本当に結ばれる、ただ一つの方法 (らむだぜろ)
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プロローグ 誰が一人に決めるものか

 

 

 

 ……一つだけ渡されても、正直困るのだが。

 ケッコンカッコカリ。艦娘の練度の上限を開放する限定解除。

 一種のリミッター解除による、ステータスの上昇及び燃費の向上。

 簡単に言えば単なる強化アイテムだ。無論、出来れば数を揃えたい。

 純粋に強くなれれば彼女達の負担も減る。喜ばしい事なのに。

(何で、あんなクズを見るような視線で見られないといけないんだよ。バカかあいつら)

 結婚と言う単語に、装置である指輪。シンプルなシルバーリングを入れた指輪入れを弄び、彼は思う。

 こんなもの、ただの強化の措置に過ぎないだろうに。ならば数を求めて何が悪い。

 形だけに拘るから、ひとつと言う意味不明な自分ルールを作って他者にそれを強要する。

 まさか、本当に結婚するとでも? 艦娘と? ただの戦友、相棒、部下である彼女たちと?

(アホか……。親愛や信頼はあっても恋慕はねえよ。あいつらはただの部下で、相棒だろう)

 純に強くなることを願うのはいけないのか。部下のために司令官が尽くすのはいけないのか。

 他の提督は意味不明だ。理解できないといっていい。真に考えるのなら数は必要だ。

 最高練度が無数にいるなら全部に用意すればいい。大本営だってそう推奨している。

(ハッ……。愛情? 恋愛? 下らねえな。……あいつらにそんなもん、求めちゃいけねえんだよ。あいつらは一人に縛るようなもんじゃねえ。自由にするべきだろう。恋愛ぐらいは。もっと、広い世界で……)

 仕方ない。知り合いの話の分かる奴に頼んでみるか。一応悪いことじゃないし。

 他の提督からは浮気性とか重婚とか結婚詐欺とか言われたい放題言われたが。

 いつかぶっ潰すと決め、彼は大本営のなかを移動する。

 部下を思っての行動が、皆の心を裏切るとも、知らぬまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はさして、珍しい提督ではない。

 よくいる汎用型の凡人提督で、ぼちぼちの戦果とぼちぼちの戦歴を持つ、普通の男だ。

 同期の中では中盤くらいの出世で、階級もまあ普通。よくも悪くも没個性の平凡な鎮守府の所属。

 彼の鎮守府でも、ケッコンカッコカリのシステムが導入され、とうとう艦娘達が密かに期待する機会がやってきた。

 最高練度が無数にいる、彼の鎮守府。更に予備軍を含めれば大半が当てはまる。

 だからこそ、彼は求めた。部下がもっと活躍できるように、アイテムである指輪を複数。

 すると、同期からボロクソに批難されたのだ。

「お前それでも提督か!?」

「重婚とか万死に値するぞ、このハーレム野郎!」

「何考えてんだお前って奴は!! 刺されて死にたいのか!?」

 謂れのない罵倒に只でさえキレやすい性格の彼はアッサリとキレて全員を無視して、結果的に複数の指輪を入手。

 彼は、艦娘に対して親愛や信頼はあっても恋慕は皆無だった。

 女性として見ているが、相手は自分以外と決めていた。

 閉鎖空間による歪んだ恋愛は良くないと。本当の恋を知るなら広い世界の方がいい。

 そう、考えていた。鎮守府に黒一点では恋愛もクソもない。一人では惚れるのも道理。

 それでは、ダメだと思う。比べる相手がいない状況は、彼自身も嫌だった。

 だから、祝福はしたい。けれども、関係は変えないと誓って、贔屓はしないと決めた。

 上限に達すれば皆、次のステージに進んでほしい。それが司令官としての彼の願い。

 それが……間違っているとでも? 

 己の愛を優先して決まっている訳でもないのに一人に絞り、一人に愛を捧げるような男が司令官でいいのか? 

 それは公私混同と言うのではないのか。彼は失望されるのはいやだとおもう。

 そんなだらしない男にはなりたくない。

 司令官として、部下であり戦友であり、相棒である彼女達の活躍を願いたい。

 故に、決めた。提督は、愛することをしない。

 愛してはいけないし、そもそも彼も恋愛にはあまり、興味がない。

 恋愛よりも、彼女たちと戦場を駆け抜ける方が好きだった。

 戦い、笑顔を分かち合い、誇りを持ち続けたい。誇らしい男になりたい。

 愛なんていらない。必要ない。だから、重婚などと揶揄されようが、彼は行う。

 艦娘達の間では禁忌とされ、下手すれば怒って提督に攻撃することもあり得る。

 彼女たちも女だ。借り物とはいえ、一人を愛してほしいと願う。 

 この時点ですれ違いが起きており、早速彼は一人に怒られるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に一日かけて戻って、彼は尤も付き合いの長い空母に相談した。

「……刺されたいの? 死ぬわよ、貴方」

「お前もかよ。勘弁してくれ。何で死ななきゃならん」

 重厚な机に向かって書類を仕上げる彼は、傍らで荷物を運ぶ艦娘に言う。

「女心のわからない人ね。……艦娘だって、ちゃんと考えているわよ。よけーなお世話って知ってる?」

「はぁ? 司令官としての責務を果たして何が悪い。俺は、お前たちにもっと活躍してほしいんだよ」

「はいはい。言いたいことは分かったわ。執務室の外で絶対に口外しないでよ、お願いだから」

 書類にサインをして、もって帰ってきたそれを片手で遊ばせながら、他意もなく彼女に聞く。

 一番乗りならやはり彼女が相応しいと思っていたので、ちょうどよい。

「……で、お前これいる? ぶっちゃけ、お前がうちで一番強い空母な訳だけどさ」

「はぁ……。色気もへったくれもないプロポーズですこと。普通なら速攻でお断りね」

「あんだと、テメェー?」

「冗談よ。貰っていくわ。一応、予約ってことでね」

 素っ気なく了承する彼女に、無造作に指輪入れを放り投げる。

 彼女は片付けを終えて、飛んできたそれを難なくキャッチしてため息をついた。

「予約ぅ? お前と海外行く約束だろ? 当たり前だ、キャンセルする予定はねえぜ」

「それじゃないって。……貴方、流石に鈍感よね。一緒にいてよくわかるわ」

「あ?」

 空母と他愛ない話をしながら怒られる。秘書の空母は呆れていた。

 軽空母、飛鷹。提督と共に激戦を戦い抜いた一番の戦友であり、良き理解者。

 真っ先に相談して、飛鷹は肩を竦めて彼に言うがバカは自覚していない。

 ワインレッドのブラウスに赤いスカートを着用する、白いリボンをつけた長い黒髪の美女である。

 提督の一番信頼していると自負しているし、無論彼女も強く信頼している。

 ただまあ、頭が固いと言うか、考えが変な風に固執しているのがたまに傷。

 付き合いも長いゆえに、二人の時は割りとズケズケ互いにものを言う。

「何個受け取ってきたの?」

「えーと、18?」

「艦隊三つ補えるわね……。だけどうちの上位じゃ、数足りなくない?」

「ああ、だからまた貰ってくるつもり」

(こ、この男は……! 本気で艦娘の事考えてない!! ちょっと、色んな意味で修羅場になりそう!!)

 頭痛を覚える飛鷹。ストレス耐性は妹で鍛えられているが、彼は別格だ。

 移動する地雷源とは笑えない。正妻の余裕もあるが流石にキツイ。

 尚、飛鷹も当然彼を好いており、尚且つ彼の数少ない女の好みに引っ掛かる。

 伊達に努力して居たわけではない。今のところ、距離は一番近いと感じている。

 真顔で宣う彼に頭痛を覚えつつ、一応皆の前では隠そうと心に誓う飛鷹だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、ホモではない。繰り返す、決してホモではない。

 恋愛に興味が薄いだけでちゃんと女性が好きだし、好みのタイプだって言える。

 静かで大人しくて、頭の良い女性。それが彼の理想とする女性像。

 ……現在、真逆の存在が目の前で騒いでいる。因みに彼は子供が苦手だ。

 距離感に遠慮がないのと煩いのがダメだと言う。要するに駆逐艦は大半嫌がる。

「葛城、これやる。書類に書いて持ってけ」

「えっ……? ゆ、指輪!? 何で、どうして!?」

 当日に呼び出し食らって顔を出したのは飛鷹の後輩、葛城だった。

 私服で現れた彼女は、怪訝そうにしていたが無遠慮に投げ寄越された指輪入れを受け取り激しく困惑。

 余りにも素っ気ない態度に密かに憧れを抱いていた葛城は吃驚してしまう。

「ちょ、指輪って……まさか、わたしに!?」

 提督はとくに気にせず、概要だけ述べて仕事に戻る。

 飛鷹は早速の言動に顔がひきつる。地雷を踏み抜いた。

 寄りによって、一番性格が厄介な後輩を刺激してくれた。

 我に帰り感動していたが、提督が複数配ると聞いて表情が……般若みたいになっていく。

 あれは何時だったか、提督が葛城の姉と一部分を比べてガチギレさせて以来の顔だ。

 その時は飛鷹が諌めたけれど今回はフォローしたくない。個人的な意味で。

「これからの葛城の活躍に期待するぞ……ん? どうした葛城。追加の艦載機も発注するのか?」

「いや、あのね提督。わたし……今凄いあなたの頭をクロスボウで貫きたいんだけど、いいかな」

 すっごい怒っている。純情を弄ばれたと勘違いしている。このままでは、提督が亡き者に……。

 軽く見られたと静かに激怒する葛城に、提督は理解したように言う。

 ある意味、止めのような一撃だった。

「お前は俺に何を期待していたんだ。……悪いが、他意はないぞ。お前の純粋な活躍を期待しているから、俺はこのシステムを導入した。誤解させたのなら、謝る。ややこしいのは大本営に言ってくれ。俺には限定解除のやり方に口出しは出来ないからな」

 他意はない。これから、この言葉でどれだけの艦娘が傷ついていくのか。

 それを想像すると飛鷹は胃痛が増す。今の彼女のように、唖然とするならまだいいだろう。

 下手すると、キレたりして襲ってくる可能性もある。身構えていた方が良さそうだと判断。

 然し……?

「……つまり? あなたは、わたしに期待してくれるんだ? 今以上に強くなって、戦場で先輩たちと共に戦うわたしを見たいわけね?」

 葛城は何かを感じ取って、確認するように提督に問う。

 様子を伺うその態度に、提督は機嫌よく言うのだ。

「おっ、物分かりがいいな。そうそう、俺が見たいのはお前たちの雄姿だよ。葛城、わかってんなー! うちには赤城とかがいないぶん、貴重な正規空母の葛城には頑張ってほしいわけよ」

「オッケー! なら見てなさい、わたしの活躍! いつか一番になって、見返してやるわ!!」

 ……あれ、提督に期待されていると聞いて葛城は上機嫌になった。

 どうやら、ある程度の機微を感じ取って惚れ直させてやろうという気になったと見る。

 悪意がないのは理解して、負けん気に火がついたと飛鷹は内心安心できない。

(うーん……葛城か……。あの子は気が強いけど素直じゃないし、彼からすれば妹って感じよね。ライバル……にならないといいけど。軽空母と正規空母じゃ比べ物にならないし、油断大敵ね。負けるな、私! 気合い入れて行こ!)

 顎に手を当てて思案する飛鷹。彼女は提督の好みとは真逆だが油断は出来ない。

 葛城は横目で、チラッと飛鷹を観察して……気付く。

 提督が仕事に戻り、私用で部屋を出た飛鷹にこっそりと近づいてきた葛城が後でこう、言ったのだ。

「飛鷹さん。……わたし、負けませんよ。絶対、あの人の思いを勝ち取りますから」

「っ!!」

 小声でいう、事実上の宣戦布告。硬直する飛鷹に、茶目っ気のある態度で行ってしまう葛城。

 やっぱり、周囲には飛鷹の態度はバレバレらしかった。不意うちせずに宣戦布告とは、葛城もよくやる。

「はぁー……。今年のバレンタインは、荒れそうだなぁ……」

 奇しくも、来週には女の決戦日がある。そう、今は二月の半ば。バレンタインである。

 一人ぼやく飛鷹は深い深いため息をついて、仕事に戻る。鎮守府は俄かに活気づく。

 それは、ケッコンカッコカリを切っ掛けに始まる、その気の全くない所かダメだと思っている言動の悪い提督を巡って開戦した戦争だった。

 激化を約束され、恐らくは誰もが苦しむであろう地獄が、ここに幕をあける……。



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イケイケ女子高生の奮闘

 

 

 

 

 

 ケッコンカッコカリを導入したことを、どうやら葛城は黙っていたようだ。

 翌日の仕事も至って順調。実は裏で飛鷹が無駄な困惑を避けるために他言無用と口止めしておいたのは秘密だ。

 その日の秘書は、凄くふて腐れる顔をする女子高生。

「提督ぅ……鈴谷、マジで暇なんだけどー。遊んでよー」

「仕事しろ。俺に構うな。黙ってやれ」

 綺麗な緑色の長い髪を漉きながら文句を言うのは航空巡洋艦、鈴谷。

 提督の苦手とする、煩い、無駄にハツラツ、そしてバカと言う天敵に等しい間柄。

 口の悪い提督は苦手な相手には辛辣になる。あと、割かし信用はしない。信頼もしない。

 だって苦手だし。何より、段々とキレやすい彼はイラついて来るのでダメだった。

「……ふーんだ。そうやって鈴谷には厳しくするくせに、飛鷹さんには甘いんでしょ。鈴谷知ってるし」

「当たり前だろ。仕事を怠けるサボり魔と勤勉を一緒に扱うか、バカ」

「バカって言った! 鈴谷のことバカって言ったっ!! 酷い酷い!」

「うるせえ……」

 割りと積極的で、距離感をはからないタイプの鈴谷。

 人懐っこいと言えばそれまでだが、彼相手には相性が悪かった。

 提督が嫌がる、マイペースかつ此方を振り回す艦娘で、何度か本気で怒らせた事もある。

 今回はそれに至ってしまった。

 鈴谷が、気になっていたケッコンカッコカリの話題を出した途端に、提督の眉間に皺が寄る。

 不機嫌になった証拠だった。

「お前練度足りないだろ。渡す意味がない。最大になってから言え」

 かなりキツイ言い方をされた。流石に落ち込む鈴谷。黙って俯くが提督は我関せずで、気にしない。

 鈴谷も好意を持っているのは自他共に認める所存だが、提督には敬遠されがちだった。

 それもそのはず。鈴谷や一部の戦艦など、提督は近寄ろうとしないし、スキンシップの激しい行為はまず怒る。

 異性に対する距離感を考えろとか、言動を鑑みろとか、逆セクハラで大淀呼ぶぞとか脅している。

 これも、彼女たちの無警戒を心配して、もう少し異性に対して適正な距離を理解しろという意味なのだが。

 言い方が毎回キツイのと、大体そう言うときに限って彼は怒るので、相手の状況を見ない。

「…………」

 あと鈴谷は、言動がふざけていると受け取られることも多く、卯月などと同じ扱いをされる。

 真面目にやれば出来るのに、真面目にやらない。やる気がない。

 鈴谷の好意を本気として受け取っておらず、その普段の言動が悪印象になっているのだ。

「鈴谷。何度も言わすな。仕事しろ」

「……うん。ごめん、すぐ取りかかる」

 練度が足りない。確かに鈴谷は現在95。練度は多少足りない。 

 然し予備軍としては練度は高い方だ。少しあげてくれれば、……並ぶことだって出来るのに。

「提督。……鈴谷の練度上げって、頼んだらダメ?」

「ダメじゃないが、お前の場合は魂胆が見え透いているしな……。最高練度になったら、余計に不真面目になりそうだ」

 ハッキリ言われてしまった。

 悄気て仕事に戻るが、落ち込んだ気持ちは上がらない。

 前々から思っていたが、この人は如何せん堅物で、ノリが悪いと言うか冗談が通じない。

 全部真に受けて、直ぐに怒る。

 鈴谷とは絶望的な相性の悪さも相まって、好かれてはいないと実感している。

 然し真摯に心配してくれるからこそ、鈴谷はホレてしまったのだ。

 自分とは違う、この堅物に。堅いから、大切にされている感覚がよくわかる。

 然し、自分の性格では素直になれずにふざけてこの様だ。完全に眼中にない。

 ならば……一念発起して、自らを変えると言うのはどうだ。

 今みたいにふざけているチャラい艦娘と思われていては、勝てる戦いにも参戦できない。

「提督。真面目にやるって約束すれば、鈴谷を鍛えてくれる?」

 不意に。一切の冗談を抜き取った、真剣な顔で鈴谷は彼に聞いてきた。

 声色を聞いて、書類から目をあげた提督は真っ直ぐ視線を捉える。

 逃げずに数秒、見つけあって。彼は軈て、告げた。

「……珍しいな。お前が真剣に何かに取りかかるなんて。本気で頑張るって、約束できるか? 途中で投げ出さないのと、諦めるときは全力を尽くしてからだって、俺に言えるか?」

 鈴谷の熱意を受け取って、ペンを止めて聞かれる。伝わった。鈴谷の本気が。

「うん。頑張るよ。鈴谷、逃げ出さないって。逃げたら凄く後悔するから。頑張りたいの」

「……そうか。分かった。じゃあ、明日からお前には前線に出てもらうぞ。覚悟はできてるな。俺は、約束を違える奴は信用しないぞ」

 取り付けた。折角掴んだチャンス。約束したからには、頑張ろう。

 提督の提案に鈴谷は頷いた。負けない。負けたくない戦いに名を上げるために。

 こうして、チャラい艦娘と思われていた艦娘、鈴谷の奮闘が始まった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――が、現実はそうもいかないのが常である。

 鈴谷は、彼に認めてもらえるように、死に物狂いで努力した。

 それは、周りからは豹変したかの如く、本当に心機一転と言えた。

 だが、今まである程度ペースを考えてやってきた鈴谷。

 それが急にアクセル全開ですっ飛ばせば、意外と早く限界は来るもの。

 僅か一週間で練度は最大に至った。

 然し、自己申告に任せていた鈴谷は、上がったタイミングでガス欠を起こした。

 提督が休めと言うのに話を聞かずに飛び出して行っては大破して帰ってきた。

 その都度、苦い顔で提督は鈴谷を迎えて、黙ってバケツをぶっかけて、再び送り出す。

 鬼気迫る勢いの鈴谷は、警告を聞いていなかった。

 何分本人がやる気にたぎっているので、止めても無駄だと判断した。

 そして、とうとう。提督が最も危惧する事態を引き起こしたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「鈴谷……。生きてるよな、互いにボロボロになってはいるが」

「…………提督、どうしたの、その傷……?」

 練度が最大になった日。鈴谷は、一度沈んだ。

 水鬼相手に単機で突撃し、見事倒したがいいが刺し違えるような自爆覚悟のやり方で勝利した。

 こんなやり方は無論、彼の作戦ではない。撤退と命じたのに聞こえなかった鈴谷の独断専行。

 聞いていないではない。無視していたのでもない。

 戦闘があまりにも激しくて、大破していたのに食らいついて離さなかった相手と戦う鈴谷の無線は壊れていた。

 同時に鈴谷の聴覚が負傷により一時的に麻痺して、何も聞き取れない状況になっていたらしい。

 周囲の声も拾えず、執拗な水鬼の追撃が激しくて逃げ切れなかった彼女は覚悟を決めて特攻。

 自分が時間を稼いで、せめて仲間だけでもと死を受け入れての自爆。

 死にたくはなかった。でも、仲間が沈むのはもっと嫌だった。

 何も聞こえない世界で、目の前の敵だけを見据えて鈴谷は、最期の時を解して抗った。

 結果、彼女は一度沈んだ。然し……。

「あ、れ……? 鈴谷、確かに沈んだハズなのに……?」

 大怪我をしてはいるが、鈴谷は生きている。

 最後に見たのは、恨めしそうにこちらを見て沈む化け物と、共に引き摺り込まれる己の身体。

 冷たい蒼の底に消えている所までは覚えている。だが、ここは鎮守府の医務室。

 彼女はベットで横になり、全身に治療のあとが施され、傍らには包帯だらけの提督が腫れ上がった顔でため息をついていた。

「話は聞いた。どうやら、お前耳がやられて聞こえてなかったらしいな。ひでえもんだぜ。軒並みみんなドック入りだ。お前も酷いが、暫くはみんな出撃は無理だな。……よく、頑張ったな鈴谷。ありがとよ。お前のおかげでみんな帰ってこれた。けど、無理は勘弁してくれよ。お前に沈まれたら俺との約束が果たせなくなるだろ。勝手に腹決めて死ぬのは止めてくれ。俺は可愛い部下を死なせる気はない。お前が死ぬくらいなら、俺はこれぐらい平気でするぞ」

 勝手な判断も叱らず、皆を庇ったことを礼を言われた。

 そして、久々に面と向かって褒められた。

 なんだか複雑な気分で、顔を赤くした鈴谷は布団で顔を隠した。

 よく、自分は褒められて伸びるタイプと言う鈴谷。

 激戦を乗り越えた彼女の活躍により、とある海域の上位は半滅。

 次に引き継いだ鎮守府に任せて暫くは休養だと言う。

 でも、何で鈴谷は生きている? そして、提督は不自然に大怪我を負っている?

 混乱する鈴谷に、声を潜めて提督は説明した。

「最近、お前張り切っていたろ。人の話は聞かねえし、暴走寸前の自動車みたいだった。だから、何か自滅するかもしれねえって思ってさ。……使ったんだよ。俺の奥の手を」

「奥の手……?」

 確かに最近は暴走していた。

 思い返してみれば誰の話も聞かずに猪突猛進に突っ走ってこの有り様。

 情けないと猛省しつつ、問う。

「……ダメコンだよ。普通なら、誰も使わない大本営が使用を控えろって命じてる、あれ」

「!!」

 理解した。絶句する鈴谷。艦娘の間で噂になっていた、例のシステム。

 代替のきく艦娘は普段、轟沈したらそのまま死ぬ。提督は轟沈そのものを覆すことはできない。

 この方法以外では。何故なら。

 これは、余りにもリスクが大きすぎるから。

「提督……まさか、鈴谷の艤装に……?」

「ああ、コッソリと仕込んでいたのさ。ダメコンをな。お陰さまで、俺もお前と一緒に大ケガだ。全治一ヶ月。これでも、バケツの応用で作った薬を死ぬほどぶちこんでるんだぜ。普通なら一発お釈迦だ」

 ダメージコントロールシステム。略してダメコン。

 それは、一度だけ轟沈するほどのダメージを何かに肩代わりさせて沈むのを防ぐシステム。

 艦娘が大破で轟沈を回避できるが、請け負うはずのダメージをなんと人間に負担させることで回避すると言う本末転倒の欠陥システムと名高い出来損ない。

 この場合、対象は大抵提督の立場の人間になる。

 人間と艦娘では頑丈さが違う。肩代わりをすると人間が死ぬ。それもほぼ確実に。

 彼の場合は予め、死ぬほどバケツの応用で作った薬を打ち込み一時的に身体を頑丈にしていたから助かった。

 それでも大怪我を負って、挙げ句には身体の負担も大きいし、後遺症だって残る。

 ……無事な訳がないのだ。

「お前まで説教は勘弁してくれよ。飛鷹と大本営にすげえ怒鳴られたんだぜ。あいつだけじゃない。みんなに叱られた。まあ、その程度で死なないなら安いもんだろ。死人だすよかずっとマシさな」

 苦笑いして言う提督に、鈴谷は深く反省した。元はと言えば鈴谷の暴走のせいだ。

 彼に大怪我をさせたのは、強くなろうと躍起になった彼女の失態。

 ひどいことをしてしまった。彼を深く傷つけてしまった。

 鈴谷はとうとう、自責に堪えきれず泣きそうになった。

「ごめんなさい……。鈴谷のせいで……」

「いや、いいよ。死んでたら、謝罪だって出来なかった。お前がやらなきゃ、神通が無理してた。あるいは、榛名の奴かもしれん。どの道、あの場面じゃ誰がこうなってもおかしくなかった。それぐらいの激しい戦いだったんだ。俺が退けって言っても思い通りにはならねえよ。深海棲艦にゃこっちの都合は関係ねえ。況してや、水鬼。奴が相手なら死人が出るのが当たり前。でも、俺達は誰も死ななかった。見ろよ、完勝じゃねえか。これぐらいで勝てれば御の字ってな。だから、謝るな。お前の責任じゃねえんだ。俺の意思でやったことだ。約束を果たしたお前は立派だ。……MVPの鈴谷に、ご褒美やらねえとな」

 にやっと笑う彼は一枚の紙と……何かを取り出した。

 それは……鈴谷が欲していた、何よりの報酬。悲しみを吹き飛ばすほどの喜び。

 ケッコンカッコカリの……指輪と書類。そして、同時に鈴谷の胸は期待する。

 この流れは! もしかして、愛の告白……!?

 

「ほれ。お前の言ってた指輪な。あと、改装設計図。お前今度から空母な。飛鷹に弟子入りして、頑張ってくれや。」

 

(軽ッ!! 命懸けで頑張ったのにノリが軽いんだけど!? 提督、プロポーズは!?)

 

 軽い調子で指輪をゲット。然しプロポーズはない。

 頑張ってくれたご褒美としか、彼は出していない。

 確かに前から欲しかった改装設計図。コンバートしたかったのも認める。

 でも! ここはっ! ビシッと愛の告白を決めるところでしょう!! 

 と鈴谷は要求したい。

「んじゃ、怪我人のお見舞いはこれぐらいにしてな。お前も後で熊野に叱られると思うけど覚悟しておけよ。俺は今から皆にもっかい説教されてくるわ。お大事に」

 しかも爽やかな笑みを浮かべて立ち去ろうとしている!? 

「ちょいまって提督!! プロポーズないの!? 鈴谷はそっちが欲しいんだけど!?」

 思わず叫ぶ本音。此方から告白してしまった。

 しまったと口を塞ぐが、彼は。真顔に戻り、最悪な返答を返してきた。

「……すまん、鈴谷。気持ちは嬉しいし、光栄なんだけどな。俺、イケイケな今時女子高生って……正直、苦手なんだ。ってか、指輪は練度最高になれば必要と判断して配ってるから。プロポーズは……ない!! そして何より、俺は恋愛に興味ないし!!」

「嘘っ!?」

「本当! だから、ごめん。鈴谷、他のイケメン取っ捕まえて!」

 何か初霜みたいに断られた!! しかも重婚ですと!? 

 鈴谷、当然激怒。こいつのために頑張ったのにこの仕打ち!! 

「提督、流石に酷いよ!! 鈴谷本気で好きなのに!! これはないでしょ!」

「だってマジでお前苦手なんだから仕方ないじゃん! イケイケな奴ってどうすりゃいいのさ!? ナニすりゃいいのか!? さてはお前、男に慣れて」

「慣れてないから、経験ないから!! 勝手なイメージでビッチ言うのは本気で止めて! 処女、鈴谷まだ処女!」

「年頃のお前がそんなこという時点で信用はない! 兎に角、俺はお前とは付き合えません!」

「こ、こんの……!! だったらいいし! 鈴谷だって遠慮しないから! 既成事実作って無理矢理結婚してやるー!!」

 鈴谷、怒りで純情のメーターが振り切れた。命懸けでダメならば実力行使。

 勝てばよかろう、最早本音は知られてしまった。隠すものも失う恥もナニもない!

「うぐっ!? その肉食の目付き……鈴谷、とうとう本物のイケイケな女子高生に!」

「そうさせたのは誰だぁ! 責任とって鈴谷と結婚しろ浮気者ー!!」

 怯む提督、大怪我を気合いで起きる鈴谷。痛みは忘れた。今はこいつを一発殴る。

 逃げる提督、追う鈴谷。この日から鈴谷は晴れて提督大好きと言えるようになった。

 ……提督との夢見るラブラブデイズは、まだまだ当分先のことである……。

 



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女の戦い

 

 提督が大怪我して数日。この日が来てしまった。

 今年は怪我のせいでうまく動けず、たまらず彼は最後の手をうつ。

 それは、一日私室から出ないこと。

 この日ばかりは毎年血に餓えた艦娘たちが鎮守府を彷徨くので外に出たくない。

 何を躍起になって、たかだかチョコを渡すのに熱くなっているのか。

 彼は女心の分からない阿呆なので、危険としか理解せずに引きこもった。

 ……完全に悪手とは、まだ彼は知らなかったまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年のバレンタインは幸い休日。

 提督は朝っぱらからテレビを見て過ごしていた。

 鈴谷の一件で受けた傷は激しく動かなければ痛みはない。

 連日お説教の連続で辟易していた彼は、特定の艦娘以外は私室に入れなくなった。

 何を言われてされるか、分かったもんじゃない。特に数の多い駆逐艦は勘弁したいのだ。

 煩い、鬱陶しい、あとやることがめちゃくちゃで、拒否するのは当然であった。

「……で、朝っぱらから何してるの貴方は」

「特撮見てる。厄除戦隊セツブンガー。面白いぞ意外と」

 ベッドに転がり寝そべったままミニテレビで眺めているニチアサの特撮。

 私室に合鍵で入ってきたのは早朝、気配を殺して忍び来た秘書の飛鷹だった。

 動きやすいように上下ジャージで、髪の毛は簡単に纏めている。

「セツブンガー……?」

「今年から始まった新番組。謎のローマ仮面と戦う厄払いの戦隊だとさ。必殺技はプリンオブセッツブーン」

「聞いてないから。で、具合はどう?」

 呆れながら聞くと、ボチボチと言う。

 飛鷹は一時取り乱すぐらい心配していたのに、呑気なものだ。

 鈴谷の暴走を止められず看過していた提督には鎮守府の艦娘総出でお説教して、鈴谷にも秘書として数時間ぐちぐちと刷り込むように叱っておいた。最終的に飛鷹をビビって鈴谷は目が死んでいた。

 彼は知らないが、飛鷹はあまりの事に一度本気で鈴谷を殺しそうになった。

 周りが慌てて止めていなければ今頃は反逆で解体も免れなかっただろう。

 付き合いの長い彼の無神経な行動は、強く慕う艦娘の心を見事に抉って、一種のトラウマにさせた。

(全く、もうあんなのは勘弁してほしいわね。この無神経アホ男。……心配したんだから、バカ……)

 今でも油断すると涙が出てきそうになる。死なれるのは嫌だ。失うのは絶対に嫌だ。

 守れるなら飛鷹は態度に出さないがなんだってする。彼の前では強い女でいたい。

 だから取り繕って、平気な顔をしてお説教をしていた。

 本当は無事で良かったと、抱きついて喜びたかった。

 虚勢をはっている。それは、今でも。

「……今日は外に出るの?」

「出るわけねえだろ。あの血に餓えた奴等の餌になれってか。飛鷹、マジでやめて。糖尿病で俺が死ぬ」

「いっそ、チョコの海で死ねば? 良いお灸になるでしょ」

 未だに怒っているのもあって、トゲが出た。彼は何度も謝ったし、もういいのに。

 嫉妬深い女だと思う。要は羨ましいだけのくせに。そこまで尽くされた鈴谷に妬いているだけにくせに。

 本音はきっとそれだろう。ああ、飛鷹も何だかんだで、そうして欲しいのかもしれない。

 一番近くにいて、こうして信頼されて、無防備な姿も見ていてなお満足できない。

 底なしの欲望が彼を狙って離れない。欲しい。もっと彼の全てが欲しい。

(……!? な、何を考えているの……私……?)

 自分でも理解できない妙な感情。我に帰り、ボーッとテレビを眺める提督を見下ろす。

 画面では同じく嫉妬深いローマ仮面が、必殺技、アクィラバルカンとポーラワインの会わせ技をぶっぱなしている。

 恨みは忘れないぞーとか妬ましく言っている。どっかで見たことあるような……?

 巨大ロボットセツブンガーは……何だろう、この某国のデカイ暁と呼ばれそうな見た目の戦艦。

 いや、重巡……? プリンオブセッツブーンとか叫んで大量の豆をガトリングで掃射。

 ローマ仮面は恨み節を残して爆発。画面にサヨナラ! と黒い達筆で決まった。

「……意味不明ね」

「だが、悪くない。ノリと勢いは大事だ」

 現実逃避で見ていた画面もカオスだった。

 さて。……用事は済ませないと。だから朝イチで来たのだから。

「で、さ」

「ん? 毎年恒例のあれですか。ご馳走さまです」

 何かを言う前に長い付き合いで知っている阿吽の呼吸で、受け取ってもらえた。

 毎年あげている飛鷹のチョコ。甘いものが苦手な彼に合わせて手作りしたビターチョコだ。

 シンプルな包みのそれを受け取って、彼は嬉しそうに包みをあける。

「飛鷹のは、毎年外れなく美味しいんだよな。……じゃあ、また一緒に食べるか?」

「はいはい。コーヒー入れるわ。何処だっけ?」

「お前が欲しいって言ってた奴買ってあるよ。右の棚」

 慣れた手つきで物を探しだし、自分用と彼のマグカップを準備して、コーヒーをブラックでいれる。

 私室に艦娘の私物があるのは飛鷹だけだ。それ以外は提督がまず許可しない。

 合鍵だって、日常的に使っていいのは彼女のみ。

 非常時用に朝潮や初霜といった、信用できる艦娘には渡しているが、普段使うことは禁じている。

 飛鷹だけが、気心知れた仲故に許され、こうして一歩出し抜きを可能にしている。

 逆を言えば彼女ですら、眼中にないと言う筋金入りの唐変木だと言うこと。

 ついでに朝飯も一緒に食べる。

 置いてあった菓子パンを見繕い、二人して炬燵に移動してテレビを眺める。

 今度は仮面ランサームラクモなる特撮が始まった。

 敵であるブリザードから人類を守る闇の守護者とか。

「飛鷹って女子力あるよね」

「そう言う貴方も自炊できるでしょ」

 然り気無く寄り添って狭い中を隣に並んで共に見る。

 モソモソ二人して一緒に食べながら世間話をしている。

 割かしオフの日も飛鷹は彼に近づいても避けられない。

 公私混同を避ける人間であるため、オフは基本的に提督は艦娘とは共にいないで一人で行動する。

 唯一の例外が、この飛鷹。互いに歩幅を合わせて行動するので苦しくなく、自然にいられる。

 互いに気遣いせずにいられるのが有難い。彼と出掛けるのだって飛鷹にしては珍しくない。

 他の艦娘とは何を言われても嫌がる彼だが、友人のように付き添う飛鷹とは最早自然体。

 こんな感じで、二人して既に同棲したカップルのような生活をしている。

 因みに知っている艦娘はいない。飛鷹も提督も余計な騒ぎが嫌なので、黙っているから。

 今回は……そうとも言えない。何せ、外は艦娘が彼を探して彷徨いている。

 尚、物理的に入ろうとしても飛鷹のお札が貼ってあり、部外者は許可なく入れない。

 どの道、この時間だけは飛鷹のものなのである。

「……やっぱ、今日ぐらいは外に出るかねえ。多分、明日辺りにあいつら騒ぎだして五月蝿いから」

「今年は諦めがついたの? ……護衛はするから、しつこい場合はどうする?」

「即、爆撃でお願いします」

「派手なことするわね。……オッケー」

 彼は特撮を見終えた頃に遠い目をして呟いた。

 毎年胃痛と胃もたれに苦しみ、下手すると妙なものを食わせて暗殺しようとする艦娘もいるバレンタイン。

 毎度逃げるも翌日に襲撃されて結局苦しむのだから、彼は今年は潔く諦念し外に出た。

 飛鷹がいればある程度は防げる。彼女だけを頼りにするしかない。

 飛鷹もこの手のイベントの度に被害を被る彼に同情しつつ、己の為にも戦うことにした。

 本妻の余裕と言うものを、付け狙う連中に教え見せびらかす為に。

 提督が着替えて、窶れた顔で外に出ると……早速、襲撃にあうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処からは一切遠慮はしない。女の戦いだ。

 まず、スキンシップの激しい筆頭、金剛を塞き止める。

「ホワイ!? どうして邪魔するネ、飛鷹!?」

「……提督の顔を見なさい」

「ワッツ……?」

 金剛が視界に入った時点で露骨に嫌そうな顔をしていた。

 まるで大型犬に絡まれて無下に出来ない犬嫌いの人間のような顔。

 何とも言いがたい絶妙に酷い表情であった。

「OH……」

「毎回言うけど、止めなさい反射的に飛び付くの。今度やったら粘着のお札をぶつけるわよ」

 一応、チョコは受けとる。……分かりやすいハート型チョコ。愛が重たい。

 逃げ腰の提督は飛鷹に説得と説教を任せて後ろで黙っていた。

 

 

 

 

 

「……いいか、如月。それ以上俺に一歩でも近づいてみろ。お前が勝手にバケツをチョコの調理に使ったことを大淀に言うぞ」

「うっ……。何で知ってるのかしら。その場にいなかったのに」

「残念だったな。お前が好き勝手にやっていることを見ていた俺の味方が教えてくれた」

 某エロ担当、如月とエンカウント。苦手な天敵の上位だ。

 飛鷹に任せる前に威嚇した提督の言葉に怯む如月。

 慎みがないエロ担当に近寄られたら憲兵に誘拐される。

 そんなのはゴメンだ。絶対に近寄らない。近寄らせない。

 受けとるが……何でこいつもハート型なのか。

 手作りにしては何かアルコールの匂いが……。

 気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「げっ、飛鷹さん!?」

 もっと慎みのない女子高生がいた。

 怪我が回復して、能天気にチョコを渡そうと徘徊していて彼女の師匠に見つかった。

「飛鷹、やれ! 攻撃を許可する!」

「了解! 攻撃隊、発艦始めて!」

 反射的に餌にされると認識した提督の命令で先制攻撃。

 飛鷹のバレンタイン迎撃艦載機が彼女を襲う!

「うわ、危ないじゃん! 何するのさ提督の意地悪!」

 負けじとイケイケ女子高生、鈴谷も反撃する。 

 慣れない空母としての実力を発揮して、抗うが……。

「うきゅぅ……」

 アッサリ負けた。空母としての経験が違うのだ。

「まだまだね、鈴谷。もう少し戦闘機の数を増やさないと、防御がおろそかになるわ。いくら軽空母としては頑丈でも、あんまり攻撃受けたら手も足も失うわよ?」

 尻餅をついて半べその鈴谷を助け起こして、優しく飛鷹は言う。

 無論、チョコは既に提督が受け取り、袋に入れるが……。

「提督! 今すぐ食べて! で、感想教えて! 鈴谷初めて手作りしたから!」

 復活した鈴谷に言われて、渋々提督は行儀悪いが立ったまま食べる。

 珍しくホワイトチョコ。なぜか星形。ハートだと被るから工夫したらしい。

 初めてというチョコのお味は……。

「あれ、美味しい」

 意外と提督の好みにあっていた。飛鷹も許可をもらって頂くが中々美味しい。

「そっかー。いやぁ、よかったよかった。数少ない情報を統計して試行錯誤した甲斐があったよ」

 情報収集して、頑張ったみたいでほっとしている鈴谷。飛鷹の胸中は穏やかではない。

(くっ!? こ、この子……意外と純情で可愛い! 見た目は今時の子なのに女子力が高い。油断大敵がまた一人増えた……。しかも鈴谷は素直なぶん、侮りがたい! 強力なライバル出現、か……)

 彼女もまた、彼のために変わろうと努力する一人であり最近提督は鈴谷の努力を認めて甘やかす。

 既成事実がどうとか言っていたが、冷静になり、言動を省みて恥ずかしくなり自滅して暫く死んでいたらしいが、根っこはやっぱり純情なのだろう。

「鈴谷も頑張ったから褒めて?」

「う、うん……? えと、ありがとう。美味しかったわ」

 褒めるのが最近のトレンドで、提督も困ったように褒める。すると伸びるので驚き。

 前みたいに暴走することもなく、ちゃんと年相応の羞恥心と異性に対する距離をはかる鈴谷。

 こうなると、飛鷹と同じくガードをすり抜ける。しかも素直という新しい武器まで持ち込んで。

「えへー、あんがと。提督大好き!」

 照れたように上目遣いで微笑む鈴谷。

 飛鷹ですらグッと来る。提督は……何だか困惑していた。

「イケイケから普通の女の子に……。お前、やれば出来るのな。見直したわ」

 変化に戸惑っているようだった。

「そりゃねー。本気で提督の隣、狙ってますから」

「やめろ来るな。お前の本性は知っているぞ夜のビーストめ」

「あのね、何回も言うけど鈴谷経験ないの。誘惑もダメって言われたから止めたの。今は無害な小動物ですー」

 鈴谷は真剣に言う。確かに彼女は最早今までの鈴谷ではない。

 彼のために自らを変化させ、彼に好かれるために努力を惜しまない普通の女の子。

 無理に誘惑して取り返しのつかない結果を出して結ばれるよりも、愛し合う関係の方が好きだと言えた。

「だって鈴谷、提督のこと好きだもん。好かれたいもん。だから、嫌がることはやめたの。変わるって決めたから」

「うーん……。お前可愛いし、俺なんかよりもずっといい男捕まえること出来るんじゃない?」

 まっすぐな好意に困っている提督。堅物だからそりゃこうなると飛鷹も納得。

 いきなり言われても困るのも事実だ。あくまで部下として、接しているのだから。

「命救われてそりゃないと思うよ。それに、答えはまだいいの。急がなくて。鈴谷は、ずっと想ってるし。……負ける気もないよ?」

「へぇ……?」

 最後に小声で飛鷹を見る。……気付かれているのは知っているが、成る程挑むと言う事か。

 飛鷹もその敵意に怖い笑顔で応戦する。飛び交う火花。

 そんなことは気付かない提督はおいといて。

 そして、鈴谷も護衛につくと言い出した。飛鷹は仕方なく、了承。

 ……ポイント稼ぎで負けるほど浅い付き合いではないし、鈴谷が純粋に気になる。

 出来れば、素直になれる何かを発見してやるつもりである。

「護衛も限界超えた鈴谷にお任せ……って、そっか。公にしちゃいけないんだよね。修羅場になるから」

「既に遅いけどね……」

 指輪をはめようとして、ライバルが多いことに鈴谷は直ぐに引っ込める。

 飛鷹がボソッと言った一言に苦笑いして、鈴谷は近づいてきて、小さく彼女に言う。

「……けど、仲良くしようね飛鷹さん。鈴谷だって、飛鷹さんが一番強いと思ってるんだから」

 皮肉でもなんでもない、純粋な言葉。飛鷹はあまりの可愛い態度に一瞬落ちかけた。

 鈴谷はその気になれば可愛らしい女の子なのだ。女ですら真面目にヤバい。

 彼女は争うことはあまりしたくないのだ。だって、悲しくなるだけだから。

「可愛いこと言うじゃない。そうね。仲良く、一緒にこの唐変木攻略に頑張りましょうか」

 態度を変える。飛鷹は一緒に難攻不落の堅物を攻略する仲間として受け入れた。

 本人は敵襲に備えてビクビクしている。その後ろでタッグを組む、鈴谷と飛鷹。

 まずは血のバレンタインにしないため頑張ろう。主に彼が刺されないように。

 女の戦いは、まだまだ続く……。



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海から見上げた羨望

 

 

 

 ――その願いは、叶わないと思っていた。

 何故なら……鎮守府において、潜水艦と言うのは便利なパシり扱いが非常に多い。

 低燃費でドック入りも短く、短時間で回復するゆえに過酷な環境に置かれていた。

 遠征なので単身放り出されては資源を回収して休む暇なくまた出撃。

 そんな日々の繰り返しを行うものと思っていた。……今思えば、勝手な思い込みで。

 一度も、無かった。無理な編成、無謀な出撃。覚えている限り、一度も。

 気がつけば……この人のことを強く意識していた。

 だって、この人は口こそ悪いけど、とても優しくて、格好よくて。

 恋の盲目があるのは分かってる。でも、理想の男性として意識している。

(この人の為に戦えて良かった)

 心からそう思う。此れからも、この命が海に沈むまで尽くす所存だ。

 この恋が、叶わなくてもいい。あの人は部下としてしか接してくれない。

 それで、いいのだ。部下として尽くせればいい。恋心など、潜水艦が抱いても……きっと無駄。

 沢山魅力的な艦娘がいる。自分は地味だし、手先が少し器用で真面目以外に取り柄はない。

 好きでした、とただその想いを打ち明けることすら出来やしないだろう。

 潜水艦は、海のなかにいるものだ。浮上してしまえば、呆気なくやられてしまう。

(ずっと……見ています。みんなの後ろで。ただ、あなたの幸せを祈って)

 あの人が幸せになればいい。自分と結ばれることはないだろうし、あってはいけない。

 自分では彼の事を守れない。守り抜く自信もない。

 ……もしも。もしも、叶うとしたら。ずっと、お慕いしていましたと。

 一言、あの人に言えればいい。言って困らせことは分かっている。枷になると理解している。

 勝手な想いを押し付けるのは、いけないことだ。重荷になってしまう。そんなのは嫌だから。

 だから、言わなくていい。胸に秘めたまま、ずっと海のなかで彼を慕って、誇って戦っていこう。

 それが、潜水艦としての己の在り方。最高の練度に至った今、改めて誓う忠誠の証。

(これからも、あなたとともに戦います。この命、海に還るその時まで)

 それが彼女の誓い。そして、彼女の選んだ道だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……提督に、執務室に呼ばれた。

 もしや、知らぬ間に失敗をしてしまったか。

 先日のバレンタインにおける、潜水艦のイタズラ波状攻撃により、守っていたハズの空母二人を抜いて、提督に直撃。

 胃痛を起こして医者にかかったと聞いていたが……その件だろうか。

 潜水艦のリーダーとして、キッチリ怒ったので大丈夫のはずだが。

 まあ、あの二人のことなので、多分懲りずにまた仕出かすと思われる。

 頭痛の種は秘書の飛鷹と同じく、抱えているから苦労がよくわかる。

 それとも、とうとう提督の怒りに触れてしまったか。

 あれこれ考えるうちに、執務室に到着。恐る恐る挨拶をして入る。

「入ってくれ」

 促されて、入室。今日の秘書は鈴谷だった。

「おはよう、非番なのにごめんねイムヤ。……ちょっとさ、大切な話があるから。鈴谷はちょいとお茶用意してくるね」

「悪いな、鈴谷。……イムヤ、そこに座ってくれ」

 呼ばれたのは潜水艦、伊168こと、イムヤ。潜水艦の艦娘である。

 心配そうな表情で席を促されて、着席する。提督も来客用のソファーに腰かけて、対面する。

 私服の長袖とスカートとタイツ、長い髪の毛はいつも通り一つに纏める。

 緋色の瞳は不安に揺れており、いったい何を言われるのか心配している様子。

「あ、あの……司令官。何かあったの? この間のバレンタインの、なにか当たった?」

 案の定、気にしていたらしい。

 バレンタインにおいて、バカ二名によるチョコ雷撃のせいで提督は一時期再起不能に陥った。

 一名はチョコに刺激物を混入させて激辛に、一名はチョコにゴーヤを混ぜ混む暴挙を行い提督の胃を徹底的に破壊した。

 お陰で大怪我が癒えないうちに内臓までダメージが入り、二日ほど医者に送られた。

 無論仕出かしたバカ二名は速やかに鈴谷及び飛鷹の二名により叱られた。

 飛鷹一人では逃げ回る潜水艦に追い付けず、罠を仕掛けて鈴谷と挟み込み確保。

 こっぴどいお叱りを受けたが、ゴーヤを入れた方はなぜ怒られているのか分かってなかった。

 毒味をしない贈り物をしたことである。味見ぐらいしっかりすると約束させた。

「あれは酷かったな……。いや、真面目に死ぬかと思った。心配するな。その一件じゃない」

 提督は苦笑いして、丁度鈴谷の持ってきたお茶と書類に何かを後ろで隠すように手渡された。

 何か、此方に渡すものでもあるのだろうか。イムヤは疑問符を浮かべる。

「じゃあ、何でイムヤを呼んだの? 何かあったの?」

 思い当たる節はない。違反はしないし、規律を乱すことも控えている。

 至って模範的優等生のイムヤをどうにかする理由はない。

「そうだな……。先ず、先んじて言っておく。イムヤ。俺はお前を信用してこの一件を託す。故に、秘匿すると約束できるか?」

 提督は重苦しい空気のなかで切り出した。

 出されたお茶を一口飲み込み、イムヤも表情を整える。

 信用されている。つまり、重要な案件で、他言無用にしないと鎮守府に問題が発生する。

「……司令官の部下として、決して本件を他者に漏らさないことを伊168は誓います」

 大きな仕事を任されるようだ。秘密裏に実行するべき事案あらば、確実に遂行する。

 イムヤは表情を引き締めて、応答する。

「イムヤ。そんなに緊張しなくても、いいよ。これはね、余計な混乱を鎮守府に招かない為の処置なの。言いふらされると……提督が危ないからさ。最悪、命狙われるかもしれないし。懸念される事は最初から潰しておきたいわけ」

「えっ……?」

 鈴谷が補足してくれた。その内容に、イムヤは絶句。一瞬で血の気が失せた。

 仲間に命を狙われる。……裏切り行為か何か? 司令官は何か悪事を企んでいる?

 イムヤにそれを手伝えと言うのだろうか? 彼女は困惑した。彼はそんな人じゃない。

 それは知っているのに、何故……そんなことを。理由が思い付かずフリーズする。

「紛らわしい言い方をするな鈴谷。俺が何か企んでいると思われるだろう」

「でも、実際刺されて死ぬかもしれないよ。……砲撃で粉々に吹き飛ぶかも。用心に越したことはないと鈴谷は思うけど? 提督はさ、艦娘の心をもう少し感じてほしいな」

「……善処する」

 余計に意味が分からない。

 提督と鈴谷は何が言いたい?

 イムヤは必死に思考を巡らせる。

 ここ最近の鎮守府の様子。鈴谷が沈みかけてダメコンで提督も大怪我した。

 それぐらい。大きなことだったがもう解決している。

(ええっと……ええっと……! イムヤは何を求められているの?)

 仲間に刺される。撃たれる。殺されるかもしれない事案。

 女心を理解しろと言う鈴谷に渋い顔で答える提督。

 状況から考えられる事は……分からない。

「イムヤ、そう難しく考えなくていい。これは、お前への贈り物だから」

「……贈り物?」

 イムヤを見て、提督は苦笑して言う。

 途端、キョトンとする。贈り物?

 そういって、提督は書類を彼女に見せた。

 それは……思いがけない内容のものだった。

「ッ!?」

 イムヤは目を疑った。何度も書類を読み直した。

 夢ではないと、しっかり確認した。……これは。

「し、司令官……っ! これって!」

 思わず声を大きく問うと、彼は誇らしげに微笑み、目の前に……それを差し出した。 

 ケースに入っている、銀色のシンプルなリング。そう、結婚指輪。

「イムヤ、最高練度おめでとう。……記念の、贈り物だ。ケッコンカッコカリの指輪を、この鎮守府代表として、司令官として贈呈させてほしい」

 彼の祝福の言葉が、嫌でも現実だと教えてくれた。

 

 ――ケッコンカッコカリの書類と、指輪。イムヤに贈られた、最高のプレゼント。

 

 まさかとは思った。潜水艦にケッコンカッコカリの指輪を渡す人がいるなんて。

 空母や戦艦が優先されると思っていた。自分には出番などないと。半分諦めていたのに。

 この人は……贈ってくれた! 最高の賛辞と共に!

「あ、嘘……。イムヤ、そんなに活躍してないよ……? 潜水艦だよ? 本当にいいの?」

 プロポーズされなかったことなど、どうでもいい。それよりも貰えたことが信じられない。

 大して性能がいいわけじゃない。低燃費、低性能をいく潜水艦だ。

 上限を開放しても、性能も燃費にしてもたかが知れているのに。

 勝手に、涙が溢れてきた。感動と感謝。彼に選ばれた誇り。

 沢山いっぺんに沸き上がって、涙と言う表現しかできなかった。

 嬉しい。とても、嬉しい。この人についてきて、本当に良かった。

 努力が……報われたような気がした。

「潜水艦のなかでも、イムヤにはいつも苦労をかけているしな。俺にできる、せめてものお礼だ。受け取ってほしい」

 提督はそういって、指輪を差し出す。イムヤは、何度も泣きながら頷いた。

 身にあまる光栄だった。自分なんかを選んでくれた彼に、どこまでも尽くそうと思う。

 指輪をとって、左手の薬指にはめる。……これで、彼女の練度は限界を越えた。

「ありがとう……。本当に、有難う司令官。イムヤ、これからも……司令官と一緒に戦っていくね!」

「ああ。不甲斐ない俺だが、此方こそ宜しく頼む」

 互いに握手をして、笑い泣きをしてイムヤは思う。

 ……やっぱり、彼は部下の成果を祝福してくれるのだ。

 異性としてじゃないのは、残念だけれど……流石に、贅沢だろう。

 これだけで十分幸せだった。いいや、これ以上ないほどの幸福を感じた。

 この人に託されたのだ。共に戦う未来を。誇るべきこと。艦娘として最大の賛辞を頂いた。

「ずっと……ずっと、イムヤは司令官を慕っていました。これほど、嬉しいことはありません。ですから、今まで以上のご指導ご鞭撻、お願い致します!」

「ああ、任せて……ん? 今、何か前半に妙なフレーズが……」

「……………………あっ」

 しまった。涙を流したまま、ほうけた声が出た。

 感動のあまり、口が滑って本音が漏れた。

 慌ててイムヤはフォローする。焦って余計なことまで口走って自滅していく。

「ふーん……。やっぱし、こうなるよねえ……? 鈴谷も分かってたよ提督?」

「雰囲気が怖いぞ鈴谷!?」

 そして、今まで祝賀ムードだった鈴谷が笑顔のまま怒りマークを浮かべて彼に凄んでいた。

「と、途中までいい空気だったのに……」

「し、失礼しました! 身の程を弁えず、身勝手なことを!」

 焦りすぎて、敬語で話すイムヤ。がっくり項垂れる提督。

 イムヤの秘めていた恋心を知られた。本人に。恥ずかしくて顔から火が出そう。

「ま、分かってたことだけどね。イムヤ、これが他言無用の最大の理由」

 深い深いため息をついて、鈴谷は理由を語り出す。

 いわく、提督はケッコンカッコカリのシステムを部下のさらなる活躍に期待しているため、複数配っている。 

 理由は真っ当だが如何せんイメージが最悪で、他の艦娘に激怒され、修羅場になるかもしれない。

 だから、他の艦娘には絶対言ってはならない。言うとキレた金剛あたりが暴走するかもしれない。

「提督、本当最低。女の子の気持ち全無視とか、ろくなもんじゃないよ」

「待て、俺はやましい気持ちなんてないだろ。部下の活躍を願って何が悪いか」

「理由がちゃんとしてるから、余計に腹立つんだよね。イムヤも怒っていいよ」

 悪びれない彼に小言を言う鈴谷。現在、この鎮守府では葛城、飛鷹、鈴谷、イムヤの四名が限界を越えた。

 秘書の権限で、飛鷹と鈴谷は知っており、場合によってはフォローに回っている。

 残りは14。必要に応じて数は増えると言う。苦笑するイムヤはなにも言えない。

 堅物のこの人らしい理由だった。まあ、思いを言えただけ良かったと思う。

 暴発に近かったけれど、言ってしまったのだから誤魔化しはしない。

 結ばれなくてもいいし、何よりイムヤは言えれば満足。それ以上は求めない。

「司令官……。イムヤの事は、気にしないで。言っちゃったけど、イムヤは今のままが一番だもの」

「……そうか。じゃあ、引き続き頑張ろうな」

 提督と笑いあって、イムヤは部屋をあとにした。

 いいのだ。最高に今、満たされている。

 潜水艦でも、頑張ればここまでこれる。それを実感できた。

 自然と笑顔になって、彼女は戻っていった。

 受け取った名誉の証を隠し持って。

 明日からまた、頑張ろう。

 あの人の役にたてることが、イムヤの幸福だと信じているから。



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意識改革を始めよう

 

 

 ……大本営から、注意喚起のお達しがきた。

 先日、彼と似たようなことをしている提督が、艦娘に殺されてしまったらしい。

 後ろからいきなり、短刀で一撃された挙げ句に鎮守府のなかで内輪揉めが勃発。

 多数の艦娘も巻き込んで自滅してしまったのだと言う。

「……まさか、な」

 彼は背筋が凍った。不埒なことは一切していないのになぜ来た。

 ハーレム建設なんてしていない。至って健全、真っ当な理由なのに。

 自分も二の舞になるのだろうか。いや、彼女たちに限ってはあり得ない。

 部下を信じて彼は次に誰に渡すかを考えていた。

 この時点で、一部の艦娘が……既に気づき始めているのを知らないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。秘書がくるまえに、彼は私室を出て制服に着替え、執務室に向かう途中。

 背後に誰かの気配を感じた。振り向こうとする前に、音を殺して、後ろを取られた。

「……動かないで。動いたら、撃ちますよ」

 同時に冷えた声。押し付けられる冷たい感触。これは……艤装か。

 提督は鳥肌がたった。喚起がきた途端にこれ。流石に何かを感じる。

「どういうつもりだ」

 冷静に努めながら、問い返す。内心はビクビクしていた。

 声からして、誰かは分かる。しかし……行動の理由は見えない。

 普段から何を考えているかよくわからない彼女が、過激な行動を起こすなんて驚愕だった。

「……あなたは、私達を裏切っていたのね。軽蔑したわ。尊敬……していたのに」

 彼女は失望したように提督に言う。ひどい言われように、彼は眉を潜めた。

「何の話だ」

「とぼけないで。よくも、よくも……私の可愛い後輩に手を出したわね。穢らわしい。あなたもやはり、ただの欲望まみれの男だったのね。あなたのような人間のクズは死ねばいいのよ。あの子達を守るためなら、私はあなたを連れて地獄に墜ちるわ。覚悟しなさい。最早、私はあなたを提督とは認めない。ただの害悪として、始末するわ」

 静かに、そして過激に彼女は激怒していた。

 身に覚えのない彼は、話が見えずに唖然とする。

 部下は、いったい何に怒っている? まさか、例の件か。

 徹底して口封じしていたのに……なぜ、知られた?

 いや、それはない。彼女たちが軽んじる理由はない。

 ならば、察したか。ここ最近、一緒に近海に任務に出ている際に、恐らく接触して観察して気づいたと。

 まずい。このままでは、共に死ぬ覚悟で殺される。誤解なのに。言っても彼女は無駄だろう。

 何せクールビューティーを被ったキレやすい若者だ。思い込むと、話を聞かない。

 ……でも。

 こんな状況なのに、彼は違うことを考える。

 やはり彼女は素晴らしい。己を省みず、後輩のために行動を起こす胆力。

 そこまでして尽くすよき先輩。なんと優しく、強い女性か。改めて思う。

 思わず笑ってしまった。機敏に彼女も気がついて怒る。

「何を笑っているの? 命乞いなら聞かないわ。その声、もう聞きたくもない」

「俺は、本当に良い部下を持った。後輩のために提督に歯向かうまでの心意気があるなんて、正直嬉しいんだ。……これなら、きっとお前は俺が死んでも……皆を引っ張っていけると思う。後を託せる部下がいることは、喜ばしい。そうだろ? 加賀」

「……あなたは、何をいっているの?」

 そう。提督を暗殺しようとしたのは、正規空母、加賀。

 この鎮守府では数少ない正規空母であり、実力は軒並み高水準。

 飛鷹の次に入ってきた経歴があり、後輩が多く頼りにされている。

 そんな彼女が、皆のために反逆を起こしてくれた。

 両手をあげて降参しつつ、切り出す。

 熱くなっているが、冷めれば彼女は沈着な思考に戻れるはずだ。

 誤解とはいえ……何と頼もしいことか。流石はかの一航戦の加賀。

 本当に己の恵まれた環境に感謝しても足りない。提督はある種の感動さえしていた。場違いにも。

「落ち着け、とはまでは言えないだろう。一応、弁明らしきものはさせてくれないか? 何ならこの一件、加賀にも詳しく話したいと思う。葛城に聞いてもだんまりだったんだろう?」

「……」

 殺しはしてほしくない。彼女は未来有望な空母。

 殺人で失うには尊すぎる。彼女は暫し黙り、軈て。

「…………。提督。もしかして私は、やらかしました?」

 と、我に返ったようで聞かれた。

 振り返ると、ひきつった顔で弓を持つ加賀が見上げていた。

「そうだな、やらかしたな。誤解だよ加賀。ケッコンカッコカリの話だろ? お前、心配しすぎだって。朝っぱらからデンジャラスなことしてくれて。ビックリしたぜ」

 本題を切り出すと、彼女は青ざめる。立派な謀反を起こしてしまったのだ。

 然し提督は己に非があるので不問として、彼女を引き連れ執務室に向かった。

 危うく誤解で死ぬところだった。本当に驚いたが、良かったとも思う。

 ……これからは、いっそう味方を増やしてフォローしてもらおうと判断した彼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

「責任をとって、自沈致します。今までお世話になりました」

 呼び出された飛鷹と鈴谷、念のために葛城とイムヤまで呼び全員で説明。

 イムヤと葛城が任務に戻った途端に、自分のこめかみに矢を突き立てて死のうとした。

 珍しい、何だか泣きそうな表情で。

「待て、早まるな加賀!!」

 こっちも青くなる提督と、飛鷹と鈴谷が決死で止める。

 彼女は目から光が失せて、瞳孔が開いている。怖い。

「まさか、危うく己の尊敬する提督を亡き者にするところだったなんて……。一航戦の名折れです。死なせてください提督。あるいは解体を……。私は一体、何のために敬愛するあなたの下で戦ってきたのでしょうか……」

 精神がショックで折れた。意外にメンタルが弱いらしく、ぐったりソファーに座って放心している。

 余程暴走による勘違いが精神に響いたのか、加賀は土下座までして謝罪してくる。

「……少しは懲りた? 提督、修羅場って言うのはこう言うことよ」

 飛鷹の言葉が胸に痛い。呆れたような、諌めるような声で言う。

「加賀さん、ちょっと落ち着いて。ね?」

「大変申し訳ありません提督……。私に出来ることがあるならなんなりと命じてください」

 鈴谷が慰めるも、加賀は軽く錯乱しているようで、何時もならしない言動になっていた。

 仕方なく、フォローをお願いすると敬礼して承った。償いとしては軽いが、今回は勘違いだ。

 原因は提督の思慮不足。それでも止めないこのバカはどうしようもない。

 何せ悪いことと思っておらず、一概に悪いとも言えないのがたちが悪い。

 純粋に部下を思う行動が部下に伝わらず誤解を生む。一種の性別の差もある。

 女の子にとって、結婚とはそれほど重いものをシステムだからと軽んじる彼も彼。

 一番の原因は大本営のやり方だが。そういう被害があるのに一向に改善の見込みなし。

 救いようもない。

「わ、私にも……練度が最大になれば、指輪は頂けるのでしょうか?」

「それは勿論。加賀ほどの艦娘に渡さない理由はないからな」

 最後に恐る恐る聞いてきた彼女に即答する。

 あからさまに期待していた加賀はその返事に、

「……やりました」

 小さくガッツポーズをとる始末。同時に二つの殺気にも気がつく。

 提督の背後で猛禽類と女子高生が、提督を凄い目付きで睨んでいたのを加賀は見た。

(ああ、成る程。……あの二人は、本気なのね。ふふっ、頑張って)

 加賀は愛ではなく尊敬なので深い意味はない。でもあの二人は違うようで。

 コッソリと応援していると二人にウィンクして、部屋を出ていった。

 彼が思っている以上に、彼女は分かりにくいが茶目っ気のある女性。

 気付かれたと知るや赤面する二人に、安心している唐変木は気がつかない。

 今日も鎮守府は平和であった。……長続きはしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度は同僚から呼び出された。渋々応じて顔をみせに他の鎮守府に向かうや、

「生きてたか! 良かった、心配したぞ!」

 と出迎えて早々言われた。失礼な態度に彼も怒る。

 不純な動機ではないと何度も説明したはず。なのに周囲は誤解する。

「なぜだ。なぜ俺はこんな目に遭う!? 教えてくれ、飛鷹! 何故なんだ!?」

「……本気で聞いてるなら、一発ぶん殴っていいわよね」

「なぜぇ!?」

 飛鷹も絶対零度の目線で見下し、教えてくれない。

 部下たちは日々戦っている。問題があるのは開発した大本営であって彼ではない。

 そういう認識でいるから、この人はダメなのだ。

 飛鷹は仕方なく、打開するために提案する。

「もう少し、私達艦娘と触れあってみれば分かるわ。部下として、戦友としてじゃ理解が足りない。一人の女性として、みんなを見て。そうすれば、答えは見えてくるでしょう?」

「……難しいことを言うなぁ」

 彼は悶える。一つの組織を纏めるうえで、贔屓はやってはいけないと彼は思う。

 プライベートでは先ず飛鷹と以外に出掛けることはない。何故なら、そこまで彼女たちと接してないから。

 仲良くなりすぎると仕事に支障を出すと考えてるから。

 飛鷹は長年の付き合いで、互いに譲歩できるからそれはない。

 だが鈴谷ともそうだし、他の艦娘とも距離を縮めるのは抵抗感がある。

 しかもフレンドリーが苦手な彼は、喜んでいくような艦娘とは相性が悪すぎる。

 相手を選ばないといけないし、出来れば選びたくない。それが本音。

「…………。貴方、まさかホモ?」

「違う。断じて違う。よく言われるけどホモじゃない」

 ここまで来ると女性に興味がないようにも見える。

 事実飛鷹も親友としては見ているが多分女性扱いしていないと思う。

 つまり、根本から意識に問題あり。早急に何とかしないとまた、誤解を生む。

「……よし、決めた。貴方、艦娘と少しお出掛けしてみなさい。相手が仕事以外で何を知りたいか、きっと分かるから」

 とうとう、行動を飛鷹は起こす。自分のためと、みんなの為に。

 彼に部下と出掛けさせて、嫌でも女の気持ちを思い知らせる作戦を決行する。

「いや……皆も俺とじゃ嫌がるんじゃ」

「うるさい。ごちゃごちゃ言わないで、貴方のその罪深い行動を反省しなさい!」

 抵抗する唐変木。飛鷹は有無を言わせず、お出掛け大作戦をすぐに鎮守府の皆に知らせた。

 ここまで来れば最早猶予はない。ケッコンカッコカリはまだしも、フォローしきれない。

 意識改革のほうが余程充実している。

 彼はまだ嫌がっているが、女性を意識できないのならお話にならない。

 ここまで来たら、強引にでもいくしかあるまい。

 あの堅物の提督が遂に重い腰をあげて、部下の艦娘とプライベートで触れあうことを許可した。

 すると、皆戦意高揚が見られているではないか。 

 元々人気はあったが如何せんこの性格で、機会を知らなかっただけ。

 唖然とする彼に飛鷹と乗り気の鈴谷が扇動して、あれよあれよと話が進む。

 そして、気がつけば。彼は……鎮守府のある町の繁華街で、艦娘とデートするはめになっていたのだった……。

 彼の艦娘とふれ合う、彼にしてみれば苦行の時間が幕をあげる……。




今回よりリクエストを始めました。宜しければそちらもご参照下さい。


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堅物と引っ込み思案の少女 変質者を添えて

 

 

 

 

 ……胃痛を覚える。なぜに、彼はここにいるのか。

 鎮守府のある町の繁華街。寒空の休日に、駅前で待ち合わせ。

 髪型……よし。多分。服装……これでいいのか分からないが黒いダッフルコートと黒い上下で統一した。

 時間よりも早めにきた。経験はないが、多分これでいい。……多分。

 理由があるとすれば、彼の問題であり、彼が原因であること。

 飛鷹に言われて、初めて彼は己の失態に気がついた。

 

(バカか俺は……! 俺は部下の事を何一つ知らないじゃないか! なぜ今まで気がつかなかった!? それでいく司令官と名乗れたものだな!! 鎮守府の責任者として、皆の上にたつ人間として、あまりにも無責任ではないか!)

 

 そう。彼は、部下たちの事をなにも知らない。それに気がつき、恐れおののいた。

 呆れるほどの無関心、そしてその高慢さに。

 今まで寝ぼけて指揮をとってきたような衝撃とショックを感じた。

 仕事で彼女たちと触れあう機会は確かに多い。

 だが、それだけなのだ。彼は、部下という色眼鏡を使っていたせいで、個人を見ていなかった。

 現に、質問をひとつされた。彼は一人でも、部下の好きなものを言えるか?

 答えは……否。あるまじき返答であった。性格的なものは仕事で知るがあとはなにも知らない。

 個人の趣味嗜好など、全くの皆無だったのだ。知っているのは飛鷹と最近知った鈴谷ぐらい。

 後は何にも知らないのだ。知らずにここまで来てしまったのだ。

 知る機会を潰して不必要とした結果が今の鎮守府の惨事。呆れ果てる事態だった。

 無知だった。自分は、部下の預かる身として失格だったのだと悟る。

 飛鷹はこう言いたいのではないか。そう、言外に。

 

 ……思い上がりもいい加減にしろ、女性を虚仮にして貶める穢らわしいこの無知蒙昧のクソ提督、と。

 

 知ろうともせず、よく考えず我が身可愛さで忌避していた現実に気がついて、彼は一時真面目に提督引退を考えた。

 付き合いの長い飛鷹にとうとう、愛想を尽かされた。要するに、提督人生は終了。

 とっとと退役して次の仕事を探そうかと悲壮な決意を一人でしていた。

 飛鷹と鈴谷は焦った。何か提督が前よりも思い詰めていた。

 しかも突然、俺は司令官失格だから辞職するとか言い出して辞職届けまで用意して辞めようとしていた。

 更には、全員を食堂に呼び出して土下座して謝った。無能な司令で申し訳ないと。

 直ぐにでも辞職する覚悟と用意はあるから文句がある者は早めにぶちまけてくれと。

 その奇行? 愚行? の態度に部下までも混乱した。

 この人は一体何をいっているのか分からず、こっちも此方で身に覚えがないためパニックを起こした。

 提督が壮絶な表情をしていたので、きっとこれはここまで追い詰めてしまった不甲斐ない自分達の責任勝手に思い込んで、謝罪を込めて加賀などがまた自沈しようとするなどしてくる始末。

 双方、意味不明な恐慌に陥って一時期鎮守府の機能が停止した。

 飛鷹と鈴谷とその他が必死に駆け回り事なきを得たが。

 どうやら、彼の自覚は良かったがそこから必要以上に自分を追い込んで自滅し、思い込みで辞職する覚悟だったと見る。

 色々な意味でバカ真面目なのが幸いして、先ずはゆっくりやっていこうと皆で話し合った。

 下手に彼になにかいうと全部自分の責任と考えて行動するようであった。卑下しすぎである。

 あのまま行っていたら多分自刃もあり得た。精神的にかなり参っていたのは見ていて皆よくわかった。

 大規模作戦の時より凄まじい陰りのある顔をして、独り言を言いながら自己暗示のように己を罵倒し続けていた。

 あまりの剣幕に気の弱い艦娘は慰める前に逃げ出した。飛鷹ですら声をかけるのを躊躇った。

 怪我の治りきらない真冬の休日。彼の中では氷河期にでもなっていたのだろう。

(……俺でいいのか。本当に。知る必要はある。知らなければいけない。だが、知って俺に活かせるのか? 彼女たちを俺は導けるのか? 大体身近な異性でしかない俺がデートの相手に相応しいのか? ……やはり帰ろうか。俺のような下男が彼女たちを楽しんでもらおうなどと考えていたのが烏滸がましい間違いだったんだ。うん、今からでも遅くない。さっさと戻って辞職届けを大本営に発送しなければ)

「提督、すみません遅くなっ……て……?」

(そうと決まれば彼女に連絡を。……しまった、彼女は携帯を持っているのかすら知らん! 番号以前の問題だったか! やはり早急に俺は辞職せねば彼女たちに示しがつかないか……。後ろ髪を引かれるが、これも無能のしたで仕えるよりも真に優秀な司令官に巡り会えるように祈るしかない。俺は相応しくない、去り際くらいは褒められるようなものでありたい)

「提督……顔が、般若になってます……。じゃなくて、提督っ!!」

 女の子が呼んでいる。彼は死んだ目で見下ろす。私服の少女が心配そうに見上げていた。

 普段はセミショートをみつあみにしているが、今日は真っ直ぐ降ろして可愛らしく髪飾りをつけていた。

 もこもこに着こんだ彼女は……。

「うん? 磯波、早いな。もう来たのか」

「い、いえ……。遅刻していますが……」

 我に返り見下ろしたのは駆逐艦、磯波だった。

 恐縮して謝罪する彼女が記念すべき最初のデートのお相手。

 地味、影が薄い、そっくりさんなどなど言われたい放題言われる自己主張の少ない少女で、艦娘の中では埋没しがちな一人。

 事実、しょっちゅう他の姉妹と間違えられ、時にはその場にいるのに忘れられ、酷いときはいないもの扱いされる。

 そんな不憫とも言える彼女だが、意外と駆逐艦の苦手な彼とは仲良しだった。

 大人しい、静か、利口で提督との相性は抜群に良く、割りと見かけると話す稀有な一人。

「……磯波。俺でいいのか?」

「……提督こそ、私などで良いのですか? 他にもお相手はたくさんいるのに」

 今回、最初だけあって艦娘たちは我先にといきり立っていたが、提督は彼女を選んだ。 

 理由として比較的話のあう少女であり、自己主張の弱い引っ込み思案が彼とは凄く助かるのだ。

 ただまあ、磯波ですらプライベートは全く知らないし、彼女も提督のことを知らなかった。

 まさかの一番乗りの大抜擢に一瞬気絶したぐらいだ。なぜ自分が、とも思うが。

「あ、そのなんだ。……恥ずかしい話だけどさ、俺ってあんまこの手のこと知らないんだよ。いや、デートてのは経験なくて。……悲しいけどね」

「…………」

 意外だった。実直で堅実なこの人が女性経験がないなんて。モテモテかと思っていた。

「磯波は緊張してる?」

「……はい」

 緊張しまくりだ。髪型とか服装とか姉たちと決めていたら見事に遅れた。

 磯波にとっても異性との外出は初めてだし、普段は姉妹で出掛けるだけ。

 緊張しない方がおかしい。提督も勿論している。

「磯波、本当に情けない提督で申し訳ない。一応、下調べはしてみたが……そもそも、デートって何すればいいんだ?」

「さぁ……?」

 互いに経験なし。デートって何ぞや、というレベルである。

 しかも結局事前の情報はない。

 姉妹の吹雪たちは磯波のコーディネートで忙しく、提督に好みを教えている暇がなかった。

 行き当たりばったりで始まったデートである。良い年齢の大人が経験ないとは情けない。

 頭をボリボリかく提督。バッチリ控えめな色合いながらお洒落してきた磯波に悪いと思う。

「どこかいきたい場所はあるか?」

 こう言うとき、普段の磯波なら相手に任せてしまう。

 自己主張の苦手な彼女はそれがデフォルト。成り行きに任せてしまう。

 だが、姉の吹雪はこう言った。

「そんなんじゃダメだよ磯波ちゃん! 司令官の事を知りたいなら、先ずは自分を知ってもらわなきゃ!」

 つまり、攻めろと。ちょっと勇気を振りだしてワガママを言ってみろと。

 清水の舞台から飛び降りるつもりで、ワガママを言った。顔は真っ赤、それでも怯みはしない。

 提督との事を知りたいから、ゆっくりとおしゃべりしたいと言う、慎ましいワガママを。

 提督は、笑いながら頷いて、喫茶店で軽く話そうと言い出す。

 ……これでいいのかもしれない。

 磯波には一緒に遊ぶとか買い物するとか、そんな大胆なことはできない。

 恥ずかしくて死んでしまう。これでも十分頑張った。

「そうか。では……行こうか磯波」

 先導してくれる提督が、手を差し出した。

 キョトンとする磯波。意図が分からなかった。

「はぐれないように手を繋ごう」

「!!」

 まさかの申し出。吹雪はいっていた。

 手を繋ぎながら歩く姿はデートの特権であると!

 磯波は緊張してガチガチなまま、その手をゆっくりと握る。

 大きくて、武骨な手だった。意外とあったかい。

「よ、宜しくお願いします……」

 小声でエスコートという前代未聞の経験を味わうべく、磯波は出発した。

 共に出掛けると、こんな良い目にあえるらしい。知らなかった。

 以前顔は真っ赤なまま。俯いた磯波を連れて、提督は出発する。

 目指すは……落ち着いて話せる場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……心配です。磯波ちゃんは大丈夫でしょうか……?)

(ね、ねえ……やっぱり帰ろうよぉ……。司令官にバレたら不味いって……)

(大丈夫です。変装はバッチリ。バレません!)

(そ、その自信はどこから来るのかなぁ……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督は飛鷹と良くいく喫茶店に移動していた。

 個人経営の静かで目立たない場所にある隠れた名店で、落ち着けるシックな色合いの店内に案内される。

 目立たない席に移動して、向き合って座る。

 珍しく客が続き、グラサンとマスク、マフラーに帽子を被る二人組の客も続いていた。

 磯波がそれを見て驚いて硬直していた。提督はその色を、危険と判断した。

 素早く動いた。机に身を乗り出し、真剣な顔で。

「!!」

 磯波はそれにもビックリした。

 振り返ったら突然提督の整った精悍な顔が近くに来ていた。

 しかも表情は至って真剣。もしや……いきなり口説かれてキスの一つでも……!?

(て、提督それはダメです!! そんな、私は何の取り柄もないただの駆逐艦です! いきなり迫られたら、私……私は……!!)

 緊張はマックスに。突然のビーストになった提督にドキドキして、思わず目を閉じた。

 ああ、磯波の最初のデートで憧れの提督に……最初のキスを美味しく食べられてしまうのだ。

 吝かではない自分もいるので、無抵抗。身を強ばらせるのを、提督は更に恐怖と受け取った。

 ガタッ! と二人組が怪しく立ち上がった。こっちを見ているの一瞬横目で確認する。

 可哀想に、ガチガチに固まった磯波を守るべく、彼は小声で磯波に言う。

「磯波。落ち着いて聞いてくれ。……俺達は、尾行されているようだ」

「……えっ?」

 目を開けて恐る恐る見れば、周囲を警戒している提督が鋭い眼差しでこっちを見ている。

 甘い展開では……無さそう。というか、何か勘違いしている。

「あの、見るからに不審者の二人、見えるか? あいつら、駅前にもいた。気のせいだと思って敢えて無視していたが、俺たちを見張っているように、ずっと一定間隔でついてきている。……不味いな。鎮守府のスケジュールが外部に漏れてる。何処からかは分かんないけど、多分狙いは磯波。お前だ」

「えっ? えっ……?」

 提督は完全に臨戦態勢に入っている。磯波を本気で守る気だった。

 不審者は慌ててわざとらしく座り込み、新聞を読み始めた。時おりこっちを観察している。

 磯波は誰かすぐに気がついたが、言い出す前に。

「顔が利くここで良かったぜ。大丈夫だ磯波。俺が死んでもお前は鎮守府に連れて帰るから。安心していい」

 彼は店主らしき人物に何か指でジェスチャーで示した。

 店主はそれを見て、軽く神妙な顔で頷いた。

「……よし。これで大丈夫だ。ここのマスターが注文を取りに行っている間に逃げろっていってくれた。時間を稼いでくれるって。すまない磯波。……優雅にお茶の時間とは、いかないらしい。明日、秘書をお前に頼むよ。その時、一緒に沢山話そう。埋め合わせはするよ。だから今は……安全な場所まで逃げるんだ。落ち着いて、ついてこい。出来るな?」

 初めて見る、非常時の提督の一面。こんなときも部下を優先してくれる。

 本当に部下思いなんだな、と半分ぽーっと熱に浮かされるように頷いたのが不味かった。

 マスターが注文を取りにいく。怪しい二人組は何かを言っている間に彼女の手を引き立ち上がる。

 裏口からいけとアイコンタクトを受けて、軽く会釈して、二人は急ぐ。

 案の定、立ち上がろうとする二人を押し売りのように止めるマスター。

 その隙に、二人は裏口を通って逃げ出した。

 恰も、愛の逃避行の様。映画のワンシーンを経験したとのちに磯波は恍惚として語った。

 気がつけば熱っぽい視線で彼を見上げる磯波をお姫様だっこして、提督は人気のない道を疾走。

 そのまま、すごい早さで駅前にまで戻ると、駅員に一度磯波を預ける。

「……飛鷹か! 俺だ。緊急事態発生。こっちの日程が外部に漏れてる。磯波を追跡する変質者を確認した。大至急、磯波の保護を頼みたい! 一人憲兵をこっちに寄越してくれ! 場所は駅前だ。……ああ、そこでいい。あと、非番の子達に絶対に外に出るなと通達を! 犯人を確保するまで、絶対だ! 任せたぞ!」

 夢心地だった磯波がハッとした時には、物の見事に大事になっていた。

 留守を任せている飛鷹にまさかの連絡。

 直ぐ様駆けつける憲兵。その間、磯波を不安にさせないように庇いつつ、周囲を警戒している提督。 

 ヤバい。物事が大きくなりすぎている。磯波がフォローしようと口を開く前に鳴り響く電話。

 出た提督の顔が青ざめる。外出届けを出して、吹雪と白雪が出掛けていたらしい。

 しかもこの近くに。

「何てこったい……! 分かった、すぐにあの子達に連絡して連れて帰る! 磯波は憲兵に任せるから、頼むぞ!」

 提督は憲兵に敬礼して磯波を託して、そのまま電話をして走り出す。良く見れば脂汗を流している。

 怪我が治りきる前に激しく運動するから、苦痛に苛まれているのだろう。

(提督、違うんです!! あの二人がその二人なんです!! ま、待ってー!!)

 ああ、真相を言う前に彼は突撃していった。憲兵はその姿にこう漏らす。

「男や……。あの人は間違いなく男や」

 憲兵に付き添いを受けて帰るはめになった磯波。収穫はあったがデートが台無しだ。

 尚、決死の捜索で二人は見つかり、しかし不審者は見つからず事件は迷宮入り。

 情報管理は徹底されて、真相を知る磯波の非常に珍しい激怒が発動したと言う。



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一歩引いた所から

 

 皆と打ち解けると宣言してから暫し経つ。

 艦娘たちはどんどん自分を知ってもらおうとフレンドリーになっていく。

 然し、考えてみてほしい。彼の鎮守府は中規模とはいえ、50を越える艦娘が所属する。 

 それがいっぺんに押し寄せ打ち解けようとすると、どうなるか。

 こうなる。

(最近、部下が凄く積極的で怖い)

 提督はキャパを越えて降参した。一度に大量は勘弁してほしい。

 覚えきれない。

 只でさえデータを叩き込むため自前でリストを作って、各々の好みや嗜好を把握しようと努めているのに、数が多すぎる。

 そんなに器用な人間じゃない。それに艦娘同士の相性もある。

 どういう艦隊を組めば無理なく活動できるか。意見を取り入れつつやるのも提督の勤め。

 結果、提督は最近全く余裕がない。秘書を細かく変えて話し合い、リサーチをしている。

 だが……。

「俺の能力じゃ管理しきれない……」

 日々窶れていく提督。真面目で不器用なりに努力してもどうしても数は覆らない。

 手伝ってくれる艦娘もいる。が、その艦娘もまた理解しなければいけない相手。

 気遣いを受けているのは明白である。ある程度で妥協しても時間は足りない。

 要するに。彼は、どうあがいても絶望の袋小路に迷い混んでいた。

 そして。遂に。事件は……起こった。再びであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鷹。俺はお前に数えきれないほどの経験を貰えた。凄く感謝している。今までありがとう」

 提督はある朝に、荷物をまとめて鎮守府から立ち去ろうとしていた。

 何かまた起きたらしく、今度は行動を起こしていた。

「なにっ!? 何が起きたの一体!? 落ち着いてっ!! 多分誤解! いやきっと勘違い!! ね、少し冷静になってってば!!」

 唐突なサヨナラを言われて眠気が吹っ飛んだ飛鷹は、慌てて簡単に纏めたキャリーケースを持つ彼を引き留める。

 正門からタクシーを呼んで大本営に行くつもりだった彼を押し止めた。

「逝かせてくれ飛鷹。俺は……最早提督じゃない。単なるクズだ。相応の報いと裁きがいる」

「なに! 今度は何事!? 貴方の早とちりは此処のところ酷いけど今度は何が起きたの!! 先ずは深呼吸! そして事情を説明! あと逝くってのは絶対だめ! 認めないからね私!」

 ゾンビの顔色をした彼は、深呼吸して黙って簡潔に告げた。最悪だった。

「榛名に手を出した。俺には記憶がないが、状況的に間違いない。責任とって大本営に出頭するか死のうと思う」

「そう。じゃあ一緒に死にましょうか提督。大丈夫、私も死ぬわ」

 途端、無表情になった飛鷹が自爆するためのお札を用意。提督が止めろと言う前に、

「一人じゃ逝かせない。貴方の責任は私の責任だもの。一緒に背負って死ぬから安心して」

 飛鷹も覚悟を決めて、いざ共に……。

「待ちなさい」

 しかし真打ち登場。二人が振り返ると、そこには何故か寝巻き姿の加賀がいた。

「事情は聞いていたわ。飛鷹、私も混ぜなさい。彼が間違いを犯して死ぬのならば、私も潔く散りましょう。この命、彼以外の下で戦う気は毛頭ないもの。彼が死ぬなら、私も続くわ」

 止めるわけがなかった。こいつの場合は真面目な自滅タイプなので同じことを選ぶ。

「……別にいいけど。彼には触らないでね。今触れていいのは私だけ。それさえ守ってくれればいいよ」

 完全に飛鷹は提督と心中する気だった。加賀もついて逝くらしい。

 提督は……諦めた。

 此処のところの精神磨耗のせいで思考が可笑しくなっているようで細かいことを考える余裕もなかった。

 どうせ死ぬのだ。部下を穢した罪は己の命で償おう。……飛鷹と加賀を巻き込むのは忍びないが。

 病んだ目で提督を抱き締める飛鷹と、傍らで彼に頷く加賀。

「済まなかった……。迷惑をかけて」

「……いいえ。提督を理解できず、過ちを犯すまで気付けなかった私を許してください……」

「貴方が榛名に何で手を出したのかは知らないけど理由はどうでもいいわ。私も一緒に償うから。……みんな、不甲斐ない提督と秘書艦でゴメンね……」

 起爆五秒前。よん。さん。に。いち。

 

「待って待ってやめてーー!!」

 

 ……ぜろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、榛名は大丈夫と思って……」

「提督が大丈夫じゃないのよ!! なんて羨ま……じゃない、バカなことをしたと思っているの!!」

 一時間後。榛名は無事に生きていた飛鷹に怒鳴られていた。

 かなりお冠の飛鷹は正座した榛名に結構な剣幕で叱る。多分私怨もはいっている。

 提督は安堵するよりも、艦娘に対する警戒心が急上昇し、左右前後逃げ場所を探していた。

 現在、食堂。朝の騒ぎに気がついて皆さん眠そうに目を擦りながら様子を見る。

 此度の事件は、犯人は榛名本人であった。顛末はこうだ。

 先ずは、榛名と一緒に夜中まで仕事をしていた。明日は休日と言うことで無理をしていた。

 で、仕事を終えて、あまりの連日の精神的疲労が祟って、彼は執務室の大きめのソファーベッドで寝入っていた。

 部屋に戻らなかったことも原因の一つ。で、あれこれ片付け終えた榛名が無防備な獲物を発見。

 ……ここで、榛名は少しぐらいなら一緒に寝てもバレないよね、と素直に甘えたくてごそごそと侵入。

 そのまま彼と共に寝落ち。

 生憎、榛名は結構な露出の多い服装で寝ていた。で、寝相も悪い。

 ベッドから蹴り落とされた提督が起きた早朝五時ごろ。

 ……二人して、絶妙に衣服が乱れた状態で提督は目覚めた。

 昨晩、仕事を終わった頃の記憶がない。

 目の前にはギリギリの眩しい榛名の太ももや余裕で出来る胸の谷間。乱れた着衣。

 ……つまり、やらかしてしまった。榛名に手を出して一緒に寝ていた。

 よし、憲兵に自首しようと決意した提督は榛名の着衣をゆっくりと丁寧に整え、布団をかけ置き手紙の遺書を残して、身支度して早起きしてきた飛鷹に最後の挨拶をして出頭する気だった。

 最悪、死ぬ気でいた。

「金剛。どういう貞操の教育を妹にしているの。あなたが大体、破廉恥だと言うことを自覚しなさい」

「はい……。榛名がどうも、すみませんデシタ……」

 加賀が無表情で金剛にも苦言を呈している。

 今回、榛名に悪気はない。単に甘えてみたかっただけ。

 然し、提督はそうは思わない。油断と受け取った。

(……やはりあの手の艦娘はダメだ。近づいてはいけない。見かけに騙されるなよ俺。古きよき大和撫子の榛名だって結局は金剛の妹。根っこはやっぱりこういう事じゃないか! 騙されるな、金剛の妹は多分全員がこんなイケイケな性分なんだ。二度と失敗しないぞ。榛名と既成事実を作るところだったんだ。お、俺はまだパパになる気はない!! それ以前に部下に手を出してたまるか! 次怪しい事があったら即この仕事やめよう。退役して田舎に住もう。百姓でもしながら、のんびりと生きよう。野良仕事して、日々細々と生きていこう。一生童貞でいいや。過ちは繰り返さない!)

 めっちゃ警戒している。金剛が代わりに謝罪しようと近づくと、大袈裟に反応して後ろに下がる。

 虐待を受けた艦娘みたいな反応に今回のダメージは相当大きいと見える。

「き、気にするな金剛……。な、何事もなくてもよかったじゃないか。ただ、今回ので分かったろ? 迂闊に野郎に近づくと言うのはウサギが狼の餌になるのと同じだぞ。翌々考えて行動してくれ」

 ひきつった顔で言われて榛名もへこんだ。彼を怖がらせたようだった。

 ビクビクしている提督は、翌日から誰が相手だろうと警戒の色を見せるようになった。

 仲良くなる前に、ある種の恐怖感を与えてしまったらしい。

 確実に関係が悪化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が食われる餌とでも感じたのか、いろんな意味で距離を離すようになった提督。

「磯波、ありがとう。俺は大丈夫だから、ご飯いっておいで」

 秘書の駆逐艦を姉妹と食事に行かせて、自分から遠ざけて。

「弁当……。ありがとう神通。有りがたく頂くから、ちょっと席を外してもいいかな?」

 弁当を作ってきた軽巡に礼を言いながら逃げ出し。

「来るな! 来るなイク!! 俺に近寄るんじゃない!」

 イタズラ好きな潜水艦に面白がられて追い回され。

「雷、自分のことは自分で出来る! 俺のパンツをどうする気だオイ!?」

 世話付きな駆逐艦にパンツを奪われ。

「……飲みに行くのか? 済まない那智。俺は酒が苦手でな。また、今度誘ってくれ……」

 酒飲みの重巡に誘われても、頭を下げて断って。

「長門……慰めてくれるのは嬉しい。でもお前の握手、俺の手が変な音立ててるんだ。痛い」

 力の加減を知らない戦艦に骨の軋む音を聴かせて。

「鈴谷。何か癒しになってるよ、最近のお前……」

「えっ? そうかな? なら鈴谷にも出来ることあったら言ってね」

 鈴谷の笑顔に癒されて株が急上昇して。

「飛鷹。助けて」

「ごめん無理」

 飛鷹に泣き言を言うことが凄く増えた。

 そんな日々。以前にも増して、遠い感じになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 提督は自分の食事は自分で作る。そう決めた。

 先ずは自立してから、余裕を作ろうと考えた。

 部下があれこれ心配してくれる。だが気遣いを甘んじるのはよろしくない。

 なので、しっかり作ろうとこっそり食堂の隅っこで作りおきをしていた。

「……司令。何してるんですか?」

「あれ、提督さん。何かご用ですか?」

 そこに、食堂の管轄の艦娘が物音に気がついて顔を出した。

 割烹着に黒のポニーテールの少女と、黒髪に赤いリボンをつけた女性。

「間宮に、伊良湖か……。ごめん、ちょっと作りおきしている。少し、間借りしているぞ」

 間宮と伊良湖だった。食堂のリーダーで甘味を作るのが得意な裏方の艦娘。

 提督はあくまで仕事と割りきる二人は大して問題ではない。

 普段からあまり接することもないし、互いに一歩引いた位置で艦娘たちを見ているもの同士、関係は普通。

「あ、そうですか。あれ。でも、そう言えば借りるって言ってたっけ、伊良湖?」

「うん、確か言ってたよ。姉さん知らなかった? 材料持ち込むって昨日の夜言ってたのに」

「あ、仕込みで忘れてた……。そうだったそうだった」

 二人は二人で最後の仕事を片付けるので少し作業をすると言う。

 提督とは別に、始めていた。

 彼も手元に集中しながら、無言で続ける。

 暫くして、伊良湖が不意に問う。

「提督さんは、みんなの事は嫌いですか?」

 伊良湖の問いかけに、おかずを刻んでいた彼は手を止めて、顔をあげる。

 後ろを見ると、何やら炒めている伊良湖が視線はそのまま続ける。

「みんな、言ってますよ。提督さんが相手してくれないって。寂しいって」

 彼女は同じ、下がった厨房と言う場所で見ているから言える。

 彼女は仲が悪いのか気になるのだろう。間宮も口を挟む。

「司令は、ある程度皆さんと距離を開けているような気がしますが、それは何か理由でも?」

 心配してくれている、同業者。皆の司令塔と、食を支える料理人。

 戦場の艦娘とは、別の場所で接している。だから、見えるものも違う。

「……そうだな。俺はさ、あの子達の事は嫌いじゃない。でも、あくまで俺達は深い仲になっちゃいけないと思うんだ。やっぱり、俺は司令官で、あの子達は部下。……公私混同の切っ掛けになりそうでさ。あんまり、仲良くなりすぎると。俺はそこまで優秀な提督じゃないし、人間関係も不器用だし。一度でもそういう仲になった相手が死にそうになったりしたら、俺絶対間違えると思う。誰かを犠牲にしてでも、その子を救おうと、守ろうとする。それは、やっちゃいけないこと。俺はあの子達に優劣をつけちゃいけない立場。人の上に立つってことは、そういうことじゃないかって。……親父と兄貴たちが、そう教えてくれたから」

 纏めると、自分が間違いを犯すことを前提に、それを未然に防ぐために距離をおいている、と。

 それを保身として受けとるか、それとも妥当な判断と受けとるかで彼の印象は大きく変化する。

 伊良湖は妥当と、間宮は少し臆病になっていると受け取った。

「じゃあ、ケッコンカッコカリも導入は見送るんですか?」

 間宮の質問に、彼は停止する。

 確かに今の文脈では避けることも視野に入れていると思われる。

 然し。

「姉さん……こう言うのは気付こうよ。もう居るよ。それも複数」

「……司令、なにしてんですか」

 伊良湖が言った。何で知っているのだろう。裏方なのに。

 驚く彼に、伊良湖は言う。

「こっちも仕事柄、皆さんの動きは見ていれば分かります。食堂の井戸端会議を甘く見ていると怖いですよ提督さん。予想ですが、葛城さんとイムヤさんと、後は飛鷹さんと鈴谷さんですか。ここ最近、妙にため息が多くて悩ましい顔をしているのは。あと、加賀さんも少し悩んでいるようです。提督さん絡みですよね?」

 恐るべし、食堂の裏方。見事に言い当てた。全員正解。彼は素直に白状した。

 皆の活躍を期待して複数導入したら、何だか鎮守府の様子がおかしくなっていることを。

 二人はあきれ果てた表情で聞いてくれた。今までの流れも全部伝える。

「……失礼を承知で聞きますが、司令って、ヘタレですか? それとも違う方向の性癖ですか?」

「やめて、ヘタレは自分でも思うから。でもホモじゃない。断じて、ホモじゃないの」

 間宮の問いに項垂れる。ヘタレ、か。確かにヘタレだ。

 提督次第でどうにもなるのを進まないのは彼の問題。

 いっそ、ホモだったらどれだけ楽かとも思う。それでいい気がしてきた。

 ホモに走ろうかなと本気で思う。あの子達の為にもそれが一番な気が……。

「伊良湖、よく見てるね。わたしは磯波ちゃんが上機嫌で、吹雪ちゃんと白雪ちゃんが悄気てるのしか気付かなかった」

「姉さんは駆逐艦が大半でしょ、スイーツ担当なんだし。だから、こう言うのは伊良湖に任せればいいの」

 二人は調理に戻りつつ、伊良湖は再び口を開く。

「提督さんは、もう少し自信を持つべきかと思います」

「どう言うこと?」

 伊良湖は炒めているおかずを仕上げて、皿に乗せる。

 そして、顔をあげて彼をまっすぐと見て言う。

「提督さん。提督さんは、頑張ってると思います。自分を犠牲にしてダメコン使ったり、みんなと打ち解ける為に必死になって努力したり。伊良湖はそういう話、みんなから聞きます。みんな、嬉しそうに、誇らしそうに語るんです。自分を無闇に卑下しないでください。この間みたいに土下座されたら、提督さんを信じるみんなが困るんです。良いですか、提督さんはみんなの憧れの的。決して、蔑ろに思う艦娘は少ないんじゃないですか。ねえ、姉さん」

 間宮に振ると、間宮も作業しながら頷いた。

「そうですね。わたしは仕事上、駆逐の子達とよく話すんですが……駆逐の子は幼いのでわりと容赦なく評価します。でも、悪い話は聞いたことありませんよ。褒められたーとか、ご褒美貰ったから次も頑張るとか。前向きなことが殆どです」

 彼の知らない、みんなの思い。

 知ろうとして、足掻いて苦しむ彼に第三者を通して、漸く届いた。

 唖然とする彼に、間宮は締めくくった。

「……苦手な艦娘がいることは分かりますよ。でも、それでイチイチ逃げていたら大変じゃないですか。少しずつでも、前向きに考えましょうよ。みんなを応援したいなら、もっと仲良くしていいんです。公私混同が怖くとも、方法はいくらでもあります。取り敢えず逃げるのだけはいけません。みんなが落ち込んじゃいます」

 可能性は否定しない。でも、目の前もしっかり見ないといけない。

 そう、間宮は告げる。伊良湖も同感。

「……そっか。ありがとう、二人とも。少しずつでもやってみるよ」

 何だか、励まされた気がする。同じような立場の二人の言葉は、彼の心を持ち直させた。

 応援していると伊良湖と間宮に言われて、彼は何とか復活。

 翌日から、よそよそしい態度はいつも通りの言動に戻った。

 飛鷹が後で二人にお礼をいいに行ったことは知らない提督。

 取り敢えず、みんなとの仲良くなる作戦は、続行されるのであった……。



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駆逐艦と出掛けるお休み 朝潮姉妹の場合

 

 しっかりと向き合うと決めた週末。

 ……最早毎度お馴染みの顔色の悪いゾンビがいた。

 苦悩が見てとれる。最近胃薬を常備するようにしている。

 決意は新たにした。然し、いきなりこれは難易度が高いんじゃないだろうか。

「……えっ? 纏めて連れていくの?」

「……まあな。姉妹たちきってのお願いだ。無下に出来ないから困る」

 前日。ゾンビは飛鷹と話をしていた。

 週末の日曜日。遠足よろしく駆逐艦の姉妹を丸ごと町に連れ出して相手せねばならない。

 これには理由があり、彼は自分と出掛けるなら何処を所望するか、アンケートを軽くとった。

 艦娘たちは喜んで書いてその日のうちに大半帰ってきた。

 で、その内訳は……。

 前提として、艦娘は届け出をすれば門限を守れば普通に外出できる。先日の吹雪たちがよい例だ。

 なので、外の世界を全く知らないと言うことはない。常識程度は持っている、一部怪しいが。

 それで。

「なんでカラオケやらゲーセンやらが駆逐艦はこんなに多いんだ……」

「あー。娯楽少ないからね、鎮守府って。そこそこ、個人で楽しむものはあるけど。皆で楽しめるレジャー施設もこの辺、ないじゃない。だからかな、皆で出掛けるときは大体パターン決まってるのよ。門限あるから遠くには行けないし」

 そう。レジャー施設がこの辺にはない。あっても普通の映画館や温泉、あとは商業施設程度。

 そこもよくあるタイプで遊ぶよりは買い物メイン。

 買い物はそこで済ませるのか、行くのは慣れて今更らしい。

 大人数でいくとゲーセンかカラオケが定番だと言う。

(この間の吹雪の一件があるから、あの子達互いに牽制しあってて個人で行くのは絶対に追われるって分かったみたいね。吹雪は単純な心配だったんだけど……。モテモテじゃない。良かったわね……って、この表情じゃ嫌みも言えないか。本当に苦しんでいるみたいだし……)

 そう。彼は知らないが変質者が吹雪たちだと皆知っている。憲兵も。

 彼はもう犯人はしょっぴいたから、安心しろと憲兵から言われて、同時にややこしいことは控えろと苦言を呈されており、姉妹の多い駆逐艦は提督を巡り内部で出掛けることに関して互いに見張っている。

 ついでに言えば、方法を限られたのだから、ならば足を引っ張って邪魔してやろうと言う魂胆は見え見え。

 故に、こうして姉妹が多いと必然的に考えることは同じになる。

 駆逐艦は数が少ない暁や配属していない吹雪の姉妹はある程度大人しい。

 が、陽炎やら白露やらの姉妹の多い駆逐艦は当然、意見がバラバラになると、チャンスが減るとも考える。

 皆で一辺に済ませた方が効果的で効率もよいと至ったと飛鷹は分析する。

 まあ、結果的に面倒を見る数が増えて彼はお疲れのようだが。

「明日は誰といくの?」

「……朝潮たち」

「分かった。鈴谷と加賀と私も行くわ。付き添うから、頑張りましょう」

「ありがとう、飛鷹。もう腹が痛む。今夜は眠れないかもな……」

 彼は天敵が多い朝潮の姉妹を選んだらしく、げっそりとしていた。

 飛鷹は皆まで言わずとも理解した。天敵の集団なのだ。荷が重すぎる。

 長女は彼が信頼する数少ない駆逐艦で、忠義を重んじるよく出来た娘だ。

 だがその妹が如何せん、彼が苦手なハイテンション、短気、彼いわく目付きがヤバい、強気、マイペース、相性最悪の集まりと言う、彼にとって救いのない姉妹たち。到底、彼一人では面倒を見きれない。

 彼と朝潮の姉妹と陽炎の姉妹と、白露の姉妹と暁の姉妹は兎に角波長が合わない。

 大人しい子が先ずいない。誰かが付き添いしていないと、一日で死ぬだろうと思われる。

 これでも良心的な方だろう。朝潮一行の所望は……カラオケか。

 因みに陽炎と白露姉妹ははゲーセン。好きそうなのがちらほらいる。

「吹雪たちみたいにある程度分散してくれないのは何でだ……」

(だってあの子達は吹雪たちと違って好戦的だもの。……貴方の苦手なイケイケなのよ)

 吹雪たちは一辺に二名まで、と取り決めを決めたと長女が伝えに来た。但し磯波は終えたので除く。

 よい思いをしているので本人も満足している。綾波の姉妹もそこそこ、決まったらしい。

 若干一名、誰がわかりあうもんかと抵抗する艦娘がいるが、長女いわくツンデレなので放置でいいと言う。

 が、こいつらは基本姉妹の中で争っているため、譲らないし妥協しない。

 彼のことになると躍起になって互いに威嚇しあうので、実は知らないところで言い争っているらしい。

 大人の艦娘が間に入って仲裁しているが、本人は知らなくていいだろう。

 知ったら今度こそ切腹とか言い出しかねない。

「じゃあ、鈴谷と加賀に伝えておくわね。……性格的にうまくできるのはあの二人ぐらいだし」

 もう一人頼むこともできるが彼女の場合は恐らく喧嘩になる。

 気の強いもの同士は会わせると拒絶反応を起こすものだ。

 まさかのご一行レベルでの集団でのお出かけ。

 お目付け役もでしゃばって、運命の時はあっさりとあっさりときた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、鎮守府前。彼が来る前に。

「いい? 喧嘩だけはご法度よ。絶対に暴力や口喧嘩はしないこと。満潮、霞! あんたたちは特にね!」

「もしも騒いで提督の胃痛を加速させた場合、艦載機に縛り付けて鎮守府に送り返します」

「二人とも、顔がヤバいってば。みんな怯えてるじゃん」

 点呼をする空母たちに、朝潮姉妹は全員怯えていた。荒潮ですら、冷や汗流して苦笑い。

 宥める鈴谷。この二人は多分キレたらマジでやる。特に飛鷹は怒らせるとその場で怖い。

 シンプルな私服に着替えた飛鷹と和風に纏めた加賀、かわいさ優先の鈴谷。

 朝潮たちは、何故か制服姿。……なんか、臨戦体勢に入っているのが二名ほど。

「満潮、邪魔しないでよね」

「はぁ? 霞こそ、悪口言ったら承知しないから」

 早速互いに睨む問題の満潮と霞。

 口こそ普段から悪いがその都度最強候補の長女に精神を折られて、今では牙を抜かれたただの子猫。

 忠犬には、決して勝てぬのである。

「二人とも。帰ったらお話が」

「なんでもないから」

「別に……」

 怖い笑顔で律する朝潮。流石は信頼を受ける数少ない駆逐艦。強さと意思も段違い。

 慌てて大人しくなる二人。今日は悪く言わない。そう決めている。

「あらあらー……」

「アゲアゲで楽しみましょう!」

 で、こっちは傍観している荒潮とご機嫌の大潮。

 余裕を取り戻した荒潮は眺めているだけでいい。

 大潮は何も考えていない無害なものだ。

「わーい。朝雲姉とデートだー」

「山雲は何いってんの……?」

 山雲は姉がいれば大人しいし、朝雲は妹さえ居れば世話を焼くので問題なし。

 で、この大人数を纏める一番の大人がきた。……凄いくまが出来ている、ゾンビがこっちに来る。

 山雲がそれを発見。朝雲の背中に隠れた。怖がっている。

「……おはよう。みんな、支度は出来てるか?」

 げっそりとしている彼は、きっちりと支度を整えていた。

 表情以外はほぼ完璧。上以外は。

「司令官、大丈夫ですか!? 顔色が優れないようですが……」

「大丈夫、いつもの通り。うん、朝潮。統率を頼む」

 血相を変える朝潮に、小声で返事をする。

 折角のお出かけにこの有り様。呆れたように早速聞こえる悪態。

「何やってんのよ、あんたは……。気を付けてよね。一応責任者なんだから」

「それでも提督な訳? シャンとなさいな! 折角の外出が台無しになるわよ」

 満潮と霞なりの心配だったのだが。空気は読むべきだった。

 空母二人がコッソリと持ってきているお札とオモチャの矢を取り出していた。

 彼に気付かれないように。加賀に至ってはおもちゃでも十分駆逐艦なら大破できる。

 で、素直に言えない二人に怒る朝潮が、横目で見る。雰囲気がヤバかった。

 気の強い二人が気圧されていた。ただ怯える山雲と戸惑う朝雲。関わらない方が良さそう。

 トゲが少しでもあると、守りの空母と忠犬に噛まれる。ピリピリしていた。

 寝不足で分からない彼に、能天気に励ます大潮とクスクス笑う荒潮は癒しでもあった。

(うわ……これ、個室入って大丈夫な集団かな。鈴谷、帰りたいかも……)

 過剰な防衛に、この一行の行方は恐らくは最後の良心である鈴谷に任された。

 頑張ろうと一人心に誓う鈴谷だった。

 恐怖の自己アピールが激しいであろうカラオケ大会の始まり始まり……。

 

 

 

 

 

 駅前に移動する集団は数が多いので目立つ。道中、彼と話すのは問題の二人と大潮、荒潮。

 空母二名と長女による監視のもと、ある程度有益な情報をゲット。

 本音は朝雲も混ざりたいが山雲が然り気無く阻む。

 鈴谷はハラハラしながら見守っている。

 水面下の女の戦いは年齢や外見は関係ない。

 加賀は大人の朝潮と言えるが。

 カラオケボックスに到着。ゾンビが会員カードを提示。

「意外ね。あんた、カラオケとかするの?」

「一応な。他の提督の飲み会の帰りとか、二次会の時とか」

 楽しい空気ではないけど、と苦笑いする彼。

 霞はなら、今日は思いきり楽しんでほしいと頑張って素直に言った。

 キャラ曲げてまで言ったのだ。意地でも楽しませてやると腹をくくる。

 満潮は一歩置いていかれた。舌打ちしそうになるのを我慢。

 地獄耳が結構いるので大人しくしておこう。

 空気になれた山雲とうずうずしている朝雲も会話に参加。

 本格的に騒がしい空気になる。彼はそれはそれで少し楽しいと思い始めた。

 で。パーティールームに案内されて、荷物とか飲むものを置くと、早速かじりつく大潮。

 彼と来たことで凄まじいハイテンションで、勝手に知っている曲をぶちこんだ。

 朝潮いわく、いつもの事なので気にしない。

「それじゃ大潮、アゲアゲで行かせて頂きます!」

 初っ端から飛ばすアップテンポなイントロが始まった。

 そう言えば部下の音楽の趣味も皆無だった。彼はしっかりと覚えて帰ろうと耳を傾けた。

 なんだかんだ、楽しんでいるようだ。みんな入り交じって、談笑しながら歌ったりしている。

 提督は聞く専門に徹して熱心に聞いている。が、満潮がとうとう動いた。

「歌わないの? 聞かせてよ、歌声」

 然り気無く近くに来て、入力する機械を手渡す。

 一人歌わないの気でいた彼はたじろぐ。

「俺もか? いや、俺は……」

「あたしが聞きたいの。……良いでしょ。次も一緒に来たいし」

 お願いする様に満潮に言われた。部下の願いを断れるような男ではない。

 ぶっちゃけ、ドン引きされる自分の趣味。飛鷹ですら、苦い顔をするが。

 歌えるものはこれしかない。

「あっ……不味い。加賀、あの人が歌い出したら耳を塞いで。潰れるわよ」

 飛鷹が気づいて加賀に言って、詳細を聞いて鈴谷に伝えて、鈴谷は……止めた。

 駆逐艦はみんな聞く気満々だった。堅物が好む音楽に。それが自滅のものと知らず。

 堅苦しいものが好きな朝潮、歌詞がなんかグロいのばかりの荒潮、ロックンロールの満潮に意外な流行りのバラードを好む霞、デュエットが多い朝雲と山雲。

 鈴谷は恋愛ドラマの主題歌ばかりで飛鷹は何でもあり、何故か加賀は歌えば出てくる演歌の数々。

 狙っているんだろうか。しかも普通に上手でギャップが凄い。

 ……一番のギャップはこの男だが……。

「みんな、最初に言っとく。本気で、ゴメン。俺はこう言うのしか聞かないんだ」

 自分の番になって、謝る提督。それもそのはず。ここから先は地獄しかないのだから。 

 キョトンとする皆に、始まる恐怖のパーティー。

 聞き惚れる相手は多分、誰もいない。合掌を心でする空母たち。

 それでは、お聞きください。提督の……レッツシャウトォッ!!

 

「ヴェアアアアアアアアーーーーッ!!!!」

 

 始まって途端、何処かの化け物みたいな見事なシャウト。

 溜まりに溜まった心の毒を、ブレスに乗っけて体外へェッ!! 

 踊るサウンド、吐き出すストレス!! 燃えるぜ鼓動、揺れるぜヘッドォッ!!

 ある意味、ストレス発散にはなったかもしれない。……周囲はビビりまくって絶句したが。

 言わんこっちゃない。彼の趣味は駆逐艦には早すぎる。きっと、理解できまい。

 空母は耳を塞ぎながら狂ったように頭を激しく前後に振るう提督を眺めていた。

 彼が好む音楽はハードロックやヘヴィメタル。酷いときは今やっているデスメタル。

 兎に角破壊的、狂気的、退廃的なサウンドが大好き。

 ヘッドフォンで聞いているときの奇行は飛鷹しか知らない。

(うわ……相当ストレス溜まってるのね。マクホル歌うときは限界に近かったときだし。気の毒ねあの子達も)

 特に好むユニット、マックスホルマリンという海外の曲は彼が言うには至高らしい。

 飛鷹には耳障りなノイズにしか聞こえないが。鈴谷はその豹変した剣幕に絶句。

 加賀はメンタル限界で白目向いて失神してた。

 だが……?

 

「!! !!」

 

「!? !!」

 

 二名ほど目を輝かせて一緒に頭を振っている。朝潮とまさかの満潮。

 ノリノリでついていけているのだ。って言うか、あの満潮が喜んでいた。

 提督の暴走に一緒になって騒ぎ出したのだ!

 朝潮も珍しく興奮して持っていた空のグラスを振り回す。

 何が起きている。大潮も何か感応して愉快に踊り出すし、カオスになっていた。

 朝雲と山雲は半泣きで隅っこに逃げた。荒潮は気絶した。霞は放心していた。

(嘘でしょ……!? あの趣味についていけてる!?)

 飛鷹も驚く。デスメタルが大丈夫どころか受け入れた駆逐艦がいるとは。

 目を疑った。

「いやー歌った歌った! スッキリした」

 晴れやかな顔をして復活の提督。死屍累々の周囲。

 我にかえって青ざめたが。

「いい趣味じゃない! さっきのあんた、最高だったわ!!」

 なんか満潮がべた褒めした。しかも見たことない笑顔で。

「デスメタルって言うの? これもありね。今度教えてよ!」

「……分かってくれるのか満潮!? 俺のドン引きされる趣味を!」

 なんか急速に仲良くなっている二人。ガッチリ握手して、意気投合している。

「朝潮も凄く胸が熱くなりました! 司令官、是非朝潮にもご伝授頂きたい!」

「大潮も教えてください! アゲアゲな曲は大好きです!!」

 ああ、真面目な朝潮も大潮も向こうの趣味なのだろう。

 今までが嘘のように提督はイキイキとしているではないか。

(……意外すぎる仲間ができたわね)

 半分は死んでいるがどうやら同じ趣味がいたようだ。

 これをきっかけに、苦手な相手がまさかの仲良しになるとは誰も思わんかった。 

 同時にドン引きされる事態も引き起こしたが、必要経費で気にしないことにする。

 飛鷹は少し安心した。共通の何かがあると早く打ち解けあえるのだろう。

 とりあえず、提督は朝潮姉妹の一部とわかりあったのだった。



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均衡崩壊

 

 

 久々に、彼宛に家族から一報が届いた。内容を見て、彼は渋い表情で手紙をそっと封筒に戻した。

 ……それが始まり。また、あれこれと彼は思案する。

 そもそもが、この胃痛の日々になった理由は、彼が彼女たちの活躍を願って複数の指輪を導入したから。

 切っ掛けは間違いなくそれだった。

 だがその行為は彼女たちの純情を踏みにじる行為で、自覚なしに行ったことを彼は猛省し、理解が足りなかったから互いにもっと知るべく、今に至る。

 彼自身は活躍をただ願い、彼女たちが彼女たちらしく戦っていければそれでいい。

 ただ、感情と言うものを考慮し忘れて、すれ違いを起こした結果が現状で。

 彼女たちも歴とした女であり、心もあれば感情もある。

 彼が仕事でしか接していなかったとはいえ、仕事上で皆が働けるように常に気を配り、出来るだけ揉め事を起こさないように采配してきた。

 ……もともと、彼は部下として接していたせいで、皆を女性として意識していなかった。

 だって、そうしないと鎮守府は大変だから。

 男一人に対して女性多数。しかも魅力的。理性が溶けたら一発でアウト。

 意識しない方がどちらかというと精神的にはよろしくて、してしまえばどうなるか。

 ……黒一点と言うのも中々に辛い状況にある。性欲に負けて手を出せば直ぐ様憲兵のお友達。

 中には堂々と部下に手を出して悪びれない鬼畜もいるらしいが、そんな芸当出来たら死んでる。

 少なくとも、彼には無理だ。彼のなかでここ連日変化したもの。

 異性として意識しなければ、単なる部下。戦友、あるいは相棒。

 だが……意識してしまえば、この状況でこみあがる感情は一つだけ。

 

 ……罪悪感、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケッコンカッコカリなど、導入したことが間違いだったのではと、思うようになってきた。

 怪我も順調に治る時期。迷うように、彼は日々過ごしている。

 システムがそもそもややこしいとか、何でこんな形にしたとか文句はあるが言っても意味がない。

 問題は、女性の想いを軽んじて導入した彼自身の愚行というか。結局、自分が悪いのではないかと。

 先のことを考えた。選ばないと言うことはもはやできまい。

 指輪を返上しようとしたら申請したぶんは全て使えと命じられた。当然だろう。

 自分から言い出した事だ。今さら出来ることじゃない。

 手元にある指輪は……残り、14。最大練度の艦娘数はもっと多い。

 まだ、選ばないといけない。いや、純粋にただ渡すだけなら苦労はない。

 だが相手は機械ではない。性能だけの問題ではないのだ。

 正直言えば、彼は恋愛には興味も薄いし、何より艦娘と仲良くなりすぎたらダメなのだ。

 伊良湖や間宮に言った通り。間違いなく、いざという時に過ちを犯す。

 どうにかすればいいと二人はいう。では、そのどうにかとは? 

 具体的解決策はあるのか? 何をどうすればそうならない?

 今まで通りにすればいい? それではまた、彼女たちを裏切ってしまう。

 でも。ふと、考え付いた。既に彼は不誠実を書いたような愚行をしている。

 それも、今更か。少なくとも、これ以上は傷つかずに済むのでは?

 だったら、いっそ距離をはなして見ないふりでもしようか。

 進んでも裏切る。戻っても裏切る。どっちもどっち。 

 確かに、慕われてはいると思う。でも、ある程度で線引きしてはどうだろう。

 そう。今までは部下として以上はなかった。だったら次は友人程度で踏みとどまろう。

 恋愛に発展しなければいいのだ。過ちを犯す可能性にまでいかずに妥協すればいい。

 それでもダメなら、もういっそ提督を辞めよう。自分はこの仕事に向いていない。

 転職すればいいのだ。世の中、いくらでも方法はある。

 大体、彼は言うほど有能ではない。

 死人は出ないが戦果も普通。飛び抜けて優秀でもない。

 ……もっと有能な提督はたくさんいる。

 なのに加賀や朝潮のように忠誠を誓ってくれる娘もいる。

 多分、彼女たちはよい娘なのだろう。比較対象を知らないから、無邪気に慕ってくれる。

 彼は埋没するような凡才。決して特別なんかじゃない。

 そう。恋愛も、同じだ。鎮守府という箱庭のなかで出来上がるイビツなそれは恋愛じゃない。

 もっと、自由に。もっと、広く。もっと、楽しく。選ぶべきなのだ。彼女たちが。

 最初から与えられた、提督という一つではなく。男は沢山いるんだ。

 本当に相応しい相手が、きっといる。それは、彼じゃない。

 ……二の舞にはなるまい。提督と部下の恋愛は、人の方が堪えられない。

 その結末を知っている。ああにはならない。幸せにはなれないのだ。

 反面教師で知っているとも。飛鷹ですら知らない、彼の過去。

 彼は自分が苦しむのを嫌がる保身と、艦娘がせめて幸せになってほしいという反する思いを抱く。

 ケッコンカッコカリ。その終わりは、互いを壊す呪い。

 死が二人を分かつまで。それまで、愛は続くと誰かが言う。いいや、違う。

 死は分かてない。死んだ程度で覚める愛ならもっとよかった。

 残された方に、必ず不幸を届ける。愛が、毒に。祝福は、呪いに。

 死んだら全てが終わりだ。残る方も、死ぬ方も。

 だから避けたい。結ばれることなんて……互いを辛くするだけだと知っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 いっそ、工厰で廃棄してしまおうか。

 そう思うと実行したくなるのが悪い欲望。

 指輪なんてなければみんな苦しまない。

 互いを知るのは続けていく。でも、その先に愛は要らない。

(サンキュー、親父。たいせつなもん、思い出させてくれてよ。心配すんな。俺は兄貴や親父みたいにゃならねえよ)

 大本営、少将の父が息子を案じて寄越した手紙。自分と同じになるなという警告。 

 思い出した。そうだった。艦娘と提督に、愛は必要ない。

 愛を伴わない信頼や友情だけあればいい。今の加賀や朝潮にように。

 それが、互いの為なのだと。それが、理想の姿なのだと。

「……提督? 何を、なさっているんですか? こんな夜更けに」

 フラフラと一人、工厰に向かって深夜歩いていると、夜間警備の艦娘と鉢合わせした。

 軽巡、神通。……厄介な存在に顔を合わせてしまった。

 何時もの制服に上に防寒具を羽織る彼女は、何かを引き摺っていた。

 ……姉の川内だった。口から泡を吹いて白目を向いている。大体事情は察した。

「少し眠れなくて散歩だ。お前はいつものお勤めか。ご苦労様。そこの阿呆は朝まで監禁しておいてくれ」

 また一晩中騒いでいるどこぞのくの一が迷惑をかけていたらしい。

 妹の神通はいつも後始末に追われている。気の毒にも程があった。

「不用心ですよ、提督。護衛もつけずにお一人で移動するなんて」

「悪い。一人になりたくて。お前も仕事を終えたら休めよ。それじゃ」

 神通にお叱りを受けて、彼は通りすぎようとする。その背中を、神通は呼び止めた。

「提督……何か、お悩みですか?」

「……」

 流石にバレるか。心配性の神通には尚更無視できない事態だろうに。

 あえて彼は誤魔化した。適当なことを言って切り上げる。

 神通には申し訳ないが、これは全ての解決策。悩みに悩んで至った解答。

 邪魔させるわけには行かないのだ。

 彼は立ち去っていく。その様子を、振り返った神通は無言で、何処か悲しそうに見送っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 工厰に到着。そこで提督は全部の指輪を取り出して機材を起動する。

 滅多に来ない工厰でも、この程度の事は知っている。

 艤装の廃棄で使う機材に入れれば溶鉱して、鋼材に加工できる。

 大本営にはこっぴどく言われるだろうがそれでいい。

 もう、いいのだ。全部。全部。考えたくない。思い出したくない。

 もう、嫌だ。考えるのも、悩むのも。

 皆のことを考えても納得のいく答えは出ずにただ苦しんで。

 あまつさえその苦しみを部下にも押し付ける自分も嫌だ。

 浅はかな全てが嫌だ。勝手な己も。ケッコンカッコカリなどというシステムも。

 どうか彼女たちの笑顔をと思いながら最後に出てくる汚い自分も。

(指輪さえなければ。こんなものに手を出さなければ!)

 彼の招いた自分の始末。これでも足りねばもう、海軍など辞めよう。

 何度脳裏を過ったことか。今更、司令官には向いていないと自覚した。

 そうだとも。身内が海軍だったからなし崩しになっただけ。明確な夢も目標もなかった。

 そんな軽い気持ちで戦場に立って、彼女たちと接して。ああ、そうだとも。

(俺は提督の面汚しだったよな。俺なんかが名乗っていいものじゃないよな。懸命にやってるあいつらに失礼だよなあ!? ああ、もうなにもかも嫌だ!! 俺が、俺自身が本当に嫌になる!! 何て卑怯な奴だ俺って男は! 兄貴たちや親父とは違うよな!? はっきり言えば最後は悲しかったさ。それでも、兄貴たちも親父も艦娘と向き合っていたよ!! 俺は結果を知っているから逃げようとしてるし、俺はまだ壊れたくない! 生きていたい!! 糞が、何で俺は提督やってるんだ!! 夢か? 使命か? 熱意か? 何もねえよ!! 俺は流れでやってるだけなんだ!! この様になるのは分かっていたのに!! 半端者にはお似合いだぜ、お笑い草だ!! なぁ、誰か俺を笑ってくれよ!! こいつは滑稽だと、道化だって笑ってくれよ!! 笑って蔑んでくれよ!! 何で俺なんだ!? 何で俺をあいつらは愛してると言うんだ!? 何で俺を好きと言えるんだ!? 俺はただの凡人だぞ!? あいつらが慕うような英雄でもない、勇者でもない、ヒーローでもない!! ただの凡才の凡人を、なぜああも好きだと無邪気に言えるんだ!? 教えてくれ、俺はどこで間違えた!? どこに答えがあるんだ!?)

 空しい問いの返答はなく、あるいはこの身は最初から間違いだったのかもしれない。

 中身のない行動をした結果がこれなのだ。相手の感情の理由が見えない。相手の気持ちに困惑する。

 戸惑いしか感じない。なぜ自分なのだ。世の中に出ているはずの彼女たちの矛先は。

 身近な異性だとしても。そんな刷り込み、条件反射の類いで生まれた恋は恋なのか?

 好きと言われて納得できない。相手の気持ちは本物だから、どうするべきか答えに迷う。

 知らないままが良かった。気づかないままが良かった。クズでいたままの方が救いがあった。

 諸悪の根元。ケッコンカッコカリ。そして、指輪。これさえ無ければ。

 

 …………否。

 

 この身さえ無ければ。

 

 もう、誰も苦しまない。

 

 自分も、彼女たちも。

 

 時間が癒してくれるだろう。

 

 何時か過去になれるだろう。

 

 問題ない。父や兄とは違う。

 

 彼らは戦争で失い、全てが狂い出した。

 

 彼は違う。これは、救い。

 

 軽はずみな行動を行ったバカな男の逃避行動。

 

 いい加減、悩むのは飽きた。もう十分だ。

 

 答えが出ないなら、そんなもの諦めてしまえばいい。

 

 手っ取り早い救済がある。いいさ、間違いの責任はとる。

 

 指輪もろとも、この身は滅びよ。何時までも抱えたくない。こんな大事。

 

(指輪ごと、間違いは……正さなきゃな)

 

 疲れた。もう、全部疲れた。どう頑張っても多分身内と同じになる。

 

 艦娘と結ばれて、戦争に奪われて、全部壊れる。何度も見てきた。

 

 今は戦争をしているのだ。色恋沙汰など、構っていられる暇はない。

 

 もういい。全部どうでもいい。やけくそでいい。クソは彼だ。

 

 艦娘は提督と結ばれるといつか必ず奪われる。悲劇しかない。

 

 艦娘の恋を受け入れるには、まだこの国では早すぎる。

 

 戦争が終わるまで。終わってからうんとすればいい。

 

 いつ終わるかなど見当もつかない。でも、半端でやってぶち壊されるよりはずーっといい。

 

(俺は誰とも結ばれないよ、親父。……大丈夫さ。もう、何か疲れちまったぜ。少し休んでもいいか。寝ちまっても、いいよな?)

 

 機械は動いている。薄い闇に、駆動の音は静かに続く。

 大口を開けて、溶鉱炉の灯りを見下ろす。黒を柔く照らすオレンジの光。

 暖かい。これは、地獄の入り口にしては優しすぎる。でも、綺麗だ。

 振り上げた腕には指輪を持ち、降り下ろすのは己自身。

(ただ、悪いな親父。兄貴と違ってさ、俺は居なくなったり殺されたりは出来ねえんだ。そんなこと、あの子達に味わわせる訳にはいかない。責任は取るよ。自分の手で)

 フッ、と力なく笑う。思考は止まった。逃げ出した。

 心は何度も自滅を繰り返し、最終ラインを、一戦を越えた。

 やっぱりこの仕事向いてない。

 辞職しても制止されるのは目に見えているし、だからって非道を働き憲兵いきともできないし。

 最良の方法がこれしか思い付かない。ヤっちゃえ、俺と自分に言い聞かせる。

 

 これで全部とサヨナラだ。今度は止める飛鷹もいない。謝ることも出来ないけど。

 

(ごめん。やっぱ俺最低だわ。飛鷹、後はよろしく……)

 

 勝手な願いだが、後追いはしてくれるなと思う。

 特に加賀とか鈴谷とか飛鷹とか。

 女ってのはサッパリだ。理解できるところが全くない。

 共感も出来ないし理屈がまずダメ。もうお手上げ。降参して、全部終了。

 重婚なんて真似するからこうなるのだ。ゲスにはお似合いだろう。

 ゆっくりと、その身を落とす。生きながら熔ける、拷問のような終焉。

 安直な選択をした無責任な自分への罰になればいいが。

 消えてしまえば皆同じ。

 目を閉じて、最期に思う。

 

 自分の全部に、サヨウナラ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメですッ!! 止めて下さい、提督!!」

「本当に落ちちゃう!! 那珂、早く手伝って!!」

「何してるの、提督!! そのネタは那珂ちゃんの特権だよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

「神通。川内。那珂。何で助けた」

 

 またか。また、阻まれた。

 

 まだ彼に苦しめというのか。

 

 まだ彼には足りないというのか。

 

 まだ彼には甘いというのか。

 

 まだ、恋愛など理解しろと言うのかっ!!

 

「川内、お前酸素魚雷常備してるな。それで俺を撃て。那珂、主砲使って俺を殺せ。神通、こいつらが余計な邪魔したら止めろ。それだけでいい。やれ」

 

 気づけば殺してくれと懇願していた。

 情けないけれど、もう……嫌なのに。どうして助けた。

 どうして邪魔をする。どうして……ほっといてくれない。

 やめて。もう、好きと言うのはやめて。愛していると言うのはやめて。

 頭によぎるんだ。あの光景が。あの姿が。あの脳髄にこびりつく映像が。

 自分に置き換わって何度も再生されるんだ。やめて。やめて。やめて。

 熱の視線を向けないで。やめて。ときめく言葉を言わないで。やめて。

 兄のようになりたくない。父のように狂いたくない。やめて。心を壊さないで。

「提督……? ねえ、提督!? 止めてよ、そんなことしたら今度こそ死んじゃうよ!?」

「何をしているんですか!? 止めて下さい、提督!! 聞こえないんですか!?」

「な、那珂ちゃんだから笑いにできるけど提督はダメだよ!! 頭が砕けちゃうってば!!」

 お願いだから。俺を、愛さないで。そのままでいて。

 入ってこないで。好きと言わないで。謝るから。許して。

 好きじゃない。艦娘なんて好きじゃない。家族を狂わせたくせに。

 そんな奴等が愛してるなんて言うな。違う、彼女たちは悪くない。

 誰も悪くない。そうさ、人間が悪いのだ。違う、俺が悪い。

 愛してる、好き、ずっと一緒、理解したい、もっと教えて、あなたのことを。

 

 止めて。ご免なさい。ご免なさい。もうしないから。絶対に気持ちを弄ばないから。

 

 許して。死ぬことを許さないなら殺して。他の奴等みたいに憎んで殺して。

 

 誰でもいいから、殺して。こんなろくでなしの人でなしを好きにならないで。

 

 俺以外が。選ぶなら、俺以外。

 

 そっちの方が、幸せだから。俺じゃ不幸になるだけだから。

 

 きっと同じ結末になる。死なないで。死ぬなら俺が死ぬ。

 

 ご免なさい。許して。ご免なさい。好きって言わないで。

 

 愛してるなんて、言わないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺に、恋をしないで。

 

 

 

 

 

 

 

「止めてくれぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 



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見てきたオワリ

 

 

 

 

 

 

 

 ……何故だ。なぜ殺した。なぜ死んだ。

 艦娘に関わるとみんながおかしくなる。

 艦娘を愛するとみんながおかしくなる。

 艦娘のせいだ。人間に似ているだけの化け物のくせに。

 恋を語るな。愛を囁くな。お前らに何がわかる! 

 親の愛を知らず、家族の愛を知らず、何を語る!

 お前らに親はいるのか? 父は? 母は?

 生物に必ずあるはずの親を知らないお前たちが何を語る!!

 最初に愛するはずの存在を知らないお前たち艦娘が、なぜ愛を知れる!?

 答えろ、答えてみろよ化け物!! 

 愛を偽り、愛を欺瞞し、そして人間から家族を奪った化け物が!

 返せ、俺の家族を返せ!! 兄貴たちを、親父を!! 返せよ、この化け物ども!!

 お前らが惑わせたんだ!! 俺の家族を、俺の世界に土足で踏み込んできたんだ!!

 死んでもなお呪いを残した怪物が!! お前らなんて海に沈め!! 死んでしまえ!!

 水の底に消えてしまえ!! 女を模倣しただけの艦の化け物!! 死ねよ、死んじゃえよ!!

 

 死んでしまえ、艦娘なんて!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……勝手に言うなよ、過去の俺。

 今じゃ艦娘を指揮する司令官だぜ?

 もう、恨んじゃいないさ。時間が忘れさせてくれたからな。

 なにも考えずに、考えるのをやめた結果が司令官、か。

 バカな道を選んだもんだ。……三人も家族を奪われた俺が今じゃ艦娘のことで頭を悩ませている。

 恨みはないけど、やっぱ根本にあるんだろう。艦娘に対する恐怖ってのが。

 一度でも化け物扱いしてしまうと、どうも印象から抜けなくて困る。

 今までは艦娘じゃなくて部下、あるいは個人と言うもので誤魔化していたけど。

 もう、無理だろうな。艦娘だって意識してしまったから。

 異性としてすら意識しなかった俺が、一気に認識を改めた。

 そうしたら、この有り様。信頼するあいつらの感情が理解できなくなってしまった。

 特に、好きとか愛していると言う感情が。まるで納得できない。

 ダメだ。無理だわ。

 受け入れたら最後、絶対に同じ結末になる予想しかできない。

 今の俺より優秀な兄貴や親父が狂った始末に俺ごときが堪えきれる訳がねえ。

 今だって見えている。嫌な記憶が甦る。何度見ても我慢できねえ。

 これ見続けたら俺が壊れちまう。ああ、何か嫌だわ。信じられなくなってきた。

 なあ、お前たちが愛しているって何で言える? 親も家族もいないお前らが。

 それは本当の愛か? 本物の愛なのは分かった。でも、本当のものじゃないよな。

 本物が、いつから他人にとっても本物だと思っていた。悪いけど、俺はそうは思えないよ。

 俺にとっての本物の愛は、親がいて、家族がいて、ちゃんと子供の時代があって、大人になって、それで初めて生まれるものなんだ。

 ……ごめんな。やっぱさ、ああいうものを何度も見てると信じたくないんだわ。

 艦娘が愛を語るのが、どうしても。俺以外の相手なら……祝うこともした。

 でも俺には止めてくれないかな。本音言うとさ、信じたくないんだ。艦娘の愛ってのは。

 艦娘である以上、本当の愛情を与えてくれる両親がいないお前たちに、俺は信じることはできない。

 つまり、だ。分かりやすく言うと。

 

 艦娘の愛情や恋愛に、応える気は全くないんだ。

 

 ほんと、ごめん。裏切る真似しても、ここだけは譲れない。

 どうしてもお前たちが俺を求めるなら俺は提督をやめる。そして此処から去る。

 追ってきても無駄だ。そうなる前に俺は人に恋しているだろう。

 言い出せば、無意味な言い争いになる。だから、シンプルにまとめたい。

 俺に惚れるな。俺を好きになるな。異性として、俺を求めるな。

 そして。俺に好きと、愛していると言うな。止めろ。信じたくない。信じない。

 戦争をしているこの時代にそんな誓いは負の連鎖になるだけだ。

 お前たちは死ぬかもしれない。なら、死んだあとのことも少しは考えろ。

 残された人間のことも思い出せ。全員が乗り越えられると思うな。無責任な事を言うな、するな。

 それが出来なきゃ、二度とその忌まわしい言葉を口にするな。……俺に、熱を持って近寄るな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜更け。食堂に、意気消沈の艦娘が集まっていた。

 まただ。また、提督が奇行に走った。今度も榛名の時と同じ自殺未遂。

 しかも飛鷹にすらなにも言わない。つまり、止められたくない程本気だったと取れる。

 そして。厄介なものを、現場にいた三人が持ち込んだ。

「あの人……。とうとう、手段すら選ばなくなったらしいわね」

 飛鷹は頭を抱えていた。なが机に置かれた、14の銀の煌めき。指輪だった。

 同時に、飛鷹が彼の隠していた事実をみなに遂に明かした。

「……見ての通りよ。あの人、指輪を合計で18も持ち込んでいるのよ。そのうちの四つはもう、渡しているの」

 近々ケッコンカッコカリを導入すると聞いていた皆は、唖然としたり怒りを現したり困惑したり呆然としたり様々だった。

 どうやら、提督のメンタルは限界を越えていると飛鷹は判断し、秘書の権限でこの事を明かすことにした。

 そうしなければ、もう彼はいつ己にピリオドを打つか分かったものじゃない。

 とうとう、指輪の物理破棄まで実行しようとした。しかも、自分ごと。

 しかも、失敗すれば案の定、自分の責任として殺せと命令したと三人は言う。

 飛鷹は原因を調べるため、悪いと思ったが彼の私物を探った。

 すると、大本営の荷物に混じって何故か家族からの手紙を発見。

 念のため拝見すると、原因らしきものが書いてあった。

 飛鷹は内容に愕然とした。彼女ですら彼の身内構成は知らない。

 付き合いで、禁句に等しいワードであることはしっていたが、これは皆には明かしていいものではない。

 独断で、黙っていることにした。

「伊良湖達もアドバイスしたんですけど……お力になれませんでした」

「ごめんなさい。もっとあの時に何か的確な事を言えていれば……」

 食堂の伊良湖と間宮が詳細を知っているのは驚いた。

 同時に伊良湖はなんとなく察していたらしく、指摘したら彼は白状したのだと言う。

 二人は頭を下げて、謝罪した。悪くはない。そう思っても、やはりトゲが若干飛んでいく。

 提督は錯乱していて、川内の常備する酸素魚雷に頭を打ち付け大ケガをおった。

 自分から罰を求めるように制止しても続けて、最終的に那珂が持っていた小型マイクで殴打して気絶させた。

 慌てて医者を呼び、病院に搬送された。命に別状はないが、メンタルケア及び入院が必要なので今ここにはいない。

 大本営にも知らせて、憲兵が護衛に向かい、現在鎮守府の運営は飛鷹が代理で行い、裏方は大淀が担当している。

「勘違いしないで欲しいんだけど、あの人はハーレムやろうとか思っていた訳じゃないわ。知っての通り、単純に私たちに活躍してほしいから、システムとして取り入れたの。まあ……こっちの感情は度外視してくれたけどね。悪意はないの。そこだけは信じて」

 フォローするように、皆に言うと大体納得はしている。

 普段から必要以上には接しないが、最低限とはいえ、気遣いもするし心配も感謝もする。

 堅物で厳しいことはあったが、一切不満などはなかった。寧ろ心配になるレベルだった。

 然し。

「言い分は分かったわ。……でも、やってることはクソそのものじゃない。浅はかにも程があるわ」

「ちょっと……信じられません。いくら何でも、艦娘の事を軽視しすぎじゃ……」

 大体の理解は得た。然し、一部が苦い顔をしたり軽蔑の視線を出す。 

 まだ、鎮守府に配属されて日が浅い新入りの、提督を知らない艦娘。

 駆逐艦、曙。及び正規空母、翔鶴。

 特に翔鶴は一番の新入りで、彼のことはドライな厳しい人としか印象がない。

 事務的で、いつも笑わず艦娘とのコミュニケーションを拒み、距離を離している人間と言う感じ。

 曙は、口癖のクソ提督とは言わない程度には認めているが、尊敬までは至らない。

 無神経な言動が癪に触って、どうも苦手なタイプだった。

 その他、大井や北上、比叡、山城、青葉など。

 大井や北上は理由を知って尚更言動が気に入らないと言うし、比叡や山城は姉妹を蔑ろにしていた事実への反感、青葉は単純な性格と価値観の違い。

 各々、中傷とも取れる非難を続けていた。

 無論、そこそこ配属されて彼は普通に接しているつもりだった。

 然し、意味もなく気に入らない相手やそりの合わない人間もいる。

 彼が倒れたからと、調子にのって彼女たちは口を滑らせた。

 翔鶴も曙も、思っていた不平不満をここぞとばかりにぶちまけた。

 本気で、彼を慕ったり敬ったりしている相手を無闇に刺激過ぎた。

 限界が来た。言いたい放題している彼女たちに、堪忍袋が爆発して、行動を起こした。

 

 ――突然、曙の前を何かが高速で飛び去った。

 

 あるいは、翔鶴の真横を風が通り抜けた。

 

 ……何が起きたか、最初は分からなかった。

 だが、直ぐに理解する。自分の、背後の壁を見た。

 激しく揺れながら深々と突き刺さる矢が、穴を開ける弾痕が。

 彼女たちに対する、明確な殺意を物語っていた。

「なっ……!?」

 曙が見る先には、主砲を展開して威嚇してきた、強い怒りを滲ませる朝潮が。

 翔鶴が見たのは、底冷えする殺気を無言、無表情で出している加賀が弓を構えていた。

 他にも大井には鈴谷、北上には満潮や大潮、比叡には神通、山城には吹雪たちがほぼ同時に威嚇を放っていた。

「み、皆さん落ち着いて!!」

 間宮が慌てて仲裁をするが、誰も艤装を引っ込めない。

 飛鷹も止めず、苦い顔で大半は眺めているだけ。多分、分かっているのだろう。

 下手に止めれば、彼のいない間に鎮守府は崩壊する。

「何するのよ朝潮!?」

 怒る曙に、朝潮は冷たく睨み、ハッキリ言った。

 軽蔑と殺気が一段増している。

「……ここに来て、まだ日の浅いくせに、偉そうに思い込みで言うのは、私が許さない。司令官の侮辱は、司令官を信じる艦娘に対する侮辱と同じよ。何も知らないくせに。司令官が、どんな思いで私達の勝利を信じて待ってくれているのかも、その為に必死に考えて私たちと接していることも、知ろうともしないあなたが。共に戦おうと言う意志も、自分から拒絶している曙に何がわかるの。そうやって自分の中の司令官のイメージで勝手に改悪して、現実も個人も見ない艦娘の失敗作が、口を開かないで。……次、何かいったら今度は頭に当てる。練度の違いも分からないような駆逐艦は必要ないわ。大人しく黙ってて。不愉快よ」

 怒らせた彼に忠誠や思慕をもつ艦娘の激情を触って、理性が振り切れてしまった。

 普段なら朝潮は決してこんな真似はしない。

 だが、彼が壊れるまで悩んでいるのを、外野から根拠のない好き勝手な罵倒をされるのだけは、許せなかった。

 それが事実なら、朝潮も認めよう。だが曙が宣うクソ提督と言えるようなその言動には我慢ならない。

 事実無根の妄言に過ぎない。見れば、姉妹たちも激怒している。

「曙さ、普段のあれならまだいいよ。ネタとしていじるだけだし。でもさぁ……言って良いことと悪いことの区別ぐらいつかないわけ? 曙の言ってることはただの寝言だからね。意味わかんないこと言ってっと、マジで軽蔑するよ漣」

「曙。仮にも上官にたいして、その物言いはやめろと何度も言ったでしょう。まだ、分からないのね。痛い思いをしないと、その妄言癖は直らないのかな?」

 普段はチャラい漣や、厳しくも優しい綾波ですら、本気で頭に血がのぼっている。

 見ていてわかる。地雷どころか、今彼女は鎮守府の大半を敵に回した。

「鶴という生き物は、昔から義理堅いものと思っていたけど、そこの鶴はあそこまで尽くしてもらっておきながら、平然と罵る恥知らずとはね。一航戦や五航戦なんて関係ないわ。翔鶴、所詮あなたはその程度の空母だったということよね。それでよく、誇りがなんだと言えるわね。聞いて呆れる」

 加賀が静かに怒り狂っていた。

 同じ空母でも、翔鶴とてよくしてもらっている。

 が、翔鶴は前にいた鎮守府の提督と比べていて、そっちの方が社交性も高く明るい性格だったこともあり、彼を貶す結果になってしまった。

 あまりにも速すぎて、放たれた矢の一閃が見えなかった。翔鶴は絶句する。 

 一航戦など関係ないと言った。つまり、加賀はただの空母として今、翔鶴を殺そうとしている。

 己の認める相手を、ひどく言われたから。

「鈴谷の前で、提督悪くいうとか、いい度胸してんじゃん。今だけは前の鈴谷でいかせてもらうから。大井、もう口開かないで。ウザいから、今のあんた。ぶっ潰すよ?」

「思っていても言わなくていいわよね。なに調子こいて言ってるわけ? 駆逐艦嘗めんじゃないわよ。ぶっ飛ばされたい?」

 一触即発。鈴谷も満潮も、ヒートアップして収まらない。

 一部に対して激怒して本気で殺そうと最後の一線で踏みとどまる連中が仲間に殺意を向けた。 

 伊良湖や間宮が必死に宥めるが、そのほとんどが練度最高かその予備軍。

 実力だけなら中立と対等だ。だから強引に止めれば殺しあうだけになるだろう。

 中立も内心、腹が立っていたが理性が押し止めたのでやらなかった。出来れば同じことをしているだろう。

「火に油を注ぐけど、鈴谷はもう限界値越えてるからね。大井、死にたくないなら黙って。今の鈴谷は本気よ。もらった四人は、私と鈴谷、葛城にイムヤ。渡したのが彼がああなる前だから、順番に意味はないわ。練度最高は、なるべく全員に渡すって言うし、鈴谷の場合は努力するってあの人に約束して、それでみんな知っての通り死ぬ覚悟で手に入れたのよ。北上もいいけど、鈴谷の覚悟があんたに分かるの、大井」

 飛鷹は淡々と進める。彼女が一番怒っている。

 保留にしていた指輪を初めて人前で装備して上限を外し、必要ならありったけの爆撃をする準備すらある。

 怒りを辛うじて堪えているだけに過ぎない。全員、皆殺しにしたいぐらいだ。

「彼は暫く帰ってこれない。だから、彼がもう一度しっかりと考えて指輪を渡すと決意したときには、多分何かしらの答えは出ているはず。あれだけ苦しんだ彼がなにもしないとも思えないわ。みんな……急かさないようにしましょう。これ以上追い詰めたら、本当に私達は後悔すると思う。それに、一歩手前のこの事態に追い込んだのは……言い出しっぺの私の責任でもある。本当に、ごめんなさい」

 飛鷹が必要以上に彼を追いたてて、崖っぷちに追い詰めた。

 知っていれば。彼女の無理解が起こした惨事として、頭を下げた。

 みな、次第に落ちついていく。飛鷹が本当は一番暴れたいくらいなのは知っている。

 ここで問題を起こしても無意味。渋々矛を納める。

 ホッとする間宮、伊良湖。彼が戻る間、交代で仕事を進めていく。

 暫定的に決まって、その日は始まった。

 提督のいない、鎮守府の朝は……悲しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛鷹はもう一度、あとでコッソリと手紙を読み直した。

 やはり、嘘でありたいと思う内容だった。

(あの人に兄がいたことも教えてくれなかった。多分、これが原因……)

 詳しくは乗ってない。自力で調べて、驚いた。

 海軍の中では事件になっていたのだ。彼の父も評判を聞いて、頭を抱えた。

 食堂の二人にも少し喋ったようなので口を封じた。迂闊に広めたら今度こそ手遅れになる。

 彼があそこまで、艦娘との距離を離したのはしっかりと理由があった。

 彼は知っている。艦娘と提督の結ばれた、最悪のエンディングを。

 

 彼の父は、嘗て妻を深海棲艦に殺され、数年後にケッコンカッコカリした艦娘も、激化する戦争で亡くした。

 その結果、深海棲艦を強く憎悪するようになった彼は艦娘を戦争の道具にして、未だに戦っている。

 時を経ても癒されない憎しみと悲しみを背負い、新たな悲劇を作りながら。

 

 提督には二人の兄がいたという。

 一人目の兄は優秀な提督で、有能な人物だった。

 然し、とある時妹のように可愛がっていたケッコンカッコカリをした駆逐艦を敵に沈められた。

 結果、その兄は呆気なく発狂。数日のうちに、忽然と鎮守府から姿を消して、今でも行方不明扱いだった。

 その鎮守府は既に壊滅し、存在しなかった。

 

 比較的年の近い兄の方は、彼が間宮たちに言っていた事を実践してしまったのだ。

 大切な艦娘の代わりに、その姉妹を犠牲にして生き残らせた。

 だが、その事実に助かった艦娘が暴走。……愛していたハズの提督を手にかけ、自沈したという。

 

 

(だから……嫌がっていたのね。あんなに。鈴谷にも、イムヤにも。……そっか。そう、だったんだ)

 

 後悔した。悔やみきれないほど、彼女は悔いた。

 彼は見ている。結末が滅びだった様を。何度も、家族を奪われて。

 何年も前の話。でも、彼はなぜここにいる? 

 苦しいハズの海軍に、恨んでおかしくない艦娘の司令を?

 どうやら、確かめないといけないようだ。飛鷹は彼に会いに行く決意を固めた。

 そして……謝ろう。今までの事を。無理強いをさせてしまったことを。

 それから決めればいい。これからの事を。

 先ずは……顔を見よう。全ては、そこからだから。 



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彼の出したこと

 

 

 

 

 

 

 ……気がついたら、病院のベッドの上にいた。

 記憶は、夜中の工厰で曖昧に途絶えている。

 何をしようとしていたのか。ああ、指輪の破棄を軽巡に阻止されたのだった。

 と言うことは搬送させたのは部下か。当然、秘密も飛鷹が明かしたか。

 現物を残したのが悔やまれる。あれでは最早意味がない。

 バレてしまえば、鎮守府は恐らく内戦になるだろう。瓦解しているかもしれない。

 ……やってしまった。結ばれなくとも、兄と同じような結果になってしまった。

 途端に怒濤に押し寄せる自責の念。手遅れだった。

 やっぱり、自分は提督には向いていなかった。よくもまあ、今まで穏便に過ごしてきたものだ。

 多分、無意識に女性として、艦娘として意識しないようにしてた。だから無事でいられた。

 それを、ケッコンカッコカリのシステムに手を伸ばし、挙げ句にはこの有り様。

(親父。ダメだよ。兄貴と同じになっちまった。鎮守府一つを壊しちまった。俺、やっぱ無能だな……)

 結局、父の懸念通り。自滅した。取り返しのつかない事態になるまで、放置していた。

 なにも考えず、周囲の家族が海軍に入っていたら流れるままに入っていた。

 理由なんてない。理由以前に、自分の意見もなかった人生だ。

 父に勧められるがままに、気がついたら司令官をしていた。

 兄達は艦娘を愛して、一人は行方をくらませ、一人は愛する彼女に殺された。

 父は……二度の妻の喪失により憎悪に駆られて、今では少将に上り詰めた。

 引き換えに、終わらない憎しみと嘆きと怒りを抱き、艦娘を兵器として扱い酷使しているようだが。

 だから、自分のようにはなるなというのか。

 愛を失い、艦娘に愛情を抱けず道具としか見えなくなった自分とは。

 父は艦娘を人間ではないと断言する強硬派。嘗て、一度は愛したであろう艦娘を泣かせて。

 それでも、愛しきものを奪った敵に、終わらない復讐をし続けている。

 ……最後の息子として、家族の繋がりぐらいはあったらしい。

 ずっと、小さい頃からほったらかしで、仕事仕事でろくに遊んでくれもしなかった父が。

 同じ道を歩もうとする愚息に一報をいれるほどには気にかけてくれた。

 それも出来なかった不出来な息子だったが。

 呆然と見慣れない天井を見上げていると、担当医が顔を出した。

 話せる状況なので、事情を聴く。案の定、急患で運び込まれ頭に大怪我していた。

 別段、命に別状はない。

 メンタルケアの医者と面談し、相談するといいと言われる。因みに入院だそうだ。

 聴くに、一時は錯乱状態であったらしく、今は落ち着いているが繰り返すかもしれない。

 と、言われた。

 ある程度落ち着いたら面会も可能だと告げられ、ここが海軍お抱えの病院であると言われる。

 医者も関係者で少将の倅だと知っていた。

 釈然としないまま頷くと苦笑いして一言、追加された。

 警告のような言葉を。

 

 ――ここは、艦娘に巻き込まれた提督が多く入院する病棟だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間経過した。自分の鎮守府は無事運営していると、知り合いの憲兵が護衛にきて教えてくれた。

 それには思わず安堵する。どうやら、飛鷹が上手くやってくれているらしい。

 流石に長年の経験が活きている。助けられて、感謝する。

 面会も解禁された。ケアの医者とも何度も相談して、ひとつアドバイスされた。

 それは苦しんでいた彼に光明をもたらした。

 

 そろそろ退役した方がいい。違う職に移らないと身が持たなくなる。

 

 そう。やはり、提督をやめろと。鎮守府にいる限り、根本的解決は不可能。

 どうも、自分はノイローゼに近い状態になっているらしく、あの場所にいたら回復の見込みはない。

 言うなれば、艦娘が原因なので艦娘から離れていけば自然に治まるとのこと。確かにそうだと納得する。

 原因が近くにあれば治るハズもない。

 大本営にも医者が伝えたが、返事は自分が持っていった指輪の処置だけしておけと命じられた。

 当然だ。勝手に複数申請しておいてできませんでしたでは困る。

 艦娘の強化アイテムを、紛失したなどとなったら大事だ。

 今は代理が管理しているから、復職したらどうにかして、終わり次第何がなんでもやめろと。

 上手く立ち回って、信頼できる相手や不満を持つ相手に渡して納得させろと無茶ぶりときた。

 この事態はかなり危険で、艦娘が提督に何をするか分からない状態だと、大本営は書面で警告してきた。

 そりゃ、複数に指輪を渡すことを戦術的に推奨している連中だ。

 彼女たちの恋心を踏みにじれば、どうなるかなど目に見えている。

 言うことを聞かなくなり、提督を殺しに来ると、ハッキリ書かれている。

 加賀の時にきた、注意喚起のお達し通りになったわけだ。

 つまり、晴れてハーレム建設首謀のクソ野郎の仲間入り。死にたい。

 やっていることは同類だったので、受け入れる。

 その暴走した艦娘に指輪をとられないよう、飛鷹に伝えられているらしい。

 彼女にも指輪は渡している。きっと、活用していると思われる。

 手に終えない艦娘が上限開放をした日には手がつけられない状態になる。

 なので、早めに戻って早めに渡して宥めて逃げてこいと。

 これ以上痴情の縺れで提督を死なせるわけにはいかないようだ。

 じゃあ何でこのシステムを続けているのか。

 正しく使う相手からの需要があるとかその辺だろうか。

 正直、どうでもいい。今は細かいことは考えたくない。

 大人しく寝転がり、現実逃避にヘッドフォンでデスメタルを聞き流して思う。

 提督を辞職する、というのは何度かしようと思っていたし、丁度よい気もする。

 これ以上は続ける自信もないし、何より既に見限られているだろうから、諦めもつく。

 ゲスな行為をしておいて、彼女たちが許すハズがない。いいや……許さないでほしい。

 どうせ、絶対に阻止される。彼女たちは見限りをつけたとしても、逃走という手段を許さないだろう。

 命が惜しくて、あの手この手で逃げ出すと思うはず。

 つまり、部下が敵になりその間にも深海棲艦と戦いながら、指輪を渡す相手を選別し、なるべく穏便に済ませて逃げ出さないといけない。

 凄まじいミッションだ。勝利条件は自身の辞職。敗北条件は自分の死亡、と見て良いだろう。

 何せ、裏切りだ。失望される真似をするわけだし、今までの関係は崩壊する。

 ……でも、それでいいのかもしれない。自分で蒔いた種だ。

 最早、外道となった己には何を正当化する道理全くはない。

 殺されてもおかしくはないし、一時は死を望んだ。

 彼女たちには殺す理由がある。殺されても仕方ない。

 然し、ちゃんと提督が悪いように、遺すものは遺さないと。

 彼はもて余す時間を使い、携帯のボイスレコードを使って、一つの言葉を残した。

 洗いざらい全てを吐露し、謝罪と擁護の言葉を入れ、最後に締めくくった。

 悪いのは提督ただ一人。艦娘には罪はないから、許してほしいと。

 部下たちは裏切り者を許せなかっただけ。当然のことをしたのだと。

 そうだ。悪いのは自分であって部下ではない。無神経な事をした、自分だったのだ。 

 挙げ句またも裏切り、逃げようと考える卑しい男に、艦娘を幸せにできるわけがない。

 応えられない。それが、彼の出した結果。誰の思いを受けても、堂々と言おう。

 自分には資格がないし、器量もない。そして、彼が受け入れることができない。

 失うのが怖いから。壊れてしまうのが怖いから。誰も、受け入れない。

 拒絶して、提督を辞職する。新しく人生をやり直そう。

 一から、今度はしっかり自分の意思を持って、明確な目標を見つけて。

 決意した。医者もいっている事だし、諦めて逃げてしまおう。壊れる前に。

 もし、殺されても悔いはない。死んでも生きても、彼には後悔しかないから。

 何より。……約束を、果たせなくなるのが、一番堪えた。

 彼女との……絶対に叶えるという、約束を反故にする苦痛が一番胸に深く突き刺さる。

(ごめんな、飛鷹。……あの約束、ダメにしちゃって)

 一番の友人で、相棒で、戦友の飛鷹との、数年前に交わした約束。

 それを、思い出して俯いた。思い出す、あの時の笑顔を……曇らせる。

 飛鷹を何度も辛い思いをさせる事が、申し訳なく、同時に何よりも苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一番最初に彼女との出会いは、新人の頃に配属された時だった。

「は、初めまして! 名前は出雲ま……じゃなくて、軽空母……」

 緊張していた彼女は自己紹介の時に噛んで妙な発音をした。

 一番最初の配属された空母として期待に胸を膨らませていた彼は見事に聞き間違えた。

 台詞をぶったぎり、勘違いして狂喜。

「イズモマン? すげえ、海外の空母なんだ! 見た目は和風美人なのに!」

「ち、違うわよ!! 私は軽空母飛鷹ですっ!! イズモマン言うなっ!!」

 いきなり怒らせて、口を聞いて貰えないという最悪な初対面であった。

 然り気無く美人と言われたの嬉しかったらしいあとで教えてもらった。

 

 

 

 

 

 互いに小さな鎮守府を任されて、細々と仕事をこなしてやってきた数年。

 輸送任務や護衛任務が大半で、周囲に比べたらローペースで昇格をしていった。

「貴方って出世に興味ないの?」

「ないな。……ほら、俺ってあんまし有能じゃないしな。戦闘は柄じゃないし、そう言うのは優秀な連中に譲っているから、俺はやらないでいいんだ」

 二人で晴れた日の埠頭で、穏やかな海を眺めながら話していた。

 飛鷹は呆れたように彼に言う。

「要するに相応の任務しか受けないって訳ね。うちは小さいから、戦艦も重巡もいないし。正規空母は……あの加賀だしね。戦闘させろって、うるさいのよ。少し資材に余裕があるからって、あんな悪燃費配備するなんて信じらんない」

 この頃から既に加賀も配属されており、軽空母として性能の劣る飛鷹は加賀を最初嫌がっていた。

 加賀も彼を見下す高慢な性格で、ぶつかり合いが絶えなかった。

「仲良くして……ってのはキツいよな。あの加賀だからなー。俺も正直嫌だし」

 悪友同士が陰口を言い合い、互いに意気投合。加賀の悪口は夕焼けが見えるまで続いた。

 尚、本人にその事がバレて、キレた加賀と飛鷹の喧嘩が勃発したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある年のクリスマスの時だった。

 彼はクリスマスのお祝いをしようと言い出して、小さな鎮守府の艦娘総出で騒ごうと準備していた。

 交流のあった鎮守府で、七面鳥を焼いていたら空母の一人が泣き叫んで食べることを嫌がったので余っていたのを貰ったらしい。

 ケーキも彼が実費で買ってきてささやかなパーティーになる予定だった。

 その時、飛鷹が自室の前でうろうろしているのを彼は発見した。

「飛鷹、どうした?」

 訝しげに聞いた彼に、飛鷹は苦虫を噛み潰したようなすごい顔で言ったのだ。

「……昔、使ってたドレスがあるんだけど……着ようか、迷ってるのよ。折角の祝い事だし、おめかしぐらいはしようかなって。……でも、何かね。らしくないって言うか。みんなにドン引きされそうで」

「あー……」

 お堅い委員長気質で、割りと神経質と思われている飛鷹は周りの目を気にして迷っていた。

 そこを、彼は言ったのだ。

「いいじゃん。着ちゃえって、遠慮しないで。それで一緒に踊ろうぜ」

 彼はダンスみたいなもんをしたいんで、手伝えと気軽に言った。

 彼女は一瞬、目を見開いたが……軈て諦めたように言った。

「そうね。最悪、貴方を言い逃れに使えばいいもんね。分かった、やりましょう。でも、不格好なのはやめてよね。私、こう見えてダンスは得意よ?」

「マジで!? おっしゃ、楽しみだわ!!」

 こうして二人は酔っ払いの祭典となったクリスマスの夜に踊った。

 意外な事に飛鷹は本当にダンスが上手で驚いたのを覚えている。

 上機嫌で舞うその刹那はとても楽しかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 あの、約束の時だった。

 その時は戦闘に参加するように命じられ、支援任務についているとき。

 先日、不意打ちを受けて負傷して、凹んでいた飛鷹は執務室で彼に愚痴っていた。

「艦隊任務って疲れるのよね……」

「だな……。あー、早く平和にならねえかな」

 彼も疲れがたまって、愚痴るように飛鷹に言う。

 そんなとき、彼女は言い出した。

「ほんと、早く深海棲艦が居なくなって……平和な海になればいいのに。そうしたら、私だって……」

 遠い目をした彼女は、呟いた。何かしたいことをあるかのように。

 彼が興味本意で聞くと、笑わない事を条件に、彼女は夢を教えてくれたのだ。

「私ね、海外に豪華な客船で旅行にいくのが夢なのよ。今はこの状況だし、私は戦わないといけない。でも、諦めたわけじゃないの。いつか、平和な海になったら、だけど。そうしたら、空母としてじゃなくて、本当の私として、見てみたい。……どう? 滑稽でしょ? たかだか艦娘が、空母が夢を語るなんて。笑っていいよ。うん、笑って」

 彼女は自嘲するように言う。叶うはずもない、夢のまた夢。幻想なのだと悟っているように、微笑む。

 だが、そんなものは彼にはどうでもよかった。

 

 だって、彼は。当時から目標も、夢も、何もなかったから。

 

 飛鷹が、眩しく感じて思わず言ったのだ。

 

「良いねえ、それ。海外旅行か、俺も一緒にいく」

 

「はっ!?」

 

 飛鷹は驚いてこっちを見た。

 彼は至って真面目に言うのだ。

「艦娘とか空母とかそんなんどうでもいいって。俺も行きたい海外旅行。一緒に行こうよ。俺も手伝うからさ。夢、叶えようぜ飛鷹。お前となら絶対楽しいって!」

「え? 本気? 私、艦娘よ?」

「だからなんじゃい。夢語るのに艦娘も人もあるか。あるだけいいだろ。慎ましい夢なら俺も便乗させて」

 艦娘がナンセンスという反応とでも思われたか。

 ご生憎。夢も目標も持たない人間にとっては、そういう人を手伝うぐらいしか出来ないのだ。

 暫く、彼女は彼を見つめていた。

 結局少ししてから飛鷹は、何故か頬を赤くして、そっぽ向いた。

 そして小声で言った。

「……いいわよ。一緒に行きましょ。平和な海を取り戻して。私も頑張るから。約束したからね。予約したからね。破ったり、忘れたりするのは勘弁してね」

「オッケー。楽しみにしてるわ。頼むぜ相棒」

 ケラケラ笑って、彼は約束をしたのだ。

 軽い感じであった。でも、彼は時々話題にしては彼女と話していた。

 どこにいこうかとか、何して遊ぼうとか。

 二人して無邪気に計画をたてていたのに。

 全部……台無しになってしまった。

 彼の、愚かな行いのせいで。

 

(飛鷹。ごめん。俺は最低の男だ……)

 

 何度もリフレインするごめんの文字。

 頭のなかをいつかの躍りのように舞っている。

 一人で見せる、懺悔の思い。

 

「ごめんなさい。……貴方を追い詰めたのは、私。許してなんて言えない。だけど……」

 

 不意に。聞きなれた声が聞こえる。悲しそうな、ごめんなさい。

 

「……罪滅ぼしじゃない。私が、こうしたいからこうするの。貴方が負担になったとしても、私は……貴方と共にいたい。約束を、夢を諦めたくない。……図々しいって分かってる。必要なら、私は何でもする。だから、お願い」

 

 ……彼女の声? 何で彼女がここにいる?

 

「……私を、一人にしないで。置いていかないで。貴方と一緒にいたいよ。死ぬなら私も連れていって。貴方一人を苦しめないから。私も一緒に苦しむから。一人で全部背負わないで。私にも背負わせて。私はどこに行っても、ずっとそばにいる。約束したじゃない。……私を、頼って。私も頼るわ。一緒にいくから。何処でも、どこまでも。抱え込まないで。もう、バカなこともしない。……提督。私の……飛鷹は、出雲丸は貴方と共に必ずいます。艦娘を捨ててでも、空母の名前を捨ててでも。一緒にいるって、誓います。……それだけは、忘れないで」

 

 懐かしい名前を聞いた。

 出雲丸。飛鷹の、もうひとつの名前。空母ではなく、客船としての。

 彼女は……飛鷹は。尽くしてくれるのか。こんなクズに。

 艦娘じゃなくて、もう一人の彼女として。

(待って……待ってくれ、飛鷹。俺は……!)

 待って。言いたいことができた。

 まさか、とは思いたい。彼女は……本気で。

 本気で、こんな男に付き合ってくれるのか。艦娘としての自分を捨ててでも。

 だったら。彼女に、言わないと。自分の漸く決められた事を。

 彼女にだけは……たとえ、軽蔑されても。真実を言わないと。

 提督を辞めるという選択肢を選んだことを、自分の口で。

 だから……だから! 

 声を大にして、叫ぶ。

 届くことを祈って。

 彼女の名前を、叫ぶ!!

 

「飛鷹!!」



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逃げるな

 

 

 

 

 

 

 ……飛鷹!

 

「えっ」

 

 ……彼女は名を呼ばれて、振り返る。

 そこには、こちらを見る彼がいた。

 驚愕の表情で、飛鷹を見る。

 驚いたのは此方だ。嫌な予感が過る。

「て、提督……。いつから起きてたの?」

「……ごめん、分かんない。お前の声が聞こえた気がして、返事したらお前がいた。俺は寝ていたのか?」

 聞かれているようだ。

 報告をかねたお見舞いにきたはいいが、肝心の彼が俯いたまま寝入っているようで、どうするか迷いながら溢れた本音が。

 彼女は表情を取り繕う。今は、彼の回復を喜ぶときではない。

 秘書として、代理の運営している報告をしに来たと伝える。

 彼は、表情を曇らせた。聞きたくなさそうな雰囲気だが、言わねばいけない。

 軽く現状を説明する。

 現在は運営は問題はなく、後始末にケッコンカッコカリの一件を皆に公表し、説明をしたと。

「そうか。……そうだろうな。ごめん飛鷹。辛い役目をやらせて」

 本気で後悔しているのは見てわかる。彼女は取り敢えず事務的に接する。

 ダメだ。言い出せない。知ってしまったこと。この一週間で調べてしまったことを聞けない。

 禁句だと知っているし、その理由を知った。彼には苦しみを与えるだけ。

 迷う飛鷹。どうすればいいんだろうか。何を言えばいいんだろうか。

 飛鷹は必要なことを聞いて、喋って、黙った。会話が続かない。

 こんなこと、初めてだった。

「……皆、失望しただろうなあ」

 ふと、彼はそんなことを呟いた。

 飛鷹が見ると、彼は窓の外を眺めて言ったのだ。

「俺さあ……何にも考えてなかったよ。皆のことを優先している気でも、女性として……艦娘として見てなかったからかな。無神経なことばっかりしてたと思う。無能のクソ提督だ」

 そんなことはない、と言い切れない。実際彼に不愉快さを表した大井や北上がいる。

 曙も、翔鶴も。彼の異性に対する無理解を嫌悪している。山城や比叡は単なる私怨。

 金剛や扶桑に対する態度が気に入らないだけ。至って本人は気にしていないようだが。

 青葉は堅苦しい彼が苦手なだけ。

 後者はいい。問題は前者だ。彼のその言動の根本には……過去が関係している。

 しかも、経験すれば恐らくは憎悪を抱いてもおかしくない。なのに、彼は何も言わない。

 少なくとも、今は艦娘が嫌いなのではないようだ。艦娘と恋仲になり、愛し合うのが怖いのだ。

 飛鷹も理解してきた。言われてみれば当然のこと。今は戦時中。

 艦娘は戦場に出る兵士としよう。兵士に恋をした人がいるとする。

 兵士は敵を殺せる。でも、恋した人は直接戦う術を持たない無力。

 指揮をすれば戦えるだろう。でも、己が戦場に立つわけではない。

 敵は化け物で、奪われた理由すら不明。敵討ちすら自分ではできない。

 指揮した自分のせいで死なせてしまった。至らない弱い自分が殺した。

 そう、感じるのだと思う。戦争ではよくある話だ。寧ろ日常であろう。

 その当たり前に堪えられるような強い人なら救いはあった。

 だが、彼の家族はそうじゃなかった。弱い人の分類だった。

 だから終わらない復讐に走り、発狂して逃亡し、身代わりを使って怒りを買い殺された。

 救いのない破滅に進んでしまった。

 全ては、艦娘と結ばれたことでより大きい悲しみを背負って、滅んだ。

 何度も見ていれば、恐れるのは自然なことなのではないだろうか。

 常日頃、部下のお陰と言ったり自分は優秀じゃないと、卑下する彼なら尚更、女性と意識しない方がやりやすかったに違いない。

「ごめんなさい。私の責任だよね」

 飛鷹は、彼に深く謝った。頭を下げて謝れば済まされる傷ではない。

 それでも、出来ることはこれしかない。

「……えっ?」

 提督は理解できないような顔で、飛鷹を見た。

 自分が悪いと思っている彼には、信じられない言葉。

 なぜ、彼女が謝る? だが、何かに気がついて……納得したように頷いた。

 そして、問う。禁句としていた内容に触れた。

「ああ、そうか。飛鷹、親父の手紙見たんだな。俺がそうなった原因を調べるために。それで、俺のこと知ったんだね?」

 悲しい笑顔で問いかけ、飛鷹は首肯。

「……勝手に私物を調べるのは良くないと思ったんだけど。今回のは、本気で驚いたから。みんなと向き合うって決めたばっかりの時におきた事が気掛かりで。ごめんなさい」

「いいよ。俺が言いたくなかっただけだから。ぶっちゃけ、艦娘の飛鷹にする話じゃないでしょ」

「でも、知っていれば……! 知っていればこんなことには」

「なってたよ。いつか、必ず。俺が目を背けていた限り、この現実は必ず訪れた」

 彼は責めなかった。どこか、知られて安堵するような顔だった。

 彼は彼女が知ってくれてよかったというのだ。

 どの道、遅かれ早かれこうなっていたと言い切れると。

「みんなが死ぬよりはずっといい。被害が俺だけで済んでよかった」

「…………」

 彼は、黙り視線を床に落とす飛鷹に、こう切り出した。

 それは、彼が出した答えだった。

 

「飛鷹には、早めに言っとくな。俺、提督やめるわ」

 

 ……こうなることは予測していた。

 錯乱するまで追い詰められた環境に何時までもいるわけがない。

 指輪を回収したらとっとと辞任するという彼に、飛鷹は何も言わない。

 医者にも言われているのは考えなくても分かる。

 自分の身を案じるのは当たり前。

「あ、あれ……? 怒らないのか?」

「バカ言わないでよ。言いたいことは分かってる。……貴方が提督を辞めるなら、私も退役するわ。近代化改修に使って」

 約束を破ったことや、逃げるような真似に彼はどやされることを覚悟していた。

 然し、飛鷹は怒る権利はないとはっきりいう。そして自分も責任をとって、やめると。

 飛鷹の決意は重かった。

「なんでさ!?」

「同罪よ、同罪。今回のは私も悪いもの。辞任するっていうのは予想してたわ。何時までも居ても、キツいのも分かる。……私も、人のこと言えないし。鎮守府を混乱に招いた首謀者だから。責任とって、解体か近代化改修じゃない」

 提督は解体は即座に却下した。それは、死刑に等しい選択肢。決して選ばない。

 ならば、己の全ての能力を他の艦娘に継承し、ただの無力な人擬きになる近代化改修の方しかない。

 ただ、そのあとは何もなしに人間社会に放り出され、一人で生きていくことになるのだが。

 責任は彼一人のものじゃない。加速させ、ばら蒔いた飛鷹だってある。

「……え、じゃあさっきのって……」

「聞こえていたんでしょ。私は貴方の……」

 やっぱり、聞こえていたのだ。独白が。

 だから飛び起きたのだろうし。ここで、彼女は考える。

 ……ダメだ。好きだと悟られたらまた二の舞になる。

 ここは、自分の気持ちを圧し殺す場面。言葉を選ばないと。

「……貴方の、相棒よ。私にもいい加減、背負わせてよ。肝心なものだけ自分一人で担がないで、さ。今までのフォローだって、散々やって来ているじゃない。私は構わないし、巻き込んでくれていい。気にしないで」

 ……相棒という言葉で誤魔化した。まだ、今だけは絶対に知られてはいけない。

 弱っている彼にこの心を悟られぬようにひた隠しにする。

「飛鷹……」

「貴方の事を知ったから、私は今まで以上に相談できるよ。償いにはならないけど、全力で助けるから。まだ、逃げることを選択しないで。今、貴方が居なくなったら……みんなが、貴方の怖がる思いをするはめになる」

 分かっている。彼にまた苦行を強いることになることも。

 でも、彼が司令官を辞退すればどうなるだろう。

 飛鷹なら、間違いなく未練を絶ちきれず彼を如何なる方法をとっても追いかける。

 彼の事を諦めることが出来ずに破滅してでもストーカーになっても。

 少なくても、と飛鷹は言う。

「鈴谷は、酷いダメージを負うと思うわ。イムヤだって。艦娘と司令官の関係が、違う意味で破滅するだけ。鈴谷は特に。……狂うかもしれないわ」

 彼女は認められるためにがむしゃらに努力した。

 それで一度は沈んだような少女だ。彼が居なくなったら、どうなるか。

「……まさか」

 彼は青ざめた。女心の鈍い彼でも、知っての通りになる。

 鈴谷は、多分堪えられない弱い心の方だろう。

「ええ。きっと、貴方のお兄さんみたいになるわ。狂ってしまって、何をするかは私にも予想できない」

 彼は絶句して頭を抱えた。提督を辞めることは出来よう。 

 然し、残された部下はどうなるか。答えは、彼だって知っている。

 少なくても、辞職は最後の手段。安易に選ぶものじゃない。

「提督のままでいろとは言わない。でも、すぐに辞めるのは絶対にダメ。何人鎮守府の艦娘が暴走するか分からないわ。辞職は……最低でも、みんなに事情を説明して、それで嫌われてからにしましょう」

 そう。どうせ、最低なことをしたのだ。ならばいっそ、後腐れなく嫌われてしまえばいい。

 謝る事ぐらいはしなければ、責任を果たしたことにはならないと飛鷹は思う。

 無論、他人事じゃない。飛鷹だって土下座でも何でもする。共に責任ある立場。

 彼と共に、鎮守府を混乱させ、機能不全に陥れた落とし前はつける。

「……」 

 辞めれば全て終わると思っていたようで、彼はまたも女の心を分かっていなかった。

 軽はずみな行動が、自分の一番嫌がる結果にさらになると指摘されて、呻く。

「また……自分のことしか考えてなかったのか……」

 と、そこまでいってから気がついたように飛鷹に聞く。

「……待ってくれ、飛鷹。俺が指輪を複数持っていたのをみんなに知らせたんだよな?」

「ええ。全部貴方のしようとしていた事は明かしたわ」

「……皆の反応は?」

「他意はないって、説明したら……大体の娘は納得してくれたわ。普段から、貴方は私達のために頑張ってくれているのを知っている娘はね」

 そう。彼は距離を離す為にコミュニケーションをとっていなかったが、行動は日頃から行っていた。

 皆の希望するように装備を整え、資材をしっかりと管理し、余計ないざこざが起きないように配慮するなど、仕事上の彼が当たり前と感じていた事をしっかりと見ていた。

 最早日常の出来事で、聞かない方が珍しい男性提督のセクハラも、一切ない。

 ……それは女として見ていなかったからであろうが、そういうことも彼女たちは見ている。

 だから、あの堅物に悪意ある理由などないで納得してくれたのだ。

「大半?」

「大井とか、北上がね。ふざけんなって怒ってた。あと、曙と翔鶴も、無神経だって言ってたわ。……あんまり言い過ぎて、加賀とか朝潮とかと揉めたわ。あの娘たちは上方修正入ってるけど、強ち大井とかの言い分も間違っちゃいないのよ。だから、きっちり謝罪しないといけない。分かるでしょ、提督。……どういこうが、艦娘と向き合わないと責任は取れないのよ。他の長門や那智とかは、我慢してくれたけど。失望はされてないから、その辺は安心して」

 彼女たちも、その無神経さに腹をたてているのであって、改めてくれれば引き摺らないと言質は素手にとってある。

 様々な反応こそあったが、おおよそ謝罪してから誠意を見せるしか解決方法はない。

 辞職を今すれば、今度こそ失望される。最後のチャンスなのだ。

 ならば。真っ先に起こすべき行動とは、何か。保身のための逃亡か? 

 ……違う。

 己の過去を理由に、やけくそに行動したことから目を背けることか? 

 ……違うっ!

 今、最優先で彼がすべき行動とはっ!!

 誠心誠意、心を込めて、今までの行動を悔いて、散々巻き込み迷惑をかけてしまった部下たちに詫びることである!

 彼のメンタルは、飛鷹の言葉で復帰した。責任から逃げてはいけない。反省しなければいけない。

 逃げるのはすべてを終えて、部下と向き合い、己の恥を彼女たちに己の言葉で、伝えるのだ。

 

 ――此度のような軽はずみな行動を起こし、皆に迷惑と混乱を招き申し訳ございませんでしたと。

 

 ――次からはしっかりと女性として意識し、艦娘として接して、改めていきますと。

 

 目が覚めたような気分だった。

 今まで何をやっていたんだ。

 あまりにも自分を責めるのに忙しくて、見るべきものを誤っていた。

 死ぬとか指輪の処分とか言っている場合ではなかった。

 艦娘の愛とか恋とか言っている場合ではなかった。そんなものは自分の都合だ。

 よい年した大人が、何を血迷っていたのだろう。

 己の失態と自覚しておきながら、楽をして逃げる方向ばかりに目を向けていた。

 違うだろう。それは、そんなものは後回しだった。

 部下が、自分に最後に与えてくれたこの機会がラストなのだ。

 あまりにも余裕がなくて、手前味噌なことばかりを言っていた。

 飛鷹のおかげで、何をするべきか見えた。ハッキリした。

 恋愛やら結婚やらの前に提督としてすべき行動があるではないか。

 

「分かった。辞職は後回しだ。いいや、そんなものはどうでもいい。辞職なんて今は忘れる。それよりも、急がないといけない。全く、ウジウジと悩んでいた俺が愚かだった。ありがとう飛鷹。おかげで俺は正気に戻れた。やっぱりお前は頼れる相棒だ。本当にありがとう。そして、今までの愚行で迷惑をかけて、申し訳なかった。これからは、皆ともっと接して、間違わないように、しっかりとコミュニケーションをとりながら、二度と繰り返さないように努力する」

 

 ……飛鷹も、ここまで効果があるとは思わなかったので面食らった。

 天恵を受けたように、生気を取り戻した彼は彼女にも深々と礼を述べ、更に謝罪した。

 凄い苦悩していた顔が、嫌われていない現状を知ると、彼はこれが最後のチャンスと感じたらしい。

 艦娘全員に、誠心誠意の謝罪とできることへの償いをすると言い出した。

 何やら違う方向に暴走を始めていた。確かに謝罪は必要だと思うが、なぜここまで元気になった。

「くそ、こんなデータなどいらねえ!! 恥ずかしいわ!」

 何やら怒鳴りながら、彼は携帯をいじっていた。何かあったらしい。

 自分が悪いと思っていたら、謝らないといけない。こんなの基本だ。

 彼は兎に角、艦娘たちに直接顔を見せて、態度で示すと不安定だったメンタルが一気に安定していた。

 ……飛鷹はその様子を見ながら聞こうと思ってた事を思いきって聞いてみた。

「……ねえ。今だから凄く失礼なことを聞くけど……貴方、何で提督になったの? こんな風になるって、わかってたんでしょ?」

「ああ、それね。……ぶっちゃけると、理由はない」

 過去に家族を艦娘で失っているとは思えない発言に飛鷹は目を見開いた。 

 彼自身も、ため息をついて説明する。

「飛鷹。お前が思っているような立派な人間じゃないよ、俺は。昔から何も自分じゃ考えないで、周りに流されてばっかでさ。親父の時も、兄貴たちの事も、艦娘を恨んでたのに、時間が流れていくとそれもどうでもよくなってさ。恨みを抱えても、居なくなった兄貴も死んだ兄貴も戻ってこないし、意味ないと思ってやめたんだ。親父は深海棲艦全滅させるから俺にも提督になって手伝えって言うし。なんも考えないで、当時就職に行き損ねた俺は親父に言われるまま、提督に入る道を進んでいた。で、自分が兄貴たちと同じ立場になったから、急に怖くなって……これだよ。俺はただ、自分勝手に振る舞っていたんだと思う。そりゃ親父も心配するよ。はぁ……ホント、どうしようもねえなあ……俺」

 本当にどうしようもない男だった。

 知ってしまえば、こういう勝手極まりない内容で。

 飛鷹は、流石に呆れた。ことなかれ主義で提督になるなんて、あまりにもアホらしい理由だった。

「尚更、謝らないといけないわね。勝手な理由で、皆を振り回してしまったもの」

「うん。謝らないと、示しがつかない」

 逃げることは今は許されない。

 辛い過去を理由に勝手を振る舞うツケは、加速させた飛鷹と共に支払うべきなのだ。

「じゃあ、逃げないでよ。逃げたら艦載機に縛り付けても、鎮守府に連れ戻すから」

「お願い。逃げたら殴ってでも引きずってでも、俺に謝罪させて」

 ……決定だ。バカな理由で皆の気持ちを踏みにじった男と、彼の事を知らずにイタズラに彼を追い付けて鎮守府に多大な迷惑をかけてしまった二人は、皆に土下座をする事を決めた。

 その為に、早く鎮守府に戻らなければ。彼は先に戻る飛鷹の背中に、別れ際言った。

 

「サンキュー、相棒」

 

「お礼には及ばないわ」

 

 彼女はそう告げて戻っていった。

 彼は出来ることをする。自分の都合など、もう知らない。

 今するべきと思ったことのみに集中する。

 メンタルケアの医者を呼び、もう大丈夫かどうかもう一度見てもらった。

 医者も驚く劇的な変化。どんな特効薬を受ければこんな風になるのか。

 何度も調べてもらい、一応は大丈夫ではないかと言った医者は様子見で、近々戻ることを許可した。

 何かあれば戻ってこいと言われ、彼は己のするべきことに意識を傾ける。

 逃げると言う選択肢は、単純になった今の頭からは、きれいさっぱり霧散しているのであった……。



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再始動、そして

提督の過去のトラウマを漸く書き終わりました。
今回より、リクエストの方に戻れると思います。
一時方向が怪しくなり誤解を招いたこと、重ねましてお詫び申し上げます。


 

 

 

 

 

 

 決意してから約十日。

 提督は退院した。何度か見舞いに来た飛鷹とやり取りをして、解決の糸口を探した。

 頭の怪我が包帯もとれて、メンタルも一応は大丈夫と診断されて、鎮守府へと復職した。

 事前に通達と仕事の調子をみて、把握してから彼は戻ってきた。

 明らかに違う、ハッキリした意思のもとに。苦悩の色は見られなかった。

 戻って早々、彼は部下を食堂に集めた。心配したり、怒ったり、様子を見る彼女たちに。

 彼は決心していたことを決行する。

 

「みんな。俺が不在の間、とても心配かけさせたみたいで、本当にごめん。此度はみんなに対しての数々の無神経な言動にくわえ、暴走行為を繰り返し迷惑をかけた……いいや、かけてしまいました。本当に、申し訳ございませんでした」

 

 部下の前で、全員に向かって頭を深々と下げた。

 飛鷹も同時に、隣で鎮守府に招いた混乱の一件をもう一度謝罪した。

 全霊の謝罪と感謝、そして改めて皆にする誓い。

 今度はしっかりとコミュニケーションをとって、溝や軋轢が出来ないように努めていき、決して彼女たちの心を軽んじたり、蔑ろにしないことを宣誓した。

 当初は予定通り、土下座しようとしたら一部の艦娘に威厳が無くなるなら止めるように言われてしまい、断念した。

 皆は、彼の態度に何かを感じてくれたのか、小言や文句を言いながら最終的には許してくれた。

 特に怒らせていた艦娘にも再三の謝罪をすると、反省したのであればもういいといってくれた。

 彼の勤務態度に文句がある訳じゃないし、その言動さえ改めてもらえればここは居心地はいいと大井も北上も言った。

 どちらかと言うと北上優先の大井と駆逐艦が好きではない北上には、たとえワガママに等しいことでも考慮してくれる提督がやりやすい。他の鎮守府だとバッサリ切り捨てられて、揉めるのだそうだ。

 山城や比叡には、姉妹に対する言動を改めさえすれば文句はないと断言された。

 流石に金剛も一時の荒れていた具合を見ているために、互いに反省して仲直りすることも出来た。

 で。新入りの翔鶴と曙だが……。

「お互い、まだ知り合ってそんなに月日は経過していないよな。来て早々、見苦しいものを見せてしまって、申し訳なかった。情けない上に無能な提督かもしれないが……どうか、これからも二人の力添えを頼みたい」

 丁寧に謝って、彼は二人にも言動を改めるとキチンと言い切った。

「あ、あの……わたしも、提督がいないことを良いことに、あの時は言い過ぎてしまいました。本当に申し訳ありません、提督」

 焦る翔鶴。よい扱いをしてもらっておきながら、言い過ぎた部分を自覚して謝ろうと思っていた彼女に、彼は間違っていることは何時でもいってほしいと言うのだ。

 基本、目上には礼儀正しい彼女はこれからはそうすると言って、収まった。

「あたしも、提督には散々意味わかんない罵りしたり、見下すようなこと言って……ごめんなさい。ちゃんとこれからは思い込みじゃなくて、この目で見て行動するように努力します」

 曙の場合、配属当初より目立っていた事実無根の中傷を謝罪した。

 彼が何かした場合は遠慮なく叱るけれど、それ以外は部下として接すると言った。

 性格の相性も言えないが何より思い込みでクソ提督呼ばわりは曙が悪いと思っている。

 態度が腹が立ったが、彼の仕事に文句はないのに、全部を卑下するようなことをいい続けた。

 その言動のせいで、この鎮守府に飛ばされたのに、またトラブルを引き起こすところだったことを反省した。

 しっかり、仲直りの握手をして、皆と彼は改めて共に戦ってくれとお願いした。

 言動以外は問題点のない彼は、そしてこれからどうするかを皆に語った。

「……もう、飛鷹から聞いたと思うけれど、俺の軽はずみな行動のせいで、指輪がまだ14も余ってしまった。大本営にはきちんと使えと言われていてな。今の四人には、何も考えずただ活躍を期待して手渡してしまったが、次回からは練度以外にも、よくよく周囲と相談して渡そうと思う。……ああ、あと。ここも重要だから、予め言っておきたい」

 指輪について、彼は正直に己の見解を明かすことにした。

 飛鷹ともよく相談して、どうするべきか決めた。

 ある程度、騒動の原因も説明しないとまた起きる。

 言いふらすことではないが、言わなければ伝わらない。

 彼は……己の過去を、少しだけ語った。

 即ち、ケッコンカッコカリによる恋愛の悲劇を何度もみたせいで、怖じ気づいているという情けないことを白状した。

「みんなは戦場で戦っている艦娘で、俺は提督。今は戦争中。俺が死なないようにしても、どんな対策をしても、俺か、皆が死ぬ確率は……何時までも付きまとうと思うんだ。そんな中で、俺は皆と結ばれても、幸せにできるか、分からない。その幸せを守り抜く自信もない。何時かは、終わりが来てしまうような気がして。今は、どうするべきか、何がいいのか……ベストな答えが、見えないんだ。だから、時間がほしい。この中に、俺のようなろくでなしを好いてくれる酔狂な者は少ないと思う。けれど、まだ……今は、何も言えない。あの様を晒して、悩んだ末に行き着いたのがこの答えだ。…………曖昧な結論ですまない。詰ってくれていい。軽蔑も構わない。俺はそれだけの事をした。皆が言うほど、立派な人間じゃないし、適当に生きるようなクズだが……これが、今言える精一杯」

 これが、逃げる以外でたどり着いた答えだった。逃げるのなら最後の最後。そう決めた。

 他に何か方法を探したい。ベストな、互いが幸せになれるような答えがほしい。

 玉虫色の結論だ。ただの先伸ばしに過ぎないし、指輪を渡すのに、まだ他意は持てない。

 艦娘の気持ちは、しっかりと胸にとどめておくから、保留にしてほしい。

 言わば、こう言うことだった。聞く前から突っぱねることもやめた。皆を深く傷つけるだけだと思う。 

 せめて、断るなら言い切れる理由をもち、ちゃんと誠意を持ちたい。それが、今の彼だった。

 同時に、本音を彼はこう告げた。

「もっと言えば……恋愛など、知らなくてな。好きとか愛しているとかよくわからない。誰かを好きになったことすらないからだろう。皆の気持ちが、まだ……自分の中で理解するには、時間がかかると思う」

 彼女いない歴=年齢だと正直に明かした。それを知っているのは飛鷹と初回の時に話した磯波だけ。

 意外そうな表情で皆は彼を見る。人ならば、女性のことを知っていると思ってたが異なるようだ。

 申し訳ない、と項垂れた。結局、彼は恋愛すら満足にしたことのない男。

 色々な意味でガッカリ……と一部は思うが、彼のことを少し知れればよかったと思う。

 今まで自分のことは何も言わない、個人情報が極端に少ない人だった。

 今は積極的に打ち解けるようにしてくれた。ならばこれからどうにもなる。

 相変わらず卑下する悪癖は直ってないが、あとあと自信を持てるように皆で頑張ればいい。

 彼は、ケッコンカッコカリにたいしてはこれが今の誠意であると述べた。

 もう少し、女性に対する理解を深めた方がいいのは目に明らか。

 しかし、嫌な経験もしているらしいので無理強いもしたくない。

 今の話を聞いていた彼女たちは、各々どうにかして、指輪を狙えるか改めて考えることにした。

 彼は数えきれない謝罪をしてから、皆に聞く。

「……俺は、皆に贖罪をしないといけない。これ程までに、多大な迷惑をかけたのだから、何か俺にできることがあったら何でも言って欲しい」

 この一言が、彼女たち覚醒させた。彼の暴走でうやむやになっていた、例の話。

 もっと艦娘のことを知るというやつ。今の彼にも、なんだかんだ必要な事ではないか?

 そう思い立った彼女たち、特に行き損ねていた駆逐艦たちは大声で突然主張を始めた。

 ……彼の言う、酔狂な艦娘を代表して、とある艦娘が元気よく叫び、彼に言った。

「提督さんと一緒にいろんなことをしてみたいっぽい!」

「……えっ?」

 手をあげて発言した駆逐艦に、彼の顔色は……みるみるうちに、色が抜けていく。

 猛烈に嫌な予感と、己の発した言葉がいけない方向に加速させたことを自覚した。

 要するに、プライベートを一緒にすごそうと言う、前と大して変わらないことを皆に求められたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、貴様思ったよりもやるじゃないか! よし、次はこれだ!」

「な、那智止めて!! この人お酒に弱いって言ったでしょ!? 絡むな、絡むなってば! 無理して余計に飲んじゃう!!」

 その日の夜。

 執務終了後に、事件は起きた。

 駆逐艦の提案に賛同した艦娘たちの意見に、彼は頷くしかなかった。

 前と大きく変化がないのに、前よりも追い詰められている気がするのは何故だ。

 きっと、嫌がる自分から受け入れる自分になったと言い聞かせて、努力すると返事をした。

 で。早速、夜のうちに重巡と戦艦に宴会に誘われて、彼も恐々初めて参加したのだが……。

 誘った艦娘は酒豪で、彼は酒が苦手だった。前回断っていたがゆえに、彼なりに打ち解けようとするのはいいが、飲兵衛相手には悪すぎた。

 早速行くのはいいが、心配してついてきた飛鷹は大慌て。

 元々姉妹に凄まじい飲兵衛がいるので、こういう手合いは慣れていたが誘った重巡、那智は絡み酒だったのだ。

 提督も無理して飲むものだから、開始一時間でふらふらに酔っぱらっていた。

「本当にすんませんでした。この通り、この通りでございます。どうかお許しください」

 酔いすぎて、意味不明な行動を始めた。酒を飲んで騒ぐ皆にまた土下座して許しをこうていた。

 顔は真っ赤、息は酒臭い。現在、重巡の寮の談話室で夕飯をかねた宴会のさなか。

 提督の復職祝いと銘打って、ただ酒に厳しい代理の時に飲めなかった鬱憤を晴らしているだけ。

 それでも、初めて提督が出席しているのでみんなテンションは高かった。

「提督。あまり、そうへりくだるな。司令のあなたがそんなようでは、私達は困るぞ」

 隣で黙々とツマミを食べていた長門が酔っぱらいながら苦言を言う。

 提督はそれにも、

「もーしわけございませんでした。お許しください長門さま」

「いや、私の方が部下なんだが……」

 やっぱり謝る。罪悪感は残っていて、酔っぱらっていた本音が出てきている。

 長門は困っていた。那智に絡まれかなり短時間で悪酔いしている。

 那智や他の酔っ払いは彼を見て豪快に笑っているが、

「…………。頭に来ました。全員、外にでなさい。爆撃してやります」

 提督と宴会ができるとホイホイついてきた酔っ払い加賀がマジギレしていた。

 ちゃっかり弓を手元において、頬を赤くして眉を吊り上げている。

「そう固いことを言うな、加賀。大体貴様は水臭いぞ。私達とて、貴様の悩みを聞くぐらいはできるのに、決まって断ってばかりで」

 那智は普段から愛飲する達磨を一口煽り、言う。

 彼が悩んでいた時期、那智は気晴らしにと何度か誘ったがそのたびに断られた。

「それは私も同感だ。あの時、何もできなかった自分が歯痒かった」

 不器用に慰めようとして長門は提督の手の骨を砕きそうになった。

 この場にいる大半の艦娘が彼の悩みを聞くぐらいの態度は示していた。

 悉く逃げていたのは提督の方。遠ざけていたのは彼なのだから。

「配慮して頂きながら無下にしていたこと、本当に申し訳ございませんでした。以後、心身に叩き込み決して忘れぬよう精進していきます」

 彼は何度も謝っては許す代わりにもっと飲んで楽しめと言う那智やもっと酔う艦娘に酒を注がれ、全部律儀に飲み干した。

 飛鷹が止めるも空しく、結果。

「ヒャッハーっ!! 皆の酒を飲めねえ提督は提督じゃねえっ!! 飛鷹が分身してるけどお前って忍者だったのか?」

 メーター振り切れ提督がぶっ壊れた。

 視界が歪んでいるようだが、話しかけるのは長門である。

「私は長門だ。飛鷹はあっちだ」

「え、飛鷹? 何か青くなってない?」

「提督。私、加賀です。お酒どうぞ。日本酒、美味しいですよ」

「あ、どうもありがとう」

 今度は黙々と酒を飲む加賀に晩酌されて、日本酒をごくり。

「て、提督……! 寝落ちの処理手伝ってってば!」

 飛鷹は一足早く潰れた艦娘を部屋に連れていく仕事をしていた。

 彼女も相当酔っぱらっていた。貧乏くじをひいていたが文句は言わない。

「あー、ちょっと待ってー。今行くー」

 千鳥足で向かう彼に、最後まで駄弁っていた加賀と那智と長門も続く。

 気がつけば日にちが変わっている。

 結構長い時間を騒いでいたようだった。

 粗方協力して片付けと搬送を終える。すると、提督が呟いた。

「なんか、お腹すいたな……。夜食食べてから風呂はいって寝るか」

「確かに少し食い足りないな。ツマミは……もうないか。もう一本、秘蔵のがあるが……貴様はどうする?」

「行きます」

 那智に付き合う彼は悪い笑顔で言うが、顔は最早ゆでダコ。

 限界も通り越しているだろうに、自覚はないらしい。

 明日には動けなくなりそうだ。長門も飛鷹も最後まで付き合う事にした。

 戸締まりをして、会場は明日非番の那智の自室へと移動する。

 シンプルな室内に、最低限の家具だけと言う那智らしい部屋だった。

 両サイドの部屋は空室なので、最低限騒ぐ程度なら問題あるまいとのこと。

「えーと……ああ、パスタしかないや。具材も微妙、とくるか。しゃーない、手抜きでいくかな。みんなニンニクとか平気?」

 提督は夜間の女子寮のキッチンに立ち、皆に問う。

 一応聞く辺り、少しは気遣いが出来るようだ。

 夜食にこれはキツいが、皆酔っぱらっているので思考力が低下して、大丈夫と言ってしまう。

 それが、翌日悲劇を生むのだが。

「パスタ? あぁ、羽黒の持ってきた余りか。その辺のは好きに使ってくれ。私は料理はしないんでな。貴様はするのか?」

「自炊レベルならねー。って言っても基本は手抜きばっかで、できる範囲に入らないけど。ペペロンチーノ作るから少し待ててー」

 自炊するらしい彼は、すぐに準備に取りかかる。

「彼は家事ができるのか。意外だな」

「本人は雑だって言ってるけどね。普通よ普通」

 長門が見直すような視線を向けるが飛鷹はそういって、軽く体を動かす。

 那智は泊まっていくなら好きにしろと皆に言う。すると提督は彼女に、自分は戻ると言った。

「飛鷹はいいけど俺はだめっしょ。そういう誤解を招くし、昨日今日でいきなり失敗は不味いと思うし」

「こんな時間に女の部屋で料理しているのに何を言うか。ま、二次会のようなもんだが」

 彼はしっかり、そういう分別はつけていた。那智の軽口に、その時はそのまま言うと言った。

「確かに、大丈夫?」

「平気だろう。彼の普段の行いを見ていれば分かる。セクハラすら一度もない人だ。こういう騒ぎぐらい、これからいくらでもある。それに、私達だしな。提督にそういう感情はない。安心してくれ」

 心配する飛鷹を尻目に、長門は酔っていてわりとひどいことを言うが、彼は安心したように苦笑い。

「二人には結構助けられているし、感謝もしている。俺も尊敬してるぐらいかな。流石ビッグセブンに、うちの鎮守府の頼れる姉貴の那智って」

 彼の言葉に偽りはない。それを二人は聞いていて感じた。

 嬉しいことをいってくれる。何だか、気分が良かった。

「次の戦もこの那智に任せておけ。貴様に最高の勝利を見せてやるさ」

「ビッグセブンの恥ない戦いをしよう。あなたと共に、誇れる戦いをしよう」

 旨そうな匂いをさせて、湯気を出すペペロンチーノを持ってきた彼は笑いながら言った。

「サンキュー。頼りにしてるよ」

 飛鷹もこの二人と戦うのは心強いし、気にならない。

 長門も那智も普通に尊敬しているだけ。ライバルにはならないし、頼れる仲間だ。

 とりあえず今は彼のお手製簡単ペペロンチーノをいただく。最後のお酒を飲みながら。

 因みに、わりと好評だった。ただ……。

「提督、お酒臭い……あとニンニクの臭いが……」

 酔ったまま寝落ちしてシャワーを浴びてなかった彼は翌日、身綺麗にしていた飛鷹に指摘された。

 序でに二日酔いも起こしていたが、薬と気合いで乗りきった。

 ようやく戻ってきた彼の生活。

 今度こそ、本当に艦娘と向き合うと、彼は誓いながら新たに歩き始めた……。



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駆逐艦と出掛ける休日 陽炎姉妹の場合

 

 

 

 さて。二日酔いも抜けてきて、再開する交流の流れ。

 今回は数の多い陽炎の姉妹にすることにした。

 ……然し。

「問題は人数だ」

「だよね。……うちにいるのは何人だっけ?」

「10人だ。前回の朝潮と違って全員に目がいかない。それにどうにも、ヤンチャするのがいるから、心配でな。鈴谷、付き添いを頼んでいいか?」

「オッケー。鈴谷に任せて」

 鈴谷と前日の夜、執務室で仕事をしながら話していた。

 元々数の多い陽炎の姉妹。配属するのは半数程度とはいえ、個性がこいのが何人かいる。

 特に。

「問題は雪風と時津風か。……いや、雪風はいいけど、時津風がな」

「言うこと聞かないもんね時津風。遊び回ってるし」

 そう。陽炎の姉妹には彼の言うことを聞かないではしゃぐ時津風がいる。

 白露のヤンチャは言うことをしっかりと聞くがこっちはそうでもない。

 寧ろ遊んでほしい小型犬のごとくじゃれてくる悩みの種だった。

 これが以前から陽炎の姉妹を苦手とする最大の理由。

 ぶっちゃけ今でも彼女は苦手。何分子供ゆえに叱りにくい。

 悪意がないし団体行動が出来ないのは本人もある程度自覚している。 

 普段はいいがプライベートでもそれをさせると非常に困る。

 最悪スキンシップで警察沙汰になり得る。

「人数も多いし、午前と午後に分けようと思う。午前は時津風などの後半。姉たちは午前は鈴谷に任せる」

「任された。鈴谷も気合い入れていくよ」

 統率する二人は念入りに計画をたてた。

 今回は白露と同じゲーセン所望。地元にあるのは二階建ての割りと大きく広いゲーセン。

 様々なゲームがあり、遊ぶにはもってこいだ。

 比較的大人しくちゃんと接する姉達は午前鈴谷に頼み、問題の妹たちの面倒を見ることにした。

 そんなこんなで、陽炎姉妹と向かうゲーセンへのカウントダウンが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しれー! しれーってばー!」

「分かった、分かった!! 落ち着け時津風! 子供かお前は!!」

 翌朝。鎮守府前から出発した一行は早速彼とじゃれる。

 然し、暴走を始める時津風。しがみついて、彼の気を引こうとする。

 途端、背中に冷ややかな殺気を感じてゾクッと鳥肌が立った。

 慌てて振り返るも、皆は普通に話しているだけ。

 何事だろうか?

「そんなに怒ることないじゃん……。怖い、怖いなぁ」

 ビクビクする時津風。顔が怯えていた。

 ああ、やっぱり怒られていると勘違いした彼は気づかない。

 わざわざお出掛けするようの格好できた彼女たちの本音には。

 特に天津風は服に気を付けろと言われて、結構頑張った。

 尚、時津風や雪風は普段と同じだ。気にしてない。

「しれぇ、一体何して遊びますか?」

 隣を歩く雪風に聞かれる。

 なんのゲームか、と聞かれて逆に普段何しているかきく。

 すると見事にバラバラで、辛うじて共通がクレーンゲームで遊ぶのが好き、ぐらいだった。

 だが。そのクレーンという単語に、

「雪風……」

 突然、彼は不敵に笑って雪風に言うのだ。

 豹変っぷりに驚き、彼女は何かを期待されたと感じる。

 考えが思い付いたのだろうか。彼は珍しい自信に溢れた顔で、彼女に問う。

「……なにか、欲しいもんはあるか?」

 と。ああ、ゲーセン海域の戦いは勝った。

 彼女はその笑みにそんな意味不明な事を思い浮かんだと後で語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲーセンに到着。昼に一度集まり、交代する。

 各自、昼は好きに購入する予定で分散。

 午前中、浜風、磯風、天津風、雪風、時津風とともに行く。

 が、彼は既に豹変したままだった。何か、ヤバい感じになっていた。

「まさか、俺の意味のない特技が役にたつ日がこようとはな。安心しろ、皆。この戦、既に我が艦隊の勝利である」

「なに、意味わからないことを言っているのあなたは?」

 ドヤっとして腕を組ながら歩く彼に天津風は、そんな突っ込みをしながら進む。

 周囲はクレーンゲームだらけになった。獲物を狙う捕食者の目付きに、時津風は見上げた。

「し、しれーが……戦う男になってる!」

 感動するようにまた背中に飛び付くが、最早彼は気にしていなかった。

 周囲を注意深く探っている。

「浜風。彼はなにをしている?」

「さぁ……?」

 磯風と浜風彼の行動に意味がよくわからない。

 ふと、彼はこちらを向いた。

 目線は……天津風?

「な、なに?」

「ん、新品か。似合ってるじゃないか天津風。センスがいいと思うぞ」

 ……今更だが、ちゃんと服装が気合い入っている事に気付いた。

 完全にダメかと思っていたが、いきなりの誉め言葉に言い返す天津風。

 しまったと思うが、彼は大して気にしていない。何故なら。

「フッ……。これは良さそうだ。みんな、欲しいものあったら教えてくれ。……取るぞ」

 一つのクレーンに狙いを定めた。普通のぬいぐるみなどが置いてある。

 そのなかに、磯風が気に入りそうなものがあった。

「司令、それはいいのか?」

「皆までいうなとも、磯風。既にこの筐体は……攻略を終えた」

 彼は何でか凄く自信満々で、コインを入れて早速動かした。

 見ていて彼女たちは、悟る。彼の態度の意味を。

 数分経過。

「これでいいか?」

「……最大難易度のものだぞ。何で一度で取れるんだ……」

 彼は磯風の欲した大きなぬいぐるみを一発で確保。

 唖然とする彼女にキラキラした状態で手渡す。

「これは、緻密な計算の上で行う純粋な理屈だ。雪風の幸運とは違うぞ。……なんだ。悔しいのか?」

「……要するに、ごり押しの私には出来ないと言いたいのか。この磯風相手に」

 何と磯風に挑発をしているではないか。

 いつもいつもクレーン相手に大敗し、呻いている磯風の事を耳元で時津風がリークしていた。

「ふぅん。そう感じるのであれば。俺としても、磯風と一戦交えてみるのも吝かではない」

「よくぞ言い切った、司令。良いだろう、この磯風にその啖呵をきったこと後悔させてみせよう!」

 何か始まった。磯風VS提督のクレーンゲームの景品とりの合戦が。

 浜風が乗せられているというも、磯風は止めてくれるなという。

「司令に挑まれて戦わぬは駆逐艦の恥! 受けてたつ!」

「あーあ、始まった。磯風の悪い癖が……」

 天津風が肩を竦める。彼女は勝負から逃げるような性格ではない。

 挑まれれば如何に不利でも戦い抜く。そういう少女だ。

「ふはははは! 俺に勝てると思うなよ、磯風。クレーンは俺の海域。お前が抗ったところで勝てないことを教えてやろう。……みんな、欲しいものあったら教えてくれ。絶対に取るから」

 彼は不敵を通り越して無敵に笑う。強気だった。

 もしかして勝負するために磯風に最初にとったのか。

 司令だけありよく性格を熟知している。

 呆れた浜風と天津風は、慢心か何かかと思っていた。

 が、そうではなかった。次第に増えていく大量の荷物。

 彼が選び、戦うクレーンは確実にものが減っていた。

 片っ端から落とされる景品。呻く磯風。

 彼には難易度など関係なかった。立ち塞がるクレーンは撃破されていく。 

 小物から機械からぬいぐるみからおやつまで。狙った獲物は決して逃がさない。

 ごり押しで足掻く磯風は頭を抱えた。何故か簡単なものまでうまくいかない。

「しれぇ、スゴいです!」

「おぉー! しれーやるじゃんやるじゃん!」

 何でか他の姉妹のお土産まで聞き出して取りまくる。

 しかも大抵一回と来た。ここまで来ると笑えてくる。

「くっ……!」

「ふぅん。どうした、磯風。まさかお前あろうとも駆逐艦が油断した、なんて言い分けはしないよな?」

 二時間経過。ぐるっと一周した頃には、磯風はがっくりと項垂れていた。

 キラキラの戦意高揚の提督はドヤっと笑って勝ちを宣言。

 既に荷物は雪風と時津風も持っているほど大量にあった。

「そんな、バカなことが……」

「嘘でしょ……。意外すぎる特技だわ……」

 唖然とする二人と戦利品のお菓子を貪る二人。

 磯風は敗けを認めて、今度は共闘。したり顔の提督に続く。

「磯風、俺の支援に回ってくれ。最後は……派手に決めるぞっ!」

 彼が立ち向かう最後の筐体。それは、一番大きいサイズのデッカイ熊のぬいぐるみ。

 軽くメートルサイズであろう不細工顔の黒いものだった。

「こ、これは無理ではないか……?」

「怯むな、磯風。……お前ならば、持てる」

 流石にでかすぎる。こんなものを持ち歩くと言うから磯風でなければ体力が持たない。

 既に辟易している天津風。荷物が多すぎる。というか、調子のって取りすぎ。

「提督、その辺に」

「浜風。……お前には、あれだ。天津風にはあれ、雪風と時津風にはあっちのを贈ろう。侮るな、これでも俺は……一介の軍人だ」

 更にデカイ荷物が増えてしまう。制止を聞かない彼は、始めた。

 午後もあるからどうか失敗しますように、と願ったものの。

 ……結果は、言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後。お昼を軽く食べてから人数交代。

「……なにこれ?」

「鈴谷には、瑞雲な。空母になる前に世話になったろ」

 大量の戦利品に唖然とした姉たち。早速配る。

 鈴谷には航巡時代に世話になった瑞雲の模型。

 また、微妙なものをくれた。嫌いじゃないが。

「ありがと……え、スゴいこれラジコンだ!」

「あ、ラジコン? 模型じゃないのか?」

 訂正。彼は模型と思ったが違うらしい。

 非売品の限定ラジコンとはまた高そうな。

 しかも良くできている。

 お菓子をみんなで山分けして、姉たちにチェンジ。

 陽炎、不知火、初風、萩風、秋雲。末っ子だが姉扱いされている秋雲はいつものこと。

「へえ……いいねえ、今の提督。輝いてるねえ」

 秋雲はニヤニヤしながら彼を目で追っている。

 薄い本のネタになりそうだ。趣味とはいえ本場にも勝るので、後で送っておこう。

「よーし、司令! 私とも勝負しよ!」

 長女が彼に挑む。彼は内容によると言うが、彼女は笑って筐体を指差す。

 ……ゾンビを撃ち殺すシューティングだった。彼はまたも、ドヤっとし笑う。

 これもまた、得意なジャンルだ。

「フッ。長女のプライド、へし折ってくれるわ」

「おぅ? 言うじゃん。だったら負けたら……ご褒美、頂戴?」

「いいぞ、勝てればな」

 おっと、と秋雲に戦慄が走る。姉は言質をとった。

 ご褒美とは多分、指輪だ。姉はこれをダシに彼に指輪を要求する気だ。

 現に練度は最大の陽炎ならば可能であろう。

 ……提督を好いている酔狂な筆頭の一人だから。

「ねえ、わたしともやってよ。姉さんの後でいいわ」

 そして初風の参戦。恋の勝負は激化の一途をたどる。

 若干ムッとする陽炎であるが勝てばよいと改めて、彼に挑む。 

 のほほーんと萩風は応援していた。 

 彼女はあまり関係なく、不知火はずっと何かを観察して黙っていた。

 秋雲はこっそりとメモを取りながら思う。バトル……開始!

 

 

 

 

 

 スコアで勝負を決める協力プレイ。  

 流石に普段から艤装で戦う艦娘にシューティングで挑むのは無謀ではないか。

 そう考えていた秋雲。然し……。

「し、司令だけ何でクリティカルそんなに出るの!?」

「ふはははは!! 陽炎、お前の戦いのデータを知る俺に挑むとは愚行なり! 急所に当てる訓練をしていることを知らないとでも思ったか!?」

「くぅ!?」

 陽炎が普通に負けてる。まず、提督は点数稼ぎがうますぎる。

 的確にクリティカルのみを出して、弾数で稼ぐ陽炎と大差をつけてしまっている。

 普段から弾幕で圧倒する陽炎のやり方を知るから勝っている。

 ついでにゲームの経験値の差もある。

 提督は得意なゲームにはかなり補正が入る。そう、外野の秋雲は分析した。

 結果、陽炎大敗。本気で悔しそうに地団駄を踏んでいた。

「……次はわたしよ。姉さんと同じだと思わないで」

 続いて同じ条件で挑む初風。強気にリズムゲームで挑むが……。

「甘いな。お前は一体何人の相手を倒したか知らないが……俺に勝ちたければ修羅でこい。鬼で倒せると思うなよ!」

「か、怪物……!! オートプレイでもしてるの!?」

 タイミングバッチリのフルコンボでフルボッコ。

 見るも鮮やかなオートプレイさながらのフルコンボは見ていて壮大だった。

 初風も大敗し無様に倒れた。

「……司令。不知火とも一戦、お願いします」

 遂に、陽炎一番のゲーマーが名乗り出た。

 冷静な分析、途切れない集中で追随を許さない孤高の不知火の参戦だ。

「で、どれで?」

 黙って司令をつれる彼女は、シンプルなパズルゲームの前で座った。

「司令、こういう系統がお好きと言うか、お得意ですよね。……ですが、その程度で不知火を倒せるとでも?」

 戦艦艦娘の匹敵する眼光でにらみあげる彼女に、提督は傲慢に笑っていた。

「……面白い。不知火、お前は違うようだな。パーフェクトなパズルの真髄を見せてくれ」

 秋雲はひたすらペンを走らせる。白熱してきた。

 火花を散らしてにらみあう提督と艦娘。様になっている。

 萩風はのんびりとお茶をすすっている。朗らかなもんだ。

 それはいいとして。上から降ってくる図形を打ち消すシンプルなゲームだが……。

 数分もするともうデッドヒートしているではないか。

「不知火は……強いな。俺についてくるか」

「司令こそ。見事なお手際。然し、不知火は負けません」

 すごい勢いで落ちてくる図形を消している。ひたすら集中している。

 時折話をしながら、淡々と持久戦に持ち込んだ。

「不知火とやりあってる……」

「すごいわ……」

 負け組が眺めているなか、遂に。

「あ……ヤバい。詰んだわ」

 提督の画面で図形が崩壊。

 ミスったらしくゲームオーバーになった。

 不知火が接戦のうえ、辛くも勝利。クールに脂汗を流してサムズアップの不知火。

「悔しいなあ。不知火、今度リベンジさせてくれ」

「構いません。司令なら何時でもお受けいたします」

 最後にガシッと熱い握手をして終わった。秋雲のメモも終了。

 これは……良いものが出来そうだ。

 丁度、他の面子もそろそろ帰ると言うので、戻ることになった。

 一日楽しく騒いで、彼のフィールドであることを知った。ゲーセンは彼の庭だ。

 お土産物ゲットして、良い休日になった。

 皆が笑顔になるのを、彼はどこか嬉しそうに見つめていた……。



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全ては鍛えるマッソー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽巡、神通は信じられないものを見てしまった。

(そんな……提督、そんなことって……!)

 彼女が見てしまったもの。それは彼女の淡い思いを裏切る重大なものだったのだ。

 そう。

 執務室を掃除しているときに発見してしまったもの。

 それは、丁寧に偽装された、分厚い男の日焼けした筋肉が描かれている、如何わしい本だったのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……知ってしまった。

 いや、まさかゴミ箱に入っているものを勝手に閲覧するなんていけないことなのに。

 秘書の日のことだった。彼女は昼休み、執務室を掃除していた。

 掃き掃除を終えて、ゴミ箱を除くと……何やらカバーがずれている本を発見。

 何だろうと手に取ったところ、カバーが外れて姿を表す卑猥な物体。

 神通は悲鳴をあげそうになって堪えた。顔は真っ赤で火が出そうなほど熱い。

 気になってしまったのだ。上に偽のカバーをかけてある、謎の本。

 薄いものの、開いてみると中身は筋骨粒々とした男達の屈強な肉体の裸体の写真がびっしりと入っていた。

 一応やたらカットがキツイパンツははいていたが……ポーズは見せびらかす前提だと思う。

 全部読みきる前に戻ってきた提督に気付いて、慌ててバレないためにそのまま捨ててしまったが……。

 あれはきっと違いない。きっと、あのまま進めば……あのまま進めば……!!

 神通は知らないがあれが俗に言うエロ本、と言うのではないか。

 見たことがなかったが普通にショックだった。色々な意味で。

(提督……そんな趣味だったんですね……。わたし、知りませんでした……)

 翌日から神通からハイライトがご退場なさった。

 提督がまさか、女性よりそっちの趣味だったとは。

 性の知識が薄い彼女にとって、あれは精神的に不味かった。

 女性よりも男性の筋肉の方が好きだなんて。こんなこと、誰に相談すれば。

 彼の隠された性癖を知ってしまった神通にとって、ショッキング過ぎて魂が抜けた。

 悪夢になって出てくるムキムキの腕、足、腹筋に背筋。こびりついて取れやしない。

(あああああああああ……!! 筋肉が、筋肉がああああ……!!)

 連夜魘される彼女にとって、男の逞しい肉体はキャパをオーバーしすぎて理解できない。

 好きになるなら彼がいいし、然し意中の人は筋肉に夢中。女にはあれは無理だ。

 彼女は日々、目に見えて元気がなくなっていた。

 失恋のショックと理解できない筋肉趣味に神通は病み始めているのを彼は知らない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー。そりゃあれだね。提督はホモだね」

「……ほもぉ?」

「要するに野郎大好きな野郎ってこと。あちゃー、まさかの趣味暴露に私もドン引きだわ」

「!!」

 あまりの追い詰められた妹に姉が心配して相談に乗ってくれた。

 姉の部屋で詳しく説明するとひどい言われようで返ってきた。

 妹の見たそれは間違いなくエロ本で、彼は男が好きな男、要するにホモ扱いになった。

 説明を聞いている限りそれが原因だろうと川内は思う。

 神通は目を見開いて驚いた。然し、言われてみれば納得もいく。

 今まで女性との深い関係になったことはないとはいった。

 愛も恋も知らないといった。女性との恋愛を知らないと言う意味。

 それはまさか、男同士で付き合っていたから……?

「姉さん……。提督は、女の子を知ろうとしているんだけど……」

「ん、じゃあ両刀使いか。うわ、すごい趣味してるわねあの人」

「?」

「人類みんなだーい好き。女も男も何でもござれ」

「!?」

 姉の実に見も蓋もない言い方に神通はさらに混乱する。

 何でもござれて? 怖い。提督が怖い。男も好きで女も好き?

 彼女はもう限界寸前だった。半泣きで困ってしまった。

「あちゃー。神通には次元が高い変態だったね。うん、暫く近づかないでいこう」

 提督、変態確定。川内の暴走で彼の株は暴落するのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 神通は見た! 

 翌日から彼は上半身素っ裸で執務室に姿見を持ち込み、ポージングをしているところを。

 慌てて逃げて半泣きで川内に密告。川内はその日のうちに姿見を回収しておいた。

 

 

 

 

「!!」

 神通は見た!

 それは彼が執務室で、腹筋をしながら苦痛の顔をしつつ、どこか満たされている顔をしているとこを。

 慌てて逃走、川内に密告。川内はその日のうちに執務室に罠を仕掛けて腹筋すると上から水が流れるように細工しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!」

 神通は見た!

 提督が新たな世界にいくために何かの雑誌をしながらまたも上半身素っ裸で激しく運動しているところを。

 裏返った声を出す前に撤退、川内に密告。川内はその日のうちに素っ裸でいると上からタライが落ちてくる罠を設置しておいた。

 

 

 

 

 

 

「!?!?」

 神通は見てしまった!!

 彼が執務室で、客人と思われる大男の腕を、興味深そうに卑猥な手つきで触っているとこを。

 とうとう神通はその場で失神。川内が直ぐ様回収、提督に最早執務室にはいれなようにしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、最近何が起こっているのよ? 貴方が凄まじい変態だって噂が流れているけど」

「……。聞きたくないけど内容は?」

「貴方が実はホモで、艦娘相手に両刀使いになりつつ、筋肉を鍛えて楽しんでいるって言う噂」

「ヴェアアアアアーーーーーッ!?」

 ここ一週間ほど様子がおかしい。

 部下たちは提督を変態であると言っているのだ。

 一応聞くと、曙は「……変態じゃないよね?」と聞いて、翔鶴は「……提督……」とめっちゃ警戒し、秋雲は「そっちの薄い本は製作してないなー。……一筆書こうか?」とウキウキしながら聞かれる。

 挙げ句には執務室に罠が仕掛けられて、水とタライが降ってきた。

 姿見がいつの間にか撤去され、昨日などは執務室に入れなくなった。

 一体、何が起きていると言うのか……?

「また何か勘違いか何かさせたの?」

「えっ……。俺、最近減量始めただけだぜ。仕事終わりに暖房ガンガンつけて、その中で筋トレしてるだけ。ちゃんと人が居ないとき限るし」

 運動不足と筋力アップを狙ってはじめた筋トレ。上半身が汗だくになるので素っ裸で激しくやっている。

 因みにちゃんと一人の時だ。暖房が効いている執務室にちょうどいい簡単な運動だけだが。

 昨日は同僚の筋トレマニア、ちょっと近くに来たついでによってもらい、お手本の筋肉をさわらせてもらった。

 健全なハズなのに何ゆえにそんなハイレベルな変態に昇華されたのか。理解に苦しむ。

 気を使っているハズなのに。

 秘書の飛鷹は、彼なりにしっかりとやっているの理解した。

 だが、どうやら彼の評判を落とそうとする裏切り者がいるらしい。

 ようやく仲良くしてきたのに変態と来たか。しかも両刀使いですと?

(……よし、殺そう)

「おいそこの猛禽類。ヤバイことするなよ。いいか、ヤバイこと絶対するなよ」

「了解、狩りの時間ね。鷹を甘く見ていると怖いことを教えてやるわ」

「止めんか!!」

 彼に危害を加えたとして飛鷹が久々にキレた。

 噂の元手探し出して厳罰を与えると言う

 彼も誤解だと言う事を知らすべく、対策をとる。

 このままでは狸の腹が引っ込まない。減量を続けるためにもやってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!! おのれ、変態の提督! あの子は絶対に渡さないよ!!」

「俺お前に何かした!?」

 速攻捕まった。その日の夜。執務室にお冠の飛鷹が、くの一を引っ捕らえて帰ってきた。

 縄でぐるぐるにされて、転がる川内は意味不明な事をいっている。

「川内。一体どういう了見かしら? 彼が両刀使いのドマゾって。言っとくけど、この人は単なる堅物で女の扱いが下手くそな童貞だから。ホモ疑惑は否定できないけど」

「飛鷹さ、文句があるなら俺にいってよ。然り気無いディス入れると俺泣くよ? あと俺のそっちの事情言わないでいいから。セクハラでしょ」

「私は気にしないわ」

「俺がするの!!」

 怒り心頭の飛鷹は言いたい放題言うが、川内は嘘だと断言する。

「そんな見え透いた嘘を言うな! 見たって言う情報はあるんだぞ提督!! 正直に言って、バイなんでしょ!?」

「違うわっ!! 男の趣味はねえよ!? 毎回言うけど何でホモ扱いが出てくる俺!?」

 川内は認めない。彼がごくごく普通に女の子が好きで、野郎には気がない事を。

 言い争うが飛鷹は容赦なかった。

「ふんっ。そこまで言うなら、誰がその情報を提供したか、言えるよね?」

「絶対に言わない! 私は身内を売るほど落ちぶれていないわ!!」

 既に白状していたようなもんだ。彼は察する。

(ああ、神通か……。そう言えばその時期からだもんな、トラップ。やったのは川内か)

 飛鷹は拷問にかけても吐かせようとする。相当怒っていて話を聞くとは思えない。

「くっ。結局提督の慰みものにするんだ!! 夜戦が海じゃなくてベッドの上になるんだ!! 酷い、最低だよ提督! 忍者だってそっちの夜戦は経験ないのに無理矢理なんて!!」

「いや、しないからね? 部下に手を出すとか榛名のトラウマ甦るから勘弁して川内……」

 涙目で騒ぐ川内に彼もハイライトがオフになった。あの時はヤバかった。提督人生の終了が聞こえた。

 飛鷹が容赦なく追求するも、彼女は抵抗する。

「……。分かった。そこまで言うなら、通常の夜戦にしよう。演習だ。準備しろ、川内」

 平行線の言い争い。仕方なく、彼は勝負で決着をつける。

「今からお前は俺の指揮する子達と戦ってくれ。俺が勝ったら、お前の情報を教えてほしい。悪いようにしない」

「……私が勝ったら?」

「神通に後で間宮と伊良湖にスイーツの食い放題のお願いしてくる。お前と那珂も一緒にいいぞ」

 甘いものは世界を救う。川内はやる気になって、準備しに自力で縄をほどいて工厰に向かって走っていった。

「ああ、もしかして神通だったの? その誤解」

「多分な。……筋トレしてたのを覗いちゃったか。うーん、しくったなぁ」

 飛鷹が成る程と頷く。あの神通ならばあり得る。

 彼は内線をとって、神通の部屋に連絡。苦笑いしながら、恐る恐る出た神通に説明する。

「あー、それは筋トレの本だよ。中身は写真つきで、筋トレのやり方が後半にのってるの。見たのは写真だけ?」

 彼女の発端は捨ててあった筋トレの本だった。

 後ろを見ていないせいで誤解し、川内がいらぬことを吹き込んで完全に思い込んでいた。

 要するに、川内が全部悪い。噂を広めたのも神通を変態から守るためらしい。

 ため息をついて、神通には後で甘いものでも皆で食べてと謝った。

 そして、受話器をおく。飛鷹はまたもプッツンしており、すごい表情であった。

「さて。じゃあ、少しあのムッツリスケベを懲らしめますかね」

 次に提督は内線で収集をかけた。急な演習でも、彼女たちは喜んで駆けつけてくれた。

 夜の戦に格段に強い駆逐艦を六人、しっかりと集めておいた。

 お仕置きの演習が、夜をこよなく愛する川内に牙を向く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴェアアアアーーーーー!?』

 提督みたいな絶叫が聞こえる。川内が一人で駆逐艦たちに追い回されているのだ。

 無線でその様子を聞く提督と飛鷹。彼は結構本気で執拗に彼女を追い回すように指示を出す。

「夕立ー。川内は追い詰めると急に反撃してくるから、徹底的に余裕を奪うんだぞー」

『了解っぽい!! 素敵なパーティー、楽しもう川内さん!』

 悪夢が忍者に襲いかかる。主砲が火を吹き、彼女を威嚇。

 更にパニックになる川内。何せ最高練度が六人ときた。そりゃ慌てる。

「朝潮、満潮。先回りして、脅かしていいぜ」

『朝潮、了解! 全力で脅します!』

『任せて。あんたの酷評の恨みは晴らすわ!』

 朝潮と満潮が先回りして川内を脅かして追いたてる。

『ギャアアアーーーー!!』

 夜の闇に紛れるような姿をしているので慣れている川内でも目視は難しい。 

 何より後ろから狂ったように主砲を乱射する狂犬が追いかけてくる。

 更には。

「綾波はそのまま照らし続けて。白露、援護続けて。陽炎、フィニッシャーは接近して鳩尾に一発パンチいれたれ」

『はい。綾波も頑張ります!』

『あたしが一番頑張ってるから、見てて!』

『オッケー!! 一気に行っちゃうよ!!』

 逃げ回る川内は常に光に照られて丸見え、夕立の姉が更に追撃して、余裕のない川内に陽炎が不意討ちを打ち込む。

 彼女は約一時間、六人に翻弄されていじめられ、戻ってきたら今度はお怒りの神通が、余計な知識を吹き込み噂を流した姉を連れていく。

「なんで!? 神通なんで!?」

「姉さん、庇い方を考えてください。あの人の評判を落とす真似をわたしが、許すと思います?」

 単なる筋トレの本だったと知るや、恥ずかしい思いをしてムッツリスケベと同類と思われた気がした。

 なので川内に対して凄くいま、怒っている。

「覚悟してください。……朝までお説教です」

「え、今演習から戻ったばっかり……」

 鬼となった神通には聞こえない。思い人にムッツリスケベと思われる辛さは分かるまい。

 土気色の顔で、川内は部屋へと引き摺られて行ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 尚、数日後には誤解はとけた。

 筋トレには長門がコーチとしてついてくれるので、堂々と鍛えることができるようになったはいいが。

「提督。減量には食事も大切だ。上質な睡眠も必要だな。暫くみっちりと付き合おう」

「お、おぅ……」

 意外と厳しい長門コーチは、何故か専門的なやり方で進めていった。

 結果、二週間ほどで彼は身体がゴリラと言われるほどガチムチな身体に仕上がるのだった。

 ……ここまでは、目指してなかったのだが……もう、気にしないでおこう。



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五人目の指輪 忠犬の覚醒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ある程度、艦娘と触れ合ってきて、何となくだが分かってきた。

 この娘には渡しても大丈夫、この娘には渡すには不安がある、などなど。

 そろそろ、頃合いかもしれない。

 彼は、再び決意した。今度こそ、軽んじない。決して間違えない。

 しっかり相手の心情を考えて導きだした。そして、相談する。

 

 ……五人目の、指輪を渡す少女を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、彼は鈴谷と飛鷹を呼んだ。

 相談することがあると聞いて、二人はやってきた。

 執務をしながら、彼は入ってきた二人に率直に聞いた。

「……五人目を決めた。二人に意見がほしい」

 指輪を渡す五人目が決まったらしい。神妙な顔で二人とも頷いた。

 念のため、執務室に鍵をかけて盗聴されないように防音のお札を飛鷹に張って貰った。

 勘づいていた数名が聞き耳を立てているが無駄なこと。窓にもカーテンを閉めて密室にしている。

 これで、完璧だ。中身に盗聴されたり盗撮されてないかも念入りに調べる。

 先日川内が仕出かしたこともあり警戒はしておく。

「大丈夫だよ。何もない」

 鈴谷に最後のチェックをしてもらい、本題を切り出す。

「俺は……次は、あの子にしようと思う。二人から見て、彼女はどう見える?」

 名前を切り出し、問う。鈴谷は色恋沙汰のにおいがするか。飛鷹は本当に相手がその気があるか。

 その二つの観点から印象を聞く。

「……微妙、かな。一見するとその気はないけど……分かりにくい子もいる。でも、根が真面目な子だし、多分そういう感情はないと思うよ。多分、だから鈴谷自信はないけど……」

 鈴谷からみても、堅物の艦娘で真面目一辺倒。あるのは色濃い忠誠心。

 そういう感情を抱いている様子はライバルとして感じられない。

「そうね。……託しても、きっと全力で応えてくれるわ。彼女にとって、貴方は誇りだもの。ただ……気がかりがあってね」

 飛鷹は少し、困ったように表情を崩す。

「何かあるのか?」

 提督が聞くと、飛鷹はこう切り出す。

「貴方次第なのよ。よくも悪くも、融通が聞かないでしょう。貴方が無理に言えば、自分を殺してでもあの子は応えてしまうわ。……無理強いされたら、あの子の意思は封殺されてしまう。期待されるとその気はなくても、が有り得る。……どうするの? いきなり渡す? それとも、本人と話してみる?」

 飛鷹はあくまで、断る意思も汲むべきと言う。当然、賛成だ。

 彼は直接、彼女と話してみることにした。

 色々、知りたいこともあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午後。秘密裏に、彼女は呼び出しを受けた。

 他言無用。極秘任務と告げられ、彼女は言われた通り人目を盗んで執務室に入室。

「……駆逐艦朝潮。只今参りました」

 そう。呼び出されたのは朝潮。彼が選んだ、五人目の相手。

 小声で言ってから、素早く静かに閉めて施錠。

 彼は重苦しい空気で座っていた。

「……来たか。朝潮、座りなさい」

「はい」

 側に飛鷹と鈴谷を携えて、彼は無言で待っている。

 何か重要な役割を与えられると感じる朝潮。

 ゆっくりと対面して、腰を下ろす。

「……司令官。それで、朝潮にお話とは?」

 朝潮が切り出すと、彼はため息をついて……朝潮に聞いてくる。

「朝潮。お前に一つ確認したい」

「何でしょうか?」

 何を問われるのか。

 朝潮が内心疑問符を浮かべていると、彼は意外な事を聞いてきた。

「……朝潮。お前にとって、幸せとはなんだ。正直に、そして堅苦しいのは無しで素直に教えてくれ」

 彼女は、幸福の意味を聞かれた。質問の本意を分からず、問い直すも、

「細かいことを気にするな。お前の本音が知りたい。今は俺を司令官と認識するな。卑怯かもしれないが、これは命令だ。……自分の思うことを教えてくれ。どんなことでも、俺は聞く」

 司令官と認識するなと言う命令。司令官の命令は絶対。彼女は思考が混乱する。

 司令官ではないこの人はなんだ。司令官として以外に接するとなるとどうすればいいのかわからない。

「提督さぁ……。朝潮がパニクってるよ。もっと言い方柔らかく」

 鈴谷が見かねて助け船を出してくれた。

 要するに気軽に、年上の兄貴に思っている事を言えばいい。

 朝潮にとって、司令官ではないこの人のイメージはなに? と聞かれた。

 彼女は考える。イメージ。そんなものでいいなら。

「親しいお兄さん、です」

「じゃあ、その仲良しのお兄さんが普通に話していいって言ってるの。敬語はなし。親しいなら、タメ口でいいよ。今は朝潮自身が一番幸せだと思うこと、教えてほしいって」

 鈴谷がそう、フォローして言う。

 親しき仲にも礼儀ありと言うが、鈴谷はじゃあ礼儀正しいまま言いたい事を言えばいいと屁理屈を言われて困る。

 幸せの意味。考えたこともなかった。この身は深海棲艦と戦いをするためのもの。

 それが、艦娘の意味では?

「……真面目だね。朝潮はやりたいこととかないの?」

「……特には。私は、平和と国防のために戦う艦娘だし、それを求めて誰かが言うのであれば、生きる限りは現役で戦うつもりだし……」

 渋い顔をする彼に代わり、鈴谷が話す。

 普通に話しているだけなのに、彼の反応は何故か、辛そうだった。

 幸せとはなにか。そう聞かれても、朝潮には分からない。

 今は戦うときだから戦う。それ以外に朝潮には考えは至らない。

「朝潮。質問を変えよう。お前の目標はなんだ?」

「深海棲艦の殲滅。それが、私に求められること。目指すべき目標」

「……」

 それは定めといっていい。艦娘にとって、敵の撃滅は最終的な目標のはず。

 彼は、益々酷い表情になる。朝潮は反応に戸惑った。

 司令官はなぜ、こんな表情をする。なにか不味いことをいったのか。

 鈴谷も、黙ってみている飛鷹も、困惑している。一体、何故?

「お前には……自分の意思がないのか?」

「えっ?」

 彼は、朝潮に聞いていた。自分の意思がない。

 何を言われているのか分からない。

 何も間違ったことは言っていない。思い返しても模範的なものだと思う。

 でも、彼らは重い顔色で朝潮に問うのだ。

「……お前には、やりたいこともなければ、目指すべきものもない。はじめて知ったよ朝潮。お前、真面目すぎる。少し、肩の力を抜いてくれないか。俺はお前が心配だ……」

 何だか、司令官を失望させてしまったらしい。

 慌てる彼女に、今まで黙っていた飛鷹が教える。

「朝潮。あなた、今質問された意味が分からないでしょ。もっと具体的な話をするわ」

 飛鷹は一つ例題を出す。例えば、この戦争が終わったと仮定する。

 その時、朝潮は何をするのか。聞かれて答える。

「それは……なってみないと分からないけど、なるようになるだけ。艦娘が役目を終えて退役する、と思う……」

「じゃあ、退役したら朝潮は何をするの? どうやって、生きていくの? 退役したら、導いてくれる人はいないわ。人間社会に放り出されるのは知ってると思うけど、朝潮は何をどうやって、生きていくの?」

「…………」

 そう言うことか。朝潮は理解した。

 彼らの言いたいことが、心配される理由が分かった。

「朝潮。少し、戦いから視野を広げてみろ。お前は、今戦いしか知らない典型的な艦娘だ。戦うことが理由で、やるべきことが目標だと言うな。それは、お前の意思じゃない。与えられたものだ。皆に等しく義務として与えられたものだ。……お前の言う目標はお前がしたいことじゃない。お前がしなければいけないと思うこと。つまり、義務。目標と言うには固すぎる。……朝潮。堅物過ぎると、後が大変だぞ。それはもっと言うと、何も考えていないに等しいんだ。状況に流されているといっていい。言われたことだけすればいい。それは艦娘としては正解だ。だが、俺はお前にその正解のままいてほしくない。なにか簡単なことでいい。望んでくれ。お前は、たくさんいるであろう朝潮という艦娘でしかないと誰かが言うかもしれない。けれど、俺にとっては……たった一人、俺と共に戦ってくれる朝潮という、真面目で頑張り屋で、俺みたいな奴でも慕ってくれる、可愛い女の子でしかないんだ。お前は、お前一人しかない。だから、艦娘のままでいようとしないでほしい。人間に、なってくれ。俺がお前に言いたいのは……これだ」

 朝潮は、艦娘としては完璧な正解を持つ少女だった。

 任務をこなし、反逆せず、問題も起こさない。ただの生きている道具のようなもの。

 疑問を持つことすら、今までなかった。言われて自覚した。

 朝潮は、未来に何も思い描くビジョンはなかった。

 生き残り、その先の計画など何もない。

 与えられたものを目標として、努力するのはいい。然し、そこから発展はしない。

 自分を持たずに、言われるままに戦う艦娘。それは人間とは言い難い。

 彼は言うのだ。人間になれと。どんな小さな望みでいい。

 何かをもって、人間の言われるままの傀儡になるなと。

 自分にとって、朝潮は朝潮という可愛い女の子に過ぎない。

 ……か、可愛い女の子に過ぎない!?

 色々考えて、朝潮は突然顔面が真っ赤になった。

 あたふたとあわてふためき、オロオロと視線を泳がせ始めた。

「……司令官。まさか、わ、私を口説いているんですか!?」

「……えっ?」

 今まで容姿を褒められたことのない朝潮はテンパった。

 誉め言葉を口説き文句と勘違い。然し事実なのでいかんともしがたい。

「ねえ、貴方ロリコンだったの?」

「鈴谷もちょっと我慢できないかな今の発言。場合によっては憲兵呼ぶよ?」

 後ろの二名も突然怒り始めた。彼は四面楚歌になって驚く。

「え、なにこの流れ!? 俺変なこといった!?」

 意味不明な空気に彼は周囲を見渡す。

 唐突なロリコン扱いされて全力否定する。

 その間に朝潮は懸命に考える。

 その一。彼に容姿を褒められた。

 つまりは、悪く思われてはいないと言うこと。

 そうでなければ誉めることなどないはず。

 その二。自分は、提督のことを嫌いじゃない。

 尊敬しているし、たった今可愛い朝潮、自分の目標を持ちなさいと言われた。

 目標の内容は何でもいいはず。小さなことでいいという。

 その三。悪く思われてない。朝潮は彼のことを嫌いじゃない。

 そして自分の意思を持つならば。

 …………だったら、彼を好きになっても良いよね?

 欲張りな事をいってもいいよね?

 大丈夫、彼が過去に辛い思いをしているなら朝潮は退役して彼を巻き込み、戦場から遠退いて幸せになりますので。

 はい、終了。

 この一瞬で一番の目標キタコレ!!

「司令官、朝潮は今この瞬間に、己で決めた目標ができました!!」

 突然はつらつした彼女に大声で言われて、思わず返事。

「な、何?」

「朝潮に指輪をくださいませんか!? 一番朝潮にとっての幸せを考えたところ、司令官に口説かれ恋人になるのが望みであると自覚いたしました。ですので、結婚してください!」

 まさかの朝潮が覚醒。諭された途端、意味不明な三段論法により提督を好きになった。

 というか、尊敬から一転。口説かれたと感じた=自分も吝かではないと自覚した。

 元々、無自覚な部分で憧れやら何やらが溜まっていて、彼の言葉で着火され大炎上。

 あかん方向にとうとう、大爆発してしまった。

「……え、何で!?」

 提督唖然。鈴谷唖然。飛鷹も唖然。

 何がこの一瞬で起きた。心変わりが早すぎる。

 一応、朝潮のなかでは理屈は通っている。 

 自分が一番欲しい幸せの意味で言うなら。正直、彼が欲しい。恋人に。ゆくゆくは旦那に。

 艦娘と司令官の恋に抵抗があるなら、最悪その時はやめちゃえばいい。

 これなら未来のことも考えられるし、問題ない。見た目アウトでも愛さえあれば問題ない!!

 肩の力を抜きすぎた。朝潮は見事に堅物の反動であっちの方面に全力疾走で突っ走った。

「可愛いならお嫁にもらってください。朝潮は何でも懸命に尽くします。司令官なら、一生一緒にいたいです! お返事は、司令官のお好きな時で構いません。予約させて下さい!」

 大真面目に朝潮が今度は彼を口説いていた。身を乗り出して、迫る勢いで彼を恋人にしたいと。

 ゆくゆくは、結婚かっこマジで。嘗ての鈴谷と同じ肉食の目付きに様変わり。 

 忠犬は目覚めた。目覚めて、主を欲する狼になってしまったのだ!!

「け、憲兵さーーーーーーーーんっ!! ここに、ここにロリコンが居ますよーーーー!!」

 血相を変えて鈴谷が叫ぶ。ハッとする提督。まさかの展開についていけない。

 何で可愛い言うただけでこうなった。飛鷹の汚物を見る目が痛い。

「指輪を!! 指輪を下さい!!」

「あっ、ハイ……」

 鈴谷の言う通り。

 その手の気配はなくても、酔狂な艦娘はいたらしい。気圧されて渡してしまった。

 ……相手が望んでいるなら、いいんじゃないかなとなげやりに思う。

 返事はいつでもいいと言うし、信頼している筈の彼女に好きだと言われて……無下にするのもちょっと心苦しい。

「……呼ばれた気がして一応きたで。おう提督、幼女に告白されたか。詳しくはほれ、向こうで聞くから顔貸しや」

 取り敢えず、よく考えるのは……知り合いの憲兵にも相談してみることにする。

 って言うか、なんで天井から登場しているんだろうか憲兵さん。

 兎に角ありがとう。これで、今は……救われる。

「……真っ白に燃え尽きとるがな。鈴谷、飛鷹。これどないすんの?」

「お説教で。ロリコン許さないもん鈴谷」

「ロリコンとは言い難いような気もしてきたけど、一応聞いておいて。知らない趣味があったら困るから」

 腕を捕まれ、連行される提督。力なく色褪せた彼は無抵抗だった。

「行くで、提督。……朝潮の嬢ちゃん、一緒にきいや。本気なら、今は無実証明せにゃならんから」

「はい! この朝潮、提督のためなら何処までもついていく所存です!」

「あ、これあかんわ。マジで何処までもついてくるパターンやんけ」

 ひきつった顔をした憲兵と共に朝潮は退出していった。

 左手に指輪をしっかりとつけて、上限と己の感情を解放させた状態で。

 まさかの展開に苦い顔の二人。また好意ストレートな亜種の艦娘が現れた。

 しかも、割りと危ないガチめな子が来るとは予想外。

「朝潮か……ロリコンに目覚めないといいけど」

「鈴谷もちょっとビックリしちゃった……」

 しょうがなく、仕事を再開する。 

 翌日、彼は窶れて帰ってきた。憲兵は責任とれと投げやりに言ったらしい。 

 戦意高揚の朝潮は見違える程ハツラツとしており、ただの堅物から恋する乙女にクラスチェンジ。

 満潮が姉の変容に言葉を失い、霞は失神した。最悪のライバルが登場。しかも先乗りされている。

 ポジティブに考えてロリでも行けると無理やり前向きになり、鎮守府中に広がった堅物提督、実はロリも行ける説が確立されるまで、そう時間はかからなかった。

 尚、軽蔑は幸い薄かったが他の駆逐艦が活性化したのは言うまでもなかった……。

 彼の波乱はまだまだ続く……。



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雪の降る日には

 

 

 

 

 その日は春一番が近い最近では珍しい、大雪だった。

 鎮守府に積もった雪を艦娘たちが雪掻きを始めている。

「雪か……」

 雪掻きを終えて遊んでいる駆逐艦たちの声を聞きながら仕事を続ける。

 彼は終わったら遊んでいいと言ったのでみんな楽しそうに遊んでいた。

「気になる?」

 飛鷹が書類を纏めながら彼に問う。

「そうさな。雪……嫌いじゃない」

 何て言いながら。

 彼は窓を眺めて呟いた。

「雪、駆逐艦……。何だろうな、このベストマッチな感じ。飛鷹とガトリングがベストマッチ並にしっくり来るぞ」

「鷹と機関銃はミスマッチだから。そんな組み合わせはあの特撮だけでいいわ。っていうか、鷹違いよ」

「飛鷹! 球磨! 多摩! このコンボは絶対強い。うん、違いない」

「ぶっ飛ばすわよ貴方。虎と飛蝗に謝りなさい」

 阿呆なことを抜かしている彼を殴りつつ、彼女も外を見る。

 外では、「こ、このビッグセブンが……ぐあああああーーー!」という戦艦の断末魔が聞こえた。

 何をやっているんだろうか。

 仕事を早めに切り上げて、彼も少し様子を見に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事を早めに終わらせて外に出る。

 すると、吹雪たちの姉妹が仲良く遊んでいる。

 吹雪、白雪、初雪、磯波の四人だった。初雪が外に出るのは珍しい。

 あの絶賛引きこもりでインドアの彼女が。

「あ、司令官!」

 吹雪が気付いて声をかけてきた。

 防寒具をきて、手袋をしている。遊んでいるようだ。

「おう。雪かきありがとうな。ほれ、差し入れ」

 缶のお汁粉を渡すと喜んで四人は寄ってきた。

 他の艦娘には内緒。一番率先してやっていたと他から聞いたのでご褒美だ。

「……流石ロリコン。駆逐艦に優しいね」

「おい待てそこの引きこもり。誰がロリコンだ。雪山に埋めんぞお前」

「きゃーこわーい」

 初雪がボソッと見上げて言うので脅すと、棒読みで逃げる。

 いわく、炬燵を吹雪がぶっ壊して温まるのが困難になったので出てきているらしい。

「吹雪、何した」

「すいません……。蹴躓いて壊しちゃいまして」

「よし、分かった。確か予備が倉庫にあるから持ってけ。動く保証はないが、一応試してみな」

 申し訳ない顔で言う吹雪に、彼は仕舞ってある予備を思い出す。

 確か、彼が昔使っていたもので、在庫処分の時に実費で購入したのだ。

 あまり使ってないが多分動く。倉庫の場所を教えて、帰りに持っていくとのこと。

 ここで、駆逐艦たちで雪合戦をしたりかまくらを作って遊んでいるらしい。

 暇をしていた長門相手に駆逐艦が群がり、袋叩きにしていた。

 現在ビッグセブンはビックリセブンになっていた。何で雪ダルマになっているのか。

 凍えて軽く死にそうだが。本人は満足しているので良いとして。

「司令官も一緒にしますか? 雪合戦。よい運動になりますよ?」

 白雪も雪合戦へと誘う。

 雪合戦するなら、皆で騒ぐのも良いだろう。

 彼は少し待っていてもらい、一度姿を消す。

 数分後、戻ってきた。何でも人手を集めたのと風呂の準備をしていたようだ。

 激しい運動の後は汗を流す必要がある。寒空の下なら尚更。

「んじゃ、少し皆で遊ぶとしますかね」

 暇な艦娘を集めて、対戦形式で雪合戦を始めることにした。

 但しバトルロワイヤル。個人戦、ギブアップか、戦闘不能になるまでやる。

 飛鷹が二階で呆れたようにこっちを見下ろしていたが、館内放送で外で遊んでるから参加自由と知らせてくれた。

 尚、提督参加と言うと一斉に増えたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の広場にて、ソルジャーは集まった。

 時間制限に生き残ったものが勝利。勝ったものには彼が自腹で買える範囲で好きなものを買ってくれる。

 但し、人数制限あり。残ったものは残ったもので戦って規定内に収まるまで繰り返す。

 特別ルールとして提督を打ち倒したものには、彼ができる範囲のお願いを聞いてくれる。

 ……これで、彼は袋叩きにされるであろう。飛鷹がお茶を飲みながら温かい室内でそう、外に放送をかける。

 何かの大会みたいになっていた。しかも、またも指輪狙いで目付きが変わる艦娘がちらほら。

「くっ……!! おのれ飛鷹め!」

 ターゲットにされる彼は一歩気圧され、下がる。

 狙われる。まず初手で狙われる。またこの展開だった。

『それじゃ、始めるわねー。よーい、スタート!』

 飛鷹の掛け声でバトル開始。一斉に雪玉を作って彼に投げる。

 彼はすでに逃げていた。迷うことなく、逃走を選ぶ。

「三十六計逃げるが勝ちってな! やれるもんならやってみやがれ! 俺を簡単に倒せると思うなよ!!」

 彼は雪の山に隠れてやり過ごし、挑発する。いらっとしたのか、川内や足柄が彼に猛攻をかける。

 金剛や榛名も参加して、ノリノリで投げまくるが彼は撤退している。

 一発も当たらない。

「待ちなさい!!」

「逃がすかー!」

 重巡、軽巡に戦艦が追いかける。

 然し建物の影に隠れたと思って追いかけると忽然と姿を消している。

 周囲を探すも、見当たらない。

 その時。

 ゴスッ!! と凄い音が。悲鳴をあげて川内が視界から吹っ飛んで消える。

「なっ……!?」

「忍者、討ち取ったり。……悪くありませんね」

 何と屋根の上から、オモチャの弓を構えて無表情で見下ろす加賀が、矢に雪玉くっつけて射出していた。

 直撃した川内は頭から雪に突っ込みもがいている。

 足柄はさらに気づく。

「悪いな、足柄。……地ビールを奢ってもらった手前、あいつをやらせる訳にはいかないんだ」

 背後には姉妹の那智が裏切って足柄を打ち取りに来ていた。

「ちょ、那智!?」

「遊びでもこの那智は容赦せんぞ。覚悟してもらおうか!!」

 那智の反逆にあう足柄も雪まみれになるのに、時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

「提督、待つネ!!」

「甘いわ金剛!! バーニングしたって俺には届かぬ!!」

「うー! いけずー!!」

 戦艦は彼に追い付くも、逃げ回っている彼を捕らえられない。

 駆逐艦も応援に入るが、

「俺を甘く見るなよ!! ……カモーーーーン、朝潮ーーー! 夕立ーーーー!」

 大声で朝潮と夕立を呼ぶ。すると、何処からかキラキラした目で登場する朝潮。

 そして、何故か雪山から顔を出して雪まみれの夕立が現れた!!

「何でしょう、司令官!」

「ぽい?」

 二人して、飛来する雪玉を叩き落として彼に問う。

「良い子だ、朝潮。……金剛を懲らしめてやりなさい。遠慮しないで……ね?」

「はいっ!! 朝潮、目標を駆逐します!」

「夕立、後でたっぷり遊んであげるぞ。……榛名を、狩れ。出来るな?」

「ぽいっ!!」

 幼女をたらしこんで、味方につけた。ギラッと此方を振り返る二人。

 ……目がマジだった。

「ろ、ロリコンが開き直ったネ!!」

「喧しいわ!! 率先して俺狙いやがって! 魂胆見え見えのお前らに倒されるのはゴメンだ!」

 忠犬改め恋する狼と、ご主人様大好きな狂犬が獲物目掛けて雪玉を持って突撃。

 最近、扱いが朝潮のおかげで慣れてきた。甘やかせば大体言うことを聞く。

 更に応援の駆逐艦には、吹雪たちを頼む。

「おこたのお礼……する。やっつける!」

「磯波、護衛任務開始します!」

「白雪、出ます」

「吹雪、司令官をお守りします!! みんな、やるよー!!」

 長女の掛け声でバトル開始。雪玉の応酬が始まっているなか、彼は離脱する。

 味方は着々と増えている。一人でも何とかなる、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……鈴谷。瑞雲使うとは卑怯だろお前」

「ラジコンつかっちゃいけないとは聞いてないけど?」

 で、逃げた先で鈴谷の襲撃を寸前で回避。

 この間のお土産のラジコンに雪玉を乗っけて上から落としてきた。

 不意討ちを食らいそうになって危なかった。

「鈴谷、手加減しないよ? 買収は受け付けるけど、結構ハードなの要求するかも」

「受け付けるんかい……。じゃあなんだ、今晩一緒に飯でもどう? 二人きりならいいだろ?」

「買収されました。喜んで護衛お受けいたします!」

「チョロいなあお前も!!」

 彼女もなんだかんだ好き好きオーラ全開なので、言いくるめると割りとすぐに落ちる。

 無邪気に笑って、一緒についてくる鈴谷。……なんかかわいい生き物がいる。

 これがときめきというやつか。女性がかわいいと思うのがトキメキか。

 出来れば青春時代に知りたかった。

 だが。

「よし、長門艦隊出撃するぞ!! 目標、護衛及び提督!! 主砲、撃てー!!」

 何か駆逐艦を従えた長門が待ち構えていた。陽炎姉妹と白露姉妹の数が多いのを連れてきた。

 すげえ数の雪玉雨が降り注ぐ。

「ヴェアアアアーーー!?」

「ひぃぃぃーーーーー!?」

 甘い空気はどこへその。

 彼と鈴谷は血相を変えて逃げ出した。 

 ならば、此方の味方も呼ぶ。

「満潮、ヘルプー! 霞も来てくれー!!」

 友人の満潮、ついでに多分仲良しになっていると思う霞を呼ぶ。

「え、何事!?」

「どうしたの、敵襲!?」

 屋根の上から華麗に参上。ツンデレ姉妹のふたりも参戦した。

 後ろにはご褒美目当ての駆逐艦と長門が怒濤の勢いで追ってくる。

 見つけるや、事情を察して共に走る。

「長門さん、大人げないなぁもう!!」

 霞は呆れつつ、迎撃しながら一緒に逃げる。

「陽炎妹と、白露妹……。あれ、夕立がいないけどどうしたの?」

 満潮に榛名を狩るように命じたと言う。

「うわ、えげつな……」

 夕立にかかれば、戦艦だろうがぶっ飛ばす。

 伊達に異名が悪夢とか狂犬と言われてはいない。

「言うな友よ。後でホルマリンの新作貸すから今は助けて」

「太っ腹ね、了解よ。長門を潰せば勝ちかな。旗艦だと思うけど」

 長門が指揮する討伐艦隊。然し数の暴力には勝ち目は薄い。

 霞も満潮も、既に練度は最大値だが、相手も最大値が無数にいる。というか、長門が最大値。

「鈴谷も長門さん相手じゃ……」

 限界突破している軽空母の鈴谷でも、戦艦はキツイ。

 飛鷹は休んで一服しているし、加賀は……軽巡を潰すように手配している。

 那智は先んじて一本、万もする地ビールを奢っておいたから助けてくれる。

 策を考えていると、朝潮が金剛を気絶するまで追いたてて勝利し、合流してきた。

 一度、分かれ道を突っ切って、倉庫に侵入。

 息を整えつつ、一回休憩する。

 朝潮は依然元気であり、流石は覚醒した狼。戦艦でも普通に倒してきた。

「司令官、褒めてください!」

「ありがとうな、朝潮。よしよし」

 以前と違って性格が夕立化した朝潮は、頭を撫でられて表情が恍惚としている。

 とろけただらしない堕落しきった顔に、妹二人は引いていた。

「うわ……朝潮がキャラ崩壊起こしてる……」

「ロリコンじゃないのは知ってるけど、こりゃ誤解されるわ……」

 因みに、贔屓はダメな彼は二人も公平に頭を撫でた。

「……何で今するのかな……」

「き、嫌いじゃないけど釈然としないわね……」

 二人して、そっぽを向いて頬を赤くする。

 凄く照れていた。

「……鈴谷は?」

「お前もかい。もー……しょうがねえなあ……」

 仕方なく、ねだってきた鈴谷も撫でる。こっちも蕩けた表情で笑う。

 正直、ちょっと彼も顔がひきつった。

「それで、司令官。これからどうしましょうか?」

「いっそ、この際決戦でもするか。長門艦隊と俺艦隊。加賀と那智、後は……ああ、イムヤ呼ぶか。あいつ、潜伏と狙撃得意だし」

 本来参加していないイムヤまで巻き込む提督。取り敢えず決戦をするのは賛成だった。

 逃げ回るのはみんな、あきた。派手に戦って派手に楽しもう。

 彼らは参加する味方を集めに、倉庫を後にした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふはははははは! 何処を探している長門よ。俺はここだぁーー!!」

 

 広間に戻り、死屍累々の中、目立つ雪山に立って堂々と彼は叫ぶ。

 戻っていた長門艦隊は、その布陣に唖然とする。

「なん、と……!?」

 鎮守府最大の艦載数の空母、加賀による艦載機の雪玉搭載が見上げたいっぱいに待機して、鈴谷の艦載機も加わってすごい数で埋め尽くされている。

 更には重巡那智や朝潮姉妹、吹雪姉妹に夕立、唆された曙や翔鶴まで巻き込んで、凄まじい数で圧殺する気満々。

 本当の大人げない奴がここにいた。

「提督。協力したら新型の主砲、手配してくれるんだよね?」

「約束は守るぞ曙。高角砲は俺も気になってたし。お前がテスターしてくれ」

「はいはい。……じゃあ、悪いけど本気でいくわよ」

 曙は新型配備を報酬に手伝って。

「提督……。烈風の改良型は、他の方にお譲りする方が……」

「大丈夫。全員の手配するし、先駆けで翔鶴にやってもらうだけ」

「えぇ……。長門さん、ほんとにごめんなさい……」

 翔鶴は頼み込まれて渋々了解。

(……此方イムヤ。長門さんの背後に回りました。雪の中の移動は正直呼吸できなくて若干辛いです)

(イムヤ、本当ありがとう。後で飯おごるから、頑張って!)

(はーい。雪の中のスナイパーなんて経験、早々できないから楽しいし、気にしないで司令官)

 イムヤは雪の中を潜って移動すると言う潜水艦ならぬ潜雪艦で、死角に回った。

 暇をしていたので運動不足解消と興味で参加している。

「はーっはっはっはっ! 戦艦長門よ、俺は今から貴様に挑戦状を叩きつける。かのビッグセブンが、逃げ出すなんてことはしないよな?」

 堂々と彼は腕を組んで挑発する。

 ヤバイ数の艦載機に怯みながら長門は言い返した。

「くっ……!! あなたは、意外と大人げないな!」

「いや、わりと何かヤバそうなことをお願いする面子なんで俺も本気だした。悪いけど、お前らの色々な意味で憲兵のお友だちになりそうなお願いは怖いから嫌だぞ!! よし。皆の衆、絶滅タイムだ!! やっちまえーーー!!」

 彼が命じると、一斉に艦載機と彼女たちが動く。

 ここまで絶望的な戦力を用意したのは、こっちを脅威として判断したからか。

 長門は悟る。この人、遊びにも人脈と武器使うガチな人だった。 

 迎撃と叫ぶ前に、

「……その首、貰った!」

 ずぼっと後ろの雪山からイムヤが登場。

 魚雷の形に精製した雪の塊を投擲。長門の後頭部にぶつかって、長門はつんのめった。

(用心深いに程がある! ここまでするか!?)

 長門にたいして異様に警戒していた。倒れ混む長門に集中砲火。

 雪玉の嵐が吹き荒ぶ。彼女は呻き声をあげる前に雪に埋もれた。

 あとは烏合の衆。加賀と鈴谷と狼と狂犬が引っ掻き回し、提督はいつの間にか倒されていた。

 結局、時間制限に生き残ったのは提督の味方が大半。繰り返した結果、一部が美味しい思いをした。

 なお、提督の討伐に成功したのは……。

「私、やらないとは言ってないわよ?」

「お前って空母は!! 一服しながら俺を倒すな!!」

 ……一服しながら艦載機を紛れ込ませていた飛鷹だった。

 ちゃっかりしているが、彼女は彼に新しい洋服を一着、プレゼントしてもらうのだった。

 



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彼の人柄

 

 

 

 

 

 その日の秘書は、初めて曙が担当していた。

 意外と穏やかに二人は仕事をこなしている。

「提督、例の新型の書類は?」

「印鑑は押した。纏めて提出するから、置いといて」

「オッケー。じゃあ、補修工事の予算編成のことは?」

「修正案出して終わらせた。そっちはそこにある」

 曙は初めてにしては手際がよかった。休むことなく進む仕事。

 気がつけば、正午には大半が終わっていた。

「お疲れ。手際いいな。慣れているのか?」

 軽く伸びをする提督に、渋い顔で曙は明かす。

「まあ……前いたところで、揉めちゃって。そんで、罰として一人で何回も秘書の仕事をやってたから。嫌でも慣れるわ。そうしないと、日がくれるし」

 そう言えば曙の転属理由は前の鎮守府で提督と揉め事を起こして流されたのだった。

 あの日常茶飯事の悪態を言うなら仕方ないだろう。今は反省しているが。

「あー……。そうか。じゃ、互いに気を付けようか。俺がミスったら怒っていいぞ。遠慮すんな」

「はいはい。あんたこそ、手際が良すぎて文句のつけようもないわ。此方も気が楽になるよ」

 互いに呼吸があっているのか、衝突はなかった。

 やはり、何だかんだあの優秀な綾波の妹。

 慣れてしまえば、彼女だって問題はない。

「飯、どうする? 俺が作るか? 昼休みも兼ねて。どうせ、後は遠征の報告と資材の管理の記入、後は演習の日程決めの連絡とかの忙しくないもんだけだし。お前は休んでていいぞ」

「お気遣いどうも。一応、食事の支度もあたしの仕事なんだけど。あんたがしたいなら、任せる」

「俺が好きなもん作りたい。俺がやる。オーライ?」

「どうぞ、お好きに。なに作るの?」

「ペペロンチーノ」

「……また? この間漣が食べてたって言うけど、得意料理?」

「得意じゃない。好きなだけ」

 ひとつ知った。彼は手抜き料理の達人だ。

 如何に手早く美味しくめんどくなく作って簡単に片付けをするかに拘る。

 最近じゃ時短アイテムも増えてきた。フル活用して彼は好きなものを好きなように作る。

 味はまあ、相応なもんらしいが。曙は食べてないが、概ね好評。

 料理をする艦娘からは妥協と邪道のオンパレードと酷評であると言う。

 そんな彼はペペロンチーノだけは毎回作る。確かに簡単なものでは王道だが。

 しょっちゅう作っては食べているらしい。よく耳にする。

「んー……俺さ、ペペロンチーノだけは絶対に作れるように材料は保管してあんの。理由は俺が好きだから」

「あの脂っこいのが? ガッツリいくのね……って言うか執務中にニンニクってどうなの?」

「後で口臭は消してます。曙はどうする昼飯?」

 併設されたミニキッチンに向かい、何やらあさっている。

 他に何が出来るか聞くと、何故か麺類だけが豊富に出てくる。

「何で麺類だけ……」

「保存楽じゃん」

 見も蓋もない。曙は無難に饂飩にした。

 彼はガサガサあさって、何処からかおかずに天ぷらを用意していた。

「秘技、伊良湖と間宮から頼んで作って貰った天ぷらを乗せるだけの術」

「ネーミングセンスがない!」

 まんまだった。伊良湖たちに適当に余った食材を揚げて貰ったらしい。

 饂飩とペペロンチーノをざっと用意して、いざ昼飯へ。

「ニンニクの臭いしなくない?」

「今回は適当に作った。俺しか食わねえからダシ入れたし。最早ペペロンチーノ擬きだな」

「うわぁ……雑」

 にんにくを抜いてダシを入れるとか意味不明なアレンジしている。

 他愛ない話をしながら一緒に食べる。

「微妙な味だわ……。これはねえな。次はコンソメにしよう」

「そんな磯風みたいな事を……」

 素人特有のアレンジレシピ。彼は嫌そうにしながら擬きを食い終える。

 饂飩とてんぷらを食べながら曙はふと聞いた。

「あんたって、飛鷹さんとはどんだけ長いの?」

 よく、付き合いが長いと二人は言うが実際にはどれぐらいなのか。

 問うと、彼は思い出すように少し考えて、答えた。

「そーさなー。もう、五年くらいか。俺が最初の鎮守府の時に配属された、初めて出会った空母だし。あ、因みにうちに赤城は居ないけど、加賀はいるっしょ? 加賀も結構長いこと一緒にいてくれてるけど、四年くらいかな。あいつも転属してきた。資材が余ってて当時戦闘を控えていた、後方支援のうちにきたの」

「へえ……」

 以前は過去を聞く機会も無かったし、聞いてもお茶を濁すだけだった。

 今はある程度の事を教えてはくれる。流石に踏みいった事は聞かないけど。

 トラウマに近い出来事を抱えているのは皆知っている。

 あの惨事を見れば刺激すればまた、ああもなるだろうし。

 曙はよくもまあ、艦娘をここまで尽くそうと思うと感じる。

 普通、聞く限りの経験をすれば憎むか恨むか蔑むかくらいはしそうなのに。

 この人にはそれがない。あったかもしれないが、今はない。

 今まで見てきた提督の中で間違いなく一番の良識と常識を持っている。

 曙は知っている。艦娘を己の慰みものに使うクズを。戦果の道具にするゲスを。

 彼は至って真面目で勤勉で、口は悪いが悪意はない。

 潮という気弱な姉妹が曙にはいる。

 駆逐艦離れしたスタイルのよさと性格から、大抵ろくなめに合わない。

 彼女自身が異性を常に怖がっているのも嗜虐の趣味に拍車をかける。

 ここの潮は笑顔だった。毎日楽しそうに、幸せそうに生活している。

 彼女は言うのだ。イヤらしい目付きで見てこない。大切にしてくれる。人間扱いしてくれる。

 とても優しい、不器用な提督だと。何度も曙に説得していた。あの人は悪い人じゃないと。

 それを聞かずに偏見を押し付けて、好き放題言っていたのが曙だった。

(潮見れば一発だったのに。余裕なかったなあ、あたし……)

 兎に角姉妹を守ると躍起になった彼女は見境なく彼に攻撃した。

 彼は反論はしたがなにも罰は与えなかった。というか、与えればいいと言うと逆に辛そうにするのだ。

 そんなことは恐れ多くて出来ない。したくないという意志が見え隠れしていた。

 それが曙に神経を逆撫でされてキレていた。結果、周囲に攻撃されて我に帰った。

 思い込みと偏見を丸出しにした結果がこれだ。泣けてくる。

 女を女と思わない理由も理解していても、何時もの憎まれ口で傷つけた。

 余計なことばかり曙は口走る。後悔しても何時も遅かった。

 今は、彼に感謝している。少なくとも、この人には絶望しないでいい。

 最近朝潮を口説いていたとか聞いたが、本人に聞くと容姿を褒めただけ。

 朝潮が脳内ピンク色の補正をかけただけだと判断した。指輪は渡しているようだが他意はあるまい。

「飛鷹には何時も迷惑かけてるし、相棒だからさ。こう言っちゃ何だけど、感謝もしてるよ。照れ臭くて言えたもんじゃないが」

 彼は苦笑いして飛鷹との事をそう評価する。曙は呆れた。

 この唐変木、飛鷹の好意にこれっぽっちも気付いていなかった。

 四六時中一緒の癖に、よくもまあ……。

(まるでベタな幼馴染のカップルみたいな……。あ、でも飛鷹さんは怒らせると不味いって潮言ってたっけ。提督のために下手すると大本営も普通に敵に回すような人だって。そういう事ね)

 飛鷹は恐らく非常に嫉妬深い。それを彼に悟らせないようにしつつ、彼を守っている。

 しかも周囲の艦娘の好意に機敏に反応して、観察している。

 だから、あの金剛ですら出し抜けないのだ。

 適正な距離と対応を知っている飛鷹には誰も敵わない。

 マジでゲームにありそうな幼馴染のヒロインのような人。

 見た目はお嬢様のように美しいし、性格は……きっと彼とは相性が良いんだろう。

 ただまあ、相手は悪いが。このウスラトンカチに気づかせる方がきっと難しい。

(良い人いるのに……ああ。でも、失うのは誰だって怖いよ。うん、この人に限った話じゃない)

 まだ、無意識に怖がっているのかもしれない。愛やら恋やらは、彼にまだ恐怖しか与えない。

 何度も見てきた絶望の悲劇。曙には想像できない世界なのだ。

 曙は見ているしか出来ないが、彼に不幸が訪れないように手伝うぐらいはしようとおもう。

 こんな嫌な女でも、しっかり艦娘としての使命を果たさせてくれるこの日には、恩義を感じているから。

 そんなことを考え過ごす、昼時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。順調に終えた仕事終わりに、姉妹が困ったように執務室を訪れた。

「サーセン、ご主人様。お風呂入りたいんですけど、いっぱいで入れないんで、ここの貸してくれませんかね?」

 漣が軽いノリでそんなことを言い出した。いわく、大浴場が今はピークで入れない。

 綾波と潮は見たいドラマがあるんで、今入浴しないと夜遅くになってしまう。

 この二名は夜遅くは怖がるので、勘弁してほしいと懇願された。特に潮に。

「あ? いいぞ、準備と片付け全部するなら好きに使ってくれて。曙も一緒にいってきな」

 彼は夕飯をかきこみながら許可した。執務室には併設される個人の風呂があり、贅沢にもひのきのお風呂らしい。

「さっすがご主人様! 話が分かる!」

「あ、漣お前そう言えば明日演習な。ちょっと神風と戯れてこいや」

「へっ!? 演習ッスか!? 聞いてねえっす!」

 漣にさらっと言う彼は前にも言ったと告げる。ぎょっとする漣に、綾波も、

「言ってたよ。漣は寝惚けていたけど」

「ジーザス! マジか!」

 大袈裟に落ち込む漣。潮が笑っていた。

「あんたはお風呂は?」

「このあと、長門と那智と足柄で飲み会行ってくるから、気にしないで。……あ、飛鷹見かけたら俺が死ぬから助けてって言ってたって、伝えておいて」

 飛鷹は今日は用事で出掛けている。彼は一人、死地に向かうようだ。

 曙は了解し、早速着替えを取りに行った。一応、まだいる彼に念押し。

「覗いたらぶっ殺すからね」

「するわけねえだろ。死にたがりじゃねえ」

 漣が茶化すように笑って誘う。

「好奇心とエロスに負けて覗いても構いませんが?」

「綾波、そこのバカを絞めて」

「はーい」

「ギエエエ!?」

 長女の威厳が物理で発動。

 漣は軽く絞められた。

 そんなこんなで、四人はひのきのお風呂にレッツゴー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……デカイ。旅館みたいな高級感が半端じゃない。

 執務室の隣にはこんな良いものがあったのか。曙は知らなかった。

 準備を終えて突撃すると、想像を越えた空間が広がっていた。

「司令官がいいって言わないと使えないからね。ラッキーだったよ」

 綾波が機嫌が良さそうにシャワーを浴び出した。

 数人がいっぺんに入れる湯船に沈む。手足も楽々伸ばせる。

「提督、大丈夫かな……。お酒、弱いって言うけど」

「相手が那智さんじゃたぶん潰れるね。足柄さんのカツもつけば胸焼けもプラスっしょ。うわお、なにこの苦行」

 漣が心配している潮に言う。曙は、思いきって聞いてみた。

 即ち、彼がどういう人物だと思うかを。

「ご主人様の人柄? ぼのは変なこと聞くねぇ……」

 二人は思案する。そんななか、頭を洗う綾波が溢した。

「臆病な人だよ」

 それは普段の綾波から飛び出すとは思えないほど、キツイ表現だった。

 曙は湯船から見上げて問う。

「臆病?」

「うん。司令官は、わたしたちが死ぬことを極端に恐れてる。今となったら理由はわかってる。前からでも、綾波もそんな感じはしてたんだ。司令官は、誰か死ぬところを間近で見てて、死人を出すことを恐れている。だから、慎重な指揮しかしない。戦いの任務も極力受けない。うちの鎮守府で、戦いが少ないのは知っているでしょ?」

 ここでは、激戦区への支援や輸送を主に受けている中規模な鎮守府。

 矢面に立つことが少ないので、戦艦や正規空母の数が同じ規模に対し少ない。

 それでも、異様に練度が高いのは逃げ腰だから。

 倒す戦いよりも生き残る戦いをするから、皆死なない。練度も上がる。

「どうしても、の時はためらいなくダメコンを投入して、肩代わりするし。曙は知らないよね。司令官のあれは、今に始まったことじゃないの」

「えっ?」

 鈴谷の時に使ったあのお説教もののダメコン。

 下手すると提督が死んでいる欠陥品。綾波が言うと、潮が補足した。

「提督に皆で怒ったのは……何度もやってるから。大本営にも小言言われて、昇格も出来ないみたい」

「前回は確か……ああ、衣笠さんが狙われて沈んだときだったっけ? 突然執務室で血塗れになってご主人様倒れて。大騒ぎだったよねー。ご主人様ってば、鈴谷さんの一件以来、無理矢理全員にダメコン標準装備にしてるから、一回に二人以上沈むとマジで死ぬから絶対にやめろって言うのに譲らないし。……今考えれば、それが理由だったんだよね。死なせたくないから、自分が代わりにって言う自己犠牲。漣には嬉しくない気遣いなんだけどな……」

 さらっと恐ろしいことを言った。何度も経験あり。ダメコン標準装備。

 つまり、彼の指揮は部下だけじゃなく、本当に命懸けでやっていること。

 他の提督には考えられない凶行を行っていると言うことか。

 漣は沈んだ顔で、曙に言う。彼は艦娘を己よりも後ろにおく。

 逃げ腰、腰抜けと揶揄されるなか、練度だけは誰よりも高い臆病者の鎮守府。

 それが、此処なのだと。

「提督は……不器用な人だよ。みんなのことを考えているのに、誤解されるし、自滅するし、放っておくといつ死んじゃうかわかんない危なっかしい人」

「漣があの時怒った理由はね、これだよ。ご主人様は艦娘に死んでほしくないの。生きて、いつか人間として社会に送り出したいと思ってるんだと思うよ。漣たちを、一人の人間として見てるから」

「戦果を出せない、臆病者。司令官は……綾波達を守るためなら、自分だって捨てる。多分、性分だから何をいっても変わらないと思う。だからね、曙。死んじゃダメよ。綾波の命は、一人のものじゃない。司令官と、一心同体だってことを忘れないで」

 三人が言う、彼の一面。あるいは、本質かもしれない。

 臆病者で、愚か者で、不器用な優しい男。

「……肝に命じておくわ」 

 湯船に口まで沈んでブクブクと泡を出しながら刻む。

 覚えておこう。彼の本心。

 部下を死なせない、臆病と言われるその心を……。



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救える命

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲劇は何度でも起こるもの。

 何故なら今は戦時で、彼女たちは死すれば海に還るから。

 救いたいものは両手から溢れ落ちて消えていく。

 命は儚い。彼女たちはそれでも健気に戦っていく。

 己の命を誰かに託し、己の命が明日の糧になると信じて。

 酷使されても。軽視されても。ただ、戦う。

 だって、彼女は。艦娘、だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌なニュースを聞いた。

 大本営から届いた緊急の一報。

 割りとよくいく海域で、何やら大規模な戦闘が勃発していたらしい。

 この鎮守府の出る幕はなく、他の鎮守府の主力艦隊が撃滅したと記されるが、聞くに沢山の艦娘が沈んでいるようだ。

 相手は……レ級やヲ級の連合艦隊。

 あの鬼や姫に最も近い化け物のなかの化け物が無数にいたのだ。

 単機で鎮守府一つを殲滅できる能力を持ち合わせ、こいつのせいで幾つか壊滅しているという。

 お達しは、その海域に通るときに十分注意されたし、とのこと。残党がいるかもしれない。

「……」

 丁度、今日はそこに遠征に向かっている子達がいる。

 念のために、旗艦に連絡を入れておこう。

 何かいた場合は資材を捨ててでも逃げてこい、と。

 レ級に遠征に出ている駆逐艦が勝てるわけがない。

 奴は何でもできる戦艦の皮を被った化け物だ。

 戦うべき相手ではない。この鎮守府の艦娘が危ないだけ。

「……聞こえるか、朝潮」

 そこを通りすぎる朝潮に、彼は警戒を怠らないように、告げるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『司令官、聞こえますか?』

 その日の夕方。遠征に出ている朝潮が無線を寄越した。

 途端、彼は激しく動揺して椅子から転げ落ちた。

「ちょ、大丈夫!?」

 青くなった顔色で彼はよろよろと起き上がった。

 飛鷹が慌てて助け起こす。嫌な予感が的中したのか。

 敵との遭遇かと思い、胃痛を起こしながら……応答に出る。

 幸い、朝潮たちは無事だった。遭遇ではないとのこと。

 ではなにか、と思ったら。

『……恐らく、艦娘と思われる無数の反応があります。流されてきたんでしょうか……?』

 レーダーに浮遊する人を確認した、と朝潮は連絡を寄越してきたのだ。

 方角からして、先の大規模な戦闘があった海域の方角である。

 朝潮達は資材を持っていて回収できない。

 鎮守府からは、急いでいけばすぐに行ける距離ではある。

 どうするべきか。

「沈んだ艦娘の遺体……? 珍しいわね、普通なら沈むのに」

 飛鷹が彼に相談を受けて、呟く。

 艦娘は大抵、死ぬと沈んで海のそこに消えていく。

 轟沈の言葉通り、その先は誰も知らない。

 イ級などの餌になっているのではという見解が言われる。

 然し、朝潮いわくかなりの数が浮かんでいるようで、何かの罠かもしれない。

 怪しすぎると朝潮達も進言する。

「……飛鷹。金剛、榛名、イムヤ、加賀、夕立、神通に抜錨準備を知らせて。朝潮、そこの座標を此方に送って。戻ってきていい。十分気を付けてな」

 彼は、出撃を命じた。しかも戦艦や空母、潜水艦まで出す始末。

 朝潮は疑問を感じているようだが、素直に応じて無線を切る。その後、座標を確認した。

「……どういうつもり?」

 飛鷹が指示通り、通達を終えて不機嫌そうに問う。

 不自然な指示を飛ばした。何がしたいのか見えない。

「……一応、確認だ。敵の罠であっても全員戦える。加賀は索敵をしてもらおうと思って。神通より広範囲に出来るから。万が一に備えて、加賀にも装備の変更も言っておいて」

 何やら思うところがあるらしい。

 渋々、飛鷹は皆に再度通達するのだった。

 これが大きな分かれ目になるのを、飛鷹は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃した皆は、日没前に座標に到着。

 一帯を加賀が空から探すと多少ずれたがやはりいた。

『……大破した、艦娘? 提督、僅かですが……動いているようです。生きていますね、瀕死のようですけど』

 加賀がそう伝える。大破して、流されてきた艦娘だった。やはり、と彼は確信する。生きていた。

「加賀はそのまま、警戒を怠らないで。金剛、榛名。お前らはその沈んだ艦娘を回収して。イムヤ、海中の警戒は任せる。神通はサポート。夕立、護衛を頼むぞ」

 結構な数の艦娘が流されていると言うが、生きていると思われるのは一部だけ。

 加賀の指示のもと、迅速にその動いたという艦娘に近づく。

「うぅ……」

 艤装とともに、流される女性と子供。金剛が抱き抱えると苦痛の呻き声を漏らす。

 間違いない。確実にまだ、間に合う。二人では手が足りず、結局神通と夕立も二人ほど抱える。

 大ケガこそしているが、辛うじて無事だった。

 加賀も一人担いで、敵らしき無数の影をいち速く発見して、一目散に撤退。

 燃料のことなど気にしないでフルスピードで飛ばす。

 大半は死んでしまっていたが、僅かでも……彼は救うことができた。

「……そう言うことね。良かったわ、まだ息があるって。ドックも準備しておくわ」

 彼は敵の罠かもしれないとわかった上で、見過ごせなかったのだ。

 もしかしたら、生きているかもしれない。見逃せば死んでしまうかもしれない。

 彼は艦娘が死ぬことによって起きる悲劇を知っている。

 だから、助けに行ける距離だったから助けにいった。

 他の鎮守府の艦娘でも、虫の息を無視できるほど彼は優秀じゃない。

 出来ることがあるならしたかった。……それだけの話。

 愚行かもしれない。甘ったれているかもしれない。でも、しないよりはマシ。

 死なれるよりは、生きている方がいい。飛鷹はホッとする彼を見て、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気を失った艦娘たちを保護して、直ぐ様バケツを使い傷を癒す。

 惜しみ無く使えと命じて、回収された数名はそのまま医務室に運び込まれる。

 大破して、艤装も失われた状況だったが、本人は生きていた。

 何とか連れ込んだ艦娘は全員、無事だった。

 空母に駆逐艦、軽巡に潜水艦。基本的に脆い艦娘たちだった。

 彼は大本営に連絡し、沈んだ艦娘を保護したというと、困ったような返事がかえってきた。

 聞くところによると、その沈んだ面子の所属する鎮守府では、既に轟沈して除籍されている。

 今更戻れないので、そこの鎮守府で引き取ってくれと。

 先方も全員、沈むような雑魚の艦娘はいらないから、そっちにやると受け入れを拒否していると。

 唖然とする提督。軽んじて、要するに彼女達は……棄てられたのだ。信じている提督に。

 言葉を失った。なんという傲慢。なんという軽視。彼は最早言うまでもないと判断。

 彼女達は……帰る場所を失ったのだ。飛鷹に報告すると、悲しそうに首を振った。

「貴方のせいじゃないわ。そういう奴もいるのよ。私達艦娘を鉄屑と同じだと思うような輩はね。貴方は間違ってない。正しいことをしたわ。……いいわ。要らないって言うなら、全員うちで引き取りましょう。空母の面倒は私がきっちりと見るから。……意識が戻ったら、辛いだろうけどちゃんと言わないとね」

 それが一番悲しいことだった。棄てられた彼女たちにかける言葉を思い付かない。

 こんな形で、所属するなんて……悲しすぎて、彼は飛鷹に言うのだ。

「……嫌だな。人間って。死ねばいいのに」

 嫌になる。同じ提督として、敬意を持てないやつがいる現実に。

 父と似たような存在は理解したくない。たとえ、自分がどんな悲劇に巻き込まれようとも。

 それが、彼女たちを軽視していい理由になるなら、提督に価値はない。

 ……彼は思う。せめて、この現実を……彼女たちが受け入れられるように努めたいと。

 飛鷹は黙って、彼を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室で、二人ほど意識が翌日、回復したという話を聞いた。

 彼はその日の秘書、鈴谷と共に訪れた。

 医務室のベッドの上で、その二人は困惑していた。

「こ、ここは何処なの……?」

「分かんない、分かんないけど……」

 あまりに混乱しているので、先に同じ艦娘の鈴谷が顔を出していった。

「ああ、意識戻ったんだね。良かった」

 ああいう手前は、鈴谷の方が向いている。

 彼は軽く事情を話す鈴谷に呼ばれるまで、引っ込んでいた。

 二人はどうやら姉妹の空母だということは聞いた。

 沈んだと思っていたようで、助かったと知ったときは喜んでいた。

 然し、仲間は救えなかったことを言うと、彼女の艦隊では沈んだのは二人のみと聞いてホッとする。

 所属する鎮守府は違うようだったし、全ての先方から要らないと言われた事実は変わらない。

 人間のエゴで、捨てられたのは。

 鈴谷が彼を呼ぶ。彼は帽子を直して、ベッドをしきるカーテンをくぐった。

「調子はどうだ? 酷い怪我だったから、高速修復材を使ったけど、違和感はない?」

 なるべく、優しく問う。相手は一瞬身が強ばった。怯えている。

 恐怖の色で此方を見上げていた。

「ああ、そう緊張しないで。俺はなにもしないよ」

「安心して。何かする前に鈴谷阻止するから」

「何かする前提かいな……。さて、何から話そうか」

 椅子に腰掛け、先ずは自己紹介。鎮守府の名前と、己の名前。

 そして状況を説明する。二人は、怯えたようにするが……敵意はないと感じて、名乗った。

「危ないところを……姉妹共々、ありがとうございました。私、軽空母、祥鳳と申します」

「ず、瑞鳳です……」

 黒髪の美しい女性が祥鳳、まだ幼い感じが抜けきらないのが瑞鳳。

 二人に何があったのかを聞くと、二人のみ艦隊はヲ級の艦載機に爆撃されて、大損害を出した。

 で、大破した二人は更に混戦の中を目敏く狙ってきたレ級に砲撃を叩き込まれて、沈んだと思っていたようだ。

 そこから先は記憶にないという。つまり、沈んだと思われていたと。

 祥鳳も瑞鳳もさんざんお礼をいって、感謝する。そして、彼は切り出した。

 これからどうするか、と。すると。

「お、お願いします! どんなことでもしますから、あの場所には返さないでください!!」

「いやぁ!! 戻りたくない、戻りたくないよう……!」

 祥鳳懇願するように彼にすがりつき、瑞鳳も泣き叫んで嫌がった。

 鈴谷は彼を見て、彼もうなずく。予想通りだった。あんなことを言うのだ。

 ろくな扱いをしていないと感じていたが、やっぱり。彼女達は元より、酷使されていたようだ。

「お、お願いします提督さん!! 私は何でもします!! だからっ……!」

 彼は、必死になる祥鳳の手をつかみ、問う。

「……本当に何でもするんだな?」

 その問いに、怯えを出す祥鳳。口から出た言葉を取り消そうにも状況が悪い。

 何をされるか予測して、絶望した顔色になりながらも、彼女は頷いた。

 ……酷い扱いをされると思ったんだろう。

 その瞳から光が無くなりそうになって、うっすらと涙が浮かんでいた。

「じゃあ……先ずは、泣き止んでほしいな。涙は似合わないよ、祥鳳。瑞鳳。折角傷が治ったのに、それじゃあ綺麗な顔が台無しになっちまうよ」

 祥鳳の涙を指先で拭って、彼は苦笑する。

「……えっ?」

「……?」

 祥鳳も瑞鳳も、ポカンとしていた。

 彼は教えた。二人とも、向こうから拒否されていく宛がない。

 だから、是非うちで一緒に戦ってくれないかと。提督が頼み込んだ。

「俺は優秀な提督じゃないし、ここは規模の大きい場所でもない。戦闘もあんまり受けない、割りと大人しい鎮守府でさ。……ぶっちゃけ、資材は結構余裕があるんだ。だから、二人とも気にしないでうちに所属してくれていい。怖がらないでもいいんだ。俺は艦娘に見捨てられたら提督やってけなくなる。助けてくれる艦娘は大歓迎。一緒に戦ってほしい。祥鳳、瑞鳳。無能な俺だけど、助けてくれないかな」

 ……二人して目を丸くした。随分とまた、腰の低い人だった。

 艦娘に対して敬意を払って、確りと目を見て話してくれる。

 高圧的でも命令でもない。お願いだった。

「……いいんですか。私、練度はとても低いのですが……?」

「わたしも……。実戦は慣れてない、役に立てないかもしれないのに」

 実際弱い艦娘で実戦にいきなり放り込まれてこの様。出来ることなど、提督の夜の相手ぐらい。

 そう感じていた祥鳳に、彼は言う。

「嫌だな、練度だけで見てたら生きてけないって。練度なんてどうでもいいし、弱くてもいいの。俺は、バカだからさ。細かい事は気にならないんだ。それに艦娘は、人間なんだ。心も感情もあるし、泣いて、笑って、怒るもんだ。俺は泣かれるのが一番堪えるから、笑ってほしいな。今は無理でも……祥鳳、瑞鳳。いつか、笑った顔を見せて。俺が求めるとすれば二人が笑った顔がみたい。一番似合うのは笑顔だと思うし」

 笑顔がみたい。だから、練度なんてどうでもいい。 

 めちゃくちゃなことを言う人だと感じた。同時に、少しだけ違うと。

 この人の言葉は真実だと思った。隣の鈴谷がすごい顔で睨んでいる。

 この人は少なくても、ケッコンカッコカリをしている人で、その相手に妬かれるぐらいには艦娘に対して真摯なのだと。

 嫌なもので、焼き餅をやく鈴谷の表情で嘘ではないと二人は理解した。

(爆撃したい、雷撃したい、銃撃したい! バカバカバカ、初対面で口説くとか鈴谷に対する嫌がらせかぁ!)

 鈍感男は気付かない。どう見てもキザな口説き文句にしか聞こえない事を。

 あと、割りと瑞鳳と祥鳳は惚れっぽいコロッと騙される性格だと言うことを。 

「……はい。喜んで、お受けいたします……提督」

「宜しくお願いします……」

 死にかけて、傷心のところに颯爽と現れ、見事に命を救い口説いていく謎の提督。

 しかも結構優しそうなのは鈴谷をみて分かる。つまり、信用できると思う。

 ぽーっと頬を赤く染め熱に浮かされて、手を握られ祥鳳は堕ちた。瑞鳳も射止められた。

 ……チョロかった。

「宜しく。一緒に頑張ろう」

 悪気はないのが更に悪い。鈴谷の怒りマークは限界だった。

 その後、超不機嫌な鈴谷と提督は、意識の回復した艦娘たちに事情を説明。

 同じように口説きまくる無理自覚キザ野郎の台詞に、もう二人ほど多分コロッと堕ちた。

 最終的に積年の恨みを込めて、

「食らえ師匠直伝、瑞雲パンチ!」

「ズイウン!?」

 提督に嫉妬の瑞雲パンチを腹に喰らわせて自覚させた。

 以後、口説く真似をした場合は瑞雲が襲うと脅しておいた。

 彼は首を傾げていたが、鈴谷は結構頭に来ていた。

 口説くなら鈴谷を口説けばいいのにとか思っている事を、彼は知らずにいた。

 こうして、彼の鎮守府に新たな部下が加わるのだった。



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闇を知ると言うこと

 

 

 

 

 

 新しいメンバーが加わって数日。

 転属願いを出した子もおり、彼はその手続きの書類を作成していた。

 今度こそ、マトモな……とは一概には言えないが、少しは過ごしやすい鎮守府に行けるように慎重にやっている。

「……」

 その様子を、本日の秘書である翔鶴は感慨深そうに眺めていた。

 現在、昼を終えて午後の執務に取りかかっている最中。

 翔鶴は手伝いを終えて、次の指示を待つなか、気になることを聞いてみた。

「あの……提督。少し、ご質問いいでしょうか?」

「ん? なに、翔鶴」

 書類から目をはなさない彼に、恐る恐る翔鶴は聞いた。

 今やっている、元々の彼女たちの鎮守府についてだった。

「瑞鳳さんに聞いたんですけど……ああいう、酷い扱い方をする鎮守府って、本当にあるんですか?」

 彼女も元々は異なる鎮守府に所属していた。

 そこはここと似たような艦娘に自由を与える鎮守府で、よい場所だと今でも思う。

 彼は一度ペンを止めて、翔鶴をみて言う。

「そっか。翔鶴って確か、前いた鎮守府の提督さんが寿退役したんだっけ?」

「あ、はい……。それで、わたしもいっそ違う鎮守府に異動しようと思いまして。似た鎮守府の方が、やりやすいかなって」

「あはは。で、来てみたら俺がバカやってて呆れてた、と。ごめんね、その節は本当に」

「いいえ。今となっては……ここは、嫌いではありませんので」

 前の鎮守府の提督は、結婚を機会に提督を引退し、退職金でパン屋を開くといっていた。

 そして、本当に婚約者と結婚して引退。みな、微妙な反応だったが……祝福はしてくれた。

 因みにケッコンカッコカリはしていない。愛する人がいるから出来ないと断固辞退していたのだ。

「懸命な判断だな。……断りかたといい、完璧だ。万が一の暴走も視野に入れて考えている辺り、有能な人だったに違いない」

 彼は翔鶴が誇らしげに語る前提督をそう、讃えた。

 気になることを言うが、その前に彼は質問に答えた。

「で、さっき聞いてきた事だけど……。そうさな、答えは珍しくはない、としか言えない。俺も知り合いが何人か、そういうやり方をしているのを知っている」

 驚愕する翔鶴に、彼は端的に分断した。

 艦娘に自由を与える鎮守府と、艦娘を管理する鎮守府の二通りが、現在の鎮守府のあり方らしい。

 彼も、苦い顔をして翔鶴に説明を続ける。

「艦娘の翔鶴に言うことじゃないと思うけど……。どうする? 聞きたいなら言うけど、気分の良い話じゃないよ」

 前置きはしてくれた。嫌な話になると。彼女はそれでも進んだ。

 自分の知らない鎮守府のあり方を、知っておくべきだと思う。

「そう。じゃあ……始めるけど。先ず、祥鳳たちがいた系統の鎮守府って言うのは、管理することで戦闘を行っている。大本営もそれを承知の上で。そう言うところは大体、俗に言う道具扱いとかが多いんだそうだ。俺も向こうがあまり言わないから詳しくは知らない。でも、徹底的な管理によって保存される艦娘には、自我はない。そういう改造を受けているらしい。基本的に規模は大きいし所属する艦娘の数も多いけど、そのぶん大量の海域で戦っている最前線だから、イチイチ自由にしていたら問題が多すぎて運営に支障が出る。だから、自我を奪い従順にすることで、円滑な運営を可能にしている……だったかな。そっちの運営方針はよくわからん。俺には理解できないし、手腕もないから責める事も出来ない。でも、祥鳳達は大破したときに装置ごと艤装が破壊されていたから、ある程度回復したんだろうね」

 彼に言われて、翔鶴は絶句する。そんな扱いをする鎮守府があるなんて知らなかった。

 徹底的な管理。意思を奪う改造。成る程、道具として扱われる場合もあると言うことか。

 彼は更に補足する。

「……これは翔鶴に言わない方がいいと思うけど、一応覚えておいて。そう言うところは、基本的に何でもありだ。艦娘に対する意識が俺達とじゃ全く違う。向こうには向こうのやり方、向こうの流儀がある。この間の使い捨てみたいなやり方をしても、文句は言えない。祥鳳によると、訓練もろくにしないで投入されてって。多分、向こうは俺たちに主力艦隊って言うけど、見る限り主力艦隊じゃないよあれ。寄せ集めの数会わせで作られた即興の艦隊。あの海域の戦いは、予想外のモノだったらしいし、主力を回すにしたって、鬼や姫を毎度相手する連中にとっては、攻略を終えた海域に出る不意打ちのレ級風情なんてどうでもいい。だから、適当に召集をかけた新人をぶつけて相殺した。……考えてみなよ。うちより規模の大きな鎮守府の主力が、レ級程度に壊滅させられる程、弱いと思う?」

 彼は嫌な闇を語る。先方は主力艦隊を投入したと言うが……間違いなく嘘だ。

 あれは戦果欲しさに口裏会わせて作った、寄せ集め。

 改造されて沈めば、誰も口を割らない。死ねばくちなしとよくいったものだ。

 万が一、彼のような若輩者が何かいっても、どうせ潰される。階級が違うのだ。

 下手に楯突けば、ろくなことにならないのは提督をしている人間なら誰でも知っている。

「そんな……。じゃあ、彼女達は……」

「そう。言い方は悪いけど、使い捨ての駒っていう扱いじゃない? 俺みたいな酔狂な奴でもない限り普通は回収して治療しないからね。あの人たちも……確かにそういう顔をされる事をしているのも分かる。曙も言ってた。クズみたいな事をしても平然としているやつが許せないってね。……でもそういう人は権力で憲兵も抱き抱えているから、摘発も難しいと思うよ。それに、艦娘にも思考制御されているから、抵抗も反逆も起きない。まさに我が世の春、って感じ」

 彼が説明する内容に翔鶴は如何にここや前の鎮守府が平和かつ長閑な場所だったかを思い知った。

 思考制御されていても、記憶には残る。だから祥鳳や瑞鳳はあれだけ嫌がった。

 そういうところもケッコンカッコカリを形だけどんどん取り入れている。

 故に、重婚の推奨を大本営もしているのだ。そうしないと戦力が上がらないから。

 彼はそこまで語り、一息つく。翔鶴は柳眉を下げた。

 ……人間の都合で使役される艦娘がいる。その中には、きっと翔鶴の大切な妹もいるだろう。

 然し、その人間が滅ぶことはない。滅ぶ切っ掛けすら管理する、そんな鎮守府だから。

「翔鶴。……本当に困ったことは、ここだけじゃないよ」

 提督は再び、目を落として作業に復帰して口を開く。

 彼女が見ると、彼はなんとも言えない声でいうのだ。

「そう言うことをする提督に限って、才能がある。彼らを大本営は蔑ろに出来ない。理由は、その戦果」

「……何が言いたいのですか? そんな、人たち……提督をやる資格なんてないのに」

 翔鶴の言葉に尤も、と肯定しつつ反論する。

「無くても、事実彼らが前線を支えているのがこの国。敵の規模すら正確に分からないこの戦争に対して、イチイチ損害を気にしていたら、負けるんだってさ。そういう、割りきりの出来て戦える人間でないと、あの激戦区は身が持たない。俺は、そう思う。……擁護する訳じゃないよ。でも、口出ししている暇があるなら自分のできる事をした方が有益だとも感じている」

 彼らは確かに好き勝手しているだろう。だがそのぶん、同時に結果も確実に出している。

 出すものを出せば何をしても良いのか、と時々噛みつく相手もいるが彼はそういうことはしない。

 するだけ、無駄だ。こっちは不干渉、向こうも不干渉。互いの流儀に口は出さない。

 提督をする上で、暗黙の了解みたいなものを自然と知る。

 知らないと、相手に潰されて呆気なく人生終了。

 気に食わない相手を謀殺するぐらいもするんじゃなかろうか。

 彼は少なくても頭ごなしに否定はできない。身近に父を知るからか。

 父は戦果をだし続けている。それは個人的な復讐かもしれないが、誰かが苦しむことを防いでいるのも事実。

 あの人も沢山艦娘を沈めている。罪悪感はあるだろう。息子に自分から言うぐらいには。

 それを越える憎しみの炎が父を動かしている。彼のような場合でも、前線を支えている。

「恐ろしいもんだよ。寄せ集めの艦隊で、レ級やらなんやらがいる艦隊を犠牲ありとはいえ、倒しきるんだから。どんな指揮の能力をしていれば出来るのか、俺には想像できない。在り来たりな装備、低い練度。レ級って、しっかりと準備しないと高い練度とか装備を持っても下手なやつだと負けるっていうのに。うちの鎮守府じゃ到底かなわない。俺の能力じゃ、対策したって誰かは沈む。連中はそういう戦いを毎日してるんだ。どうにかする方がデメリットになる」

 才能があるエリートがそういう真似をしているのが一番の問題。

 必要とされるがゆえに、大本営も口出しできないし、野放しにしている方が好都合。

 戦果をあげれば階級も上がり、権力も持てる。もっと好き勝手出来る。

 そういう提督達は、少なくてもやることは建前上やっている。怠慢ではないのだ。

「そんな……」

 翔鶴は絶望する。激戦区はそんな状況が当たり前。

 ここのような長閑な鎮守府には、そう言うところは少ない。

 有能な人間は貪欲に上にいく。当然のこと。

「……逆に、うちみたいな緩い鎮守府じゃ自由に行動できるけどね。何せ、激しい戦闘も少ないし、そもそも暇な鎮守府に有能な奴はあんましいないからさ。そういう奴は前にいく。だから、みんなが望むのは暇な鎮守府になるってことかな」

 逆に彼女たちに自由を認める鎮守府は暇があるか、時間が余っている平和な場所だ。

 余裕があればそういうことも認めるし、好きに振る舞っても構わない。

 前にいけば無論、余裕はないからより効率を求める。その合間に提督は好き勝手を行う。

 結局、戦闘の度合いによるものなのだ。鎮守府を任されればそこから先は提督の采配次第。

 憲兵さえも権力で抱き抱えるような相手には、弱小が吠えたところで改善に至るわけもない。

 出来ることは、なるべく激戦区を避けて異動するように手配したり、今回みたいにやるしかない。

「……。だから、反逆による提督の死亡事案は極端に少ないんですね……。嫌ですけど、納得はしました」

 理屈はそうなる。戦いに明け暮れる毎日において、艦娘の意思など邪魔になる場合もあるのだろう。

 反逆の話を殆ど聞かないのはその意思すら制御にあるからということだった。

「逆に、うちみたいな中規模や小規模の鎮守府じゃ、時々あるみたいだけどね。提督の死亡事案。大抵は、艦娘に自由をあたえたことのよる痴情の縺れ。悲しいけど、この国じゃ艦娘に殺される一番の原因は恋愛らしいよ。制御されてないから、ありのままに生きる艦娘にとって、提督との恋愛ってのは暇な鎮守府しかできないから。……翔鶴の前の提督さんはスゴいね。婚約者がいるってちゃんと言ったんだろ? 度胸あるなあ。下手したら、その相手が艦娘が暴走したときに狙われるかもしれないのに。……だからこそ、指輪を使わなかったんだろう。真摯な人だ。俺とは大違い」

 彼が言うには、反逆による死亡事案は少ないが、平和な鎮守府においての死亡事案はたまにある。

 大抵は愛に狂った艦娘が、提督または艦娘を、酷いときは関係する一般人をも殺すことがあるらしい。

 恋愛になれていない彼女たちが裏切られたと感じて、その対象を瞬間的に熱くなって殺してしまう。

 その後は、周囲の艦娘による報復か、やってしまったことに対する自責からの自沈、あるいは満足して自殺。

 憲兵が制圧することもあるが、そうなると艦娘を解体するしかなくなる。

 結局救いは何処にもない。

「要するに、まとめると。戦いが激しくなるに比例して、祥鳳たちのいたような鎮守府は増える。逆に、暇になればなるだけうちみたいな鎮守府も増える。……俺みたいな、階級の低い提督とは違うんだよ。エリートの抱える問題ってのは。俺は外野だから、向こうのやり方には何も言えない。大本営も一枚岩じゃないから、色々ある。俺に出来るのは、少しでも自分の鎮守府を良くしていくことだけ。……本音を言えば、嫌だよそんな現実。でも、甘くないのも現実なんだ。俺みたいなやり方は向こうじゃ通用しない。敬意を払えないとか言ってる場合じゃないんだ。向こうは一進一退の防衛戦を日々繰り返している。俺には想像もつかない世界なんだと思うんだ。だから、嫌だとは思う。でも、頭ごなしに否定もできない。……翔鶴には、嫌な返事になってしまったけど。そういうもんだよ」

 恋愛がどうのこうのと言えるのはこういう平和な鎮守府に限る。

 向こうはもっと濃厚な命のやり取りをしている。余裕がないから、如何なる方法もするのかもしれない。

 彼は現場を見たことはないし、話を聞いただけだ。憶測で翔鶴にいっている。

 想像しただけの外野が偉そうに言うべきことではないと彼は思う。

 だって、そうだろう? 互いに国を守るという目的は変わらない。

 やり方に口を出しても、向こうは此方よりも結果を出して貢献しているのだ。

 言い換えれば、負けているような人間が何か言える立場ではない。

 言ったところで何が変わる。何が出来る? 何もないのだ。

「…………」

「この話は止めよう。互いに気が滅入るだけだよ」

 翔鶴も彼も顔を伏せる。他の人間にああだこうだという前に自分の方が忙しい。

 本音は嫌だと思う。思っていても結局出来ることはないし、だったら言わなければいい。

 綺麗事で変わるほど、階級の壁は薄くないし、差は埋まらない。

 出来ることはないと知っている。だから、行動しない。それが何か間違っているのだろうか?

 挑むまえから分かりきる事より出来ることの方が大切だ。

 たとえ、無法になっていても。見てみぬ振りしか、現実に出来ることはない。

 警告ぐらいはしておこう。そういう場所もあると知るだけいい。

 彼は仕事に戻る。そういう場所に送らないようにするのが今の仕事。

 やれることをしていこうと思いながら、ひたすらにペンを走らせる……。



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誰が戦えない言った?

今回少しメタなことが入っています。
空母は本当に追い詰められると、装甲をしてないと戦えないのか? という疑問に自分なりの答えを出した結果です。



 

 

 

 ……その愚行は提督であれば決してやらないことである。

「えっ!? いや、無茶苦茶ですよ!? 幾らなんでも、そんなの出来ません!!」

 それは、祥鳳と瑞鳳の姉妹が演習であげた実力の確認に、近海にいる軽巡や重巡を倒しに出撃するという哨戒任務。

 面子が全員空母になるのは分かる。然し、提督は無茶苦茶なことを言い出した。

「みんなは戦闘用の艦載機持ってかないから宜しく、二人とも」

 何と空母の命である艦載機を装備せずに近海とはいえ、出撃すると言い出した。

 祥鳳と瑞鳳は耳を疑った。死ねと言われたようなもの。一方的にやられろと言うのか。

 反論する二人に対して、随伴の四人はというと。

「良いわよ、別に。想定する相手に戦艦でもいない限りは問題ないわ」

「仮に居たとしても、訓練としては寧ろ好都合。一度試してみたかったので、丁度いい」

「……わたしも……ですよね? まあ、日々特訓はしてるので実戦に使えるか、やってみます……」

「了解。ボーキサイトの余裕がないなら、少し控えるわね」

 翔鶴以外は普通に受け入れた。加賀も飛鷹もけろっと。

 葛城は資材の備蓄を確認しながら、答える余裕っぷり。

 唖然とする二人。確かに葛城と飛鷹はケッコンカッコカリを済ませて上限を開放している。

 然し、空母にとっての命を捨てて何が出来るのか。

 祥鳳と瑞鳳は反論するも、翔鶴が宥めた。

「そう、思うでしょう? ……分かるわ。でも、この人たちは全くもって関係ないのよ。行けば分かるから、ね?」

 一応、訓練用の使いやすい艦載機を二人には装備している。

 今回はここに来て初めての実戦。大先輩達にアドバイスを貰いながら、強くなろうと言うことだが。

 近海にはそんなに強い深海棲艦はいない。

 常時ローテーションで警備艦隊が哨戒し、見つけ次第問答無用で攻撃するので、あまり派手な戦闘にはならない。

 今回のは訓練の色が大きい。彼の言葉に絶句するも、周囲は大丈夫と断言する。

「私達もこういう実戦しておかないと、いざってときに役に立たないから。心配しないで」

「正規空母は伊達じゃありません」

「平気だってば。二人して、心配性ね」

 ……おかしいのは祥鳳と瑞鳳なのか。

 教本には艦載機のない空母などただの案山子。

 大破して飛行甲板を失っても同義。空母は艦載機あっての物種。

 それを……捨てる? 意味がさっぱり分からない。

「兎に角、いってらっしゃい。無理しないでねー」

「最初から無理だと思う……」

 瑞鳳の呟きは聞こえていないだろう。

 彼は苦い顔で見ている鈴谷に見送られながら、近海の哨戒及び訓練へと出撃した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近海に到着。ここから遊撃して深海棲艦の撃滅に入る。

 偵察機を飛ばす一行。あたふたする祥鳳と瑞鳳に、丁寧に皆で教えてくれる。

「一回に大量に飛ばすと、ちゃんと分散しないわ。無理しないで」

 飛鷹の言う通り、一度に大量に飛ばすと分散するまで時間がかかる。

 上手く扱うコツを教わりながら、皆で広域の索敵を開始。

 準備ももう少し手早く出来るようにと、加賀が二人に、そして翔鶴に言う。

 然し、と瑞鳳は思う。加賀が意外に親身に教えてくれるのが驚いた。

 もう少し高圧的で、プライドが高いものと思っていたが、彼女はとても優しい。

 仲が悪いと思っていた翔鶴にも区別なしに接している。

 不思議なもので、やはり所属する鎮守府によって艦娘の性格にも影響するらしい。

「瑞鳳、ぼさっとしない。偏り始めていますよ」

「わわ、ごめんなさい」

 加賀に指摘されて慌てて修正。流石は正規空母。

 放った偵察機の数が凄まじく多い。大体50はいるだろうか。

 しかもしっかりと分散して広域を担当している。

 高い練度は憧れる。たくさんいるのにその負荷を平然と緻密に操る技術も凄い。

「……飛鷹。イ級の群れいるわよ。どうするの?」

 加賀が南西にイ級の群れを発見。現場を指揮を担当する旗艦の飛鷹に問う。

 飛鷹は練習相手に選び、移動開始。戦うようだ。

 周囲を警戒しながら、進んでいくと邂逅。目視で敵を発見した。

「さて……。祥鳳、瑞鳳。やってみなさい」

 一番槍は加賀が譲ってくれた。

 相手は発見したようで、主砲を口から突きだし撃つ。

 適当に回避する三人、若干テンパる翔鶴にあわてふためく祥鳳と瑞鳳。

 何故か翔鶴も二人につられてあわあわとしている。

「翔鶴さん、大丈夫?」

 葛城に心配される始末に、彼女も深呼吸して落ち着いた。

 その間に飛来する主砲はと言うと。

「……ふんっ!」

「よっと」

 加賀が豪快に裏拳で吹っ飛ばし、お札を空中にばらまいて飛鷹が防いでいた。

 駆逐艦と言えどそこそこの火力はある。加賀は手袋をした手で弾くからか怪我はない。

 飛鷹のお札に阻まれて、着弾して爆発するもお札は焼けずに漂っている。

 ……何が起きているのか。唖然とする二人に、小声で翔鶴が言う。

「……あの二人は参考にしない方がいいわ。加賀さんは下手すると力が戦艦並みに強いし、飛鷹さんのお札は並大抵の攻撃じゃ突破できないの。葛城は……」

「ちょっと露払いするわね!」

 翔鶴が指差す方で、葛城は何と空母なのに両手に機銃を構えて掃射。

 イ級目掛けて吐き出される弾丸の雨。数秒浴びて何匹か爆発して轟沈。

 言葉を失う二人に、翔鶴は続ける。

「……葛城は機銃の使い方がうまいし、そもそも器用だから。艤装を改造して、空母でも使える機銃なんだけど……実際、喜んで使うのはあの子くらいだから、実質専用装備になっているわ」

 翔鶴いわく、弓が上手でクロスボウは主武装、いざとなれば飛鷹直伝のお札も使える万能ぶり。

 器用万能の彼女は今回は機銃を主武装に参上しているらしく。

「艦載機無くても、意外と空母も戦えるのよ。武器があって、それを使う腕前があれば、だけどね」

 テンションの下がる翔鶴は教本だけが全てじゃないと二人に語る。

 二人も納得した。確かにあれは凄い。

「……反撃しないの? 獲物、全部倒しちゃうわよ?」

 飛鷹に言われてすぐに発艦。反撃を開始する。

 祥鳳の艦載機も瑞鳳の艦載機も今回は旧式なので性能は微妙。

 瑞鳳お気に入りの艦載機なので、本人は喜んで使うが……。

 如何せん、使い方が下手なので撃ち漏らす。何匹か逃げ延びて反撃の雷撃を発射。

「回避するわよー。足元注意ねー」

 余裕綽々で、飛鷹に続いて艦隊は移動。

 魚雷は明後日の方角に流れていった。

 おっかなびっくりの初心者たちも、カルガモのように一緒に動くとあら不思議。

 思っていた以上にスムーズに回避できる。

「……飛鷹、少し近づいてもいいかしら?」

「接近するの? いいけど、まさか加賀……」

 加賀が接近を提案。飛鷹は予想がついたが了承。

 嫌な予感がする。飛鷹がここから少し見ていてと言うので黙ってついていく。

「ああ……始まった。亜流の加賀さんの戦闘スタイルが……」

 葛城も読めた。翔鶴は諦めた。好き勝手を割りと認めるこの鎮守府では型破りな方法も有効なら受け入れる。

 加賀が仲間を呼び集めて元通りのイ級の群れに単身で突撃。

 援護に、翔鶴が通常の矢を放つ。一匹の脳天に突き刺さり、なぜか爆散。

 驚く二人に葛城が説明。提督が考案した、艦載機抜きでも戦える方法。 

 ……持っている弓で戦えばいいじゃん? という本末転倒のやり方だった。

 弓は武器で、矢さえあれば戦える。

 飛行甲板を失っても、艦載機が無くても弓と矢があれば戦闘続行ぐらいは可能。

 非常時の武器なので、速度と射程は通常よりも遥かに劣る。

 射程は使い手によるが、翔鶴だと駆逐艦の主砲とほぼ同じぐらい。

 連射は慣れによって大きく差が生じるが、翔鶴はあまり早くない。

 葛城は混合のやり方でするのでマチマチだが、ある程度の妥協まではいく。

 ……例外はあの加賀だ。彼女の射程は何と重巡と同等。

 連射も一定間隔で可能という化け物じみた差がある。

 威力は皆、矢じりに高性能爆薬を仕込んであり、刺さったりぶつかったりすると爆裂するのだそうで。

 大体、これも重巡の主砲と威力が同等。普段から使っている武器を使いこなせない訳がない。

 なので、艦載機が失われても、飛行甲板が破壊されてもここの空母は逃げるぐらいの芸当はできるらしい。

 兎に角死なない為の物なので、非常時の武装ゆえ貧弱さはあるとしても。

 祥鳳も瑞鳳もそんな技術は知らなかった。これを覚えろと最終的に要求されるのだそうで。

「大丈夫。普段から使っているものだし、直ぐに覚えられるわ」

 翔鶴も始めて一ヶ月程度でここまで出来るようになった。

 それは、あそこでイ級相手に格闘を挑むという意味不明な事をする加賀がいたから。

 弓に関して加賀は一流だ。彼女が先生ならば短期間で覚えられる……。

「イ級を殴ってる!?」

 何と加賀、数メートルはあるイ級が海面から飛び上がって噛み殺そうとするのを掴んでいた。

 挙げ句、拳をしっかりと握り、力一杯に殴る。

 重たそうな巨体が面白いように宙に浮かぶイ級を、目にも止まらぬ早業で弓を構えて射撃。

 落ちてくる前にイ級が爆裂して死んだ。汚い花火だった。

「殺りました」

 ゆっくりと振り返り、無表情なのにどこか勝ち誇り、サムズアップ。

 ガタガタ震えて、互いに抱き合う祥鳳と瑞鳳。空母の概念が乱れている。

「言ったでしょ。パワーは戦艦と同じぐらいだって。あの人、長門さんと腕相撲して普通に勝てるのよ?」

 何て人だ。加賀というのは空母じゃない。よくわからない戦艦に似た何かだ。

 以前ピンチになったときに徒手空拳で戦うしかなくなり、最後の手段で殴りあいを決行。

 その際、戦艦の深海棲艦を接戦の上で倒したこともあるのだそうで。

 以後、拳も武器と認識したそこの青い空母は時々深海棲艦相手に殴りあいをして鈍らないようにしていると。

 ……んなバカな、と葛城も思うが長いこと生きていると必要に応じて様々な技術を取り入れるものらしく。

 型破りな戦法も当たり前になって久しいと葛城が語る。遠い目をしていた。

 騒ぎに気がついてウジャウジャ敵が寄ってきた。

 見れば戦艦はいなくても、軽巡は無数にいる。

 ゾッとする祥鳳と瑞鳳を尻目に。

「……悪くありません。翔鶴、援護を。立ちなさい二人とも。戦いはこれからですよ」

 ごきりごきりと首を回す最早空母じゃない艦娘が、弓を翔鶴に預けて殴りあいの特訓を始めていた。

「……程ほどに、お願いしますね加賀さん。手本になりませんから」

 ため息をつく翔鶴に頷いて、後方の敵に突撃する加賀と援護をする翔鶴。

 葛城が祥鳳と瑞鳳を守りながら雑魚を掃討すると飛鷹がいった。

 前方の最も数が多い場所は飛鷹が責任とって請け負うというのだ。

 無茶な、とも思うが……。

「艦載機がないと戦えないなんて、誰が言ったの?」

 自信満々の飛鷹は、無数のお札を空中に展開した。

 唯一、式神と呼ばれる特殊な方法を使う飛鷹。式神には色々な物がある。

 例えば、自動で敵を発見して追尾、爆発する式神とか。

 魚雷の形になってぶん投げるとこれまた自動追尾で追い回す式神とか。

 機銃の式神による弾幕とか。汎用性は一番高い。

 連続する爆発音。綺麗な炎が目の前を染め上げる。

 随分長い距離を駆け抜けていった。もう、言葉を失う祥鳳と瑞鳳。

 常識が通用しないのは見てわかった。 

 基礎の能力をあげるだけでここまで艦娘というのは強くなるようだ。

「はい。じゃあ、とっととやっつけるわよ。頑張って。フォローはするわ」

 黒煙をあげる眼前を見据えて飛鷹は朗らかに言った。

 無茶苦茶すぎる。何がどうすればこんな戦法が許されるのか。

 迎撃のために、二人は空母として正しいやり方で戦う。

 こんな色物際もの空母には決して染まらぬと、心の底で誓いながら。

 生きるために。今は、とりあえず全力を尽くすのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追記として楽勝で勝った。

 然し新人のメンタルが死んだようで、彼女たちは空母として戦いたいので曲芸のような真似は嫌だと提督に直訴した。

 結果、二人は正統な、真っ当な空母として戦うことが決定した。

 ……何故か加賀が不満そうにしているのは、また違うお話である。



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鈴谷の苦悩

 

 

 

 

 ……最近、思うことがある。

(鈴谷……完全に見劣りしてない?)

 鈴谷は思うのだ。自分は、完全に単なる劣化なのではないかと。

 今の鈴谷は、軽空母。元々は重巡から経て今に至る。

 ……思ったのだ。艦娘として中途半端ではないか、と。

 現在の、鈴谷は練度112。これは間違いなく上位に位置する高い練度である。

 然し、決して一番ではない。上には上がいる。勝てる気がしない相手が。

 艦娘として。あるいは、女として。どうしても勝てない相手が身近にいる。

(……飛鷹さんは……ズルいなあ)

 そう。長年の相棒、飛鷹であった。

 彼に全幅の信頼を寄せられ、重要な役割や相談は彼女に優先される。

 鈴谷も頼りにはされるけど、後回しが大半だ。

 提督は蔑ろにしている訳じゃない。

 こればっかりは、経験値の差が出ているだけ。

 付き合いの長い相手は気心を知っている。

 彼のことを一番知る艦娘は飛鷹なのだ。

 挑む相手が悪すぎた。劣化するのはある意味当然。

 前よりも頼られることで見えた現実。

 鈴谷じゃ、飛鷹に勝てない。分かりきったことだったけど。

(……努力じゃ追い付かないこともあるよね……)

 知っていたことだったけれど、自覚すると余計に辛かった。

 何となく気にし始めて、日々鈴谷は落ち込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んで?

(……幸せ。今なら鈴谷は死んでもいい……)

 現実、提督にハグして幸せを堪能していた。

 彼が秘書の鈴谷が元気がないことを気付き、何か相談できるならしてほしいと言い出した。

 打ち明けたくても、プライドが邪魔をする。

 思い人に言うことじゃない。だから代わりに暫く全力で構ってほしいとお願いした。

 悩みは飛鷹が強すぎるから解決の目処はないし、現実逃避で妥協した。

 で、現在二人きりの執務室で甘えている。抱き締められて匂いを堪能して兎に角甘える。

「よしよし。悩みがあるなら言ってくれな、鈴谷」

 提督は以前と違いスキンシップにも寛容になった。

 その辺の分別は、ある程度彼女たちに任せることにした。

 榛名や金剛のような行きすぎは未だに嫌がるししかりつけるが。

 抱き締める程度なら大丈夫。頭も撫でてくれる。

「えっへへ……」

 何かから逃げているのか、鈴谷は振り切るように甘えてくる。

 何をそこまで、と言うと大体己のせいである。

 特に好きだと公言する彼女には辛い思いをさせている。

 ……情けない自分にできる事は今はこれしかない。

 よって、彼は好きなだけ甘えさせる。

 鈴谷も、劣等感から逃げるために彼に甘える。だって、悔しすぎる。

 羨ましすぎる。飛鷹には鈴谷じゃ勝ち目はないのに、同じ人を好きになった。

 圧倒的不利から始まった恋だろう。けれど、諦めもつかなくて。

 同じ土俵に上がったら……見劣りする自分に自信が無くなった。

 何か一つ。一つでいいから、飛鷹を出し抜きたい。

 勝ちたいのだ。彼に見てほしい。鈴谷だけの特別な何かを。

 ライバルの多い中、一人前をいく飛鷹に噛みつける特別が欲しかった。

(……探そうかな。鈴谷が勝てる何か一つを)

 ひっそりと決意した。飛鷹を……何とかして追い抜こう。

 自分にできる、確実な方法で。そう、鈴谷は心に誓った。

 

 

 

 

 

 

(…………)

 影から覗く、鋭き視線。

 無論、その決意を猛禽類が見逃すわけが、ないのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ずは、艦娘としての性能だ。

 鈴谷は毎度演習に飛鷹を相手にしているが……。

「うきゅぅ……」

 ぼろ負け。大敗。全敗。相手が強すぎる。

 毎度目からお星様が出るのは決まって鈴谷なのである。

「……」

 飛鷹は勝負になると情けなどかけない。本気で潰す。

 今日も勝てずに海の上でぶっ倒れる鈴谷。お空が晴れて綺麗だった。

 その隣を、今日は一番と冷ややかに見下ろす飛鷹が通り過ぎる。

「鈴谷。戦いは、付け焼き刃で勝てるものじゃないわ。……その、スペック頼りの戦法を改めない限り、私には勝てないと思いなさい」

 手厳しい言葉だった。流石鎮守府最強の艦娘は言うことが違う。

 一度立ち止まり、飛鷹が告げた辛辣な評価にすごく落ち込む。

 鈴谷は改装型空母。軽空母のなかでは破格に火力と装甲が高く、基本打たれ強い。

 然し艦載機の数は大幅に負けており、如何に効率よく戦うかを求められる。

 鈴谷はしょっちゅう艦載機が全滅する。理由は慣れないのと不器用だから。

 演習においては、全滅が通過儀礼になった。

 最近じゃコッソリと持ち込んだ重巡の主砲を使ってまで勝とうとするも、待機している艦載機に袋叩きにされて負ける。

 よろよろと起き上がる頃には、飛鷹は戻っていった。

 彼女は気がつけば鎮守府の練度は二位にまで上がっていた。

 葛城やイムヤを大幅に抜いた、短期間でのレベルアップ。

 然し一番怖いのは、時期的に鈴谷よりも遅かったのに不動の一位を守り続ける飛鷹だ。

 現在、既に130。鈴谷とも大きく差をつけている。

 出撃する回数こそ少ないが、倒す相手が大物ばかりなので上がる速度も半端ではない。

「うぅ……」

 またタコ殴りにされた。また惨敗した。一方的に蹂躙された。

 悔しい。空母になってまだ日は浅い。けれど、あの数をどうやって捌けばいい。

 加賀よりは確かに少ない。加賀が化け物じみた数を保有できるだけだ。

 しかも艦載機に頼らずとも、鈴谷をぶっ飛ばすくらい強い。

 練度が、飾りになる相手。加賀や飛鷹、あとは本気だした葛城。

 あれもめちゃくちゃな戦法で戦うので、正攻法では押しきられて負ける。

 鈴谷も何か工夫して見るも、二番煎じになってしまう。

「……何で勝てないんだろ」

 起き上がって、俯いて呟く。

 努力はした。でも、飛鷹にだけは何しても勝てる気はしなかった。

 何度も負ければなにかが見えると思っていた。実際、加賀は見えた。葛城も分かった。

 加賀は精神攻撃に非常に弱い。一見冷静に見えて揺さぶりをかけると割りとミスして自滅する。

 葛城は種類こそ豊富だけどパターンは単純だった。初手を譲って出方を見れば対処はできる。

 弱点をついたらギリギリ勝った。そのあと本人に文句は言われたけど。

 ……飛鷹は違う。毎回、微妙にやり方を変える。装備もランダム、下手すると使ってこないときもある。

 パターンが膨大すぎて覚えきれない。しかも隠し玉もまだ持っている。

 飛鷹を、本気にさせたことすらなかった。余裕で毎回、負ける。

 痛む傷。傷跡を確認。今回は雷撃がメインでサブに爆撃。

 また見たことのない箇所を怪我している。初見で対応するにも、手が多すぎる。

 スペック頼りの戦法。それはきっと、頑丈さを生かした後手に回って対処する方法の事だろう。

 飛鷹は言外にいっている。

「攻めてこい、ってことかな……」

 鈴谷は自分からは攻撃しない。安全な方法で対応する。

 一度死にかけた身だ。沈むことの恐怖をよく知っている。

 故に己から攻撃には出ない。油断もしない、提督いわく慎重な戦い方。

 迎撃が基本の鈴谷を、挑発しているのだ。勝ちたければ攻めろと。

 ギリッ、と悔しさで奥歯を噛み締める。強者の余裕か。それとも、違う意味での余裕か。

 どちらにしても、悔しいことには変わらない。

 此方を見下すわけではない。張り合いがないと、手招きしている。

 悔しかったら、かかってこいと。此方は何時でも受けてたつと。

 ……その余裕に苦しんでいるのに、やっぱり飛鷹はズルい。

 本当に、色々な意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘としては、負けている。

 ならば女としては?

(身体には自信あるけど……うん、無理)

 スタイルに自信はあるが、飛鷹もなかなかに良い。

 と言うか、飛鷹の方が確実に彼の好みに近いだろう。

 ロリコンと言われる彼だが必死に否定しているし、多分ない。

 飛鷹は美人で、鈴谷は可愛い。そういう区分だと何時だったか言っていた。

 要するに鈴谷は子供として見られているのかもしれない。

 何度かドック入りしたときに盗み見しているが……確かにきれいだと思う。

 長い漆黒の髪の毛は濡れると独特の色気を出すと言うか。

 隣に座って髪の毛を洗っているとき納得したものだ。

 手入れされているのか艶やかで、美しい色だった。

 鈴谷も手入れは欠かさない。然し生まれ持ったあれは格別であろう。

(ぐぬぬ……。葛城には勝てるのに……)

 あのまな板空母には負けない。言動も、身体つきも。

 素直じゃないツンデレに負けてなるものか。好きなら好きとハッキリ言えばいい。

 飛鷹のように立場が微妙でもない限りは素直にあるべきだ。

 ……彼は何か困っている様子だけど。嘘はつけないし、つきたくない。

 では料理などの女子力は?

 絶賛努力中の鈴谷に対して、飛鷹はやはり経験で色々知っている。 

 舌の好みを知るアドバンテージは大きい。喜ばれるのは飛鷹の方が多いと思う。

 家事も完璧、炊事も出来る。お嬢様のような見た目とは裏腹に飛鷹は庶民的で弱点はない。

 趣味だってダンスは出来るし英会話だってペラペラ。

 この間など町で迷子になっていた、イギリスからきたという金剛によく似た声の駆逐艦に、ネイティブの英語で普通に会話してした。

 何を言っているのかその場にいた鈴谷にはサッパリ。

 驚きなのが提督も英語ペラペラで、ネイティブにも聞き取れること。

 何で喋れるのか聞くと、秘密らしい。二人だけの。ぶっちゃけ妬いた。

 鈴谷にも共通の秘密とか欲しい。出来ることはないけど。

 その他、博識で器用で、なんと言うかハイスペックなのは知っている。

(うわぁ……。冷静に考えたら鈴谷って、誰に挑んでいるんだろ……)

 飛鷹、無敵すぎる。何でこう、弱点と言うものがないのかこの人は。

 ガックリと項垂れた。女性としても飛鷹は魅力的で、敵わない。

 何だか……余計に落ち込む気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よしよし。お前は頑張ってるから。な?」

「……………………」

 結局、逆に飛鷹に気遣われて、提督に知らされた。

 鈴谷がここのところ、自信喪失状態なので慰めて欲しいと言われたとか。

 塩を送る器量も含めて、何だか惨めな気持ちになってきた。

 心配する提督に、取り敢えず抱きつく。無言で全力で甘える。

 もういやだ。何であの人はこんなにも強いんだろう。

 泣きたくなる。好きな気持ちは誰にも負けない。それは言い切れる。

 だが……飛鷹はどうだろう? ずっと己を殺してでも彼を支える気概が鈴谷にはなかった。

 あの人は精神的にも圧倒的に強いのだ。鈴谷にも分かる。

 飛鷹は、彼女だけは、本当に、本気で、全てを擲ってでも彼とともにいる。

 艦娘を捨ててでも。戦えなくなっても。彼女はずっとそばにいる。

 それだけの覚悟があるのだと。

 それは好きとか愛しているとかの次元じゃない。もう、献身の類いだ。

 それが正しいのかは分からない。でも、彼女は決して揺るがない。

 鈴谷と飛鷹の大きな、縮まらない差は……気持ちにも現れている。

「……提督さあ」

「ん?」

「飛鷹さんとこ、どう思う?」

 思いきって、聞いてみた。返答に絶望するのは分かりきっているのに。

 彼は即答する。迷いも欠片もなく。

「最高の相棒だよ。俺を、誰よりも理解してくれる、大切な相棒」

 ……やっぱりだ。色恋沙汰抜きで、あの人だけは既に特別の枠にいる。

 彼の中で、数少ない彼が自覚する大切な人。まだ、踏み出していないだけ。

 逆を言えば。踏み出せば即、勝ちの位置にいる。だってそうだろう。

 感情こそ違うけれど、特別で、大切な人には……変わらないのだから。

「そっか……」

 知っていたとも。鈴谷には勝率は限りなく低いことを。

 命懸けで挑んでも時の流れには勝てないことも。知っている。

 鈴谷は寂しそうに言う。悲しい気持ちが溢れる。

 諦めたのではない。ただ、確認したのだ。

 彼にとって、飛鷹だけが……最後まで頼れる相方だと。

 鈴谷には到底真似できない……強固な絆があることを。

「……鈴谷。お前、やっぱり……」

 彼が何か言おうとする。怖い。悟られた。

 怖いことを言われる気がして、鈴谷は遮る。

「か、勘違いしないで欲しいな。……鈴谷、提督好きな気持ちは負ける気ないよ。それは言える」

 自己暗示。言い聞かせるのは自分自身。負けそうになる己を発起させるため。

 微かに身体が震えているとしても。涙目で涙声だったとしても。

 諦めの悪さだけは、多分……飛鷹にも負けないと思うから。

 提督も、何かで飛鷹と鈴谷が比べあっているのは分かっていた。

 飛鷹はああ見えて非常に努力家で、負けん気が強い。

 確かに提督との相性はバッチリで、阿吽の呼吸で動ける。

 何でもできる頼れる秘書として誇らしいと思う。

 でも、それは、飛鷹がひた向きに努力し続けて手に入れたもの。

 決して才能ではないし、況してやそれを自慢する気もない。

 好きなのは知っている。ただ、それとこれとは話が違う。

 比べないで、自分らしくいけばいいと言おうとしたのだが。

 見当違いなことを想像しているこの男には鈴谷の気持ちは分からない。

「……提督。鈴谷、提督を好きでいて良いんだよね……?」

「それは、今俺に言われても困るな……。俺にはまだどうにも言えない。でも、気持ちを否定はしたくない。鈴谷がそうしたいなら、いいと思う。……俺には、好意をどうこう言える材料がないから、な……」

 鈴谷の疑問には答えにくい。好きなことに制限はないだろう。

 しかし好きも嫌いも理解しない唐変木に何が言える。

 己の答えすら満足に出せない未熟な人間に、少女の恋に口出し出来る理由はない。

「はぁ……。悔しいなぁ……。全部足りないよ、鈴谷には……」

「……。よく、まだ俺には分からない。でも、鈴谷。お前の気持ちはちゃんと知ってる。無下にはしないよ。もう少し頑張って、お前の気持ちにも返事を出す。どんな形であれ、逃げないように誠意を。だから、お前が俺をどう思っても……俺は、答えを出す前ではお前のそばにいる。自信がないのは俺も同じだ。一緒に前に進もう」

 落ち込む鈴谷に、呼応して彼も若干沈み出した。励ましにならない言葉でしか彼には出来なかった。

 ……鈴谷の好きにしていい。好きでいたい。

 片想いだけど、それは皆同じで。好意を知って貰えているだけまだ良いのかもしれない。

 無理やり前を向くなら、提督を好きだと言い続けるぐらいしか思い付かない。

 鈴谷は素直しか武器がない。誤魔化しはしないし、偽りも嫌だ。

 飛鷹にできない、素直さで攻めるしかないのかな、と少し思った。

「提督」

「なに?」

「好き。……大好き」

 抱きついて何度でも言う。

 好きだと。大好きだと。

 照れ臭いけれど、言葉にして伝えるのが一番早い。

 彼も、満更でもないのが救いだ。今はただ、繰り返せばいい。

 素直な気持ちを、言葉にして。何度でも。

 それしか鈴谷には、方法はないのだから……。



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イタズラドッキリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、思った。

 最近じゃすっかり皆と仲良くできていると思う。

 飛鷹も割りと良い感じと褒めてくれたし。

 ここいらで、いつもこっちを困らせてくれている艦娘にお返ししてやろうと企む提督。

 親睦を深めるため、ふざけあうのもよいと思う。

 一応、相棒に相談。内容も全部明かす。

「良いんじゃない? 笑えるレベルだし、誰も傷つかないなら」

 呆れていたがオッケーは出た。よし、と早速準備を開始。

 怪しまれないように日々の仕事をこなしつつ、飛鷹の手助けを受けて仕上げること三日。

 ……出来上がった。渾身の出来映え。悪くない。

 邪悪に笑う彼は翌日、ドッキリを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 翌日。本日の秘書、朝潮が部屋を訪れた。

 朝の挨拶をしながら入室。すると。

 

「……」

 

 何だか妙な物体が提督の机に座っていた。

 ぎょっとして、強ばる朝潮。提督じゃない。

「だ、誰ですか!? そこは司令官の机ですよ!!」

 気合いで怯みを正して睨み、叫ぶ。

 その物体はなにも言わない。背後で一人でにドアが閉まった。

 油断していた朝潮は、慌ててドアノブを回すが施錠されている。

 ……閉じ込められた。あの得体の知れない物体と同室。

 何度やっても開かない。朝潮はその物体に向かって振り返り、静かに問う。

「……あなたの仕業ですね?」

「…………」

 なにも言わない。朝潮はツカツカと近づいていく。

「司令官は何処ですか? 私が怒らないうちに白状するのが身のためですよ」

 バンッ、と両手で机を叩いた。脅しをかけるも、物体は身動きしない。

「……だんまりですか。鎮守府への不法侵入、司令官の拉致、及び監禁。……許されると思っているんですか。ここは軍属の施設ですよ。民間人がイタズラに忍び込む場所じゃありません。窃盗なら早いうちに出てってください。司令官も解放してください。……本当に、あの人にバレたら殺されかねませんよ? 冗談ではなく、本当に司令官に何かしらした場合、あの人は殺りかねません。まだ大事にしないと約束しましょう。ですから、早いうちに出てってください。司令官も解放してください。お願いですから」

 閉じ込められても慌てず、相手に負けない強い意思で対抗する。

 朝潮は流石に信頼できるが、勝手に物事を決めているのは頂けない。

 殺しに来ると言うのが誰かは知らないが。

 物体は黙りを続ける。朝潮は軈て諦めたのか、敵意のある目で低く言う。

「言うだけ無駄なら、実力で突破しますよ。空砲を撃てば誰かしら気付きます。そうしたら、あなたも終わりです。警察につきだしてあげます。いいんですか、最終通告ですよ。早く、司令官を解放しなさい。ふざけていると、死ぬよりも痛い思いをしますよ」

 怒っている怒っている。朝潮が珍しく眉をつり上げている。可愛い。

 艤装を展開、弾を抜いて空砲をスタンバイ。マジでやる気だった。

 いい加減そろそろネタバレを、と思ったが。

 朝潮は何かに気がついた。

「……これは、司令官の汗のニオイ?」

 突然、物体につかみかかり、彼女はクンクンニオイを嗅いだ。

 すると、パァっと明るい表情に様変わり。

「司令官じゃないですか!! 何してるんですか!? 朝潮にイタズラですか!? 嬉しいです!! 朝潮にもそう言うことしてくれるくらい、朝潮を信頼してくれるんですね!?」

 速攻バレた。しかもニオイで看破。なんでや。

 抱きついてきて、嬉しそうにじゃれつく。物体はようやく口を開いた。

「おはよう朝潮。これはドッキリだ。脅かしてすまんかった。ニオイで看破するとは、やるな。俺の負けだ」

 信用する相手にしかしないと言うわけでもないが、朝潮が上機嫌なんで訂正しない。

 事情を説明。朝潮も参加すると言い出したので仕方ない、仕掛人になってもらおう。

 朝潮は朝っぱらから大潮みたいなハイテンションで、物体にくっついて喜ぶ。

 気のせいか、物体のせいで朝潮が妙に距離が近いのだが……。

「今日の司令官は可愛いです!」

「……だろうな」

 彼は現在、大きな着ぐるみを被っている。

 体型までも変化させるまるで魔法のような布で拵えたお手製。

 大本営のマスコット、通称失敗ペンギン。

 艤装などを開発する際、たまに出来上がる摩訶不思議な物体で要するにただのペンギン。

 一部ではグンカンドリ扱いされるが、公式ではペンギン。謎の生き物である。

 ドッキリの内容は執務室に入ったらよくわからんペンギンが椅子に座って仕事をしていると言うもの。

 ドアが突然しまって施錠されるオプションつきで。

 至って無害。誰も悲しまない。平和なドッキリ。

 こんな感じで一日、失敗ペンギンが執務室に着任してました状態になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次なる被害者は、持ち直してきた鈴谷だった。

 朝、報告書の提出に来たら。

 

 ――二羽のペンギンが執務室で書類書いてた。

 

「ふぇ!?」

 驚く鈴谷。ペンギンは黙々と仕事をしている。

 鈴谷に気づいた様子はない。室内を見回すも愛しの提督はいない。

 小さなペンギン、大きなペンギンがいるだけだ。

 で、完全に入室すると、ペンギンが手動でドアを閉めて施錠する仕掛けを起動。

「えっ!? な、なに!?」

 慌てる鈴谷。ドアが閉まった。しかも開かない。

 何度ノブを回しても開かない。

「なに、何なの!? 提督は!? 提督どこ!?」

 鈴谷は書類を持ちながら室内を探す。

 ダブルペンギンが居るだけだった。

 鈴谷は益々慌てる。ペンギンが? ほわい? なんで?

 その内ぐるぐると目を回して、彼女は隅っこで現実逃避を始めた。

「夢だ……。これ悪い夢なんだ……。提督がペンギンになるなんて、鈴谷疲れてるんだよきっと……」

 かわいそうになってきたので、大きなペンギンは立ち上がり、鈴谷に近づく。

 途端、怯える鈴谷。半泣きで抵抗する。

「ひっ!? 近寄んないで! 触んないでよ!! やだ、提督以外に触られるのやだぁ!!」

 見てて良心が痛むくらい必死だった。

 凄い可哀想なので、ペンギンは喋る。

「鈴谷、俺だよ俺。ドッキリしてるんだ。脅かしてごめんごめん」

 ペンギンが喋ると、キョトンとする鈴谷。

 彼が何ならニオイを嗅げばわかると言って、鈴谷も飛び付いてニオイをチェック。

 ……確かに鼻腔を擽るこの汗臭さ、彼のものだ。

 ここでネタバラシ。彼女は怒りながら言った。

「もーっ!! 脅かさないでよ!! 本当にビックリしたんだからね!?」

 鈴谷もペンギンの迫力にビックリして、パニックになっただけ。

 お詫びに、本当は非番なのだがこの際、一緒に仕掛けることにした。

 因みに秘書の朝潮も小さなペンギンになっている。

 幾つか制作過程でリアル失敗したのがまだ結構残っているので、鈴谷もそれを被ることにした。

 まだまだドッキリは続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お次は、装備のことで相談に来た加賀だった。

 ノックをして、入る。

「失礼します」

 そういって入ってきた加賀が見たものは。

 三羽のペンギンが仕事をしている謎の光景だった。

「……」

 加賀、呆然。一度冷静にドアを閉める。開ける。

 同じ光景が目の入る。再び呆然。

「……ペンギン?」

 ペンギン。

「……大本営のマスコットがなんでお忍びで……?」

 いいえ、全員ここの関係者です。

「提督に何かあった……?」

 提督が何かしているだけです。

(……失敗ペンギン。居ない提督。秘書も居ない。不自然な室内。怪しい大本営のマスコット……。私が来たことに気付いていないの? ……ハッ!? まさか、大本営の回し者!?)

 なんでそうなる。

 加賀はいきなり意味不明な理屈で納得して艤装展開。矢をなんと提督に向けた。

 勘違いして思い込みで早とちり。睨んで告げる。

「大本営のペンギン風情が私達の提督に成り代わるなどと!! 身の程知らずめ、焼き鳥にしてやるっ!!」

 プッツンして、激昂。

 冗談が通じない相手だった。提督の机に座る大きいペンギンが裏返った悲鳴をあげた。

「ヴェアアアアアーーー!?」

 その悲鳴に聞き覚えがある加賀は、目を丸くした。

 今の声は提督だった。見れば小さいのと中くらいのが大きいペンギンを庇っている。

 ってことは。

「はい? 提督? 何をしているんです?」

 またもキョトンとする。加賀はその後、ドッキリであると説明されると、

「何をしているんですか全く。まあ、そういうノリは嫌いじゃないのですが。このあとすることもないで、私も参加します。予備のペンギンあります?」

 心底呆れつつ、面白そうなので悪のり。意外とノリノリな加賀さんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次は演習のための艤装について、話をするために来た長門だった。

 ノックをして、返事があったため入る。すると。

「なんとぉ!?」

 驚いて変な声を出した。

 大きいペンギン、中くらいのペンギン、小さいペンギン、何か弓持っている青いペンギンが作業していた。

 唖然とする長門。ペンギンがいる。仕事している。器用に羽でペンをもって書類を書いている。

 足を進めて入ると勝手に閉まるドア。施錠される。

 流石に動揺してドアを何度も開けようとするも無駄。

 仕方なく、向き返り。

「……。ペンギン、だと? 提督が……ペンギン? まさか、とうとうなにか怪しい薬でも飲んでしまったのか!? 他の皆を巻き込んで! 何故私に言ってくれなかったのだ提督!」

 此方は追い詰められまた彼がしでかしたと思われていた。

 つい、その反応に突っ込みを入れる。

「心配してくれるのは嬉しいけどペンギンになる薬ってなに!?」

「ああ、まだ意識があったか!? 良かった、何があったのだ! 今でも遅くない、教えてくれ! 私は全力で力になろう!」

 ドカドカと近寄ってきて真摯な目で見られる提督。

 とても心配させているようだ。そこで、来客用のソファーで弓を手入れしていたペンギンがネタバラシ。

 ドッキリで、ちょっとしたイタズラ。ペンギンが突然仕事をしていると言う内容だと。

「なんだ、そういう一種の企画か。驚いたぞ。しかし、中々良くできているなこれは……。着ぐるみなのか?」

 長門は怒ると言うより、着ぐるみに興味があるらしい。

 相談がてら、一個譲ってほしいと言われた。量産しているので、予備をお裾分けすることに。

 んで、サイズの確認のついでに長門が参戦。益々増えるペンギン。カオスな室内。

 彼女も結局、参加することになった。ここの鎮守府、ノリがいい艦娘が多かった。

 

 

 

 

 

 

 続いては。

「提督、新型の感想纏めてレポートにしたわ……よ……!?」

 ノックも無しに入ってきた曙。

 大、中、小、青いの、特大なペンギンを見て絶句。

「ぺ、ペンギン……!? なに、何事!?」

 なかに入る。閉じ込められる。パニックになる。

 ここまではテンプレ。

「て、提督! 悪ふざけは止めてよね!! もう、怒るよあたし!!」

 意外とプンプンしているわりに書類を机に丁寧において、曙は言う。

 と言うか、彼女は凄かった。

「朝潮に鈴谷もなに笑ってんのよ! で、加賀さん……だと思うけど、何で悪のりしてるかな! 長門さんは若干サイズあってないよ。足元が破けそうだから、あんまり動いちゃダメ」

 全員の名前を言い当てた。見た目はペンギンなのに。

 しかもサイズの違いまで分かるのだ。大したものだ。

「やるな、曙……。お前も参加するか? 記念に失敗ペンギン着ぐるみを贈呈しよう」

 素直に褒めて事情を説明。仕事を続けながら、出撃のない曙に聞く。

 量産した失敗作はのちに補修して、しっかりと仕上げると約束すると。

「え、いいの? 失敗っていってもこんなにできがいいのに……。欲しいけどさ」

 午後にちょいとした仕事があるだけで、曙も結構暇だ。参加することにする。

 正直、着ぐるみを欲しいのが目的。失敗ペンギンのマスコットは好みなのであった。

 と言うことで、暇をする艦娘がまた一人、味方になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだまだ続くドッキリ。

 続いては。

「キャーーーーーー!」

 のっけから悲鳴をあげ、逃げ出す前にドアを閉められ更にパニック。

 青ざめて狂乱の翔鶴であった。

「ペンギン!? ペンギンなんで!?」

 喧しくあたふたして、スッこけた。

 運悪く加賀ペンギンの前。

 妙な威圧感があったらしい。

「すみませんすみません!」

 懸命に謝った。居たたまれないので直ぐにネタバレ。

 翔鶴はただ用事を済ませようと立ち寄っただけ。

 疲れた顔をして、程々に苦言を残して戻っていった。

 何か気の毒なことをしてしまったようだった。軽く皆で反省し、続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日一番危険な艦娘登場。

「ぐるるるる……」

 夕立だった。遠征帰りに報告に来たのはいいが、室内のペンギン達に威嚇していた。

 閉じ込められる事で拍車をかけたようで。

 提督ペンギンに噛みつこうとして阻止された。

 そのまま小さいペンギンとにらみ合いに。

 唸る夕立、羽をばたつかせて威嚇する朝潮ペンギン。

 鈴谷と長門が仲裁に入るも、狂犬には通じず。

「夕立、お座り!!」

 提督ペンギンの一声でその場で正座。待てのコンボで沈静化した。

 そしてネタバレ。夕立は襲ったことを謝って、彼女も参加。

 無論ペンギン着ぐるみをプレゼント。嬉しそうに受け取ってくれた。

 丁度、ふざけながらやっていたら正午になった。

 一度切り上げて、お昼にすることにした。

 ……食堂にこのままいこうと彼がいいだし、彼女たちも害はないので面白がって乗っかった。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいま……はいっ!?」

 食堂担当の伊良湖がビックリ何故なら、大、中、小、特大、青いの、花飾りの、顔つき魚雷の飾りをくっつけたペンギンが集団で食堂に押し掛けてきたのだ。

 ぶはっ、とそれを見て祥鳳が味噌汁を吹き出した。瑞鳳はお茶で噎せた。

 陽炎が持っていた箸を落として固まった。満潮はおかずを飲み込んで詰まらせた。

 などなど、各自面白い反応が見れたのは言うまでもない。

 後日、提督は量産型失敗ペンギンの着ぐるみを配布。

 欲しいもの順に配るとあっという間に完売した。

「……何してんのお前」

 翌日には、ちゃっかりと提督が着用した着ぐるみを飛鷹が入手して秘書の仕事の時に使っているのだった。



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提督の敵、エラーオブキャット

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんだこれは?

 工厰で開発された装備のチェックをしていた彼は、不思議なものを見つけた。

 指定した覚えのない……装備?

 怪しくないか検査をかける。結果は装備であった。しかし、見た目がおかしい。

 分類は……ジャマー? 妨害電場装置か。

 こんな装備は作っていないが……何かたくさん転がっている。

 見た目も装備には見えない。捨てるのも勿体ないし、保管しておく。

 彼は後日思い出す。折角出来上がった新装備、試しに装備してもらおうと。

 またそれが騒動を引き起こすとは露知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事を終えたお昼過ぎ。

 暇をする彼はふとずいぶん前に出来上がったそれを思い出した。

 ジャマーとは要するに、相手から見つかりにくくするための妨害装置。

 レーダーやソナーを誤魔化すために使われるもの。深海棲艦のレーダーにも効くのかは知らないが。

 一度秘書に工厰にいくと伝えて離席。しばらくしてから戻る。

 段ボールに入れた沢山のジャマーをもって帰ってきた。

「提督さん、これなーに?」

 本日の秘書、夕立が無邪気に聞く。

 いつもの制服に、犬を彷彿とさせる言動。

 たまには趣向を変えるのも悪くない。

 似合うかもしれないと思っている辺り、目的はすでに履き違えた。

「興味あるか?」

 聞くと、肯定。彼は笑って、ひとつ取り出すと夕立に目をつむるように言った。

 首を傾げながら言う通りにする。そして、彼はそれを彼女の頭にくっつけた。

 目を開けて、サムズアップ。よく似合う。満足したので違和感があるか聞くと。

「ぽいにゃ」

 ……何か語尾がおかしい。ぽい、じゃなくてぽいにゃ。

 気のせいか……夕立に装備したジャマーが……前後に動いていないか?

「提督さん……。なんかあたし、力が抜けるっぽいにゃ」

 ヤバイやつだったらしい。へなへなと腰砕けになる夕立。

 慌てて取ろうとすると、痛いと夕立が叫ぶ。

 なんと。このジャマー、艦娘と融合している!

 困惑する夕立に合わせてかわいく動いてるのだ!

 デンジャー、デンジャー!! 提督の理性にダイレクトアタック!!

 提督のライフに1000のダメージが入った!!

「なんだこりゃ!?」

 慌てる提督。何しても取れないので、大本営に問い合わせ。

 装備のジャマーについての情報を聞き出すと、愕然とした。

 彼が持っていたジャマーは……実は、艤装のバグ的なもので、装備すると一定時間、艦娘の能力までも妨害して無力化、更に丸一日取れないらしい。

 ジャマーとしては優秀だが戦えなくなるので、見つけても破棄するように言われた。

 万が一装備してしまっても、翌日には取れるのでその場合は艦娘を戦闘に出すなと言われる。

 ……装備の名前は、そのふざけた外見と凶悪な性能からとって、こう呼ばれる。

 

 ――エラーオブキャット。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぽいにゃ?」

「夕立。明日にはそれ、取れるって。だから今日はお前、もうお休み。遊んできていいぞ」

「ぽいにゃ!!」

 夕立に仕事が残っているがこのままではへなへなで、ダメになる。

 彼女はお休みにして、解放すると遊びにいった。

 ジャマー……何て恐ろしい装備。名の通り、凶悪な性能だ。

 一日艦娘を無力化することで見つからないようにするってそれは、本末転倒である。

 まあ、あれを装備した状態だと何故か猫状態なる状態異常を起こして艦娘、多摩に似た口調になるらしい。

 意味不明だ。見た目は、ただの猫耳カチューシャなのに。何でくっついて動くのかは不明。

 戦闘に出さない限りは大きな害はないので、別にいいのだが。

「しかし……」

 猫耳カチューシャ。うん、悪くない。夕立の幼さに犬さながらの言動に猫の語尾。

 高鳴る鼓動、燃え上がる提督のコスモ。新たな芸術を発見してしまった。

 素晴らしい。ハラショー。実にハラショー。可愛いじゃないか猫耳カチューシャ!

 この時、提督のなかで明確な性癖が誕生した。今度は言い逃れなどできない。

 猫耳カチューシャと語尾のにゃ。……彼は、目覚めた。変態にとうとう覚醒した。

 不幸なことに、部下を女性として見た結果、見た目が似合う事で彼の中の抑圧された何かが爆発。

 夕立があまりにも犯罪的に可愛いすぎて、彼はこの日見事に壊れた。

 ロリコンではない。ホモでもない。でも猫耳カチューシャフェチだ!

 エラーオブキャットにより、こいつの頭の中までエラーを起こしてしまったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

「な、何てことしてくれるにゃ!!」

 被害者が一人増えた。飛鷹だった。猛禽類が猫になった。

 何かあったのかと心配になって姿を見せた彼女に秘書をお願いするともに、自分から新装備のテスターをお願いしたら、騙された飛鷹の猫耳装備が誕生。

 脳内エラーを起こす、初めての変態衝動に駆り出される彼はブリッジして大喜び。

 奇行、再び。ヒャッハーと叫んで狂喜乱舞する彼を見て、飛鷹は嵌められたと自覚。

 当然怒って見るが、語尾がおかしい。慌てて取ろうにも、一日経たなきゃとれぬと言う彼の言葉に激怒。

 おいかけっこが勃発。

「セクハラ、セクハラにゃ!! 何てことするのにゃ、許せないにゃ!! いくら貴方でも悪いことがあるにゃ!」

 飛鷹のお怒りは可愛すぎて提督は再び発狂。今度は違う意味で狂った。

 追い付かれ、殴らせる。何か喜んでいた。ハッスルハッスルしているのがキモい。

「おっふ……。俺の相棒はこんなに可愛い生物だったのか。俺は無知すぎた。飛鷹って可愛かったのね!」

「……今さらにゃ。気付くのが遅いにゃ」

 ヘッドバンキングする提督に、割りと諦めの早い飛鷹は、そっぽを向いて小声で言う。

 こんな形で自覚されたくなかった。軽いショック。でもまあ、本音なのだろう。

 仕方なく、甘やかして許すことにした。可愛いと惚れた男に言われて嬉しくない女は早々いない。

「飛鷹、猫耳!! ウルトラ……ベストマッチ!! チョーヤベー!!」

 発狂している。狂いに狂って仕事の速度が三倍になっている。

 一時間もしないうちに、一日の業務終了。

 興奮が止まらず筋トレ開始。完全に変態です、本当にありがとうございました。

「ちょっと落ち着くにゃ。言動が危ないにゃ。私に興奮するのは許すから本当おとなしくするにゃ」

「ああああああああああんっ!! チョーヤベーェ!!」

 声かけるだけで大興奮だった。最早手遅れだった。

 多摩化した口調じゃなくて、どうやら全部含めて興奮しているらしい。

 確かに前後に愛らしく動く耳は、美人にくっつけると破壊力は計り知れない。

 女性を知らない童貞には刺激がフルスロットルすぎて理性が吹っ飛んでいた。

(……意外な切り札ゲット。今のうちに、一個確保して、と。よし……)

 したたかな飛鷹は冷静に破棄される前に切り札を入手。懐に隠す。

 彼の知られざる性癖を暴露された今、手を打たない事はない。使えるものは使おう。

 これでペンギンと猫耳カチューシャはゲット。有利になっただろう。

「おう、鼻血が……」

 変態は鼻血を滝のように流していた。一帯がエロにより流れ出た鮮血で真っ赤に染まる。

 ため息をついて掃除を開始する飛鷹。見てて面白くなってきたので、時々、

「にゃーん」

 と言うと、彼は絶叫して腹筋して大喜び。全身で表す圧倒的感謝と興奮。

 非常に、その、怖い。色々な意味で。普段真面目な人間が暴走するとこんな風になる。

「可愛いは正義! 可愛いは平和!! 猫耳は世界を救うッ!!」

 意味不明。このタガが外れた変態は大騒ぎ。一応執務室から出ないように鍵はかけた。

 今は彼のこの恥辱、思う存分堪能させてもらおうと飛鷹は思う。

「にゃおーん」

 からかうように言うと、びくんびくんと痙攣し始めている。

 反応が面白い。飛鷹も段々と面白がって悪乗りしていく。

 終業しているいま、何をして遊んでも艦隊業務に差し支える事はない。

 つまり、彼で遊び放題。誰も苦しまない。我に返って彼が苦悩するだけで済む。

「飛鷹、もう……やめて……。萌え死ぬ……俺、お前が可愛くて死んじゃう……止めて……」

「あらあら、嬉しいこと言ってくれるにゃ。やめないにゃ。貴方が狂うまでこのままでいてあげるにゃん」

 すがるようにお願いする提督を、笑って上機嫌で一蹴する飛鷹。

 可愛い、か。よく考えたらからかい以外でこんな風に本心で言われるのは初めて。

 無論嬉しいし、世辞でないのでもっと聞きたい。

(もっと、私を見て。私だけを見て。自分で言うのも何だけど、良い女でしょ? 好きなことを言って良いのよ。私は何でもして見せるわ。貴方が求めてくれるなら……何でも。ほら、可愛いんでしょう? もっと褒めて? 鈴谷とかばかり褒めないで、たまには私を存分に……ね?)

 普段から他の艦娘に譲ることが多い飛鷹。艦娘ではなく、相棒として行動するがゆえに不満が募る。

 自分を殺すことに慣れて、見ているだけで満足してしまう日々。それじゃ物足りない。

 もっと見て。もっと思って。もっと、求めて。飛鷹は何処までも一緒にいく。

 欲しい。全部彼が欲しい。変態な所も、卑下するところも、真面目なところも、優しいところも、ヘタレな所も。

 欲しい。全部知りたい。全部手に入れたい。自分のものに。自分だけの物に。

 飛鷹をあげる。だから提督を頂戴。欲しい欲しい。どんなことをしても彼が欲しい。

 独占したい。独占されたい。奪ってしまいたい。奪われたい。支配されたい。支配したい。

(提督。好きよ。貴方が私はとっても大好き。ねえ、貴方は知らないでしょう? こんなに私が愛しているなんて。こんなに私が想っているなんて。こんなに私が慕っているなんて。こんなに私が寂しいことなんて。貴方は何にも気付いてくれない。何年もずっと、私は貴方に恋い焦がれているのに。生殺しがずっと続くの。もうね、偽るのに慣れちゃった。隠すことになれちゃった。うふふ、鈍感な人。だから、沢山の艦娘に愛されるのね。バカで無神経で自信の持てない可愛い人。貴方の悪いところも大好きよ? 貴方はどんな傷を負っていても、私が一緒に越えるから。私が隣で支えてみせるよ。国が貴方を抹殺しても、私が国を抹殺する。言ってくれれば、ここの仲間だって後ろから沈めたっていい。裏切ったって良い。私が欲しいのは貴方だもの。仲間と貴方なら貴方を迷わず選ぶ女。死ねと言うなら死ぬし、死にたいと言うなら一緒に死ぬわ。安心して、苦しみは分かち合いましょう。提督、貴方が誰を選んでも……私からは逃げられないわ。そして、決して逃がさない。私は貴方抜きで生きられない。生きたくない。いいの、友情でも。繋がりがあるなら。貴方が本当に幸せになれるなら、私と結ばれなくても良い。私は後ろで祝福する。でも、貴方を幸福にできるのは、私だけだよ。私が一番知っている。貴方の全部を、私だけ。……良い顔。私を見て狂ってくれるの? じゃあ、私も少し……狂わせて。我慢できなくなっちゃった。ごめんなさい、提督。貴方を、私は……裏切ります)

 発狂する提督に、長い長い我慢の蓋が吹き飛ぶ飛鷹。

 彼も気付いた。飛鷹の瞳から……光が、ハイライトが消えている。

 猛禽類は肉を食らう。刹那、彼は飛鷹に肉として見られていた。

「ひ、飛鷹……?」

 我に返って、起き上がって彼女に問う。だが、時は既に遅い。

 餌を見つけた鷹からはすれば、肉は食われるだけのもの。

「ふふふ……。ごめんにゃ、提督。少し……飛鷹は、乱れるにゃ。猫だからにゃ」

 突然飛鷹は彼の背後に周り、首筋にお札をくっつけて一撃入れた。

 傷つかないように、傷つけないように、優しく丁寧に、失神させる。

 暴走を止める意味も込めて、今だけは飛鷹が独り占めの……ご馳走だもの。

(美味しそう。何年も……堪えてきたけど、もうダメみたいね。私も昂りを抑えきれない。バカな人。私に可愛いなんて連呼すれば、こうなることは分かる……わけないか。鈍感だし。ま、いいわ。ありがとうね、提督。うふふ……我慢できないわねえ……。この人、きっと初めてよね。じゃあ、私が初めてか。私もだけど。さて、誰も来ないうちに……この人のファーストは強奪しておきましょう。後で埋め合わせはするから。多分……)

 飛鷹はゆっくりと、倒れた彼に顔を近づける。

 地味な顔で、目立つようなイケメンでもない。

 肉は肉でも安っぽい肉であろうが、彼女にしてみれば高級な霜降りよりも美味しそう。

 好みの問題であって、飛鷹は彼がほしくて堪らない。

 だから、我慢も出来ずにとうとう行動に移す。

(それじゃ、いただきまーす……)

 ……その日。飛鷹と彼は微弱ながら一歩前に進んだ。但し、彼はこの事を……知らぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

「……」

 飛鷹は再び秘書につく。

「昨日の記憶がないけど、お前知ってる?」

 彼は普段通りだった。いつも通りの仕事をしている。

 お札の威力で、昨日の黒歴史の記憶が失われていた。

 本日も絶賛失敗ペンギンしている飛鷹は首を振った。

 今日は彼女は何も喋らない。ずっと黙ってやることをしている。

 機嫌が悪いにではないのは経験で分かる。彼は悩みごとか聞くと否定。

 理由は簡単。何故なら。

(うああああああーーーーーーー!! やってしまった!! とうとうキスしちゃった!! こっちから! 気絶させちゃったけど!! しかも猫耳つけて!! いやあああ!! 何てことを!! 何てことしてるの私は!? キス!? キスしたのよ!? 自分から!! おだてられて!! 今も猫耳つけてるの何で!! だってだって可愛いって言ってくれたから!! そりゃするわよね!? 彼覚えてないのがショックなようなショックじゃないような! ええい、どうせ顔が見えてないなら問題ないわ!! もっかい攻めてやる!! こうなれば自棄よ、食らいなさい!!)

 

「……………………。にゃ、にゃぉーん……」

 

「!?」

 

 色々飛鷹は脳内で忙しいから。

 そして仕掛ける必殺の一声。提督は面白いように竦み上がった。

 周囲を警戒し、飛鷹以外の相手を探す。

「ね、猫……? 猫、ネコ……ネコミミ……うっ、頭が……!」

 彼は頭を抱える。苦しんでいた。

 昨日の暴走を止めた飛鷹も暴走していた。

 失神させた彼に不意打ちで、なんとキスをしてしまったのだ! 

 因みに飛鷹も彼も初めての相手同士。猛禽類も我に返って悶えている。

 恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしい。でも後悔はない。美味しいものを頂いたので。

 どのみち彼は忘れているので、ペンギンかぶって顔を隠しているのは照れ隠し。

(ああ、なんて卑怯かつ大胆なことを……。ま、まあ? いいでしょ、相棒だもの。彼のキスの一つぐらい、お礼に貰っても? 長い付き合いだし? 私は好きだし? いいじゃない? ……良いわけあるか!!)

「にゃああああああ!」

「!?」

 鷹がペンギンのなかでネコの声をあげている。シュールな光景があった。

 彼は驚いて、不自然な頭痛に苦しみつつ、ペンを走らせる。

 そして。本日のMVPが登場。

「提督さーん!! 遊んでほしいっぽいにゃ!!」

 猫耳カチューシャつけた夕立が参戦しました。

 執務室のドアを豪快に開かれ、同時に。

 恐らくは増えたであろう、彼のトラウマが再発。

 

「ヴェアアアアアアアーーー!!」

 

 断末魔を残して、彼はもう一度気絶するのであった。

 キョトンとする夕立に、苦悩するペンギンキャット。

 今日も鎮守府はカオスでした。いいや、平和であったとさ……。

 

 

 

 

 

 

 

 追記。

 彼は己が猫耳カチューシャフェチであると数日後に自覚。

 禁断のアイテムとして隠蔽したが、既に艦娘に知れ渡り。

 回収され、悩殺アイテムとしてフル活用されたのは……言うまでもない。

 合掌。



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探し出す未来に

今回は短めです。
少々、ご意見が欲しいので良ければ活動報告の方もご覧ください。


 

 

 

 

 

 ……夢を、見た。

 誰かと幸せになる夢だ。

 それが、誰だったかまでは……覚えていない。

 でも、多分顔見知りだろう。知っている声だった。

 彼女は彼に言った。幸せにしてくれてありがとう、と。

 顔の表情は見えなかったが、恐らく満面の笑みだった。

 左手の指に、銀色の煌めきを見せて微笑んでいたのは覚えている。

 ……まさかとは思う。彼が、誰かを幸せにできた夢でも見たのか。

 そんな器量のない卑屈な臆病者が。

 恋も愛も知らないような男が。

 現状を変えることも方法も知らず、苦しみを強いている男が。

(……願望、だな)

 思ってしまったのだ。もしも、幸福にする方法があるなら。

 彼女たちに笑顔にできる方法があるなら。

 そして、自分にできるのなら。やりたい。

 そう、漠然と考えていたのだ。

 烏滸がましい男。浅ましい男。救いのない男。

 彼ができるわけないのに、と自分のなかで斜に構えて嘲笑う自分が言う。

 同時に。

 お前がするんだ。お前が答えるんだ。お前の意思で、お前の心で。

 自分しか答えは出せないと、叫んでいる自分もいた。

 ……出来るのかどうかなんてもうどうでもいいのかもしれない。

 やるんだ。やりたいんだ。彼女たちが本当の意味で幸せになれる方法で。

 ……いや、違うか。彼にできるのは複数じゃない。一人だけ。

(……俺は、一人しか幸せにできない。だって、それが……恋だろう?)

 彼女たち、ではなく。彼女を、であった。

 彼にだって分かる。恋愛は、戦争と同じ。勝てば結ばれる。負ければ失う。

 その二極化しか、終わりはない。選べない、なんて失礼な答えじゃ済ませない。

 選ばない、と言うのならまだ分かる。それも、一つの結末である。

 全員、なんて不誠実な事はしたくない。そんな甲斐性もない。

 自分のような小さな男には、一人だけで精一杯だろう。分かりきったことだった。

(……探すか)

 自分が選び、結ばれた彼女を幸福にできる方法を。

 この戦争を終わらせて幸せに。そんな理想はいらない。

 彼にその実力はないのだから。そんな言葉は英雄が言えばいい。

 彼は凡人。凡才。身の丈にあった方法で、たった一人を守ることが限界だ。

 戦争をしているこの世界で、彼にできる流儀で。

 彼が、選んだ相手を。この身が果てるまで守ろうと思う。

 だって、それが彼女に対する、最大の誠意の見せ方だと思うから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて思う事がある。

(鎮守府って……実は俺の好みの子が多いな……)

 彼の好みの女の子がたくさんいた。部下に、だけれど。

 迂闊に手を出してはいけないし、っていうか出せない。

 ただ、引いてみると相手にはとても恵まれている。

 様々な艦娘がいる鎮守府において、惚れそうな子はいっぱいいる。

 彼は静かで、大人しく、賢い子が好みだ。

 その性格に一致する子はいるのだ。

 例えば。

「……」

「ん? なに、提督?」

「可愛いなあ、本当……」

「ふぇっ!?」

 その日の秘書とか。

「どうかしたの、貴方らしくないわね。ボーッとして」

「……うん。やっぱり美人だ」

「!?」

 廊下ですれ違う相棒とか。

「……何です、提督? 私の顔に、何かついてますか?」

「ううむ……なんと綺麗なクールビューティー……」

「……。流石に気分が高揚します」

 自分を慕ってくれる真面目な部下とか。

 冷静に考えればこれ程女性のバラエティに富んだ環境はないだろう。

 色恋沙汰を知らない彼にとって救いがある場所である。

 更に、今では余裕もできて苦手な艦娘も受け入れることができる。

「提督、ティータイムにご招待シマース!」

「サンキュー。悪いけど、急ぎの書類持ってくけどいいか?」

「オッケーです! 私も手伝います!」

 底抜けに明るい彼女とか。

「な、何よ……?」

「やっぱ優秀だわ。流石」

「と、当然でしょ。私は優秀なのよ!」

 気の強い駆逐艦とか。

「夕立、お座り」

「ぽい!」

「そのままそのまま……。よし、いけ!」

「ぽーいっ!!」

 妙に犬っぽい駆逐艦とか。

「司令官、そっちのターンです」

「よし来た!  俺のターン、ドロー!」

「……した瞬間にリバース、オープン!」

「ヘァ!?」

 真面目で明るく好意が真っ直ぐな駆逐艦とか。

「ヒャッハー!! まだまだいくぜえ!!」

「ほぅ、貴様も出来るようになったな。だが、これからよ!」

 頼れる姉貴の重巡とか。

「……この海域はどうする、提督」

「俺達は支援任務だ。背後から来る敵を撃滅するぞ。頼んだ」

「フッ……任された!」

 誇り高き戦艦とか。

 沢山の部下たちとともに、彼はここにいる。

 この中で、どれだけの人数が慕ってくれているかはまだ、自覚できない。

 もしかしたら一人相撲かもしれない。それならそれでいい。

 でも。答えを出すべき相手は、確実にいるわけで。

 逃げてはいけない。もう少し、相手を深く知りたい。

 知らないと選ぶ材料が少ない。今でも結構知ってきた。

 でも、肝心な所をまだ知らないのだ。

 仲良くなってから、聞くべきことだと思う。

 即ち、自分のことをどう思うのか、と言うことを。

 あるいは、自分がどう思っているのか、と言うことも。

 知ってきて、知ってほしい。自分などでいいのかどうか。

 何となく、求める方向性が見えてきた。

 互いによく知ること。それが重要なんだと。

 もっと、もっと。沢山のことを教えてほしい。

 もしかしたら。それで、好きになるかもしれない。

 好きだったことを自覚できるかもしれない。

 自分なんかで良ければ知ってほしい。それで、彼女たちが判断できるのならば。

 進もう。もっと心を開いて。たくさん知って。

 そして決めるのだ。あの夢のように。

 相手が望む方法を探して、正夢にできるよう、努力しよう。

 だって。選んだ彼女が微笑むことが、彼にとっても喜びだと、感じる事が出来たのだから……。



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飛鷹ルート 夢を見る鷹
羽ばたき出す猛禽類


今回よりヒロインを絞って、個別に結末を迎えるマルチエンド方式に以降いたします。
現在は五名ほど暫定で予定しております。初手はメインヒロイン、飛鷹から始めます。
もし、ご希望のヒロインがいる方は、活動報告にて頂ければ幸いです。
詳しくは活動報告をご覧ください。尚、少々量が減少傾向になると思います。
不定期になりつつあるので、申し訳ございません。


 

 

 

 

 

 

 

 ……一度でも、我慢が振り切れると意外と辛いことが分かった。

 ああ、ダメ。私は彼の相棒なの。女としてじゃないの。そういう意味じゃないの。

 止めてよ。収まってよ、私の心。ダメよ、暴れださないで。

 

 欲しい。欲しい。欲しいィィィィッ!!

 

 彼が欲しいよォッ!! 何時まで我慢すればいいの!!

 

 何時までお預けを食らえばいいの!? もう何年も堪えてきたのに!!

 

 彼の周りには敵が増えすぎた!! ああ、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!

 

 熱を帯びた目で彼を見つめるな!! 熱を孕んだ声で彼に語るな!! 

 

 彼は私のものだ!! 私がずっと支えてきたんだ!! 

 

 彼の心に触れていいのは私だけ!! 彼に触れていいのは私だけ!!

 

 お前らが言うな!! 愛する資格があるのは私だけなのに!!

 

 敵だ……! 彼を狙うものすべてが敵だ!!

 

 人間も、艦娘も、深海棲艦も!! 

 

 全員敵だ!! 彼に近づくものは私が殺してやる!!

 

 私が彼とずっと一緒にいるんだ!! 私が彼に愛されるべきなんだ!!

 

 邪魔だ、邪魔だ、邪魔をするなぁ!! 私があの人の支えになるんだ!!

 

 ……違う。いいや、違わない。

 

 醜い独占欲。汚い支配欲。みんな、私の本性だ。

 

 でも。暴力で、何が得られる……?

 

 彼は家族を愛で失っているのに。私に、奪えと言うの?

 

 彼から、仲間を。大切な友を、部下を。

 

 ねえ、それじゃあ全部失うわよ? ダメじゃない、そんなものじゃ。

 

 夢を一緒に見るって約束したよね。反故にした時、彼はあんなに辛そうに謝った。

 

 それを、私が自分で破って何になるの? 一番悲しいのは誰?

 

 ……じゃあ!! じゃあ、どうすればいいのよ!?

 

 このままじゃ、このままじゃ奴等に彼を奪われる!!

 

 ずっと守りたかったあの人を、誰かに奪われるよ!!

 

 私は嫌!! 認めない!! あの人に相応しいのは私なのに!!

 

 はいはい。分かってるわよ。でもねえ、暴力で解決したら戦争と同じよ。

 

 深海棲艦と同類じゃない。それでいいわけ? ここは、合法にやりましょうよ。

 

 ……えっ?

 

 合法なら、何をしてもいいの。そう。普通のやり方で勝てばいい。

 

 ……そんなの出来るわけがないわ。だってそうでしょう。

 

 自分で言ったじゃない!! 女じゃなくて、相棒として彼に触れると!!

 

 だってそうしないと彼が……!

 

 うん? それならもう大丈夫じゃないかなぁ。金剛ですら問題無さそうだし。

 

 ほらほら、私ってば一番彼を知っているじゃない? 

 

 つまり、付き合いの一番長い私は、高みの見物を決め込んでいた一種のラスボスです。

 

 余裕があるぶん、一歩引いていたでしょ。だから、一歩前に出るのよ。

 

 ……えっ? な、何をする気なの……私は!?

 

 簡単に言いましょうか。

 

 ――私はもう、我慢する気なんてないのよ。彼の戦いに、本腰をいれるわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日。

 

 ラスボスが、重い腰を……とうとうあげた。

 

 と、同時に。彼も己に問いかけていた。

 

 一番大切にしたい人。一番幸せにしたい人は、誰なのかを。

 

 二人の歯車は、わりとキッチリ、噛み合った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……最近、困っていることがある。

 相棒が、気になります。

「……ん?」

「…………」

「…………んふふ」

「…………………………」

 ボーッと仕事をしながら追いかける背中。

 美しく流れる黒髪。きっと手触りが最高だろう。

 整った、幼さと大人の色気が混じりあう絶妙な顔立ち。

 笑ったときは、凄い可愛い。見慣れたはずの笑顔が最近眩しい。

 戦場で戦うときの凛々しさは、見とれる程カッコいい。

 思わず頼ってしまう、頼もしい相棒。

 何気にスタイルも抜群でして、出るところが出ていて引っ込むところは引っ込むモデル体型。

 流石艦娘。余計な贅肉は一切ない。

 見慣れたはずの相棒なのに……何このかわいい生き物。何で気付かなかった。

 一緒にいた時間が長すぎたせいか、慣れというものが生じて魅力を見落としていた。

 当たり前と思っていた相手は実は当たり前じゃないと思う。

 彼女は歴とした女性で……しかもよく考えなくても相性も最高。

 性格も気張らずにいられる自然体。これって恋愛不器用には最高の相手ではないか。

「……」

 彼は異性を感じた際に、彼女を眼中にいれてなかった。

 彼女は相棒であり親友であり、女として意識していなかった。

 それが、どうだ。自分がもしも、そういう未来を想像したとき違和感のない相手は誰だ。

 それこそ、ずっと続いていた日常に居てくれる相手は誰だ。

 答えは、目の前で上機嫌に書類を胸に抱いて運ぶ女性、飛鷹だった。

「……」

 機嫌が良さそうだ。彼は最近、ずっと目で飛鷹を追っていた。

 鼻唄混じりの彼女を目でストーキング。当然彼女も知っている。

 敢えて指摘しない。好きにさせる。

 彼は思う。そう言えば、彼女とはしょっちゅう出掛けていたが今はそうでもなかった。

 ずっと他の部下と一緒で、彼女と二人で出掛けることも減った。

 たまには、暇を見つけあの彼の好みが服を着て歩くような彼女と出掛けたい。

 そう。飛鷹が一番、彼にとっては好みの女性だった。灯台もと暗し。

 見落としそうな身近に、魅力的な女性はいたのだ。

「なーに? さっきからジーッと見てきて。仕事は終わったの?」

 飛鷹はボケッとしていた彼にデコピンして我に返す。

「……はっ!?」

 いかんいかん。飛鷹に見とれている場合じゃない。

 慌てて仕事に戻る。彼女は満足そうに、微笑んでいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いけない。

 女性というのを知らない彼には飛鷹は比較的難易度の低い相手である。

 なのに、イチイチその言動にドキッとするというか。

「……何か目が怖いわ」

「そう?」

「ええ。此方を狙ってる狼のようね……」

「さらっと酷いこというなお前」

 飛鷹にまず警戒され始めた。

 目線が怖いと言われたのだ。

 狼と言われても、他の子にはなにも言われないのに。

 酷いことを言うものだ。

「なに、私に何かする気なの?」

「いや……特には」

 飛鷹は対面してお昼を食べていると、ちょっと睨んできた。

 その目線にゾクッとする。何だろう、鋭い目付きがカッコいい。

 見据えられているのに、妙に心臓の鼓動が早い。顔が紅潮するのが分かる。

 思わず目線を逸らした。気恥ずかしさを感じてしまう。

「あら、怖いわぁ。何されちゃうのかな、私は」

 そしてここのところ、飛鷹は言動が怪しくなった彼をからかって遊んでいる。

 楽しそうに、つついて反応を見ているのである。

「んだと、コラ。してほしいんかい」

「え、したいのは貴方でしょ?」

「…………」

「何でそこで黙るのよ。言い返しなさいって」

 興味がないか、と言われたら嘘になる。

 他の女性ではない。飛鷹に興味があるのは事実だから。

 飛鷹は少し困ったようにしながらも、尚も言う。

「なんか、前に比べてみんなを意識するようになったわね。私も対象なの?」

「……まあ、前が無神経すぎただけだよ。本来は気遣い出来てなんぼでしょ。飛鷹だって、その……女の子じゃん?」

 前が気にしなさすぎた。それだけであって、普通なら男一人の状況に苦しむものだ。

 今ごろになって、女性ばかりの環境に彼は苦しみ出した。みな、魅力的で大変困る。

 右往左往とは違うが、その中から恋やら愛やらを探すとなると、大変な作業になる。

 誰が自分にとって大切な女性になり得るのか。考えるだけで頭が痛い。

 ややこしいことを抜きにすれば、意識しているのは……まあ、この人になる。

「ふーん……」

 なにかを探るように、彼女はこっちを見ている。

 綺麗な瞳。吸い込まれそうな感覚に陥る。何時までも見ていたい気分になる。

「あの……じっと見ないで。恥ずかしいじゃない」

 彼女も頬を紅潮させて、目線を外す。せっかく見ていたのに、少し残念だった。

 近くに長いこと一緒にいると見落としがちになるものだ。

 こんなに美しいものを、提督はずっと目にいれてなかったのだ。

 それがなんと罪深いことか。彼は思わず謝っていた。

「飛鷹さ……。今まで、ごめん」

「……何が?」

 何に対する謝罪だろうか。自分でもまとまらない。

 ただ、経過した時のなかで、彼女を『異性』として意識した回数は極めて少ないことに気づく。

 それが、何だか……とても、残酷なことに感じてしまうのは何故なのか。

 彼女はずっと隣にいたのに。何で、分からなかった?

 彼女だって立派な女性で、乙女で、女の子なのに。

 迷惑ばかりかけて、苦しめて、背負わせて。こんな奴に付き添ってくれる。

「……ああ、わかった気がする。いいのよ。これから大切に扱ってくれれば、ね?」

 彼女は以心伝心。彼の罪悪感を感じ取ってくれた。

 水に流して許してくれる。残酷で、過酷な事を強いてきたかもしれないのに。

 咲いたような笑顔で、全部を受け止めてくれた。

「そっか。……なんか、救われた気がするわ。お前と一緒にいると、安らぐな」

 思い返せば、どんなに辛いときでも彼女は提督とともに居てくれた。

 愛想を尽かしてもおかしくないほどに沢山の過酷を与えてしまった男に。

 彼女は愚痴りながら、付き合ってくれたのだ。その支え無しに、今ここに彼はいない。

 感謝。ただ、感謝だった。振り返る己の足跡。そこには、もうひとつの足跡が常に隣にあった。

 飛鷹は、優しい人だ。己を潰してでも尽くしてくれる、最高の相棒。

 ……でも。相棒でいいのか、という疑問が残る。自分に付き合う時間は要するに奪った時間になる。

 彼女には自由がない気がして、自分に付き合わせていくのは……どこか、後ろめたい。

 彼女にだって、恋人を作る時間ぐらいあっても良かったのに。 

 それを……自分が、提督が……浪費させているのではないかと思う。

「また、変なこと考えてるでしょ。もう、やーよ。一緒にいたいのは、私の意思なの。欲望なの。変に私を気遣わないでよ。お互い様だってば。私は、貴方と一緒がいいって、病院の時に言ったわ。置いてきぼりにしないで? 寂しいのは嫌よ。一人ぼっちもいや。私は貴方と一緒がいいの。本音なんだから」

「……なんてこっぱずかしい事を素面で言いやがる……」

 一歩聞き間違えれば告白に近い。真顔で言われて思わず苦虫を噛み潰すような顔になった。

 こいつは……。この場でオーケーしたって押し倒してやろうかと一瞬真面目に思った。

 落ち着け。深い意味はない。ただ、一緒にいようという今まで通りの事なのだ。

 血迷うな。血迷ってヒャッハーしたら、爆撃されて愛想がつきる。

 彼女の思いを無下にするな。働け理性、踏み止まれリビドー。

 飛鷹は感じる。この人、何かすごい顔で我慢している。

 恐らくは深い意味などないと感じられたか。

 逆である。深い意味しかない。襲いたければ何時でもカモン。訂正、軍規に引っ掛かるのでまだダメ。

 異性を意識しているからか、なんというか……今までよりも思春期の男の子に近い、女性に対する興味が漏れている。

 特に性欲が。過去に見たことのないほど、スケベな目線をしょっちゅう感じるのは……脈あり?

 嘗てはホモと言われるほどエロスに乏しかった彼が、女性に興味津々だとは。

 嬉しい変化だ。目移りしにようにしっかりと釘付けしつつ、このまま行けば。

 耐性のない童貞の理性など、おそるるに足らず。

 ちゃんと、順序を守りつつ、清く正しい異性交遊を!

 結婚する前からの若さに任せた淫らな行為は絶対にいけません!!

 軍規にも合意があろうが無かろうがそういう行為は一切禁じられています!!

(……カッコカリはしてるけどね……)

 仮だからいけません!! 

 何か自分のなかで、鳥類の羽がはえた飛鷹が煩悩の化身をガトリングで一掃しながら叫んでいた。

 兎に角。異性を意識する上でスキンシップは避けて通れない。ゆっくりだ。

 ゆっくりと、この小動物を……巣穴に持ち帰ろう。

 合法に、確実に。

 猛禽の瞳は、狙った相手は逃がさない。

(……早く告白したい……)

 時期は早い。確実にメロメロの骨抜きにしてから、お持ち帰りする。

 飛鷹は見る。眼前の獲物を。ぶるりと身の危険を感じて竦み上がる提督を。

 すっかり彼が苦手を克服したおかげで、彼が意識する相手は……肉食の猛禽類になりつつあった。

 若干、危ない可能性を内包しつつ……彼女は未来に向かって、羽ばたくのだった。



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壊れるバランス、覇道を行くラスボス

 

 ――ああ、憎い。

 

 何が憎いって、この鎮守府が憎い。深海棲艦が憎い。艦娘が憎い。世界が憎い。

 

 何でこんな世界なのよ。人並みの夢を持つのだって精一杯の世界なんて最悪だわ。

 

 あの化け物のせいで何時までも結ばれない。鎮守府のせいで戦うことを強いられる。

 

 他の艦娘が色目を使うのが目障りで仕方ない。こんな世界であるのが憎い。

 

 壊したい。滅ぼしたい。思い通りにならないものが嫌で嫌で、我慢ならない。

 

 特に他の艦娘は邪魔でしかない。彼に好意のある艦娘は消そうかな。

 

 そうすれば消去法で最後に残るのは私。最強である、私一人。

 

 彼に知られずに深海棲艦の餌にしてやれば全部解決なんじゃないのかな。

 

 そうか。そうだったんだ。連中殺せば全部解決!

 

 名案だ。全部殺そう。全部沈めよう。

 

 艤装に細工をして、自爆装置でも取り付けて消してしまおう。

 

 そうすれば、邪魔者はみんな海の底に……!!

 

 ――何を言っているのかしらねえ、こいつは。

 

 させるわけがないでしょう。仲間を沈める? ナンセンスにも程があるわ。

 

 そして短絡的、即物的、破滅的、盲目的、何をおいてもボツ確定。

 

 ふざけるんじゃないわよ。私をどうしたいのよ。

 

 あの人を苦しめるならそっちを先ず、殺すわよ……?

 

 ひぃっ!? な、何でここに……!?

 

 ナゼかって? それは、私が私だからよ。

 

 ま、まるで意味が分からないんだけど……。

 

 黙りなさい。いい? 私はね、貪欲なの。ただ結ばれるだけじゃ足りないわ。

 

 イチャイチャしたいし、ラブラブしたいし、えっちぃ事だってしたいし、彼の子供も未来も欲しいの!!

 

 そんな絶望の片道切符のノーガードなんて真っ平ゴメンよ!!

 

 最低三人ぶんの未来を奪う覚悟と度胸が……あるんでしょうねえ……?

 

 …………なにこの理性、私よりも怖いんですけど……。

 

 私の狂気に私の理性が負けるとでも? っていうか、理性の方が狂っているってどうして分かんないの?

 

 自分で狂っているって認めてるわこの理性……。

 

 喧しい。兎に角、ラスボスたる私は、そんな方法をとらずとも勝てるのよ。

 

 ゲームで言うなら幼馴染系ヒロインですが、地味で控えめなぶん、スペックは高いの。

 

 何故なら経験がものを言う此度の提督争奪戦。私のアドバンテージは多大な物だから。

 

 自分で言うのも何だけど、結構私は尽くすのよ?

 

 いや、多分それは彼も知ってる……。

 

 その通り。知っているからこそ、今彼は私を意識している。

 

 つまり。イチイチ殺しだの沈めるだのと過激な思想に走る狂気。

 

 あんたに足りないのは正妻とかいてラスボスと読む、自信と余裕なのです。

 

 ……!! 

 

 ラスボスは常に貫禄のある言動を、そして自信と余裕を要求されるのは当然。

 

 良いこと? 敵と共倒れする義理はもはやないわ。

 

 塩を送るのも譲るのももうお仕舞い。ここからは奪うのみ、勝ち取るのみ。

 

 私にはそのスペックと経験がある。見苦しい姿を見せずとも、彼に愛されてるだけのスペックが!!

 

 ……なん、ですって……!?

 

 手加減無用。立ち塞がる全てを私の魅力で打ち倒す。

 

 物理で殺すなど愚の骨頂。真のラスボスはラブで殺す!!

 

 提督のハートを掴むのは、飛鷹デース!! バーニングラーブ!!

 

 それ金剛のセリフ!! キャラ変わってる!! 狂っている理性ってなに!?

 

 あんたには、ラスボスとしての威厳と風格を持ってもらうわ。

 

 じゃないとあんたには彼あげないから。

 

 !! 待って!! それだけは止めて!! お願いだから!!

 

 なら言うことを聞きなさい、私の狂気。あんたは戦闘担当、私は攻略担当。オッケー?

 

 くぅ……! 分かったわよ、やればいいんでしょう!? 

 

 素直でよろしい。従う事ね、狂気。理性に勝てる狂気など私の中にはないわ。

 

 だって私こそが本当の狂喜だもの!! 理性は多分、誰かがやるし。

 

 え、何で!? 何で理性が存在しないの私の中!? ストッパーは!?

 

 狂気はね、狂喜には勝てないものよ。同じ穴のむじな、強い方が勝つのは自然の摂理!

 

 毒を以て毒を制するとか、大丈夫かしらこの空母……あ、私か。

 

 さー行くわよ戦闘担当。ラスボスに勝てないことを真っ向から教えてあげるわー!!

 

 ……ああ、もう手遅れだったか私。提督、ほんとごめんね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の様子がおかしい。

 部下たちが妙にざわついている。

 なにが起きているのか……。彼には見当もつかなかった。

 それもそのはず。彼には今まで以上にラスボスによる無自覚の攻略が侵攻しているのだから。

 乙女達は肌で感じた。とうとう、ラスボスが自ら動き出したことを。

 聖戦が始まったことを予感していた。

 今までどこか引いていたラスボスは他者を寄せ付けぬ圧倒的正妻パワーで彼を虜にしていた。

 本腰を入れて奪いに来ている。強い、強すぎる。いろんな意味で。

 最早嘗ての飛鷹ではない。彼女はこのジハードにおける最後の敵。

 今までのフォロー、気遣いは消失。あるのは容赦ない蹴落としの女王。

 潰す気だ。彼女は、敵を全て真っ向からぶっ潰すつもり。

 見せつけるように自然とイチャコラして、彼も満更でもないようにしている。

 焚き付けている。煽っている。倒せるものならやってみろと。

 油断も慢心もない。純然たる事実として、鷹は男のハートを鷲掴み。

 鷹のくせに鷲掴みとはこれいかに。どうでもいい。

「……どうしたの? 何かあった?」

「あのさ……何か、みんなお前を睨んでないか? 何て言うか、恨めしい目で……」

 ある時は一緒に然り気無く昼食を食堂で取っていた。

 隣が定位置と言わんばかりに、他の艦娘が寄れないように強烈なプレッシャーを放ちながら。

 見せつけるのだ。彼は私のもの。誰にもあげない。私の彼氏なの、的な。

 彼も彼で、ここのところ飛鷹と一緒にいる時間が欲しくて一緒にいるので、他の艦娘は隙がない。

 遠巻きで恨みのこもった目で睨むと、流し目で一瞥。羨ましいでしょ、と挑発。

 強行突破して間に入ろうとしても機敏に動きを察知して、買収した味方を用いて事前に潰す。

「あー、すまんな陽炎、初風。お前たちには昼から演習だ。私と共にこい」

 陽炎の危険分子は疑問符を浮かべる長門に回収させて。

「さあ、哨戒任務に出るぞ。ついてこい」

 白露の因子は那智が哨戒に連れていき。

「葛城。弓の訓練をします。来なさい」

 葛城は加賀が阻止。渋々手を貸している。

 無邪気な夕立、時津風、雪風は飛鷹のプレッシャーに気圧され近づけず。

 最大の警戒対象に至っては自ら手を下す。

「朝潮。午後、少し遊びましょ。……全力で、ね?」

「…………」

 演習の申し出なのに、ニヤッと笑って苛立つ朝潮を手招きしている。

 タイマンでかかっていく朝潮。練度は大幅に飛鷹が高い。

 駆逐艦としては不利だが、煽られたら乗ってしまうのが恋する狼。

 不満は演習でぶつけると躍起になっていた。計算通りとも知らずに。

 彼は飛鷹がなにやら周囲にたいして、厳しい態度をしている事ぐらいは気付いていた。

 が、長年の付き合いで信頼する彼女に任せているのが彼女の思惑通り。

 絆の深さが違うのだ。彼に悟られる理由はない。

 今日も鎮守府は絶好修羅場デイズだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後。

「……司令官、朝潮……負けてしまいました……」

「お前ってやつは……」

 ぐずぐずに泣かされた朝潮が、仕事をしている彼の膝の上でべそをかいていた。

 涼しい顔で秘書の仕事をする飛鷹。演習でぼろ雑巾にされた朝潮は、彼女に迫られた。

 

 ……彼を諦めるか、彼と無邪気に遊べる駆逐艦として接するか……好きな方を選びなさい。

 

 さもなくば、この鎮守府において誰が一番強いか、身体に教え込むわよ……?

 

 瞳孔かっぴらいて、闇色の瞳で飛鷹は一方的にタコ殴りにした朝潮に聞いてきた。

 一撃も与えられず、下手すると鎮守府から追い出されそうな気配を感じた。

 泣く泣く、彼を朝潮は諦めることにした。ダメであった。ラスボスには勝てなかった。

 だが、ラスボスは配下の艦娘には非常に寛容であった。

 スキンシップオッケー、節度を弁えるなら何しても許す。

 但し怪しい動きを察知した場合は漏れ無くぶっ潰す。彼は飛鷹の候補です、と。

 今まで以上に彼女は助けてくれる。なんと、添い寝まで許してくれたではないか!! 

 邪な思いなどない事を知っているし、朝潮が『あくまでなついている駆逐艦として』接するのならば、セッティングから憲兵の隠蔽工作も引き受けてくれるらしい。

 ……ただ、諦めろと言うのではない。ある程度の譲歩もしてくれた。

 だったら、朝潮も配下に加わった。恋は無理でも、この幼い容姿を用いた甘える行為はラスボスの配下に加わる。

 勝てぬ相手には逆らわない。忠犬としての本能で理解していた。

(司令官の匂いだ……。今までで一番近い……。何か、恋人じゃなくても娘とかで甘えるのも……あり?)

 朝潮も飛鷹の口先で洗脳され、あっさり鞍替え。ラスボスの軍勢に下った。

 フガフガ匂いを堪能して嬉しそうだった。彼は彼で仕方ないと受け入れている。

「飛鷹、もう少し優しく……」

「ごめんなさい、少し大人げなかったわ。朝潮、ごめんね」

「いえ、ワガママ言った……朝潮が……悪いので……」

 朝潮にそういう行為は控えろとお説教したと彼は聞いている。

 ロリコンで憲兵とお友だちにされるのはさすがに嫌だ。

 彼女には相応の言動にしろと指導したらと聞く。

 確かに大人しくなったが……何でこんなに距離が近いんでしょうか。

 朝潮も満足そうに膝の上で……恍惚とした表情で座っているので気にしない方向で。

 ラスボスは、最大の敵の一人、恋する狼からなついた狼にクラスチェンジした朝潮を仲間にした!

 まだまだ覇道は続く。目指すは敵の全滅。恋敵は合法で潰す。一人残らず。

 正妻に逆らうものに、鉄槌を!!

(……次は、あの娘を……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……見つけた。飛鷹は、番犬として朝潮を起用し、好きに甘えてよいと許可した。

 割かし、前と変わらず甘えまくる朝潮と苦笑いする提督をおいて、もう一人の敵を潰しに飛鷹は出る。

 鎮守府の中を探し歩き、彼女はターゲットを発見。

 相手は飛鷹を見て……青ざめた。

「ひ、飛鷹……さん……?」

「見つけたわ……。す、ず、や……?」

 目障りな恋敵。命がけで参戦した新人空母、鈴谷だった。

 及び腰でビビる鈴谷に用事があると告げる。

 瞳孔かっぴらいてバトルモードの飛鷹は水鬼ですら裸足で逃げそうなほど怖かった。

 鈴谷は解する。食われる。あるいは獲物としてロックオンされた。殺される。

 命の危険を感じて、距離を開けてついていく。

 ついていくと、人気のない建物の路地に到着。

 暗殺でもされてしまうのかと警戒する鈴谷に振り返って飛鷹はシンプルに言い出した。

 

「率直に言うわ、鈴谷。……ゴメンね。あなたの恋心、木っ端微塵に砕くことにしたの」

 

 なんと、宣戦布告。彼女は邪悪に微笑み、唖然とする鈴谷に突きつけた。

「あなたが私に対して劣等感を感じているのは知っている。だから、その劣等感ごとあなたを踏みつけていいかしら。一番手強いのは私だって、言ったわよね。私ももう、我慢する気はない。全力であの人に尽くす。……鈴谷。勝ち目がなくても、きっと鈴谷は私に挑むでしょう? 簡単に諦めはつかないし。……不毛な争いになると思う。でもね、手加減なんてもうしないわ。あなたを助けることもない。ただ、壊れるまであなたを追い詰めるって決めちゃった。後腐れなくスッパリ諦めがつくように、壊してあげる。彼と結ばれるのは、私よ。鈴谷じゃない、私一人」

「……!」

 わざわざ壊すと言いに本人に言うとは。他の艦娘とは違い、強敵と認識されているらしい。

 酷い言いようだが、事実なので反論はできない。この一点を除いては。

「……確かに鈴谷は戦うよ。でも、素直に好きって言えない人に負ける気はない」

 立場を越えても尚、好意を言えない飛鷹には負けない。

 鈴谷は気丈ににらみ返して言う。鈴谷は何度でも言える。好きだと、愛していると。

 飛鷹は苦く、笑った。

「好きと言えばなんとかなるとでも? ……そうね、言えればそれに越したことはないと思うけど。でも、似たようなことは言ったし、ずっと一緒にいるって彼に向かって言えない鈴谷じゃ、説得力がないわ。覚悟も足りない、感情も足りない。甘くないのよね、誰かを支え続ける日々ってのは。素直すぎて、自分をコントロール出来ないあなたには難しいかな?」

 ああ言えばこういう。あくまで誘うか、攻撃を。鈴谷も頭に来た。

「あくまで、誘うんだ。鈴谷のこと」

「ええ。潰すに値する相手じゃないと、根回しで終わりそうだもの。それに……ちゃんと、鈴谷とは決着をつけないと。そりゃ、ライバルと宣言された手前、卑怯なことはしたくないし」

 鈴谷はかなり高く評価している。

 見下すのではない。脅威として、直々に砕くのだと。

 彼女はそういって、鈴谷に改めて挑戦状を叩き付けた。

「提督は渡さないわ。恋人に……本当の意味で結婚をしたいなら、私を倒して見なさい。私は鈴谷を倒す。私の前に阻む敵としてね。彼のお嫁さんになるのは、私……飛鷹なんだから」

「上等。鈴谷だって、負けないし。下克上してみせればいいんでしょう。這い上がって絶対に降ろしてやる……!」

 バチバチと火花を散らす。飛鷹は余裕綽々で、挑発して背を向ける。

「ふふっ、楽しみにしてるわ、初心のお嬢さん。……もう少し、スケベに耐性つけないと夜の相手が大変よ?」

「んなっ!?」

 最悪の爆弾を残して優雅に黒髪を揺らして去っていく。

 顔を真っ赤にした鈴谷は、思わず悔しくて叫ぶ。イケイケ時代の弱点をつつかれた。

「ひ、飛鷹さんだって人のこと言えないくせにー!」

 経験なんてみんなない。思わせ振りなことして、強がっているだけ。

 実際飛鷹もそうだが、彼女には強味がある。

 量産された性癖を攻められる、開拓者としての強味が。

(……再び使うときがきたか。猫よ、私に力を!)

 それは例の黒歴史。彼の暴走した変態の一日。

 飛鷹が覚醒したきっかけ。エラーオブキャット。

 最高の……猫耳の出番であった……。



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ムッツリラスボス、飛鷹さん

 

 

 

 大切にしたい人。

 守りたい人。

 死なないでほしい人。

 ……一体、誰が思い浮かんだ?

 

 ――大丈夫。私はずっと一緒にいる。

 

 ――死ぬときは共に死ぬから。

 

 ――私にも背負わせて。

 

 ……ああ、そうだった。

 もっと、早く気がつくべきだった。

 彼女は前から、もしかしてずっと我慢してきたんじゃないのか。

 ずっとそばにいた人。ずっと支えてくれた人。これからも支えてくれる人。

 頭に焼き付く、たくさんの笑顔。怒った顔。泣いた顔。呆れた顔。悲しそうな顔。

 いっぱい知っている。彼女はそれだけ一緒にいてくれた。

 自分のなかで、大切な人と言うのは……誰だ?

 絶対に死なせたくない、失うのを恐れているのは誰だ?

 そう、考えたときに脳裏に過るのは、彼女の横顔だった。

 ああ、そうか。漸く、悟る。これが、そう言うことなのかもしれない。

 彼女と一緒にいる未来しか思い浮かばない。

 彼女から離れる未来など存在しない。

 だって、彼女とは約束があるから。

 一度は反故にする覚悟をした、ささやかな夢が。

 共に行こうと言い出したのは彼だ。

 それは、未来をも自分で繋いでいること。

 彼女といるのが当たり前の未来。

 それほど、彼女は……彼のなかで大きな存在だった。

 彼女とどうなりたい? 相棒のままでいいのか?

 それもわるくないだろう。でも、贅沢を言うなら……もっと進みたい。

 もっと深く、もっと強く。彼女のことをこんなに想っているのはなんだ。

 彼女の良いところも悪いところもみんな知っている。

 気になっているのは何でだ。異性としてだろう。

 そろそろ正直になろうじゃないか。提督は、彼女を、飛鷹を、どうしたい?

 

(……ひ、独り占めを……したいです)

 

 よろしい。肉欲にまみれただらしない顔をしているが、多分彼女は許してくれる。

 笑顔も、言葉も、言動も。あんなに重たい感情を向けてくれる彼女を強欲にも一人で楽しみたいと。

 この鬼畜め。彼女がそんなに欲しいか?

 

(欲しいです……)

 

 彼女の何が欲しいか言ってみろ、この救いがたいスケベ野郎。

 

(飛鷹の笑顔が見たいです。俺と一緒に笑って欲しいです)

 

 それだけじゃないな。そんな綺麗事で済ませると思うなよ。

 本音を言うんだよ。お前が一番ほしいのはなんだ?

 

(飛鷹の……心です。あいつの心を……俺色に……染め上げたい)

 

 良いじゃないか。いい感じに本音が吐露されているな。

 だが、肝心のものがないな。ほら、白状しな!

 お前が、一番、飛鷹に、欲しいのは、何だッ!?

 

(……あいつにキスしたいです……。そのまま夜の戦に一緒に出たいです!)

 

 そうさ!! よくぞ認めた!!

 お前が欲しいのは飛鷹にエロいことしたいからだろこの童貞!!

 そうだよなあ!? あんな美人が自分に尽くしてくれるって言うなら、夜に期待するよなあ!?

 それが男ってもんだ!! つまりエロいことしたい飛鷹をどう思っているんだ!?

 

(お、俺は……俺はぁ……!!)

 

 誤魔化すな!! 解放しろ!! お前の本性を!!

 長年培ってきた童貞の妄想パワーを爆裂させるんだ!!

 さぁ、言え!! 言うんだ提督!!

 お前は! 飛鷹を! どう思っているんだ!?

 

(お、俺は……飛鷹が、飛鷹が欲しいいいいいい!! 全部が!! あいつの全部が俺は欲しい!! こんなにも尽くしてくれるあいつが可愛くて仕方ねえ!! ああそうだちも、エロいことしたいさ!! 相手が飛鷹じゃなきゃ俺は嫌だ!! 童貞卒業は飛鷹がいいさ!! あいつの身体も、あいつの心も、あいつの笑顔も!! 俺だけが独占したい!!)

 

 フッ……良かったな、提督よ。お前はとうとう自覚したのだ。

 お前のなかで最も大きな女は誰か、分かっただろう。

 飛鷹だよ。お前が一番そばにいて欲しい女と言うのは。

 失いたくないと、ずっと思っていた女は一人だけさ。

 夢のないお前が、自ら志願した手伝い。お前は飛鷹と共にいたいと願っている。

 お前は飛鷹が大切なんだ。お前は飛鷹だけは絶対に守りたいと思っているんだ。

 あんないい女、早々いないぞ。本当に良かったな、あんな風に慕われて。

 そして、もうわかるな。お前の抱く……そのエロにまみれた感情の名前を、お前は知っているはずだ。

 

(ああ、分かる。初めての俺にも、分かるぞ……!! そうか、これが……これこそが……!!)

 

 そうさ。これこそが、お前が求めて探していた感情だったのさ。

 ならば、その名前を言ってみろ。叫んでみろ。己のなかで。

 

(そう。この感情……正しく、恋だぁッ!!)

 

 恋をしたな。飛鷹に。彼女に対して最低な動機だが、まあ唐変木にしては上等だ。

 惚れたんだろ? あの女性に。

 なら、行ってこいよ。タイミングを見て、思いを告げな。

 大好きです、ひよーーー!! ってな。どっかの自爆しそうになる旦那みたいにさ。

 ちゃんと告白しろよ。結婚も視野に入れな。じゃないとエロはできないぞ。

 

(責任とれと仰るか! とりますけど!)

 

 よろしい。じゃあ、行ってこい。

 精々愛想尽かされないような。

 頑張れよ……ぼくねんじん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(!? なに、この寒気は……!? て、提督が……ハンターになった!?)

 

 

 この日。提督はスイッチが入った。

 飛鷹にエロいことしたい理由を問い詰めたら好きだって自覚した。

 それが恋だと知ったのだ。何でエロいことしたいか。理由はシンプル。好きだから。

 鈍感な彼も気付いた色欲だらけの恋心。

 漸く、彼女の長い長い戦いは……終わるわけがなかった。

 寧ろ今始まった。あかん方向に覚醒したスケベ野郎のせいで。

 狙われている。本気で何かされそうな予感がある。

 立場逆転。飛鷹は後ろからターゲットにされてしまうのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元来、全ての恋愛が劇的、ドラマ的に始まるわけではない。

 そんなものは所詮フィクション。

 特に理由なく好きになる事もあれば、邪な心を抱いて自覚する場合だってある。

 この場合は……。

「…………怖い。こっち来ないで」

「なんで!?」

 翌日から、より卑猥な目線で後ろから見られるようになって、飛鷹が怯えてしまった。

 二人きりになると身の危険を感じて部屋の隅っこに逃げてしまう。

 泣きそうな顔で睨まれると流石に良心が痛む。

 初心な飛鷹にエロに覚醒したケダモノは怖すぎる。

「私に秋雲の趣味みたいな事をするんでしょ? エロ同人みたいなこと……」

「どんなものを読んだんだお前は……。いや、落ち着いて。なんもしないから」

「け、ケダモノはみんな最初そんなこと言うのよ……」

「すいません、自重するから。ごめんなさい。飛鷹の嫌がる事はしないって誓うから」

 余裕があるのは敵に対して。鈴谷に言っておきながら自分がその対象だった。

 知識すらない彼女も色々オータムクラウドに教わって蓄えていたのだが。

 ……中身が如何せん、特殊なハードすぎた。己の理解できぬ世界に突入すると思うと怖くなったのだ。

 飛鷹は至ってノーマルのラブがいい。マニアックかつ激しいのはいや。優しくして欲しい。

 後ろの視線が猛獣のそれになると、恐怖が勝る。

 すっかり怯えてしまった飛鷹に土下座して謝る提督。

 飛鷹は恐る恐る、彼に近づいて、警戒しつつ腰を曲げて、指先でつつく。

「……怖いことしない?」

「しない。絶対しない。って言うか、からかっておいてお前もやっぱり怖いんじゃん……。俺で遊んでおいて」

 顔をあげ、呆れたように言う彼に、顔を赤くして言い返す。

「べ、別に遊んでた訳じゃないよ。興味持ってくれて嬉しかっただけ。……貴方がその、何かしたいときは言ってね? 不意打ちは正直、怖いから。言っていれれば、付き合うわ。ただ、約束してね。私だけにするって」

「分かった。飛鷹にしかそういうことしないように頑張ってみる」

 飛鷹は飛鷹で男の性欲をよくわからない。からかっていたのは調子に乗っていたと認める。

 まさか、あんな野獣じみた餓えた目付きで見てくるなんて。すごく怖かった。

 合意の上でなら、少しぐらいは受け入れる努力はする。

 ただ、オータムクラウドのソリッドブックな物はいや。

 結婚してもあんな変態の芸当だけは何がなんでも。

「……。あのさ、鈴谷みたいなことしても、怒らん?」

 彼は懲りずに立ち上がった。彼女に向かって初めてのスキンシップを試みていた。

 今まではおさわりなど一度もなかった。だが、今は互いに異性として意識している。

 ……興味がないわけではない。飛鷹だって彼の筋トレで鍛えられた肉体には触ってみたい。

「うっ……。変なことしないわよね?」

「理性が飛ばない限りは」

「飛んだらするんだ……」

「ゴメン、訂正。鋼の意思で押さえつけるから、お願い!」

 ちょっとずつ、飛鷹は警戒の色を解く。

 ここまで飛鷹を求めてきたことは経験がない。

 逆を言えばチャンスなのだ。向こうからよいといっている。

 色仕掛けゴー! これなら合法。セクハラにもなるまい。

 飛鷹も合意の上でだから。常識の範囲内。

「い、いいけど……」

「抱き締めていいのか?」

「ま、まあ……うん。いいよ」

 緊張する。彼の方が身長が大きいから、近寄られると少し威圧感がある。

 腕を広げて、彼は構えた。飛び込む役目は飛鷹から。

「さーこい!」

「むっ……」

 提督は慣れているのか、余裕があるみたいである。

 鈴谷とかとハグしているからか、このぐらいじゃ気にしないのか。

 というか、鈴谷やってるのに飛鷹ができないはずがない。飛鷹は正妻と書いてラスボスと読むのだ。

 小娘にできて猛禽類にできないことなどなにもない!! ラスボスは無敵なのだ!! 

 と、変な負けん気と焼きもちが発動。鈴谷よりも前にいきたい彼女は果敢に彼の胸に飛び込んだ。

 と、同時に捕獲される。抱き締められた。飛鷹は我に返りパニックになった。

(キャー!? 捕まった!! 捕まっちゃった!! 抱き締められた!! 逃げ切れない!! 何されるの私!?)

 あわあわと余裕が削られる飛鷹は顔を真っ赤にして取り替えず抱き締め返す。

 提督は……感涙していた。飛鷹の初めて感触に。柔らかい。良い匂い。めっちゃ女の子。反応可愛い。

 ギューっとしても怒らず飛鷹は受け入れる。内心、どんどん余裕が無くなり硬直。

 提督は満足していた。飛鷹の髪の毛からは微かに彼女が使っているシャンプーの香りが漂う。

 椿だろうか。嫌いじゃない。彼女なら何でも好きになれそうだった。

「うーん……幸せ」

「…………」

 満足の提督に、次第に落ち着く飛鷹は顔をあげた。

 彼は見たことないほど満たされている表情だった。

 ……彼女が想像していたような狼までにはまだ、至っていないようだった。

 あーるじゅうはちはいけません。大人同士とはいえ、鎮守府の中では節度ある行動を!

 ムッツリだった。飛鷹は完全にムッツリだった。

 エロい妄想をして悶えているのは飛鷹も提督も同じ。

 似た者同士らしい。温度計よろしく下からカーっと赤くなる飛鷹。

 経験のない生娘がピンク色のお楽しみタイムを考えていたのが危うくバレるところだった。

 絶賛愉悦彼は気づいていないようだが……。

「わが世の春が来たか……」

 随分と健全な春である。

 飛鷹もその気はないと分かるや、攻める。チャンスは最大限に。

 勢い余って食べられてしまってもこの際覚悟は決めた。彼なら多少乱暴でも大丈夫。

 ふんふん、朝潮のようににおいを嗅ぐ。これが彼の汗の匂い。しっかりと覚えていこう。

 将来的に浮気をもしもした場合、相手の女をぶっ殺す為に。においの判別は重要なスキル。

 下準備は始めておかねば。彼の全ては飛鷹が独占するのだ。絶対に他の女にはやらない。

(……あ、何か……くらくらする。何かしら……)

 飛鷹の目が、危険信号モードに移行。

 初回の恍惚な刺激は彼女の安全装置を解除した。

(うふふ……幸せね。このまま、このまま……じゃない。理性を保って私。美味しくいただかれるのは結婚後か最低でも恋人になってから。落ち着いて、私。どうどう。欲望に任せてはっちゃけたら彼が憲兵に捕まる。憲兵を殺すとリスクが大きすぎる。あっちはまず、説得してからにしましょう。人殺しは不味いって、さすがに……。大丈夫、責任とる方向で尚且つ恋人、または婚約済みから、違法性はないって判断されることがおおいって聞いたし。結婚前提なら婚前交渉ってことで流してもらえる。周囲への気配りだけ完璧ならここから愛の巣にすることだって可能じゃない。よし、昼も夜も秘書を務めるのは私よ。怖がらなくても彼なら優しくしてくれる。怖くない怖くない。ふふっ、提督の童貞を奪うのはこの飛鷹なんだからね。……経験ないぶん、もう少し安全な方向で知識蓄えよう……。秋雲は宛にならないし)

 相変わらずピンク色のお楽しみなことを考えていた。

 ムッツリ飛鷹さん、将来の夜に心配を寄せる前に、彼がそこまでエロスに至ってないと気づきましょう。

 現在抱擁で満たされた健全なエロスが、彼女の暴走に飲み込まれるかどうか。

 もはや事態は、多分そっち方向に爆走しているかもしれなかった……。



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覚悟の決め方

 

 

 

 

 

 

 

 最近、大本営が忙しい。いや、忙しくないわけがない。

 この国中の鎮守府に、緊急のお達しが出たのだ。

 そこには、こう記されていた。

 

 ――大きく人類は勝利に近づけるかもしれない。

 

 何と、大本営いわく、深海棲艦の大規模な拠点を遠い海域で発見したらしい。

 そこは世界中にある拠点のなかでも類を見ない巨大さで、海流の関係もあってそこを潰せば我が国だけではなく他国の海域奪還にも大きく貢献できるという。

 稀に見る僥倖な話で、早速海域攻略担当の鎮守府では決戦をするべく、作戦を練っているとか。

 そのぶん、サポートに回る鎮守府ではある程度ペースをあげて本土防衛に取り組めと言われた。

 まあ、そんなことは関係ないだろう。ここは至って平和な海域しか請け負っていない。

 これまで通り、できる事を専念していけばいい。

 それだけで意外と他の人がうまくやってくれる。

 提督は日々の彼女の方に忙しかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日々、イチャコラしていく二人。

 スキンシップ解禁により、わりと既にお付き合いしているのでは、と思うほど仲良くしている。

「あれ、飛鷹シャンプー変えた?」

 ある時は、飛鷹自慢の長い黒髪の先を指先で掬い、鼻先で匂いを確かめて提督は問う。

 なお、食堂と言う公衆であった。

「えっ? ああ、そうね。変えたけど……よく気づいたわね」

「まーな。前は椿かな、って思ったんだけど。違った?」

「あってる。こっちの方が好きなの?」

「俺はこっちの方も好きかなあ。前のも好きだよ」

「そ。覚えておくわ」

 割りと当たり前に会話しているが普段彼はここまで積極的じゃない。

 周囲は既に諦めムードだった。たった一週間ほどで飛鷹は外敵を全て潰した。

 買収した味方で徹底してアピールする時間を奪い、自分だけを見るように仕向けた。

 それでも突入する命知らずは演習のなのもとに全員叩きのめした。

 何より、提督が彼女を目に見えて優先しており、完全に関係が出来ていると思い始めた。

 当然となったコミュニケーションに、あの金剛ですらため息をついて諦めたほどだ。

 誰が見ても提督は飛鷹にしか目がいかない。この戦いはもう飛鷹の勝ちなのだ。

 逆に言えば味方となった美味しい思いの駆逐艦などは飛鷹の恋に応援している。

 なにせ、遊ぶ時間が格段に増えて彼も結構構ってくれる。

 もともとハッキリした恋心ではない彼女たちは飛鷹の本気に納得したのだ。

 これが、本気でホントの恋愛なのだ、と。自分達のは憧れに近かったことも気づいた。

 好きと言う感情は本当に何でもさせる。彼女は平然と敵を潰した。

 彼女には敵わない、と実力を見せつけた結果。以前戦うのは……彼女だけ。

 諦めの悪さは飛鷹並みと自負する鈴谷だった。

 鈴谷は奮闘している。まだ付き合っているわけではないと気づいているのだ。

 飛鷹は彼とスキンシップするとき、必ず少し警戒する。

 恋人同士ならしないはず。

 怯えに近い感情を隠しきれていない。

 それに飛鷹も当然分かっている。鈴谷を容赦なく追い詰めていた。

 なにせ四六時中一緒にいる。秘書を申し出ても飛鷹が却下して握りつぶす。

 何かしようとしても、先回りして飛鷹が邪魔をする。

 戦闘じゃMVPは飛鷹が鈴谷のみ、遮ってくる。他の艦娘には譲るのに。

 彼女が目立つ様なことは全てを封殺して、鈴谷に目がいかないようにしているのだ。

 周囲は鈴谷に言う。諦めろと。飛鷹が怒る前に。

 あまり飛鷹を刺激すると、本当に真面目に何かされかねない。

 下手すれば意見具申で、他の鎮守府に飛ばされる。

 提督はそこまで愚かではないだろうが、飛鷹に丸め込まれてやりかねない。

 飛鷹は平気でそれぐらいする。だから、身を引けと。

 だが、鈴谷は逃げなかった。飛鷹の目を掻い潜り、何度も彼に近寄った。

 彼もなんだかんだ、鈴谷を可愛がっており、かなり甘やかしている。

 それは恋人と言うよりは鈍感な先輩と必死になる後輩。

 あるいは、仲良しの兄妹のように見える。彼氏彼女には残念だが見えなかった。

 傍から見れば分かること。彼の心はもう、飛鷹にしか向いていない。

 鈴谷に対する感情は恐らく親愛。愛情ではない。

 愛情は飛鷹が一身に受けているし、飛鷹も他者に触れさせる気は毛頭ない。

 敵でないなら何時もの飛鷹。然し、鈴谷には攻撃を止めない。最早いじめに等しい。

 他の艦娘や伊良湖、間宮が提督に相談するぐらい悪化していた二人の険悪な仲。

 彼も、思うことはあった。飛鷹は鈴谷を最近目の敵にしていた。

 あの、朱色の綺麗な瞳に闇と病みを濁らせて鈴谷を追っ払う所は見たくない。

 鈴谷にも、そろそろ答えを出すべきかもしれない。時期的には。

 彼は決めた。答えを出そう。

 身を引いてくれたのか、大人しい部下たちのなか諦めない唯一の鈴谷に。

 彼は、飛鷹にこう、言い出すのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鷹。……鈴谷をいじめるのは止めろ。もう、いいだろ。お前が何でそんなことしてるか、何となく鈍い俺でも察したよ」

「いやよ。絶対いや。鈴谷が負けを認めるまで、私は止めないわ」

 もう、この頃には互いに理解している。付き合いの長さは伊達じゃない。

 好きあっているのは、言葉に出さなくても。でも、飛鷹は譲らなかった。

 言外に、鈴谷にはその感情はないと言うのに、嫌がる。

「……飛鷹。俺は」

「まだ、聞きたくないわ。やめて、今は言わないで。鈴谷を追い払うまでは……ダメなの」

 お前を嫌いにはならない――こう言っても、飛鷹は首を振る。

 朱色の瞳が、汚く濁る。またか。彼女の嫉妬が、前に出た。

 彼とて知った。飛鷹は、嫉妬深く警戒心が異様に強い。

 一度目をつけた相手にはとことん、追い詰める。

 執拗に攻撃を繰り返し、負けを受け入れるまで躊躇などしない。

 醜い、不毛な戦い。結果は既に決まっている。飛鷹は勝者の筈なのに。

 不安の種を消すかの如く。抵抗を続ける鈴谷を潰そうとする。

 このままでは、本当に鈴谷の精神が持たなくなる。

 いっそ、提督が振ってしまおうか、と思ったが。

 飛鷹はそれすら、嫌がった。

「そんなことで、鈴谷は諦める娘じゃない。禍根が残る。未練が残る。ダメ、ダメよ。貴方が言っても鈴谷は受け入れない。貴方を変えようとする。許せない、貴方に何かする相手は……許せない。我慢できない。貴方が……貴方が鈴谷に感応するのは分かりきっているじゃない。脅威は潰さないと。この手で、私が……。私が決着をつけるって決めたの。お願いだから、邪魔しないで。……ねえ、私が今何をするか……分かったものじゃないって、理解してるでしょ?」

 飛鷹は、少し首を傾げて問う。空っぽの朱色。空洞の瞳。それが虚空を見据える。

 見ているのは彼じゃない。一体、何を見えているのか提督にも分からない。

 付き合いが長くても、初めて見る彼女の心の弱さ。

 飛鷹は……鈴谷を酷く恐怖しているようだった。

「お前なぁ……。いや、何て言うか。そんな取り乱すほど、鈴谷が怖いか?」

 提督は呆れたように彼女に問う。

 プッツン、と彼女から何かが聞こえた。

「……怖い? 私が、鈴谷を?」

 地雷を踏んだ。飛鷹が怒った。

 肌で感じる。飛鷹は今、完全に頭にきた。

「何を言うの。私はこの鎮守府で最も強い艦娘よ。尤も貴方に信頼される艦娘よ。その私が……鈴谷を、恐れる? どうして? どうして、貴方が鈴谷の肩を持つの? 貴方が見ている女は……私じゃないの?」

「バカ。お前以外にいたら、とっくにお前に殴られるわ。分かりきったこと聞いてんじゃねえよ。霞じゃねえが、見てられねえ。飛鷹さ。俺は飛鷹にさんざん迷惑かけまくった、厚顔無恥なクソ提督なんだけど。だからって、自覚した想いまで捨てるような男に落ちぶれた覚えはないぞ。お前、俺の目玉が節穴とでも思ってんのか?」

 逆ギレした。追い詰めるように詰め寄る飛鷹に己から足を進める。

 飛鷹はまさかの展開に怯む。後ろに下がった。

「肩を持つ? ああ、そうさな。鈴谷をこれ以上何かするってんなら、俺も考えるさ。けど飛鷹さんよぉ、俺の相棒を自負するお前らしくねえよな。俺がマジで熱くなる女が誰かぐらいわかってんのに、鈴谷をお前は叩き潰そうとする。……何だよ。それを怖がっているって言う以外に、何て言うんだ?」

 警戒の対象として、潰すと決めた。

 故に加減なしの暴走状態。飛鷹の態度は目に余る暴挙となった。

 提督はそれが気に入らない。彼がケリをつければ穏便にすむのに、飛鷹は己で壊そうとする。

「くっ……。言うじゃない。ええ、そうね。認めるわ。私は鈴谷を凄く嫌よ。あの娘が貴方の近くにいるだけで黒い感情が加熱される。怖がっている? いいえ、惜しいわ。嫌がっているのよ。鈴谷の、あの言動が。私の神経を逆撫でするの。許せなくなるのよ。悪い? 敵は潰してなんぼでしょ。鈴谷は、私の、敵。倒すべき、敵」

 飛鷹は認めた。黒い嫉妬を。濁った泥を。

 提督はそれを聞いて、更に言い放つ。

「悪いに決まってんだろうが。チマチマとまだるっこいことしてくれて。要するにあれだろ? 鈴谷が何時までも俺を諦めないのが気に食わねえ。そんだけだろ。一発殴って済ませりゃ良いだろうが。演習なら言えば準備はするぞ」

 提督はあくまで、飛鷹の味方だ。手段がよろしくないので、止めろと言うだけ。

 飛鷹は鈴谷のしぶとさをよく知っている。だから根刮ぎ心を破壊しないと気がすまない。

「殴って終われば苦労しないわ。見たでしょ。あの子はどんな逆境でも諦めない根性の持ち主よ。貴方が言って、どうにか出来るならとっくにすがってでもお願いしてる!! あの子は徹底的に壊さないと……安心できない。鈴谷の思慕は……私には、ただただ嫌なの。イラつくよ。腹が立つよ。憎い……。憎い、憎い憎い憎い憎い憎いッ!! 鈴谷が心底、憎いのよっ!! ここまでして、まだ追い付こうとする鈴谷が……私は嫌い!! 大嫌い!! 嫌なものは壊してしまえばいいのに!! 貴方がダメって言うなら、私はどうすればいいの……?」

「その本音をぶつけてこい。言いたい事があるなら、存分にな。俺に言うなよ。鈴谷に言え。俺は……お前を見捨てないし、嫌いにもならねえ。ただ、壊すな。奪うな。お前がそれ以上、何かをしでかした場合は……何時かの逆になる。お前を殺してでも俺が止める。大丈夫だ。お前がああいったように、俺もお前を一人にはしない。俺も死ぬ」

「!!」

 ……一番の恐怖を言われた。死ぬ。一緒に、死ぬ。彼が、何よりも嫌う結末を、覚悟している。

 嫌だ。死ぬのは嫌だ。彼が死ぬのは嫌だ。死なないで、死なせないで。ダメ。絶対ダメ!!

「お前の勝ちは……見ての通り、決まっている。俺も言いたかないが、これ以上は泥仕合だ。見ている周囲がすり減る。お前がそこまで殺したいなら、鈴谷の恋心を……それだけにしろ。どのみち、恋愛には勝ち負けしかない。鈴谷も、敗けを認めないのは往生際が悪いことでもある。お前の言う通り、あそこまでガッツがあるとあり得る話だ。あの子には悪いが……俺は、応えられないから。正直に言っても……たぶん、未練は残ると思う。命懸けだから、な。飛鷹、恨まれると思うぞ。俺達。最悪、殺されてもおかしくはない。それだけの事をするんだ。覚悟はいいか?」

 鈴谷に、二人で止めをさす。健気な少女の心を……破壊する。

 さぞ、恨まれ憎まれ蔑まれるだろう。愛想も尽かされるに違いない。

 それでも、己には嘘はつけない。答えは出すと彼女にいった。

 ならば、傷つけようとも……ハッキリさせるのだ。現実と、彼の答えを。

「俺も背負おう。俺達の問題だ。鈴谷は、悪くない。何時までも答えを出さなかった俺のせいだ。あいつは悪くないんだ、飛鷹。お前を不安にさせるのは、全部俺が悪い。……もう、だから鈴谷に酷いことをするのは止めてくれ。一度殴りあって、思いっきりぶつかろう」

 飛鷹は鈴谷が悪いと言うが結局、飛鷹ばかりに目がいって遅くなった提督が最大の原因だ。

 早く答えを出せばいいものを、先に伸ばした事で状況は悪化した。

 失敗したのはお互い様。飛鷹は攻撃しすぎた。提督はふらふらしすぎた。

 互いに、鈴谷に……謝りたいと思う。

 これでおしまいだ。二人で思い切り喧嘩して、そして提督は謝罪と答えを告げ、終わらせる。

 飛鷹の目にハイライトが帰還する。彼女は、頷いた。

「……ごめんなさい。そうね、そうするわ。私も、あの子に酷いことをやってしまった。謝らないといけないわ。その前に……全部ぶちまけるけど」

 それしかない。不器用な三角関係は、終わらせよう。

 本当に結ばれる、ただ一つの方法。

 それは、ちゃんと答えを出すべき人に、言葉で伝えること。これしかない気がした。

 提督と飛鷹は、誓う。けじめを、つけると。

 その後、鈴谷に飛鷹から演習の申し出があったと伝えた。

 彼女は妙に張り切って、必ず勝つと意気込む。 

 それが、提督には胸が痛かった。こんな無邪気な好意を、断ることになる。

 それでも、彼が惚れたのはただ一人だけ。

 飛鷹と言う……たった一人の、女性しかいないのだから。

 運命の日が決まり、その日まで……互いに、腹を括るのだった……。



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意地の戦い 前編

 

 

 

 

 

 演習までの時間。

 飛鷹は考えていた。

 どうやって、鈴谷に諦めさせるかを。

 ここまで嫌がっていた理由を理解した。

 こと、諦めに関して二人は同族であった。

 つまりは、同族嫌悪。飛鷹は特に、同じタイプの人間を毛嫌いする。

 本気で潰すと本人には伝えた。そして、持てる全てを出して排除しようとした。

 ……本音を言えば、確実に勝てた。追い出すことだって立場を使えば出来たのだ。

 でも、それはライバルとして……卑怯なことだと思ってしなかった。

 不戦勝に近い方法で勝ってなんの意味がある。

 相手の心を砕いてこその勝利なのだ。不安は我慢できないから消そうとしたのに。

 飛鷹の思っていた以上に鈴谷は食いついて離さなかった。他の艦娘が諦めるなか、一人だけ。

 劣化と悩んでいたくせに、抗って戦い続けた。次第に飛鷹はそれを目障りに感じた。

 早く諦めろ。早く敗けを認めろ。なのに彼女は逃げやしない。

 その言動が苛立ちと憎しみを加熱させた。苛烈になる嫌がらせ。

 周囲は飛鷹を恐れている。提督のために何でもする彼女は鎮守府で一番危険な存在だと知るから。

 気がつけば、憎しみと苛立ちをぶつけて彼女をぶち壊そうとしていた。

 ……泥沼化することなど、望んでいなかったのに。ここまでしぶといと誰が思う。

 嫌いだと飛鷹は彼に言った。否、嫌いになったのだ。

 しつこい鈴谷に、嫌気を感じて……最終的にはキレて殺していたかもしれない。

 飛鷹は嫉妬している。健気な鈴谷の想いが、飛鷹を覆そうとする気がして。

 相手の気持ちは本気なのだと分かっているから、ただ攻撃を続けていた。

 鈴谷。憎い。鈴谷が、今も憎い。脅威と分かるあの娘が憎い。

 望んでなどいなかった。引き際の知らない互いが争って修羅場となっただけ。

 でも、答えは決まっている。彼は、飛鷹を見ていてくれる。その事実が全てだ。

(分からせてやる……。彼は私を見ていると、教えてやる……)

 それでも理解しないのならば物理的にするしかない。

 鈴谷には悪いが、此処から追い出そう。抵抗するなら半殺しにしてでも。

 闇色の瞳で、誓う。やり過ぎたとは言った。

 でも、気が済んだとは、一言も言ってない。

 全部ぶちまけるなら、飛鷹は狂気を押しだそう。

 謝るのは過剰なことをしたこと。彼を渡すつもりも加減もしない。

 反省はしたけれど、感情は沸騰したまま。

 飛鷹は下した。

 

 ……彼女を殺すつもりで、戦うと。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。運命の日。

 仲違いを起こしている二人の演習という名目の決闘に、鎮守府の仲間達が注目するなか。

 沖に出て準備をしていた鈴谷に、飛鷹が声をかけてきた。

 不機嫌そうに睨む鈴谷。ここ最近の過剰攻撃に警戒して、彼女はかなり飛鷹に対する怒りが溜まっていた。

「……なに?」

 刺々しい言葉に、飛鷹は何時もの余裕はない。寧ろ、何かを警戒している。

 鈴谷は、態度が違う事に気付いた。目の敵にしていたのに、今日はなにもしてこない。

 挑んできたのは向こうだ。何がしたいのか、見えない。

 すると。

「……今まで、ごめんなさい。少し、やり過ぎてしまったわ。大人げなかったと思う。一先ず、先に謝罪しておくよ」

 飛鷹はこれまでの行動を謝罪してきたのだ。意外だった。

 敵には一切の情けをかけない飛鷹が、折れて謝るとは。

 同時に引っ掛かりを覚えた。一先ず、とは?

「……何が言いたいの?」

「今度こそ、鈴谷の全部を、終わりにしてあげるわ。もう、いい加減不満を溜めるのはこりごり。……いいわ。本気で戦って、勝てば文句はないわね。彼にちょっかいを出す真似、止めてちょうだい。これっきりよ。この勝負が終わったら、私も一切なにもしない。提督の前で誓ったっていい。泥仕合は終わりにするわ。迷惑ばかりかけるのも申し訳ないし。私が嫌いでしょ、鈴谷? 言いたいことがあるから、言いなさいよ。私は全部ぶちまけるつもり。っていうか、今もうそうしてる。しつこいのよ、何時までも。勝ち目はないのがまだ分からないの?」

 ムカッと瞬間的に鈴谷は熱くなった。飛鷹は初手から闇色だった。

 本音なのだろう。言いたいことを隠しもせずにいきなりぶつけてきた。

 上等。いっていいなら、言い返してやる。

「なにさ、偉そうに。姑息な真似して、他の人を封殺した人に言われる理由なんてないよ、卑怯者!」

「……わざわざ合法で追い払ったのに、文句を言うわけね。負け続けているお子さまが、何を吠えるかと思えば、負け惜しみ? 見苦しい。聞き苦しいのも、含めて……可哀想な子。本気出すって言うのはこう言うことよ。正々堂々だなんて誰が言ったかしら。全部踏み潰すとしか、言った覚えはないけど?」

 飛鷹は鈴谷に哀れみの目線で見つめる。腹立たしい。なんで、なんでこんな人が彼の隣に!!

 鈴谷は、だが理解もしていた。……手加減されていることも。勝ち目もないことも。

 負け惜しみ、負け犬の遠吠えだという己の行動にも。彼の心の動きも。

 全部……分かっているのに。諦めが、つかない。諦めたくない。

 戦える限りはあがき続ける。周囲が言おうが、現実は無情だろうが。

 鈴谷が引けば、丸くおさまるのに。彼女は、まだ往生際が悪いのだ。

「……嫌だよ。絶対に鈴谷は引かないもん。諦める気ない!」

「迷惑な片想いね。あそこまでされて尚抵抗する気概はいいけど、私達の争いが皆の調和を乱しているの。……この勝負で、白黒つけない? 私も、これ以上の泥沼化はごめんなの。ここまで来たら、私達の問題じゃすまなくなる。スッパリ諦めなさい。長引かせるな。これが提督の決定よ。従えないなら、然るべき処置も検討するって。……どうする?」

 何時までも長引かせるとよくない。故に決戦。

 鈴谷には、これぐらいの事をしないと引き下がれない。

 鈴谷は鼻を鳴らして吠える。

「いいよ、鈴谷はそれで。じゃあ、そっちも負けたら諦めるんでしょ? じゃないと、公平じゃないよね」

「無論、そのつもり。どんなに心残りがあろうと、私は自分を殺せるもの。鈴谷とは違って」

「いちいち挑発してくるのはなに? 鈴谷をバカにしてるの?」

「これが私の本性なだけ。言ったわ、言いたいことは全部ぶつけるってね」

 嫉妬深い、独占欲の塊。それが飛鷹の根っこだ。

 鈴谷のほうが彼女を嘲笑う。

「ふぅん。じゃあ言わせてもらうけど、独占欲のキツい女は嫌われるよ」

「……ええ。その通りね。自分でも嫌になるくらい、私は独占欲の強い女。よく、嫌われないものよね」

 飛鷹は己の罵倒を否定しない。鈴谷は思い付く罵倒を片っ端から飛鷹に不満と嘲りを混ぜて吐きまくる。

 その悉くを、飛鷹は否定しないで、肯定し続ける。

「……鈴谷、飛鷹さんが嫌い。追い詰めてばっかりするし」

「でしょうね。私も鈴谷のしぶとい所が大嫌いよ。憎しみすら抱くほどに」

 互いに嫌いと、ハッキリ言った。にらみあって、飛鷹は背を向けた。

「でも、それもここまでね。女同士の痴情なんて、いつまでも続けて良いものでもない。これで、全部おしまい。ライバルなんて、もうたくさんよ。スッキリさせて欲しいの、鈴谷。私、あなたにこんな感情持つのは嫌になったわ。早く解決して、元通りになりましょう。……一人の男を巡って修羅場なんて、ドラマや漫画だけで十分。私は引き摺らないようにしてみるわ。鈴谷。あなたのしつこさは嫌いだけど……やっぱり、同時に怖いんだと思うわ。ひたむきな気持ちが私にはプレッシャーになる。不安を加速させる。正直、甘く見ていたと思う。これ以上、私が我慢できずに仲間に手を出せば……殺しあうこともあり得ると思う。何回鈴谷を始末しようと思ったか覚えてないの。ごめんなさい、色々……本当に」

 ……言いながら分かる。鈴谷が、怖い。

 苛立ち、憎しみの裏にあるのは常に不安と恐怖だった。

 いつか負ける。いつか抜かれる。

 リアリティのある感覚に飛鷹は鈴谷に対して殺意を抱いたこともあった。

「……」

 鈴谷は黙って聞いている。

 飛鷹はもう、疲れた。神経を使って皆を追い立てること。

 不安と戦いながら、仲間に狂喜を向けそうになること。

 全部、疲れた。スッキリしたい。だから、これで全部最後。

 言いたいことは全部飛鷹は言った。嫌い、憎い、目障り耳障りと罵り尽くした。

 そして、最後に謝った。溜まっていたものを全て吐き出した。

 己の中の腐った感情を本人に打ち明けた。

「……時間ね。そろそろ、戻るわ。また、後でね」

 頃合いだった。飛鷹は不満そうな表情を浮かべる鈴谷に背を向ける。

 その背中に鈴谷の不満が刺さる。

「……ふぅん。一方的に言いたいこと言って、切り上げるんだ。逃げるんだ」

「鈴谷は演習の間に言えばいいわ。私はもう、何も言うことはないし。当然、あるんでしょ?」

「まあ、あるけど……。飛鷹さんは、ズルいよね。いろんな意味で……ほんとズルい」

 深いため息をついて、鈴谷は一度言葉を切る。

 言いたいことは山ほどあるが、今は時間がない。

 後は仕返しにぶっ飛ばしてやる。多分、過去で一番キツい演習になるだろう。

 飛鷹は本気を出してなかったのを、今回は互いに背水の陣。失うものが大きい。

 故に全力で挑みに来るハズだ。鈴谷も抜かりなく準備をしておく。

「はぁ。何て言うか、悪者は私よね……。っていうか、私が大抵悪いの。鈴谷は悪くないわ。全部、この不協和音は私のせい。あなたは気にせず、お礼参りに来てちょうだい。じゃないと、こっちが呆気なく勝つわよ」

 立ち止まって空を見上げる飛鷹は言った。後悔と、懺悔と……色々混じっている。

 空はあんなに青いのに。何でこんなことになったのやら。

「鈴谷、負けないよ。絶対勝つから」

 背後で敵意に似た、鋭い気配。

 飛鷹は言いたいことは最早ない。

 だからか、冷静に頭がクリアになっている。

 余裕も、取り戻していた。今なら、もう大丈夫。

「……頑張ってね。今まで邪魔しちゃったぶん、償いって訳じゃないけど……誠意をもって、お相手するわ」

 苛立ちも、憎しみも、吐き出してしまえば何も残らなかった。あるのは鈴谷への罪悪感と、後悔。

 そして、彼のために勝つと言う決意のみ。

「ちゃんと戦うわ。今までみたいに手を抜かずに。鈴谷、殺す気で来てね。私も殺すぐらいの気合いでいくわよ」

「……上等。飛鷹さん、後で絶対泣かせてやるんだから!」

 鈴谷は、準備を終えた。気合いは負けない。

 飛鷹は言いたいことを言ったおかげか、穏やかな顔になっている。

 本音を言うと、先に言われたほうが気が楽だった。口論になれば一方的に負けてしまう。

 だが、今は鈴谷ターンだ。鈴谷が飛鷹にお返しをする番だ。

 大丈夫。伊達に負け続けた訳じゃない。ある程度は対策を練った。

 飛鷹も、戻る際に艤装を確認しておいた。

(あれ……? あの娘の艤装……あんな形だったっけ……?)

 飛鷹は僅かに疑問を残しながら戻っていく。

 彼女の答えは……演習の始まるブザーと共に、明かされた……。



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意地の戦い 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――演習開始のブザーは鳴った。

 皆が固唾を飲んで見守るなか。

 飛鷹は彼女のやり方を思い出していた。

 基本的に、攻めてこない。後手で対応するやり方が多い。

 でも、今回もそうとも限らない。

(先ずは様子見……いや、私から攻めてみる?)

 それではいつも通りの戦法になる。

 搦め手は必ずあるだろう。警戒に越したことはない。

 取り敢えず移動しつつ偵察機を発艦。相手の様子を見る。

 が……。

(ん、あれ……? 艦載機の数がもっと少ない?)

 気がついた。鈴谷の放つ艦載機の数がいつもよりも更に少ない。

 もともと空母としては極端に少なかったが……今回はそれ以下。 

 何やら見慣れぬ艦載機を放っているが……。

 と、思ったら。

 鈴谷は飛鷹を発見して、直ぐ様突撃してきた。

 なんと、自ら攻撃に出たのである。

(やっぱり攻めてきた! だったら艦載機で迎撃を!)

 鈴谷に対して飛鷹は艦載機を発艦。迎撃に向かわせる。

 あんな少ない数、飛鷹にかかれば一網打尽にできる。

 目を閉じて意識を集中しながら、航空戦に神経を使う。

 60を越える艦載機の一斉攻撃。鈴谷も対策はしているだろうが、制空権は飛鷹のもの。

 空で鈴谷には勝ち目はない。スピードをあげて距離を開ける。

 飛鷹の脳裏に写る鈴谷。艦載機を見上げて……笑っている?

 引っ掛かったな、という表情だった。途端。

 

 激しい衝撃が飛鷹の足元を襲った。

 

「きゃあっ!?」

 

 バランスを崩して転倒。

 意識が艦載機から離れて途切れる。

 何事かと起き上がって移動し、周囲を見回す。

 右足が損傷。艤装の一部が壊れて速力が低下している。

(なに……? なにが起きたの、今?)

 煙をあげて、痛む右足。堪えながら確認。

 数秒で理解した。……先読みされた雷撃だ。

 移動していた方向に予め、予測して発射しておいた魚雷に自ら突っ込んだようだ。

 何故、と思う前に態勢を立て直す。

 その間に、接続の切れた艦載機が撃墜されていると気付き再び接続。

 鈴谷は距離を詰めている。かなりの数が撃ち落とされている。

(やってくれるわね……!! 不意討ちってことか!)

 飛鷹は分かった。今の鈴谷は、空母ではない。航巡だ。

 ずっと空母として戦ってきてきた飛鷹に対する思い込みを利用した不意討ち。

 しかも、飛鷹は何も知らされていない。提督も何も言っていなかった。

 と言うことは、勝手に改装して元に戻っていたと言うことか。

 資材の悪用と無許可の改装と見ていい。飛鷹は舌打ちする。

 完全にしてやられた。

 飛鷹の苦戦する様子に、提督は驚いた。

 彼は飛鷹の考えとは違い、ちゃんと改装したことを知っている。

 無許可だと飛鷹は思っているが、提督が飛鷹に言っていないだけ。

 改装したその日の午後、急な出張に駆り出され、彼は飛鷹に伝えていなかった。

 飛鷹はその時出撃していて事を知らない。 

 戻ってきた提督は彼女が知っていると思い込んで言わなかった。間が悪かった。

 鈴谷はその事を知って、知られないようにしつつ、不意討ちしてやろうと準備していた。

 彼女は、空母のまま戦うと思い込んでいた。だが違った。

 鈴谷は対策として、空母ではなく航巡として戦うつもりだったのだ。

 艦載機はあくまで、囮。本命は経験から予測して準備していた魚雷の方だった。

「いっつぅ……」

 痛みで集中が途切れやすくかっている。

 雑な動きは、空母のときと違って格段に動く鈴谷の良い的だった。

 しかも、砲撃に加えて飛鷹の猛攻を掻い潜り頭上に到達。爆撃してくる。

(あれ、瑞雲だったのね!)

 航巡よく使う艦載機、瑞雲。爆撃も可能な器用な艦載機の一つ。

 飛鷹は無理矢理艦載機を割り込ませて、爆撃を凌ぐ。機動力の低下のせいで、回避運動が鈍い。

 爆風が吹き荒れる。飛鷹の艦載機が、鈴谷をかするも、回避される。うってかわって、よく動く。

 足が速い。雷撃、砲撃、爆撃の波状攻撃。過去に飛鷹が勝ちを奪ったのは空母としてだ。

 航巡としてなら、別のやり方をするだけだが……鈴谷は必要な艦載機を率先して撃ち落としていた。

 自分が負けた原因は念入りに排除するつもりと見る。

 飛鷹も負けじと反撃に出る。痛みで雑念がこもりやすいのを、強引に進めた。

「うわぁっ!?」

 鈴谷も驚く。撃墜寸前の艦載機が突然、鈴谷目掛けて突撃してくるのだ。

 質量爆弾のごとく、上から特攻紛いの事をしてきた。しかも範囲が広い。

 空母の命である艦載機を突撃させて、自爆させる。

「きゃー!?」

 撃ち落とすも次から次へと、無事な艦載機まで使い捨てるように、片っ端からぶつけてきた。

 うち漏らし、直撃コースを飛行甲板をシールドの代わりにして、何とか防ぐ。

 爆発。鈴谷反射的に雷撃をかまして、魚雷をすべてうち尽くす。何とか誤爆は防げた。

 扇状に広がる雷撃。その方向は、のろのろと動く飛鷹の移動方向に重なった。

「ヤバ……!」

 飛鷹は意識が艦載機に行くと砲撃の回避がおざなりになる踏んで、艦載機を全部使い捨てた。

 大胆な方法であろう。下手すれば悪手。それでも、砲撃能力のない空母には砲撃、雷撃は十分脅威だ。

 どうせ半分ほど叩き落とされている。ならばいっそ、被弾を下げた方がいい。

 只でさえ足をやられている。元より足の遅い飛鷹には致命傷。

 やったことのない自爆だったが、ある程度は届いたと感じて、意識を戻すとまたも雷撃。

 ギリギリの所を通りすぎていった。ほっと安心するも、然し。

「いっけー!」

 目視の距離に迫っていた鈴谷の雄叫び。

 砲がこちらに向いている。全身至るところから煙をあげて、服が所々破けて裂傷が見える。

 かなりのダメージを受けて、彼女も瑞雲を操作できなくなっていた。魚雷も尽きた。

 然し、依然として生きている主砲がある。

 火を噴く重巡の主砲。直撃すれば飛鷹の装甲など簡単に貫くだろう。

 だが、彼女は艦載機がなくとも、自衛は出来る。

「ふんっ!!」

 非常時のお札だ。全面に展開して、砲撃を防ぐ。

 空中に浮遊し防壁となり、彼女を守る。

(あれが加賀さんとかが言っていた、例のお札。と言うことは、空からの攻撃はもうない。下からもない。純粋な殴りあいになる。鈴谷は主砲がまだ生きてる。副砲も持ってきた。まだ、戦える!)

 油断はしない。予備の弾薬もある。痛みで悲鳴をあげる身体。飛鷹は小破、鈴谷は中破。

 然し攻撃手段を失い、機動力の低下した飛鷹には致命傷。

「やってくれるわね、鈴谷……。まさか、無断改装するとは思ってなかったわ……」

 風にのって、そんな飛鷹の声が聞こえる。静かに、怒り狂っていた。

「む、無断改装なんてしないよ!! ちゃんと許可貰った! 何でそうやってすぐ思い込むかな!!」

 心外な言い分に激怒して、鈴谷は無線を開いて怒鳴り返す。

 なにもしていないのに、勝手にキレた。鈴谷はたまらず見ている提督に確認。

 彼も飛鷹が勘違いしていると知って、彼女に聞く。すると、彼女は知らないと彼に怒る。

 謝る提督に、飛鷹は彼に文句を言う。最後に、彼に小言を言って無線を切った。

 見ていて分かる、繋がりの強さ。飛鷹はため息をついて、鈴谷に謝罪。

 その様子を見て、鈴谷は呟いた。

「……羨ましいよ。提督と一緒にいる時間が長い飛鷹さんは」

「……えっ?」

 飛鷹が反応する。

 飛鷹が鈴谷に抱く感情が嫉妬のよるなら、鈴谷が抱く感情は劣等感による羨望だ。

 飛鷹には絶対に分からない感情を鈴谷はずっと感じていた。

「そうだよね。命かけたって、時間の流れには決して勝てない。思い出をたくさん持っている飛鷹さんには、鈴谷じゃ……敵わないことぐらい、知ってたよ。だって、鈴谷は……まだ、その半分の時間もいってない。知っていることも、頼られるだけの信頼も、飛鷹さんが全部先。何年も支え続けていた人には鈴谷の気持ちなんてわかんないよね」

 言わせてもらおうか。言いたい放題言ってくれたのだ。

 鈴谷だって、思っていたことをぶちまけるくらいは、許されるはず。

 一度口を開けば、止まらない。

「どんな努力したって、自分よりも優れた人が目の前にいるんだもん。いっぱい頑張ったって、既にそこを通っている人がいて、実際に頼られているのがわかっちゃう。……ねえ、飛鷹さんに分かる? 鈴谷が抱えてる悩みが、ひとつでも」

「……」

 飛鷹はこちらを見ている。

 鈴谷は、一度主砲を下げて、代わりに言葉を投げる。

 ずっと飛鷹に対して感じていた事だった。

「わかんないよ。だって、飛鷹さんにはもう、あるものだから。経験、思い出、秘密。二人で重ねてきた、時間の流れが形になって、ちゃんとある。鈴谷にはそれがない! 飛鷹さんには、提督をずっと支えてきたって言う、自負がある! 鈴谷には何にもない!! 鈴谷は提督と出会ってまだ一年も経過してないひよっこだから……。何をしても飛鷹さんの二番煎じ!! 空母として勝てないから航巡に戻った! 同じ土俵じゃ勝つ自信なんて鈴谷にはないから!! 不意討ちしたのは、そうでもしないと勝ち目が無さすぎるもの! 艦娘としても、女としても!! 鈴谷はずっと前にはいけなかった!! 前には常に飛鷹さんがいた!! 分かってるよ、提督が今、誰を見ているかぐらい!! 鈴谷に向ける笑顔と、飛鷹さんに対する笑顔の種類が違うってことも!! 全部知ってる!! 言われなくても、自分で理解してる! だけど、それで諦めつくなら鈴谷だって苦労しないよ! 仕方ないじゃん、好きになったのがあの人だったんだから!! 一生懸命やっても、ダメだって分かってても……すんなり、受け入れられる程鈴谷は強くない!! みっともなくたって、見苦しいって言われたって、自分自身が納得できないなら、進むしかない!! 負けないって誤魔化しながら、進んで行くしかないじゃん!!」

 劣等感による、一種の意地だった。

 負けていると最初から自覚していた。

 勝てないと言うことも分かっていた。

 やっぱり現実は勝てなかった。でも、自分が納得できずに足掻いた。

 意地になって、負けを認めたくなくて。何をされても言われても、諦めはつかなかった。

 最後には認めたくないという鈴谷のワガママ。頭じゃ理解しているのに感情が否定し続けた。 

 結果として飛鷹もヒートアップして、周囲に迷惑をかけて、こんな大事にしてしまった。

 言葉にすれば、みっともないのは鈴谷だった。

 限界かもしれない。どのみち、そういう約束で演習をしているのだ。

 鈴谷は、無線を入れて切り出した。

「ねえ、提督。聞こえるよね? この際、ハッキリ言って。そうしないと、鈴谷何時までも踏ん切りつかない。ここで、今すぐ、教えて……」

 最後には、大粒の涙を流して鈴谷は俯いた。

 彼に言われないと、きっと鈴谷は苦しみ続ける。

 答えを先伸ばしにしてきた、彼の失態。宙ぶらりんにされて、鈴谷はずっと辛かった。

 飛鷹がなにかをいう前に、通信が入る。提督からだった。

『……鈴谷』

 彼は、大きく息を吐き出す。

 彼女にこれ以上、何も言わないわけにはいかない。

 ずっと頑張ってきた、鈴谷に対する返答を、出さなければいけないのだ。

 例えそれが、辛い事を告げる残酷な言葉だったとしても。

 告げるときが来た。情けない男が漸く出せた答えを。

 

『……ごめんな。鈴谷の気持ちには、応えられない。俺は、好きな人がいる。だから、ごめんなさい』

 

 ……やっぱり、か。鈴谷の中にスッと、彼のお断りの言葉が入ってくる。

 予想はしていた。そうだろうと、誰もが思っていた。

 鈴谷は、涙をぬぐった。本人から、やっと返事が聞けた。

 本人から言われて、鈴谷は……一先ず、自分を納得することが出来た。

 フラれた。長い間放置されていたが、今ごろになってフラれた。

 でもその事実が、彼女が受け入れるべき、現実。

 散々足掻いていたくせに、飛鷹の行動にもめげなかった彼女は、軈て。

 これだけは、言いたかった。

「提督。答え出すの、遅すぎ。おかげで鈴谷、すっごいキツかったんだよ。ダメならはやくいってよ。いってくれた方が、楽だった!」

 文句を言って、顔をあげた。涙で腫れた目で、飛鷹を見る。

 大きく息を吸って、吐き出して、言った。

「……もう、終わりにしよっか。提督にフラれた手前、続ける理由もないし。鈴谷の敗けにして、この件はお仕舞い」

 呆気なく、終了を申し出た。飛鷹は、痛む足を引きずって頷く。

 演習終了。飛鷹の勝利。二人は鎮守府へと帰還する。

 互いに助け合いながら。

 無線を切って、飛鷹は肩を貸す鈴谷に小声で言った。

「ごめんなさい。酷いことをして」

「いいよ。大体の原因は提督だから。後で腹パンしてやるって決めた」

「じゃあ、私も腹パンね。後で頂戴」

「いやいや、提督だけでいいから」

 飛鷹が謝りながら、思う。申し訳ないことをした。

 飛鷹の暴走と提督の先伸ばしが、鈴谷を深く傷つけた。

 こんなことは、もうしないと誓おう。幾らなんでも、酷すぎる。

 飛鷹は何かできることをすると、心に刻みながら帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。鎮守府に戻った二人。

 鈴谷に、改めて提督は顔を合わせて言った。

「ごめん、鈴谷。ここまで伸ばしてきて。本当に、ごめん」

 頭を深々と下げて、謝罪した。鈴谷は、怖い表情で彼に告げる。

「後でもっかい空母にして。あと、好きなもの奢って。それでチャラ。鈴谷も、引き摺らないよう努力する」

 とだけ、言ってドックに入っていった。飛鷹も続き、傷を癒す。

 彼女は頭から高速修復材を被ってさっさと上がって、姿を消した。

 一人になりたいのだろう。飛鷹は声をかけずに、お湯に浸かった。

 これで、一応……解決だと思っていた。後は、自分に出来ることをしよう。

 このときはまだ、そんなことを考える余裕はあった。

 まだ、この時は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……はぁ。やっぱり、ダメだったか……。悔しいなぁ……。……誰も居ないし、泣いても、良いよね……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐすっ……。うぅ……うぁあああああああーーーーーーーーーっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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夢の始め

前書きで、今後の予定及びお知らせです。
そろそろ飛鷹ルートも終了間際です。
飛鷹は他ルートでも出ますが、飛鷹ルートと違って恐らくラスボス化しないと思われます。
覚醒状態に至らず、相棒として我慢する状態になるのでキャラがかなり違うことが予想されますので、事前にお知らせしておきます。
予定ではご希望のあった鈴谷、朝潮、加賀。もしかしたら翔鶴も入るかもしれません。
次は誰になるかも分かりませんし、不定期になりつつあるので確定ではありませんが、今後も精進していきます。


 

 

 

 

 

 ……この鎮守府で演習を行い、三角関係を解消する間に、世間でも大きな動きがあった。

 先の中枢海域における、敵の拠点が数日にも及ぶ激戦ののち、壊滅。

 甚大な被害をもたらしたものの、敵の戦力は大きく削がれたらしい。

 実際、中枢海域を制圧してから、世界的に戦況は人類に傾きつつあるという。

 流石稀に見る巨大拠点。

 昼夜を問わない戦いを経て、この国の勝利は大きく前進したのだった。

 ……まあ、これは、彼らにはあまり関係はなかったのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演習を終えてからしばらくのあいだ、鈴谷には休暇が与えられた。

 少し時間が欲しいという彼女の申し出と、彼の判断で穴埋めは飛鷹が行っていた。

 毒気が抜けて、元通りの飛鷹は皆に謝罪しながら仕事を続けた。

 彼の鈴谷に対する返答は皆にも影響を及ぼした。

 明確に、好きな人がいると彼自身が断言したのだ。

 それは、これからのやり方にも影響する。残った13の指輪。

 彼は、周囲をよく見た。何度も部下たちに聞いて確認した。

 残ったこの力を、託してもいいかと。気持ちには、応えられないけれど。

 部下たちは呆れたり渋い顔だったが、受けとる意思を見せてくれた。

 彼の意志がハッキリしたことで、大概の問題はストレートに解決に向かっている。

 提督は、鈴谷が復帰次第、やろうとおもっていた事があった。

 今は言えない。けれど、解決したら……進もうと思う。

 信頼できる部下がいるのが嬉しい。けれど、彼は一人しか幸福にできない。

 身内で知る、提督であり続ける難しさ。戦時に愛する人を持つ危うさ。

 それらと己の器量、実力。全てを鑑みて、冷静に判断した結果だった。

 未来の決め方。父にも相談した。

 すると、自分の二の舞にならない選択をした息子を父は褒めた。

 手を貸してやるから、その気になったら何時でも連れてこいと祝福してくれた。

 ……彼にはやりたいことがある。そして、それは……夢という形になっていた。

 叶えるためには、確実に進みたい。器用で優秀ではない、凡人で凡才の彼に出来る方法で。

(さて……やってみますかね。鈴谷をフッたなら、ちゃんと想いを伝えなきゃな!)

 好きな人と、どうしたいのか。自分の望みがはもう、決めている。

 だから、歩み出す。彼の選択した、未来のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間ほどの休みを経て、鈴谷は復帰した。

 目は腫れていたが、スッキリとした表情で執務室に顔を出して、彼にいった。

「ご迷惑おかけしました。空母鈴谷、本日より復帰いたします!」

「……おう」

 敬礼して、鈴谷に答える提督。ぎこちない空気は、鈴谷が嫌がった。

「提督。鈴谷は、失恋しちゃったけど、気遣いはしないでね。それよりも、好きな人と思いっきり幸せになって。鈴谷はそれが望みかな。提督が笑顔でいられるのが、一番」

 苦いけれど、笑って鈴谷は彼にそう言った。

 彼女は提督の幸せを願ってくれた。こんな情けない男を、辛かっただろうに、祝福してくれる。

 反射的に謝ろうとした。だが、止めた。彼女が望むのは謝罪じゃない。

「……ありがとう。幸せになるよ」

 送り出してくれたことへのお礼。

 気丈に振る舞う彼女とも、今まで通りに接する。

 但し、あくまで部下と上司。あるいは、友人同士として。

 彼が用事で少し席を外しているうちに、飛鷹が戻ってきた。

 鈴谷の顔を見ると、ばつが悪そうに表情を曇らせるが、鈴谷が切り出した。

「そんな顔しないでよ。折角飛鷹さんを提督が好きだって言ったも同然なのに。鈴谷は、大丈夫だよ。思いっきり泣いたら、未練も一緒に流れちゃった。胸を張ってよ、飛鷹さん。同情しないで」

「……。そうね。鈴谷に、失礼だもんね」

 鈴谷に言われたら、引き摺れない。彼女の方が辛いのだ。

 辛くしたのは飛鷹だが、同時に必死になっていたのも事実。

 他に方法は無かったかと言われたら分からない。

 ……恋愛は生存競争。生き残るために手段を選ばない。

 鈴谷は敗者。飛鷹は勝者。勝ち負けの世界で同情は失礼だろう。

「……さーて。これで重荷も取れたし。鈴谷は今日からまた、頑張ろうかな」

 彼女は明るく振る舞って、立ち去ろうとする。鈴谷の話は終わった。

 飛鷹は……まだ、終わっていなかった。

 その背中に、声をかける。

「鈴谷。……少し、真面目な話があるの。相談、かな……。聞いてもらえる? あなたにしか言えないことなの」

 何故か、神妙な顔つきで、飛鷹が鈴谷に言い出した。

 怪訝そうに振り返る鈴谷に、念のため施錠して……飛鷹は語りだした。

 彼女と争った鈴谷にのみ、彼女は本音を言った。心のそこから怖いと思った、この少女に。

 悩みを、打ち明けた。同じ人を好きになったからだろうか。

「……ん。いいよ」

 勝者が敗者に相談とは。なんて、思わない。

 飛鷹は妙に彼に依存している。また何か、不安にでもなったのだろう。

 鈴谷は、真剣な表情で、頷いた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

「……資材を?」

「ああ。消耗したらしくてな。うちから少し見繕ってくれないかって」

 翌日。復帰早々、哨戒任務を終えて、次の日には秘書として仕事をしている鈴谷。

 提督は書類を見ながら、彼女に言う。

 例の大決戦のおかげで、前線の備蓄が減りすぎた。

 なので、中規模のこの鎮守府や暇な鎮守府から適当に分けてもらえないかという相談だった。

 お礼として、前線で余剰に出た性能のよい装備を送る。条件は悪くなかった。

「内容は?」

「結構贅沢だぜ? 前線の主力艤装だからな。まず、うちみたいな鎮守府には配備されないようなのが多いな」

 かなり性能のよい艤装が一式。特に空母や戦艦などで使う艦載機や主砲のリストを見せた。

「ふ、太っ腹……。烈風こんなにくれるの?」

「使ってた空母が沈んだらしい。肥やしにするなら有効活用してくれってさ」

 接戦だったと聞いている。沢山、艦娘は殉職したのだろう。

 使い手のいない装備ほど悲しいものはない。鈴谷は、いいんじゃないかと彼にいう。

「居なくなった人から、受け継げるものがあるなら、貰っておくべきだよ。……言い方は悪いけど、供養の意味も込めて……ね」

「そうだな……。じゃあ、了承しておく。あとで、資材を纏めて向こうに陸路で送る手配しておいてくれ」

「うん、やっとく」

 鈴谷のアドバイスを受けて、了承。

 彼は書類にペンを走らせる。鈴谷も手配するため、資材をまとめる待機をしている艦娘に内線で連絡。

 しばし、無言で仕事をする。すると、鈴谷が突然口を開いた。

「ねえ、提督。提督って……夢は、ある?」

 彼女の問いは真剣そのもので、冗談を許さない雰囲気だった。

 突然の質問に、彼は顔をあげて、一度ペンを止める。

「夢?」

「そう。夢」

 鈴谷は、真っ直ぐに彼を見て聞いてくる。

 意図は読めないが、彼は素直に答えた。

「あるよ。まあ、正確にいうと俺の夢じゃないけど。俺はあくまで、その人の夢に便乗するだけ。でも、夢を叶える手伝いをするって約束しているから、俺にとってはその人の夢を叶えるのが夢、だと思う」

 そう。飛鷹が語った、客船での海外旅行。提督は共にいくと約束した。

 一度は諦め、破れそうになった。でも、今は違う。叶えたいと思うから、方法を模索している。

「そう……。それでも、いいと鈴谷は思うな。堂々と人に言えるなら、立派な夢だよ」

 鈴谷は納得しているのかしないのか、それだけ聞いて仕事に戻る。

「……突然どうしたんだ?」

「いやぁ、ちょっとね。鈴谷には夢ってのはないからさ。目標はあったけど、夢とは言い切れないもんだし。それこそ、何年も努力するようなものはないんだなーって」

 しみじみと言う鈴谷。

 夢がない、か。嘗ての彼のように、鈴谷にも夢はない。

 それは、生きているうちに自分で決めるもの。便乗でもなんでも、見つかるだけ御の字だ。

「……夢の達成って難しいもんだぜ。今の世界じゃ、到底叶わないからなぁ」

「でも、提督は目指すんでしょう? 絶対に叶えるために」

「まーな。叶えるための方法は、結構大変だけどさ」  

 飛鷹の夢は、少なくてもある程度海が平和で、彼女が艦娘を止めていないといけない。

 前提が非常にハードルが高い。それでも、彼は目指すのだが。

 あとは、その決意と、告白を彼女にして……後始末と方法を共に考えるのみだったが。

「大変だろうね。失うものが重たいように聞こえるよ?」

「……ああ、重たいな。すげえ重たい」

 飛鷹の夢を叶えることは、今の場所から退く事を意味する。

 鈴谷にも、どうやら伝わったようだった。彼は天井を見上げて考える。

 ……提督をやめる、か。何度か考えていたが、あれは逃げるための方法だった。

 同じ行為でも、今は違う。今は……彼女だけを守り、彼女の夢をともに行くための最低条件。

 あとのことは考えている。辞職したあとは、地元に一度帰ろうと思う。

 母の兄達の墓参りと挨拶をして、退職金を元手に就職しようと漠然と考えていた。

 いきなり行こうとは思わない。先ずは安定した生活が先。

 まだ情勢は不安定だし、彼女もどうにかして支えていかないと。

 結婚は……視野に入れているが後回しだ。ロマンよりも先にまず基盤を整える。

 って言うか、多分飛鷹はお付き合いしてくれるだろう。何となくだが、分かる。

 まだ告白すらしていないが、先走りすぎているだろうか。結婚まではちょっと自信はないが……。

 その頃。飛鷹も飛鷹で何かの雑誌を自室で読み漁っていた。彼女は多少夢に向かって前進した。

 夢中になって、何やらお金の計算やらして、一人で笑っているのだが……気味が悪い。

「鈴谷は、応援するね。さっきの話じゃないけど、受け継ぐなら喜んで継ぐ」

「お、おう……?」

 夢を応援してくれるのは嬉しい。だが、思いを継ぐと言うのは話が見えない。

 提督は気付かない。鈴谷もまた、その夢に一枚、噛んでいることを。

 二人の夢を、鈴谷は見送るつもりだった。だって、それが彼らが笑えるのだとすれば。

 少しは、この心を慰める材料にもなろう。自分では叶えることができなかった事が、飛鷹ならばできる。

 思いを継ぐぐらいは鈴谷にだって、出来るのだ。彼女は、彼が笑顔になれればそれでいい。

 夢を叶え、それで幸せになれるとするなら。鈴谷も、手伝おう。

 飛鷹に教えてもらった、長年の夢に少しでも力添えできるように。

(海外旅行……か。飛鷹さんもビッグな夢持ってたんだなぁ。鈴谷も、傷心旅行しよっかなー……。誰誘おうかな)

 鎮守府には失恋した乙女が沢山いる。誘えば、少しぐらいはついてきてくれそう。

 国内の列車旅行とかバス旅行とかは面白そうだ。あとで、提督に相談しておこう。

 そんな呑気な事を考えられる程には、鈴谷は立ち直っているのだった……。



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繋がった想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔の情勢からすれば、彼女の夢など実にありふれていた夢だった。

 然し深海棲艦の登場によって、全てが瓦解した。

 否。艦娘と言う存在自体が、夢を語るなどと言う事は稀である。

 何故なら艦娘と言うのは、得てして現在を優先する傾向があった。

 戦いの最中に贅沢など言えない。叶うわけがない。

 胸に抱くは誇りや矜持、あるいは義務。

 何れも過去や現在であって、未来ではない。

 彼女たちが夢を見るなどと言うのが異質なのだ。

 故に飛鷹は、夢を語りたがらない。

 艦娘の癖に生意気だ。夢を見るより、現実を見ろ。

 そう、言われるのが関の山。

(良いじゃない。夢を見たって……何がいけないの……?)

 それは使命じゃない。

 それは宿命ではない。

 余計なもの。いらないもの。

 だって……それは。

 未練、だから。

 客船の頃の半端な感情によって生み出されたただの未練。

 叶うわけがない。贅沢な思い。笑われる。

 分かっていた。なのに……。

(あの人は自分に夢がないから、私の夢に便乗した。叶えるために一緒に色々やってくれた。笑わずに応援してくれた。……思えば、それが好きになったキッカケかも……)

 飛鷹がホレた理由は夢の共有だったかもしれない。

 誰にも言えない秘密を知る彼が否定せずに応援してくれるから。

 思い起こせば、意識していたのはその頃だった。

 簡単な夢。でも、沢山の現在を失う。

 ……覚悟はあるとも。努力をして来た今ならば。

 使命を捨て、幻想を求めると言う愚行をする。

 艦娘としてはナンセンスそのものだ。笑いたければ笑うがいい。

 愚かと謗るのならば好きなだけ謗れ。

(バカでいいわ。狂っていてもいい。私は彼と共に夢を叶える。その為に過去の私を捨てろと言うのならば、捨てる)

 ああ、そうだとも。

 飛鷹は元から狂った艦娘だ。

 存在理由を否定して夢に狂い、恋に狂い、男に狂い、そして酔狂に未来に狂う。

 ならば、狂ったままひた走るのもまた一興。

(私は、『艦娘』飛鷹として人生を終わる気はない。『出雲丸』として……彼と共に、長い時を生きるって決めているもの!)

 最早狂いすぎて直らないのであれば!!

 

 不必要なものなど、捨ててしまえばいい!!

 

 使命? 艦娘の名前? 栄誉?

 

 下らない、下らない、下らないっ!!

 

 全部糧にして捨て去ってやる!

 

 既に心は決まっている!

 

 艦娘の人生に悔いはない。夢といぎ、ならば飛鷹は夢を選ぶ!

 

 自分を縛る使命など、そんなものはいらない!

 

 決意は何よりも固い。

 夢をみる猛禽類は、先を見ているのだ。

 何よりも優先したいことを、一緒に叶えたい人と共に、生きたいし、行きたい!

 艦娘として叶えられないなら。その事を応援してくれる人が、もう一人増えた。

 飛鷹は彼女に全てを託そう。これまでの全てを、惜しみ無く。

 滑稽そのものだろうとも。進むべきは目指す場所。

(さて、私もそろそろ本腰入れるかなぁ。私の人生、まだまだ先が長いことだし)

 先ずは……彼と結ばれようか。スタートラインはそこからだ。

 勝利した証をかっさらう為に、鷹は羽ばたき出発した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、彼はというと。

 余った指輪を、部下に託していた。

 これからも己が目指すものと共に強くあってほしいという、当初の願いを込めて。

 信じているみなに、支えてもらったみなに、想いを告げて手渡した。

 戦艦は長門や金剛、榛名に。

 二人にはごめんなさいと言うが、納得してるから気にしないと言われた。

 正直、どっかのラスボスには勝てる感じはしなかったので、仕方無い。

 本気の愛情って言うのは時として闇を湛えて病みを見せるものだと知った。

 重巡は那智や足柄に。取って置きの達磨と宴会の席も用意した。

 これからの活躍と勝利を祈って、どんちゃん騒ぎして笑いあった。

 足柄のカツは美味しかった。ただ、量はもう少し減らして欲しかった。

 軽巡は、川内や神通の姉妹に送った。

 川内など大喜びして夜の戦に突撃していった。

 驚いたことに凄まじい戦果を叩き出した。夜戦バカは伊達じゃない。

 空母には、最近最大練度になった翔鶴と、前から約束していた加賀に。

 ついでに翔鶴はこの鎮守府で初めての装甲空母に変身した。

 これからは、二人も鎮守府を支えるエースとなる。

 提督は深い感謝を込めて、お礼を言った。二人とも、特に加賀は珍しく照れ笑いをしていた。

 駆逐艦からは、案の定争奪戦に発展しかけて、事態を重く見た朝潮が全員を一人で制圧してしまった。

 流石忠犬改めお利口狼朝潮。言う前に最近では察してくれる。

 あんまり健気で可愛いので撫でた。朝潮はじゃれてきて、飛鷹にロリコンと怒られた。

 ……困ったことに、駆逐艦は数が多くて、しかも全員が諦めずに限定解除を求めていた。

 潜水艦たちが、空気を読んで辞退してくれても尚数が多すぎる。

 提督に関係なく、上限を超える強さには幼い彼女たちには憧れがあるらしく。

「……仕方無いわね。いいわ、選別しましょ。……かかってきなさい」

 残りは三つしかない。追加は理由あって出来ない。

 なので、手下を引き連れラスボスが起動した。

 自分たちに勝てる自信がある奴だけかかってくればいい。

 勝ったら、提督の手から貰えるのだと試練としてラスボスが立ちはだかる。

 因みに一人じゃない。

「な、何で鈴谷まで……」

「私と本気の殴りあいした癖に何を言うの。あの子達の実力をはかるのも、役目よ鈴谷。……朝潮、良いわね?」

「はいっ!! 朝潮も全力で戦います!」

 巻き込まれた現在の練度上位三名によるデスマッチ。

 最早敵のいない飛鷹、渋々対応する鈴谷、葛城を抜いて最強の駆逐艦、朝潮。

 この三名と演習して勝ったものだけ対応すると。

 そう、埒があかないので提督は決めた。

 無論挑むか挑まないかは自由。

 その無謀とも言える挑戦に怯まないのは……。

「……まあ、折角だしね。飛鷹さんと一戦交えるのも悪くないわ」

「負けないっぽい!! 提督さんに褒めて欲しいから頑張るよ!」

 最高練度に成長した曙と夕立だった。

 まさかのラスボスに挑むと言って、翌日他の面子と揃ってマジで挑んでいったのだ。

 不敵に笑って、迎え撃つラスボス。

「心意気はよし。然し、実力がなければ……ね?」

 で、予想通り呆気なく敗北。猛禽類には流石にツンデレと狂犬では勝てなかった。

 しかも結局一人で全滅させた。他二人は単なる保険であって、飛鷹一人で足りてしまったのだ。

 過去、飛鷹とタイマンして一番長続きしたのは朝潮で、その朝潮ですらまだ一度も飛鷹には勝利していない。

 腕を組んで、死屍累々の一行を堂々と見下ろす飛鷹に鈴谷は。

「うわぁ……」

 ドン引きでした。

 残りの三つは中々決まらない。駆逐艦は数が多くてみな、特性が似ているものが多い。

 追加するにも、大本営が一回問題起こした奴が何いってんだと却下。

 なので、三つしかない訳で。

「……ううむ」

 勝ち気な彼女たちは日々空母に挑んでは敗北していた。

 というか、朝潮が別次元になっている気がするのは気のせいだろうか。

 一人だけ飛び抜けて強いのだ。個性の強い妹を束ねる姉は伊達じゃないのか。

 なんかもう、いっそ誰も飛鷹に勝てないなら駆逐艦内部でサドンデスでもした方が早い。

 一週間しても誰も勝てないので予定変更。もう当初の通り存分にやりあってもらった。

 三名になるまで徹底的に戦ってもらった。

 結果……。

「あ、有り難く貰うわね……ありがと」

「朝潮が伊達に姉じゃないわよ。どうよ?」

「褒めて褒めてー!」

 満潮、霞に宣言通り夕立が勝利。

 頬を赤くして受けとる満潮と、自慢げに笑う霞。

 無邪気に飛び付く夕立に、提督は苦笑しつつ指輪を渡した。

「やっぱり、私の妹はみんな優秀なんです。司令官、朝潮はとても誇らしいです!」

 朝潮が胸を張って言うが、二名ほどひきつった顔をしている。

 過去、その精神的な問題で姉に叩きのめされた妹たちにすれば、姉に逆らい培った経験が妙な形で発露して勝った。

 なんとも言えない気分なのだった。

 首を傾げて、不機嫌な飛鷹に犬なのに猫つかみされた夕立を見て声を出して笑う提督は思う。

 平和なもので、これで全部の指輪を皆に託した。これで、第一段階は完了。

 残るは、最後の大仕事。全ての現況にして、彼らの関係の一つのゴール。

 彼は……覚悟を決めて、飛鷹をその日の夜に執務室にコッソリと呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の執務室。

 提督は深呼吸して、待っていた。

 思いを告げよう。そう、思っていたのだが……肝心の意中の人が中々来ない。

 予定の時間を過ぎても、現れないので次第に不安になっていく。

(あ、あれ……? 何だろう、几帳面なあいつにしては珍しい)

 何時までも来ないので心配になって、執務室の外に出る。

 探しに行こうと思っていたのだが。

 ドアを開け、廊下に出て閉める。すると。

「………………………………」

「うぉっ!?」

 影に隠れるように膝を折って、飛鷹が小さくなって座っていた。

 長い髪から見える耳は真っ赤だった。微かに震えている。

 明らかに普通じゃなかった。恐々声をかける。

「ひ、飛鷹……? おい、大丈夫か?」

「ごめん……。あんまし、大丈夫じゃないかも……」

 彼がビックリして聞くと、飛鷹は小声で言った。

 余裕のない声で、完全に怯えている。何になのかは分からないが。

「どうした?」

「……実は、さっきからずっとここでビビってへたれていたの。正直言うと、付き合いが長いからかな……。貴方の言うことの大体予想はついてるし、私も覚悟は決めてきたんだけど……ごめんなさい、やっぱり怖い」

「ん? 何が?」

 何を言っている? 提督は一先ず具合は悪くないと言うので安心したが。

 飛鷹が何を言っているのかさっぱりだった。

 提督も軽く座って、話を聞く。

 ボソボソと、飛鷹は座ったまま説明する。

「いや、ね? 多分だけれど、私の自意識過剰でないなら……貴方、私に告白するとかしたかったんじゃない?」

「……正解。やっぱ、バレてる?」

「うん。ほら、指輪も全部配布したじゃない。一応、目下の問題は解決したし……。となれば、ね?」

 一大決心がおじゃんになった。

 ムードのある告白をしたかったのだが、付き合いの長さと今までの経緯で大体、互いの気持ちは分かっていた。

 言うまでもなく、互いに好きあっている。それは間違いないわけで。

「……なんか、台無しになったんだけど。俺、お前のこと好きなのな。真面目に。結婚とか、割りと視野に入れたい」

「うん、知ってる。私もバレバレだと思うけど、好きなの提督。嫉妬で暴走するぐらい大好きなの。結婚したいのも同じ、貴方しか居ないし」

「だろうな、知ってた。周りにもバレバレで分かりやすかったもんな、後半の俺ら」

 相思相愛なのは、今さらで。互いに言葉にすると、実にすんなりと出てきてしまった。

 本当に、早くやっておけばこんなことにはならずに済んだのに、と互いに後悔しつつ。

「で……続きは?」

 ここまでは提督の用事。簡素に、あっさり終わった。

 ムードもへったくれもない。鎮守府の執務室前の廊下。

 人気ない夜の薄暗い廊下で、互いに座って小声で告白。なんだこりゃ。

 イメージと全然違った。なんと言うか、色々酷い。

「あ、秋雲が……秋雲が、いつの間にか話に気づいていて、私に今夜はお楽しみですねえ、ってからかってきたのよ。で、意味が分かんないからちょっと問い質したわけ。で……」

「…………続けて」

「……今晩はベッドウェー海戦が鎮守府内部で起こるから人払いはしておくんで、お楽しみくださいって……」

「よし、飛鷹。今晩はオータムクラウドハンティングの時間だ」

 またあの薄い本の達人が飛鷹にいらぬ知識を吹き込んで悶えているのを楽しんでやがった。

 前回もなんか、変に怯えている時期があって、原因はオータムクラウドだったと聞いた。

 顔を真っ赤にして、エロい妄想で自滅して震えていた可愛い嫁を豪快にお姫様抱っこ。

「ひぃ!? やめて、お願いだから……! 貴方でも怖いことは怖いのよ……!」

「何にもしないよ、お前そんなに怖がることないって。大切な彼女なんだから、優しくするし丁寧に扱うって。俺はケダモノか」

「……ケダモノは最初、みんなそんなこと言うのよ……」

「前に聞いたよ、それ。よーし、オータムクラウドを先ずは一緒に八つ裂きにしようか。平気、エロ同人みたいな事なんてしないぞー? よしよし、可愛い俺の飛鷹め。大丈夫大丈夫。イチャイチャするだけで俺は満足だから。よしよし」

 完全に想いが繋がった途端、美味しく全部頂かれると勘違いしていた初心の飛鷹を、正直になった提督は優しく下ろして頭を撫でる。

 前回の事で懲りたと思いきや、他の艦娘にも今夜はお楽しみタイムと広めやがったどこぞのオータムクラウド。

 それの厳罰が優先だった。未だに鵜呑みにして怯える飛鷹。

 だからここでビビって震えていたのだ。エロ耐性低すぎである。

「……怖くしない?」

「しないよ。恋人だもの。な、飛鷹?」

「恋人……。私、恋人?」

 恋人、というと飛鷹は顔をあげて問い返す。

「そ。俺の恋人。だから先ずは一緒に……邪悪なるエロ駆逐艦を駆除しに行こうか?」

 恋人の最初の共同作業。

 夜の戦意味深よりも、まーた余計なことを教えて告白を台無しにしたオータムクラウドを引っ捕らえる事。

「…………分かったわ。そうね、私は貴方の恋人だもの。秋雲に翻弄されるなんて……油断したわ」

 調子を取り戻した彼女は、表情を引き締める。

 でも、何処か嬉しそうに彼に寄り添っていた。

 長年の想いが、隠していた、殺していた想いが漸く報われた。

 嬉しくない訳がない。今すぐキスの一つぐらいなら出来そうなくらいとても嬉しい。

 然し……。

「私を追い詰めて、折角の告白を……よくも台無しにしたわね……秋雲」

 だからこそ、記念すべきこの機会を冗談で潰されて二人は、飛鷹は激怒した。

 ハイライトがオフになった。いや、成就したおかげかより危険な闇色に変化。しかも攻撃的。

「……殺す」

「精神なら許す。好きなだけ殺せ」

 よく見れば提督もハイライトがご退場なさっていた。

 この瞬間、怒らせたら面倒くさいヤンデレとその彼氏のカップルが誕生した。

 プッツン、と理性がキレた二人は駆逐艦の寮を目指す。

 今夜のお楽しみは、オータムクラウドそのもので楽しませて貰おう。

「好きよ、提督。今までも、今も、これからも」

 飛鷹はヤンデレアイズで、一緒に歩く彼に歌うように自然と言えた。

 素直になればいい。鈴谷みたいにこれからは隠さずに堂々と言おう。

「愛してるわ、貴方。何処までも一緒に行きましょう。……どんな敵が相手でも、飛鷹は怯まず戦うわ」

 それがたとえ、己の仲間だとしても……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ? お、お二人とも……何でそんなおっかない顔をして……え? 殺す? 同人誌八つ裂きにする!? やめて、マジでそれだけは!! 完徹の結晶が……!!」

「爆撃……開始。死になさい秋雲ォッ!!」

「ギャアアアアアアーーッ!!」



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本当に結ばれる、ただ一つの方法 布石編

 

 

 

 

 

 

 

 長い時を経て、飛鷹はとうとう結ばれた。

 己を殺すことに慣れて、己を騙すことに慣れて、己を抑えることに慣れた艦娘は、その願いを成就させた。

 願いが叶って、二人はと言うと。

「飛鷹、ここはどうする?」

「そうね。安全策で行きましょう」

 いつも通りだった。

 二人で一緒に何をするにもくっついている。

 初々しいカップルと思いきや、割りとこれまで通りの生活を送っていた。

 伊達に付き合いは長くない。阿吽の呼吸で進めている。

 飛鷹のラスボスモードはすっかりと大人しくなり、皆と仲良くやっている。

 然し、飛鷹は受かれてばかりもいられなかった。

 ここからが肝心なモノなのだ。

「……戦況は?」

「件の奴で人類が優勢と言われているな。結構勢力を殺ぐことに成功しているらしい」

 二人は頻りに戦況を知りたがった。

 世界中の動き、敵の規模や勢力の強さを。

 鈴谷と揉めているとき、大規模な作戦があった。

 その時には、甚大な被害を出しつつも人類軍は勝利を収めていた。

 しかしながら……。

「そもそも論になるんだが、深海棲艦の中枢は何処なんだ……? いや、それ以前に奴等はどこから来て何をしに俺達や艦娘を襲う? 理由も分からん、規模も見えねえ。若干優勢になったとはいえ、依然終戦は見えない、か……」

 提督は椅子に深く座ってため息をついた。

 戦況に終わりが見えない。それは深海棲艦という未知の存在の理由が知れないこと。

 奴等はなんだ。侵略者か? それとも宇宙人か? はたまた異世界の存在か?

 幽霊の類いだったりして、なんて彼は呆れた思考をする。

 人類が深海棲艦に知ることは少ない。驚異的な進化速度、幅広い対応策。

 バックに、何者かがいてもおかしくない大規模な戦力。

 誰かが世界を、人類を終わらせようとけしかけているのかも。

 兎に角、防衛で手一杯の艦娘と人類のこの戦争は、本当に終わるのか。

 ……提督は怖い。愛している飛鷹が、沈む日がきそうな気がして。

 己のせいで、愛している彼女が悲しみを残して消えていくかもしれない。

 知っているからこそ、そこから先には進めない。彼女を心身共に愛することも。

 彼女に何かを送ることも。比例して、失ったときの絶望は大きくなると身内で見てきた。

 愛情を手にいれたから、尚更二の舞を演じそうで。

 教えてほしい。大本営でもいい。他の偉いお役職でもいい。

 いっそ、いないと思う神様でもいい。誰でもいいから。

 

 彼女を失わずに幸せにできる方法はないのか?

 

 リスクは背負いたくない。飛鷹は恋人だ。

 提督は戦い続ける危険性を知っている。

 勝ち続ける自信もない。彼女を護ると誓えない。

 そんなことは、出来ないと身の程を弁えている。

 どうすればいい。飛鷹と幸せになるには。

 どんな手段をとればいい。このまま提督に居座るべきか?

 それとも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛鷹は理解している。

 彼が、飛鷹を恋人にしてから何かに怯えるように毎日を過ごしている事を。

(……分かっているのよ。私が、艦娘でいる以上は……貴方は救われない)

 失う恐ろしさ。消えていく悲しみを知っている彼は、戦争が出来なくなってきている。

 分かるとも。付き合い以前だ。彼は彼女にこんなことを言うようになった。

 

「飛鷹、死ぬな。死んだら負けだ。死にそうになったら全部捨てて逃げろ」

 

 最悪、規律なんて無視しろと。生きるために、方法を考えると。

 戦う限りは死のリスクを受け入れないといけない。

 一瞬で全てを消し去る泡沫のように。

 今も未来も泡になって、過去が呪いになって彼を苦しめる結末。

(冗談じゃないわ……。私に彼を置いていけと言うの? 嫌よ。絶対に離さないわ。離れないわ。あの人の妻は、嫁は、私だけ。夢が増えたのに、死んでたまるものですか!!)

 そう。

 飛鷹は、夢が増えた。

 彼も知らない、もっと大きな夢が。

 彼と結婚して、普通に人間として暮らして、平和に生きていくこと。

 二人の子供を愛して、二人で一緒に年を取り、二人で一緒に老後を過ごして、二人一緒の墓に入る。

 それが、最大の夢。ごくごく当たり前の夢。

(現実を見なさい、飛鷹。深海棲艦の規模は何年経っても見えてこない。奴等の進化する速度は、新型の艦娘が誕生したり、改良された艦娘が戦場に華々しく出る、何倍も早い。冷静に考えるべきよ。私が戦う理由は何? 彼の為でしょう。艦娘の誇りは捨てた。艦娘の意義も捨てた。私に残ったのは、提督というただ一人の男だけ。小さなひとつをとるために、大きな十を捨てるというなら是非もない。私は、生きなければいけないのよ。彼と共に、彼のために。私は……私の選ぶ未来は、決まっているでしょ。往きなさい、飛鷹。……いいえ、出雲丸。彼と、何よりも……私自身の未来のためにっ!!)

 建前などいらない。

 プライドだったら沈める。

 何がほしい。何を諦める。

 ……決まっている。

 

 飛鷹が欲しいのは、未来だ。

 

 確実に手に入り、確実に守れる、そんな明日だ。

 

(よし、決めた。元々決心してたけど、彼にも言わなきゃ。夢を、未来を叶えるただ一つの方法を)

 

 これは逃亡ではない。正当な権利だ。未来への布石だ。

 

 無責任と言うのならば、甘んじてその謗りを受けよう。

 

 そうだ。己の欲望のために責任すら捨てるのならば、それがいい。

 

 元より飛鷹もまた、夢に狂う女に過ぎなかったのだ。

 

(本当に結ばれる、ただ一つの方法。それがこれなのよ。これが私の出した答え)

 

 彼と長き時を夢見る為に。

 

 最後の翼に力を込めて。

 

 鷹は、再び羽ばたき出す……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督。大事な話があるの」

 そう、恋人が切り出したのは……とある日の事だった。

 真剣な表情で、彼に言い出して、時間を欲しいと。

 執務を終えた夜、二人きりの執務室で。

 窓を閉めて、カーテンをかけて。ドアを施錠して、盗聴防止の札を張り付けて。

 準備は万端。コーヒーを飲む提督は机に座って神妙な顔をしていた。

「どした、改まって」

 ブラックの苦味で緊張を隠す。

 なんの話なのか。最近の言動に不安が出ないように隠してきたつもりだが。

 また、バレているか。恋人に隠し通せるほど、彼はポーカーフェイスではない。

「ねえ。貴方は、この戦い……終わると思う?」

 彼女は来客用のソファーに座って、そんなことを聞いてきた。

 冗談ではない声色。提督は飛鷹を見る。

「貴方の考えでいい。提督としてじゃなく、個人の見解で」

 暗に、どんな返答でもいい、といってくれた。

 これは不安が気付かれていると、提督も素直に恋人に甘えることにした。

 強がっても無駄だ。また、無理をするなと怒られてしまう。

 正直に、彼は口を開いた。

 

「……司令官失格の最低な発言だと思うよ。けど、飛鷹だから言う。正直に。……………………終わるわけねえだろ。人類に勝ち目なんて、俺はあるとは思っちゃいねえ」

 

 重いため息のあとに、心情を吐露した。

 勝ち目なんてない。彼は最近、本当にそう思う。

「考えてみろよ飛鷹。俺達は深海棲艦とは言っているが、連中は何なんだ。俺達は防衛の為に戦っているだけで、一度でも敵の打撃を与える攻勢に出て成功した試しがあったか? 敵の本拠地はどこだ? 奴等の目的はなんだ? 何であんなに早く進化できる? 新型が次々現れる? 誰があれだけの整備をしている? 一体何のための戦争なんだ? この質問に一つでも、お前は正確な回答が出来るか?」

「無理ね。全部、分かってないもの。深海棲艦は、全てが謎だらけ。解明するにも、そんな余裕は人類にも艦娘にもない。後手に回るのが常の私達には、終戦は見えない……」

 飛鷹も同感だった。深海棲艦に対して、人類はあまりにも無知すぎる。

 何もかもしれない現状で、本当に終戦などあり得るのか?

 敵の目的も分からない状況で何が言えるというのか。

 その前に、己が死んでしまう終焉が訪れるだけ。

 大本営の懸命の研究も、未だに不十分で結果には結び付かない。

 常に後手。先手はいつも深海棲艦。

 確かに今は優勢かもしれない。でも、いつ引っくり返るか分からない。

 行き先の見えない、一寸先は闇。

 そんな戦時を、いつまで支えないといけない。

 明確な終わりが、互いの死ぬことぐらいしかない無情な世界で。

 不安にならないほうが寧ろスゴいだろう。

 生憎と、弱気で腰抜けで腑抜けの提督はよわっちい男である。

 こんな状況、何時までも堪えられない。

 恋人が死ぬかもしれないストレスを我慢できるほど、強くもなければ分別もつかない。

 彼は凡人、凡才の男だ。戦いながら愛する者を守れる勇者でも豪傑でもない。

「そう。それを聞いて、安心したわ」

 飛鷹はどこか、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 安堵したように、彼女は大きく深呼吸して、彼の顔を見る。

 良かった。彼もやっぱり、不安だったのだ。

 飛鷹も死ぬ思いはもう嫌だ。終わりの見えない戦争などまっぴらゴメン。

 辟易していた。戦いの日々も、いつ訪れるかも分からない幻想の平和も。

 そんなもの、口を開けて待っているだけじゃ何時までも来やしない。

 望むものは、やはり勝ち取るものなのだと思う。

 周囲の目など知ったことか。己が望んだ世界を目指して何が悪い。

 飛鷹はそういう利己的な部分も強い、嫌な女。

 然し利己的だから、大切なものは死に物狂いで抱え込む。

 苦しむならばそれもよし。いいや、上等だ。

 だって。

「私は貴方が大好きよ。永遠に、ね。失いたくないし、失われたくない。愛されたい。愛したい。だから、決めたわ」

 飛鷹はゆっくりと立ち上がる。呆然とする彼に近づき、妖艶で邪悪な微笑みを浮かべる。

 また、朱色の瞳からハイライトのご退場なさった危険な色で彼に迫る。

「ひ、飛鷹……? え、なに? げきおこ……?」

「怒ってないからね? 弥生みたいなこと聞かないの」

 ビビっていた。何か不味い返答をしたと思ったんだろうか。

 いやいや、まさか。大満足のヘタレなお返事を頂きましたとも。

 腑抜けの返事で怒らせたかと思ったが、違うらしい。

 ……最近知った。飛鷹は感情が昂ると基本的にハイライトが消える。

 嬉しかろうが憎かろうが、こういう状態になるらしい。

 非常に、怖い。

「ねぇ……提督。一つ、提案があるんだけど……。というか、お願いかな?」

 目の前に来て、顎を指先で摘ままれて、視線を上げられた。

 闇色の瞳が、提督を見据える。底の見えない真っ黒な穴が。

「な、何でしょうかね……」

 思わず敬語になる。ヤバい、超怖い。

 なんかヤバいこと考えているこの彼女。

 可愛い笑顔が今は攻撃的に見えて仕方ない。

 彼女は、丁寧に言葉を紡いだ。

 それは、ある意味彼にとっても、救いだったかもしれない、大きな分岐点だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督。私に良い考えがあるの。ねえ、海軍の仕事辞職して、一緒に隠居しない? 私と、二人きりで。それで、田舎に帰って先ずは一先ず結婚しましょ。海外旅行はそのあとでいいから。ねっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこぞの司令官を彷彿とさせる、彼女の囁きだった……。



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未来を繋げる為に

 

 

 

 

 

 

 

 ……最初、何を言っているのか。提督は、分からなかった。

「……えっ?」

 闇色の瞳を濁らせたまま、飛鷹は繰り返す。

「だから、戦いの舞台から身を退きましょう。私もついていくから」

 つまりは、何か。彼に、海軍を辞めろと。

 そう、飛鷹は言うのか。認めてくれるのか。

 彼も迷っていたのだ。飛鷹を守り抜くにはどうすればいいのか。

 手っ取り早い方法が、結婚を切っ掛けに、海軍を退役すること。

 そして、ただの国民に戻る。役目を終えて、二人で。

 戦いに明け暮れる日々に別れを告げて。戦場から去る。

 それしか、方法は……ない。

「自分で言ったでしょう? 終わらない戦い、先の見えない終戦。……誰かが言ったわ。何時か、また何時かって根拠のない希望に騙されて、一体私達はどれだけ戦えばいいの? 明確は終わりは、どこ? 貴方の死ぬこと? 私の轟沈? 言い切れる終焉なんて、互いが一番嫌がる結末よ。知っているはずでしょ、貴方は。その痛みを。その苦しみを」

「…………」

 父や兄が狂い、死んだきっかけ。

 終わりない戦争に人生を奪われ、愛を失い、命さえも消えてしまった。

 自分よりも優秀だと思う提督ですら、そういう結末しか迎えられない。

 彼は、俯いた。

「死ぬなと私に言うなら、私も言うわ。……死んではダメよ提督。私は、貴方を失えば後を追うわ。間違いなく言い切れる。私は貴方を愛しすぎているもの。誰かに奪われれば、貴方のお父さんと同じ存在になる」

「それは……」

 飛鷹は感情をコントロールするのが上手い。でも、愛情をコントロールできる自信はないと自分で言った。

「我慢してきたからね。私の想いを、仮に……そうね、例えばだけど人間が奪ったとしましょうか」

 俯く彼の隣に座って、飛鷹は天井を見上げた。

「私は人間の敵になると思う。結局、今の私が戦う理由は、提督の為だから。その存在を奪った奴を、私は決して許さない。愛情が深くなれば、憎しみも深くなる。……裏返しの感情も、根本は同じだって知ってた?」

 飛鷹に言われて、今さら気づいた。

 そうか。父があんな風になったのは、それだけあの人を……艦娘を愛していたからだ。

 深く、強く愛していたからこそ、殊更深海棲艦を許せなくなった。

 他の全てをどうでもいいと思えるように、父を変化させてしまった。

「深海棲艦なら、もっと酷いわ。根絶やしにするまで戦う。貴方に生きろと言われても、言った貴方が死ねば、意味なんてなくなるの。残った方は、狂うしかないの。感情が、理性を振り切って、貴方との約束を果たせなくなる。自棄よ、自棄。よく言うじゃない。貴方のいない世界に、生きる理由なんてない、ってね」

「……重たい愛情だな」

 なんと重い感情か。飛鷹は、こんな情けない男をそこまで愛してくれる。

 闇色を湛えたまま、飛鷹はこちらに顔を向けた。

「……私は嫉妬深いし、独占欲の塊みたいな、自分勝手な艦娘だから。貴方には隠さず言うわ。私は、狂っていると自分でも思う。夢に狂い、愛に狂い、貴方に狂っている。もうここまでくると、艦娘の使命とか、どうでもいいもの。私が欲しいのは未来だからかな。誇りも、栄誉も、なんにも要らない。艦娘として誇りたいと思うものが、全部夢に食われちゃった。私はもう、艦娘としてはダメなのかもしれない。……貴方の全てを求めて、私の全てを捧げたいと思った私は、この時点でもう、艦娘失格なのよ。人間のためには戦えない。私は貴方の為にしか、もう生きる理由なんてない」

 顔をあげる提督の肩に、甘えるように頭を預け、寄りかかる飛鷹。

 何年もかけて、互いに何度も喧嘩もしたし、すれ違いもしたし、支えって来た。

 漸く、この関係になれたのだ。

 愛しい恋人。絶対に失いたくない大切な人。

 だから、迷う。

 彼は葛藤している。提督としての、最低限の矜持。

 残った部下たちの事。皆をおいて、二人で逃げるような背徳。

 ……本当に、選んでいいのか。あれほど、辞めると思っていながら。

 いざ、その地点に立つと、彼は迷いを感じる。

 いや、迷いではないか。罪悪感か。

 申し訳ないと言う、後ろめたい感情が、強く彼を引き留める。

「でもさ……良いのかな。簡単に、辞めるとか言い出して」

「口実はあるでしょ。入院していた時に言われたはずよね? 指輪渡して早く辞めろって、大本営に」

 確かに、それはある。けれど、既に解決していることで。

 一時おかしくなっていた関係で、彼には安否確認の連絡がよく来る。

 それほど、彼の現在の立場は、心配されている。

 艦娘たちの気持ちを蔑ろにした、戯けとして記録されているんだろう。

 現場は、そんなのでもないが。

「そうだけど……」

 口実はあるけど、それは大本営に対するものだ。

 皆には、通用しない。一人を選んで、尚且つ戦い続ける。 

 それが、提督と言う役目の正解な気がして、やはり後ろめたい。

「貴方にだって自覚あるくせに。貴方には、戦いをこの手で終わらせる、なんて豪語する度胸はないでしょ。良いのよ、無理しないでも。私だって、無理なものは無理だと思うし。正直言って、この選択肢以外はないと思うよ?」

「……」

 飛鷹は完全に捨てる気だった。

 艦娘としての自分も、過去も、能力も。

 それよりも夢を選び、未来を選び、恋人を選ぶ。

 ……こう言うとき、女々しいのは男の方らしい。誠に、情けない。

「お前は、悔いはないか?」

「ないわよ。艦娘のとしての私は、これ以上はなにも望まない。天秤にかける前から、結果は決まっていたし」

 即答と来たか。しかも迷いが全く見えない。

 今のこの環境には、未練など彼女は感じてないのか。

「未練はないわ。でも、みんなと離れるのは……少し、寂しいわね。でも、それだけよ?」

「飛鷹、お前なぁ……」

 羨ましい。何の迷いもなく、提督を選べる彼女が。

 彼はまだ、決意を決められないのに。

 苦笑いをしてしまった。強いなと思う。 

 飛鷹には、既に選ぶ道は一つしかない。

「……俺がもっと、優秀なら。違う未来も選べたのかな?」

「どんなに優秀でも、終わりのない戦場にいる限りは、休まる未来なんて訪れないわ。それは、何処にでも今のご時世、同じだとは思うけど。でも、矢面に立つよりは、平穏に暮らせると思わない?」

 身を引け、か。提督はコーヒーを一口飲む。少し冷めていた。

 彼女はあくまで、戦いから離れることを勧めてくる。

 それは名案だと思う自分もいる。

 だけど、皆はそれで納得してくれるのか……?

「他のみんなは……」

 大丈夫か、と言い出す前に。

 隣の彼女が、さらっと恐ろしい言葉を漏らした。

 

「あぁ、なんだそんなこと? 鈴谷を通じて、皆知ってるわよ? 近々提督を私が自分のものにしてかっさらうって。前にもう、鈴谷には言ってあるから今頃納得してるんじゃない?」

 

「!?」

 

 何をアッケラカンと言ってるですか彼女は!?

 聞けば、鈴谷との演習のあと、彼女に相談したんだそうだ。

 飛鷹が、夢を叶える為に海軍をやめて、人間になると。

 その為には、鈴谷の協力が必要不可欠。

 自分の艦娘の全てを彼女に引き継ぎ、思いを託すと。

 だから、前に鈴谷が夢を応援すると言っていたのか。

(あれ、飛鷹の事だったのか!?)

 全然気がつかなかった。相変わらず手が早い。

 流石は合法でライバルを潰した女。

 争った相手さえも、自分と提督のためならば手伝ってもらうと言うのか。

 ですので、そんな心配は無用。みんな、納得していると。

 夢以外の、飛鷹が長年の我慢を堪えきれずに提督を連れ去り、内地で幸せになるべく、引退すると。

 ……彼には秘密で既に大半に知れている状況らしい。

「余計な心配はいらないって。皆に説明はしておいたから。……多少、揉めたけど」

「飛鷹さん。最後の一文はなに!?」

 今多少揉めたって言った。小声で。

 不穏を煽る言葉だが。飛鷹は、何やらとびきりの笑顔で、笑った。

「提督。私は、邪魔は嫌な性格なのね。で、ちょっとばかり危ない感じの娘が何人かいたから、留まらせただけよ?」

「あっ、はい……」

 飛鷹の背後で、大きな鷹が翼を広げて大声で威嚇している。

 いけない。聞いたら不味い。この嫁、何かヤバイことしてそう。

 笑顔なのに怖いのは何でだろうか。

「そう言うわけで、みんなの事は心配無用。私が全部解決しておいたから。あとは、貴方の選択次第」

 細かいことは……気にしないで、ならば提督は何を選ぶべきだろうか。

 この頼りになる恋人が、迷いのもとを断ち切ってくれたおかげか、軈て。

 ……何分も考えた。何度も繰り返した。そして、決めた。

 自分の身の丈を。彼は英雄ではない。戦い続けるのは難しい。

 彼は凡才である。一人の人生しか、共に歩くことは出来ないだろう。

 彼は臆病な男でしかない。一人の女を、確実に守りたいと願う。

 だから、選べる選択肢は……これしか、無かった。

 夢を叶えるためには、最低でも艦娘と提督と言う現状を捨てる必要があった。

 確かに、後ろ髪を引かれる感情はまだある。皆との生活は、とても充実していた。

 騒がしく、支えてもらって、そしてここまでこれた。

 艦娘の、部下のお陰で戦えた。戦い続け、勝ってこられた。

(俺は……幸せな男だったんだな)

 皆に支えられ、皆に導かれ、共に歩んだ提督としての年月。

 立派な戦果は出せなかった。役に立てたかどうかも、自分じゃ分からない。

 だけど。だけども、少なくとも。

 みんなと共に戦えた日々は、自分の人生に、大切な時間だった。

 ……決めた。次の人生設計を、自分の時間を生きよう。

 提督としては、そろそろ、お仕舞いにして。

 一人の男として、この美しい空母を……いや、ただの女を幸せにするために。

「飛鷹。決めたよ」

 提督は、自分の身の振り方を、決意した。

 大切なことは、長い時間を約束すること。

 何よりも、夢を叶えるために、生き続けること。

 天秤にかける。今の自分と、将来の自分。

 傾く方は、臆病で、小心者で、もしかしたら間違っているかもしれない選択肢。

 でも、一人だけは。一番守りたい、かけがいのない一つを守る。

 本当に結ばれる、ただ一つの方法。彼なりの、結論だった。

「俺、提督を引退する。んで、実家に帰ろうと思うんだ。……一緒に、来てくれるか?」

「当然よ。実家どころか、あの世にだって一緒にいってあげる」

 笑顔のまま、飛鷹は優しく肯定してくれた。

 この日の夜。ある鎮守府の提督と艦娘が、退役を決意した。

 ……自分達の、夢を叶える為に。



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エピローグ 夢を見る鷹

 

 

 

 

 

 

 ……不器用なりに、答えは出せたと思う。

「飛鷹。……今までありがとう。んで、これからも宜しくな」

「ええ。此方こそ、宜しくね」

 答えは、身を引くと言う結果だった。

 ともなれば、行動は早めに起こす。

 あまり日を挟まずに、提督は動き出す。

 父に、連絡を取った。先ずは、これからの事を話すために。

「親父。俺、提督やめるよ」

 わざわざ、自分の鎮守府に呼び出すと言う暴挙に出た。

 階級は父の方が圧倒的に上。しかも多忙の人相手に。

 然し、父は察してくれたんだろう。時間を割いて、顔を出してくれた。

 執務室で、対峙していた。

 飛鷹は初めて見る、義理の父になる人。

 ああ、と初見で分かった。この人は、とても悲しい瞳をしている。

 生気のない目で、傍らに立っていた飛鷹を見つめる。

「君が……うちの息子を?」

「はっ、はい!」

 大きな体躯の、がっしりした熊のような人だった。

 窮屈そうな白い軍服と、帽子を確りとかぶった大男。

 流石の飛鷹も緊張して硬直していた。

「そうか。君は、空母なんだな。で、お前に付き合ってくれたって言う気前の良い女性とは、彼女だったか」

「ああ。どうだい、親父。親父とお袋、あの人ほどじゃないが、俺にも大切な人が出来たよ」

「フッ。私にも立派な口を聞くようになったか、青二才。……で、要件とは?」

 あの人、とは艦娘の妻のことだろう。

 彼も知っている、二人目の母。

 父は、提督の前に腰を下ろして話を聞いた。

 提督の身から、退く。実家に帰り、先ずは基盤を整えてから結婚を視野に入れていると語った。

 そう言えば、これは息子さんをくれという例の儀式か、と飛鷹は強ばらせる。

 艦娘の分際で、と言われたらどうしようと内心竦み上がった。

 黙って聞いていた父は、暫くすると。厳つい顔を不器用に歪めて、小さく笑った。

「……お前は、あいつらの事を知っているからな。やはり、違う選択肢を導き出したか。己の身の程をよくわかっている、妥当だが……英断だと私は思う。よくぞ、決意した。おめでとう」

 彼の判断を、全面的に認めてくれた。

 聞いていたイメージとは違う。復讐に燃える悪鬼のような人だと思っていたが。

 こう見ると……ただ、辛そうで、苦しそうで、悲しそうな感じの男性にしか、見えなかった。

「ありがとう、親父。代わりに兄貴とお袋たちの墓参りは行っておくよ」

「そうしてくれ。私は、まだ当分戻れない。……いいや、違うな。あの場所には、戻りたくないからな」

 初めて、表情を一瞬だけ、深い悲観に染まった。飛鷹は見た。同時に、鳥肌が立つほどの憎悪を。

 彼女も憎しみを抱きやすい性質だからか、刹那の時だったが、理解する。

(何て……殺意なの。これが、愛を失った人の末路……!? 分かる。一瞬だったけど、私にすら分かる。深海棲艦を、決して逃がさず、許す気がない圧倒的な意思。これが、気圧されるって事なのね……)

 凄まじい威圧感だった。艦娘の視点で見れば、悪魔のような人間だろう。

 だが、その事情に入るかもしれない立場からすれば、共感もできる。

 これが、戦争で失った愛の結末。

 虚空の彼方に消えた二度と戻らない愛情の代わりに、尽きぬ無限の憎悪に身を焦がす恋の成れの果て。

(私も……こうなる可能性があった。だから、ならないために、最善を尽くす)

 それが、これしかないと思った結論だ。

 叱咤されると思ったが、父は穏やかな笑みに戻り、飛鷹に言った。

「飛鷹さん。うちのバカ息子は、見ての通り小心者でね。そうさせてしまった私達が言うのもおかしい話なんだが……。息子を、よろしく頼む」

 飛鷹に改めて、頭を下げた。恐縮して、あわあわしだす飛鷹に、提督は朗らかに笑った。

 ちょっとムカつくが、我慢する。

「然し、退役すると言えど、すぐには出来ないぞ。普通ならばな。が、お前の場合は……例外だ。病院送りになった奴だからな。大本営も優先的に人員を回してくれるだろう。本当に自滅とはいえ、なにやってんだ馬鹿者が」

「そうだよな。悪い、心配かけちまって。面目ない」

「まあ、命狙われてないだけまだ良い方だ。これに懲りたら女の感情を度外視するなよ」

「肝に命じておくよ」

 鎮守府の視察も兼ねていたという父は、悪くない雰囲気に一安心。

 で、彼の後任についての話も始めていた。

 単純に、恋人を会わせるだけじゃない。引き継ぎについても、よく話し合う。

 飛鷹は黙って、その様子を見ていた。

 親子は、どんどん話を進めていく。やはり高い階級だけあり、要点を纏めるのが速く、上手い。

 見惚れるほどの手腕だった。

「……さて。私はそろそろ、戻るとするかね」

 立ち上がる頃には、結構な時間が経過していた。

 父は穏やかに息子を眺めて、言い出した。

「実家に帰るのはいいが、お前地元に戻って何か仕事を探すのか?」

「一応、そのつもり」

 先ずは安定した生活をしてから結婚を、と説明する。

 うむ、と顎に手を当てて考えている父に提督は首をかしげた。

「と、なれば住まいか問題は。住居に困ったら、そのまま何なら家を使え。私は基本的に戻らんから、管理が大変なのだ。埃まみれになるよりも、住んでもらう方が私も助かる。……墓の手入れも、してもらえるしな」

「……マジで?」

 なんと、実家に住んでも構わないというお許しまで出た。それには若い二人も驚いた。

 条件としてあれこれ言われながら、全て飛鷹は慌ててメモを取った。

 これで、余計な予算を差っ引ける。色々お金の計算をやる直せるので、嬉しかった。

 時間がおしているので、最後に見送りを行くというが、彼は断った。

「気にするな。お前は飛鷹さんと少しでも一緒に過ごせ」

 実感を込めて言われて、二人はお言葉に甘える事にした。

 憲兵が代わりに見送りにいくなか、最後に父は最悪な爆弾を残していくことになる。

 

「……私が祖父になるのも、時間の問題かな……」

 

「!?」

 

 小声で、独り言のように呟いて、彼は敬礼して帰っていった。

 提督もしっかりやるが、顔が真っ赤になった飛鷹はぎこちない動きで真似をしただけであった。

 提督には聞こえていないのだろう。飛鷹しか聞いていなかった。

「どうした、飛鷹?」

「わ、私……私、頑張るからッ!!」

「…………何を?」

 取り敢えずお孫さんは欲しいらしいので、飛鷹は頑張ることにした。色々知らないけど。

 よくわかってない提督を尻目に、気張っていく飛鷹であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……次の問題に進もう。

 次は、皆に知らせることだった。

 手筈は二人でかなりの速度で仕上げていく。

 大本営とも連絡を取り、日程を決めて行動を起こせば滞りなくスムーズに流れていく。

 あれやこれやと荷物を纏めて、バタバタしながら過ごす日々。

 書類も作成したり、飛鷹と共に連絡やら何やらやったり。

 兎に角、通常の業務に加えるので忙しい。

 頼むから攻めてくるなと願いながら、二人は倍の量を働いた。

 無論、周囲は気づかない訳もなく……。

「飛鷹さん……ひょっとして?」

「ええ」

「ん、分かった。手伝うよ」

 鈴谷が気付いて、フォローしてくれた。

 彼女が飛鷹の持つ艦娘の全てを受け継ぐ。

 互いに、それがいいと話し合い、鈴谷も了承していた。

 とある日。工厰の中に集まった時だった。

「大丈夫。鈴谷に任せてよ、提督!! 鈴谷が二人が守った海を、思いと力を受け継いで戦っていくから!!」

 近代化改修に向かう前、二人に鈴谷は自信満々に胸を叩いて断言していた。

 嘗ての飛鷹に負けたと落ち込んだ彼女はどこにもいない。

 そこにいるのは、沢山のモノを託されて、決意を新たにする強く美しい艦娘だった。

「……そうね。私の全てを、あなたに託すわ。ありがとう、鈴谷」

「本当に、何から何まで……世話になった」

 飛鷹は鈴谷を優しく抱き締めてお礼を言って、提督に至っては嬉し泣きする始末。

 飛鷹も若干、涙腺が緩んでいた。鈴谷がビックリして宥めて、そして。

 数時間にも及ぶ近代化改修を終えて。

 飛鷹は、何も持たぬ人間のようになり。

 鈴谷は、この鎮守府最強の艦娘の全てを受け継ぐ最強の空母となった。

「おう……このみなぎるパワー! これで深海棲艦にゃ、負けないね!」

 艤装を見ながら、満足感を得た鈴谷が、自慢するようにガッツポーズで応じてくれた。

 飛鷹は既に艤装も使えない。水の上にも浮けない、ただの人間と変わらない。

 この時には正式に、名前以外の全てを返上、または譲渡して、軍から除籍されていた。

「ふふふ、カッコいいわよ鈴谷」

「嘘ぅ!?  飛鷹さんに褒められた!? マジで!?」

 素直に褒めた飛鷹に愕然とする鈴谷。

 途端、

「…………知ってる鈴谷? 艤装がなくても、艦娘は殺せるのよ?」

「怖いよ!? 冗談だってば!!」

 無表情で瞳孔開いた闇色の瞳の猛禽類が覚醒した。

 竦み上がる鈴谷が慌てて謝った。やっぱり、最後まで彼女は飛鷹には勝てなかったらしい。

 それを見て笑う提督。鈴谷には、助け船は出さない。

 まるで、姉妹のようにじゃれあう二人。

 飛鷹が艤装を外した鈴谷に絡み付いて、関節を決めていた。

「ギブギブ! 骨、骨はそっちには曲がらないって!!」

「曲がらないなら、曲げてしまえば良いじゃない。私の全てを継いだのよ、それぐらい耐えて見せなきゃね?」

「耐久力までは増してないんじゃない多分!? っていうか、痛い痛い!!」

 ……いい加減、止めるか。嫁が怖いので。

 仲裁に入る提督。飛鷹は加減していたが、鈴谷には効果抜群だった。

 痛そうに呻きながら、立ち上がって最終的にリベンジしてかかっていく。

 らちがあかないので、放置することにした。

 最後には、鈴谷の勝利に収まったらしい。遂に宿敵猛禽類を女子高生は倒すことに成功するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

「みんな、今日は大切な話がある」

 食堂に集めた部下たちに、提督は、遂に話を打ち明けた。

 端的に纏めると、結婚をするため、寿退役するという旨を伝えた。

 案の定、みんな知っていた、みたいな反応が返ってきた。

 聞こえてくるのは、呆れたようなため息がポツポツと。

 祝福はしてくれる。が、どこか……なんというか、諦めに近い感じというか……。

「えぇ……何この空気……?」

「そりゃ、提督の恋人に聞けば分かるよ?」

 みんな苦笑いをしていた。

 肩透かしを食らう提督。

 代表として鈴谷の苦言を聞く。

 どういう意味なのか、飛鷹の方を見ると。

「…………」

 無表情の闇色飛鷹が皆を見つめていた。

 何をしたんだうちの嫁は、とひきつる提督。

 皆さんもう、飛鷹の独占欲には慣れてしまったようであった。

「あれだけ提督の愛を叫ばれれば、誰でも納得しますよ……」

 そんな風に朝潮がそんなことを溢していた。疲れた表情で。

 みんなして、飛鷹の愛情は分かったので、大切にしてほしいと一同で願っていた。

 異論はない。これ以上、どこかの猛禽類のラブコールには付き合いきれない、みたいなモノらしく。

「今まで、本当にお疲れ様でした、司令官」

「……今までありがとう、提督。私は、一生あなたと戦えたことを誇りに思います」

 朝潮、加賀を始め、多くの部下たちに労いと感謝の言葉を言われる。

 満潮にはお土産を貰って、夕立には最後に遊んでくれとせがまれて。

 那智や長門とは宴と称して今夜はどんちゃん騒ぎをすると言われて。

 曙や翔鶴には礼を言われて。

 気がつけば、無礼講のお祭り騒ぎをするという風になっていた。

 間宮や伊良湖がコッソリと準備していたらしい。驚く提督。

「いや、だってほら。みんな知ってたし。作業の過程見ていれば逆算とか簡単じゃん?」

「……いや、スゴいなうちの皆は」

 鈴谷に誘われて向かう宴の席。

 飛鷹に群がる艦娘たちを眺め改めて思い知る、部下たちの手腕。

 呆然としつつ、送別会と称したばか騒ぎが始まるぐらいには、彼は慕われていた。

 その日の夜は皆で楽しく大騒ぎをするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。よく晴れた空のした。鎮守府の正門前。

 その日が、彼と飛鷹の旅立ちの日だった。

 大きなバッグを持った提督と飛鷹の前には、見送りに来た多くの艦娘がいた。

 晴々しい表情の娘もいれば、何だか泣きそうな娘もいる。

 というか、泣いている駆逐艦などが多かった。

 んで。

「…………」

「ねぇ、貴方大丈夫?」

 無言で泣きまくる情けない大人がいた。

 一番泣いているのは、この男。

 あまりの感謝の思いに言葉が出ずに、突っ立っている。 

 因みにさっきまでずっと、駆逐艦たちと別れを惜しんで大泣きしていた。

 彼女も始めてみた、彼の大泣きする姿。それほど、皆との別れは心に来る。

 漸く粗方泣き終えて、迎えが来るのを待っている。

 表情は大人のするような表情ではない。然し、かえってそれが惜しんでいるのがよくわかる。

 彼に対して、特別な感情を持つ艦娘は、諦めがついたからか、泣きはしなかった。 

 ただ、一抹の寂しさがあるだけ。さよならは言うつもりはない。

 休暇などで、彼の家に遊びにいく約束は取り付けておいた。

 飛鷹が目を光らせていたが、多分大丈夫だろう。勝者は彼女なのだし。

 駆逐艦たちも、遊びに来たければ何時でもこいと言われているから、隙あらば遠方に出掛けていくだろう。

 その為に頑張ると、特に朝潮姉妹や夕立が張り切っていた。

 新しい提督の到着は明日。若く聡明な、評判の良い人柄の人物だと言っていた。

 信頼できると彼は思う。何せ、父が権力の無駄遣いを果たして連れてきた人物だ。

 何かしたらとっちめると、父は笑っていた。何だかんだで父は息子を応援してくれる。

 親のありがたみを、痛いほどよく分かった。

 軈て、迎えの車が到着する。そろそろ、時間だった。

 最後に、提督は涙を袖で脱ぐって、声を張り上げた。

「俺は……俺は、皆に支えられてここまで頑張ってこれました。色々とご迷惑をおかけしたり、助けてもらったり……一重に、皆様艦娘の方々のおかげです。今まで、大変お世話になりましたッ!! そして……本当にありがとうございましたッ!」

 姿勢を正し、敬礼を決める。別れの挨拶ぐらい、しっかりしたかった。

 艦娘たちも、敬礼で応えた。これが、最後。

 今日付けで、彼は、提督を退役した。

 同時に、飛鷹も、艦娘を辞めて退役して、人間となった。

 これからは、国民として、平穏に暮らしていくことだろう。

 二人は、大きくお辞儀をして、感謝の気持ちを表した。

 提督は、さようならを言う皆に、手を振りながら、車に乗り込む。

 窓を開けて、また振っている。

「……じゃあね、飛鷹さん。また、何時か」

「ええ。また、逢いましょう鈴谷」

 飛鷹と鈴谷は、微笑みながら握手を交わしていた。 

 嘗ては競いあった。送り出す鈴谷と、送り出される飛鷹。

 互いに、これからは違うものを守っていく。

 鈴谷は、人類の未来を。

 飛鷹は、自分の夢と、恋人を。

 道は違える。けれど、また交わると信じて、今は別れよう。

 また会おう。そう、互いに告げて、背を向けて歩き出す。

 鈴谷は、鎮守府に。飛鷹は、彼の待つ車に向かって。

 飛鷹が乗り込むと、車は音を立てて走り出す。

 提督が見えなくなるまで、ずっと手をふっていた。

 艦娘たちも、大きく手をふって見送っていく。

 鈴谷は、役目を終えた飛鷹を黙って、見つめている。

 飛鷹も、過ぎ去っていく鎮守府と鈴谷を、ずっと見ていた。

 消えていく車。見送りをしていた皆が、戻っていく。

 鈴谷は一人、空を見上げた。

 

(さて……。これからは、一層気合いを入れていかなきゃ!! あの人たちから受け継いだ、使命があるからね!)

 

 鈴谷も、名前を呼ばれて直ぐ様戻った。

 先ずは今日の任務を頑張ろう。千里の道も一歩から。

 出来ることから、遂げていこうと、気持ちを新たに、今日も海に出撃していった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、数年の時が経過した。

 鎮守府を去った、夢を目指した二人は、今。

 

「――ヴェアアアアアッ!!」

 

 旦那が死にかけていた。

 どこぞの深海棲艦、あるいは喫茶店の女子高生よろしく絶叫する。

 股間を押さえてぷるぷる震えていた。

「ちょ、大丈夫!? ……って、八雲!! あんたはどっから持ってきたのそれ!? 艦載機!?」

「鈴谷のお姉ちゃんから貰ったの」

 とある豪華客船のなかの一室。

 豪華な装飾の室内の中で、初手から愛する旦那はあの世をさ迷う。

 カジュアルな格好をした元提督は、愛娘に股間にダイレクトアタックを受ける日々に苦しんでいた。

 ある艦娘の名を引き継ぐ世界を旅する大きな客船。その中に、夢を叶えた親子が現在旅行を楽しんでいる。

 そこには、若き頃の彼女にそっくりな、長い黒髪と朱色の瞳を受け継ぐ娘、『八雲』が彼の反応を見て笑っていた。

 この数年で、世界の情勢は安定している。

 深海棲艦の勢いは、人類と艦娘の奮闘のおかげで沈静化しつつあり、断絶された国交を回復傾向にある。

 今では、こうして船での海外旅行も出来るぐらい、治安は安定していた。

 このままいけば、数年以内に深海棲艦は絶滅すると言われていた。

「あばばば……」

「ちょっと貴方!? 大丈夫!?」

 白目を向いて口から泡をふく旦那。駆け寄る妻、飛鷹。

 これから娘と外の空気を吸いに行こうと思った矢先の事だった。

 外行きの服装に着替えて、娘に着替えをさせていたらこの有り様。

 左手の薬指には、本物の結婚指輪をはめて、すっ飛んでいくと旦那はなんか幸せそうだった。

 気を失っているくせに。

 あの頃から美しさは全く変わらない。一児の母と思えない程だ。

 愛娘の八雲は甘えたがりで、兎に角彼と遊ぶのが大好きな子だ。

 ……遊ぶの行為に、艦娘の血を引く運命か、艤装のようなオモチャを使って遊ぶ危険行為が混ざっているが。

 特にお気に入りの艦載機、とある艦娘からの贈り物『瑞雲』が大好き。

 それで爆撃ごっこをしていた。お父さんの股間めがけて。

「……鈴谷ったら、あの子に瑞雲だけはダメって言ってるのに……」

 ため息をつく飛鷹。旦那はベッドの上で気絶していた。

 現在、客船はとある海外に向かっていた帰りに、母国に帰って停泊していた。

 で、何年もかけ世界中を旅して回っているのはいい。

 長年の夢も全部叶えて、愛する人と愛娘に囲まれ幸せな日々を送っている。

 久々に地元に帰り、鎮守府の仲間と顔を会わせたら、娘にお土産と称し様々な変なものをくれたのだ。

 あの鎮守府では、規模も大きくなって、今では有数の勢力を誇ると聞く。

 特に鈴谷という艦娘は、国内でも最強とうたわれる一角にまで成長し、エースとなったとか。

 ……で、そのエース様はというと。

「ちいーっす! 八雲、飛鷹さん、遊びに来たよー!」

 いきなりドアを開けて、渦中の艦娘が現れる。

 こっちも全く変わっていない鈴谷だった。

 現在、この豪華客船の護衛を務めて同行している艦娘の一人。

 海外の有名な人も乗っているこの客船を守るべく、派遣されていた。

 一定距離までは彼女たちがここを守ってくれているのだ。

「あっ、鈴谷のお姉ちゃん!!」

 八雲はぴょんぴょん跳ねながら喜び、制服姿の鈴谷に飛び付いた。

 愛娘は、鈴谷も大好きで遊び相手に構って貰っていた。

「鈴谷、もう少し静かに入ってきて頂戴……」

 呆れる飛鷹に頭をかいて軽い調子で謝った。

 現在、休憩に入ったらしい彼女は、その都度ここに来て八雲と遊んでいる。

「鈴谷のお姉ちゃん、見て見て! 悪い深海棲艦やっつけたよ!!」

 自慢気に指を指す八雲。その先には、白目を向いて痙攣している変わり果てたお父さんが横たわる。

 流石に鈴谷も事情を察した。飛鷹は旦那の心配をしているし……。

「八雲? 八雲のパパは深海棲艦じゃないんだよ?」

「そうなの?」

 ダメだ、八雲は自分のお父さんを深海棲艦に見立てているから自覚がない。

 これも、艦娘の血を引く娘の性らしい。

 キョトンとしていた。

「……やっぱり、鈴谷の入れ知恵じゃないわよね。八雲ったら、この人をいつも深海棲艦に見立てるんだけど……」

「いやいや、鈴谷もそんな鬼畜な真似しないよ!?」

「自然とこうなるのかしらね。加賀の仕業でもないって言うし。朝潮は論外だから、未だに謎なの」

「加賀さん聞いたらキレるから言わないでねマジで……」

 同期だからか、今でも親しい間柄。この客船の護衛には、加賀や朝潮も混じっている。

 皆さん揃って、八雲が可愛くて仕方ないらしく、暇さえあれば構いに来る。

 そういう意味では、娘の八雲の環境は恵まれていた。

「まぁ、そうなるよね」

 なんでこんなドヤ顔して決めポーズするのかも未だに不明。

 教育を間違えた気はしないのだが。きっとそこには、誰かの陰謀でもあるんだろう。どうでもいい。

 兎も角。暇を見つけたので、八雲は鈴谷と一緒に船内の探検に出掛けていった。

「時間までには戻ってきてね」

「はーい!」

「ママ、行ってくるねー!!」

 鈴谷に手を引かれ、娘は元気よく出掛けていった。

 室内に二人きりになる。数分後、意識が回復する旦那。

 青ざめていた。ベッドに腰掛け、問う。

「大丈夫?」

「し、死ぬかと思った……。あれ、八雲は?」

 鈴谷と出掛けていったと伝える。

 彼は苦笑いして、頷いた。

「本当にみんな八雲が好きだな」

「珍しいからでしょ。同期で結婚して子供いるのが、私たちだけだし」

「そんなもんか」

 二人して、笑いあった。

 娘がいると、中々二人きりにはなれない。

 にやっと、久々に闇色の瞳を見せつける飛鷹。

 彼はぎょっとして、聞いた。

「ど、どうした?」

 こう言うとき、結婚してからも飛鷹はろくなことを言い出さない。

 家庭を持つと、嫁の言動が基本的に優先されるため、旦那は嫁には勝てなかった。

「……ねぇ。私さ、お願いがあるんだけどいい?」

「……なに?」

 怖い。相変わらず怖い。またヤバイこと考えているこの嫁。

 この間はしつこいナンパ野郎を裏で血祭りにしたとか噂で聞いた。

 既婚者でも言い寄る相手はやはり嫌いなんだろう。旦那しか目にないから。

 止めても聞かないので、受け入れたのはホレた弱味だ。

「そろそろさ。八雲に、弟か妹が欲しいのよね、私。ほら、あの子もそこそこ大きくなったじゃない?」

「……マジですか」

 嫁に更に要求された。どうしよう。

 照れ臭くて、視線を反らす。強引に戻された。

「今更でしょ。初心でもあるまいに、逃げるんじゃないの。鈴谷が折角来てくれたんだし……ね?」

「…………」

 完全に嫁はこんな時間から頑張る気満々であった。

 近づく顔。闇色の瞳。上気する頬。

 ……覚悟を決めよう。欲しいと言うなら応えるのが旦那の役目。

 彼も、そっと唇に顔を近づける……。

 

「失礼します、八雲ちゃんはいらっしゃいますか!?」

 

「遊びに来ました」

 

 突然開くドア。

 元気よく挨拶する朝潮と、微妙に浮かれている加賀が登場。

 振り返る旦那、驚いて固まる嫁。二人はバッチリ目撃。

 キスする数秒前で。

「……し、失礼しました」

「お邪魔、しました……どうぞごゆっくり」

 何をしようとしていたか大体察する同期二人。

 気まずそうに、ゆっくりと顔を赤くして、目線を逸らして出ていった。

 ばたんと閉まるドア。わざとらしい静寂。

 ……気まずい。

「……迎え、行くか」

「……そうね」

 取り敢えず、今のは口封じして黙らせないと。

 夫婦は立ち上がる。空母と駆逐艦の口を封じるべく。

 着替え、大丈夫。準備完了。

 で。

 

 ――チュッ。

 

「おう!?」

 

 不意打ちのキスをして、飛鷹は照れ臭そうに微笑んでいた。

 驚き頬を押さえる旦那に、笑って告げる。

 彼女の、素直な気持ちを。

 

「愛しているわ……私の、可愛い旦那様」

 

 ……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛鷹ルート 夢を見る鷹 おしまい。




これにて、飛鷹ルートが終了となります。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
次回のルートに関しては、朝潮、あるいは鈴谷のどちらかをできればいいな、と思っております。
次回に関しては、気長にお待ちください。


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朝潮ルート 幼い恋慕の行方
不安の予兆


 

 

 

 

 

 

 

 朝潮の夕立化。

 そんな珍しい現象が起きる鎮守府があった。

 通常の朝潮という艦娘は、真面目一辺倒で規律を重んじ、堅苦しいと言われることが多い。

 対して、ここは?

「司令官、お菓子をくれないとイタズラをします! お菓子を下さい!」

「来たか、駆逐艦最強の娘っ子……朝潮!!」

 とある月の最後。

 提督主催の仮装大会に率先して参加して、三角帽子にステッキを持ってマントを羽織り、提督にお菓子をねだる。

 よくも悪くも、ここの朝潮の印象はかなり砕けた印象が強い。

 何よりも、提督にハッキリと好意を表し、異性として幼いながら自覚しているのが最大の違いだろう。

 指輪を渡され、既に限定解除を行った唯一の駆逐艦。

 それが、ここの朝潮さんであった。

「ほほぅ? イタズラするのか朝潮。この俺に、そんな魔女っ子スタイルで通じると思っているのかァ!?」

「通じる、通じないの問題ではありません!! 私の後ろにはお菓子を待つ妹たちがいるんです、イタズラを敢行してでも、そのお菓子を奪いますッ!!」

「笑止千万、だがよくぞ言い切ったァ!! 求めるなら奪え、我が屍を踏み越えてェッ!!」

 ノリノリの司令官殿は全身を失敗ペンギンの着ぐるみで包み込み、無敵のようにして待ち構える。

 ラスボスの構える執務室。駆逐艦たちと遊んでいる月末の日。

 背後には大きなバスケット。お菓子を欲しいなら奪っていけと。

 既に趣旨を履き違えている。楽しいので気にしないが。

「分かりました!! 朝潮、司令官を打倒させて頂きます!!」

 朝潮はステッキを構えた。驚く提督。すると。

 こっちもノリノリで、ステッキを振り上げて、

「えいっ!!」

「うぼぁ!?」

 殴打。提督の膝を。今日はお菓子を求める聖戦なのだ。

 普段ならば決してしない上官への反逆も許される、と本人が言うので襲う。

 遠慮などしない。折角の提督が用意したいお菓子、手にいれなければ朝潮の名前が泣く!

「くぅっ!? やるな、朝潮……。だが俺はまだ生きているぞ!!」

 膝をつく。然し、不敵に笑って、また立ち上がった。

「司令官こそ、中々に頑張りますね……!! ですが、朝潮は負けません!!」

 イタズラをすると言うが、具体的なモノは分からない。

 取り敢えず、戦って奪う。そんな感じで行く。

「……何してんの、あれは?」

「お菓子の争奪戦ですって。……何で戦っているのかは知らないけどね」

 季節が早いがサンタの格好をする鈴谷と、秘書の飛鷹が呆れてみていた。

 彼女は仕事をしているため、仮装はしてない。今日は提督が艦娘と触れ合う日なのだ。

 こう言うイベントには決して参加しなかった彼も、今では積極的に参加している。

 書類は飛鷹が続けるため、執務室に押し掛ける怒濤の艦娘と提督は戦っていた。

 お菓子は彼を倒してから奪え、という謎の箝口令により、艦娘たちは時間をおいて、奮闘していた。

 大人の二人が見ている先で。

「う、うぼああああああああ!!」

 どこぞのエンペラーよろしく断末魔をあげて、大の字に倒れる失敗ペンギン。

 勝利者、朝潮。ステッキを突き立てて、ガッツポーズで決めた。

「勝ちました!! では、お菓子を下さい!!」

 はいはい、と鈴谷が取り分のお菓子を配る。

 彼女もイベントの手伝いをしているので、テンションの高い朝潮に姉妹の分まで渡しておく。

「……然し、前に比べて丸くなったわね朝潮」

 嬉しそうに執務室を後にした彼女を見て、飛鷹は鈴谷に言った。

 以前の堅苦しいまでの真面目さはある程度砕けて、そのまま年相応の明るさに変わったというか。

 彼の言っていた、人間に近い状態になっていた。

「そこのロリコンが口説いたせいでね……」

 ゾッとする視線でペンギンを見下ろす鈴谷。

 最近思う。提督、前よりも更に駆逐艦に甘くなってきていた。

 仕事はしっかりとさせる。然し、休みの日などは大抵駆逐艦と遊んでいる光景が増えた。

 一部ではこう、囁かれている。マジでロリコンじゃないか、と。

「ロリコン……ロリコン? 私にはどっちかっていうと、シスコンのように見えるけど……」

 幼い妹に接する溺愛の兄のような言動である。

 飛鷹はロリコンの汚名は流石にないとは思う。

 駆逐艦に卑猥な事をするまでもなく、可愛がるように溺愛しているダメなお父さんのようでもある。

 ロリコンとは少々異なると思うが、鈴谷は構ってくれないので拗ねていた。

「いててて……朝潮ったら、マジで容赦ねえなもう」 

 ステッキで殴打された彼は無事に起き上がり、着替えをするべく一度退室。

 わざわざ格好を何度も変える気合いの入れ具合。

 お次は、イ級の格好をして来た。二足歩行する見慣れた深海棲艦がいた。

 変な音をさせて、目が不気味に光る。

「駆逐艦の子泣くよ!?」

「…………」

 鈴谷のツッコミに無言で大丈夫、と動くイ級。

 暫く艦娘が来るまで待機。

 そして、来た。

「失礼します」

 ノックをして入ってきたのは。

「提督。お菓子を下さい。さもないと、イタズラ……いいえ、戦いを挑みます」

 …………継ぎ接ぎの白い修道服を纏った、シスターであった。

 但し、中身は某空母であったが。何をしているんだろうか。

 共通点など、たくさん食べる以外には特にないのに、わざわざ髪の毛まで色を変えていた。

「!?」

「ファッ!?」

 飛鷹は書いていたペンを落とした。提督は奇声をあげた。

 鈴谷は知っていたので苦笑い。

 大好物のお菓子を食べるため、空母加賀は手段を選ばない。

 場合によってはプライドなど海に捨てる。

 無表情で侵入、今にもかじりついて来そうな勢いであった。

「やべえ、勝てる気がない」

「負ける気がしません」

 イ級、逃げる。シスター、追いかける。

 よく分からない追いかけっこをしながら、仮装大会は恙無く進んでいく。

 

 ぎゃあああああああーーーー!! 不幸せだーーーーー!!

 

 という、提督の意味不明な絶叫が鎮守府に響き渡るのは多分どうでもいい。

 加賀さんのノリが良かった。それだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな平和な鎮守府で。

「…………」

 一週間後。提督が、突然大本営に呼び出しを受けた。

 何事かと、心配する部下たち。今まで呼び出しなど受けたことのない彼が、召集された。

 特に飛鷹は、心配して無理矢理ついていった。代理は鈴谷がこなしているので、まだいいが……。

「…………」

 心配。とても心配。

 大丈夫だろうか? 何か失敗をしてしまったのか。

 あるいは、大本営の怒りに触れてしまったのか。

 どうしよう、どうしよう。何かできること、出来ることを……。

「朝潮、落ち着きなさいってば」

「そうよ。あんた、朝からずっとうろうろしてるじゃない」

 ここは朝潮の部屋だった。

 整理整頓のされた部屋のなかを、落ち着かないようにうろうろしている朝潮。

 余裕がないのか、休暇なのに制服をきて青ざめた顔色で無意味な移動をしていた。

 心配して顔を出した霞と満潮が、何度か声をかけるが聞いていない。

 提督の行方が心配で、狼狽えているようにすら見えた。

「大丈夫でしょ。真面目が服きて歩いているような奴だし」

「そうそう。ヘタレなのを除けば、無神経なのも改善されているわ。なにも心配ないじゃない」

 霞と満潮は勝手に入れたコーヒーを片手に呑気に喋っている。

 然し、長女は落ち着かない。

 黙っていったり来たりを繰り返す。

 その様子に、次第に何か言いたいことがあるように、顰めっ面になる満潮。

 なんというか、鬱陶しい部分があって、つい指摘してしまった。

「……朝潮。あんた、あいつを信じられないの?」

「!!」

 途端、驚いたように朝潮は妹を見た。

 彼女は、不機嫌な顔をして、頬杖をついて姉に言った。

「だから、心配することないって言ってるじゃない。それをさっきから、意味のない行動をして。あんだけ普段懐いているくせに。分からないの? あいつはここ最近じゃ、奇行もやってないし、憲兵に目をつけられる理由なんてないわ。呼び出しを受けたのだって、何かの任務とかの命令でしょ。あんたは心配しすぎ。少しはあいつを信じなさいよね」

 満潮の言うことは理解できる。

 過剰に朝潮が心配しているだけで、多分あの人が危険な目に遭うことはない。

 いざとなれば飛鷹がいる。あの大本営すら敵に回して生き残りそうな彼女が一緒だ。

 こっちは待っていればいい。それは、分かっているのだが。

「満潮、いい加減にしなさい」

「……何よ。実際そうでしょ?」

 霞が今度は満潮を注意する。

 霞はため息をついて指摘した。

「知ってるわよ。あんただって、内心ビクビクしているくせに。強がって、朝潮に牽制なんていい度胸してるじゃない」

「!?」

 霞のストレートな物言いに、怯む満潮。

 何で知っている、みたいな顔になって慌てて取り繕う。

 霞は、表情を引き締めてから二人に聞く。

「……仮に。あいつが、何かしたとして。飛鷹さんが気付かないと思う? いくらあの人があいつに甘いからって、危ない事まで見過ごすわけがないでしょう。飛鷹さんは怒るときは怒るわよ。それが、鎮守府の存亡の危機なら、尚更」

 霞なりに冷静な分析をしていた。

 彼女だって本当は怖い。突然の呼び出し。大本営には良いイメージがない。

 艦娘を食い潰す鎮守府があると、翔鶴が言っていた事もあった。それを奴等は承認している。

 そんな連中が、ここのような規模がそこまで大きくないとは鎮守府の提督に、何の用事があるのか。

「任務って、さっき満潮は言ったけど。多分、それもあり得ない。言っちゃ悪いとは思うけど、あいつは優秀な部類じゃない。ダメコンを平気で使う、頭のおかしい奴だって、向こうは思っている。問題がないと思っているのは、私だけじゃない? 所謂、艦娘の視線と人間の都合は別問題だもの。……でも、飛鷹さんが黙っている訳もない。あの人って、あいつに危害を加えようとすると、人間だろうが艦娘だろうが深海棲艦だろうが関係ないって聞いたわ。私も、今回の事は、よくわかんない。少し鈴谷に聞いてみたけど、怪しい記録はないって言うし。面倒なことにならないと良いけど……」

 不安を煽るようで悪い、と霞は二人に言った。

 更に続ける。

「満潮、こんなときまで威嚇は止めて。朝潮、あんたはホントに落ち着いて。そんなんで、いざってときに行動できるの? 不意の事態に備えるのも私達の仕事よ。正直言えば、みんな怖いのよ。何かあったんじゃないかって。気持ちは同じなのに、朝潮はパニックになってるし、満潮に至っては強がっているし。頭を冷やしなさいな。あいつを支えてるのは、ここにいる艦娘なのよ? 私達だってその一員でしょうが。こう言うときこそ、冷静に。余裕を心がけないと……取り返しがつかない事態になっても、いいの?」

 霞は自分でできる範囲で動いていた。

 満潮のように、強がっているだけじゃない。

 朝潮のように、狼狽えているだけじゃない。

 深呼吸して、此度の異変に、冷静に対応していた。

 それほど、大本営の信用はされていない。

「杞憂ならいいよ、それで。私もそうなってほしいと思ってる。けど、悪い方に転がったらあのバカ、また一人で抱え込んで自滅する。そんなの、見てられないったら。一度経験したから、同じ過ちは繰り返させない。確かにあいつは真面目で頑張るけど、溜め込むからそれを阻止しないと爆発する。……嫌よ、私。なにもできずに、司令官が苦しむの」

 分かっているから、行動する。霞はそういう決意をしている。

 満潮は素直に謝った。よろしくない兆しの時にまで、姉妹で潰しあうなどバカらしい。

 それ以前の問題かもしれないのだ。杞憂ならいい。取り越し苦労ならば、それで。

 万が一があった場合の心構えをしろと、霞は怒る。

「……ごめんなさい。取り乱して」

「取り乱すって程じゃないけど、あんたはもう少し指輪もらった自覚をしてほしいわ。五人しかない指輪持ちの一人なのよ? しっかりして頂戴」

 腰を下ろして、朝潮は項垂れる。

 霞の言う通り、唯一の駆逐艦であるのにこの体たらく。

 恥ずかしさが今ごろ出ていた。

「気持ちは否定しないわ。けど、ただ甘えていればいいわけでもない。振り向いてほしければ、先ずは頼れる女にならないとね」

「…………」

 霞はそういって、コーヒーをあおった。

 満潮はそれを苦い表情で見ていた。

「……何だかんだ、あんたも狙っているわけか。よくわかったわ、うん」

「だから、無意味な挑発を止めなさいよ。普段なら相手してあげるけど、今は空気を読めっての」

「はいはい……。今回はあんたの言い分が尤もだから、従うわ」

 満潮は机に突っ伏した。霞は肩を竦める。

 アドバイスなのか、あるいはライバルの宣言なのか。

 よくわからない。けれど、朝潮はにおいを感じ取った。

 自分と同じように、霞や満潮は狙っている。

 姉として、情けない姿を晒せない。

「そうだよね……私も、頑張らないと!」

 立ち直りも早いのが朝潮。

 司令官の頼れる駆逐艦として、唯一の指輪持ちとして。

 こう言うときにも、冷静に対処しないといけない。

「ありがとう霞!」

 元気になった朝潮は、取り敢えず制服を着替えてくると、隣の部屋に移動した。

 その背中を見て、苦笑する霞。

「……まったく、世話の焼ける姉よね」

「意外ね。霞が朝潮を助けるなんて」

 満潮が顔をあげて言った。

 彼女は横目で理由を語った。

「助けたつもりはないわ。私はこう言うときには団結するべきと思うだけ。困難は皆で乗り越えないとあとが怖いから」

 それが彼女の言い分だった。

 非常時にいがみ合いしていても意味はない。

 理屈は通っていると、満潮も納得した。

 因みに、夕方ごろ二人は戻ってきた。

 提督は、何やらお説教の呼び出しだったと説明。

 飛鷹は見事にご立腹で、暴れそうになったらしい。

 詳細は教えてもらえなかったが、あまり良い空気ではないのは間違いなかった。

 そんな日。朝潮の周りが、少しずつ変化していく物語は、ここから始まる……。

 



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この戦に勝つために

 

 

 

 

 

 

 ……時は少し、遡る。

 それは、朝潮が知らない、大本営のお話。

「……君の戦う理由はなんだね?」

 大本営に呼ばれた一人の男。中規模の鎮守府を任されている、平凡な提督。

 然し、呼び出した上層部は、苦言を呈している。

「もう少し戦果を挙げてくれんかな。最近ではあの化け物の勢力が上がってきている。君の鎮守府でも、そろそろ戦闘に本腰を入れてほしいんだが」

「……はい、申し訳ございません」

 分かっているとも。

 臆病風に吹かれていた、艦娘を優先するその選択肢の、期限切れが近づいているのだと。

 得るものない、防衛に近い戦。

 だからこそ、敵を一つでも多く倒さなければいけない。

 理屈は通っている。戦争とは、そういう物だから。

「……君は、あの方のご子息だ。あまり、強くは言いたくない。亡くなった兄上達の一件もある。慎重に指揮を取るのも頷ける。然し、君はなぜ、己の命を懸けるのだ? あんな出来損ないを艦娘に搭載しているそうではないか。艦娘を失うのが怖いのか? 代用などなどいくらでもきくだろうに」

 お偉いさんが、重厚な机に座って立っている彼に聞いた。

 彼は平凡ではある。然し、大本営の中でも有名な異常者でもあった。

 艦娘の轟沈を過去、何度も阻止している際もの。

 自分の命を投げ捨てて、平然と大ケガを繰り返すたわけ者。

 確かに、大本営が睨んでいる提督は一定数いる。

 戦果よりも艦娘を優先し、戦うときに逃げる腰抜けと言われる連中だ。

 そういう連中は大本営では鼻で笑われる。

 役立たず、穀潰しと揶揄されながら、一定数の仲間と協力して派閥を作っている。

 対して、この男はどうだ?

 そもそもが、身の程を理解して、他の提督に手柄を譲るような臆病者。

 その派閥には所属しない。彼らとも、他の者とも賛同もしない。が、批難もしない。

 黙々と、できる範囲をこなしていた。

 彼は言う。自分では役に立てない。だから、もっと優秀な者に任務を、と。

 高い役職の子息である。同時に、大本営が頭を悩ませる艦娘の反逆で身内を何度か亡くしている。

 その為か、彼は臆病者とは言われるが、それ以上は言われなかった。

 要は、父親の影響と身内の悲劇のせいで、同情されている節もあった。

 艦娘を優先するのは同じだ。然し、こいつの場合はそれ以上に轟沈を何度もやっている。

 時々、激戦区の手伝いをしては、誰かを沈めていた。

 だが、損失はなかった。彼がその代償を、常に払い続けてきた。

 艦娘を優先する提督とて、そんなものは搭載しない。まず、そんな無茶をさせないから。

 逆に使わない提督はただ、沈める。別にどうでもいいから。

 彼の場合は、沈めないようにはしている。けど、力量の不足で沈めてしまう。

 無茶をしつつ、あるいは無茶な状況でも戦い、そして結果的に沈む。

 でも、艦娘は死なない。死なないように彼が肩代わりする。

 何度も何度も。何時も自分が、死にかける。

 その都度、病院に送られたり一時的に鎮守府の機能が停止する。

 それを避けるためか、戦闘を受けたがらない。戦果も乏しい。

 そんな風に上層部は思っていた。

 彼は、半端者だった。完全に艦娘を贔屓しない。そっちのは、寄っている。

 だけれど、戦う時は戦う。嫌がっても、無理を言われれば抵抗せずに従う。

 つまりは、流されやすい男。自分の意思がない、周囲に流されるだけの空な人間。

 大本営には、病院送りの激しい彼を問題のある提督として扱っている者もいるし、敵意も無ければ擁護もしない、空気のように扱う者もいる。

 彼は、決して他人を非難しない。しようという気概すらない。

 ただ、鎮守府と言う安全圏の中にいるのに、命懸けをする変人。

 そういう扱いが強かった。

「自分は……無能な男です」

 ふと、彼は上の男性に溢した。

 その顔には、自嘲的な色合いが強い。

「む? と言うと?」

 突然の自分への非難。男性は、不思議そうに見る。

「なぜ、命を懸けるのか。そう、仰りましたか」

 本心は、艦娘を死なせないためだ。それは、間違いなく言い切れる。

 彼女たちを死なせるのは嫌だという、自分のエゴを体現しているのみ。

 それが結果的に、命懸けに見えるだけ。

 そんなことを語っても、理解もされないし、立場も悪くなる。

 無闇に、大本営で刺激する真似はしない。簡単な処世術。

 何より、ここではここでの本心も言える。

「自分は、何度も失敗ばかりする、どうしようもない男なのです。同じことを無駄に繰り返し、国民の血税を浪費するたわけ者だと、自分では思っております。この頭は何分、言葉や経験では物覚えの悪いものでして。これは、教訓とするものだと自負しております。我が身に痛みとして刻み、過ちを犯さないようにする為の。……未だに、その成果は現れません。お恥ずかしい限りなのですが、死にかけてもこの腐った性根には通じないのかもしれません。ですが、痛みを忘れた自分は、止めた途端にさらなる過ちをする確信があるのです。常に自分の命をかけなければ、指揮が取れないのです。奇特に見えると存じます。然し自分にとっては艦娘の命よりも優先しているのは、己のへの警告です」

 これもまた、本心であった。

 何度も同じ間違いをしている、バカな自分への罰。

 痛みがなければ、彼は、もっとバカなことをしているだろう。

 最後の部分以外は、一部の本音だった。

 優秀じゃない自分が、空っぽの自分が戦うには、命を懸ける以外、何がある?

 艦娘を死なせないための感情もある。そして、同時に。

(俺は……こうするしか、出来ない。必死になれる理由がなきゃ、俺は戦えない。使命もない、正義もない、目標もない。そんな俺でも、自分が死なないようにするから、戦える。そうでもしなきゃ、俺には戦う理由なんてないんだ)

 他の提督と違うのは、流されてこの立場になったことだ。

 何も考えずに、ただ周囲に言われて進みここにいる。

 彼には、そもそも戦う理由そのものがない。

 父のように憎悪がない。艦娘のように使命もない。

 なら、こんな男が戦う理由はなんになる?

 戦争なら、死にたくないから戦えばいい。単純な話であった。

 艦娘を死なせないのが、八割。あとの二割は、自分の理由。

 彼女たちが死ねば、自分も死ぬ。それが嫌だから、戦える。理由ができる。

 自分の行動の理由のために、その欠陥を乗っけた。

 誰かを守りたいと思ったこともない。今も思えない。

 深海棲艦を殺してやろうとも、思ったこともない。

 言われた任務を言われてやる。みんなを、生き残らせて、それだけでいい。

 その日の任務をやる。その日の役割をやる。

 他人の主義には口出ししない。口を出せるほど、立派な思想はない。

 彼女たちを人間だと思いたい。けど、相手の事情だって父を見れば分かる。

 理解も共感もしない。否定もしない。出来ない。そんな立派な人間じゃない。

 ……この男は、空っぽであった。典型的ことなかれの結果が、今の世界だ。

「ふむ……。個人への姿勢まで口出しは出来ん。だが、結果は出してくれたまえ」

「はっ。全身全霊で尽力致します」

 お説教。戦果を出せ。いい加減に戦え。

 当たり前の事を言われた。激化する一方ならば、何時までも支援や輸送に甘んじている訳にもいかない。

 況してや、限界練度が規模に対して比率が多い。尚更言われる。

(積極的に戦う理由もないのに、戦うのか。……理由なんて後からついてくる。今は、言われた通りにすればいい)

 上には従う。それが軍人だ。彼は帰りに、何やら話を聞いてぶちギレる飛鷹を宥めつつ、任務を少し受注していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのジジイ、いつか殺してやる」

「落ち着いて飛鷹さん……顔がマジだよ?」

「絶対に殺す。たとえ、我が身百万回生まれ変わっても、憎しみ果たすから」

「変なグラサンのセリフみたいな事を言わないでよ……」

 翌日。秘書の飛鷹はキレていて仕事にならない。

 鈴谷に回収してもらい、今日は休暇とする。

 代わりに来たのが。

「司令官。朝潮、本日は代理秘書を務めさせて頂きます!」

 敬礼をした朝潮だった。今日も元気で見ていて和む。

 彼女に指示。普段にはない、積極的な戦闘を始める。

「……?」

 直ぐに異変に気がつく朝潮。

 今日は妙に戦闘が多い。しかも、遠方から近海まで、片っ端から戦えと。

 敵は見つけ次第、沈めろという雑な任務も入っている。

「司令官……?」

「ん?」 

 書類を書いている彼を覗きこむ。

 彼は、新兵器の開発に勤しむように準備をしている。

 何だろうか。突然、全体的な舵取りが真逆になった気がする。

「気のせいですか? 戦闘が格段に増えているのですが」

「気のせいだよ」

 問えば、直ぐ様否定。

 しかし、朝潮は感じとる。提督は今、嘘をいった。

 顔を見れば分かった。表情が凍っている。能面のような面構え。

 朝潮は、敢えて何も聞かない。この纏う空気は、拒絶。

 何も聞くなという無言の圧力が放たれていた。

(司令官らしくない……。やっぱりおかしい。何で司令官はいきなりこんな命令を?)

 昨日のせいか。何も言わない飛鷹がキレているあの呼び出し。

 尋常じゃない程、飛鷹は怒っている。彼は、知らない。

 飛鷹が昨晩、本気で大本営のお偉いさんを殺そうと言い出していたことを。

 加賀や長門、那智が総員で飛鷹を取り押さえて事なきを得ていると。

 落ち着いてもなお、彼女は凄まじく殺気立っていた。

 気圧されて、一部は腰を抜かすほど苛立っている。

「…………」

 彼は淡々と仕事をしている。

 何時もなら雑談ぐらいするのに。今は、ずっとペンを走らせる。

 朝潮も、黙って仕事をする。時折指示され、片付けて。

 それが数時間、続く。昼時。朝潮は、追い出された。

「間宮のところにいっておいで」

 妹たちと食べろと言われて、執務室から出されてしまった。

 彼は一人で仕事を続けている。鍵まで閉めて。

「……」

 ああ、と朝潮は思った。

 この対応。前を、思い出す。

(……指輪を手に入れるまえと、同じ状態に戻ってしまった)

 以前の、部下を女性と見ないで仕事ばかりを優先するあの彼に逆戻りしている。

 あの頃は最低限しか話さない、接しないでトゲこそないが、愛想もない。

 そんな環境であった。それでも、必死になっていたのはみんな知っていた。

 壁を、作る気なのだ。何か理由があるのだろうが……。

(信用、されてない。私は、司令官に信じてもらえていない)

 分かる。また、この人は……一人で抱え込むつもりだと。

 それはつまり、艦娘を。部下を、信用していないのでは?

 飛鷹は知っているのだろう。また、彼女だけ特別扱い。

 でも、肝心の飛鷹はお冠でお話にならない。一人きりで閉じ籠る。

(……同じことの繰り返しなの、朝潮)

 朝潮はドアの前で立ち尽くす。

 自分に出来ることは、ないのか? 

 このままいけば、また以前のように壁ができてしまう。

 すれ違いを起こす気がして、彼女の足は動かない。

 霞が、妹が言っていたではないか。

 甘えるだけじゃない、信用される艦娘にならないといけない。

 待っていては、彼は、寄ってはこない。経験で知っている。

 こういう場合は、どうするべきか。どうすればいいのか。

(…………よし、決めた)

 迷いはいらない。どうせ、待っていても事態は好転はしない。

 だったら、こうすればいい。

 一度、離れる。数分後、戻ってきた。

 動かないドアの前。朝潮は決意した。

(司令官は、自分からは歩み寄っては来てくれない。こう言うときは!)

 こっちから歩み寄ればいいのだ!!

 と、言うことで。恋する狼、暴走開始ィッ!!

 

 ……ガチャガチャ。

 

 ……ガチャガチャ。

 

 ……バキッ!!

 

「!?」

 提督はどんよりした空気で、仕事をしていた。

 皆に戦闘を増やすことへの罪悪感で、一人になりたい。

 そう思って、朝潮を追い払ってしまった。更にそれが自己嫌悪を加速させるのだが。

 ……彼は、甘く見ていた。忠犬改め、恋する狼は伊達じゃない。

 彼が自滅の道を進もうとしているのを気がついて。

 外から追い出されたのをなんと以前見たドラマの見よう見まねのピッキングで開けようとしていた。

 途中までうまくいったが最後に失敗。強引にドアノブを回して、壊してしまう。

 開かれるドア。満点の笑顔の朝潮再登場。

「司令官、朝潮は大体察しました!!」

「何を!?」

 意味不明な理屈で近寄ってきて、彼に言うのだ。

 ……笑顔のまま。

「何やらまたお困りのようですので、朝潮が司令官のお力になります!! これから司令官にこの朝潮、ずっと一緒にいます!! 一人で大変になる前に、朝潮に全てぶちまけてください!!」

「ファッ!?」

 何いっているのこの駆逐艦!!

 と、驚く提督。が、朝潮は譲らない。

「司令官は放っておくと危なっかしいのは皆さんよく知ってます!! ですので、朝潮が司令官を一人にはさせません!! 何なりとご命令ください!!」

 前回の教訓で、一人にはさせない。

 朝潮が四六時中一緒にいて相談でも何でもしろと。

 無理矢理、言い寄ってきた。

「カエレ!!」

「こればかりは何を言おうとも引き下がるわけには参りません!! 大事になる前に朝潮にぶちまけてください!」

 北方棲姫の様に叫ぶが却下。

 既に大事である。提督、朝潮のまさかの対応に真っ青になった。

 ……ロリコン街道まっしぐら。

 飛鷹に殺される未来しか見えないが、朝潮に根負けして最終的に彼は敗けを認めるのであった。



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恋する狼の大暴走

 

 

 

 

 

 

 ……鎮守府に、衝撃走るッ!!

 

「け、憲兵さぁぁぁぁーーーーーーーん!!」

 

 またしても、憲兵に通報が言った。

 華麗に天井裏登場、憲兵が提督を捕まえる。

「提督。覚悟は……できとるんかいな?」

「……」

 色褪せた提督は既に真っ白に燃え尽きていた。

 腕を捕まれ、親指で示される。

 黙ってついていく。これで、救われる。

 などと思いながら、引き摺られていく。

 そのあとを、ちょこちょことついて歩く幼女が一人。

 嬉しそうな笑顔で無言でついて……。

「待ちなさい」

 行けなかった。猛禽類に捕まった。

「……はい?」 

 振り返る幼女に、猛禽類も顔がひきつっている。 

 少しお話を伺うことにした。尚、憲兵は女子高生に通報されて登場したと言う。

 そんな幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朝潮の判断は妥当ね。今回はお礼を言うべきかしら。ありがとう、危なっかしいのを止めてくれて」

 現在。翌日の執務室で、事情を聞かれている。

 事の発端はこうだ。

 朝から秘書に来た鈴谷さん、久々の一日構って貰えると上機嫌でお仕事に来た。

 室内にはいる。すると、そこには。

 

 いつも通りに仕事をしている提督の膝の上を陣取る、笑顔の駆逐艦が一緒にお仕事してました。

 

 で、一発で通報。ロリコンを発見してしまった。

 幼女に事情を聴くと、飛鷹が彼から少し目を離した途端に悪癖が再発。

 勝手に自滅モードになっていたので、強引に朝潮が突破した。

 壊れたドアノブは、提督が速攻で修理したらしい。割愛。

「うぬぬぬ……」

 不純な動機かと思いきや、いたって真面目。いたって正常。

 爛れた感情など有りやしない。唸る鈴谷。またもや朝潮の邪魔が入る。

「……鈴谷、落ち着いて。朝潮はフォローしただけよ。監視も込めているならちょうどいいでしょう?」

 幾分、自分のミスだと客観的に判断している飛鷹は、諌めるぐらいの余裕はある。

 一緒にいる。ずっと一緒。流石に、駆逐艦相手には……妬けない。

 だが。今回は、今までの放置プレイを食らっていた鈴谷が遂に、自制を振り切り暴走する。

「やーだー!! 納得できないー!! 鈴谷も一緒にいたいのに、朝潮ばっかりズルいじゃん!!」

 地団駄踏んで抗議しまくる。鈴谷の遊んでほしい、構ってほしいオーラを放置していたツケがきた。

 元来、鈴谷が一番嫌うのは相手にしてくれないこと。此度のライバルは猛禽類じゃない、この幼い狼になった。

 子供相手に何を怒る、と思うが。

 それは飛鷹が今は自分の見落としだと自覚して、慣れている感情を殺す作業を無意識でしているからだ。

 本来であれば怒髪状態で飛鷹も怒る。けれど、今回は飛鷹は自覚はない。

 それ以上に、自分の相棒としての失敗が許せない。その理由が大きい。

「止めなさい。ワガママ言うんじゃないの。あんたの場合はホントに冗談じゃ済まないのよ? 憲兵にどうやって言い訳するのよ。指輪持ちでも、罰せられるんだからね?」

 相応の外見をしている鈴谷では、手を出したと思われて憲兵の餌食になる。

 飛鷹が止めるが、嫌がる鈴谷。一緒に監視に入ると言って、言うことを聞かない。

「だったら憲兵さんに言えばいいじゃん!! やましいことなんてなにもしてないし!!」

「バカ。あの人だって一応男なのよ? いくらホモ疑惑があっても、あんたが相手じゃ理性が溶けるか分かったもんじゃないって言っているの」

 今は良くても、抑圧と言う意味では提督の精神に負担がかかる。男の理性は案外脆い。

 飛鷹が根気よく説得しているが、鈴谷は一向に納得しない。

 朝潮は一人、蚊帳の外だった。

「しないもん! 提督が鈴谷のとこ無理矢理襲うなんてしないもん!! っていうか、最悪鈴谷は提督ならされてもいいし!!」

「あんたが良くても提督が困るのよ。これ以上ストレスを与えないで。漫画じゃないのよ、成人男性に下手に近寄れば餌になりにいくのと何が違うの?」

 揉める大人二人。その頃には、窶れた彼がコッソリと戻ってきていた。

「司令官?」

「違うんだ……。俺はロリコンじゃない。ロリコンじゃないんだ……!」

 小言で呟きながら、机に座った。

 ……首もとに、何やら怪しいチョーカーらしき物体を巻かれていた。

「司令官、それは一体……?」

 朝潮がするりと定位置に戻る。

 膝の上を陣取って、揉めて気づかない二人を尻目に打算もなく自然と歩を進める。

「これか? これはな、朝潮。ロリコンの疑いのある提督に、憲兵が着用を義務付ける、一種の安全装置なんだ。少しでも性欲が高まると、諸々直ぐ様察知して、電流を流して動きを止めると同時に、憲兵に連絡を自動でする、優れものだぞ。ハハッ……」

 死んだ目で渇いた笑いを浮かべる提督。

「?」

 全く意味のわかってない朝潮。

 そもそも、朝潮に悪意はなく、純粋に心配してこうして行動しているわけで。

 憲兵は無下にするのは心苦しい、しかし如何に提督でも理性の溶ける可能性は否定できない。

 なので、これで妥協してくれと首に監視装置を設置した。自分では外せない。

 四六時中これで見ているから、ヤバくなったらこれで助けに行くと、逆に心配されていた。

 今まで一度もセクハラすらなかった男ゆえ、かなりこれでも甘い処置である。

 要は、提督なら問題はないが世間体があるので、これで一応収めてほしいと言う憲兵の優しさ。

 連れていかれて、あれこれ全部聞いてもないのに狼狽して相談すれば気の毒にも思える。

 彼は朝潮の言動に振り回されていた。

 ロリコン扱いされて心が折れた彼は、朝潮の頭を撫でながら仕事を再開した。

 その後、鈴谷まで参戦しようとするので、わざと安全装置を発動。

 自分でも助けを求める的な意味で発動できると裏技を教わったので実践した。

「ヴェアアアアアッ!?」

 悲鳴をあげて痙攣して、バッタリ白目をむいて気絶する。

 驚く一行。そして、またも憲兵が天井裏から登場。

「どうした!? 大丈夫かいな提督!?」

 自分からヘルプを出したと判断。憲兵は次に鈴谷を確保する。

「鈴谷ワレェ! 提督に無理言うたな!?」

「い、言ってない言ってない!! って、何で鈴谷が連行されんの!?」

 今度は鈴谷を連行していく。問答無用。言い訳は後で聞く。

 理解できずに連れていかれる鈴谷。助けを求めるも、

「少し頭を冷やしなさい鈴谷。前のあんたに逆戻りしているわよ」

「そんな!?」

 冷静に飛鷹に言われてショックを受ける。

 イケイケ女子高生はイメチェンしたのに。

 彼が苦手とする性格に戻りそうになっていた。

 取り敢えず、鈴谷は回収されて、飛鷹と朝潮で仕事を代理で続けていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

「憲兵さんのお墨付き! 許可もらってきたよ!!」

 大喜びで戻ってきた鈴谷が言った。

 一緒にいてもいい、但しお前も監視装置をつけろと言われてつけておいた。

 鈴谷も、憲兵に回収対象にされることで、何とか説得して許可をもらった。

 あとは通常の仕事もしろと言われている。提督の監視は交代制で行う。

 プライベート? 自爆騒動を起こすような人にはこれぐらいしろと苦言も貰った。

「ファッ!?」

 提督、奇声をあげて朝潮を盾に駆け寄る鈴谷を防ぐ。

「えっ、何か酷くない……?」

 その反応に、キョトンとする朝潮は取り敢えず提督を庇って、鈴谷が結構ダメージが入った。

 いわく、

「勘弁してってば……。鈴谷、お前と要するにこれって同棲か何かですよ? 理解してます?」

 朝潮はいいけど、お前とは怖いと言うかなんと言うか。そういう理由。

 子供はいいのか、とムッとする鈴谷。言い返す。

「提督が駆逐艦と遊んでばっかで鈴谷構ってくれないからじゃん!! ロリコン!!」

「違う、ロリコンじゃない、ロリコンじゃないんだ……」 

 なんか別の意味で余裕がない。鈴谷が怒ると朝潮も怒った。

 ロリコン、言われると途端にビクビクし始めた。何かトラウマでも出来たようである。

「言葉の意味は理解できませんが、司令官に対する侮辱は朝潮に対する侮辱と受け取ります! 鈴谷さんでも許しませんよ!!」

「朝潮はやっぱし意味はわかってないんだね……。いいけど、鈴谷が提督のお世話するから」

「いいえ、司令官は嫌がっています! 朝潮がやるので、鈴谷さんは通常勤務にお務めください!」

 朝潮はあくまで、下心はない。確かに彼を好いているが、幼さゆえに事の大きさを理解できない。

 鈴谷はまたも、対抗心。今は飛鷹以上に朝潮が手強い。だから倒す。出し抜くのは許さない。

 にらみあう両者。微妙なすれ違いを起こしつつ、ラブコメのような女性二人と一緒の共同生活が始まりを告げる。

 因みに強制。拒否権はない。

「ハハッ……」

 真っ白になった、乾いた笑いで提督はどうしてこうなったのか、まるで理解できなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、提督の自滅阻止の共同生活は幕開けをするのだが。

 一日目。朝潮が朝っぱらから襲撃。

 私室で寝ていた提督を叩き起こす。

 ……隣で。

「司令官、朝です!! 起きてください!」

 ベッドで寝ている提督を、同じく寝巻き姿の朝潮が起こす。

 寝起きが悪い。なかなか起きない。

「……起きろって言ってるでしょうがッ!」

 で、同じ室内に寝泊まりしている霞が蹴り起こす。

 布団の上から、姉を退かして豪快に蹴っ飛ばした。

「あぎゃ!?」

 酷い起こされ方をされて、ベッドから落ちる提督。

 床で痙攣していた。

「司令官に何てことをするんですか!!」

「あんたが一番その台詞が刺さる自覚をしなさい!!」

 霞が朝潮に逆ギレ。騒がしい。のそのそと起きる提督を気遣うのは満潮。

「……大丈夫?」

「死にたい」

「同情するわ……」

 朝潮の暴走に、満潮は首をふるだけであった。

 まず一日目。寝泊まりの拠点が、提督の私室になった朝潮さんと鈴谷さん。

 心配して、しっかりものの霞と満潮もここで暫く寝泊まりする。

 ……狭い室内に、霞と満潮が同じ布団で寝ていて、鈴谷は端で寝ていた。

 朝潮は何を血迷ったのか、彼と同じ布団で寝ていていきなりこれである。

 霞が介入せねば、色々危なかった。……未だに寝ている鈴谷的な意味で。

 霞がバカをやめろと長女に怒る。意味がわからず長女と口論に発展。

 その間に提督は違う部屋で着替えを済ます。鈴谷を眠そうに起床する。

 ハチャメチャな予感しかしない始まりであった……。



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闇色駆逐艦

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで大きな問題がある。

 現在、指輪持ちとこの鎮守府で言われる五名のうち、何名が戦えるだろうか?

 練度の序列から考えよう。

 一位、空母飛鷹。今は出撃の回数が増えている。留守にしがちな日々が続く。

 二位、空母鈴谷。現在提督包囲網の哨戒に忙しくて出られない。

 三位、駆逐艦朝潮。現在二位と包囲網でにらみ合いをしている。

 四位、潜水艦イムヤ。事情を聞いて苦笑いをしつつ、一位の後方支援を担当中。

 五位、空母葛城。正直言うと包囲網に入りたいが彼がゾンビになっているので空気を読める良い娘。

 要するに上位二名がバカやってて戦力低下を招いていた。

 限定解除をしているはずの二人が抜錨しない。それはイコールで跳ね返る。

 提督は、こんな形で切り札を切りたくはなかった。然し、このままではいけない。

 最早この二名のにらみ合いでは済まない。飛鷹の許可は得た。急いだ方がいいと警告も受けた。

 仕方無い。もう、彼の手にはあまる。

「ごめん、助けてッ!!」

 そう、複数の部下に指輪を差し出して、SOSを出す情けない司令官がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が転がり込んで、約一週間経過。

 今日も今日とて騒がしい。空母と駆逐艦が揉めている。

 もう変なことしないので放っておいてほしいと真面目に思う。

 執務室で口喧嘩が絶えない。鈴谷が提督の補佐をするのは上手い。

 それは勿論、回数を重ねている鈴谷が有利なのは当たり前。

 朝潮に対して勝ち誇る笑みで出撃を言うものの。

「いいえ、私は司令官の相談役です! ここにいるのが定位置なんです! 鈴谷さんこそ抜錨なさってください!」

 朝潮も中々頑固で譲らない。彼女は相談役、鈴谷は秘書。仕事が被っている。

 仮にも指輪持ちが、こんなことでは困る。そこで、だ。

 先日、二人が寝静まる時を見計らい、数名に部屋に入ってもらい、指輪を手渡した。

 書類はあとでコッソリと書いていたので問題なし。情緒がどうとか言っている暇がない。

 そこで、渋っていた指輪の受託を、数名に行った。丁度戦果を挙げるのもあるし、好機であった。

 それ以上に胃痛との戦いを勘弁してほしい。こんなラブコメデイズは嫌だ。

 何よりも、助けをほしかった。この二人の怒鳴り声は色々キツい。

(頃合いか……)

 辟易した表情で仕事をする。捗るのはいい。主に現実逃避で効率は上がっていた。

 提督との約束の時間になった。すると。

 突然、執務室の扉が豪快に開く。驚く二人に、颯爽と救世主が現れた。

「朝潮、今日こそは観念してもらうわよ!!」

「……うわ、青ざめてる。ゾンビみたい……」

「鈴谷、演習の時間ですよ。来なさい」

 三名のメシアがずかずかと入室する。

 駆逐艦、霞と満潮。空母、加賀。

 この三人が、提督の窮地に参上してくれた。

「げっ、加賀さん!?」

「……霞? 満潮? 一体どうしたんです?」

 鈴谷は勝ち目のない相手が来て逃げ腰になり、朝潮は首を傾げた。

 まず加賀が、鈴谷の腕を掴む。無表情だが、腕に青筋が浮かんでいる。

「いい加減にしなさい。何時まで提督のそばでうつつを抜かすつもりですか? 最近、少々鈍っているようですから、徹底的にしごいてあげましょう」

「ひぃぃぃぃぃ!?」

 三人の左手の薬指には、銀色のシンプルな指輪がはめられている。

 その事に朝潮が気づいた。

「!!」

 提督の膝の上で鎮座する彼女を、霞が引きずり下ろす。

 油断していた一瞬の隙に、回収される。

「交代の時間でしょ!! 何時までもこいつから離れないんだから!!」

「ま、まだです!! 時間に余裕は……!!」

「ないから。もう真面目にギリギリだから。あんたが口先で大潮と荒潮丸め込んで代わりにやってもらってるの知ってるわよ」

 道理で交代制なのに朝潮が固定化しているわけだ。

 大潮たちに代返してもらっていたらしい。

「荒潮がお礼の間宮さんの最中食べ過ぎて体重増えたのは朝潮のせいだって、恨んでいるんだってさ。少し、哨戒に出て恨み言聞いてきなさい」

 ……キチンとお礼をするのは朝潮らしいが、しかしあの真面目一辺倒の朝潮がそこまでして心配しているとは。

 何だか、情けない気がしてきた。

「し、司令官!! 助けてください、霞が! 霞がぁ……!!」

 なぜか抵抗する朝潮を羽交い締めにして、霞が持ち上げる。

「……後で来るわ。仕事、見ててあげて満潮」

 了解、と頷く満潮を置いて、霞は哨戒任務に朝潮を連れていく。

「鈴谷。運動不足は、あなたのいう美容の敵よね? さぁ、運動をしましょうか。たっぷりと」

「ひぃっ!? 死ぬ、鈴谷死んじゃう!! 提督助けて!! 加賀さんに殺されちゃうよッ!!」

「……頭にきました。本気で追い回されたいらしいですね、鈴谷……!」

 ぐいぐい引っ張られて、足掻く鈴谷を連れていく加賀。

 喚く二名を教育係がキチンと仕事を再開させる。

 ばたん、と閉まったドア。途端、提督はハイライトの消えた目で満潮を見た。

「ありがとう満潮……。俺は、もう限界……だ……」

「うちの姉が暴走してごめんなさいね。悪気はないんだけど、如何せん加減を知らないから。限界でもやることはやって。私もキッチリ手伝うから。終わったら例の新作でも一緒に聴こうよ。ね?」

「……お前、あの限定品買ってたの!? マジで!?」

「ったりまえでしょ。ほら、やる気出して。頑張りましょ」

「おっしやる気出てきた! 頑張ろう!」

 何とか息を吹き返した顔に戻った。

 書類は書いているし遠征の指示も出している。

 この日から、五名だった指輪持ちに三名追加された。

 加賀、霞、満潮の三名に後日、長門や那智、金剛や榛名も追加されることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝潮はお説教をされていた。

「あんたはバカか! あいつに負担かけてどうするの!? 見なさい、鈴谷も加熱して倍増させたもんだから、あいつがまたゾンビになってるでしょうが!!」

「で、でも……」

「でもじゃない!! 私は頼られる事を目指せって言ったんであって、暴走しろとは一言も言ってないから!!」

 任務後。一緒に戻ってきた霞が、ガミガミと朝潮を叱っていた。

 萎縮する朝潮。普段は逆だったのに、今回ばかりは霞が正しい。

 ソファーの上で正座する朝潮はビクビクして叱られている。

 仁王立ちの霞は、イタズラをした子を叱る母親のように様になっていた。一応、妹である。

 提督は満潮と一緒に、大体の仕事を終えて二人で大音量でヘッドフォンを用いて現在現実逃避中。

 新作のデスメタルを聴いて、魂の浄化を試みている。

「あんなにあいつを追い詰めて! 前から強引なのはダメって知ってるのに何やってんの!?」

「……す、すいませんでした」

 忘れていた。彼は強引な艦娘は苦手であった。

 心配するあまり、感情を抑制できずにこの有り様だ。

 霞が説教するのも納得できる。朝潮は我に返り、深く反省した。

 慣れていない感情の暴走が、恋心に合わさって加速した結果の自爆。

 猪じゃあるまいに、と朝潮も自省している。

 霞は以後気を付けなさいと最後にいって、そして。

「……まあ、こんな形とはいえ、指輪を託して貰えたから、これ以上は言わないわ」

 そうだった。ハッとする朝潮。なぜ、妹二名が指輪を。

 それを霞はこう説明する。

「あいつから、簡単に聞いたわ。相変わらず、相談するってことを知らないもんだから、抱え込んで自滅するのよね。要は、大本営の差し金よ。連中、戦果を出すようにでも言ったみたい。支援や輸送だけじゃいい加減足りないんですって。指輪を腐られる前に、形だけでもやっておかないと五月蝿いから。私は、必要経費よ。満潮も多分ね。一番はあんたの暴走に歯止めをかけるストッパー。で、そのついでに私も戦いに出る」

 霞はため息をついた。同時に、少しだけ口元で笑っていたのを朝潮は見た。

 なんだか、胸の中で変な痛みがする。何だろうか。言い様のない、不快感を霞に感じる。

(……何だろう、この感覚。霞を見てると、なんだか黒い気持ちになる。悔しい……のかな)

 強いて言うなら、妬み……? 嫉妬……? 名前が特定出来ない嫌な感覚が広がっていく。

 自分が暴走していたのにかこつけて、ちゃっかり指輪を受け取ったように感じた。

 慌てて首を振った。違う。悪いのは、朝潮。突き進んだ、朝潮が悪い。

 ……なのに。

(私に対する嫌味……? 霞らしくない嫌がらせをする)

 ダメ。一度でも感じてしまうと、止まらない。

 自分だけ、朝潮を使って取り入った。満潮も、朝潮を利用した。

 朝潮にああだこうだと言うのは、自分がそういう立場にいるから? 出来るから?

 この態度の真意は何? 自慢? 優越感? 見下し? 哀れみ?

 姉に対して、過去散々言われた事へのお返し?

 司令官を追い詰めた姉への報復? あるいは、脅し?

 まさか霞は満潮と結託して、司令官を朝潮から奪おうとしている!?

 

(……………………何ですって?)

 

 違う。二人は何にも悪くない。

 悪くない。悪いのは、周りを見なかった朝潮。

 迷惑をかけた朝潮。それは間違いない。

 

(……………………嘘だ)

 

 迷惑をかけたことは反省している。

 追い回したことも反省しよう。

 けれど、待ってほしい。

 それは理解したが、何であそこで満潮は司令官の膝の上で座っている?

 何で霞は、必要以上に朝潮を遠ざけようとしている?

 

(……私が、邪魔なのね? 一番近くにいる、私が目障りなのね?)

 

 知っている。二人も、ずっと前からあの人が好きだって。

 何で朝潮が怒ったと思っている。

 素直に尊敬していると、好きだと言わずに憎まれ口を叩くからだ。

 照れ隠しに、酷いことを何度も言ったからだ。

 

(私は……覚えているわよ、霞。あなたが、司令官をグズと呼んだことを。満潮、あなたがこの鎮守府をこんな場所と蔑んだ事を。私は、決して忘れない)

 

 ……なぜ?

 あれだけ罵倒を続けた二人が、どうして……今、朝潮よりも近くにいるの?

 最初から慕っていた。ずっと尊敬していた、朝潮よりも近くに。

 後から来たくせに。指輪だって、言い訳をしなければ受け取れないくせに。

 

(…………憎い)

 

 奪われる。自分の妹に、あの人が。

 鈴谷? あんなのは今はどうでもいい。今は、霞と満潮。この二人が……憎い。

 違うと言うなら、今すぐあの人に証明して見せて。

 好きだと。愛していると。

 素直に、感情を発露して見せろ。

 朝潮は、自覚した。やっぱり、朝潮はこの人が好きなのだと。

 好きだ。間違いない、大好きだ。自分を制御できないぐらい、好きすぎる。

 

(……………………邪魔)

 

 頭に来た。ああ、完全に今回は頭にきた。

 これ見よがしに見せつけてくれるじゃないか、後から来たくせに。

 必死になっていた朝潮を利用して、彼に近づいて思惑通りに指輪を手に入れてご満悦のようだ。

 良い度胸だ。姉を使って、素直じゃない自分を改めず、あまつさえ姉を怒鳴るか。

 怒鳴る内容は全面的に謝罪しよう。ならば、次はお前らの番だよな?

 

(…………私を利用して手に入れた指輪の件は、謝ってもらわないと)

 

 先ずは、その指輪を外せ。

 

 外す気がないなら、指を折れ。さもなくば切り落とせ。

 

 止めろ。その幸せを誇る笑みを止めろ。

 

 私をダシにして手に入れたくせに、勝ち誇るのを止めろ。

 

 私を惨めにするな。

 

 司令官に近づく口実に、よくも使ったな……ッ!

 

 好きと言えないくせして、状況を有利にしただけの泥棒猫が!!

 

(……許さない。許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!)

 

 コイツら、よくも!! 

 

 よくも私を利用したな!!

 

 ただ、ただ好きだっただけなのに!!

 

 ただ、そばにいたかっただけなのに!!

 

 ただ、あの人の力になりたかっただけなのに!!

 

 全部奪われた!! 霞に、満潮に!!

 

 私だけが指輪を許された駆逐艦なのに!!

 

 許さない、絶対に許せないッ!!

 

(…………思い知らせてやる)

 

 姉妹がなんだ。

 

 妹がなんだ。

 

 司令官をグズと罵り、鎮守府を否定した艦娘なんて私の妹じゃない。

 

 朝潮型に、こんな娘はいらない。

 

 司令官を慕えない奴なんて、妹じゃない。

 

(殺してやる……絶対に許せないッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私から司令官を奪う駆逐艦は、私が…………て、やる。



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司令官ロリコン化計画

 

 

 

 

 

 

 

 誰もが知らない。

 朝潮が至った危険な兆し。姉妹に対する嫉妬、憎悪。

 殺意にまで昇華され、感情の抑圧のできない幼子が、とうとう彼の恐れる過ちを犯す。

 そう。艦娘の暴走。恋心の果てに至るという、在り来たりな悲劇、惨劇。

 この物語は、朝潮が紡ぐ惨禍の結末。

 姉妹をその手にかけて命を奪い、血を流しながら一人真っ黒に微笑んで、彼に頼られたいと願う駆逐艦の求めた悲しい結果。

 その意味を理解するには彼女は幼すぎた。

 分からないまま、知らないまま、朝潮は彼への愛を謳うだろう。

 

(……大好きです、司令官。共に、これからも……朝潮だけを見て、朝潮だけを愛して下さい……)

 

 誰も望まない、誰も救われない死をもってして終わる幕を引く。

 

 これが朝潮の終焉の形……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……んな訳はない。残念ながらこのルートにおける朝潮はヤンデレではないのだ。

 神は言っている。朝潮ちゃんは皆の天使である、と。

 ……違う意味で話がずれた。

 瞬間的に憎しみを抱いている朝潮。殺意が漏れだして、霞に勘づかれた。

「へぇー……? 朝潮、あんた私に殺気を向けるなんて、反省の色が無いみたいねッ!!」

 逆ギレと判断した霞が更に怒る。

 カチンときた朝潮も負けじと言い返す。

 立ち上がって、怒鳴り返す。

「何を……私を使って司令官に近づいたくせに!!」

「はぁ!? なんで私があんた使ってあいつに近づかないといけないわけ!?」

 しらばっくれるつもりか。朝潮は指摘した。

「嘘つき!! 司令官の事を好きなの、私だって知ってるわよ!!」

「!!」

 霞、少々怯む。が、流石は妹。直ぐに気丈に反論する。

 というか。

「……ええ、そうよ!! 好きよ、悪い!? あんただけ特別扱いされてるのが気に入らないけど!?」

 なんとこっちも聞いてないので逆ギレした。まさかの霞の逆上に、朝潮が気圧された。

 頬を真っ赤にして、しかし霞ももう指輪持ち。

 知られていたなら怖くない。愛を叫んで何が悪いと言わんばかりに。

「結局私も朝潮の妹だからね!! 我慢してただけで、惚れてたのは認めるわよ!! どう、満足!? あんたが言う通り、認めりゃいいんでしょ!?」

 堂々と開き直った。

 ……憎悪が呆気に変更された。利用はしてないが、気に入らないのは認めるらしい。

「さっきのは理由は残念だけどホントよ! 利用するもへったくれもないでしょうが! だからあいつはゾンビになっててそんな余裕はなかったっての! っていうか、私も満潮もあんたの暴走に振り回されてこっちも余裕ないわよバカ!」

 利用していたとすればそれは結果論。申し訳ないとは思う、と謝罪は素直に言うが。

 同時に、霞はこうもいった。

「ふんっ!! 何を言い出すかと思えば、どうせ横取りされたとか思ったんでしょ! バカじゃないの!? 私も満潮も、あんたを出し抜けるか!! 出来たらもうとっくにやってるわ! 今まで散々上から叩いたのを自分で忘れたの!? お陰さまで実力も信用も勝ち目ないのは知ってるってのに、寝言言わないでよ!!」

 ……情けない反論が帰ってきた。

 よく見れば霞、かなり今身構えていた。

 朝潮に結構ビビっているらしい。

「えっ……?」

 朝潮、呆然。闇色が抜けていく。

 おかしい。思っていた以上に妹がこっちをビビっている。

 もっとずる賢いと思っていたのに、逃げ腰になっているんですけど。

「この際だから正直に言うけど、あんたとは喧嘩したくないんだけど。お願いだから、マジで大人しい状態に戻ってよ……。なんで二人がかりでやってると思ってんの? 一人じゃ押さえ込めないからに決まってるじゃない」

 霞にしては情けない台詞が飛び出してくる。

 いつも堂々としている彼女にしては珍しい。

「……えっ? 私、そこまで怖い?」

「どっちかっていうと普通に怖いわ」

 威勢よくやっているのはいつもの性格。

 真面目なやつは怒ると怖いを素で行く朝潮は特に怖いとか。

「……………………」

 毒気が抜ける。嫉妬をするハズの妹が自分を異常に怖がっていた。

 おかしい。こんなはずじゃない。霞と満潮は、もっとこう手強い相手じゃ。

「なんで突然キレたのかは知れないけど、あいつの迷惑だけは止めて頂戴。その内また病院送りになるわ。あと、私達駆逐艦だってことも忘れないで。ロリコンの汚名が悪化する」

「その、ろりこんっていうのは、何なの? 鈴谷さんも何度か言ってたし、憲兵さんも言ってたけど」

 日々聞いている理解できない単語。

 朝潮は知らないが、霞は知っていた。

 説明に困るが。どう言えばいい。変態か?

 そこで音楽を聴きすぎて二人して頭を前後に振っている妹は、勢い余った提督の頭突きを後頭部に受けて呻いているし。

 なに聴いているんだろうか。気になる。

 どうやら、霞が教えないといけないらしい。

「……ロリコンってのはね」

 語源から意味、用途まで取り敢えず懇切丁寧に教えていく。

 比例して、朝潮の黒い瞳からハイライトがご退場願っていく。やめて、居なくならないでと霞は思う。

 表情も抜け落ちていくから余計に怖い。

「……鈴谷さんのことを少し教育しないといけません」

「鈴谷のは多分、一般論だから。私らみたいな外見は、いつの時代も相手に変態の幼女趣味という汚名を被せるのよ」

 ほら鈴谷に矛先が向いた。落ち着くように言い聞かせた。

「そんな、そんなのって……! 差別じゃない、外見で人の恋愛を外野が責めるなんて!」

「実際、手ェ出しているマジものの変態もいるの。仕方ないでしょうが」

 朝潮は悔しそうに地団駄を踏む。然し、歴史上ロリコンというのは悪名である。

 一度でも張り付けば最後、末代までその名を轟かせる。

 それが許されるのは、赤くてグラサンで彗星な奴のみだと言われている。

 しかも三倍も速くないと許されない。なんと言うことか。

「つまりは司令官も赤くて三倍仕事のできる大人になれば、許される可能性が……?」

「ないから。あいつは総帥ほど階級高くないから!!」

 ついでにマザコンも同時に併発しておかないと許されないので悪しからず。

 金髪でもないし、老人が時代を云々とも言ってない。そもそもそこまでおっさんでもない。

「じゃあどうすれば!? このままじゃ私は世界を相手取って戦わないといけなくなるのに!!」

「あんたは常識と戦うつもりなの!?」

 朝潮は決して諦めない。ロリコンが汚名と言う認識を変えてやると、真面目に考え始める。

「……全人類洗脳計画」

「止めて。深海棲艦が地球を滅ぼすでしょ」

「違う国に……」

「どこの国も多少の差こそあれ、子供とはお付き合いできないわ」

「いっそ、私と司令官でアダムとイブに……」

「人類滅ぼす気!?」

 いけない。どれを選んでも袋小路だ。

 どうすれば、と悩む朝潮。呆れる霞を尻目に、軈て天恵が授けられた。

「そっか! 私が成長すればいいんだ!!」

「…………うわぁ」

 一番無謀なことを言い出した。

 ナゼかって? それは、朝潮さんが艦娘だから。

 詳しいことは気にいてはいけない。兎に角無理なものは無理。

 大人になった朝潮なんて、単なる美少女じゃないか!!

 ……素晴らしいのは否定しない。だが、ダメである。 

 あくまで幼女な朝潮さんが可愛いのだから。

「通報するわよ」

「ち、違う……俺はロリコンじゃないんだ……信じてくれェ」

 何だか提督が謎の気配に怯えていた。霞も身の危険を感じてボソッと小声で威嚇する。

 満潮はノリノリで気づいていない。

「ん? 霞は何を言っているの?」

「独り言よ」

 兎に角。

「多分成長は一番期待できないと思う。人間の都合で」

「そんなぁ……」

 絶望する朝潮。どう足掻いても彼と結ばれない。

 こうなれば、汚名を現実にするしかない。

 朝潮だって本当は心苦しい。けれど、本当に結ばれるただ一つの方法はこれしかない。

「……司令官に、ロリコンになってもらうしか……」

「あんたって奴は……」

 朝潮は絶望してがっくりと項垂れる。現実は非情なのだ。

 真の愛には年齢など些末なこと。相思相愛なら無問題。

 実際は山積みだが、敢えて目をそらす。知らない。そんなものは知らない。

 違う意味で、朝潮は暴走を始めてしまった。

 彼が悩みごとで苦しむのなら、全力で朝潮がそれを排除しつつ、彼を自分色に染め上げる。

 霞は何とかそれを阻止したい。彼はどうせ今回は聞いていないんだろうし。

 大本営が何やら外野で騒がしいが、戦果でも何でもあげてやろう。

 そっちよりも、如何にして幼女趣味にするかが大切だ。

「朝潮の本気を見るのです!!」

「違う駆逐艦の台詞だからね!? いや、多分そっちも界隈同じだろうけども!!」

 表面上は解決したであろう、修羅場の日々。然し水面下で新しい局面を迎えていた。

 今ここに、朝潮主導で新たなる計画がぶち上がった。

 

 ……『司令官ロリコン化計画』が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大本営が戦果を出せと喧しい。

 なので、取り敢えず朝潮は抜錨する。

 適当に強いやつを倒して首を持ち帰ればいいんだろう?

「肉薄するッ!! くたばれェッ!!」

 口汚く罵りながら、なんか近場にいた鬼を殺す。

 考えた。どうせ、駆逐艦の主砲など格上には通用しない。

 火力不足が必ず出てくる。魚雷は陸上型深海棲艦には通じない。

 朝潮のような駆逐艦の強味は回避と燃費だ。あとは夜が本番ぐらい。

 でも夜まで逃げ回るのはまどろっこしい。

 なので、華奢な細腕でも確実に殺せる武器を提督と相談した。 

 結論。どんなに分厚い装甲でも、工具を使えば解体とかできるはず。

 試しに白兵戦に特化することにした。文字通り、殴りあい。

 なんか鬼の深海棲艦が呻いている。艤装を溶かされて、苦しそうだった。

「……持続性は良いけど、瞬間的にまだ足りないかな……」

 朝潮は今回、主砲も魚雷も捨ててきた。

 代わりに高速機動が可能な新型エンジンに装備を変えて、更には大きな溶接ペンチを両手に抱えている。

 刃を赤熱させて、高熱で相手の艤装そのものを無理矢理挟んで刻むと言う荒業。

 片方を外して、巨大な刃でシールドにしたり、剣のように振り回すことも可能なように朝潮が独自に許可を得て、廃材で設計したものだ。

 そこそこ軽量、取り回しも良好、弾薬要らず。必要なのは発電機のみ。

 背負った艤装が一回り巨大化したが、増設した発電機のぶんが少し重たい。

 分解して使えば鈍器にもなるし、この状態でも融解は可能なほど高熱を保てる。

 非力な朝潮でも、ペンチと言う工具なら簡単に扱える。

 事実、鬼を一人で倒せた。レンジに入るまでひたすら回避に専念して、援護してもらいつつ突撃。

 真正面から、大きなペンチを構えて、防御した艤装と胴体諸ともぶった切った。

 かなり抵抗されたが、無事に溶断完了。

「……取り敢えず、撃破。これで戦果に鬼が一つ。次はドリルで、駆逐棲姫でも戦ってみようかな……」

 上下に両断されてまだ生きている鬼の深海棲艦が足元に転がっている。

 生きた個体は珍しいので研究用に回収して、またペンチで挟んで上半身を牽引していく。

 速度はかなり落ちるけど、妥協しよう。艤装も腕にくっついたままだし、問題あるまい。

「あ、悪魔がいる……」

 素面で工具を持ち出し、深海棲艦を本当に仕留めてしまった。

 朝潮が、更に別の意味で恐ろしくなった。姉妹が、戦果に前向きになりつつある姉を見て絶句する。

 満潮だけが、辛うじて呟く素直な感想。鎮守府の皆も流石にドン引きしていた。

 これも、すべては司令官ロリコン化計画の為だ。

 朝潮は今日も頑張る。愛する司令官の為に。……現在、本人も執務室で頭を抱えていた。



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心の壁と朝潮の武器探し

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えずの平和は戻った。

 朝潮は沈静化し、鈴谷は加賀の活躍もあって、現在扱きで鍛えている。

 ……まあ、彼の悩みは解決していない。

 皆に危険を、負荷を増やしていると言う罪悪感。

 必要なことなのだろう。敵が激化すれば当然の判断。

 これは、彼の精神の問題なのだ。

 そもそも、なぜ罪悪感を感じているのか。

 ……自分に、戦う理由はないからだった。

 改めて自分を見つめ返す。彼女たちは、指示されれば戦う。

 それしか周囲は求めない。提督も、上が言うなら戦えばいい。

 言われる立場は同じ。けれど、提督はより艦娘に近い環境にいる。

 彼女たちに、悟られるのではないか。空っぽの内心、中身のないの指示を。

 大本営は組織だ。提督が何を抱えようが関知しない。

 だが、艦娘と提督は距離が近い。近すぎる。

 自分の命を預ける存在が、そんな頼りないような人間ならば、どうなる?

 ……答えは簡単。見限り、愛想を尽かされるのだ。

 そうすれば、彼は戦えない。何もできないただの人間。

 今を構成する全てを喪失する。思い出せ、艦娘に支えれている現実を。

 そうか、と彼は自覚した。これは、罪悪感の他にもある。

 

 ――恐怖だ。

 

 彼は、部下に知られたくない。空っぽの提督だと。 

 当たり前の理由である皆を死なせたくない、という建前の裏側にある虚無を。

 自分自身のことなかれは、きっと相棒も知ってる。

 けど、本心は果たして、彼女は気づいているだろうか?

(怖い。みんなが、怖い。知られる。見放される。そうしたら、俺は……)

 路頭に迷うか。あるいは、そのまま死ぬか。死ねればまだ、いいかもしれない。

 理由がないから、理由を作った。

 ダメコンという欠陥を搭載して自分の命を裏側で賭けていた。

 カッコいい理屈なんてない。そこにあるのは情けない、無能な男の嘲りを受けるような話。

 死なせないなんて、誰でもしている。彼の場合は、そこから先がないからわざわざ酔狂な橋を渡った。

 参ったものだ。今までは、戦う理由がなくても続けてこれた。

 有能ではないのもある。何より、自分は戦いが下手くそなのだ。

 文字通り、痛いほど知っている。何度失敗しても、うまくいかない。

 大本営で言ったことは嘘じゃない。全部、自分の自己評価。

 正直言うなら、戦いはしたくない。だってうまくいかないと分かっているのに、誰がやる。

 輸送や護衛、支援さえしていればその日の食い扶持は稼げた。

 何もなくても手伝っていればいいと、そんな気軽な気持ちがあったかもしれない。

 戦争を舐めている、まさに阿呆のやることだ。

 だが、矢面に立ったらこの様だ。理由がなければ、戦うに値しないと思われたら?

 ああ、怖い。部下が、艦娘が、怖い。

(知られたくない。俺の内側に何もないことを。覗かないでくれ。頼むから、お願いだから……)

 折角、仲良くなったのに。折角、うまくいくと思ったのに。

 知られたくない。悟られたくない。どうすればいい。どうすれば上手に隠せる?

 

 ――遠ざけてしまおう。

 

 結局、出てきた答えはこれだった。

 仲良くする限り、きっと皆に内面を覗かれる。

 絶対嫌だ。見られたくない。全員だ。全員、見させない。

 結果さえ出せば大本営は何も言わない。言わせない。

 彼が知る確実な方法は、シンプルに遠ざけることだった。

 接しなければ、知られない。簡単だ。今度は取り繕って見せよう。

 知っているか? 笑顔ってのは、ある種の仮面なんだ。

 笑っていれば大抵の場面では通用する。その癖、他の感情を悟らせない優秀な仮面。

 印象も悪くないし、コミュニケーションの上でも違和感は少ない。

 常に笑っていればいい。笑って誤魔化せ。笑って流せ。笑って済ませろ。

 心の中に、誰も入れるな。……相棒さえも入れさせない。

 皆の命を守りつつ、自分の現状をも守る欲張りな方法はこれしかない。

 やってやる。今度こそ、自分の心は自分で守る。保身と、命を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……最近、寂しいと思う。

(提督が……変わらなくなった)

 鈴谷はいち早く分かった。以前のような、優しさが見えない。

 秘書をやる。提督は適度に話して、適度に笑って過ごしている。

 聞けば答える。問えば教える。けれど、何かが違う。

(違うよ提督。鈴谷が聞きたいのはそんな言葉じゃない)

 なんだ、この違和感は。周囲はいつも通り過ごしているけど。

 皆、気づかないのか? この人、何だか中身が見えなくなったと。

(誰……? この人は、鈴谷の好きな提督なの?)

 まるで精巧に作った偽物と過ごしている気分。

 そう、偽物。偽者じゃない。感情を感じないから、人ですらない。

 良くできている。声も表情もほぼ同じだ。……感情があれば、だが。

(薄気味悪い。ずっと笑っている。笑っているだけじゃん。何があったの提督。なんで話してくれないの? 鈴谷、聞いてるのに)

 気持ち悪い。そう、率直に言うなら今の彼は気持ち悪い。

 微笑みしか浮かべない。会話をしているのに、それは表面上。

 こっちの感情を全部カットして、聞いてない。言葉だけでやり取りしている。

(また……? また、自分の殻に閉じ籠るの提督?)

 成る程、手段を変えてきたか。

 やっていることは同じだ。しかし、今度は露骨じゃない。

 もっと上手く欺瞞して、周囲と繋がったまま、閉じ籠ってくれたのだ。

 こうなると、鈴谷も対処が分からない。聞いてもダメ、近づけば然り気無く追い払う。

 のらりくらりと手を伸ばしても、煙のように掴めない。触れたいのに、空を切る。

(…………寂しいよ。ねぇ、聞こえているならちゃんと見てよ。鈴谷はここにいるよ?)

 目を見て話さなくなった。特に、親しい鈴谷や飛鷹に対して。

 飛鷹は今回は眉を顰めて、様子を見ている。

 いわく、

「本気で寄られるのを嫌がっているみたい。私にも、何も喋ってくれないのよ? 邪険に扱うと悪化するって学習しちゃったみたいね。一本取られたわ。下手になんかすれば、間違いなく悪くなるって、言外に言っている。強引にすれば、次は多分、露骨だろうけど相手もしなくなると思う。避けられる可能性が高いから、私は今回は見守ることにした。ごめんなさい、私もこれは困ってるから……」

 と、近づかないことを選んでいた。

 こう言うときは構うと本人との関係が拗れる。飛鷹が恐れるのは、関係の崩壊。

 だから、及び腰で対岸で見守るしかない。

 鈴谷は途方にくれた。自分も無理。有利な筈の飛鷹ですら警戒されている。

 ならば、一体誰が彼に突破をしてくれる?

 自分達以外で、親しい間柄で尚且つ、怖いもん知らずのダークホースなんて……。

 

「司令官ッ!! 限界突破のドリルとかどうでしょうかッ!?」

「ドリル!? お前は宇宙に穴でも開けるのか!?」

 

 ……いや、いた。

 怖いもの知らずで、いつも通り接している娘が、一部だけ。

(……。あの子は無邪気だな)

 見てて思った。これが、違いか。

 幼さというある意味選ばれた武器が、彼女にはある。

 無知は罪か、あるいは救いか。此度は、救いと出た。

 彼女は何も分かってない。大人じゃないから、分からないんだろう。

 だからこそ、怯まずに突撃していける。素直以上に、強い武器がある。

 朝潮。あの娘と、その姉妹。あと一部の駆逐艦だけは、何時もと同じく接していた。

(……ダメだ。提督に、警戒されている時点で、もう)

 見ていると、何だろうか。なんだか、少し、寂しい。

 けど、納得もしてしまう。あの娘のような勢いがない。

 彼女には、提督に対する心配が、全身で表現できる。

 鈴谷は言葉にはできても、行動には移せない。何故なら、その先にある離別が怖いから。

 分かりやすいのかもしれない。裏表がない、溢れている感情。

 子供っぽさが、彼女の武器。そして、無邪気さと真面目さが。

(……ダメかな)

 これは、勝ち目がないかもしれない。

 鈴谷に出来ないことをできる娘がいるなら、その子に譲るべきかもしれない。託すべきかもしれない。

 無理を通して、全てを台無しにしたくない。鈴谷は、臆病になっていた。

 選ばないといけない。ここが、分岐点。

 賭けに出て、全部失うか。それとも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本で読みました! ドリルが回転するたびに勝利に近づくと!!」

「くっ、お前もアレに目覚めたのか、螺旋の艦娘! やはり朝潮にドリルは危険だ、今すぐ使用を止めなさい!」

「いいえ、止めませんッ! 朝潮のドリルは敵を貫き、絶望をぶち抜く希望だと信じます!!」

「ぬうううううううううッ!!」

 何やら執務室で、朝潮と提督が揉めている。

 議題は、近接艤装の使用について。

 朝潮は次なる工具、ドリルの使用を求めているがアンチドリルの提督は認めない。

 呻きながら一歩後ろに下がる提督。悔しそうに悶える。

 その前を、小さなオモチャのドリルを構えて熱弁する朝潮。

 朝潮が優勢である。

「ドリルなど認めんぞ! 俺はドリルなど決してッ!!」

「認めてください司令官! ドリルを使えば、強固な深海棲艦の艤装だって、きっと破壊できます!!」

「敵を貫く螺旋の槍……そんな野蛮な武器を、天使朝潮が使うなどと!! 血塗れになったらどうする!? 天使から悪魔になる気か!?」

「何を仰っているのかまるで分かりませんが、血塗れでも司令官のためなら朝潮、我慢します!!」

「我慢の時点で嫌がってるじゃねえか!?」

「正直言えば嫌です!! 生臭いので!」

 ドリルは使いたい。けど、ミンチを浴びるの嫌だ。

 面倒な注文である。

「ですがドリルはどんなに硬い装甲でも削れるんです! 非力な朝潮でもきっと扱えます!」

「ダメだ、認めぬ! 野蛮なスプラッタ工具など俺は看過できぬゥッ!!」

 提督は絶対に使用を認めようとしない。

 朝潮はそれでも諦めない。有効なら取り入れる。

「ならばドリルをミサイルに!!」

「どわぉ!? 発想が怖いな朝潮! けどそれなら誰でも積めるだろ!」

 右手にドリルを装備してぶっぱなすとか言い出した。艤装の技術でも多分無理。

 というか、誰にも積めない。

「むむ……ならハンマーはどうでしょうか? こう、でっかい輝くハンマーとかなら、威圧感ありますよね?」

「うちの資材が光になっちまうよ!!」

「じゃあ、大型の対艦ソードとか! 木曾さんみたいに、悪を断つ、みたいな!」

「お前それ、支援する馬なしで振り回せるのか?」

「……無理です! 諦めます!」

 ダメだった。

「じゃあ、何が有効でしょうか? 両手にロケット推進持って噴射して、空中からドリルキック……」

「ドリルから離れろ朝潮。如月がくしゃみするだろ」

 どのみちえげつない。

「……あ! そう言えば他の鎮守府の方で、メイスを振り回す三日月さんがいると聞きました!! 朝潮もどうでしょうか!?」

「……ああ、あの伝説の提督の所か……」

 メイス振り回す三日月は割りと有名な鎮守府の話。

 変な髪型の肌が褐色の男が提督やっていて、殺っちまえミカという台詞を言うと三日月が深海棲艦を絶対に皆殺しにするという。

 ついたあだ名が『鎮守府の悪魔』らしい。カッコいいとは思うけど少し怖い気もする。

「メイス、ね。それは考えておこうか。打撃なら勢いつければ威力はあるだろうし。トゲつけておこうな?」

「了解です。あ、ペンチも引き続き使っていきますね」

 ひとつめ、メイス。打撃武器。ペンチ、溶切武器。後は。

「万が一を考えて盾が欲しいです!」

「盾か……」

 軽量、機動力特化には変わらないが保険ぐらいはほしいと要望。

 提督とあれこれ考える。

「ああ、ニッパーとかどうでしょう!?」

「いいね、それ!」

 相談して、菱形のニッパーを設計することにした。

 こっちは刺したり単純に斬ったり、防いだり持ち上げたりできる多用武器にする。

 主砲じゃ意味がないから、白兵戦で艤装を破壊して勝利する。

 という、独特の考えになった朝潮は、次の日から新しい艤装を試すべく、抜錨して戦いに赴く。

 気づかない二人。周囲と壁がなくぎゃあぎゃあ騒いでいるのは、この組み合わせしかないと言うことを。

 それが意味する結果を、まだ二人は気付けない……。

 

 



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天使で悪魔な解体屋

 

 

 

 

 

 

 皆さんは知っているだろう。

 深海棲艦に属する、姫と呼ばれる存在は、得てして凄まじい硬さを誇るものだ。

 況してや、駆逐艦では夜に限れば話は別かもしれないが、昼間のうちに倒すなど到底無理な芸当である。

 それは悪夢と呼ばれる夕立ですら出来ないだろう。

 だが。

 彼女は、行っている。真っ昼間、海のど真ん中で。

 沢山の情報を集めた。聞き込みもした。演習もした。

 準備は万端だと思う。決して油断せずに、確実に倒すために。

 彼と相談した武器は、敵を確実に仕留められるのだ。

 バカな、と倒れる姫は彼女を見上げた。

 なんでこんな方法で、という驚愕の表情で。

「……私は、気づいてしまったんです」

 彼女は語り出す。今、自分が倒している深海棲艦に。仮にも姫と呼ばれる人間に似た敵に。

 言葉は理解できるか分からないが、独白のように続けた。

「私は、司令官に戦果を出してほしいと頼まれました。だから、考えました。どうすれば、強大な深海棲艦と対等に戦えるか。そして、導きだした答えは、今あなたが食らっている通りです」

 殴る、殴る、砕く、砕く。

 淡々と、抵抗を許さない程に過激に、被害は最小限に留めながら。

「私は、一介の駆逐艦に過ぎません。深海棲艦の駆逐艦からすれば、私など赤子に等しい脆弱な生き物なのだと思います。深海棲艦は、膂力もあるし、知性も高い。艦娘が、勝てる部分などないと何度か挫折したような気がします。多分、気のせいですけど」

 敗けを認める気はないと。実際優勢なのでなんとも言えない。

 気持ちで負けたらそれこそなにもできやしない。

「深海棲艦には、こんなやり方分かりませんよね? だって、海にそもそも文明なんてありません。人間が産み出した道具はなく、そちらにあるのは自分達の武器だけ。さぞかし、私が不気味に見えるんじゃないですか?」

 抉る、抉る、掻き出す、掻き出す。

 なんと猟奇的な行動か。駆逐艦とは思えない、いいや艦娘にあるまじき行動であった。

「私は閃きました。所詮、艦娘と同じく艤装の部分さえ破壊してしまえば、そちらもなにもできないのではないかと。私は脆く、非力な女ですから、か弱いんです。方法を選べるほど、余裕なんてないんですよ」

 か弱いん女はこんなことしないと、遠目で見ている仲間は思う。

 やぶ蛇なので、黙っているが。

 姫の表情には恐怖しか浮かばなくなった。

 涙をためて、嫌がるように首をふる。懇願するように見上げるが、容赦などない。

「私が勝った理由は二つ。一つ、私は愛する人のため、負けられないから。二つ、私を駆逐艦と侮ったあなたの慢心。……捕まえる前に、良いことを教えておきましょう。主砲も魚雷も通じないなら、バラしてしまえばいいんです。近づいて解体してしまえばいいんです。だって、これは。その為の工具、なのですから」

 最後にガツンッ!! と姫が装備している艤装を全て解体してしまった。

 ガタガタ震える姫は、生きている理由を理解できない。

「ああ、あなたは生かして捕まえます。そして、こっちの本部に連れて帰ります。抵抗は許しません。なんです? 足の次は、腕を両方失いたいんですか?」

 自分を押し倒して見下ろす悪魔は、肩に装備した大きな刃物を取り外して、両手で合体させた。

 ……更に恐ろしい得物の出来上がり。騒ぐと胴体を切断する、と脅した。

 姫は、駆逐棲姫と呼ばれる駆逐艦の姫であったが、威厳はなく既にべそなき状態であった。

 それはそうで、何せ相手……朝潮は、数分かけてその精神まで解体するかの如く、彼女の艤装を動けなくしてから解体をしたのだ。

 で、ペンチとなったそれで、足のない駆逐艦を挟み込む。再三、暴れるなと脅しあげて。

「人類の工具を舐めないほうが身のためです。自分まで餌食になりたいんですか?」

 ビクビクしているのをそのまま牽引。艦隊と合流し、帰還した。

 世界でも非常に稀な、完全に生きたままの姫を捕獲するという偉業をこの日、ある鎮守府の駆逐艦が、まさかの活躍をするという話が大本営に伝わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦果は、上々であった。いいや、過剰だった。

 ノルマを最も稼ぐのは、今や練度は相棒の空母と同等、とうとう通り名までついて、『捕獲と破壊のスペシャリスト』と言われる駆逐艦、朝潮。

 全身に無数の工具を装備して、仲間と共に海を駆け抜けて、上位の深海棲艦ともタイマンを張れる貴重な駆逐艦らしい。

 超大型ペンチを両の肩に装備して、左足には小型のメイス、右足には大型のバール、左手には盾を兼用するニッパー、飛び道具にネイルガンを右手に持って、艤装の破壊と敵の捕獲をしまくる駆逐艦。……駆逐艦?

 文字通り、彼女は敵を駆逐する。艦娘の武器を捨て、ただただ白兵戦と本人は言うがどう見ても理不尽な解体屋となった悪魔は、大本営の出したノルマを単機でクリアしてしまった。

 彼女自身は、周囲にこう説明していると言う。

 

「司令官にご褒美を頂くためですので!!」

 

 ……比例して、この駆逐艦を育成した提督は、ロリコンのレッテルを張られつつあった。

 駆逐艦に懐かれて、呼び出しを受ける都度朝潮やその姉妹などがちょこちょこ嬉しそうについてきては、手を繋いだり抱きついたりして、甘えている。

 厳しいことで有名な霞も苦笑いして提督を引っ張っていき、口が悪いとよく言われる満潮とは仲良しに見える。

 特に真面目一辺倒で知られる朝潮が周囲を気にせず愛を訴える姿は衝撃的で、奴は有能なロリコンだろうと大本営のお偉いさんや他の提督に言われるようになる始末。

 彼は思う。

(違うんだ!! 有能じゃない!! 優秀なのはうちの艦娘だけです! 俺は至って凡才の人間だから!!)

 そう。優秀なのは自分で努力するこの子達で、自分は有能ではない。

 お褒めの言葉を受ける事も増えた。全部、接近して敵を半殺しで連れて帰ってくる朝潮のお陰である。

 なんでも、途中で限界を感じた場合は回収したほうが早く終わって司令官に会えるから、という理由であったとか。

 毎回、血を流して死にかける深海棲艦を牽引しては、一度傷を回復させてから研究者に引き渡す回数も増えるわけだ。

 笑顔で、迎えにいった彼に見せつける、痙攣し青ざめる半死人。

 大体腕がなかったり足がなかったり、酷いときの一番最初の鬼の奴に至っては上下切断という猟奇的な犯行をしやがった。

 しかも満面の笑みで戦果になると喜ぶのだ。

 怖すぎる。提督は朝潮の行動に、軽く引いていた。最初は。

 では、今は?

(あぁ、駆逐艦って……天使や)

 ロリコンであった。もう、汚染されていた。否、浄化されていた。

 毎日駆け寄っては騒がしく朝潮と過ごしているうちに、朝潮の癒しに下らない悩みも浄化されていた。

 戦う理由? もう、どうでもいい。この無垢な笑顔の前には……そんなもの、最早些末。

 一途に司令官と可愛らしく呼んで跳び跳ねて抱きつく朝潮の無邪気さと、戦果を頑張って稼いでくれる健気さ。

 多少深海棲艦がグロいの持ち帰ったって、子供の残酷さだから別にいい。

 前回辺りから天使がどうとか言っていたが、とうとう目覚めやがったこの男。

(やっぱ駆逐艦は、うちの朝潮は最高だぜッ!!)

 最高らしい。誠に同感ではあるが、気を付けるべきだった。

 

「――ヴェアアアアアアッ!?」

 

 提督、首に安全装置設置したまま。

 下手に興奮すると、痛い目を見る回数も増えていた。

 執務室で絶叫して、背もたれに寄りかかり白目を向いて気絶する。

 膝の上には、定位置となった朝潮が戦意高揚のキラキラで座ってご満悦であった。

(……計画通りっ!!)

 朝潮の思惑取りになっている。

 戦果を稼いで、自分に釘付けにしつつ、取り敢えず甘えて彼の理性を溶かしていく。

 なんか悩みごとでもあったのか、最初はみんなによそよそしい感じだったが今はそうでもない。

 大丈夫、稼げるものを稼げば頼れる艦娘になれるはず。実際なれた。

 飛鷹には、提督を頼むと託された。二代目の相棒になってもいいと任された。

 鈴谷には、負けたと言われた。どうやら、身を引いてくれるらしい。それは助かる。

 穏便に済ませたいので、有難い申し出であった。

 現在のライバルは……霞と満潮ぐらいなもんだ。 

 他の艦娘は結果が違うからか、なんか尊敬されるようになった。

 彼のために努力して、彼と一緒にいるべく時短のために敵を連れ帰ったら褒められた。

 一石二鳥なので繰り返したらいつの間にかすごい扱いをされていた。

 そんなものは副産物であって、本命は彼をロリコンにすること。

 近頃では突然絶叫して気を失うのでうまくいっているんだろうと思う。

 某世界の神様になった気分である。出すものだせば、誰も文句言わない。

(司令官を好きなら問題などないわ!)

 結果で黙らせればそれでいいのだ。

 朝潮の働きで、深海棲艦の生態が結構分かってきていると聞いた。

 そんなものはどうでもいい。捕まえて放り出して、あとは専門家に任せる。

「ご満悦ね、朝潮」

 丁度書類を持ってきていた霞と満潮が、ため息をついてこっちを見た。

「まさかあんたがここまでするとは思わなかったわ。やるじゃない」

「ふふんっ。もっと褒めてもいいわよ?」

「なんか最近キャラぶれてないあんた?」

 苦笑しながら、妹二人に自慢する。

 順調にロリコンに浄化される提督。憲兵も匙を投げた。

 彼はもう、手の施しようがない重度の洗礼を受けてしまったと。

 幸せになれと投げ遣りな祝福をくれた。

「正直、あんたの行動がガチ過ぎて引くわ……」

「いいの。これが正しい頼られる艦娘の姿よ霞」

 頼られる。確かに当てにされているのは事実だ。

 すっかり朝潮無しではどうしようもなくなったダメ男となった彼。

 霞も何だか、ここまでする姉を見ていると、流石にドン引きする。

 真面目の塊が暴走して、結果を出して彼を陥落させた挙げ句に、危険な道に本当に引きずり込んだ。

 文句を言う前に、結果で黙らせる。有言実行してくれた。

「……ハッ!?」

「あ、司令官。気がつきましたか?」

 意識が回復する提督。朝潮が見上げると、だらしない顔になった。

「何だろう、朝潮に膝枕される幻想を見たよ」

「じゃあ事実にしましょうか!」

 飛び降りて、ソファーに座って手招きする朝潮。笑顔だった。

 嬉々として提督はふらふらと近寄っていく。

「変態の面構えだわ……」

「うわぁ……」

 満潮と霞の冷たい視線も二人は全く気にしない。

 最早単なる変態と幼女のカップルだった。

「あぁ……癒されるぅ。朝潮に導かれる、パライソへ……」

「私と司令官が一緒なら何処でも天国ですよ。さっ、休んでください」

「うへへ……。朝潮は可愛いなぁ」

「ありがとうございます!」

 膝枕されて、そのまま寝落ちする提督。

 その男の頭を撫でる満足している朝潮。

 妹たちはもう、なんかどうでもよくなってきた。 

 一応、姉の努力でここまで来たのだ。恋が彼女を変えたのだ。

 それは、彼女にとっては間違いなく活力源になったんだろう。

「朝潮は……俺の彼女に……なってくれるかもしれない……女性、だ……」

「だから世界に、私達の心の愛を見せなきゃいけないんですよね、司令官」

 寝言に嬉しそうに答える朝潮。もう彼は末期だろう。救いようがない。

 ロリコンじゃないと否定していた頃が懐かしい。

「……お邪魔みたいだし、帰る?」

「そうね……」

 空気を読んで、呆れた妹たちは去っていく。

 気づいているだろうか? 朝潮が、彼に使う一人称。

 より、近くなった証からか、『朝潮』から『私』になっていることに。

 なんて。言っても自覚ないんだろう。

 今は幸せな夢を見ると沢山見れるだろう。

 その夢が覚めるのを、朝潮は膝を貸して柔く微笑み、何時までも待っているから……。

 

 

 

 

 

 



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ロリコンカッコガチ

 

 

 

 

 

 

 気がつけば、彼は後戻りできないレベルへと堕ちていた。

 人間と言うのは、自分のことを支えてくれる異性に弱いのかもしれない。

 献身的なまでの彼女の思いは、緻密な計画……というにはお粗末だったが、彼の脳内構造を短期間で劇的に変えていた。

 何せ、可愛いのである。圧倒的可愛さはまさに正義。まさにジャスティス!!

 ……話がずれた。

 彼は感じる。何故だろう。あの少女が気になって仕方ない。

 朝潮。彼の為に懸命に働き、懸命に尽くして、懸命に恋をする幼い駆逐艦。

 時々暴走とかしちゃうけど、それは仕方無い。可愛いのである無罪。

 彼女は今まで、典型的な艦娘の一員だった。

 義務で戦い、責務を果たし、使命を全うしていた。 

 けれど、今は違う。自分の意思で戦っている。

 司令官に勝利を。愛のために。感情を抱いて海を駆け抜く。

 いつか、言った。彼女に人間でいてほしいと。

 結果的に、彼女は彼から指輪をもらったのを切っ掛けに目覚めた。

 恋を知り、闇を知り、憎悪を知り、闇堕ちフラグをへし折って回避しそのまま進んだ。

 愛らしい笑顔で彼に甘えて、彼を支え続けた。

 結果、勝ち取った勝利であった。

(朝潮は天使だ……)

 そう。彼女こそ、提督にとって至高の存在。彼だけの天使である。

 この世界に救いはあった。悩める彼を導く無垢なる天使のもとに、彼の意識は召されるであろう。

 

 要するに、だ。

 

 こいつ、マジでロリコンに覚醒しやがったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒してからの変態の行動は実に速かった。

「鈴谷、ごめん。俺は……戦うと決めたんだ。あの子の笑顔のために。あの子の隣で。あの子と共に」

 先ずは、己の結論を彼女に知らせる。

 彼女との恋は、しっかりとけじめをつけた。

 お断りする。鈴谷は呆然としていた。

「お前は凄く魅力的な女性だよ、鈴谷。だけれど……俺は、お前とは向き合えない」

「…………」

 真面目な顔をして何を言っているのだこの変態は。

 駆逐艦だぞ? 子供だぞ? 何を考えている?

「常識的に考えればおかしいのは分かる。けど、あの子も本気なんだって、わかった気がしてさ。だから、俺はどうであれ、あの子に応える責任があるんだ」

 戦う理由がないことを知られたくなくて、皆を避けていた自分に突撃してきた無垢な少女。

 騒がしくしながらも、彼に常に付き添って共に戦う意思を見せてくれた。

 その健気な言葉と態度に……彼は癒され、気がつけばみなと普通に接していた。

 どうでもいいのだ、そんな問題は。要は彼の自滅。ありもしない被害妄想であった。

 考えなければ、そもそもあんな風に遠ざけることもなかったのだ。

 思い込みと言うやつで、それを気にせず突っ込んできた朝潮には、深く感謝している。

 彼は、朝潮に、確かに救われたから。

 ゆえに彼女の思いに、向き合いたいと。自分で思ったと告げる。

 意外と理屈の通した理由であった。

 半ば朝潮の勢いに負けて諦めていたが、本人から言われるとやはり、少し堪えた。

「……そっか。変に気遣いして、尻込みしたから……鈴谷は負けちゃったんかな」

 ああ、バカだ。分岐点を誤った。鈴谷は、思わずそう溢して、彼に背を向けた。

 小声で言っていて良かった。聞かれないで済んだようだった。

 怯まずに突っ込んでいれば。彼の苦手な物だとしても、敢えて選べば。

 隣にいられたかもしれなかった。最初に、暴走しすぎた。

 朝潮は無知だった。知らないから、怖いものも知らなかった。

 その差なのだろうか。……結構、ダメージは大きい。

 終わった。鈴谷の恋は、当初のライバルであった飛鷹からダークホース、朝潮に変わって。

 結局、鈴谷は勝てないままであった。

「ん、気にしないでいいよ。今じゃ鈴谷も、朝潮には勝てないしね」

 敢えて軽く、彼女は無理して笑って流した。

 朝潮は本気。それは、戦果を見れば分かる。

 今や鬼だろうが姫だろうが、必要であれば果敢に倒しに飛びかかるのが朝潮。

 そして、生きたまま解体ショーを開始して、抵抗するなら残酷に、無理矢理殺す。

 艤装を破壊するなどという艦娘の存在意義を捨てた方法を選べるなんて、鈴谷は思いもしなかった。

 あくまで艦娘として戦うことに無意識で固定されていた彼女とは朝潮は違う。

 彼のためなら、手段など選択しない。通用するなら意義だって捨てたのだから。

 工具で解体と言う方法は、邪道だと忌避する者もいる。

 彼女の活躍は目覚ましいが、同時にあんな戦法で勝っても意味などないと。

 駆逐艦としての誇りはどうした、といつぞや他の鎮守府の戦艦に言われていた。

 因みにその時は、朝潮は堂々とこう、言い返していた。

 

「残念ですが、私は誇りなど既に失った身です。駆逐艦と言うのは非力で脆く、限界が戦艦よりも遥かに速い。ゆえに、方法は限られます。私は巨大な主砲は使えません。優れたレーダーも使えません。重厚な装甲もありません。取り柄は機動力と持続性のみ。然しそれでは、他の艦娘と何が違うんでしょうか?」

 

 朝潮が求めたのは、司令官に対する確実な勝利だった。

 勝たなければ、なにも意味などない。

 誇りを、プライドを優先して勝機を奪えないなら大いに結構、と逆に言うのだ。

 

「私は見栄などいりません。それで、失うものはあっても守れるものは何もありません。勝てれば何をしてもいいのか、とお聞きになりましたが、答えは今の私です。是、とだけ言わせてもらいましょう」

 

 価値観が違うと言い切った。

 何であれ取り入れる彼女と、艦娘としてのプライドを守る艦娘では、相容れない。

 不愉快そうに眉をつり上げる戦艦。戦術に関しては、互いに責めても、共に戦わなければ支障はない。

 ただ、不愉快と言うだけで。

「私は艦隊あってのやり方です。後ろを助けてくださる、空母や重巡の皆さんがいたから、戦えた。決して一人きりの戦いではないのです。やり方なんて、そんなものはどうだっていい。私が、戦えるのか。戦えて倒して、皆と戻れるか。司令官のいる鎮守府に、帰ることができるか。重要なのは、そこだけ。他のことなど、小さいことです」

 朝潮は戦艦相手でも、怯まない。緊迫した空気のなかでも、見上げて真っ向から言い返す。

 軈て、議論は無駄だと戦艦から引いていった。あの手の奴には語るだけ無駄だと分かったようだ。

 ハラハラしていた周囲に対して詫びを入れてから、戦艦は朝潮にこう言った。

 お前と艦隊を組むのだけは願い下げ、と。背中を預かる気すら起きないと断言した。

「私は、誰が何と言おうとも我が道を行くだけです。お気に召さないのであれば、構いません」

 最後まで相容れないまま、朝潮は戦艦を見送った。

 彼女は酷くご立腹のようだったが。のちに、朝潮は周囲で見守っていた鈴谷たちに語った。

「私は私のやり方で戦うだけです。認められている以上、先方も強くは言えませんし」

 気にしない様子であった。度胸のある駆逐艦である。

「鈴谷じゃ、覚悟の差が出来てたってことだよ。朝潮はメンタル強いから」

 それを見ていて、鈴谷は感じた。萎縮しないどころか対立しても朝潮は、怯みも見せなかった。

 あの子のメンタルは、恐らく相当強い。それはやはり、提督に対する感情の大きな差だろうか。

 愛のために戦うと豪語する朝潮。その愛の前の感情は、忠誠心であった。

 元より朝潮という艦娘は忠誠心が高い傾向だと聞いたことがある。

 それが恋に変わって、愛に昇華された今、朝潮の根本は鋼の如く強固なものだと見ていて思う。

 つまるところ、朝潮は内面が凄まじく強く、そして揺るがない。

 揺らぐのは自分のキャラだけである。

「そうか……。俺の知らないところで、朝潮はそんなことを……」

 知らない一面を知って、どこか嬉しそうに彼は誇っていた。

 彼女の与えた影響は大きい。なぜなら、彼ももう、戦う理由ができたから。

 彼は誓った。朝潮に負けない提督になろうと。

 あそこまで尽くされたのだ。彼女に応えられる人間でありたいと。

 彼女が自慢できる男になろうと、決意を固めた。

 同時に、朝潮の愛らしさに骨抜きにされて、朝潮中毒に陥った。

 朝潮がいないと、多分彼は直ぐ様発狂する。その自信があった。

「提督、顔怖い」

「……ハッ!?」

 ニヤけた面構えにして、鈴谷が一歩引いていた。

 変態だ。やっぱこの人、ロリコンになっている。

 そういう表情をしている鈴谷。すごい警戒されていた。

「まさか……朝潮に手を出したとか言わないよね?」

「何を言うか鈴谷! あの尊い朝潮に俺が手を出す!? そんな……そんな畏れ多いこと、できるはずがないだろ!!」

 提督は直ぐ様否定した。ガチな反論に鈴谷は尚更引いた。

 提督は朝潮には性的な意味で手を出すことはない。

 首の安全装置もしかり。一番の理由は。

「朝潮はな……朝潮はとても尊いのだぞ鈴谷! 俺の穢れた欲望をぶつけていい相手ではないのだ! 朝潮は愛でるもの!! そして、愛でられるもの!! 互いに愛し、支えあう清らかな関係性しか許されぬ! 下劣な欲望なぞ、天使朝潮に向けてよいものではない!!」

 提督は朝潮を天使、要するに手を出すことを禁忌とする清浄な存在だと思っているらしい。

 熱弁されて、鈴谷はドン引きした。

「気持ち悪いよ提督……。変態になったの……?」

「変態ではない! 俺は朝潮という天使に救われただけだ!!」

 豪語する。間違いないロリコンであった。

 鈴谷、哀れみで彼を見る。

 頭が可哀想な状態になっていると思われているようだ。

 実際、可哀想になっていた。

「お前に誓おう、鈴谷。俺が万が一何かに血迷って、朝潮を泣かせる真似をしたら。その時は許す。俺を葬ってくれ。彼女を泣かす俺に価値はない。天使に涙を流させる不届きものに生きる資格なし。即刻死すべし」

「何を言われているのか鈴谷ちょっと分かんないかな……」

 何を言い出しているのだこの変態は。頼まれても鈴谷も困る。

 彼は朝潮をどうしたいのか。さっぱり理解で出来なくなった。

 これが、鈴谷の好きだった人なのか。様変わりしすぎである。

「はぁ……。提督、マジで最低」

「好きにいってくれ。お前に応えられなかった俺への罵倒、甘んじよう」

「いや、そっちの罵倒じゃないし。完全にその変態の言動に対してだから」

「うむ……?」

「分かってないの!? 今の提督まごうことなきロリコンだよ!?」

「ロリコン……? ロリコンってなんだ? 俺は朝潮に救われただけだが?」

 ダメだ。この人、壊れた。朝潮は提督まで破壊してしまった。

 鈴谷、危機感を感じる。これは、早く目を覚ましてもらわないと。

「提督、しっかりしてェッ!!」

 取り敢えず殴る。全力で。

 グーを作って、顔目掛けて振るう。

 鈴谷の願いを込めながら。

「ぐわああああああああああーーーー!?」

 めり込んだストレート。吹っ飛ぶ提督。

 ぶっ倒れて、痙攣している。

「はぁ……はぁ……」

 荒い息で、鈴谷は考える。どうしてこうなった。

 好きだった人が、今でも好きな彼がロリコンカッコガチなのですが!?

 飛鷹に相談しよう。このままでは不味い。彼も朝潮も。

 鈴谷は兎に角、失恋のショックよりもロリコンショックが大きかった。

 走り去る背中を、半透明な白い翼の朝潮が迎えに来る幻想を見ている提督であった……。

 合掌。



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ロリコンですが何か?

 

 

 

「……えっ? 彼がロリコンになった?」

 突然相談されたことは、提督がロリコンになってしまったという鈴谷の悲痛な訴えだった。

 飛鷹は仕事をしながら、首をかしげる。

「どういう意味?」

「だって……!! 提督が、提督が朝潮を天使とか言い出したよ!? おかしいでしょ普通に!!」

 執務室で書類を書いていた飛鷹に泣きつく鈴谷。

 何事かと思えば、先ほどフラれたらしく、理由が朝潮にガチでホレた提督のご乱心。

 彼は朝潮と向き合うとちゃんと鈴谷の言えたらしい。

「良いじゃない別に」

「良くないよ!? 提督変態になってるんだけど!! 飛鷹さんも確りして!?」

 飛鷹はなにがおかしいと逆に聞いた。鈴谷、余計にパニック。

 何で飛鷹は平然としている。相手は子供だというのに。

 子供相手に天使とか言っている野郎をおかしいとは思わないのか!?

 すると。

「鈴谷。朝潮は本気なのよ。そして、あの人も本気。……だったら、外野のあんたも私も、黙って見守りなさい。変態とか何とかって、騒ぎ立てるのは良くないわ」

 真剣な表情で、逆に飛鷹は鈴谷をたしなめる。

 唖然とする鈴谷に、飛鷹は走らせるペン先を止めて、説明する。

「いい? 逆に聞くけど、まさか朝潮やあの人がそれを理解していないとでも? バカ言わないで。あの二人は……きっと、誰がどう言おうとも結ばれる。今時、年の離れた恋人なんて珍しくもない。今は問題でも、朝潮が大人になる頃には関係ないわよ。子供に愛を叫ばれて、受け入れるのも問題だという鈴谷の指摘も理解する。けど、結局は二人の問題なのよ。フラれたなら、受け入れなさい。もう、鈴谷はその場所に居ないんだから」

 飛鷹は飛鷹なりに、彼らの交際を応援する気のようだ。

 言葉を失う鈴谷に、涼しい顔でまた仕事を再開した。

 まるで鈴谷が間違っているように言われて、思わず噛みついた。

「そういう問題じゃないって……そういう問題だよ!! 相手は朝潮、子供だよ!? また何を知らない、ロリコンの意味すら理解していないような幼い駆逐艦なのに……提督はどうかしてるよ!!」

 相手は子供。提督は大人。その年齢差は、いかんともしがたい。

 一方的に朝潮を子供扱いして、提督を異常者扱いする鈴谷。いや、世間一般の常識。

 ……無意識に諦めて、提督の相棒という居場所を選ぶ飛鷹に、この行動は不味かった。

 忘れがちだが、飛鷹は提督に敵対する者は誰であろうが攻撃の対象になる。

 応援する二人を妨げる者も、無論攻撃する。

 彼女は何よりも、提督を優先したい。

 たとえ選ばれなくとも、その背中を預かる以上、決して背後には誰も入れない。

 自身が彼の隣に居なくても。代わりに、誰かがいるなら。自分を殺してでも、祝福する。

 それが、本当に彼が幸せになれると、信じているから。

「いい加減にしなさい。それ以上言うと……あんた、海に沈めるわよ?」

 本気で怒った。飛鷹が睨む。緋色の瞳が、どす黒い闇色に変化していた。

 光を通さない汚泥のような怒りだった。今、飛鷹は本気で鈴谷に殺気を向けていた。

「!?」

 怯む鈴谷。飛鷹の殺意を間近で受けて、思わず一歩下がる。

 ゆっくりと椅子から立ち上がり、そして。

「彼が決めたのよ。それに口出しするの? じゃあ……覚悟しなさい。私が朝潮の代わりに、相手してあげる」

 なんと、鎮守府内部で艤装を展開した。

 眉をつり上げて、お札を手に逃げ腰になる鈴谷に迫る。

「ちょ、タンマ……。鈴谷、そういうつもりじゃないんだけど……」

 両手あげて降参しているが、下手なことを言うと、血祭りにされる。

 殺気を放つ飛鷹は、今誰にも止められない。肌で感じる、彼だけを優先する艦娘の本気。

 ヤバい。そういう人だった、飛鷹は。改めて相談する相手を間違えたと後悔する。

 飛鷹は絶対の味方。提督だけに尽くす女。逆らうものは、大本営でも滅ぼしかねない。

 血の気を失せた真っ青な顔で、弁明する鈴谷。飛鷹は、もう一度だけ言った。

「見苦しいわよ鈴谷。私が相手なら兎も角、朝潮に負けたのなら、身を退きなさい。引き際も分からなくなったんなら、容赦はいらないようね? 前の暴走は大目に見たけど、今度はダメ。許さない」

「……す、鈴谷そんなにおかしいこと言ってないよね……?」

 理不尽すぎる。殺意しかない飛鷹に思わず言う。不味いとは思うけど、あんまりな対応だった。

 別に未練があるんじゃない。ただ、提督がロリコンだからどうしようと相談しているだけなのに。

 が。

「ロリコンだからなに? というか、あの人が朝潮に手を出したの? そんな事実もないのに喧しいわ。手を出したら、私も対処するわよ。けどね、ないんでしょ? なら良いじゃない。あの人が朝潮を愛することに何か不都合があるのかしら? 常識? 世間体? 他人が人の恋路に口出しする理由なんてないでしょうが。愛は自由よ。恋も自由よ。年齢、立場、種族。そんなもので阻まれる世の中がおかしいの。真実の愛なら、そこに何人も介入は出来ない。関係ないでしょう、他人がどう宣おうが、本当に愛しているのなら。鈴谷、今のあんたは無粋よ。負け惜しみを言っているようにしか私には見えない」

 ……ダメだった。飛鷹は完全に提督の味方だった。常識がないほうだった。

 世の中が悪いと言い切る人だった。常識人は鈴谷だけ。要するに絶望した。

「えぇ……」

 飛鷹の言うことは理想だろうに、だがそれを貫ける度胸があるから、朝潮は手に終えない。

 言われずとも多分、朝潮は愛を謳い続ける。それが彼女の最強の武器。

 人間に近づき、恋を知り、愛に目覚めた忠犬改め狼だから。

 愕然とする鈴谷。飛鷹は贔屓目ばかりで宛にならない。

 だから、取り敢えず今は死ぬ気で謝って、違う人に相談しよう。

 そう、考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宛になりそうな人物。

 まず、加賀さん。

「……別にいいんじゃないですか? 朝潮ならば、外見以外は問題ありませんし」

「だからその外見が問題なんだけど!?」

「それを言うなら、大本営には駆逐艦を妻とする猛者もいると伺いました。先駆者がいる以上、違法ではないかと」

「ええええええええ!?」

 許していた。

 次、間宮。

「え……? 朝潮ちゃんがあそこまで言うんですよ? 問題あります?」

「見た目!! 見た目が問題!!」

「……鈴谷さん。最近の駆逐艦を舐めちゃいけません。ああ見えて、凄く大人なんですよ?」

「マジで!?」

 許していた。

 次、曙。

「いや、朝潮以外にあいつのお嫁さんできる人っている? あたし飛鷹さん以外じゃ、見当つかないけど」

「曙ちゃんはそれでいいの!? 駆逐艦だよ!?」

「あたしも駆逐艦だけど? 知らない? 他の鎮守府じゃ、他のあたしがお嫁さんしてる場所も多いんだって。まあ、正直言うとあたしが相手って言うと気持ち悪いけど、あいつの場合は……朝潮だし、良くない? 互いが大好きだって叫びあってるバカップルだもん」

「えぇ……」

 許していた。

 次、翔鶴。

「うーん……確かに、不味い気がしますね」

「でしょ!?」

 良かった。漸く味方が……。

「でも、わたしは提督のご意志を尊重致します。愛し合う二人を引き裂くのは、心苦しいので……」

「認めちゃうの!?」

「ええ。まあ、軍規に違反しないならば、恋愛は自由だと思います」

 ダメだった。というか、駆逐艦も入籍できるのは知らなかった。

 提督以外にもそんな変態はまだいるらしい。

 鈴谷は自分で調べた。そして、絶句した。

 実際、出来るらしい。

 因みに朝潮も最近それを知った。現実は朝潮の味方だった。

 なので過激になるアプローチ。

「司令官! 今度こそ司令官がほしいですッ!! 今回のご褒美は司令官のお心で!! 結婚しましょう!」

「そ、そんな……朝潮……。天使朝潮が……俺なんかを……俺なんかのために……!!」

「司令官、号泣するなんて……。私では、何か足りませんでしょうか……?」

「違う、違うんだ朝潮……。俺は、俺は嬉しいんだよ……。こんな情けない、頼りない男なのに、朝潮にそう言って貰えるなんて……嬉しすぎて、涙が……止まらねえんだ……」

「頼りなくなどありません!! 司令官は私の生涯ただ一人の司令官です!! 私は、朝潮は愛してます司令官! 私が一生かけて幸せにして見せます!! ですので、結婚しましょう!! マジの方で!!」

「…………俺は、俺はぁ……!! 俺で、こんな男でいいなら、是非喜んで……!!」

「そこ、鈴谷の後ろでプロポーズするな!! 今仕事中!! 朝潮は妹が見てる! 自重しなさい!!」

 ことあるごとに、朝潮がプロポーズし始めていた。

 調べて分かったのは、一定の戦果をあげた艦娘は、己の種類に関係なく、一定の期間を経れば人間と同じように婚姻を結ぶことが可能になる、という特例の決まりだった。

 因みにその戦果は、上位の深海棲艦を倒したり捕まえたりというかなりの無茶だったが、朝潮はとっくに捕獲しているのでクリアしていた。

 というか、戦果は余裕で超えておりお釣りが来るレベルである。

 あとは数年、待つばかりであった。

 桁が違う。チャンスさえあれば求婚する様は、なんというか……清々しい。

 妹がいようが、他人がいようがお構いなしだ。

 既にロリコンに洗脳された提督は通用しない。

 憲兵も好きにしろと諦めているし、事実条件もクリアしている。

 要するに、詰み。なんの問題もないのだ。

 但し、まだ性的に手を出すのはNG。そこは軍規で固く禁じられている。

 破るとブタ箱行きである。

「つまり……私達も、義理の……妹?」

「要は家族か……。あれ、問題なくない? 隣じゃないけど、身内入りだし」

 霞、満潮も姉に惨敗したが、義妹というかなりレアな立場に気がついて、ならば良いかと受け入れた。

 それはそれであり。何故なら、家族になるのだから。

 嫁の妹。義理の兄貴に、提督はなるらしい。早くも朝潮姉妹は納得していた。

「あらあら……。司令官がお兄ちゃん? んー……それも悪くないわねぇ……」

「大潮も大歓迎ですッ!!」

 荒潮も大潮も大丈夫と本人に言うし、山雲も朝雲もなんでか喜んでいた。

 鈴谷、最早自分が間違っている気がしてきた。

「鈴谷、これが現実よ? いい加減に認めなさい。ロリコンは罪ではないの。そう、変態であっても……立派な、愛の形なのだから」

 飛鷹にそう言われて、鈴谷は思わず叫んだ。

 

「そんな理不尽なあああああああ!!」

 

 理不尽でも結婚はできる。だからする。

 故に朝潮と提督は結ばれる。

 世界にロリコンと言われても。

 大本営は、結果を出したロリコンには、優しいのだから!!



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エピローグ 幼き恋慕の行方

 

 

 

 

 

 最初は、提督の自滅から始まっていた。

 いつも通りの自分だけで溜め込む悪癖。それを突破したのは、幼い狼であった。

 一度はなにもできずに彼を守れなかった。彼が壊れるまで、わかりもしなかった。

 けれど、今回は違った。彼が苦手と言っていても、彼女は気にせず心のままに行動した。

 人はそれを暴走というのだが、この際置いておく。 

 何故ならこの暴走は、結果として提督を救った。彼の自滅を回避したのだ。

 周りが騒がしく、彼のメンタルに多大なダメージを出した以外は、特に問題は……あぁ、多少あったが気にしない。

 ともかくも、彼は彼女――朝潮に、確かに救われた。そして、覚醒した。

 天使朝潮を深く愛する変態という名前の提督……即ち、ロリコンに。

 これぞ、彼女の目論見通りだった。

 愛を謳う幼き少女の、見事なる大勝利。

 幼き恋慕の行方。それは、朝潮の暴走の果てに掴んだ、ロリコンとのラブラブデイズであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なに? 勝手に進めるな? 若干一人納得していない? 鈴谷はロリコンを認めない?

「そうだよ!! 鈴谷、納得できないもん!! ロリコンが許される世界なんておかしいよ!!」

 バカな。ここは既にエピローグである。そんなワガママを通じる訳がない。

 天の声に歯向かうか女子高生。無駄なことを、諦めるのだ。

 たとえ鈴谷が認めずとも、戦果を出した世界が認める。つまりは、無駄な抵抗はやめるんだ。

 自分のルートになるまで大人しくしていなさい。

「やだ!! 絶対やだ!! せめて鈴谷の好きな提督を返せ!!」

 自分のルートでイチャイチャしていろ女子高生。そして、天の声に歯向かうな。

 ならばこうしてやる。鈴谷は認めた。いいや、諦めた。

 提督がロリコンでも、負けは負けだから。

「ひ、卑怯だ!! 天の声だからって、鈴谷の行動に口出……し……」

 大人しく帰る。そう、鈴谷は大人なので、わがままは言わない。

「…………あれ、鈴谷ってば誰と揉めてたんだろ?」

 そうして鈴谷は鎮守府の執務室の片隅で、謎に響いた虚空の声との戦いを忘れ、首を傾げて部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 ……戻った? よし、ならば朝潮とロリコンのラブラブデイズを続けよう。

 ……なに? メタを言うな? 鈴谷と戦うな? 何をしているんだって?

 細かいことは気にしないで欲しい。鈴谷が某ルートと同じく諦めが悪いので天の声で止めさせたのみ。

 済まないが朝潮ルートは、徹頭徹尾コメディを優先しているのだ。

 ここまで読んでくれた読者の皆様には深く感謝しているが、最後までお付き合いしていただきたい。

 シリアスに考えてもみてほしい。朝潮が工具を振り回しているのだ。

 天使朝潮は可愛いから許されるが、B級スプラッタを毎日しているのですが?

 それってどうです? 血塗れの朝潮が、毎回深海棲艦牽引して帰ってくるのですよ?

 そうしないと合法で結ばれなかったとはいえ、朝潮の戦いは最早ハンターでは……。

 いや、話がずれた。

 再開しよう。これは、朝潮が勝ち取った幸せな日々の一ページ。

 ロリコンと一緒になって、日々戦う。そんなある一日の出来事である……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官! 見てください!! 今回は大物ですよ!!」

 ……鈴谷の無駄な抵抗を知らない提督と朝潮は、平穏に暮らしていた。

 今回の獲物は、生きた戦艦棲姫を引きずって帰ってきた朝潮。

 鎮守府で待っていた愛しの司令官に、誇るように見せつけた。

「すげえ、生きてる……」

 最早慣れた光景であるそれに皆、大して気にせず、一緒になって牽引を手伝っていた。

 提督は初めて生きている戦艦棲姫を見た。結構美人だが、般若みたいな顔をして、皆に捕縛されている。

「お帰り、朝潮。……さて、じゃあ実験しましょうか」

 飛鷹も一緒に迎えて、倒れる戦艦棲姫にお札を貼った。

 途端に短く悲鳴をあげて大人しくなる戦艦棲姫。キツい痺れのお札を食らったようだ。

 最近、朝潮のやり方は一種の模範となったらしく、他の鎮守府でも捕獲を実行するべく、カリキュラムを組まれると聞いた。

 つまり、朝潮は時代の先駆者となったのだ。工具による深海棲艦の捕獲。

 それによる研究が実を結び、ついこの間上位の深海棲艦の言葉がわかるという装置を受け取った。

 今までは片言にしか聞こえなかった言葉が、これを相手につけることで翻訳してくれるという新開発。

 なので、顔をあげて睨み付ける戦艦棲姫の首に装置を装着。

 嫌そうに抵抗するが、無理矢理取り付けて、話しかける。

「……あー。なんというか、初めまして?」

 キッと睨む戦艦棲姫。強気の瞳は戦意を失っていない。

 周囲は艦娘だらけなので、抵抗は諦めたのか大人しい。

 提督はしゃがみこんで、彼女に話しかける。

「一応、その装置はお前さんの言葉を翻訳するのな? 俺の言っていること、分かるか?」

「黙れこの誘拐犯!! 貴様のような変態に語る舌などないわ!!」

 開口一番酷い罵倒が飛んでいた。滅茶苦茶怒っていた。

 本当に翻訳していると感動しつつ、殺気だつ飛鷹と朝潮を周囲が宥めて、話を聞く。

「お前らにも変態とかあるのか……。それは新発見だな」

「貴様……私を捕らえて何をする気だ!? 身体か、身体が目的か!?」

 なんでそうなる。言葉が通じると分かった彼女は必死に嫌がる。

 戦艦棲姫は己を強く見せようと何やら虚勢を張っていた。

「いいか、私に指一本でも触れてみろ……。私の艦隊が、必ずや貴様たちを討ち取るぞ!! 嘘じゃないぞ!? 本当だぞ!?」

「いや、俺彼女いるから、他の女性にはなんもせんよ? 兎も角、話をしたい。折角だしさ。敵意を収めてくれるなら、まあ……なんだ。捕虜扱いになるけど、ゆっくりしてってもいいし? ほら、戦いはもう終わってるじゃん? 言葉も通じるし、取り敢えず議論しようや」

 まあまあと宥める提督に、唖然とする戦艦棲姫。てっきり生きたまま解剖とかを予想していたのだが。

 思っていた以上に、この人間は穏やかだった。

「貴様は……私を殺さないのか?」

「俺の一存じゃそれも無理なのな。そこまで偉くないし、俺はあんまり戦い好きじゃないし。お前が暴れないって約束してくれるなら、色々聞きたいからさ。一切お前には触れないことを約束する。破ったら俺は周囲に血祭りにされるから、出来ない。お前は……ちょっと深海棲艦に関して、知ってることを教えてくれ。無論、只とは言わない。ここにいる最中は、たらふく旨いものを提供しよう。毒入りとかもしないぞ。どうだ?」

 一種の取引だった。食い物でつるなど、上位の深海棲艦を甘く見ている、とムッとするが。

「手始めに、まあこれを食え。話はそれからだ」

 自分を捕まえた艦娘に目配せして、一度居なくなり、数秒で戻ってきた。

 なんだか微妙な顔で。

「私の間宮羊羮……」

「朝潮、あとで一緒に羊羮食べよう。お茶も入れて、休憩かねて」

「はいっ!! 分かりました!!」

 どうやらそこの艦娘の取り分だったらしい。

 渡すのは嫌そうだが、提督が一緒というと飛び付いて喜ぶ。

 背中に乗っかったが、彼は気にせず羊羮を差し出す。自分も食べた。

「毒はないぞ。見ての通りな。取り敢えず食えよ。甘味はないだろ、深海棲艦には」

 毒味はしている。差し出されたそれを暫し見つめて、軈て。

 恐る恐る、差し出された羊羮をかじった。すると。

「……!? なんだこれは!? ウマイぞ!?」

 咀嚼して飲み込む。驚いていた。

 そして、全部かじって食べてしまった。

 物足りないように、彼らを見上げる戦艦棲姫。

 欲しいと言うのが、顔に出ていた。

「交換条件だ。大人しくしていれば、捕虜としてこれをもっと提供するが。お前は知っていることを教える。どうだ?」

 もう一度取引の内容を繰り返す。

 戦艦棲姫は、今食べた味が恋しくなり、渋々頷いた。

「……よかろう。大したことは知らんが、これを食わせてくれるなら、質問にも答える。だからもっとくれ!」

「成立だな。じゃ、行こうか」

 相手が素直で良かった。甘いものは世界を救う。

 提督は笑顔で了解した。

 動けない彼女を数人で持ち上げて移動開始。監視を踏まえて、飛鷹も同席する予定だ。

 後日、これが世界的にも稀な、深海棲艦との話し合いの席という前代未聞のことになるとは、その時誰も思わなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへっ」

「ぐへへ」

 で。数時間経過した頃。

 取り調べを終えて、調書に記して大本営に送り、話し合いとかお前はバカかと怒られたが、貴重なデータを取るのでしばらくそいつを捕まえておけと命じられた。

 そして、約束通り朝潮と一緒にお茶をする夜である。

 執務室の机に向いた椅子に座って膝の上に朝潮を乗っける提督。

 顔が変態のにやけ面になっていて怖い。無邪気に喜ぶ朝潮も大概だ。

「朝潮、あーん」

「あーん」

 小さく切った羊羮を朝潮に運んで食べさせる。幸せそうに笑う朝潮に、癒される変態。

 この空気、まさしくバカなカップルその物だが、相手は子供と大人。

 一応、互いに好きあっているので恋人同士。許されるのか? 結果だしたので許される。

「司令官、あーん」

「あーん」

 今度は朝潮が彼の口に運ぶ。嬉しそうに頬張る提督。顔は怖い。

 二人きりの夜の執務室。健全なはずなのに、どうしてこんな倒錯的な光景に見えるのだろうか?

 大丈夫。一切違反行為はない、健全なカップルの行動である。問題はない。

「美味しいですか?」

「朝潮が食べさせてくれるから旨さ倍増してるよ」

「そんな、私はなにもしてませんよ? 間宮さんの羊羮はいつだって美味しいです」

「朝潮の愛で更にウマイって事だよ」

「……そうですか? なら良かったです」

 むず痒くなるような甘ったるい会話に、誰かが聞いてなくて良かっただろう。

 イチャイチャしているのに、羊羮の甘さも相まって甘ったるい空間の出来上がり。

 そんなことは気にしないカップルたちは、にこやかに幸せな時間を送っている。

「司令官」

「なんだ?」

 不意に、朝潮は彼の顔を見上げてこう、言い出した。

「私は、司令官が大好きです。ですので、これからも戦い続けます。司令官と一緒に」

 新たな決意と言うように、彼女は微笑んで彼にいった。

 彼は黙って、朝潮の頭を撫でる。擽ったいように、彼女は笑う。

「俺も、朝潮とこの海を守り続けるよ。これからも、ずっと」

 彼も言った。彼女に誓う、新しい目標を。

 朝潮と海を守る。それが、彼の今の戦う理由。

「はいっ!! 私も、大好きな司令官と共に、戦っていきます!! 頑張りましょう!!」

「あぁ!! 頑張ろう、朝潮!!」

 一緒の思いを抱いて、二人は愛し合っていく。

 こうして、朝潮と提督は戦い続けていくだろう。

 人類のため、そして……二人の愛のために。

 この鎮守府で、ずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝潮ルート 幼き恋慕の行方 おしまい。




ここまで読んで頂きありがとうございました。
これにて朝潮ルート、完結です。
次は漸く結ばれる女子高生、鈴谷ルートとなる予定です。
次回のルートも不定気になりますので、よろしくお願いいたします。


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鈴谷ルート 水底で愛を謳うセイレーン
デートの先で


 

 

 

 

 

 ……この物語は、読んで頂く前に、一つ伝えたいことがある。

 ある艦娘の運命は、二つの物語で大きな差はない。

 一つは、想いと使命を継いで戦いながら過ごす未来。

 一つは、理不尽な結果に次元を超えた干渉を受けて曖昧になった未来。

 結局、彼女の恋は結ばなかった。成就せずに、終わってしまった。

 ここは、彼女の本来の世界である。ここは、彼女の迎えた未来である。

 ……端的に結論から言おう。

 ここから先に、救いはない。もう一度言う、救いはない。

 それでも、貴方は彼女の未来を見たいと思うだろうか?

 ……本当に? 本当に、貴方は彼女が迎える結末を望む?

 立ち止まるなら、ここでやめた方が賢明だと言っておこう。 

 何故なら、立ち止まるなら……ここしかない。

 後は、堕ちるだけの物語。堕ちて、墜ちて、落ちて。軈て全てを失う物語。

 時に話は変わるが、夕日と言うのは物悲しいと思ったことはないだろうか?

 どこか見ていると意味もなく、切ない気分になったりはしないだろうか?

 何が言いたいのかと言えば、彼女の物語はこうなると言うことだ。

 察しのよい方は既にお気づきだろう。沈む夕日、佇む海、分からぬ言葉。

 この三つこそが、最大の警告。これ以上は語らない。

 嫌な予感がすると言うなら、それに従って欲しい。

 けれど。それでも、恋の成れの果てと知っても尚、受け入れる事ができると言うなら。

 思いだけでも、心だけでも、乗り越えた先にある世界を、見たいと思うのならば。

 どうか、知ってほしい。優しい世界だけが、行き先ではないと。

 彼女は進む。それでも、自分の生きる、世界だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督……。ここ、何処だろうね?」

「分からん。俺に聞かれてもな」

「だよね。完全に迷子になっちゃった……」

「逃げ回っていたから、仕方ない」

「本当、意味わかんないよ。なんで突然襲ってくるの? こっち何にもしてないのに」

「…………」

「提督?」

「いや、何でもない」

「そう? にしても酷いよね、ただ鎮守府に帰ろうとしただけなのにいきなり殺そうとしに来たよ?」

「……そうだな」

「錯乱してんじゃないのあの艦隊。帰ったら抗議してよ提督」

「……そうだな」

「って言うか、なんで皆外国語喋ってるんだろ? 見たことない姿してたけど。どこの国の言葉かな。提督わかる?」

「俺も聞いたことがない言葉だから、判断できない。ごめん」

「そっか……。早く帰りたいね、提督。皆のいる鎮守府に」

「……ああ。無事に帰れるといいな」

「そうだね。じゃあ、諦めずに頑張ろう!!」

「…………」

 

 

 

 

 

(無事に帰れれば、の話だがな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「――例の海域に、出た? ああ、あの言っていた化け物……仮称、セイレーン。……分かってる、私も前線に出るから。……はぁ!? 出るなですって!? 誰がじゃあ指揮を取るわけ!? ぎゃあぎゃあ煩いのよッ!! 余計な指図は受けないって言ってるじゃない!! やることはやる、それ以上文句を言わないで!!」

 彼女は、乱暴に電話を切った。

「ひ、飛鷹さん……落ち着いてください……」

「朝潮の言う通りよ。ヒステリックに叫ばないで。朝潮を萎縮させてどうするの?」

「朝潮、加賀……。ごめんなさい、少し……疲れているみたい。休んできてもいい?」

「ええ。あなた、働きすぎよ。戦うなら最低限、死なないコンディションにして」

「はいはい……。じゃあ、寝てくる……」

 彼女は退出し、扉が閉まる。

「……飛鷹さん。完全に殺気立っていますね……」

「無理もないわ。飛鷹は今、支えを失っている状態だから、精神の均衡を保っていられないのよ」

「心中、お察しします。然し仮称、でしたっけ。その、セイレーンと言うのは。一体、あれは何なんでしょうか?」

「さあね。少なくとも言えるのは、今まであんな化け物は一度も交戦したことがない、完全な新種……あるいは、新型と見ていいと言うことだけね」

「見たことのない、記録にない……深海棲艦ですか」

「深海棲艦ならばいいけど、あれは果たしてそう呼べるのかしら」

「……はい?」

「セイレーンと言うのは、深海棲艦が出る前に伝わっていた伝説の生き物。美しい歌声で、船乗りたちを惑わして、艦を難破させる怪物だそうよ」

「艦を……難破?」

「ええ。要するに、私達艦娘の……天敵とも、言えなくもないわ。だから、仮にそうなら……深海棲艦ですらない。言う通り、化け物として戦うしかない」

「……そんな相手に、勝てるでしょうか……」

「それこそ、戦ってみなければ分からない。今できることは、待つだけ」

「……こんなときに限って……」

「絶望したら負けよ朝潮。心はしっかり持ちなさい」

「はいっ!!」

 

 

 

 

 

 

「――」

「見つけたわ……皆、目視で確認した!! 仮称、セイレーンと接触! 構えて、声に惑わされたらダメよ!!」

「――」

「で、でも飛鷹さん……レーダーの反応もおかしいです!」

「なら自分の目で見なさい!! あれのどこが私達と同じなの!? 私達が守るべき命なの!?」

「――」

「化け物だと言ったでしょ! 死にたいの!? あいつは待ってくれない! 朝潮、戦いなさいッ!!」

「――」

「……分かり、ました……。朝潮、迎撃に移りますッ!!」

「――」

(そうよ……。戦わないといけないの。私は艦娘……あの人の、相棒だから……戦わないと、いけないんだから!!)

 

 

 

 

「――くたばりなさい、セイレーンッ!!」

 

 

 

 

 

「うわぁ!? なんか襲ってきたよ!? もう少しで鎮守府に帰れるのに!!」

「…………」

「提督、何あれ!? なんか深海棲艦みたいな奴等が艦隊で来てるけど!?」

「…………」

「提督、聞いてる!? あの連中、深海棲艦だよね!? なんで近海にあんな人型がたくさんいるの!?」

「……………………」

「ねえ、提督ってば!!」

「逃げよう。このままじゃ、殺される」

「うぇ!? 逃げるの!? ここまで来たのに!?」

「下手すると、陸地はもう……深海棲艦に占領されているかもしれない」

「嘘でしょ……。だって、艦娘がそんなに弱いわけが……」

「俺たちを思い出してみろ。連中はもう、俺たちの知る相手じゃない」

「た、確かにそうだけど……でも!! 皆に連絡すれば!!」

「出来るのか? 通信が故障しているのに」

「うっ……。わ、分かった。今は逃げよう!!」

「ああ。出来るだけ遠くに、遠回りしてくれ」

「うん!! 速力最大で振り切るよ!!」

 

(それでいい。……それでいいんだ。追ってこないでくれ……頼むから)

 

 

 

 

 

 

「……セイレーンが逃げていく!? 待ちなさいッ!! みんな、追撃するわよ!!」

「はいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、ある季節の夕日の中で起きた悲劇。

 オレンジに染まった海で起きた、物語の、断章である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を少々戻そう。

「提督、デートしよ!! ご褒美ちょうだい!」

 それは、あくる日の鈴谷。上機嫌で提督にお願いしていた。

 前の日に、次の戦闘でMVPを取った艦娘に、提督から特別にお願いを聞いてくれると言うご褒美があった。

 飛鷹は仕事で欠席。指輪持ちとして参加した鈴谷が見事にかっさらい、提督にデートを申し込んでいた。

「お前とデート……だと!?」

 仕事をしている提督は何故か硬直して、鈴谷を見ていた。

「……なんか用事あるの?」

 ちょっと不安になる鈴谷が毛先を弄りながら恐々聞いた。

 提督は深呼吸して、仕事に戻る。デートは却下だと言われた。

「なんで!?」

 ダメと言われるとは思ってなかった鈴谷が机に身を乗り出した。

 楽しみにしていたのに断られて、ムカッとした。

 すると。

「いや、最近さ……大本営が、提督はなるべく外出を控えろってお達しが来たんだ。何でも、ここ最近提督の失踪事件が相次いでな。行方不明になるんだと」 

 意外にマトモな理由だった。

 話を聞けば、何でもここ一ヶ月程で、全国の提督が外出している間に次々と謎の失踪を遂げているらしい。

 既に数は二桁を超えている。流石にキナ臭いので、大本営は余程の用事がない限りは極力控えろと命じていた。

 消えた提督の行方は知れず。分かっているのは、所持品が海から発見されるぐらい。

 一人で行けば、当然危険な海にいくはずがない。なのに見つかる所有物。

「まさか、深海棲艦が誘拐していたりして」

 鈴谷がバカらしいと笑いながら言った。冗談のつもりだった。

 だって、そんなことはあり得ない。それはつまり、深海棲艦が上陸して陸に潜伏していると言う意味だ。

 鎮守府がある街に、監視網を掻い潜り、上がるなど前例がない。

 大体、深海棲艦は海にいるものだ。陸地に、況してや街中に居るわけがない。

 そういう固定観念があった。

「そりゃねえだろ。深海棲艦にそこまで知性があれば人類滅亡待ったなしだぜ?」

 提督も鈴谷の冗談に苦笑する。鎮守府がある限り、陸には決して近づけない。

 与太話だと彼も笑った。一応命令なので従うだけ。

「って、鈴谷のご褒美は余程の用事だよ!? 鈴谷いれば大丈夫だから!! 一応指輪持ちの艦娘なんだし!!」

 失踪が起きたのは個人で移動しているときだけと聞いている。

 ならば、同席するなら問題ないだろうと鈴谷は説得する。

「えっ、やだよ。朝まで帰れそうにないし。お前とのデートとか何それ怖い」

 提督は素直に本音をもらしていた。

「どういう意味かなぁ? 場合によっちゃしばくよ提督」

 キレる鈴谷。笑顔のままこめかみに怒りマークをくっつけて凄む。

 提督は、微妙に嫌そうな顔をしていた。

「……いや、ね? 鈴谷っていう艦娘はさ……。他の場所だと、デートはイコール朝帰りが常識だって、この間同期の奴が言ってたから……」

「朝帰り!? 鈴谷になにする気なの!?」

 一瞬で意味を悟る鈴谷。顔を真っ赤にして、慌てて机から離れて逃げる。

 分かった。エロい意味だ。ラブホとかそういう意味の卑猥な意味だ。

 今度は鈴谷がパニックになる。提督は勿論好きだが、そういうのはまだ早いと小声で呟いていた。

「あ、その反応はマジものか。ならお前は大丈夫そうだな。よし、デートするか」

「えっ!? 変わり身早くない!?」

 提督は鈴谷の反応を見て、許してくれた。

 いわく、大体この場合は肉食になるのは鈴谷の方らしく。

 提督はディナーとなって美味しく頂かれるらしい。

「他の鎮守府の鈴谷って……」

「ストレートに提督の心身を狙うんだってよ?」

 ドン引きである。他の鎮守府の鈴谷は、肉食か何かか。

 自分の知らない自分は、小動物ではないようで。ここの鈴谷は小動物だが。

 鈴谷とのデートは、確かに余程の用事だと提督は思う。

 ここ最近では一緒に出掛けてもいないし、ちょうどいい。

「言っとくが、ラブホはダメだぞ?」

「行かないからね!? 鈴谷まだ処女ですが何か!?」

「落ち着いて。聞いてないからそんなん」

 そんなことしたら飛鷹に殺される。

 清楚な小動物の鈴谷に失礼すぎる発言に、拗ねる鈴谷。

「怒ったからね!! 鈴谷怒ったからね!!」

 ぷんぷん怒る鈴谷は、お詫びにしっかりエスコートするように要求。

 提督は苦笑いして、日程を決め、その日を心待ちにしていた。

 久々の外出だ。気分転換も兼ねて、鈴谷が楽しめるデートにしようと。

 それが、大きな分岐点になるとは、夢にも思ってなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当日。一緒に出掛けた二人。

 飛鷹に仕事を任せて、一緒に街に出た。

 買い物と、食事をメインとする予定であった。

 可愛らしくおめかししてきた鈴谷に対して、無難なカジュアルで纏める提督。

 私服を久々にみた鈴谷は、

「……地味だね」

「うるさいよ」 

 意外と酷評で、二人はデートを開始した。

 鈴谷と腕を組んで一緒に歩く街中。

 可愛い鈴谷は、通りすぎる男の目を引いていた。

(……ううむ。煩悩退散)

 提督はそんな優越感も楽しめない。

 抱き寄せる腕に、豊かな膨らみが押し付けられて、気になって仕方ない。

 しかも無意識でやっている。気づいていない鈴谷。

 提督とて、一介の野郎である。異性を意識するぐらいには、鈴谷を気にしている。

「……?」

 首を傾げて見上げる鈴谷。無邪気というか、愛らしいというか。

 兎に角、提督の心臓に悪い。

「鈴谷、お前本当に可愛いな」

 照れ隠しに、バカなことを口走る。

 慌てて気がつけば、鈴谷は俯いて長い髪から見える耳は真っ赤だった。

 提督も微妙に視線を泳がせて誤魔化した。わざとらしい口笛を吹いて。

 そんな初々しい二名だったが。ある雑貨屋で、鈴谷が欲しいとねだってきた。

「これご褒美に!!」 

 というのは、オモチャの指輪だった。安っぽい材質で、見た目もチープというか。

 提督はこんな安物でいいのか、と聞くと。

「……に、任務以外で……提督に買って欲しいかな、って……。ダメ?」

 鈴谷は小声で、顔は真っ赤で目はぐるぐる回っていたが、何とか顔を見て言えた。

 素直な気持ちだった。任務以外で、彼に贈り物が欲しいという小さなワガママ。

 提督は、考えるまもなく答えた。

「分かった」

 こんな風に真っ直ぐに、好意を表す可愛い鈴谷。

 ……正直いうと、提督も何か贈りたいと思っていた。

 鈴谷は気になる。好きと言ってくる彼女が。

 こうして、一緒にデートをするぐらいに、気になる。

 指輪という特別なものを贈っても良いと思ったのは、鈴谷が初めてだった。

 受け取った指輪をちゃんと二つ、購入しておく。

「……!!」

 鈴谷も気がついた。二人ぶんの指輪を買っている。

 二人で一緒に買った指輪を、鈴谷に一個渡す。

「……お揃いか。悪くないな」

「…………ありがと」

 照れ臭いように笑った提督と、お礼を言って腕を再び組む鈴谷。

 互いに顔は真っ赤だったが、それでも。

 

 

 ――この時はまだ、幸せで、平穏だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 ここは、どこだ?

 ……海のど真ん中? なんで?

「あれ……提督? 提督、どこ?」

 なんで街中にいたのに、いきなり海にいる?

 気がつけば、鈴谷は海にいた。

 何もない広大な大海原に、青空のしたで突っ立っていた。

 記憶を辿る。指輪を買って、それでお店を出て……。

「……?」

 そこから先は、思い出せない。

 記憶が飛んでいる。いきなりここで、途切れていた。

「鈴谷、気がついたか?」 

 不意に、提督の声がした。

 上の方。見上げるがそこには青空しかない。

 振り返る。海と空。どこにもいない。

「提督? 提督どこ?」

「ここだよ、ここ」

 声は、自分の頭からした。

 右の頭部。こめかみの近くだった。

 手を伸ばす。何やら、冷たい感触。

「鈴谷、お前無事か?」

 声は、ここから響いている。

 提督の声だった。

「……提督、なにしてるの?」

「俺にも分からん。街中にいたのに、何でここにいる?」 

 彼も困惑していた。

 原因不明。記憶が互いに飛んでいる。

 姿がないのに、提督の声が頭からする。

「あれ? 提督、もしかして鈴谷に興奮して抱きついてるの? ダメだよ、そんなことしちゃ」

 

 ……違和感に、鈴谷は気づかない。

 

 そこには、変わり果てた姿の鈴谷しかいないのに。

 

「…………」

 

 提督も、異変に気がついた。

 自分の身体がない。あるのは、この不気味な……感触だけ。

 なんだこれは。なんだこれは!? 

(何が起きてる!?)

 自分の身体は? 自分の感覚は!?

 なんで鈴谷と一体化している!? 

 腕は? 足は? 胴体は!?

(……待て)

 いや、待て。感覚はある。

 ただ、これは……。感覚と言えるのか?

 視線は動かない。だが、神経は生きている。

 ……海面に、鈴谷が一瞬だけ写った。途端に、絶句する。

 

 ……そこには。

 

 綺麗な翠が色素が抜けて、真っ白になり。

 

 ボロボロの着飾った服装の。

 

 至るところに、錆びた色の鉄と繋がった白骨を服の上から全身に纏って。

 

 深紅の瞳で無邪気に笑い。

 

 傷だらけで、頭に顎の欠けたドクロをつけた。

 

 変わり果てた、鈴谷が立っていたのだから……。



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抜け落ちた記憶

今回は特に残酷な描写が多いのでご注意下さい。


 

 

 

 

 時は、街にまだ二人がいる頃に戻る。

 お店を出て、腕を組む二人に、迫る人物がいた。

「すみません、道を教えてほしいのですが」

 流暢な言葉で、そう二人に問いかける人物。

 小柄で、頭までフードを深く被った人物だった。

 上機嫌な鈴谷が、何事かと思って不思議そうに見る。

「はい、何でしょうか?」

 提督が丁寧に対応する。人物は性別も分からない、不審な格好だったが、声は女性的だった。

 恐らくは彼女だが、その彼女は海に通じる道を教えて欲しいと頼み込む。

 提督は海は危険だから近寄らない方がいい、と言うのだが。

「すみません、母の墓参りに行きたいので……」

 と、女性は申し訳ないように頭を下げた。

 提督も理解できる。母を失った故に、墓参りをしたいという気持ちは。

 何度もお願いするその女性に、軈ては提督も折れて、鈴谷に聞いた。

 時間を取られるぐらいなら、別にいい。親切とは流石提督と、内心感心する。

 女性は正確な場所は分からないらしい。いわく、初めてきた土地で地名すら曖昧だとか。

 で、場所を聞くと、確かに海沿いの墓地だった。

 なので、そこに徒歩で案内することにした。

 少し街から離れるが、仕方ない。これも軍人の務め。

 そう、割りきって彼は女性を案内する。鈴谷も腕を離してついていく。

 ……二人は気づかない。背後で、邪悪にほくそ笑みを浮かべる、女性の表情を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に向かって歩く。

 女性は黙ってしまい、気まずいような沈黙の中を進む。

 崖っぷちにあるような、なぜ此のような場所にあるかは分からない墓地だったが、そこに案内する。

 一時間もかからないうちに街を抜けて郊外へ。さらに歩いて目指した。

 帰りはタクシーでも呼ぼうと相談していた二人は、兎に角その場所に向かう。

 暫くして、到着した。終始無言で、女性はついてきていた。

 墓地の入り口は人気がない。寂しい雰囲気の場所で、ここで合っているかと改めて問いかける。

「ありがとうございます」

 合っていると、女性は答えた。

 

 ……そして。

 

「――合ってます。そう、お前らの墓場って意味じゃなぁ!!」

 

 突然叫んで、提督に向かって飛びかかってきた。

 まさかの不意討ち。咄嗟に鈴谷が庇って間に入り、彼女を思い切り殴り飛ばした。

「何するのさ!?」

 怒鳴り付ける鈴谷。激しい怒りを見せ、呆然とする提督を庇う。

 吹っ飛ぶ女性は空中で身を翻し、華麗に着地。

 そして、舌打ちした。

「……チッ。やっぱり艦娘が一緒じゃ、無理があったか。まぁ、仕方ねえ。お前らはどのみち死ぬんだ。覚悟しな、提督さんよ」

 フードをとって、顔を見せた。

 ……その顔は。短い髪型で、幼い顔立ち。

 なぜか猫耳カチューシャをしている、子供だった。

「子供!?」

「違う! 提督、こいつ人間じゃない!!」

 鈴谷が子供にはあり得ないパワーだと言って、彼を庇う。

 驚く提督に、彼女は愉快そうに笑った。

「まあ、驚くだろうな。普通はこんな場所に俺達はいねえ。そう、普通ならな。お前が初めてだぜ、俺の顔を見たのは。その前に大抵、死ぬからよ。だが、生憎だったな。何時までもでかい顔出来ると思うなよ、人間。俺達は既に、この文明を理解している」

 子供は肩を竦めて、バカにしていた。

 猫耳カチューシャを見て、提督は思い出す。

 あの形……いつかの飛鷹がしていたものに酷似している。

 まさか、と思い思わず叫んだ。

「頭のそれは、まさか艤装か!? エラーオブキャット!?」

「えっ……!? あのジャマー!? なんで民間に流出してるの!?」

 そう、あれは鎮守府恐怖の猫こと、エラーオブキャット。

 艦娘の力を全て封印し、一体化する欺瞞装置。

 それを、彼女は着けていた。

「あ? 本来はそんな名前なのかこれ? へえ、ってことはやっぱ人間の発明品か。便利だよな、おかげで俺はこんなに利口になれたしな?」

 意外そうに反応する子供。いや、フードの少女。

 赤い目で、愉快そうに彼らを見る。

「バカだなお前ら。街中で迂闊に提督なんて呼ぶから察知されるんだぜ? 冥土の土産に教えてやるよ。俺はお前らが言う、戦艦レ級って呼ぶ深海棲艦って奴だ。驚いたか?」

 ……戦艦レ級。恐ろしく強い深海棲艦の一種。

 鈴谷でも勝ち目がない。それぐらいの強大な深海棲艦。

 それが、陸である目の前にいる。

「バカな……なんでそれを!?」

「お前らを襲った場所に残ってた。気になってつけたら、戦えなくなったが陸上で活動できるようになったんだよ。ついでに、お前らからも見つからなくなった。で、勉強ついでに陸上で活動しながら海の奴等のお手伝いって訳だ。他に気になることあるなら聞いときな。冥土の土産って言ったろ。死ぬ前に教えてやるから、あとできっちり死ねよな」

 ベラベラと自慢気に語るレ級。

 提督は考える。戦えない代わりに、陸上での代わりの活動。

 多分、艤装も使えないんだろうと推測する。ジャマー効果は向こうにも意味がある。

 つまり、純粋な殴りあいになるということか。

 鈴谷は身構えている。艤装は……同じく展開できない。

 街中で暴れないように、外に出るときは艤装にはロックがかかる。

 ロックされるのは、鎮守府から出ていったときだけだ。

 彼女もほぼ丸腰。抵抗は……難しい。

 だが、相手は余裕面をしている。ならば、好機はある。

 ……チャンスはある。但し、それが意味することは……。

(……いいさ。鈴谷が無事なら、俺は)

 提督は迷わなかった。部下のためなら命を張る。そういう奇特な男には、いつものこと。

 優先するのは艦娘の命。自分の代わりはたくさんいる。

 優秀じゃない自分にできることは、鈴谷を守りながら、情報を残すことだった。

 本当は死にたくない。好きだと言っている鈴谷となら、尚更だ。

 その悲劇を知るだろうに、然し……それでも今は。優先するのは、他にあった。

 貴重な情報を、失うわけにはいかない。

 たとえ、鈴谷が相手でも。軍人としての矜持はあるから。

 彼は後ろ手で、携帯を弄る。録音機能があったはず。あるいは、通話でもいい。

 鈴谷が前に出て、視線を遮っている。その間に、指の感触だけで何とか弄った。

 いつも弄るからか、何となくでもギリギリ出来たのが幸いだった。

 ただ、通話ではなく焦って間違えたのか録音機能になっていたが。

 一瞥した画面は録音開始になってしまった。

 それでもいい。素早くボタンを押して、しまいこむ。

「提督は殺らせない……。お前を殺してでも止める!!」

「おいおい、艦娘ってのは陸上じゃ戦えないだろ? 俺は強いぜ、殴りあいでも」

 挑発するレ級に、提督は聞きたいことがあると聞いた。

 なんでもいいというので、片っ端から聞いていく。

 鈴谷が困惑しているが、無視した。

 それによると、このレ級をはじめ、情報を拡散した深海棲艦が鎮守府を襲ってエラーオブキャットを回収。

 装備して、陸上に潜伏し、何も知らずに出てきた、軍服着用の提督を襲撃して抹殺。

 司令塔のいない鎮守府を襲撃して、潰そうと言う考えらしい。

 二人の場合は、先ほど言った提督の呼び名で気づいて尾行して、襲撃したと。

 提督は一人の外出時は軍服を着用する義務がある。それを逆手に取った方法だった。

(だから一人で出歩くなって命令が来たんだ。俺は鈴谷がいたから私服だけど、呼び名で気付かれた……) 

 成る程、向こうはそういう観点で動いていたらしい。

 エラーオブキャットは、深海棲艦が装備すると通常通りの効果の他に陸上での活動を可能にして、更には知性の向上まであるようだ。

 語尾がおかしくならない代わりの副作用か。分からないが。

 バカにしていた深海棲艦の陸上行動。だが、実際には……既に装備が流出して、相手に渡って悪用されていた。

 切っ掛けは偶然だろうが、これは益々、情報を誰かに渡さないといけない。

「……そろそろいいか? もう、土産はよ」

 もっと情報は欲しかったが、レ級は飽きてしまったようだ。

 指の骨を鳴らして、身構える。鈴谷が更に怒るが。

 ……提督は、こう条件を出した。

 

「いいぞ。俺を殺せば目的は果たされるなら、俺だけを殺せ。代わりに鈴谷を逃がせ。……それが条件だ」

 

「!?」

 

 彼は身構える鈴谷の前に出た。

 そして、自分を殺せと……言い出したのだ。

 その結果が生み出す悲劇を知りながら。

 それ以上に、知らぬことで広がる悲劇を食い止めるために。

「て、提督……何いってるの!? ダメだよそんなの!!」

 鈴谷が直ぐ様嫌がる。当然の反応だが、レ級は言った。

「意外と気概があるじゃねえか。いいぜ? お前のその度胸に免じて、許してやるよ。艦娘なんざ海の上で殺せるからな」

 面白がるように、了承した。

 ホッとする反面、鈴谷がバカを言うなと怒鳴った。

「提督、正気になってよ!! こいつに鈴谷が負けるって言いたいの!? 勝つよ、死んでも勝つから!! 自分の命を粗末にしないで!!」

 泣き叫ぶ鈴谷。でも、それは出来なかった。

 説明できない。彼女には、絶対に生きて貰わないといけないことを。

 今はまだ、レ級が目の前にいる。

「……あ、遺品渡したいんだけど。それはダメか?」

「いひん? あんだそれ」

 降参する形で、両手をあげて提督は言った。レ級は意味がわかってないようだった。

 簡単に、死ぬ前に残す物品的な意味だと説明。

「ふーん。いいぜ、渡せよ」

 レ級は待ってるから早くしろと言った。

 途端に後ろから抱きつく鈴谷。泣いていた。

「提督、止めてよ……。自分でそれはしないんじゃないの? 鈴谷を置いてけぼりにして、死ぬなんて嫌だよ……。戦うから、今からでも良いから、止めてよ……」

 説得してくる鈴谷には、本当に申し訳ない気持ちになる。

 けれども、それは出来ない。

 何故なら、鈴谷は生きて、これを誰かに伝えないといけない。 

 そうしないと、更なる悲劇は生まれるだろうから。

 代わりに、生け贄となる。……その先にある絶望は知る。

 だが、我が身可愛さで全滅したら、全部が無意味になる。

 鈴谷に戦えと言って、万が一負けたら提督も死ぬ。

 鈴谷ではレ級には勝てっこない。そんなものは分かる。

 戦艦に空母が武器もなしに勝てるほど甘い世界ではない。

 だから、これは最善。確実な、方法。

「ごめんな、鈴谷。……これしかないんだ」

「違うよ!! まだ、まだ方法は……!!」

「時間がない。本当に、ごめん」

 振り返り、目線を鈴谷に合わせて提督は穏やかに言った。

 死にたくない。死にたくないけど、鈴谷が死ぬよりは……自分が死ねばいい。

 何より、好きと言った彼女を、死なせたくないから。

 提督が、死ぬ。

「……これを、鈴谷。お前に託す。飛鷹に渡してくれ」

 必ずと告げて、携帯を渡す。録音が済んだそれを、大本営に届けるために。

 嫌だと嫌がる鈴谷。すがるように、抱き締める。

 提督だって、本当は抱き締めたい。抱き締めて、命乞いでも何でもして生きたい。

 然し深海棲艦は優しくはない。できる最善を、するしかないのだ。

「……鈴谷。最期に、言わせてくれ」

 敢えて、突き放す。

 これが、最期の言葉。彼女に言うべき言葉だった。

 

「……俺みたいな男を好きになってくれて、ありがとう。俺も、お前を好きだと思う。ごめんな、曖昧な気持ちで」

 

 最期まで断言の出来ない男で。

 なんとか笑顔で、彼女を突き飛ばす。

 泣き叫ぶのは、あとだ。死にたくないと無様を晒すのも、あとだ。

 渡すものは渡した。あとは、鈴谷に託して、逝く。

 

「提督ッ!!」

 

「レ級。墓場で死ぬのはごめんだ。せめて提督らしく、海上で死なせてくれ」

 叫ぶ鈴谷に背を向けて、彼がレ級に言った。

「お前はワガママだな……。ま、いいか。応援呼ばれるのも面白くないし。あいよ、じゃあ行くぜ」

 提督の腕を掴み、レ級は海に向かって走り出す。

「待て、待てってば!!」

 涙を流して追いかける鈴谷。

 然し、レ級は遥かに足が速い。彼を連れて、崖を飛び降りて消える。

 鈴谷が追う頃には、崖の下の海には、誰もいなかった。

 周囲を見ても、誰もいない。

 

「――提督ーーーーーーーーーー!!」

 

 鈴谷の悲しい叫びは、海に向かって木霊しただけであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探しても見つからない。だから、やることをやった。

 託された鈴谷は、その意味を知る。

 携帯の録音の中に、彼らの会話を聞いた。

 聞き取りづらいが、真相が入っていた。

 この為に、彼は……。

 

「……ねぇ、提督。言われた通りにしたから、もういいよね?」

 

 大丈夫。メールで、飛鷹に緊急事態発生と連絡入れておいたから。

 すぐに来るだろう。ちゃんと、その携帯も墓地の入り口に置いてきた。

 他者に拾われても大丈夫だろう。あれは軍のものだ。いざとなれば諜報部が必ず突き止める。

 もう、そんなことどうでもいい。

 だって。

 

 だって。もう。

 

 鈴谷には、関係ないもの。

 

 

 

 

 

 

「……ダメだよ。提督。一人で逝ったら、寂しいよ」

 

 崖の下。見えない場所に。

 いた。提督は、いた。漸く、見つけた。

 少しだけ切り立った足場の悪い岩の上に。

 降りてくるまでに大ケガしてしまった。大きな傷がいくつも出来て、血塗れであった。

 見せつけるように、置いてあった。

 

「提督……痛かったでしょ? ねぇ、苦しかったでしょ? 提督が、いけないんだよ。鈴谷に戦えって言わないから。だから、こんな風に、なっちゃった」

 

 それ以上に、彼は真っ赤な絨毯だった。

 ぐちゃぐちゃだ。内臓はぶちまけて、肉も筋も混じったミンチになってる。

 頭は顎が砕かれ、四肢は千切られ、これは最早死骸の部類だろうか。

 それぐらい、見るに堪えない惨状の姿だった。

 鈴谷は見下ろしている。膝をおって、その死骸を、生気のない瞳で、涙を流して。

 

「でも、鈴谷は好きだよ。どんな姿でも、提督は提督だから。ぐちゃぐちゃでも、鈴谷は提督が好きだよ」

 

 提督は、死んだ。

 鈴谷の代わりに、死んだ。

 

「バラバラだね。代わりに、鈴谷で埋めてあげる。提督の足りない部分は、鈴谷が補ってあげる。だって好きだもん。大好きだもん。だから、鈴谷の身体を、使って」

 

 死骸から、骨だけでも取り除く。

 両手が真っ赤になっても。愛した、恋した、好きになった人の一部。

 無事な部分だけでも、鈴谷が……鈴谷が、補う。夢中でやった。

 血生臭い? 提督の血だ。猟奇的? 提督の一部だ。

 なんの問題がある。なんで問題になる。

 

「……アハハハハ。提督、見て。提督の顔は、鈴谷の顔だよ。提督の骨は、鈴谷の骨だよ。ねえ、ねえ? 提督、これで動くよね? 鈴谷を使って、動くよね……?」

 

 服の上から重ねた骨。

 己を結ぶ提督の肉。

 胸に重ねた肋骨や鎖骨。

 頭から流れる、提督の血。

 ……これで動く。提督は死んでない。

 これで、動く。

 

 

 

 

 

 

 ――動いてよォッ!!!!

 

 

 

 

「……うわああああああああああああ!! 提督、提督うううううう!! なんで、なんでええええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 ……現実逃避も、ここまでだ。

 分かっているのに。彼は死んだ。殺された。

 死人は動かない。死体は死体。死骸は死骸。

 鈴谷は叫んだ。折角貰えた初めての贈り物。

 こっそりと左手の薬指にした指輪。彼も、左手に……薬指にしてくれたのに。

 重ねた骨と生身の手には、血に濡れる指輪があるのに。

 どうして。どうして、死んでしまったの。どうして、彼が死んで鈴谷は生きている。

「いやああああああああああ!!」

 叫ぶしかない。狂うしかない。

 どうして。どうして好きな人が死ぬ。

 天に向かって血塗れの艦娘は叫ぶ。

 涙と悲しみと血を流して、ずっと叫ぶ。

 

 軈て。

 

「もう、いいや。提督、今、逝くね」

 

 鈴谷も海に身を投げた。

 艤装のない艦娘は、水には浮けない。沈んで、死ぬ。

 彼の一部と共に、彼女も。

 だから、鈴谷も死ぬ。

 

 ドボンと。呆気なかった。

 

 波に飲まれて、鈴谷も消えた。海に消えた。

 岩も波に流されて、きれいになって。鈴谷は沈んだ。

 

 結論から言うと。

 

 皆、死んだ。

 

 死んで、居なくなった。

 

 それだけだった。 



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断章 鎮守府 始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 呼ばれた飛鷹は、言葉を失った。

 

(提督……。あの人はどこ? 鈴谷もいない?)

 

 突然外出中の鈴谷より、メールが届く。

 緊急事態発生。早くしないと、手遅れになる。

 急いで、とだけ記されたメール。何処かの住所も書いてある。

 血相を変えて、仕事を放り出して憲兵と共に面倒なのでGPSを追跡して到着。

 道中、何度も私用の携帯に連絡をするが出ない。それどころか、電源すら入っていない。

 今までこんなことなかったのに。慌てる飛鷹に、憲兵は言った。

「多分、例の失踪事件かもしれん。飛鷹、落ち着け。冷静にならんと、取り返しがつかんことになるで」

 慣れているのか、憲兵は冷静沈着……ではない。

 憲兵ですら、血の気が失せていた。他の憲兵に待機を命じていた。

 タクシーに乗って、慌てて駆けつけた二人。

 だが……そこには誰もいない、寂れた墓地の入り口に、見えるように置かれた携帯があった。

 支給された携帯電話。それしかない。

「……なに? これは、なに? どういうことなの!?」

 困惑する飛鷹は、ただ携帯を拾って操作する。

 ……これは。録音機能が、何かを記録している。

 憲兵が周囲を捜索しに行くなか、飛鷹は聞いた。

 ……事件の、真相を。

 顔面蒼白になり、内容を理解した頃。

「飛鷹!! 海や、来てくれ!!」

 憲兵が何かを発見して、個人用の携帯で呼んだ。

 崖の下。そこに、何かあったらしい。

 回り道をしてすっ飛んでいく。

 すると。

 

「嘘やろ……。これ、提督の上着とちゃうか……?」

 

 憲兵が呼んだのは、崖際で漂う……今朝、彼が着ていった上着が浮いていた。

 それも、海水に染みてもなお残る、真紅の色と……何やら、気持ちの悪い何かを、へばりつけた状態で。

 震える声で、憲兵は指差してすぐに取りに行く。

 

 ――飛鷹は、悟ってしまった。

 

 記録されていた、誰かとの会話。

 殺すと言う物騒な単語と、鈴谷の泣き声。

 提督の、諦めたような、然ししがみついていたような、言葉。

 結末を語らずに途切れた録音。血のついた、浮いている上着に、失踪事件の話。

 それらを、要約すると。

 

 提督が、誰かに……殺された。

 

「――いやあああああああああああああああああっ!!!!」

 

 飛鷹の絶叫が、海に響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……提督は、死んだ。

 憲兵が慌てて応援を呼んで、周囲をくまなく捜索した。

 同時に、例の携帯を大本営の諜報部が解析してくれている。

 だが、現時点で言えることは。

 恐らく、提督は……鈴谷を庇って殺された。

 理由は、想像する範囲だが、この事件の物証を得るべく、犯人と思われる誰かとの会話を、外部に届けるため。

 自分が死んでも、鈴谷がいないと無駄になると踏んでの行動ではないか、と憲兵は推測する。

 付近の海底を探して分かったのは、殺されたばかりの誰かの遺体の一部が沈んでいたこと。

 その断片を回収して検査した結果、提督のDNAと一致した。

 見つかった部分は内臓の一部や粉砕された顎の欠片や舌、更には魚などに食われているだろうが後頭部の一部や、脳の欠片など。

 バラバラ死体も真っ青なレベルで破壊されており、既に死亡は確定。

 鈴谷も行方不明だが、彼女の手荷物が漂っているのを遠い場所で他の艦隊が発見してくれた。

 真っ赤に染まっており、そこには鈴谷本人の血液と提督の血液が付着していたそうだ。

 下手すると、鈴谷も……多分、死んだ可能性がある。彼女の携帯なども全部入れっぱなしだった。

 提督が行方不明と言うことで、皆には知らせてある。死亡したことは言ってない。

 鎮守府が混乱するのは目に見えている。

 更にそんなことを言えば、現在鎮守府を統括する彼女の二の舞になりかねない。

「邪魔しないで、加賀ッ!!」

「落ち着きなさい、飛鷹」

 人が変わったように暴走を繰り返す飛鷹だった。

 犯人を見つけて誰であろうが殺すと、血眼で大本営に情報を寄越せと脅しにかかっていた。

 あまりにも進展しないので、とうとう殴り込みにいこうとしていた。

 それを、事情を知る加賀が止めていた。

「なんでよ!? なんで邪魔するのよ!? ねぇ、なんで!?」

 泣き叫ぶように、連日執務室で飛鷹はヒステリックに騒いでいた。

 倒してでも進もうとするのを、加賀は宥めるように、抱き締めていた。

「分かるわ。苦しいのも、悲しいのも。私も、飛鷹程ではないけれど、提督と共にいたもの。だけれど、大本営を脅しても意味はないわ。彼らも愚かではないし、自分達の立場が危ういときは全力で取りかかる。落ち着いて、今は待ちなさい。私も、待つわ」

 飛鷹はヒステリックにまだ喚く。錯乱しているとみていい。

 他の艦娘は飛鷹の様変わりが、提督の行方不明のせいだと思っているが、違った。

 彼が、死んだ事実を受け入れられないから、せめて復讐してやると誓ったからだった。

 加賀は感情が逆に昂りすぎて、どう発現していいか分からなかった。

 ただ、飛鷹を抱き止めて、表情を凍らせて、涙を流し続けるしか出来なかった。

 二人しか知らない、彼の死。拡散しないように、飛鷹に根気よく説得していく。

 行方不明の鈴谷の一件は、二の次だ。今の飛鷹には、提督しか映っていない。

「加賀、提督が……提督がぁ……!!」

 幼子のように泣き出す飛鷹。加賀は分かった。

 飛鷹は、こんなにも提督を愛していたのだ。

 何日も何日も、ただ暴れて泣いてを繰り返す。

 慣れない加賀が、何とか指示を出して運営している状況だった。

 一番彼の恐れた事態が、現実となった。

 愛する者が、失われた未来。

(提督……。あなたは何を考えて、こんな選択を選んだのですか? 知っているのに。遺される者が、悲しみに明け暮れると言うことを。たとえ、それが最善の方法だったとしても。鈴谷を、なぜあなたを好きと言った鈴谷を、信じなかったのですか?)

 鈴谷はいない。どこかに消えたか、あるいは後を追ったか。

 分析が終わるまでなんとも言えないが、少なくとも鈴谷がいればどうにかなった。

 加賀は考えた。実際は、鈴谷が絶対に生きていないと、それすら分からないままだった。

 それを知るのは、もう少しあとだった。けれど、加賀も自覚した。

(私も、あなたを敬愛していたのです。悲しいです。悲しすぎて、飛鷹のように泣けません。提督、私は……こう言うとき、どうすればいいんでしょうか?)

 黙って、能面のようになった表情には、感情は表せない。

 その黒い瞳に、強い悲しみを湛えて、彼女も言葉なく泣き続ける。

 鈴谷も、この悲しみを味わったのだろうか。あの手荷物からして、多分後追い自殺をしたとおもう。

 悲劇が悲劇を生んで、これが彼の望んだ未来だったのか?

(最後の最後に、どうしてご自分を優先しなかったんですか……。私たちは他人が何人死のうとも、あなたに生きてほしかった)

 それは、素直な気持ちだった。他人よりも提督に生きてほしかった。

 彼は軍人として当然のことをした。理屈はあっても、感情は納得できない。

 飛鷹を抱きしめ、加賀も涙する。二人の悲しみなど、死した人間には分かるまい。

 いくら泣いても、きっと何も変わらない。死んだ人間は戻らない。

 けれど。今だけは、泣き続けよう。

 それしか、二人は、したくないから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通なら、ここで鈴谷の物語はおしまいだ。

 在り来たりなバッドエンド。死による悲劇。戦時には溢れる結末。

 だが。もっと残酷に、物語は続いていく。

 愛故に、死が二人を別つまで、とは行かない。

 愛情が強すぎて、死すら超越してでもなお、彼女は嫌がった。拒絶した。

 彼は死んでいない。彼は生きている。嘘だ、絶対に嘘だ。

 見ろ、この身が纏う骨たちを。愛しい男の骨だ。愛した女が纏った骨だ。

 彼は死んでなどいない。彼の魂は、この身と共にある。

 我が身は彼の為に。我が心は彼の為に。我が愛は彼の為に。

 暗く、静かな深淵へと沈む艦娘と、白い骨。

 人骨は彼女と共に繋がって、奥へ奥へと沈んでいく。

 

 

 

 ……提督。大好きだよ。鈴谷、大好きだよ。

 

 

 

 

 それは、謳うように深淵に響く。

 愛を、恋を、ただ、繰り返し謳うように深淵に捧げる。

 

 

 

 

 

 ……提督。鈴谷はここにいるよ。提督を大好きな鈴谷は、ここにいるよ。

 

 

 

 

 

 

 ……鈴谷? 

 

 

 

 

 

 深淵の中で。人骨は、まるで繋がれるように、身体に染み込んでいった。

 理由など分からない。ただ、まるで水底で愛を謳うセイレーンのように、鈴谷が紡ぐ言葉に呼応したのか。

 人の身体などとうに流れた。ならば、繋がるにはなにが足りない?

 思い出せ。艦娘の根源は金属だ。海に浮かんだ大きな金属だ。

 そうか。だったら、お願いだ。

 血も肉も筋も失った彼に、彼女の根源を少し、分けて貰えないだろうか?

 それでも、構わない?

 

 

 

 

 

 

 ……いいよ。全部あげる。大好きな提督だから、鈴谷の全部をあげる。

 

 

 

 

 

 

 白い骨は継がれる。黒い鉄に。形を作る。

 頭蓋は穴だらけで、後ろ半分を欠損したまま、魂の入れ物に。

 空洞の目玉も構わない。空の身体に目玉など要らぬ。

 肋や鎖骨は服の上から、彼女を守る鎧となろう。

 足の骨は、彼女が走れる為に、腕の骨は彼女を抱きしめるために。

 そして、左手の薬指には。しっかりと、絆を嵌めよう。

 愛の証を。恋の証を。思いの証を。

 大丈夫。彼は死なない。死んでなどいない。

 肉体が消えただけ。代わりの器はここにある。

 艦娘としてでは、二人の魂が入りきらないのなら。

 ならば、穢れすらすらも取り込もう。海の底で蠢く穢れも飲み干そう。

 憎しみ、怒り、嘆き。様々な負の感情が雪崩れ込む。

 

 

 

 

 

 

 …………うるさいなあ!! 鈴谷はそんな気持ちは欲しくない!!

 

 

 

 

 

 …………黙れよ深海棲艦。お前らの感情など知ったことか。俺たちに入ってくるなッ!

 

 

 

 

 

 

 いくら深海の憎悪とて、愛と言う真逆の感情で繋がった物を侵略するには、感情が薄すぎた。

 愛しさえすればいい。応えさえすればいい。憎悪など不要。怒りなど不要。

 永遠にこの深淵で、共に愛を謳い眠っていく。そう、鈴谷と提督は決めたのに。  

 深き澱はそれを許さない。憎悪の住み処、怒りの領域に愛が入り込むなど言語道断。

 出ていけ、と海底のものたちは一斉に叫んだ。関わるな、愛を抱いた化け物は我らに関わるな!

 憎悪を利用するだけの愛の怪物。愛を謳う艦の敵は、ここから出ていけと。

 ああ、浮上する。身体が浮いていく。海上に、空に向かって。

 拒絶されたのは二人の方だった。相容れない化け物として、追い出されて迫害される。

 一部とはいえ、飲み干した仲間だろうに、だが二人はそこに至るに相応しくない。

 

 

 

 

 

 

 

 ……追い出されちゃった。どうする? 提督?

 

 

 

 

 

 

 ……どうするか? 深海棲艦に拒否られるって想定外なんだが。

 

 

 

 

 

 

 ……ねえ。鎮守府に帰ろうよ。鈴谷たちの居場所は、彼処だったよね?

 

 

 

 

 

 

 ……帰ろうか。俺達の居場所に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 決めた。深淵がダメなら、鎮守府に帰ろう。

 二人の出会った場所に。過ごした場所に。

 皆も待っていてくれるだろうか? 浮上する身体に、淡い期待を抱きながら。

 二人は、再び海上に戻っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴谷、お前身体!!」

「うんっ?」 

 疑問符を浮かべる鈴谷。

 浮上後。運悪く、浮上中に記憶を欠損していたらしい二人は、海のど真ん中で突っ立っていた。

 提督が鈴谷に聞く。

「なんだこれ!? 俺の身体は!?」

「何言ってるの? 提督はここにいるよ」

 パニックになる彼に、鈴谷は首を傾げて言ったのだ。

 当たり前のことのように。二人は一つの存在。それは当然だと。

 愕然とする彼は、深淵での記憶はない。鈴谷もその記憶もない。

 然し、言えるだろう。本能が囁いている。

 提督は鈴谷。鈴谷は提督。

 混ざりあって、継いでいる身体は、二人の愛の証。

 白い骨は彼で、肉の器は鈴谷。二人で、ひとつになった。

 それが、鈴谷と提督が、深淵で出した結論だった。

 無論、覚えていない彼は言葉を失ったが。

 人間だと言う感覚は既に、鈴谷の肉体に侵食しており、鈴谷は擽ったいように笑った。

「もーっ……。変な場所を触ったらダメだよ。そういうのはまだ早いってば」

「そう言われても……。なんか柔らかいものを触った気がする……!!」

「だーめー!! む、胸は提督でもダメったらだめ!」

「うぇ!? そんなとこ触ってたのか俺は!?」

 いまいち身体の仕様が分からない。

 鈴谷は頬を赤くするが、死人のような肌は土気色。

 至るところに覆う骨に、彼の感覚は通っている。

 左手の薬指には二重の指輪が、骨と肉に嵌まっていた。

 混乱する提督。だがどこか納得する自分もいた。

(俺は違う。兄貴や親父とは。鈴谷を置いてけぼりにしたんだ。そのぶん、もう絶対離さない)

 何を考えているのか自分でも理解できない。この変わり果てた姿はなんだ。

(そんなものはどうだっていい。重要なことは、鈴谷と俺は、互いに好きだと言うこと)

 ……鈴谷の事は、好きだと思う。

 いや、違うか。今は明確に言えるとも。

「鈴谷」

「ん?」

「俺、お前が好きだ」

「鈴谷も大好きだよ」

 ほら。提督は鈴谷が好き。

 鈴谷も提督が好き。相思相愛。

 なんの問題もない。身体が化け物みたいになったけど、それがなんだ。

 互いに愛し合う存在が、化け物で何が悪い? 

 死すら超えて愛を謳うなんて、きっと誰もできない真似だ。

 鈴谷と提督は死を超え、今ここにいる。

 記憶が曖昧でもいい。その内思い出せるだろう。

 二人はあれこれ喋って、店から後の記憶はないと分かった。

「とりあえず進路確保して、鎮守府に帰ろう」

「そうだね。帰ろうか、提督」

 二人は真っ直ぐ進み始める。

 目指すは、自分達の居場所へ。だが、二人は知らない。

 

 …………そんなものは、何処にもないと言うことを。

 

 



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鉄と骨のセイレーン

 

 

 

 

 ……見渡すかぎり海ばかり。

 帰り道はどこだ? 帰る方向はどこだ?

 広大な空間で迷うとは、こう言うことか。

 右も左も前も後ろも全部同じ風景。方向感覚がおかしくなりそうだ。

「鈴谷、少し進路がずれた。右舷に少し訂正をしてくれ」

「え、どれぐらい?」

「……よし。もういいよ。方角は修正した。そのまま進んで」

「ヨーソロー!」

 ひとつ分かったことがある。

 鈴谷の身体は多分、普通の艦娘と違う。恐らくは深海棲艦に近い。

 感覚が研ぎ澄まされている。普通なら艦娘は一定方向に進めない。

 羅針盤という特殊な装置を使わないと、艦娘ですら迷子になる。

 人間ならば羅針盤を用いても無駄だ。羅針盤は、艦娘しか導けないらしい。

 海の特殊な磁場に影響して、深海棲艦以外は自由に行動できないのだ。

 鈴谷は多少影響されても、真っ直ぐに進めている。

 鎮守府の支援である羅針盤を使わずともいける。

 それは深海棲艦の一部を最低限、持っている証拠だ。

 見てくれからしてそうだが。

 全身をボロボロの着飾った衣装に、骨と金属を纏う化け物。

 至るところに骨を身につけていた。

 これは理由がある。

 そもそも提督が一体化した事案だが、よく見ると骨と金属が混ざりあっている。

 これは、艤装の金属であると鈴谷は言った。

「……つまり?」

「提督は鈴谷の艤装ってこと。じゃなきゃ水に浮かべないし」

 そう言うことだった。彼は鈴谷の力になっていた。

 ロックされている筈の艤装もなしに、水に浮けるはずがない。

 彼は鈴谷と感覚を共有する艤装となったのだと二人の意見は一致した。

 物は試しに。

「引っ込めるよ?」

「オッケー」

 鈴谷の意識で艤装を引っ込めると。

 途端に溺れた。悲鳴をあげてもがく鈴谷と提督。

 頭部のドクロは変わってなかったので、これは常時展開が鉄則のようだ。

 服装に纏った骨も消失している。これは艤装でいう装甲の役割と分析。

 明らかに用途不明の骨も消えていた。

 再び展開して、海上に立ち上がる。

「し、死ぬかと思ったぞ……」

「まあ、そうだね……。予想していたけど、案の定艤装なんだね。提督が、鈴谷の」

 真実を知らないから言える残酷な言葉だった。

 通常の艤装と違って、生きる艤装の宿縁か、燃料は必要ないようだ。

 ただ、鈴谷の体力と直結しているようで、彼女が疲れると提督も疲れる。

 そうなると速力が低下する。武器も何やら、気味の悪いものに変化している。

 というか、武器じゃない。大砲ですらないのだ。

 単なる骨であった。

「武器って……これかな?」

「えらい太い骨だな」

 足にぶら下がっていた、よくわからない巨大な骨だった。大腿骨とかだろうか?

 これをどうしろと。棍棒にでもするというのか。

 色々試すと、先端に銃口がついていた。

 引き金がないが、打撃武器と見た。

 取り敢えずスイングしたり振り回しているとなぜか発砲。

 驚く二人に、認識による自動攻撃と判明。

 弾薬も提督と鈴谷の命から生成されているようで、体力と直結している模様。

 その他、飛行甲板は喪失。レーダーやソナーは提督の感覚に移行している。

「艦載機はありそう、提督?」

「これか……? それっぽいのはあったぞ」

 一応艦載機はある。……艦載機と言えるかは別だが。

 甲板がないと思ったら、なんと鈴谷の背中から無理やり分離して飛び立ったのだ。

 これは……背骨の一部を分離、増殖しているのか。再生能力まである骨の艤装。

 コツコツと独特の音をさせて羽ばたく、黒い金属の身体に指の骨が羽となった、不格好なコウモリ。

 指の間に薄い膜をはっているのか、結構な音をたてて羽ばたく。しかもこっちも先端に小さな銃口がついていた。

 下には爆弾や機雷まで装備している。無論、見た目は必ずどこかの骨で。

「背骨、無事?」

「治っているみたいだな。どうやら、これ俺の感覚で操るらしい。練習していかないと」

 出た瞬間に装填するような形での再生を行うと見る。が、体力を著しく使う生物型艤装。 

 全部が鈴谷と提督に負担をかける。

 艦載機などの操作は艤装の彼が操る。鈴谷は指示しか出せない。

 二人で分担しているようで、しかも左肩には骨と金属が混ざった大きな左腕が収納されていた。

 展開すると、鈴谷の左腕から生えている、金属と骨からなる左腕。

 ある程度可動式のようで、薬指には指輪をしていた。あの時お店で買った安物の指輪に似ていた。

「じゃあこれ、提督の腕だね。隠し腕って言うのかな」

「格納しているときは左肩の装甲か。よく仕舞えるなこれ」

 姿形は、既に艦娘のそれとも大きく異なる。

 人間ですらない。深海棲艦よりもより顕著になった異常性の塊。

 今の鈴谷は、いったいなんなんだろうか。

 兎に角、疲れるまでは進んでいく。

 直ぐには到着するまい。ここは深海棲艦の庭の中。

 単機で進むのは命懸けなのだから。二人は慎重に進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……静かすぎる。

 穏やかに進む。二人は心中穏やかではない。

「提督、深海棲艦が……」

「俺たちを見て、逃げていく……?」

 そう。逃げていくのだ。

 野生の深海棲艦、主にイ級などはよくすれ違うのだが、何故か向こうは二人を捕捉するとすごい勢いで逃げていく。

 他にも、軽巡や重巡なども発見されるが、やはり向こうは忌避するように去っていく。

 避けられている。断言してもいい。

 二人が寄ったり身構えたりすると、深海棲艦は逃走する。

 何故だろうか。理由は不明。攻撃することはない。上位の深海棲艦は提督が気付いて避けている。

 向こうも規格外の察知能力で気付いているだろうが、仕掛けてこない。

 それどころか、艦載機をワザワザ飛ばして、進路を誘導する始末。

 応答するように、此方も提督が慣れないがコウモリを射出。

 ならば道を教えてほしいと、姫の深海棲艦に初めて対話を持ちかけた。

 簡単なシグナルでのやり取りで、深海棲艦と完全に意思疎通が取れたことに驚きだった。

 いわく、気持ち悪い者が縄張りに入ってくるのはよしてほしい。 

 目的の方向までなら送ってやるから早く何処かに行けと言われた。

 武装を積まない艦載機で、先導してくれた。罠でも無さそう。

 操ると同時に鈴谷も周囲を警戒している。異常はない。

 攻撃の意思はないから早く消えろと言いたいように。

 敵意はない。代わりに、友好的でもない。

 ある程度送ってくれた姫は、近づくのは止めてと再三言ってから去っていった。

「何なんだ……。なんで深海棲艦が、俺達を嫌がる? 鈴谷は見た目は違うがこれでも一応艦娘だぞ?」

「だよね……。そんなに気持ち悪いのかな?」

 外見は気持ち悪いだろうとは提督は思う。

 しかし、あれほど人類を苦しめてきた姫が話し合いで解決を申し出る程の者なのか、今の鈴谷は。

 戦いを極端に避けようとしているように見えた。

 兎に角、平穏ならばそれでいい。今は、ただ進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だが。なぜ、此方は襲ってくる。

「提督、なんで艦娘が襲ってくるの!? 通信は!?」

「ダメだ、聞いてない!! クソッ、拾ってくるくせに無視かッ!!」

 進む先で見かけた、艦隊らしい集団を発見した。

 ちょうどいい。この辺で、休める場所を探していた。

 疲れてきたので、遠征などで使う資材用の無人島を探したかった。

 その方角を聞こうと、その艦隊に無線を入れて近づこうとして。

 ……突然、宣戦布告もなしに攻撃された。

 殺意がある。実弾で撃ち殺す勢いで砲撃を加えてくるのだ。

 慌てて避ける鈴谷。軌道が何となく分かるので鈴谷に伝える提督。

 見慣れない格好だった。種類もよく目視では分からない。

 ただ、人っぽくて、女性。レーダーを兼ねる提督の感覚では、艦娘と思われる。

 が、外見がどこかゾンビのように血色は悪いし、艤装も生身のようなパーツを使っている。

 深海棲艦がゾンビ化したような、ホラー映画に出てくる異形がいた。

 何でか白目を剥いて喋っていたし、その声もどこか聞いたことのない外国の言葉。

 鈴谷は顔を見ても違和感を感じていないようだが、提督は絶句する。

(……鈴谷は何も感じないのか? こいつら、ゾンビみたいになってるのに)

 先程の深海棲艦の姫の方が余程人間に近い。

 見慣れない、と言うには……もうこの時点で既に別物に視認していた。

 それでも鈴谷はゾンビを艦娘と認識していた。提督も視覚よりもレーダーの感覚を信じる。

 で、ノコノコ近づいたらこれだ。問答無用の攻撃。

 呼び掛けるようにしているのに、返ってくる言葉は聞き取れない謎の言語。

(クソッ! 何がどうなってる!? 鈴谷の姿に何か関係あるのか!?)

 彼も混乱するが、兎に角逃げる。

 そのあとを、艦隊は追いかけてきた。

 命がけのおいかけっこの、始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視点を変えよう。

 声をかけられた艦隊は、まずその異常な姿を見て絶叫した。

 黒い霧が身体全体を覆って、魚の尾びれのようなものを形成しつつ、二足歩行で近づいてくる。

「――」

 無線に入るノイズ。皆は強烈な頭痛を感じた。

 思わず頭を押さえて悲鳴もあげた。痛い。割れそうになる激痛が走る。

 無線に介入するこれは、なんだ。誰かが声だ、と叫んだ。

 話しかけているんだ、と。確かに凄まじい雑音の中に、僅かに肉声らしき音もある。

 が、そんなものを聞いている余裕はない。

 全体像はまるで足があって尾びれもある人魚。いや、半魚人。

 霧が人魚のようなシルエットを作りつつ、顔には不気味に開く赤い穴が二つ。

 さらに、口を表しているのか白い筋が、笑うように歪んでいた。

 化け物がいた。前例のない化け物が近づいてくる。

 更には、レーダーにも異常が発生していた。

 あの物体は、艦娘。人間。深海棲艦。その三つの反応が、同時に色濃く出ていた。

 一つの物体に、三つの合わさるはずがない反応が出ているのだ。

 旗艦は鎮守府に連絡を入れつつ、警告をするか迷った。

 見たことのない化け物。深海棲艦ですらない別の存在に強い畏怖を感じていた。

 あれは艦娘の敵だ。戦わなければならない。じゃなければ死ぬ。

 そう、本能に警鐘を鳴らされていた。

 結果、提督の命令を無視して、恐怖が理性を振り切り、全員が攻撃を開始していた。

 怖い。ただ、あの物体は怖い。沈められる。落とされる。そう、全員が感じていた。

 そう、あとで皆は事情聴取の時に説明していたと言う。

 一つ言えることは。

 あの物体は、艦娘を、本能的に戦わせるような存在であった、という事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げ回る二人。

 怒り狂うように砲撃を繰り返す艦娘ゾンビ。

 こっちもこっちで、正しい声など聞こえない。

 通信で聞こえるのは、まさしくゾンビの呻き声で、言っている意味は全く理解できない。

「止めろ!! 止めろって言ってるだろうが!!」

 提督が怒鳴ると、更にゾンビたちは苦しそうに呻いて攻撃を続ける。

 鈴谷も叫ぶが、聞こえていないのだろうか。

 あるいは、錯乱しているのだろうか。

 見た目がゾンビで中身もゾンビときたか。

 陸で何が起きたのか、と思う一方で、自分達がおかしいと思う提督。

(鈴谷は深海棲艦の言葉がわかる。俺もだ。けど、向こうの……艦娘の言語は理解できない。昔から深海棲艦の言語は分からないから、俺たちが深海棲艦に近くなったのかもしれない)

 レーダーは正常。つまりは、これは深海棲艦と戦う艦娘の現場なのだ。

 殺される側に回っただけの、ありふれた光景で、言葉が理解できないのは種族が違うから。

 見た目も、これが深海棲艦からみた艦娘なのだと思うと、不思議と納得できた。

 考えてみれば、彼は深海棲艦視点など知らない。これがそうなら、大体の辻褄はあう。

 変化した見た目。理解できる言葉と出来ない言葉。ひっくり返った陣営。

 要は、鈴谷は深海棲艦となった。そう、提督は考えた。

 ……鈴谷の認識はおかしくなっているのもわかる。

 自分の姿も、ゾンビとなった艦娘にも無反応。

 教えても、自分の時のように気にしないで終わるかもしれない。

 レーダーだけが、頼みの綱。鈴谷には、本当のことは言わないでおこう。

 言っても意味がない。鈴谷はおかしくなっている。多分、自分自身も。

 だから、言わない。今は兎に角逃げて、振り切ろう。

「鈴谷、艦娘とは戦うなよ!!」

「分かってるよ!! 鈴谷だって艦娘だし!」

 自分を未だに艦娘と思っている鈴谷に、堪えきれないと思うから。

 真実は、彼の中にしまって、今は全力で逃走する……。

 

 

 

 

 

 

 これが後に仮称、セイレーンと呼ばれる艦娘の天敵、未知の存在として手配されるまで、時間はかからなかった。



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決意と、悲しみ

 

 

 

 

 

 ……もう、何度目だ。

 何度殺されかけた。何度死にかけた。

 鈴谷がおかしくなっていく。彼もおかしくなっていく。

 深海棲艦は襲ってこない。艦娘は襲ってくる。

 行く先々で、そこにいるだけで襲ってくる。

 もうダメだ。逃げるばかりでは、埒があかない。

(……鈴谷を死なせる訳にはいかないんだ)

(提督を殺させなんてしない……!!)

 

 ――もう、二度と。

 

 思い出してきたことがある。

 二人は、多分死んでいる。

 深海棲艦が関わった何かで。

 死んだ理由は思い出せない。

 けど、自分達が既に死亡している事は漠然と思い出した。

 死人だから、周囲がおかしく見えるのだろうか。

 鈴谷は数日、ぶっ通しで移動している。

 速力は鈍い。限界が近いようだった。

 何度も何度も襲われて、その都度必死に逃げ回って。

 かなり鎮守府には近づいてきた。

 そろそろ頃合いかもしれない。

 戦おう、と彼は提案した。

 艦娘だろうが最早知るか。こっちを邪魔をするなら薙ぎ倒してでも進むしかない。

 倒した方が、消耗を抑えられる。

 鈴谷には、既に相手が深海棲艦に見えている。

 目視ではここ数日、相手の変化が著しい。

 最初はゾンビで済んでいたが、今は完全に見慣れた深海棲艦だ。

 レーダーは艦娘と言うが、見た目は深海棲艦。しかも、攻撃してくる方だから奴等は敵だと鈴谷は言った。

 してこない、忌避する方が艦娘だと言い出している。……基準の逆転。恐れていた事態だった。

(末期かもしれないな……。鈴谷はもう、誰が誰だが見えていない。俺の感覚頼りだ)

 提督だって不本意ではある。

 艦娘と戦うのは気が引ける。だが、二人は鎮守府に帰るのだ。

 黙ってもう一度、死ぬ気はない。

 そして、取り敢えず現状を知りたい。それだけが今の願い。 

 死人と知りながら、それでも帰る。だって、そうだろう?

 ……鎮守府以外に、どこに二人の居場所があると言うのか?

 戻る以外に選択肢はないのだ。進むだけでいい。 

 今は兎に角、前に進もう。提督は疲弊する彼女を休ませるべく、艦載機を射出する……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で鎮守府では。

 代理として飛鷹が現在取り仕切りをしている。

 が、精神の支えを失った彼女は性格が激変していた。

 自棄を起こしたのか、あるいは気を紛らせていないとおさまらないのか、深海棲艦を殺せと命じていた。

 自分は代理で動けない。代わりに誰でもいい、深海棲艦をいるだけ殺せと。

「飛鷹、落ち着きなさい」

「黙りなさいッ!! あの人の代わり……私は、代わりなんだからッ!! 命令に従いなさい!!」 

 完全に、自分の八つ当たりに深海棲艦をぶち殺すため、無理強いをしている。

 彼のような采配ではない。無理矢理な出撃を命じるわ、安全を無視した殲滅を優先するわで酷い有り様。

 ヒステリックに毎日命令して、目に見えて窶れていった。

 皆、言い返せなかった。確かにやっていることは我慢できない。 

 補佐で加賀が修正してくれるからそっちを優先するのは良いけれど。

 彼女は日に日に、痛々しさを増していった。彼が消えてから、飛鷹は変わった。

 暴力で周りを壊して、泣きそうになって毎日生きていた。

 見ている周りが辛くなるほど、消耗していっている。

 感情の暴走を起こしていた。彼女の苦しみは皆、よくわかる。

 察しの良い者は、気付いて飛鷹に問い質している。

 ある日の執務室。集まった二名が、彼女に迫った。

「うるさい!! うるさい、うるさい、うるさいッ!!」

「いいや、黙らないなッ!! 飛鷹、正直に教えてくれッ!! 一体何があった!?」

「貴様の無茶に文句はあるが、理由はあるんだろう!? 言ってくれねば分からないぞ!!」

 長門や那智が、嫌がる飛鷹に事を聞き出そうと迫っていた。

 泣きわめく飛鷹に代わって、加賀が仕方無く……信用できると、精神的に余裕のある二人に本当の事を明かした。

 即ち、彼が……誰かに殺されたと。

 大本営が今、懸命に究明に勤しんでいると。

 悲しみと怒りと憎しみに振り回される飛鷹の代わりに。

「……なん、だと……?」

「殺……された? 加賀、貴様……この状況で冗談など言うな」

「真実よ。飛鷹をみれば、分かるでしょ。彼女がここまで錯乱しているに、私を疑うの?」

 長門と那智が愕然とするが、飛鷹の取り乱しを見て、それが本当のことだとわかってしまった。

 普段決して、取り乱さない飛鷹の様変わりはそれだけ説得力があった。

 分かっている事情を全部打ち明けた。

 同時に、行方不明の鈴谷も、安否は不明。

 多分後追いか何かで、自殺していると憶測でいいなら、と語った。

 手荷物は血塗れで発見されていると説明すると。

「……そうか。あの人は、真実の為に……」

 長門は、呆然として来客用の椅子に、力なく座った。

 鈴谷も共にいただろうが、彼女をメッセンジャーとして残すための判断ではないか、と憲兵なども言っているらしい。

 那智は真剣な表情で、何かを考えていた。

「……鈴谷が戦っても勝てぬ相手だったとでも言うのか? まさか、深海棲艦か!?」

 なぜ鈴谷がいたのに、抗うという選択肢を選ばなかったのか。

 実際に聞いているただ一人の当事者は、こう言った。

「相手の名前は……聞き取れなかった。ノイズが酷くて。けど、女だった。駆逐艦みたいな子供みたいな声。口調は男っぽい。様子からして、イニシアチブは相手が取ってたみたい。脅している方が、相手。……でも、深海棲艦だっていうのは、間違いないわ。この失踪事件は、艤装の悪用から始まっていたみたいなの」

 飛鷹は提督の机に突っ伏して説明する。

 要は、破壊された鎮守府より回収されていた欺瞞装置の悪用で、深海棲艦が陸上で活動できる。

 その下準備に提督を殺し回っていたという真実だった。

 彼は、それに巻き込まれて……殺された。

「鈴谷に関しては……知らないわ。連絡寄越して消えてた。……録音にはあの子の悲鳴も入ってて、必死に説得してたわ。止めろって。でも、彼は……聞かなかった。あの子に好きだって伝えて、それで録音はおしまい。多分、最期の……言葉でしょうね。思い残すことのないように、返事だけは残して、逝った……。鈴谷もかなり警戒していたみたいだし、相手の余裕からして……空母じゃ勝てない相手と見ていいと思うわ」

 飛鷹は、そう言ってから、またすすり泣きを始めていた。

 それほどに悔しいのだろう。悲しいのだろう。

 相手さえ知れれば。殺せるのに。仇を取れるのに。

 代理の仕事が彼女を足止めする。復讐をさせずに、縫い付ける。

 故に飛鷹は荒れている。無理矢理な事を命じて、他人に、深海棲艦を代わりに倒させる。

 めちゃくちゃな理屈だったが、理解できる理由でもあった。

 皆、立場が同じならばしないと断言できる自信は……ない。

「飛鷹。お前の理由は分かった。だから、取り敢えず無理な命令はやめてくれ。皆が死んでしまう」

 那智は幾分冷静になり、彼女に言った。飛鷹は、頷けない。

 加賀が仕方無く割ってはいる。

「那智。今の飛鷹には、何を言っても無駄よ。知ってるでしょ。彼女は、この中で一番彼を慕っている艦娘。一番、憎しみが大きいの。一度火がつけば、鎮火は難しい。そういう性格だもの」

「然し……」

 だからといって、危険な事は止めなければ鎮守府が持たない。

 那智の言う通り、それも理解できる。が、飛鷹はもう理屈など関係ない。

 完全に感情論で動いているので、言っても聞かない意味がない。

 本人がもう、そういう性格なので、憎悪に呑まれていて聞こえないのが現状だった。

 だから、加賀は妥協案を提示した。

「私たちが代理をしましょう。長門もいいわね?」

「……私もか?」

 比較的経験のある艦娘たちで、交代で運営していけばいい。

 事情を知った今ならば、交代もできるだろう。 

 飛鷹にガス抜きをさせないと、そろそろ死人を出す命令まで言い出しかねない。

 要は、飛鷹には無理にでも戦場に出て気が済むまで殺させる。それしかない。

 復讐を溜め込むと毒になって周囲まで汚染する。それを避ける措置であった。

「……助かるわ。私、もう我慢できない……ッ!!」 

 案の定だった。闇色の瞳で顔をあげた飛鷹は憎しみ一色だった。

 深海棲艦なら何でもいい。鈴谷の事もどうでもいい。今は、提督の仇を取りたい。

 深海棲艦を皆殺しにしていれば、何れは分からない犯人だって殺せるはず。

 そんなしらみ潰しの真似を望んでいた。闇雲に殺せればなんだっていい。

 飛鷹はそれだけを望んでいた。

「……今すぐ出ていって、落ち着くまで殺したい……」

「なら、行けばいいわ。那智と長門の穴を、飛鷹が埋めなさい。出来るでしょ?」

 望み通り、行かせてやる。

 こんなこともあろうかと、訊ねてきた皆の艦隊の旗艦を飛鷹にさせておいた。

 巻き込まれた他のものは、飛鷹が暴れるので好きにさせてやれと言ってある。 

 キレる前のガス抜きを兼ねているので、ごめんなさいと謝ってある。

 無理言われるよりは良いと、一応了解は得てある。

 加賀がそう、出口を親指で示して促す。

「出来るわよ……ッ!! 指輪持ちを舐めんじゃないわッ!!」

 ずかずかと怒り狂った飛鷹は、怒鳴りながら出ていった。

 乱暴に閉められるドアを眺めて、長門は加賀に言った。

「加賀。……あなたは、冷静なんだな」

 いつも通りの乏しい表情。声色も変化なし。

 至って、冷静沈着で加賀はフォローしていた。

 ……が。

「違うわ。……どう、反応していいか、分からないだけ」

 加賀は、泣いていた。固まった表情のまま、涙を流していた。

 那智も怒りや憎しみは湧いてくる。長門も、同感であった。

 飛鷹とは違って、理性がそれを上回っているだけ。加賀は、全くの別物だった。

「私は……悲しい。それは、分かるのだけど……。何故かしら、飛鷹のようには……出来ない。怒れないの。憎めないの。ただ、悲しいだけ。悲しみしか、浮かばない……」

 驚く長門たち。加賀は、悲しみ以外の感情が、浮かばなかった。

 提督が死んだ。敬愛する人物が殺された。

 とても、悲しい。悲しいだけで、他が出てこない。

 悲しみの一色が、加賀の全てだった。そして、悲しみを涙でしか表せない。

 加賀は、涙を流して、そして袖で拭った。

「……飛鷹は、昔からああなの。憎しみや怒りを抱きやすい。嫉妬もする、感情が豊かな艦娘。私は、そういう感情はあまりよく分からない。憎しみに至らない。怒りに至らない。多分、私にだってそういう感情はあるんでしょうけど、それ以上に……今は、ただ悲しくて。悲しみが、他の感情を越えているのかしら」

 彼女も彼らとは付き合いは長いと聞くが、彼女は……悲しみの方が強いようだった。

 飛鷹は悲しみが軈ては怒りや憎しみへと変化し、行動の活力になった。 

 加賀は、悲しみを抱いたまま、一見すると冷静に見えるだけ。心は表現を知らなかった。

「加賀、お前も無理をするな。飛鷹の自棄に付き合ったんだ。次は、お前だ」

「……私達で良ければ、胸を貸そう。我慢するな、加賀。泣きたければ泣くんだ、思いきりな」

 二人は理解する。加賀も相当無理をしていた。

 感情を上手く、こんなときに発散できない彼女は飛鷹と真逆だった。 

 飛鷹は感情に呑まれた。加賀は、感情を溜め込んでいた。

 落ち着いているんじゃない。単純に悲しみを溜めていただけ。

 その悲しみも、そろそろ限界だろう。加賀も、もう堪えられない。

 二人が立ち尽くし涙を流す彼女に寄って、二人で肩に手をおいた。

 加賀はなんのことか分かってないようだった。

「泣きたければ泣くのも、大事だ」

 長門が加賀を抱き締める。

「ああ。……お前の気持ちは、私達の気持ちだ」

 那智も、辛そうだったが、加賀に教えてくれた。

 大声で泣きたければ、泣いても良いと。

 言われて、漸く加賀は……大きな声で、二人の前で泣き出した。

 加賀のような感情の希薄な艦娘にしては珍しい、全面に出した感情の発露。

 悲しみの声は執務室に響く。誰もが癒されない傷を負いながら、戦いは、続いていく……。



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孤独の海、束の間の安らぎ

活動報告にて、リクエストを募集しております。
良ければそちらもご覧ください。


 

 

 

 

 戦う。戦う。戦う。戦う。

 沈める。沈める。沈める。……鎮める。

(足りない……。足りないわ、私は誰を殺せばいいの……)

 何日連続で海に出た。

 何日一人で敵を沈めた。

 満たされない。怒りと憎しみと悲しみと。

 何より、寂しい。

(夢を一緒に見てくれた人。夢を一緒に目指してくれた人。夢を一緒に共有してくれた人)

 嗚呼、寂しい。悲しい。

 殺しても殺しても満たされない。沈めても沈めても、潤わない。

(提督との、私の約束は叶わない。……鈴谷を選んだ時点で、貴方は既に違う夢を選んでいたのね)

 共に旅行にいこうという、ささやかな願い。それすら、深海棲艦は踏み潰した。

 彼の命を奪った。許せない。許せないけど、同時に思う。

 飛鷹は、このままでは永遠に……満たされないまま、死ぬまで戦うのだろうと。

(加賀は言っていたわ。鈴谷は貴方を追ったそうよ。私もそうしたいけど、ごめんなさい。貴方の鎮守府を守らないといけないから。貴方の相棒として、奴等を殺さないといけないから。……まだ、そっちには行けないわ)

 この世界に飛鷹が生きる理由を失った。

 夢、相棒、意義。全部いっぺんに消えてしまった。

 残った抜け殻は、どうすればいい? 生きるべきか?

 今はまだ、生きるしかない。理由もなく死ねない。鈴谷の選んだ方法は、愛した飛鷹なら選ぶ。

 然し、相棒としての飛鷹なら選ばない。選べない。

 無責任に死ぬな。そう、彼ならいうはずだ。

(生きるわ、提督。貴方の分まで、一匹でも多くの深海棲艦を殺して、貴方への土産にしましょう)

 死ぬならそれまでに多くの深海棲艦を殺そう。

 あの話が本当なら、ここを滅ぼしに軈ては来るだろう、深海棲艦の艦隊が。

 支援していた犯人から連絡を受けて、司令官のいない鎮守府を破壊しに来る。

 分かっているから、戦う。準備はしておくとも。

 無闇に殺していたおかげで、満たされはしないが冷静になれた。 

 準備しておこう。猶予が何時まであるかなど分からない。

 彼女が、鎮守府を守ると決めた。壊されてたまるか。あの場所は、彼と飛鷹の居場所なのだ。

 最後の思い出の場所なのだ。その最後の大切なものまでは、絶対に奪わせない。

 飛鷹は準備を始めていた。哨戒を増やし、警備を厚くして、常に襲われても対処できるように。

 戦力もあげた。指輪の残った数を全て代理の権限で、加賀達と話し合って渡した。

 おかげで戦艦も、空母も、潜水艦も、重巡も、軽巡も、駆逐艦も、全域に指輪が渡った。

 足りないぶんは要求した。元より限界の練度は無数にいる。

 大本営は事態を知っているので、許可して大盤振る舞いをしてくれた。

 正確に言うと、何でも彼の父親が、渋る他のお偉いさんを怒鳴って無理矢理手配してくれたのだそうだ。

 彼の父は元々過激な方法を取ると聞いていたが、今回は味方であった。

 最後の息子まで失ってしまった父は、彼女に、電話で直接話して、こう伝えた。

「君も、私も、互いに尤も大切な存在を奴等に奪われた。飛鷹君、共に戦おう。深海棲艦を皆殺しにする日まで、あらゆる手段を講じてでも!」

 艦娘を酷使する外道と聞いていたが、成る程と飛鷹は思った。

 今の心境ならば艦娘であっても共感できる。

 憎いのだ。憎いから他者など最早何でもいい。どうでもいい。始末できれば、絶滅できれば。

「はい。……息子さんをお守りできずに、申し訳ありませんでした」

「謝罪は必要ない。私も君も同じ痛みを味わった。君と私は同志だ。君が艦娘であろうがそんな些末な事は関係ない。君が私の息子と戦ってきた相棒だとは、あいつから聞いていた。だから、私は飛鷹君を手伝おう。遠慮なく言ってくれ。私は全力で君達を助ける」

 無念さで受話器を握る手に力が籠る。

 父は、飛鷹の謝罪は受け取らず、その前に共に戦おうといってくれた。

 ああ、復讐の始まりだと気付いた。

 これは、終わらない戦いだろう。

 飛鷹も、艦娘でありながら、外道と艦娘に謗られる人間と同じ動機を抱いている。

 ならば、心強い。他の艦娘がなんと言おうとも、飛鷹は彼を尊敬する。

「ありがとうございます。必ずや、皆殺しにしましょう……奴等を」

「ああ。私達の敵が如何に無尽蔵の存在であろうとも、我が命が尽きるまで殺し尽くすと、この胸に誓って」

 闇色の瞳で、飛鷹には戦う理由ができた。生きる理由もできた。

 この場所を守る。その序でに、深海棲艦を滅ぼす。

 その為なら、外道とも手を結び、地獄でも何でも堕ちてやる。

 最強の味方をつけて、最大練度の全員に指輪を配布した。

 この過剰な動きに、皆は薄々気付いていた。 

 飛鷹の様子からして、多分……提督はもう、帰ってこないのだろうと。

 そんな動きの甲斐があった。

 予備軍だった最大練度は、指輪の大量配布により、大半が……限界を、突破していた。

 そんななか。気になる情報が舞い込んだ。

 謎の深海棲艦の存在。黒い霧を纏う、半魚人の化け物。

 不気味な声をあげて、深紅の瞳で薄ら笑いを浮かべて、移動中。

 出会った艦娘を次々撃破して、殺しはしないものの襲えば迎撃してくる。

 出会う艦娘全てが、強い恐怖と危険なモノだと説明するらしい。

 その声による影響で、一時的に錯乱状態になることと姿から、仮称セイレーンと名付けられた。

 その存在の、撃破であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漸く休める。

 二人は、ため息をついてある無人島に到着した。

 海を疾走すること、何日目か。

 真夜中だと思われる時間に、漸く追っ手を振り切り上陸する。

「もう眠いよ……」

「俺も限界だ……」

 遠征時に立ち寄る、補給用設備のある無人島。

 提督は初めて知ったが、遠征時にはこうして海底資源を回収する無人島がたくさんあり、ここで補給して鎮守府に帰るんだという。

 場所により取れるものも違うが、ここは燃料らしい。

 単に遠征とだけ命じていた彼も詳細までは知らずに驚いていた。

 艦娘たちが休める場所もある。交代で見張りをして、使った設備をメンテして帰るのがルール。

 なので、丸太で出来た小屋やちょっとした施設も完備していた。

「ふひー……」

 小さな島にある小屋。

 豊富に出てくる燃料を使った発電機により、電気もつくし水もある。

 あとは食品や風呂、着替えなどもあるとか。長旅で疲れた艦娘を癒す設備を初見する提督。

 小屋の中は、シンプルな作りで最低限のものしかない。

 机や椅子、木製のベッドや冷蔵庫など。洗濯機まであるらしい。

 ベッドに身を投げて横になる鈴谷。艤装は解除して、ぐったりしている。

「大丈夫か?」

「提督との折角、初めての外泊なのにこんな場所ってのがショックだよ……」

「お前割りと元気じゃねえか」

 心配してたら軽口を言って、笑っていた。

 こう見ると以前と大差ないのだが、やはり顔色は悪い。真っ白になっている。

 頭の提督と、バカな話をしながら鈴谷は立ち上がる。

「兎に角、死人でも一応お風呂入りたい……。あと着替え」

「だよなあ……」

 鈴谷は認識が常に変化している。

 現在、自分を死人と認識できており、提督も死人だと認めている。

 それでも、生前と同じ生活はしていたいらしく、取り敢えずボロボロの服に手をかけて……。

「あ、提督も一緒だった。着替えとかどうする?」

「視界なら大丈夫。遮断しておくよ」

 困ったように彼に聞いた。

 頭のこれは取り外しは試していないが無理だろうし、だからって気にしない訳にも。

「い、一応恋人同士だし? 見てもいいけど? 鈴谷は恥ずかしくないし」

「鈴谷、目が泳いでる。落ち着け、見ないから」

 互いに好きあっているのは知っている。両想いの恋人同士。

 鈴谷がそう言い出して、提督も異論はない。死人同士のカップルという気持ち悪いものだけど。

 他者などどうせいない。気にしないでいい。

「まあ、もう提督には鈴谷の身体をあげちゃってるけど」

「……そんなんいうなら俺だって肉体ないぞ。艤装だしなあ」

 互いに普通の恋愛は無理な身体だ。艤装に死人。意味がわからない。

 が、それとこれとは話は別で。

「……ごめん、正直言うと恥ずかしいから見ないでくれる?」

「素直でよろしい。お前が終わるまで少し黙るな」

 着替えの最中は、礼儀として視界を閉じる。

 真っ暗になる視界。感覚は共有しているが、意識しているとほとんどの伝わってこない。

 提督は考える。このまま行けば、鎮守府の近海に入る。

 そうすると、哨戒している警備艦隊を鉢合わせするだろう。

 大規模な戦いは避けられない。自分の知り合いたちと戦うことになる。

 そこには、相棒たちもいるだろう。

(飛鷹か、一番の問題は……)

 戦うことに迷いはない。向こうもどうせ、襲ってくる。

 たとえ自分の鎮守府の艦娘だろうが、襲ってくるなら戦う以外に道はない。

 向こうがどう見ているかは知らないが、鈴谷だと気づかないだろうとは思う。

 ……問題は、練度が最大の艦娘たちがたくさんいて、鈴谷だけでは突破は難しい。

 最悪、一度退いて回り道して迂回するか。

 更に、相棒の問題もある。

 飛鷹は最強の艦娘だ。加減なしに襲われれば、勝ち目は薄い。

 鈴谷は演習で惨敗している。今の彼女でもきっと大変になる。

(逃げて追ってこないなら、陸路で攻めるのもありだな)

 迂回するなら、陸路で行くかと名案を思い付く。

 幸い、提督の艤装は接近しても鈍器にはなる。

 予想の裏をかいて、一度遠くにあがってから、歩いて戻るのもあり。

 憲兵のほうが、艦娘よりは勝算は高いだろう。

「提督、終わったよ」

 呼ばれて、視界を開放する。

 すると、違う私服に着替えた鈴谷が立っていた。

 ……見覚えがある。恐らくは他の艦娘の制服だろう。

 これは……。

「愛宕さんの制服かな。これしかないけど、サイズブカブカ……」

 重巡愛宕の青い制服を着ていた。

 ……流石の鈴谷でも愛宕の圧倒的胸部には勝てない。

 確かにブカブカだった。

「ブカブカで何が悪いか。鈴谷なら可愛いぞ。俺は好きだな」

 空しそうに胸元を見下ろす鈴谷に豪語する提督。

 すると、声真似して彼女は言った。

「……ぱんぱかぱーん」

「!? 良い、良いぞ鈴谷!! お前最高だッ!!」

 凄い似合っていた。

 頬を赤くして照れたように呟く鈴谷が最高に可愛かった。

 何をしているんだろうかこのバカップルは。

 褒められて嬉しそうにはにかむ鈴谷。可愛い。そして尊い。

「改めて思ったわ。お前が恋人で良かった。好きだ鈴谷、これからも頑張ろう」

「うん。好きだよ提督。一緒に鎮守府目指そうね」

 決意を新たに、互いに告白する阿呆二人は簡単に夕飯を食べた。

 鈴谷が好きと言っていた海軍のカレーだった。インスタントだったが。

 そして、お楽しみタイムは始まった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂だ。

 疲れを癒す一番の手段は、風呂である。

 風呂と言えば、素っ裸。つまりは楽園である。

 小屋の隅に小さな浴槽にお湯をためて、着替えている間は目を閉じて、待っていた。

 覚悟はある。鈴谷は恥ずかしいが心に決めた人だ。

 散々迷って、麗しの裸体を見ることを許可した。

 意気込む提督。彼女の裸だ。期待してなぜ悪いか!

 ……が。

 

「……ごめん鈴谷。お前の身体が痛々しすぎて心が折れそう」

 

「鈴谷の裸見てそれが第一声!?」

 

 身体にタオルを巻いて入浴開始。

 したはいいが……長旅の傷と元々の傷跡が大量に目立って、痛々しい裸体だった。

 浸かっている鈴谷の裸体を特別に許可されて恐る恐る見た彼は、素直に白状した。

 期待していたのと違う。魅力云々の前に痛々しい。

 傷だらけの裸体は、そこらじゅうにケロイドやら裂傷やら青アザやらの痕が残っていた。

 興奮する前に、目を背けたくなる。彼は彼女の傷ついた裸に興奮する変態ではない。

「……お風呂入れば治ると思ったのに……」

 呟く鈴谷は落胆していた。ここのお湯は、鎮守府のドックと同じく治癒能力のあるお湯なのだそうだ。

 入っていれば治るはず。だが、大半の現実は治らない。

 ケロイドは治るが、裂傷や青アザは完治しない。

 理由は明白であった。

「お前が死ぬ前に負った傷ってことか……?」

「みたいだね。よく思い出せないけど。後から出来た火傷のあとは治ってるし」

 ケロイドが消えると、多少は傷は減った。

 が、依然として怪我人のような姿は変わらない。

 提督は腕や腹の傷を眺めていた。性欲など微塵もわかない。 

 痛ましい気持ちで、いっぱいになった。

「……ごめんね。なんか、見苦しくて。期待させちゃった。自分でも思ってた以上に酷い有り様だったみたい」

 軈て、鈴谷は俯いて言った。

 自分の身体は既に死体。動いている理由は知れずとも、真理はこれ以上覆らない。

 着飾るなら、死化粧をしろと言うのか。傷だらけのまま、もう治らない。

 

 ――だって、鈴谷は。提督は。死んでいるんだから。

 

「だからなんだって言うんだよ」

 提督は、悲しい苦笑いで顔をあげた鈴谷に告げる。 

 驚く鈴谷に、彼は言った。

「……痛ましいのは否定しない。でも、傷があるなら傷ごと俺はお前を好きになる。刻まれた傷跡がなんだって言うんだ。鈴谷に傷があれば嫌うとでも? 俺は確かに女性の気持ちを疎んじていたクズだが、一度ホレた女が傷だらけだろうが、そんなことで愛想を尽かす程落ちぶれちゃいない。俺の好きを侮るなよ鈴谷。お前は骨しかない俺を好きだといってくれる。なら、俺は死体のお前が好きだ。死んでいても好きなんだ。だから落ち込むな。互いにもう、普通には戻れない。だったら、異常なまま行こうぜ。死人には死人の、骨なら骨の恋がある。俺達だけの恋愛ってやつでさ」

 彼は鈴谷を好きだと言える。鈴谷なら死んでも愛せる。

 鈴谷は提督を好きと言える。提督なら骨でも愛せる。

 嗚呼、異形の恋愛だろうとも。誰が理解できる。誰が祝福してくれる。

 世界の全ては化け物と罵るだろう。だが、それがなんだと言うのか。

 恋愛には、愛する二人さえいればいい。相思相愛。素晴らしいことじゃないか。

 応援する者などいなくともいい。祝福などされずともいい。

 ここには、死を乗り越えた二人の愛がある。それ以上、恋愛に何が必要となる?

 死体と骨。化け物と艤装。どう見ても、万人受けする物語ではないのは知っている。

 ならば、異形のまま、異常なまま、愛し合うのが利口と言うもの。

「提督……」

 鈴谷は愛を謳う骨を、何故か泣きそうな顔で見上げていた。

 彼は何度でも言える。好きだと。嘗て、鎮守府にいた生前、鈴谷がそうであったように。

 今度は彼女に彼が言おう。

「今まで言えなかったんだ。今度は俺は言うぞ。鈴谷がどんな姿だろうが好きでいられる。俺は鈴谷を愛していると言っても過言じゃないぜ」

 そうだとも。生前には気付けなかった気持ちは、これなのだ。

 人を好きになる。誰かを愛する。それが、この気持ち。

「バカは死ななきゃ治らないって言うだろ? 見てくれよ鈴谷。死んだらバカが治ったんだ。生きてた俺が言えない事を、今の俺ならハッキリ言えた」

 彼は堂々と言った。最初は驚いた。痛ましくて見ていられないと思ったのに。

 現金なもので、冷静になるとスイッチが入った。

 バカを言うなよ俺、と内心待ったがかかった。

 女だぞ? 思い出せ。俺は童貞で死んだ。まじまじと見られる女体はこれが初めてじゃね? 

 傷だらけがなんだってんだ。彼女だぜ? 鈴谷だぜ? 食い入るように見ても怒られないんだぜ?

 つまりは。

 

「……ぐふふっ」

「!!」

 

 肉体なくても性欲が動き出す。

 で、生前よりも鋭くなった小動物の本能でスケベ心を察知した鈴谷。

 やはり急激に恥ずかしくなって、タオルで頭を巻いて視界を奪った。

 実に素早い動作で。

「ぬおお!?」

「や、やっぱりもうダメ!! スケベな気配がした!!」

 お預けになってしまった。

「そんなご無体な! 見せてくれェ!!」

 却下の方向である。

 嬉しいことをいってくれる。

 どんな鈴谷も好きと言える。それは、とても嬉しい言葉だった。

「…………提督って死んだあとのほうが好きっていってくれるよね」

 前は忙しいのと関係がハッキリしてないせいでいってくれなかった。

 でも今はずっといってくれる。それが何よりも嬉しい。

「好きだ鈴谷、おまえのおっぱいが!!」

「最低なこと言わないでほしいんだけど!?」

「見せて!」

「ダメ! また今度!」

 見てもいいけど、また今度。

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、二人は生前のように、束の間の時間を、楽しんでいた……。



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セイレーンとの邂逅

 

 

 

 

 

 仮称、セイレーン。

 具体的な分類は不明。

 深海棲艦なのかすら分類が難しい。

 既存の存在とはかけ離れた容姿。禍々しいその姿は、艦娘を威圧する。

 固有の能力として、まず深海棲艦に忌避されるようだ。

 決まってセイレーンが現れる場合、周囲に深海棲艦は確認できない。

 どうやら、深海棲艦もセイレーンを避けているのではないかと推察される。

 更に、名前になった声の固有の能力。艦娘の回線に割り込んで、直接語りかけるような仕草を受けていた。

 まるで、こちらの回線の周波数を知っているかのように。

 語りかける声はノイズが酷く、肉声らしき声は確認できるが、録音では肉声が消失する特性のようだ。

 聞き取ろうとしても、セイレーンの肉声は艦娘の思考能力を乱して、錯乱させる。

 理由は未だに不明。バイタル、メンタルに多大なダメージを与えるため戦闘は細心の注意を払う必要がある。

 但し、その前に大抵は錯乱して襲いかかる。提督の指示を聞けなくなるのだそうだ。

 更にレーダーでは、人間、艦娘、深海棲艦の反応を同時に出しており、これも原因不明。

 究明には、撃破してからのサルベージ、あるいは捕獲を求められる。

 行動原理も不明。戦闘能力も破格で、骨に似た艤装を用いて様々な方法で反撃してくる。

 恐らくは航空巡洋艦や軽空母に近いと思われるが、突出して異様な回避能力が備わっている。 

 潜水艦や戦艦の一方的な攻撃も直ぐに察知して逃走し、追走しても凄まじい速力で離脱するため、見失う。

 その頃には、特有の声によるバイタルダメージが蓄積しており、航行不能寸前まで追い込まれるので、深追いも出来ない。

 何よりも、攻撃を自分から仕掛けないのが一番の不明な点で、どこかにいつも移動しているように見えると聞く。

 ……など、様々な不明点の多いセイレーンが、近海の……彼女たちの管理する海域に現れた。

 セイレーンを撃破、または捕獲せよ。

 それが、彼女の……飛鷹に命じられた、大本営の与える任務であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 執務室で、飛鷹は椅子に座って、窓から差し込む夕日をバックにあるものを持って見上げていた。

 今は亡き、鈴谷の形見。ケースに入った、指輪だった。

 生前、出掛ける前に、新しいものを貰うといって置いていった任務の指輪。

 それが、帰らぬ人となった鈴谷の形見として、机に仕舞われていた。

 漸く、飛鷹にも鈴谷を考える余裕が出てきた。それまでは提督の事で一杯だった。

 仕事を終えて、鈴谷を思い出しながら、ぼぅっとしていた。

 自分の後ろをついてきた後輩。恋にも、艦娘としても前に出ていた飛鷹。

 けれど、それももう意味がない。きっと、今頃鈴谷は水の底だろう。後を追った可能性が高いんだから。

(根っこは同じってことか……。鈴谷、あんたが生きていれば、きっと私があんたを殺していたわ。提督を護れなかった裏切り者って。感情に身を任せ、真実を知っても尚、許せないから。でも、あんたもきっと……護りたかったんだよね? 心に余裕ができて、あんたの苦しみが今になってよくわかるわ。……死を選んだ、鈴谷の気持ちも)

 飛鷹は怒ると話を聞かずに暴走する。

 普段から怒りを自制している分、爆発すると自分でも我慢できない。

 自分でも分かっている。冷静になろうと、努めている。

 けれど、彼のことになるとそれすら吹っ飛ぶ。

 彼をそれだけ、愛していたと言うこと。

(……負けたわ。鈴谷、あんたの勝ちよ。あんたみたいに、素直に死ねれば私も満たされた。あんたの選択肢は、彼の嫌がる悲劇でしょう。けど、私はそれが羨ましい。結局、言い訳を作って私は生きているしね)

 ケースを手のひらで弄ぶ。夕日を受けてオレンジに染まるケース。

 机に頬杖をして、詰まらなそうに見上げている飛鷹は、そう考えていた。

 結局、飛鷹は相棒としての選択を選んだ。彼に恋をする女になれなかった。

 最後まで相棒のまま、終わってしまった。鈴谷は、最期まで恋をする女になれた。

 そして、死ぬ間際に……辛いだろうけど、想いを受け取り、そして見えた。人魚のように。

(心残りはあるんじゃない? 無力さを噛み締めて死んだとしても、悲恋には変わりない。私は……悲恋にすらならない、痛みしかない世界になったけど……)

 憎しみで生きるのは疲れる。瞬間的な熱さが断続すると、心が疲れる。

 継続する憎しみに溺れれば良かったのに、飛鷹は半端に理性があった。

 壊れる前に、賢い方向に壊れてしまった。結果、余計に苦しい。逃げられない。

(鈴谷みたいに素直に生きたかったわ。心の思うままに、好きと言えれば。愛していると言えれば。……叶う夢だってあったのに)

 鈴谷が消えて感じる感情は、悲しみではなかった。

 何故だろう。疎んじていた訳でもないのに、悲しみを感じない。

 ただ、羨ましい。羨望だけを、消えた海に感じているのだ。

 薄情な女だと思う。同じ仲間だろうに、涙の一つも流せない。

 いいや、違うか。飛鷹の感情は、エゴに満ちていた。

(そうね。嫉妬よ鈴谷。私は死んだあんたに嫉妬している。自分の思い通りに死ねたあんたを、柵と理性と役目に囚われた私は嫉妬しているのよ。死者になんて感情を抱いているのかしらね、私は……。でも、本音。最期まで、鈴谷。あんた……いえ、貴方は妬ましい)

 自嘲する飛鷹。死人に対して嫉妬するとは、つくづく救いがたい利己的な艦娘だ。

 選ばれなかった妬みか? そんなもんじゃない。鈴谷の生き方が妬ましい。

 素直に死ねた鈴谷が、羨ましい。

 正直に言えば、それが理由だ。この鎮守府の中で唯一、飛鷹は鈴谷を供養しない。

 ずっと、妬み続けるだろう。その生き方、その終わり方を。

(イカれているでしょ? 分かる鈴谷。貴方が目標にしていた女はね、仲間の死を満足に悲しめない非道な艦娘なの。私はそれが本性なのよ。こればかりは、死ぬまで変わらないと思うよ)

 飛鷹と言う艦娘は度しがたいエゴイスト。

 彼のためなら、何でもした。したいと思っていた。

 けど、現実は護りきれずに殺された。後を追うには理性がありすぎた。

 遺された彼女は、苦痛と共に生きるだけ。これを幸せと言えるのか?

(……もう、いいでしょ? お願いだから許してよ、提督。死んでも良いって、言ってよ。なんで私は生きてないといけないの? 鈴谷は死んだのに、私は……)

 ああ、妬ましい。鈴谷は死んだ。

 死んだのになんで飛鷹だけこの意味のない世界で生きなければいけない。

 鈴谷。妬ましい。憎たらしい。羨ましい。鈴谷……鈴谷が、憎い。

 遊んでいたケースを思い切り握る。嫌な音をさせた。

 視線を下げて、俯いた。歯軋りをしていた。

 目元に陰りが入った。夕日に隠れて見えないが……飛鷹の緋色の目から、生気が消えている。

(鈴谷……。私は、貴方を嫌いではなかった。ええ、生きているときは。今は別。大嫌いよ、鈴谷。自分の思うままに生きて、死ねた貴方を私は、生きる限り永遠に妬み続ける。私の出来なかった事を出来た貴方を、私は、ずっと羨ましいと思い続ける。最低でしょ? 最悪でしょう? 忘れないわ、鈴谷。私は、鈴谷をずっと覚えているわ。貴方が彼を好きだったことも。恋い焦がれていたことも。誰が忘れようとも、私はこの感情と共に覚えておく。私にできる弔いは無いから。恨んでくれていい。軽蔑してくれていい。こういう性格の私が鈴谷を忘れない方法は、これしかないのよ。ただ、死んだ貴方に誓うわ。……同じ男を愛した女として、貴方から彼を奪った奴は必ず殺す。何時か、必ず)

 そうさ。死ぬ理由はあるけれど、生きる理由もまだあるのだ。

 それまでは死んではならない。敵討ちだ。復讐だ。生きる理由はそれしかない。

 そして、終えたあとに飛鷹も消えよう。役目を終えた空母は、他の誰にも使役されずに沈むと決めた。

(提督。貴方は生涯、たった一人しか出会えなかった、私の上官。貴方しか私を使わせないわ。貴方だけ知って、飛鷹は……出雲丸も海に還ります。その時まで、暫く留守を預かるから。待ってて。首は、手土産にする。絶対に)

 少し、仮眠でも取ろう。流石に連日連夜の戦いは厳しい。

 ケースを机に戻して、彼女は執務室を去っていった。

 闇色の瞳を携えて。翌日、例のセイレーンの話が舞い込んでくることを、まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に戻る。

 今日も快晴。よく晴れている。

「バカめ、と言ってあげるよ提督!!」

「誰がバカだ。死んだから治ってるわ!」

 愛宕制服の鈴谷は笑いながら移動中。

 一晩しっかりと休んで、一応礼儀として片付けてから出発。

 順調に鎮守府を目指して帰っていっている。

 鎮守府に戻ったら、取り敢えず飛鷹に事情を説明しよう。

 死人が舞い戻れば大層驚くだろうが飛鷹ならば大丈夫な気がする。

 提督は、そんな風に考えていた。

 少なくとも艦娘以外の襲撃はないし、そろそろ近海に入る海域だ。

 途中、艦娘の艦隊とすれ違って襲われたので、撃破した。

 大腿骨の主砲で、軽巡と駆逐艦の艦隊を潰してきた。やはり少数なら倒した方が手っ取り早い。

「軽巡ぐらいならなんとかなるね。大したことなくて良かったよ」

「……だな」

 だが、思うことがあった。 

 気のせいか、あの艦娘の艦隊……全員動きが今までと比べて良かったような。

 まるで、全員が指輪持ちのような優れた性能と、見覚えのある動きをしていた気がする。

(……うちの艦娘か?)

 可能性はあるだろう。

 鎮守府の哨戒任務の艦隊だろうか。

 まだそこそこ距離のある海域なのだが、もう警備艦隊がいるようだった。

 ならば、不味いことになる。近海に入る前に、接触していたかもしれない。

 同時に、自分の鎮守府の艦隊でもやはり襲ってくる証明にもなった。

 視認は完全に深海棲艦なので、誰だか分からないが、少なくとも軽巡の指輪持ちはいなかったはず。

「鈴谷。さっきの艦隊、もしかしたら……」

 最早鎮守府近海にも深海棲艦しかいないと思っている鈴谷。

 思考が矛盾していることの自覚もしていない、支離滅裂な状態になっても分からない。

 鎮守府が残っているのに強大な深海棲艦が近海に要るわけはない、という当たり前の思考すら今の鈴谷は出来ない。

 なので、自分達の知る鎮守府の環境とは違うと、鈴谷に吹き込んでおく。

 こうすれば、戦いに迷うことはない。言葉がダメなら武力で倒して押しとおる。

 そう決めたのだから。

「オッケー。気合い入れていくよ」

 神妙に頷いて、鈴谷は進んでいく。

 ……鎮守府まで、あともう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府では。

「神通!? 聞いていないの、神通!? 川内! 満潮! 夕立! 霞! 応答なさい!!」

 執務室で、加賀が血相を変えて無線に向かって叫んでいた。

 現在、緊急事態発生。セイレーンだ。セイレーンが、なんと近海近くの海域に現れた。

 移動するコースを大本営が計算していたが、戦術的に意味のある場所を無視して、真っ直ぐにこっちに向かってきている。

 狙いは……まさか、この鎮守府なのだろうか。

 司令官のいない事を知っていて、襲撃してきたか。

 先ほど、飛鷹が大本営と揉めて、自分も出ると言い切っていた。

 それから一時間後。神通率いる哨戒任務の艦隊が、現れたセイレーンの迎撃に突入。

 飛鷹にも知らせたが、ここ最近の疲労が蓄積してとてもじゃないが出せない。

 彼女は冷静に、自分は休むから加賀に任せると言って、戻っていった。

 代わりに朝潮が混じって、長門たちが現在向かっている。それまで時間を稼いでいた神通の艦隊は全滅した。

「……こ、こちら神通。なんとか、全員が無事です……」

 通信が復活した。痛そうに呻く神通が、苦しそうに応答する。

 被害状況は大きい。皆、大破しており、戦闘は困難となった。

「強いです……。アウトレンジで、蹂躙されました……」

 神通は、率直な感想を述べて、撤退を開始した。

 いわく、こちらの偵察機よりも早く気がついて、コースを変更しようとしたが追撃。

 襲われてから迎撃した筈なのに、主砲のレンジが向こうの方が長かった。火力も凄まじい。

 しかも、やっぱり回線に割り込んで何か囁いてきた。

 ただ、と神通は言った。

「みんな言ってます。……聞いていた程のノイズじゃないって。何か言っているのは、聞き取れませんでしたが」

 なんと、彼女たちはセイレーンの声をそれほどダメージは入っていなかった。

 単純に戦いで負けたのだそうだ。

「聞いたことがある気がします、セイレーンの声……。なんだか、悲しくなる懐かしい声だった……」

 神通は、そう加賀に伝える。悲しくなる懐かしい声。報告されていた頭痛などもない。

 ただ、無性に凄く悲しくなって、うまく全員が戦えなかった。

 根刮ぎ戦意が奪われていく気がした、と告げる。

 それぞれ、感想を全員に加賀は聞く。参考になるかもしれないと思って。

「なんかホモっぽい声だったよ? 筋トレしてそうな」

 川内は意味不明な事を言った。

「遊んでくれそうな人の声だったっぽい……」

 悄気た声で夕立は言った。

「シャウトが似合いそうな感じがしたわ。でも、何でだろう……?」

 自分でも分かってない満潮は言った。

「ロリコンと勘違いされそうな雰囲気に聞こえた。あいつみたいな」

 霞は諦めに近い声で言った。

 それがヒントだった。加賀はまさかと思う。

 皆が言っている抽象的な言葉。それを総合すると。

 

(まさか。まさか皆は、セイレーンに……提督を感じているの?)

 

 未確認の化け物が、死んだはずの提督に聞こえる。

 そう、言っているように思えるのは加賀の勘違いか?

 思い過ごしかもしれない。一応、今はなにも言わずに黙っておく。

 皆の帰還を待つ間。加賀は、嫌な予感がしていた……。



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セイレーンへの対策

 

 

 

 

 

 

 ……予想していた通りになった。

「……!!」

 彼の感覚は察知する。

 此方に飛来する偵察機。

 機種は恐らく、零式水上偵察機。略して零水偵。

 並みの水上レーダーよりも優れた察知能力で、鈴谷に伝える。

「鈴谷。迂回してくれ。案の定本隊がお出ましだ。逃げるぞ。戦艦とかいたらヤバい」

 鈴谷は頷いて、直ぐ様コースを変更する。

 戦艦など相手したら、鈴谷も身が持たない。

 不利な戦いは避ける方がいい。戦う相手は見極める。

 大丈夫。多少ずれても、この辺には無人島も結構たくさんある。

 設備などない普通の無人島だが、隠れるぐらいなら問題あるまい。

 近海近くの海域に入れば、こうもなるか。

 こうなれば、夜間に接近して距離を稼ごう。

 幸い、夜目は互いによく見える。

 少し休んで、夜に出発。そう決めた。

「了解。深海棲艦、近海近くにこんなにいるなんて……。鎮守府は無事かな……」

 鈴谷は変わらず艦娘を深海棲艦と言っているし、取り敢えず今はやり過ごすしかない。

 避けるように移動して、発見される前に偵察機を撃ち落としておく。

 軽く主砲を構えて、狙いを定めて砲撃。

 派手に黒煙と音を奏でて、飛んでいく砲弾。遠方で暫くして、爆発。

 直撃して撃ち落としたようだ。複数いるので横切りながら連射。

 何度か繰り返し、全滅させておいた。

「とんずらするぞ」

「わかってる」

 速力を上昇させて、潜伏する島を探して彼女は逃げていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見失った訳か」

 その後。偵察機を撃墜された彼女たちは見事にセイレーンを見失った。

 周囲をくまなく探すが海上にその姿は見当たらず。

 警備艦隊に再び任せて帰っていた。

 休んで回復している飛鷹は、真夜中に執務室で加賀、長門と話す。

 朝潮や那智など、一緒にいた艦娘は現在就寝。那智は昨晩書類と戦ってお疲れ気味なので休んでいる。

「凄まじいな、逃げ足の速さといい察知能力といい。深海棲艦の比ではない」

 撃ち落とされた偵察機を飛ばした長門は腕を組んで感想を述べる。

 下手な姫よりも早く気付いて、念入りに撃ち落として身を隠す。

 高い知性のある証拠ではないかと彼女は指摘する。

「深海棲艦が身を隠すなんて真似するわけないしね。……セイレーンは艦娘と同等の判断能力があるみたい」

 飛鷹は夜食を二人に振る舞いながら、椅子の背もたれに寄りかかり、鎮守府の明かりで照られる窓の外を見る。

 あのあと、セイレーンは忽然と姿を消した。海域から出ていったのか、あるいは身を隠したか。

 飛鷹は隠れていると予想する。どういう理由か、聞いた限りでは陸地を目指している気がする。

 想定していた、攻めてきた者にしては、攻撃をせずに反撃だけの行動はおかしい。

 ならば、目的はなんだ。分からないまま、然し広範囲を探しても見当たらない。

 潜るか隠れるしかないだろうが、どちらにせよまだ近くに潜んでいるだろう。

「念のために、イムヤに出て貰ったわ。海中に潜れば、発見できるかも」

「逆に言えば、発見できなきゃ陸地に上がれる能力があるってことね。彼を殺した奴みたいに」

 潜水艦のリーダーに探してもらっているが、特に報告はなし。

 つまりは、提督殺しの犯人と同じく陸地に上がれるとみる。

 無数にある島に隠れているのだろうか。しらみ潰しに探せば夜が明けてしまう。

 彼を殺した犯人は、いまだに行方知れず。

 ただ、彼のもたらした情報により、襲撃されそうになっていた鎮守府も警備を厚くして、備えたお陰である程度襲われたが、迎撃ができたと聞いた。

 どうして場所を特定できたのかは、当事者が犯人以外は存命せず、犯人もいないため不明。

 住所を調べるぐらいなら、知性のある深海棲艦ならば出来るのではないかと思われる。

 そして分からない海の深海棲艦に、場所だけ教えれば分からずとも襲える。

 結果、いくつか鎮守府が壊滅していたが、不意打ちはもう効かない。

 装備は全国の鎮守府で徹底的に破棄されて、出来上がってもすぐに捨てろと命令された。

 対策はされている。彼の死は無駄ではなかった。

「……」

 加賀はずっと、夜食を食べ終えて食後のコーヒーを飲みながら考えていた。

 マグカップに入った黒い湯気をあげる水面を見下ろし、無言で。

「加賀?」

 飛鷹が振り返り、訝しげに問いかける。

 彼女は、少し気になると言って、正直に通信の一件を伝えた。

 皆には、報告のようなことは起きず、代わりに戦意の沈静化が見られたと。

 おかげで、上手く実力を発揮出来なかったことも。

「……ふむ。気になるな」

 長門は、皆の感想を聞いて、顎に手をあて思案する。

 懐かしい声。聞き覚えのある声。皆が言うとすれば、果たして気のせいか?

 

「……気のせいよ。あの人はもう、死んだの」

 

 顔に出ていたのか。

 長門を見て、飛鷹は冷たくそう言った。

 驚く彼女に、美しい長い後ろ髪を向けて、窓の外を再び眺める飛鷹。

「……死人は生き返らない。艦娘ですら無理なことを、人間が出来るわけがない。摂理に反する。提督は死んだ。それは歴とした事実で、現実で、現在じゃない。バカを言わないで欲しいわね」

 窓の外をずっと眺めて、飛鷹はそう言った。

 彼女の背中には、彼の死を受けいられないまま前に進んでいる悲壮感さえ漂っていた。

 あり得ない。死んだ人間の事を、思い出したくないという、拒絶だった。

 辛すぎることだから。苦しすぎることだから。今は、目を背けていたいように。

「……飛鷹。その気持ちは分かるが、相手は未知の存在だ。気になることは無視できない。あらゆる事を想定しておくべきだろう?」

「……長門は正しいと思う。けど、死んだ人は甦らない。それも正しいこと。あり得ない線は排除すべきよ。幽霊だとでも言いたいの?」

 飛鷹は振り返る事はない。外を見たまま、続ける。

「幽霊の事は私も下らないとは思うが、別のあり得る形を模索するべきだ」

「……ええ。だから、彼の声に聞こえたとしても、きっとそれは気のせいだと私は思う。あるいは、皆のメンタルが少しおかしくなっているんじゃない? あの子達を休ませておきましょう。不安になる気持ちはよくわかるし」

 皆が少し弱っているんじゃないか、セイレーンの声に見えない部分で負傷していると飛鷹は指摘する。

 結局気のせいだと決めつけた。それも、一種の解決案ではある。

 まだ彼女たちだけだ。これがもしも、連続するなら、飛鷹も考える。

 が、今はまだ数名が言っているのみ。だから、様子も見る。

「飛鷹……」

 長門は、意図的に彼女がこの話を避けていることに気付いた。

 嫌がっている。背中を向けて、聞きたくないと言外に行動で示している。

 加賀も当然気がついた。

「ごめんなさい。無神経だとは思ったけど、言わないと後が怖いから」

 頭を下げる加賀に、やはり飛鷹はこちらを見ない。

「気にしないで加賀。あなたの懸念が現実にならないためには必要なことじゃない」

 飛鷹の言葉には偽りはなさそうだった。ただ、纏う悲壮感が一段と強くなった。

 悲しみを抱えたまま戦う事を選んだ飛鷹にとって、新しい弱点のように二人には見える。

「……そう。じゃあ、私もそろそろ休むわね」

「ええ。お休み、加賀」

 これ以上は何も言わないと決めた加賀が、コーヒーを飲み終えて去っていく。

 長門にも挨拶をして、執務室から退出していった。

 窓の外には何もない。照られた鎮守府の敷地と、夜の海と夜の闇だけ。

 飛鷹は座ったまま、ずっと眺めている。

「……失ったものは大きいな」

 長門も窓際に近寄って、外を見る。

 飛鷹は何も言わない。無言を貫いている。

「私は飛鷹ほど彼との付き合いは長くない。だから、飛鷹の悲しみは想像するしかない。……何故だろう。戦時ならば当たり前の筈なのに。私は自分が情けない。私と言う戦艦の誇りを信じてくれた自分の提督や仲間一人すら、満足に護れなかった。奴等の柔軟性に追い付けずにこの様だ。私は何が足りなったんだろうか……」

 無念さを抱いている長門の言葉に、飛鷹は言った。

「足りないんじゃないわ。力が及ばなかった。連中の適応性に、私達艦娘が追い付いていない。今回の一件で、あの人が死んで、よくわかった」

 飛鷹は言うのだ。深海棲艦はもう、艦の領域を越えていると。

 既に人のような柔軟性を手に入れて、海だけではないのではないかと。

「そろそろ、形を変えるべきだと思う。海軍だけじゃ、もう深海棲艦には対応できない。陸上の活動をしてるなら、もうそれは人よ。海戦だけで済まなくなってる。そうなれば、次に出てくるのはなんだと思う?」

「……陸戦。私達の防衛を突破している奴等と、陸で……人間の領域で戦うのか。つまりは、陸軍?」

「そうね。この一件、どうせ大本営は向こうには教えないわ。犬猿だから」

 飛鷹は指摘する。深海棲艦が海軍の相手と言う時代は終わりつつある。

 情けない話だが、一度侵入を許している以上、陸軍にも協力するべきなのだろう。

 が、利権争いで犬猿の両軍がそんなものをするわけがない。

 飛鷹だって知っている。海軍と陸軍、空軍は頗る仲が悪いのだ。

「厄介なものだな……。私達も、人間のような柔軟性を求められる時代か」

「そう言うことね。察しがよくて助かるわ長門。上がダメなら、現場で対処するしかない。そうでしょ?」

 言いたいことは理解してもらえた。長門は苦笑する。艦娘も陸で戦うかもしれない。

 そう、飛鷹が言いたいこととは。

「……一度はあったんだ。次もあり得る。私達と同じ知性を持つセイレーンならば、陸地から来るかもしれないな」

「ええ。だから、今のうちに備えておきましょう。固定観念は捨てないとまた誰かが死ぬ。もう御免よ、そんなのは」

 裏をかいて、陸地から来ることも想定しておく方がいい。

 セイレーンは全てが未知数。もしも、この場所を狙うとすれば、どんな手段で来るのが確実か?

 答えは、陸路だ。固定観念を逆手にとって、真正面から入ってくるのも想定しておく。

「……分かった。私が備えよう。憲兵さんにも伝えておくぞ?」

「頼むわね。内部に入れば、艤装は使えない。単純な力勝負になる」

 艤装は恐らく海でしか使えない。あとは下手すれば徒手空拳で争うことになる。

 ステゴロならば、鎮守府最強の彼女たちが覿面である。

「フッ……。ならば、戦艦のパワーが必要になるのだな。任せてもらおう」

 武器を使わない、純粋な殴りあい。長門が適役。

 これ以上の適役は、あとは彼女ぐらいか。

「加賀にもお願いしておくわ。空母なら、私が出れば頭数は足りる。万が一の護りには、あの人を頼る」

「……まあ、問題あるまい。深海棲艦を殴り殺した奴だからな」

 接近の戦いでは己の拳を武器とする蒼い空母、加賀さん。

 因みに長門と同じぐらいパワーがある。あと純粋に彼女はタフだ。

 長門が苦笑するのも理解できる。腕相撲で戦艦と互角の空母なのだから。

 過去には武器が尽きてマジで殴って深海棲艦を仕留めたことすらある。

 安心と信頼の加賀なら、後ろの守りは万全だろう。

「……流石のセイレーンも、私と加賀のステゴロなら、取り押さえるぐらいはできるといいが」

「本気でやってね。鎮守府が少し壊れても、補修の根回しはしておくから」

「助かる。加減せずに出来るなら、有りがたいな」

 彼女たちは、彼の死から学んでいた。

 あらゆる手段を考えておく。

 まさか、この搦め手を予想しているとは、セイレーンもまだ思わなかったのだった……。



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夕日色の海

 

 

 

 

 

 

 やはり、夜間移動は有効な方法なようだ。

 思っていた以上に遭遇率が下がっていた。

 出くわす前に夜を待ってから、出発する。

「冬で良かったよ。夏なら虫とかがヤバかったから」

「けど、真冬だぞ? 寒くないか鈴谷?」

「大丈夫。寒さ、あんまり感じないんだ。……死んだからかもしれない」

「……」

 適当な小島で隠れて休憩をとって、夜間に動く。

 夜目がきくからか、先んじて見つける事も可能になった。

 真冬の真夜中は氷点下を下回る。薄着一枚では寒いとも思ったが、鈴谷は苦笑いしていた。

 いわく、寒さも暑さも鈍くなった感覚は感じ取らないんだそうだ。

 余程の猛暑、極寒でもない限りは、対して変わらない適温らしい。

「お風呂はそうでもなかったよ。水に関しては冷たいって感じるし。変なの。寒さとか暑さは分かんないのに」

「熱さと冷たさはまだ、生きてるんだな……。良かった」

 鈴谷の異変は悪化しているのかも分からない。

 何せ彼も変容している身だし、元の感覚を既に忘れている。

「心配しなくても、皆で治していけばいいじゃん? 鎮守府にはみんないるよ。……きっと」

 鈴谷はそういって、闇夜を真っ直ぐと見つめる。

 彼女の感覚は、深海棲艦しかいない海域に残された鎮守府という物だ。

 深海棲艦が艦娘の装備を使う違和感すら理解できず、見覚えのある装備を何度見ても、深海棲艦だと言っていた。

 鈴谷の懸念は、自分にある。心配せずとも、鎮守府は無事だ。但し。

(無事じゃないのは俺達だ。……鎮守府の皆が気付いてくれない。それも間違いない。どうやって、俺達だと彼女たちに説明する。飛鷹なら大丈夫と思っていたけど、その根拠はなんだ。俺は艤装、鈴谷は半分深海棲艦。どうやって気付く。どうやって、教える?)

 ……鈴谷には言っていない。

 失っていた記憶は死に際以外はかなり思い出してきた。

 既に出会っているだろうに、敵対している皆にコミュニケーションを取れるのか?

 海の上では攻撃された。陸の上ならどう出てくる?

 自分はもう化け物として動いている。冷静になればなるほど、行動の無意味さを知る。

 行ってどうする。戻ってどうなる。二人をまさか、受け入れてくれるとでも?

(……ああ、分かってるよ。俺達にはもう、希望なんてない。どうせ戻れば、殺しあう。……それでも、俺達は戻りたい)

 自覚しているとも。既に我が身に救いはなく、既に鈴谷に希望もない。

 待っているのは、見えない鈴谷と、襲ってくる嘗ての仲間との殺しあう未来だけ。

 ……それでも。

(ここまで来たんだ。ただ、鎮守府に戻る。それだけのために。今さら退けるか。退いてどこにいくって言うんだ。俺達の居場所なんて無いんだったら、せめて……せめて、俺達の事を、みんなに知らせたい。俺達はここにいる。鈴谷も、俺も、鎮守府に戻って、ここにいる証を……残したい)

 二人はここにいる。動いている。化け物でも、意思の疎通が出来なくても。

 せめて。通信がダメなら、直接。あるいは、筆跡もでもいい。

 生きた証を。戻った記録を。どうか、気づいてほしかった。

 鈴谷には言わない。言えない。死んだものには、世界には居場所なんてないんだと。

 二人は、生きている世界から拒絶されている。

(戻りたい。受け入れてもらえるとは思わない。最後は戦うんだ。覚悟は決めた。俺は鈴谷の恋人だ。死んだ俺達は、死んだ者として、互いを護ろう。……皆を敵にしてでも)

 死んだ人間には、もう提督としての矜持もない。義務もない。責任もない。

 それは生前に終えたもの。だから今度は、個人の気持ちで皆と戦う。

 天秤は、傾いた。覚悟を決めた。艦娘の皆と、今そばにいる鈴谷。

 どちらを優先するなら、答えは決まっている。

 今、一番大切なものを、彼は守る。それが、皆への裏切りだとしても。

 命すら失った彼には、鈴谷しか残っていないから。

 なにもなくていい。いる世界が違うのだから、交わらずとも。

 別れの言葉を、届けに行こう。

 鈴谷には、知らなくていい事。仲間で殺しあう記憶なんて、辛いだけ。

(……帰ろう。鎮守府に、俺達の最期の言葉を、残しに)

 今は、鈴谷と共に、近海へと侵入していく……。

 

 

 

 

 

 

 

 夜間に移動して、夜明けにまたその辺の小島に潜伏して休憩する。

 そうやって、隠れて、進んでを繰り返す。

 その頃。鎮守府では。

「方法を変えるわ。みんな、探す重点は無人島よ! 偵察機で空から探して!!」

 飛鷹が本格的にセイレーン炙り出しを開始していた。

 この数日、セイレーンは目撃されていない。

 また何処かに潜伏していると見る飛鷹。

 離脱したならそれでいい。同時に襲撃に備えて皆で神経を尖らせているのだ。 

 本命は襲いくるであろう深海棲艦。セイレーンはいないならついでだ。

 どのみち、無駄になる事もない。見張って越したこともないのだ。

 広域を、軽巡や重巡から戦艦まで、片っ端から空から探していく。

 潜水艦と駆逐艦で水中を捜索して、徹底的に洗い出す。数日続けて居ないなら、それで終了。

 集中的に探すこと、丸二日。……とうとう、年貢の納め時は、来てしまった。

 

 

 

 

 

 

 目立たない場所で陽射しを浴びて眠っていた鈴谷。

 提督も、午後の暖かな日光を浴びて休んでいると。

 不意に、嫌な音を拾った。聞きなれた音だった。

(……!?)

 慌てて鈴谷を起こした。時刻はそろそろ夕刻になる。

 夕暮れの空に、嫌なものを見た。水上偵察機だった。

 結構な数が、近辺の空を飛び交っていた。

「うわ、なにあの数!? そこらじゅう艦載機だらけじゃん!?」

 鈴谷は物陰に隠れて空を見上げる。低空飛行で様子を探る偵察機。

 主に無人島を探しているのか、旋回運動をしている。

(やってくれるな。流石はうちの艦娘だ。指示を出したのは飛鷹か)

 提督は場違いに感心した。わざわざ読まれないようにしていたのを、もう対応してきた。 

 昼間は無人島に潜んでいるのを分かったらしい。

 移動できる時間のうちに、洗える場所は全部探すのか。夜になれば偵察機は専用機を必要とする。

 その装備は高級品の高性能。彼の鎮守府にはたぶんないんだろう。

 数の暴力で徹底的に探し出しておく訳か。

「鈴谷、隠れていろよ。今出ていくと見つかる」

「うん……」

 なんで深海棲艦が頭脳プレーを、と首を傾げる。

 艦娘と理解できない鈴谷は置いておくとして。

 彼は夜に出れば問題ないと思っていた。

 真っ暗の中を進めばまた進めるはずだと。

 それが、間違っていた。

「……なに? 人影?」

 運悪く、ある艦娘が操る偵察機に、不審な人影が映った。

 物陰に潜んでいる、黒い影のようなシルエット。

 逆光で見えないが、人間のように見えた。

 この時間帯、無人島に人が居るわけがない。況してや何もないただの小島だ。

「……まさか」

 より近くに行くように近づける。

 一方、鈴谷は。

「ヤバい!! こっちに来るよ!?」

「隠れよう!!」

 直ぐ様接近に気がついて、どこか隠れる場所を探して慌てる。

 が、縮こまっても見えてしまうような頼りない小陰しかない。

 仕方無く、近くにあった巨木のうろの中に身を投げた。

 走る姿は、バッチリと偵察機に映っていた。

 完全に人影。しかも逃げる素振りを見せた。

「……怪しい」

 一度偵察機を撤収させて、その島の座標を遠くにいる飛鷹に送った。

 返信が、念のため上陸して確認してこい、との事。

 誰か重巡以上は連れていけと言うので、近場にいた那智に応援を頼む。

 頼もしい返事で、その他駆逐艦や軽巡数名で上陸して、艤装を全部しまいこんでその場所を徒歩で向かう。

「人の足音がする。鈴谷、走って逃げるぞ。艤装用意しておけ」

「えぇ!? 陸上で艤装使えないよ! 走れなくなるよ!?」

 うろの中で小声で話し合う二人。

 聞けば、艤装は通常全部を使って初めて機能が万全になる。

 部分展開も出来なくもないが、大幅に低下してしまうと。

 普通なら全部使うのが当たり前だし、陸上で使うことも滅多にない。

 陸上で使うにも、海上で使用する前提の物を陸上では満足に振り回せない。

 そんな訓練も受けてないのだ。寧ろあるだけ邪魔になる。

 故にあまり知られていないらしい。

「骨で殴打して逃げりゃいい!」

「あの大腿骨振り回すの? うん、やってみるよ」

 今の彼女は骨格を纏う艤装だ。殴打するぐらいなら、低下してもできる。

 主砲の大腿骨は伊達じゃない。それだけ取り出して、更に左肩の骨の左腕も展開しておく。

 大きな骨を構えて息を殺す二人。レーダーが生きている提督の合図で襲いかかる。

 現在、展開する艤装は主砲と左腕。あとはなにもまとってない。

 全身を覆う骨の装甲は、多分陸で撃てないならいらないと思う。

 そもそも海上を進む為の装置が組み込まれる足では、陸上では満足に走れやしない。

 周囲を捜索する数名を、盗み見る鈴谷。……気味悪い光景であった。

 見たことのない半端な姿の深海棲艦が、彷徨いていた。

 頭はイ級などの体躯を帽子のようにかぶっていて、小柄な身体に対して異様に目立つ頭部。

 そんな化け物や、人らしきシルエットなのに、軽巡のままの怪物や、艤装の持たない重巡までいる。

(……勝てるかなこれ?)

 取り敢えず奇襲して逃げるしかない。

 不安になる鈴谷だが、彼は言った。

「落ち着け鈴谷。お前の見ているものが、真実とは限らない」

 暗に、鈴谷の不安がより一層奴等を強く見せているのだと言っている。

 勝てると思えば、勝てる。気持ちの問題なのだと。

「……うん。鈴谷、頑張る!」

 不安に負けるな。そう、応援してくれる。

 ぎゅっと持っている骨を力を込める。提督の一部を使う鈴谷が、負けるはずがない。

 そんな根拠のない謎の自信により、鈴谷は闘争本能を刺激する。

 倒す。絶対倒すと決めて、その時を、隠れて待っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 散開して探す艦娘たち。

 近くに来ていた駆逐艦と思われる少女が一人で、警戒しながら巨木に近づいてくる。

 もう少し。もう少し引き寄せて。

 背中を向けた、その刹那に!

 

「……鈴谷! 今だッ!!」

 

「おりゃあ!!」

 

 突然、巨木の中から躍り出る人影。

 その声は、確かに聞こえた。

 長いこと、留守にしている二名の声だ。

 瞬間、振り返る少女。

 見つけたのは……。

 

「う、嘘っ!? あんた、まさかすずッ……!?」

 

 ゴスッ!! 

 振り上げた棍棒よりも重たく重い一撃が、艦娘を襲う。

 少女……駆逐艦、霞が見たのは。

 変わり果てた、真っ白なロングヘアーに、深紅眼を爛々と輝かせ。

 鬼のような表情をして、見慣れぬ制服を着ている、頭にドクロを飾った、いるはずのない知り合い。

 薄汚れた姿の、深海棲艦に似た彼女だった。

 脳天に降り注ぐ一撃に、一発で失神する霞。

 ばったり倒れて、動かなくなった。

 一名、脱落。次。

 騒がれる前に、離脱しつつ適度に倒す。

 すぐに移動する鈴谷と提督。

 海に向かう途中、また駆逐艦を見かける。

「もっかい殴る?」

「そうだな」

 次も、背後から奇襲をかけた。

 物音をさせて注意を引く。そして、本命の背後から襲って殴る。

 振り返る彼女は、咄嗟に腕で防御して難を逃れた。

 が、今度は鳩尾に鋭い突きを放たれる。

「がはっ!?」

 頭を守ったせいで腹がノーガード。

 めり込んだ太い骨が、肺の空気を無理矢理押し出して、倒れこんだ。

 混濁する意識。霞む視界に見上げた相手を見て、駆逐艦夕立は……驚いた。

「鈴谷、さ……!?」

 倒れる前に止めの一撃が頭を直撃。そのまま気を失った。

 倒れた彼女を放置して再び疾走。

 海沿いに近づくなか、またもや邪魔者が入り込んだ。

 今度は重巡か。流石にキツいと判断して、陽動して引き付けた。

 そちらをさがしにいく間に、逃走する。

 已む無く崖に脱出し、艤装を展開。そこから飛びおりて、海上に出た。

「どうにかしてして逃げよう」

「そうだね。急ごう!!」

 既に発見はされている。頭上を飛び交う偵察機。

 信号を発して、連絡を取り合っている。

 夕暮れの海のなかを、脱兎の如く、二人は逃げ出した。

 その先には、最強の猛禽類が待ち構えるとは、知らないまま。

 



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夕日のなかで

 

 

 

 

 

 緊急入電。数名の艦娘が潜伏中のセイレーンに襲撃された。

 鈍器のようなもので殴打され、霞と夕立が負傷。航行不能になっている。

 現在、セイレーンは逃走し、海上を疾走中。

「――セイレーンッ!!」

 その伝えを受けたとき、海上で捜索をしていた飛鷹は思い切り夕日に向かって叫んだ。

 同じ艦隊の朝潮が絶句する。見たことのない殺気と威圧感、怒気を放つ飛鷹がいた。

「よくも……!! よくもあの人の鎮守府の艦娘を傷つけたわね……!」

 嗚呼、不味い。朝潮は見ていて思った。

 飛鷹の緋色の瞳が一足先に夜に染まった。

 瞳孔が不自然に開いていく。歯軋りをして、艦載機を操る艤装に力を込めている。

(怒ってる……)

 飛鷹が、セイレーンに対して凄まじい怒りを抱いているのがよくわかる。

 何故だろう? 普段以上に彼女は狂うレベルで怒りを表す。

 朝潮には分からない。

(殺してやる……!! あの人を思っている皆を奪おうとするなら、絶対この手で殺してやるッ!!)

 許せない。飛鷹は許せなかった。

 提督の遺した鎮守府。今はもういない彼の思い出の場所を壊そうとするもの。

 あるいは、そこにいる艦娘たちを、彼を慕っている皆を奪おうとするセイレーンを許せない。

 彼の思い出として、今の仲間は誰一人沈ませない。誰一人傷つける事は許さない。

(提督と一緒に戦ってきた皆を、化け物なんかに……奪わせてなるものかッ!!)

 仲間意識? 責任感? そんなものじゃない。

 もっと利己的。もっと排他的。自分のエゴで許さない。

 飛鷹は、亡き彼の世話になった艦娘を狙うやつは、彼を冒涜すると感じていた。

 彼の考えで戦ってきた皆は、彼の一部と言っても過言じゃない。

 そして、彼女は彼の敵は誰だろうが殺すときは殺す。

 飛鷹は、提督の味方。提督だけの味方。亡き今でもそれは変わらない。

 彼を攻撃するものは飛鷹は容赦などない。彼の関係する物を攻撃するものも、然り。

 許すな。セイレーンを許すな。憎め、彼の鎮守府を壊すものを憎め!

(殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!!)

 脳内を支配する、殺すのを文字。

 見事に憎悪に呑み込まれて、飛鷹はセイレーンを追いかける。

 周囲が発見した位置を飛鷹に知らせる。

「皆、行くわよ!! セイレーンを此処で必ず殺すから!!」

 怒り狂う飛鷹の怒号に、怯えながら皆はついていく。

 居場所は追っている。先回りするように、彼女たちは向かっていく。

 旗艦として既に失格なほど、飛鷹は私情に囚われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイレーンこと、鈴谷と提督は。

「どうしよう!? 偵察機の数が多すぎるよッ!! 振り切れない!!」

「最悪夜まで逃げ回るか、いっそ突破して陸に上がろう!!」

「了解!!」

 兎に角逃げ回っていた。

 進む先から追いかける艦隊の追っ手。

 流石は近海。かなり出払っているのか、四方八方から攻撃が飛んでくる。

 それを鈴谷は彼の指示で片っ端から回避する。

 雷撃、爆撃、砲撃、銃撃、全部避けてすり抜ける。

 空から、前から、後ろから、下から。三次元の飽和攻撃。

 数の暴力で窮地に立たされていた。

 軈て、一番敵にしたくない女が、怒り狂って参戦した。

(……!)

 提督は気付いた。一人の空母が、艦隊を連れて前方に立ちふさがる。

 その空母が次々艦載機を発艦。襲いくる。

 提督は、彼女が放った艦載機の数をざっと数えた。

 知っている数なら、誰だが分かる。ここは近海、彼の鎮守府のメンバーしか多分いないだろう。

 そして、その数は……。

(……飛鷹かっ!?)

 一番の、長年の相棒にして、親友。空母飛鷹だった。

 彼女が放った数は彼の知るものであり、放った艦載機も彼女の愛用するもの。

 間違いない。飛鷹が今、襲ってきていた。

「止めろッ!! おい、聞こえているのか!? 俺達に戦う意思はないッ!!」

 名前は呼べない。鈴谷に聞こえてしまう。そうすれば、彼女は真実に気づいて、迷ってしまう。

 相手も気付かない今の状況、足を止めれば再び死ぬ。

 鈴谷は深海棲艦に言うだけ無駄だと言うが、

「話の通じる奴もいただろ? 言ってみるだけ価値はあるさ」

 それっぽい事を言い訳にして、向こうの回線に割り込んで叫ぶ。

 反撃は一切しない。している余裕はない。

 逃げの一手で対応するしかない。

「止めてくれ!! せめて話を聞いてくれよ、なぁ!?」

 必死に問いかける彼の声。

 だが……。

「声に惑わされないで!! 奴は人間でも艦娘でもない! 深海棲艦と同じ、化け物よ!!」 

 夕日の海に、悲しいすれ違いを起こしていただけだった。

 激昂する飛鷹には、全くもって効果なし。頭痛も起きない、恐怖も支配しない。

 キレているせいで、艦娘の本能以上に感情が暴走しており、効果がないのだ。

 同時に、声の本質も、気付かない。あれだけ一緒にいた声を、冷静な飛鷹なら聞こえないわけがないのに。

 その証拠に、迎撃すると言った朝潮には届いた。

(……司令官? 司令官、声がする……?)

 ここに重要な糸口があったのに。

 指輪持ちのなかで、彼から手渡しを受けたのは、五人。

 葛城、朝潮、イムヤ、鈴谷、そして飛鷹。

 特に強い絆を結んでいる彼女たちのうち、ここにいるのは朝潮と飛鷹のみ。

 残り二名は別の場所に任務で向かっていたため、そもそも近海に居ない。

 激昂した飛鷹には聞こえない。朝潮にしか、真実の声は、セイレーンの声は届かない。

「飛鷹さん、あの……!!」

「朝潮、戦いに集中ッ!! これ以上誰かを犠牲にしたいの!?」

 飛鷹に言おうとしても、聞いてもらえない。

 戦いに集中しろと叱られる始末。彼女も真面目なので、相手の言い分が正しいと優先してしまう。

 雑念故の幻聴だと、振り切ってしまった。

 悲しい事に、制御できない在り方としての能力が、繋がっている筈の言葉を遮り、戦いを続行させる。

 セイレーン。艦を惑わし、沈める化け物。……鈴谷とて、深海棲艦だろうが艦娘だろうが、艦の一つ。

 その声からは、惑わしの声からは、逃げられない。たとえ、自分の一部でも。

 だから、鈴谷は艦娘を知覚できなくなった。理解出来なくなった。

 深海棲艦から、忌避される。艦の敵と、深海棲艦も知っている。

 半端にその澱を取り込んだせいで、見分けはつくし言葉も通じる。

 だが、結局は避けられてしまう。

 鈴谷は人間ではない。飛鷹は人間ではない。艦娘である限り、セイレーンの餌食になる。

 絆があっても。敵だと決めつける戦争と言う環境。異なりすぎる外見。わかり合えないと言う思い込み。

 いくら彼が問いかけても、無意味と言うもの。

 セイレーンは艦の天敵。古から伝わる通り、相互理解などできるはずがない。

 沈める者と、惑わされる物。

 鈴谷は全世界の海にいるモノの、敵だ。

「……鈴谷、逃げるぞ!! 遠回りして迂回しよう!!」

 結局、数には勝てない。

 何とか猛攻を掻い潜り、突破していく。

 鈴谷も損傷したが、動けそうだった。

「ここまで着たのに!?」

「このままじゃ死んでしまう! 思い出せ、相手は俺たちの知る深海棲艦じゃないんだ」

 今まで見てきた鈴谷視点の深海棲艦。言われて納得して、退散する。

 折角だが沈んだら元も子もない。

 全力で離脱をはかる鈴谷。追ってくるなと願う提督。

 夕日の海に、速力最大で離れていく。

「セイレーンが逃げる……!? 追うわよ!!」

 怒りで暴走する飛鷹が逃がすわけがない。

 全員呼んで、一斉に追撃にはいる。

 包囲して沈めてやると。

 ……気付かないだろう。飛鷹は。

 朝潮はダメージの少ない方だった。だが、他の艦娘は?

 セイレーンの声が、聞いたことのある声だと、悲しみを抱きながら朝潮程ではないが、気付いていた。

 追走に走ろうとする飛鷹に、申し出る。

 本当の理由を隠して。今の彼女には言っても理解されないと分かっているから。

 不調で限界が近い。先に離脱したいと。

「分かったわ。離脱する子は早く帰って、休みなさい。追いかけるのは私がやる」

 仲間を想う気持ちは残っているから、こう言えば話は通じる。

 安全に、固まって戻れと言って、朝潮はついていくと言うので二人で進軍。

 散っていた他の艦隊も、大半が戻ると決め、最終的に二人だけでいくと言う愚行極まりない選択になった。

 仮にも限定解除の二名だ。何ともないだろうが……。

「ねえ、今の声……まさか……」

 帰り道。夕日に背を向ける彼女たちのなかで誰かが言い出した。

 

「……なんか、聞いたことある声だったよね?」

 

 と。

 セイレーンの声を実際聞いて、皆は同じ感想を持っていた。

 口々に言い出す印象。それぞれ、イメージこそ違うが。

 共通するものがあった。

「これって……司令官と一緒にいたときの感覚じゃない?」

 その人物が、思い出せる彼との思い出の一ページ。それに近い、気がする。

 全員が、そのイメージを抱いているなんて偶然、あり得るのか?

「……やってくれたわ。まったく、あいつは錯乱してるっての……?」

「お腹も頭も痛いっぽい……」

「夕立、あんた見た?」

「……うん。間違いないよ」

 そして、決定的な発言を、殴られた霞と夕立が助けられながら呟いた。

 ズキズキ殴られて痛む頭を押さえて、霞は言った。

 

「セイレーンの正体は……深海棲艦みたいな姿になった、鈴谷さんだった」

 

「……司令官の声も聞こえたわ。陸にいるときに。見た目は化け物だけど、あいつは鈴谷。私達の鎮守府の、仲間じゃないかな……」

 

 陸で正体を見ていた二人の、衝撃的な発言であった。

 慌てる彼女たちは、直ぐ様飛鷹たちに連絡するが何故か通じない。

 途切れてしまって、届かないのだ。

 パニックになりながら、兎に角皆は帰港する。衝撃の事実を持ち帰りながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

 逃げながら迂回して陸を目指して進んでいく鈴谷。

 夕日もそろそろ夜に切り替わると言うのに、しつこい追っ手がまだついてくる。

 当初の通り、陸路から鎮守府を目指すのはいいが……。

「飛鷹さん、もう夜になります!! 燃料もありません、退きましょう!!」

「朝潮、先に戻って! もう少し……もう少しであいつを殺せるの!!」

 朝潮進言を無視して、飛鷹はまだ食いつく。

 空母は夜は戦えない。装備もないのに、どうする気なのか。

 徐々に開いていく距離に焦れて、朝潮は何度も言うのに、聞いてない。

「飛鷹さんッ!! いい加減にしてください!!」

 仕舞いには怒鳴るのだが、やっぱりダメだった。

 飛鷹は平常心を欠いている。セイレーンを殺すことに躍起になり、制止を聞かない。

 朝潮が殴ってでも止めようとした。本来ならご法度だが、この場合は仕方ないと。

 ……が。

「―ー」

 まただ。また聞こえる、提督の声のようなノイズ。

 耳を押さえる朝潮。聞き取れそう、なのに聞こえない。

「――」

 飛鷹には聞こえていないのか。

 攻撃を止めない彼女には、届いていない?

 ならば、もう少し……もう少し、耳を澄ませば。集中する。

 悲しい気持ちになる、この声に。

 

 ――鈴谷、あともう少しだ!

 

「ッ!?」

 

 ……聞こえた。同時に硬直する身体。

 急停止して、勢い余って豪快にスッ転んだ。

 顔面から海面に叩きつけられて、勢いを殺せずにバウンドした。

 酷い事故を起こした。素人の艦娘でもこんなのはしない。

 衝撃で、艤装が破損したようで、黒煙をあげた。で、沈み出した。

「朝潮!? 大丈夫!?」

 流石に飛鷹も事故った仲間を放置はしない。

 セイレーンよりも、溺れる朝潮を助け起こした。

 我に帰り、慌てて駆け寄り抱き上げる。

「…………」

 朝潮は、愕然としていた。

 信じられないものを聞いたように、言葉を失い真っ青になっていた。

 目を大きく見開き、身動きもしないで。

「……朝潮?」

 何かあったのかと心配そうに、自分を棚上げして聞く飛鷹。

 その表情を見上げて、朝潮は……こう、言い出した。

 信じられない。まさに、そんな表情で。

 

「飛鷹さん……。セイレーンって、鈴谷さんと、司令官です……」

 

 そう、絶句する飛鷹に、朝潮は、言い切ったのだった……。



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真っ黒な病みの中で

 

 

 

 

 

 

 

 上手く逃げ切ったようだ。

 夕刻を切り抜けて、夜の帳が支配する近海の中。

 二人は、ホッとして胸を撫で下ろす。

「あんなに人型の深海棲艦が近海に彷徨いているなんて……。鎮守府は壊滅してないよね?」

「していれば、海沿いの町は今頃戦火で燃えている。近寄れば嫌でも分かるよ」

「そこはハッキリ否定してほしいな……。心配だし、皆が」

 警備艦隊も見かけない。一気に近づくチャンスだ。

 鈴谷は無事を早く確認したいと言い出した。

(……焦ってるな。自分が見ている光景が、全部深海棲艦に見えている証拠だ。俺はレーダーで皆が艦娘だって分かるけど、誰までかは一見しても分からない。鈴谷は俺に聞くしかないから、尚更) 

 彼女の懸念は心配ない。寧ろ心配しないといけないのは自分達。

 仲間の心配をしていると同時に、鎮守府が残ってないと困ると言うニュアンスに聞こえる。

 鎮守府に帰る以降の計画がない鈴谷は、戻って何をするかも決めてない。

 ただ、戻る。ただ、帰る。その思考で固定されていた。

(鈴谷も、だいぶおかしくなってきてるな……。もう戻れないだろうけど、今は目の前に集中しよう)

 暗に自分自身も壊れていく自覚がある提督は、それでも鈴谷を愛している。

 なんだっていい。既にこの身は滅んでおり、しがらみも何もない。

 鈴谷が無事なら何だって。だから、皆と戦いここまで来たのだ。

 今更引く場所はない。行くだけ。進むだけ。

 二人は、兎に角鎮守府のある本島を目指して、進んでいく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……夕日の戦いのあと。

 執務室に集まった、霞と夕立の証言を確認。

 皆の意見を纏めて、更に朝潮の主張も纏める。

 要約すると。

 

 ――セイレーンは、鈴谷と提督である。

 

 と、言うことらしい。

「そんなわけないでしょ!?」

 ドンッ!! と両手で机を叩いて飛鷹は叫んだ。

 衝撃で報告書がはねあがる勢いであった。

 怒りをあらわにして、待機していた加賀や長門、那智に怒鳴る。

 夜、皆が休憩や夕飯にありつくなか、纏める彼女たちは困惑していた。

 セイレーンの正体は、皆の知る提督だった。そして、いないはずの鈴谷であった。

 その姿は深海棲艦宛らで、こちらを認識していないように躊躇いなく攻撃してきた。

 ただ、向こうから海上で仕掛けることはなかった。海の上では霧を纏った化け物だ。

 何故そんな状態に、鈴谷と彼が陥っている。混乱する飛鷹はヒステリーを起こしていた。

「あり得ないわ……有り得ない!! 提督は死んだのよ!? 鈴谷は確かに行方不明で終わってるけど、どのみち状況証拠で死んでいる確率が高い!! そんな状況で、二人がセイレーンだった!? 声を聞いた!? 姿を見た!? 冗談じゃないわッ!! 錯乱した!? それとも集団パニックでも起こしてるんじゃないの!? どうかしてるわ!!」

 頭を抱えて叫び、周囲に当たり散らす。

 ……無理もない。彼女は、飛鷹は最近、あまりのストレスで様変わりしていた。 

 精神の支えを失っている彼女は、何度も頭ごなしに否定している。

 有り得ない。死んでいる人間が動いているなど。

 死んだと決まったのに。生きているわけがないのに。

 先の暴走も含めて、飛鷹はもう……限界だった。

「落ち着け。可能性の話だ」

 長門が腕を組んで宥めるが、

「バカを言わないでッ!! 幽霊なんか居るわけないでしょうが!! 実体化して私達を襲ってきた? 誰が信じるのよそんな与太話!! 頭おかしくなったのは皆よ!! セイレーンの声で壊れちゃったに違いないわ!! 全員纏めて医者に送ってやるッ!! もういい!! 一回全員休みなさいッ!! 壊れた艦娘は病院送りよッ!」

 受話器をとって、本気で医者に見て貰おうとする飛鷹。

 瞳は既に汚泥の色に変色して理性も余裕も溶けきっていた。混濁した瞳で周囲を睨んで、怒り狂う。

 彼女の反応は一般的。セイレーンの声でおかしくなった。確かにそう見るのが普通の人間や艦娘。

 しかも、彼女は現場を見ている。その目で、提督の遺品を確認している唯一の存在。

 飛鷹は、間違っていない。

 ダイヤルを押す手を、加賀が掴んで押し止めた。

 見上げる先で、加賀は黙って首を振った。

「離してッ!! 加賀だってここにいたのに冷静な判断が出来てないじゃないッ!! こんな馬鹿げた話、信じて……!」

 飛鷹の華奢な腕では剛力の加賀には勝てない。

 噛みつく飛鷹が怒鳴るなか、なんと加賀は。

 

「いい加減にしなさい」

 

 グーで、飛鷹の顔をぶん殴った。

 端正な顔立ちにめり込む拳。

 無表情のまま、机を飛び越え吹っ飛ぶ飛鷹。

 机を越えて、執務室の扉近くまで飛ばされた。

「加賀ッ!?」

「馬鹿者、加減しろッ!! 飛鷹の装甲は薄いんだぞ!?」

 本気でぶん殴ったのは、重巡と戦艦から見て一目で分かった。

 室内の物は被害がないが、加賀は聞いていない。

 止めに入る二名に、加賀は言った。

「我慢なりません。事情が事情でも、飛鷹のワガママには、いい加減辟易しています」

 ボキリボキリと指を鳴らして、近づく加賀。空母と言うより、戦艦に近い出で立ちだった。

 怒りすぎて、口調が変わっていた。

 殺気が威圧と変わり、よろよろと立ち上がる飛鷹が、睨み付ける。

 真っ赤になる頬を手で押さえ、言う。

「……いきなり人を殴るなんて、やってくれるわね。私の何がおかしいのよ?」

「自覚もないんですか? 本当に、あの人の艦娘を何年もやっていてこの様とは笑わせる」

 嗚呼、言った。

 加賀は意図して、最大の挑発を口にした。

 提督との一番長い相棒と自負する彼女の逆鱗を、思い切り刺激した。

「…………。加賀、あなた死にたいの?」

「死ぬのは飛鷹ですよ。文句があるなら、艤装も武器も捨てて、拳できなさい」

 指先で誘う加賀は、表情を変えない。

 逆にそれが、飛鷹の憎しみすら加熱させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 止めろと言ったのに、艤装を展開。

 しかも、殺意を最大限に増幅させて、目元に陰りを落とした飛鷹。

 完全に、完璧に、純粋たる殺意だけで、今仲間に武器を向けた。

 慌てる二名に、加賀は余裕で言った。

「……まあ、こうなりますよね? 散々フラストレーションが溜まってましたし。そうやって、提督との大事な思い出も自分で破壊する。感情のままに動いて、周りが見えなくなる。飛鷹、あなたは彼を失ってからずっとそれ。可哀想としか感想を抱けません」

「…………遺言はそれだけかしら?」

 尚も飛鷹を刺激する加賀。

 夜叉のように構える飛鷹に身構える那智と長門。

 見たことがないほど緊迫した空気なのに、腕で制する加賀。

「そんなに提督を愛してましたか? そんなに提督が大切でしたか? 鈴谷に負けたのが妬ましい、という感情ではないのは幸いですね。嫉妬で狂う飛鷹を見れば、提督もさぞ呆れるでしょう」

「黙ってよ。ねえ、私をこれ以上怒らせないで。殺すって言ったわよ。聞こえないの?」

 辛うじて残っている正気が、加賀を黙らせようとする。

 殺す一歩手前。反逆罪で解体も已む無しの事態なのに、加賀は止めない。

 本気だと言うことは見ればわかる。けれども、続ける。

「憎いですか? 腹が立ちますか? ええ、そうでしょうね。余裕のない飛鷹なら、殴ったところで意味などない。余計に苛立って、仲間だって殺す。そして自分も破滅する。破滅型の艦娘ですものね?」

「そう、警告はしたのに。バカな奴。失望したわよ加賀」

 いよいよ、飛鷹が殺しに来る。 

 割って入ろうとする二人が怒鳴るが案の定聞いていない飛鷹。

 身動ぎしない加賀は、心底呆れに変わっていた。

「失望したのは此方です。本当に情けない。何時までも何時までも、提督がいない事を受け入れず、現実も見ない腑抜けだったとは。それで最後の機会まで失おうとしている事に、何故気付かないんですか?」

「……は?」

 もうこれ以上は止めろと言っているのに加賀は続ける。

 不愉快そうに聞き返す飛鷹に、加賀はいい放った。

「この際推論などどうでもいいんです。良いですか、飛鷹。今、手がかりがあるんですよ? あなたの言う通りなら、どうぞお好きに。全員を病院送りにしてくださって結構です。ですが、自由に動けるのは今しかない。外に通じれば邪魔される。現場で融通のできる時間も少なくなっているの。ヒステリーも大概にしなさい。ワガママを言うなら後にして。今は、セイレーンを捕まえる。そうすれば、嫌でも事実はわかる。違うのかしら?」

 加賀は歩を進める。ピタリと、言いたいことを理解した飛鷹は、訝しげに目元を上げる。

 落ち着いてきたのか、加賀の口調も徐々に戻った。

 飛鷹も眉を吊り上げているが、幾分冷静さを取り戻したようだった。

 外野二名は理解していないが、二人は通じていた。

「……止めろとは、言わないのね」

「ええ。全員の錯乱だって否定できません。然し、自分を疑う前に先ずは目の前の化け物を捕獲しても遅くはない。落ち着けと、言ったでしょう。死んでようが生きてようが、私達の提督なの。生死は関係ない。捕まえて、真実かどうかを確かめる。それからでしょうに」

 加賀は言った。おかしくなっているかどうかは、先ずはセイレーンを捕まえてから判断すればいい。

 自分達で情報を手に入れた。邪魔立てされる心配もまだない。

 今のうちに真実を確認しないと、全て外野に奪われる。

 飛鷹の感情に飲まれた行動を、暴力で歯止めしただけ。

 止めろとは、一言も言っていないのだから。

「お前ら……まさか!?」

「正気か!? 捕まると思っているのか!?」

 二人が驚くなか、加賀は前提を出して説明する。

 前提、自分達がおかしくなっておらず、セイレーンが提督と鈴谷だとして。

「そうすれば、不自然な行動も大体筋が通ります。彼が鈴谷と一緒ならば、深海棲艦にあるまじき知性も、レーダーの不自然な反応も、戦略的価値のある場所を無視するのも。二人は何らかの理由で、鎮守府に戻ってこようとしている。私たちが海で二人を化け物に認識しているように、向こうも恐らく、こちらを艦娘と分かっていない。あるいは、話の通じる深海棲艦程度の認識かもしれないわ。だから、通信越しに話しかける。通信の周波数も提督なら知っているし、私たちと戦う理由もない。向こうから襲ってこないのは、戦う意思がないから。陸地で自分から襲ったのは、発見されて殺されそうになったから。鈴谷の姿を認識できたのは、海の上……つまり、艤装を展開していないからか、陸にいたから。声が通じない理由や、頭痛を起こしたり不調になったり、化け物に見える理由は無視して、予測できる範囲で考えてみたけど。どう?」

 ……一通りの疑問に対しての解答であった。

 深海棲艦に似た容姿や能力に関しては不可解な部分もあるが、少なくとも行動の部分ならば説得力があった。

 陸で見たのは霞と夕立だけ。空から見つけた艦娘も容姿は似ていると言っていた。

 陸地でなら、二人の姿を見えるかもしれない。そういう事だ。

「けど……あの人の声だっていう部分はなに? 骨しか纏ってないのよ、鈴谷」

「じゃあ骨なのでしょう、提督は。飛鷹。辛くても思い出して。提督の骨格は、全部見つかっていた?」

 提督はどこにいると聞かれて、加賀は一種の残酷な可能性を語った。

 即ち、纏う骨が、彼ではないかと。

「霞は言っていたわ。頭にドクロをつけていたと。……提督の頭蓋骨は、後ろ半分と顎しか見つかっていない。前半分は消えていると聞いた。夕立も言っていたわよ。顎は、確かなかったと」

 つまりは。骨になって彼は喋っているのか。

 益々オカルト染みて信じられないが、現状の情報を纏めると、こういう結論になった。

「……鈴谷は、彼の頭蓋骨を、被っているの?」

「そういう事になるわね。理由は知らないけど」

 飛鷹は血の気が失せていた。

 猟奇的すぎる。思い人の頭蓋を纏って移動しているのか、鈴谷は。

 そして何より、その状態で彼は喋ることが出来るかもしれない。

「バカな……」

「だが、現状考える限りはそうなるな」

 那智は驚愕し、長門は納得する。

 この情報から出てくる結論は、こうなる。

「提督なら、もう海からは来ないと思う。追い回されれば、無理だと判断して、きっと入り口から侵入してくる。陸から、裏をかいて」

 加賀はそう言って、飛鷹を一瞥する。

 ここからは、彼女が考えると言いたいらしい。

 冷静さを取り戻した飛鷹。バカらしい考えだが、行動の部分で頷くところが多い。

 故に否定できないと理解した。

「……あの人なら、鈴谷を安全な場所から連れてくる。なら、陸か……。多分、あの進路からして迂回して近づくはずよ。鎮守府内部で、私たちが総出で襲えば確保できるかしら」 

 艦娘を傷つける真似を避ける提督なら、安全策を講じる筈だ。

 ならば逆手にとって、待ち構えていればいい。

 陸地なら、深海棲艦に似た鈴谷を捕獲して、それでいい。

 少なくとも海以外なら彼の声も聞こえると思われる。霞がいい例だ。

 まだ深海棲艦に備え、警戒は続ける。それ以外にも、誘い込んで二人を捕まえる作戦にした。

「……そうか。まだ、出来ることはあったわね」

「ええ。冷静になれば、策は思い付く。聞く前に否定する暇があったら、提督の為に手段を尽くして欲しいわ」

 呆れる加賀に、渋い表情で飛鷹は睨んだ。

「刺々しいわね……。でもごめんなさい。少し、余裕がなかった。殴られて久々に本気でキレたから、スッキリしたわ」

 感情を溜め込んでいた飛鷹を怒らせて爆発させないと、彼女は冷静にならない。

 只でさえ彼が居なくて心細いのだ。こうしないと次は血を見るだろう。

 謝罪する彼女に、加賀はため息をついた。

「私も、飛鷹とは四年近く付き合いあるから。あなたがこうして本気でキレたのは、いつぶりかしら……。ああ、いつぞやのクリスマスだったわ。彼と不格好なダンスをして、確か転んだ拍子に提督があなたのドレスのスカートをみんなの前で捲り」

「止めなさいそれは!! 許したって言ったでしょ!? それ以来あの人一緒に踊ってくれなくなったのに!!」

 真っ赤になって加賀の口を塞ぐ飛鷹。知られたくない昔の話らしい。

 長門は驚いた。あの飛鷹が、その程度で本気で、しかも提督にキレたと言うのだ。

「兎に角!! 他のみんなは予定通り監視を続ける。私と加賀と長門は忍び込んだ鈴谷を軽く血祭り……じゃない。捕獲して真相究明。これでいいわね?」

「待て。私怨が入っているぞ!? 鈴谷をなぜ然り気無く血祭りにしようとしているのだ!?」

 やっぱり根っこは嫉妬しているのか、鈴谷に対して風当たりが厳しかった。

「……ごめん。こればっかりはマジで我慢できないのよ。あの人の遺骨でしょ? 鈴谷に負けは認めても、相棒として、供養はしたいの。遺骨渡す気がないなら、ブッ飛ばしてでも奪い取るわ。バラバラなままお墓に入れるのは残酷だと思うし……」

 ダメだ。飛鷹はあくまで彼を死んだ人間として扱い、遺骨を纏った彼女を許す気はない。

 本気で血祭りにあげる気だった。

 青ざめる二名だが、加賀はため息をついた。

「こればかりは無駄だと思うわ。飛鷹の性格だもの。鈴谷にも目を覚まして貰わないと」

 飛鷹の別の意味の狂気を見た彼女たちは襲撃に備え、罠を張った。

 ノコノコとセイレーンが現れるまで、時間の問題だった……。



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帰ってきた居場所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間程航行を続ける。軈て、見えてきた。

「……街だ!!」

 鈴谷が嬉しそうに呟いた。

 何日目かの街だった。

 煌々と煌めく街灯が、酷くきらびやかに見えた。

 座標を確認。……どうやら、鎮守府からはかなり離れている場所の海沿い。

 海岸へとそっと近づき、上陸。目撃はされていない。

 このご時世、海岸へと近づく阿呆は頭の足りない若者ぐらいだ。

 人気がないのは確認済み。疲れたように、鈴谷は砂浜に腰を下ろした。

 時刻は、多分日付が変わるぐらい。大きな規模の街だから、不夜城のように喧騒は残っていた。

「……街は無事だったね。良かったよ、何事もなくて」

「そうだな」

 海岸に座り込んで、眠らない喧騒を振り返る。

 向こうにはいけない。鈴谷も、自分が死んでいるのが自覚できるため、行こうとはしない。

 寂しい気持ちはある。まるで死者と生者の境界線のような物を感じる気がする。

 海は死者の国。陸は生者の国。海岸は、その境界線。

 帰れない。陸には、これ以上は帰ってはいけないと、鈴谷は思う。

「どうやって、鎮守府に向かう? 徒歩?」

「それしかないな。下手に街には入れない。見つかってしまう」

「……だよね」

 自分の外見は人間とは違う。通報されて、捕まったら終わりだ。

 幸いこのまま、休まず歩けば……夜明けぐらいには、見えてくるはず。

 大体、五時間くらいか。

「そんなに歩くの……? 鈴谷疲れたのに……」

「海に出るよりは安全だぞ。戦闘と徒歩、どっちがいい?」

 嫌そうにワガママを言う鈴谷。

 だが、夜中と言えど歩道を歩けば道いく車に目撃されて、何が起きるか予想できない。

 隠れて移動するなら、海岸を歩いて向かうのが確実だろうか。

「どっかに落ちてるチャリンコないかな」

「艦娘がチャリ乗るってどうよそれは。っていうか、投棄されたもんでも乗るなよ鈴谷」

 そんなことをしている暇があるなら歩けと提督はたしなめる。

 小言を言いながら、立ち上がる鈴谷。薄い闇のなか、彼に文句を言いながら歩き出した。

「折角帰ってきたんだよ。お散歩にしたって、ただ何時間も歩くの退屈じゃん」

「喋りながら歩くか。ま、俺はそれしか出来ないけど」

「……言い出して何だけど、話題ないね。離れてから何れぐらい経過しているんだろ」

 歩けない訳じゃない。疲れていたが、艦娘の体力は人間の比じゃないのだ。

 あまり思い出せない死に際だが、どれほどの時間を居なかったのかも曖昧だった。

 足場の悪い砂地を、音を立てて歩いていく。

 すると、空から音もなく、白い粉が降り始めた。

 ……雪であった。

「わっ、雪降ってきた。寒くないけど、冷たいのは嫌だなあ……」

「適当に展開してもいいぞ? 雪避けぐらいにはなるだろ」

 鈴谷に言って、左肩の骨を展開して、頭上に広げた。

 鉄と混ざって少し大きくなった左手は、頭上で雪を受け止めてくれる。

「相合い傘って言うのかな? えへへ、悪くないね」

「傘が俺って言う意味不明な状態だけどな」

 照れたように笑う鈴谷に、つられて笑う提督。

 すっかり、この異常なやり取りも慣れていた。

 雪を時折捨て、二人は談笑しながら進んでいく。

 雪は無音で降り続ける。短い靴の鈴谷の足跡が、砂浜に残っていく。

 積もっていく雪のおかげで、海岸に近づくたわけ者とも遭遇せずに移動できる。

 防波堤を見上げたり、その辺に流れ着いたゴミを見て話の種にしたり。

 二人は僅かな楽しみを満喫しながら、向かっていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明け頃。

 海岸が終わり、軍事施設のフェンスが、目の前に現れる。

 同時に、近くに監視カメラを発見して、慌てて隠れた。

 見つからないように細心の注意をして、街中に飛び込んだ。

 街のなかは危険だ。そこらじゅうに防犯カメラが設置される昨今。

 下手に歩き回れば、それだけで見つかってしまう。

「なんか、入るの難しくない?」

「だよなあ。自分の鎮守府に侵入って、俺達は賊か何かか」

 正門には憲兵が見張っているし、鈴谷はそこの艦娘だが、死人である。

 除籍されていると思われるため、下手に近寄れない。提督も然り。

 近くの空き家と思われる家屋の庭に潜伏して、二人は朝っぱらから相談していた。

 近所の子供なのか、傘をさしながら挨拶をしていく様子が聞こえる。

 雪はまだ降っていて、曇天の空。路面も凍結してる寒い朝だった。

 幸い鈴谷は寒さを感じないのでいいが、傘の腕を引っ込めているので、雪は冷たい。

 提督も家屋のしたでいられるのは有りがたかった。

「……正面突破しかないかな」

「顔見て分かってくれりゃいいけど、多分無理だよな。死んでるし」

「憲兵さんも幽霊は信じないよね……」

 死人が朝っぱらから戻ってきたなど、どんなホラーだ。

 戻ったのはいいが、中に入れない。入りたいけど、入れない。

 見えている近場なのに。

 うんうん唸っている二人は、軈て決めた。覚悟を。

「カチコミしよう!!」

「殴って侵入!! 賊でいいよコンチクショウ!!」

 良い方法など死人には思い付かない。

 幽霊らしく無秩序に突撃して飛び込んでやろうと、鈴谷も提督も自棄になった。

 入れれば良いのだ。入ったあとでどうするか決めようという無計画。

 兎に角突撃していく。人間である憲兵よりは身体能力は高いのだ。侵入すればこちらのもの。

 自棄になった悪い顔で笑う鈴谷と、低い声色で笑っている提督。

 二人は、空き家から走っていく。疲れがなんだ。正念場だ。あとは勢いで駆け抜ける。

 数分後。鎮守府に緊急事態の襲撃発生。

 朝イチからの、幽霊の帰還であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正門の憲兵を見つける。知り合いだった。

 どうやら、人間は鈴谷にも人間に見えるらしい。

 ……だからどうした!!

「おい、貴様っ!! ここは軍事施設だぞ!! 許可なく立ち入りは……って、んっ!?」

 真正面から走っていくと、案の定塞き止められた。

 何か気付いたようだが、知らんぷり。

「ちぇすと!!」

「ごふっ!?」

 捕まえようとしたのを華麗に避けて、取り敢えず腹パン。

 殴って倒す。倒れる前に豪快に掴んで、騒ぎに気づいた応援に向かって、

「憲兵さん魚雷ッ!!」

 思い切り投げつけた。

 吹っ飛ぶ成人の憲兵さん。

 応援に来た数名を薙ぎ倒して縺れた。その間に走り込む。

「ナイス鈴谷!!」

「艦娘に比べたら楽チン! 陸路で正解だったね!」

 鎮守府に侵入して、走って逃げる。

 当然、内部には内線で襲撃者ありと連絡が入る。

 朝イチから押し掛けてきた賊が、憲兵を薙ぎ倒して施設内部に侵入。

 対象は高雄型艦娘の制服を着用した女性。頭にドクロのレリーフを飾っている。

 白髪のロングヘアーだと外見を知らされた。至急、艦娘にも応援をくれと。

 セイレーンが、襲ってきた。話を聞いていた憲兵たちは、武器を用いて迎撃中。

「朝っぱらから戻ってきたか……!! 待っていたぞ、この時を!!」

 長門が朝飯を食べているときに発生した襲撃に、待っていましたと言わんばかりに混雑する間宮のなかで立ち上がった。

 ……顔にご飯粒をつけたまま。台無しである。

「……なんで翌日の朝に帰ってくるんですか提督も、鈴谷も……」

 ボサボサの寝癖をそのままに、眠そうに目を擦って加賀は寝巻きのまま出動。

 まだ寝ぼけており、アクビをしながらのろのろと移動していく。

「皆!! 入ってきたのはセイレーンよ!! 陸路から裏をかいてこっちに来てる!! 艤装は危ないから使っちゃダメ!! 取り敢えず武器になりそうなモノで、見つけ次第連絡頂戴!! どんな姿でも驚かないでね!!」

 敢えて鈴谷だとは言わない。ただ、もう予感として皆知っている。

 セイレーンは、ただの化け物じゃない。

 もしかしたら、彼か、彼とともにいる誰かだとは予感していた。

 飛鷹の号令で、人海戦術で一斉に放たれる艦娘たち。

 本当は三人と憲兵で対応するつもりだったが、朝イチなら話は別。

 全員でお出迎えをしてやろう。鈴谷には悪いが、覚悟をしてもらおう。

 飛鷹は執務室で指示を出す司令塔。同時にカメラで居場所を特定する。

 憲兵のいう通りだった。一足早く発見したその姿は……。

 

(……鈴谷。あなた、生きていた……訳じゃないわね。本当に深海棲艦みたいになってる……)

 

 高画質のカメラで見た彼女は、確かに様変わりしていた。

 白いロングヘアー。ボロボロの服装に、深紅の瞳。

 土気色の肌に、頭のドクロ。あの二名の言う、今の鈴谷がいた。

 呆然とする飛鷹。これで、ほぼ確実となった。

 セイレーンは、鈴谷と提督。その、信じられない推論が。

 この目で見たから、信じよう。今は、袋のネズミとなった鈴谷を捕まえる。

 セイレーン捕獲作戦の、開始であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにこれ!? どうなってんの!? 深海棲艦と憲兵さんが協力してる!?」

 パニックになる鈴谷。逃げ回る慣れた鎮守府の中。そこらじゅうにいる深海棲艦。

 我が物顔で歩き回っていると思えば、憲兵と手を組んで追いかけてくる。

 訳が分からない鈴谷。提督は黙っていた。

「提督!? 和平したとかそういうオチ!? 何が起きてるの!?」

「……」

 憲兵の言葉は理解できるだろう。鈴谷は今、余裕がなくて聞いていないだけだ。

 解決の糸口が見えた。憲兵に翻訳してもらうしかない。

 人間の声は正しく聞こえた。艦娘は無理でも、仲介がいれば。

 きっと、話し合える。依然、艦娘は向こうも何を言っているか分からないままだが。

「鈴谷。おかしいのは、俺達だ」

 もういい。

 もう、真実を話しても。

 追われる鈴谷は、目の前にいたモップを装備している人間らしきイ級を放り投げて迎撃していた。

 背後では、憲兵が拳銃を撃ってきた。慌てて隠れる鈴谷。

 廊下の角で、叫ばされる台詞に困惑していた。

 

「鈴谷、聞こえるか!? 落ち着くんや!! うちや! お前の知ってる憲兵やで! お前がパニックになってるのは分かっとるわ!! 艦娘の言葉がわからんのやな!? うちはお前の言うとる事分かっとる!! 今、周りに攻撃をやめさせた!! 出てきてくれ!! もう安心していい! こっちは何もせえへん!!」

 

 ……良かった。知り合いが、一番話の通じる憲兵が駆けつけてくれた。

 鈴谷に正しく聞こえている。だから、困惑していた。

 すがるように、右手でドクロに触れる。

「……提督、どういうこと?」

 聞かれて、彼は正直に今までの事を全部明かした。

 即ち、鈴谷と彼の認識のズレ。

 艦娘が深海棲艦に見えて、向こうも今はいいが海の上では化け物に見えていたかもしれないと。

 今まで、鈴谷が死なないために、指摘しても最初からダメだったゆえ、黙っていたと。

 レーダーでは正しく表記されても、向こうも海上で攻撃してきた。

 生きるために、迷いを生むから黙っていたと。

 謝罪も込めて、教えた。

「……じゃあ、鈴谷は?」

「ああ。艦娘に襲われていたんだ。最初は艦娘も見えていたけど、時間が経ったら深海棲艦に見えていた。俺もな。だから、黙ってた。ゴメン、鈴谷」

 憲兵の言葉を聞かずに、彼の言葉に愕然とする鈴谷。

 ショックを受けていた。ならば、彼女は同士討ちをしていたことになる。

 向こうも海上では化け物として襲ってきた。

 すれ違いを起こして、今日まで生きてきたのだと。

「……そっか。皆、無事だったんだ」

 近海での事でも、言える話。

 彼が止めろと言っていたのも、相手が艦娘だとわかっていたから。

 話を聞いて、鈴谷は……納得したように小声で言った。

 彼女は襲ったが、誰も殺していない。襲われても追い払って逃げていた。

 それだけは、幸いだった。

 どこか、安堵したように鈴谷は彼に言った。

「鈴谷がおかしくなってるんだね。死んじゃったから、仕方ないよね……」

 死人が生者を正しく認識できるはずもない、と納得していたと言うか。

 彼を責める気はない。そうしないと生きられないのも事実だった。

 迷えば死ぬような軌跡であったし、言われない方が気持ちも楽だった。

 だから、受け入れる。彼の行動を。

 言われて、感覚を修正できない事実にも気付いた。

 何せ、未だに皆が深海棲艦に見える二人。

 どうすればいい。誰が誰だか分からないままではどうしようもない。

 

「……はあっ!? おい、止めえ!! 聞けってのに、飛鷹ッ!! 待てや、何構えててんねんお前!? あかん……あかん!! 鈴谷、逃げろォッ!! 殺される、お前殺されるで!! はよにげェ!! おい、ぼさっとしてないでお前らも飛鷹とめんかい!!」

 

 ……なんか、後ろから切羽詰まった憲兵さんの声が聞こえた。

 そして、数秒間何かを薙ぎ倒す音と悲鳴も断続して。

 何事だ、と隠れる鈴谷が見たものは……。

 

「…………」

 

 ……深海棲艦の空母が、バールのようなものを構えて、邪悪に笑いながらゆっくりと近づいてきていた。

 背後には、痙攣する憲兵さんや深海棲艦が頭から煙を出して、目をバッテンにして山積みにされていた。

 

「……うわぁ、逃げたいなぁ。逃げ切れる気がしないけど。これ、誰だか分かるよ鈴谷も。絶対飛鷹さんだよね?」

「だよな……。飛鷹、俺の声聞こえる? 取り敢えずその物騒な工具を下げてくれませんか?」

 

 この言い様のない殺気。間違いない、提督の相棒である。

 何やら得体の知れない言葉を言っている。二人には理解できないが、視点を変えると。

 

「本当に喋ったわね、提督。そして鈴谷……? 色々言いたいことはあるし、伝えたいことはあるけど。取り敢えずお帰りなさい」

 

 満面の笑みを浮かべて、迎える飛鷹。

 それが、深海棲艦補正される二人は、猛烈に怖かった。

 因みに腰が抜けていた。

 

「提督……。多分もう一回死んじゃうと思うから、今のうちに言っとくね。大好きだよ。あっちの世界でも、宜しくね」

 

「ああ……俺も愛している鈴谷……。俺はこんなおっかない飛鷹は知らない……。飛鷹、黙って死んだことは謝るから、頼む許してくれ……」

 

 さらっと重要なことを言いながら、だが猛禽類は止まらない。

 

「……勝手に居なくなった事を許してほしくば、今すぐに制裁を受けなさい。鈴谷と一緒にね……」

 

 ああ、振り上げる。バールのようなものを、振り上げる深海棲艦、もとい飛鷹さん。

 何を言っているか分かりません。けど、ご立腹なようです。

 

「あ、前にもあったなこれ。あの時のクリスマスだ。確か、あの時は純白の布地……」

 

 

 走馬灯を見ていた彼は地雷を踏む。

 昨日の夜に加賀に同じことを言われていたのを彼は知らない。

 瞬時にキレた飛鷹さん。容赦なかった。

 

「……まだ視界はおかしいのね。なら、早くこっちに帰ってきなさい、提督ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

 ヤンデレの本懐。好きな人に戻らせるため、暴力を振るう。

 墜ちる鉄槌。そして。

 

 

 

 

 

 

 

 ――ぎゃああああああああああーーーーーー!! 

 

 

 

 

 

 

 

 という、二人の断末魔が、戻ってきた鎮守府に、木霊するのであった……。



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死者の行方

 

 

 

 

 

 

 

 明かされる衝撃の真実。

 多くの艦娘が見た。行方知れずの鈴谷が突然錯乱して襲ってきた。

 その姿はまさに深海棲艦、それも鬼や姫を彷彿とさせる。

 それが、まさか海の上で見ていたセイレーンだと、誰が信じる。

 大体、鈴谷は今まで何処で何をしていた、と問われた。

 なので、正直に明かした。既に二人は鎮守府に戻ってきたのだ。

 ……隠していくわけにもいかない。なので、憲兵の立ち会いのもと、全てを語らされた。

 

 ――提督はもう死んでおり、鈴谷もまた後追いして自殺している可能性があると。

 

 憲兵は言った。

 状況証拠で鈴谷は死亡している確率が高く、鈴谷は現在鎮守府の設備で解析できるだけ解析している。 

 暫く待っていてほしい。

 セイレーンはこちらと敵対する意思はなく、元々意思疎通を取ろうとして、失敗していたのだ。

 本人も得体の知れない状況に不安なので、今は会わないで欲しいと。

 ……皆は、放心していた。彼が死んでいた。鈴谷も死んでいた。

 理由は明かせない。大本営から口止めされている内容なので、知る権利はないと。

 実際はそんなものはないが、下手に暴走するのも危惧しておいた。

 大半の艦娘が、彼の悲報に唖然としていた。

 つまり、なんだ?

 セイレーンとは、幽霊だったのかと質問される。

 馬鹿げた話だが、大真面目に説明する飛鷹は頷いた。

「ええ。現時点で言える事は、理解できないと思うけど冷静に聞いて。……鈴谷は、死んだ自覚をしている。そして、あの子の身体は、一部が深海棲艦と同じような構成をしながら、まだ大半が艦娘と同じなの。要は、深海棲艦に身体を蝕まれていると言うこと。それで、錯乱した原因だけど……これははっきりいって不明。原因が分からないわ。何せ死んだあとに動くなんて聞いたことないから。鈴谷が言うには、艦娘は全員深海棲艦に見えているみたい。言葉も通じないって憲兵さんは言ってる。私達が海上であの子を化け物に見えていたみたいに。辛うじて、憲兵さんはマトモに見えているから、襲ってくる事はないって。襲った理由ぐらい、想像つくでしょ? 襲われたから、身を守るために反撃した。だから、自分から襲ってくることはしなかった。あの子に、皆を傷つける意思はなかった。あの声はね、皆に止めてって、鈴谷が訴えていた声だったのよ。でも、通じないで、私達は不具合を起こして苦しんだ。お互いに……ね。勘違いしないであげて。あの子には、殺すつもりも、況してや戦う気もなかった。それだけは、覚えておいて」

 飛鷹がそういって、昼頃に説明を終える。

 任務に出ている者以外の全ての仲間を呼び出して、食堂で説明を行った。

 皆は、混乱しながらも現実に起きている事を何とか飲み込んでいた。

 そして、肝心な事を聞かれた。

 なら、あの通信の提督みたいに聞こえた声は?

 その質問には、憲兵が代わりに答えた。

 残酷な事を、飛鷹は言いたがらない。憲兵が代弁する。

「それなんやけど……。落ち着いて聞いてや。あれな、鈴谷の艤装らしいんだわ」

 憲兵は自分でも意味のわからない事を言っている自覚がある。

 呆然とする皆に、懸命に噛み砕いて語った。

「これも原因がまるで分からん。見たと思うけど、鈴谷の頭にあったあの頭蓋骨、あれ提督の遺骨やねん。どうやら鈴谷、知らんうちに海の中で遺骨と混ざりあったみたいでなぁ……しかも提督、あの状態で意識あんねん。喋れるんや、マジで。しかも感覚をある程度共有してるみたいで、取れんのや身体から。死んだはずの提督が、何故か知らんけど艤装みたいな状態になって、鈴谷と融合しとる……としか、今は言えん。幽霊っていうか、言い方悪いけどゾンビ化してるって言うと、想像できるか?」

 憲兵が分かりやすい例えで言った。鈴谷はゾンビとなって甦った。

 そして、そのおまけのように提督の遺骨と意識を取り込んで、一体化している。

 端的に言うと、セイレーンはゾンビだったという事。しかも知り合いで。

 言葉を失う一同。有り得ない現状、有り得ない相手。

 何もかも原因すら分からず、本人も覚えていないという始末。

 セイレーンを捕まえて誤解をといても、進展などない。

 分かったのは、正体だけであった。

「……混乱するでしょ。私もしてる。けど、これだけは約束して皆。……大本営には言わないで。今度こそ、彼がいなくなるわ」

 飛鷹は言った。上には黙っていると。

 モルモットとして、今に二人はきっと連れていかれる。

 大本営は言ったのだ。捕獲か、撃破。その二つしかないと。

 捕まえれば、間違いなく彼らは実験の材料になる。

 当たり前だ。ゾンビなどという貴重な被験者を逃がす手だてはない。

 簡単にその結末は想像できる。

 故に、黙っていて欲しいと。なんと、憲兵さんすら頼み込んだ。

「うちからも頼むわ。こんなん、職務怠慢なんやろうけど、提督はうちら憲兵とも仲良くやってくれてたんや。この事に関しては、うちらも手伝う。うちはイヤや。彼がモルモットになるんは。憲兵って言うんは、たとえ死んでも艦娘や提督の人権を守るのが仕事やと思う。……大本営と揉めるのはあれやしな。取り敢えず、隠しとこってこっちゃ」

 隠蔽しようと言い出した。悪いことをすると言うこと。

 だが。不意に、飛鷹は低い声で、皆を真っ黒な瞳で睨んで警告する。

「もしも、あの人を裏切ったら殺すわよ。いい? ……今の私は、誰だろうと、帰ってきた提督を奪う奴は許さない。反逆罪、上等よ。彼のためなら喜んで解体でも処刑でもされてあげる。……けど、その前に裏切った奴は絶対に殺すからね。邪魔する奴は今すぐ殺す。文句があるなら出てきなさい。その前に、疑いがある奴から始末していくけど……。ねえ? あの人をもう一回殺すような真似をした艦娘は生きたまま解体しても良いかな、憲兵さん?」

「やめえや!! お前マジで殺る気やろ!? 落ち着け、疑心暗鬼になるなって言うとるやろ!!」

 本当に艤装を展開して、飛鷹はこの場で全員を皆殺しにしようとしていた。

 お札を構える彼女に、慌てて憲兵が取り押さえる。

「ダメよ……私が、私が今度こそあの人を守るのよ……。そう、全員殺して口封じしなきゃ……。あの人の安全のためだもの。私が汚れ役を受けて、私が死ねばいいの。私と引き換えにここの艦娘をみんな殺して、自沈すれば……提督は安全、無事に鈴谷と過ごせる……。鈴谷と提督が無事なら何でもいい、怪しい奴はぜーんぶ殺せば…………」

「落ち着け、自分を追い込むな飛鷹ッ!! ……あかんっ!? おい、皆はよう逃げや!!」

 突然ぶつぶつと俯いて何かを呟く飛鷹。憲兵が叫んだ。

 切羽詰まった状況だった。ポカンとする皆。その時、食堂の扉が勢いよく音をたてて開かれる。 

 振り返ると、青ざめた長門とだらだら冷や汗を流している無表情の加賀がいた。

「ええい、飛鷹め、また癇癪か!? 皆、直ぐに避難しろ!! 殺されるぞ!!」

「急いでください。ここは私達が何とかします」

 突然の急展開。二人して、なんと、室内で艤装を展開して主砲と弓を構えていた。

 出口に向かって走れと叫ぶ。

 

 ……数秒後。

 

 

 

 

 

「鈴谷と提督以外。みんな、死んじゃえ」

 

 

 

 

 

 

 ……表情の抜け落ちた顔で、がらんどうの目をした飛鷹が、無差別の爆撃を開始してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督。……なんか、食堂の方から爆撃の音聞こえない?」

「……また飛鷹か。勘弁してくれ……」 

「この音、きっと試製南山だと思う。飛鷹さんの主力艦載機じゃ……」

「……はぁ」

 その頃。半分軟禁状態の鈴谷と提督が、執務室で休んでいた。

 見張りに他の憲兵が一緒にいてくれる。襲撃への謝罪は済ませてある。

 皆、いってくれれば中に入れたと苦笑いして許してくれた。

 皆には鈴谷は確かにゾンビとなっているが、意識ははっきりしているので、脅威にはならないとしっかり伝わっている。

 二人は長旅の疲れを癒すべく、涙を流して帰還を喜んでくれた間宮につくってもらった久々の食事を堪能している。

 服装はいつもの鈴谷の制服。久し振りにきた感触は、随分と懐かしい。

 箸を咥えて窓の方を見る。……南山が様子を見に、窓際で滞空していた。

 大丈夫とジェスチャーすると、旋回して戻っていく。

 問題は、飛鷹がまたもや暴走を始めている事だった。

 詳しい話は聞いた。二人の抜け落ちた記憶の部分や、皆の経緯など。

 此方も分かることは全部話した。統合した結果を、皆に話しに行ってこの様であった。

 聞いてもやはり曖昧で思い出せない死亡した過程の記憶。そこは、どうしようもない。

 飛鷹が情緒不安定になり、ヒステリックになってきたと聞いて、彼は。

「飛鷹。色々有難う。死んじまったけど、何とか俺はここにいる。心配するなとは言えない。けど、取り敢えずお前は落ち着いてくれ」

 戻ってきたと制裁を加えたあとにあれこれ、親身に世話を焼いてくれた彼女は、こう言ったという。

「鈴谷。私に提督と一緒に、あなたを守らせてほしいの。二度と間に合わないなんて事がないように。私が、二人の幸せを必ず確保して見せるよ」

 死した二人の恋路を応援するといってくれるのは嬉しい。

 だが……。

 

「二人の敵は死んじゃえばいいんだあああああああーーーーーーー!!」

 

 飛鷹の絶叫が聞こえる。食堂で死闘を演じているようだった。

 数名、応援に出ていった。

 彼女は、長い間のストレスによりどうやら発狂に近い精神状態になってるようだった。

 理性が最早理解の範疇を超えたり、心細い以前に戻るのを忌避したいが為に負荷に堪えきれず、難しい思考を阻害して、短絡的な考えに走りやすくなっていると、心理カウンセリングの資格を持っている一人の憲兵が教えてくれた。

 分かりやすく言えば、こちらには最強の味方として君臨。 

 周囲を全て敵と判断して、全員皆殺しにしてでも守るという考えに固定されつつある。

 以前よりも遥かに凶暴化しているのだ。

 先ほど、長門と加賀相手にぶちっとキレて、触るな近寄るなと殺しにいった。

 真面目に本気で殺しに襲いかかり、二名で叩きのめされ正気に戻っていた。

 酷い有り様であった。

 唖然とする鈴谷には、深海棲艦となった飛鷹が他の深海棲艦二名に襲いかかったようにしか見えなかった

 実際、これから先どうするかは考えていなかった。

 飛鷹は、二人の将来を危惧して、疑心暗鬼になっている。

 それほど、心配してくれていた。

「飛鷹ッ!! いい加減にしなさいっ!!」

「正気に戻れ、聞いているのか!?」

 恐らくは加賀と長門が二人で押さえつけているが、

「私が、私が守らなきゃいけないの!! 死んだっていい、私が代わりに死んででも、あの二人だけはっ!!」

 狂ったように吠える、事実狂った飛鷹は大暴れしていた。

 食堂の方で大騒ぎになっている。

 自分を殺してでも、凄惨な未来は変えると飛鷹は暴力で解決しようとしている。

「飛鷹さん、大丈夫ですか!?」

 朝潮らしき声も参戦して抑えてくれるので、多分大丈夫だろう。

 彼女の言うことは間違いではない。

 実際、鈴谷と提督の未来は依然絶望一色であり、死人が動くのを受け入れるここがおかしいだけ。

 普通に考えれば、二人の行く先は実験動物が関の山だろう。

「……飛鷹さんなりに応援してくれるんだね」

「あいつ、適応力高すぎだろう……」

 二人は彼女の想いを理解していた。

 この先、どうすればいいのか。まだ、わからないまま。

 食堂で暴れる彼女に応えることもできずに。

 ただ、ここで軟禁される以外にすることのない現実。

 ため息をついた。戻ってきて、果たして正解だったのか。

 それすら、鈴谷と提督は、見失っていた……。



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ヤンデレゾンビからの逃走

 

 

 

 

 

 

 結論から言おう。

 暴走していた彼女の危惧は現実となった。

 数日、セイレーンが目撃されなくなり、最後に出没した海域の皆に、大本営から問い合わせがあった。

 セイレーンはどうした。報告が上がってない。何か隠していないか、と。

 そう、勘繰られたらしい。

「二人とも、大丈夫よ。私が奴等を今すぐ殺し……」

「飛鷹、お願いだから落ち着いて」

 対応した飛鷹がいきり立って大本営にカチコミをかけようとして、加賀が直ぐ様止めた。

 適当に見失った、と報告しておいたが……監査が入るかもしれない。

 そうなれば、軟禁状態の二人もいずればれる。提督不在の状況も長続きはしない。

 次に着任する提督の話を聞いたとき、凄まじい顔をした飛鷹を覚えている。

 声色は普通だったが、明らかに殺気を堪えていた。

「飛鷹。俺達、やっぱり出ていった方が良くないか?」

「そうだよ。戻ってきたし、誤解もとけた。だから、鈴谷たちは適当に居なくなるってば」

 二人は相談して、結論を出した。

 即ち、此処から立ち去ろうと。

 皆に迷惑をかけてしまうと分かった以上、鎮守府に留まるのは得策ではない。

 既に最低限の目的は果たせている。

 これ以上留まることは、彼女たちの立場を悪くする。

 死者は死者の在り方を全うするべき。飛鷹に言うが。

「ダメよ。絶対にダメ。私は許さない。逃げてもその先にあるのは地獄でしょ。二人にこれ以上辛い想いをさせたくない。戦えないなら私が抗う。相手殺してでも」

 が、納得しない飛鷹は二人を閉じ込める。

 出ていこうとしているのに、壊れてしまった飛鷹は守るべく、出してくれない。

 闇色の瞳で、じっと言葉の通じない鈴谷達を見つめて、捕獲する。

 善意だから無下に出来ない。指摘通りだから、動けない。

 飛鷹の言葉に、間違いは何もない。

「飛鷹。鎮守府と二人、どちらを守るつもり?」

「二人よ。邪魔な奴は皆死んじゃえばいい。転属したいなら出ていって。協力しないなら最悪殺す」

 ダメだった。飛鷹にはこの時点で話が通じない。

 加賀がバカをやめろと言うが、聞いてない。

 完全に二人だけを優先して、マトモな判断が出来ていなかった。

「逃げちゃダメよ鈴谷。逃げたら痺れさせて連れ戻すからね?」

 執務室に閉じ込めた鈴谷に、真っ黒な目で見下ろす飛鷹。

 深海棲艦に脅されているように見える鈴谷は泣きそうだった。提督はドン引きしていた。

 憲兵が宥めるが、彼女にとって重要なのは二人の事だけ。

 それ以外は、眼中になかった。

 実際、執務室には必要以外は誰も入れない。

 報告は聞いたらさっさと追い出す。鈴谷たちは、併設する風呂場に押し込められて隠されている。

 確かに旅路に比べれば安全だろうが、窮屈というか。束縛がキツすぎる。

「提督。一個思い出したんだけどさ」

「……ん?」

 飛鷹にお風呂まで一緒に入られて、色素の抜けた白い髪の毛を丁寧に洗う飛鷹の様子を見て、風呂上がりに鈴谷は言う。

 目隠しされていた彼は、疲れた様に反応する。

「飛鷹さんって、もしかして……俗にいう、ヤンデレ?」

「……ヤンデレ? あー……オタクの用語か。ヤンデレ……ヤンデレ? デレてるか?」

「一応、純粋な心配と善意だと思うよ?」

「……そうか。俺の相棒はヤンデレだったか……」

 病んでいるのは間違いない。デレがあるかと言えば、ある。

 愛情とは違うが、庇護しようとしているのは合っているだろうか。

 ただ方法が過激というか、極端というか……。

「落ち着け! なぜコーヒー牛乳を差し入れに来ただけで襲いかかるんだ!?」

「そうやっていって、隙を作る気なんでしょう!?」

「そうでもある……間違えた、無いぞ!?」

「嘘を言うんじゃなああああああい!!」

 差し入れに来た長門に襲いかかる風呂上がりの飛鷹。

 得物に孫の手を装備しているが、瓶を持った長門には勝てない。

「無駄なことをするな!!」

「ぐはっ!?」

 華麗に一度瓶を二つ空中に放り投げて、その間に飛鷹の背後に回り首筋に手刀を鋭く入れる。

 ガクッと倒れて気絶する飛鷹。落ちてきた二つの瓶を余裕で捕まえて、唖然とする鈴谷に笑顔で渡す。

 もう一個は飛鷹の分だが、襲ってきたので返り討ちにしておく。

「……長門さんだよね? 深海棲艦の戦艦に見えてるけど」

「うん? そうだが? まあ、細かいことは気にするな鈴谷。お前や提督が戻ってきてくれただけで、私は嬉しい。なに、飛鷹ほどじゃないが、これでも気持ちは同じなんだ。任せておけ」

 会話も表情も彼女には伝わらない。

 憲兵が翻訳して漸くだ。反応されて礼を言われる。

 一方通行の会話にも慣れてきた長門は、そういって去っていった。

 見境がないヤンデレと言う人種の飛鷹。提督は説得は無理だと鈴谷に言われて諦めた。

 そんな日々。正直言うと、色々困っている。

 セイレーンは、壊れたヤンデレに監禁されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱走を試しにしようとしてみた。

 憲兵さんにも許可を得てある。

 隙を見て逃げる気はないがそれらしい素振りを見せると。

「逃がさないって、言ったでしょ……?」

 直ぐ様気付いて追い回してきた。

 ただ単に廊下に出て、外の様子を見ようとしただけ。

 突然まえぶれなく現れて、向こうがゾンビよろしく追いかけてきた。

 フラフラとした足取りで、追い回してくるのだ。

「マックスやべー!?」

「ハザードのスイッチ入ってるじゃん!?」

 二人には深海棲艦の空母以下略。

 怖いので逃げる。反射的に。

 廊下を全力で疾走する。

「逃げるなああああああ……!!」

 恐ろしい声をあげてついてくる追跡者。

 何いっているか無論分からないが、凄い声で雄叫びをあげているように聞こえる。

 泥のような目をした空母ゾンビ。デンジャラス過ぎる。

「デンジャー! デンジャー! ヤンデレクライシス!! デンジャラス空母ォ!!」

「だ、誰か助けてェ!! く、食われるううううう!!」

 提督の意味不明な絶叫と鈴谷のヘルプがこだまする。

 廊下を走り回る彼女を見て、通りすがる艦娘たちが驚いていた。

 数日前から監禁されているらしい鈴谷。未だに深海棲艦みたいな見た目だが、反応は見知った鈴谷だった。

 そして、聞いていた通り彼の声もした。主に頭から。

 なんか、セイレーンが艦娘に助けを求めている。追いかける飛鷹が雄叫びをあげているようだが……。

「待ちなさあああああい……!!」

 流石に初日のように艤装はつかわないが、執拗に追い回して閉じ込めようとする。

 意外と鈴谷、セイレーンは元気そうであった。

 元気じゃないのはそこの空母ゾンビの方である。

「朝潮おおおおお!! 夕立いいいいいい!! どっかにいるなら、助けてくれーーーーー!!」

 前から特に仲良しだった駆逐艦たちに助けを呼ぶ提督。

 そんで、その声には死んだあとでも確実に飛んでくる狂犬と賢い狼。

 暫く聞いて無くても、しっかりと反応した。

「し、司令官! お呼びでしょうか!?」

「提督さん、どうしたの!?」

 帰ってきて、初めて顔を会わせる二名。

 逃げる前に躍り出る深海棲艦に驚く鈴谷。急停止して悲鳴をあげる。

「大丈夫、落ち着け鈴谷。多分……えと、この牙出してるほうが夕立かな? 合ってたら軽く動いて」

「ぽい?」

 見えなくても、通じなくても。

 提督は考えた。ジェスチャーで反応してもらえばいい。

 姿は変わっても、こっちの声は聞こえていると聞いている。

 ならば、問いかけにして反応を見ればいい。動き自体は、多分変化しないだろうと思う。

 実際、試したら合っていた。

 牙を出すほうの歩く駆逐艦が多分夕立。

 反応してるので合っている。では、この尾っぽ振り回すほうが朝潮。

「朝潮、合ってたら頷いて」

「はい、朝潮で合っております!」

 首肯した。やはり、意思の疎通は工夫次第で可能なようだ。

「あ、そっか。言葉も姿もおかしいけど、皆変わってないもんね。その手があったか……」

 鈴谷も名案だと提督の発案に喜んだ。これで少なくとも簡単なやり取りはできる。

 用件を伝える。後ろの空母ゾンビを何とかして。

「鈴谷ぁああああああ……!!」

 折角一時的に撒いたのにもう発見してくる飛鷹。

 彼女を見た二人は唖然とした。成る程、ゾンビと言うのは向こうのほうか。

 絶叫する鈴谷は、身ぶり手振りで必死に助けてと頼み込んだ。

「朝潮、足りなければ皆でタコ殴りにしちゃっていい。夕立も、お姉ちゃん呼んで素敵なパーティー血祭り開催を許可する。久々にあっていきなりごめんな? けど正式なお願い。……飛鷹を、狩ってよし」

 彼も頼み込むと、二名は敬礼して承諾。

 んで。

「飛鷹さん? 司令官の監禁などの所業ですが。そろそろ、朝潮も怒りますからね?」

「泣けるっぽい。提督さんと鈴谷さんは帰ってきたら閉じ決められるとか、飛鷹さんは外道だとあたしは思う!」

 二名は、折角帰還したのに二人に対しての行いに文句があるようだった。

 殺る気満々で、ゾンビに身構える。

「邪魔するなら、お仕置きよ、朝潮ォ……夕立ィ……!!」

 デンジャラス空母ゾンビが、某ゲームのように立ち塞がる。

 二人は果敢に立ち向かう。戻ってきた彼から請け負った初めての任務を、成功させるために。

 生物兵器と戦う、特殊部隊の豪傑のように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、倒れないわぁ……!!」 

 生きてた。ゾンビ、生きてた。

「……嘘でしょ」

「何でさ……」

 たんこぶが出来て煙をあげる狂犬と賢い狼。負けてた。

 姉妹たちも参戦しているが悉く撃破。

 皆気絶している。それを乗り越え追いかけるゾンビ空母。

 鈴谷と彼は絶望した。おかしい。何でか飛鷹はダメージ負ってたら強くなっている。

「絶望が俺達のゴールなのか!?」

「他の鎮守府のゾンビじゃあるまいに!!」

 前に聞いた、提督を追いかけるゾンビ駆逐艦だか潜水艦の話。

 提督に幾度となく撃破されても復活すると言う人種らしいが。

 鈴谷は冗談か怪談かと思っていたが、どうやら実話のようだ。

 ヤンデレと聞いているその艦娘と同じく飛鷹もゾンビになっていた。

 つまり。

「ヤンデレはゾンビだった……?」

「違うと思うよ。多分……」

 自信がないが、兎に角逃走。追ってくる飛鷹さん。

 待てと叫ぶが待つわけがない。

 必死に逃げていく。すると今度は。

「鈴谷!? それに提督!? 逃げたんですか!? 自力で脱出を!?」

 加賀が何やら書類を持って歩いていた。

 誰か分からず身ぶり手振りで聞き出して、加賀と判明。

 助けてとお願いして、加賀は了承してくれた。

「全く……飛鷹はまたですか」

 書類を脇に抱えて迎撃。その間に逃げおおせる。

 呆れる加賀に襲いかかるゾンビの恨み節。

「邪魔よ加賀、退けェ……!!」

「お断りよ飛鷹。ここで私と決闘しなさい」

「掴まないで、離せェ……!!」

 どっすんばったんと決闘開始。

 ライフは幾つに設定されているのだろう。

 数ターン後。

「全速……前進、よ……!」

 加賀をライフゼロにして、ゾンビは進む。

 滅びのゾンビマジックで倒されてしまったようだった。

「ヤバい! 加賀も倒された!!」

「もうなんか、逃げられない気がする……」

 鈴谷は半分諦めた。それでも一応逃げておく。

 もう監禁は御免だった。勘弁してほしい。

 鎮守府のなかを走り回る鈴谷たち。それを追いかけるゾンビ。

 時には。

「死ぬが……いい」

「うわああああ!?」

 蜂のようにつき倒し。

「艦娘目掛けて……シューッ!!」

「スーパーエキサイティングッ!?」

 ゴールを決められ。

「飛鷹さん、なぜ追いかけるんです!? 私達は仲間じゃなかったんです!? 本当に裏切ったんですか!?」

 噛みそうな台詞を叫ばれて。

「何なのよォ、今のはァ……?」

「ふぉお!?」

 壁に叩きつけられて。

「ヴェアアアアアア!?」

 意味もなく長門は倒されて。

「飛鷹さん!? 飛鷹さんなんで!?」

 川内は俳句を詠む前に負けて。

 などと、色々あった。結局、二人はまた捕まった。

 そして監禁されていた。運命の、その日まで。ずっと……。



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死者の選択

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気がつけば節分になっていた。

 やることがない日々を送る二人は、毎日執務室の片隅で書類を手伝っている。

 いたたまれない気分で、壊れていく飛鷹を見るのも忍びないので、雑務を手伝うぐらいだが。

 退屈な日々であった。監禁されて何日経過した?

 多分二週間ほどではないかと思う。

 テレビでは日曜朝の番組が新番組に切り替わる時期だ。

 本日のやることがないので、テレビを眺める。

 後ろで飛鷹が闇色の瞳をこっちに向けながら書類を片付けている。

 手元は動いており、視線だけがこっちを見ている。刺さる視線が怖い。

 画面では、仮面ボンバー提督と言う新番組の初回が放映されている。

 プロレス技で次々悪の艦娘を倒していき、その都度セクハラと言われて最終的に責任を取らされるという意味不明な番組である。

 初回で瑞鶴と思われる深海棲艦……? のような艦娘にマッチョラリアットなる技で撃破していた。

「暇だね、提督……」

「暇だな鈴谷……」

 ぼんやりと眺めている画面。

 作中、改造艦娘だったらしい瑞鶴は、一人は寂しいと叫びながら提督を襲う。

 生身で戦闘開始。数分後に倒した。

 そして、提督が決め台詞をかっこよく決め、一緒にいてやると言うが。

 感動したように見上げる瑞鶴。だが、突然邪悪に笑って瞳が真っ赤に燃える。

 画面が暗転。挙げ句には、提督の裏返った悲鳴が聞こえて、食われるとか叫んでいた。

 再び戻ると、逃げ出す提督と、分裂して一斉に襲いかかる瑞鶴たちが映った。

「何この番組?」

 鈴谷が呆れて眺める。仮面をつけた提督は最終的に捕獲され、エロい鶴の餌になったと字幕が出て終了。

 責任とって、次回からは味方に瑞鶴がいるらしい。次回予告だと次回は……大和? だそうだ。

「ノリはいいな、嫌いじゃない」

 意味のわからない話だが、提督は気に入ったようだった。

 そのまま続けてみている日曜日。次は動物艦隊カンタイジャーなる新番組であった。

 ……またもや艦娘らしき少女たちが出てきている。腹黒翔鶴、雄叫び熊野、気紛れ多摩に、狂犬夕立。

 それが節分にちなんで、鬼らしい相手を倒していた。初回は何故か鈴谷に似ていた。

「おお鈴谷。お前出てるぞ。有名人だな。鬼のコスプレ可愛いぞ」

「いや、これ鈴谷関係ないし。っていうか、今の鈴谷たちは鬼って言われても否定できないからね?」

 鬼が退治されるなら、鬼と似たような二人も退治させるだろうと、自嘲して鈴谷は言った。

 提督も自覚しているので、悲しく笑いながら肯定する。

 番組の鈴谷が倒される。必殺技の鶴の怨念返しが炸裂した。

「怨念返すのかよ。恩を返せよ鶴!」

 見ながら突っ込みを入れる。初回から追加艦娘で飛鷹も出ていた。

 ……顔見知りの飛鷹と同じくヤンデレ枠らしい。

 悪役の司令官が、女顔の可愛らしい野郎で翔鶴の知り合いだかなんだかとかいう話が次回。

 などと、聞いているときだった。

 彼らの日曜日は、日常は、唐突に終わりを告げる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊急伝令。沖に、大量の深海棲艦の艦隊が出現。

 その規模は想定外な程で、鬼や姫が交じっていると哨戒中の艦隊が知らせてきた。

「……とうとう来たわね。みんな、出るわよ」

 飛鷹は、出られる全員で迎撃すると言い出した。

 前から聞いていた、二人が死んだ原因の、襲ってくるという深海棲艦の艦隊のようだ。

 彼が気づく事はないが。

 規模は今まで以上に大きいが、全員こちらは指輪持ち。限界は超えている。

 無論、飛鷹も前線で指示を出す。防衛戦を始めると、皆に内線で伝えた。

「応援を呼ぶわ。……提督のお父様になるけど」

 憲兵に、訳さずにお願いと言ってから、飛鷹は彼の父に連絡を取った。

 未だに攻撃されないと不審がっていた彼の父は、有事には必ず連絡をくれと伝えていた。

 息子の鎮守府を滅ぼす深海棲艦を、この手で殺したいと言われていた。

 直ぐに出た父。飛鷹が襲撃を知らせると、増援を直ぐに出すといってくれた。

「時が来たようだな。共に戦おう、飛鷹君。少し持ちこたえてくれ。必ず救援に向かう」

 力強くそう告げた彼の鎮守府からはかなり距離がある。

 が、そもそも沖で発見されている。この鎮守府の海域ではない。

 飛鷹はここが恐らくは狙いだと知っている。故に、近辺の鎮守府にも応援を要請。

 結果、連合艦隊が編成されて、先ずは足止めに一部の駆逐艦たちが向かっていった。

「……私も出るわ。憲兵さん、二人をお願い」

 一通りやる事を終えて、飛鷹は駆けていった。

 呆然としているしかない二人は、何が起きているか言葉が通じていないので分からない。

 ただ、大変なことが起きていると分かった。

「鈴谷も戦うよ!!」

 良からぬ空気に立ち上がった鈴谷に、すかさず憲兵が押さえつける。今回は無理矢理だった。

 困惑する鈴谷に、憲兵の一人は言うのだ。

「止めるんだ鈴谷。今の君は足手まといになる」

 残酷な言葉だったが、歴とした事実であった。

 怒る鈴谷に、黙っていた彼もたしなめる。

「鈴谷。俺達じゃ加勢にはいけない。思い出せ、俺達は海軍にはセイレーンと呼ばれる敵対対象だ。深海棲艦諸とも始末されるぞ」

 自分達は死人だ。艦娘とは違う。下手しなくても、出ていけば……もう一度殺される。

 今度は、味方の筈の海軍と、艦娘に。

 鈴谷は反論する。あんまりじゃないかと。

「じゃあ、黙って見ていろって言うの!? 皆が戦いにいっているのに鈴谷は此処で一人で!! なにもしないで、待っていろって言うの!? 提督、そんなの可笑しいよ!?」

 暗に責められていた。飛鷹を見捨てるのか、皆を見捨てるのか。

 それが、提督を勤めた男のやることかと。

 ……本当は、彼だって行きたい。戦って、皆の居場所を守りたい。

 飛鷹が壊れてでも必死になって庇ってくれた。

 加賀や長門は戻ってきてくれて良かったと笑ってくれた。

 ……わかってる。だからこそ、前には出られない。

 それは。それだけは、出来ない方法だった。

「バカ言うな。本当におかしいのは俺達だって言っているんだ。いい加減、自覚しろ鈴谷!! お前も俺も、死人なんだ。海軍じゃない。艦娘でもない。動いている、ただの死体なんだよッ!!」

 とうとう、彼も怒鳴った。

 一番おかしいのは二人なのだ。深海棲艦に殺されたという提督。

 恐らくは後追い自殺をした鈴谷。生きている筈のない二名が、一つの存在になって海をさ迷って帰ってきた。

 それのどこかおかしくない? 一番摂理に反しているのは誰だ。提督と鈴谷なのだ。

「死人は動かない。死人は喋らない。死人は戦わない。なのに俺達は動く、喋る、戦える。これが一番おかしいんだ! 分かるか鈴谷、俺達は……俺達は、きっと世界に存在しちゃいけない。生きるものの根幹を引っくり返す俺達が、一番狂っている。そんな俺達に、何ができる!? 戦場にいけばいい!? 一緒に戦え!? ああ、そうだな! 俺だってそうしたいよ!! けど、それで俺達はどうなるんだ!? もう一度死ぬのか!? 艦娘と深海棲艦、その双方に狙われるだろうさ!! お前が危険な目に遭うんだぞ!? お前は自分と仲間を優先するなら、自分を大切にしてくれよ!! 兄貴たちみたいな想いして、飛鷹たちがあれだけ苦しんでいるのを見ただろ!! 俺は嫌だ、お前がもう一度死ぬぐらいならここで待っている! お前が艤装を展開しても俺は協力しない! お前が戦うってことは、もう一回悲劇を招くって意味だ!! 俺は二度もくたばるなんてゴメンだ。行かせない。お前を行かせる気はないぞ鈴谷」

「提督……」

 ……悲痛な叫びだった。絶望しかない未来に、存在がおかしい二人。

 ここにいる間見てきた心労でおかしくなった飛鷹に、戻ってきたのを見て安堵していた憲兵や、他の艦娘。

 もう一度戦いにいく意味を、理解していないのは鈴谷だった。

 自分の存在をもう一度考えた。死人なのにさ迷うセイレーン。

 コミュニケーションも満足に出来ない違いすぎる存在。必死に護ろうとする飛鷹の態度。

 ……自分が、皆を不幸にしている。そんな気がしてきた。そして、彼にも。

 彼は鈴谷を愛してくれる。鈴谷も彼が好きだ。愛している。

 二度も失うのは、嫌だ。その気持ちは理解できる。

 

 

 

 ――けど。

 

 

 

 

「……提督。鈴谷たちに、もう未来なんてないよ。だから、せめて……死人は死人らしく、眠らなきゃいけないね」

 

 

 彼女は、自覚した。いいや、自分の在り方を決めた。

 それは、悲劇しか生まない選択肢。けれど、多少は救いのある選択肢だった。

「そうだよね。鈴谷たちは、死んでいる。死んでいるなら、鎮守府に居るのはおかしいよ。死人は墓場に……違うね。水底に居なくちゃ、艦娘だし。ねえ、提督。提督もこのままじゃ良くないって、言ったよね。だから、二人で出ていこうって言ったじゃん。じゃあ、出ていこう」

「鈴谷……」

「大丈夫。もう、鈴谷も死ぬ気はないよ。死なない程度に、手伝いにはいく。けど、最後まではしない。皆を信じて、途中で逃げちゃえばいいんだよ。どうせ、世界中が敵になるんだもん。せめて、奴等を殺してから逃げようよ。少なくとも、ここの皆とは戦わずに済む。誤解もとけてるしね。ここにいても、未来は絶望しかないんだから。マシな未来にしよう、提督」

 話を聞いていた憲兵が懸命に説得する。が、提督に鈴谷は言ったのだ。

 待ってても、どうせ皆を苦しめる。飛鷹がこれ以上壊れる前に、やっぱり逃げよう。

 既にどう足掻いても全員が狂うか苦しむかしかないのだ。

 残した彼女たちが、今のままよりは、多少は救われる選択肢だと鈴谷は言っている。

 死ぬ気はないし、死にそうなら後を託してトンズラすると、約束した。

 二人には居場所なんてない。未来なんて死人はない。だから、逆に言える。

 死人だから好き勝手にさせてもらおうと。助けに行って、そして逃げる。

 最後に皆と会えたし、もう未練もない。

「水底って言うと死んじゃう気がする。じゃあ……そうだね、遠くの海にいこう提督。深海棲艦すらいない、世界の果てを目指して。また、長い逃避行ってのも、悪くないと鈴谷は思うな。ほら、愛している人と一緒になるにはこれしかないし?」

「…………」

 ……逃避行。止まり木を離れて、あるはずもない世界の果てを目指す。

 そこが水底であっても、鈴谷は一向に構わないと笑っていた。

 提督は、その言葉をよく考える。自分達が間違いというなら、間違いは正しい世界にはいてはいけない。

 自分で言ったこと。……ならば、それが辛い結果になっても。それ以上の結果さえ免れるには、これしかない。

 正解など、死んでいる時点で選べない。死人の出来ることは限られている。

 間違いが前提なら、少しでも軽減していく以外に、何ができる?

「……やれやれ、確かに俺達にはお似合いかもな。永遠の新婚旅行ってか」

 軈て。彼も、納得した。ため息をついて、賛同する。

 鎮守府に紛れ込んだ、隠された死体はとっとと消えた方がいい。

 もう、互いに決めていたことだ。飛鷹が居ないなら、ちょうどいい。

 鈴谷を優先すると決めたのだ。飛鷹と天秤にかければ、裏切って申し訳ないが……鈴谷を選ぶ。

「あはは。それも悪くないね。命懸けの新婚旅行って、素敵じゃない?」

 朗らかに鈴谷は笑った。同時に、控えていた艤装を展開する。

 肩を掴んでいた憲兵を、謝って吹っ飛ばした。

 今までは、彼の骨だけしか展開できなかった。

 だが、ここは鎮守府。内部でなら、彼女の本来の艤装も同時に併用できる。

 ロックは解除されている。鎮守府から海に出れば、永劫にロックは受けずに済みそうだ。

 全身に纏う遺骨の鎧。同時に腕には彼女の武器であるクロスボウと、バッグのように飛行甲板を提げていた。

「……あれ? 何か形変わってるね?」

「ん? 何で重巡の主砲まで展開されているんだ?」

 予想外なことに、空いている腕には彼女の重巡時代の主砲まで展開されている。

 どうやら、鈴谷は成長過程で何度も己の種類を変えているせいか、全部の艤装を一度に自由に出し入れできるようだった。

 感覚で分かる、全部載せの状態。きっちり魚雷まで撃てそう。

 しかも、提督艤装と連結しており、体力方式に変わっている。

 慌てる憲兵が、応援を無線で呼ぶ。逃げる気満々の二人を何度も説得している。

 艤装を纏っても、人間には普通に見えているようだった。

「ごめん。俺達は、ここにいちゃいけないんだ。だから、邪魔するならぶっ飛ばしてでも押し通る」

「死人はさ、ハロウィーンでもない限りは動いちゃいけないよ。大体、今は節分だしね。鬼は外、福は内って言うでしょ? 鬼は外に出ていく事にしただけ」

 軽く伸びをして、監禁から脱するべく、取り押さえに来る憲兵の腕をつかんで、施錠された扉に向かって放り投げる。

 軽く振るった程度だったのに、重厚な木製の扉は派手に音をさせて粉砕された。

 砕いたドアを貫通して見張りは廊下まで消えていく。

「あ、新婚旅行で思い出した。指輪持ってこうよ」

 鈴谷は、生前買って貰ったオモチャの指輪をしているが、任務の指輪も歴とした贈り物。

 彼が許すので、スタスタ近づいて机を物色。ケースごと回収して、取り出して指にはめる。

 二つも入れると流石に窮屈だが、気にしない。同時に指輪をしたので、練度も再び上限が解除される。

 ……セイレーンが、とうとう本来の姿になった。

「やっぱこれは持っていきたいよな。鈴谷の為の指輪だし」

「最初はプロポーズ無しとか言ったくせに」

「はは。あの時は悪かった。今はいいだろ、俺の嫁さん?」

「……なんか、照れ臭いね。けど、いいよ。一緒だし。鈴谷は愛しているから特別に許してあげる」

 指輪を回収して、出ていこうとすると。

 知り合いの憲兵が血相を変えて駆けつけた。

 真っ青になって、叫ぶ。

「提督、鈴谷!! お前ら、やっぱり逃げなあかんのか!? ここにいられんって思うのか!? それだけ教えてくれ!!」

 聞きたいらしいので、ドアを塞がれて窓から逃げようとする二人は振り返って言った。

 

「憲兵さん。俺達は死んでるんだ。死んでいるやつは、節度を弁えるのは当然だろ?」

 

「鈴谷たちは世界の果てに行くことにしたんだ。誰にも迷惑かけない場所。たとえ、それが水底だろうとも」

 

 本当に結ばれるただ一つの方法だと、二人は思う。

 死を乗り越えて互いに強く深く愛している。

 その愛のためには、死人らしく居場所を弁える。

 二人が幸せになるのは、ここじゃない。

 皆の生きている明るい世界じゃない。

 光すら届かない、水底のような場所。そこでセイレーンは、愛を謳う。

「……お前ら」

 呆然とする憲兵。

 鈴谷は寂しそうに微笑み、提督は悲しそうに言うのだ。

「もう、夢はお仕舞いさ。セイレーンの声は、人を惑わせるんだって聞いたことある。皆おかしくなっていた。俺達、セイレーンの声で」

「覚めた夢は早く忘れて。……現実には、死者は生き返らない。摂理の逆転は二度とない。だから……」

 

 ――じゃあな。

 

 ――さようなら。

 

 窓を破壊して、身を投げる鈴谷。

 慌ててそのあとを追った彼らは見た。

 数秒で遠い海の上を疾走する、黒い霧のかかった、半魚人の化け物を。

 ただ、見送ることしか、出来なかった……。



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セイレーンの謳

 

 

 

 

 

 

 鈴谷は向かう。

 提督は往く。

 二人が居られる、二人だけの居場所を目指して。

 そんなものは幻想だろう。分かっているとも。

 然し、だからと言ってあそこに留まる事は出来ない。

 あの場所は生きるものたちの世界。二人には、相応しくない。

(これが、鈴谷の今の能力……。使える。使いこなせる、セイレーンの力)

 鈴谷は言葉を発せずに自分の中身が変化する事に気付く。

 指輪と言う解除装置のおかげだろうか。今までの自分は不完全だったのだと自覚した。

 本来の艤装は制限され、彼の力を借りて移動していた。

 それは、確かに鈴谷の一部だったのだろう。だが、所詮は外部から受けた変動。

 自分自身の艤装が解放され、そして彼の遺骨と混ざりあい、身体に浸透していく。

 そんな感覚を感じていた。

 本当の意味で、鈴谷は彼とひとつになれた。そんな気がした。

 指輪。それは、愛情の証。絆の証。結ばれた証。

 二つの、二人を。生前と死後。双方を結ぶ縁。

 セイレーンの限界は超えた。今の鈴谷なら、世界が敵でも戦える。

 仲違いを起こした声も。化け物と称される姿も。

 全部、鈴谷の意思で、扱える。

「……提督?」

「ん?」

 愛しい人。死後の旅路に付き合う伴侶。

 鈴谷の永遠の、恋人。

「好きだよ」

「……俺も」

 愛を謳おう。何度でも。飽きるほどに、永久にずっと。

 水底だろうと、鈴谷は謳う。彼への愛を。尽きぬ無限の恋心を。

 この呪われた声で。全てを惑わす魔性の声で。 

 そして、終わらない時間の中を、さ迷い続ける。

 それが二人の選んだ道。誰にも阻まれない二人の世界。

 狂っている。歪んでいる。果たしてこれは、正しき終わりか?

 そうは言うが、死人が愛し合うなどと言うナンセンスを、ならばどうやって続けると言うのか。

 生きているのか、死んでいるのか、それすら曖昧なこの混ざる命で何を正解とする?

 ならば問おう。この物語の終末を見ている者よ。

 

 ――正しき恋の結末とは? 正しき愛の結末とは?

 

 ――二人が満たされる世界が、不正解と貴方は言うか?

 

 ――多くを諦め、多くを裏切り、そして得た、たった二つの大切なもの。

 

 ――それを間違いと言うのならば、ここまで来た貴方の望む世界は、終わりは、どこにある?

 

 二人は全てを選べない。死した二人には、これが限界だった。

 選んで捨てるを繰り返す人生の中で、愛を得て仲間を捨てるのは愚行だと思うだろうか?

 勝手だと言うのならば、二人の結末には納得をしてもらえない。そう、言い切れる。

 何故なら、既に二人の決意は変わらない。

 絶望しかない。救いはない。何時か、そう言ったのを覚えているだろうか?

 この意味が、ここにある。二人以外は、絶望しかないし、救いはない。

 二人に皆は救えない。死者に皆は癒せない。

 少しはマシな選択肢と鈴谷は言う。それは違う。

 マシ、などという現実は最早何処にもないのだ。

 痛みと苦しみしか、この世界には存在しない。

 飛鷹は壊れた。艦娘たちは苦しんだ。彼の父は更に復讐に狂った。

 嗚呼、どこに救いがあるのだろうか? 

 提督は悪意に命を奪われ、鈴谷は自らを殺し、そして果てた。

 王道ではない物語。正道を行けぬ物語。

 二人が歩んだ軌跡には、一筋の光すらなかった。

 それでも、そこには愛は確かにある。

 二人は死して尚、愛し続けた。化け物と言われて艦娘に襲われても。

 深海棲艦に拒絶され、孤立しても。人間には実験の道具にされる未来しかなくても。

 鈴谷は幸せだった。提督は満たされていた。

 だから、この結末になった。

 他者はもう、要らない。必要ない。

 互いにすれ違うばかりだから。傷つけあうばかりだから。

 いっそ、離れて消えてしまおう。そう、選んだのだ。

 鈴谷に後悔はない。寂しさはあっても。

 提督に後悔はない。罪悪感はあっても。

 二人の出した答えは、水底で愛を謳うセイレーン。

 二人だけの世界を目指して、さ迷うエンディング。

 二人だけが満たされる、そんなお仕舞いなのだから。

 さあ、終幕を始めよう。

 世界の敵が見せる、逃避行の、始まりだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああ!?」

 沖の海戦は、熾烈を極める。

 戦況は、艦娘たちの極めて劣勢。

 また一つ、悲鳴と共に命が消える。

 海に飲み込まれて、泡となっていく。

 規模が想定外と言えど、凄まじい強さだった。

 広範囲に渡る敵の艦隊と、連合艦隊。至近距離での、殴りあいに発展していた。

 空には艦載機が飛び回り、そこかしこで黒煙が上がり、海中を魚雷が走る。

 悪夢だ。戦争と言う悪夢が、ここにはあった。

 恐ろしく強いのには、理由があると、負傷する飛鷹は思う。

(なんで……!? なんで相手はこんなに統率が取れているの!?)

 理由は明白。相手の動きが全く違う。

 まるで、演習の時のような感覚であった。

 深海棲艦は普通、自分で判断して行動する。

 艦隊では旗艦の指示に従い、個人では個人で動く。

 だが、今回は違う。全体が、各自のフォローをしたり援護をしたりする。

 深海棲艦には、見られない動き方。この数を、的確に動かしている誰かがいる。

 そう。例えば、艦娘で言う提督。深海棲艦にいるはずのない司令塔。

 通常、能力の劣る艦娘が勝てるのは、指示を出す提督の存在が大きい。

 彼らの指示のおかげで、迅速に倒せるのだ。ならば、状況が同じなら?

 答えは、能力で大幅に勝つ深海棲艦の圧勝。艦娘は数でも質でも負けている。

 連合艦隊には、それぞれ提督がいるが、彼らも困惑していた。

 なぜこのような動きをする? 誰かが裏切ったのか?

 などと、戦闘中なのに互いを疑りあっている。お話にならない。

 こうしている間にも、艦娘たちの命は散っていくのに。

 退いていく艦隊もいた。だが、脱する前に全滅する。

 逃がさないように相手も、理解して動いている。

 演習の感覚。要は、相手にも提督がいる。そんな錯覚だった。

 いや、果たしてそれは本当に……錯覚なのだろうか?

 とにもかくにも、劣勢を強いられる艦隊は現在半滅していた。

 増援が来ている。彼の父の艦隊であった。

 頼もしいことに、大和型や長門型、伊勢型から赤城、大鳳、潜水艦や海外の艦娘もいた。

 聞けば、予想を超える被害に急遽味方が合流してくれたらしい。

 確かに有り難いが、だが相手もやはり想定しているような動きをする。

 あっという間に、逆転は均衡にまで押し戻された。

(不味い……。このまま、うちの艦娘も死んじゃう……!! ダメコンは使えないし、負傷も酷い。どうしよう!?)

 飛鷹は焦った。指輪持ちがここまでいるのに、深海棲艦の統率だけでひっくり返った。

 それだけ、基礎の差が歴然だったと言うことだ。深海棲艦に司令塔がつくだけで、人類はここまで負ける。 

 飛鷹自身は足の怪我をして、速力が死んでいる。自分の艦隊を見る。

 大半が大破している。武器が壊れる、燃料が切れる、機関が自壊する。

 被害は深刻であり、相手は数を減らしていない。

 流石に姫や鬼が当たり前にいる現状では、全滅も時間の問題。

(深海棲艦も、知性を手に入れた。だから、提督は死んだ。……次は、私達が死ぬ番って事なの?)

 分からない。どうして、こんなことになった。弱っていた飛鷹の心は、限界であった。

 深海棲艦は進化している。艦娘よりも、人類よりも早く。

 結果的に、こんな風に追い詰められる。質でも負けたら、艦娘に何ができると言うのだ。

(ここで負ければ、待ってる二人が危ない!! でも、このまま行けば全員死ぬ!! どのみち退けば、全滅も有り得る! ……どうすればいいのよ、ねえ!? 誰か教えてよ!! これ以上私に何をどうすればいいわけ!?)

 飛鷹は泣きたくなった。死にそう。皆が死にそう。 

 けど、無事に退けるかも分からない。撤退すれば追撃される。

 そもそも戻れば鎮守府に近寄られる。そうすれば、拠点ごと滅んでお仕舞い。

 つまりは、どう足掻いても詰みだった。王手を指されて、飛鷹は嘆く。

(もういや……嫌よ!! なんで私ばかりこんな目に遭うのよ!! 提督が居なくなって、私はたくさん失ったのに、まだ深海棲艦に奪われて!! 復讐だって満足に出来ずに、皆の命を背負ったまま! 何で私ばかりッ!!)

 撤退を指示しながら、飛鷹は心の中で叫んでいた。

 苦しい。悲しい。辛い。自棄になりたい。でもなれない。

 板挟みの飛鷹は、ずっと頑張ってきた。夢も大切な人も失った。

 それでも、壊れながらも逃げずに抗った。懸命に頑張った。

 

 

 

 ……けど。それも、此処までのようだった。

 

 

 

 

「飛鷹さんッ!! 後ろッ!!」

 艦隊の仲間が叫ぶ。切羽詰まった声だった。

 疎かにしていた注意が、敵の接近を許していた。

 慌てて振り返る。そこには、戦艦がいた。

「ハハハッ、動きの鈍い旗艦様か。落としてくれと言っているようなもんだぜ!!」

 理解できる言葉で嘲り、尾っぽの主砲を向けていた。

 その声は。……飛鷹の知る、声だった。

 幼い少女の声。男のような口調。……録音の声。

「ッ!!」

 一瞬で、弱った精神が息を吹き返す。それは、危険な自滅の兆し。

 聞いた。覚えている。この声。こいつは。

 彼が命懸けで持って帰ってきた、あの事件の……。

 

 ――彼を殺した奴の声だった。

 

「――お前かああああああああああああああっ!!」

 

 刹那、飛鷹が咆哮する。

 血走った目で睨み付けて、凄まじい反射で放たれた砲撃を回避。

 無論、低速空母である飛鷹の艤装は駆逐艦のような急な回避は対応しない。

 無理矢理行った代償に、傷ついていた足が、見当違いの方向に折れ曲がった。

 酷い音をさせていた。激痛が走るが、気にしない。

 折れた足を更にへし折り、彼女は激昂して突貫。

 驚く戦艦……喋るレ級に、組み付いた。

「お前が……お前があの人を殺した!! 殺したんでしょうッ!?」

「な、なんだお前!? 知らねえよ、誰だそりゃあ!? 殺しすぎてわかんねえってば! せめて特徴を言えよ!」

 憎悪で暴走する飛鷹が、両手を掴んで、顔が近づく程の至近距離で怒鳴った。

 話が見えないレ級は思わず素直に白状していた。それほどの気迫があった。

 鬼気迫る空母に怯むレ級は何やら分からぬ声を上げている。

 すると、周囲が動きを変えて、離れていく。

 怒りと憎しみで狂う飛鷹は気付かない。このレ級こそが、司令官の役目をしている旗艦。

 陸に上がって知性を身につけて、実践している大本の存在であると。

「殺す……殺してやるッ!!」

「まあまあ。落ち着けって空母さんよ。俺が殺ってねえかもしれねえだろ?」

 苦笑いしている場違いなレ級は、宥めるように突き飛ばして距離を開ける。

 飛鷹は怒り狂うが、自分が孤立している事も当然気付かずに吠える。

 同じ事を。殺した、殺した。そう何度も叫ぶ。

 襲いかかろうにも、足が片方完全に骨折しており、片足で浮いているような状況である。

 艦載機も既になかった。丸腰なのに、飛び込んでしまった。

 他の皆は混戦故に見失い、身を引く予定で退いていた。

 応援は、期待できない。

「だからよぉ、俺が誰を殺したって? お前の愛しの提督さんか? 悪いな、殺しすぎて覚えてねえかもよ。取り敢えずなんか特徴あれば教えてくれよ。冥土の土産に教えてやんぜ?」

 知っている。似たようなやり取りをしている。やはりこいつだ。

 更に暴走する飛鷹は、憎しみのまま答えていた。

「お前が……お前が墓地で殺したあの人よ!! よくも、よくもあの人を殺したわね!? 絶対許さないわ!! 殺してやるッ!!」

「墓地……? 墓場? もしかしてあのカップルみたいな連中の片割れか? ああ、俺が殺してたわ」

 思い出すような仕草ののち、レ級は笑って答えた。

「はいはい、あいつのことな。思い出したわ。ミンチにして崖の下に捨てておいたんだが、見つけたか? 傑作だったろ? 俺の自信作でさ。演出には苦労したんだぜ? 渾身の一作だしな」

 ……まるで、彼をオモチャのように語っていた。

 バカ笑いをして、愉快そうに喋るのだ。

 飛鷹は完全に痛みも苦しみも忘れた。

 生きていて初めて思った。憎しみを抱きやすい飛鷹ですら。

 

 ――こいつだけは、刺し違えてでも殺そうと。

 

 彼を笑った。何よりも許せない、彼の命も、行動も、全部笑った。

 殺さなきゃ。もう自分も死んでいい。こいつだけは、殺さなきゃ。

 そう、思った。本能的に勝てないと知っても、戦うと決めた。

 殺す。喋らせるな。こいつは不愉快だ。殺す。黙らせる。

「でも、あいつ以降はうまくいかなかったんだよな。べらべら喋りすぎたから、そこは反省しているぜ。ま、こんなもんでいいか?」

 レ級は再び主砲を構える。

 フラフラと近寄る飛鷹の目は、憎悪しかなかった。

 殺そう。もういい、聞きあきた。

 死んでしまえばいい。全部が嫌になった。

 だから、殺す。自分も殺す。こいつも殺す。

(提督。貴方を殺したやつを見つけたわ。今、飛鷹も逝きます。お土産、期待してて)

 飛鷹は生きることを諦めた。精神が完璧に壊れてしまった。

 蜂の巣になってもいい。レ級だけは仕留める。実際は、出来なくても。

 出来たと思って死ねればいい。飛鷹は、進む。

 自分を殺すであろう、憎き仇に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ、時を遡る。

 見えてきた。黒煙のあがる場所。

 遠くに見える、戦いの狼煙。

「提督。今の鈴谷なら、自分の力を全部使えそうだよ」

「……どういう意味だ?」

「声だよ。自分の声。コントロールできる気がするの」

 高速で進む鈴谷は、ちらほら見えてきた艦娘らしき深海棲艦を全部無視する。

 酷い怪我をしている。間違いなく艦娘だろう。

 迎撃されそうになるが、無視。自分の艦隊だけを探す。

 全員は救えない。救える人だけ、救いたい人だけ救う。

 区別して、鈴谷は真っ直ぐ突っ込む。

「……声?」

「提督が艦娘に向かって喋ると、ダメージが出たでしょ。原理は同じじゃないかな。理屈は分かんないけど。でもね、提督の言葉は繋げる言葉だから、セイレーンの声とは言えないんだよ。あれは、ただ声で話しかけて、無意識に傷つけていただけ。ちゃんとして使えば、鈴谷たちは、誰にも負けない。だって、セイレーンだから。艦の敵である、セイレーンの所以は、たぶんこれ」

 鈴谷自分でも何故かそんな気がするから、言うだけだ。

 真実かどうかはそもそも分からない。だが、出来る。その確信があった。

 強気の表情で手負いが放つ攻撃を避けながら言った。

「……声であの数を倒せるのか?」

 彼の感覚では、本物の深海棲艦は凄い数がいるようだ。

 それを、武器もなしに、倒すと豪語する鈴谷。

「今度は鈴谷が自分で、敵意を持って放つ。これが、セイレーンの本当の声みたいなんだ。提督は艤装だから、全力は出せないのかも」

 砲撃が飛ぶ。避ける。魚雷が迫る。避ける。

 器用に安全に突っ切る鈴谷は、理由は知れないと言いながら、続ける。

「大丈夫。今の鈴谷なら、絶対にうまくいく。完全に自分を扱えるんだもん。艦に負ける気はしないよ!」

 天敵として、笑顔で告げる鈴谷。

 頼もしい微笑みに、彼も信じてみたくなった。 

 そこまで言うなら、やってもらおう。

 彼は任せると言って、鈴谷に託した。

 この戦い、艦娘に勝てるようにしてみせようと。

「オッケー。任された!!」

 急停止して、立ち止まる。

 敵陣の真ん前。気づい深海棲艦が、何やら逃げるような素振りを既に見せているが。

 今回は、容赦しない。全員、沈める気でやってみせる。

 大きく深呼吸。降り注ぐ火の粉は提督が防いでくれた。

 大きく息を吸い込んで、何を言えばいいか直感で判断して、声にして吐き出せばいい。

 やり方は合っている、と思う。

 同じ場所にいた皆を助けたい。その思いも乗せて、鈴谷は声を張り上げる。

 敵は死ね。皆を護る。その為に、セイレーンの声を上げる。

 セイレーンが、謳う。それは、鈴谷にとってはただの絶叫。

 だが、艦娘にも。深海棲艦にも。その美しくも蠱惑な声は、歌声に聞こえていた。

 

「深海棲艦は、全員死ねええええええええええええっ!!」

 

 甲高いソプラノが海に響く。

 音程を越えた音波が、その場にいる艦全てに、襲いかかったのだった……。



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逆転する運命

 

 

 

 

 声は空間を震わせる。

 空気を伝わり、全域にいるあらゆる艦に届いては、様々な効果を、もたらした。

 深海棲艦は絶叫した。痛みだった。全身を激痛が貫いた。

 頭も、身体も、心臓も。全身を焼いた針で貫かれたような痛み。 

 気が狂う。痛みで中身が壊れる。

 姫や鬼は、恐怖した。意思を持つ彼女らは、身体が硬直した。

 ……敵だ。天敵がいる。姫たちは、天敵の逆鱗に触れてしまった。

 止まれ。さもなくば次は沈める。そう、脳裏に過る予感があった。

 近くで、絶対的な存在が、姫たちに怒りを感じて吼えている。

 止まろう。言うことを聞かねば、本当に次はない。

 意思があるがゆえに脅威を理解して、大人しく停戦した。

 対して、艦娘は。

 多くが発狂に近い状態に陥った。

 突如戦場に押し寄せたセイレーンの歌声が、皆の理性を破壊してしまった。

 錯乱して泣き喚く。死にたくない、死にたくないと虚空に叫んだ。

 緊迫した空気の中で、セイレーンの声は響きすぎて、艦娘には致命傷だった。

 提督たちは、突然通信が途絶えて把握しきれなくなり、混乱していた。

 そして。一部の、本当に一部の艦娘は。

「……ハッキリ、聞こえましたか?」

「ああ……。鈴谷と提督か……?」

 満身創痍の加賀と長門は確かに聞いた。 

 なぜここに、という疑問は沸かなかった。

 声に、その答えが入ってきた気がする。

 これ以上、ここには居られない。迷惑になるから。

 感謝と、謝罪の言葉も聞こえた。

 そして、耳に残った言葉。

 

 ――大丈夫、後は任せろ。

 

 ――皆、終わりにしよう。

 

 提督の声だった。鈴谷の声だった。

 二人の意思は、ちゃんと皆に伝わっていた。

 彼女と彼に繋がりのある言葉は、関係のある全ての艦娘に届いた。

 呆然と周囲を見回す。狂ったように互いを攻撃して自滅している深海棲艦。

 鬼や姫は緊張したように、微動だにせずに停止していた。ガタガタ震えている。

「鈴谷の声に……怯えているの?」

「まさか……声だけで、あれだけの数を……黙らせたのか?」

 唖然とする艦隊。数が減っていく。どんどん雑魚が自滅して、同士討ちをしていく。

 何が起きているのか、理解が追い付かず、それでも隙を見て撤退していく。

 もう、相手は追撃してこなかった。

 彼女には、一番効果覿面であった。

「!!」

 しっかりして、という鈴谷の叱る声と、提督の声が聞こえた。

 ハッキリ、確実に。

 それは、壊れた飛鷹の精神にカンフル剤のように速効性のある効果を示す。

 ここにいる。二人は鎮守府を脱して、ここにいる。

「鈴谷……!? 提督!? どこ!? どこにいるの!?」

 守りたい人たちが戦場にいる。閉じ込めておいたのに逃げ出している。

 仇の事など一瞬で霧散した。飛鷹はフラフラ、声のした方に向かい出す。

 その背中を、激しい頭痛と吐き気に襲われるレ級が呻く。

(な、なんだ今の声……? 聞いたことある気がするが……クソッ、力が抜ける)

 脱力感にも苛まれる。足腰から力が抜ける。腰を抜かして、海上に座り込んだ。

 挙げ句には尾っぽの艤装まで謎の故障を起こして、動かなくなってしまった。

 何が起きているのか、誰も理解できない。理解するのは、本人たちだけ。

「……ふぅ。そう言えば、何時までも区別つかないのも不便だし、早く修正しないと」

 鈴谷は思い出したように、周囲を見た。泣き叫ぶ艦娘の阿鼻叫喚。

 が、それもこれも余波のせいでこうなった。不可抗力と割りきって、内心謝る。

 無駄に分散する能力を最適化。姿の欺瞞に回す不要な出力を調整。

 今まで艤装の彼に任せた自動の部分まで、しっかり配分に気を配る。

「鈴谷、お前こんなことまで調整できるのか?」

「みたいだね。まだなったばっかだし、慣れていかないと」

 指輪をつけたことによる、限定解除の恩恵だろう。

 逆に言うと、セイレーンの能力は最大練度でも尚扱いきれない程のパワーと言うこと。

 漸く開放される真の能力。セイレーンはその気になれば、謳うだけで艦を影響できるのだ。

 世界が敵視する訳である。海のなかで、深海棲艦にも艦娘にも影響されない、第三の生命体に至ったのだ。

 こうでもしなければ、二人は存在を許されない。だから、二人のためなら存分に振るう。

 黒い霧を纏う半魚人。それが、ゆっくりと晴れていく。

 不気味に笑い続け、魚のようなシルエットで自分を欺瞞し続けた黒き霧の外套を捨てる。

 晴れて、霧散していく霧から現れる、鈴谷の姿。

 深海棲艦に似ているが、艦娘の能力すら内包する艦の天敵。

 セイレーンが、現れる。同時に、深海棲艦に見えていた艦娘たちが、正しく認識できる。

 外見も、言葉も、全部正しい有るべき姿に戻っていった。

 ……目に入ったのは地獄の光景。提督は思わず怯んだ。

 泣き叫ぶ絶叫で喧しい。見ていても聞いていてもたまったもんじゃない。

「あちゃ……やり過ぎたね。少し、落ち着かせようか」

 鈴谷は困ったように一瞥して、その場でもう一度軽く謳った。

 すると、スイッチを切るかのように、一斉に黙る艦娘たち。

 何が起きたか、分からずに周囲を見回して混乱している。

 で、鈴谷と提督を見て驚いた。セイレーンが、艦娘みたいな姿になっていると。

 見たことのない姿。鈴谷という艦娘に酷似しているが、色合いが深海棲艦のようだった。

「ごめんなさい、ちょっと巻き込んじゃった。深海棲艦は何とかするから、皆は退いて。このままいくと、死ぬよ?」

 初めて理解できる言葉で、語りかけるセイレーン。

 有無を言わさず、撤退しろとお願いしてくる。

 通信が回復して、提督たちもセイレーンの乱入に気付く。

 倒せ、と無論命じるが既に皆はボロボロ。無理に戦えばそれこそ死んでしまう。

 深海棲艦を自滅させていると聞いて脅威と分かっても、実際戦うのは艦娘だ。

 大破している彼女たちに無理を言う通信の声に、提督が傍受しており、キレた。

「おい、いい加減にしろよお前ら。……それ以上戦えと命じてみろ。お前らを殺すぞ?」

 提督が通信に割り込み、低い声で脅した。

 件のセイレーンに、直接脅されるという現状にパニックになる提督たち。

 繰り返し、彼は言った。襲いに来るなら、殺される覚悟で命じろ。

 此方は陸に上がって直接手を下すこともできる。

 調子に乗るな。そう、脅迫する。

 流石に、再三の脅しを言われ、得体の知れない化け物の脅威を目にしたばかり。

 黙るしかなかった。

 唯一、違う反応をしていたのは……。

「お前、生きていたのか!? いや、バカな……死んでいるはずだ!? 何をしている!? 違う、お前は誰だ!? セイレーンだというのか!? お前がか!? 私の息子が!?」

 言葉が驚愕でおかしくなっている、父の声だった。

 通信を聞いているのだろう。自我のない筈の艦娘まで制御を振り切り錯乱しているのだ。

 この場で一番階級の高い父の存在に驚く提督。

「お、親父? 何してるんだ?」

「それはこちらの台詞だ!! お前は私の息子なのか!? 答えろ!」 

 まさか死んでから再会するとは思わなかった。

 父の怒鳴り声に、彼は切り出した。

 鈴谷が事情を察して黙る。暫し、親子で話し合う。

 セイレーンという何だか分からない状態でさ迷っていたこと。

 聞いていた情報と擦り合わせて、より現状を把握する。

 終わる頃には、普段の冷静さを取り戻していた父。

「……呆れた男だよ、お前は。惚れた女の為に、死んだ後も寄り添おうとは。死んでから株を上げるな馬鹿者。生前にしろ、そう言うことはな」

 会話で、これが自分の息子だと確証した彼は、提督に呆れていた。

 セイレーンの半分として海にいる彼に、父は一つ、仇を取らずに済んだとどこか安堵していた。

「親父。こんな姿だけど、俺のことはもう、忘れてくれ。死んだとはいえ、海のどこかに俺は彼女と共にいる。人類と敵対する気はないよ。ただ、襲ってくるなら……戦うけれど」

 提督は断言した。襲うつもりなら、戦うと。

 鈴谷の為に世界を敵に回す。海軍のお偉いさんの一人に、実の父親とはいえ、言い切った。

「……そうか。遺骨は一部受け取ってある。骨壺も用意して、母さんたちと同じ墓に入れるつもりだったが、この際だ。教えてくれ。希望に沿おう」

「死んだやつに聞くか普通」

「喧しい。答える口があるならさっさと答えろ。まだ戦闘中だぞ、一応な」

 軽口に父は、急かす。実際は、もう大半が自滅と自沈で消えていたが。

 毒のように蔓延して、深海棲艦たちは勝手に死んだ。伝承の如く、声に惑い沈んでいった。

 それから、幾つかのやり取りをしてから、最後に父は言い出した。

「……世界の果てか。今のご時世、出来るのはお前ぐらいだろうな……。だが、止めておけ。世界を敵に回すのは愚行だぞバカ息子」

 父は言うのだ。愛しているなら、失いたくないなら、無理はするなと。

 一度は死んだのだ。その痛みも恐怖も知っているから、止めろと。

 鈴谷が首を振った。拒絶の意思。提督も突っぱねる。

 だが……。

「焦るな。私に良い考えがある。悪いが、これ以上息子を失うのも、私はゴメンだ。出来る限りの支援をする。今から座標を教える。その島に戦いが終わり次第向かって、連絡するまで待機していろ。遠征用の島でな。設備は好きに使っていい。そこは私の鎮守府が所有する孤島だ。誰にも近寄らせない」

「……親父?」

 父は、何やら考えがあると言った。

 訝しげに聞くと、

「今まで脅威だったセイレーンが、話が通じるお前ならやりようはある。細かいことは、私が引き受けよう。死ぬまで父親らしい事をしてやれなかった、せめてもの贖罪だ。安心しろ。伊達に大将を受け取ってはいない。大本営とは私が話をつける。なに、この海戦の戦果を見れば、嫌でも認めるだろうさ。目撃者もこれだけいるのだ。お前の力が、味方になるなら納得はする。いいや、させてみせよう」

 ……漸くだ。

 漸く、セイレーン光が差し込んだ。 

 彼の父は言うのだ。

「彼女を……鈴谷君を愛していると言うなら滅びの道を選ぶな。身の程を思い出せ。貴様は世界を相手取って、本当に守り抜けるのか? 迷惑だと言うなら私に迷惑をかければいいだろう。お前の父は、復讐の鬼だと思っていたか。ああ、正しいとも。深海棲艦を皆殺しにするまでは、私は死なん。だが、お前にこうして会えたのだ。お前の分の憎しみは既に消えた。今あるのは、彼らを守れなかった、理解できなかった己への不甲斐なさと、それを繰り返さないようにするための決意のみ。皆が笑っても、私はお前を祝福する。……逝くなよ。私は親として、お前にもう一度終の道を歩ませる気はないのだ」

 愛しているなら愛し続けろ。愛しているなら守り続けろ。

 出来ないことを豪語するな。まだ世界は、二人を見放していない。

 少なくとも、ここには大将の階級の父がいる。彼の発言力なら、二人の時間をまだ稼げる。

 未来を変えられないなら、代わりに変えてやると。父は、力強く言い切った。

「親父……だけど、俺は。俺達は……」

「言うな。死んでいるのははずだ分かっている。よく考えてみるがいい。人間はそこまで賢くはない。死んでいようがいまいが、言い方は悪いが、利益になるなら味方になる。自由がほしいなら話は別だが、お前とて率先して艦娘と戦いたいわけでもあるまい?」

「……まあ」

 否定はしない。

 自由の代わりに世界を敵に回す覚悟をしていた。

 本音を言えば、戦いたくないし、まだ未練もある。

 ここに居られるなら、彼はいたい。

「鈴谷君。君に聞こうか。君は、世界の果てを目指していると言うが、もしもここに残れるなら残りたいか?」

「…………鈴谷は、提督と一緒ならどこでもいい。でも、邪魔をするなら全員沈める」

「良い啖呵だ。私にそう言い切るのは、愛ゆえだと信じよう。尚更、放ってはおけんな」

 嬉しそうに、喧嘩腰の鈴谷の反応を聞いて、父は笑った。

 この場は一度、身を引くと彼は言った。大半の深海棲艦は死んでいる。

 だが、まだ鬼や姫を残している。戦えるものは残すと告げた。

「支援をするぐらいはしよう。現段階で、最大戦力は鈴谷君。そして、お前だ」

 この作戦の責任者は父らしい。その権限で、二人も急遽味方に入った。

 他の提督が、セイレーンが味方になると聞いて、大騒ぎだった。

 有り得ないとか、あれの正体が幽霊な訳がないと途端に喚く。

 すると。

「黙らんか若造共がッ!! 貴様らの実力で打破出来ぬからセイレーンが来ていると何故分からんッ!?」

 怒鳴り声をあげて、一喝した。一瞬で静まり返る一同。

 大将の怒号は、格下には効果抜群で、一回で静粛になった。

「文句があるならば同じことをやってみろ! 出来ぬ分際で吠えるな戯け!」

 キレた父はドスの利いた声で威圧している。

 なにも言えない彼は、ただ怯えていた。大将に逆らえばどうなるか、分かっている。

 規格外の化け物を息子と呼ぶのだ。提督としての器が違いすぎる。

「……提督? 結局、鈴谷たちはどうなるの?」

「親父が大本営と話つけてくれるってさ。要は、逃げなくてもいいかも」

「……折角の決意が台無しだよ」

「良いじゃん。まだ俺達は、ここにいてもいいかもしれない。ダメならまた逃げればいい」

 鈴谷は微妙な反応だった。一大決心が、おじゃんだ。

 けど、それもありかもしれない。

 改めて考える。彼の父は、信用できると思える。

 提督の存在を、受け入れてくれた。いいや、認めてくれたのだ。

 今は、彼を信じてみよう。

 裏切るなら、逃げ出すだけだ。戦うだけだ。

 セイレーンの能力は、二人のために使う。

 提督と父が話している間。

 遠くから、呼び声が聞こえる。

「鈴谷ー!? 何処なの、鈴谷ー!?」

 飛鷹の声だった。彼女もまだ生きていた。

 ホッとして、振り返る……が。

「飛鷹さん!? 足が真逆になってるけど!?」

 思った以上の重傷で、慌てて鈴谷が駆け寄った。

 足が変な方向に折れている。全身傷だらけで、汚れている。

 ただ、生気のある綺麗な朱色の目になってて、戻ったと一目で分かる。

「鈴谷!! 何で鎮守府にいないのよ!? 出てきちゃダメじゃない!!」

「いや、一応大丈夫だって。提督のお父さんが……」

 自分の大ケガを無視して怒る飛鷹に事情を説明。

 話は通じる。ちゃんと見える。今は、仲間だと言った。

 提督と父はずっと話し合いをしてるので気付いていない。

 通信機も壊れている飛鷹には分からなかったが、そういう事らしい。

 心配している飛鷹の肩を持つ鈴谷。それを見て、周りの艦娘も少し落ち着いた。

 セイレーンは、どうやら仲間がいたらしい。その援護に来ていたのだ、と。

「……つまり? 逃げる気で脱してきたと?」

「……はい。迷惑かけると思って……」

 事情を聴いて、元通りになった飛鷹は呆れていた。

 余裕があるからか、いつもの飛鷹で、ヒステリックにならない。

「……まあ、危惧していた事にならないかもしれないなら、私は何時でもそこに行くわ。仮にダメなら、今度こそ大本営とは決別してやる。あなたたちについていくから」

 飛鷹はもう決めた。逃げるなら追いかける。そうしないと気がすまない。

 監禁がダメならストーカーしてでもついてってやる。

「て、提督は鈴谷のだからね! 飛鷹さんにもあげないよ!!」

「良いわ。恋人は鈴谷だしね。じゃあ鈴谷ごと貰っていくから。あなたも海外いくの。私と。いい?」

「なんの話!? 海外ってなに!?」

 別のベクトルで飛鷹さんは覚醒していた。

 鈴谷には譲る。ならば、鈴谷ごと提督を頂く。

 鈴谷を手放す気がないヤンデレになってしまったようだった。

 で。

 

「漸く立てたぜ……。おい、逃げんなテメェ!! 俺を無視するんじゃねえってのッ!!」

 

 なんかいた。

 すっかり皆さんの世界からアウトになっていた今回の諸悪、レ級が最後の戦いをしに、襲ってきた。

「さっきのレ級……!? まだ動けるの!?」

「まだ動けるのって台詞は飛鷹さんが一番言えないよね……」

 喋っているレ級を見て、驚く飛鷹。

 鈴谷は気にしない。レ級など、最早怖くもなんともない。

 飛鷹が、衝撃の事実を教えてくれた。提督を殺した犯人だと。

 自分で認めたのだそうだ。

「……よし、殺そう」

 殺気が入るセイレーン。

 極めて不愉快そうに睨み付けて、提督に断りを入れてから、飛鷹を近くの艦娘に託す。

「鈴谷、勝てるの?」

「勝てるよ。今の鈴谷はセイレーンだよ。艦が、セイレーンに勝てる道理はないってことを、見せてあげる」

 キレているからか、鈴谷は敵意を剥き出しにしていた。

 今頃騒ぎに気付く野郎二名に、鈴谷は言った。

「通信切っておいて。特別、煩くするから」

 ゾッとする表情で、告げた。

 セイレーンが、怒った。深海棲艦相手に。

 それは彼らの想像を超える、一方的かつ、圧倒的復讐の、始まりの合図だった……。



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あの時の復讐

 

 

 

 

 

 ほぼ無傷のレ級。本来であれば、残存の艦隊が全滅するほどの戦力が現れた。

 まさしく絶望の体現とも言えるなんでもできる化け物なのだ。

 慌て出す提督たちが、一目散に逃げ出すように命令する。

 主力艦隊を導入していた彼らからすると、全滅は避けたい。

 無事に帰投するには、然し敵が強すぎる。

「ハッ。残ってるのは死にかけばかりかよ。雑魚が!」

 バカにするように、何故か喋るレ級が皆に主砲を向ける。

 巨大なウツボよろしくの頭部を模した艤装だ。生物と機械が混じる、セイレーンに似た形。

 それを容赦なく向ける。

「丁度いいぜ。憂さ晴らしに沈めて」

 ベラベラ喋って、余裕の笑みを浮かべていた。

 その時だった。

 

「――沈めてやる」

 

 台詞が被った。攻撃も被った。

 セイレーンがいつの間にか真ん前にいて、レ級の顔面をぶん殴っていた。

 しかも、左肩の骨の左手と、左手に持ってた重巡の主砲をぶつけた。

 主砲は本来殴打には使えない。繊細な艤装なのだが……殴った拍子に派手に壊れて誤爆した。

 で、その爆風を顔面にもろに受けた。吹っ飛ぶレ級。バウンドして海上を飛ばされる。

「ってえ!? な、なんだ!?」

 それを食らって平然と立ち上がるレ級も規格外だ。驚いて周囲を見る。

「な、何に殴られたんだ!? なにもいない……」

「っ!」

「ぐはぁ!?」

 近寄るセイレーンの拳が、更に殴る。

 右往左往しているレ級の様子がおかしい。誰かが言い出した。

 確かに奇妙だった。

 起き上がっては混乱して、殴られて蹴られて潰されて抉られてをしているレ級。

 喋れる事も驚きだが、それ以上になぜ、セイレーンに気づかない?

 何度も叫んでいる。なぜ攻撃される、どこにいると。

 要は、目の前で暴力を振るうセイレーンに気付いていないように見える。

「鈴谷。あの子が、今謳ってる……」

 それを見て、ぼろぼろの飛鷹が呟いた。

 肩を貸している艦娘が何事か聞くと。

「多分、同じ鎮守府の艦娘だからかな……。何となく聞こえるの。あの子ってば、レ級の頭にだけ作用するように調節して謳ってる。感覚を操作して、視覚的におかしくしているんじゃない? レ級からすれば、見えない相手に一方的に襲われて、なにがなんだか分かってない。レーダー機能も殺している念入りっぷり……相当恨み入ってるわね」

 当然か、と締めくくる。自分の恋人を殺したのだ。許せないだろう。

 まあ、本人たちが思い出したかは不明だが。記憶ないし。

 実際その通りで、飛鷹の推測は満点に近い。

 鈴谷は声に出さずに謳ってる。提督が代わりに殴っている。

 但し、死んだときの記憶は依然分からず、ただ異様に腹が立つ。

「なあ、鈴谷。なんで俺達はこんなどうしようもなく、苛立つんだと思う?」

「決まっているよ。きっと、鈴谷達の記憶はなくても、魂が覚えているんだ。こいつが、鈴谷達を引き裂いた、張本人だって」

 武器など使うに値しない。

 何故だろう。殺すならば、素手でズタズタにしてやりたい。

 まるで、自分がそうされて死んだように。

 話は聞いていた。事実そうなのだろう。だが、覚えていない事は自覚できない。

 けれども、感覚がいっている。こいつが、殺した。彼を。こいつが、奪った。彼女から。

「畜生、畜生!? 何だよ、何が起きているんだ!? 艦娘が消えてんじゃねえか!? 何で!?」

 レ級にはなにも見えない。聞こえない。理解できない。

 青い空と海を、見えないなにかに攻撃されてのたうち回っている。 

 誰もいない世界だ。海と空しかない世界になった。奴等は何処だ。味方が何処だ。

 感覚を、完全に掌握されていた。反撃したくも、何に反撃すればいい。

 何処に反撃すればいい。

「クソッ!!」

 闇雲に尾っぽで凪ぎ払い。空を切る。

 見当違いの方向に空振りしただけ。

 鈴谷は真ん前にいる。真後ろには誰もいない。

「情けないな。俺は、こんな奴に殺されたのか」

「仕方ないよ。生前は人間と、空母の艦娘。戦艦には勝てないからね」

 下らない遊びをしているようだった。

 一方的に、絶対的に弄ぶ。それは、子供が蟻を潰して暇を潰すような稚拙ささえ見える。

 意味もなく命を奪い、なにも感じない。

 生前襲ったレ級がそうだったように、苛立ちしか感じない二人は、淡々と処理する。

 豪快に蹴り飛ばす。骨と鉄の爪先が、鳩尾にめり込んだ。

「がはっ!?」

 内臓でも潰れたか、吐血して吹き飛び、転がるレ級。

 歩いてついていく鈴谷たち。表情は冷たく、凍りついていた。

 絶句している周囲は、リンチに近い光景を黙って見ていた。

 規格外。まさに、レ級を蹂躙するセイレーンは文字通り次元が違う。

 艤装すら持ち要らない。歌声一つで、艦ならば簡単に惑わせて、苦しめる。

 のろのろと起き上がるレ級は明後日の方向に、助けを求めた。

 誰かいるなら加勢しろ、見ていないで早く助けろ。

 司令塔が命令しているのになぜ来ない。

 そんなことを、口走った

「ねえ、提督。こいつさ、提督をぐちゃぐちゃにして殺したんだよね?」

「そう聞いてるな。思い出せないけど」

「ミンチの記憶なんて思い出さなくていいよ。問題は、こいつをどうやって殺そうか?」

「同じ目に合わせてやろうぜ。流石に俺も気分が悪いからな」

 二人はそんな風に話している。誰も止めない。

 恐ろしすぎる。セイレーンが怒っているのを、本能的に悟って深海棲艦も艦娘もなにもしない。

 今逆らえば、同じことをされる。あの無様に転がったレ級と、同じ目に。

 大人しくしていないと。死にたくないのは、皆同じ。

 小動物が自分よりも強い動物には逆らわないのと同じだ。

 追い詰められても尚、動けない程の差が、ここにある。

 鈴谷の赤い瞳は鮮血のように美しく軌跡を残して、骨はカタカタ、コツコツと気味悪く鳴り響く。

 レ級が起き上がる。鈴谷が徐に手を伸ばして、先ずは目障りな尾っぽを掴んだ。

 そのまま、提督の骨の腕が、手刀を作って、勢いよく降り下ろす。

 結果、生身の部分が豪快にぶつ切りにされて、切り飛ばされた。

「ぎゃあああああああ!?」

 初めてレ級が絶叫した。

 放り投げる鈴谷の先で、宙を待っていた艤装頭がぼちゃんと落ちてきた。

「いてえ!! なんだってんだ!? 何で首が取れた!?」

 まだ、なにも見えていないのか、頻りに確認している。

 見えているのは消えた艤装の頭ぐらいか。 

「足りないよね。提督は全身壊されたんだよ? 頭一つで足りると思ってんの?」

「ああ、足りねえよ。満足できねえ。許せねえ。もっと刻んでやる」

 腕から血を垂らして、歩いてゆっくりと追いかける。

 レ級はがむしゃらに殴りかかり、暴れていた。虚空の敵を探している。

 今度は背中に回った。振り回す腕を掴んで、肘を下から殴打した。

 逆に加わった力により、肘が破壊されて逆方向に折れた。

 またもや絶叫。悲鳴をあげて、悶える。

 足りない。もっと壊す。鈴谷は決して許さない。

 思い出さなくても。この怒りは間違いなく生前の感情だと思う。

 無念さや不甲斐なさ。そういう感情の果てに、沸いてくる怒りだろう。

 なにもできずに護れなかった鈴谷は死んだ。今いるのは、その復讐が叶う化け物だ。

 転がるレ級の膝も壊した。俯せで転がったのを、不愉快そうに両の膝を踏み潰す。

 ぐしゃり、とその都度嫌な感触が伝わった。けど、心地好さもある。

 壊していくレ級の悲鳴と、伝わる触感が、黒い気持ちを癒してくれる気がした。

 提督も気が晴れてきた。もっと壊そう。死ぬまで壊そう。

 抵抗できない嘗ての自分と同じ目に合わせて、最後に豪快に殺してやる。

 最早戦いですらない。処刑だ。処刑をセイレーンは行っている。

 思わず目を背ける彼女たち艦娘。だが、飛鷹だけはしっかりと見ていた。

 彼はあんな風に死んでいったのだと。この光景を二度と繰り返させない為に、脳裏に刻む。

 四肢は全部へし折った。動きが鈍くなる。

「ち、畜生……! 俺が何をしたって言うんだ……!!」

 悔しそうに這いずって、逃げようとするレ級。

 泣きながら、それでも生き延びようとしていた。

 なんと無様な姿か。これが、あのレ級だと? 

 死にかけの虫のように這いずって痙攣する死に体が?

 笑えてくる光景があった。深海棲艦をなぶれるだけの能力を持つ者。

 殺された怨念を今、二人で行う化け物がいる。

「取り敢えず手足は折ったね。次はどうする? 内臓でも引きずり出す?」

「これらいにしておくか。一応、これ以上のスプラッタは飛鷹が泣く」

 気が済まない鈴谷は内臓も腹をかっ捌いて出したかったが、見物客がいるので控えた。

 これでも十分、皆のメンタルを削っているが。

「てーとくー! もっとよ!! もっと豪快に捌いてよ!! そんなやつ三枚におろしちゃえ!!」

 遠くでリクエストが飛んできた。飛鷹が魚の三枚下ろしを希望している。

 どうするか迷うと、一斉にそれ以上は勘弁してと周囲が騒ぎ出した。

 もういい、早く始末して終わらせてほしいと、懇願してくるのだ。

「……じゃ、最後に盛大に決めちゃおうか」

 足りないが、制止されたら言うことを聞くしかない。

 提督もそれでいいと言うので、最後の仕上げにはいる。

 謳うのをやめる。回復する感覚。レ級が泣きながら見上げると。

「……久し振りだな、クソ野郎。元気そうじゃねえか」

「こんなところで会うなんて奇遇だね? 誰にやられたの? 随分と情けないけど」

 見下ろすようにたっぷりの嘲りを見せて、二人はレ級を哀れんでいた。

 聞き覚えのある声に、レ級が怒り叫んだ。

「て、テメェ……まさか、あの時の人間か!? それにお前も知ってるぞ! 一緒にいた艦娘じゃねえか!! なんだその姿!? 俺以上の化け物になってるじゃねえかよ!!」

 今頃認識したのか、呻くレ級を見て、愉快そうに鈴谷は笑った。

「化け物? 深海棲艦に言われたくないよ。陸上にいる奴に。でも、無様だね。何この様。自分で立つことすら出来ないの? うわ、可哀想。ねえねえ、どんな気分か教えてよ。海のうえで寝転がるのって気持ちいい? 見下ろされて嘲笑されるってどんな気分? 折角だし教えてくれない?」

 煽るように笑い、心底見下す鈴谷。

 提督を恰も子供のように弄んだ相手を、子供のように弄ぶ。

 歯軋りをさせて吠えるレ級を見下ろし笑う優越感。

 抵抗するので、頭を踏みつけて力を込める。

 悔しそうに呻いている。それを見て、少しはスッキリしたようだ。満足した。

「じゃあ、もういいや。次はお前が死んじゃえ」

「俺を殺したんだ。俺もお前を殺してもいいよな?」

 二人がそう聞くと、死にたくない今更命乞いをするレ級。

 すがるように、助けてくれと泣き出した。

 みっともない。そう、提督は思う自分もきっとこうしたんだろう。

 けど、こいつはどうせ笑って殺したんだ。そう、忘れている記憶が囁いた気がした。

「鈴谷は殺らない。こんなきったないの、殺すのは嫌だし。お前は、あいつらに殺されちゃえばいいよ」

 鈴谷は嫌悪感丸出しで、もう一度甲高いソプラノで謳った。

 次は、傍観していた深海棲艦の姫たちが悲鳴をあげる。

 セイレーンが、命じてきたのだ。

「逃がしてあげてもいいよ。引き分けにしてあげる。その代わり、全員でこいつを殺せ。じゃないと、お前ら全員沈めてやる」

 セイレーンが逃がす条件として、仲間を殺せと言うのだ。

 姫たちは、言われた通りにするしかない。絶対主の命令には逆らえない。

 必死に頷く。殺すから見逃がして、殺さないでと哀願してきた。

「帰ろう、提督。もうあいつはお仕舞い」

 鈴谷は嫌そうに、皆の場所に戻っていく。

 背後で、動き出す姫たちに警戒する艦娘に言った。

 今回は連中は見逃しておくと。姫たちは、もう二度と逆らわないと誓わせてもいい。

 何なら、人類に近寄らないように言うけれど、どうするか聞いた。

 提督たちは、姫を配下にできるなら頼むと言う。

 現金な奴等で手土産さえあれば、手のひら返して喜んでいた。

 鈴谷は渋々、追加条件を出した。それを殺したら降伏しろ。

 悪いようにはしないから、来い。じゃないと沈める。

 彼女たちは全員、白旗をあげ降参しているようだった。

 動けぬ、倒れたレ級を取り囲む。

 全方位から主砲を向けられていた。

「ま、待てよ……お前ら、俺を殺すのか!? 俺はお前らの手伝いをしているのに!? ふざけるなよ、裏切ってんじゃねえよ!!」

 顔をあげて叫ぶレ級。皆、知らん顔で聞いていない。

 恨み言をいい放つレ級だったが。

「……殺りなさい」

 鈴谷に言われて黙って実行。

 容赦のない砲撃が、レ級を飲み込み、大爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。決着はついた。

 上位の姫たちは漏れ無く降参。協力する為、捕虜になった。

 連行されていく姿を見送り、いつかの夕暮れのような海で、セイレーンは背を向けていた。

「ついたら、連絡頂戴よ。約束だからね。逃げないでね今度は」

 最後に飛鷹が帰る前に、口を酸っぱくして言っていた。

 皆は一足早く撤退しているらしい。

 鎮守府では、皆や憲兵が心配してたが無事だと聞いて安堵しているそうだ。

「分かった。ちゃんと待ってるよ。逃げないから、飛鷹さんは早く治療してね。足が酷いよ?」

「そうだぞ飛鷹。お前の方が重傷なんだからな。ご自愛してくれ」

 二人に言われて、言い返す飛鷹。漸く何時もの相棒に戻ってくれた。

 此れからは、孤島に行って暫く様子を見る。

 ダメならまた逃げるし、追ってくるなら沈めるだけだ。

 鈴谷の脅威は皆分かっているだろう。どちらが利口かは、判断できるはず。

「何かあったら遠慮なくいって。私は鈴谷と提督の味方よ」

「知ってる。だから言うけど、監禁とストーカーは止めて欲しいな。息苦しいから」

 やんわり釘をさすが無理と言われた。

 呆れる二人に、連れ添いの艦娘が迎えに来た。

 飛鷹を助けて、去っていく。

 手を振って、帰っていく飛鷹を見つめる。

 小さくなっていくのを見て、鈴谷と提督は、逆の方に向かい、進み出した。

「平穏になるといいね」

「そう願いたいな」

 後は彼ら次第だ。セイレーンを、どう扱うかは。

 二人はここまで来れば、どう流れようとも一緒になる。

 愛しているのに違いないし、二人でなら何処でもやっていける。

 死んでも愛し合うのは、伊達じゃないのだ。

「折角の新婚旅行……」

「そこ気にするのか!?」

 鈴谷の台詞に呆れている提督は、新婚生活にしてくれと頼み込んだ。

 残念そうな鈴谷だったが、それを聞いて気をとりなおす。

「よし! 孤島を愛の巣にしちゃおうよ!」

「鈴谷。人様の島を自分の家にしないでください」 

 突っ込み入れながら、二人は向かっていく。

 夕日に紛れるように、セイレーンは上機嫌に即興で作ったヘタクソなラブソングを謳いながら進んでいく。

 水底に行く謳は、どうやら沈まずに済みそうだ。 

 愛を謡うのは変わらないが、少しは……周りも、二人も、救われて。

 セイレーンは優しいオレンジ色の中に、消えていった。



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エピローグ 水底で愛を謳うセイレーン

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれから、幾時の時間が流れただろうか。

 二人を引き裂いたレ級を殺して、そして孤島に辿り着いて。

「思い返してみると、割とろくなことないよね」

「全くだ」

 軌跡を纏めると、デートに出掛けた。襲撃された。死んだ。

 何故か海にいて、帰ろうとしたら周りがおかしくみえていた。

 で、紆余曲折乗り越えて帰れば今度は監禁された。

 脱出したら犯人見つけて殺して今に至る。

 ……三つ目辺りから不幸の連続だった気がする。

「死んじゃったもんはどうしようもないしねえ」

 死人が動き回る現実などあり得ない。

 普通ならば。ここはもう、普通じゃない。

 普通じゃないから、普通の世界には帰れない。

 当然の結果であろう。ここにいるだけ、儲けたと思う。

「……暇だね」

「暇だな」

 で。

 二人は今、何をしているかと言うと。

 ……お客さんがくるまで、退屈そうに浜辺で海を眺めて謳っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのあと。二人は、結論から言うと存在を許された。

 但し、鎮守府にはもう帰れない。存在は最高機密とされ、迂闊な行動も出来ない。

 逆を言えば、許される範囲なら、何していても自由。

 海軍に復帰して、現在は広い海域の遠征用の島々を管理する、管理人のお仕事をしていた。

 海軍扱いされてはいるが、一般の提督はその存在を知らず、一定以上の階級以外は立ち入り禁止。 

 その海域の、実質的支配者として君臨している。

 あの戦いのあと。

 言われた通りの孤島に向かい、やることなく適当にイチャイチャしながら飛鷹に連絡。

 数日は動けないと言われて、一週間ほど二人で過ごしていた。

 後から聞いたが、セイレーンの戦果は類を見ない程に高いもので、無傷での姫や鬼の捕獲に成功。

 更には翻訳機が開発された影響によって手に入った本人らの証言により、抑止力としての機能も認められた。

 戦術的に重要な遠征海域の支配をしてくれれば、復帰を許可して、敵対も止める。

 大本営は、そう正式に決めたのだそうだ。

 本人が怒り狂えば、有効な対抗手段を失って、今度こそ人類は海を失う危険性があった。

 現状、セイレーンに対しての有効手段はないのだ。

 世界で唯一の化け物に歩み寄る選択肢をこの国は選んだ。

 代わりに、最高機密として過ごすことを約束させられた。

 指定の海域以外には出ないこと。そこを支配し続ける事。

 細かい指定を受けて、了承した二人は、深海棲艦の追い出した広大な海域に住んでいる。

 最初は大変だった。自棄になって襲ってくる深海棲艦を宥めて、取り敢えず話し合いをしてくれと頼み込み。

 それでも聞かないときは仕方なく沈めた。

 時には人類と和平とは違うが利害の一致で交渉もした。

 まだ秘密だが、最近では上位の特に知性の高い深海棲艦、水鬼と一緒になって鎮守府を運営する試験的な試みもあるんだそうだ。

 平和を望む深海棲艦も少数だが存在しており、戦いを好まずに和平でも支配でも良いから放っておいて欲しいと嘆かれた。

 そういう連中も実はいた。

 今まで見境なく深海棲艦は滅ぼしていた人類だったが、こんな風に停戦も結べるのだと分かり、無駄な犠牲は減っていると聞いた。 

 最初は抵抗感のある提督もいたが、矢鱈本人が艦娘と人間をビビっており、弱いものいじめに感じていたたまれない気分になったんだそうだ。

 そんなこともあり、港湾などの一部の温厚な連中と結託して作った鎮守府は、それはそれは強い設備が充実しており、近々深海棲艦の中枢海域に皆で攻め込んでいく決戦も近い。

 なんていう、風の便りも聞いた。

 二人には関係ない。この広い海域にある、遠征用の島々の設備を日々メンテしないといけないのだ。

 移動するだけで一日以上かかるし、故障の際には修理する明石という艦娘も迎えにいかないといけない。

 そんな仕事を毎日こなしていた。

 気がつけば、この広い一帯は立ち入り禁止という状況もあって、こう一般の提督に言われているらしい。

 

 ――水底海域と。

 

 結局その呼び名だった。

 水の底のように静かで、そこのいる化け物は恐ろしく強く、眠れる存在を起こしてはならない。

 そんな風に噂されている。実際、迷い込んだ艦隊は知らぬ間に海域を抜けている。

 鈴谷が、謳って誘導して、追い払っているから。

 そんな経験もあって、不気味な海として知られている。

 なので、許可された艦娘と鎮守府以外は基本的にこない。

 毎日仕事を終えると、暇である。

 深海棲艦は寄ってこない。セイレーンの話は深海棲艦にも伝わっているようで、忌避されている。

 稀に姫がやってきて、少し話を聞いてくれというぐらいか。

 前回は、鈴谷と同じく死んだはずなのに深海棲艦になってしまって、助けを求めに駆逐棲姫がやってきた。

 以前は春雨という艦娘だったらしく、仕方無く大本営に聞くと、いらんから引き取れと言われて、預かっていた。

 それからも、住人は増えていた。

 幸運にも轟沈を免れ、生き残った艦娘などもここには住み着いている。 

 全員、除隊されており、ここではセイレーン以外の存在は死人である。

 で、肝心のセイレーンも死んでいるので、ここには結局死人しかいない。

 案外、名前通りの海域と言うことだ。

「鈴谷さん、これどうすればいいですか!? あの、発電機が壊れているんですけど!?」

 ここに暮らしている駆逐棲姫、改め春雨がパニックになって泣き出していた。

 燃料を回収する機械と、それに使う電力を発電する発電機が黒煙をあげていた。

 完全に故障していた。

「あ、これダメだね。明石に直してもらわないと。明日には呼んでおくよ。電源落として春雨」

「後はメモに記入な。故障部分と原因は……分からんか。まあ、現状だけでいいや」

「は、はいっ!!」

 春雨やここにいるはぐれ艦娘には、彼は提督とやっぱり呼ばれている。

 性格的に真面目にやっていて、ある程度女性の扱いにも慣れてきた。

 何より鈴谷の彼氏だ。人柄は悪くない。

 皆、死んでもなお寄り添う素敵なラブロマンスと言っている。

 その辺はよくわからない。

「萩ー! そっち大丈夫そう?」

「……きゃー!?」

 次から次へと島を移動する。整備艦隊とも呼べる人数に増え上がっているので、移動も大変である。

 萩風という新米の深海棲艦は、艤装が壊れている状態で流れ着いた。

 で、応急処置をするべく普段暮らす島に帰ろうとすると、悲鳴をあげて溺れそうになっていた。

 慌てて鈴谷が助け起こして、左肩の骨で掴んで持ち上げる。

「げほ! げほ!」

「萩風、平気か?」

「す、すいません……」

 咳き込んでいるが、大丈夫そうであった。

 びしょ濡れの彼女を背負って、皆で戻っていく。

 今日は久々に、飛鷹たちが遊びに来る。

 正確にいうと、必要な物資を持ってきてくれる補給艦隊として訪れるのだ。

 早朝のお仕事を終えて皆で戻る。すっかり、お姉さんという立場になっている鈴谷。

 島に戻り、冒頭の暇な時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼のいた鎮守府は、平穏なものらしい。

 後任の提督は女性で、かなり有能で優しい方だそうで。

 しょっちゅう皆で遊びに来るし、一週間のうちの何処かは必ず誰かいる。

 それぐらい、補給艦隊として顔を見せている。というか、補給はあの鎮守府以外は許可されていないらしい。

 父が定めているとかで、流石は最近元帥に位をあげた男。見事な手腕と言えよう。

 ここには、深海棲艦も艦娘も、死人もいる。 

 水底のように、動きの少ない、安定した毎日である。

 皆で仲良く暮らしていた。

 平和そのものの日常。多少自由がないぐらいで、後は十分幸せだった。

「春雨さん、私の野菜ジュース!! 飲んじゃったんですか!?」

「……え? わたしじゃないですよ?」

「じゃあ誰……あ、睦月さん!! あなたですか!?」

「にゃ!? む、睦月じゃないぞよ!? 言い掛かりはよくないのね!!」

「ならご自分の口の回りを見てくださいよ!!」

「……しまったの、拭いてなかった!」

 何やってんだあいつら。浜辺で暇している二名だが、背後が喧しい。

 振り返れば、暮らしている大きな小屋のなかで、萩風のジュースを奪ったらしい睦月が追い回されていた。

 旧式駆逐艦だが、なかなかどうして動きが素早い。

 が、萩風に勝てるわけもなく。

「にゃしいいいい!?」

 捕獲されていた。春雨が呆れてため息をついていた。

 他の艦娘や深海棲艦は、笑っているが止めろよ、と彼は思った。

 こんな風に日々喧しい賑やかな場所で生きる鈴谷と提督。

 一番五月蝿くなるのは、夜なのだが……それは、今晩のお楽しみにしておこう。

 遠くで、皆がお待ちかねの補給艦隊が、見えてきたのだから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。補給艦隊の皆もいつも通り泊まり掛けでいく週末。

 賑やかを通り越していた。

「ぐるるるる……」

 夕立が久々に遊びに来て、睦月とにらみ合いをしていた。

 デザートの間宮の羊羮と伊良湖の最中を奪い合っているのだ。

「にゃしいいいい……」

 睦月は妙な唸りで威嚇して、夕立とにらみあう。

 机の上には、他にも取り寄せた大和のラムネなどもあるのに。

 どうもこの二名は、顔をあわせるたびに菓子の奪い合いをしないと気がすまないようで。

 そこに現れる、無敵の猛禽類。

「夕立。睦月ちゃんに譲りなさい。芋羊羮あげるから」

「納得できない! それあたしの!」

 飛鷹が仲裁に入るが、夕立は譲らない。

 やれやれとため息をついて、不意討ちで額にお札を貼る。

「へっ?」

「お姉ちゃんは我慢なさい。鎮守府で死ぬほど食べたでしょうが」

 びりっとお仕置き。痺れる夕立は一発KO。

 伸びてしまった。睦月が勝ち誇るように、戦利品を食べるが。

「睦月。……萩の最中持ってるね?」

 萩風の最中を食べようとしていたらしく、ギクッと身を強ばらせた。

 知らないと目が泳いでいるが、提督の腕が隠し持っていた最中を発見して回収。

「し、司令官っ!! それは萩風に貰ったので……」

「嘘を言うんじゃない。萩風は、交換すると言ったんだ。じゃあお前のチョコをこっちに渡すんだな」

「くっ!?」

 扱いが末っ子の睦月は毎回こうして、皆を困らせるが、それはそれで愛嬌があるので許している。

 まあ、明確な悪意はないし、来たばかりの頃は虐待を受けていたのか酷く怯えていた。

 ここにいる艦娘も深海棲艦も、みんなそんなものだ。春雨は死んでいる。萩風も死んでいる。

 睦月は多分虐待されたのち放逐されて、他にもいじめや思考制御などされていた者ばかり。

 そんな経歴でも皆笑えるのは、得てして鈴谷と提督の人柄ゆえ。

 渋々言えば言うことを聞くし、鈴谷を何より怖がらない皆とは仲良しだと思う。

 それに、飛鷹たちとも一緒に過ごして仲良くやっている。

 実に幸せな未来だった。

 騒ぎながら夕飯を過ごして、皆はロフトや自分の部屋、客室で眠る夜更け。

 飛鷹と鈴谷、提督は窓際で夜空を見上げながら語っていた。

「……で? 今はどんな感じ?」

 二人の恋仲を冷やかしたい飛鷹は酒を飲みながら、頬を染めて楽しそうに聞いてくる。

 この生活になってそこそこ経つが、関係性はどうか聞きたいという顔をしていた。

「普通だよ。いつも通り愛してる」

「当然愛してますとも。浮気なんてする環境でもないし」

 のろけを聞いて、飛鷹はニヤニヤ珍しく笑っている。

 指輪をずっとしたままの二人。互いの指には、二つの指輪がはまっている。

 嬉しそうに、彼女は酒をあおって言った。

「幸福そうで何よりよ。こうして、また一緒にいられるのも見ていて嬉しい。感謝しないと、彼のお父様には」

「……してるよ。ずっとね。だから、何かあれば真っ先に駆けつける。セイレーンは、受けた恩は忘れない」

 鈴谷は義理の父とも言える元帥に感謝している。

 彼の戦いはまだ続くだろうが、何かあれば抑止力が動くのだ。

 それで十分だと言われた。

 彼自身も、父には深く感謝していた。

「鈴谷も、すっかりお姉ちゃんね。私も気がつけば鎮守府の重鎮扱いだし」

 飛鷹はそんな、愚痴のような事を鈴谷に言う。

 昔は相談するのは鈴谷の方だったし、飛鷹は弱味を見せなかった。

 今では、彼女が愚痴を言える数少ない友人となった。

「っていうか、どちらかというとお母さん? 提督がお父さんで。あらあら、お子さんがいっぱいいるわね?」

 飛鷹は寝静まる室内を見て、わざわざ言い直した。からかうように、鈴谷を見て微笑む。

 鈴谷は飲んでいたお茶を吹き出した。噎せながら流石に言い返す。

「いやいや、お母さんは酷くない? 鈴谷死んでるし、年齢関係ないけどさ……まだ若いよ?」

「俺もお父さん扱いはねえだろ……。司令官で十分だよ」

 二人して、結婚扱いは否定する気はない。それはからかい上等だ。

 年齢は流石に、享年なので言い返すが。

「そうかしら? なんかもう、完全に夫婦って感じするけど?」

「せめてお姉ちゃんにしてよ……」

「そうだそうだ。俺達を中年扱いするな飛鷹」

 夫婦もいいが、まだ新婚だと二人は思う。

 なんて、バカな事を言いながら。

 不意に、飛鷹は表情を引き締めて、聞いていた。

「……鈴谷。提督。二人は、今は幸せ?」

 それは、飛鷹なりの心配の言葉。

 こんな風に、鎮守府に帰れずに、居場所を失った皆と生活する今の環境。

 結局、普通には戻れなかった世界に対して。

 鈴谷は、提督は、即答した。

「幸せだと思う」

「ああ、間違いなく幸福だ」

 穏やかに微笑み、鈴谷は告げる。

 世界に居場所があること。平穏な時間を送れること。

 そして、皆と離れることがなく、笑顔で居られる事。

「鈴谷は、幸せだよ。提督がいる。みんなもいる。閉じ込められても、閉じ込められた箱庭には、相応の幸せがあるんだよ。これ以上は鈴谷は求めてない。提督は?」

「俺も十分すぎる。贅沢ってもんだ、まだ足りないなら。これだけあって、不幸せに見えるか、飛鷹」

 穏やかに過ごせる時間に、笑いあえる世界。

 二人は飛鷹に言うのだ。これでいい。これだけでいい。

 セイレーンとして、この水底海域が、二人の居場所だと。

「……そう。聞くだけ野暮だったわね」

 満足そうに、飛鷹はまた酒を飲む。

 答えは貰った。二人が満たされた世界ならば、文句はない。

 このまま、長い時を過ごせれば。それが、飛鷹の願いだった。

 本当に結ばれる、ただ一つの方法。

 人類のため、海で愛する人と生きていく。

 ここにある、大切な時間。水底で、愛を謳うセイレーン。

 二人の選んだ、死して掴んだ幸福だった。

「ねえ。子守唄でも謳ってよ、鈴谷。よく眠れるように」

 立ち上がって、寝る支度をする飛鷹は、そんなことを言い出した。

 セイレーンの謳を子守唄にするとは、大胆な艦娘であった。

「良いけど……。勢い余って永眠しないでね」

「死ぬわけないでしょ。貴方にその気がないなら」

「ないない。飛鷹さんには勝てる気は今でもしないよ」

 冗談を言いながら、鈴谷も眠ろうと思う。

 良いだろう。日課になっている気がする、即興の子守唄でも謳おう。

 但し、飛びきり甘ったるい提督への愛を謳うけれども。

 甘い悪夢に魘されない事を祈ろう。

 ベッドに入り、飛鷹は言った。

「お休み、鈴谷。提督」

 鈴谷提督も返事をして、布団に入る。

 さて、ご所望の謳を始めようか。

 よい夢を見られるように。

 そう願いながら、目を閉じて謳い出す。

 彼への、尽きない永遠の愛を、ずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴谷ルート 水底で愛を謳うセイレーン おしまい。




鈴谷ルート、これにて完結です。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
次回は加賀ルートを予定しています。


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加賀ルート 世紀末伝説 加賀さん
空母の悩み事


 

 

 

 

 

 

 とある鎮守府の空母、加賀には最近悩みがあった。

(……まただわ)

 それは、己の限界が見えてきた、と言えばいいのか。

 戦績を見て感じる。思った以上に結果が出ない。

 戦ったときに感じる。思った以上に進まない。

 何故だろうとは、以前から思っていたが此処のところ顕著になっていた。

 成長ができない、強くなれない。そんな焦りに似た日々を送る。

 現在、練度は確かに最大値。それは数値的な限界ではあろう。

 だが、そんなことではない。数字の上ではないのだ。

 言うなれば、感覚的問題。口下手な加賀には、うまく説明できないが。

(……困ったわ)

 まだだ。まだ、自分は強くなりたい。

 弱点を無くし、限界を超えて、果てまで自分を磨きたい。

 それは、信頼し、尊敬する提督の想いに応えたいと思うから。

 同時に、自分はまだまだ未熟だと思うのに、何故限界が来たのか。

 それを純粋に知りたかった。そして、その悩みは何時しかこう、変化していた。

 

(……もっとシンプルに。私は艦娘として、強くなりたい)

 

 空母としてだけではない。

 純粋に艦娘として、強くなりたいと願った。

 この謎の足止めの原因を知りたいと思った。

 故に、考える。自分で見える範囲の原因を。

 そして、改善する。もっと前へ。前へ進みたい。

 ……ささいな切っ掛けで、加賀の世界は変わっていく。

 それが、恋を知り、敬愛から恋愛になる事を、加賀は知らなかった。

 何だかんだ、彼女も結局、鈍感だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空母加賀には、明確な弱点がある。

 まず、メンタルが弱い。というか、脆い。

 ちょっとしたことで、直ぐに動揺する。

 そして手元が狂う。

 ポーカーフェイスで悟られにくいが、彼女は実は凄く精神的に脆かった。

 分かりやすく言うと、豆腐のようなメンタルなのである。繊細以下。

 鈴谷あたりがこの弱点を知っており、演習のたびに精神攻撃で失敗を誘う。

「加賀さん昨日、流星改の整備、寝ぼけててミスってたでしょ? 鈴谷バッチリ見てたんだよー?」

 演習中、無線でからかうように鈴谷が指摘した。

 途端に、バキッ!! と持っていた矢が握力で握り潰された。

 ……隠していたはずなのに。

 演習に使う流星改の修理に失敗し、見られないようにコッソリと後で直したのに。

 そんな馬鹿な、と加賀は表情を変えずに動揺した。

 鈴谷が見ていた。絶対からかう鈴谷に。失敗したと悔やむが。

 彼女に言われて矢を継ぐのを焦って失敗して、鈴谷の反撃を受けた。直撃、爆発。

 黒煙をあげて、死んだ目の加賀は項垂れていた。

 次。意外と不器用。

 戦闘などに関する整備など、稀に力加減を間違えて壊すことなどあるが、それはまあ気にしない。

 問題は、戦い以外の事で、不器用であった。

 例えば。二月と言えば、バレンタイン。

 今年は前向きな提督にチョコをあげようと、皆で間宮に手伝って貰いながら調理中。

 市販のチョコを細かく砕いて湯煎にかける、と言われて言われた通りに砕いたが。

 バキッ!!

「……加賀さん。砕くって言うのは、握力に任せて粉砕することじゃないんです」

 こっちも死んだ目の間宮が言った。

 加賀は短絡的に握りつぶせばいいと判断して、板チョコを何枚か片手で持ってから、握る。

 ひどい音をさせて、粉砕されるチョコレート。

 ……余程力強く握ったのか、下に構えていたボールの中身は粉になっていた。

「砕きましたが……違ってますか?」

 間宮に真顔で聞いた加賀。言った通りに砕いた。掌で。

 周囲を見る。皆、道具を使っている。そうしないと砕けないらしい。

 長門ですら、結構繊細にやっている。なのに、加賀ときたら。

「加賀さん、調理に握力は普通関係ありません」

「……あら?」

 首を傾げる真顔の加賀。

 字面通りに砕いていたのは加賀だけだった。

 更には。違う日の休暇。

 非番で暇をもて余す加賀は、久々に海釣りでもしようと、提督の許可を得て、埠頭で釣りをしていた。

 魚を差し入れにでも持っていこうと思っていた。で、何やら強いヒットがきた。

 思い切りリールを引いて、巻き上げる。抵抗する魚に、負けじと踏ん張る。

 数分持久戦を続けている。すると。

 バキッ!! 

 ……折れた。釣りざおが、折れた。

 かなり頑丈な釣りざおと聞いていたが。

 あっさり、真ん中辺りで折れた。

 魚は逃げてしまった。折れた竿が海に浮かんでいる。

 唖然とする加賀。なんで折れた?

(……脆くない?)

 脆くない。

 その後、折れた竿を回収して謝りに行くと、提督が絶叫した。彼の自前だったようで。

 お詫びにもっと高い釣りざおを給与から天引きして購入してもらった。

 こんな感じで、手先は不器用。

 最近はもっと酷い。艤装の整備まで、不器用になってきた。

 普段から使う和弓という、加賀や瑞鳳、祥鳳、翔鶴が使っている弓のお手入れ中。

 皆で雑談しながら話していたのはいい。

 話題は、提督がこの間鈴谷と一緒にお出掛けしていたと、瑞鳳と祥鳳が話していたのを聞いた。

 ……と。

 バキバキッ!!

「!?」

 ……握っていた和弓を、握り潰していた。無意識だった。

 見れば、自分の手に青筋が浮かんでいる。何事だと自分でも動揺していた。

「ひぃ!? ご、ごめんなさい加賀さん! お手入れしているときは集中しろって言われてたのに!!」

「すみませんすみません!! 今後は気を付けます!!」

 姉妹は加賀が雑談に苛立って握り潰していたと勘違いしていた。

 無言の抗議と受け取り、涙目で謝罪する。困惑するのは加賀の方だ。

「……気にしないで」

 としか言えない自分が恨めしい。怒りを感じてなどいないのに。

 しまったと思ったときにはガタガタしている姉妹を見て、罪悪感でなにも言えない。

 人間関係も、このクールビューティーな雰囲気と感情表現の薄さと表情の変化の乏しさで勘違いされがち。

 そっちも不器用だった。翔鶴は苦笑いして、あとで然り気無くフォローしてくれた。

 など、結構抜けているし豆腐のようなメンタルだしと、弱点が多い加賀さん。

 が、周りは尊敬している格好いいクール美女だと思っている。

 何事にも動じずに、冷静沈着で、常に余裕がある空母。

 流石は一航戦の加賀、なんて言っているらしい。

(……あの。余裕とか、あんまり昔からないの。余裕あるのは飛鷹の方だし、提督絡みでさえ無ければ冷静なのも飛鷹の方。私は結構動じるんだけど……)

 飛鷹は彼さえ絡まなければ冷静沈着である。加賀は感情表現が下手くそなだけ。

 あと口下手。飛鷹よりコミュニケーション能力が低い。

 だから勘違いされる。皆が言うほど、加賀は立派でない。

 飛鷹よりもポンコツであった。

 それを知る者は少ない。クールビューティー加賀の中身は、メンタル豆腐のポンコツ空母なのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 弱点の克服から先ず始めてみようと思った。

 特に直ぐに動揺して手元が狂うこの癖を治す。

 皆に協力してもらおうと思った。

「……え? プラモデル?」

 提督に頼み込んで、手先を鍛えつつ集中できるように、あるプラモデルを実費で買った。

 大きな船のプラモデルである。

 到底素人が手を出せるレベルではないが、その豪華客船を、仕上げたいので執務室で組み立てていた。

 条件付きで。

 条件とは、鈴谷と飛鷹に気が散るような些細な邪魔をしてもらいつつ、組み立てを実行すると言うよくわからない特訓であった。

「些細な邪魔ってなに?」

「んー……。あ、そうだ。加賀、あんたこの間、間宮さんところで最中つまみ食いしたでしょ?」

 バキッ!!

 鈴谷が疑問符を浮かべて、飛鷹が思い付いたことを聞いてみると。

 案の定、加賀は手元が狂っていた。パーツがもげている。

 表情は変わってないが、若干青ざめていた。

「加賀? まさか俺の取り分食ったの……お前だったの?」

 書類を書いていた彼に聞かれて、更にミスる。

 パーツを落とす、立ち上がって取ろうとして転ぶ。

 追撃でソファーの足に足の小指をぶつけて、無言で悶絶していた。

 ……分かりやすすぎる。

「うわあ……。相変わらず加賀さん、めっちゃ動揺しまくってるね」

 鈍痛に苛まれて、起き上がって作業に戻る。つまみ食いの件は無言を貫く。

「加賀、俺の話は……」

「良いじゃない。私のあげたんだし。加賀はどのみち後で間宮さんに怒られるわよ」

 チクると言外に言われて、くっつけるパーツを間違えた。慌てて修正する。

 鈴谷が意味を理解して、ニヤニヤして面白そうにつつき始めた。

「黙ってるけど加賀さん? 前にさ、駆逐艦の皆と早食い勝負して、お饅頭喉に詰まらせて気絶したよね?」

 今度は滑ったパーツが眉間に勢いよく直撃。

 知られたくない黒歴史をなぜ鈴谷は数多く知っているのか。

 痛そうに俯く加賀は呻いていた。

「夕立が教えてくれたんだ。勝ったのは加賀さんだけど、命懸けでやられて圧倒されたから次は飲み込むの禁止でやりたいんだってさ」

「……あんた、休みのたびになにしてんの?」

 呆れる飛鷹に言った鈴谷は、どんどん加賀を追い詰める。

 冷静に、と努めるが……。

「こそこそカラオケの練習してるんだって? 那珂が言ってたよ」

「!?」

 あのアイドル、何を教えているのだ。

 顔をあげると、鬼畜の笑みで楽しそうに愉悦している鈴谷がいた。

 愕然とする加賀に、鈴谷はからかう。

「意外と加賀さん、抜けてるよね。見た目に反して面白いことやってるし。皆誤解してるんだよ。もっとノリの良い気さくなお姉さんなのに。クールビューティーはそうでも、それ一辺倒じゃないの知らないから。勿体無いなあ」

「……鈴谷。後で覚えておきなさい」

 この娘、加賀に普段からしごかれているお返しと言わんばかりに言いたい放題暴露してくれる。

 一つ自覚した。この女子高生は加賀の鬼門だ。社交性を武器にして、揺さぶりをかける達人だ。

 要は天敵の発見。悔しさを感じて唸る加賀。意外すぎる一面に提督は驚いていた。

「ああ見えて、加賀はヘタレなのよ。知ってた?」

「……全然知らんかった。頼れる空母だとばかり」

 付き合いの長い彼ですら、その場面は知らない。

 会うときは基本的に、クールで頼れて格好いい一面が全開になっている。

 故にそういうもんだと思い込んでいたが……。

「不器用だからね。戦い以外の手先も、対人関係も。鉄仮面だし、口下手だし、イメージばかりが独り歩きして、気がつけば皆の手本の加賀、みたいな感じするけど。友人やってると意外と驚くよ。加賀は、みんなが言うほど完璧な艦娘じゃないって。隙もある、普通の女性よ?」

 飛鷹は肩を竦める。イメージの先行で加賀は思い込まれている。

 どちらかと言えば茶目っ気のある、ノリの良い気さくな女性。

 堅苦しい部分もあるが、そればかりではない。

 提督も、まだまだ観察力が足りないと自覚した。

 ……確かに今の加賀は、なんと言うか、新鮮であった。

「って、パーツ潰れてる!! 加賀さん、握っちゃダメ!! 壊れる! それ一番大切なエンブレムのパーツ!!」

 鈴谷が慌てている。加賀はパーツを握り潰していた。

 ……どうやら、組み立ての最中に誤って組み立てていた部分を発見して焦って取り替えようとして、潰していた。

 加賀の最大の弱点。それは、精神の打たれ弱さ。

「そう言えば、加賀の和弓が壊れたらしいけど……なんで?」

 提督が加賀に聞く。彼女の弓が粉々にされてしまったと聞いていた。

 今度は、お弾きのようにパーツが飛んで、鈴谷の額に直撃。

 鈴谷は痛そうに悲鳴をあげた。

「いえ……ちょっとしたミスで。壊してしまいました」

 鈴谷を無視して加賀は説明する。

 提督は長年使っていて老朽化したのではないかと勝手に判断して、新品に取り替えようといってくれた。

 飛鷹は何かを悟って、様子を見ているが、果たして。

 ここから始まる、加賀の探求の歩み。

 ハッキリ言おう。加賀さんはポンコツだ。

 他の分岐した世界では格好いい加賀さんだったが、ここではポンコツ空母だと断言しよう。

 それでも、共に歩んでくれるか? 言っておくが本当にポンコツだぞ?

 訳のわからない判断基準で強くなろうとしたり、空母は艦載機がなくても戦えるとか言い出したり、宜しいならばステゴロだとか言い出す。絶対言い出す。

 飛行甲板はシールドです。飛行甲板は打撃武器です。飛行甲板は装甲纏えば鈍器です。

 甲板がダメなら弓で戦えば良いじゃない。弓が折れたら拳で戦えば良いじゃない。 

 って、未来の加賀さんは言うぞ? 言い出すぞ? いいのか?

 殴りあい空母とか意味不明な境地になるって、ネタバレ覚悟で言うけど、マジでオッケー?

 警告したから。警告したからね! って、未来の鈴谷が言ってた。

 あと、もう一人登場予定の人が言ってた。そこのところ覚えておいてほしい。

 では、始めようか。世紀末空母、加賀の……愛と友情と努力の物語を。

 



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拳の伝説 序章

 

 

 

 

 

 

 さて、困ったことになった。

 和弓とは弓道に使う弓であり、艦娘のなかでは広く普及している物である。

 国産の高級な素材をふんだんに使っており、高い技術力もあって、耐久性はピカイチなのだそうで。

 新品を提督に入手してもらったのはいいが……。

「……壊れました」

 受け取った新品の和弓が、試射をした加賀のパワーに耐えきれずに弦が切れた。速攻だった。

 見事に切れた。軽く射っただけなのに、盛大に切れた。

 練習などに使う工厰の一角。片隅にある練習場で。

 唖然とする加賀は、周囲に報告する。瑞鳳は目が点になった。祥鳳は絶句した。

 翔鶴は白目を向いていた。葛城は苦笑いしていた。鈴谷は気絶した。飛鷹は呆れていた。

「やっぱりね……。加賀、あんたの艤装が壊れたのは老朽化じゃないわ。多分、あんたの力が強くなりすぎているのよ。ちょっとこれは、不味いことになってると思う」

「……不味いこと?」

 飛鷹の不安をあおる言葉に、加賀は思わず拳を握る。

 また壊れる。弓が木っ端微塵になっている。

「あんた、元々は戦艦レベルの力あるじゃない。加賀って言う艦娘は総じて結構ハイパワーらしいんだけど、たまにいるのよ。練度以上にパワーが上がりすぎて、もて余すパターンが。提督もあんまり知らないから、普通の弓を頼んじゃったのね。参ったわねえ、どうするか……」

 いわく、加賀と言う艦娘は、元々戦艦に匹敵するパワーが潜在的に存在する。

 が、あくまで空母。そんなハイパワーは出てこないのが常らしい。

 然し、たまに出てくる元来のパワーを発露してしまうパターン。

 そうなると、身体……要は練度を宿した彼女本人の意思を超えて、暴発に近い状態に陥る。

 最近の不調はその兆し。兆しは収まり、次はもて余す力が制御できない。

 そのまま暴発を連発して、周囲のものを無意味に壊してしまうとか。

 治る方法は、限界突破や慣れて上手く制御すること。

 そうすれば、従来の艤装でも戦える。ただ、著しく制限されてしまうが。

 本気を出せない状態に陥るのだ。やはり、我慢に近い状況は精神的に辛いと言う。

「あんた、最近色々壊していたから気になって調べておいたの。案の定だったか……」

「飛鷹、対処法はそれしかないの……?」

 飛鷹は頭を悩ませる。これでも、加賀は数少ない正規空母。

 能力の低下は何としてでも避けたい。

 葛城のように、他の方法を試すにしても、加賀は手先が不器用。

 葛城は器用さが特徴なので、真逆である。弓しか使えない。

 一応試してみた。

 先ず機銃。

「……まだるっこい」

 連射しているのはいいが、加賀はこういう手数の多さは合わないようだ。

 苛立って、まだ弾数の残っている機銃を投げつけて的を破壊した。

 やはり性格的に不向き。ダメだった。

 次、お札。

「破けるんですが」

 お札使う前に破きやがった。

 なぜできないのか理解していない。丁寧に扱えと飛鷹は言ったのに。

 破かれたお札を捨てて、次にいく。

 次、クロスボウ。

「当たりません。使いにくいです」

 淡々と射出するのはいいが、的に当たらない。動かない的だと言うのに。

 弓に慣れているせいか、扱いが分からずに手間取っていた。

 最後には、腹が立ったのかクロスボウを床に叩きつけて派手に壊した。

 マジでこの人大人げない。

「それ鈴谷の予備なのに!!」

 鈴谷が泣き叫んだ。予備を壊されて、加賀はのちに弁償したと言う。割愛。

「……全部手持ちの艤装は試したわね。見事に全滅したけど」

 飛鷹は途方に暮れる。瑞鳳と祥鳳の弓も犠牲になった。

 やはり加減できないハイパワーは危険すぎる。

 いっそ、重巡の主砲でも使うかと言い出す。

 それは最早空母ですらない。空母は艦載機ありきで戦うのが一般的。

 装備は出来るが、加賀はプライドが許さないと、瑞鳳たちは思っていた。

 ……が。 

「分かったわ。この際四の五の言わない。使える手だては全部試すようにしてみる」

 加賀はあっさりとオッケーした。借りられる武器を本当に片っ端から試しては壊していく。

 唖然とする皆を代表して、翔鶴は聞いた。

「加賀さん。一航戦の誇りは何処に……?」

「戦えない艦娘に誇りがどうとか言えるわけないでしょう。空母として死んだなら別の方法で戦います。拘りを持ちすぎて戦場に出られず、無駄な犠牲を出すぐらいなら私は空母の誇りなど捨てます。空母以外でも、艦娘として戦うだけです。それの何がおかしいのでしょうか?」

 逆の意味でかっこよかった。

 空母としての建前を優先して防人の使命を忘れるなら、そんなものは必要ない。

 誇りは時として、戦いの邪魔になる。大切なものを見失うなら自ら捨ててでも、戦場に出る。

 それが不格好でも、一航戦の名折れだとしても、彼女は……加賀は武器をとる。

 戦い、守れること。勝利すること。必ず戻ること。

 四年という歳月をかけて、加賀が持っている矜持は、これだった。

「形振り構わないガッツは認める。けど、あんたは加減を覚えて欲しいわ。だから艤装を壊すなってば」

 カッコいい事を真顔で言うが、足元には残骸が山積みにされている。

 全部今加賀が破壊したものたちだった。

 飛鷹がツッコミを入れていた。

 で、結局彼女は武器を扱えない。武器が耐えきれずに損壊する。

 これでどうしろと。加賀は覚悟を決めた。元から、最後の武器は持っているのだ。

 そう。死線を乗り越えてきた加賀だけが持つ、最後の切り札。

 

「パワーが余っているなら、近寄って殴ればいいのでは?」

「それ既に艦娘ですらないよ!? 加賀さん思い出して! 鈴谷達は空母だから!!」

 

 結論。皆に援護してもらって、直接殴る。

 要は、導き出した答えは、まさかの白兵戦であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近海防衛に訓練をかねて出てみる。

 イ級発見。突撃する。

 真正面から小細工なし。主砲を撃たれるが……。

「チェストッ!!」

 気合いを入れた拳で弾く。痛くも痒くもない。

 当然だ。何せ提督が、被害総額に絶叫して、皆にしばしお暇を与えた程だ。

 鉄が足りないと嘆かれ、相棒が動く。

 飛鷹が壊れた艤装を再利用して加賀に失ったぶんを稼がせると言い出した。

 溶解して、再度形成。手甲を作り出したのだ。廃材で作ったので元手は無し。

 波形のカッコいい手甲に、加賀は珍しく目を輝かせて見惚れていた。

 凄い。この武骨な造形。鈍く輝く銀色の光沢。手に丁度いい重さに、空を切る音。

 完璧な仕上がりだった。

 飛鷹は因みに、全国にいる白兵戦を行う艦娘のデータを洗って、その手の変人が使う武器の設計図を入手。

 資材節約時の主戦力として、教えてほしいと先方に連絡していた。勝手に。

 世の中広い。天龍や木曾といった、刀を振り回す輩は既にたくさんいる。

 中には飛行甲板を打撃武器にする、刃物に見立てて振り回す、それでプロレス技をするなど、キテレツな艦娘が沢山いたようだ。

 正直、知りたくもなかった。加賀は前から殴りあいをしていたが、それ以上の阿呆がいるとは思わなかった。

 そんなおかげもあり、加賀は現在空母じゃない。インファイターである。

 敵を見つけたら、取り敢えず突撃。

 機関を凄まじく強化した結果機動性は抜群に上がり、運動性能も向上。

 駆逐や軽巡と艦隊を組んで、艦隊での殴りあいを物理で行っている。

 めちゃめちゃだ。駆逐相手ならどこ殴っても死ぬ。撲殺である。

 重巡ぐらいなら、強気で殴る。相手は弾ける。顔面が。言うまでもない、死ぬ。

 戦艦相手でも、砲撃を掻い潜り、艤装を蹴り飛ばして故障させる。

 相手がそれに戸惑っている間に顔を本気で殴る。潰れて抉れて死ぬ。

 足にも具足を装備しており、そのまま蹴れば骨の砕ける音が聞こえるぐらいの威力がある。

 ステゴロ最強。加賀は無敗だった。砲撃も腕を交差させて凌ぎきり、接近して殺る。

「殺りました」

 マジでそういって、無表情ながら自慢するように相手の死体を首掴んで持って帰ってくる様はまさに修羅。 

 空母加賀は、修羅の加賀といつの間にか様子を聞いていた近隣の鎮守府から呼ばれるようになっていた。

 この時点で世紀末だが、まだ戦いは……始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー!! 死んじゃう!! 鈴谷今度こそ殺されちゃう!! 行かないもん! 絶対に行かないもんッ!!」

 加賀は、深海棲艦に飽きたらず、演習をしたいと腕試しを所望していた。

 無論、皆怖がって逃げた。拒否しまくるなか、物足りない加賀はいつも通りしごきに鈴谷を指名した。

 当然のごとく鈴谷は嫌がった。死にたくないと提督にすがりつく。

「あんな風に顔面がスプラッタなんて無理! 鈴谷は小動物なの!! 無害な小動物やってるの! ホラー映画やってないの!! 提督助けて!!」

 執務室であれこれ手配している彼の座る椅子に隠れて悲鳴に近い声で抗議していた。

 自称無害な小動物鈴谷は確かに顔は可愛いので、潰れるのは……勘弁してほしい。

「提督。鈴谷を一発殴らせてください。我慢なりません、その罵倒は」

 洒落にならない事を無表情で言う加賀。彼はため息をついていた。

「まあまあ。落ち着いて加賀。鈴谷は小動物……小動物? なのかは知らないけど、お前の新しい弓も届くようにしてあるから。殴りあいも程ほどにな。忘れんなよ、お前は空母だぞ?」

「艦載機など無くても、私にはこの手甲と具足があります。飛行甲板など飾りだと、大本営はわからないのです」

「落ち着け。白兵戦じゃ思いっきり出来るからって、己のアイデンティティーを捨てるんじゃない」

 殴れば倒せるという脳ミソ筋肉思考になっている加賀に、早く弓を与えないと本当に取り返しのつかないことになる。

 主に涙目の鈴谷が怖がって仕事にならない。真面目に小動物よろしく小さくなって震えている。

「……いいわ。ねえ、加賀。私とやろうよ」

 なんと、側で聞いていた飛鷹が面白そうに笑って加賀に申し込んでいた。

 余裕の笑みを浮かべている指輪持ち第一位の空母は、加賀を誘う。

「要するに、今のあんたには練度は関係ないわけよね。その腕っぷしなら。少し興味あったんだ。……殴りあいしてみない?」

「自分の装甲の薄さを理解している、飛鷹?」

 飛鷹は装甲は薄いし、足も遅い。今の加賀は機動性も運動性能も駆逐艦を超える。 

 艦載機さえ掻い潜れば、飛鷹は負けるだろう。

「だからこそじゃない。殴りあい限定の相手を想定した戦いを、私は知らないの。後生の為に、覚えたいわ。滅多にないから、いいでしょ?」

「……成る程。切磋琢磨してくれるというのね? いいわ、飛鷹なら私も文句はないわ。盛大にやりましょう」

 何やら、互いに長い付き合いだからか、妙な関係が出来ていた。

 彼に許可を得て、和気藹々と演習に向かう二名を見送る。

 鈴谷は怯えながら、ようやく出てきた。

「飛鷹さん……本気でやるのかな?」

「鈴谷。お前、ドック開けてきてくれ。今すぐに」

 提督は血相を変えて、鈴谷に命じた。急な命令に驚く鈴谷。

 理由を問うと、

「飛鷹のやつ、多分加賀を試したいんだろうよ。戦艦に勝るとも劣らない純粋なパワーを知りたくて、それに自分が通用するかを見たいんだと思う。何せ、付き合い長いし、予想外の環境だから……。ありゃ、殺しあいになるぞ。絶対に飛鷹は本気出す。鈴谷、お前にはいつも加減している飛鷹がマジになったらどうなるか、よく見ておけ。……死屍累々だぜ」

 つまりは、今の加賀はそれだけ強いのか。指輪持ちでもないのに。

 暴発するパワーを文字通り腕試しをする気のようだ。

 しかも、然り気無く殺しあいと彼はいった。

「……え?」

「良いこと教えてやる。飛鷹はさ、軽空母の中でも、特筆して艦載機の搭載数が多いんだ。何機か知ってるか?」

 秘密を教えるように、彼は小声で鈴谷に言った。

 詳しいことは知らないが、一応聞くと。

「同じ軽空母の、瑞鳳と祥鳳が、大体多く見積もって50。これ覚えておけよ?」

「う、うん……」

「で、正規空母の加賀は90超えてる。これは元々破格だ。論外とする」

「それで?」

「翔鶴も結構多いのは当たり前として。……同じ正規空母の葛城は、大体70。それとほぼ同数だ」

「……へ?」

 どういう事だ。軽空母が、葛城と同数艦載機を積める?

 ……何が起きてる。圧倒的に、鈴谷よりも多いのは知っていたが……。

「あいつ、何でか昔から矢鱈艦載機を扱えるんだよ。これは軽空母の中でもダントツに多いんだそうだ。……それが、拳一つの加賀に一斉に爆撃なんぞしてみろ。どうなると思う?」

 大惨事であろう。血の気が失せる鈴谷に、彼は続ける。

「お前は加減してもらっていたんだ。まだ未熟扱いでな。が、飛鷹は加賀を一人前と見ている。つまりは?」

「……殺しあい?」

「ビンゴ」

 互いに本気を出せば、それはもう戦争の類いだ。

 彼はため息をついて、書類を再開する。

「こうなれば、親父にでも頼もうかな……。前に試製のコンパウンドアーチェリー余ってるって言ってたし……」

 よくわからない単語を言いながら、鈴谷は兎に角早くと言われて、慌てて準備をしに向かった。

 結論からいうと、互いに大破して瀕死の状態で発見された。

 特に飛鷹は、しばらく彼の前に出られないぐらいの大ケガを負って、静養していたという。

 加賀は思い出す。空母としての自分を。危うく意味不明な覇道を歩むところだった。

 

 

 ……だが。時は遅い。

 

 ……空母加賀の、世紀末伝説のロードは此のときには、歩み始めていたのだから。

 



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妹鶴参戦

 

 

 

 

 

 

 

 

 加賀は口下手である。口で語っても表情が固いので伝わらない。

 改善をしようとしているのに、皆に最近避けられている気がしたが。

 そこで思った。

 

(……世の中には肉体会話と言うものがあるのね。成る程、殴ってわかりあう……。何て素晴らしい文化!)

 

 自分も周りともっとコミュニケーションを取りたいと模索していた彼女はいけない方向に進みつつあった。

 参考にしたのはニヤニヤした秋雲が参考にと渡した不良漫画。

 海岸で殴りあってわかりあう艦娘たちの一ページを見て、誤解した。

 物語の主人公がまさに加賀のような口下手艦娘だったりしたせいで、シンパシーを感じて共感。

 話し合うために殴りあうと思い込み、翌日から努力開始。

 ……思い出してほしかった。

 加賀さん、貴方周囲から何て呼ばれてましたっけ?

 修羅の加賀って言われてたの忘れましたか?

 忘れていたどころか知らない。まあ、そんな感じで。

 加賀さんは新しいコミュニケーション、肉体会話を習得したのだった!!

 

 ……ヴェアアアアアーーーー!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不味い。何かがおかしい。

 加賀が壊れた。何かあるたびに、よろしいならば戦争だと言わんばかりに殴りかかってくる。

 言いたいことがあるならカモン! と手招きして挑発する加賀さん。無表情で。

 大半の艦娘は無論悲鳴をあげた。提督は実際行って死にかけた。

 上記の悲鳴は弓の調整の話をしたくばこのパンチを受けてみよと放たれた一撃による絶叫。

 そのまま失神して事なきを得たが、呆然していた加賀。

 ……復活した飛鷹がやっぱりキレて、よろしいだったら乗ってやると喧嘩を開始。

 因みに惨敗していた。飛鷹が。空母の癖に殴りあうからこうなるのである。

 だが、敗北したが誤解はとけて、頭を下げて謝罪された。

 で。

「食らいなさい秋雲ぉぉぉぉぉ!!」

「ぎゃあああああーーーーーー!!」

 諸悪の根源オータムクラウドは猛禽類の猛攻にて薄い本ごと撃滅した。

 それはともかく。

 近々、この鎮守府に新しい面子が増えるらしい。

 それは、翔鶴が元々所属していた鎮守府からの異動。

 というか、多分思うにこれは、左遷だろうか。

 彼には先方の事情は知らないが、何やら揉め事があったと見える。

 そんなこんなの日々を過ごしながら。

 新しい艦娘……妹鶴の参戦であった。

 

 

 

 

 

「正規空母、瑞鶴です。よろしくお願いいたします」

 数日経過して、ある艦娘が配属された。

 翔鶴に似た衣装に、ツーテールの髪型。強い意思を感じる瞳を持つ艦娘。

 翔鶴の妹、瑞鶴の着任であった。

 彼が先日、そちらで預かってくれと言われて押し付けられた。

 敬礼している瑞鶴の目は、何やら……威嚇か、あるいは警戒に見える。

 彼はため息をつきたくなりながら、お決まりの文言を流して、案内でもしてもらってくれと言った。

 秘書である飛鷹が凄い顔で見ていた。これは、飛鷹の不愉快ゲージが上がっている。 

 彼に対するトゲを察知しているようだった。

「俺に敬語は要らない。そこまで偉い人間でもないんで」

 フランクに話しかける彼に、じゃあと瑞鶴は聞いてきた。

 敵意がこもっている声色で。

「提督さんは、なんか医者送りになっているって聞いたんだけど。それって、なんで?」

 ……誰かに聞いたか。外部にはやはりそういう評価を貰っても仕方ないと分かっていた。

 苦笑する彼が口を開く前に、我慢の限界が来ていた飛鷹が口を挟む。

「それはこっちの質問ね。前科持ちの瑞鶴さん?」

「…………」

 嘲笑うように、飛鷹が口火を切った。

 怒っている。彼に敵意を見せるこの新人に、彼女が怒っている。早速。

「あなた、書類で見たわ。……前の鎮守府で、提督を爆撃して殺そうとしたらしいわね。よくもまあ、解体を免れたものね? 幸い、提督側に落ち度があったって言って、解体は免れているけど。……寧ろ信用ならないのはあなたよ。この人に何かしてみなさい。……私が解体してあげるから」

 飛鷹に止めろと言うが、闇色の瞳をしている彼女には聞こえない。

 瞳孔をかっ開いた飛鷹に、瑞鶴は。

「……まあ、そうだよね。いきなりこんな態度じゃいけないって、分かってるんだけど。ごめん、まだここの提督さんを信用できなくて。翔鶴姉に話は聞いてるんだけど、詳細は知らないんだ」

 と、己の非をあっさりと認め謝罪した。

 驚く飛鷹が、もとに戻る。噛みついた割には、すぐに落ち着く様子に目を丸くした。

 彼は気にしないでいいと言って、正直に話す代わりと言って、条件を出した。

「俺も翔鶴のいた頃のそちらの提督さんしか知らない。後任と何かあったのは、分かる。言える範囲で良いから、教えてくれないか? 瑞鶴が言いたくないなら、無理強いはしない」

「……いいよ。全部話す。大本営には、反乱分子扱いされてて、聞いてくれやしないし」

 俯いた瑞鶴に、腰を下ろしてもらい、飛鷹は詫びを入れてからお茶を取りに行った。

 然り気無く席を外してくれたのでその間に、話を聞いた。

 いわく、翔鶴がこちらに異動したのち着任したのは、若い男性。

 翔鶴は魔の手を避けられたが、これがまたとんでもないセクハラ男で、憲兵に何度捕まっても懲りない阿呆。

 日々艦娘にお触りするわ、卑猥に話しかけるわ、嫌がらせするわで最悪だったらしい。

 仕事はできるし采配も悪くない。が、人望はゼロだった。

 で、みんな耐えていたのだが、瑞鶴に対しては更にひどい扱いをしており、我慢の限界が来て、瑞鶴はキレた。

 セクハラ、パワハラ、更に嫌がらせと我が世の春を謳歌していた奴に爆撃を敢行。

 執務室諸とも殺しはしないが、反撃をしたせいで、瑞鶴は左遷された。

 幸い、原因は提督だったし、死にかけて医者送りにされたのち、軍法会議送りにもされている。

 瑞鶴は自分の反撃と皆の安全の為に戦い、結果居場所を失いここに来た。

 という、流れだった。

「瑞鶴。誰も言わないだろうから、コッソリと俺が言う。……よくやった。これで悪は滅びたんだ」

 提督は聞いていて、彼女の勇姿に健闘を讃えた。ビックリする瑞鶴に、彼は続ける。

「誇れないだろうけど、瑞鶴は間違ってない。お前は正しい事をした。俺は、瑞鶴の勇気ある行動を讃えるべきだと思う」

「……普通私は即刻解体だとか言われるべきだよ?」

 呆れている瑞鶴は、戻ってきた飛鷹の渡したお茶を啜る。

 飛鷹もお盆を胸に抱えて、側で立って聞いている。

「なんでセクハラした奴に反撃して解体されにゃならんのだ。そんなやつは死ね。というか殺さずに爆撃とか瑞鶴すごくね? 流石翔鶴の妹。伊達じゃないな」

「……何があったの結局?」

 詳しく知らない飛鷹にも許可を得て説明すると。

「私なら試製南山にくっつけて外洋まで持ってって捨てるわね」

「なに物騒なこと言ってるの!?」

 飛鷹はもっと酷いことをすると言っていた。

 真顔でだ。思わず突っ込む瑞鶴に、同じくお茶を啜る彼は言う。

「そうか。お前も災難だったな……。じゃ、次は俺か。飛鷹、客観的にしたいからお前が説明してくれ」

 艦娘の立場から、彼の自滅を語ってもらおうと、飛鷹にバトンを渡した。

「はいはい。そう言うと思ったわ。じゃ、先ずはこの唐変木の失態から話しましょうか」

「唐変木ってお前、時々容赦ないよな」

「事実でしょ」

 素っ気ない相棒の言葉に微妙に傷ついて、彼女が語る。

 彼の悪癖や自滅、ノイローゼになって医者に運ばれるわ自殺未遂を何度もするわの騒動を。

 次第に憐れみの視線になる瑞鶴は、最後に全部聞いて彼に言った。

「提督さん。……艦娘は女の子だからね? 杜撰に、蔑ろは、私はダメだと思うよ?」

「肝に命じております……」

 今更ながら、有難いお言葉だった。

 彼はしっかりと受け止めていた。

 瑞鶴も、改めて最初の言動を詫びた。

「ごめんなさい。あいつみたいな奴かと思ってた、私が無礼だったわ。同じ医者送りでも、提督さんはみんなのこと考えて過ぎて壊れそうになってたんだ……。真面目なんだね。鈍感だけど」

「好意的解釈のし過ぎだよ瑞鶴。俺は、ただの目を開けたままボケていた超弩級の馬鹿野郎に過ぎないって」

 軽蔑されてもおかしくない愚行を繰り返していた男なのに、苦笑いして瑞鶴は受け入れてくれた。

 飛鷹も黙ってからになった湯呑みにお茶を注ぐ。二人は、何故だか互いに苦く笑っている。

「変な人だね、本当に。行った先で今すぐ解体も覚悟していたのに、褒めるってどうなのそれ?」

「そいつが悪いなら良いじゃん。瑞鶴に殺されてねえだけマシじゃね?」

 意外と話してみると瑞鶴と彼は気が合うようだ。

 その例の野郎の悪口で盛り上がっていた。

 彼女も鬱憤を張らすようんに流れ出る罵倒の数々。

「ムカつくんだよね、ターキーターキーって。何度、深海棲艦の餌にしてやろうと思ったことか」

「だろ? 思うよな普通に。飛鷹もそうだろ?」

「私なら一回でもあればその場で殺すわ」

「ですよね……」

「飛鷹さんは何でこんなに物騒なのさ!?」

 飛鷹が時々容赦ない言葉で相槌をしながら、いつの間にか罵倒大会となった初対面。

 悪友のように、互いに例の野郎の悪口で時間を終えていた。

「いやー、超スッキリしたわ! 提督さん、さーんきゅ!」

 けらけら明るく笑って、瑞鶴は飛鷹に鎮守府を案内してもらうことになった。

 夕刻に、廊下で初対面とは思えないほど、三人は打ち解けていた。

 主に、他人の悪口で。

「また今度話でもしよう。瑞鶴って意外といい性格してんな」

「そーかなー? でも気が合うみたいだね、私達。飛鷹さんも私は馬が合いそう」

「そうね。でも、まだまだ甘いけど。殺るなら徹底的じゃないと」

「やるが殺るに聞こえたんですけど!? 落ち着いて、さっきからちょくちょく出てくる殺気はなに!?」

 飛鷹の危険な言動に怯まずツッコミをできる貴重な存在、瑞鶴。

 あの提督とまるで幼馴染のようにあっという間に打ち解けたのは、彼女の気さくさ故だろう。

 あとは悪友のような雰囲気。彼との相性の良さもあった。

 振り返り手をふって、よろしくと挨拶して去っていく。

 そして、見送る彼は重要なことに気づいた。

「……仕事終わってねえ!?」

 このあとめちゃくちゃ仕事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 食堂に案内されたとき、運命の出会いが起きてしまった。

 瑞鶴には、途中で合流した久しい姉と駄弁りながら飛鷹についていく。

 間宮に来た頃、暇をもて余した青い空母が、何やら必死に無表情で貪っていた。

「……あれ?」

 妹鶴が真っ先に気付く。

 因縁の相手。意味がなくとも攻撃したくなる因果な相手。

 その名を……。

「へえ、この鎮守府……加賀さんがいるんだ?」

 途端に攻撃的な表情の瑞鶴が、ずかずかと彼女に近づいていく。

 翔鶴がヤバイと思った頃には、声をかけていた。

「どうも、ご無沙汰してますね。……一航戦の加賀さん?」

 威圧的に、瑞鶴はおやつを無心で貪っていた彼女、加賀に声をかける。

 何事かと振り返る加賀は、ツーテールの見慣れない艦娘が何故かこっちを睨んでいる。

「……? ああ、新しい艦娘の方ですか? 初めまして。正規空母、加賀です。お見知りおきを」 

 展開が見えない加賀は、顔をあげて挨拶だけして、あとは食事に戻る。

 瑞鶴の返事は聞いてない。ただ、貪っている。目の前には、巨大な間宮羊羮が鎮座する。

 軽くスリッパサイズのそれを大きな皿に乗せて、食べている。

「……。ええと、初めまして。五航戦、瑞鶴です……。って加賀さん、なにか私に言わないんですか?」

 突っかかって見たのはいいが、何の反応もない。

 瑞鶴は驚く。

 なにせ、瑞鶴と加賀と言う艦娘はなぜか他の鎮守府では一緒にすると凄まじい化学反応を起こしていがみ合う。

 理由は不明だが、加賀は一航戦、瑞鶴は五航戦なのが関係しているらしい。

 が、そんなものはここの加賀さんは通用しない。

「瑞鶴、止めなさい!!」

「ちょっと瑞鶴、どうかしたの?」

 翔鶴が止めに入って、飛鷹が首を傾げるが。

 加賀は気にせずに食べていた。困る瑞鶴。予想外の反応であった。

 もっとこう、反撃してくるとか、逆にキレるとかないのか。

 至って気にしない加賀は再び顔をあげる。無表情で、聞き返す。

「言うこと、ですか? ……」

 考える。相手は新人の空母。

 自分が言うことは、挨拶だけじゃないと言いたいのか。

 他に言うこと? というと。

 刹那、分かった加賀。

(ああ、これが食べたいのね)

 全然分かってなかった。なのに行動する。

「間宮さん、瑞鶴と翔鶴にも大きめの羊羮をお願いします。私の奢りで」

「ファッ!?」

 奇声をあげる瑞鶴。突然謎の奢り発生。

 違う。想像していたのは、想定していたのはこれじゃない。

 なんでこうなった。唖然とする鶴姉妹。翔鶴まで奢られた。

「え、加賀。私は?」

「飛鷹は自分で頼みなさい。私が奢るのは新人の瑞鶴と一緒にいる翔鶴だけ」

 なんでか知らぬが、いきなりん奢り。

 戸惑う瑞鶴に、加賀は言うのだ。

「同じ鎮守府の空母として、よろしくお願いします。着任祝いに、どうぞ」

「はぁ……。ご馳走さまです……」

 取り敢えず敵意はないらしい。寧ろ優しくされた。

 瑞鶴は知らない。これは、戦いの狼煙。

 ツッコミの瑞鶴と、ボケの加賀の……空母としての在り方を考える、険しい戦いの始まりだったのだから。



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加賀さんのピンチ、二重の意味で

 

 

 

 

 

 

 

 ……瑞鶴が着任して早くも一週間経過。

 色々おかしいことに気付いた。

(空母しているのが瑞鳳と祥鳳しかいない!?)

 なにが起きているんだここの空母共。

 久し振りにあった葛城は指輪装備で限界を突破して、練度の序列第一位はそもそも武器が違う。

 瑞鶴は知った。知りたくもなかった。

 この鎮守府は……かの有名な鎮守府と似たような空母しかいない!!

(こ、ここは第二の『魔境』だっていうの!? 提督さん、生きるためならなんでも使うって方針はおかしくないけど、指導はおかしいよ!?)

 ……ある鎮守府は、魔境と呼ばれ混沌としているという話を、瑞鶴は知っていた。

 同じ瑞鶴が所属するその魔境は、愛に狂ったゾンビ顔負けの生命力を誇る駆逐艦が日々提督と戦っているらしい。

 たまに、怪談話で出てくる有名なヤバイ場所である。

 空母がプロレス技するわ、刀を振り回す重巡がいるわ、核弾頭持ち出す駆逐艦がいるわ、俳句を詠めと迫る軽巡がいるわ、意味不明すぎる際もの艦娘がオンパレードだと聞く。

 挙げ句に馬鹿げた練度の怪物しかいないとか。

 ……因みにあまりの危険度に、大本営から用事があっても準備なしに近づくなと警告される次元だ。

 あと、実在する。それが一番恐ろしい。

 瑞鶴は見た。ここの空母も空母してない。

 ある日の近海警備の出撃時。瑞鶴はとうとう、泣きついた。

「瑞鶴さん……どうかした?」

「葛城お願い、葛城はマトモでいて!」

 マトモと言われても、と葛城が困っていた。

 これが、この場所の日常。当たり前のやり方なのだ。

 提督の流儀と言うか、こうしないと、生き残れない。

 すがるように泣き言を言う瑞鶴に、困り果てた葛城は説明する。

「提督は、何よりも生き残る選択肢を選んでいるの。瑞鶴さんはきっと、倒すための戦いをして来たんだと思う。けどここは、倒すんじゃない……生き抜くための戦いを教えられる。だから、誰も死なない。死んだ事はない」

「……確かにそうだけど。けど、こんなのおかしいわよ!? 空母のプライドはないの!?」

「瑞鶴さん。プライドじゃ、誰も守れないよ」

 真剣な表情で葛城は言った。

 言いたいことは分かる。

 だが、この場所はどうやら、全員がそういうものに薄いらしい。

 提督は変人だと思う。死ぬ前に逃げるか、その場面に行く前に足踏みして止まる。

 一週間で分かったことは、悪い人ではないが、かなり臆病で慎重な人間だと言うこと。

 瑞鶴の見た中で、腰抜けと罵られてもおかしくないぐらい、攻めに転じない人。

 だから最大練度がたくさんいる。姉も随分と練度が上がっていた。

 生きているから強くなれる。彼の方針は、生きること優先の守りの戦いであった。

「よ、よく納得できるわね……。葛城は不満ないの?」

「わたしだって、死にたくない。もっと生きたい。だから、これでいいと思うの」

 成る程。瑞鶴は一つ学ぶ。生きたい艦娘が、彼の場所には集まっている。

 前のように、誇りのためなら死んでもいいという艦娘は一人もいない。

 故に支持されるのだろうと。

 器用で一通り何でもこなせる葛城に、お札を使いこなす飛鷹。

 最近仲良くなって一緒に出掛けている鈴谷は元々航巡だったのが、今は空母で、同じく教えてもらっていた。

 但し彼女も指輪装備。しかも以前の鎮守府の鈴谷と違って、なんというか……大人しい。

 大人しくて、愛嬌がある。甘え上手で、すぐに好きーとか提督に言い出している。

 色気でからかったりしないし、恥じらいもある。瑞鶴は随分と驚いたものだ。

 場所によって艦娘は性格がこうも変化するらしい。

 ……一番驚いたのは、彼女だったが。

「殺りました」

「そこぉ! 殺りました、じゃないでしょ!! 自慢気に獲物持ってくんな! 皆が怖がるでしょうがッ!」

 無表情でイ級を持ち上げて見せつける加賀だった。

 この人、艦載機捨てて殴りあいしている。血迷ったか、と思ったが姉に事情を聞いた。

 理解はした。したが。

 彼女の言い分も、分かる。分かるが。

 この人、何で仕留めた深海棲艦を自慢するみたいに持って帰ってくるのか。

 僚艦がビビって、逃げ腰になっているのに気付いていないのか。

「加賀さんは猫かッ!! 仕留めた獲物は持ち帰らないといけない習性でもあるの!?」

 キレるように近寄って、イ級を捨てるように怒る。

 ポカンとしている加賀。何を言われているか、分かってなかった。

「……?」

「なんで首を傾げるかな!? 首を傾げたいのは私だよ! はい、捨てるッ! 今すぐ!」

 良いから捨てろと言うと、なぜか残念そうにぽいッと豪快に投げ捨てる。

 死骸は彼方まですっ飛んでいった。

「……加賀さん。一応重鎮だよね? なんでこんな真似して……」

「素手で倒した相手は、生きているかしっかりと皆さんで確認しないと……」

「するかっ!! しなくていいのそんなこと! 加賀さんが殴れば大抵死ぬでしょ!!」

 いわく、万が一仕留め損なわないように、自分以外にも確かめて貰いたい、とのこと。

 理由は分からなくもないが、周囲はまず駆逐と軽巡、良くて重巡だと言うことを理解しろと怒る。

 なんで新人の瑞鶴が重鎮の加賀を世話しないといけないのか。

 提督に聞けば、

「前から殴りあいはしてたんだけど……。ここのところ、艤装を壊して遠距離やってないから、感覚がおかしくなってるみたい。ごめん瑞鶴、加賀の感覚元に戻せる? ……皆、慣れちゃったか怖がってて誰も出来ないししないから。お前ぐらいしか頼めないんだけど……」

 と、頼まれた。要は慣れていない感覚と、加賀の微妙な感性のせいでおっかないお姉さんとなった、と。

 飛鷹は戦えればなんでもいいし、鈴谷は悲鳴あげて隠れるし、葛城は慣れているし、翔鶴が言っても勢いがない。

 瑞鳳祥鳳では、まず恐怖のあまり失神してしまうレベル。瑞鶴しか居なかった。

 弓が届くまでもう少しかかると聞いた。

 加賀用の専用で、お偉いさんから試製装備を譲ってもらったとか言っていた。

 少し、胃痛を覚える。ダメだここの加賀は。感性がちょっとずれてる。

 瑞鶴の想像と違いすぎる。なにこのポンコツ空母。威圧感も無ければかっこよさもない。

 あるのはこう、残念な美人的な……。あと不器用すぎて、周りにめちゃくちゃ誤解されてた。

 これも何だか放っておけないので、瑞鶴が矯正するしかあるまい。

 瑞鶴は決めた。この色々とダメな加賀を、元通りの自分の想像する加賀に戻す。

 加賀は戸惑う。後輩の瑞鶴が妙に厳しい。おかしいことはしていないはず。

 なのに怒鳴られる。なぜ? と聞いても加賀が変なことしているからだともっと怒る。

 結果。

(……お腹が痛い)

 精神が豆腐よりも脆い加賀も胃痛を覚えていた。

 要するに、互いに胃痛を感じる空母のコンビが出来上がっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 加賀は強くなりたい。

 それは、原因が解明された今でも、同じだった。

 艤装が届くまでもう少し時間が必要。その間に出来ることをしておきたい。

 艦載機のチェックとかしてみた。皆で一緒に手入れをして、万全の準備を……。

 めきゃ!! 

 加減間違えて、瑞鳳の宝物を粉砕してしまった。

 慌てて直そうとして。

 ばきゃ!! 

 今度は葛城の天山を破壊。

 ……皆、目が死んでいる。

 加賀は整備させないようにしたほうがいい、と満場一致で言外に納得。

 加賀は、見学になってしまった。加減が未だにうまくできない。

 それどころか、前よりも更にパワーアップしている。悪化の一途らしい。

 予防法はなし。対処法しかない。

「……お、お腹が痛いのですが」

「はい胃薬」 

 凄い目付きで前屈みになっているので、誰も文句は言えない。

 罪悪感で死にそうになっていた。

 目力ありすぎて怖かった。青くなっている加賀に、慣れている飛鷹が錠剤を渡した。

 何とかそれを飲みこんで休む。飛鷹はお茶を飲みながら一服していた。

 工厰の隅で、空母たちがせっせと艦載機の補充をしている。

 砕かれた艦載機に放心の瑞鳳は、姉がなんとか助けているし、葛城は翔鶴の天山を借りていた。

 ひょっこり、提督も顔を出して様子を見に来た。

 壁際のベンチに腰かけ、壁に寄りかかる病人の加賀。

 呆れたように見ている飛鷹。瑞鶴も終わってこっちに来た。

 加賀の隣に、提督は挨拶して腰かけた。

「加賀……お前、大丈夫か?」

「全然、大丈夫ではないです……。胃痛が、酷くて……」

 加賀は窶れていた。窶れて尚更怖い微妙に苦しそうな表情。

 彼はドン引きしていた。思った以上に悪化している。

「提督。もうさ、指輪を加賀にあげた方がいいわ。暴発が増えてるし」

 飛鷹が相談すると呼び出したと加賀に言った。

 瑞鶴も気になって近くによる。彼は、苦い表情をしていた。

「まあ、解決法何だろうけど……。加賀の気持ちも無視したくないし」

「そうだよ提督さん。女の子を蔑ろにしちゃダメだぞ!」

 瑞鶴の言葉に頷く彼。しっかりと学習はしている。

 肝心の加賀は、半分意識が飛んでいる。何故か? 胃痛が我慢できないから。

 胃痛にも慣れていない加賀には更にダメージ追加で、聞いてない。

「加賀、指輪……お前にとっては、必要か?」

 一応、隣の加賀に聞くと。

「もっと強い胃薬を……」

 全く違う答えだった。瑞鶴が白湯を準備して、加賀に黙って渡した。

 死体のような顔色は、彼女の無表情と合わさると余計に恐怖をあおる。

 余裕はなさそうである。一刻も争いそう。

「加賀。重要な話だ。胃痛から解放されたいか? 暴発するのを防ぎたいか?」

 改めて聞く。白湯を飲む加賀は、頷いた。

 指輪を求めるなら、期待を込めて渡したいと彼は真剣に言った。

 余計な感情はない。だが、加賀の活躍を信じている彼からの想いが込められた指輪。

 弱った加賀は、苦しみながら考える。

(……指輪って、あの指輪よね。鈴谷や、飛鷹や朝潮がしている。私にも確かに渡してくれるといってくれた。今がその時なのかしら。自分でも制御できないパワーを、提督が補ってくれる。提督の期待に応えたいのは事実だけど……何故かしら。凄く、気分が高揚する。この気持ちはなに? 嬉しい? 私、喜んでいる? ……なぜ?)

 余計な感情はないと分かっているのに。胸踊る自分がいた。

 ああ、託してもらえると喜んでいる自分がいる。

 光栄なこと。それ以上に、凄く嬉しいと思う。

 なんで? そう思っても、まだ加賀は……自覚していない。

 何分感情の起伏が薄く、鈍感な部分もある加賀。

 この手の、俗に言うときめきなど、理解している訳もない。

 今は、まだ。猛禽類すら気付かない感情を、鈍い彼女が分かるわけがない。

「頂けるなら……是非」

「そうか」

 端的に返事をして、書類は後回しにして今すぐに、やろうとして。

「提督さん。TPO、TPO」

「貴方、相変わらず鈍いわね……」

 二名に指摘されてハッとする。

 こんな味気ない場所で、病人の加賀に渡して良いものか。

「……しまった。俺は空気の読めない男になるところだった」

「既に読めてないから」

 我に帰る彼に辛辣な相棒の言葉が刺さる。

 実は工厰の中に保管される予備の指輪を先んじて持参していた彼。

 これはいけない、と鍵のついた頑丈な金庫に仕舞う。

 残念そうに見つめる視線を、漸く猛禽類が気付いて、苦笑していた。

「後日……にしては、遅いな。加賀。体調良くなったら、直ぐに教えてくれ」

 ぐったりする加賀の手を握り、彼は真剣に告げた。

 ある意味、今の加賀に止めをさした。自覚なしに。

 

「お前の体調がよくなり次第、共に出掛けよう。その時に渡したい。率直に言うと、デートのお誘いだ!」

 

「!?」

 

 瑞鶴、絶句。

 飛鷹、唖然。

 加賀。一気に頬を通り越して顔を真っ赤にして。

 

「……ぐはっ!!」

 

 何かを吐き出して失神。

 白目を向いて気を失った。

「あれぇ!?」

 驚く提督。

 とうとうやらかした、この唐変木。

 今のシチュエーションを整頓しよう。

 指輪を渡したい。けど、今はTPOと加賀の具合が悪い。

 だから彼は考えた。全部満たす条件、その答えは?

(そうか! 折角なんだ。俺も学んできた。もう間違えないぞ。加賀と二人でデートして、その最後に手渡せば完璧だな! 名案じゃないか!)

 大間違いだ馬鹿野郎。誰から学んできたんだ、この男。

 このど阿呆、この意味すら理解してないのである。

 この手順が間違いなんじゃない。相手に対してのシチュエーションがおかしい。

 諸々考慮しすぎて、結婚ガチに突っ走っていた。

「提督。少し頭冷やそうね?」

 飛鷹が仕方なく、説明しておく。 

 フォローするのも大変であった。唐変木は何も理解していない。 

 今度は振り切りすぎた。

「提督さん……いや、マジで?」

「?」

 加賀を気遣う彼に、なんだか凄いものを見た瑞鶴。

 少し頬が赤くなった。彼は分かってない。

 つまり、だ。

 

 この男、加賀にいきなり自覚なくプロポーズしたのであった……。

 



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祝え、キャラ崩壊の瞬間である!

今回は提督のキャラ崩壊が酷いのでご注意下さい。メタ発言多発します。



 

 

 

 

 

 さぁ、本日もやってきました。

 憲兵TVがお送りするメイン番組。

 愚行提督の処刑のお時間です。

 愚かなる提督の行動に激怒した艦娘たちの不平不満を爆発させ、提督に自覚させると言うこの番組。

 言ってもどうせこの鈍い男は気付かないので、死なない程度と憲兵の見張りを条件に特別に許可されました。

 加賀さんに対する突然のプロポーズ。その真意を聞く前に多くの乙女を裏切った男への不満をぶつけるのです。

 憲兵さんたちに説得と言う許可を得て、今回は生放送でお送りいたします。

「いやだあああああああああ!!」

 現在容疑者提督は、執務室の椅子に縄でぐるぐる巻きにされて捕まっております。

 なんと言う情けない所業。これが鎮守府の長の姿だと言うのか!?

「誰だノリノリで司会している奴は!? 声までご丁寧に変えやがって!! 名乗り出ろォ!!」

 出るわけないでしょ、甘いって提督。

 その前に皆に謝らなくていいの?

「謝るって何を!?」

 自覚なしかい。うわー……。

「なんか皆の殺気が増してて怖い! あいええええええ!?」

 絶叫をしながら泣き叫び、相棒飛鷹に必死に助けを求めている模様。

「自分の行いを振り返るのね、提督。今回はお灸を据えるから助けてあげない」

 肩を竦める猛禽類、あっさりと彼を見捨てた!!

 これは辛い、提督は悲鳴をあげているー!

 周囲を囲むは、彼に想いを寄せている艦娘たち。

 皆、夜叉のような表情をしているー!! 

 手にはバレンタインが近いと言うことで、怒りと愛を乗せたチョコレートを持っている!!

 これを武器に、果たして彼女たちの心は届くのか!?

 というか、提督のハートが物理でブレイクされそうだが大丈夫か!?

 実況はわたくし、オータムクラウドでお送りしておりまーす!!

 おおっと、容疑者が私に気付いたぞ!? ……なに? 覚えていろ?

 はい? なんの話でございますか提督。オータムクラウド先生は知らないよ?

 さて、提督の行方や如何に!!

 答えはCMの後で!

「CM入ってるのか!? 誰だそんな薄情なスポンサーは!?」

 ご覧の小説は、……鎮守府、本日の秘書、飛鷹及び憲兵さん、オータムクラウドの提供でお送りいたします。

「飛鷹貴様ぁあああああああーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っておくぞ、他意はない!! 俺には他意など微塵もない!! 色々学習し、考えてやった結果だ! 方法を間違えた気もしない! 他にどうしろって言うんだ!? ちゃんと全部弁えたのに!!」

「全部間違ってるよ提督のバカ!! せめてフラれるなら、もっと優しい方法が良かった!!」

「フラれるってなんだ!! 俺はまだ何もしてない……」

「うわあああああああああああん……!!」

 走って立ち去る足音が響く。

「す、鈴谷ああああああ!? 待って、俺何も返事すら言って……!!」

 次。

「司令官……流石に、朝潮も頭が痛いです……」

「待って!? 朝潮さん、俺何を間違えたんですか!?」

「ええと、朝潮も言える範囲なら、基本的には問題はないです。基本的には」

「じゃあいいじゃん!! なにこの魔女審判みたいなの!!」

「基本的には、ですよ。ええ、問題があるなら……」

「……あるなら?」

「それ以前の話になります。良いですか、司令官はまず……」

「はいストップ。朝潮、彼に優しくしすぎ。教えちゃダメ」

「飛鷹貴様ァ!! まだ俺を追い詰めるのか!?」

「五月蝿い」

「あべしっ!?」

 お札を顔に貼った。提督一回休み。

 その間に朝潮、飛鷹によって強制退場。

「飛鷹!! なぜ俺を苦しめる!? 俺達は相棒のはずだ! 本当に裏切ったんですか!!」

「なにを言っているのか理解できないわ。私だって本当はキレているのよ?」

「嘘だそんなことぉ!!」

「嘘じゃない。何で貴方は女性の気持ちが分からないの? 鈍感? ラノベの鈍感主人公なの?」

「……い、一応その……修羅場系ストーリーの主人公やってます……」

「小声で目を反らしながら呼吸をするようなメタ発言止めなさい」

「……なんだ今の発言は!? 俺の意思じゃないぞ!?」

「天の声が舞い降りたか……。まあいいか。貴方に判決を下すわ。皆で加賀に代わって、お仕置きよ」

「美少女達が月のつく艦娘の代わりにお仕置き、だと……!? え、なにこれご褒美?」

「いけない、何だかヤバイのが乗り移ってる!? 皆、殺っちゃいなさい!! 私が許す!」

「え? 今俺何か言った? って……!?」

 

 ――ぎゃあああああああーーーーーーー!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は知らぬ間に加賀にプロポーズしたらしい。そんな気はない。

 皆様不満のお仕置き執行後、執務室で彼は過去最大に壊れた。

 殴られ過ぎた。現在顔面がジャガイモになっている。

 元々そんなに端正でもない顔が凸凹になっていた。

「俺は悪くねえ!! 悪くねえったらねえ!!」

「……頭殴りすぎてどこぞの王子が入ってる? もう一回殴ってみよ」

 バキッ!

「痛!? ……わあい、目の前に大空の暴れん坊がいるぞー? 真っ黒だ、やばーい?」

「誰がガトリング持ってる鷹ですって?」

 べしっ!! 

「痛い!? …………あれ、大きな船がついたり消えたりしている。客船かな? いや、違うか。客船はもっとこう、パーって綺麗に光るもんなあ」

「ちょっ!? 精神崩壊のエンディング止めて!? 叩く角度間違えた!」

 ゴスッ!!

「とぉぉぉぉおおおぅ!?」

「熊野!?」

「熊野と聞いて鈴谷再び推参!!」

 何処からともなく泣きつかれているように見える鈴谷が現れ復帰した。

「ちょっと、泣いて走っていったのに戻ってきてどうするの!?」

「こうするっ!! 提督、鈴谷やっぱし諦めるの無理だった! 鈴谷愛人でいいから枠残して!」

「全力でダメな方向行かないの鈴谷!!」

 鈴谷のデコピン炸裂。

「ファッ!? ……何だか逝ける気がする!」

「鈴谷ぁあああああ!? 彼が最短最弱の魔王になってるじゃない!?」

「えっ、加減したのに!?」

 今度は仮面つけたタイムキングになっている提督。

 キャラがどんどんおかしくなる。最早発狂再びに近い。

 その時、此度の処刑に関わってない数少ない新人、皆の救世主、瑞鶴・リバイブ現る。

 ここに新たな歴史を作るのだ瑞鶴!

「……なんか変な声聞こえるんだけど、なにこれ?」

「気にしないで瑞鶴。……加賀は?」

 壊れた彼を殴って戻す飛鷹が問うと。

「熱出して寝てる。寝言でなんか提督とデートしている夢でも見てるのか、食い放題ははしたないから嫌だとか、フリフリのスカートとか可愛い系の服装は鈴谷に着せた方がいいとか魘されてる」

 プロポーズされて、加賀は撃沈。

 海ではなく、悪夢に沈んでいった。

 まあ、その悪夢も、

「……加賀。俺は気づいた。俺の隣には、お前が必要なんだ。この指輪を受け取っておくれ」

「そんな、提督……! あなたには、飛鷹や鈴谷、イムヤや葛城に、朝潮がいるのに……!!」

「皆は部下。飛鷹は相棒、鈴谷は……ちゃんと、素直に自分の気持ちを言うよ。俺は、加賀。君を愛していると」

「い、いけません!! 私は艦娘です! そのような感情を抱いては、あなたの恐れる結果に……!!」

「平気さ。今の俺は、愛に燃えているッ!! 負ける気がしない! 誰であろうとも!」

「て、提督……」

「加賀。当方は、赤く萌えている。君の美しさに……萌えているんだ」

「そんな、私なんて……」

 などという拳で全てを通じあう世界で、キザ補正されたイケメンとなった彼にプロポーズされる乙女チックな夢見てた。

 最後には……。

「俺は……俺は、君を愛しているううううううう!! 加賀、君が、欲しいいいいいいいい!!」

 謎の巨大深海棲艦を二人のラブラブ艦載機で撃破して、世界中に愛を叫びながら大告白していた。

 因みに加賀は戸惑っていたが、了承。

 無事結婚してエンディング……の前に、エンドレスで最初に戻る。

 恥ずかしいという意味で、悪夢だった。今も真っ赤になって、呻いていた。

 凄まじい動揺を見せており、乙女な部分を刺激されて暴走している。

 ただ、戸惑いはあっても一切の拒否はない。その辺、言葉が少ないが加賀の本音であろう。

 現実は。

「ああ、瑞鶴が瑞鶴して瑞鶴瑞鶴……略してズイズイ」

「落ち着いて!? ズイズイってなに!? 変な動きしないで怖いよ!!」

 変な躍りを縛られたままジャガイモが椅子ごと踊っていた。

 なんだか混乱しそうな躍りであるが、我を保つ瑞鶴には効かない。

「瑞鶴は左で投げて」

「何を!?」

 完全に彼はキャラ崩壊という錯乱に陥っていた。

 皆のお仕置きによりハートをブレイクされて、自分を失っていた。

 お目目はぐるぐる渦巻きで、歪んで笑って虚空にあはあは乾いた笑い声をあげている。怖い。

「あはは、飛鷹にタイガーと飛蝗を足すんだ。そうするとキックに失敗するんだぜ。知ってた?」

「な、なんのこと言ってるのかしら……?」

 あまりの崩壊っぷりに、流石の飛鷹も戸惑っている。

 戸惑っていないのは、彼女だった。この逆境すら、チャンスに変える。

「提督……いい? お嫁さんは鈴谷なんだよ? ここは鈴谷ルートなんだよ? 分かる?」

「あはは、鈴谷ルート? 確かもうハッピーエンドで終わってなかった? 俺も鈴谷も死んでるけど」

「死んでるの別世界の鈴谷!?」

 五円硬貨に紐を通して、催眠術をかけようとしていた。

 で、知りたくもなかった別世界の話を明かされる。

「こら!! メタ発言加速させないで!!」

 瑞鶴が直ぐ様それを引ったくる。

 鈴谷が慌てて奪い返す間に。

「あはは、飛鷹さん知ってます? お嫁さんになった君はお子さんいるんですよ?」

「……本当? その話、詳しく聞かせて」

「飛鷹さんはお嫁さんになると次のお子さんが欲しいんだって。旦那さんに求めてたよ」

「相手は?」

「別のルートの俺だよ。夢を叶えて幸せだって笑ってたんだ。ヤンデレのままだけど」

「そう……。私は幸せになれる世界もあったのね。ありがとう、教えてくれて」

「あはは、お安いご用さ。今の俺に聞きたいことあるなら、早めに聞いてね?」

 飛鷹は隙を見て、パラレルの情報を入手していた。

 瑞鶴急げ、猛禽類がルートを強引に書き換えようとしている!

 世界を破壊するために、十番目の飛鷹が現れてしまうぞ!!

「おのれディ……じゃない、飛鷹さんッ!! なにしてんの!! メタ行為を止めろォ!!」

 鈴谷を必殺瑞鶴シュートで倒し、飛鷹を襲撃する瑞鶴。弓を構えて、背中に向かって放つ。

 闇色の瞳で彼を洗脳して取り込もうとするメインヒロイン(ヤンデレ)を倒した。

「……これでいいの。提督……止まるんじゃないわよ……」

 バッタリ倒れて、気を失う飛鷹。見たことあるポーズだった。

「はぁ……はぁ……」

 荒い呼吸で、ヒロイン達をなぎ倒す瑞鶴。流石は瑞鶴・リバイブ。

 今ここに、未来の救世主が完結した古きヒロインを倒した!

 祝え、新たなるヒロインの誕生である!!

「上も喧しい!! 誰がヒロインだって!? お生憎様、私は悪友ポジとライバルポジで攻略不可能よ!!」

 なんだと!? 

 そんなバカな、この物語にはそんな記述はない!!

「あはは、瑞鶴。残念だけど君はこの世界にしか居ないんだ」

 何かを溢す提督の言葉。

「あはは、ここはね。加賀の世界。加賀が満たされる世界。瑞鶴の世界は存在しない」

 なに!? 世界は知らず知らずに破壊されていたのか!?

 おのれ提督ッ!! 貴様のせいで救世主の物語は破壊されてしまった!!

「……なんか、まだ上で聞こえるし提督さんもまだ言っている……。どうするのこの流れは……」

 瑞鶴は考える。謎の声。謎の提督の発言の数々。その正体は果たしていったい誰なのか。

 ……思い出せ瑞鶴。冒頭で、語っていた語り部は誰だったか。

「いや、私は居なかったから分かんないわよ」

 ならば聞けばいい。真の黒幕をそこの彼は知っている。

 問え。真実への道を。彼はそこへの道に導くだろう。

 救世主、瑞鶴・リバイブ。この話を救ってくれ。

 黒幕は……まだ近くに……。

「あ、声止んだ。誰だったんだろあれ?」

 天を見上げる瑞鶴。兎も角、聞いた。

 本当の敵はどこにいると。

「あはは、それはね。薄い本の達人さ。……さあ、ネタバレの時間だ。ねえ、オータムクラウド先生?」

 ……何時から見落としていた。

 オータムクラウドが、解説をやっていると忘れていた?

 そう、つまりは。

「謎の声も提督の声も、全部このオータムクラウド先生の仕業だったんです! 瑞鶴さん、お疲れ様でした!!」

「って、よく見たら提督さん少し前から気絶してるじゃん!? ……秋雲ぉぉぉぉぉおおおおお!!」

 よく見たら彼は殴られまくって気絶していた。

 そもそも笑ったようなジャガイモのまま気絶しているのだ。気付かないのも無理もない。

 小さなマイクが見えないように設置されていた。

 変声の機械で好き勝手していたのはオータムクラウド。

 真犯人は彼女だった。瑞鶴は、秋雲を捕まえるべく、執務室を飛び出した。

 彼女はその日は逃げ切って面白がって遊んでいたが、後日完結しているヒロインたちに、袋叩きにされたそうだ。

 ……合掌。



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アーチャー(物理)

 

 

 

 

 

 キャラ崩壊から数日経過。

 依然として、加賀は調子が悪いようだ。

 彼が見かけるたびに様子を見ているが。

「……いえ、まだ……」

 と言って、出掛けるのは無理だと言っていた。

 そのわりには任務には出る。瑞鶴が面倒を見ながら何かあれば知らせてくれる。

 なので、イマイチ理解できない。何があったのか、彼は相変わらず分からない。

 見た目は……確かに熱があるのか顔は赤いし、視線は泳いで焦点が定まっていない。

 彼と会うと、直ぐに戻って休んでしまう。本格的に不味そうな予感がした。

 辛そうだ。近々医者に見せようと飛鷹に相談する。

「医者が治せるなら苦労ないけど。自覚しなさいよ、誰のせいだと思っているの?」

「……?」

 呆れた相棒に言われて、具合悪いのは不可抗力と思う阿呆は首を傾げた。

 殴りたくなる仕草に、飛鷹は益々呆れていた。

 動作が加賀にそっくりなのは、偶然だろうか。

 加賀が真似ているのか、あるいは彼のせいか。

 兎も角。

「もういいわ。提督、今すぐハイクを詠みなさい。介錯してあげる」

「ファッ!?」

 前触れなしに相棒に怒られた。理不尽すぎる。

 分からないことで叱られながら、提督は回復を待っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンパウンドアーチェリー。

 それが、加賀の専用艤装の武器であった。

 提督の父の鎮守府にあった、役目を終えた試製の弓を改造して組み立てられている。

 外見は機械仕掛けの大きな弓。特徴的なのは滑車がついていること。

 物理学によって作られており、現在規格外の剛力に耐えられる唯一の弓であった。

 加賀は喜んで使っている。使い心地もいい。破壊力も抜群。連射もそこそこ出来るし、頑丈。

 何せ加賀が使えるように徹底的に改造してあるもので、逆に加賀以外は重すぎて扱えない。

 代償として、桁違いに重たいこと。

 取り回しが巨大ゆえに最悪なこと、反動がでかすぎることなどを除けば完璧な弓。

 試しに瑞鶴が借りてみた。持った瞬間に倒れた。

「重たい!? ちょ、聞いてないよ加賀さん……!!」

 派手に落として両手で持ち上げようとしてもびくともしない。

 なのに、加賀は片手でひょいっと持ち上げた。平然としている。

「私はこれがちょうどいいです」

 信じられないものを見た瑞鶴。

 丁度いいの意味が見えなかった。

 で、折角なので試射をしたいと少し遠い海域に出撃。

 鎮守府では不審者のような行動をしている加賀だが、海の上では大違い。

 本来の彼女は、凄まじく強かった。

 ……強かった。但し、空母ではなくアーチャーとしてだが。

「艦載機を使うまでもない」

 涼しい顔で撃ち抜く鋭い一撃。

 海の上を疾風の如く駆け抜けて、哀れ直撃を食らった重巡は爆発四散ッ!!

「待って、艦載機を使ってお願いだから!! 加賀さん、私達はなに!?」

「……艦娘ですが?」

 何を当たり前の事を、と瑞鶴に聞いた加賀。

 バカを見る目に見えて瑞鶴は思わずキレた。

「艦娘の何って聞いてるの! 弓引くだけなら私だって出来るよ!!」

 ……この物言いには、少し加賀も頭に来た。

 珍しく瑞鶴に対して、挑発的な事を告げた。

「ほう。出来る、と言いましたか? ならば瑞鶴、見せてください。私も参考にいたしますので」

 初めて言い返されて、瑞鶴も少しホッとした。

 やっぱり加賀はこうでないと。反発してくれないと此方も調子が狂う。

 嫌味か皮肉か、とも思ったがこの加賀はただのポンコツ。

 そういう遠回しなことはしないのは、短い付き合いでも分かった。

 だから、真正面からぶつかっていく。

「上等!! 弓使うアーチャーなんて可笑しいってことを教えてあげるわ!!」

「弓使いを全否定した……!?」

 然り気無く瑞鶴もボケていた。

 アーチャーは弓を使うもの。当たり前である。

 加賀は戦慄していた。弓を使わぬアーチャー……それで想像するのは。

「別に潰してしまっても構わんのだろう?」

 と主に問いかけるダージリンに、

「油断せずして何が王子か!!」

 と叫び愉悦しているゴールデン。

 ……確かにあの二名は、主流は剣だった。接近していた。

 つまり、瑞鶴はこう言いたいのか。

(私に、弓など使っているんじゃねえ、と……? アーチャーならば接近してこそだと? 空母を捨て、アーチャーになるなら、剣を持てと……そう言うの? わ、私は……剣術の心得はないのだけど……)

 またも加賀の世紀末補正がかかった。

 和弓を構えて矢を放つ瑞鶴を見る。

 姿勢も綺麗に整って、凛とした視線で放った一撃は……イ級にすら届かない。

 簡単に回避された。

「あれ!? 当たらない!? なんで!?」

 ちゃんと狙ったはずなのに。イ級が避けてから、主砲で反撃してきた。

 呆然とする瑞鶴は反応が遅れていた。

 仲間が危ないと叫ぶ。ハッとする瑞鶴の眼前。

 ……飛来する無慈悲な一撃が見えた。回避できない。

 甲板で防ぐ、けれども防げば今放つ艦載機が機能が止まる。

 皆の支援を失うことになる。

 どうすれば、と一瞬迷う。その迷いが、砲弾の距離を縮める。

 しかも、軽巡や重巡に集中砲火をされていた。

(……あ……)

 気がつけば、瑞鶴は直撃寸前の場所に棒立ちしていた。

 死ぬ。そう、思った。この距離、この数、甲板で防御しても致命傷は避けられない。

 生憎、瑞鶴はまだ装甲を纏った甲板ではなかった。咄嗟に腕で庇う。

 けれど、駆逐艦と言えども火力はある。諸に食らえば、きっと沈む。

(私……何してるんだろ)

 バカだった。張り合って、失敗した。

 艦載機に集中すればこんな事にならずに済んだのに。

 未熟だったのは、瑞鶴の方だった。加賀に挑んで、無駄に張り切って。

 加賀は慣れている。殴りあいを経験しているし、艦載機無しでも戦える術を知っている。

 瑞鶴はまだ知らない。空母としての戦い方しか知らない癖に真似をして、ミスった。

 倒す戦い方じゃ、無茶をすれば倒せない。生きる戦い方をするから、加賀は死なない。

(うわぁ……カッコ悪い。ごめんね、翔鶴姉……。私、沈むみたい……)

 情けない。余りにも情けない。なんだ、この様は。

 これが誇りある空母のすることか? 

 加賀に少し言われてムキになって、でしゃばって。

 加賀が悪いんじゃない。加賀の特性を知りながら、同じ真似を出来ると軽々しくほざいた瑞鶴の未熟さ。

 それが招いた自滅だった。

(私、本当に……バカだったな……)

 改めよう。死ぬ間際だが。

 加賀は、加賀の流儀がある。空母としてでなくても、加賀は実際強い。

 ならば、あとは艦載機さえ持たさせれば、完璧ではないか。

 なんの問題がある。問題は瑞鶴の性格の幼さだった。

 バカみたいな理由で沈むとは。幸運の空母が聞いて呆れる。

 七面鳥も、笑えないな……などと、生きることを諦めて、悲壮感漂う瑞鶴だったが。

 

 ――忘れてやいないか。瑞鶴は、誰の近くにいた?

 

「剣は無くとも、拳はありますっ!!」

「!?」

 突然前に青い影が割り込んだ。

 んで、襲い来る砲弾を、何と。

「瑞鶴は、死なせませんッ!!」 

 庇ったのでなく、全部殴り落とした。

 派手に火花を散らして、次々と。 

 重巡の砲撃だ。20cmの砲弾を、殴って弾いた。

 ……連続パンチの弾幕で。

「ファッ!?」

 奇声をあげる瑞鶴。何が起きた。

 加賀さん乱入。代わりに集中砲火。

 なのに身代わりではなく、防御でもなく、殴る。

 殴って、落とす。

(きぇぇぇぇああああああぁぁぁぁ!? 砲弾殴って落としたぁぁああああああ!?)

 軽いパニックを起こしていた。

 喋ったことを絶叫して喜ぶ子供の如く。

 どこの世界に空母が庇って砲弾落とすバカがいる。

 一人目は、遠い世界の金剛さん。吹雪庇って裏拳で吹っ飛ばした。

 んで、目の前にもいた。かの空母、加賀が。

「今の私は、負ける気がしない……ッ!!」

 無傷で、ラッシュによって砲弾をやり過ごす加賀。

 黒煙があがって、視界を一瞬隠すが、風が流していった。

 そこには、手甲をはめて、弓を捨てている空母が強気の表情で立っていた。

 背後には、あまりの剣幕に腰を抜かして尻餅ついている瑞鶴を背に。

 瑞鶴は見上げる。力強い空母の背中を。捨てられた弓が漂って、瑞鶴の手に当たった。

 なんでいざってときに毎回弓捨ててるんですかこの人。瑞鶴は救われながらそう思った。

 その答えは、これだ。

「瑞鶴。挑発するような真似をして、ごめんなさい」

 背を向けたまま、加賀は謝った。本当は瑞鶴の自滅なのに。

 艦娘は背中で語る。加賀の背中は、強い後悔を背負っていた。

「そして、私に教えてくれてありがとう。私は、大切なことを思い出しました」

 加賀はそのままゆっくりと、進む。 

 瑞鶴を狙った許せぬおろかものを、倒すべく。

 話が見えない瑞鶴は困惑するが、加賀は理由を言った。

「弓を使うアーチャーなどいない……。確かにそうでした。窮地に弓など無粋。間に合わぬときはどうすればいいか、思い出しました。仲間と我が身を脅威から護るのは、この拳一つのみッ!! 空母ならば艦載機さえ操れればいい。弓は普段使えればいいんです。ピンチになったとき、誰かを守るために必要なものは、空母としての機能ではない。アーチャーとしての武器……即ち、拳ッ!! ダージリンやゴールデンもそうでした。最後の戦いは何時も、白兵戦ッ!! 私は剣術の心得はありません。ですが、私には……この手甲が、拳があるッ!! 剣は無くとも、拳はありますっ!! 安心してください、瑞鶴。この鉄の輝きに誓って、貴方を守りましょう。同じアーチャーとして!! 仲間として!!」

「私まで色物扱いやめて!? 私は空母だから!! 普通の空母!!」 

 思わず言い返す瑞鶴。空母であってアーチャー違う。

 和弓使うけど空母。あくまで空母。瑞鶴は空母の艦娘。

 加賀みたいにアーチャーの艦娘とかいう新手の存在じゃない。

 金色の器求めてそういう奴は戦争していろと思う。

 進み始める加賀。さあ、始まった。

 今回も派手に暴れる加賀のインファイト。 

 弓を捨て、空母を捨てて、アーチャーとして拳を信じて進む女。

 その覇道を、決して遮ることは許されない。

 加賀は空母である。間違いなく空母である。

 だが、発展している今は違う。

 彼女は……重い、機械仕掛けの弓を使う弓使い。

 そして、仲間を守るとき、その豪腕は放たれる。

 弓を捨て去り、己の拳に誓って戦うアーチャー。

 それが加賀だ。

(番組違うから!! もうやめて!! 私のライフはとっくにゼロよおおおおお!)

 血祭り物理を始めていた加賀に、心のなかで瑞鶴は叫ぶ。

 その先で、拳を握った加賀は果敢に戦う。

「成敗ッ!!」

 謎の賢い狼が吠えそうな掛け声で、殴り倒していく。

 瑞鶴のピンチに、とうとう加賀は第一段階を完全覚醒した。

 アーチャー(物理)として。

 

 

 

 

 

 

 

 追記。

 鎮守府では提督相手に不審者、海の上では深海棲艦相手にアーチャー(物理)。

 これ、どこに転がるだろうか?

 そんなものは、誰にも分からない。

 覇道を順調に進んでいる以外は。

 

(や、ヤバい……。加賀さんの空母離れが止まらない! ロマンチックと一緒に!! 私が、私を助けたせいでこうなったんだ。私が何とかしなきゃ……!! 兎に角、加賀さんの目を覚まさせないと! 空母は空母、潜る以外はなにもできないって事を!!)

 

「な、何なんだお前は……!?」

「そちらに名乗る名はないッ!!」

「演習中に何を言っているの加賀さん!? 相手の方に失礼でしょ!!」

「こう言うときのお決まりの返し文句と伺いました。秋雲に」

「……」

「そして、必殺技も教わりました。加賀ハンドクラッシュだそうです」

「秋雲おおおおおおおおおお!!」

 ……真顔の加賀に妙な事を吹き込んだ秋雲はのちに瑞鶴にお仕置きされましたとさ。



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加賀さんの限界

 

 

 

 

 

 女性の気持ちが分からない。

 俗に言う、鈍い男である提督は加賀を見て、なぜそうなるのかを考える。

 客観的に指摘されれば己の愚行は理解できる。加賀の性格も知っている。

 伊達に四年も共に戦ってきた戦友はない。

 ……この時点で、彼にはまだ加賀に対する感情は、戦友。部下から進み、友になり。

 そこで止まっていた。何せ、指輪の譲渡に情緒こそ必死になって理解しようとするが。

 本人にその気がないのである。つまり、戸惑って挙動不審の加賀と違い発展しない。

 そこがまた、微妙に面倒臭い所であり。

 この男の限界でもあった。良き友、良き部下。

 恋心が全くない彼には、理屈で語っても、恐らくは理解すまい。

 こればかりは、個人の問題になっていく。

 よく考えてみれば、この野郎は隣の相棒すら女性として意識しなかった唐変木。

 長年相棒に苦行を無意識で強いる鈍感。

 尚、今まで生きてきて女性との付き合いは皆無。そもそも興味もなかった。

 飛鷹と言う性格も見た目も文句なしの最高の美人ですら、相棒に落ち着くのだ。

 元よりの低い自己評価に加えて悲劇を知る手前、恐れを抱くのも仕方無い。

 然し、最もの原因は……こいつは、恋愛にやはり意識を向ける理由がないのもあった。

 どうやら、彼女の場合は……結ばれるの意味が、少々異なる感情になりそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 加賀さんは今日も死にかけていた。

 あの日以来、瑞鶴がもっと怒るようになった。

「だから、加賀さんは何なの!?」

「……空母です」

「そう、私達は空母!! なのに殴る理由は何で!?」

「…………」

「はいそこ、目を逸らさない!!」

 今日も演習で叱られた。ちゃんとやったのに。お腹が痛い。

 新しいコンパウンドに慣れながら、彼に向き合う感情に整理をしながら日々を過ごす。

 目下の恐怖は、瑞鶴が厳しい。空母の戦闘を心掛けろと怒るのだ。

 決して、強制じゃない。あくまでお願い。

 重鎮が新人に説教されるという前代未聞の光景に、鎮守府の皆は唖然とする。

 瑞鶴は言う。

「今の加賀さんは足並みが揃わないんだよ!? 分かってると思うけどね、艦隊は皆で戦うの! 加賀さんに助けられた私が言うと烏滸がましいけど、加賀さんは極端すぎて浮いてるんだよ!? 自覚ある!?」

「……いえ……」

 ことあるごとに、瑞鶴は説教をしては空母だと、艦載機を使えとぷりぷり怒る。

 比例して、加賀の豆腐メンタルが削れて意味がわからず、胃痛が増える。

 浮いている。そう、瑞鶴は言っていた。

 あとで飛鷹にも訊ねる。加賀は浮いているのかと。

 彼のいない執務室で、ソファーに腰かける彼女に代理をする飛鷹はストレートに言った。

「ん? 浮いてるよ。後ろで見てるとよく分かる。今の加賀には多分、慣れてないと合わせにくいんじゃない。あんた、動きが先ず周囲に伝わらないから、周りもどう動けばいいのか分かりにくいのよ」

 加賀は確かに戦えるが、そのあまりにも周りと連携できない動きが混乱させる。

 挙げ句には、本人のコミュニケーション能力の低さもあって、ぶっちゃけ怖い。

 駆逐艦たちがビビって一緒に行きたくないと愚図っていると言われて真っ青になる。

「あの人が宥めて、頑張ったけれど、もう嫌だって。あの夕立ですら、あんたが怖いって言うのよ? スプラッタ過ぎて」

 あの狂犬すら裸足で逃げる始末の、戦争じゃなくて狩猟の領域。

 阿修羅みたいと見ていた提督も呆気に取られていた、と聞いて加賀さんお腹を抱える。

 胃痛が悪化していった。胃薬を受け取り、ため息をつく飛鷹が降参とぼやく。

「私が考える以上に悪化してるじゃない。なまじ戦えるせいで、悪目立ちしてると言えばいいかな。正直に言えば、もう加賀についていけるのは限定解除の私達指輪持ちだけ。しかも、戦いの流儀が自由だからねえ……。さーてどうしたもんかなぁ……」

 白兵戦も出来る。普通に射殺も出来る。艦載機? 使う前に殴れば死ぬ。

 すっかり、染み付いていると飛鷹は指摘する。インファイトの手癖が。

 弓は使えるが、使う前に殴る蹴る。そっちが確実。一理あって否定しにくい。

 言うなれば、手遅れ。加賀さんは世紀末空母、加賀にクラスチェンジ。

 しかも、怪力の悪影響は増大する一方で、肉体的な負担も出てきそうと彼女は教える。

「んー……もう、情緒もへったくれもない次元に来ちゃったのかな。瑞鶴は提督に言われて、あんたが完全な空母離れを起こさないように足止めしてるけど、時間の問題かも。下手すると加賀、無意識でやってるかもしれないよ。そのインファイト。こうなると、本気で指輪の件も視野に入れないといけないわ」

「つまり、私はどうなると言うの飛鷹? まさか……死ぬの?」

 不安になることばかり言う彼女にキリキリと胃痛を堪える加賀は聞く。

 調べた限り、飛鷹が言うには根本的な解決は指輪の件で収まる。

 そもそも抑制がどうも加賀の場合はできてないと言うか、変な感じに適応して寧ろ尚更悪化したと言うか。

 瑞鶴が頑張って空母に留めているが、飛鷹いわく。

「死にはしないわよ。まあ、身体に負荷がかかって、発散も込めて楽するために殴る蹴るをしてるのも否定できないし、足並みが揃わないっていう明確な負担が出てるわけだし。要するに空母と名乗れなくなるってこと。艦載機すら、その内必要なくなるんじゃないかしら?」

「!?」

 パワーをもて余す結果、弓などなくても物理で全てを破壊できる。

 艤装? 浮ければ余計なものなど要らぬ。

 弓? そんなものは邪道、手甲と具足が武器であり防具である。

 飛行甲板? 乾パン? なにそれ美味しいの? 

 そういう極端を通り過ぎて、自分がショックを受けそうな超人になると言われて白目になる加賀さん。

 えっ? どういう意味か? 端的に言うと。

 

「……あなたは既に、死んでいるわ」

 

 って、掠れた声で相手に指先を突き付けて、背後で雷鳴轟く荒野を歩くあの番組。

 世紀末ヒャッハーが出てくる漫画の一人になる。

 やったね加賀さん、これで念願のアーチャー(物理)だ!!

「待って!! そこまでは求めてないわ!! 確かに形振り構わず戦おうとしたけど、したけど!! それは番組が違うんじゃないの飛鷹!? 私は艦娘よ!! 空母じゃないと言われても、仕方無いけれど、艦娘までは止めたくない!!」

 流石に嫌がる。加賀は艦娘であってヒャッハーじゃない。

 ヒャッハーになったら、結ばれないじゃないか!

 と、少しだけ思ったりして焦った。

 加賀さん、問題はソコじゃねえです。

 あんたが空母辞めそうになっているのが問題なんです気付いてマジで。

 なんと言えばいいのだろうか。

 いくら自由に戦えると言えど、あまりに加賀は型破り過ぎる。

 例えばここが、某魔境で周囲が物理で戦える、そんな場所なら救われた。

 普通の艦娘が傍から見れば悪夢のような場所なら寧ろ埋没するぐらいだと噂では聞くし。

 まだそこまでの高みには至らないここの加賀は、苦悩する。

 プロレス技で身内を沈める……じゃない、鎮める連中は伊達じゃない。

 だが、ここはあくまで普通の範疇なのだ。物理で殴れるのは加賀しかいない。

 あとは、他の場所の狂犬と言われるサイコパスなどもついていけるだろうが、それもいない。

 加賀は、結局浮くのである。武器を手にしても、それ以上の武器があるならそっちを使ってしまう。

 味を知った加賀の身体は、殴りあいを求めてしまっている……のかもしれない。

 弓はある。使えるが、率先して使うほど今は必要ない。

 殴る。己の鉄拳。それこそが、加賀の持ち味になってしまったのだから。

「艦娘までって……。まあ、そういうとは思った。でも、元通りになるのあんたは?」

「…………」

「こら、俯くな。諦めるの速すぎ」

 いや、無理です。白兵戦、凄く楽です。

 と、元通りになるのかと言われても白状する。

「弓が非常用の武装になるとか、あんたらしいわね」

 戦えてしまう不器用な加賀に、飛鷹は苦笑する。

 そして、言う。

「まあ、一発で解決する方法もあるし……今回は、加賀。はっきり言うわ。……切羽詰まってるから、早くした方がいい。あれこれ、言ってた割には即物で悪いとは思うわ。でも、実害出ている以上は、こっちも看過できない。加賀、長い付き合いの加賀だから断言する」

 飛鷹は早急に解決しないと、空母として貴重な戦力である加賀は空母として死ぬ。

 今でさえ半分死んでいるのに、正規空母の彼女に死なれるのは規模的には損失が大きすぎる。

 気持ちの整理もあるだろうが、時間はないと教えておく。

「……」

 加賀も真剣な顔になった。理解は出来ている。

 白兵戦をするなら、少なくとも空母として役割を果たせてからだ。

 今の加賀は空母としては無能の烙印を押される半端者。

 戦い方を我流に変更し暴走して、皆を危険に晒しているに等しい。

 それが、艦隊における足並みが揃わないという意味だった。

 フォローの負担を押し付ける時点で、重鎮失格だ。

「…………やはり、受け取るべき?」

「気持ちを無視すれば、ね。理屈で言えばそうよ。でも、あんたも整理出来てないのに酷な話なのよね。わかっちゃいたけど、あの人もあの人だし」

 情緒もへったくれもないとは思う。

 然し、もう努力や工夫では補えない次元で悪影響も出ているのであるし。

 それを考えるに、難しいと飛鷹は腕組みして彼女に言った。

「因みに加賀」

「何かしら?」

「あの人のこと、好きでしょ?」

「…………黙秘で」

 いきなり真顔で恐ろしいことを聞く。

 確認のように軽く聞くが、それは整頓できない加賀の答えであって。

 突然言われると、動揺はする。真っ赤になり両手で顔を隠す。湯気が出ていた。

 好きと言われても自分もよくわからない。どんな感じなのかも。

(好き……って、何なのかしら。よく、分からない)

 一緒にいたいとか、どこか安心するとか、そう言うのはあるのに。

 ちゃんと言える、好意とは何なのだろう?

 飛鷹のように、明言出来れば楽なのに。

 好きだろうとなんとなく加賀も分かる彼女のように。

 加賀は飛鷹を羨ましいと、思った。

「……」

 飛鷹も思う。提督も正直、恋愛には至ってないと。

 自分と同じような信頼はあっても、恋愛はない。

 鈍感同士、加賀は自覚できず、提督はそこに至らず。

 ……要するに片思いみたいなものか。改善するにも、当人がこれじゃあどうしようもない。

 言葉で語って、彼も学習はしたが、学んだだけ。

 それと、気持ちの問題は別のことなのだ。

(……うーん。結ばれるの、難しいかもねえ……)

 恋愛素人同士の、微笑ましい光景にも見えなくもない。

 何やら暴走でプロポーズしている手前、事実があれば敗戦ムードの皆も諦めがつくか。

 飛鷹は二人が進展しそうにないので、長い付き合いの間柄なので暗躍することにした。

 穏便に、そして二人に必要なのは時間と、経験だと分かった。

 それを確保するべく、提督の絶対的相棒、猛禽類は苦い笑顔で羽ばたき出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎も角。

「弓を使う、弓を使う……」

「そこぉ!! 弓で殴るな、使うの意味が違う!!」

 修正しようとして無理した状態で、弓を使う。

 打撃武器で。瑞鶴にまたも怒られる。

 違う日。

「艦載機を使う、艦載機……」

「艦載機を質量爆弾にして弾幕に使うなァッ!! 資材が死ぬでしょうが!!」

 艦載機を質量爆弾にしてぶつけた。圧倒したのに怒られる。

 また違う日。

「飛行甲板も使う……そう、空母なら使う……」

「止めて加賀さん、飛行甲板は投げ槍じゃない!! それ私たちの生命線!!」

 飛行甲板を素早く投擲、投げ槍の要領で放つ。

 瑞鶴にとうとう拳骨を貰った。

 ……空母って何だっけ?

「お、お腹が痛いのですが……」

「ゴメン、こっちは頭痛がする……」

 双方、胃痛と頭痛でダブルノックアウト。

 頑張るのは認めるけど勘弁して、とここの瑞鶴も苦しむはめに。

 青くなる二名は、医務室へと共に向かっていった……。



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デートって、難しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 提督は、他意はない。純粋に加賀を心配していた。

 日々窶れていく戦友は、何時までも此方には応じず。

 いいや、応じることが出来ずに苦しむ。

 心の整理がつかないのは理解するが、いい加減事態は不味くなってきた。

 他の艦娘が彼女に追い付けない。練度上位の指輪持ちも、崩壊する戦術に悲鳴をあげていた。

 特に、鈴谷が追い付けないと拒否。

「怖いよぅ……。加賀さん怖いよぅ……」

 ビビって戦えない。一緒に哨戒に瑞鶴も同伴で出ていって腰を抜かして半泣きで帰ってきた。

 瑞鶴も消耗している。主に精神が。

「いや、本当に待って……ツッコミが追い付かないよ」

「瑞鶴、鈴谷……大丈夫か?」

 頭を抱える苦悩の瑞鶴、恐怖の鈴谷。

 んで、腹を抱える胃痛の加賀。死屍累々。

「加賀!? どうしたのお前!?」

 何故か本人も深刻な胃痛が襲う。

 いわく、頑張った。頑張ったけど、空母の戦い方とうとう忘れた。

 記憶の彼方に旅に出た。戻らない、どうしようと相談される。

「ヴェアアアアア!?」

 真っ青な加賀に言われ狂乱の提督。

 瑞鶴は言う。加賀は最早暴力の嵐。

 弓が、打撃武器に。矢は、投擲に。飛行甲板も、同じく。

 艦載機は爆弾DA!! 

 遠距離攻撃獲得! 然し弾数制限が厳しい!

 既に空母の概念が乱れている。矯正不能、匙を投げた。

「提督さん、もうダメだよ!! 手遅れ、加賀さん手遅れ!! 私も頑張ったんだけど、手癖が接近に固定されちゃった! 早く指輪を渡してあげて! じゃないと加賀さん本当に間に合わなくなる!!」

「そうだよ提督! 鈴谷も我慢する、って言うかもういい! いろんな意味で諦める!! そもそも加賀さんなら多分鈴谷の怖い未来には程遠いから気にしない! お願いだから指輪をあげて!!」

 一緒に向かった二人の魂の、切実なる訴え。加賀も許してほしいと頭まで下げた。

「すみません……空母を名乗ってすみませんでした……」

「Noooooooo!?」

 あかん。加賀の豆腐メンタルがとうとう折れた。

 これ以上放置してると、真面目に加賀は空母じゃない。ファイターになる。

 ここは繰り返すが魔境じゃない。プロレス技を艦娘に決めたりしない。

 皆が苦しみ悪循環が発生していた。

 飛鷹はその頃、少し準備をしていて不在。然し提督の絶叫を聞いて直ぐに推参。

「ちょーっと待ちなさい。ここで渡すのは最低限の気遣いすらも無いわ。提督、先ずは落ち着いて。瑞鶴、鈴谷。間宮が差し入れ作って待ってるから食堂に避難なさい。あんたたちのメンタルライフはゼロでしょ?」

 ドアを開いて場を仕切り、死に体の二人を誘導して追い出す。

 バタンと閉じたドアに、彼女は見て執務室でもがいている二名に深呼吸をするように指示。

 加賀は救いを求めていた。提督は救済を与えたかった。利害は一致するが、それはいけない。

「良いこと? 提督、貴方は明日の予定を調整して。代理は私がする。加賀、あんたは四の五の言わずに観念しなさい。これ以上鎮守府に世紀末伝説を広がるのを阻止する為に、繰り上げします。二人は明日、強制でデート任務に任命するわ。いえ、厳命ね。艦娘一同、加賀のヒャッハースタイルを頻繁に見るのは願い下げだって言質取ったわ。ですので、二人は明日デートです。良いわね?」

「!?」

「ファッ!?」

 飛鷹は勝手に予定を決めていた。

 つまり、加賀の気持ちもあるが、救われたいなら保留にして、今は事を急げ。

 提督は、渡すシチュエーションをお膳立てするから渋らずに渡せ。

 台無しで申し訳ないが、血塗れ加賀を見たり深海棲艦の死骸を間近で見るのは勘弁してほしい。

 強引に進めてごめんなさいと謝りながら、飛鷹は全部決めてしまった。

(だってこの二人の場合、ほっとくと進まないからね。片や唐変木、片や鈍感……色恋沙汰になりやしない。私がでしゃばるしか無いじゃないのよ)

 無理矢理打開策を講じないと、先に行かないという古い馴染みの余計なお世話。

 この際猛禽類がキューピッドでも何でもして、くっつければいいんだろう?

 いやくっつかなくてもいい。何となくでも切っ掛けになって、進展するなら先でいい。

 発展するのはまだ未来でいい。問題なのは、現状打破。

 故に、気持ちという一番大事なモノは当人の未来に託す。

 少なくとも、提督にその気がないのであれば、飛鷹は無理強いはしない。

 本当に結ばれる、ただ一つの方法。

 先ずは、取り敢えず問題を解決してからじっくりゆっくりお願いします。

 という、判断を下した。

 まるで二次元の鈍感主人公と、鈍感主人公のラブコメだ。

 こっちはグロいのを周囲に撒き散らしたりして、大惨事だが……。

「そんな飛鷹、無慈悲すぎるわ!! 私に死ねと言うの!?」

「俺と出掛けると死ぬんですか!?」

「えぇ、死にます提督!! 主に私の精神が堪えきれずに!!」

「マジでどーしろって言うんですか加賀さん!!」

 加賀、へたれた。死ぬから無理と拒絶。

 恥ずかしさで魂が昇天すると白状して懇願するが……。

「無駄無駄無駄ァッ!!」

 と、すがりつくキャラ崩壊の加賀に額にお札を貼って無駄無駄コールを飛鷹が放ち、加賀は撃沈。

 ぶっ倒れる加賀。

 白目を剥いて半開きの口から何か魂らしき半透明の何かが抜けていく。

「知らないの? 猛禽類からは逃げられない」

 飛鷹がそれをワイルドにひっ掴み、強引に彼女の中に戻した。

「飛鷹、お前って奴は……」

 無情すぎる。退場は許さない、良いからデートしろと皆様の訴えを書いた署名で加賀の頭をぶっ叩く。

 無理矢理な入魂に復活して、あわあわとテンパる加賀はいっぱいいっぱい。

 デートしろと言われても。経験ないし、何をしろと言うのか。彼と二人きりで。

「プランは仕方無い。提督が考えるのよ。分かった?」

「お、おう……」

 それまでにこの余裕のない情けない空母様を連れ出すから、そっちは一任されてしまった。

 希望とかあるかと聞かれて、お目目ぐるぐるメンタルボロボロの加賀さんは。

「殴りあいができる場所で!!」

「ボクシングでも行きたいのか!?」

 意味不明な事を口走る。なんだ殴りあいができる場所って。

 観戦は出来るが自分はできるのかと真に受けた彼は必死に考える。

「はい、適当な事を言わないの。提督、今のなし。加賀が言い逃れに使っただけだから」

「デートに言い逃れとかあんの!?」

 益々意味不明な加賀さん。可哀想に、死にかけていた。

 無駄な抵抗を続ける加賀を一度落ち着かせるべく、ビリッとお札で気絶させた。

 飛鷹が少し面倒を見ると、遂に横たわる彼女の首根っこを掴んで引き摺っていく。

 因みに加賀さんはまた魂が昇天していた。クールビューティーが台無しであった。

 ……波乱万丈なお出掛けになりそうだ。彼は明日の予定を考えつつ、行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。鎮守府正門に、ラフな格好の彼がいた。

 加賀はこう言った。運動がしたいと。

 近場の大型商業施設にある、自由にスポーツが出来る場所にした。

 まあ、デートとしては無難だろうか? 指輪も持ってきたし。

 渡すシチュエーションは、帰り際海辺でも歩きながら渡そうと思う。

 そこは丁度、夕日が綺麗な海岸が近くにあるので、そこで期待をしていると言って渡せば、様にはなるだろう。

 やましい気持ちはないし、恋愛的な感情もない。あくまで、期待と信頼の証。

 加賀は友人、戦友。そういう感覚しかないので、彼にはまだ、分かってない。

 そわそわしている彼に近づく足音が聞こえる。

 振り返ると、そこには。

 

「……お待たせしました。本日は、宜しくお願いします」

 

 ガチガチに緊張している加賀がいた。

 運動目的なので化粧などはせず、運動用の軽装である。

 然し普段と違うのは、髪の毛を後ろで纏めて一つにしていた。

 珍しい。髪型一つで印象がこうも変化する。まるで違う人のような感覚。

 けれど、改めて見ると……加賀は本当に美人だと思う。

 日本人によくいる顔付きながら凛々しく見える出で立ちや雰囲気。

 視線が冷たい感じを与えるが、決してドライでもない。彼女によく合っている。

「おー……今日は髪型違うんだ。似合ってる似合ってる」

「!?」

 感動したのか、いきなり褒められた。

 いや、あまり見せないだけでよくやる髪型なのだが。

 緊張している加賀は、一瞬でまた顔真っ赤。お目目ぐるぐる。余裕がない。

「あれぇ!?」

 最近よく赤面する加賀を見る。意外と表情が顔色で出るらしい。

 知らない発見だった。寧ろこれもテンパるのかと驚く提督。

 こいつも女性の扱いを知らない男だが、四年もいて二人きりで出掛けるのは初回。

 加賀も初手から、精神が恥ずかしさで削られる。

 ぐしゃっ!! と、持っていた手荷物を思わず潰す。

 こんなこともあろうかと、内側には飛鷹の戦闘用のお札が貼られている。

 怪力で潰されても耐久性には問題ない。補強しておいた。どうせ潰すので。

 ただ、ひどい音がするが……。

「て、提督……。あまり、褒めないで下さい……。今の私は、極限の緊張感を保っているので……」

「えぇ……?」

 なんというか、色々な意味でこの二人のデートは甘い空気にはなりそうになかった。

 困惑する彼と、固まっている彼女の珍道中。

 取り敢えず行くか、と彼に言われて大人しくついていく。

 で、その背後には……。

 

「此方瑞鶴。ターゲット、出掛けていきます。追跡を開始する」

「…………なんでこんなことに……?」

 

 あまりに心配で問題がないか、飛鷹に頼まれて追跡する瑞鶴、及び翔鶴の姉妹がこそこそ背後で様子を眺めるオマケつきのお出掛けになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 歩いて話しながら行きたいという加賀の希望もあって、歩いて行く二名。

 後ろを追跡する鶴姉妹。気付かない二人は能天気に談笑していた。

「俺は最近全く運動してねえや。加賀は大丈夫?」

「い、一応大丈夫です。日頃より訓練はしていますので」

 相変わらず緊張している加賀は、背後でもじもじしている。

 何か、手を繋ぎたいようだが、中々言い出せないのか焦れったい。

 双眼鏡を使って追尾する瑞鶴は、探偵風に着飾ってみた

 対して姉は張り込みの刑事みたいな服装。正直滅茶苦茶怪しい。

「提督さん鈍いなあ。加賀さんと手を繋ぐとかしないの?」

「瑞鶴、落ち着いて。一応、此方は追跡者なんだから……」

 妹が加賀が心配すぎて見に行くと言ったので、お世話になったのも含め姉も何かあれば助力できるようについてはきた。

 が、こんなストーカーみたいな事は気が引けるので、あまり内容は見ないように心がけていた。

 電柱の影に隠れて覗いている変質者鶴姉妹。

 瑞鶴が鈍いと小言を言うが、姉はどうにもコメントは控えておく。

 人様の恋路というかそう言うのは、こんな過剰な心配をするようなものじゃないと今頃思うのだが……。

 加賀が不意に振り返り、慌てて隠れた。

「ん? どうかした?」

「いえ……殺気を感じたので……。何でしょう、今瑞鶴と翔鶴の視線を感じた気が……」

「瑞鶴? 翔鶴? いやいや、居ないでしょ。今頃鎮守府で訓練してるよ」

 鋭い。ボケているようで、流石は加賀。反応するか。

 胸を撫で下ろす姉妹がそんな会話を風に乗っかってたのを聞いた。

 で、今頃手でも繋ごうとか彼が言い出し、またテンパる加賀さん。

 自分で願っていたのに、いざ事に及ぶとなると。

 

 ――ぐしゃぁ!!

 

「ぎゃあああああ!?」

 提督の手を握り潰す。勢い余って。

 鶴姉妹にも届く痛みの絶叫と生々しい音に、それに驚き動転する加賀の失敗。

 慌てて手を離して、一歩下がるときに足が縺れて転ぶ。

 低い音がして、後頭部を強打。悶えて転がっていた。

(……ねえ、あの二人本当に大丈夫かな……?)

(大丈夫って、思いたいわね……)

 再び電柱の影から見守る姉妹が、二名の失態を見ながら無事と平穏を祈りながら、デートは始まっていく。



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フィストアンドクリスマス

 

 

 

 

 

 

 世間は一応、本日はクリスマスらしい。

 行き交うサンタクロースたちを見送りながら、彼らは街中に入り歩く。

 そして追跡者鶴姉妹。あの二名はまだしも、すれ違う周囲は子供連れが多かった。

 目立つ姉妹に、子供が不審者がいると指を指していた。

「……ん? 瑞鶴?」

 で、慌てて隠れると再び気配に気付く加賀。振り返ると、サンタクロースしかいない。

 何だろう。なんであの後輩の気配がチラチラと……。

 提督が何かあったと再度問う。

「……いえ」

 立ち止まった彼に何でもないと告げてまた歩道を進む。

 瑞鶴はだらだら冷や汗をかいていた。なんと言う察知能力。

 これでは直ぐにバレてしまう。デートの冷やかしと思われては最悪だ。

 姉はもう帰ろうと言い出すが、然し心配すぎるのも事実で。

 ならば……。

「翔鶴姉、ちょっと待ってて!」

 瑞鶴さん、近くに開店したばかりの服屋を発見。一度離脱。

 数分して速攻帰ってきた。手には荷物を持って。買い物したようだ。

「ダメだ、私達クリスマスに浮いてるよ! 溶け込むようにしないと!」

 また追跡を続ける姉に瑞鶴は言った。懲りない、諦めない。追跡する鶴はまだ退かない。

 何せ前では、自販機で温かいものを買っていた加賀が、たまたま提督が手渡した時に触れた彼の感触に過剰反応。

 受け取った中身の入るコーヒーを握り潰した。顔は紅潮、お目目ぐるぐる。少女漫画か。

 それを見てると本気で心配になってきた。主に加賀のメンタルが。

「……着替えておけばいいのね?」

 翔鶴、瑞鶴の気持ちがわかる気がした。

 あれは、真面目に気になって仕方無い。

 どんだけ余裕がないのかあの空母。

 驚く提督もいちいち律儀と言うか、なんと言うか。

 袋の中身を受け取った姉が今度は離脱。不審者から周囲に溶け込む、完璧な変装にチェンジ。

 こそこそついていく彼女たちは、交代でその辺のコンビニで着替えてきた。恥ずかしいが今回は見送る。

 その姿は、鶴姉妹サンタクロース。そう、皆さんご存知。

 瑞鶴クリスマスmodeと翔鶴クリスマスmode、の上からジャンパー着ている状態。

 可愛い。非常に可愛い。それにしても何で加賀さんのクリスマスmode無いんだとかそんなツッコミは良いとして。

 年末年始には鶴姉妹の晴れ着modeも是非、じゃない。

 そんなものは多分ないので置いておく。今はクリスマス瑞鶴と翔鶴が、デートの加賀を追跡するのが最重要。

「…………」

 加賀さん、拳に生きる修羅としての性か、やはり後ろが気になる。

 拳で戦うものは、背中を見せるのは仲間のみ。不審者に見せるものじゃない。

 などと身体が勝手に反応している気がする。

「何でしょうこの視線……? あっ、七面鳥」

(誰が七面鳥だごらぁああああああ!?)

 唐突なバイオレンス。キレそうになる瑞鶴を姉が必死に止める。

 加賀はクリスマスフェアの開催している店のディスプレイを提督と眺めていた。

 瑞鶴に、クリスマスにおける七面鳥発言はNG。いいね?

「お、落ち着いて瑞鶴! 七面鳥関係ないから! ただのクリスマスフェアだからね!?」

「大人しくフライドチキン食べなさいよおおおお!?」

 キャラ崩壊起こしてる……大丈夫かこのクリスマス瑞鶴。

 伊達に全国の瑞鶴が一斉にキャラ崩壊起こしてクリスマスパーティーに爆撃開始する日じゃない。

 これが大丈夫なのは例の魔境の瑞鶴ぐらいなもんだろう。幾度となく聞いた怪談顔負けの噂だが。

 さておき。食べていくかと言う彼の誘いに、だが加賀は丁重にお断りする。

 はしたない真似はしないのと、動くのにこれはきついと言う理由で。

 ……加賀さんはいっぱい食べるのである。最低でも相棒よりも。

 などという珍道中。先は長い。いや、既に気が重たい翔鶴であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 移動が終わり、商業施設に到着。混んでいた。

 人混みを分けて進む二名とサンタクロース追跡者。

 スポーツを楽しむ一画にたどり着き、早速料金を支払い向かっていく。

 周囲は様々な体験ができる、道具も全部貸し出しの便利な場所なのだ。

「何しようか」

 と、一度更衣室でジャージになった彼が、待っていた加賀に聞く。

 漸く落ち着いたのか、周囲を頻りに確認する彼女は、何かを探しているようだった。

 軈て、お目当てのモノを発見して、彼を誘う。

「提督。あれで、一回勝負しませんか?」

 加賀はどこか挑発するかのような顔で聞いた。

 何だろう、四年近くいて、初めて見た表情だった。

 意外とノリノリな女性なのかもしれない。

 誘っていたのはバッティング。

 決められた回数のうち、どっちが多く打てるか勝負しようと言い出す。

 相変わらずのサンタクロース追跡者、やっとこさ良い空気になって安堵しつつ隠れて観察中。

「バッティングかぁ……。ゲーセンとかと勝手が違うが、やってみるか!」

 因みに提督、野球のルールなどそもそも知らない。飛んでくる球を打てばいいんだろうと思う。

 加賀も知らない。ただ、思い切りバットを振りたかっただけ。

 そのついでに、彼と対決しようと思った次第。

「良いじゃん良いじゃん、このまま行っちゃえ加賀さん!」

「なんか、漸く普通のデートみたいな空気になったわね……」

 お疲れの姉と、素直に応援する妹の声など聞こえない。

 が、またもやシックスセンスに反応する妹、瑞の気配。

「ん?」

 加賀は今度はバッチリ発見した。

 挙動不審にも慣れてきた提督は先に向かって手続きをしている。

 加賀は鍛えられた視線で、こそこそ隠れながら潜んでいる鶴姉妹を発見。

 見つかったと隠れる二名を見て。

(あぁ、この辺の鎮守府の瑞鶴たち……。サンタクロースの格好だし、何かのイベントかしら)

 別の所属と思い込んでいた。

 瑞鶴ファインプレー。加賀は全然気づいてない。

 格好が違うだけで、見事に彼女を騙しきった。お見事。

 で、終わって戻ってきた提督と一緒にプレー開始。

 開始……したのは、いいが……。

「翔鶴姉、あれ……何が起きてるんだろう?」

「……分からないわ……」

 数分後、鶴姉妹は唖然とした。

 いや、正直投げられる球が瑞鶴たちにはどういう名前の投げ方なのか判断できない。

 それが直球か、変化球かの違いしか見えないし、彼に至っては視界に認識すらできない世界。

 それを、この女。片っ端から打ち返す。

 調子に乗ったのか、提督が早々に降参したので面白くなってきたのか。

「何処までいけるか、見ててください」

 などと嬉々として抜かして、バカみたいに打ちまくる。

 モードを変更して、チャレンジにしたせいで徐々に加速する野球ボール。

 なのに追い付く、打ち返す。気のせいか……放っている機械の表示速度、200とか出てないか?

 何でこんなに速い弾丸の如き速度があるとか、加賀は凄く楽しそうにバットを振り続けるとか。

 言いたいことはたくさんあったが、楽しそうなので……気にしない方向で進めていく。

 但し、ギャラリーが集まって目を点にして、終了後注目の的にされて加賀のメンタルが再びブレイクされたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、瑞鶴たちは見た。見ていた。見てしまった。

 加賀が仕出かす世紀末の数々を。

 バスケットボール。ダンクを叩き込み、格好いいのはいいが、着地に失敗して顔から墜落。

 サッカー。ゴールキーパーの提督の股間の提督さんに一撃ぶちこみノックアウト。

 ランニングマシン。腕を組んで、下半身のみを残像が見える速度で動かして自分は微動だにしない謎の疾走方法を無表情で披露。

 同じ速度の提督は直ぐ様振り落とされていた。

 バドミントン。シャトルが音速を超えて放たれて、提督の眉間に直撃、ノックアウト。

 卓球。ピンポン玉が超速度に到達、反応できない提督の頬にめり込み吹っ飛ばす。

 バレーボール。レシーブしようとして、顔面にボールが激突。本人がノックアウト。

 ……軽食の昼を挟んで、午後になってもこの有り様だった。加賀に球技はダメすぎた。

「あははははは!! いや、最高に楽しいわ!!」

「わ、笑わないでくださいよ……!」

 でも、提督は寧ろ大喜び。滅茶苦茶楽しんでいた。

 こんな訳の分からない騒動も慣れてきたのか、笑っていた。

 休憩の最中、顔を赤くして抗議する彼女とコーヒーで一服する二人を尻目に。

 死にかけているのは、鶴姉妹の方だった。

「常識はずれにも程がある……!!」

「嘘でしょう……嘘って言ってよ瑞鶴……」

 そのあまりに世紀末な楽しみかたに、常識人の鶴姉妹は苦悩していた。

 何なのあのスコアとか得点とか。係員にして、プロを超えるとか言わせたのですが?

 言っている本人が真っ青になっていたんですよ? 何がどうなったんですかこれは!?

 など、此方の二人は内心大混乱であった。お目目ぐるぐるはこっちの番だった。

 で、そろそろ最後にしようと、提督が何だか面白そうな催しを発見して誘う。

 見れば、サンドバッグ吹っ飛ばし大会とかいうまた意味不明な催し。

 気になる二人は見に行って、姉妹はそんなデンジャラスなものは勘弁してと弱音を吐く。

 ルールを聞いてみた。

 先ず、奥行きが結構ある区画の前、円形のなかに立つ。

 奥行きには目安の数値が書かれている。

 事前に吹っ飛ばすサンドバッグの重さを決め、円形の中でも可能な動きで何処まで飛ばせるか競うシンプルなルール。

 吹っ飛ばす動作は自由で、掴もうが投げようが何でもあり。但し道具は使えない。

 最低10キロ。最高で30キロほどの重さから選べるらしい。

 何やら、説明を受けていると芳しくなかったのか数名が裏チャレンジなる単語を喋りながら通る。

 合言葉でなんかあるのか。と、それを聞いた彼は加賀に言った。

 裏チャレンジ、やってみればと。悪乗りで。すると……。

「そうですね、やってみましょう」

 加賀さん、サムズアップで了承。

 マジでやる気満々だった。

 当然、彼もやるが裏チャレンジはキツそうなので止めておく。

 試しに、20キロほどで挑戦。

 円形の中で、取り敢えずサンドバッグを持ち上げると。

「……重たいな」

 自分と同じ程の高さだ。それにしては軽いが、嵩張って投げると結構大変。

 それでも、一応海軍の提督。意地を見せて気合いで持ち上げて、思い切り投げた。

 ……あまり飛ばない。何度かバウンドして勢いが死んで、精々15メートルが良いところ。

 それでも、それなりの結果だそうだ。

 腰痛がするが、待っていた加賀にクリスマスプレゼントとして貰った、マスコットをあげた。

 不細工なデフォルトの七面鳥。クリスマスにちなんだものだ。

 受け取ると、嬉しそうに僅かに笑った。

「ありがとうございます」

 なんか、笑ったのを久々に見た。

 普段はあまり笑わないので新鮮な気分。

「おう!」

 次頑張れと、応援しながら交代する。

 受付で、加賀は裏チャレンジの合言葉を言う。

「パワーこそ力」

 この意味不明な単語が合言葉。

 限界を超えた、50キロのサンドバッグが登場する。

 真っ黒な巨体を見て、そしてギャラリーで応援する彼を横目で見て、対峙する加賀。

 そして、最早死にそうな姉妹も見ている。

 加賀は不敵に、小さく呟く。

「鎧袖一触を、見せましょうか」

 指の骨を鳴らして、腰を低くして構える。

 なんと彼女、殴り飛ばすようだ。

 驚くギャラリー、提督も今ではノリノリで声援を送る。

「ブッ飛ばせ加賀! 遠慮なんかせずに!!」

 声援を受けて、深呼吸。大丈夫、いける。

 拳も構えて、呼吸も整えて。

 いざ……参るっ!!

 

「チェストォッ!!」

 

 咆哮。

 全てのパワーを拳に乗っけて。

 一点に集中、勢いに乗せて放つ。

 唸る拳、切り裂く風。

 めり込む一撃、響き渡る轟音。

 そして、吹き飛ぶサンドバッグ。

 ……残像が見えた。

 で、マッハで奥行きの壁に一瞬で到達、激突。

 割れた。もう一度言う、割れた。

 威力高すぎて耐えきれず、壊した。パンチで。

 注意、加賀さんはパンチで吹っ飛ばした。

 それを見ていた姉妹はとうとう気絶。白目を剥いていた。

 ギャラリーも絶句。加賀は満足して構えを解いた。

 ……世紀末ここに極まる。

 加賀さんは、サンドバッグを……殴って測定不能な最大値まで、ぶん殴るのだった。



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エピローグ 世紀末伝説 加賀さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンドバッグは破壊された。文字通り、鉄の拳にて。

 その威力は戦艦の装甲に穴を空け、駆逐艦を撲殺し、後輩姉妹の意識すら飛ばす!!

 祝え!! ここに新たな境地、新たな艦娘が誕生した!

 その名は加賀! 空母の概念を覆し、誇りと矜持を胸に敵を葬る世紀末伝説!

 この瞬間、ここに定義がされるだろう! 弓と拳で戦う新時代の幕開けである!

 

「変なナレーション入れるのを止めろおおおおおお!!」

「!?」

 

 ――ぐわああああああああ!?

 

 

 

 

 

 

 ん? 冒頭のどこぞの預言者とか創造者みたいな白いのと黒いのみたいな奴は誰かって?

 細かいことは気にしちゃいけない。

 あの境地に至った加賀を止めることができるのはただ一人!

 瑞鶴だ!! 瑞鶴じゃ、ないと!!

 

「怒濤のネタラッシュも止めろおおおおおお!!」

「!?」

 

 ――うわああああーーーー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんか、変なのが居るんだけど。

 いや、って言うかあれなに?

「あれ、瑞鶴居るな? この辺に鎮守府あったっけ?」

「なんかヒーローショーに乱入して主役倒してますね」

 サンドバッグ大会を終えて、帰路につく二人。

 帰り際、寒いギャグにキレたと思われるクリスマス瑞鶴が、ヒーローを殴り飛ばしていた。

 カードキー持っているヒーローがバーニングターキーとかいう物体を出して、瑞鶴がぷっつりキレている。

 姉のクリスマス翔鶴が、参加型ヒーローショーで暴走する妹を必死に止めていた。

 舞台の上で行われる死闘。上から降ってくる立体映像の七面鳥。

 それを見て此方も顔を怒りで真っ赤にして絶叫の瑞鶴。なにがどうしてこいつはそうなるのか。

 落ち着け瑞鶴。怪人が呆然と立ち尽くしているじゃないか。

 お前がヒーロー殴ってどうする。殴るのそっち、主役は違うから!

 などと提督は見ていて思う。

 着替えて外に出て、いざ帰ろうとしたらこれだ。

 自分の所の鶴姉妹とは思ってない二人は乱闘を眺めていた。

「ターキーは敵、私の敵!!」

「お願いだから落ち着いて瑞鶴!! ああ、大丈夫ですか!?」

 ……あれれー? 瑞鶴、なんか色薄くなってないかなー?

 おかしいなー? ヒーローが応戦始めたら配色がダークになっていくぞー?

 ……見なかったことにしよう。違う、深海棲艦の瑞鶴なんか居ない。いいね?

 二人は大乱闘瑞鶴シスターズとなった現場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道、約束通り海岸沿いを歩いていく。

 水平線に沈む綺麗な夕日を、二人で暫し眺めて無言で歩く。

 話に聞いていた通り、何もなく平和な海だった。

 波の音を聴きながら、再び緊張がクライマックスの加賀。

 提督の背後を続きながら、視線は右往左往。頬は紅潮、心臓はとんでもなく速かった。

 いよいよか。いよいよ、指輪の贈呈。

 深い意味などない。然し、その行為は信頼と信用に十分値する。

 紛らわしいかもしれないが、互いにまだ恋愛要素はない。

 あるのは、片や決まらない、名もない混ざった感情。

 片や、完全に友愛。発展するには時間が足りない。

 それでも、前に進まないと世紀末伝説は止まらない。

 笑える範囲を超えてきていた。だから、仕方ないというと台無しになる。

 けれども、仕方ないで終わらせないと取り返しもつかないから。

 無理矢理にでも、一歩進んでそこで一度互いの感情を知っておけばいい。

 そこから、二人の恋路は始まればいいのだ。

 本当に結ばれる、ただ一つの方法。

 互いの気持ちを知って、スタートラインに立っていく決意と約束の日。

 それが、今日だ。

「なぁ、加賀」

 不意に前を歩く彼が彼女を呼ぶ。

 弾かれたように顔をあげて返事をした。

「……平和だな。この海は」

 夕焼け色の水平線を眺めながら歩いて、彼はしみじみ言った。

 加賀も続く。確かに平和そのものの海だった。

 同じ海でも、どこかで戦争を行い、どこかで誰かが死んで、沈んで、消えていく。

 此処だけは無関係、などと誰が言える。

 戦う艦娘が、指揮をする提督が消えればここも同じ風になる。

 改めて、静かで穏やかな海岸を歩いて思う。

「俺達、戦わないといけないんだよな」

「……はい。その通りです」

 戦う理由など、個人によりけり。

 彼には正直、戦う立派な理由などなかった。

 流されてなにも考えずにここに来たような、どうしようもない男が彼で。

 でも、今は違う。少なくとも、小さな理由はできた。

 彼女に誇れるような提督でありたい。

 有能じゃないし、強くもない凡才の彼でも。

 彼女が、自分の提督と誰かに堂々と言えるような軍人に。

 だから、戦わないといけない。

 焼かれないために。壊されないために。奪われないために。

 彼は、提督である限りは戦争を続けないといけない。

「俺、加賀に応えられるような奴かな」

 指輪のケースを持ち出して、立ち止まり振り返る。

 加賀も足を止めて、彼を見た。

 彼は真剣な表情で加賀に問う。

 即答する。

「ええ。私の提督は、私が命を託せる人間は貴方だけです」

 迷うことはない。

 加賀も、彼に誇れる艦娘でいたい。

 頼られる艦娘になりたい。

 彼がそう思うように、彼女もそう思う。

 彼の指揮は普通に見れば何でもない当たり前のことだ。

 然し、加賀には十分特別になる。

「伊達に重鎮じゃありませんよ。今まで、互いによく知らない部分もありました。それは、これから知っていけばいい。違いますか?」

「…………それもそうだな」

 昔はあまり艦娘には入れ込まない彼も今はこうして共に出かける。

 変わったのだ。彼も、そして加賀も。

 今までダメだった。ならば先もダメと、決まった訳じゃない。

 変化があるなら、未来も変化するのは時間の流れ。

 加賀が世紀末伝説に変わってしまったように。

 彼も、艦娘と向き合える人間へと変化している。

 暗い結末も、悲しい終わりも、きっと来ない。

 それを来ないように努力できるから。

「私は、貴方にどんな感情を抱いているのか、自分でも分かりません。ですが、少なくとも貴方と戦っていくと言う決意はあります」

「俺も、加賀には何て言うか……戦友みたいな感覚しかないんだけど。俺も、加賀とこれからも戦いたい」

 ケースの中身を見せて、彼は本来と違うが、本音をぶつけて彼女に言った。

 彼女も、素直に自分の感情を吐露する。

「分かりました。これからも、一蓮托生で宜しくお願いします」

「こちらこそ。宜しく」

 そこに納まっている、銀色の指輪。

 質素なそれを、彼女はケースごと受け取った。

 まだ、彼に……薬指にはめてもらうには、時期尚早。いや、何もかも足りない。

 自分で、受け取って……しまいこむ。

 ……しまいこむ!?

「あれ、つけないの指輪?」

「今つけると恥ずかしさで死ねます。勘弁してください」

 ラストで加賀さん限界来ちゃった!

 受け取ったけど目の前で指に通すのは無理。死んじゃう。

 と、ヘタレた。セオリーが通じない連中である。

 またお目目ぐるぐるで、面白いことになっていた。

 提督、思わず爆笑。シリアスが破壊されてしまった。

「折角の空気が台無しになったじゃんか! まあ、俺達らしいなっ!」

「すいません、最後の最後で……」

 申し訳なさそうに頭を下げる彼女に腹を抱えて爆笑する。

 どうも、二人には重たい空気とか、シリアスは似合わないようだ。

 結局、つられて加賀も苦笑して小さく笑い出す。

 そして、ターキーを撃破した追跡者が追い付く頃には、二人は笑っていつも通りだった。

「あれぇ!? 情緒は!? なんで笑ってるのあの二人!?」

「……もう、いいです」

 ぶち壊しの空気に唖然とする瑞鶴。

 一日疲れて萎れている翔鶴の見ている先で。

 なんだか、友達同士で歩くように。二人は、駄弁りながら帰っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指輪、贈呈。加賀さん覚醒。

 これでもう、暴走も心配はない……。

 

「ほあちゃーっ!!」

 

 無かった。

 改善の兆し、無かった。寧ろ尚更悪化した。

 加賀さん、空母としては完全に回復。

 見事に復活して今まで通り、戦える。

 だがしかし、役目さえ果たせば……なんでもするのがここの鎮守府。

 即ち白兵戦、許可。但し面子を見て。

 今日も唸る鉄拳、吹き飛ぶ深海棲艦。

 飛鷹や瑞鶴、その他一部にのみ解禁されたインファイト。

 指輪でパワーアップした。文字通り。

 パワーがアップ。今回の獲物は姫の深海棲艦。

 攻撃をものともせずに突き進み、援護を感謝しつつ。

 全速力を乗せて、必殺の一撃を叩き込むッ!

「ファイティング焼き鳥インパクトッ!!」

「自分で言っちゃダメでしょ加賀さん!?」

 真正面から、フルパワーで防御ごと無視してぶん殴る。

 背後の瑞鶴のツッコミは……今じゃ心地よい。

 胃痛もスッキリ改善したし。えっ? 瑞鶴の頭痛はどうなったか?

 ……聞こえない。そんなの聞こえない。

 天を舞う深海棲艦、落ちる常識。

 今こそ、伝説極まれりぃ!!

「喧しいわッ!!」

 と、戻ったときに執務室で流れていたテレビの映像に腹立って瑞鶴が怒鳴っていた。

 加賀は良いけど瑞鶴の頭痛は消えなかったと言うことだ。

 ラスボスが医者に治療されて成仏していった。どうでもいい。

 報告に戻る。今回の撃破した、戦艦棲姫改を素手で殴り飛ばした加賀がMVP。

 艦載機は囮にして、自分で突っ込んで殴った。相手は死ぬ。即死した。

 なんだかんだ、戦果はあげている。瑞鶴もいい加減、慣れてはきた。

 周囲も普段通り戦うときの加賀とは一緒でもいい。

 独壇場の場合は全員お断りだった。だから悪化した。

「瑞鶴もどうですか? 鍛えれば空母だって勝てるんですよ」

「鍛えるの意味が違うよね!? 私は普通の空母ですけど!?」

 鍛えてますので、と中年のヒーローよろしく答える加賀。

 戦いの時は怖いが普段の性格じゃ現在加賀は大きく変わった。

 主にノリと勢いで行動するようになった。

 冷静沈着なイメージは崩壊。愉快な空母として、もう皆受け入れていた。

 無表情で淡白なクールな美人という勝手な想像は払拭されて、残念な美人としての新キャラゲット。

 つまり、物理でコミュニケーション能力すら乗り越えたのだ。

 前よりも仲良くやっていたが、代償としてボケまくる加賀にツッコミの瑞鶴は同伴必須。

 時々翔鶴も犠牲になっていた。哀れ。

 指輪を今日もつけている。提督とも、悪友のような友人のような変な関係に変わっていた。

 悪乗り同盟的な意味で。

 彼も堅苦しいのが無くなって、よい意味で性格が軽くなった。

 明るくなったと言えばいいのか……単純に悩まないバカになったと言えばいいのか……。

 兎に角、問題は全部解決した。物理って最高!

「止めてええええ!! 誰か、誰かシリアスを返してえええええ!!」

 ああ、今日も幸運な空母から頭痛の空母になった瑞鶴の悲しい叫びが木霊する。

 なに、これからの問題も全部ノリと勢いと物理と加賀の拳で越えていけばいいのだ。

 細かいことは殴ってから考えろ! 悩みがあるならその頭をぶん殴れ!!

 殴ればどんな道でも切り開ける。ヒャッハー!!

「飛鷹さん助けて、私のメンタル死んじゃうよ!!」

「死んだらショックで蘇生してあげるから、安心して逝きなさい瑞鶴」

「うわあああああああ!! 飛鷹さんまでおかしくなってるうううう!!」

 飛鷹も物理という流れに染まっていた。

 なので、実質もう救いはない。

 敢えて言おう。手遅れであると!!

 加賀さん、提督は仲良くなっているのだ。

 それ以上の発展は、もう少し先になるだろう。

 だが、加賀さんルートはここでお仕舞いだ!

「ファッ!?」

 一つの切っ掛けを乗り越え、改善した二人の間に恋が芽生えるのは多分随分と先になる。

 そこまで描くと次のルートに行けなくなるので、そろそろ終幕にしようじゃないか。

「おい待て、私に救いは!?」

 ないっ!!

「ふざけんなあああああ!!」

 おっと、激怒の瑞鶴が深海棲艦になりそうなので、逃げないといけない。

 加賀さん、提督。

 最後に締めくくりお願いします。

 

「了解です。……拳で繋がった私達の戦いは、これからです!!」

 

「暁の水平線に、勝利を刻むその日まで! ってな」

 

「時間がかかりましたがここまでご視聴、ありがとうございました」

 

「次回のルートで、また会おうぜ!!」

 

「さよーならー!」

 

 

 

 

 

 

 

「勝手に打ち切りエンドで纏めるなああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世紀末伝説加賀さん お仕舞い。



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困難ルート 彼の選択肢
人間の幸福


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とうとう、このルートに来てしまったんだな。

 ああ、来てしまった。この世界は……誰も泣かない、誰もが幸福になれる唯一の世界。

 だが、そんなもの本当にあると思うか?

 一人を決められず、重婚なんぞしてみろ。

 他方の鎮守府での反応は知らないが、少なくとも大抵のヒロインも納得しない。

 重婚は罪だ。繰り返す、重婚は罪なのだ。浮気よりも、二股よりも罪深き、選べないという行為。

 誠意を見せない裏切りに近い行動。彼女たちが納得していればそれはいい。

 然し納得しているのか、本当に?

 心のなかで、我慢を強いていないと言い切れるのか。

 寂しい気持ちを知っているのか。嫉妬の気持ちを知っているのか。

 そして、彼女たちの人生を背負えるのか。重婚をしている人々に問いたい。

 ……貴方は、彼女たちを、心のなかで、泣かせていませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 重婚した場合、本作のヒロインはどうなるか。

 例題だ。メインヒロインは。

「……他の誰かが幸せを保証するなら、私は手を引くわ。独占できないのは苦痛だもの。だから、祝福もする。けれど、彼がどうしても選べないというなら。身を退かなくても良いかな。まあ、付き合いの長い皆だし……互いによく知ってる間柄。見逃しても良いけど、時間制限つけるわ。あと、正妻は私だけ。あらゆる権限は私を通して行うことが前提よ。じゃないと、裏で暗躍してあの人と駆け落ちするから。情けないのも知っているとはいえ、逃げるなら私は何処までも一緒。ストーカーしてやるんだから」

 一生影のように付きまとうこと確定のヤンデレ。

「嫌だよ!! 絶対やだ!! 鈴谷は鈴谷だけ見てほしい!! 他の人なんか要らない!! っていうか入ってこないでよ!!」

 小動物、全否定。却下。

「……納得はできませんよ。然し、私の場合は外見が問題ですし……困りますね、ええ本当に……」

 恋する狼、ロリコンを背負わせるか納得するかの究極の選択肢に苦悩した。

「……はぁ。私に言われても……」

 この人はそもそも気付いていない。困っていた。

 条件付き許容、断固拒否、迷う、困る。

 ……あれぇ? 意外とこれ、条件揃えば重婚可能じゃね?

 特に危険なヤンデレは、意外と物分かりが良いので説得は可能。

 つまり、反対は小動物のみ。彼女さえどうにかすれば、皆様幸せになりそう。

 まあ、現時点で重婚を仮で行っている阿呆がこいつな訳で。

 それこそ、愛してもいないしそれを自覚しない本人からすれば、皆の苦悩など知るよしもない。

 因みにエンディングにしっかり結婚しているのは飛鷹だけ。

 あとは死んでいる、ロリコン覚醒、スタートラインとまあ結婚には程遠い。

 大体普通にこの国重婚は出来ません。

 だったら、やっぱり鎮守府にこの男を縛り付けて酒池肉林するしかない。

 隔離された桃源郷を作ろう。そう言うことなら皆幸せ。えっ? 憲兵さん?

 本作には裏工作の得意な猛禽類がおります。彼女にお任せあれ。

 彼のためなら、憲兵さんを説得する程度屁でもない。

 そんなわけで。提督バッドエンド、始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親父? 何だよ、どうしたんだ急に?」

 それは、遡ること指輪事件の頃。

 皆に配布するために、悩んでいる頃に戻る。

 急に、大将を戴く父から一報が入った。

 重要な話がある。私用だが、記された日時に、記された場所に来い。

 提督の人生に関わる相談がある。一人で。

 護衛をつけるなら、憲兵にしておけ。話は通しておく。

 そういう内容だった。

「はぁ? ちょっと親父、話が見えない……おい!!」

 忙しいので、一方的に終えて切られる電話。

 首を傾げる彼に、相棒は書類を胸に抱いて訊ねた。

「どうかしたの?」

「いや、なんか親父に急用が入ったから明日来いって……」

「……貴方のお父様? 大将の方よね?」

 執務室で仕事をしている彼にいきなりきた連絡に、何かあるのかと勘繰る飛鷹。

 然し、彼が言うには私用。身内の話らしい。

「……まあ、大佐の貴方に大将なんて雲の上の人が直接関わるなんて無いわよね」

「だよなあ。俺達、単なる平凡な凡人だぜ?」

 裏などないだろう。親子の話し合いなら、同席は出来ないと飛鷹は空気を読む。

 代わりに明日の代理は任せろと言ってくれた。

「サンキュー。お前のそういう以心伝心、好きだわ」

「そりゃどうも。慣れているからね、私も。気をつけて行ってきてね」

 互いに軽口を叩きあって笑っていた昼間。

 時刻は明日の午前中。場所は……都市部の有名な飲食店。

 そんな早い時間帯に何事かと思いつつ、頼れる相棒に任せて彼はその呼び出しに応じて向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指定された場所には軍服で来いと言われた。

 海軍御用達の店なので、気にしないでいいと言われるが。

 この、高級感溢れる気品に満ちた店内の個室。

 映像でしか見たことがないような、自分が場違いとしか思えない席にいるのが酷く不安になる。

 改まって、一体何なのか。多忙だろうに、余程重要な内容なのだろうか。

 コーヒーのみ、注文した。父が支払うと言うが、恐ろしくて頼めたものじゃない。

 実際出てきたコーヒーは、芳しい芳醇な香りを放ち、普段とは桁が違うことを分からせる。

 礼儀正しく姿勢を整え待つこと数分後。

 個室の扉が開く。

「済まんな、執務が遅れた」

 ……久々に、父と顔を合わせた。

 前よりもより、顔つきは痩せた。

 見た目は目付きの悪い、彫りの深い中年である。

 然し佇まいは威厳があり、若輩者の息子としてはあまり近寄りたくない。

 こんな風には、過去を知り経験した以上は……なりたくはない。

「あぁ、少し待ったぜ親父」

「おい、一応私用とは言ったが敬語を使え馬鹿者」

 応答に目を細める父。他意はなくとも、威圧感が強い。

 提督は苦笑して流す。

「今は仕事中じゃねえ。あんたは俺の親父。俺はあんたの息子だ。親子関係に敬語がいるのか?」

「屁理屈を言う……口ばかり達者になりおったな」

 対面するように、腰を下ろす。

 父も一杯、玉露を頼んでいた。

 父もどこか、苦く笑うように唇の端を僅かにあげていた。

「んで? 何だよ、重要な話ってのは。俺はもう、なんもしてないが?」

 少なくとも、父に心配をかけるようなことはしていない。

 すると、父は小さく笑った。

「知っとるわ。もう医者騒ぎなど起こすんじゃないぞ、私も心労で倒れそうだ」

「……あんたが軽口に乗るなんざ珍しいな。どうした? 母さん絡みか……?」

 父の数少ない弱点、それは妻のことだった。

 今は亡き二人の妻を、彼は深く愛している。

 ただ、その愛を……果てのない憎しみにしている。

 省みない無謀なことを、繰り返す根源だった。

「……まあ、関係あるな。あいつらにも関係あるとも言える」

「……兄貴たちが? おい、どういうことだそれ。兄貴たちはもう、死んだ。分かってるだろ互いに。踏ん切りがついてねえのか、親父」

 訝しげに聞けば、母にも兄たちにも関係あると言う。

 もう、ここにはいない人達に関係あると言われれば、彼も不穏な空気を感じる。

 確認するように聞くと、父は天井を見上げて言い出す。

「焦るな。そういう意味じゃない」

 ゆっくりと聞けと、一度時間を作る。

 届いた玉露が湯気をあげる。それを辿って彼も天井を見上げた。

 空の上にいる、家族を見ているように。

「……一つ、提案があるんだ」

 暫し沈黙し、軈て父は口を開いた。

 聞いた覚えのない真剣な声色に、彼も表情を引き締める。

 父は、茶を啜り、そして用件を……彼に、語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後。

 戻ってきていた提督は、腑抜けていた。

 魂が抜けており、心ここにあらずで、虚空を見つづけていた。

「大丈夫……?」

 引き続き、代理をしている飛鷹が聞く。心配そうに見てるが、彼は機械的に頷くだけ。

 ダメだ。反射的な反応しかしていない。飛鷹は父が何か吹き込んだのかと案ずる。

 実際その通りで、然しこれは艦娘には言えない案件。相談も出来ない。

 ボーッと力が抜けて途方に暮れている。

 ソファーで軍服のまま、寝そべって天井を見ていた。

 分かりやすいパンク状態。精神の余裕が消えたようだ。

 取り敢えず放置しておく。回復するまでは、休ませておくのが一番。

 執務室に来る艦娘が死んでいる彼に何か聞くも、何でもないの一点張り。

 強がりじゃなくて、本人ももて余す内容だと皆経験で理解して見守ることにした。

 夕方になり、漸く起き上がる提督。顔色はゾンビになっていた。

「……少し寝てくるわ」

 そういって、彼はフラフラ出ていった。

 飛鷹はその背中を見送る。憲兵に聞いたが、戻るときには既にああだった。

 よくない兆しが見えており、だが今回は大将の持ち寄った身内の話。

 艦娘が入れる余地などない。言ってくれるまでは待つしかない。

 あまり飛鷹も見たことのない彼の様子に、対応を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相談されたことは、驚きの内容であった。

「お前、お見合いせんか?」

 要するに、父は彼に縁談を持ちかけてきた。

 いい加減、身を固めて同時に軍を退役して実家に帰って平和に暮らせと勧めた。

 唖然とする彼に、父は理由を言った。

「お前もそろそろ、結婚の視野に入れる年齢だろう。私達家族の男は、艦娘と結ばれるとろくなことにならん。相応の、身の程の幸福を手に入れて早々に戦争から離れた方がいい。体験者はそう思う」

 それは、父なりの心配。

 兄達や自分のように艦娘と結ばれると自滅したり、破滅したりする。

 そんな悲劇未遂を彼も起こした。故に、もう海軍を退役しろと言った。

 経験して、見ていて、提督もその心配はよく理解できる。

 寧ろ、有難いとすら言える気遣いだった。

 だが、脳裏には皆が過る。大丈夫だろうか、それは……。

 彼女たちが、果たして納得するかどうか。

「艦娘のことは気にするな。こう言うとお前には悪いが、提督は人間の幸せを優先するべきだ。艦娘にどうこう言われる筋合いはない」

 それは、人と艦娘の違いであった。

 人の幸福のやり方に、艦娘のような未成熟が口を出すなと。

 人のなんたるかを知らない小娘は黙っていろと言う割と容赦のない辛辣な言い方。

 個人的な恋愛に彼女たちは邪魔と言う、兄達を見てきた父らしい言葉。

 故に、怒りもなにも感じない。納得はした。前もって悪いと謝っていたし。

「丁度、中将の知り合いに良い娘さんがいらっしゃるそうだ。会ってみるだけ、来ないか?」

「……いきなりだな。まあ、考えておくよ……」

 そうとしか言えない。

 彼としても考えることがあった。これは、余計なお節介とは言えない。

 何せ、父なりに息子を心配してくれた結果なのだ。

 自分自身、言いたいことも分かった。

 戦争をしてる限りは逃げられない。

 悲劇を回避したければ、艦娘から離れろ。

 即ち、提督を退役してしまえ。そういうアドバイスだった。

 お見合いの話を受け取って、彼は戻っていった。

 これは誰にも言えない。新しい苦悩の、始まり始まり……。



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ノイローゼ再び

 

 

 

 

 

 

 結婚か。

 果たして、そこにはどんな意味があるのだろう?

 真似事じゃない、自分の人生を全てを共にするというその選択肢は。

 よく聞くが、結婚は人生の墓場とも言う。

 然し、父の気遣いを無下にもしたくない。

 そして、個人的にも恋愛の絡んだ事案がまとわりつく。

 ……ストレスで死にそうだった。癒しがほしい。

 で、癒しと来れば……。

「鈴谷、恥を忍んでお願いがある」

「ん? 何、提督」

「癒して」

「!?」

 頭がパンクしそうだった。

 恐らくは重要な選択をしなければいけない。

 知りもしない女性とお見合い。断れない。

 けど、正直ビビって会いたくない。どんな人かも知らないし、自分みたいな無能など何を言われるか。

 何時もの卑下が始まって再びノイローゼ状態に陥る。

 だが、彼もバカじゃない。学習した。

 こう言うときは誰か頼る。癒しがほしい。

 こんなときは衝動的鈴谷の出番だ。

 率直で頼む。ゾンビの顔色の彼に異変に気づく鈴谷。

 数日経過して、一人で悩んでも苦しいだけなので今回は鈴谷に言えないけど癒してもらう。

 ある昼休み。鈴谷が暇潰しに休憩室で遊んでいると代理を相棒に任せた彼が休憩に来た。

 しかも、見慣れないものを持って。……タバコ?

「ちょ、提督……喫煙したっけ?」

「ああ、ごめん鈴谷。分煙しないといけないか。悪い、タバコを吸うなら休憩室でって、憲兵さんに言われてさ。ほら、駆逐艦いるから。外じゃ寒いしさ」

「あー……いいよ。鈴谷は気にしない」

 普段ならタバコなど健康に悪い、止めろと鈴谷も怒る。

 何より美容と容姿に気遣う鈴谷の前でタバコを遠慮なく取り出すほどこの男は無神経ではないはず。

 それをした、詰まりはまた何か抱え込んでいる。前にあった父親の用件のことかもしれない。

 噂で彼がデンジャラスなゾンビになってオーバーワークで土管復活する前に誰か知らないかと艦娘たちは気にしていたが、これは相当追い込まれている。

 然し親子の事に艦娘が首を突っ込めない。

 相手は大将、挙げ句に彼の過去は壮絶と知っている。

 踏み込めない。デリケートな問題だから足踏みする。

 こう見ると彼の精神はストレスで苦しんでいるんだろう。

 事情を察した鈴谷を見て、ハッとして彼は気まずそうに無言でタバコを仕舞う。

「……悪い」

「だから、良いって。どうせ艦娘は煙ぐらいじゃ死なないよ。見た目とか臭いを気にする人が多いから、余計に肩身が狭いでしょ。鈴谷が居るときぐらい気にしないでよ」

「……一応、部屋のことも」

「じゃあ寒いけど換気して、窓際行こう。良いから、ほら」

 鈴谷だって気にすると言うと、逆に怒る。

「……あのさ。癒しがほしいって言ったよね。タバコは、癒しじゃなくて気晴らしじゃないの?」

「……お前には負けるぜ、鈴谷」

 現実逃避にタバコに逃げた。そう、バレていた。

 相棒も知っている。吸いすぎるなと言われた程度だった。

 後は臭い消しはしておけと何処からか消臭剤をくれた。有難い。

 また、周囲に気遣いを受ける。甘えようと思ったが尚更情けなくなってきた。

 窓際に向かい、窓を開けた。冬空の晴天。寒い北風。

 上半身を窓辺に乗っけて外に出して、タバコに火をつけた。

 一応初心者向けの薄い奴。味などないし、臭いだけだった。

 ただ、合法麻薬の威力は抜群で、イライラや不安感は薄れた気がする。

 紫煙を吐き出す彼のそばで、壁に寄りかかって鈴谷は問う。

「……で、どうしたの?」

「……下らない話だ。俺は今、人生の分岐点にいる。それだけでな」

 よく考えれば結婚と退役、両方無視できない。

 部下たちからすれば寝耳に水。知られたら何されるか。

 特にオープンで彼を好きと公言する彼女には、人選ミスだった。

 ああ、また間違えた。後悔しても遅かった。

 現実逃避に癒しを求めて鈴谷に来たのは愚行。

 彼女は抜群の美少女で、癒しにだってなってくれる。

 けれど、癒す前に聞かれると分かっていたじゃないか。

 何でこう、重要なときにミスを仕出かす。

 また自分本意の思考に嫌気がして、自己嫌悪。

 その悪循環。毎度の無限ループ。

「……」

 鈴谷は当然悟る。

 嫌な予感がした。この表情、とんでもない爆弾を背負っているに違いない。

 下手すると、居なくなる。そんな空気すらニュアンスで感じてしまう。

「……それで?」

「それだけ。迷っているし、これは俺の問題なんだ。抱えるしかねえよ。親子の事だからな」

「……そう」

 自分の人生を左右しかねない重要な分岐に迷っている。

 だが、艦娘には入れない。予想通り、親子の事を言われてしまった。

 人間の問題か。……大体わかった。

「提督……」

「ん?」

「鈴谷、できることない?」

 バカな事を言っている。

 自覚できた。今しがた、予防線を張られただろう。

 癒しなら何でもいいと、寂しそうな顔で言う。

 寂しいのは事実。でも、打ち明けてくれた。

 飛鷹もまだ、聞いてないと言うその話を鈴谷にしてくれた。

 嬉しいと思えない。悲しい。内容がわかった気がして。

 遠回しに、フラれた気がして。

 煙を吐き出す彼は青空を見上げて暫し黙った。

 鈴谷は待っている。何もない、そう言われるのを知っていて。

 実際、首を横に振られた。

「だよね。知ってた……」

「悪い。何しに来たんだろう、俺……」

 鈴谷に頼もうと思ったが、しっかりと考えれば悪手だった。

 改めるにも、彼女がどうにか出来ることがそもそもない。

 騒がしくない、静かな時間が欲しかったから親しい間では適任かもしれないが。

 ……いや、それだ。提督は思い付く。

 兎に角今は静かに過ごしたい。相棒には全力でもう甘えている。

 あとで散々土下座でも何でもするし、然し一人では気が滅入る。

 ……同席、してもらえれば良いのだ。要するに話し相手。

「鈴谷。このあと、お前時間あるよな。出撃ないだろう?」

「うん? まあ、ないけど……それがなに?」

 鈴谷は本日は一応非番。というか待機任務。

 時間はあるし、飛鷹が彼がゾンビなら執務はしておくと全部奪っている。

 提督も休養しろと言われていたのだ。だから、このあとは暇。

 少し、話し相手になってくれないかと彼は頼み込む。

 気晴らしでもいいと、鈴谷は言ってくれる。なら、もう少し甘えてしまおう。

 こんな情けない男に好意を抱く彼女にすることじゃないけど。

 話題は何でもいい。兎に角一人では居たくない。

 泥沼に引き込まれて、戻れなくなりそうな気がしていた。

 鈴谷は構わないといってくれた。

 今は現実を忘れたい。そう思う、提督。

 

 ……彼女の気持ちを利用するのか。

 

 自分をそう責める声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、彼と鈴谷は休憩室を出た。

 空いている部屋で、喋って午後をすごそうと思う。

「鈴谷。あの人をよろしく」

 飛鷹が少しだけ顔を出して、彼女に小声で言った。

 飛鷹ですらお手上げの今回は、誰でもいいから彼を支えないと危なっかしい。

 そう言う雰囲気を飛鷹も感じた。鈴谷はそう判断する。

 私服に着替えて、提督はボーッと待っていた。

 一人で居ると、途方に暮れているような顔だった。

 酷いものだ。大体わかった気がするが、鈴谷は落ち込んでは居られない。

 支えなきゃ。悲しい気持ちがもっと強くなる結果よりは、今は我慢した方が救いがある。

 自分にできることは何でもする。そう言う少女が鈴谷だから。

 せめて、彼の気持ちが落ち着くまで。彼の心が、平穏になるまでは。

 自分の感情を押し殺す。なんか飛鷹なみたいなことをしていた。

 提督も自分を責める声が徐々に大きくなってきていた。

 最低な男。惚れた女に、見合いの話で弱った自分を慰めてほしいのか。

 その行動は最低なことだと分かりながら軽はずみにやっている。

 お前はクズだ、最悪で救いがたい男のクズ。

 そこまで結婚が嫌か。いや、理解できてない。想像すら出来ないものな?

 自分が結婚するイメージが無い。所帯を持って、幸福になる自分が未来にいるのかも分からない

 言い訳ばかり用意して正当化に忙しい小物め。卑怯なんだよお前は。

 何時までも逃げることしか頭にない臆病者。答えを出せばいいだろう。

 解決したいだろう? じゃあ流されてしまえばいい。

 安易な回答は不安か。その通りだ、これは別の不幸の始まりに過ぎない。

 お前じゃ自分すら幸福にできないのに、相手の女を背負えるのか。

 お前にそんな価値があると思うのか、身の程を知れ恥知らず。

 膨れ上がる自責。ノイローゼが加速する。

 鈴谷と話しているのに、鈴谷じゃない誰かの声がずっと聞こえ続ける。

 なぜだ。此処に、鈴谷以外の誰かが居るのか? 事情を把握している誰かが居るのか!?

 誰かが、彼を見て聞こえるように責め立ててくるのか!?

「……提督?」

 訝しげに鈴谷は対面して座る彼を見た。

 様子がおかしい。普通に話していたのに、次第に情緒不安定になっている。

 何かに怯えるように頻りに周囲を気にして、鍵がかかってるかを確認した。

「ねぇ、大丈夫?」

 鈴谷が聞くと、逆に聞かれた。

 此処に来ることを誰かに言ったか、と。

「い、言ってないよ。本当にどうしたの……?」

「い、いや何でもないんだ。……うん、多分幻聴だから。そう、空耳に違いない。俺の気のせいだ、そうだ……」

 ……どこが大丈夫なのだ。どう見ても精神的に危険なサインが出ているじゃないか。

 窓の外をチラチラ見て警戒している。顔色はまた土気色、血の気が失せている。

 挙げ句には若干だが呼吸も荒れてきた。まるで中毒者の禁断症状。

 決して危ない薬には手出しはしないだろうが、何が起きている。

「提督、もう休もうよ。具合悪いんじゃ……」

「待ってくれ、俺は」

「無理しないで。鈴谷は大丈夫だから。落ち着いて、深呼吸。此処には鈴谷しかいない。鈴谷が絶対提督守る。分かった?」

 落ち着かせるように、優しく鈴谷は告げる。

 深呼吸して、不安定な精神を鎮静化。それからだ。

 明らかにまた、ノイローゼになっている。

 医者行きか。そう、経験上理解した鈴谷は休めと提案。

 だが、それを聞くと。

「休めねえよ……休めるわけねえ。勘弁してくれ、またこれだクソッタレ……!」

 耳を塞ぐように、目を閉じる提督。

 何か酷く苦しんでいるようで、本当に医者に行かないと不味そうな空気だった。

 何に苦しんでいる。何も言わない、言えないから余計に困る。

 鈴谷は冷静に、取り乱すことがないように行動しようと誓った。

(……やっぱ、これ……。提督、もしかして……退役するの? 結婚とかで……?)

 鈴谷は内心満点の答えを予想していた。

 自責と罪悪感、不安で揺れ幅が大きくなっている彼に寄り添いたい。

 それが出来れば、苦労しない。

 提督はその後、飛鷹が異変に適切に対応して何とかした。即ち。

 

「彼は暫く静養するわ。……自宅に帰って、留守になるから宜しく」

 

 役目がある以上は退役せず、父も少し追い込みすぎたと反省して権力を無駄遣い。

 後日、飛鷹がそう発表したように息子を、一時的とはいえ自宅に戻して……ゆっくり休ませるのだった。



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押し掛け艦娘

 

 

 

 

 

 

 

 御存知だろうか?

 精神が参っている人間と言うのは、個々によって対処が違う。

 彼の場合は、これは正解なのだろうか。

 医者が命じたのは、一度艦娘から離れて、己の見解を確りと考えろ。

 流されるな。もっと苦しむと言われて、取り敢えず鎮守府から一時的に退去。

 一人、自分の人生と言うものを鑑みる時間が与えられた。

 父からも先方には話しておくから今は休め、済まなかったと謝罪された。

 見合いの話など、話せるほど親しい友人が彼にはいない。

 しかも同性の同期は皆忙しい。軍人が暇であるはずもない。

 仕方無い。本来であれば相談するべき身内は家族であり、然しそれをそもそももたらしたのが親父なのだ。

 親父に相談すれば良かったのでは? とも思う。

 だが、父は大将という位を戴く海軍の立場がある。

 多忙であると同時に、その行為は純粋な親心と理解できる上に勝手な理由で、断りにくい。

 父は、言外にもう海軍から退けと言ってくれた。実の兄たちの二の舞を防ぐべく。

 自分と変わらぬ不幸を少しでも避けようとしたのだ。

 分かっているから余計に苦しい。自分には何もない。

(そうだ。俺には、何もないんだ)

 元より流されて提督を行っている、自分の人生にすら投げ遣りな生き方をして来た。

 いつもそうだ。

 幼少時より優れた兄たちの背中をずっと見てきた。

 自分は何もせずとも、考えずとも、兄の猿真似でどうにかなってきた。

 家族と言えども先人は偉大であった。真似をするだけで、妥協できる結果は出せてしまった。

 彼は決して器用ではないし、才能もない。

 凡才で、凡人で、平凡だった。

 そんな彼ですら、真似すればどうにか出来るほどに兄達は立派で父は器用であった。

 格が違うせいで、同じことをしても完全に劣化した結論にはならない。

 それでも、彼にはそれしか周囲は求めなかった。

 兄弟の末の弟という、立場が良かったから。

 上の期待を背負う次男がいたから、三男の彼は平凡を許された。

 次男で満足してくれた周囲は、彼には期待などしない。

 気楽にやれ、手抜きでいい。そう言うのは全部兄達がしてくれる。

 お前には何も求めないから、好きにしていろ。

 結局早くから母親が居ない彼は、放置されて生きていた。

 適当に、適度に流されて生きていける環境にあった。

 だから兄と経歴はよく似ている。

 劣化した似たような学校で、劣化した似たような成績に、劣化した似たような評価。

 劣っているけれど、彼の人生は劣っていることに劣等感など感じなかった。

 だって、考えてないのだもの。

 兄達は才能がある。兄達は立派な人間。

 自分にはなれる訳がないし、なる理由も必要もない。

 そうして生きてきた様が、これだ。

 兄達が死んだ。艦娘と愛情を育んだせいで。

 父が壊れた。艦娘と家族になったせいで。

 母がまた死んだ。艦娘なのに人間と結ばれるから。

 その経験を経て、彼は艦娘と愛情を育むのが怖い。

 いや、恋愛も何もかも怖いのだ。そういう幸福が如何に容易く奪われるかを知っている。

 異性として認識しなかったのは、女性として見てしまえばどうなるかは分かっていた。

 気が楽になる、逃避を行っていただけで。自分が苦しくないために、提督をしていても楽な道を選んだ。

 皆が人間らしく生きてほしい。人間として思っている。艦娘は生きている。

 ……嘘だ。そんな御大層で、皆が思っているような理想の人間じゃない。

 矮小な人間だった。自分勝手な人間であった。空っぽの人間であった。

 要するに、艦娘たちと触れあうのが怖いだけ。

 兄達と同じことをする。劣化した同じ結果になる。

 即ち、自分も死ぬ。死にたくないから、皆を遠ざけていた。

 意識をしないで、女と見ないで部下として事務的な認識を保っていた。

 こうやって鑑みると酷い有り様だ。

 何処が艦娘のことを考えているだ。自分の都合ばかりじゃないか。

 詰まりは、自分はそういう人間なんだろう?

 自分で精一杯なんだから、誰かの人生を背負えるのかと聞かれれば、否であった。

 やっぱり自分はクズなんだ。自分すら満足に満たせない、そもそも満たす理由すら見えない器。

 愛されるわけがないのだ。鈴谷も、きっと彼のソコを見たら幻滅するだろう。

 いっそ、皆嫌ってくれないか。軽蔑してくれないか。

 毛嫌いして、追い出してはくれないか。あの場所から。

 温かく迎えてくれるほど、価値のある存在じゃない。 

 大丈夫、もっと優秀で皆のことを第一に考えてくれる、理想の提督が必ずいる。

 自分のような、人間のクズを好きになる理由なんか要らない。

 皆が生きてさえいれば、それでいい。

(俺は、誰も幸せにできない。俺自身すらな……)

 だから、やっぱり結婚なんか無理だ。したくない。できない。

 新しい悲劇を生み出し、自分が苦しむだけだ。人生の消せない激痛を食らうだけ。

 人間であろうが、艦娘であろうが、相手が問題じゃない。

 自分が先ず、相応しくない。立場も覚悟も、理解も想像もできない。

 端的に言えば、異性と近寄ってほしくない。お付き合いも嫌だ。

 恋人も要らない。友人ぐらいがいればいい。男友達、最高じゃないか。

 あるいは、それもダメなら一人でいい。自分で自分さえ面倒見ていればいいなら。

 一人で居れば気が滅入る。精神が病んでいく。

 ノイローゼか。確かにそうだろうさ。

 因果応報で巡ってきた、ある意味当然の顛末。

 本当にバカな男だ。もう、一生独身で良いだろうに。

 父には息子として、土下座をして誠心誠意謝罪しよう。

 女は要らない。支えられない。守れない。受け入れられない。

 結婚など、彼には必要ないのだ。もっと言えば、幸福も必要ない。

 自責を続けているうちに、自覚したことがある。

 自分はどうやら、幸せの意味すらよくわからない。

 幸福って何だろう? 今更気付く。

(幸せって、何だ……?)

 世間一般が言うであろうその言葉が示す現実が想像できなかった。

 過去、幸福を感じたことがあっただろうか。

 いや、それすら感じずに日々を生きていたのかもしれない。

 生きている。でも、それも目的がない。

 呼吸して飯を食って寝ている。活動する死骸と何が違う。

 自分でも、何故生きているのか。それも分からなくなってきた。

 空っぽの人間に、自分の意味を問いかける自責は、下手をするとアイデンティティーの崩壊に近い行為だった。

 益々、自分が何故提督を続けているのか。

 何故、無意味に生き恥を晒しているのかも理解できない。

 生きていてなんの意味がある? 何のために俺はここにいるんだ?

(分からねえな……。俺は、何なんだ?)

 結果的に、実家に戻って時間が余った彼にできるのは。

 メンタルが加速的に悪化して、破滅に向かう行動だけであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が居なくなって、数ヶ月。

 季節は春になっていた。寒空から次第に暖かくなる、卯月。

 薄紅に葉桜が交ざりあう時季になっても、彼は戻ってこなかった。

 鎮守府では、代理が着任してその頃には皆も落ち着いている。

 素晴らしいに尽きる人物であった。

 人格も、采配も、光るものを感じる才能があり、前任である彼を貶さない。

 それどころか、敬ってさえいた、若い男性である。

 階級は中佐でありながらも既に既婚者。同じ提督の妻がいるらしい。

 なので、皆には指輪は配布しないとのこと。それは、各々が前任と決める事柄。

 自分が決める余地はないと、断言していた。

 それなりに人気のある提督であり、然し一部は……。

「代理、本日の書類です。宜しくお願い致します」

「任されました」

 よく有能と言われて秘書の仕事を任される飛鷹だった。

 素っ気ない態度に、素っ気ない仕事ぶり。最低限しか会話せず、絶対に隙を見せない。

 仕事はするが、プライベートには近寄らず、近寄ると烈火の如く怒り狂う。

 寄ってくるなと言っていると、代理は言った。自分の嫁に似ていると。

「僕の奥さんそっくりだよあの人。飛鷹さん、好きな人いるんだね。じゃあ、僕は誤解を招くような言動は控えなきゃ。人の恋路を邪魔すると、僕の場合は奥さんに刺されるからねえ」

 などと朗らかに笑ってたが、詰まりはこいつの嫁もヤンデレらしい。

 前言撤回。こいつもマトモじゃない。

 ヤンデレの扱いを知っている命知らずは、恋するヤンデレの危険性は知っているそうだ。

 バイオレンス上等。惨劇上等。

 抑圧するのは良くないと分かっているのか、何なら会いに行きたいなら誤魔化しておくとまでいう始末。理解が良すぎる。

 が、飛鷹は提督第一であり、自分の存在が枷になると自覚していた。

 欲望よりも、恋慕よりも、心配と現実で判断できる理性があった。

 衝動的な行動はしない。彼を傷つけるのは本意ではない。禁忌。

 理性で動くヤンデレにもすんなり対応出来るとは、この男もただ者じゃない。

 飛鷹は代理を好きじゃないらしく、嫌ってはいないが好きでもない。

「ああいうタイプは近づきたくないわ。見透かされているような気分になるもの」

 と、説明している。

 混乱は人徳のある代理の活躍あって収まっており、一部以外は好意的だった。

 一部とは、飛鷹を筆頭に、朝潮、鈴谷、微妙に落ち着かない加賀さん、その他諸々。

 鈴谷は特に顕著で、

(会いに行きたい。心配だよ、もう何ヶ月も戻ってこない……。提督、大丈夫なのかな……?)

 最後に会った艦娘が鈴谷であり、あの様子は相当追い込まれていた。

 ずっと戻ってこない。寂しいし、辛いし、心配だし、助けたい。

 なのに、出来ることがない現実が歯痒い。どうして、鈴谷はこんなに無力なのだ。

 支えることすら出来ないのか。艦娘という立場さえ無ければ。

 戦場で戦う役目がなければ!! こんなもの、捨ててでも彼を助けに行けるのに!!

(折角受け取ったのに……)

 指輪。限定解除の装備。外に持ち出し厳禁の代物。

 いっそ、これを代理に預けて、彼に会いに行こうかと何度も思った。

 艦娘の役目を放棄すれば、それはもう鈴谷という存在の否定にしかならない。

 飛鷹ですら、彼にためにここに留まり居場所を守っているのに。

 鈴谷には、どうやらそれが出来ないみたいだ。

 焦れていく時間の流れ。理解の良すぎる代理。

 禁断の欲望が首を傾げる。分かってる。枷になるなどということは。

 それでも、それでも自分の感情を優先したい鈴谷は勝手な女か。

 間違いなく、自分の事しか考えていない、最低な女であろう。

(最低だ、鈴谷……。寂しいの我慢したくないからって……。皆我慢しているのに)

 見ろ、ここ数ヶ月で夕立はすっかり悄気ている。

 ご主人様の居ない犬のように元気がない。大人しく毎日過ごしている。

 朝潮も最近じゃ仕事はするが覇気がない。魂が昇華されている。

 朝潮の妹も何やらお金を貯めているようだ。旅費とか言うが……まさか。

 加賀さんは……うん、言うまでもない。

 無表情でボケまくっていた。そこ、瑞雲は装備できないのに無理矢理使わない。

 朝潮さん、ここルート違います。ペンチは装備しないでください。

 一部の体たらくに、代理は笑っていた。

「本当に心配なら行っても良いってば。僕の方で調整していくし、誤魔化しもしておくよ。まあ、提督さんの状態は詳しくは聞いてないからなんとも言えないけどね」

 現状、療養はしていると聞いていた。

 然し相変わらず体調は優れず、引きこもりになってる様子。

 あまり良くないのではないかと思うようで。

「余計なお節介なら、僕が最悪お叱り受ければ良いし、ちょっとでしゃばるかなぁ」

 上位の練度の艦娘がボケに走っている最近の状態に苦笑い。

 マトモなのは鈴谷ぐらいだった。

 葛城さん、落ち着いて。その真っ赤な槍は何処から持ってきたんですか。

 イムヤさん、貴女潜水艦です。潜水空母じゃないでしょう。甲板を装備しないでください。

 こんな現状である。飛鷹も大概で、主の居ない私室に忍び込んでは残り香を堪能している。

 それ、空き巣って言うんですよ飛鷹さん。立場の悪用は控えてください。

 寂しいせいか、奇行が目立ち始めた。

 なので代理は、先ず鈴谷にお願いした。

「ゴメンね、鈴谷さん。ちょっと暫く指輪を預かっていいかな?」

「はい?」

 ある日呼び出しを受けて、指輪を預かると言い出した代理。

 何事かと訝しげに見ている彼女は、数時間した頃にその理由を納得する。

 

「てえええええとくううううううう!!」

 

 内陸の田舎町。

 長閑な田園風景の一画に、それはあった。

 大きな平屋の一軒家。裏山が近い立地で、地図を頼りに電車を乗り継ぎ鈴谷は何時間もかけて向かった。

 そこで見た、呑気に庭先でタバコをくわえて紫煙を漂わせている人影を。

 葉桜を一人見上げているその男こそ、鈴谷が最も会いたかった人であった。

 思わず背負ったリュックサックの重さも忘れて、感動に叫んで走り出す。

 その声を聞いて、彼は此方を見て……目を見開いた。

「ファッ!?」

 奇声をあげて、驚愕の表情で彼女を見た。

 走る鈴谷。彼のいる場所は、正真正銘。

 彼の、実家だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鈴谷!? 何でここに!?」

「お仕事で来たんだ! 暫く滞在するんで宜しく! 提督の家に泊まれって言われてるから! はい、証拠!」

「なん……だと……!? なんだこの意味不明で理解不能な大義名分は!? 親父にも話を通しただと!?」

「代理がね、一部の艦娘が死にかけているから提督に会わせて復活させろって言ったらしいよ」

「俺の状態は!!」

「なんか、向こうの人もその話は保留にしておくから、今は少し誰かと話して気分を変えろっていう判断らしいんだってさ」

「親父ェ……」

「ってことで、鈴谷はこれからお世話になります!」

「無理だ、俺は一人でいい! カエレ!!」

「嫌だ!!」

「!?」

「絶対嫌だよ! もう提督が何言おうが鈴谷帰んないからね!! ここにいて提督支えるって決めたんだから!」

「い、いや……色々問題あるじゃん? なっ?」

「言い訳聞かないよ! お、襲いたいなら襲えば良いじゃん! 鈴谷は気にしないし問題ないし! 代理もそれぐらい事前に相談して鈴谷の覚悟を聞いて行けって言ったんだもん!」

「くっ……! 然しだな……!」

「大体、言っとくけど鈴谷は先行してるだけ!! 後で皆も来るんだから堪忍して提督!」

「何それ聞いてない!!」

「朝潮も飛鷹さんも、不調な艦娘はローテーションで来るから覚悟しておくように、って言ってたから」

「待って!! 俺の実家に押し掛けてくるのかお前らは!?」

「いくざくとりー! その通りだよ! 三日は二人しか居ないけど、宜しくね提督」

「Nooooooooooooooo!!」



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提督の実家

 

 

 

 

 

 

 

 彼は驚嘆する。

 数ヶ月、一人季節の移ろいを眺めながら何もかも忘れて、孤独に生きていた。

 他人と接しない。それは、思っていた以上に波風のない平穏で、苦痛の日々だった。

 田舎に帰っても、そもそも地元にも知り合いはもう居ない。

 大体学生時代の連中は他の安全な都会に引っ越している。

 思い出すだけで、横須賀や呉、佐世保など。大きな鎮守府のある都市部。

 そこは利便性も良いし、深海棲艦の襲撃もない。

 規模が大きいとは、即ち戦力も大きくそれだけイコールで安全となるわけだ。

 こんな半端な田舎にこもるよりはずっといい。

 自然が多い訳じゃない。こんな田舎でも一応は工業地帯。

 半端な工場がいくつかあり、自然だけとも言えず。

 それなりに景気のいい場所にはトラックも活気ついて出入りする。

 それでいて、半分ぐらいは田園風景が広がる、中途半端な田舎町。

 辺鄙とも言えないし、便利とも言えない。

 商業施設は隣の町にしかないが、温泉ぐらいはある。

 コンビニもそこそこあるし、けれど大手スーパーはない。

 あるのは労働者向けの業務用スーパー程度。

 遊べる場所もない。カラオケなどの娯楽施設もない。

 然し、アウトドアの出来るキャンプ場まではあった。

 要するに、彼の故郷は彼同様半端な状態のまま、そこにあった。

 だから、若者は居ないが労働者はたくさんいる。

 工業の町と言えば聞こえはいい。実質は単なる働く以外にすることのない町に過ぎない。

 そんな町に、彼の実家はあった。大きな平屋の家屋。

 提督の実家にして、長年誰もいなかった彼の家だった。

 鎮守府にいる親子は滅多に戻れず、提督の仕事の関係上、ここは内陸。

 気軽に帰ってくこれない場所だ。詰まりは、田舎には艦娘が居ない。

 艦娘からすれば、長閑な田園風景はある意味新鮮だった。

 家の前で、久々に鈴谷と出会う提督。

 仕事で来たという彼女は大きなリュックサックを背負って、制服のまま来ていた。

 証拠と言う電文は、代理の方が現在鎮守府の一部の艦娘が使い物にならないので、一時そちらで療養をお願いしたい。

 皆がどうも、提督の事を心配しており、顔合わせをすれば落ち着くと判断した。

 親父には話を通しており、許可ももらった。

 このままでは、ボーッとしていて魂が抜けており、いつかは貴重な戦力を損失する。

 痛手を受ける前に改善を試みるという内容であった。

 親父も、何ヵ月も経過してるが回復しないので、少し部下と話して気分を変えろ。

 あるいは、部下に相談してみろと。人気だけはある程度はあるんだからという指示のようだ。

 見合いの話を皆にしろという、更なる過酷な選択肢だった。

 恋心を持つ相手に言えと。鈴谷で懲りたのに。

(あぁ、周りは俺に死ねと言っているんだな)

 途端にハイライトが消えた提督。

 良かれと思った行動も見事に逆効果。彼にはプレッシャー以外の何物でもない。

 鈴谷も直ぐに気付く。失敗したと。

 彼の表情が絶望的になっていく。顔色も悪くなり、黙った。

(いやいや、大丈夫……鈴谷は知ってるんだし!!)

 知っていて、受け入れてここに来た。

 少なくとも、彼を追い込むことにはならないように。

 若い男女が野郎の実家にいる? そんなものどうでもいい。

 今は、死にかけている彼を支えるだけだ。

 恋心が邪魔なら封印する。部下として接してでもいい、そう鈴谷は言った。

「大丈夫だよ。鈴谷はなにもしない。話し相手になれればいい。身構えないでよ。鈴谷は提督の艦娘じゃん? 今回は、そうだね……。部下として、提督の事を助けたい。それだけ」

「……鈴谷」

 提督は、無理をして居ないか聞いた。

 無理をしているなら、追いかえして悪いが本当に帰ってくれと。

 互いに苦しいだけの時間は、もう嫌だから。勘弁してくれと弱音を吐いた。

 鈴谷の前で、そんなことを言うのは初めてだった。

 以前は卑下することは言ってもこんなことは言わない。

 多分、聞いたことがあるのは……相棒だけだろうか。

 飛鷹にしか言わないようなことを、彼は鈴谷に告げた。

「お願いだからさ、俺の最後の逃げ場所まで追い立ててくるのは止めてくれよ。ここは、俺の生まれた家なんだ。俺の家族が暮らしていた家なんだ。ここが、俺の最後の逃げる場所なんだよ。お前らが来たら、俺はまた提督として振る舞いを強要される。鈴谷、お前は俺に何かしたいなら帰ってくれ。艦娘の皆とは、誰とも会いたくないんだよ。ゴメンなんだ、もう……何もかも……」

「……」

 顔を右手で覆って、そう言う彼の声は、相当参っている状態に聞こえる。

 因果応報とはいえ、提督になったことを後悔している。

 そんな感じだろうか? 鈴谷の肌で感じる気配は悲しいもの。

「艦娘じゃないならいいんだね。じゃあ、いいよ。鈴谷も、現実逃避する。正直、鈴谷だって……艦娘の使命が嫌気がしていたんだ。付き合ってもいい?」

「……?」

 そう言うことか。鈴谷は分かった。

 詰まりは、あの場所の空気が嫌なんだ。彼は、提督という現実から逃げたい。

 そう言うことなんだろうと。察してしまった。故に、歩幅を合わせた。

 なんだ、簡単なことじゃないか。じゃあ、捨てちゃえばいい。今だけでも。

 本音を、彼に漏らす。鈴谷の表情を見た彼は驚く。

 何時もは明るい彼女が、苦笑いしていた。

「もうさ……なんか、嫌になったんだよ。艦娘っていう、理由が。あなたに逢えないせいかな。って、言うと嫌なんだとは思うけど。寂しい。あなたが提督じゃなくても、そんなの鈴谷は関係ない。そばに居ないと、どうしても寂しいの。いつも通り素直に言うとね、鈴谷は提督のあなたに何かしたい訳じゃない。あなた自身に、寄り添いたい。でも、頭じゃそれをあなたが望まないのも知っている。だから、今は……同じ目的でここにいたいの。鎮守府に帰りたくない。あなたの知らない場所で、あなたの知らない世界で死にたくないから。今だけは、戦いから遠ざかりたい。我が儘でごめんなさい。でも、傷を舐めあうぐらいは、してくれない……?」

「お前……」

 嫌がってるのも分かっているのに押し掛ける。

 帰りたくないという我儘を素直に白状して、置いてくれないかと。

「艦娘っていう存在を、自分で否定したくなっちゃったのかな……。もう、自分でも分からない。ただ、嫌なんだと思う。あなたが近くに居ないと、鈴谷は頑張れない。ストーカーみたいに重たくてごめんね。本当に、鈴谷勝手な女だから……。幻滅したでしょ?」

「…………」

 自分勝手な都合で、彼の近くにいたい。

 自分勝手な理由で、彼女を遠ざけたい彼と同じく。

 けど、彼を提督と呼ぶのをやめた。部下としてとかの建前も止めた。

 鈴谷は、それでもダメなら帰るとそう言った。

「無理を承知で言っているから、拒否したいなら言って。鈴谷もこれ以上、自分の都合を押し通すのはいけないって、分かってるから。ちゃんと帰るよ、うん」

 ……彼は、そんな風に鈴谷が言い出すのに、何故か迷っていた。

 追い返せばいいのに。結局鈴谷も自分と同じ自分勝手な理由で接触している。

 同類で、彼を支えたいのも好きだからなんだろう。

 その『好き』という感情に、惑わされ追い込まれているのに。

 彼は誰も好きじゃない。好きになれない。なる理由はない。

 クズの彼をどうして支えようとする。

 鈴谷なら、もっと選べるようにできる思うのに。

 どうして、こんな救いがたいダメな男についてくる。

 理解できない。本当に、意味が分からない。

「バカだなお前も……。俺なんかのためにここまで来やがって……」

 提督は頭を抱えた。バカだと思う。鈴谷も。

 鈴谷以外に、もう一人バカがいる。それは、自分だ。

「いいよ。寄っていけ。大して歓迎はできねえが、暫くはここで過ごせ。……鈴谷、気遣ってもらってありがとう」

 くるりと背を向けて敷地に戻る彼は、背中で語る。

 提督という呼び名をさせないほど、彼女には譲歩させてしまった。

 ここで追い返せば、きっと自分は後悔するのだろうと思った。

 散々間違えてきたバカな男でも、流石に純粋に心配してくれる人間を追い出していては、本物のクズになる。

 目を丸くする彼女は慌てて、背中を追いかける。

「……いいの?」

「いいよ。俺達は、今は提督と艦娘じゃないから。プライベートで、初めて誰かと接したよ。あの場所の知り合いでな……」

 再びタバコを取り出して、着火した彼はくわえながら最後は独白に近い言葉を漏らす。

 プライベートで接するならば、実家への滞在を認可する。

 適当に案内すると彼は磨りガラスの玄関を開けた。

 暗に、相棒ですら知らない彼の最も深い部分に今、鈴谷は居るのだ。

 プライベートなら、別にいい。今は仕事の話題は口にしたくない。

 実家に押し掛けてきて、ここでも仕事をどうのこうのと言うのは確かに不躾であった。

 鈴谷は入っていいというので、恐る恐る入っていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い室内だった。

 玄関は土間。靴入れも埃を被っているが、彼は億劫に見つめていた。

「来客なんぞないからな。掃除もしてねえ。悪いな」

「う、うん……気にしない」

 取り繕いを止めたように、明らかに彼の様子は違う。

 地元に戻っても誰も訪ねない。鈴谷の思うようなら、もうここでも人付き合いは無いんだろう。

 直ぐ隣には縁側があり、よくみると庭にはちょっとした池があった。

 中には、大きな錦鯉が優雅に何匹も泳いでいる。

 縁側の内側には和室が並んでいる。玄関から真正面も、和室だった。

「広いんだね、ここ……」

「まあな。昔は、みんなここにいたんだ。もう、誰もいねえけどさ」

 感嘆する鈴谷に、彼は何の感慨も浮かべずに言った。

 その意味を、理解できない鈴谷じゃない。

 でも、気にしては彼に失礼だ。ここは、彼の実家。

 わかりきったことをいちいち考えていては、遺された彼に対して無礼すぎる。

「何か飲むか?」

「いいの?」

 居間らしき部屋に案内される。

 何もない。六畳程度の広さに、中央に灰皿の置いてあるちゃぶ台。

 壁の隅には棚が鎮座する。他は、大きな今時珍しいブラウン管テレビがある。それぐらいしかない。

 座布団があったので座る。鈴谷は、その時点で気付いた。

 かなり年季の入った座布団だった。日焼けしている古い座布団。

 この刺繍された錨。不器用な人が自分が仕上げたのか、市販にしては変だった。

「ん……。紅茶かコーヒーしかねえや。どっちにする?」

「コーヒーで」

「あいよ」

 棚を覗いた彼は、座る前に座布団を見下ろす鈴谷を見て教えてくれた。

「それな。母さんの座布団なんだ、遺品だから汚すなよ鈴谷」

「うん……」

 軽く言うが、そういうことだ。

 鈴谷も何でもないように言う。意識して。

 この家は、家族が嘗て暮らしたと彼は言った。

 彼の家族はもう、父親のみ。あとは全員死別している。

 遺品しかないのではないか。彼の思い出の場所に、プライベートだから入れてもらえた。

 鈴谷は改めて、自分が如何にとんでもない事を言い出していたか理解する。

 去っていった彼の背中には、何も見えない。

 少なくとも、もう過去にしているんだろう。

 何事もないように教えるのだ。然し、それは蔑ろにしていい理由にはなってはいけない。

 彼の過去を知っていて、ここに訊ねてきたのだ。

 その意味を、よくよく考えるべきだと思う。

 故に、一度台所の彼に外に出るとだけ言って、庭に出た。

 鎮守府に電話した。代理に報告。

 ここに来る艦娘を、慎重に選んでほしいのと、一度に沢山は送るなという進言。

 同時に、余程親しくない限りは寄越すなとも言った。

 思い出を尊重できない艦娘もそこそこいて、そういう類いは招いてはいけない。

 そう、判断した。代理も了解して、切った。

「電話か」

 携帯から耳を遠ざけて一息つくと、背後から声。

 振り返ると縁側の開けっぱなしの窓に手をついた彼が立っていた。

 何の感情も浮かばない、能面の顔で。

「う、うん……」

「そうか。ま、やることなんかない。そこの錦鯉に餌でもあげて時間潰してろ」

 不在の間は親戚が錦鯉の世話だけはしてくれたらしく、立派に育ってると言って餌を投げて寄越す。

 喉が渇いたら、さっきのコーヒーでも飲めと言って彼は戻っていく。

 滞在は許しても、同じ時を過ごす気はない。過ごしたくないのかもしれない。

 でも、それは気が滅入るだけとも気付いている。

 鈴谷も、ちゃんと把握していた。

「ねえ、折角なんだし鈴谷と一緒にやらない?」

 その背中を呼び止める。

 どうせ時間など腐るほどある。なら、一緒に誘う。

 荷物はもう居間に置いてある。あとは夜まで時間を潰すだけ。

 することもないなら、と不安半分で誘うと。

「……それもそうだな」

 此方に向いて、サンダルを履いて外に出る。

 特に何も感じない。ただの暇潰し。

 二人は池の前で屈んで、鯉の餌を池に投げ入れる。

 春にしては暖かく、風もない穏やかな昼下がり。

 浮かんだ餌を、音をさせて食いつく錦鯉。

 無表情で餌を投げ入れる彼と、食べる様子を眺めている鈴谷。

 こんな風に、痛みも苦しみも感じることもなく、与えられた何かを淡々と行えれば何れだけ救われるか。

 羨ましい。錦鯉はそんな知性も何もない。餌を食う食欲が今の全て。

 悩むことも、迷うことも、高度な知性の証明なのだとしても。

(……そんなの、鈴谷は要らなかったな……)

 こんな気持ちになるぐらいなら、何も思わぬ、鉄の塊の方が良かった。

 海にただ浮かび、操作されるままに敵を殺し続ける軍艦が良かった。

 ……そんなことを、思いながら餌を黙って、鈴谷は見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(提督が嫌になったの? なら、早く言ってほしかったわ)

(バカね。私がそんなことで幻滅すると思うの? 何を今更)

(何年隣に立っていると思うの。簡単なことを聞かないで頂戴)

(なら、私も艦娘を捨てるわ。……えっ? 迷い? 何を迷うのよ)

(要らないわよ艦娘の力なんか。私が大事なのは夢と貴方だけ)

(仲間? 絆? 使命?)

(必要ないわね。下らない、そんなものが枷になると分かった以上はもう使わない)

(ねぇ、落ち着いて考えて。何もかも守れるほど貴方は優秀なのかしら?)

(違うでしょう? 私も生憎と優秀じゃないの。どちらかと言えば貴方と同じ)

(愚かな女よ。分かっていたでしょう、私が夢を持っていると知っているくせに)

(艦娘に夢なんか要らない。そう、艦娘はすべからく現在のために存在する)

(……っていうのが普通よね。けど残念でした)

(私が欲しいのは平穏な海よ。平和な時代よ)

(でも、こう思わない?)

(別にそれ、私が死ぬような思いして実現しなくても良くない?)

(死んだら全部おしまいよ? じゃあ、自分をチップに出さなくてもいいじゃない)

(こんないつ終わるかも分かんない戦争に、律儀に付き合う方がバカを見るわ)

(ねぇ、もう一度聞くけど)

(提督が嫌になったのなら、一言言ってほしいんだけど)

(私も一緒に逃げてあげる。同じ夢、見てくれるって言ったのは誰だったかしら?)

(共犯者なんだから、自分だけ逃げちゃ……ダメよ)

(フフフッ……。もういいわ、私ももう我慢しない)

(何処の誰かも知らない女に、貴方を奪われるぐらいなら)

(貴方を全部私のものにする。……いいえ)

 

(私達のモノにする。死ななければいいのなら、皆で使命なんか捨てればいいのだから)



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