AKIBA'S TRIP  ~キミを探してこの街へ~ (桐生 乱桐(アジフライ))
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#1 全ての始まり

前日譚的な感じです
クオリティは相変わらず


―――秋葉原

 

戦後の高度経済成長時代から現代に至るまで、常に時代の最先端に位置する街にして、人々の欲望を満たし、生み出してきた特異な地域

 

そんな秋葉原を舞台に様々な噂があった

 

美男美女によるオタク狩りが行われている

 

街のどこかで、非公式なバイトを凱旋する男がいる

 

どんな情報も手に入れるスゴ腕ハッカー集団がいて、依頼するには金とは違うまた別の何かが必要になる

 

夜になると人を襲い、血を吸う奴らがいる

 

…どれも総じて嘘っぽく、だけど、嘘だと言い切れない、そんなありきたりな噂の数々

秋葉原に住む少年―――須藤真一は秋葉原に在する無難な進学校へと通い、平凡な日々を送っていた

 

ある日

その進学校の友達から珍しく電話がかかってきた

友人はとにかくアニメが好きで、休みの日は連日秋葉原へと繰り出している、いわゆるオタクだ

 

真一もアニメは見るがフィギュアなどを集める気はない

が、たまにその友人から一緒に秋葉原へと身を乗り出す事はあった

秋葉原の人たちは暖かく、案外過ごしやすいと感じたのはつい最近の事だ

 

…話が逸れた

 

で、そんな友人から電話がかかってきたのだ

 

<聞こえるか!? 今俺はアキバで、あの噂は…!!、あ、いやそれよりさ、俺の…俺のPCの、PCの中のDドライブを消し―――>

 

そんな謎な言葉を言い残し、電話は切れた

最初は何かのイタズラかと思ったが、翌日学校へ登校して、その疑心は確信へと変わった

その友人が行方不明になったのだ

 

恐らくは、秋葉原の噂を調べてくうちに何らかの真実を掴んでしまったのだろう

そう考えた真一は学校が終わると同時、その友人の自宅に訪問した

友人は学生寮に一人暮らしだ

 

寮長にそのことを話したらすんなりとその部屋へ案内してくれた

 

「…アイツのPCは…、これか」

 

目的のPCを見つけるとマウスを操作し、クリックする

すると画面には一枚の写真が映し出された

 

人間とは思えないほど美しく、透き通った白い肌の女の子の写真

 

「…、」

 

写真だが、見とれてしまっていた

その見目麗しい姿に、一瞬だが確実に心が奪われてしまっていた

 

「…て、違う違う…!」

 

慌てて頭を振り払いなにか情報を得ようとその写真の様々なところを見る

その写真をよく見てみると背景には見覚えがあった

 

秋葉原だ

 

「…秋葉原、か…」

 

最近妙な噂が立ち込む秋葉原

しかし多少ながらの興味はあった

 

「行ってみる価値はあるな、秋葉原に…」

 

マウスから手を離すと誰にともなく呟いた

 

…どうやら、全て秋葉原にあるみたいだ

 

◆◆◆

 

ある夜、真一は友人を捜すべく秋葉原へと足を運んだ

また、友人を捜す前に、一応秋葉原の知人には連絡を入れようと思ってある場所を訪れた

 

「ヤタベさん」

「あ、真一くん」

 

真一が声をかけるとジャンクパーツの整理を止めて、帽子を被り、眼鏡をかけた人当たりの良さそうなおじさんがこちらを向く

 

「友達を捜しにいくんだね?」

 

「はい。もしかしたらなんてないかもしれないですけど…」

 

「いやいや、甘く見ちゃダメだよ真一くん。何があるのかわからないのがここ秋葉原なのだから」

 

「ヤタベさんの言う通りです、真一様」

 

真一にそう言ったのはサラというメイドだ

…ここで語る事ができないくらい、謎なカリスマメイドである

そう、カリスマメイド

 

…大事な事なので二回言いました

 

「もしよろしければ、ご主人様御用達の護身術を簡単にレクチャーできますが」

 

「間に合ってますよ。お気持ちだけ受け取っておきます」

 

真一がそう言うと「そうですか…」と少し寂しげにうつむいた

…ちょっと良心が痛んだ

 

「ゴンちゃんとノブさんは?」

 

とりあえずヤタベさんにまた聞いてみる

 

「ゴンちゃんは…、そうだ、カメラのフィルム買いに行ってて、ノブくんは確か…、あ、[ITウィッチまりあ]のグッズを買いに行ってるんじゃないかな」

 

「あー。なんか出ますよね、確かフィギュアでしたっけ」

 

ITウィッチまりあとは現在放送中の人気アニメだ

まぁ詳しくは知らないが、真一もよく見てるアニメの一つだ

だが二人とも出かけてるとなるとけっこうかかる

 

「じゃあ俺、そろそろ行きますね」

 

とりあえず伝えるべき人には伝えたので真一はヤタベにそう言った

 

「わかった。けど、気をつけるんだよ」

 

心配するヤタベに頷きながら真一はその場を後にした

 

◇◇◇

 

夜の秋葉原は、未だに人通りが多い

 

流石最大の電気街

 

とりあえずなにか情報はないか、と思って真一は携帯の〝ぽつり。〟を覗いてみる

ぽつり。とは早い話ツイッターのようなアプリであり、割と使用している人もいるのではなかろうか

 

「…この辺りの路地裏…、かな」

 

割とひっそりとした路地裏

ゴミ袋などが散乱してる中、その細い路地裏を突き進む

 

 

 

「―――へぇ、そっちから来てくれるなんて、有り難いじゃねぇか」

 

 

 

聞き慣れない声が聞こえたと思ったとき、真一は壁に叩きつけられた

 

「がはっ!?」

 

自慢ではないが、割と真一は喧嘩に慣れている

副業として便利屋なるものをしているが、ときたま暴力沙汰になってしまう事もたまにある

 

…本当にたまにだが

 

そんな時に力で無力化し、話を進める、というのが何回かあった

それだけでなく、カツアゲ等が頻繁に起こるゆえ、体は割と鍛えてはいたのだが

 

(気配が、全く…!?)

 

襲撃してきた相手は気配はおろか音もなく現れて真一に一撃を与えたのだ

 

「おっと…、やりすぎちまったか! 悪ぃなぁ、人間相手に手加減なんて器用な真似できなくてなぁ」

 

朦朧とする意識の中、顔だけでも見ようと上を向く

相手は銀髪で目の下に若干の隈…、そういうメイクだろうか

服装はどこぞのロッカーみたいな服装で、ギターなんかが似合いそうだ

 

「おおかた、仲間を捜しに来たらしいが、残念だったなぁ。あ、最近ここで吸血したといえば…、アイツくらいなもんか」

 

銀髪ロッカーがある一点に顔を向けた

そこにはぐったりと倒れている人物

 

―――友人だ

 

「誰にも見つけられなかったんで、飲まず食わずでへばってるみてえだが…ま、お前よりは元気そうだぜ。くははっ」

 

笑い方が癪に触る

だが、うまく体が動かない

 

「よぉく見ておけ、俺が血を吸えば、すぐにお前も同じようになる。…俺たちと同類になるんだ」

 

そう言って歩み寄り、ぐい、と真一の体を持ち上げようとしたところで

 

 

 

「…兄さん。待って」

 

 

 

また別の声

かろうじて顔を声の方へ向ける

そこには友人のパソコンの画像で見た、あの少女がいた

見間違うものか

あんな美少女、このご時世そうはいない

 

「…あ? 何だ瑠衣。何しに来た」

 

「…その人を、逃がしてあげて」

 

「はぁ? おま、何言ってんだよ」

 

ロッカーは少女の言い分にイライラしているようだ

あまり仲は良くないのだろうか

 

「今週はすでに十分な人数を吸血しているはず。彼の血まで吸う必要は―――」

 

「ったく。お前は相変わらず意味わかんねえヤツだな。ここまでやって何もしないで放り出すわけねぇだろうが」

 

「それでも、その人は…」

 

会話の内容ははっきり言って意味がわからないものだった

だがしばらく放置されていたおかげでだいぶ体力も回復した

なんとか力を絞り出してゆっくりと立ち上がる

 

…せめて、友人だけでも路地裏から引っ張りださないと

 

「ほら、無駄話してるうちに起き上がっちまったぞ。もたもたしてると逃げられ―――おっと、こりゃ立派だ。まだ仲間を助けるつもりでいるぜ」

 

「…、」

 

銀髪ロッカーに何かを言われるが、あんまり聞こえていなかった

ただ、あの少女の視線だけはなんとなく感じていた

 

「…情けねぇなぁ、人間は。…覚悟しろ」

 

「! 兄さんっ!」

 

「…え?」

 

気づいた時はもう遅かった

 

「―――かはっ!?」

 

ドゴォ! と肉を抉るような一撃が真一に直撃した

防ぐ事も、避ける事も出来ずにただ、もらう事しかできなかった

再び壁に叩きつけられ、そのまま倒れ伏す

 

「おっと。殺っちまったか? 仲間なんて置いてさっさと逃げれば良いものを」

 

倒れ伏す真一を見下し面白おかしく笑いながらそんな事を言う

 

「こりゃ血を吸ってももう意味ねぇな。…人間はな、俺たちと違ってこれっくれぇで死ぬんだよ」

 

「…そんな…!」

 

倒れる真一を見ながら少女は呟いた

 

「ったく…。これだからガキは。俺はもう行くぜ、そこの二人は重ねて適当に放置しておけば、喧嘩して互いにぶっ倒れたように見えんだろ」

 

そう言うと口角を吊り上げて

 

「…なんせ、最近の秋葉原はやたらと物騒だからな。…[俺たちのおかげ]で。うははははははっ!」

 

最後に高らかに笑いながら銀髪はその場から立ち去っていった

 

「…、」

 

残された少女は倒れた真一を見る

そして悲しそうに目を伏せて

 

「…ごめん、私たちのせいで、せっかく君は…」

 

 

 

「…、う…」

 

 

 

「! まだ、生きてる」

 

少女はかすかに聞こえた彼の声を聞き取った

 

「人間なら、死ぬ。…だけど、私たちなら…」

 

少女は何かを思案するように考える仕草をしたあと

 

「よし。…なにか、刃物は…、あるわけ、ないか。歯で唇を切るしか…」

 

少女は口の中を少しもごもごと動かす

 

「…っ! …ん」

 

軽い痛みに耐えながら少女は倒れている真一へと歩み寄る

 

そして彼女は、自分の唇を彼の唇に押し付けた

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市

 

夕暮れ時の伽藍の堂

蒼崎燈子は対面に座る鏡祢アラタに話をしていた

 

「…ないろ? …なにそれ」

「正式名称〝National Intelligence and Research Organization〟…それを略してNIRO(ナイロ)だ。…まあ覚えにくいならニロと呼べ」

「いや、それ通称をローマ字読みしただけじゃん。…まぁいいけど。本題はなんなんだ?」

 

問われた燈子はふむ、と首を頷かせ徐に立ち上がった

そしてコーヒーポットへと足を運び、コーヒーを淹れながら彼女は呟いた

 

「お前には秋葉原に行ってもらう」

「は?」

 

脳内がフリーズする

今この橙色の魔術師は何をいったのだろう

 

「つうか秋葉原って。そこでなんかやる事でもあんのかよ」

「あるからお前を呼んだんだ。…あちらも最初は単純な建築業を依頼してきたんだが…何やら、あちら側の状況が変わってな。可能なら助っ人的な人材を一人寄越してくれないか、と要求してきたんだ」

 

自分のコーヒーを置いて再び燈子は椅子に座る

カップに口をつけて一息つくと

 

「最初は私も断ろうかと思っていたんだ。…けど、このナイロという組織、どうにも胡散臭い」

「胡散臭いって…」

 

そう思ってるならなんでこんな依頼引き受けたのか

 

「このナイロを統率している男…瀬嶋といったか。一度会った時があってね。…その時感じた胡散臭さがどうにも拭えん。だからお前にこれを任せたい」

 

…簡単に言うならナイロという組織が怪しいからちょっと潜入捜査してこい、と

そんな感じなのだろうか

 

「…別にいいけど、今四月だろ。流石に学校休んでまでは…」

「そこは問題ない。私が月詠さんに掛け合って夏休みに何日か補習に来ればいいとさ」

「あぁ、それなら安心…いや、マテや」

 

今なんといったこの魔法使い

 

「てか、え!? 小萌先生と知り合いなの!?」

「飲み友達だよ。たまに屋台で一杯ひっかけるんだ」

 

衝撃の事実

てゆうか能力査定ではダメダメだからせめて勉学くらいは真面目にやっていたのにもう補習が確定してしまうとは

軽く鬱である

 

その時はあんまり重く考えてはいなかった

 

だが、それが秋葉原を巻き込んでの大騒動になるとは誰も思っていなかった



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#2 勧誘

第二話です

ふざけたゲームかと思いきやすごい真面目なのでやってみて損はないですよ?
まさか2が出るとは流石に思ってませんでしたが…

ではどうぞ


ふと、目が覚めた

 

ぼう、とする視界の中頭は状況を理解しようと辺りを見回す

ここはどこだろうか?

首だけを回して内装を確かめてみる

左右に一つずつ、背面の壁に二つ鉄格子に阻まれた窓があるシンプルすぎる作りだ

 

今度は立ち上がってみようとするが上手く動かない

いや、それ以前に自分の身体はパイプ椅子に縛り付けられており、何故だか下着姿の薄着状態だ

通りで肌寒いわけだ

 

何とか外してみようともぞもぞと動かしてみる

しかし人間一人の力ではしっかし縛られた縄をちぎる事かなわず、あえなく断念した

 

今度はこの壁の向こうに意識するように耳を澄ましてみることにした

すると出入り口に近い位置から話し声が聞こえてくる

 

…どうだ。彼は気がついたか?

…はい。たった今、目が覚めました

…検査の結果は?

…時間の都合上簡単なものですが、間違いありません。カゲヤシ化しています。しかもかなり劇的な変化を遂げており、傷ももう完全に塞がっています

…流石は眷族の血…、凄まじいものだな。どれ、直に見てみるとしよう

 

そんな会話がなされた後、扉が開き中に二人の男女が入ってきた

一人は帽子を被りスーツを着込んだ男性…年齢は四十代半ばといったところか

もう一人はポニーテールが特徴的な眼鏡をかけた女性…こちらは二十代前半、といった感じだ

 

男性は品定めをするようにじろりと自分の身体を見やる

一しきり見ると男性は「フ…」と小さく呟き

 

「確かに。これは並ではないな…」

 

どこまでもモノとしかいい加減イラついた

真一は敵意を込めた眼差しで男性を睨みつけ

 

「…なんだ。アンタたち」

 

「そう身構えるな。楽にしろ」

 

男性は言う

しかし状況が状況であり楽になんてできる筈はない

だが自分も椅子に縛られている状態では何にもできない

仕方なく相手のいう事に従うことにした

 

「話をしよう」

「…話?」

 

あぁ、と男は頷いて

 

「私は瀬嶋隆二。我々は〝国内情報調査機構〟という組織に属する者だ。…確か、通称は―――」

National Intelligence(ナショナルインテリジェンス)and(アンド) Research Organization(リサーチオーガニゼーション)から、イニシャルをとって、通称NIRO(ナイロ)と呼ばれます」

 

隣の女性から補足を聞いた瀬嶋はあぁ、と思い出したような顔をして

 

「そうだそうだ。…そんな名前だったな」

「瀬嶋さん」

 

そんな瀬嶋を女性が論すように声を上げる

それに特に反応することなく

 

「構わんだろう? …彼女は御堂聡子。まぁ雰囲気で分かるが、私の部下だ」

 

そう言われた御堂はその場で一つ礼をする

 

「一般には公開されていない組織だ。…まぁ、日本を守るための特殊のようなものだと思ってくれ」

 

先ほどからいろいろと話してはいるが内容の半分も真一は理解できていない

とりあえず、瀬嶋と御堂、ナイロについては大まかに理解したつもりではいるのだが

 

「…さて。まず君は今特殊な状況にいることを理解してもらいたい」

 

むしろ特殊すぎてわけわかんないですけど

 

「まぁ確かに状況も特殊だが、一番特殊なのは、君の身体に起こっている変化の事だ」

 

そして瀬嶋はこれまでに起こった出来事を順を追って話し始めた

 

「昨夜、私の部下がある男を追跡しているとき、君は現れた。覚えているだろう? あの路地裏を」

 

そう言われ真一は頷く

あの変な白髪ロッカーに襲撃された場所だ

 

「君は部下によるとほとんど瀕死といえる状態だったそうだ。最初のうちはな」

 

最初のうち…?

それは一体どういう事だろうか

真一の表情からそれを読み取ったのか瀬嶋は続ける

 

「怪我を負った君はある少女から血を飲まされた。それは一時的とはいえ人間を別の生き物へと変貌させるかなり特殊な血液だ」

 

そう言えばわずかばかり記憶が残っている

消え入る意識の中、微かに触れた唇の感触、喉を嚥下していく粘っこい鉄の味…

まさかその少女はキスで血を飲ませたのか、と今更ながら理解した

 

「その生物は大きな問題を抱えてこそいるが、高い身体能力を備え、極めて高い生命力を有している。…君は彼女から血を分け与えられ、それに伴いそれらの特性すべてを得て傷を回復させたんだ」

 

「…どういうことだ」

 

「君とて聞いたことがあるだろう。人を襲い、血を吸う人ならざる者…」

 

「まさか…その噂は真実だっていうのかよ?」

 

瀬嶋はゆっくりと首を縦に振り

 

「そうだ。君が出会ったのはその噂のものたちだ。彼女らは言うなればいわば妖精の類…正解に言えばはるか昔から存在する日本の固有種で実在する生物だ。とても人間に似ているがね」

 

瀬嶋は一度言葉を区切って

 

陰妖来(カゲヤシ)、と呼ばれている。今こうしている間にも人間を襲い、血を吸っている頃だろう。まぁそれだけなら大した事はない」

 

大したことはない、と言ったかこの男は

人を襲い、あまつさえ吸血すつというその惨事を斬り捨てたのか?

 

「蚊が円滑に血を吸うにはまず特殊な体液を注入するが、同じように彼女たちも似た事をする。蚊はかゆくなるだけだが、カゲヤシに血を吸われたものたちは、みんな一様に極めて強い倦怠感を抱き、日光にさえ敏感に反応する特殊体質になる…この意味が、わかるかね」

 

日光に反応してしまうという事は外に出ることが出来なくなる、という事

それでいて倦怠感が身体を襲うという事は…

 

「…引きこもりになるってことか」

 

「そうだ、察しがいいな。何もせず無気力に時間が過ぎるのをただひたすらに待つだけの状態だ。…たとえ長い時間の先に回復したとしても今の日本の社会制度では社会復帰は難しいだろうな。職歴のない若者では尚更だ。カゲヤシはこの作用を利用して、秋葉原で次々と襲っている。〝引きこもり化計画〟などという、ふざけた名前を付けてな」

 

場に重い空気が漂う

そんな事を気にするでもなく瀬嶋は続けていく

 

「これが社会にとって有害であることは疑いようのない事実だろう。…そこでキミに頼みだ」

 

瀬嶋の視線が真一を捉える

 

「どのような理由からはわからんが、君はカゲヤシに娘の血を摂取させられた。一時的ではあるが、君の身体はカゲヤシ化し、大きな力を得ているわけだ。…消耗が激しい我々にとってはとても魅力的なんだよ。わかるだろう? どうか、我々ナイロに協力しカゲヤシから秋葉原を守ってくれないだろうか。無論、報酬は払おう。…どうかね」

 

どうかね、と瀬嶋は聞いてくるがこんなモノ一択しかないではないか

そんな詳細を聞かされた上で断ったりなどしたら消されかねない

どう考えても首を縦に振る以外なかった

 

「…わかった。協力する」

「…いいだろう、御堂、彼の拘束を解いてやれ」

 

瀬嶋は御堂へ指示すると縄が解かれてようやく自由になる

縄が解かれた後真一は瀬嶋へと視線を向けた

 

「いやなに。承諾してくれてよかったよ。ここはよく日が差し込むからね、断ろうものなら、ここでキミを塵にしてやるつもりだったんだ。いろいろ知ってしまったからね」

 

そう言って僅かばかりに瀬嶋は笑んだ

裏に何か考えてそうな、外道の笑み

真一は内心舌を打つ

 

「さて。とにかく一旦帰りたまえ。詳細は明日、御堂くんから聞くといい。あの秋葉原自警団とかいう連中も協力してくれるそうだし、明日から忙しくなるぞ。今はゆっくり休みたまえ」

 

ヤタベさん達も協力してくれるのか

これは少し安心した気分だ

このまま知人がいない状況で仕事などできそうになかったからだ

 

「言い忘れるところだったが、明日以降決して露出の高い服を着てはいけない。…まぁ手や顔と蚊なら問題ないが、間違っても全裸はマズイ。…今の君なら、塵と化すだろう」

 

それ以前に全裸で街など歩くものか

例えが酷いぞこの組織

 

◇◇◇

 

鏡祢アラタは秋葉原という町並みに驚愕していた

 

行き交う人々、そびえ立つ建物…

どれをとっても予想のはるか斜め上を行っていた

 

耳にはやけにカレーパンを押す歌が聞こえてくる

カレー好きな自分としては食べざるを得ない

 

「ていうか雑踏がすごいな…。舐めてたぜ秋葉原」

 

あとで学園都市にいる友人たちにお土産でも買って帰ろう

しかし今はカレーパンだ

アラタは売り子の女の子に近寄ると

 

「すいません、カレーパン一個ください」

「はーい、一つ百二十円でーす」

 

売り子から値段を聞くとその手に百二十円を置いてカレーパンを受け取る

出来立てなのかそのカレーパンはまだほんのりと温かく、衣もまだサクサクしてそうだ

街の中を歩きながらその包みを開けて、カレーパンにかじりつく

 

「…うん、美味しい」

 

衣はサクサク、中はふわふわでカレーがトロリとしている

辛さはもうちょっと欲しいところだが今はさほど気にはならない

カレーの具はシンプルにジャガイモと人参と定番の品

しかし逆にそれがこのカレーパンの味を引き立てていると言ってもいいだろう

サクサクとそのカレーパンに没頭していると携帯がピリリとなった

 

せっかくのカレーパンタイムを邪魔されちょっとイラッと来たがディスプレイに移された名前を見て落ち着いた

名前は御堂聡子

そう言えば昨日こっちに来たときに連絡先を交換していたことを忘れていた

アラタは通話ボタンを押して耳に当てる

 

<アラタさん? よかった、つながって>

「あ、いえ。それで何か御用ですか」

<いえ、用と言う用ではないんですが…アラタさんにも一応報告しておこうと思って>

 

だったら電話してくんなと言いたい気持ちを抑え、ゆっくりと御堂に質問する

 

「報告?」

<えぇ。本日裏通りにある秋葉原自警団のアジトに集まる予定となっています。十時ごろを目安に、貴方もアジトに来てください。その時に以前言っていたエージェントの方もご紹介します>

 

エージェント…

そう言えばそんな話を聞いた気がする

なんでも敵の一族であるカゲヤシと同等の力を得たエージェントだとか

 

「了解です。他に用件は」

<いえ、後はありません。ではそれまでゆっくりしていてください>

 

そう短く言って御堂からの電話は切れた

アラタも電源ボタンを押し通話を切ると再びポケットに入れる

 

「…さて、それじゃ時間まで暇を潰そうかな」

 

適当に見回すとコンビニに目が行った

店内に入って商品棚を見て

 

「おでん缶…! そういうのもあるのか」

 

やる気になれば学園都市でも再現できそうな商品に一人びっくりしていた

 

 

じりじりと太陽の光が露出した顔や手を焼いていく

しかしそれらは別に耐えれない事でもなく、慣れていけば特に問題はなかった

まさかそんなところを守るために炎天下の中手袋なんてしたくない、つけたらつけたで蒸れるに決まってる

 

「…どうしようか」

 

真一は大きく背を伸ばし、何気なく携帯を覗いてみる

ぽつり。は昨日のまま、まだ更新されていない

それを仕舞おうとしたとき、携帯が鳴った

真一がディスプレイを見てみるとそこには御堂聡子の名前があった

携帯の操作し耳に当てる

 

<真一さん。お身体の方は大丈夫ですか?>

「えぇ。おかげ様で…」

<現在私は秋葉原自警団と名乗る人たちのアジトにお邪魔させてもらっております。いろいろお話することがありますから真一さんも来て下さい>

「あぁ、わかりました」

<場所は知ってると思いますが、念のため私は裏通りの入り口でお待ちしています。それでは>

「はい。またその時に」

 

そんな会話の後、携帯を切ってポケットへと戻した

軽く息を吐きながら真一は歩を進める

そこで真一は、一人の男と出会うことになる



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#3 邂逅

今買うならプラス版が断然お得です

フルボイスですしおすし

2がどんなシナリオなのか今から楽しみです


裏通りに位置する秋葉原自警団の秘密基地

アジト、と言った方がいいのかは分からないが一応今回は秘密基地を言っておく

 

内装は右上辺りにカウンターがあって手前にテーブルが一つずつ位置している

そしてなぜだかメイド服が多くかけられており、ぶっちゃけ秘密基地よりはメイド喫茶と言ったような表現がピッタリかもしれない

現にメイドいるし

 

そう思いながらアラタはちらりとサラさんに視線をやる

ここにはサラさん以外にもメンバーがいる

先ほど軽く自己紹介した程度ではあるが

確かノブくんにゴンちゃん、そしてヤタベさんと個性的なメンバーだ

正直堅苦しいナイロよりこういったオープンな雰囲気な場所の方がアラタにはあっている

 

サラさんはそんなアラタの内心を察したのかすすすっ、とアラタに近寄り

 

「何かご注文はございますか?」

 

と言ってきてくれた

 

「い、いえ! もしかして、顔に出てましたか?」

「いえ、ご主人さまの要望を顔で察することなど、造作もありません」

 

秋葉原半端ねぇ

忍者か何かのか秋葉原のメイドは

 

しばらくして入り口の方から御堂聡子に連れられて一人の青年が入ってきた

 

 

聡子に案内されるまま真一は自警団の秘密基地へと帰ってきた

あんまり変わってなくて嬉しい限りである

 

「とりあえず、顔を見る限りでは憔悴してる様子はないですね」

「えぇ。…まぁ、いつも通りですよ」

 

そう返すと聡子はフフ、と笑って

 

「タフなんですね。素晴らしい。…それでは、改めて自己紹介としましょう」

 

聡子はくいっと眼鏡を上げて

 

「私は御堂聡子。瀬嶋さんの命により、貴方の面倒を見るように言われています。そしてこちら―――」

 

聡子はテーブルでもふもふとオムライスを食べる青年に手をやって

 

「こちらは臨時の鏡祢アラタさん。…一応、貴方の同期になります。…アラタさん…その、何か言ってくださると…」

 

するとアラタと呼ばれた青年…いや、恐らく高校生という年齢だから少年と言った感じか…が気怠そうに立ち上がり

 

「…んと、まぁよろしく」

 

そうそっけない返事と共に彼は真一に向かって手を差し伸べた

握手のサインだ

真一はその手を握るとアラタも握り返す

二人の握手が終わったタイミングを見計らって聡子が再び口を開く

 

「上からの指示は、基本私を通して伝わります。楽な事ばかりではないと思いますが…あなたが田が好きなこの街を、そして社会をより良くするために、頑張りましょうね」

 

ちなみにこれはちゃんとしたお仕事らしく、何と報酬もあるという

正直、いつもの通り情報屋から何か仕事を貰うつもりだったが意外である

まぁその辺に至ってはまたおいおいメールするそうだ

 

「…それより…彼らなんですが…」

 

そう言っておずおずと言った様子で聡子は辺りを見回し自警団のメンバーを見やった

すると途端になんか気まずい空気がその場に漂ってきた

そんな空気を察したのか、ノブくんとゴンちゃんが真一に向かって歩いてきて

 

「と、とりあえず名前だけは言い合ったんだけど…、ほ、ほら、初対面だから…」

「なんかお堅い人みたいでちょっと。あっちの少年とは割とすぐ打ち解けられたんだけどねぇ…サラさんも相変わらずだし」

 

確かに聡子はちょっと硬い雰囲気を持っているという事はなんとなく出会った当初からわかってた

しかしサラさんはいつもと変わらず佇んでるばかりで会話をあまりすることなく…この時間が来たらしい

 

「いやぁ…私もがんばってみたんだけど、共通の話題が一つもないんだ」

 

ヤタベさんも困り顔だ

実際初対面な人と一緒になったらこうなって仕方ないとは思う

そりゃあお互いに聞きたいことはあるはずだが、いきなりそれから話すのはなんか違う気がする

 

「あ、あのー…」

 

恐る恐ると言った様子で聡子が聞いてきた

 

「自警団の方々にも、説明するように言われてます。その、よかったら…真一さんからご紹介いただけますか?」

 

そう言われて真一はハァ、と息を吐く

とりあえず一人ずつ、紹介していこう

増す真一はヤタベの隣に立った

 

「じゃあ、まずはヤタベさんから」

「改めてどうも、ヤタベです」

 

コホン、と息を吐きながら真一は付け足す

 

「秋葉原の事なら何でも知ってますから、困ったらぜひ頼ってあげてください」

「ちょっと真一くん!? いくらなんでもそれは持ち上げすぎだよ。…まぁ闇市があったころから秋葉原にはいるけど…あ、でも顔は広いから知り合いは多いですよ。秋葉原にあるお店なら大体知ってるから美味しいお店とか紹介できるよ。たとえば、無骨だけどうまいコーヒーを出してくれるマスタ―の喫茶店、とかね」

 

一通り話したあと、今度はアラタはゴンの隣へ歩いて行った

 

「それじゃ、お次はゴンちゃん」

「え、えーっと…真一も言ってたけど…ゴンって言います」

 

今度も付け足す

 

「ゴンちゃンのカメラの腕はプロレベルなんです。写真がほしくなったらぜひ頼ってください」

「あ、ありがとう真一。でも、やっぱりまだまだだよ僕は」

 

そしてゴンは何かに思いを拭けるように

 

「花の命は短い…美しいがゆえに儚い…アキバ系のアイドルは特に。その輝いてる一瞬を磨くために、僕はもっと腕を磨こうと思います…!」

 

言ってる事はカッコいいのだが

まぁ、それがゴンちゃんのいい所なのかもしれないんのだが

 

そして次はノブの隣に歩いていき

 

「次はノブくんですね」

「二度目ですが、どうも。ノブです」

 

そして付け足す

 

「彼は、まぁアニメや漫画を好む親しみやすい人ですね」

「俺は若干マイナー物が好きかなぁ。大衆向けのはなんか薄いっていうか、無難で古臭い手法のばっかりで。ちなみにロリのクーデレが好きです」

 

…黙っていれば本当にカッコいいんだがね、と内心呟く真一

最後に真一はサラの隣へと歩いていき

 

「最後はサラさんを」

「サラと言います。どうかよろしくお願いします」

 

そして付け足す

付け足すと言ってもサラさんに至ってはあんまりわかんないから頭に浮かんだ言葉を言っていく

 

「サラさんは…すごく、カリスマメイドです」

「正統派メイドカフェ、〝エディンバラ〟でメイド長をやらせていただいてます。ぜひ一度、ご来店ください。また当店以外にもご主人様、お嬢様のご嗜好にに合わせたお店も紹介できます。ご要望がございましたら何なりとお申し付けください」

 

とりあえずこれで一通り紹介は終わったと思う

どうですか、と聞くために真一は聡子へと視線をやって

 

「…な、なるほど。ありがとうございました」

 

若干引いてるじゃないですかやだー

 

「と、とりあえず、こちらの方たちにもいろいろと説明しないといけないのですが…真一さん、貴方は鏡祢さんと先に駅前に行ってもらえますか?」

 

そんな指令を真一に下す

と、なると彼と二人っきりで駅前に向かうという事だ

正直不安ではある

しかしそんな事を口にしたところで多分頑張ってください的な事しか言ってくれないと思うから黙っておく

 

「詳しくは後ほど。では」

 

聡子はそう言って他の自警団のメンバーに説明を始めた

どうやら先に行かないとダメなようだ

 

そんな真一にアラタは近寄って軽く肩を叩かれる

 

「駅前だっけ? 行こうぜ」

 

そう気さくに声をかけアラタは出入り口に向かって歩き出す

真一は彼の背中を軽く息を吐きながら追っかけた

 

 

駅前を歩く道中

 

「アンタも、面倒なことに巻き込まれた口か?」

 

不意にアラタが声をかけてきた

面倒な事、というのはやはりナイロに関することだろうか

 

「って言うか、そう言うアンタも?」

「まぁそうだな。俺は巻き込まれたというか、頼まれたというか」

 

ずいぶんどっちつかずだな、と内心思いながら結構親しみやすい感覚に気づく

やはりナイロの連中みたいな堅苦しい奴らよりもこういったフランクな人の方が気が楽だ

 

「…気をつけろよ」

 

「え?」

 

アラタが突然真剣な声色でしゃべりかける

真一が問い返すと彼は真面目な顔つきでこう言ってきた

 

「あの組織、何か裏がある」

「裏があるって…確かに瀬嶋って奴はすげぇ怪しいけど…聡子さんは」

「あの女の人はどうでもいいよ。たぶん、胡散臭いのは瀬嶋だ」

 

彼は腕を組みながら

 

「あの男…絶対に裏に何か隠してる」

 

どうやらアラタはナイロについて何か思うことがあるようだ

しかしそれには真一も賛成ではあるが立場上すんなりと返答できない

 

「ま、ゆっくり考えようぜ」

 

アラタはそういって大きく背伸びをする

そうこうしている内に真一たちは駅前についた

やはり目を見張るのが目の前にある大きなビルだ

 

「それにしても秋葉原ってすげぇよなぁ」

「あれ、初めてなのか?」

 

そう聞くと「あぁ」と頷きながらそのビルを凝視する

 

「良かったら案内しようか?」

「マジで!? 正直一人でこの街歩くのは大変だなぁって思ってたんだよ」

 

アラタは今日恐らく初めて見せたであろう笑顔を見せた

そう言う笑顔を見せられると案内のし甲斐がある

 

そんな時である

 

「おい。そこのお前たち」

 

不意に声をかけられた

バンドマンのような服を着てヘッドホンをかけてしかも顔にマスクまでをかけているという明らかに怪しい男が話しかけてきた

 

(…知り合いか?)

(まさか。こんな怪しい奴いねぇよおれのダチに)

 

小さい声で会話をする二人にその怪しい男が声をまたかけてくる

 

「肌を見る限り人間でなさそうだな。そっちの男も変な感じだ」

 

空気が変わる

まさかこの男…自分と同類か?

だが指摘するのなら真一一人でいいはずだ、どうしてアラタも…

とりあえずのらりくらりと交わすべくここはとぼけることにする

 

「…さぁ、なんのことですかね」

「とぼけても無駄だ。―――悪いが消えてもらうっ!」

 

次の瞬間、その男は体の周りにオーラのようなものを発し、真一に向かって飛び掛かってきた

思わず真一はその場を飛び退き、反撃を加えようと試みて

 

「ぜぇいっ!」

 

その男の顔面にアラタの回し蹴りがさく裂していた

目の前で起きた光景を理解するのに少々時間がかかった

 

「ぐはぁっ!?」

 

男はゴロゴロと地面を転がりゆっくりと立ち上がる

 

「…いきなり襲いかかってくんじゃねぇよ。びっくりして思わず足が出ちまった…っと、怪我ないか?」

「あ、あぁ…悪いな」

 

真一は悟る

出会ったのはついさっきだがこの鏡祢アラタという男…かなりの手練れだと

 

「…っく、だが今度は―――外さんっ!」

 

再び怪しい男が加速してくる

今度は真一目掛けてだ

しかし次は対応した

飛び込んでくる怪しい男の顔目掛けて真一は出来る限りの力で渾身の拳を叩きこんだ

この一撃もクリーンヒットしまたもや男はぶっ飛んだ

 

それでもグラサンが割れないのはわざわざ喰らう寸前に横を向いているからなのか

 

「ぐぅ…! 相手の力量を見誤ったか…! …む!」

 

するとどこからかあと四人ほど同じ格好の怪しい男が現れて真一とアラタを取り囲む

いつ呼んだか、もしくは最初はからスタンバってたのか、いずれにしてもちょっとピンチだ

 

「はぁーはっはっは! これで形勢逆転だな! さすがのお前たちでもこの人数は―――」

 

その言葉が最後まで続くことはなかった

何故ならば

 

「やぁっ!」

 

駆け付けた聡子により、全員一撃の下叩きのめされたのだ

流石エージェント、と言ったところか、動きに全く無駄がなく華麗、と呼ぶにふさわしい動きだった

 

「グ…! おおおおっ!」

 

怪しい男たちはそんなうめき声をあげていきながらどういう事か徐々に身体が灰と化していった

 

「二人とも、怪我はありませんか?」

 

聡子は二人に駆け寄り、心配してくる

二人は特に怪我がないことを述べると聡子は安心した表情を浮かべ、そしてすぐに真剣な表情になる

 

「…あいつらが敵です。倒すべき敵。今のあなたのように、人々は常に、狙われているんです。…表向きではケンカやオタク狩りとか言われてますけど、実態は違います」

 

聡子はそこで言葉を区切り

 

「そういった事件を未然に防ぐのが我々の、そしてあなたのこれからの仕事なのです」

 

どうやら先ほど自分達を襲ってきた連中がカゲヤシ、と呼ばれるものたちなのだろう

しかし外見では判断できないほど、ていうかほとんど人間ではなかろうか

だが先ほどの男はみただけで真一の異常を見抜いたし、アラタの事も感づいた

一目見ただけで分かるような訓練でも受けたのか

 

「またこんな事があってはいけません。さぁ、〝彼女〟の下に行きましょう」

 

「彼女?」

「…誰ですかそれ」

 

聞いたことがない単語を耳にした

彼女、と聞くかぎり女性のようだが

 

「我々エージェントの間では、師匠と呼んでいます。カゲヤシ戦に有効な技を持った達人です。…ただ、少々、人間性に難あり、というか…とにかく会えば分ります」

 

思い切り話を逸らされた気がするがこの際気にしないことにする

 

「さぁ、行きましょう」

 

 

御堂聡子に連れられてやってきたのはビルの屋上だった

結構広めで大き目なヘリポートもありさらには喫煙スペースまである

至れり尽くせりな場所だ

そして何よりも目を引くのがその大きめなピンク色な建物

そのあまりにもどう表現していいものか分からないが、大人な建物である

…ていうかなんで屋上にそんないかがわしい建物が建っているのが甚だ疑問だ

 

「お、お久しぶりです。師匠」

 

そんな建物の二階部分に何やらゆらゆら揺れてる人影がいる

一瞬くねくねの亜種かなんかかと思ったが全然違った

よく見るとそれは人影だ、しかも女性の

 

「…そうね、お久しぶり。ここの所見なかったから…心配したわ。調子はどう? ん?」

 

「は、はい。師匠から教わった技を活用し、日々職務に励んでいます」

「仕事とかどうでもいいの。…私が聞いてるのは、〝あっち〟の方よ」

 

うん

あのくねくねしてる女性はきっとやばい

何がやばいかは分かんないけどとにかくヤバい

 

「え、そ、それは…」

 

聡子も若干頬を染めている

…なんで染めたんだ

 

「フフ…相変わらずね。変わらない…かわいい」

 

来てさっそくなんだが帰りたい気分である

しかしそんな事を口にするわけでもなく、二人はどこか苦い顔して黙って聞く

 

「そ、それで、今日は…この、お二人を…」

 

「えぇ、連絡を受けてるわ。素質があるかは分かんないけど、やってあげる」

 

「あ、ありがとうございます! …ほら、貴方たちも」

 

なんかお母さんみたいになってるぞ聡子さん

それもなんかこっち側に非があるような、そんなお母さん

 

「別にいいわよぉ。ハジメテなんだしねぇ…ねぇ、君たち」

 

先ほどから若干置いてけぼりをくらってる二人に対して師匠とやらは問いかけてきた

 

「貴方たち、〝チェリー〟は好き? 私はね、大好きなの」

 

何を言ってるんだろうかこのお人

 

「えっと…、あの」

「どういうことでせうか」

 

さくらんぼの事だろうか

とりあえず口に含んでレロレロしたことはあるのだが

 

「フフ…馬鹿な子は好きよ。反応が素直で、楽しいから。ええ、気に入った」

 

キラリとではある

しかし確実に窓越しから殺意とはまた違った眼光が発せられた

一瞬ゾクリとしたがすぐに落ち着かせる

 

「…まぁそれは、またの機会にしましょう。二人とも、そこの闘技場に入りなさい。そして聡子は…こっちに来なさい」

 

このヘリポート闘技場も兼ねていたのか

高性能だな最近のビルの屋上は

 

「…へ?」

「気分が上がっちゃったの。さぁ来なさい」

「え、ッで、でも、ここは真一さんやアラタくんがいますし…」

「来ないなら教えない。いいえ、もうナイロとも協力しない。誰にも私の技は教えないわ」

「そ、それは! 困ります…」

 

「欲しいんでしょう? …私の…(テク)が」

 

変なルビ振らないでくれませんかね

 

「はい…」

「はっきり言いなさい」

「欲しいです…! 師匠の…(テク)が」

 

・・・

なんだよこの展開

大丈夫なのかナイロ

ていうかアラタが来なくてもそのうち勝手に滅んでいくんじゃないのか

真一の隣で深くアラタはため息をついた

 

 

改めて

聡子が建物内に入っていくのを見届けると師匠は再び口を開いた

 

「さて二人とも。私があなたたちに伝えるのは一つ―――それは脱衣」

 

脱衣

読んで字のごとく、それは服を脱ぐことだ

 

「別に自分が脱ぐわけではないわよ? 脱ぐ、ではなく、脱がすのよ」

 

「…脱がす?」

 

「そう。脱がす」

 

真一の問いに師匠は変わらずくねくねしながら答えていく

 

「カゲヤシ…だっけ。私はよくわからないけど…そいつらは太陽光がダメみたいね? だから…私が持つ脱衣テクが役に立つ…らしいわ」

 

なるほど

確かにそれなら変に近隣に被害が及ぶこともないし、それで済むならばてっとり早い

 

「まぁでも? 聡子が言うには普通に殴ってけばそのうち再生が追いつかなくなるって話みたいだけど。この辺にも一応、頭に入れておきなさい」

 

万が一うまく脱衣テクが覚えれない時の救済処置なのだろうか

しかしこっちの方がアラタとしては分かり易い

 

「いいかしら? 重要なのは…相手を脱がしたいと思う衝動…。相手の肌を、露わにしてやろうと言う欲情…技術云々でなくそれが一番重要よ? それがあなたたちにはあるかしら?」

 

返答に困る

考えたことはないと言えば嘘ではないし、現に二人も男である

少しでも思ったなら、多分心のどこかにあるのだろう

多少考えて二人は頷いた

 

「…いいわ。それさえあるのならもう何も怖くない。それじゃ私の可愛いペットを使って、実戦練習してみましょう」

 

 

その後師匠の指導の下、真一は脱衣のテクニックをモノにしていく

割と飲み込みが早かったのか、もともとの身体能力が高かったのか特に苦労することなく脱衣テクを学んでいく

 

一方アラタはそんな戦いを必要としてはいなかったのか、基本しか学ぶことはなかった

それでも十分彼は真一の脱衣テクを見て、見よう見まねではあるが基本だけならアラタは完璧にマスターした

 

「いい? 素早く、何が何でも。華麗に…。それを心がけなさい」

 

最後に師匠から受けた言葉とはそんな言葉だった

そしてその数分後、出口から聡子が出てきた

なんでか衣服を乱れさせて

 

「…ど、どうしたんですか」

「大丈夫ですかい?」

 

二人は気遣う

しかしその言葉に対して聡子は大丈夫です、と言いながら乱れた衣服を整えつつ

 

「…ここの事は、他言無用です。自警団の人たちにも教えないでくださいね」

 

きっと教えたらえらいことになりそうだ

とりあえず、絶対に教えない事を誓う

 

「と、とりあえず、私は少し休んでいきます。何かありましたらまた連絡します…では」

 

身体をふらつかせながら聡子は喫煙スペースのベンチに向かって歩いて行く

 

一体あの建物の中で何があったのか

…興味は、尽きません

 

そんなこんなで真一は脱衣テクニックをマスターした

しかしこれを実戦で使えるかどうかと聞かれると…微妙である




キャラ紹介その一

主人公
この作品では須藤真一
漫画版では田中アキヒロ
ゲームでデフォルトはナナシ

ゲーム中では喋りませんが選択肢がカオス
この作品での彼はちょっとマジメな感じ
戦闘力もそこそこあるので脱衣をあまり使わないかも

鏡祢アラタ/仮面ライダークウガ

準主人公

ナイロを探るべくやってきたはいいが初めてのアキバにちょっと戸惑ってる
多分脱衣は使わない
詳しい事は別作品参照


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#4 阿倍野優 前編

何気にこの作品は声優の方々が豪華だと思います

まぁ僕からしたらですけど


翌日

 

アジトに顔を出したらすでに聡子がそこにいた

昨日の疲れもすっかり癒えて、そこにはごく普通な様子の聡子がいた

 

「先日の訓練、お疲れ様でした。これであなたたちも、私たちと同じくカゲヤシの奴らを倒すすべを手に入れました。今日は貴方に、実戦をしていただきます」

 

そう言って聡子は真一に向かってスマートフォンのような機械を手渡した

 

「これはカゲヤシ判別機。通称〝ミラースナップ〟と呼ばれるものです」

 

なんとこれにはそんな機能があるらしい

流石特殊な組織、装備も特殊だ

そんな似たようなものをアラタも受け取っており興味深そうにそれを眺めている

 

「我々の研究の成果が詰まったものですから。大切にしてくださいね」

 

そう言われとりあえずそれをポケットに仕舞う

改めて真一は聡子からの言葉を待った

 

「…では、これより命令を伝えます。貴方が実戦でも戦えるか…見極めさせていただきます」

 

アジト内に緊張感が走る

空気が変わったと肌ではっきりと感じ取った

 

「現在この裏通りで、カゲヤシがうろついているのを確認しました。…我々が自警団に協力するのを知ったとは思えませんが、念のため、先手を打ちます」

 

つまり、今回の任務は自警団の警備と、自分のテスト、二つを兼ねたものになっているのか

任務内容を簡単に纏めるならば…

 

この判別機を用いて、カゲヤシを殲滅せよ、と言ったところか

 

「ここからは本当の闘いです。それを忘れないでください」

 

戦いはケンカで多少慣れているから戦闘は多分問題ないだろう

しかし幹部(と言うかはわからないが)が相手となると分からない

自分自身を鍛えるために、この戦いは気を引き締めなくては

 

「真一」

 

意を決して出ようとする真一にアラタは声をかけた

 

「気を付けてな」

「―――あぁ。わかってる」

 

気さくな笑みを浮かべて真一はアジトを出て、外へ出る

じりじりと熱い太陽が裏通りを照らし、僅かばかりに汗が出る

今日この日、真一の戦いが始まったのだ

 

 

まず裏通りへと出て辺りを見回す

そう言えばこのミラースナップ、貰ったはいいが使い方を聞いていない

まぁこれで写真を取るように使えばいいんだろうが、カゲヤシは写真に写るのだろうか

 

「…まぁ使えば分かるか」

 

とりあえずミラースナップを起動させて適当に焦点を合わせる

撮影対象はこの裏通りを行きかう何気ない人々

ピントを合わせて心の中でハイ、チーズだなどと言いながらかしゃり、とシャッターを切った

 

そして移った写真を見てうん? と思った

その写真には確かに人が写っていた

だが、何人か、確実にフレームに収めたのに映っていない人間がいたのだ

 

(なるほど…これがカゲヤシか)

 

存外、もっと派手な格好をしてると思っていたが実際は違ったようだ

格好もすごい普通で、それでいてどこにでもいそうな人間だった

真一はゆっくりとその人間へと近づいて声をかけた

 

「…お前、人間ではないな」

 

そう口にすると声をかけた人間の表情が変わる

素人でもはっきり分かる、明確な殺気だ

正体を知られた以上、向こうはこちらを消す気でいるだろう

無論、こっちもそいつを消す気で挑んだのだが

 

相手からの先制攻撃が飛んでくる

何の変哲もないただのパンチだ

見切るほどでもなく身体を右に動かしてそれを回避し、距離を取る

そしてその間合いを一気に詰めて腹部に拳を叩きこんだ

うずくまるその男にさらに間合いを詰めてさらに顔を蹴り上げ隙を作る

その一瞬の隙をつき―――一気に相手が来ている服を脱衣させた

 

肌に太陽の光が当たり、一気にその男が灰となっていく

悶え、身をよじりながら男は口にした

 

「判別機…、だ、と…!!」

 

それが男の最期の言葉だった

言い終わると同時、男は完全に灰になった

 

カゲヤシがどうなって消えていくのかは聞いていた

しかし実際に目の当たりにするとこう…来るものがある

 

…まだ二人、カゲヤシがいたハズだ

その二人を狩るべく、真一はまた歩き出した

 

◇◇◇

 

「それにしても、判別機だなんて、まるで漫画みたいだねぇ」

 

そう言って面白そうにその判別機に振れているのはヤタベである

ちょっと興味を持ったのか今はアラタがもらったミラースナップをいろいろな角度から眺めて、そんな事を呟いた

 

「いやぁ…私が子供の時にはこういった便利グッズを作ろうと、躍起になっていたものだよ」

 

そうほっこりしながらヤタベはアラタにミラースナップを返した

確かにこんなドラ〇もんのような道具には男子としては心惹かれるものがあるだろう

ちなみに他のメンバーと言えば

 

「そ、外にカゲヤシが…! ど、どどっどうしようっ!」

 

ゴンちゃんはテンパってるし

 

「ふーむ…やっぱりフォルムが良いよなぁ」

 

ノブくんは〝ITウィッチマリア〟のフィギュアを眺めているし

 

「アラタさん、紅茶のおかわりはいかがですか?」

 

サラさんはいつも通りである

ちなみに御堂聡子は真一の力量を確かめるという名目でいったん外に出ている

まぁそのうち帰ってくるだろう

 

事前に渡された資料によると、服をひきはがし、その肌を太陽の自然光にさらすとどうやら灰となってしまうらしい

どういう原理かは分からないが、要は師匠から学んだストリップで相手の服を脱衣させて地肌を日光に晒さないと倒せないようだ

しかし別にうまく脱がすことが出来なくともダメージを相手の身体に蓄積していけば服を着ていても身体が再生に追いつかないらしい

正直そっちの方が分かり易い

 

「…すいません、紅茶ください」

「畏まりました、ご主人様」

 

…恥ずかしいっ!

なんだ、この感覚は

秋葉原に通う人たちはどうしてこんなこそばゆい感覚に耐えられるのか不思議で仕方ない

メイド喫茶…自分は足しげく通うのは難しそうだ、というか無理だ

 

そんな感じで悶々としていると聡子が戻ってきた

どうやら彼女は僅かばかり微笑んでいる

予想以上に彼がやってくれると分かったのか

その数分遅れで真一が帰ってきた

僅かばかり、顔には疲れが見える

 

「無事、討伐できたようですね。お疲れ様です」

 

聡子はそう笑顔で応対する

 

「実は離れた場所であなたを見てましたが、お見事です。瀬嶋さんの見た通り、期待している以上の人です」

 

聡子が驚いている

それもそのはずである

少し前までは神学校に通うどこにでもいる普通の学生だったのだ

この短期間での成長は目覚ましいものがあるのだろう

 

「これで、安心して命令を言い渡すことが出来ます。…今、私たちが狙ってるのは、阿倍野優です」

 

阿倍野優―――

真一の友人を襲撃し、そして真一自身も怪我させた、いわば仇敵

 

「そのカゲヤシを探し出し…倒します。奴は数多くの仲間を倒した強敵です。…正直瀬嶋さんの判断と言えどいきなりこれに当たらせるのは酷だと思ってたんですが…先ほどの戦いぶりを見て大丈夫と思いました。彼の眼に狂いはありません」

 

そんな会話をアラタはサラから注いでもらった紅茶を飲みながら聞いていた

聡子の話を聞いているとどうも彼女は瀬嶋の事を強く信頼しているらしい

別にそれは不思議な事ではないが、相手があの怪しいおっさんだとするとどうもそれが不思議でならない

 

「奴をあぶりだすため、真一さんとアラタ三には、それぞれ駅前と、中央通り南西の二つの地域を担当していただきます」

 

そう言って聡子は悔い、と眼鏡を上げながら

 

「今回の任務は私たちとの共同ですが、我々は別行動を取りますので、援護は期待しないでください。と、言っても今回はアラタさんもいますから、言うほどでもないですけど…。ちなみにその二点は、我々が確認した最後の場所です。しっかり準備をいてから挑んでください」

 

どうやら本格的に戦いが始まるようだ

先ほどの戦いはあくまで真一の力量を図るためのもの

真一の額に、つう、と冷や汗が伝った

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

 

阿倍野優

彼はこの秋葉原内での活動において極めて好戦的なカゲヤシの一体のようだ

なんでもカゲヤシ内ですら危険視されているとかいないとか

そんな好戦的な一方で意外にも慎重に行動しているらしく、彼は人を捉え側近を利用し安全を確保したうえで吸血するとようだ

今まで何度も倒そうと試みているものの、その都度側近会を犠牲にし自分だけは生き延びているらしく手を焼いているらしい

 

今回真一とアラタに言い渡された任務はその阿倍野優の側近を退治すること

 

ナイロの見立てによればそうやって少しづつ側近を倒していけば阿倍野優も何らかの行動を起こすハズ…とのことだ

 

「じゃあ駅前には俺が行こうか」

「わかった。じゃあ俺は中央通りの南西な」

 

真一は中央通り、アラタは駅前とすんなりと役割が決まった

どうでもいいがその側近たちはバンドマンの恰好を好んでしているらしく見つける分には探しやすいだろう

 

「そいじゃ、健闘を祈るぜ真一」

「あぁ、お前もなアラタ」

 

お互いに手を叩いてそれぞれの場所へと赴く

出会ってあんまり経っていないが割とこの関係は悪くないかな、と思う真一だった

 

◇◇◇

 

駅前にて

 

紅葉ワタルは秋葉原の町並みを見て驚嘆していた

傍らにはキバットと呼ばれるコウモリがパタパタ飛んでおり、ワタルの周囲を回りながら口を開いた

 

「最近の街並みってすっげぇな。見移りしちまうぜ」

「そうだね、キバット。…意外にキバットの事もスルーしてるし」

 

秋葉原の人たち心寛容すぎだろ本当に

まぁそれはそれとしてワタルがこの秋葉原に来たのには理由がある

彼は普段バイオリン等を取り扱ってる楽器屋を学園都市で営んでいる

しかし時たま外に出て気に入ったバイオリンを購入しそれを自分好みにカスタマイズする趣味があるのだ

今回はそんなバイオリンを探しに秋葉原にやってきたのだ

 

「しっかし大丈夫かぁ? なんだか最近の秋葉原って物騒って言うじゃんか」

「そうだね。なんだか吸血鬼とかなんとかが現れて人を襲うとか」

 

甚だ嘘くさい話である

とはいえはっきり嘘とも言い切れないのがこの秋葉原の魅力なのかもしれない

 

「まぁでも多分大丈夫だよ。何とかなるって」

「…ったく。お前は楽天家だなぁ、いつもの事だけどよ」

 

そんな会話をコウモリと紅葉ワタルは繰り広げながら秋葉原の街を練り歩く

他の人たちはそれをなんかの撮影かと勘違いしたのかそれに対して疑問を抱くことなかったそうな




キャラ紹介その二

文月瑠依
Cv日笠陽子

この作品のヒロイン
今の所一話にしか出てないけど後半は出番が増えるはず

ヤタベさん
CV利根健太郎

真一の仲間
自警団のリーダーにして老舗のジャンク屋の店長でもあるおじさん


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#4 阿倍野優 後編

誰も待ってないと思うけどお待たせ!
ぐだぐだだぜ
…ごめんなさい

ではどうぞ


駅前に行くと雑多な人影が目に入ってきた

献血の協力を要請している献血ボーイとか、カレーパンを配っている売り子の女の子など、様々だ

 

一瞬、ゲームセンターの中に入りたい衝動に駆られるが、自分の仕事を思い出す

いかんいかん、ここには阿倍野優の側近を探し出し、退治するためにきたのだ

 

周囲を見渡してそれっぽい人影を探す

適当に見渡していると、一人の女性に声をかけられる

 

「個展やってまーす」

 

そう言ってその女性はなんかのチラシをアラタに向かって手渡した

別に断る理由もないアラタは特に気にせずそれを受け取って、すぐに後悔した

 

「無料ですから、ぜひお立ちよりくださーい」

「え? でも俺は―――」

「さぁ! さぁ! こちらですっ!」

 

・・・

 

どうしてこうなった

今現在、ビラ配りのお姉さんに拘束され、近くの画廊店へと連行された

 

「画廊へようこそ」

 

なんて声をかけられたがそっちから引っ張っておきながらそれはねぇよ、と心の中で突っ込む

完璧なビジネススマイルというのが丸わかりだ

 

「お時間はありますか?」

「いえ、無いんで早く帰りたいんですけど」

「大丈夫です。それほどお時間は頂きません」

 

もうここに連れてこられた時点でお時間取られてるんですけど

 

「とりあえず、ホント帰っていいですか?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

先ほどからホントこれの繰り返しだ

この人も無駄に粘る

 

「その、ご趣味とかなにかあるんですか?」

 

絵と趣味って関係なくね?

 

「そうですね。…特には」

「それならばぜひどうでしょう? 絵の収集を趣味にしては」

 

お金かかるので結構です

 

「そんな訳で帰りますよ」

「ちょっと、もう少し私の話を聞いてくださいっ!」

 

…秋葉原って別の意味で怖い

はっきり言えばしつこい

 

「高貴な絵を買って眺めると毎日を頑張ろうって気になりませんか?」

「友達の笑顔見るだけで頑張ろうって思えるんで大丈夫です」

 

これは偽らざる本心だ

 

「そ、そうですか。でも逆に高貴な絵を買ったことで買った金額分頑張ろうって気になりませんか?」

「買う気ないんで思いません」

 

先ほどから本当に話が平行線たどっている気がする

 

「そ、そんなこと言わずに! どうですか絵を買ってみては」

 

…イライラしてきた

もはや言葉を言わずアラタは無言で画廊を出ようとする

しかしさせまいとアラタの肩を掴んできた

 

「うちの絵は、将来必ず価値は上がります!」

「だったら他の人に売ってくださいよ」

「いえいえ、そうしたい所なんですけど本日はせっかくお会いできたお客様だからこそおすすめしたいんですよ」

 

ああ言えばこう言う、とはこの事かとアラタは思う

今度こそ、帰ろうと出口へ歩こうとすると、掴んだ力が強くなる

 

「そんなこと言わずに。最近若い人の間では絵を飾るのが流行ってるんですよ?」

「聞いたことないですよそんな流行」

「それはお客様の周りだけですって! もっと広い視野で世間を見てくださいっ!」

 

なんでこんな事言われなきゃならないのだろうか

いい加減本気で鬱陶しくなってきたアラタはやや強引に画廊から出ようと全力ダッシュした

後ろでなんか言ってる気がしたが、振り向くことはしなかった

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

しばらく全速力で走ってアラタは息を整える

そして同時に思う

秋葉原こわっ、と

恐らく今後ああいう絵を売る人には話しかけないと誓う、ついでに画廊付近にも近寄らない

 

ふぅ、と一息をついて改めてアラタは駅前の人垣を見渡した

…そこでなんとなく、バンドマンの恰好をした変な三人組が気になった

アラタは聡子から受け取った判別機〝ミラースナップ〟でその三人を撮ってみる

なんでも、カゲヤシは写真に写らないんだとか

 

「―――ビンゴ」

 

バンドマンの恰好をしたその三人組はスナップには映らなかった

ターゲットを特定すると、アラタはその三人組に向かって歩き出した―――

 

◇◇◇

 

 

中央通り南西にて

須藤真一もアラタと同様に怪しいバンドマンの姿を発見した

念のためにミラースナップで確認したがやはりあのバンドマンの三人がカゲヤシで間違いはなさそうだ

意を決して真一はその三人に向かって話をかける

 

「…うん? なんだお前」

「アンタたち、人間じゃないな」

 

空気が変わる

明らかにその三人の空気が、殺気を帯びた

 

「…お前は何を言ってるんだ。なぁ」

「あぁ、まったくだ…」

「ちょっと、俺たちが教育してやろう」

 

バッと、真一は構え、そのバンドマンの出方を伺った

しかし思いのほか、戦いはあっけなく終わった

何故ならば、件のバンドマンの実力がそれほどなかったからだ

最も、カゲヤシの血を得た自分の身体能力が上がったからなのか、それともその血を得たことによるものなのかは分からない

 

それと同時に駅前に向かったアラタの事が気にかかった

不安に思った真一は携帯を取り出して彼のアドレスに電話をかける

スリーコールの後、繋がった

 

「アラタか、そっちはどうだ?」

<問題ない、皆倒した。そっちは?>

 

声の調子から鑑みるにアラタの方も特に問題なく片付けたようだ

しかし彼の声色はなんだか疲れてるように聞こえる

 

「いや、俺も問題なかったけど…どうした?」

<…いや、アキバの恐怖を知っただけさ>

 

? と首を傾げる真一だった

 

 

先ほど、御堂聡子から連絡としてメールが来た

内用は分かり易く、件の阿倍野優を見つけた、とのこと

 

しかし阿倍野優は自分が狙われていると悟られたのか接触を図る前に逃げられたようだ

最近、阿倍野はとあるビル〝UD+〟近辺に出没しているらしく、今回の逃走経路も同じなようだ

それで時間があったらそちらに向かってほしい、とのこと

聡子らも間に合えば駆け付けるらしい

 

幸いにも時間に余裕はあるにはあったので、真っ直ぐにそのUD+に向かっている

UD+に到着するとスーツを着込んだNIROのエージェントが見えた

 

「真一か」

 

エージェントに名を言われ、思わずどうもと会釈する

 

「阿倍野優は見つかったか?」

「いいえ、全く。そちらはどうです?」

「こちらも駄目だ。もしかして奴は我らの存在に気づいているのかもな」

 

そう言ってエージェントはふぅむ、と腕を組んだ

そこでふと思い出したように真一に尋ねてきた

 

「そう言えば、アラタはどうした?」

「一応連絡したので、もう少しで―――」

「真一」

 

噂をすれば影

声の方を向けばそこには先ほど話題に出た鏡祢アラタの姿が見えた

彼はこちらが振り向いたのを確認すると駆け足になり、駆け寄ってきた

 

「無事だったみたいだな」

「お前も。ところで、阿倍野優を見てないか?」

「いんや全然。お手上げだ」

 

アラタの情報も頼りにしていたのか、エージェントはうぅむ、と肩を落としながら息を吐いた

そんな時、エージェントが思い出したように口を開いた

 

「そう言えば、アイツの部下はバンドマンの恰好をしてたな」

「…待てよ、となると…もしくは」

「…真一、お前、変装は得意か?」

「…は?」

 

 

エージェントたちの考えた案

それは奴の部下であるバンドマンに変装することだったのだ

もしかしたら奴の部下の恰好であるバンドマンの恰好へすることで、阿倍野優の警戒心を和らげることが出来るかもしれない、言うのだ

 

…そして現在

 

「へぇ、似合ってんぜ真一」

「変にからかわないでくれ、結構恥ずかしいんだ」

 

鏡祢アラタの眼前にはバンドマンの服を着こなしている須藤真一に姿があった

首にヘッドホンをぶら下げ半袖に黒いベストを通しているその姿は中々様になっている

ちなみにアラタも勧められ、現在着込んでいるが実質動くのは真一だ

アラタはそれで歩き回りまだ部下がいると錯覚させる役割を貰った

 

「…このヘッドホンいるか?」

「さぁ、だがアイツの部下であったカゲヤシはみんなつけてたし、あった方が怪しまれないだろ」

 

それもそうなのだが

いろいろ言いたいことはあるがそれをアラタに言っても仕方がないと判断した真一は再びUD+へと足を運んだ

 

 

「おお、見違えたぞ」

 

UD+に来てエージェントが発した言葉はそれだった

 

「馬子にも衣装、オタクにもカジュアル服、だな」

 

あれ、完全に馬鹿にされてね? と一瞬イラッと来たがどうにかそれを抑える

…アニメが好きなのは否定できないし

 

「これならば現れるかもしれん。我らはここを離れるが、頼んだぞ」

 

マジですか

実質ここにいるの新入りしかいないんですけど

おまけに戦闘経験ありそうなアラタもここを離れるわけではないが、少なくとも戦闘には参加できそうにないし、実質一人じゃないか

 

「…まぁ、本気でヤバくなったら手伝うぜ」

「あぁ、頼んだ」

 

短いやり取りのあと、真一は阿倍野優を誘い出すべく、付近を歩きはじめる

 

 

しばらくして

 

(…本当に現れた)

 

周囲を警戒しながら歩いてると目の前に見知った銀髪の男が歩いてきた

それはかつて自分を再起不能に指せたロッカー風の男

阿倍野優だ

 

「―――ち、人間め。オレが狙いか? 確かに最近派手に暴れすぎたからなぁ。…クソ、姉貴どもは俺にばっか命令しやがるし、瑠依も動かねぇし。…あぁ、イラつくなぁ」

 

どうやら彼は不機嫌なようだ

にじみ出ている空気からも、それは分かる

やがて阿倍野優の視線は真一を捉えた

ばっちりと目が合う

 

「よう、お前か。どんな感じだ? 味方がやられたんだろ?」

 

騙されてる!?

真っ先に頭の中に浮かんできた感情が疑念だ

正直に言って速攻でバレるものかと思っていたのだが

 

「は、はい…」

 

若干目を逸らしながら肯定する

 

「聞いている。…たく、クソな話だ。…まさか仕留め損ねたガキにここまでやられるとはよ」

 

イライラを隠すことなく阿倍野優は舌を打つ

 

「やはりあの時に消しておけばよかったんだ。くそっ…! 瑠衣の血を得た人間が敵に回るとは…皮肉なもんだ」

 

その後で、場を支配したのは沈黙

沈黙を打ち破るように、口を開いたのは真一だった

 

「―――なぁ、それは俺の事か」

 

「あ? 何を言って―――」

 

そして阿倍野優は見た

ヘッドホンを外した、目の前の部下だと思っていた男の素顔を

 

「!? 貴様は!? しまった、待ち伏せか!!」

 

そう判断するや否や、優は己の背に背負っていたギター〝ナイトスティンガー〟を構え、一直線に駆け抜けてきた

叩き潰そうと振りかぶるそのギターの一撃をギリギリの所で回避する

―――読める!

あの時とは違う、一方的に殺されかけたあの時の路地裏のようにはいかない

 

今度は野球選手のように振りかぶり、優は顔面を砕くように振り抜いてきた

しかし今度は余裕をもってしゃがんで回避し、そのまま優の腹部めがけて蹴りを撃ちこんだ

 

「ぐえっ!?」

 

そんな言葉を漏らしながら大きく仰け反った

軽く咳をしつつ、優は息を整えて再び真一を睨みつける

そして今度は一気に接近し、真一の足を目掛けてギターを振りかぶった

その攻撃を軽くジャンプすることで回避し、真一は距離を取る

僅かな隙間を縫うように右下からギターを切り上げる

その攻撃を両手で受け止め、一瞬ではあるが優の顔面が無防備となる

真一はその顔面を狙って、自分の頭を突き出した

早い話が、頭突きだ

 

「あぶっ!!」

 

今度は大きく仰け反った

鼻のあたりを押さえながら睨んでくる眼光は未だ衰えない

 

「―――流石にアイツの血を得ただけはあるな。道理でオレの部下じゃ勝てねぇわけだ」

 

鼻を擦りながら優はニタリ、と笑みを浮かべる

 

「けど、オレはそう簡単にぁやられねぇぜ。さぁ、ラウンド2と行こうじゃねぇか!」

 

改めて優はナイトスティンガーを真一に突きつけ、構えなおす

望むところだ―――心の中で思いながら真一も同様に構え直し―――

 

「十分だ。ケリをつけるぞ」

 

どこからともなく、瀬島の声を聞いた

すると阿倍野優の背後―――そこに瀬島と御堂聡子の両名が立っている

間に合えば来る、とは言っていたが

 

「―――ち、こいつは捨て駒か!」

 

捨て駒

はっきり言えば、使い捨てだ

―――いや、薄々そんな予感はしていたのだが

確かに昨日今日で戦い方を覚えたど素人にこんな大役を任せるのはおかしいと思ったが

 

「―――なぁ、昔はいろいろあったが、今は同族。捨て駒同然の扱いを受けて、お前それでいいのか」

 

不意に語りかける阿倍野優の言葉

僅かではあるが、生まれるのは動揺だ

 

「後生だ、頼む。…今回だけ見逃してくれ」

 

何も答えない

違う、答えられないのだ

予想できていたとはいえ、こうもはっきり突きつけられた現実に

その僅かな動揺が、隙を生む

 

「へへっ…バーカッ!!」

 

その隙をついて、優は真一にタックルをぶちかました

僅かではあるが視界を奪うとそのまま阿倍野優はどこかへと走り去っていった

 

「しまった!」

「…貴様、化け物に情けなど。…正気か」

 

聡子、瀬島の言葉

特に瀬島の言葉には自分を非難するようなニュアンスが含まれていた

 

「―――俺は囮だったのか?」

 

なんとなく分かってはいたが、とりあえずそう聞いてみる

 

「そうだ。技術を身に着けたとて、所詮お前は素人だ。想定以上には戦えたが…やはりダメだな。なれば、こういう使い方をするほうが最も効率が良くて、かつ、適切だ。…違うか」

 

―――本当にはっきり言ってくれる

言いたいことをはっきり言って歩き去る瀬島の背中を睨みつけながらこちらを伺うように聡子が口を開いた

 

「騙すようなことをしてごめんなさい。しかし私たちは、遊びでやっているわけじゃない。貴方が一人で現れなければ、奴は一人で逃げていたはず。残っているヤツの部下をアラタさんが攪乱してくれているとえど、合理的に倒すのならこれが一番…」

 

いくら言葉を並べられても正直それを真に受けることはない

ただ予想以上にはっきり言われると結構心をえぐられるという事実に今更ながらに知っただけで

 

「そ、それに貴方は予想以上に立派に戦えていたから…! 様子を見よう、という事になって…援護が遅れてしまいました…」

 

申し訳なさそうにしている聡子を見て、何となく真一は察する

恐らく、この御堂聡子という人物はそこまで悪い人ではなさそうだ

 

「普通、カゲヤシの血を得ただけじゃここまで急激な力の向上などなくって…きっと、それに瀬島さんも興味を持って…! いえ、もっと深い理由があったはずで…!」

 

それにしても、ここまでの女性を羨望させるとは、あの瀬島という男は何者だろうか

もっとも、瀬島に共感することはないと思うが

やがて彼女も言葉に詰まり、場には何とも言えない空気が流れていく

 

「…ごめんなさい」

 

聡子は一言、そう謝罪した

別段気にはしてなかったが、こう真っ正面から謝れると逆に困るというか

 

「と、ともかく、次の連絡があるまで、ゆっくり体を休めてください…」

 

そう言うと聡子は踵を返す

―――聡子はちらりと首だけで真一を見て

 

「…私が言うのもなんですけど、あの人を恨まないでください。…・ただ一生懸命なだけなんです、あの人は」

 

…一生懸命、なのだろうか

そこの所は分からないが、とりあえず恨むことはないだろう

逆に、信頼することもないんだが

 

アラタに言われたこともある

そう簡単には信じることはできない

 

 

あるビルの屋上

そこにいたのは鏡祢アラタだ

手すりに身体全体を預け、雲を眺めている

あの後真一から聞いたのだが、結局阿倍野優を倒すことには失敗してしまったらしい

そしてあまつさえ、真一を囮にし、弱った所を狙う作戦だったと知ったのはほんの最近の事

おまけに在ろうことかあのおっさんははっきりと捨て駒だと言い切ったらしいのだ

もとから疑念しか抱いていないがどんどん疑念が膨らんでいく

それでもまだ判断するのは早計だ、そう決めたアラタはもう一回青空を眺めた

 

「…はあ」

 

ふと、そんなため息を聞いた

アラタは視線を声の方に向ける

そこに座っていたのは青いカーディガンに白いスカートを着たクリームっぽい髪色をした女の子だった

パッと見はなんかこう、ゆるふわ…だろうか

 

「…どうしたんです?」

 

不謹慎だとは思ったが、アラタは彼女に声をかけた

一方で声をかけられた彼女はビクンと身体を震わせたが彼に敵意がないと知ると、ポツリと呟きはじめる

 

「その…悩みがありまして」

「悩み?」

「はい。…その、流行の服装が分からなくって」

 

意外にも可愛らしい悩みだった

 

「…けど、人もいる所も苦手で…」

 

これは困った

出会ったばかりなので深いところは分からないが、恐らく彼女は人付き合いが苦手なのだろう

 

「…よかったら、一緒に買いに行きません?」

「え? で、ですけど…」

 

おずおずと言った様子で彼女はカバンを抱きしめる

 

「大丈夫ですよ。この街の人たちはそんなに悪い人はいませんし。万が一絡まれたら、俺がキミを守りますから」

 

言ってアラタは笑顔を浮かべる

その女の子はしばし、彼の笑顔を眺めていたが、やがて釣られて笑っていた

どうしてだろうか

 

出会ってばっかりなのに、妙に暖かい

 

「あ、名前言ってませんでしたね。俺は鏡祢アラタって言います。以後お見知りおきを」

「私は―――鈴。森泉鈴って言います」

 

一人の人間と、一人のカゲヤシ

誰も知らない所で、二人は出会った―――

 




キャラ紹介その三

阿倍野優
CV柿原徹也
このゲーム一のツンデレ
一応、主人公のライバルポジション

森泉鈴
CV浅倉杏美
この作品におけるアラタのヒロイン
そんでもって後の本編の準ヒロイン予定
ゆるふわ系モンスター
何故モンスターかはそのうち
待ちけれない場合はぜひ購入を!


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#5 黒髪の少女

お待たせ
誰も待ってないと思うけどね!

いつか2も書きたいな(願望)
その時は1の要素もミックスしたジンバー状態で書きたいな(淡い夢)


その人に連れられて、秋葉原をいろいろと回った

また彼も秋葉原に来たのは日は浅いようなのだが、それでも仲の良い人たちに聞きながらも私を案内してくれた

 

ただ一言で言うなれば、楽しかった

服のお店をガラス越しに眺めたり、買ってもらった飲み物を一緒に飲んだり…

人間がやっていそうな、そんな当たり前の出来事を体験して、心からそう思った

やがて入った一つの服のお店にて、彼はある服を持ってきて私にいった

 

「…こんな学生服なんていいんじゃないですか?」

 

私に持ってきてくれたのはどこにでも売っていそうな学生服だった

紺色のセーターにありふれたそのスカートを、私は一目で気に入った

 

「は、はい。その…なんだか、私でも馴染めそうな服です…」

「そう? よかった、じゃあさっそく清算を―――」

「あ、ま、待ってください」

 

レジに行こうとする彼を私は呼びかけて止める

やっぱり彼一人に支払いをさせるのはなんか気が引けたから

 

「? どうしたんです」

「わ、私もお金…出します…」

 

 

大丈夫、という彼を何とか説得して割り勘という形で落ち着いてもらった

着るのはまた今度でいいかな…なんて思っていると彼の携帯が鳴る

メールが届いたようだった

 

「ちょっと、ごめん」

 

彼はそう断ると携帯を開き届いた文面を見た

少しして彼は携帯を閉じて私を見ると

 

「ごめんなさい、急用が出来ちゃいました」

 

そう言って申し訳なさそうな顔をする

 

「そんな、用事なら仕方ないですよ。誰にだって都合っていうのありますし…」

「本当に申し訳ない。…っと、じゃあ俺はこれで―――」

「す、すいませんっ。さ、最後に―――」

 

走り去ろうとする彼の背中を呼び止めて、少女は勇気を振り絞る

 

「? なんでしょう?」

「けっ…! 携帯の…番号…交換しませんか?」

 

 

須藤真一は人がごった返すその道を早歩きで歩いていた

その理由は先ほどサラから送られてきたメールによるものだ

なんでも中央通りのとあるショップの前で暴動が発生したらしいのだ

自警団としてもこれは見過ごせないとして招集命令がかかったのだ

 

そして集合場所である中央通りの南西に到着する

すでにそこにはあらかたのメンバーが集まっていた

そして同様に…暴動の騒ぎもよく見える

 

「…まずいよ、どんどん騒ぎが大きくなってる、警察やマスコミが来るのも時間の問題かもしれないよ」

「そ、そうなると、また世間から叩かれちゃうね…この街や、僕らも」

 

暴動を見て不安げな声を上げるヤタベさんとゴンちゃん

 

「もうネットのニュースでは騒ぎになっているようですよ」

 

隣では携帯端末を弄りながらサラさんがそう報告する

真一とアラタはサラの隣に行き、その端末を覗き見て、うわぁ、と若干引いた

完全なるありもしない言葉の羅列や心無い言葉に少し引く

少し落ち着いて真一はヤタベさんに聞いてみた

 

「なんでも、あるアニメのグッズの限定版がこのお店の倉庫にあるって噂がどこからか広まったみたいでね? プレミア価格になったら販売する魂胆なんだろうって、皆は言っているんだけど…」

 

アニメグッズ、という事はノブくんが詳しいはずなのだが

そう思い立ったアラタはそうヤタベさんに聞いてみる、しかし…

 

「そのはずなんだけど、さっきから連絡がつかなくって…。ちなみにそのグッズなんだけど、お店が発注数を間違えて、予約した人全員に届かなかったみたいなんだ」

「えっと…それはつまり、ここにいる人たちはみんな、予約した人たちって事ですか」

「た、確かにそれは怒るよね…」

 

アラタとゴンちゃんは口々に呟く

真一は暴動に目をやって顎に手を当てながら口にした

 

「…あれ、でもこの問題ってもう二週間くらい前の話じゃないですか。なんだって今更」

 

そう、そんな問題をほんの二週間も前に聞いた気がする

別段、真一は特にグッズには興味ない人種なので特に気にも留めなかったのだが(ノブくんは騒いでかな、と思い出す)

 

「そうなんだよ。そんな根も葉もない噂が広まったんだか…」

 

ヤタベさんは頭を掻きながらその暴動をまた見た

そんなヤタベさんに向かってサラは聞く

 

「在庫は本当にないんですか?」

「それは間違いないよ。店長は知り合いだから聞いてみたけど、本当にないんだって。…けど、それを言っても誰も信じてもらえないだろうし…非はお店側にあるからあんまり強くも言えないし…本当に困ったよ」

 

元来、人間というものは人から聞かされた情報よりも、自分自身で得た情報を信じやすい傾向にある

やはり自分で調べ、決定づけるものの方が信じやすいのだ

 

そんな思案を余所に暴動の声の大きくなってくる

 

―――良いから出せよ! 〝ITウィッチまりあ〟の抱き枕&おっぱいマウスパッド限定セットをよぉ!

―――――そうだそうだっ!!

―――オークションに俺たちの分を出して儲けようなんて絶対させねぇぞ!

―――――そうだそうだっ!!

―――地下倉庫にあるんだろ! ないってんなら見せてみろぉ!

―――――そうだそうだっ!!

 

騒ぎ立てている理由としては大変くだらないものではあるが、彼らの熱意は本物だ

それだけ彼らは、その作品に命を懸けている

しかし時にその熱意は、人を傷つける暴力にもなってしまうのだ

そう、今まさに目の前で起きている暴動のように

 

「―――これはマズイね、このままじゃ店を荒らされちゃうよ」

「そ、そうなったらお店は駄目になって、逮捕者もいっぱい出て…」

「そうなったら…大事件だよ」

 

たかがアニメグッズと言えど、警察沙汰になってしまったらそれこそ笑い事ではなくなってしまう

そんな深刻な心配をしているゴンちゃんとヤタベさんを余所に、アラタはその暴動を静かに見ていた

正確には、ある一人―――煽っている人物だ

 

「―――なぁ、あの暴動を煽っている人…なんか浮いてないか」

「アラタさんもお気づきになられましたか?」

 

サラの言葉にアラタは頷きながら

 

「えぇ、その…それに便乗している人たちはこの街でもよく見る服装なんだけど…その周りを煽ってる人は佐、その…なんだ、オタクって雰囲気じゃないんだよ」

 

そのアラタの言葉に真一はもう一度目を凝らしてその集団を見た

その中に確かに一人…明らかに恰好がバンドマンテイストで周りから浮いている人が一人いる

 

「…ヤタベさん、あのエージェントの肩から貰った機械は?」

「え? でもこれは―――」

「もしかしたら、です」

「―――うん、そうだね。それじゃ―――」

 

サラさんに促されるままにヤタベさんはミラースナップを起動させ、その集団を撮影する

そして結果を見て、ヤタベさんの顔色が変わった

 

「…あれ、あれれ!?」

「え? じゃ、じゃあ…」

「―――カゲヤシだ!」

 

ヤタベさんのその一言で空気が変わる

これはもしかして、解決できるのではないか、と

 

「…こいつは、俺たちの出番だな」

「そうみたいだな、アラタ」

 

真一はアラタの顔を見てお互いに頷き合う

その二人を見てゴンちゃんはグッと拳を作り

 

「そうこなくっちゃ! 念のため、あのお姉さんにも連絡を入れておくよ」

「よし、じゃあ我々は出来るだけ混乱を抑えてみよう!」

 

かくして、暴徒鎮圧が始まった

 

 

その煽っている人物に近づいてみると、頭に痛いバンダナを巻いているだけで、後の服装はバンドマンと明らかにオタクではない

アラタは暴走しているオタクらを何とかし鎮めようとし、真一はその男に声をかける

 

「おいアンタ、煽るのはやめてくれ。これ以上騒ぎが大きくなったらどうするんだ」

「なんだ貴様は。邪魔をするのか。…なら、排除しても問題ないな」

 

なんでそうなる

 

「二度と限定セットに並べられないようにしてやろう!」

 

その男は忍ばせてある木刀に手をかけて襲い掛かってきた

…どこに木刀なんか携えていたのか、と疑問に思ってはいけない

 

・・・

 

しかし戦闘スタイルはただ力任せに木刀振うだけなので勝つのにはあまり苦ではなかった

もっとはっきり言ってしまえば楽勝だった

その男を倒したことにより徐々に周りも静かになっていく

 

「ありがとう、真一くん、アラタくん。煽っているものがいなくなったおかげでみんな冷静になってくれたよ。しばらくすればあとは自然に散ってくれるだろう」

 

ヤタベさんはホッとしたように息を吐く

それにゴンちゃんも続くように言葉を発した

 

「や、やっぱりこういう祭は、先導者がいないとね」

「お疲れ様です。よかったらこの後、基地に戻ってお茶でもいかがですか?」

「そうですね、頂こうか、アラタ」

「だね」

 

そんな和やかなムードの中に空気を壊すかのように一人の男の声が入る

 

「―――あ、やっぱみんなじゃん。皆もあのグッズを?」

 

―――ノブくんである

ていうか、やってきた方向は暴動が起きていた方から歩いてきたのだ

 

『…』

 

訪れる沈黙

やがてゴンちゃんが口を開いた

 

「も、もしかしてノブくんも今の群衆に?」

「もちろん。だって〝ITウィッチまりあ〟だよ? あの神作品の限定グッズとありゃ当然ファンとしては行かざるを得ないでしょ? しかも俺だって当時この店で予約して死ぬほど悔しい思いをしたんだし。…てか誤発注で商品が入らないとかあっちゃならないミスだよ、マジで」

 

ノブくんのトークは加速していく

 

「俺みたいに保存用、観賞用、使用用…みたいに複数店で予約してればまだいいけど、そうじゃない人だって大勢いたのにクオカード配っただけどか信じられないクソ対応だったし。こういったことになるのは当然の事だったと、店が悪いよホントに。それにさ―――!」

「はいはいストップ。もう十分伝わったから」

 

これ以上語らせると本当に長くなりそうなのでアラタがストップさせる

ていうか、通りで連絡がつかなかった訳である

…ていうか保存用と観賞用はまだいいとして、使用用ってなんだよ、という言葉を飲み込む

 

「あ、ところでみんなはなんでここに?」

「あ、それはね―――」

 

ヤタベさんは今までの経緯を軽く説明する

 

―説明中―

 

「そんな…!? じゃあ俺らは奴らに操られていたってのか!? 馬鹿な!この胸の奥から突き動かされた衝動は、決して誰かに操られたものではなく―――あ」

 

唐突にノブくんは言葉を濁らした

 

「そう言われてみれば、前見かけた子が付近をうろついてたような…」

「? 見かけた子?」

「うん。ほら、路地裏で真一が襲われていた時にいた子だよ。俺たちが駆け付けてきた時真一を抱えてたあの子」

 

真一の目の色が変わる

 

「彼女とその友達みたいなのが、何か指示というか…そんなのを出してた気がする。確か、そっちの方にいったかな」

 

そう言ってノブくんは真一たちが来た方向を指差した―――

 

 

「―――あれ? 静かになった」

 

先ほどの暴動を影から見守っていた女の子が二人いる

一人は文月瑠衣、そしてもう一人は森泉鈴という

 

「…という事は…」

「どうやら、うまくやってくれたみたいね。混乱に乗じて吸血する担当だった連中も、今頃撤退しているハズ」

「よ…よかったぁ…」

 

彼女たちの目的

それははっきり言ってカゲヤシ側の作戦を邪魔することだ

今回の暴動にはその騒ぎに乗じて一般市民を吸血することが目的だったわけなのだが、妨害は上手くいったようだ

 

「思った以上の混乱になって、少し焦っちゃった…けど、何とかなってよかったぁ…」

 

安堵する鈴に瑠衣は頷く

 

「そうだね、当初の予定通りに何とか事は運んでくれた」

「だけど、これでよかったんですか?」

 

不意に問われた鈴の疑問に瑠衣は「なにが?」とハテナを浮かべて聞き返す

 

「確かに、今回の計画で被害者は出ませんでしたけど…瑠衣ちゃんの立場が―――」

「いいの。私たちは言われたことをちゃんとやったんだから。責任を負うのは、むしろ失敗するような作戦を計画したあの〝二人〟の方」

 

瑠衣が言うあの二人とは今の所二人の上司の立場にある姉妹の事だ

今回の作戦の立案者は彼女たちなのだが

 

「だと、いいんですけど…」

 

不安がる鈴の肩に瑠衣は手を置き笑顔を浮かべる

 

「大丈夫、もし責められても貴女には火の粉がかからないようにするから」

「…瑠衣ちゃん」

「それに、あの姉妹は私たちを管轄する立場にあるんだから、私たちのミスは彼女たちのミスでもある。つまり、どうあろうと大丈夫ってこと」

 

そう笑顔で瑠衣は言う

鈴はその笑顔に連れられて自分自身も笑顔になり

 

「…うん」

 

と頷いた

 

「さ、帰ろう」

「はいっ」

 

瑠衣の言葉に鈴は元気よく頷いた

そしてふと、頭の中で思い浮かべる

 

(…そう言えばアラタさんみたいな人がいたような気がしたけど…気のせいだよね?)

 

そう自分に言い聞かせ前を歩く瑠衣の後ろをついていく

 

「でもやっぱりあの人たちの情熱はすごいよね。あそこまで大事になるなんて思わなかったです。暴動を起こしてその最中に吸血対象を確保するのはいいとしても、その暴動の起こし方がただ噂を流すだけだなんて」

 

正直に言えばその計画を聞かされた当初は上手くいくはずがないとさえ思っていたのだ

瑠衣も彼女に同意する

 

「…そうだね。私もこんなに上手くいくなんて思ってなかった。…秋葉原(このまち)に住む人たちの想像以上の優れた行動力…。まさか平日、しかも昼間にあんなに大人数が集まってくるなんて、流石に予想外だったわ。…もし週末に実行されてたら、コントロールできなかった」

 

瑠衣は軽く腕を組みながら思考を巡らせる

この秋葉原という街は想像以上にすごいのだ

 

「姉さんたちは私たちが考える以上にこの街に精通してる…」

「…」

 

二人がそうやって考えているとき、ふと鈴が視線に気づいた

 

「―――瑠衣ちゃん」

「え―――?」

 

鈴に言われて瑠衣は振り向いた

そこにいたのは、いつかの路地裏で助けた人だった

 

「…キミは…!?」

 

そう言いかけてマズイと判断したのか瑠衣は鈴の手を引いて一目散に逃走する

思わず真一はあっ、と言いかけるが、そのまま見送ってしまった

あっちの方面は確か…公園があったはずだ、たまにのんびりする場所、芳林公園が

 

◇◇◇

 

芳林公園

正直に言えばどこにでもある普通の公園なのだが、結構みんな立ち寄っているスポットだ

また、この公園を通る際に、先ほどと同じような騒ぎを別グループが実行していた…していたのだが

 

「…いくら末端とはいえ、あんな簡単に退けるなんて…時間稼ぎにもならない…」

 

その暴動をあえて通って時間を稼ごうと思ったのだが、結果はコレだ

 

「…あれが…私の血の力…」

 

良かれと思って分け与えたのだが、かえって逆効果になってしまったのだろうか

瑠衣は俯きながら拳を握る

 

「あっ、もう…!」

 

ふと鈴が指差した場所を見る

公園の入り口には件の男が歩いてきたのだ

意を決したように鈴は持っているバッグを持ち、身構えた

 

「瑠衣ちゃん、ここは私が食い止めるから逃げて!」

「け、けど鈴じゃ―――」

 

「早く!」

 

その剣幕に瑠衣は少したじろいだ

しばらく逡巡して

 

「…わかった、無理はしないで」

 

そう呟いて瑠衣はその場を後にする

瑠衣の背中を確認せず、鈴はその男に向かってバッグ〝プシロフィトン〟を振りかぶった

 

 

どうしてこうなった

 

それが須藤真一の心に思った言葉だ

ただ話をしたいだけなのに、なんで自分はこの女の子と戦っているのだろう

幸いにもその女の子の攻撃が読みやすいからか、こちらも攻撃は貰ってないし相手にも与えていない

やはり女性に手を上げるのは男として恥ずべきことだと思うのだ

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

ヘッドスライディングみたいに地面をすれすれにその少女はバッグを突き出し下段を狙ってくる

その攻撃を思い切りジャンプして背後に回る

 

(とはいっても…このままじゃ平行線だ…!)

 

意を決して真一は女の子の出方を見る

女の子は横からそのバッグを振るい、凪ごうとしてくる

真一はそのバッグを強引に掴みあげ、そのままの遠心力を利用してバッグを分捕った

 

「きゃあっ!?」

 

地面を転がりながら女の子は倒れた

それでも女の子はこちらを見据える―――が

 

「…やっぱり、妖主の血族じゃない私には…エージェントの相手には…! うぅ、うう…」

 

目尻に涙を溜めている

…え? これって

 

「うぅえぇぇぇぇっん…!」

 

とても大きな声で泣き出してしまった

 

「…え? っと…」

 

なんだろう、これ

自分が悪いのか、いやだけど…

完全にテンパってしまう真一

どうしよう、元から倒す気なんてなかったのだが

あれこれうんうん唸っていると泣いてる女の子の後ろから人影が飛び出してきた

 

それは、いつぞやの黒い髪の少女だった

 

女の子は突然の来訪に驚いて

 

「…瑠衣ちゃん!? なんで―――」

「私だけ逃げるなんて、出来ない。…貴女を見捨てたら、私も〝奴ら〟と変わらない」

「そんな…! 私に構わず逃げて! 瑠衣ちゃんっ!」

「いいえ! 私は、貴女を助ける…!」

 

そう言って少女は白い傘〝白薔薇〟を構え、真一に突きつける

 

「―――行くよ!」

 

少女はその言葉と共に白薔薇を突き出した

いくら傘といえど先端なんか当たったら本気で危ない

しかし相手を傷つけるわけにもいかず、思わず身体を後ろへとステップする

だが少女は攻撃の手を緩めない、これから繰り出されるであろう攻撃をするとなるとはっきり言って身軽にならねば避けれる自信がない

 

先ほど少女から分捕ったこのバッグ…想像以上に重いのだ

中になに入ってんだと突っ込みたいくらい重い

真一はそのバッグを出来るだけ女の子近辺に放り投げると少女の攻撃を避け続けた

 

しばらくその防戦一行が続き、お互いに息が切れてきたころに、少女が口を開いた

 

「はぁ…はぁ…。なんで君は。あの時せっかく助けたのに。しばらく安静にしていれば私の血は消えて、キミの身体からなくなる、元に戻るはず。…なのに、なんでよりにもよってエージェントになって私たちを」

 

…いざそう言われるとなんて返せばいいのか、返答に困る

少し考えて出した言葉は―――

 

「…その、キミが…忘れられなくて」

 

何言ってんだ俺は、とすぐに後悔する

そして案の定少女の視線がキツイものへと変わる

まるで養豚場の豚を見るような目だ

 

「…馬鹿な奴。あの時、私は君を助けたのに」

 

まぁ案の定そんな言葉が返ってきた

しかし真一に言葉攻めで快感を得るなんて変態な趣味はない

 

「確かに私の眷族が君に怪我を負わせたのは事実だし、否定もする気もない。…いや、キミが私を恨むのも、最もなのかもしれない。助けるためとはいっても、キミに私の血を飲ませてしまったのだから…、いずれ効果は消えるとしても、キミのカゲヤシ化は普通より長いと思う。得た力も協力だろうし…」

 

そこまで言って少女は白薔薇を仕舞い、俯いた

その一挙動もまた、綺麗だった

 

「…ごめん」

 

静かに、それでいてはっきりとそう呟く

静寂が場を支配して、なんだか妙な沈黙が流れる

…これは何かを言って空気を変えなくてはいけない、そんな訳のわからない使命感に真一は襲われた

 

「え。えっと!」

「…?」

 

「ファ、ファーストキスだったんだ…あれ」

 

何を言ってるんだろう、と傍から見れば思うだろう

しかし全力で考えてこれなのだから救いようがない

 

「…へ!? な、何をいきなり…!?」

 

ものすごく驚いた顔をした少女

しばらく呆然と立って真一の顔を見ていたのだが、やがて口を開く

 

「ま、待って。それじゃ、何、忘れられないって…恨んでるんじゃなく…その…そっちの事で…」

 

みるみる少女の顔は赤くなってくる

意外にも少女の方もこういったことには疎かった

 

「ちょ、ちょっと待って、あれはほとんど意識のなかった君に血を飲ませるためにやったことで…キスとかでなく…、て、ていうかあれをキスというなら、私だって、ファーストキスだったんだから!その、だから…お相子で…」

 

二人して何を言っているんだろうか

女の子もすごくおろおろしている

恐らく最も訳が分からないのは女の子だろう

 

「…何言ってるんだろう、私」

 

心の中で同意する

それは真一も同じだった

 

「あ、瑠衣ちゃん、向こうから人が! あれは―――エージェント!」

「! 逃げるよ」

 

女の子にそう指示し踵を返し走って行く

しかし、少女の方は一度立ち止まりちらりと真一の方を見た

 

「…彼女は、森泉鈴、私は、文月瑠衣。…貴方は?」

 

そう、自分に名を聞いてきた

それに真一は答える

 

「真一。…須藤真一」

 

「…真一、か。うん、覚えておく」

 

そう言って今度こそ鈴を追って走って行った

それと入れ替わるように聡子とアラタ、そして秋葉原自警団の面々が公園に入ってくる

 

「真一さん、お怪我は!?」

「いいえ、問題ないです」

「よかった…。遠くから見た限りでは、あの二人は文月瑠衣と、森泉鈴と思われます」

 

うん、知ってる

 

「あの二人は、阿倍野優ほどではないですが、厄介なカゲヤシの部類です。…けど、真一さんが無事でよかった…」

 

その言葉には本当に自分を心配してくれてるニュアンスがあった

しかしカゲヤシに対する敵意だけは全く持って変わっていない

話をしてみた限りでは、そこまで危険な部類とは思えないのだが

むしろ話だって通じるのだし…とも思ったが言っても無駄なので心にしまっておく

 

「て、いけない、追跡しないと!」

 

思い出したよう聡子は瑠衣たちが走って行った方を見ながら足を動かす

そして不意に真一を見て

 

「言い忘れる所でしたが、カゲヤシ化してるとはいえ、貴方は人間です。生まれながらの化け物である彼らと対等な身体能力はありません。深追いは厳禁です、これからはすぐに連絡をしてください。では」

 

そう言って再び聡子は小走りで追跡を始めた

タイミングを計り、ヤタベさんが口を開く

 

「無事だったんだね。血相を変えて走って行ったからビックリしたよ」

「あぁ、まるで夏コミを思わせるダッシュをしてくれたからなぁ」

 

ノブくんのたとえは分かり易いのか分かりにくいのか

 

「…その、気のせいかもしれませんが、お二人は何か、喋っていましたよね?」

 

サラさんの鋭い指摘に思わず冷や汗が流れる

言い淀んでいると、助け船が入った

 

「まぁいいじゃないですか。とりあえず真一は無事みたいなんだし」

 

アラタだ

 

「それに、結構綺麗な方だったからな、あの人」

「う、うん。アキバ系アイドルって感じじゃなかったけど少しコスプレとかしたらすぐにファンが付くよ。あ、でも今のアキバはダブプリの天下だから、難しいかなぁ…」

 

どうでもいいが最近はRINと呼ばれるアイドルも活躍中であり、ダブプリに勝ってこそないが、劣らない人気なんだとか

 

「はは、真一くんだって男の子なんだし、気になっちゃうのかな。はは」

「え、えぇ。まぁ」

 

そんな言葉を濁しつつ、目線を逸らす

 

「うん、そう言えばキスしてたもんなぁ、路地裏で。分かる、分かるぞ。初体験ってそういうもんだよな。オレだって初めてのエロゲで攻略したキャラがいまだに忘れらなくてなぁ。オレの中学時代の一番の思い出さ」

 

そんなノブくんに小首を傾げながらサラさんは

 

「…中学時代? そのときってノブさん、未成年では」

「!! い、いや…その、相手は齢三百を超える合法ロリというか? オレはその時すでに成人してた的な感じであって? その…」

 

…ならアンタは一体何歳なのだというのか

ハハハ、とゴンちゃんが笑いそれに釣られてヤタベさんも微笑む

 

「…ま、とにかくだ。真一、いったん戻ろうぜ。サラさんのお茶でも飲みながら休憩しよう」

「そう…だな。…サラさん、お願いできますか?」

 

アラタの言葉に同意しながら真一はサラに言う

サラは華麗な一礼をしつつ答える

 

「お任せください」

 

そう笑顔で答えた

 

最後に見せたサラさんの何かを思案するような表情を、真一が気づくことはなかった




キャラ紹介その四

ノブくん
CV間島淳司
ザンネンなイケメン
とあるイベントでは本当に長いお話が聞ける(当然だがこの作品ではカットします)
中の人はぷちますのP

ゴンちゃん
CV丹沢晃之
アイドル好きのカメラマン
本気出すと三人に分身する
わかんねぇと思った貴方はF91を想像すると分かり易いかも


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#6 〝シンディ〟を求めて

まさか久方ぶりとはいえこっちを投稿するとは誰が予想できたものか


#6 〝シンディ〟を求めて

 

 

 

 

鏡祢アラタの携帯が突然鳴った

彼がその携帯を取り出して画面を見てみるとメールが来たという報せが画面には表示されていた

画面を開いてみてみると、どうやら聡子から送られてきたメールのようだ

内容は要約するとこうだ

 

―――次のターゲットは〝JKV〟と呼ばれるカゲヤシです。奴らは女子高生の格好をしながら男をたぶらかすといわれています。化け物の分際で異性を誘惑するなどと言語道断です。カゲヤシは幼少の成長は早いものの、十代半ばで老化がかなり遅くなり若い期間の姿で長い年月を生きることが確認されています。つまり見た目の年齢そのままではない、ということです。奴の制服という偽装を引きはがしてその真実を白日の下にさらしてやりましょう

 

…サイヤ人みたいなものなのだろうか

メールにはまだ続きがある

 

―――今回もアラタさんには真一さんのサポートに回ってもらいます。最も、もう真一さん一人でも大丈夫だと思ってはいるのですが、念のためという瀬島さんの指示です。念には念を、という言葉がありますので、どうか真一さんのお手伝いをお願いします。また、アラタさんに経験があるかわかりませんが女子高生の服というのは極めて特殊な装備のため脱がすのには特殊な技術が必要です。師匠にはすでにご連絡しておきましたので、彼女の元へ向かってください、きっといいアドバイスを貰えるはずです

 

煽られているのだろうか

中々女子高生を脱がす経験なんてそうそうないと思うのだが

しかしあの師匠に会いに行くのか

…個人的に苦手なのだけどあの師匠

そもそもアラタに脱衣の技など必要ないし…いや基礎は学んだけども

 

ともかく行くしかなさそうだ、既に真一も行っているかもしれないし

 

…たまにあの人獲物でも見るような目つきするんだよな…カーテン越しで見えないはずなのに

 

◆◆◆

 

似たような指令を受けて、須藤真一もまた、例の建物の屋上へと足を運んでいた

いつもの能面をつけてる下僕どのに話を通すと、またあのカーテンの向こうからくねくねと師匠が姿を現す

また、真一よりも少し遅れて、アラタも屋上へと姿を現した

視線を交わし軽く挨拶をすると、改めて師匠のいる方向へと視線を向ける

師匠もそれを察したのかこほん、と短くせき込んで

 

「あの子から話は聞いているわ二人とも。女子高生の服を脱がすんですって?」

「は、はい。今度の相手が、女子高生の服を着ているみたいなので…それで、特殊な技術が必要だと聡子さんから…」

「えぇ。女子高生の服…あれは思いのほか難易度が高いのよ。一見簡単そうに見えて、かなり複雑な構造をしている装備なのよ」

 

装備って認識でいいのだろうか

 

「乙女の柔肌を包み込む神秘のヴェール…それが普通の薄い生地な訳ないじゃない」

 

じゃあ自分たちが普段来ている衣服はいったいなんなんだ…

 

「実は様々な最先端技術を惜しみなく注がれた極めて特殊、かつ超高性能な衣服なの。普通のテクでは、おそらく無理ね」

 

女子高生とはなんなんだ

 

「…ところであなた達、女子高生は好きなの? 本心から脱がしたい?」

 

物凄く答えづらい質問が投げられてきた

何だろう、どう答えれば正解なんだこれ

まぁ少なくとも嫌いではないし、むしろ好きな部類には入るのか? 視線で軽くアラタと会話をしてみると彼もうーん、と考えるような素振りをしてうんうん、と頷きだす

どうやら彼も好きなようだ

 

「―――ダメね」

 

しかし師匠から返ってきた言葉は思いのほかに痛烈な一言だった

 

「いい? 単純な性欲のみで脱がしたいだなんて単なる変態…いえ、犯罪行為よ。…何よその目は」

 

カーテン越しでこっちを見ているくせにこっちの視線の反応には敏感だなあの師匠

思いっきりこっちの男二人はジト目して師匠に視線を送っていたのに速攻で気づくとは

 

「私はいいのよ。いい? 私は相手を尊重し、相手を愛し、その者が秘めている何かを解き明かすことに命を懸けている。まぁ場合によっては? その後にめくるめく肉の饗宴があったりなかったりするけど、それはどちらかといえばただの趣味よ」

 

同じじゃねぇか!

内心二人してそう思ったが決して心で叫ぶだけで声にしない

色々と面倒そうだから

 

「ともかく。今のままのあなたたちではどんなテクを使っても女子高生の制服を脱がすなんてできないわ」

「…どうにかならないですか師匠。オレたちにはどうしても、その技術が必要なんです!」

「…いや別に俺は…(小声)」

「(しーっ!」)」

 

思わず漏れたアラタの本音を真一は制する

ここで変にこじれると面倒くさいことになってしまいそうだったのだ

 

「…仕方ないわねぇ。あなた達にも女子高生の魅力を理解できる方法を伝授してあげるわ」

「魅力を理解できる…?」

「えぇ。この秋葉原のとある場所には某有名進学校制服を販売しているお店がある。もちろん正規品よ…もちろん、公には公表できないルートで売ってるみたいだけど」

 

大丈夫なのだろうか

 

「まぁともかく、これはマニアの間でも高い評価を得ている服で、とっても素敵なの。その制服なら疎いあなた達でも女子高生というものの魅力を完璧に理解できるはず。それを手に入れて、誰かに着てもらって鑑賞し、その魅力を理解しなさい」

 

難易度高い

っていうか脱がす以前にそっちも十分な変態行為なのですがっ!?

 

「自分が来ても意味はないわ。やはり十代の若い女の子に着てもらう方が一番よ。その制服を取引する際のコードネームは―――〝シンディ〟」

「し、シンディ…?」

「そう、〝シンディ〟よ。なんとしてでもシンディを手に入れ、誰かに着てもらって、鑑賞なさい。そしてその魅力を理解し、その柔肌を白日の下にさらけ出したい、という衝動に駆られたら…またここに来なさい」

 

 

「…なぁ真一、〝シンディ〟が何か知ってるか?」

「全く。…アラタは?」

「俺も知らん。…ともかく、二人してシンディとやらを探してみるとするか」

 

そんな短い会話をして、一度そのまま屋上でアラタと真一は別れた

某有名進学校…ともかく、一度ヤタベさんに相談してみるとしよう

もしかしたら何か情報を知ってるかもしれない

 

 

「シンディ?」

 

自警団のアジトにて

ヤタベさんにそのことを問いかけてみるが当然ながら困り顔をされてしまった

掻い摘んで説明するとあーと納得したように首を上下に動かしながら

 

「制服だったのかぁ。うーん…そういう商品を専門に扱っていた人なら知ってるんだけど、秋葉原電気街の開発と進化に飲まれてお店閉めちゃったんだよね」

 

まさかの事実に真一はどうしたもんかと腕を組む

確かにここ秋葉原では日々進化や開発が行われており、一節によれば五年も持てば老舗だ、とか言われてるくらいだ

しかしお店がないのならどうしようもない、ないものを嘆いても仕方ないのである

 

「…あ、そういえば」

「? 何かあるんです?」

「そういえばこの前公園で見かけたよ。もしかしたらまだ細々と商売してるかもしれない」

「本当ですか!?」

「うん。もし見つからなかったらまた相談においで」

 

闇の中に舞い降りた一筋の光

もしかしたら行けるかもしれない

アラタは今どうしているだろうか…とりあえずこの情報を共有しなければ

 

「…あれ」

 

と思って携帯をかけてみたらどういうわけか電話中で繋がらない

まぁそれならまた後で電話をかければいいか、と真一は一度スマホをしまい公園へと足を運んだ

 

 

少しだけ時間は遡り、アラタの方

当然彼もシンディとかいう制服の知識はゼロであり、正直言って開幕から手詰まりだった

っていうかなんだよシンディって

ゲームのキャラクターくらいしか聞き覚えないぞ

 

そして冷静に考えてみるとアラタは別段脱がしには拘ってないから最悪力圧しでどうにかなってしまうんじゃないだろうか―――と、冷静に考えてみると女子高生をひっぺがすという絵面自体ヤバい

八方ふさがりだ

 

「…元春に電話でもしてみるか。なんでかわかんないけどアイツなら知ってそうだし」

 

知らないのならそれでいいし

正直あまり期待はせずにアラタは携帯を取り出すと土御門のアドレスを探して彼の番号に発信する

そのままスリーコール待つとがちゃりと通話が繫がった

 

<はいはーい、そっちから電話してくるなんて珍しいにゃー。一体全体どうしたんだぜぇい?>

 

電話の向こうでグラサンをかけた金髪の男がニコニコしているのが想像できる

アラタはあー、と少しバツが悪そうに声を漏らしながら

 

「なぁ、いきなり変なこと聞くんだけどさ」

<? 変なこと?>

「あぁ。元春、お前〝シンディ〟って知んないか?>

<―――!!!>

「あぁ、いきなりこんなこと聞いて悪いな、知らんよなシンディが何なのかなんて―――」

<…かがみん、お前どこでそれを聞いた?>

「…元春?」

 

なんだろう、土御門の口調が真面目な時の口調になっているような

 

<悪い、質問を変える…〝シンディ〟が何か知っているのか?>

「あ、あぁ。なんかどこぞの有名進学校の制服らしくてな。…その、ちょっとした諸事情でそれが必要なんだ。お前なら何か知ってそうだから聞いてみたんだが…」

<―――ふっふっふ。さっすがかがみんだぜぇい。俺に相談するとは英断だ>

 

顔が見えていないはずなのにグラサンがキラーンと輝いていそうなのが想像できた

なんだろう、この口ぶりからしてみるともしかして土御門は知っているのか、〝シンディ〟を

 

<「しかしかがみん、そいつは一部のマニアが喉から手が出るレベルで欲しがる逸品だぜぇい?」>

「そ、そうなのか? …て、あれ?」

 

おかしい、電話しているはずなのに何か二重に声が聞こえる

携帯に何かあったんだろうか、と思って画面を見てみると特に変化はないが

あ、っていうか真一から着信があった

後で掛けなおさなくて

 

「だぁがしかし? かがみんならお友達価格でシンディを販売してやるよ」

 

今度ははっきりと後ろの方から聞こえてきた

驚いて振り向くとそこにはぱちん、と携帯を閉じた土御門の姿があった

 

「も、元春!? お前なんでここにいんの!?」

「いやー、たまたま買い物に来てただけですたい。そしたらかがみんから電話が来たからびっくりしたんだよ。まぁそれはそうと…〝シンディ〟なんだろ?」

 

そう言って彼はぐい、と手に持っていた紙袋を上に上げる

その中に〝シンディ〟とやらが入っているようだ

土御門はグラサンをキラーンと光らせて

 

「しかしだかがみん、こいつはさっきも言った通りマニアが本気で欲しがるプレミア物でな。一応お友達価格として多少まけるが、それ以上はまけらんないぜ?」

「…い、いくらなんだ」

「正規品は三万なんだが…かがみんになら二万七千円でご提供だ、これ以上は下げらんないぜ」

 

制服上下一式で二万七千円

普通に制服と考えるとむしろ良心的な値段である

っていうかここを逃すともう手に入らない気がするし、乗る以外選択肢はない

 

「―――買ったっ!」

 

アラタはそのまま財布を開くと三枚の諭吉を取り出して、土御門に手渡す

まいどありー、といつもの軽い口調でそれを受け取って彼はポケットにねじ込むと土御門はアラタに〝シンディ〟が入った紙袋を手渡しながら

 

「いやー、しかしかがみんもそういったことに興味あるとはにゃー。仲間が増えて俺も嬉しいぜよ」

「…仲間? っていうかお前なんで秋葉原になんていんだよ」

「にゃー、ここはさ、いろんなコスプレ衣装があるじゃんか。…な?」

「な、て。…あーそうか、舞夏用だなお前」

 

そういえば彼はシスコンだった

土御門舞夏…義理の妹ではあるが、彼が非常に大切にしている妹である

そんでもって既に手を出している模様

義妹だからギリギリセーフなのかもしれないが

 

「っていうか仲間って」

「え? てっきり仲良しのあの常盤台の女の子に着せるもんかと思ったんだがにゃー?」

「誰が着せるか! ともかく、ありがとう! 後でお釣り寄越せよな!」

 

そう言ってアラタは袋を持ち直しながら踵を返して歩いていく

土御門はそんな彼の背中を見送りながら、グラサンを軽くかけなおし

 

「…頼んだぜぇい、かがみん。アキバの未来は、お前とその仲間にかかってるんだにゃー」

 

小さい声で激励を飛ばすと、土御門もまた反対方向へと歩いていくのだった



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#7 JKVを撃破せよ

こっそりこっそり

ていうか久しぶりにこれに感想きてびっくりしました
私です\\\\٩( 'ω' )و ////


#7 JKVを撃破せよ

 

 

 

 

 

公園へと真一はやってきた

最近だとここに逃げてきた鈴と瑠衣を追いかけて、そこで名前を教えたのが記憶に新しい

しかしヤタベさんは公園にいる、と言っていたのだが、どこにいるのだろう

 

しばらくきょろきょろとしていると、滑り台の近くで横になって寝っ転がっているホームレスのような男性がいた

…この人だろうか

 

「…あの?」

 

とりあえず声を一つかけてみたが視線を僅かにこっちに動かすだけで何かを言おうという雰囲気じゃない

じゃあもう回りくどい言い方はなしで、ストレートに尋ねてみよう

 

「すいません、〝シンディ〟って知ってます?」

「―――!! …なんですかそれ僕知りませんけど」

 

今一瞬何かに驚いたような雰囲気があった

っていうか反応からして多分知っているなこの人

ヤタベさんの言っていた人か、あるいは近しい人物か

何回かアタックしてみよう

 

「…すいません〝シンディ〟、ご存知じゃないんですか?」

「知りませんって」

「いえでもその反応は」

「しつこいなキミ、知らないって」

「どんなに些細でもいいんです、〝シンディ〟について何か教えてもらえませんか?」

「…なんなんだキミ警察呼びますよ」

「どうか! 俺には必要なんです! 〝シンディ〟が!」

 

傍から見たらどういう風に見えているだろう

 

「―――ふー」

 

やがて大きく息を吐きながらホームレスの男性はゆっくりと立ち上がると

 

「〝シンディ〟なんてものは―――知ってるに決まってるだろぉん!?」

 

こっちに向けてキレ始めた

 

「コードネーム〝シンディ〟! 某有名進学校の制服を僕の流通(企業秘)でアナタにお届けするっ! マニアが喉から手が出るほど欲しがるプレミア商品であるっ! そんな商品を今でも扱ってるのかって!? 答えはイエスだバカヤロォ!!」

 

怒涛の勢いでめちゃくちゃにまくし立ててくるホームレス

どうやら本人で間違いはなさそうだ

…やっぱりそういう服の売買かなんかで生計を立ててるのだろうか

 

「君の〝シンディ〟に対するしつこさには将来性を感じます。三万で手を打ちましょう」

「―――三万か」

 

財布の中身を空ける

いくらかかるかわからないから多めにお金を持ってきていたのが功を奏したようだ

少し節約とかしないといけなくなるが―――背に腹は代えられない

 

「買った!」

「君なら払うと信じていました。これが例のブツです」

 

お金を受け取ると徐に茂みの中から梱包されたそれを渡される

これが〝シンディ〟…

そう言ったことに特に詳しくない真一でも、この制服が高級品だと直感で…心で理解できるッ

 

「そいつを狙うものは多い…ちゃんと家に帰ってから空けるんだよ」

 

遠足かよ、と内心でツッコみつつ一礼をして真一はその場を後にする

服の入手はできた…問題は着せる人だ

御堂さん―――は多分十代じゃないからパス、サラさん…は引き受けてくれそうだけど今後会う時気まずくなりそうなのでこれもパス…と、考えていると携帯がなった

取り出して画面を見てみると、美咲の文字列―――妹だ

通話ボタンを押して耳に当ててみる

 

<もしもし? お兄ちゃん?>

「うん、どうしたの突然」

<いきなりで悪いんだけどさ、部活で使うテーピング切らしちゃってさ。買ってきてほしいんだよね。お兄ちゃん今アキバでしょ?>

「まぁそれくらいならいいよ―――あ、そうだ美咲」

 

唐突に閃いた

 

<どうしたの?>

「…いや、ちょっと頼みがあるんだよ俺からも」

<頼みぃ? どんな?>

「いやほら、俺アキバで何でも屋紛いなことしてるの知ってるだろ?」

<うん。お兄ちゃん戦う力中々あるからね。割と頑張ってるのは知ってるけど>

「いやね、ちょっと着てほしいものがあるんだ…」

 

冷静に考えるととてつもなくアホなことを言っている自覚は大いにある

だが迷ってもいられないのも事実なのだ

 

 

同時刻

 

鏡祢アラタは誰もいない教室の外で一人待っていた

待っているのには理由がある

 

「…入ってもいいわよ」

 

教室の中から声が聞こえた

吹寄の声である

お許しが出たので教室の扉を開けてアラタは中へと入っていった

 

「…いきなり呼んでおいて、そしてこの制服を着てほしい、だなんて…お前そんな趣味があったの?」

「いや、趣味って訳じゃあないんだけど。…まぁ変なこと言ってる自覚はあるよ」

 

十代の女の子に着せて魅力を理解する

そんなことを馬鹿正直に言えるはずもなく、アラタは同級生である吹寄制理に協力を依頼した

めちゃくちゃ不審に思われたが、最後は折れてこうして協力してくれている彼女には感謝しかない

 

「…まぁ、結構いい感じなのは確かね。どこの有名進学校だかは知らないけど、悪くないんじゃない?」

 

そう言ってくるりと回る吹寄

その拍子にふわりとスカートが舞い、一瞬ではあるが綺麗な円を形作る

くるっと回った際に彼女の胸元が軽く弾み、僅かではあるがその存在を強調する

…どこのドイツだ、女っ気が感じられないって言ってたやつは

吹寄だって普通に可愛い美少女じゃないか

 

「…どうしたの? 急に黙り込んで」

「え? ああいや、吹寄もやっぱり普通に可愛い女の子なんだなって改めてばえるっ!?」

 

心からの賛辞なのだけど思いっきり顔面に近くのカバンを投げつけられた

その衝撃で仰向けに倒れてしまい体をぴくぴくとひくつかせる

なんか失言でもしたのだろうか

ゆっくりとカバンを取りながら吹寄の方を見てみると顔を赤くした状態で投げたポーズのまま大きく息をしていた

 

「はぁ…はぁ…ほんっと貴様はそうやって! そういう所よ鏡祢アラタ!!」

「どういう所!?」

 

凄まじく理不尽なキレ方をされた

 

「と、とにかく。この制服は洗って後で返すから! 他には何もないのよね!?」

「え? あ、あぁ。ありがとう。助かったよ吹寄」

「何の助けになったのかは想像つかないけど! それじゃあね! ―――ばか」

 

そのまま荷物を持ち直して吹寄は真っ直ぐ教室から出ていった

最後の方になんか言っていたような気がするが、よく聞こえなかったためアラタは首を傾げる

それはともかく、〝女子高生の魅力〟とやらは…多分マスターできたはず

ちょっと納得できない感じもするが、そう言うことにする

っていうかそういうことにしないと先に進めない気がしてきた

 

ひとまず再度秋葉原に戻って真一と合流しよう

 

◇◇◇

 

電車に揺られて数十分、須藤真一も秋葉原に戻ってきていた

妹である美咲に例の制服を着てもらい、彼なりに女子高生の魅力を理解した真一はその後師匠の元へと報告に舞い戻り、師匠の用意した下僕を相手に軽くトレーニングをした後で、ここに戻ってきたのだ

 

何だろう、色々と失った気がする

ちなみに服はそのまま美咲に上げた

自分が持ってるより妹が持ってた方が使い道あると思うだろうし

 

「真一」

 

声が聞こえてきた

ちらりとそちらを振り向くとアラタが手を挙げてこっちに歩いてきていた

真一もそれに応えながらアラタの方へと歩いていく

 

「お前も理解したみたいだな、魅力ってやつ」

「あぁ。アラタも? っていうかごめん、途中連絡を怠って…」

「気にすんな。一応こっちもこっちで俺なりに魅力を理解してきたからな」

 

そう言ってアラタは小さく微笑んだ

 

「あ、二人ともこっちこっち」

 

そうしていると、こちらに向かって声を掛けてくる人が二人

ノブくんとゴンちゃんの二人だ

こちらが歩み寄っていくと、ノブくんが申し訳なさそうに

 

「早速だが悪い、見失っちまった」

「あー…。まぁ駅前って人通り激しい仕方ないよ」

「そう言ってくれると助かるぜ真一。けど、こっからまた探すのもなぁ…」

 

うーん、と首を捻っていると、「そうだ」とゴンちゃんが思い出したように

 

「そういえば、JKVの人たちってお金持ってそうな人に声を掛けてたよね」

「言われてみりゃあそうだな。びしっとスーツ決めてる人にはすげぇかけてたな…」

「…スーツ、ねぇ」

 

真一は腕を組んで考える

もしかしなくても援助交際的なアレなのだろう

最も、頂かれるのは血液で、欲に釣られた代償は引きこもり化だが

 

「となると、金持ってそうな恰好すれば向こうから寄ってくる可能性がある、って訳か…」

 

アラタの言葉にその場の四人が押し黙る

そして真一以外の三人が一斉に真一の方に視線を向けてきた

 

「…? え?」

 

なんでだろう、嫌な予感がしてきた

 

 

「お、戻ってきた」

 

その辺のスーツ専門店で一番安いスーツを購入し改めてそれらを着用して真一は駅前に戻ってきた

案の定嫌な予感が当たってしまった…安いとはいえ二万はしたぞ

 

「決まってんねぇ。安物とは思えないぞ」

「う、うん。十分格好いいよ。これならJKVも来てくれるかも」

 

ノブくんとゴンちゃんが口々に感想を呟く

嬉しいっちゃあ嬉しいんだが、なんだか複雑な気分である

 

「よし、そんじゃあ真一はその辺を歩いててくれ。ノブくんとゴンちゃんは巻き込まれないように離れてて。俺は動きがあったらすぐ駆け付けれるよう少し離れた位置にいるよ」

「わかった」

 

アラタの言葉に頷いて、三人が散っていく

今この場にはポツンと真一のみが取り残された状態だ

さて、ふらつくといってもどうするか、エウリアンに見つかりでもしたら面倒だから…とりあえず家電でも見に行こうかと考えて歩き出した―――その刹那

 

「―――ねぇ、そこのおにーさん?」

 

どきり、と心臓が跳ね上がる

声を掛けられた、後ろからだ

ゆっくり振り返ってみるとそこには女子高生と思われる女の子がこっちを見つめている

 

「ちょっと私と遊ばない? ―――いっぱいサービスしてあげるよ?」

 

マジで援助交際じゃねぇか、と内心でツッコみを入れる

それでいて結構中々かわいい部類に入る

もしあの女の子―――文月瑠衣と会ってなかったら揺らいでいたかもしれない

とりあえず返答しなくては

 

「え、えっとぉ…そ、そうだね。してもらおうかな?」

「やったっ。それじゃあ一緒に―――」

 

そう言って女の子は真一と腕を組もうとその手を伸ばしてきて―――何かに気づいたように距離を取った

 

「っこ、この低品質な質感は―――安物!! なによそれチョベリバー!」

 

古っ

女の子もそれを自覚していたのか言った直後ハッとした様子で

 

「しまった、これはもう死語だ! 年齢がバレる!」

 

いずれにしてもターゲットが向こうから寄ってきたようだ

それを判断したのか、ゆっくりとアラタも真一の隣に歩いてきてJKVを視界に収める

 

「…しかしチョベリバて」

「うっさい! …アンタたち、ナイロのエージェントね。…目立つところじゃあやりたくなかったけど、仕方ないわ。年齢を知られた以上、生かしてはおけない」

 

そこかよ

 

「全裸にして駅前に放置してやる! 社会的に殺されるがいいわ!」

 

そう言ってJKVリーダーが指を弾くと、どこからともなく同じ制服を着た女性が現れる

どうやら彼女の部下みたいだ

JKVリーダーはふふふ、と小さく笑って

 

「女子高生の制服は、乙女の柔肌を包み込む、神秘のヴェール…たかがエージェントごときには脱がせられないわよ!」

 

「真一、取り巻きは任せろ、お前はリーダー格を!」

「わかった!」

 

アラタの言葉に頷いて、真一は両の拳を身構える

他の四人の彼女の部下はアラタに任せて、自分はこのリーダー格を倒してしまおう

 

「さぁ、なるはやで片付けてあげるわ!」

 

そこら辺は知ってるんだ

なんて心でツッコみながら、真一は相手の攻撃をいなしていく

確かに彼女も十分魅力的である

だが今の真一は彼女以上に魅力的な女性を知ってしまっている

彼女―――瑠衣に比べればJKVなんて―――まだまだだ

 

 

連携は取れているが、そこそこ経験を積んだアラタの前では彼女たちは相手にはならなかった

せっかくだから〝師匠〟に教わった脱衣の技も軽く試してみるとしよう

相手の攻撃をいなして、隙をかいくぐって―――針の穴のような突破口を貫く勢いで―――その衣服を奪う!

 

「―――おりゃあ!」

 

びゅん、と風が駆け抜ける

アラタの手には先ほどJKV部下たちが着ていたであろう制服が上下二枚ずつ

―――なんでこんな技覚えてしまったのだろう

カゲヤシとの戦闘以外で役立つことはあるのだろうか

 

「い、やぁ…! あつぃ…!」

「からだが、溶け―――」

 

日光に晒されたJKVの部下たちはそのまま下着ごと全身を炭のように灰化させて消滅していく

正直見ていて気持ちのいいものではない

…本当にこれで良かったのだろうか

 

「はぁぁぁっ!!」

 

それと同時に、リーダー格と戦っていた真一の方も戦いが終わったようだ

部下たちと同じように衣服を脱がされ、その身を日光に晒されたJKVリーダーは身体を焼かれ、灰のように消えていく

 

「いやだ…! しにたく―――…なぃ…」

 

消えゆく最中、呟いたリーダー格の言葉が耳に入ってくる

それを聞いた真一が沈痛な面持ちで顔を俯かせていた

仕事だと割り切ればいいのだが、人間はそう易々とは割り切れない

しかしこのまま暗い空気なのもいけない、と思ったアラタは真一に近寄って

 

「お疲れ様。かっこよかったぜ」

 

そう言葉をかけた

真一は言葉を聞くと小さく笑んで

 

「…ありがとう」

 

と短く呟く

多少はこれで落ち着いたかな、と判断したその時、離れた場所にいたノブくんとゴンちゃんの二人がこちらに向かって駆け寄ってきていた

 

「お疲れ様二人とも。ちょっと見ててひやひやしたけど…怪我がなくてよかったよ」

「うん。全くだ。まるで特撮の収録見てるみたいだったぜ」

 

ノブくんの言葉に少しだけ真一は微笑んで返した

特撮の撮影もあんな感じなんだろうか

 

「あ、そうそう。無事に二人がJKVを倒したこと、御堂さんにメールで報告しといたよ」

「ありがとうゴンちゃん。御堂さんはなんて?」

「短期間でここまで実力をつけるなんてすごいって、二人のこと褒めてたよ」

「お? それじゃあ昇級とかも近いのかな」

「…エージェントに昇級なんてあるの?」

 

ゴンちゃんに言われてノブくんはうーん、と短く考えた後で

 

「しらね」

 

そうあっけらかんと返すのだった

一瞬場はぽかんとなったが、ゴンちゃんが小さく笑いだすのと、ノブくんが合わせて笑うのはほぼ同時

 

『あっはははっ』

 

何はともあれ、である

 

JKV 撃破完了



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#8 リベンジマッチ

前回コッソリ投稿したと思っていたのですが、なんと公式に捕捉されるという珍事(?)が発生しました

なんでや…


しばらくは何もない、だから自由にしててくれ、という簡潔な内容のメールが来た

実際にはそのメールにも瀬島は君の腕を見込んで、だの何やら書かれていたがそこら辺までは詳しく読む気になれず、早々にメールの画面を消した

 

まぁ早い話、しばらくは自由時間ということになる

既にアラタは秋葉原を歩き回っているようで、そこそこに自由時間を満喫しているようだ

何をしようか、と真一も歩きながら腕を組んで考える

 

そんな時、ピリリと真一の携帯が鳴り響く

携帯を取り画面を覗き来むと、情報屋という文字列

 

この情報屋、とはこの秋葉原にてさまざまな情報を取り扱っている男性だ

ひょんなことから彼と知り合いになった真一は時たま彼から何でも屋の仕事を紹介してもらったりしているのだ

 

それはそれとして、何の用事だろうか

新しい依頼でも来たのかな

 

「もしもし?」

<お前か。新しい依頼だ>

「わかった、そっちに向かう―――」

<いや、そう複雑じゃない、このまま話す。…話すんだが>

「? どうしたの? 珍しく歯切れが悪いね」

<…この依頼、どうも妙だ。用心しろ真一>

 

何時になく真面目な声色でそう忠告する情報屋

その声色に、電話越しで真一は頷くのだった

 

 

依頼主は、文月瑠衣

件名はデートの所望

報酬は―――愛

 

待ち合わせはジャンク通りにあるカフェ、とのことだ

くれぐれも用心しろよ、わかったな

 

 

怪しすぎる

なんだろう、あの子ってこういう風に誘ってきたりするのだろうか

完全に偏見だが、あの子はなんかそういうことしなさそうな気がする

 

しかし一体全体どういうことなんだろうと思いながら歩いていくとやがてジャンク通りに到着する

ここの通りにはオープンカフェがあり、ヤタベさんがたまに通っているのをよく聞く

真一はあまりここのジャンク通りに行く機会がないので来るのは実は初めてとなる

と、そんなことをしてる間に件のカフェにたどり着いた

ベンチに座っている姿は確かにあの文月瑠衣だった

ただ彼女にしては珍しくフードを被っておりその表情が伺えない

 

「…来たな」

「え?」

 

不意に瑠衣はそう言って趣に立ち上がる

フードに隠れたその顔は言葉を続ける

 

「おい、言った通りだろ。こいつは瑠衣の事を捕まえる気だぜ」

 

何を言ってるんだ?

真一個人としては瑠衣を捕まえる気なんてサラサラないのに

一人困惑していると今度は背後の方から声が聞こえてくる

 

「なるほど」

 

それは右目に眼帯をしている男性だった

確か何度か見かけたことはある、このカフェテラスのマスターではないか?

もしかすると、この人もカゲヤシ…?

 

「最初は個人的な恨みから共闘を持ちかけられたかと思ったが、まさか本当に狙われているとは…どこから漏れたのか…」

「どこでもいいじゃねぇか。さあ、アイツの為にもここでぶちのめそうぜ」

 

そう言って衣擦れの音が聞こえてきた

なんだろうと思いマスターから視線を外し瑠衣へと視線を戻してみると

 

 

 

阿倍野優がそこにいた

 

 

 

「―――えぇぇぇぇ!?」

 

流石に声が出た

え、何なのコイツ、声も変わってたよ!?

っていうか背格好も変わってたぞ!? カゲヤシってそんなことも可能なの!?

 

「うははっ、いいリアクションじゃん、女装までした甲斐があったぜ」

 

混乱している真一を他所にどんどん二人の会話は進んでいく

 

「君は瑠衣に命を助けられたのに、その瑠衣を狙うとは…恥を知れ」

「い、いやちょっとまって―――」

「瑠衣の為に消えてもらう。彼女の存在に感づかれた以上生かしてはおけない。あの子の日常を守るために」

「行くぜエージェント! この前の雪辱戦だ!」

 

マスターが拳を構え、阿倍野優が持っているギターを振りかぶり真一に襲いかかってくる

戦いに慣れてきたとはいえ、戦況は二対一、はっきり言って不利なことに変わりはない

 

「おらぁ!」

 

ぶん、と振るわれるギターを両腕で何とかガードする

だがその隙にマスターが懐に飛び込んできて腹部目掛けて拳が叩き込まれた

ぐふ、と肺から息を吐き出しながらグルグルと地面を転がっていく

阿倍野優もさることながら、このマスターもかなりの手練れだ

 

「はは! おらトドメだぁぁぁ!!」

 

そう言って阿倍野優が真一にトドメを刺さんと持っているナイトスティンガーを振りかぶる

思わず両腕を使ってガードの構えを作って目を閉ざし衝撃を待つ

…だがいつまで待っても衝撃は来なかった

ゆっくりと目を開けてみると見知った人物が一人間に入ってそのギターを受け止めていた

 

「…アラタ!」

「ぐ、テメェ!!」

「よう。面白そうなことしてるじゃないか。俺も混ぜてくれよ!」

 

言ってアラタはそのギターを弾き飛ばすと阿倍野優の腹に肘での一撃を叩き込む

 

「ぐぉ!?」

 

大きく嗚咽を上げながら阿倍野優は何とかギターを手放さなかった

空いているもう片方の手で腹を押さえながらぎろりとアラタの方を睨みながら

 

「テメェ…!」

 

そんなことを言ってくる阿倍野優を視界に収めつつ、警戒しているマスターへと視線を移す

彼は身構えたままじっとこちらを見ており、体制が整うまで待ってくれているみたいだ

武人気質だな、とアラタは内心で笑みながら真一へと手を伸ばす

 

「大丈夫か」

「あ、ああ。アラタこそ、どうしてここに」

「情報屋のオッサンからもしもの為にってことで連絡貰ったんだ。んで、来たら危なそうだったからね。間に合ってよかった」

 

アラタに手を引っ張られ真一は再度立ち上がる

 

「さて、こっからはフェアに行こうじゃないか、真一はあのロッカー、俺はあの男を抑える」

「わかった」

 

互いに頷き合うと真一は阿倍野優へ向かって駆け出した

 

「は! 上等だぜ、タイマンでも俺は負けねぇ!」

 

へっと笑いながら阿倍野優がもう一度ギターを構えて駆け出してくる

さっきはマスターの存在もあって一人の集中できなかったが今はもうマスターはアラタが相手してくれている

阿倍野優一人だけなら―――もう問題はない

 

振りかぶってくるギターの一撃を片手で受け止めながらまず腹に拳を叩き込み、もう一発今度は顔に叩き込む

仰け反って後ずさりしている阿倍野優に対して、今度はキックで追撃を仕掛けてた

ふらつきながらも阿倍野優は何とかギターでその一撃を受け止めてるが衝撃までは受けきることが出来ずズザザザ、と大きく後ろへと下げられた

 

「貰った―――!」

 

相手はカゲヤシ

アラタほどの体術は真一にはない

ならばとっとと脱がした方が手っ取り早く片が付く

半ば強引に彼の懐に接近し、相手の服をひっつかむと力任せに勢いよく引っぺがす

女性ならまだしも、コイツは男

慈悲などない

 

ビリィ! と布が裂ける音と共に阿倍野優の上半身が日光の元に晒される

しかし相手は上級クラスのカゲヤシ、それでもまだ大したダメージにはなり得ないが

 

「ぐ、っは…!! こ、こいつぁもうアイツの血を得たってだけじゃあねぇな…腕を上げたってことか。ち、次は負けねぇ!」

 

そう短く捨て台詞を残すと阿倍野優はそのまま跳躍してどこかへと飛び去ってしまった

 

「ぐぅ!」

 

同じタイミングで、アラタの掌底がマスターの身体にヒットして、膝をつく

こっちも勝負あったようだ

 

「…おい、仲間は行っちまったぞ」

「ふ。初めから助けてくれるなどとは、思っていないさ」

 

形勢は逆転、相手の援軍の望みも今のところ薄い

ここで始末するべきか

 

「殺すがいい。瑠衣を守ることだけが私の生き甲斐であり使命でもあった。それが為せなかった以上、私に生きる価値はない…」

 

何やら彼の中でトントン拍子に話が進んでいる気がする

っていうかアラタは途中から駆け付けた身であるためになんで戦闘になったのかという状況がわからない

なにがどうなってあんな戦闘が始まったのか

 

「だが一つ聞かせてくれ。なぜ君があの子を狙うんだ…」

「…いや、別に狙ってるって訳じゃない。…あの子が狙われてるなんて話知らないし…正直今の状況だってよくわかってないんだよ」

「…なに? それじゃあ君は何も知らずに…?」

 

それだけ聞くとマスターは一つ安堵のため息を漏らす

そんな時だった

自分の背後から、一人の見知った男性が歩いてきていたことに気が付く

 

「おや、真一くんにアラタくん…おっと! 戦闘中だったかい…って、あれ…!?」

 

やってきたのはヤタベさんだった

彼はアラタと真一、そしてマスターの立ち位置で状況を理解し、マスターの顔を認識した刹那驚きの声を上げた

ヤタベさんはマスターの近くへと近づいて

 

「マスター…! まさかアンタ…!」

「ふ、流石はヤタベさんだ…エージェントとも関係し、我々についても知っているとは」

 

何やら状況がどんどん混乱してきた

一体何がどうなっているのだ

とりあえず頭に疑問符を抱いたアラタがマスターに向かって問いかける

 

「えっと…ヤタベさんとその人は、一体…?」

「私の行きつけの喫茶店のマスターだよ…。彼の淹れてくれるコーヒーは絶品なんだ…同じ将棋指しでね。互いに下手だが、だからこそいい勝負というかね…マスター、アンタはカゲヤシだったのか」

 

ヤタベさんの言葉にマスターは息を整えながら、ゆっくりと頷いた

 

「しかし、アンタは他人に危害を与えるような人間じゃないだろう…?」

「…カゲヤシ皆が好戦的、かつ妖主の意向に従っているというわけじゃあないのさ」

 

今、マスターは気になる単語を呟いた

 

「…妖主?…」

「どうやら、色々あるみたいだね」

 

真一の呟きにヤタベがそう短く返した

そしてヤタベはマスターの前に立って真一とアラタに向かって

 

「二人とも、頼みがあるんだ」

「…わかってますよ、ヤタベさん。な、アラタ」

「あぁ。この人を倒す意味があるとは思えないからね」

「! …君たち…! ヤタベさんまで…」

 

マスターを倒す理由はない

確かに最初は誤解から攻撃を受けたが、マスターは阿倍野優ほどじゃあなさそうだ

それに、話が通じないって訳でもない

ならきっと大丈夫だ

 

「君たちだって聞いただろう、多分カゲヤシにもいろんな人がいるんだよ。私は彼と付き合いが長いからわかる。彼はむやみに人を襲ったりなんかしない。この秋葉原でひっそりと喫茶店を営んでいるだけなんだ。危険人物なんかじゃない」

「はい、わかっています。ここでのヤタベさんの反応で、十分理解できました」

「ヤタベさん…どうしてそこまで…」

「いいんだ。アンタとの将棋は今私が負け越しなんだ。このままじゃあアンタの勝ち逃げになっちまうじゃないか。それに、アンタがいなくなったら誰があの美味いコーヒーを淹れてくれるんだい?」

「マスター…」

 

ヤタベさんの笑みを見たマスターは立ち上がり、改めて真一へと視線を向けた

 

「すまない、君の連絡先を教えてくれ」

「あぁ。ついでに、俺の名前は須藤真一、よろしく」

「私は姉小路駿…だが、マスターで構わない。落ち着いたら君に連絡を送るよ」

 

マスターの言葉に真一は頷く

ともかく、これでひとまずは一件落着といったところだ

 

「ありがとう、真一くん、アラタくん。マスターを助けてくれて」

「気にしないでくださいよ。旅は道連れなんとやら、っていうじゃないですか」

「ははは。そうだね。それじゃあ私は一旦離れるよ、マスターの手当とかもしないといけないからね」

 

そう言ってマスターと一緒にヤタベさんはこの場を離れていった

二人の背中を見守りながら真一はアラタに向かって口を開く

 

「…カゲヤシにも、色々な人がいるって、言ってたな」

「あぁ。少なくともあのマスターさんは、話が通じそうな人だ。…全員が全員、あの阿倍野優とかいうロッカーばっかじゃないんだな」

「…もしかしたら、人間とだって共存出来たりするのかな」

「…―――それはわからねぇ。…だけど、可能性は少ないけど…希望はあるのかもしれないな」

 

 

 

言葉が通じるのなら―――瑠衣とも手を取り合えるのかもしれない

可能性は確かに低いけど、そんな僅かな希望に、真一は夢を見る―――



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#9 コードネーム「エックス」

こっそりとね


先日のマスターたちとのアレコレから数日

本日も情報屋からのお仕事やナイロのおつかいを少しづつこなしている間に真一の携帯にメールが届く

それは少し前に連絡先を交換したマスターからの連絡だった

 

―――君に対し、私はどのような言葉に接するべきかわからない

だが、先日のことについては感謝を述べるべきだろう、見逃してくれてありがとう

君の事はヤタベさんから色々と聞いた

友達の事や秋葉原自警団の事とかね

 

…私は君の優しさを信じて、一つ賭けをしようと思う

 

君に会ってもらいたい人がいるんだ

 

その人物のコードネームは「エックス」

 

メールでは危険が孕んでいるので詳しくは話せない

君自身が「エックス」に接触してもらいたい

 

このコードネームを知っているのは君だけだ、裏通りにいるメイドに向かってあのコードネームを呟いてくれ

「エックス」に取り次いでくれるはずだ―――

 

そんなことが書かれていた

 

「…〝エックス〟…?」

 

誰だろう、その人

その単語だけでは女性なのか男性なのかもわからない

少なくとも人物を表すコードネームではありそうなのだが、正直に言ってそれしかわからない

 

とりあえず裏通りにいるというメイドにこれを聞きに行ってみよう

っていうか件の裏通りにはメイド喫茶があるし何かわかるかもしれない

今回はアラタは少し戻らないといけない用事ができたみたいだし、自分が頑張らねばないといけないのだ

 

 

メイド喫茶前

その場には宣伝なのか、単純にバイトなのかわからないがチラシを配っているメイドの人がいる

今も通っていく客に向かって笑顔と一緒にチラシを配っており、非常に手慣れている様子だ

 

「あの、すみません」

「あ、はいっ、なんでしょうかご主人様! もしかして、お店をご利用でしょうか?」

「いえ、そうではなくって…その、〝ミスターエックス〟ついてお聞きしたくって…」

 

刹那、メイドの纏う雰囲気が若干変わる

笑顔のままではあるが、じっとこちらを見定めるように真一の目を見て

 

「…それでは、質問をしても宜しいでしょうか?」

「え。質問?」

「はい、三つほど私から質問を投げかけさせてもらいます。その三つを答えることが出来れば、エックス様にお取次ぎいたします」

 

全く知らなかった

というのも名前しか知らないからある意味当然ではあるか

自分でも答えられる質問ならいいのだけども…

 

「では、行かせていただきます」

「よ、よし、来いっ」

 

「問一、ITウィッチまりあの強さは、何に依存するでしょう」

 

ITウィッチまりあ関連の質問か…!

ITウィッチまりあ…それは現在第二期が好評放送中のアニメ作品だ

原作はマンガではあるのだが、色々語ると長いので今回は割愛させてもらう

 

「そいつは簡単だ、〝使用したパソコン〟に依存するッ!」

「正解です! では問二、まりあが母親と離れて暮らす原因となったのはなんでしょう」

「〝お金の問題〟っ!」

「また正解です! では最後、まりあを務める声優の名前は誰か!」

 

ラッキー問題だ、こんなの知ってて当然の問題だ、ライトオタクではあるが、それでも一応オタクなのだ

 

「新谷光子!」

「―――パーフェクトですご主人様っ」

 

よし、と内心でガッツポーズをかます

ノブくんの教えが功を奏したみたいだ

…あの人の話マジで長かったからな…一応頑張って真面目に聞いたけど

 

「では少々お待ちください、今からミスターエックス様にお取次ぎしますので」

 

メイドさんの言葉に真一はわかりましたと返事をしてふぅ、とその場で息を吐いて気分を落ち着かせる

ミスターエックス…ここに来るまでは正直皆目見当もつかなかったが、何となくここに来てうっすらとその正体を察することができたかもしれない

 

「お待たせしましたご主人様。こちらが、ミスターエックス様でございます」

 

そう言って彼女が連れてきたのが、真一も見知った人だった

 

「…やっぱり貴方だったんですね、真一さん」

 

カリスマメイドと名をはせる、メイドのプロフェッショナル

サラがそこにいたのだ

変わらない笑顔を真一に振りまくと、隣のメイドに離れるよう命じると改めて真一に向き直る

 

「やっぱりサラさんだったんですね」

「あら。真一さんは気づいていらしたんですか?」

「いえ、けどメイド喫茶に来て、もしかしたらって思った程度ですからはっきりとは」

「ふふ、聡明なお方です。マスターから会わせたいエージェントがいると聞いてピンときましたよ。安全に配慮して、このような会わせ方にしたのでしょうね」

 

ふふふ、とサラが笑顔を作る

確かに頭が固いナイロのエージェント連中ではこういった問答は得意ではなさそうだ

オタク系統の問題にして正解と言えるだろう

 

「けど、どうしてサラさんが…。あ、もしかしてサラさんも…?」

「いいえ、私は普通の人間です。彼らのように年若い姿で居られるのは大変魅力的ですが、歳を経て、博識な初老のメイドとなり、一つのメイド道を極めるのも、私の遠い未来の〝夢〟ですから」

 

そういうサラの顔は真剣そのものだった

なんにせよ、はっきりとした自分の夢を持っていることは素晴らしいことだろう

 

「けど、具体的な支援って一体…」

「主に住居などの秋葉原での暮らしのサポート、メイドとしての立ち居振る舞い、美味しいコーヒーの淹れ方…」

「コーヒーなんかも淹れてるんだ…」

 

勝手に紅茶のイメージが焼き付いてた

 

「メイドはイギリス発祥ということもあり、普段は紅茶ばかりですけど、コーヒーも自信あるんですよ。今度宜しかったら、真一さんの好みに合わせたコーヒーをお淹れしますね」

「ははっ、はい。その時はぜひ」

 

美味しいんだろうなぁ、などと味の想像を一度断ち切り、再度サラの話に耳を傾ける

 

「…切っ掛けは些細なことでした。ご存知かもしれませんが、私は自分の店以外に、希望する方がいれば無償で指導をしているんです」

 

話には聞いたことはある

おかげで裏通りには結構なメイドがいるのだが

 

「〝彼女ら〟のグループに所属する一人の女性が、私の元でメイドとしての嗜みを学んでいました。彼女には、ご主人様に対する礼儀や、知識として吸収しようとする勤勉さ、そして何より、主の方へ、奉仕しようという強い思いがありました」

 

カゲヤシの中にそんな人がいたのか

…やっぱりカゲヤシにも暴れたい人とそうでない人がいるのは間違いないのだろうか

 

「それは才能と呼ぶに相応しく、私も特に目をかけて育てていましたけど…家庭に問題がある、とのことで、なかなかお店に出てこれない現状でした…それを私は秋葉原界のメイド業界における損失と考え、公私ともに支えていこうと決めたのです」

 

あのサラにここまで言わせる、ということはその女の子は本当にすごい逸材だったのだろう

 

「…あと、別にいやらしい意味とかはございませんので、ご安心ください」

「いえ聞いてませんから!」

 

何を言っとるんだこの人は

 

「こほん。…それで、親しくなっていくうちに、自分の事情を話してくれました。最初は思春期にありがちな〝邪気眼〟系か何かだと思っていたのですが…実情は大きく違いました。しかし、一度彼女を支えると心に誓った私には関係ありませんでした。ですが、彼女はある時正体がエージェントに露見し、命を狙われるようになってしまいました。…自らの命が幾ばくも無いと察した彼女は、最後に私にメッセージを送り、その消息を絶ちました」

「…メッセージ?」

「はい。…〝自分が仕えている大切な人を助けてあげてほしい〟…ただそれだけでした」

 

自分の命に危機が迫った状況だというのに、その子は尚も己の主を優先した

それがどれだけ勇気のある行動なのかは真一には推し量れない

 

「そこにあったのは、ただ主人への奉仕の心だけ。感銘を受けた私は、〝彼女ら〟に接触し、今の関係が始まったのです」

「それが…サラさんの原典、というわけですね」

「はい。言い換えれば、私は彼女の意思を引き継いだ形になるわけです。誤解しないでほしいのですが、私が援助しているのは全てのカゲヤシというわけではありません」

「…? それは、どういう…」

「簡単にカゲヤシについてご説明しますね。まず働きアリのような末端、彼らを束ねる妖主の子供たち…そして、組織を統括し、全体の意思決定を行う女王蜂のような妖主、カゲヤシというのは、この三種類で成り立っている種族なのです」

「…つまり、トップと幹部、それと末端がいる、みたいな感じですかね」

「えぇ、そのような認識で構いません。本来妖主の意思は全カゲヤシの意思、ということなのですが、子供たちの中に一人だけ、妖主の意思から離れて、独自の思想を持つものが現れました。私が支援しているのが、その人なのです」

「…独自の思想…ですか?」

「えぇ、その人が掲げる思想―――それは、〝人間との共存〟」

 

言葉を聞いて、真一はぴくりと身体を震わせる

 

「その人は秋葉原を訪れて、この街の自由さに可能性を見出しました。…この街は、全てを赦し、受け入れる。…それなら自分たちも…きっと…と」

「…だけど、それは今の妖主って人からしたら…」

「えぇ、正反対の思想です。ゆえに、小規模かつひそかに行動し、この街で生きる術を模索しているのです。今回、マスターを通して真一さんに接触を図ったのも、これに協力してほしいからです」

「! …俺に、協力を…?」

「エージェントを裏切れ、というのではありません。先日貴方は、マスターの命を助けていただきました。同じように私が支援している方と戦う時になった際に、見逃してあげてほしいのです。〝彼女ら〟は妖主の命を受けても、むやみに人を襲うことなどいたしません。水面下で動いてる故、やむを得ずということはあるかもしれませんが…」

「そうか。俺が協力できれば、そう言うケースも減らせる…と」

「はい.先日起こった暴動みたいに、未然に防ぐことも可能なはずです。実はあれは、〝彼女ら〟に助けを求められ、私が自警団、そして真一さんと鏡祢さんを誘導させていただきました」

 

まさか裏でそんなことをしていたのか、と真一は驚いた

 

「だますような真似をして申し訳ありません。ですが、助けていただいてありがとうございます。協力していただければ、互いの望まない戦いは避けられるはずです。そして今はまだ少数ですが、いずれ彼女たちが力を持つことができたときは…真一さんに、協力していただきたいのです」

 

サラはそうして自分を見つめてくる

ここまで話を聞いて、真一の心は決まっていた

 

「…あぁ。俺でよかったら喜んで」

「良かった。…貴方ならそう言ってくれると思ってました。…そして、よろしかったら今の話を、アラタさんにも共有していただいてもよろしいでしょうか?」

「? アラタに?」

「はい。彼はなんとなく、真一さんに近い感性をお持ちだと直感で感じたので」

 

それは真一もなんとなく思っていた

そっくり、というわけじゃないが、雰囲気が似てるというか

 

「分かりました。俺からアラタに伝えておきます」

「ありがとうございます。…それと、自警団の皆様には、ご内密にお願いします。…いずれ話すときは来ると思いますけど、今はまだ…」

 

彼らはちょっと素直すぎる印象があるからなぁ、と真一は心の中で思う

 

「それでは真一さん、何か決まったらまたご連絡いたします。本日はお時間いただきありがとうございました」

 

そう言ってメイドらしい美しい所作で礼をするとその場を去っていった

真一はそれを見送るとふぅ、とひとつ息を吐く

 

もしかしたら…カゲヤシと戦わない未来が、来るのかもしれない…



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#10 穏健派

「ふーん、そんなことがあったのか」

 

私用で少し伽藍の堂へ帰って、戻ってきたら真一からそんな話を聞かされる

末端に妖主、と来たか

 

戦いたくないカゲヤシもいるというのはいい情報かもしれない

最も、瀬島がそれを聞き入れるとは思えないが

 

「そんで。面会をセッティングしてくれるんだろう? サラさんは」

「あぁ。準備ができたら俺にメールを送ってくれるって…っと、言ってるそばから」

 

アラタに顔を向けながら真一が話しているとピリリとメールの送信を知らせる着信音が鳴り響く

携帯を取り出し画面に視線を向けるとそこにはサラからのメールが届いていた

 

 

 

面会場所のお知らせ

 

 

サラです

面会の場となる場所が決まりましたので、ご連絡させていただきます

まず屋上へ向かってください

そこにそれらしい人を見かけたら〝合言葉〟の方をその人に仰ってください

まどろっこしいかもしれませんが、念のためという措置ですのでどうかお願いいたします

 

合言葉は、私が勤めているメイド喫茶の店名です

 

 

 

「…メイド喫茶? …あぁ、そういえばサラさんってメイド喫茶で働いてんだっけ。自警団のアジト行くと大体いるから実感なかった」

 

アラタが頭を掻く

そうなのだ

自警団のアジトに行くと大体サラがほかの皆と談笑したり紅茶を入れていたりするので正直真一自身も忘れていたくらいだ

 

「とりあえず、屋上だろ? 善は急げだ、早く行こうぜ」

「あぁ、わかってるよ」

 

◇◇◇

 

そんな訳で、屋上に到着したはいいのだが

 

「いーじゃんよぉ、俺たちにちょっと街を案内してくれるだけでいいんだってばぁ」

「だ、だけど私を待ち合わせをしてて…」

「さっきから一人でいんじゃん? きっとその相手には別の用事が入ったんだよォ」

「で、でもぉ…」

「いいからいいから。俺たちと遊びに行こうよー」

 

スゴイ典型的なナンパの場面に目撃してしまった

真一とアラタははぁ、とため息をつく

というかめっちゃ知ってる人だった

 

「―――あ! アラタさんっ!」

 

三人からナンパされている女の子―――鈴がアラタの顔を見て笑みを浮かべる

知り合いなの? と怪訝な顔をする真一に「ちょっとね」と短い返事を返しつつアラタは一歩前に出て

 

「悪いな、その子と待ち合わせしていてね」

「あぁ? なんだお前?」

 

カーディガンを着込んだ三人のうち一人がこちらに向かってガンを飛ばしてくる

こちとら目の前のチンピラ程度に怯むようなやわなモノでもないので、素知らぬ顔で受け流しつつ

 

「友達さ。それに、秋葉原を案内してほしいならしてあげるよ、彼が」

「え? 俺?」

 

しれっと促された真一がびくりと肩を震わせながらアラタに向かって返答する

 

「ったくよぉ…わかんねぇかなぁ、お前らみたいなやつらに案内しても意味がねぇんだよ」

「意味がないとは変だなぁ。観光目的なら一緒じゃないの」

「男に案内してもらっても嬉しかねぇんだよ!」

「だから別に案内役が野郎でも問題ないじゃん、誰に案内されたって―――」

「だーかーらー! 不良にも〝萌え〟はあるんだよ!」

 

…お、おう

 

「あぁもうイラつくわこいつら! 服引っぺがして川にでもぶちこんでやろうぜ!」

 

リーダー格のカーディガンがえらいこと言いだした

それに乗っかってカーディガンBとカーディガンCが同意して

 

「こっからだと神田川か」

「都市部を流れる川だ、裸じゃあ出るも地獄出ないも地獄!」

「覚悟しやがれ!!」

 

そんな訳でカーディガン三人衆が襲ってきた

 

 

「お、覚えてやがれ!!」

 

勝ちました

 

日頃から争いには多少心得があり、かつカゲヤシとなったことで身体能力が向上した真一にそもそも戦闘に慣れているアラタ

二人を前にすればその辺のチンピラなど何人来ようが敵ではなかった

 

「あ、ありがとうございます。助かりました…」

 

はうはう、と言った様子で女の子―――鈴がぺこりと頭を下げる

 

「アラタさんは別として…そっちの方とは二回目…でしたよね。私は森泉鈴と申します」

「あ、どうもご丁寧に。俺は須藤真一って言います」

「真一さん、ですね。改めてありがとうございました―――あ、そうだっ、合言葉っ」

 

そう言うとうーんと、と考えながらやがて思いついたようにハッとした表情を浮かべると

 

「〝あなたのオススメのメイド喫茶はどこですか〟?」

 

合言葉の問いかけが来た

しかしアラタはその店を知らない

だからちらりと真一へと視線を移すと彼は頷いて

 

「〝カフェ・エディンバラ〟」

 

そう言葉を言うと鈴はぱぁっと笑みを浮かべて

 

「正解ですっ。…よかったぁ…これで違うお店の名前出されたらどうしようかと…あ、でもアラタさんいるから大丈夫、なの、かな?」

 

それは流石にダメだと思う、と真一とアラタは思ったが口には出さないでおく

んん、と空気を変えて真一は鈴に問いかけた

 

「その、君がサラさんの言ってた?」

「あ、いえ。私は代理のモノです。普段は、瑠衣ちゃんに認められて、彼女の従者のようなことをしています」

 

従者とかそういうのあるんだ

 

「先ほど自己紹介はしたと思いますけど、改めて。私は森泉鈴。瑠衣ちゃんの補佐役…という建前ですが、先ほど言った通り、従者みたいな感じです。一応これでも、他のカゲヤシを指揮する側ではあるんですよ」

 

そこから鈴は簡単にカゲヤシの内情を説明してくれた

カゲヤシには大きく分けて三グループあり、頂点が妖主、そしてその下に幹部、さらに下に末端、といった感じらしい

どうやら上下関係はどこに行ってもついて回るみたいだ

 

「私はもともと末端だったんですが、瑠衣に抜擢されて補佐役みたいなことをさせていただいてます。…あ、すいません私ばかり話してしまって。今話さないといけないのはそんなのじゃありませんよね」

「いや、そんなことないよ。ね、アラタ」

「そうだな。必要なことでもあるし…。俺からも聞いておきたいのは一つ」

「?」

「とどのつまり、君らは俺たちに何をしてほしいか、だ。…まぁなんとなく察しはつくけれど」

「えっと、ですね。あなたたちだけでも、私たちと敵対しないでほしいなって、いう、そういうお願いなんですけど…」

「いいよ?」

「おっけー」

「や、やっぱり難しいですよね…―――え?」

 

まさかの二つ返事に鈴は一瞬固まった

 

「い、いいんですか!? そんなあっさり!?」

「全然。普通に俺たちと話してるその感じも人間のそれだし」

「俺たちとこうして一緒にいられるのなら、共存も遠い話じゃないと思うから」

 

真一とアラタの言葉に鈴はぱぁ、と笑顔になった

それこそ本当にうれしそうに彼女は言葉を続けていく

 

「そ、そうですよね! こうして私たちと友達になれたんですし! 人間との共存だって夢物語じゃありませんよね! 今襲ってる末端のカゲヤシは妖主の意志に従ってるだけなんです! 共存の道を模索している瑠衣ちゃんがトップになれば、必然的に人を襲うカゲヤシはいなくなるんです! なんてったって、瑠衣ちゃんは〝次の妖主〟なんですからっ!」

 

ヒートアップしてどんどん言葉が出てくる鈴

っていうか言葉の中に結構大事な単語が出てきたような気がする

 

「…あ? あぁぁぁぁ!?」

 

本人もそれに気づいたのか慌てて自分の言葉を手で押さえキョドり始める

 

「す、すいませんすいません今のナシっ! 聞かなかったことにしてください!?」

「え。えっと?」

「お、落ち着いて。別に誰にも言うつもりなんてないし」

「す、すいませんすいませんっ!! 忘れてくださいっ! なんでもするから忘れてくださいぃぃ!」

 

ん? 今なんでもするって言ったよね?(ゲス顔

そんな感じでうっかり真一の顔が条件反射で変わってしまったのでアラタが軽くドついて戻しておく

 

「もういい」

 

そんな鈴の言葉を切り裂くように一人の女性の言葉が耳に入ってくる

そっちに視線を向けるとそこには黒く美しい長髪を棚引かせた一人の女性が歩いてきていた

文月瑠衣その人だ

 

「ど、どうしてここに!? 危険だからまずは私が…!」

「鈴の様子が心配だから見に来たの」

「え? …じゃあ、今来たの?」

「うん。そう」

「そ、そうなんだ…よかっ―――」

「鈴が私の秘密をばらしたところは見てたけど」

「うあぁぁぁぁぁ」

 

頭を抱える鈴

瑠衣はこう見えて割とSなのかもしれない

 

「ごめんごめん、ちょっといたずらしただけ。怒ってないから安心して。それに私が出向かず、詳細を隠したままで君に協力を乞うのも失礼だからね」

 

真一は別に気にはしないと思うけど、とアラタは内心で呟いておく

あうあうとしている鈴の肩を軽くたたきながら瑠衣は真一へと視線を向けて

 

「真一、だったよね。そしてそっちの人は―――」

「アラタ。鏡祢アラタだ。よろしく、文月さん」

「ひとまず場所を変えよう。さっきので騒ぎになるかもしれないし」

「わかった。場所は?」

「公園にしよう。先に行ってるね」

「わかった」

 

瑠衣の言葉に同意して、一度その場は解散となる

公園、か

そこは確か真一と瑠衣が二度目に邂逅した場所だった気がする

 

「一応エージェントに警戒されても面倒だから、真一、そこにはお前一人でいって来たらどうだ?」

「え?」

「気になってるんだろ? あの文月って子」

「あ…わかっちゃう…?」

 

ポリポリと頬を掻く真一

彼女が来た刹那からちらちらと様子を伺っていたのはバレバレである

 

「周囲にエージェントが来たら俺が連絡するから。な」

「あ、ありがとう…それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

妙な気遣いをしてくれる

無論とてもありがたい申し出ではあるので、ここは素直に彼の厚意に甘えるとしよう

 

◇◇◇

 

「あ、来たみたいだね。…あれ? もう一人の彼は?」

「エージェントが来ないか見張ってるって。いざとなれば合流できる位置にいるから、大丈夫だよ」

 

件の公園へと足を踏み入れた時、ベンチに座って待っていた瑠衣から手招きを受けて、真一は隣に座った

自動販売機で購入していたのか、彼女はミネラルウォーターのペットボトルを持っており、半分くらい減っているようだ

待たせてしまったかな

 

「…なんだか不思議だね」

「え?」

「ちょっと前までは命のやり取りしてたのに、今はこうして隣同士で座ってる。…こんな状況が不思議だなって思っちゃった」

「―――。そう、だね。けど、こんな風に俺たちは言葉を交わせるんだ。きっと共存だってできるよ」

「真一…そう言ってくれるととっても嬉しい。こうして普通に話を続けたいけど、まずは本題に入らないとね」

 

かきょ、と蓋を開けたミネラルウォーターを一口流し込むと瑠衣は表情を真剣な顔つきへと変化させる

 

「だいたいのことはサラさんから聞いたと思う。私たちからのお願いは私を支持してくれる人たちに攻撃しないこと、万が一その人たちに何かあったら、できればいいんだけど、助けてほしい。…一般人相手になんて加減がわからないから、最悪殺しちゃうかもしれないから。都合のいいことなのは理解してる。…だけど、それが今の素直な気持ち。…ここまでで何かあるかな?」

「うーん…協力するのには全然問題ないとして…一応聞いておくけど、君が次期妖主、ってやつなの?」

「うん。そう」

 

意外とあっさり肯定の言葉が出た

もっとトップシークレットなのかと思ったゆえに、これは少し意外だった

 

「これは君を除いた、エージェントにも知られていないこと。おそらく連中は私の姉を次期妖主だと思っているはず。そう見えるように母さんが仕組んだの。…えっと、鈴からはどんなふうに?」

 

先ほど鈴から受けた話を簡潔にまとめて、真一は瑠衣にそのことを話した

 

「…妖主、眷属、末端…うん、だいたい合ってるね。あの子、結構うっかりしてるから、どんな説明になってるか、ちょっと不安だったんだ」

 

あれをうっかりで済ましていいレベルではないと思うけど

と、内心真一は苦笑いと共に思ったが口には出さないことにする

 

「私のほかに秋葉にいるのは、母の兄、つまり叔父にあたる姉小路瞬、そして兄であり、君と因縁のある阿倍野優、そして二人の姉…合計五人。その二人の姉が秋葉のカゲヤシを実質的に管理して、狙われている母さんの代理者となり、〝引きこもり化計画〟の実行者として、眷属、末端を統べている…」

「なるほど。エージェントたちがその姉二人を次期妖主だと思い込むわけだ」

「もしかしたら、秋葉のカゲヤシを管理してる人が二人いる、っていうことにも感づいていないかもだけど。真一は何か聞いてない?」

「いいや。何にも」

「そうなんだ。ともかく、その二人が指揮することで、エージェントの目を引き付ける役目と同時に、末妹である私の指導役、ということになっているの。…だけど、次の妖主は私。いずれ、私がカゲヤシを率いる立場になると思う。そうすれば、私たち穏健派のグループが…―――」

 

不意に何かを考えだす瑠衣

真一は頭に疑問符を浮かべながら次の言葉を待つ

 

「…穏健派。穏健派か…ちょっといいなぁ、これ。優しそうな響きで、それでいてちょっと格好いい。うん、これからは穏健派と呼ぼうっ」

 

ただ可愛いだけだった

 

「…あ。それだと母さんたちは武闘派か。…くそう、ちょっとカッコイイな」

 

可愛さが果てしない

 

「そ、それはそうと! どうして秋葉で」

「母さんが言うには、秋葉原に集う若者が将来日本を支える人材に育つ確率が高いから、なんだって。情熱的で行動力もあり、それでいて高い学力がある若者が集う場所…他にある?」

 

探せば割とあるかもしれない

だが着眼点は意外と悪くないかもしれない

基本的にオタクのイメージが強い街ではあるがその実、学力の高い連中もいるかもしれない

経済を支えるかどうかは―――わからないけど

 

「加えて複雑な街の作り、多種多様な人々が集まることで生まれる潜伏のしやすさ…それは必ず追ってくるエージェントとの戦いのために、すべてが理想的だった。想定外なのは夜の八時を超えるとお店がどんどん閉まっちゃうから、街から人が一気に少なくなるってことかな、それで危険な日中にも活動せざるを得なくなって…」

 

そんなこんなで色々な話を瑠衣から真一は聞いた

どうやらカゲヤシも色々と大変そうなことには違いなさそう、というのが個人の見解である

当然この話はナイロに報告する気はないし、共有するにしてもアラタとしかしないだろう

エージェントにも聞かれてはいないだろうし、多少はこれで安心したか

 

「―――ふー。サラさん以外とこんなにお話したことなかったから、ちょっと疲れちゃったかも」

「そうなんだ?」

「うん。母さんから人間なんかと接触してはいけないって言われてたんだ。だから、この街に来るまで、私は人間と話したことなかったんだ」

「そうだったのか…」

 

少し意外だ

 

「母さんはいっつも、姿形は似ていても、人間は恐ろしい生き物だって言って、聞かなかったから。近づけば、手痛く傷つけられるって、よく言ってた。正直、私も何回もエージェントたちに仲間が狩られていくのを見てたから、信じてたんだけど…母さんと離れて、この街で過ごしてみて、触れてみたら、全然違ってた」

「…どんな風に?」

 

彼女の言葉に相づちを打つ

そして時たまこんな言葉を投げかける

当たり障りのない子の言葉の応酬が、なんか楽しかったから

 

「うん、みんな個性的で、いろんな人がいて、見てるだけでも面白い。でもこれは姉さんたちが言うには、私たちという種を知らないからだって。バレたら絶対にひどいに目に遭うのは間違いないって、そう言われるんだけど、ね」

 

でも、と彼女は言葉を区切って

 

「逆に人間のフリを続ければ、ずっとこの街で人間として暮らしていけるんじゃないかって。そう、思えてさ。…そう考えたら、なんで戦わないといけないのか、わからなくなって…ねえ、真一。…真一は私の考え、間違ってる?」

「間違ってないよ。…少なくとも、もう君と俺は普通に話してるじゃないか」

「―――! ふふっ、そうだね。なんだか勇気もらったかも。…っと、メールだ…ごめんね…ってあれ?」

 

断りを入れて携帯を確認したとき、瑠衣の顔が驚きの表情に変わる

 

「おじさんと鈴からメールがこんなに…? すごい、真一と話してたから全然気付かなかった! あはは…すごい心配してる」

 

確かに言われてみれば結構な時間が経っている気がする

携帯を自分も出して時間を確認してみると…一時間は話していたみたいだ

 

「もっとお話したいけど、今日はここまで、かな。…ねぇ真一。また、会ってくれる、かな」

 

少し遠慮がちに言ってくる彼女に、少し真一は心打たれた

ちょっと上目遣いな感じで問いかけてくる彼女に、真一は迷うことなく

 

「うん、いいよ」

「! ありがとう。…ということは、もう真一と私は仲間…じゃなくって、友達、だね」

「そうだね、友達だ、俺たちは」

「ふふっ。それじゃあ、困ったことがあったら助けてもらうからね。元々友達のために危険を顧みないで夜の秋葉原に来てたぐらい仲間想いなんだし。…それに、そういうところがすっごくいいなって。人間っぽくてすごくいいなって、そう思ったから。君のこと助けたい、助けなきゃって、なったんだし」

「瑠衣…」

 

そういう彼女の顔はどこか儚げで、憧れのようなものも垣間見えて…それでいてどことなく、美しくて

元々見惚れていたが、更に一瞬見惚れてしまった

 

「―――うん。君と友達になれてよかった。それじゃあ、またねっ」

 

そう言って彼女は手を振ってこの場を離れていく

真一はその後ろ姿を見送って、彼女も時折こっちを振り向いて何度か手を振っていた

結構大変なことに巻き込まれたとは思う

だが、瑠衣のためならと思うと、全然苦ではない

 

自分だって、一人ではないのだから



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