ゼノブレイド2 the Novelize (natsuki)
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第一章 天の聖杯
第一話 出会い


 

 

 

 この世界は、終わりゆく世界だ。

 そんなことを言ったのは、どの国のどの科学者だっただろうか。

 そんな判別がつかないくらいに、口を揃えて皆が言うのは、この世界に対する不安。

 雲海に浮かぶ巨神獣の上に、俺たち人間は生きている。

 そして雲海に覆われた世界――アルスト。

 この世界は、巨神獣の寿命によって――終わりに近づいている。

 

 

◇◇◇

 

 

「ええっ! こんなにサルベージしたのに、これだけえ!?」

 

 アヴァリティア商会、中央交易所。

 そのカウンターにて、サルべージャーである俺、レックスは思わず大声を上げてしまっていた。

 

「そんなこと言われても、困るも。こちらだって、レックスの腕を買ってそれなりにオマケしているんだも」

 

 カウンターに居るノポンは、そう言って俺にゴールドの入った袋を手渡す。

 しめて、一万三千ゴールド。

 あの量ならもう二千ゴールド積まれてもおかしくはないのだが……。

 

「そ・れ・よ・り! ちょっと耳を貸すも、レックス」

「ん? どうしたの?」

「最近、インヴィディアとスペルビアが戦争を始めそう、という話は知っているも?」

「ああ、聞いたことはあるけど」

 

 インヴィディア烈王国とスペルビア帝国は、それぞれの巨神獣――領土を求めて戦争を始める。そんな話はアルストに住む人間なら常識だ。

 確か、テンペランティアってところが共同管轄地になっていたはずだったけど、詳しい話は俺にも分からない。サルべージャーは国境に縛られないからね。

 

「軍需物資を取り扱う、というのはどうも? そっちなら、一回ごとに三千ゴールドは儲けが出るも! 勿論、アヴァリティアが二割の手数料をもらうからそこから……六百ゴールドは差し引かれるも」

 

 物資を運ぶだけで二千四百ゴールド。

 確かに儲けは申し分ない。二千四百ゴールドもあれば無駄遣いさえしなければ五日ほどは生活出来る。

 でも。

 

「でも、俺は軍需物資は取り扱わないって決めているんだ」

 

 そう言って、袋の中から三千ゴールド分だけ取り出す。

 

「一万ゴールドはイヤサキ村のコルレルさん宛に送っといてよ」

 

 俺の返事を聞いたノポンは表情一つ変えず、袋を受け取った。

 

「了解も。……それにしても、この年で故郷に仕送りとは、流石だも。うちのドラ息子にも見習って欲しいも……」

 

 ノポンは背後でじっと何か本を読んでいるノポンを見ながら、言った。

 何というか、ノポンの家庭事情も複雑なんだな。

 そんなことを思いつつ、俺は袋を受け取って『じいちゃん』の所に戻ろうとした――。

 

「レックス、ちょっと待つも」

 

 

 ――そのタイミングで呼び止められた。

 

 

 振り返ると、そこにはノポンが居た。そして彼の両端にはボディーガードよろしく黒服の男が二人。……ってことは相当偉い人?

 俺がどうすれば良いのか判断に迷っていると、

 

「バーン会長がお呼びだも。会長室に向かうも」

「会長が? 俺を? 何で?」

 

 バーン会長。

 会長とついているからお察しの通り、このアヴァリティア商会のトップだ。ノポンは金にがめつい性格をしているというけれど、その中でもバーン会長が一番がめついんじゃないか、って思う。堅実で、確実に、大金を稼ぐやり方を知っている。しかし噂によるとマザコンとの話もあるけれど……。

 

「何でも何もないも。会長直々に、お前に依頼したいことがあるらしいも」

「会長直々?」

 

 何でまた。

 サルベージの依頼ならもっと良いサルべージャーだって居るだろうに。

 まあ、俺の腕が悪いってことを言いたいわけじゃないけれどさ……。

 

「とにかく向かうも。話はそれから。依頼人も既に待っているも」

「分かったよ。取敢えず話を聞きに、会長室へ向かえば良いんだね」

 

 そうだも。とだけ言って踵を――そういえばノポンって踵はあるのかな?――返していった。

 

 

 

 俺が会長室に到着したのは、それから二分後のことだった。

 

「失礼します」

 

 一応、礼儀は正しく。相手は目上だ。何かあったらサルべージャー生命に関わる可能性だって充分にあるわけだし……。

 

「お前が、レックスだも?」

 

 噂には聞いていたとおり、巨大なノポンがふてぶてしい態度をとって椅子に腰掛けていた。……この人がバーン会長か。そう思いながら俺は頷く。

 

「お前、リベラリタス島嶼群のイヤサキ村出身……だったも?」

「そうですけれど……」

 

 何で知っているんだ?

 もしかしてサルべージャーのリストでも確認したかな。会長権限ならあり得る話だ。

 

「実は、お前に依頼が来ているも。報酬は前金で十万ゴールド、さらに成功したら十万ゴールド。しめて二十万ゴールドの報酬だも」

 

 じゅ、十万!?

 思わず俺は目が点になってしまうような、そんなリアクションをとってしまった。

 分からない人のために言っておくと、俺の普段の稼ぎがだいたい七日で二万ゴールドあれば良いほうだ。まあ、三千ゴールドもあれば七日は暮らせるほどの食料を買い占めることは出来るのだけれど、それを考えると、十万ゴールドは破格だ。

 気付けば俺は二つ返事でその依頼に了承していた。

 

「やります! やらせていただきます、このレックス、全身全霊をもって任務に当たらせていただきます!」

「……お前、依頼内容は聞かなくていいも?」

 

 はあ、と深い溜息を吐きながらあきれ顔でバーン会長は言った。

 おっと、十万ゴールドという価格に驚いて依頼内容のことをすっかり聞きそびれていた。

 

「ああ。そうだった。……で、依頼内容ってどういうもの? サルベージですか?」

「本当に大丈夫かも……。ま、いいも。入るも」

 

 ぎい、と横の扉が開いた。

 中から出てきたのは、白い仮面の男と、黒い服のりりしい顔立ちの男――そして、

 

「……猫?」

 

 否、修正しておこう。正確には、グーラ人だ。確か獣みたいな耳をしているはずだったし。グーラ――スペルビア帝国の植民地で、確か近々遷都が予定されていたはず――出身なのだろうか。

 そして、そのグーラ人の少女の隣にいる白い虎のような獣。

 ただのペットには見えないし、もしかして……。

 

「ドライバーに……ブレイド。凄い。初めて見た」

 

 ドライバー。

 ブレイド。

 簡単に言えば、ブレイドが能力を武器に提供し、その武器を使ってドライバーが攻撃する……だったかな? 俺もドライバーじゃないから細かいことは分からないけれど。

 

「シン。今回の任務って、子供の世話も兼ねているんだっけ?」

 

 そんなグーラ人の少女ドライバーは、俺を見て失笑した。

 どうやら白い仮面の男はシンというらしい。

 ってか、子供ってどういうことだよ。子供って。

 

「お前だって子供じゃないか」

 

 気付いたら俺は反論していた。……普通に考えれば、その反論自体まさに『子供』の代表格的なものなのだけれど。

 

「私はそれくらいの価値で馬鹿みたいに喜ばないからね。……で、ドライバーは一人でいいんだっけ?」

「ああ。……レックス、といったな。一応再確認しておくが、リベラリタス島嶼群のイヤサキ村出身で間違いないな?」

 

 シンと呼ばれた男は俺に問いかける。

 鋭い目つきだ。見られるだけで硬直してしまうような、そんな目線。

 氷のように、冷たい目だ――。

 

「聞いている。イヤサキ村出身で、間違いないか?」

「ああ」

 

 俺は、その目線に負けないように、はっきりと頷いた。

 

「本当はそれくらいの報酬に見合う腕利きのサルべージャーに依頼する予定だったも。けれど、リベラリタス島嶼群のイヤサキ村出身のサルべージャーかつ実力があるのは、お前しかいなかった、ということだも」

 

 俺とシンの会話にバーン会長が割り入る。

 

「へへっ。実力を買ってもらうのは、有難いね」

「……依頼内容は、ある物品のサルベージだ」

 

 シンは静かに、かつ簡潔に話し始めた。

 

「ある物品、って……聞くのは野暮かな」

「分かってるじゃねえか、小僧」

 

 りりしい顔立ちの男は俺を見てそう言った。

 

「レックスだ。あんたは?」

「俺はメツ。よろしく頼むぜ、小僧? 金を払うんだ。その分の仕事はしてもらわねえとな」

「……あたしはニア。そして、」

「私はビャッコと申します。お嬢様のブレイドをしております」

 

 ……驚いた。ブレイドは話せるってのは聞いたことあるけれど、獣型のブレイドでも普通に話せるんだ。

 

「あ、ああ。よろしく」

「出発は明日。先ずはこれが手付金の十万ゴールドだ。これで装備を調えてくれ。出発は、ゴルトムント門出の港から、ウズシオという船を利用してサルベージポイントへと向かう。くれぐれも準備を怠らないように。以上だ」

 

 そうしてシンたちはそのままバーン会長の部屋を出て行ってしまった。

 なんだかサバサバした感じだけれど、ま、依頼人と引受人の関係だし、そこまで気にすることもないか。

 俺も準備をするためにバザールへ向かうことにしよう。そう思って俺もバーン会長の部屋を出るのだった。

 

「……おっと」

 

 その矢先、俺は慌ててしまって誰かにぶつかってしまった。

 大きな剣を背中に背負った男だった。隣にはブレイドと思われる曇りメガネをかけた女性もいる。

 

「ごめんね、急いでたんだ!」

 

 俺は急いで謝罪し、そのまま一階にあるアヴァリティア・バザールへと向かうのだった。

 

 



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第二話 出航

 

 だが、その前に俺には一つやらなければならないことがあった。

 それは『じっちゃん』に数日間アヴァリティアに滞在してもらうことを説明しなければならない、ということ。

 じっちゃん……簡単に言えば俺の住居であり家族であり、そしてじっちゃんは巨神獣だった。巨神獣の中でも小さく、国を構成するほどではないが、物心ついたときから、そしてサルべージャーとして生計を立てるようになってからは家代わりとしてじっちゃんとともにこのアルストを旅している、というわけだ。

 んで、そのじっちゃんに声をかけるわけだけれど……。

 

「……何でそんな訳も分からない胡散臭い任務に二つ返事で了承したんじゃ、レックス」

「何でって……。別に数日だけだし、場所もアヴァリティアからそんな遠くないし、問題ないだろ。一応座標も教えておくけれど」

「……成程。まあ、確かにそう遠くないわい。けれど、わしは少し心配じゃぞ。レックスが危険な目にあうんじゃないかと」

「そんなの、ずっと昔からそうじゃないか。取敢えず後は何とかしといてよ! じゃあ、俺、準備しないといけないから! 後はよろしくー!」

 

 これ以上じっちゃんの話に付き合っていると冗談抜きで夜が明けかねない。まだ準備の一つも終わっていないのだ。スーツの新調と仕送り、武器の手入れ……。

 

「今日はレムレイムで寝ることにしようか……」

 

 レムレイムはアヴァリティア商会にある宿屋だ。俺もたまに利用するけれど、普段はじっちゃん(つまり、俺の家)で寝ている。だってそっちの方が節約出来るし。けれど今は十万ゴールドという大金がある。無駄遣いは良くないけれど、レムレイムの代金は確か百五十ゴールドぐらいだったはず。少しぐらい、贅沢をしても罰は当たらないだろう。

 そんな期待に胸を膨らませながら、俺はアヴァリティア・バザールを歩いて行くのだった。

 

 

 

「……あんさんも分かってるんやろうなあ」

 

 会長室では、レックスたちが出て行って直ぐ、別の客人が訪れていた。

 客人はアーケディア法王庁からやってきた特使だったが、その風貌はアーケディアのそれとは少し違っているように見える。

 

「何のことだも。アヴァリティアは金になることはするけれど、金にならないことは一切しない主義だも」

「まー、アヴァリティアの考えはどーでもええねん。うちらアーケディアも独自に追ってはいるけれど、アヴァリティアに情報が入ったら即刻教えて欲しいねん」

「教える……って何をだも?」

「決まっとるやないか」

 

 その男の目が、少しだけ輝いたような気がした。

 

「天の聖杯。神によって生み出された特別なブレイド。それが今……目覚めようとしている、ということや」

 

 

 

 

 次の日。

 諸々の準備を済ませた俺はいつものサルべージャースーツに身を包み、ゴルドムント門出の港へとやってきていた。

 既に俺以外の乗組員はやってきていて、準備を済ませているようだった。

 

「遅かったね、あんた。逃げたかと思ったけれど」

 

 背後から声が聞こえたので振り返る。立っていたのは、ニアだった。

 

「何だよ。……俺が怖気付くとでも思ったのか」

「べっつにー。ま、お金はしっかり払っているんだから、それくらいは働いてくれよ」

「任せておけ」

「おーい、レックス! 何をしているんだ、もう出発するぞ!」

「やべっ! ニア、お前のせいだぞ」

「はあっ!? なんで私のせいなのさ!」

 

 そうして俺とニアは急いで雲海探査船――ウズシオへと向かうのだった。

 

 



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第三話 古代船

 

「ここが、目的地だ」

 

 シンに言われた場所は、周りに他の巨神獣など一切居ない場所――モルスの断崖にほど近い場所だった。

 普通のサルベージならこんなところは滅多に来ないね。なんでかって? そりゃ、モルスの地――この雲海の底に沈む死の国へと誘われるという言い伝えがあるからさ。ま、あまり気にしてはいないけれど、だからといって命知らずな人間もあまりいないってわけ。

 そういうわけで俺たちサルべージャー軍団はサルベージスーツに全身身を包み、雲海へと潜っていくのだった。

 雲海に潜り、暫くすると、やがて一つの船影が見えてきた。

 

「あれが……サルベージする予定のブツだな」

 

 独りごちり、サルベージするための道具を装着する。

 ボタンを押すとバルーンのごとく膨らみはじめ、ゆっくりと浮上し始める。

 浮力、というものを利用して船ほどの巨大なものを運ぶのは初めてのことだったが、案外うまく行くものだな、と思いながら俺も船を追いかけるように浮上するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「準備ができ次第、内部への調査に向かう」

「いいや。内部へ向かうのは俺たちだけだ」

 

 リーダーの話を遮るように、シンはそう言った。

 シンの言葉を聞いて「俺たちは邪魔者扱いかよ」と思ったが、これ以上言ってしまうと契約破棄になりかねないので、言わないでおくことにした。

 所詮、俺たちとあいつらは契約によって結ばれている存在に過ぎない。

 その契約が終わってしまえば、後はおしまいだ。

 

「ああ、そうだ。あとおまえも来い」

 

 シンは俺を指さして、そう言った。……え、俺も?

 

「なんで俺も?」

「おまえはリベラリタス島嶼群のイヤサキ村出身なのだろう」

「あ、ああ。そうだけれど」

「だから、だ」

 

 シンはそれだけを言って、古代船の中へと向かっていった。メツと、そのブレイドもまた彼の後を追いかけていく。

 

「……ほら、行くよ」

 

 ニアだけは反応が違った。俺をおいていくのではなく、俺を出迎えて、俺とともに行こうとした。

 だから、俺はニアの手を握った。

 

「ああ、行くぞ。……シンとやらにああ言われっぱなしじゃサルべージャーの名が廃るしな」

 

 そうして、俺たちは古代船の中へと入っていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 古代船の中には、紋章が描かれた扉があった。

 

「……おい、シン。あれは、アデルの紋章だな」

「ああ。確かにそうだ。ここまではその通りだな」

 

 二人がひそひそ話をしているが、どんな内容を話しているかは聞こえない。

 だから俺は紋章を眺めているだけだった。

 その紋章を――ただ懐かしく――眺めているだけだった。

 

「おい、レックスといったな」

 

 俺を呼びかけたのはメツだった。メツの話は続く。

 

「これから先は、おまえしか扉を開けることができない。おまえが、扉を開けるんだ」

「俺が?」

「そうだ。おまえが、開けるんだ」

 

 そんなことを言われても――と思い、紋章の扉を調べ始める。

 一番気になったのは、その紋章だ。

 そして、紋章に触れてみると、ゆっくりと扉は開き始める。

 

「え……え? ただ、触れただけなのに……!」

「やはり、リベラリタス島嶼群ということは間違いないようだな、シン」

「ああ。そうだな、メツ。……おい、そのまま、先に進め」

 

 シンの言葉を聞いて、言われるがままにすることを少し嫌と思いながらも、歩いて行った。

 そして、その先にあったのは――剣だった。

 赤い、剣。特徴的な剣の先には、棺が屹立していた。

 棺の蓋はガラスのように透明になっており、そこから中身を確認することができる。

 棺の中で、女の子が眠るように横たわっている。

 両手は神に祈りを捧げるかのごとく結ばれている。

 そして、その光景を、俺はただ美しいと思っていた。

 ただ、美しいと思ってしまっていた。

 次に視線を剣に移す。その剣はただ突き刺さっているだけなのに、あふれ出る力は何かを思わせる。

 ……抜き取れ。

 ……抜き取れ。

 まるでその剣を抜き取らなければならないような、そんな感じがした。

 

「おい、小僧!」

 

 メツの言葉も、もう何を言っているのか聞き取れないほど朦朧としていた。

 そして、俺は剣を――ゆっくりと抜き取った。

 それと同時に、衝撃が走る。

 吐き出したその液体を手に取ると、それは、血だった。

 そして、俺は、シンの持つ剣に突き刺されているのだと、ようやく理解した。

 

「悪く思うなよ、少年」

 

 シンは言った。

 悪く思うな……?

 いったい、どういうことだよ……?

 俺の体を刺しておいて、悪く思うな、ってどういうことだよ……?

 

「この先の未来を見なくてもいいように、せめてもの手向けだ」

 

 意味が分からないよ。分かるわけがないよ。

 この先の未来? せめてもの手向け?

 疑問がたくさん浮かんでいく。ああ、でも意識が徐々に朦朧としてきた……。血が出すぎたのかな……。

 

「レックス……!」

 

 ニアの叫ぶ声が聞こえる。ニアは俺のこと、気にかけてくれていたのかな。ニアだけは悪く思えないのも、何故だか納得できてしまう。

 ああ……目も霞んできた。

 俺、こんなところで…………死ぬのか。

 ……………………そして、俺の意識は、そこで途絶えた。

 

 



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第四話 楽園伝説

「……ここは?」

 

 俺が目を覚ますと、そこは草原だった。

 俺は、確かシンに体を貫かれて……。

 

「ってことは、ここは…………天国?」

 

 参ったな。天国ってこんなに広い場所なのか。しかも誰も居る気配がしないし。

 強いて言えば、さっきからたまに鳴り響く鐘の音……。

 

「……ん?」

 

 見ると、高台の上に大きな木が生えている。

 そしてよく見ると……人? 人が立っているように見えた。

 

「あれは、いったい……?」

 

 誰なんだろう。

 なぜそこに居るのだろう。

 俺はそう思って、そこへ走って行く。

 その答えを知りたくて。

 その言葉を知りたくて。

 高台の上、その木の傍には、『彼女』が立っていた。

 彼女は、あの棺で眠っていた、あの彼女だった。

 

「君は……」

「私の名前は、ホムラ」

「あ、えーと、俺の名前は……」

「知っています。……レックス、でしょう?」

 

 俺が答えるよりも先に、ホムラは言った。

 

「え、なんで知っているの?」

「あなたがあの剣に触れたとき、あなたの情報が入ってきたから」

 

 ああ、そうなんだ。

 

「ところで、ここはいったいどこなの?」

「ここは……楽園」

「楽園…………楽園! この場所が……!」

 

 緑豊かな大地。

 遠くには教会だろうか。何か建物が見える。そしてその周囲に広がるのは、見たこともないくらい高層の建造物だ。

 ここが楽園……。楽園は、ほんとうにあったんだ……。

 

「でも、ここは私の記憶の中の楽園。だから、あなたの世界の楽園じゃない」

「そっかあ……。でも、少しだけ、希望が持てたよ。楽園はやっぱり素晴らしいところなんだな、って」

 

 ……あれ? 何か忘れているような……。

 

「ああっ! まずい、シンのことをすっかり忘れてた! あいつら絶対ウズシオのみんなを殺すつもりだ。そうに違いない! 急いで知らせないと…………ああっ、でも俺死んでるんだったああああ!! どうすれば……!」

「レックス、方法なら、あります」

 

 ホムラの言葉を聞いて、俺は思わずホムラの両肩を触りながら、

 

「ええっ。どうやって?」

「私の命を、半分あなたにあげます」

 

 ホムラは、自分の胸にある十字架にも似たクリスタルを指さした。

 たぶん……だけど、それは、コアクリスタル。ブレイドの核とも言われるもので、仮にドライバーが死んでしまったとしてもブレイドはコアクリスタルに戻り、実質永遠にその命を生き長らえさせることができる、と聞いたことがある。

 ということは、彼女もまた、ブレイドということだ。

 でも、今その姿を現出させているということは、同調したドライバーが居るはずだけど……。

 

「だから、私のドライバーになってください。天の聖杯の、ドライバーに」

 

 

 

 

 

 天の聖杯――ホムラが入った棺を抱えて外に出るメツ。

 それをウズシオ乗組員は興味のまなざしで眺めるものも居れば、なぜレックスが居ないのか疑問を浮かべるものも居る。

 それが、メツは気にくわなかった。

 

「おい、ニア」

 

 ニアはレックスが死んでからずっと俯いていた。

 そしてそれはメツの言葉を聞いてもなお、続いていた。

 

「ニア。……こいつらを殺せ」

 

 顔を上げ、抗議するニア。

 

「何でだよ、こいつらを殺す必要なんて、無いじゃんか」

「俺たちにはあるんだよ。……既にこいつらの命に相当する金額はアヴァリティアのノポンに支払っている。だから、こいつらを殺すことで計画が成功するわけだ。その役目をおまえにやってもらおうというわけだよ。分かるか?」

「でも、こいつら……何もしてないじゃんか。何で殺さなきゃ……」

「ああ、もう面倒くせえっ!」

 

 メツは天の聖杯が入った棺を置く。

 

「俺がやるわ。……ニア、おまえはビャッコと一緒にこの棺をモノケロスに運べ」

 

 そして、メツがウズシオ乗組員達の居る場所へ向かおうとした――そのときだった。

 天の聖杯が入った棺が、炎上した。

 

「なにぃ!」

 

 メツは驚き、棺を見る。

 しかし棺は完全に焼失し、そこには誰も居ない。

 そして炎だけその場に残り、その炎は古代船の屋根へ移動する。

 炎はゆっくりと消え、その姿が露わになる。

 

「……ようやくお目覚めかよ、ホムラぁ!」

 

 メツは咆哮する。

 その声に呼応するように、古代船の甲板から――天の聖杯の剣を構えたレックスが姿を現した。

 そして、レックスは言った。

 

「後ろから狙うなんて卑怯じゃないか」

 



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第五話 ブレイド

「その剣……まさか小僧!」

「やはりその瞳、注視しておくべきだったな」

 

 メツとシンがそれぞれそんなことを口にしたが、そんなこと今の俺には関係ない。

 俺は、後ろから切り込んできたシンが許せなかった。ただそれだけだったのだ。

 

「おりゃあああ!」

 

 剣の構えなんて関係ない。

 ただ力任せにその両手剣を構えるだけ。

 

「俺が行こう」

「いや。お前の力をここで使わせる訳にはいかねえ。それはお前だって分かっているだろうが。……俺が出る」

 

 メツが剣を振る。その風圧は思わず吹き飛ばされてしまうほどだった。

 

「ザンテツ! 行くぞお!」

「おいよっ!」

 

 二人――正確には一人と一匹になるのだろうか――は、走り出す。

 俺とホムラも併せて走り出して、俺は剣から炎を、ホムラは防御のシールドを張ることでお互いにカバーし合う。

 聞いたことがある。ドライバーの武器はブレイドからエネルギーを供給してもらってその力を発揮する、と。あのときは話半分で聞いていたけれど、今思えば聞いておいて正解だったと思う。

 しかし、ザンテツとメツの攻撃に、俺たちは受けの姿勢をとることしかできない。

 なんとか反撃に出たいところだけれど……なかなか難しい!

 

「レックス!」

 

 ホムラが叫んだのはちょうどそのときだった。

 

「どうしたの、ホムラ!」

「私のかけ声に併せてください。剣を一緒に、もって!」

 

 剣を持つ手がホムラの手に触れる。ちょっと恥ずかしくなったが、そんなことを言っている場合じゃない!

 そして、剣を上に構えると、そこから火柱が立ち上った。

 

「ばあああにんぐ、そおおおおおおおおどおおおおおおおっ!」

 

 そして、炎の柱がメツたちに命中した。

 ウズシオはこの混乱に乗じて全員が乗り込み、ゆっくりと動き出していた。

 ほんとうなら俺たちもあの船に乗りたいが……そんなことを言っている場合じゃない。

 そして煙が晴れると――まだメツたちは生きていた。

 いや、生きていたどころじゃない。無傷だ。

 

「そんな……バーニングソードを浴びてもまだ無傷なんて」

「おめえはいつまでその仮初めの姿で居るつもりだ?」

 

 メツの言葉に、ホムラは唇を噛んでいた。

 だが、だからこそ気づけなかった。

 モノケロス――メツたちが乗ってきたあの船から砲弾が発射されていたことに。

 

「ビャッコ! レックスたちを守るんだよ!」

「了解です、お嬢様!」

 

 ビャッコのシールドが俺たちを守ってくれるまで、その砲弾に気づけなかった。

 

「……ニア? 助けてくれたのか?」

 

 俺の言葉に、ニアはピースして応える。

 

「ニアぁ! 何をしているのか、分かっているのか!」

「その台詞、そっくりそのまま返させて貰うよ! いったい何がしたいんだよ。何かを手に入れることは知っていたけれど、こんなことになるなんて、人を殺さないといけないんて聞いてないぞ!」

「人間がクズだということは、ニア、お前にだって分かっていたことだろうがよぉ!」

 

 ニアはそれを聞いて、答えることができなかった。

 ビャッコがニアの前に立ち、ニアを守ろうとする。

 それにしても、このままでは何もできない。逃げようにも船は動かない古代船と、シンたちの船と思われるモノケロス。

 

「くそっ……こんな時にじっちゃんが居てくれたら……!」

「れええええっくすうううう!」

「……え?」

 

 幻聴が聞こえたのかと思った。

 でも、違った。

 空を見上げると、じっちゃんが確かに飛んでいたのだ。

 

「セイリュウ、か。……成程、あの少年とともに居たのならば、納得できる。あいつがあの血筋であるならば……」

 

 シンの言葉は相変わらず訳が分からない。

 でも、とにかく今は、逃げないと!

 

「ニア、ビャッコ! あの巨神獣に飛び移れ!」

「ええっ!」

「あれは俺のじっちゃん……ええっと、味方だ! いいからとにかく早く!」

「わ、分かった!」

 

 もしかしたら分かっていないかもしれないが、ニアとビャッコはじっちゃんへと飛び移っていった。

 そして俺たちもまた飛び移る。

 

「じっちゃん、どうして俺のことが分かったの?」

「お前さんのことじゃ。何か騙されているような気がしていたからのう。それに、あのノポンは何か変なことを考えていたようにも見えるし、現にそう聞いていたからな」

「誰に?」

「ワイがその巨神獣に教えたんや」

 

 突然、第三者の声がして俺は耳を疑った。

 振り返るとそこには一人の青年と、女性が座っていた。

 どこかで見たことがあるような気がするけれど……ええと、どこだったっけ。

 

「ボンが、天の聖杯のドライバーか。……ああ、安心せい。今のところは味方や。ボンが天の聖杯をどう使うかどうかによっては敵になるかもしれないがな」

「あんたは……いったい」

「ジークや。そんでもって、こっちはサイカ。ワイのブレイドやな。……ま、詳しくは逃げ切ってからの話とさせてもらおか」

 

 そうして。

 俺たちは古代船からじっちゃんを使って逃げ去っていくのだった。

 

 

 

 

「畜生、まさか小僧、巨神獣を持っていたとは」

 

 メツは舌打ちをして剣をしまう。

 

「一度、アジトに戻るぞ」

 

 シンの言葉に、メツは首を傾げる。

 

「追いかけなくていいのか」

「天の聖杯が目覚めたならば、今はそれで構わない」

「ああ。そうかよ」

 

 そうして二人もモノケロスへと入っていった。

 

 



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第二章 機械仕掛けのブレイド
第六話 トリゴ


「……ようし、取敢えず着いたで。ここがグーラや」

 

 ジークの言葉を聞いて、俺たちは港に降り立った。

 

「いやあ、まさかそれにしてもあの船があった場所がグーラの近くとは……」

「そうですね、お嬢様。これはやはり惹かれているというか……」

「そっか。二人はグーラの出身なんだね。確かに耳がグーラ人の耳をしているし」

 

 獣耳――それはグーラ人の特徴だ。

 

「問題は、ここからどうするかっちゅう話やけど……、取敢えず飯食いながら話したほうがええやろ。お互いに腹も減っているだろうしな」

「それもそうだね」

 

 と、いうわけで。

 俺たち三人とブレイドのみんなは、トリゴ商店街へと向かうのだった。

 

 

 

「ビヨンコネクタ……六百ゴールドも……」

 

 店先で一人のノポンが財布と何かの部品の間で目線を移動させていた。

 

「でも手持ちは……一千ゴールド、あるにはあるけど、これは生活費……」

「お客さん。買うの、買わないの?」

「買えないも……。ごめんなさいも……」

 

 とぼとぼと、ノポンは帰っていった。

 

「次は商品を買ってくださいよー!」

 

 

 

 

 

「……というわけで、天の聖杯というのはとても扱いが難しいものなんや。ボンが生き返ったっちゅうのも、その天の聖杯だからこそできる、イレギュラーなんやな」

 

 エストラルステーキを頬張りながら、ジークは言った。

 俺たちとジークはお互いに持っている情報を出し合った。情報交換、というわけだ。

 ジークは法王庁――アーケディアに所属しているらしい。何でも天の聖杯が目覚める可能性があるから調査に行くよう、天啓があったらしい。

 アーケディアの人間だから堅苦しいかと思っていたけれど……ジークの言葉遣いはどこか変で、それ以外もどこか変わっていた。覇王の心眼とか言っていたけれど、実はコンタクトを買うお金が無かったり、英雄アデルに憧れて英雄アデル焼きばかり食べているとか。まあ、全部ジークのブレイドであるサイカから聞いた話なんだけど。

 

「ボン。これからどうするつもりや? あの感じからして、もうアヴァリティアには近づかんほうがええで」

「そう……だよな」

 

 アヴァリティアが依頼を受けた場所で、全員を殺すように命令があった。

 つまりバーン会長は全員が死ぬことも、おそらくウズシオが沈むことも織り込み済みで今回の依頼を受けたに違いない。

 

「まあ、そういうわけでな。ワイが居るっちゅうわけやけど」

「どういうこと?」

「ボン。これからワイと一緒にアーケディアに行くで」

「あ、アーケディアに?」

「せや。マルベーニ猊下、名前だけなら聞いたことあるやろ? そのマルベーニ猊下がお前に会いたがってる。理由は……ああ、確かそこまで聞いてなかったな」

「聞いてなかったんやなくて、そこまで聞かなくて飛び出したんとちゃうん?」

「んなっ。言うなっ、サイカ」

 

 ジークとサイカの漫才めいたやりとりはさておき。

 

「でもさ……俺、まだ解決していない問題があるからさ。それをなんとかしたいんだよ」

「ボン……。せやな……」

 

 

 

 

「「どうやって、ニアを救い出すかだよなあ……」」

 

 

 

 二人の言葉は準備もしていないのに、シンクロするのだった。

 時は、約三十分前に遡る――。

 

 



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第七話 カグツチ

「そういや、ニアはイーラの人間なんか?」

「イーラ?」

「シンやメツたちの所属する団体の名前だよ。国境を気にすること無く、自由に動くことのできる組織。その目的は……公には謎だって言われている。コアクリスタルを大量に奪ったりしているけれど、正直シンの目的は私にも分からない」

「……せやったか。いや、アーケディアは永世中立を誓っているが、イーラに関しては敵対していてな。本当なら、イーラの情報を少しでも貰うことができれば、少しはニアがイーラの人間じゃなくなると思ったからな」

「でも……あそこは私の居場所だったよ」

「やりたくないことを、無理矢理やらされようとしても……か?」

 

 ジークの問いに、ニアは何も答えられなかった。

 

「ま。別にええんや。兎に角アーケディアに向かってもし何か言われたらワイが証言したるから安心しとき。取敢えずは一度グーラで休憩してからアーケディアへ向かおうやないか。ちょうど巨神獣も居る訳やしな」

「待て、そこの獣耳の女」

 

 背後から声が聞こえる。俺たちは振り返った。

 そこに居たのは兵士だった。兵士達は俺たちを一瞥して、やがてニアの顔を見つめる。

 

「……指名手配中のイーラのメンバー、まさかトリゴに来ているとはな。それにしても指名手配されているにもかかわらず、堂々と入ってくるとは」

「ちょっと待てって! こいつはイーラやったかもしれんが、今はイーラの人間やない! 心を入れ替えたんや」

「お前は誰だ」

「ワイはジークや。アーケディアの特使をしとる」

「そんな変な言葉遣いのアーケディア人が居るか! お前も虚偽罪で逮捕する!」

「なんでこんなことになるんや……!」

 

 背中の大剣を構えながら、ジークはつぶやく。

 

「ジークに悪霊でも取り憑いているんちゃうん? ……ま、そんなこと気にしてる場合やあらへんね!」

 

 そうして、俺たちは攻撃を開始しようとした――ちょうどそのときだった。

 

「五月蠅いわねえ、日記を読むのに、興がそがれるじゃない」

 

 冷たい、声が聞こえた。

 その声を聞いた途端、慌てだしたのは相手――つまりスペルビアの兵士だった。

 スペルビアの兵士は、慌ててその方向に身体を向けると、大きくわざとらしく敬礼する。

 そのカフェテラスには、一人の女性が座っていた。

 青いドレスを着た女性は、ハードカバーの本(確か日記と言っていた)をテーブルに置くと、その兵士たちを見つめる。

 

「いったい何か起きたのかしら。説明して貰える?」

「ははっ。実は、あちらに居る少女が指名手配中のイーラのメンバーで御座いまして、声をかけたところ反乱の意思が見えたためこちらも攻撃をしようと……」

「ふうん」

「そ、それにしてもカグツチ様……、いったいどうしてグーラのような辺境に……」

「休暇よ。グーラは本国と違っていつも蒸気が出ているような場所でもないし。それに、メレフ様と会う約束もしていますからね」

「め、メレフ様が!」

「おい、ボン。何だか面倒なことになっているうちに逃げるで」

 

 ジークがスペルビア兵士とカグツチと名乗った女性の会話を見ながら、俺たちに言った。

 確かに、逃げるなら今しかない。

 そう思って俺たちは武器をしまうと、ゆっくりと歩き始め――。

 

「あら。逃げていいなんて一言も言っていないけれど」

 

 

 ――どこからともなく、俺たちの目の前に青い炎の楯が姿を見せた。

 

 

「あ、あちちっ!」

「くそうっ。そう簡単にはいかんもんやなあ!」

 

 ジークは再び武器を構えようと、そして俺も剣を出そうとした――そのときだった。

 

「待って、みんな」

「ニア!」

 

 ニアが一歩、前に踏み出した。

 

「お嬢様、いったい何を」

「あんたたちの狙いは私だけだろ? だったら、私だけを連れて行けばいい。こいつらは関係無い」

 

 ニアの言葉に俺は反論しようとした。

 だが、それよりも早くカグツチは何か――おそらく俺の態度を――読み取ったのか、

 

「分かったわ。それじゃ、連れて行ってちょうだい。そして明日、メレフ様がやってくるから戦艦に乗せておきましょう」

 

 そうしてニアは兵士に連れ去られていく。

 

「ニア!」

 

 ニアは兵士に連れて行かれるところで、一歩足を止めた。

 

「いいんだよ、これで。もともと私は日陰者だ。これでいい。イーラのことが悪い行為をしている集団だということは知っていたし、それを止めなかった私も悪い。だから、これは私が受けるべき罰なんだよ」

「ほら! 早く歩け!」

 

 そうして、ニアは兵士達に連れ去られていく。

 周囲も人々が見ていたが、兵士達が消えていくと同時にゆっくりとちりぢりになっていった。

 

 



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第八話 トラ

「……さてと、腹拵えも済ませたとこやし、さっさと突入したるか。んで、ニアを救わんとな」

「ちょ、ちょっと待ってよ。一応、ジークはアーケディアの特使なんでしょ? だったらその力を使って……」

「どあほう。それをさっき使って失敗したやないか。それに、あのカグツチっちゅうブレイドが絡まないうちにさっさと突入して逃げるに越したことはないで」

「カグツチ? 知っているのか、あのブレイドを」

「あれはスペルビアの宝珠と呼ばれる特別なブレイドだも!」

 

 気づけば一つの空席にノポンが一人座っている。

 

「ええと……どちら様?」

 

 俺は思わず質問をすると、ノポンは胸を張って答える。

 

「トラはトラだも! アニキたちがいろいろとブレイドをつれているから気になってついてきたんだも」

「……あんなあ、トラと言ったか。だからって怪しい集団についていったらあかんで?」

「自分で怪しい集団と言うのか……」

 

 ジークは冗談のつもりで言っているのだろうが、確かに男だけのドライバーに女性ブレイドが二人並んでいて、怪しまないほうがおかしい。さっきの騒動を見ている人が居ないとも限らないし、できることならこんな表通りでの会話すらも避けるべきだった。

 トラの話は続く。

 

「アニキたちは、あの戦艦の中に入ろうとしているも?」

「何ぃ。会話を聞かれていたのか」

「別に聞くつもりは無かったも。ただブレイドがかっこよくてついてきただけだも!」

 

 それはそれでどうかと思うが。

 

「トラならあの戦艦に入れる方法を知っているも。だから、トラと一緒に居れば簡単に、それに兵士に見つかること無く戦艦には入れるも!」

 

 それを聞いて耳を疑った。

 正直、ニアを救う上で一番大変だと思うのが、戦艦への侵入方法だった。戦艦はトリゴ基地内に保管されており、侵入するためには基地に入るしか無かった。しかし基地は堅牢な壁で覆われており、壁を上るか正門の兵士をなんとかするしか無い。いずれにせよ騒ぎになるのは間違いない――そんな消極的な判断をとっていたのだ。

 しかし、トラというノポンの言葉の言うとおりならば、兵士に見つかるリスクを減らせるのは大変ありがたい。できることならこの意見に乗るべきかと思うが――。

 

「それは、間違いやないやろうな? 実はスペルビア軍のスパイで、ワイらを捕まえようとしているとか」

「そんなこと思っているも? それに、トリゴの人間はスペルビア軍にはあまり良い印象を抱いていないも。スパイなんてやってたらトリゴで肩身の狭い思いをするしか無いも」

「それも、そうか……」

 

 ジークは頭をかいて、そして右手を差し出した。

 

「それは済まんかったな。騙すつもりは無いと思ってたんやけど、やっぱり確認しておく必要があったからな。で? 流石に何も無しでそれを教えるとは思わないが? あまあまういんな十本とかか?」

「もももっ! それも捨てがたいけれど……違うも! トラと一緒に、あるブレイドを完成させてほしいも」

「あるブレイド?」

「トラはドライバーじゃないも。だから戦力にははっきり言ってならないも。けれど、そのブレイドを無事に運用させることができれば、すごい力になること間違いなしだも。だから、ビヨンコネクタを三つ購入してほしいも!」

「どうする、ボン。決めるのはお前や。お前が正面突破でド派手な戦闘を望んでいるなら、ここでこのノポンとの会話を打ち切っても構わへんし。それは任せる」

「……うん、そうだね。でもやっぱり、楽に進める方が良いんじゃ無いかな」

 

 答えはもう既に決まっていた。

 

「支払うよ、トラ。ビヨンコネクタの代金を。そして、そのブレイドの完成を俺たちで見届けよう」

「ありがとうだもー!」

 

 そうして、俺たちはビヨンコネクタを買いに行くことになるのだが――雑貨店でそのビヨンコネクタの値段に目を丸くしたのは、また別の話。

 



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第九話 ハナ

「ここがトラの家だも。ちょっと散らかっているかもしれないけれど、そこは目をつぶってほしいも」

「ちょっと……?」

 

 トラの家ははっきり言ってゴミ屋敷同然のような感じになっていた。足の踏み場も無ければ、虫も湧いていそうなゴミ袋がたくさん。ただし、ある箇所だけは綺麗に保たれている。

 

「……これは?」

 

 そこに、一人の少女が屹立していた。

 いや、少女と言って良いのだろうか。彼女には生気が見られなかった。

 

「アニキ、良いところに目をつけたも。これこそが、機械仕掛けのブレイド、人工ブレイドのハナだも!」

「じ、人工ブレイドやとぉ?」

 

 トラの言葉に一番大きい反応を示したのはジークだった。

 

「そんなもん完成したらとんでもないことになるやろがい! アーケディアや、スペルビアや、ルクスリアだって人工ブレイドの研究を躍起になって進めているのに、お前さんみたいな個人研究者が、たった一人で? 人工ブレイドを形にした? そんなもんが発表されれば世界がひっくり返ってしまうわ!」

「トラ一人じゃないも。もともとはじいちゃんが開発を進めていたも。だから三代。もっともお父さんはどこかに居なくなってしまったけれども……」

「トラ……」

 

 俺も親が居ない。だから少しトラに共感出来る部分があるのかもしれない。

 そんなことを思いながら、人工ブレイド――ハナを眺めた。

 少女型のメタリックボディをしたそれは、胸に花びらをつけている。おそらく名前の由来はそれだろう。

 

「……で? まだこの子眠っているようだけれど」

「それは、まだ工程が終わっていないからだも。ビヨンコネクタとこの前手に入れたかんぺき測距センサを使うことで完成するんだも。ええと、これをそこにつけて、これをあそこにつけて………………完成も!」

「早っ!」

「あとはスイッチを押せば完成だも! さあ、目覚めろ、はなああああ!」

 

 トラがスイッチを思い切り押した。

 そして、同時にトラの家の電灯が消えた。

 …………あれ? ブレーカーが落ちたか?

 

「もしかして、失敗したんとちゃうんか?」

「い、いや、そんなはずはないも」

「電気が足りひんのやら、うちも手伝うで~」

 

 サイカは手から電気をパチパチを出しながら、そう言った。

 

「い、いや、電気は足りているはずだも。だからこそブレーカーが落ちたんだも。あとは、ええと、何だろうも……」

「じゃじゃーんっ!」

「!」

「もっ!」

 

 第三者の声が聞こえて、俺たちは目を丸くする。

 しばらくして電灯が復活すると、そこにはハナの姿があった。

 両手両足を広げた彼女は、俺たちが見えるようになるのを見計らって、

 

「人工ブレイドのハナですもっ♡ よろしくお願いします、お兄ちゃん♡」

「お、お兄ちゃん…………?」

「ももーっ! 妹モードがONになっていたもーっ! ちょっと待っても、直ぐにシャットダウンしてモードを削除するも!」

 

 数分後、再びハナが起動すると丁寧語の彼女は先ほどの記憶を覚えておらず、まるでさっきのことは夢だったんじゃないか、と思わせてしまうほどの変わりようだった。

 

 



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第十話 ビャッコ

「まさかこんなところに道があるなんてな……」

「偶然、雲海が低いところに居て助かったも。もし高いところに居たら宿屋でぐっすり一晩明かす必要があったも」

「それはニアが処刑される可能性が非常に高くなるから、避けたかったけれどね」

 

 俺たちはグーラの大木から伸びる根を歩いている。根といっても道のようになっており、整備こそされていないが、ここなら誰にも知られること無くなんとか戦艦へ侵入することが出来そうだった。

 

「戦艦にはクラウドタンクというものがあるも。それは技術の上では必要な場所で、それは雲海が低い時に空にすることで自らを雲海より高くすることが出来るも。逆に沈んでおきたいときはクラウドタンクを満タンにしておけば沈むことが出来るという画期的なシステムだも。で、そのクラウドタンクは今日のような雲海が低い日だと、」

「そこへと通ずる扉が開けっぱなしになっているから、そこから入ることが出来る、と」

「そういうことだも」

「じゃあ、そこから入った方がベストだな。……って、これ?」

 

 根元から上を見上げると、確かに戦艦の穴が開いている。しかし、高さはかなりある。梯子なんて持ってきていないし……。あ、そうだ!

 

「こんな時は……」

 

 そうして、アンカーを発射する。発射されたアンカーは通路へと落下し、それを音で確認する。後はアンカーを引き戻せば良いだけ。

 

「よし、あとは同じ要領でホムラたちを引き上げれば」

「手伝いますも」

「ええっ?」

 

 気がつくと隣にハナが居た。ハナ……まさか、飛べるの?

 

「ハナは何でもできるんですも。さあ、そのアンカーを伸ばしてくださいも」

「あ、ああ」

 

 すっかり話の主導権をハナに取られてしまった俺は、アンカーをホムラたちに向けて伸ばす。

 

「それに乗って!」

「ありがとうございますも、あとはハナにお任せしてほしいですも」

 

 そう言うと、ハナはあっさりとホムラとトラが乗ったアンカーを引きずり込んでしまった。

 

「……すごい」

「ご主人の体重なんて軽々持ち上げられますも。……でも、ホムラさんは少しだけ予想よりも重かったので少しだけエネルギーを使いすぎたような気がしますも」

「え、ええっ?」

 

 顔を赤らめるホムラ。

 俺はなぜ顔を赤らめるのか分からなかったが、トラの叱責でようやく理解する。

 

「……さて、とにかく向かうことにするか。ニアを助けに」

「はいも」

「そうだも!」

「…………そうですね」

 

 そうして、俺たちは戦艦の中へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 私が眠っていると、音が聞こえました。

 その音は耳を澄ませてよく聞いてみると――誰かが戦っている音のようにも聞こえます。

 どうやら誰かと誰かが戦っている? では誰が?

 私は気になり耳を近づけようと扉の方へ向かうのですが――ちょうどそのとき、

 扉が炎の熱で融け始めたではありませんか!

 どういうことなのか――私はピンときました。

 もしかして、と。

 そうして穴の向こうから見えたその姿を見て、私は驚きながらも、その名前を口に出すのでした。

 

「ホムラ様、レックス様……!」

 

 



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第十一話 モーフ

「おっ、ビャッコはっけーん。良かった良かった」

 

 何とかビャッコと再会した俺たちは、喜びを分かち合う束の間もなく、ニアの居場所を探すことになるのだった。

 

「……あの、ところで、こちらの方は?」

「トラだも!」

「ハナですも。ご主人の人工ブレイドですも」

 

 ビャッコの問いにトラとハナは答える。

 

「ほんで、わいはジーク。こいつはサイカや」

「うわあ、虎のブレイドとかはじめて見たで。もふもふやろうなあ、なあ、さわってもええか? ええか?」

 

 どうやらその問答だけで、ビャッコは信用に値する人間(正確にはノポンとブレイドか)と判断したらしく、ゆっくりと頷いた。

 

「分かりました。では、向かいましょう。お嬢様は今……この戦艦に居ます。確かスペルビアへ移送するためだとか……」

「ええっ? 処刑するためじゃないのか?」

「いや、そんなことは聞いてませんが……」

「ま、いいか」

 

 俺は頭を掻いて、取りあえず話を続けることにした。

 

「とにかく、今はニアを探す。お前も協力してくれるか、ビャッコ?」

「勿論ですとも」

 

 こうして、ビャッコが仲間になるのだった。

 

「お、おーい……。うちの話は、無視?」

「ここを脱出したら、少しは触らせてあげてもいいですよ」

「やったー! うち、頑張るでえ」

 

 ……何か、サイカのモチベーションも上がってるけど、それはそれでいいか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ニアはあっさりと見つかった。ビャッコが捕まっていた区画を第一区画と呼ぶらしく、ニアはそこから南方の第二区画の一室に軟禁されていた。

 

「ニア、大丈夫か?」

「馬鹿。なんでお前たち……」

「仲間だろ、俺たちは」

「……そうか」

「さ、アニキ。急いで脱出するも。情報が違うと言うことは、嫌な予感がするも」

「その通りですよぉ」

 

 やけに声のトーンが高い、気味の悪い声が聞こえた。

 振り返るとそこには一人の男と、大男のごついブレイドが立っている。

 

「私の名前はモーフ。以後、お見知りおきを」

「モーフ……! 確か、このトリゴの領事をやってる人間やと聞いていたが」

 

 背中に背負っていた大剣を取り出すジーク。

 対してモーフは何故それを知っているのか、といった感じで目を丸くする。

 

「あらぁ? どこかでお会いしましたかしらぁ?」

「……職業柄、お前さんのような人間を知る機会はよくあるんや」

 

 ジークの言葉に舌打ちするモーフ。

 

「ということはアーケディア関連の人間ですか。だったら話は早い。……まとめて消し去るが良いですよぉ!」

「ニア!」

 

 ビャッコはニアのそばに立ち、武器へエネルギーを送る準備をしている。

 そして、俺たちは通路という狭いフィールドではあったが、トリゴ領事モーフとの戦闘を開始するのだった――!

 



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第十二話 メレフ

 モーフの攻撃は、狡猾そのものだった。

 自らのブレイドを盾にして、銃を使って攻撃してきているのだ。

 

「ブレイドを……盾に!」

「何が悪い? ブレイドは生きていないのだ。ブレイドは、私たち人間に従うものなのですからぁ!」

 

 銃を撃ち放つ。

 しかし、モーフ自体はあまり銃の使いになれていない様子で、時折銃を撃つのに時間がかかっている様子が見て取れた。

 そのチャンスを狙えば――。

 

「ボン。面倒やから、一気に決めるで」

 

 そのときだった。

 

「覇王の心眼よ、ワイにその力を貸せええええええええっ!」

 

 そして。

 ジークの左目が炎を灯したかのように光り出した。

 

「何だ、あれは……」

「これがジークの力や。覇王の心眼。その力。デメリットはあるけれど、その分力の解放をするんやああああああ!」

 

 びしゃああああああん!

 雷が二人に落下する!

 俺は見ていて、二人が怪我を負ったのでは無いかと心配した。

 だが、それよりも先にジークの攻撃がモーフのブレイドに命中する。

 モーフのブレイドはそのまま消滅し、モーフは慌てて銃を落としてしまった。

 ジークは、その刀身をモーフの首に当てる。あわや首を掻っ捌くところだった。

 

「ジーク!」

「大丈夫や、ボン。……一応、コントロール出来てるさかい。気にすることやない。……なあ、モーフと言ったなあ? これ以上ワイにこの力……使わせるんやないで」

「ひ、ひいっ!」

 

 モーフは完全に銃を手放している。

 戦闘の意思は、完全になくしていた。

 

「これで一先ずお終い、と言ったところかな」

 

 俺は剣を仕舞い、ふうと深い溜息を吐いたところだったが――。

 

「船が騒がしいと思っていたら、こんなところに居たのか。天の聖杯」

 

 声が聞こえた。

 そこに居たのはカグツチと――黒い軍服に身を包んだ女性だった。

 

「げえっ、メレフ。なんでお前がここに!」

 

 いち早くその正体に気づいたのはジークだった。

 

「ほう。天の聖杯に、『流転の王子』までついているとは。これまた珍しい」

「何が『これまた珍しい』や! 他人事と思いよってからに! 天の聖杯はスペルビアが狙っているから、今回のような事態になったんやろうが」

「一応言っておくが、天の聖杯を狙っているのは、彼自身の判断だと思うが。確かに、天の聖杯は誰もが羨む能力を持ち合わせている。しかしながら、あくまでも我がスペルビアは天の聖杯の目覚め、及びその行動に『傍観』する態度を取っている」

「傍観……」

 

 つまり敵じゃない、ってことで良いのか?

 

「王であるネフェル公は、天の聖杯との謁見を所望しているが……それはまだ早いだろう。何せ、ドライバーの力がそれに見合っていないのだからな」

「何を根拠にそんなことを……!」

「では君は、ブレイドの何を知っている?」

「え……?」

「君は、ブレイドの何を知っていると言っている。ブレイドは、この武器に力を補充する。だが、それは完全ではない。相手がその力を封じることが出来れば、簡単にその力は使えなくなる。それに……ブレイドとドライバーはただ力を与える・与えられるの関係では無い」

「何だって……?」

「それはまた、別の機会にすることとしよう。……君は、天の聖杯を目覚めさせて、何がしたい?」

 

 その言葉に、少し躊躇するも、俺はゆっくりと答えた。

 

「……決まってる。俺は、楽園を目指す」

「楽園、か。……あれば、人間への希望となるのだろうが。……まあ、良い」

 

 踵を返し、歩き始めるメレフ。

 

「良いのですか、メレフ様?」

 

 カグツチの問いに、失笑で答えるメレフ。

 そうして、カグツチもまたメレフの後を追いかけるように歩いて行った。

 こうして、呆気なくニア救出作戦は幕を閉じるのだった。

 

 



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第十三話 シンクロ

「いてっ」

「ほら……痛いと言っても、治らないですよ」

 

 俺はホムラに包帯を巻いて貰っていた。理由は先程の戦闘で僅かながらではあったものの、傷を負ってしまったからだ。

 

「よしっ、俺は完璧! ……あれ、ホムラも怪我してるじゃん」

「え?」

「何でや?」

「何でも?」

 

 俺の言葉にジーク達は全員反応した。

 

「え? ……俺、変なこと言ったかな」

「ボン。普通はブレイドは怪我をしないもんなんやで。力を武器に分け与えるブレイドは、人間とは異なる構成で出来ているからか、その身体に傷を持たない。……だから、悪く言ってしまえば、サイカやホムラのようなブレイドは、『高く売れる』っちゅうことや」

「王子、それは今言わんといて」

「……済まんな、サイカ。ボン、この話はまた別の機会にさせてもらえんか。お前達と旅をしていく上で、いつかは話をする機会も出てくるさかい。そうしたら、話すことも出来るやろうて」

「……まあ、急ぐ話でもないと思うよ。それだけは俺も言えることかな。もし言いたくなったら言って貰えればいいし。……で、ジーク達はどこまで俺たちについていくつもり?」

「それはワイらも同じ台詞や。ボン、世界樹に目指すなら、このまま行くのは無駄やで」

「どうして?」

「サーペント……伝説には聞いたことがあるやろう。世界樹を守りし番人がいるという話は」

「……まあ、話ぐらいなら。でも本当に居るの?」

「居る。それはマルベーニ……陛下から聞いたことがある話や」

 

 マルベーニ。

 確か、アーケディア法王庁の最高権力者にして、法王と呼ばれる存在。

 

「マルベーニも、天の聖杯に会いたいとは言っていたし、目的はアーケディアやろうな。そんでもって、サーペントの扱い方をマルベーニに聞かなあかん」

「それなら、目的地は、決まりだね!」

 

 目的地は、アーケディア。

 しかし、その為には船を手に入れなくてはならない――という事実に俺たちが気づくまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 そして、その光景を高所から眺める二人の人影があった。

 一人は青色の長髪と赤い目をした女性。

 もう一人は銀髪の青年。不敵な笑みを浮かべた後、青年は呟く。

 

「彼らは、動き始めるようだね。そして、『プネウマ』もまた……」

「追いかけますか、マスター」

 

 女性の声は、機械的で感情がない、まっすぐな声だった。

 彼は首を横に振る。

 

「その必要は無いよ。僕たちはきっと必ずどこかで出会う。それが神の導きだというのなら」

 

 そして、彼らはその場を立ち去っていくのであった。

 

 



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第三章 戦
第十四話 アギトの漂流地


 俺たちはセイリュウ――じっちゃんに乗って一路アーケディアへと向かっていた。

 アーケディアに向かうには、世界樹の付近を通過しなくてはならない。時期的な問題もあるけれど、それについては致し方ない。そして、今俺たちを乗せたじっちゃんは世界樹を抜け、アーケディアへ――。

 

「着くはずだった、んじゃがのう」

 

 すっかり小さくなってしまったじっちゃん(じっちゃん曰く、新陳代謝が良いから出来ることなんじゃ! とか言っているけれど、宿無しになってしまった俺に取ってみればそんなことどうだって良かった)が、そんなことを言っていた。

 問題は、世界樹の付近の雲海にうろついているサーペントと呼ばれる獣だった。

 どうやら昔は天の聖杯――つまりホムラ――が管理していたらしいのだが、今はその管理が行き届いていないらしい。噂によると、ルクスリアが保持しているらしいのだが、ジークはそれを聞くと目を丸くしていたっけ。何かあったのか、と聞きたかったけれど、あまり聞かないことにしておいた。誰しも聞かれたくない話題はあるし。

 そうしてサーペントの攻撃を受けた俺たちは、そのままインヴィディアの巨神獣に食べられてしまった――というわけだ。

 

「……インヴィディアか。まさか、インヴィディアに来てしまうとは、思わなかったがな」

「ジークってインヴィディアに来たこと、あるの?」

「おう、あるでえ。ワイはなんやかんやで全部の国に回ったことがあるからな!」

「新兵と間違えられて一週間の研修に付き合わされたこともあったけどなー」

 

 後ろからサイカのちくりと刺さる言葉が聞こえる。

 

「おい、サイカぁ! それは言わん約束やろ!」

「なんでー? 王子から何も言われてないけれど?」

 

 それはそれとして。

 とにかく、前に進むしかない。

 

「確かインヴィディアの腹部に都市があるはずや。そこまで向かえば、船の一つや二つは出とるやろ。流石にあの女執権官もここまではやってこないやろうからな」

「そっか。それなら、そっちに向かってみようか」

 

 俺たちの目的地は、決まった。

 インヴィディアの首都、フォンス・マイムへ。

 

 

 

 

 広い場所に出た。

 それにしても何というか、インヴィディアは広いし、美しい光景が広がっているように見える。グーラでは見ることの出来ない景色だ――なんて言ったらグーラ人のニアに怒られるのだろう。

 

「ほう。あの女王の言い分も聞いてみるものだな」

 

 声が聞こえた。

 そこに居たのは、屈強な体格をした巨漢だった。

 

「何者だっ!」

「それはこちらの台詞だぜぇ。翠玉色のコアクリスタル……聞いた話に寄れば、天の聖杯が目覚めたらしいが、まさかそのドライバーがこんな少年だったとはな」

「何がおかしいっ」

 

 俺たちは剣を構える。

 一言で言えば、戦闘態勢に入る形だ。

 しかし、男は両手を空にして、

 

「おいおい、戦うつもりはないぜ。それに、どちらかといえば俺はお前達を助けるためにやってきた。あのラゲルトからの依頼じゃあ、頼まれても断ることも出来やしねえ」

「おいおい。ラゲルトって……ラゲルト女王のことかいなっ。いったい、何者なんや」

「俺の名前はヴァンダム。まあ、積もる話はこの先にある、フレーズヴェルグの村でやろうじゃねえかよ、天の聖杯とそのドライバー」

 

 そうして、俺たちは言われるがままに、フレーズヴェルグの村へと向かうのだった。

 

 



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第十五話 フレーズヴェルグの村①

「ここが俺たちの村、フレーズヴェルグの村だ」

 

 フレーズヴェルグの村。

 インヴィディアの首都フォンス・マイムへ続く道の中腹にあるその村は、傭兵団本部を中心に形成されている小さな村のようだった。

 

「傭兵団……ですか」

「おうっ。俺たちは傭兵団で生計を立てているからな。インヴィディアのフレーズヴェルグ傭兵団と言えば結構有名な方なんだぜっ」

「へー」

 

 サイカの冷たい目線がヴァンダムに届く。

 ヴァンダムは傭兵団本部の隣にあるテーブルに荷物を置くと、そばの椅子に腰掛けた。

 隣に居る鳥のような――おそらくブレイドだろう――存在もヴァンダムの隣に立つ。

 

「おう、それじゃあ、座ってくれ。いろいろと話をしたいこともあるしな」

「こっちも聞きたいことがある。……ラゲルトは、あのラゲルト女王のことでええんか?」

「ああ。相違ないぜ。いろいろと傭兵団の任務を熟しているとな、女王との繋がりも出てくるってもんよ。……そんでもんで、聞いたことはあるだろ? ラゲルト女王に仕える予言官、ってのをな」

「……ああ、名前だけは、な。でもそれはあくまでも噂っちゅう話じゃないんか?」

「俺もそうだと思っていたんだよ」

 

 すっかり話はジークとヴァンダムのマンツーマンになっていた。

 さらに話は続く。

 

「しかし、居るんだよ。名前は……なんて言ったかな。難しい名前だったし、一度しか教えてくれなかったからな。名前は覚えてねえんだけれどよ」

「ヴァンダムは名前を覚えるのが苦手だからな!」

 

 漸く、そこで隣のブレイドが声をかける。

 

「俺の名前はスザク。ヴァンダムのブレイドだ」

「スザク、途中で茶々を入れるんじゃねえっ。……んで、どこまで話したかな?」

「予言官の名前が覚えられない、ってところまでかな」

 

 俺もここぞとばかりに言葉を言う。そうでないと、会話に割り入ることも出来ないからな。

 ヴァンダムはそうだそうだ、と笑いながらジョッキに入っている飲み物――酒の類いだろう――を飲み干した。

 

「そんでもって、その予言官が言ったそうだ。近いうちに、天の聖杯が目覚める。そのときはインヴィディアが力を持って、協力せよ、ということらしいんだよ。どうしてかはしらねえ。予言官はあくまで神と交信する存在だ。その言葉を信じるも信じないも人間の自由だ。けれど、昔からずっとインヴィディアは予言官の言葉を信用してきた。それはその言葉が、ずっと的中するからだ」

 

 予言官の言葉。

 それについては、根無し草の俺でも聞いたことはある。

 しかしずっと噂だと思っていたから、あくまでも信用はしていなかったけれど。

 

「……さて、俺はお前達を助けてやらねばならねえ。だが、傭兵団も続けていかなきゃならねえ。だから、お前達に教えてやることは、ただ一つだ」

「それは……?」

「ブレイドの使い方、だよ」

 

 ヴァンダムはそう言うと立ち上がる。

 まだ食事も終えていないのに、と言いたかったがそれよりも早くヴァンダムは俺を睨み付けた。

 

「まだお前さんはブレイドを使い慣れていないように見える。だから、お前さんだけで良い。ついてくるんだ。ブレイドの力の使い方ってやつを教えてやる」

 

 そして、俺とヴァンダムの訓練が、幕を開けるのだった。

 

 



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第十六話 フレーズヴェルグの村②

「いいか、小僧。ブレイドというのは、武器に力を与えてくれる。それだけじゃあない」

「? それ以外に何かあるのか? あと、俺の名前はレックス! 憶えてくれよ、ヴァンダムさん」

「簡単に言えば、三つの役割(ロール)が存在する。『攻撃』『回復』『防御』の三つだ。さらに、戦闘中にその効果を発揮するバトルスキル、フィールド上で発生するフィールドスキル、こいつは探索したときにアイテムを……簡単に言えば野菜やら機械の部品やら鉱石やら、そう言ったものを手に入れやすくするスキルもあれば、俺のスザクみたく暴風が吹き荒れる場所に同じような風をぶち当てて無効化することで新たな道を切り拓くスキルもある。それがフィールドスキルだ。そしてもう一つが、」

「バトル中にブレイドが使うことの出来る、ブレイドアーツ、だろ? 流石にそれくらいは俺も知ってるよ」

 

 村の南東に位置する訓練施設に俺たちはいた。正確には俺とヴァンダムさん、それにホムラとスザクの二人と二人のブレイドが居る形。訓練とは言っていたけれど、正確には学校の授業に近かった。

 

「後は、戦闘中ドライバーとブレイドには『キズナ』っていう線に結ばれている、ということも憶えておいた方が良いな。流石にそれは知らないだろう?」

「キズナ?」

「ああ。キズナが深ければ深いほど、より威力の強い技を出すことが出来る。これは、ドライバーの常識だ」

「成程」

「あとはアーツのチェインだな。簡単に言えば、必殺技と言っても良いかもしれないが、さらにいろいろな効果を付与してくれる。そうだな、例えば……」

「レックスっ!」

 

 俺とヴァンダムの会話に強引に割り入るように、ニアの叫び声が聞こえた。

 いったいニアはどうしたというのか――そう思ってそちらを向くと、

 そこには、眼鏡をかけた鎧姿の男と、ブレイドが立っていた。

 

「天の聖杯とニアが一緒に行動していると知って、やってきましたよ」

「ヨシツネ……、あんた、シンがあんなことして良いと思ってるのかよっ!」

 

 ニアの叫び声も、ヨシツネには届かない。

 

「シンは、正しいことをしている。そして僕たちは、その脚本に則っている脇役に過ぎないんだよ。天の聖杯、君だってねえっ!!」

 

 そして。

 戦いの火蓋が切って落とされる――!

 

 

 

「いいか小僧! アーツのチェインは実戦で試すんだっ!」

 

 ヴァンダムさんが隣で声をかけてくる。

 

「良いけれど、まずはどうやってっ!」

「いいか。俺の言うとおりに動けっ。まずは、お前からだ、レックスっ!」

 

 ヴァンダムさんの言うとおりに、俺はホムラに剣を差し出す。

 そして、ホムラがくるりと回転するがごとく、剣を振りかざす。

 それは、まるで演舞のように。

 そして、その剣から炎が放たれると、ヨシツネに命中する。

 

「効かないねえっ。効かないよっ! これぐらいで、天の聖杯の力を引き出したというのなら、大間違いだっ。さっさと僕たちに引き渡してくれた方が身のためさあ!」

「次は、俺だあああっ!」

 

 ヴァンダムさんの武器は両手ナイフだった。

 それをスザクに投げつけると、それを受け取ったスザクが風の攻撃を打ち出す。

 

「最後はニアっ! お前だっ!」

「ニア様の出番だよっ!」

 

 ニアも何だかノリノリだ。

 そして、ビャッコが水の攻撃を繰り出すと――ヨシツネが怯んだ。

 正確に言えば、彼の持っている武器をダメージの衝撃のあまり、手放した、とでも言えば良いだろうか。

 

「これがチェインアタックだっ。さあ、もう一発食らわせてやれええっ!」

 

 ヴァンダムさんの言葉に、俺は頷く。

 

「プロミネンス・リボルトっ!」

「デス・ウイングっ!」

「ジャガースクラッチっ!」

「ぐああああああっ!」

 

 ヨシツネもこの猛攻には耐えられなかったのか、後ずさる。

 

「……まずいよ、ヨシツネ。このままじゃ、負けちゃうよお」

 

 ヨシツネのブレイドは、彼女も危機に立たされているのに、どこか軽口を叩いている。

 

「分かっているよ、カムイ。……それにしても、これは想定外だ。脇役は脇役らしく動いて貰わないと困るんですよ」

 

 眼鏡の位置を直したヨシツネは武器を仕舞い込んだ。

 何か行動を示すのではないかと俺たちは攻撃のフォームを解かない。

 

「ここは一度去りましょう。行くよ、カムイ」

「はいはーい。じゃあねえ、天の聖杯さん♪」

 

 そうして。

 あっという間に、ヨシツネたちは消えてしまった。

 

「……なんというか、鎌鼬みたいな連中だったな」

 

 ヴァンダムさんの言葉を聞いて、俺たちは漸く攻撃態勢を解くのであった。

 

 



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第十七話 首都フォンス・マイム①

 次の日。

 俺たちはヴァンダムさんの先導のもと、首都フォンス・マイムに到着していた。

 理由は簡単。予言官と呼ばれる人間が、俺たちに出会いたいから――らしい。

 それにしても、予言官とはいったい何者なのだろうか?

 

「なあ、ホムラ? 予言官のこと、聞いたことはないか?」

「無いと言われると……嘘になっちゃいますけれど」

「知ってるのか、ホムラ?」

「知ってます……ね。まあ、それを言うのは、あまりどうかと思いますが……私の予想が正しければ彼もまた……」

「ここがフォンス・マイム城だ。けっこうなでかさだろ?」

 

 目の前に広がっていたのは巨大な城だった。

 俺たちは中に入り、そのまま通路を進む。

 突き当たりの階段を上ると、王の間にたどり着いた。

 扉を開け、中に入る。するとラゲルト女王は、椅子に座り、俺たちを待ち構えていた。

 

「……そなたが天の聖杯か。では、ドライバーは? よもや、その隣に居る……」

「その通りだぜ、女王陛下様よ」

 

 ヴァンダムさんはわざとらしく恭しく笑みを浮かべて答える。

 それを聞いたラゲルト女王は、深い溜息を吐く。

 

「想像は出来ていましたが……実際に見るとこんなにも子供ではありませんか。予言官の言うことは本当に百発百中。何でも当たるのですね。……ところで、彼は?」

「ここに居ますよ、女王陛下」

 

 りんとした、声だった。

 それを聞いて俺たちはそちらを向いた。

 銀髪の青年は、隣に青い長髪の女性を連れていた。

 女性は機械的な動きをしていたが、それに比べて青年はどこか人間らしい動きをしている。いや、そりゃ二人とも人間なのだろうけれど……。

 

「はじめまして、でいいのかな。天の聖杯?」

「何をわざとらしく言っているのですか、アルヴィース。あなたもかつては天の聖杯を持った存在だったはず。それがどうしてこの城で予言官など?」

「メツのことは知っているだろう?」

「ええ。彼はこの世界を破壊しようとしている。だから私たちはそれを止めないと行けません。そして、楽園を目指すんです」

「楽園……ね。レックス、と言ったかな」

 

 そこでアルヴィースは俺に視線を移した。

 

「あ、ああ。俺がレックスだけれど……」

「君は、楽園に何を望んでいるのかな?」

「何を……って。このアルストは滅び行く世界だ。だから楽園に人を招いて、楽園で皆が暮らせるようにするんだ」

「それが出来ないとしても?」

「やってみなきゃ分からないだろ。それともあんたは楽園を知っているのか。楽園の今を、知っているのか?」

「知っているよ。分かっているけれど、それを君たちに教えるのは、興ざめってものだよね。教えたところで君が絶望して旅をそこで終えてしまえば、世界は破滅へ向かっていく一方だし」

 

 



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第十八話 首都フォンス・マイム②

「破滅に向かっていく一方……? 予言官、いや、アルヴィースよ! お前はいったいどちらの味方をしているのだ。イーラか、それとも我が国か」

 

 ラゲルト女王陛下は激昂する。

 しかし、それを流すようにして、アルヴィースは笑みを浮かべる。

 

「嫌だなあ、女王陛下。僕はずっと人間の観測者であり予言官として勤めを全うするまでですよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 謁見も終わった俺たちは、しばしの自由時間が与えられた。

 とはいえ、ここから直行でアーケディアに向かう船はないらしく、一度アヴァリティアを経由する必要があるらしい。

 

「本来なら、じっちゃんを使って一気に行きたかったんだけどな……」

 

 テーブルにちょこんと座るじっちゃんを見ながら、俺は嘯く。

 

「何じゃ、レックス。何が言いたい」

「別にぃ。ちょっと、気になっただけ」

「何じゃ、レックス。言いたいことがあるなら面と向かって言うが良い」

「まあまあ、二人とも……。ところで、これ、どうしますか?」

 

 ホムラが俺たちに見せつけてきたのは、チケットだった。

 ただのチケットじゃない。演劇のチケットだ。そのチケットにはこう書かれていた。

 

「……確か『英雄アデルの物語』、だったっけ? あの女王陛下も面白いもの渡してくれるよな」

 

 そう。

 ラゲルト女王は、俺たちに時間が余っているなら、という理由で演劇のチケットを差し出してくれたのだ。

 演劇のタイトルは『英雄と天の聖杯』。かつて英雄アデルが天の聖杯と……つまりホムラと、この世界、アルストを救った話だ。このアルストに住む人間なら誰だって大筋の話を知っている、非常に有名な話。

 それを演劇にしたのが、フォンス・マイム劇団というわけだ。

 

「それにしても、こんな有名な話をずっと演劇し続けるってのも面白い話だけどね」

 

 ニアの言葉に首を傾げる。

 

「だって、こんな物語、誰だって知っているじゃないか。英雄アデルが世界を救った話は。あまりに多すぎて脚色と実際の事実がどこまですりあわせられているか分からないくらいに。その結果、多くの人間が英雄アデルを称え、多くの人間が英雄アデルを憎んだ。前者がルクスリアなら、後者はスペルビア……ってところかな?」

「ここが、その劇場っちゅうわけやな」

 

 会話を割り入れたように入ってきたジークの言葉を聞いて、俺は上を見上げる。

 そこには立派な劇場があり、こう書かれていた。

 

 

 ――フォンス・マイム劇場、と。

 

 

「立派な劇場だな……」

「英雄アデルの演劇、十三時の回、まもなく始まりますよー! 空席も多いので、今のうちですよー!」

 

 客引きをしている女の子の言葉を聞いて、俺たちはお互い目配せした。

 

「……ま、女王陛下から頂いたものは使わせて貰った方がええんちゃうか」

 

 結局は、ジークの鶴の一声で、演劇を見ることになるのだった。

 

 



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第十九話 フォンス・マイム劇場①

「そういや、さっきの娘だがな、ありゃあイオンといって俺の知り合いのところの娘なんだよ。とは言っても、血は繋がっていなかったはずだがな」

 

 ヴァンダムさんはそんなことを言って、俺たちに知識を開け広げてきた。

 後方の列しか席が空いていなかったので、俺たちはそこに腰掛ける。

 物語は、英雄アデルを主軸として進められ、その生涯が語られる話だった。

 

「そのとき私は見たのだ! 暗黒にすべてが飲み込まれる様を!」

 

 アデルの弟子――演者が仰々しいポーズを取って、そう言った。

 

「人も、巨神獣も、暗黒の渦へと飲み込まれる様を!」

 

 結構仕掛けはしっかりとしていて、船に乗っている様子も、雲海の様子も白いベールを使って表現されていた。

 

「このままでは世界は終わる。終わってしまう!」

 

 そのとき、船に誰かが見えた。

 全身を鎧で包んだその姿は、異形にも思えた。

 しかし、その人間――実際には演者だけれど――こそが、英雄アデルだった。

 

「だが、そのとき、満身創痍の姿を起こし、我が師英雄アデルは決断したのだった!」

 

 アデルは言う。

 

「神よ、我に力を! 暗黒を焼き払い、世界を照らす『光』の力を!」

 

 剣を天に掲げ、そう叫んだ。

 すると――、空から翼の生えた天使のような人間――実際には人形が出てきた。

 

「おお! そなたは天の聖杯、神のしもべ!」

 

 アデルはオーバーなポーズを取りながら、話を続けた。

 

「どうか、我に力を。この世界を照らす『光』を――!」

 

 すると炎のベールが舞い上がり、闇が消えていった。

 あっという間の出来事だった。

 アデルの弟子は、語りを再開する。

 

「こうして、暗黒は払われた。……しかし、その代償は大きかった。多くの大陸が、雲海の底へと、沈んでいったのだ……」

「モルスの地のことじゃな」

 

 じっちゃんは俺のヘルメットの中から呟いた。

 

「モルスの地って……サルベージャーにとって『死の大地』と言われる、あの?」

「お前さん達がどう言っているかは知らんが、そうじゃな。雲海の底に沈んでいる大陸。かつてはそこに人間が住んでいたとも言われておる」

 

 俺たちは再び演劇に視線を向ける。

 アデルは、横たわる天の聖杯に近づいて、言った。

 

「神のしもべよ。そなたのおかげで、世界は救われた……! その命の代償、我が、償おう……」

 

 そして、客席に向けて手を伸ばし、

 

「我は語り継ぐ! そなたの伝説を、我の名前とともに……!」

 

 そして、横たわった天の聖杯を抱き上げると、そのままカーテンコールが下りていくのだった。

 それは、演劇の終わりを意味していた。

 

 



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第二十話 フォンス・マイム劇場②

「そうだ。どうせなら、ちょっと知り合いに顔を出してくる。お前達もついてこい」

 

 ヴァンダムさんのその言葉を聞いて、俺たちは首を傾げた。

 だって別にヴァンダムさんの知り合いってだけなら、俺たちは要らないはずだ。

 水入らずで会話をしてくればいい。ただそれだけの話なんだから。

 けれど、どうして?

 

「ほら、ぼさっとしてねえで、ついてこい。じゃないと次の演劇が始まっちまうだろ」

 

 そんな思考をさせてくれる暇など与えられるはずもなく――ヴァンダムさんは、俺たちを強引に引っ張っていくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「よう、コール。元気にしていたか?」

「ほう。久しぶりの客だな……。おや、その翠玉色のコアクリスタルは……!」

 

 コールという老人は、ローブを被っていたためその表情があまり見えなかった。

 しかし、その身体を動かしている様子からして、驚いているのは明らかだ。

 

「まさか、あなた……ミノチさんですか?」

「そうだ。そうだよ。…………ああ、噂には聞いていたが、まさか本当に天の聖杯が目覚めるとは!」

 

 ミノチさん――コールさん? どっちで呼べば良いのか分からないけれど、今はミノチさんということにしておこう――は、どうやらホムラの昔の姿を知っているようだ。

 天の聖杯。まだ知らないことが多すぎる……。

 

「……しかし、天の聖杯が目覚めるとは、何か世界に異変が起きようとしておるのかのう……」

「ミノチさん、あなたなら、知っているのではないですか? 世界樹に、行く道を」

「世界樹……か。ああ、すべて懐かしいよ。あの『大戦』で多くの巨神獣が失われた。その原因は天の聖杯の一つ、メツのせいであるというのが今や常識の一つだ。それに……君が天の聖杯のドライバーか」

 

 突然俺に視線が移り、首を傾げる。

 

「え? あー。はい。そうですけれど」

「その目……奴と同じ目だ。あいつは子供を作らないと思っていたが、よもやこんな形で再会出来るとは思っていなかったよ」

「同じ目……?」

「ああ。そういうことでしたか……。となると、レックス、」

 

 ホムラはミノチさんの言葉に納得している様子。

 となると納得出来ていないのは、ホムラ以外の全員だけれど。

 いったいホムラは何を理解して、何を納得したのか。

 それを俺が聞こうとする前に、ホムラは俺のほうに向いて、頷いた後に、言った。

 

「……あなたが天の聖杯のドライバーになったのは、別に偶然じゃない。必然だったんです。あなたは、英雄アデルの……血を引きし者なのでしょう。恐らくは」

 



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第二十一話 フォンス・マイム劇場③

「英雄アデルの血を……引く者?」

「イヤサキ村は、かつて英雄アデルが暮らしていた場所じゃからのう。……大方、天の聖杯のロックも、イヤサキ村出身の人間しか開けないシステムだったのだろうよ」

「じっちゃん。なんでそんなことが……?」

「メツもシンも、かつての五百年前の『聖杯大戦』で戦った人間じゃよ。いや、そこまで来たら人間かどうかも危ういがのう……」

「メツは、私と同じ天の聖杯です」

 

 ホムラは、俺たちに事実を告げた。

 さらに、話は続く。

 

「シンとメツは、きっと天の聖杯を一つにすることで、世界樹へと向かおうとしたのでしょう。理由は分かりきっています。……世界樹の守護神であるサーペントを管理する為です。今の管理システムは私が所持していますが、メツはそれを持ち合わせていません。きっと、それを手に入れたかった」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……。話についていけな……」

「おやおや、何だか勢揃いですねえ」

「だなあ?」

 

 俺の言葉を切るように、二人の声が聞こえる。

 そして、その声は聞き覚えのあるものだった。

 

「メツ! それに……」

「ヨシツネですよ! 少しは覚えてくれると良かったのですがね……!」

 

 刹那、劇場から爆発音が上がった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 フォンス・マイム城にて。

 

「何があった!」

「ご報告致します! フォンス・マイム劇場にて爆発が発生! 死者はでていませんが、負傷者が多数とのことです!」

「恐らく、イーラによるものでしょう」

 

 アルヴィースの言葉に、ラゲルトは睨み付けるようにして応える。

 

「おぬし、それも分からなかったのか。予言官のくせに!」

「予言官でも守らないといけないことと、守った方が良いことがあるんですよ。それに……もう、あの王子が彼らとともに居る時点で世界線は変わっている。それがどういう被害を受けるのか、どういう利益を齎すのか。見てみたくはありませんか?」

「……我が国に影響はないのか?」

「恐らく、ですが。しかし僕の知っていた世界線では、彼らは被害を受けながらもなんとか世界を平穏へと導いた。……そして、ラゲルト女王陛下、あなたはそれを望んでいる。だから、僕をこの世界に招き入れたのでしょう? ……それによって、元々僕がいた世界がどうなってしまったのかは、まあ、あまり考えたくないですけれど」

 

 アルヴィースは歩きながら、微笑む。

 

「どこへ向かうというのですか?」

「少し、話をしたいんですよ。天の聖杯と」

「あなたはこの国の予言官としての役目を担っている、というのに?」

「元は同じ『神』から生まれた存在です。少しは話をしたいと思っているのですよ。……勿論、だめだというのであれば、僕は何も言いませんが」

 

 ラゲルトはそれを聞くと、深い溜息を吐いた。

 

「……分かりました。向かいなさい、あなたが『どうなるかは』それも神の導きと言えるのでしょう」

「神はもう、とっくにこの世界を諦めていますよ。今は、自分自身の消失に苦しむばかりです」

 

 そうして。

 謁見の間の扉は、ゆっくりと閉じられた。

 

 



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第二十二話 フォンス・マイム劇場④

「ヨシツネ、メツ! あんたたちいったいどうして……!」

「簡単な事よお、こいつが世界樹にむかう術を持ち合わせているからなあ」

「世界樹にむかう術……だと?」

 

 ヴァンダムさんの言葉を聞いて、俺も漸く会話について行ける。

 

「……ホムラ、お前力を敢えて『封印』しているな? だからサーペントを使うことが出来ない。違うか?」

 

 メツの言葉に、ホムラは答えない。

 ホムラはただ俯いているばかりだった。

 

「ホムラっ!!」

 

 俯いているホムラは、俺の言葉を聞いて我を取り戻した。

 

「……俺たちがついているだろ、今はっ!! だから、戦うんだっ!!」

「そうだ、レックス!!」

 

 ヴァンダムさんが攻撃メツに加える。

 しかしメツは全然効いていない様子だ。

 

「……効いてない。効いてないねえっ!!」

 

 メツのブレイドが、ヴァンダムさんに攻撃を加える。避けようとするが、もろにその攻撃を受けてしまった。

 

「ヴァンダムさんっ!!」

「大丈夫だ、レックス! 第二陣を張れえっ」

「そんな簡単にさせてたまるものですかっ!」

 

 ヨシツネが剣を振り放つ。

 すると、劇場を薄い膜が覆う。

 

「なんだ……力が出ないっ……!」

 

 スザクはそう言うと、その場に崩れ落ちる。

 それはスザクだけではなく、ビャッコやホムラも同じだった。

 

「ご主人。エーテルの流れが上手く操れませんですも」

 

 そして、ハナも同じ症状に陥っていた。

 

「これは、いったい……!」

「簡単なことですよ。……ブレイドは、エーテルの流れを使っている。その流れを止めてしまえばいい。そうすれば攻撃をすることなど、出来るはずがない! ブレイドが持っているエーテルは、生存本能のために外部に漏れ出すことはありませんからねえっ!」

 

 ヨシツネはどうも説明口調になるようだ。

 しかし、そんなことを言っている場合ではない。このままでは俺たち全員がやられてしまう――。

 

「さあ、お終いにしましょう!」

 

 と思った、そのとき。

 

「これでチェックメイト……と思ったかもしれへんけれどなあ」

 

 雷の一撃がヨシツネに襲いかかる!

 その一撃はジーク――ひいてはサイカから放たれたものだった。

 

「……何故、何故ブレイドから力を得ることの出来ないただのドライバーが……!」

「そりゃあ、ただのドライバーなら出来へんやろうなあ」

 

 ジークは剣を肩に携え、うんうんと頷く。

 

「けれど、もし、ワイの身体の中にコアクリスタルが埋め込まれているとしたら?」

「!」

 

 ヨシツネはのけぞる。

 

「あなた……ブレイドイーターですか!」

 

 ヨシツネの言葉に、ジークは笑みを浮かべて、やがてゆっくりと頷いた。

 

 



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第二十三話 フォンス・マイム劇場⑤

「ブレイドイーターを知っているとは、さすがはイーラといったところかいのう!」

「王子!」

「おう行くで、サイカぁ!」

「くっ……これは想定外ですねえ! 脚本にないことを演じて貰っちゃあ困るんですよ!」

 

 ヨシツネは明らかに焦りを見せている。

 しかし、俺たちは未だに力を出せていない状態だ。ブレイドから力を供給されないだけで、これほど無力になるとは、俺たちは思いもしなかった。

 

「何へこたれてるんだ、レックス!」

 

 そこを後押ししたのは、ヴァンダムさんだった。

 

「いいか、レックス。ブレイドの武器ってのはなあ……こういう風にも使えるんだあ!」

 

 そして、ヴァンダムさんは自らが構えていた武器を――そのまま自分の腹に突き刺した。

 

「!」

 

 ぽたり、ぽたりと血が垂れる。

 しかし、ヴァンダムさんは一歩、また一歩と歩み続ける。

 メツは舌打ちをして、

 

「あのやろう……。武器に僅かに残ったエーテルを利用して、自分の身体に入っているエネルギーを引き出すつもりか」

「おうよお。得られるエネルギーは僅かかもしれねえが、それでもお前達の策はこれで実現しなくなる。そうだろう!?」

「だが、それがどうしたあ!」

 

 メツは持っていた武器を振り回す。

 ヴァンダムさんは既に息も絶え絶えという状態で、はっきり言って戦える状態じゃない。

 

「ヴァンダムさあああああああん!」

 

 俺は叫んだ。

 叫ぶことしか、出来なかった。

 

「いいか、レックスっ!」

 

 ヴァンダムさんは、最後に俺の目を見て、はっきりと告げた。

 

「お前の戦を、戦えええええええええええええええええええっ!!」

 

 そして、メツはヴァンダムさんの身体を貫いた。

 

「……そんなことをしたって無駄な話さ。五百年前から何も変わっちゃいねえ。首都に見た武器を見たか? 兵士を見たか? 俺たちは、そのために降誕したんだ。それぐらい、分かっているよなあ?」

 

 メツは剣を抜き、ホムラを見つめる。

 

「いいえ、間違っているのは……間違っているのは、あなた。あなたよ、メツ」

「うわあああああああああああ! よくも、よくもヴァンダムさんをおおおおおおおお!」

 

 俺は、もう、我慢できなかった。

 力を。力を。力を。

 こんなところで諦めてたまるか。

 力が。力が。力が。

 力が欲しい。あいつらをぶちのめすだけの力が。あいつらを倒すだけの力が。

 

「うっとうしいぞ、小僧!」

 

 しかし、メツの攻撃に俺の身体はなぎ倒される。

 

「終わりにしようや、小僧」

 

 俺の身体に近づくメツ。

 だめだ……身体が……動かない……。

 そして、俺の身体を貫こうと、剣が身体に――。

 

「レックスううううううう!!」

 

 ホムラの叫びも、俺の耳には届くだけだった。

 だからこそ、だからこそ、見えなかった。

 ホムラの身体が光り輝き――まったく別の姿になっていたということを。

 メツはギリギリで俺の身体から剣を離し、ホムラのほうを見た。

 

「やっとお目覚めか……ヒカリぃ!」

 

 俺は後ずさり、ホムラ……いや、ヒカリ? の元へと向かう。

 その姿は赤色を基調とした服を羽織っていたホムラとは違い、銀と青を基調とした服に身を包んでいた。髪色も赤色から金髪に変わっている。

 

「ほ、ホムラ……なのか? その姿は、」

「私はホムラじゃない」

「え?」

「私はヒカリ。ホムラは……私が作り出した、もう一つの人格よ」

 

 



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第二十四話 フォンス・マイム劇場⑥

「人格って――」

「余所見しない!」

「!」

「君が余所見をすると、私があなたへ力を送ることが出来ないっ!」

 

 ヒカリが武器に力を与える。

 今までよりも強力なその力は――俺に自信を与えてくれた。

 これなら、戦える!

 そうして俺はメツに向かって攻撃を開始する――そのときだった。

 

「はい、そこまで」

 

 ぱんぱん、と手を叩いた音が聞こえた。

 そこで俺たちの思考は中断され、その音がするほうに目線を向ける。

 そこに居たのはアルヴィース――そして彼のブレイドだった。

 

「アルヴィース……。まさかお前、『この世界』に来ていやがったのか」

 

 メツの言葉に、アルヴィースは微笑むだけだった。

 

「ここは僕の顔に免じて、終わりにしてくれないかな? どうせ君たちは全員本気ではないのだろう? 天の聖杯、その力も目覚めたばかりだし……後はこれ以上この場所で戦われちゃあ、インヴィディアにとっても良いことではないのだよね」

「マスター、攻撃しますか?」

「いや、大丈夫だよ、コスモス。今は攻撃をしなくていい。そう、今はね」

 

 ちっ、と舌打ちをする音が聞こえた。

 メツは武器を仕舞い、アルヴィースへ近づき、

 

「てめえ、何を考えていやがる? 親父のお気に入りだったからって、この世界で何でもやっていいって理由にはならねえだろうが。それにお前の役目は……」

「人々を良い方向へと導く。ただ、それだけの話だよ。天の聖杯はそれぞれ異なった役割を持っていた。君が破壊、ヒカリが再生、そして僕が……『安寧』。だからこれ以上安寧を崩すわけにはいかないし、そうなったら僕の力をもって制するしかない。まあ、そんなことをしたらあちらの世界にも影響を及ぼすし、『ゲート』の力が早く尽きてしまう。それは君にとっても良いことだらけではないだろう?」

「アルヴィース、貴様どこまで知っていやがる?」

 

 メツの言葉に、首を傾げるアルヴィース。

 

「どこまで? まあ、すべてを知っているよ。だって君と僕、それにヒカリは同じ器から生まれた存在じゃあないか」

「へっ。お前と同じなんて死んでも認めたくないね。……分かった、ここはお前の顔に免じて逃げることにしようか。助かったな、小僧」

「へん。次は俺たちが絶対に勝ってやるからな!」

 

 はっきり言って、強がりだった。

 俺はメツの力を知って――あれじゃあ、勝てないってことを思い知らされた。

 もっと、もっと力がないと……。

 

「さて、けが人は軍の皆さんに任せるとして……」

 

 アルヴィースは俺たちをぐるりと一瞥したあと、ヒカリを見る。

 ヒカリはどこか不機嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「あの様子、まるで『出るタイミングを窺っていた』ように見えたのだけれど?」

「そうかなあ。別に僕はそう思ってはいないよ。君たちだけに有利な情報を与えてはフェアではないからね」

 

 アルヴィースは振り返り、歩き始める。

 おっと。何か忘れ物をしたのか数歩歩いただけで立ち止まると、

 

「一度、また城に来てくれないか。一度話したいこともある。天の聖杯として覚醒した今、そしてドライバーとしてレックス、君が何をしなくてはならないか、ということについて」

 

 そう言って、アルヴィースは歩き始める。

 俺たちは、それに従うしかなかった。

 ヴァンダムさんの無事を、俺たちはただただ願うことしか出来なかった。

 

 




第三章 終わり


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第四章 法王庁、アーケディア
第二十五話 戦の意味①


「天の聖杯は、三つ存在する。それは君も話を聞いている限りでは、はっきりしていると思う。そして、天の聖杯はそれぞれ役目があった」

「破壊、再生、安寧……だっけか? それぐらいは聞いていたけれど」

 

 フォンス・マイム城、大会議室。

 俺達とアルヴィース、そして彼のブレイドであるKos-Mos:Reは向かい合う形で座っていた。

 

「……アルヴィース、とか言うたか。お前、聞いたことない名前やとは思っていたんやけれど……、天の聖杯ということはブレイド……ってことになるんか?」

 

 ジークの言葉に、アルヴィースは微笑む。

 

「そんなことはないよ。はっきり言ってしまって、天の聖杯はどんな形にも捕らわれない。この世界の仕組みは、天の聖杯が出来てから、この世界という形が生まれたのだから。……それを言ってしまえば、君たちの仲間である、ええと、誰だったかな」

「ニアだよ」

 

 ちょうどニアとビャッコが部屋に入ってきたタイミングだった。

 ニアの言葉に、アルヴィースは頷く。

 

「うん。そうだったね。……その様子だと、ヴァンダムの手当は済んだのかな?」

「治癒の力を持ったあたしを舐めるんじゃないよ」

「ニア……お前、ブレイドだったんだな」

「正確にゃあ、マンイーターだね。ブレイドイーターである亀ちゃんと違うのは、『食った』主格の問題だよ。亀ちゃんはサイカのコアクリスタルの一部を移植したから、ブレイドイーター。あたしは、ブレイドだったあたしが人間の細胞を移植されたから……」

「マンイーター、ってことか……」

「それにしても、良く力を出してくれたモノだね。有難いことだよ。君がいなければ、ヴァンダムは死んでいたことだろう」

「ヴァンダムさん、レックスに言ったろ? お前の戦を戦え、って」

「あ、ああ」

「それを聞いて、あたしは思ったんだ。このままじゃあ不味いって。このままじゃあ、力の使い方を誤っているって」

「ニア……」

「お嬢様……」

「なんだよなんだよ、ビャッコも悲しむことなんかないんだぞー。あれはあたしがやりたくてやったことなんだから、さ!」

「話を戻そうか」

 

 話は、再びアルヴィースに移る。

 アルヴィースの話を聞くために、ニアは寝転がるビャッコに腰掛けた。ってか、それソファー代わりにして良いものなのだろうか。まあ、ビャッコが嫌っていないなら良いのだけれど。

 

「天の聖杯は、ブレイドやドライバーという役割から乖離している。このKos-Mos:Reだって、かつては何処か別の次元からやってきたようだけれど……、何故だか僕の次元にやってきて、僕と出会った。もしメツと出逢っていたならば、また違った道を歩んでいたかもしれない」

「そうかもしれません。ですが、今、マスターはあなたです。違う世界で生きてきたとしても、この世界に居たとしても、任務を遂行することは、私の使命です」

 

 Kos-Mos:Reは言う。

 

 



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第二十六話 戦の意味②

「そこで、私がお願いしたのです。もし未来を見ることが出来るというのなら、あなたにお願いがある、と」

 

 正確に言えば。

 俺たちとアルヴィース、KOS-MOS:Re意外にもう一人居た。

 ファン・レ・ノルン。

 又の名を、アーケディアの女神。

 

「天の聖杯と、そしてそのドライバーとお会いしたいと、そう言っていました。聖下は」

「聖下?」

「……流石にそれは知っていてもおかしくないと思ったけれど」

「いや、知らないわけがないだろ。この世界で聖下と言ったら一人。アーケディア法王庁のトップ、マルベーニさんだろ」

 

 マルベーニ聖下と言いたかったところかもしれないけれど、俺は言わなかった。

 何故だろうか。今思えば、それは、俺の中で、『不信』があったのかもしれない。

 

「一度お会いしたい、か。結局、何を狙っているんや? そもそも、『確認』だけならワイが確認しているだけで十分やないか」

「ジーク様の言うとおりです。ですが、ジーク様の調査報告は遅れている一方ですから……」

「うっ」

「やっぱり。最近送るのが遅いから『業務放棄』と思われてもしゃーないよーって言ったのに」

「うるさいなあ、あほぅ」

 

 ジークとサイカの漫才はほっとくとして。

 

「俺は別に構わないけれど……ホムラは?」

 

 ホムラは俺の言葉にゆっくりと頷く。

 きっと、彼女もある種の葛藤があった後の回答だったのだろう。

 さらに、ファン・レ・ノルンは話を続ける。

 

「アルヴィース様は、『自らのブレイドを隠しておく』ことを条件に、我々への協力を認めてくれました。何故だかは分かりませんが、アルヴィース様曰く、『世界のバランスが破綻する可能性がある』とのことで……」

「ま、そういうことなんだ。既に天の聖杯が三体居るこの世界の時点でバランスが崩壊しかかっているんだけれど。まったく、『創造主』は何を考えているんだか」

 

 創造主。

 とどのつまり、天の聖杯を作り上げた『父』であり『神』である存在。

 一度会えることなら会ってみたいけれど、しかし、『楽園』に行けば会えるのか? という話になると、またそれは別の話になるのだと思う。

 楽園には、いったい何があるのだろうか。

 楽園は、そもそも存在しているのだろうか。

 考えつつも、疑問に答えることが出来ない。

 ホムラが、私を楽園に連れてって、とそう言ったから――信じているだけに過ぎない。

 

「レックス様? どうなさいましたか?」

 

 ファン・レ・ノルンの言葉に、俺は我に返った。

 

「あ、ああ。大丈夫だよ。それで? ここからアーケディアに直接向かうって事?」

「残念ながら、アーケディアに直接向かうことは敵いません。問題は、雲の壁。あなたも知っていることでしょう」

「もしかして……」

「ええ」

 

 ファン・レ・ノルンは言った。

 

「一度私たちはリベラリタスを経由して、アーケディアに向かうことになります。……確か、レックス様はリベラリタスの生まれでしたよね?」

 

 



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第二十七話 戦の意味③

「え? 俺? うん、なあ、そうだけれど……」

「でしたら、リベラリタスでの案内をお願いできますか? 一度、レックス様の故郷に帰ることも問題御座いませんので」

「なら、ワイはパスや」

 

 最初に言ったのは、ジークだった。

 

「何でや、王子。何か気になることでもあるんか?」

「何、ちょいと野暮用を思い出したんや。……ルクスリアへ向かう船は出ているかのう?」

「ルクスリアへ向かう船ならば、一日に一本は出ているよ。ただし貿易船の扱いだから、あまり乗り心地は良くないけれど」

「それでかまへん。……となると、少しボンとは別れることになるな」

「えっ?」

 

 ジークの言葉に、俺はついていけなかった。

 とどのつまり、ここで別行動をしようということなのだ。

 

「分かりました。それでは、アーケディアに向かうのは、ジーク様、サイカ様以外の方が行かれるということで」

「おう、それで頼むわ。というわけでボン、少しの間お別れや。ま、アーケディアには用事もあるし必ず戻ってくるがな」

「戻ってくる、って?」

「テンペランティアの『分割』についての話し合いが近日行われる予定なんや。テンペランティアについては聞いたことがあるやろ?」

 

 テンペランティア。

 かつて巨神獣兵器が存在していた、死の大地。

 インヴィディアとスペルビアの間で政情緩衝地となっているはずだったが――どうしてルクスリアが関わることになっているのだろうか?

 

「ルクスリアはテンペランティアには関わっていないはず、でしたが」

 

 アルヴィースの問いに、ジークは呟く。

 

「五月蠅い。こちとら、参加しないといけない理由を逆に作らなきゃいかんぐらいや。……言っていなかったがな、ボン。ワイはルクスリアの王子なんや」

「え……ええっ? そうなの?」

 

 そういえば、ジークについてはあまり聞いてなかったことがあったような気がする。

 しかし、まさかルクスリアの王子とは思いもしなかった。

 

「ルクスリアは、世界樹へ向かうために必要な『パーツ』を保管・管理している里や。かつて英雄アデルの末裔により作られたと言われとる」

「英雄アデルの……末裔が?」

「せや。そのためかははっきりとしとらんが……、ルクスリアに『楔』が保存されとる。それを使えば世界樹へ行くことやって可能やと思う」

「王子、でもそれって……」

「……わーっとる。凱旋出来るほどのことはしとらん。だから激突することは間違いないやろうなあ」

 

 ジークは溜息を吐く。

 

「けれど、それもボンのためや。……しっかり話つけて戻ってくるから、安心せい」

「……分かった。ジークにはジークなりの考えがあるんだね。だったら、俺は止めないよ。また会おう」

 

 そう言ってレックスは手を差し伸べる。

 しばし、ジークは何も出来なかったが、やがてゆっくりと手を伸ばすと、二人はしっかりと握手を交わすのだった。

 

 



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第二十八話 里帰り①

 そして数日後。

 俺たちはイヤサキ村――正確に言えば、俺の故郷へとやってきていた。

 別にイヤサキ村は経由するだけで、そのまま港に向かっても良かったのだけれど、ホムラがどうしても一度見てみたいと言うから、致し方なく、それに従った次第だった。

 

「よう、レックス。たくさん人を連れ込んで。コルレルさんが心配していたぜ」

「そうだと思ったよ。最近は、仕送りも出来てないからさ」

 

 コルレルおばさんの家に入ると、コルレルおばさんが俺たちを出迎えてくれた。

 

「おやまあ、レックス。連絡もしないで、どうしたんだい。急に」

「実はさ……アーケディアに行く用事が出来て、ちょっとね」

「はじめまして、コルレルさん」

 頭を下げたのは、ホムラだった。

「レックスのブレイドの、ホムラです」

「ブレイド? へえ、あんた、ドライバーになったのかい。……父さんと母さんが聞いたら、喜ぶだろうねえ」

「そうだな。……ちょっと、皆、ここで待っていてくれないか?」

「ほう? どうかしたのかね」

 

 メレフの問いに、俺は少しだけ恥ずかしくなりつつも、答えた。

 

「ちょっと、父さんと母さんに挨拶がしたくてさ。別にこの村を回りたいなら回ってもいいし。……コルレルおばさん。急で申し訳ないんだけれどさ、今日皆を泊めてもらえないかな? 明日には、アーケディアに出発しようと思うんだけれど」

「別に構わないよ。ところで、アーケディアに何の用事があるんだい?」

「それはまた話すよ! じゃあ、ちょっと行ってくるね!」

 

 そうして俺は走って行く。目的地は村の外れにある墓地だ。そこに父さんと母さんが眠っている――。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 墓地。

 俺の父さんと母さんが眠っている墓に、俺は手を合わせる。

 

「……ここに居たんですね、レックス」

 

 声が聞こえたので、振り返る。そこに立っていたのはホムラだった。

 ホムラはその墓を見て、

 

「もしかしてそれって……」

「うん。俺の父さんと、母さんの墓。二人が亡くなってから俺の親代わりとなったのがじっちゃん、ってわけ」

 

 今はじっちゃんも事情を察してコルレルおばさんの家に居るけれどね。

 

「あの方は……?」

「コルレルおばさんのこと?」

 

 それを聞いてホムラはゆっくりと頷いた。

 

「コルレルおばさんは、ここの孤児院みたいな人だよ。……身寄りの無い子供を集めて、育ててるんだ。そして俺も、その一人ってわけ」

「そうだったんですね……」

「父さん、母さん。今、俺すっごく面白いことになってるんだ。なんてったって、天の聖杯のドライバーになってるんだぜ」

 

 そうして俺は、今までのことを語り出した。

 英雄譚でも、美辞麗句でも、何でも無いただの思い出話だった。

 聞き手はホムラだけだったけれど、たまにホムラが突っ込みをいれてくれたり、相づちを打ってくれたり、色々と話は積もるばかりだった。

 

 



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第二十九話 里帰り②

「……そろそろ帰ろうか。コルレルおばさんも心配しているだろうし」

「そうですね、レックス」

 

 俺はそう言って立ち上がると、墓石に向かって頭を下げる。

 

「じゃっ、父さん、母さん。また出かけてくるよ。近くに寄ったらまた行くからさ!」

 

 そうして、俺とホムラはコルレルおばさんの家へと戻っていくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ただいまー。……おっ、良い香り」

 

 家に入ると、メレフが配膳をしていた。正確に言えば、皿をテーブルに置くだけの作業だった訳だけれど、実際、客人なのだからそんなことしなくて良かったのに。

 

「本当は、座って貰いたかったのだけれど、どうにも落ち着かなそうだったから」

 

 見ると、ファン・レ・ノルンも手伝っていた。

 

「別に手伝わないで、皆、座って貰って良かったのに。手伝うよ、コルレルおばさん」

「レックス、それよりも先に、手、洗わないと」

「ああ。そうだったね!」

 

 俺は手洗い場で手を洗って、配膳を手伝った。

 ジークやトラはというと、動きがおぼつかないからか危なっかしいからか分からないけれど、椅子にこじんまりと座っていた。礼儀が正しい、といえばそれまでなのだけれど。でも、女性に動いて貰っておいて男性が動かないのもどうか、という話だ。実際、俺がコルレルおばさんの家に居た頃は進んで配膳を手伝っていた訳だし。

 

「今日は特製シチューだよ」

「わあ、ほんとう? 俺、好きだよ。それ」

「何か、今日はこれを作りたい気分になってねえ。……もしかしたら、レックスが返ってくることを暗示していたのかもしれないわね」

 

 コルレルおばさんは笑みを浮かべながら、空いている皿にシチューを注いでいく。

 それを見た皆は美味しそうな香りに笑みを浮かべるばかりだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……というわけで、これからアーケディアに向かうんだ」

「へえ。アーケディアにねえ」

 

 食後、片付けはホムラがやりますと言い出したため、俺たちは有難くその言葉に従い、コルレルおばさんはファン・レ・ノルンとメレフから俺が今どこへ向かっていて、何のために向かっているのかの説明を受けていた。

 

「アーケディアと言えば、神学校だよねえ。この村からも何人か、行く予定があるんだよ。この村には学校という施設がないだろう? だから、一番近いアーケディアに通うしかないんだよねえ」

「そうですね……。確かに、リベラリタスには村がありませんから」

 

 ファン・レ・ノルンとコルレルおばさんの会話は、盛り上がっているようだった。

 

「……少年は、緊張しないのだな」

 

 不意にメレフからそんなことを言われて、首を傾げる。

 

「なんで?」

「普通、自分より上の人間に会いに行くときは、緊張するものだ。わたしだって、王に会うときは緊張する。誰だってそうだ。だが、君は見た感じ、そうではないようだ」

「そうかなあ? 俺も結構緊張しているほうだと思うけれど」

「レックスは能天気じゃからのう」

 

 どこからか出てきたじっちゃんが突っ込みを入れる。

 そんなこと言わなくて良いのに! と言うと、じっちゃんとメレフが吹き出した。

 

 



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第三十話 里帰り③

「楔をよこせ、だと? 久々に帰ってきて何を言い出すかと思いきや、そんな言葉だとはな」

「天の聖杯と出逢って、ワイは思った。ありゃあ、今、世界に必要な力や。だからこそ、世界樹に連れて行く必要がある」

「その為に、『サンクトスチェイン』を必要とする、と?」

 

 ジークと会話をしていたのは、ルクスリアの王だった。

 

「サンクトスチェインは、世界樹の周りに居るデバイスを管理している。そうやったはずやろ。英雄アデルの意向で世界樹には誰も近づけさせないようにするために……」

「……………………それは、違う」

「なんやて……?」

「サンクトスチェインは、反アデル派が手に入れたもの。そして、ルクスリアは、アデル派が建国した国と言われているが、それは全くのデタラメなのだよ。……王を継ぐ人間は、その秘密を未来永劫隠し通し、そのためにアーケディアとの『契約』を執行し続けている」

「アーケディアとの……契約?」

「ルクスリアが寒いアルスと化していることは、お前も重々承知していることだろう。その為には、雲海に潜らなければいずれこのアルスが崩壊してしまうということも」

「それは……」

「つまり、それはアーケディアとの契約によって生み出された結果、なのだよ」

「アーケディアが生み出した結果…………やて?」

「アーケディアは、反アデル派がこの国を建国した事実を知っていた。いつからかは知らないがな……。そして、それを公にしない代わりに、このアルスが生み出すコアクリスタルの一定量の供給を命令した。それからだ。我が国、このアルスの冷却化が始まったのは」

「つまり、アーケディアが全ての元凶というわけか…………?」

「そうかもしれない。だが、そうとは言えないかもしれない。いずれにせよ、このアルスが存続するためには、我がルクスリア王家を維持するためには、これしか方法が無いのだ」

「レックスは、楽園に行こうとしているんや」

 

 その言葉に、王は目を丸くする。

 

「レックス……確か、天の聖杯のドライバーだったか。お前は、そんな人間の言葉を信じるのか?」

「でも、今はどうこう言っている場合やないやろうが! もう一人の天の聖杯、メツも世界樹を目指していると聞いた。もしかしたら次に狙われるのはルクスリアかもしれないんやぞ!」

「分かっている! だが、」

「五月蠅いですねえ。いったい何の騒ぎですか?」

 

 声が聞こえた。

 そこに居たのは、ヨシツネだった。

 

「貴様は……」

「何者や!」

「お初にお目にかかります。ルクスリア王。僕の名前はヨシツネ。イーラに所属する者です。何を求めているのかは……おわかりですよね?」



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第三十一話 里帰り④

「……つまり、貴公は、『世界樹』に行きたいと言っているのか?」

 

「ええ。そうですよ。その辺りの情報は、そこの王族崩れから聞いているかと思いますが?」

 

「王族崩れやと! ワイは立派な王族やで!」

 

「まあまあ、それは言い過ぎましたか。……ともかく、話をこれ以上先延ばしにしたくない。我々としても、早くあの場所へ向かいたいのですよ」

 

「楽園に、か」

 

 ぽつり、とルクスリア王は呟く。

 

「楽園? 世界樹にはそのようなものがあるのですか」

 

「……メツから何も聞いていないと見える。世界樹にはかつて神が残した世界『箱庭』が広がっており、マルベーニ猊下はそこから二つのコアクリスタルを手に入れたと聞いている」

 

「そしてそのコアクリスタルが、『天の聖杯』ですか」

 

 ヨシツネは眼鏡の位置をすらしながら、呟いた。

 

「そうだ。そうして天の聖杯は存在し、一人はマルベーニ猊下が、そしてもう一人が……」

 

「小僧、いや、レックスが持っているというこっちゃな」

 

「ほう、ご存知なのですね、そこの王族崩れは」

 

「だからワイは立派な王族やとあれほど言っておろうが!」

 

 今度は、ヨシツネは否定しなかった。

 

「……サンクトスチェインを、私たちに渡して貰えますか? ルクスリア王」

 

「断る! イーラが何をしているのか、私たちの耳にも届いている。そんな状態の団体に、サーペントを操ることの出来るアイテム、サンクトスチェインを渡すことが出来る訳があるまい! それをしたら何が起きるか……考えただけで恐ろしい」

 

「イーラ。五百年前、かつて存在していた王国の名前。僕たちはそれを、間借りしているだけに過ぎません」

 

「そうだろうな。そうだろうよ! イーラの名前を正しく知っているのは、最早古い人間ばかりになってしまったからな」

 

 ルクスリア王は告げる。

 

 ヨシツネは徐々に自分の話のペースに乗せてきていることを実感し、僅かに笑みを浮かべる。

 

「交渉は決裂ですね。でもまあ、細工だけはしておきましたよ」

 

 うぉおおおおおおお!! とうなりを上げる、ルクスリアの巨神獣、ゲンブ。

 

「ゲンブが悲鳴を上げとる……。サイカ! いったいどうなっとるんや!」

 

「分からん……わからへん……。けれど、ゲンブが苦しんでいることだけは分かる……」

 

「毒を打ち込ませていただきました。巨神獣に効く、とびっきりの毒をね。噂に寄れば、あなたたちの巨神獣、ゲンブでしたっけ? は、もう寿命を迎えそうなところまで来ているらしいですねえ……?」

 

「貴様……謀ったな!!」

 

「謀った? それは、どちらの台詞ですか」

 

 ヨシツネは一歩前に出る。

 

「条件ですよ。条件。こちらは毒を回復する薬をゲンブに打つ。その代わりに、ルクスリアに眠るサーペントを操る楔……サンクトスチェインを渡して貰う。どうです? 悪い契約じゃないでしょう?」

 

「悪魔か……貴様らは!」

 

「なんと言って貰って構わない。全ては、世界樹に行くために」

 

 ルクスリア王は立ち上がる。

 

 そしてゆっくりとヨシツネの方へと向かっていく。

 

「おい!」

 

 ジークの言葉に、ルクスリア王は立ち止まる。

 

「……済まん、ジーク。全てはルクスリアに住む、全ての人間の為だ……」

 

 その言葉に、ジークは何も答えられなかった。

 

 



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第三十二話 謁見①

 アーケディア。

 

 法王庁の管轄になっている巨神獣となっていて、どの領土にも属さない立場を取っている。

 

 俺も噂で聞いたことがある限りだったけれど、まさか実際にやってくることになるなんて思いもしなかった。

 

「ここが、アーケディア……」

 

「はい。そうです。ここがアーケディアです」

 

 ファン・レ・ノルンさん――長いのでファンさんと略すことにした――は、アーケディアの階段の向こうにある高い壁を指さしてそう言った。

 

「ええっ、まさかあれを登るのか……」

 

「何よ、男の子でしょ。それぐらい簡単に出来なきゃ」

 

 ちなみに今はホムラはヒカリになっている。ホムラ曰く、『ヒカリちゃんにも慣れておかないといけないですよね』とのことだった。うーん、別に俺はどっちでも良かったんだけど。

 

「……うーん、なんというか、ヒカリの方が押しが強いよなあ」

 

「何を言い出すかと思いきや。何、そんなに『あの子』の方が良いの?」

 

「そ、そういうわけじゃないけど!」

 

「はいはーい、皆さん! 急いで向かいますよー! 法王がお待ちしておりますからね!」

 

「法王って……マルベーニ猊下のこと?」

 

「はい! だって、そのためにマルベーニ様はあなたたちを呼び寄せたんですから」

 

 ファンさんの言葉に、俺たちはただ頷くことしか出来なかった。

 

 それにしても。

 

 どうして俺たちを呼んだのだろうか?

 

 天の聖杯のドライバーだから? それだけで呼んだとは到底思えない。

 

 きっと何か裏がある。そんな気がしてならないのだ。

 

「……レックス? どうかしたんか?」

 

 じっちゃんの言葉を聞いて、俺は我に返る。

 

「な、何でもないよっ。さっ、急いで上に登ろうぜ。じゃないと日が暮れちまう」

 

 そうして。

 

 俺たちはアーケディアの中枢にある法王庁へと足を運ぶことになるのだった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「ようこそ、アーケディアへ。私が法王のマルベーニである。……レックスは誰のことかな?」

 

「お、俺、いや、私です」

 

「そんなに構えることはない。普通に話して貰って構わないよ。それに、そうでなければ、本音を話すことも出来ないだろう?」

 

「それはそうかもしれませんけれど……。でも、そう言って貰えて嬉しいです。俺、こういうの苦手で」

 

「ははは。そう言って貰えると嬉しいよ。……さて、立ち話も何だ。会議室を開けてある。そこで話をしようじゃないか、天の聖杯である君とも話をしたいと思っているからね」

 

「……私はあなたと話をしようなんてこれっぽっちも思っちゃいないんだけど」

 

「ははは。手痛い言葉だね」

 

 マルベーニさんの言葉に従って、俺たちは法王庁の奥にある会議室へと向かうのだった。

 



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第三十三話 謁見②

 会議室は広々としていて、俺たちが全員座っても未だ有り余る椅子が並べられていた。

 

「……さて、先ずは何から話そうか」

 

「どうして、俺たちを呼んだんですか?」

 

「……確かに、その話からするべきか。答えは簡単だよ。『天の聖杯』のドライバーである君に一度会いたかったんだよ。何せ、私も同じ『天の聖杯』のドライバーだからね」

 

「同じ天の聖杯の……」

 

 ふっと、一瞬。

 

 マルベーニさんの顔にメツの顔がちらついた。

 

 顔をぶんぶんさせると、その顔は直ぐにマルベーニさんに戻った。

 

「? どうかしたのかね、少年?」

 

「レックスで良いです。……いや、何でもありません」

 

 言ったところで信じてくれないと思う。俺はそう思った。

 

「……天の聖杯って、メツのことですか?」

 

「ああ、そうだ。私は世界樹からコアクリスタルを回収し、同調した。そして、彼は自らをメツと名乗った。そしてそのコアクリスタルを手に入れたとき、目の前に『彼』が姿を見せた」

 

「それが、アルヴィース……?」

 

 こくり、とマルベーニさんは頷く。

 

「アルヴィースは二つの世界を常に観測者の立場として観測していた。二つの世界はそれぞれ出逢うこともなければ、一緒になることもない。しかし、アルヴィースだけは、『調和』をモチーフにした存在だからか、往来することが出来るのだという。彼のブレイドであるKos-Mos:Reも同じらしい。どういう原理なのかはさっぱり分からないがね」

 

「確かに不思議な存在だとは思っていたし、彼自身もそんなことを言ってた気がするけど……」

 

「だから、彼のことはあまり気にしなくて良い。彼自身も言っていることなんだが、彼はあくまでも世界に『干渉』はしない。観測者に過ぎないのだと言っているんだ」

 

「干渉はしない……」

 

 それじゃ、まるで何もしないような言い回しに聞こえるけれど、だったらどうしてこの世界にわざわざやってきたんだ?

 

「ところで……君たちは『楽園』に行きたいようだね。世界樹の中にあると言う、あの場所へ」

 

「マルベーニ聖下は行ったことが?」

 

「いいや、生憎私は行ったことはないよ。そんなものがあるとは夢にも思ったことがないからね」

 

「そうだったんですね……」

 

「そうだ。君たちに見せたい人間が居る」

 

 マルベーニさんは立ち上がると、会議室の出口へと向かった。

 

「ついてきたまえ、君たちに会わせたい人物が居る」

 

 その言葉に、俺たちは従うことしか出来ないのであった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「聖杯大戦という言葉をご存知かな?」

 

 こつこつ、と階段を降りる音が響き渡る。

 

「ええと……五百年前に起きたと言われているものですよね。詳しくは知らないですけど」

 

「そうだ。そこで彼は三つの国を滅ぼした。そのうちの一つに、イーラという国があった。イーラは『黄金の国』と言われる国家だった。紋章は黄金で彩られ、首都にも黄金が散りばめられていたという」

 

 



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第三十四話 謁見③

「そんな国があったのかあ……。何というか、想像が付かないな」

 

 ちなみにヒカリはさっきからずっとむすっとした表情を浮かべている。どうしてだろうか? イーラに何か因縁でもあるのだろうか?

 

「イーラ。それは過去に栄えた国家の名称であり、現在は犯罪組織の名称として使われている。滅びた国の残党がね、未だに生きているんだ」

 

「未だに、って五百年前のことですよね……」

 

「マンイーター」

 

 言ったのはメレフだった。

 

「或いはブレイドイーターといったところでしょうか?」

 

「詳しいねえ。流石はスペルビアの特別執権官、といったところか」

 

「法王聖下にお褒めいただき、恐縮です」

 

 メレフは帽子を外し、頭を下げる。

 

「その、イーラがどうかしたんですか?」

 

「イーラはかつて我々アーケディアにとっても良い国だった。だからその名前を汚す組織をさっさと潰してしまいたいのだよ。しかし、そこにかつてのイーラの秘宝であるブレイドが関わっているならば猶更」

 

「イーラの秘宝のブレイドって、もしかして……」

 

「シンよ」

 

 声を出したのは、ヒカリだった。

 

「……流石に忘れていた訳ではないか」

 

「私はずっと五百年もの間、眠りに就いていたから、今までの状況は分からないけれど、イーラの秘宝なら知ってる。五百年前に、一緒に手合わせをしたことがあるからね」

 

「手合わせって……シンと?」

 

 こくり、とヒカリは頷く。

 

「そうだったか。ということは、君は『あの』記憶も覚えているのかな?」

 

「さあね、どうだったかしら。五百年も眠っていたから記憶の片隅には残っているかもしれないけれど、掘り起こすまでには時間がかかるってものよ」

 

「そうか。……まあ、そっちの方が君にとっては良いのかもしれないがね。ああ、到着した」

 

 そこは牢屋だった。

 

 牢屋には二人の人間が座っていた。

 

 一人は長髪の女性、そしてもう一人は金髪の男性。二人ともドライバーのように見えるけれど。

 

「調査した結果、彼らはマンイーターとブレイドイーターであることが分かった。二人とも、かなり長い年月を生きているようだ。……ところで、ええと、」

 

「ヒカリ、よ」

 

「ヒカリ。君は二人に見覚えはないかね?」

 

「…………ないわね」

 

 一瞬、金髪の男性の方を見やった気がするが、気のせいだろうか?

 

 また、金髪の男性もヒカリの方をじっと見つめているように見えたが、ヒカリの言葉を聞いて俯いてしまった。

 

「そうか。残念だな。何か情報が分かれば、と思ったのだが。彼ら、自らの名前以外明かさないんだよ。ええと、名前は」

 

「ベンケイ。そんでもってこいつはサタヒコ」

 

 長髪の女性、ベンケイはそう言った。

 

「ああ、そうだ。そうだった。ベンケイにサタヒコだ。名前を覚えるにはもう大分年を取ってしまってね。仕方無いんだ、許してくれ給え」

 

「そんなことより、さっさとあたし達をこの牢屋から出しな」

 

「……何故だい?」

 

「何故、ってそれがベストな選択だからさ」

 

「私はそうは思わない。よって君たちを解放することもしない。何故なら君たちはイーラの人間である疑いがあるからだ」

 

「……さあ、今ここでもう一度訊ねる。イーラの目的は何だ?」

 

 イーラの目的。

 

 確かにそれは知らなかったし、聞いてみたかった気もする。

 

 けれど、そう簡単に話してくれるのだろうか? 俺はそうは思わなかった。

 

「……ラウラに」

 

 言ったのは、サタヒコだった。

 

「ちょっと、サタ!」

 

「ラウラに、『永遠の命』を与えるため。その為に俺たちは活動しているんだ……!」

 

 サタヒコははっきりと、マルベーニの顔を睨み付けるようにして、そう言った。

 

 



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第三十五話 謁見④

「永遠の命? そんなものがほんとうに存在するとでも思っているのかね?」

 

 しかし。

 

 マルベーニさんは、いとも簡単に、あっさりとサタヒコの発言を否定した。

 

「な……!」

 

「てめえ、何言ってやがる! 永遠の命は確かに存在する。それは楽園に行けば、」

 

「楽園に行ったところで、メツのほんとうの力が目覚めるだけだよ。永遠の命など、神を冒涜する存在でしかないからね。ブレイドだって、人だって、そうだ。すべて限りある命であるからこそ、『生きている』という証を残すことが出来るのだから」

 

「メツのことを侮辱するつもりか」

 

「侮辱するつもりはないよ。元々、彼は私のブレイドだったのだからね」

 

「……何だと?」

 

「メツから聞いていないかい、その様子だと。メツは相当君たちには心を開いていないように見える」

 

「巫山戯るな! 私たちは、私たちは……!」

 

「もう良い。ここで判決を待つが良い」

 

 そう言って、マルベーニさんは踵を返した。

 

「これ以上ここに居る意味も無い。会議の再開と行きましょう」

 

「会議?」

 

「君たちは、『世界樹』に渡りたいのだろう?」

 

「世界樹……」

 

 そのワードにいち早く反応したのは、俺たちではなく、サタヒコだった。

 

 サタヒコは高笑いをしながら、俺たちを見ると、

 

「世界樹。そうか。お前達も世界樹に登りたいのか! だが、無駄なこと。無駄なことだよ。世界樹には、」

 

「世界樹には、サーペントと呼ばれる使役される獣が跋扈している……そうだろう? 流石の私も知らないとは言わないよ。それに、それを防ぐ手段などいくらでも……いや、それは言い過ぎか。手段なら、存在している」

 

「サンクトスチェインのことか?」

 

「……! 何故、その名前を」

 

「俺たちだって世界樹に登りたいからね。それぐらいのことは調べが付いているよ。そしてそれを、ルクスリア王家が所持しているという情報も」

 

「……まさかお前達はデコイだったというのか!」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるマルベーニさん。

 

 俺たちにはすっかり何のことだか分からなかった。唯一ヒカリがそれを聞いて俯いているぐらいだったか。

 

「なあ、ヒカリ? サーペントって何だ?」

 

「サーペントというのは、私たち天の聖杯が所有する使役出来る獣のことよ。とはいえ、今は自由に操ることは出来ないけれどね。サンクトスチェインと呼ばれる鎖を持って、無理矢理に使役させるしか道がない」

 

「そう。そうだ。だから、俺たちはサンクトスチェインを手に入れるために、二手に分かれた。片方は、敢えてアーケディアの捜索に捕まり、もう片方をルクスリアに行かせるための『罠』を張った、という訳だ。そうして、その罠は成功した。今頃、ルクスリアではサンクトスチェインを手に入れているヨシツネが居るだろうよ!」

 

 



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第三十六話 謁見⑤

「サンクトスチェイン……成る程、それが君たちの欲していたものか」

 

「それ以外にも理由はあるがね!」

 

「……一つ、言っておこう。我々人間も知っている事実ではあるが、『永遠の命』など存在しない。それに君たちはコアクリスタルを盗んでいるようだが……、コアクリスタルもまた、私の洗礼がない限りまともに動かすことが出来ないのだ。同調させることが出来ない、とでも言えば良いだろうか。勿論、例外は存在するがね」

 

 一息。

 

「例えば、天の聖杯や、スペルビアの秘宝も私の洗礼を受けていないコアクリスタルと言えばそれまでになってしまうがね」

 

「……ねえ、マルベーニ」

 

「何だね、天の聖杯?」

 

「彼らを、解放してはくれないかしら」

 

「……!」

 

 サタヒコの反応を横目に、ヒカリは話を続ける。

 

「彼らは何も悪さをしている訳じゃないんでしょう? だったら――」

 

「――だったら、解放するべき、とでも言いたいのかい? それは愚問だね。間違っている。彼らはかの犯罪組織、イーラに所属している存在だ。イーラの目的が何であるかはっきりしない以上、彼らを解放する訳には」

 

 一つの衝撃が起きた。

 

 それがいったい何であるか彼らにはさっぱり分からなかった。

 

「マルベーニ聖下、こんなところに!」

 

 アーケディアの兵士がマルベーニに声をかける。

 

「何だ、この衝撃は」

 

「今、イーラの船がアーケディアに衝突した模様! そこから大量のブレイドが放出されているとのことです!」

 

「イーラの船、ってことは」

 

「マルネサスだね! でもいったい誰が操縦を……」

 

 ドゴンッ!! と壁に穴が開いたような衝撃音が聞こえた。

 

 見ると、彼らのいた牢獄にぽっかりと穴が開いていた。

 

「シン……!」

 

 そこに居たのは、シンだった。

 

「少年。まさかここで出逢うことになろうとはな」

 

「少年じゃない。レックスだ!」

 

「そんなこたあどうだって良いんだよ、おい! サタヒコ、ベンケイ。捕まってねえで、さっさとここから脱出するぞ!」

 

 隣に立っていたのは、メツだった。

 

「メツ……! 君はいったい何がしたくてこんなことを」

 

「マルベーニ。俺は言ったよなあ? ずっと昔過ぎて覚えてねえのかもしれねえけれどよ。俺は人間が嫌いだ。だからこの世界を滅ぼそうと決意した。五百年前は、イーラの秘宝だとか、もう一つの天の聖杯だとかに邪魔されたが、今は違う! 俺が、俺たちが、やりたいために行動する! その為に俺たちはイーラとして活動しているんだよ」

 

「少年」

 

「だから少年じゃなくてレックスだよ!」

 

 シンの言葉に突っ込みを入れながら、俺はシンに問いかける。

 

「シン。お前はいったい何をしたいんだ……?」

 

「少年。全てを知りたいならば、テンペランティアに来い。そこで全てを話してやる」

 

 



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第三十七話 謁見⑥

「テンペランティア……?」

 

「かつて聖杯大戦で滅んでしまった国ユーディキウムが存在していた巨神獣のことだ。ユーディキウムはかつて文明の利器によって発達した国家だったと言われていて、兵器開発にも重点がおかれていた国家だったはずだ……。今は、スペルビアとインヴィディアが共同で管理している場所の筈だよ」

 

「丁寧にご説明ありがとうよ、マルベーニ」

 

 メツの話は続く。

 

「そんでもって、その国家が残した兵器をスペルビアが発掘しているんだ。良い話だとは思わねえか? かつての聖杯大戦で使われていた兵器だ。今蘇らせたら凄いことになるだろうなあ? ただでさえ、各巨神獣の体力が落ち込んできているという中、巨神獣の体力を使うと言われているその兵器を使えば!!」

 

「辞めるんだ、メツ! 君は未だ『世界を滅ぼす』だとかそんなことを考えているのか!」

 

「そうよ、メツ。辞めなさい!」

 

「……へん、マルベーニに言われることはあまり気にならねえが、『その元凶』に言われるとは困った物だねえ」

 

「?」

 

 俺は、メツの言っていることが分からなかった。

 

 だから、その言葉を、疑問をもって迎えることしか出来ないのだった。

 

 メツは、そんな俺の表情を察したのか、舐るように俺の表情を眺め、

 

「……どうした? まさか『天の聖杯』のドライバーのくせにそんなことも分からねえ、って言わねえだろうな?」

 

「どういう……ことだよ?」

 

「辞めなさい、辞めなさいメツ!」

 

「……聖杯大戦でイーラという国家が滅んだ。その原因は貴様だろう、ヒカリ」

 

 シンが、ゆっくりと口を開いた。

 

「……っ!」

 

「……ヒカリ? それって…………ほんとうなのか?」

 

 俺の知らない事実。

 

 俺の知らない出来事。

 

 ヒカリの顔は、ひどく動揺しているように見えた。慌てているように見えた。

 

「違う、違うの……。時が来ればいつか話すときがやってくる、そう思っていたの……」

 

「ははは! ヒカリはドライバーすら信じられねえって訳か!」

 

 その俺たちの関係に、ひびが入った――そう思わせたタイミングで。

 

 メツは俺たちに語りかけた。

 

「メツ! 彼女が力を放出したのは、お前のせいでも有る訳だろう。それを勝手に一人で暴走したかのような言い草をするのは悪いことだとは思わないかね」

 

 マルベーニさんは言う。

 

 そう。そうだ。

 

 何もヒカリは暴走したなんて一言も言っていないじゃないか。

 

 ヒカリの口から、はっきりとその言葉を聞いていないじゃないか!

 

 心の中でマルベーニさんに感謝の気持ちを述べながら、俺はメツたちに向かって、

 

「そうだ! ヒカリの口からはっきりと聞いていない! 俺は、お前のことを信じたつもりはない!」

 

「……へえ、流石にそれで信頼関係が崩れる程のものじゃない。だてに『命を分け与えた』関係性じゃないって訳か」

 

「レックス、私は、私は確かに」

 

「だからなんだって言うんだ」

 

「!」

 

「……今はとにかく何にも決められないけれど、とにかく俺は、楽園に行くって決めたんだ。ヒカリと、ホムラと、一緒に!」

 

 



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第三十八話 謁見⑦

「……時間だ、サタヒコ、ベンケイ!」

 

 シンの言葉を聞いて、サタヒコとベンケイは穴から出て行く。

 

「待て! お前達には未だ聞き足りないことが山ほど」

 

「へえ? 山ほど、ねえ」

 

「ああ、そうだ。お前達は何故……何の為に、『世界樹』に登ろうとしているんだ!?」

 

「それはそこに居るもう一人の天の聖杯にも言える話じゃねえのか? なあ、ヒカリ」

 

「……あんたに言われたくないわよ、メツ!」

 

 ヒカリとメツは目線を逸らそうとはしない。

 

 二人にいったいどんな因縁があったのかなんて、今聞けるような時間じゃない気がする。

 

 そもそも、ヒカリが滅ぼしたというイーラにメツが関係があるのか?

 

 そもそも、そのイーラと今のイーラに関係性はあるというのか?

 

 俺は、頭の中がごちゃ混ぜになってしまうような感覚に陥る。

 

「……とにかく、俺達はおさらばするとしようぜ、シン!」

 

「…………ああ、そうだな」

 

 最後に、シンは俺に向かってこう言った。

 

「少年。二度目だ。……全てを知りたければ、テンペランティアに来い」

 

 

 

    ◇◇◇ 

  

 

 

 その直後。

 

 テンペランティアにあった、巨神獣兵器の一つが。

 

 ゆっくりと動き出していく。

 

 それにはヨシツネが乗り込んでいた。

 

「それにしても、こんな大きな巨神獣兵器を操れるなんて夢にも思いませんでしたよ……」

 

「えー? でもそこまで気にしていないように見えるけれどー?」

 

 言ったのはカムイだった。

 

 カムイの言葉を聞いて、ヨシツネはゆっくりと頷く。

 

「さあ、始めましょうか。シン達がやってくるまでの間に、一暴れ!!」

 

 

 

 

 そして。

 

 そして。

 

 そして、だ。

 

 

 

 

 巨神獣兵器は、ゆっくりと動き出す。

 

 スペルビアとインヴィディアの休戦地帯となっている、彼の地に。

 

 一体のイレギュラーが動き始める――!

 

 

 

 

      ◇◇◇

 

 

 

「追え! 追いかけるんだ!!」

 

 マルベーニさんの言葉は、何処か血気盛んのような感じがした。

 

 まるでメツかシンに、何か探られたくないことでもあるかのように――。

 

「聖下、大変です!」

 

「どうした。今度は何が起きたというのだ!」

 

 マルベーニさんの言葉に、敬礼をした兵士は、話を続ける。

 

「……テンペランティアにて、一体の巨神獣兵器が暴走を開始。インヴィディア側のキャンプ地に向かっているとの報告を受けています! スペルビア側は事態を把握しておらず、このままではインヴィディアとスペルビアの戦争が勃発する可能性があるかと……!」

 

「何だと……!?」

 

 マルベーニさんの表情が苦悶に満ちた表情へと変わっていく。

 

 メツが言っていたあの話。あれが本当だとすれば……!

 

「マルベーニ聖下!」

 

「今度は何だ!」

 

「その……。事件とはまったく関係ありませんが……。テンペランティアの統治会議で、スペルビア代表のメレフ特別執権官様と、インヴィディアのラゲルト女王陛下が到着なされました!」

 

「何だと、このタイミングで……。いや、寧ろこのタイミングが好機と言えるか。未だトップの耳には入っていないのだろうからな。分かった、私が出よう」

 

 マルベーニさんは一瞬で表情を冷静沈着なものにして、ゆっくりと動き始めた。

 

 俺達も、それを追いかけていく。

 

 それが国を揺るがす大きな事件へと発展していくことには、俺達は未だ分からなかった。

 

 




第四章 完

第五章「戦」に続く。


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第五章 テンペランティア
第三十九話 会議の中止①


「テンペランティアに関する会議が中止になった、と? それはいったいどういうことですか」

 

 メレフはスペルビア兵からの話を聞いて、怒りを募らせていた。

 

 いったい全体どういうことなのか、ということ。それが彼女にとって問題だと言えることだったのだ。

 

「何でも、アーケディア側で問題が発生したとのことで……」

 

「御託はどうでも良い。今から私はアーケディアに直接駆け込む」

 

 既に船はアーケディアに到着していた。

 

 ならば外に出れば、直接神殿に向かえば、マルベーニ聖下に会うことが出来る。

 

 そう思い、彼女は外に出るのだが――。

 

「……少年?」

 

 外に出ると、スペルビア兵に入るのを止められていた一人の少年が居た。

 

 そしてその脇に居る翠玉色のコアクリスタルのブレイド。

 

 そこに居たのは、紛れもない、レックスだった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

「……何だと。つまり、テンペランティアにあるスペルビアが掘り出した兵器を、イーラが使おうとしていると?」

 

「ああ、そうなんだ。それはシンって奴が言ってた」

 

 メレフとレックスは、甲板にて会話をしていた。

 

 ちなみにレックス曰く、他のメンバーはアーケディアの宿屋で待機しているのだという。いつでもテンペランティアに出発出来るように準備を整えているのだ、と言っていた。

 

「シン……イーラの首魁と言われている男か。しかし、それでは困ったことになるぞ。もし、テンペランティアのそれが会議の中止になった要因だというのなら」

 

「ラゲルト女王陛下っ! ここから先はスペルビアの重要な会議中で幾らあなたでも入れることは」

 

「ええい、黙りなさい! 私はインヴィディアの首長ですよっ!」

 

 そう言って強引に中に入ってきたのは、一人の大柄の女性だった。

 

 ラゲルト、と呼ばれていたと同時に、女王陛下とも呼ばれていた。

 

 レックスは聞いたことがある、と思った。インヴィディアの首長、ラゲルト。長きにわたりインヴィディアを統治し続けているその存在は、インヴィディアでも大きなものになっているという。

 

「……これはこれは、ラゲルト女王陛下。いったい全体どうしたというのですか?」

 

「しらばっくれても無駄ですよ。貴方達スペルビアが兵器を起動させたということを、私は聞きました! 貴方達はいったい何をしようとしているのですか! スペルビアとインヴィディアの共同統治領であるテンペランティアを、自らのものにしたくなったとでも言いたいのですか!」

 

「……落ち着いてください、ラゲルト女王陛下。こちらも状況を確認している最中です。そして、スペルビアの兵器を使っているのは、噂に寄ればイーラではないかと考えられているのです」

 

「イーラ……!? 国に所属せず、自らの信念を貫くと言うあの集団のことですか……!?」

 

 こくり、とメレフは頷く。

 

 



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第四十話 会議の中止②

「イーラが我が国の兵器を使って、何をしようとしでかしているのかは分かりません。……ですが、イーラがただのテロリストでは無いと言うことは、これでラゲルト女王陛下もおわかりいただけたでしょう」

 

「……確かに、そうですが」

 

 ラゲルトはそれを聞いて、少し落ち着いたように見える。

 

「ならば、今回の事態の収束、貴方達にお任せ出来ますか?」

 

「宜しいのですか?」

 

「元はといえば、スペルビアが発掘した兵器なのでしょう? インヴィディアの軍は私の命令で留めておきましょう。ただし、それもいつまで出来るかも分かった話ではありません。もしかしたら奮起した兵士が攻撃を仕掛ける可能性が出てくるかも」

 

「……分かりました。では、それが無いように心がけます」

 

「よろしくお願いしますよ、スペルビア帝国メレフ特別執権官」

 

 そう言ってラゲルトは踵を返すと、外に出て行くのだった。

 

 

   ◇◇◇

 

 

 アーケディア港には、一隻の巨神獣戦艦が到着していた。

 

「でかい船だなあ……。これに乗り込めば、テンペランティアに行けるんだよね?」

 

「そういうことになるな。まあ、ここからなら距離もそう遠くないはずだ」

 

 メレフの言葉を聞いて、レックスは大きく頷く。

 

「テンペランティアって、実際には何がある場所なの?」

 

「テンペランティアには、今はお互いの軍の基地しか無い。後は、遺跡ぐらいか。人は殆ど暮らしていないよ」

 

「そうなのか。それを聞いて少し一安心」

 

 レックスはそう言って、メレフの後をついていく。

 

「どうしてだ?」

 

「もし人が居たら、大変なことになると思ったからね。……でも、人が居ないなら少しは安心出来るかな」

 

「そもそもテンペランティアは草花が育たない環境でな。人がとても住まうことの出来る場所では無いのだ。……だから、今は共同管轄地とはしているといえ、いずれにせよ、どちらの国が管理するか、ということになるだろうな」

 

「それは、仮にインヴィディアが支配することになっても、スペルビアにとっては問題無いの?」

 

「スペルビアには既にグーラという領地がある。そして、スペルビアは最終的にグーラに首都を遷都させる計画もある。それを考えれば、テンペランティアも欲しいところではあるが……」

 

「インヴィディア側にとってみれば、そうは問屋が卸さないってことか」

 

「そういうことになる」

 

 

 

 こうして、俺達は、テンペランティアに向かうことになった。

 

 その先に何があるのかということについて――今の俺達には分からないのだった。

 

 



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第四十一話 テンペランティア①

 テンペランティアは、かつて存在した古代文明ユーディキウムが存在していた場所である。

 

「……こんな場所があったなんてな。アルストをずっと巡っていたけれど、来たことがなかったよ」

 

「名前ぐらいは聞いたことがあるだろう? ユーディキウムというのは、それ程に有名な文明であったはずだ」

 

「確かに名前ぐらいなら聞いたことあるけれど……。でも、そこまで知っている訳じゃないよ。俺だって、学校に通った訳じゃないし」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんだよ」

 

 メレフと俺の会話は続く。

 

「テンペランティアで動いているという巨神獣兵器……、急いで止めなくてはなるまい。そうしなければ、インヴィディアとスペルビア、両方に悪影響を齎すことになってしまうからな」

 

「……結局、インヴィディアのあの人は納得してくれたの?」

 

「ラゲルト女王陛下のことかい? それなら、あの場で納得してくれたはずだよ。しかし、場合によっては大きな問題が発生する可能性があるかもしれないがね」

 

「……それ、簡単に言っているけれど、不味いんじゃ?」

 

「ああ、不味いね。不味いとも。だから、大急ぎでなんとかしなければならない。今、テンペランティアの兵器に乗り込んでいると思われる『不届き者』を処罰しなければならないね」

 

「……それにしても」

 

 俺は踵を返す。

 

 そこには、ファン・レ・ノルンの姿があった。

 

「……別にファンさんまで来る必要はなかったんじゃないの?」

 

「いいえ。私の力はブレイドの力を抑制することです。そしてそれは巨神獣にも適用されます。ですから、私が居ることで少しはあなた達の仕事を手伝うことが出来るかと思いまして。勿論、これは、マルベーニ聖下の指示があってのことです」

 

「……マルベーニさんの?」

 

「ええ」

 

「マルベーニ聖下も今回の事態を収めたいという気持ちが高いのだろう。……マルベーニ聖下が何を考えているのかは、はっきり言って分からないがね」

 

「……マルベーニさん、か」

 

「どうした、レックス?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 俺がマルベーニさんと出会った時――俺はメツに似た気配を感じ取った。

 

 もしかして、メツがああなってしまったのは――。

 

「テンペランティアは、紛争が未だ行われている地帯だ。故に砲撃などの攻撃も未だに行われている。だから、注意をしておくべきだな。……レックス、レックス? 聞いているのか?」

 

「うん? あ、ああ。聞いているよ」

 

「……まったく。今からそのような態度だとこれから苦労するぞ? レックス」

 

 そうして。

 

 俺達はテンペランティアへ上陸する。

 

 目的地は――テンペランティアで活動している巨神獣兵器。

 

 



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第四十二話 テンペランティア②

気づいたら 次回作が 出てしまう

3発売までに終わると良いな!!


「……レックスは怖くないのか?」

 

 テンペランティアを歩いていると、メレフからそんな問いかけがあった。

 

「どうしたんだよ、いきなり?」

「いや、怖気付くことがあっても何ら不思議ではあるまい? しかし君はこうやって――今もなお前に進んでいる。それが少しばかり気になってな」

「怖いと思っていたら、サルベージャーは務まらないよ」

 

 俺は直ぐに答える。

 

「でも……」

「でも?」

「やっぱり、怖いと思うときはあるよ。……俺はホムラに命を分け与えてもらったからさ」

「レックスさんは、お優しいんですね」

 

 ファン・レ・ノルンは微笑みながらそう言った。

 別に俺は変なことを言ったつもりではないのだけれど、もしかして何かおかしかった?

 

「……あんた、昔からそういう性格だったものね。そこだけは変わらないというか……」

 

 ヒカリは呟きながら、ファン・レ・ノルンを見ていた。

 

「さっきから思っていたけれど、あんた達って知り合いだったの?」

 

 ニアの言葉にヒカリは首を傾げた。

 

「うーん、多分そうだと思うのだけれど……」

「確信が持てないの?」

「あれはきっと、私が知っている頃のカスミじゃない」

「カスミ? ファン・レ・ノルンじゃないのか?」

「ブレイドは、再度同調すると記憶を失ってしまう――だから、もしかしたらあの子もそうなのかもしれない。しかし、だとしたら何故?」

「何故、ったって……。ブレイドがそうなっているんだから仕方ないだろ? 記憶を失わずに生き続けているブレイドって、聞いたことがないもんな」

「……ねえ、あなたずっと思っていたんだけれど」

「あたしのことを言うのなら、それはご勘弁願いたいね!」

 

 ニアとヒカリの会話は、それなりに盛り上がっているようだった。

 しかし、何の話をしているのかは、少し距離が離れていて聞き取れなかったけれど。

 

「……でも、あんた達を見ていると楽しそうだな、って思うこともあるんだよ」

「楽しい? どうして?」

「なんかさ、良く分かんないけれど……。レックスと居ると楽しいんだよな。今までのことを忘れたくなるぐらいさ」

「ははーん……。ニア、もしかして」

「ち、違うって! そんなことを言いたかった訳じゃないよ!」

「お取り込み中失礼するよ」

 

 メレフの言葉で二人の会話は強制的に中断させられる。

 ヒカリはメレフを睨み付けるように見つめて、

 

「何?」

「何、というのは少々困るな。我々がここにやって来た理由を忘れたとは言わせないよ」

 

 そう。

 俺達は今、テンペランティアの大地を眺めることが出来る高台まで辿り着いていた。

 そして、その遙か向こうには――巨神獣兵器が蠢いている。

 

「あいつを……止めるんだよな?」

「そうだ」

 

 俺の質問にメレフは即答する。

 

「止めなければ、スペルビアとインヴィディアの戦闘は避けられないだろうな」

「だったら、やるしかないだろ」

 

 俺は、足を伸ばしたり背伸びしたり、準備体操をする。

 運動の前の準備は大切だからな。

 

「……何をするつもりだ、レックス?」

「決まっているだろ。……飛び込むんだよ、ここから。それしかあれを止める道筋はない」

 

 俺の言葉に、誰も反応しなかった。

 まあ、いきなりそんなことを言ったところで直ぐ賛同してくれる人は居やしないかもしれない。

 沈黙を破ったのは、メレフの失笑だった。

 

「……くっ、ははっ。面白いな、レックス。君と居ると飽きないよ」

「メレフ様? まさか今の話、本気で考えていたのですか?」

「カグツチ、たまには馬鹿らしいアイディアに全力で乗っかるのも一興だろう? それに……、今はとやかく考えている暇もないしな」

 

 タイムリミットは、迫っている。

 

「さあ、どうする? 何か他にアイディアがあるなら教えてくれ」

「……分かったよ。乗っかろうじゃないか、そのアイディアに」

「お嬢様!」

「ニアが乗るなら私も乗るわ。別にそれ以外に良い方法が思いつかなかった訳じゃないから」

「ファンさんは?」

「私もそれで構わないと思います。……少しは力になれると思いますから」

 

 ようし、それなら決まりだ。

 ちょうど巨神獣兵器も高台の下に到達していた。行くなら……今しかない!

 そうして俺達は――高台から一気に飛び込んだ。

 

 



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第四十三話 シン

 高台から飛び降りた先、それはつまり巨神獣兵器だった。追いつくことばかり考えていたけれど、巨神獣兵器には平らな空間が設置されている。つまり――船でいうところの艦橋みたいな空間だ。

 そして、そこには動力源。

 そして、それを守るかのように――或いは、俺達が来るのを待ち構えていたかのように――シンは立っていた。

 

「来たか、少年。……いや、レックス」

「初めて名前で呼んでくれたようで良かったよ」

「感心している場合かよ?」

 

 ニアは諦めているようなそんな感じで俺に言った。

 ニアの気持ちも分かる。ニアからしてみれば――シンは、かつての仲間であり現在の敵だ。

 複雑な心境であることは、分かっている。

 分かっているけれど……、今はただ気になることがある。

 

「なあ、シン。一つだけ聞いても良いか?」

「……何だ?」

「あんたは、何を知っているんだ? 何故、イーラという組織を?」

「……何も考えずに進んでいるものとばかり考えていたが。今回の天の聖杯の持ち主は、少しは頭が回るようだな」

 

 シンは笑みを浮かべて、呟くように言った。

 今回の? ――ということは、俺より前にホムラと一緒に過ごした――ブレイドとして過ごした人間が居る、ということなのか?

 

「ブレイドは、死ぬたびに記憶を失う――悲しい生き物だよ。いや、そんな生き物は生き物と呼べるのかさえ怪しい。そんなブレイドを解放する――こんな仕組みを作っている創造主への反乱として」

 

 創造主――。

 

「ブレイドは確かに、そういう存在だ。死んでしまえば記憶を失い、また新たに1から生きていく……。同調した人間が死んでしまったら、今までの関係は零になってしまう。ブレイドとは、そういう存在だ――」

「でもさ、ブレイドと人間は――」

「それは仮初めの関係に他ならない。それとも、レックス、お前は分かっていると断言出来るのか? ブレイドがどういう状況に置かれて、どうやっていけば良いのかという解決案を……持っていると、断言出来るのか?」

「それは……」

 

 持っていない。

 持っていると言える訳がない。

 ブレイドの存在は、俺達が生まれる遙か昔から――それこそ創造主と言える存在が作り上げた、世界のシステムの根幹だ。

 そんなものを、変えていこうだなんて――烏滸がましいとすら思える。

 しかし、当事者からしてみれば、変えたいと思うのは当然なのかもしれない。

 それでも。

 そうだとしても。

 

「レックス。天の聖杯が何を齎すか、どれほどの力を持ち合わせているか……お前はまだ、それを理解していない。だからこそ、そうやって悩み藻掻く。違うか?」

 



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黄金の国イーラ カグツチ外伝(妄想)
黄金の国イーラ カグツチ外伝 第一話


 イーラ。

 

 誰も居ない世界。

 

 誰も居ない国。

 

 そして、わたしだけが残る。

 

 わたしは『わたし』の記憶として、未来のカグツチに記憶を残すためのものとして。

 

 わたしが書いた日記というのは、ずっと、永遠に残され続けている。

 

 

 

 

 ――――これは、わたしの物語。

 

 

 

 

 ◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

「はっ!」

 

「カグツチ! ここはサポートに徹しろ!」

 

「しかし、ユーゴ様……」

 

「王の命令は、絶対!」

 

 ガキン! 剣と剣のぶつかる音がこだまする。

 

 言ったのは、ワダツミだった。

 

「敵が――多すぎる!」

 

「天の聖杯……、彼はいったいどのような存在だというのですか……!」

 

 はるか彼方で笑みを浮かべる男。

 

 その笑み一つだけで、恐怖すら感じさせる。

 

 天の聖杯、メツ。

 

 アーケディアの助祭、マルベーニが『世界樹』から持ち帰ってきたコアクリスタルから同調したと言われている――ブレイド。

 

 しかし、わたしたちのようにドライバーである――彼の場合ならば、マルベーニだろう――の意思に逆らい、破壊と殺戮を繰り返している。

 

 それが、わたしにとっては信じられなかった。

 

 それが、わたしにとっては信じがたいものだった。

 

 天の聖杯といっても、コアクリスタルから同調したのならば、ただのブレイドである。

 

 しかし――これほどの力。

 

 いったいどこから供給され続けているのだろうか?

 

「来るよ、カグツチ!」

 

 ユーゴ様が攻撃を躱す。

 

 わたしはそれを見て慌てて炎の攻撃を敵にぶつける。

 

 敵――といっても、生きているのか死んでいるのかすら分からないその『獣』といってもいい存在は、我々スペルビア軍を数で圧倒した。

 

 はじめ彼らはイーラがけしかけてきたのだと思った。イーラは科学力では新興国である我々スペルビアを圧倒している。

 

 しかしながら、この『獣』はイーラにも攻撃を仕掛けているらしい。……ならば、これはいったい何だというのか?

 

 天の聖杯を残した『神』は、我々にいったい何を試練たらしめようとしているのか?

 

「――カグツチ! 危ない!」

 

 そんなことを考えていると、わたしの背後から獣が襲いかかってきた。

 

 炎をチャージしても間に合わない……!

 

「シン、やるよ!」

 

「……やれやれ、ラウラはいつも首を突っ込みたがる」

 

「あら? シンもそういうのは嫌いじゃあないと思っていましたけれどっ!」

 

 しかし、それを防いだのは、三人の人間だった。

 

 いや――エーテルの流れからして、ラウラと呼ばれた少女は人間で、残りはブレイド――だろうか?

 

 それにしてもドライバーとうり二つのブレイドなんて聞いた話がない。

 

 それにもう一人――のブレイドは、冷たい目をしている。

 

「……行くぞ、ラウラ! チェインアタックだっ!!」

 

 そして。

 

 あっという間に獣を圧倒した彼らは、敵を倒していくのだった。

 



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