを吸い込む引力として現れていた力が、今度は全てを押し流す斥力として放たれていた、という点だろう。

 吹き荒ぶ突風がマギアルカすらをも吹き飛ばそうとする。

 

 そして直後、空間の揺らぎの中から、強風に押し出されるようにしてナニカが吐き出された。

 そのナニカは地面に墜落して凄まじい粉塵を巻き上げる。天然のヴェールに隠されてそのナニカの正体はは分からない。

 

「くっ……!?」

 

 飛んでくる粉塵から顔を守るように腕を上げながら、強風に薙ぎ倒されないようにマギアルカはその場で踏ん張った。

 中にあったものを吐き出して、もう役目は終わったとばかりに揺らぎは消えてなくなり、やがて舞い上がっていた粉塵も晴れて行く。

 そこには、拳銃を握った強面の男達数名と、何やら偉そうな女が一人。そして彼らの足元には――全身傷だらけで、顔面からも血を流す、まだ幼い少年の姿があった。

 

「お主らは……一体どこから……」

 

 予想外の出来事に一瞬呆然としたマギアルカだったが、歴戦の戦士でもある彼女はすぐに我に返った。

 しかし、いきなりこの場に現れた者たちは、自分たちでも何が起こったのか分かっていない様子で、

 

「クソッ、何だよここは!?」

「どうなってんだ……おい、誰か居るぞ!」

「何だ、女……? ガキじゃねぇか」

 

 困惑したような声を漏らす彼らに、マギアルカは下げた両手を軽く開きながら言葉をかけた。

 

「おい、お主ら。わしの名はマギアルカ。お主らには聞きたいことが山ほどあるが、まずはその無粋な鉄屑を捨てて、その少年をわしに引き渡せ、話はそれからじゃ」

「なっ、お前、コイツを探しに来たのか!?」

「女が一人……まさか、IS操縦者!?」

 

 丸腰のマギアルカを見て何を思ったかは分からないが、男たちは一様に強く怯えたような表情をした。

 

「く、クソッ、アイツがIS操縦者なら俺らが勝てるはずがねぇ! とりあえず、このガキを人質にして――」

「――引き渡せ、と言ったはずじゃぞ?」

 

 男の内の一人の手が、微動だにしない少年にかかる、その一瞬前に、いつの間にか接近していたマギアルカの放った拳が男の腹部にめり込んでいた。

 腹から背中へと抜ける衝撃に、男は苦悶の声すら漏らすことなく、無言のまま沈む。

 

 刹那の出来事に、残る男たちは反応すら出来ずに居た。

 男の身体がドサ、と重い音を立てて地面に崩れ落ちたところで、彼らはようやく自分を取り戻したようだった。

 マギアルカは今しがた激烈極まる拳を放った右手をプラプラさせながら、唇の端を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべた。

 

「さて、どうやらお主らには会話をする気もないようじゃな? となれば残念じゃが――一人残らず叩きのめすしかないのぅ」

「ひ、ひぃぃっ!?」

「く、来るなぁっ!」

 

 笑みを浮かべたままゆっくりと歩み寄るマギアルカに、男たちは半狂乱になって悲鳴を上げながら、手に持っていた拳銃を乱射した。

 ロクに狙いも付けていない銃弾はしかし、その数だけで言えば少女一人を殺すのに足りた。

 もっとも、マギアルカがただの少女であれば、の話だが。

 

「パンパン、パンパン、うるさい武器じゃな」

 

 鬱陶しげに目を細めてマギアルカは機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜いた。

 そのままそれを一閃し、彼女の身を穿とうとしていた弾丸の一発を、正確無比な斬撃で切って落とす。

 さりげなく倒れ伏す少年を庇う位置に移動してから、更に二閃、三閃。自身と少年に降り注ぐ音速を超える銃弾を全て落としてみせた。

 

 目の前で見せられた絶技に、男たちは弾を切らした銃を片手に、言葉もなく固まる。

 

「何やってんのよ、アンタたち! こっちは金払って雇ってやってるんだから、仕事をしなさいよ!」

 

 今まで黙っていたヒステリックな女の叫びを聞いて、茫然自失としていた男たちは、半ば自棄になったように拳を構えてマギアルカに躍りかかる。

 もちろんマギアルカは、そんな様子に脅威を感じるはずもなく。

 

「何じゃ、お主らは雇われの身か。仕方ない、少し手加減してやろう」

 

 大して動じることもなく呟いて、軽く拳を握った。

 

 男たちが全員意識を失って地に伏せたのは、それからたった数十秒後のことだった。

 他愛もない殴り合いでしか拳を振るったことがなかったような男たちは、マギアルカの服にすら触れることなく瞬く間に薙ぎ倒されたのである。

 

「そ、そんな……クソッ、これだから男は! だから役立たずなのよ、グズでノロマでケダモノで!」

「残るはお主だけじゃ。投降するというのなら、一発で気絶させてやるぞ?」

 

 呪詛を吐き出す女に、興味なさげにマギアルカは言った。

 事実、彼女たちなどに構っている暇はなかったのである。

 彼女が背中に庇っている幼い傷だらけの少年。ザッと見たところ、思ったよりも傷の具合が酷く、出血も大量だ。このままでは命も危ない。

 さっさと連れて帰って治療を施さねばならない。そのためにもマギアルカは、女に早々に降参することを求めたのだが。

 

「ま、待ってよ! 同じ女でしょ、これぐらい許してよ!」

「女じゃからと言って何の免罪符にもなりはせんぞ。それに、この少年を傷つけたのはお主らじゃろう。そこだけ取っても、わしに許す気はないな」

 

 怒気を孕んだマギアルカの声に、女は頬を引き攣らせながら金切り声で叫ぶ。

 

「そいつは男で、しかもガキよ!? ISを使えない社会のクズよ! なら、私たちがソイツに何をしようが私たちの勝手じゃない!!」

「……なるほどのぅ」

 

 女の身勝手な言葉を受けて、マギアルカは全ての表情を消した。彼女の小柄な体から、息苦しいほどの威圧感が放たれる。

 

「幼い子供を痛めつけておいて、そこまで開き直るか。よかろう……その性根、わしが直々に叩き直してくれる」

「あ、ぁ、ひぃぃぃっ!?」

 

 緩慢な動作で歩き出すマギアルカに気圧されて、女はまともに動くことすら出来ない。

 ガタガタと震えながら、女は右の手首に嵌まった無骨な腕輪を空に掲げるようにした。

 その動きに僅かに警戒してマギアルカは歩みを止める。

 

 生まれたその隙を衝いて、女は自らのISを展開した。女の右腕に嵌められた腕輪が一瞬だけ光を放ち、出現した機械の鎧が女の身体を覆っていく。

 こことは違う世界で最強を謳う兵器――IS(インフィニット・ストラトス)である。

 目の前に立つ機械の鎧を着た女を見て、マギアルカは目を細めた。

 

装甲機竜(ドラグライド)か……? いや、それにしては、随分と小さい……IS、とやらか」

「あぁぁぁっ!!」

 

 冷静に考察するマギアルカに向かって、女は拡長領域(バススロット)から量子変換(インストール)した、IS専用の大型ライフルの引き金を引いた。

 ドン、ドン、ドン! 数発の弾丸が連射され、恐るべき速度と破壊力を持ってマギアルカへ迫る。

が、マギアルカはそれを、背後の少年を手早く丁寧に抱き上げて、横に数歩ずれることでかわしてみせた。

 

「なっ……!?」

 

 女は驚いているが、マギアルカからしてみればそう大したことでもない。

 どれだけの速度を誇ろうが、結局はその攻撃は直線だ。当たる前に位置を変えてしまえば問題はない。というのがマギアルカの持論であるが、それは言うは易し、行うは難しである。

 そもそもISや装甲機竜(ドラグライド)の使う銃は音速などとうに超えて、生身では認識すら出来ないような速度で飛ぶ。

 故にISの弾丸を生身で容易くかわす、というマギアルカの芸当は、本来不可能なのことなのだ。

 もっとも彼女の場合、装甲機竜(ドラグライド)を纏ってしまうとこの戦法は封印されてしまうのだが。

 

(……チッ、これ以上は、この少年の方が限界か。手早く済まさねばな)

 

 抱き上げた少年は、気絶しているようで、まだ息はあるものの、その息はか細く弱々しい。血も絶え間なく流れ出している。

 状況を素早く見て取ったマギアルカは決断を下し、機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜き放った。

 マギアルカがその剣で銃弾を撃ち落とした場面を目にしていた女は、恐慌に駆られて更に銃を連射する。

 

「っ、あぁぁぁぁっ!!」

「うるさいのぅ、お主の相手はしてやるから、少し待っておれ」

 

 女の恐慌を鼻で笑って、マギアルカは機攻殻剣(ソード・デバイス)の柄にあるボタンを親指で押し込み、機竜を呼び出すための詠唱符(パスコード)を呟いた。

 

「因果より解き放たれし世界蛇(せかいじゅ)よ。神々に仇為す聖戦へ挑め。《ヨルムンガンド》」

 

 マギアルカの言葉を受けて、機攻殻剣(ソード・デバイス)に刻まれた銀線が輝きを発して、マギアルカの背後に高速で光が集い始めた。

 直後に、彼女の背後に、有り得ないほどの物量を持った紫色の巨大な竜が出現した。マギアルカの身長など優に超え、この廃都ゲルセラにあるどんな建物よりも大きいであろう巨躯。

 

接続(コネクト)開始(オン)

 

 言下にその巨大な竜は、大きく形を変えながらマギアルカの背後に坐した。

 通常の装甲機竜(ドラグライド)は多少歪であれどしっかりと二本の腕と二本の足という人間の形態を象り、機竜使い(ドラグナイト)の身体を覆うように纏われる。

 

 しかしこの機竜は違った。

 まず足が存在しない。上半身だけの巨大な多重装甲は、マギアルカそのものを覆うことはなく、巨大な守護神のように悠然とその場に佇んでいる。

 マギアルカの周りを覆う巨大な半円状の装甲。フレームからは七本の主柱(マスト)のような装甲腕が突き出し、凄まじいまでの物量と威圧感を備えている。

 まるで、一個にして軍。

 一機のはずの装甲機竜(ドラグライド)が、機竜使い(ドラグナイト)たちの重装兵陣形(ファランクス)を思わせる威容を誇っていた。

 

「な、そ、それ……は……!? IS、なの……!?」

「そのISとやらが何かは知らぬが、違うぞ。コイツはわしの神装機竜、《ヨルムンガンド》じゃ」

 

 神装機竜。それは、世界でそれぞれ一種類しか存在が確認されていない、希少種の装甲機竜(ドラグライド)

 その機体性能は、所謂汎用機竜と呼ばれる、飛翔機竜(ワイバーン)陸戦機竜(ワイアーム)特装機竜(ドレイク)のそれを遥かに凌ぐ。

 神装機竜は、その希少性と桁外れの性能から、相応の実力者でなければ携帯を許されていない。

 

 と、その時、マギアルカの腕に抱かれていた少年が目を覚まし、呻き声を上げた。

 

「ぁ、ぅ……」

「おお、起きたか少年よ。すまぬがもう少し待っておれ。まずはあやつを叩き潰さねばならぬからなぁ。お主の治療はその後じゃ」

「あなた、は……? 俺は、どうなって……」

「傷が酷くなる、あまりしゃべらぬ方がよいぞ。お主はこのまま、わしの戦いぶりをしっかりと目に焼き付けるがいい」

 

 困惑する少年の黒い髪を優しく撫でて、マギアルカは眼前の敵に視線を向けた。

 ISを纏った女は、すでに握っていた銃を取り落とし、突如現れた機竜の異様に、完全に呑まれている。

 

 マギアルカの背後に存在する七本の腕の武装が蠢く。

 素手の腕が二本。

 手首から先が連射銃型の腕が一本。

 剣型の腕が一本。

 大砲型の腕が一本。

 びっしりと機竜爪刃(ダガ―)が詰まった箱が一個。

 長大な鉄製のワイヤーである竜尾鋼線(ワイヤーテイル)となった腕が一本。

 

「無抵抗な敵をいたぶるのは好かぬ。故に――一撃で逝け」

 

 マギアルカが冷然とした声で言う。

《ヨルムンガンド》の素手の腕がギュッと拳を握り、直後に、棒立ちになった女に向かって振り抜かれた。

 

「ぎ、ぃ、あっ――――」

 

 メキャアァッ! 壮絶な異音と共に、ISを守るシールドエネルギーは一瞬でゼロになり、更には操縦者の命を完全に守り切るはずの絶対防御すら装甲と共に粉々に砕かれて、女は優に数十メートルも吹き飛んだ。

 女はボールか何かのように廃墟の地面を何度かバウンドしながら転がって壁に激突し、ピクリとも動かなくなった。どうやら死んではいないようだが、あの様子では骨が何本も折れているだろう。

 

 しっかり見ておけ、と言った割に、戦いはほんの一撃で終わってしまった。

 そのあまりと言えばあまりの結果に、マギアルカは微妙な表情をしていたが、すぐに自分の腕の中に居る少年に視線を戻した。

 

「さて、少年、終わったぞい。まだ意識はあるか?」

「あ、あぁ、大丈夫、です。……俺は、何がどうなって……あぁ、そう、だった」

 

 自身の記憶を掘り返すように沈黙していた少年の瞳が、不意に、空恐ろしいほどの虚無を映した。

 少年の見せた、悲嘆、憎悪、絶望、憤怒、寂寥、諦念、そんないくつもの複雑な感情が混ざり合ったような暗い瞳に、マギアルカは思わず息を呑んだ。

 こんな目は、間違っても子供がしていいものではない。

 

 マギアルカは知っていた。

 これは、敗者の目だ。負け犬の目だ。打ち倒された者の目だ。……裏切られた者の目だ。

 守りたかったものに、愛していた人に、大切な世界に、手酷く裏切られ、絶望した――しかしそれでも、己の胸の内から湧き出る衝動に従い牙を剥く、餓えた獣の目だ。

 そして……かつてのマギアルカも、こんな目をしていた。

 

「お主、名は?」

「……?」

「名前を聞いておるのじゃ。あるじゃろう? あるいは、もう捨てたか?」

「…………一夏(イチカ)

「イチカ?」

「織斑、一夏。それが、俺の名前だった」

 

(だった、か)

 

 マギアルカは笑みを浮かべて、一夏と名乗った少年に声をかけた。

 

「よかろう、ならば一夏。わしの名はマギアルカ・ゼン・ヴァンフリークじゃ」

「マギアル、カ、さん……?」

「さんは不要じゃ。ただマギアルカでよい」

「……マギアルカ」

「うむ」

 

 どこか気恥ずかしそうに自分の名前を呼ぶ一夏を見て、マギアルカは我知らず柔らかい笑みを浮かべていた。

 この少年の過去に何があったかは知らないが、まだ、その心根は少年のままだった。

 

「おっと、こうしてはおれんな。おい、一夏。歩けるか?」

「あー……ちょっと、無理そう」

「じゃろうなぁ。仕方あるまい。わしがこのまま抱いて行ってやろう!」

「え? ……ちょっと、待って……これは、恥ずか…………あれ? なんか、だんだん、いしきが………………」

「……冗談抜きに急いだ方がいいのぅ」

 

 少しだけ真剣な表情に戻って、マギアルカは展開していた《ヨルムンガンド》を格納庫に転送した。この神装機竜、比類なき攻守の力を持つ代わりに、一度展開してしまえばその場から一歩も動けないのである。

 チラリと転がしたままの不審者たちを見るが、結局そこに置いて行くことにした。どうせ連れて行くのは無理だし、例え彼らが幻神獣(アビス)に喰われてしまったとしてもマギアルカは困らない。

 後で部下を行かせるか、と考えながら、マギアルカは一夏を抱えながらヴァンフリーク商会本部に向かって走り始めた。

 腕の中の少年が奏でる悲鳴を聞いて、楽しげに大笑しながら。




 次の話はかなり遅くなります。受験が終わったら投稿しますので、よろしくお願いします。


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Story.2 運命をこの手で

 ストックがもう一個あったので投入しておきます。


 織斑一夏という少年がマギアルカに拾われてヴァンフリーク商会本部にやってきて、今日で三日が過ぎた。

 当の一夏はマギアルカに連れて来られて、すぐに医務室へ叩き込まれた。マギアルカは商会の伝手で引っ張って来られるだけの名医を呼び集めて、総がかりで一夏の治療に当たらせた。

 治療の結果、彼の傷は思ったよりも酷いものだったらしく、あと少し遅ければ命はなかったそうだ。

 名医たちの尽力と遺跡(ルイン)で発見された古代の医療機器のおかげで、一夏の負傷は傷痕は残ったものの、完全に治癒された。

 しかし傷は治ったのはいいものの、体力の方がまだ戻らないということで、この三日間一夏はずっと昏睡状態なのである。

 

 そして、一夏をここに連れてきたマギアルカと言えば、今日も今日とて、ヴァンフリーク商会総帥として仕事に忙殺されていた……ということはなく。

 総帥の権限が必要な仕事以外は全て有能な部下たちに任せ、本人は自室で、真昼間から酒など呷っていた。

 

「織斑一夏君の体力は順調に回復しているそうで、早ければ今日中にでも目が覚めるだろうとのことです」

「そうかそうか、どうなることかと思ったが、それはよかった」

 

 自室にやって来た秘書の一人の報告を聞いて、マギアルカは嬉しそうに頬を緩めた。

 その秘書は、まだ二十代に手が届くかどうかという年頃の、縁の細い眼鏡をかけた美少年だった。主人の様子に頬を綻ばせながら、秘書は報告を続ける。

 

「次に、マギアルカ様が捕えられたという、例の彼らのことについてですが」

「うむ。何か分かったか?」

「ええ、まあ……。色々訊いてみたところ、大体は、理解できたと思います」

 

 マギアルカが秘書に依頼していたのは一夏のことだけではなく、マギアルカが殴り飛ばし捕獲した男たちについての情報収集だった。

 特にあの女は、装甲機竜(ドラグライド)とは明らかに違う、ISとかいう兵器を使っていた。もしあれがどこかの遺跡(ルイン)からの発掘物であれば、世界は二度目の混乱を迎えることになるかもしれない。

 ……それがなくとも、少なくとも新たな商売の種にはなるだろう。そんな思惑もあって、彼らの所属する国家や組織、機体の正体を尋問して聞き出すように頼んでおいたのだが。

 歯切れの悪い秘書の言葉に、マギアルカは訝しげな表情を見せて、

 

「どうした? 何やら妙な顔をしておるが」

「はい、その……私には、彼らの言っていることが、どうも信じられず……」

「ふむ? それは、あやつらがお主に嘘を吐いている……というわけではなさそうじゃな。お主であれば、嘘を吐かれても即座に見破って全て吐かせるじゃろうからな」

「信頼していただき、ありがとうございます。……ええ、まさにその通りでして。嘘を吐いている様子はないんですが、その、彼らの話は、あまりに荒唐無稽なもので……お話ししていいものか」

「構わぬ。お主がそこまで言うほどのことじゃ。よほどのものであろう。わしも興味が湧いて来たぞ」

「では――」

 

 期待と好奇心に瞳を爛々と輝かせるマギアルカだったが、秘書が本人も半信半疑の口調で紡ぐ報告に、徐々に徐々に驚愕に目を見開いて行った。

 曰く――『彼らは我々の住むこの世界とは違う、全く別の世界からやって来た』。

 なるほど、秘書が自分でも信じられないのが納得だった。

 

「確かか?」

「いえ、何分、裏付けも取れませんので、信憑性についてはお答えしかねます。後、あの機体の件ですが、アレはIS(インフィニット・ストラトス)というもので、彼らの世界のある科学者の手によって作られたものだということです。彼らの世界ではそれが絶対の兵器であったようで」

「科学者か……遺跡(ルイン)からの発掘物ではない、と?」

「はい。そして、どうやらあれは、女性にしか扱えないらしいのです。これは男性が使わせてもらえないということではなく、純粋に男性では起動させることすら出来ないんです。実際に私も試してみましたが、出来ませんでした」

「ふむ……ならば女は? 試してみたのか?」

「はい。丁度同席していた女性職員に試させたところ、時間はかかりましたが、何とか全員展開を成功させていました。もっとも、マギアルカ様が叩きのめした時のままで、ボロボロでしたが」

「なるほどのぅ……」

 

 女にしか扱えない絶対の兵器。

 数十年ものの高級ワインを注いだグラスを手の中で弄びながら、マギアルカは思索を巡らせた。

 

 ――あの女は、男を『ISの使えない社会のクズ』と言っていた。

 そして恐らくだが、あの女のような考え方をしているのは、彼らの世界では少なくない、それどころか多数派なのだろう。

 自分の言っていることは間違っていない、皆そう思っている。あの女の態度には優越感や男性への侮蔑以外に、そんな安心感が見え隠れしていた。

 つまり女尊男卑。まだ彼らの世界を見たことはないが、その事実だけを取ってもマギアルカには好きになれそうにはなかった。

 マギアルカとて女だが、そんな世界には行きたくない。

 そもそも女性が完全に優位で男性を不当に虐げる。そのような歪んだ風潮が出回っているようであれば、そんな社会は長続きするはずもない。

 何故なら、男性は社会を回す上で必要不可欠だからだ。

 建築業や工業などは言うに及ばず、農業や漁業などありとあらゆる産業において男性の力は必要なものだ。

 男性は社会のために、そして自分のため、家族のために汗水垂らして働き、それによって人々は安心して暮らせるようになり、そうして社会は回って行く。

 マギアルカとしては、そんなことも分からないような向こうの世界の女性たちは、単なる阿呆としか思えなかった。

 

 しかしこちらの世界にも、同じような理念で動いていた国が存在していた。

 一年前のクーデターで滅んだ、アーカディア旧帝国だ。

 彼の国が掲げたのは、女尊男卑の逆、男尊女卑。

 女性は全て道具、男に従って当然という帝国の伝統文化。貴族の男が欲望の捌け口や労働力として市民や貧民層の少女を攫っていく、などという光景は珍しくなかった。

 軍部では人体実験に年端もいかない少女を使うという、おぞましい出来事もあった。

 

 全く度し難い話だった。

 女尊男卑も男尊女卑も、どちらも等しく愚かしい。

 男性と女性、どちらかが優れていて、どちらかが劣っている、なんてことはあり得ない。

 どちらも社会を回す上で不可欠な存在であり、互いに互いが居なければ成り立たないものなのである。

 それを、下らない理由で排除しようとするなど、愚の骨頂。

 

(……もしかしたら、一夏もまた、そんな世界の被害者なのかもしれんのぅ)

 

 ふと、今も眠り続けている少年のことを思うマギアルカに、秘書が遠慮がちに声をかけた。

 

「それで、マギアルカ様。彼らの処遇をどうなさるおつもりですか? もし本当に、違う世界から来たというのであれば、我々にはどうしようもありません」

「そうじゃのぅ……。わしらとしては生かしておく理由もないが……何かに使えるかもしれぬ。一応生かしておけ。自殺させたりなどするなよ」

「承りました」

 

 ゾッとするようなことを平然と言うマギアルカだったが、秘書の少年も動じた様子はない。

 マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークは、何も純粋な商才だけで成り上がって来たのではない。時には人に言えないような卑劣な手段を使ったし、競争していた他の商会の者を蹴落としたりもした。

 そうしてマギアルカは、一国の軍事に関する全権を掌握し、世界を裏から牛耳る今の立場を手に入れたのだ。

 人間が手に入れることの出来る栄光は、必ずそこに至るまでの道に無数の屍が転がっている、というのがマギアルカの持論だった。

 

 秘書の少年が深々と頭を下げて退室していった……と思ったら、間髪入れずに新しい客人がマギアルカの部屋のドアをノックした。

 

『マギアルカ様。例の少年の件で来ました、失礼してもよろしいでしょうか』

「うむ、よいぞ」

 

 入ってきた女性の顔を見て少ししてから、マギアルカは彼女が一夏の治療に当たっていた医師の内の一人だと気が付いた。

 

「それで? あの少年の容体に何か異変でもあったのか?」

「あ、いえ、そうではありません。むしろ喜ばしいことです。つい先程、彼が目を覚ましました」

「おお、そうか!」

 

 軽く微笑みながらの報告に、マギアルカは腰かけていた革張りのソファーから立ち上がった。

 手に持っていたグラスをローテーブルに置いてから、

 

「一夏の様子はどうじゃ? 何か変わりはないか?」

「一夏……ああ、あの少年のことですね。いえ、記憶障害もありませんし、精神の異常も見受けられません。いたって健康です。それで……本人が、マギアルカ様に会いたいと言っているのですが、いかがしますか?」

「いかがも何も、元々あやつが目覚めたらわしも会いに行くつもりじゃったからのぅ。案内せい!」

「承りました」

 

 早速近くに置いてあった上着を羽織り、マギアルカは女性医師の先導で、一夏の眠る部屋へ向かった。

 流石は世界最大の商会の本部と言うべきか、廊下に並べられている調度品でさえ超一級品だ。

 通りすがる職員たちは、上機嫌なマギアルカを見て少し驚いた様子をしながら、恭しく頭を下げて彼女を見送る。その動作には確かな敬意が込められていた。

 一介の商人からここまでのし上がってきたマギアルカのことを彼らは心の底から慕い、そしてマギアルカの下に付いて彼女を支えている自分自身に誇りを持っているのである。

 

 この建物はヴァンフリーク商会に所属する職員たちの宿舎も兼ねているため、かなり広い。目的の場所に向かうだけでも一苦労だ。

 十分程も建物の中を歩き回り、マギアルカ達はようやく目的の部屋に辿り着いた。

 建物の主はマギアルカである。故にマギアルカは、ノックの一つもせずに目の前の扉を開け放って大股で部屋の中に入った。

 

 高級感漂う石造りの壁に囲まれ、格調高い家具で埋め尽くされた豪勢な部屋の壁際。そこに設置された大きなベッドに、黒髪の少年が佇んでいた。

 ベッドから上体を起こして、周囲に落ち着きなく視線を彷徨わせて、近くに居る白衣の大人たちをチラチラと窺っている――というようなことはなかった。

 落ち着き払った、と言うよりも何も感じていないような無表情で、窓の外を眺めている。

 やはり歳に似合わない態度に僅かに眉を顰めながら、マギアルカはその少年――織斑一夏の元に近付き、明るく声をかけた。

 

「元気そうじゃな、一夏よ」

「あ……マギアルカ、さん」

「マギアルカでよいと言ったであろう。一応医師から聞いてはおるが、体に問題はないか?」

「うん。全然大丈夫だよ。むしろ、あんな傷を負ったのによく死んでないな、って自分でも不思議に思ってる」

 

 そう言って一夏は自分の手の甲を、茫洋とした眼で見つめた。やはりその瞳に宿る感情はどこか希薄だ。

 一夏のその姿に自室で秘書の報告を聞いて考えたことを思い出しながら、マギアルカは医師たちに目配せをして部屋から退出させる。

 二人きりになった部屋で、自分はベッド脇の椅子に腰かけてから、改めて一夏と向き合った。

 

「それで? わしに会いたいということじゃったが?」

「あ、いや、ただ、お礼が言いたくて……ありがとう、マギアルカ。俺みたいなヤツを、助けてくれて……」

「……ふむ。まあ、気にするでない。わしが勝手に連れてきただけじゃからな」

 

 目元に暗い陰を作りながら紡がれる感謝の言葉。

 一夏の自虐的な言葉が気になったが、とりあえずマギアルカは訊いておくべきことを優先した。

 

「さて……では一夏よ。お主、今の状況は理解出来ておるか?」

「……いや。正直なところ、よく分かっていない。そもそもここはどこなんだ? 医務室みたいだけど、点滴とかの器具もないし、さっきの医者の人たちも、聴診器すら使ってなかったし……」

 

 混乱したように話す一夏の言葉には、いくつかマギアルカが知らないものがあった。

 商人であるマギアルカは、かなり知識量が多い方だ。だというのに、それがどのようなものかすら分からないということは。

 ――やはり、この世界のものではないということだろうか。

 

「ふぅむ……のぅ、一夏よ。これからわしが話すことは、嘘のようじゃが本当のこと、のはずじゃ。途中で疑問も多かろうが、とりあえず先ずは全て話を聞いてから、その後で質問を受け付けよう。よいな?」

「あ、あぁ……分かった」

 

 マギアルカが見せた真剣な表情に、一夏も背筋を伸ばして聞き入る姿勢を作る。

 そんな一夏に、マギアルカはゆっくりと、噛んで含めるように、

 

「これは、お主と共にここに来たあやつらから聞いて分かったことなのじゃが……ここは、お主が生きていた世界ではない」

「え」

「お主の故郷だという『日本』という国は存在せぬし、ついでに言うとISとかいうものもない。この世界にあるのは装甲機竜(ドラグライド)と呼ばれる、似てはいるが全く違ったものじゃ」

「え」

「さっきお主が言っておった、テンテキ、チョウシンキ、とかいうのは、お主の世界にしかないものじゃろう。……これらのことから、いまいち信じられぬが、どうやらお主は異世界に迷い込んでしまったようじゃなぁ」

「………………待って、理解が追い付かない」

 

 予想していた通り、話の途中から目を回していた一夏は、弱々しく頭を振って思考を整理しようとしていた。

 無理もない、と思う。死ぬような怪我を負って、目が覚めたら自分の世界とは全く違う異世界だ。何も分からず、家族とすら会えない。彼ほどの年齢の少年が、心細さや不安を感じないはずもない。

 一夏に少しの同情の念を抱きながら、マギアルカは言葉を続けた。

 

「お主にも話を聞いてみたいが、その前にわしと、この世界についての話をしておこうかの。聞こえておるか?」

「あ、う、うん。大丈夫、教えて欲しい」

 

 そして、マギアルカは語った。

 この世界が装甲機竜(ドラグライド)と共に歩んできた歴史の変遷。自分は商人であり、世界有数の豪商であること。一年前に他国で起こったクーデターによって装甲機竜(ドラグライド)が世に解き放たれたこと。その波に乗じて大儲けして、商会をここまで育て上げたこと。

 身振り手振りや軽い冗談などを交えて、なるべく明るくするように努めながら。

 

「……と、いうところじゃな。分かったか?」

「うん、大体分かったよ。……半分くらい、マギアルカの自慢話だった気がするけどさ」

「何か言ったか? ……とりあえず、今はこんなところじゃ。次はお主の話を聞こうか? 無論、言いたくなければそれでもよいが……」

「いや、いいよ。別に聞かれて困るようなことじゃないからさ」

 

 表情に暗い影を落としながら、淡々とした声で一夏が語ったのはマギアルカが予想していたこととほとんど同じ、けれどそれよりも遥かに惨い内容だった。

 優秀な姉と弟の間に板挟みになって、そんな二人に追い付こうと必死に努力して、けれどISの台頭によって歪んでしまった世界ではその努力は評価されることはなくて、けれど家族のために日々努力を繰り返して……最後には、その家族に裏切られた。

 それらのことを感情を交えずに語って、一夏は一言付け加えた。

 

「だから……俺は、この世界に来れて、よかったのかもしれない。どうせあの場から生きて帰れたとしても、俺に居場所はない。家にも、学校にも、町にも、どこにもないんだ」

「帰れずともよいのか?」

「いいよ。帰れなくたっていい。俺は別に困らない。帰ったとしても、また延々暴力と罵声に晒される日々だ。そんなところにまた行くぐらいなら、身寄りがなくても違う世界で生きて行った方が、何倍もマシだ」

 

 いつかも見た、虚無の色を浮かべて呟くように言う一夏に、マギアルカは真剣な表情で口を開いた。

 

「……それで、お主はこの世界で何をする気じゃ?」

「何、か……まだよく分からないけど、とりあえず何か働き口を見つける。俺みたいなガキを雇ってくれるところがあるかは分からないけど、雑用だっていいさ。まずは生計を立てるのが先決だ。それからは、まあどうにか平和に暮らせれば――」

 

 固まり切らない未来予想図を独白する一夏に、言葉の刃で切り捨てるように、マギアルカは鋭く言った。

 

「……で、逃げるのか?」

「……え?」

「自らの過去からも、自分を否定した世界からも、自分を裏切った家族からも。その全てに背を向けて生きて行くつもりか、と言っておるのじゃ」

 

 自分を睨みつけるようなマギアルカの視線と鋭い言葉に、一夏はわけもなく胸を衝かれたような気分になった。

 やっとの気分で、喉の奥から言葉を絞り出す。

 

「逃げる、って……でも、帰れるかどうかは分からないって……」

「それは口実に過ぎん。今は分からぬと言うだけで、もしかすればこの先元の世界に帰れるようになる時が来るかもしれぬ。もしそんな時が実際に来たとしたら、お主はどうする? この世界に留まるか? そして、お主の世界に向き合うこともせずに逃げ続けるのか?」

「けど、帰ったって、俺は千冬姉の出来損ないで、無能だから……出来ることなんて……。そうだ、俺には、結局一人で出来ることなんて、何も……」

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 ギュッと拳を握り締め、何かを堪えるように俯く。湧き上がる怒りと悔しさを必死に押さえつけるために。

 

 ――悔しさを持つということは、まだ諦めていない証拠だ。

 苦悩する少年の姿を見て、ふとマギアルカは視線に宿らせていた棘を抜いて雰囲気を和らげた。

 そっと手を伸ばし、俯く一夏の黒髪の上に手を置き、慈しむように撫でる。

 やがて、ゆっくりと優しい口調で、マギアルカは語り始めた。

 

「わしはこう見えて孤児でのぅ。商売でしくじった両親は幼かったわしを捨てた。その後紆余曲折あって親戚の武術家であった叔父に拾われ技を教わった。このけったいな口調もそこから移ったものじゃ」

 

 思わぬ告白に驚く一夏に目を細めて、在りし日を思い出すように、

 

「幸いにも才能があったんじゃろうな。わしは見る見るうちにその技術を吸い取り身に付けた。そして一端の腕と年齢に達すると、商売への憧れを止められなくなった」

「……両親の借金とか?」

「いいや。……自分を捨てたことに対する恨みがまるでなかったとは言えんがの。やはり未練もあったのじゃ。両親がまだ商売の世界で生きているのであれば、また会えるかという期待もあった。もっとも、期待でしかなかったがの」

「え……」

 

 苦笑するように言うマギアルカ。

 

「お察しの通り。両親はすでに死んでおった。何でも商売敵に嵌められて偽の宝物を掴まされておったそうじゃ。幼かったわしを捨てたのはその借金のしがらみから遠ざけるためじゃったらしい。ま、後に犯人を突き止めて粛清はしたがのぅ。もちろんこっちの方でな」

 

 ニヤリと笑ったマギアルカは、左手の親指と人差し指で輪を作った。お金を指すサイン、つまり『商売』の舞台で叩きのめしたのだろう。

 

「まあつまり何が言いたいかというとじゃな。……お主が無能かどうかなど、まだ分かるものではない、というかどうでもいい、ということじゃ」

「どうでも、いい……?」

「うむ。どれだけ物凄い才能を持っていたとしても、それを生かすことが出来なければただの宝の持ち腐れ。じゃが無能でも、自分の持てる全てを自分に最も合った舞台で発揮することが出来れば、天才と呼ばれる人種にだって打ち勝てる。才能に驕るだけの人間なんぞ、愚直に努力を続ける凡人の足元にも及ぶまい」

「…………」

「一夏。お主はまだ、自分が何を持っているのか、自分に何が合っているのか、そういったことを何も知らない。だというのにここで諦めてしまえば、お主は将来、必ず後悔する。あの時こうしていれば良かった、と後でどれだけ悔もうとも遅いのじゃ」

「こう、かい……」

「誰だって、そんな思いはしたくない。お主だってそうじゃろう? 何もせずに悔しさのみを抱えるなど、苦痛以外の何物でもないからなぁ」

 

 呆然と自分を見つめる一夏の瞳が、少し潤んでいるのに気が付いて、マギアルカは優しい笑みを浮かべて立ち上がり、一夏を抱き寄せた。

 暖かな温もりに包まれた一夏は、今の表情を悟られるのを嫌がるように、マギアルカの胸に顔を埋める。

 その一夏の髪を優しく梳きながら、

 

「生まれや環境は自分の力ではどうすることも出来ん。じゃが……自分の運命は、自分の手で切り拓いて行くことが出来る。自分で選択することが出来るのじゃ」

「……出来るかな」

「ん?」

「……俺にも、出来るかな。俺の手で、俺の運命を、決められるかな」

「さてな。わしには分からぬよ。さっきも言ったが、何をするにしても結局実行するのはお主自身じゃ。お主が自分を信じずして、誰がお主を信じるというのじゃ」

 

 突き放すような言い方だが、静かに肩を震わせる一夏を抱き締めるマギアルカの表情は、まるで慈母のように穏やかで慈しみ深いものだった。

 マギアルカはふと悪戯っぽい表情を見せて、

 

「まあどうなるかなどわしには分からんがな。お主が元の世界に戻れるとは限らんし……とりあえず一夏よ」

「……何?」

「何でもいい。何か一つ、自分に出来ること、自分にしか出来ないことを見つけよ。そしてそれを極限まで突き詰めよ。そして見返してやれ。お主を否定した世界を、お主を見限った愚か者どもをな」

「……見返す」

「そのためのお膳立てはわしがしてやろう。わしがお主が見つけた目的を達成するための道を整えてやる。じゃからお主は……」

 

 マギアルカがそこまで言ったところで、一夏は顔を上げた。

 目の前の一夏が自分に向ける瞳に宿った輝きを見て、マギアルカは我知らず笑みを深めた。

 彼の髪と同じ黒い瞳には、憎悪や絶望と言ったものも残っていたが、それ以外にも希望と、そして渇望の光があった。

 

「……やってやる」

 

 織斑一夏は宣言した。

 

「やってやるよ、マギアルカ。俺は、俺に出来ることを全力でやり抜いてやる。もう逃げたりなんかしない。何があっても、全部正面からブッ壊して、俺の運命を切り拓いて見せる……!」

 

 世界に全てを奪われた負け犬は、今、一匹の餓狼に姿を変えた。

 貪欲なまでの渇望を胸に抱いて、前だけ見据えて進み続ける、愚かしく考えなしな、けれど気高く誇り高き獣へと。

 その変貌を目の当たりにしたマギアルカもまた、彼の昂揚につられるように胸の内に強い興奮を覚えていた。

 同時に、確信していた。

 彼が手に入れた牙はまだ小さく、弱々しい。だがいずれその牙は、世界をも喰らい尽くす強固にして不屈の牙となろう。

 それがいつのことなのかは分からない。けれど、けれどいつか、必ず。

 マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークは、織斑一夏に出会っていてよかったと、そう思える日が来る、と。

 

「……うむ! その意気じゃ、一夏よ!」

「……って、うわっ! ちょっ、待って!」

 

 感極まった様子のマギアルカに強く抱き締められた一夏は、両手をバタバタさせながら必死にもがいた。

 意外と大きなマギアルカの胸が一夏の呼吸を完全に阻害している息苦しさと、年上の女性の胸の中に居るという状況への気恥ずかしさがあった。

 まだ思春期に入ったばかりのため、それが性的興奮などへ繋がることはないものの、一応男子のはしくれとしてこの年にもなって抱き締められるというのは羞恥心を刺激するものなのである。

 同時に――家族からも長く感じたことのなかった、心の底から安らぐような温もりに、溺れてしまいそうでもあった。

 一夏の必死の抗議を聞き入れてようやく一夏を放したマギアルカは、腕を組んで何事か考えている様子だったが、ふと一つ手を打つと、

 

「……うむ。よし、一夏よ。お主、わしの弟子になれ」

「……え?」

「じゃから、わしの弟子になれと言っておるのじゃ。このわしが直々に、お主に勉学だけでなく武術、更には商売のやり方まで教え込んでやろう。どうじゃ?」

「それは……けど、いいの?」

「わしが言っておるのじゃ。よくないことはないぞ。それに……わしも、お主の行く末に興味が湧いてきた。出来るだけのことで協力してやろうと思ってのぅ。何、心配いらぬ。わしがお主のように身寄りがない子供を引き取るのは、今に始まったことではないからな」

 

 通信設備が整っていないこの世界では君主制、貴族制が基本であり、一夏が生きてきた世界と比べて上流階級と平民階級の貧富の差が大きい。

 共和制を採用している国家や宗教国家ではそれほどでもないのだが、やはり金というものは一部の上流階級の元に集まり、平民が必死に働いてもその手に残る金は貴族たちのものと比べれば雀の涙ほどでしかない。

 貧困問題だけでなく、この世界には機竜使い(ドラグナイト)同士の争いや幻神獣(アビス)の脅威など、生命に直結する危険も多い。

 故に、必然的に、親を失った、もしくは親に捨てられる子供が出てくるのである。いわゆる孤児だ。

 金が足りずに育てられなくなって捨てられたり、戦争で親を失ったことで身寄りを失ったり。孤児になる要因は様々だが、未だにその内の一つとして解決された試しはない。

 街によっては教会が運営する孤児院も存在するが、無限に孤児を受け入れられるわけでもない。行くところがなく路頭に迷う子供も多いのだ。

 

 マギアルカは時折そんな孤児たちを保護することがある。

 フラッと一人で出かけては、貧民街などで拾った子供を抱えて帰ってくるなんてことは、もはや日常茶飯事だ。

 本人も昔は孤児だったため、同じ境遇にある子供たちを放っておけないのである。

 基本的に拾われた孤児たちは十分な手当てを受けた後は、ヴァンフリーク商会が選別した子供を望む家庭に預けられることになる。今ではそれが商会の通常業務の一つとなっている。

 だが中には本人の意思で、もしくはマギアルカが見込んだ孤児は、そのままヴァンフリーク商会による教育を受けて、商会の一員として仲間入りすることがある。

 そんなエピソードが人の口を伝って広まって行く内にどこかで歪められて、『マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークは幼い少年好き』という噂へと姿を変えてしまっているのである。

 

 マギアルカは、一夏をそんな孤児たちの内の一人にしようと言うのだ。しかも、ヴァンフリーク商会総帥直々の教育の元で。

 それがどれほど貴重で幸運なことなのか、一夏には分からなかったが……それでも、目の前に居るこの女性の元で学ぶことが出来るというのは、とても胸の躍ることだった。

 一夏は高鳴る鼓動を抑えて、頬を紅潮させながら叫んだ。

 

「は、はい! お願いします、えと……師匠!」

「うむ! 任せておけ!」

 

 ――そのような成り行きで、織斑一夏はマギアルカ・ゼン・ヴァンフリークの直弟子として、異世界に居場所を持つことになったのである。



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Story.3 ヴァンフリーク商会での日常

 思ったより行けましたので、投稿します。

 ついでに一応釈明をば。
 十話ぐらい機竜世界に使ってから、IS世界に行きます。オリヒロは機竜世界で出します。

 最近『宇宙軍士官学校―前哨―』を読みまして、結構面白かったのでキャラだけ使います。これからも色んな人が出てきますが、タグつけるのには文字数が足りないのでそのままです。


 俺、織斑一夏が異世界に来てから、早いものでもう(こちらの世界で)二年が過ぎていた。

 元の世界で誘拐されたのが十三歳の時だったから、暦が正しければ俺は十五歳になったことになる。あの頃と比べれば体つきもがっしりとしてきた気がする。

 毎日激しい運動をして、美味い飯を食って、よく寝ているからだろう。

 

 この世界を支配する七つの大国の一つ、マルカファル王国にあるヴァンフリーク商会の本部。その広大な中庭で、俺は模擬戦をしていた。

 色とりどり、あらゆる国の花々が咲き誇り様々な種類の樹木が立ち並ぶ中を、俺と対戦相手は拳と槍を交わし合う。

 

「はぁっ!」

「甘いですわっ!」

 

 石畳を蹴って一気に接近しようとするも、訓練用の木製の槍の長大な柄が唸りを上げて横薙ぎに迫る。

 それを間一髪身を屈めて回避しながら、槍が通り過ぎた直後に身体を跳ね上げる。勢い込んで放った左右の拳でのジャブは一歩後退されて回避された。

 

 俺が対戦しているのは、マルカファル王国軍の将校であるオルガ・シュワルツローゼさん。

 長い金髪に華やかな顔立ち、そして窮屈そうな軍服の下のかなりのナイスボディが特徴の美人さんである。

 彼女は軍の中でも一小隊を率いる隊長クラスであるらしく、『師匠』に武術を習うようになってからはちょくちょく、こうして揉んでもらっている。

 

「ふふっ、また強くなりましたわね、一夏!」

「おかげ、さまで!」

 

 俺を賛辞しながら、オルガさんは一切の間断なく槍を突き出してくる。

 全く油断も隙もない。そしてこっちにも油断なんてない。

 突き、薙ぎ、払い。次々と襲い来る攻撃の数々を、俺は時に弾き時に避け時にいなし時に後退って捌いて行く。

 未だ未熟な俺では攻撃に移る余裕はないけど、こうして防御に徹すればそうそう攻撃は喰らわない。

 忍耐には自信がある。上下左右全方向から降り注ぐ連打を的確に捌き、いずれ来るチャンスを待つ。

 まだ……まだ……まだだ………………今!

 

「ここだ!」

「なっ!?」

 

 連続攻撃の中に生まれた僅かな隙を衝いて、身体の傍を通り抜けて行った槍の柄を全力で蹴飛ばす。

 あらぬ方向に向かう槍の穂先と共に、オルガさんの上体が泳いだ。チャンスだ!

 胸の前で両手を合わせ、左足で地面を大きく蹴り、着地した右足に重心の全てを持ってくる。

 やや半身になった体勢のまま、突き出した右肘を、オルガさんの土手っ腹に叩き込む。

 

「おぉっ!」

「ぐっ!」

 

 けれど、流石は現役の軍人。オルガさんは無理に体勢を直そうとはせずに、むしろ勢いのままに前方へ踏み込むことで、俺と位置を交換するようにして俺の肘打ちを回避してしまった。

 互いが背中を向け合った状態で、オルガさんは振り返るよりも前に後方に向かって槍を片手で横薙ぎにしてきた。

 驚いて反応が遅れた。慌てて自分から地面に飛び込んで回避するも、後頭部にチリッとした感覚があった。髪を数本持って行かれたかもしれない。

 

 俺たちはほとんど同じタイミングで後ろ、つまり相手の方を振り返った。無言のまま、俺とオルガさんはそれぞれの構えを取る。

 ――右半身を半身にするように前に出し、両手の平は指先までピンと伸ばし、右手は顔の前、左手は腰の辺りに。腰を深く落として足を軽く開く。

 これが俺が、師匠であるマギアルカから教わったヴァンフリーク流の構えだ。

 

「本当に……最初の頃と比べれば、凄い違いですね……。本当に、強くなりました」

「ありがとうございます。けど、こんなところで止まってちゃいられないんですよ、俺は」

「……マギアルカ総帥のため、ですか?」

「はい」

 

 からかうようなオルガさんの言葉に、俺ははっきりと頷く。

 ――そうだ、今の俺が戦うのは、ただ、あの人のために。

 俺を救ってくれた、マギアルカのために。

 彼女のために、俺はもっと強くならなきゃいけない。

 

「ふふっ……やっぱりあなたは、騎士に向いていると思いますよ。あたくしから騎士団に推薦しておきましょうか?」

「騎士ってガラじゃないので、遠慮しときます……そろそろ、続きを」

「ええ、かかってきなさい。あたくしの胸を貸してあげますわ」

 

 オルガさんの冗談っぽい声に、俺は微笑みを返して――次の瞬間、戦いが再開された。

 

 

 

§

 

 

 

 一夏とオルガの模擬戦は、場所の問題もあって多くの人間が観戦していた。

 商会の職員は職務の息抜き代わりの冷やかしに。戦闘に携わったことのある者は感嘆の唸り声を上げて。商会を訪れていた客人たちはこれ幸いと酒の肴に。

 大人たちだけでなく、一夏と同じくマギアルカに拾われ商会で教育を受けている孤児たちや、商会に教育を任された傘下の家の子供たちもまた、二人の模擬戦に見入っていた。

 彼らの多くは一夏と変わらない年齢の一夏の同期で、この一年間一夏と共に学び鍛えてきた。一夏のこともよく知っている。

 女の子たちは憧憬と、瑞々しい思慕の念を。男の子たちは尊敬と、力強い克己心を。それぞれの思いを胸に、彼らは夢中で観戦していた。

 

 その中には、一夏の師匠であるマギアルカの姿もあった。

 腕組みをして上機嫌に模擬戦の様子を眺める彼女の隣には、マルカファル王国軍の軍服を着た浅黒い肌の大柄な青年が立っていた。

 軍服の青年は感嘆の色を滲ませて呟いた。

 

「いやはや……凄いですね、彼は。軍の中にも、オルガと一対一で渡り合えるような者はそうは居ないんですが……」

「当然じゃ。このわしの直弟子じゃぞ? あれぐらい造作もないことじゃ。そうではないか、バーツラフ?」

 

 自慢げに胸を張るマギアルカに、オルガの同僚でもある青年、バーツラフ・ホレックは苦笑を零した。

 

「まあ確かに、流石は総帥閣下の直弟子、ってとこですね。しかし、本当に強い……。槍を使ったオルガは彼女の小隊のメンバー総出でかかっても返り討ちにされてしまうほどの強さです。それと素手でやり合うとは」

「うむ。……もともと才能があったんじゃろうな。学習力も高ければ適応能力も高い。わしの教えたことを、それこそ海綿(スポンジ)か何かのようにどんどん吸収していったからのぅ。あそこまでとはわしも予想しておらなんだ」

「総帥閣下がそこまで言うほどですか……。才能とは、格闘戦闘の才能、ということですか?」

 

 感嘆混じりのバーツラフの言葉に、マギアルカは不敵な微笑を浮かべ、首を振った。

 

「確かにその才能も大したものじゃが……それだけではない。一夏の持つ無二にして天賦の才能は、そんなものではない。……何、すぐに分かるさ」

 

 マギアルカが片目を瞑りながら言った直後、模擬戦の流れが変わった。

 

 オルガと互いの位置を入れ替えてからはずっと防戦一方だった一夏が、一転攻勢に移ったのだ。

 オルガが槍を振り切ったタイミングで地面を蹴ってオルガに急接近。下から掬い上げるようなアッパーカットを放つ。

 仰け反って回避しながらオルガは片手で槍を手繰り、一夏に向かって正確に突き出した。

 しかし一夏は、それを予期していたかのような動きで突き出された槍をするりとかわし、逆に槍の柄を掴み取ってしまった。

 

「なっ……」

 

 驚いて身を固めるオルガに、一夏は容赦しなかった。先ほどのアッパー以上の速度でオルガの肩に打ち込む。パンッ、と存外軽い音がして、オルガの体勢が僅かに傾ぐ。

 その一瞬で一夏は槍から離した左手を地面につけ、その手を軸として一回転。伸ばした足でオルガの両足を刈り取った。

 

「あっ!」

 

 マギアルカの隣に居たバーツラフが、思わずと言った様子で叫んだ。

 だが一夏と相対するオルガもまた、歴戦の強者。衝撃から一瞬で立ち直り、完全に払われる前に片足で跳躍する。空中で一回転して一夏の背後に回り込むように回避したが――直後、彼女の無防備な背中に、一夏は渾身の体当たりを叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

 

 小柄な一夏のものとはいえ、全体重を乗せての体当たりは中々に強烈なもので、オルガは顔を歪めながらも何とか踏ん張った。

 至近距離の一夏を追い払うように薙ぎ払われた槍。その一撃は一夏の影すら捉えることは出来なかった。

 二人の戦いを見守るマギアルカを除いた全ての人間が、一斉に息を呑んだ。

 オルガの視界から消えた一夏は、オルガが背中を向けていた間に、全身のバネを使って真上へ跳躍――空中からオルガへと躍りかかったのだ。

 

「らぁっ!」

 

 予想外の場所からの攻撃に驚愕するオルガに、一夏は勢いを存分に乗せた踵を落とした。

 辛うじてオルガは防御を間に合わせた。頭上に掲げた槍の柄に、ズンッ、と重い衝撃が走る。

 木製の柄がギシッ、と軋む。一夏は力比べに入ることなく、目の前の足場を蹴って、地面に降り立とうとするが、上手く着地できずにバランスを崩して地面に転がってしまった。

 倒れ伏した一夏にオルガは槍を振り下ろすが、起き上がろうとせずにそのまま転がった一夏に回避された。その一撃を、一夏は見ることすらしなかった。

 続く追撃を一夏は跳ね起き様に振り払った。両手足を地面に着いた体勢のまま、獣のような動きでオルガに肉薄する。

 

「おおっ……完全に意表を衝いてますね。身軽さを、最大限に利用している。上手い戦い方だ……」

「そうじゃな。じゃが、それだけではないぞ?」

 

 バーツラフの感嘆の声にマギアルカがニヤリと笑って返したのと、オルガが驚いたような顔をして急に顔を庇うような動作をしたのは、ほとんど同時だった。

 オルガの顔の辺りには、無数の細かい粒――砂が舞っていた。

 駆け出した一夏が、あらかじめ地面から拾っておいた一固まりの砂を、オルガ目掛けて投げつけたのだ。

 散布された砂から顔と目を守るためにオルガは対処を余儀なくされ、それによってオルガの防御に隙が出来る。それを見逃す一夏ではない。

 オルガは肉薄する一夏から逃れるために、大きく後退った。後退るしかなかった。

 位置を移したことでオルガの周囲を漂っていた砂粒もなくなった。視界を取り戻したオルガは改めて一夏の位置を探ろうとするが、またもや一夏はオルガの視界から消えていた。

 さっきと同じく上からと思って上を振り仰ぐが、気配はオルガの背後から感じられた。

 

 ――ここでオルガが、この現状に違和感を感じることが出来れば、オルガはみすみす武器を失う(・・・・・)ことはなかったかもしれない。

 だが少なくとも、この時点では遅かった。

 ……先程まではなかったはずの()が、二人を覆っているのに気が付けなかった時点で、遅かった。

 一夏のものだと思われる気配に反応して、オルガは振り返ることもなく槍を背後に向けて薙ぎ払う――が。

 

 ――バキィィッ!

 

「なっ……これ、は!?」

 

 槍を持つ手に異様に硬い感触が伝わって来たと思ったら、異音と共に槍が半ばから折れてしまった。

 愕然として振り返ると、確かにそこに一夏は居た。だが、オルガが槍を叩きつけたのは一夏ではなく――中庭に植えられていた、太い木の幹だった。

 無論、常のオルガであればこのようなミスをすることはなかっただろう。

 だが今は、一夏の上下左右からの攻めに砂を撒いての目潰しという、変則的な動きの数々に翻弄され、冷静さを欠いていた。

 

 観戦していた面々が驚愕の声を漏らして目を見開く。誰もが理解していた。この状況は、一夏が意図的に作り出したものであると。

 

「まさか……これまでの全ては、このための布石……オルガの武器を奪うための……⁉」

「そうじゃ。オルガの槍が一夏を捉えられなかったのは、決して偶然などではない。様々な方向から攻撃を叩き込むことでオルガを翻弄し、あらかじめ空中からの踵落としで槍の柄に罅を入れて、そして気付かれないようにオルガをあの位置に誘導した……まあ、あの目潰しはその場で思いついただけじゃろうがなぁ」

 

 バーツラフに向けて説明しながら、マギアルカは誇らしげに笑っていた。何だかんだで弟子の見せた活躍が嬉しいのである。

 

「何と言う……一夏のヤツ、このままオルガに勝ってしまうのでは」

「……いや。あやつめ、肝心なところで詰めが甘いのぅ」

 

 期待するように言うバーツラフだったが、師匠であるマギアルカは苦笑を滲ませた。まるで、「やれやれ、仕方がないな」とでも言うように。

 見守る彼らの視線の先では、動揺するオルガに一夏が勝負を決めるべく跳びかかろうとしていた。

 右の拳をグッと握ってオルガの懐に飛び込む一夏に、周囲のテンションが最高潮に上がる。

 しかしその中で一人、マギアルカだけは苦笑したまま呟いた。

 

「……そもそも今の一夏の実力はオルガに及ばん。よしんば不意を衝けたとしても経験が違い過ぎる。いくつもの修羅場を潜って来た軍人と、訓練を始めてせいぜい一年程度の小僧とでは、目の前の危機への対処能力では雲泥の差じゃ。せめて武器を奪ってからのことも細かく想定していれば違ったのじゃろうが」

 

 マギアルカの呟きの通り、自身に向かって突き出された一夏の拳を、オルガは戸惑いなどの感傷の全てを捨て去って冷静に捌いてみせた。

 既に折れた槍は投げ捨てている。役目を果たせなくなった武器など持っていてもお荷物なだけだ。

 これで対戦相手である一夏と同じ徒手空拳になったオルガだが――ここで、二人の地力の差が如実に表れた。

 

「甘いですわっ!」

「くぅ……っ!?」

 

 受け流されて体を泳がせる一夏の腹部目掛けてオルガの拳が襲いかかる。何とか両腕をクロスして防御するも、更に体勢は崩れた。

 ほとんど宙に浮いた体勢のまま、一夏は立て直すこともままならずにオルガによって地面に叩きつけられた。

 肺の中の空気を吐き出しながらも起き上がろうとする一夏だったが、鼻先に折れた槍を突き付けられて、動きを止める。

 

「勝負あり、ですわね?」

「……参りました。流石です、オルガさん」

 

 自慢げに告げるオルガに苦笑しながら、どこか晴れ晴れとした表情で、一夏は降参した。

 瞬間、二人の模擬戦を観覧していた観衆たちから、称賛の拍手が起こった。

 確かに一夏は敗北したが、相手は現役の軍人、それも小隊長クラス。そんな相手を翻弄し、武器を奪い、あと一歩というところまで追い込んだ一夏の戦績は、称賛されて然るべきものだった。

 静かに一夏の健闘を称える様な大人たちに対して、同期の少年たちのそれは熱狂に近いものだった。

 周囲から投げかけられる称賛に気恥ずかしそうにしていた一夏は、差し出されたオルガの手を支えにして立ち上がった。

 

「もう何度も言いましたけど、本当に強くなりましたわね、一夏。最初の頃と比べれば雲泥の差ですわ」

「そりゃ、俺だって成長しますよ。ずっと今のままで居る気はありません」

「ふふっ。その意気ですわ。この様子だと、あと一年もすればあたくしも負けてしまいそうですわね。あなたがここに来た時から知っている身としては、あなたの成長はとても喜ばしいものです。もっとも、あたくしだってずっと今のままではありませんけどね」

「……ありがとうございます。いつか勝てるように、俺も頑張ります」

 

 語り合う二人を見ていたバーツラフは、ふと先程までの会話の内容を思い出して、マギアルカに問うてみた。

 

「そういえば、総帥閣下。一夏の持つ本当の才能、って言うのは一体何なんです?」

「ん? 言っておらんかったか?」

 

 不思議そうにしたマギアルカは、すぐに視線を一夏の方に戻して続けた。

 

「あやつの持つ大きな才能、それは二つある。……『目』と、『頭』じゃ」

「『頭』は何となく分かりますが……『目』ですか?」

「うむ。大雑把に言うと、あやつは他人の、その本質を見抜く目に長けておるのじゃ。洞察力と言った方が分かりやすいかのぅ。わしらとあやつとでは、他人を見る際のその目に映る情報の正確性と量が大違いなのじゃ。……例えば、わしがお主を見て『軽薄そうな奴じゃな』と思ったとする」

「ちょっ、総帥閣下!?」

「例え話じゃ、いちいち反応するな。……ところが一夏はそれだけでなく、『軽薄そうだけど目が優しい。良い人なんだな。服にも皺がなくてピシッとしてる。指輪がないから奥さんじゃなくて自分でやってるのか。思ったよりしっかりしてるのかも。敬語が変な感じだ。目上の人に接し慣れていないのかもしれない』……とまあ、こんなことを瞬時に見抜いてしまう」

「それだけの事柄を……一目見ただけで、ですか?」

「うむ。他にも例えば、『この人は女の人と接する時はまず必ず顔を見て、次に胸の方に視線を移してからやっと顔に戻るよな。こういう人にはなりたくないな』とか」

「………………マジですか? 俺、そんな露骨ですか?」

「結構分かりやすいのぅ」

 

 絶句するバーツラフにニヤリとからかうような笑みを向けてから、マギアルカは――若干自分の胸元を庇うようにしながら――話を戻した。

 

「そしてもう一つ、『頭』の方じゃが、これは先の『目』があってこそのものじゃ」

「はぁ……」

「『目』で見て見抜いた相手の思考の傾向や行動パターン、好悪の対象や善悪観などを元に、自分の中で相手の人間性を冷静に見極め、自分に出来る限界と擦り合わせることで、その場その場で最適な行動を取る。戦闘においても、その威力はもはや未来予知じみた先読みとして現れておる。先程の模擬戦でオルガをギリギリまで追い込んだようにな。……『目』であればわしにも似たようなことは出来るが、どちらともを完全に両立させることは出来ん」

 

 マギアルカの零した言葉に、バーツラフは先程までとは違う意味で絶句した。

 世界一の豪商であり卓越した武術の冴えと機竜使い(ドラグナイト)としての圧倒的な技量を併せ持つ彼女ですら、無理と判断したのだ。

 事実、バーツラフにも出来る気がしない。いや、バーツラフどころか王国軍に所属する者でもそれが容易く出来る者は居ないだろう。

 だが一夏は、そんなとんでもないことを息を吸うようにやってのける。

 

「何とも、凄まじいですね……。ならアイツは、生まれてこの方その才能をずっと磨き続けてきた、ってことですか」

 

 前から勘の鋭い子だと思っていたが……とバーツラフが感心していると、ふとマギアルカが悲しげな表情を見せた。

 

「そうじゃな。じゃがわしは、あやつがその才能を磨いた、磨かなければならなかった境遇を思うと、哀れで仕方がない」

「総帥閣下……?」

「バーツラフ。お主、一夏の過去のことは知っておるな?」

「ええ、まあ……」

 

 織斑一夏の過去。

 女性にしか扱えない兵器によって歪んだ世界で、天才と名高い姉と弟に囲まれ、無能、出来損ないと呼ばれて蔑まれ貶められながらも、認められるように必死で努力を積み重ねて――結果、裏切られた。

 一夏の過去を知っているのは、バーツラフにオルガ、マギアルカと、マギアルカ・一夏が教えてもいいと判断した一部の者だけだ。

 それを聞いた者は、大体、理不尽な世界に憤る者、歪みの犠牲となった一夏に同情する者、一夏を見捨てたかつての家族に怒りを見せる者、馬鹿な思想の元に構築された世界を嘲る者、一夏の心の傷を思って涙し抱き締める者……などに分かれた。

 バーツラフは主に、世界と一夏の家族に怒りを見せた者に分類された。

 

「……必死だったのじゃろうな。どうすれば見てもらえるのか、どうすれば評価してもらえるのか、どうすれば認めてもらえるのか……そんなことばかり考えて、生きておったのじゃろう。楽しいこと、嬉しいことなど何一つなかったはずじゃ。さぞ、生き辛かったじゃろうなぁ」

「…………です、ね」

「そんな腐り切った世界で生きて行くために、自分という存在を残すために、一夏はただ一生懸命だったのじゃろう。諦めることや、妥協することなど考えもせず。周囲の人間の目を窺って、味方など誰一人居ない中で、自分に出来ることを黙々と続けて、常に天才である家族に追い付こうと……並び立とうと……振り返ることもせず、心の軋み……悲しみや怒り、憎しみすら感じることが出来ずに……」

 

 一夏は、今十四歳。こちらの世界に来たのが十三歳の頃だから――一夏は、生まれてから今まで、実に十三年間もの間そんな世界で生きていたということになる。

 十三年もの間、一夏は、誰も助けてくれない、誰も支えてくれない、勝利したとしても何も手に入らず、常に敗北の泥濘に突き落とされた状態で、孤独な戦いに身を投じていたのだろう。

 マギアルカの語った一夏の才能は、そんな世界で養われた……いや、養わざるを得なかったのだ。それがなければ、生きていけなかったから。

 

「そんなことが出来るアイツが、別の世界では無能扱いですか……遣り切れないですね」

「全くじゃ」

 

 未だ幼い一夏を押し潰そうとしていた重圧のことを思うと、バーツラフはどうしても遣る瀬無い気分になり――そしてそれは、マギアルカも同じだった。

 胸の前で組んだ腕が小刻みに震えている。

 

「もし……もし、わしが一夏の世界に行けたのなら……【世界最強の女性(ブリュンヒルデ)】などと呼ばれて調子に乗っている馬鹿な姉も、その腰巾着でしかない愚かな弟も、あやつを馬鹿にし愚弄した町の者どもも、ISとやらも、それを作った天災とか言う女も、すべてこの手で消し去ってやると言うのに……!」

 

 一夏の聞いていないところで、マギアルカはよく唇を噛み締めながら言ったものだった。――何度か一夏に聞かれていることも知らず。

 だが――

 

「あまり気にする必要はないと思いますわよ、あたくしは」

 

 いつの間にか二人の居るところに近付いて来ていたオルガが、柔らかい笑みを浮かべて言った。

 彼女の視線の先には、喧しく騒ぐ同期の少年少女たちに囲まれて、困惑しながらも楽しそうな一夏の姿があった。

 

「すげーじゃんか、一夏! あのオルガさんにあそこまで張り合うなんて!」

「俺なんか、五分も持たずにやられてるよ!」

「さっすが一夏君ね! カッコよかった!」

「けど、俺負けたんだぞ?」

「そりゃそうだろー? オルガさんクソ強いんだから」

「そんな人と互角にやり合ってたのが凄いって言ってるの!」

「よくオルガさんをあの場所まで誘導出来たな……」

「いや、あの目潰しはえげつないって……怖いよ」

「うぐっ、怖い、か……?」

「うん、超怖い」

「頼むから俺たちに使わないでくれよ?」

「分かった……」

 

 肩を叩かれ、屈託なく称賛され、尊敬の目を向けられ、あるいはちょっと怖がられて。

 元の世界では居なかったであろう仲の良い友人たちと談笑する一夏の顔には、小さいながらも眩しい笑顔が浮かんでいた。

 笑顔が溢れる、とても温かく尊い光景。その中心で、少年は確かに笑っていた。

 

「……あたくしたちのするべきことは、一夏の過去を哀れむことではなく、彼が自らの手で手に入れたあの居場所を、守ってあげることでありませんの?」

「……たまには、良いこと言うじゃないか、オルガ」

「たまには余計ですわ!」

 

 少年少女の活気に当てられてかこちらでも騒ぎ始めた大人二人を置いて、マギアルカは視線の先の光景を目に焼きつけた。

 一夏を弟子にして以来、マギアルカは一夏に多くのことを教え込んだ。

 武術だけでなく、基本的な勉学やこの世界の常識、果ては商売のやり方まで。

 それが一夏にとって、一夏の掲げる目標を達成するために、どれだけ役に立っているのかは、マギアルカには分からない。

 けれど、それでも……今、一夏は、ああして笑っている。

 ならば……それで良いのでは、ないだろうか。

 

「……あ、言い忘れてたけど、お前ら全員観戦料払えよ」

「「「「金取るのかよ!?」」」」

「当たり前だろ」

 

 …………まあ、どうやら学ばなくてもいい部分まで学んでしまっているようだが。

 何となく微妙な思いをするマギアルカだったが、ふと先日から考えていたことを思い出して、ニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「……そろそろ、あやつの修行も次の段階へ進めるべき、かのぅ。他ならぬあやつのためにも、な」

 

 そう呟いて、マギアルカは腰の機攻殻剣(ソード・デバイス)の柄に手を当てながら一夏のところへと近付いて行った。

 

 

 

§

 

 

 

 オルガさんとの模擬戦を終えて友人たちと別れた俺は、マギアルカに連れられて馬鹿デカイ建物の廊下を歩いていた。

 ちなみに目的地は知らされていない。ただ、もはや見慣れた何かを企んでいるような意地悪な笑みを浮かべて「ついてこい」と言われただけだった。

 模擬戦で負けたので、そのことでお説教でもあるのかと訊いてみると、マギアルカは笑って俺の髪をグシャグシャと撫でて、

 

「そんなわけなかろう。こう言うとお主は怒るかもしれんが、元々わしは今のお主ではオルガに勝てるとは思っておらんかった。実際そうだったわけじゃが……お主は自分より何段も格上の相手に、武器を奪うほど善戦してみせたのじゃ。怒るどころか、むしろ褒めちぎってやりたいぐらいじゃ」

「ありがとう……なら、俺たちは今どこに向かってるんだ? この方向は……格納庫か?」

「……もう少し辛抱せよ。焦る男は嫌われるぞ?」

 

 仕方なく黙ってついて行く。

 一年も住んでいれば、同じ建物に居る人とは大体仲良くなれる。今も、通りすがる人たちはマギアルカに一礼した後で、俺に笑顔で手を振ってくれる。

 彼らは突然乱入してきた得体の知れない生き物であるはずの俺を温かく迎え入れて、その上で色んな親切をしてくれたり、色んなことを教えてくれたりした。

 マギアルカと同じく、彼らもまた俺の大切な恩人たちだった。

 そして、そんな彼らと出会うことが出来たのは、俺の前を歩くこの人のおかげ。今の俺があるのは、この人のおかげなんだ。

 感慨に胸を熱くしていると、不意に背中に柔らかく澄んだ声が投げかけられた。

 

「いっちゃん?」

「……フィルフィか?」

 

 抑揚のない不思議な響きの言葉に振り返ると、そこには桜色の髪を二か所縛って淡い色のワンピースを着た可愛らしい少女が居た。

 俺より一つ下であるその少女は、可愛らしく整った顔立ちに、金色の瞳を眠たげに細めて、ぼんやりとした緩い雰囲気を醸し出している。この少女にとってはこれがデフォルトであることを俺は知っている。

「いちか」を縮めてちゃん付けで俺を呼ぶこの娘の名前は、フィルフィ・アイングラム。俺の妹弟子(・・・)である。

 以前からヴァンフリーク商会と懇意にしている、例のアティスマータ新王国を本拠地とするアイングラム財閥の次女。

 二年前のクーデターで滅んだ旧帝国時代に何かあったらしく、今は俺と同じくマギアルカの元に預けられ、師事している。

 弟子になったのはほとんど同時期だが、俺の方が少しだけ早かったため、彼女は俺の『妹弟子』なのである。

 

「こんなところで何してるんだ?」

「お姉ちゃんに会ってた」

「お姉ちゃん……ああ、レリィさんか。来てたのか」

 

 無表情のままコクリと頷くフィルフィ。これは不愛想なのではなく、ただ単に感情を表に出すのが苦手なだけである。

 顔見知りでもある彼女の姉を思い浮かべて、俺は納得した。フィルフィはレリィさんに溺愛されているし、何だかんだでフィルフィも懐いている。

 レリィさんもアイングラム財閥という一大組織を束ねる代表なので、そうそう妹に会いに来る時間もないのである。その代わり、甘いものが大好きなフィルフィと俺たちのために、いつも山ほどのお菓子を持ってきてくれる。

 手にお菓子の詰まった袋を持ったフィルフィも、どこか嬉しそうだ。

 

「いっちゃんは、ここで何してるの?」

「ああ、マギアルカに呼ばれててさ。どこに行くのかはよく分かんないんだが」

「ししょーに? 修行?」

「多分な」

「そっか。……はい」

「ん?」

 

 ふとフィルフィが、手に持っていた袋の中からドーナツを一つ取り出して、俺に差し出してきた。

 差し出すだけでそれ以上は何も言わない。けれど、曲がりなりにも一年近くを同じ人間の下で師事してきた間柄だ。大体分かる。

 無言のエールと、激励のためにドーナツ。そういうことだろう。

 不器用な彼女の優しさに微笑んで、ありがたく受け取る。

 

「ありがとな。……うん、美味い」

「よかった。……頑張ってね」

「おう」

 

 短く言葉を交わしてフィルフィと別れた俺は、フィルフィと話している間ずっと待っていてくれたマギアルカの元に駆けつけた。

 放置していたことを詫びると、マギアルカは意地悪く笑って食べかけだったドーナツの半分を所望した。

 

「全くじゃな。弟子のくせに師匠を蔑ろにするとは、偉くなったもんじゃな? 反省しているのならば、それを半分わしに寄越せ」

「反省してる。これで済むんなら……美味しいぞ」

「知っておるよ。……むっ、良い出来じゃな。レリィのヤツめ、何故これをわしに送らんのか」

 

 ひょいっとフィルフィのくれたドーナツの半分を口に運んだマギアルカは、満足そうに笑って皮肉を飛ばした。お気に召したようだ。

 そんなことを話しながら再び歩みを進めて、建物の中から出ると、視線の先に俺にとっては見慣れた別の建物が見えてきた。

 装甲機竜(ドラグライド)が普段安置され整備や修理などが行われる『格納庫』と呼ばれる建物の内の一つ。ヴァンフリーク商会が所有している装甲機竜(ドラグライド)の中でもとくに重要度が高い――例えばマギアルカの《ヨルムンガンド》――ものが収納されている場所だ。

 

「目的地って、ここなのか?」

「うむ。ここに、お主に見せたいものがある」

 

 迷いのない歩調で突き進むマギアルカの背を追う。

 途中、格納庫の中に並ぶ十数機の機竜に目を奪われながら進み、不意に歩みを止めたマギアルカに従って俺も立ち止まった。

 目の前には機竜が鎮座しているようだが、薄暗くてよく見えない。大まかなシルエットは見えるが、どうやら《ヨルムンガンド》ほどではないにしろかなり大型の部類のようだ。

 マギアルカはすぐ近くにあった照明のスイッチに手をかけながら、

 

「さあ一夏よ。刮目して見よ。つい前日とある遺跡(ルイン)で発見されたものを仕入れたばかりの、新たな<ruby><rb>神装機竜</rb><rp>(</rp><rt>​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​</rt><rp>)</rp></ruby>――」

 

 バチンッ! マギアルカの手によって照明が点き、その機竜の姿が露わに――ならなかった。

 というのも、照明の光がその機竜の装甲で乱反射して、俺の視界を一瞬で奪ったからである。目が痛い……マギアルカは……あ、悶えてる。

 師弟揃ってピクピクしてる……シュール過ぎる。

 

「ぐ、ぅ、おぉぉぉぉ……き、キラキラし過ぎだろ……」

「む、ぐぬぅぅぅぅ……予想外じゃ……」

 

 二人揃って両目を押さえること約一分。ようやく光に目が慣れてきて、目の前の光景がはっきりと視認出来るようになった。

 眼前に鎮座するその機竜の姿を見て――俺は、呆然と魅入られた。

 

 ――そこには、神々しいほどの輝きを持つ、黄金の龍が居た。

 俺なんかを遥かに超す巨体の龍が、まるで王者のような威厳と気品を持って俺を睥睨している。

 我を忘れてその機竜と見つめ合う俺に、マギアルカがいつもより真剣な声でその機竜の名を告げた。

 

「その神装機竜の名は、《黄龍(コウリュウ)》。詳しい武装や神装などは分からんが、装備からして近接型じゃな」

「《黄……龍》……」

「うむ。そしてわしは、これをお主に預けようと思っておる」

「……ッ、俺、に……コイツを……!? 良いのか!?」

「良いも何も、これはもうわしのものじゃ。であれば、どう扱おうがわしの勝手じゃろう。誰に預けようが、な」

 

 そう言ってニヤリと笑ったマギアルカは、ふと真剣な顔に戻って、俺を正面から見据えた。

 笑みを消した師匠に俺もまた背筋を伸ばして真っ直ぐ向き合う。

 

「わしはこれまで、お主に装甲機竜(ドラグライド)に関して大したことを教えてこなかった。武術は徹底的に叩き込んでやったが、この世界を代表する兵器である装甲機竜(ドラグライド)については基本的な情報しか教えなかった。何故だか分かるか?」

装甲機竜(ドラグライド)は……兵器だから、か?」

「その通りじゃ。お主に武術を教えたのは、最低限の自衛の術を与えるため。これから何を成すにせよ、自分の身を守る術はあるに越したことはないからのぅ。……じゃが、装甲機竜(ドラグライド)は、人を害するための兵器、と明確に定義されておる。自衛のためなどではない、他者を傷つけるために存在するものじゃ」

「…………」

 

 マギアルカの言葉に、俺は無言で頷いた。

 元の世界におけるISは兵器ではなく宇宙進出のためのマルチフォームスーツとして開発されたが、装甲機竜(ドラグナイト)は純然たる兵器だ。

 人の命を奪うために創り出された、人殺しの力だ。

 だから――それを使う者には、相応の覚悟が要る。

 

「織斑一夏。お主に覚悟はあるか? コイツを手にする覚悟。力を手に入れる覚悟。他者の物を奪う覚悟は、お主にはあるか?」

「…………」

「わしが全力でお主に叩き込めば、そしてお主の学習能力であれば、装甲機竜(ドラグライド)の操作は半年もあれば極められるじゃろう。……無論じゃが、これは強制ではない。あくまでお主の意思を聞いておるだけじゃ。もしここでお主が断ったとしても、わしがお主を責めることはない。そうなれば、今度はわしが商売の極意を叩き込んでくれる。師匠として別の生き方を用意してやろう」

「……いや」

 

 マギアルカは優しくそう言ってくれたが、俺にその選択肢はない。

 俺が彼女から受けた恩は、すでに一生かかっても返せないほどのものになっている。これ以上彼女の手を必要以上に煩わせるわけにはいかない。

 自分の運命は、自分で切り拓く。あの日、俺は自分に誓いを課した。

 ……その誓いを、破るわけにはいかない。

 

 それに、何より……コイツがあれば、俺はマギアルカの力になれる……マギアルカを、支えることが出来る。

 最初から覚悟はしていた。元々平凡な人生を送ることなんて出来ないことは分かっていた。

 ならせめて俺は、自分の生きたいように生きる。俺の望みのために生きる。

 ――これは、その第一歩だ。

 決意を胸に、俺はマギアルカに告げた。

 

「マギアルカ。俺は――――」




 一夏君の神装機竜、《黄龍》のお披露目はまた次回。神装は、多分皆さんが想像した通りだと思います。

※ フィルフィはヒロインではありません。結構好きなキャラなんですが、ルクスからNTRするのは無理がありました。


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Story.4 王都防衛戦

 俺、織斑一夏が装甲機竜(ドラグライド)の操縦訓練を始めて一年。こちらの世界に来てからもう三年が経ち、俺は十六歳になっていた。向こうの世界であれば高校一年生だ。

 もっとも、向こうの世界とこちらの世界では暦が違うかもしれないので、もしかしたらまだ十五歳ではないのかもしれない。どっちでも良いが。

 

 こちらの世界に来てからずっと続いていたマギアルカの修行も一段落した。

 ヴァンフリーク商会総帥であるマギアルカ直々の教育の元、装甲機竜(ドラグライド)の操縦自体は約半年ほどでマスターした。マギアルカのお墨付きだ。

 それからは、免許皆伝の証として譲渡された神装機竜《黄龍》の習熟に取り組んだ。こっちは何かと大変だったが、マギアルカだけでなくオルガさんを始めとするマルカファル王国軍の皆さんの協力で、何とかモノに出来た。

 本当に、王国軍の皆さんには感謝しかない。どうやって返せばいいものやら。

 

 同期の友人たちと必死で訓練に取り組み、マギアルカから課された修業の全行程を終えると同時に、俺は王国軍ではなくヴァンフリーク商会お抱えの機竜使い(ドラグナイト)で構成された実動部隊『銀影旅団』に入隊した。

『銀影旅団』は総帥であるマギアルカが直接指揮する機竜部隊であり、マギアルカの命令を受けて様々な場所へ戦いに赴く。世界最大の商会、ヴァンフリーク商会の荒事を引き受けるための部隊だ。

 

 俺の望みはマギアルカの力になること。ならばこの選択は、俺にとっては最良のものだ。

 入隊してから一か月ほどが経ち、既にいくつかの任務をこなして、それなりの実績も積み上げてきた。今では二十人ばかりからなる小隊の隊長になっている。もっともこの小隊は俺の友人、つまり内輪で構成されたものだから、実力で得た地位とは言い難いのだが。

 何はともあれ、ここが、今の俺の居場所だった。

 

 

 

§

 

 

 

 そして現在、俺は新しい任務に就いていた。

『銀影旅団』に下された任務の内容は、王国内に密輸された数十機の装甲機竜(ドラグライド)の押収、及び密輸の犯人である賊の殲滅。可能であれば数人の捕縛。

 情報提供者はヴァンフリーク商会の傘下の商人で俺も会ったことがある人で、信用出来る。

 その人がもたらした情報によると、マルカファル王国王都郊外、周辺国との国境に面した小さな町で、数機の所属不明の装甲機竜(ドラグライド)の姿が確認されたと言う。

 調べてみると、国境沿いに配置された防衛部隊で、数日前から定時報告が上げられなくなっていた部隊があったことが判明した。

 まず間違いなく、賊の襲撃に遭い、斃れてしまったのだろう。

 

 マルカファル王国はいくつもの小国と面しており、必ずしもその全ての国と友好的な関係を築けているとは言えない。マルカファル王国は軍部の実権の全てをマギアルカに握られており、それを揶揄して「ハイエナの牙にかかった屍の国が、大国を名乗るなど」と嘲る国もある。

 国境の守りがなくなった隙を衝いて、それらの国が結託して襲って来ようものなら不味いことになる。王国だけでなく、王国に根を張る商会としても看過出来るものではなかった。

 そのような最悪の事態を防ぐために、一刻も早い事件の終息、つまり街に居座る賊の殲滅と防衛部隊の再配置が求められる。

 

 幸い賊の方にも無用の混乱を引き起こす意図はないらしく、町の人々の様子はいつも通りだった。深夜に装甲機竜(ドラグライド)が数機だけ確認されていることから、恐らくは国内の反乱分子(お客さん)と連絡を取っているのだろう。

 無論俺たちにも必要以上に騒ぎ立てるつもりは全くない。この件はあくまで秘密裏に処理する、というのが俺たちの方針だ。

 

「……作戦開始まで、あと五分か」

 

 懐から取り出した懐中時計をチラリと見て、俺は口の中だけで呟いた。

 俺と俺が指揮する部隊のメンバーは、既にいくつかの分隊に分かれて街の中に潜入し、事前に決めておいた地点で待機している――賊の拠点があると予測されている場所だ。

 この作戦は、簡単に言えば複数の場所に同じタイミングで攻撃を仕掛ける、短期決戦が前提の多面制圧作戦だ。秘密裏に処理するという制約がある以上、あまり派手には出来ず、長引かせてもいけない。マギアルカにも認可を受けた、これが最善の策だった。

 俺が一人で布陣しているのは、部隊の中で唯一俺が神装機竜の使い手であるからだ。

 

 既に日付けは変わり、街の人々は寝静まって、光源は夜空で瞬く星々とぼんやりと街を照らす月の光だけ。

 少なくとも朝日が昇るまでには決着をつける。それは最低条件。

 マギアルカ直伝の特殊な呼吸法と歩法を組み合わせて、速度を全く落とさずに、一切の物音を消して気配を完全に絶ち、狭い路地裏を進む。この街は規模としてはそれほどではないが、あまり治安がよろしくない。ゴロツキがたむろしていたりするが、ひとまず無視。終わってからまとめて叩き潰せばいい。

 一分程歩いていると、目の前に目的としていた建物が見えてきた。賊が拠点としている場所の内の一つで、人気のない場所に建ち、真夜中だというのに明かりが灯っていて、下卑た笑い声と騒ぎ声が聞こえてくる。

 

「……クズどもが」

 

 こんな奴らが……マギアルカに牙を向けるなど……。

 今すぐにでも突っ込んで行きたい衝動に駆られたが、隊長である俺が、せっかく立てた作戦を崩すわけにもいかない。

 息を吐いて衝動を堪え、闇に紛れるためのローブの内側に隠した『拳銃』のグリップを握る。

 

 この拳銃は、こちらの世界でごく一部で使用されていた弾込め式ではなく、俺の世界で一般的な自動拳銃だ。俺を誘拐した連中から押収したオリジナルと俺や連中が知る限りの情報を元に、マギアルカが作らせたものだ。

 拳銃だけでなく、遠距離用の狙撃銃(スナイパーライフル)散弾銃(ショットガン)突撃銃(アサルトライフル)といったものまで作られている。今やマルカファル王国軍の制式装備になりつつあった。

 やはり技術者という連中には凝り性が多いようで、弾丸の命中率を上げるために銃身に施すライフリングなどの、本来は機械で全て終わらせるような行程を、その機械の概要を教えたにも拘らず自身の手でやろうとして、あまつさえそれを成功させてしまったのだ。

 あれには流石に度肝を抜かれた。高度な技術は機械のそれをも上回ることがあるのだ、と思わず唸らされたのが懐かしい。

 

 ……閑話休題。全く関係のない回想をしている内に、作戦開始時間が迫っていた。

 先程まで以上に息を潜め、懐中時計を握り締めてジッとその時を待つ。

 

 これから始まるのは訓練や模擬戦なんかじゃない。本当の実戦、命を賭けた戦いだ。

 命一つ満足に賭けられないような奴が、居ていい場所ではない。

 自分以外の他者の命を奪う覚悟がない奴が、居ていい場所ではない。

 殺し殺されの血みどろの戦場に身を投じ、返り血に身を染める覚悟がない奴が、居ていい場所ではない。

 この作戦に参加している者は、例外なく全員がその覚悟を固めていた。

 

 全員、直接的か間接的かの差はあれど、マギアルカの薫陶を受けた者たちだ。

『勝利するためだけに戦うのではなく、何が何でも生き残るために戦え。そのためなら、どれだけ卑怯なことだろうと厭うな。自分に出来ることをやり切らない内に生存を諦めることは何があっても許さない』

 これはマギアルカがいつも俺たちに言っていることであり、他の何よりも先に、俺たちに教え込んだことでもあった。

 

 ……ああ、分かってるよ、マギアルカ。

 ……必ず、全員生きて、あなたの元に帰るよ。

 ……酒でも飲みながら、朗報を期待しててくれ。

 

 真昼間でも構わず高級なワインを呷る師匠の姿を思い浮かべて苦笑し――――直後に、作戦が開始された。

 

 

 

§

 

 

 

 ドバンッ! わざと足音を大きく響かせて建物の中に押し入り、下衆な大声が漏れ聞こえてくる扉を思いっ切り蹴り開ける。

 

「うおっ!? な、何だお前!?」

「誰だ、クソ野郎! 楽しく酔ってる時に邪魔しやがって!」

「たった一人で何しに来やがった!」

 

 強引な方法で侵入した俺に、部屋の中央に据えられた大きなテーブルで酒を吞んでいた十人ほどの男たちが、赤ら顔で罵声を浴びせてきた。

 どうやらまだ、俺が襲撃者であり、自分たちが窮地に居ることを自覚出来ていないようだ。随分と酔っている。好都合だ。

 男たちの誰何の声には反応せず、ローブの裾から取り出した拳銃を男たちに向け……躊躇なく引き金を引き絞った。

 ダン、ダン、ダン! 元の世界で聞き馴染んだそれより微妙に重い低音の銃声と共に放たれた鉛玉が、賊の男たちの身体を次々に穿つ。

 ある者は腹に、ある者は側頭部に、ある者は心臓に、無慈悲な銃弾を受けて物言わぬ死体へと変わって行く。

 

 ……人を殺したのは、何も今回が初めてではない。もう俺は、数え切れないほどの人間を手にかけている。

 だからもう、この手で人間の命を奪うことに、動揺することはなくなってしまった。

 

「く、クソッ! コイツ、軍の奴等か!?」

「舐めやがって! お前ら、コイツを捕まえろ!」

「ガキが、ふざけてんじゃねぇぞ!」

 

 仲間が殺されてようやく酔いが醒めたらしく、今度は怒りのために顔を赤黒く染めて俺に殴りかかってくる。腰に機攻殻剣(ソード・デバイス)をかけてる奴らは、機竜使い(ドラグナイト)だろうに。腰抜けが。あるいは単純にまだ酔っているのか。

 まあどっちでもいいか。この程度は問題にもならない。

 

「生憎と、俺は軍の関係者じゃないが……お前らが知る必要はない」

「おぉぉらぁぁっ!」

「……うるさい黙れ騒ぐな、近所迷惑だろうが」

 

 顔を顰めて呟きながら、殴りかかって来た一人目の拳を左腕を上げて軽く受け流す。

 続く二人目の顔面を狙った一撃は首を傾げることで回避して、右手を二人目の腹に添え、そっ……と緩く押すように少しだけ力を入れる。

 すると男は自分が突っ込んできた勢いに巻き込まれて、その場で派手に一回転。俺がタイミングを合わせて蹴り飛ばした一人目と衝突して地面にダイブした。

 

 床の上で悶える一人目と二人目の鳩尾を踏みつけて手っ取り早く気絶させ、残る男たちに向き直る。

 自分の仲間たちがあっという間にねじ伏せられたのを見て、男たちは怯んだような様子を見せるが、すぐに持ち直して雄叫びを上げて突っ込んできた。

 その数五人。最初にこの部屋に居たのが十一人で、俺が撃ち殺したのが三人、叩きのめしたのが二人。なら後の二人は……

 

「ちぃっ……!」

 

 どうやら時間をかけ過ぎたようで、残りの二人は機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜いて機竜を召喚しようとしていた。

 止めようにも目の前のこの五人が邪魔だ。たとえ機竜であっても二機程度ならどうにかならなくもないが、もし逃げられでもしたら面倒なことになる。

 機竜を呼ぼうとしている男たちの腕の中には大きなコンテナがあった。恐らく、あの中身こそが奴らの『商品』だろう。

 

「行かせるか!」

 

 もともと任務内容は賊の『殲滅』。撃退ではない。ならば遠慮する必要もない。

 マギアルカから教わった武術の神髄は、こいつらに見せるのは贅沢過ぎるので後で料金を請求したいところだが……とにかくこいつらを叩きのめしてからだ。

 

 左右から殴りかかってきた二人に、相手が拳を突き出し終わる前にその懐に飛び込み、ローブの裾を翻して回し蹴りを叩き込んで、二人諸共吹き飛ばす。

 このまま生かしておいて後で邪魔されても困るので、右手の指に挟んでいた極小サイズの投擲用ナイフ――いわゆる暗器の一つ――を投げ放つ。射撃はアレだが、投擲はかなり得意な方だ。

 放たれたナイフは狙い過たず飛び、二人の男の頸動脈に突き刺さって息の根を止めた。

 

 戦果に満足している暇はない。敵はまだ残っている。残り三人。

 今度はこちらから仕掛けた。一番最初に目に留まった男に一気に肉薄して、立ち尽くす男の腹目掛けて渾身の掌打を放つ。

 ドボォッ!! 腹部への衝撃に身体の中の空気と吐瀉物を撒き散らす男を、他の二人の内の片方に向かって蹴り飛ばす。

 もんどりうって床に転がるその二人は一旦無視し、もう一人の方に視線を向ける。

 

「あ、あぁぁああぁぁぁあああぁぁぁっ!!!!」

 

 男は狂乱したような奇声を上げて、どこから取り出したのか、手斧を力任せに叩きつけようとしていた。

 確かに大した勢いではあるが、こんな大振りな攻撃で俺を仕留められるわけもない。しかしこれは好都合だ。

 内心ほくそ笑みながら回避と共に移動して、手斧を振りたくる男を、先程転がした男二人の元に誘導する。

 誘導を終えたところで真上から薪でも割るように手斧が振り下ろされたので、一歩左にずれる。結果男の手斧は俺の身体を捉えることなく、しかし抜群の威力で以て仲間であった男たちの胴体を二人まとめてぐちゃぐちゃにした。

 飛び散った鮮血が俺にも振りかかるが、ローブのおかげで無事で済んだ。

 

「う、うぅあぁぁぁああっ、ぁぁぁあぁっああぁぁああぁっ!?!?」

「はいお疲れ」

 

 仲間を手にかけたことに動揺する最後の一人に、少しの慈悲を持って、出来るだけ痛みが長引かないように、抜き放った青龍刀型の機攻殻剣(ソード・デバイス)の一閃を浴びせる。

 撒き散らされる血飛沫。くずおれる首から上を失った胴体。ゴロゴロと転がる目を見開いたまま絶命した生首。

 それら全てを無視して機竜使い(ドラグナイト)であろう男二人の方に振り返るが……

 

「……遅かったか」

 

 既に男たちは、自分の装甲機竜(ドラグライド)を展開し終えていた。

 どちらも汎用機竜、蒼い流線型の装甲を持つ《ワイバーン》と、翡翠色の陸戦用の機体である《ワイアーム》が一機ずつ。

 それぞれ装備しているのは、ほとんどの機竜の標準装備である機竜牙剣(ブレード)と、低威力だが速射性に優れた、機竜のエネルギーを弾丸として放つ機竜息銃(ブレスガン)

《ワイアーム》を纏った男の構える機竜息銃(ブレスガン)が、俺を真っ直ぐ照準している。

 

 機竜を使えばどうしても派手な戦闘になってしまう。隠密行動が前提な今回の作戦では使いたくなかったのだが……仕方がない。

 これは完全に俺のミスだ。ならば、自分の失点は自分の手で挽回するしかないだろう。

 どうやら男たちは仲間を殺し尽くした俺への怯えが抜け切らない様子で、致死の兵器を纏っているくせに動こうとしない。大間抜けが。

 

 抜き放ったままだった青龍刀型の機攻殻剣(ソード・デバイス)(グリップ)にあるボタンを押し込み、格納庫から俺の神装機竜を転送するための詠唱符(パスコード)を呟く。

 

「――天地統べし王なる龍よ。万神率いて、至高の座へ舞い昇れ。《黄龍》」

 

 言下に、光の粒子が俺の背後へ収束し始めた。

 その光は渦を巻き、やがて、眼も眩むような黄金の装甲を持つ、一匹の龍を作り出す。

 威風堂々たる覇気を放つ、幻玉鉄鋼(ミスリル・ダイト)の塊。

 

接続(コネクト)開始(オン)

 

 呟くのと同時に、流線型の機械が内側から開き、無数の部品(パーツ)へと分解される。

 それらは俺の両腕、両足、胴体、頭部へと向かい、高速で連結――装着され、俺の身体を覆う装甲と化した。

 機竜の動力源となる幻創機核(フォース・コア)から溢れるエネルギーが、ローブの下に着込んだ『装衣』と呼ばれるエネルギーを効率的に伝導させるための服に伝わって行く。

 装甲機竜(ドラグライド)と同じく遺跡(ルイン)から発見されたこの衣装は、通常の障壁とは別にその表面に更に強力な障壁を展開させて、装着部位を守っている。

 

 背部から生える帯状の光の膜と、腰部にマウントされた六枚の菱形の板のような武装が特徴の、黄金の神装機竜《黄龍》を纏った俺は、呆然としていた男たちへと向き直った。

 男たちは動きを止めたまま、何かに気付いたように愕然と喉を震わせる。

 

「金色の、神装機竜に……黒い髪と瞳……」

「まさか、お前、お前が……ヴァンフリークの懐刀……『金狼』か!?」

「正解だよ」

 

 畏怖を込めて叫ぶ男たちの反応に、不機嫌だった俺の心は少しだけ持ち直した。

『金狼』……この部隊に入ってから俺に付けられた、いわゆる異名である。

 俺の使う《黄龍》の機体カラーと戦闘スタイルから名付けられたものだが、俺はこの名前を割と気に入っている。なのでこういう反応をされると、少し嬉しいのである。

 

「さて……お喋りはここまでだ。さっさと終わらせるぞ」

 

 言って、《黄龍》の汎用機竜の数倍はあろうかというがっしりとした装甲腕を動かして、拳を握ったり開いたりする。キュィィィン、と軽い駆動音がする。

 男たちはそれだけで怯えた表情で後退った。戦意を喪失しかけているようだ。

 こうなればもはや、料理するのは容易い。

 

「う、ぅおぉぉぉぉおおぉぉぉぉおぉおおぉぉぉっ!!」

「おぉぉぉらぁぁぁあぁぁあああぁぁあぁぁあぁっ!!」

 

 ガシン、と《黄龍》が一歩踏み出したところで、男たちが半狂乱になったように攻撃を始めた。既にコンテナも放り出している。

《ワイアーム》が装備した機竜息銃(ブレスガン)が無数の弾丸を吐き出し、《ワイバーン》が機竜牙剣(ブレード)を振りかぶって襲いかかる。

 どちらもお互いのことすらロクに見えておらず、味方に銃弾を浴びせてすら居る。

 

「……雑魚が」

 

 吐き捨て、俺も行動を開始する。

 背部と膝裏、肩に配置された推進器から光を伴った風を吹かして加速。一気に目の前の《ワイバーン》に向けて肉薄する。

 元々装甲機竜(ドラグライド)同士で戦闘を繰り広げるには狭過ぎる室内だ。互いの距離などないに等しい。

 何はともあれ、敵の極至近距離まで接近し、長剣である機竜牙剣(ブレード)の間合いを完全に潰した俺は、左の装甲腕で《ワイバーン》の肩を握り締め、右の拳を振りかぶって――

 

「よっ、と」

 

 ゴキャッ!!

 

「えぶぅ……っ!?」

 

 気の抜けた声と裏腹に、神速で突き出された拳は《ワイバーン》の薄い障壁を蒼い装甲諸共粉砕し、くの字の体勢で吹き飛ばした。

 吹っ飛んだ先にあった建てつけの悪い建物の壁が、半壊した機竜の荷重を受け止められずに爆散した。機竜の接続は強制的に解除され、男は悶絶して蹲っている。

 

「後一人……」

 

 ゆっくりともう一人の方を振り返ったところで、数十発の光弾が殺到してきた。

 狂乱した男の攻撃によるものだ。機竜息銃(ブレスガン)は威力は大したことがないので《黄龍》の持つ分厚い障壁ならば、そうそうダメージが通ることはないが、衝撃は来る。

 エネルギー消費を度外視した銃撃のせいで接近出来ない――ということもないのだが。

 

「《龍の髭(ウィスカ―・カーテン)》……起動」

 

 やれやれと首を振りながら、俺は《黄龍》に搭載された特殊武装の一つを起動した。

 背部から生えている光の帯が一斉にざわめき、分厚いカーテンのように《黄龍》の機体をすっぽりと覆ってしまう。

 尚も降り注ぐ光弾の雨はしかし、展開された光のカーテンに触れた途端に、光の粒に解けて消え去ってしまった。

 次々と放たれる機竜息銃(ブレスガン)の弾丸は《黄龍》の装甲に一切の傷を与えられずに消滅していく。

 

龍の髭(ウィスカ―・カーテン)》。《黄龍》に搭載された特殊武装の一つであるこの武装は、簡単に言えばエネルギーを『散らす』ことが出来るのだ。

 このカーテンに触れた全てのエネルギーは形を奪われ、周囲に拡散してしまう。

 もっともこの武装は、純粋な物理攻撃に対しては薄っぺらい紙の盾にしかならない。また機竜自体のエネルギーの消費が激しく、常時展開しておくということが出来ない。

 色々と欠点も多いが、それでも強力な武装であることに変わりはないのだ。

 

「くっ、くそぉぉおぉぉおぉああぁあぁああっ!!!!」

 

 男は喚き立てながら《ワイアーム》の背中に装備していた戦斧(バトルアックス)を引っ掴んだ。そのままそれを振り回して、既にズタボロになっていた建物を破壊しながら突っ込んでくる。

《ワイアーム》は陸戦型の機竜なだけあり、機体のパワーだけで言えば他の二種を遥かに凌ぐ。

 

 ――しかし《黄龍》は、その更に上を行く。

 

 竜の髭(ウィスカ―・カーテン)を待機状態に戻し、右の装甲腕の指を五本ともピンと伸ばして手刀の形を作る。

 大上段から振り下ろされる戦斧を、左の装甲腕でいなし、体勢が崩れたところに――

 

 ズボアッ!!

 

「ぁ、ぐ…………っぁ」

 

 右の貫手を突き出し、障壁や装甲をも貫通して、男の身体を腹から背中まで穿った。

 装甲機竜(ドラグライド)の太い腕で胴体を貫かれたとなれば、生きてはいられない。

 男は一度大きく喀血し、そしてすぐに全身の力を抜き、絶命した。凭れかかってくる男の死体を左手で掴み、突き刺さったままだった右腕を引き抜く。

 ブシッ、ブシッ、と傷口から数回に亘って血が噴き出たが、それすら数秒も経たずに終わった。

 

 俺はそのまま暫しの間、黄金の装甲が赤黒く染まった《黄龍》の腕を見つめていた。

 ――もう、一体何人の血で、この手を染めてきただろう。

 別に後悔しているわけじゃない。後悔は俺が歩んできた道を否定することになるだけでなく、俺が手にかけた人々を貶めることになる。

 そうだ。悔む必要なんてない。俺はこの道を間違いだとはしたくない。俺の意志で選び、突き進んできた道を、否定したくはない。

 だから、戦おう。彼女のために、俺の全てを肯定するために、戦おう。この命尽きる時まで戦い抜こう。

 

 改めて固めた覚悟を確かめるように拳を強く握り締めたところで、頭の中に突然誰かの声が響いた。機竜同士を介した通信能力――竜声だ。

 

『分隊コードネーム「暗殺者(アサシン)」より、「裁定者(ルーラー)」に報告します! 「騎兵(ライダー)」分隊と「魔術師(キャスター)」分隊が、敵勢力と交戦の末敵を取り逃がしたとのことです!』

『こちら「ルーラー」。取り逃がした? 何機だ?』

 

 飛び込んできた報告に、同じく竜声で訊き返す。

 

『それぞれの報告によると、「ライダー」の地点からは《ワイバーン》と《ワイアーム》が二機ずつ。「キャスター」は《ワイバーン》二機に《ドレイク》が一機とのことです』

『合計七機か。思ったよりも多いな』

『どうやらこの二分隊が向かっていたところが敵の本命だったようでして、連携してようやく半分減らせた、と。現在は機動力に優れる「ライダー」と、滞りなく制圧を終えていた「剣士(セイバー)」、「弓兵(アーチャー)」とで追跡していますが、どうしますか?』

『残りの分隊……「槍兵(ランサー)」と「狂戦士(バーサーカー)」はどうした?』

『少々派手に暴れ過ぎたため、後処理に手間取っています』

 

 報告を聞きながら、男たちが放り出していたコンテナを拾い上げ、中身を検めて――俺は眉を顰めた。

 中に詰められていたのは機攻殻剣(ソード・デバイス)などではなく――ごく普通の()()()()()()だった。

 つまりは偽装されていた、ということだ。

 苛立ちを紛らわせるようにコンテナを中身ごと押し潰す。建物の天井を突き破って外に出ながら、竜声で更に情報を引き出す。

 

『敵はどの方向に逃げて行った? 国境を越えるルートか?』

『いえ、むしろその反対……マルカファル王国の中心部、王都に向かうルートです!』

『たった七機で王都へ……いや、別働隊が居るとすれば……』

 

 報告を上げた『アサシン』分隊の隊員の言葉に従って、月下の町中を王都の方角目掛けて疾走する。

 そうしながら思索を続ける。

 

 当たり前だが、たったの七機程度の戦力で王都を落とそうなどと本気で思っているわけはないだろう。そんなことをすれば王都を守護する軍の返り討ちに遭い、一瞬で殲滅されること請負だ。

 だとすれば何故敵は王都の方へ向かう? このままマルカファル王国内に留まるよりも国境を越えて他国に逃げ込んだ方が逃亡手段としては確実だ。

 どちらにしろ賊は死に体、不利なのは間違いなくあちらの方。

 だが、もしその不利を覆せる要素が、敵にあるとしたら……?

 例えば、あの街に居た奴ら以外の部隊が既に潜入していたり。

 そもそも国境の防御を突破してせっかく国内に侵入したと言うのに、ずっと同じところに留まっていると言うのも、妙な話だ。

 もしかしたら、この町に居たのはただの囮でしかなかったのかもしれない。男たちの反応からして、コンテナの中身を機攻殻剣(ソード・デバイス)だと信じ込んでいる様子だった。

 奴等が消耗が前提の捨て駒であったとすれば、最初の段階から全て間違っていたとすれば――だとすればつまり、これは陽動……!

 

「……やられたかもな」

 

 舌打ちしたい気分を堪え、竜声で『アサシン』の隊員に隊長として命令を下す。

 敵を取り逃がしたことに関しては後で一言言っておく必要があるが、ここで叱責しても意味はない。そんな暇があったら動き出すべきである。

 

『伝令だ。「ライダー」と「セイバー」は追跡を中断し、王都に帰還することを優先しろ。途中で違う敵と遭遇しても無視して、王都に駐留している部隊に連絡、共に防衛線を敷け。そうすれば上にも連絡が行く。「アーチャー」と「キャスター」は逃亡する敵の背後から銃撃を浴びせながら追跡を続けろ!』

『「ライダー」了解!』

『「セイバー」、承知しました!』

『こちら「アーチャー」命令了承』

『「キャスター」了解しました……』

『こちら「ランサー」! 我々はどうすれば!?』

『「バーサーカー」だ! 俺たちも追跡するか!?』

 

 思考している間に『アサシン』が他の分隊にも竜声を繋げていたらしい。二十一人の小隊を七つに分けていたそれぞれの分隊から、一斉に竜声による通信が殺到した。

『セイバー』は安定した戦闘力を持ち、戦線を支えることに長けた分隊。

『ライダー』は高い機動力が持ち味の、いわゆる先駆け分隊。

『ランサー』は一点集中の突破力を自慢とする、攻撃専門の分隊。

『アーチャー』は遠・中距離からの射撃が得意な隊員で構成された、後方支援分隊。

『キャスター』は直接戦闘ではなく味方の支援などを重視とした、特殊分隊。

『アサシン』は敵と正面からぶつかり合うことはせずに、影に潜み命を刈り取る隠密分隊。

『バーサーカー』は一度手綱を放せば制御の聞かない暴れ馬どもの、超攻撃特化分隊。

 そして最後に『ルーラー』が、構成員が隊長である俺一人の指揮官分隊。

 俺たちが任務に当たる時は、基本的にこの構成で行動している。

 

『「ルーラー」より命令! 「セイバー」以下四分隊は先程の指示通り動け! 「ランサー」「バーサーカー」はさっさと後始末を終えろ! ……今回の件は、「竜匪賊」が絡んでいる可能性がある。十分に警戒しておけ』

 

 俺がそう伝えた途端、竜声を通して、部隊のメンバーたちが一斉に息を呑んだのが伝わって来た。

 

『竜匪賊』――遺跡(ルイン)から宝物を盗掘し、各国の要人を狙う傭兵組織の賊。

 遺跡(ルイン)から得られる利益にあぶれた貴族や権力者たちから支援を得て、国家と相対し仇を為す叛逆者の集団である。

 何かと恨みを買うことの多いヴァンフリーク商会。『銀影旅団』も国内外で雇われた『竜匪賊』の連中と一度ならず干戈を交えたことがある。

 俺たちもまた『竜匪賊』との戦闘に参加し、奴らの恐ろしさを身をもって知った身だ。

 たかが盗賊、などと侮ることは出来ない。

 

 もし、今回の件がマルカファル王国への本格的な侵攻であるとすれば、そこに『竜匪賊』が関与している可能性は高い。

『竜匪賊』にとってヴァンフリーク商会は積年の恩敵であるし、ヴァンフリーク商会にとっても商売の邪魔になる不倶戴天の仇敵だ。

 特にマルカファル王国は商会に、もっと言えばマギアルカという個人に軍部の実権を握られている。『竜匪賊』の侵攻の標的になったとしても、全く不思議ではないのである。

 

 ……と、指示を出すだけじゃなくて、俺も急がないとな。

《黄龍》は飛行が可能な神装機竜だが、速度は大したものではない。装甲が重く推進器に振り分けられるエネルギーも《ワイバーン》などに比べて少ないのだ。

 ――だがそれは、ただの《黄龍》であればの話だ。

 もしかしたら既に戦場になっているかもしれない現地へ全速力で向かうために、俺は《黄龍》の備える特殊能力、神装を発動した。

 

「神装発動――《四神憑臨(トランス・フォース)》。モード《青龍(セイリュウ)》」

 

 言下に、《黄龍》の腰部にマウントされた六枚の菱形の板のような装備が淡い光を放って、機体から独りでに分離された。

金鱗喚符(ロード・スケイル)》という名の付けられたこの特殊武装には、これといった攻撃力も防御力もない。これが必要となるのは、神装を発動するときだけだ。

金鱗喚符(ロード・スケイル)》はそのまま浮遊して、《黄龍》の背中に二枚、肩の部分に二枚、踵の辺りに二枚、それぞれドッキングされる。

 ドッキングされた部位から翠の光が一瞬機体の装甲を走り、直後、機体の周囲を翡翠色の暴風が纏った。

 

《黄龍》の神装、《四神憑臨(トランス・フォース)》は、形態変化の神装だ。

朱雀(スザク)》、《白虎(ビャッコ)》、《玄武(ゲンブ)》、《青龍(セイリュウ)》の四種類の形態に機体を変化させ、それぞれの特殊能力を発現させることが出来るという、強力無比の神装。

 

《青龍》は空中戦闘及び高速移動に特化した高機動形態であり、自分の周囲の気流を操ることが出来る。

 一度地面を大きく蹴って宙に跳び上がり、六枚の特殊武装を一度羽ばたかせると、ブオォォワァッ! と機体の周囲を取り巻いていた暴風が全て背後へと移動し、次の瞬間、《黄龍》の金色の機体は爆発的な加速を見せた。

 一瞬で街の堤を超え、まさしく風のような速度でひたすら前へ進んで行く。

 凄まじい速度で視界に映る景色が入れ替わって行き、やがて逃走する敵部隊の背後から弾幕を張りながら追走していた『アーチャー』『キャスター』分隊と合流した。

 

「お早い到着で、隊長。どうやら隊長の推測は、ビンゴのようですよ」

「……の、ようだな」

 

『アーチャー』分隊の一人が俺に向かって、苦笑しながら言った。

 その隊員が向ける視線の先にあるものを見て、俺も同じような表情を浮かべた。

 そこには、無秩序なバラバラの動きでひたすら数百ml(メル)も先の王都に向かって空陸の両方から進軍する数十機以上の装甲機竜(ドラグライド)たちの姿があった。

 あれだけ居れば、国を一つ落とすには十分なほどの兵力だ。

 あれほどの兵力を用意できる組織など、それこそ『竜匪賊』以外にはそうはあるまい。

 

「『セイバー』と『ライダー』は間に合ったようだな」

「……ですね」

 

《ワイバーン》《ワイアーム》《ドレイク》の汎用機竜のみで構成された敵部隊から視線を外し、敵の標的となっている王都の方へ眼をやる。

 マルカファル王国王都を囲む城壁の前に、装甲機竜(ドラグライド)を展開した状態で整然と並ぶ王国所属の機竜使い(ドラグナイト)たちが居た。

 報告のために遣わせた二分隊が上手くやってくれたらしい。もしかしたら、最初からこの展開を予測して準備していたのかもしれない。

 

 これでもう、敵の敗北は確定した。飛んで火に入る夏の虫。手薬煉(てぐすね)引いて待ち構える王国軍の精鋭たちと……そして何より、彼らの中央最前列に陣取る、あの巨大な守護神のような紫色の巨竜が居る限り、俺たちに負けはない。

 

 ここからでは遠過ぎてよく見えないが、きっと彼女は今も、見慣れたあの悪い笑みを浮かべているのだろう。

 そんなことを思っていると、ふとその彼女から竜声が飛んできた。

 

『こちらマギアルカじゃ。よくやったぞ、一夏。よくあやつらを誘い出してくれた。これでようやく一網打尽に出来る』

『……やっぱり、最初から分かってたんだな? アイツらの……「竜匪賊」の目的を』

『ほう、「竜匪賊」に辿り着いたか。まあ、これだけヒントがあればのぅ。……そう怒るな。敵を騙すにはまず味方から、というじゃろ?』

 

 最初から全部織り込み済みか、と非難がましく言う俺に、マギアルカは人を食ったような態度でしれっと返してきた。

 もっとも、マギアルカがこんな人だと言うのは前から知っていたことなので、今更腹は立たない。何より今は、そんなことをしている場合ではない。

 とりあえず後でミスを叱責されるようなことがなくなっただけ、マシと思うことにしよう。

 

 どうやらマギアルカは『竜匪賊』の仕掛けた罠を見破り、敵を一網打尽にするために、その上から更にもう一つ大きな罠を張っていたようだ。

『竜匪賊』の策は、恐らく国境沿いのあの街で騒ぎを起こすことで王都から大軍を引き出して王都の守りを甘くし、その上で大戦力で一気呵成に襲撃する、といったものだったのだろう。

 しかしそれを最初から承知していたマギアルカはむざむざ罠に嵌るようなことはせず、俺たち一部隊という少人数に町の敵の殲滅に向かわせ、尚且つ俺たちが取り逃がすことまで計算づくで、身を潜めていた賊に危機感を与えることで炙り出したのだ。

 取り逃がすと確信されていたのは少しばかり腹立たしいが、それがなければこの作戦は成立しなかった……いや、そうか。敵の位置は最初から分かっているんだから、俺たちが目的達成していたら、こちらから攻め込めばいいのか。どちらにしろ俺たちとの挟み撃ちになるのだから。

 やれやれ、恐ろしい人だな、あの人は。

 

『「竜匪賊」の連中の目的は? 分かってるんだろう?』

『決まっておる。わしの首じゃよ。どうやらこの国の、わしに反発する一部の貴族が雇ったらしくてな、ちょいと「オハナシ」しただけでペラペラ喋ってくれたわ』

 

 国内からの手引きか……道理で、ああも簡単に賊が国内に潜入出来たわけだ。

 合点が行き、同時に苦々しい気分になる。

 どうせ賊を雇った貴族というのは、「王国の統治を正常なものにする」とか言って一介の商人でしかないマギアルカを非難しているのだろうが、そのために賊を国内に招き入れてどうする。

 そもそもマギアルカがこの国に居なくては、とっくの昔にこの国は滅びていた。マギアルカがもたらす権益と兵力があるからこそ、マルカファル王国は今こうして発展しているのだ。

 それすら分かっていないような愚鈍な連中が、下らない理由でマギアルカを非難するなど、不愉快極まりない。いっそ死んでしまえ。

 とはいえ、そうも言ってられないのが兵隊の辛いところだ。

 

『一夏。現在の状況は、ちょうど良くわしらとお主らで挟み打ちが可能な陣形になっておる』

『だが、こっちは一部隊のみ、俺を含めて二十二人しか居ないんだぞ?』

『何もお主らだけが戦うわけではない。主力はわしら。そしてお主らの役目は猟犬じゃ。賊をわしらのところまで追い立て、すぐに離脱せよ。そうすれば、わしらが集中砲火で殲滅してくれる』

『……了解した』

 

 マギアルカからの命令を受諾した俺は、すぐさま部隊の隊員たちに向けて竜声を繋げた。

 

『回線は繋いだままだったから、今の話は聞いていたな? 総帥閣下からのご命令だ。早速取り掛かれ!』

『『『『『了解!』』』』』

 

 七つの部隊、二十一人の隊員たちから一斉に鬨の声が上がった。

《ワイバーン》を駆る隊員が高速で飛翔し、機竜牙剣(ブレード)を振りかざして賊に斬りかかり、《ワイアーム》を駆る隊員はそのパワーと防御力を生かして敵の背後から突っ込み、《ドレイク》を駆る隊員が後方から味方の死角を的確にフォローする。

 マギアルカの策を聞いてげんなりしたような様子を見せていた彼らだったが、元々元気一杯で単純な少年少女たちだ。

 戦うべき敵が分かっていて、いちいち隠す必要がないとなれば、躊躇も容赦もする必要はない。中には「ヒャッハー!」とか言ってる世紀末な奴も居る。

 そんな仲間たちを眺めながら、俺は竜声でマギアルカに話しかけた。

 

『マギアルカ。そっちで一網打尽にするとは言うが、敵の機竜は回収しなくていいのか?』

『安心しろ。どうせ機竜の機竜息銃(ブレスガン)などちゃちな豆鉄砲のようなものじゃ。無駄に硬い機竜の装甲を完膚なきまで破壊することなど出来んし、機攻殻剣(ソード・デバイス)さえ回収できれば、後はどうとでもなる。せっかく鴨が葱を背負ってやって来おったのじゃ、逃す手はなかろう』

 

 きっと竜声の向こうのマギアルカはあくどい笑みを浮かべているのだろう。

 いつも通りのマギアルカの様子に思わず微笑みを零して、俺も仲間たちに続いて行動を開始した。

 

 滞空していた《黄龍》が、夜の帳に暴風の余韻を残しながら加速する。

 狙うは上空から王都へ迫る《ワイバーン》の大軍。既に挟撃の構図になったことを悟ったらしき敵は、慌てるようにして王都に全速力で向かっている。

 このまま見逃してもどうせ結果は変わらないのだが……まあ、わざわざ獲物を逃がす手はない。

 

 夜空を突風のような速度で駆けながら、《青龍》になったことで得た気流操作の力を行使して、機体全体にまとわりついていた翡翠色の風を握り締めた右拳へと集める。

 一際大きく推進器を吹かし、ほとんど一瞬で一番近くの敵の真上を陣取った俺は、そのまま颶風を纏った拳を思いっ切り振り抜いた。

 

 ゴッッ!!!! 《黄龍》の拳が激突した次の瞬間、《ワイバーン》の翼がねじ切れ障壁は砕け散り装甲は弾け飛んだ。

 戦闘能力だけでなく飛行能力すら失った《ワイバーン》のボロボロの背中を蹴って空に舞い上がり、今度は左脚に暴風を纏う。

 源義経の八艘跳びのように一機目の《ワイバーン》の背中から近くの二機目に跳び移り、左足で踏みつけた。

 一機目と同じ末路を辿る二機目の《ワイバーン》。

 

 そこでようやく、残りの《ワイバーン》部隊も俺という脅威の存在を認識したようだった。今更のように方向転換して武器を構え、俺に向かってくる。

 最初に機竜牙剣(ブレード)を構えて飛びかかって来た《ワイバーン》の前に、暴風の拳をただ翳す。

 結果、混乱のために視野狭窄に陥っていた敵は俺の拳に自ら飛び込んで行った。ガリガリと掘削機のように装甲を削られて墜ちて行く。

 

 視界に映る敵の数は二十機は居るが、この空戦戦闘に特化した《青龍》であれば問題にはならない。

 降り注ぐ機竜息銃(ブレスガン)の弾丸の雨を冗談のような機動で掻い潜り、縦横無尽に空域を飛び回りながら拳や蹴りを叩き込んで、一機ずつ無力化する。

 煌々と輝く月の下、俺はまるでダンスを踊るように、宙を駆けた。

 俺もアイツらのことを馬鹿に出来ないな。やはりこういう戦いの方が性に合っている。

 

 一度獲物と定めた相手は決して逃さず、餓狼のような闘争心で、武器一つ持たず己の拳と身一つで敵を狩り尽くす。

 それ故に、俺は『金狼』と呼ばれるのだ。

 

 数分もしない内に上空に陣取っていた敵部隊はその数を三分の一程度にまで減らしていた。

 生き残った三分の一も、俺たちの《ワイバーン》部隊に追いかけ回されている。

 ……そろそろだな。

 

『「ルーラー」より伝令。後少しで王都に到着する。王都に到着した時点で、王城前に陣取った味方からの砲撃が来る。弾丸の雨に身を晒したくなければ、さっさと離脱しろ!』

『『『了解!』』』

『『……了解』』

 

 いくつか不満そうな声もあったが、大体は俺の命令をすぐに聞き入れて、現在の戦闘域から離れて行った。

 そして、俺が予想した通り、俺たちが戦闘域から離れたぴったり一分後、マギアルカ率いるマルカファル王国軍所属の機竜使い(ドラグナイト)部隊による集中砲火が開始された。

 弾薬の補給など一切考えない砲弾の雨霰。徹底的なまでの蹂躙。その攻撃は、もはや『点』などではなく『面』攻撃だった。上空から俯瞰すれば、地面を光のカーテンが覆っているように見えるだろう。

 

『わざわざここまでご苦労じゃったなぁ。新しい商品を山ほど持ってきてくれた礼じゃ。たっぷりと受け取るがよい』

 

 特に圧倒的だったのが、マギアルカの特装型神装機竜《ヨルムンガンド》だった。

《ヨルムンガンド》は一度展開してしまえば容易には移動が出来ない代わりに、馬鹿みたいな火力と防御力を備えている。

 大砲と連射砲型になった七本の腕の内の二本で、たった一人で他を圧倒する撃墜スコアを積み重ねて行く。

 流石は現世界等級順位(ワールドランク)一位、この世界最強の機竜使い(ドラグナイト)だ。

 俺も頃合いを見て援護に入ろうと思ったが……必要なさそうだな。

 

 

 

 そして事実、俺が思った通り、これ以上俺たちが関与する必要はなかった。

 この、僅か五分後。『竜匪賊』は動員していた数十機の装甲機竜(ドラグライド)を全て失い、生き残った機竜使い(ドラグナイト)は王国軍の手によって全員例外なく捕縛された。

 対してこちら側の被害はほぼゼロ。損傷らしい損傷と言えば、ウチの隊員の一人が敵を追い立てる際に油断して機竜の腕を一本持って行かれたぐらいだ。

 何はともあれ、『竜匪賊』の襲撃で起こった王都防衛戦は、王国側の完全勝利という形で、幕を閉じたのである。



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Story.5 一夏、卒業する

 さんざんっぱら遅くなるとか言っときながら更新した侍従長です。
 今回は完全に息抜きです。明後日には受験なので現実逃避がしたかったんです。
 そろそろ僕も卒業なので、ここいらで一夏君にも卒業してもらいましょう(何をとは言わない)!


「……つまり、今回の件は『竜匪賊』の功を焦った下級の幹部によるもの、ということか?」

「端的に言えばそういうことじゃな。元々上の連中は乗り気ではなかったものを、強引に推し進めたらしい」

 

 王都防衛戦の翌日。深夜の作戦で疲れ果てた身体をたっぷりと寝て休めた俺は、マギアルカの執務室に居た。今回の件に関する詳細を訊くためだ。

 だだっ広い執務室は見るからに高級そうな調度品で埋め尽くされ、またここに『客』を招くことがある関係上、部屋の構造全てが大きな窓の前にある執務机に座るマギアルカを上に見せる(・・・・・)作りになっている。

 豪奢な机の上にお尻を乗せて腕を組んで、不敵に笑みながら彼女は続けた。

 

「何にせよ、これで国内の邪魔者と『竜匪賊』の間の繋がりが確認出来た。今はお主ら以外の『旅団』のメンバーが駆除を行っておる最中じゃ。……御苦労じゃったな、一夏よ」

「ありがとう、マギアルカ」

 

 結局、今回の件は「竜匪賊」の中でも下っ端に位置する者たちが暴走した結果だったらしい。

 目立った功績を上げられずに焦っていたところに舞い込んできた、マルカファル王国貴族からの依頼。しかも上の連中は揃って二の足を踏んでいる。臆病者どもめ。お前たちがやらないんだったら俺たちがやってやる……とまあ、そんなところか。

『竜匪賊』の最高幹部……三人の師団長、ドラッケン、ヴァイン、ガトゥハーンはこれまで何度も商会に戦いを仕掛けて、その度に辛酸を舐めさせられてきたため、十分な準備を整えない内に戦いを挑むのは避けたかったのだろう。

 もちろん、そんな馬鹿と雑魚が手を組んだところで、マギアルカの足元にも及ばない。今回のようにサクッと瞬殺されてお終い。

 むしろ商品(機竜)の無料仕入れ、『竜匪賊』内部の情報提供、国内の蛆虫の存在……などなどもらってばかりで些か申し訳ない。マギアルカも昨日から上機嫌だ。

 

「しかし……数十機もの機竜を一つの戦場に動員出来るとなると、『竜匪賊』の戦力はどうなってるんだ?」

「例のクーデターの影響じゃな。旧帝国が遺跡(ルイン)の権益を独占している間は、わしらもじゃが『竜匪賊』の連中もまた迂闊には手が出せんかった。じゃが三年前のクーデターによって帝国は滅んだ。各国が動き出した歯車を見て右往左往し二の足を踏む中、奴等は即座に動いて遺跡(ルイン)の宝物を掻っ攫って行った……そんなところじゃろ」

「なるほどな……」

「流石にこれ以降は、今回のような大規模な侵攻はそうないとは思うがのぅ。奴等とて戦力は無限ではない。あの戦いが奴等に相応の損害を与えたのは間違いなかろう。ま、自業自得じゃがな」

 

 からからと楽しそうに笑うマギアルカ。これでようやく国内の危険分子を一掃出来るのだ。仕方ないことだろう。

 今晩は祝杯に付き合されるかもしれないが、まあ酌ぐらいならしてやろう。

 そんな風に考えていると、不意にマギアルカがどこか困ったような表情を浮かべた。

 

「しかし一夏……お主、本当にいいのか? 今回の王都防衛戦でのお主の功績を、軍のものにしてしまって」

「別にいいよ。俺自身は功績が欲しいわけじゃないし、部隊の奴等も、望んだ奴には褒賞を与えてるんだろ? なら、俺が言うことはないよ」

「じゃがなぁ……それでは、お主の目的からは遠ざかるじゃろうに」

 

 そこでようやく、マギアルカが何を気にしているのかが分かった。

 俺の目的――俺にしか出来ない何かを見つけて、それを貫き通し、俺を見限った奴等を見返してやること、俺という人間の価値を示すこと。

 そのためには、手っ取り早く大きな功績を上げて名を売ることが近道である、ということは分かる。分かるが……

 

「……どっちにしても、俺が今回したことはほとんどない。名ばかりの栄光なんていくらもらっても嬉しくないさ」

「そんなことはないと思うがのぅ……」

「そもそも今の俺じゃあ、出来ることを貫き通した、なんて口が裂けても言えない。今の俺はまだ全然弱くて、その道の半分も進んじゃいない。そんな状態で名が売れても、虚しいだけだ」

「むぅ……」

 

 マギアルカは不満そうに腕を組んで唸った。

 見た目相応に可愛らしい仕草に頬を緩めつつ、俺は笑いながら、もう一つの野心を口に出した。

 

「それに、今の俺じゃ、まだあなたの『右腕』は名乗れそうにないからな」

「……む? わしの右腕じゃと?」

「ああ。……どうせ名が売れるなら、ただの『織斑一夏』じゃなくて――『マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークの右腕、織斑一夏』の方が、俺には嬉しいよ」

 

 マギアルカは、俺にとってとても特別な女性だ。

 恋愛感情ではない。親愛の情も確かにあるが、それ以上に、俺は彼女をあの世界とこの世界の誰よりも尊敬している。

 空っぽだった俺に全てを与えてくれた恩人であり……自分の力でこれほどの大組織を作り上げ、最強の地位を手に入れた彼女の姿が、眩しくて仕方がない。

 桁外れの強さも然ることながら、彼女の心の在り様も。戦場にある時や敵を前にした時は、誰よりも邪悪で計算高く冷酷な一面を見せる彼女だが、信頼できる相手や愛すべき者の前では、誰よりも慈悲深く優しい面を見せる。

 俺と同じ全てを失った境遇でありながら、負け犬でありながら、自分の身一つで這い上がり、栄光をその手に勝ち取った彼女。俺が目指すべきもの。

 初めて会った時から……彼女の持つ気高さに触れた日から、俺は彼女に惚れ込んでいたのかもしれない。

 弟子として彼女の教えを受けることが出来たのは、不運と不幸に塗れた俺の人生を一瞬でひっくり返すほどの幸運だったと言える。

 

 俺は、この女性のためであれば命を捨てても構わないと、本気で思っている。

 けれど、分不相応かもしれなくても、願わくば――覇道を歩む彼女を、隣で支えて行きたいと思う。

 

「俺一人だけっていうのは、少し嫌だから……あなたと一緒がいいんだ」

 

 俺が笑って告げた言葉を聞いて、マギアルカは彼女にあるまじきぽけっとした表情でしばし俺を見つめていたが、やがてスッと視線を逸らして、

 

「…………全くお主は……たまぁにそうやってクリティカルなことを……しかも無意識というのがまたタチが悪いのぅ……そんなじゃから、皆勘違いするのだと言うておろうに……」

「マギアルカ? どうかしたのか?」

 

 何故か頬を薄く朱に染めたマギアルカを訝しんで聞いてみると、マギアルカはコホンッと一つ咳払いして俺に視線を戻した。

 

「何でもない。ただ、いい男に育ったな、と言っておるだけじゃ」

「……? ありがとう……?」

「うむ。……そう言えば一夏よ、お主、まだ未経験じゃったな?」

「?」

 

 訊かれたが、生憎何のことだか分らなかった。未経験? 何についてだ?

 首を傾げる俺に、マギアルカは薄く……何故か、いつもより艶やかに微笑んだ。

 

「お主も今年で十五じゃ。もうそろそろ経験してもいい頃じゃな。男にとっては、文字通り世界が変わるというものらしいがさて……」

「いや、マギアルカ? さっきから何の話だ?」

「んー? ……今夜にでもわしが筆下ろしをしてやろうと言うだけの話じゃが?」

「ふでおろし……?」

 

 筆下ろし? 何だそれ? 初めて聞いた言葉だな。

 明らかに何か企んでいる様子のマギアルカだが、この様子なら俺にとって何か害があることじゃないだろう。

 

「今は分からずともよい。……今夜が楽しみじゃのぅ?」

「……? ああ、そうだな?」

 

 晩酌のことだろうか?

 滑らかな脚を組み直して、ペロリと舌舐めずりをする彼女の妖艶な雰囲気に、何故か一瞬背筋がゾクゾクッとした。

 あれ? 何か、取って喰われそうな予感がするぞ……?

 

 

 

§

 

 

 

 マギアルカとの対談を終えて、俺は王都の中にある王国軍の総司令部を訪ねていた。

 王都防衛戦の際のお礼と謝罪をするためである。あるが、これはほとんど形式的なものだ。

 ヴァンフリーク商会はあくまで一商会であり、決して軍を動かす立場にはない。いくら実質的に軍部の実権を握っているとはいえ、王国に籍を置く商会が王国軍に応援を要請した、という形を崩すべきではないのである。

 そんなわけで俺は商会の代表も兼ねて、王国軍の司令官にお礼を言いに来たのだが、

 

「お、よう、一夏! 昨日はお手柄だったな?」

「こんにちは、バーツさん。司令はいらっしゃいますか?」

「ん? ああ、恵一の奴は、今はライラのとこだろうな。多分、王都防衛戦で捕縛した賊の奴等の聴取をしてるはずだぜ」

 

 そう言って、司令官室に一人で居たバーツさんは手に持っていたグラスを傾けた。

 どうやら目的の人物は留守のようだった。昨日の今日だしな。色々と忙しいんだろう。

 俺たち商会と違って、軍はれっきとした国家に所属する組織だ。俺たちなんかよりやることもしがらみもずっと多い。

 ……そのはずなのに、この人は酒なんて呑んでていいんだろうか。

 思わず胡乱げな視線を、年の離れた友人のような存在に送ってしまう。

 

「バーツさん。こんな時間から呑んでていいんですか?」

「んー? いいんだよ、どうせ俺にこれ以上やれることなんてないしな。それに司令官様は昨日からお忙しくて一杯も飲めてないんだ。だから俺は、アイツの代わりにアイツの分も呑んでやってるのさ」

 

 酔ってやがるな、この人。

 赤ら顔で大笑いするバーツさんに、我知らず視線が冷たくなる。

 これがなけりゃ普通に尊敬できるいい人なんだが……あ、そうだ。こんな人(失礼)でも一応大人だ。あの言葉の意味も知ってるかもしれない。

 

「バーツさん、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」

「何だ? お前が俺に訊きたいことってのは珍しいな。あ、ちなみに今の俺の彼女の名前は……」

「別に訊きたくないんでいいです。そうじゃなくて……筆下ろし、って言葉の意味知ってますか?」

「ゲホッ、ゲホガホッ、ゲホァッ!!」

「うわっ、汚っ!」

 

 俺が訊くと、バーツさんはいきなり咳込んで口に含んだ酒を盛大に噴き出した。

 こっちに飛んできた飛沫をサッと回避する。危なかった。

 

「ェホッ、ゲホッ……ど、どうしたいきなり?」

「どうしたもいきなりもこっちのセリフなんですけど……いや、何かマギアルカが今夜俺にしてくれるらしくって……よく分からないので、訊いてみたんですが」

「んぶふっ!? ゲボブハァッッ!? ヴェッホ、ヴェフファッ!!」

「ちょっ! 汚いんですけど!」

 

 さっきより多いし! 酒だけじゃなくて胃液まで飛ばしてません!?

 何度かゴホゴホ繰り返した後で、バーツさんは少しばかり酔い以外の要因で顔を赤くして、俺に親指を立てた。

 

「まあ……何て言うか……卒業おめでとう、一夏。よかったな」

「はい?」

「その質問の答えは、自分で知るべきだと思うぜ……俺が言うことじゃない」

「はぁ……」

 

 結局バーツさんははっきりとした答えを返してはくれなかった。何故だかずっと俺に祝福の視線を向けて、わざわざ総司令部の門前まで見送りに来てくれた。

 何がどうなってるんだ一体……首を傾げながら商会に戻り、部隊の面々と訓練をして、風呂場で汗を流し夕食を摂って、自室に戻って……。

 

 そこでようやく、俺は『筆下ろし』という言葉の意味を、バーツさんが何を祝福してくれていたのかを知ることになった。

 

 

 

§

 

 

 

『ちょっ、ま、マギアルカ!? 何で俺の部屋に、って言うか、なんだその恰好!?』

『最初に言うたじゃろうが。ふ・で・お・ろ・し、とな』

『なっ…………っ!? 筆下ろし、ってそういう……!』

 

 

 

§

 

 

 

『ま、待った、何でズボンに手をかけてるんだ、って下ろすな!』

『ほほぅ……これは中々のモノじゃな……成長したんじゃなぁ……』

『どこ見て言ってるんだよ!』

 

 

 

§

 

 

 

『ま、マギアルカ……お、俺もう……!』

『んっ……ダメ、じゃ……! もう少し、我慢、せい……っ、ぁっ……んぅっ、よいぞ、一夏……!』

『うっ、うあぁぁぁぁっ!』

 

 

 

§

 

 

 

 …………とまあ、そんな成り行きで、俺は『卒業』することになったわけである。

 一晩の内に、天国と地獄を両方経験するとは思わなかった。キモチよかったことはキモチよかったが……文字通り搾り取られた。

 世界が変わったかどうかはまあ……推して知るべし、かな。

 あ、痛てて……腰が痛い。




 はい卒業おめでとうございまーす!

 以上、一夏の初体験(相手はマギアルカ)でしたー!


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Story.6 少女との邂逅

 試験終わったー、と思ったら風邪引いたー!(ゴホゴホ)

 というわけで更新します。6話です。
 今回でようやくオリヒロが出るんですが、シリアス多めです。
 楽しんでいただけると幸いです。


 レースのカーテンを貫いて射し込む光が、薄暗い部屋の中を柔らかに照らし出す。

 開け放たれた窓から流れ込んだひんやりとした風が、麗らかな朝の陽気を伴って、大きなベッドで眠る二人の男女の剥き出しの肌を撫でる。

 少し汗ばんだ、まるで彫像のように鍛え抜かれ引き締まった体を刺激する冷気に、ぐっすりと眠り込んでいた整った顔立ちの少年は呻き声を上げた。

 太陽が持って行き忘れた夜の闇のような黒髪を、優しげな風がそよそよと揺らす。

 

「ぅ……」

 

 その少年――異世界からの来訪者である十五歳の少年、織斑一夏は、まどろみの中でゆっくりと体を起こした。

 一糸纏わぬ姿のまま、ベッドの上で眠気を追い払うようにふるふると首を振る。

 徐々に覚醒していく意識の中で、照りつける朝日に目を眇める。

 

「ああ……もう、朝か」

 

 呟き、今度は自分の傍らに目をやった。……同じベッドでぐっすりと惰眠を貪るオレンジ色の髪の少女――一夏の師匠でもある、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークに。

 当然ながらマギアルカもまた、一夏と同じく衣服を纏っていない。意外なほどに起伏に富んだ女性らしく美しい肢体を薄いシーツ一枚で隠して、規則正しい寝息を立てている。

 裸の男女が同じベッドで朝を迎える……この状況から類推される昨夜の二人の行動など、一つしかあるまい。

 それを裏付けるように、つい先程までは、濃厚な男女の交わいの匂いが室内に蟠っていた。

 

 欠伸を一つ。心地よい疲労を感じる体を億劫そうにベッドから引き上げて、一夏は立ち上がった。

 ベッド脇に置いてあった衣服を、眠りこけるマギアルカを起こさないように音を立てずに、素早く着込んで行く。

 自身の所属する部隊『銀影旅団』の制服を纏った一夏は、最後に一夏の駆る神装機竜、《黄龍》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を手に取った。

 そして、無邪気な寝顔を見せる愛しい女性の頬をそっと撫でて、

 

「行ってくるよ、マギアルカ」

 

 と言った、その瞬間。

 確かに寝ていたはずのマギアルカが突然跳ね起きて、反応を許さずに一夏の首に手を回し、その唇を奪った。

 

「んむぐっ!?」

 

 驚きに目を白黒させる一夏に構わず、マギアルカは思う存分一夏の唇を貪る。

 そろそろ息が続かなくなってきた、という頃、ようやくマギアルカは唇を離した。

 

「マギアルカ……起きてたのか」

「今起きたところじゃ。それよりも一夏よ、お主弟子のくせに師匠を起こすこともせずに出て行こうとは、一体何事じゃ?」

「いや、気持ち良さそうに寝てたからさ。もうちょっと寝させてやろうかな、と。もう目が覚めたのか?」

「んー……もう少し、というところじゃなぁ」

 

 そう言って悪戯っぽく笑ったマギアルカは、一夏の首に絡めたままだった腕をくいっと引いて、更に密着してきた。

 隠すもののないマギアルカの割と豊満な胸が、一夏の胸板の上で形を変える。

 彼女の纏う艶やかな雰囲気も相俟って、思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

 

(……あ、ヤバい。反応してしまう)

「……ん? これは……」

「ぁ……」

「……ほほぉ? 朝から元気なことじゃなぁ、一夏?」

「誰のせいだと思ってるんだよ……」

 

 意地悪くからかってくるマギアルカに、一夏は額に手を当てて天井を仰いだ。

 初体験からそれなりに何日か経ったが、やはり思春期。こう言うのには中々慣れない。けど慣れなければ、これからもからかわれ続ける……それは嫌だ。

 煩悶としながらも、結局一夏は物凄く楽しそうなマギアルカに延々からかわれ続けたのだった。

 ……いつか、絶対こっちからからかってやる。そんなことを心に誓いながら、織斑一夏は今日も朝を迎えた。

 

 

 

§

 

 

 

「一夏さん!」

「……はぁっ! ……ん?」

 

 王都防衛戦から一週間が経った日の午後。高く照りつける日が少しばかり傾き始めた頃。

 俺が隊長を務める小隊の隊員と共に、商会本部の訓練場で装甲機竜(ドラグライド)を用いない白兵戦闘の鍛錬に励んでいると、マギアルカの秘書の一人が駆け寄って来た。

 何やら慌てた様子の秘書に、訓練を一時中断して話を聞くことにする。

 

「訓練の途中に……、申し訳、ありません……」

「いえ、大丈夫です。それより何かあった……何があったんですか?」

 

 何かあったのは見れば分かる。だから俺は、端的に事態の説明を求めた。

 しかし苦しそうに肩で息をする秘書は、俺の問いに直接答えることはなくマギアルカの執務室がある方向を指差した。

 

「総帥からの、緊急任務です。詳細は、総帥に訊いて、ください。私も詳しくは、知りません、から……!」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 それだけ聞ければ十分だった。

 小隊のメンバーに戦闘準備を整えて待機しておくように言ってから、俺は急いでマギアルカの執務室へ向かった。

 もう何度も通った道だ。いちいち思い出す必要もなく、ほとんど無意識のままに歩みを進め、約一分後。俺は目的の部屋の前に居た。

 ノックではなく声で入室の許可を求め、やや乱暴に扉を開け放つ。

 相変わらずだだっ広い部屋に配置された豪奢な革張りの椅子に腰かけたマギアルカは、執務机の上に腕を組んでいつになく深刻そうな表情をしていた。

 

「……来たか、一夏よ」

「……ああ」

 

 入室した俺にマギアルカが向けた視線には、今朝の甘やかな雰囲気など欠片もなかった。

 彼女は俺が用件を聞くよりも先に、前置きもなく用件を話し始めた。

 

「つい先程、商会が以前から懇意にしておった、ドラクロワ財閥から緊急の救援要請があった。……ドラクロワ財閥の本部が、装甲機竜(ドラグライド)を使った賊による襲撃に晒されているらしい」

「……っ!」

 

 ドラクロワ財閥という名は、俺も知っている。現当主夫妻にも何度も会ったことがあった。

 まだヴァンフリーク商会が存在しなかった頃、マギアルカが一介の商人でしかなかった頃からの付き合いらしく、様々な面で何かと助けてもらっていたらしい。

 財閥の規模は、フィルフィのところのアイングラム財閥とほぼ同規模。つまり相当にデカイ。多くの企業や技術者を傘下として抱えており、そこで生産・加工された様々な商品を売り捌くのを基本的なやり方としていた。

 現当主夫妻も本当に感じのいい人たちで、俺たちにご馳走を振る舞ってくれたりしていた。

 職業柄賊に襲撃されることはよくあると言っていたが……

 

「機竜を用いた襲撃……まさか、『竜匪賊』か?」

「まだ分からぬ。が、その可能性が高いと睨んでおる。……現在は本部に駐留しておった機竜使い(ドラグナイト)の護衛部隊が応戦しているらしいが、言っては何じゃが、あの部隊はほとんど形ばかりじゃ。長くは持たぬじゃろう」

 

 淡々と言葉を紡ぐマギアルカだったが、握り締めた拳や眉間に寄った皺などから、彼女の焦燥は簡単に見て取れた。

 ドラクロワ財閥の人たちは、マギアルカにとっても恩人だ。本当なら今すぐにでも自分で助けに行きたいはずだ。

 だが出来ない。ヴァンフリーク商会総帥という肩書を持つ彼女は、そう簡単にここを離れることが出来ない。

 

 しかし……何故『竜匪賊』がドラクロワ財閥を狙う?

 ドラクロワ財閥が取り扱う商品に、装甲機竜(ドラグライド)の項目はない。正確に言えばあることはあるのだがあまり重要視していないため、大して力を入れてはいなかったはずだ。家名の割に。

 あの財閥を『竜匪賊』が狙うような理由はないはず……

 

「ドラクロワ財閥がどこの国を拠点にしているか、知っておるな?」

「それは……ヴァンハイム公国の……そうか! 財閥は、ヴァンハイム公国内の物流の中心になっている……つまり、財閥を潰せばヴァンハイム公国の国力は格段に落ちる」

「そうじゃ。もっともヴァンハイム公国もれっきとした国家。マルカファル王国(ウチ)のように完全に財閥に依存しているわけではないから、半年もあれば立て直せるじゃろう。じゃが、その半年という時間は――『竜匪賊』の連中が付け込むのに十分な時間じゃ」

「そういうことか……なら、俺たちの任務は……」

「うむ。――織斑一夏、並びにお主の率いる『金狼騎団』に命ずる。ドラクロワ財閥からの救援要請に従い、わしの名代としてヴァンハイム公国に赴き、賊を殲滅、財閥の者を救出せよ!」

 

 力強く俺たちに命じるマギアルカに、俺は姿勢を正して一つ頷くことで了承の意を示した。どうせ俺たち商会は軍隊ではない。細かい礼儀作法などは不要だ。

 命令を下した後で、マギアルカは、「最悪の場合、現当主夫妻とその一人娘さえ救えればよい」と付け足した。

 非情な言葉と思えるかもしれないが、最優先すべきはドラクロワ財閥という組織の存続だ。

 例え商売をする場所がなくなったとしても、そのノウハウを知っている者さえ残っていれば、何度でもやり直すことが出来る。公国も財閥の影響力を無視することは出来ない。やりようはいくらでもある。

 その時はヴァンフリーク商会が援助すればいい。マギアルカからしてみればそれは十分な恩返しになるだろうから、出し惜しみをすることもない。

 

 けど、一人娘か……娘さんが居るっていうのは聞いてたけど、会ったことはなかったな。確か、俺の二つ下、フィルフィよりも年下だったはずだ。物凄く可愛い子だ、と夫妻が良く自慢していたのを思い出す。

 もっとも、親って言うのはどうしても自分の子供に身内贔屓というバイアスをかけてしまうので、あまり信用ならないのだが。

 

 頭の中に浮かんでくるのは、豪快に大笑する気前のいい当主と、それを見て柔らかく微笑む優しい夫人、それぞれの笑顔。

 あの人たちは、この商会に居る孤児である俺たちのことを、本当の子供のように扱ってくれた。

 忘れもしない。頭を撫でてくれたあの手の感触も、振る舞ってくれたご馳走の暖かさも。全部、全部。

 ……絶対に、救ってみせる。マギアルカからの命令というだけじゃない、俺自身の意志で。

 俺は未だに未熟な身だ。誰かを救おう、守ろうなんて分不相応な願いかもしれない。けれど、それでも願わなければ、望まなければ、希望は生まれない。

 グッと拳を握り締める俺に、マギアルカが、絞り出すような声音で語りかけてきた。

 

「すまん、一夏……どうか、頼む」

「……任せてくれ。必ず、救ってみせるから」

「……うむ。よし――行ってこい!」

「――ああ!」

 

 ようやく笑顔を見せてくれたマギアルカに、笑顔で返す。そして踵を返し、部隊の皆が待機している訓練場に向かおうとして、一つ疑問が浮上した。

 

「そう言えば、マギアルカ。さっき言ってた、『金狼騎団』って何だ?」

「ん? ああ、例の王都防衛戦でお主の小隊に付けられた、いわゆる異名じゃな。『金狼』の率いる腕利きの機竜使い(ドラグナイト)の一団。気に入らんかったか?」

「いや……むしろ、いい感じだ」

 

『金狼騎団』……カッコいいじゃないか。

 その異名の響きに満足げに唇を吊り上げるが、今はそんなことをいつまでも気にしている場合じゃない。

 マギアルカから受け取った任務の内容を俺の小隊……『金狼騎団』に伝え、ヴァンハイム公国に向かう準備を整えるために、俺は早足で訓練場へと向かった。

 

 

 

§

 

 

 

『金狼騎団』が商会から公国に向けて出発してから、一時間ほどした頃。

 渦中の真っ只中に居るドラクロワ財閥本部は、まさしく絶体絶命の危機に瀕していた。

 

 財閥本部はヴァンハイム公国の国内ではあっても、主要な都市部ではなく、むしろ郊外、田舎と言えるような場所に建てられていた。

 各国に存在する傘下の企業や技術者が生産・加工した品を売り捌くという業務内容の関係上、交通の便などという意味でその方が都合がいいのである。

 だが今回は、都市部から……すなわち、戦力を保持する街から離れた、その立地が完全に裏目に出ていた。

 

 一体どれだけの費用をかけて建設したのか想像もつかないような豪邸。当主夫人御本人が管理する広大で美しい庭園。沢山の人々が忙しなく走り回る中庭。

 それら全てが、今この時は、最悪の戦場となっていた。

 巨大な木と煉瓦で組まれた建物は半分以上が倒壊し、特に高い塔は完全に破壊されている。庭園の色とりどりの花々を鮮烈な業火が一挙に呑み込み、黒煙を噴き上げている。その炎の赤に交じって、至る所に鮮やかな赤い液体が飛び散り人だったモノが転がっている。

 

 財閥本部を襲撃してきた敵――『竜匪賊』の戦力は、機竜使い(ドラグナイト)が三十人ほどと、それ以外の工作員や歩兵などが約五十人。

 彼らは行動を開始するまで、敵に一切の動向を知らせずに不意を打つことで、ものの十分程で財閥本部の半分以上を地獄へと変えてしまった。

 申し訳程度に配置されていた機竜使い(ドラグナイト)の護衛部隊も、奮戦はしているものの、錬度も装備の質も違い過ぎる敵が相手では焼け石に水。

 それでも尚彼らは、守るべき主筋……ドラクロワ財閥の現当主親子を確実に逃がすために、必死に戦っていた。

 

 その頃、当の現当主親子と言えば、有事の際建物の外にある林の中に逃げ込むために設けられていた、本部地下の狭い隠し通路を、数人の護衛と侍従を引き連れて駆け抜けていた。

 装飾など望むべくもない剥き出しの壁面から、上から爆音が響いて衝撃が走るごとに、パラパラ……、と細かい粉塵が零れ落ちる。

 最短且つ安全性に配慮してジグザグに編まれた隠し通路の中で、途切れることのない足音と荒い呼吸音が反響している。

 

 一行の先頭を行くのは、ドラクロワ財閥現当主、マディウス・ドラクロワ。全身に纏った分厚い筋肉の鎧と、いかにも強面の彫りの深い顔立ちが特徴の、およそ商人とは思えない風貌をした偉丈夫だ。

 彼、マディウスの腰には機攻殻剣(ソード・デバイス)が吊るされており。彼自身もまた機竜使い(ドラグナイト)であることを主張している。

 マディウスは真剣な表情で前を睨むようにして走りながら、後をついてくる者たちに語りかけた。

 

「お前たち、まだ走れるか!?」

「はい! ご心配なく!」

「老いぼれには少々キツイものですが……まだ何とかなりますわい」

「しっかりしてくれよ! お前たちが今の我が財閥の要なんだからな!」

 

 部下を叱咤して、次に家族に視線を向けるマディウス。

 

「エレノーラ! キツイだろうが、あと少しだ。頑張ってくれ!」

「……えぇ! 分かってますわ、あなた……!」

 

 マディウスの気遣うような言葉に、彼の後ろを覚束ない足取りで走っていたのは、彼の妻である現当主夫人、エレノ―ラ・ドラクロワ。いかにもたおやかな淑女然とした美人で、ベランダで本を読んだり編み物をしているような光景が似合う女性だ。

 そんな彼女も、今は長い亜麻色の髪を振り乱して必死に走っている。

 マディウスに続き、エレノ―ラの後ろからも少女の声で励ましの言葉が投げかけられた。

 

「頑張ってください、お母様! もうすぐです……!」

「分かってるわ、ソフィー。あなたも、大丈夫っ?」

「育ち盛りですから、まだまだ元気はあり余ってますよ」

 

 心配げな母の視線に、ソフィーと呼ばれた少女は額に汗を浮かべながらも、強気な笑みを返した。

 エレノーラと同じ亜麻色の髪を肩の辺りで切り揃え、黄色のカチューシャを付けたその少女は、名をソフィー・ドラクロワと言った。

 今年で十三歳になる、現当主夫妻の一人娘である。

 幼さを残しながらも整った顔立ちは、将来彼女が手にするであろう美貌を容易に想起させ、この年代の少女にしては発達して引き締まった肢体と、強い意志を秘めた菫色の瞳からは、彼女の持つ活発さと利発さをよく表していた。

 マディウスが散々っぱら自慢していた通り、マディウスとエレノ―ラの美点を良いとこ取りしたかのような美少女と言っても差し支えのない可愛らしい少女だ。

 

 それ以降は無言で、ただひたすら必死に走ること数分、彼らの眼前の空間に柔らかい光が差し込んできた。

 

「よし、出口が見えてきた、そろそろ……!」

「見つけたぞ! アイツらだ、やれ!」

「……ちぃっ、見つかったか!」

 

 隠し通路の出口まであと数ml(メル)というところで、同じく通路を辿って追って来たらしき敵、『竜匪賊』に発見されてしまった。

 数はおよそ十人ほど。機攻殻剣(ソード・デバイス)を装備しているのは二、三人だが、全員が剣や斧などで武装していた。

 突然の敵の襲来に、エレノ―ラとソフィーの二人がビクリと肩を揺らし、怯えた表情を見せる。歯噛みしていたマディウスはそれを見て、覚悟を決めたように己の機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜いた。

 マディウスは商人にしては珍しく自らも剣術に打ち込んでおり、深く腰を落とし正眼に剣を構えるその姿は実に堂に入ったものだった。

 続いて彼らに追従していた護衛の者たちも剣を構えた。ここで迎え撃つ気だ。

 

「エレノーラ! ソフィー! お前たちは行け! ここは私たちで抑える!」

「あなた……!」

「そんな、お父様も一緒に……!」

「駄目だ! もはやそんなことは言っていられない……」

 

 親子が悲痛な声と表情で言葉を交わしている間にも、戦端は開かれていた。

 獲物を見つけて嬉々として襲いかかって来た『竜匪賊』に、財閥側の者も覚悟を決めた表情で応戦する。

 そう広いわけでもない通路の中で、幾人もの男たちが互いの殺意と敵意をぶつけ合う。

 削り合った鎬から火の粉が舞い、響き渡る剣戟が幾重にも反響し、喊声と雄叫びが混然一体となって通路の中を埋め尽くした。

 切り裂かれた身体から血飛沫が舞い、別の者へと降りかかる。だがもはや、切り裂かれたのが誰で浴びたのが誰かすら分からなくなっていた。

 

 斬りかかってきた敵の一人の斧をかわし、胴を横薙ぎにして吹き飛ばしたマディウスが、立ち竦む母娘を振り返って叫んだ。

 

「何をしている! 早く行け!」

「で、でも、お父様……!」

「くっ! 仕方、ないか……!」

 

 焦燥の色を濃くしながら、打ち合っていた『竜匪賊』を蹴り飛ばして猶予を得たマディウスは後のことを配下に任せて、筋骨隆々の肉体からは想像も出来ないような素早さで二人の元に駆け寄り、そのまま二人を担ぎ上げ全速力で通路の出口へと向かった。

 敵を倒すよりも、二人を確実に生かす道を選んだのだ。

 

「皆……すまん!」

 

 絞り出すようなマディウスの言葉に対して、失望や憎悪を向ける者は居なかった。例外なく苦笑するか、朗らかに笑って、すぐさま目の前の敵へと視線を転じた。

 数だけで言えば、今も尚続々と集結している『竜匪賊』の方が上だった。

 しかし、この戦いに賭ける一人一人の覚悟は、財閥側の方が圧倒的に上だった。

 無論、気合さえあれば何でも出来る、などという感情論ではない。

 だがそれでも、死を覚悟して――自らの命を未来の礎にするために、その命を賭ける者が持つ気迫は、数の優位を笠に着るだけの者の心胆を冷やすには十分過ぎるものだった。

 

 もし、これが剣と剣、槍と槍、斧と斧を打ち合わせるだけの、原始的な戦いであったのならば、このまま財閥側が勝利を手にすることが出来ただろう。

 だが忘れてはならない。

 この世界には、何百年と積み上げられてきた、それら戦いというものの既成概念をまとめて吹き飛ばした――絶対的な兵器が存在することを。

 その兵器は、名を装甲機竜(ドラグライド)と言った。

 

 エレノーラとソフィーを抱えたマディウスが通路の外へと飛び出した――その一瞬後、通路の中から、盛大な轟音と悲鳴が上がった。

 財閥本部の裏手にある森の中へと繋がる隠し通路。エレノーラとソフィーを背に庇ったマディウスが睨みつけるその出口から飛び出して来たのは、三機の装甲機竜(ドラグライド)

《ワイバーン》が一機に《ワイアーム》が二機。各々の武器を構えてマディウスたちへ勝ち誇った視線を向けている。

 

 事実、もう勝敗はほとんど決まったようなものだった。

 引き連れていた護衛は全てこの男たちに倒され、通路からは生き残った敵が続々と這い出ている。

 対してマディウスは一人。しかも生身であり、後ろには二人も守らねばならない者が居る。

 もはや、勝利どころか、生存すら絶望的。

 

「へへっ、おいオッサン、そいつらを大人しく引き渡すってんなら、見逃してやってもいいんだぜ?」

「おっ、そりゃいいな。最近忙しくてよぉ、溜まってたんだよな」

「しかもどっちも随分と上玉だぜ? 俺はあっちのガキの方もらいな」

「おいおいお前ら、上からの命令は、コイツらの殺害だぞ? 楽しむのは良いが、ちゃんと殺さねぇと」

「ちっ、せっかくいいもん手に入れたと思ったのによぉ……」

 

 下卑た笑みを浮かべ、怯える母娘を楽しそうに眺める外道たち。

 ……こんな奴等に、愛する妻と我が子を触れさせるわけにはいかない。

 決意と覚悟を胸に、マディウスは腰の機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜きながら、男たちの視線を遮るようにして前に出た。

 

「あん? んだよ、オッサン。死にたくなきゃ、余計なことすんじゃ――」

「来たれ、不死なる象徴の竜。連鎖する大地の牙と化せ。《エクス・ワイアーム》」

 

 機攻殻剣(ソード・デバイス)(グリップ)のボタンを押しながら、囁くように詠唱符(パスコード)を唱える。

 召喚されたのは、神装機竜には及ばないまでも汎用機竜とは一線を画する力を持った、強化型の陸戦機竜《エクス・ワイアーム》。

 その機竜を身に纏い、通常のそれよりも長大な機竜牙剣(ブレード)を構えたマディウスは、低く重厚な声で、言った。

 

「……貴様らは、生きては返さん」

 

 直後、森の中に、暴風が吹き荒れた。

 マディウスの駆る《エクス・ワイアーム》が、圧倒的な機動力を発揮して敵の《ワイアーム》の内の一機に接近、強烈な斬撃を浴びせて吹き飛ばしたのだ。

 悲鳴を上げる間もなく吹き飛んで行く仲間を見て、ようやく構え直した男たちだったが、その時には既に二人目が攻撃を受けていた。

 

「く、くそっ! 舐めやがって……!」

「いくら特級階層(エクス・クラス)だからって、三人相手に勝てると思ってんのか!」

 

 怯え混じりに吼えた男たちだったが、マディウスの放つ殺気に、自然と口を噤んだ。

 そこから先の数分間は、男たちにとってまさに地獄の時間となった。

 三人はマディウスの鬼気迫る攻撃によって完全に動きを封じられ、反撃に移るどころか離脱することも出来ず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。

 

 だが――やはり、三対一という数の不利と先程までの決死の逃避行による体力と精神力の消耗は、マディウスの体を確実に蝕んでいた。

 

「ぐ、ぬぅ……!」

 

 肩で息をするマディウスの呼吸に合わせて《エクス・ワイアーム》の装甲もガタガタと不気味に震え出す。

 機竜の暴走、その兆候だ。

 焦りを露わにするマディウスを見て、男たちは俄かに活気付いた。

 続く連撃の中で見つけた決定的な隙に、三人がかりで《エクス・ワイアーム》へと攻撃を加えて行く。

 ボロボロになっていた男たちの機竜だったが、数分もしない内にマディウスの《エクス・ワイアーム》もまた、それと同様にボロボロに半壊していた。

 

 しかし、それでも尚、そこまで追い詰められても尚、マディウスは強者だった。

 今までの苛烈なまでの攻撃をすることは出来なかったが、男たちの攻撃を見事な腕前で捌いて行く。

 防御に徹してからは、有効打と言えるようなダメージは一切許さなかった。

 だが、城塞のようなマディウスの防御も、膠着した戦況に焦った男の内の一人の行動に、あえなく崩れ去ることになった。

 

 マディウスに敵わないと踏んだ男は、それ以外の者――つまり、へたり込んでいたエレノーラとソフィーを狙ったのだ。大斧を振り上げる《ワイバーン》。

 眼前に迫った恐怖に、成す術なく抱き合いながらギュッと目を瞑る母娘――その間に、何者かの影が割り込んできた。

 バキィィン、と金属が砕ける音と共に、肉を断つような鈍い音が同時に響いた。

 恐る恐る目を開いた二人が目にしたのは……最も見たくなかった光景だった。

 

「あ、え……?」

「おとう、さま……?」

 

 そこに居たのは……二人を庇うように彼女たちの眼前に立ち、大斧の直撃を受け、背中と口元から夥しい血を噴き出すマディウスの姿だった。

 彼はエレノーラとソフィーを守るために、自ら犠牲になったのである。

 機竜使い(ドラグナイト)のダメージが一定値を超えて《エクス・ワイアーム》の装甲が解除され、再び生身へと戻ったマディウスが地面へと倒れ込んだ。

 慌てて二人で彼の身体を支えるが、瞼を閉じるマディウスの呼吸はとても弱々しく、その身体にはほとんど力が入っていなかった。

 

「あなた、あなたお願い、目を開けて!」

「お父様、お父様! しっかり! しっかり、してください……!」

 

 涙ながらに懇願する二人の声にも、不明瞭な呻き声を返すのみ。

 一目で分かるほどの、命に関わる重傷。本来であれば、今すぐ医務室へ連れて行って治療を受けさせなければならないような状況なのだが、生憎と今の状況では不可能だった。

 この場の一番の脅威が去ったことに安堵した様子の男たちが、再び下卑た笑みを浮かべてそれぞれの武器を手にゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 倒れ伏した夫の身体を抱き抱えて泣き叫ぶ母に唇を噛んだソフィーは、キッと顔を上げて男たちを睨みつけた。

 彼女に出来る、精一杯の抵抗だった。

 弱く何の力もない、真っ赤な目での威圧は、お世辞にも恐怖を誘うようなものではなかった。

 むしろ彼女の見せた儚い抵抗は、男たちの嗜虐心を刺激してしまうだけだった。

 

 ニヤニヤと笑いながら近付く男たちに、いよいよソフィーの心が恐怖と絶望に埋め尽くされそうになった、その時――

 

 

 

 ゴッッッ!!!! と。

 突如横合いから飛来した何かが、ソフィーに手をかけようとした男を薙ぎ倒した。

 

 

 

 どうやらそれは、機竜を用いた強烈極まるドロップキックだったようだった。

 それまで男が立っていた場所に降り立ったのは、全身から威圧感を振り撒く黄金の幻玉鉄鋼(ミスリル・ダイト)の塊。

 

 木漏れ日を受け装甲をキラキラと輝かせる、黄金の神装機竜。

 その機竜を駆る、黒いローブを羽織り同色の髪と瞳を持つ、整った顔立ちの少年。

 ソフィー・ドラクロワは、突如現れた闖入者の威風堂々たる姿に、呆然と目と心を奪われていた。

 

 黄金の神装機竜を駆る少年は一度こちらを振り向き、倒れ伏すマディウスを見て一度眉根をグッと寄せ、何かを堪えるように唇を噛み締めた。

 そして再び前を向いた彼は、その黒い黒曜石のような瞳に炎を滾らせ、怒りの表情で『竜匪賊』の男たちを睨みつけた。

 

 黄金の神装機竜――《黄龍》の拳を軽く打ち合わせ、少年――織斑一夏は、憤怒と殺意を声と瞳に乗せて、宣言した。

 

「覚悟しろ……お前たちは、肉片一つ残さない」

 

 

 

§

 

 

 

 マルカファル王国・ヴァンハイム公国間の距離は、直線距離に直すとそれほどでもない。機竜を用いて空路を行けば、数時間足らずで到着する。

 なので、マギアルカの指示を受けてドラクロワ財閥の救援に向かった俺たち『金狼騎団』もそのルートを取った。

 今回はただ向かって救出するだけでなく、賊との戦闘も最初から予定されている。

 最大限に急ぐために機動力に優れる《ワイバーン》を持つ隊員がそれ以外の隊員を抱えて、到着してすぐに戦闘行動に移れるように準備しておいた。

 

 ドラクロワ財閥現当主夫妻、マディウスさんとエレノーラさんは俺だけでなく、隊員たちにとっても大切な人だ。

 そんな彼らを自分たちの手で助けに行くと言うのだ。奮い立たないはずがない。

 全員が心を同じくして全速力で急行した結果、当初予想されていた所要時間の半分と少しで、俺たちは現場に到着した。

 

 俺たちが辿り着いた時には、もうほとんど戦闘は終わっていた。

 もちろん、『竜匪賊』側の勝利という形でだ。財閥本部の屋敷は壊され燃やされ、炎に包まれる中庭にはいくつもの死体が積まれ、財閥側の機竜使い(ドラグナイト)はその大半が墜とされている。

 そこら中に転がる死体の中には、俺たちの顔見知りの人の死体もあった。

 怒りのままに、敷地に侵入していた『竜匪賊』に襲いかかり、駆逐していく中で俺は、死体の中にマディウスさんとエレノーラさんが居ないことに気が付いた。

 

魔術師(キャスター)』分隊の《ドレイク》を扱う隊員に周囲を探ってもらったところ、屋敷の裏手、背の高い木が生い茂る森の奥にいくつかの機竜の反応があることが分かった。

 どうやら三対一で戦闘を繰り広げているらしいと聞いた俺は、マディウスさんが卓越した操縦技術を持つ特級階層(エクス・クラス)機竜使い(ドラグナイト)だったことを思い出した。

 もしかしたら、まだ二人は生きているかもしれない――希望を見出した俺は、機動力に優れた『騎兵(ライダー)』分隊を連れて、反応があった森の方へと向かった。

 

 騒ぐ心を宥めながら全速力で機竜を飛ばし、森へと向かった俺が目にしたのは――大量の血を流して倒れ伏すマディウスさんと彼に縋りついて泣くエレノーラさん。

 そしてその二人を守るように決然と敵を睨みつける亜麻色の髪の少女と、下卑な笑みを浮かべて少女に手をかけようとする三体の機竜の姿だった。

 その光景を見て、瞬時に頭に血が上った俺は、更に速度を上げて突進、勢いを乗せたドロップキックを男の内の一人にお見舞いした。

 

 砕けた装甲を撒き散らして吹き飛ぶ機竜。男たちと少女の間に降り立った俺は、呆然とする男たちに向かって、告げた。

 

「覚悟しろ……お前たちは、肉片一つ残さない」

 

 

 

§

 

 

 

 賊の男たちとの戦闘は、数分とかからずに終わった。数を頼みにするだけで、しかもマディウスさんとの戦闘で疲弊しているような奴らだ。造作もない。

 男たちを宣言通り肉片一つ残さず燃やし尽くした(・・・・・・・)俺は、灰になった敵からすぐに意識を外して、『ライダー』の隊員によって治療を受けているマディウスさんの方を振り返った。

 いざという時のために救急キットを持って来ていて正解だった。遺跡(ルイン)で発見された古代の治療器具も含まれているキットだ。生半可な傷ならばどうにでもなる。

 ……だが、マディウスさんの傷は、生半可なものなどではなかった。

 

「治療はどうだ!?」

「た、隊長……!」

 

《黄龍》の装甲を解除した俺は、すぐさまマディウスさんの元に駆け寄った。

 治療に携わっていた『ライダー』分隊の一人、メイ・スタルヒンという女性隊員が、今にも泣き出しそうな声を上げた。

 

「き、傷が深すぎて……治療が間に合いません! 何とか止血するだけで精一杯です!」

「なら今すぐここから運んで……」

「駄目です! 空路だと、マディウスさんの体力が持ちません! そもそも、まだ意識があるのが、不思議なくらいで……」

「…………クソッ!」

 

 どうにもならない状況に、噛み締めた奥歯が欠ける音が聞こえた。

 どうする? どうすればいい? 何をすれば、マディウスさんを救うことが出来る――!?

 

 メイの報告を受けて、エレノーラさんが息を呑み、大粒の涙を流して夫の身体に縋りついた。

 亜麻色の髪にカチューシャを付けた、エレノーラさんによく似た可愛らしい少女も、何かを堪えるように唇を噛み締めている。

 恐らくは、この娘がマディウスさんの一人娘。確か名前はソフィー・ドラクロワ。

 マディウスさんが散々自慢していた通り、とても可愛い女の子だった。彼が溺愛していたのも頷ける……だからこそ、拳を握り締めずにはいられない。

 

「クソッ……何で、こんなことに……!」

 

 その時、全身に包帯を巻いて、か細い息を吐いていたマディウスさんの瞼が、薄く開かれた。

 

「落ち着き、なさい……一夏、君……」

「っ、マディウスさん!?」

「あなた!」

「お父様!」

 

 弱々しく、呟くように言葉を紡ぐマディウスさん。まだしゃべる余裕はあるらしいが、それが限界であることは、今にも再び閉じてしまいそうな瞼を見れば一目瞭然だった。

 

「あぁ……エレノーラ……すまない、な…………まだ、財閥も、これからだと……いう時に……」

「あなた、お願い、そんなことを言わないで!」

「本当に、すまない……愛していたよ……エレノーラ…………」

「……っ、あなたぁっ!」

 

 マディウスさんは妻から視線を外すと、次に娘であるソフィーの方へ焦点の合わない視線を向けた。彼の手を握るソフィーの手に力がこもる。

 そんな彼女に何かを言おうとして、しかし彼が吐き出したのは言葉ではなく、赤黒い血塊だった。

 

「ガフッ、ゲホッ……! くぅ……っ」

「お父様……もう、しゃべらないでください! このままだと……」

「いいんだ……どうせ、もう助かるまい…………私の命、は、ここで……終わる」

 

 断言するようなマディウスさんの言葉に、ソフィーの肩が一際大きく震えた。

 だがそれでも、彼女の瞳から涙が零れることはなく、視線を逸らすこともなく、もう彼の言葉を止めることもなかった。

 

「子より……親の方が、先に逝く、のは……当然のことだ…………ただ、それが少し……早まっただけだ……」

「……っ」

「なぁ……ソフィー…………どうか、笑って生きてくれ……私は、お前の笑顔を見るのが……何より好きなんだ…………」

「…………はい」

 

 ……きっと、辛くて、悲しくて、仕方がないだろうに。

 だと言うのに、ソフィーは、目の前の少女は、今際の際の父親のために微笑んでみせた。

 その笑顔は、思わず胸を衝かれるほどに、健気で儚い笑みだった。

 

「あぁ……やはり、お前は……私たちの、自慢の娘だよ…………」

 

 相変わらず、マディウスさんは口を動かすのが精一杯で、他の表情筋は全くと言っていいほど動かなかったけれど。

 それでも彼の声には、万感の想いが込められていた。

 

 ゆっくりとながら規則正しく上下していた彼の胸板は、今ではもう数秒に一回程度しか動いていなかった。

 分かってしまった。もう、どうしようもないことが。何も出来ないことが。

 

「……一夏君」

「……はい」

 

 なら、せめて。せめて、彼の言葉を、聞き逃さないようにしよう。

 本当の家族のように接してくれた、マディウスさんの……父親のように思っていた人の、最後の言葉を。

 

「私の、夢は……いつか、ソフィーの婿となる、男と……酒を、飲み交わすことだった…………ついぞ、叶うことは、なかったが……ね……」

「……はい」

「私はな……君のことを……息子として、迎えたいと……ずっと、思っていたんだ……」

「…………はい」

「…………任せても、いいか?」

「……俺に、出来ることなら。何だって」

「……それで、十分さ……」

 

 そこまで告げたところで、彼は再び血を吐き出してしまった。

 既に彼の視線はどこも向いていない。焦点の定まらない視線を虚空に向けているだけだ。

 肌は青白く染まり、力は抜け果て、眼窩は落ち窪み……一秒ごとに、生気が抜けて行くのが分かる。

 

 俺には、彼に、彼が呼吸を止めてしまう前に、言っておかなければならないことがあった。

 マディウスさんに……俺のことを、息子と呼んでくれた人に。

 

 

「……ありがとう、父さん。……さようなら」

 

 

 

 

§

 

 

 

 そして、マディウス・ドラクロワは、眠るように息を引き取った。

 最後の瞬間、確かに彼は、微笑んでいた。

 

 

 

§

 

 

 

 ドラクロワ財閥本部への『竜匪賊』の襲撃は、『銀影旅団』からの増援とようやく到着した公国軍の手によって終結した。

『竜匪賊』は殲滅されたものの、被害は甚大だった。屋敷は完全に焼き払われ、重傷者多数、最終的な生存者はドラクロワ母娘を入れても数人程度しか居なかった。

 何よりはドラクロワ財閥現当主、マディウス・ドラクロワの死による、財閥そのものの解体。

 これは、財閥が流通の中心を担っていたヴァンハイム公国にとって大きな打撃となった。公国に混乱を与えるという『竜匪賊』の狙いは達成されたと言っていい。

 

 マギアルカから命じられた救出任務に、俺たち『金狼騎団』は失敗したのだ。

 それも、現当主であるマディウス・ドラクロワの死という、最悪の形で。

 マディウスさんが亡くなったことでドラクロワ財閥の存続は不可能になった。失敗も失敗、大失敗だ。

 

 商会に居る孤児に優しく接してくれていた彼の死を知った隊員は、悔しさに唇を噛み締めたり、無力感に打ちのめされたり、その場で泣き出してしまう者もいた。

 もしかしたら俺たちは……『金狼騎団』などと呼ばれて、思い上がっていたのかもしれない。俺たちなら何でも出来ると。俺たちなら無敵だと。知らずの内に、そんな風に思っていたのかもしれない。

 所詮、俺たちは子供に過ぎないのに。気付かない内に、驕ってしまっていた。

 俺たちが戦っていたのは、世間の評価のためなんかじゃなかったはずなのに。

 守りたいもののためだった、はずなのに。

 

 沈んだ空気で、エレノーラさんとソフィー、そしてマディウスさんの亡骸を運んで帰還した俺たちを出迎えてくれたのは、マギアルカを筆頭にした商会の主立った幹部と、王国軍の知り合いの皆だった。

 ソフィーとエレノーラさんは商会の人たちが休ませるために連れて行き、マディウスさんの亡骸も丁重に運んで行った。

 隊を代表して失敗を報告した俺に、軍の人たちは励ましの言葉をかけてくれて、マギアルカは、強く抱き締めてくれた。

 力なくされるがままの俺の耳元で、マギアルカは優しく、穏やかな声音で、ただ一言、

 

「……頑張ったのぅ」

 

 もう、駄目だった。

 ずっと我慢して、押さえつけていた感情が、決壊し、溢れ出た。

 俺はそのまま、マギアルカの胸の中で泣いた。泣いた。泣き続けた。

 どれだけ虐められても、罵声を浴びせられても、家族に捨てられても、泣かなかったのに。

 俺は数年ぶりに、悲しくて泣いた。

 

 

 

§

 

 

 

 マディウスさんの死から、一週間が経った。

 あの日から俺たち『金狼騎団』は、これまで以上に厳しい訓練に励んでいた。

 文字通り血の滲むような修練を、他のものには目もくれず、毎日毎日朝から夜まで、ずっと、ずっと。

 自分たちだけでなく、『銀影旅団』の先輩方や、第一線で活躍する王国軍の人たちにも教えを乞うて。

 消えない悲しみを、捨てられない悔しさを糧にして。苦しさや辛さすら踏み台にして。前だけを見据えて。

 もっと強くなるために。守りたいものを守れるように。もう二度と、大切なものを、失わないために。

 

 そんな中、俺はといえば、

 

「……ありがとう……ござい、ました……ッ!」

「うむ。しっかり汗を流して、しっかり休めよ」

 

 再びマギアルカの……師匠の元で修行を始めていた。

 俺は弱かった。『金狼』などと呼ばれていても、守りたいもの一つ満足に守れなかった。

 無力感を抱え、少しでも強くなりたいと思った俺は、マギアルカに頭を下げて頼み込んだ。

 

「俺を強くしてくれ」と。

 

 そんな俺の意志を汲んでくれたマギアルカが、こうして毎日俺の特訓に付き合ってくれていると言うわけである。

 特訓と言っても、ほとんど俺が一方的にボコられているだけだが。

 常は何かと俺に甘いマギアルカだが、こういう特訓の時は別だ。師匠として、容赦なく俺を扱いてくる。

 

 今日もまた、マギアルカと共に修業をして、また何度も殴られ蹴られ投げられ吹き飛ばされた。

 一見ただのスパルタのように見えて、彼女の修行はとても理に適っている。事実ボコボコにされた俺の身体には、怪我と呼べるような怪我はほとんど存在しない。

 

 息を切らしながら、修業をつけてくれたマギアルカに深々と礼をして、俺は貸し切りになっていた訓練場を後にした。

 毎度のことながら、疲れた。これまでは自分の分とマギアルカの分まで夕食を作っていたのだが、今日はそれも出来そうにない。

 

 世界がオレンジ色に染まる黄昏時。昼間は暖かな陽光の下、絢乱に咲き誇る中庭の花々も、今はオレンジ一色に染まり果てている。

 風呂に入ったらもう寝るか……、と考えながら廊下を歩いていると、窓の外に、夕陽の方を向いて佇んでいる一人の少女の姿を見つけた。

 やや冷たい夕方の風に高級そうなワンピースの裾を膨らませ、夕陽を照り返して色合いを変えた亜麻色の髪を靡かせる、年若い少女。

 あの日から商会の方で預かっている、ソフィー・ドラクロワだ。

 

 いつもならそっとして通り過ぎるところだが、何故か今回は無視することが出来なかった。

 自分でもよく分からない感情のままに、中庭に出て、彼女の元へと歩み寄る。

 

「……よう」

「あ……。一夏さん、でしたよね? こんばんは」

「……こんばんは」

 

 ゆっくりと振り返ったソフィーは、俺の姿を認めて少し驚いたように目を見開き、すぐににっこりと笑顔を向けて挨拶をしてきた。

 ……その可愛らしい、まさしく花のような笑顔(・・)に、違和感を感じる。

 まるで、そういう表情の仮面をかぶっているような……

 

「エレノーラさんは、どうしてる?」

「最近までずっと泣いてて、今はちょっと体調を崩してしまったので、寝ています。ヴァンフリーク商会のお医者さんのお話によれば、数日寝ていれば治るらしいです」

「そうか……」

 

 俺の質問に答える彼女の口調は、全く平静なもので、彼女の表情は、朗らかなものだった。

 だからこそ、おかしい。

 

「……君は?」

「はい?」

「君は、大丈夫なのか?」

「……ええ。最初は、ちょっと取り乱しちゃいましたけど、もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます!」

「……そんなわけないだろ」

 

 笑顔で紡がれる彼女の言葉を、一言で切り捨てた。

 俺の否定で、少女の仮面(笑顔)に、ピシリ、と亀裂が入る。

 

「え……」

「大丈夫なはずがないだろ、って言ってるんだ。まだ十三歳の子供が、たったの一週間で、父親の死を乗り越えられるはずがない。涙に暮れるエレノーラさんのためか、それとも悲しみに押し潰されないようにする自己防衛本能かは知らないが、無理してるのは目の下の隈を見れば丸分かりだ。大方、あまり寝られてないんだろう」

「あっ……」

「加えて髪の手入れもほとんどされてない。さっき振り返った時の動きも鈍かった。今も少しふらついてる。寝不足で意識がはっきりしていないことの証拠だ。ついでに言えば、履いている靴が左右で違うっていうのは、注意力が散漫になっていることを明確に示しているな」

「…………」

「それに……もしかしなくても、君、泣いてないだろ?」

 

 俺がそう言うと、ソフィーはゆっくりと顔を別の方へと向けた。

 残念ながら、もう分かってる。

 

「顔に涙の痕がない。髪や隈はそのままなのに、涙の痕だけ消すっていうのも変な話だ。何より今の君が、そんなところにまで気が回るとは思えない。涙ってのは人間にとって最大の感情表現で、一度外に出てしまったら、そのショックから抜け出すまで止まることはない。ってことは……君は、これまで泣いてないってことだ。違うか?」

「…………はい」

 

 やがて、沈黙の末にソフィーは、消え入りそうな声で頷いた。

 出来るだけ優しい声で、問いを重ねる。

 

「……どうして?」

「……だって、お父様が、言ってましたから。笑って、生きなさい、って」

「……言ってたな」

「だから、私は、笑ってなくちゃいけないんです。お父様が、心配しないように、悲しくないように。私は、笑わなきゃ、いけないんです……」

 

 抑揚のない声で語られる言葉を聞き終えて、俺は浅く溜め息を吐いた。

 薄々、予想はついていた。ついていたが、やはり実際に耳にすると、胸が締め付けられる思いだ。

 自分の悲しみより、死者の安寧のために心を殺す――それは、間違っても十三歳の少女にさせていいことではない。

 この少女は、賢い子だ。頭のいい子だ。優しい子だ。そして……愚かな子だ。

 そんなことを続けていれば、いずれ自分の心が壊れてしまうことに気付いていない。いや、例え気付いても、やめることはないのだろう。

 

 ……仕方がない。これは最終手段だから、出来ればやりたくなかったのだが……。

 もう一度溜め息を吐いて、俺は決断した。

 マディウスさんからも任されていた。俺に出来ることは何でもやると約束した。

 ならば――

 

「ソフィー。こっち向いて」

「はい……? ……ぷっ」

 

 どこか虚ろな表情で俺の顔を見たソフィーは……その瞬間、盛大に噴き出した。

 

 喰らえ、俺の取って置き……あのマギアルカさえ爆笑の渦に叩き込んだ渾身の変顔を!

 自分でもどんな顔になっているか分からないので、以前とあるパーティーで披露してからは封印していたのだが……致し方あるまい。

 

 さてさて、効果の程はっと。

 

「ふ、ふふふっ……な、何ですか、あは、あははははははははっ、その顔……あはははっ、あはははははははっ!」

 

 体を折り曲げ、お腹を抱えて、瞳の端に涙さえ滲ませて、大笑いしていた。

 やむ様子もなく、鈴の音のような笑い声を響かせ続けているが、特に嫌な気分にはならない。

 口を大きく開けて、何の屈託もなく笑う彼女は、さっきまでの仮面のような笑顔と違って、年相応に可愛らしい、少女本来のものだと確信出来たから。

 

「……ようやく笑ったな」

「あははっ、あはっ、あははっ…………え?」

 

 いや、笑い過ぎだろう……、俺が声をかけてからもしばらく笑い続けていたソフィーに、思わずツッコみたくなる。

 だがまあ、今はそれは置いておこう。

 

「マディウスさんが見たかったのは、さっきまでみたいな、偽物の笑顔じゃなくて、今の君みたいな、本物の笑顔なんじゃないのか?」

「…………あ」

 

 俺が笑って告げると、ソフィーは自分の頬に手をやって、呆けた表情を見せた。

 今の自分の表情が信じられない、そんな顔だ。

 

「君がマディウスさんと一緒に笑い合っていた時、君は、どんな風に笑っていた? 少なくとも、さっきまでみたいな笑顔じゃなかっただろう」

 

 大好きな父親と一緒に笑い合う……それは彼女にとって、幸せな記憶であり、二度と手に入ることのない、悲しい情景だ。

 涙って言うのは、堪えるべきものじゃない。むしろ、全て吐き出してしまうべきものだ。

 溜め込んだ感情と共に、全て自分の中から出してしまう。そうしなければ、人は前へは進めない。

 

 ソフィーの瞼の端に溜まって行く雫を見て、俺は彼女の前に回り込み、そっとその頭を抱き寄せた。

 ソフィーの顔を俺の腹に押し付けて、まるで彼女の表情を隠すように。

 

「……ここなら、誰も、マディウスさんも、君の顔は見えない。君の涙を見ることは出来ない」

「…………ぅ」

「だから、もういいんだ。……泣いて、いいんだ」

「………………ぅ、うぅわあぁぁああぁぁぁぁああぁあぁぁあぁぁぁぁああぁぁあんっっ!!」

 

 ソフィーは、泣いた。俺の服を両手でギュッと掴んで、縋りつくようにして、大声で泣きじゃくった。

 彼女の泣き声は大きくて、多分建物中に響いているだろうけれど、気にする必要はない。

 今はただ、溜め込んだものを全部吐き出すことだけ考えればいい。

『銀影旅団』の制服が濡れていくが、そんなことはどうだっていい。

 

「お、とうさ……うわぁぁあぁあぁぁぁああぁん、お父さまぁぁあぁぁあ、あぁぁぁぁぁああぁぁあぁあぁぁあんっ!!」

 

 二人の隙間から零れ落ちた涙が、夕陽を受けてキラキラと輝きながら地面へと落ちていく。

 思わず手を伸ばして、彼女の髪を撫でてしまう。すると一瞬だけ肩を跳ねさせて、更に強く抱きついてきた。

 建物の中から何事かと人が出てくるが、俺の胸の中で泣いている少女を見てそっと口を噤んだ。

 ふと、見慣れた小柄な人影が視界に入ってきた。マギアルカだ。

 マギアルカはこっちを向いてニヤリと笑い、グッと親指を立ててきた。よくやった、ってところか。思わず苦笑を返す。

 

 結局俺は、ソフィーが泣き疲れて俺に抱き締められたまま眠ってしまうまで、ずっと彼女を抱いて頭を撫で続けていたのだった。




 冒頭からの落差がひどい。

 今回は、一夏君の失敗談みたいな感じでした。主人公補正があっても、何でもかんでもうまくいったわけではないのです。
 最後のオリヒロとの掛け合いは、「これは絶対惚れるやろ……」という一夏君をイメージしました。どうでしたかね?


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Story.7 狼と虎 / 宿敵との邂逅

 どうも、少し遅れました。

 火曜日に卒業式で、水曜日は結果発表、木曜日は合格者集合&クラス会と忙しい一週間でした。首尾よく合格してました。安心しました。けど春休みの宿題を金払って買わされました。解せぬ。

 何はともあれ、第七話。いろいろ新キャラとかオリ神装機竜とか出てきます。よろしくお願いします。


『竜匪賊』によるドラクロワ財閥本部襲撃事件から、既に一年が過ぎた頃。

 こちらの世界に来てから四年になる俺、織斑一夏は、『銀影旅団』の団員として新たな任務に就いていた。

 

 現在の俺の所在地は、マルカファル王国王都郊外にある、それなりの規模の港町の倉庫街だ。

 停泊している船のすぐ横に鉄製の大きなコンテナがいくつも立ち並び積み重ねられているのは、元の世界の倉庫街とほとんど変わらない。船が蒸気船なのと、地面がコンクリートではないのを除けば。

 今回の任務は、港に運び込まれた荷物を狙う賊の殲滅・捕縛……ではなく、その前段階。偵察任務だ。

 最近この周辺で不審な人影が複数確認されているものの、裏付けが取れず動き出そうにも動き出せなくて、結果俺たち『銀影旅団』にお鉢が回ってきたと言うわけである。

 

 荷物を狙う盗賊が動き出すのは、やはり日が沈み、ほとんどの人間が活動をやめた頃だ。

 というわけで現在深夜、任務に駆り出された俺ともう一人の隊員は、倉庫街のコンテナの陰で息を潜めているのである。他の隊員はいざという時のために街中で待機しており、この倉庫街に居るのは俺を含めて二人だけだ。

 ちなみに俺は今、汎用機竜の《ドレイク》を纏っている。《ドレイク》には迷彩機能に索敵能力まで搭載されており、隠密行動にはもってこいなのだ。

 俺の神装機竜《黄龍》は何分金ピカの装甲なので、夜でも目立って仕方がない。

 

 既に隠密行動を始めて二時間。俺ともう一人の隊員はと言えば……

 

『せーんぱーい。ひーまーでーすー』

『……気持ちは分かるが、今は我慢しろ』

 

 何度目かも分からないその竜声に、思わず溜息を吐いた。

 

 俺を『先輩』と呼ぶこの隊員の名は、半年前に入隊したばかりの新人にして、俺と同じ『裁定者(ルーラー)』分隊の隊員――ソフィー・ドラクロワである。

 言わずと知れた、ドラクロワ財閥の一人娘である彼女だ。あの事件の後ヴァンフリーク商会の世話になっていた彼女は、立ち直った後はマギアルカに師事し、紆余曲折あって『銀影旅団』に入隊することになった。

 ソフィーは、いわゆる天才と呼ばれる人種だったようで、たった半年の修行で俺と正面から殴り合えるほどに腕を上げた。生身の格闘でも――装甲機竜(ドラグライド)の操縦でも。

 特に遠距離からの射撃に関しては、あのマギアルカですら自分には敵わないと言わしめるほどの才を見せた。

 一kl(キル)先の直径十センチの的を機竜息銃(ブレスガン)でぶち抜くのを見た時は、流石に度肝を抜かれた。

 

 最初の俺のソフィーに対する印象は、お淑やかで健気な、いかにも優等生な少女というものだったのだが……

 

『だってもう、二時間ですよ、二時間! 今何時だか分かってます!? 私、そろそろ眠いんですけどー!』

『だから任務に取り掛かる前に仮眠を取っておけ、って言っただろうが』

『先輩がそれ伝えてから、仮眠の時間なんて準備に必要な時間入れても一時間もなかったですよね!? 徹夜と夜更かしは乙女の敵なんですよ!? 特にお肌的な意味で!』

『……面倒臭いな、お前』

『今面倒臭いって言いましたね。可愛い後輩に向かって、今面倒臭いって言いましたよね!』

『可愛くない後輩だからいくらでも言っていいんだよ』

 

 この通り、非常に騒々しく生意気である。全く、これが隠密行動だということを理解しているのやらしていないのやら。

 普段は――俺やマギアルカを相手にするとき以外は――もっと慎み深い優等生的な態度なのだが。何がどうしてこうなったのか。

 もっとも今は俺も全く変わらない状況にジリジリしていたので、こういう会話は一種の気分転換となっている面もあるのだが……そういうのを的確に見抜いて、大丈夫だと思ったタイミングで仕掛けてくるので、余計タチが悪い。

 俺とは違って人付き合いが異常に上手いため、一躍商会内でのアイドル的存在になってしまった。本性を知ってる身としては、鼻で笑うところだが。

 

『自分で言うのもなんですけど、私、可愛いですからね? 可愛く見せる努力も一杯してますし、そこらの凡百の女の子と一緒にしないでください。私がモテるの、先輩も知ってるでしょ?』

『お前今、不特定多数の女の子を敵に回したぞ……モテるって言っても、お前が分厚い猫の皮かぶってるせいで本性を知らないからだろ。俺は引っかからんぞ』

『先輩だけが知ってる私……って言うのも、グッと来ません? むしろ私、そっちを狙ってるんですけどー?』

『この悪女が』

『褒め言葉です』

『ビッチ』

『ひどっ! 私まだ処女なんですけど……って、何言わせるんですか!』

『カミングアウトしたの自分だろうが』

 

 全く……騒々しい。呆れ気味に溜息を吐くが、このやりとりをどこか楽しく感じている自分に再度呆れる。

 というかお前はモテても、いつも俺に付き纏ってるせいで恋人が出来ないんだろうが。行動が矛盾してるんだっつの。

 

『べっつに恋人とかいりませんもん……あーあ、私を慰めてくれた時の、あの優しさはどこに行っちゃったんでしょうねー?』

『俺の優しさってのは高価だからな。そんな安売りするもんじゃないんだ。……いずれ利子付けて払ってもらうぞ?』

『……先輩、先生の影響で守銭奴になってますよね?』

 

 ちなみに『先生』とはマギアルカのことだ。恐らくここに来る前に通っていたアカデミーでの呼び方をそのまま踏襲していると思われるが、詳細は不明。

 

 さて……おふざけはここまでにして、そろそろ任務に戻るか。

 

『ソフィー。周辺に人間、もしくは機竜の反応はあるか?』

『んー……今のところ、まだないですね…………って、あ、来ました!』

 

 ソフィーが布陣しているのはここから五百ml(メル)ほど離れた地点だが、纏っているのは特級階層(エクス・クラス)のみが携帯を許される《エクス・ドレイク》だ。

 索敵範囲は俺よりも広い。そのレーダーが、敵影を捉えたらしい。

 さっきまで散々にふざけていたソフィーの声が、真剣みを帯びた。

 

『……ついに来たか。反応の種類は?』

『機竜です。数は一機ですけど……神装機竜ですね。搭乗者は不明、機体名は《ヒュドラ》です』

『《ヒュドラ》……だと?』

 

《ヒュドラ》という機体名を聞いて、俺は思わず眉を顰めた。

 その名前を持つ神装機竜は、『竜匪賊』の三人の師団長の一人、ガトゥハーンの持つ機竜だったはずだ。

『竜匪賊』の連中が王国に戦いを仕掛けてくるのは珍しくないが、師団長クラスがわざわざ出張ってくるような規模のことだとは思えない。

 何より、一機のみというのがおかしい。奴らは確かに個人としても強力な機竜使い(ドラグナイト)だが、同時に優れた戦士でもある。一人で出来ることの限界は知っているはず。

 となれば、その《ヒュドラ》を使っているのは別の人物ということになるが……神装機竜は、それぞれ一種類しか存在しない機竜だ。

 

『それ以外の詳細は分からないのか?』

『残念ながら……データベースにありませんね。詳細は一切不明です』

 

 チッ……ガトゥハーンの《ヒュドラ》であれば、特殊武装や神装まで知り尽くしているんだが……確証がない以上、全く別の機体として対応した方が良いか。

 相手が神装機竜である場合、相手の特性を何も知らずに挑むのはそれなりにリスクを伴うのだが……まあ、仕方がないか。

 

『ソフィー。その機竜の位置情報を今すぐ俺と、待機している分隊長に伝えろ。他にも伏兵が居る可能性がある。俺はその機竜に攻撃を仕掛ける。お前は俺の援護をしながら、他の敵が確認されたら、適宜――……』

『――ッ、高エネルギー反応確認……先輩っ! 避けて(・・・)ッッ!!!!』

 

 ソフィーの、酷く焦ったような声が脳内に響いた、その直後――――突如、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

§

 

 

 

『…………――ぱい! 先輩! 生きてますか!? 返事をしてください!』

「……あぁ。生き、てるよ」

 

 どこか泣きそうなソフィーの呼びかけに、掠れた声で応答する……が、そもそも竜声でなければ届かないことに気付き、竜声で繰り返す。

 身体の上に積み重なっていた瓦礫を振り落としながら、ゆっくりと身体を起こす。

 

『先輩! 無事だったんですね!?』

『あぁ……《ドレイク》の方は、ギリギリ竜声が使えるぐらいだがな』

 

 肉体には大した負傷はなかったが、纏っていた《ドレイク》の装甲は、原形が分からないくらいにボロボロだった。

 これではむしろ纏っている方が危ない。舌打ちしながら装甲を解除する。

 

『教えてくれ、ソフィー。今のは、何だ?』

『……砲撃、です。たった一機の機竜が放ったものとは思えない、有り得ないほどの威力の』

 

 たった一機……だと? 例の二機目の《ヒュドラ》か?

 ここから数十ml(メル)以上離れた位置から放射状に放たれた閃光は、進行方向上にあったコンテナを消し飛ばして倉庫街の一部の機能を完全に停止させ、更には港に停泊していた輸送船の一隻に大穴を開けていた。

 周囲には無数の瓦礫が散乱して、濛々と舞い上がった土煙が視界を塞いでいる。

 俺の知る《ヒュドラ》には、これだけの攻撃を可能にするような武装は存在しなかった。

 ――やはり、別物なのか?

 

『……っていうか、先輩よく生きてましたね。どうやって凌いだんです?』

『予め探してあった、コンテナが最も密集している地点でコンテナを盾にして時間を稼いで、機竜のエネルギーの全てを前方に張る障壁に振り分けて防いだ。かなりギリギリだったがな』

 

 まあほとんど運が良かっただけだが、運も実力の内だと言うしな。そのおかげで生き残れたのだから、言うことはない。

 しかし、これほど大規模な破壊を行うとは……何が目的だ?

 

『ソフィー。あの船の中身は何だ?』

『うーん……食料品と、衣類と、あとは……十機ほどの機竜と、その部品(パーツ)ですね』

『なら、目的はそれか?』

『多分そうですけど……何だか納得いきませんよね』

 

 確かに。ソフィーの疑わしげな声に俺は頷いた。わざわざそんなものの強奪のために、これほどのことを起こすとは思えない。

 疑問はあるが、それにばかり集中してもいられない。

 何故なら…………

 

「おォ? んだよ、今のを凌いだ奴が居やがんのか? やるじゃねェか」

 

 聞こえてくる、面白がるような若い男の声に、俺はゆっくりと立ち上がる。

 見ると、土煙の向こうから、ズシン、ズシン、と重い音を響かせながら、何者かが近付いて来ていた。

 

『先輩……来ます』

『分かってる。援護と、()は任せたぞ』

 

 短い会話を終えて、『銀影旅団』の制服の腰に提げていた《黄龍》の機攻殻剣(ソード・デバイス)を抜いて身構える。

 その直後、俺の眼前の土煙が猛烈な威力の拳によって払われ、一匹の竜が姿を現した。

 

 奇妙に歪んだ銀色の装甲を持つ、どこかおぞましい印象を与える竜。

 腕から肩にかけてまで異様に膨らんだ上半身と、細い下半身のアンバランスな造形が、その奇怪さを助長させている。

 汎用機竜とは明らかに異なる機体――紛れもなく、神装機竜だ。

 

「よォ……初めまして、だよな?」

 

 その神装機竜を駆る、俺やソフィーと同年代の長身の青年が、俺に声をかけてきた。

 褐色の肌と対照的な乱雑に切り散らされた白い髪に、それを染め抜くような石榴(ザクロ)の色をした紅い瞳。鋭く尖った刃のような顔立ちを、好戦的な笑みが彩っている。

 青年は実に楽しげな笑顔で、俺を見ていた。

 

 ……コイツ、強いな。一目見ただけで分かるレベルだ。

 装衣の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体、機竜を纏いながらも隙のない佇まい、そして何より、俺の全身に吹きつける、獰猛な殺気。

 

「……アンタには見覚えがあるな。実際に会ったことはねェが、どっかで見たことがある」

「…………」

「だんまりかよ。まァいいさ。その制服は、確か『銀影旅団』ってとこのモンだな。アンタもそこの一員ってとこかい?」

「……さてな」

 

 質問に俺は素っ気なく返すが、青年は特に気にした様子もなく軽やかに笑っていた。

 

「いやァ、嬉しいねェ。正直、こんな下らないコソ泥みてェな真似に付き合わされてイライラしてたんだが、アンタみたいなのと出会えるたァ、思わぬ僥倖だよ、ホント」

 

 操縦桿から離した手を額に当てて嬉しそうに笑う青年だったが、その佇まいにはやはり、隙と言えるようなものはなかった。

 ……やはりコイツらは、ここに何かを盗みに来たということか。だとしたら、何を盗みに来た。いやそもそも、『コソ泥』という言い方は、倉庫街の一角を吹き飛ばすような行動とは完全にミスマッチだ。

 コイツらの、本当の目的は一体……、と考えている間にも、青年は独白するような言葉を続けていた。

 

「俺がここに来たのはよォ、アンタみてェな強い敵と戦いたかったからなんだよ。ここなら、俺が求める強敵と出会えるって、俺の勘が言ってたもんだからよォ」

「…………」

「そして事実、俺の勘は当たっていた。アンタは強い、見ただけで、感じただけで分かる。アンタのその目――獰猛な獣みたいな目を見てるだけで、肌がゾクゾクしてきやがる」

 

 俯いて、低く哂いながらそう呟く青年は、酷く楽しそうだった。

 やがて顔を上げて、狂気でギラギラと輝く石榴の色の瞳を俺に向けた――瞬間、青年から感じる威圧感が膨れ上がった。

 

「……!」

「――さァ、さっさとその神装機竜を展開して纏えよ。始めようぜェ、互いの命を賭けた、真剣勝負ってやつをよォ!」

 

 チッ……思わず舌打ちを一つ。元々望みは薄かったが、相手は完全にやる気になっている。撤退という選択肢を選ぶことは、出来そうにない。

 そもそも俺の目的はコイツの相手ではなく、倉庫街にやってくる賊の捕獲。だがコイツが居れば、その達成は著しく困難になってしまう。それほど、この敵は強い。

 となれば、残る選択肢はただ一つ――この敵を倒し、障害を取り除く。

 

 覚悟を決めて、機攻殻剣(ソード・デバイス)(グリップ)にあるボタンを親指で押し込み、詠唱符(パスコード)を呟く。

 

「天地統べる王なる龍よ。万神率いて、至高の座へ舞い昇れ。《黄龍》」

 

 言下に、機攻殻剣(ソード・デバイス)の刀身に刻まれた銀線に光が走り、俺の背後の黄金の竜が現れ、装衣の上にローブを纏った俺の身体に装着され、堅固な装甲と化した。

 俺が纏う黄金の神装機竜を見て、褐色の青年は顔に浮かべる喜色をますます濃くさせた。

 

「黒髪黒眼に、『銀影旅団』の一員の、黄金の神装機竜……は、はははっ、ははははははははははははははははっ!! そうか、アンタか、アンタが『金狼』織斑一夏か! 会えて光栄だぜ、一夏サンよォ!」

「それはどうも。こちらこそ光栄だよ……『銀牙の猛虎』ダグラスさん?」

「……知ってたのかよ?」

 

 気付いたのはついさっきさ。声には出さず、心の中でそう呟いた。

『銀牙の猛虎』ダグラス。二年程前から噂されるようになった、装甲機竜(ドラグライド)を扱う戦争屋集団『竜匪賊』の一人である、凄腕の機竜使い(ドラグナイト)

『竜匪賊』のメンバーではあるものの、傭兵稼業それ自体には興味を抱かず、ただ強者との魂削る戦いのみを欲する戦闘狂(バトルマニア)として有名だ。

 既にこれまでに何人もの腕利きの機竜使い(ドラグナイト)が彼の手にかけられていると言うのに、彼の情報が世に出回っていないのは――彼は必ずどちらかが死ぬまで戦いを続けるからだ。

 

「アンタほどの男が出てきたってことは、この件には『竜匪賊』もそれなりに深く関わってるってことか?」

「んにゃ、それほどでもねェよ。ここに派遣されたのは、俺と後もう一人しか居ねェからな。……まァ、んなことはどうだっていいだろ?」

 

 よくないんだよ、このイカレ野郎が。内心で毒づきながら、俺は構えた。敵――ダグラスの我慢が、そろそろ限界に達しようとしているのが分かったからだ。

 同時にダグラスも表情に狂喜を覗かせ、音もなく構えを取る。

 銀色の神装機竜の両腕をダランと垂らし、脚を大きく開いて体勢を低く落とす。その様は、今まさに獲物に飛びかからんとする肉食獣の脱力を連想させる。

 

 準備が整ったところで、俺とダグラスは、同時に宣言した。

 

「『銀影旅団』所属、織斑一夏」

「『竜匪賊』が一員、ダグラス・ベルガー」

「――参る!」

「――行くぜェ!」

 

 そうして、金の狼と銀の虎、二匹の獣の戦いが幕を開けた。

 

 

 

§

 

 

 

「『銀牙の猛虎』ダグラス・ベルガー……よりにもよって、彼ですか」

 

 先輩も大変ですね、と私――ソフィー・ドラクロワは遠く離れた場所で始まった戦いを見ながら、心の中で呟いた。

 私が今布陣しているのは、先輩たちが居る倉庫街から五百Ml(メル)ほど離れた地点にあるとある灯台だ。その見晴らし台の上で《エクス・ドレイク》を纏った私は、長大なブレスガンを構えて先輩たちの戦いを見守っている。

 普通なら見えるはずのない距離だけれど、この銃身が異常に長く、上に望遠鏡のようなものが付いた、今の王国軍の制式装備になっている狙撃銃のような、汎用機竜でも扱える稀少武装、《遠射息砲(ロング・ライフル)》のおかげではっきりと見える。

 

 どうやら先輩のお相手の、正体不明の《ヒュドラ》の戦闘スタイルも、先輩と同じ超近接格闘戦闘のようで、取っ組み合うようにして拳と拳、蹴りと蹴りをぶつけ合わせている。

 ……あんなに近いと、狙撃手(スナイパー)にとってはやりにくいことこの上ないんですけどねー。間違って先輩を撃っちゃったりしたら洒落になりませんし。

 心の中で愚痴りながらも、いざという時に先輩の援護をするために、《遠射息砲(ロング・ライフル)》のスコープを覗き続ける。

「援護は任せた」って言われちゃいましたからね。先輩の命令は私にとって絶対なのです。

 

 先輩――織斑一夏さんと出会って、早半年。けれど、あの日、先輩が私にかけてくれた言葉、してくれたこと。私は全て覚えてる。忘れられるわけがない。

 今なら分かる。先輩の言っていたことの意味が。あのままだったら、遠からず私は壊れていたことが。

 先輩が私を助けてくれた。今ここに私が居るのは、彼のおかげ。

 だから私は、彼のために尽くす。ただ彼のためだけに戦う。

 誰よりも優しくて、けれど誰よりも傷つきやすいあの人のために。

 あの人の過去に何があったのか、私は知らない。けどもし、知ることが出来たのなら――今度は私が彼を支えてあげたい。

 あの日、彼が私にしてくれたように。

 

『――こちら「キャスター」です。「ルーラー」、聞こえますか?』

「……っとと。来ましたか」

 

 どうやら街の方で待機していた『金狼騎団』の残りのメンバーが到着したようだ。思ったより早かったですね。

 来てくれたのは嬉しいんですけど、現状では皆さんに出番はありませんね。

 

『はいはーい、こちら「ルーラー」で―す。皆さん到着しましたか?』

『「アサシン」、「バーサーカー」が少し遅れています。既に戦闘は開始されているんですよね? 我々はどうしますか?』

『んー。まだ敵は一機しか現れてないので、とりあえず待機してもら…………っ!』

 

 竜声で要望を伝えようとしていると、ふとスコープの視界の中で、何かの影が動いた。

 急いでその方向に銃口を向けスコープを覗くと、十機ほどの機竜が、先程大破させられた船とは違う別の停泊中の船に向かって接近しようとしていた。

『竜匪賊』……ではないでしょうね。あのダグラスって人は嘘を吐けるような人じゃないでしょうし。

 

『お客さんが出ましたね。詳しい目的は分かりませんが、船目掛けて無我夢中で近付いてます……っていうか、もう突入してます。阻止と捕縛をお願いします!』

『「キャスター」了解』

『「アーチャー」承知しました』

『了解! 「セイバー」急行する!』

 

 私の要請に次々に分隊長からの応答が返ってくる。この小隊に入ってからそんなに経ってないけど、信頼してもらえてるってことですかね?

 さってと……あちらさんは、一体何が目的なんでしょうか。

 あの船がこの港に到着したのは昨日のこと。当然積み荷は全て運び出してある。船に積まれた荷物を狙うのならあの船を目標とするのはおかしい。

 そもそも、何でたった一隻の船に対して十機以上の機竜で襲撃かけようとしてるのか。馬鹿なん、です、か――――

 

「………………まさか」

 

 思考を重ねる中で、あることに思い至った私は、思わず呆然と声を漏らした。

 慌てて《遠射息砲(ロング・ライフル)》の照準を、賊が乗り込んで行った船へと合わせる。

 しかし合わせた照準は、少しずつズレていく。違う……こっちがズレているんじゃない、船の方が動いてるんだ(・・・・・・・・・・)

 

 そういうこと……積み荷泥棒どころか、船泥棒ってことですか!

 

『「ルーラー」から伝令です! 賊の目的は、船の積み荷なんかじゃありません! 船そのもの(・・・・・)です! 船に乗り込んで、直接強奪することだったんです!』

『なっ……!?』

 

 私が竜声で伝えた事実に、いくつもの驚愕が返ってきた。

 隊員の皆さんが驚愕から立ち直る間も与えず、私は続けて呼びかけた。

 

『船を持って行かれるわけにはいきません! 今すぐ、船を奪い返してください!』

『『『『了解!』』』』

 

 承諾の声と共に、十数機の機竜が真っ直ぐ賊に占拠された船へと向かって行った。

 それに呼応するように、船の中から十機ほどの機竜が出てきて、そのまま乱戦に入った。

 数だけを見ればこちらの方が上だ。すぐに殲滅出来る……と思ったけれど、そう上手くはいかないようで。

 

『……っ、倉庫街の方から、敵の増援です! 数は十!』

「くっ……!」

 

 隊員の一人から入ってきた通信に、思わず歯噛みする。

 落ち着け……! 焦るな、私! 私は、先輩から任されたんだ……先輩が、任せてくれたんだ!

 未だ銀色の神装機竜と壮絶な戦闘を繰り広げる先輩を見て、私は一度自分の頬を張った。

 そして、すぅっ、と息を吸い込んで。

 

『「セイバー」、「アーチャー」、「アサシン」は敵の増援の方に向かって下さい! 残りの分隊で、可及的速やかに船の奪還を! 船がこの港を離れる前に!』

 

 竜声で指示を下し、稀少武装《遠射息砲(ロング・ライフル)》を船の上甲板に向け、スコープに敵の姿が映った――瞬間、私は引き金を引き絞った。

 ドウンッッ!! 通常の機竜息銃(ブレスガン)よりも重い銃声とマズルフラッシュ。

 超速で飛翔する鋭く針のように細い光弾は、狙い過たず、『金狼騎団』のメンバーに向かって攻撃を加えようとしていた敵の《ワイアーム》の一機の右肩を穿った。

 続けて二発目。今度の目標は、左肩の幻創機核(フォース・コア)

 発射(ショット)命中(ヒット)幻創機核(フォース・コア)からのエネルギー伝達が一時的にダウンして、敵の《ワイアーム》の展開が解除される。

 

 もっと近距離での戦闘ならまだしも、この距離からの狙撃であれば、誰にも負ける気はない。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も、身体に刷り込んできた技術。

 例え相手がどれだけの速度で動いていようとも、一瞬後にどの位置に動くかが分かれば問題はない。

 

 ドウンッ! ドウンッッ!! 連続で放たれた光弾が、次々と敵の機竜を穿ち墜として行く。

 もちろん先輩の援護も忘れない。先輩の作り出してくれた隙に、容赦なく銀色の神装機竜に砲撃を叩き込む……が。

 

「嘘っ!?」

 

 信じられないことに、彼は私の砲撃を認識してから(・・・・・・・・・)、グイッと機体を仰け反らせることで回避してみせた。

 

『お前……千載一遇のチャンスをふいにしやがって……』

『ごめんなさーい!』

 

 責めるような口調で先輩から竜声が届いたけれど、その声には冗談のニュアンスが含まれていたので、こちらも少し冗談交じりに謝った。

 けれど……第一射、相手がこちらを認識していなかった段階での狙撃を回避されたというのは、かなり痛い。

 狙撃手(スナイパー)にとって標的を確実に仕留めるために最も重要になるのは一発目だ。二発目以降は、こう言ってはなんだけれどただの保険でしかない。

 その一発目を完璧に回避されたということは、もうこれ以上私が彼にダメージを与えられる可能性は限りなく低くなった。

 

 自分の失敗に歯噛みした――その瞬間、《エクス・ドレイク》のレーダーに、こちらに接近してきている新たな機竜の反応が映し出された。

 ……速い! 《エクス・ワイバーン》のそれより尚速い。その機竜は、真っ直ぐ私が布陣している灯台に向かっている。もうあと数十秒もしない内に到着してしまうだろう。

 一体どんな機竜が……《エクス・ドレイク》の電波を飛ばしてその機竜を調査する。

 

 機体名判明・神装機竜《ヒュペリオン》

 搭乗者――解析不明

 

「なっ、二機目の神装機竜!? しかも、また正体不明の――――……ッ!?」

 

 示された調査結果に驚く……暇もなかった。

 間髪入れずに表示された警告に従って、一も二もなく跳躍。灯台の上から地面へと飛び降りる。

 

 直後――ズドドドドドドッッ!!!! と。膨大なエネルギーの奔流が閃光となって連続し、私がそれまで居た灯台を跡形もなく消し飛ばした。

 

「くぅ……っ!?」

 

 ほとんど転げるように着地して、急いで起き上がり周囲の様子を探る。

 衝撃と振動で少し頭がクラリとするものの、構ってはいられない。

 何故なら――もう、すぐそこに敵が来ていたから。

 

 地面から見上げる形になった私を、炎を纏う紅の戦車に乗った竜、とでも形容すべき神装機竜がジッと睥睨していた。

 上半身だけを見れば、緑色の(ライン)の走る燃えるような紅色の装甲を持つ、やや細身の機竜。しかしその下半身は、側面に紅蓮を纏う車輪の付いた、機竜本体より二回り以上巨大な戦車となっている。

 車を引く馬もなく御者も居ないと言うのに、その紅の戦車は悠々と空中に浮いている。

 

 異形というより、威容。圧倒的な存在感を誇るその神装機竜に搭乗していたのは、私とそう変わらないぐらいの年齢の、若い少女だった。

 輝くような銀髪を後ろで一まとめにした、感情の読み取れない赤の双眸を持つ、どこか浮世離れした雰囲気の不思議な少女。

 銀色の髪……確かあれは、アーカディア旧帝国の王族であることを示す色だったはず……。

 困惑するこちらに構わず、少女はゆっくりと口を開いた。

 

「あなた、凄いね」

「は、はい……?」

「いくら遠距離狙撃用の稀少武装を持っているからと言って、これほどの距離で、動き回る的に連続で一撃も外さずに全て狙い通り命中させる……誰にでも出来ることじゃない。あなたは凄い」

「そ、それは、どうも……?」

 

 こ、この人、すごくマイペースです……。

 いきなり無表情のまま褒められて、少し毒気を抜かれてしまった私だけれど――直後に少女が全身から放った、凄まじいまでの威圧感に思わず身構えた。

 

「今ダグラスが戦ってる彼を除いたら、一番厄介なのは、あなた。だから私は、あなたを狙うことにする」

「…………!」

「あなたに特別恨みはないけど……ごめんね?」

 

 そう一方的に告げて、少女は神装機竜《ヒュペリオン》が駆る戦車に搭載された、八つの砲塔を真っ直ぐ私へと向けた。

 先程灯台を木端微塵に吹き飛ばした砲撃だ。《エクス・ドレイク》は特装型の機竜なだけあって、装甲はそこまで厚くない。まともに喰らえばひとたまりもないだろう。

 戦慄する私に、銀髪の少女は唇を薄らと歪めて、

 

「私の名前は、アナスタシア・レイ・アーカディア。神聖アーカディア帝国第四皇女(・・・・)

「……っ!?」

「さあ……そろそろ、始めよう?」

 

 少女――アナスタシアさんの言葉と同時に、私に向けられた八つの砲塔、その全てが閃光を放った。




 ソフィーの性格は、いろはすのあざとさをちょっと控えめにした感じです。いろはす可愛いですよね(一番好きなのはコマチエルですが)。


※3月29日 数字が間違っていたので編集しました。


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Story.8 二つの死闘

 こんばんわ、お久しぶりです侍従長です。宿題の量が多くて更新出来ませんでした。

 最新話、何だか長くなってしまいましたが、ようやくバトルが終わります。オリ神装機竜を作ってみたはいいが、かなりチートっぽいことになってしまった……。


 時間は少し遡り、一夏とダグラスの戦いが始まった頃まで巻き戻る――

 

 

 

§

 

 

 

「おォらァァッ!!」

 

 先手を取ったのは相手――ダグラスの方だった。

 手の内が分からない相手に対しては、まず様子見に入るのが最善……と思ってのことなのだが、もし同じタイミングで動き出そうとしても、きっと先に攻撃を喰らったのは俺の方だろう。

 そう思わせるほど、ダグラスの挙動は速かった。

 

 腕をダランと下げた前傾姿勢による脱力から、一気に跳ね上げられた《ヒュドラ》の拳が風を貫いて迫る。

 

「――ッ、チィッ!」

 

 舌打ちしながら《黄龍》へと指示を下し、グイッと身を捻ってその拳を回避する。

 すると回避したばかりの拳が、今度は裏拳となって俺の頭蓋を砕こうとしてきた。

 避けるのは……無理か。即座に判断を下して、そっと突き出した《黄龍》の右腕を《ヒュドラ》の腕を絡め取るように動かして、バンッ! と上へ撥ね上げた。

 

「うおっ」

「フッ……!」

 

 攻撃の向きを強引に変えられて体勢が泳いだ敵に、残った左腕でのボディブローを放つ。が、その攻撃はあり得ないような反応速度で弾かれた。

 続けざまの回し蹴りを擦り足のように体勢を低くして後退し、回避と共に距離を取る。

 一度仕切り直しだ……と思ったのだが、予想以上に興奮しているらしきダグラスは、その一瞬すら待ってはくれなかった。

 

「逃げんなよ、『金狼』ォッ!」

「ッ!」

 

 顔を上げ構え直した時には、ダグラスは既に俺の目の前で右の拳を振りかぶっていた。

 クッ……速、い! 銃弾のように放たれた拳を掲げた《黄龍》の左腕で辛うじていなす。

 刹那、自身の攻撃の勢いに釣られて俺の脇を抜けて行くダグラスの、狂気の混じった危険な匂いのする目と、視線が交錯する。

 ――直後、俺が放った後ろ回し蹴りが《ヒュドラ》の右肩を打ち据え、ダグラスの放った肘が障壁の上から《黄龍》の腹部を捉えた。

 

「ぐッは……かッ、こん、の……犬ッころが……!」

「がっ、ぐ、ぅ……! この、駄猫が……!」

 

 狂笑と、渋面。互いに似たような悪態を吐きながら、表情は全くの真逆だった。

 その表情のまま、それぞれ受けた攻撃の威力に逆らわずに距離を取る。

 障壁を貫いてきた衝撃が腹部に叩き込まれたが、幸いにして内臓が潰されたようなことはなかった。向こうの方も右肩へのダメージは戦闘に支障を来すほどのものではなかったようだ。

 

「くははッ、いいねェ、この感触……この感覚……久々に楽しめそうだなァ?」

 

 ダメージを負いながら、先程よりも楽しそうなダグラスの様子に、俺は一つ頷いた。

 ……特定完了。よし、いける。

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》……モード《白虎(ビャッコ)》」

「あン? 神装か?」

 

 俺の呟きに呼応して、腰部にマウントされた六枚の菱形の板のような武装、《金鱗喚符(ロード・スケイル)》がひとりでに動き、《黄龍》の両方の踵の部分にドッキングした。

《黄龍》の黄金の装甲に純白の(ライン)が走り、ヒュオォォォォ……と、両腕と両足に冷気がまとわりつき、極小の吹雪が生まれた。

 地面につけた足裏を中心に、パキパキパキ……と地面が凍りついていく。

 

「へェ……こりゃまた、随分と面白そうじゃねェかァ!?」

 

 嬉しそうに叫びながら、再びダグラスが《ヒュドラ》を駆って突撃を仕掛けてくる。

 さっきまでとほとんど同じ光景……違ったのは、俺もまたダグラスと同時に地面を蹴っていたということ。

 これまでの戦闘で常に受け身だった俺が攻勢に転じたことに僅かに驚きを見せながらも、ダグラスは逡巡せずに、俺を間合いに収めた瞬間に拳を放った。

 その一連の行動の速度は、先程までより段違いに素早かった。手加減や様子見をやめて、全力で俺を潰そうとしているのだろう。

 だが――

 

「ぐ、あ、があァァッ!?」

 

 ゴキャァッ!!

 呻き声を上げて、砕かれた装甲の欠片を撒き散らしながら吹き飛んだのは俺ではなく、ダグラスの方だった。

《ヒュドラ》の拳が《黄龍》の装甲を捉えるよりも一拍速く、ダグラスが攻撃の予備動作を見せるよりも尚速く突き出していた《黄龍》の拳が、《ヒュドラ》の左半身を鋭く打ち据えていたのだ。

 

「……ちィッ!? ンだくそッ!」

 

 俺の攻撃が直撃した左腕が、装甲が砕けた部分から徐々に凍結していくのを見て、ダグラスが焦燥の混じった声を上げた。

 

「まだ終わらないぞ」

 

 ダグラスの反応に興味を示すことなく、俺は駆けた。

 地面を踏み砕く勢いの突進の速度は、《黄龍》に出せる最大の速度を遥かに超えていた。

 

四神憑臨(フォース・トランス)》の四つの形態の一つ、《白虎》は、機体の敏捷性を大幅に上昇させる、地上での高速近接戦闘特化の形態だ。

《白虎》の一つ一つの動作速度は、元の《黄龍》の比にもならない。

 更にもう一つ、《白虎》には、周囲の温度を一気に氷点下まで下げる特殊能力があった。

《ヒュドラ》の腕が凍りついたのも、この特殊能力によるものだ。

 

「はぁっ!」

「ッ、らァッ!」

 

 一気に接近した俺に対し、ダグラスは歯噛みしながらも引き離すために《ヒュドラ》の左足を振り上げる。

 しかし――その蹴りが放たれるよりも早く、ダグラスの右側に回り込んでいた俺は、何の危険もなく攻撃に転じた。

 腹部を狙った冷気を纏う拳は、寸前で身を捻ったダグラスに回避される。

 片足で跳躍して距離を取りながら、自身が跳躍するより先に前進していた俺に、ダグラスがどこか痛快そうに叫んだ。

 

「そうか……テメェ、読んでやがるな(・・・・・・・)!? 俺の動きを……いや、俺の思考、判断を!」

 

 その叫びに、俺は何も言わず追撃する。

 凍りついた左腕で抉るような貫手を突き込んでくるが、それを読んでいた(・・・・・)俺は突進の勢いを殺さずに身体を傾けて回避し、《黄龍》の機体を右足を軸に旋回、強烈な回し蹴りを脇腹へと叩き込んだ。

 

 相手の行動や言動から、その人間の本質を読み取る――それが、俺に出来ることの中で、唯一誰にも負けないと思える技術だ。

 

 接触した部位からそのまま凍結させようとする。が――その直後、ガガガガガガガッ!! と、凄まじい衝撃が連続して俺を襲った。

 

「ぐっ、く、ぁ……!?」

「そう思い通りにはさせねェよ!」

 

 見ると、《黄龍》の肩に触れた《ヒュドラ》の蛇の顎のような形をした腕が禍々しい紫色の光を放ち、《黄龍》の装甲をガリガリと削っていた。

 このままだと完全に壊される……! そう判断した俺は、即座に足を離して後ろへ跳躍、薄い笑みを浮かべるダグラスから距離を取った。

 

「その腕は……」

「この《ヒュドラ》の特殊武装の一つ、《悪牙蛇顎(タイラント・クロー)》だ。特殊なエネルギー波を纏わせることで、何もかも削り取る振動波を生み出すことが出来るのさ」

 

 チッ……これは俺の失態だな。相手は神装機竜だ。強力な特殊武装の一つや二つ持っていると予想してしかるべきだろう。

 加えて、まだダグラスはあの《ヒュドラ》の神装を見せていない。どうせロクなものではないんだろうが……。

 何にせよ、コイツの相手をずっとしているわけにはいかない。ソフィーの負担が大きくなり過ぎる。早く退けなければ……。

 

 ――焦るな、俺。心は熱くていい、だが、頭は冷静で居ろ。

 自分に言い聞かせるように心の中で呟いたところで、ソフィーから竜声による連絡が届いた。

 

『先輩! 小隊の皆が到着しました! こっちは任せて下さい!』

『……了解』

「…………くくッ、くははははッ!」

「っ?」

「いやな? つい嬉しくてなァ」

 

 そう言ってダグラスは、口元を三日月のように歪めて続けた。

 

「誤解すんなよ? ――正直に言って、アンタは弱い。純粋な実力、元の力量だけで言えば俺とはどうしようもねェ、覆しようのねぇ差がある」

「……そうだな」

 

 そんなことは、言われずとも分かっている。

 俺が人より劣っていることなど、もう何年も前から知っていることだ。

 

「アンタは決して天才なんかじゃねェ。よくて凡才、もっと言えば非才だ。本来なら俺とアンタは勝負になるはずがねェ。……そのはずなのに、アンタは今、こうして俺を追い詰めてやがる」

「…………」

「アンタは、自分のことを強者だなんて思っちゃいねェ。むしろ、誰よりも弱いと思ってやがる。だからこそ、自分の弱さを否定せずに、アンタは自分に出来ることを最大限まで研ぎ澄ましている。そいつがアンタの強さなんだ」

 

 自身の機竜に刻まれた無数の傷を見回して、ダグラスは笑った。

 その笑みはこれまでの狂気に満ちたものではなく、純粋に称賛するような色が含まれていた。

 

「……俺はアンタを尊敬するぜ、織斑一夏。アンタは俺が今まで戦ってきた奴の中で、一番弱い……けど、一番強い敵だ」

 

 ダグラスのその言葉に、俺は何も答えずにただ構えを取った。

 ダグラス・ベルガー――コイツは天才だ。こと戦闘という分野の才能という意味では、俺など比較にもならず、それこそソフィーや……俺の姉や弟なんかよりずっと上だろう。

 コイツはそれを自覚している。自覚した上で、確固たる目的のためにその才能を振るっている。

 

「一つ、訊いていいか、ダグラス。……お前は、何のために戦っている?」

「…………俺がこの世界に生きてるっつう、確証を得るためだ」

 

 さっきまでとは別人のような、透明な表情で、

 

「俺はあの日、あの掃き溜めみてェな場所で、死ぬはずだった。いや、死んだ。誰にも確かめられることも、誰にも顧みられることもなく、野垂れ死んだ。……けど、一度死んだはずの俺は、アイツ(・・・)に新しい命と名をもらったことで、蘇った。名前すらなかったクソガキは、ダグラス・ベルガーとして生き返った」

「…………」

「けどなァ、今の俺は、ゾンビみてェなものなんだよ。一度死んじまったから、自分が生きてるってのがどういうことだか分かんねェ。何の目的もねェ、何も出来ねェ俺は、本当に生きてるのか、それが分かんねェ」

「……ゾンビ、か」

 

 ――今、分かった。

 コイツは、俺と同じだ。俺と同じ、負け犬だ。

 かつて、世界の悪意に、理不尽に抵抗しようと、戦おうとして、何も出来ずに、為す術なく敗北して。それでも、誰かが差し伸べてくれた手のおかげで、再び立ち上がることが出来た。

 俺にとってのその誰かが、マギアルカだった。彼女が差し伸べてくれた手が、かけてくれた言葉が、与えてくれた優しさが、俺を救ってくれた。俺は再び目的を持って、今を生きることが出来ている。

 目の前のコイツも、同じなんだ。コイツにも、俺にとってのマギアルカのような存在が居て、その人の手によってコイツは蘇って。

 織斑一夏と、ダグラス・ベルガー。この二人は、俺たちは、本当によく似ている。

 けど、たった一つ違ったのが――俺は成すべきことを見つけることが出来て、ダグラスにはそれが出来なかった。

 

「けどよォ、戦ってる時、自分の命、魂、全存在を賭けて戦ってる時だけは違ったんだよ。血潮が湧き立ち、肉体が躍動し、脳髄が震え……そんな瞬間だけは、俺は生を感じることが出来る。……ちょうど、今みたいななァ?」

「……!」

 

 そこまで言って、ダグラスは再び表情を変えた。

 爛々と瞳を滾らせた、獲物に跳びかかる寸前の餓えた獣のようなものへと。

 

「人間が最も生を感じられるのは、死が傍らにある時だ……ってのが、俺の持論でな。付き合ってもらうぜ、『金狼』。死を恐れず戦うんじゃない、俺が生きるために、アンタと戦う。(ケダモノ)同士、仲良くやろうぜ?」

「……お前と一緒にするなよ」

「馬鹿言うな。氷みてェに冷徹な瞳の奥の、ドロッドロに煮え滾った熱のカタマリ……テメェも十分ケダモノだよ」

「……違いない」

 

 フッと笑みを向け合った――直後、俺とダグラスは同時に駆け出した。

 素の速度ではダグラスの方が上だが、今の《黄龍》は《白虎》の形態であり、速度は互角。

 お互い、ほとんど同じタイミングで相手の間合いに入った。

 

「ゥおおらァァッ!!」

 

 咆哮と共にダグラスが紫紺のエネルギーを纏った拳を連続で叩き込んでくる。その威力と勢いは先程までとは比べ物にならないほど、苛烈なものだった。

 だがダグラスのその攻撃自体は見切っていた……いや、知っていた(・・・・・)ので、対処するのは容易ではないものの、遅れるようなことはなかった。

 敵の動きから次にどこに打ち込まれるのかを読み、的確に捌いて行く。《悪牙蛇顎(タイラント・クロー)》があるので拳ではなく手首から上を弾いて。

 

 冷静に捌きながら、何発目かの拳打を一際大きく弾く。自身の攻撃の勢いで体勢を崩したダグラスに、駄目押しに両足を一気に刈り取った。

 ダグラスはそれを大きく跳躍してかわした。しかしどちらにしろ体の平衡を失い、前方へと倒れ込んでゆく。

 歯噛みするダグラスに思いっ切り蹴りを叩き込んでやろうと思ったが、ダグラスは《悪牙蛇顎(タイラント・クロー)》を、俺ではなく地面に叩きつけた。

 

「……くっ!」

 

《ヒュドラ》の特殊武装の発する振動波によって俺が立っていた地面が破砕され、強制的にバランスを崩された。

 完全に倒れてしまう前に崩れた地面を蹴って跳躍、ダグラスもまた勢いに逆らわずに前転するようにして飛び退いていた。機竜を使っているのに器用な奴だ。

 お互い体勢を整えた直後――再び殴り合いが始まる。

 

「くははははははッ!! やっぱ面白ェなァ!?」

「喜んでいただけて、光栄だよ!」

「そうだ、それでいい! もっと、受け止めてくれよォ! ――《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》!」

 

 哄笑しながらダグラスが叫び声を上げたのと同時に、奴の纏う《ヒュドラ》の右腕から、ガシャリッ! と、銃弾が装填されるような音が聞こえた。

 その変化に視線をやった隙に強かに蹴り飛ばされる。衝撃に顔を顰めながらダグラスの方へ視線を向けると、奴は《ヒュドラ》の両拳を打ち合わせるような体勢を取っていた。

 

「何を……」

 

 訝しむ俺にダグラスはニヤリと笑い――直後に、重ね合わされた二つの拳から、莫大な量の禍々しいエネルギーが漏れ出し、《ヒュドラ》の機体を覆った。

 全身から紫色のオーラを噴き上げる銀色の神装機竜を纏って、ダグラスは俺に拳を向けた。

 

「《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》――《ヒュドラ》の持つもう一つの特殊武装。月が満ち欠けを繰り返すまで……まァつまり、一月に九発しか使えねェ弾丸さ。その分使い勝手がよくてなァ。こういう風に機体の強化に使ったり――そのまま砲撃に使ったりな?」

「……ッ、そうか、最初の砲撃は」

「グダグダ考えてる暇はねェぞ!」

 

 雄叫びを上げ、再び突撃してくるダグラス。だがその速度は、先程までとは段違い、まさしく桁違い。

 これは……《白虎》に匹敵する……!?

 

「オラオラオラオラオラオラァッ!!」

「ち……く、ぐぅ……っ!」

 

 雨霰と降り注ぐ、視認すら難しい拳打の嵐を、先読みだけで防ぐ。しかしさっきとは違って、本当に防ぐだけで精一杯だ。

 隙を見て反撃――などという欲は捨てて、ひたすらに防御に専念する。

 それでも尚、捌き切れなかった攻撃が《黄龍》の装甲を掠り、障壁の上から俺の身体へと衝撃を伝える。

 

「クハハハハハッ! これでも攻め切れねェか! いいぜ、ならコイツはどうだァ!? 《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》!」

「――!」

 

 痛快そうにダグラスが叫んだ言葉に応じて、《ヒュドラ》の左腕が再び禍々しい紫色のオーラを放出し始めた。

 そのオーラは今《ヒュドラ》を覆っているオーラのように機体の周囲に拡散されることはなく、《ヒュドラ》の左拳の先に円を作るように収束していく。

 バチバチとスパークを繰り返し、莫大なエネルギーが陽炎のようにグニャリと空間を歪めて――

 

 ゴォォアァァァァァッッ!!!!

 

 指向性を持たせず一気に解き放たれたエネルギーが、俺の視界を一瞬で白く染め上げた。

 まさしく、邪悪なる竜の顎から放たれる息吹。災厄の顕現。

 破壊力のみを追求した無秩序なエネルギーの奔流は、進行方向上のもの一切合財を消し飛ばしながら進もうと――

 

「――《竜の髭(ウィスカー・カーテン)!》」

 

 したところで、俺が展開した光の膜のカーテンに触れた端から空気に溶けていった。

 分解された熱量が無数の煌めきとなって俺たちの周囲を乱舞する。

 

竜の髭(ウィスカー・カーテン)》。

 触れたエネルギー体を拡散させる《黄龍》の持つ特殊武装。

 例えどれだけの威力の――《ヨルムンガンド》の大砲であろうとも、それがエネルギーであるならばこの武装は全てを無意味にする。

 ……とはいえ、これが《黄龍》の機体の動力を使って稼働しているため、もちろん限界はある。

 今回は……少し危なかったか。《竜の髭(ウィスカー・カーテン)》の端の辺りが少し溶けている。

 

「ははッ、コイツも凌ぎ切るかよ! 強ェなァ、アンタは!」

「厭味かよ、畜生がっ!」

「がァッ!?」

 

 心底楽しそうに笑うダグラスにちょっとイラッときた俺は、一瞬の隙を衝いて肉薄、右肘を脇腹の辺りへと叩き込んだ。

 体をくの字に折り曲げて吹き飛ぶダグラス。追撃しようとしたが、《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》の力によって強化された《ヒュドラ》は凄まじい速度で体勢を立て直し、牽制の拳を放ってきた。

 牽制とは言ってもその威力は全く侮れない。しっかりかわしてから、攻撃。

 更に後ろへ吹き飛ぶダグラス――――今だ!

 

『ソフィー!』

 

 俺が竜声でソフィーへ指示を送った、一瞬後。

 夜空を切り裂くように、一筋の細い閃光が視界を駆け抜けた。

 数百ml(メル)離れた位置に布陣するソフィーが、稀少武装《遠射息砲(ロング・ライフル)》を使用して行った遠距離狙撃だ。

 相手の咄嗟の回避行動すら織り込んで放たれた閃光は、距離など関係ないもののように、正確に《ヒュドラ》を穿ち……

 

「うおッとォ!? 危ッぶねェな!」

「なっ……」

 

 ……信じられないことに、この野郎、もうすぐそこに砲撃が迫っていたタイミングから強引にかわしやがった。

 どんな反射神経してやがる、コイツ……!

 まあとりあえず、

 

『お前……千載一遇のチャンスをふいにしやがって……』

『ごめんなさーい!』

 

 少し冗談っぽく言うと、冗談っぽい謝罪が返ってきた。

 まあ、今のは流石に仕方がない。この敵がおかしいだけだ。お仕置きはなしにしといてやろう。

 

「くはッ、やってくれるじゃねェか、犬ッころ」

「誰がいつ終始一対一でやってやるなんて言ったよ、駄猫」

 

 とはいえ、これ以上のソフィーの援護は期待できないだろうが。一度回避された以上、もうコイツを狙撃で捉えることは極めて困難になってしまった。

 やれやれ……厄介な敵だな畜生め。

 舌打ちしつつ、俺とダグラスは同時に構え直し、同時に駆け出した。

 

「らァァァァッ!!」

 

 ダグラスの攻撃の速度と威力は先程とは段違いだ。気のせいかもしれないが、コイツ打ち合えば打ち合うほどに実力が上がっている気がする。

 スロースターターなのか、戦いを繰り返す中でグングン成長していく真性の天才か。恐らく後者だな。これだから天才って奴らは。

 そんな愚にも付かないことを考えられるぐらいには、俺に焦りはなかった。

 どれだけ速かろうと、どこにどんなタイミングで攻撃が来るのかさえ分かれば、対処は容易……と、ソフィーに言ったら怒られたんだが何故だろうか。

 

 当時のことを思い出しながら、ダグラスの放った右ストレートを左腕で受け止める。

《白虎》の冷気が《ヒュドラ》の装甲を凍結させようとして、《ヒュドラ》の纏う《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》のエネルギーがそれを弾く。

 二機の機竜の力が鬩ぎ合いを続ける中で、ふとダグラスが囁いてきた。

 

「……先に使ったのはアンタだからな、こっちも遠慮する必要はねェよな? ――使わせてもらうぜ、俺の神装を!」

「……っ!?」

「侵蝕しろ、《不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》ッ!」

 

 ダグラスが《ヒュドラ》の神装の名を叫んだ……と思った、次の瞬間。

 バキィィッ!! と。《黄龍(・・)の装甲がひとりでに(・・・・・・・・・)砕け散った(・・・・・)

 

「なっ……!?」

 

 コイツ、何を、した……!?

 全く認識出来ない速度で攻撃してきたのか……そう考えたが、今の双方の体勢はコイツが神装を使う前と同じだ。

 一体何が起きた。組み付いていた《ヒュドラ》を振り払って後退し、薄ら笑いを浮かべるダグラスを見て舌打ちをして――俺はあることに気が付いた。

 

 俺の《黄龍》は山ほどの傷を作っているのに……ダグラスの《ヒュドラ》は、俺が与えた傷の半分以上が綺麗さっぱり消え去っていた。

 まさか――この《ヒュドラ》の神装は――!

 

「……ダメージの譲渡(・・・・・・・)、か!?」

「正解だぜ、犬ッころ。《不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》――コイツは、俺が受けたダメージの半分を、触れた相手に問答無用で押しつけることが出来るのさ」

 

 得意げに笑うダグラスだったが、俺は歯噛みするしかなかった。厄介にもほどがある神装だな、くそっ!

 ダメージを移されるということは、生半可なダメージを与えたとしても、それをそのまま返されるということだ。

 つまり、これまでのように敵の消耗を狙うことは出来ない。消耗させることが出来たとしても結局神装によってプラマイゼロになってしまう。

 となれば……狙うは、一撃必殺しかない。神装を使う余裕がなくなるほどの、絶対の一撃で、倒す。

 ザッと頭の中で算段を組み立てて、俺は深く息を吐いた。

 やれやれ……こんな状況だと言うのに、奇妙に胸の内が湧き立つのは、何でだろうな?

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》――モード《朱雀(スザク)》!」

 

 言下に、《黄龍》の両足に接続されていた《金鱗喚符(ロード・スケイル)》が、両肩と両腕に接続され、機体の装甲に燃えるような紅の線が走った。

 そして、《白虎》の能力によって生み出されていた冷気に代わるように、《黄龍》の拳に燃え盛る真紅の炎が宿った。

 

《朱雀》は一撃の破壊力を追求した、超攻撃特化形態だ。

 敏捷性では《白虎》に劣るが、純粋に攻撃力という点で見れば、《朱雀》の方が圧倒的に上。

《朱雀》の持つ特殊能力は、見ての通りこの炎。遠距離へ撃ち出すことこそ出来ないが、拳打の威力を爆発的に高めてくれる。

 紅蓮の炎を纏った拳を握って、俺は構えを取った。同時にダグラスも体勢を低くする。

 

「さぁ……続きをしよう」

「……いいぜ、やってやるよ」

 

 何度目かの仕切り直しを経て――二匹の獣の死闘がより激しさを増しながら、再開された。

 

 

 

§

 

 

 

 一夏とダグラスの戦いがヒートアップしていた、その頃。

 

 

 

§

 

 

 

 正体不明の神装機竜《ヒュペリオン》を駆る少女、アナスタシアとの戦闘に入っていた私、ソフィー・ドラクロワはと言えば、

 

 キュィィィン、ドォォォンッ!!

 

「ひゃあぁぁぁぁぁ~~~っ!?」

 

 中空を駆ける《ヒュペリオン》の戦車より放たれる砲撃から、無我夢中で逃げ回っていた。

 もはや倉庫街の一部などと言わず、倉庫街全域を使って、コンテナの陰など少しでも射線を隠せる場所に飛び込んだりしながら、ただただ逃げる。

 

 いや、だってあんなの無理ですって! いくら《エクス・ドレイク》とは言ったって、元々特装型の《ドレイク》は正面戦闘には向いてませんし!

 加えてあの砲撃、一発一発の威力が飛んでもなく高い上に、乗ってる戦車も馬鹿みたいに速いんですよ! 一発でも食らったら即ゲームオーバー!

 何ですかこの理不尽ドゴォォォォン、ってわぁぁぁぁもぉぉぉぉぉっ!!

 

 心中だけでなく実際に叫びながら、ほとんど涙目になって倉庫街を駆け抜ける。

 私の後ろでは砲撃をモロに食らったコンテナが、次々と蒸発していく。

 何とか紙一重で回避しているものの、既に《エクス・ドレイク》の装甲はボロボロだ。一目見て分かる劣勢。

 ち、ちくせう……!

 

「むぅ……避けないで。当たらないから」

「当たったら死ぬんですけどこっちは! 避けるに決まってるでしょ!?」

 

 アナスタシアさんが平坦な声で漏らした不平に、ほとんど噛みつくような勢いで返す――間にも、苛烈極まる砲撃は続いている。あ、またコンテナ宙を舞った。

 倉庫街の中を駆け巡りながら、少しずつ先輩たちが居る方向に近付いていることに気が付いた。誘導してた……ってわけじゃなさそうですね。けど向こうに行かせるわけにはいきません。流石に神装機竜が二機は手に余りますし。

 並べられたコンテナの一つの陰に回り込み、支柱に竜尾鋼線(ワイヤーテイル)を巻きつけ遠心力で方向転換。大きく弧を描くカーブを付けて砲撃の回避と同時に移動する。

 

「大丈夫。自分の機竜の性能を信じて」

「ブッ壊そうとしてる方の人が何言ってるんですか!? というか一応言っときますけど、私の、《ドレイク》ですよ! 装甲も薄ければ攻撃力も低い、ごく一部のニッチで上級者な変態さんたちが好んで使ってるマゾ仕様の機竜ですよ!?」

 

 運悪く竜声が部隊の皆さんに繋がったままだったらしく、《ドレイク》を扱う皆さんから揃って「おい」の言葉をいただいちゃいました。ごめんなさい。

 こんな風に一見和やかな会話を交わせども、実際は普通にピンチです。

 回避を繰り返すことしか出来ず、反撃なんてとてもじゃないけど無理だ。

 

 焦る私に、アナスタシアさんは楽しそうに微笑んで、

 

「どっちにしてもその行動は無駄。《ヒュペリオン》の持つ唯一にして最大の特殊武装、《暁駆戦車(スカーレット・チャリオット)》から逃げ切れると思わないで」

 

 自慢げなその言葉に、私は些かイラッとしてしまった。

 機体自慢は良いですけど……あんまり舐めないでもらえますかねぇ……!?

 

 逃げ回りながら《エクス・ドレイク》のレーダーを起動して周囲を探る。……よし、これなら。

 

「……あっちも、そろそろですかね」

 

 ふとあらぬ方向を見て呟いて、私は一つ大きく息を吸って、吐いた。

 ちょっと一勝負、行きますか。

 覚悟を決めて、先程レーダーで調べて発見した、『アレ』が収納されているコンテナの方へ走る。

 

「む……どこに行くの?」

 

 訝しげに眉を顰めながらも、叩き込んでくる砲撃には一切の手加減がない。

 舌打ちして、加速。ここで捕まるわけにはいかない。

 吹き飛ばされていくコンテナやらの衝撃を歯を食い縛って耐えて、一発逆転のために必要なもののある場所へ向かう。

 もうちょっと……あと十ml(メル)もあれば辿り着く! けど引っかからなければ意味がない、慎重に、けどあくまで必死に! 逃げ道さえ調整して……

 

「ぐぅっ!?」

 

 とか何とか思ってたら、いきなり進行方向上の地面が爆ぜ飛んだ! 違う、運悪くそこに着弾したのか!

 くっ……目的のコンテナは……あと五mlくらい……これなら、行ける!

 素早く憶測を立てた私は、思いっ切り崩れた姿勢を立て直そうとはせずに――むしろ更に地面を蹴って、右斜め前方に配置されていたコンテナに突っ込んだ。

 

 バキャァァァァッ!! 破砕音が響き、《エクス・ドレイク》の装甲がメキメキと不吉な音を立てながら、コンテナの金属製の外壁を突き破った。

 膝を抱えるようにして出来るだけ機体と身体を丸めていた私は、中にあった数十本の大樽を(・・・・・・・)薙ぎ払って(・・・・・)、そのままそのコンテナの向こう側へと、勢いのままに放り出される。

 あ痛っ、お、お尻に衝撃が……って、悶絶してる暇もありませんよね!

 ゴロゴロと地面を転がりながら、辺りに漂う強い(・・・・・・・)アルコールの匂い(・・・・・・・・)を堪えて、素早く体勢を立て直して再び駆け出す。

 

「……あなたは、何がしたかったの?」

 

 不思議そうに首を傾げるアナスタシアさん。ま、まあ、傍から見たら完全に自爆ですからね……けど、すぐにその澄まし顔を変えてあげます!

 

「よく分からないけど……もう終わり?」

「それは……どうですかね!」

 

 再度逃げ出した私を追い、ベリーデンジャラスな鬼ごっこを始めようとして、上空を移動する《ヒュペリオン》が、さっき薙ぎ倒したコンテナの真上に来た――

 ――そうレーダーで認識した瞬間に、私は機竜の脚に急ブレーキをかけ、左脚を軸にして一回転し……両腕に抱えていた稀少武装、《遠射息砲(ロング・ライフル)》のスコープを覗き込んで……発砲(ファイア)

 今の私に出来る最高の速度で以て放たれた光弾は、こちらへ迫る《ヒュペリオン》――ではなく(・・・・)

 さっき私が突き破った(・・・・・・・・・・)コンテナの外壁の残骸(・・・・・・・・・・)へと、真っ直ぐ突き進んで行った。

 

「…………っ?」

 

 自分に対しての攻撃ではないため、アナスタシアさんも手を出すことはなく、ただ見送るだけだった。

 真っ直ぐ飛翔した光弾は粉砕された外壁の一部を掠めて(・・・)どこかへ飛んで行き――凄まじい速度の摩擦によって、ヂチィッ、と火花(・・)を飛ばして――――直後。

 

 ボッガァァァァァァァァンッ!!!! と。

 

 突如として、倉庫街全体に響くような轟音とともに、半壊したコンテナが大爆発を起こした。

 そして、猛烈な勢いで噴き上がった、夜闇を鮮やかに染め上げる爆炎と黒々とした黒煙が、丁度真上に陣取っていた(・・・・・・・・・・・)ヒュペリオン(・・・・・・)を呑み込む(・・・・・)

 

「……っ、なっ――」

 

 アナスタシアさんが上げた驚愕の声は、渦巻く爆炎に掻き消される。

《ヒュペリオン》の特徴的な紅の装甲は、今尚続く爆発によって噴き上げられた炎と煙に覆い隠されて見えなくなってしまった。

 

「ふっふっふ……計画通り」

 

 予想以上に上手く行った作戦に、私は思わずニヤリとした笑みを浮かべる。

 作戦と言っても、実際はそこまで複雑なものでもない。口に出してしまえばとても単純なものだ。

 

 簡単に言えば――沢山の酒樽が押し込められていたコンテナを無理矢理突き破って、中にあった大量のお酒を辺りにばらまいて、ちょっとした火花を起こして引火させた。それだけである。

 単純極まる、杜撰な作戦。きっと誰でも思いつく程度のものでしかない……って、後日先輩に言ったら怒られたんですが、何故でしょう?

 

「くっ……こんなもの……!」

 

 聞こえてきた焦りを含んだ声に、バッと顔を上げる。

 やはりと言うか、あんな爆発だけで倒すのは不可能なようで、アナスタシアさんは鬱陶しげに《ヒュペリオン》の機体を振り回し、爆心地であるその場所から離れようとする。

 それを見て――私はまた、ニヤリと微笑んだ。

 

「前が見えない状態で進もうとするのは、危険ですよー?」

 

 私が取って置きの猫撫で声で言うのと、《ヒュペリオン》がすぐ傍にあった物見塔へと突っ込むのは、ほとんど同時だった。

 煉瓦と木で組み上げられた物見塔は機竜の荷重を支え切れずに、呆気なく崩壊する。

 そして、何の備えもしていなかったところに強い衝撃を受けた《ヒュペリオン》もまた、大きくバランスを崩した。

 普通ならあり得ないミスだろうけれど、黒煙によって完全に視界が封じられていては、これも仕方がないだろう。

 きっと混乱に見舞われているだろう彼女では、反撃はおろか満足に動くことすら出来ないはず。

 

 ほくそ笑みながら、《遠射息砲(ロング・ライフル)》の引き金を引き絞る。こんな絶好のチャンス、見逃す手はないでしょ。

 しかし――続けて聞こえてきた、静かな声に、私は表情を強張らせた。

 

「《ヒュペリオン》、この空は全て貴方の物――《天空支配権(スカイ・コマンダー)》」

 

 その声が空気を震わせると同時、《ヒュペリオン》の戦車の両側面の車輪がまとっていた炎が、一対の半透明の翼を象った。

 煌々と輝く炎の翼が、バサリ、と大きく羽ばたいた――直後、《ヒュペリオン》の前面にドーム状の分厚い障壁が展開され、私の放った砲弾を容易く消し飛ばしてしまった。

 

「なっ――!?」

 

 砲弾だけでなく、《ヒュペリオン》が圧し壊した物見塔の瓦礫すらもがその障壁に触れた瞬間に蒸発(・・)し、、粉塵さえ届かない。

 特殊武装……いえ、さっき彼女はあの戦車が唯一の特殊武装と言った、であれば、あれが《ヒュペリオン》の神装……⁉

 

 アナスタシアさんはそのまま炎の翼を広げて、再び空へ舞い上がった。

 バサリ、バサリと翼が羽ばたかれる度に、アナスタシアさんの視界を塞いでいた粉塵や黒煙が吹き飛ばされてしまう。

 

 舌打ちを堪えて《遠射息砲(ロング・ライフル)》を発砲する。何にせよ、私の側に傾いている戦況を覆させるわけにはいかない。

 しかし私の放った光弾は、無慈悲にも再び展開された障壁によって跡形もなく消し去られてしまった。

 困惑する私に、アナスタシアさんは無表情のまま、

 

「《ヒュペリオン》の神装、《天空支配権(スカイ・コマンダー)》。この《暁駆戦車(スカーレット・チャリオット)》に乗っている間のみ、ありとあらゆる攻撃を無効化(・・・・・・)する障壁を張ることが出来る。展開している間はエネルギーを全部こっちに割り当てるから私は他の行動が出来ないけれど、防御という点においては無敵の神装。ダグラスの《九頭の災い(ナインス・ディザスター)》すら完全に防いでみせる」

「攻撃の……無効化……⁉」

 

 確か、ヴァンハイム公国のグライファー・ネストさんの神装機竜、《クエレブレ》の神装が、短時間の無敵化、でしたか。

 防御能力という意味ではこっちの方が数段上ですかね……聞いた話だと、あっちには弱点があるそうですし。

 あの神装を使っている間はあっちからは攻撃出来ない代わりに、こっちから何をしても無駄、と。

 つくづく、神装機竜ってのは面倒な能力ばっかりですね……!

 

「本当は汎用機竜相手に使うつもりはなかった……誇っていいよ。あなたは、私に神装を使わせてみせたんだから」

「嬉しくないんですけど……」

「ちゃんとした誉め言葉だよ? あなたは《ヒュペリオン》の火力から、多少の損傷はあれど今の今まで、《金狼》とダグラスの戦闘域に近付けないように調整しながら逃げ切って、それだけでなく、こうして罠にまで嵌めた。並の機竜使い(ドラグライド)に出来ることじゃない」

「…………」

「あなたは、いわゆる天才っていう人種なんだろうね。でも、それだけじゃない。才能にだけ縋って立つことをせずに、それを育て上げるために最大限の努力を積み重ねてきた」

「……見てきましたから」

 

 そう……ヴァンフリーク商会に引き取られて、マギアルカ先生の指導を受けるようになってから、私はずっと見てきた。

 自分には才能がない、凡才でしかないと言い続けながら、誰よりも頑張っていた、先輩の姿を。

 確かに、あの人は自他共に認める通り、決して天才じゃない。

 天才が一日で十の事柄を覚えられるとしたら、先輩に覚えられるのはせいぜい三つ程度。

 けれど彼は、無理をして先に進もうとはせず、確実に覚えられるその三つを何度も何度も反復して、最大限まで研ぎ澄ます。

 泣き言一つ言わず、へこたれることなく、挫けることなく、ただひたすらにそれを繰り返す。

 天才のみが超えられるような、普通なら諦めてしまうような壁も、「だからどうした、才能なんてくそくらえだ」と、血反吐と共に吐き捨てて、歯を食い縛って乗り越えてしまう。

 私は……そんな先輩の姿に、心底憧れた。

 私も、あの人の進む道を、隣で歩きたいと、そう思ったんだ。

 

 真っ直ぐ自分を見据える私を見て、アナスタシアさんは薄らと、満足げに微笑んだ。

 

「……いいね、その目。《ヒュペリオン》の力を知って尚、あなたはまだ戦う気なんだね」

「もちろん。諦める気はありませんよ」

「でもどうする気? さっきみたいな奇策で私を翻弄したとしても、汎用機竜の火力ではどう足掻いても《天空支配権(スカイ・コマンダー)》の守りを突破することは出来ない。あなたひとりでは、何をしようと勝てないよ?」

「ええ……そうですね。私の《エクス・ドレイク》は、稀少武装を装備していても所詮は汎用機竜。私一人で、あなたに勝てるはずがない」

 

 不思議そうなアナスタシアさんに、私は笑った。

 そう……私一人なら(・・・・・)、ね?

 

 直後――アナスタシアさんの背後で、無数の閃光が瞬き、夜の帳を眩く染め上げた。

 

「――――なっ⁉」

 

 驚愕の面持ちで振り返ったアナスタシアさんを、背後に布陣していた機竜の機竜息砲(ブレスガン)の光弾による弾幕が襲った。

 アナスタシアさんと話している間に竜声で待機を要請していた、敵の装甲機竜(ドラグライド)との戦闘を終えた『金狼騎団』の皆さんが、私の指示で背後からアナスタシアさんに掃射を浴びせたのだ。

 

『ナイスです皆さん。おかげで助かりました、ありがとうございます♪』

『あはは……』

 

 あれ、とびっきり可愛く言ってあげたのに、返ってくる反応が微妙ですね?

 

「くっ……多対一、とか……!」

「だーれも最後まで一対一で戦ってあげる―、なーんて言ってませんもーん」

 

 間一髪で《天空支配権(スカイ・コマンダー)》を展開して防いでいたアナスタシアさんが吐いた悪態に、満面の笑みで返す。

 すっごく楽しそうに言った私に、アナスタシアさんはすっごく忌々しげに表情を歪めて、

 

「あざとい、ね」

「褒め言葉でーす♪」

 

 そんな会話をしている間にも、『金狼騎団』の皆さんが続々と集まって、《ヒュペリオン》を中心に取り囲むようにして布陣していく。

 

 確かに強力な《ヒュペリオン》の神装だけれど、攻略法はある。

 その一つで、最も簡単なものが、全方位からの飽和攻撃(・・・・・・・・・・)

 

「さあ、どうしますか? いくらあなたの神装が絶対的な防御力を誇っていたとしても、上下左右東西南北ありとあらゆる方向から降り注ぐ砲撃を、果たして捌き切れますか?」

 

 最初の段階で、あの障壁を展開することが出来るのは一方向に対してのみというのは分かっていた。

 なら後は簡単だ。どうにかして時間を稼いで、皆さんが来てくれるのを待てばそれでいい。その上で皆さんと一緒に全方位から一気呵成に攻撃を仕掛ければ、対応し切れずにいずれ倒れる。

 私がスッと手を挙げて合図をすると、皆さんが一斉にブレスガンの銃口をアナスタシアさんへと向ける。

 もはや逃げることは――不可能だ。

 

「そう。……あなたたちが来たってことは、船の強奪に向かってた人たちは全員殺されたか捕まった、ってことね」

 

 絶体絶命の危機の中で、アナスタシアさんはあくまで冷静に呟いた。

 

「なら……もう最低限の義理は果たした、ってことでいいかな?」

「え……?」

「――《陽光の加護(サン・シャイン)》」

 

 静かな声でアナスタシアさんが何かを囁いた――直後に、カッッ!! と、《ヒュペリオン》が全身から目を焼くような閃光を放射した。

 一瞬で視界が真っ白に染まり、私たちは反射的に目を覆ってしまう。

 光だけで衝撃とかダメージはない……ってことは、目晦まし⁉

 

「うおわっ⁉」

「きゃあっ⁉」

 

 未だ視力が回復しない中で、数人の悲鳴が聞こえる。

 肉体の反射で滲んできた視界に薄らと、超スピードで去っていく真紅の戦車が映る。

 混乱の隙を衝いて、無理矢理包囲網を突破したのか!

 

「くっ、レーダーは……っ⁉」

 

 見失わないようにレーダーで《ヒュペリオン》の位置を確認しようとしたけれど、何故かレーダーが上手く働かない。

 私が動揺していると、ふとアナスタシアさんから竜声が届く。

 

『《ヒュペリオン》の持つもう一つの特殊武装(・・・・・・・・・)、《陽光の加護(サン・シャイン)》。機竜の全身から特殊な光を照射して、敵の視界を奪うついでにレーダーを一時的にダウンさせるの』

『ちょっ……特殊武装⁉ その戦車が唯一の特殊武装じゃなかったんですか⁉』

 

 あなたさっき自分でそう言ってましたよね⁉

 肉声と竜声の両方で非難の声を上げる私に、アナスタシアさんは――とびっきり嬉しそうで得意げな声音で、

 

『うっそ♪ ごめんね♪』

「んなっ……」

 

 一切謝罪する気のない弾んだ声に、思わず絶句する。

 いつの間にか飛んで行ってしまった《ヒュペリオン》に向かって、聞こえないと分かっていながら言わずにはいられなかった。

 

「こんの……あざとい!」

 

 ……この時、視界が回復して何とか追跡を開始していた『金狼騎団』の面々は、皆一様に心の中でこうツッコんでいたという。

 曰く、「お前が言うな」と。

 

 

 

§

 

 

 

 俺とダグラスが、お互いの特殊武装と神装の全てを出し尽くして、駆け引きや小細工満載の戦いを繰り広げているさ中。

不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》を発動させたダグラスの右ストレートを回避した、ちょうどその時だった。

 至近距離で殴り合う俺たちに向けて、何条もの閃光が降り注いだのは。

 

「うおッ⁉」

「なっ⁉」

 

 どうやらダグラスも予期せぬ攻撃だったらしく、二人揃って驚きの声を上げながら慌てて後退る。

 ドドドドドドドドッ!! と、その閃光は俺たちが直前まで居た空間に着弾し、地面にすり鉢状のクレーターを作った。

 おいおい……どういう破壊力だよ。ってか、どこのどいつだよ。

 

「……あん? コイツは……」

 

 訝しむ俺とは違って、ダグラスには心当たりがあるようだった。

 少し苛立たしげな表情で上空を仰ぐダグラス。その動きに吊られて、俺も同じ方向を見上げ――そして思わず頬を引き攣らせた。

 そこに浮かんでいたのは、左右から炎の翼を生やした戦車に乗った、深紅の装甲の神装機竜だった。

 神装機竜……まだ居たのか⁉

 その神装機竜を駆るのは、ソフィーとそう変わらないような年齢の、銀髪紅眼の少女だった。

 

 何となく感情が希薄な印象の少女に向けて、ダグラスが舌打ち交じりに声をかけた。

 

「おい、アナ! 人がせっかく楽しんで時に、邪魔すんじゃねェよ!」

「うん、ごめん。それよりも、撤退するよ」

 

 アナと呼ばれた少女は、ダグラスの怒声をサラリとかわして一方的に告げた。中々やるな。

 しかし……撤退?

 

「あん? 撤退?」

「実働部隊の皆さんが全員やられたみたい。私たちの役目は終了」

 

 実働部隊がやられた……どうやら、部隊のみんなが上手くやってくれたみたいだな。

 安堵して肩の力を抜く俺だったが、ダグラスは未だ不満タラタラの様子で、

 

「おいおい、まだ俺たちは決着がついてねェんだ、水を差すんじゃねェよ」

「すぐに敵の機竜使い(ドラグナイト)がこっちに来る。そうなると私たち二人でもかなり厄介」

「あァ? 全部叩きのめしゃァ問題ねェだろ?」

 

『銀牙の猛虎』ダグラス・ベルガ―は、どちらかが死ぬまで絶対に戦いをやめない。

 そんな評判を持つ身としては途中で戦いをやめるのが許せないのだろう。いや、単純に不満なだけか?

 ダグラス自身が言う通り、雑兵がどれだけ集まったところで、一蹴されるだけだろう。

 だが――ウチの部隊の実力を、あまり侮るなよ駄猫。

 

 俺がそう思ったのを悟ったのかは知らないが、少女は少し呆れたような表情で後ろを振り向いた。

 

「……あれを見ても、そう思うの?」

 

 そこには、慌てて処女を追いかけてきたらしい『金狼騎団』の面々が挙ってやってきていた。

 見たところ、目立った負傷を負った奴は居ない。あ、いや、ソフィーは機竜を纏わずに《ワイバーン》を纏った女性隊員に抱えられている。

 

「せんぱーーーい!!」

 

 あ、馬鹿、何で飛び降りた⁉

 満面の笑みで空から飛びついてきた……というか降ってきたソフィーに少し焦りながら、しっかり生身の腕で受け止める。

 するとソフィーは、ますます目を輝かせて俺の首に腕を回してきた。

 

「先輩、先輩! 怪我はないですか? 大丈夫ですか⁉」

「いや、普通に怪我はあるんだが……ってか、お前重い」

「ちょっ、女の子に何てこと言うんですか⁉」

「おい待て馬鹿やめろ首絞めるな!」

 

 正直に感想を言ったら、憤慨してギリギリとヘッドロックをかけて来やがった。

 苦しいだけでなく、今更ながら装衣は着用者の肌にぴったりと張り付いているので、意外と発育のいい女の子の柔らかい体が押し付けられて困る。……卒業しててよかった。

 

「は、はははッ! なるほどなァ……」

 

 聞こえてきたダグラスの笑い声で我に返る。畜生、ソフィーとのやり取りがいつも通り過ぎて、一瞬ここが戦場だって忘れてた。

 見ると隊員たちが、「爆ぜろ」って目で俺達を見ていた。ごめんなさい。

 しかしダグラスは、とても、とても楽しそうに笑っていて、

 

「あァ、クソ……こんな状況じゃァなかったら、一人ずつ戦いたかったもんだな」

「これでも問題ないと思う?」

「いや、流石に思わねェよ。お前が逃げてきたのも納得だ。そいつらは雑兵なんかじゃねェ。れっきとした強者だ。よッと!」

 

 言って、ダグラスは《不死蛇の血毒(サクリファイス・ポイズン)》を使っていても尚ボロボロだった《ヒュドラ》を解除して、大きく跳躍した。

 コイツは何があっても引くことはないと思っていただけに、ダグラスの方から拳を収めたことに驚いて、不覚にもその動きを見送ってしまった。

 優に数ml(メル)は跳んだダグラスを、少し高度を下げた少女の神装機竜が受け止め、戦車の上に乗せる。

 

「……逃げるのか⁉」

「おゥ、逃げるぜ。さっきも言ったが、俺は死にたいわけじゃねェんでな。流石にこの状況で生き残るのは難しい……それに」

 

 戦車の縁に身を乗り出して、ダグラスはニヤリと笑って俺に向かって言った。

 

「織斑一夏! テメェとの決着はいずれつける! それまで俺以外に殺されるんじゃねェぞ!」

「……なんでお前に俺の生殺与奪権握られなきゃいけないんだよ」

 

 ピクリと眉を跳ね上げるソフィーを緩く抱き締めて、呆れ気味の声音で返す。

 というか大体、ここから逃げられると思ってるのか?

 

「……先輩。あの女の子の神装機竜――《ヒュペリオン》の神装は、かなり厄介です。逃げに徹されたら、捕まえるのはかなり難しいと思います」

 

 ……ソフィーがそう分析したんなら、その通りだろうな。

 俺が動ければいいんだが……あの野郎、思いっきりやりやがって。まともに動く部分がほとんどないぞ。

 まあ、それは向こうも同じなわけだが……

 

『隊長、どうします? 捕まえますか?』

『いや……見逃してよしだ。損害だけ出して取り逃がすパターンだろうからな。あいつらは強い。万全の状態でなければ仕留められないだろうよ』

『了解です』

 

 隊員の一人の竜声にそう返すと、身構えていた隊員たちが各々の武器を下ろし、場に満ちていた緊張感が霧散していくのが分かった。

 ここで取り逃がすと、後々面倒なことになりそうで怖いんだが……まあ仕方ないか。

 やや重い溜息を吐いたところで、紅の神装機竜を駆る銀髪の少女がくるりと振り向いて、ソフィーに視線を向けた。

 そして、戦車の中にあったらしき何かをソフィーに投げて寄越した。

 

「はい」

「わっとと……これって、機殻攻剣(ソード・デバイス)ですか?」

「うん」

 

 少女がソフィーに渡したのは、紫色の片刃の剣の形をした機殻攻剣(ソード・デバイス)だった。

 

「これ、私に?」

「うん。あなたなら、多分その神装機竜を……《テュポーン》を使いこなせるはず」

「えっ⁉ 《テュポーン》⁉」

 

 渡された機竜の名を聞いて、ソフィーが驚きの声を上げた。口には出していないが、俺も同じ気持ちだった。

《テュポーン》と言えば、商会が最近発見したばかりの神装機竜の名前だったからだ。

 同じ新装機竜が二機あるのか、それとも、あの二機の《ヒュドラ》のように、同名でも別の機竜なのか。

 そのことを少女――アナスタシアというらしい――に聞いてみると、彼女は首を傾げて、

 

「? ……ああ、あなたたちが言っているのはもしかして、あの近接特化の《テュポーン》のこと?」

「ああ、多分それだ」

「その《テュポーン》と、今あげた《テュポーン》は、元が同じなだけで違う機竜だよ」

「元……?」

 

 アナスタシアの言っている意味が分からず、困惑する俺たちに、アナスタシアは少し困った様子で、とんでもないことを口にした。

 

「んー、何て言うか……今あげたのは、言わば、実験機(・・・)? 完成品(・・・)を作るために、幻創機核(フォース・コア)の性能や武装の適性を調べるために設計された……名付けるとしたら、《P‐type(プロトタイプ)テュポーン》」

『…………』

 

 一同、唖然。

P‐type(プロトタイプ)テュポーン》……? しかも、実験機? 完成品? そんなものが存在したのか? いくら機竜には謎が多いからって……。

 ……ヤバい。頭がこんがらがってきた。

 

「じゃ、じゃあ、ダグラスの《ヒュドラ》も、その実験機なのか?」

「そうだぜ。俺の《ヒュドラ》もコイツからもらったもんだから、俺はよく知らねェけどな」

 

 退屈そうにしていたダグラスが、俺の言葉に反応して顔を上げる。だが自分でも知らないらしい。だったら口を挟むな。

 補足とばかりにアナスタシアが続けて口を開いた。

 

「《P‐type(プロトタイプ)ヒュドラ》。《P‐type(プロトタイプ)テュポーン》と同じく、私が製作に関わった機竜(・・・・・・・・・・・)の中でも、傑作と胸を張って言える代物。性能は保証する」

 

 ……今何か、あの娘凄いことを口走ったような。

 

「待て、お前が製作に関わった? 機竜が作られたのは何百年も前の話なんだろう? だとしたら……お前、一体今何s」

「先輩? 女の子のプライベートな事情を訊いたりしちゃダメですよ?」

「女性に面と向かって年齢を聞くのはマナー違反。もっと紳士的な対応で」

「ア、ハイ」

 

 何故俺が怒られるんだ……。

 この女子二人、外面の性格だけで見れば正反対なんだが、結構息が合うみたいだな。手を組んだら(ついでにダグラスも)ボッコボコにされそうで怖い。

 何だかあり得そうな未来に慄然としている間にも、アナスタシアは話を続けていた。

 

「実験機とはいっても、別に完成品に性能が劣るわけじゃない。ただその性能をどこにより多く反映させているかの違いでしかない。ちなみに私の《ヒュペリオン》は《P‐type(プロトタイプ)》ではなく完成品」

「……でも、アナスタシアさん。こんなの、私に預けていいんですか?」

装甲機竜(ドラグライド)なんて大層な名前が付いているけれど、結局機竜って言うのは武器でしかない。それ単体では意味を持たず、使い手が居ることで初めてその真価を発揮出来る。武器にとっての幸せは、自分の性能の百パーセントを発揮出来る使い手の元にあること、自身の存在価値を最大限まで引き出してくれることだと、私は思う」

「それが、私に出来る、と?」

「私は、そう思う」

 

 アナスタシアとソフィー。二人の少女はしばらく真剣な表情で互いの顔を見つめ合い、やがて、ふっと気が抜けたような笑みを漏らした。

 

「私がこの機竜を使ったら、あなたより強くなっちゃうかもしれませんけど、いいんですか?」

「望むところ。その時こそ、私たちが決着をつける時。……今から、とても楽しみ」

「……くすっ」

「……ふふっ」

 

 ……どうやらお互い何かが通じ合ったらしく、ざっくり要約すれば「首洗って待ってろよ」的なことを言っているのに、二人は華やかな笑みを浮かべている。

 何か怖いな。

 

「あなたの名前、聞かせてくれる?」

「ソフィー。ソフィー・ドラクロワです。ソフィーでいいですよ。……あなたは?」

「アナスタシア・レイ・アーカディア。私もアナでいい」

「そうですか。じゃあ、アナさん」

「うん、ソフィー」

「次勝つのは、私ですから」

「次も勝つのは、私だから」

 

 いまさらっと、とんでもない情報が出てきた気がしたんだが……アーカディアだって? 気になって仕方がないのだが、とても突っ込める雰囲気ではない。

 せめて俺の腕から降りてやってくれ……所在なく視線を彷徨わせると、同じように居心地悪そうにしていたダグラスと目が合った。

 思わず、苦笑を向け合う。お互い苦労してそうだ。戦いの中で似た者同士だと言うのが分かったし、何だか親近感が湧いてしまう。

 

「それじゃあ、行こうか、ダグラス」

「ん? もういいのか?」

「うん。……後は、次会った時に、たっぷり語り合えばいい」

「そうか……そうだよなァ。な? 俺の言った通り、来てよかったろ?」

「そうだね。毎度のことだけど、あなたの勘は本当に凄いと思う」

 

 和やかに言葉を交わす不思議なタッグ二人。俺とソフィーと似た雰囲気がする。

 やがて紅の神装機竜――《ヒュペリオン》はクルリと俺たちに背を向けると、飛翔の準備を始めた。

 

「じゃあなァ、犬ッころ! さっきも言ったが、死ぬんじゃねェぞ! お前を倒すのはこの俺なんだからよォ!」

「じゃあね、ソフィー。任務は失敗だったけど、あなたと出会えたのは思わぬ幸運。『金狼』さんも、お元気で」

 

 そう言い残して、二人を乗せた機竜は猛スピードでこの場を離れて行き、数十秒もしたら豆粒ほどの大きさにしか見えなくなった。

 西の空が少し色づいてきている。どうやらもう朝のようだ。

 昇り始めの朝日の方向に視線を向けて、俺は心と体の両方に溜まった疲労を吐き出すような、深い溜め息を吐いた。

 

「……とりあえず、任務完了、かな?」

 

 こうして、長い長い夜は過ぎて行った。




《クエレブレ》について書いてるところで、グライファーの異名が『貪狼』だったことを思い出しました。『金狼』と被っちゃってますね。

 個人的に《ヒュドラ》の神装の名前があまり気に入らないんですが、何かいい案はないでしょうか?


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Story.9 少年の思い / 少女の想い

 申し訳ありません、進学直後の忙しさがあった上にウチのパソコンがイカレやがりまして、全然書けませんでした。
 スマホでちまちまと書きながら、修理から帰ってきて急いで仕上げたのでちょくちょく表現が重複していたり展開が雑になっていますがご容赦ください。



※1 最初に言っておきます。本編でソフィーが言っていることはかなり極論です。ルクス君ハーレムとかそこら辺には当てはまらないものです。

※2 実は最近FGOを始めたわけですが、始めた直後に第二部が開始しまして……ここで明言しておきます。アナスタシアさんの名前はパクリではありません。こっちの方が早かったです。全くの偶然です。


 俺、織斑一夏が装甲機竜(ドラグライド)が存在するこの世界に来て、マギアルカに師事して、早いものでもう四年もの歳月が経った。

 既に年齢は、元の世界で言うところの中学生をとうに超え、高校二年生、十七歳だ。

 

 燦々と降り注ぐ暖かい日差しが、秋の少しばかり冷たい風をそっと包み込み、心地よい陽気となって俺たちを取り巻いている。

 そんな晴れ空の下、俺はヴァンフリーク商会本部の中庭で摸擬戦をしていた。

 

「フッ……!」

 

 強く地面を蹴って接近し、短い気合の声と共に拳を突き出す。狙うは腹部。

 相手は俺の拳を、左手で暖簾をくぐるように動かして一見緩やかな動きで的確にいなし、しなやかな右足を振り上げて前蹴りを放ってきた。

 それを身を捻ってかわすと、相手は残った左足を軸足に体を回転させ、前蹴りを回し蹴りへと繋げた。

 今戦っている相手の性別は女子とはいえ、上半身の約三倍の力を持つ下半身の、しかも十分な勢いのつけられた蹴撃をまともに喰らうのは危険過ぎる。

 なのでしっかりと後ろに飛び退って回避。もちろん相手もただ逃がすわけはなく、俺を追うようにして踏み込んできたので、それに合わせるようにカウンターの拳を放った。

 

「やぁっ!」

 

 しかしその拳はあっさりと見切られて避けられ、攻撃を放った直後の無防備な俺に向かって右手の五指をピンと伸ばした貫手を突き出してきた。

 もっともこちらとて、こんな苦し紛れの拳が当たるとは毛ほども思っちゃいない。

 俺の間合いに相手が侵入してきた――と思った直後に、俺は右足を振り上げて相手の顎に向けて下から膝をカチ上げていた。

 

「くぅっ……⁉」

「シッ!」

「ぁっ⁉」

 

 悪くすれば顎を割られるような一撃をどうにか首を捩ってかわした相手だったが、続く第二撃に短い悲鳴を上げて吹き飛ばされた。

 自ら大きく後ろに跳んで衝撃を分散した相手は、可愛らしく――俺からすれば若干ウザく、頬を膨らませて不満げな表情を作った。

 

「むぅーっ! 女の子を殴るなんて、先輩の外道! 鬼畜生! 繊細なイキモノなんですから、もっと優しく! ソフトに! 手加減して!」

「お前……何を情けないことを堂々と大声で言ってやがる……」

 

 等々、罵詈雑言(?)を吐く後輩――ソフィー・ドラクロワに、思いっ切り気を削がれた俺は思わず脱力してしまった。

 そもそもお前が仕掛けてきた模擬戦だろうに……何を言ってるんだコイツは。

 

「いやぁ……何となく、ですかねー」

「その何となくに付き合わされる俺の身にもなってみろ……」

「でも何だかんだ言って先輩も楽しんでましたよねー?」

 

 言いながらソフィーは、とてとてと俺の方に近付いて、両手を体の後ろで組んで少し前屈みになってその状態で顔を上げて……いわゆる上目遣いで見上げてきた。

 きゃるるんっ、と屈託ない(ように見える)華やかな笑顔は、確かにそこらの初心な青少年であれば一目で魅了してしまうだろうが……もう慣れてしまった。

 

 というわけで反撃だ。そっちがその気ならば、こちらにも考えがあるぞ。

 上目遣いを続ける後輩の亜麻色の髪に手を置いて、ゆっくりと撫でながら、マギアルカの下で商会の用を果たすために習得した営業スマイルで……

 

「ああ。俺にとって、お前と過ごす時間は、何にも変えられない大切なものだからな。楽しまなければ損だろ?」

「ひぅっ!?」

「ん? どうした?」

 

 いきなり珍妙な声を出して顔を俯けてしまったソフィー。

 何かもじもじし始めたソフィーの顔を覗き込むと、案の定、火を噴きそうなほどに真っ赤になっていた。

 コイツ……自分から攻めてきたくせに……

 

「お前、ホント攻められるの弱いよな」

「うぅ……あんな笑顔で言われたら、仕方ないじゃないですかぁ。しかも、先輩が言うことって大体お世辞じゃないし……」

「お世辞は得意じゃないんでな」

 

 これまで、商会の関係者ということで、各国の王侯貴族が主催のパーティなどに出席した時に、何度かマギアルカに情報収集を命じられたことがあった。

 方法は簡単、パーティに出席している貴族の令嬢などに上手く取り入る――包み隠さずに言えば、お嬢様方を口説き落とすのである。

 自分ではあまり実感が湧かないが、どうやら俺の容姿は普通よりもかなり整っているらしく、後はマギアルカ直伝の口説き文句を口にするだけ。

 たったそれだけで、大体のお嬢様は熱っぽい目を俺に向けてくる。

 

「……惚れさせておきながら、そのまま放置する先輩も大概鬼畜ですよね……」

「と言ってもな、相手は貴族だぞ? 流石に本気になるつもりはないし、向こうだっていずれはそれなりの立場を持つことになる。俺なんて男にいつまでも熱を上げてたりはしないだろう」

「んー……先輩は、女の子の恋心、しかも初恋っていうのを舐めてますねー。まあ、先輩自身の自己評価の低さもあるんでしょうが」

 

 ソフィーは俺に呆れたような視線を向けて、やや芝居がかった仕草で肩を竦めてみせた。

 

「いや、初恋って……貴族の令嬢とはいえ、一度くらいは恋も経験してるんじゃないのか?」

「私が公国に居た時に通っていた学園の娘の話だと、全然ないらしいです。というより、親に引き離されるんですね。もちろん親としての情もあるんでしょうが、何より政略結婚に使える大事な餌ですから」

 

 身も蓋もないことをサラッと言うな、コイツ……。

 

「けどパーティとかには普通に出席させるんだな?」

「そういうのはむしろ推奨されてますね。だって貴族主催のパーティなんて、国中から有力な貴族が集まってくるんですよ? 選り取り見取り選び放題ですよ」

 

 それは聞いたことがあるな。

 ああいうパーティは、基本的に誕生日などのお祝いという名目で開かれることが多いが、実態はコネクション作りのためのものなのだと。

 生憎とそういうのには興味がなかったから、聞き流していたんだが……。

 

「で? それで何で初恋になるんだ?」

「先輩も知っての通り、貴族ともなれば一部の共和制の国や王族を除き、若い頃から結婚相手を決めることを要求されます。私たちよりちょっと年下ぐらいですね。で、お嬢様方は親に焚きつけられたお坊っちゃんたちに全力で口説かれるわけですよ。聞いているこっちの背中が痒くなりそうな、慇懃で異常過剰で、心にも思っていないような美辞麗句をつらつらと聞かされるわけです」

「はぁ……」

「とはいえ、そんな人たちの口にする言葉は、口説き落とすための出任せに過ぎません。むしろ親から台本を用意されていることもあるみたいです。もしくは親の貴族が徹底的にその娘をヨイショして、なし崩し的に婚約に持ち込んだりとか」

 

 いや台本って……。子供以上に、親の方が必死なわけか。

 

「そして、そんな心の一切籠もっていないお世辞を子供の頃から延々と聞かされてれば、当然慣れもします。観察眼も磨かれます。相手の言っていることの真偽なんてサクッと見破れるようになります。さてここで問題です。そんなクズどもに恋する娘が居ると思いますか?」

「まあ……居ないだろうな」

「ええ、居ません。……けど、先輩は、もちろんお世辞も言いますけど、大体が本音ですよね?」

 

 まあ、確かにな。

 さっきも言ったが、俺はお世辞が苦手だし、何より流石は貴族令嬢というか、煌びやかなドレスや豪華な宝石などを付けた令嬢たちは、お世辞抜きに本当に綺麗なのだ。

 心の底からの本音、しかも褒め言葉を口にすることに何の躊躇いがあろうか。

 

「だからですよ」

「は?」

「そういう女の子たちは、本音での褒め言葉に慣れてないんですよ。だから簡単にコロッといっちゃうし、総じて思い込みが強いからすぐ入れ込んじゃう。乙女趣味が暴走するわけです。もうそうなると自分でもどうにもならなくなっちゃうんですよ。加えて言うと先輩顔が良いですし。優しく微笑みながらそんなこと言われたら一発でノックアウトですね」

「いや……それは、流石に……」

 

 チョロ過ぎやしないか?

 というか、何か語り口がやけに断定的で具体的だな。まるで自分のことのような。

 

 得意げに胸を張るソフィーに口を挟もうとしたところで、建物の中から誰かがこちらに向かって来ているのに気が付いた。

 あれは……マギアルカの秘書の内の一人だな。以前のドラクロワ財閥の事件の際にもあの人が伝えに来たが、今回はそこまで危急の用というわけでもなさそうだ。証拠にニコニコ笑顔である。

 

「訓練お疲れ様です、一夏さん、ソフィーさん」

「ああ、そちらこそな、ロロ」

「先生のお世話係、お疲れ様です!」

 

 その秘書の一人――ロロと俺たちは和やかに挨拶を交わす。

 彼が主に担当しているのは商会の外交関係と、そしてもう一つ、よく勝手にサボろうとするマギアルカのお目付け役である。

 何かと苦労しているらしく、マギアルカの直弟子である俺たちはよく彼の愚痴を聞かされている。誰が悪いかと言われれば、まあマギアルカなのだが。

 少し世間話をした後、早速本題を訊いてみた。

 

「ああ、そうでした。一夏さん、マギアルカがあなたを呼んでいます。至急彼女の執務室に向かってください」

「至急とか言ってる割には、あまり急ぎの用には見えないが……何か問題があったわけじゃなさそうだな」

「はい。そう言ったものではないので、安心してください。むしろ……いえ、これ以上はマギアルカ本人に聞くべきでしょうね」

 

 もったいぶったロロの言い方に疑問符を浮かべるものの、確かに、何かの事件とか叱責されるとかそういうわけではなさそうだ。

 よし、早速行くとするか。

 

「ロロさん、私は行ったらダメですか?」

「すいません、呼ばれているのは一夏さんなので……代わりに、僕の方から事情を説明しますね」

 

 ロロからソフィーに話せるってことは、商会にとって悪いことでもない、と。

 本格的に何の用だか分からなくなってきたな。……そう言えば、最近新王国で色々と騒ぎが起こったそうだが……それについてか?

 二人に見送られながら、俺は、もう何百何千回と通った道を辿り始めた。

 

 

 

§

 

 

 

 ――コン、コン。

 

「マギアルカ、俺だ。織斑一夏だ」

『うむ、入れ』

 

 ずぼらだが一応はこの商会の最高責任者なので、相応の敬意を持ってノックをして部屋に入る。

 え? 敬意を持ってるのにタメ語はおかしいって? 敬語は要らないって言ったのはマギアルカだしな。

 

 入室し、ドアを閉めてから振り返ったところで、革張りの椅子に座ったままこちらに背を向けていた部屋の主が、キィ、という軽い音を立てて体勢を変えた。

 顔の両側で輪の形に括ったオレンジ色の髪、幼いとすら形容できるような顔立ちと、それに似合わない老獪な雰囲気を持つ不思議な少女。

 名を、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリーク。世界最大の商会ヴァンフリーク商会の総帥にして、世界等級順位(ワールドランク)一位……最強クラスの機竜使い(ドラグナイト)

 四年前、この世界に来たばかりの俺を助けて……居場所を与えて……救ってくれた、俺の恩人。

 

「よく来たな、一夏。……まあ座れ。ゆっくりと話をしよう」

「……? ああ」

 

 今更改まって話すようなことがあるのだろうか。疑問に思いつつもマギアルカの勧めのままに部屋の中央に置かれたソファーに腰を沈める。

 するとマギアルカも椅子から立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべて俺の対面に座った。

 そのタイミングで、図ったようにドアが開き、商会本部で働いている給仕の内の一人が紅茶のカップとポットを持って入室してきた。

 コトリ、コトリ、と水面をほとんど揺らさないままに俺とマギアルカの前にカップを置き、一礼して退室していく給仕。

 

 それを見送り、淹れたてであろう紅茶を口に含んでいると、マギアルカがどこか感慨深げな目で俺を見てきた。

 

「……何だよ?」

「いや何、もう四年も経つのじゃなぁ、と思うてな」

「ああ……そうだな。俺がこちらの世界に来て……あなたに拾われて……こっちの世界の暦だと、そうなる」

 

 自分で口にしながら俺は少し驚いていた。

 

 マギアルカに拾われ、彼女の下に師事するようになってからこれまで、ただ我武者羅に生きてきた。

 この世界で得た、信頼できる友達や仲間と共に、ひたすらに前だけを見つめて歩み続けてきた。

 

 もちろん、楽しいことだけではなかった。辛く、苦しく、悲しい時もあった。

 けれど、それでも、俺にとってのこの四年間は、とても充実していた。

 

 どこか遠い目をするマギアルカを見て、俺は、今まで訊けずにいたことを訊いてみることにした。

 

「なあ……マギアルカ」

「ん? 何じゃ?」

「あなたは……どうして、あの時俺を助けて、救ってくれたんだ?」

「目の前で死にそうな子供が居れば、助けたくなるのは当然のことじゃろう?」

「違う、そうじゃない。あなたからしてみれば、俺はいきなり違う世界からやってきた、得体の知れないガキでしかなかったはずだ。なのに、あなたは俺を弟子にまでしてくれた。どうしてだ?」

 

 僅かに、懇願するような調子が声に混じった。

 どうやら、よほど俺にとってはそれが気掛かりだったらしい。

 マギアルカは、俺の問いにかつての記憶を反芻するように、そっと瞳を閉じて、

 

「そうじゃなぁ……まあ純粋な興味とか、色々あったりはしたが、やはり一番は……似ていたから、じゃろうなぁ」

「似ていた、って、何がだ?」

「あの日、あの時に見た、お主の目――深い絶望の味を知って尚立ち上がらんとする、獣の目。それが、かつてのわしと似ておったからじゃ」

「…………」

「一度全てを失って、ドン底に突き落とされて……そこから再び立ち上がることが出来る者は少ない。ましてや味方の一人も持たず、ただ一人で立ち向かおうとする者など、もはや狂気の沙汰じゃ」

 

 マギアルカの実感のこもった言葉に、俺は一年前に出会った宿敵、ダグラス・ベルガーのことを思い出していた。

 自らを一度死んだ存在と称し、生死を賭けた戦いの中でのみ生を感じることが出来ると戦場に身を置く狂気の戦士。

 そんな彼が、完全に狂気に身を浸していないのは――きっと、彼の傍に居たあのアナスタシアという少女の存在があるからだろう。

 

「人間が完全に一人で生きていくことなど出来ん。必ず、自分以外の誰かと共に歩んで行く必要がある。自分が困っている時に、助けて、支えてくれる、自分が道を踏み外してしまいそうな時に、諌めて、抑えてくれる。そんな存在が必要なのじゃ」

「…………」

「お主の克己心はわしも手放しに称賛するところじゃが、それはともすれば復讐心へと変わりかねないとても不安定なものじゃった。誰よりも愛していた者のために努力して、最後には誰よりも信頼していた者から裏切られた……よくもまあ、精神崩壊しなかったものじゃと、本気で感心するぞ。皮肉ではなくな」

「つまりあなたは、俺が復讐の道へと踏み出してしまわないように、俺に教えを授けたということか?」

「確かにそれも理由の一つじゃが、何よりは、お主が歩む道に興味があったからじゃ。初めてお主と会って、お主の目を見た時……お主がいつか、わしなど及びもつかないような何かを起こすだろう、という予感があった」

「予感……って。俺が、マギアルカ以上のことを……?」

「無論、ただの予感じゃ。外れることだってあるじゃろうが……厄介なことに、わしの予感はほとんど外れたことがないんじゃよなぁ」

 

 そう言ってマギアルカはニヤリと、楽しそうに笑って見せた。

 

「だからわしはお主の師となり、隣に立った。お主が本当に信頼して、背中を預け合える誰かと出会うまでは、お主を支えてやろうとな。……まあ、もうわしは必要ないじゃろうがな」

「え?」

「居るじゃろうに。お主のことを無邪気に慕って、ついてきてくれる、可愛い可愛い後輩が」

 

 ソフィー、か。脳裏に、もう見慣れた少女の笑顔が蘇る。

 よく邪険に扱ってはいるが……彼女が、あの可愛らしくいじらしい少女が俺に向けてくれている感情のことは、俺とて察していた。

 当たり前だが、俺がソフィーのことを嫌っているようなことはない。むしろこれ以上なく好ましく思っている。

 けれど、考えてしまうのだ。彼女から、あの輝くような笑みを向けられる度に……俺なんかに、そんな価値があるのかと。家族からも見捨てられたような俺に、愛される価値があるのかと。

 

 いや……違うな。俺が恐れているのは、そんなことじゃない。

 一度、ソフィーの想いを受けて……彼女の愛情を甘受して……そしてまた、見限られること。裏切られること。

 本人に言えば、ふざけるな、と激怒されるかもしれないが、俺はその恐怖を拭うことが出来ない。

 ソフィーだけじゃない。『金狼騎団』の皆や、目の前に居るマギアルカに対してさえ、俺は常に同種の恐怖を抱いている。

 

 無言で拳を握り締めていると、マギアルカが困ったように露骨な溜息を吐いて、

 

「はぁ……一夏。謙遜は美徳とは言うが、自分を過剰に卑下するのはやめよ。それは、お主を正しく評価しているものへの侮辱にもなりかねん……と、これまで何度言ってきたことか」

「う……」

「まあお主の場合、仕方がないと言うべきかのぅ……しかしな、一夏。これだけは言わせてもらうぞ?」

 

 呆れたような微苦笑を浮かべて、マギアルカは対面のソファーから身を乗り出し、俺の頭に手を置いた。

 初めて会った時のように、俺の頭をゆっくりと、優しく撫でながら、

 

「一夏。わしは、お主に出会えてよかったと……心の底から思っておる。それだけは、心に刻んでおけ」

「……ありがとう、マギアルカ。俺も、あなたに会えて、よかった」

 

 不味い。今、本気で泣きそうになってしまった。

 マギアルカから注がれる生暖かい視線から逃れるように、冷めかけていた紅茶をグイっと呷ってから、慌てて話題を変える。

 

「そ、それで、俺をここに呼んだのは、この話をするためだったのか?」

「ん? おお、忘れるところじゃった。ええっと……ほれ。まずはこれを見よ」

 

 マギアルカが投げて寄越したのは、一通の豪華な便箋だった。

 この様式は……マルカファル王国の、国王からの勅書か?

 

「これ、見てもいいのか?」

「別によいぞ? 見られて困るようなものでもなし」

 

 実に軽い口調で許可を出すマギアルカ。こういうのって、本人がどうとも思っていなくても、実際は一大事だ、ってことが結構あるんだよな……。

 少しばかり警戒しながら、既に封の切られた便箋の中から書類を取り出し、ざっと目を通す。

 そこには、こうあった。

 

 

 

『マルカファル王国国王の名の下に、ヴァンフリーク商会総帥マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークをマルカファル王国代表として「七竜騎聖」に任ずる』

 

 

 

 ……ふむ? いろいろと疑問の湧く内容だが。

 

「この『七竜騎聖』ってのは?」

「以前から激化していた『竜匪賊』による機竜の略奪や襲撃、幻神獣(アビス)との戦闘による被害の拡大を受けて発足した、マルカファル、アティスマータ、トルキメデス、ヘイブルグ、ヴァンハイム、ユミル、ブラックンドの七か国で構成された世界連合。その世界連合の中枢となる、それぞれの国家の機竜使い(ドラグナイト)から一人ずつ選出された代表たちの騎士団じゃ」

「なるほど分かりやすい」

 

 世界連合云々については薄ら聞いたことはあったが、『七竜騎聖』については初耳だ。

 しかし、『七竜騎聖』が国家を代表とする存在であるというのならば、一つ疑問が残る。

 それは、何故マルカファル王国の代表にマギアルカが選ばれたのか、ということだ。

 ヴァンフリーク商会の本部は確かにマルカファル王国に存在するが、マギアルカは決して王国に属しているわけではない。

 むしろヴァンフリーク商会の援助によって王国は回っていると言っても過言ではないので、国王といえどマギアルカへの命令権など一欠けらもない。

 であれば、マギアルカが王国の代表となっているのは……

 

「ああ、代表の座をわしが金で買った。元々立候補者が居らんかったのでな、意外と安く済んだぞ?」

 

 しれっと、何でもないことのように言うマギアルカに、俺は思わず呆れたような視線を向けて、

 

「おいおい……何でそんなことを……」

「何を言っておる。わしがわざわざそんな商売をする理由など、一つしかないじゃろう?」

「金稼ぎのため、か?」

「うむ。その通り」

 

 無駄に自信満々に、尊大に頷くマギアルカ。

 ……結局、この人の行動原理はただそれだけ、金儲けのためだけなのだ。すべての行動が、彼女に対して利益となるように仕組まれている。

 この金の亡者に目をつけられた以上、世界連合や『竜匪賊』は血の一滴や肉片一つ残さず搾り取られることになるだろう……ご愁傷さまだ。俺は他人事のように同情した。

 

「で? これが、俺にどう関係してくるんだ?」

「うむ。実は『七竜騎聖』には、それぞれ一人ずつ補佐官というものがつけられておってな。役割は読んで字の如く、『七竜騎聖』を補佐することじゃ。そこで、じゃ一夏」

 

 マギアルカは一度言葉を切り、悪戯小僧のような笑顔で俺に手を差し伸べて、

 

「お主、わしの補佐官にならぬか?」

「…………え?」

 

 本当に、本当に予想外の言葉に、俺は最初その言葉の意味を理解することが出来なかった。

 

 いや、だってそうだろう? マギアルカだぞ? 世界最大の商会総帥、最強の機竜使い(ドラグナイト)であるマギアルカだぞ?

 そんな人を補佐する役目を、俺が? 俺みたいなやつが?

 

「どう、して……俺、が……?」

「まあ色々あるが、一応言っておくとこれはお主に気を遣った、とか何とかそういうことではないからな? 金で買った地位とはいえ、紛れもなく一国の代表、その補佐官じゃ。身内贔屓のみで決めるわけにもいかんしな」

「なら、どうして……」

「わしは基本おちゃらけておるが、自身の得とならないことはせぬ。それは知っておろう?」

「ああ、それは……知ってるが」

 

 だからこそ分からない。

 なぜマギアルカが俺なんかを選ぶのか。戦闘力でも、事務能力でも、外交能力でも、俺を上回る人なんていくらでも居る。

 だというのに……

 

「はぁ……まったく。ここまで言って尚分からんか、この鈍感め」

「は?」

「よいか? わしはわしの得にならんことはせぬ。そんなわしがお主を選んだ。……つまり、わしはお主を補佐官にすることが得だと判断した、ということじゃ」

「え……」

 

 俺を、補佐官にすることが、マギアルカにとって得……?

 信じられない、と固まる俺に、マギアルカは呆れたような……それでいて温かみのある笑みを浮かべて、

 

「自分で言うのもなんじゃが、わしはかなり自由じゃ。奔放じゃ。自分の利益のこと以外はほとんどのことは気にせぬ。敵のことはもちろん――自分についてくる味方のことすらな」

「…………」

「他に誰が居る? わしについてこられる者が。他に誰が居る? わしの行動を先読みし、わしの望みをあらかじめ予測し、合わせられる者が。他に誰が居る? わしが絶対に裏切らないと確信し、背中を預けられる者が」

 

 マギアルカの問いに、俺は答えることが出来なかった。

 彼女の言葉が信用できなかったわけではなく、俺という人間をそこまで評価してくれた、彼女の言葉に、再び泣きそうになっていたからだ。

 

「さあ……どうする一夏? わしの隣に立ち、わしのためにその力の全てを振るう気は――『マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークの右腕』になる気はあるか?」

「――!」

 

 そこまで言われては……俺に、是非があるはずもなかった。

 

 

 

§

 

 

 

「せんぱーい!」

「ん……ソフィーか」

 

 マギアルカの執務室から退出した俺を迎えたのは、嬉しそうにニッコニッコしながら駆け寄ってくるソフィーだった。

 ソフィーはその輝くような笑顔のまま、俺めがけて全力で飛び付いてきた。

 軽いとはいえそれなりの勢いで、薙ぎ倒されないようにその場でくるくると回って衝撃を殺す。

 

「……っとと。いきなりどうした?」

「どうしたもこうしたもないですよ! 先輩、『七竜騎聖』補佐官就任、おめでとうございます!」

 

 心の底から嬉しそうな弾んだ声音の祝福を受けて、思わず面喰らいながら何とか聞き返す。

 

「ロロから聞いたのか?」

「はい! 先輩が居なくなった後に聞いてみたら、あっさり教えてくれました」

「そうか……」

 

 ってことは、ウチの部隊の奴らも既に知っている可能性が高いな。いや別にいいんだが。コイツみたいに祝ってくれるのは嬉しいが、少しこそばゆい。

 

「本当に、おめでとうございます先輩! まぁ、私は元々、先輩ならそのぐらい朝飯前だって分かってましたけど! でもやっぱりーー」

 

 目の前で、まるで我がことのように喜び大はしゃぎする可愛い後輩の姿を見ていると、先程のマギアルカとの会話を思い出して我知らず頬が綻ぶ。

 

「……ありがとう、ソフィー」

「はい? どうして先輩が私にお礼を言うんですか? 今回のことは先輩の努力の結果ですよ?」

「それでも……お前と出会って、お前が隣に居てくれたから、ここまで来れたって言うのも、あると思うから」

「先輩……」

 

 俺の正直な気持ちを伝えると、ソフィーは恥ずかしそうにはにかんで、照れを誤魔化すように俺の胸板に顔を埋めた。

 

 この娘は、本当に、俺のことを第一に考えてくれている。

 かつての恩というだけではない。俺という個人、織斑一夏という人間を慕ってくれている。

 あざとく小馬鹿にしてきたりもするが、この娘の想いだけは、俺でも疑う余地がないほどに本物だ。

 

 ーーだからこそ、伝えねばなるまい。

 あえて聞いてこない彼女の優しさに甘えて、ずっと秘密にし続けていた、俺の過去。俺の真実。俺のルーツを。

 こことは異なる世界で、虐げられ、見放され、疎まれ、そして家族からも裏切られた、一人の子供の話を。

 

 

 

§

 

 

 

「えぇーっと、せ、先輩? な、何で私、先輩の部屋に連れ込まれたんでしょう……?」

「人聞きの悪いことを言うな。あんなところでするような話でもないからだよ」

 

 というか、話があるから俺の部屋に行こうって言って、やって来て真っ先にベッドの上に座ったのはお前だろうが。

 何やら頬を赤らめて流し目を送ってくるソフィーに呆れた溜め息を漏らしてーー少し早まった動悸を抑えながら、椅子の方へ腰かける。

 

「……話、ですか?」

「ああ。お前が興味がないように振る舞っていた、俺の昔の話だ」

「……!」

 

 表情を真剣なものにして居住まいを正したソフィーを横目に、ふう、と一つ深呼吸をする。

 やはり、改めてこう言うことを語るとなると、少し緊張する。

 彼女が俺のことを知って、俺を見る目が変わってしまわないか。どうしても恐れてしまう。

 けれど……それでも……この娘のためにも、俺は伝えなければいけないのだろう。

 俊巡の末、覚悟を決めて、俺はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「とまぁ、そんなわけで、何もかも諦めようとしていたところを、マギアルカに諭されて、今に至るってわけだ。……ソフィー?」

 

 あらかたのことを話し終えてソフィーの様子を窺うと、彼女は顔を俯けて、膝の上に置いた拳をグッと握り締めていた。

 まるで、どうしようもない感情を必死に抑え込もうとするかのように。

 

「おい、ソフィー?」

「…………ですか、それ」

「え?」

 

 聞き返すと、ソフィーはパッと顔を上げてーー涙を一杯に溜めた瞳で、俺を睨んだ。

 気圧される俺に構わず、ソフィーは叫んだ。

 

「何ですか、それ!」

「なんですか……って」

「何で、先輩がそんな目に遭わなきゃいけないんですか!? そんなの絶対おかしいです!」

「理由は、言っただろう。俺が凡才だったから……」

「そんなの関係ありません!」

 

 躊躇なく、関係ないと言い切ったソフィーの剣幕に、思わず呆気に取られた。

 

「凡才の何が悪いんですか、天才じゃないといけないんですか!? 天才じゃなきゃ何しても評価されないんですか!? なら、その人たちは、先輩を馬鹿にしてた人たちはどうなんですか!? 皆が皆先輩より天才だったんですか!? 先輩より努力してたんですか!? 寄ってたかってたった一人の子供のことを嘲って、罵って、そんなことしか出来ないくせに、ただ姉弟よりも劣ってるってだけで先輩を虐めてたんですか!? そんなのおかしいです!」

「おい……」

 

 控えめに声をかけてみたが、ソフィーは聞いちゃいなかった。

 髪を振り乱し、腕を振り回し、涙を散らし、対象も定めないままに思いの丈を喚き散らす。

 

「だって、先輩は頑張ってたじゃないですか! 家族すら支えてくれなくても、誰も助けてくれなくても一人で頑張ってたじゃないですか! なのに、どうして無能だとか出来損ないだとかそんなことが言えるんですか!? 先輩は先輩です! お姉さんや弟さんと違って当然じゃないですか! 先輩はお姉さんたちのコピーじゃなきゃいけなかったんですか!? そんなのもう人間でもないですよ!!」

「分かったから、落ち着けって……!」

 

 どうにかして落ち着かせるために、いつの間にか立ち上がっていた彼女を抱き竦める。

 けれどソフィーは言葉を止めることなく、俺を見上げるようにキッと睨んで、叫んだ。

 

「誰からも、自分のことを見てもらえないなんて……そんなの、ただ見放されるより辛いじゃないですか!!」

「……っ!」

 

 ……ああ、そうか。

 どうして俺が、あんな環境であんなに頑張っていたのか、やっと分かった。

 

「……俺は、『俺』を見て欲しかった、だけなのか」

 

 俺を罵っていた彼らは、その罵声は俺に向かっていても、その目は俺を見ていなかった。

 彼らが見ていたのは俺ではなく、俺の背後に居た姉や弟だった。

 

 俺は、それが嫌だった。

 ちゃんと、俺って言う人間のことを見て、認めてもらいたかった。

 だからあんなに頑張った。寝不足による疲労に耐えて、暴力による苦痛に耐えて、血豆が潰れる激痛に耐えて、嘲笑と罵倒による心の軋みに耐えて……

 

「ああ、考えてみれば、簡単な話だったな……」

「う、わあああぁぁぁぁんっ……!!」

 

 ……っと、そんなこと言ってる場合じゃないな。

 このままじゃ、マディウスさんとの約束を破ることになってしまう。

 

「……ソフィー」

「えぐっ、ぐすっ……なん、ですか?」

「ーーありがとう」

「ふぇ……?」

 

 完全に予想外だったのか、今まで泣いていたことも忘れてキョトンとするソフィー。

 そんな可愛らしく、いじらしく、いとおしい少女に、俺は微笑んで、

 

「あの日、泣けなかった、怒れなかった……いや、ずっと泣いたり怒ったり出来なかった俺の代わりに、泣いてくれて、怒ってくれて……ありがとう」

「……っぁ」

「もうあれは過ぎたことで、今言ってもただの感傷に過ぎないけれど……それでも、救われた、報われた気がしたんだ」

 

 俺がそう言うと、ソフィーはハッとなって俺から顔を背けてごしごしと袖で目元を乱暴に拭った。

 そして俺を恨みがましげに見ると、俺の首元に腕を絡み付けて、そのまま背後のベッドにダイブした。

 自然、俺がソフィーをベッドに押し倒しているような体勢になる。

 

「……っと、おい?」

「…………先輩、今、私を泣かせちゃいましたね?」

「は? いや、俺のせいでは……」

「な、か、せ、ま、し、た、よ、ね!?」

 

 否定しようとしたが、何故か顔を真っ赤にしたソフィーの勢いに押されて頷く。

 まあ、元はと言えば俺がした話のせいだし、間違ってはいないな。

 するとソフィーは更に顔を赤くして、俺の首を締め上げるように抱き締め、更に密着してきた。

 

「私、泣いちゃいました」

「ああ」

「いっぱいいっぱい、泣いちゃいました」

「ああ」

「お父様との約束、破っちゃいました」

「……ああ」

 

 だから、と。

 頬と頬を擦り寄せ、しっかりと発育した柔らかな肢体を押し付け、甘えるような声音で、

 

「……責任、取ってくださいね?」

 

 そう、囁いた。

 

「何の、責任だ?」

「私を、二度も大泣きさせたことと……」

「それと?」

「……私を……こんなに、惚れさせたことです」

「……そうか」

 

 そいつは、責任を取らないわけには、いかないな。

 

 苦笑しつつ一度顔を離すと、先程よりも更に赤くなってリンゴみたいに紅潮したソフィーと目が合った。

 自分から誘惑してきたくせに………と微笑ましい気分になりながら、そっと唇を重ねる。

 

「んっ……ふぁぁ」

「……任せとけ」

「あっ……はい、せんぱい」

 

 そう言って、ソフィーは輝くような笑顔を見せたーー




 はいというわけで、オリヒロにも正式にヒロIN(つまんない)してもらいました。
 マギアルカさんに先を越されちゃってましたが、まあこっちの方が正式なヒロインですからね。



 GWに入るので、次はもう少し早く投稿できると思います。


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Story.10 聖蝕

 ちょっと意味が分からないぐらい遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした……。ちょっとわけわかんないぐらいに忙しく、時間が取れなかったんです。

 お待たせしてしまった分、今回は量だけは多いです。楽しんでいただけると幸いです。
 ※途中で視点が変わるのでご注意を。



※すいません。織斑一夏の織斑の字が、何故か織村になっていました。誤字報告をいただき、適用させていただきました。申し訳ありませんでした。やっぱりスマホでやるべきじゃないですネ!(責任転嫁)


 学園祭。

 それはアティスマータ新王国の城塞都市(クロスフィード)に建てられた、王立士官学園(アカデミー)の数少ない催し物(イベント)の一つ。

 常は軍属の施設として立ち入り禁止となっている一般人も招かれて開かれる、学園最大のお祭り騒ぎである。

 

 王立士官学園(アカデミー)に通ういつもはお淑やか(?)なお嬢様方も、この日だけは盛大にはっちゃけることが許される。

 そのため、生徒主導で行われている模擬店や出し物などは、中々にユニークなものも多々見られていた。

 

 まだ一般客の入場が許可されてから一時間と経っていないと言うのに、模擬店の多い校舎内は、一階から三階まで大勢の人でひしめき合っていた。

 教室を煌びやかに飾りつけて仕立て上げられた即席の喫茶店や売店。中には思わず「おっ」となるようなものもあるのだが――生憎、俺、織斑一夏には、寄り道している余裕はなかった。

 ただ進むだけで肩をぶつけてしまいそうな廊下を、身体に染みつけた体術でするりするりとすり抜けて、早歩きで廊下を横断する。

 進みながら周囲に視線を巡らせるが……居ない。居ない。

 

「くそっ……ホントにあの人、どこに行ったんだ?」

 

 思わず悪態が口を衝いて出る。

 この後には重要なイベントが控えてるって言うのに……相変わらずあの人は自由過ぎて困る。

 舌打ちを一つして再び歩き出したところで、進行方向上の角から、俺と同じ黒を基調とした制服に身を包んだ、亜麻色の髪の少女が飛び出してきた。

 

「あ、先輩! そっちは居ましたか?」

「いや、まだ影すら掴めてない。聞かなくても分かるが……そっちはどうだ?」

「こっちも駄目ですね。道行く人に聞いて回ったりしてるんですけど、皆知らないって言ってます」

「そうか……」

「どこ行っちゃったんでしょうね? 先生」

 

 腰の辺りに手を当て、困り果てたように少女――ソフィー・ドラクロワは溜め息を吐く。

 もう分かったと思うが、俺とソフィーが二人がかりで探しているのは、今回新王国に呼ばれた張本人であり、俺たちの師匠にして護衛対象でもある、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークその人だ。

 

 つい先日に起こった、かつての世界の支配者たる神聖アーカディア帝国の生き残り――『創造主(ロード)』を名乗る少女による、第五遺跡(ルイン)巨兵(ギガース)』の新王国襲撃事件。

 これ以上なく鮮烈な形で、またその圧倒的な戦力を誇示する形で、現代に姿を現した旧時代の支配者たちは、意外なことに各国に対話(・・)を求めてきた。

 五年前のクーデター以後、多少の小競り合いはあれどまとまっていた世界に投げ込まれた、新たな騒動の種。それはともすれば、再びこの世界に戦乱の世を招くことになりかねない危険なものだ。

 故に、各国を代表する機竜使い(ドラグナイト)『七竜騎聖』――更にはそれぞれが擁する執政者の代行たちが、ここ城塞都市(クロスフィード)に集合し、世界会議(サミット)という形で『創造主(ロード)』との対話に臨むことになったのである。

 

 ので、ある、が……。

 

「そろそろ打ち合わせの時間だろうに……あの自由人が!」

「本気で隠れられたら、先生の場合絶対見つけられませんもんねー」

 

 まあ、ここで愚痴っていても仕方がない。

 盛大な舌打ちを残して、ソフィーと二人で再び学園内を回り始める。

 学園内に居ることは確実。何せ今の学園はお祭り騒ぎ。彼女の性格からして、それを逃して尚どこかへ行くというのは考えにくい。

 可能性としては、俺たちと同じように学園内をあてどなく歩き回っているか、あるいは、どこかに隠れ潜んでいるか。

 後者だとしたら……この学園の学園長をやっている、俺の妹弟子の姉、レリィさんのところだろうか。

 

「一度そっちに行ってみるか……ん?」

「先輩? ……あ」

 

 踵を返して、学園長室へ向かおうとしたところで、俺は予想だにしなかった光景を見ることになった。

 

 校舎内に数多く設置された模擬店、その中でも一際豪華な内装の一室。

 赤絨毯が敷かれ、滑らかな光沢の家具と調度品が置かれたその部屋で、お嬢様方が上品に紅茶を啜り、ケーキを口に運んでいた。

 それだけを見れば、やや高級な喫茶店と言えるのだが――問題は客ではなく、従業員の方。執事服(・・・)に身を包んだ、二人の少年(・・・・・)の給仕。

 

「おいお嬢様ども、早く注文しろ! 食ったらさっさと帰るんだぜ」

「お待たせしましたお嬢様。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 一人は、面倒くささを隠そうともせず乱暴な言葉を吐く、逆立てたくすんだ金髪と三白眼が特徴の、粗野な印象を受ける少年。

 そしてもう一人が、優しげな笑みを浮かべて丁寧に接客をしている、翡翠色の髪を後ろで三つ編みにした中性的な顔つきの少年である。

 後者の少年はともかく、前者の少年の態度は給仕としてはどうかと思うが、意外にもお嬢様方には好評のようである。新鮮なのかもしれない。

 もし彼らが全く知らない赤の他人であったのなら、珍しいな、と思うだけだったのだが、生憎と彼らとは旧知の仲であり、それ故に俺とソフィーの驚きも大きかった。

 

『七竜騎聖』ヴァンハイム公国代表グライファーと、その補佐官であるコーラルである。

 紛れもない公国の要人であり、今回の世界会議の主役とも言うべき二人なのだが……こんなところで何をしているのやら。

 やや唖然として二人の姿を眺めていると、向こうの方でもこちらに気付いたようで、グライファーは露骨に顔を顰め、コーラルは笑顔で手を振ってきた。

 見つかった以上は知らぬ振りも出来ない。仕方なくソフィーと店内に踏み込む。

 

「久しぶりだな、グライファー、コーラル。変わりないようで何よりだ」

「こんにちは、グライファーさん、コーラルさん。お元気そうで良かったです!」

「おい、お前ら……そいつは皮肉か? ケンカなら買うんだぜ?」

「うん、久しぶり、二人とも。相変わらず仲が良いんだね」

 

 まずは互いに再会を喜び、和やかに挨拶を交わす。一人、据わった目でこちらを睨みつけている奴も居た気がするが、気のせいだろう。

 

「しかしお前ら、こんなところで何してるんだ? 世界会議に向けての準備はどうした? ミルミエット王女の護衛はいいのか?」

「……一言で言うと、その姫さんのせいだぜ」

 

 訊ねてみると、グライファーが非常に嫌そうな、かつ疲れたような渋面で吐き捨てた。

 そんな相方の様子に苦笑して、コーラルが補足を入れてくる。

 

「グライファーの言う通り、ミルミエット様のご意向でね。学園祭の成功のために学園の皆さんに協力しろ、って言われたんだ」

「はぁ……それは分かりましたけど、どうして喫茶店の給仕なんて?」

「あはは……実は、その」

 

 曖昧に言葉を濁したコーラルの視線を辿れば、厨房から輝く目で食い入るようにこちらを見つめるお嬢様方の姿が。何やらとても楽しそうであるが。

 

「つまり、することを探して彷徨っていたところを、彼女たちに捕まってしまった、と」

「そうなるんだぜ……ったく、何で俺がこんなことを」

「グライファーさーん! 配膳お願いしますわ!」

「わーったよ、大声で呼ぶな!」

 

 渋々と言った様子で厨房の方へ向かうグライファーを見送って、コーラルが苦笑して肩を竦める。

 そして俺たちの方を振り返ると、唇の端を歪め、いかにも面白がるような表情で、

 

「それで、君たちは二人揃ってどうしたの? 学園祭デートかい?」

「はい、そうです!」

「チガウ」

 

 全く逆の返答を返す俺たちに、コーラルと……何故か張本人であるソフィーまでもが目を瞬かせる。

 

「え、違うの?」

「え、違うんですか?」

「…………」

「あぁっ、待って先輩、無言のままアイアンクローするのやめて! 痛い痛い痛い痛い頭が割れちゃいますぅぅぅぅぅっ!!」

「……一回割っちまえばまともになるか?」

「ならないですよっ!? ってミシミシ言い始めてます先輩やめてお願い離して謝りますから早くぅぅぅぅぅっ!!」

 

 懇願してくるソフィーだが、確かにそろそろ頭蓋骨の耐久度的にヤバそうだったので、仕方なく離してやる。

 荒い息を吐きながら、頭を抱えてしおしおと崩れ落ちるソフィー。いつものあざとい演技をする余裕もないようで、良い気味である。

 

「ぜぇ、ぜぇ……せ、先輩、後輩のことが可愛くないんですか……!? こんな酷いことするなんて……」

「可愛くない後輩だから何してもいいんだよ」

 

 何か前もこんな会話したなぁ……。

 

「あ、あはは……仲が良いんだね」

「…………」

 

 コーラルの言葉に、思わず沈黙する。……生憎、反論する材料が見つからなかった。

 実際仲がいいのは事実なわけだし、それは認める。認めるから、その腹立つニヤケ顔をやめろアホ後輩。

 

「……っと、俺たちが何してるかだったな。その前に、訊きたいことがあるんだが。――ウチの代表様を見なかったか?」

「マギアルカさん? ああ、彼女なら、さっき店の前を向こうに走って行ったけど……マギアルカさんを探してるの?」

「ああ。世界会議の前だってのに、あの自由人は早速行方を晦ましやがったんでな」

 

 ったく、あの人のことだから、今回の会議の意義は十分に理解しているはずなんだが……それでも尚自分の興味とか娯楽とかを優先するのがマギアルカって人なんだよなぁ。

 秘書官をしているロロたちの苦労が偲ばれるな全く。……今は俺が補佐官なわけだが。

 もっとも俺の場合は、俺だけで働いているのではなく、ソフィーを含めた仲間たちと共同で動いているので過労と言うほどではない。

 そこら辺、目の前のこの……中性的な『少年』はどうなのだろうか? まあ何だかんだでグライファーもコーラルを信頼しているようだし。心配は要らないだろう。

 

 さて、と。貴重な目撃情報も入ったことだし、早速行くとしようか。

 

「ほら、いつまでそこでへたり込んでる気だ。さっさと起きろ。行くぞ」

「自分でやったくせに引っ立てようとしてる先輩マジぱないッス……」

「何か言ったか?」

「何でもないで―す! さー張り切って行きましょー!」

 

 

 

§

 

 

 

「目撃情報があったとはいえ……先輩、先生がどこに居るのか分かってるんですか?」

「分かってないが、多分見つけるのに苦労はしないだろうさ」

「それまたどうして?」

「簡単な話だ。あの人のことだから、そろそろ騒ぎの一つも起こしてるだろう。だから学園内で騒ぎが起こっている場所に向かえば、必然的にマギアルカに会える」

「……いやーな信頼ですねー」

 

 まあ、マギアルカだしな……っと!

 

「きゃっ!」

 

 校舎一階の廊下を二人して早歩きで進んでいると、目の前の曲がり角を曲がったところで向こうから来た人と正面衝突しそうになってしまった。

 

 俺の反射神経なら、目と鼻の先に相手が迫っていたとしても容易く避けられるのだが、相手方にそれを望むべくもなく。

 急ブレーキをかけた反動で後ろに倒れ込みそうになっている相手の少女を見て、左足を後ろに出して体勢を保持して手を伸ばし、少女の片手を掴み、引き上げる。

 

 咄嗟だったものであまり力が入らなかったのだが、その少女は俺が思っていたよりもかなり華奢で思わず目を瞠るほどに軽かった。

 少女は、グイッと強引に腕を引かれた勢いのままに、俺の胸の中に無事に着地する。

 小柄な少女の美しい銀髪(・・・・・)がふわりと舞い、甘い香りが周囲に漂う……銀髪?

 

「あうぅ……す、すいません。急いでいたもので……」

「もー、先輩何してるんですか。いくら急いでたからって人とぶつかりそうになるなんて……おや?」

 

 俺に苦言を呈そうとしたソフィーだったが、その少女の顔と、特に髪の色を見て首を傾げる。きっと、以前知り合い、今ソフィーの腰に吊るされている機攻殻剣(ソード・デバイス)を送った少女を思い出したのだろう。

 

 先程述べた通り、肩の辺りで切り揃えられた銀髪に同色の瞳。

 高級なアンティークドールのような優美で落ち着いた雰囲気……そして何より一際目を引くのは、その首に嵌められた、無骨な黒い首輪。

 アーカディア旧帝国の皇族の特徴である銀髪に、咎人の象徴たる首輪――もしかして、この娘は……

 

「アイリ・アーカディア……か?」

「え、はい、そうですが……?」

 

 アイリ・アーカディア。五年前のアティスマータ伯主導のクーデターの際に皇帝含めそのことごとくが処刑された中で、現女王の恩赦により兄と共に生き伸びた、旧帝国の皇族の生き残り。

 新王国の民への奉仕を命じられた兄とは違い、王家の目の届く場所で暮らすことを命じられて、今は一人学園に通っているという話だったが。

 

「あの……この腕、離していただいても?」

「ん、ああ、すまない」

 

 少し驚きながら至近の少女――アイリ嬢の顔を眺めていると、僅かに顔を赤らめたアイリ嬢の指摘を受けて自分が未だに彼女の腕を掴んでいたことを思い出す。

 

「改めて、すいません。ご存じのようですが、私はアイリ・アーカディアと申します。あの、その制服と黒髪は、もしかして……」

 

 ふむ。聡明な少女という話だったが、事実のようだな。もう俺の素性を察したか。

 

「こちらこそすまない、注意を怠った。気付いているようだが、俺の名前は織斑一夏。ヴァンフリーク商会所属の機竜使い(ドラグナイト)で、今はウチの総帥の補佐官をしている」

「私はソフィー・ドラクロワです。こっちの先輩と同じ部隊に所属して、補佐官の先輩の補佐みたいなことをしてます。よろしくお願いしますね、アイリさん!」

「あ、は、はい……よろしく、お願いします」

 

 ニコニコ笑顔で勢い込んで自己紹介して手を差し出したソフィーの剣幕に、アイリ嬢はやや怯えたように肩を揺らして、おずおずとその手を取った。

 困惑するアイリ嬢をそのままにブンブンと手を振るソフィーの後頭部に、俺は溜め息を吐きながらビシッとチョップを入れる。

 

「あ痛っ!? 何するんですか先輩!?」

「阿呆。困ってるだろうが。お前は強引過ぎるってことに気付け」

「友達になるにはこのくらいのフレンドリーさが必要なんですよ! 特にこの娘、何だか気難しそうな印象ですし!」

「おい馬鹿、本人の前で何言ってやがる」

「あ、あはは……大丈夫ですよ。自覚はありますから」

 

 一通りソフィーにお仕置きをしてから、苦笑してこちらの様子を見守っていたアイリ嬢に向き直る。

 

「重ね重ね、騒がしくてすまないな」

「いえ、気にしないでください。何と言うか、お二人のやりとりは、とても楽しそうなものでしたから……」

「……ところでアイリ嬢。君はここで何をしている? あんなに急いでどこに行くつもりだったんだ?」

 

 彼女の言葉をスルーして俺が訊ねると、アイリ嬢は何かを思い出したように、ハッと目を見開いた。

 

「あっ、そ、そうでした……あの、織斑さん、ソフィーさん。私の兄さんを――兄を見ませんでしたか?」

「兄……というと、『七竜騎聖』アティスマータ新王国代表の、ルクス・アーカディア、か?」

「はい、そうです。……途中まで一緒に行動していたのですが……ちょっとした騒ぎで、はぐれてしまって」

「そうだったのか……。悪いが、俺は見ていないな」

「私もです。この学園の制服を着た男の子となったら、結構目立つと思いますからね。目にして忘れた、ってことはないでしょう」

 

 ソフィーがしみじみという言葉に、俺も頷く。言う通り、確かにそれは人目を引くだろう。

 校内を回っていて鉢合わせなかったということは、入れ違いになったか、あるいは校舎の外に居るのか。

 何にしても、どうやらアイリ嬢も俺たちと同じく人探しをしていたらしい。お役に立てず申し訳ないが……そうだな、一応俺も訊いてみるか。

 

「アイリ嬢、実は俺たちも人を探しているんだが……マギアルカ、ウチの代表を見なかったか? オレンジ色の髪の、小柄な少女のような外見をしている」

「あ、その方なら見ましたよ。何か問題を起こしたらしくて、追手の三和音(トライアド)を振り払って、それを兄さんが追って行って……そこで、はぐれてしまったんです」

「もう遅かったか……」

 

 問題を起こさない内に捕まえなければと思っていたのだが、どうやら手遅れだったようだ。しかもバッチリ学園側に迷惑をかけている。俄かに頭痛が襲ってくるのを感じる。

 

「あー……何と言うか、本当にすまない。やはりあの人は、行く先々で騒ぎを起こさなければ気が済まないトラブルメーカーのようだ」

「あはは……お気になさらず。トラブルメーカーという意味では、兄さんも同じようなものですから。定期的に騒動に巻き込まれて、更にその騒ぎを助長して」

「そうだな。何でああいう連中は、種火に油をドバドバ注ぐような真似をするのが上手いんだろうな……」

「同感です……、本当に、困りものです。しかも兄さんってば、その度に新しい女の子を増やしてきますし……」

 

 はぁ、と俺とアイリ嬢は、全く同じタイミングで額に手を当て、深々と溜め息を吐いた。

 ……何か、この娘とは仲良く出来そうな気がする。

 視線を合わせると、どうやらアイリ嬢も同じことを考えていたようで、グッ! と俺たちは固い握手を交わす。

 自由人に振り回されている同盟……嫌過ぎるなそれ。

 

「むー……何か疎外感があるんですケドー」

「ん、いや別にそんなつもりはないんだが――ん?」

「あれ? 何かあったんでしょうか?」

 

 頬を膨らませたソフィーを宥めようとしたところで、廊下の窓から、外で何やら大勢の人が一か所に集まって騒いでいるのが見えた。

 思わず顔を見合わせた俺たちは……頷きと共に確信に近い予感を交わし合い、その方向へと向かって歩き出した。

 

 

 

§

 

 

 

「む、あれか」

「あれですね」

「あれ、ですか」

 

 窓から飛び出したりせず、しっかりとドアから出て庭の方に回り込み、例の人垣のところに到着する。

 頷き合って、俺を先頭に人垣の中に飛び込み、居並ぶ人々を掻き分けて進んでみれば……。

 

 そこには、困惑した表情の銀髪の少年を背中に庇った桜色の髪の無表情の少女が、不敵な笑みを浮かべるオレンジ色の髪の少女と相対している姿があった。

 

 オレンジ色の髪の少女は、もちろん俺とソフィーが探していたマギアルカ。

 あの桃色の髪の少女は、髪の色と雰囲気からして、フィルフィか。しばらく会っていなかったが、随分と育ったもんだな……って痛っ?

 

「せーんぱい? 今、フィーちゃんのどこを見て何て思いました?」

「……何も思ってない」

「ふーん? まあ、先輩も男の子ですしねー?」

 

 含みのあることを……いや、今回は俺が悪いか。

 抓られた脇腹を軽く擦りながら、残ったもう一人に視線を向け、隣に立つ少女に一瞬だけ視線をやる。

 

 アイリ嬢と同じ髪の色に、コーラル並に中世的な端正な顔、小柄ながら立ち居振る舞いから垣間見える一戦士としての実力。

 察するに、彼がアイリ嬢の兄、アーカディア旧帝国の元皇子にして『七竜騎聖』アティスマータ新王国代表、ルクス・アーカディアだろう。

 

 そんな彼とマギアルカが何故一緒に居るのかという疑問についてはまあ……マギアルカが彼に意味あり気な流し目を送っていることから、推して知るべし。

 

「せんせーい!」

「む? おお、ソフィーか。どうしたんじゃ?」

 

 嬉しそうに笑いながら飛び付くソフィーを、マギアルカも穏やかな表情になって優しく受け止める。

 そのまま二人は顔を見合わせて微笑んだりと、和やかな雰囲気を醸し出していたが……ソフィーの次の一言でマギアルカの頬が引き攣った。

 

「もう、先生どこに行ってたんですか? 先輩もすっごく怒ってましたよ? ね、先輩!」

「何じゃと? 一夏が怒っておったとな……それは拙いのう、早く逃げねば――あ」

 

 俺の名前が出るなり逃げ出そうとしたマギアルカだったが、視線の先に冷たい目で自分を見下ろして歩み寄る俺の姿を見つけて硬直した。

 

「よう、さっきぶりだな、マギアルカ?」

「い、一夏……」

「ああ、俺だ」

 

 再びマギアルカが逃げ出そうとするも、右腕をソフィーにしっかりとホールドされているせいでそれもままならない。

 

「……あ、いっちゃんだ」

「久しぶりだな、フィー。積もる話もあるが、まずはこのアホ師匠の処理が急務だ。またあとでな」

「ちょっ、処理ってなんじゃ!?」

「ん、だいじょうぶ。いっちゃんも元気そうでよかった」

「ああ、お前もな」

 

 無表情ながらどこか嬉しそうな雰囲気のフィーに笑みを浮かべる。

 さて、と……その笑顔のまま首を巡らせると、笑顔を向けられた張本人はビクリッ、と大袈裟に肩を震わせた。

 引き攣った笑みを浮かべたままのマギアルカと、表面上は和やかな言葉を交わす。

 

「随分と楽しそうにしてるなあ、マギアルカ」

「そ、そうじゃな……せっかくの、祭りじゃからのう?」

「だよなあ、祭りなんだから、最大限に楽しむべきだよなあ、楽しみたいなあ」

「う、うむ。お主は、どうじゃ? た、楽しめておるか……?」

「そうだなあ、楽しいなあ。まだ打ち合わせは終わってないってのにいつの間にか姿を消したアホな師匠を探して校内を走り回ったり、楽しかったなあ。おかげで面白そうな模擬店とか色々行けなかったけど、楽しいなあ」

「……………………さらばっ!!」

「逃がすかアホ師匠!」

 

 眼にも留まらぬ速さでソフィーの腕を振り解き、回れ右して走り出そうとしたマギアルカを、コートの襟を引っ掴んで引き止める。

 もう一回あの追いかけっこをするなんざ、真っ平ごめんだ。

 

「もう逃がさねぇぞ……アンタにはこれからしこたまお説教をしないといけないんだからなあ……!?」

「すまんかったのじゃー! 出来心だったんじゃ世界会議に向けての打ち合わせとか正直面倒臭くて敵わんかったんじゃー!!」

「正直だなアンタ!」

 

 一切隠すことなく内心を叫ぶマギアルカに、もはや怒りを通り越して呆れの溜め息が出る。

 ったく……今回の会議は、この世界全てを巻き込むほどに大事なものであることを、この人は分かっているのだろうか……分かってても関係なさそうだな、この人は。

 

 っと、いけない。アーカディア兄妹がポカンとした表情でこちらを見つめている。

 

「あー、ルクス・アーカディア、で合ってるよな? 俺は織斑一夏、このアホ……マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークの補佐官をしている」

「あ、はい。僕がルクス・アーカディアです。織斑さん、というと、もしかしてあの『金狼』の……?」

「……そう呼ばれることもあるな」

 

 ふむ、何と言うか。『金狼』って二つ名はそんなに有名なのか?

 二つ名と言うのなら、この目の前の没落王子様の方が……おっと。オフレコだったな。

 

「ウチの代表が迷惑をかけたようだな……すまなかった」

「い、いえ、僕自身はそれほど迷惑を被ったわけでも……」

「君自身は、か……」

 

 つまりそれ以外に、と。

 ハァ、と溜め息を吐き出してマギアルカの方へチラリと視線を向けると、ルクス代表の隣に立っていたアイリ嬢が少し不機嫌そうな表情で口を開いた。

 

「謝る必要なんてありませんよ。兄さんも、美人に詰め寄られて満更でもなかったみたいですしね?」

「ちょっ、アイリ!? 何だか言い方にトゲがあるんだけど……!?」

「何か文句でも?」

「ぅ……」

 

 何も反論出来ずに呻くルクス代表。まあそれはな。

 妹に心配をかけさせて怒られて、となれば兄としては何も言えないだろう。

 こっちとしてはそれよりも……

 

「ほ、ほれ! 向こうも謝る必要などないと言っておるのじゃし、そろそろこの手を離してはくれんかの!?」

「あんたはちゃんと反省しろ」

 

 

 

§

 

 

 

 

 学園祭二日目ーーその夜。

 偶然、学園の機竜格納庫に訪れていた私、アイリ・アーカディアは……そこで、地獄を見ていた。

 

 突如起こった謎の集団による襲撃。夜空から降り落ち、黒色の粘液を撒き散らした何かの『卵』。

 響き渡る怒号と悲鳴。黒煙を吹き上げる建物。

 

「何だこのスライム……!?」

「くそっ、どうなっている!? 機竜が……」

「う、うわぁぁぁ……っ!?」

 

 自身の機殻攻剣(ソード・デバイス)を見つめて、右往左往する警備の機竜使い(ドラグナイト)たち。

 どうやら、あのスライムのせいで機竜を展開することが出来ないらしい。

 そんなものまで投入してくるような賊は……『竜匪賊』以外には、あり得ない。

 狙いは何? ここに集まっている各国の代表たち? それとも……旧世代の支配者を名乗る、『創造主(ロード)』……?

 

 ドガァァンッッ!!

 

「きゃっ!?」

 

 すぐ近くで起こった爆発の衝撃波が、格納庫の影に隠れていた私のところにまで届く。

 思わず頭を抱えてしゃがみこみ……そして、私は何だかとても情けない気分になった。

 

 他の皆が命がけで戦っているのに……私は、戦うすべを持たない私は、何も出来ない。見ていることしか出来ない。

 逃れようのないその事実が、とても悔しくて、悲しい。

 

「おい……誰だ、あれは?」

「お、女の子……?」

「まさか、何故このようなところに……」

 

 戦場に満ちる困惑の声。怪訝に思って物陰から顔を出し覗き込んでみると、この殺伐とした場には似つかわしくない、純白のドレスを纏った少女が悠然と歩いていた。

 

 どういう意図かは分からないけれど、あまりに危険過ぎる。焦った表情の騎士の一人がその少女に話しかけた。

 すると少女はその騎士を見てうっすらと微笑み、そしてゆっくりと口を開けて……

 

「ーーィィィィイイイイイァァァァァァァアアアアアッッッッ!!!!」

 

 突如、絶叫した。

 全く何の備えもしていなかったところに叩き込まれた大音声の叫びに、鼓膜が激しい痛みを訴える。

 思わず耳を塞いでしまうが……直後、私はあることに気づいて愕然とした。

 

 この音色……まさか、角笛の……!?

 角笛ーーその音を聞いた幻神獣(アビス)を支配し、操ることの出来る笛。

 

 少女が口を閉じても、まるで少女の体そのものぎ一つの楽器になっているかのように、依然としてあの音を発し続けている。

 

「ぐぅっっ…….! な、何だというのだ!?」

「何者かは知らんが、邪魔をするならば殺ーーなっ!?」

 

 謎の少女を止めようと飛びかかる『竜匪賊』の機竜使い(ドラグナイト)

 それにチラリと視線を向けた少女の腕が、唐突にドロリ、と溶けた(・・・)

 そのあまりにもおぞましい光景に、それを見ていた全員が戦慄し息を呑む。

 得体の知れない液状になった少女の腕は、一瞬で凝固し、黒い鞭と化しーーそして、目前まで迫っていた機竜を一撃で吹き飛ばした。

 

「がはっ!?」

 

 優に数メートルも吹き飛ばされたその《ワイバーン》は、全身の装甲を打ち砕かれ、そのまま動かなくなってしまった。

《ワイアーム》などと比べて装甲が薄いとはいえ、障壁によって護られた《ワイバーン》をたったの一撃で倒してしまうなど、尋常ではない。

 

「闘争、悪意、殺意を確認。これより一帯を殲滅し、救済する」

 

 少女が感情を窺わせない声音で呟き……蹂躙が始まった。

 もはや王国軍も『竜匪賊』もない。

 先程まで激しく争っていた両者が諸共に薙ぎ払われる光景に、あの異形にとっては、どちらも等しく無価値なのだと、否が応でも理解させられる。

 まるで機械のように。そういう使命を、ただ人類を滅ぼし尽くすという使命を背負った機構のように。

 

「…………っ、あれは、まさか!?」

 

 ふと、自分が抱いた印象によって、怪物の正体に思い至った私は、全身に恐怖の震えが走るのを感じた。

 

 遺跡(ルイン)から発掘された資料にもあった、この世界の破壊を目的とする、最悪にして災厄の幻神獣(アビス)

 最後の遺跡(ルイン)である『大聖域(アヴァロン)』に住まう終焉神獣(ラグナレク)ーー『聖蝕』。

 絶対に現れてはいけない殺戮の化身が……ここに顕現したのだ。

 

「そ、んな…………」

 

 思わず、絶望の吐息が漏れる。

 遠からずこの場の戦力はこの『聖蝕』に全滅させられてしまうだろう。こうして物陰に隠れている私とて、もはや安全とはいえない。

 いや、むしろ私こそが一番危険なのだ。

 一切の戦う手段を持たない、私が……

 

 唇を噛み締め、なすすべなく俯いていた私は、ふと真上から迫り来る気配を感じて、咄嗟に顔を上に向ける。

 

 そしてーー私は気付いた。

 真上から降り落ち、私を押し潰そうとしている、鞭のような触手の存在を。

 

『聖蝕』は未だこちらに気付いていない。となれば、あれが私を狙っているのは、全くの偶然……

 

「…………ぁ」

 

 ーーーー死ぬ。

 あれを喰らえば、私は間違いなく、疑う余地もなく、呆気なく死んでしまう。

 理屈ではない本能の部分で、私はそう確信していた。

 

 体は動かない。動いてくれない。とうの昔に竦み上がって、一歩後退ることさえ叶わない。

 

 嫌だな……漠然と、そんなことを思う。

 ただ死ぬことだけが嫌なのではない。こんな風に、なにも出来ずに終わってしまうのが、嫌だ。

 戦わずに死んでしまうのが、嫌だ。これまでの私の全てを否定されてしまうのが、嫌だ。

 ……だから、死にたくない。

 

 けれど、そんな私の思いなど届くはずもなく、鉄槌さながらの触手の鞭は振り下ろされてーー……

 

「助けて……兄……さ「君の兄ではないが、君を助けるのには了承した、アイリ嬢」

「えっ?」

 

 誰も応えるはずのない呟きに返ってきた返答に、私は目を見開いて……次の瞬間、私の体は横合いから駆け込んできた誰かに横抱きにされていた。

 驚く間もなく、私を抱えあげたその人は大きく前方に跳躍。ーーその一瞬後、私の背後から響く轟音と衝撃、舞い散る粉塵。

 

「痛って……チッ、若干掠ったか」

「あ、あなたは……お、織斑さん!?」

 

 漆黒に金糸をあしらった外套を身に纏った、夜闇に溶け込むような黒髪に同色の鷹のように鋭い瞳を持つ、長身の美貌の青年。

 間違いなく、学園祭の一日目に出会った、マルカファル王国の『七竜騎聖』補佐官、織斑一夏さんだった。

 

 彼は、自らの腕の中で驚く私にフッ、と軽い笑みを浮かべて、徐に再び地面を蹴った。

 さっきまで私が隠れていた格納庫とは別の格納庫の影に飛び込んだ織斑さんは、そこでようやく私を降ろしてくれた。

 

「何とか、間に合ったみたいだな、アイリ嬢」

「あ、はい……助けてくれてありがとうございます、織斑さん」

「気にするな、偶然通りかかっただけだからな」

 

 恐縮する私に、織斑さんは素っ気なく言ってから、面白そうにニヤリと唇の端を吊り上げて、

 

「……愛しの『兄さん』でなくて残念だったか? アイリ嬢」

「な、何を言ってるんですか!? わ、私は別に兄さんのことなんて……!」

「そんなに慌てるな。兄妹なんだから、家族として愛情を抱くのは……まあ……当然のことだろう」

 

 何故か不自然に口ごもった織斑さんに、私は赤くなった頬を隠すように俯けていた顔を上げるが彼の表情はいつも通りだった。

 彼はポリポリと後頭部を掻いて、そっと私から視線を外して物陰から戦場の方に注視し始めた。

 ……何か、彼の過去にあったのだろうか。

 

「角笛の音を発する人型の幻神獣(アビス)ねぇ……もしかして、アイツが世界会議で『創造主(ロード)』の連中が言ってた……」

「……はい。恐らく、あれこそが『聖蝕』です」

「やはりな……あそこまで趣味の悪い化け物だとは思わなかったが」

 

 不快げに顔をしかめる織斑さん。そう言いながらも彼は油断なく『聖蝕』の様子を観察していた。

 

「確かに大した威力と射程、速度の触手だが……まさかヤツの能力があれだけなはずもない……ヤツの体はすべてあの液体だと思った方がいいな……考えられるとすれば再生、分裂、増殖……機械のようではあるがあの攻撃は…… 確かにヤツ自身の意思で行われている……ならば隙を突けるか?」

「あ、あの……織斑さん?」

 

 呼び掛けてみるも返事はない。完全に集中しきっているようだった。……何だか突き放されたような気持ちになってしまうのは気のせいだろう。

 一頻り観察を終えて、納得したように頷いた織斑さんは不意にこちらを振り返った。

 

「よし、とりあえず今集められる情報はこんなものか。……アイリ嬢、俺は今から戦闘に行くので悪いが護送は出来ない。もう少しすればあのチャフ・スライムの効果も切れて王国軍も再起動するだろうから、君はそれについてここから離れろ」

 

 この場において君に出来ることはない……織斑さんは淀みなくそこまで言い切った。

 彼の言っていることは、文句のつけようもないほど正しい。現実に則した、非常に適切な指示だ。

 それは私にも分かる。……分かる、はずなのに。

 

 分かっているはずなのに……私に出来ることなんてないと、最初から知っていたはずなのに。

 どうして、こんなにも悔しいのだろう。

 

「そう、ですよね」

「……?」

 

 気が付けば、

 

「私は、弱いから……剣も使えなければ、装甲機竜(ドラグライド)の適正もなくて……」

 

 私の口から、勝手に言葉が滑り落ちていた。

 

「だから、私は戦うことが出来なくて……いつも、皆に守られて……いつもいつも、命がけで戦っている皆の背中を、眺めることしか出来なくて……何も、出来なくて」

「…………」

 

 自分でも何を言っているのか分からない。ましてや、織斑さんに聞かせるようなことでもない。

 けれど彼は、何も言わずただ黙って私の言葉を聞いてくれていて……だから、私の弱音も、止まることはなかった。

 やがて、胸の内を全て口に出した私は、今さらに恥ずかしくなってきて、抱えていた膝に顔を埋めてしまう。

 

「あの、ごめんなさい、織斑さん……いきなり、変な話をしてしまって……」

「ーー俺は、そうは思わないが」

「え?」

 

 返ってきた反論の言葉に、顔を上げてみると…….彼は、凄く真剣な表情で私を見つめていた。

 

「君は、自分は戦えない、何も出来ないと言ったが……そんなこともないだろう」

「でも……私は!」

「戦場に出て武器を振るうことだけが戦いじゃない。誰の目にも留まらない、裏方の戦いというのもある。……君は、ずっとそれを続けてきたんじゃないのか王国の執政官たちを相手取って、一人で情報を集めて。自分のために、兄のために」

「……っ、どうして」

「……商会の都合でな。君たち兄妹にまつわることはある程度調べさせてもらってる」

 

 少し心苦しそうに言って、織斑さんはコホン、と一つ咳払いを挟んで、

 

「ともかく、君はそうやってこれまで一人で戦い続けてきたんじゃないのか?」

「でも……そんなの……」

「どのような形であれ、守るべき、守りたいもののために立ち上がり、相手に立ち向かおうとするのであれば、それは戦いと言うし、その人間は戦士と呼ぶに値する」

「……っ!」

 

 戦士……守られるだけしか脳のない、私なんかが……?

 

「事実、君が王宮内で孤軍奮闘しているお陰で君の兄はああして自由に動けているし、君の集めた情報のお陰で彼らの命が助かったこともあると聞いている」

「…………」

「だから、俺は君のことを一人の戦士だと思っているし……力がないと嘆きながらも立ち向かっている君に敬意を表する」

 

 そこまで言って、不意に彼はフッと表情を和らげ……とても、優しげな顔で、

 

「例え他の誰かが君をそんな風に馬鹿にしたとしても、俺は、俺だけは、君を笑わない。君が、自分の守りたいもののために、諦めずに戦える強い戦士だと知っているからな」

 

 そう言って、不敵に微笑む彼の表情と、その言葉に……私は、胸の奥が高く跳ねるのを感じた。

 ああ……この人は、私を見ていてくれている。認めてくれている。私を知ってくれている。

 ならば、何を恐れることがあるだろう。絶望する必要があるだろう。

 

 彼のーー一夏さんの笑顔を見て、私は心の内で呟いた。

 

 ……戦おう。

 私に出来るやり方で、私にしか出来ない『戦い』を。

 世界のために、学園のために、王国のために、皆のために、兄さんのために……そして、こうして私を見ていてくれている、一夏さんのために。

 

「……ん。随分といい顔になったじゃないか」

「はい。ありがとうございます、一夏さん。あなたのお陰で、立ち直ることが出来ました」

「どちらにしろ君ならいつか自力で立ち直れていたさ。俺は少し手伝っただけだ」

 

 むず痒そうに顔を背ける彼の仕草に、我知らずクスリと笑みが漏れる。

 晴れやかな気持ちでーー少しの悪戯心でーーそっと彼の手を取る。

 キュッと握ってみれば、やっぱり女の子のそれとは違って、そのゴツゴツとした感触に胸が高鳴る。

 驚いた顔をする一夏さんに、私は精一杯の、満面の笑顔で……

 

「本当に、ありがとうございます。一夏さん」

「アイリ嬢……」

「嬢なんて要りません。アイリ、と呼び捨てで構いません……あなたには、そう呼んでほしいから」

「……分かったよ、アイリ」

「……はい、一夏さん」

 

 どうしてだろう。ただ名前を呼ばれただけなのに。たったそれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。

 そんな状況ではないと分かっているのに、笑みが零れるのを抑えきれない。

 兄さんと接している時ですらも、こんなことはなかったのに……

 

「………………あのー」

「ひゃいっ!?」

「うおっ……?」

 

 ずっと一夏さんと見つめ合っていた私は、突然横合いからかけられた声にすっとんきょうな声を上げて飛び上がってしまった。

 一夏さんも少し驚いたような顔をしている。

 

 何とか落ち着きを取り戻し、声をかけてきたその人を見た私は……また、変な声を上げてしまった。

 

 顔を赤くして、どこか申し訳なさそうに視線を逸らしているのは、私のルームメイトであり親友の、ノクト・リーフレットであった。

 装衣を纏っているのを見ると、どうやらノクトも学園所属の機竜使い(ドラグナイト)として出動しているようだが……

 

「……すいません。アイリが行方不明と聞いて、何かあったのかと心配して探していたのですが……まさか、こんなところで逢い引きをしているとは思わず……」

「あいび……っ!? ご、誤解ですノクト! わ、私たちはべつにそういうのでは……!」

「Yes.安心してください。従者の一族であるリーフレット家の者として、このことは誰にも口外しないと約束します。特にルクスさんには絶対に言いませんので……」

「だから違っ……!」

「…………あー、ノクト嬢、でいいかな?」

 

 あわあわと慌てる私を見かねたのか、静観していた一夏さんが咳払いをして口を挟んできた。

 

「察するに君はアイリが心配で探しに来たってことだな?」

「Yes.その通りです。私の知らないアイリのボーイフレンドさん」

「……それについては後回しにするとして……それなら丁度いい。アイリをどこか安全な場所に連れていってくれないか。いまさら、言うことでもないがここは危険過ぎる」

「Yes.お任せください」

 

 無表情のまま頷くノクト。……これ、絶対誤解解けてませんよね……?

 いえ、もしかしたら、もう誤解ではないのかも……?

 

「それで、あなたはどうされるのですか?」

「どうやら敵はあの『聖蝕』だけじゃないみたいなんでね。俺は俺の、戦士としての責務を果たすさ」

「そうですか……ですが、とりあえずあの幻神獣(アビス)については心配要りませんよ。あれはセリス団長が相手をなさいますので。ルクスさんもすぐに駆けつけるでしょうし」

「セリスティア・ラルグリスか……了解した。どちらにしても、俺は行くよ」

「あっ……!」

 

 言うべきことは全て言ったとばかりに立ち上がった一夏さんの手を、思わず掴み取ってしまう。

 完全に無意識の動きで、私自身どうしようか戸惑っていると……私の手に、一夏さんの武骨な手が優しく添えられた。

 

「あ……」

「とりあえず、話は後で、この騒動が終わってからゆっくりと……な?」

「……はい。お気をつけて」

「うん、ありがとう」

 

 最後に、ニッコリとした満面の笑みを残して……一夏さんは猛スピードで格納庫の影から飛び出して走り去って行った。

 しばらくの間、彼に触れられた手を擦りながら彼の背中を見送っていると……

 

「……どうしましょう。何だか、もう全部皆さんにぶちまけてしまった方がいい気がします」

「ノクト!?」

 

 

 

§

 

 

 

 アイリのことをノクトに任せて飛び出した俺は、まず幻神獣(アビス)を相手取る前に『竜匪賊』の連中から片付けることにした。

 理由としては、敵の目的の不透明さ。

 敵の目的に心当たらないわけではない。むしろ逆。今のこの場所には、やつらが目的としそうな存在が多過ぎるのだ。

 世界会議のために集まった『七竜騎聖』の面々、『創造主(ロード)』、捕縛されている『竜匪賊』師団長、一ヶ所に集められた大量の機竜……などなど、どれか一つでも取られれば大きな損害になること請け負いの要素がこれでもかとばかりに揃っている。

 目標を把握出来ていないということは、何を守ればいいのかすら分からないということ。そんな状況でヤツらを放置しておくのは愚策でしかない。

 

 

 そう思い、先程の『聖蝕』から逃げた少数の『竜匪賊』の連中が向かった方向へ走っていた……のだが。

 耳に着けていた小型の通信機から送られてきた報告によって、俺は方向転換せざるを得なくなった。

 この通信機、例によって職人気質な商会お抱えの技術者たちによる作品なのだが、これがまた信じられないほどの高性能で、もはやこれなしでは任務が成り立たなくなってしまっていた。

 

 閑話休題。

 

 

「『聖蝕』が……もう一体現れた(・・・・・・・)、だと!?」

 

 信じ難い気持ちで半ば呆然と報告の内容を復唱する。

 目にした時間はほんの僅かなものだが、相当に厄介な存在であろうことは容易に想像出来る。

 そんなものが同時に二体も……しかも、その片方を俺に倒せ(・・・・)と言う命令だ。

 

 居丈高に命令してきたマギアルカに、つい反射的に無茶を言うな、と返してしまったが、マギアルカは平然とした声音で、

 

『無茶なのか?』

 

 そう返してきた。

 ……そんなことを言われてしまっては、今さら引くなどとは言えなくなる。ーー元より退くつもりもないが。

 

「せんぱーい! こっちです!」

 

 全速力で『聖蝕』が現れたという場所……学園裏手のそれなりの深さの森となっている場所に向かっていると、こちらに向かって大きく手を振るソフィーの姿が見えてきた。

 ふむ、あいつも呼ばれていたのか。

 

「ソフィー、お前もマギアルカに呼ばれてか?」

「そうです。まったく先生も鬼畜ですよねー、私たち、たったの二人で(・・・・・・・)終焉神獣を倒せ(・・・・・・・)、だなんて」

「まあ同意するが……やらなきゃならんだろうよ」

 

 合流早々不満顔で愚痴をぶつけてきたソフィーに苦笑して返す。

 しかし、ぶつぶつ言いつつも既にソフィーの瞳は鋭い光を宿して、準備は万端のようだった。

 だろうな。今さら『この程度』の脅威で怖じ気づくようなタマでもない。修羅場なんて飽きるほど潜ってきた。

 敵は最悪の終焉神獣(ラグナレク)? 上等だ。サクッと倒して祝杯といこうじゃないか。

 

「敵は捕捉してあるのか?」

「とっくの昔に。そろそろ肉眼でも見えてくると思いますけど……あ、来ましたね」

 

 ソフィーの声に厳しさが混じり、場の緊張感が跳ね上がる。

 ソフィーの視線を辿ってみると……森の中から、こちらに向かってゆっくりと歩を進める少年の姿があった。

 格納庫の方に現れた『聖蝕』と同じような銀髪に白い貫頭衣。感情の窺えない薄ら笑い。そして何より………同じ生物とは思えない異様な気配……。

 

 間違いない。

 あれがーー『聖蝕』だ。

 

 見つかるとも……見つかったところでわざわざ向かってくるとも思えないが、一応声を潜めて、ソフィーへと指示を出す。

 

「ソフィー。先手必勝だ……機竜を展開しろ。ヤツが射程に入った瞬間にぶっぱなせ」

「了解!」

 

 ソフィーは俺の指示にニヤリと笑って頷くと、腰の剣帯にかけていた短剣を鞘から抜き放った。

 刀身に銀線の走った群青色の短剣……彼女の機殻攻剣(ソード・デバイス)だ。

 かつて出会った好敵手から受け取った機殻攻剣(ソード・デバイス)を掲げ、ソフィーは自らの機竜をこの場に呼び招くための詠唱符(パスコード)を囁いた。

 

「この蛇は忌まわしき神敵。汝が罪過の(しるし)たる百の牙を突き立てよ。《テュポーン》」

 

 言下に、ソフィーの背後に無数の光が集まって、一体の竜の姿を象った。

 線の細い群青色の、曲線的な装甲、汎用機竜のそれとは一線を画する威圧感。名を、神装機竜《テュポーンP-type》。

 

接続開始(コネクト・オン)

 

《テュポーン》の装甲が無数の部分(パーツ)に分かれ、高速でソフィーの体を覆っていく。

 数秒とかからずに機竜の展開を終えたソフィーは、続けざまに機殻攻剣(ソード・デバイス)に手を当てて呟いた。

 

「起動して、《百頭連銃(ハンドレッド・ライブス)》」

 

 ソフィーの呼び声に呼応して、《テュポーン》の背面に装着されていた合計二十本の細長い杭のようなものが本体から分離され、《テュポーン》の周囲を囲うように浮遊し始めた。

 その杭の内の二本の片方の先端から銃把のような部分が飛び出し、ソフィーはそれを悠々と手に取って『聖蝕』の居る方向へ向けて構える。

 

《テュポーン》が所持する多数の武装の一つ、《百頭連銃(ハンドレッド・ライブス)》。

 ただの杭などではなく、銃把を展開することで普通のライフルとしても扱える、所謂浮遊砲台である。

 

 準備を終えてから、敵がソフィーの射程に入るまでもう十秒もなかっだろう。

 来た、と思った瞬間には、既に周囲を浮遊していた《百頭連銃(ハンドレッド・ライブス)》が一斉に『聖蝕』を照準。一切の間を開けずに、二十の砲門が火を噴いた。

 真っ直ぐに突き進んだ閃光は、逸れることも曲がることもなく、少年の姿をした『聖蝕』の体に直撃した。

 迫り来る攻撃に見向きもしなかった『聖蝕』は反応すら出来ずに呑み込まれ、ビシャァァッッ、と水滴となって砕け散る。

 

「これで終わり、ですか?」

「ーーまだだ、気を抜くな!」

 

 拍子抜けしたような声を漏らすソフィーに鋭く警告を飛ばした……直後に、『聖蝕』が居た辺りから飛数本の触手の鞭が飛び出した。

 俺は地面を蹴って後退し、ソフィーもまた間一髪のところでそれをかわす。ほとんど勘だ。

 

「……っ、速い!」

「予想の範疇だ!」

 

 ゆっくりとした動きで迫ってくる『聖蝕』を見据えながら、腰の機殻攻剣(ソード・デバイス)を引き抜き詠唱符(パスコード)を囁く。

 

「天地を統べる王なる龍よ。万神率いて頂の座へ舞い昇れ《黄龍》!」

 

 俺の背後に召喚された《黄龍》はそのまま目にも留まらぬ速さで、俺の全身を覆う強固な鎧と化す。

 

 二手に分かれて鞭による一撃を回避した俺たちは、油断せずに『聖蝕』の方へ視線を戻す。

 確かにソフィーが吹き飛ばしたはずの『聖蝕』は、自身の体積の八割以上を失い原形すら留めていないと言うのに……まだ、動いていた。

 飛び散ったどす黒い飛沫が徐々に本体の方へと集結している。……あの程度じゃ倒せないか。あるいは、(コア)を破壊することが出来なかったか。

 

 確かに、この幻神獣(アビス)は、これまで俺たちが戦ってきたそれと比べて異質なのだろう。

 だが、だからと言って、俺たちのすること、やるべきことは変わらない。

 

「ソフィー」

「はい」

「あれが一体何だろうと、俺たちがやることは変わらん」

「はい」

「任務を遂行する。――ついてこい、ソフィー!!」

「はい、先輩っ!!」

 

 ソフィーの威勢のいい返事に呼応するかのように、彼女の背後でふよふよと浮かんでいた《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》が一斉に展開。

 立ち並ぶ木々の隙間を縫って飛翔、敵をしっかりと捕捉した上で全方位から取り囲み――そして始まる、一斉掃射。

 

「全砲、発射!!」

 

 雨霰と降り注ぐ光弾の嵐が、せっかく回復しかけていた『聖蝕』を次々と穿ち、その回復を阻む。

 一発たりとも狙いを外すものはなく、全身至るところに絶え間なく攻撃を受け続けているというのに、未だ敵に倒れる様子はなかった。

 

「俺も突っ込む! 援護は任せた! ――《四神憑臨(トランス・フォース)、モード《玄武(ゲンブ)》!》

 

《黄龍》の持つ形態変化の神装、《四神憑臨(トランス・フォース)》の四形態の一つ、《玄武》。

 暴風を纏うことにより空戦能力と高い機動力を得る《青龍》、獣のような敏捷性と氷結能力による近接戦特化の《白虎》、爆炎を噴き上げ無類の破壊力を誇る《朱雀》。

 四つ目の形態、《玄武》の能力は、至極簡単だ。即ち、圧倒的且つ絶対的な『防御力』。

 

《黄龍》の背面にマウントされていた《金鱗喚符(ロード・スケイル)》がひとりでに本体からパージ、眼前で六枚の板状の武装が組み合わさり、機体そのものをすっぽり覆い隠してしまうような巨大な盾となった。

 それを前面に構えて、俺は『聖蝕』目掛けて突貫する。

 

 接近してくる俺に気が付いたのか、『聖蝕』の足元に出来ていた漆黒の水溜まりが、むくりと隆起する。それらは合計十五本の触手の鞭となって、凄まじい速度で動き始めた。

 今尚降り注ぐ弾幕の一部を、七本の鞭が超速で動いて薙ぎ払う。弾幕が途切れた隙を縫って、触手の鞭が光弾を放っている《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を狙おうとするが、ソフィーの精神操作による制御を受けた砲台は器用にそれを掻い潜って回避する。

 

「わっとと、あっぶな⁉」

 

 もちろんそれだけで終わるはずもなく、敵が生み出した残りの鞭がこちらへと迫る。

 あらゆる方向から縦横無尽に振るわれる触手。その威力は、最初の一撃によって深い亀裂の走った地面を見れば分かる。

 しかも展開されている触手は、その全ての先端がまるで槍のように尖っていた。

 だが、それを見ても俺が足を止めることはない。何故なら、あんなものは問題にもならないからだ。

 

 無数の残像を残すほどの速度で俺を包囲した黒い鞭はしかし、前面に展開した大盾によって呆気なく弾かれた。

 凄まじい衝撃による轟音を立てながら、《金鱗喚符(ロード・スケイル)》の表面には傷一つない。当然だ。

 続け様に叩き込まれる攻撃。無傷。無意味。衝撃で仰け反るようなこともない。

 

 一切のダメージを負わないまま突き進み、やがて俺は敵の至近へと肉薄し――次の瞬間には《玄武》を解除。散り散りになる《金鱗喚符(ロード・スケイル)》を伴って横に跳躍する。

 その直後に、直前まで俺が居た場所の空気を切り裂く『聖蝕』の触手。

 別に恐れをなして逃避したわけではない。そもそもこの《玄武》という形態は、極端なまでに防御性能に特化しており、攻撃力、そして機動力は皆無と言っていいレベルなのである。

 パワーだけはあるので、出来ることと言えばこの大盾でぶん殴ることぐらい。

 

 それに、俺が《玄武》を使ってまで接近したのは、何も攻撃するためではない。

 至近距離から、敵の攻撃を見る(・・)ためだ。

 今のところこの『聖蝕』が見せた攻撃方法は一つだけ。超高速で動く触手による打撃、あるいは刺突。今の今まで観察したところ、どうやら本当に敵の攻撃方法はこれだけらしい。

 ならば、そのたった一つの敵からの攻撃を、威力、速度、射程、特性など……あらゆる要素や角度から、完全に解析する必要があった。

 

 ――俺は、決して天才などではない。才能なんてものは欠片もない。

 きっと天才と呼ばれる人種ならば、俺のように一一時間をかけて観察するまでもなく、初見であっさりと対応してしまうのだろう。

 けれど俺にそんな真似は出来ない。徹底的に解析して、知って、予測を立ててからでなければ対応出来ない。

 だからこれまでもずっとそうしてきた。そうして戦い続けてきた。

 常に相手の動きを観察して。常に相手の意図を察して。常に相手の先を読んで。

 

「……解析、完了」

 

 呟きながら体を捻れば、予想した通りに(・・・・・・・)脇腹の辺りを槍のように先を固められた触手が通り抜けて行く。

 そのまま二、三発程度はかわしたが、四発目は流石に避け切れなくなり、両腕をクロスしてガード。重い衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 何とか勢いを止めて静止した俺の横に、《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を周囲に呼び戻したソフィーが並んだ。

 

「……っと、と」

「大丈夫ですか、先輩?」

「まあな。……こっちは大体掴めた。そっちはどうだ?」

「んー、とりあえず、馬鹿みたいな生命力してるってことぐらいですかねー。一応、少しずつ呼吸は掴めてきてるんですけど」

「体力の方は?」

「まだまだいけますよ」

「よし。じゃあ……攻めるぞ」

「了解です!」

 

 打ち合わせとも言えないような簡素な遣り取りをして、俺とソフィーは同時に動き出す。

 

 対して、『聖蝕』の方もほぼ同じタイミングで動き出して……いや、蠢き出していた。

 時間を開けたことでほとんど元の少年の姿と同じレベルまで回復していた、『聖蝕』の液体で出来たような肉体が、一瞬ぐにゃりと歪んだかと思うと、ドバァァァッ!! と溢れ出すように数十もの触手を放出した。

 同時に、『聖蝕』の足元に散っていた幾つかの大きな水溜りがごぽごぽと隆起。『聖蝕』が取っている少年の姿と寸分違わない五体の人形を形成してしまった――

 

「っ、分裂、ですか!?」

「落ち着け! 全部薙ぎ払えば問題ない!!」

「発想が脳筋ですよ先輩!?」

 

 実際そうだろ。

 さてさて、分裂ってのは少しばかり予想外だったが……まあ、数が増えたところで、どうということもない。

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》――モード《白虎(ビャッコ)》!」

 

 選択したのは、敏捷性を大幅に底上げ出来る形態、《白虎》。

 

 目の前では、分裂した五体の『聖蝕』がそれぞれの触手を展開し、一気に俺に叩きつけようとしていた。それをしっかりと視界に収めながら、迷わず突貫。

 ふぅ、と小さく息を吐き、集中。今はただ、迫りくる脅威を切り抜けることだけを考えろ。それ以外のことは要らない。意識の上に置く必要もない。

 

 振り下ろされ、薙ぎ払われ、突き込まれ、斬り上げられる無数の触手。

 対して俺は――その全てを、放たれる寸前に見切って(・・・・・・・・・・・)避ける。かわす。弾く。いなす。捌く。

 最小限の動作で機体を動かし、圧倒的な物量を持って迫るそれら全てをやり過ごす。

 迎撃するのではない。風に抗うのではなく、風に乗って行くようなイメージで。

 

「くっ……!」

 

 もちろん、それだけで全ての攻撃を捌けるはずもない。

 致命の攻撃は避けているが、《白虎》の敏捷性を以てしても避け切れないものは多々ある。

 しかしそれでも俺が、臆さずに突っ込める理由はただ一つ――

 

 その瞬間、俺の背後から迫っていた触手の槍が、横合いからの光弾の直撃を受けて弾け飛んだ。

 背後で轟いた爆音を耳にして、俺はニヤリと唇の端を吊り上げる。

 

 例え俺に反応出来なくとも、俺の背中は、ソフィーが守ってくれる。

 そう……ここには、俺など及びもつかない本物の天才(・・・・・)が居るのだから。

 

「《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》、照準、発射!」

 

 ソフィーの号令一下、《テュポーン》の両肩の装甲が大きく展開され、その内部構造を露わにする。

 そこにあったのは……装甲の中に所狭しと敷き詰められた、数十にも及ぶ弾頭……ミサイルの群れ。

 ソフィーは《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》と名付けられたその武装を、展開した次の瞬間には照準し、一気にぶっ放した。

 

 バシュバシュバシュバシュバシュッ!! 独特の発射音を響かせて、片側十四発、計二十八発のミサイルが、俺の周囲を取り囲む五体に分裂した『聖蝕』へ向けて降り注いだ。

 無論敵も黙って見ているはずもなく、自分に向かって迫っているミサイルへ向けて触手を一閃する――が、ミサイルはその触手を紙一重で避けて、全ての『聖蝕』の本体へ直撃、爆音を響かせた。

 

爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》は、ただのミサイルの武装ではなく、言うなれば誘導ミサイル……発射後もある程度機竜使い(ドラグナイト)の思念を読み取って軌道を変更することが出来るのだ。

 ただし、《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》は先述の通り計二十八発もある。その全ての軌道を正確に把握して動かすなど、常人に出来ることではない。

 ましてや、二十基の(・・・・)百頭連砲(・・・・)を全て同時に操りながら(・・・・・・・・・・・)など、もはや人間の域を超えている。

 

 ソフィー・ドラクロワの持つ唯一無二にして強力無比な才能、それこそがこれ。

 神憑り的な空間把握能力と、一度に数十の物事を同時に思考可能な並列思考能力。

 そんな彼女にとって、数多くの武装で敵を圧殺する《テュポーンP-type》という機体との相性は最高だった。

 

 とはいえ、流石の彼女をもってしても、これほどの数の物事を同時に処理するのは少し無理があったようで、

 

「っぅ……! せん、ぱいっ……すいません、ちょっと……!」

「――十分だ、ソフィー」

 

 耐え難い頭痛を堪えるように額に手を当てて顔を顰めるソフィーに、俺は称賛を含んだ労いの言葉をかけて、思い切り踏み込んだ。

 目の前には、ソフィーの決死の砲撃の直撃を受けて再び形を崩れさせる五体の『聖蝕』。

 どれほどの再生能力を持っていようとも、幻神獣(アビス)である以上、核を潰せば倒れる。

 そしてその核が存在するとすれば――分裂する前から居た、最初の一体。

 その一体に向けて、俺は振りかぶった拳を叩きつけ……

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ……――っ⁉」

 

 ようとして、俺の体は、七割がた拳が振り切られたところで硬直することになった。

 

 今まさに拳を叩き込まんとした俺の目の前で……『聖蝕』の体がドロリと融け、別の形を、別の姿を取ったからだ。

 黒髪黒目に、向こうの世界(・・・・・・)でよく見られる簡素なTシャツと半ズボン、そして、俺と全く同じ顔立ち(・・・・・・・・・)の十二、三歳程度の少年。

 

 少年は……いや、その少年の姿をした『聖蝕』は、悲痛な表情で、叫んだ。

 

「嫌だぁっ、やめてくれ、兄さん(・・・)!!」

「――――」

 

 

 一瞬。

 

 そう、ほんの一瞬。俺の意識は漂白された。

 

 この、顔は。この、声は。まさか、アイツの――――…………

 

 

 本来なら、俺が硬直していたのは問題にもならないほどの僅かな時間でしかなかった。

 だがこの場にいる敵は目の前のコイツだけではなかった。

 

 俺が我を取り戻した、次の瞬間。

 目の前の『聖蝕』と同じ少年の姿を取った四体の『聖蝕』が、全方位から触手を殺到させてきた。

 歯軋りをして動揺を押し殺し、何とか身を捩って回避しようとするが……時既に遅し。

 

「がぁっ⁉」

「先輩っ⁉」

 

 あらゆる方向から無秩序な軌道で迫る触手の群れを前に、為す術もなく俺は打ち据えられ、大きく吹き飛ばされた。

 ゴッ、ガッ、と《黄龍》の装甲を破損させながら、転がるようにしてソフィーの居るところまで来てしまう。

 追撃も来たが、それはソフィーの精密極まる銃撃によって阻害させられた。

 

 衝撃に逆らわずに自ら跳んだおかげでダメージは最小限に抑えられた、が……

 無様に転がっていた俺はすぐさま跳ね起き、少年の姿をした『聖蝕』を睨みつけた。

 

「くっそが……」

「先輩、あれ、誰ですか? 先輩に似てますけど……多分別人ですよね?」

 

 怒りを隠せない俺の肩に手を置き、遠慮がちに聞いてくるソフィー。

 不安げに揺れる彼女の瞳見て、俺は一つ深呼吸を挟み、努めて冷静に答えた。

 

「――お前の言う通り、あれは俺じゃない。俺の双子の弟である春万(・・・・・・・・・・・)だ」

「…………っ! あれが、ですか?」

「そうだ。……まさか、またアイツの姿を見ることになるとは思わなかったが……話に聞いていた『聖蝕』の習性……予想以上に悪趣味なことだ」

 

 忌々しさを声に乗せて吐き捨てる。ソフィーは目を見開いて絶句したまま。

 憤怒を胸に拳を握る俺を見て、弟の姿をした五体の『聖蝕』は、ニヤリと唇の端を釣り上げて、全く同じ調子で全く同じ言葉を吐いた。

 

「ははっ、勘弁してくれよ、兄さん……弟である俺を、殺s」

 

 ドパンッ!! と。

 流暢に言葉を紡いでいた『聖蝕』を遮るように銃声が鳴り響いたと思えば、『聖蝕』の頭部がいきなり吹っ飛んだ。

 

 突然のことに面食らって振り向くと、そこには全くの無表情で《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を構えるソフィーの姿があった。

 

「あー……ソフィー?」

「先輩、一つ確認します。先輩の弟さんって、前に先輩に聞いた話に出てきた、あの弟さんですよね?」

「ん、あー、そう、だが?」

「なら、遠慮は要りませんよね」

「へ?」

 

 間抜け面を晒す俺に構わず、ソフィーはさらに五機の《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を展開。容赦なく、撃つ。撃つ。

 放たれた光弾は逸れることも曲がることもなく『聖蝕』の顔面に直撃。トマトか何かのように弾けさせた。

 

「ふぅ……」

「ソフィー? お前、何か怒ってるか?」

「別に?」

「いや、でも」

「べ、つ、に⁉」

「アッハイ」

 

 ソフィーの放つ底知れない迫力に気圧されて、思わず姿勢を正す俺。先輩の威厳もへったくれもない。

 まあ……今は戦闘中だ。どうでもいいことにいつまでもこだわっている余裕なんてないよな。

 深呼吸を一つ。……よし、切り替えた。拳を構えて、前を向く。

 

「先輩。もし、敵が先輩の知り合いの姿を取ったなら、私に知らせてください。私が倒します」

「……なるほどな。同様の隙をなくそうってわけか」

「はい。ですから先輩も、私の知り合いが出てきた場合は……」

「了解だ。俺がやる。共通の知人の場合は?」

「早い者勝ちってことでどうですか?」

「オーケーだ」

 

 ……ほんと、コイツが居てくれてよかったよ。

 改めて、この生意気ながらもいじらしく頼りになる後輩が居てくれることのありがたみを実感する。

 

 さて、打ち合わせも済んだことだし、始めるとしようか。

 やることは変わらない。俺が前衛。ソフィーが後衛。俺が突っ込み、ソフィーが援護する。

 

「行くぞ……!」

 

 ダンッ、と。『白虎』の敏捷性をフルに活用して、突貫する。

 あっという間に『聖蝕』との距離を詰めた俺に浴びせられる、触手による打撃の洗礼。

 が、問題はない。光弾と衝突して大きく弾かれる触手の群れを尻目に、一歩たりとも止まらずに突貫。

 至近距離まで接近された『聖蝕』の一体。その姿が再び歪み、今度は俺にとって見知らぬ可愛らしい少女のものだった。ということは……この娘はソフィーの友達か?

 

『先輩!』

「ああ!」

 

 竜声を使ったソフィーの要請に応え、逡巡なく目の前の敵へ拳を叩き込んだ。

 人体のそれとは明らかに違う感触を俺の拳に残して砕け散る『聖蝕』。

 すかさず周りから反撃が来るが、予め予測していた俺は一瞬前に体を捻ってやり過ごし、その方向に居た『聖蝕』の一体に裏拳を打ち込む。

 

 すると、砕け散った『聖蝕』の体から撒き散らされたどす黒い液体が、さらに四体の分裂体を生み出し、また姿を変えた。

 今度は少年の姿だ。逆立てた赤毛にバンダナを巻いた、活発そうな笑みを浮かべる少年の――

 

『っ、ソフィー!』

 

 返答は、撃ち込まれた精密極まる銃撃によって返された。

 目の前で吹っ飛ぶ人の顔面というのは、あまり気持ちのいいものではないが……その苛立ちは、敵にぶつけるとしよう。

 

「《四神憑臨(フォース・トランス)》――モード《朱雀(スザク)》!」

 

 言下に、両足に接続されていた《金鱗喚符(ロード・スケイル)》が両腕と両肩に移動し、《黄龍》の四肢が真紅の炎を纏った。

 周囲を取り囲んでいた『聖蝕』が攻撃を仕掛けてくるよりも速く、懐に飛び込んでから、拳打。

 すると『聖蝕』の液体の体は桁外れの破壊力で胴体の部分ごと丸ごと砕け散り、ジュワァァァァッ、と水蒸気を上げながら徐々に溶けて行った。

 

「よし……!」

 

 思わず快哉を上げる。《白虎》の方よりも《朱雀》の方がコイツの相手には適しているらしい。そうと分かれば、あとは簡単だ。

 勢い込んだ俺は、砕け散った『聖蝕』が分裂する端から、拳と蹴りを叩き込んで次々と吹き飛ばしていく。防御はソフィーのおかげで気にする必要がない。

 その中で、再び『聖蝕』の姿に変化が生じた。

 今度は、今までのような少年少女ではない。大人の男性――それも、筋骨隆々の大男。けれどその目元は、とても優しげに細められていて、

 

「ふざっ、けんなっ!!」

 

『聖蝕』が口を開くよりも前に炎を纏った拳を叩き込み、吹き飛ばす。

 その人の……俺を息子と呼んでくれた人の姿を、利用させはしない。

 

 そのまま、俺とソフィーは順調に『聖蝕』の分裂体を倒していったのだが……

 

「くそっ……際限なしか、コイツら!」

「終わりが、見えない……!」

 

 背中合わせになって、荒い息を吐きながらぼやく俺とソフィー。そんな俺達を取り囲む、何十体もの『聖蝕』の分裂体。

 最初はちゃんと前衛後衛のフォーメーションで戦っていたのだが、時が経つにつれ敵の数が増え、乱戦に巻き込まれてしまった。

 敵に囲まれて戦う中で、俺もソフィーもそれなりの負傷をしている。

 

 俺たちが『聖蝕』を倒すペースと、『聖蝕』が分裂するペースが吊り合っていない。

 明らかに敵が増殖するペースの方が速い。このままではジリ貧だ。

 女であるソフィーはまだしも余裕があるが、本来装甲機竜(ドラグライド)の適性が低い男である俺は、そろそろ限界が近い。

 

 早急に、勝負を決める必要がある。

 

「ソフィー。このままじゃ埒が明かない。ここで一気に勝負を決める。……分かるな?」

「もっちろん。……《テュポーン》の神装を使え、ってことですよね?」

「ああ。もうそれぐらいしか方法がない。後詰は俺がする」

「あれを使うんですか?」

「アイツの体が水分なのだとすれば、恐らくアレなら確実に倒せる」

「です、ね」

「――行くぞ」

「――了解」

 

 敵の攻撃を捌きながら、背中合わせのまま打ち合わせを終えた俺達は、それぞれ己の為すべきことをするために動き始めた。

 

 ソフィーは《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》を起動させて照準し、《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を全方位に向ける。

 俺は《朱雀》形態を解除、《金鱗喚符(ロード・スケイル)》を背中に移動させて、《青龍(セイリュウ)》へと形態を変化させる。

 

 目配せをして、タイミングを計る。

 ――直後、俺は《青龍》の機動力を全開にして真上へ高く高く跳躍し、ソフィーは周囲へ向けていた砲塔から一斉に弾丸を撃ち放った。

 精密な照準を放棄して、とにかく弾幕を張ることを目的とした射撃によって『聖蝕』をひるませることに成功し、出来た間隙で俺は上空へ逃げ果せることが出来た。本当に逃げることが目的なわけではないが。

 

 あのままあそこに居れば、俺は確実に邪魔になっていたからだ。

 

「さーて……バーベキューといきましょうか!」

 

 ニヤリ、と獰猛に笑ったソフィーは、何十体もの『聖蝕』に囲まれている状況にも関わらず、悠々と《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》を収納し、《テュポーン》の両腕を広げる。

 

 そして――ソフィーは満を持して、今の今まで使ってこなかった《テュポーン》の神装を発動した。

 

「起動――《神位の簒奪者(ディヴァイン・シフター)》」

 

 直後、グワン……と、世界が歪んだ。

 

 一見すると、何かが起こったようには見えなかったが……異変はすぐに現れた。

 ただ一人残されたソフィーに攻撃を集中させようとしていた『聖蝕』の群れ。その動きが、目に見えて鈍った(・・・)のだ。

 

《テュポーンP‐type》の神装、《神位の簒奪者(ディヴァイン・シフター)》。

 その力は、自身の周囲のエネルギー……『生命力』なども含めた全てのエネルギーを無差別に吸収する、というものだ。

 範囲は自身を中心とした半径十メートル以内の全て。

 機竜のエネルギーすらをも根こそぎ奪い取る最悪の神装である。

 

 しかし、この神装にも欠点というものはあり、際限なくエネルギーを取り込めるわけではないということ。

 許容量を超えたエネルギーを吸収してしまうと、機体自体が負荷に耐え切れず自壊を起こしてしまうのである。

 なので、この神装を使う際には、取り込んだエネルギーを素早く消費してしまうことが重要になるのだが……

 

 だがソフィーは、笑みを崩すことなく、自身の機体にさらなる命令を下した。

 

「展開……《百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》!」

 

 現れたのは、《テュポーン》本体のサイズに匹敵するほどの、馬鹿げたサイズのガトリング砲であった。

百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》と名のついたその武装を両腕で構えるソフィー。

 見るからに凶悪な武装を構えて、ソフィーは、至極楽しそうに哂って、

 

「ファイアー♪」

 

 ガドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!

 

 気の抜けた、ある種可愛らしい掛け声とは裏腹に、ガトリング砲は重厚な、耳を劈くような轟音を響かせた。

 その武装から吐き出される、実弾ではなく秒間数百発以上の光弾が、周囲を取り囲んでいた『聖蝕』の群れが一切の容赦なく薙ぎ払われた。

 

百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》は、間違いなく《テュポーンP‐type》最大の武装と言えるだろう。

 その圧倒的な火力は他の追随を許さない――が、その代わりに燃費が頗る悪い。手加減することなくぶっ放せば、五秒も持たずにエネルギー切れになってしまうほどに。

 

 しかし、轟音は未だ止んでいない。その勢いは全く衰える様子を見せず、変わらず『聖蝕』を蹂躙していた。

 何故か? 簡単なことだ。ソフィーは、神装で奪い取ったエネルギーを直接弾丸として吐き出しているのである。

 

 吸収する端から使用することで《テュポーン》は自壊を起こすことはなく、エネルギーが絶えずに外から補給されるため弾切れを起こすことなく。ほとんど無限に撃ち続けることが出来るという凶悪なコンボである。

 

 すると、今まで為す術なく蹂躙されるばかりだった『聖蝕』に動きが見られた。

 生き残っていた数体の『聖蝕』が動き出し、その中の一体を守るように囲み始めたのである。さらには、飛び散った飛沫から新しく生まれた分裂体もまた、同じような行動を取っている。

 

『先輩……!』

『ああ……恐らく、あそこに居るのが、本体だ』

『はい。と、いうわけで、あとはよろしくお願いしまーす!』

『おう。助かった。後は任せとけ』

 

 冗談めかして言うソフィーだったが、あのコンボはソフィーにとってすら甚大な負担となる。恐らく今にも倒れそうになっているはずだ。

 そんなになるまで頑張ってくれた後輩に竜声で答え、俺も行動を開始する。

《黄龍》の持つ、正真正銘最後の切り札を切るための。

 

 空中に浮遊したまま、静かに《青龍》を解除。

 パージされる《金鱗喚符(ロード・スケイル)》を、両腕に一枚、両脚に一枚、両肩に一枚ずつ移動させ、接続する。

 直後、《黄龍》の装甲に走る、煌めくような黄金の輝き。

 その輝きが高まると同時に、《黄龍》の機体から眩いほどの雷光が迸った。

 

四神憑臨(フォース・トランス)》によって変化出来る最後にして最強の形態。

 機体と操縦者に負担がかかりすぎるために、使用できるのはたった数秒。だが、この場においてはそれで充分。

 その形態は、名をこう言った。

 

 

 

「《麒麟(キリン)》」

 

 

 

《朱雀》《青龍》《玄武》《白虎》。五体目の神獣の名を冠する最強の形態。

 

 バチバチバチバチィィィィィッッ!!!! と、黄金の雷光を纏った《黄龍》を駆り……俺は、そのまま眼下の大地へと降下した。

 風を超え、音をも超え、光の速さ――まさしく雷光の速度で突進しながら拳を握る。

 一秒も経たない内に、すぐ目の前まで迫る『聖蝕』の姿。

 それに向けて、俺は拳を振り下ろす。

 

 

 

 それで、全てが終わった。

 

 

 

 降り落ちる稲妻そのものと化した俺の拳は、折り重なっていた『聖蝕』の体を易々と焼き尽くして、守られていた一体の核を粉々に砕き。

 一瞬だけ撒き散らされた電撃が、水分である、飛び散った『聖蝕』の体を跡形もなく消し飛ばした。

 




 コイツら、戦場のど真ん中で何いちゃついてんの……? 自分で書きながらヘイトを溜めていく系作者の私です。
 というわけで急遽参入した二人目の機竜世界のヒロイン……あー、どんどん展開がややこしくなっていくぅ(自業自得)。

 ちなみにこれを書いているのはテスト期間の真っ最中! ……何やってんだお前、っていうツッコミはご遠慮ください。僕もそう思ってます。

 えー、当初機竜世界編は10話までとか言った気もしますが、申し訳ありません。後1……2話下さい。まだ足りなかったです。


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Story.11 兎、襲来

 皆さん大変お待たせして申し訳ありませんでした!
 毎度のことながら学校が忙しくてなかなか時間が取れませんで……夏休みに入ってようやく余裕が出来ました。

 サブタイトルからお分かりかと思いますが、あの日とが出てきます。
 まだあの人のキャラが掴めてないので違和感があるかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。


 機竜世界全土を巻き込み、有史以来最大にして最悪の戦争となった、『創造主(ロード)』、延いては古代の『英雄』フギル・アーカディアとの闘争。

 

 元凶であったフギルが打倒され、最終的に世界連合側の勝利という形で戦争は幕を閉じた。

 

 世界には平和が戻ってきたのである。

 

 

 そして、それから二ヶ月ほど経った頃。

 

 人々が協力して戦争による被害の復興を進める中、俺こと織斑一夏率いる『金狼騎団』は、マルカファル王国国内のある地区の巡回に来ていた。

 

 

 その場所の名は、『大聖域(アヴァロン)』。

 

 原初の遺跡(ルイン)にして、二ヶ月前の戦争で最終決戦の舞台となった場所である。

 

創造主(ロード)』の討伐が成されたことにより、幻神獣(アビス)を産み出すための施設であった遺跡(ルイン)の機能のほとんどは停止したが、まだ一部は稼働している。

 

 そのため、以前と比べて大分稀なこととはいえ、幻神獣(アビス)遺跡(ルイン)から出現して暴れるという事態も今尚続いているのである。

 

 特にこの『大聖域(アヴァロン)』においては、他と比べて明らかに頻度が多かった。俺たちがこの場所の巡回をしているのは、そういう理由からだった。

 

 

 形の全く同じ建物が規則性を持って並べられた、一面灰色の街。

 

 確かに家のような形の建物はあるのに、ここには生活感というものがまるでない。

 

 どこまでも空虚で、寒々しい。

 

 

 ……あまり、長く居たい場所ではないな。

 

 そっと溜め息を吐きながら、周囲を見渡すが、俺以外の気配は感じられない。

 

 

「まあ、何もないならないに越したことはないんだが」

 

 

 一人ごちて俺は踵を返す。俺の担当していた範囲の巡回は終わった。先に巡回を終えたはずの仲間たちや後輩も待っているだろう。

 

 

 この後はその後輩と一緒に食事に行く予定なのだ。

 

 彼女にねだられてのことだが、存外それを楽しみに思っている自分が居る。

 

 共に何度も死線を潜り、関係まで持って……俺があの後輩を想う気持ちも強まったということだろう。

 

 

 ふっ、思わず唇を綻ばせて、俺は商会本部への帰路に着いた……その時だった。

 

 耳に着けた通信機から、俺を大いに驚かせて、二つの世界(・・・・・)を巻き込む新たな騒動の始まりとなる情報がもたらされたのは。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「あ、せんぱーい!」

 

「お、隊長!」

 

「お疲れ、たいちょー!」

 

 

 報告を受けて急いで帰ってきた俺を出迎えたのは、『金狼騎団』に所属する隊員たちだった。

 

 ……思えば、あの最終決戦の時はコイツらにも無茶をさせたものだ。誰一人欠けることなく今を迎えられたのは奇跡に近い。

 

 

「ああ、お前らも任務ご苦労だったな」

 

 

 俺が労いの言葉をかけると、ある者は不敵にニヤリと笑って、ある者は恐縮そうにはにかんで、ある者はフンと鼻を鳴らして、とそれぞれの反応を見せる。

 

 相変わらずの仲間たちに苦笑してから、ニコニコ顔で待機していたソフィーに話しかける。

 

 

「さて、例の報告を受けて来たわけだが……」

 

「分かってます。その人(・・・)なら、医務室ですよ」

 

「そうか……会えるか?」

 

「治療自体はもう終わってるみたいですから、大丈夫だと思いますよ? 意識も戻ってるみたいですし」

 

 

 小首を傾げて言うソフィーに頷きを返して、俺はもう一度隊員たちの方を振り返って言った。

 

 

「お前らも休んでていいぞ。また、皆で騒ぎに行こう」

 

 

 沸き上がる歓声を背に、副官であるソフィーを伴って、俺は建物の中へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 その人物が居るという病棟にやって来た俺たちは、目当ての部屋の前に立つ人の顔を見て驚きの声を上げた。

 

 

 頭の両サイドで輪っかになったオレンジ色の髪に、端正な顔立ちを彩る自信に満ち溢れた傲慢な笑み。錬金術師のような服装に短めのローブ。

 

 俺たちの師匠であり、このヴァンフリーク商会の総帥、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークだった。

 

 

「来たな、一夏、ソフィー」

 

「マギアルカ? 何故ここに……」

 

「あんな報告を聞いてしまえば、来ないわけにはいかぬじゃろう。なにせ……」

 

 

 扉に背を預けて立っていたマギアルカは、そこで一度言葉を切り、ニヤリと唇の端を吊り上げて、

 

 

「ーー空間の裂け目から、見慣れない格好をした人間が突如出現した、と聞けばな?」

 

「…………」

 

「くっくっく。どこかの誰かと全く同じ状況ではないか? 愉快なことじゃなぁ」

 

「……俺としては、あんまり笑えないんだがな」

 

「ま、お主にとってはそうじゃろうな」

 

 

 平然とそう言ったマギアルカは、ふと懐から小さな宝石のようなものを取り出して手の中で弄び始めた。

 

 

「それは?」

 

「そのご客人が持っていたという代物じゃ。ご客人を発見した者の話によれば、その者は機竜ではない機械の鎧を纏って幻神獣(アビス)とやり合っていたそうじゃ」

 

「……っ、それ、は」

 

「うむ。……IS、というやつじゃろうな」

 

 

 マギアルカが神妙に呟き、ソフィーが驚いて息を呑み、俺は我知らず拳を強く握り締めていた。

 

 

 ……まさか、またそれを見ることになるとはな。

 

 ISーー元の世界で、女尊男卑の風潮を産み出すことになった大きな原因にして、俺が迫害される要因の一つとなった絶対兵器。

 

 ISを所持している以上、この先に居る相手は女性なのだろう。

 

 正直、またあれを見るのは少し複雑なところがあるが……

 

 

 俺が複雑な思いを込めた視線を送っていることに気づいたのか、マギアルカはその宝石を懐に戻した。

 

 そして再び、あの見慣れた不敵な微笑を見せると、

 

 

「ま、ここでわしらが何をどれだけ話しておっても意味などあるまい。詳しいことは本人に聞けばよかろう。……一夏、覚悟はいいか?」

 

「……ああ」

 

 

 マギアルカの真剣な表情での問いにしっかりと頷く。

 

 緊張を露にする俺の手を、不意に柔らかい感触が包み込んだ。

 

 

 顔を上げれば、ニッコリと、優しく微笑むソフィーの姿があった。

 

 ソフィーは俺の顔を見つめたまま何も言わない。けれど、その柔らかい光を湛える瞳を見つめていると、不思議とざわついていた心が落ち着いてきた。

 

 

 ああ……大丈夫だ。

 

 例えこの先に何が待っていようとも、もう俺は一人じゃない。

 

 マギアルカが、ソフィーが、皆が。

 

 頼りになる師匠が、隣にいてくれる後輩が、俺を慕ってくれる仲間たちが居る。

 

 なら、何を恐れることがあるだろう。

 

 もう、何も恐くない。

 

 

 何も言わずに見守ってくれていたマギアルカに笑って頷くと、彼女も柔らかく微笑んで、勢いよく背後にあった扉を開け放った。

 

 

 一応相手は怪我人らしいのだが、それに対する気遣いも何もあったもんじゃなく、バァンッ! と大きな音をたてて開かれる扉。

 

 

「邪魔するぞ!」

 

 

 意気揚々と乗り込むマギアルカの後に続き、慌てて俺とソフィーも中に踏み込む。

 

 おいおい流石に荒過ぎるだろ……と、若干焦りながら部屋の中を見回して、俺たちは思わず固まってしまった。

 

 

 

 

 そこでは、一人の女性が逆立ちをしていた。

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 沈黙する俺たちと女性。言葉もなく、全員が驚いた表情で目の前の相手の顔を見つめる。

 

 

 逆立ちだった。

 

 思わず唸ってしまうような、完璧な、非の打ち所のない、美しいフォームの、逆立ちだった。

 

 その女性が着ていたのは裾の長いエプロンドレスのような衣服だったのだが、逆立ちしているため、派手にめくれあがって、肉付きのいい太腿や白いガーターベルト、そして中々に派手目な黒ろ……

 

 

「ダメです。それ以上見ちゃダメですよ先輩」

 

「…………」

 

 

 いや、別に自分から見に行ったわけではないのだが。

 

 しかし驚いてついガッツリ見てしまったのも事実。視界を塞ぐ後輩の柔らかい手の平を甘んじて受け入れる。

 

 押し黙る俺に、マギアルカがからかうような声をかけてくる。

 

 

「ほほう? 不肖の我が愛弟子よ。昨晩ソフィーとあれだけ激しく求めあっておったというのに、随分とお盛んなことじゃなぁ? のう一夏?」

 

 

 その言葉に言い返そうとして口を開きかけた俺だったが、そんな俺よりも早くマギアルカの言葉に反応した人物が居た。

 

 逆立ちの女性である。

 

 

「え!? い、一夏って……あ゛っ」

 

「「「あっ」」」

 

 

 何故か俺の名を聞いて過剰に反応した女性は……どうやら、相当動揺していたようで。

 

 辛うじて姿勢を維持していた両腕を派手に滑らせてしまった。

 

 逆立ちなんていう体勢で支えがなくなればどうなるか……言うまでもない。

 

 

 地面から腕を離してしまった女性は、僅かに空中でもがきながらも敢えなく墜落。

 

 ゴヅンッ、と鈍い音が響いて、直後に、女性の首の辺りから、コキャッ、と聞こえてはいけない音が聞こえてきた。

 

 

「ふぎゃっ!? ……くぺっ」

 

 

 どうやら頭を強く打った上に、一瞬ながらも首だけで全身を支える羽目になったことで負ったダメージが止めになったようで。

 

 結果、女性は俺たちと一言も言葉を交わすことなく、再び意識を失ったのだった。

 

 

「……どうするんですか? これ」

 

「むぅ……とりあえず大事はないようじゃが……まあ、また寝かせておけばいいじゃろ」

 

 

 女性の首もとを簡単に診察して、マギアルカは女性の体を軽々と持ち上げてベッドの上に放り投げた。

 

 随分と荒っぽいやり方だが……まあ、あの人なら本当に大事はないだろう。化け物並みの身体能力だし。

 

 

 そう……ここに至って俺は、女性の正体を正しく理解していた。

 

 

 どこか人工的な紫色の髪、若干幼げながらも人並外れて整った顔立ち、ゆったりしたエプロンドレスの上からでも分かる素晴らしいプロポーション。

 

 そして何より……女性の紫色の髪の上に装着された、兎の耳を模した機械。

 

 

 俺の幼馴染みの姉にして、実姉の親友。あの世界で起こった全ての混乱の元凶。ISの産みの親。秩序の破壊者。最悪の創造主。混沌の化身。

 

 天災篠ノ之(しののの)(たばね)、その人である。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「…………目が覚めたら知らない天井だった」

 

 

 やがて目を覚ました束さんの第一声は、そんなものだった。

 

 

「これはどう言ったことでしょう。天災束さん、今世紀最大に困惑しております。まさかこの束さん、不覚を取って絶賛拉致られ中とかでしょうか……」

 

「人聞きの悪いことを口走るな。目覚めて早々失礼なやつじゃな……」

 

 

 とりあえず自由に喋らせておこうと思ったのに、つい、と言った感じでマギアルカがツッコミを入れた。

 

 独白を中断された束さんは目をパチクリさせると、

 

 

「誘拐犯だー!?」

 

「誰がじゃ!?」

 

 

 ……あのマギアルカをツッコミに回らせるとは、流石は束さんか……。

 

 俺が妙な感心をしている間にも、二人は漫才めいたやり取りを交わすこと約五分。

 

 

「はぁ……ようやく自己紹介か。ゴホン、わしの名はマギアルカ・ゼン・ヴァンフリーク。ここ、ヴァンフリーク商会の総帥じゃ」

 

「初めまして! ソフィー・ドラクロワって言います。よろしくお願いしますね、束さん!」

 

 

 溜め息を吐きながら無難に自己紹介をするマギアルカと、相変わらず初対面からファーストネーム呼び+握手という社交性を見せるソフィー。

 

 束さんは思わずと言った調子で差し出されたソフィーの手を取って再び目をパチクリとさせた。

 

 

「お、おぉ……。起き抜けに飛びっきりの美少女を二人も目にして、流石の束さんもびっくりだよ。あ、これはどうもご丁寧に。天災こと篠ノ之束さんです」

 

 

 ふむ、束さんにしては常識的な返答だな。少し意外だった。

 

 そんな失礼なことを考えていると、あと一人この場で自己紹介をしていない人間が居ることに気が付いたのか、束さんが視線を向けてきた。

 

 ソフィーがそっとその場から離れ、マギアルカも口を閉じる。

 

 一度瞑目して、視線を合わせると、束さんの目が、徐々に見開かれて行った。

 

 

「…………もし、かし、て。きみ、は……」

 

「……どうも」

 

 

 心底驚いたような表情の束さんに、俺は深呼吸を一つして、告げた。

 

 

「お久しぶりです、束さん。一夏です」

 

「………………いっ、くん?」

 

 

 昔と変わらない、その呼び方。彼女だけが使うその呼び方。

 

 震える声で届けられたその言葉が、一気に全身に染み渡って……胸の奥から、どうしようもない懐かしさが込み上げてくる。

 

 束さんと初めて言葉を交わした、あの夏の日。寺の裏手に立っていた、あの高い木の下で……

 

 

 俺が蘇った思い出を噛み締める中で、束さんはーー何故か、ひどく怯えたような表情になった。

 

 

「束さん……?」

 

「…………ゆ」

 

「ゆ?」

 

「幽霊だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」

 

 

 ………………は?

 

 幽霊って、俺?

 

 

「いや、俺生きてるんですけど。幽霊じゃな「ひぃぃぃぃぃぃ、幽霊だぁぁ、だっていっくんは四年前(・・・)に誘拐されて死んじゃってるんだからぁぁぁぁ! 束さんがどんなに探しても死体すら見つかってないんだもん! それがこんな誘拐犯の根城で……あ、誘拐犯? 犯人でしたかぁぁぁぁっ!?」

 

「誰が犯人じゃ。こっちはむしろ助けてやった側じゃぞ?」

 

 

 というかまだ誤解解けてなかったんか……呆れたようにこぼすマギアルカの声もどこか投げやりだ。

 

 この人、バリッバリの科学者だろうに。

 

 

「えぇーっと、先輩? これ、どうするんですか?」

 

「あー……」

 

 

 何だか微妙な目をしたソフィーに訊かれて、シーツを被って子供のようにガタガタと震えている束さんに声をかける。

 

 

「えーと、束さん?」

 

 

 ビビクゥッ!!

 

 

 ベッドの上に作られた山が大きく震えた。

 

 小刻みに震えながらブツブツと何事か呟いていたので、顔を近づけてみれば、

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃ…………」

 

「…………束さん?」

 

 

 よく分からないが、凄まじい勢いで謝ってきていた。何についての謝罪だろうか。

 

 ……だんだん、面倒になってきたな。

 

 辟易していた俺は、もう一度名前を呼んでそれでも返事がないのを確認すると、

 

 

「いいから……さっさと起きろ!!」

 

「ひゃわぁぁぁっ!?」

 

 

 勢いよく、束さんが被っていたシーツをひっぺ返した。

 

 すっとんきょうな声を上げてベッドの上を転がる束さん。顔を見てみると、どうやらガチ泣きのようだった。子供かこの人。

 

 

「誰が幽霊ですか……生きてますよ。この通り」

 

「え……?」

 

 

 恐る恐る伏せていた顔を上げる束さん。

 

「本当に?」と訊いているような眼差しに、しっかりと頷きを返す。

 

 束さんはそろそろと手を伸ばして、俺の頬に優しく触れた。存在を確かめるように、ゆっくりと頬を撫でられる。

 

 

「ほんとに……いっくん、なんだよね」

 

「……はい。あなたの知る俺とは変わっているかもしれませんけど……俺は一夏です」

 

「いっくん……」

 

 

 俺の名を呼ぶそのか細い声には、万感の思いが込められているように思えた。

 

 ようやく俺の存在を実感したからか、束さんの整った顔が再びくしゃりと歪む。けれど、その頬を伝う涙は、さっきのものとは全く違うものだった。

 

 

「ふぇぇぇぇ……いっくん、いっくん……!」

 

「はい、束さん」

 

「いっくぅぅぅん……!!」

 

「……はい」

 

 

 ぎゅうっ、俺にしがみついて胸元に顔を埋める束さんの、意外なほどに細い肩を、そっと抱き返す。

 

 ……束さんとこういう風にするのは、多分これが初めてだ。

 

 服を濡らしていく涙が、彼女が嘘偽りなく、俺が生きていたことを、俺と再会できたことを喜んでくれていると教えてくれる。

 

 ……あの頃は気付かなかったけど、この人は、俺の味方で居てくれたのか。

 

 ああ……それは、何となくーー嬉しいな。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「えへへ……お見苦しいところを」

 

「うむ、初っぱなから目にしておるから、安心しろ」

 

 

 恥ずかしげに舌を出す束さんに、マギアルカが素っ気なく返す。どうやら大分気力を削がれているようだ。露骨に帰りたがっている。

 

 気持ちは分からなくもないが……まだ何も訊いてないぞ。

 

 

「それで、束さん。あなたはどうしてこんなところに居るんですか?」

 

「あ、うん。それに答える前に、ちょっと聞きたいんだけどさ……ココドコ?」

 

 

 ん? 何で束さんが首を傾げているんだ?

 

 

「いやー、束さんにもちょっとよく分かってないんだよねー。無我夢中で空間の裂け目に飛び込んだのは覚えてるんだけど、そこで記憶飛んでるし」

 

「飛び込んだ、って……」

 

 

 俺の時は問答無用で『引きずり込まれた』という感じだったが……俺の時とは違うケースだってことか?

 

 

「……まだよく分からんな。一から説明を頼む」

 

「私も色々聞きたいことがあるんだけどなー………ま、いっか。一つずつ済ませていこうか。あの空間の裂け目を通る直前、私はドイツのとある倉庫街に居たんだよ」

 

「ドイツ……?」

 

 

 何でまたそんなところに。

 

 訊ねてみると、束さんは表情を暗くして、

 

 

「覚えてない……? そこは、第二回モンド・グロッソの最中に誘拐されたいっくんが連れていかれた場所だよ」

 

「…………っ!」

 

 

 ああ……そう、だったな。

 

 束さんの言葉を聞きながら、俺は自身の胸元に手を当てていた。あの時に叩き込まれた銃弾の傷跡に、幻想の痛みが走る。

 

 

「束さんは……どうしてそんなところに?」

 

「決まってる。姿を消してしまったいっくんの手がかりを探すためさ」

 

「俺の……?」

 

「そう。……いっくんが誘拐されたって言う情報を手に入れた私は、すぐにその現場へと向かった。けれどそこにあったのは、まるで局地的な嵐が襲ったような破壊の跡と、飛び散りまくった大量の血痕だけだった。死体の一つすらなかった」

 

 

 束さんは淡々と、冷めた声音で囁くように言い募る。

 

 

「それを見たドイツ政府は、いっくんは死んだという結論に至ったけれど……私はそれが信じられなかった。信じたくなかった、って言った方が正しいかな」

 

「だから、あの現場で俺の手がかりを探していた、と?」

 

「そゆことー。……事件が起こったときからほとんど惰性で続けてたんだけどねー。まさか手がかりどころか本人と会えるとは思いもしなかったよ……」

 

 

 たはは、と困ったように頭を掻く束さん。

 

 そんな彼女の言葉に、居なくなった俺のことを心配してくれていた人が居たことを実感して、つい胸が熱くなる。

 

 

「んでまあ、どうやってここに来たのか、って話に戻るけど。さっき言った通り、私はいっくんの手がかりを探すためにあの場所に行ったんだけど……そしたらそこには、アニメとか漫画とかで見るような怪物が我が物顔で彷徨いててね。流石の束さんもあれにはびっくらこいたよ。自分の正気を疑っちゃうぐらいにはさ」

 

「……怪物、ですか」

 

 

 束さんは面白おかしく語っていたが、俺たちにとってはとても笑える話ではない。

 

 彼女が目撃したその化け物は、十中八九幻神獣(アビス)だろう。

 

 

 もし、幻神獣(アビス)がこれまでも向こうの世界に言っているようなら、騒ぎになっていないのはおかしい。

 

 となれば、恐らく今回の邂逅は全くの偶然ということになるのだろう。

 

 偶然何らかの要因で幻神獣(アビス)が向こうの世界へ侵入し、偶然束さんがその場所へ赴いていた。随分と出来すぎな話だが……

 

 

「まあ束さんもそれを見て、こりゃあヤベぇと直感して逃げ出そうとしたんだけどさ、近くにあったドラム缶を蹴飛ばすなんて言うこれまたベタなミスをしちゃってね。ほとんど成り行きのままにその怪物と戦うことになっちゃったんだ」

 

「戦いって、ISでですか?」

 

「うん。熊とかライオンとかならまだしも、モノホンのバケモン相手じゃ生身じゃ荷が重すぎたから」

 

 

 逆に言えば、熊やライオンならば生身で下せるということになるのだが。

 

 この人なら簡単にやってのけそうだから怖いな。

 

 

「その戦いの顛末は、色々省いて結果だけ言うとボロ負けだね。その時持ってたISが戦闘向きじゃなかったのもあるけど、何だよあれ、どんな硬さしてるんだよ……とっておきの超強力荷電粒子砲まで持ち出したのに皮膚を溶かしただけとかどうなってんだよホント!」

 

 

 その時の驚愕と屈辱を思い出したのか、束さんは髪をかきむしってうがーっ、と叫んだ。

 

 

「……それで、どうなったんです?」

 

「まあ、流石にそれを見て自信に満ち溢れた束さんでもこりゃあ勝てねぇ、ってなって逃げようと思ったんだけどね。あいつしつこくてしつこくて。振り切れそうになかったから、半壊した例の倉庫のところに空間の裂け目みたいなのがあったから、えいやって飛び込んだんだよ」

 

「……無茶をするのう、お主」

 

 

 束さんの言葉に、マギアルカは呆れたような声音で呟いた。

 

 実際束さんのやったことは相当な無茶だ。

 

 いくら緊急時とはいえ、行き着く先も定かでない、見るからに怪しい穴に身一つで飛び込むとは。

 

 

「そのあとのことは、君たちの方が詳しいんじゃないかな? お前ストーカーかよってぐらいにしつこく追いかけてきた化け物に追い詰められてるところを、多分君たちのお仲間であろうISっぽい何かを纏った人たちに助けられて、今に至るってわけ」

 

「なるほど……」

 

「何と言うか……大変でしたね」

 

 

 困ったように眉根を寄せて言うソフィーだが、実際、それ以外に言う言葉が見つからなかった。

 

 とりあえずこれで束さんの話は終わったと判断して……チラリ、とマギアルカの方を伺うと、マギアルカは腕組をして、何かを考えているようだった。

 

 

「マギアルカ?」

 

「ん? ……ああ、すまぬな。ふむ、そちらの事情は大体了解した。ならば今度はこちらのことを話す番じゃな。わしらは何者なのか。ここはどこなのか。今がどういう状況なのか。その化け物は何なのか。そして、何故一夏がここに居るのかも、な」

 

 

 一瞬、二人の視線が俺へと向けられ、そして再び交わる。

 

 二人とも、常ならばこれでもかと言うほどにふざけ倒しているような人間だが、この時ばかりは真剣そのものの雰囲気だった。

 

 

 覚悟を問うようなマギアルカの視線に、束さんが僅かに頷く。俺とソフィーは何も言わずに後ろで控える。

 

 そしてマギアルカは、淡々とした口調で語り始めた。

 

 この世界と俺たちの事情、束さんに必要な情報の全てを。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「…………と、まあこんなところじゃな。どうじゃ束。わからなかったところなどはあるか?」

 

「ん、大丈夫ーーありがとう、おかげで大体のことは理解できたよ」

 

 

 マギアルカの語る話を神妙な表情で聞いていた束さんは全てを聞き終えて。何かを納得したように頷いた。

 

 

「なるほど……空間の裂け目……異世界に……ふむふむ、なるほどね」

 

「あまり驚かないんですね?」

 

「んー、まあね。『異世界』ってものの存在は、研究の過程で薄々感づいてはいたからね。ああ、やっぱりか、ってぐらいかな」

 

 

 さらっと言っているが、それって結構とんでもないことなのでは?

 

 流石は自他ともに認める人類最高峰の頭脳、『天災』なだけはある、か?

 

 

「それで……この世界には、七つある遺跡(ルイン)から発掘された古代兵器たる装甲機竜(ドラグライド)なるものが存在して、こちらの世界で五年前までは旧帝国とやらがその権益を独占していた。しかし強大な軍事力を誇った帝国も国内のクーデターで崩壊。遺跡(ルイン)の権益は各国に分配され、各国は小競り合いを繰り返していた。

 

 けれど数ヵ月前、突如としてかつての世界の支配者を名乗る『創造主(ロード)』の一族が登場。彼らは世界を欺き全ての国々の支配者層を根絶、最後の遺跡(ルイン)大聖域(アヴァロン)』の力でもって世界の再構成を目論見、世界連合との間で激しい戦いを繰り広げた。結果は見ての通り、世界連合側の勝利。斯くして世界には平穏が戻ったのでした、めでたしめでたしー……って理解であってる?」

 

「流石束さん。パーフェクトです」

 

 

 要点のみをしっかりまとめて要約してみせた束さんを、手放しで称賛する。流石の理解力だ。

 

 

「話のなかで出てきた幻神獣(アビス)って言うのがつまり、私に襲いかかってきたやつのことだね? 遺跡(ルイン)で生まれたっていう謎の生物」

 

「実際には、『創造主(ロード)』の人たちが産み出した、帝国への反逆者を断罪するための粛清機構らしいですけどねー。酷い話です」

 

 

 しみじみと述懐するソフィー。

 

 問題は、何故その幻神獣(アビス)があの世界に現れたのか、ということだが。

 

 束さんの話から分かるのは、幻神獣(アビス)は俺がこの世界に来た時とは逆に、この世界から例の空間の裂け目を通って向こうの世界へ渡ったということ。

 

 ……偶然なのか? これは。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 やれやれ、ようやくあの戦争も終わったと言うのに、また世界中を巻き込みかねない騒動の火種が見つかった。

 

 よほどこの世界は波乱に愛されているらしい。

 

 

 幻神獣(アビス)が別の世界へ渡り害を為しているとなれば、これはもはやマルカファル王国一国だけの問題ではない。

 

 近い内に、再び各国の首脳陣を集めて世界会議(サミット)を、開く必要が出てきた。

 

 まずは各国の『七竜騎聖』へ情報の伝達を……と考えていると、束さんがそんな俺をじっと見つめていることに気が付いた。

 

 

「どうかしましたか、束さん?」

 

「…………ごめんね、いっくん」

 

「はい?」

 

 

 束さんの意図が読めず、つい間の抜けた声を返してしまう。

 

 何だ? 何についての謝罪なんだ?

 

 

 怪訝に首を傾げる俺に、束さんは痛みを堪えるような、悲痛さを宿した表情で、

 

 

「あの時……苦しんでたいっくんを、助けられなくて」

 

「……」

 

「いっくんは、ずっと、ずっと、一人で戦い続けてたのに……私は、何も出来なくて……ごめんね」

 

「そんなのーー」

 

「それだけじゃない。いっくんが、そんな風に理不尽な扱いを受けていたのは、ちーちゃんの弟ってだけじゃなくて……私が作ったISのせいもあったはずだから」

 

「……」

 

 

 女性にしか扱えないあの世界の絶対兵器。元々は宇宙開発のために作られたはずのマルチフォーム・スーツ、IS(インフィニット・ストラトス)

 

 その存在は、各国のパワーバランスを塗り替え、世界に大きな変革をもたらすと共に、一つの忌むべき風習……女尊男卑の考えを世界に蔓延させた。

 

 

 ーー正直に言って、俺があそこまで虐げられていたのには、ISの存在も関係していたと思う。

 

 ISに乗ることが出来ない下等な存在の上に、姉と弟の足を引っ張ることしか出来ない無能。それが、かつての俺に下されていた評価だった。

 

 

「……下らんのう、まったく。度し難いほど愚かじゃ」

 

 

 吐き捨てるように言うマギアルカの言葉に、束さんは何も答えることなく、ただ視線を天井へと向けた。

 

 そして、視線を上へ向けたまま、ポツリと、

 

 

「……何が駄目だったのかな」

 

 

 懺悔するように、

 

 

「……どこで間違ったのかな」

 

 

 悲嘆するように、

 

 

「……どうすればよかったのかな」

 

 

 懇願するように、

 

 

「……夢を見ちゃ、いけなかったのかな」

 

 

 自省するように、

 

 

「……地面を跳び回ることしか出来ない兎が、あの先に行きたいだなんて……やっぱり、許されないのかな」

 

 

 誰かに聞かせるでもなく、独白するように、夢見る兎は呟く。

 

 

「最初のきっかけは、本当に些細なものだった。誕生日に親に買ってもらった図鑑を見て、宇宙に行きたい、っって思ったって言う、多分どこの家でもあるような憧れ。何も知らないからこそ見ることの出来る一時の夢。いつかは覚めてしまう夢」

 

 

 束さんは言う。本当に大したことではなかったのだと。

 

 サッカーが得意な子が、将来サッカー選手になりたいと話すように。

 

 お菓子が好きな子が、将来ケーキ屋になりたいと話すように。

 

 そんな程度の、ある程度大きくなれば現実に気付いて諦めてしまうような、純粋で透明な『憧れ』。

 

 成長していくにつれて、現実を知っていくなかで、人は少しずつそれを忘れていく。想いが薄れていく。

 

 自分にはそんなことは出来ない、と。自ら可能性を閉ざしてしまう。それが普通。何も特別なことはない。

 

 

 けれど、束さんは、それが許せなかった。

 

 夢を捨てることが出来なかった。憧れを忘れることが出来なかった。

 

 そして束さんには力があった。夢を現実にすることが出来る、天災と形容されるほどの頭脳という力が。

 

 空を夢見る兎は、そうして完成させた。人類があの空ーー『無限の空(インフィニット・ストラトス)』に至るための、翼を。

 

 

「ISが完成した時、本当に嬉しかった。目の前の機体(我が子)をみて嬉し泣きした。それに乗ってあの空を飛び回ることを想像してドキドキした。誰も見たことのない世界が見られるってワクワクした。ーーけど」

 

 

 世界は彼女から、その翼を奪い取った。

 

 

 どこまでも広がる大空へと羽ばたくための翼は、同じ人間を傷つけ命を奪うための兵器に堕とされ。

 

 

 彼女の夢は、醜悪な欲望によって踏み躙られた。

 

 

 それを知った時の、彼女が味わった絶望は、どれほどのものか……想像を絶する。

 

 

 もちろん束さんだって、完全な被害者だったわけではない。

 

 世界にISの規格外の性能が知れ渡ることになった『白騎士事件』。あれを起こしたのは、ほかならぬ束さんだ。

 

 例えそんなつもりがなかったとしても、あの事件は多くの犠牲者を生んだ。多くの悲しみを生んだ。それは紛れもなく彼女の罪だ。

 

 あの事件さえなければ、あんなやり方さえ取らなければ、ISは完全な兵器としてみられることはなかったかもしれない。

 

 

 でも、それでも。

 

 かつて、五年前のある日に、ずっと篠ノ之家の納屋に閉じ籠っていた束さんに差し入れを持って行った時。

 

 あの時に見た彼女の姿は……憔悴したようにふらつきながらも、楽しそうに笑って黙々と手を動かしていた彼女の姿は……

 

 

 俺には、とても眩しかった。

 

 

「ーー俺は」

 

 

 気が付けば。

 

 俺は一歩踏み出して、束さんに声をかけていた。

 

 

「俺は、あなたの見た夢は、決して間違っていなかったと思う」

 

「いっくん……?」

 

 

 不思議そうな束さんの瞳を、真っ直ぐ見つめて、俺は言葉を重ねる。

 

 

「確かに、やり方は間違ってしまったかもしれない。してはならないことをしてしまったのかもしれない。誰かを不幸にしてしまったのかもしれない。それらは決して許されることじゃない。あなたは、その罪を背負う義務がある」

 

「…………」

 

「けど」

 

 

 だけど。それでも。

 

 

「あなたが夢見た世界は、目指した場所は、憧れたものは、決して間違いなんかじゃなかった」

 

「ぁ……」

 

「あなたの夢は、確かに美しかった」

 

 

 かつての俺が思ったことを、何の飾りもなく、告げた。

 

 束さんは俺の言葉を受けて、一瞬、くしゃりと顔を歪めたと思うと、すぐに俯いて震える手で俺を手招きしてきた。

 

 ゆっくりとベッドに座る彼女に近づくと、そのまま腹の辺りに抱きつかれた。

 

 彼女の細い手が恐る恐る俺の腰に回される。

 

 そっと彼女の肩に手を置くと、その肩は震えていた。

 

 

「…………ごめんね、いっくん」

 

「大丈夫です。俺のことなんて、気にする必要はないですよ」

 

 

 だって。

 

 

 泣きながら謝ってくる束さんに、俺は首を横に振って、同じ部屋に居て、俺たちを見守ってくれていた二人に視線を向ける。

 

 

 ……そう。あの日、誘拐されて死にかけて、さらには異世界なんてところにまで来てしまったけれど。

 

 そんなことがありつつも、今の俺は、間違いなく幸せだと言い切れる。

 

 

 だって、俺は、

 

 

「俺はこの世界で……心の底から大切だと思える人たちに、出会えましたから」

 

 

 この世界を生き抜くための術と、人として大切なことを教えてくれた、尊敬すべき師匠。

 

 

 いつも明るく笑って、騒いで、楽しんで、泣いて、どこまでも付いてきてくれる愛すべき後輩。

 

 

 素性も分からぬ俺に親身に接して、暖かく見守ってくれたバーツさんやオルガさん、商会や軍の人たち。

 

 

 共に学んで共に遊んで共に育って、俺のことを信頼してくれる、かけがえのない仲間たち。

 

 

 こんなにも多くの人たちに、俺はこれまで助けられてきた。

 

 少し血生臭いけれど、あの世界に居た頃は考えられないほどに穏やかで、暖かくて、楽しい日常。

 

 毎日毎日、朝起きるのが楽しくて仕方がなかった。

 

 

 だから。

 

 

「俺は、誰よりも、幸せです」

 

 

 そう、笑って言うことが出来た。

 

 




 一応、機竜世界編は次で終わりのつもりですが、次々回は機竜世界とIS世界が半々ぐらいの割合になるかと思います。
 これからもよろしくお願いいたします!


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Story.12 兎の贈り物

 どうも、侍従長です。

 今回は前回よりは間を空けずに投稿できました。
 いやー、やっぱり夏休みは最高ですわ(え宿題? 知らない子ですね)

 何はともあれ機竜世界編終了です。あ、一応話が終わるわけではないでご注意を(当たり前)。
 あまり最後にふさわしくないかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。


 束さんの襲撃(?)から三ヶ月が過ぎた頃。

 

 

 こことは異なる世界で幻神獣(アビス)が出現して暴れているという情報は、再びこの世界に大きな波紋を呼んだ。

 

 

 幻神獣(アビス)との戦闘で負った傷を癒した束さんは直ぐ様行動を開始。

 未だに開きっぱなしになっていた『大聖域(アヴァロン)』の空間の裂け目に彼女自信が開発した空間の歪みを固定する装置でもってその裂け目ーー便宜上『(ゲート)』と名付けられたーーを向こうの世界と繋がる扉として確立。

 そしてマギアルカ本人を含む数人と共に向こうの世界を訪問。束さんの話の裏付けを取った上で、束さんによる調査の結果を、直後に開かれた世界会議(サミット)で報告した。

 

 結果、話は最早マルカファル王国一国に留まらず、世界中の国々を巻き込む騒動へと発展した。

 それも当然のことだろう。異世界なんてものが存在することすら知らなかった者たちからすれば、まさに眉唾物だ。

 だが、彼らの疑心も、その異世界の住人である篠ノ之束の存在と、彼女が会議で提示した複数のこの世界の技術水準ではあり得ないような物品、さらには幻神獣(アビス)の跳梁を裏付ける写真などによって、無理矢理に晴らされてしまう。

 そして知ってしまったからには、立場ある者としては何か行動を起こさなければならない。

 というか多分マギアルカは、ぶつ切りの情報をもたらしてもことなかれ主義の連中が無視を貫こうとするであろうことを予想して、きっちり証拠まで揃えて公の場で叩きつけたのだろう。

 

 しかし行動すると言っても、所詮は日和見至上主義の連中である。会議は踊ると言う言葉はこちらの世界でも当てはまる言葉だ。この件に関する対策は遅々として進まなかった。

 これを、上層部の怠慢と責めることはできない。何故ならこの世界は、大きな戦いを経験した直後、破壊された都市の復興、難民への援助、戦力の再編……などなど、初めからやることが山積みなのだ。

 そんなこんなで、『七竜騎聖』含む各国の代表者の出席する七回目の世界会議(サミット)において、ようやく『異世界における幻神獣(アビス)の被害に対する対処としての機竜使い(ドラグナイト)の派遣』が採択されたのである。

 

 そして、向こうの世界に派遣される機竜使い(ドラグナイト)の第一陣として選ばれたのが、俺こと織斑一夏というわけである。

 

 選考基準として、まずあまり大々的に動くことは出来ない……つまり、大人数を一度に動員することは出来ないのである。

 何故ならこの件は、向こうの世界の住人にとって秘密裏に処理されなければならないものだからだ。

 被害を抑えようというのに、住民の混乱を招いてしまっては目も当てられない。

 さてそうなると、生半可な実力の機竜使い(ドラグナイト)では、本当に危険な事態に陥った時に対応に苦慮することが予想される。

 しかしこの世界も未だ混乱の最中、『七竜騎聖』などが直接動くわけにもいかない。また、逃走で大きな被害を被った、最終決戦の戦場となったアティスマータ新王国などからの人材の派遣は難しい。

 そこで白羽の矢が立ったのが、直接的な被害が他と比べて(比較的)軽微だった国に所属しており、また『七竜騎聖』の補佐官を務める実力者(と見られたらしい)であり、またその世界の出身である俺だったのだ。

 

 というわけで、数日後、俺は五年ぶりにあの世界へ赴くことに相成ったのである。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 ーーコンコン。

 

『入れー』

 

 入室の許可をもらって、目の前のドアを開けて俺とソフィーはその部屋、マギアルカの執務室へ足を踏み入れた。

 

 元気よく挨拶をしようとしたソフィーだったが、机の上で山になるほどに積もり積もった書類に埋もれるマギアルカを見て思わず口をつぐむ。

 

「すまんが見ての通りの有り様での。とりあえずそこに座って待っとれ」

「……手伝うか?」

「気持ちだけもらっておこう。こいつはわしが片付けなければならん仕事でのう」

 

 一度もこちらに視線を向けないまま言い切ると、マギアルカはそのまま仕事へ戻ってしまった。

 俺とソフィーは顔を見合わせて、マギアルカに言われた通りに部屋の真ん中に設置されたソファに腰かける。

 マギアルカが書類をめくる音と、何かを書き込むペンの音だけが響く中、隣に座るソフィーがそっと耳打ちをしてきた。

 

「……先生、ここ最近すごく忙しそうですよね。やっぱり復興関係の仕事でしょうか?」

「それもあるだろうが……一番はあれだろうな」

「あれってーー向こうの世界(・・・・・・)に新しく作ったっていう会社のことですか?」

 

 束さんがこちらの世界に来てから三ヶ月。

 その間、俺たちの師匠であるマギアルカがしていたことと言えば、いつもと特に変わったことはなかった。

 即ち商売。金儲けである。

 ただ一つ……異世界に舞台を移しての商売(・・・・・・・・・・・・・)で、あるということを除けば。

 

 そう、何とこの人、束さんによって異世界への渡航手段が確保されるや否や誰よりも早く向こうの世界へ飛び込み、どこでどうやったのやら全く分からんがいつの間にか手に入れていた莫大な資金を元手に、一ヶ月と少しのちょっとした商売で資金を稼ぎ出し一つの大きな貿易会社を作り上げてしまったのである。

 ちなみに創業した場所はスイス。何故その国に? と聞いてみると、「永世中立国とか直接民主制とか後で都合がよかった」とのこと。

 信じられないような適応力でもって、既にコンピューターの扱いまでほぼ完璧にマスターしたマギアルカは、現地の人間を雇って事業をどんどん拡大、今ではスイス国内どころかヨーロッパでも注目される大企業へと成長を遂げているのだとか。

 いや本当……商売の方面には弱い俺では、マギアルカが何をしたのかなんてのは完全に想像できる範囲の外だ。

 以前聞いてみたところ、「あの国の需要に見合った商品を仕入れて適切な手段で適切な量を供給していく。その範囲を少しずつ国の外にまで広げていっただけじゃ」という言葉が帰ってきた。

 軽い口調で言っていたが、居合わせていた商会幹部の人が頬を引きつらせていた辺り、またぞろ非常識なやり方で稼ぎ出したのだろうとは思うが。

 

「まあ、今回は早急な地盤作りが必要だったために、かなり無理をした感はあるがのう。時期がよかったのもあるな。ま、もっとも? このわしが本気で動いたのじゃから、全ての偶然が必然になることなんざ当然と言ったところじゃな!」とは本人談。

 

 とまあ、そんな世界中が目を剥くような超人的な手腕を見せてちょっと桁がおかしいぐらいの大金を稼ぎ出した代わりに、こうして仕事に忙殺されているのだから、自業自得、因果応報なのだろう(?)。

 

 部屋に備え付けられたティーセットでソフィーが淹れてくれた紅茶を啜りながら二人で談笑して待つこと二十分ほど。

 突然、部屋のドアが弾け飛ばんばかりの勢いで開かれ、凄まじい速度で人影が入り込んできた。

 俺たちが唖然と見守るなかで、その人影はキキィーッ! と漫画チックにブレーキを掛けて停止。そのまま右手をビシッと額に当てて……

 

「おっはよう諸君! 天災束さん、今日も元気に参じょあいたぁっ!?」

 

 とっても元気よく挨拶をしようとしたところを、いつの間にか目の前に居たマギアルカに思いっ切り頭を叩かれて蹲った。蹲ったというか、相当痛かったのかゴロゴロと床を転がっている。

 今の音、パァンッ、とかじゃなくて、ゴヅンッ、って相当鈍い音がしたんだが……大丈夫なのかあれ。

 

「この阿呆! あんな勢いで入ってくる阿呆がおるか! 見ろ! あの衝撃で書類の山が倒れてしまったではないか! この忙しい時に仕事を増やすでないわ!」

「ぐ、ぐぉぉぉ……! の、脳が震えりゅぅぅぅぅ!?」

 

 執務机の方を見てみると、元々かなり不安定な状態だった書類の山が一切合切倒壊しているのが見えた。

 あー……これは、大変だな。

 

「いつまで寝転んでおるか! ほれ正座じゃ正座! この頭いい阿呆娘め、こってり説教してやるわ!」

「ふぇぇぇ……。そもそも寝転んでるのってマギっちの一撃が原因なのに理不尽だー! ってホントに痛いんだけど!? 何その分厚い本、まさかそれで殴ったの!?」

「うむ、そうじゃが? 何せお主かなりの石頭じゃからの。しっかり背表紙で殴ってやったわ! くっはっは!」

「もーやだこの人怖いー! 科学者にとっての命にこんな仕打ちをするなんて、束さんの頭脳を失うことが世界にとってどれだけの損失になるか分かってんのかー!?」

「ふむ。少なくともわしの心の平穏は守られるの。それはつまりわしの仕事が滞りなく行われることになり、必然的に金の回りがよくなって経済は活性化、世界は発展の一途を辿る……いいことづくめじゃが何か言いたいことでも?」

 

 二人の仲がいいのか悪いのか分からない子供のような言い合いを完全にスルーしながら、ソフィーと二人手分けして崩れた書類の山を片付けていく。

 もっとも、全部元あった場所に戻していくだけなのだが。

 

「あー……二人とも? 遊んでないでそろそろ話を始めてくれないか?」

「む、そうじゃな。すまん」

「うぅ……。まだ頭痛い……」

 

 やっとこさ片付け終わって二人に声をかけると、少しばつが悪そうにしながら俺たちの対面のソファに腰掛けた。

 そのタイミングで、ソフィーが紅茶を淹れたカップを運んでくる。

 

「すまんの、ソフィー」

「ありがとね、ソフィーちゃん」

 

 礼を言う二人に、ソフィーは微笑んで会釈し、俺の隣に腰掛ける。

 

 ちなみに、束さんは初対面の相手に対してまず、適当な渾名と言うか、ニックネームをつけるのだが、ソフィーにはその渾名がなかった。

 と言っても別に束さんがソフィーを嫌っていると言うわけではなくむしろ仲がいいほうなのだが、これには事情がある。

 純粋に思いつかなかったのである。最初、束さんはソフィーを『フィー』と呼んでいたのだが、後に偶然フィルフィに出会ったことで、自動的にそれが使えなくなり、代わりのものも思いつかなかったのでそのまま普通に名前呼びに落ち着いたのである。

 

 閑話休題。

 

「それで、俺たちを呼んだのは……何の用があってのことなんだ……って、大体の予想は付くが」

「三日後の異世界遠征について……ですよね?」

 

 俺の言葉を引き継いでのソフィーの問いに、年長者組の二人は真剣な表情で頷く。

 

「三日後、お主らは向こうの世界へ行き、そしてIS学園の生徒として任務に就くことになる。分かっておるな?」

「ああ」

「はい」

 

 IS学園ーーISの扱いについて向こうの世界の大国間で交わされたアラスカ条約に基づいて設置された、世界唯一のIS操縦者育成施設。

 その学園に、俺とソフィーは新入生として入学、潜入することになる。

 

 調査任務であるはずなのに、何故今さら学生として潜入するのか。そこにはしっかりと理由がある。

 最近向こうの世界では、軍の施設から所属不明の部隊にISが強奪される事件が各国で多発していると言う。

 尤も、これだけならば別段珍しいことでもない。ISというのは、分かりやすい戦力だ。どの国も躍起になって開発を進めているし、互いの技術を掠めとる機会を常に窺っている。

 なので、強引な手段に出ることも……よくあると言えば言い過ぎだが、往々にしてある。

 それが最近頻発していると言う。

 

 しかし、俺たちから言わせてもらえば、それはあくまであちら側の問題。異世界の人間である俺たちには関係のないことである……それだけならば(・・・・・・・)

 この件が俺たちに関係してくるのは、強奪事件が起きたのとほぼ同じタイミングで、向こうの世界への幻神獣(アビス)の出現が確認されている、という事実だ。

 

 ただの偶然だ、と切り捨てるのは簡単だ。

 だが俺たちは、たった1%の確率を切り捨てることの怖さを知っている。

 

 それが何故IS学園の入学に繋がってくるのかと言えば、IS学園とは即ち世界各国の最先端の技術が集まる場所であるからだ。

 各国はそれぞれの国家を代表する操縦者の候補生たちに、性能実験を兼ねてその国家の最先端の技術を注ぎ込んだ専用機を持たせるのである。

 更に言えば、IS学園は一応日本国内にあっても、実質的な治外法権の場所だ。故に、狙いやすい。犯罪者達にとって格好の狙いの的となってしまうのだ。

 そして、もう一つ。どちらかと言うとこちらの方が重要なのだが……

 

 IS学園のすぐ近くの海域で幻神獣が目撃されたのだ。

 それも一体ではない。ガーゴイルと呼ばれる中型の幻神獣(アビス)が合計で五体。

 幸いにも、束さんが対幻神獣(アビス)を想定した改造を施した無人機を出動させたことで何とか撃退出来たらしいが……その時間帯、教師陣は研修のためにあらかた出払っていた。

 

 とまあ、そんな事情から、俺たちはIS学園に入学することになったのだが……

 

「なあ……本当に、駄目か?」

「駄目じゃ。学年が違うと、いざという時に対応の速度に差が出てしまう。それが致命的な隙に繋がりかねんことは、お主も承知しておるじゃろう?」

 

 などと尤もらしいことを言っているが、対面のマギアルカはニヤニヤと実に愉しそうに笑みを浮かべている。実に腹の立つ笑顔だ。

 

「何と言われようと、お主とソフィーは、IS学園に同じ学年(・・・・)同じ年齢として(・・・・・・・)入学する。これが変わることはない。決定事項じゃ」

「…………はぁ」

 

 その言葉の絶望的な響きに、俺は絶望したような溜め息を吐いた。

 

 現在の俺の年齢は、十七歳。向こうの世界の基準で言えば高校二年生に当たる……のだが。

 マギアルカが先に述べたような理由から、俺は一つ下の高校一年生、十六歳として入学することになったのである。

 

 余りにも消沈した俺の様子に、束さんが苦笑しながらフォローの言葉を挟んだ。

 

「あー、いっくん? 前も言ったと思うけど、それもあながち間違いじゃないんだよ? 向こうの世界では、いっくんはまだ十六歳なんだから」

 

 そうなのだ。だからこそ、俺は強く拒否することが出来ないのだ。

 何故二つの世界間で年齢が違うようなことになるのか……簡単なことだ。

 純粋に、時差(・・)が存在するためである。

 具体的に言うと、俺がこちらの世界に来てから、この世界では四年分の時間が経過していたが、向こうの世界ではまだ三年と少ししか経っていなかったのだ。

 俺が誘拐されこちらの世界に来たのは十三歳。こちらの世界では俺は十七歳なのだが、もし俺が向こうの世界で生きていれば、まだ十六歳でしかないのである。

 

「どうせ戸籍も一から作り直さなきゃいけないんだし、誕生日をちょちょいと弄っちゃえば、いっくんも立派な新一年生だよ!」

「嬉しくねぇ……」

 

 満面の笑みの束さんの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情と声で俺は呻いた。

 いや、別に俺に何か実害があるわけでもないし、例え露見したとしてもそこまで致命的な何かがあるわけでもないのだが……こう、得も言われぬ羞恥心がある。

 そんな気落ちする俺の肩を、隣に座ったソフィーがとんとんと叩いてきた。

 そちらに目を向けると、

 

「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでもいいじゃないですか。例え同学年になってしまったとしても、先輩が私にとっての先輩であることに変わりはなあぃたたたたっ!?」

 

 腹の立つニヤケ面で続けられるソフィーの言葉を、無言でアイアンクローして遮る。

 これから同輩になる相手に『先輩』呼びなど、皮肉にもほどがあると言うことで、とりあえず制裁である。

 そのまま一分ほどそれを続けてぐったりしたソフィーを置いて、俺は気を取り直して二人に向き直った。

 

「あー、そろそろ本題に入ってもらってもいいか?」

「む、確かに。大分脱線してしまったのう」

「あ~、そうだね。んじゃあいっくん、はいこれ。束さんからのプレゼントだよ~!」

 

 そう言って束さんが差し出してきたのは、どこか人工的なものを感じさせる翡翠のような宝石の埋め込まれたペンダントだった。

 とりあえずそのペンダントを受け取ってから、視線で「これは?」と問うと、束さんは何でもないことのように、

 

「だからプレゼント。束さんがいっくんのために用意した天災特製のISだよ」

「ーーッ!」

 

 告げられた言葉に、思わず息を呑む。

 ISの産みの親たる天災が手掛けたIS……右手だけで保持したペンダントがいきなり重量を増したような錯覚さえした。

 

「何で……こんなものを……」

「んー、そもそもの話、IS学園ではいっくんたちの装甲機竜(ドラグライド)は使えないよ?」

「使えない……?」

「そ。理由は単純、オーバースペックだから!」

 

 物凄く朗らかな笑顔で言い切る束さんだが、よく見ると額に青筋が浮かんでいた。自分の『子供たち』よりも上だと言うのが受け入れられないのかもしれない。

 

「大体何なんだよあれ……何でISより重いのにISより速いんだよパワーは仕方ないにしてもスピードで負けるとか納得できねぇよ最新技術てんこ盛りなのに何で古代の技術の方が圧倒的に上なんだよふざけんなよ古代人神装機竜って何だよ神装って何だよチートかよそもそもファンタジー世界に機械兵器なんてぶっこんでんじゃねぇよ世界観台無しだろ現代兵器チートかよ普通に剣と魔法の異世界ファンタジーものにしとけばいいものを流行に乗って迷走してんじゃねぇよ作s「ストップ束さんそれ以上は色々マズい!」

 

 虚無の表情でぶつぶつと危険な(ある意味)ことを垂れ流そうとしていた束さんを慌てて止める。危ない……束さんが世界の意思(意味深)に消されるところだった。

 正気を取り戻した束さんが、咳払いを挟んで説明を開始した。

 

「ん、んんっ! と、とにかくそんな経緯で束さんが特別に用意してあげたってわけ。あ、もちろんソフィーちゃんのもね。はい!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ソフィーに渡されたのは、俺のそれより少し淡い色合いの緑のカチューシャだった。ソフィーがいつもカチューシャをしていることからその形状を選んだのだろう。

 

 ちなみに、今の今まで誰も突っ込んでこなかったが、そもそもISというのは女性にしか使えない(・・・・・・・・・)ものだ。

 だと言うのに、男である俺にもISが使える前提で話が進んでいる。しかし誰もこれをおかしいとは思わない。

 それはそうだろう。だって俺にも使える(・・・)のだから。

 何故かは分からない。製作者である束さんでさえ俺がISを動かしてしまった時は目玉が飛び出さんばかりに目を剥いて驚きを露にしていた。

 

 とは言えどうやら、男でISを扱えるのは俺だけではなく、もう一人向こうの世界に居るらしい。

 その男の名はーー織斑春万(はるま)

 俺の双子の弟であり、『世界最強の女(ブリュンヒルデ)』の実弟。織斑の家に生まれたもう一人の天才。

 どうやら春万は偶然ISを動かしてしまったらしく、前代未聞の男性のIS操縦者の登場と言うことで向こうの世界は相当に荒れたらしい。

 それにより、春万の他にも男性でISを動かせる人間が居ないかを全世界で調べることになり、それに便乗して俺もIS学園に楽に潜り込むことが出来るというわけである。

 最悪の場合ソフィー一人で潜入しなければならなくなるところだったので、少しぐらいはあいつに感謝してやってもいいかもしれない。

 そんなことをふとソフィーに言ってみると、物凄い無表情になって「…………………………チッ」と舌打ちしていた。正直怖かった。

 

 ……閑話休題。

 

「一応二人に合わせて調整はしてるけど、後で使ってみて違和感があったりしたら言ってね? 一から作ってたせいで渡すのがギリギリになっちゃったから、あんまり猶予はないけどさ」

 

 そう言って照れ笑いをする束さんだが、『天災が一から手掛けたIS』と言うものの意味を考えればあまり笑えない。

 

「あ、あと言っておくけど、二人に渡したISって束さんが考えた新しい技術のテストも兼ねてるから、その分戦闘用の機能とか削っちゃったんだけど」

「新しい技術って……何のための?」

 

 俺が聞くと、束さんは笑顔で人差し指を上へと向けた。

 上……天井を突き抜けて……青空も越えて……その更に上。

 兎が夢見た空の果て。無数の星々が生まれては死んでいく、暗黒広がる無辺の空間。

 

 その名は、宇宙と言った。

 

 そうか……この人は、また、歩き出したんだな……歩き出せたんだな。

 束さんは憧憬の籠った視線を上に向けて、独白するように呟いた。

 

「あぁ……長かったなぁ、本当に……。ここまで来るのに……足を踏み出すのに、私はどれだけの時間をかけてきたんだろうな……」

 

 そう、慨嘆して、後悔するような口調に、俺は我知らず口を開いていた。

 

「まあ、仕方ないんじゃないですか? ほら、よく言うでしょう。何とかと煙は高いところが好き、って」

「いっくん……それは、束さんが馬鹿だって言いたいのかな?」

「何とかと天才は紙一重、ともよく言いますよね」

 

 口の端に笑みを刻んで言った俺の言葉に、束さんは呆気に取られたような表情をして……そして、大口を開けて笑い出した。

 

「あ、あはは、あはははははははははっ!! そ、そっか、馬鹿と天才は紙一重……あはははははは!! た、確かに言われてみればその通りかもね! あはははははははははははははははっ!!」

 

 瞼の端に涙まで浮かべて笑い転げる束さんの表情からは、既に暗いものは消え去って、ひたすらに愉快そうだった。

 過呼吸になるまで笑って笑って笑い続ける束さんを、俺たちは黙って見守った。

 やがて笑いやんだ束さんは、俺に、透き通った……綺麗な、本当に綺麗な微笑を浮かべて……

 

「ありがとう、いっくん」

「……いえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この三日後、俺たちは向こうの世界へと出発した。

 

 




 はい、というわけで最後に束さんとお話しして機竜世界編終了です。いや、まだ戻ってくるんですけれど。しかし読み返してみると、ここ二話ぐらいソフィーの影が薄い……いや、まだだ、IS世界に行けばしばらく()はソフィーのターンだ!

 ちなみに二人のISはタグにもある通りFGOです。作者は影響されやすい質なので面白いゲームとかしたあとだとすぐ感化されちゃうのです(無課金星5一体でつい先日人理修復……あ、この報告要らない? デスヨネー)

 とりあえずIS世界編に移る前に、ライバルポジションで登場したのにあの後全然出てこないダグラスとアナスタシアに焦点を当てた番外編を出そうと思ってます。本編で出せなかった二人の設定とかを出すので読了推奨です。

 それではまた来しゅ……再来しゅ……な、夏イベが終わったら! 頑張りmあ、夏課外(白目)


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Ext-story.1 ダグラス・ベルガーという少年の始まり

 どうも侍従長です。
 予告通りダグラスメインの番外編をお送りします。楽しんでいただけると幸いですー。


 今日、色々とラノベの新刊を買ってきて読んでたんですが……改めて一言。
 テスタメント、ごっつエロい。
 もう普通にR-18指定かかるレベルって言うかもうかかってると思うんですが。表現も露骨になってきてますし……まあもう最終巻なんですが……え? まだあと一巻?

 他にもロクデナシ魔術講師とかアサシンズプライドとかデートアライブとか。
 ロクデナシは白猫がすこです。ツンデレかわいい。デートアライブは義妹ちゃん好き白いのも黒いのもどっちも好き。
 アサシンズプライドはみんな好きです。ロリっ娘かわいいクーファそこ変われ俺がその未成熟な体にイロイロと教え込んでy《ここから先は大量の血痕で読めなくなっている》


 俺……ダグラス・ベルガーは、所謂戦災孤児だった。

 

 もう十年近く前の話。アーカディア旧帝国の隆盛期。

 装甲機竜(ドラグライド)の配備で圧倒的な戦力を誇った帝国は、辺境の小国でしかなかった俺の祖国を、粛清という名目で蹂躙した。

 兵士は悉くが殺され、王候貴族は一人残らず首を落とされ、男共は街と共に戯れに焼かれ、女子供は下衆な欲望の餌食となった。

 

 もっとも当時こんなことは珍しくもなかった。帝国の横暴さは、結局建国からクーデターで滅びるまで変わらなかった。

 いくつもの小国が滅ぼされ、有数の強国でも潰された。それほどまでに圧倒的であり、自分達以外の全ての存在を許さなかった。

 屈辱を押し殺して人質を送り恭順を誓うことで国家の存続を図ろうとした国も、容赦なく踏み潰された。

 打倒帝国を掲げて立ち上がった諸国連合も、強大な戦力によって蹂躙された。

 

 無数の街が焼かれ、無数の人々が命を落とした。

 そんな中で、俺のように戦争で両親を失って幼くして孤児になった子供は珍しくなかった。

 

 俺の父親は兵士として戦争に向かい、二度と帰ってくることはなかった。

 俺の母親は女手一つで当時五歳だった俺を育てる負担で病で死んだ。

 

 斯くして、俺は一人世界のことを何も知らないまま、外に放り出されることになったわけだ。

 

 

 最初の頃はまだよかったんだ。少しながら母親が俺のために残してくれていた金があったから、それで食い繋げた。

 けど一ヶ月もしたらもうダメだった。元から雀の涙ほどしかなかった資金はすぐに底をついた。

 幼く弱い子供の体で何か出来るはずもなく、空腹にのた打ち回り、たまに外に出てそこら辺の雑草を食ったり残飯を漁ったりしてどうにか凌いだ。

 

 もちろんそれもすぐに限界が来た。

 空腹に堪えきれなかった俺は、ある時、近所の店からパンを一斤盗み出した。

 盗み出したパンを抱えて必死に走ったはいいものの、痩せ細った子供の体力で逃げ切れるはずもなくすぐに捕まっちまった。

 衛兵にでも突き出されるのかと思ったが、俺の境遇に同情してくれた店主が食事をご馳走してくれて、慎ましく暮らせば三ヶ月は生きていけるような金までくれた。

 あの日食べたシチューの味は、今でも記憶に深く刻まれている。

 

 これで当分は大丈夫だ、と思ったのも束の間。

 ……もう一度言うが、戦災孤児と言うものは当時珍しくもなく、俺の住んでいた街には百人近くは居たらしい。当然、俺よりも年上の連中も。

 金を持っていることで目をつけられた俺は、その年上の連中に襲われて、金を奪われ身ぐるみも剥がれ、また元の生活に逆戻りすることになっちまった。

 別にソイツらを責める気はない。そうでもしなきゃ、誰も生きていけなかったんだから。

 

 命を繋ぐことすら難しくなった俺は、苦しみに喘ぐ中で、思った。

 

 

 

 ――死にたくない。

 ――まだ、死にたくない。

 ――こんな形で、死にたくない。

 ――何も為さず、死にたくない。

 ――何も残さず、死にたくない

 

 

 

 ――――…………生きたい。

 

 

 ――生きてやる。

 ――何が何でも生きてやる。

 ――残飯を漁ろうとも。

 ――泥水を啜ろうとも。

 ――他者を犠牲にしようとも。

 ――道理を踏み躙ろうとも。

 

 ――……獣に、堕そうとも。

 

 ――他の誰でもない。

 ――ただ、自分のために。

 

 

 ただそれだけ。それだけを考えて。

 

 俺は奥歯を噛み締め、顔を上げ、拳を握り、立ち上がり、踏み出した。

 

 

 

 

 それからの俺は、我武者羅だった。

 何が何でも生き残るために、どんな手でも使った。

 金持ちどもが無造作に捨てた残飯を漁って。

 雨水を飲んで泥水を手ですくって飲み干して。

 持って生まれたらしい喧嘩の才能を生かして、俺から金を奪って行った奴らを叩きのめして。絡んできたやつも返り討ちにしてそいつらのものを奪って。

 その街の孤児どもをまとめ上げて、居場所を作って。

 

 

 

 そうやって、お山の大将を気取っていた頃だった。

 俺が、彼女(・・)に。

 俺の人生を大きく変えるきっかけとなった少女――

 

 

 

 アナスタシア・レイ・アーカディアと出逢ったのは。

 

 

 

§

 

 

 

「ひっ、ひぃぃぃぃぃ……っ!」

 

 恐怖に歪んだ男の顔を、俺は無感動に見下ろしていた。

 ブクブクと肥え太った、贅肉だらけの豚のような醜い男だった。その内面を表すように、脂の浮きダルダルにたるんだ顔も醜い。

 

 ここはブラックンド王国のある貴族の屋敷。その当主の寝室だ。

 見苦しくガタガタと震えるこの男は、候爵位を授かり広大な領地を預かる大貴族だが、典型的な悪徳貴族だった。

 国から支給された金を横領して私腹を肥やし、領民に多大な重税を課して負担をかけ、更には兵士たちに命じて領民の中から若い女や幼い子供を攫わせて欲望のままに貪る。

 この侯爵の暗殺。それが、傭兵ギルドに所属した(・・・・・・・・・・)俺へ与えられた仕事だった。

 

 ちらりと、薄暗い部屋の真ん中に設置されたバカでかいベッドの上を見やる。

 そこには、首輪をつけられた一糸纏わぬ少女たちの姿があった。ここに突入してきた時点で、目撃者対策として全員気絶させたのだが……改めて見てみれば、本当に酷い状況だった。

 彼女たちの死体に刻まれた、いくつもの痛々しい傷跡に、クソ侯爵を見る俺の視線にこもる侮蔑と嫌悪の色が濃くなる。

 

 ベッドから視線を外し、舌打ち一つ。クソ侯爵の方へ踏み込むと、ビクゥッ、とクソ侯爵の体が大袈裟に震えた。

 

「まっ……待て! お、お前はどこの者だ、何故わしを狙う!? 誰からの命令だ!? わしが何をしたと言うのだ!?」

 

 白々しくもそんなことを言い募るクソ侯爵に言葉を返すこともなく歩みを進め、その眼前で足を止める。

 もうコイツと言葉を交わしてやるつもりもない。

 

「と、止まれ! ……そうだ、金をやろう! 金なら腐るほどある、好きなだけ持って行け! それとも女か、ならばそこの女を連れて行くがいい! ほ、他に欲しいものがあるのならぐへぇっ!?」

「黙れ」

 

 長々と屑なことを口走り続ける豚の腹を踏みつけて黙らせる。

 金なら腐るほどある? その金は、お前が守るべき人々から巻き上げたものだろうが。

 そこの女を連れて行け? その女はお前が無理矢理連れ去ってきた女たちだろうが。

 

 ……俺だって、決して善人とは言えない身だ。

 何人もの命を奪い、尊厳を奪い、未来を奪ってきた。多くの悪を為してきた。

 けど、そんな俺にも『誇り』というものが確かに存在する。

 

 だがコイツにそんなものはない。

 あるのは、ただ無意味に膨れ上がった自尊心と浅ましい欲望だけ。

 その罪を背負おうともせず、見ようともせず、ただ面白半分に命を摘む。日々を懸命に生きる人々の努力を、希望を、未来を壊す。

 

「……何でとか、下らねェこと聞いてんじゃねェよ。確かに仕事ってのもあるが……」

「……っ?」

「俺はお前の存在が気に入らねェ。だから殺す。そんだけだ」

 

 躊躇なく断言して、腰の剣帯から機殻攻剣(ソード・デバイス)を抜いて振りかぶると、クソ侯爵の顔が死への恐怖と絶望に歪んだ。

 その表情を鼻で笑って……俺は一息に振り下ろした。

 

 

 

§

 

 

 

「ふゥ……」

 

 クソ侯爵を処分して誰にも見つからないまま屋敷をあとにした俺は、夜の街中を歩きながら溜め息を吐いた。

 夜とはいえ、まだまだ人が活動をやめる時間には早い。街にはそれなりの活気があった。けれど俺の心は少しばかり沈んでいた。

 

 別に罪悪感を感じているとかそういうわけじゃねェ。

 罪悪感なんてもん、最初に人を殺したときから感じたことはなかった。

 この溜め息は、アイツを殺しても尚消えてくれなかった不快感と嫌悪感によるものだ。

 出来ればああいうヤツとはお関わりになりたくないんだが……組織に所属している以上、そうも言ってられない。

 

 とりあえずこれで侯爵家は御仕舞い。ここの領民たちのために、次はもっとマシな領主が派遣されることを祈ってやろう。

 後味の悪さを舌打ちで吐き捨てて、俺は再度歩き出そうとして……ふと耳に届いた、カラカラ、という小さな車輪の音に顔を上げた。

 するとそこには、車椅子に乗った銀髪の少女の姿があった。

 

「お帰り、ダグラス」

「……おう」

 

 輝くような銀髪に血のように赤い瞳、人形のような無機質な美貌。

 俺を拾ってくれた恩人、アナスタシアは、温かな微笑を湛えて俺を見据えていた。

 彼女の温かい笑顔に心が軽くなったような気がしたが、それよりもアナがここに居ることに疑問が湧き、アナの後ろに控えていたもう一人の少女に目をやる。

 

「お疲れ様です、ダグラス様」

 

 そう、必要以上に平坦な声音で声を掛けてきたのは、メイド服に身を包んだ妙齢の女性だった。

 透き通るような蒼い髪に、同色の冷たい瞳。完璧に整った顔立ち。妖精のような、という表現が誇張なしで当てはまるだろう。

 彼女の名は、ロキ。本名かどうかは分からない。自力で生活できない(・・・・・・・・・)アナの世話役として、出会った頃からずっと一緒だった。

 

「おう、ありがとよ。……けどロキ、何でこんなとこにアナを連れてきてんだよ、危ねェだろうが」

 

 他国ならまだしも、ここブラックンド王国はあまり治安がいいとは言えない国柄だ。

 そんなところで、ロキがついているとはいえ車椅子必須なアナを連れてくるのは少しばかり不用心すぎる。

 

 俺の言葉に、ロキはただ「申し訳ありません」と言って頭を下げるだけで、特に反論はなかった。

 ……んー、いつものことなんだが、もうちょっと人間らしくならないもんかねェ。

 微妙な表情で頬を掻いていると、不意にクイッとアナに袖を引かれた。

 

「ロキを責めないであげて? 私が、連れていってって頼んだの」

「お前が? また何で……まさかただ出迎えただけってわけでもねェだろ?」

 

 問いかけると、アナはフッと頬を綻ばせて、

 

「この近くに、美味しいご飯が食べられるお店があるって聞いて……。ダグラスとも一緒に行きたいな、って。……ダメ?」

「…………ダメじゃねェけどよ」

 

 ……車椅子だから仕方ねェんだが、その上目遣いやめてくんねェかなァ。

 目の前の少女への想いを自覚している身としては、結構心臓に悪い。

 俺の承諾を取り付けて、「……やった」と無邪気に喜ぶアナを見て鼓動を早めながら、ボリボリと後頭部を掻いて……ふと、自分を見つめる視線を感じて顔を上げる。

 すると、さっきから黙ったままだったロキがどこか生暖かい目で俺を見ていた。

 

「……おいロキ、何だよその目は」

「いえ。戦場では修羅の如く勇ましい貴方であっても、姫様の前では形無しですね、と少しおかしく思ったまでです」

「おかしいって言うならちょっとは笑ったりしろよ……」

 

 つゥか人で笑ってんじゃねェよ。

 あァクソッ……コイツらの前だとどうにも調子が狂う。

 

「ハァ……アナ、その店ってのはどこにあんだよ? 早く行こうぜ」

「あ、うん。ロキ、お願い」

「かしこまりました、姫様」

 

 意気揚々と進み出した二人を見て苦笑をこぼして、俺はそのあとを追い始めた。

 

 

 

§

 

 

 

「お待たせしましたー!」

 

 朗かな笑顔の給仕の娘が、俺たちが着いたテーブルに手際よく料理を並べていく。

 湯気と共に何とも食欲を刺激する匂いを放つその料理は……あァ、確かに、アナがわざわざ食いに来るのも納得できそうだ。

 

 分かりやすくワクワクした様子を見せるアナに苦笑してから、俺たちは一斉に料理に手をつけた。

 

「あむっ……おっ、旨ェな」

「ん……美味しい」

 

 想像を超えた料理の味に、思わず俺たちの頬が綻ぶ。……いやまァ、ロキはいつも通りなのだが。

 食べ方は三者三様。ガツガツと掻き込む俺とは違って、ロキは何かを確かめるように一口ずつゆっくりと咀嚼して、頻りに頷いている。

 いつも俺たちの食料事情を一手に担っているのはロキなので、これからはまた日々の食事にレパートリーが増えそうだ。

 そしてもう一人、アナは、幸せそうに案外と早いペースで料理を口に運んでいる。コイツ見かけによらず結構大食いなんだよな。

 アナの体は足と違って手の方は健常だから、モノを食べる際には苦労しない……代わりに足はピクリとも動かないのだが。

 

 しばらく無言で食事を続けていると、ふとアナが俺に質問を投げ掛けてきた。

 

「ねえ、ダグラス。傭兵ギルドの仕事はどんな感じ?」

「ん、あー……つってもな、『竜匪賊』に居た頃とはそんなに変わらねェからな。特に言うこともねェよ。まァ、ちょいと対人の仕事が増えた感じはする」

「そっか……ごめんね、ついていけなくて」

 

 申し訳なさそうに言うアナに、思わず溜め息を漏らす。

 

「あのなァ……機竜使っての戦闘ならまだしも、その足で対人戦なんて出来るわけねェだろ。むしろこられても邪魔だ。……それに」

「それに?」

「……いや、何でもねェよ」

「……むぅ」

 

 言葉を濁した俺に、不満げな顔をするアナ。

 

「まァ、あんま気にすんなよ。対人戦が増えたってこたァ、俺が求める強者との戦いの機会も増えたってことだ。『竜匪賊』に居た時より稼ぎもいいしな。願ったり叶ったりってとこだ」

「……せめてロキを連れていけば」

「駄目だ。前までなら『竜匪賊』の連中がある程度の護衛を置いてくれていたが、今はそれも望めねェ。そもそも『竜匪賊(・・・)自体が存在しねェ(・・・・・・・・)んじゃあな」

 

 そう、数ヵ月前の世界連合と『創造主(ロード)』との戦い。その最中で、暗躍を続けていた三人の師団長が戦死したことにより『竜匪賊』は結束を失って空中分解。

 もはや『竜匪賊』は、僅な残党を残してその存在を世界から消してしまったのだ。

 もちろん、そんな破滅が目に見えた残党どもに俺たちが付き合う理由もなければ義理もなく、未練なく『竜匪賊』を抜けて、今こうして俺が傭兵ギルドに所属して路銀を稼いでいる、というわけだ。

 

 本来なら『竜匪賊』に所属していて『創造主(ロード)』の一人であるアナを、そして『鍵の管理者《エクスファー》』のロキを擁する俺たちなど、本来なら今頃檻の中でもおかしくはないのだが。

 しかし俺たちに限って言えば、少し立場が特殊なためにそういう措置が取られなかった。具体的に言えば、俺たちはあの戦争で、世界連合側に味方した(・・・・・・・・・・)のである。

 その理由は……

 

「ん、大丈夫。借りは、あのお姉さまにしっかり返したから」

 

 俺が向けた視線に、アナはどこか楽しそうな弾んだ声で返してきた。その時のことを思い出しているのかもしれない。

 

 ーーアナは、その名前が示す通り、神聖アーカディア帝国の血統に連なる者、つまり古代の皇族だ。

 しかし彼女には、他の皇女とは異なる点があった……母親の身分だ。

 他の皇女たちは王妃や由緒正しい貴族の側室の子、だがアナの母親は、時の皇帝が戯れに手を出した庶民……下民の子だったのだ。

 今以上に血統を重要視していた帝国では、皇帝の側室ですらない庶民の母親はかなり冷遇されていたらしい。

 そんな事情など何一つ知らず、帝国の宮殿にてアナはこの世に生を受けた。

 母親以外にはほとんど歓迎されなかった命だが、確かにこの世界に生まれ落ちたのである。

 それから数年、アナは母親と二人慎ましやかながら充実した生活を送っていた。皇位継承権などアナは必要とせず、自らが皇族の一員であることすらほぼ忘れていたという。

 

 しかし、当時の皇族の中には、本人が望んでいなくとも誇り高き皇族の血に不純物が混ざっていることが、何よりそんな雑種が自分と同じく皇帝となる資格を持っているなど許せない……そう考える者が居た。

 リステルカ・レイ・アーシャリア。神聖アーカディア帝国の第一皇女。当時の王位継承権第一位にして、アナの実の姉でもある女だ。

 彼女はまだ幼いアナに対して、『浄化』と称してある薬品を大量に投与した。

 その薬品とはーー『エリクシル』。最凶の終焉神獣(ラグナレク)『聖蝕』の、体液。その原液。

 その行為は、後に生き残った全ての皇族が施されることになる『洗礼』という儀式なのだが……アナに投与された量は、本来必要な分量を遥かに越えていた

 無限とも思える苦しみの中で。永劫とも思える痛みの中で。それでも彼女は……アナは、決して折れることはなかった。

 三日三晩与え続けられた試練を強靭な精神力のみで乗り越え、生き残ったのである。

 だが、その代償は……幼すぎる体で拷問まがいのことをされたことによる傷は、とても理不尽なものだった。

 ーー下半身の後天的な完全麻痺。感覚すら僅かたりとも残っておらず、これによって彼女は二度と自力で歩けない体になってしまった。

 彼女は腹違いの姉妹の傲慢により、前に踏み出し生きていくための足を奪われてしまったのだ。

 

 その借りを……あの戦争で、アナはしっかりと返していた。

 具体的に言うと、ぶん殴ったのだ。

 機竜で下半身不随を誤魔化して、生身のリステルカの顔面を、生身の拳で。

 

「ん。あれは、とってもスッキリした。人を殴ってあんなに嬉しかったのは初めて」

 

 楽しそうに言うが……その間、リステルカの護衛であった『反機竜使い(アンチ・ドラグナイト)』ミスシスの相手をしていた身としては、あまり笑えない。

 アイツは本当に強かった。神装機竜《アジ・ダハーカ》の性能もさることながら、恐るべきは冷徹な機械のような、正確無比な判断力。

 アナに調整を施された神装機竜《八岐大蛇(ヤマタノオロチ)》を使ったロキと二人ががりでもかなりギリギリの戦いだった。……認めるのは癪だが、正直一人だったら確実に死んでいただろう。

 

 まァ……あれは、アナがけじめをつけるために必要な『戦い』だった。となれば……万難を排してその援護をしてやるのが……『相棒』の務めだろう。

 かつて、アナに救ってもらったこの命……これまではただ命の証明を得るために戦ってきたが……コイツのために使うのも悪くはない。

 あの戦いを経て、俺はそう思った。

 

「あ、ダグラス。ほっぺ」

「ん? あァー、付いてるか?」

「うん。……ちょっと、動かないで」

 

 アナの指示通りに動きを止めて大人しくしていると、アナの手が伸びてきて俺の頬を優しく掠めていった。

 それをどうするのか見守っていると……アナは、食べ滓の付いた指をそのまま自分の口へと運んでいった。

 

「んなッ……」

「んー? どーしたのー?」

「……何でもねェよ」

「……ふふふー。ダグラスかわいい」

「だァー! 頭を撫でんな子供扱いすんな!」

「実年齢的に言えば、私にとってはダグラスは十分子供」

「ぐっ……!」

 

 ぐうの音も出ねェ。

 そうなんだよなァ……コイツ、実は俺よりも年上なんだよなァ……。

 思わず微妙な表情になる俺……その間も、アナは俺の頭を撫で続けていた。いや止めろよ。

 同席しているロキも、どことなく微笑ましそうな雰囲気(表情ではない)でこちらを見るだけで何もしない。

 溜め息を吐いて、仕方なく受け入れることにした時ーー

 

「おうおう、ボウズども。さっきから見てりゃあ随分と見せつけてくれるじゃねぇか」

 

 かけられたそんな言葉に、チラリと声の方向へ目を向ける。

 するとそこには、いかにもチンピラという感じのガタイのいい男が下卑た表情で俺たちを見ていた。その男の後ろには似たような連中が五人ほど。

 

 せっかくいい気分だったのに無粋なヤツらだ。

 舌打ちを一つして、仕方なく訊いてやる。

 

「あァ? 俺らに何の用だ?」

「いや何、男ばっかで寂しく飯を食ってたら、上玉の嬢ちゃんを二人も見つけてな。そいつをボウズ、お前だけで相手するのは大変だろ? だから俺たちもゴショウバンに預からせてもらおうと思ってなぁ」

「…………」

 

 俺たちはそんなことを宣う男に「何言ってんだコイツ」という視線を向けるも、男は気にせずに俺たちの席につこうとする。

 チッ……穏便に済ませたかったんだがなァ……ま、仕方ねェか。

 

「あ? おいボウズ、何だよこの手は」

「…………」

「ああ、礼ならいらねぇぜ? 俺たちも楽しませてもらうわけだし……おお、そうだ。そっちの銀髪の嬢ちゃん、後で俺たちの宿に来ないかい? その足でも出来る仕事を教えてやるよ。そっちのメイドさんもな。安心しろよ、嬢ちゃんたちはされるがままになっときゃいい。俺らはそれでスッキリして満足できるし、嬢ちゃんたちも金を貰ってキモチよくなrぶげらぁっ!?」

 

 アナとロキに下卑た視線をやってニヤニヤと笑っていた男は、突如奇声を上げて大きく吹っ飛んだ。

 床と平行に飛んだ男の巨体は、後ろに控えていた取り巻きたちの一人を巻き込んで、店の壁に激突したところでようやく止まった。

 いつの間にかシンと静まり返っていた店内で、食事を取っていた客と取り巻き連中の視線が、拳を放った体勢のままでいた俺に集中する。

 つい殴っちまったが……まァいいか。どうせこの程度で済ませる気はねェしな。無関係な客には悪いとは思うが。

 

「く、くそっ……このガキがぁっ!!」

「黙れよゲス野郎」

 

 俺に殴り飛ばされてようやく復活した男が怒りに燃える目で俺を睨む。

 それを綺麗に無視して、俺は無表情のまま成り行きを見守っていたロキに声をかける。

 

「ロキ。悪いが、アナを頼む」

「承知しました。指一本触れさせませんのでご安心を」

 

 簡潔極まる俺の要望に躊躇する様子もなく、ロキは平然と一礼した。どことなく、怒っているようにも見える。

 

 さて……ロキに任せた以上、連中がアナをどうにか出来る可能性はなくなった。

 あとは……このゲスどもをミンチにするだけだな。

 

「こっちが下手に出てやれば、調子に乗りやがってぇ……! お前らやっちまえ!」

『おう!』

 

 男の号令がかかり、取り巻きの五人が一斉に殴りかかってくる。

 技の欠片もなくただただ力任せで、俺からすれば止まって見えるような貧弱な拳だが、取り巻きたちの表情に不安はない。

 一対五という数の優位を信頼しているのか。だとしたら、バカだと言う他ない。

 

 テメェら雑魚程度、百人居ようが尚足りねェんだよ。

 心中で吐き捨てながら、俺は一人残らずブッ潰すべく行動を開始した。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

「ハッ、遅ェな」

 

 目の前に迫っていた拳を鼻で笑って右手で弾き、お粗末なことにまんまと体勢を崩したその胴体に膝を叩き込む。

 体をくの字に折り曲げて悶絶する男の首根っこを掴み後に続いていた連中めがけて投げつける。

 すると連中は分かりやすく足を止めてしまった。バカが、戦闘中に足を止めるなんざ愚策中の愚策だ。

 

 もちろん俺が連中の動向に気を遣うはずもなく、拳を握って連中の内の一番近くに居たヤツに躍りかかった。

 ソイツはいきなり目の前に現れた俺に驚愕の表情を浮かべて……次の瞬間叩き込まれた俺の拳にその顔をぐしゃっと歪めた。

 しかしソイツはさっきのリーダー格の男のように派手に吹っ飛ぶことはなく、何とかその場で踏み留まって、拳を振り回した。

 

 俺は続けて追い討ちをかけることはせず、他の連中へ目を向ける。

 すると左右から同時に殴りかかってきているのが見えたので、サッと屈んで、間合いに入った瞬間にその男たちの足を一気に刈り取る。

 あっさりと足をとられた二人は、そのまま互いに衝突することになる。

 二人が体を離した瞬間、俺は動き出した。

 痛みに悶絶する二人の片方の腹に肘を打ち込み、もう片方は顎を掌底で打ち抜く。

 掌底を食らわしたヤツにはダメ押しで裏拳を顔面に放ち、肘打ちをした方には、体を大きく旋回させて回し蹴り。

 脇腹からまともに蹴りを入れられて、ソイツは吹き飛び、立ち竦んでいたもう一人にぶつかって一緒になって倒れ伏した。

 

 もちろん、これで終わりではない。

 倒れた二人の元へ駆け寄って、重なりあったその腹部を全力で踏み抜いた。

 げぼあっ、と悲鳴をあげるが、だからどうした。苦しむ二人をまとめて蹴り転がして退かす。

 直後、最初に殴った取り巻きの一人が背後から襲いかかってくる。

 振り返ることもせず男の拳をかわし、人差し指と中指を立てた拳を突き出した。

 狙いは、男の喉。俺の拳は寸分違わず男の喉に突き刺さる。指先にゴリュッと何かを潰したようや感触が伝わって来たと同時に指を引き抜き、もう一度顔面を強打して引き離す。

 

 さて、残るは一人……

 

「く、くそっ!」

 

 俺が視線を向けた瞬間、その最後の一人はクルリと背を向けて……アナとロキが待つ方向へと突進していった。

 けれど俺は、特に慌てることもなくそれを見送った。何故かーー簡単だ。俺が対処する必要もないからだ。

 

「控えなさい、下郎」

 

 冷然とした、背筋が凍るような冷たい声が響いた……直後、そっちに向かった男の体が真上に跳ね上がった。

 目にも留まらぬ速度で動き出したロキが、強烈なアッパーカットを男の顎に見舞ったからだった。

 ロキは男が落ちてくるのを待つことなく、空中で男の腕をとって振り回し、地面にうつ伏せに叩きつけた。

 そのままロキは男の腕を関節の可動域とは逆にねじ曲げ……ボギンッ、と何かが折れる音が響いた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

「黙りなさい耳障りです」

「ぐふっ……」

 

 最後の一人がスムーズに始末されたのを見届けて、俺は呆然と俺たちの蹂躙劇を眺めていたリーダー格の男に向き直った。

 

「さて、と。……悪ィが、もう一回何て言ったか教えてくれねェか? よく聞こえなくてなァ……」

「ひっ!? お、俺が悪かった! この通りだ、頼む許してくれ!!」

「おいおい、誰が謝罪なんて求めたよ? 俺はもう一度言ってくれって言っただけだぜ? それとも、何か俺に言えないようなことでも口にしたのか?」

「……っ」

「それに、今さら謝罪なんぞしたところで変わんねェよ……アナに、コイツらに手を出そうとした時点で、テメェらの破滅は確定してる。後は遅いか早いかの違いだけだ」

 

 言いながら俺が近付いていくと、男はへたりこんだまま後退っていく。数歩それを繰り返したところで、ついに男は壁際まで追い詰められた。

 

「い、いやだ……やめろ、やめてくれ……!」

「いい加減黙れよおま、えッ!」

「ぐぎゃぁぁぁぁあぁぁあぁぁっっっ!!!!」

 

 汚い悲鳴を上げて、男は股間を押さえてゴロゴロとのた打ち回った。俺が何をしたかは推して知るべし……いや、別に知らなくてもよし。

 とりあえず五月蝿いので、適当に腹の辺りを踏み潰して気絶させる。

 それから他の連中と共に店の外に放り出して……一件落着、と。

 パンパン、と手を叩きながら店内に戻ってくると……いきなり、客たちがドッと沸いた。

 

「うおおお、すげえぞボウズ!」

「五人がかりで掠らせすらしねぇとはなぁ」

「いやー、いい酒の肴になったぜ!」

「女のために体を張るたぁ、やるなぁあんちゃん!」

 

 次々に声をかけてくる客たちに困惑していると、その人垣の間から、ロキに車椅子を押されて、アナが俺の前へと進み出てきた。

 アナは俺の顔を見て、微笑みを溢して、

 

「ダグラス。少し屈んで?」

「あん? 何でだよ」

「いいからいいから」

 

 有無を言わせぬアナの口調に仕方なくその場に屈み込む。

 すると俺の頭の上に、そっと柔らかい感触が生じた。

 

「……よしよし」

「……何で頭を撫でるんだよ」

 

 思わず呆然として目の前の顔を睨むと、アナは宝石のような紅い瞳を柔らかく細めて、

 

「お礼だよ? 私を守ってくれた、そのお礼」

「…………」

「ありがとう、ダグラス」

 

 その笑顔に毒気を抜かれた俺は、結局苦笑を一つ溢して、柔らかく髪を撫ぜる、小さく温かい手を受け入れた。




 最初は5、6000文字で納めようと思ってたのに気付いたらこんなことに。何故こうなった……。 

 夏期課外の後期が始まってしまいましたので、また伸びるかもです。28日にはジツリョクテストがあるらしいので……え? 夏休み? 4日までですが? ………………………………あっれれー? おっかしぃぞぉー?(白目)


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IS世界編 第一章
Story.13 IS学園入学


 一万文字書かなきゃ(使命感)



 どうも侍従長です。

 さて、今回からやっとIS世界編です。
 最近近くの古本屋でISの一巻から三巻までを入手したので思っていたよりは楽になりそうでほっとしてます。
 この話を思い付いた時からやりたいことが沢山あったので、エタらないように頑張っていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。


『IS学園。

 日本の東京湾に浮かぶ孤島に建てられた、世界で唯一のIS操縦者育成施設。

 それぞれの国家の未来を担うことになる、優秀な少女たち(・・・・)が世界中から集められ、切磋琢磨し合い互いを高め合う学舎。

 国際IS委員会が多額の費用をかけて建てさせた学園なだけあり、空調設備一つとっても世界でも最高品質の代物が扱われており、生徒たちは常に世界最高水準の教育を受けられる環境にある。

 この学園ではIS操縦者だけでなくISの開発に関わる技術者の育成も進められている。

 ISは女性にしか扱えないため、この学園に通う生徒はその全てが女子であり、そのため世間では、『楽園』『花園』と呼ぶ声もある。

 そんな学園に、今年から二人の男子生徒が入学することになった。

 一人は彼の『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』の実弟、織斑春万(はるま)。そしてもう一人は、ここ数ヵ月ほどでメキメキと頭角を現しているヴァンフリーク・グループのーー』

 

 そこまで読んで、俺こと織斑一夏は手元の携帯端末から視線を外した。

 目元を軽く揉んで、ずっと座っていたことで凝り固まった体を解すために伸びをしようとして……俺の肩に頭を載せて眠る少女の存在を思い出して動きを止める。

 

 肩の辺りで切り揃えられた亜麻色の髪にカチューシャをつけた、整った容姿の可愛らしい少女。

 俺の後輩を自称する、ソフィー・ドラクロワだ。

 揺り起こそうかとも思ったが、昨日は色々あって、俺も二、三時間しか眠れていない。

 込み上げてくる欠伸を噛み殺したところで、ソフィーを起こすのは止めておいた。何より、これほど安らかな表情の彼女の眠りを邪魔したくはない。

 

 ここはIS学園の敷地内にある、とある奥まった一角だ。

 そこに設置されたたった一つのベンチに、俺とソフィーは二人揃って腰かけているのである。

 校舎のどこの窓とも面していないので見つかる心配はないし、遮蔽物も少ないため涼しげな風に乗せられて春の麗らかな陽気が漂ってくる。

 暑すぎず寒すぎず。この快適な気候では、ソフィーのように寝入ってしまうのも仕方がないだろう。

 

 ちなみに今は、学園のバカデカい講堂で入学式が盛大に催されている真っ最中である。

 だと言うのに俺たちはこんなところで何をしているのか……簡単だ。

 要するにサボタージュ。サボっているのである。

 

 古今東西、学校で行われる式典と言うのは、だだっ広い空間で無駄に姿勢を正しくしながら、毎度毎度同じような言葉を垂れ流すお偉いさん方の話を聞き流すだけの、一種拷問じみた苦行だ。

 端的に言って、どうしようもなくつまらないのだ。

 マギアルカではないが、そんな浪費としか言いようがない時間の使い方をするなら、可愛い後輩とこういう時間を過ごす方がよっぽど建設的である。

 

「しかし、まあ……」

 

 ……帰って、きたんだな。

 これまでは入学に向けての準備などで忙しかったのであまり考えてこなかったが、ここに至って少しずつ実感が沸いてきた。

 もう二度と、帰ってくることはないと思っていたんだが。

 全く運命と言うやつは、なんと悪戯なのだろう。

 こうして見限ったはずの世界に引き戻して、捨て去ったはずの家族と引き合わせようとさせる。

 何とも言いがたい感慨がある。複雑な感情に任せて溜め息を吐く……

 

「ん、んぅ……」

「…………起こして、はいないか」

 

 突然ソフィーの吐息が聞こえてきて焦ったが、どうやら単に身動ぎをしただけのようだった。

 その、安心に緩みきった表情を見て、思わず笑みが溢れた。

 ……そうだな。今の俺は一人じゃない。こんなところにまで付いてきてくれる仲間が居るんだ。

 

 そっとソフィーの頬を撫でて、ふと思い付いてその頬にキスをしてやる。

 すると今しがた味わったばかりのソフィーのすべらかな頬に赤みが差したような気がしたが……まあ、気のせいなのだろう。

 

 

 

§

 

 

 

「皆さん、入学おめでとうございます! 私はこのクラスの副担任、山田(やまだ)真耶(まや)です!」

 

 教室の一番前、教卓の前に立ち、朗らかな表情と声で挨拶をする、緑髪にやや大きめな眼鏡をかけた女性。

 ともすれば生徒よりも低いかもしれない小柄な体躯と、女性として成熟した体型はひどくミスマッチだ。おっとりとした雰囲気から小学生の先生にも見える。

 さぞや生徒に人気の教師だろうとも思うのだが……

 

 しかしこの教室からは、山田先生の言葉に反応を返す生徒は居なかった。

 何故か……それは、教室の最後列に並ぶ二人の男子生徒に視線が集中しているからだった。

 その二人の男子生徒のうちの一人である俺こと一夏は、向けられる視線の鬱陶しさに陰鬱とした溜め息を吐き出した。

 

 はぁ……全く鬱陶しい。ルクスのやつ、よくこんな環境に耐えられたな。

 戦争の中で肩を並べ、友人となった没落王子を思い出して思わず感心してしまう。

 ああ、あいつにはアイリが居たんだったか。身内が居たならまだ気が楽だったのだろう。

 ちなみにソフィーは別のクラスだ。いざというときのためにマギアルカが手を回したらしい。

 ……こっちにもまあ、()身内は居るが……

 

 チラリと視線を向ける先には、何が楽しいのか笑顔を浮かべて椅子にふんぞり返る、整った顔立ちの青年の姿。

 多少成長したとはいえ、以前毎日顔を合わせていたやつの顔を見間違えるはずもない。

 言わずと知れた、一人目の男性IS操縦者にして俺の双子の弟織斑春万その人だ。

 まさか同じクラスになるとはな……いや、学園側としては俺たちみたいな『異分子』を監督するのには同じクラスであるのが丁度いいのか……。どんな理由だろうと俺にとっては気が重いことこの上ないのだが。

 

 そんなことを考えている内に、山田先生の号令でそれぞれの自己紹介が始まっていた。

 出席番号順なので今の俺の名字的にあまり余裕はない。適当に挨拶の内容を考えていると、ほどなくして番号が呼ばれたので立ち上がる。

 

「ヴァンフリーク社所属、スイスから来たイチカ・ロウ・ヴァンフリークだ。趣味は強いて言えば読書。社に入荷されてきたISを起動させてしまいこの学園に来ることになった。一年間よろしく頼む」

 

 そう、簡潔に自己紹介を済ませる。

『イチカ・ロウ・ヴァンフリーク』というのは、言うまでもなく偽名だ。『織斑』の名前は無駄に有名なので偽名を作らざるを得なかったのだ……こんな言い方をしているが、ヴァンフリーク姓を名乗れることが少し嬉しかったりするのは内緒だ。

 余談だが、そのマギアルカは束さんと縁が出来たのをいいことに、最近IS産業にまで手を出し始めた。流石に節操がなさ過ぎるだろうと思ったが、それでも上手く社が回っているのだから謎である。

 

 あまり馴れ合うつもりもないが、多少は好印象を持たれた方がいいだろうと思い、教室を見渡すと……

 

「きゃー、きゃぁーっ、美少年、美少年よ!」

「どこか陰のある雰囲気のミステリアスな美少年……イイッ!!」

「んんッ……あ、あの鋭くて怜悧な視線……堪んないわぁ」

 

 …………帰っていいですか(白目)。

 自分の目とか何とか色々死んでいくのが分かる。ソフィーや部隊の女子と接している時はこんな風にはならんのだが……

 窓の方を見て、あそこから飛び降りたなら離脱できるよな……などと考えながらも再び席に着く。

 

 そんな俺と入れ替わるようにして、隣の席に座っていたもう一人の男子生徒が立ち上がり、自己紹介を始めた。

 

「初めまして、俺は織斑春万って言います。受験会場で偶然ISに触れて起動させちゃってここに来ることになりました。趣味は剣道、よろしくお願いします!」

 

 爽やかな笑顔を浮かべて一息に言い切ると、春万は勢いよく頭を下げた。

 瞬間、再び沸き上がる教室。

 

「きゃーーーーっ! こっちもイケメンよ!」

「イチカ君とはタイプの違うやんちゃっぽいイケメン……全然アリね!」

「ハァ……ハァ……い、イロイロ教えたくなっちゃうぅぅぅ……!」

 

 熱っぽい視線を春万に向ける女子生徒たちとは対照的に、俺の視線はどこまでも冷えきっていた。

 

 全く……こうして見ると一目瞭然だが、よくもここまで精巧な(・・・・・・・・・・)仮面を被れる(・・・・・・)ものだ。

 もちろん全部が全部演技ではないのだろうが、俯瞰してみればどうしても違和感が拭えない。しかしそれも普段からよく観察していなければ分からない範囲。

 我が弟君は、どうやら役者顔負けの演技力を持っているらしい。

 そんな魔性の仮面に魅入られてしまったであろう女子の中に見知った顔を見つけて、思わず眉を上げる。

 

 他の女子と比べても一段と強い熱を秘めた瞳で春万を見つめる、長く艶やかな黒髪をポニーテールにした、まさに大和撫子と言った風情の美少女。

 篠ノ之(ほうき)。俺と春万の『幼馴染み』であり、名字から分かる通りあの束さんの実の妹である。

 幼馴染みとは言っても、俺にはアイツに殴られ続けた記憶しかないのだが。

 

 しかしこの二人が同じクラスになるのか……何とも皮肉な偶然だ……。

 そんな風に嘆息した俺だったが、いきなり開け放たれたドアから入ってきた人物を見て、今度こそ何かの作為を感じずには居られなかった。

 

「随分と騒がしいな。お前たちのバカ騒ぎの声が廊下まで聞こえてきたぞ」

 

 聞こえてくる冷たい声音にそちらの方向を向けば……鋭利な刃のような雰囲気をまとった長身の女性の姿が。

 冴え渡った冷俐な美貌が俺たちを見渡している。

 

 ーー織斑千冬。

 かつての俺の姉にして、現『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』。

 あの日俺を裏切った張本人が、そこには居た。

 

「…………」

 

 無意識の内に漏れ出ていた殺気を、慌てて押し止める。

 しかしそれは、タイミング的に少しばかり遅かったようで……

 

 直後、何気なく向けられた視線と俺の視線が交錯し……すぐに、俺の方から顔を背けた。

 そもそも、コイツと俺はもはや赤の他人。あの日を境に、元々希薄だった俺たちの繋がりは既に途絶えた。 

 今のヤツにはこの学園という居場所があり、俺にも信頼できる仲間たちと一緒に築いた居場所がある。

 ならば、俺がヤツを気にする必要なんてない。

 そう思うと、フッと、肩の力が抜けた気がした。こんな姿を見られたら、またあの後輩に笑われてしまうな。

 

「あ、千冬姉」

「織斑先生と呼べバカが」

 

 スパァァァァンッ、と春万の頭頂部に出席簿を叩き込んだ千冬……織斑先生の姿を見ながら、ふっと溜め息を吐くのだった。

 

 

 

§

 

 

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

 ホームルームを終えて各々が好き勝手に動き始めた頃、隣の席の春万が話しかけてきた。その傍らには箒も居る。

 

 ……別に殊更邪険にするつもりもないが、多少受け答えがぶっきらぼうになってしまったのはご容赦願いたい。

 

「何だ?」

「っ、貴様! 折角春万が話しかけてやったというのに何だその反応は!」

 

 うるさい腰巾着。

 喚き立てる箒に、心の中で吐き捨てる。

 

「まあまあ、箒。そんな怒るなって。折角の美少女が台無しだぜ?」

「び、びしょッ……!? う、うむ、分かった……」

 

 コイツら何やってんだ?

 人に話しかけておきながら何故かイチャつき始めた元幼馴染みたちに呆れの多分に混じった溜め息を吐いて、俺は立ち上がった。

 

「あ、おい待てよ、ヴァ……ヴァ……」

「……ヴァンフリークだ。別に覚える必要はないが。まあいい、何の用だ?」

「お、おう、って何でお前そんな喧嘩腰なんだよ。失礼なヤツだな」

 

 それはね、お前のことが嫌いだからだよ。

 とは口に出さず、フン、と鼻を鳴らすだけにして、続きを促すように顎をしゃくる。

 言ってみれば不遜な俺の態度に箒が殺気を飛ばしてくるが、そんなもの蟻に睨まれたのと変わらない。

 

「せっかく二人だけの男子なんだからさ、もっと仲良くしようぜ。お前だって一人じゃ色々とやりにくいだろ? だから俺たちと……」

「お気遣いなく。そんなことはお前らが気にするようなことじゃないし、知り合いがいるから問題ない。そもそもんな話を上から目線で叩きつけてくるような輩とツルむつもりはない。分かったら他の女子のところにでも行ってるんだな」

 

 明確なまでの拒絶の言葉を吐いて、俺は颯爽と踵を返した。

 次の時間割りまで休み時間を使ってソフィーと少し打ち合わせをするつもりだった。

 そう猶予もなかったのでさっさと行こうと思ったのだが、

 

「そこのお二方、少しよろしくて?」

「よろしくない邪魔だお呼びじゃないさっさと席に戻って教科書でも読んでろと言うか端的に言ってとりあえずちょっと母国に帰っとけ」

 

 気が付けば、俺はそんなことを一息で言い切っていた。春万や箒、クラスメイトたちの驚いたような視線が集中する。

 む、どうやら俺は自分で思っていたよりもイラついていたらしい。

 それでも悪口じみたことを口にしなかった辺りまだマシなのだろうが。

 そんな風に自己分析をしていると、思いっ切りキレたような甲高い声が聞こえてくる。

 

「あ、あ、あなた! この私に向かって何ですのその言い方は! 無礼にもほどがありますわ!」

 

 真っ赤な顔で俺を糾弾する、金髪縦ロールに鮮やかな碧眼の、まさにお嬢様と言った感じの(客観的に見れば)美少女。

 んー……確か、マギアルカからもらった資料にこんな顔の娘が居た気がするのだが……

 

「この私に話しかけられるだけでも栄誉なのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくって?」

「……いや、そもそも君は誰なんだ?」

「おい貴様っ! いきなり現れて、春万に対してなんだその態度は!?」

 

 困惑したような、あるいは辟易したような表情の春万と激昂する箒。

 

 そもそも話しかけられるだけで栄誉って……栄養の間違いではないよな? 残念ながらお前みたいに高圧的な口調で話しかけられても、俺は特殊性癖ではないので。

 すると目の前のお嬢様は、縦ロールを豪快に揺らして、

 

「私を知らない!? セシリア・オルコットを!? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこの私を!?」

 

 あーうん、すまん知ってた。ぶっちゃけ名前聞く前から思い出してた。

 

「ふ、ふん、よいですわ。いちいち下々の者の無知に憤っていても仕方がありませんし。貴族たる者、いかなるときも優雅でいなければ……」

 

 貴族、ねぇ……そういうなら、是非とも貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)を発揮して欲しいものだが。

 王国では、基本的に大概の貴族よりもマギアルカの方が経済的にも権力的にも格上だったので、こうして真正面から食って掛かる貴族は新鮮だったりする。

 まあ何もない時なら相手してやってもいいが、今回に限っては駄目だ。いつまで経っても話を始めないし。

 

「すまんがオルコット。話はまた今度でいいか? 人を待たせている」

「あなたにはどうやら自覚が足りていないようですわね。このわ、た、く、し、が! こうして直々に声を掛けているのですから、他の何よりも優先すべきことであるのは明白でしょうに」

「……なら早く用件を言えよ。こっちは結構焦れてるんだが。いつまで待たせるつもりだ?」

「んなっ……!」

 

 絶句するオルコット。

 わなわなと震えているようだが……結局コイツの用件は何なんだ……っと?

 

 首を傾げてオルコットを眺めていた俺は、背中にかかった、トンッ、という軽い衝撃に思わず振り返りかけて……すかさず首に回された細い腕にそれを阻止された。

 声もなく俺の後ろを取った下手人は、耳元で囁くようにして、

 

「せーんぱーい……? 私のこと放って何してるんですかー……?」

 

 どこか拗ねたような言葉と共に、フゥーッ、と耳に息が吹き掛けられる。

 この件に関しては俺は悪くないはずだが……そんな風に思いながらも、背筋が粟立つ感覚に耐えてその声の少女ーーソフィーに言葉を返した。

 

「悪いな、ソフィー。ちょっと、クラスメイトに呼び止められていた」

「えっ? 先輩、もう友達出来たんですか? 結構コミュ障なのに!?」

「おい待て誰がコミュ障だ。色々言いたいことはあるが、まず一つ。コイツらはトモダチじゃない。むしろ絶対になりたくない手合いさ」

「ほえ? どういうことですか?」

「猫かぶりな『一人目』と、その信者一号と、女尊男卑に染まりきったお貴族様」

「あー……」

 

 

 ソフィーはチラリと、俺の前に立つ三人を見て露骨に嫌そうな顔をした。

 動くに動けず固まっていると、春万がソフィーの方に視線を張り付けながら訊いてきた。

 

「おい、ヴァンフリーク。猫かぶりとか言いたいことは色々あるけど……その可愛い娘、誰だ?」

 

 下心が透けて見えてるぞー、あと猫かぶりは否定できんだろー。

 何も言わずそんなことを考える俺だったが、意外にもソフィーは自ら春万にというよりクラス全体に向けて自己紹介を始めた。

 

「初めましてー、ソフィー・ドラクロワって言います! 皆さんよろしくお願いします!」

 

 ニッコリと笑ってそう言うソフィーだったが、依然として俺に背後から抱きついたまま。とてもシュールだ。

 

「え、えっと……ソフィーさん? は、その……ヴァンフリーク君とどういう関係、なの……?」

「先輩とですかー? イチカ先輩は会社の先輩で……先輩先輩」

 

 おずおずとそんなことを訊いてきた女子に、ソフィーは何故か俺の肩をトントン、と叩いた。

 めっちゃ先輩って言葉使ってるな、などと思いながら振り向いた俺に、ソフィーは、

 

 ーーちゅっ、と。

 軽いリップ音を鳴らして、キスをしてきた。

 その位置は、偶然にも今朝俺がした位置と同じ。頬。……偶然か?

 

 突然のソフィーの行動に、当然というべきかクラス中が一気に沸き立った。

 キャーキャーギャーと、黄色い悲鳴が教室にこだまする。

 

「……おい、ソフィー? どういうつもりだ?」

「牽制です牽制。先輩はすっごくカッコよくてきっととってもモテちゃいますから。悪い虫がつかないようにって!」

「けどお前、特に独占欲とかを見せたことはなかったよな? アイリと顔を合わせた時とかも」

「私は別に先輩を独り占めしたい訳じゃないです。束縛する気なんてないですし、他にも女の子を増やすならそれでもいいと思ってます。言ったじゃないですか、悪い虫(・・・)って」

 

 笑顔を崩すことなく言い切ったソフィーに、俺は思わず眉根を寄せた。

 ソフィーにとって俺はどうでもよくて、俺が何をしようが知ったこっちゃないーーなんて意味ではないのはもちろん分かっている。

 つまり、コイツの意図していることは……

 

「私は、先輩が幸せなら、それでいいんです」

 

 そう言って、日だまりのように笑うソフィー。

 

 ……だとしても、俺には言わなければならないことあった。

 

「……そうか。けどソフィー。少なくとも、今の俺にとっての一番はお前だよ。今は、お前がいればそれでいい」

「……ですか」

「ああ」

 

 甘えるように額を肩に擦り寄せてくるソフィー。腕を回して、その頭を優しく撫でてやる。

 そんな俺たちに集中する周囲の視線……ふむ、完全に忘れてたな。

 

「ヴァ、ヴァンフリークさん……そ、その方は、あなたのこ、恋人ですの……?」

 

 真っ赤な顔で訊ねてくるオルコット。随分と初心なことで。

 とりあえず否定しておこうと思ったが、ソフィーに首をくいっと絞められて言葉を変える。

 

「……さあ、どうだろうな?」

 

 そう微笑んで言ってやると、オルコットは露骨に俺たちから視線を逸らした。どうやら本当に恥ずかしいようだ。

 

「そ、そうですか……そ、その、呼び止めてしまって申し訳ありませんでしたわ。約束があったんですのね」

「ん? ああ、そうだが……まあ気にするな。謝ってくれたならそれ以上追求はしない」

 

 素直に謝ってきたのは正直意外だった。女尊男卑に染まってはおれど心根は腐っていないことの証左か。

 彼女に対する評価を上乗せする必要がある。

 

 まあそれはともかく。

 

「ソフィー。もう時間だ。そろそろ自分のクラスに戻った方がいいぞ」

「えー? ……分かりました」

 

 随分と不満そうにしながら、ソフィーはゆっくりと俺から体を離した。

 そしてようやく振り返った俺に向き直ると、笑顔で手を振って、

 

「それじゃあ先輩、また後で! 皆さんも機会があればー!」

 

 と言って、まさしく風のように去って行った。

 暫しの静寂があって、復活した女子たちが俺を質問攻めにしようとする気配があったが、丁度そのタイミングでチャイムが鳴った。

 俺たちが席に着くのと同時に山田先生が教室に入ってくる。

 それでも尚、俺に向けられたクラスメイトたちの視線に、俺は肩を竦めた。

 

 

 

§

 

 

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 三時間目。一、二時間目と違って山田先生ではなく織斑先生が教壇に立っていた。その横で山田先生はノートを開いていた。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 クラスの代表者とはそのままの意味で、普通学校における委員長や総務のようなものだ。対抗戦だけでなく生徒会の会議や委員会にも出席する。一度決まれば一年間変更はない。

 クラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るもの……なのだが、そもそも今の時点で実力もなにもない。

 狙いはそこではなく、生徒同士での競争心を煽ることにあるのだろう。

 

 もっとも俺には関係のないことだ。今日入学したばかりの(これは全員か)男子を推す者なんて居ないだろう。

 このクラスにはイギリスの代表候補生たるオルコットも居るのだし、順当にいけば代表は彼女だ。

 

 と、思っていたのだがーー

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

「じゃあ私はヴァンフリーク君を!」

 

 ……どうやらこのクラスには、予想以上にバカが多いらしい。

 

「ふむ…….では候補者は織斑とヴァンフリーク、他には居ないか? 自薦他薦は問わないぞ」

「お、俺か!?」

「織斑、席に着け。自薦他薦は問わないと言った。お前に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ」

 

 驚いたような顔をしてはいるが隠しきれてないぞ織斑。ついでにまた横暴だな織斑先生。

 拒否権はなしか……仕方ない。ならば別の権利を行使しよう。

 

「では、俺はセシリア・オルコットを推薦します」

「ほう? お前がか?」

「ええ。イギリスの代表候補生に選ばれるほどならば実力は折り紙つきでしょうし、カリスマ性も代表として申し分ないでしょう」

 

 これは偽らざる本音だ。

 彼女は明らかに、誰かの下という立場に満足せず、類い稀なカリスマ性でもって他を引っ張っていくタイプだろう。

 

 俺がそう意見を出したことでいくらかはオルコットを推すことにしたようだが、未だに俺と織斑を推す声の方が優勢だった。

 おいおい、こんな話をずっと続けていたら……

 

「納得がいきませんわ!」

 

 ほぅらきた。

 

「そのような選出は断固として認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ! 私に、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰いますの!?」

 

 ……ふむ。

 

「ヴァンフリークさんの仰った通り、実力ならば私がクラス代表になるのは必然……それを、ただ珍しいからと言って極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国までIS技術の鍛練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

 

 縦ロールを荒ぶらせ、肩を怒らせて言い募るオルコット。

 まあ気持ちは分からなくもないが、少し言い過ぎだぞ?

 なんて思いながらも、取り出した携帯端末でオルコットの言葉をしっかり録音している俺も大概だが。

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれは私ですわ! ーー大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはならないこと自体耐え難い苦痛でーー」

 

 おっと、ヤバイ発言が増えていくなぁ……これ、晒せばどうなるかなぁ。

 色々言いたいことはあったが、空気を読んで黙っておく。一度全部吐き出させた方が都合がいいだろう。

 しかし俺の思惑は、つい、と言った風に溢れた春万の呟きで瓦解してしまった。

 

「イギリスだって大したお国自慢はないだろ。世界一マズい料理で何年覇者だよ」

「なっ……!? あ、あなた、私の祖国を侮辱しますの!?」

「先に侮辱してきたのはそっちだろ? 黙って聞いてれば好き勝手言いやがって……このヒステリー女。駄々ばっか捏ねて、子供かよお前」

「あ、あ、あなたは……っ!」

 

 怒りで真っ赤になった顔で春万を睨み付けるオルコット。

 ふむ……何だか、このあとの展開が見えてきたぞ。

 あまり愉快な結果にはならなそうだし、そろそろ口を挟むか。

 

「落ち着け、オルコット。あまり高ぶるな」

「ヴァンフリークさん……あなたも、そこの猿とおなじですの?」

「どう同じなのかは分からんが、そこら辺で止めておけ。お前の言い分もわからなくはないが、流石に言い過ぎだ」

「なっ……」

「祖国を侮辱するのか、と言ったが、お前の言葉も日本人の祖国を侮辱する言葉であると気付け」

 

 俺の言葉にクラスを見回して、クラスの日本人の生徒たちが向ける険悪な視線に気付き呻くオルコット。

 もう少し追い討ちをかけておくか?

 

「お前は自らを代表候補生と称したが、その肩書きの意味をよく考えろ。外界の権力と切り離されたこの学園においては、候補とはいえ代表であるお前の言葉は即ちお前の祖国、イギリスの言葉であるとして捉えられる。そうなれば、お前が顰蹙を買うばかりか、イギリス本国の名にも傷が付くだろうな」

「…………」

 

 押し黙るオルコット。俺の指摘でようやく自分の言葉が及ぼす影響に気付いたらしい。

 尤もこの指摘もかなり極論ではあるのだが。

 さて、次はもう一人だな。

 

「お前もだ、織斑」

「なっ、何で俺もなんだよ!?」

「当たり前だバカが。いかに相手が失礼なことを言ったとして、自分から相手と同じところまで堕ちてどうする。所詮は物事の表面だけを見ている浅慮な輩の戯れ言だ。余裕を持って聞き流すぐらいはしてみせろ。

剣道は、武術というのは心の強さも磨くものなのだろう?」

「チッ……」

 

 淡々とした俺の言葉に、織斑は一瞬だけ仮面を外して、小さく舌打ちして顔を背けた。しかしその目は憎々しげに俺を睨んでいる。

 全く面倒臭い……俺にはお前たちと関わる気はないのだが。

 

 しかし頭ごなしに叱りつけても、あまり意味はない。

 特にオルコットのそれは、一度引き下がったとしても決して解消されるものではない。

 少し面倒なことになるが、後々のことを考えるとこれがベストか。セシリア・オルコットという人間を推し量る良いチャンスでもある。

 

「オルコット。俺が何を言おうと、お前の不満は消えないだろう。俺も、お前の抱く誇りを蔑ろにする気はない」

「……私にどうしろと?」

「だからそう怒るな。相手をいくら言葉で貶めたところで何も変わらん。自分の主張を通したければそれ相応の手段というものがあるだろう。ーー幸いこの学園では、そういうのも認められているのだろう?」

 

 言いながら首元のネックレス……待機状態のISを見せると、オルコットは目を見開いて、そして笑みを浮かべた。

 

「そう、ですわね……私としたことが、とんだ失態をお見せしましたわ。申し訳ありません、ヴァンフリークさん」

「別に気にしてないが、そもそも謝る対象が違うだろう?」

「はい……。皆さん、私の不用意な発言で皆さんを不愉快な気持ちにさせてしまったこと、この通り謝罪いたしますわ。申し訳ありませんでした」

 

 素直に頭を下げるオルコットに、周囲からは「大丈夫だよ」「謝ってくれたから許す!」というような暖かい言葉がかけられた。

 それに小さく笑みを浮かべたオルコットは、清々しい表情で、俺と春万に人差し指を突きつけてきた。

 相手をまっすぐと見つめ、腰に手を当てながら指を向ける彼女の仕草は、実に堂に入ったものだった。

 

「織斑春万さん、イチカ・ロウ・ヴァンフリークさん。私セシリア・オルコットは、クラス代表の座を賭けて、あなた方二人に決闘を申し込みますわ!」

「へぇ……いいぜ。そっちの方が分かりやすい。完膚なきまでにぶっ潰してやるよ!」

「提案したのは俺だ。元より断ったりはしない……受けて立とう、セシリア・オルコット。その長く延びた鼻っ柱、ここでへし折ってやろう」

 

 投げつけられた手袋を、春万は歪んだ笑みを浮かべて、俺は静かに笑って、それぞれしっかりと受け取った。

 春万の自信が少し不気味ではあるが、まあいいだろう。

 

 そこで、事態を静観していた織斑先生が静かに口を開いた。

 

「それでは一週間後の月曜日、放課後、第三アリーナで行う。織斑、ヴァンフリーク、オルコットはそれぞれ用意をしておくように」

 

 その言葉を受けて、ひとまず話はまとまり授業が再開される。

 よく通る織斑先生の声を聞き流しながら、初日から襲いかかってきた面倒事(半分は自業自得)に溜め息を吐くのだった。




 ヒャッハーzeroイベじゃおらー!
 素材美味しいー! 呼符美味しいー!
 何も考えずにガチャしようと思ったけどイリヤたんのために貯石貯石。
 さあー今週の週末はFGO祭じゃー! ……え? 土曜日は体育祭?

 …………………………………………。

 よぅし(筋肉痛との)戦いだ!
 (バス通学の帰宅部には)苦手だけど全力で行こうか!!(白目)


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Story.14 たっちゃん、襲来

 どうも侍従長です。

 さてやって参りました、本作品のヒロインの一人、楯無さんの初登場回!
 もうぶっちゃけますが、先達のIS二次創作作者の皆さんにならい同室は楯無さんです。ついでに出会い方も一緒。
 めっちゃ話します。というかむしろ半分以上「」です。
 今回も楽しんでいただけると幸いです。


 セシリア・オルコットの決闘宣言の後は、織斑先生によって普通に授業が再開され、ソフィーと「はいあーん」なんてしながら食事をとった昼休みも終え、放課後。

 もう何か精神的疲労が凄かったので早く休もうと思い席を立つと、副担任の山田先生が声をかけてきた。

 

「織斑君、ヴァンフリーク君。ちょっといいですか?」

「はい?」

「どうしました?」

 

 聞き返す俺たちに山田先生は微笑んで、

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーを寄越してくる。

 

 ここIS学園は全寮制だ。名目は生徒たちの保護のため。未来の国防がかかっているとなると、どの国も優秀な操縦者の勧誘に必死なのだ。手荒な手段に出るところが少なくないぐらいには。

 ふむ、しかしおかしいな。急に男子生徒を受け入れることになったせいで、俺と春万の部屋はまだ決まっていないとのことだったが……

 同じように不思議がっていた春万がそう尋ねると、

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な措置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。……二人とも、その辺りのことって聞いてます?」

「ええ」

「はい」

 

 何せこれまで前例のない、男性のIS操縦者、それも二人だ。その希少価値と同じく、危険性も計り知れない。

 国としては何とかして監視と保護をつけて自分の手元に置いておきたいところだろう……まあ、あくまで日本政府の意向に従わなければならない春万と違って、直接民主制であることをいいことに政府の実権をマギアルカが牛耳ったスイス所属の俺にとっては関係のないことだが。

 

 ともあれ、今日から早速寮生活だと言うのなら、早く荷物を取りに行かねばな。今からホテルに取りに行くとして、まあ十九時前後には帰れるだろう。といってもそれほど荷物はないが。

 いつの間にか会話に入ってきた織斑先生と話を始めた春万を尻目に、俺は教室を出ていこうとするが、その直前で織斑先生からストップがかかった。

 

「待てヴァンフリーク。それと織斑もだが。お前たちのISだが、準備に時間がかかる。予備機がなくてな。学園で専用機を用意することになった」

 

 織斑先生のその言葉に、ザワッと教室内にどよめきが走った。

 

 現在幅広く国家・企業に技術提供が行われているISだが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されておらず、現在利用されているのは束さんが作成した四百六十七個のコアだけなのだ。

 完全にブラックボックスと貸しているコアは束さんにしか作り出せず、各国ではそれぞれ割り振られた一定数のコアをやりくりして研究を続けているのである。

 尤も束さん曰く、ISコアは束さんにも(・・・・・・・・・・)作れない(・・・・)らしいのだが。束さん自身、ある日ある人から譲り受けた(・・・・・・・・・・)と言っていた。

 ちなみに俺とソフィーのISは、この四百六十七個のコアではなく、束さんが隠し持っていた分を使って作成したとのこと。

 なので、

 

「申し訳ありませんが、俺には必要ありませんよ」

「ほう?」

「お前、千冬姉さんの厚意を断るって言うのかよ?」

「私の厚意ではなく政府の厚意だ。それと織斑先生だ」

「痛ぇっ!?」

 

 何やってんだコイツら。そんな思いを込めた視線を送っていると、それに気付いた織斑先生が咳払いを一つ挟んだ。

 

「……俺は既に会社の方から専用機を用意されています。なので新しく用立ててもらう必要はありません」

 

 首にかけたネックレスを見せながら言うと、織斑先生は納得したように頷いた。

 ヴァンフリーク社がIS産業にも手を出し始めたと言うのは有名な話だし、もちろん彼女も知っているのだろう。

 

「なるほどな。分かった。倉持技研にはそのように伝えておこう。もういっていいぞ」

「では」

 

 長居する気はない。軽く頭を下げて会釈して、俺は今度こそ教室から退出した。

 

 

 

§

 

 

 

「1025室……ここだな」

 

 部屋番号を確認し、山田先生からもらったキーをドアに差し込む……ん? 開いてる?

 同居人、か? いや、確か俺たちのために新しく用意したと言っていたような。

 首を傾げながら改めて部屋の気配を探ってみると、どうやらドアの近くに人がいるようだった。

 とりあえず開けてみよう。ここで立ち止まっていても仕方がないしな。

 ガチャ。無造作にドアを開けると、

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

「………………………………」

 

 ……あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ! 俺は学園から充てがわれた自室に向かったはずが、何故かドアを開けると裸エプロンで新婚さんごっこをしている痴女が居た……何を言っているのか分からないと思うが、俺にも分からない…………。

 

 ……。

 ……いや。何だこれ?

 

 とりあえず、一旦閉めるか。ガチャ。

 深呼吸でもして落ち着こう。寝不足が祟ったかなハハハハハハ。

 ガチャ。

 

「お帰り。私にします? 私にします? それとも、わ・た・し?」

 

 選択肢がなくなっていただと……。

 精神衛生上確実によくないと判断して、幻聴と切り捨てる。そろそろ荷物が重いと思ってたんだよな。早く用意して夕食……の前に一回寝るか。

 

「ちょっとちょっと! 無視しないでよ! 勇気出してこんな格好で君を誘惑してるのに、おねーさん悲しいぞ?」

 

 そう言って、どこから取り出したのか「不服」と書かれた扇子を、俺にビシッと突き付けてきた。

 そこでようやく、彼女の姿を確認する。

 まず目に飛び込んでくるのは、エプロンの生地を押し上げ大胆に谷間を覗かせるおっぱ……ではなく。

 ショートカットにされた水色の髪。怒っているようにつり上がった切れ長の赤い瞳。全体的に余裕でありながら、どこか悪戯っぽい子供らしさを感じさせる。何と言うか……気ままな猫? チェシャ猫辺りかな?

 ふむ……ちょっと面白いかもしれないな。

 

「OK。確かに少し失礼だったかもな。一度最初からやり直してみよう」

「えっ?」

「俺は荷物を置いて一旦外に出て、もう一度入ってくる。だから君はもう一度俺を誘惑してくれ。できるだけいいリアクションが取れるように努力しよう」

「え、あ、うん。わ、分かったわ……あれ? 何で私、誘惑をお願いされてるのかしら? 私、一応した側よね?」

 

 と言うわけでテイク2。いや、テイク3かな?

 何やらお困りの様子の少女を置いて俺は部屋を退出する。

 待つこと一分ほど。俺は再び部屋の中へ舞い戻る。

 

「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し……ってひゃぁっ!?」

「ああ、ただいま。その三択ならば、せっかくだし君にしようか」

 

 俺は爽やかな笑みを浮かべて、彼女の腕を取った。

 ビクリと肩を震わせた少女を、微笑んだままに押し込み、ドア横の壁と俺とで挟み込むような体勢へ。

 掴んだ腕は離さない。痛くない、けれど振りほどけない絶妙な力加減で持って取り押さえたまま、もう片方の手でドアを閉め、音を強調するようにカチャンッ! と鍵を閉めた。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと、あの……!?」

「どうしたんだ? 君から誘惑してきたんだろ? そんな扇情的な格好をして……俺だったからよかったものの、他の男だったら問答無用で襲われてたぞ?」

「ひゃぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 そんなことを耳元で言ってやると、悪戯好き(推定)な少女は面白いほど真っ赤になった顔を背けた。

 身を捩って逃げ出そうとするも、俺の腕と彼女の足の間に挟み込まれた俺の足がそれを阻む。

 

「さあ、いつまでもこんなところで話をしてないで、部屋に入ろう」

「へ、部屋?」

「そう。……そういえば、ご飯を用意してくれていたんだっけ? じゃあ早くそれを食べて、シャワーを浴びて……ベッドに行こうか」

「しゃ、シャワー!? べっどぉっ!?」

「ああ、何ならシャワーも一緒に入るか? 隅々まで洗ってやるよ……」

「あうあうあうあうあうあう……っ!?」

 

 ついに言語を忘れてしまったようだ。自分から悪戯を仕掛けてきたくせに、どうやら反撃されると弱いらしい。少し面白く感じながら追撃をかけようとしたところで……俺は気付いてしまった。

 彼女が着用していたエプロン……その腰のスリットから覗く、細い紐の存在に!

 

「…………はぁ」

「ちょっ!! あなた女の子に詰め寄っておきながら溜め息とか! 溜め息とか!!」

「いや……だってなぁ……裸エプロンだと思ってたのに、水着エプロンだったとか……何と言うか興醒めだわ……」

「しっ、しっつれいな!!」

 

 はぁ……うん、何か損した気分。

 

「っていうかあなた、私みたいな美少女が水着とはいえこんなあられもない姿でお迎えしてくれたのに、その反応はどういうことよ!」

「そう言われても。慣れてるし」

「慣れてるって? 何に!?」

「どっちもだな。美少女にも。裸エプロンにも」

「あ、あのソフィーって娘ね? 裸エプロンにも慣れてるって……ふ、二人はそういう関係、なの?」

「…………」

「ちょっと! その曖昧な微笑みやめて!? すっごい気になるじゃない!!」

 

 いやー、あれは驚いた。

 一週間ぐらい続いた長期の任務を終えて部屋に帰ってきたら、ソフィーとマギアルカの二人が、それぞれ色違いの裸エプロン姿で出迎えてきたのだ。

 一週間の禁欲生活で、思春期であることも相まって色々と溜まっていた俺は、二人の艶姿についうっかり理性を手放して――やめよう。これ以上は色々とよろしくない。

 

 しかしミーハーだなこの娘。いやまあ、既に正体はわかっているわけだが。

 ちょっとこの娘の反応が面白いので、もうちょっとからかってみることにした。

 

 

 

§

 

 

 

「じゃあ改めて自己紹介と行こうか。知っていると思うが、俺はイチカ・ロウ・ヴァンフリーク。察するに君が俺のルームメイトなんだろう? よろしく頼む」

「……二年生、更識(さらしき)楯無(たてなし)。この学園の生徒会長。せ・い・と・か・い・ちょ・う・よ!」

 

 あれから十分ほどの時間が過ぎた頃。俺たちは向かい合って腰を落ち着けながら自己紹介をしていた。

 ベッドに腰かけて、生徒会長を強調しながら言う彼女ー-楯無に思わず苦笑をこぼす。

 あんな姿を見せてしまっては、今さら生徒会長の威厳もなにもあったものではない。まあ誰が悪いのかと言われれば、悪ノリした俺なのだが。

 

「ふむ、二年生か……なら俺も敬語を使った方がいいのかな?」

「白々しいわね……どうせ、最初から気づいてたんでしょ? 誘惑なんて言い方をするぐらいだし。それと、言葉遣いはそのままでいいわよ。今さら変えられても違和感が凄いわ」

 

 クッションを胸に抱いて、プイッと顔を背ける彼女の姿は、まるで拗ねた子供のようだった。

 ちょっとやり過ぎたか……と少し反省する。しかし後悔はしていない。

 

「まあ、会社の都合で調べさせてもらっているよ。更識楯無。IS学園二年生にして学園最強の意味合いをもつ生徒会長に就任。専用機を自分一人の手で作り上げた、自由国籍を持つロシア代表操縦者。いやぁ、この肩書きだけを見ると、何であなたがこんな場所にいるのか、本当に疑問に思うな」

「こんな場所って……IS学園のこと?」

「ああ。ここは本当に下らないところだよ。今日一日授業を受けていて分かった。ここの連中は真面目に勉強はしちゃいるが、それだけだ。知識だけ詰め込んで満足してる。ISというもののことを、人の、自分達の命を簡単に奪いうるものだと言うことを理解していない。流行のファッションかなにかだと勘違いしているようで腹が立つね。その結果が女尊男卑なんていう風潮だ」

「…………」

「正直甘く見ていた。いや、過大評価しすぎていた。世界で唯一の操縦者育成機関……どんなものかと思えばこの程度か。来る意味がなかった。無駄足無駄骨。骨折り損の草臥れ儲け。確かに今ではISはスポーツにまでなっているが、どの国でもISを本当にスポーツの器具程度に見ているところなんてない。だからこそ軍用機なんてものが生み出される」

「……あなたは、ISに否定的なの?」

「ISそのものと言うより、ISの扱いに対しては否定的だな。そもそもあれは無限の空(インフィニット・ストラトス)……あの宇宙へ人類が羽ばたくために篠ノ之博士が作った翼だ。決して戦いのための兵器などではない。まあ、例の『白騎士事件』については擁護できんが……あの時点でISの軍事利用がどんな影響を及ぼすのか、考えが及ばなかったわけではないだろう。だと言うのに目先の利益と安心感を求めて安易に道を踏み外した当時のこの世界は軽蔑に値するね。ちなみにこれはうちの社長と同意見」

「……国の上層部と繋がりがあるものとして、耳の痛い話ね」

 

 意図的に聞かせるように溢された呟きに、俺は何も言わず笑みを向ける。

 そんな俺の反応に、彼女の視線がスッと細まり、部屋の温度が少し下がったかのような錯覚に陥る。

 まあ、こんなお遊びのような殺気に俺が何か反応を返すわけもない。もう少し本気なら違ったが。

 

「その目だよ。あなたのその目は、明らかに他の連中とは違う。殺し殺され、命の価値など簡単に踏みにじられる地獄に身を置き、自らの力だけで生き残ってきた修羅の目だ。そんな目ができるあなたに、こんな場所に身を置く価値があるのか甚だ疑問なんだが」

「……価値がなくとも、そうしなければいけない理由があるのよ」

「それは『御実家』の指示かい? それとも日本政府の?」

「…………あなた、一体どこまで知っているの?」

「さあ? 悪いが答える気はないよ。せっかくの手札をこんなところで切るつもりはない」

 

 暫し底冷えするような視線で俺を睨み付けていたが、俺が小揺るぎもせずに受け流しているとやがて諦めたかのように大きく溜め息を吐いた。

 

「はぁ……資料を見て、何か怪しいな-って思って無理して同室になってみれば、まさかこんな厄介な人だったなんて……かんっぜんに誤算だわ」

 

 そう言って、『不覚』と書かれた扇子を広げる楯無。……今どこからそれを出した?

 俺がそれを訊く前に、楯無はしなやかに伸びた細い足をぷらぷらさせながら口を開いた。

 

「イチカ・ロウ・ヴァンフリーク。幼い頃の災害によって両親を失い天涯孤独の身となったところを、現ヴァンフリークグループ総取締役マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークに拾われ彼女の養子となる。それから数年の間を彼女の元で過ごし、彼女が起業した際に秘書として入社。そのタイミングで織斑春万がISを動かしたことで行われた世界中を対象にした調査で見出だされ、IS学園に入学……」

「何か問題でも?」

「いいえ。実際に裏付けを取るために会社の関係者にも話を聞いてみたけれど、あなたのことを知っている人は、誰も彼も懐かしそうに話していたらしいわ。この事からも、データを改竄したわけではないことが分かる。けれど、何故かしらね。あなたの言うところの、地獄を過ごしてきた私の勘が、それだけじゃないって言ってるのよ。あなたには、そして彼女……ソフィー・ドラクロワには、何かがあるって」

「ソフィーにも、か?」

「ええ。むしろ謎の数で言えば彼女の方が多いのだけれどね。けれど、より謎が深そうなのはあなた。だから私はあなたにつくことにしたの。監視と、あとついでに護衛も兼ねて。よろしくねイチカ君♪」

「護衛はついでか……別に要らないんだが。ああ、こちらこそ。元々この問答は互いの不信感を多少なりとも払拭するためのものだからな。打ち解けられたのならよかったよ。よろしく頼む、楯無」

 

 先程までの緊張感などどこへやら。今のやり取りで多少緩められた雰囲気の中で、俺たちは互いに笑みを浮かべて握手をした。

 そのまま他愛のない雑談へともつれ込む。和やかに言葉を交わしていると、ふと楯無が探るような視線を向けてきた。

 

「そう言えばあなた、私が疑っているって言ったときに特に否定もしなかったわね。何か隠してるって認めるの?」

「ん? ああ、認めるよ。確かに俺たちにはお前たちに隠しているものがある」

「……それ、言っちゃってよかったのかしら?」

「構わないからこうして話してるんだ。俺もマギアルカもそこまで躍起になって隠したいわけではないんだよ。俺たちの素性も目的も」

「そうなの?」

「ああ。だから、監視が必要なら好きにしてくれて構わない。存分に俺たちのことについて……あ、いや、俺のことに関しては好きに探ってくれ」

「ふーん……まあ、そういうことなら私も遠慮しないわ。覚悟してよね? 日本の暗部を担う我が一族、更識家の総力を挙げて、私があなたを丸裸にしてあげるから♪」

 

 悪戯っぽく笑って『お覚悟を!』と書かれた扇子を(一体どこから取r以下略)突きつけてくる楯無に、つられて俺も不敵に微笑んだ。

 

「ね、イチカ君。最後に一つ、ヒントだけもらってもいいかしら? あなたたちの目的はなに?」

「ヒントと言うか、その聞き方は完全に答えを求めてるやつだぞ……そうだな」

 

 目的か。とても一言で説明できるような事情ではないが……

 

「世界を救いに来た、って言ったら信じるかい?」

 

 そんな風に言ってみると、案の定微妙な表情をされた。然もありなん、と俺は笑う。

 

 さて、話も済んだことだし、そろそろ食事でもするか。

 しかし時間的に学食は閉まっているだろう。見越して、荷物を取りに行くついでに食材を買ってきていて正解だった。疲れているなかで料理と言うのは少し怖いが、まあ仕方がない。

 椅子から立ち上がり、レジ袋と調理用具一式を持って台所に向かうと、楯無が追いかけてきた。

 

「イチカ君、料理作るの?」

「ああ。食堂は閉まってるだろうからな。自分で作った方が楽だ。……ああそうだ、楯無、お前はもう夕食は食ったのか? まだならついでにお前の分も用意するが?」

「んー、あなたを待ってて実はまだなのよねー。そうだわ、どうせなら一緒に作りましょうよ。親睦を深めるのも兼ねて♪」

 

 ふむ。それもいいかもしれないな。ここで彼女の腕前を知っておくのもいいだろう。

 しかしまあ、その前に……

 

「それはいいが、楯無。お前裸エプロン(それ)着替えなくていいのか?」

「…………あっ」

 

 いや、エプロンだしある意味合っているのかもしれないが。

 ちょっと顔を赤くしながら駆け戻っていく楯無の後ろ姿を見送りながら、俺は我知らず微笑みを浮かべていた。

 どうやら、思っていたよりも面白いルームメイトに出会えたようだ、と。そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 夜。風呂場にて。

 

「じゃっじゃじゃーん! 更識楯無呼ばれて飛び出て参ッ・上ッ☆ おねーさんが背中流してあげるわイチカ君!」

「…………何も物理的に丸裸にする必要はないんじゃないかなぁ」

 

 そんなことがあったとかなかったとか。




 はいと言うわけで最新話でした。

 楯無さん、何か書いてるうちに楽しくなってきて、何故かお出迎えのシーンが凄い長くなりました。そしてイチカのタラシ度(確信犯)が原作を超えている……。



 zeroイベもミッション全部終わらせて、必要な素材も全部交換して落ち着いたので、この三連休でもう一話ぐらいなら行けそうです。
 あーでも次って言ったら戦闘シーンだもんな-微妙だなー。

 何はともあれ、これからもよろしくお願いします。


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Story.15 蒼雫と英雄

 どうも侍従長です。

 前回の投稿からそれなりに間が空いてしまいました。色々あったんです、すいませんでした。

 今回はサブタイ通りVS縦ロールです。
 イチカのISも初お披露目となるので、楽しんでいただけると幸いです。


 そして一週間後。待ち望んだ(?)クラス代表争奪戦の日がやってきた。

 舞台となる第三アリーナにはクラスの面々だけでなく他学年からも多くの生徒が詰め寄せていた。

 大声での歓声が聞こえてくるが、中には『愚かな男』への嘲弄の声も混ざっている。

 

 まるで見世物、それも質の悪い類いの。

 Cピットで待機中に溜め息を吐いた俺に、宥めるような声かかけられる。

 

「まあまあ、先輩。気持ちは分かりますけどやる気出して! 早速出番なんでしょ?」

「ああ……」

 

 肩を落とした俺に明るい笑顔を向ける我が後輩、ソフィー・ドラクロワ。

 俺のマネージャーを名乗って、このピットに乗り込んできていた。

 

 今日行われる試合の順番は、まず俺とオルコット。次にオルコットと織斑。そして最後に俺と織斑だ。

 何でも織斑の専用機が今になって到着し、調整に時間がかかるらしい。

 簡単な試運転も兼ねて時間を取りたいので、先に俺たちの試合から始めて欲しい……

 

 というような要望を、わざわざピットまで伝達に来ていた織斑先生から聞いた。

 

「……そういう事情だから、ヴァンフリーク。頼んだぞ」

「随分と織斑が優遇されているようにも感じますが……まあいいでしょう。分かりました」

 

 織斑先生の声に分かりやすい程の憂慮の念が宿っているのを察して、薄く笑いながら了承する。

 俺の後ろで無表情で織斑先生を睨み付けているソフィーの髪をポンポンと撫でて宥めて、俺はピットの射出口へと歩み寄った。一歩後ろを着いてくるソフィー。

 

「……どうかしましたか、織斑先生?」

「っ、ああ……いや、何でもない。相手が待っているだろう。早く行け」

 

 無言で俺を見つめていた彼女に声をかけると、何やら焦った様子でカツカツとヒールを鳴らして去っていった。

 その後ろ姿を無言で見送って……やがて、ソフィーがポツリと呟いた。

 

「バレましたかね?」

「さてね。どうでもいいな」

 

 そう、今さらどうだっていい。例え俺の正体が彼らに露見して何か言われたとしても、今の俺は痛痒にも感じない。

 純粋に興味がないのだ。

 

 さて、そんなことよりも、だ。

 

「ソフィー」

「はい。どうぞ先輩」

 

 ソフィーから受けとるのは、緑色の宝石の嵌め込まれたネックレス。

 束さんが用意した俺の専用機《アキレウス》だ。

 待機状態のそれを目の前に掲げ、囁く。

 

「行くぞ《アキレウス》……俺たちの初陣だ」

 

 直後に俺は、槍を携えた銀色の装甲を持つISを纏って佇んでいた。

 射出口から吹き込んでくる風が、胴体に巻き付くようにかけられた深紅の布をはためかせた。

 

「では先輩……御武運を!」

「ああ」

 

 愛しい後輩の満面の笑みに見送られて、俺は暴風を纏って飛び立った。

 

 

 

§

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

 アリーナの上空で、セシリアは腰に手を当ててフフンと鼻を鳴らした。生粋のお嬢様だけあって随分と様になっている。

 尤も、対峙するイチカにとってその程度の挑発は慣れたもので、軽く肩を竦めるだけで流した。

 すでにイチカの意識は敵へと向けられている。

 

 鮮やかな蒼を纏う、どこか王国騎士のような気高さを感じさせる機体《ブルー・ティアーズ》。

 特徴的な四枚のフィン・アーマーを翼のように背に従え、その手には二メートルを越す長大なレーザーライフル《スターライトmkⅢ》が握られている。

 ISは機竜と違って宇宙空間での使用が前提なため、原則として飛行が可能である。よって、自身の身の丈を越す武器を装備していることは珍しくない。

 

 イチカが武装から敵の手の内を考えていると、ふとセシリアが右手の人差し指をビシッと突きつけてきた。

 

「最後のチャンスをあげますわ。私が一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、今ここで降参して謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」

 

 自信に満ち溢れた言葉と同時に、イチカの視界でいくつかのアラートが表示されるが、それを意にも介さずイチカは笑ってみせた。

 

「お気遣いいただき光栄の至りだが、すまんな。俺は勝てない勝負をする気はないんだよ」

「そう? 残念ですわ。それなら--お別れですわねッ!」

 

 二人がフィールドに姿を現した時点ですでに試合は始まっている。

 凄まじい速度でセシリアの左手が振り上げられ、同時にイチカの右手に握られた槍が閃いた。

 直後、キィィンッ! という耳障りな異音が響き渡った。

 イチカが振るった槍が、セシリアの放った閃光を叩き落としたのだ。

 

「なっ……! あり得な」

「敵を前にして呆けるとは、随分と余裕だな?」

「っ!」

 

 目の前で響いた声にセシリアが反応しようとして、しかしできずに吹き飛ばされた。

 動揺を突いて極至近距離まで接近していたイチカが、無造作に槍を振って殴り飛ばしたのだ。

 しかしセシリアも、国家代表候補生に選ばれるほどの実力者。

 内心の驚愕を懸命に押し殺して、何とか体勢を元に戻し牽制のために《スターライトmkⅢ》を乱射する。

 が、目の前の敵に、そんな攻撃は通用しなかった。

 

 悠然と佇んでいた銀色の機体が、空を蹴るような仕草をして、緑色の颶風を纏って急加速する。

 そのあまりの速度に、閃光は目標を失って大気を焼き、《ブルー・ティアーズ》のハイパーセンサーですら一瞬反応を見失った。

 

(これはまさか……瞬時加速(イグニッション・ブースト)!? そんな高等技法を何故……!?)

 

 愕然としている暇もなかった。突如、背後から襲う強烈な衝撃。

 爆発的な加速でもって回り込んだイチカの《アキレウス》が、セシリアを背後から蹴り飛ばして……今度は、止まることはなかった。

 もう一度、緑色の暴風を撒き散らして加速。目にも止まらぬ速度で、再び《ブルー・ティアーズ》のシールドエネルギーをごっそりと減らしていく。

 

「くぅっ……! 嘗めないでくださいまし!」

「……!」

 

 セシリアの叱声とともに、《ブルー・ティアーズ》の背後のフィン・アーマーが稼働してイチカの進路に割り込んだ。

 直後、動きを止めたイチカを四方向から狙う閃光。

 

 舌打ち一つ。細かく槍を捌いて一発、身を捻って一発、タンッ、と空を蹴ってその場を離脱して二発。

 包囲網を突破して改めて向き直れば、セシリアは何故か呆れたような表情をしていた。

 

「何であのタイミングでそこまで的確に動けるんですの……あなた、本当に初心者なんですか?」

「まあな。一応、ここに来る前に会社の面々にスパルタで鍛えられたんでね」

 

 鍛えられたのは事実だ。その『会社の面々』にISの開発者である篠ノ之束博士が含まれていることは秘密だが。

 

「なるほど……まずは謝罪しますわ。あなたの実力を侮っていたこと……その上で、もう油断しませんわ。全力であなたを落とします!」

 

 そう喝破するセシリアの元に集う、四基のフィン・アーマー……否、蒼の四基のビット。

 

「これこそが、イギリスが誇る最新の第三世代兵器《ブルー・ティアーズ》ですわ!」

 

 自慢気に宣うセシリア。確かに通常であれば、それはただ一機で一対多の戦況を演出できる脅威の武装となろう。

 しかし……足りない。

 たったの四基(・・・・・・)では、イチカにとって脅威たりえない。

 何故ならば、彼が日頃訓練をしている後輩、ソフィー・ドラクロワは、合計二十基(・・・・・)実に五倍もの数(・・・・・・)のビットを操るのだから。

 

「さあ、踊りなさい。私、セシリア・オルコットと《ブルー・ティアーズ》の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

「……!」

 

 そして始まる、一人の踊り子(セシリア)と四人のバックダンサー(ビット)から放たれる、熱烈なラブコールの雨(弾雨)

 視界を埋め尽くさんばかりの輝きに目を細めながら、イチカは特に気負った様子も見せずに槍を担いで肩を竦めた。

 

「やれやれ……あそこまで熱心なお誘いを受けてしまったら、断れないなぁ」

 

 苦笑気味に呟き、すぐに表情を真剣なものに戻す。

 諦めたわけではない。この程度脅威ですらないと確信しているからこその余裕だ。

 足の様子を確かめるように、踵で空をトントンと叩いて、

 

「流星の如く駆けろ……《彗星走法(ドロメウス・コメーテース)》」

 

 次の瞬間、イチカの姿が、アリーナに居る全ての人間の視界から消えた。

 

 

 

§

 

 

 

「あれがヴァンフリーク君のIS……《アキレウス》ですか」

「スイスのヴァンフリーク・グループが手掛けた第三世代機(・・・・・)だと言うが、確かに凄まじい」

 

 ビットでリアルタイムモニターを見ていた山田真耶と織斑千冬は、独白するように呟いた。

 モニターに移るのは、四基のビットを巧みに操り、ライフルの射撃を交えてイチカを追い詰めようとするセシリアと―-

 千冬たちにすら捉えられない速度で、フィールドを縦横無尽に駆け回る緑色の暴風。

 

「速い、ですね」

「ああ。正直、あれほどの機動性能を持つ機体を私は見たことがない」

 

 ギリシャ神話において『あらゆる時代の、あらゆる英雄のなかで、最も迅い』と謳われた俊足の英雄の名を冠するIS。

 何よりも特筆すべきは、その速度。

 宇宙空間を漂うスペースデブリに対応するために、ISには超高性能のハイパーセンサーが標準装備されている。

 肉眼どころかそのハイパーセンサーですらとらえきれない速度で駆け回り、尚且つその速度を長時間保持するなど、尋常ではない。

 最初は《アキレウス》の武装の少なさに不安を抱いた二人だったが、あの動きを見ては悟らざるを得ない。

 あの機体にとって、それ以上の武装は不要。その速度こそが、《アキレウス》の最大の武器なのだと。

 

「それだけではない。そんな狂気的なスピードを完全に御しているヴァンフリークもまた規格外だ」

「あっ……!」

 

 千冬の困惑を伴った言葉に、真耶はハッと息を呑んだ。

 そうだ。つい機体そのものに目が行ってしまうが、真に驚嘆すべきはそれだけの速度を完全に制御するイチカの操縦能力。

 ただ飛び回るだけならまだしも、時には距離を取って回避し、時には距離を詰めて攻撃を加え、一瞬の停滞もなく行動し続けている。

 

 セシリアの一方的な勝利に終わると予想していたであろう観客席からは、困惑したような雰囲気が漂っていた。見物に来ていた上級生の方がその色が濃い。

 しかし、実際に圧倒しているのはセシリアではなくイチカ。

 弱いはずの『男』が、『女』を倒そうとしている。

 だが千冬からしてみれば、それは当然のことだった。

 セシリアは確かに優秀な操縦者かもしれないが、その傲慢のせいで彼女の実力を十全に発揮できていない。

 対して、イチカは違う。彼は決して相手を過大評価も過小評価もしない。

 その動きは、そしてあの目は、明らかに『戦場を知る者』のそれだ。

 

世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』をして、戦慄を覚えるほどの――

 

「……世界最強、か」

 

 自らに付けられたその称号を思い出して、千冬は苦々しい声で呟いた。

 

 千冬が『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』と呼ばれることになった、第二回モンド・グロッソ。

 あの日、千冬は最上の名声を得ると同時に、無二の家族を失った。

 ……織斑一夏。千冬の弟の一人であり、春万の双子の兄。四年前に失った、大切な家族の一人。

 

 第二回モンド・グロッソ決勝戦。かつてない激戦を制し、晴々しい気分で帰路に着いた千冬を待っていたのは、愛する弟の凶報だった。

 千冬の優勝を阻止せんとする者たちによって一夏が誘拐されたというのだ。日本政府は他ならぬ犯人の要求という形でそれを知っていたのに、握り潰した。

 称賛のついでのように伝えてきた日本政府の使者を殴り飛ばしてから、応援を申し出てくれたドイツ軍と共に現場へと向かった時には……そこには何もなかった。

 

 探していた一夏本人も居なければ、一夏を連れ去ったであろう犯人たちも居ない。持ち込んでいたはずの小物の類いもない。

 あったのは、数発の空の薬莢と、飛び散った夥しい量の……血痕。

 もちろん千冬とドイツ軍は、すぐに現場を中心に犯人たちに移動可能な範囲を隈なく捜索した。しかし、結局見つかることはなかった。

 DNA鑑定により、その血痕は一夏のものであることが分かった。同時に出血量から、今となっては生きている見込みが低いことも……

 

 事実を知った千冬は悲嘆し、懺悔し、慟哭し……そして憎悪した。

 我欲のために誘拐事件を起こした犯人たちを、国益のために報告を怠った日本政府を……何より、守り抜くと誓ったのに守りきれなかった、自分自身を。

 世界は、見事優勝した千冬を『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』と褒め称えたが、痛烈な皮肉にしか感じなかった。

 何よりも大事な家族を失って手に入れた名誉など、千冬にとって何の価値もなかった。

 

 守りたいもの一つ守れない最強など、何の意味があろう……

 

 苦い自嘲を噛み殺して、何故今こんなことを考えたのだろう……と首を傾げてモニターを見ると、

 

「ああ……ヴァンフリーク、か」

 

 イチカ・ロウ・ヴァンフリーク。かつて失った弟と同じ名前の少年。

 思えば、最初に彼を目にしたときから、ずっとどこかで感じていた。

 

 似ている、と。

 弟に、織斑一夏に似ている。

 ただの千冬の願望かもしれないが、彼には確かに一夏の面影があった。

 

「ヴァンフリーク…………お前は、私の弟ではないのか……?」

 

 

 

§

 

 

 

《アキレウス》の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、《彗星走法(ドロメウス・コメーテース)》。

 これは簡単に言えば、瞬間加速(イグニッション・ブースト)連続で発動させ続ける(・・・・・・・・・・)能力だ。

『空中を蹴る』という動作をトリガーに、機体の周囲の気流を操作して、強烈な……特大の台風並みの追い風を作り出して機体を打ち出し、あとは人為的な風に乗って飛ぶ。

 まあ要するに……慣性の法則を超絶強化する能力とでも思ってくれればいい。

 

 現在、俺はその能力を発動しながら、対戦相手……オルコットの周囲を飛び回っていた。

 タンッ、タンッと時折地面(虚空)を蹴って方向転換。降り注ぐ閃光の雨をやり過ごす。

 足を止めた一瞬の隙を突いた正確無比な射撃を、右手に握った槍の穂先で受ける。

 

「なっ……レーザーを、槍で!?」

 

 そう驚くようなことでもないだろう。

 なまじ狙いが正確な分、予測と対処がしやすいのだ。

 

 いやしかし……凄まじいな、セシリア・オルコット。

 この速度で動いている俺にここまでの精度の狙撃を行ってくるとは。

 狙撃だけに関していえば、ソフィーに並ぶぐらいの実力はある。

 目が慣れてきているのだろう。この狙撃能力は、誇るべき彼女の努力の結晶。彼女が血反吐を吐きながら必死に積み上げてきたものが垣間見える。

 

 フッ、と口元を綻ばせながら、再び突貫。

 音速に匹敵するほどの圧倒的な加速に、オルコットは反応できずに――ん?

 

「くぅっ……捕まえましたわ!」

 

 何と彼女は、俺の槍を体の前で立てたライフルの銃身で受け止めたのだ。

 衝撃でライフルの銃身がギシッと軋んだが、オルコットは構わず、動きを止めた俺への射撃命令をビットに下す。

 全方位から降り注ぐレーザー光。

 それに対し、俺は振り返ることすらせずに対処した。

 

 密着した状態から前蹴りを放ち、オルコットを押し返すのと同時に後退。

 まだ《彗星走法》は使わない。使う必要はない。

 それぞれが死角から急所を狙う四つのレーザーを、俺は身を捩り槍を二度振るだけでやり過ごした。

 

「なっ……あなた、背中に目でも付いていますの!?」

「まさか、ただ読んでいただけさ」

 

 試合が始まって早十分ほど。それだけの時間があれば大体のところは見えてくる。

 今ならもう、目を瞑っていても当たるまい。

 まあ、本当に目を瞑って行動したら、自分の速度についていけずに自爆するだろうが。

麒麟(キリン)】でこのハイスピードに慣れていたからどうにか制御できているのであって、実は決して余裕があるわけではないのだ。

 気を抜けばフィールドと観客席を隔てる障壁に衝突して死ぬ。いや、死にはしないが絶対防御が発動して俺の負けだろう。

 そんな決着では俺もオルコットも納得できない。

 

 さて……そろそろ勝負を決めに行くか。

 間断なく襲い掛かってくるレーザーの包囲網を身のこなしと槍だけで弾きながら、《彗星走法》を発動。

 爆発的な加速でフィールドを横断し――四基のビットの内の一基を切り捨てる。

 

「《ブルー・ティアーズ》が……!?」

「名前が同じでややこしいな……っと!」

 

 嘯きながら方向転換。レーザーを放ったばかりのビットを撃墜。

 焦燥を露にするオルコットを一瞥して、俺は呟いた。

 

「もったいないな」

「っ!?」

「照準の速度、判断力、正確性、どれ一つとっても一級品。お前がこれまで必死に積み上げてきたものの集大成だ。手放しに称賛しよう。潔く感嘆しよう。お前のそれは、国家代表候補生の名に恥じない誇るべき力だ――だと言うのに」

 

《彗星走法》でもって一瞬でオルコットに肉薄し、槍を大上段からフルスイング。

 ゴッ!! とオルコットと《ブルー・ティアーズ》は吹き飛び、フィールドの地面に叩きつけられる。

 

「くぅ……!」

「気付け、セシリア・オルコット。お前の実力を貶めているのは、他ならないお前自身に他ならない。女尊男卑などという下らん意識が、因習が、お前を縛っている」

 

 もうもうと立ち込める土煙。

 追撃する俺を正確に穿たんとする閃光を見もせずに回避し、更に一基ビットを墜とす。

 勢いのままに最後の一基を破壊したところで、これまでとは違う鋭い一閃が進路上に割り込んできた。

 

「……と!」

「知ったような口を利かないでくださいまし! 男なんて……男なんて、何の価値もありません! ISも扱えず、ただ女性に媚びて生き長らえるばかりで……私のお父様だってそうだった! お母様の苦労も何も知らず!」

 

 ――そこか。

 セシリア・オルコットの心の内に蟠る男性への嫌悪感の源泉は。

 

 彼女の実家、オルコット家は本物の貴族であり、かつては彼女の母親が辣腕を振るいほとんど一人で家を支えていた。

 しかし……彼女の両親はある時、共に列車事故で亡くなってしまった。

 その事故が本当に事故だったかどうかは定かではないが、オルコット家の資産を狙う連中からすれば絶好のチャンスだった。

 たった一人残されたセシリアを襲ったのは、遺産を狙う下衆な連中の悪意。

 それからの彼女は必死に努力した。尊敬すべき母親を見習い、たった一人で家を守り抜いて、ISの腕も磨いた。

 その彼女の努力の結果が、彼女の纏う《ブルー・ティアーズ》だ。

 

 そこまで辿り着くのに、一体どれ程の困難があったか。想像を絶する。

 一人ですべてを守ることの大変さを、それまで母親が成してきたことの過酷さを思い知ったからこそ、母親に媚びへつらうばかりだった父親が許せないのだろう。

 ……根深い問題だが、話を聞くに、どうも彼女の両親の行動には意味があったように思う。

 終わったら、束さんに少し調べてもらおうか?

 

 だがまぁ、今は試合の方が優先だ。

 

「そうか……なら、見せてやるよ。お前の目に、お前の否定した男の強さってやつをな!」

 

 再び飛来したレーザーを切り裂いて、俺は疾駆する。

 

「だからお前も、男に価値がないと言うのなら証明して見せろ! お前が培ってきた力で、俺を倒すことで!」

 

 叩きつけるように叫びながら、俺は槍を逆手に持ち替える。

 そして、俺の槍の攻撃範囲(レンジ)から離脱したオルコット目掛けて……思いっきり投擲した。

 

「な、ぁ……くぅっ!?」

 

 自分から武器を手放した俺に驚愕するオルコット。

 構わずに俺は《彗星走法》を発動して槍を追うように翔る。

 アティスマータ新王国の『七竜騎聖』補佐官、セリスティア・ラルグリスの得意技、重撃。

 あれを、俺自身を突撃槍(ランス)に見立てて再現した。

 

 紙一重で槍を回避したオルコットに肉薄し、その腹部に掌打を叩き込む。

 シールドと絶対防御で肉体へのダメージはなくとも、衝撃は通る。

 

「かはっ……」

 

 密着した体勢のままに、帰ってきた(・・・・・)槍を掴み取る。

 勝負を決めるべくそのまま振り下ろそうとするが、

 

「っ!」

「かかり、ましたわね……! 《ブルー・ティアーズ》は四基ではなく、六基ありましてよ……!」

 

 苦しげにしながらも、勝ち誇るように叫ぶオルコット。

《ブルー・ティアーズ》のスカート部分が、ガシャンッ! と駆動する。

 放たれるのは、先程までのレーザーを発射するものではなく弾道型。

 この至近距離では、回避も防御も間に合わない――

 

「墜ちなさい、イチカ・ロウ・ヴァンフリーク! お望み通り、私の手で葬って差し上げますわ!!」

 

 身動ぎすらできず、俺の腹部に二基のビットが直撃し、轟音を立てて激しく爆発した。

 オルコットだけでなく、観客の全員がオルコットの勝利を確信しただろう――だが(・・)

 

「――――《勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)》」

「なっ……」

 

 今日何度目かの、オルコットの驚愕の声。

 それはそうだろう。確かに今しがた至近距離から攻撃を叩き込んだはずの俺が、全くの無傷で佇んでいる(・・・・・・・・・・)のだから。

 

 ギリシャ神話の英雄アキレウスには、その俊足以外にもう一つ、有名な能力が存在する。

 ――『不死身』。彼は生まれた直後に母テティスによって冥界の川に全身を浸し、不死の肉体を手に入れた。

《勇者の不凋花》は、その伝説を、一瞬だけ加えられた衝撃を全てシールドエネルギーに変換する特殊なシールドを張るという手段で再現したものだ。

 理論上では対戦車ミサイルの直撃を喰らっても無傷、と束さんが自慢していた。

 

「そんなっ……!?」

「悪いな」

 

 目を見開くオルコットに、短く謝罪して。

 

 俺が振り切った槍が、《ブルー・ティアーズ》のシールドエネルギーをゼロにした。

 

 

 

§

 

 

 

 歓声が満たすアリーナ。

 ISの展開を解除して、フィールドの真ん中でへたり込むオルコットに歩み寄る。

 彼女は俺を一瞥して、フッ、と口元を綻ばせた。

 

「私は……負けましたのね」

「ああ、そうだな。俺の勝ちだ」

「……もう少し謙虚でもいいんじゃないですの?」

「自慢できるときはすかさずこれでもかと自慢しておけってのが、師匠からの教訓なもので」

「ご立派なお師匠ですわね……」

 

 ふむ。皮肉を飛ばせる辺り、そこまで消沈しているというわけでもないか。

 むしろ、どこか吹っ切れたようにさっぱりとした表情だ。

 

「狙撃を尽く外されて、ビットも全部落とされて、奥の手の二基すら使わされて……言い訳の仕様のない、完敗ですわね」

「ああ…………って、勝ち誇れればよかったんだけどな」

「?」

 

 不思議そうな表情のオルコットに、俺は渋面で後頭部を掻きながら、

 

「最後のあれな……開発者から『まだ使うな』って言われてたんだよ」

「え……」

「何でも、急拵えなもんだからまだ未完成らしくてな……誤作動をおこしかねんのだと。……実際、一番の持ち味のスピードが八割ぐらいしか出せなくなってる」

 

 これは本当。先程確認したら、機体のあちこちに負荷がかかっていた。

 とりあえず織斑との試合までにどこまで持ち直せるか、だな。

 

「まあつまり、半分ぐらいは俺の負けってことだ。……俺の《アキレウス》と同じく、お前の《ブルー・ティアーズ》だってまだ実験機だろう? お互い、全力を出せる状況が整ってなかった。特にお前、最初俺のこと舐めきってただろ」

「何だか……勝ったのに負け惜しみのようなことを言いますのね?」

「うるさい。……何が言いたいかと言うと、だ」

 

 俺はオルコットへと右手を差し出して、

 

「俺もお前も、こんなお遊びで満足できるタチじゃないだろう……だからいずれ、またやろう」

 

 暫し、差し出された俺の手を呆けたように見つめていたオルコットは、

 

「ええ! 今度こそ、私が勝ってみせますわ!」

 

 そう言って勝ち気に笑い、俺の手を取った。




 はいと言うわけで、イチカのISはアキレウスでしたー。
 最初はイチカとソフィーはカルナとアルジュナにしようと思ったんですが、色々オーバースペックかなって……え? あんま変わんない?
 イチカがアキレウスということは、ソフィーは……アポクリファ見てた人は分かりますよね?

《勇者の不凋花》はFGO準拠(?)で常時発動ではなく、『1ターンの無敵状態付与』みたいな感じです。姿は第二再臨、戦車はまだなく、槍も師匠と戦った時みたいなのはありません。ついでに盾もないです。

 さて、次はオリ弟です。セシリアVS春万はサラッと流して、サクッと終わらせます。……あ、あらかじめ言っておくと、春万は屑です。爽やかそうな名前だけどド屑です。
 出来るだけ早くお送りできるように頑張りたいと思います(フラグ)。


 …………あれ? なんか感想消えてる? 感想って消せたの?(困惑)


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Story.16 白式と英雄

 どうも侍従長です。

 今回はセシリアVS春万、そしてイチカVS春万です。
 よろしくお願いします。


 イチカとの試合から、機体の調整を兼ねて三十分ほどの時間を空けて。

 セシリア・オルコットは再び《ブルー・ティアーズ》を纏ってアリーナの空に居た。

 学園の技術者志望の生徒たちによって、《ブルー・ティアーズ》のビットの交換も済んでいる。準備は万端。抜かりはない。

 

 相対するのは、一対の翼を持つ純白のISを纏い、右手に一本の刀を携えた、織斑春万。

 自信に満ち溢れた笑みを浮かべる春万とは対照的に、セシリアの表情に油断はない。

 イチカとの戦いを経て、彼女の中からただ『男性である』というだけで侮るような気持ちは跡形もなく消え去っている。

 

 物見高く集まっている観客たちも、勝負の結果が不透明なのが嬉しいのか、どこか高揚した雰囲気だ。

 

 十メートルほどの距離を空けて向かい合う二人。

 セシリアが右手の《スターライトmkⅡ》を構えたところで、春万が朗らかな笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「セシリアだったよな? せっかくの試合だ。お互いフェアにな。回りくどいのはナシでいこうぜ」

「勝手に呼び捨てにしないでいただけます? それと、あなたに言われずとも私は卑怯なことなどしませんわ。全力であなたを叩き潰します」

「ははっ、怖い怖い。……そんじゃあ、始めるか」

 

 春万は明るく笑って、刀を構えた。

 

「さぁて行こうか、《白式(びゃくしき)》……正々堂々の真剣勝負(・・・・・・・・・)を、なぁ?」

 

 ……その言葉を口にしたとき、春万の表情がどうしようもなく醜悪に歪んだが……幸か不幸か、セシリアはそれに気付かなかった。

 

 セシリアが照準を春万に合わせるのと同時、春万が刀を大上段に振り上げ突っ込んできた。

 若干の無駄はあるが、その速度は十分に速い。

 文句のつけようのない先制攻撃だったが……

 

(ヴァンフリークさんの《アキレウス》と比べれば、どうと言うことはありませんわ!)

 

 つい三十分ほど前に、『いつの間にか視界から消えている』相手と戦っていたセシリアにとって、その程度はむしろ遅いと思うほどだった。

 油断なく全力で仕留めるために、初手から四基のビットを展開。

 その全ての砲口を春万へと向け、タイミングを合わせてライフルの引き金を引いた。

 

 ――()

 春万に向かって放たれた(・・・・・・・・・・・)レーザーは一本だけだった(・・・・・・・・・・・・)

 

「えっ………………?」

 

 思わず、呆けた声を漏らすセシリア。

 

 見れば、四基のビットはそもそも展開してすら(・・・・・・・・・・)いなかった(・・・・・)

 

(どうして……っ!?)

「余所見してんなよ!!」

「っ、あぁっ!?」

 

 混乱の極致に居るセシリアに、レーザーを回避して肉薄していた春万は斟酌なく刀を振り下ろした。

 もちろんセシリアに回避などできようはずもなく。

 

 悲鳴を上げて吹き飛ぶセシリア。

 どうにかすぐさま体勢を立て直して、反撃のためにビットへ指示を下す。

 だが、ビットは何も反応を返さず、セシリアの背後で佇むだけだった。

 

「何故、ですのっ……!?」

「どうしたぁっ!? イギリス代表候補生ってのはこんなもんかぁ!?」

「くっ……!」

 

 春万の声に銃撃で返したセシリアだったが、動揺のためか狙いが甘く、容易に避けられてしまう。

 紙一重で第二撃を回避したところで、春万からのプライベートチャンネルでの通信があった。

 

『随分と大変そうだけど大丈夫かよオイ? もしかして……ビットが動かない(・・・・・・・・)とか?』

「……っ、あなた! 一体何をしましたの!?」

 

 揶揄するような言葉に、バッと顔を上げて詰問するセシリア。

 しかし春万は口の端に薄い笑いを張り付けて、

 

『おいおい、俺が何かしたってのかよ? 責任転嫁が過ぎるんじゃねぇか?』

『戯言を――』

『俺はただ、適当にブラついてたら可愛い娘を見つけたからちょっと「お話」しただけだぜ? そういや……何かの作業してるみたいだった(・・・・・・・・・・・・・・)が……何だったんだろうなぁ?』

「――――」

『その後に、ちょっとバランス崩して近くのモニターに触れちまった(・・・・・・・・・・・・・・)んだが……まあ、事故(・・)だよなぁ』

 

(まさか……まさか…………!)

 

 セシリアの背筋に怖気が走った。

 目の前の男がしたであろう行いに、本能的な嫌悪感と恐怖が迸ったのだ。

 

『まさか、あなた……換装作業の妨害(・・・・・・・)をっ!?』

 

 その瞬間。

 織斑春万の爽やかな笑顔の仮面が外れ、隠しようもなく醜く歪んだ表情が露になった。

 角度的に、恐らくセシリアにしか見えていなかっただろうが……セシリアは確信した。

 今の貌こそが、織斑春万という人間の本性なのだと。

 

『あなた……こんなことをして、許されると思っていますの!?』

『何のことだよ?』

『惚けないでくださいまし! あなたがどれだけ否定しようと、私の証言と格納庫の防犯カメラの映像さえあれば……!』

『通ると思うかよ?』

『な』

『たかが代表候補生(・・・)の言葉と、「世界最強の女性(ブリュンヒルデ)」の弟の言葉だぜ? どっちがより信憑性が出るかなんて明白だろ?』

『……っ』

『よしんば俺が認めたとして……たかだか学園での試合の勝敗のためなんぞに「世界最強の女性(ブリュンヒルデ)」を敵に回そうとなんて思わねぇだろイギリスも』

 

 もはや、セシリアには言葉もない。

 言葉を交わす間にも、何度も切りつけられているが、それすら気付かなかった。

 この男は、そこまで計算して妨害工作を行ったというのだ。

 卑怯、卑劣、悪辣……そんな言葉では表せないほどの、悪意。

 

(こんな人が……織斑千冬の、弟…………?)

 

 かつて相対した、遺産を狙う連中と同じ。

 息をするように嘘を吐き、何でもないように他人を陥れ、雑草を刈るように命を奪う。

 ただただ自らの利益のみを考え、そのためならば他の全てを犠牲にできる。そんな人種。

 

 意外なほどに鋭い斬撃に、対応すらままならない。

 かつて神童とすら謳われた剣の才。

 例えセシリアの状態が万全であったとしても苦戦させられたであろうほどの実力。

 

「あなた、は……屑、ですわ」

「はっ――負け惜しみかよ?」

『じゃあな凡人――まあ、俺の箔付けぐらいには役立ったかもなぁ?』

 

 何とか絞り出した言葉も、鼻で笑われて。

 視界から、春万の姿が掻き消える――スラスターから放出したエネルギーを再度取り込むことで二回分の加速を行う高等技法、瞬間加速(イグニッション・ブースト)

 

「――《零落白夜(れいらくびゃくや)》」

 

 ザンッ!!

 青白いオーラを纏った、春万の斬撃でシールドエネルギーをゼロにして。

 

 セシリア・オルコットは、成す術もなく敗北した。

 

 

 

§

 

 

 

 試合が終わって、セシリアは足を引きずるようにして、ピットへの薄暗い道を歩いていた。

 その表情は暗く沈んでいる。

 

 ――負けた。

 見下していた男に負けた、それ自体はいい。悔しくはあるが、納得はできる。

 だが……あの男だけは。織斑春万だけは。

 あの卑怯者にだけは、負けたくなかった。

 

 何よりも悔しいのは……否定されたこと。

 セシリアがこれまで血反吐を吐きながら必死に積み上げてきたもの。

 たゆまぬ努力の果てに得た力を――織斑春万は、『凡人』という一言で切って捨てた。

 

 ――セシリア・オルコットは決して天才ではない。

 確かに射撃の才能はあったろうが、それも常人と比べたら多少マシという程度のもの。

 だからこそ、セシリアは己の持つ数少ない才能を磨き上げてきた。

 天才ではなく、秀才。

 そのあり方は、程度こそ違えどイチカの在り方とよく似通っていた。

 

 その努力の甲斐あって、セシリアは見事オルコット家を守り抜き、《ブルー・ティアーズ》を得るまでに至った。

 それはセシリア・オルコットにとって、万人に胸を張れる誇りだった。

 

 だから、悔しかった。

 彼に貶されて、嘲笑われて、それを否定できなかったことこそが、何よりも悔しかった。

 

 噛み締めた唇から血が滴り、形のいい顎を伝う。

 あわやISスーツに垂れ落ちる……というところで、不意に差し出されたハンカチによって拭われた。

 

 ハッとして顔を上げれば、そこには、漆黒のISスーツを纏ったイチカの姿があった。

 呆然と見上げるセシリアに、イチカは柔らかく、優しく微笑んで、

 

「お疲れ様、セシリア」

「ヴァンフリーク、さ……イチカさん、イチカ、さぁぁぁぁんっ!!」

 

 こちらを安心させるようなその笑みに、セシリアはいつの間にか彼の胸に飛び込んでいた。

 イチカは拒絶することなく、セシリアの頭をポンポン、と優しく叩いた。

 

「お前がそこまで傷つくってことは、ただの敗北ってわけでもないだろう。……何があった?」

 

 どこまでも優しく訊いてくるイチカに、セシリアは喉を詰まらせながら全てを語った。

 織斑春万の所業、己の誇り、それを汚された悔しさ……

 一言も挟まず全てを聞き終えて、イチカはそっと体を離した。

 

「あっ……」

「そういうことなら、まあ仕方ないな」

 

 思わず、といった様子で手を伸ばしたセシリアに、イチカは手に持っていたハンカチを投げ渡すと、

 

「全力で叩き潰してくるとしよう。――敵討ちは任せろ、セシリア」

 

 ニッ、と。力強く微笑んで。

 それ以上は何も言わずに、背を向けて歩き始める。

 

「イチカ、さん…………」

 

 断固としたその背中を見送って。

 セシリアは、胸に込み上げてくる何かを噛み締めるように、ぎゅっとハンカチを握った。

 

 

 

§

 

 

 

 イチカが《アキレウス》を纏ってフィールドに赴くと、そこには既に春万が待っていた。

 舞い上がるイチカを認めて、春万はニヤリと笑った。

 

「よう、ヴァンフリーク。逃げずに来たか……正直意外だったよ」

「何で俺がお前程度の相手から逃げ出さなければならない?」

 

 小揺るぎもせずに返されて、春万は思わず鼻白むが、すぐに余裕の笑みを浮かべて言葉を重ねる。

 

「……知ってるぜ? あの金髪女のISと同じで、お前のそれもガタが来てるんだろ? 速度が八割まで落ちてるらしいな」

「それが?」

「っ、そんな状態でお前、俺に勝つ気なのかよ? 今なら降参しても許してやる「ハァ……」っ!?」

 

 言葉の途中で、イチカは思わず溜め息を吐いた。

 困惑する春万を冷徹な目で見据えて、右手に握った槍を大きく振るう。

 

「何を勘違いしているのか知らないが――――」

 

 槍の穂先を真っ直ぐ突きつけ、冷笑を浮かべて、

 

「お前程度を相手に、俺が本気でかかる必要があると思うのか?」

「……っ、上等だクソ凡人がっ! すぐに畳んでやるよ!!」

 

 瞬時に激昂した春万は、《白式》の持つ唯一の武装である刀、《雪片(ゆきひら)二型(にがた)》を抜き放ち、イチカに切りかかった。

 その動きは、地上と空中の差こそあれど、剣道で春万が得意としていた攻撃のそれだった。

 凡百の相手であれば、その加速に反応できずに切り伏せられていただろうが……もちろん、イチカに通じるはずもない。

 

 大上段から振り下ろされる刀を見ることもせずに、すっと半身になることで回避。

 そのさりげない動きに瞠目しながら追撃しようとした春万は……直後、横っ面に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 何とか体勢を立て直して向き直れば、蹴りを放った体勢のままのイチカがつまらなそうな目で見下ろしていた。

 

「終わりか?」

「そんなわけないだろ!!」

 

 歯軋りしながら、春万は再び上段に刀を構えて突進する。

 悠然と構えるイチカは妨害などしようともせず、ただ静かに春万を見据えている。

 

(ムカつくんだよ……その余裕の顔がッ!)

 

 苛立ちを剣に乗せるように、上下左右、あらゆる角度から無数の連撃を叩き込む。

 しかし春万の我武者羅な剣は、その悉くが振り下ろすよりも前に見切られ、かわされ、いなされ、掠りもしない。

 ますますムキになって攻撃を繰り返すも、イチカは涼しい顔で受け流す。

 それどころか、疲労で連撃が緩んだ瞬間に、また蹴飛ばされてしまった。

 

「くっ……このぉっ!」

「――一つ、聞きたいことがある」

「何だよ今さら……!」

「オルコットとの試合において……お前は何故、そんなことをした?」

「はっ、何だよ……アイツ、プライドの高そうなこと言っときながら、結局お前に泣き付いたのか」

 

 厳しい口調で問うたイチカに、春万はむしろ嘲るように口元を歪めた。

 

「それで? 知った上でお前はどうするつもりだよ?」

「別に? ただ、純粋に疑問なだけだ。何故わざわざそんなことをしたのか、な。……それほど勝ちたかったか?」

「ハァ? 『勝ちたかったか』? 何的外れなこと言ってやがる」

 

 春万は、心底不愉快と言った表情で、

 

「勝ちたいんじゃねぇ、勝つんだよ。どんな相手であれ、この俺が負けるわけがねぇんだよ」

「…………」

「何せ俺は『天才』だからなぁ? テメェら凡人が必死こいて努力なんつう無駄なもんを積んでる間に、俺らはそれを労せずに勝ち取ってくんだよ」

「…………」

「ついでに言えば、俺は千冬姉の、『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』の弟だ。負けなんぞあり得るはずがねぇ。何が起ころうとあっちゃならねぇんだよ」

「だから、か? だから、真剣勝負の前にそんな小細工を労したと?」

「まあ、んなことをせずとも俺が負けることなんざねぇだろうが、万が一、マグレってのもあるだろ?」

 

 どこまでも独善的。

 どこまでも自己中心的。

 最初から最後まで自分のことしか考えていない。

 ただ自分が勝利させすればそれでいい。他のことはどうだもいい。

 自己顕示欲と虚栄心の塊。

 やはり――いっそ清々しいまでの、屑だった。

 

「そんなわけだからよ――覚悟しろよヴァンフリーク。テメェは散々に痛め付けてからぶっ潰してやるからよぉ!」

 

 言いながら、表面上は爽やかな笑みを浮かべて斬りかかってくる春万。

 瞬間加速(イグニッション・ブースト)まで使用した突撃を……イチカは、初めて槍を使って受け止めた。

 ギリギリと鍔迫り合いを演じながら、春万は至近距離で狂相を浮かべてみせた。

 

「テメェの名前を聞くと、あのクソみてぇな兄貴を思い出してイライラすんだよ……!」

「そういえば、双子の兄が居るんだったな」

「ああそうさ! 何の才能もない、出来損ないで役立たずのゴミでしかなかったけどなぁ!」

「実の兄に向かって、随分な言い種だな」

「だが事実だ! 俺たち姉弟の足を引っ張ることしか出来ねぇくせに、頑張れば何とかなるとか、鬱陶しくてキモくて腹立たしくてどうしようもなかった! だから、徹底的に潰してやった(・・・・・・・・・・)んだよ!! 正直例の事件の犯人には感謝してるぜ! アイツを殺してくれてありがとうってな!!」

 

 初めて聞く弟の――かつて弟だと思っていた者の心中。

 それを真正面から叩きつけられたイチカの心は、自分でも不思議なほどに動かなかった。

 だが、むしろ当然なのかもしれない。

 足元を這う蟻のような価値のない存在にどれだけ罵倒されたところで、何かを感じるはずもないだろう。

 

「……まあ、お前が何を抱えていようと俺には関係のない話だが」

 

 故にイチカは、かつて地獄より生きて帰った青年は、躊躇なく言った。

 

「俺は個人的にお前が気に入らない。だから叩き潰す。シンプルだろ?」

「ハッ! やれるもんなぶがぁっ!?」

 

 狂笑を浮かべながら切り付けていた春万は、突如腹部に生じた強烈な衝撃に吹き飛んだ。

 音もなく突き出された槍で穿たれたのだ、と悟った時には――もうそこに、イチカの姿はなかった。

 言葉を失う春万を嘲笑うように、背中側から叩き込まれる追撃。

 続く、止めの踵落としを受けて、春万と《白式》は凄まじい勢いで地面へと叩きつけられた。

 

「くそっ……どこ、にぃっ!?」

 

 怒りを滾らせながら立ち上がれば、すぐ目の前に迫る鋼鉄の拳。

 慌てて首を捻って避けるが、間断なく放たれた左フックが腹部へと突き刺さる。

 衝撃に思わず体をくの字に折り曲げれば、すかさず振り抜かれる右の渾身のアッパーカット。

 

 熟練の拳闘士のような、流れるような連打。

 春万程度に抵抗できるはずもなく、再び呆気なく地面に沈められてしまった。

 

「そん、な……馬鹿なぁぁっ!!」

「……もう終わりか?」

「っ…………ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 激昂する春万。

 振り回される《雪片二型》の刀身から、青白いエネルギーが迸る。

 シールドバリアーを切り裂くことによってシールドエネルギーに直接ダメージを与える単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、《零落白夜》。

 ISに対して絶対的な攻撃力を発揮する能力だが――

 

「当たらなければどうということもない」

 

 イチカはそれを一顧だにせず、自ら春万の間合いへと踏み込んだ。

 すぐさまエネルギーの刃が振り下ろされるが、イチカは目を向けることもせずに身を捻った。

 

 かつて、何度も見てきた剣だ。

 これまでの戦いで、大して成長しているわけでもないかとは確認できた。

 ならばもはや目視する必要すらない。

 

「くそっ、くそっ、くっそがぁぁぁぁぁっ!! 何であたらねぇ!!」

 

 半狂乱になって刀を振り回す春万だが、全て掠りもせずに空気だけを掻き混ぜていく。

 やがて疲労の限界に達したのか、肩で息をしながら春万が動きを止めた。

《雪片二型》を覆っていたエネルギーもほとんどが霧散している。

《零落白夜》は、発動している間、自身のシールドエネルギーを凄まじい勢いで喰らう諸刃の剣なのだ。

 

「はぁ、はぁ……くっそ、ぉ!」

「無様だな」

「何だと――がぁっ!?」

 

 イチカは容赦しなかった。

 無造作に歩み寄って蹴り飛ばすと、完全に倒れ込む前に背後に移動。

 捻りを生かした掌打を無防備な背中にぶち込む。

 

 衝撃のままに木っ端のように吹き飛ぶ春万。

 屈辱に奥歯を噛み締めて何とか立ち上がる春万だが、反撃の体勢を整える前に殴られた。

 シールドエネルギーを削るよりもダメージを通すことを優先した、抉り込むような打撃。

 もはや、春万にろくな抵抗が出来るはずもなく。

 出来るのは、腕を組んで身を縮こまらせ、途切れることのない連打を堪え忍ぶことだけ。

 

 ……どれだけの間、殴られ続けただろう。

 イチカが手を止めたところで、春万はついに膝を折った。

 既に《白式》のシールドエネルギーは全損寸前。

 執拗な攻撃によって春万自身の肉体も限界。

 無言で自分を見下ろすイチカを、屈辱に燃える目で睨み付ける。

 

「この、やろぉ……ふざけんなよ……何で俺が、こんな目に……!」

「思い知れよ。それが、これまでお前が貶めてきた者たちの痛みだ。お前が受けるべき報いの一つだ」

「報いだと!? 何故俺がそんなものを受ける必要がある!? 俺は、勝者だ! 俺がやることに間違いなんてねぇ!!」

「そろそろ黙れよ。お前のわけの分からん戯言は聞き飽きた」

「っ、がぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 乾坤一擲。最後の力を振り絞ってイチカを切りつける春万だったが、

 

 その時には、イチカは春万の背後に回っていた。

 まずは両足を軽く広げて、しっかりと腰を落とす。

 己の存在に気づいてすらいない春万の腰の辺りを、イチカはしっかりとホールド。

 

「あ……? テメェ、何を……!?」

「いや何。せっかくだから、屈辱の土の味ってのを、是非実地で味わってもらおうかと。……せーのぉっ!!」

 

 返答は必要ない。

 ここに来てようやく、イチカはこの試合で初めて《彗星走法(ドロメウス・コメーテース)》を発動。

 音速にすら迫ろうと言う速度で、がっちりと春万をホールドしたまま、爆発的な勢いで上半身を仰け反らせた。

 ブオン、と振り回された春万は奇妙な悲鳴を上げて――ズドォンッ!! と、頭から地面に叩きつけられた。

 

 そう、イチカが勝負を決める方法として選んだのはそれだった。

 最近ふとテレビをつけたときに知ったプロレス技。

 名を――ジャーマンスープレックス。

 見よう見まねでやってみたのだが、意外と上手くいくものである。

 

「持って生まれた才能に胡座をかくだけの人間に、他人の努力を踏み躙っていい道理などあるものかよ」

 

 さて、その結果はどうなったやら、と振り返って。

 イチカは、思わず噴き出した。

 

 そこにあったのは、頭を地面に突っ込んで逆さになった胴体をピクピクと痙攣させる鉄の塊。

 何だか、そんなコンセプトのモニュメントか何かのようだった。

 余りにもシュールで滑稽な姿に、ついにイチカは顔を背ける。

 見るに忍びない、と言うのもあったが、何よりこれ以上見ていると腹筋が危ないので。

 真面目腐った表情だが、自分でやったくせに無責任なことである。

 

 確認するまでもなく《白式》のシールドエネルギーはゼロ。

 何はともあれ、この試合はイチカの勝利で終わったのだった。

 

 

 

§

 

 

 

「お疲れ様です先輩!」

「イチカ君、お疲れさま!」

 

 ピットに戻った俺を出迎えたのは、ソフィーと、何故か居た楯無の声だった。

 

「ああ、ありがとう。……何故楯無がここに居る?」

「あら、おねーさんがここに居ちゃいけないのかしら?」

「別にそういうわけではないが……」

「ふふっ、冗談よ」

 

 首を傾げる俺を見て、楯無はにんまりと笑みを浮かべてどこからともなく取り出した扇子を広げた。

 そこには『冗句』と書かれている。微妙な単語のチョイスだ。

 

「私がイチカ君をお迎えしてあげようと思ってピットに来たときには、先客が居たのよ」

「先客って言うか、私ずっとここに居たんですけどね。まあ追い出す理由もないので」

「ソフィーさんの解説を受けながら、二人で観戦してたってわけ」

「なるほどな」

 

 要するに、偶然かち合って意気投合した、と。

 

「ええ。とっても有意義な時間だったわ。ソフィーさんからあなたについて色々と聞くことも出来たしね♪」

「……おいソフィー。妙なことは教えてないだろうな?」

「失礼な! 楯無先輩は先輩のルームメイトなんですから、色々と知っておかなきゃマズイでしょ?」

「とても面白かったわよ? イチカ君の同期の友達と一緒に温泉に行った時の話とかね」

「…………」

 

 温泉……ああ、マギアルカの悪戯のせいで間違えて女湯に特攻してしまった……

 妙なことを教えてんじゃねぇか。

 無言でソフィーの顔面に手を伸ばすと、ソフィーは素早く楯無の後ろへと隠れた。コイツ……。

 

「まあまあイチカ君、私から聞き出した話も結構あるから、私に免じて……ね?」

「……後で覚えてろよ」

「実際にあったことを誇張表現満載で面白おかしく盛大に脚色しながら語ることの何が悪いって言うんですかー」

「全部だ阿呆」

 

 諦念を滲ませた溜め息を吐くと、二人は顔を見合わせて笑い合った。

 まだ顔を合わせてそう経っていないだろうに、随分と仲良くなったものだ。

 後輩のコミュニケーション能力に感心していると、ピットに三人目の客が現れた。

 

 もはや見慣れた、豪奢な金髪縦ロールの少女、セシリア・オルコットだ。既にISスーツから制服に着替えている。

 どこか不安そうに入ってきた彼女は、俺を見てパッと表情を和らげた。

 

「イチカさん!」

「よう、オルコット」

 

 片手を上げて歓迎する。しかしオルコットは、何故か不満げだ。

 

「……試合の前は名前で呼んでくださいましたのに、何でまた戻ってるんですの?」

「え? ああ……セシリア、でいいのか?」

「はい、構いませんわ」

 

 嬉しそうに微笑むオルコット……いや、セシリア。

 随分と丸くなったものだなぁ、なんて思いながら笑みを返すと、後ろの方から何やらひそひそ話が聞こえてくる。

 

「……あれって、もう既に先輩に……」

「……そうね。全く手の早いことで……」

「聞こえてるぞ?」

 

 途端にそっぽを向いて下手な口笛を吹くと言うベタなことをする二人に溜め息を吐いて、改めてオルコットに向き直る。

 

「一応敵討ちってことで、ルールが許す範囲でボッコボコにしてきたが……あれで良かったか?」

 

 悪い笑みを浮かべて確認を取ると、セシリアもにんまり笑って親指をたてて、

 

「――バッチリですわ!」




 ジャーマンスープレックスはノリです。エンジェルビーツ見直してて思い付きました。

(ここまでやっててもセシリアはヒロインじゃ)ないです。



 何気なくストブラの方の小説情報見たらお気に入り件数666という数字に思わず閉口。書かなきゃ……


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Story.17 家族のカタチ

 サブタイが気に入らない……。

 どうもこんばんは侍従長です。壮絶に遅くなりまして申し訳ありません。
 テストやら何やらの忙しさと色々あってモチベが上がらず……ついに三週間以上間が空いてしまいました。

 けれどFGOのイベントはしっかりやりました。メカエリチャンもしっかりお迎え。けど単発できたエルドラドの方が優先……アガルタナウだからスゲー微妙な心境。うちの二体しかいない星五不夜城のキャスターだし……アサシン枠のメインのもう片方は不夜城のアサシンだし。
 メガロスとレジスタンスのライダーで詰んでる。もうだめたすけて。耐久パが意味をなしてねえんだよ……。
(石220個も貯まってるんだしコンテしちゃおっかな※無課金です)ボソッ

 さらに申し訳ないことに今回はいつもより短めです。サクッと終わります。
 早く鈴音を出したかったんじゃ……ヒロイン入りするかはわかんにゃいけどとにかく書きたかったんじゃ……。

 それに伴い、セシリアのシャワーシーンは割愛。ヒロインならそれはもう事細かに描写したけど、流石にね。
 あ、それとバハムートの原作が、15巻が手に入らなくて困ってます……。双と知らずに16巻を買ってワケわかんなくなりました。
 まあ、それほど何かが大きく変わったって訳じゃなさそうだったのは幸い……いや、何いってんだ俺。がっつりあったじゃねぇかマギアルカについて。


「というわけで、一年一組のクラス代表は織斑君に決定しました!」

 

 朝のホームルームにて。教壇に立った山田先生の言葉に、教室に困惑したような雰囲気が満ちた。

 ふむ、意外だな。ミーハーな女子たちなら、ここぞとばかりに騒ぎ立てると思ったのだが。

 

 どうやら困惑しているのは、名指しされた本人も同じなようで、

 

「ちょっと待ってください、山田先生! 何でヴァンフリークじゃなくて俺なんですか? 勝ったのはヴァンフリークの方でしょ?」

 

 わりかし素直に敗けを認めるんだな。いや、いつまでも騒ぎ立てるのは周囲にみっともなく映るからか? どっちでも構わんが。

 

「決まってるだろ、織斑。俺が辞退したからだ」

「なっ、辞退……って、何でだよ!?」

「面倒臭いから。以上」

 

 バッサリと切り捨てると、織斑とクラスメイトたちは呆気に取られたような表情をした。

 仕方ないからもう少しだけ説明してやろう。

 

「あのなぁ……そもそも、入学したてでロクにISにも触れたことがないような連中を集めて競い合って何になる? 体のいい晒し者だろうが。真面目に取り合う必要性なんてない。最初にセシリアがいった通りに、代表候補生として十分な実力を持つセシリアに任せておけばよかったんだ。とんだ茶番だよ」

「え」

「他のクラスだってそんなもんだろう。ついでに言えば、こいつは大仰な言い方をしちゃいるが要するに普通の学校で言う、クラス委員とかそういうやつだ。担任含む教師からしち面倒くさい雑用を押し付けられるのが確定してる役職に、何故自ら従事せねばならん。労力と報酬が釣り合ってないだろう」

「は……?」

「等価交換は基本だろうが。従事者は雇用主に労力と時間を捧げ、雇用主は従事者にそれに見合った報酬を提示する。鎌倉幕府の御恩と奉公、あれと同じだよ。これでも俺は企業の人間なんでね。ボランティアなんかの慈善事業でもない限りタダ働きはしたくないんだ」

『…………』

 

 む、少し喋りすぎたか。

 教室内に漂う何とも微妙な空気に、コホン、と咳払いして。

 

「まあ、何はともあれ。栄誉ある(かもしれない)クラス代表に就任したんだ。頑張ってくれ」

 

 いやぁ、我ながら白々しいなぁ。

 

 

 

§

 

 

 

「畜生が……いいぜ、ヴァンフリーク。徹底的に潰してやるよ」

 

 

 

§

 

 

 

「認めない……あのような者が天才である春万を負かしたなどと……認めるものか……!」

 

 

 

§

 

 

 

「というわけでっ! 織斑君クラス代表就任おめでとう!」

「おめでと~!」

 

 打ち鳴らされるクラッカー。疎らに響く拍手。甲高い歓声。

 場所は寮の食堂。集まっているメンバーは一組の面々全員。

 何が行われているのか? 愚問である。パーティーだ。

 壁には『織斑春万クラス代表就任パーティー』とえらく達筆な字で書かれた紙が貼り出されている。

 つまりはまぁ、そういうことだった。

 

 少し準備するものがあって、俺が遅れてやってきた頃にはパーティーは既に始まっていた。

 正直こんなパーティーには欠片も興味がないのだが、クラスでの付き合いを考えるとそうも言ってられない。

 

「何か悪いな、皆。けど、ここまでしてくれたんだ、誰が相手でも勝ってみせるさ!」

「きゃー! さっすが織斑君!」

「応援してるからね! 学食のスウィーツ半年分フリーパスのためにも!」

 

 ほう? それは相手が俺であっても、ということか?

 女子に囲まれる織斑を一瞥して、俺はとあるクラスメイトの許へ向かった。

 

「おーい、のほほんさん」

「あ~、イッチーだ~。こんばんは~」

「はいこんばんは」

 

 こちらを振り返ってふにゃりと微笑むのは、我がクラスメイトの一人、通称のほほんさん。

 どう見てもサイズの合っていないダボダボの制服に、いつも眠そうなほにゃりとした顔、間延びした独特な口調、と中々に個性的な少女だ。

 本名は布仏(のほとけ)本音(ほんね)と言うのだが、本人の希望によって、俺はのほほんさんと呼んでいる。

 

「イッチー遅いよ~。もぉパーティー始まっちゃったよ~?」

「すまんすまん。言われてたものを用意してたら遅くなってな。あとはちょっとした仕上げだけだったんだが、流石に量が量なもので」

「お~っ、そ、それはもしや~!?」

 

 眠そうな目をカッと見開いて、俺が両手にか抱えていた荷物を凝視するのほほんさん。

 それを奪おうとのほほんさんの手が延びるが、さっとかわす。

 

「む~!」

「どうどう、ちゃんと頼まれたものは作ってきたから、少し落ち着け」

 

 どうにかのほほんさんを抑えて、抱えていた荷物を菓子やコップの散乱した机の上に置く。

 ドサッ、という音に周囲から視線を集まるのを感じながら、俺は満を持して荷物の封を開ける。

 姿を現したそれらを見て、女子生徒たちの間から黄色い歓声が爆発した。

 

 そこにあったのは――ホールケーキ、マカロン、クッキー、ビスケットと言った、大皿に盛り付けられた大量のスウィーツだった。

 

「わぁーすっご! 何これすっご!!」

「こんな綺麗なの生で初めて見た!」

「お、おいしそー……!」

「ま、眩しい……! もはや眩しい……!」

「ぐあぁぁぁっ! 目が、目がぁぁぁっ!!」

 

 約一名どこかの大佐が居た気がしたが、まあ気にしないでおこう。

 うむうむ。好評なようで何よりだ。

 

「ヴァ、ヴァンフリーク君……これ、どうしたの?」

「差し入れだよ。パーティー用のな」

「さ、差し入れって……こんなの、いくらするの……?」

 

 戦々恐々と言ったようすで聞いてきたクラスメイトに、俺は笑って首を振った。

 

「何、これは俺が今日作ったものだからな。かかっているのは材料費だけだから、気にせずに食べてくれ。感想をくれると嬉しいんだが……って、どうした?」

 

 俺の言葉を聞いて、何故か女子たちが彫像のように固まってしまった。何だ、いきなりどうした。

 

「て、手作り……? こ、こんなすごいのを……ヴァンフリーク君、一人でっ!?」

「? ああ。お菓子作りは半分趣味だからな。久しぶりに楽しかったぞ」

 

 ……今度は、何故か全員が一斉に崩れ落ちてしまった。

 示し合わせたように全く同じタイミングだったため、不覚にも面食らってしまう。

 

「ま、負けた……女子力で、完敗だわ……!」

「む、無理……料理には自信あったけど、これは無理……!」

「操縦も上手くて立ち居振舞いも完璧で、その上お菓子作りまで……」

「おお、神よ……! 何故貴方はこのような理不尽を許し給うたのか!」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図へと化した食堂。

 

 あー……どうやら俺は、女子たちの触れてはいけない何かに触れてしまったらしい。

 気まずく頬を掻いていると、くいくいと袖を引かれる。

 そこには只一人、痛痒にも感じていないという風に目を爛々と輝かせるのほほんさんが。

 

「ね~ね~イッチー! もういい~? もういいよね食べてもぉ~!?」

「ああ、もちろん。遠慮なくどうぞ」

「わぁ~い!」

 

 作ってきたケーキの一つを手早く切り分けて紙皿の上に載せ、スプーンを添えて差し出す。

 すると彼女は大喜びで受け取って、満面の笑みでケーキを口に運ぶ。

 途端にのほほんさんは顔と雰囲気を普段以上に蕩けさせて、

 

「おいひぃ~~♥」

 

 ……うん。こうも美味しそうに食ってくれるというのは、料理人冥利に尽きるというものだ。まあ、俺は本職ではないのだが。

 そんなのほほんさんの様子を見て、他の面々も恐る恐るスウィーツを口に運んで、

 

「わ、すごっ」

「甘過ぎずくど過ぎない完璧な甘み……!」

「ふわぁ……! く、口の中がアヴァロン……」

 

 先程までの絶望はどこへやら。巻き起こる絶賛の嵐。

 しかし、このぐらいは普通じゃないのか……そうか……。

 

「……よかったら、今度教えてやろうか? お菓子作り含む料理とか。人数的に食堂を借りることになるからそんな頻繁には出来ないが」

「えっ、いいの!?」

「ヴァンフリーク君が先生のお料理教室……アリね!」

「是非是非お願いします! 手取り足取り教えてくだしあ!」

 

 うんうん。意欲があって大変よろしい。

 満足げに頷いていると、ふと自分に向けられる強い憎悪の籠った視線を感じてそちらの方へ目を向ける。

 そこに居たのは、やはりと言うべきか、織斑と篠ノ之だった。

 織斑は一瞬で表情を柔和なものへ変えたが、篠ノ之は依然として俺を殺意に満ちた目で睨み付けている。

 俺は少し考えると、机上のケーキを二切れそれぞれ皿に載せて二人へ差し出した。

 

「……っ?」

「お前らも食えよ。そもそもこの集まりは、お前のためのものだろう?」

「誰が貴様になど――」

「……ああ、ありがとう。いただくよ」

「なっ、春万!?」

 

 怒鳴りかけた篠ノ之を遮って、ケーキへ手を伸ばす織斑。

 ふん……俺への嫌悪よりも外聞を取ったか。

 

 織斑はケーキを一口掬って口に運ぶと、

 

「……美味い。流石だな、ヴァンフリーク」

「お気に召したようで何よりだよ、クラス代表」

 

 フッ、と笑みを残して踵を返した二人の背中を見送る俺の横に、豪奢な金髪の少女が並んだ。

 

「意外、ですわね。もっとあなたに対する敵意を剥き出しにすると思いましたのに」

「あいつは狡猾なやつだからな。そう簡単に本心は見せんよ」

「狡猾、ですか……」

 

 ぎゅっと眉根を寄せる少女、セシリアに、俺はニヤリと笑った。

 

「まあ、ただの小悪党である、とも言えるけどな?」

「……ふふっ。ええ、そうですわね」

 

 軽やかに笑うセシリアに、俺は心中で少し安堵した。

 

 あの試合の前に織斑の行った妨害行為は、結局何事もなく流されてしまった。

 偏に、証拠がなかったのだ。

 状況証拠は十分。だが肝心の物的証拠が存在しない。

 格納庫に設置された監視カメラには、確かに整備中の生徒と談笑する織斑の姿が確認されたが、それだけだった。

 本人の供述していた機器への接触についても、角度的にカメラに写り込まないように計算されていた。

 こんな状況でセシリアが処分を訴えたとしても、負け惜しみとして一蹴されてしまうだろう。

 セシリアとしては歯痒い限りだろうが、こうして笑えている辺り、吹っ切れたと見ていいだろう。

 

「今度はそんな小細工ごと粉砕してみせますわ!」と意気込むセシリア……まあ、頑張ってくれ。

 

 ふむ……まだパーティーも続きそうだし、そろそろ済ませておくか。

 俺がこのパーティーに出席した本当の目的を果たすために、俺はセシリアを呼んだ。

 

「セシリア……少しいいか?」

「はい? ええ、構いませんけれど……」

 

 疑いもせずに付いてくるセシリアに少し罪悪感を覚える。

 これから彼女に告げる事実は、ともすれば彼女の世界を根底から覆すかもしれないのだから。

 

 セシリアを伴ってテラスに出る。

 周囲の気配を確かめて……窓の鍵をかけた。

 

 流石に驚いた様子のセシリアだったが、俺の真剣な雰囲気を感じてか表情を引き締めた。

 そんな彼女に微笑んで、俺は持っていた荷物から紙の束を取り出し手渡す。

 怪訝な表情のまま受け取った彼女は中身をざっと目を通して、さらに首を傾げた。

 

「これは……家名のリストですの?」

「あぁ。まあ、それ自体には大した意味はないんだが。――そのリストは、お前が家督を継ぐ以前にオルコット家の手によって潰された連中だよ」

「はぁ……」

 

 何が何だか、といった表情だが、まあ無理もない。

 本題はここからなのだから。

 

「貴族、商家、企業……と、まあバラバラだが、そいつらには一つだけ、手口(・・)って共通点があってな」

「手口……?」

「ああ。ほぼ全員、お前の父親を通して(・・・・・・・・・)オルコット家に(・・・・・・・)手を出していた(・・・・・・・)

「え……」

 

 脅迫やら懐柔やら。

 オルコット夫婦の不仲は有名だった。故に、利権を狙うハイエナどもはこぞってそこを狙った。

 

 そしてその全てが、セシリアの母親によって叩き潰されていた。

 この事実から導き出される結論……即ち。

 

「お前の母親は、夫であるお前の父親を、いや、父親との夫婦関係を囮にしていた、ってことだ。不仲自体が演技だったんだろうな」

「で、でも……そんなこと……!」

「なら聞くが、お前の父親は、どこか有名な貴族の出だったり、大企業の御曹司だったりしたのか?」

「え? ……いえ、お母様が市井にいらした際に出会われたと……」

「ならなおのこと……不仲だったと言うのに、何故お前の両親は別居することも離婚することもなく一緒に居た? 公務にも二人で向かっていたんだろう? 夫の実家とのパイプを保つため、なんて理由もないなら、嫌悪感を堪えて一緒に居る意味がない」

「っあ」

 

 ひきつったような声を漏らすセシリア。

 立て続けに叩きつけられた事柄を、上手く消化しきれていないのだろう。その瞳は困惑で揺れている。

 

「で、でも……! 本当にそうなら、どうしてわたくしにそれを言ってくださらなかったんですのッ!?」

「決まってるだろう。……全部、お前を守るためだったからだよ」

「――――」

 

 そう。

 周囲からの侮蔑も、世間での醜聞も……娘からの嫌悪も。

 それらを厭わずに自ら汚名を被ったのも、全ては、愛する娘のため。

 

 利権にたかるハイエナどもの牙を、何よりも大切な娘へ向けさせないために。

 

「あっ…………あぁぁ、お母様……お父様ぁ……!」

 

 ついにセシリアは、顔を覆って泣き崩れてしまった。

 その涙は後悔などの感情も含まれているだろうが……それでも、彼女にとって必要なものだ。

 月明かりの下で輝く雫は、まるで宝石のようで。

 

「今度、実家の誰かに話を聞いてみるといい。ご両親が亡くなる以前にオルコット家に仕えていた部下のかたも居るだろう」

「っ……はい、はい……っ」

 

 泣きながら何度も頷くセシリア。

 何も言わず肩を擦ってやっていると、セシリアは目元を勢いよく拭って立ち上がった。

 

「ありがとう、ございます……イチカさん。心から感謝を」

「……まあ、気にするな」

「いいえ、気にしますわ。あなたが教えてくださらなければ、わたくしはお父様を一生恨んだままだったでしょうから」

「……そうか」

「はい!」

 

 飛びっきりの笑顔を浮かべて頷くセシリアに、俺も釣られて微笑む。

 

「早速聞いてみますわ!」と意気込んで去っていくセシリアを見送って、ハァ、と自己嫌悪の(・・・・・)溜め息を吐いた。

 テラスの手摺に体を預けて脱力。

 そして、ふと視線を扉の方へと向ければ、小柄な人影が見える。

 

「もういいぞ。――楯無」

「……バレてた?」

 

 バツが悪そうにしながら姿を現したのは、IS学園生徒会長にして我がルームメイト、更識楯無だった。

 

「盗み聞きとは感心しないな、生徒会長サマ?」

「……エヘッ☆」

 

 キラリ、と、擬音が付きそうな笑みを見せる楯無に、俺は呆れを多分に含んだ視線を向けた。

 すると楯無は、先程の俺のように、ハァ、と溜め息を吐くと、

 

「ごめんなさいね。イチカ君に会いに来たらオルコットさんを連れて出ていくのが見えたから……私にも、更識の当主として、監視対象であるあなたと英国の代表候補生の密談を放ってはおけなかったのよ」

「人聞きの悪い……と言いたいところだが、その辺りは理解しているさ。ここで聞いた内容を無闇に言い触らすことがないのならば言うことはない」

「大丈夫よ。私は更識であると同時に、この学園の生徒会長。生徒を守る義務がある。彼女の害になるようなことはしないと誓うわ」

 

 真剣な目でこちらを見つめる楯無に、俺は一つ頷く。

 元より楯無を疑ってなどいない。だからこそ、彼女に聞かれていると承知の上であの話をしたのだ。

 

「けど驚いたわね。オルコット夫妻の関係に、そんな裏があったなんて」

「冷静に考えれば矛盾だらけの関係だ。セシリアが気付く可能性も十分にあった」

「驚いたって言うのはそれだけじゃなくて……あなたが行動を起こしたこともよ」

「…………」

 

 探るような視線を向けながら、彼女は静かに続けた。

 

「この一週間、あなたと一緒に過ごしてきたのは誰だと思ってるの? 一瞬で相手の全てを暴いてしまうあなたでなくとも、ある程度はあなたの人間性も見えてくる」

「…………」

「あなたは、相手に請われたり危急の事態にならない限り相手の事情に必要以上に踏み込むことはしない。それは冷たいのとは違う。何を知っていてもあくまで自分は他人でしかないと弁えているから」

「……調べたのは俺ではなく社の人間だがな」

「同じことよ。例えあなたが依頼したわけでなくとも、あなたは自分の意思で、彼女に真実を伝えた。……ましてやオルコットさんは数日前に出会ったばかり。まだ友人ですらなかった。そんな風にしてあげる義理なんてないはずよ」

「……そうだな」

「聞いてもいいかしら? 何故、そんなことをしたの?」

 

 

 

§

 

 

 

「聞いてもいいかしら? 何故、そんなことをしたの?」

 

 問いを口にして、私――更識楯無は目の前の青年、イチカ君を見つめた。

 これまでずっと観察してきた中で見えた彼の人間性からして不自然な行動。

 もしかしたら、彼の謎に包まれた素性のヒントが得られるかもしれない。

 

 ――イチカ・ロウ・ヴァンフリーク。

 今年からIS学園に入学してきた、二人目の男性操縦者。

 ヴァンフリークグループ総取締役マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークが起業した際、彼女の秘書として入社。

 元は孤児で、マギアルカ氏に拾われたとあるが……それ以前の経歴は、不明。

 

 彼がいくらでも調べていいと言ったので、早速調べてみたのだが、結果を言えば何も分からなかった。

 どれだけ調べても出てこないのだ。かつてのイチカ・ロウ・ヴァンフリークについての情報が。

 まるで、痕跡一つ残さずこの世界から消え去ってしまったかのように。

 

 果たして……彼は、ゆっくりと俯けていた顔を上げて、私を真っ直ぐ見据えた。

 

「せっかくの家族なんだ。いつまでも……亡くなってしまってからも、争っていてほしくはないだろう?」

 

 口にしたのは、常識的な倫理観を持っていれば誰もが口にするであろう一般論。

 けれど――彼の闇を切り取ったかのようなその瞳には、言葉以上の感情が渦巻いていた。

 羨望、嫉妬、諦念、後悔、自嘲、悲嘆……ありとあらゆる負の感情が込められたその瞳に吸い込まれてしまいそうな……そんな錯覚さえ感じる。

 

「セシリアは運が悪く、また運が良かった。亡くなってしまってからでしか御両親の真意を知れず、しかし知ることができた」

「…………」

「まだ、取り返しがついた」

 

 淡々と語る彼の声からは、必要以上に感情が削ぎ落とされていて。

 また、その言葉に……誰よりも大切な、たった一人の妹のことを思い出して、ズキッ、と胸に痛みが走った。

 

 観察眼に優れた彼がそんな私を見逃すはずもなく。

 

「お前も、何か問題を抱えているなら自分から行動を起こした方がいい。時間が解決してくれるなんて考えるな。よかれと思って、なんて言い訳にもならない」

 

 やはり、淡々と。声を荒げるでも、潜めるでもなく。

 まるで独白するように。透徹した目でどこかを見据えて。

 少し目を離せば消えてしまいそうな儚さを纏った彼に、私は何も言えなかった。

 思考が漂白されて、ただ彼の整った顔を見つめるだけ。

 

 固まってしまった私の表情を見て、イチカ君は苦笑。億劫そうに歩き始めた。

 俄に反応できない私の横を通り抜け様、彼は耳元でそっと囁いてきた。

 

「――第二回モンド・グロッソ――」

「……え?」

 

 鸚鵡返しに聞き返すが、彼は振り返ることもせずに

 

「好き勝手言った詫びだ。ヒントだよ」

 

 ヒント……イチカ君の過去に繋がる……ヒント?

 そのままテラスから出ていってしまった彼を見送ってからも、私の思考は停滞したままだった。

 

 

 

§

 

 

 

「あぁ……まったく。お前の言う通りだよ、楯無」

 

 

 

「何してんだろうな、俺は……」

 

 

 

§

 

 

 

 水面に浮かぶ月の影が、ゆらりゆらり。二人の少年少女の心を映し出すように、緩やかに揺れていた。




 と、前書きからもわかる通り、この話書き始めたの大分前です。
 駄目元の10連でシトナイちゃんお迎えしたので死ぬ気でロストベルト進めてます。オニランドいきたい。
 あとヴェンデッタもはじめて時間が全然足りない。

 次は例によって間が空くと思います。
 影の薄いアイリのエクストラでも書こうかなぁ。


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Sub-story.1 アーカディア兄妹との一日

 どうも侍従長です。
 遅れてごめんなさい(恒例)。

 作者の息抜きも兼ねて、出番の少ないアイリ回。後半はルクス(彼女のお兄さん)とのオハナシ(肉体言語ではない)。
 というかたぶんこの一夏じゃルクスには勝てない。


 世界の命運をかけたフギル・アーカディアとの決戦から数ヵ月。ある春の麗らかな日。

 俺こと織斑一夏は、ソフィーを伴うこともなく、単身アティスマータ新王国の王都に来ていた。

 もちろんただの観光ではなく、『七竜騎聖』補佐官としての公務の一貫だ。

 尤も、ついでに普段あまり会えない彼女(・・)との時間を作ってやるという目的もあるのだが。

 

 王城に程近い場所にある大きな噴水の縁に腰かけて、俺は何をするともなしに周囲を眺める。

 ロードガリアの名を冠する街は、王都の名に恥じない賑わいを見せていた。

 かつての戦い、最終決戦の舞台となったのはまさにこの街だ。激戦の傷跡はあちこちに残っている。

 一部倒壊した建物が散見されたり、抉れた街道などが目に入ったりもするが、そこで暮らす人々の表情に悲観的なものはない。

 道行く主婦も、客引きをする露店商も、胴馬声で怒鳴る大工の棟梁も、元気よく遊ぶ子供たちも。

 誰も彼も、突如降りかかった災禍にも屈さず、明日へ進もうと言う眩しいほどの希望の輝きが見える。

 この光景には、戦乱の混乱を見事鎮めて見せた現女王の尽力もあったのだろうが……俺たちや、友人であるルクスたちの働きもあってのものだと思うと、何とも誇らしい気分になれる。

 

 思わず、ふっと口許を綻ばせると、不意に目の上に柔らかい何かが押し当てられ、視界が塞がれてしまった。

 続けて聞こえてくる、どこか恥ずかしそうな澄んだ声。

 

「だ、だーれだ?」

 

 ……正直、視界を塞がれても気配と声だけで下手人が誰かなどすぐに分かるのだが、野暮なことは言うまい。

 俺は我知らず口許に笑みを刻みながら、目の上に置かれた手を優しく握る。

 驚いたようにその手が震え、動きを止めた隙に、俺は一気に背後へ振り返って、

 

「……ぁ」

「やぁ、アイリ。随分と可愛らしい悪戯をするようになったな?」

「……えへ」

 

 からかうように言うと、その少女――アイリ・アーカディアは可愛らしくはにかんだ。

 今日の彼女は、春の日にマッチしたシンプルな萌葱色のワンピースを着ていた。随所にフリルが付けられているがそれが悪目立ちしない絶妙な塩梅の辺り、制作者の腕前を推し量れる。

 ワンピースの裾から伸びる折れそうなほどに細い手足に、柔らかな日差しを反射して淡く輝く銀髪も相俟って、正に妖精のよう、という形容が相応しかろう。

 現に、既に周囲からかなりの視線を集めている。

 

 見せつけるように、アイリの髪をそっと撫でると、猫のようにうっとりと目を閉じた。

 彼女はこのスキンシップがお気に入りなのだ。

 

 

「えっと……一夏さんに会いに行くって言ったら、ティルファーさんにやってみろって言われて……」

「ティルファー……ああ、三和音(トライアド)の真ん中の娘か」

「何だか三つ子みたいな言い方ですね……そ、それで、一夏さん。その……」

「ん?」

 

 顔を赤くして俯いたアイリは、ワンピースの裾をきゅっと握って、上目使いにこちらを見上げて、

 

「このワンピースも、皆さんに見繕ってもらったんですけど……その、どう、です、か?」

 

 期待と羞恥、少しの恐怖に瞳を潤ませて、おずおずと訊ねてくるアイリのその姿は、どこか小動物のようで。

 端的に言って、クるものがあった。大抵の男ならこの表情をされただけでノックアウトされるだろう。

 これが完全に無自覚無意識だというのだから、恐ろしいものだ。

 だが、例えその表情がなくとも、俺が返す言葉は決まっていた。

 

「もちろん、よく似合ってる。可愛いよ、アイリ」

「……ほんと、ですか?」

「ああ。嘘なんて言うものか」

「……えへへ」

 

 嬉しそうに顔を赤くしてはにかむ表情の、恐るべき破壊力よ。

 美少女なんぞソフィーで見慣れている俺でさえ、グラッと行きかけた。

 多分ソフィーと違って、演技っぽさがないからだろうな。出来るだけアイリにはこのままで居てほしいものだが、ソフィーとかなり仲良くしているらしいので心配ではある。

 いやまあ、ソフィーとアイリで俺を挟んで愛憎入り乱れた泥沼の争い、なんてことになっていないだけ感謝すべきなのだろうが。

 ……一番悪いのは、アイリからの想いを自覚しておきながらはっきり告げられていないのをいいことに目を背けている俺だという事実は棚にあげる。

 

「……さて、ずっとこうしてもいられない。時間は有限なんだから、行こうか? 王都、案内してくれるんだろう?」

「あっ、は、はい! 任せてください!」

「相手の女子にエスコートされるというのも、複雑な気分だけどな」

「ふふっ、なら今度は一夏さんにエスコートをお願いしてもいいですか?」

「何なりとお申し付けを。どこへでもご案内いたしますよ、お嬢様?」

 

 芝居がかって言った台詞に返ってきたのは、思わず見とれてしまいそうな柔らかい微笑。

 

 今日はいい一日になりそうだ、なんて我ながら現金なことを考えながら、案内人兼本日のデートの相手に並んで歩き始めた。

 

 

 

§

 

 

 

 それからの俺たちは、アイリの案内に従って王都内を歩き回った。

 主に見て回ったのは、日頃人が多く集まる主要な公共施設などだ。

 あの戦いで、ロードガリアは幻神獣(アビス)の大群に襲われたりなど壊滅的な被害を受けた。

 しかし、この国の住人は思っていたよりずっと逞しかったようで。主な施設はほとんど元通りになっていた。

 幻神獣(アビス)の死骸が一まとめにされて捨てられているのを見たときには度肝を抜かれた。

 丁度今夜、それを燃やしてマイムマイムする予定だったらしい。……何も言うまい。

 

 几帳面なアイリらしく、滑らかな語り口で、簡潔で分かりやすいよく整理された説明だった。

 素の記憶力がいいのだろう。質問をして、答えが返ってこなかったことはなかった。

 

 そんなアイリは俺の傍らを少し弾んだ足取りで歩いていた。

 その表情は穏やかに微笑んでいて、楽しそうである。

 俺たちの距離は大したものではない。どちらかが手を伸ばせばその手を取ることが出来るだろう。

 だが、俺もアイリもそうすることはない。

 こちらとしては別にそうしてもいいのだが、アイリは何というか控えめな性格で、こうして隣を歩いているだけで満足らしい。

 

 ロードガリアにはあまり来たことがなかったからな。アイリに頼りっぱなしで情けない限りだ。

 どうにか彼女を労うことはできないものか……そんな思考を始めたところで、

 

「あっ……」

「ん? ……あぁ」

 

 不意に立ち止まったアイリの視線を追えば、そこには、俺の世界で言うクレープを売っている露店が。

 

「欲しいのか?」

「えっ!? あ、い、いえ、大丈夫です! 時間もあまりありませんし、またいつでも食べにこられますから……」

「食べたいのは否定しないんだな。……よし」

「い、一夏さん? あ、あの……っ?」

 

 まだぐちぐちと言い訳するアイリを無視して、その露店の店員に話しかける。

 

「すまない。これを二つくれ」

「はーい! チョコとストロベリー、どちらにしますー? あ、ミックスっていうのもありますけどー」

「なら俺はチョコで」

「はーい。そちらの彼女さんはどうしますー?」

「か、かのっ……!?」

「……あれー? もしかして違いましたー?」

 

 純粋な表情で店員の少女から放たれた問いに、赤面して固まるアイリ。

 そんな彼女も可愛らしいが、それはともかく注文しなければならない。

 

「アイリ。君はどうする?」

「あ……で、でも私は……」

「遠慮するな。これは、今日案内してもらったことに対するせめてもの礼だ。受け取ってくれ」

「…………わ、わかりました。じゃあ、私はストロベリーを……」

「はーい! 少々お待ちくださいねー!」

 

 俺たちからの注文を受けるや否や、少女の手が目にも留まらぬ速度で動き始めた。

 鉄板で生地を焼いて、クリームや具を乗せて、形を整えてソースをかけて包み紙を巻いて。

 数秒と経たずに完成させた少女に拍手を送って、俺は二人分の代金を払ってクレープを受け取った。

 

「あ、お金……」

「お礼だって言っただろう? 俺の奢りに決まってる」

「えと……ありがとうございます、一夏さん」

「どういたしまして」

 

 喜びながらも礼を言うことを忘れないのは流石と言うべきだろう。

 隠しきれない嬉しさを滲ませて、アイリは早速小さな口を開けてクレープにかじりついた。

 途端、その表情が分かりやすいほどに輝いた。

 

「美味いか?」

「はい!」

「それはよかった」

 

 素直なアイリに微笑んで、俺も自分の分を口に運ぶ。

 ふむ……甘い。甘いが、しつこすぎないいい塩梅だ。

 向こうのクレープよりやや生地が厚い感じがするが、それも気にならない範囲。あとでレシピを聞いておこうか。

 

「アイリ、そっちの味も気になるんだが、いいか?」

「えっ!? は、はい……」

 

 あ、しまった。ついソフィーと接するときのようにしてしまった。

 訂正を入れようとするが、はにかみながらクレープを差し出してくるアイリに口をつぐむ。

 内心で謝罪しながら、それに口をつけた。

 舌の上に濃厚な甘味を感じるが、ストロベリーよりも真っ赤になったアイリに微妙な雰囲気になる。

 

「あ、あの!」

「ん?」

「い、一夏さんのも、いただいてもいい、です、か……?」

「……ああ、どうぞ」

 

 意を決したように訊いてくるアイリに、少し驚きながらクレープを差し出す。

 瞳を閉じて髪を耳にかけ、小さな口を開けるアイリの姿が妙に色っぽい。

 パクリと一口かじると、口許を押さえて元の体勢に戻る。

 

「あー、どうだ? 味は」

「えと、美味しい、です」

「…………」

「…………」

 

 何だこの空気は。

 ソフィーのやつは割と最初から開けっ広げだったから、実を言うとこういう雰囲気には慣れていないのだ。

 

 やがてアイリは何かを誤魔化すように赤い顔で笑うと、俺の手を引いて歩き出した。

 

「さ、さあ一夏さん! まだ案内したい場所はありますから……!」

「あ、おいアイリ、それは分かったが少し落ち着いて……」

「きゃっ……!」

 

 注意を促すが、時既に遅し。

 案の定側溝に足を引っ掛けてよろけたアイリを、慌てて手を伸ばして抱き留める。

 ついでに投げ出されてしまった食べかけのクレープも回収。

 何事もなかったことに安堵してアイリへ目を向ければ、思いの外至近距離に彼女の顔があって思わず硬直する。

 

「一夏、さん……」

「――すまない。わざとじゃないんだが」

「いえ……ありがとうございます」

 

 そっとアイリの体を離そうとするが、きゅっと服の裾を握られて動きを止める。

 アイリはどこか懐かしそうに目を細めて。

 

「……私たちが初めて顔を合わせた時も、こんな感じでしたね」

「ああ……そうだったな」

「あの時は、あなたとこんな風に、で、デート……するようになるなんて、思いもしませんでした」

「それは、俺もだな。あの時の君への印象は、同僚の妹ってそれだけだった」

 

 正直な俺の言葉に、アイリはくすりと微笑む。

 

「私、ずっと自分のこと、何も出来ない、無力な存在だと思ってて……兄さんのために、せめてこれぐらいは、って社交界に出て……王国の人たちと仲良くなったりして……そんなことしか出来ない自分が嫌で」

「…………」

「でも、あの日、あの時、あなたがかけてくれた言葉に励まされて……私は、自分を誇ってもいいのだと、知ることができました。そして、こんな……嬉しいような、苦しいようなこんな感情も、初めて知りました」

「……そうか」

 

 

「だから……ありがとうございます、一夏さん……大好き」

 

 

 俺の頬にそっと手を添えて。ふわりと、柔らかく微笑んで。

 そんな彼女の表情は、これまで見てきたどんな表情よりも透き通っていて……綺麗で。

 

「アイリ……」

「一夏、さん……」

 

 まるで吸い寄せられるように、二人の顔が少しずつ近付いていく。

 アイリがすっと目を閉じて、俺もまた瞼を――――

 

「おっ、おー……だ、大胆だな、妹も、一夏も……」

「出歯亀は趣味が悪いわよ、お姫様?」

「そういうあなたも、興味津々……はむ」

「こ、こんな往来でだなんて、少し羨ましいです……ハッ!? わ、私は何を!?」

「あらあら……お世継ぎは、アイリさんの方が早そうですわね、主様」

「あはは……嬉しいけど、兄としてはちょっと複雑かなぁ」

 

 閉じようとして、聞き覚えのある声に反射的に顔を上げる。

 少し遠巻きにして俺たちを眺めていたのは、否が応でも目立つ男女六人。

 簡単に言うと、没落王子と愉快なハーレムメンバーたちである。

 ……我ながら酷いな、この呼び方。

 

「えーと……こんにちは、一夏、アイリ」

「……ああ、こんにちは。リーズシャルテ姫殿下におかれましても、ご機嫌麗しゅう」

「ん、こんにちは」

「おう、元気そうだなフィー」

 

 何とも微妙な空気で挨拶を交わす俺たち。

 その中でふと、先程からアイリが一言も発していないことに気が付いて腕の中に目を向ければ。

 

「~~~~ッ!!」

 

 俺の服に顔を埋めて悶絶していた。僅かに覗く耳が真っ赤に染まっていて、途方もない羞恥に駆られていることが容易に伝わってくる。

 ……いや、まあ、恥ずかしいよなぁそりゃあ。

 表面上は平然としているが、俺とてこの状況でルクス(アイリの兄)と顔を会わせるのは運命を呪わずにはいられない。

 

 そんな俺たちを見て、ドリル姫……間違えた、リーズシャルテ姫は頬を掻きながら気まずげに、

 

「あー……邪魔した、よな?」

「…………ええ、まあ。できれば自重していただきたかったところですが」

 

 俺の言葉に、自覚があったらしい二つの金色と青の顔が逸らされる。

 

「……言い訳しておくと、一応私は止めたのよ? 下世話なことはやめなさいって」

「なっ、クルルシファーお前! むしろノリノリで覗いてたくせに! セリスだって何だかんだ言いながら興味津々だったじゃないか!」

「な、何を言うのですかリーズシャルテ!? わ、私はただアイリが心配で……決してルクスと私に置き換えたりだなんてそんな……!」

「……全部自分で言ったわね、この隊長様。まあ、気持ちは分からなくもないのだけれど」

「ほら見たことか! 結局セリスだってむっつりじゃないか! ……ま、まぁ、私だって、少し羨ましかったり……」

 

 口論していたかと思えば、三人揃ってルクスに意味ありげな視線を向ける国家レベルの重要人物たち。

 何と言うか……他所でやれよ。

 

 溜め息一つ。同じく溜め息を吐いていたルクスと苦笑を向け合う。

 ……お前、逞しくなったな。

 

 

 

§

 

 

 

 その日の夜。新王国王宮の、とある応接室の一つにて。

 女王陛下への使者としての仕事を終えた俺は、チェス盤を挟んで対面の人物………ルクス・アーカディアと向かい合っていた。

 

「……チェックメイト」

「……参りました」

 

 俺の勝利宣言に、両手を挙げて返したルクスは苦笑しながら、

 

「いやぁ、一夏は強いなぁ。終始押されっぱなしだったし」

「ルクスは割と素直だからな。手の内が読みやすいのさ」

「……クルルシファーさんとやった時も、同じこと言われたよ」

「何だ、エインフォルクとやったことがあったのか」

「うん。色々あって、クルルシファーさんの弱点を探そうってなってね」

「いや……何でそこでチェスを選んだ。どう考えても得意分野だろう」

「うっ……」

 

 と、和やかに談笑する俺たちだったが……まだ、本題と言える話をしていない。

 そもそもラフィ女王陛下との謁見を終えた俺をここに呼んだのはルクスなのだ。

 まぁ……ルクスのほうから誘ってくる話など、一つしかないのだろうが。

 

「さて……チェスも一段落したし、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「構わないよ。大体何の話かは分かるからな」

「話が早くて助かるなぁ。……うん、お察しの通り、アイリのことだよ」

 

 ……やはり、な。

 部屋の空気が少し変わったような錯覚を覚える。

 話を切り出したルクスは、どこか透き通るような微笑を浮かべて、

 

「僕は、アイリに心配をかけて、泣かせてばかりの不甲斐ない兄だけれど……それでも僕は、アイリの『兄さん』なんだ」

「……ああ」

「だから僕は確かめなきゃいけない。たった一人の妹が初めて好きになった人のことを、さ」

「…………」

 

 ルクスは、その灰色の双眸で俺を真っ直ぐ見据えた。

 

「一夏。君は、アイリのことをどう思ってるの?」

「――……俺は」

 

 答えようとして、言葉を止める。

 これは俺にとってもルクスにとっても……そしてアイリにとっても重要なやり取りだ。

 胸に手を当て、もう一度考えてみる。

 

 ……俺は彼女を、アイリ・アーカディアを、どう思っている?

 

 それこそが、ルクスへの、そして有耶無耶になってしまったアイリの告白への答えとなる。

 

 好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きの部類に入る。

 彼女から向けられる好意も嬉しい。それは嘘じゃない。

 だが、俺のこの感情は、本当にアイリのそれのような、恋愛感情なのか?

 

 もしそうなら、ソフィーは? アイリより先に出会い、アイリより先に好意を告げられたあの後輩へは?

 体まで重ねておきながら答えを返せなかった俺は最低だと自覚しているが……それでも、答えを出すことができなかった。

 俺の根幹に根差す失うことへの恐怖は、今尚薄れることなく残っている。

 

 黙りこくってしまった俺を見て、ルクスは苦笑して、

 

「まあ、君にはソフィーさんも居るから、悩むのはわかるけど」

「…………」

「それとも……君の過去の経験からかな(・・・・・・・・・・・)?」

「――――知っているのか?」

 

 思わず顔を上げて訊けば、ルクスはどこか面白がるような笑みを浮かべていた。

 

「前にマギアルカ隊長から聞いたんだよ。一夏をよろしく頼む、って言ってた。あの人もあんな顔をするんだ、ってちょっと驚いたよ」

「……プライバシーってものを考えろよ」

 

 頭を抱えるも、少しだけ感謝。

 同性の親友に自分の過去を赤裸々に語るなんてことをせずに済んだのは助かったと言っていいだろう。

 

「正直、君が元居た世界、そして君の町の人たちには色々言いたいことと言うか腹に据えかねるものがあるんだけど……それを踏まえた上で、一つだけ言わせて欲しい」

 

 そこでルクスは言葉を切って……次の瞬間、彼の表情が一変する。

 目元に皺を寄せて、口許を引き結んで、厳しい目で俺を睨んで……端的に言って、怒りの表情へと。

 

「アイリを、僕の妹を、馬鹿にしないでくれ」

「……!」

「あの娘は本当に優しくて、本当に強い娘だ。余程のことがなければ君を見捨てたりしない。例え君が罷り間違って世界から追われる立場になってしまったとしても、きっとアイリは君に付いていく」

「…………」

「そしてもし、君がどうしようもない外道に、悪に堕ちてしまったとしても。きっとアイリは君の傍を離れずに、ひっぱたいてでも連れ戻そうとする。……そういう娘なんだよ。君ならよく分かってるはずだろう」

「……そう、だな」

 

 ……思わず、納得してしまった。ルクスの言うその光景が容易に想像できる。

 ああ、まったく……俺の周りの女の子たちは、揃いも揃って強い娘ばかりだ。

 

 そんな感傷的な気分に浸っていると、不意にルクスから殺気のようなものが漂ってきた。

 首を傾げてその表情を窺えば、妙に凄みのある笑顔を浮かべていて、

 

「まあないと思うけど、もし万が一、君がアイリに本気で嫌われるようなことをした場合……分かるよね?」

「…………」

 

 言いながら、腰の機殻攻剣(ソード・デバイス)に手を添えるルクス。

 さしもの俺も頬を引きつらせるしかない。このシスコンめ……。

 尤も、俺とてそんな気はない。

 

「安心しろ。……少なくとも、アイリを泣かせるようなことはしないと約束する」

「うん、それで十分だよ」

 

 やれやれ……面倒臭いとも思うが、これが本当の兄妹というやつなのだろう。

 

「というか、そんな大事な妹を俺に預けていいのか?」

「君だからこそ、だよ。あの戦いを通じて君の人間性は知ってる。だから任せるんだ」

「……そうかい」

「ああ。――妹を頼んだよ、親友」

「――任せろ、親友」

 

 そう言って、俺たちは笑い合った。

 

 

 

§

 

 

 

「いやぁ、大変だね一夏も。人気者でさ」

「……………………………………」

 

 

 

 ……………………………………おまいう。




 アイリの出番増やそうとか言ってたら今度はソフィーの出番がなくなってることに気がついた。

 鈴のお話になったら……たぶん、出番は増えるはず、たぶん!


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Story.18 中華襲来

 どうも侍従長ですこんばんは(土下座しながら)
 活動報告でも言った通り、書いてたデータが丸々吹き飛びまして、モチベが虚数空間の彼方へと飛んで行ってしまって……はい、遅れましたごめんなさい。
 そこにさらに期末テストなんかも挟まってきまして。色々大変だったんです。


 今回でようやくチャイナ娘登場です。色々キャラの口調とかで苦戦しました。楽しんでいただけたら幸いです。


 あ、それとカスタムキャストでソフィーとアナスタシアをイメージを作ってみました。暇があればどうぞ……え? 遊んでないで書けって? ごもっともです。

ソフィー

【挿絵表示】


アナスタシア
 立ってんじゃねぇかおめえどうなってんだってツッコミは許して……。

【挿絵表示】



 イチカ・ロウ・ヴァンフリークの朝は早い。

 寮の快適なベッドから起き出すのは、まだ日も上りきらない早朝。

 隣のベッドで眠るルームメイトを起こさないようにそっとベッドから抜け出して、その足で洗面所へと向かう。

 顔を洗い、着替えるのはISスーツ――と学園に申請してある装衣だ。その上に学園指定のジャージを羽織れば、準備完了。

 チラリとルームメイト――楯無の無防備な寝顔を見て笑みを溢し、イチカは音もなく部屋を出た。

 

 寮を出て、新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。

 向かうのはいつかの試合でも使った第三アリーナ。格好からも分かる通り、朝のトレーニングのためである。

 時折現れる幻神獣(アビス)の討伐などを行ってはいるものの、以前と違いいつでも鍛練に打ち込めるわけではない。

 そこで、こうして朝早くから鍛練を始めているのである。

 

 早朝トレーニングは既に始まっている。故に、移動はもちろん――全力ダッシュ(・・・・・・)だ。

 一体お前は何の限界に挑んでいるんだ、と言いたくなるような走りだが、その姿を見咎めるものはいない。

 やがてイチカは、息を切らすこともなく数分の後に目的地へ到達した。

 

「……流石にまだ居ないか」

 

 フィールドの中心に立って辺りを見回し、一つ息を吐く。

 ちょうどそのタイミングで、アリーナへ新たな人物が現れた。

 

「せんぱーい! ごめんなさい、ちょっと遅れましたー!」

「いや、時間通りだ。俺も今着いたところだしな」

「ですか? ならよかったです。……何か今の会話って、デートの待ち合わせしてたカップルみたいじゃないですか?」

 

 後ろ手に手を組んで前屈みの上目遣い。

 そんなあざとい仕草をする亜麻色の髪の少女――ソフィー・ドラクロワ。

 格好がジャージとは言え、なまじ整った容姿なだけにとても可愛らしい仕草ではあるのだが、

 

「……ハッ」

「ちょっ、鼻で笑わないでくださいよ!」

「はいはい可愛い可愛い」

「投げ遣り!」

 

 最初こそ美少女に慣れておらずドギマギさせられっぱなしだったイチカだが、今ではもうこの通り。

 からかってきたソフィーをイチカが適当にあしらい、それにソフィーが頬を膨らませるまでがワンセットである。

 そんな会話をしながらも、二人は体を軽く動かして筋肉を解していく。

 

 そして、

 

「じゃあそろそろ……始めるか」

「です、ねっ!」

 

 ――直後、ソフィーの鮮やかなハイキックが風を切り裂き、イチカの精緻極まる拳撃が空を穿った。

 互いに一撃を交わし合った二人はすぐさま飛び退いて様子見……に入ろうともせず、再び地を蹴って接近。

 至近距離から急所目掛けて打撃を叩き込み合う肉弾戦。先程までのある種甘い雰囲気は欠片もない。互いに真剣。殺気すら放っている。

 

 これが、二人のいつもの『トレーニング』である。

 

 

 

 マギアルカの教える武術に、明確な流派などは存在しない。彼女が使うのは、叔父から教わったと言う武術をこれまでに経てきた戦いのなかで自らに最適化していったものだ。つまりそれはマギアルカだけのための技術。

 故に、マギアルカは決して、二人に武術など授けはしなかった。

 最初に最低限(・・・)必要な体力をつけるための基礎トレーニング。次に『理』を授け――後はひたすらに、マギアルカとの手合わせ(タコ殴り)だ。

 

『何があろうと、絶対に、生きることを諦めるな。手酷い敗北を味わおうと、何度地を舐めさせられようと、どれだけどん底に突き落とされようと、生きてさえいればどうにでもなる』

 

 一度全てを失い、言葉通りどん底から這い上がってきたマギアルカの言葉には、その軽い声音に似合わぬ凄みがあった。

 だから、イチカとソフィーが諦めることはない。何があろうと、どれだけ劣勢に立たされようと、諦めることだけはしないと誓ったから。

 その誓いがあればこそ、二人は世界を敵に回して尚、戦い抜くことができたのだ。

 

「はぁっ!」

「ふっ……!」

 

 ……まあ、ただの脳筋理論と言ってしまえば、まさにその通りなのだが。

 

 

 

§

 

 

 

 イチカが教室に踏み入った時には、既にあらかたの生徒が出席していて、いくつかのグループに別れて談笑していた。

 朝っぱらから騒がしいことだ、と一つ嘆息。

 若干の眠気を欠伸と共に押し殺しながら席へと向かう。

 

「……ふむ」

 

 少しの興味が湧いて女子たちの会話に耳を澄ませてみれば、「転校生」「中国」だのといった単語が聞こえてくる。

 断片的な情報を統合するに、別のクラスに中国からの転校生がやって来た、ということらしい。

 

「おはよ~、いっちー」

「ああ、おはようのほほんさん」

 

 思考が一段落したところで声をかけてきた、間延びした独特な口調の少女――のほほんさんに挨拶を返す。

 そう言えばこの娘は、見かけによらず情報通な一面があった。まあ、お家柄的にそうおかしくはないのだが……もしかしたら件の転校生について知っているかもしれない。

 

「のほほんさん、さっき転校生って聞こえたんだが、何か知ってるか?」

「お~、いっちー耳が早ぁい! そだよ~、何でも中国のだいひょ~こ~ほせ~なんだって~。すごいよねぇ~」

「代表候補生、ねぇ……」

 

 何でそんなのがわざわざこんな島国まで…………十中八九、男性操縦者(俺たち)が居るからだよなぁ。

 たった二人の男子学生のために隣とは言え他国に駆り出されるその娘には同情を禁じ得ない。ついでに、お目当ての片割れがあんな(・・・)ではなぁ。

 チラリとその片割れの方を見れば、傍らに篠ノ之を侍らせて女子と楽しく談笑中だった。どうやらすぐ近くまで迫ったクラス対抗戦についてらしい。

 織斑は優勝を安請け負いしているようだが、どこからそんな自信が湧いてくるのやら。

 

「……理解に苦しみますわね。あれだけのことをしておいて、どうしてああも堂々としていられるのでしょう」

「さてね。どうせ、自分=天才=何をしても許される、みたいな図式が出来上がってるんじゃないか? おはよう、セシリア」

 

 ついでに言えば、織斑千冬>自分≫≫その他の人間、もだな。

 そんなことを考えながら、いつの間にか隣に来ていた豪奢な金髪の少女、セシリア・オルコットと挨拶を交わす。

 多分に呆れを宿した目で織斑を見るセシリアに、思わず苦笑。

 

「まあいいじゃないか。確かにあいつの才能は認めるが、腐らせていれば意味がない。ついでに、あいつが億が一勝ち抜いてしまおうが、無様に敗北しようが俺たちには関係ない。だろう?」

「……そう、ですわね。わたくしも、まだまだ完全に吹っ切れてはいないようですわ」

「吹っ切る必要なんてないさ。いつか溜まったもんを十倍にして返してやればいい」

「ええ! もちろんですわ!」

 

 ふふん、と意気高々に鼻を鳴らすセシリアの様子に、心の中で安堵する。

 あの夜以降本人に聞いたことはなかったが、彼女の様子を見る限り、両親のことについて納得できる決着を得られたらしい。最近はとても晴れ晴れした表情をしている。

 めでたしめでたし。世はこともなし、というやつだ。違うか。

 

「……そう言えば、セシリアは件の中国からの転校生について何か知ってるか?」

「そうですわね……ご本人については名前と顔ぐらいしか分かりませんけれど、本国からの情報によると、その方、専用機持ちのようですわ」

「へぇ? じゃあ少なくとも、実力者ではあるわけだ」

 

 尤もつい最近転校してきたばかりならば、クラス対抗戦に出場してくるかは微妙なラインだろう。

 確か四組にも代表候補生がいるんだったか? もし出場してくれば、優勝はその転校生と四組の代表とで争うことになりそうだな。

 どちらにしろ俺たちにメリットはないのだが。

 

「頑張ってね、織斑君!」

「学食のデザート半年フリーパスのためにも!」

 

 おや、そんな景品があったのか。

 

「だ、そうだぞのほほんさん?」

「私はいいかなぁ~。だって、いっちーが作ってくれたほうが美味しいし!」

「……良い子だ。今度何か作ってきてあげよう」

「わぁ~い!」

 

 うむうむ。何とも癒される笑顔だ。

 正直お菓子作りは単なる趣味でしかないのだが、まぁ、喜んでくれる人がいるのならば全力を尽くす他あるまいて。

 

「まぁでも、専用機持ちがいるのは一組と四組だけだし実際余裕だよねー!」

 

「――その情報、古いよ」

 

 女子のうちの一人の言葉に、どこからか反駁の声が聞こえた。

 思わず振り向いた先の人影は……何と言うか、ちんまかった。

 

「二組も専用機持ちが代表になったの。中国の代表候補生たるこの私、(ファン)鈴音(リンイン)がね……そう簡単に優勝できるなんて思わないでくれる?」

 

 扉に寄り掛かり、ニヤリと笑うツインテールの小柄な少女。

 空色の意思の強そうな瞳、幼さを色濃く残しながらも整った顔立ち。確かに美少女ではあるが……如何せん小さい。

 何もある一部分に限った話ではなく、彼女自身の体躯が同年代の女子と比べても小さいのだ。

 そのせいか、無理して偉ぶってるお子様にしか見えない。

 

 ふむ……どっかで見たような? 既視感があるようなないような。

 こちらの世界での知り合いなんて片手で数えられるぐらいしかいないのだが。

 

 鈴音と名乗る少女に最初に話しかけたのは、話題に上がっていた織斑だった。

 

「おっ、鈴じゃねぇか! 中学ぶりだな、元気してたか?」

「……ッ、春万……そうだった、アンタがいるんだったわね」

 

 明るく話しかける織斑に向ける凰の視線は、お世辞にも友好的なものとは言えない。

 それどころか、嫌悪と侮蔑、憎悪すら感じられた。

 基本外面だけはいい織斑にああも分かりやすい敵愾心を抱く女子と言うのは珍しい。

 

「つれねぇなぁ……幼馴染みだろ? もっと仲良くしようぜ?」

「……アンタとは同じ中学だったってだけ。幼馴染みなんかじゃないわよ」

「なっ……貴様! いきなり出てきて、春万に向かって何だその口の利き方は! 何様のつもりだ!?」

「私は私、それ以上でそれ以下でもないわ。アンタこそ何よ?」

 

 嫉妬混じりに怒鳴り付ける篠ノ之に、面倒臭そうに対応する凰。

 それを苦笑して見守る織斑だが、その目は決して笑っていない。

 いや、ヤツが凰に向ける視線は、最初から言葉を喋るロボットを見ているようなものだった。

 

「――まだアイツなんかのことを気にしてんのかよ?」

「……ッ!」

「おいおい、俺を睨むなよ。悪いのは俺じゃなくて犯人だぜ?」

「……分かってるわよ、そんなこと」

 

 ……何の話だ? いや、何となく織斑一夏()のことだろうとは察しがつくが、俺は鳳を知らない(・・・・・・・・)

 もしかしたら忘れているだけかもしれないが。

 

 うんざりとした様子の凰は、教室をザッと見回して……俺を目にしたところで、ピタリと動きを止めた。

 

「……?」

「あれ~? なんか、いっちー見てない~?」

 

 みたいだが……どうしたのだろうか。

 白昼で幽霊でも見たかのような表情をして、ふらふらと覚束ない足取りで近付いてくる凰。

 首を傾げてその動向を見守れば……眼前まで来るや否や、ぐわしっ! と言った感じで顔面を掴まれた。

 

「むっ……おい、いきなり何を」

 

「………………一、夏(・・・)……?」

 

「――――」

 

 その、自分でも信じられないと言うような声音の言葉に。

 一瞬、比喩ではなく心臓が止まった。

 

 衝撃で痺れた脳が少しずつ動き出し、緩慢ながら思考を始める。

 

 何故この娘は、俺=一夏だと看破できた?

 

 まず行ったのは、記憶の精査。

 大前提として、俺は凰鈴音という少女と知り合った記憶はない。

 織斑春万と幼馴染みだと言うのなら、織斑一夏のことを知っていっても不思議ではないが。

 だがその程度の繋がりならば、何故彼女は人目見ただけで俺と織斑一夏を繋げた?

 実の姉や弟、幼馴染みですら分からなかったと言うのに。

 必然的に、同じく一目で見破った束さんと同程度の関係はあったということになる。

 

 ……そして、何より――

 

「一夏……ホントに、一夏、なの? ほん、とに……」

 

 ……こんな風に、喜びと悲しみと、いくつもの感情が渾然とした目で(一夏)を見ていることの説明がつかない。

 

 そんなことを考えて、ようやく俺は口を開いた。

 彼女にとって、残酷かもしれない事実を。

 

「……すまないが、人違いだろう」

「ぇ……?」

「俺は、イチカ・ロウ・ヴァンフリーク。君が言っているのが織斑一夏という人物のことなら、彼と俺は別人だ」

「別、人……」

 

 しばらく、俺の言葉を咀嚼するように俯いていた彼女は、やがてそっと俺の顔から手を放した。

 そして、ばつが悪そうな、しかし尚も納得できていないような表情で、

 

「その、ごめんなさい。取り乱しちゃったわ。あなたが、私の知ってる人に、似てたから」

「いや、別にそこまで気にしてないさ。俺の方こそ悪かったな。糠喜びさせてしまったみたいで」

「そんなこと……! ……うん、そうね。糠喜びよね」

 

 ……相変わらず、俺は彼女のことを思い出せないけれど。

 それでも、(一夏)のことを思ってこんな顔をしている少女を放っておけるはずもなかった。

 弱々しく微笑む凰の姿に口を開きかけた俺は――彼女の背後から迫っている攻撃(・・)を反射的に迎撃した。

 

 それなりの威力を持った拳骨を、その勢いを絡めとるようにして大きく弾き飛ばす。

 続けて無駄のない動作で立ち上がり、凰を背中に庇って襲撃者……織斑千冬と相対した。

 

「おい、ヴァンフリーク……!?」

「貴様、千冬さんに何を……ッ」

 

 激昂するアホ二人は無視する。

 

 目を見開いて驚愕している織斑先生に、静かに声をかける。

 

「……注意する前に手を上げるのは、教師としてどうかと思うのですが」

「あっ、あぁ……。――凰、ホームルームの時間だ。早く教室に戻れ」

「え……はっ、はい! 分かりました、千冬さ……じゃなくて、織斑先生!」

 

 自分の背後で起こった出来事に呆然としていた凰だが、織斑先生の言葉に我に返って、教室に駆け戻っていった。

 それを見送って、俺も席に戻り……

 

「まだ何かご用ですか、織斑先生(・・・・)?」

「……いや、何でもない。お前たち、早く席に着け。ホームルームを始めるぞ」

 

 不自然なまでの無表情で踵を返す織斑先生に、面倒なことになりそうだ、と思わず溜め息を吐いた。

 ……最近、溜め息の回数が増えたなぁ。

 

 

 

§

 

 

 

「ちゅーごくからの転校生、ですか?」

 

 昼休み。隣を歩くソフィーが首を傾げる。

 食堂へと向かう道すがら、ソフィーに凰の話をしてみたのだ。

 

「えーっと、中国って……日本のお隣さんですよね? ラーメンの国!」

「いや、別にラーメンだけではないが……」

 

 この後輩、こっちの世界に来た初日にラーメンを食べて以来見事にハマってしまったようで。

 具体的に言えば、休日に一緒に出掛けた時の夕飯は必ずラーメンを食べに行くほどに。

 

 しかし、まあ……

 

「その反応だと、お前もマギアルカからは特に聞かされていないみたいだな」

「ですねー。ま、先生の悪ふざけは今に始まったことじゃないですしー?」

 

 我らが師匠にして世界最高の商人たるマギアルカならば、凰の情報を掴んでいないはずがない。

 いつもの悪ふざけで伝えていなかったか、純粋に忘れていたか、もしくは……

 

「先生、最近はたば……んんっ、博士のことで忙しそうですからねー」

「みたいだな……まあ、言ってみれば世界規模のテロリストを匿ってるみたいなもんだからな」

「『竜匪賊』の師団長と仲良くしてるみたいな感じですか?」

「しかも三人まとめて、だな。あの人の価値的に言えば」

「うひゃー」

 

 天災の頭脳、プライスレス。

 マギアルカ曰く、今は別に気にしなくてもいいらしいが……そこら辺はマギアルカの手腕に任せておけば問題ないだろう。

 今はそれよりも、

 

「なるほど? その凰さんは織斑春万の幼馴染みで、先輩のことをよく知ってるような素振りだけど、先輩自身はその人のことを知らない、と」

「ああ……どう思う?」

「先輩ナンパされてるんじゃないですか?」

「真面目に考えてくれ」

「と言われましても」

 

 ソフィーは芝居かかった仕草でうーん、と唸り、胸の前で腕を組んだ。

 

「そのままなんじゃないですか?」

「?」

「先輩と凰さんはどこかの時点で知り合っていて、先輩は忘れているけど向こうは今まで覚えていたってことです」

「……記憶にないんだが」

「自分にとっては取るに足らないことでも相手にとっては大事なこと、っていうのはよくあることですよ?」

「だがなぁ……もしあの時(・・・)、俺に普通に接してくるような相手がいたなら絶対に記憶に残ってると思うぞ」

「あー……」

 

 まあ、中には友好的な態度を装って、上げて落とすやり方で攻めてきた手合いもあったがそれは除く。

 凰のあの態度から、彼女が『向こう側』であったことは考えにくい。

 周囲全てが敵だったあの状況で、彼女のような存在がいれば、それはもう強く印象に刻まれていると思うのだが。

 

 話している内に食堂に到着。

 まずは食券を買うために食券機へ向かう。

 

「何にしても、直接聞いてみれば済む話じゃないですか。……私もちょっと興味ありますし」

「……そうだな」

「やっと来たわねヴァンフリーク!」

 

 ……噂をすれば影、か。

 食券機の前には、仁王立ちで不敵な笑みを浮かべる凰の姿があった。

 

「凰、だったよな。何か用か?」

「用がなきゃ来ちゃいけないの?」

「いや別に」

 

 うん……用がないなら何で来た?

 凰の謎の行動に疑問符を浮かべていると、彼女は少し恥ずかしげに咳払いを挟んで、

 

「と、冗談は置いといて……お礼を言いに来たのよ」

「お礼? ……何についての?」

「朝の一件。千冬さんから庇ってくれたでしょ」

「あぁ……。何だ、そんなことか」

 

 律儀なことだ。ふっ、と息を吐いて苦笑する。

 と、そんな俺の仕草を見て、凰は何故か驚いたようだった。

 

「どうした?」

「えっ、あ、その……一夏も、そういう顔、してたから……」

「……そうか」

 

 何と言えばいいのか。いや、そもそも俺に何かを言う資格があるのか。

 未だに彼女のことを思い出すことすら出来ていない俺に、何が。

 

 暫し立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。

 振り向けばそこには、見覚えのある金髪縦ロールの少女と、萌え袖ゆるふわ少女の姿があった。

 

「イチカさん? ご歓談中申し訳ありませんが、そこを使わせていただいても?」

「そ~だそ~だ~、不法占拠(ふほーせんきょ)だぞいっちー!」

「っと……セシリアに、のほほんさんか。悪いな。……凰」

「あっ、ちょ、ちょっと待って! 私まだ買ってないのよ!」

 

 今まで何してたんだお前。

 

 

 

§

 

 

 

 それぞれの昼食を確保した俺たちは、初対面であるセシリア、のほほんさんと凰の自己紹介を終え、そのまま五人揃って一つのテーブルに着いた。

 色々と話したいことはあるが、生憎昼休みと言えどそう時間はない。行儀は悪いが食べながら話そうと言うことで、食事を開始する。

 日本人ののほほんさんと中国人だが日本に住んでいたと言う凰が手を合わせ、俺、ソフィー、セシリアがそれに倣う。

 俺も元日本人なのだが、国籍不明の元孤児という設定なのでいきなりいただきますをしては不自然なので。

 

 一斉に料理に手を伸ばし、全員が一口ずつ口に運んだところで、口火を切ったのは凰だった。

 

「ヴァンフリーク、その……何回も、ごめんなさい。あなたと一夏は、違う人、って分かってるんだけど……」

 

 本気で申し訳なさそうにする凰に、俺は努めて軽い調子で返した。

 

「気にするな。世界には似た顔の人間が三人は居るって言うしな、そんなこともあるだろう」

「そう、ね……うん、ありがとう」

 

 俺の意図を汲んだ凰はそれ以上引き摺ることなく、明るい笑みを見せた。その様子に安堵する。

 とそこで、セシリアが恐る恐ると言った感じで口を挟んできた。

 

「あの……お二人の話に出てきた、一夏さん、という方は……」

「……まあ、知らなくても無理はないわね。フルネームで織斑一夏。姓から分かる通り、千冬さんの実の弟にして春万の双子の兄。ヴァンフリークは知ってたみたいだけど……」

「アイツと戦ったときに、な。ずいぶんと口汚く罵ってたから、仲が良かったとは言えないようだが」

「そう……アイツ、何年経っても全然変わんないのね。あの気持ち悪い笑顔も」

 

 チッ、と舌打ちし、心底からの嫌悪感を露にして吐き捨てる凰の姿に気圧されながらも、セシリアは不思議そうに続けた。

 

「おかしいですわね……かの『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』の弟だというのなら、少しぐらい情報が入ってきてもいいはずですのに……」

「確か、第二回モンド・グロッソの折に発生した誘拐事件に巻き込まれて、現在は行方不明なんですよね?」

「「「ッ!?」」」

 

 言い淀んだ凰などお構いなしに、しれっと爆弾を投下したソフィーに俺以外の視線が集中する、

 

「あ、アンタ……」

「あ、自己紹介が遅れました! 私、ソフィー・ドラクロワって言います! 先輩共々よろしくお願いしますね、鈴さん!」

「え? あ、うん、よろしく……先輩って?」

「イチカ先輩のことです。学校では同級生で同い年ですけど、会社では先輩なので」

「あ、あぁ、なるほどね」

 

 あまりにも落差のあるソフィーの態度にたじたじになる凰。すまん、そういうやつなんだよ。

 場違いなほどに明るく笑うソフィーに、のほほんさんですら苦笑気味だ。

 

「わ~、私よりマイペースかもぉ~……? それにしても、どらちゃんよく知ってたね~?」

「以前ちょぉっと機会がありまして。……どらちゃんって、もうちょっとなんとかなりません?」

「え~? じゃあフィーちゃん?」

「それは私の姉弟子ですねー。もう一声!」

「むむむ~……そーちゃん? ラックー? それともソフィソフィ~?」

 

 この時、俺、セシリア、凰は直感した。あっ、この二人似た者同士だわ、と。

 ある意味天才と呼べるかもしれない。……シリアスな空気を木っ端微塵に破壊するという才能の。

 緊張感に溢れていた空気はいつの間にやら霧散し、どこか弛緩した空気が漂っている。

 

 気を取り直してうどんを啜りながら二人を見やる。もしや、空気を変えるべくわざとあんなアホなやり取りをしたのでは、と思ったのだが、

 

「それじゃ何か祖父祖父(ソフィソフィ)みたいじゃないですか! もっと別なのがいいですー!」

「うぅぅぅぅ~! あだ名付けにくいそっちが悪いんだよぉ~! あと注文多すぎぃ~!」

 

 違うな。これ、どっちも素だ。

 期待して損した。嘆息を、うどんの麺と一緒に飲み込む。

 思わず、と言った様子で苦笑をこぼした凰は、咳払いを挟んで話を続けた。

 

「ま、まあそういうことよ。犯人はどこかの国に雇われた犯罪グループのメンバーだったらしいわ。犯人の目的は、織斑千冬の連覇の阻止。一夏を人質にして、日本政府に働きかけ、織斑千冬の決勝戦の出場を止めさせようとしたのよ」

「そんなことが……でも、織斑先生は出場して、実際に優勝して――っ、まさか!?」

「多分、握り潰されたんでしょうね。子供一人の命を捨ててでも、日本政府は織斑千冬に優勝してほしかったのよ」

「何てことを……っ! 仮にも多くの人々が住まう国一つを引っ張っていく以上、国民を守ることは国の義務であって然るべきなのに……!」

「そう言えるアンタは、為政者としての素質があると思うわよ。……斯く言う私も、その件を知ったときは本気で首相官邸に突撃駆けてやろうと思ったけどね」

 

 義憤に駆られて立ち上がるセシリアに、拳を握り締めながら低い声で呟く凰。

 それだけで、彼女たちが本当に善良な心根の持ち主であることが分かる。

 しかし残念ながら、この世界でも向こうの世界でも、汚い大人と言うのは居るものなのだ。そして時には、その汚さが必要になることもある。

 

「それで、その一夏さんはどうなったんですの?」

「決勝戦を終えて一夏の一件を知った千冬さんは、協力を申し出てくれたドイツ軍と一緒にすぐさま現場に向かったらしいわ。……けど、そこには誰も居なかった」

「誰も……?」

「ええ。犯人グループも、一夏も、誰一人としてそこにはいなかった。残っていたのは、散らばったラジオとかの小道具に……十発近い数の薬莢と、ぶちまけられた夥しい量の血痕だけだった、って記録にあったわ。……DNA鑑定で、その血は一夏のもので間違いないと分かった」

「つまり、一夏さんは、もう……」

 

 言い合いをしていたソフィーとのほほんさんも、いつの間にか着席して耳を傍立てている。

 

 沈痛な面持ちのセシリアが濁した言葉の続きは、聞かずとも容易に想像できる。

 しかし、対する凰の表情に、絶望や悲嘆の色はなかった。

 

「普通に考えればそうでしょうね。……けど、何でかしらね。一夏は今も、どこかで生きている……そんな気がするのよ」

「え?」

「まあ、ただの勘でしかないんだけどね?」

 

 そういって苦笑する凰だったが、この場に集う者の中で、彼女を嘲笑うような人間はいなかった。

 ……というか、この通りピンピン生きてるしな。下手なことは言えない。

 げに恐ろしきは女の……いや、チャイナ娘の勘か。

 

「……そうだと、いいですわね」

「ええ。と言うか簡単に死なれちゃ私が困るのよ。まだ言いたいことが色々あるのに!」

「言いたいこと、って?」

「――お礼と、謝罪よ」

 

 俺の問いに、凰は全く逆の二つの事柄を回答として口にした。

 その時の凰の表情は、感謝と、憧憬と……そして、深い深い後悔に彩られていた。

 

「私、小学生の時に日本に来たんだけど……転校してきた小学校で、虐められてたのよ」

「…………」

「来たばっかりで、日本語も少ししか喋れなくて。『宇宙人』とか言われたりもしたわね」

 

 子供は、無邪気な生き物だ。無邪気とは、悪気なく他者を傷つけられると言うこと。

 相手の立場になって考えると言うことが出来ない、しない子供たちは、『無邪気』な言葉や行動で、誰かを傷つけてしまう。そしてその事に気付かず、さらに追い詰める。

 きっと彼女を虐めていた連中も、遊びで蟻の巣穴を潰すような、軽い気持ちでしかなかったのだろう。

 

 しかし、自らの過去を語る凰の表情に、悲壮感は全くなかった。

 

「慣れない環境での生活って言うのもあって、当時の私は相当に追い詰められていた。――そんな時だったわ。彼が、織斑一夏が、私の前に現れたのは」

 

 当時のことを思い出しているのか。胸に手を当て、目を伏せる凰の表情は穏やかで。

 

「一夏が、私を助けてくれた。当時から近所で有名だった春万のフリ(・・)をして、ね」

 

 ――少しずつ、蘇ってくる記憶があった。

 そうだ。俺はあの時、その少女の姿を目にした。

 部屋の隅に座り込んで、膝を抱え、肩を震わせる小さな少女の姿を。

 明るい茶色の髪をツインテールにした、可愛らしい少女だった。……目の前の少女とは大違いの、弱々しく簡単に折れてしまいそうな、儚げな少女だった。

 

「春万の名前が効いたんでしょうね。それ以降、私を虐める人はいなくなったわ。……嬉しかった。本当に嬉しかった。一夏が、あの地獄から私を救ってくれたの」

 

 放っておけなかった。自分の方がもっと悪い立場に居ることを自覚していても、一人の少女の涙を見逃すことが、俺にはどうしてもできなかった。

 我ながら安っぽい正義感だと自嘲するが、だが、それでも……こうして、一人の少女を救うことができたのなら。

 

 きっと、それでよかったのだろう。

 

 柔らかく微笑む凰に、のほほんさんがふにゃりと笑って、

 

「そっかぁ……一夏くんは、リンリンのヒーローなんだね~」

「ヒーロー……うん、そうね。一夏は、私のヒーローなの」

 

 二人は共に笑い合い、話は丸く収まった……と、思ったのだが。

 

「それで、凰さん。謝罪したいことって言うのは何なんですか?」

 

 その空気に水を差すように、鋭く差し込まれるソフィーの質問。

 窘めようとした俺だったが、凰を見るソフィーの目を見て、思わず口を噤んだ。

 

 その美しい面に浮かぶのは、決して心から笑っていない口元だけの笑み。

 周囲から見て分からない程度に細められた瞳は、目の前の人間をどこまでも冷徹に『観察』している。

 あの目は、目の前のモノ(・・)が自分にとって利益となるか否かを、見定めようとする目だ。

 

 誰とでも仲良くできるというソフィーの性格上誤解されやすいが、ソフィーの人を見る目は非常に的確だ。

 生まれ持った才覚と、大商人の娘として多くの人間を見てきた彼女の観察眼は、こと『敵か味方か』を見抜くことにかけては超一流。

 その『目』を見込んで、マギアルカが商談の場へ連れていくほど。

 今ソフィーが見極めようとしているのは、俺にとって利益となるか否か。対象は、凰鈴音。

 

 幸か不幸か、凰はそれに気付かない。

 先程までの喜色を、拭い切れない悔恨の色で染めて、

 

「何も出来なかったこと」

 

 喉の奥から絞り出すように、震える声で、

 

「私と同じく……ううん、もっと酷い状況にあった一夏に、何もしてあげられなかったこと」

「それは……どういう……?」

 

「虐められてたのは、私だけじゃなかったってことよ」

 

「一夏もそうだったの。それも、私みたいにクラスの人から、ってだけじゃない。そんなものじゃない」

 

学校中、町中から(・・・・・・・・)、よ。一夏にとっては、周囲の全てが敵だった。誰一人として、一夏を助けるために傍に行こうとする人は居なかった。……実の家族ですら、そうだった」

 

 ――誰もいなかった。ああ、まさしくその通り。かつての友達と顔を合わせる機会は消え、顔を合わせたこともない人からすれ違い様に罵声を吐かれ、クラスメイトからは寄って集って殴られ、教師には徹頭徹尾無視された。

 姉はバイトで忙しく家の中ですら会うことはなく、弟はむしろ率先して俺を貶めようとしていた。

 まさに孤立無援、四面楚歌、そんな言葉が相応しい状況だった。

 

「正直、よくもあんな状況で、自殺しなかったと思うわよ」

 

 凰によって淡々と語られる、度を越した『虐め』に、誰もが息を呑んで固まる。

 学校全体で、町全体での虐めなど、そんなものが本当に存在するのか、といった感じだが、残念ながら事実だ。

 この世界には、そんなことを容易く行う人間もいるのだ。

 

「な、何故ですの……? そこまでして、ただ一人の子供を貶める必要がどこにあるというのですか……?」

「――天才じゃなかったから」

「え……?」

 

 目を見開くセシリアに視線をやって、凰は弱々しく微笑んだ。

 

「姉である千冬さんや、『神童』と呼ばれた春万と比べて、一夏はあまりにも凡庸だった。勉強の成績も、剣道の腕も、どれもこれも、一夏は二人に劣った。だから、よ」

「そんな、ことで……っ」

「一夏も決して成績が悪かったわけでも、特別剣道が弱かったわけでもない。多分、一夏は自分に才能がないことを、誰よりも理解していた。だから必死に努力していた。周囲から嘲笑されても罵倒されても。一夏は絶対に止まらなかった」

「……っ」

 

 何も言えず沈黙してしまうセシリア。しかしただ一人、ソフィーだけは言葉の矢を放つことを止めなかった。

 

「それで、そんな一夏君を前にして、あなたは何をしてたんですか?」

「ソフィーさん、そんな言い方は……!」

「いいの、セシリア。ソフィーの言う通りだから」

 

 ソフィーを咎めようとしたセシリアを制して、凰はソフィーと真っ直ぐに向き直った。

 

「もちろん私だって、何度も一夏を助けようとしたわ。私だけじゃない、弾や数馬――以前から一夏と仲の良かったヤツらも同じだった」

「なら……」

「けど、出来なかったのよ。私たちが一夏に近寄ろうとすると、決まって邪魔が入った。隙を窺っても、必ず誰かが間に入ってきた。そんな風にしている内に、進級時のクラス替えで私たちの全員が一夏から引き離された」

「……徹底してますね」

 

 吐き捨てるように呟くソフィー。

 

 ……その辺りのことは、当事者である俺も知らなかった。いや、当事者であるからこそか。

 俺一人のためにそこまでするか、と、怒りよりも呆れの感情の方が先に出てくる。

 そして……凰を始めとして、俺のことを気にかけていてくれた人が居たというのは、何と言うか、不思議な気分でもあった。

 味方なんて居ないと思っていたが、少し視野を広げてみれば、彼女のような人が居てくれたのだ。

 それを知っていたなら、誘拐された時に、もしかしたら諦めずに踏ん張れていたかもしれないな。まあ、今それを言っても仕方のないことだが。

 

「結局私は何もできずに、両親の離婚で母国に帰らなきゃならなくなった……何も、本当に何もできなかった」

「…………」

「だから。もし本当に、一夏が今も生きているというのなら。私は、助けてくれてありがとうって……なのに、助けてあげられなくてごめんなさいって……ずっと一人にしていて、ごめんなさいって。そう言いたいの」

「――ッ」

 

 ああ、そうか。(一夏)は……一人じゃなかったのか。

 

 凰の言葉を聞き届けて、ソフィーはそっと目を閉じた。次に瞼を開けた時には、いつも通りの笑顔があった。

 ソフィーの中で、何らかの折り合いが付いたらしい。少なくとも、凰はソフィーの敵とならずに済んだようだ。

 

「そうですか。……また、会えるといいですね」

「……うん」

 

 おい、こっち見るな。分かってるよ、そんな目をするなって。




 次の話で、ようやくソフィーのISが登場します。
 戦闘描写なので、たぶんいつもよりは早く更新できると思います(フラグ)


【急募】ソフィーのあだ名求む!
 作者の貧困な発想力では思いつきませんでした。なんかいいのがあったら教えてくださいお願いします。それによって、この作品での一部のキャラの登場頻度が変わります(オイ)


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Story-19 翡翠の狩人

 どうも侍従長です。

 ロストベルト3やイベントで忙しく更新できませんでした……。ブラダマンテちゃん欲スィ……けどぐっちゃんと項羽に全部使ってもうた……。
 ストーリー更新した直後にかわいい鯖追加すんのやめてほしいですわぁ……。

 そんなこんなでパソコンに向かってたら、いつの間にか俺ガイルとワルトリのクロスオーバーのプロローグが書き上がってた話。……何があった?

 何はともあれ、今回は戦闘八割です。
 もちろん戦うのはあの人。機体はサブタイからお察しの通り猫耳アーチャーでございます。
 後半興が乗ってかなり無理のある展開になってますが、深夜テンションなので許して(懇願)


 どうしてこうなった。

 俺、イチカ・ロウ・ヴァンフリークは、目の前の光景にしみじみそう思った。

 

 場所はお馴染み第三アリーナ。その観客席に俺の姿はあった。

 フィールドにISを纏って佇むのは、今の俺の新たな友人たる(ファン)鈴音(リンイン)と、我が後輩ソフィー・ドラクロワ。

 

『さぁ……準備はいいかしら?』

『えぇ。いつでもどうぞ』

 

 不敵な笑みを浮かべる二人の少女……。

 

 さて、もう一度言おう。

 どうしてこうなった?

 

 

 

§

 

 

 

 事の発端は、凰と再会した翌日、ホームルームが終わって直後のことだった。

 のほほんさんをはじめとする女子たちに別れを告げて立ち上がったところで、我らが1組の教室を襲撃したのは、やはりというか凰だった。

 扉を勢いよく開け放ち、仁王立ちで俺を真っ直ぐ指差して、凰は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ヴァンフリーク! 私と試合をしなさい!」

「……は?」

「場所は第三アリーナよ。先生の許可は取ってあるから場所の心配はしなくていいわよ」

「手が早いな……いやそうではなく、何故?」

 

 教室まで乗り込んできたかと思えば、いきなり喧嘩を吹っ掛けてくるチャイナ娘。

 みょんみょんと跳ねるツインテールに気を取られつつ、その故を問えば、

 

「だってあんた、強いんでしょ?」

「はぁ、まあ」

「だからよ」

「…………」

「…………」

 

 ……説明終わり?

 

 困惑する俺に構わず、凰は胸の前で腕を組む。

 

「アンタが春万に勝ったって聞いてね。あのバカ、性格はゲス中のゲスだけど、才能だけは本物だもの。腹立たしいことにね。ゲスのクセに」

「……そうか」

「そんな春万をボッコボコにしたって言うアンタの実力を、是非とも見せて欲しいのよ。どう?」

 

 後ろから抗議の声が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。

 

 ふむ。……まあ、俺としては別にどちらでもいいのだが。精々個人練習の時間が減るぐらいで特に実害はない。

 中国の代表候補生の実力を実地で体験できるのならば、それはむしろ大きなメリットとなるだろう。

 周囲の生徒たちが固唾を飲んで見守る中、俺は承諾の言葉を返そうとして、

 

「――その話、ちょぉっと待ったぁ!」

 

 出鼻を挫くように聞こえてきた声に、凰の後ろへ目を向ければ、そこには凰に負けず劣らずの偉そうなポーズを取るソフィーの姿が。

 何故か胸の前で腕を交差させ、左手で片目を隠して……また漫画でも読んではまったか?

 いやそもそも、いきなりやってきて何いってんだお前。

 

「アンタ……ソフィーだったわよね。どういうことよ?」

「ふふふ……決まってるでしょう。不肖わたくし、先輩の可愛くて強いパーフェクトキュートな後輩、ソフィーちゃんが、果たしてあなたが先輩の相手をするに値するか否かを見極めて差し上げます!」

 

 相も変わらずふざけたポーズとふざけた自己紹介だったが、言っていることは本気のようだった。

 しかし意外にも凰は乗り気になったようで、

 

「ふぅん? そう言えば、アンタも専用機持ちだったわね。本気なの?」

「ええ、もちろん本気です」

「私は代表候補生よ? 本気で勝てるとでも?」

「言わずもがな。私って負けず嫌いなので、勝てない勝負ってしない主義なんですよ」

「……へぇ」

 

 意訳すると、「お前相手とかマジ楽勝過ぎワロタだから喧嘩売ってんだよ言わせんなタコ」というソフィーの言葉を聞いて、凰はピクリと眉を跳ねさせた。え? 超訳? 何のことやら。

 まさに一触即発。共に笑顔で睨み合う二人はしかし、それ以上言葉を交わすこともなく、颯爽と踵を返した――

 

「……これ、どういうことなの~?」

「さぁ……」

 

 いやぁほんと、どうなってんだろうな。

 俺、当事者だったはずなんだがなぁ……。

 

「とりあえず、アリーナに向かいませんこと? わたくしもあの二人の試合は気になりますわ」

「……そうするか」

 

 そう言うセシリアの声は、高揚に弾んでいた。まあ、滅多に見られない戦いではあるか。

 釈然としない思いを抱えつつも、のほほんさんとセシリアを連れて俺は指定された第三アリーナへ向かうのだった。

 

 

 

§

 

 

 

 というわけで、話は冒頭に戻る。つまりは全て成り行きで、俺の存在は一ミリたりともこの状況に関与しちゃいないのだが。

 

 それなりに早く着いたはずの俺たちだったが、意外や意外、アリーナの席はその半分以上が埋まっていた。

 何でも、俺とは違ってコミュ力お化けなソフィーは入学数週間で既に相当数のお友達を作っているらしく、俺とのこともあって校内ではそれなりの有名人なのだとか。

「やっぱりたった二人の男子ってブランドには勝てないんですよねー……」と愚痴られたことがある。それを俺に言ってどうする。

 ともかく、そんな有名人と中国から来た代表候補生の試合ということで、この試合の注目度はそれなりに高い。

 

 二人の実力を推し量ろうとする者、物見高く見物に来た者、ネームバリューに釣られて来た者。

 多種多様な視線を向けられる張本人たる二人はといえば。

 

 中国の代表候補生、凰鈴音が纏うのは、真紅の龍。

 その手には、両端に刃の着いたあまりにも特異な青竜刀。いや、あれはもはや斬馬刀と言った方がいい気がする。

 しかし何より特徴的なのは、両肩の横に浮かぶ、棘つき装甲(スパイク・アーマー)の形状をした非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)であろう。

 

 あれこそが、中国が誇る第三世代機《甲龍(シェンロン)》である。

 

 対して、凰の対面に立つソフィーを彩るのは、凰の《甲龍》と補色をなす翠。

 翠と黒を基調に組まれた装甲は、極端なほどに無駄を削られており、猫耳を模したヘッドドレスも相俟ってしなやかな獣のような印象を受ける。

 腰の辺りには矢筒を模した非固定浮遊部位が浮いており、細やかな手で構えられるは大弓。

 

 かの天災が、ソフィー・ドラクロワのためだけに用意した、第四世代(・・・・)

 ギリシャ神話の純潔の狩人より、名を《アタランテ》と言う。

 

 共に戦闘準備を終えた二人は、口許だけの笑みを浮かべて言葉を交わす。

 

『さぁ……準備はいいかしら?』

『ええ、いつでもどうぞ』

 

 既に開始の合図は鳴らされている。後は、動き出すのみ。

 果たして先に動くのはどちらか。

 

「……イチカさん」

「どうした? セシリア」

 

 事前に売店で買ったポッ○ーを左隣ののほほんさんと一緒にポリポリしていると、逆のセシリアから話しかけられた。

 

「イチカさんはこの試合の結果がどうなると思っているんですか? ……そもそも彼女、ソフィーさんは強いんですの?」

「む……」

 

 ソフィーの実力を知っているのはこの学校では俺だけだからな。

 これまでに彼女たちが目にして来たソフィーの印象からして、ソフィー=強者というイメージは考えにくいのだろう。大部分はソフィーの自業自得なのだが。

 だが、まぁ……どうせ俺が言わなくとも、今日ここで、第三アリーナに集った全員が目にすることになるのだ。

 

 咥えていたポ○キーをチョコの付いていない部分まで食べきって、俺はニヤリと笑って、

 

「あいつは強いぞ? 具体的に言えば、全力で俺と戦って勝率四割をキープするぐらいには」

「え……」

 

 セシリアが呆けた声を漏らした……直後、試合が動いた。

 

 

 

§

 

 

 

 この試合で、先に動き出した……というより痺れを切らしたのは、凰鈴音の方であった。

 読み合いを放棄して、異形の青竜刀を振りかぶって愚直なまでに突っ込む。

 蛮勇とも取られかねないが、一応鈴音なりの策があってのことだった。

 

(相手の手の内が分からない以上、読み合いなんてしても意味がない。ただ待ってるだけなんて論外、向こうが動かないならこっちから突っ込む!)

 

 という、脳筋思考ではあったが。

 

(武器からして相手は遠距離型。まずは間合いを潰す。防御してきたらその上から叩き潰す、回避したなら追撃して切り伏せる、反撃してきたらそれも――……ッ!?)

 

 だがその突進は、強制的に制止させられた。

 射線をずらすために意図的に軸を揺らした鈴音の飛翔を嘲笑うかのような、正確無比な狙撃によって。

 顔面のすぐ横を駆け抜けていった翡翠の矢を見送って、体勢を立て直すが、

 

「ッ!? なっ……くぅっ!!」

 

 間を置かない二発目の狙撃。慌てて飛翔を再開すれば、飛行ルートに先回りするかのような狙撃が追加で放たれた。 

 卓越した操縦技術によって何とか回避し続ける鈴音だったが、永久にそれを続けることは不可能だ。何発目かの矢に行く手を阻まれて、足を止めてしまう。

 途端に降り注ぐ、翡翠の矢の雨。

 実際にはそこまでの密度ではない。精々一度に四、五本といったところだろう。

 だがその一矢一矢が、的確にこちらの急所へと撃ち込まれてくる。人間である以上反応せざるを得ない箇所へと。

 

「こんのぉっ!!」

 

 青龍刀を振り回して矢を弾き、改めてソフィーに向き直って……鈴音は思わず息を呑んだ。

 

 視線の先には、矢筒から生み出した矢を弓に番え、その鏃をこちらへピタリと向けるソフィー。

 常に笑顔を絶やさない彼女の瞳は、今や常の温かさなどどこにもなく、冷然とした目でこちらの一挙手一投足を観察している。

 そう、まるで、大いなる龍を狩らんとする、狩人のように。

 

 鈴音が一瞬怯んだ、その隙すらソフィーは見逃さない。

 五指の間に四本の矢を番え、一息に放つ。

 

(回避……は無理っ!)

 

 彼我の距離と弾速から回避は不可能と判断して――鈴音は、切り札の一つを切った。

《甲龍》に搭載された第三世代型兵器――《龍砲》を。

 

 直後、鈴音に迫っていた矢が、一斉に砕け散った。

 

「っ」

 

 それを目にしたソフィーの表情が、僅かに歪む。

 対照的に、強気に笑む鈴音。

 

「とりあえず、謝っとくわ……アンタの実力、正直舐めてた。大した精度ね」

「ふふーん♪ そうですよー? 私だって強いんですから」

「えぇ、今理解した。だから――全力で行くわ!」

 

 鈴音の宣言が轟き、《甲龍》の両肩の装甲が駆動した瞬間、それまでソフィーの居た地面が轟音と共に吹き飛んだ。

 

 

 

§

 

 

 

「……何ですの、あれ」

「狙撃だろう、それは」

 

 淡々と弓を射続けるソフィーを見て、セシリアが引き気味に呟く。

 何だか、自分の中で何かが砕け散ってしまったかのような表情だ。

 

「いえ、狙撃というのは分かりますが……何故弓であんな精度の狙撃を……ろくに狙いを付けているようにも見えませんのに……ああもう!」

「セッシー、どうどう~」

「わたくしは馬じゃありませんわ!」

 

 自棄っぱちになったセシリアもむべなるかな。

 それほどまでに、先程までソフィーが事も無げに行っていたことは常識外れなのだ。

 

 ソフィー・ドラクロワという少女は、マギアルカすら手放しで称賛するほどの『天才』だ。

 こと戦闘において、彼女の持つ才能は織斑春万やダグラス・ベルガーのそれすら凌駕する。俺など足元にも及ばない。

 しかも彼女は、持って生まれた才能に胡座をかくこともなく、努力を積み重ねている。

 水中で必死に足を動かしている白鳥のように。普段の余裕の笑顔は、それを隠すための隠れ蓑に過ぎない。

 今はまだ経験の差と、俺だけのアドバンテージのお陰で勝ち越しているが、あと一年もすればどうなるか分からない。

 

 ソフィー曰く、「弓も銃も大して変わらない」のだとか。

 ……そんなわけないだろ、と思うかもしれないが、ツッコんではいけない。

 

『気流とか相手の動きとかを読んで、狙いの場所に銃口を向けて、放つ。引き金を引くか矢羽を放つかの違いぐらいしかないですよ』

 

 そう聞いた時の俺の表情は、筆舌に尽くし難いものだったと思う。

 

 閑話休題。

 

「でも、まだどっちも本気じゃないよね~?」

「へぇ? 何でそう思う、のほほんさん」

「だって、ソフィソフィは最初の位置から一歩も動いてないし、リンリンは『アレ』を使ってないもん~」

 

『アレ』? あぁ、アレか。

 

「まあ、黙って見ているといい。どうせ、そろそろ本気を出すだろうからな」

 

 そう言った俺の言葉に呼応するように、凰が切り札の一つを切った。

 ソフィーの撃ち放った矢を、《甲龍》から生じた『見えない弾丸』が粉々に砕き散らしたのだ。

 

「へぇ……あれが、か」

「うん、中国の第三世代型兵器、『衝撃砲』~」

「空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出す――」

 

 ……なるほど。詳しい原理はともかくとして、中々に強力な武装のようだ。

 砲弾自体はともかく砲身すら見えないのは厄介だ。

 更に言えばその構造上、砲身射角に制限がない。つまり上下左右、真後ろにすら撃ってくるということだ。

 

「流石にアレは、イチカさんにもキツいのではなくて?」

 

 悪戯っぽく問うてくるセシリアに、俺はニヤリと笑って、

 

「問題ない。楽勝だ」

「「えっ?」」

 

 あまりに簡単そうに言い切ったからか、二人は呆気に取られたようだった。

 しかし実際、あの程度なら対処は至極簡単だ。

 

 派手に砂埃を巻き上げるフィールドを眺めながら、俺は呟いた。

 

「確かに一見強力無比な武装だが、対処法は意外と簡単なのさ。……もちろん、ソフィーだってそれに気付いてる」

 

 

 

§

 

 

 

 衝撃砲で砂埃を巻き起こすことによって、ソフィーの視界を奪った鈴音。

 勢い込んで突っ込もうとした鈴音だったが、けたたましく鳴り響いた警報(アラート)に動きを止めた。

 そんな鈴音の数センチ前方を突き抜けていく、一本の矢。

 

「なっ……!?」

「――隙あり、ですよ?」

 

 その声が聞こえてきたのは背後からだった。

 振り返り様に『龍砲』を放つが、既にそこにソフィーの姿はない。

 

 呆然とする鈴音を、横合いから凄まじい衝撃が襲う。

 

「くぁ……ッ! こん、のぉッ!!」

 

 攻撃を受けたのだ――と認識するのもそこそこに、振り向くが、今度は真逆の方向から矢が飛来する。

 辛うじて身を捻るが、直後にはまた別の方向から迫る追撃。

 

(コイツ……これだけ激しく動きながら、こんな正確に狙ってくるとか! あり得ないでしょ!?)

 

 少しずつ削られていくシールドエネルギーに唇を噛み締める鈴音。

 

「ふふーん♪ 先輩の《アキレウス》ほどじゃないですけど、《アタランテ》もスピードに特化してますからね。このぐらいわけないんですよ!」

「ちぃッ!!」

(捉え、られない……!)

 

 速い。あまりに速すぎる。

 その圧倒的な速度でフィールドを駆け回る(・・・・)ソフィーに照準が合わず、《龍砲》が当てられない。

 そもそも衝撃砲は奇襲性は高いが、射程は精々中距離(ミドルレンジ)がいいところ。あくまでメインは近接戦闘なのだ。

 

 このままでは、一方的になぶられるばかり。

 だが、鈴音とて中国という国家を背負う代表候補生の一人。

 その心は、未だ折れない。

 

「これならどうよッ!!」

「おっとぉ!?」

 

 状況を打破するために鈴音が選択したのは、狙いを定めない無差別砲撃。

 威力を犠牲にして連射性能を引き上げ、自身を中心に三百六十度全方位へ衝撃砲を撃つ。撃つ。撃って撃って撃ちまくる。

 さしものソフィーも、作為も何もない半分自棄っぱちの攻撃を避けきるのは難しい――

 

「と、言うとでも!?」

「ちょっ」

 

 鈴音はその時、信じられないものを見た。

 降り注ぐ無色の砲弾を、まるで見えているかのように、的確に回避していくソフィーの姿を。

 

「何で避けられるのよ!?」

「こちとら本業は狙撃手ですからね! <ruby><rb>気流を読むなんて日常茶飯事</rb><rp>(</rp><rt>​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​・​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​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

 もはや唖然とするほかない。

 思いついても、果たしてそれを実行できる者がどれだけ居るのか。

 

 観客席のとある一角では、友人たちから視線を向けられて、

 

「いや無理ですわよ!?」

 

 と絶叫する某国の代表候補生が居たとか居ないとか。

 

 神業の如き回避を見せるソフィーだが、そうして激しく動いている間だけは隙が出来る。

 鈴音は青竜刀の柄の連結を解き、回避の隙を狙って一気に接近。体勢を崩したソフィーに斬りかかる。

 しかしソフィーは、崩れた体勢を逆に利用して紙一重で斬撃を避け――続け様の衝撃砲を喰らって吹き飛ばされた。

 

「えぶっ!?」

「まだまだぁ……っ!?」

 

 追撃を仕掛けた鈴音だったが、左肩を襲う衝撃に仰け反った。

 驚愕しながら視線を向ければ、ほとんど地面と平行になりながら弓を構えるソフィーの姿が。

 

(そんな、体勢で……よくやるわね!)

 

 お返しとばかりに衝撃砲を撃つが、今度は完璧に回避されてしまった。

 続けて二発、三発と撃つが、当たらない、そのことごとくが掠りもしない。

 

「なっ……」

「凰さんは正直すぎますねー……撃つ方向に視線を向けてたら(・・・・・・・・・・・・・)すぐ分かっちゃいますよ(・・・・・・・・・・・)?」

「だから――そんな簡単に言ってんじゃないわよ!?」

「えー……?」

 

 何故そんな不思議そうなのだ、と歯軋りしながらも機体を駆る手は止まらない。

 矢継ぎ早に、相手の苦手な場所へ青竜刀を叩きつけ、回避直後の隙を狙って衝撃砲を乱射する。

 しかしそれだけしても尚、足りない。目の前の敵を、この強敵を打倒するには、全く足りない。

 

 鈴音本人も気付かない内に、彼女の口許は自身を凌駕する強者との戦いの喜悦に歪んでいた。

 嗚呼……彼女なら、コイツなら。私の全てを受け止めて、それを超える何かを返してくれる。

 

 凰鈴音は、常々自分には才能がないと口にしている。

 事実、ソフィーや、それこそ織斑春万と比べれば数段劣るのは確かだろう。

 だが彼女にはそれらとは全く異質な、しかし類稀なる才能があった。

 

「ヤッバい……ヤバいヤバいヤバい! 楽しい、愉しすぎてヤバい!! アンタ、最っ高よソフィー!!」

 

 そう、それは、イチカの天敵たるかの銀虎と同種の才能。

 例え相手との戦力差が絶望的なものであっても、勝てないと分かっていても、笑ってその牙を突き立てんと挑みかかっていく心の有り様。

 

「全力で来なさいよ……絶対、ブッ飛ばしてやるからァ!!」

 

 まあつまりは、喧嘩(負けず嫌い)の才能だ。

 

 とてもイイ笑顔で睨み付けてくる鈴音に、ソフィーは愉しげに口許を緩めた。

 そして、腰の矢筒から引き抜いた一本の矢をゆっくりと弓――《天穹の弓(タウロポロス)》に番え、引き絞る。

 キリキリキリキリ……と、嫌に大きく響く音に危機感を覚えた鈴音は、妨害のための衝撃砲を放とうとするが、うまく作動しない。見れば、《龍砲》に一本の矢が突き立っていた。

 舌打ち一つ。しかし、時既に遅し。

 

 その時、鈴音は背筋が凍るような恐怖と共に、胸の奥から燃え上がるような興奮を感じた。

 

 鈴音が嗤って顔を上げた、その瞬間、《天穹の弓(タウロポロス)》――引き絞れば引き絞るほどに際限なく威力を増す弓から、翡翠の一矢が放たれた。

 無論、鈴音にその矢がどれ程の脅威を秘めているかなど分からない。しかし、鈴音の勘が、皮膚が、嗅覚が、あらゆる全てが危険を訴えていた。

 だから避けた。身も世もなく、あらゆる思考を放棄して、死に物狂いで、避けた。

 

 ボッッッッ!!!! と、壮絶な風切り音を残して鈴音の横を通り過ぎていった矢は、そのままフィールドを覆う遮断フィールドに衝突して、

 

 ドガァァァァァァァンッッッ!!!!!! と、秘めた破壊エネルギーの全てを解放した。

 生徒の安全を守るために、ISの絶対防御並みの堅牢さを誇る遮断フィールドが、撓んだ(・・・)

 

「…………何よ、そのバカみたいな威力は」

「…………えーと、私もちょっと予想外です」

 

 乾いた笑みを浮かべるソフィーを見て、小さく吹き出す鈴音。

 今の激烈極まる一矢の威力を見ても尚、鈴音の闘志は些かばかりも衰えていなかった。

 むしろ、上等。相手にとって不足なし。

 認めよう。彼女は、ソフィー・ドラクロワは自分より、凰鈴音より遥かに強い。

 けれど、だからどうした。勝てないと分かっていて挑むのが愚行だというのなら、私は愚かでいい。

 

 双剣を振りかざして迫る鈴音に、ソフィーは、一切の気遣いと加減を捨てた。

 全力を以て叩き潰すべき相手と断じた。

 

 右の矢筒から一本、左の矢筒から一本。二本の矢を抜き取り、同時に矢に番える。

 鏃を向ける先は、空。遥か彼方へと続く天穹。

 エネルギーで構成された矢が、今までにないほどの輝きを湛え――発射。

 

「――――《訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)》」

 

 直後、アリーナの天井に、星空が生まれた。

 否、満天の星々に見えたのは、そう錯覚するほどの夥しい数の鏃である。

 アリーナにいる誰もが戦慄する中、星は墜ちる。

 広大なフィールドを埋め尽くすのは、次々と降り注ぐ矢の驟雨。

 ただ一つの命の生存すら許さぬ、美しき死の雨。神々の怒り。

 

 その美しくも禍々しき雨を前に、鈴音が選んだのは――正面突破。

 

「――――――――――ッッッッ!!」

 

 起動するのは、全てを置き去りにする加速。瞬間加速(イグニッション・ブースト)

 残ったシールドエネルギーの全てを瞬間加速につぎ込み、鈴音は飛翔する。

 彼我の距離は約十メートル。ソフィーの許に辿り着くのには数秒とかかるまい。しかし、その数秒こそが命取り。

 鈴音の頭の中に防御という選択肢は既にない。

 矢の雨に曝された装甲が次々と砕けていく。衝撃砲はもはや正常に稼働できる状態にはない。視界には無数の警告。

 その全てを、鈴音は無視する。思うのはただ一つ。この剣を視線の先の敵に叩きつけることのみ。

 

 数時間も経ったようにも思える、しかし実際には数秒と経ってないような、長いようで短い時間。

 既に雨は止んだ。鈴音を妨げる障害はない。

 もはや痛みなど感じない。ただ無心に、絶対に離さずにいた青竜刀を振り下ろして

 

 

 

 

 

『試合終了。――勝者、ソフィー・ドラクロワ』

 

 

 

 

 

「…………………………は?」

 

 無感情に響く、ソフィーの勝利を告げるブザー。

 何故? 未だ鈴音の青竜刀は振り下ろされず、ソフィーは矢の雨を放って以降何もしてない。矢の雨は、ここに辿り着いた時点では止んでいた。

 

 怪訝に思って首を傾げていると、ふと、機体の腕が動かないことに気がついた。

 見ると、腕だけでなく全身の関節部に、幾本かの矢が突き刺さっていた。

《訴状の矢文》によるそれではない。それらは既に粒子に還元されている。

 ならばこの矢はいつ当たった? 決まっている。雨が止んだあと(・・・・・・・)だ。

 いつ放った? 鈴音の目が確かならば、《訴状の矢文》を放つより前。

 だというのに、確かに彼女の矢は自分に届いた。

 ならば答えは一つ――事前に真上に向けて撃っていた(・・・・・・・・・・・・・・)ということだろう。

 読まれていた(・・・・・・)。自分の動きの何もかもが読まれていた。

 

「…………何よ、それ…………」

 

 乾いた呟きが、口を衝いて出た。

 勝敗は決した。どれだけ闘争心を燃やそうともはや無意味。

 今頃になって全身を痛みが襲ってきた。自分の体を省みなかった結果だ。幸いにも数ヵ所の打撲程度のようなので、我慢しよう。

 機体の方は……とりあえず、本国からの説教は確実だろう。今から気が重い。

 

 自分の状態を確認して、鈴音は改めてソフィーへ、自分を下した勝者に向き直った。

 

「…………」

「…………」

 

 無言でみつめあう。言葉は要らない。

 言いたいことは、さっきの戦いで全部叩きつけた。

 

 だから、必要なのは、

 

「次は、勝つから。ソフィー」

「いつでも待ってますよ、鈴さん」

 

 

 

§

 

 

 

 その日の夜。俺、イチカは自室から出て屋外に居た。

 IS学園は周囲を海に囲まれた絶海の孤島である。故に、少し歩けばそこは断崖絶壁である。

 俺が立っているのも、そんな場所の一つだ。

 

「…………」

 

 何をするでもなく、ただ海を見つめる。

 夜の海は穏やかで、海面に映った月の影が時折静かに揺れるのみ。

 ゆらりゆらり。ゆらりゆらり。

 凪いだ海面は、少しの漣で容易にその有り様を変える。

 

 ――凰鈴音。織斑一夏に助けられ、彼を救えなかったことを今尚悔やんでいる健気で優しい少女。

 俺は彼女に名乗り出るべきだろうか……と考えて、すぐに却下する。

 織斑一夏はもう死んだ。ここに居るのは、一人の豪商によって命を吹き込まれた一人の男。

 彼女が会いたがっているあの日の少年は、もう、どこにも存在しないのだ。

 

 だから。このままでいい。

 彼女にはこのまま、イチカ・ロウ・ヴァンフリークの良き友達で居てもらう。

 

「……ほんとにいいんですか? それで」

「ナチュラルに心を読むなよ、お前は」

 

 傍らからかけられた言葉に苦笑しつつ、俺ははっきりと頷いた。

 きっと、それでいいのだ。

 

 俺のとなりで膝を抱えて座り込むソフィーに問いかける。

 

「お前は? お前は、あれでよかったのか?」

「んー……まあ、正直言いたいことは色々ありましたけど、今のところは、あれで満足ですかね」

「そうか」

「はい」

 

 暫し、無言。

 沈黙が訪れるが、それは決して居心地の悪い沈黙ではない。

 耳に届くのは、お互いの息遣いと遠く揺れる波の音のみ。

 俺は目を閉じて、その静寂に身を委ねて……

 

 ピリリリ、ピリリリ……

 

「…………」

「…………」

 

 この連絡を待っていたわけだが……やはり、タイミングが悪いと言わざるを得ない。

 一気に場が白けたのを感じながら、ポケットから端末を取り出して確認する。

 

「ソフィー、仕事だ」

「えー……はいはい、了解ですよっと。場所はどこです?」

「そろそろお前の機竜にも送られてきてる頃だろう。行くぞ」

「はいはーい」

 

 一息に立ち上がって、とっとっとっ、とステップを踏み、ぴしっと敬礼を決める。

 そんなソフィーの仕草を鼻で笑いつつ、俺はネックレスに触れてISの拡張領域から《黄龍》の機殻攻剣(ソードデバイス)を取り出した。

 ブツブツいいながら同じようにするソフィーを尻目に、俺は呟いた。

 

「さて……今日も、世界を救うお仕事だ」

「先輩ちょっとクサいですよ?」




ソフィー「純潔の狩人とか言ってますけど、私自身はとっくに純潔じゃな「おいバカやめろ!」

 最後の展開は超雑です。それまでで燃え付きました。


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Story.20 とある姉妹の話

 明けましておめでとうございます(素振り)。
 亀更新にもほどがあるゴミ作者ですが、今年もよろしくお願いします(素振)。
 ちなみに作者は冬休みの宿題に追われて虫の息です。計画的に進めていなかった俺を笑うがいいさ!

 新年一発目(素)ですが、正直そんな進んでません。簪ちゃん登場はまた次回です。
 それではどうぞ。


 なんだかとんでもない間違いをしていたようです。
 鈴音の名前、じゃなくて名字を思いっきり鳳ってしてました。正しくは凰ですね。誤字報告をいただいて気付きました。
 ありがとうございます。そしてすいませんでした。
 これからは気を付けていきたいと思います(土下座)


 さらに謝辞。
 誤字報告をいただいて鳳を凰に直したはずなのに、まだそのままだった件。誤字報告をいただいたつぐやん様、OIGAMI様、他の方々も毎度ありがとうございます。


 凰とソフィーの試合があった翌日の朝。

 何だか最近酷くなってきた気がする欠伸をしながら、足を引き摺るようにして教室に踏み入った。

 時計を見てみれば……うわ、案の定時間ギリギリか。この分だとソフィーもだろうな。

 

 昨日の夜、いや、もはや今日の朝だな。再びこちらの世界に出現したという幻神獣(アビス)の討伐任務があり、碌に寝ていない。と言うより寝ていない。徹夜である。

 ん? 討伐任務自体は深夜三時ぐらいには終わってぞ。その後何をしてたかって? 言わせんな。

 

 登校してきた俺に目を向けたクラスメイトたちは――何故か、顔を赤くして目を逸らしてしまった。

 何だ? チラチラ見てくる視線を辿れば……首筋?

 首を傾げていると、とってちってと近付いてきたのほほんさんが、ぴしりと俺の首筋を指差して、

 

「むふふ~。いっちー、昨夜はお楽しみでしたね~?」

「は?」

「首筋、キスマーク付いてるよぉ?」

「…………」

 

 …………とりあえず、ソフィーは後で説教かな。

 

 

 

§

 

 

 

 時間は飛んで、昼休み。

 今日も今日とていつものメンバー――と言っても全員集まったのは昨日のことだが――俺、ソフィー、セシリア、のほほんさん、凰の五人で食堂に来ていた。

 多分これからはこのメンバーで昼食を摂ることになるんだろうな。

 

 トレーに料理を受け取り、テーブルを囲んで座った俺たち。

 さて、食い始める前にまずは、と……。

 

「あれ? ちょ、先輩? 何でゆっくりと私の顔に手を伸ばして……先輩、やだ、こんなところでってあたたたたたたたたぁっ!?」

「見える場所に付けるなとあれほど言ったよなぁ? その綺麗な耳は飾りか後輩?」

「ごめんなさーい! 正直途中から頭飛んでたのでよく覚えてないんです! イタイイタイイタイイタイ!! 変な音が、変な音しましたからぁっ!?」

 

 よし、制裁完了。

 おや、顔を赤くしているのが二人。セシリアとのほほんさんか。

 セシリアはともかく、のほほんさんはさっきもからかってきたんだから少しは耐性があると思ったのだが。ただの野次馬根性だったわけか。

 見ろよソフィー。お前が失ったものがここにあるぞ。

 

「あいたたた…………先輩、今何か失礼なこと考えませんでした?」

「気のせいだろ。……それで、凰はどうしたんだ?」

 

 さっきから話に乗って来ない最後の一人、凰の方を見れば、何故かテーブルに額を押し付けて沈んでいた。

 どんより、と効果音が聞こえてきそうな影を背中に背負っている。

 やがて凰は俯せたまま、

 

「……怒られた」

「誰から?」

「……本国。転校早々機体をぶっ壊すとか、どういうつもりだって」

「……そうか」

「……コイツはお前の命を預ける、お前の半身そのものなんだからもっと労れ、って。カンカンだった」

 

 相当怒られたらしいが、凰を怒ったその人物は出来た人間のようだな。

 少なくとも、ISをファッションとしか見ていないこの学園の大半の連中よりは数倍は。ISが兵器であり、容易く自分の命も相手の命も奪っていくものだと認識している。

 ちなみにソフィーとの試合で半壊した《甲龍(シェンロン)》は既に本国に送って、現在修理中らしい。

 

 今回の件で凰が叱責だけで済んだのは、『代表候補生の敗北』よりも『スイスの第三世代の脅威』の方にお偉方の目が行っているからだろう。

 入学早々のクラス代表決定戦で俺と《アキレウス》が、イギリス代表候補生セシリア・オルコットと《ブルー・ティアーズ》を打倒し。

 今回の件でソフィーと《アタランテ》が、中国代表候補生凰鈴音と《甲龍》を圧倒した。

 

 スイスという国は、永世中立を謳っている。しかもこれは口だけのものではなく、『白騎士事件』の後に起きた各国の利権争いにも参加せず無干渉を貫いたほどの、筋金入りだ。

 そんなスイスが今更になって、しかもあれほどに高性能なISを開発し、表舞台に躍り出た。

 何が目的だ? スイスで何があった? 何故あれほどのものを作れる? どんな技術者がいる(・・・・・・・・・)? と、世界中が疑心暗鬼になっているのである。

 まあ尤も、俺たちにとってはどうしようもないことだ。

 近々マギアルカがそこら辺のことを全て公式に発表するらしく、現在はその準備に追われているというので、週末はその手伝いに駆り出されることになるだろうが。

 

 落ち込んでいた凰は、突如ガバッと顔を上げると、ぐしゃぐしゃぐしゃーっと髪を掻き回して、

 

「うがーっ!! あーもう! 何かどんどんイライラしてきた! もういいわウジウジ悩んでるとか私のキャラじゃない! ソフィー!!」

「は、はい?」

 

 気まずそうにしていたソフィーは凰に指差されて、少し面喰ったようだった。

 

「昨日も言ったけど! 次は勝つから! 向こうも文句言えないぐらい、完璧に勝ってやるから! 以上!」

 

 一息にまくし立てて、凰は自棄になったように麻婆豆腐を掻き込み始めた。

 彼女の表情は憑き物が落ちたように晴れやかで、その余りと言えば余りの切り替えの早さに、セシリアは呆れたように息を吐いた。

 

「単純なことですわね……」

「単純よ。負けたんなら、次は勝てばいいだけの話じゃない。生きてる限り大抵のことはどうにだってなるんだから」

「次は、勝てばいい……」

「難しく考える必要なんてどこにもないわ。アンタはそうじゃないの?」

「そう、ですわね。ええ、簡単な話ですわ」

 

 何が通じ合ったのかは分からないが、二人は意気投合したらしい。

 ただセシリアさん、こっちにそんな熱い視線を向けてくるのは止めてほしいです。色恋とかそういうものではないのは分かっているけど居心地が悪いので。

 

「いっちー、モテモテ?」

「のほほんさん、もっと考えてしゃべろっか」

「は~い」

 

 のほほんさんの妙に間延びした声に、心がほっこりする。いつの間にか調教されていたらしい。

 何はともあれ、とりあえず食事を続けようか。

 それからは、時折言葉を交わしながら和やかな食事時間となった。

 ちなみにメニューは、俺が唐揚げ定食、ソフィーが豚骨ラーメン、セシリアがサンドウィッチランチ、凰が麻婆豆腐、のほほんさんが納豆定食。……納豆定食? うわ、納豆多いな。

 

 俺と凰は日本に住んでいたことがあったから特に何とも思わないが、やはり外国人にとって納豆は奇異なものに映るらしい。

 ソフィーはそのねばねばを興味深げに見つめているし、セシリアは匂いが嫌なのか心もち身を引いている。

 まあ、これ見よがしにずるるるるーっ、と掻き込むのほほんさんも大概だが……ちょっと待て。おいお前、何故今烏龍茶を納豆に投下した!?

 あ、あぁぁぁぁ……ぐっちゃぐっちゃと掻き混ぜて……や、やめ、ヤメロォ――!!

 

「んー……おいひ~い!」

 

 ウッソだろお前。どうしてそんなゲテモノ(直球)を食って、そんな幸せそうな表情が出来るっ!?

 のほほんさん本人を除き、俺たちが顔を青くして見守る中、彼女は一気にそれを口の中に流し込んで……

 

「ふ~、ごちそうさま~……あれ、食べないの~?」

「いやぁ、流石にこれは……」

「アンタのせいで食欲がなくなったのよ……」

「日本の料理って、こんななんですの……?」

「違うぞセシリア、それは断じて違う」

「まだ時間あるよね~? お代わり行って「「「「ヤメロォ!!」」」」え~……」

 

 恐ろしいことを言い出したのほほんさんを、皆で必死に止める。

 何とか落ち着いてくれたが、これからが怖いな。今後も昼食の度にこんなものを見なければならないと思うと……ウッ!

 

 名状しがたき雰囲気に包まれたテーブルで、話の流れを変えるために口を開いたのはセシリアだった。

 

「そ、そういえば、一週間後はついにクラス対抗戦ですわね!」

 

 ……ああ、そんなイベントもあったな。

 

「イチカ、アンタ今そんなのもあったな、って思ったでしょ。分かり易すぎ」

「む、すまん。けどなぁ、俺が直接関係するわけでもないからな。こう言っては何だが、割とどうでもよかったりする」

 

 そもそも入学したてのこの時点で、一体何を競うんだという話である。

 要するにこのクラス対抗戦というのは、ISに触れたばかりのひよっ子たちがどこまで出来るのかを見るため、そして生徒たちに力量差を実感させるための催しなのだ。

 全く下らない、が……

 

「凰は出場するんだろう? あと、ソフィーも」

「ええ、機体も、明後日には届くらしいから」

「めんどくさいんですけどねー……うちのクラス、専用機持ち私だけですから」

 

 やる気十分と言った様子の凰と、気だるげなソフィー……何とも対照的な反応をする奴らだ。

 

「ソフィー、少しはやる気を出せ。相手にも失礼だろ」

「分かってますけど……下らないじゃないですか、こんなの」

「気持ちは分かるが……まあ、優勝したら、俺から何か出来る範囲でご褒美をやろう」

「……対抗戦の週の週末くれたら」

「元からそのつもりだっただろ、お前」

 

 特に予定があるわけでもないし、別にいいっちゃいいのだが。

 ……おいお前ら。何故顔を赤くしてる? ナニを想像した?

 

 

 

§

 

 

 

「……簪?」

「ええ、そうよ。更識簪。私の妹」

 

 その日の放課後。俺は楯無に呼ばれて生徒会室へ来ていた。

 分厚いビロードのカーテン、年代物のアンティークの小物に、高価そうな執務机にテーブル。この部屋だけでいくらかけてるんだ?

 マギアルカの下で働いていた頃の癖で、つい調度品の値段が気になってしまった。

 

 黒幕感でも出したいのか、部屋の奥に設置された執務机で腕を組んだ楯無は、何故か開口一番に妹の名を口にした。

 まあ一応知ってはいたが……わざわざ俺をここに呼んでまでする話か?

 

「どうぞ、ヴァンフリーク君」

「あ、どうも」

 

 お茶を注いでくれたのは、眼鏡に三つ編みのいかにもな先輩、副会長の布仏(のほとけ)(うつほ)さん。

 名字から察する通り、のほほんさんの姉である。姉であるが、ぐでーっとした妹とは性格が真逆のようだ。

 俺という客人の前ですらテーブルに突っ伏しだらけるのほほんさんと、片手にファイルを持っててきぱきと動く虚さん。

 

「お客様の前よ。しっかりしなさい」

「無理……。だる……眠い……」

 

 ふむ、今にも寝落ちしそうな様子だが。

 

「そう言えば、差し入れにショートケーキを作ってきたんですが」

「しょーとけーきっ!?」

 

 ガバッ、と顔を上げてぎらつく目で俺を睨むのほほんさん。ホントにお菓子好きだな。

 

「イチカ君、そんなの持ってきてたの? て言うか、いつの間に作ってたのよ」

「今日の朝だな。帰ってから楯無と一緒に食べようと思って作っておいた」

「くっ!流石ねイチカ君……!」

 

 一体何に慄いているんだこの学園最強は。

 

「にひひ~……食べちゃうのは、ケーキだけだったの~?」

「のほほんさん、ステイ」

「本音、黙りなさい」

「はぁい……」

「そんな……イチカ君、私のことは遊びだったの……?」

「本気で食ってやろうか」

「お嬢様?」

「ごめんなさい」

 

 茶々を入れたのほほんさんと楯無だったが、俺と虚さんに一瞬で叩き落とされた。……なーんでちょっと頬を染めてるんですかね生徒会長。

 虚さんを見れば、疲れたように額に手を当て溜め息を吐いている。他人の気がしないなこの人。マギアルカに振り回されてる日頃の俺みたいな感じだ。

 

「虚さん……おすすめの胃薬と頭痛薬があるんですけど……要ります?」

「……お願いします」

「あと、疲れの取れるアロマとかもあるんですけど。今度持ってきましょうか?」

「……すいません、本当に、助かります」

「ああ言う、自分の気の赴くままに動くタイプって、苦労しますよね」

「……分かってくれますか、ヴァンフリーク君」

「ええ、まあ……うちの社長も、そういうタイプなので」

「あなたとは仲良くなれそうな気がします」

「奇遇ですね、俺もそう思います」

 

 固い握手を交わす俺たち。目が虚ろだ。名は体を表すというが、これは切ない。

 やはり苦労していたらしい。涙が零れそうだ。

 虚ちゃんばっかりずるいー、とか言ってる駄会長が居るが、原因はお前だお前。

 

「それで? その妹がどうしたって?」

「ああ、そうだったわ。……イチカ君は、簪ちゃんのことをどのくらい知ってる?」

「……楯無の妹で、日本の代表候補生で、のほほんさんのルームメイトってぐらいだが」

「うん、そうよ。簪ちゃんは代表候補生。そして代表候補生なら、専用機が与えられて然るべきなんだけど……」

「与えられてないのか?」

「と言うより、まだ完成してないのよ。開発の途中で、織斑君の《白式》の開発に人員を取られちゃってね。今は、簪ちゃんが一人で開発を進めてるのよ」

「それはまた、何と言うか……」

 

 これは、一概に織斑が悪いとは言い切れないが……アイツだって、まさか他人のISより自分のISが優先された、など知る由もないわけだし。

 まあ知っていたとしても当然のことだとか言いそうだが。

 そもそも《白式》は、どっかの世界最強が束さんに無茶振りして生まれたISなわけだし……うん、つまり悪いのは織斑先生だな。証明終了。

 

「俺に妹を手伝って欲しい、とかそういうことか?」

「……その通りよ。あなたなら信用出来ると判断し――」

「俺を監視するついでに妹のストーカーも出来るから、って?」

「え?」

 

 お、楯無の顔が一気に青くなった。

 

「ど、どうしてそれを……」

「前にチラッと見えたんだが、お前の端末の待ち受け妹だろ?」

「っあぁっ!?」

「しかもあれ、角度的に絶対隠し撮り写真だったし」

「いやあぁぁぁぁっ!?」

「いくら姉妹とはいえ、流石に、なぁ?」

「もうやめてぇぇぇぇっ!!」

 

 ムンクの叫びみたいな顔で絶叫する楯無。十割自業自得のような気もするが。

 それを見たのほほんさんはにへらっと笑い、虚さんは深い溜め息を吐いた。

 

「おじょーさまは、かんちゃんのこと大好きだもんね~」

「お嬢様……そんなことばかりしているから避けられるんですよ?」

「やめて……お願い、やめて……あとお嬢様って呼ばないで……」

 

 うん、まあ、もう一回言うけど自業自得だからな。てかやっぱりストーカーしてたのかお前。

 ついストーカーしちゃうほどに妹のことが好きなら、自分で手伝えばいいだろうに、とは思うが……何か事情があるんだろうな。

 ダメで元々で聞いてみると、机に突っ伏していた楯無の肩がビクッと跳ねた。けれど顔を上げることはない。言う気はないのか。

 正直どっちでもいいのだが、と思った時、楯無ではなく虚さんが口を開いた。

 

「どうやらおじょ……会長は体調が優れないようですので、私の方から説明させていただきますね」

「虚ちゃんっ!?」

「はぁ……いいんですか?」

「ええ。隠すようなことでもありませんし」

 

 そう言って虚さんが語ってくれたことを要約すると、こんなことだった。

 

 日本の裏の裏に座す、対暗部用暗部、更識家。

 そんな物騒極まる家柄上、更識の、特に本家の娘として生まれた楯無と簪は、直接的・間接的問わず常に多くの悪意と危険に晒されてきた。

 故に、楯無は当主の座を継いだ時点で簪を自ら遠ざけた。

 そうすることで、彼女に向けられる悪意の全てを自分が背負おうとしたのだ。

 楯無は、それまで以上に努力した。生まれ持った天賦の才を必死に磨き上げた。全ては、ただ簪のためだけに。

 

 ここまでなら、麗しい姉妹愛の美談なのだが……

 

「『あなたは何もしなくていい。私が全部してあげるから』……流石にこれは言うべきじゃなかっただろ」

「うぐっ。……は、反省してます……」

 

 そうこうしている内に、二人の仲はいつの間にか疎遠になり、ぎくしゃくした関係のまま今に至る、と。

 ったく、妹が本当に困ってるときに駆けつけられないとか、本末転倒にもほどがあるぞ。

 

「……ま、そういうことなら、頼みを聞いてやらなくもないぞ」

「っ、ホント!?」

「まあ、素人に毛が生えた程度だが整備の経験もあるし、《アキレウス》の稼働データも提供してやったりとかな。――ただし、楯無」

「な、何……?」

「俺にしてやれるのは、簪を助けてやることだけだ。それ以上はしない。渡りを付けてやるくらいはしてやらんこともないが、結局は楯無、お前ら姉妹の問題なんだからな。時間が解決してくれる、とか考えるなよ」

「……もちろん、分かってるわ。いつまでも怖がってちゃ、前に進めないってことぐらい」

 

 怖がってる、って自覚があるのなら上等だろうさ。

 聞く限りその妹も色々と拗らせてそうだからな。本質的に似た者姉妹なんだろう。

 そう言いながらも不安そうな表情の楯無に、俺は笑って、

 

「大丈夫さ。お前らは、元々仲の良い姉妹だったんだろう?なら、きっと戻れるさ」

 

 ……ああ、そうさ。姉は俺個人を見ようとせず、弟はむしろ苛めに加担していた俺とは違って、な。

 

「……さて、のほほんさん。簪さんとはどこに行ったら会える?」

「えっと、この時間なら第二格納庫にいるだろうけど……え?今から行くの~?」

「兵は拙速を尊ぶ、ってな。いや、関係ないが」

 

 こう言うのは早い方がいいだろうしな。今からなら、上手くいけばクラス対抗戦に間に合うかもしれないし。

 

「ん~……なら私も行く~」

「のほほんさんもか?」

「かんちゃんがいっちーの毒牙にかからないように見張ってるの~」

「お前は俺を何だと思ってるんだ?まあ、俺一人で行っても怪しまれるだけだろうし、正直助かるよ」

 

 これまで女子しか居ない環境に居たわけだし、最初から警戒心MAXなのは確実だ。

 ……そうでなくとも、過保護な姉がずっとガードしてきたのなら、人見知りが極まってる可能性もあるな。

 そもそもコミュニケーションを取ろうとする時点で苦労しそうだ、と嘆息。

 頭の中で会話の算段を立てながら、俺はのほほんさんに連れられて生徒会室を後にした。

 

 

 

§

 

 

 

「……ふう」

 

 生徒会室を出て行ったイチカ君と本音を見送って、私――楯無は、そっと溜め息を吐いた。

 何度向けられても、あの目には慣れない。こちらの考えを、心の奥底を見定めようとする、あの目には。

 

 椅子に深く体を埋める私に、虚ちゃんが新しく紅茶を注いでくれた。

 

「どうぞ。お嬢様」

「ありがとう、虚ちゃん。あと、お嬢様は止めてね?」

「この場には私たちしかいませんよ。なので今は会長ではなく、お嬢様です」

 

 ……つまり、ここで会長として気張る必要はない、というわけだ。優しいなあ、虚ちゃんは。

 虚ちゃんと本音の二人、というより布仏家は代々更識家の本家に仕える従者の家系だ。

 けれど私たちの関係は、決して主人と従者なんて言う肩書だけの関係ではない。大切な幼馴染で、親友だ。

 いつも私と虚ちゃん、簪ちゃんと本音の四人で一緒だった。……一緒、だったのだ。

 

「どこで、間違えちゃったのかなぁ」

「お嬢様が家督を継いだ辺りから、でしょうね」

「……はっきり言うわね」

「はい」

 

 まあ、実際そうなのだろうけど。

 過保護過ぎたんでしょうね、私は。簪ちゃんが大事過ぎて、守ろうとし過ぎて、結果簪ちゃんの意思を蔑ろにしてしまった。

 つまり今の状況は全部、私のせいだ。

 はあ、凹むなぁ。

 

 際限なく落ち込む私に気を遣ったのか、虚ちゃんが話を変えるように新しい話題を提示してくれた。

 

「……特に動揺は見られませんでしたね、ヴァンフリーク君」

「そうね。もし本当に彼が織斑一夏君なら(・・・・・・・・・)、姉妹の話なんて絶対タブーだと思ったのに。……まあ、完全に無反応というわけではなかったけど」

 

 今日イチカ君をここに呼んだ目的は、簪ちゃんのことをお願いするのと、もう一つ。

 これまでに手に入れた情報の、裏付けを取るためだ。

 

 彼の正体を探るために、まず私は彼のヒントに従って第二回モンド・グロッソについて調べることから始めた。……癪だったけど。物凄く癪だったけど!

 と言っても、大会自体は特に何の問題もなく、決勝戦まで恙無く行われたと聞く。私自身観戦に行っていたから間違いない。

 ならば探るべきは大会そのものではなく、大会に付随、もしくは関連する事件や事故。

 そして虚ちゃんの手も借りて調査を進めていく中で、一つの誘拐事件に行き当たった。

 大会中に日本人の少年が一人誘拐されたらしいのだが、何故か情報はそれだけしかなかった。まるで、意図的に情報が遮断されたように。

 

 それからは、その事件にターゲットを絞って調査を進めた。

 被害者の少年は日本人と言うことで、政府のデータベースに検索をかけてみれば……その誘拐事件に関する情報には、最重要国家機密並の(・・・・・・・・・)プロテクトが掛けられていた(・・・・・・・・・・・・・)

 逡巡しながらも、更識の権限を使ってデータを閲覧した私たちは……国家の闇というものをまざまざと見せつけられた。

 

 誘拐されたのは、当時中学生だった少年、織斑一夏。名字から分かる通り、『世界最強の女性(ブリュンヒルデ)』織斑千冬の弟であり、織斑春万の双子の兄。

 事件が起こった時刻は、ちょうど織斑先生が決勝戦に出場する直前。

 犯人グループの目的は織斑先生のモンド・グロッソ優勝の妨害。要求を通すための人質として、一夏(イチカ)君を誘拐したのだ。

 しかし、織斑先生は決勝戦に問題なく出場し、勝利を収めている。犯人が失敗したのか? 日本政府には犯人グループからの犯行声明が届いていた。

 ならば、何故? 簡単だ。

 

 揉み消されたのだ(・・・・・・・・)

 織斑先生の優勝――国家の利益のための犠牲となった(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 見事優勝を果たした織斑先生は、事件のことを知ると、ドイツ軍の力を借りてすぐさま現場へ向かった。

 しかしそこには、一夏君の姿はなく、犯人グループすらも忽然と姿を消していた。

 後に残されたのは、空の薬莢と夥しい量の血痕のみ。

 

 嫌悪感を堪えながら、私たちはイチカ・ロウ・ヴァンフリーク=織斑一夏と仮定して、彼のことを徹底的に調べ上げた。

 結果出てきたのは……そんな事件すら可愛く思えるほどの、吐き気がするような、人間の闇。

 軽蔑、憎悪、嫉妬、嘲弄、暴力、罵倒。私が簪ちゃんに触れさせまいとしてきたもの、その全て。

 織斑一夏という少年の人間性を、その存在を否定するかのような、ただ一人の人間を貶めるのにそこまでするかという、悪意の嵐。

 姉や弟のように天才ではなかった、たったそれだけで。

 

 恐ろしかった。おぞましかった。……そして何より、悲しかった。悔しかった。

 人間とは、こんなものなのかと。私たちが守ろうとしていたものは、こんな存在なのかと。

 きっと違った。私たちが本当に守らなければならなかったのは、きっと彼のような人間だったのだ。

 

 イチカ・ロウ・ヴァンフリーク=織斑一夏は、もう確定と見ていいだろう。

 あの時、私を励ましたあの瞬間、彼は少し、ほんの少しだけ悲しそうな表情をしていたから。

 

「……正直に言って、あんな経験をして今尚ああして笑っていられるのが、信じられません」

「……そう、ね」

 

 心底から困惑しているような虚ちゃんの言葉に、思わず心から同意する。

 多分あれは、忘れているのではなく……

 

「もう、割り切ってるんでしょうね。過去のことだ、今の自分とは違う、って」

「ドラクロワさんの存在、でしょうか」

「それもあるでしょうけど、それだけじゃないでしょうね。彼が時折口にする社長さんや、同期の友人たち。そういう人々のおかげでしょう」

 

 きっとその人たちは、とても温かい人々なのだろう。

 絶望の淵に居たであろう彼の心を癒やすほどに。

 

「ま、彼の過去が分かっても、結局それだけなんだけどね」

「そうですね。彼、いえ、彼らについては、まだ分からないことだらけです」

 

 そう、目を向けなければいけないのはイチカ君だけではない。

 彼の隣りに寄り添う少女、ソフィー・ドラクロワ。

 底知れない実力。明らかに偽造された経歴。謎に包まれた動向。以前も言ったが、恐らく厄介さでは彼女の方が上だ。

 ソフィーさんについては虚ちゃんに担当してもらっているけれど……彼女から何かを引き出すのは、不可能に近いと思う。

 

 一歩前進はしたのだろうけれど、まだまだ分からないことだらけ。

 誘拐事件以降行方不明になっていた彼は、今までどこにいたのか。何をしていたのか。何があってヴァンフリーク社に就職することになったのか。

 何より、何故今になって表社会に現れ、学園に来たのか。

 

 はぁぁぁぁ、全く……。

 

「前途は多難だわ……」

 

 美少女生徒会長更識楯無の受難の日々は、幕を開けたばかり、なんてね。




 二人が入学した時点でどうあがいても胃痛マッハ(無慈悲

 ちょっと自慢を。
 クリスマスイヴに死ぬ気で溜めた石で十連引いたらステゴロ聖女とお尻がエッチな騎士様が一緒にいらっしゃいました。サンタさん……?(尚その日がクリスマスイヴだったと昨日気づいた) え? 無論クリボッチですが何か。


 それでは皆様、よいお年を。


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Story.21 更識簪

 どうも侍従長です。

 ようやく簪ちゃんを出せます。
 これで残るヒロインはシャルのみ……なんですが、正直シャルをヒロインとして書く気が起きないんすよね。ぶっちゃけラウラの方が好きかも知れない。
 だからもしかしたらシャルのヒロイン入りはなくなるかもしれないです。

 それではどうぞ。


 生徒会室を後にして俺たちは、小一時間ほど準備(・・)をしてから、簪が居ると言う第二格納庫に向かった。

 入学してから今の今まで、ずっとここで一人で専用機の開発をしていたらしい。……どうにも違和感が残るが。

 のほほんさんからの更識簪についての情報(友達自慢)を聞き流していると、ついに目的地に到着した。

 ドアノブに手をかけたところで、のほほんさんが聞いてきた。

 

「それで、どうするの~? 私が先に行く?」

「いや、このまま行くよ」

「え、ちょっ……」

 

 慌てるのほほんさんを放って、俺は一息にドアを開け放った。

 

「失礼します」

「やっほー、かんちゃ~ん。……かんちゃん?」

 

 俺たちが足を踏み入れた格納庫には、散乱する何かの器具と保管されたISしかなく、人の姿はなかった。……と言うとでも思ったか。

 

「そこの柱の後ろ。見えてるぞ」

「ふぇっ!? う、嘘っ……!」

「お、やっぱり居たか」

「…………」

 

 案の定聞こえてきた声に、俺たちはそろってその声の方を向く。

 じっと見つめていると、やがて観念したのか、恐る恐ると言った様子で小柄な少女が出てきた。

 整った顔立ち、水色の内側に向いたセミロングの癖毛、眼鏡の形状をしたIS用の簡易ディスプレイ、おどおどと気弱そうな立居振る舞い。

 この娘が楯無の妹、更識簪か。

 

「かんちゃーん!」

「あ、本音……」

 

 固い表情だったのが、のほほんさんの顔を見てほっと緩んだ。仲のいいことで。

 暫しイチャつく二人を眺めていると、簪の視線がこちらに移った。

 

「そ、それで、あの……あなた、は?」

「初めまして、俺はイチカ・ロウ・ヴァンフリーク」

「あっ……二人目の、男性操縦者……」

 

 安心したような表情をする簪。俺でよかった、みたいな反応だな。

 そう言えば、織斑の《白式》開発に人員を取られたせいで簪はこんなことになっているんだったか。嫌悪感を覚えるのも無理はないな。ザマァ(笑)。

 

 ふむ……少し、突いてみるか。

 

「ああ。ついでにお前の姉、更識楯無のルームメイトだ」

「……っ! お姉ちゃんのことは、言わないで……!」

 

 案の定、反応したか。

 妬ましさ、羨ましさ、悔しさ、厭わしさ、寂しさ……ってところだろう。

 姉も姉だが、こっちもこっちで色々拗らせていそうだ。難儀な姉妹なことで。

 

「ちょっといっちー……」

「ああ、すまん。別に他意はないよ」

「えぇ~……?」

 

 いやホントに。ちょっと反応が見たかっただけだから。

 まあ、それで思い切り警戒されたのは予想外だったが。姉は素直になれないシスコンで、妹はコンプレックスの塊。とんでもなく面倒臭いな。

 それに……昔の俺を見ているようで、嫌になる。

 

 溜め息を吐きながら、俺は簪の背後に立つ明らかに開発中のISを見やった。

 

「それが、一人で組み立てているって言うISか?」

「……そう、だけど」

「煮詰まってるみたいだが」

「…………」

 

 やれやれ、これはまた……随分と警戒されたもんだな。

 姉の話題を出しただけでこれとは。苦労するぞ、楯無。

 まあこの二人の姉妹喧嘩について何かを口出しする気はないし、俺は俺で引き受けた仕事を完遂するのみだ。

 

「結局、あなたは何をしに、ここに来たの……?」

「君の手伝いをしにきた」

「てつ、だい?」

「ああ。ルームメイトの頼みで、な」

「……ッ、お姉ちゃんの?」

「いっちー! それは言わなくても――」

 

 姉の依頼だと聞いて、簪は胸元を押さえて俯いてしまった。

 俺を咎めるようなのほほんさんを制止して、簪の反応を待つ。

 口出しする気はないとは言ったが……まあ、橋渡しはしてやるとも言ったしな。

 

 やがて、俯く簪の口から、震える声が漏れ出した。

 

「お姉ちゃんが、私を気遣って……?」

「ああ」

「お姉ちゃんが、私のために……?」

「ああ」

「そっ、かぁ」

「かんちゃん……?」

 

 傍から見れば姉からの愛情に感動しているように見えるが、恐らく違うだろう。

 気遣わしげなのほほんさんの言葉も聞こえていないようだ。

 

「ダメ、なのかな。私じゃ、ダメなのかな」

「かんちゃん……」

「私じゃ、お姉ちゃんを越えられないのかな。ずっと、お姉ちゃんに助けられて、お姉ちゃんの背中を眺めてることしか、出来ないのかなぁ……?」

 

 IS学園生徒会長、更識楯無。学園最強の称号を持つと同時に、自由国籍を持つロシアの国家代表の座を得た才媛。

 彼女の専用機、《霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)》は、楯無が一人で作り上げたという。

 

 やはり、簪が一人で専用機を完成させようとしているのは姉への対抗心の表れか。

 どうやら対抗心だけと言うわけでもなさそうだが……

 

「お前が何を持ってそう思ったのかは知らんが……このやり方じゃ、いつまで経っても楯無を超えることなんて出来んぞ」

「え……」

「今のお前がやってることは、楯無の真似をしているだけ。アイツの背中を追いかけているだけだ。というかそもそも、楯無を超えたいのに楯無と同じことをしてどうする」

「…………」

 

 今の更識簪がしていることは、更識楯無を超えるための努力などではない。

 むしろ俺には、大好きな姉に置いて行かれたくないと、必死にしがみつこうとしているようにも見える。

 

「大体だな、簪。お前、本当に楯無が誰の助けも借りずに、たった一人でISを完成させたと思ってるのか」

「え……?」

「俺も実情は知らんがな。本当に一人で完成させられるって言うんなら、楯無はどっかの天災兎並の天才ってことになるが」

 

 時間、場所、知識、資材、ノウハウ……ざっと考えただけでも、IS一機組み上げるのがどれほどの難行なのかが分かる。

 本来は企業や軍が担うことを、個人でやろうと言うのだ。その難度は計り知れない。

 

 それほどのことを、楯無ただ一人で完遂することなど出来るのだろうか? 否だ。

 楯無がそれを成し遂げたのは、彼女の文字通り血の滲むような努力と、そんな彼女を助けたいと尽力した周囲の人々のおかげだろう。

 

「簪はどうだ? 楯無に並ぶだけの努力をしてきたと言いきれるか? 幼い頃から更識家当主としての器を期待され、それに応えてロシアの国家代表にまで上り詰めた姉に」

 

 何も、簪の努力を否定したいわけではない。

 完成まで漕ぎ着けられずとも、ただ一人で頑張ってきた簪の努力は、称賛を受けこそすれ嘲弄されていいはずがない。

 だが、それでも尚、楯無が積み重ねてきたものには及ばないのだ。

 

 そして、もう一つ。

 

「お前には居なかったのか? 手を差し伸べてくれる人が、助けてくれる人が。意地を張って、その手を振り払ってしまってはいなかったか?」

 

 のほほんさんから聞いた話だが。

 一人で黙々と作業に励む簪を気遣って、手伝いを申し出てくれた先輩は居たらしい。

 しかし簪はそれを断った。姉への対抗心から。絶対に、一人で成し遂げてみせると。

 

「……っ、あ」

 

 俺の言葉を聞いて、簪が視線を横に逸らした。

 その先には、穏やかに笑うのほほんさんの……簪の、親友の姿があった。

 

「本音……」

「大丈夫だよ、かんちゃん。私は、かんちゃんの味方だから。かんちゃんが望むなら、いくらでも手伝うよ?」

 

 そう言ってにっこりと笑うのほほんさんから感じる、ほんのりとした母性。

 これは簪みたいな人見知りの娘が懐くのも納得だな、と一つ頷く。

 

「さて、簪。今まで色々言ってきたが……お前はどうする? どうしたい?」

「私は……」

 

 のほほんさんに緩やかに背中を押されて、簪は胸の前でぎゅっと拳を握る。

 そして、顔を合わせてから初めて、俺の目を真っ直ぐに見つめて、

 

「私は、ISを、《打鉄弐式(うちがねにしき)》を完成させたい」

 

 傍らに立つ、自身の未来の相棒を見つめながら、簪は途切れ途切れの言葉を紡ぐ。

 

「ずっと、こんなところに居るのは、この子も可哀想。先輩たちにも、謝って、頭を下げて、お願いして、手伝ってもらう」

「いいのか? 一人でやらなくて」

「うん。つまらない意地を、張ってる場合じゃないし……それも、私の武器だと、思うことにしたから」

 

 その通り。

『無条件で助けてくれる誰か』を作ることは非常に難しい。必要なのは、何があろうと揺らぐことのない信頼関係。

 もしそれを手に入れることができれば、常に他者に囲まれて生きる人間にとって絶大なアドバンテージとなる。

 

 それを理解出来てるなら、準備(・・)が無駄にならずに済んだみたいだな。

 簪の言葉に笑みを零して、俺は不意に視線を背後へやった。

 

「――だ、そうですよ?」

 

 呼びかけに応じてドアから姿を現した生徒たちを見て、簪が目を見開き、大きく息を呑んだ。分かりやすく驚愕している。

 そんな簪を柔らかい視線で見つめながら近づいてくるのは、ここ、第二格納庫でこれまで簪と一緒に作業をしてきた整備科の生徒たちである。

 ここに来る前にのほほんさんを通して事情を軽く説明し、今まで隠れてもらっていたのである。

 

「えっ、えっ、え……!?」

 

 まあ、そんなことを知る由もない簪は、これ以上ないと言うほどに困惑しきっているが。

 やってきた生徒たちが、次々に簪に声をかけていく。

 

「全く水臭い! ずっと一緒なんだから、少しは頼ってくれてもいいのに!」

「大丈夫だよ簪ちゃん! 一生懸命お手伝いするから!」

「新型ISの開発……腕が鳴るぜ!」

「あなたが頑張ってるところ、ずっと見てきたから。力になれたら嬉しいわ」

「と言うかズルい! あたしにも関わらせろー!」

 

 投げかけられる暖かい(?)言葉。

 

 お膳立てをしたのは俺かもしれないが、彼女たちは簪を助けるために集まったのだ。

 ならばこの光景は、簪の功績に他ならない。

 泣き言一つ溢さず、ひたむきに頑張っていた簪の熱意が、彼女たちの心を動かしたのだから。

 

 戸惑うばかりの簪の背中を押すのは、もちろん、親友であるのほほんさんだ。

 

「ほら、かんちゃん。ちゃんと、自分の言葉で言わないと」

「本音……うん、そうだね」

 

 すぅ、はぁ、と深呼吸をした簪は、ディスプレイ越しに整備科の生徒たちを見つめて、

 

「私は……《打鉄弐式》を完成させて、お姉ちゃんを倒したい(・・・・・・・・・・)

 

 簪が口にした目標に、集まった生徒たちが驚きの声を上げる。

 しかし、簪の瞳に灯る闘志の炎は、その言葉が去勢などではないことを何よりも雄弁に告げていた。

 学園最強、生徒会長更識楯無に勝つ――その意味を理解して、それでも尚、簪は宣言したのだ。

 

「お姉ちゃんに勝つ。勝って、言いたいことがある。……今までごめんなさい。そしてお願いします――私を、助けてください……!」

 

 その願いに、俺を含めて返す言葉はただ一つ。

 

『喜んで!』

 

 

 

§

 

 

 

「それで~? 私だけ呼び出して、どうしたのいっちー?」

 

 簪の願いを聞き届けて、張り切った整備科の生徒たちが物凄い熱意で作業を進める中。

 俺はのほほんさんを格納庫の外へ呼び出していた。

 

 不思議そうに首を傾げるのほほんさんに、俺は何も言わず微笑んで――徐にのほほんさんの上着の左ポケットに手を突っ込んだ。

 

「ひゃあっ!?」

「はいはいちょっと待ってなー」

 

 ポケットから引き抜いた俺の手に握られているのは、スピーカーモードで通話中の端末だった。

 表示されている連絡先は『おじょうさま(シスコンお姉様)』。

 まあつまり、さっきまでの会話はこの端末を通して楯無たちのところへ届けられていたと言うことだ。

 

 のほほんさんは、悪戯がバレた子供のような表情で舌を出した。

 

「あはは~……いつから気付いてたの~?」

「違和感は大分前から。確信に至ったのはついさっきだ。……のほほんさん、ずっと俺の左側に居たからな。少し露骨過ぎたぞ?」

「うぐぅ……全部私のミスですか~……とほほ」

 

 ショックを受けるのほほんさんだが、そもそもの話。

 

「あの楯無が、可愛い妹に男が会いに行くって言うのに何もしないわけがないとは思ってた」

「あ~……」

 

 自分で言ってて思った。納得するしかない理屈だよな。

 

「で、いっちーはそれに気づいて、どうするの~?」

「いや、簪が居るあの場で暴露するのもどうかと思ったんでな」

 

 さらに姉妹間の溝が深まりかねないし。

 溜め息を吐きながら、報告をする。

 

「とりあえず、俺に出来ることはやった。後は簪たちの努力次第だ。もちろんこれからも手伝いぐらいはするが…………楯無、そんなことばっかりしてると本気で嫌われるぞ?」

『…………ッ!?(ガタガタガタッ)』

 

 何やら派手に転んだような音が聞こえてきたが、とりあえず無視。

 後始末は虚さんに任せて、通話を切り、のほほんさんに返却する。

 差し出された端末を、のほほんさんは何やら微妙な表情で受け取った。

 

「どうした?」

「……怒らないの~? 勝手に盗聴されてたのに~」

「盗聴って言ってもな。それほど気にするようなことでもないだろう」

 

 これは盗聴と言うよりむしろ傍聴ではなかろうか。

 どちらにせよ、妹のことを心配しての行動だったわけで。少し行き過ぎている気がしなくもないが……まあ、そこら辺のツッコミは虚さんがしてくれるだろう。うん。

 特に俺のプライバシーに関わるようなことを聞かれたわけでもなし。特に言うこともない。

 

「いっちーは優しいねぇ」

「……そうでもないさ」

 

 のほほんさんのしみじみとした言葉に苦笑で返し、簪の元へ戻るように促す。

 

「うん、戻るけど……いっちーは?」

「俺は――もう少ししてから戻るよ」

 

 今の俺にとっては――あの空間は、少し居た堪れない。

 一人の少女の助けを求める声に応えて、全員が一致団結して動いている……そんな光景は。どうしても。

 

 自嘲気味の笑みを浮かべる俺を見て、のほほんさんはふと口を開いた。

 

「――羨ましくなっちゃった?」

「……っ」

 

 思わず顔を上げれば、感情の読めない薄い笑みを浮かべたのほほんさんの姿。

 彼女はその笑みのまま、何でもないことのように言葉を続けた。

 

「確かに、今のかんちゃんはいっちーにとって……織斑一夏にとっては(・・・・・・・・・)辛いよね」

「…………」

 

 知っていたのか、とは聞かない。

 そもそもヒントを与えたのは俺だ。更識の持つ権力を考えれば、政府が隠匿したあの事件に至ることも十分可能だろう。

 だがまさか、それを最初にのほほんさんに指摘されるとは思わなかった。

 

「優秀な家族と常に比べられ続けて、突き放されて、置いて行かれたくなくて、追い付きたくて、必死に努力して。ここまでなら、イチカ君(・・・・)とかんちゃんは、とてもよく似てる」

「…………」

「けど、たった一つ、決定的に違ったのが……一人じゃなかったこと」

 

 そう、更識簪と言う少女は、どんな状況でも決して孤独などではなかった。

 傍にはどんな時でも支えてくれる幼馴染が居て、いつでも気にかけてくれている同輩や先輩たちが居て、不器用ながら愛情を向ける家族が居て。

 簪が一言助けを求める声を上げれば、彼らは何も言わずに協力してくれる。その結果が、今の第二格納庫で繰り広げられているであろう光景だ。

 その様は……

 

「本当、君と真逆だよね(・・・・・・・)。常に庇護と愛情を受けてきたかんちゃんと、迫害と暴力を浴びてきたイチカ君。嫌になるほど、君たちは対極に居る」

「…………」

「そのことは、イチカ君が一番よく分かっていて……だから、居た堪れない。どうして自分の時はこうじゃなかったのか、って怒りたいけど、かんちゃんに非はないから怒りを向ける矛先が見つからなくて。そもそも、割り切ったはずの感情に振り回されて、戸惑って。怒りとか、寂しさとか、妬ましさとか、羨ましさとか。平然とした顔してるけど、今、心の中はぐちゃぐちゃなんじゃないかな?」

 

 ……図星、だった。

 混沌としてどうしようもなかった心中を綺麗に言い当てられて、思わず呆然としてしまった。

 

 気圧される。いつもののほほんとした雰囲気とはあまりに違う彼女に、布仏本音と言う少女に。

 決して脅かされているわけではない。だが、こちらに向けられるその透き通った瞳に視線が縫いつけられる。

 何故か、正体のことを誤魔化そうとすら思えなかった。俺は呆然としたまま、のほほんさん……本音の言葉を聞いていた。

 

「あの光景こそが、織斑一夏君が本当に望んでいたもの。そして、手に入れることが出来なかったもの。信頼できる家族と一緒に時間を過ごして、気の置けない友達と笑い合って……君が本当に欲しかったのは、そんな当たり前だった」

 

 ……そうだ。

 世間からの称賛とか、名誉とか、そんなものはどうでもよくて。

 ただ、皆の言う『当たり前』が欲しくて。

 届かないと分かっていても手を伸ばしたくなるほどに、眩しくて。

 

 沈黙してしまった俺に、何を思ったのか本音は両手を広げて

 

「はいっ♪」

「……そのポーズは?」

「今なら無料で、イチカ君のことをぎゅーってしてあげます。さぁどうぞ!」

「俺に、抱きつけと?」

「私からでもいいよ?」

「そういう問題じゃなくて……あまり軽々しく男に体を……」

「私、そんなに軽い女の子じゃないよ?」

「なら……」

「イチカ君……いっちーだから、だよ~?」

 

 急に雰囲気を元に戻したのほほんさん。温度差に風邪引きそう。

 まごつく俺に業を煮やしたのか、のほほんさんはズイッと両手を突き出した。

 

「いっちー、この体勢けっこう疲れるんだよ~? お菓子のお礼ってことでさぁ~」

「……そういうことなら」

 

 あくまで渋々、と言う態度でのほほんさんの胸元に額を置けば、のほほんさんの両手が俺の頭をしっかりとロックし、胸の真ん中へ押し付けてきた。

 突如真っ黒になる視界と、鼻を刺激する何とも言えない甘い匂い、そして俺の顔面が埋まった、ふくよかな胸の感触。

 暫し漂白された思考に最初に浮かんできたのは、「のほほんさん、着痩せする方なんだな」と言うどこかズレた感想だった。

 

「…………ほほほんはん(のほほんさん)?」

「くすぐったいよぉ~、そこでしゃべっちゃダメ~。……んふふ~、こんなところ見られたら、ソフィソフィに怒られちゃうかな~?」

 

 ……怖いことを言うなよのほほんさん。

 抗議しようとしたが、ゆっくりと髪を梳く手の感触に、思わず押し黙る。

 

「よし、よし……」

「……恥ずかしいんだが」

「でも嫌じゃないんだよね~?」

 

 まあ、正直に言って。かなり、心地良くはある。

 上半身を包み込むのほほんさんの体温が、漂ってくる甘やかな香りが、労るようにゆっくりと髪を撫ぜる手の平の温もりが。

 のほほんさんから与えられる全てが、俺の中の何かを刺激して……けれどその刺激は、何故だかとても心地よくて。

 

「いいこいいこ~」

「……俺は子供かよ」

「子供だよ、君は」

 

 思わずぼやいた俺に、のほほんさんははっきりとした否定を返した。

 

「子供って言うのはね~、身近な大人、家族の姿から、色んなことを学んで、少しずつ少しずつ、大人になっていくの。……お母さんから愛情を受けて、お父さんの背中を見て、兄弟や姉妹と支え合って助け合って……そういう風に、成長していって、大人になるの。――でも、いっちーにはそれがなかった」

「…………」

「もちろん、それはいっちーのせいじゃない。むしろ、そんな境遇でこんな風に真っ直ぐ育ったのは驚きだよ。感心、感心~♪ よっぽどお師匠さんは人間味に溢れた人だったんだね~」

 

 のほほんさんの言葉に思い浮かべた師匠の顔は、自慢げに笑っていて、少し笑ってしまいそうだった。

 

「だからいっちーは、まだ子供。大人にならざるを得なくて、でも足りないものが多すぎて背伸びしてるだけの、ただの子供」

「……そう、なのか?」

「あくまで私がそう思った、ってだけだけどね~」

 

 見上げたのほほんさんの表情は、とても優しく綻んでいて。何故だか、泣きそうになってしまった。

 浮かんできた涙を誤魔化すように、のほほんさんの胸元から顔を離し、今度は肩口に埋めた。……どうしてのほほんさんから離れようとしなかったのかは、自分でもよく分からない。

 

 けれどのほほんさんは何も言わず、にへっと笑って抱き締めてくれた。

 胸の奥から湧き上がってきた衝動に従って、俺からも抱き締め返す。同級生に縋りついて何やってんだ、と言う感情はあったが、どうでもよかった。

 今はただ、この温もりに包まれていたかった。耳朶を打つ優しい声音に、酔いしれていたかった。

 

「だから、いっちーはこれから、これまで以上に色んなことを学んでいかなきゃいけない。大人になるために。一人の人間として生きていくために」

「…………」

「それをこの学園で学んでいってもらえたら、生徒会役員としては嬉しいかな~? ……まあとにかく、その第一弾として~……いっちーには、誰かに甘えるってことを覚えてもらいたかったのです」

「……っ」

「……泣いてもいいよ~?」

「……泣かないさ。――もう、散々に泣いたから」

「そっか」

「ああ」

 

 思い出すのは、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークと初めて出会った時のこと。

 あの時もこんな風に、彼女に諭されて、抱き締められて、その胸で泣いた。

 

 ……何だか、今更ながら照れくさくなってきた。恥ずかしさを誤魔化すのも兼ねて、軽口を叩いてみる。

 

「あれだな。……のほほんさんは、いい母親になりそうだな」

「え~? いっちーのお嫁さんになら、なってあげてもいいけど~?」

「…………」

 

 ほんのりと赤らんだ頬は、見なかったことにしておく。

 まあ、こんなことまでしてくれる辺り、決して嫌われているわけではないことは分かるのだが。

 気まずい雰囲気になりそうだったので、名残惜しい気持ちを抑えつけながらゆっくりと体を離す。

 

「……もういいの~?」

「うん、ありがとうのほほんさん。……あー」

「?」

 

 続きの言葉を言っていいものか悩むが……甘えろ、と言われたばかりだしな。

 

「その、また……機会があれば、頼んでもいいか?」

「ふぇ? ……あ、うん! もちろんだよ~! いっちーならいつでも大歓迎!」

 

 素直に甘えるって言うのは、何気に照れるものだな。

 ……ああ、そうか。俺は、そんなことすら知らなかったのか。考えてみれば、これまで誰かに甘えたことなんて、ほとんどなかった。

 マギアルカに救われてからも、彼女の隣に立ちたいとずっと気を張ってきた。

 

 今度会った時は、少し、甘えてみようか。

 きっとあの人なら、少し驚いたような顔をして、俺の大好きなあの笑顔で受け入れてくれるだろう。

 

 心底嬉しそうに笑うのほほんさんに笑みを返しながら、そんなことを思った。

 

 

 

§

 

 

 

「失礼します」

 

 イチカが本音に甘えていた時。凰鈴音は一人、職員室へ来ていた。

 断りを入れて踏み入ると、部屋の明かりは既に消されていた。差し込む夕日が室内を真っ赤に染めている。

 見渡せば、椅子に深く腰掛け窓の外を眺めている黒髪の女性が一人。

 鈴音をここに呼び出した張本人、織斑千冬その人だ。

 

「……来たか」

「はい」

「来い。座れ」

 

 常の覇気に溢れる堂々とした態度とは異なり、妙に気落ちしたような、疲弊感のようなものを漂わせる千冬に違和感を感じないでもなかったが、素直にその言葉に従う。

 千冬の目の前の椅子に座り、改めてその整った美貌を見つめれば――目元に浮かんだ隈、僅かに乱れた髪形や襟元など、やはり、疲れているようだった。

 

「……それで、どうして私を呼び出したんですか?」

 

 しかし鈴音は、それらに一切触れることなく本題に入るように促した。

 

 率直に言って、鈴音は千冬が嫌いだった。

 言うまでもなく、千冬は彼の……織斑一夏の家族だ。たった二人しかいない家族の一人だ。

 自分などより、『あの時』の一夏の近くに居たはずの人間なのだ。

 だと言うのに目の前の女は、身も心もボロボロに傷ついていた一夏に手を差し伸べるようなことはなかった。

 本当なら、誰よりも一夏のことを気遣い、守らねばならない人間であったはずなのに。

 何も出来なかった自分を棚に上げていると分かっていても、鈴音は千冬を恨まずには居られなかった。

 

 それを踏まえても鈴音の態度がいつも以上に刺々しいのは……今回呼ばれた理由を、心のどこかで直感していたからだろう。

 

 鈴音の問いに、千冬は視線を彷徨わせて、やがて意を決したように口を開いた。

 

「……凰。お前は、一夏の友達だったんだな」

「イチカのですか? そうですけど」

「違う。……私の弟、織斑一夏のことだ」

 

 やはりか、と鈴音は心中で呟いた。

 今更掘り返してどういうつもりだ、と言う言葉を飲み込んで、胡乱げに千冬を見つめて言葉を返す。

 

「友達ではありませんでした。私は一夏に助けられただけ。それ以降、まともに話したことはありませんから」

「そ、そうか。……凰、お前はどう思う?」

「どう、とは?」

「――ヴァンフリークが、実は一夏だった……と言うことが、あると思うか?」

「…………」

 

 本題はそこか。鈴音は静かに気を引き締めた。

 

「常識的に考えて、有り得ないと言うことは分かっている。私は、一夏が誘拐された現場をこの目で見た。あそこに残されていた大量の血痕を、この目で見た。あれほどの傷を負って、治療もなしにただの子供が生き残れるわけがない。他人の空似と思うのが正解なんだろう……だが、それでも!」

「…………」

「それでも私には、あいつがそう見えてしまう……有り得ない、はずなのに……! 期待してしまうんだ!」

 

 訥々と言い募る千冬を見て、鈴音が思ったのは――「何を言っているんだこの人は」という、呆れだった。

 一夏の誘拐事件は、今では事件そのものが国家機密扱いとなっており、一介の生徒を相手にこんな風に暴露していいものではない。鈴音とてそれを知ったのは、代表候補生になってからのことなのだ。

 苦悩する千冬を半眼で見ながら、鈴音は千冬の言葉について考えてみた。

 

 と言うより、その可能性は鈴音が常々考えていたことだった。

 初見のインパクトと離れていた年月があったとはいえ、かつての彼をずっと見つめていた自分が見間違えたのだ。……本当に見間違えだったのかは、ともかくとしても。

 イチカ・ロウ・ヴァンフリークと出会って以来、鈴音はイチカのことをそれとなく観察してきた。

 結論としては……見間違いではなかった(・・・・・・・・・・)

 顔立ち、背格好、笑い方、ふとした時に見せる些細な仕草、時折覗くどこか寂しそうな笑顔……その全てが(イチカ)こそが、織斑一夏であると物語っていた。

 

 こんな言い方をすると鈴音が粘着質なストーカーのようだが、純愛(?)である。

 もはや確信に至っている鈴音だが、生憎と、それを千冬に伝えるつもりはなかった。

 まず第一に、千冬を信用する気にはなれないし……今のイチカ(一夏)は、とても幸せそうだから。

 あの頃とは違って、彼の全てを否定しようとする人間は居ない。彼の周囲には、彼を信頼し共に歩んでくれる友が居る。

 ただそれだけのことが、一夏にとってどれほどに嬉しいことなのか……鈴音はそれをよく知っているから。

 彼の幸せを壊したくない。ああやって、ずっと笑っていてほしい。

 何より……やっと、二人で笑い合うことが出来るようになったのだから。

 

 だから、鈴音はわざと答えを濁した。

 

「さぁ? そんなこと私に言われても困ります。けど……確かに、よく似ているとは思います」

「……っ。やはり、お前から見てもそう思うか」

 

 パッと顔を上げ、表情を輝かせる千冬。

 千冬に希望を持たせるような言い方にしたのは、一応、こんな人でも一夏の家族だから。本人がもはやそう思っていないとしても、心配するくらいは許されるはずだ――

 

 しかし、鈴音のそんな考えは、千冬の発した次のセリフに跡形もなく吹き飛んだ。

 

 

「だが……あいつが一夏ならば、どうして私たちの許に帰ってきてくれない?」

 

「……は?」

 

 何を、言っているのだ、この人は。

 

「それに、性格も変わり過ぎている……私の知る一夏は、あんなに冷たい眼は向けて来なかったし……可愛い弟を、あれほど痛めつけたりはしなかった。素直で明るく、優しい子だった」

「…………」

 

 一夏が変わった? 当然だろう。あれほどの迫害を何年も受け続けてきたのだ。変質もしよう。それでも歪まなかった一夏は称賛されてしかるべきだ。

 

 ……いや、待て。待て。待て……まさか(・・・)

 

「一体一夏に……何があったのだ(・・・・・・・)?」

「――――」

 

 一夏の身に起こったことを、何も知らない(・・・・・・)と、そう言うのか?

 

 心配そうにこちらを見つめる、その顔に……鈴音は言葉を失った。

 

 何も知らないなどと、そんなことがあり得るのか?

 これが学校と言う箱庭だけでのことならまだ分からなくもない。だが、一夏の件は明確に規模が違う。

 学校ぐるみどころではない。町だ。町ぐるみ(・・・・)の迫害が起こっていたのだ。

 だと、言うのに、この女は。

 

「家族なのだから、一緒に居るのは当然だろう?」

 

 その、疑問すら抱かずに放たれた言葉に、鈴音の我慢はついに限界に達した。

 

 椅子から勢いよく立ち上がり、呆ける千冬の胸倉を掴み上げる。

 戸惑っているその顔がカンに障る。どうしようもなく腹が立つ。

 顔を近付け、喉の奥から、腹の底から、叫ぶ。

 

「――ふざけるなッ!!」

「なっ……」

「家族ですって? アンタが本当に一夏の家族だって言うんなら、アンタは今まで一夏の何を見てきたのよッ!!」

「お前、何を言って……」

「知らないってんなら教えてあげるわ! 一夏はね、ずっと苛められてたのよ! それもクラス内でとか学校内でとかどころじゃない、町全体でよ! 私が転校してきた時にはそうだったから少なくとも三年、もしかしたらそれ以上の長い間、一夏はずっと、ずっと! 苛められてた!!」

「……何、だと? 一夏が、苛め……」

「呆れたわ。心底、呆れた。アンタ、本当に何も知らなかったのね」

 

 一夏は何も言わなかった?

 家庭を支えるバイトで忙しかった?

 誰もそんな素振りは見せなかった?

 

 だからどうした。そんなこと、言い訳になりはしない。同情の余地など欠片もない。

 

「……アイツが苛められてた理由、アンタには分かる?」

「…………」

「――天才じゃなかったからよ。アンタや春万みたいに才能がなかったから、アイツは『不良品』として扱われてきた」

「『不良、品』……」

「それでも、アイツは必死に努力した。アンタたちに追い付くために、堂々と胸を張って隣に立つために、文字通り血の滲むような思いで! けど、それが報われることは決してなかった!」

「……!」

「どこまで行っても、一夏は天才じゃなかった! ただの凡人でしかなかったから! ……あの頃の一夏の気持が、アンタに分かる? 私には分からないわ。何をしても、どれだけ努力しても、その全てを否定され拒絶され続ける……そんな地獄に、アイツはずっと居たのよ!」

 

 絶叫する鈴音の瞳も僅かに潤んでいる。

 鈴音には当時の一夏の心境など分からない。当事者ではない以上、想像するほかない。しかしそれが、途轍もなく辛いものであったことだけは分かる。もし自分が同じ境遇に居ればと考えると、背筋が冷たくなる。

 

「もう一度聞くわ……アンタは、アイツに何をしてあげた? アイツの何を見てたの? 両親を失ってたった一人で家庭を支えようとしてたのは素直に凄いと思うわ……けど、それは家族を蔑ろにしていい理由にはならないわよ」

「蔑ろになど……」

「なら、アンタが居ない家で、家事は誰が担当してたの? そいつに対して、アンタは一度でも「ありがとう」って言ってあげたの?」

「家族なのだから、家事の手伝いをするのは……」

「手伝いをするのは当たり前って? ええそうでしょうね。でもね一夏は家事だけに専念してたわけじゃない、勉強も、剣道も、全部を一気にやろうとして、両立してた。あの頃の一夏は、本当にギリギリだった。アンタはこのことを知ってたの?」

「それ、は……」

 

 今までの言葉は、全て鈴音の想像でしかない。織斑家の事情など鈴音には知る由もない。

 だが千冬が見せた反応で、大体の状況が想像の通りであると分かった。もはや呆れるほかない。

 

「どうしてアンタがこのことに気付かなかったのか、教えてあげるわ。――アンタが、一夏のことを見ようとしていなかったからよ」

「そんなことは……!」

「アンタが今まで見ていたのは、『守るべき存在である弟』……一度だって、『織斑一夏』って一人の人間を見ようとしなかったのよ」

「…………っ!」

 

 静かに言い切る鈴音に、千冬は絶句した。

 反射的に反論しようと睨みつけるが、何故か、言葉が出てこない。

 それは心のどこかで、鈴音の指摘を認めてしまっているからだろうか。

 何も言えずに沈黙した千冬を見て、鈴音は鼻を鳴らし乱暴に突き飛ばした。

 そのまま何も言わずに退室しようとして……ドアの前まで来たところで、項垂れる千冬を振り返った。

 

「ヴァンフリークが一夏なんじゃないかって話だけど、私は別にどっちだっていいのよ」

「…………」

「だってアイツは今、あんなに楽しそうに……笑ってるんだから」

 

 それだけ言い残すと、慇懃に頭を下げて鈴音は職員室から退室した。

 

 

 

§

 

 

 

「……一夏……私は……お前を……」




 書いてから思いました。これタイトル詐欺じゃね? と。
 ムシャクシャしてやった。反省はしているが、後悔はしていない。(じゅんすいなまなこ)



 プリズマイリヤコラボ復刻イェーーーアッ!!!!
 はっはっは、リンゴの貯蔵は十分だ、待っててねクロエたぁんっ!!
 お迎えしたらすぐにマイルームに連れ込んでいっぱいツンツン(ボイス)してあげるからぁっ!!!!


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Story.22 悪辣

どうも侍従長です。
今回から対抗戦に入りたい(ちゃんとやるとは言ってない)と思っていた作者ですが、そこはやっぱり無能。次回からです()

今回はセシリア戦以来の春万悪だくみ回。ちょっと短い、かも?




はいと言うわけでカスキャス第二弾。
最近男性バージョンも実装されたとのことでダグラスと、リクエストのあったロキです。


・ダグラス・ベルガー
実装されたばかりだからか、微妙に女っぽい希ガス

【挿絵表示】



・ロキ
エクスファーってこんな感じじゃね? とクルルシファー先輩を見ながら作りました。

【挿絵表示】





 とある夜。

 カーテンの隙間から差し込む月明かりのみが光源となっている、薄暗い部屋。IS学園学生寮の一室。

 聞こえるのは、部屋の住人の一人がシャワーを浴びる水音のみ。

 そこに設置された大きなベッドに寝転がり、一人の青年が端末を耳元に当て誰かと話をしていた。

 

「やあ、千冬姉。こんな時間にどうしたんだよ? ……織斑先生? 電話なんだし別にいいだろ。家族(・・)なんだからさ」

 

 家族と言う言葉を口にしただけで押し黙ってしまう姉に、青年――織斑春万は失笑を零した。

 生きていた頃は目障りこの上なかった兄だが、居なくなったことで、絶対強者だった姉の心に抜けない楔と春万でも操れる手綱を遺してくれた。そこだけは感謝してやらなくもない。

 

 口元を喜悦に歪めながら、春万は声だけは心配そうにして続きを促した。

 

「それで、本当に何の用だ? 何かあったのか? ……え? 兄さんの話? 苛め?」

 

 しかし、姉の口から出たその言葉に、春万の笑みは一瞬で消え去った。

 どうやら姉は何らかの理由でかつての兄の身に起こっていたことを知ったようで、だいぶ困惑しているようだった。

 苛めについて何か知らないかと聞かれたので、当たり障りのない言葉を返す。

 

「苛めかは分からないけど、何度かそんな風な場面を見たことはあるよ。……うん、ごめん姉さん。俺もあの頃は剣道に熱中してたからさ。……千冬姉も、あんまり気にするなよ。どうせもう終わったことなんだしさ」

 

 自分の言っていることが常識的に考えて有り得ないことであるのに、春万は気付いていない。

 気付いていても、平然とそうのたまっただろうが。

 適当に姉を慰めて通話を切った春万は、徐に上体を上げると、手に持った端末をベッドに叩きつけた。

 そして舌打ちせんばかりに唇を歪めて、

 

「……誰だ?」

 

 ポツリと、自問するような問いを口にした。

 

 誰があの人に、余計なことを吹き込んだ。

 彼女が自力でその真実に到達することは不可能だ。春万が、そのように仕組んだのだから。

 

「せっかく、千冬姉まで情報が届かないように(・・・・・・・・・・・・・・・)細心の注意を払ってた(・・・・・・・・・・)ってのによ」

 

 忌々しげに吐き捨てて、春万の脳裏に浮かんだのは最近再会したばかりの生意気な少女の姿だった。

 

「凰鈴音……アイツか」

 

 連鎖して先日の自分への態度を思い出し、苛立ち交じりに舌打ち一つ。

 そう言えばアイツは、妙に兄のことを気にかけていた。

 ……あの兄の関係者は、どこまで行っても自分を不愉快にさせる。

 

 暫し考え込んでいた春万は、ふと浮かんできた名案に楽しげな笑みを浮かべた。

 鈴音に制裁を下し、ついでに目障りなあの男(・・・)にもダメージを与えられる最高のアイデアだ。

 しかも自分で手を下す必要がない。現在シャワーを浴びている、自分の命令に忠実な幼馴染を使えばいい。

 

「ハッ……覚悟しろよ。俺の邪魔をするって言うんなら、容赦なく潰すぜ」

 

 

 

§

 

 

 

 今日は何だか体が軽い気がする。

 職員室に向かう廊下を歩きながら、今日何度目かのその疑問に俺は首を傾げた。

 いつもは肩にのしかかる倦怠感も、鬱陶しい周囲からの視線もあまり気にならない。体の調子が良くなったと言うよりも、心が軽くなったと言うべきか。

 ……昨日のほほんさんに甘えたからだろうか。

 

 凄まじい母性だった。布仏本音、侮れない。などと馬鹿なことを考えつつテクテクと歩く。

 やがて階段に差し掛かったところで、上から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あっ、イチカ」

「ん……凰か」

 

 見上げれば、上階へと続く階段の踊り場から凰が俺を見下ろしていた。

 ……どうでもいいが、背後から日光を受ける凰をこうして見ていると後光が差しているように見え――

 

「凰、後ろだ!」

「えっ……」

 

 俺の発した警告に凰は振り返ろうとして、ドンッ、と背中を突き飛ばされた。

 完全な不意打ちを受けた凰は踏ん張ろうとするが、元々体が軽い彼女では勢いに逆らえなかった。

 そのまま彼女の体は、真っ逆さまに階下へ――

 

「よっ、と!」

「い、イチカ……!?」

 

 墜落する直前で、何とか抱き留めることに成功した。

 腕の中の感触に心底安堵しながら踊り場を振り仰げば、誰かが駆け去っていく足音と、翻る黒いポニーテールが見えた。

 その姿に犯人の正体を確信して、追いかけようとするが……いつの間にか、周囲に人が集まってきていることに気付いた。

 

「ねえ、見て見て! 凰さんとヴァンフリーク君、抱き合ってるよ!」

「え、二人ってそういう関係だったの?」

「マジかぁ、私狙ってたのに」

「でもイチカ君はソフィーちゃんと……」

「ってことは二股……?」

「凰さんって、亡くなった織斑君のお兄さんが好きだったんだって」

「えーじゃあ乗り換えたってこと?」

「そう言えば前にウチの教室で、ヴァンフリーク君を誰かに見間違えてたよね?」

「そのお兄さんにヴァンフリーク君が似てたから?」

「酷くない? それー」

 

 ……何だ、これは?

 どう考えても、そう、どう考えても会話の流れが不自然だ。

 まるで誰かが考えた台本をそのまま読んでいるような、何とも言えない違和感。

 

 ちぐはぐな発言ばかりだが、彼女たちが凰へ向ける目は、徐々に徐々に別のものへと変化していく。

 

「なっ……ちょっと、何言って……!」

 

 焦ったように反論しようとする凰を置いて、周囲を見回せば、人垣の向こうから俺たちを眺めている織斑の姿を見つけた。

 その端正と評しても構わない口元は、確かな喜悦に歪んでいて……

 

「――やってくれたな、織斑」

 

 悠々とした足取りで去っていく織斑の背中に向かって、苦々しさと忌々しさを込めて、吐き捨てるように呟いた。

 

 

 

§

 

 

 

「……と、言うことがあったんだ」

「それは大変だったわね……」

 

 その日の放課後。俺は再び生徒会室を訪ねていた。

 ちなみに用事と言うべきものは特にない。最近恒例になってきたクラスの女子へのお料理講座を終えて、そこで作ったケーキをお裾分けにやってきたと言うだけのことである。

 しかし自分で言ったこととはいえ、どうして俺が教える立場なのだろうか。普通ああ言ったものは女子が教えるべきでは……こういう思想も男尊女卑なのか?

 

 生徒会の面々との世間話のついでに今日あった出来事を振ってみたのだが……。

 

「この話を聞いて、どう思う?」

「故意でしょ」

「故意ですね」

「恋だね~」

「故意だよな」

 

 ……のほほんさんだけ違う『こい』だった気がするが、全員一致か。

 机に肘をついた楯無は、ケーキを一切れ口に運んで溜め息を吐いた。

 

「んぐ……全く、色々調べてて思ったけど……予想以上に酷いわね、彼。……何これおいしっ」

「そうですね。想定以上の屑のようです。……美味しいですね、このケーキ」

「んまんま~」

 

 好評なようで何よりである。……いやそうではなく。

 

「生徒会でもアイツのことは調べてたんですか?」

「はい。オルコットさんの一件があってから、と言う但し書きは付きますが。何分、あなたやドラクロワさんと違い、彼は身元がはっきりしていましたから。少し裏表のある人物、と言う程度の認識でした」

「ははは……申し訳ない」

 

 やや棘のある虚さんの言葉に、苦笑が漏れる。

 あんな屑でも、【世界最強の女性《ブリュンヒルデ》】の弟などと言う御大層な肩書がある。ある意味誰よりも保証された身元である。

 織斑春万についての調査が進んでいなかったのは、俺たちにリソースを割かれていたからか。これは申し訳ない。

 

「ちょっとー、どうして会長の私じゃなくて虚ちゃんに聞くのよー!」

「いやだって……なぁ?」

「何よー!」

 

 そうやってジタバタしている内は、俺がお前を頼ることはないと思うぞ。

 と言うかお前……、

 

「楯無。お前、あれから簪と話したのか?」

「うっ……」

 

 話してないな、これは。

 

「まったく……このシスコンストーカーヘタレ生徒会長め」

「何その呼び方!?」

「否定できる材料があるのか?」

「くっ……! 何も言い返せない!」

 

 ちょっとふざけた雰囲気にして有無耶無にしようとしているのが丸分かりである。

 本当に簪のことになると、途端に雑魚になるなこの学園最強様は。まあ、姉と言うのはそういうものなのかもしれないが。

 

「だ、だって……わ、私簪ちゃんに嫌われちゃってるし……私に話しかけられても、簪ちゃんは嫌がるじゃない……」

「前も言ったが自業自得だし……そもそも、簪はお前を嫌っちゃいないぞ」

「気休めは――」

「気休めじゃなく、本当のことだ。……あれはな、ただ寂しがってるだけだよ」

「え?」

 

 俺の言葉に、呆けた表情をする楯無。

 ……全く、本当に鈍くて、素直じゃない。

 

「お前らは、昔はずっと四人で一緒に居たんだろう? その昔を恋しく思っているのが、どうしてお前だけだなんて言える?」

「で、でも……なら、どうして私を避けるのよ?」

「それもお前と同じだ。要するに、恥ずかしがってるのさ。今までずっと避けてきてたから、どうしていいか分からないんだ。お前だって今までずっと簪のストーカーをしてるだけで、怖気づいてただろう?」

「…………」

 

 ばつが悪そうに視線を逸らす楯無に嘆息。このヘタレめ。

 

「意地を張って、後悔して、逃げ出して、どうしていいか分からなくなって、踏み出すこともできなくなって……本当に、似た者姉妹だよお前らは」

「そう……かもね」

 

 そう言って、楯無は気が抜けたように笑った。

 

「うん、ホント、めんどくさいわね、私たちって」

「そうだな、めんどくさい」

「けど、どうにもならないものじゃないのね」

「ああ。お前たちは、やり直せる」

 

 ……今度は、大丈夫か。

 思わず胸に手を当てて息を吐いた俺の髪を、のほほんさんの手が労るように撫でてくる。

 見上げれば(・・・・・)、いつかの夜のような、慈愛に満ちたのほほんさんの笑顔がある。

 心配いらない、と言うように、俺も微笑を返す。

 

 この姉妹のことを口にしても、胸に痛みが走ることはない。

 今の俺は、全てを一人で抱え込むようなことはない。

 もう、一人などではないのだから。

 のほほんさんの手と後頭部(・・・)からの心地よい熱に身を委ねていると、

 

「……ねえ、ちょっといい?」

「ん? どうした?」

「いえ、あまりにもスムーズな流れでそうなってたから思わず流しちゃったけど……何で本音はずっとイチカ君に膝枕してるの?」

 

 心底困惑した様子の楯無に言われて、思わず真上ののほほんさんと顔を見合せ、自分たちの体勢を確認する。

 のほほんさんはソファーに膝を揃えて座って、俺はソファーに寝転がりながら頭をのほほんさんの膝に乗せて……うん、膝枕だな。

 何でこんな体勢なのかって疑問だが……

 

『あっ、いっちー』

『よう、のほほんさん。ほれ、お土産のケーキだぞ』

『わぁ~い、おいしそぅ! ……いっちー、何か疲れてる?』

『ん? まあ、色々あってな……』

『そっかぁ~……膝枕、使う?』

『遠慮して……いや、すまん。甘えさせてくれ』

『いいよ~! はい、どうぞ』

 

 と言うやりとりの結果である。

 甘えていいって言われたので、甘えてみたわけだが……何か間違ったか?

 

「いえ、まあ……本人がいいなら別にいいんだけど……イチカ君ってば、いつの間に本音を落としたのよ?」

「どちらかと言うと、俺の方が本音に落とされてるんだよなぁ……」

 

 ちょっと簡単には抜けられないぐらい深い沼に。

 一向に動こうとしない俺に溜め息を吐いて、楯無は話を変えた。

 

「それで、最初の話に戻るけど……何か手立てはあるの? まさか、やられっぱなしってわけじゃないでしょ?」

「……まあ、一応考えてはいる」

 

 今回の時間の首謀者の目的は、肉体的、精神的問わず凰にダメージを負わせること。

 そのために、俺の目の前で階段から凰を突き落とすと言う手段が使われた。

 角度的に傍から見れば、凰が俺に飛び付いてきたように見えただろう。恐らくそこまで計算されていた。

 そしてギャラリーを使って、俺が突き落とされた凰を抱き留めたと言う事実を、喜び勇んで抱きついてきた凰を抱き留めたと言う虚言へとすり替え、流布させた。

 多分あのギャラリーのうちの何人かは犯人の用意したサクラだ。いや、もしかしたら決行するより前にそういう噂を密かに流していたのかもしれない。

 ともかくこのやり方で、首謀者は凰の評判と、そして心を傷つけた。

 今の凰は、かつて自分を救ってくれた恩人の名を、自らの行いによって穢してしまった。そんな後悔と自責に苛まれている。

 

「当の凰さんはどうしてるの?」

「ああ、アイツなら」

 

 答えようとしたその瞬間、校内のどこからか……具体的に言えば第三アリーナの辺りから、ドゴォォォン!! という爆音が聞こえてきた。

 思わず沈黙してその方角へ視線を向ける生徒会役員たち。

 

「……ソフィーとオルコットの誘いで、絶賛ストレス発散中だ」

「……そ、そう。なら、メンタル面での心配は要らない、のかしら?」

 

 多分な。俺としても自分のせい(なのかは分からんが)で凰に傷ついて欲しくはない。

 

 まあ、心配するべきが精神面でのことだっただけ、まだマシと言ったところか。

 この策のいやらしいところは、目論見通り行かずとも凰にダメージを与えられる点だ。

 十数段分の階段から落ちたのだ。もし俺が受け止めなければ、よしんば何とか受け身を取れたとしても、大怪我は避けられない。

 そしてもしそうなれば……対抗戦には絶対に間に合わない。

 

 呆れるほどに周到な悪巧みである。

 その労力をもっと別のものに向けられないものか、としみじみ思う。

 

 ともあれ、目下最大の問題は、例の騒ぎによって凰の悪評が一定の範囲に広まってしまったこと。

 このまま放っておいてもいつか鎮静化するだろうが……何だか泣き寝入りしたようで気に食わない、と被害者からは強気な発言を頂いている。

 まあ、現状を打破する策がないでもない……ひっじょーに、気は進まないのだが。

 ちなみにこれは俺が考えた策ではなく、事情を聴いたソフィーが提案したものである。

 

「ふーん……それって、どんなの?」

「……簡単に言えば、俺が精神的にとんでもなく疲れる方法だな」

 

 不思議そうに首を傾げる三人の少女に策を説明していくと、徐々にげんなりとした表情に変わっていった。

 のほほんさんの俺の頭を撫でる手つきがさらに優しくなった。

 ハァ……明日から頑張るか。

 

 

 

§

 

 

 

 翌日の昼休み。

 教科書類を直して、食堂に行くために立ち上がったところで、ポスッ、と。

 横合いから何かが突っ込んできた。

 黙って下を向けば、俺の胴体に腕を巻き付けるようにして、ぐりぐりと擦り付けてくる亜麻色のつむじが。

 

「えへへ……せーんぱい?」

「あー……どうした、ソフィー?」

「いっしょに食堂行きましょー」

「それはいいが、わざわざ抱き着いてくるな」

「あう、ごめんなさい……先輩を見ると、嬉しくてつい……」

「……まあ、俺が恥ずかしいだけで別にいいんだが」

 

 しゅんと眉を下げて落ち込むソフィーに、思わずフォローの言葉を入れ、指触りのいい髪をそっと撫でる。

 

「ぁ……えへへ~、せんぱぁい」

 

 途端にうれしそうに笑って甘えてくるソフィーに、思わず苦笑する。

 まあ、あんな垂れた尻尾が幻視できるほどに落ち込んだ様子を見せられたな……甘いとは分かっていても、どうしても甘く接してしまう。

 

「さっ、行きましょう!」

「おう。……いやちょっと待て、何で腕を組む?」

「だって先輩かっこいいですから」

「……?」

「先輩は誰よりもかっこいいから、他の人のとこに行っちゃわないか心配になるんです。だから、こうして利き腕の右腕を捕まえてるんです!」

「……そうか」

 

 愛想のいい織斑はともかく、俺がそんなことにはならないと思うが。

 

「その理屈なら、空いてる左腕はどうなる?」

「えーと……そこは私が分身とかして……あ、ダメです、やっぱりダメです」

「何が?」

「私の分身が先輩に抱き着いてたら、分身にヤキモチ妬いちゃいますから!」

「分身出来るかどうかについては論じないんだな」

「先輩のためって思ったら出来そうな気がします」

「凄いなお前」

 

 

 

「抱き着くのはいいがしっかり歩け」

「んふふ……先輩が抱っこしてくれてもいいんですよ?」

「ふざけんな、ここ学校の廊下だぞ」

「ここじゃなかったらしてくれるんですか!?」

「……そういう問題ではなく」

 

 

 

「先輩何にします?」

「今日の日替わり定食」

「じゃあ私もそれにします」

「ラーメンじゃないけどいいのか? 今日は……納豆だぞ」

「うっ……頑張ります」

「無理するなよ?」

「出来る限り、色んなものを先輩と共有したいんですよぉ……」

「……残ったら俺が食ってやるよ」

「先輩大好きっ」

 

 

 

「せーんぱいっ! はいあーん♪」

「別にそんなことしてくれなくてもいいんだが」

「私がしたいからしてるんです。私もう食べ終わっちゃってるんですもん」

「おばちゃんが男だからって大盛りにしてくれたからな……飯と納豆が九対一なんだが」

「というわけで、はいあーん♪」

「どういうわけだ」

「食べるの辛くても、可愛いソフィーちゃんのあーんだと思えば楽になるかと思って」

「……はぐっ」

「やーん♡」

 

 

 

「……ちょっとナニコレ。私たち、何を見せつけられてんの?」

「鈴さんの噂を払拭するための作戦らしいですわよ。……ソフィーさん曰く」

「私たちが付き合ってるっていう噂を塗り潰すレベルで、盛大にイチャつくってこと? 糖分高すぎて胸焼けしそうなんだけど」

「安心してください、わたくしもですわ」

「ていうか、それただの口実でソフィーがイチャイチャしたいだけじゃないの?」

「わたくしもそれを聞いてみましたが……『そんな口実なくても堂々とイチャつきます』だそうですわ」

「……強いわね」

「……強いですわね」

 

 

 

§

 

 

 

 そんなこんなで数日後。

 ついに、クラス対抗戦の日がやってきた。




現実感? ああ、いい奴だったよ。
これおかしない? 普通こんなならんやろってツッコミは二次元だから許して(震え声)




クロレベルマしたいのにQPが足りん……なんも考えずに聖杯ぶっこんでスキルレベル上げてたら残り36000……宝具レベルすら上げられんってどういうことやねん。
仕方ないからイベ周回……オラッ、パラPオラッ! 妙な薬ばっか作ってねぇでぬいぐるみ落とすんだよオラッ! デーモン君もオラッ、心臓と一緒にぬいぐるみ落とすんだよオラァッ!!


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Story.23 対抗戦、襲撃

 あー……何か凄い久し振り()

 一応対抗戦だけど、まともにやるはずもなく……あ、この話からクロスオーバー作品が一個増えます。これまでも伏線はろうとしてたけどすっかり忘れて忽然と登場してますが……まあ、うん、ね!
 あ、原作既読推奨です。読んでなくても分かりはすると思いますけど。



 クラス対抗戦当日。

 天気は晴天。絶好の試合日和である。

 噂の男性操縦者が出場する試合があるからか、常とは異なり、IS学園全体が昂揚と活気に満ちていた。

 

 物見高い生徒たちが集まるのは、第二アリーナの第一試合。【世界最強の女性(ブリュンヒルデ)】の弟、織斑春万と、中国の国家代表候補生、(ファン)鈴音(リンイン)の試合である。

 双方そのネームバリューから、試合の注目度は最高。アリーナは全席満員、通路まで人で埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターでの鑑賞も可能となっている。

 

 二人の入場を待つ観客たちのざわめきに包まれるアリーナを、校舎の屋上から見下ろす人影が一つ。

 着用している制服から、IS学園の生徒であることが伺える。黒髪を二つに結わえた少女である。

 肌は真珠のように白く滑らかで、襟元から覗く首は、少し力を入れて握れば折れてしまうのではないかと思えるほどに細い。

 恐ろしく端正な顔立ちをしているのだが……その顔の左半分は、異様に長く伸ばされた前髪で隠されてしまっていた。

 

 歓声の響くアリーナを冷めた目で眺めていた少女は、ふと響いてきたコール音に、ポケットから端末を取り出して耳に当てた。

 

「もしもし? ええ、わたくしですわ。……ええ、屋上です。誰も居ませんわよ」

 

 少女の言葉に、電話の相手が短く答える。僅かに漏れ聞こえる声から、相手は若い男のようだった。

 

「心配性ですのね。わたくしがそんなミスを犯すと思いまして? ……ふふっ、冗談ですわ」

 

 どうやら少女と男は相当親しい間柄のようで、軽口を飛ばし合って小さく笑っていた。

 しかし、不意に少女は表情を消して、

 

「――本当に、いいんですの? これ以上は、後戻りできませんわ」

 

 何かを憂うような、しかしどこか期待するような言葉に返ってきたのは、はっきりとした肯定の言葉。

 ニィッ、と少女の口元が三日月のような弧を描く。

 

「――きひっ」

 

 不気味な笑声を零した少女が、クルリとその場でターンすれば……少女の装いがガラリと変わった。

 頭部を覆うヘッドドレス。胴部をきつく締めるコルセットに、装飾過多なフリルとレースで飾られたスカート。それら全てが、深い闇を思わせる黒と、血のように赤い光の膜で彩られている。

 そして最後に、何故か左右不均等に髪が括られていた――まるで、時計の長針と短針のように。

 

 どうやら試合が始まったようで、眼下のアリーナから大きな歓声が響いてくる。

 その喧噪を嘲笑うように、無知な彼らを憐れむように、少女は哄笑する。

 

「きひっ、きひひひっ、きひひひひひひひひひひひ!」

「ご機嫌ですわね、わたくし」

「無論ですわ、わたくし」

 

 くるりくるりと舞いながら笑う少女の背後に音もなく現れたのは、その少女と全く同じ容姿、全く同じ声の少女。双子かと思うほどに、何から何まで瓜二つ。

 

 さらに、現れたのは一人ではなかった(・・・・・・・・)

 二人、三人、五人、十人、二十人……校舎の屋上に、何人も、何人もの少女が現れる。

 

「準備は出来まして?」

「ええ」

「十全ですわ」

「彼らは?」

「連れて参りましたわ」

「骨が折れましたわ……」

「角笛は?」

「ここにありますわ」

「よろしい」

「始めますの?」

「ええ」

「始めますわ」

「心の用意はよろしくて、わたくしたち?」

 

 一人の問いに、同じ顔の少女たちが返すのは、嘲弄するような笑み。

 

「きししし」

「ふふふふ」

「いひひひ」

「あははは」

「愚問ですわ。愚問ですわ。わたくし」

「ええ。ええ。わたくしたち、この瞬間をどれだけ待ち望んだと」

「復讐ですわ。報復ですわ」

「これは狼煙。これは号砲」

「わたくしたちの革命の。わたくしたちの変革の」

「始めますわ。終わらせますわ」

 

 ざわざわ、ざわざわと。

 いくつもの囁き声が折り重なり、まるで木々のざわめきのように不気味に響く。

 

 彼女たちの声に答えるように、少女たちの一人が角笛にそっと唇を付け、吹き鳴らす。

 ――ィィイイイィィイイイィイィ!!

 と鳴り響く異音に呼応するように、どこからか獣のそれに似たいくつもの咆哮が轟いた。

 それは祝福を奏でる聖歌か。あるいは、終末を告げる喇叭か。

 

 角笛を吹いた少女は、大きく両手を広げて、告げた。

 

「さぁ……わたくしたちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

§

 

 

 

 時は少し遡り、第二アリーナでの試合直前。

 

 IS《甲龍(シェンロン)》を纏った鈴音は、瞑目して大きく深呼吸をした。

 再び上げた視線の先には、仇敵織斑春万が純白のIS《白式》とともに、鈴音を嘲笑うような表情で眺めていた。

 

「よぉ、鈴。調子はどうだよ?」

「アンタに聞かれるまでもなく絶好調よ」

 

 春万の見下すような視線には腹が立つが、大丈夫。我を忘れるほどの怒りは湧いてこない。前日までソフィーとセシリアを相手に特訓という名の憂さ晴らしをしていたからだろう。

 改めて二人の『友人』に感謝したところで、アナウンスが響いた。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 それに従って、鈴音と春万は五メートルの距離を開けて互いに向かい合った。

 青龍刀を構えて気合を入れ直していると、春万から秘匿回線(プライベート・チャネル)で通信が届いた。

 

『そういや鈴、お前、ヴァンフリークの奴とよろしくやってるんだって?』

『…………』

『お前も趣味が悪いよなぁ、あんなやつを好きになるとかさ。……ああ、そういや確かお前、あの兄貴のことが好きだったんだっけ? ふっはは、趣味が悪ぃのは昔からだったってわけか!』

 

 俯いて何も言わない鈴音に、醜悪な笑みを浮かべる春万だったが、その笑みはすぐに憤怒の表情へと取って代わった。

 顔を上げた鈴音は、思い切り馬鹿にした表情と声音で、

 

「ハッ、そんなうわさを信じるとか、アンタ馬鹿ァ?」

「なん……っ!?」

「どれだけ人の恋愛事情に興味津々なのよ。男女が仲良くしてるだけでカップル扱いとか、どこの女子高生よ。……ああ、もしかして、アンタが女子と仲良く出来てるのってその女々しさが理由だったのかしら?」

「て、めぇ……ッ!」

 

 歯軋りをして射殺さんばかりの目で睨みつける春万だったが、鈴音はそれを鼻で笑った。

 

 春万の魂胆は最初からバレバレだった。どうせわざと鈴音を挑発して動揺を誘い、平静を欠かせるのが狙いだったのだろう。

 だがお生憎様。今日の鈴音は日頃のストレスの全てを《龍砲》に乗せて二人の友人とアリーナの防壁にぶちまけているので、ちょっとやそっとの挑発では揺らがないのである。

 

「大体あんな奴とか言ってるけど……アンタ、イチカに負けたんでしょ?」

「あれは、油断しただけだ! 本当ならアイツなんかにこの俺が負けるはずが……!」

「ぷっ……ゆ、油断してたら、ジャーマンスープレックス食らうわけ……? ふ、ふふふっ、ヤバ、思い出したら笑いが……!」

 

 目論見が外れ逆に散々に罵倒された春万の顔色は、真っ赤を通り越して土気色である。

 今日の風呂上がりの牛乳は美味そうだ、と鈴音は満足した。

 

「ぶっ潰してやるよ!」

「出来るもんなら、ね!」

 

『それでは両者、試合を始めてください』

 

 そうして、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

§

 

 

 

 第二アリーナ、観客席にて。

 俺ことイチカとソフィー、セシリア、のほほんさん、そしてついでに簪は、凰と春万の試合が始まるのを待っていた。

 偶にソフィーたちも簪の手伝いに行っていたので、簪の人見知りも若干緩和されて女子同士和気藹々と楽しそうである。ここに簪を連れてきたのほほんさんの判断は間違っていなかったようだ。

 

「試合、どうなりますかねー」

「凰が勝つだろ」

「そんな分かり切ったことは聞いてませんよー」

 

 明らかにやる気なさそうに問いかけてきたソフィーだが、まあそれも仕方ないだろう。

 結果の見えている勝負ほど、見ていて退屈なものはない。

 

「先輩賭けます?」

「何を? 何で?」

「何分持つか。対象はまあ……今日の食事代とか?」

「いいぜ。俺は3分で」

「じゃあ私は1分半です」

「大きく出たな」

「そんなものじゃないですか?」

 

 織斑の名誉(そんなものがまだ残っているのか甚だ疑問だが)のために、小首を傾げてのソフィーの問いには黙秘しておく。……2分にしとけばよかったか。

 実際、織斑に勝ちの目は万に一つもない。

 転校当初から飛び抜けた実力と才能を持っていた彼女が、連日のソフィーたちとの特訓で更に磨き抜かれているのだ。

 持って生まれた才能に驕り、どうせ対抗戦に向けた訓練もろくにやっていないだろう織斑が勝てる道理はない。

 

 セシリアも同意見なのか、凰を見つめる視線に不安の色はない。だが事情を知らない簪にとっては違うようで、

 

「え、えと……、何でそんなに余裕そうなの?」

「実際余裕だしな」

「このわたくしと互角に渡り合う鈴さんが、今更あのような男に負けるはずがありませんわ!」

 

 共に代表候補生だからか、あるいは織斑の被害に遭ってきた経験があるからか、セシリアと凰は特に仲がいい。実力も伯仲していて、まさに好敵手(ライバル)と呼ぶのが相応しい。

 以前は織斑に煮え湯を飲まされたセシリアだが、あれは織斑による卑怯な妨害工作によるものだ。あの時の二の舞にならないように、今回は俺とソフィーで細心の注意を払っていたので問題ない。

 もはや負ける要素が見当たらないのである。

 

「だいじょーぶだよ、かんちゃん~。りんりんがボコボコにしてくれるから~」

「本音……うん、わかった」

 

 のほほんさんらしからぬ過激な発言だが……そう言えば簪が今みたいな状況に陥ってるのは織斑が原因だったな。

 代表候補生たちから見事に嫌われている織斑に笑えてくる。が、同情はしない。当然である。

 

 そんな会話をしている内に、ブザーが鳴り響き、試合が始まった。

 何故か織斑が怒り狂った表情を、凰が優越感に満ちた笑みを浮かべているが、秘匿回線(プライベート・チャネル)で煽り合いでもしたのだろうか。

 

 ざわっ、と俄かに観客席が騒がしくなる。

 

「始まった……!」

 

 先に仕掛けたのは、織斑の方だった。

 瞬時に展開した《雪片弐型(ゆきひらにがた)》を構え、最大速度で凰に突っ込む織斑。

 開始直後に先制することで試合の流れを握り、あわよくば先制攻撃で倒す。剣道でも同じような戦法で戦ってきたのだろうが……生憎、これは剣道ではなくISによる戦闘なのだ。

 

「……あ、吹っ飛んだ」

「吹っ飛びましたわね」

 

 棒立ちだった凰に勝利を確信しただろう織斑を待っていたのは、《龍砲》による不可視の砲弾。

 それを回避する間もなく真正面から喰らった織斑は、盛大に吹っ飛んだ。

 空中で何とか制動をかけた織斑は何やら悪態を吐いているようだったが、もちろん凰がそれを気にすることはない。

 

 ロクに反応も出来ない織斑を鼻で笑って、連結状態だった青龍刀を二本に分割。一気に接近して両手の青龍刀を叩きつける。

《雪片弐型》を振り回して危ういところで防御を間に合わせた織斑だが、所詮悪足掻き。《甲龍》の圧倒的なパワーに押し負けてさらに吹き飛ぶ。

 すかさず追撃する凰。双剣が乱舞し、縦横無尽に織斑へと襲いかかる。

 歯噛みしながらも後退しようとすれば《龍砲》が火を噴き、態勢を立て直すことすら許されない。

 しぶとく足掻いていた織斑だったが、ついに凰の連結した青龍刀の一撃がクリーンヒットして、地面に叩きつけられた。

 

「……す、凄いね」

「これはもう終わったんじゃないですの?」

「いや、少なくとも、あの馬鹿の方から負けを認めることは絶対にないよ。何せプライドの塊だからな」

 

 そう。アイツに見えているのは、どんな時だって自分の勝利のみ。「俺が負けるなんて有り得ない」と本気で思っている。例え敗北を喫したとしても、アイツがそれを認めることは絶対にない。

 だからアイツはいつまで経っても成長できないのだ。

 人間は、失敗を受け止め、そこから学び成長していく生き物だ。挑戦して、失敗して、何を間違ったのかを研究して、解決策を模索して、また挑戦してを繰り返していくことで、人間は少しずつ前に進んでいく。

 端から自分の方が相手より上だと決めてかかっているアイツには、永遠に出来ないことだろう。

 

 セシリアたちとそんな話をしていると、ふとソフィーの端末からバイブ音が鳴り出した。誰からか着信があったらしい。

 

「あ、すいません……あれ? 博士ですか?」

 

 博士……束さんか。あの人がこんなタイミングで何の用だ?

 何だか知らないがやたらと焦っている様子で、ソフィーもやや戸惑った様子で対応していたが――再びこちらに向き直った来た時には、至極真剣な……戦場で見せる表情へと変わっていた。

 

「先輩。――来ます」

 

 ソフィーがそう口にした、瞬間。

 

 ――ィィイイイィィイイイィイィ!!

 

 耳障りな異音を耳にして、それが何を示すものかを知っている俺とソフィーは即座に立ち上がり戦闘態勢を取る。怪訝な目を向けてくるセシリアたちに何か言う暇もない。

 そして、

 

 バリィィィイィィイイィィンッ!!

 

 ガラスが割れるような音を残して、アリーナを覆う障壁が、破られた。

 砕かれた障壁の割れ目から顔を出したのは、物語(ファンタジー)に登場するような異形の怪物たち。異世界の住人。

 古代の技術によって生み出された異形。俺たちもよく知る――幻神獣(アビス)

 機械の肉体を持つ翼人。

 獅子の頭に山羊の胴体、蛇の尾を持つ合成獣(キメラ)

 赤茶色の皮膚をした恐ろしい魔人。

 それが、実に四十体以上。

 

「な、何ですの……あれは……」

「……生き物、なの?」

 

 自分の目が映したものを疑うように、呆然と声を発するセシリアたち。

 あまりにも非現実的な光景に、思考停止状態に陥ってしまっているのだろう。

 代表候補生、そして暗部の人間として多少なりとも荒事に慣れている彼女たちですらこうなのだ。アリーナに詰めかけていたその他の生徒たちも、呆然自失としている。

 明らかに異常事態だと言うのに、誰一人声を上げない、奇妙な静寂。だがこれは嵐の前の静けさ。きっかけがあれば、すぐにでも――

 

 ――ギィィィィアアアァアァァァィイェエェアァァアァァァアァァァァッ!!

 

 そのおぞましき咆哮を聞いて、()が一気に動き出した。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「何? 何!? 何なのよぉ!?」

「やだ、怖い、怖い……」

「……お母さん、助けてぇ……」

「これ……夢なの……?」

 

 完全に恐慌状態だな。……まあ、無理もないか。この状況で、ISをファッション感覚で扱っているこの学園の生徒に冷静な対応を求めろと言うのも無理のある話だ。

 異常な事態に悲鳴を上げて、我先にと唯一の出口である連絡通路に殺到する生徒たち。

 フィールドと観客席の間には遮断シールドが張られているが、障壁をぶち破ってくる相手だ。安心など出来ないだろう。

 まあ全員が慌てて逃げようとしているせいで、逆に混雑して避難が遅れているのだが……そこは上級生、特に生徒会役員の対応に期待するとしよう。

 

 フィールドの方へ視線を移せば、凰が《龍砲》を駆使して侵入してきた幻神獣(アビス)たちの相手をしているところだった。

 この場に現れた翼人型のガーゴイル、合成獣(キメラ)型のグリプス、そして悪魔のようなディアボロスは、図体の割に機動力が高く、そして狡猾だ。

 攻撃が当たらず、当たったとしても効果が薄いと見るや、凰は《龍砲》で追い払うことに専念する方針に切り替えたようだった。そしてその判断は正しい。

 織斑? ああ、アイツはいきなりの事態に面喰って棒立ちのままだ。少しは凰を見習ってほしいものである。

 

 流石にそろそろ教師陣も動き始める頃だろう。腐っても【世界最強の女性(ブリュンヒルデ)】だ。余程腑抜けていない限り適切な指示を下すことだろう。

 ならば――俺たちは、俺たちの仕事をするだけだ。

 

「ソフィー」

「今、先生から連絡が来ました。――全力でやって来い、だそうです」

「了解、と」

 

 全力、つまりは……神装機竜まで使って、ということだ。

 フッと笑みを零して、俺とソフィーは拡張領域(ストレージ)から取り出した機殻攻剣(ソードデバイス)を同時に抜き放った。

 

 さぁ……狩りの時間だ。

 

 

 

§

 

 

 

「くそっ……こいつら!」

 

 謎の生物の襲撃によって、鈴音は苦境に立たされていた。

 

 正面から襲いかかってきた翼人に《龍砲》を連射して追い払い、横合いから引き裂こうとしてくる合成獣を身を屈めて回避。

 連結した青龍刀の重量を利用して翼人を吹き飛ばしつつ、無差別に《龍砲》を掃射することで敵を追い払う。

 

 自身の攻撃が敵にとってダメージたりえないことを実感して、すぐさま救援を待つ遅滞戦術に切り替えた彼女の判断は称賛されてしかるべきだろう。

 だが……今回に限って言えば、敵の数が多過ぎた。

 彼女一人で四十もの怪物を相手にするのは、無理があった。

 現に《甲龍》のシールドエネルギーはほとんど底をついており、後一撃でも食らえば絶対防御が発動するところまで追いつめられていた。

 

「はぁ……はぁ……、こん、のぉっ!!」

 

 そもそも彼女とて、いくら代表候補生とはいえ、まだ16歳の女子高生なのだ。観客席の生徒たちのように、恐怖に怯えて取り乱していてもおかしくはない。

 だと言うのに、彼女は恐怖と疲労を押し殺して絶体絶命の危機に立ち向かっている。

 何故か? 奴らはISの絶対防御並の耐久度を誇る障壁を力尽くで打ち砕いて侵入してきた。怯えて縮こまっていても死ぬだけというのが一つ。

 

 もう一つは……今も逃げ惑っている、観客席の生徒たちのためだ。アリーナの障壁を砕いたのだ、遮断シールドもきっと同じように砕かれてしまうだろう。

 単なる正義感、とはまた違うかもしれない。だがそれでも、鈴音は彼女たちのためにこの戦場に立っていた。

 

『織斑! 凰! 今すぐアリーナから脱出しろ!』

「ち、千冬姉っ!? 何だよこれ、どうなってんだよ!?」

『私たちにも分からん。だが、後は私たち教師に任せてお前たちは――』

「だったら早く突入させてくださいよ! それか早く避難を済ませて! 私が食い止めてる間に!!」

「何言ってんだよ鈴!? お前死ぬ気か!?」

「んなわけないでしょうが! 死ぬ気なんて毛頭ないわよ! けどここで私たちが戦わないと、もっと多くの人間が死ぬのよ!」

「何、だよそれ……」

 

 春万には分からなかった。鈴音のことが。他人のために命をかけられる人間のことが。全く分からなかった。

 どうしてアイツは戦っている? あんな、わけの分からない、恐ろしい化け物と。死ぬかもしれないのに。

 どうしてアイツは戦える? もう機体はボロボロなのに。体は傷だらけなのに。あんな小さい体で。女のくせに。

 どうして、何の関係もない、会話をしたことすらないような人間のために、そこまで出来る……?

 

「――っ、春万、避けろォ!!」

「えっ」

 

 鈴音の切羽詰まった声に上を振り仰げば、翼人がばら撒いた光弾が、春万目掛けて降り注いでいた。

 

「う、うわぁぁあぁあぁあっ!?」

 

 無様に悲鳴を上げて、必死に飛び退く春万。

 それまで春万が居た場所に降り注いだ光弾が、地面を抉り深い傷跡を残した。

 その無残な傷跡を見て、春万の背筋は一気に凍りついた。もし、避けずにあれを喰らっていたら……

 

「早く逃げなさい春万!!」

 

 春万に向けて光弾を放った翼人を蹴り飛ばしながら、鈴音が警告を飛ばすが、完全に怯え切った春万は動き出すことが出来ない。

 無理もないかもしれないが、この状況でそんな無様を晒せば、怪物たちにとっては絶好の獲物だった。

 次々に襲いかかってくる怪物たち。

 何とかそれを捌いていく鈴音だが、一人でこれほどの物量をどうにかできるはずがない。

 

「くそ……っ、このままじゃ……!」

 

 鈴音の心に、ついに絶望が芽生え始めた――その時。

 

 ――声が聞こえた。

 二つの声。狂乱のアリーナに朗々と響く、『竜』の名を告げる声。

 

 

 

「天地統べる王なる龍よ。万神率いて、至高の座へ舞い昇れ。《黄龍》」

 

 

 

「この蛇は忌まわしき神敵。汝が罪過の(しるし)たる百の牙を突き立てよ。《テュポーン》」

 

 

 

 高らかと謳われる《詠唱符(パスコード)》。

 その声の方向に視線を向ければ、友人であるイチカ・ロウ・ヴァンフリークとソフィー・ドラクロワが、古風な剣を掲げて佇んでいた。

 何をしているのだと訝った鈴音だったが、細められた瞳はすぐに驚愕に見開かれた。

 

 佇む彼らの背後に、二頭の竜が忽然と出現したからだ。

 黄金の龍と、群青の竜。そこに現れただけなのに、すさまじい威圧感を撒き散らしている。

 

接続開始(コネクト・オン)

 

 二人が呟いた瞬間、二頭の竜の体が無数の部品(パーツ)に分裂し、連結して、二人の肉体を覆う鎧と化す。

 それはまるでISのようで、けれど明らかに違う何か。

 

 こことは違う世界における最大戦力、機竜使い(ドラグナイト)の中でも一握りの者しか扱うことの許されない、神装機竜である。

 アリーナ中の視線を集めながら、黄金の龍を身に纏ったイチカは淡々と、しかし確固たる口調で宣言した。

 

「……戦闘開始。幻神獣(アビス)を殲滅する」

 




 続きは、うん、近いうちに()


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Story.24 〈プリンセス〉

 遅くなりましたが、つぐやん様。一話から遡っての誤字報告、本当にありがとうございます。正直そこまでしてくれる方がいらっしゃるとは……というかそもそも誤字多過ぎィ。
 碌に推敲もしない作者が悪いですね本当にごめんなさい。これからはお手を煩わせることのないよう、そして純粋に楽しんでいただけるよう努力していく所存です。




 追記

 確認したと思ったのに誤変換・変換忘れが3つもあったよ……つぐやんさん、本当にありがとうございます!


 混乱の中、我先に逃げ出さんと悲鳴を上げて連絡通路に殺到する生徒たち。

 しかし連絡通路の扉に、一度に何十人もの人間が通れるほどの広さはない。一気に押し通ろうとすれば詰まるのは道理だろう。そんなことにすら気付けないほど彼女たちは混乱しきっていた。

 

「皆落ち着いて! 慌てないで順番に!」

 

 そんな彼女たちを何とかまとめようと生徒会長である楯無が声を張るが、混乱は収まらない。

 無理もない。呼びかける楯無ですら現状を全く理解出来ていないのだ。分かっているのは、突如出現した怪物たちが途轍もなく危険であると言うことのみ。

 どうにもならない状況に歯噛みした楯無は、目に留まった代表候補生に呼びかけた。

 

「あ、丁度いいところに! セシリアちゃん! 本音! ……簪ちゃん!」

「生徒会長……分かりましたわ!」

「おっけ~!」

「……うん」

 

 数年ぶりの妹にかける言葉がこれとは、と内心嘆く楯無だったが……状況は彼女にそんな感傷を許さなかった。

 

 パリィィィィィン、と再びアリーナに響くガラスが割れるような音。

 慌ててその音が聞こえてきた方に目を向ければ、現れた怪物の内の一体――合成獣(キメラ)型の幻神獣キマイラが、フィールドと観客席を隔てる遮断シールドを突き破って観客席に侵入していた。

 必死に食い止めていた鈴音が、ついに抜かれてしまったのだ。

 

「ッ!?」

「きっ……きゃぁぁああぁぁあぁあぁぁっ!?」

「やだ……助けて……」

「ちょっと、退きなさいよ!」

「押さないでってばぁ!」

 

 すぐそこまで迫った危険に、混乱に拍車がかかる。

 それはもはや楯無たちにどうにかできる領域を超えていた。更に悪いことに、そのキマイラが乗り込んできた位置は、楯無の方へ向かっていた簪たちに程近い位置で――

 

「ぁ……きゃっ!?」

「簪さん!?」

「かんちゃんっ!?」

 

 元来気弱な簪だ。もはや彼女の心は限界に近く、それがここにきて表出してしまう。

 足をもつれさせた簪は、そのまま転んでしまった。

 

 そして、目の前で足を止めた獲物を、幻神獣が見逃すはずもなかった。

 

「……ぁ……あぁ……」

 

 目の前で牙を剥く怪物に、簪は完全に怯え切ってしまっていた。

 グルグルと唸り声を上げて迫りくる怪物は、身動きも出来ない簪に襲いかかろうと――

 

「――《霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)》ッッッ!!」

 

 大切な妹に迫る危険を、姉が見過ごすはずがない。

 怪物に襲われようとしている簪を見た楯無は、熟練の操縦者に相応しい刹那の速度で自らの水色を基調としたIS、《霧纏の淑女》を展開。

 武装の一つである大型騎乗槍(ランス)《蒼流旋》を構え、瞬間加速(イグニッションブースト)でキマイラへと突貫した。

 突き出された槍は、突進の勢いを余すことなく穂先に乗せて、キマイラの獅子の顔面のこめかみに叩き込んだ。

 

 苦鳴を上げて後退るキマイラだったが、攻撃を加えた楯無の表情は険しい。

 

(これだけの一撃を与えてもダメージは軽微……直撃させたのに外皮に傷はほとんどないし……とんでもない耐久力ね)

 

 戦場では停滞こそが死を招く。それを嫌と言うほど理解している楯無は、間髪入れずに《蒼流旋》に内蔵された四門のガトリングガンを斉射する。

 思っていた通り、ガトリングガンの銃弾はキマイラに僅かばかりのダメージを与えることすらできず、鬱陶しげに唸られるだけだった。

 しかしそれによって、標的は完全に楯無に移った。

 飛びかかってきたキマイラを何とか槍を構えて受ける楯無だったが、接触した瞬間に襲いかかるとんでもない荷重に苦悶の声を上げた。

 

「ぐぅっ……予想、通り……とんでもないパワーだこと!」

 

 パワー勝負では勝ち目がない。分かっていたことだが、改めてそれを再確認した楯無は、《霧纏の淑女》に搭載された二つ目の武装を起動した。

 腰部分に浮いている左右一対のパーツ、《アクア・クリスタル》から放射されていた水のヴェールが霧状になって、キマイラを包み込むように散布される。

 この水は微細なナノマシンによって構築されたものであり、《霧纏の淑女》最大の武装にして切り札だった。

 

 

「《清き情熱(クリア・パッション)》!!」

 

 楯無の号令によって、散布されたナノマシンが一気に発熱し、水が一気に気化されて……爆発した。

《清き情熱》の正体は、言ってしまえば単なる水蒸気爆発だ。

 この武装の恐ろしさは、その隠密性にある。ISの標準兵装であるハイパーセンサーであれば、爆発する予兆であるナノマシンの発熱を察知することは出来る。しかし、それから爆発するまでの猶予は一秒もない。

 つまり、気付いた時にはもう遅いのだ。

 

 さて、同じISを纏った人間が相手ならこの上なく有用な武装だが……爆炎の向こうに見えたのは、一切堪えた様子のないキマイラの姿。

 

「ま、このくらいじゃ効かないわよね。……けど」

 

 自らの攻撃が何の効果も齎さなかったと言うのに、楯無の余裕は失われてはいなかった。

 その余裕の正体は、すぐに知れた。

 爆炎の向こうから現れたキマイラは、外皮には何のダメージも受けていないと言うのに、そのまま前のめりに倒れ伏してしまったのだ。

 

 ふっ、と楯無は嘲るような笑みを浮かべて、

 

「確かにあなたの外皮はとても固いわ。でも――内側ならどうかしら(・・・・・・・・・)?」

 

 そう、楯無がナノマシンを散布したのはキマイラの周囲だけでなく、体内にまで(・・・・・)散布していたのだ。

 その結果、《清き情熱》の発動によって、キマイラは体内から爆発のダメージを喰らうことになったのである。

 

「ISが相手になると絶対防御があるせいで使えない手だけれど……私の大事な妹を傷つけようとしたあなたを、許すつもりはないわ」

 

 冷然とした声で告げた楯無は、困ったような表情で振り返った。

 視線の先には、呆けたように自分を見上げる『大事な妹』の姿。怪我がなかったことに安堵しつつも、何を言っていいか分からず動けない。

 

「お姉……ちゃん……」

「……っ!」

 

 思わず零れ落ちた、と言う風な自分を呼ぶ声に、楯無の胸の内から愛おしさが溢れる。もう何年も、聞いていなかった言葉だ。

 感極まって口を開こうとした楯無だったが……背後から聞こえてきた唸り声に、戦慄の表情で振り返った。

 

「なっ……!」

「ガァァァァ……ッ!!」

 

 どれだけ堅牢な外皮を誇ろうとも、内側から攻撃されればひとたまりもない。

 そう考えた楯無の考えは、正しかった。彼女の組み上げた作戦は、戦術は、傍目から見ても完璧だった。

 だが、彼女は見誤っていた。異世界の怪物たちの、機竜使い(ドラグナイト)が数人束にならなければ仕留められない幻神獣の生命力を。

 判断ミスとすら呼べない、知識の欠如。誰も楯無を責めることは出来ないだろう。何せ楯無はこんな生物の存在など知る由もなかったのだから。

 

 もはや、防御は間に合わない。

 眼前に迫るキマイラに――楯無は覚悟を決めた。

 もう自分は助からないだろう。だが……ここで自分が獲物になれば、簪が逃げる時間ぐらいは稼げる。

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

 その悲痛な声に、楯無は憫笑を浮かべる。

 

(ああ……せっかく、仲直りできると思ったのになぁ……)

 

 諦観の中で思い浮かべるのは、そんな寂しさだった。

 一瞬後に生まれるだろう凄惨な光景を想像して、誰もが息を呑む中。

 

 

 

「……ったく、無粋な奴らだな」

 

 

 

 ――声が、聞こえた。

 呆れたような、確固たる自信の伺える少年の声。

 聞き覚えのあるその声に、楯無が目を見開いた……その直後、翡翠の風が吹いた。

 ゴッッッ!! という鈍い打撃音と共に、宙に打ち上げられるキマイラの巨体。それが止めとなったのか、為す術もなく数メートルも吹き飛んだキマイラはもう動くことはなかった。

 

「数年ぶりの姉妹の仲直りだ。水を差すなよ」

 

 急な展開に呆然としながらも、楯無は目の前に立ち、恐らく今自分たち姉妹を救ってくれたであろう少年に目を向けた。

 

「おう。怪我はないか?」

 

 黄金の龍をその身に纏った少年――イチカは、そう言って朗らかに笑った。

 

 

 

§

 

 

 

「ふぅ……さて」

 

《青龍》の超加速による一撃(ドロップキック)でキマイラを打ち倒した俺は、驚いた表情で固まっている楯無へと目を向ける。

 妹の簪の方も、怪我はないみたいだな。間に合ってよかった。

 しかし流石は学園最強。初見の化け物をここまで追い込むか。俺が止めを入れた時点で、あのキマイラは既に瀕死だった。

 

「妹のピンチに命を張る……しっかりお姉ちゃんやれてるじゃないか」

「……っ! お姉ちゃんですもの!」

 

 へたり込みながらも強がりな笑顔を浮かべる楯無に微笑んで、俺はフィールドの大量の幻神獣に向き直った。

 

「やるぞ、ソフィー」

「了解です! 見せつけちゃいましょう先輩!」

「おう! 《四神憑臨(トランス・フォース)》――モード《朱雀(スザク)》!!」

 

 言下に、《黄龍》の特殊武装《金鱗喚符(ロード・スケイル)》が両腕と両肩に接続され、真紅の炎が噴き出し、爆炎を纏った拳と炎の翼が形作られた。

《黄龍》の持つ形態変化の神装、《四神憑臨》。《朱雀》は爆炎による超攻撃特化の形態である。

 

『ガーゴイル15、キマイラ15、ディアボロス1、合わせて31体ってとこですねー』

『あまり時間もかけてられない。ディアボロスは俺がやる、他の雑魚は分担だ』

『了解です』

 

 短く指示を終えて、俺とソフィーは早速行動を開始した。

 まずやるべきは――フィールドに残り、今尚孤軍奮闘している勇気ある女の子の救援だな。ついでに馬鹿の回収。

 背中の炎の翼を羽ばたかせてフィールドに突っ込めば、ガーゴイルの一体が馬鹿――織斑に向けて襲いかかっているところだった。

 

「ちっ、世話の焼ける!」

 

 舌打ちしながらも、俺の体は淀みなく動く。

 

 新しく戦場に参戦した俺に、牙を剥いて襲いかかってきたキマイラの牙をかわし、その鼻っ面に爆炎を纏った拳を叩き込む。

 ボォオンッ!! と顔面で起こった爆発と衝撃に仰け反ったキマイラに、機竜鋼線(ワイヤー・テイル)を巻きつけて、砲丸投げのように力任せに投擲、織斑を攻撃していたガーゴイルにぶち当てた。

 

「なっ……!?」

「邪魔だ、下がってろ!」

 

 そうして生まれた隙に、幻神獣が塊となっている場所へ接近、そのうちの一体のガーゴイルの核を貫手で貫く。

 たった今殺した幻神獣の死骸を、光弾を放とうとしていたガーゴイルへの盾として振り回し、背後から迫っていたキマイラをハイキックで吹き飛ばす。

 俺を狙うガーゴイルは放置して、吹き飛ばしたキマイラへと追撃をかける。左足に爆炎を纏わせ鋭い蹴撃で頭部を消し飛ばした。

 次の獲物へと狙いを定める俺にガーゴイルの光弾が迫るが、問題はない。

 

「――《龍の髭(ウィスカー・カーテン)》」

 

 あらゆるエネルギー体を拡散させる特殊武装が、数十の光弾を一つ残らず消滅させた。

 だが俺はそのガーゴイルに構うことなく、すぐさま別の獲物へと突進する。

 何故なら、

 

「さーて、私も暴れますか! 《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》展開!!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたソフィーの号令に従って、《テュポーン》の背面から二十本の細長い杭のような浮遊砲台が飛び出し、幻神獣に狙いを定めた。

 直後、二十の砲門が一斉に火を吹き、閃光が乱舞する。

 図体の大きいキマイラには全方位からの掃射が襲いかかり、動きが機敏で固いガーゴイルには先回りした砲塔が核への一点集中の連射で仕留める。

《百頭連砲》は縦横無尽に空を走り、次々と幻神獣たちの異形の肉体を抉っていった。

 

 そんな光景を見て、セシリアは戦慄していた。

 

「嘘……でしょう? BT兵器ですって……? ……適正Aのわたくしですら6基が限界だと言うのに、何ですのあの数は……!?」

「あー……うん、まあ、いっか」

 

 思いっ切り誤解しているセシリアに、ソフィーは特に何か言うこともなく口を噤んだ。まあ、誤解してくれてた方が何かと都合がいいしな。

 マギアルカから機竜の使用許可が降りたと言うことは、その隠蔽も請け負ってくれると言う意味だ。

 後のことは、全てマギアルカに任せておけばいい。

 俺たちが今するべきことは、幻神獣の殲滅だ。

 

「よっ、と!」

「い、イチカ……なの?」

「おう、イチカ・ロウ・ヴァンフリーク本人ですよ……っと、言ってる場合じゃないか。凰、そこの馬鹿を連れてピットに戻れ。後のことは俺たちと教師陣に任せろ」

「っ! ……大丈夫、なの?」

 

 不安げにこちらを見上げる凰に、俺はガーゴイルの一体を殴り飛ばしながらニヤリと笑った。

 

「問題ないさ。例えこの倍居たとしても、俺たちなら殲滅は容易だ」

「……信じるからね。あとイチカ! いつまで名字で呼ぶ気よ、友達なんだから、あんたもちゃんと名前で呼びなさい!!」

 

 怒ったような凰の言葉に、思わず呆けてしまう。

 この切羽詰まった状況で、と思わなくもないが……

 

「――鈴。頼んだ」

「――任せなさい、イチカ」

 

 満足げに頷いて去っていく凰の背中に、ひっそりと苦笑する。

 友達、ね……世界を超えて尚そう言ってくれるお前らのためにも、さっさと終わらせないとな。

 

「《四神憑臨(トランス・フォース)》――モード《青龍(セイリュウ)》!!」

 

《青龍》形態は、空中戦闘と高速移動に特化した高機動形態である。

 翡翠の光を纏った《黄龍》の周囲を暴風が吹き荒れ、《黄龍》は一気に加速する。

 

 ――ザンッ!!

 

 俺がキマイラの一体とすれ違った……瞬間、キマイラの首がポロリと落とされた。

 暴風を手刀に纏わせて、即席の風圧による刃としたのだ。

 同じような手段で、更にもう一体のガーゴイルを切り裂く。よし、このまま殲滅していけば――

 

『ヴァンフリーク! ドラクロワ! 教師部隊が救援に向かった! 今すぐ撤退しろ!』

 

 織斑先生からの通信に出鼻を挫かれて、思わずつんのめる。

 その言葉にピットの方を向けば、《ラファール》や《打鉄》を纏った十人ほどの教師陣が介入を始めていた。

 ふむ、意外と迅速な対応……いや、やっぱり遅いな。

 

『……どうします、先輩?』

『今の俺たちの所属はIS学園ではなく、ヴァンフリーク社だ。彼女の指示に従う必要はない』

『つまり、任務続行ってことですね』

『ああ。手早く済ませるぞ』

『はーい』

『おい、お前たち!? 何をしている!?』

 

 何やら慌てている様子の織斑先生は無視。

 

 救援に来た教師部隊の様子を伺えば、案の定幻神獣たちに有効打を与えることが出来ず苦戦していた。幻神獣と機竜、ISとでは素のスペックが違い過ぎるからな。

 正直教師部隊には余計なことはせず生徒の避難に専念してほしいところ、だ……が――……っ!?

 

 その瞬間、動き出そうとした俺の全身を凄まじい悪寒が襲った。

 

 視界にいくつもの警告が表示されるが、それに意識を割く余裕もなく、呆然と頭上を振り仰ぐ。

 

 動き出す間もなく、冷然と響く声。

 

 

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉――――【最後の剣(ハルヴァンへレヴ)】」

 

 

 

 ザンッッッ!!!!!! と。

 全長10メートルはあろうかという巨大な()によって、アリーナの障壁が切り裂かれた(・・・・・・)

 

「ば、馬鹿な……っ!?」

「しょ、障壁を……斬った?」

 

 居合わせた者たちの驚愕を余所に、それ(・・)は舞い降りる。

 

「……女の子?」

 

 誰かが呟いた。

 

 年は俺たちと同じか、少し下くらいだろうか。

 膝まであろうかと言う黒髪に、愛らしさと凛々しさを兼ね備えた貌。

 その中心には、まるで水晶に様々な色の光を多方向から当てているような、不思議な輝きを放つ双眸が鎮座している。

 

 装いも、これまた奇妙なものだった。金属のような布のような不思議な素材で形作られた、まるでお姫様のようなドレス。

 さらにその継ぎ目やインナー部分、スカートなどに至っては、物質ですらない光の膜で構成されている。

 その手に握られるのは、虹のような、星のような幻想的な輝きを放つ巨大な大剣。

 

「…………」

 

 不気味な静寂が広がる中で、その少女はまるで精巧な人形のような無表情で、傲然と空から俺たちを見回していた。

 誰も、俺やソフィーですら動き出せない。

 

『……先輩。何ですか、あれ……』

『……分からん。分からんが、迂闊に動くな――あれはヤバい』

 

 俺たちにとっても分からないことだらけだが、たった一つだけ分かることがある。

 あの少女は、俺たちにとってこの上なく危険な存在であると言うことだ。

 

 少女の挙動を見逃さないために、意識を集中させていると……ふと、こちらへ視線を向けた少女と目が合った。

 ――背筋に、凄まじい怖気が走る。あれは、拙い。とんでもなく拙い。かつて戦った終焉神獣(ラグナレク)『聖蝕』と同等、いや、それ以上の圧力と殺気。

 全身に冷や汗が伝うのを感じる。動けない。動けば、斬られる。

 

 だがそんな中で、無謀にも少女へと食って掛かる者がいた。

 それは理性持たぬ獣。少女の前にこのアリーナに出現した幻神獣の中で最も厄介な個体、ディアボロスである。

 ディアボロスの戦闘力は他のキマイラやガーゴイルとは一線を画している。機竜のそれよりも尚大きい巨躯、堅牢な外皮、強靭な膂力、高い俊敏性、さらには、相手を罠に嵌めるだけの知能すら持ち合わせている。

 

 咆哮を上げて自らに迫るディアボロスを、少女は一瞥して、

 

 ――ザンッ!!

 

 片手で振るった大剣で、核ごと、一刀の下に斬り伏せてしまった。

 

「…………」

 

 断末魔の悲鳴すら許されず、真っ二つの死体となって、青黒い血を撒き散らしながら墜ちていくディアボロス。

 それに対して、少女は特に感慨を覚えた様子もなかった。

 

 ――イィィイィィィィイイィィイィィィィィ!!!!

 

 突如響く、角笛の音。それによって、同じく少女に挑みかかろうとしていた幻神獣が目標を変えて、俺とソフィーへと殺到してくる。

 角笛の音色を皮切りにしたように、停止していた状況が再び動き出す。

 

『先輩、今の角笛は……』

『多分、あの幻神獣を送り込んできた奴にとって、あの少女が登場したのは予想外だったんだろう』

『だから目標を変更して、こっちに来たってことですか?』

『ああ。まだ向こうの目的も不明だが、なっ!』

 

 掴みかかってきたガーゴイルを蹴り飛ばしながら、ソフィーからの竜声にそう答える。

 って、そういや教師部隊も居るんだったな、少女の登場のあまりのインパクトにすっかり印象が霞んで……っ、なっ!?

 

 教師部隊の存在を思い出してその方向を見れば、いつの間にか例の少女が、教師部隊の目の前で大剣を振り被っていた。

 俺はおろか、空間認識能力と動体視力に長けたソフィーですら反応できなかったのだ。教師とはいえ、この御時世実戦経験を積んだIS操縦者などそれこそ軍属の者しか居ないだろう。

 

《打鉄》を纏ったその教師は、慌てて標準装備である刀型近接ブレードを盾として少女の斬撃を防ごうとするが……アリーナの障壁すら切り裂く少女の大剣を前には、あまりにも心許ない防御だった。

 予見した通りに、その教師は防御などあってないもののように打ち砕かれ、シールドエネルギーを一瞬で消費し装甲を粉砕された。

 絶対防御の上から叩き込まれた強烈極まる衝撃に意識を刈り取られて、崩れ落ちる《打鉄》。

 

「なっ……く、くそォッ!!」

「馬鹿! 不用意に突撃するな!!」

 

 斬り捨てられた同僚を見てようやく動き出す教師部隊。

《打鉄》を纏った教師たちが刀を抜いて少女に迫り、《ラファール》を纏った教師たちは機関銃を構えて少女を照準する。

 

「…………」

 

 憤怒と憎悪のままに斬りかかる教師部隊に、少女は一切動揺した様子はない。その宝石のような瞳に、感情が浮かぶことはない。

 闘志も殺意も見せず、ただ機械的にその巨大な剣を振るう。

 一見無造作にも見える、豪快極まる横薙ぎの一閃。しかしその威力は、絶大。

 攻撃こそ最大の防御であると言わんばかりの斬撃で、さらに二人の教師が沈む。

 

「な……あ、ぁ……っ!?」

「…………」

「が、ひゅっ……!?」

 

 少女は無表情のままに左手を伸ばして、怯え切っていた教師の《打鉄》の腕を掴んで、引き挙げた。抵抗しようとする教師だったが、少女の膂力は凄まじく無意味だった。

 ギチギチ、と装甲が軋む音に戦慄しながらも、掴まれた同僚が邪魔で射撃で援護しようにも撃てない。

 歯噛みする教師部隊を余所に、少女は片手で掴み上げていた《打鉄》を、そのまま地面に叩きつけた。

 

「ぎ、ぃ……っ!?」

「…………」

「ぐ、ぁ、ああぁあぁっ!?」

 

 一度ならず、何度も、何度も。

 シールドエネルギーもすぐに尽き果てて、尋常ならざる膂力で固い地面に叩きつけられる《打鉄》の装甲は、一回叩きつけるごとにどんどん粉砕されていく。

 呆然とその凶行を見つめる中で、絶対防御が発動し、ISが強制解除される。

 少女は生身で気絶する教師から手を離し、左手を掲げた。その左手に握られているのは――待機状態の、IS。

 

「…………」

 

 何をする気だ、と身構える一同だったが、更に驚くべきことが起こった。

 先に斬り伏せられ倒れていた教師たちの元から、待機状態のISが独りでに浮かび上がり、少女の手に吸い込まれるように収まったのである。

 

「何を……」

「…………」

 

 少女は答えずに、回収したISを拡張領域(ストレージ)と思しき空間にしまってしまう。そして再び大剣を構えた。

 唖然としていた教師部隊は、吹き荒れる殺気にようやく我に返り、自棄になったように機関銃の引き金を引いた。

 

「こんのぉ……!!」

「死ね、化け物が……!!」

 

 ダダダダダダダダ!!!!

 撃ち込まれる無数の銃弾に対して、少女はただ一度だけ、剣を振るった。

 

「うあぁっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 信じられないことに、その斬撃によって生まれた風圧が少女に迫っていた銃弾を全て弾き返し、教師部隊すらも吹き飛ばしてしまったのだ。

 

 ちっ、流石にこれ以上は介入しなければ拙いか……!

 

『行ってください先輩! 幻神獣のことは私に任せて!!』

『っ、すまん、たの――』

「うおぉぉおぉぉおおぉぉぉっ!!!!」

 

 俺が少女に挑みかかろうとしたところで、横合いから少女へと切りかかった者が居た。

 今の今まで怯えて縮こまっていた、織斑春万だ。

 織斑が大上段で構える《雪片弐型》には、シールドエネルギーを切り裂く《零落白夜》の輝きが宿っている。

 

 ちっ、あの馬鹿が……!!

 

 瞬間加速(イグニッションブースト)の超加速で迫る織斑に、少女は眉一つ動かさず、目を向けることすらしなかった。

 

「…………」

「はっ、もらっぐはぁっ!?」

 

 ゴッ!!!!

 

 少女が放ったのは、剣による斬撃ですらない。

 左拳を振り上げて、地面と水平に薙ぎ払う、ただの裏拳。

 だがその威力は尋常ではなく、綺麗に顔面の辺りを捉えた一撃を喰らって、織斑は一気に観客席の遮断シールドまで吹き飛ばされた。

 

「がっ、ぁ、くっそぉ……!!」

「…………」

「てめぇ……どこ見てやがる!!」

 

 激昂して何とか立ち上がろうとする織斑だが、あれほどの勢いで遮断シールドに叩きつけられては限界だろう。

 意識を保っていられるのは、あの少女が織斑に対して敵意を抱いていなかったからだ……正しく言えば、敵としてすら認識されていなかったから。

 これ以上不用意な真似をすれば、少女は容赦も斟酌もなく、織斑を斬り伏せるだろう。

 

 彼我の距離約10メートル……これなら、いける。

 背後に《青龍》の暴風を集めて、地面(虚空)を強く蹴りつける。

 結果、俺の体は暴風に吹き飛ばされるようにして少女へと突っ込む。

 

 少女が片手で振り上げた大剣と、俺の暴風を纏った真上からのドロップキックが、真っ向から衝突した。

 

 ガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!!!

 

「おおぉぉっ!!」

「…………っ」

 

 大剣の腹を削るように唸りを上げる俺と言う竜巻に、乱入してから初めて、少女が両手で大剣の柄を握った。

 そして、大剣へと一気に力を籠める。

 

 ぐっ……落下の勢いを込めて尚、押し負けるか……!!

 

 ポウッ、と大剣の刀身に漆黒のオーラが灯ったのを見て、咄嗟に足を離してその場から飛び退る。

 直後、振り抜かれた斬撃の軌跡に沿って、漆黒の剣風が進行方向上に居た幻神獣ごと空間を薙ぎ払った。

 何て威力の斬撃だ、と思わず背筋を凍らせる。

 

「《四神憑臨(トランス・フォース)》……《朱雀(スザク)》!!」

 

 これに対抗するためには、受け身になっていては駄目だ。

 攻撃は最大の防御と言うわけではないが、防御に回っているだけではいつかジリ貧になって叩き斬られる。

 と言っても、俺では反応できるか怪しいところだが……

 

 少女の方は俺を敵に値すると判断したのか、感情の伺えない目で俺を見つめている。

 油断している時が一番やりやすいのだが……言っても仕方がないことか。

 睨み合いを終え、お互い動き出そうとしたその時、アリーナのスピーカーから大声が響いた。

 

『春万ァァァアアァアァァアァァァァッ!!!!』

「「…………っ?」」

 

 この声は……篠ノ之か? 

 キィィィィン……と甲高いハウリング音を伴いながら、スピーカーからさらに大声が発せられる。

 

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくて何とする!!!!!!』

「何やってる、あの馬鹿……!」

 

 中継室の方を見れば、審判とナレーターが伸びている。どうやらあの馬鹿は彼らを気絶させて中継室を占拠したらしい。

 一体何がしたいんだアイツは……。まだ生徒の避難誘導は終わってない。そんな中であんなことをすれば、アイツ自身だけでなく他の生徒まで危険に晒す。そんなことすら予測できないのか。

 案の定、篠ノ之の大声を聞きつけた幻神獣が中継室へ向かっている。

 

『ソフィー!』

『えー……あんな箒女の安全なんて放棄しちゃいましょうよー』

『……全然上手くないからな。気持ちは分かるが、見捨てるわけにもいかんだろう』

『はいはい分かりましたよ……まぁ、あそこには他にも人が居ますしね』

 

 いやいやながらも、ソフィーは篠ノ之……と言うより、中継室に居る審判やナレーターを救うために動き出した。

 

「ギィエェアァァァ!!!!」

「ひっ……!?」

「はいはーい、そこは通行止めでーす」

 

 悪ふざけを挟みながらも、機竜を操るソフィーの手は淀みない。

 今まさに篠ノ之に向けて鉤爪を振り下ろそうとしていたガーゴイルを《百頭連砲(ハンドレッド・ライブス)》で核を狙い撃ちして撃墜。

 続けて《テュポーン》の二つ目の特殊武装である、肩部装甲に内蔵された誘導ミサイル《爆頭破弾(ハンドレッド・カノン)》を起動する。

 

「ふぁいあー」

 

 ソフィーの軽い号令。

 計24発の誘導ミサイルが機竜使い(ドラグナイト)の思念を読み取って、屯していた幻神獣へと降り注ぐ。

 ボロボロの満身創痍になった幻神獣たちの核を、ソフィーの正確無比な狙撃が次々と撃ち抜いて行った。

 

「そろそろ飽きてきましたしねー……一掃しちゃいますか」

 

 ソフィーはそう嘯くと、《百頭連砲《ハンドレッド・ライブス》》を全て回収すると、最後の特殊武装、《百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》を展開した。

 ガシャン、とガトリングの巨大な銃口を幻神獣たちに向けながら、ソフィーはニヤリと笑って、

 

「ちょっとエネルギー不足が深刻ですけど……ま、問題ないですね!」

 

 不意打ちのように、前触れなく引き金を引いた。

 ガドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!! とその巨体に似合う轟音と共に、秒間数百発の光弾が凄まじい勢いで吐き出される。

 最悪のエネルギー収支を誇る武装だが、この調子ならエネルギーを使い果たすよりも前に殲滅は可能だろう。

 

「問題は、こっちだな……っ!!」

「…………」

 

 頭頂から真っ二つにせんと振り下ろされる大剣を身を捻ってかわしながら愚痴る。

 がら空きになった胴へ炎を纏う拳を放つが、翻った大剣の横薙ぎに慌てて飛び退って距離を空ける。

 少女は一瞬の停滞もなくさらに踏み込んで、軽々と剣を振るった。どんな膂力をしていれば大剣などという重量級武器をあれほど軽々と扱えるのか。

 回避と防御に専念しながら隙を探るが、この少女は力任せではなく剣術も熟達している。

 

「くっ、そぉ!!」

 

 少女の動きから剣の癖を見抜き、大剣を振り切った僅かな隙に拳を捻じ込むが、その一撃は下から蹴り上げられた。

 その蹴りの威力は尋常ではなく、跳ね上げられた右腕に吊られて全身までもが傾ぐ。

 まず、い――体勢を整えることすらできず、真横から襲った斬撃に思い切り吹き飛ばされた。

 遮断シールドに背中から激突した俺に、少女はすぐさま追撃をかけてきた。

 何とか受け身を取ったおかげで一撃で沈むことはなかったが、装甲は所々砕けて、生身も節々が痛んでいる。

 

「ぐぅっ……おぉぉっ!!」

「…………!!」

 

 襲い来る斬撃を真下に逃げることで回避。少女の左足を右手で掴み取り、そのまま真横に振り抜き遮断シールドへ叩きつける。

 すかさず左手で、爆炎を収束させた火球ごと殴りつける。少女の背後は遮断シールド、逃げ場はない。

 轟音と火炎を撒き散らし爆発する火球。爆炎が巻き上がるが……ザンッッ!!!! と、強烈極まる斬撃によってまとめて斬り飛ばされた。

 やはりこの程度では、無理か……久々の、死闘になりそうだ。

 

 俺は覚悟を決めて、拳を握る。

 少女は相変わらずの無表情のまま、再び大剣を振り上げて――

 

 

 

「【七の弾(ザイン)】」

 

 

 

 その瞬間、少女の動きがピタリと止まった。

 まるで燃料の切れた機械のように――まるで、時間が止まったように。

 いきなりのことに困惑する俺の耳に、どこからか声が聞こえてくる。

 

『そこまでですわ、十……〈プリンセス〉。当初の目的は達成しました。これ以上の戦闘は無意味ですわ。欲を言えばあと一つか二つは回収しておきたかったところですが』

「……?」

 

 何だ、この声は……一体どこから?

 辺りを見回しても誰も居ない。そもそもこれは……肉声じゃない?

 警戒しながら注意深く辺りを観察していると、ふっ、と、目の前の少女の姿が掻き消えた。

 前触れもなく、景色が移り変わったように消失したので思わず驚いてしまう。

 

「なっ……?」

『では、では、失礼いたしますわ。織斑一夏さん……二度の越界(オーバーワールド)を経た空間渡航者(ディメンショントラベラー)……イチカ・ロウ・ヴァンフリークさん? きひっ、きひひひ――…………』

 

 そんな、不気味な笑い声を残して、やがてその声は聞こえなくなった。

 少しの間、この謎の存在について考えを巡らせるが、すぐにやめて溜め息を吐いた。

 あまりにも情報が少なすぎる。結局黒髪の少女については、あの異常な戦闘力以外のことは何一つ分からなかった。こんな状態で考えても彼女の正体に迫ることは不可能だ。

 

 フィールドを見渡せば、十数体の幻神獣の死体が転がっている。襲撃時の数より少ないのは、ソフィーの《百頭重轟砲(ハンドレッド・ガトリング)》によって半数近くが消し飛ばされたからだろう。

 まだ、幻神獣についての情報を学園、ひいてはこの世界の住人に渡すわけにはいかない。最悪はマギアルカの方で隠蔽するだろうが、こちらでも焼却などの処理をしておくべきだ。

 

「はぁ……ったく」

『お疲れ様です……終わりですかね?』

「あぁ。とりあえず――」

 

 ボロボロの体を庇いながら空を見上げれば、雲一つない晴天。澄み渡る大空が広がっている。

 下からはISに換装したソフィーと、凰……鈴がこちらに駆け寄っていた。黒髪の少女に手酷くやられた教師たちも命に別状はなさそうだ。

 まぁ、色々考えなきゃいけないことや、課題は多いが……。

 

 ――とりあえず、任務完了だな。

 




 アビスの死体って残るんだっけ?

 混沌としすぎて作者もよく分かんないや()
 なんか久しぶりに書いたなぁ……今回がこれまでで一番難産だった気がします。

 次は今回の件の後始末からです。一番書きたかった回なので早く投稿できる……と、いいなぁ。


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Story.25 愛故に

 この回が一番書きたかったんじゃ……。

※今更ですが、モノローグで名字を出すのは分かりにくいのでほとんどのキャラについては名前を出すことにしました。ご了承ください。



 第三アリーナで起こった幻神獣(アビス)の襲撃事件。

 ヴァンフリーク商会所属の機竜使い(ドラグナイト)としての事件の後始末――主に幻神獣(アビス)の死体の処理など――を終えた俺とソフィーは、他の代表候補生たち、ついでに織斑、篠ノ之と共に、事件の事情聴取のために会議室に呼ばれていた。

 尚言うまでもないことだが、クラス対抗戦は中止になった。

 

「さて……まずは全員、ご苦労だった」

 

 会議室の巨大な長机に腰掛けた俺たちに向けて口を開いたのは、織斑先生。事後処理で手間取ったのか少し疲れたような顔をしている。

 ご愁傷様、としか思えないが、隣に座るソフィーはあからさまに嬉しそうである。一応窘めておいた。

 

「全員無事……とは言えんが、あれだけの敵を相手に全員生きて帰って来れただけでも御の字だろう」

 

 ちらりと俺と鈴を見る織斑先生。距離を取って戦っていたソフィーはともかく、最前線を張っていた俺と時間稼ぎをしていた鈴は傷だらけで、酷い見た目だからな。

 特に鈴は女の子だ。彼女の大事な体に浅いとは言え傷を付ける結果になってしまったことは残念でならないし、申し訳ない限りだ。春万? 男の傷は背中のもの以外なら勲章だろう。

 

 そんな前置きを挟んで、織斑先生は早速事情聴取に入った。

 大仰な言い方だが、要するにやることは情報のすり合わせだ。一人ずつ状況と所感を説明し、それぞれを比較して情報の確度を高めていく。

 小一時間ほどして、ようやく聴取は終わりを告げた。

 

「ふむ……特に目立った相違点はない、か。お前たちも疲れているだろうに、すまなかったな。何か質問はあるか?」

「では、一つよろしいですか?」

「何だ? オルコット」

 

 小さく挙手をしたセシリアは、眦を鋭くして織斑先生の目を真っ直ぐ見つめて、

 

「襲撃をしてきたあの謎の生物と、そして学園のISを回収していった謎のIS……あれらについて、学園は何か情報を掴んでいますの?」

「…………目下、調査中だ」

「つまり何も分かっていない、と言うことですわね」

 

 セシリアは一言で斬って捨てた。

 

「あの生物については? 確か死体が残っていたでしょう」

「すまない、セシリア。何分未知の生物だ。どんな細菌やら病原菌やらを持っているかも分からんのでな。俺たちの方で処理させてもらった」

「……本当なら文句の一つでも言いたいところですが、それも当然の懸念ですわね」

 

 はぁ、と溜め息を吐き出しながら背凭れに体を預けた。その表情は険しい。

 そんなセシリアの態度が癪に障ったのか、箒がセシリアに噛み付く。

 

「貴様! 千冬さんに向けて何だその態度は!!」

「……あなたに口出しされる謂われはありませんわ。今の私はIS学園の生徒としてではなく、この場におけるイギリスと言う国家の代表として質問しましたの。ISの性能を軽々と越える能力を持つ全く未知の生物、そして未確認のIS……国防の観点からしても、早急に情報を集め、対策する必要があります」

 

 情報がなければ対策も何もありませんが、と自嘲気味に笑うセシリアに、言葉もなく沈黙する箒。

 国のために声を上げたセシリアに対し、箒は感情に任せて怒鳴っただけだ。

 

 ……セシリアには悪いが、今はまだ幻神獣(アビス)の存在を、こちらの世界の住人に知られるわけにはいかない。

 無用な混乱を招く必要はない。一番望ましいのは秘密裏に事を運び露見させることなく終結させることだが……こうなってしまった以上、もはやどうしようもないだろう。

 

「……先輩」

「ああ、分かってる」

 

 隣に座るソフィーと視線を合わせ、小さく頷く。

 

 そうこうしている内に話は移り、俺たちの処罰(・・)へと話は移った。

 

「さて……まずは、ヴァンフリーク、ドラクロワ。お前たちだ」

 

 そう言って鋭い視線を向けてくる織斑先生だが、元より自覚していた俺たちに動揺はない。

 ソフィーに至っては詰まらなそうに欠伸までしている。

 

「何故処罰されるかは、言われずとも分かっているな?」

「避難勧告に従わず独断で戦闘行動に入り、教師の指示に従わずに行動を継続、正体の分からない敵性存在と交戦……ってところですかー?」

「……そういうことだ。お前たちの実力は分かっているが、あまり無茶なことはしてくれるなああ言う手合いは教師陣に任せておけばいい」

「お二人に何かあったらと思うと、心配で心配で……」

「…………はぁい」

 

 更に皮肉を返そうとしたソフィーだったが、涙ぐむ山田先生を見て渋々口を噤んだ。

 俺たちにとってはいつものことなので特に感慨も湧かないが、一般人よりの価値観を持つ山田先生にとっては、生徒が自ら危険に飛び込む姿はショッキングな光景だっただろう。

 

 結局、俺たちに下された処罰は反省文10枚という軽いものだった。

 私兵団とはいえ軍属の身としては思うところがないでもないが、ここは学園だ。妥当な処分、なのだろう。

 自分から罰を望むと言うのも妙な話だし、この程度であれば素直に受け入れよう。

 尤も、俺を嫌っている春万や箒は若干不満そうではあったが。

 

 ちなみに避難誘導に当たっていただけの楯無、セシリアたちはお咎めなし。

 命令に従わず撤退しなかったことで、鈴にも俺たちと同じく反省文の罰が課された。

 そして最後に、

 

「篠ノ之。お前には、反省文五十枚と寮の自室での一週間の謹慎を命じる。頭を冷やしてこい」

「なっ……!?」

 

 信じられない、というような表情で織斑先生を見つめる箒。俺からすれば、お前がしたことの方が信じられないんだがな。

 

「千冬さん!? どうして私が!?」

「織斑先生だ。……それを本気で言っているのなら、重症だな。中継室を力尽くで占拠し、故意に敵を呼び寄せ、自分のみならず他の教師や生徒を危険に晒すような真似をした。ヴァンフリークたちのそれより、余程タチが悪い」

「わ、私はただ、出来ることをやっただけです!」

「織斑春万のために、ですかぁ?」

 

 嘲るような口調で口を挟んだソフィーを、射殺さんばかりの目で睨む箒。

 しかしソフィーはその激昂を鼻で笑って、

 

「言っときますけど、私が介入しなかったらあなた諸共中継室に居た人は全員死んでましたよ? 大きな音がしたらそっちに注意を向けるのはどんな生き物だって同じですよね? そんなことすら考えられなかったんですかぁ?」

「貴様ぁ……!!」

「いい加減に自覚してください。あなたの愚行は、本当なら刑事罰すらあり得る最悪の行いです。あなた一人が自滅するのはどうでもいいですけど、せめて他人を巻き込まないようにしてくださいな。恋は盲目、なんて可愛らしい言葉で片付けられる問題じゃないんですよ」

「なっ、こ、こいなどと…………ひっ!?」

「……ここまで言われて、食い付くのはよりによってそこですか。ほんっとーに――救いようのない、クズですね」

 

 一瞬、ソフィーの瞳がスッと細まり、その小さな体から息苦しくなるほどの濃密な殺気が放たれる。こめかみに銃口を突き付けられるような感覚に、楯無とセシリア、山田先生は反射的に身構え、箒は怯えを露わにする。

 

 箒の言動に呆れ果てているのは俺も同じだ。こいつは自分の行動の意味を、それがもたらす結果を何一つ考慮していない。

 奴の世界には、きっと自分と春万、そして織斑千冬ぐらいしか存在していないのだろう。

 

「ま、待ってよ千冬姉! 結局無事に済んだんだしさ、そこまでしなくても――」

「結果論で語れることじゃない。何より問題なのは、それだけのことをしでかしておきながら、反省どころか自覚すらしていない篠ノ之だ」

「っ、ヴァンフリーク……」

 

 横槍を入れた俺に春万が言い返そうとしたところで、

 

「うるさいっ!! 春万の敵を横取りしたくせに!!」

「…………は?」

 

 ……横取り? 何故ここでそんな言葉が出てくる?

 あまりにも予想外の叫び声に、部屋の中の人間が一斉に固まった。

 呆然とする俺たちに気付かないように、尚も箒は喚く。

 

「あんな奴ら! お前たちが邪魔さえしなければ、全部春万が倒してしまったんだ! 春万は天才だ、神童なんだ……お前たちの助けなど必要なかった!!」

「…………」

「お前たちさえいなければ! 全部春万の手柄に――」

 

 ゴッ!! 鈍い打撃音。

 明らかに錯乱した箒の喚き声は、鈴の拳で強制的に中断された。

 腰の入ったいいパンチであった。箒が一撃で昏倒するほどに。

 流石に拳が痛んだのか、若干腫れた手をプラプラさせながら、鈴は織斑先生に向き直って、

 

「すいません、流石にムカついたので……つい、手が出ました」

「……いや、いい。今の言動は目に余る。お前がしなければ私が止めていたところだ」

 

 恐らくその前に、もし鈴が手を出さなければ……箒の命はなかっただろう。

 先程よりも遥かに強く深い、底冷えのするような殺気を露にするソフィーを見て、胸を撫で下ろすと共に鈴に深く感謝する。

 鋭く収束されているおかげで俺以外に誰もそれに気づいていないのが救いか。

 

 とりあえず……、

 

「ふにゃぁっ!?」

 

 わしゃわしゃわしゃーっ、とソフィーの髪を両手で掻き混ぜる。

 猫っぽい悲鳴を零して目を白黒させるソフィーに、笑みがこみ上げてきた。

 

「いきなり何するんですかーっ!?」

「いや、すまん……急にやりたくなった」

「……そうですか」

 

 俺の表情を見てハッとしたソフィーは俯くと、そっと手を重ねてきた。遠慮がちに絡んでくる小さな手を、こちらからしっかりと握り締める。

 

「ありがとうございます、先輩」

「何のことだか」

「……ふふっ、ねぇ先輩」

「ん?」

「先輩のそう言うところ、私、大好きですよ」

「それは光栄だよ」

 

 不意に顔を上げたソフィーの笑顔は柔らかく、温かい。あざとく可愛さを演じていない、彼女の素の笑顔。

 ああ、やっぱり。こいつには、笑顔が似合う。

 かすめるように頬を撫でれば、亜麻色の瞳が気持よさげに細められる。

 穏やかな気分で暫し見つめ合っていると……

 

「はーい、そこのバカップルさん? そろそろ戻ってきてもらってもいいかしらー?」

 

 若干顔を顔を赤くした楯無の言葉に顔を上げれば、気恥ずかしそうに、あるいは呆れたようにこちらを眺める面々の姿が。

 流石に周囲を無視し過ぎたか、と反省。だがソフィーは何を思ったか、そのまま俺の体に抱きついて楯無へ視線を向けると、

 

「……羨ましいですか?」

「んなっ!? な、ななな何言って……」

 

 いきなり何を言い出すんだこいつは、と思ったのだが……楯無の過剰ともいえる反応に、おや? と首を傾げる。

 顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる姿は……何と言うか、非常に分かりやすい。

 俺としては反応しにくいことこの上ないのだが、ソフィーの口元に浮かんだ笑みは変わらない。

 

「おい、ソフィー……」

「うふふふ、やっぱりぃ……かーいちょう♪ ちょーっとお話が――」

「ヴァンフリーク、ドラクロワ。少しいいか」

「……何ですか?」

 

 遠慮がちに声をかけてきた織斑先生へ視線を向ければ、彼女はやや厳しい目で俺たちを睥睨して、

 

「先ほどお前たちの使っていたあのIS――《黄龍》と《テュポーン》と言ったか。あれを引き渡してもらおう」

「――何故?」

「学園に提出されたデータでは、お前たちのISは《アキレウス》と《アタランテ》のみ。あの二機はデータにない。学園側で預かり調査をする必要がある」

「はぁ?」

 

 不快げに眉を顰めるソフィーだが、織斑先生の意見は別に教師としては間違ってはいない。そして学園の生徒として、指示に従う義務が俺たちにはある。

 しかしことこの件においては、俺たちにその義務は発生しない。

 何故なら、既に果たされているのだから。

 

「申し訳ありませんが、お断りします」

「……これは命令だ。お前たちに拒否権は――」

「既にこの二機のデータは、学園の上層部(・・・)に提出済みですので。緊急時のみと言う条件で使用の許可も出ています」

「何だと? ならばなぜ、担任の私に話が来ていない?」

「あなたに伝えるまでもない、と上が判断したんでしょう」

「――っ、ヴァンフリーク……!」

「おいヴァンフリーク! 姉さんに向かって何だその言い方は!」

 

 ここぞとばかりにいきりたつ春万に溜め息を吐いて言い返そうとすれば、

 

「――うるさいですね」

「なっ……」

「織斑先生、あなた自分がしたことの意味分かってます? 私たちはきちんとデータを提出し、義務を果たしてたんです。なのにあなたは独断で私たちからISを取り上げようとした。国家機密の塊であるISを」

「ッ、それは、私の元に情報が伝わっていなかったからで……」

「だから何ですか? それはそっちの落ち度であって、こっちには何の関係もありません」

 

 冷然と告げるソフィー。

 多分に棘が含まれているものの、彼女の言葉は全て正しい。

 織斑先生の行為は、一歩間違えれば国際問題にもなりかねないものだった。それを彼女自身も理解しているのか、言葉尻が弱い。

 結局彼女は有効な反論を見つけることが出来ずに、唇を噛んで引き下がるしかなかった。

 

 そもそもの話、機竜の使用を許可したのはマギアルカなのだ。

 あのマギアルカが、世界最高の商人が。その程度の根回しを済ませていないなど有り得ない。

 事実、こうして幻神獣(アビス)の襲撃が起こった時点で、既にマギアルカによって学園側へのある程度の事情の説明はなされている。

 ……この時点では知る由もないが、織斑先生への通達が行われていなかったのは、マギアルカが幻神獣(アビス)の存在と共に、イチカ・ロウ・ヴァンフリーク=織斑一夏という特大のスキャンダルを暴露していたからだったらしい。

 下手に扱えば日本と言う国が根本から揺らぐかもしれない、特大の厄ダネだ。慎重になるのも無理はないだろう。

 その躊躇によって引き起こされた今回の件。これもまたマギアルカの計算の内、と考えるのは、流石に考え過ぎだろうか?

 

 

 

§

 

 

 

 月の光が照らす夜。昼間の騒動もあってか、普段は夜を徹してお喋りに興じている彼女たちもすっかりと眠りについてしまっている。

 生徒たちが快適に眠っていても、教師までそう出来るわけではない。とりわけ学園の警備を一手に担う織斑千冬にとっては、むしろ夜からが本番だった。

 誰も居ない職員室で、眼前に積まれた書類の山にげんなりと溜め息を吐く千冬。もう数時間も格闘しているが、一向に減る様子がない。

 これ以上は能率が下がるのみだと判断して、千冬は書類を畳んで立ち上がった。

 

 職員室の戸締りを済ませて、重い足を引き摺るようにして教職員棟の自室へと向かう。

 歩きながら思うのは、やはり彼――イチカ・ロウ・ヴァンフリークのことだった。

 

 ……馬鹿げている、と言うのは自覚している。論理的に考えて有り得ない、と言うのも理解している。

 千冬のもう一人の弟――織斑一夏は、己が二度目の栄光を手にしたあの日に、死んだのだ。

 それはどうしようもない、変えようのない事実で、事情はどうあれ……自分が一夏を見捨てたのもまた、揺るぎない真実で。

 自分はその罪を一生背負って生きていかなければならなくて。その罪から逃れようとしているわけではない、と言い切れはしないけれど。

 

 それでも、垣間見てしまう。見えてしまう。

 イチカという少年の姿に、振る舞いに、表情に……弟の面影を重ねてしまうのだ。

 その行為がどれだけ罪深く愚かなものか分かっていても、止まらない。辞められない。気が付けば彼の一挙一動を目で追ってしまっている。

 このままではいけないと思うのだが……

 

 ふと、コッコッ、と響いていた足音に、自分以外の何者かのものが混ざっていることに気が付き、顔を上げる。

 するとそこには、彼の隣に侍る少女――ソフィー・ドラクロワが、感情の読めない透明な笑みを浮かべて佇んでいた。

 

 昼の一件から彼女に苦手意識を持っていた千冬は、思わず身構えてしまう。

 

「ドラクロワ……こんな時間に何をしている?」

「ちょっと、織斑先生にお話がありまして」

「話、だと……?」

 

 いぶかしむ千冬に、ソフィーは笑みを崩さない。

 

「それは今でなければ出来ない話なのか?」

「いえいえ……ただ、先輩に聞かれたくないお話なので」

「イチ――ヴァンフリークに、か」

 

 ソフィーは無言で微笑み、

 

「ええ。ちょっと、貴女に釘を刺しに」

「釘……?」

 

 どういうことだ、と問い質そうとした千冬だったが――瞬間、ソフィーの痩身から放たれた、物理的な重圧さえ錯覚するような殺気に立ち竦んだ。

 

「……っ!?」

「――これ以上、先輩の邪魔をしないでください」

「それ、は……どういう……」

「聴取の時、貴女は先輩から《黄龍》を取り上げようとしましたよね? あの時は調査する必要が云々とか言ってましたけど……ホントは違いますよね」

 

 

 

「ISという武器を取り上げることで、先輩を――弟を戦いから引き離したかったんですよね(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

「――ッ!?」

 

 

 

「織斑一夏。国益のための犠牲となった少年。彼を襲った悲劇と、貴女方家族の境遇に同情はしましょう」

「けれどそれは貴女方の事情。あの人に、先輩には何の関係もないこと」

「既に亡くなった肉親を生徒に重ね合わせて、あまつさえその自由を奪おうとする……呆れるほどに女々しくて、自分勝手」

 

 侮蔑の滲む声音で放たれた指摘に、千冬はぐっと歯噛みするしかなった。

 

 ……もしこの時、千冬が普段の冷静さを保っていられたならば、きっと気付けただろう。

 日本政府によって事件に関する記録は全て抹消されていて、ソフィーが知り得るはずがないことに。

 けれどこの時の千冬は、内心の弱い部分を言葉のナイフで抉られて、それどころではなかった。

 

「はっきり言います。貴女の自己満足の贖罪に、先輩を巻き込まないでください」

「わ、私は……!」

 

 何とか声を絞り出して反論しようとする千冬だったが、もはやソフィーは彼女の言葉など聞いていなかった。

 

「あの人はね――『英雄』なんですよ」

「邪悪を滅し、弱きを助け強きを挫く。鍛え上げた力と高潔な意志、鮮烈な魂の輝きで人々を魅了する、光。何よりも誰よりも強くて鮮やかな、決して絶えることのない光」

「彼は決して無敵じゃない。世界には彼より上の実力を、天賦の才を持つ人なんていくらでもいる。彼はどこまで行っても凡才でしかない――それでもあの人は止まらない」

「何度膝を突こうと、無様に倒れ伏そうと、敗北の汚泥に身を浸そうと……再び立ち上がって、武器を取る。その姿に、多くの人々が魅了され、彼の足跡へと続く」

 

 夢見心地のような声音で、陶酔したように彼女は滔々と語る。

 その亜麻色の瞳は感涙に潤み、滑らかな頬は火照りを持って紅潮している。

 

「だから――あの人に、闇は要らない(・・・・・・)

「薄暗い欲望も、悪辣な陰謀も、過去の呪縛も……そんなものは、全て私が背負う。全て私が振り払う。先輩はただ、前だけを向いて突き進めばいいんです。あの人の行く道につき従い、その背中を守り抜くのが、この私――ソフィー・ドラクロワの役目なんですから」

 

 確固たる口調で言い切るソフィーの姿に、千冬は言葉を失った。

 立ち尽くす千冬を見て、亜麻色の髪の少女は嫣然と微笑む。

 

「どうして私がそこまで先輩に尽くすのか、不思議ですか?」

「…………」

「簡単ですよ――()の全ては、あの人からもらったものだからです」

 

「一度目は、この命。あの日、両親と共に死に絶えるはずだった無力な私の命を、あの人は救い上げてくれました」

 

「二度目は、『私』そのもの。愚かにも全てを投げ捨てようとしていた『私』を、あの人は見つけ出して、繋ぎ止めてくれました」

 

「ここに居る私を構成している全ては、先輩からもらったものなんです」

 

「だから、この全ては先輩のモノ」

 

 言って、ソフィーはゆっくりと自らの体に指を這わせる。

 

「この腕も、足も、胴も、腰も、胸も、顔も、髪も、目も、鼻も、口も、喉も、声も、心も、命も、全部ぜんぶぜーんぶ……先輩だけのものなんです。

 あの人が体を捧げろと言うのなら、喜んで差し出しましょう。

 あの人が心を捧げろと言うのなら、喜んで差し出しましょう。

 あの人が貞淑な淑女を望むなら、喜んでそうなりましょう。

 あの人が淫蕩な売女を望むなら、喜んでそうなりましょう。

 あの人が死ねと言うのなら、喜んでこの命を投げ出しましょう。

 私と言う人間の全ては、先輩のためにあるのだから」

 

 ……それは。それは、単なる忠誠とは違う。

 その程度の感情ではない(・・・・・・・・・・・)

 彼女を支配するその感情に名前を付けるのならば、きっと『愛』と言うのだろう。

 どこまでも、どこまでも深い、愛。

 鮮やかに狂い咲く薔薇のような。燃え盛る業火のような。渦巻く波濤のような。

 

「だから……だから私は、私自身が許せない」

「……?」

「私は、先輩のためのモノなのに。先輩のためだけに生きているのに。彼を助けることだけが、私の存在意義のはずなのに――もっと(・・・)って思ってしまう(・・・・・・・・)愛されることを(・・・・・・・)望んでしまう(・・・・・・)

 そんな傲慢が許される(・・・・・・・・・・)はずがないのに(・・・・・・・)

 

 ともすれば、彼女自身を切り裂き、焼き尽くし、呑み込んでしまうほどの。

 深い、深い……底なしの(やみ)

 

「先輩に声を掛けられて、先輩に触れられて、先輩に笑顔を向けられて、先輩に口付けられて、先輩に抱かれて、先輩に求められて…………その度に、もっと(・・・)って。

 欲深く望んでしまう。

 浅ましく欲してしまう。

 醜く求めてしまう。

 意地悪く願ってしまう。

 駄目なのに。

 許されないのに。

 あってはならないのに。

 私が彼を縛るなんて。

 足枷になるなんて。

 邪魔をするなんて」

 

 ガリガリ、ガリガリ、と、自分の腕に爪を立てて掻き毟りながら、ソフィーはまるでうわ言のように言葉を紡ぐ。

 今の彼女に、もはや千冬の姿など見えてすらいない。

 亜麻色の瞳からは光が抜け落ち、眼窩には底知れぬ闇が蟠っている。

 明らかな異常。自傷に走る生徒を前にして、制止することすら出来ない。

 

「ああ、嗚呼――先輩……先輩センパイせんぱい先輩先せんぱいセンパイ先輩せんぱいセンパイ先輩せんぱいせんぱいセンパイ先輩先輩せんぱいセンパイせんぱい先輩せんぱいセンパイせんぱい先輩」

 

 ――呑まれていた。目の前の少女の身から溢れ出す、異様な雰囲気に。情けなくも委縮し、立ち竦んでいたのだ。

 

「……ドラクロ、ワ…………」

「――ぁー、やっちゃいましたか……」

 

 思わず漏れ出た呟きが届いたのか、周囲に漂っていた異様な雰囲気が嘘のようにフッと掻き消えた。

 光の戻った瞳をパチパチと見開いて、ソフィーはバツが悪そうに頬を掻いた。

 立ち尽くす千冬に、コホン、と一つ咳払いを挟む。

 

「えーとですね、つまり何が言いたいのかと言えば……必要以上の干渉をするな、余計な真似をするな、ってことです」

「それは……」

「こっちにもやることがあるんです。ぶっちゃけ、貴女なんかに構ってる暇はないんですよ」

「やること、というのは……」

「――必要以上の干渉はするな、って言いましたよね?」

 

 鋭い視線を向けられて言葉を詰まらせる千冬に、ソフィーは溜め息一つ。

 しかし結局何も言わずに、無言のまま踵を返した。

 

「まっ、待て……待ってくれ! ひとつだけ、聞かせてほしいことがある……!」

「何ですかー?」

 

 いかにも億劫そうに振り返ったソフィーを真っ直ぐと見据えて、千冬はその問いを放った。

 

「アイツは……ヴァンフリークは、本当に、私の弟……一夏では、ないのか……?」

「……はぁ?」

 

 意を決したように放たれたその問いは、ソフィーの表情を不快げに歪ませるのみだった。

 

「言うに事欠いて何ですかそれは……貴女、正気ですか?」

「っ、私は……!」

「面影を重ねるだけならまだしも、本気でそんなこと考えてたんですか貴女……女々しいなんてもんじゃありませんね。――大体、もし本当に先輩が(・・・・・・・・)貴女の弟だったら(・・・・・・・・)どうするつもりですか?」

「そ、それは……」

 

 ……どうする。一体自分は、どうしたいのだろう。

 自問して、何一つ答えが思い浮かばないことに愕然とする千冬。

 真実を求めるのに必死で、その後のことなど何も考えていなかったのだ。

 

 また昔のように、姉弟として……

 

「…………あ、れ……?」

 

 昔のように? 姉弟として?

 

 それはどういうものだっただろうか(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ふと脳裏に蘇る、鈴の言葉。

『家族ですって? アンタが本当に一夏の家族だって言うんなら、アンタは今まで一夏の何を見てきたのよッ!!』

『アンタが今まで見ていたのは、「守るべき存在である弟」……一度だって、『織斑一夏』って一人の人間を見ようとしなかったのよ』

 

 ――私は、何をしていた(・・・・・・)

 ――私は、何をしてやれた(・・・・・・・)

 

 ――私は、何を見ていた(・・・・・・)

 

「あ、ぁ、あぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁ……っ!」

 

 混乱と、衝撃と、恐怖と、困惑と、罪悪感と、悔恨と……様々な感情が浮かんでは消え、浮かんでは消え……押し寄せる感情の波に抗えず、千冬の意識はフッと途絶えた。

 




やっと更新できた……長かった……。

予定では次話は、久々のダグラスサイドになります。次回もよろしくお願いします。


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Ext-Story.2 豪商の誘い

 お久しぶりでごぜーます。やっと書き終わりました。

 サブタイからもお察しですが、あの人が登場します。久しぶりだな!


 元『竜匪賊』の一員にして、神装機竜《ヒュドラ》を駆る凄腕の機竜使い(ドラグナイト)、ダグラス・ベルガー。

『銀牙の猛虎』という異名で恐れられ、かつてのフギル・アーカディアとの決戦の際には一夏たちに助力し、激戦を繰り広げた。

 そんな彼は今……椅子になっていた。

 

「ぐ、う、お、ォォォォォォ……!」

「ダグラスー、ペース落ちてるよー」

「畜生ッ……!」

 

 少し、言葉が足りなかった。

 正しく言えば、アナスタシアを背中に乗せた状態で腕立て伏せをしていたのである。

 

 場所はダグラスたちが宿泊しているとある高級宿の一室、そのリビング。

 部屋の中央に設置されたテーブルをどかして出来たスペースで、一見異様なトレーニングを続ける二人。素知らぬ顔で佇むメイドが一人。

 そして……目の前の奇行を無視して茶を啜る客人が二人。

 

「ほぉ……中々いい茶葉を使っておるな」

「ホントホント! 美味しいよね~」

「おや、お分かりになりますか?」

「うむ。この茶葉はわしの商会でも取り扱っておるでな。ついでにわし個人としてもそれなりに嗜んでおる故な」

「あれ? マギっちそんなことしてたの? いっくんも趣味だって言ってたけど」

「あれは元々わしの趣味じゃよ。あやつも料理を趣味にしておったからの。試しに教えてみたら見事にハマったと言うわけじゃ」

「なるほどねー」

 

 一人は、オレンジ色の髪を二つ結びにした、宛ら錬金術師のような衣装の少女。

『七竜騎聖』団長にして、世界最大の商会を束ねる稀代の豪商、マギアルカ・ゼン・ヴァンフリークその人だ。

 そしてもう一人は、紫色の長い髪にエプロンドレスを纏った長身の女性。

 名を篠ノ之束。科学者らしいが、マギアルカほどの人物が同伴して来たのだ、どうせまともな人間ではないのだろう。

 

 猜疑心を込めた視線を送っても、マギアルカはさらりとした笑みでかわしてしまう。

 胡散臭いにもほどがある。

 

「……つゥ、か! そろそろ……ッ、いいだろッ!?」

「えー……」

「不満げにすんなァ!!」

 

 絶叫するダグラス。その必死さを憐れに思ってか、ようやくアナスタシアが退いてくれた。

 大きく溜め息を吐きながら、息を整えて立ち上がる。

 改めてマギアルカたちと向かい合うが、ダグラスは少し複雑そうな表情で、

 

「あー……シャワーでも浴びてきた方がいいか?」

「ほぅ? 何じゃお主、そんな気遣いが出来たのか」

 

 直前まで運動していたのだ。いくらダグラスが常人離れした体力を持っていようとも、それなりに汗はかいている。

 エチケットとして出した申し出だが、何故か心底驚いた顔をされた。

 ……ちなみにこれは、アナスタシアと共同生活を送るにつきロキから叩き込まれたものだった。全く従者の鑑である。

 

「気にせずともよい。わしは慣れておる故な。今更気にはすまい」

「私も別に~? ぶっちゃけ時間の無駄だしね~」

「……そうかい」

 

 ならば遠慮なく、とダグラスはマギアルカたちの向かい、アナスタシアの隣に腰掛ける。

 それに合わせて、滑らかな動きでロキがアナスタシアの背後に控えた。

 抜け目なく対面の相手を観察するような視線を向けるダグラス。

 

 あからさまに警戒している二人に、マギアルカは鷹揚に微笑んだ。

 まるで、そうでなくてはと喜ぶように。

 

 果たして口火を切ったのは、ダグラスからだった。

 

「――んで? アンタほどの人間が直々に訪ねてきたんだ。まさか世間話しに来たってわけでもねェだろ。単刀直入に聞く……何の用だ?」

「本当に単刀直入じゃな。せっかちな男は嫌われるぞ? ……冗談じゃよ、冗談。全く、一夏といいお主と言い、余裕が足りんのぉ」

「……オイ」

 

 やれやれ、と首を振ったマギアルカは――ふと、すっと視線を細めた。

 直後、ダグラスは室内の気温が一気に十度も下がったような錯覚に陥った。

 マギアルカの纏う雰囲気が一変する。

 熟練の戦士が放つ殺気とは違う。威圧ですらない。

 

 それは、重みだ。

 権謀術数の世界を、智謀と策略を駆使して命懸けで戦い抜き、巨万の富と確固たる地位を築いたマギアルカのみが持てる、重み。

 その小さな体とは裏腹な、彼女の歩んできた苛烈な人生の重みが滲み出ているのだ。

 

 マギアルカはただ、微笑んでいる。それだけでしかない。

 だと言うのに、気圧されている。

 目の前の『強者』に身が竦んでいるのを、その場の面々は確かに自覚していた。

 あの束ですら、表情が強張っている。

 

 彼らのそんな反応に微苦笑を浮かべて、マギアルカはゆっくりと口を開いた。

 

「このわしが直々に出向いたんじゃ。何をしに来たか、など分かり切っておろう? 商談じゃよ(・・・・・)

「……商談、だと?」

「そう。正しくは、共同事業の提案と言ったところか」

「…………」

 

 無言で続きを促すダグラスに、マギアルカは微笑みを崩さぬまま……突拍子もないことを口にした。

 

「異世界、と言うものを知っておるか?」

「――あァ?」

 

 もちろん知らない。聞き覚えすらない言葉に眉を顰めるダグラス。

 だが、その隣に座る少女にとっては違うようで、

 

「……っ!」

「その反応、どうやらお主は知っているようじゃな。アナスタシア・レイ・アーカディア」

「あなたたちは、どこでそれを……?」

「――束」

 

 

 マギアルカはその問いには答えずに、傍らの女性に目を向ける。

 視線を追ったアナスタシアと目が合った束は、にこやかに微笑んだ。

 

「こやつの名は、篠ノ之束。異世界から来た科学者じゃ(・・・・・・・・・・・・・)

「…………ッ!?」

 

 呆然。言葉もなく束を見つめるアナスタシア。

 余程信じられないことらしいが、事情の分からないダグラスとロキは首を傾げるばかり。

 そんな二人に、マギアルカは苦笑して、

 

「異世界と言うのは、文字通り『異なる世界』のことじゃ。異なる空間、異なる位相、異なる時間、異なる文化、異なる環境……わしらの生きるこの【機竜世界】とは何もかもが異なる世界――そこからやってきた客人が、こやつと言うわけじゃ」

「客人、だと……?」

「信じられぬか?」

「……いきなりんなこと言われてもな……」

 

「――信じるよ」

 

 一言。

 銀色の髪の少女は、真紅の瞳を輝かせて静かに言い放った。

 

「アナ?」

「信じるよ、私は」

 

 そう言って、ダグラスへ視線を向けるアナスタシア。

 ――私を信じて。懇願するようなその目に、ダグラスが疑問を挟めるはずもない。

 肩をすくめて苦笑を返すダグラスに、アナスタシアはふわりと微笑んだ。

 

「ロキは……」

「わたくしはお嬢様の従者ですので」

 

 故に言葉は要らない。ただ主の望むままに。

 従者としての誇りと主への揺るがぬ忠誠を滲ませる静かな言葉。

 絶対の信頼を置く従者の言葉に頷き、アナスタシアはマギアルカたちに向き直った。

 

「私たちは大丈夫。……続きを聞かせて?」

「うむ」

 

 そうして、マギアルカは語った。

 今現在、二つの世界を跨って起きているその事件について。

 話が進むほどに、アナスタシアとダグラスの表情はどんどん険しくなっていく。

 

「向こうの世界に、幻神獣(アビス)が……?」

「異世界ってだけで頭が破裂しちまいそうなのによォ……ここに来て幻神獣(アビス)だァ?」

 

 チッ、と舌打ち一つ。

 苛立たしげに髪を掻き乱したダグラスは、不可解そうに言い放った。

 

「どういうことだよ……あの戦いの後、全ての遺跡は機能を(・・・・・・・・・)停止した(・・・・)んじゃなかったのかよ?」

 

 そう。

 かつての『英雄』フギル・アーカディアとの戦いの後、世界連合は『大聖域(アヴァロン)』を含む全ての遺跡(ルイン)の凍結を決定した。

 古代の帝国が生み出した生物兵器、幻神獣(アビス)と、その製造プラントとなっていた遺跡(ルイン)

 装甲機竜(ドラグナイト)などの利用出来る資源の分配を終えた上で、各国を代表した『七竜騎聖』の立ち会いの元、旧帝国皇族の末裔たちの手で『大聖域(アヴァロン)』を含む八つの遺跡(ルイン)は機能を停止させた。

 幻神獣を生み出す工場となっていた遺跡(ルイン)が停止した以上、もはや幻神獣たちが再び稼働することはない……はずだったのだが。

 

「その通りじゃ。そしてわしら『七竜騎聖』が出張って調査したところ、現在も尚全ての遺跡は(・・・・・・・・・・)停止したまま(・・・・・・)じゃ」

「……んだと?」

 

 ならば何故……? 訝しむ二人に悪戯気な笑みを向けて、マギアルカは驚くべきことを言い放った。

 

「つまりは、わしらの知らぬ九つ目の(・・・・・・・・・・・)遺跡が存在する(・・・・・・・)可能性があるというわけじゃ」

『………………ッ!?』

 

 息を呑む二人に、マギアルカは苦笑一つ。

 

「とはいえ、これは可能性の話じゃ。むしろそれを確かめるためにここに来たんじゃが……どうじゃ?」

「……九つ目の遺跡……申し訳ないけれど、私には心当たりがない。私の知る限り、遺跡は『(バベル)』、『迷宮(ダンジョン)』、『方舟(アーク)』、『坑道(ホール)』、『巨兵(ギガース)』、『箱庭(ガーデン)』、『(ムーン)』の七つに、『大聖域(アヴァロン)』を加えた八つのみ。……の、はず」

「ふむ……」

 

 顎に手を当てて暫し考え込むマギアルカだったが、結局は話を進めることを優先した。

 商談の続きだ。

 

「ま、この通りわしらの現状は分からんことだらけ。そこで、アナスタシア・レイ・アーカディア。神聖アーカディア帝国の第四皇女にして古代のメカニック……機竜のルーツを知る者(・・・・・・・・・・・)。お主の知識と技術を提供してもらいたいというわけじゃ」

「…………」

「付け加えて、ダグラス・ベルガー。お主と、そこのメイド、ロキ――鍵の管理者(エクスファー)、ライネス・S・エクスファー。お主らの個人としての戦力は、『七竜騎聖』の面々にも引けを取らん。わしの裁量でお主らのような実力者を自由に動かせる、そうなれば取れる手段は大幅に増える」

「随分と正直に言いやがるな」

「こんなことを取り繕っても仕方あるまい?」

 

 話を聞き終えて、即座に頷こうとしたアナスタシアを遮るのは、ダグラスの腕だった。

 何故、とでも言いたげな視線を無視して、ダグラスは強い口調で問い詰める。

 

「それで? 商談って前置きするぐらいなんだ……当然、俺たちが協力するに値する報酬を用意してくれてるんだろうな?」

「ダグラス、そんなの……!」

「黙ってろ。確かにヤベェことになってるってのは分かった。けどな……俺には俺の中での優先順位がある。お前が協力したいって思うのもの分かる。けど、それは所詮対岸の火事。結局は他人事でしかねェ。何が起こってやがるのか、危険がないのかも分からねェ……お前の身の安全より優先すべきことだとは、俺には思えねェんだよ」

「……ッ!」

 

 これ以上なく真剣に言葉を重ねるダグラスに、アナスタシアは嬉しいような悔しいような、酷く複雑な表情で黙り込んでしまった。

 同じく名指しされたロキは何も言うことはなく、主人のカップに紅茶を注ぎ直した。

 

「ふむ、まぁ、道理じゃな」

 

 分別臭く頷くマギアルカ。

 稀代の豪商は、面白がるような表情を浮かべて、

 

「ちょいとばかし過保護ではないかと思わんこともないが……とりあえず報酬の話じゃったな。もちろん用意しておるよ。まずはほれ、前金としてこれだけじゃ」

「…………おいおい、んだこれ」

「お主らにはそれだけの価値があるということじゃ。言った通り、これは前金。お主らの働き次第で更に上乗せする用意もあるぞ?」

「流石は金の亡者ってとこか……」

 

 マギアルカが無造作に渡した紙切れに記載されていた金額は、かつてダグラスが請け負った大貴族の暗殺任務の報酬の数倍以上。明らかに個人にポンと渡すような金額ではなかった。

 目を白黒させるダグラスたちだったが、マギアルカの笑みは深くなるばかり。

 

「もちろんこれだけではない。……お主らにとっては、むしろこちらの方が本命かもしれんがのう」

「…………?」

 

 

 

「わしらには、アナスタシアの足を治療する手段がある」

 

 

 

『………………ッ⁉』

 

 一言。何でもないことのように放たれたその一言は、異世界の存在以上の衝撃を持ってダグラスたちを貫いた。

 それはロキですら例外ではなく、彼女の手の中でティーポットがガチャンと大きな音を立てた。

 

 幼少期の『エリクシル』の過剰投与により、完全にその機能を失ってしまっていたアナスタシアの両足。 

 地を踏み締める足としての機能どころか、感覚すら彼女には残っていない。

 病気ではない。全身を別のモノ(・・・)へと作り変える負担に幼い彼女の体は耐え切れず、神経がズタズタに切り裂かれてしまったのだ。

 跡形もなく断絶した神経は、もはや古代の医療技術でさえ治すことはできなかった。

 

 マギアルカは、先程から黙って成り行きを見守っていた束へ視線を向けた。

 

「ほれ、束。出番じゃぞ。と言うかお主ずっと黙りこくりおって、腹でも痛むのか?」

「束さんが珍しく空気読んでたのに酷い言い種だね!? 私が引っ掻き回したらマギっち鉄拳制裁してくるじゃん!」

「くはは、よく分かっておるではないか」

「うぅ~~……束さんより傍若無人な人なんて居ないと思ってたのに……」

 

 恨みがましくブツブツと呟いていた束だったが、ダグラスたちの視線に気が付くと、一つ咳払い。

 

「コホン……アナスタシア――アナちゃんの足についてだけどね。ぶっちゃけまだ診断もしてないから確実に治療できると断言は出来ないんだけど……。でもねでもね? もし仮に治療が上手く行かなかったとしても、私になら本物の人体と同じ感覚で扱える『義足』は作れるんだよ!」

「義足、だと……?」

「そう! 向こうの世界の技術の粋を集めた疑似神経を搭載することによって、違和感のない、まるで最初からあったような、限りなく本物に近い挙動が可能になるの! 更に本人の細胞を培養して義足を作るから、副作用や拒絶反応は一切ナシ!」

 

『天災』篠ノ之束。向こうの世界における、最凶の頭脳を持つ科学者。

 彼女の持つ技術は、現行のそれより一線も二線も画する。

 全うな医者が聞けば泡を噴いて気絶するような難題も、彼女ならばいとも簡単に解決してしまうのだろう。

 

 だが……。

 

「……嬉しいけど、ちょっと複雑、かな?」

「アナ?」

「私の足が動くようになれば、これ以上ダグラスやロキに迷惑をかけずに済む。それは素直に嬉しいよ? でもね――」

 

 けれど、と。

 儚げな笑みを浮かべて、アナスタシアは己の動かぬ足にそっと手を置いた。

 

これ(・・)は、私への『罰』だと思っていたから……」

 

 アナスタシア・レイ・アーカディアは、神聖アーカディア帝国の第四皇女……皇族である。

 しかし、彼女の母親は平民。つまり妾腹の子だ。

 故に彼女は国政に関わることはなく、母親の後を継いで機竜の技術者となった。

 技術者として類い稀なる才能を有していた彼女は、瞬く間に帝国で頭角を現し、リステルカに受けさせられた洗礼によって半身不随となって尚、彼女は技術者として名を馳せた。

 帝国史上でも類を見ないほどの技術者に成長した彼女は、研究を進める中で知ってしまった。

 

 遺跡(ルイン)幻神獣(アビス)。その真実を。

 幻神獣とは、かつて……アナスタシアたちの時代より遥か以前の帝国の貴族たちが生み出した、粛清機構である。

 彼らの存在理由はただ人間を殺すこと。そしてそんな化け物を生み出したのは、自らの遠い祖先。

 見て見ぬ振りをすることも出来た。全てを忘れて、今まで通りに機竜を作り続ける。そんな選択肢もあった。

 

 けれど……彼女は、皇族だった。

 高潔だった。誇り高かった。

 血筋の話ではない。その心意気、その魂は、確かに皇族のものだったのだ。

 遠い先祖の犯した過ち。ならば、それを灌ぐのは子孫である我々皇族でなければならない。

 ……皮肉にも、王となることを欠片も望まなかったアナスタシアこそが、王の器を持っていた。

 

 真実を知ったアナスタシアは、すぐに皇帝に直訴した。

 しかし、王位継承権を放棄したアナスタシアの必死の訴えは、皇帝に届くことはなかった。

 それどころか、口封じのために暗殺者すら送り込んできた。

 当時から彼女に付き従っていたロキのおかげで助かったのだが……アナスタシアは悟った。

 もはや国を、権力を頼ることは出来ない。

 自分と、ロキ。敵となるのは国そのもの。戦力差は圧倒的。更に自分は半身不随というハンデまで背負っている。

 絶望的な戦いだ。だが、やるしかない。

 ――全ての罪を、償うために。

 

 それからの彼女の人生の全ては、贖罪の為に使われた。

 結局目的が達成されることはなく、クーデターによって帝国も崩壊してしまったけれど。

 現代に目覚めて、フギルたちとの戦いに参戦したのも、贖罪の為。

 

 時を超えた、長い永い彼女の戦いは、つい数ヶ月前に終わりを告げたばかり。

 全遺跡の凍結という形で、彼女の願いは果たされた。

 

「この足は、罪の証。『エリクシル』による洗礼……帝国に受け継がれてきた負の遺産。最悪の歴史、その象徴。例え自ら望んだものでなくとも、私は洗礼をこの身に受け、そして半身を失った。だから……これは、私への罰」

 

 悲しみと、憤りと、悔しさと。様々な感情が入り交じった声音で呟かれた言葉に、ダグラスは何も言えない。

 長い間、本当に長い間戦い抜いてきた彼女に、何が言えるのだろう。

 

 だが……この場には、そんなものは気にも留めない、道理を無理で押し通す破天荒極まる女が居た。

 その女、マギアルカは呆れたように溜め息を吐くと、

 

「アホか、お主」

 

 躊躇いもなく、そう言い切った。

 

「ぇ……」

「先祖の過ちを子孫が償わなければならないと言う時点で色々と言いたいことはあるが、それは置いておこう。聞くがな、アナスタシアよ。お主まさか、それだけの罪を一人で背負えるなどと勘違いしてはおるまいな?」

「…………」

「何百年、何千年と積み重なり肥大化したモノを、お主のようなちっぽけな人間が全て背負いきれるはずがなかろうよ。自惚れるのも大概にしろと言うことじゃ」

「…………」

「償いは結構、贖罪も大いに結構。ならば次は? 贖罪を終えて、次は何をする? 簡単なことじゃ、その罪を上回るだけの成果を上げよ。帳消しにするだけの貢献をせよ。罰などと甘えたことを言うな、自己満足はよそでやれ。それほどの才覚を無為にしていることこそ何よりの罪と知れ」

 

 容赦なかった。

 躊躇も加減も手心もなく、叩きつけるような言葉の弾丸。

 よく考えてみれば滅茶苦茶なのに、何故かそういうものだと信じ込んでしまう。

 思わず呆然と聞き入っていたアナスタシアに、マギアルカは右手を差し出した。

 

「本当に己を罰してほしいと言うのであれば、この手を取れ。馬車馬のようにこき使ってやろう。お主の持つ技術、全てこのわしが絞り尽くしてやるわ!」

「あなた、は……」

 

 豪快に笑うマギアルカに、アナスタシアも、ついと言う風に微笑みを浮かべて……。

 

「――うん、よろしく。マギアルカさん、束さん」

「うむ、ならb「よろしくねアナちゃん! やっぱり可愛い女の子と一緒に研究できるってテンション上がるよね~! あっ、義足についても安心してね! 束さん本気出して頑張っちゃうから~! 大船に乗ったつもむぎゅっ!?」「えぇい落ち着かんかこのアホ兎! 少しは落ち着きを持て!」

「またぶったね!? なんか頭がぐわんぐわんするんだけどぉ~……勁とか使ってないこれぇ!?」

「安心せよ、ただの浸透勁じゃ。威力は抑えてある」

「しれっと何てもの使ってくれてるのさぁ!?」

「はぁ……それで、ダグラス、ロキ。お主らはどうする?」

「無視っ!? 嘘でしょここで無視っ!?」

 

 喚く束を完全に居ないものとして扱うマギアルカに引きつつも、二人は答えを返す。

 と言っても、もはや決まりきったものだったが。

 

「俺にも異存はねェよ。報酬もそれで構わねェ……何より、久々に見たからな。あんなに楽しそうなアイツの顔」

「わたくしはただお嬢様のご意志に従うのみでございますので」

 

 

 

 こうして、商談は成立した。

 

 

 

§

 

 

 

 その日、一つのニュースが、比喩なしに世界を揺るがした。

 

 

 

『《天災》篠ノ乃束、出頭』

 

 

 

 ――世界は、新たな混迷の時を迎える。




 マギアルカは便利なパシリゲットして満足。
 ダグラスもアナが歩けるようになるので満足。
 アナも研究に没頭出来て満足。
 ロキは言わずもがな。
 まさにWIN-WIN


 次回はIS学園に戻ります。8月中に後2話は更新したい……。


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