ハルトナツ (マスクドライダー)
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第1話 女の子になりまして

どうにもIS&TS熱が再燃したので新連載です。どうぞよろしくお願いします。
某一夏TS系覇権二次創作に影響されまくって、いつか一夏TS作品をと考えていたので、それがようやく形となったといったところでしょうか。

拙い部分も多いかと思われますが、私なりに【いちかわいい】目指して頑張ります。


『おれのなまえは―――――――! よろしくな。おまえはなんてなまえなんだ?』

 

 ――――夢を見た。それは今も僕の記憶に鮮烈に焼き付けられた、セピア色と表現できるようなあの日の夢。僕が最初に彼と出会った日の夢。僕が始まった日の夢だ。

 酷くオドオドとした僕に遠慮もなく手を差し伸べた彼は、こちらの心情も知らずに満面の笑みを浮かべるばかり。だが僕はどうするのが正解なのかわからない。だから彼の言葉に応えられない。

 いや、わからないと表現するのもおこがましいだろう。だってあの頃の僕は、周囲に対して理解を向けようとも思わなかったから。

 母親ないし父親、または祖父の背に隠れているのはとても楽だった。そうしていれば、誰も僕の世界に入ってこようとはしなかったから。

 けど彼に常識というものは通じない。あろうことか彼は、僕を母親の陰から引きずり出してまで挨拶を交わそうとしてきた。

 だからなおさらどうしていいのかわからない。助けを求める相手であろう母親も、どちらかといえば彼の味方をしていたせいもある。そのまま僕が言葉を紡げないでいると――――

 

『……おまえ、なまえがないのか?』

 

 彼は少しばかり機嫌を損ねるかのように、一度手を下ろしてから僕にそう問いかけてきた。そんなことはない。名前くらいはある。

 それを声に出すことはできなかったが、首を左右に振ることでその意思を伝えた。すると彼は僕の反応に満足したかのように数度頷き、まるで何事もなかったかのように振る舞うではないか。

 

『―――――――だ! よろしくな!』

 

 彼にとっては当たり前の行動だったのだろう。しかしだ、僕にとっては初めての体験がまたしても襲い来ていた。だからこそ、今になっても夢に見る。

 だって僕がこういう態度でいても、そのうえで仲良くなろうなんていう意志が見られる人は初めてだったから。僕にとって、これがどれだけ新鮮だったかなんて彼は知らないだろう。

 僕は端的に言うのなら自分に自信がない。僕はなるべく他人に迷惑をかけたくない。僕はなるべく他人に怒られたくない。他人は怖いものだから。

 だから極力は関わりを避け、可愛くないよう思われるように振る舞った。初めから嫌われてしまえば、自分も他人も嫌な思いはしないだろ?

 だから今までと同じ態度で接したというのに、それでも彼は僕へと手を差し伸べてくれた。この手を取って名前を教えてくれと思ってくれた。

 瞬間、僕の中で何かが壊れた音がした。きっとそれは、僕の内気な心だとか、きっとそれは、僕の殻だとか。

 気づけば僕はゆっくりながら彼の右手を取り、確とその名を告げていた。

 

『――――ると……。ひむかい はると……です。よろしく……』

『よろしくな、はると!』

 

 僕がほんの小さな声でそう言うと、彼は心底嬉しそうな顔をしながら掴んだ手を激しく上下に揺らした。その様子を母と彼の姉が温かく見ていたのもよく覚えている。

 しかし、なんで今更こんな夢を見るのだろう。なんて、自問自答するまでもないのかも。だって、だってもう彼は、彼は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ル……。ハル……」

「……ナツ…………?」

「あっ、やっと起きた。もう朝だよ」

 

 まどろみの最中、鈴を転がすような可愛らしい声が俺の鼓膜をくすぐる。そちらへ目を向けてみると、俺からすれば直視していられないような美少女が微笑んでいた。

 まるで高級な絹のように艶やかな黒髪。洗礼された白磁のようにきめ細かな肌艶。長く上を向き、綺麗に生え揃ったまつ毛。健康的な桜色をした張りのある唇。……こんなの何度見たって慣れるもんか。

 ……いけない。起き掛けでボーっとしているのを合わせても凝視が過ぎる。俺は気を引き締める目的も含め、ギュッと両頬を抓ってから上半身を起こした。

 

「おはよう、ナツ」

「うん、おはよう。やっぱり一日の始まりは挨拶からだよね」

 

 俺がシャキっとしようという意志を持っていることに満足なのか、少女はなにか感心するかのように腕を組んでうんうんと頷いた。

 そのとき少女の胸にそびえ立つ双丘が柔らかさを示すかのように変形し、一瞬だけ注目してしまった。これはいけないと急いで視線を外すと、少女が俺を心配するのでなおさら申し訳ない気になってしまう。

 なんでもないから先に降りていてと伝えれば、首を傾げながらもそれに従ってくれた。俺は少女が階段を下る音を確認してから服を着替え始める。

 今日は土曜、休日だ。さほど慌てることもなく私服のTシャツへ袖を通すと、俺はふとタンスの上に飾ってある写真立てが目に入った。

 その写真立てにはあの日の少年と、その少年と肩を組んだ幼き日の俺が写されている。

 きっとその写真を眺める俺の表情は、言葉では形容し切れないものだったろう。今となってその写真は、思い出と言うにはあまりにも残酷なのだから。いたたまれなくなった俺は、写真立てをそっと伏せる。

 

「ハルー! ご飯冷めちゃうってばー!」

「あ、ご、ごめん! すぐ降りるから!」

 

 階下から響く騒々しい催促に身を震わすと、心中で慌てる必要がないと言ったことを訂正しながら自室を飛び出した。

 そう、もはや残酷なんだ。だってナツは、織斑 一夏は、俺の常識を覆したあの日の少年は、今や少女となり――――二度と元の性別に戻ることはないのだから。

 俺は頭を渦巻くそんな考えを振り払うかのように、必要以上に階段を踏み鳴らしながらリビングへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モンド・グロッソをドイツで観戦?」

「そうなんだよ、千冬姉が特別優待してくれたみたいでさ」

 

 中学二年生も終わろうとしている冬、下校途中唐突に幼馴染ないし兄貴分ないし親友である男子がそう話題を挙げた。

 彼の名前は織斑 一夏。余談ではあるけど、俺は個人的にナツと呼ばせてもらっている。

 まさに眉目秀麗と表現するにふさわしい端正な顔つきと、呆れるくらいの鈍感がトレードマークだ。後者に関しては内面に関することだから少しズレてるけどね……。

 そんなナツのお姉さんはIS操縦者として有名であり、世界選手権にあたるモンド・グロッソなる大会を制していたり。

 で、そのモンド・グロッソの第二回大会がもうじき開催間近だとかなんとか。つまりお姉さんは二連覇がかかっているということ。

 俺としても姉として接させてもらっているし、フユ姉さんとか呼ばせてもらっているけど……。う~む、改めて思い直してみるととんでもない人と知り合いなものだ。

 それはさておき、フユ姉さんはきっと優勝するだろうなぁ。根拠のない自信というやつに近いが、あの人が負ける姿がなんとも想像しがたい。

 

「そっか、それは良かったね。俺の分もフユ姉さんを応援してあげてよ」

「なにも自慢したいとかじゃなくてだな。というか、なんで置いて行かれる前提だよ?」

「なんでも何も、一枠しか確保できなかったって話だろ?」

「まぁ、そうなんだけど。はぁ、察しがいい幼馴染を持って俺は幸せだよ」

 

 せっかくなら俺――――どころか家族みんなで応援したいところではあるが、大人しくニュースでフユ姉さんの連覇を知ることにしよう。

 そう思って温かく見送るような言葉を投げかけたのだが、ナツはなぜだか顔をしかめてわかり切ったようなことを聞いてくる。

 ナツはなんでだなんて言うけれど、特別待遇の話をし始めた際の表情を見ればわかる。だって、露骨に申し訳なさそうな顔してたし。

 それくらいは察知しないと、キミをいちいち鈍感だーって責める資格はないと思う。俺が当たり前のようにそう返すも、ナツは変わらず難しい表情を浮かべていた。

 ……悪い意味ではないのだけど、いい加減にしつこいな。表情とか仕草で察することはできるにしても、なにかあるなら言ってくれたら助かるのに。

 

「ハル、お前ヨーロッパとか行ってみたいんじゃないのか?」

「へ? それは、まぁ、うん、そうだね。ドイツで言うなら城とか描いてみたいし」

 

 俺の視線からなにかあるなら言ってくれという意思が伝わったのか、ナツはふとそんなことを問いかけてきた。

 俺こと日向(ひむかい) 晴人(はると)だが、生意気にも絵を嗜んでいる。絵に関しては唯一自信を持てる事柄であり、それなりに情熱も持ち合わせていると思う。

 だからナツはそんなことを聞いてきたんだろう。確かに昔、いつか海外に行って絵を描いて回りたいなんて洩らした覚えもあるし。

 けどそれとこれとは話が別というか、俺のはやろうと思えばいつか叶うというか、いつか本当に実行するつもりだ。でもナツは違う。

 お姉さんに誘われ、お姉さんを応援しに海外へ行くというのは刹那的で、その瞬間しか成立しないものだ。さっきも言ったが俺はいつでも行ける。

 俺が思ったことをそのまま伝えると、ナツはなんだかキョトンとした表情になる。

 

「な、何さその顔は」

「悪い悪い。なんかいつもと逆だなーとか思っちまった」

「逆、ね。まぁ、なんというか、否定できないところはあるけど」

 

 ナツの言う逆と言うのは、普段は俺が窘められる側ということ。別にそれに関して思うところはない。本当のことだしね。

 でもそれこそ逆だ。逆を言うのなら、俺の言葉でナツの後ろめたさを払拭することができたということなんじゃないのかな。

 うん、それならばナイスだ俺。やればできるじゃないか俺。……なんて、俺としてはナツの言葉をかなり肯定的に受け取っていたつもりだ。

 しかし言葉そのものにネガティブっぽさでも感じたのか、ナツは喝を入れる意味を込めたように俺の背中を思い切り叩いた。

 

「なにゆえっ!?」

「だからそういうところだぞ、そういうところ! 背筋伸ばす! 胸を張る! キビキビ歩く!」

「いや、歩くどころか走り出し――――え、ちょっ、待ってってば!」

 

 俺なりのポジティブ? さを伝える暇がなかったのが敗因か、背中に走った痛みに対して歯を食いしばりながら耐えた。

 ナツはその後すぐに背筋を伸ばすなんて言うが、俺が背中を丸めているのは痛いからであって……。なんて反論する暇もなく、既にナツは遠い彼方だ。

 いろいろと文句が沸き上がってくるものの、別に怒るまではしない。けど追いかけないことにはなにも始まらないと判断し、俺も駆け足でナツの背を追いかけた。

 別に体力がないということもないが、向こうは運動神経抜群ときた。結局は家に辿り着くまでに追いつくことはできず終い。

 そもそも帰る家は同じで急ぐ必要は全くなかったことを思い出したのは更にその数分後……。骨折り損のくたびれもうけである。

 いや、一夏の決心をつけることができたと思ってチャラにしておくことにしよう。俺にしては珍しいことができたのだから。

 それからしばらくの日数が経ち、ナツはフユ姉さんを応援しにドイツへ旅立っていった。俺にできることといえば果報は寝て待てというやつ。いい報せを日本から待つだけだ。

 ……なんて、今思えばなんと呑気な考えだ。でもまさか、誰があんなことになるなんて想像したことだろう。

 あるいは俺がやっぱり現地に行きたいと、そう駄々でもこねれば結果が変わったりしたのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまう。

 いや、わかってる。わかっているんだ。俺のこの思考がないものねだりだなんていうことは。わかっていても、そう思わないとやってられないじゃないか。

 そう、全てはあの凶報から始まったんだ……。

 

(――――もうこんな時間か。そろそろテレビつけておかないと……)

 

 自室でスケッチブックに色鉛筆を走らせていると、なんとなく置時計へと視線が向く。文字盤が刻むのは十九時五分前。もうすぐフユ姉さんの決勝戦が始まる時刻だ。

 やはりフユ姉さんは危なげなく決勝戦まで進み、日本のみならず海外のメディアが彼女の優勝で間違いないと報じていた。

 試合の様子からして今回も心配なさそうだが、例え海をまたいでいたって応援しないわけにはいかない。俺は色鉛筆をケースにしっかりしまうと、ゆっくりとリビングへと向かっていった。

 

(母さんは……しばらく帰れないって言ってたっけ)

 

 我が日向家は両親が共働きで、父も母もほとんど会社に泊まり込みの状態で働いている。本当に有難いことだと思うばかりだ。

 しかし、困ったことに俺は家事が得意なほうではない。正確に言うのなら、料理お裁縫だけできないと表現すべきだろうか。

 俺とは反対にナツは家事全般をそつなくこなす主夫であり、日向家の台所に関しては任せっきり……というか、ナツがやりたがる部分もあるんだけど。

 けどご存知の通り、今はナツがドイツに行ってしまっている。つまり、俺の食事を作ってくれる人が存在しないということ。

 けど母さんは忙しいときた。だから俺は適当にカップラーメンでも食べておくって言ったんだけど、ナツと母さんの反対を喰らってしまう始末。

 俺のためを思ってくれているのはわかるが、無理して帰ってまで料理を作ろうとするのではないかと心配していたところだ。このぶんなら、やはり今日も帰れないのだろう。

 

(でも、怒るんだろうなぁ。まぁいいや、テレビテレビ……)

 

 たった今明かりを灯した広く寂しいリビングを見渡すと、ため息を吐きながらソファへと腰をかけた。これもまた、広々としていて逆に寂しい。

 この際だから広く使ってやろうと、ソファに寝そべりながらテーブルに置いてあった新聞を開く。そしてテレビ欄を手早く確認し、チャンネルを試合が中継される局へと合わせた。

 

『え~……どうやら織斑選手、まだ会場に姿を現していないようです』

『まずいですね。このままでは相手選手の不戦勝が告げられるのも時間の問題ですよ』

「…………えっ!?」

 

 ボーっとしながらテレビを眺めていると、実況と解説らしき人物が焦りを隠しきれていないような言葉を紡いだ。

 あまりのことに理解するのに時間がかかってしまったものの、それが何を意味するかを察したと同時にソファから飛び起きてしまう。

 そしてバタバタとテレビの前へと駆け寄ってみると、実況役らしきアナウンサーが再度フユ姉さんの不在を告げる。

 い、いったい何がどうなっているというんだ。あの、あのフユ姉さんが姿すら見せないなんて、よほどのことがあったに違いない。

 

「携帯……携帯は……!?」

 

 慌ててポケットから携帯を取り出してフユ姉さんへの連絡を試みてみるも、何度やっても繋がる気配すら感じられない。

 発信履歴がフユ姉さんという文字で埋め尽くされた頃、俺の胸中にはとある違和感が過った。それは単純明快。フユ姉さんが姿を消したのに、なんでナツはなんの連絡も寄こさない?

 すると、一瞬にして違和感は不安へと変貌を遂げる。嫌な予感ほどよく当たるなんて言うが、ナツのほうも通話が繋がらない。

 いったいなにが起こっているのだろうか。こうなれば何か悪いことが起きているというのはまず間違いないはず。

 だとすればなんだ。ナツは、フユ姉さんは無事でいてくれるのだろうか。虚しくもフユ姉さんの不戦敗が宣言される最中、俺はもはやそんなことはどうでもいいとすら思えた。

 だが通話が繋がらない以上、俺にできることはないというのはまた事実。そうだ、落ち着け。きっとしばらくすれば向こうから何か連絡があるに違いない。

 そんな淡い希望を抱きながら、その日はすぐベッドへと潜り込んだ。しかし、そんな精神状態では眠ることなんてかなわない。結局は報せを待つかたちとなってしまった。

 

ピリリリリ…… ピリリリリ……

「っ……来た!」

 

 そしてあくる朝十時頃、俺の携帯のディスプレイにはフユ姉さんという表示が。これを待っていたと言わんばかりに布団を蹴散らせば、通話ボタンをタップ。

 必要以上に大きな声でもしもしと言ってしまったせいでお叱りを受けるが、俺はそれだけ心配したということなんです。

 けど向こうもそんなことはわかりつつ、酷く疲れたような声色だった。

 

『……すまない晴人、心配をかけた』

「いや、そんな、その、とにかく声が聴けて安心したよ。……何があったかは話せる?」

『無理だな。少なくとも電話では話せん。というより、私もどう説明していいのか……』

 

 マスコミ根性とか野次馬根性でそんな質問をしたつもりは毛頭ない。どちらかというなら、本当に心配だったから何があったのか知りたかった。

 しかし世の中には守秘義務というものがある。まだニュースを確認してはいないが、今頃世界中が大騒ぎしているところだろう。

 だがそんなニュースでも、なにがあったのかという真実は語られていないはず。フユ姉さんの棄権した理由とか、現在調査中とでも報じられているのではないだろうか。

 というより、今はそんなことよりも聞いておかなければならないことがある。それはもちろんだけど、ナツのこと他ならない。

 

「あ、あの、フユ姉さん。それで、ナツは? 無事なんですよね」

『……ああ、無事だ。無事だが、なんと言えばいいのだろうな……』

「フユ姉さん」

『すまない晴人、やはり電話では伝えきれないことが山ほどある。だがすぐ帰国することもできん。わかるな?』

「どのくらい滞在することになりそう?」

『さて。明日になるか一週間後になるか、それとも一年後か……。予定は未定というやつだ。とにかく、定期的にそちらへ連絡は寄越す。歯痒いだろうが、どうか耐えてくれ』

 

 フユ姉さんの口調はまるでこちらを諭すかのようだったが、その反面で自分にそう言い聞かせているような印象も受けた。

 正直な話、ナツやフユ姉さんに何が起こったかなんて一ミリも理解なんてできてやしない。納得のいかない部分だってある。

 それでも、やっぱり今のフユ姉さんにあれこれ追及するのは無理がある。基本的に剛毅な人だというのに、こんなしおらしくしているのは珍しいという言葉では片付けられない。

 だから俺には、はいという選択しか残されていなかった。俺が了解した旨の返事をすると、またしてもフユ姉さんはすまないと呟く。

 このことを俺の両親へ伝えておくよう頼むと、今度は返事をする間もなく一方的に通話を切られてしまう。……やはりそうとうお疲れのようだ。

 ナツのことも心配だが、フユ姉さんのことも気がかりだ。思ってみれば、気遣うような言葉をひとつも伝えていないじゃないか。

 ……帰って来たあかつきには、目いっぱい労わせてもらうことにしよう。とにかく、俺は忘れないうちにフユ姉さんからの言伝を実行しなくては。

 

「……もしもし、母さん。今さっきフユ姉さんから電話が――――」

 

 それからしばらく時間は流れ、既に二週間が経過しようとしていた。しかし、織斑姉弟が帰国するような気配は見られない。

 どういう理由かは見えないが、下手を打つなら一年先になるかと言っていた。その言葉が五年十年と先延ばしになっていく可能性も十分にあると思えばしんどいものだ。

 母さんや父さんは呑気なことにそのうち帰って来るなんて言っていたが、どうにも待っている間は胸騒ぎというものが収まることはなかった。

 そして更に数日後、三週間とちょっとが経過したある日のこと。俺の携帯にフユ姉さんからの着信があり、帰国の目途がたったとの報告が得られた。

 日本時間で言うところの明日朝には日向家へと到着するだろうとのこと。フユ姉さんがそう報せてくれるのを首を長くして待っていただけに、安心感もひとしおだ。

 

(あれ、朝って具体的には何時くらい?)

 

 通話を切ってから具体的なことを言われていないということに気づいたが、わざわざそれだけを聞くために折り返し電話をかけるのもなんだか気が引ける。

 まぁ構わないか。幸い明日は日曜日だし、早起きでもして身支度を終えたらちょうどよい時間になるだろう。

 そんなこんなで特に慌てることもなく翌日が訪れ、予測どおりの時間帯に来客を報せるインターホンが鳴り響いた。急いで玄関を開けると、そこに居たのは――――

 

「フユ姉さん、おかえり! 無事に帰って来てくれて本当に嬉しいよ」

「ああ晴人、ただいま。本当にお前にはいらん心配をかけさせた」

「いや、俺は全然、そんな。フユ姉さんのほうこそ、その、いろいろ大変だったよね。お疲れ様」

「……まぁな」

 

 フユ姉さんと顔を合わす機会はそもそも少ないが、長い日数を待った反動なのか随分と懐かしさを感じた。

 やはり出で立ちからして疲れているような様子が見受けられるが、それでもこうして姿を見られたのだから多くは語るまい。

 ただフユ姉さんにかけた労いは、もう少し言いようがあったように思われる。たどたどしくなってしまうくらいなら止めておいたらよかっただろうか。

 フユ姉さんもまったく気にしていないということはないのか、なんとも覇気のない返事を出させてしまう。

 これはよくない。本能的にそう感じ取った俺は、強引に話題を変える方針で固めた。

 

「あ、あの! その、ところでナツは?」

「一夏か……。 おい。気持ちはわかるが、そこに隠れていてはなにも始まらんぞ」

 

 先ほどから姿が見えないために一夏を話題に出したのだが、俺はなにか地雷を踏んでしまったのだろうか。

 そもそも雰囲気を悪くしてしまったせいで話題を変えようとしたのに、フユ姉さんはますます表情を陰らせてしまう。

 困惑しながら様子を見守っていると、フユ姉さんは首だけ振り向かせてウチの塀へと声をかけた。ということは、ナツが隠れている……?

 だとしたらそれはなぜ? 姿を見せられないということは、なにか酷い大怪我でもしてしまったのだろうか。

 フユ姉さんが決勝を棄権したという事実も加味し、俺の想像はどんどんネガティブな方へと舵を切ってしまう。

 嫌な予感に心臓を打ち鳴らしながら塀を見ていると、そこから姿を現したのはナツではなかった。それがなにを意味するのか、すぐさま理解することができない。

 

「え、いや、あの、フユ姉さん。その子は、その」

「わからんか?」

「わ、わからんかって言われても、そんな」

「…………」

 

 本当に意味がわからない。これならまだ俺のネガティブな想像のほうがまだ現実的だ。一夏どころか――――こんな美少女を見せられ、そのうえわからんかって……。

 件の美少女を注意深く観察してみると、彼女はなんだかとても不安そうな表情で俺のことを見つめていた。ま、前に会ったことがあったかな。流石にこんな可愛い子、一回見たら忘れないと思うんだけど。

 ふむ……。優しい目つきをしていて、どこか儚げな印象を受ける。ジャンル分けをするのなら可愛い美人といったところだろうか。

 黒髪ロングで、雰囲気はどことなくフユ姉さんやナツのような織斑の血統を思わせるな。……隠し妹? いやいや、別に隠すメリットもないし、問題はナツであって――――

 

「……わかんないか。そっか、そうだよね」

「えっ!? え、えっと、や、やっぱり前に会ったことがありましたっけ?!」

「前にどころか、毎日会ってるよ。ただいま、ハル」

「は……………………?」

 

 俺が黙っているのを誰だかわかっていないと判断したのか、少女はちょっぴり落胆するように空を仰いだ。

 その反応を見た俺は慌てて弁明を図ろうとするが、少女の放った意味深な台詞のせいで脳が処理不全を起こしてしまう。

 ちょっと待て、待ってくれ。毎日会っている? そしてこの子は、今確かに俺のことをハルと呼んだよね? おかしい。それは絶対におかしいことなんだ。

 一夏のことをナツと呼ぶのが俺だけのように、俺のことをハルと呼ぶのもナツだけ。そして彼女の言った帰宅を意味するただいま。更にはどこか織斑の血統を思わす容姿。これはつまり――――

 

「も、もしかして、だけど、キミは、その、ナ、ナツ、なのかな……?」

「ピンポーン! あはは、女の子になっちゃいました~……みたいな~……ね?」

 

 俺が恐る恐る問いかけてみると、当たってほしくもない予測がどうやら大正解らしい。……なんていうことだろうか。

 は、ははは、そ、そういうことね。そりゃそうだ、こんなの電話で説明できるはずもない。女体化なんていう非現実的なこと、電話越しに信じれた自信は皆無だ。

 ナツは俺への精一杯の気遣いのつもりか、非常におどけた様子で自身の状況を簡単に説明してくれた。しかし、それで平気でいられるほど俺は強くない。

 俺にできることと言えば、無様にも口をパクパクと閉じたり開いたりすること。そして、盛大に尻もちをつくくらいだった。

 

 

 

 

 




とりあえず一夏が一夏ちゃんになるところまで。
もろもろの原因は2話のほうで触れます。
ちなみに主人公は絵描きですが、私は絵心ないマンなので絵に自信ニキはどんどんアドバイスください。
以下、主人公のプロフィール等の蛇足なので気になる方だけチェックして、どうぞ。

名前 日向(ひむかい) 晴人(はると)
身長 169cm
体重 62kg
誕生日 5月31日(ふたご座)
血液型 A型
好きな物 オムライス 絶景
嫌いな物 ナマコ 暗闇
趣味 絵を描くこと 景色を眺める

この作品においては一夏のファースト幼馴染にあたり、4歳あたりからの付き合い。
基本的にあらゆることに対して遠慮しがちなネガティヴ気質であり、そこを一夏に咎められることもしばしば。一夏曰く、やる時はやる男。
画家であった祖父の影響により自身も絵を描く。得意なのは色鉛筆画で、これも祖父の影響によるもの。
見た目は普通。とにかく普通。あまりにも普通が過ぎるせいでMr.平均値(アベレージ)等のあだ名がまことしやかに囁かれている。






ハルナツメモ その1【日向家】
4歳の頃に越してきた織斑家のお向かいさん。織斑家の現状を知った晴人の両親が保護者代わりとなり、ほとんど家族のような存在。
ゆえに晴人と一夏は幼い頃から半同居状態であり、日向家には一夏の部屋が当然の権利のように確保されている。
同じく織斑家にも晴人の部屋が用意されているが、一夏が日向家で過ごすことがほとんどなためあまり機能はしていない。


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第2話 目をそらさないで

この作品ですが、原作における学園祭編あたりまでを予定にしようかと。
IS学園に行くのはまだまだ時間がかかりそうです。
その間までにやっておくべきイベントのみこなしていくことになります。


「ゆ、誘拐事件? その時に怪しい薬を打たれた? 目が覚めたら女の子に?」

「うん。覚えてる範囲だと大体そんな感じかな」

 

 あれからとりあえず気を持ち直した俺は、日向家のリビングに織斑姉弟? 姉妹? ……とにかく、二人を招き入れてことのあらましを聞かせてもらった。

 まずフユ姉さんが決勝戦に現れなかった理由だが、なんでもナツが誘拐されたとのことで捜索のほうへ加わっていたそうだ。

 どうやら誘拐事件そのものが、高確率でフユ姉さんを棄権させる目的であったとかなんとか。ナツはそれに利用されたと……。

 そして連れ去られたナツはというと、注射器でなんらかの薬物を投与されたところまでは覚えているらしい。

 目が覚めたときには既に女の子の姿になっていて、当初はすさまじく混乱したとのこと。もちろん、フユ姉さんもだ。

 

「ドイツ軍の協力を得て発見した場所に向かってみればこれだ。当然私も疑いをかけたが、不思議なことに私たちしか知りえんことを知っているときた」

「た、例えばどんな?」

「うーんと、昔節分のときにハルが号泣したとか」

 

 フユ姉さんの言葉は真理というか、ぶっちゃけ俺もまだナツが女の子になったなんて信じ切れてはいない。だが、本物かどうか判断するのに俺も一役買っているらしい。

 忘れもしない、俺たちが五歳の頃の二月三日のことだ。本当は楽しい豆まきになるはずだったんだけどなぁ。

 何が起きたのかというと、本来鬼役をやる予定だった父さんが仕事の都合で帰れなくなってしまった。そこで代役を買って出たのがフユ姉さん。今思えば明らかな人選ミスである。

 フユ姉さんは父さんが帰って来ないと聞いた俺たちが、これ以上ガッカリしないよう張り切ってくれたのだろう。だが悲しいかな、人とは得てして空回りしてしまうものだ。

 気合が入っていたのかなんなのか、フユ姉さんはそれはもう鬼を上手く演じてくれたよ。俺の中で軽くトラウマなので詳細は省かせていただく。

 結果、俺は豆まきどころじゃなくなってしまい大号泣。なんでも俺を慰めるのに苦労したとか母さん言ってたな。

 ……なんて、一連の流れをナツは説明したらしい。なるほど、確かに俺たちしか知りえないことだろう。誰かに話した覚えもないし。

 

「でも、いったいなんの目的でナツを……」

 

 そもそもの疑問ではあるが、どうしてナツに女体化薬なんかを投与したのだろう。人質に薬物なんて、効果がわかっていなければ打たないはず。

 新薬のテストという線も考えられるが、もし仮にそれが原因でナツを殺めてしまっては元も子もない。……もっともフユ姉さんが棄権した時点で、ナツに人質としての価値は薄いが……。

 そして、俺の素朴な疑問に対してフユ姉さんはひとこと。

 

「そこは察しろ思春期男子」

 

 察しろ。思春期。とは、つまりそういうことなのだろうか。俺の悪友二人がいつも話しているような、エロ同人展開とかそういうやつ。

 ……そんなことのために? 口に出すのもはばかれるような行いをするためだけに、そんな目的のためにナツをこの姿に変えてしまったと?

 もし本当にそうなのだとすれば、ふざけるなという言葉しか出てこない。自分でもあまり怒らないほうだと思うが、俺は胸の内に確かな憤りが渦巻くのを感じた。

 

「ハル、私は大丈夫。だから怒らないで?」

「……うん」

 

 俺の静かな怒りでも感じ取ったのか、ナツはこちらの様子を伺うように窘めるような言葉を投げかけてきた。

 そうだ、落ち着け。ナツやフユ姉さんの口ぶりからして、特に酷いことをされたというわけではないのだろうから。

 それに今俺が怒ったところで、ナツにとってはなんの慰めにもならない。俺が怒ったところで、ナツが男に戻るようなこともないのだから。

 ……男? 元に? ……そうだ、肝心なことを聞き忘れているじゃないか。

 

「ところで、その、ナツの身体は元に戻るんですか?」

「残念だが不可能だ。今のところはな」

「ドイツでいろいろ検査してみたんだけどねー」

 

 ナツの口調や仕草が女の子っぽいのは気になるが、精神まで染まり切ってしまっているということはないはず。

 ならば肝心なのはナツが元の身体、男の身体に戻れるかどうかということに焦点を向けなければならない。

 自分でも望み薄な発言だという自覚はあったが、どうやら今のところ目途はたたないようだ。……当たり前か、そうだよな……。

 なんでも、ナツの身体は男性だった形跡がまるで残っていないらしい。そう、まるで初めから女の子だったかのように。

 しばらくは身体と精神のギャップに混乱が生じて大変だったそうな。ドイツに長期間滞在していたのは、検査と慣らしを兼ねていたのだろう。

 

「…………」

「ハル?」

「あ、いや、ごめん。大変なのはナツのほうなのに、俺、なんて言ったらいいのか」

「だから大丈夫だよ。私、ハルがそんな顔してるほうがよっぽど辛いな」

 

 元には戻れないと聞かされたとき、ナツはいったいどれほどの絶望感を味わったろう。そんなもの、想像しただけで言葉が出なかった。

 辛いのは自分あろうに、あくまでナツは気丈な態度を貫きとおすつもりのようだ。それでも、ナツの浮かべる笑顔は悲痛な気がしてならない。

 いや、それでもシャキっとしろよ。なによりナツは俺が気に病むことを望んでいないんだ。それならば、俺はひたすら普段どおりでなければ。

 

「さて、これからもしばらくは大変だぞ。晴人、お前の手を借りることもあるだろう」

「うん、俺にできることがあるならなんだってするさ」

「そうか、それは頼もしい限りだ」

 

 まず第一に俺に報告しに来たとするのなら、フユ姉さんの言うとおり――――いや、むしろこれからが本番といったところだろう。

 ナツのことは役場や学校にも報告しなければならないだろうし、服やもろもろの物品も女性用のものを揃えなければならない。

 俺の力なんて微々たるものだろうけど、それでも必要としてくれるのなら全力でそれに応えよう。……いつもナツがそうしてくれたように。

 

「晴人、おじさんとおばさんは仕事か?」

「ああ、はい。今日もそうみたいですね」

「よし、私は直に報告をしてくる。お前たちは……。……積もる話もあるだろう」

「「…………」」

 

 フユ姉さんの言うおじさん、おばさんとは俺にとっての父と母のことである。織斑家のとある理由から親交が深いため、報告しておくべきと考えたんだろう。

 だが生憎なことに、二人が帰ってくるような日も頑張って働いてくれているそうだ。特に家計が苦しいということもないんだけど、まぁどちらにせよ有難いとしかいいようがない。

 本来ならばナツも同行する必要があるんだろうけど、フユ姉さんの口ぶりは明らかに一人で向かうつもりというのがわかる。

 その理由は、俺とナツに対話の時間を設けるつもりらしい。少なくとも俺はナツに聞きたいことはいくつかある。ナツが俺に言いたいことがあるかは……どうかな、よくわからない。

 だが重ねて来た時間が長いゆえ、確かにフユ姉さん込では話し辛いことがあるのも確かだった。俺たち二人はなにも答えないが、フユ姉さんは沈黙を肯定と見たらしい。

 それではなという簡潔な台詞を残し、フユ姉さんはせっせと日向家を出て行った。

 

「「…………」」

 

 残された俺たちはと言うと、どちらも話を切り出せないでいた。静寂の中で時計の針が動く音のみが響き、俺たちの静けさをより強調するかのようだ。

 この気まずい無言が堪らなくなった俺は、盗み見るようにしてナツの様子を伺う。なんというか、服装がしっかり女の子してて余計に声がかけ辛いんだよな……。

 トップスは白のニットチュニック、フワフワモコモコな質感がなんとも温かそうだ。ボトムもカラーリングは同じく白のレーススカート。丈はマキシと呼ばれる長いものだが、レースな為に一部が透けていて綺麗なおみ足が――――

 

「えーっと、ハル。そんなに見られると少し恥ずかしいかなって」

「わああああっ!? ご、ご、ご、ごめん! その、そんなつもりじゃなくて、あの……」

 

 いつの間にか注視してしまたのか、それとも盗み見ていたのがバレたのかはわからない。しかし、ナツは少し頬を赤らめながらそう指摘してきた。

 ナツの口調に毒や刺は感じられないが、俺は思わず両手を拝むように合わせて謝り倒してしまう。礼儀を失していた自覚はあるからなおさらだ。

 これがナツだからよかったものの、とかそういう問題ではない。しかし、本当に気にしていないという有り難いお言葉をいただいてとりあえず決着はついた。

 けどこのままではまずい。ナツが普通に可愛くて困る。黙っていてはまた似たようなことが起きてしまうだろう。

 それなら多少気まずかろうが、なにか話題を振ったほうが楽かも知れない。その、俺も、ナツも。ならばここは意を決して……。

 

「あ、あのさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのさ! 嫌な思いとかさせちゃうかも知れないけど、その、質問とかしても大丈夫、かな?」

 

 俺たちを包んでいた気まずい空気を吹き飛ばすかのように、ハルが唐突にそう切り出した。たどたどしい口調は相変わらずどころか、俺が女の子の姿をしているせいかいつもより詰まる部分が多い。

 ハルは昔からそういうやつだ。最大限に他人を傷つけないように配慮し、あれこれ考え過ぎているせいでこうなってしまう。

 もちろんだけど、俺はそれを鬱陶しいだとか言うつもりはない。誰がなんと言おうと、間違いなくそれがハルの良いところでもあると思うから。

 ハルは多分だけど優し過ぎる。仮に今の質問に対して俺が拒否反応を示したのなら、間違いなくハルはすぐさま質問を取り下げるだろう。

 こんなことになってるんだ、質問がないほうがおかしい。特に俺とハルの間柄を考慮するのなら、そのくらい気にすることでもないだろうに。

 けどそれを指摘すれば、ハルはまたごめんだとか申し訳ないだとか言い始めてしまう。ハルになるべくそういうことを口にしてほしくない俺は、すぐさま肯定の意志を示した。

 

「うん、なんでも聞いてよ」

「そ、それじゃあ、えっと、なんで女の子口調?」

「ああ、それ? ドイツにいる間に千冬姉がさ――――」

 

 どうやらハルは俺が妙に女の子しているのが気になったらしい。願うのなら俺だっていつもどおりでいたいが、叶わないものだった。

 ご覧のとおりに内心ではこうして男を捨ててはいないが、これから先に肉体が元通りになる可能性は低い。

 それを考慮するならば、女として生きる道も考えておいた方がいい。そう千冬姉に説得された結果、一応は女の子らしくしているということ。

 ドイツに居る間は検査もそうだが、徹底的に女性としてのあれこれを叩きこまれていた。あれは地獄の他表現しようもない。

 考えてもみてくれ。こうして精神的には男だっていうのに、下着の選び方だとか生理のことについて教えられるんだぞ。かなりしんどかった。

 まぁ、俺自身も今後のことを考えるのなら必要なことだとは思う。けどなんか、ムズムズするんだよなぁ。この感覚はなんなのか。

 

「――――ってこと。おかげで帰国が遅くなっちゃって」

「そ、そっか、それは大変だったね」

 

 俺が溜息を吐きながらテーブルに上半身を預けていると、ハルは心底からこちらを気遣うような顔色を覗かせた。

 ……多分だけど、自分が変わってあげられたらなんて見当違いなことを考えているんだろうなぁ。あの日、俺が行くと言っていれば……とかも。

 元に戻りたいとも思う。なんでこんなことになったとも思った。けど、俺はこれでよかったんだとも思っている。もし仮に、ハルがこうなる可能性があったのならなおさら。

 ハルは基本的に俺に対して何もしてやれないと思っているんだろうけど、それはまったくもって違う。むしろ、ハルは十分過ぎるくらいに俺を支えてくれている。

 見当違いとは言ったけど、そうやって思ってくれることそのものは嬉しいしな。ハルの優しさはとてもわかり辛いものだとは思う。けどそれは、ジワリと時間をかけて心の内に溶け込んでくるんだ。

 だけど、先ほどから一つだけいつもどおりではないことがある。俺はなぜかそれがとても気に入らなかった。

 

「ねぇ、私も聞いていいかな」

「も、もちろん。なんでも聞いてよ」

「なんで目を合わせてくれないの?」

「…………」

 

 俺がそう問いかけると、ハルはなんでばれたみたいな顔をしながら黙りこくる。わかるに決まっているだろうに。俺とお前がどれだけの時間を重ねたと思っている。

 それにプラスして、身体が女になってから妙に視線が気になるようになったのもある。特に男からの視線はわかりやすい。こうも露骨なのかと笑ってしまいそうになるくらい。

 けどハルが目線を合わせてくれないのはとても気に入らない。その理由は俺もよくわからないが、そう思っていることは確かだ。

 ハルが女性を苦手とすることなんて知っている。けど、俺が女になったからって目を逸らす必要はないじゃないか。ハル、そこのとこどうなんだ?

 

「そ、それは……」

「それは?」

「それは、その、その……。ちょっ、直視できない。えっと、可愛くて直視できないんだよ」

「…………」

 

 今度は俺が黙る番だった。今きっと、とても間抜けな顔をしているんだろう。まさかそんな理由で目を合わせてもらえないなんて考えもしなかった。

 ハルとはあまり女子に関しての話はしなかった。俺もそこまで興味があるわけじゃないし。つまり、長年一緒に居てもハルの好みを俺は知らない。

 ……そうかそうか、ハルから見たら俺は可愛いのか。目を合わせられないのは元来の性格からだろうが、それを含めても目も合わせられないくらいに可愛いと……。

 

「…………プッ」

「わ、笑わなくてもいいだろ!」

「ご、ごめっ……! でもまさかそんな、フフっ、アハハハハ!」

 

 無理だった。笑ってはいけないと思ったんだが、堪えることはできなかった。だってそんな、純情にもほどがある。

 馬鹿にするつもりはないんだけど、やはり笑われては気に入らないらしい。ハルは顔を真っ赤にしながら勢いよく立ち上がった。

 ハルがここまでムキになるのは珍しい。ということは、それだけ恥ずかしかったということの裏返し。そう思うとますます可笑しくて仕方ない。

 大笑いする俺を見たハルは諦めでも覚えたのか、相変わらず恥ずかしそうにしながら椅子に座り直す。

 その間俺は、流石に失礼に思えて来たので必死になって調子を戻すことに専念した。

 いやしかし、こんなに笑ったのはこの姿になってから初めてかもしれない。やはりハルが近くに居ると、根本的に気分が違うものだ。

 

「はぁ、はぁ~……。ごめんごめん、ちょっと笑い過ぎちゃったよね」

「別にいいよ、笑われるようなことを言った自覚はあるから」

「拗ねない拗ねない」

「拗ねてない」

 

 涙が出るほどの爆笑だっただけに、俺は目元を拭いながらハルへと謝罪した。でもやはり悪ふざけも過ぎたようだ。

 声色や表情はいつもと変わらないけど、今のハルは確実に拗ねている。理由を聞かれればなんとなくとしか答えようはないが、俺や千冬姉あたりだけがわかる微妙な変化とだけ言っておく。

 ハルは妙に頑固な部分があり、一度こうなってしまってはなかなか機嫌を直してはくれない。まぁ、本当に稀なことだから面倒とは思わないけど。

 っていうか、やっぱり目を合わせてはくれないじゃないか。それこそ慣れてもらわないと面倒だよな。さて、なにか良い手はないだろうか。

 

「あ、そうだ」

「そうだって、いったい何――――いいいいっ!? ナ、ナツ!?」

「この至近距離なら慣れるのも早いかなって」

「かなってじゃなくて……! ちょっ、ち、近い! 近いって!」

 

 我ながら良い案を思いついた俺は、腕を伸ばしてハルの顔を両手で包んだ。そして真っ直ぐこちらを向かせて顔をロック。すかさず俺は顔を近づけた。

 後はハルの瞳に映る俺を覗き込むようなつもりで、ひたすら視線をその双眸へと注いだ。すると、ハルは近いだの喚き出すではないか。

 近いもなにも、近づいてるんだからそりゃ近いに決まってる。ハルにとって荒療治なのは承知の上だが、いつまでも目をそらされ続けるのはあまり気分がいいものじゃない。

 

「…………!」

「ダメだよ。目、そらさないで……」

「っ~~~~!?」

 

 この至近距離でも往生際の悪い。ハルの目をジッと見つめていると、しばらく視線が泳いだ後に右のほうを見ながら止まった。

 そんなことでは延々と続いてしまうぞ。という意味を込めた台詞を放つと、ハルの目線はなぜだか更に泳ぎ始めてしまう。

 それでも根気よく見つめ続けていると、観念したのかようやく視線がかち合ったのを感じた。よしよし、これならもう大丈夫そうだな。

 

「はい、よくできました」

「あ、あのさナツ。そういうの、迂闊に他の男子にしないようにね」

「うん? しないよ、するわけないじゃん。ハルは特別だし」

「だからそういう発言は勘違いを招く……。はぁ、いいや、なんでもない……」

 

 合格ラインに達したと判断して手を離してみると、なんだかハルは疲れ果てたようにテーブルへ突っ伏した。

 そしてその状態なままおかしな忠告をしてくるが、それはまたしても見当違いというやつでしかない。あんなのハル以外にする理由がない。

 仮に目を合わせてくれなくったって、別にハルではないからどうとも思いはしないだろう。それに、誰それ構わずやるほど無礼なやつじゃないぞ。

 そう、いろんな意味でハルだからこそとった行動だ。だから思ったことをそのまま伝えると、ハルは起き上がってどうにも頭が痛そうに額に手をやった。

 気にはなるけれど、まぁ、本人がなんでもないって言ってるんだし追及は止めておくことにしようかな。藪蛇ってこともある。

 

「それよりハル、お腹空かない?」

「空くけど、帰っていきなり作ってくれなくても大丈夫だって」

「私が居ない間とか、ろくなもの食べてないでしょ。ハルの世話を任せられてる身として、そういうわけにはいきません」

 

 チラリと時計を見ると、そろそろ十二時に迫ろうとしていた。話をするなら後でもできるし、とりあえず昼ご飯の準備をしよう。

 そう思って立ち上がると、台所まで向かおうとする俺を阻むようにハルが立ちふさがった。俺を気遣ってくれるのは嬉しいけど、それとこれとは話が別。

 ハルはすぐコンビニ弁当とかカップラーメンで済まそうとするから油断ならない。絵のことに集中してるときなんか、食べなかったりもするから酷いものだ。

 確かに最近は加工技術が向上して美味しいのは認めるが、長いこと台所へ立った身としては手料理に勝るものはないと思う。

 それに言ったとおり、ハルの食事事情を管理するようおばさんに頼まれているんだ。ならば三週間弱世話を出来なかった遅れを取り戻すべく、腕によりをかけなくては。

 多少強引にハルを押しのけ、冷蔵庫を開いてみると――――

 

「…………ハル、何これ」

「……冷蔵庫の中…………」

「そういうトンチはいらないから。で、なんで中身がほぼ空っぽ?」

「い、いや、ナツが居ないと買い物する意味もないかなって」

 

 中には何も、調味料が保存されているくらいで他は本当に何もない。食材はおろか、ミネラルウォーターすら姿がないではないか。

 ほほぉ、いい度胸だ。いずれ俺が帰って来るのはわかっているのにこの体たらくとは。もう少しはちゃんとしていると思ったが、願望の域を出なかったらしい。

 ハル曰く、おばさんが何回かは帰って来たとか。そして冷蔵庫の中を使い果たした後は、もったいないからということで一食分のみ購入して帰宅するようになったとか。

 まぁ、それならなんとなく納得はいく。けど水すらないのは流石に看過できない。いったいどんな生活を送っていたと言うんだ。

 

「……面倒だった?」

「……面倒でした」

「そうだよね、絵のこと以外に執着ないもんね。はぁ……」

 

 聞くだけ無駄というか、水はどうしたと聞いたのなら、ハルは確実に水道水で問題ないと返してくるはず。

 そりゃハルの食の好みくらいは把握してるけど、ないならないで大丈夫っていうスタンスなやつだっていうのをすっかり忘れていた。

 普段はうるさく言ってるし、俺がいない隙にやれジャンクフードを食べてやろうとか思わないんだろうか。……思わないんだよなぁ、ハルは。

 

「ハル、買い物行こうか。手伝ってくれるよね?」

「も、もちろん! 荷物とか全部俺が持つからさ!」

「うん、ありがと。でも無理のない範囲で大丈夫だよ。じゃ、行こう。何か食べたいものとかある?」

「いや、特には。ナツは和食が恋しいんじゃない?」

「ん、そう言われてみれば……。じゃあ、和食中心の献立にしようかな」

 

 気を取り直して食材を買うところから始めようと提案すれば、ハルはこれ以上俺を怒らすまいと思っているのか随分と張り切っていた。

 ハルは決して貧弱ということはないけど、これから向かう買い出しは数日分をカバーするための量を買わなければならない。

 よほどの大男でもなければ全部持つというのは不可能に近く、それとなく無理はしないように伝えておいた。

 そして定位置に置いてある買い出し用エコバックを手に取りながら、本当に一応のつもりでハルにリクエストがないか聞いてみた。

 どうせ特にないと返されるのがオチだろうと思っていたが、代案ではあるものの手ごたえのある回答が帰って来るではないか。

 確かにドイツに居る間は白米が恋しかった。ホテルに滞在中は日本食も口にする機会はあったけど、どうにもコレジャナイ感が拭えない品々ばかり。

 ならば自分で作ってしまえばいい話か。大げさかも知れないが、自分に料理の才能があって本当によかったと思う瞬間である。

 そうと決まれば話は早い。後はスーパーに向かってみて、安い食材とか新鮮な食材を吟味してから決めることにしよう。

 身支度を終えた俺たち二人は、食材を求めて近所のスーパーへと歩を進めた。

 

 

 

 

 




それもこれも亡国機業のせいにしていくスタイル。
せいと言うか、おかげとも取れるような気もしますが。

一夏ちゃんの内心ですが、しばらくは男口調でよろしくどうぞ。
内心まで女の子に染まる瞬間がTS作品の醍醐味ですよね(熱弁)





ハルナツメモ その2【食事事情】
一夏は原作よろしく家事全般をそつなくこなし、なにかとつけてルーズになりやすい晴人の世話を焼いている。
特に不摂生についてはうるさく、あまり食に対して執着のない晴人は再三にわたり注意を受け続けてきた。
そのかいあってか、一夏が作るぶんには喜んで食事をするように。しかし、ひとたび目を離せば今話のような事態に。
要するに、晴人にとって一夏の手料理以外はわりとどうでもいいのだ。


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第3話 ゆるふわマザー

【悲報】第3話にしていちかわ要素薄め

タイトルからお察しのとおり、主人公の母親紹介のようなものです。
のっぴきならない理由にて、両親は早めに一度登場させる必要があるんですよね……。
その理由はIS学園入学直前には明らかになるかと。


「う~ん……」

「どうしたの? 悩んでるふうだけど」

「あのさハル、曇ってどう描けばいいのかな。なんだか少し幼稚になっちゃうというか」

 

 ナツが女の子の姿となって帰国してから一週間弱くらいが経過しただろうか。近頃はやるべきことも落ち着き、俺もそろそろナツに慣れてきたところだ。

 で、とある休日の河川敷にて、俺とナツは揃ってスケッチに出かけていた。昔は稀だったのだが、ナツが女の子になってからたいてい着いて来るように。

 理由を聞けば気分転換になると言っていたが、どうあれ絵画に興味を持ってくれるのならそれは嬉しいことだ。

 俺が調子よく筆を走らせている隣で唸り声が聞こえたかと思えば、どうやら雲の書き方に関して悩んでいたらしい。

 確かに雲は難しいものだ。というか、雲に限らず色が白な物体は総じて書き辛い。鉛筆でのデッサンともなればなおのことだろう。

 

「ちょっと貸してみて」

「あ、はい」

「なんていうか、紙の白を活かすようにすればいいんだよ。こんなふうに――――」

 

 まず雲の輪郭を大まかに描き、だいたいの空のあたりをつける。この時点では あまり細かいことを考えず雲の位置やバランスに気をつけたほうがいいかも。それと、実際の大きさよりもやや小さめに輪郭を描いて……。

 次に大体の影を描くわけだけど、雲といっても自分に近い場所ほど濃い影ができ、人によって見え方は異なる。だから立体のデッサンのつもりで少し大胆に。

 後は空の青さをどれぐらいにもっていくか。まぁ青と言っても鉛筆だから、この場合はどれぐらい黒くするか考えながら徐々に濃くしていく。

 ある程度空と影が描きこめたら、雲の輪郭を練りゴムで抜いていく。要するに、書いた輪郭を練りゴムで消していくということだ。

 この時に描いた影を消してしまわないようにするのが大変というか、あまり雑にやるとこの工程で台無しになっちゃうんだよね……。

 どちらにせよ最後の仕上げで修正はするけれど。空の濃さと影のバランスに注意しながら整えていけば完成……っと。

 その全行程を丁寧かつゆっくり、実践しながら順を追ってナツに説明を施した。なんだかいちいち感心するような声を上げられて少しむず痒い。

 

「えっと、こんな感じでどうかな」

「わぁ、すごいなぁ……。まるで今にも飛んで行っちゃいそうな雲だね」

「そ、それは大げさだよ。でも、まぁ、ありがとう」

 

 デッサンは絵画の基本中の基本でありつつ、様々なジャンルへ通ずる部分がある。とりわけ、鉛筆の類を使用するならそれなりに上手なほうのはず。

 俺の専門というか、得意とするのは色鉛筆画だ。今は亡き爺ちゃんが界隈ではそれなりに名のある色鉛筆画家だったため、憧れを抱いたのが全ての始まりだ。

 爺ちゃんから直接テクニックを伝授されたり、爺ちゃんの業みたいなのを見て盗んだり……。ナツのリアクションを見るに、どうやらキチンと通じているみたいだ。

 

「…………」

「えっと、俺の顔に何か着いてる?」

「ううん、そうじゃなくて。絵を描いてるハル、なんかいいなぁって」

「な、なんかいい?」

「うん、なんか。なんか、いつもと少し違って見える」

 

 照れながら感謝を述べていると、ナツがやけにニコニコとした視線をこちらに向けているのに気付いた。

 なにも本気で顔に何か着いているものだとは思っていないけど、こう問いかければなにかしら反応があるのは確実だ。

 ナツは思ったとおりに破顔していた理由を聞かせてくれたけど、聞いたところで実りのある内容には思えなかった。

 曰く、なんかいいらしい。つまりはナツも言葉では表現し切れないながら、絵を描いている俺は雰囲気が違うよう感じるみたいだ。

 そもそも絵を描いているのを近くで見られることは少ない。でも見られていたとして、同じようなことを言われた覚えもなかった。ふ~む、いつもと違う……か。

 

「う~ん……」

「もう、ハルはまたそうやって難しく考える。褒めてるんだから素直に受け取ってよ」

「ん? ああ、うん、それもそうだ。ありがとう、ナツ」

 

 具体的にどう違うのかが気になった俺は、頬を手でマッサージするように触りながら頭を悩ませてしまう。

 さっきまでご機嫌な様子だったナツだが、俺の唸り声を聞いた途端にジトッとした視線をこちらへ送り始めた。

 どうやらいつものネガティブ思考だと思われたようだ。誓って後ろ暗い発想をしていないが、ナツはいつだって俺を心配してそう言ってくれているんだ。

 そう思うと自然に出てきたのか感謝の気持ちであり、俺がありがとうと伝えれば、ナツはとても力強く首を頷かせた。

 そんなやりとりを最後に、互いに止まっていた手が動き始める。河川敷で遊ぶ子供たちの喧騒をよそに、集中して絵を描くことしばらく。

 

「……へくち…………!」

「えっと、寒い? よかったら上着とか――――いや、今日はもう帰ろうか」

「だ、大丈夫だよこのくらい。無理言ってハルについて来たのは私なんだし」

 

 すぐ隣で可愛らしいクシャミが聞こえたかと思い目を向ければ、ナツが少し身震いしているのが目に映った。

 あ~……これは、配慮が足りないなんてもんじゃなかったかもな。今は真冬と表現していい季節だろうに。

 俺の場合はとうの昔に慣れたというか、暑いだの寒いだの言っていたらスケッチなんてできやしないもの。

 要は我慢ってことなんだけど、それを他人に強いる権利なんて俺にはない。なら早々に切り上げるのが吉といったところだろう。

 ナツは俺の提案を呑むのは申し訳ないとでも思っているのか、小さなガッツポーズと共に続行の意志を示した。

 それは嬉しいことだが、やはり無理はさせられない。男子と女子では体感温度も異なるだろうし、風邪でもひかれたらそれこそ大事だ。

 

「ほら、早く帰ってご飯にしようよ」

「……うん。じゃあ、何か温かいスープでも作るね」

「そっか、それは楽しみだな」

 

 ナツは渋るような素振りだったが、俺が画材一式をリュックサックに詰め込むと観念したようだ。それこそ絵も描かないのにとどまってる意味なんかないし。

 ズボンについた砂や草を払っていると、ナツは代わりといってはなんだけど、というようなニュアンスでそう提案してきた。

 基本的にナツの作る料理は絶品であることが大前提だが、スープもまたレパートリーが多いので本当に楽しみだ。

 コンソメ……は時間がかかるからないかな。ならばクリームスープやトマトスープが妥当といったところだろうか。

 だとすると晩ご飯はその余りをリメイクしたパスタあたりが出てくるのだろう。それはそれで楽しみでしかない。

 

(あれ、なんだか餌付けされてるような……?)

「どうしたの?」

「い、いや、なんでも。ただ、本当に楽しみだなって」

「フフッ、それなら腕によりをかけないと!」

 

 ハイスペック家事能力を有する幼馴染が居てくれるのは大変に素晴らしい。が、なんだかすっかり食道楽にされているような気がした。

 いや、本当にそれくらい美味しいんだよ。上達してからは三食手を抜く素振りすら見せないし。むしろ手抜きで悪いなんて出て来た料理も、どのあたりが手抜きか小一時間ほど問い詰めたい気分だった。

 ……ナツが女の子の姿をしているせいだろうが、いわゆる胃袋を掴まれたような感じがして調子が狂う。昔はこんなことを考えもしなかったんだが。

 まぁ、本当に惚れないようには注意しておかないとな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様でした」

 

 ナツ手作りのカボチャスープを完食した俺は、しっかりと両手を合わせてご馳走様と感謝の意を示した。ナツはそれを満足そうに受け取る。

 本当にちなみにだが、余ったぶんはグラタンにリメイクするんだとか。もはやパスタ類を思いつくのは凡人の発想だったらしい。

 それを抜きにしても、ナツの料理の腕が上がったような気がするな。むしろブランクがあるはずなんだけど、不思議な話だ。まぁいいや、食事が終わったら俺の出番なのだから。

 いくら俺もナツに全ての家事を任せているわけではなく、ある程度役割分担して日々を送っている。とは言っても、決して胸を張れるものではないが。

 料理や裁縫はナツ専門。俺はいくらやっても手に怪我が増えるばかりだった。よって、俺一人に課せられているのは食器洗いだ。

 掃除や洗濯に関しては二人で協力してやるし、だとするなら残されたのはそのくらいのものだったというか……。

 まぁうん、何もしないよりましだよな。ナツもこれに関しては手放しで俺に任せてくれてるし。何よりそれがやりがいに繋がっている。

 

「そういえばさ、おばさんもおじさんもそんなに忙しいの?」

「みたいだね。ああでも、つい昨日に電話があったよ。その時はかなり落ち着いてきたって言ってた」

 

 水道でバシャバシャと音を立てながら食器を洗っていると、テレビを見ながらくつろいでいたナツがそう切り出した。

 どうにもここまで忙しそうな両親を見るのは俺も初めてなくらいで、長いこと姿を見ないせいで心配になったのだろうか。

 いや、どちらかというのなら、早いところ姿を見せておきたい……かな。女の子になってからまだ一度も会ってないという話なんだろうから。

 まぁ、そんなに心配しなくてもそのうち帰って来るだろう。父さんはともかく、母さんは自由人を体現したような人だし。

 例えば今にも玄関の開く音がして、ただいま~なんて呑気な声が――――

 

「ただいま~!」

「わっ、噂をすればなんとやら」

(はぁ、俺の勘もなかなかあてになるもので)

 

 脳内で例え話をシミュレートしていただけだというのに、その想像と寸分違わぬ様子で母親の声が耳元に届いた。

 なんだか預言者にでもなったような気分を味わいつつ、食器洗いの手をいったん止めて溜息をこぼす。

 どうして母親と久しぶりに出会うのに、どうしてそんな憂鬱そうなのかって? それはウチの母親を見てもらえばすぐにわかる。

 

「晴人く~ん! 一夏く~ん! お母さん帰って来たわよ~!」

「はいはい、おかえり母さん」

 

 リビングの戸が勢いよく開かれたと思ったら、見た目は不自然なくらいに年若い女性が俺の腕の中目がけて飛びついてきた。

 はい、これが俺の母親――――日向(ひむかい) 恵令奈(えれな)その人である。日本人にしては茶色がかった長い髪と、少しばかり碧がかった目の色が特徴的である。

 本人曰くクォーターらしいのだが、真偽のほどはどうやら。だって母方の親戚に会ったことないし、実の母だというのに不詳の点が多すぎる。

 俺は年齢も知らなければ職業も知らない。何度聞いてもそれとなくはぐらかされてしまうんだ。別に怪しい職種に就いているということもなさそうだけど。

 

「二人とも、お母さん居なくて寂しかったわよね~」

「うんうん、寂しかった寂しかった」

 

 謎な点が多いにしても間違いなく俺の母親だ。いろいろと感謝している。それこそ忙しく働いてくれて、お金を稼いでくれて頭が上がらない。けどこれはいい加減どうにかしてほしい、切に

 母さんは簡単に言うのならいつまでも子離れしてくれなく、俺たちの扱いはいつまで経っても幼児に対するそれ。

 けど面と向かってそれを指摘すると泣き出してしまうわで、もはや俺には自発的に母さんが離れてくれることを待つしかできない。

 怪物レベルに見た目が若いのはその気質からなんだろうか。街を二人で歩くと姉弟ですかなんて聞かれたりするくらいだからなぁ。

 それでもって母さんはそれを否定しない。俺と腕を組みノリノリでそうで~すなんて言うのが常。わかるだろ、要するに痛い人なんだよ。実の母が痛い人なんです。

 

「それより、他になんか言うことがあるでしょ」

「おばさん、久しぶり」

「あらぁ? あらあらあら! 一夏くん、本当に女の子になってるじゃなーい! うーん、千冬ちゃんとはまた違ったタイプの美人さんね」

「殊の外驚かない!」

 

 俺が母さんの戯言を適当に流していると、視界の端にソワソワした様子のナツが映った。いけないいけない、俺よりも今はナツだろうに。

 泣かせないように配慮しながら母さんの意識をナツのほうへ向けると、なんともまぁ予想外のリアクションを見せる。いや、これが母さんクオリティだよな、そうだよな……。

 普通の人ならまずナツかどうかを疑うところをすぐさま受け入れるし、むしろ喜んでいるようにも見えるその反応はなんなのさ。思わずツッコミを入れてしまったじゃないか。

 あぁ、ナツが苦笑い浮かべててものすごく申し訳なく感じる。でもその気持ちは目くばせで伝わったようで、ナツは母さんに悟られないよう手をパタパタさせて大丈夫だと伝えて来た。

 

「それはそれとして、辛い思いもしたわよね。一夏ちゃん、なにか相談があったらすぐにするのよ? おばさん、全力でお手伝いしちゃうから!」

「はい。その時はぜひ」

 

 いろいろ滅茶苦茶な人ではありつつ、締めるべきところは締める人でもある。しっかり者、と表現するには遠いけれど、間違いなく頼りにはなるのが母さんだ。

 今のところは何もなさそうだが、ナツもそれはキチンと理解しているらしく母さんの言葉に素直な反応を示した。

 まぁ、暴走しないようにしっかり監視する必要はあるんだけども。ナツもナツで断り切れないところもあるようだし注意が必要そうだ。

 

「と・こ・ろ・で~。一夏ちゃん、少し二人でお話できないかしら?」

「へ? 私は別に構いませんけど――――」

 

 なんということだろう。監視しようと決意した瞬間に、二人きりにさせるシチュエーションを提案されてしまった。

 どうやら俺――――というか、男が居ると話し辛いんだろう。いや、ナツも精神的には男だって言ってたけどさ。

 けど、そうなると恐らくは性に関する話を取り扱うつもりなんだと思う。だったら俺もなるべく率先して聞く気にはならないな。

 いくらナツが精神的には男だろうと、肉体が女性である事実ばかりは変えようもない。男女間の差は埋めようがないのだ。

 そう考えるとなんだかナツが遠い存在のように感じられてしまうが、とにかく居ない方がいいのならとっとと退散しておくことにしよう。

 なら俺は部屋で絵でも描いているから。俺はそう言い残し、有無も言わさず階段を昇って自室へと逃げるように入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、話ってなんですか?」

「その前に念を押しておくけど、答えたくなかったら無理はしないでちょうだいね?」

 

 ハルが自室へと帰っていき一瞬の間を置いてから、俺はおばさんに対して捻りのない質問を投げかけた。しかし、どうやら前置きがあるらしい。

 おばさんはピッと人差し指を立ててそう告げ、その言葉に俺は頷くことで肯定してみせる。だいたい予想はしていたが、やはりそういう話だったか。

 別に余計なお世話だとは思わない。むしろ嬉しいくらいだ。俺にとってハルの両親は本当の親であり、この人たちに育てられたと言っても過言ではないのだから。

 心配されるということは、シンプルに喜ばしいことに違いない。

 

「一夏ちゃん、あなたの中身は今までどおりなのかしら?」

「そうですね、口調とかはこんなですけど」

 

 やはりそこは気になるか。だいたいハルに話したことと同じ説明をおばさんにすると、向こうはふむふむと真剣に聞き入っていた。

 ハルには話さなかったけど、単純に千冬姉が怖いっていうのもあるんだけどな。素のほうを出したらしこたま怒られたのが効いている。

 なにもそんなに怒らなくってもなぁ。だってつい最近まで男だったんだぞ。いや、それこそ中身ごと女になったつもりはないが。

 つまるところ俺はどっちなのだということになるが、そんなの俺が聞きたいくらいだ。ちゅうぶらりんとはまさにこのことだろう。

 

「じゃあ、それは苦痛?」

「初めは混乱したり戸惑ったりしましたけど、苦痛……ってことはないと思います」

 

 それこそ当初うっかり素が出て怒られていた時期は苦痛そのものだったが、今では中身と外身の使い分けに慣れてそう思わなくはなくなった。

 かといって女モノの服とかを着ていると、未だ女装をしている気分になってしまう。鏡に映る俺の姿は女の子そのものなのにな。

 ブラジャーなんか着けるのには戸惑うし、スカート穿いてたらスースーするわであまりいいことなしな気がする。そうそう、座るときとかも足閉じるのが地味にきつい。

 でもハルの可愛いだのといった誉め言葉は嫌じゃなんだなこれが。自分でも不思議なものである。ふ~む、わからん。

 

「……男の人、いつか好きになると思う?」

「それは、どう……ですかね」

 

 おばさんは俺が戻れないということで話を進めているのだろうが、それはまったく想像がつかない域まで達している。

 というか、酷いことされかけたせいで苦手意識が生まれているかも知れん。ハルと馬鹿二人は大丈夫っぽいのだが、他の連中はどうもな。

 前も言ったが、どうも視線が気になるようになっている。なんとうこかこう、邪なオーラ的なものを感じると表現すると伝わるだろうか。

 女になって初めて気づいたというか、男の頃の俺がそういったオーラを出していないことを祈るばかりである。

 けどなぁ、確かに真剣に考えるべきなんだろうなぁ。俺の身体、どうにも初めから女だったみたいなレベルらしいし。

 つまり俺の肉体は新しい命を宿すことができるということ。そうなると、おばさんの言うとおりいずれ……というのもアリなのかも。

 

「あのねぇ一夏ちゃん。もしよければなんだけど」

「はい」

「晴人くん、おすすめ物件よ?」

「ハル? ……ハル…………?」

 

 おばさんにそう言われ、思わず首を傾げてしまう俺が居た。いやいや、なにもハルはありえないという話ではない。

 ただ、俺にとってハルは身近過ぎる存在なためにそういったことを考えすらしなかった。表現的には弟が適当だと思っているし。

 そうか、ハルか。周囲からすれば最有力候補に挙がるんだろうな。確かに間違いではない。ハルのことを一番理解しているのは俺だし、俺のことを一番理解してくれてるのはハルだろうし。

 うん、ありえないどころか悪い話ではないと思える。いろいろと面倒なところもあるけど、それはハルの優しさの裏返しだしな。

 人のことを思いやれるやつで。人のために全力になれるやつで。人の喜びを己の喜びに変えられるやつ。俺はそんなハルをずっと隣で見てきたつもりだ。

 そんなハルが女性と恋仲に発展したのならば、間違いなく幸せであれるよう努力を惜しまないはず。きっとその誰かは、一途に愛され続けることだろう。

 

「もしハルが、私の中の俺を消したくなるようなことをしてくれた時は――――」

「ええ。その時は、どうか晴人くんをよろしくお願いします」

「と言っても、今もだいぶ世話を焼いてるんですけどね」

「あら本当だわ」

 

 今のところは弟分を脱却してはいない。けどこれからのことは誰にもわからないだろ? いつの日か、ハルに男を感じてしまう時がくるかも。

 あいつは普段はあんななのに、やる時は本当にやるからなぁ。いわゆるギャップ的なものにやられて案外アッサリいかれてしまったりして。

 あくまで可能性は無きにしも非ず、くらいに落ち着いているが、おばさんはずいぶんと畏まった所作でハルのことを託すようなことを言う。

 でもあれこれハルの世話を焼いているのは昔からだ。。そう冗談めかして言うと、おばさんもわざとらしく驚くような仕草で返してきた。

 なんだかそれが可笑しくて、私たちは二人同時にクスクスと小さな笑いをこぼす。ハルがこの場に居たのなら、居心地の悪そうな苦笑いを浮かべていただろう。

 

「あっ、今の話は晴人くんには内緒でお願いね」

「大丈夫ですよ、わかってます。ハル、あまりそういう話題は好きじゃないみたいですし」

 

 するとおばさんは声の音量を落としながら、人差し指を唇に当てて内密にと念を押してきた。だけど問題ない。そんなのは最初からわかっている。

 ハルとは対照的にあの馬鹿二人は浮ついた話を好むわけだが、会話の流れがそっち方面に向くと途端に居心地が悪そうになる。

 まったく、もう少しばかり貪欲になったって誰も文句は言わないぞ。もっと堂々としてれば普通にモテもしそうだと思うんだがな。

 って、やっぱりそれは近くでハルを見てきたからそう思うだけか? 確かにハルの良さはわかり辛いが、それなら逆に女子たちに見る目がないという可能性も出てくるぞ。

 ……まぁ、今のご時世じゃあハルの良さなんて見ようともしないやつがほとんどだろう。いずれハルの良さをわかってくれる子が現れてくれればいいが。

 とにかく、話というのはだいたいそのくらいらしい。だったらハルを呼び戻して、食器洗いの続きでもやってもらおう。

 それが終わり次第三人で出かけるという運びとなり、おばさんは鼻歌を鳴らしながらハルの手が完全に止まるのを待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 




オリキャラ勢は日向家のみで済ませたいところ。
というか済ませます。それゆえの職業不詳。
恵令奈のプロフィールは……需要がないと思うので載せないでおきます。


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第4話 メシウマ幼馴染のいる日常

幼馴染属性っていいよね(唐突)
どうにも昨今の幼馴染は負けヒロインみたいな風潮が不服でなりません。
なのでこの作品は二人が幼馴染であることをドンドン推していこうかと、ええ。



それはさておきお気に入り登録していただいた皆様、今更ながら謝辞のほどを。
誠にありがとうございます。単純にモチベーションに繋がるので本当に嬉しいです。
できれば感想や評価なんかもいただけたらもっと嬉しいです(クレクレ厨並感)



「ねぇねぇハル」

「ん、どうしたの?」

「クラス替え、どうなるかな」

「さぁ、こればっかりはなんとも。どういう基準で決めてるか全く想像つかないよね」

 

 厳しい寒さも終わりを告げ、新しい命が芽吹き始める頃。つまり春を迎えた俺たちは、中学三年生へと進級して初めての登校に胸を躍らせていた。

 ふとナツが訪ねて来たのはクラス替えについてであり、少し回答に困る質問ではあったが思ったことをそのまま述べておく。

 俺とナツは中一、中二と同じクラスだった。このまま三年目も同じなのならばなにも言うことはないのだけれど。

 まぁ、もし違ったとしても本当にこればかりはどうしようもないだろう。俺だってワガママ言わないとならないほどナツにベッタリしてるつもりはない。

 

「おっす、おはようさん」

「うん、おはよう弾。蘭ちゃんも」

「一夏さん、晴人さん、おはようございます」

「二人とも、おはよう!」

 

 通学路を歩くことしばらく、途中で俺たちに合流してくる影が二つほど。紅蓮と称することができるような真っ赤な髪色が目を引く兄妹――――五反田 弾に五反田 蘭ちゃん。

 弾は俺たちの悪友その1であり、いろいろと引き起こすトラブルに巻き込まれるのが常だ。もう一人の悪友含めて四馬鹿呼ばわりされるのが不服でしかない。これについてはナツも同感だと言っていた。

 まぁそれを抜き差ししても普通にいい奴であり、どこか江戸っ子気質も持ち合わせているために頼りになるような一面も。

 そんな一面だが、モテたいという思春期特有の願望丸出しであまり周知してはもらえないというね。残念なイケメンとはこのことか。

 

「あ~あ、私も皆と一緒の世代がよかったなぁ」

「なんだよ、その唐突な無いものねだりは」

「あ、むしろお兄と私の学年が逆なら最高かも」

「そうであって欲しかった」

「お~い晴人~? 聞こえてるからな~」

「痛い痛い! ご、ごめんって!」

 

 弾と一歳差の妹である蘭ちゃんは、一人だけ学年が違うのを残念に思っている節があるようだ。弾の友達、つまりは俺たちに囲まれる機会も多いからかな。

 弾と蘭ちゃんは仲良く喧嘩しな系統の兄妹に属する。妹の願望に対する兄の言葉としては辛辣に取れるが、蘭ちゃんも負けじと弾をスルーしながら話を進めていった。

 その際に蘭ちゃんが呟いた何気ない提案を肯定してしまい、弾にヘッドロックのような体勢で捕まってしまう。

 ギリギリと頭が圧迫されるような痛みに耐えながら謝罪、それに付け加えて弾の腕をタップしたら思ったよりアッサリ解放してくれた。

 でも痛いには痛い……。頭がクラクラするような気が……。

 

「ハル、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよこれくらい。いつものことじゃないか」

「それもそうだけど、心配なのは心配なんですっ」

「今日も熱いねぇ、お二人さん」

「だっ……!? ……から、俺たちをそういうので弄るのは止めてくれって――――っひぃ!」

「ハル?」

「な、なんでも、なんでもないから」

 

 小声で痛いと呟きながらこめかみあたりを触っていると、俺の顔を覗き込みながらナツが心配するように声をかけてきた。

 特にやせ我慢ということもなく大丈夫だと告げると、それでも俺が心配なんだとか。そこまで貧弱なつもりはないぞ。

 するとそんな俺たちのやり取りを見てか、弾は露骨に顔をニヤニヤさせながら余計なひとことを放ってくる。

 ナツが女の子になってからというもの、弾とアイツとしては俺たちをそう弄るのが鉄板ネタとなってきているらしい。

 ナツは素っ頓狂な表情を浮かべるばかりだが、俺はどうしても照れを交えて否定してしまう。それが余計に彼らを楽しませる、なんていうことはわかっているつもりなんだが。

 なんて考えていたその時である。俺は背中に射殺すつもりなのではないかというほどの視線を感じた。犯人は目を向けなくてもわかる。だって蘭ちゃん以外にいないのだから。

 

「晴人さん晴人さん」

「ど、どうしたの?」

「本っ当になにもないんですよね」

「な、ないってば。その、一方的に俺が照れてるだけで」

 

 きっかけは詳しく知らないけど、蘭ちゃんはナツに恋慕を抱いていた。好きだった男性が女性になって現れるなんて、それは混乱もするだろう。

 悪友含めたいつものメンバーにナツが女の子になったことを報告して以降、蘭ちゃんのやり場のない気持ちの矛先は俺へと向いている。

 男子同士のやりとりであれば仲良しで済まされるんだろうが、ナツが表面上で女の子してるからそれ以上の関係であることを想像してしまうのかな。

 というか、それこそナツが復学してからしばらくは男子連中の嫉妬がすさまじくて大変だった。まだ蘭ちゃんの心配は可愛いほうだと思う。

 別に直接的被害にはあってないし、精神ダメージなら別に耐えるのとか得意だし……。

 

「お~い! おいおいおい!」

「あ、数馬だ」

「なんで前からやって来るんだよ」

 

 内心で溜息を吐きながら三人の背を追うように歩いていると、前方から快活な声が響いて俺たちを呼び止めた。

 どうやら悪友その2が接近しているらしい。彼の名前は御手洗 数馬。背格好等含めて普通にイケメンの部類ながら、弾を超える残念っぷりを有する男である。

 数馬の家の所在地からして、どう足掻いても合流するのは学校に到着してからになるはずだ。なのにこうして前からやって来る……ということは?

 つまり学校に着いてからわざわざ俺たちの通学路を遡って来たとしか考えられない。よほど大きなニュースでもあったのだろうか。

 数馬の呼吸が整うのを待って何ごとだと問いかけると、彼はサムズアップをこちらへ向け――――

 

「俺たちみんな同じクラスだった!」

「それ言う為にわざわざ?」

「馬鹿だろ」

「オメーには言われたくねぇっつの!」

「まぁ、数馬だけずっと違うクラスだったしね。みんな揃って俺は嬉しいけど」

「流石は晴人、話がわかる奴だぜぃ!」

 

 四馬鹿と呼ばれる程度には仲の良い俺たちなわけだが、どうしてか数馬だけ同じクラスになることはなかった。

 先に学校へ着いてクラスを確認したところ、ようやく数馬の念願が叶っていたというところか。それなら報告したくなる気持ちもわかるかな。

 けど二人の反応は冷たいもので、弾なんかはストレートに馬鹿と評価を下した。残念ながら、馬鹿と言いたくなる気持ちもわからなくもない。

 けどせっかく勢ぞろいしたのなら、細かいことは言いっこなしだ。数馬がいじけないうちに話を纏めようとすると、俺の言葉に感動したと腕を肩に回してきた。

 

「蘭ちゃんも仲いい友達と一緒だといいな!」

「本当にそうですね。って、そう言われるとなんか緊張してきたかも……!」

 

 ぶっちゃけた話、数馬はあらゆる点において一級品のお馬鹿さんだ。迷惑被る言動も多々あれど、蘭ちゃんに投げかけた屈託のない言葉がその性格を物語っている。

 なんというか、憎めない奴と表現すればいいんだろうか。どうして仲良くなったかいまいち経緯を思い出せないが、そのあたりも数馬の人のよさが成しえるに違いない。

 悪友だのなんだの言ってはいるが、まぁ、二人と友人関係を築けたことは本当に幸運だと思う。直接伝えたら絶対につけあがるから言わないけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前よぉ、そんなに心配すんなっての」

「んー……? 何が?」

「何がって、一夏ばっか見てて説得力ねぇぞ?」

 

 授業合間の休み時間、弾が俺の頭を軽く小突きながらそう告げる。俺はそれをボーっとした様子で聞いていたが、数馬にそう指摘されて一気に意識を覚醒させた。

 そう、俺の視線の先にはナツが居た。とりあえず席は出席番号の並びなため、位置はかなりかけ離れている。

 ナツもナツでクラスメイトの女子と楽しそうに談笑しており、こちらの視線に気づくことはなさそうだ。 

 

「……そりゃ、心配するでしょ。だってナツは――――」

「元々は男ってか」

「まぁ確かに、最初の頃はアビキョーカンって感じだったもんなぁ」

 

 ナツはフユ姉さんと議論を交わした結果、事情は包み隠さない方向で固めたようだ。ゆえに、復学初日は本当に大変だった。

 女子たちは恋が終わったとむせび泣き、男子はTS美少女キタコレとかよくわからない歓喜の声を上げていたな。

 俺が心配しているのは身の振り方についてだろうか。いくらナツの精神が男のままとはいえ、女子の間にコミュニティを作らないわけにはいかない。

 しかし、元男が女友達を作れるものだろうかと本当に気が気でなかった。こう、女子ってなんかドロドロしてるとかよく聞くし。

 でも俺の心配をよそに、ナツは持ち前のコミュ力で問題なく過ごすではないか。今話している子たちも、二年の終わりごろに仲良くなったと言っていた子たちだと思う。

 ……俺の杞憂であることはわかっているけど、でもやっぱり――――

 

「…………」

(お、おおう……)

 

 モヤモヤしながらナツへ視線を送っていると、ナツと話している子が俺の視線に気づいたらしい。教えなくていいものを、俺が見ていると指摘したようだ。

 するとナツはこちらへ向き直り、ニコッと笑みを浮かべて小さく手を振って来た。俺も同じく小さく手を振って返すと、ナツはまた会話へと戻ってしまう。

 はぁ……びっくりした。きっとぎこちない表情になってしまっていたろう。後で指摘されたらどうしてくれようか。

 

「あらやだ弾さん今の見ました?」

「えぇえぇ、むしろ見せつけてきてますよねぇ」

「ああもう、頼むからそういうのは勘弁してよ」

 

 俺とナツの交わした一連のやり取りを見るなり、数馬が井戸端会議中のおばさんの如く振る舞う。それに弾も同調し、なんとも不名誉なレッテルを張りにかかってきた。

 たぶん通じ合ってるみたいなやり取りが気に入らないということなんだろうけど、それはナツが肉体的に女子だからであって、別に似たようなことは昔からあったんだって。

 弾にも数馬にも、他の男子にもそう弁明したのだが全く聞き入れてもらえない。前者二人は頼むからそろそろ納得してほしいものだ。

 なんて言いつつ、自ら地雷を踏んでるからそう二人を責めれたものではないのかもな。よし、俺ももっと気を付けてみることにしよう。

 そう誓って今日を過ごしたが、特にそれといったことは発生せずに放課後がやってきた。今日は入学式と始業式がメインなため、いわゆる半ドンというやつだ。

 

「ハル、帰ろ!」

「あぁごめん、しばらくは一緒に帰れないと思う。流石に新入生が部活見学してる期間は顔を出さないと人手が足りないみたいで」

 

 解散の合図が終わり次第、ナツは俺を帰路へと誘う。しかし、どうしてもしばらくは一緒に下校できそうになかった。

 俺は一応だけど美術部に所属しているのだが、出席率はお世辞にも高いとは言えない。しかし、何もサボりということではないのだ。

 ウチの家庭事情、両親が共働きなうえにめったに帰らないという部分で容赦をもらっている。家のことをナツだけに任せるわけにはいかないし。

 だがナツに説明したように、美術部は在籍人数が非常に少ない。三年生なんて俺含めて四人しか居ないのだから驚きだ。やっぱり部活と言えば体育会系なのかな。

 けど去年の傾向をみるに、新入生はわりと見学にだけは来たりするんだよ。とすれば、人手不足になるのは必然ということ。

 

「そういえば去年とかもそうだったよね、すっかり忘れてた」

「うん、そういうことだから――――」

「あれ、ちょっと待って。ハル、お昼どうする気なの?」

「どうする気って、別に昼くらい食べなくても――――おおおおっ!? ご、ごごごご、ごめん! 伝えておくべきだったよね!」

 

 このまま和やかな雰囲気のまま解散と思いきや、俺が昼を食べない気でいることを知ったナツは掌を返したように豹変した。

 顔は笑っているんだが目が笑っていない。というかもう、ナツの背後にオーラのようなものが見える気さえする。

 そんなナツの静かな怒りを感じ取った俺は、数歩分後ろに飛びのいてから必死の弁明をしてみせる。すると、ナツのオーラは徐々に消え失せ――――

 

「はぁ……。言ってくれればお弁当くらい作るから。今度からはちゃんと教えること」

「う、うん、わかった。それと、ごめん」

 

 俺としてもナツが早起きしなくても済むよう配慮したのはもちろんあるが、本人がそう言うのなら大人しく甘えることにしよう。

 というか、ここで大丈夫だからなんて返したら、俺が折れるまであのオーラが出続けていたに違いない。ナツは昔から頑固一徹だからなぁ。

 しかし、こうしてナツが頑張ってくれるのに、俺が特にしてやれることがなくて心苦しいんだよ。俺にできると言えば絵を描くくらい。

 ナツが俺に対価を求めるなんてことは天地がひっくり返ってもありえないが、それでも俺だってナツに何かしてあげられないのだろうか。

 

「別に謝らなくてもいいよ。それじゃハル、夜は食べたいものとかない?」

「ナツに任せる。ナツが作ったらなんでも美味しいし」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、リクエストがあったほうが楽なんだけどな」

 

 昼の話が終わったら、すぐさま晩ご飯の話へ移行した。これは割と聞かれる質問だけど、俺は毎回のようになんでもいいと答えている。

 するとナツも同じく、なんでもいいが困るのだとリクエストを求める。もはや俺たちの間ではお約束というものに該当するのかも。

 ナツの返しを受け、ここからようやく本格的にメニューを考え始める。実際本当になんでも構わないんだけど、ナツが困らないようになんとか……。

 やっぱりパッとは浮かばないもので、そういう場合にはとある秘策がある。それは和・洋・中のいずれか、または牛・豚・鶏・魚介から無作為に選んで呟くというものだ。

 そうすれば後はナツが適当に考えてくれる。その日の気分とかなるべく重複しないように考慮しつつ、今日はそうだな……。

 

「……じゃあ、鶏でお願いできるかな」

「鶏の気分? ん~それじゃあ……トリチリでも作るね」

 

 トリチリ? つまりは鶏むね肉をチリソースで和えた料理ということだろうか。なるほどなるほど、そういうのもあるのか。

 鶏はエビと違って下処理も簡単だろうし、ボリュームもお墨付き。口に入れればピリ辛ジューシーな味わいが広がることだろう。……なんだか想像するとお腹が空いてきた。

 しかし、相変わらず引き出しの多さに感心させられる。ナツのすごいところは一年間で同じメニューが出てくることがほとんどないという点だ。

 流石は幼少期から培われてきた家事スキル。男の時はなんとも女子泣かせなと思っていたりもしたけどね。

 

「それじゃもう行くから。ハルも部活頑張って!」

「うん、ありがとう。じゃあ、また後で」

「お腹すかせて帰って来てね!」

 

 メニューの方針が決まったナツは、早々に教室を出て行った。きっと、晩ご飯の買い出しをして帰るんだろう。

 そうか、しばらくは荷物持ちの役もやってやれないな。特に筋力が落ちたようなことはないみたいだけど、どうも今のナツに重いものを持たせるのはなぁ。

 ナツは無理する場合もあるし、緊急でお米とか洗剤とか買いだめみたいな話になったら顧問に相談して帰らせてもらうことにしよう。

 さて、それならもう部室に向かおうかな。一応だけど部長に声をかけて、それから美術室に行ったので大丈夫だろう。えっと、部活動見学の時間は確か――――

 

「晴人、お前今のでマジにアイツとなんにもねぇって言い張ってんの?」

「なんだ今の完全なる夫婦のやりとりは……。オエッ! 甘ったるくて胸焼けが……」

「いやだから、何度言わせるの……。ああいうやりとり、ナツが男の時から割と頻繁にしてたから」

 

 いったいどこから見ていたのか、ナツと入れ替わるように弾が話しかけてきた。その表情は、茶化すというよりは困惑しているよう取れる。

 弾の言葉はまだいいとして、数馬に至ってはえずいている始末。蒼い顔して弾に背中を撫でられていた。

 いやしかし、さっき地雷を踏まないよう心掛けたんだから俺の弁明に説得力はなかったり? 確かに男子と女子で晩ご飯の相談とか、ちょっと特殊っていうかなんというか。

 けど、俺の中ではやっぱり昔からそうしてきた当たり前のやり取りなわけで、きっとナツにとってもそうに違いない。

 

「いくら一夏と晴人の中ではそうでもな、周囲はそう受け止め切れねぇってわけだ」

「晴人晴人、あれ見てみ」

「あれ? あれって……」

「よし、飛ぼう」

「そうだな、来世では日向みたいな人生が送れるかも知れん」

「いざ、可愛い幼馴染がご飯を作ってくれる世界線へ!」

「うわああああっ!? ちょっ、ちょっと待って、早まらないで!」

 

 数馬の指差した窓のほうへ目を向けてみると、何人かの男子が窓の外へ向けて足を延ばしている光景が映った。

 何を馬鹿なことを、死にたくなるくらいに羨ましいとでも言いたいのだろうか。どちらにせよ冗談めかしたような雰囲気を感じられなかった俺は、急いで近づいて制服の背中部分を掴んだ。

 掴んで後ろに体重をかけながら引っ張っているというのに、それでも前へ前へと進もうとするその執念はなんだというのか。

 途中から弾と数馬も手を貸してくれて余裕ができた。そこで人生まだまだこれからだ。幼馴染は無理でもきっといつか恋人ができるから励ましてみる。

 すると、いきなり力を抜いて飛び降りようとするのを止めるではないか。その反動で後ろに倒れかけた俺は、二人に支えられながら男子たちの様子を見守った。

 

「「「「異性のメシウマ幼馴染が羨ましいんじゃい!」」」」

「えぇ……? いや、だから、俺にそんなこと言われても困るんだけど」

 

 声を合わせて高らかにそう叫ばれても、そういうのはナツを女の子にした謎の誘拐犯ないし組織に言ってほしいものだ。

 困った末に弾と数馬に視線を向けてみるも、前者は肩をすくめて後者は頬を掻くばかり。そうですか、手に負えないですか。

 それは俺だって同じなのだが、いつものとおりに嫉妬を向けられても困るくらいの反論しかできないな。だって俺、悪くない……よね?

 

「日向、今一度思い出すんだ。お前の取り得はその素朴さだろ」

「Mr.平均値(アベレージ)、普通の擬人化、普通の中の普通(ノーマル・オブ・ノーマル)(スーパー)普通人、普通過ぎて逆に普通じゃない!」

「それが日向 晴人ってやつじゃなかったのかよ!?」

「そこのとこどうなんだよ日向! あぁん!?」

 

 なんでこんな説得されるような流れになっているのだろう。やっぱり悪いのは俺なのだろうか。いやそれより、どさくさに紛れて酷い言われようである。

 いや、まぁ、確かに否定できないところはあるけどさ……。今二番目の男子が言ったのは、まことしやかに囁かれる俺のあだ名のようなもの。

 ナツ、弾、数馬のイケメン集団とつるんでいたら嫌でも有名になるわけで、俺を含めて四馬鹿呼ばわりされていたから知名度もそれなり。

 だとすると、一人だけあからさまに普通な顔つきの俺が浮いてしまうという逆転現象が発生してしまうんだよ。それを抜きにしても、奇跡のレベルで俺の顔つきは可もなく不可もなくという自覚がある。

 それだけならまだしも、特に頭がいい訳でもなく、悪いわけでもなく。運動ができるわけでも、できないわけでもなく。背が高いわけでもなく、低いわけでもなく。太っているわけでも、痩せているわけでもなく……。

 そんな俺に二年の中ごろについたのが、Mr.平均値(アベレージ)、普通の擬人化等々の普通を指す意味のあだ名だった。

 

「おい晴人、時間大丈夫か?」

「こ、この流れでその質問? いや、実際もう行きたいところではあるけど、その」

「まぁまぁ、落ち着かせるのは任せときなって。俺ら晴人みたく部活やってないしよ」

 

 ヒートアップしてきたのかギャーギャーと同時に騒がれて何を言ってるのかすらサッパリなところ、弾がぶっきらぼうにそう尋ねてきた。

 そう言われて壁掛け時計に目をやってみると、そろそろ美術室に顔を出しておきたい時間が迫ろうとしているではないか。

 落ち着かせずにほっぽり出すのもどうかと思っていたところ、数馬は非常になんでもないような態度で後のことを任せるよう提案を挙げた。

 どうせ暇人だからとでも言いたげだが、それなら弾はともかく数馬は何か部活をやればいいのでは? とも思うが、この場合はそれで助かってるからなんとも言えない。

 

「そ、それは心から助かるな。えっと、じゃあ悪いけどあとよろしく。またね」

「おう、また明日」

「まったな~!」

 

 申し訳ない気持ちはあれど、日頃から出席率が悪いのに遅刻するのは美術部のメンバーにも悪い。両者を天秤にかけた結果、美術部のほうへと傾いた。本人達が申し出たことは言え、なにか埋め合わせを考えておかないとな。

 未だ呪詛の言葉を並べる男子たちから距離を置き、二人へ深々と頭を下げてから教室を後にした。廊下に出たあたりで聞こえた別れの挨拶に、片手を上げて応えると速足で歩き出す。

 それにしても、茶化しはしても嫉妬しないだけやっぱあの二人はましのようだ。それを身を持って体感したできごとだった。

 仲良かったぶん、例え見た目が可愛かろうと中身がナツだと理性にブレーキでもかかるのかもな。てっきりどちらかが惚れでもするんじゃないかと……。

 実はけっこう失礼な目線で二人のことを見てしまっていたのかも。今日のも含めて一回謝ったほうが――――って、茶化されてるのも事実だろうに。要するにプラマイゼロ、あいこだ。

 ならもう本格的に頭を部活動のモードへ切り替えなくては。新入生相手にたどたどしくなるのは流石に避けたいし。

 そうやって部活紹介における俺の役割を思い出しつつ、美術部目指してどんどん進んでいくのであった。

 

 

 

 

 




メシウマ幼馴染に胃袋から鷲掴みにしてほしいだけの人生だった。
この作品は私の願望もモロに出てるので、一夏ちゃんのメシウマも推させていただきます。

本当に自分で書いてみると、一夏の設定ってとことんTS向けなんだなぁと。
家事万能、主人公特有の気遣いができる性格等々……。
そんな気心の知れた親友ないし幼馴染が美少女になったら惚れるしかねぇよなぁ?(盛者必衰)





ハルナツメモ その3【周囲の視線】
晴人が弁明していたとおり、一夏が男の時点でも夕飯の相談は多かったし、特に人目をはばかるようなこともなかった。
つまり現在は本当に周囲の二人の見方が変わっただけのことで、二人としてはいつものやりとりをしているつもり。
ただ、ここのところ一夏はとても楽しそうに料理を作るとか。
その真意のほどは晴人からしても不明である。


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第5話 寡黙なファザー

晴人の父親登場回。
晴人父にはとある役割を持たせているので、出てきたら布石のためとでも思ってください。
つまり今話は布石のための回。
故にいちかわ成分が息をしていないですが、ぜひ読んでいただきたところであります。


『おれとはると、おなじだよな!』

『おなじって、なにが?』

 

 ――――あぁ、これはまた懐かしい夢だ。これは僕がハルになった日。僕が一夏をナツと呼ぶようになった日のことだ。

 ある日いつものように公園へ連れて行かれた僕だったが、ナツはそのあたりに落ちていた木の枝を掴むとそう切り出した。

 すると、ナツは拙い文字で地面に【いちか】と刻む。その隣へと、僕の名前である【はると】を刻む。そしてナツは、【いちか】の【か】をデカデカと丸で囲んだ。

 

『【か】をかんじでかいたら【なつ】なんだってよ。ちふゆねえがいってたぞ』

『うん、それで?』

『ほら、【はると】も【はる】がついてる。どっちもきせつだから、おなじだ!』

 

 僕が地面に刻まれたそれぞれの名前を見守っていると、ナツは僕の名にある【はる】の部分も丸で囲んだ。

 そして二ヒヒと嬉しそうな笑顔を見せると、【はる】と【なつ】はどちらも季節。だから同じなんだと解説を入れてくれた。

 しかしだ、少しばかり残念なことを報告しなければならなかった。それは――――

 

『ぼくの【はる】、きせつじゃない』

「えーっ、そうなのか!? じゃあ、なんの【はる】なんだよ』

『おかあさんはたいようだって』

 

 偶然か必然かはわからないが、僕も母さんから自分の名についてのことは聞き及んでいた。そう、【はると】は【晴人】と書く。すなわち、太陽とか快晴を意味する言葉だった。

 知っていたから嘘をつかずに素直な報告をすると、ナツはその顔にありありと残念そうな表情を浮かべて不満そうに質問してくる。

 当時の知識力ではどうして【はる】が太陽にあたるのかが納得いかなかったのだろう。するとナツは、持っていた枝を放り投げて僕に指を差し――――

 

『はるとはいつもこまかいんだよ! おれとおなじはうれしくないのか?』

『ううん、ぼくもなるべくいっしょがいいな』

 

 幼少期のナツと言えば頑固さに加えて強引さも持ち合わせていた。まさにゴリ押しと取れるこの発言、今思えばナツも多くの意味で子供だったといったところか。

 だが、ナツにそう聞かれてからの僕の回答は嘘ではなかった。あの頃友達と呼べるのはナツくらいだったし、唯一無二の存在が一緒を喜んでくれるなら僕も嬉しかった。

 そして僕が肯定の姿勢を見せると、ナツは途端に嬉しそうな表情に戻った。そんな百面相にハラハラしながら次にどう出るかを待っていると、ナツはまたしても僕を指差してひとこと。

 

『よし、じゃあきょうからおまえはハルだ! だからハルはおれのことナツってよべよな!』

『わかった。じゃあ、ナツ』

『おう、ハル!』

 

 そう、全てはここから始まった。なんて、そんな大げさなことじゃないか。しかし、ナツが僕をハルにしたのだけは確かだった。

 だからナツが僕をハルと呼ぶのは、僕にとってとても特別なことなんだ。ナツにとっては……どうだろう。聞こうとも思わないからわからないな。

 でも、あの日のナツが喜んでいたのは確かだと思う。僕がナツと呼べば元から明るい表情を更に明るくし、同じく僕のことをハルと呼んでいたから。

 そして自身が命名したハルというあだ名を呼んでしばらく、ナツはまた僕の手を引いて公園の遊具へと突っ走って行った。

 うん、やはり強引のひとことに尽きる。けど、ナツのこういうところに僕が救われていたのは確かだったろう。

 なぜかって、あの日ナツが僕のことをハルにしてくれなかったとするのなら、きっと僕は――――今よりもっと、どうしようもない奴だったろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……? ……げっ、居眠り!」

 

 ウトウト、ボンヤリとしていたことに気が付いた俺は、慌てて椅子から立ち上がった。なぜなら、ついさっきまで絵を描いていたはずだから。

 自室にある絵を描く専用のテーブルを物色すると、見事に涎が溜まった痕跡ができあがっていた。しかし、肝心の描いていた絵が見当たらない。

 

(えっと、確か……)

 

 確かそう、俺は自分の意志で居眠りを決め込んだんだった。それを思い出して引き出しを開いてみると、そこには完成間近の絵が描かれたスケッチブックが。

 よく見ると、机の上に色鉛筆が見当たらない。試しに持ち運べる程度の画材を入れたリュックサックを開くと、絵と同じようにしてしっかりしまい込んでいた。

 ふぅ、我ながらちゃんと片付けていたか。きっと、ナツがたびたびだらしないと叱ってくれていたからついた癖だろう。家には不在ながら、まるで拝むようにしてナツへ感謝を述べた。

 しかし、絵が無事とわかった途端にドッと疲れてしまった。せっかくの仮眠が台無し。本末転倒というやつだろうか。

 そうやって身体を椅子へと預けてみると、もはや集中力が切れたことを示すかのように、またしても睡魔が俺を攻め立てる。

 

(今日はここまでかな)

 

 本当はもう少し続けたいところだが、なにより気分が乗らない。こんな精神状態では満足のいく絵は完成しないだろう。

 時間を置くか日を改めよう。そう決意した俺は、画材をまた仕舞い直して背伸びをひとつ。そして時計へと目を向けた。

 十八時……。まだまだナツは帰って来そうもないな。今日は遅くなるって言ってたし。となると食事まではまだ時間がかかるということか。

 皆まで話してくれないからよくわからないが、なんだかナツは最近習い事を始めたらしい。けど、何を習っているのかは教えてくれない。

 秘密主義な両親のおかげでそういうのは慣れっこだが。それにしても、習い事をしてるのに家事をこなそうとしてくれなくてもな。

 ナツの負担を考えるのなら、俺ももっと本気で料理を覚える必要があるのだろう。しかし、ナツもこれだけは譲れないのだと折れてくれない。

 私の役目を奪わないで。それにハルだって部活とか絵を描くのとか忙しいでしょ。……とか言って。とりあえず逆らわないほうがいいと、本能的に察することのできる目つきをしてた。

 

(おっ、電話だ。……父さんから?)

 

 ナツに覚えた恐怖を思い出していると、ポケットにしまい込んでいた携帯が震えて俺に着信を知らせた。

 てっきりナツからだと決めつけていたが、画面に表示されていたのは父さんの三文字。電話をしてくることがまず珍しいために出鼻をくじかれてしまった。

 何も仲が悪いとか苦手意識があるということはないが、普段そういうことをしない人がするっていうのは不意打ちに似たものを感じる。

 俺は無意味に戦々恐々としながら、父さんとの通話を始めた。

 

「も、もしもし?」

『晴人か。済まないな、滅多に顔を見せてやれないのに電話など』

「そ、そんなことないよ、父さんが働いてくれてるのは俺たちのためなんだし。むしろ声が聞けただけでも嬉しいって」

『そうか』

 

 電話越しに聞こえる渋くどことなくダンディズムを感じる声。それは間違いなく父さんのもので、いきなり謝罪から入られて気が引けてしまう。

 しかし、そうかという言葉を最後に無言が続いてしまう。父さんはこうして口下手というか、少しばかり不器用なところがあるんだよな。

 その性格は恐らく母さんと真反対で、上手いことバランスのとれた夫婦だなというのが息子視点の感想だ。

 なんでもお互いに自分にないものを持っていたから好き合ったのだ、なんて思いきり惚気られた覚えがある。

 それはさておき、俺から切り出さなければこのまま無言が続いてしまいそうだ。相変わらず臆しながらだが、父さんに用事を問いただした。

 

「ところで、なんの用事なのかな?」

『実は駅前で一夏くんと出会ってな。今も隣に居るのだが』

 

 ナツが隣に……。そうか、それなら父さんは今日帰る気でいたんだろう。それこそ電話一本くらい入れてくれてもいいと思うが。

 ナツが話しかけたのかは謎だが、どちらにせよ父さんもナツの変わった姿形を見知ってはいたはず。母さんが無駄にパシャパシャと写真を撮っていたから、父さんの元へは送信されているだろう。

 父さんは男性、女性にかかわらず目下の人間を呼ぶときにはくん付けだ。おかげで一瞬混乱したが、だいたいの状況は整理できた。

 問題はというと、ナツと駅で合流したからどうしたという部分になる。

 

「えっと、それで?」

『三人で食事でも、という話になった』

「今から出られるかってことだね。わかった、準備ができたらすぐ出発するよ」

 

 父さんの口ぶりからして母さんは来られないんだろう。聞いたら残念がるどころか、十中八九拗ねるだろうから黙っておかないと。

 父さんと母さんが同時に忙しくない日のほうが少ないが、夫婦で会える時間が確保できているのかは心配なところだ。

 それと同時に、二人が不倫する心配なんていうのは全然していない。揃ったら今もなお熱々なのがよくわかるからなぁ。

 まぁフユ姉さんも入れた家族五人が集結するのはまた次の機会として、素早く俺も合流しよう。さて、まずは部屋着から外出用の私服へ……っと。

 そしてなるべく早い時間の電車に乗って揺られることしばらく、二人が待っているであろう駅へと到着した。

 改札を抜けて正面出入り口を目指すと、目的の人物たちがようやく見えてきた。

 

「二人とも、お待たせ」

「あっ、ハル! 思ったよりも早かったね」

「うん、電車の時間がちょうどよくて。それより父さん、久しぶり」

「ああ、晴人。元気そうでなによりだ」

「……うん、父さんも」

 

 急ぎめで二人に近づいていくと、ナツは大きく手を振ってこっちこっちと俺を誘導する。とりあえず待たせたことを謝っておいてから俺は父さんを視界へ捉えた。

 すらっと伸びた高い背丈、男性にしても短めの髪、どちらかというと気だるげな目つき、ファッションで伸ばしているであろう顎鬚。見るからにして大人の男、それが俺の父親である日向(ひむかい) 晴誉(はるたか)

 年齢は確か40ちょうど。年相応の落ち着きを感じ、息子の目から見ても余裕で俳優で通じるだろう美男だ。

 どうして美男美女な両親の間に生まれたというのに、俺はこうも普通の顔つきなんだろうか。性格からしても似てないし、失礼ながら本当に二人の子供か疑わしく思うこともある。

 でも元気そうだと頭を撫でるあたり、不器用なりに俺を愛してくれている証拠だろう。それを思うと、血の繋がりなんかあろうがなかろうがどうでもいいというのが率直なところだ。

 

「ところで、どこに行くかは決まってるの?」

「それはハルが来てから相談しようと思って」

「私はどこでも構わない。二人でよく話し合うといい」

 

 昨今の外食産業は苛烈を極めるばかりで、安価でそれなりの食事ができるのはもはや常識の域まで達してしまっている。

 ファミレス等のチェーン店へ向かうことになるのは確定だろうが、それでも選択肢なんて星の数ほどと表現しても過言ではないはず。

 ウチなんかはナツが食事を作ってくれるために、外食なんてものは滅多にしない。なので、ここは慎重に話し合う必要があるだろう。

 父さんの見守る中やんややんやと協議を続けていると、回転寿司ということで確定した。すると父さんが――――

 

「回る方でいいのか?」

「え゛!? い、いやいいよ回る方で……。ね、ナツ」

「う、うん。おじさん、たまにだからってそんなに張り切らなくても大丈夫ですよ」

「そうか。ならせめて、一皿100円程度のところは止めておこう」

 

 父さんにしてはキョトンとした感じというか、普通の人のテンションに例えると――――え? そんなところで本当にいいの? みたいなノリでそう聞いてきた。

 本当に父さんは外面では判断が難しいが、ナツの言ったとおりに張り切っているのは目に見えた。子供が遠慮するものじゃなとか思っているのかな。

 しかし、仮に回らないほうへ連れて行かれたとして居心地が悪い。庶民は庶民らしく、それ相応の贅沢というものがあるものだ。

 俺たちは問題ないというのを全力で伝えたつもりだったが、父さんはそんなことを呟きながら歩き始めてしまった。

 あ~……これは、うん、確かにかっこいいな。多くを語らず、早々に我が道を行くこのスタイル。母さんが惚れるのも無理はない。

 俺たちはせっせと歩く父さんの背中をしばらく眺め、自然と視線を合わせてしまう。苦笑いを浮かべてから、小さくなる父さんの背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじさん、本当にごちそうさまでした」

「同じく、ごちそうさま」

「ああ」

 

 一皿平均300円くらいの回転寿司チェーン店へと連れて行ってもらい、俺たちは活きた魚介を満足いくまで堪能した。

 手を合わせて心からの感謝を伝えるも、父さんはひとこと返事をするばかり。内心では俺たちが喜んでくれて満足と思ってくれていれば幸いだが。

 ……やっぱり似てない。どうしてそこまで寡黙でいられるのだろう。かと言って俺だけじゃなく、父さんは爺ちゃんとも似てないし……う~ん、謎だ。

 

「えっと、すぐ会計?」

「あ、私ちょっとお手洗いにいってくるね。二人はゆっくりしてて」

「わかった。急がなくてもいいからね」

 

 これからの流れを確認しようとすると、ナツがトイレへと向かうために席を立った。これで俺と父さんが取り残されるかたちとなる。

 が、案の定というか父さんは喋らない。俺も黙ってその様子を見守るばかり。いや、本当に仲が悪いわけではないんだ。ただ共通の話題がないだけで……。

 いや、それが親子としては問題という話のなるのか? というか、こうやっていろいろ考えるから話しかけづらくなるんだろうに。

 そうだよ、もっとこう気軽に――――最近仕事とかどうなの? とか聞いて……。待て、なぜだか職業を隠したがっているのだからその話題では無意味か。

 

「晴人」

「ど、どどどど、どうしたの!?」

「一夏くんとは変わりないか?」

 

 話しかけないと話しかけないとと思っていただけに、父さんから声をかけてくることが意外でオーバーリアクションをとってしまった。

 そんな俺の不自然な様子も気にせず、父さんはつかぬことを俺に聞いてくる。

 父さんに限って茶化そうってことはないだろうし、その意図は――――ナツが女の子になってしまったことによって、何か悪化したようなことはないかと聞きたいのだろう。

 女の子になったナツと過ごし始めてからのことを思い出してみるが、特にそれらしいことが起こったことはない。

 確かに変に意識してしまうことは多々あるが、それを除くとほとんど前と変化はないと思う。そう、まるで、ナツが初めから女の子だったかのように。

 

「俺は特に問題はないよ」

「そうか」

「……父さんあのさ、ナツが無理してるように見える?」

「いや、特には」

 

 俺は特に問題はない。だがナツはどうだろうかと考えた時、問題ないわけないって、少なくとも俺はそう思う。

 けどそれは、本人に聞いたところで意味を成さない。聞いたところで、それが嘘でも真実でもナツは無理なんかしていないと答えるに決まっているから。

 思わず父さんにそう問いかけてしまったが、その答えはノー。それはそうだ、俺から見たって無理をしているような感じはない。

 けど、逆なんだ。ナツはここのところ不自然なくらいに楽しそうにも見える。それがより俺を混乱させ、どうしていいのかわからない状態へとさせるんだ。

 

「晴人」

「な、何?」

「気になるなら本人に聞け」

「そ、それはそう、なんだけど。その、俺にそういうのは――――」

 

 それはそれはド正論だったが、聞けないから困っているというのに父さんはスパルタだな。発破をかけようとしてくれているのはわかるけど。

 あぁ、本当に、そんな気軽に聞けるような性格をしていたら苦労はしていない。母さんみたく明るく元気でいられたら。父さんのように密かに懐が深ければ。そうでいられれば……どれだけよかったろうか。

 だから俺はダメなんだ。昔からナツの陰に隠れて、ナツに助けられてここまできたというのに。俺はナツに何もしてやれない。

 

「彼女は――――いや……。晴人」

「う、うん」

「自分をダメだと思うのはお前の勝手だが。晴人の中で彼女の考えを決めつけるのはよせ」

「っ!?」

 

 やはりこの人は俺の父親だ。少し陰った表情だけで、ネガティヴな言動をしていたのなんてお見通しらしい。

 だが父さんはそこに関して咎める気はないようだ。三つ子の魂百まで。人間幼い頃からの性格などそう変えようがないと諦めでもついているのだろう。

 しかし、後半の言葉は少しばかり厳しい口調だったように感じる。激しく怒る父さんなんて知らないが、これはこれで恐ろしいものがある。

 でも確かに、ここしばらくの俺は勝手な想像をしてばかりだ。それこそ、父さんの言うとおり本人に聞いてもいないのに。

 聞かないうちからそう返すであろうと勝手に想像し、決めつけ、端から行動すらしない。そう思ってみると、父さんにそう言われても仕方がないのかもな。

 

「晴人、お前は優しい奴だ。そこは誇りに思う」

「そ、それは、ありがとう」

「だが晴人、たまには相手を傷つけることを恐れるな」

「え……? ……ごめん、どういう意味かよくわからない」

「お前がしようとしているのは、間違いなく気遣いだろう?」

 

 普段から寡黙な父さんに誇りだなどと言われ、俺は本気でそれが嬉しくてたまらなかった。思わず顔が火照ってしまうくらいには。

 けど、次いで出てきた父さんの言葉の意味をすぐには理解できなかった。だってそれは、他人を傷つけてもいいのだというふうに聞こえてしまったから。

 だがさらに続いた父さんの言葉――――俺がしようとしているのは、間違いなく気遣いというその言葉は、まさに目から鱗というのがピッタリ当てはまった。

 無益に相手を傷つけるようなこと、それら総ては忌避して当然の行いである。しかし、善行の結果的に相手を傷つけた場合はどうか。

 これも決して誇っていいものではない。だが時には人間、気遣いの先に思った結果と違うことが起きるものだ。父さんはきっと、そう言いたいんだと思う。

 

「父さん。その、ありがとう」

「ああ」

 

 敬愛すべき父に感謝の言葉を述べると、なんとも言った甲斐のない台詞で返された。でもきっと、父さんはこれでこそなんだろう。

 後は終始無言な俺たちだったが、さっきまで気まずかったのに今もこれでいいとさえ思える。……父さんも、そう思ってくれていたら嬉しいんだけどな。

 俺が静かな親子の時間を楽しんでいると、トイレを済ませたナツが戻ってきた。

 

「ううっ、女子トイレ凄く混んでていろいろ危なかったよ……」

「そ、それは間に合ってよかったね。えっと、それじゃあ、帰ろうか」

「二人とも、私は社宅へ戻る。会計は済ませておくから、気を付けて帰るんだぞ」

 

 俺が立ち上がって帰るよう促すと、父さんはそのままの状態で店員呼び出し用のチャイムを鳴らした。俺たちに会えたから、家に帰る用事がなくなってしまったのだろう。

 外を見ると、既に真っ暗だ。父さんの言うとおり、夜道に気を付けておいて越したことはない。父さんの忠告に、俺たちは力強く頷いた。

 そうして皿の枚数を数える店員さんをよそに、もう一度ごちそうさまを言っておく。そうして、また会おうという別れの挨拶も一緒にしておいた。

 店を出ると、特にどこへ寄るでもなく真っ直ぐ駅へ向かい、そのまま帰宅する流れに。でもなんというか、さっきの話からして無駄にナツを意識してしまう俺がいて――――

 

「ハル、私に何か用事?」

「へ? いや、あの、い、今すぐには話せない……かな」

「ふ~ん……怪しいんだ。ならいいよ、駅まで競争! 負けたら白状してよね!」

「えっ!? その条件明らかに俺が不利――――というか、一応俺が勝った場合の条件も提示してよ! ねえってば!」

 

 流石に視線でも感じたのか、ナツは急に俺のほうへと向き直った。単純にそれに驚いてしまったのもあったが、いつもどおりたどたどしい口調で誤魔化したのが気に入らないらしい。

 確かに聞いてみる気にはなったけど、今すぐそうするつもりはなかった。だがナツはよほど気になるのか、白状せざるを得ないような条件を出しつつ一気に走り出した。

 というかもう、俺に負けることはないと思っているのか公平さが全く感じられない。そんな不満を漏らしてみても止まってはもらえず、そのまま追いつくことなく駅へとゴール。

 なんか前にもこんなことがあったようなと思いながら息を整えていると、ナツは早く白状するよう促してくる。

 でもいくら負けたとはいえ、やっぱりタイミングは今じゃない。どうしても話せない旨を伝えると、ナツは意外にも大人しく引き下がってくれる。

 ……うん、本当にごめんよ、ナツ。いつか絶対、キミに聞きたいことを聞いてみせるから。俺はそう、静かにナツへと誓いを立てるのだった。

 

 

 

 

 




要するに晴人のためのお悩み相談室。
これで次回は主人公するのでご安心を。

にしても話が進まない。
なので、こういう布石回になる場合は連投しましょ。
書き溜めに余裕がある時に限りますけどね……。
明日も更新するのでよろしくお願いします。





ハルナツメモ その4【あだ名】
晴人にとって一夏からもらった【ハル】というあだ名は本当に特別なもので、一夏以外にはやんわりと呼ばせないレベル。
いつもハッキリとしない性格であるが、この一点だけに関しては譲れないらしい。
このことから、晴人の根幹にあるのは一夏であるということがうかがえる。


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第6話 笑って生きよう

日常回と見せかけ実は重要な話。
一夏ちゃんの心理描写にご注目ください。


『あ、あの、それ返してほしいな。僕、まだ描いてる途中で――――』

『うっせー! 知ってんだぞ、お前の爺ちゃん有名人なんだろ。マネしてこんなへたっぴな絵描きやがって!』

 

 ――――また昔の夢だ。こんな頻度で見るなんて、最近はいったいどうなっているのだろう。忘れもしないあの日、僕が俺になった時のことだ。

 確か小学校一年生の頃、同級生のガキ大将みたいな子に描いていた絵を取り上げられたんだったっけ。普段からオドオドしている僕は、彼にとっては格好の標的だったんだろう。

 多分、僕が困ったり悲しんだりしてるところを見て楽しんでいたんだと思う。得てして人間そんなものだ。他人の不幸は蜜の味なんて言葉もあるんだから。

 

『ヘヘッ、こんなもんこうだ!」

『ああっ……!』

 

 あろうことか彼は、僕が抵抗する気がないのをわかっていて画用紙を破り捨ててしまう。だが僕は、それが真っ二つにされるのをただ黙って見ているしかなかった。

 だってそうだろ。仮に俺が抵抗したってそれは彼を更に面白がらせるだけで、返り討ちに合うのが関の山だ。

 自分にそう言い聞かせた俺は、ただ彼が自分に興味を失って立ち去るのをひたすらに待つ続けた。ただ彼を面白がらせないためだけに全力を注いだ。

 その時だった――――

 

『お前、ハルに何やってんだ!』

『ナツ……』

『……っ! ハルの絵、破いたのかよ……。ハルが一生懸命描いてた絵なんだぞ……。お前はそれを……。許さねぇ! ハルに謝れ!』

『な、なんだよ! 文句があるならぶっ飛ばしてやる!』

 

 僕を探しでもしていたのか、そこに現れたのはナツだった。半泣きで散り散りになった紙を集める僕を見て状況を把握したらしく、ナツは一気に感情を爆発させた。

 こういう状態のナツは、例えどんな相手でも掴みかかっていくのだろう。今回もその例に洩れず、体格のいいガキ大将に躊躇なく詰め寄って行った。

 そこからは大立ち回りというやつで、二人はドタバタと砂埃を巻き上げながら殴る蹴るの喧嘩を繰り広げ始める。

 そして両者とも砂まみれになった頃、ナツのマウントポジションから放つ強烈なパンチがガキ大将の顔面にモロ入った。それが決め手となったのか、彼は大泣きしながらどこぞへと走り去っていった。

 

『……ったく、情けないやつ。ハル、大丈夫か』

『大丈夫かって、ナツの台詞じゃないじゃないか……。そんな、くだらないことで傷だらけになって。絵なんて、またいくらでも描き直せるのに……!』

 

 ナツは身体中に着いた砂を叩き落としながら、逃げて行くガキ大乗の背中に辛辣な言葉を投げかけた。

 けどそれはナツの台詞じゃない。僕がナツに言うべき台詞だった。

 だからものすごく情けなかった。僕は実害があったわけでもないのに。だから少し馬鹿らしく思えた。また描き直しができるのに。

 今度こそ僕が泣きながらそう伝えると、ナツまで怒り出してしまうではないか。

 

『くだらなくなんかねぇよ! ハルの努力を、ハルがくだらないなんて言ってんじゃねぇ!』

『けど……』

『けどもへったくれもあるか! いいかハル。相手が誰だろうと、俺はお前の努力を笑うやつがいたら許すつもりはねぇからな! 俺はハルが頑張ってんのを知ってんだよ! じっちゃんみたいな絵描きになりたいって頑張ってんのを、俺は近くで見てきてんだよ! それを、こんな……!』

 

 僕には始めどうしてナツがそんなに怒っているのかが理解できなかった。あれは僕が描きかけだった絵であって、ナツには関係のない話だっていうのに。

 けれどナツの、打ち捨てられた画用紙の残骸を拾うナツの悔しそうな表情を見て気が付いた。きっとナツは、怒らない僕の代わりをしてくれているんだって。

 それは確かに悔しくはあった。けど、下手な絵というのも間違ってはいない。描き直せばいいというのも本心だ。どちらかと言えば悲しいのであって、憤りに関しては全く感じていなかった。

 そんな僕に代わってナツは――――怒って、嘆いて、悔やんで、僕を励ましていてくれているんだ。そう考えた途端に、僕は――――

 

『ナツ、ごめん……。僕がもっと、もっとちゃんとしてれば、ナツが……!』

『泣くなって、こんなの怪我のうちに入らないからさ』

 

 この日のナツは、僕の嗚咽交じりの言葉をこう解釈したことだろう。僕がもっとしっかりしていれば、ナツが怪我することもなかったろうに……って。

 けど、違う。そうじゃないんだよナツ。僕が言いたかったのは、ナツが僕の代わりをすることなんてなかったのにって、そう、言いたかったんだ。

 ナツが僕の代わりに怒ったりとか悔しがるのは凄く嫌だった。僕が嫌な気持ちをする以上に、嫌な気分が胸中を渦巻いて仕方ない。

 僕がそんな気持ちにさせた張本人だという事実は、更に僕を嫌悪の坩堝へと落としていく。もはや真っ直ぐナツを見れないくらいに、僕はただ悔しくて――――

 

『ん~もうちょっとこう、ハルがなめられないで済めば――――あ、そうだハル。自分呼ぶの、僕から俺に変えてみろよ』

『え……?』

『口調とかオドオドしたの今すぐ直せとは言わねぇ。というか、別に俺は直さないでいいと思うけどな。でもよ、僕と俺とじゃ少しでも自分にガッツみたいなのを入れられるんじゃないかなって』

 

 ナツは四つん這いになっていた僕の顔を上げさせると、いいことを思いついたぞとどこか得意気な表情を浮かべた。

 そしてピッと人差し指を立て、とりあえず一人称を僕から俺へ帰るところからやってみようと提案してくる。

 そういうナツは僕を責めようという気は全く見られず、心底から僕がもっと力強くいられるよう願ってくれているのがよくわかった。

 瞬間、またしても目頭が熱くなっていくのがわかる。ナツはこんなにも僕のことを想ってくれているのかと。だから僕は、ナツの期待に応えたいという一心で――――

 

『あ、あぁの、その、お、お、お……俺……?』

『……ブッ! ハッ……ハハハハ! ハル、なんで自分のこと俺って言うだけでそんな不安そうなんだよ!』

『だ、だって、多分変だし、似合わないと思うから……』

『気にすんな、そのうちハルも周りも慣れるよ。じゃ、ハルも一歩前進したことだし帰ろうぜ』

『……うん』

 

 決意を新たにハッキリ俺と宣言するつもりだったが、直前で萎縮してしまう。最終的には疑問形交じりの俺が飛び出るではないか。

 そんな俺が可笑しかったのか、ナツはしばらく腹を抱えて笑い転げた。ナツに悪気はなかったろうが、羞恥で顔に熱が集まってしまう。

 でも、ハルがひとしきり笑った後に言った慣れるという言葉はどうも心強かった。まるで、そのうち胸が張れる時がくると言われているようで。

 そうしてナツは立ち上がると、未だ座りっぱなしだった俺へと手を差しのべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きてーっ!」

「わーっ!? なになに!? なにごと!?」

「何じゃないよもう。珍しく全然起きてくれないから心配するじゃない」

 

 突然耳元で鳴り響いた大声に驚いた俺は、布団を蹴散らしベットから転がり落ちるように飛び出た。まだ寝ぼけた頭で何が起きたんだと前方を見渡すと、ナツが目の前で仁王立ちをしているではないか。

 珍しく寝覚めが悪い……? その言葉からして、何度も起こしに来たということなのだろうか。どちらにせよ心配はさせてしまったらしい。

 多分だけど昔の夢を見ていたからだろう。俺にとっては始まりの日であると同時に、ナツにあんな想いをさせた日でもあるわけで。

 まぁ、とりあえず謝っておかないと……。……今謝ると、違う意味も込めてしまうかも知れないが。

 

「ごめん、心配かけて」

「ううん、それだけ大騒ぎできるなら大丈夫だよ。私のほうこそ、驚かせてごめんね」

「じゃあ、えっと、おあいこってことでひとつ」

「フフっ……。そうだね、そうしよっか」

 

 それこそ平日だったら布団を引っぺがされていたろうが、最大まで放置しておいてくれたのはナツなりの慈悲だろう。

 それにつけても限界がきたゆえの大声だったわけで、やはり迷惑をかけたのなら謝るというのは共同生活を送る上での鉄則だ。

 それでいて、ナツのように許すことも……かな。かれこれ十年にも及ぶ同居してきたが、こうして尊重し合うことで特に大きないざこざも起きたことはない。

 そうして俺はまた、差し伸べられたナツの手を取って立ち上がった。

 

「ん~……! 日差しが気持ちいいね~」

「そうだね、絶好の洗濯物日和って感じで」

 

 朝食を済ませた俺たちは、いつものように協力して洗濯物へと取り掛かる。とはいっても、後は干すだけで完了の段階だが。

 庭先に出ると、ナツは爽やかな日光を浴びながら大きく背を伸ばす。時分は春。ポカポカ陽気に包まれるのが気持ちいいというのは全面的に肯定だ。

 それだけでなく、単純に干した洗濯物が乾くというのは精神衛生上非常によろしい。逆に雨だとすごく憂鬱な気分だ。スケッチもし辛い天候だしね。

 

「それじゃ、始めよう。ハル、いつもどおりお願いね」

「うん、任せて」

 

 ナツもいい天気で気合が入るのか、フンスと鼻息を鳴らして開始を宣言。いつもどおりにという言葉を受け、いつものように洗濯籠へ手を伸ばす。

 しわにならないよう丁寧に扱いながら服をハンガーへ引っ掛けると、それを更に物干し竿へ。そんな単純作業を機械的にこなしていった。

 見る見るうちに洗濯籠の中身は減っていき、俺たちの慣れというものが伺える。初めは普通に身長が足りないで苦労したものだが。

 ……それにしても、この光景もなかなか絵になるのかも知れない。爽やかな風に揺られる服やタオルなどの洗濯物。それが爽やかな青空の下……か、ふむふむ。

 

「ハル、お疲れ様」

「ナツのほうこそ。お疲れ様」

 

 構図やら配色やらを脳内シミュレートしている間に干す作業は終わり、ナツが俺を呼ぶ声で意識が一気に引き戻された。

 いけないいけない、ボーっとしていてナツに怒られるところだった。まぁ心配して言ってくれているのはわかるけど。

 さて、この後は各所の掃除をしないとならない。手早く戻って手早く終わらせよう。そう思って縁側からリビングへ戻ろうとすると、ナツが俺に声をかけてきた。

 

「ねぇ、少し休憩しようよ。せっかく日差しも気持ちいいんだし」

「いいね。たまにはひなたぼっこもオツってやつかも」

 

 ナツのほうに目を向けてみると、縁側に腰掛けて俺に手招きをしていた。休憩がてら、もう少しこの爽やかな日差しを浴びようとのこと。

 それは大いに賛成だった。確かに今日の日差しは格別快い気がしていたところではある。そういうわけで、俺もナツに倣って縁側へ腰を下ろす。

 今となってはこの距離感も慣れたものだ。かつてなら遠慮していたこと請け合い。ナツの放つフローラルな香りには未だドギマギさせられるが。

 それでもこうして他愛のない話をしていれば気が紛れ、俺たちの間には一見穏やかな空気が流れる。そう、一見は……ね。

 やはり解せない。ナツの醸し出すこの楽しそうな様子はいったいなんなんだ。ここのところ男だった時よりもいっそう顔つきが明るい気さえする。

 ……たまには相手を傷つけてしまうことを恐れるな。ここはハッキリさせておくべきだろう。ずっと俺の中でわだかまりだった、その笑顔は本物なのかということを。

 

「ナツ、ひとつだけいいかな」

「いきなりどうしたの?」

「キミ、最近無理とかしてない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミ、最近無理とかしてない?」

 

 さっきまで日常会話を楽しんでいたというのに、急に真剣な顔つきをしたハルがそう切り出した。無理? 無理とはいったいなんのことを言っているのだろう。

 家事のことか? 確かに習いごとの影響で時間が足りない日もあるが、別に無理をしているということはない。ハルの世話は俺がやりたくてやってるわけだし。

 でも無理と言われると家事全般のことしか思いつかない。他の例を挙げようと腕組しながら頭を捻って考えるも、それらしいものはなにも浮かばなかった。

 

「ごめん、なんのことかいまいちわからないや」

「……キミは、ナツは、どんなに辛い時でも大丈夫だって笑うだろ。昔なら間違いなく見抜けた自信はあるけど、今はわからないんだ。だって今のナツは、昔のナツよりずっと楽しそうに見えるから」

 

 素直に教えを乞うことにすると、ハルはなんとも言いにくいかのように俯き加減にそう尋ねてきた。辛い時だって……か。確かに心当たりはある。

 千冬姉の影響か、はたまた両親が俺たちを捨てた事実があるせいか、潜在意識的に強く生きなければと思っている節はあるかも知れん。

 単純にハルに心配をかけたくないというのもあるのだが、この調子ではどうやらバレバレだったみたいだ。それはさておいて、本題に戻そう。

 ハルはどうやらここ最近の俺が無理して笑っているように思えたらしい。その原因は、ここ最近の俺がかつての俺より楽しく生きてるふうだから、だそうだ。

 そのかつてというのは間違いなく男の時より。俺としては口調と仕草が変わっただけでかつてのように過ごしていたつもりだが、ハル視点ではそう見えていたようだ。

 困ったな、全く自覚がないからなんとも言いようがない。しかし、それこそ俺が無理をしていない証拠なのだろうけど。でも昔のように見抜けないらしいから嘘ついてるって思われたら困るしな。

 

(いや、でも……)

 

 ……楽しいような気もしてきた。そりゃ最初はいろいろ大変だったけど、弾を始めとした男女問わずかつての友人たちの反応もあまり大差ない。

 不安の裏返しというやつだろうか。受け入れてもらえなかったらどうしようとか考えていたしで、肩の荷がおりたとでも言えばいいのかな。

 そしたら一気に吹っ切れたというか、女の子として過ごすのも苦を見つける方が難しくなった。たぶん女子たちと深い友人関係を結ぶようになったからだろう。

 女装という感覚は薄れないながらも、ファッションに気を遣うのってけっこう楽しいもんだ。あ、やっぱ俺楽しんでんじゃん。

 まぁなにより、ハルが今までどおりでいてくれるのが一番の救いなんだけどな。そうでなければ俺は、こんな考えはもたなかったはずだろうから。

 あぁそういえば、ハルに料理の腕が上がったのではと言われた時には本当に嬉しかった。ハルに美味しいと言ってもらうのもここいらは楽しみで――――

 

(……なんだ、思ったよりも俺は――――)

「えっと、ナツ。回答に困るんなら別に、その、聞かなかったことにしてくれても大丈夫だけど」

「楽しいよ」

「え?」

「うん。私、楽しく生きてる」

 

 この感情が心まで乙女に染まりつつあるせいかはわからない。けど、どうやら俺は男の時よりも人生を謳歌しているようだ。

 それら全てはハルがくれたもので、ハルと共にあれるから俺はそう思えるんだと思う。だって俺とハルは、十年もの歳月を重ねてきたのだから。

 ハルと話すのが楽しい。ハルに食事を作るのが楽しい。ハルと過ごす一分一秒が楽しい。そう思えるのは、それが当たり前のことではないと気づけたから。

 だってそうだ、俺が女の子になって拒絶されていれば、ハルといて楽しいなんて思えるはずもない。そうか、そうなんだ。この何気ない時間は、とても尊いものなんだ。

 

「だからハルはさ――――」

「むぐっ……!」

「もっとたくさん笑って?」

 

 ハルは元からあまり笑わないやつだ。微笑みを浮かべるようなことはあるけど、俺でも腹から笑った姿はほとんど見た覚えがない。

 それ以外の時はなんだか難しい顔つきなことが多く、何をそんなに思い詰めるのかと心配になるくらいだ。

 しかもハルが考え込むような様子を見せる機会はここのところ増える一方。そう、ちょうど俺の姿がこうなった時期ほどから。

 そう思うと、なんだか悔しさが込み上げてくる。ハルこそが俺を笑顔で居させてくれているのに、そのハルは俺が原因で考え込むなんて。

 だからこの際物理的でもなんでもいい。俺はハルの頬を優しめに撮むと、少しだけ力を込めて口角を上げさせた。

 しかし、口元だけ笑顔になっても目元に変化がないのでどうにも違和感が残る。そんなハルの中途半端な表情を前に俺は――――

 

「……プッ…………」

「笑ってって言っときながら、人の顔見て笑うのはどういう了見!?」

「ごめんごめん、ちょっとシュールだなって思っちゃって」

「まぁ、うん、肝に銘じてはおくけどさ」

「あ、今笑った」

「え? そ、そう?」

 

 こういう時ほどハルの反応は早いもので、頬を紅く染めながら俺に抗議をぶつけてきた。即座に手を離して謝ると、ハルはまったくとでも言いたげに口元を撫でる。

 そしてハルの手が口元から遠ざかった一瞬、ほんの一瞬だがその顔が自然な笑みを浮かべていることを見逃さなかった。

 思わず指を差しながらそう指摘すると、ハルは自分でも笑顔だったことに気づいていなかったような反応を示す。そうしてまた、なにか考え込むような表情に戻ってしまった。

 これは失敗だったと眺めていると、ハルはなんだか言い辛いことなのか、ゆっくりひとことずつ紡いでいくかのように言の葉を飛ばす。

 

「ナツがくれたものだと思う」

「へ?」

「喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、全部ナツが俺にくれたものなんだ。キミに、もう俺の代わりはさせたくないから」

「ハル……」

「だから、そうだね。なるべく笑って生きよう。俺も、ナツも」

「……うん!」

 

 ハルがそう言ってくれるのは嬉しかったが、正直何を言っているのかはよくわからない。特に後半部分の、代わりはさせないという部分。

 それはきっとハルの中に確と存在する信念か何かで、いくら俺とて気安く触れていいところでもないのだろう。

 というよりも、今はただ他のことに集中したい。この胸の奥に宿るような、温かく、それでいて切ないようなこの感覚に。

 これの正体こそまったくわかったものではない。けれど身を委ねずにはいられない。手放すにはあまりにもおしい。なぜだかそう思える不思議な感覚だった。

 すると、次第に我が身が熱を帯び始めていることに気が付いた。笑って生きよう。そう言って照れたような笑みを浮かべたハルを見ていると、カッと燃え上がるかのようで……。

 

「よーっし、休憩終わり! ハル、気合入れ直して頑張ろう!」

「ん、了解。じゃあ俺はいつもどおり水回りを」

「お風呂場、足滑らさないように気を付けてね。昔みたく大事はヤだよ」

「い、いちいち蒸し返さないでいいじゃないか。だいたい、あの時もみんな大げさなだけで――――」

 

 俺に残されている選択肢と言えば、込み上げてくるなにかを誤魔化すように振る舞うくらいだった。勢いよく立ち上がれば、いつもの調子に戻れた気がする。

 ハルもそんな俺の姿を見てから立ち上がり、どうにもノソノソと動くようにしてリビングのほうへと戻って行った。

 基本的に水回りがハルの担当ということになっているが、かつて風呂掃除中に派手に転んで大きなたんこぶを作ったという前科がある。

 それ以降俺の心配は晴れないもので、再三注意するもあまり聞き入れてはもらえない。多分だが、本人からすると抹消したい記憶なのだろう。

 しかしそうは問屋がなんとやら、逃げるように奥へと進むハルへ最大限注意を払うよう促しておいた。

 最後のほうは観念したのか、こちらへ向き直りつつ終始殊勝な態度で俺の言葉を聞き入れてくれるように。

 そして指令を与えるかのようにビシッと敬礼を送ると、ハルは慌てながらも敬礼をしてからキビキビと風呂場へ向かって行った。

 その背を小さく笑いながら見送ると、俺もリビングを掃除すべく掃除用具を手に取った。

 

 

 

 

 




一夏ちゃんの心内を書いている時が一番筆が進みます。
今回で晴人との日常が当たり前のものではないという認識になりました。
つまり一夏ちゃんの中で晴人が特別なものという認識であるのと同義でして。
つまり……? ウフフ……今後の展開を待たれよ。


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第7話 託された願い

お気に入り登録が100件を超えました。
誠にありがとうございます。
これからもコツコツ頑張るので応援のほどよろしくお願いします.

さて、恐らくは晴人の身内である最後の一人が登場する回です。
……と言いつつ、作中では既に故人ですが。
晴人が悩んだらちょいちょい出てくるとは思いますけれど。


「失礼しました」

 

 放課後に職員室へ来るよう呼び出しを喰らった俺は、説教というより有難いお小言を貰ってから教師のたまり場を後にした。

 これだけ聞けば俺が問題行動を起こしたように聞こえるだろう。確かに、ある意味ではいじめの主犯とかで呼び出されるのよりも問題なのかも知れない。

 職員室を出る前に担任の先生から受け取った一枚の紙を手にし、俺は出先の廊下で盛大な溜息を吐いた。すると、真横から俺に声をかける人物が。

 

「問題児さん、何をやらかしたの?」

「わっ、ナツ。ごめん、待っててくれたんだね。でも、その性質の悪い冗談は勘弁してよ」

 

 先に帰ってと言っておいたせいか、居ると思っていなかったぶん驚きも大きい。俺を問題児と称するその顔は悪戯っぽく、すぐに冗談というのは理解ができた。

 きっと、俺が単体で先生に呼び出されるのがレアでからかってみたくなったのだろう。弾と数馬に巻き込まれる場合はままある。

 だけどそれを抜きにしたって問題児というのは少しどうなのだろうか。困った様子でそう返すと、ナツは軽い調子でごめんごめんと謝罪を述べた。

 

「でもホントになんの用事?」

「う~ん、ここではちょっと……。帰りながら話すよ」

 

 いつまでも職員室前でたむろするのもよくない。そういう理由もあるが、個人的にこの要件は学校で話す気にはなれなかった。

 だが逆に、誰かに相談したい案件であるというのも確か。まぁ誰かにって、ナツに聞いて欲しいと言った方が的確ではある。

 そういうことなので、廊下の先を突くようなジェスチャーを見せ、とりあえず歩こうとナツに促す。ナツの返事を待ち、それから俺たちは連れ立って歩き出した。

 昇降口で上履きから靴へと履き替えしばらく歩いて校門へ。するとそのあたりで、立て込んだ話なら買い物の後でも構わないかと聞かれた。

 ……なら俺が聞いて欲しいのはバレてるのね。さいですか。いつしかナツが理解の早い幼馴染はいいものだと皮肉交じりに言ってきたが、なんだかやり返された気分になってしまう。

 帰り道の途中にあるスーパーへと立ち寄って夕食の買い物を済ませると、ナツが持ち歩いているエコバッグを半分ずつ持ちながら再び帰路へつく。

 ナツが女の子になってからは俺が持つと言っているんだが、どうにも俺ばかりに負担はかけたくないとナツの頑固が発動して今に至る。

 ナツ曰く折衷案らしいんだけど、これはどうも周囲の視線が生暖かくて苦手だ。やっぱり止めないかって提案したらなぜかむくれるし……。

 

「ハル、そろそろ話せそう?」

「へ? あ、ああ、うん、そうだね、大丈夫、話すよ。ええと――――」

 

 気恥ずかしさが原因で悶々とした考えを浮かべていると、不意にナツが再び質問を投げかけてきた。羞恥心を振り払うかのように、どもりながらも悩みを打ち明ける。

 俺の悩みというのは、この先の進路について。つまり、どこの高校を受験するかについて悩んでいるんだ。

 先生に呼び出されたのは、進路希望の提出をいつまでも先延ばしにしていたから。もらった紙は早く提出しろという暗示なのか、もう一枚希望書をわたされたということ。

 

「悩んでるんだ? てっきり美術科のある高校一択と思ってた」

「ああ、やっぱりナツでもそう思う?」

 

 悩みと呼び出された理由を語って聞かせると、ナツはとてつもなく意外そうだとでも言いたげな視線をこちらへ向ける。

 なんというか、周囲の人たちはどうにも俺がそういう道を進んで当たり前と思っているようだ。多分、誰に話しても似たような反応だと思う。

 それを理解が足りないとは言わない。だって俺の面倒くさいところが発動してる自覚はあるし。けど、けどなぁ……どうにも踏ん切りがつかないでいる。

 

「どんなものごとだって、一生勉強とか研鑽を続けるものだと思うんだ。それこそ俺なんてまだまだだし、そういう学校に行って経験を積みたいって考えはある」

「そんな立派な考えがあるんなら、行くだけでも価値はあるはずだよ」

「……それがさ、その先を考えてしまうんだよね。きっと、芸術家として最大のご法度をさ」

 

 踏ん切りがつかないのは単純明快、俺の臆しがちな部分がそうさせている。なにかって、現実はそこまで甘くはないってこと。

 仮に美術科のある高校ないし美術専攻の学校なんかに通って、そこからさらに美大にでも進学するとしよう。さて、その先はいったいなにが待ち受けているのだろう。

 それは社会の荒波というやつ。それでなくともお金の回りが寂しい昨今で、果たして新進気鋭の芸術家が食べていけるだろうか。

 いやいや、俺だって自分の絵をお金儲けのために描くつもりなんて毛頭ない。描きたいから描いてるだけであって、そういうのは後から着いて来るものだ。

 けど、それこそ現実は甘くないというもの。社会に出たなら何かしら職を手に付けお金を稼ぎ、自分自身で生計を立てるのも大事なことだ。

 何も美術を専攻したからといって絵関係の職に就かなければならないとも思ってはいない。しかしだ、現実的な発想が最初から浮かぶくらいなら趣味の範囲で留めていたほうがいいのではとも思う。

 爺ちゃんを見てきたからわかることだが、職にならないようなことを貫き通せるのは命を懸けているからだと感じた。

 俺には多分、そこまでの覚悟はない。だからこんな中途半端な奴がそういう道を選ぶのは、命を懸けられる人たちに失礼なんじゃないかって。

 

「あ~……それはなんというか、ハルの主張も間違ってはないかも。私としては手放しで応援してあげたいんだけどなぁ」

「ナツはさ、夢とかある? フユ姉さんに恩返しするとか以外で」

「夢? ……うん、実は最近できたんだ。どうしても、叶えたい夢ができたの」

 

 俺が悩みと自分なりの考えをそのまま伝えると、ナツは額に手を当てて俺の比じゃないくらいに難しい表情を浮かべた。

 ナツの応援したいという言葉が俺にそこはかとなくダメージを発生させるも、想ってくれているというのは嬉しく結果的には五分五分といったところか。

 悩みを聞いてもらう時に質問してみようとは思っていたが、 参考までにナツの進路について話してもらおうかとたずねてみる。

 叶えたい夢ができたのだと語るナツの目は、なんだか物理的ではない遠くを見据えていたように思う。そしてこれは、深く聞いてはならない案件らしい。

 なんとなくだが、ナツが習い事のことをはぐらかすときと同じオーラを感じたから。きっと俺に話せないそれ関係のことなんだろう。間違いなく立派な夢には違いない。

 

「そっか、応援してるよ。頑張って。力になれることがあれば――――」

「ハルは私のことより自分のことを考えなきゃダメでしょ」

「ごもっとも……」

「……そうだ。ハル、今度の休みにアトリエへ行ってみない?」

 

 俺なんかでも少しくらいナツの役に立てられればと思ったんだが、確かにナツの言うとおりにまずは自分のことを優先して考えなくては。

 だがどうにも、やはり誰かに相談してなんとかなる問題でもなさそうだ。目指すにしても止めるにしても、どちらかに傾くような大きなきっかけが欲しい。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、ナツはいいことを思いついたと新たな提案を出してくれた。持つべきものは幼馴染である。

 ナツの言うアトリエというのは、もちろんだが爺ちゃんが所有していたもので、俺は爺ちゃん亡き後の管理を任された身だ。

 どうしても集中したいときとかは使っているが、後はたまに掃除をしに行くくらいのものだ。だが、爺ちゃんの作品等はあの日のまま時が止まっている。

 ナツはきっと、爺ちゃんの作品や思い出に触れられれば掴めるものがあるかもと言いたいのだろう。

 

「……うん、そうしてみるよ。今は少しでもヒントが欲しいから」

「決まりだね。それじゃ、次の日曜日ということで」

 

 やはりナツに相談してみて良かったと思える瞬間だ。俺一人でウダウダ悩んでいたとして、アトリエに向かうなんて発想は浮かばなかっただろうから。

 ナツの提案に肯定の姿勢を見せると、なぜだかナツも一緒に来る気らしい。そうまでしてもらうのは申し訳ないような気もしたけど、否定するとまたむくれるから止めておくことにしよう。

 そうしてやってきた次の日曜日、画材一式を詰め込んだリュックサックを背負っていざ爺ちゃんのアトリエへ。

 場所はそれなりに遠いもので、自転車とかで向かえないこともないが電車のほうが楽でいい。そうして移動することしばらく、木造でどこかアーティスティックなデザインの建物を見上げる。

 その建物には大きな看板が掲げられており、アトリエ燦々と銘打っていた。これこそが俺の祖父、日向(ひむかい) 晴善(はるよし)の作品が生み出されていた場所。

 最近は来ていなかっただけに、爺ちゃんへの懐かしさを感じつつ鍵を開ける。扉をくぐると少々埃っぽいものの、息をするのもしんどいということはなさそうだ。

 

「……本当に、ここはいつ来ても寂しい気分になるね」

「……いつまでもこうしてたって、何も前に進まないのはわかってるつもりなんだけど」

 

 アトリエ内をグルリと見まわしたナツは、飾りっぱなしの爺ちゃんの作品へと近づきそう呟く。やはり時が止まっていると感じずにはいられないのだろう。

 たまにここへ来ては掃除をするとは言ったが、移動させた額なんかもキッチリ同じ位置に戻すようにしている。

 それが俺の爺ちゃんに対する未練というものを顕著に表していた。まだまだたくさん、爺ちゃんとしたいことが山ほどあったから。

 ……いけないいけない。悩みを払拭させるためにやって来たというのに、爺ちゃんのことを残念がっている暇はない。

 その解決策とするならばやはりあれか。画板に固定されたままの画用紙。そこに描かれているのは青空と太陽のみ。

 これこそが爺ちゃんの遺作であり、無念にも描きかけで終わってしまった未完の名作。そして、俺へと引き継がれた作品だ。

 

「それ、例の課題だっけ」

「うん。爺ちゃんが俺に遺した最後の課題だよ」

 

 ――――そう、未だに終えることのできない爺ちゃんの課題。

 

『爺ちゃん!』

『晴人か? ほぅ、偉いじゃないか。一人でここまで来られ――――ゲホッ! ゲホッ!』

『はぁ……はぁ……! 爺ちゃんが、病院抜け出したって聞いて、それで、絶対ここって思ったから……!』

 

 五年ほど前のあの日、自宅に病院から連絡があったのを聞いてアトリエまで飛んできた。重い病気を患っているはずの爺ちゃんの姿がないのだと言うではないか。

 アトリエへ来てみれば案の定、爺ちゃんはまるで当たり前のように画用紙へ色鉛筆を走らせている。だが無理をしているのは明白。苦しそうな咳が全てを物語っていた。

 近づいてみたらなおのこと。脂汗が浮いているし顔色も良くない。何より、爺ちゃんの色鉛筆を持つ手は小刻みに震えていて――――

 俺はなんとも情けない声を上げ、爺ちゃんに懇願するようにして安静を促す。

 

『ねぇ、お願いだから大人しくしようよ! 爺ちゃん、じゃないと本当に――――』

『晴人、これを見てみなさい』

 

 必死に爺ちゃんの腕を掴んでそう訴えてみるも、まるで俺の声なんて聞こえてやしないかのように振る舞われてしまう。

 爺ちゃんは俺の肩を掴むと、自分の正面に立たせて描きかけの絵を見せてくる。そこには、本物と見まごうようなタッチで描かれた太陽が大きく写されていた。

 リアルな描写は爺ちゃんの得意とするところで、細かな色分けで精密に描き、写真のような絵は日向 晴善の代名詞でもある。

 しかし、そんなことは孫である俺にはなんの新鮮味もない。なぜそんなことを今と不安な顔で爺ちゃんを見上げると、その大きな掌で俺の頭を撫でつつ爺ちゃんはこう言う。

 

『この絵は、どうか晴人に完成させてほしい』

『え、いや、あの、なんで、そんな』

『ワシはもうすぐ死――――ガッ……! グフッ!』

 

 太陽の元に照らされている何かを描き切ってしまえば完成だろうに、爺ちゃんは残りを俺に任せたいのだと言う。

 俺にはその意図が全く読めなかった。作品の残りを他人に任せようとすることそのものが理解できなかった、とでも言ったほうが正しいのかも知れない。

 そうやって爺ちゃんの意図もわからずただ画用紙を見つめていると、爺ちゃんが大きな咳とともにフローリングへと膝をつけるではないか。

 

『爺ちゃん!? 爺ちゃん、しっかり!』

『晴……人……。人を喜ばせようとして、絵なんて描くものでは……ない……ぞ……。どうか思うままに……思うとおりに……晴人の本当に描きたいものを……ゴフッ! 描く……といい……ゲッホ! ガハッ!』

『もう止めて……止めてよ爺ちゃん! 絵のことなんて今はいいから……。長生きしてくれたほうが、ずっとずっと嬉しいから! 俺だけじゃないよ、父さんや母さんや、ナツにフユ姉さんだってきっと――――』

 

 次第に爺ちゃんは息も絶え絶えの様子になっていき、呼吸をするたびコヒューと空気の抜けるような音が聞こえた。

 上手く呼吸すらできていないということは子供だった俺にもわかり、俺に何か伝えようとしているのをまともに聞いてはいられない。

 そんな悲痛な爺ちゃんの姿はいよいよ見てはいられず、俺は大粒の涙を流しながら無理をするのを止めさせようとする。

 しかし爺ちゃんも己の死がすぐそこに迫ってきているのがわかっていたのか、向こうも俺を無視するかのように伝えたいことを述べていく。

 やがて爺ちゃんの咳きこみに血が混じり始めた頃、ともかく長生きしてほしいと、気でも変わってくれたらと説得を続けるが――――

 

『だからどうか……晴人の本当に描きたいもので……ワシの作品を埋めておくれ……』

『嫌だ、俺は描かない! 爺ちゃんが自分の手で完成させれば――――』

『晴人……ワシはな……お前と一緒に絵が描けて……本当に……しあ……わ……せ……――――』

『…………爺ちゃん? 爺ちゃん。……爺ちゃん! ねぇ、爺ちゃんってば! 返事をしてよ、爺ちゃぁぁぁぁああああん!』

 

 しばらく取り乱してしまったが、すぐさま救急車を呼んだ。しかし、後に聞いた話では俺に全てを伝えきったころには既に息を引き取っていたらしい。

 爺ちゃんを看取った医師はこうも言っていた。人とは時折科学で証明されている事柄をも超えて行くと。

 どうにも爺ちゃんは歩けるような状態でもなかったようで、本当に最期の力を振り絞ってアトリエへと足を運んだんだとか。

 ……もしかすると、ここへ来れば俺がやって来るとでも考えたのだろうか。今となってはそれはわからないが、もしそうだとするならば、なおさらこれを完成させないわけにはいかない。

 

(いかない、のにな……)

 

 ずっと、ずっとだ。あの日以来、頭と心の片隅に爺ちゃんの遺言が――――爺ちゃんの最期の願いがこびりついている。

 それは何度も色鉛筆を取ってなにかを描こうとはしたさ。しかし、それこそ爺ちゃんの願いが俺の邪魔をし続けた。

 俺の本当に描きたいものとは、いったいなんなのだろう。気ままに描けと爺ちゃんは言いたかったのだろうが、こんなことばかり考えてしまっていっこうに作画は進まない。

 こんな俺を爺ちゃんはどう思うだろうか。まったく仕方ない奴だと笑い飛ばしただろうか。それとも、ええい情けない奴めと叱咤しただろうか。

 ……今になっては、もう、わからない。俺には何もわからないんだ。

 

「ハル、スマイル。あっ、なんか語呂がいいかも」

 

 どうにも自分の世界に入ってしまったのか、ナツが以前のように頬を抓って無理矢理笑わせて来た。眼前にあるのはナツの微笑み。

 なんだかあれ以降、俺が考え込むとナツはこうするようになった。俺たち二人のお約束がまた増えたということ。

 相も変わらず時と場合を選ばないのは止めて欲しいが、これをやられるとなんだかこう、むず痒いとでも言ったら良いのだろうか。そんなよくわからない感覚が胸の内を過る。

 

「ねぇハル、スケッチブック見せて」

「それは構わないけど、どうする気?」

「こういう時には、共通点や相違点を捜すのも手と思ったの」

 

 未だ頬に残るナツの手の温かみを感じていると、スケッチブックを貸してくれとの要求が。素直にリュックサックから取り出して渡すと、俺の絵と額に飾られている爺ちゃんの絵を見比べ始めた。

 その表情は真剣そのもので、俺の力になれるよう頑張ろうとしてくれているのが痛いほど伝わってくる。

 ならば俺もこうはしていられない。いつまでも現実から目を背けたって、前になんか進めるはずないじゃないか。

 爺ちゃんへの想いをいったん振り払い、ナツの後ろから覗き込むようにして俺も自身と爺ちゃんの絵の見比べを始めた。

 

「なんていうか、やっぱりタッチや画風は似てるかな」

「爺ちゃんから教えてもらったり、盗んだりした技術だから」

 

 爺ちゃんは真似しようとしてできるものではないと言っていたが、俺もそれなりに日数をかければ写真のように精巧な色鉛筆画を描くことができる。

 それらのノウハウというものは爺ちゃんが惜しまず伝授してくれて、後の技法だとかはそのまま見て盗んだ。

 けどそのせいか、どうしても画風が似通ってしまったというか。俺としては意図して似せているつもりはないんだが。

 そういうふうにしばらくあーだこーだと議論してみたものの、ピンとくるような感覚はまるでない。無駄骨だったかと俺が諦めかけたその時。

 

「……ハルが描く絵、風景画とか静物画が多いよね」

「え……?」

「うん、やっぱりそうだよ。ほら、こっちの使い切ったのも」

 

 ナツが見ていたスケッチブックを一ページ目から捲り直すと、風景画や静物画ばかりだと指摘してきた。

 更には他のスケッチブックも同様で、どれだけ過去に遡っても大きな変化は見られない。そう指摘された俺は、思わず爺ちゃんの描いた作品へと詰め寄った。

 それはもちろん爺ちゃんだってそういうのもたくさん描いている。けど、俺の多さと比べてしまえば可愛いものだ。

 いったいいつからだ。俺が自らの感性に任せ、自らの世界を描かなくなったのは。俺が自分の世界を表現したつもりで描いていたのは――――

 

(ただそこにある景色だけ……)

 

 何も風景画や静物画そのものを描くことがいけないことだとは言わないが、得意気にやってきたのは模写の域を出ない。

 昔はこんなことなかったはずなんだ。爺ちゃんに連れられてアトリエを初めて訪れ、爺ちゃんの描いた世界に感動したあの頃は、もっと俺は……。

 確か、爺ちゃんが俺が子供の頃に使っていた自由帳か何かを取っておいたはず。俺はおもむろに引き出しを開ける作業を始めると、とある棚にて探し物は見つかった。

 恐る恐る中を覗いてみると、そこには拙いながらも模写に相当する絵は存在しない。……なんだ、そんなことだったのか。

 俺は、こんな簡単なこともできないでいたんだ。

 

「ナツ、悪いけど時間もらえるかな? 戻ってくれても全然構わないけど」

「ううん、いつまでも待ってるよ。絵を描いてるハルを見るの好きだし」

 

 リュックサックから俺愛用の七十二色入りの色鉛筆セットを取り出すと、おもむろに爺ちゃんの課題の隣へと置いた。

 大変失礼なことながら、今の感覚が消えないうちに手早く作業へ入りたかった。それゆえナツに目もくれず帰っても大丈夫だと提案するが、それは本人に却下されてしまう。

 ナツはかつて、絵を描く俺はなんかいいと言っていた。それがサラッと好きに昇華しているも、特に照れるでもないのは集中しているから。

 そうして俺は吟味した色鉛筆を手に取ると、長年描けないでいた爺ちゃんの課題へ、あまりにも簡単に筆を走らせ始めた。

 

(爺ちゃん、見てて)

 

 なんだかんだと描けない理由を並べてきたが、俺はやっぱり余計なことばかりを考えていたんだと思う。

 それは例えば爺ちゃんの意図。爺ちゃんが本当はこの太陽の元に何を描きたかったのか。そういうことを考えてしまっていたんだと思う。

 そんなこと生きていようが亡くなっていようが、考えるだけ初めから無駄だというのに。自分の世界も描けない俺が、他人の世界を描けるはずがない。

 そもそも、爺ちゃんの意図は爺ちゃんの中にだけあるものだ。俺がそれを代わりに描こうなどと、おこがましいにもほどがある。

 そして、かつての俺は自らの世界を描くことができていた。その確かな事実が俺を奮い立たせる。だって、こうしていると思い出すんだ。爺ちゃんとの日々を。

 そうだ、この感じだ。あの頃は、とにかくなんでも思った通りに描くのが楽しかった。これを思い出した日には俺の手が止まるようなことは一切ない。

 そして作画開始から数時間後。今までの悩みが嘘のように、長年のひっかかりであった絵は完成した。俺の、本当に描きたいものを描くことによってだ。

 

「……できた」

「よく見せて。……ハルとじっちゃん、だよね」

 

 絵が完成したと呟けば、それまで正面から俺を見守っていたナツが隣から作品を覗き込む。するとそこには、俺と爺ちゃんと認識できる人物が。

 構図としては背を向け、決して顔が見えないように配慮した。表情は見る人たちに想像してもらいたいところである。

 そして俺の姿は現在のもの、爺ちゃんの姿は元気だった頃に近い。これは俺のこういう未来があったならば、という願望的なものだ。

 それも含めて、俺が描きたかったものはこれなんだと思う。人はいずれ死ぬものであるが、爺ちゃんといつまでも楽しく絵が描けたらなって。

 

「爺……ちゃん……。描けた……描けたよ。爺ちゃんの言ってたとおりに、僕の描きたいもので、爺ちゃんの絵を……絵を……完成させることができたよ……!」

 

 ずっと苦しみやら爺ちゃんへの申し訳なさを抱いていただけに、僕の中に宿る一抹の喜びは涙となって現れた。

 ネガティブでない涙なんていつぶりに流したろうか。もはや思い出せすらもしないが、嬉しくて出る涙はこうも熱いものだったろうか。

 とめどなくあふれる涙を拭っていると、なにか温かく柔らかい感触が僕を包んだ。そしてこの、鼻腔をくすぐる甘い香りは――――

 

「ナ……ツ……」

「せっかく描けたのに、涙が落ちちゃったりしたら台無しでしょ?」

「……うん。ごめん、すぐに泣き止むから……。だから、今だけは……」

 

 それらの判断材料から、ナツが僕を抱きしめているというのはすぐにわかった。僕を落ち着かせるためだというのも。

 いつもなら大慌てで飛びのいているところだが、生憎今の僕にそんな余裕はなかった。せっかくなので、ナツの温もりに甘えることに。

 ナツの身長は縮んでしまって現在は僕よりも小さい。身体も華奢になってしまっている。こうして触れてみると、本当に女の子そのものだ。

 これはなんというか、まずい。中毒性でもあるのか、もう二度と離したくないような気さえ――――あたりまで考えて気恥ずかしさが勝り、僕はそっとナツから離れた。

 

「あの、えっと、本当にありがとう。なんとか落ち着いた」

「フフッ、どういたしまして」

 

 今のナツにとって俺と抱き合うのがどういう感覚かは知らないが、こんなの大したことじゃないと言わんばかりに柔和な笑みを浮かべた。

 瞬間、俺の心臓がドキリと高鳴る。そ、そうか、かつてナツに落とされた女子たちはこれを味わっていたわけだ。

 つい勢いよくそっぽを向いてしまうと、顔が赤いと心配された。どうせ熱でもあるのかと的外れなことを聞いてくるのは見えているので、俺は急いでこう切り出す。

 

「そ、それとさ! もう一つ感謝したくて。ありがとう、ナツのおかげで決心がついたよ」

「それじゃ……」

「美術科のある高校、目指してみるよ。ナツのおかげで吹っ切れたっていうか、今は自分の世界をたくさん描いていけたらなって思うんだ」

「……そっか。うん、力になれて良かった!」

 

 さっきも言ったが、ナツがアトリエに来ようと言わなければこうはならなかったはず。見えなかった道を見つけるきっかけをくれたのは間違いなくナツだ。

 本当は感謝してもしきれないくらいなのだが、ナツはどれだけ真摯にしても大したことではないと言うのだろう。

 その証拠に、俺の進路が定まったことを自分のことみたく喜んでくれている。華の咲くような笑顔を見せられ、俺の心臓がまた一つ大きな鼓動を打った。

 

「よし、それじゃ今日はお祝いだね」

「お祝いって、なんの?」

「なにって、じっちゃんの課題が終わった記念。ハルの大好物、いっぱい作るから期待しててよ」

「ア、アハハ……。まぁ、ちょっと頑張ればすぐ終わるような課題ではあったんだけども」

 

 ナツは記念だと言って張り切っているが、俺が無駄に考え過ぎていたせいで終わらなかったために大げさと感じてしまう。

 完成した俺と爺ちゃんの合作を空いた額にしまうと、自宅の仏間に飾るつもりなので大変だが持ち帰ることに。

 仏間ならば爺ちゃんが一番近くで見られる気がするし、何よりこの絵をアトリエに置いておくことはしたくなかった。

 そうしてリュックサックをかるい額を小脇に抱えると、夕食の買い物をしにスーパーへ寄ってから帰宅する流れに。

 俺はたくさん作ってくれるらしい自分の好物に想いを馳せつつ、ナツの買い物に手を貸した。そうして俺たちは、またエコバッグを半分持ち合いながら帰路につくのであった。

 

 

 

 

 




時期が偶然にも卒業シーズンと被ったわけですが……。
皆さんは夢をお持ちでしょうか?
もしお持ちの方がいらっしゃるのであれば、微力ながらも応援させてください。






ハルナツメモ その5【晴人の一人称】
今話で晴人の一人称が一部【僕】になっているが、とある理由があってのこと。
詳しくは明かせないながら、ある意味では晴人の素とでも表現できる。
昔のことを思い出している際以外の晴人が自分のことを僕呼んだ場合、それはより晴人の本音が露見しているようなものと考えていただきたい。


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第8話 花束をキミに

今回あたりから晴人が本格始動。
設定にある【やる時はやる男】というのをようやく描写できそうです。
より顕著になるのは学園に行ってからになりますが。


「ごめん、今日も遅くなりそう!」

「謝らないでよ。感謝する道理はあっても文句言う筋はないからさ」

「それこそ気にしないでって感じなんだけど……。でもありがとう。それじゃ、またね!」

 

 放課後になった途端、ナツは俺に両手を合わせて謝罪してきた。ここのところ遅くなることが多いからだろう。

 だがその謝罪は俺にとって筋違いも甚だしく、いちいちそんなに悪びれなくてもいいのになというのが率直なところでもある。

 世話してもらって文句言うとか、ただただ最低な奴だ。そもそもそういうことでナツに不満は感じたことはないので、俺としては快くナツを見送った。

 さて、となると今日はどうするか。するべき家事はあったかな、なければ部活に出向かなければ。なんて考えていると、弾と数馬の両名が俺の両サイドに陣取った。

 

「え、えっと……」

「行ったか?」

「う、うん、行ったね」

「遅くなるっぽいよな?」

「そ、そうだね、遅くなるみたいだね」

 

 てっきりまた茶化されでもするんだと身構えていると、なんだか仕草がヒソヒソとしていることに気が付いた。

 いったいどうしたのだと様子を伺っていると、弾と数馬は交互につかぬことを聞いてくるではないか。

 ナツが行かなければ不都合でもあるのだろうか? ナツが遅くならなければ不都合でもあるのだろうか。

 特に思い当たる節があるわけでもなくクエスチョンマークを浮かべていると、二人は善は急げだと俺を教室から連れ出した。

 

「え!? ちょっ、ちょっと、なんなのさ!」

「なんなのさってお前――――おっ、蘭! 計画どおりだぞ!」

「本当!? でも油断はしないようにしないとね!」

(な、なんなんだろうか)

 

 廊下に出ると同時に、慌てた様子でこちらに近づいてくるのは弾の妹の蘭ちゃん。周囲からすればいつものメンバーだろうが、いまいち状況が呑めてない俺はとにかく混乱するばかり。

 だがこの雰囲気を見るに緊急性があることなんだろう。とりあえず質問するのは学校を出てからにしよう。

 そう思っていたのだが、弾や数馬はまだしもとして蘭ちゃんまでもが走る走る。これは聞く暇がなくなるぞと感じた俺は、大声で三人に向けて呼びかけた。

 

「ご、ごめーん! これなんで急いでるのか教えて欲しいんだけどー!」

 

 息を切らしながら必死でそう叫ぶと、三人は息ピッタリな様子で足でブレーキをかけた。すると、何言ってんだコイツみたいな目を向けられてしまう。

 え? 何? この状況は俺が悪いの? みたいな感じでオロオロとしていると、三人は顔を見合わせてからゆっくりこちらへ近づいてきた。

 

「何って、サプライズパーティーの準備だろ?」

「サプライズって、誰が主役の?」

「誰って、一夏さんですよね?」

「……ナツの何を祝ってパーティー?」

「何をって、代表候補生入りを祝してじゃん?」

 

 俺が質問しては息の合った様子でそれぞれがリズミカルに回答を寄越す。へぇ、そうかそうか、ナツが代表候補生にね。それは確かにめでたいもんだ。

 代表候補生というのは、IS業界において国から様々な恩恵を得られる特別待遇。スポーツ選手で例えるのならば強化指定選手といったところか。そして真に実力のある者は後に国家代表、国を背負う立場となる。

 国からの恩恵で最もわかり易いのが専用機の譲渡かな。とある事情でISは467機が絶対数となっているのだが、そのうちの一つをワンオフの機体として得られるということ。

 で、ナツがそんな特別中の特別の枠を勝ち取ったということか。うん、思えば思うほどめでたい。そっかーナツが代表候補生かー。そっかー……そっかー……――――

 

「だ、だ、だ、だ……代表候補生ぇぇぇぇええええ!?」

「そのリアクション、マジで知らねぇのな」

「知るわけないだろそんなの! いつ!? いつから?!」

「冬休み頃にはそうでしたよ?」

「だいぶ口止めはされたけど、俺ら三人はすぐ知らされたみてぇだったけどな。な、弾」

「ああ、だから晴人は知らないなんて思いもしなかったぜ」

 

 内心で平静を装ってみたが、それは空しい努力で終わる。こんなの驚かずにいられるはずがないじゃないか。

 弾は俺が知らないことにあちゃーというようなリアクションを見せるが、むしろなんでキミらが知ってるのか小一時間くらい問い詰めたい。

 と思ったが、ナツの言う習い事がIS関連のことなどだとすれば、あらゆることにつじつまが合うような気がした。

 普通ならもっと大々的にニュースになっていることだろうが、ナツの存在が秘匿されているのはわけがあるのだろう。それは勿論、ナツが元男という点についてだ。

 それでなくとも女尊男卑が蔓延する世の中だというのに、元男が代表候補生入りということが割れればどうなるかわかったものではない。

 過激派女尊男卑主義の女性は何を仕出かすかわからない。あらゆる情報が出ないのは、ナツを守るためだろう。

 特に学校などの狭いコミュニティなんかで、ナツが元男だということは最初から割れている。だから我が学校から代表候補生排出! ともならないわけだ。

 それは理解できたが、どうして俺には隠して弾たちには話したのだろう。それが解せないでうんうんと唸っていると、蘭ちゃんが口を開いた。

 

「あの! 一夏さん、話したくても話せなかったんだと思います」

「それは、口止めって意味で?」

「そうじゃなくて、ほら、代表候補生ってことはIS学園に行くのはほぼ確定ですから……」

「なんか学園ってか島だもんなアレな。どうにも全寮制みたいだぞ?」

「やけに詳しいなおい」

「女の園なんか興味津々に決まってるだろ! いい加減にしろ!」

「お前がいい加減にしろよ」

 

 今日も変わらず平常運転な数馬は放っておくとして、俺は蘭ちゃんの言葉に衝撃を覚えた。だってそれは、辛いから話せなかったってことじゃないか。

 ……もしかしてナツの夢っていうのは、フユ姉さんの果たせなった連覇を達成することなんじゃないだろうか。

 今思えば遠くを見据えていたあの目は望んだ未来に想いを馳せるのと同時に、寂しさも含まれているように思えてきた。

 そうか、そうか……。ナツが夢を叶える過程では、ナツと離れ離れになることを強いられてしまうのだな。それは俺も、すごく寂しいな。

 ……いや、何を弱気な。ナツが夢を追いかけて、徐々に実現へ近づいていっているというのに。俺の進むべき道を照らしてくれたナツを応援してあげられないでどうする。

 たった今聞いたことだが、このパーティーをナツから離れるための起爆剤と位置付けることにしよう。だとするならば――――

 

「えっと、みんなプレゼントとか用意してる?」

「まぁ、気持ち程度のやつはな」

「そっか。じゃあ俺、今からなにか探して来るよ。蘭ちゃん、家の鍵を任せていいかな」

「はい、任されました!」

 

 パーティーというよりナツのお祝いに近いのだから、みんなそれなりに何か用意していると思ったがどうやら当たりらしい。

 俺がみんなにそう問いかけると、弾が代表して答え、後の二人も同調するように首を頷かせてみせた。

 ならば今知ったとしても十分に何かを買いに行ける時間の余裕はある。ちょっとした問題はあるが、今から出かければ間に合うだろう。

 パーティは俺の家で開くと予想して蘭ちゃんに鍵を渡すと、同意が得られたので間違いはなさそうだ。よしそれなら――――って、あれ?

 

「あのさ、ナツのことは別にしてもなんで俺はパーティーのことも知らないんだろう?」

「いや、俺はてっきり数馬がだな」

「俺はてっきり蘭ちゃんが」

「私はてっきりお兄が……」

「「「「…………」」」」

「……悪い、ホウレンソウがしっかりしてなかったみてぇだな」

「い、いや、そういう時もあるって。気にしないで。じゃあ俺行くから、準備は頼んだよ!」

 

 ナツのことは本人から聞いていたと思っていたようだからいいとして、パーティのことなんて教えてもらわないとわかるはずがない。

 だが、どうやらこれに関しても、既に俺の耳へは入っていたと思い込んでいたようだ。ご覧のとおり、誰かが伝えたであろう精神の元で。

 罪の擦り付け合い。ではなく単に事実をあるのまま話してくれているせいか、三人は揃ってバツの悪そうな顔をしている。

 わざと伝えなかったのだとするならそれは大問題だが、三人に悪気はないので責めるのはお門違いというやつ。

 三人も反省してるみたいだし、俺もナツのプレゼントを用意するために頑張ろう。後のことは託し、向かうべき場所を思い浮かべながら走り出した。

 

(……なんて意気込んだのはいいものの。タイミングが悪すぎるんだよなぁ)

 

 俺は自宅近くの小さな商店街をトボトボと歩きながら、中身がなんとも寂しい財布に対して大きな溜息を吐いた。

 実はつい数日前にどうしても欲しい画材に小遣いを使ってしまい、今月はろくなものが買えないような状態である。

 サプライズパーティーのことさえ既知ならば画材も我慢したんだろうけど、何分今しがた聞かされたばかりだからどうしようもない。

 結局のところ、買えたのは安っぽいヘアピンくらいのものだ。留め金の部分がひまわりを象っていて、ナツだけに夏の花のものでという単調な思考の末にこれを購入した。

 というのもあるが、それを抜きにしてもナツはずっと前髪を邪魔そうに触っていた覚えがある。決して無駄な物にはならないだろう。

 けどなぁ、やっぱりちょっとちゃちであることも否めない。プレゼントはお金をかけることが全てではないが、どうにも物足りなさを感じずにはいられなかった。

 とはいえ金欠である事実はいかようにも変えることはできない。正直に話して弾や数馬に前借でもすればよかっただろうか。

 

(いや、でも、お金の貸し借りはなるべく避けたいし。けど四の五の言ってる場合でも……)

「晴人くん、何か困ってんのかい?」

「おばさん、こんにちは。まぁ、困ってるのは確かですね」

 

 ふと俺に声をかけて来たのは、花屋を営む年配の女性であった。ここの商店街は小さい頃から頻繁に足を運んでいるため、ナツ共々顔見知りが多い。

 このおばさんもそのうちの一人で、豪快な性格をしているせいかよくしゃんとしなと叱られたものだ。

 俺は難しい顔をしていることが多いらしいが、わざわざ声をかけてきたということはかなり困っているのが表に出たのかも知れない。

 誰かの知恵を借りたいのも間違いではないため、ゆっくりとことの顛末を離してみることにした。すると、おばさんはいつものように豪快さを発揮する。

 

「女の子には花束を贈るのが一番ってもんさ。お金のことは気にしなくていいから、ウチのを持って行きな!」

「いや、その、申し訳ないですけど気にする性質なんです。ここは気持ちだけで」

 

 おばさんとしてもナツはすっかり女の子判定のようで、事情を聴くなり花束を包んでくれてやると生き生きとした様子を見せる。

 が、それはすぐさま丁重にお断りを入れておく。只より高い物はないなんていう言葉もあるし。まぁおばさんが後から見返りを求めるなんてことはないだろうけど、それでもだ。

 そんな俺の性分をつまらないとおばさんは切り捨てるが、まだ協力してくれる気は持ち合わせているらしい。ふむ、おばさんに倣って俺も知恵を絞るとしよう。

 そもそもナツと違って俺にできることが少ないのも問題なんだ。ナツなんか、この冬何の気なしに手編みのマフラーなんかプレゼントしてきた。

 これならもっと何かに特化せず、器用貧乏で落ち着きたかったところだ。何ができるって、俺には絵を描くことしか――――

 

(……いや、たまにはこう考えろよ。絵を描くことができるんだって)

 

 そうだ、せっかくナツがわからせてくれたことを腐らすのはもったいない。ナツがわからせてくれたことを、ナツのために使うチャンスなんだ。

 例のリュックサックは普段から持ち歩いている。おもむろに背中から降ろして中を覗くと、画材一式がいつものようにしまわれていた。

 今これに何かを描いて、それをナツへの贈り物とするとすれば? そしておばさんの女の子へは花束を贈るのが一番という言葉――――

 次の瞬間、俺の脳内で点と線とが繋がった。

 

「おばさん、少しお願いが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴人には悪いことしちまったなぁ」

「数馬が気にすることじゃないよ。そもそも私が話さなかったのが悪いんだし」

「いやぁ、でもパーティのこと知らなかったのは完全に俺らのせいだし?」

 

 急いで家に帰ってみると、俺の代表候補生入りを祝してとかでパーティが開かれているもんだから驚いた。

 メンバーとしては弾、蘭、数馬といつもの面子だったが、そこになぜかハルの姿はない。事情をかいつまんで聞けば、ホウレンソウがなってなかったんだとか。

 そろそろパーティーもお開きにしなければならない時間も差し迫ってきており、数馬が遠くを眺めるように悪いことをしたとボヤく。

 根本的な原因がどちらにあるかと聞かれれば微妙なところだが、やっぱり俺がISに乗っていたことを伏せていたのも大きな要因だと思う。

 経緯や事情は省くが、口止めされていることも確かだった。が、やはり先に待ち受けている別れが辛いというのが大半の要因を占めている。

 ……なるべくならハルの隣に居たい。女の子になってからというもの、なぜだかそんな想いが強くなっていくばかり。

 けど、それを推しても叶えたい夢ができた。女の子の身になったからこそISに乗れるようになって、乗れるようになったからこそ、目指したい頂が見えた。

 千冬姉の成しえなかった二連覇を、いつの日か――――

 

「一夏さん、メールの返信とかないんですよね」

「そうなの。気持ちだけで十分だって送信したんだけど」

「アイツ、そういうとこ律儀が過ぎるからな」

 

 ハルは俺を頑固だと言うが、向こうもなかなかなものだ。きっとメールを見ていてもあえてスルーしているんだろう。

 仮に返信が来たとして、そういうわけにはいかないからーってなるのも目に見えている。本当に、弾の言うとおり律儀なもんだ。

 隠しておいてなんだが、ハルにおめでとうと言ってもらえれば俺はそれで十分だ。それが何よりも価値があるものだってのに、ハルは――――

 

「ただいまー!」

「噂をすればなんとやらか」

「一夏、行って来いよ」

「うん、ちょっと待ってて」

 

 乱暴に玄関が開閉する音が聞こえたかと思えば、間髪入れずにハルの慌てたような帰宅を知らせる声も響く。

 俺がそれにピクリと反応を示せば、弾と数馬が妙にニヤニヤしながら迎えに行って来いと急かしてきた。

 そりゃ俺のためを思って走り回ってたみたいだから迎え入れるのは筋ってものだろうが、なんだか気に入らない笑みと感じてしまうのはなぜだろう。

 決してそれは表に出さずに立ち上がってリビングから出ると、予想外にくたびれた様子のハルが目に入ってそれどころではなくなってしまう。

 俺はすぐさま駆け寄ると、玄関に倒れこむハルを優しく揺さぶった。

 

「どうしたのハル!? 大丈夫!?」

「し、心配しないで、その、少し、走ったり集中したりで疲れて、それだけだから」

 

 ハルはあらゆる要素において並みを誇る。そのため決して体力がないわけではなく、ここまで疲弊した姿なんて覚えはない。

 大丈夫と言いつつ伏せたままだし、わずかに見える額には汗が流れ出ているのがわかる。この寒いのにこんな汗かいたら風邪ひくだろうに、まったく。

 なんて内心でブツクサ言いながらハンカチで汗をぬぐっていると、突然その腕を掴まれた。驚いた拍子に何ごとかと大きな声を出しそうになったその時―—―—

 

「ナツ、代表候補生入りおめでとう。なんていうか、家族として本当に誇りに思うよ」

「これ、花束……? でも――――」

 

 ハルが息を乱しながら俺に手渡したのは、色鮮やかな花束だった。しかし、それはとてつもなく薄っぺらな紙の花束。

 ハルが描いたであろう数々の色、形をした種類の花たち。それを輪郭を沿うように切り抜き、一輪の紙の花が出来上がる。

 数えきれないほどのそれを作って本格的なラッピングを施したのが、紙の花束の正体ということなのだろう。

 

「ハル、もしかしてさっきまで――――」

「う、うん。実は金欠でさ、本物を買う余裕はなくて。だから花屋のおばさんに頼んで描かせてもらったんだ」

 

 詳しく聞けば、本当に今の今までずっと花を描いていたらしい。とにかく一輪でも多く用意したかったとのこと。

 おかげで少し雑だなんてハルは言うが、全然そうには見えない。きちんと表裏描かれているし、遠目であれば本物と勘違いしてしまいそうなクオリティだ。

 

「ナツが思い出させてくれたから」

「え?」

「ナツが俺のやりたいことを思い出させてくれた。だから俺も、ナツのやりたいことを全力で応援したい。それはその証拠になればいいなって」

「えっと、それはどういう――――」

「……ナツのことを考えてたら、自然とその作品が生まれてきたんだ。あの日ナツが思い出させてくれなかったら、絶対そんなことなかったと思うから。だから――――」

 

 ハルはいつものように俯き加減だが、見据える瞳には強い意志のようなものが感じられた。それでいて、顔つきもどこか逞しく思える。

 俺が変化を感じるということはよほどのことであり、それこそがハルの気構えがかなり前向きになったことを顕著に表している。

 そしてハルはそれを俺のおかげだと言う。本当に描きたかったものを思い出させてくれたのは俺だと。だからこの紙の花束というひとつの作品が生まれたのだと。

 

「まだ見守っていてほしいっていうのが本当のところだけどさ。俺は大丈夫、どうか信じてほしい。ナツの夢が叶うまで、ナツの夢を応援し続けようと思う。それで叶ったその時はさ、今度こそ本物の花束を贈らせてよ」

「っ……」

 

 どうやらハルは、やりたいことにすら頭を悩ませていた自分はもう居ないと言いたいらしい。ようやく立ち上がったハルの表情を見れば、自嘲が混ざっているのも間違いではなさそうだった。

 でも、ハルの口から単純に前向きな言葉が出るのは珍しい。何様のつもりと言われてしまうとそれまでだが、本当に成長したんだなと思う。

 いつもふたこと目には自分を貶すようなことを呟いていたあのハルが、あまつさえ俺を応援するくらいに心の余裕を持ち、こんな素敵な作品まで生み出した。

 そんなことをされてしまえば――――

 

「これでいいよ……。これ以上、素敵な花束他にないよ……! ありがとうハル。大切にするから……!」

「え、ちょっと、な、何も泣かなくったっていいのに。だ、大丈夫?」

「泣くよ、泣くでしょ! もう、人の気も知らないで! 私がどれだけ……!」

 

 ハルにどうこう言っておきながら、俺も嬉しくても悲しくても泣いた記憶というのはあまりない。だが、こんなの涙をこらえられるはずがなかった。

 本当にこれ以上があるとは思えない花束。ハルが少しずつでも前向きになりはじめていること。それらはもちろん嬉しかったが、俺は何よりハルが夢を応援してくれると言ってくれたのが心に響いた。

 基本的に他人本位の言動をとるやつだし、これまで応援されたことは何度もある。しかし、夢という部分で感覚が異なるのかも知れない。

 俺もなかなかフワフワしたやつで、それなりに千冬姉やおじさんおばさんに恩返しができたらという程度のことしか考えていなかった。

 だけど新しい目標ができて、夢ができて、今日までそれなりに努力や苦労を重ねて代表候補生の座を獲得するに至った。

 けれど俺が夢へと近づいていくことは、ハルと離れてしまうことを意味する。ハルには悪いけど、置いて行くには心配な部分がありありだ。

 けど今の言葉でそんな心配は全て吹き飛んでしまった。だってハルが信じてって言ったんだ。応援し続けると言ってくれたんだ。

 だとするなら後俺がすべきなのはただひとつ。応援してくれるハルのためにも、俺の夢を叶えるということのみ。

 

「えっと、どれだけ、どうしたの?」

「それは……。どれだけ、どれだけ……どうしたんだろ?」

 

 俺がどれだけから先の言葉を言えないでいると、泣いていることもあってかハルが落ち着いて続きを話すよう催促してきた。

 だけどなんだろうか。どれだけという言葉は出たというのに、俺自身その先に何を言おうとしていたのか想像がつかない。

 どうしたんだろうと首を傾げてみると、ハルはなんじゃそりゃと言わんばかりの苦笑いをこちらに向けた。

 それはそうだ、そんなもの俺でも困るわ。だが考えども考えども何を言おうとしたのかは浮かばない。ただ唯一わかることがあるとするなら――――

 

(熱くて、痛くて、苦しい……)

 

 いつしか、ハルと共にあれることは特別なことだとわかったあの日と同じだ。胸の奥がじんわりと熱くて、キュッと握られでもしたかのように心臓が痛い。

 やはりあの日と変わらず悪い感覚ではないと思える。むしろこの感覚を味わっているときの俺はとても幸せなんだと思う。しかし、あの日と少し違う点もあった。

 それは何か、苦しさのようなものが追加されていること。心臓が痛くて苦しいとかそういうのではなく、なんだろう、モヤモヤすると言い換えればいいのだろうか。

 この感じに関してはあまりいいものとは言えないな。なんかこう、うん、ホントにモヤモヤして仕方ない。せっかくの悪くない方の感覚がうやむやになってしまうではないか。

 というかなんだ、俺は心の病気か何かなのか? 女の子になっても特にびくともしなかった鋼のメンタルはいったいどこへいったのやら。

 

「ナツ、本当に大丈夫?」

「え? あ、うん、平気だよ。それより、上がってご飯にしよう。ハルの分、ちゃんと残しておいてあるから」

「そっか、それは有難いな。なんか一気にお腹空いてきちゃってさ」

 

 俺がずっと黙りこくっていたせいか、ハルは本格的に心配そうに顔色をうかがってくる。そこでようやく意識が戻った俺は、心配させぬよう別の話題を挙げた。

 するとハルも見事に食いつき、腹をさすりながら靴を脱いで家へと上がった。ハルはそのままリビングへ向かおうとするが、食事をするなら手洗いうがいを忘れてはならない。

 そう指摘すると、キビキビと洗面所のほうへと歩いていく。俺はその間に自分の部屋へ。緊急的にハルのプレゼントを置けるスペースを作り、紙の花束をそっと飾った。

 

「フフッ……」

 

 ハルから受け取った世界一素敵な花束を眺めていると、自然に笑みがこぼれてしまう。そしてまた例の感覚が胸中を駆け抜けていった。

 この感覚の正体、いつかわかる日がくるのだろうか。もしわかったとして、その先に何が待ち受けていたりするのだろうか。

 それこそわかったものではないけど、不思議と大事にしていければと思うのは確かだった。だって、こんなにも幸福な感覚なのだから。

 俺はハルに花束を受け取った瞬間を思い出しつつ、もう一度笑みを零す。そうして階下で騒ぎが聞こえ始めたリビングへと、急いで駆け下りていくのであった。

 

 

 

 

 




あまり露骨な描写にならないようにするのが大変。何がとは言いませんが。

一夏の代表候補生入りですが、こうしておかないと物語的に不都合ゆえ。
というか、原作だと男であるという理由から専用機を得ていたので、むしろこうしなければ不都合しかないとも言えますが。
専用機獲得の経緯もだいぶ異なりますが、それは後のお話を待たれよ。


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第9話 女の子ってわからない

晴人のお悩み相談室第二回。
ホント悩んでばっかだなコイツ。
追々、追々ちゃんと主人公しますんで……はい。


【ハルトナツ】に初めて評価が付きました。やったぜ。
風呂敷マウント様、本当にありがとうございます。


「おはようハル。ご飯できてるよ」

「ん~……? うん、今起き――――」

 

 とある休日の朝。いつものどおりにナツの声を耳にした俺は、半ば条件反射のごとく布団を退けて上半身を起こした。

 寝ぼけた頭でナツの満足そうな反応を見ていると、そのことがまずおかしいことに気が付く。ナツは今朝ここに居てはならないはず。

 俺からすればとんでもない疑問なわけだが、生憎まだ脳が通常活動の状態にすら入ってくれない。問いただす前にナツはリビングへ降りてしまった。

 ならばせめて急がなくてはと、いつもならゆっくり着替えるところを超速で済ませてからリビングへ。実際に降りてみると、確かに朝食が用意されていた。

 カリカリに焼かれたトースト&ベーコンエッグ。付け合わせにトマトとアスパラメインのサラダ。そしてコーンスープと安定のハイクオリティである。

 

「おっ、今日は調子いいね。いつも朝はのろ~って動くのに」

「う、うん、質問したいことがあって。ナツさ、朝からISのことがある日は朝食は作れないって言ってなかったっけ?」

 

 俺があまりにも手早くリビングへ降りたせいか、ナツは皮肉ると言うよりも冗談めかすように、日ごろの俺のスローモーションな動きをモノマネしてみせた。

 その様子が可愛らしくてドキッとしてしまうが、やはりそれどころではない。俺はすぐさま混乱するレベルの疑問を解消しにかかった。

 ナツが習い事を始めてから――――もとい代表候補生を目指し始めた頃のことだ。習い事を始めることになったから、いろいろできない家事が増えてしまうと謝り倒された。

 その代表格となるのが朝食の用意である。そりゃ朝早くから習い事があるのに朝食なんて作ってる場合でもないだろう。

 俺も気にしないでという旨で済ませたし、できれば用意してほしいなんていう我儘も言った覚えはない。だからこれまでずっとその体制でやってきた。

 なのに今日はこれだ。まったくもって意味がわからない。それすなわちナツは今日も朝から忙しいということなんだけど、いったいどういう心境の変化で?

 

「そうだけど、まぁなんとなく」

「な、なんとなく?」

「なんとなく、なるべく多く、手料理を食べてほしいなって思うようになったから」

「…………」

「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。ハルには悪いけどいつもより時間早いし」

 

 理由を聞いたらなんとなくで返された俺はどうすればいい? それでもって、いったいなんなんだ。なんでそんなちょっと照れているんですか。

 顔赤いしで目をそらされてるわで、そんなナツはいじらしいというやつがピッタリ当てはまる気がした。それは俺だってなるべくナツの手料理は食べたいけどさ……。

 ハムエッグとかサラダとか、焼いただけとか切っただけとか思うでしょ。この子ソースも手作りしちゃうんですよ。またそれが美味しくて箸が止まらない。

 っていうかホントだ。混乱のし過ぎで気にもならなかったのか、起こされる時間がいつもより早い。……でもそうまでして食べてほしいって思うって、本当にどういう心境の変化でいらっしゃるの。

 

「ハル、温かいうちに食べてくれたら嬉しいんだけどな」

「あ、えっと、ご、ごめん。それじゃあ、その、いただきます」

「フフっ、どうぞ」

 

 本当にナツがどういうつもりなのか全く意図が読めず立ち尽くしていると、既にテーブルへついているナツが着席を促した。

 確かにせっかく作ってもらったのなら温かいうちに食べるのが礼儀だ。考えるのは食べながらとか食べた後でもできる。

 慌てて席へついて両手を合わせると、ナツは見惚れるような柔らかい笑みを浮かべてからどうぞ食べて下さいと返した。

 それを合図にするかのように食事を始めるが、悶々としているうちにペロリと平らげてしまった。……また一段と美味しくなっている気がする。

 というか、なぜかナツが食事をする俺を楽しそうに眺めてくるのも悪いと思う。なんというか、慈愛の混ざったような視線は俺から思考力を簡単に奪い去ってしまった。

 

(いやいや。いやいやいやいや。何これ、なんだこれ? なんかナツが――――)

 

 いつもより数倍は可愛く感じて困るんですけど。

 いやホントなんだこれは勘弁してくださいよナツさんあまりにも突拍子がなさ過ぎてどうにも対応しきれないと言いますかそういう態度をとられるとどうにも男は馬鹿だから勘違いってものを起こして――――

 ということを延々考えながら、俺にのみ任されている仕事である食器洗いへと身を投じる。……が、やはり集中なんてできたものではない。

 ナツが見ていなかったからいいものの、手を滑らして食器を割ってしまいそうになることがしばしば。いや、しばしば起きるのはいかんでしょ。

 ……いかんでしょ。あの表情はいかんでしょ……。そりゃナツはとっくの昔に女の子としてみるようにしているが、どちらかと言うならあれは――――

 

(お、お、お、女の顔っていうか……)

「ハル」

「ふぁああああっ!?」

「ど、どうしたの!? 考え事でもしてた? ごめんね、驚かしちゃって」

「い、いや大丈夫! こ、こっちこそ大声出して申し訳ない……」

 

 ナツの様子について考えている最中に声をかけられたせいか、驚いて食器を落とすどころか投げ捨ててしまうところだった。

 しかも出したことのないような奇声もおまけで発してしまったせいか、声をかけてきたナツのほうも驚かせてしまったらしい。

 口元を隠しながら謝罪しつつ振り返ると、俺の奇声がよほどおかしかったのか、ナツがこらえるような笑顔を浮かべている。それくらいなら笑ってくれた方がいっそ助かるけどな。

 

「で、その、どうかしたかな」

「あ、そうそう。私、そろそろ出るから。ひとこと言っておこうかと思って」

「そっか、わかった。無理のない程度に頑張ってね」

「うん、ありがと! それじゃ、行ってきます!」

 

 声をかけたということは大なり小なり用事があるということだろう。今回の場合は小なりに該当するくらいかな。

 俺が食器洗いを始めたと同時に姿を消したと思ったら、どうやら出発の準備をしていたようだ。大き目のバックを肩から掛け、家を出る前にあいさつをとのこと。

 確かに何も言わずに居なくなられたら普通に心配する。今日に限っては集中できていないし、ひとこと言っておいてくれて本当に助かった。

 なんとか落ち着いた心神でナツを送り出す言葉を贈ると、元気な様子でガッツポーズを見せてから、ドタドタと床を鳴らして玄関の方へ消えていった。

 ふと時計に目をやると、今くらいが以前まで俺が起床する時間だ。ISのことがある朝は、俺を起こすとせっせと出発していたんだけど。

 ……ダメでしょ。やっぱこれよくないと思う。結果的に俺も早起きになったわけだが、忙しいはずのナツはもっと早起きしているということじゃないか。

 逆に夜遅くまで勉強とかしているだろうに、今朝のナツは何時に起きたんだ? どうにもいたたまれなくなった俺は、急いでナツを追いかけた。

 

「ナツ!」

「あの、えっと……ハル? ど、どうしたの? そんな真剣な顔して……」

 

 タオルでキチンと手を拭いてから追いかけてみると、ナツは靴を履き終えたくらいのところだった。そして扉を押そうとするその手を制し、痛く感じないであろう力を込めてナツを引き留める。

 するとナツの顔は見る見るうちに赤くなっていくではないか。だからいったいキミになにがあったというんだ。見ているこっちも心臓が早くなる。

 って違う違う。何もそんな特別な意味があってナツを引き留めたわけではない。流石に申し訳がなさ過ぎることを伝えなくては。

 

「その、よくわからないけどこの感じはナツに負担がかかり過ぎだと思うんだ」

「え……?」

「うん、俺のことなんかで無理しちゃダメだよ。ナツのほうがよっぽど大変なんだからさ、別に朝食くらい今までどおりだって――――」

「…………」

「…………ナ、ナツ……?」

 

 俺としては全身全霊でナツのことを気遣っての言葉だった。いずれ国を背負うであろう逸材の邪魔はしたくない。

 それにやはり俺とナツはいずれ離れる運命にある。いつまでもナツに頼りきりで依存したままではなにも始まらない。

 そう、少しでもナツの力になろうとしての言葉だったというのに、どういうわけかナツの表情は一変。なんの前触れもなく陰ってしまった。

 

「……そうだね。今までの感じで上手くいってたんだから、そっちの方がいいよね! ……うん」

「え、いやあの、ナツ? なにか傷つけるようなこと言ったなら――――」

「ハル、心配してくれてありがと! それじゃ私、今度こそ行くから!」

「ちょっとナツ!? 話を――――行っちゃった……」

 

 いつしか、ナツの無理しているないし嘘の笑顔くらいなら見抜けると言った。ああ、見抜けるとも。だって、たった今ナツが浮かべた笑顔がそれなのだから。

 俺は瞬時に何かまずいことを口走ったのだと悟ったが、謝ろうにも取り付く島もない。ナツは俺の言葉を無視するくらいの勢いで飛び出て行ってしまった。

 ……その場に居られなくなるくらいに悲しませてしまったと? ……無理はしないでって、ナツのためを思って伝えたのに? それがナツのためにならない言葉だった? なら俺は、いったい……どうすればいいんだ?

 

「……女の子って、全っ然わからない……」

 

 女の心と秋の天気は変わりやすいなんて格言? みたいなのを聞いた記憶があるが、本当に一瞬にしてナツを曇らせてしまった。

 仮にナツを傷つけたのなら謝りたい。が、何を謝ったらいいのかわからない。原因になったのは無理をしないでって伝えたことなんだろう。

 でもそれの何が悪かったのか本当に見えない。……早急に誰かに相談した方がよさそうだ。女心なんて恋もしたことない若造一人でどうこうしようとするのが間違っている。

 え~っと、それなら消去法で……。弾と数馬はまず却下、まともに取り合ってくれない。蘭ちゃんも俺に思うところがあるみたいだし止めておいたほうがいい。

 じゃあ母さん……もダメだ。女の子を傷つけたことに間違いはないとすれば、相談というより俺が延々説教される形になってしまう。

 ということは、初めから選択肢なんてひとつだったということだ。

 

「もしもし父さん? 今大丈夫かな。……うん、時間が作れそうなら相談したいことがあって――――」

 

 父さんとは問題なく電話が繋がり、相談があるとだけ口にした。向こうも快く了承してくれて、昼時に指定の場所へ行くよう指示を受ける。

 時間を見てこの間ナツと父さんで寿司屋へ行った駅へと向かう。ならこのあたりが父さんの勤めている職場があるのだろう。十五年生きての新事実である。

 さて、指定の場所といってもかなりアバウトな表現をされたからどうしたものか。確か、高層ビル付近の喫茶店とか言ってたな。

 とりあえずここらで最も高いビルの元へ足を運ぶと、その目と鼻の先に小洒落た感じの喫茶店らしき店構えが見えた。ここだとするならビルは目印になるだろうが、どうなることやら。

 

「いらっしゃいませ! 一名様ですか?」

「あの、ダンディズムの塊みたいな中年男性が入ってませんか?」

「ダンディズム……? ああ、お得意様のことかも知れませんね。 それでしたら、こちらのお席にどうぞ」

 

 父さんの特徴を簡潔に伝えてみると、店員さんは心当たりがあったようだ。というか、自分で言っておいて今のでわかるとは思いもしなかった。

 店員さんの案内に従って奥へと進むと、慣れた様子で席にたたずむ父さんの姿が。お得意様とか言われてたし、きっと常連なんだろう。

 父さんに倣って席へ着くと、すぐさまメニューを選ぶよう促された。父さんとしては奢る気が満々らしい。相談にも乗ってもらうのに申し訳がないな。

 でも相変わらず子供が遠慮するものじゃないと返されるのがオチなので、甘えさせてもらうことにしよう。

 俺はパッと目に入ったメニュー票のトップに書かれていたハンバーグステーキセットを注文する。きっとイチオシのメニューに違いない。

 かしこまりましたと店員さんが下がったと同時に無言タイムが始まってしまうかと思いきや、父さんはこちらの近況を訪ねてきた。

 先ほど起きたことは除き、ナツにサプライズパーティーをしたことなどを話してみる。それと、俺が爺ちゃんの課題を終わらせたことも。

 

「そうか、親父も喜ぶだろう」

「うん、きっとそうだって信じてる。家の仏間に飾ってあるから、帰る機会があったら見てほしいな」

「そうしよう。……晴人」

「うん?」

「よくやった」

「……うん」

 

 父さんにとって爺ちゃんがどういう人だったかは詳しく知らない。少なくとも仲が悪いということはなさそうだが、二人揃ったところをなかなか見たことがないからな。

 ただ、親父も喜ぶと言った父さんの顔は、見たこともないくらいに穏やかなものだった……と思う。身内だけが気づける些細な変化といったところか。

 それで、手放しに褒められてなんだか照れ臭くなってしまう。父さんがいくら寡黙だってそれなりに褒められて育ったけど、やはり慣れていないのも確かだし。

 そんなとりとめのない話を続けていると、俺たちの頼んだ料理が運ばれてきた。相談は食べ終わってからという暗黙の了解のもと、俺は父さん行きつけの味に舌鼓を打つ。

 食事はほとんど無言で進めることしばらく、俺はハンバーグステーキを、父さんはチーズたっぷりな焼きカレーを平らげた。

 ここだけ見れば滅多に会えない父子の団欒なのだろうが、俺としてはここからが本番である。先ほどまでが和やかだっただけに、なおさら胸中で臆しながら口を開いた。

 

「相談なんだけど、なんていうかこう、要するに女の子ってよくわからないって話?」

「ほぅ? 詳しく聞こう」

 

 あ、切り出し方不正解だこれ。これだとなんだかナツが悪いみたいな言いかたに聞こえなくもない。とりあえず、悪いのは俺なんだけどと補足を入れてから話を続ける。

 ナツのことを気遣い、ナツのためを思って朝食は大丈夫だと断った。それがなぜかナツを傷つけたらしい。と、要所をまとめればこんなところだろうか。

 俺の話を聞く父さんの姿は、いつもと特に変わらなかった。難しい顔をするわけでもなく、俺に憤りなどを感じているようにも見えない。

 父さんの回答を待っていると、アッパーカットの如く鋭く、それでいて一撃必殺の威力が込められているかのような意見が発せられた。

 

「以前にも言ったが、晴人、お前は私の誇りだ」

「う、うん。ありがとう……」

「だが、晴人の善意は時折他人の善意を踏みにじる」

「っ……!」

 

 以前のように誇りだと前置きをしたのは、頭ごなしに責める気はないと確認させるためだろう。しかし、次いで出てきた言葉は俺にとって予想外だった。

 つまり、それは俺に自覚症状がないということを示している。ふ、踏みにじる……? そこまでないがしろにしてしまったことがあるというのか。

 いや、冷静に考えて確かにさっきのナツはそうなんだろう。なんとなくと明確なものではなかったが、朝食を用意してくれたのは間違いなく善意だ。

 だが待ってほしい。言い訳と取られてしまえばそれまでだ。全面的に俺が悪いことも自覚している。けど、俺がナツに言ったことは間違っていたのだろうか。

 

「俺は、ナツに頼り切りだと思ってる。そんなナツがもうすぐ遠くへ行ってしまうから。だから俺は、余計辛くなると思うから、今のうちにと思って――――」

「逆なんじゃないか」

「え?」

「もうすぐ離れしまうから、一夏くんは晴人との時間を多く重ねたい。という可能性もある」

 

 俺はナツの気がかりでしかないと思っていた。だから早いとこ離れてしまって、ナツの重荷にならないようにと、そうとしか考えたことしかない。

 仮に父さんの言ったナツの願いが正解に近いとして、だとしたら俺はどれだけ残酷なことをナツに言ってしまったということになる?

 もうすぐ離れてしまうからこそとナツが思っていたのに、俺は無理しなくていいという言葉を盾にして、早急に離れることに慣れた方がいいと告げた。

 ……俺はいったいなんてことをしてしまったというんだ。

 

「それとだ。晴人、己を下げてまで本心を隠そうとするな。それも一夏くんに失礼なことだぞ」

「本心って、無理しないでってのがそうなつもりだけど」

「その前が問題だと言っている」

 

 俺は確かあの時、俺のためなんかに無理しないでとそう言ったはず。今父さんに言われたのはそのあたりのことのはずだ。俺のことなんか。それがナツに失礼と……。

 ……俺のために頑張って早起きして、その上で朝食まで作ってくれて、なのに俺自身が俺のことをなんかで済ませては……確かにそうか、すごく失礼かも知れない。

 父さんの言うとおりだ。俺は多分、ただいいことをしたつもりのだけだったらしい。俺のエゴが知らぬ間にナツを傷つけた。

 これまでもそうだったケースがあるかもと思えば目も当てられない。なんということだ。他ならまだしもナツにだなんて。

 ……いや待て、またしても悪い方に思考が傾いているぞ。今するべきなのは、父さんの言った俺の本心とやらを見つけることだ。そうすれば、キチンとナツにも謝れる気がする。

 

(いや、待てよ……?)

 

 俺の本心なんてたかが知れているではないか。だって俺は確かに自分でこう考えたぞ、そりゃ俺だってなるべくナツの手料理は食べたいって。

 ……そうか、そんなに簡単なことだったんだ。ナツが無理を推してでもそうしてくれるようになった理由はまだ見えないけど、ただ俺は感謝をすればそれでよかったんだ。

 それをナツのためだとか言い訳して、結果的にナツを傷つけて……。いったい俺は何がしたかったのだろう。もはやこうしては居られない。

 考えのまとまった俺は、思わず勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「答えは見えたか?」

「ありがとう父さん。俺は――――」

「この程度は造作もない。それより、成すべきことをするといい」

「うん、本当にありがとう。それと、ご馳走様!」

 

 やはり父さんに相談したのは大正解だったらしい。こんなにも早く答えにどりつけるなんて思ってもみなかった。

 俺としては感謝してもしきれないのだが、父さんはいつもと変わらず大人の余裕で満たされていた。しかも俺の背中を押してくれるというおまけつき。

 この人が俺の父親で本当に良かった。そう思わずにいられなかった俺は、深々と頭を下げつつ重ねて感謝の言葉を述べる。

 最後に食事のことにもお礼を伝えると、勢いそのまま店から飛び出た。そして落ち着ける場所につくと同時に携帯を取り出し、息を整えながらナツへと電話を繋げる。

 

「もしもしナツ? その、今大丈夫かな」

 

 

 

 

 

 




中途半端ですが長くなるので続きは次回に。
ひとしきり悩んだら、やるべきことはこなすのでご心配なく。
というか次回が序章で一番の山場になるのでしっかりしてもらわないと困る。


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第10話 抱く想いの名は

基本週一での更新ですが、先週から評価数が一挙に増えました。
どうやらランキング入りもしたようで、お気に入りの方も同じく……。
戦々恐々としながらも、やはり嬉しいものは嬉しいです。
やっぱみんな一夏ちゃん好きなんすねぇ!
皆様、本当にありがとうございます。これからも精進して参ります。





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

サレナ様 月神サチ様 (:3 っ)3二二二つ(うおぉのびるぅぅう)様 触主様 ニッケル合金様 イッツミーはハンバーグに御執心なようです様

評価していただいてありがとうございました!


「はぁ……」

 

 とある施設の視聴覚室にて、俺はとてつもなく重苦しい溜息を吐いた。何が原因かと聞かれれば、ハッキリとした原因はわかっている。

 しかし、なんでそれが原因で落ち込んでいるのか自分自身でもよくわからない。そのため、こうして無駄に二酸化炭素を排出するばかり。

 俺はどうにもかなり落ち込んでいるらしく、今日ほど集中ができていない日はない。まだISに乗る日でなくてよかったとだけ言っておこう。こんな精神状態では本当に怪我でもしていたかも知れない。

 今日は朝から代表候補生とはなんぞやという心構えというか、あるべき振る舞いのようなものを教え込まれるという地獄のようなメニューをこなしている。

 IS学園は多国籍の優秀な人材が集う。俺に阻喪でもあれば、それは日本の品格を問われることになるのだから確かに必要なことだ。

 だけど何も一日かけてやることじゃないと思う。俺はそれなりにどこの国のやつとも仲良くできる自信はあるぞ。

 まぁ、喧嘩っ早いというか、わりと頭に血が上りやすい部分があるというのも否定することはできないが。

 

「はぁ~……」

 

 そしてまた俺は溜息をひとつ。今日だけで通算何回目だろうか。

 机に突っ伏しながら携帯のカメラロールを起動。画面をスライドさせ、とある写真が映されたところで指先を止める。

 それはハルの写真だ。晩飯ができたから部屋へ入ってみると、よほど絵を描くのに集中していたのか目もくれなかった。ゆえに一枚撮っておいたもの。

 ハルはカメラを向けるとぎこちない笑みと控えめなピースを繰り出す。要するに自然体なんて撮影できたものじゃない。

 そのため真剣な表情ではあるが、自然なハルを捉えたものとしてはとても貴重なのだ。こうしているとイイ顔しているのに、どうして普段はあんなにも難しい顔つきなんだよ。

 

(まったく、ハルはしょうがないやつ――――)

『別に朝食くらい今までどおりだって――――』

「……はぁ」

 

 そこらあたりまで考えて、朝の一幕が頭へ過った。本当に思い出すごとに溜息しか出ない。ハルの困ったような顔を思い出すたびにだ。

 というかなんだ、どうして俺はそんなので落ち込んでるんだよ。そもそもどうして朝食を用意しようと思ったのかも自分でも謎だし、わからないことだらけである。

 別にハルが俺のためを思ってそう言ったんだから、じゃあ今までどおりでいいよなって、それで終わりでよかったのに。

 いや、実際にそう伝えたけど、なんというかニュアンスが違うと思う。あの時ハルも何か言おうとしていたのに、無視するようなかたちで出てきてしまったし。

 

(だって仕方ないだろ……)

 

 あれ以上あの場に居るのが怖かった。ハルが気遣ってくれた言葉を、なんか嫌だと思ってしまったのだから。ハルの言葉も嫌だったし、そう思っている俺自身も嫌だった。

 重ねて言うが、自分でもなぜそう感じたのかまるでわからない。俺の心にはモヤモヤが募るばかりで、それを陰鬱と思うたびに溜息が止まらない。

 このままではまずいな、ハルとどう顔を合わせていいのかもわからない。また逃げたくなる気持ちが沸いて出ては困るぞ。これ以上、ハルを困らせたくないしな……。

 よし、この休憩時間中になんとか打開策を見つけてみよう。こういう時には誰かに相談するのが一番だ。ハルを見てると一人で悩むのは無駄って思い知らされる。

 さて、ならばどうするべきか。電話帳や無料通話アプリ等々からふさわしそうな人物を捜していると、ある名前が目に留まった。

 

(悪くないかもな)

 

 その子は同い年の女子で、同じ志を持ったゆえに知り合ったIS関連の友達である。大人しめな子なため当初は苦労もあったが、今では十分心を開いてくれていると思う。

 というかそれ以外にもそれなりにいざこざがあったのだが、今それはおいておくことにしよう。なんといったって、二人そろって代表候補生に選出されたのだから。

 なんでも今日は家の都合でどうしても予定が入れられないのだとか。詳しく詮索したことはないけど、なんかすごい家柄っぽい空気を感じずにはいられない。

 それなら今日来られないのは無理もないと思う。もしかしたら日中ずっと忙しいかもしれないが、話しかけることだけはしておこうじゃないか。

 

【ちょっといいかな?】

 

 某無料通話アプリにそういうメッセージを送ると、その数十秒後には既読がついてどうかしたのかという返信が。

 時間があるかを問いただすと、またしてもすぐこういうやり取りをするくらいならと返信が。ならば申し訳ないがと前置きしてから、相談があるとメッセージを送る。

 

『彼のこと?』

【なんでわかったの?】

『彼のことばかり話すから』

 

 まだ相談があるとしか送っていないというのに、それがハルに関する話題ということは向こうからすればおみとおしのようだ。

 思わずどうしてわかったのかと返すと、彼女は俺がハルのことばかり話題にするからと言う。……そうか? そこまでハルのことばっか話してるわけではないと思うが。

 まぁそれはいい。正解なのだからそれで合っているということを伝えてだな。……よし、ようやく本題に入れるな。

 さて、ならばまずどこから話すといいのやら。長くはなってしまうが、俺の朝の心境から遡るしかないかな。じゃあ、まずどういうわけかハルの朝食を用意したくなったところから――――

 そうやって一方的に相談の内容を送ることしばらく、最後はそれらすべて自分でもなぜそういう心境なのかわからないという旨で締めくくる。

 するとさっきまでの反応はどこへやら、既読が付いたきりしばらく返信が来る気配がない。もしかすると、手が離せない状況になってしまったのだろうか。

 そうやって待つこと数分後――――

 

『あのね』

【うん】

『本気で言ってる?』

【うん、本気】

 

 本気で言ってるって、そりゃ相談なんだから冗談なんて言ってるわけないだろうに。というか、熟考したうえでその確認は今更過ぎやしないだろうか。

 質問の意味はよくわからないながら、とりあえず本気であると返しておく。するとまた既読はつくが返信がない状況が続いた。

 テンポがよかったり悪かったり、いったいどうしたというのだろう。やはりタイミングが悪いのに無理して付き合ってくれているのだろうか。

 どことなくハルと似た部分がある彼女だが、ハルの傾向を見るにそういう場合は向こうから解散の意を示すことは絶対にないからなぁ。

 ならばここは俺の方から大人しく退いておこう。そう考えた俺は、やっぱりまた今度で大丈夫と言う文字を入力し始めていた。すると、そのタイミングで返信がある。

 

『答え、ひとつだと思う』

【わかってるなら教えてほしいな】

『私からの指摘はなんだかなって気持ちもある』

 

 答えはわかっているのに指摘がしづらいって、ますますもって意味不明だ。もっとこう、遠慮せずにズバッと言ってくれればいいものを。

 でもなんか、ハルが言いたいことを言えないような状態とは少し毛色が違う気がするな。文章での会話ではあるが、答えが見えているのは間違いなさそうだし。

 ならもいいじゃないか、俺は一刻も早くその答えがほしい。そうでなければハルに嫌悪感にも似たなにかを抱き続けなければならなくなる。

 そんなのは間違ってもありえてはならない。許されていいはずはない。ハルは俺の幼馴染で親友で兄弟で家族なんだ。もはや半身とも例えていいアイツを拒絶する要因など、一刻も早く抹消しなければならない。

 だからこそ俺は、とにかくその指摘とやらをしてほしいという意思を伝えた。それこそ文章だけで俺の覚悟が伝わったかはなだは疑問ではあるが、しばらく待っているとこんなメッセージが。

 

『恋』

【広島カープ?】

『反応が斜め上にもほどがある』

【誤字かと思って】

『その鯉じゃない』

 

 たったひとこと恋と送られてきたもんだから、てっきり誤字かと思ったが違うらしい。そういや別にスポーツに興味があるやつでもないしな。

 はて、それならいったいどういう意味でコイなんだろうか。そもそもコイでハルに嫌な感じを抱いたってのもよくわからん。

 すると今度はURLが添付されたメッセージが飛んできた。訝しむようにそのURLをタップしてみると、どうやら辞書サイトのものだったらしい。

 ふむふむ、なになに? こい【恋】 特定の異性に強く惹かれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛。「恋に落ちる」「恋に破れる」……とな?

 なんだそれは、もしかして俺がストレートにハルに恋をしているとでも言いたいのだろうか。いくらなんでもそれは話が飛躍し過ぎだろ。

 なんてったって、男の時でさえ初恋はまだだったんだぞ? 確かに可能性は大いにあるみたいな話はおばさんとしたけど、それはあくまで例えであって――――

 

(例えであって……)

 

 俺があれ以上あの場に居るのを怖がったのは、ハルに自分が必要とされていないかもと思ってしまったから? 

 なんとなくハルを嫌だと思ってしまったのは、自分のために頑張らなくてもいいと言われたから?

 そもそもハルに朝食を用意しようと思ったのも、ハルに美味しいって言ってもらえたら嬉しいのも、ハルが前向きになりつつあるのを自分のことのように思えるのも。

 それだけじゃなく、男のときよりも楽しく生きているのも。ハルと共にあれることを特別なことだと思えるようになったのも全部――――

 俺がハルを好きって仮定するなら、なんとなくつじつまは合ってしまうんだが。

 

(え? え? ちょっと待て、待ってくれよ……)

 

 もしかしてさっき自然体なハルの写真を見てたのもそうなのか? 胸が熱かったり切なかったり苦しかったのもそのせいだって言うのかよ。

 っていうか、送られてきた辞書のサイトに切ないまでに想いを寄せるって書いて――――そう考えていると、まるで火でも着いたかのように顔へと熱がたまっていくのがわかる。

 服の胸元をはたいて風を送ろうと、手で扇いで風を送ってもその熱はいっこうに収まらない。俺の混乱と羞恥はそれだけ大きかったのだろう。

 そうだ、元男としてはやはり混乱が大きい。俺の想いが本物だとして、自覚がなかったものだからそのぶんの衝撃も大きいというものだ。

 俺はもはやいっぱいいっぱいの状態となってしまい、目元からはジワリと涙が滲んできた。どうするんだよこれ、こんなのますますハルに合わせる顔が――――

 

ピリリリリ……

「うわぁ!?」

 

 そんな折、突然に携帯が着信を知らせた。ディスプレイに表示されていたのは、ハルという文字。それを見たとたん、通話を切ってやりたい衝動がわいてしまう。

 もちろん朝のやりとりが気まずいからではなく、たった今不確定ながらとんでもない事実が発覚してしまったからだ。

 電話を無視することもできる。きっと、ハルは忙しかったんだろうと考えるはずだから。しかしここで通話を切ったとして、俺の帰るべき場所にはハルが待ち受けているんだ。

 それではますます気まずさも加速するばかり。問題を後に残すと更なる問題が積まれていくものだ。そう自分に言い聞かせた俺は、通話開始の表示を恐る恐るタップした。

 

「も、もしもし」

『えっとナツ、時間とか大丈夫かな。どうしても話したいことがあるんだ』

「う、うん、今ちょうど休憩中だから大丈夫だよ」

『そっか、わかった。なるべく手短にするから』

 

 自分の気持ちがハッキリとしない以上は、想いを向けている対象かもしれないと無駄に意識してしまう。おかげで普段のハルみたくしどろもどろだ。

 でもハルは今朝のことが気まずいから程度にしか思わないだろう。というか、そもそも話したいことっていったいなんなのだろう。

 あぁ、余計なことを考えると心臓がうるさくてしかたない。……この動機、というか胸の高鳴りも、ハルの声を聴いているから……なんだろうか。

 もはや何がなんだかわからないが、ハルがどうしてもと言うのだからそちらに集中しないと。戸惑いながらも承諾の返答をすれば、安堵からくる長い吐息が受話器越しに聞こえた。

 

『あのさ、朝の話なんだけど』

(やっぱりそれか……)

『ナツの頑張りを無下にするようなことを言って、本当にごめん』

「え? そんな、気にしてないこともないけど……。と、とにかく、謝るなんて止めてよ」

 

 ハルの切り出しはだいたい予想通りで、朝のことで話があるとのこと。俺としてはもう触れないでそっとしておいたほうが楽だと思っていただけに、またしても陰鬱な気分が過る。

 何を言われるのかと待ち構えていたら拍子抜けもいいところ。頭を下げながら言っているのではと想像してしまうほど、そのくらい神妙な謝罪をされた。

 確かにちょっと思うところはあったけど、やはりハルの世話は俺がしたいからやってる。だから謝られるのは少し違うような。

 気にするなと言ってみるものの、ハルはそれでもと、朝の件はすべて自分の過失だと譲らない。ハルがここまで頑ななのは珍しいことだ。

 

『それでナツ、自分勝手って思ったら怒ってくれて構わないんだけど……』

「随分な前置きだね……。どうしたの? 改まって」

『本当にナツが可能な範囲で構わないんだ。けど、なるべくなら、その、ナツの手料理を食べたいなって、そう、思ったから』

「…………」

 

 謝罪の次はすさまじく腰の低い前置きだった。自分勝手なんて、ハルはもっとワガママを言ってくれていいくらいだぞ。

 というか俺がハルに対して怒った経験がそもそもないに等しい。それでも俺を怒らせてしまうようなことなのかと疑問に思っていると、ハルの口にした頼みはなんてことのないことだった。

 だが俺が黙っているのは何もしょうもないとか思っているのではなく、ハッキリとした歓喜の念が胸の内に渦巻いているから。

 さっき指摘されたことを考え過ぎているのか、これまであやふやだった熱く切ない感覚はより顕著なものに感じられる。

 ハルが俺の料理を食べたいという言葉がただ嬉しくて、思わず服の左胸あたりをギュッと掴まねばやっていられないくらいだ。

 

『というか、それが俺の本心だったみたいでさ。食べたい癖して無理がどうのと誤魔化して、それが結果的に朝みたいなことになっちゃって……』

「…………」

『だからもう誤魔化さない。ナツ、いつも美味しいご飯をありがとう。ナツさえよければ、どうかこれからもよろしくお願いします』

 

 普段なら俺がいっこうに返事をしないせいでしどろもどろになっているところ、ハルは堂々たる態度で自身の想いを伝えてきた。

 こんなハルは見たこともなく重ねて言葉を失ってしまう。だが大きな原因はそちらにはなく、胸の切なさがより加速の一途をたどるせいだ。

 あぁ……これはもう、本当に言い逃れができないのかも知れない。ハルの言葉がとにかく嬉しい。死ぬほど嬉しい。人生で最大級の喜びが俺を襲う。

 そんなふうに思っていてくれたなんて、今の俺にとっては死体蹴りというやつに等しい。いや、むしろこれがとどめなのかも。

 

「……ハル」

『う、うん』

「晩ご飯、食べたいものとかある?」

『え? あ、あぁ、そ、それじゃあ……オムライス。トマトソースのやつで』

「わかった。でも、あんまりいいトマトがなかったら変えちゃうかも」

 

 俺になんと言われるのを想像していたかは知らないが、ハルの返事はなんだか恐縮した様子だった。リクエストを聞かれるのは予想しなかったらしく、今度はハルが拍子抜けしたような声を上げる。

 戸惑いながらも出てきたリクエストはオムライス。俺が知る限りでは間違いなくハルの好物の頂点に君臨する料理だ。

 どうにもオムライスに人並外れた情熱を持ち合わせているようで、一度話させたらしばらく止まらないときもあるくらい。

 ハルがそのくらい好きであることを知っているだけに、リクエストされると気合が入るものだ。腕によりをかけなくては。

 でもリクエストがトマトソースだからなぁ。スーパーに新鮮なトマトがあればいいんだが。無理そうならケチャップソースでどうにか代替にならないだろうか。

 まぁいいや、それもこれもすべてはスーパーに立ち寄ってからにすればいい。どちらにせよ副菜は考えなきゃなんないんだし。

 

「それじゃ、楽しみに待っててね」

『はい!? いやあの、なんだか話が急転し過ぎでは――――』

「……作るよ」

『へ?』

「ハルが美味しいって、食べたいって言ってくれるんなら料理くらいいくらでも作るよ。私も、ハルに食べてほしいから」

 

 前向きになりつつあるにしてもそこはハルか。俺に文句のひとつも言ってもらわねば解決した気にならないんだろうが、もはや俺としてはスッキリ爽快とした気分だ。

 なんだか通話が終わろうとしている雰囲気を察してのことだろうが、ハルは驚いたような声を隠し切れない。そんなハルに対して言うべきことはそれしかない。

 もう、本当にそれだ。ハルが俺の手料理を食べたいと言ってくれたのなら、俺はそれに応えたいと思う。もちろん、ハルの希望通り無理のない範囲で。

 なんでそう思うって、やっぱり俺がそうしたいからなんだろう。ここしばらくの俺がそういう想いを抱いてきたのは――――

 俺が、ハルのことを想っているってことなんだと思う。

 

『そ、そう? えっと、じゃあ、残りも頑張って』

「ありがとう。ハルも何かしら頑張って!」

『何かしらって……。なら絵でも描いて待ってようかな。それじゃ、また』

「うん、またね」

 

 ハルが俺の言葉の真意を理解することはないだろう。証拠によくわからないけど頑張ってくらいのエールがかえってきた。

 だけど今はそれでいい。とても大事なことに気づくことができたんだ。あとはいつか思い知らせてやればいいのだから。

 俺たちの別れの挨拶は朝とは異なり、いつものようなやりとりを繰り広げられることができた。お互い信頼しているがゆえのそっけなくなる挨拶。あぁ、やはり、当たり前というのはかくも尊い。

 ハルとの通話を切ってから、またギュッと服の左胸あたりを掴む。刻む鼓動は異様に早く、過る感覚は熱く切なく、それでいてとても……温かかった。

 

「ハル……」

 

 ポツリとハルと呟けば、今の俺にはそれだけで照れる要因となりうるらしい。自覚してしまえばこうも違うものなのだろうか。

 それにしても、ハルのことに関する自覚が芽生えたと同時に酷く俺という一人称に違和感を覚えてしまう。確かに口にするのは私だったが、あくまで表面上のものでしかない。

 

「私……」

 

 わたし……私……か。なんだか、初めて心の底から私を私と呼べた気がする。それまで演技としてしかカウントできなかった言葉が、突然すんなりとフィットするかのようだ。

 それでも私が俺であった事実だけは絶対に変わらない。それでも、この胸の内に宿る想いにだけは嘘をつきたくはないじゃないか。

 だから、私。せめてもの私。俺を知ってるハルに対する、精いっぱいの私でぶつかっていきたい。望み薄であることはわかっているけど、俺を完璧に私にしたハルには責任取ってもらわねば。

 ああそうだ、相談にのってくれた彼女には感謝しておかないと。ハルから電話もあったし、それなりの時間放置したままじゃないか。

 そこでたった今ハルから電話があったことと、問題が解決したこと報告しておく。すると末永くお幸せにとか返ってくるじゃないか。

 物静かなくせして、けっこう面白い性格をしているというか、人をからかいたがるところがあるというか。まぁいい、別にムキになるようなことでもない。

 気が早いと反論してから、しばらくは取り留めのないやり取りに終始した。やがて休憩時間の終わりも近づき、向こうも本格的に忙しくなるらしい。

 お互いそれを把握し次第、私たちのやり取りは自然に終息へと向かっていった。適当に最後の挨拶を済ませると、それを期に返信は途絶える。

 

「ん~……よしっ、後半も頑張ろ!」

 

 悩み事が解決したどころか新たな発見もあり、私としては大収穫と言ったところか。気分が晴れたと同時に背伸びをひとつ、それで更に心機一転できた気がする。

 それから間もなく午後の部が始まり、引き続き代表候補生としてのありかたのようなものを説かれる。が、前半とはまた違った意味で集中ができずに再三注意を受けてしまう。

 無論と言うかもちろんというか、ハルのことばかり考えていたせいだ。特に晩ご飯を美味しそうに食べてくれる姿なんかを想像してしまって。

 委員会の人には悪いけど、もはや早く終わってハルに料理を振る舞いたいという想いが強かった。きっと注意を受ける私の顔は、だらしなくニヤニヤしてしまっていたのだろう。

 けどこのせいで逆に長くなりでもしたら目も当てられないからね、うん。私は自分にそう言い聞かせ、意味があるようなないような話を必死に聞き続けた。

 そして話が終わると同時に、頭を下げてからせっせと控室を飛び出す。そうして、全速力で自宅近くのスーパーへと向かうのだった。

 

(待っててね、ハル!)

 

 

 

 

 




一 夏 ち ゃ ん 完 全 陥 落
というわけで、ようやく【ハルトナツ】が始まった感じです。
ちなみに一夏ちゃんが晴人を好きになった最たる理由ですが、わけあって現在は核心に触れないようにしております。
ただ、いわゆる精神が肉体に引っ張られている現象は発生しているかと。





ハルナツメモ その6【半身】
一夏にとっての晴人、晴人にとっての一夏とは、大切な人物だとかそういう概念を超越した存在である。
前者は親に捨てられた経験から、後者は一夏が今の自分を作ってくれたという思いによるところが大きい。
そういった部分から互いに支え合ってこれまでを生きて来た二人は、これからも半身であり続けるのだ。


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第11話 スタートライン

前話で一夏ちゃんが陥落したってのに、しょ~もない話がしばらく続きます。
なので早足で行きます。私としても早くIS学園編を始めたいので。
書き溜めも十分あるのでご安心を!





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

スナイパー23様 ちるのく様 地獄のメソポタミアシンドローム様 ラウラ党様 アオアルト様 銀赫様 monmon様 海の人様 宵闇の龍様 ロミボ様 フラグ建築したい男様

評価していただいてありがとうございました!


 なんだかんだとあったが受験日当日の朝がやってきた。俺もナツも特に緊張するようなことはなく、まるでいつもと変わらない朝に感じてしまう。

 ナツなんか受験内容はISでの模擬戦とか言っていたが、代表候補生ともなれば慣れたものなんだろうか。そんな考えが過り、ふとテレビを見ながらくつろぐナツへ視線をやった。

 留め金の部分が雪の結晶を象ったヘアピン。あれがナツの専用機における待機形態というやつらしい。詳しいことは知らないが、身に着ける物品に変化しているんだとか。

 それならヘアピンをプレゼントする必要はなかったか。なんて思ったりもしたのだが、件のヘアピンのすぐ下には俺のプレゼントしたヘアピンもしっかり装着されている。

 ひまわりと雪の結晶、季節感的に例えるのならば夏と冬と真逆でアンバランスな印象を受ける。本人もそれはわかっているだろうが、それでも身に着けてくれるのは嬉しいものだ。

 

「えっと、ハル」

「どうかした?」

「どうかしたって、その、じっと見てくるから……」

「ああ、ごめん。気に障ったかな」

 

 食事をするテーブルからナツを眺めていたというのに、どうやら俺がナツを観察していたのはバレていたらしい。

 何もやましいことを考えていたつもりはないし、そう気にするようなことではない。……はずなんだけど、ここのところナツの様子は気になるところだ。

 あまりジロジロ見るものではないと咎められているものだと思ったんだけど、謝ってみるとそうじゃなくてと呟いて俯くばかり。

 ここ最近は俺が何かする度にこれだ。俺と違ってネガティヴなことを考えているのはないだろうが、その俯く様子は俺を彷彿とさせる。

 

「ところでだけど、藍越学園ってホントになんでもありなんだね」

「ん? まぁ、うん、そうだね。てっきり就職に有利な学校かと思ってたんだけど」

 

 ナツは露骨に話題を変えてきたが、そこにツッコミを入れられると困るからこそなのだろう。特に追及する理由もなく、普通にナツの話題へ乗ることにした。

 俺の受験する高校は私立藍越学園といって、学費も比較的に安く就職に強い学校という触れ込みで有名だ。

 有名だからこそ進学に関してはあまり意識されていないものだと思えば、多岐に渡る学科コースが存在していた。

 工業系や建築系のようなものから食品に関わるような学科もあり、その沢山の選択肢の中に当たり前のように美術科も存在していたという。

 そんなマンモス校だったかなと思ったりもしたけど、実際下見に行ってあったんだからしょうがない。後は受験して合格するだけだ。

 ちなみにだが、弾と数馬も藍越学園を受験するらしい。まぁ受けるのは普通科らしいし、科が違えば自然と会う機会も少なくなってしまうだろう。

 

「…………」

「きゅ、急に黙っちゃってどうしたの?」

「私たち、ようやくスタートラインに立とうとしてるんだなって思うと、なんだか不安に感じるよりワクワクしてきちゃった。これから無限の可能性が広がっていくんだなって」

 

 てっきりテンポよく会話が続いていくんだろうなと思えば、ナツはなんだかいろいろなものを噛みしめているかのような表情に変わった。

 けど、ようやくスタートラインへと立つ段階か。確かにそんなことを考えていたならさっきの表情も頷ける。

 俺もナツもこれまでそれぞれが抱いた夢の実現を目指し、今日まで努力を重ねてきた。でもまだまだ、志望校に合格したところでようやく始まるんだ。

 どんな人にとっても存在する道には、誰しもに大なり小なり困難が待ち受けていることだろう。何が待ち受けているかわからない。だかこそワクワクするんだ。ナツはそう言いたいのかも知れない。

 かつての俺ならそんな道は不安だらけと吐き捨てていただろうが、それもまた可能性だと思えば確かにワクワクするような気がする。

 きっと困難を乗り越えたその時こそ、俺たちはずっとずっと成長できるはずだから。その成長した自分自身に想いを馳せると、更にワクワクが加速するような気さえした。

 

「切り拓いていけるさ」

「え?」

「俺たちならきっと大丈夫。今なら、そう思えるんだ」

「ハル……」

 

 自分で言っててどの口がとも思うけど、どうにも前向きな言葉が口を出て止まらない。まぁ俺も少しずつ前向きになれてるってことで。

 とにかく、可能性っていうのは誰の目の前にもすでに用意されているものだ。後はそれをどう切り拓いて進んで行くかによって変わると思う。

 俺みたいなのがこうして変わることもできるんだ。そしたら大抵のことは軽いもんだよ。転んだり躓いたりもするだろう。それでも、前に前に歩いて行けるはず。

 俺にそういう考え方を抱かせてくれたのはナツで、そのことについては感謝してもしきれない。できることならもう少し見守っていてほしいものだったが、仕方のないことなのだろう。

 いわゆる今生の別れというような大げさなものでもないんだし、どうせならたまの休みにでも会って驚かれるくらいの成長を見せつけたいものだ。

 ……まぁそれはいいとしてだ。ナツさん、どうしてそんなうっとりしたような表情なんです? そんな顔されるとまた直視できなくなるから勘弁してほしいのだけれど。

 

「わ……たし……も、もう行くね! ハル、出る時に鍵を閉め忘れないように!」

「え? ちょっといきなりどうしたの。そんなに急ぐとかえって――――」

「わーっ!? あぁっ、カバンの中身が……」

 

 どうしていきなりそう思い立ったのかわからないが、ナツはもう受験会場に向かわねばとテーブルの上に放置しておいたカバンを慌てた様子でひっつかむ。

 時間にはだいぶ余裕があるというのにこの慌てようだ。これはかえってよくないことが起きそうだと落ち着かせようとするも、どうやら手遅れだったらしい。

 カバンの口が空きっぱなしだったというのに乱暴に扱ったせいで、そこらに中身の書類をぶちまけてしまった。

 ほら言わんこっちゃない。……と直接伝えはしないけど、俺はナツの書類集めに手を貸した。終始恥ずかしそうにしていたのがとても印象的だ。

 

「……よし、大丈夫そう」

「本当に? ちゃんと確認した?」

「大丈夫だって。ハルは心配性なんだから。それじゃ、行って――――」

「ああ、待って待って。ナツ、忘れてる」

「あっ……。フフッ、うん!」

 

 ナツはしっかりしてるようでそうでもない。というか、自分のことになると急に脇が甘くなるんだよ。本当に大丈夫なんだろうな。

 もう少し隅々まで落とし物がないか確認しようとしていると、ナツは手早く玄関の方へと向かって行った。いったい何がそうさせるのかサッパリだ。

 これはもはやナツを止めることは不可能と判断し、もうひとつの忘れ物について言及した。片腕を挙げながら忘れていると伝えれば、ナツも同じく片腕を上げ――――

 まずは右手同士でハイタッチ。すぐさま左手同士でハイタッチ。今度は両手を揃えて上下反対に手を打ち合い、最後に両手でハイタッチ。

 これはナツが考案したもので、大事なことがある時にのみ行う見送りの儀式のような感覚だろうか。大事なことと言いつつ、割と頻繁に行ってたりもするんだけど。

 

「落ち着いた?」

「……うん」

「それはよかった。じゃあナツ、お互い頑張ろう。応援してるから」

「うん、ありがとうハル! 行ってきまーす!」

 

 最後にパチンと俺たちの両手が音を鳴らすと同時ほどに、ナツに気分はどうかと問いかけてみる。ナツは一瞬だけギクッとでも言いたげな表情を見せたが、数度深呼吸をした後に落ち着いたことを肯定した。

 本当の本当に大事なことだというのに、ナツが出発の儀式を忘れるほど慌てていたのだろう。落ち着かせることに一役買えて本当に良かった。

 残されたことと言えば、試験本番で結果を残すということのみ。しっかりとナツへエールを送ると、慌てるというよりは元気な様子で家を飛び出して行った。

 

(後はなるようになるでしょ。……多分だけど)

 

 ナツが代表候補生であるというのは確かな事実だ。それに足りうる実力の持ち主という証明はされているのだから、よほどのことがない限りナツは合格するだろう。

 というより、真面目に考えて候補生は受験をする必要性があまりないように思えるのだがどうだろうか。体裁、というやつならあまりにもお粗末に感じる。

 ……まぁ、男の俺がISに関するうんぬんを考えるだけ無駄というのもあるけど。さて、俺は出発までもう少し時間が残されているがどう過ごしたものか。

 俺はこういう微妙な時間を有効活用する方法を知らない。携帯なんてほとんど連絡用にしか使わないし、ゲームとかもあまりしないしな。

 それなら絵を描いているのがよほど有意義だと思う。俺にとってはそうなだけで、別にゲームそのものを否定する気はない。一応は付き合い程度に協力プレイもしたりするし。

 

(……無難にテレビかな)

 

 弾や数馬あたりが居たのなら、なんとつまらんやつだと嘆くのだろう。俺だって世間のアレコレに特別関心があるわけでもないが、小時間を埋めるなにかと聞かれればそれしか思いつかない。

 よって、ナツがつけっぱなしにしていたテレビに耳を傾ける。今は主婦の皆さん必見のお役立ち情報を紹介するコーナーのようだ。

 それこそ俺が聞いてもあまり意味のなさそうなものだが、後でナツに教えるために覚えておくのも悪くはないのかも知れない。

 勉強したことが吹き飛ばない程度にテレビから流れる情報を脳に詰め込んでいくと、思ったよりも早く時間は過ぎていった。

 そしてコーナーが総合司会者の一声で締めに入ろうとするのと同時ほどに、俺の出発時刻にちょうどよい頃合いとなる。

 したらばテレビを消して他に着けっぱなしのものがないかを確認。同じく玄関以外の戸締りがされているかを確認っと。

 どれもかキッチリこなされていることを確認すると、俺はひとり頷く。そしてカバンの中から玄関の鍵を取り出し、いざ出発――――といったところで、手を滑らせて鍵を落としてしまった。

 床を跳ねたり転がったりした鍵は、さきほどのナツが書類を落としたようにソファの下へ。まるで吸い込まれているようだ。なんて思いながら膝を折ってソファの下を覗き込む。

 

「……あれ?」

 

 そこには鍵の他にも何かが入り込んでいる様子だった。とすれば、先ほどのナツのものとしか思えない。何を焦っていたのか知らないが、だからもう少し確認してほうがいいと言ったのに。

 えーっと、どうやらクリアファイルみたいだな。とりあえず玄関の鍵を拾ってポケットに入れ、謎のクリアファイルを引っ張り出した。

 さてさて、いったい何が閉じられているのやら。なんて軽い気持ちでクリアファイルの中を改めてみるとあらビックリ。それは受験において最も重要とも言えるであろう受験票ではないか。

 

「受験票ぉ!? よりによって!?」

 

 自宅には完全に俺一人だと言うのに、思わず立ち上がりながら騒ぎ立ててしまう。だってそうでしょ、数ある書類の中でどうして受験票が隠れるようにソファの下に入るんだ。

 だってこれがなければナツは受かるとか受からないの話ではなくなり、そもそも受験させてもらえないという事態もあり得る。

 ナ、ナツが出発してからどのくらい経過した? 時計を確認してみると、だいたい三十分前後といったところだろうか。

 えっと、俺の受験会場に着くであろう時間から逆算して、え~……間に合う! 今から全力で届ける努力をすれば、これを届けられるうえに俺も十分受験に間に合うぞ。

 それを理解した瞬間、脱兎がごとく玄関へ。スリッパを乱暴に脱ぎ捨てて運動靴へ履き替えると、結局のところ鍵かけるのを忘れ全力で駅へと走った。

 その途中、科は異なるものの同じく藍越学園を受験する弾に電話を入れておいた。多分予定よりも遅れる。もし間に合わないようなら容赦なく置いて行ってくれということだけ伝えた。

 正確に言うなら話している余裕がないのだが、俺が息を荒げているせいか弾はなんとなくの事情を察してくれたらしい。

 わかったという了解の言葉と、がんばれという励ましの言葉をもらうと通話は切れ、俺も今一度走ることへと集中した。

 恐らく十五年生きて自宅から最寄り駅まで辿り着く最速タイムを易々と更新した俺は、すぐさま駅員さんを捕まえてIS学園の試験会場近くの駅を問いただす。

 そして教わったとおりの駅への切符と、藍越学園近くの駅の切符を買い次第ホームへ直行。出発寸前の電車になんとか乗り込みやっと一息というところ。

 時間が押しているということもあってか、電車に乗っている合間はソワソワしっぱなし。不審に思われるかもなんていう心配は微塵も浮かばなかった。

 そして電車はIS学園試験会場の最寄り駅へ到着。ホームに降りて左右を見渡せば、どうにも女子の姿が目立つから間違いはなさそうだ。

 

(えっと、そしたら……)

 

 急いで駅構内の出入り口をいくつか確認すると、女子の波がこぞってひとつの箇所へと集中している。ならばこの波をたどっていけばいつしか試験会場が見えてくるはず。

 女子たちふくめ人とぶつからないよう細心の注意を払いつつ、笑い始めそうな膝に力を込めて再び全力で駆けていく。

 そうすると、いつしかこんな看板が立てかけてあるのが目に入る。

 IS操縦者育成特殊国立高等学校、受験会場はコチラ……。確かIS学園の正式名称だったはず。となるとやはり間違いはなかったということだ。

 よし、もうひと踏ん張りだ俺。そうやって自分自身を激励し、最後の力を振り絞ってまた駆けだした。するとようやくそれらしい建造物が見えてきたので、突撃と表現するにふさわしい勢いでドアを開いた。

 

(案内板……案内板は……あれか!)

 

 そこらの壁にかけられた案内板を覗いてみると、そこには施設内の見取り図が書かれていた。現在はそこがどういう場所なのかも同じく。

 受験生控室……は、多分女子たちが着替えてるだろうからダメだ。直接渡すという線はまずこれでなくなる。だとすると残るのは教師に預けるという選択肢だな。

 それなら目指すべきはこの教師詰め所という場所かな。複数あるみたいだけど近場から攻めよう。後は教師の人が露骨な女尊男卑主義者でないことを祈ろう。

 下手すると今この場で通報されてもおかしくないような世の中だ。だがやはりいつものように気後れしている暇なんかない。

 記憶した案内板どおりの道順を辿り、とても大きな扉が構えてある一室の前に到着。疲れ切った身体にムチ打ち、中に居るであろう教師に呼び掛けた。

 

「あ、あのー! ごめんくださーい!」

「はいはいなんのご用――――って男? どうして男がIS学園の受験会場に?」

「えっと、これ、ですね、知り合いの子が受験票を落として行きまして。その、つまり、届けに来たと言いますか」

 

 大きな声で呼びかけてみれば教師らしき人が顔を出した。だがその様子はなんとも面倒くさそうというか、あからさまに気が立っているという風体だ。

 あ~……なんかナツがIS学園は倍率がおかしいって言ってたな。対応する人数がアレでストレスがたまる一方なのだろう。

 ただそれを抜きにして、まぁ、あれだね、どうにも女尊男卑主義っぽくもあるみたいだ。俺を見る眼差しがなんとも強烈というか、率直に言うならなるべく視界にとどめたくないと思っているのが丸わかりだ。

 しかし俺の訪ねて来た事情を聞いたならば話は別だろう。代表候補生クラスの受験そのものを男子一人の対応でパーにしたなら、俺に真面目に取り合わなかったこの人にも責任の一端が向くはず。

 手渡した受験票を見るなり、教師の顔つきもかなり変わった。ナツそのものに見覚えがあるのか、はたまた織斑という名字に引っ掛かりを覚えるのかは不明だ。

 途中から俺のような普通そうなのと織斑家の接点がみえないのか、受験票と俺の顔を何度も見比べていた。

 それを繰り返すことしばらくして、教師は大きく咳払い。

 

「事情は承知したわ。とりあえず少し入ってもらえるかしら」

「は、はい」

 

 彼女にとっては面倒ごとが増えたことには変わらないのか、やはりどことなくそっけない対応を受けてしまう。まぁ、通報されないだけよしとしよう。

 入るなりそこらにあった紙とペンを渡され、名前と読みを書くよう言われる。誰からの届け物かハッキリさせておくためだろう。

 手早く漢字とフリガナを駆使して日向 晴人と書いてしまえば用事は即終了。ナツは責任もって受験させるという言葉を受け取った。

 それと同時に俺の任務も終了を告げ、後は俺が受験に間に合うかどうかの瀬戸際といったところだろうか。ならば善は急げ。このまま駅へとトンボ返りだ。

 

「えっと、それじゃ自分はこれで。失礼しました」

「足とか必要なら出すわよ。後から間に合わなかったとか言われても面倒だし」

「い、いえ、今から走ればなんとか――――って、わっ、たっ、たっ……!」

「ちょっと気を付けてよ。そっちの方向は――――」

 

 あくまで己の保身のおまけらしいが、教師の人は足を手配するという提案を挙げてくれた。その言葉を耳にするのと同時に、腕時計に目をやってみる。

 思ったよりも駅から近かったしな……。体力の消耗を考慮しても、今から全力で走ればなんとか間に合うはずだ。……希望的観点である可能性も捨てきれはしないけど。

 とにかく、それならなおのことこうして突っ立っている時間すら惜しい。提案のほうは適当に断り、俺は駆けだそうと両足に力を込めた。

 しかし、自分でも思っていた以上に体力の消耗が激しかったらしい。もしくは火事場の馬鹿力的なもので気づきもしなかったのか。

 どちらにせよ、初めの一歩目すらまともに踏み出すことすらできず、足をもつらせて前方に転倒しそうになってしまう。

 なんとか片足でピョンピョン跳ねることにより転倒を回避。そのまま壁に手を着けることにも成功してひと段落と言ったところか。

 ……ん? なんだか壁にしてはゴツゴツしているというか、形が平坦ではないというか。妙に無機質で冷たいというか。

 手の感触に違和感を覚えた俺は、まさぐるようにして壁らしき何か、もしくは壁でなかった何かを触ってみる。そして目を向けることで、ようやくその正体に気が付く。

 

「これは、IS……?」

「IS学園の受験会場なんだから訓練機くらいあるわよ」

 

 俺がもたれかかっていたのはISで、どうやらそれは受験用に準備されているものらしい。へぇ、こんな近くで見るのは初めてだが、思っていたより大きいものなんだな。

 俺も男の子ではあるし、ロボットとくればなんとなく心惹かれる部分はあるかも。今度ナツの専用機とかも生で見させてもらえないだろうか。

 

(まぁそれはさておいて……)

 

 ISのようなものが勢いよく手をついただけで壊れるはずもないだろうし、余計なことを考えるのよりも前に急がなくては。そのせいで転びかけたのはあるけど。

 そして俺がもう一度走り出そうとした次の瞬間のことだった。何か脳の奥の方でスパークでも起こったかのような衝撃が走る。

 今の衝撃でまたしても足元がふらついてしまうが、ISにもたれかかったままの状態だっただけに事なきを得た。しかし、この脳がズキズキする感じはいったい……?

 例えるのならば、そう、まるであらゆる情報を脳に直接叩き込まれているような……。ISに触れてから起きた現象だが、まさかそれが原因だとでも言うのか?

 ……まさかとは思うが、それならとっとと手を離してしまうことにしよう。ISにもたれかかるのを止めようとしたその時、俺の視界が白に包まれた。

 頭痛が起きていただけに気絶の前触れかとも思ったが、意識そのものはあるようだ。件の頭痛も嘘のように引いている。そこで恐る恐る目を開いてみると――――

 

「……あれ、なんか目線が高い? というかこれ、あれ? ……あれぇ!?」

「な、な、な、な……なんで男がISを!?」

「お、俺が聞きたいくらいですよ!」

 

 まず初めに急に背でも高くなったような視点に違和感を覚え、すぐさま足元を見る。すると俺の足は鋼鉄の鎧のようなものを纏っているではないか。

 次に腕、肩を視界に入れたあたりでとある事実にようやく気が付くことができた。俺は、女性にしか扱えないはずのISを装着しているのだと。

 教師の人は俺を指さしながらあんぐりとした表情をしながら騒いでいるが、なんでかなんて俺も知らない。知るはずがない。

 平々凡々、常鱗凡介、 尋常一様とそのあたりの普通を示す四字熟語がピッタリ当てはまるのが俺。そんな特異的事例を持ち得るなんて考えもするはずないじゃないか。

 

「と、とにかく! そこで大人しくしてて!」

「大人しくって、これどうやって外せば――――行っちゃった」

 

 とにかくこれは世紀の大発見であることに違いない。教師の人は現場の責任者等に報告でもするつもりなのか、大慌てで部屋を出て行ってしまう。

 その前にISの外し方くらい教えてくれなくては、これじゃあ座ることもできない。勝手に弄るのもあれだろうし、武装なんか出しちゃったら大事だ。

 まぁ、なんというか、今の俺が思うのはただひとつ。

 

「受験、間に合いそうもないかぁ……」

 

 

 

 

 




この哀れなまでのテンプレ展開である。
いくら晴人が普通な奴というコンセプトでも、流石に動かさないわけにはいかないというのもありますが……。
ちなみに、動かせる理由は練ってあるんですが……多分ですけど本編中で語る隙は無いと思われます。なるべくそういう話を持ち込みたくないというのもありますが。
さて、もうしばらくしょうもない話にお付き合いください。





ハルナツメモ その7【見送りの儀式】
一夏考案の大事な時に見送る際に用いられる儀式的何か。
受験などの大事の際にのみ使われるかと思いきや、案外その使用例は多岐に渡る。
基本的に、一夏が晴人に促すケースの方が多い。


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第12話 ワケありペアレンツ

しょうもない話その2。
更には今作中最大のご都合主義ポイント。
ツッコミの嵐が起きるのが目に浮かびます。


 あれからいろいろあり過ぎてどこから説明していいのかわからないが、とにかく俺がISを扱えることができる男性である事実は瞬く間に世界へ広がった。

 どこから仕入れたのか、連日俺のことを報道する情報番組ばかりだ。ご丁寧に顔写真まで晒してくれちゃって、プライバシーなんてあったもんじゃない。

 キャスターやコメンテーターは俺の扱いに関してうんぬんと講釈を垂れていたが、実際俺に宣言されたのはIS学園への強制入学だった。

 これは俺を守る措置であるそうな。多かれ少なかれ何かしらの団体、個人に狙われる可能性の浮上した俺を匿い、なおかつ自己防衛の手段を与えられるからだって。

 まぁそれについては納得がいく。既に怪しい団体や研究機関らしき人が訪ねてきて、あらゆる面で協力を求めてきたりしているし。

 それらに関してキッパリとお断りする意思を示したものの、何度追い返そうがしつこく迫ってくることだろう。それを考慮するなら、うん、入学するのは最前手なんだろうけど。

 ISは女性にしか扱えない。イコールしてIS学園は教師も生徒も女性だらけ。イコールして女子高に男子一人が強制入学させられる事態であるということだ。

 守られるというメリットはありがたいが、その事実が想像するだけでキツくてここのところ頭を悩ませていた。

 弾と数馬は今頃俺が羨ましいと叫んでいるんだろうが、あいにく情報規制をかけるためにと携帯は没収されてしまっている。

 それに連日の訪問者やマスコミの囲いのせいで、俺は数日間に渡り自宅で缶詰め状態だ。絵を描けばそれなりに気もまぎれるが、そろそろ外の空気が恋しくなってきた。

 そんな折のある日のこと、ナツが唐突にこう切り出してくる。

 

「ハル、出かけようか」

「いや無理でしょ。なんか政府の偉い人にも外出は控えるようにって――――」

「大丈夫だよ。ハル、私を信じて」

 

 朝食も食器洗いも済ませたところ、ナツがなんとも無理難題を言い始めるじゃないか。できるなら俺もそうしたいんだけど。

 家のカーテンはしばらく閉めっぱなしにしているせいで外の様子はわからないが、きっと今も大勢の人が待ち構えているに違いない。

 ナツの言うそれは、腹を空かせた肉食動物の群れに弱った獲物でも放り投げるようなものだ。俺にみすみす餌にされに行くような趣味はない。

 しかし、ナツは強いまなざしで自分を信じてほしいと言い切った。……なんだかよくわからないが、それは少しずるいと思う。

 だってナツに信じてなんて言われたのなら、そうするしかないじゃないか。俺にナツを疑う要素なんてあっていいはずがないのだから。

 

「よくわからないけど、わかった。それで、これからどこへ?」

「ごめん、連れてくるまで明かすなって言われてるの。ここは黙って着いてきてほしいな」

「そ、そっか、了解。それじゃ、準備してくるからちょっと待ってて」

 

 連れてくるまで明かすな。つまり誰かからの命令であることを示唆しているかのようだった。だとしたら誰だろうか。ナツが代表候補生であることを考慮すると――――

 って、ナツを信じることで決めたんだから変に考えるのはよせって。待たせては悪いし、手早く準備を済ませてしまおう。

 着替えや必要そうなものを所持してリビングに戻ると、ナツも同じく準備を終えているようだった。ならば覚悟を決めつつ靴を履き替え、いざ数日ぶりの外へ……っと。

 

「あれ、誰も居ない……?」

「そこらも後で説明するからさ。それじゃ、着いてきて」

 

 覚悟していたというのに拍子抜け。玄関の扉の先には誰も待ち構えてはいなかった。それに隠れているような様子も感じられない。

 おかしいなと周囲を見渡していると、ナツは安心させるかのように優しく俺の背を叩いた。説明するからって、ナツに俺を連れてくるよう言った者の差し金ということになるが。

 ナツの後ろを着いて行きつつ何者かの正体に勝手な想像を膨らませるも、モヤモヤと霞がかかったかのようにそれらしい何かは思いつかない。

 この思考は無駄らしいことを察したので向かっている場所の正体へとシフトを変えるが、このルートはどうにも見覚えがあるぞ。

 そう、確か父さんの勤め先がある可能性が高い場所だ。足を運ぶのは相談を受けてもらって以来となる。ほぉ、とんだ偶然があるものだ。なんて考えていたらだ――――

 

「ほら、ここからでも見えるでしょ。目指してるのはあのビルだよ」

「あのビルって、あのビル? あのビルか…………」

「思うところでもあるの?」

「い、いや、なんでも。ただの偶然と思うから」

 

 ナツが駅前広場から指さした先には、俺が父さんに相談をした喫茶店があるすぐ近くの高層ビルだった。こうも偶然が重なると怖いまであるな。

 ナツに何か心当たりがあるのかと問われるも、取るに足らないことだ。とりあえずそれは流して、件の高層ビルへ向かうことにしよう。

 ナツに歩幅を合わせて歩くことしばらく、見上げるのが疲れそうなビルの真下へと到着した。社名の書かれた看板に注目してみると、そこにはFuturisticTechnology Instituteとある。

 直訳するなら未来的科学技術研究所ってところかな。でもその外観が研究所っぽくないところからして、単なる企業名なんだろうけど。

 

「こんにちはー」

「な、なんの躊躇いもなく!? えっと、こ、こんにちは」

 

 俺が看板へ注目している間に、ナツは躊躇いのひとかけらも見せずに自動ドアをくぐって中へと突入。驚いた拍子にツッコミを入れながら着いて行くかたちになってしまった。

 すると、受付嬢らしき人とナツはどうにも顔見知りのようだった。慣れたようなやりとりで地下研究施設にて主任がお待ちです。なんて案内される。

 地下研究施設……? あれか、やっぱりいろいろ研究されちゃうのだろうか。い、いやナツを信じるという言葉に二言はない。エレベーターに乗り込み、いざ件の研究施設へ。

 エレベーターでの所要時間はそれなりに長く、かなり地下深い場所に設置されていることがわかった。

 そして到着を知らせるベルが鳴り、エレベーターから降りてみると、そこには……何と言ったらいいのだろう。未来的科学と言う名にふさわしいような光景が広がっていた。

 

「……まるでSF映画のセットみたいだね」

「あ、それ初めて来た時に同じこと考えたよ」

 

 白を基調とした無機質ながら清潔感のある場所を、白衣を着た人や作業着の人がせわしなく行きかっている。

 見ればなんの用途かすら想像もつかないような機械を運んでいたり、またはその機械の前で話し合っていたりと、この光景はSF映画以外に表現しようもなかった。

 ナツはたくさんの人から挨拶されたり会釈されたりしながら進んで行く。俺はなんとなく居心地の悪さを感じながらナツの背を追った。

 

「よしよし、到着っ」

「IS企画開発研究部……か」

 

 ナツが到着と言いつつ立ち止まった部屋の出入り口上には、仰々しい字体でIS企画開発研究部と書かれていた。それならナツがここに俺を連れて来た理由もわかるな。

 でもナツの妙に慣れた感じばかりは説明がつかないな。この部屋に入ればその真相も明かされるのだろうけど。

 内心そう唸っていると、ナツはポケットから会員証のようなものを取り出した。それをドア横にあるカードリーダーに読み込ませると、どうやらそれでロックが解除されたらしい。

 

「ハル、ひとつ断っておくことがあるんだけど……」

「う、うん、言ってみて」

「どうかそんなに驚かないでね」

 

 部屋に入る前にひとつとナツがそう言いだしたが、その微妙になんとも表現できそうにない顔つきはいったいなんなのだろうか。

 これまでとは違う意味で頭の上にクエスチョンマークでも浮かびそうなのだが、いったいどういう意味なのだろう。

 部屋に入ればその意味もわかるのだろうから問いただしはしないが、どうやらまた覚悟をしておいたほうがよさそうだ。

 ガコンとかプシューとか音を鳴らしてドアが開くと、中は思った以上に広い空間が確保されていた。メインフロアや廊下と違い、モニターやコンソールが多く見られる。

 そして作業着の人の割合は減り、白衣の研究員さんのほうが目立つ。何やら言い争いに近いような話し合いをしているようだ。

 物珍しくて周囲を見渡していると、どうにも一人の研究員さんに目がいった。なんというか、後ろ姿に見覚えがある。というかおかしいな、あれはもしや。いや、もしかしなくても――――

 

「おばさん、連れてきましたよ」

「あら、思ったよりも早かったわね。道中、大丈夫だった? 変な人に乱暴とかされなかったかしら?」

「アハハ、大丈夫ですよ。だからそんな幼児扱いはちょっと……」

「…………母さん?」

「ええ、晴人くんのお母さんですよ~」

 

 見覚えのある背中に、やけにナツがズンズン近づくから嫌な予感はしてたんだ。例の研究員さんとの距離が近づくごとに予感は確信へと変わり、あまりのことに脳がすぐ事実を認識できない。

 だからナツと母さんのやり取りをボーッと眺めるくらいのことしかできない。二人のやり取りがいつも家で繰り広げられているそのまんまで、俺の中で更にギャップの溝が深くなっていってしまう。

 だからとりあえず、この目の前で当たり前みたく白衣を着ている人に質問だ。貴女は本当に俺の母親でしょうか?

 うん、ニパニパとして見ていると気が抜けそうな笑み。それにこの聞いてると考えごとなんかすっ飛んでいっちゃいそうな甘ったるい声。間違いなく俺の母である日向 恵令奈のものである。

 

「母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」

「お母さんですよ~」

「母さんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」

「お母さんですよ~」

「母さ――――」

「いやハルそのくらいにしておこうよ……。初めは私もそんなだったから気持ちはわかるけど」

 

 いや待って待って待ってくれ待ってよ待ってくださいませんか。長らく職業不詳だったと言うのに、これはあまりにも予想外過ぎる。

 だって見るからに研究員だよ? それにISの研究者なんてよっぽどの頭脳の持ち主じゃないか。とは言え何も母さんを見くびっての発言ではない。

 母さんが決して頭が悪くないのは知っている。いや、むしろ良いくらいという認識だ。勉強を観てもらったことは何度もあるし、加えて教え方も上手だ。

 しかしそれは学力における頭が良いという認識であって、母さんは基本的に脳内にお花畑でも広がっているような人だと言うのに。

 それが、まさか、こんな、えぇ……? 正直俺がIS動かせるのよりも衝撃なんですがそれは。思わず叫び散らす気持ちはわかるだろうに。

 叫ぶ俺をナツが止めにかかるが、そこでようやく思い出したことがある。つまりナツはいずれかのタイミングでこの事実を知っていたということになるじゃないか。

 

「ナツ、これどういうこと!?」

「うん、ホント黙ってて申し訳ないとは思ってたよ? けど――――」

「済まないな、千冬くんにずっと口止めされてきたのだ」

 

 相変わらずニパニパしている母さんを尻目に、衝撃の事実について詳しく解説をプリーズと向き直る。するとかなりの苦笑いを浮かべて真相を語り出した。

 しかし、それは何者かが言葉を遮ることで止まってしまう。というか、べらぼうに聞き覚えのある声で思わず身体を硬直させてしまう。

 そしてギギギ……と、錆びたブリキの人形みたくそちらへ向き直ってみる。すると、スーツの似合うダンディズムの塊のような男がそこに居た。

 

「と、父さん……?」

「ここはあえて初めましてと言わせてもらう。挨拶代わりにこれを受け取ってほしい」

「FuturisticTechnology Institute最高経営責任者……日向 晴誉……。し、し、CEO……?」

「そういうことになる」

「あー! あ゛ー! もう無理! もう無理だ! あまりの衝撃に立ってられない!」

「ハ、ハル、本当に気持ちはわかるから一回落ち着こう! ね? ほら、深呼吸~」

 

 父さんが俺に手渡したのは、堂々と最高経営責任者という肩書が書かれていた。つまりCEO、とても偉い人であるということが発覚した。

 衝撃的事実のラッシュで本当に立っていられない。思わずガクリとその場に膝を着けると、慌てたナツが落ち着くように諭してくる。

 いや、これが落ち着いていられるわけが……。い、いや、ナツの言うとおりだ。どうにもこういう取り乱し方は俺のキャラじゃない。

 ナツの手を借りて立ち上がると、深く息を吸って深く息を吐く。それをしばらく続けていると、不思議と気分が落ち着いてきたような気がする。よ、よし、大丈夫そうだ。

 

「えっと、父さん。フユ姉さんが口止めって、それどういうこと?」

「ISに関わることは長らく口止めされていた。悪いが理由は私たちも知らん」

「私もISに乗りたいって相談したらかなり反対されちゃった」

 

 少しずついろいろと紐解いていくことにしよう。まずは父さんの千冬くんに口止めされていた、という部分についてから。

 詳しい事情は知らないが、父さんと母さんはフユ姉さんのお願いを守っていたということか。確かに心当たりがないわけではない。

 フユ姉さんは自分の試合映像とかを俺やナツに見られるのを避けていた節がある。ずっと気恥ずかしいのかとでも思っていたが、どうやら事情は異なるみたいだな。

 ナツが反対を受けたというピースから、ナツ、もしくは俺がISに関心を持つと何かしら不都合があった可能性が出てくる。その不都合というのは想像がつかないけど……。

 

「ナツはいつから二人のことを?」

「ISに乗り始めたあたり。千冬姉がここのことを紹介してくれたんだ」

「お母さんたち、千冬ちゃんがバリバリ現役の頃からサポートしてたの」

「つまりナツの専用機って……」

「うん、ここ製の機体だよ」

 

 ナツがISに乗り始めた時期と言うと、今からちょうど一年前くらいになるのか。ナツは習い事と称してここにも通っていたのだろう。

 そうか、フユ姉さんの勧めで……。代表候補生になる、あるいはなれる人物はそれなりにコネというものがあるものだと思ってはいたが、フユ姉さんは最強のコネじゃないか。

 座そのものを勝ち取ったのはナツの実力だろうが、そんな前から母さんたちの正体を知っていたのか。よく隠し通せたもんだよ。俺なら衝撃ついでに話したくなってしまっていたかも。

 まだ受け入れられない部分も多いが、俺がここへ呼ばれた理由もなんとなく読めてきた気がする。そして、どうして報道とかの人が家に押しかけてこなかったのかも。

 後者は簡単。恐らく父さんが何かしらの圧力をかけたか、もしくは取引のような何かを行ったかのどちらかのだず。そして前者は――――

 

「なら俺が呼ばれたのは、専用機の譲渡が目的ってところかな」

「そのとおりよ晴人くん。お母さんの最高傑作を託しちゃうんだから! ね、晴誉さん」

「日向部長、再三になるが勤務中の公私混同は避けるように」

 

 さらりと質問してみたが、やはりそうなのか。何も俺が選ばれた人間であるなんて言うつもりはないが、妥当と言えば妥当なところなのだろう。

 俺がIS学園に入る主目的としては保護という名目になるのだが、直接IS学園に殴り込みが起きないとは言い切れない。

 ISについて学ぶ学校とはいえ、共用であろう訓練機を俺にあてがうのは燃費が悪いし、何より訓練機のベーシックな性能では心もとない部分もある。

 そこでワンオフかつ訓練機と比較すれば圧倒的戦闘力を誇るであろう専用機を俺が譲渡されるのは、先ほども言及した保護と言う目的が含まれるのならある種当然とも言える。

 当然であると理解はできるものの、なんというか、とても恐縮してしまうな。専用機獲得のために日夜汗水流している人たちに申し訳が立たない気がしてならない。

 ……というかなんて? 母さん部長なの? 夫婦そろって凄まじく立派なポストについてるじゃないか。俺の十五年に及ぶ庶民生活はいったいなんだったのだろう。

 

「それでは部長、一夏くん。後のことを任せる」

「了解です!」

「は~い!」

「あ、あのさ父さん」

「なんだ?」

「えっと、いろいろありがとう」

「気にするな。家族を守るのが家長の務めだ」

 

 父さんは顔を見せにきただけなのか、伝えるべきことを伝えると仕事へ戻るつもりらしい。役職的に忙しいものだろう。

 引き留めるようで悪いけど、とりあえず礼だけは言っておかなければ。軽く専用機の譲渡なんて言ってはいるが、俺の機体となるには父さんがかなりの苦労を重ねてのことのはず。

 政府や国の認可とか、IS委員会の認可とか、とにかく許可を得るだけでも相当量の交渉が必要になるはず。もし仮に誰かに譲渡する予定でもあったのなら目も当てられない。

 それだけでなく、単にマスコミ等から俺を守るためにも尽力してくれたみたいだし、感謝してもしきれない。

 深々と頭を下げたというのに、父さんはいつものとおりクールな対応で俺の言葉を受け取る。そっけないと思う人もいるかも知れないが、少なくとも俺は、あれが父さんらしくて好きだな。

 

「さてさて晴人くん、まずはこれに着替えてちょうだい」

「これは……あっ、なんか見たことある。フユ姉さんとかが試合の時に着てるやつだ」

「なんの捻りもなくISスーツって言うんだよ。まぁ要するにパイロットスーツと同じようなものかな」

 

 父さんの姿が完全に見えなくなると、母さんが何かしら着衣を手渡してきた。手触りは水泳のプロアスリートなんかが着る水着と似ている。

 その場で広げてみると、メタルグレーをベースにして腕や胴体から足にかけての側面に虹色のライン模様が入ったデザインだった。でもウエットスーツとは違ってセパレートタイプみたいだな。

 ナツ曰く、これはISスーツと呼ばれるものらしい。ナツの言葉どおり本当になんの捻りも感じられない。まぁ、シンプルイズベストというやつなのだろう。

 でも性能は只者ではないらしく、なんでも体を動かす際に筋肉から出る電気信号等を増幅してISに伝達してくれるんだとか。単純にすごいという言葉しか出てこない。技術革新とは末恐ろしいものだ。

 

「…………」

「ハル、どうかした?」

「あ、いや、その、今から専用機に乗るんだって思うと、なんだか急に緊張してきちゃって」

「大丈夫だよ、誰だって初めてはあるんだから。それに私も練習を手伝うからさ」

「ハハ、代表候補生の指導っていうのはこれまた豪華だね。うん、ありがとうナツ。ここはひとつ、どうかご享受お願いします」

 

 ISに乗るというのは、車やバイクを運転するのとはわけが違う。それもいきなり訓練機でなく専用機であることを余儀なくされるときた。

 両親に対する混乱でどこかへすっ飛んでいたであろう緊張はリターンバック。ISスーツを握りしめながら固まっていると、ナツが顔を覗き込ませた。

 正直に心の内を吐露すると、ナツは安心させるような笑みを浮かべ俺の手を取りそう言う。すると、なんだか胸の奥が熱くなるような感覚が過った。

 ナツが女の子になってからはそう気安く触った覚えのない手だが、なんというか、とても暖かくて柔らかくて、いつまでも握っていたい気さえしてしまう。

 家事をするのになんでこうも綺麗な手なんだろうか。それはきっと、ナツの持つ優しさが俺にそう思わせるんだと思う。

 ナツの手を少しだけ握り返した時には不安は消え去り、むしろ期待感すらわいてきた。俺にとってナツが一緒ということ以上に心強いことはないのだから。

 

 

 

 

 




Q両親の設定はどうしてこうなったの?
A便利なうえにオリキャラの数を最小限に留められるからです。

いやいや束さん一人居たら済む話やん。と思われるでしょうが、わけあって臨海学校編までに登場させることができないんです。
私個人のなんでもかんでも束さんで解決を図るのを避けたいというワガママも重なってしまい、苦肉の策としてこのような措置を取らせていただきました。





【FuturisticTechnology Institute】
FT&Iの通称で呼ばれる企業。
日本語で直訳したとおりの企業であり、先進医療などといった社会に貢献できるようなあらゆる物事の研究、開発を行っている。
ISの台頭と同時ほどに研究等に着手し、現在では単独での開発も可能なほど。


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第13話 虹の番人

しょうもない話その3。
主人公の専用機についてここで軽く触れておきます。
じゃないと初戦で上手に描写し切れる気がまったくしませんので……。


「さてさて晴人くん、専用機とご対面といきましょうか!」

 

 研究室と併設してあった更衣室で着替えた俺は、ブルーシートがかけられた何かを前に得意気な母さんを眺める。どうやら俺の相棒となるISは目と鼻の先のようだ。

 俺は期待と不安が半々の心境である。期待に関しては男子特有の童心が影響しているから。不安に関してだが、どうにも隣に立つナツが訝しむ様子だからだ。

 つまりブルーシートの上からでもわかる違和感を覚えている証拠であって、母さんの性格も影響してより不安を加速させる。

 キョドッている間に母さんは前置きを終えたらしく、ブルーシートの端を掴んで俺へと差し出す。どうやら俺の手で露わにしろと言いたいらしい。

 期待感に胸を躍らせ、消えぬ不安を抱きながら、腹を決めてブルーシートをはぎ取った。するとそこには、なんと言うか、素人目からでもわかる異形が聳え立っている。

 

「これぞ私作の第三世代型IS! この子の名前はヘイムダル! コンセプトは――――ってあらあら? 晴人くんってば反応薄いわよ?」

「いや、母さん。これ本当にIS……? なんていうか、いろいろバランスおかしくないかな。えっと、ナツ。ぶっちゃけこんなIS――――」

「こんな前衛的なデザイン見たことも聞いたこともない」

 

 だよねぇ? 俺の前に聳え立つISは、銀と金、そして各所に虹色を散りばめた甲冑のようなデザインで、まるで重騎士のようなディティールだった。それだけならばそれで済んだろう。

 しかし、あまりにも右腕が大きすぎる。それは太さにおいても長さにおいても言えることで、通常のIS七本ほど束にしたような太さであり、あまりの長さに指先が地面に着きそうだ。

 まずこの左右非対称(アシンメトリー)さに目がいくが、ナツ曰く装甲部分にも始めて見る要素が盛り込まれているそうな。

 昨今のIS、母さんが言った第三世代機は胴体に装甲は存在しないのが主流らしい。しかしこのヘイムダルには、胸の部分にクリア素材で青く輝くXが刻まれた装甲が確と張り付いていた。

 露出している部分と言えば腹部から太ももにかけてで、脚部装甲は膝あたりまで。要するにガッチガチのゴッツゴツの機体らしい。

 

「見たところ機動力を捨てた防御型って感じだけど」

「ピンポーン、一夏ちゃんせいか~い」

「それは、俺が上手くISを動かせないことを想定してるから?」

 

 ISには絶対防御と言う機能が存在する。100%のものとは言わないが、操縦者の命を守るために生身への攻撃を防ぐ機能……だったと思う。

 装甲が厚く多いということは、それだけ絶対防御は発動しにくい。つまり、もし俺が試合に出ても秒殺はされないための措置だと読んだ。

 

「ううん、それは偶然よ? だって晴人くんに合わせて造ったはずないじゃな~い」

「え、これ急ピッチで造った機体とかじゃ……」

「ないない! だってこの子、私が趣味で造ってた機体なんだもん」

「…………はい?」

「母さんとしては運命感じちゃうわ~。私が個人的に造ってた機体に愛する息子が乗ってくれるんだもの~!」

 

 今この母親はなんと言ったろうか。趣味? 個人的に? ISのコアは諸事情により絶対数が決まっており、専用、汎用に関わらず467機しか造れないのに? その貴重な一機のうちひとつを趣味で?

 俺は照れ臭そうにキャーキャー騒いでいる母さんを無視して、そこらで作業していた研究員さんたちに目を向けてみる。

 すると向こうも遠巻きに視線を送っていたというのに、俺が目をやると同時に身体ごと視線をそらされた。この空間内で誰にやってもリアクションは同じで、この瞬間に俺は悟ることとなる。

 母さん、変人と天才は紙一重のパターンのやつや……と。

 というか父さん、趣味で造るからコア確保してってお願いを聞かんといて。そんでもって機体製造のゴーサインを出さんといて……。

 

「まぁ、その、元気出してよ。ほら、今に始まったことでもないし」

「ナツ、時として慰めほど残酷なことはないんだよ……」

「ほらほら、早くヘイムダルに乗っちゃって! 一夏ちゃんも白式の展開をお願い」

 

 おお神よ。そんな調子で天を仰いでいると、ナツは俺の背を撫でながら気まずそうな励ましをかけてくる。

 残念ながら今の俺にありがとうと返す余裕はなく、心底から疲れ切った声でそう言うのが精いっぱいだった。……あとでちゃんとありがとうと言っておこう。

 そんな中母さんがヘイムダルへの搭乗を促してくるが、先にナツが白式なる専用機を展開するほうが早かった。いや、早いなんてもんじゃない。一瞬という言葉が遅く感じられるほどだ。

 ナツの専用機、見た目の印象はまず第一に白。デザインはヘイムダルほどゴツくないながらも騎士の鎧ふうで、背中にある大きなウィングスラスターが目を引く。

 それも相まってか、猛禽類のような猛々しさの中にも美しさを感じる。そのせいか俺は、思わず余計なことを口走ってしまう。

 

「……綺麗だな」

「ふぇっ!?」

「ああ、いや、ナツのことじゃなくて白式の――――あっ、いや、でもナツのこともそりゃ綺麗だって思ってるよ!? けど、その、なんというか、今のは別に、言葉の、綾的なあれのやつでさ……」

「わ、わわわわわかってるよ、大丈夫、大丈夫だから! でも、あ、ありがとぅ……」

 

 いや、確かにナツ含めてというか、白式を纏うナツがとても綺麗だと思った。けどそれを無意識に口走ったからと言って、余計な弁明をしようとするから更に余計なことになってしまう。

 しまったな、精神的には男なのに綺麗なんて言われたナツの心境はいかに。ナツが女の子になってけっこう経つせいか、俺も扱いに混乱してきてしまった。

 それでなくても白スク水みたいなISスーツ着てて、ナツのボディラインが強調されて目を合わせられないというのに、ますますナツに視線を送れない。

 二人して顔を真っ赤にしながらアワアワする空気感に堪えられなくなった俺は、急いでヘイムダルに搭乗して話を先に進めることにした。

 

「っ…………」

「晴人くん、気分が悪かったりしない?」

「……少し脳がピリッとする。けど、辛さはないかな」

「ただいま初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)中でござ~い。その影響だから少しだけ我慢してちょうだいね~」

 

 俺の脳には初めてISに触れた際と同じような感覚が過るが、不思議と前とは違い痛みを伴うようなことはない。なんというか、馴染んでいくような気がする。

 初期化に最適化……か。すなわちヘイムダルに俺のパーソナルデータを登録しているということなのかな。どちらにせよ、ゆだねる気でいたほうがよさそうだ。

 そう感じた俺は、もっとリラックスして頭に流れる情報のようなものを受け入れる体勢をつくる。するとよりいっそう浸透していくような感覚に変わり、そして――――

 

「はい完了。後は一次移行(ファースト・シフト)が済めば完全に晴人くんの機体に――――って、あらぁ?」

「な、何さその気になる感じは」

「んーん、なんでもないのよ。どのみち今説明しても晴人くんチンプンカンプンだろうからパ~ス」

「そ、そう……」

「ハル、感想はどんな?」

「うーん、なんか変なのがたくさん見える。それより前見てるのに背中が見えるという大矛盾だよこれ」

「アハハ、ハイパーセンサーの影響だね。白式でいうとこれ、ヘイムダルだとその角とかトサカっぽいパーツのことかな」

 

 確かに今の俺の額には、角のようなトサカのようなパーツが貼りついている。右手が大きすぎて触れられないため、左腕を操作して触ってみた。

 ハイパーセンサーというのはザックリ言うなら視覚補正等のサポートを行ってくれる装置らしく、今俺の目には白式がピックアップされて様々な情報が表示されていた。

 そのうち意識しなくても自由に使えるとのことだが、今でさえかなり混乱しているのに本当に大丈夫だろうか。実際は戦闘中に確認しなきゃなんなくなるんだろうし。

 

「それじゃ晴人くん、ゆっくりでいいから歩いてみましょうか」

「え、えーっと、どうやって?」

「ハル、第三世代機はイメージインターフェースっていう機能が標準装備されてるんだよ」

 

 なんだか今日だけで横文字の用語を沢山聞くな。

 イメージインターフェースというのは、操縦桿やフットペダルを操作しなくてもISを動かせる機能のことらしい。むしろ第三世代機においてはほとんどの操作をそれで行えるらしい。

 歩行、飛行、武装の展開等々をマニュアルとイメージインターフェース操作を併用することでセミオート的な運転が可能らしい。

 それを可能にするのが名称のとおり操縦者のイメージ力。歩く姿をイメージすればそのとおり動くらしいが、果たして――――

 

(歩く、歩く……)

「うん、いいよハル、その調子!」

「な、なんだか変な感じだな。思ったよりも勝手に動いてるような気がする」

「これもそのうち意識しなくてもできるようになるよ。じゃ、頑張って練習練習!」

「ん、頑張る」

 

 普段無意識に行っていることをイメージするというのはなかなか難しかったが、ヘイムダルは一歩前に踏み出してくれた。

 それを見たナツは少しだけ地面から浮いてヘイムダルの左手を取る。右手が巨大なせいでバランスが取り辛かったから有難い。

 よしよし、ナツのおかげでやり易くなった。ならば言うとおり練習あるのみ。IS学園に入学するまでそう時間もないのだから、せめて不格好でも飛行まではなんとかしたい。

 ナツに手を引かれてそこらを何周も歩くことしばらく、ぎこちないながらもなんとかコツが掴めてきた気がする。

 そこで手を離してもらってもう何周かしてみるが、躓くようなこともなく踏破に成功。まだ意識的にやっている部分はあるが、とりあえず母さんからは及第点をもらえた。

 まぁ、時間がないのだからひとつのことに拘ってもね。今日はヘイムダルという機体についての説明が主なんだろうから、練習は今日以降ということにしよう。

 

「それじゃあ晴人くん、お待ちかねの武装面について触れましょう!」

「そう待ってもないけどね……。えっと、コンセプトについて言いかけてたけど」

「よくぞ聞いてくれました! その前に晴人くん、ヘイムダルってご存知かしら」

 

 ヘイムダルねぇ。実のところ聞き覚えはあるのだが、それが何だったかに関しては思い浮かばなかった。そこで大人しく正解を乞うと、どうやら北欧神話に関係するらしい。

 ヘイムダルというのは北欧神話の神々が地上とアースガルズ――――要するに神様の住む国とを繋ぐ虹の橋を守る番人らしい。

 なるほど、それならヘイムダルやISスーツの各所に虹色が散りばめているのも頷ける。重騎士のような見た目についてもだ。でもそれとこの機体のコンセプトについてなんの関係があるのだろう。

 

「ヘイムダルの右腕装甲――――それは鎧であると同時に武装なの! その名も虹色の手甲(ガントレット)!」

虹色の手甲(ガントレット)……。随分ストレートなネーミングだけど、これが武装ってどういうこと?」

「フッフッフ……。ズバリ! 虹色(なないろ)にかけて七段変形しちゃいます!」

「へ~……。なんかカッコイイような気が――――」

「へ!? えっ、おばさん、拡張領域(パススロット)は? 後付武装(イコライザ)は!? 白式も人のこと言えないですけど、それは流石に酷いですよ!」

 

 な、なんだかよくわからないけど酷いらしい。ナツの異様な焦りようを見るにこれはよほどのことだな。

 拡張領域(パススロット)というのは武装をしまっておくポケットのようなもので、後付武装(イコライザ)というのは拡張領域(パススロット)に後からインストール可能な武装のことを指すらしい。

 どちらにしろ拡張領域(パススロット)の存在は欠かせないものというのがわかった。それがなければ後付けもクソもあったもんじゃない。

 

拡張領域(パススロット)? 右腕部装甲の内部に用意しておいたけど?」

「どちらにせよめちゃくちゃだよぉ……。なんなのこのIS……」

「ま、まぁまぁ、別に存在しないってわかっただけでもいいじゃない」

 

 よほどこのヘイムダルはいろいろとアレらしいのに、造った本人がもっとアレということにナツは頭を抱えだす始末。

 俺には何が悪いのかはわからないが、母さんがあっけらかんと言いのけるとナツは少しばかりフラッと足元をぐらつかせた。

 母さんの子だけに妙な罪悪感を覚えた俺は、巨大な右腕の中心あたりでナツの腰を支える。IS装着してるしでそう心配する必要はないと思うけど、まぁ一応ね、一応。

 

「で、晴人くん。武装展開をする前にコンソールを開いてくれないかしら」

「りょ、了解。え~っと……」

 

 母さんに操作方法を習いつつ、ナツに手を借りながらコンソールを操作していく。

 開いてほしいと頼まれたのは武装の状態を示す画面らしく、虹色の手甲(ガントレット)という項目へとたどり着く。

 さらにそれを開いてみると、確かに七つの項目が並んだ画面が表示された。……んだけど、様子がおかしいのは一発でわかった。

 七項目のうち二つが緑色の鍵が開かれたようなマークがついていて、うち五つには赤で鍵がかかったようなマークが。これはつまり――――

 

「どういう理由かわからないんだけど、晴人くんが乗った途端に五つの変形機構にロックがかかっちゃって」

「えぇ……? そ、それは俺がふがいないって意味なのかな」

「ん~……半分くらい正解かしら」

 

 ISと言うのは自己進化の可能性を秘めているらしく、専用機は乗っているうちに武装が構成、解放されることがあるらしい。

 それは操縦者の経験値が一定まで上がると起こる現象らしく、これを俺に当てはめた場合、変形機構が解放されていくということになるようだ。

 つまりヘイムダルのコンセプトである七段変形への道のりは遠いようで、全貌が明らかになるのは少なくともIS学園に入学してからのことになりそうだ。

 

「じゃ、解放されてる武装はここで試しましょ。晴人くん、名称未指定仮称識別色・赤(コード・レッド)ってあるでしょ?」

「うん、確かに」

「叫んで」

「…………はい?」

「だから、仮称識別色・赤(コード・レッド)って叫んでちょうだい。音声認識で変形するから」

「……おばさん、イメージインターフェースでの変形は?」

「できないようになってるわね。だってそっちの方がかっこいいんだもの!」

 

 今度こそ二人して頭を抱えずにはいられなかった。母親のぶっ飛びっぷりというか、研究者としてあるまじき発言にと言うか。

 いや、ある意味では究極の研究者体質なのかも知れない。なんというか、ロマン的なものを追い求める姿勢とかそういう部分。そうか、母さんが趣味で造ったと言っていた所以か。

 多分だけどこの機体、誰か他の人に譲渡する計画はあったのだろう。しかし、このアレっぷりを前に向こうから受け取りを拒否されたに違いない。

 俺も正直なところ返したい気分になってきたが、そういうわけにはいかないのが今の俺の立場というものである。

 ちなみにだが、武装の名称については俺が自由に変更できるらしい。それはどんな武装か、いや、どんな変形をするのか見てからにしよう。

 それでは早速――――

 

「コ、仮称識別色・赤(コード・レッド)!」

 

 俺の声に反応してか、虹色の手甲(ガントレット)に走っていた虹色が赤色へと変わり、機械的な音を鳴らしながら変形を始めた。

 手首あたりの装甲が半分浮いたような状態になると、手の甲のあたりにセーフティカバーのようなものがスライドして飛び出てくる。

 そして浮いていたパーツが再びあるべき場所へと装着されると、セーフティカバーから赤色のエネルギーが放出された。

 それは勢いよく回転していたが、時間の経過とともにゆっくりと止まっていく。ようやくその姿をじっくり観察できるというものだ。

 薄く円形で細かいギザギザのついたこの感じは――――

 

「……丸ノコ?」

「その通り! その場で回転させるもよし。射程はそう長くないけど射出もできるわよ。あ、射出してる合間は他の変形ができないから気を付けてね」

「ツッコまない、もうツッコまない。ISの装備に丸ノコとか規格外だけどツッコまない」

 

 母さんはISをどういう目で見ているのか。変形するって言われて武装って言うんなら普通は剣とか銃のことを考えるだろう。それが丸ノコって……。

 いや、確かに剣とか銃に変形されたところでマトモに扱える気はしないけど、せめてもっと工具とかじゃなく武器にしてほしかった。

 しかし困った。これでは他の変形機構に期待が持てなくなってしまったぞ。ナツなんかいよいよ現実逃避を始めてしまった。

 とりあえず赤色にあたる武装、丸ノコの使用感を適当に試して次へ。どうやら色は青色らしく、俺はまたしても高らかに叫んだ。

 

仮称識別色・青(コード・ブルー)!」

 

 そう叫べば、右腕に走っていた色が青色に変わる。

 さきほどの順序とは逆にパーツが浮いてセーフティカバーが引っ込むと、右腕はいったん元の形状へ戻った。そしてそこからさらに変形。

 右腕の中心あたりが大きく開き、そこから青色のエネルギーが放出される。それはいつしか湾曲を帯びた四角形を形どり、いわゆるタワーシールドのようなタイプの盾へと変形した。

 

「こんなガチガチな機体のうえに盾?」

「ナツもそう思う? というかこれ、大きさからしてハイパーセンサーなしじゃ前が見えないんだけど……」

「いやいや、その盾こそヘイムダルにとって肝心要の武装よ。それまでロックされちゃったらいろいろ詰んじゃってたかも知れないもの」

 

 ヘイムダルが防御型機体であることは母さん自ら肯定した。だというのに、どうにもヘイムダルは盾を装備しているらしい。

 それでなくても絶対防御が発動してしまう領域が腹部から太腿あたりまでしかないのに、この盾を構えている間は更にダメージを与えづらくなるだろう。

 そこまで防御特化にするのは構わないどころか有難いのだが、これでは反撃の手があまりにも少ない。持久戦に持ち込んだところで、攻撃をせねば勝てるはずはないのだから。

 母さんの様子からするにこの盾はヘイムダルの戦闘において鍵であるらしく、これがないと詰みとかそういうレベルの話らしい。

 どういう基準でロックされたかはわからないけど、ヘイムダルも気を遣ってくれたのかな?

 

「晴人くん。さっきは七段変形って言ったけど、ヘイムダルにはもう一つ切り札になる変形機構が用意されているの」

「切り札……。そ、それっていったい……」

「ふふん、それはね――――」

 

 

 

 

 




中途半端な終わり方ですが、全貌は某イギリス代表候補生戦で明かします。
ちなみに専用機のモチーフになっているのは【ウルトラマンエクシードX ベータスパークアーマー】です。巨大な右手と脚部以外はだいたいまんまと思っていただいても。
どんな見た目かわからない? そんな人はウルトラマンXを劇場版まで完走してください。お願いしますなんでもしますから。





【ヘイムダル】
晴人の実母である恵令奈が趣味で開発した第三世代型IS。
とてもではないが常識的ISとは呼べない。それはデザイン、仕様などあらゆる要素においてと言えよう。
しかし、七段変形する右腕はクセの強い性能ながら、あらゆる局面に対応することが可能である。使いこなすことさえできればかなり猛威を振るうであろう。
が、現在はほとんどが未開放状態となってしまった。どうやら晴人の経験に応じて徐々に解放が進むようだ。

【虹色の手甲】
ヘイムダルの最大のコンセプトを担う、右腕装甲でありながら武装という異質な存在。
ただ大きな右腕ということではなく、パススロットを併用しつつも、むりくり七段変形の変形機構を詰め込んだために肥大化したようだ。
だが結果としては大きければ大きいほど良い。その理由は、恵令奈が語りかけた切り札と大いに関係している。
余談ではあるが、ネーミングは丸パクリ。かつて少年サンデーで連載していたマンガにおいて、主人公の使う必殺技の内ひとつだった。
なんのマンガかわかる人、今すぐ友達になりましょう。


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第14話 キミと共にあれること

前三話があまりにもいちかわ要素が薄すぎる。
アホか。なんのためにこの小説書いてんだ。
と言う結論に自分で至ったので、いちかわ要素多め(当社比)でもう一話更新です。
IS学園に入る前にワンクッションといった感じの内容でお送りします。





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

如月提督様 the clock様 猫魈になりたい様

評価していただいてありがとうございました!


 あれからヘイムダルも一次移行(ファースト・シフト)を果たし――――まぁ、サイズ調整があったくらいで大した変化はなかったけど、訓練も順調に進んでいる。

 IS学園への入学も週が明ければというところまで迫り、否応なしに様々な覚悟を求められる段階へと入ってきた。そんなとある休日――――

 

(こ、ここであってるんだよな……)

 

 俺は家でとっている新聞の折り込みに入っていた広告片手に、一人繁華街の美容室を前に右往左往としていた。まぁなんというか、少しばかりイメチェンをしてみようかなと思い立ってここに居る。

 根暗っぽく思われる最たる原因は、そりゃ俺のネガティヴ気質なんだろうけど、髪型とかでも少し印象は変えられるはず。

 ……少しずつでも変わっていこうと思うんだ。ISを動かせるということで俺自身が特別だなんてことを言うつもりはないけど、その事実をひとつのきっかけにできればと思う。

 ……そう思ったのはいいんだけど、やっぱり店の外観からして萎縮してしまう。こう、お前みたいな陰キャはお呼びじゃねーぜとでも言われている気分だ。

 

(いや、客商売なんだからそんなことは……。でもなんか店員さんとかもやっぱオシャレだし――――)

「あのーそこのお兄さん?」

「はいぃ!? す、すみません、その、営業妨害とかそういうのをするつもりじゃなくてですね!」

「そんなことは思ってないっすよ。こういう店は初めて……っぽいっすよねぇ。わかりますわかります、自分も初めてン時はビビりながら入りましたもん」

 

 緊張やら迷いやらで店の前を右に左に行ったり来たりしていると、突然話しかけられて心底から驚いた。

 慌てたせいで思わず謝罪しながら立ち去ろうとすると、声の主である店員さんは俺の肩を優しく掴んでグルンと回転させる。

 これでようやく目が合ったわけだが、店員さんの語るエピソードが嘘と思えるような見た目だ。えっと、悪い表現をするならチャラい感じ。

 でも接客するのに明らかに年下な俺に敬語を使っているし、キャラも朗らかでとっつきやすい。こういう人は無条件で怖いものだと思ってしまっていたけど、考えを改めなければならないようだ。

 

「で、どうします? 自分も無理にとは言わないっすけど?」

「あ、ああああの、じゃあ、えっと、よ、よろしくお願いします……」

「了解っす。そんじゃ、一名様ごあんな~い」

 

 ここまで来たうえに優しくされては断ることもできず、俺は動揺しながらも肯定して店内へと誘導される。一歩足を踏み入れると、やはりそこは別空間のようだった。

 髪を切ったりセットされている人たちはみんなして店員さんと楽しそうに会話しており、超絶陰キャの俺の場違い感が際立ってしまう。

 ひとつだけ救いがあったとするなら、席が空いていてすぐさまカットに入れたということだろうか。少しは周囲のことを気にしないで済む。

 

「今日はどのようなご用件で?」

「あ、あの、難しい注文かもしれないですけど、高校デビュー的なアレで。あ、でもあくまでイメチェンの範疇で済ませたいと言いますか、少し暗い印象が消えればいいなって……」

「ん~……じゃあ今の髪型を保ちつつ少し短くしましょうか。それだけでもかなり印象変わると思うっす」

 

 イメチェンだからって髪色染めたり、大きく髪型を変えるつもりは毛頭ない。しかし、ただ髪を短くしに来たのとは違うため、難しい注文をつけてしまう。

 しかも店を訪ねた理由が理由なだけに、恥ずかしさから早口になってしまいますます恥ずかしい。しかし店員さんは、気にした様子もなくカットを始めた。

 俺の性格を汲み取ってくれているのか、店員さんが話しかけてくることはない。だがこれはこれで気まずいというね。

 とにかく早く終われと思いつつ鏡の中の自分を見つめていると、同じく店員さんも鏡に映る俺を見ていた。

 

「あ、あの、どうかしましたか?」

「ん、すんません。いやね、なんかお兄さんどっかで見たことある気がするんっすよね~」

(や、やばっ……!?)

「ああ、ほら! なんか男でIS乗れるやつに似てません?」

「あ、あ~……そ、そうですね。実は似てるってよく言われるんですよ」

「やっぱりそうっすか? 世の中似た顔が三人は居るって言うっすよね」

 

 あ、危ない……! どうせ俺の顔なんて印象に残らないし大丈夫だろ、とか思って変装とかして来なかったけど今のはバレたかと思った。

 そもそも、変装なんて有名人気取りでしたくないんだよな……。やっぱり俺が特別であるとは思わないし思えないもの。

 でもまさか世界で唯一ISを扱える男が訪ねてくるとは思ってないのか、店員さんもあくまで似た奴と認識――――いや、どのみち俺が地味であるから気づかなかったんだろう。

 

「なんつーか、ちっとは世の中変わるといいっすよね」

「えっと、それはどういう意味で?」

「そいつが頑張ってくれりゃ、俺ら男の立場ももちっとよくなるかも知んないっしょ?」

「…………」

 

 何度だって言う。俺は特別なんかではない。ではないが、そうか、男性の人からは多かれ少なかれ期待を抱かれてしまうのはあるんだな。

 それをプレッシャーだとか思うつもりはない。人間、苦しい状況ならば期待をしてしまう生き物だろうから。

 ……そう思われていることだけは、忘れないでおこう。学園に行っても男だからと嘗められることもあるだろうが、せめて媚びたりとかはしないでおかなくては。

 

「……頑張りますから」

「お兄さんなんか言いました?」

「い、いえ! なんでも……」

 

 自然とやる気というか意気込みというかが口をついてしまったが、どうやら音量が小さかったせいで聞き取られはしなかったようだ。

 適当に誤魔化しつつ、後はピクリとも動かずひたすら完成を待った。店員さんも気軽に話しかけてくれるようになり、俺も緊張がほぐれたのか普通に会話は成立させることができて一安心。

 ……会話を成功させられるかどうかを考えるって、かなりコミュニケーション能力に問題のある発言かもな。

 とにかくそのまま待つこと数十分、洗髪もしてもらったところで全ての工程が終了したようだ。それを示すかのように、店員さんが散髪用ケープを外す。

 

「どっすかね。ご期待に添えたらよかったんっすけど」

「まさにイメージどおりですよ。すごいですね……」

「そりゃ自分も満足っす!」

 

 切る前と長さくらいしかほとんど変わらないが、自分の目から見ても爽やかな印象を与えるであろう髪型になっていた。

 腕のよさに驚きながら髪を弄っていると、鏡越しに店員さんはグッと力強くサムズアップを見せる。いやなんか、ホントにめちゃくちゃいい人で最初怖がってたのがますます申し訳ないな。

 まぁいいや、それはまた来店してお金を使うことによって償わせてもらおう。でもこの言い方だと金で解決してるみたいな感じだ。とにかく、会計を済ませてしまおう。

 

「あ、そうそう。自分こういうモンなんで、よろしかったら今後とも御贔屓に」

「わ、ありがとうございます。えっと、指名とかできるってことですか?」

「あんま大きい声じゃ言えないんっすけど、この店にもアレな女の人が居るんっすよ。電話とかして自分の名前出して予約してほしいっす。そしたら自分が対応しますんで」

 

 会計の前に店員さんが懐を取り出したのは、店の名前と電話番号、そして店員さんの名前が書かれた名刺だった。

 それをそっと財布にしまっていると、店員さんは目配せしながら女尊男卑主義の女性店員が居るのだと耳打ちしてくる。

 今日はたまたま店員さんの手が空いて、更に声までかけてくれてよかったものの、やっぱり追い返される可能性もあったみたいだな。この人に出会えたのはかなりの幸運らしい。

 

「あの、何から何までありがとうございます」

「いやいやいいんっすよ、お金払ってもらうンっすから当然っす。今度来た時とか、高校の話なんかを聞かせてくださいね」

「はい、その時はぜひ!」

 

 思わず感謝を述べると、店員さんはブンブン手を振りながら大げさだとでも言いたげだ。

 この人にとってはそれが当たり前なのかも知れないが、こんな丁寧な対応ができる人こそ客商売の鑑だと思う。

 きっと俺は、この人がこの店に居る限りはこの店へと通い、この人以外に髪を切られることはないだろう。そう思えるほど気持ちのいい接客をしてくれた。

 むしろ高校の話を聞いてほしいよホント。通う高校がIS学園だから話せないことの方が多いかも知れないけど、それでもだ。

 美容室ということでそれなりの金額を要求されるが、後に店員さんの給料になると思うなら安いもんだ。俺は躊躇なく臨時用の小遣いで支払いを済ませると、深々と頭を下げてから店を後にした。

 

(よし、店員さんのおかげでなんか調子が出てきたぞ!)

 

 見た目だけでも脱陰キャのつもりで外出したわけだが、とても気分がいいものだ。今の俺なら洒落た喫茶店なんかに一人で入れそうな気がする。

 まぁそれは当初の目的に含まれていないのでパスだ。次は服を見に行こうと思う。スケッチ以外で出かける時の、いわゆる余所行きの服を買おうと思う。

 俺がIS学園に行ったからと言って何か起こるわけもないと思うが、女友達くらい何人かはできるかも知れない。別に思春期特有の期待とは思わないでほしいわけだが。

 どちらにせよ俺の私服はあまりにもお粗末というか、着れればそれでいいの精神でこれまできたからヨレヨレになってしまった服なんかもある。

 それもイメチェンというか脱陰キャを目指すついでに、それなりにオシャレに気を遣ったような服なんかも買おうという寸法だ。

 よしそれじゃ、イメチェン目指して頑張っていこう。俺はフンスと大きな鼻息を鳴らして、趣味の合いそうな服の置いてある店を探しに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっと、ごめん、どうしても一人で出かけたくてさ。昼までには帰ると思うから心配しないで』

「……って言ってたけど、ハルってば急にどうしたんだろ」

 

 冷凍庫に保存してある余ったご飯が溜まってきたため、チーズリゾットを作りながら一人そう呟く。

 リゾットのグツグツ炊ける音に負けそうなか細い声であり、誰か居たとして気づかれることはなかったろう。

 それはハルにやんわりと付いて来ないでと言われてしまったからだろうか。

 もちろんハルにそんなつもりがないのはわかっているが、好きになったせいか脳内乙女フィルターが作動してそう解釈して――――

 

(乙女、かぁ……)

 

 こういうことを考えると、どうしても心に暗雲が立ち込めてしまう。それはやっぱり私が男だったという事実があるせいだ。

 これはどういう感情に部類されるのだろう。やはり同性愛の類なのだろうか? 何も同性愛が悪であると言いたいわけじゃないけど、どうしても後ろめたさを感じてしまう。

 ハルは誰よりも男だった私を知っている。そんなハルに私が思いの丈をぶつけたとして、どういう反応が返ってくるのだろう。

 それを考えるだけで怖くて怖くてたまらない。ハルに至ってそんなことないとわかっているはずなのに、気持ち悪く思われたらどうしよう……とかさ。

 もしそうなら、きっと私は生きていけない。好きになってくれなくてもいい。ただハルに拒絶だけはされたくない。

 これはきっと、精神が男のままでもそう思っていただろう。だって、本当の私をわかってくれるのはハルだけなのだから。

 

(そうだよ、ハルに嫌われるくらいなら、こんな……こんな……)

 

 そこまで考えて思い出したことがあった。もうひとつだけ、似たような理由でやれていないことがあるから。

 それは単純明快、ハルにIS学園の受験日のできごとを謝ることができていない。

 ハルは私に本当に大丈夫かどうか確認してくれた。けど私は照れが勝ってそれをせず家から飛び出し、結果的にハルが受験票を届ける要因を作ってしまった。

 まさかハルがISを動かすなんてことは想定外であったとしても、あれさえなければハルは今頃行きたい高校に合格していたことだろう。

 だから私がハルの邪魔をしたのと同じ。ハルが夢を追いかけ始めたのに、私がハルから夢への道を遠ざける要因を作った。

 そもそもハルは、名目上スポーツとは言えISを動かして戦闘をするような性格じゃない。私がハルにそれを強いたのと同じ。

 謝って済むような問題じゃない。でも謝らないと。けど謝罪を口にしたところで、もし思っていたことを告げられたらどうしよう。そんなことを考えてしまい、もうすぐ入学っていう日までズルズルと先延ばしにしてしまった。

 それこそさっき言ったとおり、ハルは別にそんなことないよって、謝る必要なんかないよって言うに決まっている。そう、あくまで口では。

 けど本当は私のせいでとか思っているかも。今の私はそう思われることすら怖い。でも、このまま何もしないで謝罪はないのかって思われるのもあるな……。

 

(……ちゃんと謝らないと)

 

 私が謝れない理由はあくまで恐怖だ。私がそう思われたくないから、私が傷つきたくないがためにそう思ってしまっている。

 そんなの形だけでも謝らない理由にはならない。なっていいはずがない。口にしなければ伝わるはずもないのだから。

 心の中でそう決心していると、チーズリゾットの完成と同時ほどに玄関からただいまという声が聞こえた。

 火を止めてフライパンを鍋敷きの上へ置くと、サッと手を洗ってから小さくガッツポーズ。よし、と気合を入れてからハルを迎えに玄関へと足を運んだ。

 すると、私が目にしたのは――――

 

「ハル、おかえり。何の用事で外出――――ハル? えっと、何その恰好」

「い、いやー……驚かせようと思って。その、なんていうか、イメチェン?」

 

 髪が少し短くなっているし、とんでもなくオシャレをしているハルがそこに居た。

 白いワイシャツの上にネイビーのジレタイプベスト、ズボンは同じくネイビーのチノパンなんかを着ちゃって、靴はシックかつ動きやすそうな黒いロ-カットスニーカー。

 よく見たら他にも何式ぶんか上着やズボンを買っているようで、ハルの傍らには見たことあるメンズブランドの買い物袋が鎮座していた。

 へぇ、そう、イメチェンね。イメチェンかー……。

 

「あぁぁぁぁ~……!」

「や、やっぱり変かな? 服屋の人、お客さん顔普通だからなんでもいけると思いますよーって言ってたんだけど」

「ち、違うの! そうじゃない、そうじゃなくて……あぅ……」

 

 私は両手で顔を隠しながらしゃがみ込んでしまう。

 普通の人から見れば背伸びしたオシャレに感じるのだろう。しかし、長年ハルを隣で見てきた私からすれば大事件でしかない。

 ハルは着ることができればいい精神であり、当たり前のように外国人が買いそうな漢字Tシャツを着てしまうくらいオシャレに興味はなかった。きっとオシャレにお金を使うくらいなら絵のことにって話なんだろう。

 それがどう? 髪を少し短くして根暗っぽさは感じず、ハルの人当たりのいい感じのほうが前面に押し出されている。

 背伸びしたように見られはするだろうけど普通に似合っているし、ハルを好きであるという特別な感情を抱く私からすればクリティカルヒットだ。

 つまり、ハルがすごくかっこよく見えてヤバい。耳まで真っ赤なのが自分でもわかり、それがまた恥ずかしい。

 ううっ、前にハルが私が可愛くて直視できないなんて言ってたけど、こういうことだったんだ……。あぁ……恥ずかしい。

 

「に、似合ってるから……。似合ってるし、かっこいいと思うよ……」

「そ、そう? そっか、それはありがとう。……えっと、とりあえずこれしまってくるから」

「あ、う、うん……」

 

 相変わらず顔を隠しながらそう言うと、ハルの今の私の状態がよくわかってなさそうな声が聞こえてきた。一瞬だけ間が空いたのを見るに、よほど困惑しているんだろう。

 取り乱したところを見られていると思うとまた恥ずかしい。この状態を解除しなければ無限ループに陥ってしまう。

 無理矢理にでも気を取り直した私は、勢いよく立ち上がってリビングへ。そのまま食事の準備をして、テーブルについてハルが戻って来るのを待った。

 

「チーズリゾットか……。うん、今日も美味しそうだね。それじゃ早速――――」

「あ、あの、ハル! 少し話があるんだけど、いいかな?」

「……それは構わないけど、大事な話っぽいならなおさら後にしようよ。ナツの手料理、なるべくなら温かいうちに食べたいな」

「ふぁ……。はい……」

 

 もう、もうもうもう! なんなの!? 普段そんなことオドオドしながら言う癖に、どうして私が動揺してる時にそんな嬉しいことを!

 しかも恰好が相まってまた顔が熱いよぉ……! ここまでくると男がどうとか悩んでたのも全部意味ないじゃん。完全に女の子の反応できてるよ私。

 いっそ女の子に生まれたかった。そうすればハルとだって自信もって接することができたろうし、もしかすると今頃――――

 って、何を頭の中にお花畑を咲かせている場合か。そもそも謝ろうとしていたのに出端をくじかれまくっているんだからしっかりせねば。

 だが緊張は薄れることなく、チーズリゾットなんか味をほとんど感じない。もっと言うなら自分でも完食し切っていることに気が付かなかった。

 グルグル頭の中で様々な考えが渦巻いているうちにハルも食べ終わったらしく、丁寧なごちそうさまという声が聞こえてきた気がする。つまり、もうすぐ審判の時が訪れるということだ。

 

「えっと、話があるんだっけ。準備ができたら話してよ。俺はいつまでも待つからさ」

「だ、大丈夫、そんなに時間を取らせる気はないから」

 

 ハルは自分の役目である食器洗いの準備のため、食器を水に浸してから椅子に座り直した。そして私に心配そうな眼差しを向け、ゆっくりでいいから話してみてほしいとのこと。

 言葉どおり、そう時間を取らせる気はない。だいいち、もっと早くに済ますこともできたんだから。

 でもやっぱり私が抱く想いが邪魔をして、それなりの覚悟というものは必要みたい。

 しばらく大きく深呼吸をしてから、私はハルに対して頭を下げながら謝罪の意を示した。

 

「ハル、ごめんなさい!」

「な、何が? どれが? もしかして、描きかけの絵を破っちゃったとかそういうの?」

「私がちゃんと受験票のこと確認してたらハルは……。だから、ごめんなさい!」

 

 主語が抜けてしまったせいで、ハルは私が何に対して謝っているかわからないようだった。ハルがISを動かしてから時間が経つのも関係しているのだろう。

 今度はきちんとなんで私が謝っているのか説明してから、もう一度ごめんなさいと言っておく。その間私はずっと頭を下げたままだった。

 これは私の申し訳なさの現れ……というのもあるけど、さっきまでとは違う意味でハルを直視することができないせいだ。

 あぁ、やっぱり怖い。怖くて怖くてたまらない。今ハルがどんな顔して私の謝罪を聞いているのか。私の謝罪を聞いて何を思うのか。それを考えているだけで怖くてたまらない。

 ハルはしばらく黙ったまま大きく長い息を吐き、それからようやく口を開いた。

 

「えっと、とりあえず顔を上げてよ」

「ハル……」

「俺、そのことずっと考えてたんだけどさ、ひとつ思ったことがあって。どのみち同じだなーって結論にたどり着いたんだよね」

「同じって、何が?」

「遅かれ早かれこうなってたんじゃないかってことだよ。俺以外の家族全員ISに絡みがあったんだからさ」

 

 ハルはこう言う。自分は元国家代表である千冬姉の弟分であり、現代表候補生である私と姉弟分であり、ISを扱う部門の長をしている母の子であり、その企業のCEOである父の子なのだと。

 だから遅かれ早かれこうはなっていた。むしろ高校受験のこのタイミングでそれが発覚してくれてよかったとまで言い出す。

 怒ってほしかったわけじゃない。嫌われたくもなんかない。けど、ハルの言葉に私は納得できなかった。それは、自分で自分が許せていないからだと思う。

 

「そんな……! ハル、間違ってもそんなこと――――」

「確かにあの時のナツにまったく思うところがないわけじゃない。けど、ナツを恨むような感情はないかな。それにさ、俺にとっては嬉しくもあるんだよ?」

「……女の子ばっかりの学園だから?」

「違うよ! 間違ってもあの二人とは一緒にしないで! 俺は、そのえっと、嬉しいよ? うん、すごく嬉しい。またナツと、一緒に居られるって思ったら……さ」

 

 全く思うところがないわけではないと前置きしながら、それでも私に対してマイナスの感情を向けるつもりはないとのこと。

 これも納得がいかない。それはまるで、ハルが自分の夢を諦めるような言葉みたく聞こえてしまったから。

 私は思わず椅子を鳴らして立ち上がりながら反論をしそうになるが、それはハルの言葉に遮られて叶わなかった。

 あまつさえハルは嬉しいとまで言い出してしまう。やはり脳内乙女フィルターが作動して解釈がそっちの方向に流れるが、ハルは私と共にあれることが嬉しいと思ってくれているようだ。

 

「え……?」

「その、恥ずかしいから聞き直してほしくはないんだけど。……いや、言うよ。キミが納得するまで何度だって言うさ」

「あ、あの、ハル……」

「俺は、ナツと一緒に居られることが何よりも嬉しいよ」

 

 ハルの言葉を脳で処理することができず、私の口から出たのはもう一回言ってというニュアンスを孕んだ【え】という一文字のみ。

 するとハルは顔を赤くしてポリポリと頬を掻いてお茶を濁しにかかる。が、次の瞬間にはとても男らしいキリッとした顔つきに変わっていた。

 ハルも椅子から立ち上がると、テーブルを避けて狼狽える私に近づいてくる。そして優しく私の手を取ると、見ていると安心するような柔らかい笑みで例の台詞を言ってくれた。

 

「ずるい……よ……」

「ナツ?」

「ハルはそういうところが、ずるいよ……!」

 

 ああ、ハルは本当にずるい。なんだって普段は私がついてないと、とか言いそうになるくらいなのに、いざって時はこうも毅然とした態度なのだろう。

 ハルの道を邪魔してしまった罪悪感よりも、ハルの言葉が嬉しくて涙が止まらない。もちろん、この涙はそれだけじゃなくて多くの感情が入り乱れてはいる。

 懺悔、後悔、安堵、感動、もっと様々な感情をブレンドされているんだろうけど、やっぱり最たる要因は一緒が嬉しいと思ってくれていたこと。

 きっとIS学園での生活は大変であることはわかっているだろうに、それらを押しのけてでも私と一緒が嬉しいと言ってくれた。

 そんなの好きになった人に言われたら嬉しいに決まってる。そんなの涙が止まらないに決まっている。もう自分でも感情の制御が利かなかった。

 

「えっと、ずるいって言うのはよくわからないけど、とりあえずちょっと失礼して……」

「ハル……?」

「その、やましい気持ちがあるわけじゃないんだ。けど、前にナツに抱きしめてもらったらすごく落ち着いたからさ、その、お返しじゃないけど、まぁ、そんな感じ」

「……そういうのがずるいって言ってるんだけどなぁ」

「え、これも? 参ったな。えっと、それじゃ……」

「ううん、離さないで。お願いだから……」

 

 どうにも泣き止みそうにないのを見てか、ハルは遠慮しがちに私を抱きしめた。今では私の方が12cmも小さくなってしまい、頭がすっぽりハルの肩に収まる感じでなんだか安心する。

 それに、ハルはその優しい性格を表しているかのようにどこか温かかった。こう、体温の話じゃなくて、陽だまりのように温かい……。

 おばさんが名前と正反対みたいな内面になってしまったと嘆いたのを聞いたことがあるけど、おばさん、全然そんなことないですよ。

 ハルは、太陽だ。少なくとも私にとっては、温かくやわらかな日差しで包んでくれて、いつもそこに居てくれる……そんな太陽。

 今はただ、この温もりに包まれていたかった。この温もりに直に触れていたかった。こんなの、もう二度と手放せるわけないよ……。

 

「……ありがとう、ハル。それともう一回だけ、ごめんね」

「うん、じゃあこの話はもうなしってことで。……って、しまったな。部屋着に着替えといた方がよかったか」

「え? どうしたの――――あっ!? そっか、涙! 洗濯するからすぐ脱いで!」

「別にいいよこれくらい。そんな汚いとか思ってるわけじゃないし」

「ダメだよ、高かったでしょ? せっかくオシャレする気になったんなら、その絶妙にズボラっぽいのもなんとかして!」

「ああうん、わかったよ。じゃあ、よろしく。俺はちょっと着替えてくるね」

 

 何をそんなに慌てているのかと聞かれると、けっこう泣いたせいでハルのジレベストの肩あたりは涙で濡れてしまった。

 洗うと言えば相変わらず反応は暢気なもので、放っておいても大丈夫だと言うのがヒシヒシと伝わってきた。

 しかし、家事を長年やってきた身として、更にはせっかくハルがオシャレをする気になったというのに無視することはできない。

 多少強引にハルからジレベストを脱がすと、急いで脱衣所にある洗濯機を目指した。その際に、ジレベストに残ったハルの匂いを嗅いだのは……恋する乙女故、ご愛嬌と言うことでどうか。

 

 

 

 

 

 




キミと共にあれること。
それは何にも代えがたく、とても尊いことなんだ。







ちなみに私は美容室なんか行ったことないです。
やっぱりお金をかけるのがもったいない気がするんですよねぇ。

さて、晴人もイメチェンを済ませたことですし次回からIS学園編がスタートです。
隙あらば可愛い一夏ちゃんを描写したいものですが、全体として二人の恋愛模様は甘酸っぱい感じになると思われるので、何かと付けてもどかしいことになってはしまうかも知れません。





ハルナツメモ その8【普通に似合う】
日向 晴人は間違ってもイケメンではない。が、究極的に普通な顔つきが功を奏する場合もある。
今回における服装はその一端で、決して悪くはない顔つきにより、晴人はよほど奇抜でなければあらゆる服装が似合う。
ただし、イケメンが同じ服装をしようものなら一瞬にして霞んでしまうことだろう。悲しいなぁ。
ちなみに、一夏の提案により写真を撮って弾と数馬に送り付けたら爆笑されたらしい。


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第15話 始まりと再会

そういえばお礼を言うのを忘れていたんですが、お気に入りの数が400件を超えました。
それもこれも日ごろから応援してくださるみなさんのおかげです。
本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

さて、今回よりIS学園編のスタートとなります。
まずはタイトルでお察しのとおり、侍ガールとの再会からお送りいたします。






以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

吟路様 グレース王子様

評価していただいてありがとうございました!


「視線が痛い。なんかもう物理的に痛い」

「まだ始まってもないんだから少し頑張ろうよ」

 

 IS学園入学初日、所属することになった一年一組へ向かうために歩いている……のはいいのだけれど、不特定多数、もっと言うなら同学年他学年に関わらず大量の女子の視線が辛い。

 意外や意外、俺みたいな地味なのでも注目されるもんなんだな。まぁそりゃ、世界で初めてとなったら見た目の地味さとか関係ないか。

 しかし、周囲を盗み見てみると、思ったよりも制服を遊ばせてる生徒が多いな。カスタム有りとは聞いたけど、リボンとか着けないのも自由なんだっけ。

 

(カスタムと言えば……)

「えっと、どうかした?」

「それ、自分で作ったのかなって」

「あ、うん、そうだよ。上は元の制服を短くしてから改造して、スカートは一から縫ったんだ」

「へぇ、相変わらず器用なもんだね」

 

 カスタムって言うなら隣のナツが例えに使いやすい。

 IS学園女子の制服は――――まぁ男子俺だけだけど、女子のはトップスとスカート部分が一体化しているデザインだ。

 しかし、ナツの制服はトップスとスカートではっきり分かれており、本人に直接聞いたことで真相が判明した。

 黒ベースに淵へ赤色のラインが入ったデザインのヒラヒラしたスカートだが、ナツが一から作成したためにそういうものらしい。

 あまりに自然で、俺はさっきまでこれが基本の制服だと思っていたくらいだ。本当、あまりの器用さに感心させられる。

 

「……えっと、可愛い?」

「はい!? あ、ま、まぁ……ね、すごく可愛いと思う。それに、個人的にもそっちのデザインのが好きだな」

「そ、そっか、それならよかった。えへへ……」

 

 とても恥ずかしそうに可愛いかなんて聞いてくるもので、思わず大げさなリアクションを取ってしまった。

 ワンクッション置くように咳ばらいをして心を落ち着かせると、偽るようなことはせずに率直な感想で返す。

 するとナツは恥ずかしそうながらも、とても嬉しそうにスカートの端を掴んで引っ張る。……角度によっては中身が見えてしまいそうだ。

 

「ハルは普通だね」

「俺に普通じゃないのを求める方がどうかしてるよ。というかわざと言ってるでしょ。まぁ、強いて言うならネクタイはなくてよかったかも」

「凛々しく見えて私はいいと思うな。でも、少し曲がっちゃって台無しだよ?」

「ああ、これね。妥協したんだ。何回やっても上手くできなくってさ」

「そうなんだ。じゃあハル、ちょっと止まって」

 

 俺に普通でないのを求めるなど、フユ姉さんに優しさを求めるのと同じくらい愚かな行為であると断言せねばならない。

 けどあえて言うのならではあるが、ネクタイがなしでいいなら着けるべきではなかったろう。単純に首元が狭まって窮屈だ。

 ちゃんと確認しておけばと結び目の部分を弄っていると、ナツは数歩分俺の前に出てネクタイのセンタリングを確認。そしてほんの少しだが曲がっていると指摘した。

 俺なりに簡単なネクタイの着け方とかを動画で学んでみたのだけれど、どうにも持ち前のぶきっちょさのせいで上手くいかず。

 こと俺の器用さは絵に関することにのみ通用するようで、何度か目にそれを悟ってまぁいいやという考えが浮かんでしまったということ。

 じゃあいっそ外してしまおうと思ったのだが、ナツから歩みを止めるようお達しが入る。さて何事だとナツを見守っていると―――― 

 

「……あ、あの~……ナツさん?」

「ん? 大丈夫だよ、慣れてるから。おじさんもネクタイ結ぶの苦手みたいで、けっこう私が直したりしてたんだよね」

「え~っと、俺が言いたいのはそうじゃなくて」

 

 おもむろに俺のネクタイを締め直しにかかるわけだが、視線が集中しているのをお忘れだろうか。それまではまだ潜めていたという表現で済んでいた声量も、ザワつきに変わった気がする。

 でもナツは完全なる善意でやってくれているんだし、何より楽しそうな様子なので止めてくれと強い口調で言うことができない。

 これは……ネタにされたりするのだろうか。普通に男子が居ればそれは確実だったんだろうけど。どのみち俺はともかくとして、ナツまでからかわれるのはどうも忍びない。

 うむむと脳内で唸っている間にネクタイも調整が終わったのか、ナツは満足気に結び目を軽くポンと叩いた。

 

「ナツ、ありがとう」

「うん、どういたしまして。……ところでなんだけど、その……ね?」

「えっと、どうかした?」

「練習とか、特にしなくていいからね。その! い、言ってくれれば、私がネクタイくらい巻いてあげる……っていうか、やらせてほしいなって!」

 

 手をモジモジとさせるからどうしたのかと思っていると、なんだかとんでもなく恥ずかしいことを言われた。なんなのホント、聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど。

 そんなのこうサラッと、言ってくれれば巻いてあげるからねーとか軽い調子で言ってくれればいいのに、おかげで脳が処理不全を起こしてしまっているじゃないか。

 実際のところ有難いし、じゃあお言葉に甘えてーと俺も軽く返せればよかったんだが、ナツのいじらしい様子がたまらなく可愛くて発声方法すらどこかへ飛んで行ってしまった。

 そして俺たちの時が止まって静寂が続き、しばらくが経ったその時である。

 

「解散! かいさーん!」

「……へ? ……あっ!? い、今の……見られて……?!」

 

 誰かが大きな声で解散の号令を放つと、それまで俺たちに興味本位の視線を注いでいた女子一同はゾロゾロとどこかへ去り始める。

 そこらでようやく一連のやり取りを見られていたのを思い出したのか、ナツは心配になるくらい顔を紅潮させるではないか。

 恥ずかしさのあまりか瞳に涙が溜まっているのも見える。男の時のナツなら、女子は何を騒いでるんだろうなで済ませていただろうに。

 いや、それよりもなんとかナツを落ち着かせるのに終始しよう。ここでまた抱きしめるの誰が見ているかわからないし、そうだなぁ……。うん、ちゃんと本心を伝えておくことにしよう。

 

「あのさナツ。できればこれからもお願いしていいかな」

「え……?」

「自分で言うのもなんなんだけど、全然上達する気もしないんだ。だから、まぁ、ナツに任せたいって思う」

「ハル……。……うん、わかった。ハルがそう言ってくれるなら、いくらでも頑張るよ」

 

 ナツが着けてた方がいいと言ったのならそうしておきたい。けど俺では上手く結べない。だとすると、お言葉に甘えるのが落ち着く。

 着けるのを止めるのは、ナツが世話をしてくれなくなった時でいいだろう。よくわからないけど、こうも献身的でいてくれるのだから。

 しかし、最近のナツは輪をかけてよくわからない。男の時でもここまで過保護じゃなかったというか、むしろもう少し一人でどうにかしろっていうスタンスだった気がするが。

 あれかな、無意識的にも女の子に近づいていっているのかも。こう、保護欲のようなものが沸いて出ているとか?

 それがいいことなのか悪いことなのかは微妙だが、まぁ、ナツに恋人でもできるのは時間の問題なのかも知れないな。

 

(その場合は腰抜を抜かさないようにしよう……)

 

 まだ見ぬナツの想い人に勝手な想像を膨らませつつ、とうとう一年一組教室前へとたどり着いた。いや、俺としては辿り着いてしまったというところ。

 これから始まるであろう修羅場を想像すると、いざとなって一歩が踏み出せない。すると、俺の横をナツが通り過ぎて教室へと入っていった。

 ナツは一歩入ったところですぐ止まってこちらへ振り返り、穏やかな笑顔を浮かべて手を差しのべてきた。

 するとどうだろう、先ほどまでの不安が嘘のように吹き飛び、俺は自分でも気づかぬうちにナツの手を取っているではないか。

 とても柔らかく温かい手の感触を味わう間もなく、俺はナツにより教室へ引き入れられる。

 よろけるようにして入室すると同時にまた視線が集中するのを感じてしまい、とりあえず軽く会釈をしてから自分の席に着いた。……のはいいのだけれど。

 

(なんで教壇の真正面?)

 

 席順はどうにも出席番号順のようなのだが、俺は右から数えて三列目の一番前という違和感の残る配置だった。

 俺の名字は日向であり、【ひ】から始まるので少なくとも四列目五列目くらいになるのに、どうして三列目の先頭なのだろうか。

 いや待て、冷静に考えたらこちらの方がまだいいのかも知れない。周りを女子に囲まれるよりは、ということだ。

 本来織斑の【お】で始まるはずのナツもなぜか左隣だし、俺たちだけ特殊と見た方がいい。誰かが旧知の仲と知って気を遣ってくれたんだろう。

 

(後はひたすら無心で――――ん?)

「普通だね」

「うん、普通」

「無理矢理にでも悪く言おうとすれば地味って感じだけど、それでもまぁ――――」

「「「普通だね」」」

 

 瞑想でもするお坊さんになった気分で居ようと思った矢先、俺の耳にはそんな会話をしているのが聞こえた。

 やはりここでも俺の評価は普通で落ち着くのか、最終的に声を揃えてまで普通だと言われてしまう。

 これが男の時のナツだったりすると凄かったんだろうなぁ。きっとだが、ワーキャーと黄色い声が飛んで収集がつかなくなっちゃってたんじゃないだろうか。

 

「というか、なんで玩具を持ち歩いてるわけ?」

「さぁ? 熱狂的な特撮ファンとかそういうのじゃないの」

 

 別の声に集中してみると、やはりこれも言われてしまうかと内心で大きな大きな溜息を吐いてしまう。

 彼女らの言う玩具というのは、俺の左腰にあるホルスターにぶらさがっているモノのことを言っているのだろう。

 俺の左腰にはなんとも形容しがたく、ブーメランと短剣を合わせたようなデザインで、特撮系の玩具のような見た目をした何かがぶら下がっていた。

 刀身の部分は虹色になっていて、側面にはタッチ機能のついたスライドパネル。グリップの部分にはトリガーがついていて、これを押すとご丁寧に光ったり音が鳴ったりするのだ。

 結局これが何かと聞かれると、ヘイムダルの待機形態である。大事なことなのでもう一度。この玩具っぽいものこそ、ヘイムダルの待機形態である。

 一次移行した後に待機形態に変換すると、俺の右手にこれが握られていたというわけ。これには思わずアクセサリー類になるんじゃないのかと叫び散らしたものだ。

 持ち主である俺の目から見ても玩具に感じるわけで。こういうのはとっくの昔に卒業しているから単純に持ち運びが恥ずかしいのだ。

 かと言って専用機を肌身離すわけにはいかないから、母さんに専用ホルスターを作ってもらって携帯しているに至る。

 しかも問題はそれに留まらず、悪ノリした母さんが――――

 

「は~い、みなさん揃ってますね~」

 

 ヘイムダルについての愚痴をこぼしそうになっていると、教室のドアが開いて緑色の髪をした女性が入ってきた。

 どうやら一組の副担任らしく、名前は山田 真耶さんと言うそうな。人を見かけで判断するのはよくないことだが、おっとりとした様子でどうもISで戦う姿が想像すらできない。

 だがここで教師をやっているということは、それなりの実績があることは間違いないはず。教える立場というのはプロフェッショナルでならねばならないのだから。

 それでも実力と性格までは必ずしも結びつかないのか、若干名が未だ俺のことを観察しているのを気にしているらしく、少し困ったような表情を浮かべていた。

 それだけでこの場に居ることへ罪悪感が生まれるような気がして、不必要に恐縮しながら動向を見守る。

 すると山田先生は、気を取り直してと自分に言い聞かせるようにしながら自己紹介を提案。一番右の席から順番にとのこと。

 

(ハル、あまり緊張しないようにね)

(だ、大丈夫、任せてよ。……うん、多分大丈夫と思う)

 

 この人数の女子を前にするのは俺にとってハードルが高いわけで、それを心配したのかナツが小声で話しかけてきた。

 同じく小声で返答するも、曖昧なことしか言えないで非常に申し訳ない。ま、まぁ……ヘタなことを言わなければ問題ないだろう。……多分。

 俺にできることがあるとするなら待つことのみ。徐々に順番が迫ってくるごとに緊張で鼓動が早くなるが、避けては通れないのだから覚悟を決めるしかない。

 

「では次、日向 晴人くん」

「は、は――――」

 

 そして訪れた運命の瞬間――――とまで表現するのはいき過ぎだが、山田先生に名前を呼ばれるのと同時に俺の番が回ってきたことを嫌でも思い知らされる。

 とにかく返事をしてから立ち上がろうとしたその時だ。教室のドアが再び開いたと思ったら、レディーススーツを纏ったフユ姉さんが――――

 

「フユ――――んんっ!」

「何か?」

「な、なんでもございません織斑先生……」

「よろしい。今回は見逃してやるが次はないと思え」

 

 思わずフユ姉さん!? なんて叫びそうになるが、口を押えてそれをなんとかこらえた。いつもの調子で呼んだら最後、なにかしら鉄槌がくだるのは請け合いだ。

 俺個人としてはギリギリセーフくらいのつもりだが、すっごい目つきで睨まれたぞ。フユ姉さん的には限りなくアウトに近いセーフくらいのカウントか。

 ただ実際に呼んだわけではないというのが効力を生んでいるのか、とりあえず今回は見逃してくれるらしい。

 しかし驚いた。現役を引退してから後進の指導でもしおているんだろうなとは思っていたけど、まさかこんなところで教師をやっているなんて。

 ……ナツは知ってたんだろう。そう思って左隣りへ視線を向けると、ナツは俺の視線を身体ごと回避するかのように腰を思いきり左方向へ捻っていた。

 うん、別に責めるつもりはないからそうまでしなくていいんだよ?

 

「諸君、私が一組の担任となった織斑 千冬だ」

 

 フユ姉さんが軽く自己紹介をかますと、ドガンと教室が爆発したのではないかというくらいの勢いで歓声が上がる。口から心臓でも飛び出るかと思うほどに驚いた。

 そうか、世界最強の女性ともなれば、今の時代はひたすた憧れの的か。……度を越した自堕落であることを知ったらどんな反応をするのだろう。

 黄色い声をあげる生徒に対してフユ姉さんは辛辣の極みであり、どうして毎年こうも馬鹿が集まるのかとストレートになじる。

 しかしだ、熱狂的な子にとってはご褒美の一種らしく、むしろもっと罵ってほしいとまで叫ぶようなのも居るほど。

 フユ姉さんの表情は相変わらず厳ついものだが、本気で鬱陶しがっていることは伝わってきた。付き合いが長いからこそわかる微妙な変化ではあるけど。

 

「日向、自己紹介を」

「あ、無視する方向で……。了解」

 

 確かにいちいち構っていたらキリがないのはわかるけど、なんのリアクションもくれずにスルーとは流石だ。ある種尊敬に値する。

 すぐさま自己紹介をするようご命令がくだったため、瞬時に立ち上がって後ろへと振り向いた。

 流石に唯一の男子の自己紹介ともなると興味がわくのか、さきほどまでやれフユ姉さんと言っていたような子たちもみんな一斉にこちらへ注目。

 ……そんな期待されると、あたりさわりのないことしか言えないからガッカリさせてしまうぞ。俺が自己紹介をした直後の空気を想像するとやるせない。

 だが俺という人間を一応でも知ってもらうのなら必要なことだ。軽く深呼吸をし、意を決して自己紹介を始めた。

 

「えっと、初めまして、日向 晴人と言います。ひょんなことからISを動かしちゃいまして、みなさんとここで勉強することになりました。ISに関する知識はないに等しいので、なるべく早く追いつけるよう頑張ります。それと、個人的には絵とか得意なので、興味のある人は声とかかけてくれると嬉しいです。え~と、それから……」

「いい、十分だ」

「あ、は、はい」

(やればできるじゃん)

(おかげさまでね……)

 

 ボキャ貧とまで思われはしないだろうが、やっぱりあたりさわりのない自己紹介だ。何かないかと試行錯誤している間にフユ姉さんからストップがかかり、あえなく席に着くしかなくなってしまう。

 すると左隣から今度はお褒めの言葉が聞こえた。本当、おかげさまとしか言いようがない。昔なら【あの】とか【えっと】とかがまだ多かったろうからな。

 自分でも思ったよりも上手くいったと安堵からくる溜息を吐いていると、時間がないから残りの自己紹介はまた後日と言うフユ姉さんの声が聞こえた。

 危ない、何気に気が抜けてしまっていたぞ。というか、フユ姉さんが担任という時点で気が休まる瞬間がひとつもないような気がしてきた。

 そんな事実を悟って衝撃を受けていると、授業合間の休憩と言うことで、フユ姉さんは山田先生を引き連れて教室を出て行った。

 特に入学式らしいものもなくいきなり授業とは気合の入った学園だ。そうでもしないとペースが追い付かないのもあるんだろう。

 

「ねぇ」

「何さ」

「千冬姉のこと、ごめんね」

「大丈夫。例によって口止めでしょ。まぁ、かなり驚きはしたけど」

 

 教師二人組の姿が見えなくなったと同時に、教室に張り詰めていた空気は一気に解放された。それはナツも例外ではないようで、すぐさまフユ姉さんのことを謝られる。

 不満に思う点はいくつかあれど、ナツは口止めをされていた側なのだから責めるのは筋違いと言うものだ。

 口止めをさせているフユ姉さんに関しても、やはりそれなりの理由があってのことなのだろう。なんたって、身内全員に釘を刺すくらいなのだから。

 ともなれば、言うだけ無駄。申し訳なく思ってもらうだけ無駄ということである。気持ちだけ受け取って、後は他愛もない話で華を咲かせた。

 

「少しいいだろうか」

「えっと、どっちに用事で――――へ? あ、あの、もしかして箒ちゃん!?」

「覚えていてもらえたようだな。晴人、久しぶり。まさかこんな所で再会するとは思ってもみなかったぞ」

 

 突如として凛々しい声色で呼びかけられたと思い目を向けてみれば、仏頂面ながらも文句なしに和風美人と表現できるような少女がそこに居た。

 このムスッとした感じにどことなく見覚えを感じたながらも即ひらめきが起きない。数秒の間を開けて、彼女がかつての友人であることを認識した。

 篠ノ之 箒。それが彼女の名だ。

 フユ姉さんとナツの通っていた剣術道場及び神社の娘さんで、俺はナツにひっついて行動していたので必然的に付き合いがあった。

 けど俺は正直言って苦手だったって言うか、むしろ箒ちゃんも俺をよく思ってはいなかったろう。理由は諸々あるが、問題は互いの性格にある。

 

「しかしなんだ、背が伸びたくらいであまり変わらんな。相変わらず自信のなさそうな顔をしおって」

「そ、そうだね、本当相変わらずだよ。なんかごめん」

「不必要に謝るなとも再三言ったろ。別に責めたいわけじゃない」

 

 このとおり、箒ちゃんは喋り方からして武人気質。ゆえに自分に厳しければ他人にも厳しい……ってほどでもないか、俺の情けない部分が気に入らないだけだろう。

 それ以外の時はそれなりに親交もあったというか、それなりに遊んだり笑い合った記憶もある。

 箒ちゃんは単に不器用なんだと思う。さっきのも俺のためを思って言ってくれているんだろうけど、優し目な言い回しができないだけなんだ。

 昔もそれを不満に思ったことはない。だって箒ちゃんは何ひとつ間違ったことを言ってはいないのだから。

 

「む、勝手に盛り上がって済まない。私と晴人は昔馴染みでな。わけあって転校を余儀なくされたのだが……そこらは置いておくか。篠ノ之 箒だ。よろしく頼む」

「あ~……」

(し、し、し……しまったぁぁぁぁああああ……!)

 

 箒ちゃんは射貫くようなナツの視線が気になったのか、さも初対面かのような挨拶を繰り広げるではないか。

 差し出された握手に困ったように頬を掻くばかりなのだが、ここでようやく違和感に気が付く。そう、箒ちゃんがナツとわかるはずがなかった。

 最近は俺の中でナツに対する感覚が狂ってしまっているのも大いに関係している。つまり、ナツが男であった感覚のほうが薄れてきているということだ。

 ナツが女の子なのは当たり前なんていう完全なる刷り込み現象が発生してしまっている。これはまずい、完全に出遅れてしまった。

 何がまずいって、例のごとく箒ちゃんもナツに恋慕を抱いていたという事実。蘭ちゃんに話した際の苦労が思い出される。

 俺とナツは自然に目を合わすと、何かを悟ったように頭を頷き合わせる。そして、ナツは非常に気まずそうにこう切り出した。

 

「え~っと、箒、久しぶり」

「何? 失礼だが、私はそちらに覚えは――――ん!? いや待て、待たんか。は? お前もしや、い、一夏……ではあるまいな……?」

「ア、アハハ~……。そのまさかっていうかなんていうか……」

 

 見覚えのない人物に久しぶりと言われれば訝しむのは当然のリアクションである。そのあと更に、見覚えのない人に想い人の面影を感じて混乱するのも同じく。

 箒ちゃんは女子のナツを必死に思い出そうとしている様子だったが、途中でナツそのものであることに感づいたのか目に見えて取り乱し始めた。

 昔含めてこうも混乱している箒ちゃんを初めて見るため、とてつもなくいたたまれない気持ちになってしまう。

 ナツとしては自分が織斑 一夏であることを肯定しないわけにはいかず。だがその肯定は、箒ちゃんにとって死刑宣告にも近かったろう。

 箒ちゃんはしばらく茫然自失といった感じで立ち尽くし、意識を復帰させるのと同時に俺とナツの制服の襟を勢いよく引っ張った。

 

「お前たち、少し顔を貸せ!」

「えっ、待っ――――箒、顔はいくらでも貸すから引っ張るのは止めてよ!」

「あだっ、膝打った! ほ、箒ちゃん、頼むからいったん落ち着こう!」

 

 取り乱す気持ちはよくわかるし、蘭ちゃんの時も同じように暴走はしていた。しかし箒ちゃんは少しばかりわけが違う。

 箒ちゃんは小学四年生の頃に転校して行って、今日で五年ほどぶりの再会になる。ただでさえ想い人が女になってるだけでも仰天なのに、五年で一体何が起きたってなる……よねそりゃ。

 だがあまりにも容赦がないわけで、俺とナツはそれなりに抗議しながらもどこぞへとグイグイと引っ張られて行ってしまう。

 俺は立ち上がらされた際に強打してしまった膝の痛みに耐えつつ、とにかく箒ちゃんをどう説得すべきかを考え抜くのであった……。

 

 

 

 

 




箒を始めとしたヒロインの扱いですが、とりあえず晴人を好きになることはないです。
ヒロイン……ではないかもですが、展開的に一人だけ迷っているのは居ますがそれは追々。
この作品のヒロインは一貫して一夏ちゃんなので、むしろ他ヒロインズの出番や影が薄くなってしまうことを案じているくらいです。
なんとか上手くやっていくしかないので頑張ります。

ちなみにヘイムダルの待機形態ですが、あれは【ウルトラマンエクシードX】に変身するために作中で使われたアイテムである【エクスラッガー】まんまです。
どんな見た目かわからない人はウルトラマンXを(ry





ハルナツメモ その9【ネクタイ】
頼んでくれたら自分が巻く。という一夏の提案だが、要するに単なる役得案件。
夫婦的なムーヴであることは理解しているようで、だからこその提案のようだ。
これから一夏の密かな楽しみになるのだろう。


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第16話 これからとそれから

まーたいちかわ要素薄めだよ。
けど地味に大事な話でもあるので、そのあたり匙加減が難しいですね。


「どういうわけか簡潔に説明しろ! どうして一夏が女に――――」

「ほ、箒ちゃんシーッ! ナツが男であったことを示唆する発言は控えて、お願いだから……!」

 

 廊下のだいぶ奥の方まで連れてこられると、箒ちゃんはズビシと俺たちを指さしながら率直な疑問をぶつけてきた。

 しかし、いくら取り乱しているからとはいえ声が大きすぎる。ここが廊下の奥とはいえ、俺が男であるというだけで興味を持たれそこかしこにこちらをうかがう視線がある。

 彼女らにとってはナツが女で当たり前だ。ならば男であった事実を勘繰らせるよな発言を聞かせるわけにはいかない。

 俺は唇に人差し指を当てながら、小声で声が大きいことを伝える。すると内密にしたいという意思は伝わったのか、箒ちゃんは気を取り直すように咳ばらいをひとつ。

 

「……説明そのものはしてもらえるんだろうな?」

「それはもちろん。えっと、中二の終わり頃の話なんだけど――――」

 

 ナツは俺にした説明をまんま話した。俺からすると随分久しぶりに聞いた気がする。実に一年ぶりくらいだろうか。

 箒ちゃんは終始怪訝な表情で聞いていて、途中で口を挟むようなことはしない。一字一句聞き逃さないようにしているんだろう。

 そして聞き終わった際のリアクションだが、こちらは俺にそっくりだ。誘拐事件? とか怪しい薬? みたいなことを言いながら首を捻っていた。

 

「なるほど、だいたいの事情は呑めた。で、元に戻れるのだろうな?」

「今のところはそれらしい方法は見つかってないね。それになんていうか、私は別に戻れなくてもいいかなーって」

 

 箒ちゃんとしてはまずナツが元に戻れるかどうかが大事というか、むしろそれ以外はどうでもいいんだろうなぁ。

 しかし残念なことにあの手この手を使っても不可能という残酷な――――ん? なんだって? 別に戻れなくてもいい?

 

「はぁ!? そ、そうなの? 諦めてるとかじゃなくて、戻れなくてもいい……なんだ」

もぅ、ハルが私にそうさせたのに……

「ナツ、なんか言わなかった?」

「なんでもありませんよーっ」

 

 ナツのそういったことに関することは聞かないようにしていたが、戻れなくていいなんて思ってるなんて考えもしなかった。

 思わずおおげさな反応をしてしまうが、俺にとってはそのくらい衝撃だったということ。いったいいつ頃からそう思っていたのだろう。

 でも確かに戻りたいと漏らしていたのも聞いたことはないが、必ずしもそれが戻れなくていいと思っていることには繋がらないはず――――って、深く考え込んでしまっていたせいでナツの言葉を聞き逃してしまった。

 俺の名前が出ていたのは聞き取れたから尋ねたのに、なぜかベーッと舌を出されて拗ねたような感じになってしまう。可愛いかよ。……って違う違う、俺の言いたいことはそうじゃ――――

 

「あれ、箒ちゃんどうし――――ひぇっ」

「一夏、お前もしやアレか? その感じはアレなのか? 頼むからそれだけは違うと言ってくれ。いや本当にだ。フリとかじゃないんだぞ」

「……ごめんけど違わない、かな。うん、間違いなくそういうことだよ」

 

 なんか箒ちゃんが黙りこくっていると思って目を向けてみると、あまりの様子に情けない声が出てくるのを抑えきれない。

 なんというか、とんでもなく形容しがたい表情なんだよ。笑っているような泣いているような怒っているような。

 箒ちゃんがそんな表情をすることが珍しいこともあり、人間見慣れないものには恐怖を覚えるものだと思い知らされた瞬間である。

 すると箒ちゃんはフラフラと足元がおぼつかないままナツに詰め寄り、よくわからない質問をぶつけ、ナツもよくわからない返事で返した。

 アレとかアレじゃないとか、違うとか違わないとかいったいなんの話をしているんだろう。ナツも箒ちゃんも、チラチラ視線が俺に向くのはなんなんだ。

 

「晴人、お前は先に帰っていろ」

「それは構わないけど、いったいなんでそん――――なんでもないですはい! 不肖晴人、帰らせていただきます!」

 

 俺が居ると何か話しづらいことがあるというのはわかった。わかったが、そんな殺気交じりに文句があるのかと雰囲気で聞いて来なくてもいいと思う。やっぱり箒ちゃん、怖いし苦手だ。

 すごまれた俺はビシッと敬礼を送り、すぐさま来た道を戻って一組の方へ。なるべく単独行動は避けたかったが、箒ちゃんの怒りを買うのはもっとよくない。

 しかし、教室に戻って一人で居るのは想像するだけできついな。はぁ、顔がいいとかならともかく、こんな地味なのに注目して面白いんだろうか。

 

「…………」

「……ん? ああ、ごめん。邪魔だったかな」

 

 溜息交じりにトボトボと歩いていると、行く道をふさぐようにして女子が立ちはだかっていた。危うくぶつかる寸前のところだ。

 こちらに不備があると思って素直に謝罪しつつ避けようとするが、女生徒はなぜだか俺の歩こうとする方向へ横移動。どうやら用事でもあるらしい。

 

「その、俺に何か?」

「…………こんにちは」

「こ、こんにちは」

「…………」

「…………」

「「…………」」

 

 このままでは話が進まないと感じたからこそ問いかけたと言うのに、返ってきたのは初歩中の初歩とも表現してよい挨拶だった。

 倣ってこんにちはと返してみるも、その後の反応が全くないではないか。父さんの場合は慣れているが、初見の女子相手ではかなり苦しい。

 内に巻いた水色の髪に眼鏡、そして赤い瞳が特徴的なこの少女、どうやら俺と同族――――つまり根暗の類と考えていいらしい。ならば、俺からもアクションを起こした方がよさそうだ。

 

「あの、日向 晴人って言います。どうぞよろしく」

「……更識 簪……。日本の代表候補生……です……。こちらこそよろしく……」

 

 ボソボソと呟くようなか細い声で、謎の少女は自らの名を更識 簪であると名乗った。そして、代表候補生であるとも。

 申し訳ないと言うか失礼ながら、儚いと表現するのが似つかわしい彼女がその座についていることは全く想像しなかった。

 けどこれで俺への用事がなんとなく見えてきたぞ。だって、俺の身近にも同じく日本の代表候補生が居るんだもの。

 

「もしかして、ナツの知り合いだったりするのかな」

「そう……。一夏は端的に言うなら恩人……。事情は省く……。それで、あなたの話は聞いてたから……」

「一目見に来た、ってことなんだね」

「そう……。本当は一夏にも挨拶するつもりで……。けど、連れて行かれたって……」

 

 恩人……か。また人様の事情に首を突っ込んだんだろうが、それは間違いなくナツの美点なのだから何も言うことはない。

 仮定はどうあれ、更識さんは救われてるみたいだから結果オーライということで。しかし、男の状態だったらまた惚れられていたんだろうなぁ。

 それにしても、そういう縁があるなら組が違うのは残念だな。なんとなく更識さんとは仲良くなれそう、というより気が合いそうな感じだと言うのに。

 

「あの、困ったことがあったら言ってほしい……。友達の友達は友達……。そう、思うから……」

「それは心強いな。ありがとう更識さん」

「呼び方、簪でいい……。名字は苦手……」

「そ、そうなんだ。じゃあ、簪さんで」

 

 ぶっちゃけ無表情で何を考えているのかよくわからないが、今の言葉でいい人であることは確信した。

 男子一人の状況で気軽に話しかけられる人が増えるだけでもありがたい。それだけで助けになるとのに、頼ってくれとまで言ってくれるのだから。

 けど名前呼びに関してはハードルが高いのでそこはなんとか……。いや、でもなんか事情が複雑なような空気を感じたから大人しく従っておくことにしよう。

 

「と、ところでその……。それは……?」

「ああ、これ? これね、実は専用機の待機形態なんだ。笑っちゃうでしょ」

 

 出会い頭の時点でチラチラと視線が向いているのには気づいていたが、簪さんは少し顔を赤くしながら左腰に膠着してあるヘイムダルの待機形態を指さした。

 こういう時には自分から笑い話にするのが手っ取り早い。そう思った俺は、ホルスターから引き抜きながら自嘲じみた顔を浮かべた。

 すると簪さんの視線はヘイムダルの方へ。心なしか目を輝かせているような気がして、試しに逆方向へ動かす。

 同時に簪さんの視線はまたヘイムダルの方へ。うむ、これはもしや……。

 

「……これ、光ったり音が出たりするんだよ。このスライドパネルを指でなぞったりすると……ほら」

「…………!」

「……よかったら試してみて」

「…………!」

 

 ヘイムダルの待機形態がより玩具っぽいものであることを実演すると、簪さんは目の輝きをより一層強いものにした。

 俺の想像はどうやら当たりのようで、簪さんは特撮ファンか何からしい。だって試してみてって言ったら不必要なくらい首を縦に振るんだもの。

 後の簪さんは自分の世界に入ってしまい、しきりにヘイムダルを弄りながら重厚感がどうのSEがどうのと呟いていた。

 ナツ、なんだかキミが恋しくなってきたよ。やっぱり彼女と一緒に居る時間が俺の安らぎらしい。箒ちゃんとなんの話をしているかは知らないが、やっぱりなるべくなら同時に行動したいものだ。

 渡したはいいけど返ってくる気配のないヘイムダルを見ながら、俺は静かにそう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「箒、顔が怖いけど……どうしたの?」

「私の顔が怖いのはいつものことだ気にするな!」

(あ、そこ自覚はあったんだ)

 

 引き留める間もなくハルが教室へ戻ってしまうと、箒は私にジリジリと詰め寄りながら般若のような表情を浮かべる。

 とりあえず何か怒っているらしいことはわかった。けどそんな状態のままじゃまともな会話もできそうにない。

 やんわりと怖いから止めてと伝えてみるも、よくわからない主張をされるばかり。女の子としてそれでいいのだろうか。箒の場合は女であるよりも前に剣士とか言われそうでもある。

 

「それよりも一夏! ……ぬぅ、こういうことはあまり言いたくないが、晴人に惚れると言うのはどうなんだ?」

 

 箒は相変わらず小声の大声と言うか、周囲に聞こえない程度の音量に抑えつつも興奮は隠し切れない様子だ。

 そして切り出してきたのは、なんというか、そこを指摘されると私もかなり困るなという感じの言葉だった。

 けど、それと同時にカチンときてしまう。多分私の悪い癖。ハルが隣に居てくれればどうにかなったかも知れないが。

 

「ハルに惚れる要素は沢山あるよ。例えば――――」

「いや待て落ち着け。気持ちはわかるぞ。不覚にも、時折奴の仕出かす言動は、その、心を揺らしてくる」

 

 箒はあんな情けない男に惚れるとはとでも言いたいのかと思ったが、やっぱり私の早とちりか。箒ですらドキッとさせられたことがあるらしい。

 そうなんだよねー。あのギャップがね、凶悪なんだよねー。おかげでそれらしいことをされると、すごくかっこよく見えるんだよねー。

 まぁ単純に優しいところも好きだし、絵を描いてる時なんかもかっこいいと思うし、というか言うならハルの全部が好きだし。

 

「なんと言ったらいいのか……。つまりはだ、ど、同性愛……と認識すればいいのか? 私とて、それ自体が悪であるとは思わんが……。す、すまん、上手い言葉が見つからん」

「そう難しく考えないでよ。少なくとも私はどう思ってくれても構わないから」

 

 箒の置かれている状況を客観的に見てみよう。

 かつての仲の良い男友達二人の片割れが女になって、更にはもう片方に恋をしてしまっていた。混乱くらいするよねって話。

 このあたりのことは私も実際はよーわからん。ハルを好きってこと以外はね。本当に難しい性の問題だと思う。

 同性愛者、ホモ、ゲイ、なんだっていい。どう呼ばれようが構わない。私はただ、ハルに好きになってもらうことしか考えられないから。

 そう考えてはいるけど、いまひとつ踏み出せないのはあるけれど。いくら私がそう思っていたって、ハルの中では未だに私は男かも知れないから。

 最近はよく可愛いとか言ってくれるけど、見た目のこと褒められても嬉しくはあるけどあんまりなって感じ。

 もっとこう、女としての私を傍に置いておきたいなって、そう思わせることができないと告白は怖くて無理と思う。

 どうせなら、ハルの方から告白でもしてくれれば最高なんだけどなぁ。

 

「おい、自分の世界に浸らんでくれ」

「ああ、ごめん。それで、箒は結局何が言いたいのかな」

「…………」

 

 思わずハルに告白されるシーンなんか想像してしまうあたり、完全にやられてしまっていると見た。やっぱりハルには責任取ってもらわないと。

 箒の呼びかけで現実に戻り、話も本筋に戻そうとする。が、箒の歯切れが妙に悪い。何かあるならズバッと言ってくる性格と思ったんだが。

 いや、時折私に対してだけこんな感じになってたかな。ハルにはあまりにズバズバ物を言うから、それで対立したこともあったくらいだから。

 

「私の気持ちは、どうなると言うんだ……」

「え?」

「……一夏、私はお前のことが好きだった」

 

 箒の表情はとても悔しそうに見えた。そんな表情からどんな言葉が飛び出てくるのかと思えば、それはあまりにも突然な告白だ。

 この場合の好きとなると、言うまでもなくLikeではなくLoveのほうだったのだろう。だからこそ、私はどうしていいのかわからなくなってしまった。

 だって、そんなの全く気が付きもしなかったから。仲のいい友達と言うよりは、仲間という感覚だった。私としては、性別の垣根を超えたような存在だと。

 更には私の精神が女性に近づいているからこそ、余計に事の重大さを思い知らされずにはいられない。

 私がハルに何かしらのアピールを仕掛けたとして、全く手ごたえがなければ辛い。私は、その辛さを箒に味合わせていたんだ。

 

「ごめんなさい箒。私……」

「いや、私のほうこそ困らせてしまって……。だが一夏、もう駄目なのか? 無論、今すぐ私を好きになれなど言うつもりはない。だがせめて、もう一度男としてのお前に、私をちゃんと、見てもらいたい……」

 

 謝って済むような問題じゃない。これも辛さを知ったからこそ、そうせずにはいられなかった。

 箒も謝ってはくれたものの、言わずにはいられないのか、絞り出すような声色で私にチャンスを求めてくる。

 こんな何かにすがるような箒は見たくなかった。いつも凛とした出で立ちの侍ガールという認識だったからこそだ。

 しかし、私の意志は固い。しっかりはっきり想いを告げることこそが、箒に対する手向けのようなものになるだろう。

 

「……私は、ハルが好き。大好き。四六時中ハルのことばっかり考えちゃうくらいに。多分だけど、箒が私のことを想っていてくれたくらいに」

「一夏……」

「だからごめん、私はもう戻れない。それはハルが振り向いてくれなくったって同じだと思うんだ。本当にごめんなさい」

 

 近頃の私と言えば、ふたことめにはハル、隙あらばハルといった感じだ。他の子のことはよくわからないけど、恋ってそういうものなんだと思う。

 まだ自信をもって口にはできないけど、こういう考えが浮かぶって、きっと私がハルに女の子にされてしまった証拠なんだ。

 先のことはよくわからないけど、私はハル以外の男性に恋することはないという確信めいたものがある。

 だから仮に振られちゃったとしても、気持ちが男に戻ることはもうないだろう。それは、身体が男にも戻ってもきっと同じ。

 残りは謝ることくらいしか思いつかなかった。ただ頭を下げて、箒の気持ちを無下にしてしまったことを謝罪するくらいしか。

 

「……一定の理解は示すつもりだ。お前の想いを一時的な気の迷いと断じるつもりもない」

「……その心は?」

「さっきも言ったが、晴人に惚れる気持ちは十分にわかる。あいつのよりよい部分を知る一夏が女になったのならば、確かに自然なことなのかも知れんな」

 

 そう言い放つ箒は物悲しいような顔つきをしていたが、少しばかり爽やかな様子も持ち合わせているかのようだ。

 特に最後、自然なのかもと漏らしたあたり。でも自分にそう言い聞かせているような感じも当然ながら含まれている。

 

「私の好意は別として、お前たち二人が善き友であったこともまた事実。恨むようなことは間違ってもないから安心しろ」

「箒、それじゃあ……」

「だが勘違いするな、私は一夏の肉体を元に戻すことは諦めん。そうして、その、好きにしてみせる。だからそれまではだな……ただの女友達としてよろしく頼む」

「……うん、それで十分だよ。ありがとう箒。これからもよろしくね」

 

 ……私とハルがどうこうというか、そもそも箒は私たち以外の友達――――って、こんな有難いことを言ってくれてるんだからそんな考えは不可能だ。

 さらりと私に重ねて想いを告げているのが恥ずかしいのか、箒は顔を真っ赤にしながら右手を差し出してきた。

 だから私は箒の想いに報いるかのように、これ以上がないくらいの感謝を込め、優しくその右手を両の手で包み込んだ。

 

「それにしても一夏、なかなか厄介なのを好きになったものだな」

「そうなんだよねー……。恋愛に関しては未だに自信持てないみたいで」

 

 急に女友達としての接し方にスイッチを切り替えたのか、箒は呆れたような顔つきになりつつ恋バナのような話を切り出す。驚きはしたものの決して表には出さず、全面的に箒の言葉に肯定。

 最近はちょっとずつでも前向きな傾向にあるものの、恋愛に関しては奥手とかそういう問題じゃないレベルだ。

 ハルはあまりにもそういうことに自信がなさ過ぎるせいで、自分を好きになるような女子は現れないとでも思っているみたい。

 暇がある時に意を決して女性の好みを聞いてみたら、俺みたいなのを好きになってくれるんならそれだけでいいとか言っていた。

 それ女性の好みじゃないよね。全く参考にならないんだけど。じゃあ私でいいじゃないってなる。少なくとも今すぐにでも全てを捧げられるくらいには大好きだよ?

 それに何をしても基本的に全肯定の姿勢で、何をされた場合が本当に嬉しいのかがわかりにくいったらない。手料理だけは喜んでくれてるって確信はあるけどね。

 とにかく怖くて自分から告白ができなさそうというのが大きな問題だ。あぁ、でも冷静に考えたらそれもダメだ。

 仮にハルに告白したとして、俺みたいなのを好きになってくれたんだからと無理をしてでも合わせようとしてくるに決まってる。

 それは本当に好き合っているとは言えないと思う。やっぱりハルに告白させるのがファイナルアンサーかぁ。

 好きというのは間違いないが、箒の言うとおり考えれば考えるほど厄介な男である。……そういうところも可愛いと思ってしまうのは、ダメな女というやつなんだろうか。

 

「まぁなんだ、地道に頑張るしかないな」

「……少しでも時間稼ぎとか思ってない?」

「思っていない! さっき言ったばかりの言葉を違える気はないぞ!」

「ご、ごめんってば! つい、ついね」

 

 箒の言葉が投げやりなような気がしてしまい、ついいらない想像をしてしまう。

 ハルに対してのいい案って、考えてみたら地道なアピールくらいしかないんだもの。

 箒は武士に二言はないみたいな様子でウガーッと唸り、その迫力にまぁまぁと落ち着かせながら謝っておく。

 すると箒はまったくなんて呟きながら教室の方へ歩き始め、私は置いて行くぞと声をかけられてから慌ててその背を追いかけた。

 いざ教室に戻ってみると、ハルが少し疲れた様子でヘイムダルの調子を見ていた。なんなのかと聞いても少し上の空。

 まぁ、そこまで気にするようなことじゃないとするとして、これから始まる授業の準備でもして待っていようか。

 

 

 

 

 




こんな感じで幼馴染二人ともそこまでギスギスしない方向で。
無駄に雰囲気を悪くしちゃうのもよくないですしね。
というか私は基本アンチ系の描写はしないですからご安心を。
オリ主がアンチされたりする場合はありますけども……。(過去作参照)

それはさておき早期に登場の簪ちゃん。
個人的な理由としては原作同様のタイミングではこの作品の連載が終わっているので、かなり繰り上げて登場してもらうことに。

作中での背景的には 
・白式が倉持技研製ではないので問題なく専用機を取得
・中学時代に一夏と出会っているので、性格の改善もそのタイミングに発生
という主に2つの要因が関係しています。
お姉ちゃんのほう? 多分ですけど彼女は原作と同じ初登場になると思います。


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第17話 ブリティッシュな彼女

今回はだいたいタイトルで察することのできる内容です。
でもメインキャラが絡むと主人公が主人公できるので有難い。
よって今回もいちかわ要素は……ナオキです。





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

松本ひろやす様 5837様 イージスブルー様 あい様 MASAKI-様 ヴェルガー様


評価していただいてありがとうございました!



「ん~……はぁ」 

 

 IS学園に入って初の授業が終わりを告げ、授業合間の十分休憩へと相成った。授業のしんどさと言うよりは、肩身の狭さに思わず大きな背伸びをひとつ。

 一時限目はIS学園を受験したなら問題なんかあるはずないよね? みたいな基礎中の基礎をおさらいするような内容だったらしい。

 俺からすれば超特急で頭に詰め込んだせいであやふやな部分も多かったが、ナツや母さんのおかげで着いて行けないと言うことはなさそうだ。

 ヘイムダルを動かす実技的なこと以外にも、参考書を基準にしてみっちりと座学もこなしてきた。その世話をしてくれたのが二人というわけ。

 

(二人と言えば、どうしたもんかな……)

 

 一時限目が終了すると同時に、ナツも箒ちゃんも多くの女子に引っ張り込まれて入る余地がない。つまり今の俺は完全にボッチ状態ということだ。

 ……困った。友達と胸を張って呼べる人物は少ないが、俺は別にボッチというほど寂しいやつではなかったはずなんだが。

 しかし、女子に群れの中で男子が一人取り残されるのは辛いものがある。かと言って、俺から話しかけるような勇気もない。

 ……明日からは画材一式を詰め込んだリュックサックを持ってきておくことにしよう。空き時間に絵でも描いてれば気もまぎれるだろうし、少なくともこうしてボーッとしてるよりはよほどいい。

 

「少しよろしくて?」

「あ、はい、全然よろしいですよ」

 

 またしても溜息を吐きそうになっていたところ、とても丁寧な、まるで漫画とかで見るお嬢様口調で話しかけられた。

 思わずこちらも不可思議な丁寧口調になりつつもきちんと返事をし、声のした方向へ回転しながら立ち上がった。

 すると俺の目に映ったのは、なんと言ったらいいのだろうか、こう、ザ・金髪青目の美人さんという風体の女子。

 金糸と表現するにふさわしいブロンドの髪を縦ロールにしていて、貴婦人のような優雅さも持ち合わせているように思える。

 しかし、それを除いてもどこかで見たことがあるような?

 

「無言で人の顔をマジマジと、不躾ですわよ」

「こ、これは失敬。えっと、テレビで見たことある人だなーと」

「あら? このセシリア・オルコットに見覚えがあるとは、多少は勉強なさっていらっしゃるのね」

 

 どこで見たことあるのかを思い出そうとしていると、金髪さんが徐々に整った表情を崩していくのがわかった。

 どうにも棘があるような感じがしないでもないが、普通に俺に非があると思うのでひとこと言っておく。が、別にやましい気がなかったのはわかってもらわねば。そう、確かテレビで見たことあるんだった。

 俺がそう発言すると、オルコットさんと言うらしい彼女は、見る見るうちに得意気な様子へと変わった。

 ……ああ、そうそう、セシリア・オルコットさんと言ったらイギリスの代表候補生じゃないか。海外選手を取り扱った情報番組で見たんだと思う。

 IS選手なんて、基本的にフユ姉さん以外に贔屓してる人がいなからなぁ。この場合、思い出せたことは幸運だったろう。

 

「ですが、それでも期待外れですわ」

「と、言うと」

「どうやら入試の際に試験官に勝ったのはわたくしだけのようで。所詮は男性なのに扱える、それだけの話のようですわね」

 

 これはどうやら確定というか、なんとなくの予感はあったが、オルコットさんは女尊男卑主義者のようだ。

 ISは本来女性にしか扱えない。つまり女性の方が偉いという謎理論が定着してしばらく経つが、俺みたいなのには住みにくい世の中だ。

 例えば反論しようものなら男のくせによく吠えると言われ、逆に媚びるようなことを言えばやっぱり男はダメだと言われてしまう。

 じゃあどうすればいいのって話ではあるが、まぁ余計ないざこざは最大限避けていく方向でいこうじゃないか。

 とりあえず、オルコットさんを褒めてみることにしようか。試験官に勝ったって、なんで騒がれないのか不思議なくらいだ。

 

「オルコットさん、勝っちゃったってすごいね。相手が訓練機とはいえ――――」

「フン。わたくしにして見れば、当然の結果ですわ! なぜならわたくしはイギリスの代表候補――――」

「織斑先生に勝っちゃうって」

「せい……? ……貴方、今なんと仰いました?」

「えっ? だから、訓練機に乗ってたとは言え、織斑先生に勝っちゃうってすごいって」

 

 そりゃあ一介の教師が訓練機に乗って、専用機を駆る未来の国家代表と戦えば勝機は薄いだろう。オルコットさんの言う当然の結果とはある意味正解なのかも。

 だがそれは一介の教師ならの話で、相手がフユ姉さんでもなお勝つっていうのは単にオルコットさん技量が優れているということで――――

 と思っていたのだけれど、なんだか様子がおかしいな。俺がフユ姉さんの名前を出した途端に顔つきが固くなったというか。

 あれ? てっきり候補生の相手はフユ姉さんがしたのだと思っていたが。だってナツが千冬姉が相手で驚いたって言ってたし。

 

「えっと、ナツ! ごめん、少し聞きたいことがあるんだけど」

「なになに、どうしたの?」

「入試の相手試験官、誰だった?」

「え? 前も言ったけど、千冬姉だったよ。千冬姉が訓練機に乗ってやっと惜しいとこまで追い詰められたんだけど、そのまま時間切れで終了……って感じ」

 

 クラスメイトとの親睦を深めていたナツには悪いのだが、こればかりは再確認せずにはいられなかった。

 それなりに大きい声を出しながら手を振ると、ナツは女子一同に断りを入れてから小走りで俺へと近づいてくる。

 オルコットさんとのやりとりで疑問に思ったことを聞いてみるも、なんで今更その話なのかと向こうも不思議そう。

 回答は得られたわけだが、やはり俺の記憶に間違いはなかったらしい。ただし、代表候補生は確定でフユ姉さん相手と決めつけたのは俺の独断と偏見によるもの。

 そうか、これはナツだけ特別だったらしい。あれだ、どれだけやれるようになったか私が直接相手してやろうみたいなやつに違いない。

 本人に言ったら鉄拳制裁間違いなしだが、フユ姉さんはナツに厳しいようで甘いからなぁ。と言いつつ、俺も他の人よりは甘えさせてもらっているんだろうけど。

 

「っ……貴方、よくもわたくしに恥をかかせてくれましたわね!」

「えぇ……? いや、確かに俺の勘違いが過失十割なのは認めるけど、別にそんなつもりは――――」

 

 オルコットさんは顔を真っ赤にしながら俺を指さし、教室を揺らすかのようなヒステリックな声を上げた。

 試験官を打倒したオルコットさん。訓練機使用とはいえフユ姉さんを追い詰めたナツ。どちらに軍配が上がるかと聞かれれば、ほぼ確実に後者だろう。

 となると、得意気にしていたオルコットさんはみじめなわけでして。と言いつつ、試験官に勝つことそのものは讃えられるべきものだと思っている。

 だがよほど屈辱的だったのか、オルコットさんは俺の弁明も聞かずにプリプリ怒りながら自分の席へと戻って行った。

 ……結局なんの用事だったんだろ。それにしても……。

 

「墓穴を掘ってしまった……」

「えーっと、よくわからないけど、ご愁傷様?」

「縁起でもないから拝まないでほしい」

「南~無~阿~弥~陀~仏~」

「お経もNGだよ! というか余計悪くなってるし!」

 

 墓穴も墓穴、俺がすっぽり収まってもまだ余りあるくらいの墓穴だ。絶対にこの後面倒なことになる未来しか見えない。

 俺がそうやって頭を抱えていると、ナツは両手を合わせてご愁傷様とひとこと。もうホント、縁起でもないと言うよりはシャレにならない。

 すかさずツッコミを入れるも、ナツは悪ノリでも始めたのか両手をすり合わせて経を唱え始めるじゃないか。

 その後もしばらくナツがボケて俺がツッコミを入れるやりとりを繰り返したわけだが、周囲にこう思われているのは知る由もなかった。

 

(((夫婦漫才だ……)))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そう言えばひとつ忘れていることがあった」

 

 二時限目の授業が始まってすぐのこと。フユ姉さんは本当にふと思い出したのか唐突にそう切り出した。なんでも、クラスの代表を決めなくてはならないらしい。

 クラス代表と言うのは普通の学校での委員長のようなもので、クラスのリーダー的役割を担うことになるのだとか。

 普通ならクラスの意見をまとめたり、委員会に出たりと雑務をこなすのが主となるのだろうが、ここは天下のIS学園である。そう一筋縄ではいかない。

 何かって、ISを用いた試合の代表も兼ねるみたい。ガイダンスとかなかったからわからないが、やっぱり年間行事で試合が組まれていたりするんだな。

 

「さて、自薦他薦は問わんぞ。我こそは、またはコイツに任せたいというのがあるなら名乗り出よ」

「はい、日向くんがいいと思います!」

 

 フユ姉さんが意見を求めると、威勢のいい声で俺の名が挙がった。まぁ、他薦も可と聞いた時点で予測はできたから騒ぎはしないが。

 物珍しい、ないし面白いことになりそう、ないし興味本位ということならば、唯一の男子生徒である俺の名が出るのも違和感のある話ではない。

 俺は間違いなくクラスを引っ張るリーダーの器ではないが、みながそれを望むのならそれもまた一興だ。

 そうやって、半ば諦めたような思考を巡らせていると――――

 

「はい! 私、クラス代表やります!」

「ナツ……!?」

「えへっ……」

「ならば自薦のほうが効力は上だ。何もないなら織斑ということになるぞ」

 

 ナツが勢いよく手を挙げたかと思えば、あろうことかクラス代表に名乗り出るではないか。そんなの率先してやりたがる性格ではないと言うのに。

 するとフユ姉さんが告げたのは、遠回しながら俺のクラス代表落選とも取れる言葉だった。もしやこれを見越して……?

 そう思って目を向けてみると、目の覚めるようなウィンクで返された。やはりと認識するよりも前に、心臓が跳ねてそれどころではなくなってしまう。

 なんだアレは、天使だろうか。可愛らしさもそうだが、俺を争いごとから遠ざけるためにわざわざ注意をそらすようなことをするなんて。

 ……今度何かしらのお礼をさせてもらうことにしよう。

 

「お待ちください、そんな選出認められませんわ!」

「オルコット、不満があるなら手短に発言せよ」

「不満と言うなら、そちらの方にです! 貴方、少なからず選ばれたという認識はお持ちでして!?」

 

 今にもナツのクラス代表が決定されようとしたその瞬間、どこかで聞いたようなヒステリックな声が響く。オルコットさんだ。

 オルコットさんは手を挙げるどころか立ち上がったかと思えば、ズビシと俺を指差して他薦されたという自覚はあるのかと問うてきた。

 ……確かにオルコットさんの言葉にも一理あるのかも。理由としては不十分かもしれないが、彼女らが俺を推薦したという事実は変わらない。

 だというのに代表から落選して安心するというのは、うん、ちょっとは失礼なことなのかも知れないな……。

 

「ちなみにですが、わたくしも織斑さんと同じく代表候補生ということで立候補させていただきます」

「じゃあ、この三人で再投票でもする?」

「いいえ、その方法では彼に票が割れるのは実証されましたわ。織斑先生、わたくしからひとつ提案が」

「もったいぶらずにさっさと言え」

「ここはIS学園らしく、総当たりの模擬戦を要求しますわ」

 

 オルコットさんの提案は全てを丸く収めているようで、思いきり自身の願望が見え隠れしていると思う。無論、性格からしてクラス代表になりたいのは間違いないんだろうけどさ。

 総当たりを提案してしまえば、さっき恥をかかされた相手である俺。及び実力を白黒ハッキリさせるためにナツとも戦えるという寸法なのだろう。

 一度怒ったら周りが見えないタイプと思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。そのぶん厄介とも取れるけど。それにしても――――

 

「模擬戦かぁ」

「あらあら、随分と不安そうな顔をされるのですね。まぁ? わたくしは優しいですから。どうしてもと仰るのならハンデを付けてさしあげますわよ」

 

 む、しまったな、心の声が漏れてしまったらしい。まぁ、つい先日まで気弱な一般人だった俺にはハードルの高い話ではある。

 しかし、オルコットさんの要求を呑む呑まないはまた別の話だと思う。

 俺はオルコットさんに今すぐにでも掴みかかりそうな勢いのナツを抑えつつ、とりあえず提案に関しては取り下げてもらう旨を話した。

 

「いや、別にハンデはいらないかな。むしろ全力でやってもらえるとありがたいんだけど」

 

 むしろ全力でと伝えると同時に、教室内からは静かに俺をあざ笑うかのような声が各所でチラホラ。

 この反応は別に予想通りだからいいのだが、予想外にナツの機嫌が悪くなっているからそちらの方を勘弁してほしいものである。

 周囲は俺に対して今からでもハンデを付けてもらえとか、男の方が強かったのは一昔前だとか言っているみたい。

 なんというか、どうしてそういう話になるんだろう? 論点がズレまくって、なんの話をしていたのやらわからなくなってしまいそうだ。

 ナツを落ち着かせるという目的を最たるものとし、一応俺の想いはわかってもらうことにしよう。

 

「えーっと、オルコットさんに聞きたいんだけど。例えば憧れとか目標にしてる選手が居るとするじゃない? そんな人にハンデ有りとか、手加減されて勝って嬉しいかな」

「何を世迷言を仰いますの。嬉しいどころか、むしろ屈辱的ですわ」

「だよね。まぁ俺みたいなのに全力を出す価値はないって言われちゃったらそれまでなんだけど、つまりそういうことだよ」

 

 昔の俺だったら、多分ハンデの申し入れを有難く受け入れていたことだろう。だけど今は違う。そういうのは、違うんだ。

 ぶっちゃけ、オルコットさんにはハンデをもらったって勝てはしないだろう。経験がものを言う世界で、たった数日しかISを動かしていない俺との差は歴然だ。

 けど、だからってハンデをもらっちゃ意味ないんだ。勝てないからってハンデをもらう? そんなのもったいないじゃないか、せっかくこうして強者と戦うチャンスができたんだから。

 本音で言うなら模擬でもなんでも戦闘なんてないほうがいいに決まってる。けど、もう逃げたくないんだ。情けない俺のままでいたくはないんだ。俺は変わりたい。だから――――

 

「仰りたいことはわかりましたが、自ら惨めに負けに行く姿勢は理解しがたいですわね」

「……惨めだっていいんだ」

「……どういう意味です?」

「俺だってわかってるよ、全然歯が立たないことくらいはさ。けど、どんなに惨めな負け方したって、どんなにボロボロにされたって、それは大事なひとつの経験だって、俺はそう思う。けどそれは、オルコットさんが全力で向かってきてくれないと意味がないんだ」

 

 ISに関する知識も経験もほとんど持ち合わせない俺にとって、ここで経験する全ては糧になってくれるはずだ。

 例えばオルコットさんに惨敗を喫するとしよう。それは全く歯が立たない、ということがわかる。それだけでも有意義じゃないか。

 きっと俺が専用機を所持しているという身の上である以上、オルコットさんと交戦する機会はまだまだあるはず。

 次戦った時、そのまた次戦った時、初めの惨敗とどう違うかを割り出し、いつしか手の届くところへ――――というのはあくまで理想だが、とりあえずスタートラインに立つにはオルコットさんの全力が必要なのだ。

 

「だからどうか、全力全開でよろしくお願いします」

「……いいでしょう。そこまで仰るのなら仕方ありません。せいぜい後悔することね」

「話はまとまったか? それでは、一週間後に第二アリーナにて総当たり戦の初戦を行う。クラス代表決定ごときに日数を使うのは遺憾だが、その翌日、翌々日に第二、第三試合という形をとるぞ」

 

 俺が立ち上がって頭を下げながら全力を願うと、オルコットさんは心底から理解できないというような声色で俺の要求を呑んでくれた。

 男女の差だろうか。それとも、女尊男卑の風潮がそうさせるのだろうか。どっちにしたって、彼女の中にある常識では図りきれないらしい。

 そこらでフユ姉さんは締めに入り、こちらは心底から遺憾というのが声に表れている。流れでこっちが勝手に日程を作っちゃったもんだしね……。

 ここは触らぬ神に祟りなしというやつを信じて大人しく座っておこう。オルコットさんもいつの間にかそうしてるし。

 胸をなでおろしながら座る時に印象的だったのは、心配そうにこちらを見つめるナツの視線だった。

 

「晴人、先ほどの発言を撤回させてもらう」

「え、いきなりどうしたの?」

「背丈以外に変わらんなと言ったことだ。どうやら私の見当違いだったらしい。まさか晴人が代表候補生相手に啖呵を切るとは」

「いや、喧嘩を売ったつもりはまったく――――あれ、喧嘩売ったのと同じなのかな」

 

 二時限目が終わるとすぐに箒ちゃんに話しかけられたかと思えば、いきなり謝罪とも取れる発言から始まり目をパチクリとさせてしまう。

 再会を果たした直後の発言に関してらしく、なんだかしみじみとした様子で、言いたいことを言えるようになったじゃないかと感心しているように見える。

 しかし、啖呵を切ったという表現は少しばかり大げさで、俺としてもそういうつもりはまったくない。けど、箒ちゃんに言われてみて似たようなものだということに気が付いた。

 まぁでも、全力でやってほしいという考えは変わらない。それに覆水盆に返らずとも言う。なので今から騒いだりすることはしない。

 

「とにかく、俺が変わったって感じるならそれはナツのおかげで――――ってナツ?」

もー! もー! やっぱり普通にかっこいいよぉ……!

「なんだ、少しそっとしておいてやれ」

 

 昔の俺なら今頃なんと情けない奴だと箒ちゃんに怒鳴られていたところだろう。むしろ怒鳴られるだけではすまなかったかも。

 俺がそうならなかったのは全面的にナツのおかげだ。だから褒めるのならナツをと視線を向けてみると、よくわからない光景が広がっていた。

 ナツは机に突っ伏してブツブツと何かを呟いている。それに、熱を帯びていることが一見してわかるくらいに耳が赤い。

 何を言っているのか接近して聞いてもよかったのだが、同性である箒ちゃんがそっとしておけと言うのなら、まぁ、特に気にしないでおこうかな。

 そうしてしばらく箒ちゃんと談笑していると、ナツはいきなりスイッチでも入ったかのように、ガバッと机から起き上がった。

 

「ハル、力になるからね!」

「代表候補生にそう言ってもらえるのはありがたいな。うん、頼りにしてる」

「私にも手が貸せることがあるなら言ってくれ。微力ながら協力するぞ」

「ありがとう、箒ちゃん」

 

 改めて思ってみると、代表候補生と模擬戦するのに一週間の猶予しか存在しないんだった。お世辞にも十分な期間とは言えない。

 やっぱり俺がどれだけ努力したって、勝てないには勝てないんだろう。けど、だからと言って何もしない理由にはならない。

 それに勝てないとはわかっているが、勝つ気がないわけではない。むしろやるからには勝ちたいさ。

 だから一週間を大切に使う必要があり、そう考えればナツと箒ちゃんの申し出は心からありがたいものだった。

 ……そうだ、後で簪さんにも声をかけてみることにしよう。あまりにも早く困ったことが発生してしまったが、彼女なら惜しみなく協力してくれるはずだ。

 まぁとりあえず、やれることからコツコツと……と言ったところか。しばらく絵のことは封印しないとダメかもね。

 なんて思いながら、迫りくる一週間後へと想いを馳せる俺であった。

 

 

 

 

 




なんか……なんかセシリアのコレジャナイ感……。
母親に媚びる父親に嫌悪を抱いた。みたいな描写があったはずなので、一見女性に媚びているように感じられる晴人は一夏よりも相性最悪……なはずなんですけど。
悪口言わせようと思ったらいくらでもやれるんですけどねぇ。でもエレガントじゃなくなってもセシリアではないような?
……ウチのセシリアはマイルドセシリーということでいきましょう。





ハルナツメモ その10【漫才】
 一夏が悪ノリした場合に限るが、やりとりが自然に漫才風になる。無論、一夏がボケで晴人がツッコミ。二人とも語彙が妙に達者になるのが特徴。
 しかし、晴人は時折だが天然で盛大なボケをやらかすので、その場合は一夏がツッコミに回る。晴人にボケた自覚はない。
 一夏が男性時には単なる幼馴染ないし兄弟が繰り広げる漫才だが、女性になってからは夫婦漫才と感じる者の方が多いようだ。


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第18話 災い転じて福となす?

GW突入ですしストックにも余裕があるので更新です。
ひさびさに晴人と一夏ちゃんの絡みがメインですFooooooo!↑↑
やっぱり作者的にもテンションが上がりますねぇ。





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

ライオギン様 葉介様 カーキャ様

評価していただいてありがとうございました!


「で、こういう場合のベターな動きだけど……」

 

 いろいろと濃すぎる初日もようやく放課後。俺は教室に残り、ナツから戦術理論のようなものの手解きを受けていた。

 黙っていればそのうち習うみたいだが、基礎はそれなりにできているのだから今は対オルコットさんを想定すべきだ。……というのがナツの主張である。

 ぶっちゃけ学んだところで実際にその動きができるだろうか。仮にできたとして――――マニュアルどおりの動きですわね! ……とか言われそうな気がする。

 でも知っているのと知らないとでいるのは差が大きい、という点については全面的に同意だ。今の俺には戦術理論のせの字もないのだから。

 

(それにしても……)

 

 時分は既に夕暮れ時なわけだが、教室の窓から差す夕日がナツを照らしているのが気になる。何もまぶしくないのか、なんて思ってるわけではない。

 気になるって、異性に対して使うやつが適当なのかも。言ってしまえば多分、俺はナツから目を離せないでいる。

 夕日って、朝日とかと違ってなんだか色っぽいイメージがないだろうか。画家の端くれ的な観点かな?

 とにかく、少なからず色っぽいと思っている夕日がナツを照らすことで、なんだかナツまで色っぽく見えるような――――

 

「ハル、聞いてる?」

「へあっ!?」

「あ、うん、そのリアクションで聞いてないってわかったから」

「ご、ごめん」

「ううん、大丈夫だよ。もう一回説明するね」

 

 どうやらとんでもなくボーッとしていたらしく、ナツに勉強を教わっているという状況をようやく思い出した。

 まずいと思った拍子に変な声で出たわけだが、それで向こうにも俺の体たらくが伝わったらしい。

 素直に謝るが、ナツは気にした様子も見せずに再度説明を始めた。いやもうホント、心から申し訳ない。

 けどナツに見とれてましたなんて口が裂けても言えないしなぁ……。とにかく、集中集中。もう二度とナツに見とれてなるものか。……あれ? それはなんか違うような気がする。

 

「あ、日向くん、まだ教室に居たんですね」

「山田先生。俺に何か用事ですか?」

 

 俺を捜しでもしていたのか、ヒョコッと山田先生が顔を見せた。どこから攻めたのかは知らないが、灯台下暗しというやつをさせてしまったらしい。

 俺とナツの勉強する手は自然に止まり、二人して立ち上がって山田先生に近づいた。さて、俺に用事とはいったいなんなのだろう。

 

「部屋が決まりました」

「はい?」

「部屋が決まりました」

「いや、あの、聞こえなかったってリアクションじゃなくてですね」

 

 IS学園は全寮制だ。そもそもモノレールに乗らないと来られない島に、自宅通学せよというほうが違和感を覚える。

 しかし、俺はあまりにも例外なためにしばらくは自宅通学だと聞かされていた。それゆえのさきほどのリアクションである。

 山田先生はおっとり&マイペースと言うか、悪く言えば天然と言うか、聞こえなかったものと取られたようだ。こういうところは少し母さんに似ている気がする。

 改めて詳しく聞いてみると、どうやら国のお偉いさんからのお達しらしい。迅速かつ早急に俺をここに匿いたいんだそうな。

 まぁ、そういうことなら、四の五の言ってる場合でもないみたい。この学園において、俺に選択肢なんてものはないに等しいんだから。

 

「わかりました。けど、荷物の準備とかがあるので――――」

「その必要はない」

「あ、千冬ね――――いたぁ!?」

「織斑先生だ、馬鹿者が」

 

 まるで狙っていたんじゃないかと思うようなタイミングで、フユ姉さんも教室に現れた。教師モードは存在感マシマシである。

 ナツはフユ姉さんの姿を見るなりいつもどおりの反応を示し、千冬姉と言い切る前に制裁が下された。

 スパァンというオノマトペをつけたくなるような音。どうやらナツの頭に出席簿が叩きつけられたらしい。

 うん、何か不遜があったら出席簿。ぜひ覚えておくことにしよう。……っと、その必要がないという発言の真意を聞かなくては。

 

「あ、あの、先生。さっきの言葉はどういう意味で?」

「準備は母親に頼んでおいた。既に日向の住むことになる部屋へ運び込まれている」

「何が入っているかは?」

「あの人の気分次第だな」

 

 未だに痛がるナツの頭をさすりながら発言の真意を問いただすと、どうやらフユ姉さんが母さんに話をつけておいてくれたらしい。

 山田先生の目を気にしてか決しておばさんとは呼ばないし、俺自身ずっと日向と呼ばれるのもすさまじくムズムズする。

 それにしても、何が入っているかは気分次第……か。それだけ聞いてもすさまじい不安定要素だ。気分で動く人というのは俺が一番よく知っている。

 余計な物品が入っているのは確実として、着替えと画材一式さえあれば俺は満足といったところだが。……自分でも簡単なやつだなって思う。弾たちには枯れた若者とよく言われたものだ。

 

「はい、こちらが部屋の鍵ですよ」

「どうもありがとうございます」

「それと、寮生活のルールなんですが――――」

 

 山田先生から手渡されたのは、部屋番号の刻み込まれたキーだ。ううむ、紛失しないよう細心の注意をはらわなければ。

 とりあえずキーをポケットにしまうと、寮での生活についての説明が入った。こちらは聞き逃さないようにしないと。

 と言ってもそこまで難しいことはなく、食堂の使える時間帯だとか。大浴場の使用時間くらいのものだ。後者に関しては、しばらく使えないと注釈が入る。

 ナツは男の時から風呂好きで、特に広々とした大浴場は好みだった。しかし、俺にそんなこだわりがあるはずもなく。

 なんなら三年間ずっとシャワーでも構わないのだが。そもそも一人で大浴場を使うことになるって寂しすぎない?

 

「――――と、だいたいこんなところでしょうか」

「何か質問はあるか? ないなら私たちは失礼するぞ。これから会議があるのでな」

「あ、はい、大丈夫です。わざわざありがとうございました」

「わからないこと、困ったことがあったらいつでも言ってくださいね!」

 

 行動を制限されるのではと考えたりもしたが、どうやら俺の扱いは通常の生徒、つまり女子たちと大差はないようだ。

 主に時間の説明についてしかされなかったのがその証拠であり、内心で安堵しながら二人へと感謝を述べた。

 そして会議があるらしい二人の去り際、山田先生がフンスと鼻息を鳴らしながら頼ってほしい旨を伝えてきた。

 ……俺がなんとなく気の持ちようが似ていると思っているのに対し、山田先生も同じことを考えているのだろう。俺に関しては、姉弟でもおかしくないくらいのシンパシーを感じている。

 いずれお互い無意味にペコペコするようなシーンが発生するんだろうなぁ。なんて考えながら、去って行く二人の姿を見守った。

 

「ねぇハル、部屋番号は?」

「ああ、そういや確認し忘れてた。えぇっと……」

 

 二人が去ったのを確認すると、俺の前方にナツが躍り出ながらそう尋ねてきた。

 確かに、すぐ山田先生の説明が始まったから見忘れていた。というわけで、ポケットからキーを取り出して番号を確認。 そこには――――

 

「1025号室だね」

「……へ?」

「いやだから、1025号室……って、このやりとりさっきやったばっかりか」

 

 俺の住むことになる部屋の番号を聞くなり、ナツはなんとも間の抜けたような聞き返しかたをしてきた。

 聞こえなかったわけじゃないというのはわかっているが、つい自分にされたのと同じように番号を反芻してしまう。山田先生の気持ちが少しわかった気がするぞ。

 となると、どうしてナツは驚いたような、または困ったような反応をするんだろう?

 手をモジモジとするナツを不思議そうに見守っていると、意を決したようなしぐさを見せたのちに衝撃の事実を語った。

 

「あ、あの! それ、えっと、私と同じ部屋で、驚いたって言うか、そんな感じ……」

「……Really?」

「イ、Exactly……」

「「…………」」

 

 しばらくの間、シンと張りつめたような気まずい空気が俺たちを包むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、改めまして、その、性別の差で多々迷惑をかけるとは思いますが」

「そ、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。こちらこそ、迷惑かけたらごめんね」

 

 部屋に入って互いのベッドで無意味に正座、そして無意味にぎこちなくなりながら同部屋生活の挨拶を交わした。

 十年一緒に住んだと言えば聞こえはいいが、そのうち私が女だった時間はごくわずかだ。それに同居と同部屋ではわけが違う。

 同居よりもかなり共同で使うスペースは増えるし、油断をしていると幻滅させてしまうようなことをしてしまうかも。

 そう思えば緊張するもので、私も一応は予防線を張っておくことにする。でもハルが緊張してるふうなのって、それって、意識してくれてるってこと、なのかな……。

 

「ハル……さ」

「な、何?」

「私と同部屋って、どう思う?」

「ど、どうって、その、き、緊張する、ね」

 

 好奇心のようなものだった。ハルが私をどう思ってくれているのか、傷つく可能性もあったのに聞かずにはいられなくて……。

 すると返ってきたのは、私が期待していたとおりのもの。緊張していると聞いた途端、私は跳ねて喜んでしまうところでった。

 だって、一緒に住んできたハルが緊張するって、男だったことを知っているハルが緊張って、一応でも女の子として見てくれてるってことだと思うから。

 

「今のがなんの確認かは聞かないけど、とりあえず荷解きしてもいいかな」

「それは勿論。でもアレ、おばさんが用意したって思うと――――」

「……うん。悲しいかな、けっこう開くのが怖かったりするんだよ」

 

 話題はおばさんが用意したらしいハルの荷物の話になった。

 ハル愛用のリュックサックは画材しか入ってないからいいとして、その隣に鎮座してある段ボール箱の中身がなかなかの曲者とみた。

 いくらおばさんだろうと生活必需品が大半の割合を占めているだろうけど、残り数割は何かしら怪しいものが入っている可能性が捨てきれない。

 ハルは実の息子である分余計に思うところがあるのか、ひたすら訝しげな表情で件の段ボール箱を見つめていた。

 ようやく覚悟が決まったらしく、重苦しい溜息を吐いてからベッドから降り、ゆっくりと荷物の方へ近づいていく。

 貼られているガムテープを剥がして、いよいよ御開帳。まるで危険物でも取り扱うように中身を改める姿を隣で見守った。

 

「……なんだ、母さんにしては普通に気を――――遣ってくれてなぁぁぁぁいっ! いや、この場合は余計な気を遣ってと言うべきなのだろうか……!」

「……グラビア写真集。へぇ、ハルもまったく興味がないってわけじゃないんだ」

「まぁ、そりゃ、一応は男の子でありまして。えぇ、むっつりスケベと思っていただいても構わないのですが」

 

 隣で物色しているのを見ていれば嫌でも中身が確認できるわけで、畳まれた服の下に隠すように敷かれていたのはグラビアアイドルの写真集だった。

 そういうのはお互いノータッチで過ごしてきたけど、ハルが自分で買ったというのは考えにくい。弾か数馬に譲ってもらったんだろう。

 私に見られたせいか、はたまた写真集そのものを入れたおばさんに対しての失望か。どちらにせよ、ハルはガックリと肩を落としてしまう。

 

「その、軽蔑するよね」

「なんで? 男の子なんだから普通でしょ。それに、元男としては気持ちもわかるし」

 

 私の生まれが元から女だったらどうかはわからないが、少なくとも織斑 一夏という一人の人間として思うところはあまりない。

 むしろそういうのにちゃんと興味をもってくれているのか、と安心を覚えるくらいまである。そのくらいハルは表面上無関心だったから。

 うん、普通だよ、普通。男の子なんだから女の子のエッチな恰好に興味があるのは。あって当たり前なんだから、軽蔑するかなんて聞かなくてもいいのに。

 まぁ、どちらかと言うなら他に気になる部分があり、私としてはそちらの方に深くツッコミたい気分である。

 

「似てるよね」

「え゛っ!?」

「この人、なんとなく似てないかな。その、私にだけど……」

 

 ハルからそれとなく写真集を奪い、表紙を構えて気になった点を指摘した。すると、ハルは目に見えて先ほどとは毛色の違う焦りの反応を示した。

 引きつったハルの表情からして追撃は心苦しかったけど、この問いの答えは私にとって死活問題ともいえる。

 それは、グラビアアイドルと私の雰囲気が似ているという点についてだ。雰囲気、ここ重要だよ。別に顔のパーツや体形が似てるって話でもない。

 いや、むしろ単純に大きさで優劣をつけるのなら、明らかに私へと軍配が上がるだろう。うん、どこがとは言わないけど。

 でも、その、もしかすると大まかな話で、私ってハルの好みのタイプかもって思わない? だからついそんな質問をしちゃったと言うか……。

 

「……そ、そ、そ、そこ、含めて、軽蔑するよねって聞いたつもりで……。だって、その、そんなの気持ち悪いじゃないか。ナツに似てるなってわかってて、俺がそんなの持ってたら」

「っ……! お願い、ちゃんと聞かせて! そこ、すごく、大事だから……」

「……ぼ、僕、僕は……みっ、見た目! ナツの見た目、160kmくらいの剛速球でドストライクなんです!」

「…………!?」

「……ああああああああっ! 余計なこと言ったぁ! 僕、絶対言わなくていいこと言ったああああっ!」

 

 ハルの声色は今にも泣きそうなくらいに震えていて、ところどころ聞いたことがないほどに裏返ってしまっていた。

 そんなのを見せられたら勘弁してあげたい気持ちも沸いたけど、ここを逃すと今後聞く機会が訪れるとは思う。だから止まることはできなかった。

 ハルの負い目にかこつけて酷いことをしている自覚はある。だがこの反応こそが私の期待している言葉をくれる証拠なのだと、そう確信めいたものがあった。

 懇願するように私が醜い欲求を吐露すると、ハルは観念したかのように心中を語る。瞬間、私の中で本日二度目の歓喜が巻き起こった。

 ハルは羞恥からか、両手で顔を隠しながらそこらをのたうち回っている。すぐさま落ち着いてと声をかけたかったのだが、私は茫然自失としてしまってそれができない。

 

(ドストライク……。私そのものが、ハルの好み……!)

 

 そんなこと考えもしなかったものだから、私を構成するあらゆる要素にハルが一定の興味を示しているということに、喜びや羞恥が一度に襲ってきてしまう。

 それを端的に説明するならテンパるというやつで、今の私の目を漫画的描写で表すのならいわゆるグルグル目といった感じに違いない。

 そんな私はテンパった末に――――いける! これはいける! と言うような結論にたどり着いたらしい。

 何を思えばこのタイミングで告白しようということになるのだろう。一応は冷静な部分が残っているのでなおのことだ。

 

「ハル!」

「はい……。どうか煮るなり焼くなりお好きにどうぞ……」

 

 ハルにまたがるようにして両手両膝を地に着けると、向こうは私が怒るとでも思っているのか、どのような罰も甘んじて受けるという心構えらしい。

 軽く小突くとか以外でハルに危害を与えた覚えはないが、それでもそんな言葉が出るということはよほど負い目に感じているみたい。

 ハルの負い目にかこつけているようで、私がしたこと及びしていることはかなり卑怯なことなんだと思う。

 でももう無理だ。私をそういう目で見ていてくれたのだと知った暁には、溢れる想いを知ってもらいたくてたまらない。

 私は高鳴る鼓動に耐えるかのように、切ない感覚に耐えるかのように、わずかながら目へと涙を溜めながら想いを紡いでいく。

 

「あ、あのね、私、私は――――」

「こんにちは……」

「は……? かん……ざし……?」

「「「…………」」」

「お邪魔しました……。本当にお邪魔しましたからどうぞごゆっくり……」

「わーっ!? 違う違う、違うから! 誤解をしたまま逃げようとしないで!」

 

 突如挨拶と共に部屋の扉が開いたかと思えば、姿を現したのは私の友人である簪だった。そういえば学園に来てから会ってなかったけ。

 なんて呑気なことを考えている暇ではなく、ハルにまたがった状態を目撃されたということについてどうにかしなくては。

 すると簪は案の定変な勘繰り……というか、当たらずとも遠からずかも知れないけど、勘違いをしたまま足早に部屋を去ろうとしてしまう。

 簪が言いふらすなんて思ってはいないが、慌てて追いかけて捕獲に成功。適当にはぐらかしつつも事情を説明した。

 そもそも無許可で入る簪もマナーを欠いているのではと思ったが、どうやらノックはきちんとしたらしい。すると、私とハルはよほど周りが見えてなかったようだ。

 

「それで、簪さんは何しに俺たちの部屋に?」

「あれ? 二人とも知り合ってたんだ」

「うん、だいぶ前に廊下でね。まぁ、軽く挨拶した程度だけど」

「私は……一夏に会いに……。日向くんが居るのは知らなかった……」

 

 ハルがなんの自己紹介もなしに名前呼びということは、間違いなくどこかで言葉を交わしたという予想がつく。

 どうやら箒に戻っていてと頼まれた際に会っていたようで、それなら教室に戻ってからのハルの様子も頷ける。

 きっとヘイムダルの待機形態について、簪といろいろあったのだろう。どうにも特撮系の玩具っぽい見た目してるし。

 というかそうだった、会いはしなかったけど互いの部屋番号は知らせ合ったんだっけ。まさかそれがこんなことになるとはね……。

 とりあえず簪とは初遭遇ということで、これからもよろしくという握手を交わしておく。

 

「それと、食事に誘いに……」

「あ、それなら箒も誘って大丈夫かな。ちょっと気難しいけど、昔の友達なの」

「箒ちゃんだって誰それ構わず警戒するほど面倒でもないと思うけど」

 

 ちらりと携帯の時計を見てみると、確かに時刻は十八時を過ぎていた。ハルと長いこと勉強してたし、だいたい妥当なところかな。

 食事は多くのメンバーで席を囲めば自然に楽しくなるものだ。だから簪の申し出は快諾しつつ、もう一人問題児を誘っても構わないかと、こちらからも申し出ておく。

 ハルはそう言うが、どうせほっとくと一人で過ごすよあの子。なんで私の周りはこうも友達を作りにくい性格の人が多いのだろう。

 私のそんな提案に対し、簪は呟くようにして構わないとひとこと。そして、むしろちゃんと話せば気が合うはずと付け加えた。

 ……ああそうか、二人とも姉のことで苦労しているという嫌な共通点があるんだった。何もそんなところが被らなくてもいいのにね。

 

「よし、それじゃ早速箒のところへ――――」

「あのさナツ、箒ちゃんって何号室?」

「…………あ。……ハル、知らない?」

「えぇ……? 知らないから聞いたんだけどな」

「一夏らしいといえばらしい……」

 

 弁明させてほしい。別に箒の所在について興味がないとかそういうのではないの。本当に。ただ聞き忘れただけの話なんです。

 ……知らないという事実までは覆せないのが悲しいところかな。自分で箒を誘うことを提案したから余計に性質が悪い。

 二人に目を向けてみると、なんだか呆れたような視線でこちらを射貫いているではないか。何さ何さ、よく考えたらハルだって地味に同罪じゃない。

 結局は食堂の出入り口付近でたむろしながら箒を待ち伏せるという手に。すると比較的容易に捕まえることができた。

 そこで簪との会合もほどほどに、学園に入ってささやかな懇親会も含めた夕食が始まった。無論、その際にそれとなく箒の部屋も聞いておく。

 ちなみに先ほど起きたハルとの珍事だけれど、食事が済む頃には暗黙の了解でなかったことにする方針に。

 部屋に戻ると、無言で荷解き作業をこなすハルがとても印象的で、私もその背をただただ無言で見守るのであった。

 

 

 

 

 




息を吸うように同室でございます。
むしろ別のキャラである必要がないとも言えますが。
ラッキースケベが入ってないやん! という方は申し訳ない。
多分ですけどこの作品、あまりそういうのは起きないと思いますのでご了承をば。





ハルナツメモ その11【好みのタイプ】
今回は主に体形は除いた、純粋に見た目においたタイプを示す。
晴人の言うストライクとは、黒髪ロングで美人と可愛いの中間くらいの見た目をした女性のこと。要するにまんま一夏ちゃん。
メタ的な例えを挙げるとするなら【艦隊これくしょん】に登場する【榛名】あたりが最も近いのかも知れない。





ハルナツメモ その12【一夏ちゃんの身長&スリーサイズ】
身長157cm 上から93/60/90
デカァァァァァいッ! 説明不要ッ!


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第19話 小さなことから

なんだかんだとそろそろ20話ですね。
そんな中、お気に入り600件突破&総合評価1000pt突破ありがとうございます。
少し他とは毛色の違ういちかわいい小説かとは思われますが、これからも応援のほどよろしくお願いいたします。


 あくる日の早朝。まだ薄ぼんやりと暗い中、俺は一周5kmあるらしいIS学園のグラウンドにて準備運動を行っている。

 オルコットさんとの模擬戦が決まったというのも大きな要因ではあるが、とりあえず小さいことからコツコツと頑張ってみようと思い立ったんだ。

 メニューはおいおい考えるとして、とりあえず体力作りの一環として走り込みや筋力トレーニングでもしようかと。

 まぁ、知り合いに見られたらどういう風の吹き回しだと聞かれるんだろう。けど俺の意志は固い。なぜなら――――

 

「どういう風の吹き回しだ。お前が率先して運動とは珍しい」

「お、おはようございます。織斑先生こそ、日課だったりするんでしょうか」

「そう畏まるな。外野の目がなければいつもどおりで構わん」

 

 誰かから声をかけられるとは思っておらず、突然の呼びかけについビクッと身体を反応させてしまう。

 慌てて振り向いてみると、そこにはジャージ姿のフユ姉さんが。どうにも悪戯っぽい笑みを浮かべて珍しいと評した。というかやっぱり言われたよ。

 ナツが出席簿で叩かれるのを目撃したせいで必要以上に丁寧な態度で接するが、どうにもその必要はなかったらしい。

 フユ姉さんの顔つきは基本的に厳ついが、教師として俺の前に立っている時とは雰囲気が異なる。それこそ、俺の知っている姉としての千冬さんだった。

 違和感がすさまじかったために有難い申し出だ。とにかく、話は走りながらということに。フユ姉さんが俺のペースに合わせてくれるそうな。

 

「で、なんだ。心境の変化でもあったのか?」

「とりあえず、なんでも絵のことに例えてみようと思ったんです。そしたら、俺の中ではいろんなことが鮮明になると言いますか」

「絵のこと、な。まぁ、晴人にとってはそれが最も身近な例えか」

「はい。今回の場合見えたのは、誰でも最初は初めてだ、ってことですかね」

 

 フユ姉さんとしても俺の諸々は心配してくれているのか、珍しいくらいにグイグイ質問してくるじゃないか。

 だから少し自分を生意気かもと思いつつ、ありのまま俺の中に芽生えた考えを口にする。フユ姉さんはそれを興味深そうに聞いてくれた。

 なんでもかんでも絵で例えると見え方が変わるんじゃないかって、そう思うようになった。というか、するようにしてみた。

 先ほど言ったように、今回は初めは誰でも初心者だ。という結論へとたどり着いたということ。

 俺もそれなりに絵を描くことに自信はあるけど、そりゃ最初は酷いものだった。あれはあれでアートかも知れないが、今回の場合は論点からずれる。

 俺はそこからたくさんの絵を描き、努力し、練習し、自分でも上手な方と思えるくらいの腕前になった。

 それを体力作りに当てはめるのなら、とにかく我武者羅に走ったりするだけでも、いつかは今の俺よりはマシになっていくはずと思ったんだ。

 

「結局、今まではずっと言い訳ばっかりしてたんです。何やっても凡才の俺が、多少努力したって何も変わりはしないって」

「ハッ、何を今更。晴人はガキの頃からそうだろう」

「ははは、厳しいな……。けど、だからこそもう言い訳も逃げるのも止めにしたい。変わるとか変わらないとかじゃなく、今俺はとにかく頑張ってみたいんです」

 

 正直、絵以外は本当にまるで上達なんかしないかも知れない。いくら頑張ったって体力なんてつかないかも知れない。

 俺は、努力の先に見返りを求めていた。努力しても結果が着いてこないのなら、初めから何をやったって意味なんてないって、そう決めつけてさ。

 けどもう、それでいいんだ。結果なんて出なくていい。だったらただの自己満足なのかも知れないけど、絵のことのように一生懸命頑張ってみたいんだ。

 ……それがきっと、俺にそういう考えを抱かせてくれたナツに報いることになると思うから。

 

「オルコットに自分の考えを言い切ったことといい……。フンッ、なんだ、生意気にもかっこよくなったじゃないか」

「はい!? あ、ありがとうございます……!」

「阿呆、この程度のことで動揺するな」

「いたぁーい! ごあぁぁぁぁ……ひ、額が割れる……!」

 

 フユ姉さんだって人を褒めたりはする。それがプライベートならなおのことであり、幼少期から世話になっている俺からしては割とよく聞く言葉だ。

 しかし、フユ姉さんにかっこいいなどと言われたのは生まれて初めての経験で、嬉し恥ずかしといった感情が心を揺さぶった。

 するとすぐさまデコピンを打ってくるあたり、多分だけどフユ姉さんも自分で言って自分で恥ずかしくなったんだと思う。

 動揺くらいするに決まっている。認識としては家族としての姉だが、少なからず美人のお姉さんとは思っているのだから。

 それにしても、何気に貴重な体験だ。世界規模で調査して、フユ姉さんにかっこいいと言われた男性がいかほどに居るだろうか。ナツを除けば初だったりしないかな。

 その後はトレーニングに際してタメになるアレコレを聞きながら、グラウンドを二周ほどしてお開き。去り際に学内ではそれ相応の態度をと釘を刺された。

 俺も命が惜しいからその言いつけは順守するとして、俺も帰って朝の支度をしなくては。ナツを起こさずにシャワーを浴びるのは難度高そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「ハル、ジッと食卓を見つめてどうしたの?」

「いや、チョイスが見事に日本だなぁと」

 

 食堂のテーブルには俺、ナツ、箒ちゃん、簪さん、それぞれが購入したメニューが並べられている。

 俺から順番に春の山菜うどん、サバ味噌定食、焼き魚定食(アジ)、卵かけご飯定食と、四人居て一人も洋食を頼まないのは何気にすごいと思う。

 まぁ、すごいと思うけど誰が何食べようと自由なわけで、俺の考えはとてもくだらないものなのだろう。

 みんなも特に気にした様子はなく、一斉にいただきますと宣言して食事に取り掛かった。地味に食堂の開放時間が短いからなぁ。

 

「はい」

「どうも」

「お前たち、ツーカーに磨きがかかっているな」

「息ピッタリ……」

 

 俺が箸を持つよりも前に、ナツは一味唐辛子の容器を差し出してきた。感謝はしつつも特に言及することもないわけだが、箒ちゃんとしては気になるところらしい。

 特に変な意味があるわけでも、特別な感情があるわけでもない。けど、時と場合によっては名前さえ呼んでくれれば言いたいことはだいたいわかる。

 だが、それを宣言したところで自殺行為。箒ちゃんの怒りを買うだけなので、一味をふりかけながら愛想笑いを返しておく。

 

「それにしても、冷静に考えれば考えるほど大事……」

「模擬戦のこと? 確かにそうなんだろうけど、今更引き下がる気もないし後悔もしてないよ」

「おっ、かっこいいこと言うじゃん。偉いぞ~」

 

 咀嚼した卵かけご飯を飲み込むと、簪さんは唐突に昨日の出来事について触れた。同じく代表候補生だからこそ、そう言いたくなるのだろう。

 個人の感想としては言葉どおりだが、楽観視してるわけでも自信があるわけでもない。むしろ先のことを思えば憂鬱な気分になる。

 かといって見栄を張っているつもりもないが、本当にどうしようもないからそう言うしかない。後は俺なりにやれることを全力でこなしていくしかないのだから。

 俺の言葉を受け、ナツは少し茶化すようにしながら肘で小突いてくる。心なしか、箒ちゃんの視線が少し厳しくなった気がした。

 

「と、とにかく、今日から本格始動ってことで。みんな、よろしく」

「任せろ。私でも動く的くらいにはなるぞ」

「機体の整備とか……そういうのは得意だから……」

「全体の指導役は私がやるね!」

 

 基礎はそれなりにできているつもりだ。その知識を補いつつも、模擬戦を想定してヘイムダルを動かしていくのも重要となる。

 具体的に何をどうするのかは見えていなかったが、俺の頼みにみんなは頼もしい限りの返事をしてくれた。きっと、こういう存在を仲間と言うんだろう。

 ……それにしても、聞いた話によると、簪さんは整備に関して豊富な知識と経験を持っているらしい。

 可能ならの話というか、あくまで希望的観測ではあるが、頼んだらヘイムダル展開の際に母さんが悪ふざけでつけた機能を解除してくれないだろうか。

 本当にいくらなんでもアレは酷い。アレだけはない。アレを許してしまっては余計に母さんが調子づく。これまで育ててもらった恩も吹き飛んでしまうぞ。

 

「あれれ~? かんちゃんにお友達がいっぱ~い」

「本音……。地味に傷つく発言は控えてほしい……」

「えへへ~。ごめんごめ~ん」

 

 すぐそこをノロノロと通りがかって足を止めたのは、制服の袖がダルダルで、いわゆる萌え袖というやつになっている女子だった。

 簪さんとのやり取りを見るに知り合いらしく、名前は本音さん? えっと、確かクラスメイトだったような気がする。

 うん、先を歩いていた二人も見覚えがある。自己紹介が途中で止まってしまったから全容は把握し切れていないが、片方は相川さんだったはずだから確定だ。

 ちなみに、ナツは簪さんは知り合いでも本音さんのことは知らないそうな。けど、彼女らしい人を示唆するような発言は難度か聞いたとか。

 二人の縁は時間がある時と言うことで、せっかくなので一緒に食事でもということに。しかし、ひとつだけ問題があるとすれば……。

 

(どうして円形テーブルなんだ……!)

 

 IS学園食堂のテーブルは円形、それすなわち人数が増えるほど両サイドの人物が接近してくるということである。

 さっきまで問題のない距離感だったが、一気に三人も増えてしまえばそれはもう。弾や数馬は羨ましがるだろうけど俺にはきつい。

 特に思うところはない、と言わんばかりにナツと箒ちゃんが詰めてくるから余計に……。おおふ、幼馴染二人の香りを意識してしまう俺が憎い。

 

「こういうの聞かれるの、嫌かも知れないんだけどさー」

「結局、二人ってどういう関係なわけ?」

 

 席に着くなりそう聞かれたわけだけど、てっきり俺とナツの間柄に関しては昨日のうちに説明したもんだと思っていたんだけどな。

 俺たちの関係、ね。まぁ間違っても彼女彼氏だとか、恋人同士でないことだけは確かだ。だが、ひとことで表現するとなると何が適切なんだろう。

 候補を挙げるのなら兄弟、相棒、幼馴染あたりが適切になるんだろうけど、どうにも他人行儀な表現はしたくないという俺なりのこだわりみたいなものがある。

 となると、それら全部をひっくるめた表現であるアレが一番近いのかも知れない。

 ぶっちゃけ俺とナツの関係なんて、隣に居ることが当たり前すぎて深く考えたことなんてなかったが、口に残っていたうどんを飲み込んで、考え付いた答えをそのまま述べておいた。

 

「ひとことで表現するなら、家族……かな」

「え、何その堂々とした俺の嫁宣言」

「意外と大胆だねー」

「「ブッ!?」」

 

 やはり俺としては家族という表現が一番落ち着く。父さんと母さんが保護者代わりになって以来、一緒に居なかった時間の方が短いから。

 けど言葉の受け取り方をどうも誤られたというか、別に俺は配偶者的なつもりで言ったつもりなんてないんですよ。

 思わず回答してからすぐに食べ進め始めたうどんを吹き戻しかけた――――というか、吹かないように耐えたせいで喉奥に一味唐辛子の刺激が走ってしまう。

 そのせいで盛大にむせ返してしまうわけだけど、どうしてナツも俺と同じような状態になっているのだろう?

 不思議に思いつつも、十年一緒に暮らした脊髄反射的なものにより、俺とナツはコップに入った水を差しだし合った。

 

「べっ、別に……ゲホッ! そういうつもりで言ったんじゃないんだ……ゴホッ!」

「え~。そんな息ピッタリなのに?」

「お互いまったく意識してないってことはないでしょ」

「うーん、まぁ、俺は無きにしも非ずだけど。どのみち俺にナツはもったいないからさ」

 

 ナツを彼女ないし恋人ないし伴侶とできた時点で人生勝ち組ルート一直線だろう。贔屓目なしでナツよりいい女は居ないと思うし。

 だからこそ何においても平凡な俺がナツをもらったって持て余すだけだ。そのうちナツを幸せにしてあげられる幸せな男性が現れることだろう。

 という本心からの発言なんだけど、気のせいでなく空気が少し重くなった。というか箒ちゃんの目が怖い。視線で人を殺せるなら俺はとっくにお陀仏だったろう。

 

「おりむー。どうか気をしっかり~」

「大丈夫、ハルのコレは鈍感とかじゃないから。それより、おりむー?」

「織斑だからおりむーってことなんじゃないかな」

「ひむひむの言うとおり~。ちなみに二人合わせてひむりむーだよ~」

 

 なぜだかナツが本音さんに慰められているわけだが、それよりも自分の呼称について気になったのか、話はそちらの方へ流れて行った。

 俺の場合はハルというあだ名があるわけだが、それはナツ専用の呼び方なのでどうにか勘弁――――と思いきや、ひむひむという全く新しい呼び方をされて一瞬困惑してしまう。

 更にはコンビ名も考えたらしく、【む】の文字で俺たちのあだ名が繋がるよう【ひむりむー】という珍妙なものを賜った。

 思わず顔を見合わせる俺たちだが、本音さんの天真爛漫な様子を見ていると何も言えなくなってしまう。そのまま大人しく、ひむりむーを拝命する方針で一致した。

 

「というかさ、いつからの付き合いなの?」

「昔俺が越してきて、それからかな」

「むっ、それは私も初耳だ。てっきり赤ん坊の頃からかと」

「ウチがいろいろ複雑だからね。そのあたりは意識して触れないようにしてたというか」

 

 俺を交えていないときはさほど根掘り葉掘り聞かれなかったのか、食事中はだいたい質問されては回答してを繰り返した。

 なんてやってると、フユ姉さんが食堂に乱入してきてダラダラしてるんじゃないよと全体を一喝。すると食堂は信じられないくらい静かになった。

 それは俺たちの席でも同じく、相川さんと鷹月さんは恐ろしいくらいに静まり返ってしまう。……逆にニコニコしてる本音さんは肝の据わった女性だなと。

 とにかく、楽しい食事ではなくなってしまったことに対して、実の妹であるナツは申し訳なさそうな苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日向、専用機の調整はどうだ」

「きょ、今日から本格的に訓練を始めようと思っているので、話はそれからですかね」

「何か異常を感じたら報告するように。模擬戦をしようにも機体がなければ話にならん。それと、アリーナの使用には申請が必要なので覚えておくように」

 

 フユ姉さんのことを質問されたナツが普段の様子を聞かれ、意外とだらしないと答えようとしたその時のことだった。

 本当に虚空から現れたのではと疑いたくなるような、気配の微塵も感じさせずに登場。そのまま流れるような手際でナツの頭を出席簿で叩いた。

 俺が質問されたのはその直後のことで、あまりの切り替えの早さに戦慄したことは絶対に悪くない。顔に出てはいるのだろうが、叩かれないならセーフという認識でいこう。

 

「専用機!?」

「一年生のこの時期に!?」

「……もしかしてだけど、あの玩具が待機形態だったりする?」

 

 ナツとの関係性からして周囲のみんなも俺にそれなりのコネがあるという認識だろうが、まさか専用機持ちとは思わなかったようだ。そしてこの玩具が待機形態とも……。そりゃそうか。

 どのみちアレですよみなさん。ヘイムダルの全貌がトンデモ機体だと知ったらガッカリしますよ。いや本当に。

 それよりも、俺のステータスそのものが高いゆえの専用機持ちと思われているような気がしなくもない。

 それは困った。母さんにもナツにも全てにおいて平均的という、俺にとっては何も珍しくはないお墨付きをいただいているのだが。

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で挑んで来るのではないかと思っておりましたものでして」

 

 すかさず俺に話しかけてきたのは、相変わらずお嬢様然としたオルコットさんだ。言葉そのものは挑発なんだろうけども。

 これも困った。生まれてこの方冗談っぽくない、つまり本気の挑発なんてされたことないからどう返していいのやら。

 ご期待に沿えるよう乗ってみてもいいんだけど、こと相手を罵倒する事柄に関してはてんで語彙が浮かばない。

 やはり当たりさわりもない返事しかできそうにもないかな。

 

「あ~……それこそ訓練機じゃハンデをもらう必要があったろうね。アハハ……」

「……向井さん。貴方、闘争心というものを持ち合わせてはいませんの?」

 

 俺が頬を掻きながら適当な返事を返すと、オルコットさんは嫌悪すら孕んだような視線をこちらへと向けた。

 これは単に女尊男卑主義によるものではなく、俺個人が気に入らないということなのだろうか。

 闘争心については間違いなく母さんの腹の中に置いてきたとして、それよりもひとつ聞き逃せないことがあった。

 流石に俺だって、それに愛想笑いを浮かべておくわけにはいかない。

 

「闘争心とかは別にして、たった今キミにひとつだけ言わなきゃならないことができた」

「あら? いいでしょう、言ってごらんなさい」

「あのさ――――え~っと、俺、一応は向井じゃなくて日向なんだけど……」

「「「ズコーッ!」」」

 

 わざとだろうがわざとでなかろうが、名前の呼び間違いについては指摘しておくのがお互いのためというもの。

 怒らせないよう遠慮しがちに指摘をすると、事の顛末を見守っていた女子たちのほとんどが新喜劇よろしくズッコケた。

 タイミングからしてそれしか言うこともないだろうに、教室を包むこのアウェー感はいったいなんなのだろう。

 ナツに箒ちゃん、それにオルコットさんまでもがとてつもなく呆れた表情を浮かべているではないか。

 

「ハル、みんな強気に言い返すのを期待してたんだと思うの」

「えっと、やっぱりそういうの要るのかな。じゃあ、その、と、闘争心は本番で嫌ってほど見せてやるぞー」

「棒読みになるくらいなら止めておいた方がよかったろうな」

 

 ナツにそう言われてズッコケの理由がようやくわかった。いやでも、そんなの俺に期待されたってと言う話ではあるんだが。とにかく、そういうことならポーズだけでもしておこう。

 必死に返しの言葉を捻りだしたまではよかったが、やはり相手を挑発する行為そのものが向いていないらしく、無意識のうちに棒読みになってしまう。

 だけど箒ちゃん、それ言われたらどっちが正解なのって話になっちゃうから勘弁していただきたい。

 

「もうよろしいですわ。貴方のような男性に、そういったことを求めたのが間違いでした」

「はぁ、それは、ご期待に沿えず申し訳――――な゛っ!?」

「貴様ら、いつまでやっとるか。とっとと席に着け」

 

 これが男の時のナツなら盛大な口喧嘩にもなっていたんだろうけど、いかんせん相手が俺である以上はよほどのことでも起きなければ……ねぇ?

 呆れた様子のままオルコットさんは身を翻し、自分の席へと戻って行く。最後の俺の言葉も聞いてはいないようだった。

 それでも一応は期待に沿えず申し訳ないと言い切るつもりでいたのだが、俺の脳天に突如として味わったことのないような衝撃が走る。

 何事かと騒ぐことすら許されないこの強烈な痛み、そしてその際に鳴った豪快な音から推測するに、どうやらフユ姉さんの出席簿が火を噴いたらしい。

 だが被害を被っているのは俺だけでなく、見物するために立っていた女子たちも同罪のようだ。

 痛みをこらえながら様子をうかがってみると、目にも止まらぬ速さで小気味よく女子たちを出席簿で叩いていく。その様は、まるでモグラ叩きを彷彿させる。

 ナツと箒ちゃんは大丈夫かと目を向けると、その時にはすでになにごともなかったかのように着席しているではないか。随分とちゃっかりしている。

 まぁ、俺が悪いんだから責めようって気はないのだが。……ないのだが、もうちょっとくらい何かあってもよかったんじゃないだろうか。

 とにかく、急いで座らなければもう一度出席簿の餌食になってしまう。さて、引き続いてのフユ姉さんの授業、集中して受けるようにしなくては。

 

 

 

 

 




走り込みは大事。古事記にもそう書いてある。
というわけでして、地味に変わり始める晴人でお送りしました。
セシリア戦では割と逞しい姿もお見せできるんではないでしょうか。
そういう感じで、次回、初戦闘と参りましょう。


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第20話 蒼雫円舞曲

VSセシリア前半戦でございます。
多分ですけど前後編、そして後日談くらいの構成になるかと。


 与えられた日数を全力で過ごすことしばらく、ついにクラス代表の座をかけた――――いや、俺自身まったく興味はないんだけど、模擬戦当日とあいなった。

 フユ姉さんが指定した第二アリーナは、男性IS操縦者の試合をひと目ということらしく、席が埋まり切るかのような勢いである。

 流石にここまでの規模は予想していないもので、ピットで準備しながらもつい出撃ハッチの奥の方が気になってしまう。

 

「ハル、お客さんなんて一人だろうが百人だろうが変わらないよ」

「そう……。きっとそのうち慣れる……」

「う、うん、頑張ってみるよ」

 

 緊張は当然のように表に出ていたらしく、ナツは俺の背中を軽く叩きながらそう言う。多分、何人だろうと人は人だと言いたいんだろう。

 簪さんも代表候補生としての経験なのか、気になるのは最初だけだからとアドバイスしてくれた。

 ……確かに、きっと試合になったら観客のことなんか気にしてはいられないだろう。だからこそ、もっと気楽にいかねば。

 

「それよりも、協力してくれて本当にありがとう」

「水臭い……」

「まったくだ。それに礼なら行動で示してほしいところだがな」

「とにかく一生懸命やってくれたらそれでいいよ」

 

 今の俺が六日前の自分と戦ったとするなら、確実に勝つことができるだろう。そう断言できるのは、この三人の協力があればこそ。

 ちゃんとした礼を言っていなかったことを思い出して感謝を口にしてみるも、みんながみんなして大したことではないという認識らしい。

 感謝を口にするのも大事だろうが、箒ちゃんの言うことにも一理ある。オルコットさんに勝って見せてれば、最高の恩返しとなるだろう。

 

「日向くん。流石、時間どおりですね」

「余計なのが数人居るがな」

 

 ピットの奥の方から姿を現したのは、一年一組担任副担任コンビ。その口ぶりからして、出撃の時間が迫っていることを示していた。

 というか、みんな当たり前のように応援に来てくれてたけど、許可の類は取っていなかったのか。

 若干どころか露骨に機嫌が悪そうなフユ姉さんに睨まれ、三人は一気に萎縮したような様子となってしまう。

 だがフユ姉さんがまあいいと呟くと同時に、安心したような溜息をこぼした。ハラハラしながら見守っていたが、どうやら修羅場にはならないらしい。

 

「さて日向、準備は万全か」

「は、はい!」

「よろしい。ならばISを展開せよ」

「あ~……えーっと、はい、展開してきますんで少々お待ちを……」

 

 こちらに近づいてきたフユ姉さんが訪ねてきた準備とは、心とか覚悟とか様々な意味を内包しているように思えた。

 十全とは言えないかも知れないが、まったくもってそういう準備が整っていないわけでもない。なので、せめて威勢だけでもと大きな声で返事をした。

 するとフユ姉さんは満足そうに頷いてからヘイムダルの展開を許可するが、ちょっとした理由があってこの場では無理だ。

 俺はそそくさと少し奥へ隠れようとするも――――

 

「わけのわからんことを言うな。手早く展開しろ。三度目はないぞ」

「あ、あの織斑先生。みんなの前では本当に勘弁してあげてというか」

「いや、いいんだナツ。どのみちいつかやらなきゃならないとは思ってたから」

 

 当たり前だがフユ姉さんにそういうのは通用せず、ISスーツの襟をつかまれて静止させられたかと思えば、ものすごい形相で展開を迫られる。

 ヘイムダルの展開について事情を知るナツは、なんとか離れた場所で展開できるよう交渉しようとしてくれる。

 だが、いくら言ったところでフユ姉さんが折れてくれることはないだろう。

 俺は諦めとヤケクソの感情を大いに抱きながら、覚悟を決めて待機形態のヘイムダルを構えた。さぁおいでませ、社会的死よ。

 

「展開準備開始! セーフティ解除!」

『解除確認。起動準備完了』

 

 という宣言と共にスライドパネルを人差し指で上から下へとなぞる。すると待機形態の刀身が、俺の指に合わせるように七色の光を放つ。

 続けざまに待機形態のトリガースイッチを押し込む。今度は発光が、胎動を思わせるパターンへと変わった。

 

「アーマーアクティブ! ヘイムダァァァァルッ!」

 

 機体名を叫ぶと、目の前で待機形態のヘイムダルをX字に振るう。すると目の前には同じくX字の残光が留まり、それが一気に俺の体へと迫る。

 その残光が俺の胸部へぶつかると同時に、今度は全身を虹色の光が包んだ。

 虹色の光は徐々にヘイムダル型へと形成されていき、完全にISの状態となるのと同時に一気に霧散。これでようやくヘイムダルの展開が完了である。

 

「「「「…………」」」」

「いい……。すごくいいと思う……!」

 

 はい死んだ。俺はもう死んでいる。空気も死んでいる。まるで時が止まったかのようだ。というか、そのなんて言ったらいいかわからないみたいな顔が一番困るんだよ!

 ああああああっ、もう! だからみんなの前で展開するのは嫌だったんだ! 訓練の間はひた隠しにしたのに台無し!

 事情を知ってるナツの辛そうな視線もいたたまれない! 逆に簪さんみたく歓迎されるのも同じぃく!

 ……待機形態が特撮の玩具っぽい見た目となったヘイムダルに対し、母さんが悪ノリした結果がこれである。

 本人はいいことを思いついたとか、せっかくだからというニュアンスで、それこそ特撮の変身シーンっぽいことをしないと展開できないよう改造してしまった。

 流石の俺も母さんが泣くのとか無視して抗議を重ねたが、向こうも大泣きしながらも譲らないからこちらが折れてしまった。

 この状況を見るに、やはり意地でも自分の意思を貫き通しておいた方がよかったのだろう。しかし、すべてはこの言葉に集約される。後悔先に立たずだ。

 

「晴人」

「はい……」

「おばさんには私からきつく言っておこう」

「ぜひお願いします……」

 

 どうやら見なかったことにする方針でいくのか、フユ姉さんは目頭を押さえながらとても有難い提案をしてくれる。

 憐みのあまりに立場も忘れて弟扱いって、これフユ姉さんにしたらかなり珍しいぞ。まぁ、それほど悲惨な事件だったということなのかな。

 有難くもあるが、本当に何も見てない感覚で自然に振る舞うのは女性特有なのだろうか。どこにもわざとらしさを感じないのは単純にすごいと思う。

 

「日向くん、準備ができ次第カタパルトへの移動をお願いします!」

「ああ、はい、すぐにでも――――」

「待ってよハル。忘れてるよ」

「ん? ……そっか、確かにそうだね」

 

 山田先生ですらこのザマか……。などと思いながらカタパルトの方へ近づこうとすると、ナツが片手を差し出しながら俺を呼び止めた。大事なことのある見送りの儀式を忘れているとのこと。

 代表候補生と模擬戦なんて、大事なこと以外のなにものでもない。俺は左腕の装甲を部分的に解除すると、ナツのほうへ手を伸ばした。

 片手がふさがっているような場合は別バージョンが存在し、まずは掌と掌をぶつけ合う。そして往復するように手の甲と甲を。

 それが終われば軽くこぶしを握り、今度は上下にぶつけ合う。そして最後に、正面から拳をぶつけ合うことですべての工程が完了だ。

 

「ハル」

「うん?」

「信じてるから」

 

 信じてるから。

 そう言うナツの笑みは、すべてを浄化するかのように清らかだった。瞬間、胸の奥がざわつくような感覚が過る。

 なんと言えばいいのだろう。ナツが信じてくれているのは当たり前なのに、そのくらい言われなくてもわかっているのに、この子のために頑張りたいと強く思う。

 勝っても負けても、ナツは俺を笑顔で迎えてくれるはず。しかしだ、どうせなら勝って迎えられたい。……俺を信じてくれるナツのためにも。

 

「ナツ」

「ハ、ハル……?」

 

 気づけば俺は、滑らせるようにして指と指とが絡むようナツの手を取っていた。

 とても柔らかい手だ。普段から家事をしていることが信じられないくらい、しなやかで、繊細で、可愛らしい。そして、ほんのりとした温かさが心地よい。

 許されるのなら、ずっとこの手を握りしめていたいような。俺にそう思わせる優しい手。

 

「俺、とにかく頑張るから。たとえ無様でも、ずっと見ていてほしい」

「ハル……。……うん、わかった。約束する」

 

 こんな時なら勝ってくるとか言ってやりたいけれど、それでも俺はまだ強気になることはできない。けど、俺の言葉も半分くらいは正解なんだと思う。

 今まで絵のこと以外で必死になるまで頑張る、ということをして来なかった俺だ。そんな俺を、ナツが一番よく知っている。

 だからナツには、どれだけボロボロになろうとも、どれだけ甚振られようとも、頑張る姿を見せてやりたい。

 俺はこれだけ頑張れるようになったんだっていうのを、ナツに見届けてもらいたいんだ。

 ナツの約束するという言葉を受け、俺は名残足居ながらも手を離し、今度こそカタパルトにヘイムダルの両足を着けた。

 開かれたハッチにガイドラインが表示され、更にカウントダウンがスタート。カウントがゼロになるのと同時に、緑色に光るGOサインが。

 それを合図にスラスターをフル稼働。重量級の機体はゆっくりながら徐々に加速してゆき、勢いそのままアリーナ内へと飛び出た。

 

『ワアアアアアアッ!』

「……すっごいな」

「この程度で萎縮していては話になりませんわよ? ヒ・ム・カ・イ・さん」

 

 気にしないとは言ったものの、俺が飛び出ると同時に歓声が沸いて思わず圧倒されてしまう。まさか生きているうちにこんな人数に歓迎される日が来ようとは。

 そんな俺の素直な呟きを耳にしてか、オルコットさんがわざとらしい声をかけてきた。ついでに言うなら日向を妙に強調しながら。

 それよりも、いい加減俺にその類の言葉は意味をなさないということをわかってもらえないだろうか。こちとら無視するのもなんだしとか考えているんですぞ。

 

「えっと、オルコットさんは慣れてそうだよね。羨ましいよ」

「勿論、注目されるのも貴族の務めですもの。それより、もう一度だけチャンスを差し上げますわ」

 

 注目されるのに慣れてるのはいいことだと思う。俺なんて最近になっていきなり世界規模で注目されてしまうんだから困ったものだ。

 それよりオルコットさんって貴族なの? それはまたすごい新事実というか、貴族の血筋がなんでIS学園にとも思ってしまうな。

 おっと、集中してオルコットさんの言葉に耳を傾けなくては。ちゃんと聞いていないとまた怒鳴られるのが目に見える。して、そのチャンスとやらはいかに。

 

「この場でどうしてもと仰るのなら、今からでも手加減して差し上げます。正直全力は気が乗りませんの」

 

 やはりそういう話かとは思っていたが、俺が考えていたのよりもだいぶニュアンスが違うらしい。

 てっきり俺ごときに全力はエネルギーの無駄だという感じではなく、弱者を甚振るような趣味は持ち合わせていないと言いたいらしい。

 後者も普通ならなんと上から目線なと思うところだが、オルコットさんの貴族という出自を鑑みるのなら頷ける。

 その他のオルコットさんの言動に関してはさておいて、なんというか、高貴な者のする行いじゃないというやつ?

 そんなオルコットさんには申し訳ないが――――

 

「ごめんオルコットさん。こんな俺でも譲れないものくらいはあるんだ」

「……致し方ありません。せいぜい足掻いてみせてくださいませ」

 

 俺の意志が固いと見るや、オルコットさんは溜息をひとつこぼしながら背を向けて反対方向へと漂っていく。

 どうやらハイパーセンサーに表示されている開始位置へと向かっているようだ。俺もこうしちゃいられない。

 すぐさま指示に従い開始位置へ。それから数十秒後と言ったところか、試合開始前のアナウンスがアリーナ内へ鳴り響く。

 そして試合開始のブザーが鳴るまでのカウントダウンが表示される頃には、観客席は恐ろしいくらいに静まり返る。

 その静寂がいくらか俺の緊張を掻き立てるも、取り乱すまではしない。落ち着けと自分に言い聞かし、カウントダウンがゼロになるのを今か今かと待ち構えた。

 

『試合開始』

「喰らいなさい!」

 

 試合開始のブザーが鳴ると同時、いや、素人目からではフライングではと感じるくらいの速度でオルコットさんはライフルらしき銃を展開。これまた瞬時に狙いを定めて速射してきた。

 全貌としてはレーザーライフルのようで、青色の閃光が真っ直ぐ、一直線にこちらへと向かってくる。だがいくら早かろうと、ある意味では関係ない話でもあるんだなこれが。

 オルコットさんが速射による先制攻撃を狙っていたように、こちらも相手の初手がどうであろうとも、ヘイムダルの要である変形機構を使用するつもりでいたのだから。

 

青色の塔盾(タワーシールド)!」

「その重装甲のISに盾ですって……?」

 

 ネーミングというものは、変に凝るよりわかりやすいくらいがちょうどいいと思う。

 青色の塔盾(タワーシールド)と名付けた変形機構の起動と共に、ヘイムダルの右腕からエネルギーシールドが飛び出た。

 けたたましい音が鳴り、それにかなりの衝撃を感じながらも青色の塔盾(タワーシールド)でレーザーを受け止める。

 難なくとまでは言わないが、問題ない程度には防ぐことが可能らしい。もっとも、今のが最大火力なら……の話ではあるが。

 

「ふんっ、どうやら開発者の方はかなり心配性のようですね。ですが、思い通りの持久戦はさせませんわよ」

(マウントが外れた……? ええと、ピックアップして情報を――――)

 

 オルコットさんの専用機の腰にあるスカートのような部分。てっきりスラスターの類と思っていたのだが、マウントが外れて宙へと浮いたのを見るにれっきとした武装のようだ。

 ハイパーセンサーでスキャンをかけると、遠隔操作可能のBT兵器であるブルー・ティアーズというような表記が現れた。

 専用機そのものの名称もブルー・ティアーズであるところを見るに、アレがキモになると考えていいだろう。

 情報をまとめると、最初のライフルも合わせて中・遠距離を想定した射撃型機体……というところだろうか。

 重苦しく俺を見据える五つの銃口を前に俺は今一度青色の塔盾(タワーシールド)を構え直した。

 

「さぁ踊りなさい! わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

(くっ、予想通りの攻め手ではあるけど、これは……!)

 

 四基存在するBTはまずこちらへ向けて一斉射撃。それらのレーザーを防いでいる間に二基が俺の背後へと回った。

 前方後方二基ずつ配置での挟み撃ちとは、なんと理にかなった戦法だろう。ならば俺のするべきは、とにかく背を取らせないことのみだ。

 

「レディの誘いを断るとは、男性の風上にもおけませんわね!」

 

 バック走の要領で背中を取らせないことには成功しているが、このままでは対策を講じられるのも時間の問題だ。

 オルコットさんがブリティッシュジョーク調で言った、逃げてばかりでは勝てないというのもまた真理なのだから。

 しかし、この状態から青色の塔盾(タワーシールド)を解除してまで無理に攻めに出るのは悪手だろう。

 だがいくら耐えることがヘイムダルの旨とはいえ、どちらにせよこのままではいずれ限界が訪れてしまうぞ。

 

「フフ、足元がお留守ですわよ」

「なっ……!?」

 

 突然右足に衝撃が走った。言うまでもなくレーザーに撃ち抜かれた衝撃ではあるわけだが、だからこそ混乱してしまう。

 青色の塔盾(タワーシールド)はヘイムダルの巨体をすっぽり覆うことのできるほど大きな盾。完璧にまでとは言わないが、わずかな隙を縫って射撃を直撃させるなんてのは至難の業だ。

 しかも一応でも俺は背を取られないように動いていたんだぞ。だと言うのに、オルコットさんは動く小さな的に見事BT一基の射撃を命中させたのだ。

 

「今度こそ当たっていただきますわ」

(そっちはまずい……! BTよりもっとよくない!)

 

 レーザーを足へ受けた衝撃により、俺は前方にズッコケるようにして体勢を大きく崩した。無論、目そのものはオルコットさんから離してはいない。が、だからこそ待ち受ける困難に焦らずいられないのだ。

 オルコットさんが構えていたのは初手で撃ってきたレーザーライフル。名前はスターライトMk-Ⅲというようだ。

 距離はあるが、先ほどの精密射撃からして外すことは期待しないほうがいい。当たるとすれば絶対防御発動圏外ではあるが、あの高火力レーザーをモロに喰らうのは大きな痛手だ。

 俺は一種の生存本能というやつに駆り立てられたのか、気づけば自分でも予想だにしない手へ打って出ていた。

 

「う……わぁぁぁぁっ! 赤色の丸鋸(サーキュラーソー)!」

(無理にでも反撃に出ることを選びましたか。正しい判断ではありますが――――)

 

 現在ヘイムダルに存在する唯一の攻撃用武装、赤色の丸鋸(サーキュラーソー)青色の塔盾(タワーシールド)が右腕に収納されると瞬時に顔を出し、高い金属音を鳴らしながら高速回転を始めた。

 俺はすぐさま、とにかく必死にオルコットさんめがけてそいつを射出。少しでも精密さを欠いてくれればという淡い期待を抱きながらだ。

 赤色の丸鋸(サーキュラーソー)は問題なくオルコットさんに対し直撃コースで飛んでいくも、それを彼女がよけようとするそぶりを見せないのが気になった。気にはなるが、今は早く体勢を整えなくては。

 俺がそう思いながらヘイムダルの操作を行っていたその時である。

 

「逃しませんわよ!」

「それはちょっと予想外……! ぐううううっ!?」

「ちぃっ……! やはり一瞬があだとなりましたか」

 

 オルコットさんは赤色の丸鋸(サーキュラーソー)をギリギリまで引き付けたかと思えば、側宙で回避行動を行いながらスターライトMk-Ⅲを撃ってくるではないか。

 回避しながらの反撃はまったく想定していなかったわけではないが、こうも綺麗に実演されてしまえばぐうの音も出ない。

 こちらも負けじと回避行動をと言いたいところだが、そんな技量が今あれば苦労はしないよ。単純にヘイムダルが鈍足、というのも大いに関係しているが。

 結果としてレーザーは胸部装甲に直撃。足の時とは比にならない衝撃を感じつつ、俺は大きく後方へと吹っ飛ばされた。

 だがダメージは思ったよりも受けていないらしい。これはヘイムダルの重厚さのおかげかな。まぁ、いいのをもらったのには変わりないわけだが。

 

「……貴方、明らかな劣勢だというのに随分と余裕な表情ですわね」

「よ、余裕? いやいや全然そんなことは――――」

 

 撃ち出してから弧を描いてこちらへ戻ってきた赤色の丸鋸(サーキュラーソー)の鋸部分を右腕と再連結させながら受け止めていると、なんとも怪訝な表情をしたオルコットさんがそう言う。

 しかしだ、俺自身にその自覚は全くなく、むしろこのままではまずいと思っているくらいなんだけれど。余裕、かぁ。

 思わず俺を包むヘイムダルの無機質で冷たい左手装甲で頬を軽く掴んだその時、ふと左手――――俺自身の左手に確かな温かみが残っているのを感じた。

 

「……うん、気持ち的には余裕があるのかも」

 

 本当は今すぐ逃げ出したいくらいだよ。これ以上レーザーで撃たれるのなんてまっぴらごめんだし、ましてや絶対防御発動圏内に攻撃が直撃することなんて想像したくもない。

 けど俺は逃げない。逃げ出さないでいられる。不格好でも、全然勝てる気とかしなくてもオルコットさんに立ち向かえるのは、ナツが見てくれているから。

 ただそれだけかと思うだろうか。多くの人にとってそれだけのことであろうとも、俺にとってはこれ以上安心していられることはない。

 きっと箒ちゃんや簪さんが心配そうにしているところ、一人不自然に平気そうな顔してモニタリングしているんだろう。

 そうだ。それでいいんだよナツ。このくらい俺にとってはなんともないんだよって、そう信じて待ってくれているキミが居るのなら――――

 

(俺も、ただで負けるわけにはいかない!)

『搭乗者の経験値が一定に達しました。仮称識別色・黄(コード・イエロー)をアンロック』

 

 俺が気合を入れ直していると、ハイパーセンサーが新たなる変形機構のアンロックを知らせた。訓練の時はうんともすんとも言わなかったのに。

 試運転ができていないことは完全に痛手だが、現状で二つの手しか持っていないヘイムダルにしては使わないという選択肢はない。

 不安は残るものの、今さっき一矢報いると意気込んだばかりだ。ならば恐れず進め。さすれば自ずと道は拓ける。

 

仮称識別色・黄(コード・イエロー)!」

 

 俺のコールと共に赤色の丸鋸(サーキュラーソー)は右腕内部へと引っ込み、右腕に走るラインが黄色へと変わる。

 そして長い板状のパーツが飛び出したかと思えば、手の甲の方へスライドしながら弓なりに折りたたまれて鎮座した。

 更に中心部分を繋ぐようにワイヤーが連結……って、この見た目はボウガンか何か? 上手く使えるかはわからないが、ようやくちゃんと武器と呼べるようなものが手に入った。

 

(と、とりあえず試し撃ち!)

「ご自慢の盾なしで悠長にしていられるかしら!」

 

 オルコットさんの言うとおり、他の変形機構を同時運用できないというのはヘイムダルの大きな弱点だろう。

 それを見切ってのことか、オルコットさんは手数で攻める手できたらしい。四基のBTは一瞬にして俺を取り囲んだ。

 最大限の回避をしつつ、仮称識別色・黄(コード・イエロー)の使用についてチュートリアルのようなものを確認。レーザーがそこかしこをかすめながらなんだから手早く手早く……。

 ええと、どうやらトリガーを長押しすることで矢の構造が引き絞られるようだ。それに合わせてエネルギーで形成された矢弾の威力も変わるとかなんとか。

 要するにチャージ系の武装で単発式。説明を聞く限り連射は不可能か……。なら一発一発が大事になっていくわけだ。とにかく、打開策になってくれることを祈ろう。

 

「……放置するのはあまりよろしくないようですわね」

 

 オルコットさんがそう呟くのにはわけがある。というのも、俺が引き金を握って力を込めた瞬間、チャージが開始した初動の段階で凄まじいエネルギーの密度だからだ。

 そのエネルギーはまるで雷の槍とも形容できるようで、弓部分が引き絞られていくごとにだんだんとその密度を増していくではないか。

 オルコットさんの警戒が強くなるのを示唆するかのように、BTによる攻撃は更に苛烈を極める。積極的に唯一露出している腹部付近を狙っているようだ。

 これ一発撃つのにかなり削られている。対価に見合うかどうかはわからないが、やはりもうこの一撃に賭けるしかないようだ。

 

(100%チャージ完了……!)

(きますか……。とりあえず回避重点の行動を――――)

「いっけええええええっ!」

「なっ、これは……!? キャアアアア!」

 

 仮称識別色・黄(コード・イエロー)のチャージが完了したのと同時に、右腕をまっすぐ伸ばしてオルコットさんに向けた。

 するとBTによる攻撃の手が止むのを見るに、どうやらオルコットさんはいつでも回避ができる状態をつくるつもりだったようだ。

 だがそれは無意味に終わった。なぜなら、単純に放たれたエネルギーの矢弾が早すぎたからだろう。

 発射と同時に目にも止まらぬ速さで飛び出たかと思えば、BTを一基巻き込みながらオルコットさんの脇腹を大きく掠めてからアリーナのシールドへとぶつかった。

 アリーナのシールドするか貫通してしまうのではと思わせるほどの轟音が鳴り響く。近くの観客には悪いことをしてしまった。

 さて、BT一基を撃墜し、オルコットさんにも掠めただけとは思えないほどのダメージを与えることにも成功した。それは僥倖なんだけれど――――

 

(……どうして俺は墜落しているんだろうか……)

 

 確か仮称識別色・黄(コード・イエロー)の矢弾を撃った瞬間のことだ。右腕にとんでもない反動を受け、右腕が肩関節からすっぽ抜けるんじゃないかって勢いで頭上に振り上げられたんだった。

 それでなくとも大きな右腕がそんな勢いで振り上げられたと言うこともあり、俺は後方に回転。発射の反動も相まって、PICの制御が間に合わなかったということ。

 ……母さん。それでなくとも撃つまでに時間がかかるのに、PICを弄らないと空中では撃てないようなものを造らないでほしい。

 今もどこかで呑気な顔して過ごしている母さんに対し、アリーナの地面に大の字になりながら文句を呟く俺であった……。

 

 

 

 

 




変形機構の解放順ですが、色の三原色である赤青黄からというのは決めていました。
これからこんなふうに随時残りの色も解放されていくのでお楽しみに。
次回VSセシリア、決着。





赤色の丸鋸(サーキュラーソー)
ヘイムダルの右腕である虹色の手甲(ガントレット)に用意されている七つの変形機構のうちの一つ。
近接戦闘用としての運用をメインとしているが、中距離程度の射程ならば射出することも可能。出力によって三段階の大きさに変化させることもできる。
射出した丸鋸はヘイムダルを検知して自動で戻って来る仕様だが、再連結するまでは完全に無防備なので注意が必要。射出中は他の変形が行えないという点についても同上。





青色の塔盾(タワーシールド)
ヘイムダルの右腕である虹色の手甲(ガントレット)に用意されている七つの変形機構のうちの一つ。
ヘイムダルのほぼ全体を包み隠すことのできるほど巨大な盾。
これにより、ただでさえ絶対防御発動圏内が小さいヘイムダルはより堅牢な守りを得る。
ただし、あまりの巨大さにより、前方の視界が塞がれてしまうのでハイパーセンサーとの併用は必須。あまり過信すると背後に回られてしまう可能性あり。
出力により厚さ、大きさをほぼ無制限に変更することができ、恵令奈曰くアリーナのシールドをも凌駕しうるポテンシャルを秘めているとか。




新規兵装である仮称識別色・黄(コード・イエロー)については次回解説します。


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第21話 虹色の手甲

いきなりですがまずは謝罪から。
先週の更新ですが、いつもしている評価してくださった方のご紹介をド忘れしておりました。
なんだかスルーしてしまったのが心苦しくてならないです。
本当に申し訳ありませんでした。本更新で纏めてご紹介させていただきますので。

さて、前回予告したとおりにセシリア戦の決着です。
ヘイムダルの巨大な右腕の秘密も明らかに……?





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

アクアランス様 frodo821様 ムリエル・オルタ様

評価していただいてありがとうございました!


「フ、フンっ! BT一基を落とし、わたくしにダメージを与えたことは褒めてあげてもいいですが、墜落とは随分情けないですわね!」

(……母さんへの文句より、勝つために必要なことを考えないとな)

 

 オルコットさんの大声によって現実に引き戻された俺は、よっこいせというふうな速度でゆっくりと立ち上がった。

 彼女の煽りはまったくの事実だから思うところはないとして、ある一点の違和感を解消するために全ての思考を注がなくては。

 といっても、具体的にどのあたりに違和感があるのかもハッキリとはしていない。現段階では、強いて言えばくらいの範囲ではあるけれど……。

 

(なんかこう、BTの扱いが非効率的?)

 

 オルコットさんの意思で自在に操作できるBT四基は確かに脅威だが、もう少しやりようがあるのではというシーンが思い返せば多々ある。

 例を挙げるのならついさっき。俺が仮称識別色・黄(コード・イエロー)の矢弾を発射する直前の動きもそれに当てはまるだろう。

 確かに回避に重きを置くことは必要だったろうが、なぜオルコットさんは回避しながら妨害をして来なかったのだろう。

 要するに、その場で回避行動をしながら腕でも撃ち抜けばそれで終いだ。矢弾はあらぬ方向に激突して、オルコットさんへ損害はなかったはず。

 待てよ、それどころかオルコットさんは確かに一瞬だけ足を止めたよな? それと同時に、同じくBTもピタリと動きを止め――――

 

(――――しなかったんじゃなくて、できなかったんだとしたら!)

 

 そう、そうだ。違和感の正体はこれに違いない。オルコットさんは、これまで自身の行動とBTの操作を同時に行うことはなかった。

 特にひらめかなかったのは彼女が巧みに隠していたのだろうが、もし俺の仮定が正しいのならできないだけの話だったんだ。

 BTで取り囲みつつ、自分は動いてスターライトMk-Ⅲでの射撃とかをしてこないのもそれが理由だったらしい。

 オルコットさんかBTか、どちらかひとつの行動しか不可能というこの事実。逆転への一手になるかも知れないぞ。

 

「名称指定変更……」

『名称指定変更承認。キー入力、または音声で出力を願います』

「くっ、これ以上はやらせませんわ!」

 

 最大チャージを空中で撃つことができないのならば、逆を言うなら地上では撃てるということだ。

 俺は低空飛行、というかほとんど地面ぎりぎりを飛行するようなかたちをとりながら、仮称識別色・黄(コード・イエロー)の発射準備にとりかかった。

 それを見たオルコットさんはBTを仕向けてくるが、オルコットさん自身を警戒しなくていいとわかっただけに気分は楽だ。

 もちろん完璧に避けるなんて今の俺には無理のある話で、各所にレーザーを掠らせ、または直撃させながらにはなっている。

 けど今は我慢の時だ。これを試して上手くいきさえすれば、とりあえずBTの問題だけはどうにかなるのだから。

 ……よし、100%チャージ完了。後はコイツをオルコットさんへ向け――――発射!

 

黄色の弩砲(バリスタ)!」

「同じ手を二度も――――」

赤色の丸鋸(サーキュラーソー)!」

「なっ……!?」

 

 黄色の弩砲(バリスタ)のエネルギー矢弾が凄まじい速度でオルコットさんめがけて飛んでいくが、いくら早くても所詮は直線運動だ。緊急的横移動で回避されてしまう。

 が、そもそも矢弾を当てることが目的ではなく、オルコットさんに回避行動をとらせることこそが重要なのだ。

 自分かBTかどちらか一方しか動かせないなら話は早い。どちらかを動かしている時は、どちらかが隙だらけということになる。

 だからこそ矢弾を撃った次の瞬間には右腕を赤色の丸鋸(サーキュラーソー)に変形。エネルギーで形成されたノコを今度はBTへ向けて射出した。

 するとBTはまったく動くことなくノコは直撃。高速回転するエネルギーの刃により削り切られ、水平に真っ二つとなって爆散した。

 やはりこの戦法は通じるらしいという確信を胸に、俺は返ってきたノコを赤色の丸鋸(サーキュラーソー)で受け止めつつ再連結させた。

 

「まさか見破られてしまうなんて……!」

(けっこう動揺してるな。このまま攻めきれないだろうか)

「これが知れたのなら仕方ありませんわ。もはや形振り構いません!」

「うわっ!? ほ、ホントに形振り構わないって感じだな……!」

 

 自身の弱点を見抜かれたなら焦りもするだろう。しかも圧倒的格下に看破されたんだから悔しくもあるはず。

 その心の隙を狙ってなんとかこのまま一転攻勢をと思ったのだが、そうさせてくれるほど代表候補生というのは甘くないらしい。

 オルコットさんは地上と空中とで俺との距離が離れているのをいいことに、完全に足を止めて射撃を開始した。

 しかもスターライトMk-ⅢとBT二基を使ってだ。止まったうえで緩急さえつければほとんど同時射撃とかわらないことができるようだ。

 しかし、弱点を試すために地上へ降りたのがあだとなってしまった。この弾雨で黄色の弩砲(バリスタ)は撃てない。かといって赤色の丸鋸(サーキュラーソー)も撃ち落されるのが関の山。

 

青色の塔盾(タワーシールド)!」

 

 今の俺にできることと言えば、右腕を青色の塔盾(タワーシールド)に変形させ、弾雨をしのぎながら考える時間をつくることだった。

 だが現状、ヘイムダルの武装の少なさではどうしてもやれることに限度がある。それに、防御力にかまけてレーザーに当たり過ぎ、エネルギーがほとんど残っていないというのも問題だ。

 ……打開策なんて立派なものではないけど、オルコットさんそのものを倒せるかも知れない手はある。というか、今しがたようやくその用意が整った。

 しかし、それは絶対なんて言えるものではなく、むしろ失敗する可能性のほうが大きい。俺にとっても大きな賭けになるだろう。

 

(ナツ……)

 

 こういう迷いが生まれたときは、ナツのことだけ考えていればそれでいい。ナツならどうする? ナツなら俺にどう言ってくれる? ってさ。

 そしたら答えは単純明快、ナツは秒で行って来いと俺の背中を押してくれることだろう。本当、ナツは単純なんだから。

 ああ、わかったよナツ。キミがそう言うなら、キミがそう言ってくれるのなら俺はもう迷わない。怖くなんかない。むしろ勇気が湧いてくるくらいだ。

 俺は未だナツの温かみが残る左手を握り締めてから、覚悟を決めて最後になるであろう賭けに出た。

 

(とりあえず何も考えずに接近!)

(これまでの知性を感じさせる動きとはまるで……? しかし、もはや彼は風前の灯!)

 

 青色の塔盾(タワーシールド)を構えてオルコットさんめがけて突っ込む。てっきり逃げの姿勢に入るかと思ったが、足を止めて乱射を続けたままだ。

 いくら盾で防いでるからといって僅かにダメージは入るんだ。このまま削り切るほうの選択肢を取ったんだろう。

 俺としてもヘイムダル最後の隠しダネを使う前にエネルギー切れになるかどうかの瀬戸際だ。この点についてはオルコットさんにある意味感謝しなくてはならないだろう。後は母さんに習ったとおりに――――だ。

 射程圏内、いや、ヘイムダルの切り札が最も効果をなす距離まで入ると同時に、俺は自身を守る青色の塔盾(タワーシールド)を解除。

 なんの変形機構も使用していない状態になったヘイムダルを、オルコットさんは一瞬だけ驚きの眼差しで眺めた。

 しかし、すぐさま凛々しい顔つきに戻って冷静に射撃を繰り返す。それらのレーザーはヘイムダル各所に直撃。当たった個所に白煙を上げさせた。

 俺はこのタイミングで、ガッチリと拳を握りしめる。

 

(拳を固めろ――――)

(いったいどういうつもりなんですの、この方は!?)

(腕を振り上げ――――)

(ええい、こちらでとどめにしてさしあげます!)

(相手を見据えたのなら――――)

「残念でしたわね、BTは四基ではなくてよ!」

(思いきり腹から、こう叫べ!)

 

 思い出されるのはヘイムダルと初めて出会ったあの日のことだった。切り札が決まるかどうかの刹那、思い出が浮かんでくるのは走馬灯に似たものなのだろうか。

 自分でも笑ってしまうよ。オルコットさんもブルー・ティアーズの隠しダネであろうミサイルBT? みたいなものを使ってきているというのに。

 しかし、少なくとも切り札はミサイルで止めることはできない。そう確信めいた考えを浮かべながら、俺は母さんに習った最後の手順をこなした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴人くん。さっきは七段変形って言ったけど、ヘイムダルにはもう一つ切り札になる変形機構が用意されているの」

「切り札……。そ、それっていったい……」

「ふふん、それはね――――虹色の手甲(ガントレット)よ」

「え? 虹色の手甲(ガントレット)って、さっきこの右腕の名前だって言ってなかったっけ」

 

 もったいぶるような口ぶりのくせして、さっき聞いた名と同じ名称を聞かされて疑問符を浮かべるばかり。

 確かに母さんはこの右腕を虹色の手甲(ガントレット)と呼んだし、それは変形していない状態を指すということなんじゃないだろうか。

 俺が素朴な疑問をぶつけると、母さんは未だもったいぶるような態度で解説を始めた。妙に得意げなのが鼻につくが、俺は母さんの言葉に耳を傾ける。

 

「ヘイムダルのエネルギー表示の隣に、溜まりかけのゲージが見えるでしょう」

「……あ、ホントだ。え~っと、ナツ、読める?」

「ビ、ビ、ビ……あっ、もしかしてビフレストじゃないですか?」

「一夏ちゃん、冴えてるわね。そう、ビフレスト。虹色の手甲(ガントレット)に蓄積するとあるエネルギーをそう名付けたの」

 

 ハイパーセンサーにはヘイムダルのエネルギーが表示されている隣に、BIFROSTと書かれたほとんど空のゲージが存在した。

 ビフレストもさっき聞いた話で出てきたのを覚えている。確かヘイムダルの関わる北欧神話における、神の国と地上とを繋ぐ虹の橋の名前。

 ヘイムダルと虹とは密接に関係しているのはわかった。謎のエネルギーに対してビフレストと名付ける理由もだ。

 で、結局のところこの謎エネルギーの正体はなんなのだろうか? そう首を傾げていると、母さんはナツに意味不明な頼みをし始めた。

 

「というわけで。一夏ちゃん、仮称識別色・青(コード・ブルー)を攻撃してみて」

「どういうわけ!?」

「えーっと、ハル、加減はするからちゃんと構えててね」

 

 いきなり何かと思えば攻撃される必要があるんだとか。ちゃんと説明を受けていないこともあってか、なんだか納得いかない。

 ナツも意味はよく分かっていないようだが、指示に従わないことには話が前に進まないことをよくわかっているらしい。

 俺もそのこと自体はナツ以上にわかっている。それだけに、観念しながらナツの方向に仮称識別色・青(コード・ブルー)を構えた。

 するとナツは、手元に日本刀を思わせる流線形をした物理ブレードを展開した。……あれ、なんかどこかで見たことあるような刀だな。

 

「せぇい!」

「っ~~~~!」

 

 ナツは袈裟斬りと呼ばれる、斜め上から下に振り下ろすような太刀筋での攻撃をしかけてきた。

 仮称識別色・青(コード・ブルー)は問題なくそれを受け止めてくれるが、加減した威力と思えないのはなぜだろう。

 ナツに本気でやられた場合を考えるとゾッとするというか、模擬戦なんかをする時には覚悟しておこう。

 さて、この一連の作業にいったいなんの意味があったと言うのだろう。

 母さんの指示に従った俺たちは、そう仕向けた張本人に視線を向けた。

 

「はい晴人くん、もう一回ビフレストゲージを確認して」

「……さっきよりも少し、ほんの少しだけ増えてる?」

「そのとおり! ビフレストの正体はね、変形機構に使用された余剰エネルギーなの」

 

 本当に変化がわからないくらいではあるが、ゲージに溜まっているビフレストの量が増えた。母さんのリアクションからして、気のせいではないようだ。

 そして語られるビフレストの正体。それは、ずばり余剰エネルギーらしい。つまり、どうしても無駄が出てしまう部分をストックできるということなのだろうか。

 それはとてもエコであると思うけど、余剰エネルギーを溜めておいてどうするんだろう。ある程度はヘイムダルそのもののエネルギーに還元できるとか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時はそんなぬるいことを思ったけど、切り札と呼ぶにはエネルギー還元ではあまりにも弱い。そう呼ぶのなら攻撃的要素に用いられてこそだ。

 切り札、言い換えるのなら必殺技とも称すことのできる虹色の手甲(ガントレット)とは、ヘイムダルの右腕がこうも大きいことが関係していた。

 

虹色の手甲(ガントレット)ォォォォオオオオッッッッ!」

 

 俺の叫びを発動キーとして、右腕装甲全てが半分パージされたような状態で浮く。そしてそこから飛び出してきたのは、それはそれは大きなブースター機構だった。

 ブースターは爆発するような勢いでため込んだ余剰エネルギーであるビフレストを一気に放出。虹色の光が放たれ、ヘイムダルにグンと大きな加速をつける。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の比では……!? 回避――――間に合わ――――)

「でぇやぁああああああっ!」

「っっっっ……! カフッ!?」

 

 爆発的加速に後押しされた右腕はいとも簡単にミサイルを突き破り、いきなりのことに動揺していたオルコットさんまで届いた。

 巨大な拳はオルコットさんの身体を軽くカバーできる範囲であり、激突の衝撃により息を漏らすような声が俺の耳には届いた。

 そう、虹色の手甲(ガントレット)の正体とは、爆発的超加速及びヘイムダルの右腕の大きさを利用し、対戦相手をぶん殴るという必殺技のようなもの。

 虹色の手甲(ガントレット)には絶対防御の発動による削りと、操縦者本人を気絶させるという狙いがある。どちらかひとつを満たせば勝利であり、ある意味では勝ちにこだわった機体ということだ。

 女性を殴っているという現状に思うところはあれど、これは勝負事だ。手加減というのは失礼に値すると思われる。

 俺はオルコットさんと接触している拳をグンと押し出し、そのままアリーナのシールドまで殴り飛ばした。

 

「これで……どうだああああっ!」

「キャアアアア! あうっ……!」

 

 すさまじい勢いで殴り飛ばされたオルコットさんは、乱回転しながらアリーナのシールドへ衝突した。

 しかし、俺の予想に反して気絶してくれる様子はない。ましてやブルー・ティアーズのエネルギーを削り切ったということもなさそうだ。

 これで決まりという確固たるものがあったせいか、俺は一瞬にしてパニックに陥ってしまった。なぜだ、どうしてだ、どうして彼女にとどめをさせていない。

 ミサイルにぶつかったせいで思ったよりも勢いが弱まったのか? いや、そんなことを考えている暇があるのなら攻撃を仕掛けろよ。

 数瞬遅れてからようやくその判断を下せた俺は、右腕を黄色の弩砲(バリスタ)に変形させようと口を開きかけた。そう、開きかけたんだ。

 

「……ブルー……」

(なっ、あんな状態からでも操作を……! だとしたらまず――――)

「ティアアアアズ!」

「グッ!? あっ……!」

 

 やはりそれなりに効いてはいるらしく、オルコットさんはフラフラとブルー・ティアーズの体勢を整えている。

 だが、その際に呟いた言葉を俺は聞き逃がさなかった。それが何を意味するか理解しているせいで、黄色の弩砲(バリスタ)を展開している暇ではないことを悟る。

 しかし時すでに遅し。恥も外聞もかなぐりすてて叫んだオルコットさんは、俺の近くにたたずんでいたBTを操作して射撃を繰り出す。

 吹き飛ばされる直前、ないし最中のオルコットさんにBTを操作する余裕なんてなかったろう。BTはオルコットさんを自動で追従するわけではない。だからこそ俺の近くにたたずんでいたんだ。

 パニックになってしまった俺は存在そのものが抜け落ちてしまい、マヌケにも近くで棒立ちという失態をやらかしてしまったんだ。

 そして二基のBTから放たれたレーザーは、ヘイムダルでもわずかに露出している部分である腰へと命中。

 もとからかなり削られている状態であったせいか、これが決定打となったらしい。つまり――――

 

『試合終了 勝者 セシリア・オルコット』

 

 俺の敗北が告げられた瞬間となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴人、惜しかったな。だが、まさかあそこまで追い込むとは思わなかったぞ」

「う~ん、まぁ、虹色の手甲(ガントレット)は初見殺しの要素も大きいからね」

「ISに殴られるの……かなり予想外だったと思う……。でも――――」

 

 試合が終わってピットへ戻ってみると、俺の負けをあまり気にした様子もなく二人が出迎えてくれた。一歩引いているナツにチラッと視線を向けてみるも、こちらによって来るようなことはない。

 そのことをなんとなく寂しく感じつつ、ヘイムダルを待機形態に戻してホルスターへとしまう。すると、簪さんから早速最後の棒立ちがいただけないとお叱りを受けてしまった。

 あれさえなければ勝っていたかも知れないし、そう言いたくもなるか。う~ん、自分で言ったとおりに初見殺し的要素はあったとして、勝てない試合ではなかったかもなぁ。

 

「どけお前たち」

「織斑せんせ――――あだぁ!」

「今すぐ席を外せ。山田先生もどうか」

 

 そのままささやかな反省会が開かれそうになっていたところ、二人の間を割って入るかのようにしてフユ姉さんが。

 そのままなんの用事か確認する間もなく出席簿で叩かれてしまい、俺は頭をおさえながら沢山のクエスチョンマークを並べた。

 しかもなんか説教になる流れなのか、フユ姉さんはこの場に居る俺以外に席を外すようお願い――――と言うより、雰囲気としてはそういう命令を下した。

 そんなフユ姉さんに逆らうわけにはいかないのか、箒ちゃんたちは一瞥もくれずにピットから出て行ってしまう。山田先生は……かわいそうなくらいにビビりながら、かな。

 さて、そしたら俺も姿勢を正すとしよう。とりあえず何かしら反省しなくてはならないみたいだから、正座とかしたほうがいいのかな。

 

「なぜ叩かれたかわかるか」

「いえ、わからないです」

 

 断っておくが、フユ姉さんは負けたからって怒るほど理不尽な人ではない。負けてヘラヘラしたりとか、逆に思い詰め過ぎていたらその限りではないだろうが。

 けど、さっきの俺はそのどちらにも該当しないはずだ。確かに詰めが甘いゆえの敗北ではあるが、それだけなら手までは出ないはず。

 わからないのに去勢を張ってもフユ姉さんの機嫌を損ねるだけだ。それを理解している俺は、素直にわからないと答えた。

 

「ならば聞こう。最後の一撃、なぜ手加減をした?」

「え……?」

 

 最後の一撃というのは、間違いなく虹色の手甲(ガントレット)のことだろう。だからこそわからない。俺は間違いなく本気で撃ったはずだ。

 どう返したものだろうか。そんなことはありません、本気でやりました。……なんて言っても、フユ姉さんの質問の意図とは関係ない気がする。

 困った果てに俺がオロオロとしていると、フユ姉さんは眉をひそめるようにしてこちらを見据えた。

 

「なるほどな、完全なる無意識か。お前の拳がオルコットに当たる寸前、機体を押し出していた虹色の光が一瞬だが乱れたぞ。こうならねば、あれでフィニッシュだったろうな」

「…………!?」

 

 そんなことあるはずがない。そう反論したかったが、フユ姉さんが映し出したリプレイ映像では確かにビフレストの放出が乱れている。

 その時俺の頭に浮かんだのは、俺に殴られる寸前のオルコットさんの表情だった。あの、殴られると悟ったような顔……。

 なんでだ。さっきまで平気だったというのに、息が乱れて脂汗が滲んでくる。もしかして俺は、今更女性を殴ったことに罪悪感を抱いているというのか。

 

「そのうえで、なぜ叩かれたかもう一度考えてみろ」

「……これがもし、試合でなかったら……」

「そうだ。もし試合でなく実戦だったのなら、今頃お前はどうなっていることか」

 

 フユ姉さんはなんだかんだ甘いところがあると言ったが、どうやら俺を想ってこんなことを言ってくれているらしい。

 俺がISを渡された理由は、ある程度の自衛の手段を得るため。そして、現実にISを用いたテロ組織等が存在すると言う事実。それはオルコットさんのような対戦相手とは違い――――敵だ。

 そして、その敵とは前提条件として女性となる。つまりフユ姉さんが言いたいのは、実戦で女性を全力で殴れるかどうか、ということなのだろう。

 

「…………はぁ……。晴人」

「は、はい」

「私はな、お前のそういう心優しいところを誇りに思うよ。だがな、もう少しくらい自分に優しくしてもいいんだぞ。まぁ、今回の場合は優しさとは言わんかも知れんが」

「けどそれなら……!」

「言うな、言わないでくれ。わかっているんだよ、晴人が自分の無事より相手の安否を選ぶことくらいはな」

 

 学内だというのに俺の名を出した。ということは、姉の言葉として聞いてほしいのだろうか。

 フユ姉さんの言葉は、どこかの誰か知らない敵より、個人的に俺が無事でいてくれるのが一番だと言っているかのようだった。

 いや、実際言っているのだろう。俺はフユ姉さんの不器用な優しさは理解しているつもりだから。

 

「晴人、自衛に限った話なら相手を傷つけることを躊躇うな。試合でそれができんのなら、実戦でもお前はそうするぞ。要するにあれだ、とっとと慣れてしまえ」

「…………」

「ただし、その優しさを捨てろと言っているわけではない。……わかるな? いや、頼むからわかってくれ――――弟よ」

「っ! は……い……」

 

 あのフユ姉さんが、俺の心優しいところを誇りと言ってくれた。こういうので容赦をするのとかは、そもそも優しいとかそうじゃないとかいう次元の話でもないのだろう。

 だがそういう前提でこの話を始めたのなら、フユ姉さんは本気で俺のことを心配してくれてるんだ。俺に傷ついてほしくないって、そう思ってくれているんだ。

 そしてとどめに弟よという言葉までもらっては、俺は返事をしないわけにはいかなかった。ああ、なんてずるい人なんだろうか。

 でもやっぱり、気持ちの整理はまだつかない。実戦なんてあるかないかわからないのに、とか思っているわけではないが、この議題は……もう少し考える時間が欲しいな。

 

「……一応でもわかったのなら、今日はもう帰ってゆっくり休め」

「……はい、そうします。あの、ありがとうございました」

 

 伝えたいことは伝えたのか、フユ姉さんはすぐ背を向けて歩き出してしまった。

 どうあれ気遣ってくれたことに変わりはないので、俺は去り行く背中に礼を言いながら深々と頭を下げた。

 頭を上げることにはフユ姉さんの姿はもうなく、ピット内は完全に俺一人になってしまう。……これ以上ここに留まる意味もなさそうだ。

 ……とりあえずフユ姉さんの言ってくれたとおりに帰って休もう。今日はなんだかいろんな意味で疲れたな。

 誰も居ない中溜息ひとつ。それから俺はロッカールームへと向かうのであった。

 

 

 

 

 




まず初戦は落としましたが、現状の晴人はこんなもんです。
といっても明確な成長が見られるのは学年別トーナメント編ほどからですかね……?
晴人の成長は一夏ちゃんとの心の距離と完全に比例するので、私としてはその過程を楽しんでいただきたいところであります。





黄色の弩砲(バリスタ)
ヘイムダルの右腕である虹色の手甲(ガントレット)に用意されている七つの変形機構のうちの一つ。
巨大な右腕そのものを砲身とし、超強力なエネルギー矢弾を放つその姿は、ボウガンでなくまさしくバリスタと呼ぶにふさわしい。
ただし、あまりに威力が高いため、現状の晴人では100%チャージを空中で撃つことは不可能。
もし100%チャージで撃ちたいのであれば、撃つ瞬間のみPICの数値を変更する必要がある。





【ビフレスト】
各変形機構に利用されるエネルギーを使用した際、余剰となるエネルギーの総称。
元ネタは北欧神話におけるヘイムダルの守る虹の橋とされるビフレストから。
ヘイムダルは元から備わった機能により、このビフレストを一定量右腕に蓄積することが可能。
当然ながら許容量は存在し、過度に上限を超えてしまうとオーバーフローし自爆の原因に繋がる。





虹色の手甲(ガントレット)(技名)】
ヘイムダルに用意された最大の切り札にして逆転の一手。
虹色の手甲(ガントレット)に蓄積したビフレストを一気に解放、放出することで爆発的な超加速を得つつ相手をぶん殴る技。
溜めたビフレストは発動と同時に0まで消費されるため連発は不可。どころか一試合に一度が限度といったところだろう。
しかし、最大チャージでなくともかなりの威力を誇るため、どんな状況からでも一発逆転を狙うこともできるかも知れない。
ちなみに最大チャージでの虹色の手甲(ガントレット)は、高機動型の機体が行う瞬時加速(イグニッション・ブースト)よりも速度が出る。




次回はロッカールームの晴人と一夏ちゃんからお送りします。


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第22話 ハルの右手は

私的な話ですが、ちょっと立て込んでるので金曜日の更新になります。
気づかれず読んでいただけない、みたいなことがなければいいんですが。
さて、今回は対セシリア戦を終えての話になります。
どうか晴人の心理描写にご注目を。





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

アマナットー様

評価していただいてありがとうございました!



(……こんなもんで大丈夫かな)

 

 ロッカールーム内に併設してあるシャワールームで汗を流した俺は、着替えを済ませて制服姿へと戻った。

 ネクタイは後でナツにやってもらうとして、他に阻喪がないかきちんと確認だけはしておかないとな。普通に汗臭いとかだけでもこの学校では死を招くぞ。

 得てして人間自らの発する匂いというのは感知しにくいものだが、一応そこかしこをクンクンとかいでみる。

 男子的主観では問題ないが、女子的主観ではどう感じられるのやら。最低限のマナーとして、清涼剤くらいロッカーに突っ込んでおくべきだった。

 

(それにしても……)

 

 うーむ、考えれば考えるほど惜しい試合だった。ブルー・ティアーズとヘイムダルは割と相性がいいようだし、そのおかげだろうか。

 試合の最中とはいえ、新たな変形機構が解放されたのも大きいのかも。欠点は多々ありながら、相手に大きなダメージを与えうる性能でよかった。

 しかし、この調子なら他の変形機構も何かしらピーキーな要素を持っていることを覚悟しておいたほうがよいだろう。

 どういうのを用意してあるのかくらい教えてくれてもいいのに、それじゃ面白くないからって母さんは口をつむぐばかりだから。

 何が出てくるかわからないビックリ箱を右腕に抱えているようなもので、せめて普通の練習中とかに解放されるのを願うばかりだ。

 後は、フユ姉さんに指摘されたとおりのことに気を付けさえすればいい。そうだよ、女の子を殴るって言ってもISなんだし、別に俺がそこまで思い詰めるようなことでも――――

 

(思い詰めるような……ことでも……)

 

 だってよく考えたらお互い様じゃないか。オルコットさんとの模擬戦に例えるのなら、俺はとんでもない数のレーザーで攻撃されたんだぞ。

 ISに乗る限りこれから先もっと銃で撃たれたり、剣で斬られたりするんだぞ。その反撃として、殴り飛ばすようなことがあったって悪くはないだろ。

 そう頭ではわかっているつもりなのに、またオルコットさんの恐怖に歪む顔がフラッシュバックするのはなぜなんだろう。

 

(……おい、待て待て待て、いくらなんでもそれはおかしいだろ!)

 

 人の怖がる姿を申し訳なく思い、罪悪感を抱くくらいならまだいい。だが、右腕が震えて止まらないというのは流石にないだろう。

 だって俺は加害者だ。殴られたオルコットさんが被害者であるというのに、どうして俺に震えるような権利があるというのか。

 俺は何を被害者面して、いったい何を恐れているというんだ。生まれて初めて人を殴ったこと? それもよりによって女の子を殴ったから? それとも怖がるオルコットさんへの罪悪感に押しつぶされそうなのか。あるいはそれら全てか……。

 

「ダメだろ……」

 

 理由なんか肝心じゃない。ダメだ。とにかくダメなんだ。それら全ては、殴った俺に考えていい権利はないんだ。

 

「ダメなんだ……」

 

 ダメだ。慣れないとダメなんだ。せっかくフユ姉さんが心配してくれたろ。もし今のが実戦だったら、俺はここに立ってすらないんだぞ。

 死ぬのと怖いのどっちがいい? それは俺だって後者がマシだって即答するさ。なのにどうして俺は、こんなにも――――

 

「ダメなやつ……なんだよ……!」

 

 本当に自分の性格が自分でも腹立たしい。偽善者ぶりやがって、そんなにも自分が可愛いのか。

 俺の苛立ちは珍しくも代償行為として現れ、震える右手を鎮めるがごとく思いきりロッカーを殴った。

 ガシャンと大きな音を立て、ジンジンと右手に鈍い痛みが走るも、それでも震えが止まるような気配はない。

 

「ダメなやつなんかじゃないよ」

「ナ、ナツ……!?」

 

 震える右手を息を乱しながら恨めしそうに眺めていると、ロッカールームにナツが入ってきた。

 いったいどこから見聞きしていたのか、まるで俺の呟きを否定するかのような言葉と共に現れたせいか、マナー違反とかそういうツッコミはどこかへ吹き飛んでしまう。

 ナツは俺を咎めるような、それでいて悲しいことでもあったかのような複雑な表情をしてこちらへ近づいてくる。

 俺は逃げたい衝動に駆られながらも、固唾をのんでただ近づいてくるナツを見守った。

 

「ハルは、ダメなやつなんかじゃない」

「……そんなことない。そんなことないんだよ。俺は、キミが思ってるほど強くはないんだ」

「うん、知ってる。ハルは普通だよ。どこまでも、どこにでも居そうな普通のやつ」

 

 ナツは俺の目を真っ直ぐな視線で射貫ようにして、私の中では確固たる考えだと主張して言い切った。

 ナツは慰めなんかでなく、本当に心からそう思ってくれているだろう。しかし、それは買いかぶりというやつだ。

 いくらナツがそう思ってくれていようが、そこに関して肯定的意見は言えたものではない。

 けどナツが俺に伝えたいのはそういうことではないらしく、普通なやつだと飽きるほど言われてきた評価をくだされる。

 先ほどまで思い詰めていたと言うのに、俺はとてもマヌケな顔をしながら話の続きを待ち受けた。

 

「人を殴っておいて、悪いことをしたとか、怖いとか思うのって普通のことだと思う」

「普通……? ……普通、なのかな」

「うん。いきなり戦うような環境に放り込まれたんだからそれで普通だよ。マンガやアニメの主人公じゃあるまいし」

 

 当たり前なんていうのは人によって異なるだろうが、IS業界においては戦闘をするということは当たり前に属するのだろう。

 しかし、つい一か月前くらいまではありふれた一般市民であった俺には遠い話だ。だから別に俺は普通な俺のままだって、ナツはそう言いたいのかも。

 けど違うんだ。何も特別になりたかったわけじゃないが、少しくらい変わりたいって思うようになった。だから俺は多分、悔しいのかも。

 いや、少しは変われると信じていた。そう思い込んでいた。なのに結果としては相手を傷つけることを恐れてしまう。そんな俺が、情けなくて、嫌いなままなんだ。

 

「それにねハル。私はこう思うんだ」

「ナツ?」

「ハルの右手は、どこかの知らない誰かを感動させるためにあるんだって、心からそう思う。それって、すごく素敵なことじゃない」

 

 ナツは俺の右手を両手で包み、慈しむかのような表情でそんな言葉を送ってくれた。それを聞いて、まるで目が覚めるかのような気分だ。

 ダメなやつかどうかという議題からはだいぶズレがある。しかし、もはやそんなことどうでもいいと思えるくらいには嬉しかった。

 ナツが言っているのはもちろんだが絵のことで、俺の右手はそのために、絵を描くためにあるのだと……そう言ってくれたんだ。

 俺の右手は誰かを感動させるために。そんなこと考えたことすらなかった。そうか、俺の右手は、人を傷つけること以外にも使えるんだよな。

 

「……ナツ」

「んっ……。ハルの手は温かいね」

「ナツの頬も温かいよ」

「そうかな? それなら嬉しいな」

 

 俺自身もこの行動になんの意図があったかいまいちわからない。ただ気づけば、右手でナツの頬に手を添えていたという事実だけが残ったかのようだ。

 ナツは嫌がるような仕草は見せず、むしろとても愛おしいかのように、自分の頬に添えられている俺の手を握った。

 なんだかくすぐったそうだったり、俺の体温を確かめるような動きだったり、一挙一動に注目してしまう。

 そして、とても心が安らぐ。ナツの温もりは、この上ない癒しを俺に提供してくれる。この掌にナツの頬の感触や温度を、永遠に宿しておくことができたのなら。そう思うくらいには。

 

「「…………」」

 

 それからしばらく俺たちは無言だった。時折互いの頬と掌を確かめるように、撫でてみたり頬ずりしてみたりはあった。

 が、俺たちはあくまで息を漏らすような、クスッとしたような笑みをこぼすばかり。そう、なんというか、わかっていたんだと思う。互いに、この場で言葉を発するのは野暮なんだって。

 心臓が跳ねて顔に熱が溜まるが、すぐ手を離すのはあまりにも惜しい気がしたから。まぁ、少なくとも俺はそう。

 だから、何か余計なことを言ってはナツが離れてしまうかもって。そう思ったら、自然と無言の体勢が出来上がったんだと思う。

 

「ナツ」

「うん?」

「ありがとう。俺を普通のやつだって言ってくれて、ありがとう」

「ううん、私は思ったことを言っただけだよ。だって普通なんだもん」

 

 けどいつまでもこうしてるわけにはいかない。……というのは建前かも知れない。無意識に恥ずかしさが勝ったのか、気づけば俺は感謝を述べていた。

 やはり自然に手は定位置へと戻り、ナツも数歩だけ後ろに下がる。やっぱりさっきまでは無言でいることが正解だったか。

 そしてナツは俺の感謝を大したことはしていないというふうに受け取り、最後に冗談の範囲で悪意を込め、普通のやつだと評してきた。

 悪戯っぽく笑うナツはとても可愛らしく、しばらくの間目を奪われてしまう。

 そんなボーッとした様子をショックを受けたとでも思ったのか、いきなり謝り始めるから困ったもんだ。

 俺はそれを誤魔化すかのように、ある提案をナツに投げかけた。

 

「あーそうだ! 後で頼もうと思ったんだけど、その、今二人しか居ないからちょうどいいし、ネクタイ、着けてくれないかなって」

「…………! うん、もちろんだよ! じゃあハル、少し顎を上げて」

「りょ、了解」

 

 俺がなんとなく手首に巻いていたネクタイを解いて渡すと、ナツの表情はパッと花が咲いたかのように明るくなった。

 本当に俺にネクタイをつけることに楽しみでも見出しているかのようだ。鼻歌交じりに手順を進めていく姿がとても印象的である。

 ナツとしても毎日俺のネクタイをつけるせいか上達したらしく、巻かれ具合は早くて綺麗だ。しかも絶妙な締めつけでとても快適ときた。

 文字通りあっと言う間にネクタイを巻き終え、ナツはできたよと結び目の部分をポンと叩く。それを合図として、俺は感謝を述べた。

 

「ありがとう」

「ううん、やるって言ったのは私だもん」

「でも、結果的に頼んでるのは俺だし」

「アハハ、わかったよ。無限ループになっちゃうし止めようか。どういたしまして」

 

 ……可愛いなぁ。今のどういたしましては最高に可愛かった。こう、はにかむような感じがどうしようもなく。

 できればもう一回見たいくらいのものだが、ナツが狙ってやってるはずもないし無理な注文というものになってしまう。

 というかその前に引かれるわ、俺のアホ。でも、なんというか、いつかの話ではあるが、可愛いと感じたのならそれをきちんと伝えたい……とも思う。

 

「じゃあ私、先に行くね。食堂の席を確保して待ってるから」

「あぁ、そういや時間的にそうだっけ。了解。すぐ追いつくよ」

「うん、また」

 

 放課後すぐに試合が始まって、準備片付け含めて二時間くらいだからちょうど夕食の時間だったか。

 自分でも思った以上に緊張の糸を張り詰めていたのか、それを思い出させられると一気にお腹が減った気がする。

 着替えたとはいえ、もう少し片しておかなければならない物品が諸々ある。ナツが席は確保しておくとのことだし、とっとと処理して追いつくことにしよう。

 これからのお互いの動きを確認し終えると、ナツは小さく手を振りながら小走りでロッカールームを出て行った。

 俺も小さく手を振り返していたんだけど、その時になってようやく気が付いたことがひとつ――――

 

「……あれ?」

 

 俺の右手の震えは、いつの間にか完全に停止しているのであった。しばらく不思議そうに右手を眺めるも、よく考えなくたって理由は明白じゃないか。

 俺は力強く右手を握りしめると、顔に火照りが宿るのを覚えながら、震えを止めてくれた少女の名を呟くのだった。

 

「……ナツ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうわけですので、一組のクラス代表は織斑さんで決まりました」

 

 俺とオルコットさんの模擬戦から三日が経過し、すべての戦績が出そろったところでクラス代表が決定した。結果は山田先生の宣言どおり、ナツが二勝で代表と言うことになる。

 対オルコットさん戦では、BTの張る弾幕を飛び回りかいくぐり、ブレード一本で勝利を収めてみせた。正確に言うなら、白式は近接ブレード一本しか積んでないらしいんだけどね。

 で、俺とナツの模擬戦だが、十秒たらずで負けてしまった。その原因としては、白式が持つ特殊仕様が関係している。

 本来は二次形態以降に発現する可能性のある単一仕様能力だかを、一次形態で使用できているんだとか。

 その能力がヘイムダルと相性最悪であり、なんとバリアやらエネルギーを無効化する刃を形成する能力らしい。

 ヘイムダルの武装は全てエネルギー兵装だ。虹色の手甲(ガントレット)を撃つために耐えなければならないのに、青色の塔盾(タワーシールド)ごとバッサリ斬られてはどうしようもない。

 っていうか本当にどうすればいいんだ。これって一生ナツに勝てなくないかな。機体相性のみでそうなってしまうのは悲しいなぁ。

 

「クラス代表。就任について適当に述べよ」

「あ、はい! え~っと、改めまして、クラス代表になった織斑 一夏です! 文字通りみなさんの代表として精いっぱい頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」

 

 フユ姉さんにそう促されたナツは、すぐさま立ち上がって壇上へと立った。即興の挨拶なためか内容は当たり障りないが、ナツの誠実さは十分に伝わったようだ。

 それを示すかのように、クラス内は大きな拍手で包まれる。もちろん俺も惜しみない拍手を送り、意外なことにオルコットさんにも不服そうな様子は見当たらなかった。

 ナツ本人もここまで歓迎されるとは思ってなかったのか、なんだか照れくさそうな様子で拍手を受け取っている。

 そして拍手が止まると、ナツはまずは初仕事と切り出した。おや、いったい何をするつもりなのだろう。少し悪戯っぽい表情なのが気になる。

 

「日向 晴人くん!」

「は、はい?」

「代表の権限において、貴方に副代表の役職を与えます!」

 

 高らかに掲げた指先がこちらへと向いた。ナツに晴人と呼ばれるのはいつぶりだろう。とにかく姿勢を正してナツの言葉を待ち受けていると、それは俺の副代表就任を告げる内容だった。

 それはつまり、ナツの補佐役ということだろうか? ぶっちゃけ代表として試合に駆り出されるのはごめんだが、ナツを支えることができるのなら願ったり叶ったりというやつだろう。

 

「えーっと、異論がないならそれで」

「……あれ? いいの?」

「うん。ナツの支えならむしろしたいくらいなんだけど」

「思ったのと違う!」

 

 まぁ副だろうと補佐だろうと代表であることには変わりない。ナツの一存で決めていいものではないと思うので、一応は周囲の判断に委ねるよう付け加えておく。

 すると、本人が俺を指名したというのに、ナツはおっかなびっくりした感じで目をパチクリとさせる。……もしかして冗談だったのか?

 ナツの言葉が冗談であろうとなかろうと、俺の想いは本物だ。思ったことを包み隠さず率直に述べると、ナツは顔を両手で覆いながら何か違うと叫ぶ。

 何が思ったのと違うかは知らないが、ナツが叫んだのと同時くらいにまたしても拍手が鳴り響く。これを見るに、俺も歓迎されているということでいいのだろう。

 

「クラス代表、責任をもって締めるように」

「じゃあ、ハル。副代表として、私をしっかり、さ、ささえっ、支えて、下さぃ……」

「了解。全力をもってナツを手伝わさせてもらうよ」

 

 こんなことでナツへの恩返しができるなどとは思っていないが、小さなことからコツコツとやっていくことにしようじゃない。

 よし、これからはナツの補佐として心機一転――――って、ナツさん? 今度はモジモジし始めていったいどうしたというんです。

 ホームルーム中ということもあってすぐ問いかけるには至らず、フユ姉さんは手早くナツを座らせて今日のスケジュール等を機械的に話し始めた。

 説明が終わり次第、質問の有無を確認し、ないと見るやすぐ教室を出ていく姿がより無感情さを増長させる。……なんだか軍隊に居る気分だ。

 そのあたりはフユ姉さんだから仕方がないとして、ナツの様子の方をだね……。って、まだやってるじゃないか。耳まで真っ赤だし……。

 

「晴人、安請け合いしてよかったのか?」

「箒ちゃん。まぁ、ナツのためと思って頑張るよ。それより、ナツなんだけど――――」

「放っておけ。そのうち立ち直る」

 

 ナツに声をかけるよりも先に、箒ちゃんに話しかけられた。彼女の方に目を向けてみると、今日も変わらず不機嫌そうな顔だ。

 言い回しが厳しめであるが、箒ちゃんの言葉を翻訳するなら、本当に大丈夫かと心配してくれているだけのことだろう。そちらに関しても相変わらず。本当に不器用なことで。

 補佐と言いつつ、ナツにもしものことがあれば俺が駆り出されることになるはず。箒ちゃんがしてる心配はそのあたりかな。

 ナツの代わりと言うにはあまりにも力不足な俺だが、その時が来れば腹くらいくくるとも。その結果に関しては、まぁ、酷いことになるんだろうけどさ……。

 それはさておきと話題を変なナツの様子について変えてみるも、箒ちゃんは呆れた表情で放っておけとひとこと。これは意図的に突き放しているように感じるが……はて?

 

「少しよろしくて?」

「またお前か……。話だったら私がしてもいいんだぞ。言っておくが、晴人は決してお前が思っているような――――」

「……まぁ、そう取られても仕方ありませんわね。ですがご安心ください。わたくしもそこまで愚かではありません」

 

 オルコットさんが話しかけて来たので対応しようとすると、険しい表情の箒ちゃんが少し前に出た。どうやら態度に関して思うところがあったようだ。

 俺にとっては怖くて厳しい印象のある箒ちゃんが弁護をしてくれるのは嬉しかったが、何もそんな喧嘩腰でなくても……ねぇ? とりあえず落ち着くよう促そうとするが、それよりも前にオルコット自身が場を制した。

 そして箒ちゃんを避けて俺の前に立つと、スカートの端をちょこんと撮んでお辞儀をされる。その一連の動きは、優雅のひとことに尽きるものだった。

 

「わたくしの偏見にもそれなりに複雑な事情があったものではありますが、貴方の雄姿は十分心に届きました。どうかご無礼をお許しください」

「えぇ……? えぇ!? い、いやいや、全然そんな! 俺は多分、オルコットさんが思ってたような奴だよ」

「貴方が単に情けないお方ではないと、戦いを通じればわかりますとも。勝利に邁進するお姿、貴方自身がどう思おうと、少なくともわたくしには素敵な殿方に映りましたわよ」

 

 もし俺のことを情けないやつと思っていたのなら、それはオルコットさんの大正解だ。こちらからすれば謝られるのは筋違い。

 筋違い……のはずなんだけど、あろうことかオルコットさんは俺を素敵だったとまで評するではないか。リ、リップサービスってやつ? 本気にしない方がいいのかな……。

 例えそれが上辺であろうとナツ以外の女性にこうも褒められた覚えはないせいで、ここからどう返していいのか想像もつかないな。

 けど、これから仲良くしていこうという意図はあるのだろうから、例のアレを見せる流れでいってみよう。

 

「えっと、それならお近づきの印ってほどでもないんだけど、少し見てほしいものがあってさ」

「まぁ、絵がご趣味とは仰っていましたが、まさかここまでとは……。もしかして、わたくしをイメージして描いてくださったのですか?」

「うん、模擬戦の話が決まった時からコツコツね」

 

 この学園に来て思ったのだが、いろいろと濃い人物が多い。よって、印象に残った人はそのイメージを絵にしてみようかと。要するに武者修行みたいなものかな。

 まず出会いが衝撃的だったわけだし、オルコットさんは速攻で描いてみようと思い立った。記念すべき第一号である。

 まずイメージしたのは気高さ、そして美しさ。色合いはなんとなく似合いそうだと感じ青を基調としたが、ブルー・ティアーズを見るに大成功だったと言えよう。

 結局何を描いたのかと聞かれれば、青と金のカラーリングが施された鎧をまとった騎士だ。もちろん女性であることがわかるよう、シャープなデザインにするよう心掛けた。

 それが豪勢な玉座につき、優雅にたたずんでいる感じ……かな。BTのことを知っていれば、従者として六人の騎士を描いてもよかったんだけど。

 

「……もしよければですが。こちらの絵、頂戴してもよろしいかしら?」

「え、貰ってくれるの? それは嬉しいんだけど、それならもっとちゃんとした用紙に描けばよかったな……」

 

 しばらく絵を眺めていたオルコットさんだったが、再び視線をこちらに向けるのと同時につかぬことを聞いてきた。

 もちろん欲しいと言うのならあげない理由はない。むしろ描いた絵を貰ってくれるのは本当に嬉しいことだ。

 しかし、俺がその絵を描いたのは安っぽいスケッチブックの一ページ。額に入れるのを前提にしたような高級画用紙も所持しているんだが、どうせならそちらに描いたらよかったな。

 オルコットさんはそれでも構わないと言ってくれるので、端の方にサインと日付を小さく書いてからページを破り取り、それをオルコットさんへ手渡した。

 

「ありがとうございます。機会を見つけて実家に飾らせていただきますわ」

「って言うと、お屋敷だったりするんだよね。……なんだかプレッシャーだな」

「フフッ、こちらとしては代々伝える気が満々ですわよ。それではまた、御機嫌よう」

 

 オルコットさんは受け取るなりそんなことを言い出すわけだが、一般人と貴族に言われるのでは言葉の重みというものが違う。

 俺がそんな率直な感想を述べると、オルコットさんはますますプレッシャーのかかるような返しをしてきた。

 いやホントどうするの、そんな普通の紙に描いたのがオルコット家に伝わる名画とかになっちゃったら。それを思うと、次からはそれなりにいい紙に描くことにしよう。

 もうすぐ次の授業が始まるということもあってか、オルコットさんはまたしても優雅なお辞儀を見せてから戻って行った。多分、あれが本来の彼女の姿なんだろう。

 

「ハル、すごいじゃん」

「うわっ、ビックリした……。 えっと、何がすごいって?」

「ハルの頑張りが、オルコットさんの物の見方を変えたんだよ」

 

 いつの間に復活したのか、ナツに声をかけられて大変驚いた。ビクッと身体を反応させてから振り返ると、ナツはとても朗らかな笑みを浮かべている。

 そして俺の頑張りがオルコットさんの女尊男卑主義を見直させたというふうなことを言いたいみたいだが、そこのところはどうなのだろう。

 そもそも俺にそんな気はなかったわけだし、別に俺が口を出すようなことでもないし。でも本当にそうだとするのなら、なんだろう、頑張ってよかったなって思う。

 

「ナツ、箒ちゃん。なんか俺、ちょっとはマシになってるっぽい……のかな?」

「その微妙に自信なさげなのがなければな。だがまぁ、私もそう思うぞ。ちょっとはな」

「うんうん。ハル、もっと胸張っていこう!」

 

 オドオドしたり自信がなかったりはするけど、とにかく必死に頑張れる程度にはなったのかも知れない。

 客観的意見が欲しかっただけに身近な二人へ問いかけると、それこそ自信が持てれば100点というような評価をいただいた。

 胸を張って……か。何をどうすればそうやって生きれるのかというのが本当のところだが、ナツがそう言うのならもう少しだけ頑張ってみようかな。

 自分に自信が持てたのなら、きっと世界は見違えるのだろう。いつか違った世界を見れるその日まで、願わくばナツに見守ってほしいものだ。

 俺にそんな想いを抱かせる張本人は、俺の視線に対してキョトンというような表情を浮かべて首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 




今作品における一夏と一夏ちゃんの実力差に軽く触れますが、圧倒的に後者へ軍配が上がります。
むしろウチの一夏ちゃんは最強クラスの実力者と思っていただいても。
で、それにつけてヘイムダルとの相性差というね。
実はカカア天下のメタファーだったりします。





ハルナツメモ その13【思ったのと違う】
副代表発言は普通に冗談の類。
でもあっさり受け入れられた上に、その理由がむしろ自分を支えたいという要因で盛大に自爆。ゆえに思ったのと違う。
でも一緒に行動できる時間が増えるから結果オーライ。やったね私。伏せている間にこの結論にたどり着き、ようやく調子を取り戻したとか。
一夏ちゃんかわいい。


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第23話 ここにいるから

今回よりクラス対抗戦編のスタートです。
それに伴ってツンデレ中華娘も登場――――となるのですが、影が薄ぅい!
23話は構成的に22話の続き的な部分があるので仕方ないといえばそうなんですが、それでも薄味な再会になってしまってますねぇ……。
というか、晴人がクラス代表でもないので、彼女はもしかすると全編とおして影の薄い存在になってしまう可能性が……?
……別に悪意はないので許してクレメンス……。




以下、評価してくださった方々をご紹介!

鴉紋to零様

評価していただいてありがとうございました!



(はぁ、まさかこんな初歩的なミスをしてしまうとは)

 

 クラス代表決定におけるトラブルも終息し、特筆するようなことがあるでもないIS学園での日常を送っていたある日のこと。

 ナツのクラス代表就任を祝してちょっとしたパーティーを行うんだとか。もちろんクラスメイトとして俺も誘われはしたんだけど……。

 そのパーティーが行われる食堂へ向かっていた直前のこと、携帯電話が行方不明になっていることに気が付いた。

 ありかは目星がついていて、俺は先に回収すべく急いでいるということ。急がなければ戸締りされてしまう可能性がある。

 俺が今日最後に着替えを行った場所、それはアリーナ近くのロッカールームだ。むしろそれ以外に忘れるような箇所はない。

 ゆえに見つからなかった場合は絶望しなければならない可能性はあるが、ほぼ100%でそこだから問題はないだろう。

 さて、この渡り廊下を先に進めばもうすぐ目的地だ。パーティーに間に合わないということも加味し、更に速度を上げようとしたその時――――

 

「どーん」

「のわぁっ!?」

 

 何者かの優し目な前蹴りが俺の真横からクリティカルヒットした。

 当然ながらいきなり横からの力が加わってしまえば対応なんてできず、俺は転倒して学園中に整備されている芝生の上にごろごろと転がる。

 芝生がクッションになったおかげか、蹴りの威力もそんなになかったおかげか、特に俺へのダメージらしきものはない。

 転がるのが落ち着き次第、ゆっくりと立ち上がって蹴りを入れた張本人を捜すべく周囲を見渡す。するとそこには、俺にとって懐かしい人物が居た。

 

「晴人、久しぶりね。IS動かしちゃうとか面白いことしてくれるじゃん!」

「り、鈴ちゃん!?」

 

 女子にしても小柄な体躯。笑うと見える大きな八重歯。そして昔と変わらぬツインテールがトレードマークな彼女は、短いながらも幼き日を共に過ごした人物――――凰 鈴音ちゃん。

 小学校四年生の終わりに箒ちゃんが転校して行って、入れ替わるように中国からやって来たのが鈴ちゃんだった。

 中国からの転校生ということで、物珍しさからか冷やかしに合っていたところをナツが助け、それ以来俺も仲良くさせてもらっていた。

 しかし、中学二年の半ばあたりでご両親の都合により故郷へ帰って行ってしまって……。それがまさか、こんな所で再会することになろうとは。

 いや、もちろん俺が特殊な環境に居るおかげで、ということは理解しているけど。

 

「えっと、久しぶり。時期が微妙にズレてるのは、中国の方で何かあったりしたのかな」

「ふっふーん、馬鹿ね。ただの生徒だったらこんな時期に編入なんかできるわけないでしょ」

 

 懐かしみを感じながらも、かつてと同じようなやりとりを問題なくできるのは、鈴ちゃんの持つ往来のサバサバとした性格のおかげだろう。

 実に数年ぶりの再会となるというのに、まるで昨日も会ったみたくすんなりと質問をぶつける俺が居た。

 そんな俺の素朴な疑問に対し、鈴ちゃんはなんとも得意気な様子で胸を張る。鈴ちゃんのドヤ顔を拝むのも随分と久しぶりだ。

 それにしても、普通の生徒ではないということならば、鈴ちゃんはつまりアレか。IS業界における実力者を示す例の――――

 

「つまり、代表候補生ってこと?」

「そのとおり。どーよ、これがアタシの実力ってやつね」

 

 俺の予想は正解のようで、鈴ちゃんは更に鼻高々の様子になった。実際にすごいことだからなんとも言わないけどさ。

 鈴ちゃんは運動なんかやらせるとピカイチなわけだが、まさか一年そこらで代表候補生まで上り詰めるなんて本当にすごいや。

 それは鈴ちゃんに確かな実力と才能があったことを証明しており、鈴ちゃんは得意気になってしかるべきと言ったところか。

 そこで純粋な気持ちで拍手を送ると、しばらく平気そうだった鈴ちゃんは徐々に顔を赤くして小刻みに震え出した。

 そしてついにはウガーッと唸り、ボケてるんだからツッコめという不満をぶつけられてしまう。

 そっちの流れだったかと思いつつ、そういうのを俺に求められてもなぁとも思う。だって当時からして弾と数馬の役目だったし。

 

「ったく、まぁいいわ。ところで晴人、他の馬鹿連中は元気してんの?」

「うん、弾と数馬に至っては相変わらずみたいだよ。最近バンド組んだんだってさ」

「下心丸出しなの見え見えね。モテたくてバンド組むとか典型的過ぎんでしょ」

 

 鈴ちゃんが中学二年の途中まで一緒だったということは、当然ながら弾や数馬とも友人関係にあった。結構ドライな物言いをすることもある鈴ちゃんだが、流石に年単位で離れると気にはなるらしい。

 そこで二人の近況をそのまま伝えると、なんだか鈴ちゃんは聞いて損したみたいな顔つきになってしまう。本当だよね、普通にしてればそれなりにモテるはずだって再三言ってるのに。

 

「それで、その、アイツはどうなのよ。アタシのこと、なんか話したりしてなかった?」

「アイツ……? ああ、ナツか。ナツは……――――しまったああああああっ!?」

「ちょっ、いきなり何よビックリするわね! え、ってかホントに大丈夫!?」

 

 急に神妙な感じになってモジモジし始めると思ったら、どうやら別途でナツのことを聞きたいらしい。

 ああナツね、そりゃ鈴ちゃんからして気になるか。……なんて呑気でいたら思い出してしまった。ナツが女の子になってしまっているということを。

 ……だから感覚が狂ってるんだってば! なんで当たり前にナツは昔から女の子でしたよみたいなテンションなのさ、俺の馬鹿!  というか、ナツ本人が近くに居ないのにどう説明したらいいんです!

 え~……まぁ、なんというか、鈴ちゃんも例のごとくと言いますか、ナツに恋慕を抱いていたわけでおりまして。転校した時期的にギリギリナツが女の子になったのを知らないわけでありまして……!

 俺にとっての鈴ちゃんは、明るく快活で、サバサバして世話焼きでって感じで、なんとなくお姉ちゃんみたいな存在だ。

 しかし、ことナツが絡むとまったくもって穏やかじゃない。一気に沸点が下がってしまって、下手をすると箒ちゃんよりも怖いんだ。

 そんな鈴ちゃんにナツが隣に居るわけでもないのにどう説明していいのかわからず、一瞬にして追い詰められた俺は頭を抱えながらその場に這いつくばった。

 あまりにいきなりなことで、鈴ちゃんは割と本気で俺のことを心配してくれているらしい。それが返って話づらさを増長させた。

 

「ナナナナナナ、ナツはその、間違いなく、げ、げ、げ、元気だよ……うん」

「大人しく吐くのと痛い目見るのどっちがいい?」

「う、嘘は言ってないんです! 嘘は!」

「なーんか引っ掛かるわね。まぁいいわ、今は追及しないであげる。優しいアタシに感謝しなさいよ」

 

 激高モードの鈴ちゃんを恐れるあまり、俺の口から飛び出たのはなんとも稚拙な屁理屈であった。

 けど弁明のとおり、決して嘘は言っていないのである。だってナツは実際に元気なわけですもの。

 でも、いつも以上にどもってしまっているし、何か隠していること自体はバレバレみたいだ。そしたら後が怖いですねこれは……。

 鈴ちゃんもまさか想い人が女の子になっていると思わないだろうし、どうもナツがあまり男に戻る気がないのを知ったらどうなることか。

 それを思えば教えてあげたい気持ちもあるが、やはり恐怖に支配された俺はひたすら目を泳がせることくらいしかできなかった。

 

「ってわけで、これで貸しひとつってわけね」

「ええっ、いきなりご挨拶だな。そりゃ恩は返すけど、あまり無茶は言わないでほしいな」

「アタシがそんながめついことしたみたいに言わないでよ。道案内してくれればそれでいいわ。ここ無駄に広くって道わかんないのよ」

 

 鈴ちゃんはニヤッとイタズラっぽく笑ったかと思えば、とりあえずこれ以上の追及はしないから貸しひとつと人差し指を立てた。

 確かにギブアンドテイクだったり持ちつ持たれずっていうのは大事だと思うけど、再会していきなりそんなごねられるとは思わなんだ。

 俺のゲンナリとした返しに鈴ちゃんはムッとするけど、それなら財布を持ち歩かない主義とかいうのをどうにかしてほしいものである。

 鈴ちゃんらしいと言えば聞こえはいいが、俺とナツだけで累計どれくらいの金額が――――いや、止めておこう。なかなか言って聞いてくれる性格でもないしね……。

 それにしても道案内か。俺も細部まで歩き回ったわけじゃないから不安だな。そもそも踏破した人が居るのかどうかすら怪しい気がするけども。

 とにかく鈴ちゃんの持っていたパンフレットを拝借して行きたい場所を聞いてみると、本校舎一階受付を目指いしていたんだとか。

 うん、ここなら俺もいろいろと手続きがあったから行ったことがある。それに、現在地からは道案内もいらないくらい目と鼻の先だ。

 しかし、今は鈴ちゃんに借りがある身。彼女が望んだのは道案内なわけで、ここは責任もって先導させてもらうことにしよう。

 

「じゃあ、行こうか。こっちだよ」

「ええ、ありがと。ってか晴人、結構身長伸びたわね」

「まぁ、それなりに。そう言う鈴ちゃんは相変わらず――――痛いっ! ご、ごめん、冗談のつもり――――痛ぁい!」

 

 以前箒ちゃんにも似たようなことを言われたが、鈴ちゃんも俺の身長がそれなりに伸びていることが気になったらしい。

 むしろほとんど平均身長ぴったりくらいに伸び続けてはいるんだけど、持ち前の気弱さから小さく思われがちなのだろうか。

 そして俺はほんの冗談のつもりで鈴ちゃんは相変わらずだと言おうとしてみるも、残念なことに二度も尻を蹴られる結果となってしまった。

 その後は懐かしいような話をしながら歩くことしばらく、二分ほどで鈴ちゃんの目指している場所へは到着した。

 あそこだよと指差してやると、鈴ちゃんはやっと見つかったと心底から安堵したような表情を見せていた。それだけ安心してもらえば、こちらとして嬉しい限りだ。

 

「晴人、ありがと! おかげで助かったわ」

「こちらこそ、助けになれてよかったよ。まぁ、昔みたく困ったときはお互い様ってことで」

「そうね、昔みたいに……ね。フフッ。それじゃアタシは行くわ。晴人、また明日!」

「うん、また明日」

 

 懐かしくも、やはり昨日も交わしたかのような気がするまた明日という挨拶。鈴ちゃんはこちらに大きく手を振りながら、元気に走り去って行った。

 うーむ、本当に相変わらずだ。本気で彼女と何年も会っていないと思えなくなってきたぞ。こちらは冗談でなく、いい意味でのつもりだが。

 ……それより、俺はこんなところで油売ってていいんだっけ? いや、よくない。そもそも携帯を回収して、急いでパーティーに向かおうって話だったんじゃないか。

 どうやら携帯は諦めた方がいいらしい。どうせそこまで使うわけでもないんだし、今すぐ回収しないとなくなるとかそういうわけでもない。

 早々に頭を携帯回収からパーティーに合流という思考に変えた俺は、再度両足に力を込めて食堂の方向へ全力疾走するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!」

「あっ、ハル。もうとっくに始まっちゃってるよ~!」

 

 食堂へ向かってみると、ひとクラス分では済まないであろう人だかりができていた。その混雑の中から、ナツが俺を手招いている。

 その周囲には箒ちゃん、簪さん、セシリアさんの姿が見える。四組である簪さんが居るということは、やはり一組だけの話で済まなかったことがうかがえる。

 どちらにせよ、パーティーもそれなりに進行が進んでしまっているらしい。急いで正解だったと思い知らされつつ、ナツの手前で息を切らせながら足を止めた。

 

「携帯、見つかった?」

「ええっと、のっぴきならない理由で今日の回収は諦めたというか」

 

 ほぼ確実にロッカーの中とはいえ、まだなくした可能性がゼロであるわけでもない。ナツも現物を見るまで安心できないのか、出会い頭にまず携帯のことを尋ねられた。

 しかし、言ったとおりに鈴ちゃんとまさかの再会があったおかげで回収はできていない。ナツがこちらのことを心配してくれているだけに、なんだか罪悪感が募ってしまう。

 見なよこの何も知らない無垢な顔を。俺も含めての話ではあるが、明日あたりにでも大変なことになると思うといたたまれない。

 せめてナツには鈴ちゃんの再来を教えておくべきなのかも知れないが、彼女の気持ちに関して一ミリも気づいていなかったのだから、今からでは余計ややこしいことになりそうな気もする。

 

「おっ、なになに。やっぱ無言で見つめ合っちゃうタイプの関係?」

「うわっ!? あ、あの、どなた?」

「し、新聞部の人なんだって。専用機持ちを中心に話を聞きに来たみたい」

「はいはーい、二年新聞部の黛 薫子でーっす。面白いネタなら随時募集中! というわけでよろしくね、日向くん」

「は、はぁ……」

 

 申し訳なさが渦巻く中でナツの様子をうかがっていると、俺たちの間からヌッと出てくるように見覚えのない人物が姿を現した。

 単に驚いたということ、そして見つめ合っていたと取られたという二つの理由から、俺たちは慌てて数歩分後ろへ飛びのいた。

 後者に関して誤魔化すように何者かを尋ねると、少し頬を赤く染めたナツが簡単に説明を入れてくれた。本人からも自己紹介があり、とりあえず黛先輩がここに居る目的は理解でした。

 なんというか、良くも悪くも押しが強い人みたいだ。押しに押されて余計なことだけは言わないでおこう。

 

「で、で、それでそれで!? 実際どうなの? 二人はどういう仲なわけ!?」

「そ、その~俺からは恐れ多くて何も……。ナツ、頼むよ」

「う~ん、親友ないし姉弟ないし家族ないし? 個人的に一番しっくりくるのは相棒って感じだけど」

 

 ナツと俺の関係は簡単に説明できるけど、実のところ特大な地雷が用意されているせいでこちらからの説明は避けるようにしている。

 そもそも俺とナツがこれだけ仲がいいのは、ある意味ナツが…………織斑姉妹が、ご両親に捨てられたという事実があるからだと思う。

 どうにも母さんがフユ姉さんを説得したうえでの親代わりということのようで、それがなければ子供の頃の俺は積極的にナツと関わろうと思わなかったろうから。

 だから俺からは説明がしづらいんだ。捨てられた本人は上手い話の流し方を周知している。だから今回もと思ったのだが、黛先輩の野次馬根性は一筋縄じゃないらしい。

 

「そっか、家族ぐるみの付き合いなんだね。いわゆる幼馴染ってやつなのかな」

「まぁ、それを言うなら箒ちゃんもなんですけどね」

「おい、さりげなく私を巻き込むな!」

「ほほう、それはいいこと聞いたよ。つまり日向くんは可愛い幼馴染二人を手籠めに――――」

「捏造! 誇張表現! 断固反対です!」

 

 これ以上の追及を避けるためにも話題が別方向に向かえばと、箒ちゃんには悪いけどしれっと名前を出してみる。

 出された方はたまったものではないらしく、血相を変えて一気にこちらへ詰め寄って来た。

 まぁまぁとなんとか箒ちゃんを宥めようとしていたのだが、黛先輩の不穏な呟きが耳に入ったせいでそれどころではいられなくなってしまう。

 本当、手籠めにできるような性格なら苦労はしない。手籠めと言うならむしろかつてのナツだ。それも手の広さは幼馴染だけじゃ済まないぞ。……まぁ、本人はまったくの無自覚なわけだが。

 とにかく、黛先輩は冗談だと笑いながら両手を振った。それ以降はこちらが回答を避けようとしているのを察知したのか、俺個人に関する質問を中心にインタビューされた。

 俺を知る人物からすれば当たり前のことであるが、当然記事になるような回答ができてはいない。俺はそれだけ地味なやつってことだ。

 記事にできそうな内容といえば、風変わりなISであるヘイムダルの製作者についてだとか、俺が界隈ではちょっとした有名な画家の孫だとか、そのくらいのことだ。

 で、時間的に食堂の開放も限界ということでお開きに。本当に何しに来たんだ俺は。ただ辱められただけとか孫しかしてない。

 箒ちゃんを始めとした比較的仲が良く会話率も高いメンバーと別れの挨拶を済ませると、そのままナツと共に自室へ……戻ったのはいいんだけど、先ほどとは少し雰囲気が違うよう感じられた。

 

「ハル、ありがとう」

「えっと、何に対して?」

「インタビューのことだよ。なるべく触れないようにしてくれてたでしょ」

 

 ベッドに腰掛けたナツは、なんだか申し訳なさそうに笑いながら俺に感謝を述べた。それはさっきの件に関する感謝らしい。

 おじさんとおばさん、つまり俺の父さんと母さんが本当の両親で、血の繋がりのある自身の両親にはなんの感慨もないとナツは言う。

 そうは言うが、多分だけど親が蒸発するなんていうのは想像を絶する経験なはずだ。いくらナツが言葉で感慨はないと語ろうが、ね。

 ……それは、気ぐらい遣うに決まっている。ナツの口から両親に捨てられたんですなんて、間違っても言わせてなるものか。

 

「感謝されるようなことはしてないよ。俺はただ――――」

「ハル、感謝されたら?」

「……素直に受け取る。わかったよ。どういたしまして」

「うん、よろしい」

 

 俺はただ、ナツが俺にしてくれてたことを真似しているだけのことだ。そう言い切る前に、ナツは遮るようにして質問をなげかけてくる。

 感謝されたら素直に受け取る。確かに以前も同じことを言われた。何度も同じことを言わせるなということじゃないだろうが、肝に銘じておくべきだったか。

 観念してナツの感謝を素直に受け取ると、向こうは満足そうに腕組みしながら無駄に偉そうな態度でよろしいとひとこと。

 無論、冗談の類なんてことはわかっている。なんだか可笑しくて小さな笑いをこぼせば、ナツもそんな俺を見てか笑いをこぼした。

 二人してクスクスと笑うことしばらく、歩みは自然にそれぞれのベッドへ。そのままスプリングを揺らしながら腰掛けると、ナツは消え入りそうな声で呟いた。

 

「とっても幸せなんだと思う」

「え?」

「確かに境遇は不憫なのかも知れないけど、私には友達が居て、千冬姉が居て、おじさんとおばさんが居て、そしてなにより……ハルが居てくれるから」

「ナツ……」

 

 ナツがこれまでどう思って生きて来たのか、心が読めるわけなんかないので詳しくはわかりはしない。けどナツは、それでもナツは、己を幸せ者だと言った。

 それもすべては、友人や実の姉や育ての親や、何より俺が居てこそだと言い切ったのだ。瞬間、胸に熱いものが込み上げてくる。俺はきっと、単純に喜んでいるのだろう。

 こんなどうしようもない俺が、ナツが幸せでいられる一要素を築いている……らしい。

 恐れ多い話ではあるが、これを喜ばずしてどうしろと言うのか。ナツの足枷でしかないと思っていたというのに、ただ隣に居るだけでそう思っていてくれてたなんて。

 

「だったら俺は、ナツの望むようにありたい」

「え?」

「ナツが望んでくれる限りは、ここに居る。……ナツの隣に」

 

 伸ばした手はナツの手を掴む。優しく握ったその手は、何度言ったって飽きないくらいに柔らかくて暖かい。今回は物理的温かさだけでなく、心も温もっていくような気さえした。

 そう、ナツの隣は俺の居場所だ。昔はただ必死に背中を追いかけるばかりだったが、ナツがそう言うのなら話が変わってくるのだから。

 ナツがそう望み続ける限り、ナツの隣に寄り添い続ける。それが俺に与えられた使命だ。……どうしようもない俺を救ってくれたナツに対するせめてもの恩返しなんだ。

 するとナツはキュッと俺の手を握り返してきた。懸命に、求めるかのように。すると俺の胸に宿っていた温もりは、熱へと色を変える。

 

「言質、取ったから。必ず責任、取ってもらうから」

「ナツがそう望むんなら、そうさせてもらうよ」

 

 顔を俯かせたナツは言質だの責任だの言うが、そんなものすら必要はないということはわかってもらえなかったようだ。

 それならそれで仕方ない。時間をかけてでもゆっくりわかってもらうことにしよう。今の俺を創ってくれたのはナツだということを

 俺たちは無言で手を繋ぎ合う。時折ナツが熱のこもった視線でこちらを見やり、俺はそれを見て心が熱くなる。

 耐えがたいほど恥ずかしくはあったが、これがナツの望みというのならこちらから手を離すわけにはいかない。例えこの時間が久遠に続こうとも。

 

「……私、お風呂行ってくるね」

「うん。どうぞごゆっくり」

「共用だから心置きなくってわけにはいかないんだよね~これが。じゃあ、行ってきます!」

 

 絡んでいた指と指とはスルリと離れ、ナツは手早く入浴の支度を済ませて部屋から出て行った。

 ナツの姿が見えなくなったのと同時に、俺はゆっくりとベッドへ倒れこんだ。そして、先ほどまで繋がれていた右手を見つめる。

 俺の右手は絵への情熱を現しているかのように、タコができたりあちこち擦り切れたりして基本的にはボロボロだ。常にどこかしら怪我していて、絆創膏だらけといったところか。

 そんな一見すると綺麗でない右手を見ていると考えてしまう。ナツは俺の右手に何を感じ取っているのだろうと。

 ……俺がナツの手に温もりを感じているように、ナツも同じようなことを思ってくれているだろうか。それとも傷で握り心地に悪いであろう手を、努力の象徴と思ってくれているだろうか。

 それはナツにしかわからないことだが、どんな些細なことでもいい、俺の右手に何かを感じてくれているのなら、こんな右手でも悪くないと思う。ナツに右手のことを説かれたのもあるんだろうけど――――

 

(悪くないな。あぁ、悪くない……)

 

 俺は虚空を掴むかのように、誇らしく思える右手を力強く握りしめた。すると俺の頭にはナツの笑顔が過り、それと同時にまたしても顔へ熱が集まる。

 実のところ前はこの感覚に少し混乱したりもしたが、今はこの感じさえも悪くないと思えた……。

 

 

 

 

 




(別に晴人は別に口説いてるつもりは)ないです。
でも晴人の中で一夏ちゃんに対する【特別】のベクトルが変わりつつあるのは事実です。
以前までの晴人だと、んな歯が浮くような思考回路は働かなかったでしょうし。
やはり22話がこの作品におけるターニングポイントのひとつなのかも知れません。
あ、次回は一夏ちゃんと鈴ちゃんが絡みます。





ハルナツメモ その14【右手】
絵描きという都合上、晴人にとって大事なものだったが、一夏ちゃんとの仲で更に特別なものへと昇華した。
一夏ちゃんの存在を感じるためのもの、とでも形容すればよいだろうか。
今後は何かと手を繋ぎにかかるシーンが増えると思われるが、それはつまりそういうことなのである。どういうことって? そういうことなのである。


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第24話 大丈夫だよ

またしても金曜の更新でござい。
ギャグ回なのかシリアス回なのかよくわからない話になってしまいました。
まぁ私の作風?的にはベースがシリアスになりがちなんですが……。
要するに申し訳程度のギャグ要素含む、といったところでしょうか。
それと、若干ですけど箒がキャラ崩壊起こしてるのでそこのところはご注意を。


「あら、わたくしの存在を危ぶんでのことかしら!」

「おはよう。なんか盛り上がってるね」

「セシリアはいつもこんな気がするけど……。箒、何かあったの?」

「ああ、なんでも中国から代表候補生がやって来たらしい」

 

 やることを済ませて一組の教室に登校すると、入るなりセシリアさんのそんな声が聞こえて来た。視線を向けると得意気な様子のおまけつき。

 朝からいきなりのことで話しかけてみると、ナツは絶妙に辛辣とも取れなくもない言葉を放った。セシリアさんには聞こえていないようで一安心。

 それで、箒ちゃんに詳しいことを聞いてみると、中国代表候補生――――もとい鈴ちゃんと関わりのある内容だった。

 危ぶんでのことーとなると、セシリアさんは自分が脅威ゆえの中国から飛び入り参戦とでも言いたいのかな。

 ……セシリアさんのこういうのは冗談かどうかわかりづらくて困る。ナツや簪さんも代表候補生なわけだし、一概にセシリアさんだけのことを危ぶむということはないと思うが。

 しかし、いわゆるマジレスというやつをしても得はない。みんなもそうしてるみたいだし、ここは適当に聞き流させてもらうことにしよう。

 

「へぇ、中国。中国かー……。あの子は元気にしてるかな。ね、ハル」

「そ、そそそそ、そうだね。うん、確実に元気なことが判明してはいるんだけど……」

「……? 変なハル」

 

 やはり中国と聞いただけで思うところがあるのか、ナツは腕組みしながら遠く離れた故郷に帰って行った友人を懐かしむかのようだ。

 その友人が例の中国代表候補生と知ったらどんな顔をするだろう。

 結局のところ鈴ちゃんのことはナツに話せず終いで、罪悪感と動揺からか違和感を覚えさせるであろう返事になってしまった。

 ナツが追及するようなことがないのがせめてもの救いではあるが、少なくとも今日中にはエンカウントしてしまうだろう。

 ……困った。ナツにも鈴ちゃんにもどう説明したらいいのやら。

 

「何がそんなに感慨深いのかは知らんが、一夏は対抗戦に集中した方がいいと思うぞ」

「そうですわ、わたくしを下したのですから、必ず勝っていただきませんと!」

「それに織斑さんが頑張るとみんなが幸せだよー!」

 

 箒ちゃんやセシリアさんはクラス代表としての義務的なもので勝利を願っているようだが、少し毛色の違う声が飛び交い始めた。

 確か優勝したクラスには食堂のデザートフリーパスが贈呈されるんだったかな。それでぜひとも勝ってほしいってことなんだと思う。

 しかし、そうだとするなら俺は持て余してしまうがどうしたものか。同じクラスの人は二枚もいらないだろうし。

 そういえば、四組に簪さんという友達が居るじゃないか。彼女もあまり執着はなさそうだが、もしナツが優勝した場合は必要かどうか聞いてみることにしよう。

 

「うーん、そういうことなら人肌脱いじゃいましょうか!」

「今のところ専用機持ちは一組と四組しかいないし余裕だよ」

「その情報、古いよ」

 

 他力本願っぽいから士気が下がるかと思いきや、ナツは意外にもやる気を見せていた。昔なら俺にそんなこと言われてもなぁとかボヤいてそうなものなんだが。

 そしてナツが意気込みを見せると、一人の女子が専用機持ちのことについて言及を始めた。他クラスで言うなら簪さんだけだから問題ない、と。

 だが、それを否定する声が響いた。俺には聞き覚えがありまくる声であり、あらゆる気まずさからその場に居られなくなるようなプレッシャーが過る。

 

「中国代表候補生の凰 鈴音。宣戦布告も含めて挨拶に来てあげたわよ」

「あっ……! まさか本当にり――――」

「わああああああっ!?」

「何ようっさいわね! 晴人、アンタのせいで台無しじゃない!」

 

 壁にもたれかかるようにしてあからさまにかっこいいアピールしてる小柄な少女、寸分たがわず昨日再会を果たした鈴ちゃんだった。

 そしてナツ、まさかの再会に心躍るのはわかる。けど、今のナツが久しぶりなんて言おうものならすさまじくややこしいことになってしまうんだ。

 俺は思わず叫び散らしながらナツの口元を押さえる。すると自分の境遇及び状態を思い出したのか、こちらを見上げてコクコクと何度も首を頷かせた。

 だがその代償として、鈴ちゃんの機嫌を損なってしまったらしい。こうなると鈴ちゃんはとても厄介だ。

 詰め寄られてギャーギャーと文句を言われるんだろうと思ったのだが、鈴ちゃんは楽しそうに顔をニヤッとさせた。これはこれで嫌な予感がする。

 

「晴人、アンタ女の子ばっかで苦労してるかと思ったら楽しそうじゃ~ん。三人もはべらしちゃっていいご身分ね~。この~!」

「いや、みんなは別にそんな……。というか、そんなんじゃないってわかってるくせに。少し悪趣味なんじゃないかな」

「おっ、言うようになったじゃん。ふ~ん……表情もなんか違うし、アタシが帰ってからいろいろあったみたいね」

 

 鈴ちゃんはニヤニヤしながら近づいてきたと思ったら、ナツ、箒ちゃん、セシリアさんを順に指差してから俺を肘で突いてくる。

 まぁ俺を知る鈴ちゃん的にはからかいたくなる気持ちはわかる。俺自身かつてならあり得ないことだと思っているし。

 でも言うべきことは言わなくては、放っておくと鈴ちゃんはけっこう長いこと引きずるからね……。

 そこでそれなりに反論しておくと、鈴ちゃんは一瞬だけ驚いたような表情を見せ、また楽しそうな様子へと戻った。

 鈴ちゃんのその様子は、やはりそれなりに俺のことを心配してくれていたということをうかがわせる。鈴ちゃんとしても、俺は弟のように思っているみたいだ。

 

「で、さっきの様子からしてアンタがクラス代表よね。改めて、凰 鈴音よ。よろしくね」

「あ~……」

(おい晴人、どうするつもりだ)

(ど、どうするも何も……。そんなの俺が聞きたいくらいだよ)

 

 デジャヴである。完全に箒ちゃんの時のそれと同じシチュエーションじゃないか。自分を自分と認識してもらえないで困るしかないこの感じ。

 俺と鈴ちゃんのやり取りで知り合いということは察知したらしい箒ちゃんは、小声でそう語りかけてくるけど……。やっぱり誠心誠意、懇切丁寧に事情を話すしかないんじゃなかろうか。

 ナツや俺がどうするべきか困っている間に、鈴ちゃんも異変を察知したようだ。どちらかと言えば、初めて会うはずの少女に、想い人であった少年の面影を感じているといったところか。

 

「……なんかアタシ、アンタのこと知ってる気がするんだけど」

「え、え~っと、鈴ちゃん。後で必ず説明するから今は――――」

「説明? 何よ説明って! もしかして、やっぱり一夏がおん――――な゛っ!?」

 

 本当に今この場で取り乱してしまうのだけは防がなくてはならない。そもそも俺のことは知っていて、ナツのことを知らないようなリアクションを不思議に思っている子も居るようだ。

 そこで落ち着くよう促してみるも、やはり鈴ちゃんは既に感づいているらしく、かえって混乱に拍車をかけさせてしまったようだ。

 一夏が女の子になっているのかと、鈴ちゃんがそう叫びかけたその瞬間のことである。救世主の登場と言わんばかりに出席簿の音が轟いた。

 

「騒々しい。それと時間を守れ。聞けないのならもう一発だ」

「ち、千冬さん……」

 

 相変わらず音もなく現れたフユ姉さんは、二つの理由を付きつけつつ鈴ちゃんを睨む。すると鈴ちゃんは、借りてきた猫のように大人しくなった。

 鈴ちゃんは昔からフユ姉さんが苦手らしい。まぁ、基本的に身内以外には厳しい部分が印象に残るだろうから無理もないと思う。苦手じゃない人の方が少ないとも思うし。

 だが鈴ちゃんに至っては存在そのものがトラウマレベルなようで、もはや頭の中には逃げ一択しか残されていないだろう。

 

「っ~……晴人! 必ず説明しなさいよ!」

「う、うん、約束するから――――だっ!?」

「時間を守れというのは凰だけに言ったつもりはないが?」

「す、すみませんでした!」

 

 口惜しやという様子はぬぐい切れないものの、鈴ちゃんも命が惜しいみたいだ。でも俺への忠告はしっかり忘れないあたり、転んでもただでは起きない所も変わっていない。

 とりあえずこの場は一安心だと思ったのがまずかった。鈴ちゃんに牙をむいた出席簿が、今度は俺に振りぬかれたのだ。

 フユ姉さんが現れた時点で席についていないのがまずかったらしい。俺もひと睨みされてしまう。

 すぐさま謝罪して席についたことにより追撃は免れた。そして俺が犠牲になっている間に、やっぱりみんなは一足早く安置についているという。

 ……別に自己犠牲精神があったわけでもないが、みんなが無事ならそれでいいと開き直っておくことにしよう。そう言い聞かせておいたら楽だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔、貸しなさいよ」

 

 一時限目が終わり十分の休憩に入ると、すぐさま鈴ちゃんが再訪問してきた。

 親指でクイッと廊下の先を示して歩き出すあたり、もはや俺たちに有無を言わせる気はないらしい。

 それを悟った俺とナツは顔を見合わせ、しげしげと席から立って鈴ちゃんを追いかけるべく廊下へと出た。

 

「待て、私も付き合おう」

「え、でも箒ちゃんは無関係で――――」

「同じことを体験している身だ。私の言葉なら届きやすいやも知れん」

 

 俺たちを呼び止めたのは箒ちゃんで、なんと鈴ちゃんの呼び出しについてくるつもりらしい。

 その申し出は有難かったが、箒ちゃんはこの件になんの関りも持たない。勿論、部外者とか言いたいわけじゃなくて、自分から巻き込まれなくてもという意味。

 箒ちゃん曰く、恋焦がれた人物が女の子になって再会したという希少な体験を先立ってした身として、経験者は語るという旨のことをしてくれるつもりみたい。

 まぁ確かに、箒ちゃんと鈴ちゃんの置かれた状態はほぼ同じ。離れてしまった幼馴染で、ナツに恋をしていて、再会したら女の子になってたと……。

 こうしてみると、ナツを誘拐した連中はなんと罪深いことだろう。でもナツが女の子になってなかったら、そもそも再会しているということもないんだよな。う~む……。

 とても複雑な因果のようなものに頭を悩ませていると、人気が少なく少し死角になるような場所で鈴ちゃんがたたずんでいた。

 その出で立ちは不機嫌そのものであり、俺は思わず生唾をゴクリと飲み下さずにはいられない。

 

「その子、一夏なわけ?」

「……ナツです」

「へぇ、そう。久しぶりね一夏――――ってなるかこの馬鹿ああああっ! アンタ、昨日会ってんだからその時に教えなさいよおおおおっ!」

「い、いや、俺もどう説明していいのかわからなくて――――それより鈴ちゃん、首、首が!」

 

 まだ俺たちが合流し切っていない間に、鈴ちゃんはナツに向けてピッと指差し確認をとってきた。やはり大体の予想はついていたらしい。

 観念してそれを肯定すると、鈴ちゃんは昔と変わらぬ朗らかな様子でナツに挨拶を――――というわけにもいかず、俺に詰め寄りネクタイを掴んで前に後ろに押したり引いたり。

 確かにビビって説明しなかった俺にも非があるから仕置きは甘んじて受け入れるものの、あまりに首がガックンガックン揺れるものだから早くもギブアップを宣言。

 しかし、一度暴れ出したら手が付けられないのは相変わらずなようで、俺の言葉にはろくに耳を傾けてはくれずしばらくなすがままになってしまう。

 見かねたナツと箒ちゃんが引き離してくれはしたが、鈴ちゃんはまだ息を荒げて落ち着かない様子だ。

 

「何がどうなってるってのよ!? いったいどうしてこんな非現実なことが起きてるわけ!?」

「え~っと、鈴、落ち着いて聞いてほしいんだけど――――」

 

 俺にとってナツがこうなった理由を聞くのは通算三回目となる。やはり何度聞いてもいまいちピンとこない感じがするな。

 鈴ちゃんの方はなんだか百面相しながら聞いている。コロコロと表情が変わるのも彼女の特徴のひとつだろう。

 だが短気なところに変化がないとなると、聞き終わった後にどういう行動に出るのかわかったものじゃない。一応は身構えておかないとダメそうだ。

 

「――――ってことで、こんな感じになっちゃった」

「そう、よくわかったわ。とにかくその誘拐した連中見つけてボコればいいわけね……!」

「全然わかってない! り、鈴ちゃん、それができてたら苦労はしないから……!」

 

 鈴ちゃんが納得の表情を見せたのは束の間、次の瞬間には指をバキバキ鳴らしながらどこぞへと向けて歩き出そうとするではないか。

 流石に単純な力だけなら負けることはなかったというのに、羽交い絞めのようにしても俺ごと引きずってまるで止められる気配はない。それだけの怒りということなのだろうか。

 というか鈴ちゃん、きっとフユ姉さんとドイツ軍が協力して犯人は捜しまわったはずだ。それで見つからなかったがゆえにナツは女の子のままで――――

 いや、鈴ちゃんだって頭ではわかっているんだろう。けど、様々な感情の持って行き場がなくて、ただ誘拐犯に対して怒りを向けることしかできないんだ。

 

「だったら何よ! 一夏、アンタそのまま一生女の子でもいいわけ!?」

「うん、全然。戻る気もあまりないかな」

「は……?」

 

 謎の怒りパワーのまま俺を軽く振りほどいた鈴ちゃんは、ビシッとナツを指差してこのままでいいのかと問いかける。

 迫真とした鈴ちゃんに対し、余計ナツの呑気というかあっけらかんとした調子が光るよ。予想外の返答に、鈴ちゃんは思わず声を詰まらせた。

 やっぱり箒ちゃんの時とデジャヴだな。なんか元に戻れるかどうかの話で、似たようなやり取りをしていたような気がする。

 そして俺を見たりナツを見たりする感じも全く一緒だ。幼馴染という部分から、いわゆるシンパシーでも発動しているのかも知れない。

 そして俺とナツを交互に見るのを止めた鈴ちゃんは――――叫んだ。

 

「はぁああああああっ!? いやマジ……? マジなの!? 気持ちはわからなくもないけど、マジ!?」

「……本気と書いてマジ」

「晴人ぉ! アンタ何やらかしてくれてんの!」

「な、何が……?」

 

 う~ん、芸がないってくらいに同じリアクションだな。この焦ってナツに何かを問いかけるのまで箒ちゃんと一緒とは。

 しかしこの、なんと言ったらいいんだろう。女子特有の皆まで言わない感じで、俺には何がマジなのかまったくわからないんだけども。

 だというのに、鈴ちゃんの矛先は俺へと向いたらしい。小さな体躯から怒りがあふれ出し、オーラとなって視覚化できるかのようだ。

 そんなオーラを纏われてにじり寄られたら恐ろしいなんてものじゃない。鈴ちゃんの場合は手や足が出やすいからなお恐ろしい。

 

「まぁ待て凰とやら、少し私の話を聞くといい」

「……あえてスルーしてたけど、何者よ」

「私の名は篠ノ之 箒。だいたい凰と同じ境遇と言えばわかってもらえるだろう」

 

 ここにきて箒ちゃんが声を上げた。まるで自分の出番だと言わんばかりに俺たちを後ろにさげつつ、だ。ときどき思うけど、箒ちゃんは俺なんかよりはよほど男前な気がする。

 対する鈴ちゃんは訝しむように様々な角度から箒ちゃんを眺め、その素性を問う。返ってきた簡潔な答えで、そのすべてを悟ったようだ。

 警戒心は薄れないながらも、そういうことなら話くらい聞いてあげないこともないけど……みたいな視線を箒ちゃんへと送っている。

 しかし、いくら同じ体験をしているとはいえ、箒ちゃんはどう鈴ちゃんを説得するつもりなんだろう。今は信じて待つことしかできないが、果たして――――

 

「とりあえずだ。一夏の身体を元に戻すことを諦めていない前提での話にはなる」

「何よ、結局同じ穴の狢ってやつじゃない」

「そう焦るな。その前提で結論から言わせてもらうが、ハルナツはいいぞ」

「…………はい?」

 

 箒ちゃんは前置きのようにして前提の話をするものだから、てっきり一夏の気持ちそのものを無視するようなことがあってはならない。みたいな言葉を続けるかと思った。

 だが予想に反してというか、箒ちゃんにしては珍しくよくわからないことを口走る。鈴ちゃんも面食らっている様子だったが、昔馴染みのこちらとしてはそれどころじゃない。

 なんだか不安を過らせながらも箒ちゃんの動向を見守っていると、俺たちは更にらしくもない姿を目撃することとなった。

 

「私はどうも少女マンガやら架空の恋愛話なんぞ興味もなかったのだがな、最近になってハマる気持ちもわかったというものだ。目の前で繰り広げられるアイツらのこそばゆいやり取りに、当初は困惑したり苛立ったりしたが、どうにもこう、な、そのうち見守っていると和んでいる自分に気づいたのだ。特に何気ないやり取りはいいぞ。名前を呼び合うだけで互いの意図を察する所なんかはもはや尊いと表現すべき領域だと――――」

「ちょっ、待っ、スタァァァァップ! 初対面だから詳しく知らないけど、アンタ絶対普段はそんなキャラじゃないでしょ! 二人ともそうでしょ!?」

「そ、そうだね。俺も一度にそこまで喋る箒ちゃんは始めて見るかな」

 

 箒ちゃんがすっごい喋る。しかもすっごい早口。鈴ちゃんが待ったをかけても全然止まる気配がないし、むしろしゃべくりがどんどん加速しているように聞こえるのは気のせいなんだろうか。

 ナツのことは諦めていないらしいが、箒ちゃんはいつぞやから俺たちをラブコメ的視点に切り替えて見守っていたようだ。……もしかして、睨まれてたのってそういう意味だったの?

 いや、ある意味本能的な自己防衛が発動している可能性もあるな。なんというか、ナツをナツと認めないために、一種の娯楽として俺たちを見るよう視点を無意識に変えた……とか。

 だからこれも無意識的なもので、早々に鈴ちゃんを仲間に引き寄せなるべく傷つかないようにしている……とか。

 にしたって俺たちの知ってる箒ちゃんとはかなりかけ離れてしまうわけでありまして、率直に申しますと少し怖いくらいまであるなぁ……。

 

「聞いたアタシが馬鹿だったわ。一夏! 箒って子がハッキリしないんだったら、アタシが言わせてもらいますけどね」

「う、うん」

「アンタ、おと――――」

「っ……鈴ちゃん!」

 

 まだペラペラとよくわからないことを喋り続けている箒ちゃんを無視し、鈴ちゃんはすごい剣幕でナツへと詰め寄る。

 その様子をハラハラと見守っていたが、鈴ちゃんがとあるワードを言いかけたのを察してそれを遮った。

 瞬間、鈴ちゃんが身体をビクつかせてこちらに注目。俺に大声で呼ばれることが不慣れだからかも知れない。

 俺だって慣れてなんかないさ。なるべくなら、こんな非難するようなニュアンスを含めて他人に呼び掛けたりなんかしたくない。

 けど、だ。それでもそういった台詞だけは今のナツに言わせない。誰であろうと言わせてなるものか。そんなことナツが一番よくわかっているに決まってるんだから。

 俺は一度心を落ち着かせるために深く長く呼吸をしてから、鈴ちゃんを見据えてひとこと言い切った。

 

「ナツは女の子だよ」

「…………!」

 

 鈴ちゃんが言いかけた言葉とは、アンタ男でしょうがとかそんなのだろう。冷静でなかったにしても、今のナツに送るには残酷過ぎる言葉だ。

 わかっているに決まっていると言ったが、ナツ自身が一番わからないというのもまた正確なんだと思う。こう、自分の性別がどちらかってことは。

 けど、少なくともナツは女の子として生きようとしている。その様子はここ最近顕著なもので、俺に生じている混乱もそれが大きな要因だろう。

 俺の言葉に対し、鈴ちゃんは様々な感情が入り乱れているようだ。

 自分でもわずかながらに酷なことを言おうとしていた。そのことに対する戒め。そして、それでも納得がいかないという悔しさが主といったところか。

 

「……ごめん、出直すわ」

「む、まだ半分も話し終わってないぞ。時間が許す限り聞いていくといい」

「さっきからうっさいわ! ちょっとついて来ないでよ!」

 

 鈴ちゃんだってただ傍若無人なわけではない。自分に非があれば、素直に認めて謝ることのできる思いやりも持ち合わせた子だ。

 一気に脱力した鈴ちゃんは、多分だけどあらゆることに謝りながら去って行く。のだが、その背を追いかけられてまで箒ちゃんのトークを聞かされる気分はどうだろう。

 っていうか半分も終わってないって、無視している間もずっと喋っていたのに? ……次の休み時間までには落ち着いてくれていることを願っておこう。らしくなさ過ぎて、どう対応していいのかまったく見えないぞ。

 

「ナツ、俺たちも帰ろ――――」

 

 とはいえ今は授業合間の小休止。本来ならばトイレ休憩や次の授業の準備とかに使われるべき時間だ。

 移動含めてあまり猶予も残されていないだろう。ということで、ナツへ可及的速やかに教室へ戻ることを提案しようとしたところ、飛び込んでくるような勢いでナツに抱き着かれた。

 あまりに突然のことで混乱が生じてしまうが、ナツの様子がだんだんと俺の思考を冷静なものへと変えていく。どうにも嬉しかったりの感情だけでないような気配を感じたからだ。

 ナツの腕に込められている力はあまりにも必死で、まるでこちらにすがるかのような心情もにおわせる。何より、小刻みな震えが全てを物語っていた。

 

「……ありがとう」

「え?」

「……ありがとう」

「ナツ……」

 

 何事かを問うよりも前に、ナツはただひとこと、ありがとうと消え入りそうな声で言った。それが何を意味するか、理解すると同時に更に思考は冷静なものになっていく。

 多分ナツは、俺が女の子だとキッパリ言ったことに対して感謝しているんだろう。それでいて、どこか自分の生き方に迷いや後ろめたさがあるということなんだと思う。

 だから鈴ちゃんが言いかけたことも察していて、すがる様子とか震えはそこからくるものか……。

 もし鈴ちゃんがあの言葉を言い切っていたとするのなら、俺は――――初めて人を許せないと思っていたかも知れない。

 

「大丈夫だよ。大丈夫だから」

 

 基本的に慰められる場合が主なため、こういう時どうしていいのかはわからない。だから子供の頃母さんにされたことを思い出し、それを真似ることくらいしかできなかった。

 俺はナツの背中を撫でたり、軽くトントンと叩いたりしてみる。そして、ひたすら大丈夫だということを伝え続けた。

 こう言っては失礼なのかも知れない。ナツの悩みを軽視した発言かも知れない。けど、ナツが女の子じゃなかったらなんなんだって話でもあると思う。

 だって、探せばもっと女の子らしくない人は沢山居るはず。その点から言うなら、ナツは本当にとても可愛らしい女の子だ。だから、大丈夫だよ。

 俺はしばらくの間ナツに大丈夫だよと伝え続けた。それで次の授業に間に合ったかどうかだが、そのあたりはご想像に任せるとだけ言っておこう。

 

 

 

 

 




ハルナツ限界オタク箒ちゃん爆誕。
晴人が考察しているとおり、自己防衛能力が無意識下で発動しているだけですが。
とりあえず、臨海学校編までは原作らしくない箒が散見するかも知れません。





ハルナツメモ その15【ハルナツ】
本人たちの知らぬところで、このような呼称が使われている。
合言葉はハルナツはいいぞ。
だが何も応援しよう、サポートしようというような、キューピット的なことをしようということは全くない。
どうせそのうちひっつくので初々しい姿を見守ろうというのが主な活動方針である。
主な勢力は一組であるが、簪も支持者の一人。


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第25話 証明

あまり触れるべきではないと思ったんですが、どうしても言いたいことが。
某レジェンド・オブ・いちかわいい作品リメイク版、完結おめでとうございます。
相変わらず化け物じみた更新速度と内容の濃さでしたね。
ちょうど連載時期が被って戦々恐々とはしましたが、勝手に切磋琢磨させていただいたような気分で励みになっておりました。
私は私で、とりあえず完結目指して頑張ってまいりましょう。なお内容。


「なるほど。ありがとう、タメになったよ」

「いえ、このくらいお安い御用ですわ」

 

 放課後、セシリアさんを捕まえて少しばかりアドバイスを貰っていた。相談相手で察してもらえるかも知れないが、射撃のことに関してちょっと。

 ヘイムダルの射撃武装といえば黄色の弩砲(バリスタ)になるわけだが、全くと言っていいほど当たらないんだなこれが。

 セシリアさんとの模擬戦では初見という要因で当てさせてもらったという感じだが、速度さえわかってしまえば真っ直ぐ飛ぶだけなんで避けるのは易いみたいで。

 候補生ならまだしもなんだけど、箒ちゃんにすら避けられたのは流石にショックだった。どんだけ下手なんだ俺と愕然としたのは記憶に新しい。

 これはまずいとセシリアさんに相談したわけだが、やはり射撃型の機体に乗っているだけあって知識と経験は豊富で、とてもタメになる話を聞くことができた。

 後は生かすも殺すも俺次第。懇切丁寧にアドバイスしてくれたんだから、キチンと有効活用しないとな。

 

「日向くん……まだ居る……?」

「あっ、簪さん。こんにちは」

「簪さん、御機嫌よう」

 

 ではそろそろお暇をといったところで、簪さんが教室へ訪ねて来た。その手にヘイムダルの待機形態が握られていることから、頼んでおいたことの結果が出たのだろう。

 何かって、例の変身みたいな展開方法をどうにかできないかと相談してみたのだ。

 別に試合だけなら構わないが――――いや、構うけど、大いに構いはするんだけど……! とにかく、緊急時に展開が必要な時に、あんなことやってる隙があるわけないでしょうに。

 それこそ、変身中は攻撃しないのがお約束な敵キャラよろしく待ってくれるはずもない。要するに俺の命に係わる問題だ。

 

「整備科の先生と協力した結果……」

「結果……?」

「無事外せた……。今後は手にとってさえいれば展開できるはず……」

「あ、あぁぁぁ……ありがとおぉぉぉぉ……! 簪さん、本当にありがとう!」

「晴人さん、お気持ちはわかりますが何事かと思われますわ」

 

 特撮好きらしい簪さんとしては複雑な心境らしいが、どうやら例の機能はつつがなく解除することができたらしい。

 あまりの嬉しさに崩れ落ちた俺は、膝をついたままの状態から簪さんの手を取り何度も上下に振った。

 するとセシリアさんが大げさだとそっと耳打ち。確かに廊下からこちらを見た女子が、何事かと首を傾げていた。

 これはよくない。俺はともかく簪さんにまで迷惑が掛かりそうだ。それを理解した俺は、すぐさま簪さんの手を離して立ち上がる。そして待機形態のヘイムダルをホルスターへしまった。

 

「でも……製作者の意地は感じた……。システムに厳重なロックがかかってたから……」

「何が製作者の方にそこまでさせたのでしょう?」

(どんどん実の母って言いにくくなっていくなぁ)

 

 簪さんは顎に手を当てるような仕草を見せると、うむむと唸るようにかなり難しい案件だったと呟く。

 セシリアさんもヘイムダルの諸々から製作者がアレな人だとは察していたようで、今の言葉を聞いて更に評価を変人にランクアップ? ダウン? させたようだ。

 別に母さんそのものは当然家族として好きだけど、母さんが製作者と知れたら恥ずかしくてやれない。言う必要がないから教えなかったが、速やかに自白しておいた方がよかったかも。

 それはいいとして、アドバイスやヘイムダルの件の他にもひとつ聞いておきたいことがあるんだった。聞き込みできる人数が増えたからちょうどいい。

 

「ところでだけど二人とも、ナツを知らないかな」

 

 本当は声をかけようと思っていたんだが、こちらに一瞥もくれずに教室を出てしまうものだから気後れしてしまった。

 いくら俺とナツが家族同然だからといって過干渉はよくない。そう考えてセシリアさんに手解きを受けていたわけだが、どうにもナツのことが頭にちらついてならなかった。

 同室であるからいずれは会える。だが放置しておくにはあまりにも捨て置けない出来事が起きてしまっているのは事実。

 いくらナツでも自棄になってヤケを起こしているということはないだろうが、様子くらいは確認して然るべきというやつだ。

 

「一夏……? ……そういえば見かけない……」

「わたくしも心当たりはありません」

「そっか」

 

 しかし、残念ながら二人とも心当たりはないらしい。

 俺の知らない所で放課後の予定でも聞いていればと思ったんだが、そう都合のいいことはないか。やはり自力で探すしかないらしい。

 とはいえ、手掛かりがまったくないわけではない。ナツの行動パターンは把握しているつもりだし、脳内にある候補をいくつか当たれば正解を引けるだろう。

 そうとわかれば早速行動に出るとしよう。おっと、その前に二人の時間をいただいたことにキチンと感謝をしなければ。

 

「二人ともごめん、俺の用事に時間を使わせてなんなんだけど――――」

「お気になさらず、一夏さんに御用とあらばお急ぎください」

「日向くん……また明日……」

「ありがとう。また明日!」

 

 両手を合わせてまずは謝罪から入ろうとしたのだが、二人とも皆まで言うなみたいな様子で俺を見送ってくれた。

 俺は本当に友達に恵まれているものだ。そう心中で噛みしめつつ、二人に感謝しながら教室を出てナツの捜索はスタートした。

 どの候補から攻めたものか。ひとまず消去法として訓練という線は消える。アリーナの使用申請をしたという話は聞かない。

 部活という線も……ないかな。ナツは剣道部所属で、部活がある日はいつも箒ちゃんと連れ立って教室を出ていく。箒ちゃんが追いかける様子もなかったから、休みって可能性が高そうだ。

 だとするなら、やっぱりあそこだろうか。一人でいる時に見かけたことは一度じゃないし、やっぱり確率が高そうな場所から向かうべきだ。

 方針が決まった俺は、教師に見つかっても注意を受けなさそうな速度で走り出した。俺の懸念が杞憂であることを祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏」

「あっ、鈴。どうかしたの?」

 

 放課後、とある場所を目指して歩いていると、鈴に呼び止められた。待ち伏せでもしていたんだろう。

 それにしても、どうかしたのかとは我ながら白々しい。どうかするに決まっているよね。結局話は平行線で終わっちゃってたんだし。

 鈴も今朝のことを気にしているのか、話しかけたというのになかなか口を開かない。それどころか、ああでもないこうでもないと考えが錯綜しているようだ。

 けど、そんな鈴に私もかける言葉が思いつかなかった。別に今朝のことに怒っていたりとかはないけど、こちらとしても気まずいのだ。

 話しかけたのは自分という手前もあってか、最終的に話を切り出したのは鈴の方。少し身体を脱力させると、うなだれるように頭が下がった。

 

「ごめん。一夏が一番難しい状況なのに、アタシ、あんなこと」

「ううん、鈴の言葉そのものは間違ってないと思うから」

 

 鈴は昔から自分の非を認めない方だ。そんな意地っ張りな性格だというのに、聞いたこともないトーンで謝られて逆に困惑してしまう。

 でもそれだけ悪く思ってくれているということは伝わった。怒ってはいないが気にしていないということはなかったけど、謝ってくれたんだからこれ以上私から言うことは何もない。

 それに、鈴の言葉も間違ってはいなかった。私は女だといくら自分に言い聞かせたところで、根底に眠る男という事実ばかりは覆せないのだから。

 私の中に渦巻く靄はそれなりに濃いが、いたずらに関係を悪化させたくないから鈴は謝りに来たんだ。寛容な心で受け止めなくては。

 しかし、鈴もただ謝りに来ただけということはないみたい。またもやとても言いづらいことなのか、引き続けて重々しく口を開いた。

 

「一夏、アタシと賭けをしてくれないかしら」

「賭け? 乗る乗らないは内容にもよると思うけど」

「今度のクラス対抗戦で、ちょっと思いついたことがあるの」

 

 鈴が私に賭けを仕掛けてきた。かつて何度か聞いたようなことだが、今回は負けた方が奢りとかそういうのではないのだろう。

 あまりにも不利な内容ならキッパリと断ることも視野に入れて話を進めると、勝ち負けに関してはクラス対抗戦にて決定するつもりらしい。

 ジャンケンとかコイントスとか運の要素が強い内容は避け、私たちの実力によるところを影響させるためかな。後腐れのようなものも少ないはず。

 私だって代表候補生だ。千冬姉のコネは大いにありながらも、後は己の実力を示してこの座に就いたと自負している。挑まれるぶんには問題はなく、受けて立つといったところか。

 だが、それは何を賭けるかということを聞いてからだ。鈴の様子と、話の流れからしてだいたいの予想はつくけどね。

 

「アタシらが直接対決した場合はその勝敗。当たらなかったらよりコマを進めた方が勝ち。一夏が勝ったら、アタシはもうアンタの生き方にとやかく言わない。けど――――」

「私が負けたら、真面目に男に戻る方法を探す?」

「……わかってんじゃん。一夏の気持ちも本気っぽいし、こんなことホントはしたくないんだけどね。けど、それでもアタシは大人しく引き下がるわけにはいかないの」

 

 私の予測は正しく、鈴の言う賭けとは私のこれからに関することだった。

 私がハルに恋したことにどうして鈴が怒るのか、鈴が私が男に戻ることに拘るのか。初めはそれがどうしてもわからなかった。

 だけどこの感じ、多分だけど鈴もかつての私を好いていてくれたのではないだろうか。それを今指摘して、素直じゃない鈴が認めてくれそうにはないけどね。

 それは、なんというか、箒の件も重ねて大変申し訳なく思う。全く気付くことができなかったということは、さぞかし鈴を傷つけてしまったことだろう。

 正直、受けたくのない賭けだ。勝負の世界に100%はない。自信はそれなりにあっても、私の生き方に関して賭けるようなことはそもそもしたくはなかった。

 でも鈴の気持ちに気づけなかったこと、そして引き下がることのできないという台詞が私を突き動かす。

 そのとおりだ。こっちだって引き下がってやるわけにはいかない。ハルへの想いを引き下げるわけなんかにはいかない。

 

「その賭け、乗った」

「アタシが仕掛けといてなんなんだけど、てっきり断られるもんだと思ってたわ」

「私のハルへの想いの証明にしてみせるから」

「あ、そ。はいはい、ごちそうさまでした。……決着、できれば直接対決でつけれたらいいわね」

「……うん」

 

 堂々とそう宣言してやると、鈴はまさかの展開だと渋い表情を見せた。本当にいいのかという意味も込められていそう。

 大丈夫ではないが、ハルのことを諦めなくちゃならなくなるのなら気合の入れようが違う。もし負けるようなことがあるのなら、それは私のハルへの想いが足りなかったのだと本気で思う。

 そんな私の言葉に対し、鈴は演技がかったような呆れた態度を示す。でも背を向けた直後の言葉は、絞り出すかのような声色だった。

 そのまま軽く片手を挙げて去って行く鈴の小さな背中に、私は曖昧な返事で答えることしかできなかった。その代わりということではないが、鈴の姿が見えなくなるまで注目を続ける。

 

「……アリーナの申請、しておけばよかったな」

 

 鈴が見えなくなり次第、歩みを進め始めた私はそんなことを呟いた。絶対に負けられなくなってしまったのだから、せめて悔いのないように訓練を沢山しておきたい。

 でもあまりに突発な出来事だ。今のを予期して申請なんてできるはずないんだから、今日は大人しく休養を取ることにしよう。

 だが残念、当初の目的からして今日はただの休養にはなりえない。ちょっとだけ考えたいことがあって、一人になれる場所を目指していたんだから。

 

「ふぅ……」

 

 たどり着いたのは学園の中庭だ。昼休みなんかはちらほら生徒を見かけるが、放課後ともなると用事がないのか人通りすら皆無になる。

 この場所は好きだ。ここからボーッと沈みゆく夕日を眺めるのがなかなかに悪くない。いわゆる黄昏る、というやつだろうか。

 あまりそういうのは柄でもないのはわかっているが、どうもこの身体になってからは考え事に費やす時間が増えたような気がする。

 私は背伸びをしながら溜息ひとつ。そしていくつか設置してあるベンチに腰掛けると、夕日のある方角に頭のみを向けた。

 

「私はいったい何者ぞっと……」

 

 私が織斑 一夏であるという事実は揺るがない。男だったという事実もだ。だからこそ、それらをひっくるめて今の私があると思っていたんだけどなぁ。まさか鈴の悪気のない言葉にああも動揺してしまうとは。

 それを思えばハルには情けないところを見せた。……けど、あんなに優しく包み込んでくれるなんて思ってもみなかったな。

 私のことを女の子だと言ってくれて、大丈夫だと慰めてくれた。あの時のハルには大いに男性というものを感じたものだ。

 なんていうか、惚れ直した。あの温もりを独り占めしたい。私以外に向けてほしくないと思う程度には。

 こんなにハルのことが好きなのに、今の私は絶対女の子に近いものなはずなのに、どうして最後の最後まで自信を持つことができないのだろう。

 私は俺で俺は私。私は男で俺は女。そんなただひとつの矛盾が大いに私を苦しめる。どう足掻いたって完璧な女の子になれない私は、どうやって俺と向き合っていけばいいんだろう。

 

「ナツ! やっぱりここに居た」

「ハル!? ど、どうしてここが?」

「前に一度、校内からキミを見かけたことがあったから」

 

 誰一人として会うことはないだろうと思っていた矢先、ハルの声が聞こえたものだから心底から驚いてしまう。

 時折こうして黄昏ていることはハルにも話してはいない。校内を走り回ればいつか見つけられるかも知れないが、そう私を探し回った様子は見受けられなかった。

 話を聞くと、絵になりそうな被写体を求めて校内を歩き回っていた際に私を見かけたんだとか。だからと思って来てみれば、ということらしい。

 

「あの、隣、座ってもいいかな」

「う、うん、勿論。でも、ハルは何しにここへ?」

「いや、特に何があるわけでもないんだけど」

 

 またもや白々しい言葉が私の口から飛び出て、思わず自分でも笑ってしまいそうだ。何しにって、ハルは私を心配してくれているに決まっている。

 それこそ情けないとこ見せたんだし、一応は慰めてもらったけど、それで済むようなことだと思ってはいないらしい。

 自分のことは抱える癖して、他人のそういうのには敏感なんだから。そういうところもハル特有ではあるんだけどね。

 こういう時のハルは、人が欲する言葉を的確に提供してくる。しかも普段の弱弱しい調子が嘘みたいにハッキリと。何度でも言うけど、ギャップが凶悪すぎる男だ。

 

「難しいことだとは思うんだけどさ、どうするのか、どうしたいのかはナツにしか決められないことだと思うんだ。……言われなくてもわかってるよな。えっと、俺が言いたいのはそういうのじゃなくて……」

「うん……」

「ナツには好きに生きてほしい。男としてだって女にしてだって、自信が持てないんなら俺が証明になってみせるよ」

 

 ハルはベンチに腰掛けると、しっかりとこちらの目を見据えて思いの丈を述べ始めた。

 内容としてはやはり今朝の件の続きのようなもので、私が先ほどから大いに頭を悩ませていること。

 ハルも自分の中で考えがまとまっているわけでもないのか、言葉を選ぶ姿はまるでパズルでも解いているかのよう。

 一度目は上手くピースがはまり切らなかったのか、少し乱暴に髪の毛を触ってから違うと眉間に皺を寄せる。何をナツが頑張るしかないなんて結論付けてるんだ俺は、とか思ってそうだ。

 けど、次いで告げられた言葉はあまり意味がわからなかった。私の理解が及んでいないのを察知したのか、ハルは少し困った様子で切り出した。

 

「た、例えば、あくまで例えばの話なんだけど! ナツ、俺と、デッ、デデデ……デート、しようか」

「…………え?」

「いやほら! デートって概念は異性同士が二人きりで出かけることを指すわけで、そしたら俺とナツでデートが成立するならそれはナツが女の子ってことになるっていうか!」

「ハ、ハル、とりあえず落ち着こう? なんか論点ずれ始めてるから」

 

 ハルに落ち着くよう促すも、それは私も自分に言い聞かせている節があった。だって、今私はハルに耳を疑うようなことを言われたっぽいのだから。

 向こうも自分が取り乱していた自覚があるのか、私の言葉に顔を真っ赤にさせながらそうだねとひとこと。

 しばらく咳払いしたり深呼吸したりして心頭滅却しているハルを眺めつつ、私も密かに心を落ち着かせるようつとめる。

 そしてようやく本調子に戻ったのか、ハルは少し俯き加減ながらも先ほどの言葉の真意を語り始めた。

 

「……俺は、ナツが女の子として生きたいなら、俺もナツがそうあれるように生きたいって思うんだ。だからそういう意味。俺は、俺が、ナツが女の子である証明になりたい」

 

 あまりにも突飛に感じられるデートの約束。蓋を開けてみれば、なんということだろうか。そのような真意が隠されていようとは。

 今度は泣いてしまいたい衝動を必死に抑える。嬉しい時の涙って、なんだかネガティヴな感情で出る涙より抑えが聞かない気がするな。

 だって、そんなの泣きたくなるに決まってるじゃん。この男は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。

 ハルの言った自分が証明になるという言葉の真意。唐突に切り出されたデートの真意。それは、自分が女の子扱いしてるんだから女の子だっていう、今の私には心の奥底に強く響く言葉だったのだから。

 

「それ、いつまで証明でいてくれる?」

「前と同じだよ。ナツが望み続ける限りは、それに全力で答えてみせるとも」

「……そっか」

 

 現在はまだ情熱的な意味が含まれていないことはわかっている。けど、こうしてまた言質が増えてしまったというわけだ。

 ……ハルがその気なら、こっちだって本気でいくもん。ずっと、ずっと、ずーっと、未来永劫に私が女の子である証明になってもらおう。

 そしていつしか、必ず振り向かせてみせる。私が望むんじゃなくて、ハルが望んで私と共にありたいように思わせてみせる。

 無論、それは男女の関係という意味でだ。もう私には親友でも姉弟でも相棒でも足りない。ハルに愛されるただ唯一の女になりたい。

 

「ハル」

「な、何?」

「その申し出、喜んで受けさせていただきます」

「あ、え? デ、デートのこと? そ、そう……か。うん、わかった。プランは考えておくから、対抗戦が落ち着いたら二人で出かけよう」

 

 あくまで例え話と前置きしていたのは本気なのか、私がデートをOKしたのがかなり意外と見える。

 ハルは喋り始めのあたりで声を裏返らせていたが、大きく取り乱すようなことはない。わかったと了解の意思を示した頃には、薄い笑みが出るくらいには完全に落ち着いたようだ。

 それにしても、対抗戦が終わったら……かぁ。うん、これは鈴に負けられない理由が増えてしまった。賭けの内容的に、負けた後のうのうとデートってわけにもいかないだろうし。

 よし、じゃあ合言葉は勝ってハルとデート! これで行こう。なおさら負けられなくはなったけど、俄然やる気は沸いてきた。

 

「ん」

「ん、って指切り? まぁ、うん、それじゃあ――――」

「「ゆーびきーりげーんまーん」」

「嘘ついたらフルパワーれいらくびゃ~くや!」

「怖っ!? というか死んじゃうでしょうに!」

 

 私が小指だけ立てた手を差し出すと、意図を察したハルは同じく小指を立てて互いに絡ませ合った。そしてお約束の言葉のリズムに乗せて手を上下させる。

 本来なら針千本飲ますが正しいが、私は盛大なアレンジを加えて約束を破った際の罰に最大出力の零落白夜を取り付けた。勿論冗談だが。

 でもこういう場合にハルのツッコミ速度はすさまじいもので、まさに阿吽の呼吸といったふうにツッコミが返ってきた。

 こうなると楽しいもので、ボケにボケを重ねたくなっちゃうんだよねぇ。ハルも律儀に延々ツッコんでくるし。というわけで、今回も例によってボケ倒し&ツッコミ倒しがスタート。

 

「さーて、どこまで本気でしょうねぇ」

「僅かでも本気である可能性を含ませないでいただきたい……!」

「じゃあ青色の塔盾(タワーシールド)は構えてていいよ」

「何も変わってないじゃないか! エネルギーシールドだから結局は俺ごとバッサリじゃないか!」

 

 シレっとした様子でベンチから立ち上がって歩き出すと、ハルは慌てるようにしてその後ろを着いてきた。

 そうしてボケとツッコミの応酬が過熱するのに合わせるかのように、私たちの足取りは自然と加速の一途をたどる。

 最終的には鬼ごっこ同然のようになり、校内を走り回る形になってしまった。我ながら、さっきまで悩んでいたのが嘘みたい。

 そして肝心のオチだけど、間の悪いことに千冬姉に見つかってしまったとさ。そのまま一時間強にもわたるお説教コースである。

 やっと解放された頃には正座によって足腰は立たず、二人して肩を貸し合いながらゆっくりゆっくり自室へと戻る私たちであった。

 

 

 

 

 




やっとこさ……やっとこさデートの約束まできたぞぉ!
でもその間に挟まるのは対抗戦。ただで済むわけねぇよなぁ。
まぁなんです。この対抗戦も晴人にとって大きな意味を成すので多少はね?
というか、ようやく晴人と一夏で掲げるひとつのテーマに触れられそうです。





ハルナツメモ その16【デート】
二人の家庭事情の関係上、当然ながら二人きりでの外出等は描写していないだけで多々ある。しかし、決してデートではないというのが共通認識。
今回晴人がデートと発言したということは、一夏ちゃんのことをより女性として意識しているということの現れである。


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第26話 テーマを掲げろ

長い癖して展開が遅いです。
というのも、ここから四話構成みたいなものでして。
もっと言うなら、この話は起承転結における起です。
ほとんど実りはないですが、どうか宜しくお願いします。





以下、評価してくださった方々をご紹介!※順不同

雪ん狐様 小傘様

評価していただいてありがとうございました!


 とうとうこの日が、クラス対抗戦の本番がやってきた。私にとってはあらゆることに審判がくだる日と言ってもいいのかも知れない。

 やれることはやったし覚悟も決めた。後は本番で結果を残すだけだ。しかし、対戦表を見るに運命めいたものを感じずにはいられなかった。

 ピットへ向かう道中にいくつも掲げてあるモニターには、第一試合のカードが表示されている。そこに映し出されているのは私と鈴だ。

 賭けを取り決めた私たちがいの一番に対戦とは。どうにも神様とやらは私に試練を与えるのがお好きなようで。まぁ、変に焦らされるよりはましだろうか。

 

「ナツ」

「ハル! ふふ、わざわざ見送りに来てくれたんだ」

「うん、そんな感じ。とりあえず、いつものアレはしておいた方がいいんじゃないかって」

 

 脳内で鈴との早期の決着がいいんだか悪いんだかと唸っていると、前方から私を呼ぶ声がして一気に意識が引き戻された。

 ピットの出入り口付近に居たのはハルだ。その姿を確認するのと同時に、自分でも笑ってしまうほど露骨に喜んでしまった。

 そのまま駆け足で距離を詰めると、下から覗き込むようにしてここに居る理由を尋ねた。するとハルは、少し恥ずかしそうにしながら見送りの儀式をしに来たのだと言う。

 子供の頃に考えたものを大事にしてくれているのはすごく嬉しいし、それをやるためだけに姿を見せてくれるのも嬉しいなぁ。

 

「調子はどう」

「ハルの顔見たら元気100倍」

「そ、そう? ならよかったんだけど。え~っと、それじゃあ、応援してるから。頑張って」

「うん、頑張る!」

 

 様式美がてらに調子を尋ねてきたんだろう。ハルの言葉に二ッとしながらありのままの答えを返すと、またしても恥ずかしそうに視線をそらした。

 でも当初の目的を思い出したのか、無理矢理にでも調子を戻してエールを送る。私はそれに意気込みを示すかのようにして、見送りの儀式という名の連続ハイタッチを行った。

 パチンパチンと小気味よく手が打ち合う音が廊下に響き渡り、その反響が消えるのと同時に私たちは微笑み合う。

 後はこれ以上の言葉は不要と、どちらともなく背を向け合ってそれぞれの歩くべき場所へと進んだ。

 ピット内に入ってみると、もうすでに出撃準備そのものは整っているようだった。後は私が白式を展開してカタパルトへ乗るだけと。

 

(白式、力を貸して)

 

 勿論だが負けていい試合なんて存在しない。けれど賭けの内容からしてこの一戦は大一番というやつになるだろう。

 日ごろ世話になっている相棒に内心で呼びかけると、そこから装甲を展開。なんだか気持ちいつも以上に装甲が馴染むような気がした。

 そのことを白式が応えてくれているんだと勝手に解釈し、カタパルトに両脚部をつけた。

 ゲートの表示がグリーンに変わるまでのわずかな間。私はそこで適度な緊張を味わいつつ更に調子を整える。

 そして表示されるGOの二文字。私は半ば条件反射じみた速度で白式を操作し、一気にゲートから飛び出た。

 

「一夏、アンタかっこいい機体に乗ってんじゃん」

「鈴こそ、トゲトゲしい感じがかっこいいね。ロックンロールって感じ」

「んなこと言われたのは初めてだわ。相変わらず独特な感性してんのね」

 

 お互いに公平を期すため、なるべく乗ってる機体の性能だのといった情報戦はなかった。ディティールすらここで初見となる。

 うんうん、白式のことは私も気に入っている。このウィングスラスターが特に。相棒を褒められると自分のことのように思えるね。

 社交辞令というかお返しというつもりもなく、鈴の乗っている甲龍なる機体も普通にかっこいいと思うので私も褒めておく。

 でも機体の大半を占めるカラーリングのそれは何色なんだろう。ピンクでもないし赤でもないって感じだ。後でハルに聞いてみよっと。

 

「ま、世間話はこのくらいにして――――一夏、負けないわよ」

「うん、私も負けない。負けられないの」

 

 鈴の朗らかな雰囲気は一瞬にして消え失せ、気づいた時にはまるでこちらを殺さんとばかりに鬼気迫る様子を見せつけられた。それだけの想い。それだけの覚悟ということなのだろう。

 思わず呑まれてしまいそうになってしまうが、ふと頭にハルの姿が過る。……うん、合言葉は勝ってハルとデート……だったよね。

 それを再確認した私は、鈴と同じく覚悟を抱いた姿を見せられた……と思う。だって殺気の出し方なんて知らないし。

 でも鈴のニヒルな笑みを見るに、それなりのものは伝えられたと思う。後は、私の想いの強さを示すのみだ。

 

『試合開始』

 

 今ここに、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、みんな!」

「晴人か? 急に消えるものだから心配したぞ」

「まぁ、どこにいらっしゃったかは予想がつきますけれど」

「日向くんもなかなか過保護……」

 

 アリーナ内のモニタールームでみんなの姿を見つけた。嬉々として声をかけてみると、それぞれに思い思いのことを述べられる。

 箒ちゃんの言葉はもっともで、本来は俺もみんなと一緒にここへ向かう予定だったんだ。

 けど鈴ちゃんに限らずクラスの代表として出場しているから大事な時に該当するんだろうし、そうなると通例どおりに見送らないとこっちが落ち着かなくて。

 セシリアさんの含みを込めた笑み、それに簪さんの過保護という指摘は心外だが、こっそりと抜けてナツに会ってきたということだ。

 

「簪さん、試合の準備とかはいいの?」

「うん……。一夏の試合が終わってからでも問題ない……」

 

 そういえばというふうに思い立ったのだが、四組のクラス代表である簪さんが当たり前のようにこの場に居るのが気になった。

 すると余計なお世話なようで、第一試合が終わってからでもなんら問題ないそうな。とは言ってもナツの白式は短期決戦型だし、油断をしてるとすぐ決着がついてしまうのではないだろうか。

 ……と、考えていた俺は鈴ちゃんをなめ切っていたんだろう。軽い調子でモニターに目を向けて愕然とした。なにせ、そこにはナツが攻めあぐねているナツが映っていたのだから。

 あれはなんだ? わずかに空間の歪みのようなものが見える。それでナツはその歪みを必死に回避している様子だ。端からではさながらパントマイムのようにも感じられた。

 

「鈴ちゃんはいったいどんな攻撃を?」

「衝撃砲、ですわね」

「空間を圧縮固定し砲身を形成……。その際に余剰で発生した衝撃そのものを発射……する兵器だったと思う……」

「つまり空気砲か? 視認できんとはまた厄介な」

 

 俺では全く予想がつかなかったが、代表候補生二人は思い当たる節があるようだ。

 簪さんの解説を聞くに原理はわかった。それに伴いナツの不可思議な回避行動の謎も解けたも同然であろう。

 箒ちゃんが言った通り、あれは兵器クラスの空気砲。鈴ちゃんの肩付近に浮いている非固定のアレがそうかな。

 空気が透明であることなど当たり前で、子供ですら疑問に思うことはないだろう。だがその単純さが、鈴ちゃんの勇猛果敢な性格と上手く噛み合っているらしい。

 恐らく鈴ちゃんの機体は中・近距離戦を想定されている。

 先ほどから振り回している二振りの極大青龍刀で斬りかかり、離脱を図ろうものならその隙を衝撃砲で攻撃。相手が防御しても結果は同じだ。

 つまり、青龍刀か衝撃砲のどちらかの餌食になる道を選ぶしかないということ。ナツのように避け続けない限りはの話だけど。

 

「……相変わらずとんでもない……」

「ええ。一夏さん、わずかに動く彼女の視線を参考にして避けてますわね」

 

 そう、ナツはなんだかんだと言って避け続けてはいるんだ。いくら白式が高機動の機体とはいえ、それだけで片付けるにはあまりにも粗末に思える。

 するとナツと共に切磋琢磨した身であろう簪さんは、呆れるような畏怖するような、複雑な表情でとんでもないという評価を下した。

 何がとんでもないかを聞く前にセシリアさんが解説を入れてくれたが、もしそれが本当ならとんでもなく規格外だな。

 確かに射撃の際には狙っている方向を無意識に見てしまうようなこともあるらしいけど、それを主なヒントとして見えない攻撃を回避し続けるとは。

 

「おい、一夏が仕掛けるぞ!」

「真正面から!? あの方は何を考えているんです!」

「多分、今までのは慣らし……」

「うん、弾速や効果範囲をだいたい把握できたってことなんだと思う」

 

 ナツが急カーブして方向転換をしたのに合わせて、箒ちゃんがモニターを指差しながらそう叫んだ。

 するとナツは小細工なしの真正面から鈴ちゃんに突っ込んでいくではないか。これには思わずセシリアさんも驚愕の声を上げる。

 だけどそんな心配はない。根拠はないが、なんとなくナツがただ攻め手が見えずに避け続けるようには思えなかったからだ。

 どうやらこの点については簪さんと意見が一致したようで、そう、早い話が慣れたから大げさに避ける必要がないということなんだと思う。

 ナツは右脳派か左脳派かで例えるなら間違いなく前者のタイプ。天性のセンスともはや予知能力にも近いであろう勘が大きな武器だ。

 抜群の操作技量による接近からの一撃必殺こそがナツのファイトスタイルとなる。つまり、高機動性と零落白夜を備える白式もナツと相性がいいとみてよさそうだ。

 

「一夏の勝ち……」

「ああ、凰のやつは明らかに冷静さを欠いている」

「見えない攻撃を、見えてるように避けられるのはそりゃ焦るよね」

「わたくしは大いに気持ちがわかりますわ……」

 

 効果範囲や連射速度ないし回数を図ることができたのなら後は簡単――――いや、簡単ではないけどね、明らかに常人から逸脱した離れ業ではあるわけだが、ナツは鈴ちゃんとの距離を秒読みで詰めていく。

 必要最低限の動きで進路を細かく変え、それにフェイントも加えることで完全に鈴ちゃんを手玉に取っている状態だ。

 そんな二人の明らかな力関係を見てか、簪さんはナツの勝利を確信したかのような力強い口調で呟いた。声量そのものは相変わらずか細いけれども。

 鈴ちゃんもきっと、衝撃砲の視認が困難という単純でわかりやすいアドバンテージを信頼していたことだろう。

 だからこうも避けられることは想定していなかったろうし、その恐怖に駆られたかのような表情を見るに初めての経験と見た。

 そんな鈴ちゃんの姿にデジャヴを覚えたのはセシリアさん。確かに、BT四基による猛攻を割と簡単そうに避けられていた際に似たような表情をしていた。

 ナツはきっと、刀一本という白式の仕様で勝つ方法を考えたとき、避けて避けて避けぬくことが最適解だという結論にたどり着いたのだろう。

 前述したとおりにそれがナツの持つ天性のセンス、そして操作技量にピッタリハマったわけだ。やっぱりナツはすごい。まるで簡単そうにやってのけてしまうナツが、とても誇らしかった。

 

「そこだ、ナツ!」

 

 誇らしいついでにエキサイトした俺は、モニターに映るナツに呼び掛けるようにそう叫んだ。拳を掲げ、最初で最後の一太刀を見せてくれという想いを込めて。

 単なる偶然ではあるが、それと同時ほどにナツは鈴ちゃんを射程範囲に捉えた。そして、愛刀である雪片を振り上げ、万物を斬り裂くかのような強烈なひと振りを――――浴びせることはなかった。

 ナツは何かに気が付いたように首の方向を捻ると、雪片を振り切ろうとしていた手を止めて更に速度を上げた。

 そして、突進するかのように鈴ちゃんに抱き着いた次の瞬間のことだ。画面から目の眩むような光が放たれ、スピーカーから割れんばかりの音が鳴り響き、立っていられないような衝撃が地を走る。

 

「な、何ごとです!?」

「みんな、俺につかまって!」

「ありがとう……!」

「すまんな、支えに使うぞ!」

 

 本当に揺れが大きくて転倒の危険を感じるほどだった。

 これには俺も男としての本能のようなものが働き、周囲にいる三人に転ばないよう自分を掴むよう呼び掛けた。

 呼びかけに答えた三人が服や腕に掴まったのを確認すると、両の足をしっかり地に着けこれでもかというくらいに踏ん張る。

 俺がこけては本末転倒だ。みんなに怪我をさせるわけにはいかない。そう自分に言い聞かせ耐えることしばらく、さほど長時間でもない揺れは自然に収まっていった。

 やがて三人も俺に感謝を述べながらその手を離した。と、同時に代表候補生二人の行動に移すのが早い。手早く他の女生徒に怪我人がないか確認を始めた。

 こ、こうしてはいられない。それなら俺も――――と、意気込んで周囲を見渡し始めたその時、モニターに映るソレに反応を示してしまいそれどころでなくなってしまう。

 

「あれは、いったい?」

「日向く――――な……? あれは、Ⅰ……S……?」

「これは一刻を争う事態ですわね。晴人さん、簪さん、急ぎ織斑先生のもとへ!」

 

 モニターに映っていたのは、どう形容していいのかわからない何かだ。簪さんの抱えた疑問のように、確かにISであることは確かみたい。

 しかし、こう、なんだか取ってつけたかのように思える。ボディラインが女性を思わせる、膨らむところは膨らみ、締まるところは締まるところが特に。

 そして巨大な掌、不自然に長い手足、首がなく胴体から生えるかのような頭部と何もかもが異質だ。ヘイムダルのようにただ異質なのでなく、異質で、不気味で、あまり視界に留めてすらおきたくないように思える。

 俺と簪さんは愕然としてしまうが、セシリアさんの堂々とした声に現実へ引き戻された。なるほど、状況把握のためにフユ姉さんを頼ろうってことか。

 簪さんだけじゃなくて俺も呼ばれたのは、一応だが専用機持ちだからであろうか。よ、よし、もしもの時はせめて足手まといにならないようにしないと!

 

「……ああっと。箒ちゃん、すぐ戻ってくるから!」

「あ、ああ、気を付けるんだぞ」

 

 事態が急なのはわかるが、どうも無視するようで心苦しかったので箒ちゃんに一声かけておく。

 こんな状況ともなれば箒ちゃんも不安なのか、それとも一夏を始めとした俺たち専用機持ちが心配なのか。真偽のほどはわからないが、戸惑いながら俺の言葉に答えてくれた。

 本当はもうちょっと何かあってもよかったような気がするが、セシリアさんと簪さんは既に駆けだしている。これ以上は遅れるわけにもいかないので大人しく二人を追いかけた。

 流石に走力で二人に大きく劣ることはなく、ちょっぴり気合を入れて走ったらすぐ背中につくことができた。後はそのままフユ姉さんの居るであろう管制室の中へ直行だ。

 

「織斑先生、簡潔に状況の開示を求めますわ!」

「……お前らか。勿論その要求は呑むが、悔しいことに芳しくない報告しかできんぞ」

 

 管制室の中は慌ただしく教師の皆さんが走り回っていた。

 そんな中でフユ姉さんの悠然たる立ち姿は目立ち、すぐさま見つけることができた。しかし、声をかけたのと同時に、よくないことが続いていることを示唆するような発言で迎えられる。

 まずあの異形がISであることは間違いないらしい。しかし、未登録のコアを使用しているらしく所属等有益な情報は得られないそうだ。

 そして、外部からのサイバー攻撃か何かでシステムを掌握されたも同然の状態に。今はあらゆる扉がロックされてしまっているらしい。そ、それってつまり――――

 

「避難も援護も……!?」

「そうだ。教師や上級生が処理に当たっているが、果たして間に合うかどうか」

「そんな……。それじゃ、ナツと鈴ちゃんを信じて待つしかできないんですか!?」

 

 簪さんはナツを恩人だと言っていた。そんなナツがほぼ孤立無援の状況で、アリーナのシールドをも破壊する装備を備えたISと交戦せざるを得ないという事実に珍しく感情をあらわにした。

 かくいう俺もそうだった。そのせいで、努めて冷静であろうとしているフユ姉さんにわかり切ったことを聞いてしまう。しかもそのニュアンスはまるで非難するかのよう。

 

「無論すべての扉が電子ロックということはないが、逆に混乱を招く可能性があると考えるとどうも――――」

 

 フユ姉さんは少しだけ表情を苦いものに変えると、思い悩むかのようにそう呟いた。曰く、不足に事態の備えそのものはあるとか。

 外部からのサイバー攻撃で各扉がロックされた時に備え、手動で開く非常口はいくつか用意されているそうだ。

 しかし、あくまで侵入できるのは観客席まで。つまり、アリーナのシールドに阻まれて援護するまでには至らない。しかもこのパニック状態が事態を悪化させていた。

 今現在、客席で観戦していた生徒たちはパニック状態。多くの生徒が開く保証がない電子ロックの出入り口に殺到している。

 これだけでも危険だと言うのに、脱出できることがわかれば我先にとなってしまうのは目に見えている。将棋倒しのリスクを更に高めることになるだろう。

 

「――――とはいえこの状況に甘んじているわけにはいかんか。お前たち」

「「「はい!」」」

「それぞれ分かれて手動の非常口を解放せよ。ただし、それら全てISを展開して行え。押しつぶされては話にならん。そして、援護可能な兆候が見えるまではそのまま避難誘導に当たれ」

 

 そう、アリーナのシールドを破壊できるのだから、あのISの操縦者がいつ観客を人質にとるともわからない。ならば速やかに避難を進めるべきだ。

 フユ姉さんとしても苦肉の策と言いたげだが、俺たち三人の専用気持ちに的確な指示を与える。どうやら開放する方針で進めるらしい。

 指示を受けた俺たちは再度大声で返事をし、専用機へと送られたデータを参照に三手に別れ行動を開始した。

 この中では最も体力があり走る速度も速いであろう俺は、現在位置から最も遠い非常口に全速力で向かう。息を切らしながら隔壁の前に立つと、そこでヘイムダルを展開。

 

「位置、着きました!」

『同じく……』

『わたくしもですわ!』

『よし、随時解放を始めろ。断っておくが、解放と同時にするべきなのはまず生徒たちを落ち着かせることだからな』

 

 オープンチャンネル設定になっている通信機に叫べば、耳元でフユ姉さんたちの声が聞こえた。他のみんなも準備オーケーみたいだ。

 そして非常口を開ける前にフユ姉さんがひとこと。確かに俺たちの役目はここを開けるだけじゃなく、より安全かつ迅速に生徒を避難させることにある。

 苦手分野だがやるしかない。深呼吸してから意を決した俺は、隔壁に書いてあるガイドラインに沿って非常口の開放を始めていく。そして――――

 

「あ、開いた! 開いたわ!」

「やっと逃げれるのね!」

「みなさぁぁぁぁん! とりあえずいったん落ち着きましょうっ!」

 

 非常口の開放と同時に、やはりフユ姉さんの危惧したとおりの現象が起きかけてしまう。気持ちはわかるが、俺は心を鬼にしてそれを制す。

 パニック状態ということで俺の声が心にまで響いてくれるかは心配だったが、俺の必死な様子はなんとか伝わってくれたらしい。

 動きが止まったのを確認するのと同時に、すかさず避難の心構えを大声で伝えた。避難しようにも慌ててしまえば意味はない。という旨の言葉を誠心誠意。

 どうやら効果があったらしく、今度は慌てず騒がず歩いて女子の行列が非常口の奥へ向かって進んで行く。これには内心で思わずほくそ笑まずにはいられなかった。

 そのまま俺は女子たちの頭上を飛ぶようにして、慌てないよう心掛けることを啓発し続けた。それと同時に、ハイパーセンサーで逃げ遅れた人がいないかも確認。

 

「二人とも、状況は!?」

『問題なし……。スムーズ……』

『こちらもつつがなく』

「そっか、ならいいんだけど。……けど、ナツと鈴ちゃんは」

『……苦戦していらっしゃるようですね』

 

 一時はどうなることかと思ったが、なんだかんだ言っている間に俺周辺の生徒はほとんど避難が完了した。

 そこで二人にも避難状況を確認すると、どうやら向こうも特に問題らしい問題はなくことが進んでいるようだ。

 なら俺たちがここへ来たもう一つの理由にも集中していいだろう。独断ながらそう判断した俺は、未だアリーナ内で不明IS及び操縦者と戦闘を続けるナツたちに目を向けた。

 どうやらレーザー砲を警戒して迂闊に接近ができないらしい。それはそうだ。当たればISを装着しているとはいえ即死は免れない。

 しかもいやらしいことに、向こうは回転しながらレーザー砲を撃つことで、攻防一体の戦法をとっているじゃないか。

 

『あのままじゃ……もたない……!』

『ジリ貧とはこのことでしょうか……』

虹色の手甲(ガントレット)でもアリーナのシールドは破壊できないだろうし。くっ、ナツ……!)

 

 そもそもナツと鈴ちゃんは試合をしていたんだぞ。エネルギーもそれなりに削られた状態につけてのこれだ。ジリ貧にもなるだろう。

 エネルギー切れ=ナツと鈴ちゃんの死と言い換えてもいい。そんな切羽詰まった戦況だと言うのに、ただ黙って指をくわえて見ていることしかできない自分が悔しい。

 ただし思考を止めるようなことをしてはだめだ。ナツを助けるために必要なことがあるならすべてやりつくさなければ。

 しかし、どれもこれもアリーナに侵入するという一番の問題を解決することができない。悔しさ交じりにハイパーセンサーでナツをズームで映すと――――

 

「何かする気だ」

『えっ……?』

「ナツのあの顔、何かする気だ!」

『何かとはなんです!?』

「それはわからないけど……」

 

 ナツの目はまだ死んではいなかった。むしろあの顔は、イタズラ程度の悪だくみでも思いついたようなあの顔は、今まで何度も見てきたことがある!

 ただそういう場合は二つに一つだ。見るも無残に失敗するか。もしくは成功――――ながらもそれなりの自己犠牲の上に成り立つようなソレ。

 どちらにせよ悪い方向に転ぶ可能性のある、そんな危険な賭けに出る時の顔だ。なんで今なんだ。なんで今その顔なんだよ、ナツ……!

 これがちょっとした喧嘩くらいなら、失敗したって残念だったねのひとことで済む。しかし、アリーナのシールドを破壊する兵器を備える奴を相手にそれで終わるはずがない。

 俺の頭にはどうしても最悪のパターンが過ってしまい、息は荒くなり自分でも脂汗が浮いていくのがわかる。そんな危険な賭けは止めてくれ。そう叫びたい衝動を必死に抑えた。

 

『一夏ぁ!』

「へっ……?」

『箒さん!?』

『無謀にも程が……!』

 

 キィーンという甲高いハウリングがアリーナ内に響き渡った。瞬間、この場に居た全員は時が止まったかのような錯覚すら感じただろう。

 箒ちゃんだ。箒ちゃんが、なぜかアリーナの放送室にてナツに対して檄を飛ばしている。俺の抱いていたナツへの心配は一気に消え失せ、盛大に取り乱しながら異形のISを見やった。

 まずい。どうする。見ているぞ。あの操縦者も箒ちゃんのことを見ている。それまで一切合切を無視してナツたちと交戦していたと言うのに、挙句レーザーキャノンの搭載された手を放送室に向けているじゃないか!

 

「箒ちゃぁぁぁぁんっ!」

 

 やはり俺は、こうして叫ぶことしかできないのだろうか。自分の無力さを痛感するくらいしかやることはないのだろうか。せめてアリーナに侵入さえできれば。そんなないものねだりをするしか――――

 すると、一瞬だけ目の前の空間が揺らいだ。悔しさのあまりにめまいでも起こしたのかと思ったが、どうやらそうではない。これは、アリーナのシールドに綻びが生じている?

 ……例え話をしよう。あの異形のISが放った初撃にてアリーナのシールドは破壊されたわけだが、その際に修復機能にまで障害が発生していたとしたらどうだ。

 修復が十全に、完璧に行われていなくて、綻びが生じてしまったとしたら? 例えばこの綻びに突撃すれば、アリーナに侵入できたりはしないだろうか。

 考えるまでもない。試してみる価値は十分にある!

 

青色の塔盾(タワーシールド)ッ!」

 

 正直、俺がアリーナに侵入できたからって何ができただろう。でも俺は、この時少しだけ嬉しかったんだ。

 友達のために必死になれる自分が。考えるよりも先に動けた自分が。今までそうできなくて、そうありたかったはずの俺がすぐそこに居たから。

 酔いしれている。自己満足だ。そう言われたらそれまでだし、実際そうなんだと思う。例えそうだとしても俺は……。ナツ、ほんの少しでもキミに近づけた気がして、すごく嬉しいんだ。

 だから、だからここにテーマを掲げよう。キミが剣なら俺は盾だ。キミが全て守るために悪しきを斬り裂く剣だとするなら、俺はそれが届くまで全てを守り抜く盾だ。

 ならば俺のするべきはただひとつ。キミの守りたいものを守りたい。守りたいものを守るキミを守りたい。ただ、それだけなんだ――――

 

 

 

 

 




はい、というわけで地味に今作におけるテーマの一つが登場しました。
それはズバリ【剣と盾】です。何を示しているかはもうおわかりですね?
といっても、すぐ理想通りの関係になるわけではございません。というか現段階では、晴人の中だけで勝手に立ち上がったテーマですし。
二人が数多の困難を乗り越え、真なる剣と盾に成長するまでをお楽しみいただければと。


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第27話 盾として

いきなりPCが立ち上がらなくなるものだから焦る焦る。
どうやらそろそろ買い替え時ということなのでしょうか……?

さて、26話で触れたことの続きですが、今回は起承転結の承にあたります。
前話で掲げたテーマがどう影響するのかご注目を。





以下、評価してくださった方をご紹介!

fokattya様

評価していただいてありがとうございました!


(ああ、うるさいな)

 

 俺が一番に抱いた感想はそれだった。

 それはみんなが心配してくれてる証拠なんだけど、そうも同時に叫ばれたら何を言っているのか聞き取れないよ。

 というか、そもそも返す言葉もない。言葉を返している暇もない。なぜなら、今俺は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているからだ。いや、自ら飛び込んだと表現するのが正確かな。

 

『馬鹿者が、アリーナのシールドを貫通する破壊力だぞ! それを一介の装備で受け止めようなど無謀な真似を!』

 

 もはや俺の耳に届く言葉が罵詈雑言に変わりかけていたその時、フユ姉さんのよく通る声が聞こえた。そして、その言葉が俺の置かれている状況を簡潔に説明してくれる。

 俺は出力を最大限まで高めた青色の塔盾(タワーシールド)にて、箒ちゃんを狙って放たれたレーザーを受け止めている状況だ。

 例の綻びに突撃してみたところ、思ったよりも簡単に突破できてしまったというわけ。もはや俺には盾になるという選択肢しかなかった。ゆえにこの選択の先に何が起きようと後悔はない。

 

(後悔はないけど、ただで死んでやるわけにもいかない!)

 

 青色の塔盾(タワーシールド)がいくら盾だろうと、それなりにヘイムダル本体へダメージがフィードバックしてしまう。

 それは相手の放つ攻撃の威力に依存するわけだが、流石にアリーナのシールドを破壊するだけあって、まるで本体に当たっているかのようにシールドエネルギーがゴリゴリと削られていく。

 このエネルギーがゼロになった瞬間に俺の死が確定する。死がそこまで迫っている。死がこちらにおいでと手招きしている。

 そんな状況のはずなのに、なぜか俺の頭は至って平静を保ち続ける。パニックを起こしたらそれこそ死ぬと、俺の生存本能がそうさせているんだろうか。

 そのあたりはどうでもいいか、どちらにしたってやらねば死ぬんだから。

 俺はすぐさま回せるエネルギーの多くをシールドエネルギーと青色の塔盾(タワーシールド)に回す判断を下した。ぶっちゃけこれも危険な賭けではある。主に箒ちゃんが。

 

「づああああっ! ぐぅっ!」

 

 ほとんどの機能を停止させてエネルギーの確保を図ったということは、それまで空中での支えとしていたPICやスラスターも働かない。

 それに伴い俺はレーザーの勢いに押されて修復されたアリーナのシールドへと叩きつけられる。賭けと言ったのはこのあたり。綻びが生じたなら、俺ごと突き破られて箒ちゃんにも危害が及ぶ。

 だけどそうさせないための措置でもあるんだ。俺は青色の塔盾(タワーシールド)の出力を上げ、即死級の威力を誇るレーザーを受け止め続けた。

 

(この威力だ。逆を言うなら、そう長い間照射し続けることはできないはず!)

 

 はず、という希望的観測も含まれているが。そもそも攻撃している側と防御している側で力関係は歴然だ。

 しかし、ただひとつだけ揺るがない事実というものがある。それは、俺が決して一人ではないということだ。

 生と死の狭間に立たされ焦っていたのもある。レーザーの閃光が眩しくて前が見えなかったと言うのもある。

 しかし、ハイパーセンサーでようやく捉えることができた反応がひとつ猛スピードでこちらへ迫ってきている。

 俺はその瞬間に勝利を確信し、相棒と同じくイタズラっぽい表情を浮かべた。

 

「ハルに、手を、出すなああああっ!」

 

 俺の目に映るのは青白い刃を掲げたナツ。確と零落白夜を発動させた雪片を振るい、見事に異形のISを斬り裂いた。……あれ? ……斬り裂いたぁ!?

 勢い余って殺害してしまったのではとロックオンしてみると、切断面に生々しい血や臓物は見当たらない。そこにあるのはネジや基板等々の部品。……つまり、無人機だったって言うのか?

 そんなことが可能なのか。果たしてナツが無人機であったことを知っていたか。そのあたりの問題は残るが、謎の無人ISは力なく地に落ちた。

 ……ふぅ、なんとかなったみたいだな。それにしても、ナツのさっきの勢いは瞬時加速? 既にそれを発動させるエネルギーもないような状態だったと思ったが。

 

「……たっく、揃いも揃って馬鹿ばっか!」

 

 鈴ちゃんがいきなり悪態をついたと思い目を向けてみると、寸前に衝撃砲を放った形跡が非固定武装に残っている。

 ……そうか、ナツは衝撃砲の空気弾っていうエネルギーを外部から取り入れることによって、白式そのもののエネルギーを消費させずに瞬時加速をしてみせたんだな。

 つまりナツが企んでいたのもこれか。なかなか仕掛けなかったのは鈴ちゃんが渋っていたからかな。まったく無茶するよ。そんなの渋るに決まってるじゃないか。

 って、今回の場合は俺も人のことは言えないのか? とりあえずナツの反応をうかがってみようと、礼を兼ねて助かったと声をかけようとしたところ――――ものっそい剣幕で睨まれた。

 

「なんであんな危険なマネしたの!? わかる?! アリーナのシールドを破壊する武装だよ!?」

「わかってるつもり、だけど。うん、まぁ、わかってないからこその無茶ってのもあるかな。う~ん、でも、そうせずにはいられなかったんだ。心配かけてごめん」

 

 ナツの怒りはもっともであり、それだけ俺のことを心配してくれているという裏付けだ。そう言われてようやく実感することができた。俺がこうしているのは結果論に過ぎないんだって。

 自分で決めたやったことだから言い訳はしたくない。けど、少しでも胸を張ろうとしていたのは恥ずかしいことだと思い知らされてしまう。

 見過ごすことはできなかったとだけ伝え、後はひたすら謝ることくらいしかできなかった。それで許してもらえると思ってもないけど、謝罪するとしないでは大違いだ。

 

「……まぁ、私も人のこと言えないか。褒められたことをしたわけじゃないって、肝に銘じておこう。お互いに……ね」

「……そうか、フユ姉さんに絞られるコースなんだった」

 

 ナツは悶々とした表情のまま大きく溜息を吐くと、自分も人のことを言えたわけじゃないと大人しく引き下がった。

 今回の場合は脱出不可の状態だったらばこそだが、例え撤退できていてもナツは無人機と交戦したはず。ナツはそういう性分なんだ。

 そのあたり含め、お互いフユ姉さんに説教されることで真の反省を得ることにしよう。ナツはそう言いたいんだと思う。

 管制室には、間違いなくいい笑顔を浮かべたフユ姉さんが待っていることだろう。自分が悪いとわかっていようと、そう考えるだけで気分は陰鬱だ。

 さて、ならば覚悟を決め、甘んじて地獄の説教を受け入れることにしよう。例の無人機は回収したりした方がいいんだろうか。ヘイムダルは右腕が大きいから運ぶのは容易で――――

 

(……え?)

 

 少しでも教師陣の負担を減らすことができるのならばと、そんなことを考えながら胴体と下半身が別れた無人機を観察していた。

 すると、先ほどまですぐ隣を漂っていたナツが、焦るかのようにして無人機へ向けて急降下を始める。俺はその段階になってやっと気づけた。

 ――――動いている。まだ終わってはいなかったんだ。

 いわゆる死んだふり? それともシステムの復旧がたった今終わったとか? どちらにしたって小癪なと叫びたくなってしまいそうだ。

 無人機はまるでこれを待っていたかのように右手を真上に、ナツめがけて掲げた。……というかナツ、キミってやつは……さっき俺に言った言葉はなんだったんだ!

 瞬時加速を発動させるほどのエネルギーは残っていない。後はわずかに零落白夜を発動させることができるか否かに賭けている。少なくとも俺にはそう見えた。

 多分だけどレーザー発射のタイミングに合わせて零落白夜を発動させ、それでレーザーをかき分けながら進むつもりなんだ。

 

(ダメだ、それじゃ間に合わない!)

 

 いくら白式が高機動だとは言え、この距離を一気に詰めるにはやはり瞬時加速でもなければ無理がある。

 仮に間に合ったにしても刃を届かせるまでには至らない。もし最後の悪あがきとかでないなら、更に次の攻撃まで想定しておく必要もある。

 もしこれが最後でなく次があるのだとすれば、それは本当に、俺のように僅かな希望もなくナツは死ぬ。……死ぬ? ナツが? ナツが死ぬ。死ぬ……?

 理解ができない。例えそれが仮定であったとして、ナツが死ぬという言葉をまったく理解することができない。……頭が受け入れてくれない。

 

「…………嫌だ」

 

 ――――嫌だ。

 

「嫌……だ……」

 

 ――――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

「嫌だ!」

 

 ――――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 

(それだけは……絶対に!)

 

 ――――嫌だ。

 

虹色の手甲(ガントレット)ォォォォオオオオッッッッ!」

 

 気づけば俺は、ヘイムダル最大の必殺技とも言える虹色の手甲(ガントレット)を発動させていた。

 青色の塔盾(タワーシールド)をフルパワーで展開、かつ無人機のレーザーを受けたことにより、ビフレストはたった一回の攻撃でオバーフロー寸前まで充填されていた。

 そんな状態だったためか、虹色の手甲(ガントレット)から飛び出たブースター機構からは、右腕ごと吹き飛んでしまうのではないかというほどの虹色のエネルギーが噴出される。

 ただでさえ100%状態なら瞬時加速を凌駕する速度が出ると言うのに、それが120%とか150%の状態なら、ただ急降下するナツと白式なんて簡単に追い抜く。

 そしてビフレストに包まれたヘイムダルの右腕は、とうとうレーザーへとぶつかった。

 

「ぐうっ! う……おおおおっ!」

「ハル!?」

「ナ……ツ……! そのまま……後ろに……!」

 

 よし、よし! 許容限界寸前の威力で放った虹色の手甲(ガントレット)に対して、向こうのレーザーはさっきほどの勢いを感じられない。

 レーザーはヘイムダルの拳に接触するのと同時にあらぬ方向へと飛んでいく。現状は想定のとおり防ぎつつ前進できている……が、このままではまずい。

 虹色の手甲(ガントレット)は爆発的な一瞬の加速を利用し、ヘイムダルの巨大な拳で殴りぬくという技だ。いくらビフレストを溜めようがそれは変わらない。

 つまり、このままの体勢でいる限り、いずれ勢いが死んでレーザーに押し返される時が来てしまうだろう。それではダメだ。俺だけならまだしも今後ろにはナツがいるのだから。

 どうする。いったいどうすればいい。ナツを失いたくないという一心で仕掛けたというのに、このままではヘイムダルの展開すら維持できないぞ。

 ……いや、まだひとつだけ手があった。エネルギーの確保についての問題も、勢いを殺さないための方法も、同時に解決することのできる一手が。

 だから俺はそっとヘイムダルに命令した。絶対防御に回しているエネルギーを、ヘイムダルの主要部に回してくれと。

 

「づっ、つぅ!? ぐがっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「ハル……? ハル、どうしたの!? しっかりして!」

「だいっ、じょうぶ……! だから、ナツは、とどめだけに、集中をっ、するんだああああ!」

 

 俺の右腕はビフレストに包まれた虹色の手甲(ガントレット)に守られた状態だ。しかし、絶対防御を切ったことによって熱量は十分に伝わる。

 考えられないほどの痛みが走り、思わず意識を手放してしまうところだった。いや、どちらかと言うなら今すぐにでも手放してしまいたい。

 俺の意識を引き戻したのはナツの心配するような声。気合の入ったようなシャウトとは違い、明らかな悲鳴を上げてしまったからだろう。

 こんな状況で心配させないも何もないが、俺は精一杯痛みに耐えながら大丈夫だという旨を伝えた。さぁ俺、そうしたらもうひと踏ん張りだ。

 痛みに思考が持って行かれてろくな操作はできたものじゃないけど、ゆっくりひと工程ずつ丁寧にこなしていく。

 スラスターからエネルギーを放出。放出したエネルギーを再度スラスターへ取り込む。そして爆発するかのような勢いで再放出。

 ああ、自分が勤勉な性格で本当に良かったと思う。そしてナツ、使いどころがあるかもと、この技術を教えてくれてありがとう。

 これぞナツ指導の下、一応は習得した――――

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!)

 

 ドゴンとヘイムダルのスラスターが大きな音を上げ、俺の背中をグンと押した。そしてそれまで死にかけていた勢いも息を吹き返し、自分でも大きく前進したことがわかる。

 向こうが息切れを起こしたのかも知れないが、今そんなことはどうだっていい。あるのはただひとつの事実。俺とヘイムダルの方が勝ったという事実だけだ!

 朦朧とする意識を引き戻すかのように、そして後のことは頼んだと言う意思を込め、俺は半ば根性のみで腹から叫んだ。

 

「ナァァァァァァァァツッッッッ!」

「っ……!? やああああああ!」

 

 虹色の手甲(ガントレット)が完全にビフレストを吐き切ったのと同時ほど、レーザーを弾き耐えることに成功した。

 レーザーを突き抜けてみると、例の無人機は目と鼻の先。とどめは任せるという意思は先ほどの叫びで伝わっていると信じ、俺は進路を斜めにそらして全てを慣性に委ねた。

 ナツが無人機を斬り裂くところを見届けておくべきだったのだろうが、単純に無理だ。もはや死力は尽くし切ったのだから。

 俺は勢いそのまま地面に墜落。当然だが絶対防御を戻す暇もないので、衝撃はかなりの物だった。それが俺をより深い眠りへと誘う。

 

(というより、これは……)

 

 そうだ、確か勉強したな。操縦者が一定許容量以上のダメージを受けた場合、それ以上痛みを感じないよう強制的に気絶させる機能がついているんだっけ。

 痛みで気絶しかけているのはあると思うが、眠く感じているのはその安全装置の方だな。けど待ってよヘイムダル。見たところで絶望するだけかも知れないが、これだけは確認しておきたい。

 俺は今にも消え失せそうな意識の最中、ヘイムダルの右腕装甲のみ展開を解除。すると俺の目に飛び込んできたのは、まさに焼け爛れたと表現すべきような手だった。

 覚悟はしていたつもりだが、いざ目の当たりにしてみるとすさまじい。命の心配よりも、もう二度と絵が描けないのだろうかとか思ってしまう。

 

(けど――――)

「ハル! しっかり! ハル! ハル!」

 

 よくはないけど、いいじゃないか。無事にそこで息をしているナツを見ると、そんな矛盾したような考えが浮かんでしまう。

 ナツが生きてくれていればそれでいい。まだまだ絵は描きたいからよくはない。どっちも正真正銘俺の本音だ。どちらも等しく正しくて、どちらも等しく間違っている。

 むしろ今ひとつ、たったひとつ後悔を挙げろと言われたのなら――――ナツを、僕を俺にしてくれた大切な半身を泣かせてしまったことだろうか。

 ごめん、泣かせてしまって。ごめん、こんな守り方しかできなくて。ごめん、それでも俺はナツの盾になりたいんだ。

 ……こんなことを言ったらますます泣かせてしまうかな。あぁ本当に、ナツほど上手くはいかないね。本当に、本当に――――

 

「ごめ……ん……」

「ハル……? ハル!?」

 

 必死に俺を呼んでくれるナツの姿を最後に、俺の意識をとうとう暗闇が包むのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 なんとなく目を開いた。昼寝をしていたら目が覚めたとか、本当にそのくらいのつもりで。しかし、右手に走った痛みのせいで全てを思い出した。

 そうだ、無人機の一件で右手に大火傷を負ったんだった。俺はすぐに布団を蹴散らしながら上半身をベッドから起こす。

 ……ここはどこだろう。見渡した限り病室か何かではあるようだが、どうにもそれだけのようには思えない。なんというか、清潔感よりも無機質さを感じさせる空間だったからだ。

 見渡したついでに壁掛け時計に目をやると、時刻は日が暮れた後を指している。対抗戦開始が朝だったのを考慮すると、数時間ほど寝ていた計算だろうか。

 どちらにせよ学外に居るのは確定みたいだし、そう時間を気にしてもしかたないかも。すべては本当にここがどこかにもよる。

 

「…………」

 

 現在置かれている状態はほとんど把握したとして、次俺が気になったのは自身の右手のことだった。右腕と表現するのが正しいか。

 あの時は確認する余裕がなかったけれど、包帯の巻かれ方を見るにほとんど腕全体に火傷を負ってしまっているようだ。特に酷いのが右手……ってところかな。

 試しに軽く握ろうとすると、ジンジンするような痛みが走る。しかし、あの地獄を味わった身からしては、大したことのないように感じられた。ほとんど感覚が麻痺しているらしい。

 ならもう一度目撃したところで、抱く感想はほとんど同じことだろう。ならばと考えた俺は、おもむろに包帯を外しにかかった。

 慣れない左手で丁寧に巻かれた包帯と格闘することしばらく、ようやく半分脱いだような状態ができあがる。俺は、そこから一気に包帯を力強く剥ぎ取った。すると――――

 

「あ、れ? 大した事ない……?」

 

 なんとも拍子抜けだった。気絶寸前の段階で目撃した右手がまるで嘘だったかのように、ほぼ綺麗な状態ではないか。

 むしろ絵を描きすぎるせいでできたタコとか、擦り切れとか爪が割れたのも治って怪我をする前より綺麗にも感じる。

 だとしたらこの痛みはなんなのだろう? いや待て、火傷でできた傷って、そもそもこんな綺麗に完治しないよな?

 俺が眉間に皺を寄せて己が右手を観察していると、病室の出入り口が開いて聞き覚えのある声を聞かせてくれた。

 

「いわゆる再生医療というやつだ」

「父さん!? ……ってことは、ここ――――」

「そうだ。FT&Iの医療部門の部署になる」

 

 姿を現したのは、予想外にも我が実父である。その姿を確認したことで、ようやくこの場所の位置を特定することができた。

 曰くFT&Iにおける医療部門の部署でその病室。となると、まだ臨床試験段階の施術をしているのだろう。いい意味でのモルモット、というか患者さんたちが他にも居るわけだ。

 しかし、流石は未来的と謳うだけはある。俺が右手を負傷してからたった数時間だと言うのに、怪我をする前より綺麗になっているのだから。

 だが父さんからして、痛みを残している時点で実用化には程遠いんだとか。最終的に目指すところは、欠損した部位を完全再生させるところまでらしい。

 

「一夏くんと箒くんを庇ってのことだそうだな」

「う、うん。一応はそんな感じ」

「……どうしてそんな無茶をした」

「それは――――」

 

 父さんは来客が座る用途で置いてあるであろう椅子に腰かけると、俺が解いた包帯を巻き直しながら問い詰めてきた。

 様子を見に来たのは心配していたからということを察しているだけに、とてつもなく気まずいながらもなんとか受け答えをする。

 だって多分、無茶した俺に誤魔化したりする権利なんてないと思うから。だから、父さんの言葉にはすべて包み隠さず話した。

 箒ちゃんの時もナツの時もそうだが、本当に身体が勝手に動いたという曖昧な説明しかできないんだけどね。……特にナツの時は、失いたくない気持ちがとても強かったと思う。

 だからって箒ちゃんをなんとも思ってないと言いたいわけではないが、なんだか自分でもなんで虹色の手甲(ガントレット)を撃ったのかもいまいちわからないくらい必死だった気がする。

 

「心配かけてごめん。二人からもらった大事な命を粗末にするようなことをして、本当にごめんなさい。次はもうちょっと上手くやるよ」

「…………」

「……あの、父……さん?」

 

 本当に反省もしているし、周囲の人たちを心配させてしまったことを悔やんでもいる。しかし、俺にしかできないことだったとも思っている。

 今回はやり方が悪かった。もっと上手に立ち回って、怪我したりせずに済む方法なんていくらでもあったはずだ。

 だから俺の仕出かしたことは最悪で、誰からの称賛を貰えるものではない。だから今回の反省を生かして次は――――と思ったのだけど、父さんの様子に言葉が詰まってしまう。

 見たこともない表情だった。一瞬だったし相変わらず些細な変化だけど、父さんは険しい表情を確かにしていた。

 それは怒りからくるものだと言うのは明白で、何をそんなに怒らせるようなことを言ってしまったのかと脳内で自分の放った台詞がグルグルと渦巻く。

 そして父さんは顎髭を弄りながら溜息を吐くと、いつものように淡々とした調子でこう切り出した。

 

「晴人、ISから降りろ。後のことは私がなんとかしてやる」

 

 

 

 

 




テーマを掲げたその日のうちにISから降りろと言われる主人公とはこれいかに。
ただ私も晴人のメンタルを曇らせたいだけではないのでね、ええ。
意味のある発言といいますか、そのうち意味をなすといいますか。
ともあれ、パッパの真意は次回の更新でということで。


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第28話 例え何に代えようとも

PC買い換えました。8年使ったので大往生と思います。
新品のおかげかいろいろ快適。執筆も捗るものです。

さて、起承転結の転です。
次回ようやくアレをお届けできると思うと盛大な前振りでしたとも……。





以下、評価してくださった方をご紹介!

ナコト様

評価していただいてありがとうございました!


「晴人、ISから降りろ。後のことは私がなんとかしてやる」

「…………へ? ……ちょっ……と待って、待ってよ! 父さん、だってそれは――――」

 

 一瞬だけ何を言われているのか理解が及ばなかった。だが父さんの言ったそれは文字通りの意味であり、ISに乗るのを辞めろという宣告だ。

 しかもニュアンスから察するに、父さんは俺を心配してそう言っているのではなく、失望しているからこその言葉だというように感じる。

 父さんから何かを辞めろなんて言われることは初めての経験だ。それが俺をより混乱の境地に貶めた。更に失望させたとあっては涙すら流してしまいそうだ。

 勿論そんなことは受け入れるわけにはいかない。はいそうですかで終われるはずがないじゃないか。

 俺は右手に走る痛みも忘れて、父さんに食ってかかった。

 

「本当に悪いとも思ってるよ。俺がやったことは間違ってたとも思ってる。けどそんな、降りろとまで言われるのは納得いかないよ!」

「今の晴人のままでは同じことを繰り返す。断言しよう、何度やっても変わらない」

「断言って……! なんでそこまで言い切れるのさ!」

「お前は次があると思うのか?」

 

 特別に自己主張する方ではなかったが、例えば父さんは俺がしたいと思ったことに否定的ではなかったろう。そして、それを辞めたいと思ったならそれも肯定してくれたはず。

 だが今日の父さんは俺の言葉をすべて否定する。微塵も、一切も、すべて、総じて、俺の言葉を受け入れる気はないというように。

 父さんのあまりもな仕打ちに思わずムキになりながら質問を返すと、語気を強めた次があるのかという言葉に圧倒されてしまう。

 この場合でいう次というのは、謎の襲撃者が襲い来ることがまたあるのか、なんて聞きたいんじゃないことくらいわかる。

 次があると思うのか。それは、俺が今この場で生きているということが奇跡であることを示唆する言葉だった。

 俺が生きているのはあくまで結果論。もしかしたら死んでいて、父さんの言うとおり次はなかったのかも知れない。

 そういう考えがまったくなかったわけではない。いや、そのつもりだった。しかし、俺はあまりにも自然に次と口にしていた自分を思い出す。

 だから、何も言えなくなってしまった。

 

「恵令奈が泣いていたぞ」

「母さんが……?」

「自己犠牲精神の強い子だ。盾を与えた場合、こうなることはわかっていたのに……とな」

 

 どうやら父さんをここまで怒らせている原因はそこにもあるらしい。顔にも口にも出さないけど、父さんは母さんを今でも深く愛しているから。

 ヘイムダルの利点で第一に上がるのは、青色の塔盾(タワーシールド)を用いた堅牢な防御力だろう。母さんはそれを悔いているらしい。

 盾を与え、俺がそれを他者を守るために使うことは読めていた。例え自分自身の命が危ういような状況であろうとも。母さんはそれを悔やんでいるらしい。

 様々な感情が入り乱れる。心配してくれて嬉しい。心配させてしまって申し訳ない。泣かせてしまって悔しい。そう思っていることは確かだというのに。

 けれどダメだった。今の冷静でない俺には、盾になることを否定されたように感じてしまう。それは俺が掲げたテーマの否定。俺がナツにしたいことに否定……のようにとらえることしかできなかった。

 

「なんなんだよ……。なんだって言うんだよ! だったらナツや箒ちゃんを見捨てればよかった!?」

「晴人」

「わかってるよ、結果論だったり自己満足なことくらい! 確かに俺は無事じゃ済まなかったし下手すれば死んでたけど、二人が生きてるって事実も確かじゃないか!」

 

 多分、ここまで怒鳴ったのは自分の人生でも初だと思う。その相手が父であり、自己肯定の果てにある逆ギレとはなんとも粗末なことだろう。

 俺の言葉が正しいとは言わない。けど、怒鳴りながら言ったことは少なからず思っていたことなんだ。だからと言って、俺も二人も無事だったからいいじゃないかとまで思ってはいない。

 本当の本当に反省はしているつもりなんだ。文字どおり命を懸けてやったことを否定されて怒鳴っているわけじゃない。僕はただ――――

 

「ナツが剣なら僕が盾だ」

「…………」

「僕はずっとナツの背中を見てることしかできなかった。そんな自分が大嫌いだった! でも、やっと、ようやく、ナツより前に出ることができるようになったんだ。他でもなく、母さんがくれた力で!」

 

 僕は何もできないやつだった。意地悪やからかいをただ我慢することしかできないやつだった。そんな僕をナツはずっと守ってくれていた。

 頼んだわけではないし、間違っても義務感なんかではなかったろう。ナツがやりたいからそうして、ナツは僕を守ってくれていた。

 時には物理的に傷つくようなこともあった。それなのにナツは僕に笑いかけて、大丈夫かなんて問いかけてくるんだ。

 僕はそれが嫌で嫌で仕方なかった。プライドが傷つけられたとかそんなちんけなことじゃない。守られるしかできなくて、笑いかけてくるナツに立たせてもらうことしかできない自分が大嫌いだった。

 その現状を受け入れることしかできない自分が大嫌いだった。大嫌いなのになんの努力もできない自分が、自分を殺したいほどに大嫌いだった。

 でもISを動かせるという、そんな現状も自分も変えられるチャンスが訪れた。専用機に盾が搭載されていると知った時、正直とても嬉しかった。

 だって盾は守るためにあるものだ。守るためには、必ず守りたいものより前に出ていなくてはならない。だから、ようやくナツの前に出るチャンスが来たんだと思った。

 母さんのくれた守る力を無茶をするナツのために使う。最高のシチュエーションじゃないか。それなのに、そうだというのに――――

 

「変わりたいって思って、変われるように努力できるようになったのに、それを否定されたら僕は、いったいこれからどうしろって言うんだよ……!」

「…………」

 

 僕がわめく最大の理由はそこにあるのかも知れない。

 やっとの思いで変わる努力をできるようになったというのに、そこまで否定されてしまってはもはや僕はどうすればいんだ。

 弱くて大嫌いだった自分を受け入れ続けることしかできなくなってしまう。それしかできないんじゃなかって思ってしまったから、みみっちくも父親に当たることしかできないんだと思う。

 それこそが嫌いな自分じゃないか。結局僕は変われてなんていやしなかったんだ。一気にそんな悔しさが込み上げてきて、僕はとうとう大粒の涙をこらえることができない。

 

「……守りたいものの盾となる。立派な考えだ。だが晴人、盾の役割は本当にそうだろうか」

「え……?」

「晴人の守りたいという意思が本物であることはわかった。もう一度チャンスをやろう。ただし、また同じようなことがあったなら容赦なくヘイムダルは剥奪させてもらう」

 

 父さんが僕の意思ごと否定する気がないことくらいは、最初から頭では理解できている。それを推しても許容できない何かがあったんだろう。

 本当のところでISから降ろしたいというのは変わっていないようだったが、もう一度だけチャンスをくれるとのこと。

 ……よく言うよ、盾の役割がどうだか呟いて、それが僕のわかっていないことのヒントな癖して。相変わらずかっこいい人だ。

 父さんは僕の頭を乱暴になでると、好きな時に学園に戻るといいと告げ、それから病室を出て行った。

 しばらくボーッと出入り口を眺めていたが、僕は再びベッドへ身を預ける。そして父さんの言葉について考えを巡らせた。

 もう一度。次は容赦なく、か。父さんは僕を信じてチャンスを与えてくれたんだ。しっかり考えて期待に応えてみせなくては。

 

(盾の役割……。盾の役割って、守る以外に何かあるっけ? 父さんはきっと、正しい盾になれと僕に伝えようとしたんだよな。盾……。盾……か)

 

 包帯の巻かれた右手を眺めつつそんなことをずっと考えていたが、結論が出ることはない。そして脱力感もあり、その日はそのまま眠りにつく僕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(箒ちゃん、こんな朝から何の用事なんだろ)

 

 あれから一日経過を診るためFT&Iの世話になり、それから学園に戻るというかたちをとった。

 そこで明日朝には学園に戻るということを仲の良いメンバーに伝えると、箒ちゃんだけ俺を呼び出すような内容の返信をしてきたというわけだ。

 指定された場所は武道場で、時間帯は普段俺がトレーニングを始めるのと同じくらいのものだった。昨日はけっこう暇してたし、早い分には構わないんだけど、用事の内容がまったく見えない。

 

「箒ちゃん、居る?」

「うむ、よく来たな晴人。こんな朝早くに済まない」

「いや、それは別に気にしてな――――いけど他にツッコミどころが多すぎやしないかな!?」

 

 恐る恐る武道場に足を踏み入れていると、暗がりの中で正座して構える箒ちゃんのシルエットが見えた。

 声も本人そのものだし、指定された場所と時間は間違っていなかったか。なんて安心しながら近づいてみると、まさかの状態で思わず声を上げてしまう。

 箒ちゃんは白装束を身に纏い、床の間に敷かれた畳に座している。そしてその前に厳かに置いてあるのは間違いなく本物であろう短刀。どこからどう見ても切腹する気が満々であった。

 

「あ、あの~……ね、箒ちゃん。この前のことは気にしてないから落ち着いてよ」

「そういうわけにもいかん! 例の盾で一撃は防いでいたのだ。つまり、私が余計なことさえしなければ晴人は無事に一夏を守れていたということではないか!」

 

 こういう時の箒ちゃん。自分を責めるような時の箒ちゃんは話を聞いてくれないところがあるが、これを見るに今回のことをかなり悔いているらしい。

 だからって切腹っていうのは話が飛躍しすぎていると思うが、やんわりとそれを伝えてもやはり聞く耳は持ってくれなさそうだ。

 まぁなんというか、正論ではあるせいでどう声をかけていいのやら。別に責める気はないけど、箒ちゃんが無茶しなければ俺も無茶はしなかったろうし。

 俺もついこの間父さんに説教されたばかりで言う資格はないかも知れないが、厳しいことを口にしてでも止めることにしよう。

 

「あのさ箒ちゃん、普通に迷惑だから止めてほしいんだけど」

「なっ!? わ、私は私なりに、けじめをつけなければだな」

「多分だけど、俺の右手のこともあるでしょ」

「……晴人が二度と絵が描けなくなっていたかも知れないと思えば、私の命で贖うくらいしかないではないか」

 

 とりあえず箒ちゃんの前に同じく正座すると、その切腹という行為そのものは大変に迷惑であると伝えた。

 うん、割腹自殺とか本当に止めてほしい。友達が腹を裂いて血みどろになる姿とか、トラウマ以外のなにものでもないでしょうに。

 それに俺の右手に対して命で償いなんて、絶対に均等が取れていないじゃないか。確かに俺にとっては命より大事かも知れないが、それが特別なことであると思えない。

 

「箒ちゃん、きっと誰にとっても同じなんだよ。箒ちゃんだって片腕がなくなったらさ、剣道とかやりづらくなって困るよね」

「それはそう……だが」

「俺たちみたく、好きでやってることがある人が特別とは言えないよ。日常生活に支障をきたすってだけで、それはとてもつらいことだと思うんだ」

 

 仮に部位の欠損によって完全に絵が描けなくなってしまったとする。俺は心底から絶望するだろうが、それはきっと誰だって同じだ。

 利き腕がなくなるだけでも大事だ。文字を書いたり食事をしたり、ありとあらゆることに関してが難しくなってしまう。

 それは万人に等しく起こるであろう絶望であり、俺や箒ちゃんみたく好きなことがある人は、たまたまそういうことが好きだったからと思うしかないのではないだろうか。

 仮に指一本だろうと、目だろうと、耳だろうと口だろうと、誰が何を失ったとして、絶望の度合いは変わらない。

 だから、箒ちゃんが俺の右手のことを想って命を差し出すのは間違っている。むしろ謝ってほしいのはそっちじゃない。

 

「ごめんなさいでいいんだよ」

「晴人……」

「あんな無茶してごめんなさいって、そう言ってくれれば俺は満足だよ。まぁ、俺も人のこと言えないんだけどね。心配かけてごめん」

「……無茶して済まなかった。ありがとう、晴人」

 

 完全に、完全に人のことを言えないのは承知しているが、箒ちゃんのあの行動ばかりは看過できたものではない。

 相変わらず結果論ではあるが、誰も死にまではしなかった。だからあの行動についてだけ謝ってもらえればそれで十分だ。

 そんな俺の言葉は箒ちゃんにしっかりと伝わったのか、土下座に近いようなお辞儀と共に聞きたかった言葉をいただいた。そして、ありがとうというのは許してくれてということなのだろう。

 

「そういえば箒ちゃん、ナツ知らない?」

「一夏? ふむ、そう言えば介錯を頼んだんだが姿が見えんな」

「いやいや、幼馴染に首を落とさせようとしないでよ!?」

 

 俺がわざわざナツのことを尋ねるのには理由があり、なんか連絡してもナツだけまったく返事がないんだよね。

 他のみんなはそれなりに無事でよかった等の返信をくれたのに、よりにもよってナツが既読スルーの連発である。

 だから顔を見せて直接言葉を交わすしかないかと思ったんだが、箒ちゃんの呼び出しにも容赦なく答えない始末か……。

 箒ちゃんのサラッと放った恐ろしい言葉にツッコミを入れつつ、ナツを探すため退散の準備を始めることに。この場の片づけを手伝おうとしたんだが、箒ちゃんは自業自得だからと頑なに一人での作業に拘った。

 先ほどは大事だったから無理してでも止めたけど、このくらいなら任せてしまうことにしよう。俺は箒ちゃんに別れを告げると、そのまま武道場を後にした。

 とは言っても、まだ朝早いからナツも寝てるよな。俺は身支度は病院でしてきたからいいが、準備もまだな女の子に対して突撃っていうのはあまりにもな気がする。

 ……そう言えば、フユ姉さんにも呼び出しを喰らっていたっけ。覚悟ができたら一対一で話があるとのこと。確実に説教である。

 フユ姉さんも女性ではあるが、教師なんだし早めの準備をしているかもしれない。普段のカリスマからして信じられないくらい私生活は自堕落だが、そこは是正されていると信じて足を運んでみることにしよう。

 

「お、おはようございま~す」

「よく来たな弟よ。まぁ入れ、言いたいことは山ほどあるのでな」

「は、はい……」

 

 フユ姉さんもなんとなくの予感でもあったのか、部屋を訪ねてみると秒でドアが開き、とてつもなくいい笑顔で出迎えられた。

 普段からして恐ろしい人が笑顔なんて嫌な予感しかしないし、こんな感じのフユ姉さんはこれまで二、三度目撃している。

 どちらも俺やナツが説教されるときなのだが、今回も例に漏れずこってりと絞られてしまった。それもガミガミ怒鳴られるんじゃなくて滅茶苦茶ねちっこい感じに。

 怒りが一周でもしたんだろうか? これならまだ罵声を浴びせさせられる方がいいような。まぁ、単にフユ姉さんに怒鳴られ慣れているというのもあると思うけど。

 悠久のように感じられる説教を受けることしばらく、そろそろ食堂の開放される時間帯ということでようやくお開きとなった。

 二度とフユ姉さんを怒らせることはしたくないところだが、それでは俺の願望を叶えられないのが困ったところである。

 ……それはそうと、フユ姉さんにもこの質問をしておくことにしよう。

 

「あの、フユ姉さん。ナツの様子はどんなですか?」

「普通のやつから見たら普段どおりに見える、とだけ言っておく。後はお前が責任もってどうにかしろ」

 

 俺の質問に対し、フユ姉さんは難しい顔をしながら腕組してそう言う。つまり、落ち込んだり気にしているのを悟られないようにしている……ということか。

 ナツは元来より抱え込む性格なのだが、自分がそうさせてしまったとなるとくるものがある。フユ姉さんの言うとおり、俺が責任もってどうにかしなくては。

 フユ姉さんの部屋を出た後は、食堂の方から逆相してみることに。そうすれば確実にナツと遭遇すると考えたからだ。

 俺の考えはピタリと的中し、前方から歩いてくる黒髪の少女――――ナツを発見することに成功。すぐに片手を大きく振りながら、いつもの調子で彼女に呼び掛けた。

 

「ナツ!」

「っ……!? …………」

「あ、あの、心配かけてごめん。でもこのとおりピンピンしてるから――――ナツ、聞いてる? ……ちょっと、ナツってば!」

 

 声をかけてみると、ナツは確かにこちらを見た。しかし、次の瞬間に顔を俯かせてしまう。幾分か足取りも早くなったように感じた。

 そのまま近づいた流れでお仕置きでもされると思って早口で弁明をしてみるも、予想外のことにナツはそのまま俺をスルーするではないか。

 しかも最後には走り出してしまう始末。これはなんというか、逃げられた? 初めての体験にしばし茫然と立ち尽くしてしまう。

 怒っているから逃げた? それとも罪悪感でも覚えているから? あるいはその両方かだけれど、いわゆる取り付く島もないという状態だろうか。

 

(……今は無理して接近すべきじゃないか)

 

 ものにはタイミングというものがあり、急いては事を仕損じるという言葉もある。今追いかけて強引に追及することもできるが、躱されるのは一目瞭然といったところか。

 もちろん俺も諦めはしない。授業合間の休憩時間とか、なんとか話を聞いてもらえるように努力はした。

 けど、ナツはまるで俺が居ないように振る舞うではないか。すぐ席を立って、誰かに話しかけたり教室を出たりしてしまう。

 ……やはり最適なタイミングは放課後しかないか。この分では、ご法度であることすら無視して誰かの部屋に泊まったりでもしそうだ。

 

「ナツ、待ってってば! 俺はキミに謝りたいだけなんだって!」

「…………!」

 

 放課後になったら流石に掴まると思ったら、ついこの間怒られたばかりの鬼ごっこの再来である。でも今回は怒られるだのに構ってる暇はない。

 ただ、やっぱり肉体のスペックが違うせいかなかなか距離が詰まらない。女の子になっても特に変化はないとか言ってたけど、やっぱり身体能力があがっているような気がする。

 だが最近になって始めたトレーニングの成果が出ているのか、離されはしても撒かれることはなかった。女子更衣室にでも逃げられない限り、追い続けることのできるスタミナはありそうだ。

 

「…………!」

(この方向は……。とうとう観念してくれたかな)

 

 同じ場所を何周かしながら逃げ回ったりもしたが、今ナツの逃げていく方向からして観念したようなことがうかがえた。

 ナツの背中を追いかけつつ、ひたすら階段を上り続ける。そう、この感じからして間違いなく逃げている先は屋上だ。

 屋上なんて基本的に出入り口はひとつで、そこから逃げようとするならISでも使うしかなくなる。なんだかんだ真面目なナツが、無許可で展開はしないという確信めいたものがあった。

 だから諦めてくれたと読んだんだけど、さてどうなることやら。階段を上らせてスタミナを大きく削る作戦とかでなければいいが。

 階段を上り切って出入り口を開け放ってみると、そこには策にもたれかかって息を乱している様子のナツが見えた。

 よかった、やっぱりここから逃げるということはなさそうだ。ただ、やっぱり顔を合わせてはくれないが。とにかく、俺も呼吸を整えながらナツにゆっくり近づく。

 

「いい加減、しつこい」

「ナツが逃げるからでしょ」

 

 久しぶりに聞くナツの声。俺に対して発せられた声、という意味でだが。まさか第一声がしつこいになるとは思いもしなかったが。

 俺がここまで頑なであることが意外なんだろう。それはこだわるさ、なにせキミとの関係についてのことなんだからさ。

 保険をかけるためというか、隣に立っては逃げ出した時のフォローが効かないと考え、俺は少し間を開けてからナツの正面へと立った。

 

「……どうしてそうなの?」

「何が?」

「私が無茶したからハルが無茶したのに。私がレーザーに突っ込ませたようなものなのに、どうして何もなかったみたいに接してくるの……? だって、あと一歩のところでハルの右手が……」

 

 ナツが逃走を続けた原因は、やはり罪悪感からくるものらしい。俺からすれば、なんだそんなことか程度にしか感じられなかった。

 というか、説得力というものがないじゃないか。例えば俺が先に突っ込んでいたら、どんな無茶をしてでも俺を守ろうとした癖して。

 それを指摘するのは簡単だが、何も俺は言い争いをしにきたわけじゃない。ナツと今までどおりの関係に戻りたいという一心なのだから。

 

「そんなの簡単な話だよ。絵とか命とかよりも、ナツのことが大事だから」

「っ……ハル!」

「それに、俺はナツと約束したことを簡単に破る気はない。……俺が隣にあることを、ナツが望んだんだ。だから死なない。ナツがそう望み続ける限りは……ね」

 

 箒ちゃんの時に言ったことと違ってくるかも知れないが、ぶっちゃけナツを守れたなら右腕一本くらい易いと思う。

 別にまだ左腕が残ってるし、それがだめなら足の指や口を使ってでも絵は描ける。実際、そういう画家の話も聞いたことがあるし。

 ナツはそんな簡単に言うな、みたいなニュアンスで俺の名を呼ぶが、多分俺の中からこういう考えが消えることはないだろう。

 何においても優先すべきはナツだ。正確に言うなら、俺とナツが隣同士あり続けること。俺にとってそれは命よりも重い。責任転換のつもりはないが、それをナツが望んだのだから。

 どちらかというなら、例の件で初めて気づかされたくらいのものではあるんだけども。自分でも、まさかあそこまでナツに執着しているなんて。

 でも、これでいいんだと思う。根拠なんてあったものではないが、俺はナツの隣に居てナツは俺の隣に居ることが必要なんだ。今の俺はなんとなくそう思う。

 

「約束と言えばナツ、デートのことはどうするのさ」

「デ、デートって。……そんな資格、私には――――」

「わざわざ零落白夜を引き合いにまで出したのに、資格も何もあったもんじゃないんじゃないかな。これでも俺、けっこう楽しみにしてたんだけど」

 

 俺の言葉はとても卑怯なものなんだと思う。だが、ここはたたみかけさせてもらう。それがナツの弱みや優しさにつけこむ行為だとしても。

 ナツの隣に居るためなら、俺はなんだってしてみせよう。例えそれが、イエスを引き出すための悪辣な行為だとしても。

 案の定、ナツはとても困ったような表情を浮かべた。最終的にイエスと答えてくれたらなんでもいい。その代わり、しっかりとナツを楽しませる責任があるというものだ。

 

「じゃあ、うん、行こっ、か」

「ん、決まりだね。そういうわけだから、晩ご飯にしよう」

「……ハルの意地悪」

 

 ナツの返事が曖昧なのは、納得がいかなかったり自分が許せていないからだろう。だが首を縦に振ったのだから後はこちらのものだ。

 俺は瞬時にナツの手を取ると、しっかり握って先導していく。この流れに乗って、少しでも気まずい空気を払拭する作戦というわけ。

 そうだ、仲違いなんてなかったんだ。俺たちはいつものとおりに、当たり前のように身近な存在であった。それだけのことだ。だから当たり前のように晩ご飯も一緒の席で、だよね。

 俺のそんな意図を完全に読んでいるのか、後ろからはナツの頬を膨らませたような声が聞こえてくる。

 しかし、それと同時に俺の手を柔らかい感触が包む。ナツの手だ。俺が一方的に握っていただけだったが、握り返してくれたということなのだろう。

 俺はなぜだか頬が緩むのを止められなかった。そんな表情は決してナツに見せることなく、俺は更に力強くナツの手を握り返す。もう二度と、この手を離して溜まるかと誓いながら。

 

 

 

 

 




そんなわけでして、次回は二人のデートでお送りいたします。
少しでも二人の仲が進む展開にできればと。


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第29話 ドキドキ初デート

時間が作れないゆえ金曜日の更新でござい。
やめたくなりますよ~仕事~。

起承転結の結ですね。我ながら上手く四話構成になと思いました(日記)
でもねぇ、自分でハードル上げたようなもんですよねぇ。
皆様の満足いく出来になっていれば幸いなのですが……。
まぁとにかくして、二人の初デートをとくとご覧あれ。




以下、評価してくださった方をご紹介!

miru20様

評価していただいてありがとうございました!


 なんだかんだとありつつデート当日。天気は晴れ。どこまでも澄み切った青い空が広がっていた。絶好のデート日和と言ったところだろう。

 俺とナツは同室であるがゆえに、待ち合わせなんていう面倒なことも必要ない。二人で同時に起きて、支度をして、それが終わったら学園を出て、今は外界と学園とを繋ぐモノレールを持っているところだ。

 あれから俺たちの関係も自然に修復し、特に問題なくこの日を迎えることができた。しかし初デートの相手がナツになるとは、人生とは何があるかわからないものである。

 それにしてもというか、なんというか。どうにも今朝からナツのいで立ちが気になってしかたいない。そこで思い切って、会話の最中ナツの姿を上から下まで眺めてみた。

 トップスはシンプルなデザインのオフショルTシャツ。インナーとしてタンクトップを着、肩紐がみえるようなレイヤードスタイルっていうのかな。

 そしてボトムはショートデニム。それに加えてサイハイソックスを履くことにより、絶対領域的な演出がなされている。

 個人的な主観ではあるが、読者モデルのような見事な着こなしと評価して遜色ないのでは? もっと率直に表現するなら、めちゃくちゃ可愛いんだけど。

 

「ハル、どうかした?」

「コーデ、可愛いなと思って」

「へ!? う、うん、ありがとう。そういうハルもかっこいいよ」

「そうかな? 今回はちょっとシンプル過ぎたかなと思うんだけど」

 

 流石に俺の視線に気づいたのか、ナツはキョトンとした表情を浮かべた。

 かねてからナツに対して可愛いと素直に述べることが目標のうちであったためか、自分でも意外なくらいにサラッとそんな言葉が口をつく。

 俺が意外なら言われたナツも意外みたいで、ボッとでも効果音が聞こえそうなくらい一気に顔を真っ赤にさせる。……可愛いなぁ。

 で、ナツも照れ隠し含めてだろうけど俺を褒め返してくる。でもどうだろ、そりゃ初なうえナツとのデートだし気合入れたが、俺としては少々遊びが足りないところか。

 上から五分袖のコーチジャケット、その下は無地のTシャツ。ボトムはジョガーパンツとまぁシンプルの極みだよね。

 アクセサリとか着けてもいいけど、なんだかそのあたりまでいくと似合わないような気がするんだよな。俺のベーシックさはどこまで通じるのやら。

 

「ねぇハル。私、今日の予定聞いてないんだけど」

「う~ん、あえて言わなかったっていうか……。まぁ、とりあえず無難に映画かなって」

「あ、それって【リベンジャーズ】の最新作だよね」

 

 時刻どおりにやってきたモノレールに乗り込むと、席に着くのと同時にナツがそんなことを聞いてきた。

 サプライズ的な意味ではないけど、あえて予定は言わなかったのだが、当日聞かれたのならもう隠す必要もないかも知れない。そう判断した俺は、財布からとある映画の前売り券を取り出してナツに見せつけた。

 それはアメコミヒーローの実写映画として、日本でも知名度の高い【リベンジャーズ】シリーズの最新作である【アンリミテッド・ウォー】のもの。

 俺もナツもそれなりに関心があるもので、劇場に観に行ったりレンタルDVDが出たら借りて観たりまちまち。

 今作は何本か前知識として必聴しておくべき映画があるみたいだが、突発的に手に入っっちゃったからどうしようもないんだよね。買ったんだから観に行かないともったいないっていうのもあるわけだ。

 

「そんなの買ってたなら言ってよ。えっと、お金お金……」

「ほら出た、だから言わなかったんだって。いいよ、気持ちだけで十分。今日の出費は俺に任せてくれればいいからさ」

 

 前売り券を見せた途端、ナツはすぐさま財布を取り出そうとした。これこそが俺がナツに映画を観に行くことを話さなかった理由だ。

 例えナツがどう思おうが、やっぱりデートって言うのはそれなりに男がお金を払ってなんぼというものがあると思う。そうやって渋るのが目に見えていたからこその行動だ。

 そもそも割安で手に入ったから問題ない。

 美術部の同級生の子が事情があって行けなくなってしまったからということで、かなり安くしてペアチケットを買わないかと提案してきたからだ。

 それをナツに説明したところで納得はしないだろう。しかし、このデートにおいては譲れないものがあるから俺も折れるつもりはない。

 ……ナツにとっても初デートなんだ。そんな大役の相手を務めさせてもらっているんだから、むしろこのくらいするのは当然のことだと思う。

 

「なるべく払えるものは払うからね」

「うん、わかったわかった」

「わかってないでしょその感じ。もう、なんかホント最近のハルって意地悪だよね」

「嫌いになる?」

「……なるわけないじゃん」

 

 とてつもなーく納得のいってない表情でそう返されたわけだが、適当に流すような返事で応えた。

 ナツはどうにも俺の態度が不満らしく、ちょっとだけ拗ねたように座っていた席に大きく背中を預けてみせる。

 そんなナツに対してもひとつ意地悪。俺は返ってくる答えがわかり切った質問を投げかけた。

 するとナツは、わかってるくせに意地悪だ、とでも言いたそうな声色で嫌いになんかなるわけないと回答を示す。

 意地悪だと思っていても一応は素直な回答をくれるナツがなんだか可笑しくて、小さく笑いをこぼしてその様を見守る。

 だがいい加減に度が過ぎたのか、ナツは俺の脇腹あたりを忌々しそうにつねり始めた。確かに痛くはあるが、まぁ報復としては可愛いもんだ。かつての箒ちゃんや鈴ちゃんと過ごしていれば特に。察して。

 そんな感じでやんややんやとやりとりを繰り広げていれば時間が経つのも早いもので、あっという間に駅前近くの繁華街へとたどり着いた。

 中学時代にも弾たちとよく繰り出した場所なため、いわゆるホームグラウンドというやつにあたるのだろうか。

 そのおかげか、俺たちの足取りは迷うことなく映画館の方へ。来るのは随分久しぶりだが、道順は身体が覚えているものだな。

 さて、そうしたら前売り券を片手に座席指定のためにカウンターへ。意気揚々と受付の女性に開いている席を確認すると――――

 

「申し訳ございません。現在はこちらのカップルシートしか開いておりません」

「はい……?」

 

 カップルシートとは、二人分の席がひとつに連なっており、その名のとおりカップルたちがより密着できたりするという、リア充のためにあるような席である。

 ……一番早い時間の上映を観に来て、開場まで余裕があるのにもかかわらず、もう席がそこしか開いてないのか……。

 流石は【リベンジャーズ】シリーズの最新作であり集大成でもある作品だ。少しなめていたかも。

 ナツとのデートという発言は覚悟してたり慣れたから堂々としていられるわけであり、流石にカップルシートは想定外だしハードルが高い。

 そこしか開いてないということはカップルも避けているという暗示であり、まぁ、後は察してほしいところである。

 瞬時に追い詰められた俺は、錆びたブリキの人形のように、ギギギと頭を回転させながらナツの助けを乞うことにした。

 

「ナ、ナツ、どうする……?」

「その席でお願いしまーす」

「なっ!?」

 

 俺としては無難に次の上映を待つことを提案してくるだろう――――というか、くれることを願っていた。

 しかし、あろうことかナツはほぼ独断でカップルシートにすることを決定するではないか。しかも俺の腕に抱き着きながら。

 感じたこともないような柔らかさを腕一本に集中的に受けたことにより、俺の思考は一瞬にしてフリーズ。もはや魂が抜けるくらいの勢いだったかも知れない。

 気づけば受付のカウンターから離れていて、目には心底からニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべたナツが映っているではないか。

 その笑みの意味がわからないほど俺は鈍くはない。

 

「……お返し?」

「お返し」

「そう……。それは、その、ごめん。謝るから」

「さー? ど~しよっかな~」

 

 さんざん意地悪したからそのお返しだ。間違いなく、ナツの目と表情がそう訴えかけてきていた。

 お返しを思いつくくらいには恨めしかったのはわかったけど、そのためだけにカップルシートを肯定したり抱き着いたりするかな普通。

 なんていうか、役得であることを否定はしない。けど、なんかモヤモヤするなぁ……。別にナツに対して苛立ちを覚えているわけではないが。

 それよりも、これで返しきれないほど俺は罪深いことをしただろうか。むしろ人によってはこの状況に有罪判決を出すだろう。

 何かって、どうしようかと言いつつナツはしばらく離れてくれないんです。むしろさっきより、腕に込められた力が強くなっている気さえ。

 そのままジュースやポップコーンも買ったりしたし、なんなら劇場に入って席についてもまだ離れない。いや、そろそろいい加減にしてほしいんですが。ギリ失神するか否かの間だからね?

 

「ナ、ナツ、俺が悪かったから勘弁してよ」

「でも、この席ってこうするためにある席でしょ?」

「それは、ちゃんとお付き合いしてるカップルに限った話で――――」

「細かいことは気にしない。ハルも私で慣れるくらいの気でいなよ」

 

 さっきも言ったが役得ではあることは認めよう。しかし、うら若き乙女が無遠慮に豊満なバストを押し付けてくるのはどうなんだろうか。

 いくら仕返し含めて旧知の仲である俺に対してとは言え、あまりにも恥じらいというものがなさ過ぎるのでは? はたまた逆説的に俺相手だからできることなのか。

 でも確かに、変に意識するからダメな部分はあるかも知れない。ここは無理にでも慣れるつもりでいなければ、映画の内容が頭に入ってこなさそうだ。

 そしてナツは結局離れることなく上映がスタート。海外の映画らしく、派手な爆発音や壮大な音楽が響き渡り始めた。

 

(内容としては、王道展開って感じかな)

 

 王道が王道たる所以というか、やっぱりヒーローものにはある程度のお約束とか流れっていうのが組まれているものだ。

 それを退屈だなんて思わない。むしろ【リベンジャーズ】はシリーズをとおして沢山のヒーローが一堂に会する作品であり、そんな些細なことは気にする暇がない感じだ。

 だがこれだけの人数が集まれば、悲しいことに死者もそれなりに出てしまう。戦友の死亡シーンも話を盛り上げる王道に含まれるんだろうが、なんだかやるせない気分になるのは俺だけかな。

 

『なぜだ、なぜ私を庇った!?』

『なぜ? 野暮なことを聞くな……。相棒……だからさ……』

 

 こういうシーンが物語の後半にくるということは、そろそろクライマックスが近そうだ。

 スクリーンの中では【コマンダー・アメリカン】が、自身を庇って瀕死の一撃を喰らった【サマー・ソルジャー】に死ぬなと呼び掛けていた。

 この二人は一度袂を別った間柄だ。それゆえ最期に相棒としての役目を果たして逝くその姿は、よりドラマティックさを演出する。

 それがお芝居であることを忘れそうな迫真の演技に、俺は本気で涙してしまいそうになってしまう。ため息交じりにその行く末を見守っていると――――ふと、右腕に込められている力が強くなった。

 

(ナツ……?)

「…………」

 

 ナツが泣いていた。何もナツが薄情なやつと言いたいわけじゃないけど、映画を観て泣く姿なんて子供の頃くらいしか覚えがない。

 女の子になって感受性でも高くなったんだろうか。……今思えば、昔より百面相したりと感情豊かになった感じはあるかも知れない。ナツって地味にドライなところがあったし。

 ナツは必死に目元を拭って涙を止めようとしている様子だったが、効果は薄いらしく本人も少し忌々しそうだ。

 俺はナツの腕を多少強引に取り払うと、指を絡めるようにしてその手を取った。そしてハンカチを取り出して、ナツの頬を伝う涙を拭う。

 

「ハル……」

「目、こすらない方がいいと思う。せっかく、綺麗な目をしてるんだからさ」

「……うん、ありがとう」

 

 俺はどさくさに紛れて何を言っているんだろうか。

 勿論お世辞なつもりはないが、ナツの涙を拭くのにかこつけてそんなクサい台詞を言わなくていいものを。

 ……まぁ、ナツも満足してるふうだしそれでいいか。しばらくは涙を拭くことに終始してみることにしよう。

 映画の方にも集中しつつ、しばらくナツの涙を拭いていると、流石に止まってくれたらしく小さな声でもう大丈夫と聞こえた。

 俺がハンカチをポケットにしまった頃には完全にクライマックスで、仲間の死を糧に奮起した一同がついにラスボスを撃破した。

 そしてそのまま後日談からのスタッフロールへ。俺とナツは最後の最後まで見届ける派ゆえ席を立つことはない。

 それにスタッフロール後におまけでいろいろあったりするじゃない? 特に【リベンジャーズ】シリーズはそういうのが多いし――――

 

『くっ、少し手に余る数だな』

『喋ってないで手を動かしたらどうだ?』

『お前もな!』

 

 あ、やっぱりあった。どうやら後日談から更に後日談のようで、また新たな敵の襲撃でもあったのか、【リベンジャーズ】のメンバーが雑魚敵っぽい見た目の兵団と戦っている。

 【リベンジャーズ】は少数精鋭であり、圧倒的物量の前に徐々に押され始めている様子だ。それを手に汗握りながら見守っていると、メンバーの一人を襲っていた敵目掛けて盾が飛んできた。

 そのあたりでお察しながら、カメラは彼を中央で捉えず足を映す。数を前にして、物怖じすることなく前に進む足をだ。

 そしてスローモーションの演出が入りつつ、仲間たちが一人一人待ってましたと言わんばかりの表情をアップで映され、最後のシメは当然のように援護に入った彼自身――――【コマンダー・アメリカン】だ。

 

『リベンジャーズ・アッセンブル!』

 

 その一言を最後にカットは切れ、黒い画面に大きく【リベンジャーズ】のロゴが刻まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~……最高のデキだったねぇ!」

「最後にコマンダーのアッセンブルでシメるのが最高だったかな」

「そう、わかる! あえてそれだけにするのが最高!」

「あの後は絶対勝ったよね。間違いない」

「わかるー! あのセリフだけで勝ちを確信させるコマンダーの説得力よ!」

 

 基本的に劇場に来た場合はお約束と言うか、休めるスペースでしばらく映画の感想を言い合うのが常だ。

 そのテンションは映画のできにより左右され、【アンリミテッド・ウォー】は間違いなく最高だったから話が絶えない。

 私もハルも、例を挙げてはわかると同調するのを繰り返した。もうわかりみが深すぎて延々これを続けられそうだ。

 だけど私も聞かれるだろうなと思っていたことがひとつ。むしろ、私が好きになったハルが聞いて来ないはずはなかった。

 

「ところで、さ。珍しいよね、映画観て泣くなんて」

「……うん、ちょっと、ね。重ねて見ちゃったせいで、少し」

 

 ハルもこの雰囲気をぶち壊しにするのはわかっていたことだろう。それでも、私のために覚悟してそれを聞いてくれているんだと思う。

 だから私も正直に話した。はぐらかすことはできたけど、あそこまで泣いてしまったからには言うべきだ。

 重ねて見たという私の発言で意味を十分に察したのか、ハルはすさまじく気まずそうに視線をそらし始める。あ~……という声のおまけつき。

 それは当然ながら例の件に関して。【サマー・ソルジャー】がコマンダーを庇って死んでしまうシーンを見て、私を庇ったハルを思い出してしまった。

 あの一撃で同じことになっていたかも知れない。ハルが死んでしまっていたかも知れない。そう思うと涙があふれて止まらなかった。

 

「……いなくなったりはしないよ」

「え?」

「今の俺じゃコマンダーと違って説得力なんか皆無だけど、必ず強くなるって約束する。何があってもナツの隣からいなくなることだけはしない。後はその、信じてもらうしか、ないんだけど、でも……!」

 

 最近は暗黙の了解になりつつある、新たに増えた私たちだけのルール。ハルが手を伸ばしてくるのが見えたから、私も手を伸ばした。

 ギュッと指を絡めるようにして繋ぐのも当たり前。ハルの手はいつだって温かい。そして、放つ言葉も温かい。

 正直、まだまだ頼りないというのは否定できない。それでもハルは、私の隣にあろうとしてくれる。私はそう思ってくれるだけで十分だ。

 けど、ハルを信じていないわけでもない。ううん、ハルはきっとこれから強くなっていくことだろう。……私のために。

 なんて幸せなんだろう。身勝手な感情なのかも知れないが、ハルのあらゆる努力が私のために向けられているのがとても幸せだ。

 そして、とても愛しい。それが特別な感情を持ち合わせていなくたって、愛しくてたまらなくて、私は――――

 

「って、そういえば謝ってなかったな。ごめんナツ、心配かけて」

「ううん、もういいよ。私のほうこそ、ごめんね」

「……じゃあ、デートの続き、しようか」

「……うん。というか、この後ちゃんと考えてるんだ?」

「そりゃ考えるさ、ナツとのデートだよ? ありきたりにならないよう、練りに練ったからね」

 

 ハルは思い出したかのように神妙な顔つきになり、私の説得に終始していたせいで謝るのを忘れていたと、畏まったように頭を下げた。

 あの件は私も悪かったんだから言いっこなし。だから私も謝って、これでもう全部水に流すという体で。

 ハルもそれを承知しているのか、無駄に勢いよく立ち上がりながら次へ行こうと提案する。私としてはそれがとても意外だった。

 ってっきり後は私に合わせるとか言い始めるものだと思っていたけど、ちゃんとリードするつもりでいてくれたんだ……。

 それは私とのデートを大切に考えてくれているという証拠。さっきは悪戯心の方が強かったけど、私は愛しさが振り切ってハルの腕へと抱き着いた。

 

「じゃ、どこへ連れて行ってくれるの?」

「う、うん。なんか少し変わったアミューズメント施設が近くにできてるみたいで、とりあえずそこかな」

 

 ハルはまったく慣れないのか、一気に身体が強張ったのがわかる。どういうつもりなんだろ? とか思ってるんだろうなー。

 それはいずれ思い知らせるとして、ハルは本当にいろいろ考えてデートプランを練ってくれたらしく、私たちの中で定番のようなことはまったく起きなかった。

 ハルが言うアミューズメント施設もVR体験ができたりする最新の場所だったし、食事に連れて行ってもらったのも、あまり馴染みのない多国籍料理のお店だった。

 昼食に関してはてっきりオムライスでも食べに行くつもりでいるんじゃないのかと思い、それを尋ねてみると――――

 

「ん? いやぁ、別にナツが思ってるほどこだわりがあるわけじゃないんだよ? ナツの作るオムライスが好きなだけで」

 

 と、返された。

 なんですか。なんなんですか。どうしてそういう時だけ、まったく躊躇いも見せずにそんな死ぬほど嬉しいことを言ってくれるんですか。

 おかげで多国籍料理なんて珍しいものを食べたのにほとんど味を覚えてませんよ。仕方がないから今度自分で挑戦してみることにしよう。

 それからは二人でお買い物。服を見に行ったり、ハル行きつけの画材屋へ行ってみたり。適当にぶらつくことで時間をつぶした。

 私たちは学生の身で、しかも寮生ときた。まだまだ遊び足りないというのが正直なところだけど、門限というものがあるので早めに帰宅の途に就く。

 ハルとあれこれ話しながら移動してれば苦にならないもので、いつの間にか学園も目と鼻の先だ。それと同時に、少しばかり虚しさも過る。

 

「ナツ、どうかした?」

「え? 別になんでもないけど」

 

 虚しさを顔に出していたつもりはないし、実際に出てはいないはず。しかし、こういう時ばかりは長い付き合いゆえの察しのよさが弊害となる。

 私の様子が変だと感知したらしいハルは、少しばかり心配そうな顔つきでそう問いかけてきた。咄嗟に誤魔化してしまう自分が憎い。

 するとハルは足を止めた。腕を組んで悶々と何かを考え始めたようだ。そして妙案でも思いついたようにハッとなると、私に数歩近づいてこう告げた。

 

「ナツさえよければ、また二人で出かけよう。何度だって。数えきれないくらい」

「ハル……。……うん、また二人で」

 

 目を合わせてくれなければ頬を掻いて恥ずかしそうだったけれど、やはり私の心中を見抜いたかのような発言だった。

 後ろ暗い表情でも浮かびそうになっていたのに、自然と口角が上がっていくのがわかる。胸の奥が温かくなっていくのがわかる。

 うん、私、やっぱり幸せだ。けどもっと幸せになれるのびしろがある。それは勿論、ハルに好きになってもらうこと。

 愛されたい。ただ一人、私に温もりを与えてくれる陽だまりに。片恋で、一方的に想っているだけでこれだけ幸せなのに、ハルに愛された日にはどれだけの幸せが待ち受けているというんだろう。

 ハルとの時を重ねるごとに、私の想いは強くなっていく。けど今はもう少し、半分だけの幸せを噛みしめておくことにしよう。そのうち、そんな時期もあったねって、そんな思い出話になるのだから。

 学園に足を踏み入れるまでの短い間、私とハルは自然に手を取り合って歩いた。まるでお互いの存在を確かめ合うかのように……。

 

 

 

 

 




※劇中に登場しております【リベンジャーズ】なる作品は、【アベンジャーズ】と一切関係のない架空のものです。ネタバレ等一切しておりませんので、どうかご安心ください。

もっと二人ともアタフタさせてもよかったかなと反省中。
後の判断は皆様にお任せいたします。
どのみち次回から新章突入ですし、反省してばかりもいられないという。
銀髪ロリ系軍人のほうはともかく、金髪貴公子(仮)を取り巻く事情に関しての落としどころさんがですねぇ……。
そのあたりもちゃんと考えつつ、学年別トーナメント編、張り切っていきましょう。


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第30話 やって来るは銀と金

ちょっと遅くなりましたが感謝の一言。
50000UA突破しました。本当にどうもありがとうございます。
よろしければ、今後とも御贔屓によろしくお願いします。

それはそれとして、またしても忙しいので金曜更新となります。
内容も非常に薄いですが、まぁこの章のプロローグとでも思ってください。


「今日は新しいお友達を紹介します! それも二人!」

 

 自分でも真面目な方ではあると思うが、やはり今日の予定を話されるだけのSHRというのは退屈なものだ。

 今日も今日とて怒られない程度に適当に聞き流しておこうかと思えば、山田先生が随分と子供じみた表現で二人の転校生が居ることを示唆した。

 鈴ちゃん然り、この時期に転校してくるとなれば実力は折り紙付きだろう。別に戦闘狂になったつもりもないが、そういうことなら多少の興味を惹かれる。

 周りの女子たちも俺と似たような考えなのか、教室をそれなりの喧騒が包み始める。それを散らすかのようにフユ姉さんの喝が轟いた。

 

「お前たち、静かにしろ! ……入ってこい」

「…………え!?」

 

 フユ姉さんの声を合図に入ってきたのは、間違いなく前情報どおりに二人の生徒だった。ただそれだけなら驚くことはなかったろう。

 転校生二人のうち片方――――長い金髪を束ねた生徒が、男子の制服を着ていたからだ。……あ~これは、俺は彼をどう認識していいのだろう。

 ……まぁ、いったん保留にしておく。それでもう片方の女子。随分と小柄だなと言うのが第一印象だった。鈴ちゃんよりも小さい子はなかなか見かけないから。

 彼女はまるで男子と対になるかのような銀髪をしていて、左目に眼帯をしているのに注目してしまう。そして、何か只者ではないようなオーラを放っているような気がした。

 

「手短に挨拶しろ」

「はい。皆さん初めまして、シャルル・デュノアと言います。僕と同じような境遇の男子が居ると聞いてフランスからやってきました。これからよろしくお願いします」

 

 貴公子然とした様子で挨拶をした金髪の子――――もとい、う~ん……とりあえずデュノアくんで。どことなく、フランス出身というのがとても似合う振る舞いのような気がする。

 挨拶をしてもなんのリアクションもくれない。そんなシーンとした空気が教室へ流れる。デュノアくんは何かまずかったと眉をひそめているが、安心してくれていい。

 俺が静かに耳をふさいでいると、次の瞬間にまるでソニックブームでも発生したかと勘違いするような勢いで、女子たちの黄色い歓声が上がった。

 

「キタ、イケメンキタ! これで勝つる!」

「日向くん、悪いけど喜ばせて! 地球に生まれてよかったー!」

「ああ、うん、俺のことはお構いなく」

 

 まったく思うところがないと言えば嘘になるが、俺とデュノアくんの顔面偏差値は雲泥の差だ。月とスッポンと言ってもいい。

 というよりはなんだろうね、彼なら何を言っても嫌味だったりキザに聞こえないような気がする。そのくらいに貴公子という表現がよく似合っていた。

 が、褒められた張本人であるデュノアくんは引いてる様子だ。こういう女子のパワーに圧倒される気持ちは痛いほどわかる。

 けどそれだけ騒げばフユ姉さんの逆鱗に触れる行為であり、心底からご立腹であることが聞いただけでわかるような声色で黙れとひとこと。

 それなりに彼女らも訓練されてきたのか、すぐさまデュノアくんなんかどうでもいいと言わんばかりに黙った。その様にデュノアくんは困惑しているご様子。

 

「……お前も何か言え」

「ハッ、教官のご命令とあらば!」

「ここでは織斑先生だ」

 

 ため息交じりにフユ姉さんが銀髪の子に挨拶を促すと、彼女は不思議なことに教官という呼称で返した。

 しかも敬礼のおまけつきだし、彼女は軍人か何か? それで教官となると、もしかしてフユ姉さんがドイツに居た頃の教え子かも知れない。

 フユ姉さんはナツの誘拐事件が発生した際、ドイツ軍の情報提供を受けた。その見返りとして、一年間軍のIS操縦者を育成していた時期がある。

 そうか、俺たちと同い年なのに、彼女は軍人なのか。それなら纏っているオーラや迫力も頷けるような気がするな。

 銀髪の子はフユ姉さんの呼称について注意を受けつつ、相変わらず軍人然とした様子で己の名を高らかに宣言した。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「あ、あの~……それだけですか?」

「それだけだ」

 

 ボーデヴィッヒさんね。ドイツ語は無意味にカッコイイようなイメージがあるが、やっぱりどことなくその節を感じる姓だ。

 しかし、どうやら少し変わった子ではあるみたい。いくら軍人とはいえもう少し話すことはあると思うし、実際そう感じているのか山田先生が終わりかと確認を取った。

 ボーデヴィッヒさんはそれを完全シャットアウト。話すことはもうないらしい。突っぱねられた山田先生は、涙目になりながら距離を置く。

 教師としてどうなのだろうかと思いつつ、やはり似た人なので気持ちもわかる。うんうん、確かに今のは怖いと内心頷いていると、何かを発見したらしいボーデヴィッヒさんの顔つきが一気に感情的になった。

 

「貴様っ!」

 

 激昂した様子のボーデヴィッヒさんが歩み寄っているのは、間違いなく俺の隣に座るナツ目掛けてだった。

 でもナツの態度を見るに初対面ではありそうだし、いったいなんの因縁をつけるともりなんだろう。……というか、ナツのこの感じ――――

 ……ナツにもボーデヴィッヒさんにもいろいろ事情というものがあるんだろう。だが結果が見えているのにそうさせてやるわけにはいかない。

 俺は急いで立ち上がり、既に振り上げられているボーデヴィッヒさんの腕を掴んで止めた。

 

「……貴様、なんのつもりだ」

「ええっと、なんていうか、目の前で女の子が叩かれるのを、黙って見てるわけにはいかないし」

 

 多分、軍人だったらその気になれば俺を投げ飛ばすのは容易いんだろう。例えボーデヴィッヒさんの体格が恵まれたものでなくとも。

 けど今のは技術もない感情に任せた平手打ちだ。単純な筋力だけあれば止められると踏んだが、どうやら間違いではなかったらしい。

 よほど周りが見えてなかったのか、ボーデヴィッヒさんはものすごい表情で俺を睨みつける。……箒ちゃんとか鈴ちゃん並みに怖いかも知れない。

 け、けど、ナツが無益に叩かれるのなんか見過ごすわけにいかない! って、堂々と言ってやれる性格だったらどれほどよかったか。

 

「あ~……。SHRはこれで終了する。各自、遅刻のないよう行動せよ。以上」

「……フンッ!」

「ああっと、ごめんごめん」

 

 てっきり俺にもボーデヴィッヒさんにも制裁があるかと思ったが、フユ姉さんは非常に気まずそうな様子でSHRを切り上げた。

 フユ姉さんが気まずそうとは珍しいこともあるもんだ。そうやって教室を出ていくフユ姉さんの姿を見ていると、ボーデヴィッヒさんは俺の手を強引に振り払った。

 今のは流石に謝らなくてよかった気がする。でもちょっと強めに握り過ぎてたような気もするし、う~む……。

 まぁひとつだけわかることがあるとすれば、ボーデヴィッヒさんを敵に回したということかな。とにかく大事にならなければいいが。

 

「ハル、ありがと」

「いや、気にしないで。それよりナツ――――」

「ええっと、取込み中かな? でも挨拶はさせてほしくて」

「ああそうか、デュノアくん……。うむむ……う~む……。……ナツ、また後で。デュノアくん、とにかく急いで教室を出よう」

 

 笑顔を浮かべたナツが助かったと感謝を述べるが、それをすんなり受け入れるわけにもいかなかった。

 本当はすぐさま追及したいことがあったけれど、デュノアくんのこと含めてこれ以上は教室に留まるわけにはいかない。

 一時限目から実習でなければなぁ……。はぁ、スケジュールに関して嘆いても仕方がない。すぐさまデュノアくんの背を押して教室から飛び出た。

 

「あの、急いでる様子だったけど」

「うん、更衣室で着替えない子も多いからね。流石に俺らが留まるわけにはいかないから」

「なるほど……。そっか、そうだよね」

 

 俺があまりにもそそくさと教室を出たのが気になったのか、デュノアくんはとても不思議そうにこちらを眺める。

 確かに挨拶を後回しにしてでもというのは気になるだろう。まぁ、本当に女子が教室で着替えるからっていう単純な理由なんだけど。

 そう説明すると、なんだかデュノアくんは興味深いように何度か頷く。そういうものなのか、とでも思っているんだろうか。

 

「挨拶は歩きながらしようか。男子更衣室、わりかし遠いんだよね」

「うん、勿論。改めて、僕は――――」

「……いやごめんデュノアくん。前言撤回、とりあえず俺の後ろに隠れてて」

 

 待遇に関して不満があるつもりはないが、やはりトイレや男子更衣室の数は微々たるものだ。どうしても教室からは遠くなってしまう。

 油断してたら遅刻とか普通にしてしまうので、慣れていないであろうデュノアくんには悪いけど、早足での案内になってしまう。

 今度みんなを紹介しながら学園を歩き回るのもいいかもな、とか思っていたその時である。俺は廊下の先が少し騒がしいことに気が付いた。

 その騒がしさですべてを察した俺は、とりあえずデュノアくんを背後に隠すことに。本当、挨拶しようとしてくれているのに申し訳ない。

 しばらくそのまま待っていると、だいたい予想したとおり女子の一団が迫りくる。なるほど、顔がいいとこうなるわけか。こういうときばかりは、普通の顔でよかったと思い知らされるかも。

 そんなことはさておいてだ。明らかにデュノアくん目的の彼女らに対し、俺は精一杯声を張り上げた。

 

「すみませーん! あの、あまり絡まれると遅刻しちゃうんで。俺はともかく、デュノアくんまで織斑先生の制裁を受けるのは忍びないと思うんです。ほらデュノアくん、言ってあげなさい」

「こ、ここで僕? う~ん、え~っと、道を開けてくれると嬉しいなー……なんて」

「丁重にお通しせよ!」

 

 俺の叫び声に反応して足は止めてくれたものの、女子一同はデュノアくんを出せという旨の言葉を放っているみたいだ。

 人数が人数だけにあまり正確に聞き取れないんだよね。ゆえにあまりかまってやる必要性もないってわけだ。

 俺は俺の考えを一応伝えるとすぐさま退散。聞く耳をもってくれた以上は、デュノアくん本人が言ったほうが効果があると見てのことだ。

 俺の予想はまたも的中し、女子らはザっと廊下の両端に避けてみせる。まぁお近づきになりたい人に悪い印象を与えてしまうだろうし、妥当なところだろう。

 とにかく、上手くいったんだから次へ行くとしよう。もしかするとこれは第一波で、少し進んだから第二波、第三波が襲ってくる可能性もあるのだから。

 

「デュノアくん行こう。走れそう?」

「加減してもらえば大丈夫だと思うよ」

 

 もはやデュノアくんからしてもツッコミを入れる気もないのか、俺の問いかけにすぐ答えてくれた。

 デュノアくんの回答によしと頷くと、彼が付いて来れる速度を意識して、男子更衣室を目指して走り出す。

 女子の団体様はさっきのが最初で最後であり、これなら着替える時間を含めても遅刻するというようなことは起きなさそうだ。

 ……ん? 着替え? ……ああ、そうか、その問題もあるんだった。山積というやつだなぁ。そこはどうにか、やんわりと確認するとしよう。

 流石に男子更衣室まで突撃してくる女子はいないだろうということで、俺たちはようやくちゃんとした挨拶を交わすことができた。

 

「日向 晴人です。適当に呼んでくれたらそれで構わないから。よろしく、デュノアくん。……っと、左手で失礼」

「シャルル・デュノアだよ。シャルルって呼んでほしいな。こちらこそよろしく、晴人」

 

 とりあえず今は名前の再確認くらいでいいだろう。趣味とか個人的な話はもっと時間のある昼休みとかで。

 右手はまだ痛みがあるため、本当に失礼ながら左手の握手を差し出す。しかしシャルルは気にした様子は見せずに、とても爽やかな笑顔で左手の握手に応じてくれた。

 事情を聞いてこないあたり、シャルルの人の好さがうかがえる。……そのぶん今後は俺のメンタルが辛くなるということなんだけど、仕方がないと諦めるしかないか。

 ……さて、ここからどう着替え問題につなげよう。……不本意ではあるけれど、女子に対する愚痴みたいな感じからなら自然かな。

 

「ところでだけど、こうしてみるとやっぱり俺たちは大変だよね。せめて女子たちも更衣室で着替えてくれるといいんだけど」

「比率が比率だしね。もしくは男子扱いされてない、とか?」

「う、それは逆につらいかもな。俺なんかほら、下にすぐISスーツ着てるんだよ。こうすると脱ぐだけでいいし」

「それ、僕も同じことしてるよ。フフ、奇遇ってやつだね」

 

 演技とかはできたもんじゃないと思ってたけど、意外にやってみたらけっこう平気だな。自分でもてっきりぎこちなくなるものだと。

 ……というか、男子扱いされてないのは本気であるかも知れない。というか、俺の場合は影が薄いから存在そのものに関しても――――

 い、いやいや! 最近はナツたち以外の女子とも話す機会は増えたんだ、決してそんなことはない……と思いたいところだろうか。

 とにかく、作戦は無事成功かな。特に違和感らしいものもなしに、既にISスーツを着込んでいることを伝えることができた。

 それでいて、シャルルも同じことをしているらしい。そいつは僥倖、これで変に気を遣わなくて済みそうだ。

 そういうことなので、特にお互い変な空気になるようなこともなく制服を脱いでISスーツ姿へ。そのまま流れるようにアリーナへ入った。

 

「シャルルも専用機持ちだよね」

「うん、第二世代機のカスタム機だけど一応。……晴人のは変わった待機形態に思うけど」

「ハ、ハハハ……よく言われるよ。専用機そのものも変わってるっていうか」

「そうなの? でも僕のはカスタム機だし、変わってても特徴があるのは羨ましいかも」

 

 間違いなく首から下げているペンダントが待機形態なんだろうけど、つかぬことを聞いてしまう。

 一応の確認というか、専用機持ちは実習の場合手本にされることが多い。もし本当に専用機持ちなら、前の方に居た方がいいかなと思っただけのことだ。

 今日は一組と二組が合同での実習となる。単純計算で人数が倍になるということで、まだ全員集まってはいないが人の間を縫うように前へ。

 正直なところで腕組して仁王立ちするフユ姉さんの前に迂闊に出たくはないのだが、これも専用機持ちの定めとしておくことにしよう。

 そうして人だかりの先頭の方に立った俺は、さりげなく同じく先頭付近に居たナツの隣へと陣取った。

 

「ナツ」

「あっ、ハル。デュノアくんともども襲撃されたって聞いたけど、意外と早かったね」

「うん、まぁ俺のことはいいとして、どうしても聞いとかないといけいないことがあってさ。さっきのアレ、なんで避けようとも防ごうともしなかった?」

 

 俺がナツに声をかけた時点で、シャルルは他の専用機持ちにあいさつを始めた。……随分と空気の読める子というか、逆に申し訳ないくらいまである。けど、ナツにこの質問をしないわけにはいかないんだ。

 俺だから、もしくは家族だからわかるんだ。ナツが初めから、ボーデヴィッヒさんの平手打ちを避けようともしなかったことくらい。

 ナツの正義感は強い。その正義感に俺や箒ちゃんや鈴ちゃんは救われたんだ。ゆえに、理不尽な暴力なんて良しとしないのを知っている。

 つまりそれは、ボーデヴィッヒさんの張り手を受け入れたのと同等。とするならば、ナツはボーデヴィッヒさんに恨まれてしかるべきと思っている……ようだ。

 俺にはそれが我慢ならなかった。何もボーデヴィッヒさんが憎いとかそういう話ではなく、どうして自分のことになるとそうなのかと言いたいんだ。

 だってそうだろ。今までさんざん助けてくれた。ナツにとってそれはなんてことないのかも知れない。けど、困ってるなら言ってほしいし助けにはなりたいじゃないか。

 それを恨まれて当然だ、なんて自分の中だけで片付けてもらっては困る。……だというのに、ナツは難しい顔をするばかり。ようやく口を開いてはくれたが――――

 

「多分だけどあの子は、私の誘拐で――――」

「全員揃っているな? さて、とりあえず各専用機持ち、ISを展開せよ」

「……ごめん、また後で」

 

 時間切れだ。授業が始まってしまった。……俺も答えを焦り過ぎていたのかも知れない。こんな変な気分になるのは初めてだ。

 話しかけだったとはいえ、これ以上は授業に支障をきたす。俺はナツに謝罪しながら数歩間を置き、フユ姉さんの命令どおりヘイムダルを展開した。

 展開速度は俺が最も遅いものの、昔ほど差がつくわけでもなさそうだ。よしよし、いいぞ。やっぱり少しずつでも早くなってる。

 なんて自分のわずかな進歩を実感していると、すごくシャルルに見られていることに気が付いた。何か用事かと視線を返してみると苦笑いするあたり、どうやらヘイムダルの特異さに目が向いてしまったらしい。

 まぁ、うん、大丈夫、そろそろ慣れた。という意味を込めて左手を振って返した。後は授業に集中し、フユ姉さんの言葉に耳を傾ける。

 これまで実習は幾度かあったが、今日は全生徒が訓練機を動かすことになるらしい。そのことについて、気を緩めることなかれといった内容を話される。

 それと、生徒たちの監督をするのが俺たち専用機持ちになるようだ。こちらに関しては、責任をもった行動をと釘を刺される。

 

「それでは早速訓練を――――と言いたいところだが、ひとつデモンストレーションを行う。そうだな……。オルコット、凰、前に来い」

「わたくしと鈴さんの模擬戦、といったところでしょうか?」

「おっ、いいじゃん。一度はセシリアと白黒ハッキリ――――」

「逸るな小娘ども。じきわかる」

 

 鈴ちゃんとセシリアさんがフユ姉さんに呼ばれて前に出たわけだが、大多数の予想を裏切って二人の模擬戦となるわけではないようだ。

 それなら他の対戦相手が居るということになるが、はて、フユ姉さんはISを装備するような空気を全く感じられない。

 なら更に他の相手が――――と、ハイパーセンサーを用いてアリーナ内を見渡していたその時である。いきなり警告が鳴り響くではないか。

 え、ええっと、種別的には……衝突の恐れ? って、リヴァイヴを装備した山田先生がこっちに向かって突っ込んできてるじゃないか。

 正確な着地点を割り出してみると、だいたいナツの真上当たり。……ああなるほど、男の時ならそれでラッキースケベになってたわけね。

 とにかく、山田先生が地面に叩きつけられる姿を静観するのも忍びないので、助けに入ることにしよう。

 

「ナツ、ちょっとスペース開けて」

「うん、了解」

「山田先生、そのまま落ちてきてください!」

「そ、そのままって――――きゃあ!?」

 

 ナツに移動してもらって場所を開けてもらうと、俺はヘイムダルの巨大な右腕を伸ばし、同じく巨大な掌を開いた。

 後はタイミングを合わせて山田先生を掴む簡単なお仕事だ。多少の衝撃はいくだろうが、それでも地面とキスよりましと思っていただきたいところかな。

 ヘイムダルの掌は女性の腰なんて簡単にすっぽり収まるサイズなため、難なく山田先生をキャッチに成功。文字通り手中に収めたって感じかな。

 そしたら優しく山田先生を降ろしまして……と。よし、なんとか騒ぎにならずに済んだみたいだな。それなら俺も満足満足。

 

「す、すすすすすみません、日向くん! それに織斑さんも!」

「いえ、このとおりハルが助けてくれましたから」

「当然のことをしたまでですよ」

 

 あわや激突ということを気にしてなのか、地に足を着けた山田先生は真っ直ぐこちらに謝りにきた。心なしか涙目である。

 山田先生の心配に対し、俺たちはあっさりそれを許した。すると、今度は感激的な意味で目元を濡らし始めるじゃないか。

 俺たちが一周して困り始めた頃、フユ姉さんがそのへんでと声をかけたことでようやくしゃんとしたらしい。そして山田先生は鈴ちゃんとセシリアさんの前に――――って、これはつまり?

 

「……え、マジ? 今の見せられて戦えって言われても……」

「それに二対一です。織斑先生、本当にこのルールでよろしいので?」

「安心しろ、今のお前たちでは勝てん」

「ハ、ハードルを上げないでくださいよぉ……!」

 

 山田先生だが、教師であるなら実力者ではあると思う。そうは思いつつも、半分くらいは鈴ちゃんとセシリアさんに同意せざるを得ない。

 せめて一対一ならまだしも、山田先生が専用機持ちの代表候補生二人を相手にし、なおかつ勝利しているビジョンが失礼ながら浮かばなかった。

 だがフユ姉さんのあの態度、決してハッタリではないぞ……。そもそもハッタリだの小細工をするような人でもないんだけど。やっぱり本気で勝つと思っているんだな。

 対して山田先生本人はとても自信がなさそうだけど、それでも一教師として奮起しているのか、そのうちキリリと眉が吊り上がった。

 む、これなんだかフユ姉さんの言葉が確信めいたような気がするぞ。どのみち貴重な教師を交えた模擬戦だ。見逃さないようしっかり目を見張っておかないとな。

 

 

 

 

 




別に隠す意味もないので言っておきますが、晴人はシャルの正体に感づいてます。
そもそもシャルの男装ってヒロインだから成立するものですので。
晴人には一夏ちゃんが居ますから、お前女だったのか!? みたいなおいしい展開も必要ないですしね。
ただいろいろとこなすべきイベントは消化していくつもりです。
じゃないと、あの事情をクリアしないとシャルはいろいろ不憫が過ぎますから……。


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第31話 その夢は何が為

若干のシリアス回かなって感じです。
でも一応は晴人と一夏ちゃんの距離は縮むので大丈夫かなと。
……何が大丈夫なんだろうか。


「鈴さん、前に出過ぎですわ」

「ハァ!? アンタがチマチマやってるから前に出なきゃなんなかったんでしょーが!」

「そうかしら? 一瞬でもわたくしに配慮したようなシーンはなかったように思いますけれど」

(ダメだこりゃ……!)

 

 鈴ちゃん&セシリアさんVS山田先生で行われたハンディマッチだが、結果は言い争う二人を見ていただければわかるだろう。

 タイプのまったく異なる二人ではあるものの、予想以上の噛み合わなさが影響し、その隙を山田先生に突かれたような形に見えた。

 専用機の特化傾向と、本人たちの戦闘スタイルだけなら相性抜群のはずなんだがどうしてこうなるのだろう。やっぱり代表候補生のハングリー精神のせいかな?

 それよりもフユ姉さん、さてはこうなることを見越してあの二人を組ませたのでは? うーん、でも割と何考えてるかはわかりづらい人ではあるし、そもそも俺の予想なんてあてにはならないか。

 

「見苦しいぞ。いい加減にせんか」

 

 二人の言い争いが激化する中、それを一瞬にして鎮める裁きの鉄槌――――もとい出席簿が頭目掛けて振り下ろされた。……あれ、今絶対防御を貫通したような……?

 そ、そんなことより、確かに責任の擦り付け合いは見苦しいかも。事実、二人のうちどちらかが折れていれば間違いなく勝てていた試合だったと思う。

 俺とナツのタッグだったらどうだろうか。ナツが剣なら俺が盾、と謳うからにはコンビネーション抜群の自信はあるけれど。

 ……それは置いておくとして、フユ姉さんの言葉を肝に銘じておくことにしよう。二人をしかりつけるのと同時にこう言ったのだ。

 

「今のを見たらわかるだろうが、いくら実力者が組もうと合わせる気概を持ち合わせなければ話にならんというわけだ。いつ、どんな状況、どんな相手とでも即コンビネーションを発揮できるよう留意しろ」

 

 うん、確かに。さっきの二人は実力の半分も出せていなかったように思う。それを考えれば、フユ姉さんのいつどこで誰とでもという言葉の重みがわかる。

 逆にパートナーと互いに活かし合えることができれば、普段よりも実力を引き出し合える……ということなんだろうから。

 俺を含めて多くの生徒が感銘を受けたのか、俺たちは自然に大きな声で返事をしていた。……悪い例とされた二人はバツが悪そうだ。

 

「では今度こそ実技訓練を行う。一般生徒は出席番号順に6つの班に分かれるように。各専用機持ち、お前たちは訓練機を取りに来い」

「打鉄とリヴァイヴが三機ずつあるので、早い者勝ちですよ~」

 

 は、早い者勝ちって、それならどちらかの量産機に統一してしまえばいいものを。

 こういう場合は損な性格をしているというか、そういう言い方をされると少し焦ってしまうんだよ……。俺は勢いそのまま、打鉄を選択して班員の元へ向かった。

 

「えーと、ごめん。勝手に打鉄を選んじゃったけど問題ない? 大丈夫?」

「日向、真っ先に打鉄を選んでたね」

「理由とかあるならレクチャーしてほしいな」

 

 なるほど、流石はIS学園の生徒なだけあって着眼点が違う。その通り、俺もそれなりに理由があって打鉄を選んだ。

 まず第一に、彼女らはISを動かすという行為そのものに慣れていない。そのうえで、今日行う訓練は主に歩行とかそこら。

 となれば、重量があるほうが単純に安定感があって操作しやすいはず。そこで防御特化傾向にあり、重厚な打鉄を選んだというわけ。

 そして第二に、操作感覚がなんとなくヘイムダルに近いから。

 俺も試しに量産機を動かしたことがあるんだけど、その際打鉄の操作感覚になんとなくだが親近感みたいなものを覚えたんだよ。

 個人的見解では同じ防御型ゆえということで、その感覚がなんとなくわかる方が、こちらとしても教えやすいんじゃなかろうかということだ。

 

「ふーん、なるほどね」

「どっちもウチらに気を遣って、か」

「日向くんらしーい」

「そ、そうかな? と、とにかく始めようか。まず誰から――――」

 

 なんだかやんわりと褒められたような気もするが、別に大したことをしたわけでもないつもりなので恐縮してしまう。

 そんな気分を振り払うかのように訓練開始を宣言しようとするが、遠くの方から女子のワーキャーと叫ぶような黄色い声が聞こえてくる。

 何事かと目をやってみると、どうやらシャルルが女子をお姫様抱っこで持ち上げて訓練機に乗せてあげているようだ。

 まぁ、そうか、そうだよね。そう叫びたくなる気持ちはわかる。もし仮に俺が女子だったら同じようなリアクションをしていたかも。

 けどなんというか、あー……いいや、どちらにせよ俺にはあまり関係ない話なのだから。要するに需要がないってやつ。気にせず訓練に入ろうとしたのだが――――

 

「日向、あれやってよ」

「は!? い、いやいや、シャルルならともかく俺だよ?」

「アタシ、普通にアンタってアリなほうだと思うけど」

 

 予想外の出来事である。まさかのまさかで、女子の一人がシャルルと同じことをするよう頼んできたのだ。

 さっき言ったとおり、俺に需要があるとは思わないし思えない。だから本当にそうする必要があるのかと問いかけたら、またしても予想外の反応で困惑してしまう。

 彼女がサバサバしたタイプの女性であることも関係しているんだろうが、ナツを除いてそういうことを言われたのは初めてだ。

 な、なんていうか、少し調子に乗ってしまいそうだ。きっと今の俺は、わかりやすいくらいに顔を赤く染めているのだろう。

 ……羞恥心もあるが、せっかく俺をご所望してくれたのだから応えることにしよう。その流れからして、初めに乗るのは彼女からということになった。

 

「ヘイムダルはご覧のとおりの見た目だから、左腕に乗る感じでよろしく」

「ん、了解」

「それじゃ上げるよ。落ちないように注意して」

 

 そもそもヘイムダルの両腕のアンバランスさからして、正当なるお姫様抱っこをするというのにはあまりにも無理がある。

 そういうことなので、どちらかと言うなら左腕に身体を預けてもらうような形となった。右腕の方が乗りやすいんだろうけど、それだと完全に意味がなくなっちゃうからね……。

 勢いあまって彼女を落とさないよう慎重に持ち上げると、おーと少し感心するような声を上げた。うんうん、立ってるだけでけっこう眺めがいいんだよ。わかるわかる。

 後はそのままゆっくり彼女を打鉄の方に近づけた。問題なく打鉄に乗り込んでくれて、これでようやく訓練開始といったところか。

 

「どうかな、何か違和感があったりは――――」

「オーケーオーケー。問題ないよ」

「そっか、ならひとまず一歩目からいってみよう。右腕に掴まって、焦らずゆっくりでいいからね」

 

 訓練機ゆえに初期化も最適化もないから気分が悪いということはないだろうが、一応そんな声をかけておく。

 すると秒で問題ないという返事が。やはり杞憂というか、大きなお世話だったか。よし、それじゃあいってみよう。

 俺は地面から少しだけ浮いて、打鉄の進行方向に合わせて右腕を差し出した。彼女がそれを掴んだのを確認すると、丁重にエスコートしながら進んで行く。

 第三世代機と第二世代機では操作方法がまるで違う。今彼女らがすべきは、いかに丁寧な操作ができるかどうかだ。急ぐのは慣れてからでいいに決まってる。

 だから俺は、ナツにISの操作を手解きしてもらった際を思い出しつつ指導に終始した。ナツの指導の仕方の丸パクリとも言えるんだけど。

 

「ハイパーセンサーにコースが表示されてるはずだけど」

「うん、見えてる」

「それに従って歩いて、一周したら交代ってところかな」

 

 まるで自動車教習所の指導員にでもなった気分だが、やはり教材として歩くべきコースというようなものが組まれているらしい。

 今俺の目にはガイドラインのようなものが見えている。フユ姉さんあたりが転送してきたんだろう。いやぁ便利なもんだ。

 同じく彼女も見えているようなので、再度ゆっくり歩くよう促してから歩行訓練を再開。ガシンガシンと打鉄が地を鳴らす音が響く。

 

「はい、一周。お疲れ様」

「日向、アタシどうだった?」

「特に問題らしい問題はないと思う。初めてでそれだけできれば十分だよ」

「日向ってば誉め上手~」

 

 第二世代機というか、マニュアル操作をしてみたらわかるが、あれはなかなか難しいもんだ。俺が問題なくヘイムダルを動かせてるのはイメージインターフェースありきだと思う。

 にも関わらず、一回もつまずいたり転んだりしなかった彼女は普通に上手な方だとおもう。……それは暗に、俺がこけたりしたということだが。

 とにかく、思ったことをそのまま述べただけだ。だが彼女はあまり本気で捉えていないのか、ケタケタとからかうような笑い声をあげた。

 俺も一応ダメなところがあれば指摘するつもりだったんだけど、本当に言うべきことがないだけだったんだけどな……。

 なんて唸っていると、彼女がこちらに向けて腕を伸ばしているのに気が付いた。その理由をしばらく考えてみたがまるで浮かばない。思わず首を頷かせてみると――――

 

「降ろして」

「へっ!? あ、ああそうか……りょ、了解」

 

 まるで鈍いなーとでも言いたげなムッとした表情を向けられる。てっきり降りるのは自分でやってくれると思っていただけに、俺は慌てて左腕を差し向けた。

 彼女が左腕に乗ったのを確認して、丁重に地面へと降ろした。去り際にありがとうという甘ったるい声色が耳へと届く。

 ……どうなんだ本当。これって浮かれていいやつなんだろうか。弾と数馬だったら舞い上がっていたろうが、そういうのを素直に表現できる神経が羨ましくなってきた。

 

「日向くん、よろしくね」

「ああ、うん、よろしく――――って、はい……」

 

 今も変わらず馬鹿騒ぎしているだろう友人二人に想いを馳せていると、次の女子の準備が整っていたようだ。

 気を取り直して指導に集中しなくてはと顔を上げると、彼女もニコニコとした笑みを浮かべて俺に対して腕を差し出している。

 それで抱きかかえを所望していることを察した俺は、頬を引きつらせながらその望みに応えた。はぁ、どうしてこうなるのか……。

 その後も順調に訓練をこなしていくが、意外なことに全員が俺のお姫様抱っこを要求してくる始末。俺の気苦労は加速していくばかりだった。

 まぁいいや、結果的にみんな上手だったし怪我もなかった。それに教え方が丁寧でわかりやすかったというお褒めの言葉もいただいたしね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんぬっ!」

 

 授業は終わった班から随時片付けという流れだった。他のみんなは班員と協力しながら行っていたが、俺は勿論一人で引き受けた。

 そりゃ女の子にこんな重いの押させるわけにはいかないし、俺にはヘイムダルって言う相棒も居るしね。

 シャルル? シャルルはむしろ女子たちが率先して片付けてたよ……。何もしないでいいっていう状況に、彼もむしろ困惑しているようだった。

 で、少し用事があるから手伝えないっていうのをわざわざ言いに来てから去って行った。別に気にしたことでもないし、俺としては快くシャルルを送り出したつもりだ。

 

「ハル、手伝うよ」

「ナツ。構わないって、なんのために女子を返したかわからないじゃないか」

「私が手伝いたいんだからいいじゃん。ほら、早く片しちゃお?」

 

 とりあえずヘイムダルなしで台車に乗せた打鉄を運んでいると、ナツに声をかけられた。どうやら俺を手伝う気らしい。

 確かに大変ではあるけど、ナツに手伝ってもらっては意味がない。既にアリーナには俺とナツしか残ってないくらいだ。

 だがこういう時のナツは頑固である。とてつもなく頑固である。すぐさま俺のことは無視して台車を押し始めた。……でもなんだか、今日は少し棘があるような?

 おっと、ボーッと眺めてる暇があるなら手伝わねば。そもそもこれは俺がすべきことなのだから。というわけで、二人で協力して打鉄をアリーナの格納庫へしまった。

 

「ナツ、ありがとう。助かったよ」

「このくらいならお安い御用。むしろハルはもっと人を頼らなきゃ」

「それはナツが言えたことじゃない。絶対」

「そうかな? 私はハルのこと頼りにしてるけど」

 

 やはり一人の助けがあればそれだけで違うもので、打鉄の運搬はわりとスムーズに終わった。

 すぐさま感謝を述べるも、このくらいなんともないから問題ないと逆に怒られてしまう。そうだろうか? 学園に入ってからかなり人を頼るようになったと思うんだが。

 むしろそれはナツに言えたことじゃないと思う。だから言い返してみたのだが、なんとも照れる言葉をもらってう手痛い反撃を受けてしまった。

 

「ところで、随分と楽しそうだったねー」

「そうでもないよ……。確かに嬉しくはあったけどさ」

 

 アリーナの出入り口まで歩き始めると、道中でナツはジト目をこちらに向けながらそんなことを言い始めた。それが何を差しているかはすぐに理解が及ぶ。

 要するに女子をお姫様抱っこしたり褒められたりして楽しそうだった、と言いたいんだと思う。いやぁ……そうでもないって本当に。

 褒められたことは嬉しかったさ、そこは認める。けど別に楽しかったってことはないかと。ああいうのには永遠に慣れないんだろうし。

 でもナツの主観だとそう見えたんだよな。やっぱり鼻の下でも伸びてしまっていたんだろうか。だとすれば情けないところを見せてしまった。

 

「…………」

「何? どうしたの?」

「いや、なんかさっきから機嫌悪そうだなーと」

 

 それにしても、と思い立ったと同時に足を止めてしまう。だってなんだか機嫌悪そうなんだもの。多分とか、もしかして、の範疇ではあるが。

 でもわかりやすいことに、ナツはなんでばれたみたいな顔になった。いや、むしろ有難くもあるんだけどさ。

 けど困ったな、なんでナツが機嫌を損ねているのか皆目見当もつかない。

 自分一人で片づけをしようとしたこと――――なら手伝ってくれるよりも前に、もっと本格的なお説教をされていた可能性があるな。

 だとするならいったいなんなのだろう? 足りない頭で考えてみるも、これといってナツを怒らせるような要因が思い浮かんではくれない。変だな、と感じたことはあるけれど……。

 ナツは随分と楽しそうだったと言った。普段ならもっと皮肉っぽく言っていたんだろうに、それがなぜだか機嫌が悪いって感じだったからな。

 となると流石にひとつの可能性が生まれるんだが、どうにも自分でたどり着いた答えを信用することができない。

 理由は諸々だが、まぁ、とりあえず試すだけ試してみよう。それで俺の考えが間違っていたのなら、何をしてで許してもらうよう努めなければ。

 

「ナツ、ちょっとこっち」

「え、ちょっと何を――――」

「少しだけ失礼……っと」

「ふぇ……? ええっ!?」

 

 ナツの腕を引っ張ってなるべく死角ができるようアリーナの外壁に近づくと、俺はおもむろにナツをお姫様抱っこで持ち上げた。

 持ち上げられた方はたまったもんじゃないというか、何が起こっているのかよくわからないという視線でこちらを射貫く。

 だが理由を口にする気はない。だってハズレにしても正解にしても、とんでもない自惚れになってしまうだろうから。

 つまり何が言いたいかって、まぁ、そのー……ナツは妬いてたんじゃないかと思いまして。いや、俺だって自分でとんでもないこと言ってるのはわかってるよ。けど考えられるのはこれくらいしか――――

 

「ちょっ、や、お、降ろして! ほら、重いから!」

「う~ん、軽い重いじゃなくて、なんかしっくりくる感じだよ」

「そ、そんなことは……。あぅ……」

 

 ナツは拒絶するかのように俺の顔をグイグイ押しながら降ろしてと喚くが、多分これは単に恥ずかしいだけで、本当に降ろしてとまでは思っていないはず。

 自身の重みに関して羞恥心を覚えているのら安心してくれていい。俺もそれなりに筋力は上がっているし、なにより本当にナツを重いとは感じない。

 よほど体重に自信がないのか、それとも恥ずかしいだけなのかはわからない。あるいはその両方だと思うんだが、ナツは顔を赤くして押し黙ってしまった。ついでに手元をモジモジとさせている。

 ……どうやら機嫌は直ったみたいだな。羞恥心でそれも吹き飛んだ、という方が正しかったりするかも知れないが。

 しかし、この後のことを何も考えてなかったな。ナツも黙っちゃうもんだから気まずいったらない。まぁ、俺の幼馴染が今日も可愛いことだし、もう少しこのままでもいいかー……。

 ……読んだことないからわからないが、なんかライトノベルのタイトルかなんかでありそうな気がする。いや、本当になんとなくだけど。

 

「逞しく、なったよね」

「おぅふ……!? む、昔と比べたらそりゃ、まぁ。伊達に毎日頑張ってないさ」

「……うん、本当に頑張ってるもんね。ハルはすごいよ」

 

 ナツは何かに気づいたように目を細めると、そっと俺の胸板から腹筋にかけてあたりを撫でた。それに伴い、物理的にも精神的にもくすぐったくて変な声が。

 なんとか小声くらいに抑えて済ませると、すぐさまそれを誤魔化すために頑張りが日の目を見ているのだと強がってみせる。

 ほんの強がりのつもりだったと言うのに、ナツはとてもとろんとした表情で俺を褒め始めるではないか。

 これはいかん。直視できない。自分でも笑ってしまうくらいに、俺の顔には熱が集まっていく。顔から火が出るとはこのことだろうか。

 しかし、そんな熱もナツの紡ぎ始めた言葉により急速に冷めていく。ナツは俺の腕の中で、ゆっくりと切り出したのだ。

 

「ボーデヴィッヒさんなんだけどね、多分だけど千冬姉のことで私を恨んでるんだと思う」

「それってもしかして、ナツがフユ姉さんの二連覇を阻んだって……?」

 

 ナツは俺の腕の中で、沈黙しながら首を頷かせた。

 確かにフユ姉さんに心酔した様子だったボーデヴィッヒさんだったが、それは流石にお門違いというものなんじゃないだろうか。

 だってナツは被害者だ。攫われて怖い思いもしただろう。それに、限られた人しか知らないが、性別を変えられてしまうという目にもあった。

 そのうえで、ナツが連覇を阻んだ? ……それは、それだけは絶対に違う。だって最後に連覇を捨てることを選んだのは――――フユ姉さんじゃないか。連覇よりも栄誉あることをしたじゃないか。

 フユ姉さんは一時期だけど関係各所からのバッシングを受けていたけれど、だからってそんな、ナツのせいだなんて――――

 

「ハル……」

「ナツ……」

「ごめん。ごめんね、こんなのばっかりで。けど、ちょっとわからなくなっちゃう時とかあったんだ。私が二連覇目指してるのって、なんのためなのかなって」

 

 ナツはこてんと俺の肩へ顔を埋め、そのまま続きを語りだした。……顔を見ないでほしいという意図が、痛いほど伝わってきた。

 だから決して見ないように、むしろ大げさなくらい視界を前方に意識させる。けど、ナツの震えた声を聴いて、一瞬にしてその決意が揺らぎそうになってしまう。

 ナツが二連覇を目指す意味。そしてその意味が時折揺らぐ……か。つまりそれは、誰がための二連覇かということなのだろう。

 二連覇っていうのはナツの抱いた目標で、夢だ。しかしその夢が、自分のためではなくフユ姉さんのための、フユ姉さんへの贖罪のためのように思えてしまうことがある……と。

 そんなことが時々あったうえで、ボーデヴィッヒさんの襲来……。つまりナツは、図星を突かれたかのような状態にあるということなのか。

 

「……そんなことを言わないでくれ! 夢を否定するようなことは、絶対!」

「ハル……?」

「僕に夢を思い出させてくれたのはナツなんだ。そんなナツが、自分の夢を否定するようなことがあっていいはずないじゃないか!」

 

 ISを動かしてしまうなんていうハプニングは起きたものの、僕の抱く夢はあの日アトリエでナツが思い出させてくれたものと変わらない。

 もっと自分の世界をまっさらな用紙に描きだし、その過程で誰かが喜んでくれればいい。それが、僕の右手は誰かを感動させるためのものにあると、そう言ってくれたナツが抱かせてくれた夢なんだ。

 多分僕が声を荒げてしまったのは、悔しかったからだ。揺るがないものを抱かせてくれたのはナツなのに、そんな人にそんなことを言わせてしまった自分が不甲斐なくて。

 どうすればいいのだろう。どうすればナツがもっと真っ直ぐ自分の夢と向き合ってくれるだろうか。残念ながら今明確なものは浮かばないけど、せめて励ますくらいのことはしたい。

 

「ああいうこと、言いたい人には言わせておけばいい。ただナツに覚えておいてほしいのは、俺だけは絶対に味方だっていうことだから」

「味方……?」

「うん。例えあの件でナツを責める人がどれだけいたって、俺だけは必ずナツの味方で、そんなことないよって言ってみせるから。だから、だから――――ごめん、そのくらいのことしかできなくて……!」

 

 ああ、本当に情けない。

 揺らがぬ決意をくれた人に、揺らがぬ信念を言って聞かせようとしているのに、話の途中でそんなことしかしてあげられないと思ってしまう。

 所詮は気休めだ。俺一人がナツに寄り添ったところで何になるのだろう。そんなことを考えてしまって、途中から謝ってしまった。

 だが言葉そのものだけは本当のつもりだ。クサかったりありきたりの台詞かも知れないが、ナツのためなら世界を敵に回したって惜しくはない。

 ……もう一度、もう一度だ。俺だけは絶対の味方だって、それくらいはちゃんと伝えよう。俺がそうやって再度口を開こうとすると――――

 

「そのくらいじゃ、ないから」

「ナツ……?」

「私にとって、それ以上に嬉しいことってないから。ハルさえ居てくれれば、私は……!」

「っ……!」

 

 ナツは顔を肩へうずめたままの状態で、俺の首に腕を回した。そして関節技でもかけているのではないかという勢いで、その両腕に力を籠める。

 俺たちはそれでより密着した状態となり、各所触れる部分も増えて嫌でも意識してしまう。それでも今は、ただナツの体温が惜しかった。

 そして紡がれたナツの言葉は、俺の想いを一瞬にして俺の存在価値へと昇華させてしまうがの如く、俺の心に強く響いた。

 なんだろう、胸が痛い。心臓がとかじゃなく、胸が。もっと言うなら、心? そしてこの痛みは、ただ痛いだけじゃなくて心地よさも内包しているかのようだ。

 ……ナツが苦しんでいるというのに何を寝ぼけたことを言っているんだろうか。ただ今はナツを落ち着かせることだけに集中しなくては。そう、ナツが望むのならばいつまでも……。

 

 

 

 

 




ラウラにヘイト溜まらんでしょうねこれ(心配)
これでまだ本番じゃないってのが胃に来ますぜ……。
一夏ちゃんヒロインだとタッグトーナメント編のさだめですかねぇ。





ハルナツメモ その17【割とあり】
入学からの数か月の学園生活により、顔も中身もいまいちパッとしないながら、真面目で誠実な性格はそれなりに女子受けがいい。
ただ恋人にはどうかと聞かれると、それはまた別の話。あくまで友達の範疇での誉め言葉である。
そもそも晴人には一夏ちゃんが居るという認識が大多数を占めるため、恋愛感情まで行きつかないのであろう。


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第32話 これがデフォルト そんな二人

ちょっと内容詰込みスギィ!
一万字超えちゃって少し読みづらいかも知れません。本当に申し訳ない。
ただそれなりに内容が濃いはずなので、本編のほうをどうぞ。


「晴人ってさ、なかなか濃い人脈もってるよね」

「うん、冷静になって考えると俺もそう思う」

 

 時間も進んで昼休み、俺たちいつものメンバーは屋上へ集合していた。新メンバーであるシャルルを加えて、かな。

 一カ月に何回か、こうしてお弁当だのを持ち寄って集まる。まぁ、俺の場合は基本的にナツが作ってくれるからなんにもしてなんだけどさ。

 で、専用機持ちとしての繋がりやら男子同士の繋がりやらにより、プチ歓迎会でも開こうということでシャルルも誘う流れになったわけだ。

 もちろんシャルルには寝耳に水なわけで、彼には購買を紹介しておいた。そこで総菜パンを楽しそうに物色しながら購入していたのが印象的だったかな。

 後から合流するなり代表候補生ズと箒ちゃんっていう濃いメンツに、シャルルは思わず考えていたことが口に出たんだろう。

 でも当のシャルルだってなかなかの濃さなんだよ? と本人にダイレクトな指摘はしないけどね……。

 さて、それはさておきお昼にしよう。俺はナツの隣へとおもむろに腰掛けた。

 

「よっこいせ」

「ハル、おじさんクサいからやめた方がいいと思う」

「言う事欠いてそれですかナツさんや」

「デュノアくん、私のお弁当はつまんでいいからね。取り皿とか箸とかフォークとかいろいろあるから」

「無視……?」

 

 ゆっくり座る際によっこいせと口にすれば、ナツはこちらに目もくれず刺さる言葉をくれる。

 すぐさまもうちょっとオブラートに包んでとお願いしてみるも、華麗なスルーを決められてしまった。たまにだけど意図的に無視されることがある。

 というか、ナツは相変わらず痒いところに手が届くことで、手提げかばんから次々に食事に必要なアレコレが出てくる。

 シャルルの転校を予期していなかったろうから、すなわち常備してるということになる。本当、よくできた女性だよ。

 

「…………」

「シャルル、どうかした?」

「えっと、晴人はいいの? 彼女さんの手料理なんか食べちゃって……」

 

 パッパとナツから差し出された紙皿やらフォークやらを受け取りつつも、シャルルは俺とナツを見比べてなんだか困った様子だ。

 どこに困る要素があるのかと尋ねてみると、シャルルは真面目な顔してとんでもない爆弾を投下してくれる。

 すると鈴ちゃんを筆頭に、みんなが吹き出してから笑うのをこらえるかのように震え始めた。そんな状況に、俺とナツはただ顔を赤くすることしかできない。

 

「え、え? あの、僕って何か変なこと言ったかな」

「いやいやデュノア~。もっと言ってやんなさ~い」

「核心を突かれて照れる姿……。尊さ測定器()……お仕事の時間……」

「五千兆点」

「あなた方は何を仰ってるんですの……?」

 

 この空気感で自分が余計なことを言ったと思ったのか、シャルルはかなり困惑した様子であっちこっちを見渡した。

 ここぞと言わんばかりに鈴ちゃんは煽るし、簪さんと箒ちゃんはよくわからないやりとりを繰り広げてるし……。 こうしてみると良心はセシリアさんのみか。いや、彼女も時折だが俺たちをそっち方向でからかってくるな。

 ……なんだろうか。弾と数馬、そして中学時代の男子たちが生易しく見えてきた気さえする。

 

「シャルル、俺たちは付き合ってるわけじゃないんだ」

「そ、そうそう。姉弟だったり家族みたいなものだから……」

「え、それ本気で――――いやごめん、なんでもないよ。じゃあ、お言葉に甘えていただくね。ありがとう織斑さん」

 

 俺たちは間違っても付き合っているわけではない。それなりに親密な関係であることは認めるが、その親密も別に恋愛方向へのベクトルは向かないし。

 でもそんなに強く否定するのもナツに失礼な気もするので、諭すような雰囲気を心掛けて一応の弁明をしておく。

 するとナツも続けて援護射撃をしてくれた。……んだけど、なんだかシャルルはあまり納得がいっていないように眉をひそめた。

 しかしそれも一瞬のことで、それ以上言ったらまた面倒なことになると判断したのだろう。途中言おうとしていたことを自分で遮り、貴公子スマイルでナツにお礼を述べた。

 

「あ、そういや晴人。アンタこの間の件だけど、真剣に考えた方がいいわよ」

「この間って、SNSの話? う~ん、やっぱりあまり興味がないっていうのが本当のところかな」

 

 適当に談笑しながら食事を進めていると、鈴ちゃんが思い出したかのように切り出した。この間の件というのは、鈴ちゃんにSNSを始めることを勧められたんだよね。

 とは言っても、単に独り言とかを投稿する目的ではなく、俺の描いた絵とかをアップしてみたらどうかって。鈴ちゃんはせっかく上手なんだから、とも言ってた。

 不特定多数の目に留まることによって、刺激になったり励みになったりもするんだろう。しかし、その反対に心無い発言をするような人もいるということだ。

 ネット上にて絵絡みでトラブルがあったというような話を聞いたこともあるし、そのあたりが起因していまいち踏ん切りがつかない。

 しかし鈴ちゃんは前回と違い、今回は絶対に始めた方がいいとでも言いたげだ。いったい鈴ちゃんの何がそうさせるんだろう。

 不思議そうに鈴ちゃんを見つめていると、俺たちの輪の中心あたりに携帯を置き、自身のユーザーページからとある投稿の画面を表示させた。

 

「晴人がくれた絵、友達が描いたやつってアップしたんだけどさ」

「無断で!? いや別に構わないけど、せめてひとこと……」

「フッフッフ、これを見ればそうも言ってられなくなるわよ」

「ほう、凄まじい数の拡散と高評価だな」

 

 前にも言ったが、武者修行気分でいろんな人をモチーフにし、沸いたイメージを直感的に絵にしている。鈴ちゃんの場合は龍人といったところか。

 どちらかと言うなら猫科のイメージが強かった彼女だが、甲龍を纏って戦う姿を見てがらりとイメージが変わったんだよね。

 巨大な青龍刀――――名前は双天牙月というらしいそれを振り回し、龍砲を打ち鳴らす怒涛と呼ぶにふさわしい戦闘スタイルに、俺はまさしく龍を見たのだ。

 中華風の龍は蛇に近いタイプが多いが、今回は鈴ちゃんと甲龍を融合させたイメージなので、龍人として描いたということ。

 色は主に甲龍と同じく紅色ね。背景は鈴ちゃんの怒涛っぷりを表現するために大荒れの空模様。鱗と大雨の描写で死ぬ思いをしたが、それが高評価につながっているのなら満足だ。

 

「これ、晴人が描いたの? すごい……まるで絵じゃなくて写真みたいだ」

「い、いや、俺なんて全然――――」

「晴人さん、謙遜はおやめなさい。デュノアさんはあなたを褒めているのですよ」

 

 お互い趣味の話とかしてる暇がなかったし、シャルルは鈴ちゃんの携帯に映る俺の絵を見て、こちらに尊敬のまなざしを向けてくる。そのあまりにも素直なリアクションに、俺は思わず遠慮したように返してしまった。

 するとすぐさまセシリアさんからのお咎めが。彼女にはどうも、俺の弱気っぽい発言をよく注意されるものだ。

 けど鈴ちゃんが俺にSNSの話を持ち掛けてくれたのは、多分だけど――――せっかく生のリアクションがもらえるんだから、それ見てアンタも自信持ちなさいよ……ってところなんだろう。

 鈴ちゃんの言葉にもセシリアさんの言葉にも一理ある。いや、一理どころの話ではないかも。実際、鈴ちゃんの投稿に寄せられている返信を見ていると、とても心が救われるような気分だ。

 

「じゃあ、せっかくだし、始めてみよう……かな」

「ハルが連絡手段以外で携帯を使う日がくるなんて……!?」

「はいそこ、妙な戦慄を覚えない」

「アカウントの作り方とかわかる? 無理そうなら一緒に操作しようね」

「なんでそこまでお爺ちゃん扱いなんですかねぇ!」

 

 俺がようやく始めてみるという決心を口にすると、周囲からは小さな歓声が上がった。が、違うリアクションをする者が一人――――ナツだ。

 確かにこれまで携帯を電話やメール以外の用途で使ったことは少ない。ゲームとかアプリとかも付き合い程度のものだったし、長続きした覚えもないかな。

 けどねナツ、SNSのアカウントを作れないほどネット音痴だったつもりもないけどね。まぁ、この時点で冗談なのは知れてる。

 けどもはや癖になってしまっているというか、ナツがボケたら脊髄反射のレベルでツッコミを入れてしまうんだよ。逆もまた然りなんだろうけども。

 

「日向くん……。ところでなんだけど……」

「ど、どうしたの、簪さん」

「私……描いてもらってないなって……」

「実は私も同じことを考えていた。晴人、随分と白状じゃないか」

「一番に私を描いてくれるものだと思ったんだけどなー」

 

 俺とナツの漫才が一区切りつくと、相変わらずか細い声で簪さんが話しかけてきた。そして少し残念そうに、自分はまだ描いてもらってないと――――

 それにナツと箒ちゃんも便乗するが、待ってくれ、待ってほしい。俺だってそれなりの理由というものがあるんだ。

 ……まぁ、簪さんに至って正直なことを言わせてもらうと、何も思いついていないというのが現状なんだけれど。

 だからって簪さんが地味だとか、思いつかないから全く描く気がないというわけでもないんだ。よりよい作品を描くには、時には腰を据えることも大事なのである。

 箒ちゃんの場合は、ボツになった作品が大量生産されているといったところか。

 箒ちゃんに対しては、モチーフとかイメージとかそれなりに沸くんだよ。でもね、俺としてはありきたりでつまらないんだ。

 何かって、日本刀とかそういうのが先行しちゃうんだよね。箒ちゃんを見知った人が誰でも浮かぶようなイメージを絵にしたところで、なんだか遊びがなくてつまらないでしょ? だから変わった何かが思いつくまで箒ちゃんは保留と。

 そんな理由と言う名の言い訳を繰り出すと、二人ともとりあえずは納得しておこう……みたいな返事をいただいた。が、なんだか締め切り間近かのような空気を感じずにいられない。

 えーと、最後にナツだが、これは、なんというか、みんなの前で理由を述べたくはなかったな……。

 

「ナツだから完成しないんだよね」

「私だから?」

「うん、テーマもモチーフもイメージもそりゃ一番に固まったよ。けど、もっと時間をかけてゆっくり、最高の一枚を描きたいなって思ってるんだ」

 

 現状で完成している鈴ちゃんとセシリアさんの絵や、思い付きで描いた絵。それだってかなりの時間と労力を割いて完成させている。けど、単にナツはその比じゃないって話なだけなんだ。

 本当のところ完成させるまで秘密にしておこうと思ったんだけど、俺の中でもいつの間にか超大作になってしまっていたので仕方がないか。

 やっぱりナツは俺の中でいろいろと特別っていうか、他のみんなと重ねてきた時間が違う。ナツのぶんは、これまで過ごした感謝とかも含まれているんだから。

 

「どうやらお邪魔なようですわね」

「そうね。ほら行くわよハルナツ愛好家筆頭」

「ちょっと待って本当無理しんどくて尊い」

「えーっと、篠ノ之さんは大丈夫なのかなこれ」

「大丈夫じゃないけど大丈夫……。デュノアくん、悪いけど手伝って……」

「……あるぇ!? ほ、ホントに行っちゃうパターンなの!? ちょっ、み、みんな!」

 

 どこか俺とナツの間に生ぬるいような空気が漂うと、セシリアさんが食べかけのサンドウィッチを片してから立ち上がった。

 すると、それに便乗するかのように次々と面子が屋上を去っていくではないか。新メンバーであるはずのシャルルでさえ、当たり前のようにみんなに着いて行く。

 箒ちゃんは、あー……なんか身悶えして動く気配がなかったからか、他の四人に両手両足を持たれて強制連行されていく。

 ……正直なことを言っていいだろうか。あんな箒ちゃん、心底から見たくはなかった。……なんて考えが浮かぶのも一種の現実逃避なんだけど。

 別にナツと二人きりなんて珍しいことじゃないのに、邪魔になるとか言われて立ち去られたら嫌でも意識してしまうじゃないか。

 

「「…………」」

「あ、あはは……」

「えへへ……」

 

 俺たち二人は顔を見合わせると、どちらともなくぎこちない笑みを浮かべた。そうだな、こういう時には笑ってごまかすのが一番なのかも知れない。

 これで調子を取り戻せたかと思えば、ナツはなんだか緊張した様子で周囲を見渡した。さっきみんなが立ち去ったばかりなのに、いったいどうしたというのだろう。

 不思議そうにその様を見守っていると、ナツは先ほどまで俺が使っていた箸を手に取った。ますます頭上にクエスチョンマークが出るばかりである。

 実際、そこですべてを察することのできない俺も、なかかな鈍いほうなんだろう。ナツがそんなことをするというのが意外でもあるけど……。

 ナツは弁当箱の中に入っていた厚焼き玉子を箸で掴むと、行儀よく左手を下に添えつつ、それをこちらへ差し出してくる。

 これはもう、なんの言い逃れもできぬ――――あーんというやつじゃないか。

 

「あーん」

「あ、あーん……」

「……今更聞くのもなんだけど、美味しい?」

「ナツの料理が美味しくなかったことなんてないよ。今日もありがとう、ナツ」

「そ、そっか……。えへへ、それなら嬉しいな」

 

 先ほどまで自分の手で口に入れていた厚焼き玉子だが、ナツに食べさせてもらったということで、より丁寧に咀嚼する。

 ちょうどよい焼き加減でトロトロフワフワ。味付けは素材を生かすために控え目な塩と砂糖。俺の健康に気を使ってくれていることもうかがえる。

 そんな想いのこもったナツの手料理が、美味しくないわけがないだろうに。俺にとって、ナツの手から作り出される料理は、いかようなものでも世界一美味しいと言っても過言ではない。

 しかし、そうやって口にするのを最近は疎かにしていた気がする。ナツの手料理を食べる機会が減ったのだから、よりそういうのは言っていかないとダメだろうに俺のアホ。

 そういうわけで、今回は逐一詳しい感想を述べ続けた。俺の言葉を聞いてナツが喜んでくれる。俺にとってもそれは嬉しいことで、相乗効果というやつが生まれた。

 だから、というわけでもなんだけど、うん、きっと今日のナツの手料理がいつも以上に美味しく感じたのは、まったく気のせいではないんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑さん、お引越しです」

「…………はい?」

 

 放課後、夕食や風呂を終えて後は寝るだけ、みたいな状態で1025室でくつろいでいると、突然山田先生が訪問してきた。室内に招いてみるとこれである。

 ……山田先生はあまり要領を得ないことがあるというか、言葉に主語しかない時があったりするよね。

 うん、とりあえずナツが引っ越しになるのはわかった。しかし、なぜ引っ越さなければならないのが謎である。

 ナツもかなりチンプンカンプンそうに首を傾げるばかりだ。とりあえずアシストしてみるかな……?

 

「山田先生、なんでナツが引っ越すことに?」

「デュノアくんが転校してきた影響ですね。当然、男性同士で同室になっていただきます」

 

 あぁ……そうか、シャルルか。確かにIS学園という特性上、二人しか居ない男子生徒同士を同室にするのは自然の流れかも知れない。男性同士なら、ね……。

 いやしかし、部屋割りの変更があったとするなら申し訳ない話だ。当然と強い口調で言ったのを見るに、担当したのは山田先生なんだろう。

 なんだろうか、土下座とかしたほうがいいのかな? って、この人の場合はそれに合わせて土下座で返してくるんだったな。ここは大人しくしていたほうがよさそうだ。

 

「山田先生、いつまでにここを出ればいいんでしょうか」

「ええ、できれば明日の放課後にはデュノアくんと交代という形で――――ヒエッ」

 

 ナツがようやく事情を呑み込んだかのように、俺よりも前に出ながら聞いておく必要があるであろう質問を述べた。

 山田先生もにこやかな様子で質問に答えようとしていたんだが、ナツの方へ顔を向けた瞬間に顔色が悪くなり始めるではないか。

 というより、小さく悲鳴を上げていたことを俺は聞き逃してはいない。だとしてなんで悲鳴なんだろう? 気になって二人を眺める角度を変えてみようとしたところ――――

 

「こ、こここここ、これ、織斑さんの新しい部屋のキーです! それでは確かに渡しましたので!」

(…………? なんだったんだろ……)

 

 二人の様子をその目で確かめるよりも前に、山田先生は慌ててナツにキーを手渡し逃げるように――――いや、実際ナツから逃げてるっぽいんだけど、そのまま部屋を飛び出して行った。

 まさか部屋が変わるごときでナツが山田先生を怯えさせるほど怒るはずもないし、だとすると本当になんだったというんだ。

 ……とにかく随分と急な話ではあるが、これで俺の安寧は消失したと同然か。叶うならナツと同部屋が理想なのだけれど。

 

「はぁ……。ハル、寂しくなっちゃうね」

「うん、今同じことを考えてたところだよ」

 

 流石は家族同然の幼馴染。十年も一緒に過ごせば思考も似通うのか、クルリとこちらへ振り向いたナツは寂しくなるとの感想を述べた。

 俺としては当然のことくらいのつもりなんだけど、ナツはまさかそう返してくるとは、みたいに驚いた反応を見せる。それどころか、少しずつ顔が赤くなっているような。

 なにさ、今更こういう言葉を恥ずかしがるような間柄じゃないだろうに。例え女の子になってしまったとしても、一緒に居て一番楽なのはナツに決まっている。

 

「そっか、そっか。えへっ……」

「ナツ?」

「よーし、そうと決まれば今のうちに荷物を纏めちゃわないと」

 

 ナツは突然はにかむと、かなり上機嫌になって引っ越しの準備に取り掛かった。鼻歌交じりで本当に楽しそうだ。

 俺はそんなナツの姿をクエスチョンマークを浮かべながら眺めるしか