393に転生しました (ヨロシサン製薬)
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その1 目覚めたら393

目が覚めたら幼女だった。

 

もともと周囲に波風を立てないことを人生の第一目標に据えていた僕は、前世に未練などなかった。

前世どころか未使用だった股間のアレが無くなってしまったことにだって、別に未練はなかった。

強いて言えば、長い休載からやっと再開されたあのハンター漫画の続きとか、全く小学生は最高だぜでおなじみの今期の神作アニメ(候補)の続きが気になる、そんな程度の未練しか持てない人生を特に後悔せずに送っていたつまらない人間、それが僕だ。

 

そんな僕なので、環境が変わっても適応は早かった。

せっかく生まれ変わったんだから今度こそ充実した人生を、などとは欠片も思わない。

前世同様、周囲に流されながら人の輪の隅で静かに微笑んでいる。

 

ただし前世との違いというか、どうやら体のスペックはそこそこ高いようだ。

子供の遊びの定番である鬼ごっこでは負けたことがない。

顔の作りも大人しめだがそこそこ良く、将来は美人さんになりそうだ。

 

ちなみにクラスでの僕のあだ名は「未亡人」である。

上手いことを言うものだと思ったが、名付け親の少年には将来ハゲ散らかす呪いを掛けておいた。

 

そんな僕の平凡な日常に、最近とある変化が起こった。

クラスメイトの元気な女の子にやたらと構われるのだ。

一体僕のどこが彼女の琴線に触れたのだろうか?

 

ただ僕も別に嫌というわけではない。

嫌どころか、実はかなり嬉しかったりする。

 

もちろん彼女の人柄が好意を抱きやすいものであることも一因だが、最も大きな理由は彼女の声である。

前世で大好きだった魔法少女ものの主人公の声にそっくりなのだ。

そういう視点で見ると、性格も似ていないこともない。

前向きか控えめかという大きな部分は正反対なのだが、妙に自分に自信のないところとかはそっくりである。

 

「み~く! 一緒に帰ろっ!」

「響。うん、帰ろっか」

 

手をつなぎ、元気いっぱいに今日あった出来事を話す響。

そんな響に相槌を打つのが僕の役割だ。

響はたくさん喋って楽しそうだし、僕は響の声を聴いているだけで幸せになれるのでWin-Winの関係だと思う。

 

こんな日がずっと続けばいい。

響と笑いあいながら、柄にもなくそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

「今日は避難訓練をするよ。みんな、ちゃんと先生の話を聞いてね」

 

教壇で担任の先生が言うけれど、周りはざわざわと落ち着かない。

まぁ子供の頃ってそうだよね、などと思いながら僕は話の続きを待つ。

押さない駆けない喋らない、みたいな説明が来ると思い込んでいた僕は、その後に続いた先生の言葉に度肝を抜かれた。

 

「みんなはノイズって分かるかな? とても危ない災害だから、きちんと逃げる練習をしようね」

 

ノイズ?

なんだそれは、と自問自答する僕の頭の片隅に引っかかるものがある。

 

「……あっ!」

「ど、どうしたの小日向さん!?」

「……なんでもないです。ごめんなさい」

「そ、そう。それじゃ席に座って、先生のお話をきちんと聞いててね」

「……はい」

 

-少女の歌には、血が流れている。

 

そんなテーマのアニメが、前世で4期まで放映され5期の製作が決定されていた。

タイトルは戦姫絶唱シンフォギア。

思い出してみれば、なぜ今の今まで気づかなかったのかと頭を抱えそうになる。

僕はライブへ行ったり円盤を購入する程の適合者ではなかったが、オタクの嗜みとして一通りアニメを見てストーリーは大まかに把握している。

 

「……響の声があの声優さんとそっくりなはずだよ。ある意味、本人じゃないか」

「何か言った、未来?」

「……ううん」

「ほら、急ごう。先生に怒られちゃうよ」

「うん」

 

響に手を引っ張られながら、まだ混乱している頭で考える。

この世界は、僕の主観で言うと萌えより燃えが幅を利かせている。

そして一般人、いわゆるモブの命が安い。

幸い僕にとって唯一と言っていい大切な友達の響は、なんと主人公である。

そして前世ではモブ中のモブだった僕も、主人公の親友というポジションだ。

普通に考えれば、僕達の命は安泰である。

 

しかし繰り返すが、この世界では燃えこそが真理である。

燃えさえあればノイズも絶唱も浸食も、なんてことはない。

逆に言えば、燃えがなければストーリーの随所に仕込まれている死亡フラグが牙をむくことになる。

僕がシンフォギアにそれほどのめりこめなかったのは、まさにその点で感情移入が出来なかったからである。

あとOTONAの存在感。

 

つまり燃えの体現者である響はともかく、僕がBADENDを迎えることは十分に考えられる。

そして前世と違い、まるで太陽のような響のおかげで僕は今世に強い執着がある。

どうしよう、どうしよう、とそればかりが頭の中を駆け巡るが、体は響に手を引かれていつの間にか広域避難所でもある校庭の地下シェルターへと辿り着いていた。

 

「未来、さっきからどうしたの? 怖いの?」

「……うん」

「大丈夫だよ! ホントにノイズが出ても、私がまたこうして引っ張ってあげるから!」

 

響に抱きしめられながら、僕は何としてもこの先生きのこらなくてはと決意した。

 

 

 

「行っちゃえ響。ハートの全部で……」

 

これは無理だ。

鏡の前でセリフの練習をしていた僕は、燃えの習得を諦めた。

 

恥ずかしいセリフ回しは我慢するとしても、そもそも大声を出すという行為がきつい。

前世から今世までで一番大きな声を出していた時期は、たぶん赤ちゃんの頃にホギャホギャ言っていた辺りだと思う。

叫んだり怒鳴ったりという経験がないから、感情を高ぶらせるということ自体、どうやっていいのか分からないのである。

たぶん僕がボショボショと原作通りのセリフを言ったところで、響はもちろん誰の心も動かせない。

 

しかしこんな僕でも響のために出来ることは、きっとあるはずだ。

原作での小日向未来の役割はと言えば、

 

・中学生の時にツヴァイウイングのライブに響を誘う。

・行き倒れのクリスを拾う。

・要所要所で叫ぶ。

・神獣鏡のシンフォギアで響と戦う。

・やり投げ。

 

うろ覚えだが、こんなところだと思う。

僕は感情に訴えかけるとか勢いに任せるとかが苦手な分、日々コツコツと積み重ねるのは得意分野である。

この中で今から練習出来ることは、どれだろうか。

 

「明日からやり投げ、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、小学校の陸上部を見学しに行こうと思う。



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その2 我が道を行く393

僕は道を切り開く、とか積極的に行動する、とかいった行為を苦手としている。

そのため、この世界の原作そのままに沿って流されたいと思っていた。

だから別に走るのが好きでもないのに小学校の頃から陸上を続け、中学校でも陸上部に所属したし、特に短距離走とやり投げに力を入れている。

 

しかし、ある日ふと気づいてしまった。

原作沿いに行くためには、中学2年生となってますます元気に可愛く成長した響を地獄に落とさなくてはならないということに。

 

14歳の響は、僕から2ヶ月後に迫ったツヴァイウイングのライブに誘われる。

しかし当日、僕は親戚の不幸かなにかでドタキャンする。

そのライブでノイズが発生し、響はギリギリで一命を取り留める。

そしてその事件が原因で、中学時代の響は陰湿なイジメにあうのである。

 

今の響はツヴァイウイングに興味がなかったはずなので、僕さえ響を誘わなければ簡単にその事件を回避出来る。

しかしその事件があるから響は体内にガングニールの破片を宿したわけで、つまりそれを回避してしまえば響はストーリーに関わらない一般人となる。

 

この世界では、本当にモブがあっさりと死ぬ。

おそらく響は物語の最序盤で子供を庇って、そのまま覚醒することなく死ぬことになるだろう。

 

では将来の響のために、今の響を地獄に落とすべきなのか。

それを成すには、もう僕は響と仲良くなりすぎてしまっていた。

 

「何か、別の手段を考えないと……」

「どうしたの、未来?」

「響を幸せにする方法を考えてたんだよ」

「エヘヘ、私は未来がそばにいてくれるだけで幸せだよー」

 

相変わらず「エヘヘ」が「ウェヒヒ」に聞こえるスペシャルボイスだった。

この笑顔が見られなくなるという時点で、ライブ回避は確定である。

ライブ回避が確定な以上、その先の問題は多岐に渡る。

前述の響死亡フラグも個人的には大問題だが、月の破壊が成功してしまえば人類全体の大問題である。

なにせ人類の8,9割が死亡するとかウェル博士が言っていたような気がする。

どうにか響という主戦力を抜きにして大団円を迎えられないだろうか。

 

「でも未来、最近ホントに悩んでない? 私じゃ頼りにならないかもだけど、相談して欲しいな」

「相談……」

「そうだよ、3人寄れば猫の手も借りたいって言うでしょ」

「文殊の知恵だよ、響」

「そうそう、それそれー」

 

相談か。

確かに発想力が貧困な僕一人で悩んでいても、何も浮かばない。

ならば僕の持っている原作知識を、OTONAに丸投げしてしまえばいいのではないだろうか。

確か風鳴司令は「突起物」と揶揄される組織のボスで、リディアン音楽院の地下に基地があったはずだ。

しかし僕にそんな偉い人と直接会えるコネなどあるわけない。

しかもそのすぐそばには、ラスボスである櫻井了子が存在している。

下手に接触すれば、現世から一発退場である。

 

「響、なんのコネもなく偉い人に会う方法ってないかな」

「えーっと、お手紙を出すとか?」

「手紙だと検閲みたいなので誰かに見られちゃうよ」

「誰かに見られたらまずいの?」

 

まずいのは櫻井了子に手紙が渡った場合だ。

櫻井理論を発表し、シンフォギアの権威である櫻井了子の組織内での権力は高い。

その彼女に手紙の存在が知られれば、そのまま握り潰すことは容易だろう。

 

原作から考えても、櫻井了子は色々なことに嘴を突っ込んでいたイメージがある。

手紙が風鳴司令まで届く前に、彼女にインターセプトされる可能性は高いように思える。

「しないフォギア」の暁切歌のように、一見暗号に見える謎ポエムで「てがみ」を作成すべきだろうか。

 

いや、そうじゃない。

逆に考えるんだ。

「見せちゃってもいいさ」と考えるんだ。

そうすれば、道は拓ける。

 

「ありがとう、響。いいアイデアを思いついたよ」

「そっかー、役に立てて良かったよー。何の話か全然わかんないけど」

「お礼に今日の放課後、クレープ奢ってあげる」

「あれー、部活はいいの?」

「うん、今日はずる休み」

「めっずらしー。でも未来と一緒に帰るの、久しぶりだね。嬉しい!」

「久しぶりに心がすっきりしたから、そのお礼だよ。本当にありがとう、響」

 

それにこの計画がうまくいけば、きっと僕のやり投げも必要なくなる。

 

 

 

 

 

 

響と放課後デートをした後、家についた僕は「小説家になっちゃいなよ」というサイトを開き、ユーザー登録を行った。

もちろん小説を投稿するためだ。

 

題名は「戦姫絶唱シンフォギア」である。

 

原作知識については、小学生の頃から何度も何度も思い出しては記録してきたため、物語の骨子は完璧だ。

後は多少の肉付けをすれば、小説として読めるような作品に仕立てられるだろう。

つまり櫻井了子だけに読まれるのがまずいのであれば、不特定多数に全公開してしまおうという作戦である。

 

この物語はフィクションですと前書きしつつ、登場人物は響や僕を含めてすべて実名である。

ここがこの計画の肝で、響が主人公から脱落しても完全なモブキャラとならないようにすることで、約束された死亡フラグを回避する狙いなのだ。

もちろんこの小説をアップロードすることにより新たな死亡フラグが設置される可能性はあるが、死亡率100%のフラグよりもマシだし、なにより響よりもこの小説を書いた僕の方が狙われる可能性が高いだろう。

 

確かに今世には執着しているが、響を守るためなら僕の命は使い切ってもいい。

それが確定していたはずの響の生存ルートを、ただのエゴで潰してしまう僕の責任の取り方だと思う。

 

僕の小説が未来予知の類であると判断されれば、その小説の主人公である響がガングニールの適合者になりうると思われるはずだ。

黒幕の櫻井了子さえどうにかなれば、2課はまともな組織だったと思う。

きっと響を保護してくれるだろう。

そして僕の小説の信憑性は、2ヶ月後に行われるツヴァイウイングのライブが証明してくれる。

 

最初はそれを証明するために、ライブ当日に1期分の小説を一気に投稿しようと思っていた。

しかしそれをすれば、必然ライブでは櫻井了子が呼び出したノイズによって多数の犠牲者が出ることになる。

さすがにそれは寝覚めが悪いし、知っていたならライブ当日よりも前に警告してくれ、と責められるのはごめんである。

なのでまずはライブの目的が完全聖遺物の起動実験であることなど、知らないはずのことを知っている少女、という立ち位置を確保するのが目的だ。

 

前世で投稿小説のROM専だった経験から言えば、アクセス数を稼ぐためには毎日投稿が必須である。

しかし不特定多数に見られるのが目的ではあるが、正確に言えば2課の櫻井了子以外の複数人に見られることが目的なので、PVやランキングは関係ない。

というわけでライブ1ヶ月前、今から1ヶ月後に1期分を一気に投下することにした。

 

2課の前身は公安だそうなので、「戦姫絶唱シンフォギア」というタイトルだけでも釣れるとは思うが、確実を期すために内容も彼らの興味を引くものとしたい。

発見者が一気に読破してくれればベストなので、読みやすい文体を意識しないといけないだろう。

そのためにも、この1ケ月で推敲を重ねなればならない。

 

「明日から小説、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、参考のため「小説家になっちゃいなよ」のランク上位作品を読もうと思う。



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その3 ひと山超えた393

雨の中、傘もささずにトボトボと墓地を歩いていた小日向未来は、とあるお墓の前で足を止めた。

そしてそのお墓に花を供えると、そのまま泣き崩れた。

 

「会いたいよ、響……!」

 

 

 

 

 

 

「なんでー! いきなり私が死んでるー! 酷いよ、未来!」

「大丈夫、実は生きてるから」

「そ、そうなんだぁ、よかったぁ」

「響は主人公だからね」

 

せっかく小説を書いたのだから、まず一番に響に読んで貰おうと近所の漫画喫茶でデータをプリントアウトして学校へ持ってきた。

そして現在、お昼休みを利用して響へお披露目中である。

 

「み、未来ー! さっそく私、死にかけてるんだけど! しかも来月だよ、これ!」 

「フィクションだから」

「なんか私、未来に嫌われるようなことした?」

 

涙目の響はとても可愛らしく、保護欲をそそられてしまう。

だから最近育ってきた胸に響を抱き寄せて囁いた。

 

「そんなはずないでしょ。大好きだよ、響」

「未来ー!」

 

ちなみに育ってきた胸というのは、おっぱいというより大胸筋である。

数年間のやり投げ鍛錬と成長期が合わさり、ようやく体が出来上がってきたのだ。

だから響が元気いっぱいに抱き着いて来ても、そんなに苦しくない。

 

「響、そろそろお昼休みが終わっちゃうから、続きは後で読んで」

「これ、一人で読むのヤだよぉ。また私が酷い目に会いそうなんだもん」

「……そんなこと、ないよ?」

「未来、ちゃんと私の目を見て答えてっ!」

 

物語の起点を変えてしまった以上、もう起こり得ないルートである。

響に見せているのも、僕がせっかく1ヶ月間も頑張ったのだからという理由が大きい。

しかし念のため、本当に万が一の可能性を考えると、やはり響には一通り小説を読んでおいて欲しかった。

 

「じゃあ、今晩泊りに来ない? 一緒に読もう」

「それならいいよ! エヘヘ、楽しみー!」

 

ウェヒヒと笑う響は、たぶん世界一可愛い。

この娘のイジメフラグを折って、本当に良かったと思った。

 

 

 

 

 

 

部活が終わった僕は、一度家に帰った響と合流して自宅へ戻った。

響とはお互いの家に何度もお泊りしたことがある。

だから問題なく両親と一緒に夕食を食べて一緒にお風呂に入り、今は一緒にベッドで転がっているところだ。

 

「未来、未来! 私、なんかスゴイよっ!」

「そうでしょう。私の自慢の響だもの」

「この衝動に、塗り潰されてなるものかー!」

「格好いいよ、響」

 

なんだかんだで続きが気になったのか、響は放課後も一人で読み進めていたらしい。

だから僕の家では最後の辺りをすぐに読み終えて、今は余韻に浸っている所だ。

原作ありとはいえ、こんなに気に入ってくれている響を見ていると、この1ケ月の努力が報われた気分になる。

 

「これ、インターネットで公開しているんでしょ? 感想を見てみようよ」

「でも昨日アップロードしたばかりだから、まだ全然アクセス数が伸びてないと思うよ?」

 

そう言いながら、自分のアカウントにログインしようとする。

しかし残念ながら、既にBANされていた。

予想以上に早い。

 

「えー、なんでー?」

「ツヴァイウイングの2人を実名で使っちゃったからかな」

「あー、そうなんだぁ」

 

勿論、それだけではないのだろう。

その証拠に、こんな夜遅くなのに家の前で車の止まる音がした。

 

「お迎えが来たみたい。すぐに戻るから、心配しないで」

「未来?」

「じゃあ、ちょっとだけ行ってくるね」

「ふへ? どこに?」

「秘密基地、かな?」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべている響をそのままに、僕はパジャマの上からコートを羽織って部屋を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

原作の響のようにゴツい手錠こそ掛けられなかったものの、僕は黒い服の人々によってリディアン音楽院の地下に連れ去られてしまった。

それは最初から分かりきっていた展開であるため、僕に焦りはない。

尋問室のようなところに風鳴司令本人が1人で待ち受けていたあたり、むしろ期待通りの展開である。

 

「小日向未来君だね」

「はい」

「君が昨晩、インターネットに公開した小説について聞きたい」

「なんでも聞いて下さい」

「君はこの小説に出てくる登場人物、聖遺物などの言葉を、いったいどうやって知ったのだ」

「フィクションです」

「だが俺の名前や櫻井了子君、ツヴァイウイングの2人など、実在の人物が出てくるではないか」

「ナマモノというジャンルです」

 

わざと呼び出されるように仕組んだとはいえ、自分の転生に関することは出来るだけ誤魔化したい。

なぜなら櫻井了子の正体は「転生の巫女」フィーネであるからだ。

僕が転生者であることがバレれば、彼女に最大の障害物と誤解されかねない。

しかし煙に巻くような態度を続ければ、今後の信頼関係の構築に支障が出てしまう。

だから風鳴司令には出来るだけ誠実に回答しなければならない。

 

「電光刑事バンをご存知でしょうか?」

「うん? ああ、昔やっていたアニメだろう」

「私は最近DVDをレンタルして全話見ました。だからおやっさんが4話で裏切ることも、8話の置き引きカマキリが自分のアイデンティティーに悩むことも知っています」

「何が言いたい」

「それと同じように、櫻井了子が2年後に起こるルナアタックの黒幕であることを知っているのです。テレビで見たのか、夢や別次元で見たのか、あるいは私の妄想の中で見たのか。違いはそれだけです」

「……確かにハッキングなどを疑うには、君の得ている情報が多岐に渡り過ぎているとは思っていたが……」

 

言葉を詰まらせる風鳴司令。

中二病患者の少女の戯言で済ませたいのだろうが、それで一蹴するには僕の小説に国家機密情報だけでなくアメリカの陰謀やフィーネの思惑など、本来は知り得ない事柄が多く含まれ過ぎている。

 

「私の知っていることは、小説に書いてあるものが全てです。もちろん内容についての質問はいつでも受け付けますが、分からないことも当然あります」

「それで君は、俺にどうしろと言うのだ」

「何もありません。ライブの実施中止も、櫻井了子を拘束するしないも、全て風鳴司令にお任せします」

 

そう、こういうのは国家からお給料を貰っているOTONAの仕事である。

断じて女子中学生の抱え込むことではない。

 

「風鳴司令がその権限で国家プロジェクトである完全聖遺物の覚醒実験を中止出来るかどうか、私には分かりません。しかし仮にライブを中止出来なくても、そこに響は行きません。その物語のように私がライブに誘っていないからです」

「ふむ、つまり君は物語の主役である立花響君を、最初から舞台に上げないつもりなのか」

「はい。響の幸せだけが、私の願いですから」

「そうか。君が何を思ってこの小説を公開したのか、それが分かっただけでもこの面談を行って良かった」

 

その後は、小説の内容について質問された。

分かることだけ答えていったのだが、終わった頃には夜が明けていた。

 

「子供に夜通し無理をさせて済まなかったな。未来君の協力に感謝する」

「こちらこそ、私の荷物を押し付けてしまって申し訳ありません」

「ふっ、もともと俺達の荷物だ。君はそれを運ぶ手助けをしてくれたんだよ」

 

流石はOTONAである。

そこに痺れないし憧れないが、とても頼りになる。

特に自宅に送って行ってくれた時、両親に僕は犯罪容疑者などではなく極めて秘匿性と緊急性の高い事件の捜査協力者であり、とても協力的で役に立ったと説明してくれたのは助かった。

あと一晩拘束してしまったからと、中学生のお小遣いというにはちょっと多めの報酬が出た所も高評価である。

 

それから1ヶ月後、ツヴァイウイングのライブは平穏無事に終わった。

完全聖遺物の起動実験が上手くいったのか、それとも実施しなかったのか、僕は知らない。

しかし天羽奏が生きていることだけは確かで、その事実はこれから答えのない未来へ進んで行かなくてはならないことと同義である。

しかし今は、そんな先のことなど考えたくない。

 

「明日から少し、お休みしよう……」

 

とりあえず明日は、響に高級ホテルのケーキバイキングを奢ってあげようと思う。



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その3.5 わたしの、最高の友達

私の親友は、ちょっと変な子だ。

 

 

 

初めてクラスが同じになった時の第一印象は、お地蔵様だった。

クラスの片隅で、いつでも同じ微笑を浮かべて私達を見守っているような雰囲気が、なんだかとても大人びて見えたことを覚えている。

 

「未来ちゃん、私、立花響って言うの! よろしくね!」

「……うん。こちらこそ、よろしく」

 

今思い返すと、未来の返事はだいぶ素っ気なかった。

でもその冷たい返事とは裏腹に、彼女はまるでたった今その命を吹き込まれたかのような、とても素敵な笑みを浮かべていた。

その瞬間から、私にとって彼女はとても気になる女の子になった。

 

よくよく観察してみると、未来は自分から人に話しかけたりはしない子のようだった。

相槌も言葉足らずで声も小さく話を広げようともしないし、表情も変わらない。

でもそれは別に悪意があるわけじゃなくて、まるで世界に半分だけ所属しているような、うまく言えないけれども本人もどうにも出来ない距離感がある感じだった。

 

それは私に対しても同じなんだけど、唯一の違いはその表情だ。

といっても、普段のように微笑を浮かべているだけなんだけど、私にはわかる。

未来はなぜか私と話す時だけ、その笑みに命が宿るような気がするからだ。

その微笑みが見たくて、私はたくさん彼女に話しかけるようになった。

 

「響」「未来」とお互いを呼び合うようになった頃には、暖かい彼女の傍から離れられないようになっていた。

 

 

 

 

 

 

そんな未来が、何を思ったのか陸上を始めた。

彼女は声が小さく控えめな性格だが、運動神経はとても良い。

体育のドッヂボールでも、いつも最後まで残っているタイプの人間だ。

でもそこまで運動が好きというわけでもなさそうだったのにと、不思議に思ったことを覚えている。

 

部活に入部出来ない低学年の頃は、自宅の周りを毎日一生懸命走っていた。

そして上級生になって陸上部に入部してからは、なぜかやり投げを練習したがった。

学校にMY槍を持参し、否定的な顧問の先生を相手に粘り強く説得していた。

一度、なんでそこまでやり投げをしたいのか聞いたことがある。

 

「心配しないで。この槍で響の役に立てるようになるから」

「何故そこで槍ッ!?」

 

私を守る(物理)というつもりなのだろうか?

怖くてそれ以上聞けなかった私は、休みの日にジョギングを始めた。

未来が私を守って犯罪者になる前に、危険から逃げられるよう脚力と体力を鍛えるためだ。

 

未来は私がジョギングを始めた理由を、自分と同じことをやりたがったと思っている節がある。

そのことには釈然としないけど、日曜日に公園を一緒に走るのは気持ちがいいし、その後お風呂に一緒に入るのも気持ちが良かった。

 

「あいたたた! 未来、押しすぎだよ!」

「ごめん響、このくらいでどう?」

「あー、そこそこ。くぅん。気持ちいいよぉ」

「だいぶ足に筋肉がついてきたね」

 

そしてお風呂上がりの未来のマッサージは、もう最高だった。

強張った足腰が、彼女の指で大胆にほぐされていく。

気が付くと寝ていることも多くて、そういう時はいつも枕が涎まみれになってしまう。

 

ホントは交代でやれればいいんだけど、たくさん未来にほぐされてグデグデになった私にマッサージをお返しする余力は残っていない。

だから次に走った時には、私が彼女の足腰を揉む約束になっている。

マッサージされるのも好きだけど、するのもそれに負けないくらい好きだ。

 

何と言っても、未来が私の指で気持ちよさげにうっとりしている所が見られるから。

ついつい余計なサービスをしてしまって、私の番の時はいつも最後には擽り合いになってしまう。

 

今でもやり投げに執着する未来を不思議に思うが、そのお陰でこんな休日が日常に追加されたと思えば悪くなかった。

 

 

 

 

 

 

未来がまた妙なことを言い出した。

小説を書くのだそうだ。

 

やり投げほど突拍子のないものではなかったので、私は素直に応援した。

それが如何に甘い考えだったか、その時の私はまったく分かっていなかった。

 

1ヶ月後に未来が持ってきた小説は、なんと私が主人公だったのだ。

しかも一番最初の場面が私のお墓って……。

その後も私がいきなり重症を負ったり、人気アイドル・ツヴァイウイングの風鳴翼さんに目の敵にされていたりと、碌な目に合ってなかった。

 

それでも読みやすい文章と早い展開に引き込まれ、結局その日のうちに全部読んでしまった。

読み終わってみればアニメ化されてもおかしくないような完成度で、感想は最高の一言だ。

序盤のダメダメな私は、まさに自分そのままだった。

けれど終盤の私は、こんな風になりたい自分が凝縮されていた。

理想そのものと言ってもいいくらいだ。

 

もしかして未来の目には、私はこんな風に映っているのかな。

それを聞くのは恥ずかしくって、でももし過大評価されてると困るし、と内心でジタバタしながら未来と話しているうちに、何故か彼女はどこかに連行されていった。

と思ったら、翌朝ひょっこりと帰ってきた。

 

一体何だったんだろう。

 

 

 

 

 

 

最近の未来が一番力を入れているのは、腹式呼吸だ。

やり投げの槍を振り回しながら、「恋の桶狭間」を歌い切りたいらしい。

 

え、もしかして小説に出てきた歌って、ド演歌なの?

私、演歌を歌いながら戦ってたの?

 

私の中で戦姫絶唱シンフォギアの世界観が、ガラガラと音を立てて崩れていく。

でもそんな私の気持ちなどつゆ知らず、仰向けに寝そべった未来は一生懸命お腹を膨らませている。

 

 

 

私の親友は、ちょっと変な子だ。

でも、最高の友達だ。



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その4 ボイトレする393

ツヴァイウイングのライブから数ヶ月経ったある日のこと。

突然僕の家に、リディアン音楽院中等部へ編入するための書類一式が届いた。

 

中には手紙が同封されていた。

要約すると

 

「名前を書くだけで編入出来るようにしといたから。自分の立場は分かってるよな? じゃあどうすればいいのかも、当然分かってるよな?」

 

みたいなニュアンスの内容だ。

もちろん何重にもオブラートに包まれた表現ではあったが、しっかりと強制力を感じさせる文章だった。

 

僕は学校に拘りなどないし、そもそも原作でもそうだったという理由で、漠然とリディアン音楽院の高等部に進学するものだと思っていた。

しかし実際に編入の書類を送られてきて中身を読むと、それはリアルな壁となって僕の前に立ち塞がったのである。

熟考の末、僕は以前の面談の際に教えられた風鳴司令の携帯番号に電話を掛けた。

 

「む、久しぶりだな、未来君。リディアン編入の件か?」

「はい。そのことでご相談が。その前に、この書類は響にも?」

「いいや、立花響君には高校入学時に編入してもらうつもりだ」

「そうなんですか」

「仲の良い君達を1年間引き離してしまうのはこちらとしても心苦しいのだが……」

 

なんでも櫻井了子が、アメリカに亡命したらしい。

小説自体は彼女の目に触れていないらしいが、僕が本部に連行されたことは把握されている。

そしてその日を境に次々と自身の秘密が暴かれていったことから、僕がこの事態のキーマンだという認識を持っているだろうとのことだ。

つまり僕は、いつの間にかアメリカ政府に身柄を狙われる立場となっていたわけだ。

 

それが中途半端なこの時期に僕を編入させたい理由であり、逆に響を現時点ではリディアンに勧誘しない理由でもあった。

高校入学などの節目ならともかく、このタイミングで響まで僕と一緒に編入したら、響にも何かあると宣伝するようなものなのだから、その判断は当然だろう。

リディアン音楽院中等部は高等部と違う敷地だが、それでも今の中学校よりは僕を守りやすいらしい。

 

「でもいいんですか? 部外者にそんなことを教えてしまって」

「良くはないが、君には知る権利があるだろう。そうだ、もう一つだけ教えておこうか」

「なんでしょうか?」

「君の小説に出てきた雪音クリス君だがな、君のおかげで無事に保護が出来たぞ」

 

なんでも小説内の描写からフィーネの拠点を割り出し、そこを強襲したらしい。

OTONAはどれだけ優秀なんだと、僕は戦慄を覚えた。

 

「響君と離れてしまうのは寂しいだろうが、そのクリス君も来年度からリディアン音楽院高等部の1年生だ。仲良くしてやって欲しい」

「いえ、そのことなのですが、私のリディアン編入には少々問題がありまして」

「問題?」

「編入自体はなんとかして頂けるとしても、中等部を卒業出来ません。歌が下手なんです」

 

そう、これこそが僕にとっての大きな壁なのである。

別に音痴というわけではないが、なにせ僕の声は小さい。

原作の小日向未来は叫んだりもしていたので、これは僕自身の問題である。

大声の出し方が、本当に分からないのだ。

 

無理やり中等部卒業や高等部入学をさせてもらっても、進級できる気がしない。

編入書類の中に混じっていた学校のパンフレットによると、専攻を選べるのは高等部2年次からだそうだ。

仮に無事進級出来てピアノなどを専攻したとしても、最低限というものはある。

あからさまに成績に下駄を履かせてもらって学園生活を送るくらいなら、普通の高校に進学してアメリカ政府に狙われていた方がまだマシだ。

周囲に波風を立てることが苦手な僕にとって、針の筵はなによりも辛いのである。

 

「ふむ、そういうことなら任せておけ」

「どういう意味でしょうか?」

「功労者の未来君には、とびきりのコーチを用意しようじゃないか」

 

風鳴司令の申し出は、僕にとってありがたいものだった。

何故なら今の歌唱スキルでは僕のリディアンへの進学などあり得ず、OTONAの事情でリディアン音楽院高等部に進学することが既に確定している響とは離ればなれになってしまうからだ。

 

しかしここで風鳴司令の厚意に甘え、中学編入までに人並み程度まで鍛えてもらえれば、そこから1年間の音楽院中等部生活でも成長が見込めるだろう。

そうすればきっとリディアン音楽院高等部では、周囲から浮くこともなく響との高校生活を楽しめるはずだ。

 

「是非お願いします」

「そうか、じゃあ今週末は俺の家で特訓だ!」

「はい」

 

とりあえず、週末までに何か1曲くらいアカペラで歌えるようにしておいた方がいいだろう。

通話を終えた僕は、そのままスマホから「加賀岬」という曲をダウンロードして、リズムをとりつつ歌詞を覚える作業に入った。

 

 

 

 

 

自宅まで迎えに来てくれた車の中で揺られることしばし、ようやく停車した車から降りた僕の目の前には、「THE・お屋敷」といった感じの建物が目一杯の自己主張をしていた。

原作でテレビ越しに見るのと実物とでは、やはり迫力が段違いである。

この門構えに向かって「頼もー!!!」などと叫んでいた響は、さすが主人公と言うべきか。

益体のないことを考えながら門の中に通され、庭を経由して道場のような建屋に入ると、そこには前世の原作、そして今世のテレビでよく見知った顔が並んでいた。

 

「君が小日向か。私は風鳴翼だ。翼と呼んで欲しい。今日はよろしく頼む」

「おいおい翼、いい加減にその口調はやめろって。あ、私は天羽奏だ。奏でいいぜ。よろしくな、未来」

 

奏さんが言うには、どうもあの小説での自分の在り方に感銘を受けたらしく、その真似をするのが翼さんのマイブームらしい。

そのことを奏さんに早速バラされて、涙目でこちらを睨んでいる翼さんは、響ほどではないがとても可愛らしい人だった。

 

「今日はよろしくお願いします。でも良かったんですか? お二人にとっては貴重なお休みだったはずなのに」

「いいんだよ。私も未来には、一度会って礼を言いたかったからな」

「私からも礼を言わせて貰おう。奏の命を繋げてくれて、本当にありがとう」

「本当にあり得たかどうかも分からないことを書いただけの、ただの小説ですよ」

「ふーん。ま、それならそれでいいけどな。でもあたしたちが未来に感謝してるってことだけは分かってくれよ」

「こんなことでは礼にもならないが、歌のレッスンはこの防人に任せておけ」

 

翼さんの言葉に、奏さんがプッと噴き出した。

そこは防人(さきもり)ではなく歌女(うため)と言うのが正解だったと思う。

僕に先入観があるからか、防人語を上手に使えない翼さんはとても違和感があるので、頑張って習熟して欲しい。

 

その後、ツヴァイウイングの曲を歌ったり、学校の校歌を歌ったり、僕がひっそりと練習してきた「加賀岬」を歌ったりした結果、やはり声が小さいということがネックだそうだ。

 

「声質はいいんだよ、声質は。後は腹から声を出せ。この本の中に腹式呼吸のやり方が載ってるから、ちゃんと家で練習しろよ」

「ふむ、小日向の声は演歌向きだな。よし、もう時間がないから、私からも小日向に宿題を出しておこう」

 

そういうと翼さんは、剣を片手に「恋の桶狭間」を歌い始めた。

基本的に真面目系面白キャラの彼女だが、歌っているその姿は多くファンを魅了するだけのことはあり、やはり素晴らしく格好いい。

僕はその歌い終わりまで、翼さんにすっかり見惚れてしまった。

 

「腹式呼吸を意識しながら、まずはこの歌だけを練習するんだ。このように振り付け有りでも歌い切ることが出来れば、中等部の歌のテストでは困らないだろう」

「はい。ありがとうございました」

「可愛い後輩がリディアンに入学するのを、待っているからな。頑張れよ!」

「はい。頑張ります」

 

ツヴァイウイングの2人は本当にいい人達だった。

奏さんが死ななくて良かったという思いが、実感として心の底から湧き出してきた。

それはそれとして、今は歌唱力の向上である。

 

「明日から腹式呼吸、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、奏さんに借りたテキストを読み込もうと思う。



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その5 怒られる393

アメリカ政府がアップを始めたようである。

 

僕のお父さんが外資系の企業にヘッドハンティングを持ちかけられたのだ。

5倍の年棒を提示され、その代わり早急な転職と最初の1年間は家族共々アメリカへ出張して欲しいという条件を出されたらしい。

仕事の引継ぎも家族の都合もあるからと渋っていたら、最終的には年棒が10倍まで吊り上げられたそうだ。

 

すっかりその気になって家に帰ってきたお父さんは、相応の覚悟も出来ていないのにお母さんの逆鱗(さかさうろこ)に触れてしまった。

傍で聞いていただけの僕でさえ、ちょっとパンツがしっとりとなったくらいだ。

矢面に立たされたお父さんは、生きた心地がしなかっただろう。

 

幸い家族に相談せず転職を決定してしまうような人ではなかったので、ギリギリセーフだった。

普段穏やかな人が怒ると、本当に怖い。

 

その件でアメリカの本気を感じたが、僕に出来ることはそれほど多くない。

やり投げと腹式呼吸、後はシンフォギアGの執筆くらいである。

 

休日は誘拐対策のため、風鳴司令のお屋敷で過ごすようになった。

必然的に響と遊べない日が続いたが、今は一緒にいると襲撃された時に彼女を巻き込みかねない。

そういった意味でも、週末に予定が埋まっていることは僕にとって都合が良かった。

 

風鳴司令は休日も仕事なので僕とは入れ違いになるから、会えることは滅多にない。

でも僕を気にかけてくれているようで、たまに翼さんや奏さんと顔を合わせることがある。

そんな時には歌の練習に付き合って貰えたし、1人の時には腹式呼吸の合間に小説を書いたりして、僕はそれなりに忙しい日々を過ごしていた。

 

だから響の溜め込んでいたストレスには、全く気が付かなった。

 

 

 

 

 

 

ある冬の昼休み。

深刻な表情の響に、屋上へ呼び出された。

 

「……私、なんか未来に嫌われるようなこと、しちゃったかな?」

「そんなこと、あるわけないでしょ」

「じゃあ、なんで最近私を避けてるの!」

「避けてなんかないよ」

「嘘! じゃあ今日お泊りしに行っていい?」

「お泊りは、その、危ないから」

「……そっか、分かった」

 

そう言った響の表情に、なぜか僕はデジャブを感じた。

これは前世の記憶、3期で響がいじめられていた時の、あの悲しそうな顔だった。

響は僕に背を向けて、屋上の出口へと歩き出す。

 

「待って、響」

 

響は足を止めない。

 

「待って、響」

 

響は足を止めてくれない。

 

「お願い。待って、響」

 

響は屋上の扉に手を掛ける。

 

「響ー!!!」

 

びっくりした顔の響が、僕の方へと振り返った。

たぶん響が見たのも、びっくりした僕の顔だったと思う。

それがなんだか可笑しくて、いつの間にか2人で大笑いしていた。

 

「未来がそんなに大声を出すのって、初めて聞いたよ。驚いちゃった」

「私も初めてだよ。自分の声じゃないみたい」

「この前からやってる、腹式呼吸の成果だね」

「うん。後は響が大好きって気持ちかな」

「エヘヘ、私も未来が大好きだよ」

 

2人で肩を並べて座る。

屋上だから風が強くて寒いけれど、それが響とくっついている側の暖かさを際立ててくれて、かえって心地よいくらいだ。

 

「ねえ、響。今日、お泊りしに来て欲しい」

「……いいの?」

「うん。でも響を危ないことに巻き込んじゃうから、嫌なら断ってね」

「嫌なわけない! 嫌なわけ、ないよっ!」

 

ポロポロと涙をこぼす響。

こんなにも響を追い詰めていたことに、僕は自己嫌悪した。

もともと響の安全だけを第一に考えていたなら、原作ルート沿いに進めばよかったのだ。

それを自分のエゴでぶち壊しておいて、響を危険に巻き込みたくないなど今更な話である。

 

僕は今夜、響に全てを打ち明ける。

 

 

 

 

 

 

僕の話を全て聞き終えた響は、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 

「未来~、言ってること、全然わからないよぉ」

「うん、そんな気がしてた」

 

説明を始めてからすぐにチンプンカンプンな表情になった響を見て、これでも内容をかなり端折ったつもりだったが、まだ駄目だったらしい。

これは響だけのせいではなく、口下手な僕の責任も大きいと思う。

転生とかアニメとかオカルティックな要素は抜きにし、現実問題だけに的を絞って説明を繰り返す。

 

「うーん、つまりあの小説が原因で、アメリカ政府に未来が狙われてるってこと?」

「そうなの。だから中学校も転校しなきゃいけなくなっちゃって……」

「え!? そんなこと、今初めて聞いたよ!」

「ごめんね。今まで言い出しにくくて」

 

むむむ、と眉をしかめた響は、口をへの字にして怒った。

 

「もう、未来のバカ!」

「うん。本当にごめん」

「私も行くから!」

「え?」

「私も転校するの! 未来が危ないなら、私が守るから!」

「危ないよ、響」

「危ないのは未来でしょ!」

 

こうなった響が止められないことは、誰よりも僕が知っている。

 

「でも……」

「でもじゃないよ!」

「だって……」

「だってじゃない! それとも、未来は私と一緒にいたくないの?」

「……一緒にいたいに決まってるでしょ」

「ほら、じゃあ決まりだね!」

 

響に促されて、風鳴司令に電話を掛けた。

当然ながら風鳴司令は響の編入に色よい返事はくれない。

そのうち焦れた響に電話を取り上げられた。

 

「立花響です! リディアン音楽院中等部に編入させて下さい!」

「なんでですか!」

「高等部からじゃ、遅いんです!」

 

風鳴司令の声は聞こえないが、響は押せ押せである。

 

「未来が危険な時に、傍を離れることなんて出来ません!」

「特訓します! 強くなります! 死んでも未来を守ってみせます!」

「じゃあ死んでも生きて帰ってきます! それは絶対に絶対です!」

 

やがて風鳴司令が折れたのだろう、響は元気よくお礼を言って電話を切った。

自分のことを棚に上げて、そこで諦めるのはOTONAとしてどうなんだと少し思ったが、仮に風鳴司令が断固として編入を許さなかった場合、行動力のある響は頻繁に僕に会いに来るだろうことは想像に難くない。

結局は響の存在をアメリカ側が察知することとなり、僕に対する人質として狙われることになるだろう。

だから僕が響に全てを打ち明けた時点で、こうなることは決まっていたのだ。

 

「リディアン中等部でもよろしくね、未来」

「うん。でもおじさんとおばさんに、ちゃんと許可を貰わないとね」

「あ、そうだった。許してくれるかなぁ」

「一緒にお願いしてあげる」

「ありがとー、未来! 大好き!」

「私も大好きだよ、響」

 

その後は、久しぶりに響と抱き合って眠った。

彼女の体温は高めだから、たまに寝苦しかったりする。

でも今はその熱が、最近ずっと隣に響のいなかったことの寒々しさを自覚させた。

今夜は久しぶりに熟睡出来るような気がした。

 

 

 

 

 

 

週末、僕はいつものように迎えの車に乗り込んだ。

僕の隣には響が座っている。

彼女は今週末から、風鳴司令の修行を受けるのだ。

 

今日はお屋敷にツヴァイウイングの2人も居た。

一頻り驚いた響に「内緒にしてたなんてズルい!」と、また怒られてしまった。

最近はずっと怒られっぱなしだが、僕が悪いので素直に謝った。

 

僕がボイストレーニングをしている間、響は風鳴司令と特訓である。

原作から考えると、おそらく今頃カンフー映画を見ているのだろう。

 

響はきっと強くなる。

でもそんな彼女に甘えっぱなしではなく、僕自身も強くならなきゃいけない。

 

「明日から武道、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、レンタルビデオ屋でクー・フーリンが出てくるあの有名アニメを借りようと思う。



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その6 引っ越しする393

中学2年生の終業式も無事に終わった春休み。

僕達はリディアン音楽院に編入すべく、風鳴司令の手配してくれた住まいに引っ越してきた。

そこは原作で雪音クリスが住んでいた部屋の隣だった。

 

なぜそれが分かったかと言うと、クリスを連れた風鳴司令がお蕎麦を持って訪ねてきたからだ。

僕達が引っ越しをするのと同じタイミングで彼女の行動制限も解除され、今日からお隣さんとしてここで暮らすらしい。

クリスも含めてアメリカ側に狙われている僕達は、1ヶ所にまとめておいたほうが守りやすいのだろう。

 

ちなみに僕も響もそれぞれ個別の部屋を貰っていたが、僕の部屋はトレーニングルームにして響の部屋に2人で暮らすつもりだ。

トレーニング用の機器も含めて、家具の設置は全て2課のみなさんがやってくれた。

だから僕達が持ってきたのは洋服と本くらいである。

 

至れり尽くせりの好待遇だったが、対価として最近書き上げた原作2期の原稿を渡してある。

もうだいぶ原作ルートから逸れていたのでそれほど価値はないかもと思っていたが、そうでもないらしい。

むしろ続きがあるなら早く言え、と怒られたくらいである。

 

2期の小説を提出したその場で、3期と4期の内容も厳しく聴取された。

色々と考えながら少しづつ文章を作るのとは違い、口下手な僕は理路整然と説明するのが苦手なので、かなりきつい体験だった。

その時の苦痛を振り返ると、これらの対価はけっこう妥当なように思えてきた。

 

そんな僕の苦労と引き換えに2課が準備してくれた新品の食器棚からティーカップを4つ取り出して、用意してあった色々なティーバッグの中から無難にダージリンを選ぶ。

ティーポットにパックとお湯を入れて、カップと一緒にリビングへ運ぶと、そこには気まずい空気が流れていた。

 

「あー、彼女が今日から君達の隣人となる雪音クリス君だ。よろしく頼む」

「ちっ。あたしはお前らとよろしくするつもりなんかないからな」

「あ、あははー。立花響です。よろしくね、クリスちゃん」

「だから、よろくししねーっての!」

 

クリスは全方位に牙を向けているような態度だ。

なんにでも反発したいお年頃なのだろうか。

 

と、そこで僕は思い出した。

そういえば原作で小日向未来が果たした役割の1つに、路地裏で雪音クリスを拾うというエピソードがあったことを。

今のクリスは、フィーネに捨てられるというプロセスを踏んでいないのだ。

 

原作ではクリスに虐待の痣があったことから、フィーネの扱いが良くなかっただろうことは想像出来る。

しかしフィーネは彼女にとって育ての親も同然なのだ。

 

原作での決裂後ですら、クリスはフィーネに対する情を失っていなかった。

当然2課に保護された後、フィーネの思惑やら陰謀やらは聞かされているだろう。

それを加味しても、今の彼女は原作以上に愛憎の狭間で心が揺れているのだと思う。

 

しかし僕がクリスに出来ることなど、せいぜい淹れてきた紅茶を差し出すくらいである。

 

「温かいもの、どうぞ」

「……あったかいもの、どーも」

 

大きなため息をついたクリスは、ティーカップを口に運び、その手を傾けた。

そして口に含んだ液体を、僕に向かって噴出した。

 

「なんだこりゃ! 渋い! 渋さが爆発し過ぎてる!」

「汚いよ、クリス」

「あ、悪りぃ。じゃなくて、お前、どういう淹れ方したんだよ! 嫌がらせのつもりか!」

「ごめんね。時間が経ち過ぎたのかも」

 

実はリビングの空気が悪かったので、扉の前で少し様子を伺っていたのだ。

そのせいか紅茶の温度が下がっていたので、顔に火傷をせずに済んでラッキーだった。

いや、紅茶が冷めるほど出過ぎる前に運んでいれば、そもそも顔に吹き掛けられずに済んだのか。

 

クリスはすっかり機嫌を損ねてしまい、風鳴司令を置き去りにして部屋を出て行った。

夜は頂いたお蕎麦を茹でたので、彼女も夕飯に誘ってみたのだが、素気無く断られてしまった。

 

今後の新生活が思いやられる、前途多難な幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

リディアン音楽院での生活は、当初不安に思っていたほど悪くはなかった。

響との仲違いの時に出した大声を体が覚えてくれたようで、今までの苦戦が嘘のようにきちんとした声量で歌えるようになったのだ。

特にずっと練習してきた「加賀岬」は、担任の先生にもクラスメイトにも、まるで歌手本人のようだと絶賛された。

 

もともとリディアン音楽院は小中高一貫教育であり、中等部や高等部での切り替え時に外部の生徒を編入させることもある、程度の閉鎖的な学校だ。

中学3年生での転校生など極めて珍しいので、悪目立ちしてしまう。

僕は人と打ち解けることが得意ではないので尚更浮いてしまうと覚悟していたが、この歌のおかげで意外と早くクラスに馴染めそうだった。

 

逆に響はあまり歌が上手くない。

でも持ち前の元気さと人懐っこさで、あっさりクラスに溶け込んでいた。

 

前の中学校の時とは違って、陸上部には入部しなかった。

部活動で遅くなったりしたら、2課のみなさんが守りにくいだろうとの配慮からだ。

それを見越してトレーニングルームを作ってもらったのだが、やはりルームランナーで走るのとグラウンドを走るのでは爽快感が段違いである。

僕は走るのが特別に好きではないつもりだったが、どうやら陸上に愛着があったようだ。

 

当然やり投げも室内では出来ないので、イメージトレーニングに終始する。

イメージするのは常に最強の自分である。

具体的には原作2期13話のBパートだ。

 

ひと汗かいた後は軽くシャワーを浴びて、リビングで宿題をやっていた響とおしゃべりをする。

そこからは、おさんどんの時間だ。

最初は2人で一緒にやっていたのだが、響のぞんざいな包丁捌きは見ていてハラハラする。

ネフィリムに食べられるより先に、彼女の片腕が無くなってしまいそうな勢いだった。

 

かく言う僕もお蕎麦を茹でるくらいならともかく、手の込んだ料理など作れない。

原作では調の手料理(298円)が切歌に「ごちそうデース!」と大喜びされていたが、流石にそれは味気ないだろう。

とりあえず今日は、具を煮込んでルーを入れればなんとかなるカレーで誤魔化した。

 

食事が終わればお風呂を沸かして響と入り、就寝の時間だ。

特に2段ベッドにする必要性を感じなかったので、最初からダブルベッドを設置してもらった。

僕の隣に寝転んだ響が、今日あった出来事などを嬉しそうに話してくれる。

そうしているうちに、いつの間にか寝てしまうのがいつもの響である。

 

「今日もお疲れ様、響」

「ふもー。おゆぁえ」

 

謎言語を操る響の頭を撫で、布団を掛け直す。

そうして僕も目を瞑ったところで、ふと思い出した。

 

(そういえば引っ越し初日以来、クリスと絡んでないかも……)

 

恩義のある風鳴司令によろしく頼まれた以上、何もしないのは不義理な気がする。

まずは根気よく夕食にでも誘ってみようか。

そのためにも、料理のレパートリーを増やす必要があるだろう。

 

「明日から料理、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、響の大好きなごはん&ごはん定食の作り方をネットで調べようと思う。



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その7 危機一髪の393

料理は愛情だ、と言ったのは誰だったか。

おいしく食べて欲しいという気持ちがあるなら、そのための知識や技術を習得しようとするのが愛情を形にするということらしい。

 

しかし実際に自分で料理をしてみて分かったが、料理は理科の実験だと思う。

決められたセオリーに従って作れば、間違いない結果が出る。

数ヶ月の間に学んだこの真理を適用すれば、あっという間に鍋一杯の煮物が出来上がりだ。

 

2人で食べるには多すぎる煮物を、1人前分タッパーに分けて紙袋に入れる。

中にいつも通り「作り過ぎてしまったので、良かったらどうぞ」と書いた紙を入れて、クリスの部屋のドアノブに掛けた。

夕食の誘いには頑として応じないクリスも、こうしておけばきちんと食べてくれることは経験済みである。

 

いつもタッパーは綺麗に洗って返してくれるし、たまに「美味かった」とか「ありがとう」とか言葉少なに書かれた手紙が入っている時もあった。

こういうのを貰うのは、とても嬉しい。

クリスから貰った手紙は、すべてきちんと取っておいてある。

 

最近の悩みは、響がびっくりするくらい大量に食べるようになったことだ。

原作でも数人前のお好み焼きを食べてたから、成長期ということもあって平気なのだろうか。

クリス分として多めに作っても彼女が食べてしまうので、作る量がどんどん増えていった。

お腹は大丈夫なのかと心配になってしまう。

 

あんまり響がたくさん食べるものだから、今日のように確実に余る分量を作らないとクリスへのお裾分けも難しい。

クリスのために響の食事が足りなくなっては本末転倒だ。

それを考えると、もう1サイズ大きい鍋を購入すべきだろうか。

 

こういうことに頭を悩ませていた日々は、宝石よりも貴重な時間だった。

僕はそれを、今まさに実感していた。

 

 

 

 

 

 

「未来、こっちに行こう!」

「うん」

 

響と2人、夕暮れの商店街を駆け抜ける。

先ほど買った今日の夕食の材料など、とっくに手放していた。

周囲には人の形をした炭が、そこかしこに転がっている。

街がこの世の地獄に変わっていた。

 

認定特異災害ノイズ。

 

人間だけを襲い、接触した人間を炭素転換する対人兵器である。

シンフォギアを除いて有効な撃退方法はなく、出現から一定時間後に起こる自壊まで逃げ切る以外に選択肢はない。

 

先導してくれていた2課の黒服の人達とも、ノイズに分断されて引き離されてしまった。

避難所へ向かう人々は、その混雑で逃げきれずにノイズの標的となっていた。

 

2課本部からの情報で、ノイズはリディアン音楽院高等部を中心として大量に出現したらしいと黒服の人が言っていた。

だから僕達は、リディアン音楽院から遠ざかるように街中を逃げていった。

 

 

 

「響。誘導されてる気がする」

「ノイズに? そんなことってあるの?」

 

建物の影に隠れた僕達は、周りの様子を伺いながら一息ついた。

そのお陰で脳に足りなかった酸素が回りはじめ、その不自然さに気が付いたのだ。

 

「郊外への道が、ノイズに封鎖されてるから」

「言われてみれば、確かに……」

 

僕達が選んだ逃げ道は、すべて途中で行き止まりだった。

すでに分かっていたことだが、これは自然発生などではなくソロモンの杖による襲撃なのだろう。

第一目標は原作から考えても2課本部にあるデュランダルだと思うが、街から人を逃がさないノイズの配置から考えて、あわよくば僕達やクリスの確保も目論んでいそうだ。

僕達の確保が目的の1つならば命は安全なのかと言えば、実際にはノイズが遠慮なく襲いかかってきたので、本当にあわよくば程度の話なのだろうが。

 

「囲まれたら逃げられなくなっちゃうから、そろそろ場所を変えよう」

「うん」

「それにしても私、未来とジョギングしてて良かったよー」

「無事に逃げきれたら、前みたくマッサージしてあげる」

「エヘヘッ、それじゃ頑張って生き残らないとね!」

「そうだね」

 

僕達は、新しい安全地帯を求めて駆け出した。

 

 

 

ずっと陸上部だった僕も、休日はジョギングに付き合ってくれていた響も、体力には自信がある。

ソロモンの杖による制御のせいか、幸いノイズも無軌道に動いているわけではない。

危険なことには間違いないが、僕達なら制限時間まで逃げ切れると思っていた。

その計算が狂ったのは、響が逃げ遅れた少女を保護してからだった。

 

少女の足に合わせれば当然速度は落ちるし、速度が落ちればノイズに見つかる頻度も増える。

そんな時には交互に少女を背負って逃げたため、僕達の体力もどんどん削られていった。

既にダウンした少女を背中に乗せた響の体力は底を尽き、僕も限界の一歩手前である。

そしてとうとう、周囲をノイズに囲まれてしまった。

 

「ごめん、未来」

「謝らないで」

 

響は謝るようなことなど、何もしていない。

人として当然のことをしただけだ。

 

「ありがと、未来。私、未来と親友になれて良かった」

「響……」

 

原作ではここで響が覚醒したが、胸にガングニールを宿していない今、それはありえない。

翼さんや奏さんも、高等部を中心に大量発生したノイズへの対処で手一杯と思われる。

救援はない。

 

「それでも、諦めない」

「未来?」

 

原作で奏さんは響に言っていた。

生きるのを諦めるなと。

 

原作を壊してしまった僕には、その思いを響の心に伝える責任がある。

響の生存ルートを壊してしまった僕には、最後まで足掻く義務がある。

いや、責任とか義務とか、そんなのはどうだっていい。

 

「響には、ずっと笑っていて欲しいから」

「……未来。うん、私も諦めない!」

 

前世で無気力だった僕が今まで努力してこられた理由は、響の笑顔だった。

響が笑ってくれるなら、僕はまだ頑張れる。

 

ノイズの囲みを超えた先には川がある。

OTONAのジャンプ力さえあれば、あそこに飛び込んで逃げられたのに。

そう思った僕の脳裏に、ふと疑問が過ぎる。

 

なぜOTONAはあんなに屈強なのだろうか。

 

発剄とか鍛錬で理由付けされていたものの、要はアニメーションだったからである。

だからOGAWAは忍術を使えるし、それを習った翼さんも影縫いが出来る。

出来るから出来る、そこに理屈は不要なのだ。

 

そして原作の小日向未来には、レズ特有の強肩と揶揄されたほどのパワーがあった。

 

僕が練習してきたやり投げは、中学生にしては優秀な、それでも常識的な飛距離だった。

でも今の僕は、自分が出来ることを知っている。

僕が大声を出せるようになったのも、それが出来ることを体が知ったからだ。

絶対に出来る、僕は自分にそう言い聞かせて、響の腕を鷲掴みにした。

 

「あれ? ちょっと、未来?」

「えいやっ!」

「ひょえええぇぇぇぇぇー!」

 

背中の少女ごと、響をぶん回して投げ飛ばした。

やり投げというよりハンマー投げになってしまったが、狙い通りに響は川の真ん中へ着水したようだった。

 

響さえ助かれば最悪僕はどうなってもいいと思っていたが、響の空中遊泳に釣られてノイズの包囲網に穴が開いた。

勝機を零すな、掴み取れ!

自分に発破をかけた僕は、原作のような陸上走りに体力のすべてをつぎ込み、ノイズの間を縫って川へと飛び込んだ。

 

こうして僕達は、辛くもノイズの襲撃から生き残ったのだった。

 

 

 

 

 

 

命は助かったものの、響は両肩を脱臼して入院した。

本当に申し訳ないことをしてしまった。

 

「明日からお見舞い、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、退屈していそうな響にカンフー映画のDVDを持っていこうと思う。



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その7.5 パンドラ文書だとぉッ!!

2課の情報班から上げられた報告書。

それこそが俺達のターニングポイントだった。

 

 

 

 

 

 

その日、情報班に激震が走った。

インターネット上にアップロードされた小説、そのタイトルに存在を完全秘匿状態にしているはずのシンフォギアという名が冠されていたのだ。

驚いた情報班は即座に小説投稿サイト自体を凍結、即座に行動を開始した。

 

投稿サイトの管理者へ連絡を取り、小説の削除や作者のアカウント停止を求める者。

投稿サイトに利用しているサーバをハッキングして、保存された小説のデータを破却する者。

投稿ログとアクセス履歴から位置情報を割り出し、作者の特定を急ぐ者。

 

その中で最も貧乏くじを引いたのは、小説の内容を確認するために読み進めていた者だろう。

情報班の中でも比較的若手な彼の顔色は、物語を読み進めると共にどんどん悪くなっていった。

彼の顔がこれ以上ないくらい蒼白に変わったまさにその瞬間、彼の心臓に致命の一撃が加えられた。

 

「あらぁ、なんかバタバタしてるわねぇ。どうしたの?」

「櫻井女史、それが大変なんですよ」

 

情報班の班長へ気さくに声を掛けながら、櫻井了子が現れたのである。

彼の口はアワアワと言葉にならない声を勝手に吐き出し始めた。

 

「へぇ、そんな面白そうな小説、私も読んでみたいわぁ」

「まぁ櫻井女史なら構わんでしょう。おい、そのデータをコピーして渡してやってくれ」

 

彼が読んでいた小説内では、櫻井了子が「私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁ」と叫んでいるところだった。

読み飛ばしながら内容をざっくり把握して自分に合った小説を探すスキルは、玉石混淆のネット小説やSSを嗜む者、特に新規投稿をチェックする場合には必須能力と言ってもいい。

休日は「なっちゃいなよ」や「笛吹き」のスコッパーをしている彼だからこそ、短時間でここまで読み進めることが出来たのだ。

当然ながら、彼は櫻井了子の行動を阻止しようと大声を上げた。

 

「は、班長! じょ、情報班の精査した内容は、まず風鳴司令に報告するルールです!」

「君ねぇ。私は櫻井理論の提唱者、櫻井了子なのよ? シンフォギアに関することで私が関われないことなんて、あるはずないじゃない」

「しかし、ルールはルールです!」

 

そう叫んだ彼の足の甲に、櫻井了子のヒールが突き刺さった。

全体重をかけてグリグリと足を踏みにじりながら、彼女は言葉を続ける。

 

「レディーファーストって言うでしょ。そんなんじゃ、私みたいな可愛い女の子にモテないぞー」

「ぐぅ、し、しかし、ルールですから……」

 

チャカしたようなセリフとは裏腹に、櫻井了子の彼を見る眼は冷たかった。

もはや彼に出来ることは、ルールを盾に絶対譲らないことと、「女の子?」と疑問を抱かないことだけだった。

 

「櫻井女史、その辺にしてやって下さい。そいつはまだ若いが融通のきかない奴でね。そこがこいつのいいとこなんですよ」

「えぇー、でも私、今すぐその小説読みたぁい」

「あっさり頷きかけた俺が言うのもなんだが、こいつの言うようにルールですから。せめて風鳴司令の許可を貰って下さい」

「もう! わざわざ面倒なことさせないでよねー」

「なぁに、櫻井女史なら一言でしょう。こいつのメンツのためにも、申し訳ねーが今日のところは手順を踏んで下さいよ」

「わかったわよ、もう。弦十郎君にオッケー貰ってすぐに戻るから、準備しといてよねっ」

 

プリプリと怒りながら、櫻井了子が去っていった。

足の痛みが限界に達してしゃがみこんだ彼の下に、班長が駆け寄ってきた。

 

「おい、櫻井女史にはああ言ったが、お前はそんな頑固な奴じゃないだろう。なにがあった?」

「……櫻井了子がアメリカのスパイであり、ノイズを操る黒幕だと書いてあったんです」

「おいおい、そんな馬鹿な話があるかよ」

「班長も読んでみれば分かると思いますが、現実的で説得力がある内容なんです」

「……ちっ、時間がねぇ。お前を信じるからな! あの櫻井女史に盾突くんだ。いざとなったら2人揃ってクビを切られる覚悟をしとけよ!」

 

そう言った班長は、緊急用の風鳴司令直通番号をコールした。

当然だがこの番号は、滅多に使用してよいものではない。

 

「こちら情報班です。時間がないので端的に言います。櫻井女史……いや、櫻井了子に情報閲覧権限を与えないで下さい。今そちらに向かっているはずです」

『……分かった。だが、後で必ず説明して貰うぞ』

「もちろんそのつもりです。……風鳴司令よぉ。俺達情報班に賭けたこと、絶対に後悔はさせませんぜ」

『ふっ、そう願うよ』

 

 

 

 

 

櫻井了子に対する情報封鎖の決断は、俺にとっても重いものだった。

彼女はシンフォギアの権威、欲しがる組織は星の数ほどある。

それになんといっても、今まで共に歩んできた仲間なのだ。

 

しかし己の勘が、情報班の忠告を優先しろと囁いた。

こういう時は、その思い付きに身を任せるべきというのが俺の経験則だ。

疑いたくない身内を疑い、切りたくない仲間を切る。

まったく、司令官というのも因果な商売だ。

 

情報班の班長の言葉は、結果的に正しかった。

櫻井了子の暗躍を防いで大手柄を成し遂げた情報班の若者が名付け親である、今では「パンドラ文書」と呼称される小説を読んでから、俺達は睡眠時間を犠牲に圧倒的な情報強者となったのだ。

いや、パンドラ文書を読んでからではなく、その日の夜に未来君と話してからというべきか。

 

初めて会った未来君は、とても空虚な瞳をしていた。

微笑みを浮かべて穏やかそうに佇んでいた彼女は、しかし生きる熱を全く感じさせない。

何に対しても興味がないから、何に対しても微笑みを向ける。

そういった印象の子供だった。

 

公安時代、監視対象の中でも最もやっかいだったのは、こういうタイプの人間だった。

恐らくハッキングなどの手段を用いて機密を探り、面白半分に公表した愉快犯なのだろう。

 

より正確に表すならば、愉快犯というのは少々語弊がある。

この子の中には、俺達に対する興味など一欠けらも見当たらない。

俺達を困らせてやろうなどとはまったく思わなかったはずだし、悪いことをしたという自覚もないはずだ。

なんとなく機密を探り、特に理由もなく公表した犯人、というのが適切な表現だった。

 

しかし未来君を責めるまい。

子供が歪んだ成長をしてしまうのは、俺の経験上周囲の環境という要素が大きいのだ。

ならばこれからは俺が1人の大人として、彼女の心の成長に不足していたものを大いに与えつつ矯正していけばいい。

この子はまだ間に合うはずだ。

 

しかし間に合わないものもある。

今回の件で、櫻井了子の信頼は完全に失われてしまった。

俺の判断ミスだと、素直にそう思った。

未来君が響君のことを思って小説を投稿したことを、俺に打ち明けるまでは。

 

響君のことを話す未来君の目は、まるで人形が命を吹き込まれたかのように輝きを放っていた。

俺は自分が勘違いしていたことを悟った。

心の栄養不足など、俺の思い違いもいいところだった。

未来君にはとっくの昔に、彼女の心を暖かく照らしてくれる太陽のような友人がいたのだ。

 

こんな眼差しで友を語ることが出来る彼女が、その友のためにやった行為なのだ。

話自体に誤魔化しはあれど、その目的に偽りはないだろう。

俺はいつもの如く直感に身を委ねる決意をした。

 

パンドラ文書に2課の持てる全てのリソースをBETして打った最速の一手は、雪音クリス君の保護という大成果を上げた。

だが、自身への情報封鎖に2課への疑いを持っていた櫻井了子の逃亡阻止には届かなかった。

彼女を取り逃がしてしまったのは手痛い失態だった。

 

 

 

 

 

 

俺達2課がそのことを痛感するのは、それから半年後のことだ。




感想でご指摘のあった、OTONAの包容力が足りなかった部分を修正しました。


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その8 看護する393

人は逞しい生き物である。

特に地震や台風などによる自然災害で1年中被害を被っている日本人は、そのDNAに不屈の魂を刻まれていると思う。

認定特異災害ノイズによって半壊した街は、たったの1週間で早くも復興の兆しを見せ始めていた。

 

そんな街中を僕は1人歩いている。

目的地はリディアン音楽院高等部に隣接している2課医療施設である。

両腕を脱臼した響が、せっかくだからと色々な検査を受けさせられているのだ。

 

復旧しつつあるとはいえ普段よりも治安が悪化している現在、狙われている身としては1人歩きなどもっての他だと思われるかもしれない。

しかし力の使い方を覚えた今、暗殺はともかく拉致に対して僕は無力ではなくなったのだ。

 

「小日向未来ダナ、オトナシクシロ」

「いい加減に懲りて下さい。えいやっ!」

 

今日も僕は誘拐犯の外人さん達を、元気に投げ飛ばした。

 

 

 

 

 

 

病室の扉を開けると、ようやくギプスが取れて三角巾になった響が笑顔で出迎えてくれた。

 

「やっほー、未来。今日は何を買ってきてくれたの?」

「プリンを買ってきたよ」

「わーい。早速食べよう!」

「うん、ちょっと待ってね」

 

今日はいつものスーパーではなく、休業から復帰したケーキ屋さんのプリンである。

箱から出したプリンをプラスチックのスプーンで掬い、響の口元へ持っていく。

 

「うーん、おいひー!」

「良かった」

「すっごい口溶けが滑らか。未来、私これ好きかも」

「また買って来るね」

 

この一週間、両手を使えない響の食事のお世話は僕の仕事だった。

響は何を食べても嬉しそうにするので、僕も楽しくお世話が出来る。

それに何と言っても、響の役に立てている実感が持てるのが良かった。

将来は響の看病をしてお給料が貰える仕事に就きたい。

 

体を拭いたりとか、食事以外のことも色々としてあげた。

けれど残念ながら、下のお世話だけは頑として拒まれてしまった。

響の看病を完璧にこなせていないと思うと、どうにも落ち着かない。

 

ギプスが三角巾になっても、響の両手が使えないことに変わりはない。

だから下のお世話をする機会も、そのうちあるかもしれない。

 

毎日お見舞いをしながら、その時が訪れるのを気長に待とうと思う。

 

 

 

 

 

 

家に帰るとクリスが僕の部屋の前で佇んでいた。

そういえばクリスと顔を合わせるのも久しぶりである。

 

「こんばんは、クリス」

「おう……」

 

なぜかクリスは深刻そうな表情を浮かべている。

響が入院してから僕は夕食を作っていない。

だから彼女へのお裾分けもしていなかったので、もしかしたらそのことかもしれない。

 

「ごめんね、クリス。最近バタバタしてたから……」

「ああ、聞いてるよ。アイツ、入院したんだってな。お前も危なかったってオッサンが言ってた」

 

クリスは返事をしようとする僕を遮るように大きく頭を下げた。

そして泣き叫ぶように言った。

 

「すまねぇ! 全部アタシの責任だ!」

 

その言葉で僕は原作を思い出した。

完全聖遺物であるソロモンの杖を起動したのは、雪音クリスだったことを。

 

だからと言って、僕にクリスを責める気持ちはなかった。

これは原作を知っている明確なアドバンテージだと思うが、クリスの経歴や人柄を把握しているため、今の彼女が心から後悔していることを僕は理解出来ているのだ。

 

仮に櫻井了子が同じように目の前で謝罪をしたのなら、その頭を鷲掴みにしてお星様の仲間入りをさせてやる所だ。

しかし櫻井了子に攫われて利用されていたのだから、クリスは明らかに被害者である。

僕達を危険に晒した一因であることは確かだが、クリスはどちらかと言えば被害者側だと思う。

あの事件のせいで響は脱臼して未だ入院中だけど、クリスはたぶん被害者寄りなはずだ。

 

「響が入院中だから、1人で寝るとお布団が冷たいし寂しいし寒いし……」

「ひっ!? お、お前、なんか目つきがヤバくなってるぞ!」

「全部、クリスの責任、なんだよね?」

「は、半分、いや、8割くらいはフィーネのせいだっ!」

 

怯えるように後ずさるクリスの両肩を掴む。

そして僕は、そのまま彼女を抱きしめた。

 

「そう、クリスのせいじゃないよ」

「……お前」

「クリスは悪くない」

「……」

 

思えば1期2期のクリスは、自責の念で暴走気味だった。

彼女に必要なのは、自分自身を許す気持ちだ。

この抱擁が、その手助けになればいいと思う。

 

しばらくそうしていたが、やがて僕の胸をクリスがそっと押した。

それを合図にして僕が腕を解くと、彼女はそそくさと離れてしまった。

 

「……未来、ありがとな」

「うん」

 

照れたようにそっぽを向いてお礼を言うクリスは、とても可愛かった。

 

 

 

 

 

 

下のお世話は結局ノーチャンスのまま響が退院して、しばらく過ぎたある日。

僕達は風鳴司令に呼び出された。

 

「響君にガングニール適合者の素養があることが分かった」

「えー、師匠。それってホントですか? 未来の書いた小説みたいに?」

「そうだ。だから君には日本政府特異災害対策機動部2課として、改めて協力を要請したい」

「待ってください」

 

僕は思わず口を挟んだ。

そして、そんな僕の行動は初めから織り込み済みなのだろう。

風鳴司令は僕に先を促す。

 

「ガングニールの適合者は、もう奏さんがいるじゃないですか」

「彼女は先の戦いで無茶をし過ぎてな。幸い命は取り留めたが、もう戦える体じゃないんだ」

「それって、リンカーによる薬物障害ですか?」

「ああ、その通りだ」

 

ここまでは想像通り。

そしてここからが大事なところだ。

 

「響はリンカーなしでも奏者になれるんですか?」

「いや、残念ながらリンカー服用で適合係数を上げなければ、シンフォギアは起動しないだろう」

「それってつまり……」

 

響に奏さんと同じ体になるまで戦えということですか。

僕はそう言いかけて口を噤んだ。

 

風鳴司令は平気で子供を使い捨てにするような人ではない。

なにより命懸けで戦ってくれた奏さんに失礼だ。

 

「未来君の言わんとしていることは分かる。だが人類ではノイズに打ち勝てない。たった一つの例外は、シンフォギアを身に纏った装者だけだ」

「それは……」

 

僕が口籠ると、風鳴司令は響の方に向き直り、言葉を続けた。

 

「立花響君。君の宿したシンフォギアの力を、対ノイズ戦のために役立ててはくれないだろうか」

「私の力で、未来やみんなを助けられるんですよね?」

「うむ」

「わかりました。私、戦います! 慣れない身ではありますが、頑張りますっ!」

 

こうなった響は、誰にも止められない。

それに僕は、こういう時の響にこそ最も惹かれている。

太陽のように眩しく光り輝いている響が一番好きなのだ。

 

僕がやるべきことは、響の決意を否定することではない。

少しでも響の負荷が軽くなるよう、手助けをすることだ。

 

原作によれば2課で使用しているリンカーは、プロトタイプも同然のものだったはずだ。

それは廃人や死者を大量生産するという危険なまでに激しい薬理作用があるらしい。

しかしウェル博士が脳の愛を司る部分を活用して負荷を減らせるようにした結果、リンカーの半分は優しさで出来ている感じの薬になったと思う。

 

それは僕から事情聴取をした風鳴司令も承知済みのことだ。

櫻井了子の異能やウェル博士の天才がなくとも、道標があるなら2課でなんとかしてくれると信じたい。

 

だから僕は別のアプローチを選ぶ。

原作での小日向未来は、響への愛によって元来の適合係数が引き上げられ、神獣鏡の適合者となれていた。

先ほどのリンカーもそうだが、キーワードは愛なのだ。

響の力になるためにも、まず僕は愛を知らなければならない。

 

愛、それは前世で経験できなかった難しいテーマである。

実は僕は、愛がよく分からない。

響に抱く感情が愛なのかと言われると、それを素直に肯定できないのだ。

なぜなら今世では同性同士だし、響とエッチなことをしようとは思えないからだ。

 

でも分からないなら努力する。

それが今世で響に出会ってからの、僕の変わらぬ唯一のやり方だ。

 

「明日から恋愛、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、本屋で恋愛ハウツー本を買ってこようと思う。



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その9 愛・戦士393

響の体の負荷を軽くするには、適合係数を上げなければならない。

適合係数を上げるためには、響が愛に目覚めなければならない。

響に愛を教えるためには、まず僕が愛とは何かを理解しなければならない。

 

幸い「愛」という題材は、本だけに限定しても世の中に溢れかえるほど存在している。

僕は片っ端から参考資料を読み漁った。

その結果分かったのだが、愛情とは心だけでなく体の触れ合いも重要らしい。

 

とはいえ、僕達は日頃からスキンシップも多い。

心も体も十分に触れ合っているはずだ。

ということは、僕の気づかないうちに響との間には愛が芽生えているのだろうか。

 

例えそうだとしても、現時点で響の適合係数はクリスや翼さんの水準には達していない。

つまりまだ向上の余地があるということだ。

 

時計を見ると、そろそろ補習の終わった響が帰ってくる時間だった。

僕は読みかけの「蜜の味」に栞を挟んで、おさんどんの準備を始めた。

 

今夜は響の愛を一杯増やせるよう、努力しようと思う。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしたの、未来?」

「たまには気分を変えようと思って」

 

色々な参考文献に共通していたのが、マンネリは愛情の敵だという所だ。

そして視覚というのは、人間の感覚の中では突出して情報を受け取りやすいらしい、

だから今日は、ちょっとセクシー路線でおさんどんをしてみたのだ。

 

「気分転換で裸エプロンなの!?」

「うん。どうかな?」

「……こうして見ると、未来って広背筋が凄いよね」

「槍、投げてるから」

 

なんか、思っていたのと違う。

 

「後、お尻がすっごく綺麗。ギリシャ彫刻みたい」

「ありがと。陸上の成果かな」

 

思っていたのと、やや近くなってきた気がする。

 

「よーし、私も未来みたいな引き締まったお尻を目指すぞー!」

「明日は一緒に走ろっか」

 

でも残念ながら響は安産型なので、引き締まったお尻は難しいと思う。

 

いい加減に寒くなってきたので、服を着て夕食を食べる。

お片付けの後は、響とのスキンシップをいつもより多めにしてみた。

べったりと体を密着させて、響のお腹に頭をグリグリと押し付ける。

 

「うひゃー、今日の未来はひっつき虫だぁー」

「響は温かいね」

「未来は冷たいね。さっきまで裸だったからだよ」

「極楽、極楽」

「まったくもう。風邪引かないでね」

 

相変わらず響の肌は、ぷにぷにで触り心地がいい。

しかしこれが愛なのかどうか、相変わらず僕には分からない。

だから響に聞いてみた。

 

「これって愛かな?」

「あはは、私も未来を愛してるよー」

 

どうやら大成功だったらしい。

今後も色々と続けていきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

僕が響のサポート役として多大な成果を上げていた頃、2課も響のために大手柄を立てていた。

なんとアメリカのFISからウェル博士謹製のリンカー及びそのレシピ、負担の少ない体内洗浄方法の情報などを入手したのだ。

 

もちろん対価は莫大なものだった。

完全聖遺物デュランダルの譲渡である。

というか順序が逆で、そもそも強腰なアメリカ外交の圧力に屈した日本政府がデュランダルの譲渡を決定したらしい。

 

しかし日本政府もただの無能ではない。

あちらが棍棒外交ならこちらは搦め手外交とばかりに2課も交えて策を練り、アメリカ相手に色々な仕込みをしたそうだ。

賛否両論あると思うが、僕は政府の方針が間違っているとは思わない。

 

先日のノイズ襲撃は主犯がフィーネだとしても、ほぼ間違いなくアメリカも絡んでいたはずだ。

例えばそれを暴露したとしよう。

国連によって認定特異災害に指定されているノイズをソロモンの杖で操っていることが知られたら、アメリカは世界の敵となる。

そして最悪の場合に行きつく先は、第2次太平洋戦争であり第3次世界大戦である。

 

あの事件では、2課にも街の人々にも少なくない犠牲が出た。

実際に交渉の席についた風鳴司令も、腸が煮えくり返るような思いだっただろう。

しかしそれでも、これからのために耐え難きを耐えて相互協力を主張し、アメリカから可能な限りの譲歩を引き出してきたのだ。

誰が何と言おうと、僕は2課の大手柄だと主張したい。

 

具体的にアメリカから入手出来たのは、先のリンカー技術の他に聖遺物の欠片が数点だそうだ。

当然その中には神獣鏡も入っていたが、僕にそれを拒む気持ちはない。

むしろ響と同じ立場になれて嬉しいくらいである。

 

また仕込みとしては、フィーネの最終目的が月の破壊であることを暴露したそうだ。

アメリカの聖遺物研究の目的は、化石燃料や核を超えた新エネルギーにある。

決して大災害を引き起こすことが目的ではない。

 

カ・ディンギルの塔とデュランダルの組み合わせが、どういう結果を引き起こすのか。

風鳴司令から可能性を指摘された以上、どんなに言葉巧みにフィーネが言い繕ってもアメリカの不信感は拭えないだろう。

せいぜいお互いに足を引っ張り合えばいいのである。

 

というわけで、僕もシンフォギア奏者としてデビューを果たすことになった。

原作では1度しか戦ってないが、心配はしていない。

僕は実際にプレイしたことはないが、ソーシャルゲームの方ではバンバン戦闘していたはずだ。

グレ響を相手に容赦なく殴り掛かっていた動画を見た覚えがあるので、間違いないと思う。

 

しかし、やはりと言おうか適合係数は断トツで低かった。

響はもちろん奏さんよりも低く、ウェル博士の特製リンカーでやっとギアが起動するギリギリのレベルだった。

 

原作のように、愛の力でなんとかならないものだろうか。

2課の訓練室で悩んでいた僕に、クリスが声を掛けてきた。

 

「未来じゃねーか、どうしたんだ?」

「うん、シンフォギアの適合がね」

「あー、そりゃアタシにはわかんねーな」

「何か適合係数を上げる切っ掛けがあればいいのだけれど」

「お前らには借りがあるから、アタシに出来ることがあれば力になりてーんだけどなぁ。うーん……」

 

僕は腕を組んで首を傾げるクリスの、その胸に注目した。

昔から胸は母性の象徴だと言われる。

それはすなわち、愛の象徴と言い換えることが出来る。

愛の塊とも言うべきそれを揉みしだいたのなら、僕の中で愛の力が爆発しないだろうか。

試してみる価値はあるかもしれない。

 

「クリスが協力してくれるのなら、1つお願いしたいことがあるのだけれど」

「おう、いいぜ。なんでも言えよ」

「クリスのおっぱい、触らせてもらっていい?」

「な、ななな、なんでだよっ!?」

「適合係数が上がりそうな気がするの」

「嘘つけっ! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

 

真面目な提案だったのになぜか誤解をしたクリスは、顔を真っ赤にして訓練室から出て行ってしまった。

人に真意を伝えるというのは、本当に難しい。

 

バラルの呪詛を解きたいというフィーネの気持ちが、少しだけ分かったような気がした。

 

 

 

 

 

 

ともあれ今の僕では響と一緒に戦うどころか、足手纏いになりかねない。

愛を研究するのもいいが、シンフォギアに体を慣らすことも大事である。

ウェル博士のリンカーがある今なら、多少の無理は可能だ。

 

「明日から訓練、がんばろう……」

 

とりあえず明日は、シンフォギアを纏ってラヂオ体操第4をしようと思う。



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最終話 卒業する393

「急にー歌うよー」

 

という感じで、今は完全聖遺物ネフシュタンの鎧の起動実験中だ。

本来は1年前に行う予定だった、物語の発端である。

風鳴司令としては、実験は懸念事項が全て片付いてからでも遅くないと考えていたそうだ。

しかし特異災害対策機動部の上層部では、異なる意見が主流となっていたらしい。

日本政府が所持する唯一の完全聖遺物となってしまったネフシュタンの鎧を、また外交で横やりを入れられないうちに早期に起動させたいという主張である。

 

元から実施予定だったこともあり、計画の土台は出来ていた。

実験場として準備が進められていたライブ会場も、機材の搬入を行えばすぐにでも利用可能だ。

そんな好条件と偉い人の意向が合わさって、僕達からしてみれば急な実験となった訳である。

 

原作での起動方法は、ライブでオーディエンスのフォニックゲインを利用する元気玉方式だった。

しかし現在の日本には適合者が4人もいるのだからということで、僕達だけで完全聖遺物の起動を試みていた。

 

ツヴァイウィングの2人が立っていた舞台で、僕達は先ほどから歌い続けている。

シンフォギア奏者として最も古株であり、現役の歌姫である翼さんを中心にユニゾンしてフォニックゲインを高めていくのだ。

その様子を風鳴司令やオペレーターコンビが地下の実験場からモニター越しに見守っていた。

 

「フォニックゲイン、起動ラインに達しません」

「翼を中心に、もっと歌に魂を込めるんだ!」

 

スピーカーを通して風鳴司令の指導が入る。

原作では響1人でデュランダルを起動させていたが、本当に規格外だと思う。

こんなの4人掛かりでも相当に厳しい。

そもそも戦闘中とかではないので、集中力を維持出来ないのだ。

先ほどの風鳴司令の喝で、むしろ気が散ってしまったくらいである。

 

翼さんは眉間に皺を寄せて集中している。

クリスはちょっと気恥ずかしそうに歌っている。

響は……あ、目が合った。

僕と同様に集中出来ていないらしく、彼女は苦笑してみせた。

 

それにしても、シンフォギアのコスチュームは少しエッチだと思う。

ボディースーツが体の輪郭をはっきりと浮かび上がらせているのだ。

しかも響の場合、黒い部分はともかくオレンジの所は完全にスケスケだ。

おかげで可愛いお臍も、胸の谷間も、お尻の割れ目だってバッチリ見えてしまっている。

でもそれはあくまで健康的なエッチさであり、こんな響も新鮮でアリだと思う。

 

「フォニックゲイン、急速に上昇を始めました。これは神獣鏡からです!」

「未来君、いいぞ! その調子だ!」

 

響もいいが、クリスも負けず劣らずに可愛い。

彼女の魅力をおっぱいに見出すのは素人だと思う。

たくさん愛を勉強した僕に言わせると、その恥じらいこそが最大の萌えポイントである。

 

赤を基調とした露出過多な衣装に身を包んだクリスをじっと見つめる。

するとこちらの視線に気づいた彼女は、少し顔を赤らめぷいっと目を逸らしてしまうのだ。

まさしく至高である。

 

「フォニックゲインが上昇を続けています。もう少しで起動ラインです!」

「皆、気合いを入れろ!」

 

そして可愛いより綺麗と評されることが圧倒的に多いだろう翼さんも、とても美しい。

凛々しい表情で歌う翼さんは、こんな姿にも関わらずエッチな雰囲気が微塵もない。

そのスラッとした肢体と端正な顔立ちは、むしろ裸身に近づくにつれて原初の美を感じさせる。

異性よりも同性にモテると聞いていたが、なるほど納得である。

同じアスリート体型な仲間として僕も憧れてしまう。

 

「フォニックゲイン下降! みんな、頑張って!」

「ここが踏ん張りどころだろうがっ!」

 

僕が気を散らしている間に、なんだか周囲がバタバタし出したようだ。

後で怒られないよう、僕もそろそろ集中しなければ。

頑張って歌っているが、どうやらフォニックゲインの低下が止まらないらしい。

その時、歌を中断して響が言った。

 

「みんな、手を繋ごう!」

 

響は両隣の僕と翼さんに手を伸ばす。

その手を取って、クリスの手も握りしめる。

みんなの体温を感じながら歌っていると、それがなんだか自分の温度のように感じられる。

 

「フォニックゲイン反転、急上昇しています!」

「いいぞ、その調子だ!」

 

お腹の底から熱が溢れ出しているみたいだ。

ギアからのフィードバックも増えているのか、体に負荷が圧し掛かってくる。

でもそれをみんなが支えてくれているようにも感じる。

そしてこの圧倒的な歌の爽快感。

 

ウェル博士は正しかった。

ああ、これは確かに愛だ。

 

「ネフシュタンの起動、確認しました!」

「よし、実験は成功だ。皆、ご苦労だった」

 

司令の言葉を聞いて、僕達はその場にへたり込んだ。

トランス状態が解除されて、疲労が一気に襲い掛かってくる。

でも気持ちの良い達成感があって、手を繋いだままの響と微笑み合った。

そんなまったりとした空気を切り裂くように、突然風鳴司令が声を上げた。

 

「ノイズだとぉッ!?」

 

 

 

 

 

 

疲労で立ち上がれない僕達を取り囲むように、大量のノイズが出現している。

原作と違い、オーディエンスがいないことが唯一の救いだ。

 

最初に立ち上がれたのは、適合係数の高い翼さんとクリスだった。

僕と響を守るようにしてクリスが弾薬をばら撒き、接近してきたノイズは翼さんが薙ぎ払う。

それでもノイズの数が多すぎてフォローしきれず、僕達は葡萄みたいなノイズの自爆に巻き込まれてしまった。

 

「いったたぁ……」

「響、無事?」

 

ただでさえ疲労とフィードバックで体が重いところに、爆発の衝撃である。

体のそこかしこが悲鳴を上げていて、どこが痛いかすらも分からない。

幸いシンフォギアを纏っている僕達は炭にならずに済んだけど、このままでは普通に殺されてしまいそうだ。

 

「うん。大丈夫だよ……じゃ、ないかもね、これ……」 

「葡萄みたいなのが一杯いるね」

 

僕達が弾き飛ばされた場所は、運悪く大量の葡萄型ノイズがいる死地であった。

さっきは1体の自爆でもキツかったのだ。

こんなにたくさんの葡萄みたいな爆弾にやられたら、僕達は肉片も残らないだろう。

 

本当は響だけでも安全地帯まで投げ飛ばしてあげたいが、疲労と痛みで腕が上がらない。

だから僕は、倒れている響に覆い被さった。

僕に出来ることは、自身の体で響の盾となることくらいだった。

 

「未来、ダメだよっ!」

「響、じっとしてて」

 

ノイズ爆弾の気配を背中越しに感じる。

いよいよ最後の時なのだろうか。

腕の中の響だけでも守りたいと願い、僕は覚悟を決めてぎゅっと目を瞑った。

 

「ずおりゃあああああ!!!」

 

なんか凄いのが来た。

命拾いをした僕が最初に思ったことは、そんな身も蓋もない感想だった。

僕の目の前には、ネフシュタンの鎧を身に着けたOTONAの姿があったのだ。

 

「でりゃああああああ!!!」

 

そもそも完全聖遺物は、男でも装着出来るものなのだろうか。

2期でウェル博士がソロモンの杖を使っていたから、起動した完全聖遺物なら問題ないのかな。

 

「どりゃああああああ!!!」

 

それにしても絵面が酷い。

露出が多い黄金鎧なので、別作品のアニメのパチモノのようだ。

 

「せりゃああああああ!!!」

 

愛とは真逆の感情で適合係数が下がったせいか、僕のシンフォギアがパージされてしまった。

響もいつの間にか私服姿に変わっていたが、もう僕達に命の危険はないだろう。

 

「うおりゃあああああ!!!」

 

というかもう、風鳴司令だけでいいんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

これは後日談になるが、相互協力を確認した直後のこの襲撃には流石の日本政府も怒り、アメリカへ厳重な抗議をしたそうだ。

それに対して「全ては櫻井了子の犯行であり、アメリカは彼女と既に手を切っているので関知しない」というのが正式な回答だったらしい。

 

その言い草にキレた風鳴司令は、ネフシュタンの鎧を身に纏ったまま単身アメリカへ乗り込み、FISを発剄で叩き潰して櫻井了子からソロモンの杖を強奪してきた。

アメリカの抗議に「全ては風鳴弦十郎の犯行であり、日本は彼と既に手を切っているので関知しない」と答えたそうだ。

 

時間軸的には原作の1期すら始まっていない。

ノイズは現れなくなっても、それ以外に問題は山積みである。

しかし例えどんな困難が待ち受けていても、きっと風鳴司令が発剄で解決してくれるはずだ。

2課が解散して装者を予備役になった僕達は、その雄姿を遠くから見守ろうと思う。

 

今日はリディアン音楽院中等部の卒業式である。

地球の平和はOTONAに任せて、これからは響と一緒に学校生活を楽しみたい。

 

「これからも響のために、がんばろう……」

 

高校生になったら、響とたくさん放課後デートしようと思う。




まとめ方が下手過ぎて最終話だと気づいてもらえない不具合を修正しました。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。

この作品を読んで下さり、ありがとうございました。


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