異世界はシーカーストーンとともに。 (愚の骨頂だよねぇ?)
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英傑、異世界へと降り立つ。
#1 英傑は死に、転生する。


ブレスオブザワイルドの小説書きたいなー→シーカーストーンって、スマホに少しだけ似てるよな→せや!イセスマと掛け合わせたろ!
みたいなノリです。


「…………いよいよか」

 小さく、自身を落ち着かせるような低い声で呟くのは、一人の青年。名をリンクといい、このハイラル王国においてただ一人、世界を救う勇者の資格を与えられている。彼の背に光る、退魔の剣《マスターソード》がその証であり、それを扱える剣士こそが、由緒正しき勇者であると古代より伝えられてきた。

 だがそんな勇者でも、完全に冷静でいられるというわけではない。リンクは、魔の手に落ちたハイラル城へと突入し、数多の魔物と邪悪な魔の気を乗り越えた末に、本丸の前へと到達した。本丸には、魔物の親玉にして、ハイラル城を乗っ取った諸悪の根元《厄災ガノン》がいる。100年前は倒すことが叶わなかった敵を前にして、リンクの全身には嫌な寒気を伝わり、手汗がじわりとにじんでくる。

 だが、彼女が、姫が助けを待っている。彼女は、100年前に興った大厄災からずっと、ガノンを封印し続けている。人の一生よりも長いときの中、延々とリンクを待っている。その事実を想う度に、リンクは胸がはち切れそうになる。

 100年も休んでいたわけなのだから、もう引くことは許されない。リンクは固い決意を抱き、剣を抜きはらう。聖なる光が汚れた空気を照らし、勇者はいざ、最終決戦へと臨む。

 しかし、厄災が起こした凶事か否か、稲光がリンクの上空を走る。

「――ッ!?」

 リンクはとっさに空を見上げ、凝視する。ハイラルの雷は、近くの金属に反応し、それに吸い寄せられるように落ちる習性がある。それをリンクは思い出し、すぐにマスターソードを仕舞い込もうとする。

 だが、天雷はリンクを逃がすまいとするように、するどく宙を裂いた。躱す間もなく、雷槍はリンクの体を貫き、全てを白く染めていった。勇者の視界もまた、そのまま白く燃え上がっていった。

 

 

 

 

 

「……っ」

 頭痛がする。動く左手を手探りで頭部へと伸ばし、触る。すると、嘘のように痛みが引いていく。視界は真っ暗。何があるかもわからない。

 だんだんと瞼の当りがチリチリと痛み始める。それから逃れるように、リンクはゆっくりと瞳を開けた。瞳孔に入り込んだ光は、青と白。先ほどにはない色が現れ、困惑する。

 視界を最大まで広げてみると、その光の正体は青空だと分かった。青い画用紙に白色の模様が何個も塗られているような、何の変哲もない青空。足元を見ると、白い綿毛のような地面が見える。人間では決して乗ることのできない雲の上にいるのだろうか。

 雲の上にいるのは、リンクだけじゃない。リンクの前には小さな木製のテーブルとタンス、そして、向かい合うように座る一人の老人の姿があった。

 誰だろうか。リンクは声をかけようと口を開こうとする。

「あの――」

「ふむ、気が付いたか」

 老人はふうと息を吐くと、リンクを見つめる。

「あの、あなたは?」

「ワシか? ワシは神様じゃよ」

 神様、か。ハイラルを作った神であろうか。だが、それにしてはどうも威厳がない。直感だが違うだろう。

「やっぱり俺、寝ていたんですか?」

「そうじゃ。ここにくる死人は確かに寝るものではあるのだが、1時間以上眠ったのは相当じゃ」

「はぁ…………――え?」

 死人……?

 一つの言葉が引っ掛かった。死人ということは、死んだということか?

「ど、どういうことですか? 死人ってどういうことですか?」

「どういうこともなにもない。おぬしは死んでしまったのじゃ。おぬしはワシが放った雷に打たれて死んだのじゃ」

「なっ――」

 さーっとリンクの顔から血の気が引いていく。そういえば、ハイラル城で雷が突如現れ、有無を言わさずリンクの頭上へと落下した。体力も消耗していたし、倒れるのも無理はない。

 だが、この老人は何と言っただろうか。自らが落した雷で、リンクが死んだと言っている。

 リンクは、今度は顔が熱くなっていくのを感じた。瞳を鋭く細め、神様を睨む。

「今あなたが落したと、言いましたよね? まさか俺を殺すつもりで――」

「ち、ちがう! わざとじゃないんじゃ! まさか落とした先に人がいるとは思わなくてな。あんな廃城に人などいるわけがないと思ったのじゃ!」

 リンクの顔は、殺気にあふれており、神様も思わず口がたどたどしくなる。

「……なるほど、雷を落とす趣味は理解できないですが。それで、俺はこれからどうなるんですか。天国ですか? 地獄ですか?」

 リンクは睨むのをやめずに問う。リンクにしてみれば、使命を持って最終決戦に臨もうとしていたところを、老人の横槍で邪魔されてしまい、しかも死んでしまったのであれば、ハイラル城にはもう戻れない。

「い、いやいや今回のケースはワシのミスじゃ。故にすぐに生き返らせてやることにしよう」

「本当ですか!? ならすぐにでも頼みます! 俺はハイラルを、姫を救わなくちゃいけないんだ!!」

 望みが見え、リンクは飛びつくように頼む。だが、神様はというと、少し難しそうな表情をする。

「おぬし、まさか元の世界で行き返ろうと考えているのではないか?」

「……? まさかも何も、そうに決まってます!」

「ならば、それは無理じゃ。元の世界で生き返らせることはできんのじゃ。そういうルールでな」

「なっ……!!?」

 バカな。それができないだと……?

 いよいよ頭の中が沸騰し始める。自分勝手に人を殺しておいて、そして元の世界で生き返らせることができないだと?

「ッ――!!」

 気が付けばリンクは神様につかみかかっていた。

「ふ、ふざけるな!! あなたが間違いで殺しておいて、生き返らせることができないだと!? しかもなんだそういうルールって!? きちんと説明してくれ!!」

「し、仕方がないんじゃ! こればかりは神でもどうしようもない!! たしかにワシが悪いがこれはもうどうにも――」

「どうにかしてくれ!! じゃないと……じゃないと、もう……!!」

 リンクの手からするりと力が抜け、だらんと雲の上で両手をつき、激しく肩を震わせる。解放された神様は激しく肩で息をしながら、リンクを見る。

「姫を、もう守れなくなるんだ……限界なんだよ、姫はっ! 俺が100年眠っていた間もずっと奴を封印し続けていたんだ。俺は奴をたおし、彼女を、そして死んでいった皆を、救わなくちゃいけないんだ! なのに……なんで俺はこんなところにいるんだ!!」

 100年前、ガーディアンの大群と戦い力尽きかけた際に、彼女は封魔の力に目覚めた。そしてその力で100年の間ガノンの暴走を止め続けていた。しかし、限界は近かった。ハイラル城を進むたびに、彼女の悲鳴が途切れ途切れ聞こえてくる。それを聞くたびに、俺は魔物を屠り、速く速く進んでいく。

 だがあと一歩で、もう戦うことを放棄せざるを得なくなった。関係のない、部外者のせいで。

 絶望の海に沈んでいく。姫も、ハイラルも、リーバルも、ウルボザも、ダルケルも、ミファーも、救うことができないのか。

「俺は、貴方を許さない。たとえ神であろうと……絶対に」

 リンクは背に持つ退魔の剣を抜き払うべく、柄に手をかける。殺しても無駄なのはわかっている。だが、こうでもしなければ俺は――

「――すまなかった。おぬしはとんでもない使命を抱いていたというのに、ワシはとんでもないことをし出かしてしまったようだ。本当に、申し訳なかった」

 老人はそういうと、深く深く頭を下げた。神ともあろうものが、勇者とはいえ一介の人間に頭を下げている。それに少し驚愕し、リンクは剣から手を離す。しかし怒りをはらんだ声で静かに問う。

「だがあなたには何もできないんでしょう? 俺には違う世界に行く理由なんてない。どうしたらいいんだ――」

「――元の世界に帰る方法は、いや、可能性はある」

「なに?」

 リンクは目を微かに大きく開く。

「確証はない。だが、ないとも言い切れない。というのもだ。おぬしをどこか別の世界に転生させるのだが、魔法に関し高度なレベルに達している世界へと行けばよいのだ。そうすれば異世界転移の呪文などを見つけられるかもしれない。そして、元の世界へと戻ればよいのではないだろうか?」

「そんなことが、可能なんですか?」

「いったであろう、確証はないと。しかし、0%ではない。少なくとも、ワシの転生に期待するよりかは確率はある。では、今からその世界へと転移させよう」

「そんな世界があるんですか?」

「うむ、一つ見つかったようだ。そこは剣と魔法が発達している世界であり、きっとお主が前にいた世界と似たような感じであろうよ。だからすぐに馴染めるし、きっとお主の望みも叶う」

 胡散臭い話だ。自分を殺した人間が語ることなんて、法螺に決まっている。信じても、いいことなんてない。

 ――でも、そうはいっていられない状況だとも考えていた。

 仮にもし、可能性があるのなら、ここで駄々をこねているより良い方法があるのだというのならば、そこにかけるしか、ないのではないだろうか。

 リンクはぐっとこぶしを握り締めて、目を見据えていった。

「……信じます。俺、そこに行きます」

「よかろう。では、お主が異世界に持っていきたいものはあるか?」

 さすがにたくさんの者は持ち込めないようだ。ならば、最低限、絶対必要なものを持っていくことにしよう。

「なら、この背中にある剣と、パラセールと……」

「多いのう。本来ならば一つしか持ち出せないはずなんじゃがな。まあよいわい」

「それから……これをお願いします」

 リンクは左腰につけてある、長方形のアイテムを取り出した。神様は懐疑的な視線を向け、手を伸ばす。

「これは?」

「シーカーストーンです。これは古代のシーカー族が生み出したアイテムで、冒険に便利な機能がたくさんついているんです」

「なるほどな……ふむ、地図の機能も付いているようだな。ではこれから行く世界の地図も追加しておこう」

 それは本当にありがたい。地図があるのとないのでは、だいぶ違う。しかし、彼がやけに協力的になっている。

「ありがたいな」

「何、君にしてしまった行いの償いじゃ。ついでにワシがいる場所の位置情報も記しておいたから、ここにワープも可能じゃ」

 神のもとに用があるかはわからないが、何か役に立つことがあるかもしれないので、とりあえず受け取っておく。

「では、転生の準備が整った。さあ、そろそろ出発の時間じゃ」

「……そうか」

 リンクはシーカーストーンを左腰に差し、神様へと歩み寄る。神様はいつの間にか、魔法陣を敷いている。

「この上に乗れば異世界へと旅立てるぞ」

 リンクは重い足取りで魔法陣を踏む。すると、魔法陣の線が何重にも膨れ上がり、軽いめまいに襲われる。

「問題ない。ではな、ワシに言えたことではないが、頑張れよ」

「……はいっ」

 魔法陣の魔力が上昇し、気流がリンクのふさふさの髪を持ち上げる。そしてだんだんと光がリンクを包み始め、だんだんと視界は白く、塗りつぶされていった。

 ハイラル王国へと帰るために、英傑の異世界での冒険が始まった。

 

 




正直望月君レベルでヤバいかもしれないけど、リンクは自分の力だからセーフ。


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#2 英傑は出会い、戦う

いうの忘れていましたが、スマホ太郎君は出ません。


「ここが例の……」

 目覚め、瞳を開けたリンクはあたりを見回す。周りは草木が多く、心地よい風が吹いている。まあまあ固い地面を踏みしめながら、すぅと息を吸う。

「余り、ハイラルと変わらないな」

 ハイラルもまた、自然豊かで生気に溢れている大地だった。今は厄災ガノンの復活の影響で、嫌な魔力に蝕まれつつあるが、それでもなお雄大で逞しさを感じさせた。

 とりあえず町へ向かおうか。そう思ったリンクは腰に収納してあるシーカーストーンを取り出す。古代の人間が開発した代物であり、実に様々な機能が搭載されている。その一つにマップがあり、周辺情報を確認することができる。因みにワープの機能も付いている。

 マップを見ると、見慣れているハイラルの地図にはなっていなかった。見事にこの世界仕様に変わっており、見たこともない地名がちらほら散見される。

 現在地から近い街は、リフレットというらしい。早速そこまで向かうことにする。きっと街に行けば、魔法に関する情報は得られるはずだ。

 道なりに歩いていき、町に着くととりあえず町の探索を行った。市場、人々、食料、文化。あらゆるところを観察して、少しでも情報をつかむしか今のリンクにできることはない。

 入口のすぐそばの商店街に入り、商人たちがリンクを呼び込む。だが、この世界の通貨を一枚も持っていないリンクにはどうしようもないので一応品物だけ見てその場を去っていく。

「とりあえずお金と寝処は確保しないとな」

 野宿自体は慣れているが、ずっとは正直しんどい。何かを売ればお金になるだろうか。歩きながら金策を練りだしていると、横から声が聞こえてくる。

 気になって振り向いているとそこには言い争う男女の姿があった。正確に言うと、男二人組と女二人組。男の方は、いかにもガラの悪そうな感じである。一方女の方は銀髪で、二人とも割と似ている顔立ちをしている。格好も黒い上着に白の服という感じでほとんど同じだが、下半身は少し違う。長髪の方はキュロットスカートであり、短髪の方はフレアスカートだ。だが、女性の服装に疎いリンクにはどうでもよかった。それよりも、何が行われているのかが気になった。

「約束が違うわ! 代金は金貨一枚のはずよ!」

 長髪の方が男たちに叫ぶ。しかし、男たちはヘラヘラと嗤いながら答えた。

「何を言ってやがる。確かに水晶鹿の角を金貨一枚で買うとは言った。だが、ここに傷がついているじゃねえか? これじゃあ値が落ちちまうからな。ほらよ、銀貨一枚受け取りな」

「こんな小さな傷、傷物に入らないわよ!」

 リンクはシーカーストーンを取り出し、望遠鏡の機能を使う。少女の持つ牙にフォーカスすると、確かに傷はある。しかし破損レベルではなく、すっと掠ったような跡があるだけだ。

 ただリンクは男の方にも正当性があると思った。取引で提示される物品は当然満足な状態でなくてはならない。それが礼儀というものだし、ハイラル各地での頼みごとをされた時も破損した状態ではもっていかなかった。

 ただ女の方にもその条件を提示しなかったわけであり、こうして抗議する女の方にも正当性はある。ようするにどっちもどっちだ。

「……もういい。だったらその牙返してもらうわ。お代はいらないわ」

 長髪の少女が手を差し出す。その手にはガントレットが取り付けられており、かなり大きく質の良いものだ。リンクは少しだけ目を見開かせる。見かけによらず闘いが得意かもしれない。

「そうはいかないな。俺たちはこれを貰ったからな。お前らに渡すつもりはない」

「なんですって!? こうなったら力づくでも!」

 ――まずい。

 緊迫した空気になった。このまま放っておけば、周りに被害が及ぶ。リンクは望遠鏡機能を閉じ、人垣をかき分け始めた。

 そうしている間にもロングの少女が腰を落とし、地面を蹴り上げた。いきなりの戦闘開始に男たちは一瞬すくむも、ニヤッと笑ってナイフを構える。少女のストレートパンチが男の顔面目掛けて繰り出されようとまっすぐ宙を貫く。その刹那、リンクは腰につけているシーカーストーンを触る。すると背には、伝説に語り継がれている勇者たちが使った最強の盾、ハイリアの盾が現れた。それを素早く左手に取り、地面を思いきり蹴る。そしてーー彼女の恐るべき威力を秘めた一撃の間に、割り込んだ。

「なッ――?」

 彼女は自身の表情を歪ませる。殴りかかられた男たちも呆然としている。きれいに軌道を描いた拳が、みごとに金属製の盾に阻まれている。しかも、威力を最大限にブーストしているにもかかわらず、盾が壊れるどころかびくともしない。それに不気味さを感じ、彼女はばっと後ろに飛びずさった。

「ふぅ……」

 リンクは少しだけ息を吐き、彼女を見る。

「争いは止めろ。周りに被害が及ぶだろ」

「あ、アンタ何者よ!? 部外者がしゃしゃり出てくるんじゃないわよ!」

「こんなに周りに野次馬がいるのに部外者も何もない。それはそうと、貴方たちは傷のついていない角がほしいんでしょう?」

「あ、ああ……」

 突如現れたリンクに困惑する男たちは生返事を出した。

「だったら新しく取り直してきます。場所は?」

「え……た、たしか――」

「確か西の森の方です。多くはないですが生息はしています」

 これまで一度もしゃべらなかった、短い髪の少女が答えた。

「そうか……だったらこうしましょう。俺と彼女たちで新しいのをとってきます。それと金貨を交換で。無論傷があるものはなしでいいです」

「……お、おうわかったよ」

 そういうと男二人組はすたすたとリンク達から離れていった。それと同時に野次馬たちも退散し、リンクと少女二人だけになった。

「貴方、どういうつもりよ?」

 きつくロングの少女が問いただす。

「どういうつもりも何もない。傷物を渡して、新しいものと等価交換なんてありえない。だったらやり直しが当然だろ」

「あんなの傷のうちには――」

「入る。というか傷があればそれは傷だ。だから新しく取り直そう。もちろん俺も協力する」

「――わかったわよ。でもその代わりアンタには報酬をあげないわよ。三等分は厳しいしね」

「お、おねえちゃんそれは……」

「いいよ。その間にも少しカンをならしたいと思っていた。それに少しこの世界についても聞きたいことがあったし」

「こ、この世界……ですか?」

「どういうことよ?」

 しまった。この世界の人間に疑惑を持たせてしまった。別に自分は異世界の人間ですといってもいいが、ややこしいことになるから控える。

「何でもない、忘れてくれ。それより、西の森に行こう」

「はぁ……そうね」

 そういうと三人は西の森へと素材集めへと向かった。

 

 

 

 

「そういえばアンタ、名前は?」

「リンクだ。二人は?」

「アタシはエルゼ。で、こっちはリンゼよ。双子なんだ」

 長髪の方がエルゼ、短髪の方がリンゼか。

「エルゼにリンゼか。よろしく」

「巻き込まれたようなもんだけどね。それはそうとリンク。あんた戦闘の経験はあるの?」

 エルゼは質問してから愚問だということに気づいた。さっき自身の攻撃を難なく防いでいた時点で、只者ではないと思った。戦闘経験が無い筈がない。

 ただなんで聞いたかというと、それはこの男が何者かを少しでも知りたかったからかもしれない。

「ああ、山ほどある。そこらの魔物には負けはしないだろうな」

「いうわね。まあでも水晶鹿はそこまで強くはないけどね」

「じゃあリンクさん。お姉ちゃんと同じように前衛をお願いしますね」

「わかった」

 三人が会話していると、シカの姿が見えた。しかも水晶のように透き通っている。間違いなく例の奴だろう。

「あいつよ!」

「なるほど……」

 エルゼは腰を落とし、リンゼは両手を開いて前に突き出す。エルゼが近接戦闘で、リンゼが恐らく魔法による遠方射撃を担当するのだろう。リンクも剣を払い、腰を落とす。エルゼはちらりとリンクの剣を見て、そっと冷や汗を流した。剣には詳しくはないが、この剣はとても強力な力を秘めているのが分かる。

 それも当然だ。リンクが手に持つ剣は、勇者にのみ扱うことが許される退魔の剣《マスターソード》なのだから。

 鹿はこちらを確認し、小さく吠えると、鋭い角を向けて突進してきた。角が依頼品ならば傷つけるわけにはいかない。エルゼは本来ならば正面の顔面にストレートパンチを浴びせたいところだが、今回はそういうわけにいかないので横に飛ぶ。後方にいるリンゼもあらかじめ突進の軌道からはそれておく。

 しかし、リンクはその場から動かなかった。

「なっ――あいつ正面から受ける気!? 角が傷つくわよ!?」

 エルゼはリンクに叫ぶ。しかし、今のリンクには、彼女の声は聞こえていなかった。

 正直な話、エルゼのようにあらかじめ避けてもよかった。だが、リンクは自身の力を最大限に発するために、いち早く異世界での戦闘に慣れなくてはならないと思っている。ハイラルとは空気が違う場所。故にリンクの体もまた"ずれ"が発生している。そのずれを矯正するために、リンクは窮地――いや、窮地となる可能性へと追い込むべく、静止する。

 蹄の音が反響する。その音が比例して大きくなるのを全身で聴く。そして、角がリンクの皮膚を貫こうと肉薄し、空気が、服がわずかに揺れた瞬間――リンクは横に飛んだ。

 全てがスローモーションに見える。自分だけが動いているような感覚。しかも、エルゼもリンゼも、避けたリンクの動きなど見えていないだろう。リンクは軸足から先に地につき、くの軌道を地面に描くように敵へと跳んでいく。そして、水平に剣を振った。鹿の鮮血がリンクの頬をゆっくりと舐めていく。しかしそれを介せず軌道を返す。

 その後は袈裟斬り、水平切り等といったように軌道が縦横無尽に刻まれていく。そのたびにリンクの肉体がきしみ、痛みが走る。肉体時間を加速させているということは、それだけ体の負担も大きくなる。

 リンクはぐっと握りしめ、剣を振り下ろすと、全てを解き放った。その瞬間、時は動き出す。リンクの体内時計も1倍に戻り、鹿の体が鮮血を吹きだしてびくびくと震えた後、地面に伏したのが見えた。

「ふぅ……」

 リンクは一息つくと、マスターソードをナイフ代わりに使い、鹿の角をきれいに取り出し、袋に入れる。その中に、血があまり付着していない肉を取り出してそれも中に入れている。

 その中でリンクは実感した。問題ない。うまく体は機能している。これならば、この世界を取りあえず生き抜くことはできそうだ。

 リンクはぱっと剣を一振りして地を払い、鞘にしまうとエルゼたちを見やる。彼女たちは、呆けた顔でリンクを見ていた。

「り、リンク貴方一体……? 動きが尋常じゃなかったわよ?」

「リンクさんの動きが異常に早かったです……魔法を使ったんですか?」

「魔法? 俺は使ってないし、そもそも使い方がわからない」

「つ、使ってないですって!? じゃ、じゃあ全部あなたの肉体が……?」

「ああ」

 さも平然のようにのたまうリンク。しかし、常人にはあの動きは不可能だ。リンクに対し、エルゼとリンゼは疑惑を抱いた。

「……とりあえずこれを届けに行きましょう」

「そうだねお姉ちゃん」

「それとリンク、あとで宿屋に来て。貴方の事もう少し知りたいわ」

「わかった。俺も少し聞きたいことがあるからな」

 約束を交わすとリンクは袋を持って、依頼主の下へと戻った。

 

 

 

 




倍速で動いているのにも拘らずスタミナが一ミリも減っていない英傑リンク君怖すぎます。


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#3 英傑は黄昏を見、想う

追記:一部文章を追加しました。


 

 

 この世界で初めての戦闘を終えたリンクは、例の男に角を渡し、渋々と金貨を渡された後、エルゼ達と宿屋へと向かった。名前を「銀月」というらしく、ふさわしいかどうかはわからないが、豪華でも質素でもないたたずまいをしている。扉を開けるとそこには、受付にいる若い女性が出迎えてくれた。

「いらっしゃーい。お食事ですか、それとも宿泊ですか?」

「とりあえず食事にしようかしら。3人ね」

「かしこまりました。こっちです!」

 女性はリンク達を席へと案内し、ごゆっくりと言って去っていった。女性二人と対になる形でリンクも座り、一息ついた。女性二人は水を一口含むと、リンクを見据えた。

「ねえリンク、本当にさっき魔法を使わなかったのよね?」

「使ってない。言っただろうけど俺はそもそも魔法の使い方も知らないんだ」

 よほどリンクの身体能力が常人離れしすぎたようで、二人の疑いの目は一向に変わらない。ここに来る道中にも同じ質問をされ、もはや何回目かわからなくなってきた。

「そういう二人は魔法を使うのかい?」

「ええ。リンゼは主に火と水と光の魔法を使うの。私は身体強化の魔法を使ってるわ」

「なるほど……あの時やけに強い力だったのはそういうことか」

 リンクは彼女たちとの出会いを思い出す。とっさに割って入って盾を取り出し防いだ時に感じた衝撃は並のものではなかった。あれは彼女の筋力によるものではなく、魔力によって強化されていたのか。リンクも時たま食べ物によって力を強化するときもあるが、あれほどまでの上昇量は見込めないだろう。

「まあね。といってもさすがにあんな動きはできないけど。というかブーストしたパンチをあっさり受け止められるのは初めてだったわ」

「それは盾のおかげだろうな。普通の盾だったら壊れていただろう」

「背中にしまってあるものですね。すごくかっこいいです」

「俺の故郷にある伝統的な盾でさ、昔国を救った勇者が代々使ってきたものらしい」

「そんな代物を使うなんてね……とんでもなく大物なんじゃないの?」

 実際只者じゃないのは確かではある。だがリンクはそれには何も答えなかった。

「あと少し聞きたいことがあるんだ。リンゼに」

「え、わ、私ですか?」

「ああ。君の方が魔法には詳しそうだ。単刀直入に効きたいんだけど、転移魔法みたいなものはあるか?」

「て、転移魔法ですか? ゲートというものがありますよ」

 リンクは眉をあげ、思わずほうと呟く。転移魔法があるとは。異世界に来て初日目で大きな収穫だ。

「そ、それはどうやってつかうんだ?」

「えっと、使うにはまず無属性魔法の適性がないとだめなんです」

「適性か……どうやって図ればいいんだろう」

「一応ここに魔法石があります。これに触って、魔法を唱え、発動ができれば適性を持っているということになります」

「なるほどな。ゲートと叫べばいいんだな? ……よし」

 リンクは息を深く吸って、吐く。もしこれに成功すれば、恐らくハイラルに戻ることが叶う。リンゼから魔法石を受け取って、強く握りしめる。

「……ゲート!!」

 リンクは大きく叫んだ。全ての力を振り絞り、託す。すると、手の内から微かに熱を感じた。何かと思い、リンクは魔法石を見つめる――

「あっ……!!」

 エルゼが突然声を上げ、立ち上がる。そして、恐る恐る空間に指をさし始めた。その先にあるのは、小さな、小さな穴だった。渦のような模様をした輪郭がぐるぐると周囲を回り、その内側には、青く濁った水面のようなものが小さく見えた。

「こ、これってもしかしてゲートじゃない?」

「そ、そうだよね……? リンクさん、すごいです!」

「……これが」

 リンクは穴を覗きみる。すると――夕日に照らされた大地が見えた。草木は風で激しく揺らされ、魔物たちがワイワイと集落で踊りに興じている。そして、奥には怨念で汚された、ハイラル城が在った。

「――ッ」

 リンクはぐっとこぶしを握り締める。今すぐにでも、城へと向かいたい。だが、穴はあまりに小さすぎる。赤ん坊の拳がやっと入れる程度のものであり、成人したリンクには到底不可能だ。それに、なんだろうか。全身から力が抜け始めている。

 せめてと思い、リンクは指をいれてみる。ハイラルに少しでも触れたい。無駄だとわかっていても、リンクの指は動いていく。

 が、ゲートによって一時的に穿たれた穴に指が入り込んだ途端、ビリっと鋭い痛みが指先に走った。電気を浴びせられたような、熱くて尖った痛み。思わずリンクは指を引っ込め、握りしめていた魔法石を落としてしまう。途端に穴は閉じていき、黄昏の世界は消えていく。あの世界では死者と化したリンクは、ハイラルに拒まれたのだ。

 リンクは落としてしまった魔法石を拾って、リンゼに返す。ハイラルの大地は、この世界から消滅した。

「……ありがとう。でも、これじゃあ意味はないな」

 リンクは項垂れた。待ち望んでいたものが現れ、しかしまた遠くへと離れていった。そんな気分だ。手に掴めると思ったのに、掴めなかった。

 リンゼはそんなにリンクを見て、不思議に思う。本来なら適性がある時点で喜ぶものだ。だが、残念がるどころか、悲しそうに項垂れるとは。何か、深い理由があるのだろうか。

「そんなことないですよ。適性はあります。あとはリンクさんの魔力の問題です」

 リンゼはフォローを入れるが、リンクは頬をわずかにあげるだけにとどめた。

 あれは魔力の問題だろうか。別の世界の場所への移動が、禁じられているということではないのだろうか。リンクを殺した神が元の世界への蘇生を不可能としているのだから、たかが一介の人間の使う魔法程度で可能になるわけがない。

 しかし、リンクはとてつもない脱力感を感じている。ということは、わずかながらにあるリンクの魔力を激しく消費した、ということになるのでは、ないだろうか。もしかしたら、魔力をかなりあげていければ、いずれはきっとーー

「なぁ、魔力をあげるにはどうしたらいいんだ?」

「……基本魔力というのは生まれ持った時点で固定ですが、何らかの効果などで上昇することはあります。たとえば、魔力を持った生物を摂取するとかそういった事をすれば変わると思います。ただそういう生物は基本、危険生物として認定されており、簡単にはいきません」

「一応ギルドの方にもそんな生物の討伐以来は出てるけど……ここらじゃ誰も受けないわね」

「そうか。何かもっと簡単に魔力補給ができる依頼とかはないのか?」

「そればっかりはギルドに行かないとわからないわね。それよりも、どうしてそんなに魔力にこだわるのよ?」

「お、お姉ちゃん……!」

 リンクにはきっと深い何かがあると察した妹は姉を制止する。が、リンクはいいんだというようにリンゼに頭を振る。

「……話せば長くなるが、とりあえず国に俺は帰らなくちゃいけないんだ。おれには、果たさなければならない使命があって、それをやり遂げなくてはならないんだ」

「そうなんだ……だからゲートを」

「そういうことだ」

 そういうとリンクはそっと息を吐いて、リンゼに向き直る。

「とりあえずギルドに行けばわかるんだよな?」

「はい。ギルドに行けばきっと何か依頼がありますよ」

「わかった。」

「ちょうどいいわ、私たちももういい加減にギルドに入ろうと思ってたしね。行ってみましょう」

「そうだねお姉ちゃん……もうあんな目に遭いたくないからね」

 リンゼはほっとしたような表情を浮かべている。どうやら姉のエルゼの方がずっと反対していたのだろう。

「じゃあとりあえずギルドに行きましょうか」

 

 

 

 

 

 




ブレワイのリンクは本来なら魔力は持ちませんが、退魔の剣を扱いこなせるのはただの筋肉ではなく、選ばれた存在なので多少なりとも魔力はあるはずと独自解釈をしました。ただ無論量は微弱です。さすがに時の勇者ほどじゃないです。


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#4英傑は旅立ち、一夜を明かす

もう王都まで行ってしまいます。今回は若干ですがDLC第二弾のネタバレ(?)になります。


 

 銀月を出た三人は、街の中央にあるギルドへと向かった。そこには人が多く群がっており、大体の人間が武装をしていた。

「ここがギルドか……ずいぶん大きいな」

「当然よ。ギルドはこの街で一番大きな職場だからね」

「職場か……ここで依頼を受けて、モンスターを倒しにいったりするのか」

「とりあえずいきましょう、リンクさん」

 リンゼが促してギルドへと入る。中は飲食店になっており、がやがやとざわついている。ただ、騒がしい酒屋という感じではなく、むしろハイラル中にあった馬宿のような雰囲気で落ち着けそうだ。

 ギルドで依頼を受けるにはまず、ギルドの登録を済ませなければならないとリンゼから伝えられ、まずは受付へと向かう。受付嬢が愛想よく出迎えると早速3人分会員登録を始めた。尚、名前の登録には自筆が必要だったようだが、異世界から来たリンクには字がかけない。仕方がないのでリンゼに代筆をたのみ、それでなんとか登録できた。受付嬢は手慣れた手つきで、台紙三枚を用意し、手のひらを翳して何らかの魔法をかけると三人に手渡した

「お待たせいたしました。こちらがギルドカードとなります。こちらは他人が触れると自動的に消える魔法が付与されておりますので、譲与ができない仕様となります」

「わかりました」

「ありがとうございます。それではギルドに関して説明させていただきます。ギルド会員にはそれぞれランクが設定されており、自身のランクを超える依頼は受けることができません。また、依頼達成に失敗した際は、ペナルティが発生するので、受諾する際にはご注意ください」

「わかったわ。依頼はあそこのボードから選べばいいのね?」

 エルゼが受け付け横にある大きな木製の板を指差すと、受付嬢ははいと頷く。

「あちらにて受けたい依頼を選び、こちらに持っていただければ受諾できます」

「わかりました。色々ありがとうございます」

 姉妹が礼をいうや、すぐに依頼を確認する。そして唸りながら手頃な依頼を探している。

「……なぁ。魔力が手に入りそうな魔物はいるか?」

 文字が読めないリンクは彼女たちに尋ねる。すると彼女たちは左右に頭を振る。

「ないわね。というかあるけど、上級ランクのモンスターよ。私たちじゃ受けることができないわ」

「そうか……じゃあまずはランクをあげなくてはな。何でもいいから手頃なものを選んでくれ」

「そっ。じゃあこれにしようかしら」

 そういって選んだ依頼はというと、荷物の宅配だ。報酬も銀貨10枚と、こちらの世界の価値としても悪くないそうだ。ただ、モノがとても壊れやすいのと、王都という場所にいかなければいけないそうだ。

 正直リンクとしては面倒な依頼である。魔物を討伐する方が手っ取り早くて助かるからだ。しかし、リンクは満足に文字が読めず、依頼を選定することができない。故に、彼女たちと文字が読める間だけでも行動するしかない。たとえ面倒な依頼を受諾しても、ついていく以外に選択肢はないのだ。

「……まあとりあえず馬車で5日程度はかかるでしょうね。でも銅貨2枚程度で一泊できるしほとんど利益になるから結構いい案件ね」

「でも……壊したら不味いよお姉ちゃん。賠償金金貨一枚だって……」

「なるほど……それならいい案がある。こいつにしまえばいい」

 そういうとリンクはシーカーストーンを取り出した。シーカーストーンが発光するや否や、リンクが背負う盾が一瞬にして、青い光の筋へと変化し、吸い込まれていった。

「うそっ!?」

「便利ですね! これなら依頼の品も壊さずに運べます!」

 リンクの持つシーカーストーンの機能のひとつに収納がある。剣や弓、服、食べ物、薬、素材など、リンクの持つありとあらゆるものを粒子に変えて収納し、一切変わらない状態で保存ができるという優れものであり、望んだときに一瞬で収納物を取り出すことができる。しかもシーカーストーンはよほどのことがあってもなくても、絶対に壊れない。これ以上に最強のポケットアイテムは、存在しないだろう。

「ああ、これなら賠償金の心配はまずない。それはいいんだが……馬車で行くのか?」

「ええ、そのつもりだけど?」

「馬車だと時間がかかりすぎる。普通に馬を借りて乗って行ってもいいだろう?」

「確かにそれもありね。あんたが馬乗れないかと勝手に思ってたわ」

「馬の扱いにはなれているよ。じゃあ依頼を受けにいこう」

 リンゼが依頼の用紙を引きちぎり、受付嬢に提出すると、礼の荷物がカウンターに出された。それをリンクがシーカーストーンで収納しーー受付嬢は度肝を抜いたような目で見てきたがーーギルドを後にした。

 その後リンク達は馬宿へと訪れた。ここで馬を借りることができ、数々の冒険者たちが遠出のために馬を連れて行っている。取りあえず3頭借りようと思い、店主のおじさんに声をかけた。だが――

「……馬が二匹しかいないの?」

「ああ……さっき行った冒険者たちが5頭借りたんでな、それで足りなくなっちまったんだよ……悪いな、人数分用意できなくて。馬車なら用意できるんだが……」

 申し訳なさそうに謝る店主の言葉に何も言えず姉妹は見つめ合う。

「取りあえず、馬車を使うしかないわよね」

「そうだね……リンクさん、馬車でも大丈夫ですか?」

 リンゼは、リンクに対しそう提案する。

 だがリンクはリンゼにではなく、店主の方を向き、口を開いた。

「その馬は、どれくらい速いんだ?」

「へ?」

 リンク以外の三人が目を丸くする。頭数の話をしているのに、なぜ馬の速さを聞くのだろうか。だが、接客業たるもの、客の質問には答えなければならない。困惑をどうにか隠しつつ、店主は答える。

「え、ええとまあそこらの馬よりかは速いとは思う。さすがに一番じゃないけど……」

「そうか……まあ、こればっかりは試してみないとわからないか。店主さん、その二頭借りていいかな。馬車はいらない」

「えっ!?」

 またもや三人は目を丸くした。

「ど、どういうこと!?」

「ば、馬車もいらないって! まさか二人乗りでもする気か!? 悪いけどウチの馬は二人乗りは厳しいぞ?」

「いや、ちゃんと俺にも移動手段はあるよ」

 そういうとリンクは腰から再び、シーカーストーンを取り出した。エルゼとリンゼははっと息を呑み、またリンクが何かやるといったような視線を送る。リンクの指が動き、操作が終了した途端、突如リンクの目の前で、青い光が降り始めた。それは糸のように揺らめきながら、何かの形を作っていく。やがてそれは厚みを増していき、神々しく光ると同時に、青白い眉がはじけ飛んだ。

「こ、これは……!?」

 リンゼが口を抑えながら見つめたものは、乗り物だった。しかし馬よりずっと小さく、小柄である。何とも形容しがたい、独特な模様をしていて、リンゼやエルゼにはこれが何なのか想像もつかなかった。大きな輪が前後に付着しており、前方には長い取っ手があり、左右に伸びている。中央は腰を掛けるためであろうか僅かにくぼんでいる。きっと馬のように跨ったりするものなのだろう。

「リンク……これはなに?」

「これは、《マスターバイク零式》。俺の国で古くから伝わる技術で作られた乗り物だ。エネルギーが必要になるし長い距離だから、あまり使いたくはなかったけどな」

「……なんだかよくわからねぇけど、兄ちゃんはそれに乗っていくんだな?」

「ああ。だから彼女たちの馬の分だけ頼む」

 そういうと店主は解ったと応じ、二頭の馬を連れてきた。エルゼとリンゼはやや困惑しながらもお金を支払って、馬にまたがり、馬宿を出た。リンクもまたマスターバイクに跨り、エンジンを吹かしていく。地面を鈍く揺らすような轟音に二人は驚き、馬はひひーんと高く鳴いた。

「ちょ、すっごくうるさくて馬がびびりまくってるわよ!」

「それはわるかったな……だがこればっかりはどうにもできないんだ」

「……とりあえず行こう、お姉ちゃん、リンクさん」

 リンゼは優しく鞭を叩きつけ、馬に前を向かせ地を思い切り蹴らせた。エルゼもそれに倣って駆け、リンクはアクセルを踏んだ。

 馬と奇妙な乗り物が去り、馬宿は静かになった。店主はしばらく彼らの後姿を眺めた後、なにも見なかったかのように中へと戻り、タバコを吸い始めた。

 

 

 一行が、最初の町を出て数時間が過ぎた。日はすっかり落ちていき、月が少しだけ覗かせている。馬と、マスターバイクは休むことなく動き続け、だんだんと暗くなる道を駆け続ける。

 だが、エルゼの一言で歩みは止まった。

「ねぇ、今晩はもう遅いし、馬も疲れているから休憩しましょう?」

 リンクはブレーキを踏んで停止させる。リンゼもそれに倣い馬を静止させる。

「賛成だ。今晩は野宿にしよう」

 そういうとリンクはマスターバイクを光の粒子に変えて、シーカーストーンにしまった。二人も馬を近くの木にくくりつけ、休ませる。その間にもリンクはシーカーストーンから火打石と薪を出現させ、すぐに焚火を作った。

「本当に何でもありね、それ」

 焚火の周りに腰かけたエルゼが若干呆れ気味に言う。

「リンクさんのその……シーカーストーンでしたっけ、本当にすごいですね」

「ああ、こいつはなかなかの優れモノだと思うよ。二人とも何か食べるか? 一応肉と魚はあるけど」

 リンクはシーカーストーンから、ハイラルバスとトリ肉を取り出した。

「じゃあ私は肉にしようかしら」

「私は魚でお願いします」

「分かった」

 リンクは焚火の中にハイラルバスとトリ肉、そしてケモノ肉を放り込む。

「あんた、野宿にはなれてるわね」

「ああ。それなりに冒険してきたからな」

 リンクは一瞬、彼女たちから視線を離し、夜空に浮かぶ星を眺めた。異世界の空を見るのは、未だ慣れないというか、新鮮味がある。そしてその度に、ハイラルの大地が脳から離れてくれなくなる。

「ねぇ、リンク。あんたそのシーカーストーン、どこで手に入れたの?」

「どこと言われてもな……遠い遠い俺の国さ。しかもこれは世界で一つしかないらしい」

 あながち間違いではない。シーカーストーンは古代シーカー族が作り出した英知のたまものであり、退魔の剣に選ばれた勇者が持つべきとされている。

「そっかー、アタシもそれほしかったなー」

「悪いな。ほら、そろそろ焼けたぞ」

 そういうとリンクは焼け切ったハイラルバスとトリ肉、ケモノ肉を取り出した。そして二人に分け与えて、ただきますと合掌して頬張った。

「うん、美味しいわね! 野宿で食べるものにしてはいい感じよ!」

「美味しいです!」

「そっか、それはよかった」

 そういいながらリンクも一気に焼きケモノ肉を口に頬張ってあっという間に胃に落とし込んでしまった。その間一分もない。二人は一瞬リンクの動きに手を止めたが、見なかったことにしようとしたのか、そのまま触れずにもぐもぐと食事を続けた。

 二人の食事が終わると、またもやリンクの身の上話になった。リンクの素性に関してはあまり話さなかったが、好きなもの、戦い方などといった身近な話は大きく盛り上がった。特上ロース岩を食べた時の話をした時はさすがにドン引きされてしまったが。

 段々と皆が眠くなり、そろそろ寝ることになった。エルゼとリンゼたちはすぐに地面に横になり、リンクも彼女たちから少し離れたところで座り、夜空を眺める。

(そういえば、異世界に来て初めての夜なのか)

 そう考えると、こうして異世界の人間と行動し、この世界になじめるようになったことはある意味すごいかもしれない。

 だが、そんな自分に焦燥感も覚えている。こうしている間にも、ゼルダは限界を迎えかけているかもしれない。そう思うだけで、じっとしていられなくなる。

「……ゼルダ姫。必ずお救いします。もう少しだけ、辛抱を」

 美しい碧眼を揺らしながら小さく、しかし確かに呟いた。そしてそのまま瞳を閉じ、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よく考えたらマスターバイクってpvに出ていたしネタバレでもないか。


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#5 英傑は侍と出会い、再度穴を穿つ

いつのまにかランキング入りしてました。こんな作品ですがありがとうございます。


 夜が明け、朝日が登り始めた頃に三人は起きた。その後各自出発の支度を終え、さっさと野宿した地を後にする。

 馬二頭にマスターバイクで一行は、適度に休憩や食材の収集も取りつつ王都までの道を進んでいく。途中、王都と最初の町リフレットとの間にある、アマネスクという町に到着すると、エルゼは今晩はここで宿をとろうと提案した。二人の賛同を得た後、馬二頭を馬宿に、バイクをシーカーストーンに仕舞い、宿を探すべく歩いていく。

 だが、リンクは町の様子に違和感を感じた。すれ違う人々の目線が、すべて同じ方向を向いている。

 エルゼやリンゼもそれに気づいたようで、不審に思った様子で話しかけてくる。

「何が起こってるのかしら?」

「ちょっと見てみる」

 リンクはシーカーストーンを取り出して、望遠鏡機能を起動する。すると、町の中央で、大勢の人が何かを取り囲むような構図が見えた。最初の町でも、似たような光景があった。リンクは意味ありげな目線で二人を見てすぐに逸らし、行こうと促す。だんだんと野次馬の姿が肉眼でもはっきりと見えてきて、リンクたちは人の合間を覗き込む。すると、何人かの男たちが、一人の、腰に剣を指した少女を取り囲んでいるのが見えた。

「あの子……変わった格好してますね」

「……ああ。俺も見たことがない。剣の差し方はともかくな」

 上はピンク色の服ではあるが、リンクやエルゼ、リンゼたちの着ているそれとは性質が違う。胸の辺りで、服同士が交差しており、服の右半分が左半分の下に覆い隠されている。下は丈が長い青色であり、ギザギザした折り目が何重にもついている。履き物は靴やブーツではなく、藁で編んだものであり、全く見たことのない類いの服装である。髪型は、後ろに長い髪を一束で纏めており、リボンで結んでいる。

 もっともリンクの目を引いたのは、長刀を腰に差してあるということだ。この差し方は、かつてリンクがハイラルで戦った、イーガ団の剣士がしていたものとそっくりだった。思い切り溜めた必殺の居合いの一撃はリンクを苦しめ、リンクが使いこなす剣術とはまた違った戦いを見せた。少女もまた、あのように戦うのだろうか。きっと、このままいけば戦いになる。前例もあるし確信してよいだろう。リンクはじっと彼女へと視線をフォーカスさせた。

 そんなリンクをよそに、事態は緊迫し始めていく。取り囲んでいる男が一歩詰めより、低い声で脅すように言葉を発する。

「昼間は世話になったな、姉ちゃん。お礼に来てやったぜ」

「……はて? 拙者、世話などした覚えはないのでござるが」

「すっとぼけやがって……! 俺らの仲間をぶちのめしときながら、無事で帰れると思うなよ?」

「……ああ、昼間警備兵に突き出した奴らの仲間でござるか。あれはお主たちが悪い。昼間っから酒に酔い、乱暴狼藉を働くからでござる」

 ねちねちと因縁付ける男たちに少女は毅然と言い返す。厄介な奴等に絡まれたものだ。

「やかましい!! やっちまえっ!」

 いらついた男は仲間に叫ぶとそれ一斉にと少女に襲いかかった。

 だが少女は直線に突っ込む男たちを簡単にかわし、かわせないと判断した場合は相手の突進を利用して軽々と投げ飛ばしていく。

(体術か。彼女は剣をあまり多用しないようだ)

 相手の力を利用しねじ伏せていく戦い方を、リンクはしない。周りにある爆弾タルや鉄のブロックを使って奇襲することはあるが、相手の攻撃を物理的に利用して戦うことはなかった。故に、少女の戦い方はリンクにとっては新鮮だった。相手の力を利用しているだけなので体力も減らないし、無駄なく処理できる。まだまだ未知の領域が存在していたようだ。

 だが、少女は突如不意によろめき始める。この混戦の中隙を見せるのは命取り。好機と見たのか、彼女の背を切り裂こうとする輩が現れた。粗のある剣だが、貧弱そうな服装で防げるものではない。

 リンクはとっさにシーカーストーンを取り出し、男めがけて光を放った。男は一瞬目を開いてその光を覗き込む。するとーー男の体が金色の光に覆われていき、剣を握ったまま、静止した。シーカーストーンの機能の一つ《ビタロック》を発動したのである。

 ビタロックは物体の"時"を一定時間だけ停止させることができる。つまり相手の動きを止めることができるのだ。廻りがにわかにざわつくなか、リンクは少女に叫んだ。

「後ろだッ!」

「えっ……あっ!」

 少女が振り向くとそこには怒りの表情をしながらも静止している男がいる。男の体を纏う金色の光は点滅を始め、少女は困惑した。

「そいつを斬ってみろ、奴等の群れに向かってな」

 リンクは少女に伝える。

「ど、どういうことでござるか?」

「いいからやってみろ。いいことが起きる」

 少女は相も変わらず困惑するが、わかったというように、腰から剣を払う。剣の形は、曲がっており、片方のみ刃がある。イーガ団の奴等が使っていた代物にそっくりだ。

 少女は、さすがに殺害はためらったようでそのまま刃の無い方で叩いていく。すると、男の体から矢印が現れていく。少女が叩いていく度に、大きく、長く伸びていった。

 そうしているうちにも光の点滅は激しくなり、目がチカチカするほどまでになった瞬間、男の体から光は解き放たれた。と同時にーー

「うわあっっ!!」

「なんとっ!?」

 男の体が勢いよくその地から離れていき、吹っ飛んでいった。砲弾のごとく放たれた男は、群がって襲いかかろうとする仲間たちに思い切り衝突した。

 ビタロックにはもうひとつ効果がある。停止した物体に何らかの衝撃を与えると、その方向に物体が吹っ飛んでいくというものだ。攻撃を受けている本人からすれば、いつのまにか飛ばされているという状態になるので大きく困惑すると同時に勝負が決している。成人男性一人が与えたダメージは尋常なものではなく、彼女を取り囲んでいたもの全員が、そのまま起き上がることはなかった。

 

 

 野次馬達が散り、伸びているゴロツキたちを衛兵が回収すると、少女はリンク達の元へと駆け寄り、頭を下げた。

「先程はかたじけなかった。助けていただいたこと、お礼を申し上げまする」

「怪我とかは大丈夫か?」

「拙者はそこまでひ弱ではござらぬが、心配してくださり、感謝いたす。拙者、九重八重と申す。ヤエが名前でココノエが家名でござる」

 自己紹介を終えると彼女はペコリと頭を下げる。

「俺はリンク。特に家名とかはない。それと、こっちにいるのがエルゼとリンゼだ」

「エルゼよ。さっきはごめんね、助けられなくて」

「お気になさらずとも大丈夫でござる。拙者が油断してたのが悪いのでござる」

「リンゼです。ヤエさんはどうして立ち眩んでしまったのですか?」

 リンゼが問うと、八重は途端に顔を赤くし、もじもじし始める。そしてボソボソと呟いた。

「せ、拙者恥ずかしながらここに来るまでに路銀を落としてしまい……」

 そういっている間に、彼女のお腹から情けない音が聞こえ、ますます紅潮していく。

「そういうことなら……ほら」

 リンクはシーカーストーンを取り出し、ハイラルで作っておいたキノコおにぎりを出現させた。そして八重に渡し、食べるように促す。だが彼女は、空腹にも関わらず、他人からの施しを受けるわけにはと拒んでくる。

「……だったらこうしよう。俺は君の体術を学びたい。それの授業料として君にこのおにぎりを与える。それでいいか?」

 あくまでこれは取引だということを匂わせるや、彼女はすぐにガードを解き、かたじけないと言いつつおにぎりを頬張った。

 リンク並みのスピードで胃に落とし込むや、彼女は至福の表情を浮かべた。

「はぁ、なかなかに美味でござった。拙者の故郷を思い出させる味でござる」

「故郷はどこなの?」

「東にあるイーシェンでござる」

「イーシェンですか……道理で変わった格好をしているわけですね」

 なるほど、こちらの世界では、キノコおにぎりが郷土料理となっている場所もあるわけか。ハイラル米とキノコを使うだけの簡単なものだが、喜んでもらえて何よりだ。

「それでヤエ。君はこれからどうするんだ?」

「拙者は王都に向かうでござるよ。昔父上が世話になった人間に会いに行くのでござる」

「奇遇ね。私たちも仕事で王都に向かう途中なの。そうだ、よかったら一緒にいかない? 馬車を借りれば4人で移動できるし、どう?」

「拙者としては願ってもない話でござるが、拙者などと一緒でよろしいのか?」

「構わないよ。さっきもいったけど、色々教えてほしいからな」

 馬車での移動になってしまうのは少々痛いが、一文無しの人間を無下にするわけにはいかない。それに、彼女の体術は習得の価値があるだろう。

「ではありがたくお供させていただこう。しばらくの間宜しくでござる」

 八重が仲間に加わったところでリンクたちは宿を探しに出掛けた。八重はお金を持っていないのでこちらでお金を出すといったのだが、先程と同じように頑なに断りだすので、また再びリンクが、この街の情報がほしいというとすんなりと受け入れてくれた。少女は取引に弱いようだ。

 

 

 

 男女ごとに部屋を分け、女子部屋でわいわいと騒いでいるなかリンクはそうそうに宿を抜け出し、街を歩いていた。先程八重に聞いた、この街の情報を思い出していたからである。特に気になったのは、この発言である。

「この街の防具屋は、王都ほどではござらぬが種類は豊富でござるよ。筋力をあげるものや魔力をあげるもの、その他もろもろ一杯あるでござる」

 魔力をあげるものがあるというのならいかない理由がない。それを購入さえすれば、あのゲートの穴を広げることだって不可能じゃない。

 防具屋が見え、リンクは中に入るといらっしゃいと声をかけられる。

「魔力をあげる防具はありますか?」

「ん? あああるよ。この鎧を着れば適性を持った属性の魔力をあげることが可能なんだ。多少重くて動きは制限されるが、買うかい?」

「ええ、だが交換という形にはできないですか?」

 リンクがそういうのには訳があった。リンクは実は八重と同じ一文無しなのだ。故に、普通に買い物はできない状態だ。

 店主はやや困った顔をしながら頭をかく。

「交換ってもなあ、宝石くらいじゃないと応じることはできんな」

「それなら……これでどうです?」

 そういうとリンクはシーカーストーンから、とある宝石を取り出した。透明に輝き、美しい光を放つ最高級の宝石、ダイヤモンドである。以前ハイラルの地で巨大な岩の魔物《イワロック》を倒した際に出てきたものである。

 店主はそれを見た瞬間、なんだこりゃと仰天する。

「そ、そいつはなかなか見られない代物だ! これを使えば良質な防具が作れるぞ! よっしゃ、それと交換でいいぜ!」

 交渉成立だ。リンクは防具を受け取ってシーカーストーンに仕舞い、店を後にした。

 その後リンクは早速それに着替え、草原に出る。多少重いが気になるレベルではない。十分に近接戦闘も可能なレベルだ。リンクはぐっと意識を集中させ、手をかざし、魔法を詠唱する。

「ゲート……!」

 救うべき大地、ハイラルを思い浮かべ、魔力を送り込む。今回は魔法石は無いが、二回目ということと鎧のお陰で比較的スムーズに魔法は形成されていく。

 魔力が熱を持ち始め、それが放出される感覚を味わった瞬間、空間に再び、針先程度の大きさの穴が穿たれた。成功した。そう思いリンクはさらに魔力を込めていく。すると、わずかにだが、穴が広がり始めていく。身体中の熱がリンクの体を駆け巡り、不快感を覚えるが関係ない。これで帰れるのなら……!

 リンクの努力もかいあってか、穴はなんとリンクの顔の大きさ程度までに広がった。前回よりも大きくなっている。このままいけば体ごと入り込めるようになるだろう。禍々しい空気に顔をしかめるが、もはやこれまでだ。

 リンクはへばった体に鞭をうち、指だけいれてみる。今回はきっと問題なく通過できるはずだ。神に祈るような気持ちで震えながら入れていく。

 だが、またしてもハイラルは彼を激しい痛みで拒んだ。腕全体が焼けるようなすさまじい熱をもってリンクを突き飛ばした。

「……くそっ!」

 リンクが地面を叩き、ゲートは消滅していく。これまで以上に激しく拒絶され、リンクはしばらくその場から動かなかった。

 確かに穴は大きくなっていた。だが、肝心の入り込む行為ができない。これに関しては、どうすればいいのだろうか。目の前が絶望で真っ暗になっていく。もはやどうしようもないのか。

 ……いや、何かきっとあるはずだ。リンクは立ち上がり、この問題を考えるべく、ふらつく体に鞭うって宿に戻っていった。

 

 




さて、冒険はまだまだ続きますが、正直イセスマ自体ものすごく長いので全部は追いません(そもそも展開や状況が違いすぎて無理)。


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異界の魔物、現る。
#6 英傑は混乱し、屠る


この小説は知っての通りかもしれませんが、独自設定、多少の設定改変が多いです。出来るだけ改変はしないように努めていますが、難しい場合は、原作に支障がきたさない程度に改編します。


 宿に着いた途端リンクはすぐにベッドで瞳を閉じ、気づけば朝になっていた。支度を整えた後、エルゼとリンゼが馬車を借りるあいだにリンクと八重で、取引条件である体術訓練を行った。元から身体能力とセンスを高い能力で持ち合わせているだけあって、習得自体はとても早く、イーシェンで言うところの、巴投げ、四方投げを覚えた。リンクは剣を持っていない場合の戦闘にはからきしダメでありとても助かった。

 馬車を連れて戻ってきた姉妹を見て鍛錬を終え、4人で乗り込んで王都へと出発した。

「ヤエも馬使えたのね! もっと早く言ってくれればいいのに」

「まさか皆乗馬できるとは思わなかったもので……これならば馬車でなくともよかったでござるな」

「まあいいわよ別に。旅はゆっくり行くものでしょう?」

 リンクは内心自分に言っているような気がして少しムッとしたが、言葉には出さない。

「そういえばリンク殿、貴殿は剣達者であると昨晩エルゼ殿やリンゼ殿から伺った。それは真でござるか?」

「えっ? ああ、まあそれなりにだけどな。一応俺の国での姫の護衛役を任されていた」

「へぇ、あんた結構すごいのね」

「リンク殿、今度手合わせよろしいか?」

 八重の期待するような表情を見て、リンクも彼女の強さに興味が沸いてきた。剣を使わずに敵を軽くいなす術の使い手である。強くないはずがない。構わないと返事をしようとリンクは口を開く――

「――ん?」

 リンクはぴくりと眉を動かし、じっと馬車の荷台の外を睨む。すると、人影がこちらに迫っているのが見えた。馬を動かしているエルゼと八重もそれに気づいたようで、先ほどの会話が止まる。

「あれ何かしら、こっちに来るようだけど」

「物盗りでござるか?」

「……いえ、それにしては疲弊しているように見えます。足取りもやや危ないです」

 リンクはシーカーストーンを取り出し、望遠機能を使う。すると、走る男の姿が大きく映し出された。全身にあちこち打撲傷を受けており、息絶え絶えになりながらも走っている。恐らく、魔物に襲われて逃げてきたのだろう。

「エルゼ、あの人のところまで馬車を」

「わかったわ」

 馬に勢い良く鞭を打ち、男の元まで駆け寄る。そしてリンゼがすぐに荷台から飛び降り、男に回復を施した。

「喋れるか。なにがあった?」

「……ありがとう。俺はお嬢様に、近くの町まで言って応援を呼んで来いと伝えられた。だが、奴らに追われてぼこぼこにされた……」

「奴等ってのは、どこにいるの?」

「あ、あそこの森の中だ……そこで馬車が襲われている……頼む、戦えるのならお嬢様たちを救ってほしい……! 私も一緒に向かおう」

「畏まったでござる。リンク殿、その方を馬車に乗せてもらえぬか」

「わかった。いくぞっ!」

 リンクは手綱を握りしめ、馬を思い切り鞭で叩きつけ、急発進した。男の先ほどの状態を見る限り、状況は急を要するものようだ。

 林道を駆け抜け、深い森に入っていくと、どうやら金属音がぶつかる音が響いてくる。リンク達は近くに馬車を止め、そのまま一斉に駆け出す。近づいていくと、やはり戦闘が行われていたのが確認できた。しかし、それは戦闘と呼ぶにはあまりに対等ではない構図だった。馬車を守るように武器を構える三人の衛兵と相対するのは、その数倍の数はいる魔物だった。その魔物は手負いの敵を嘲笑うように、キシャシャと嗤った。

「――!?」

 その笑い声を聴いた瞬間、リンクは思わず立ち止まり、その場に硬直する。あと少しというところで立ち止まったリンクに、一同は困惑する。

「どうしたの!?」

 エルゼはリンクに声をあげる。しかしリンクには、それは聞こえていなかった。目の前の光景が到底信じられるものではなかったからだ。

(何故だ……いったいどういうことだ?)

 衛兵たちが剣を向けているのは、小さな鬼のような魔物の群れだった。肌の色は焦げ茶だったり白銀だったり色々だ。右手に棍棒やら弓やら剣やらを握りしめ、ゲラゲラ笑いながらじりじりと距離を詰めている。衛兵達は相当消耗しており、あまり猶予がないようだ。

「……何でござるかあの魔物は? 見たことがないでござる」

「ですね……ゴブリンに似ていますが、それにしても小柄すぎます。しかも多種多様です」

 リンゼが不思議そうに魔物を見つめ、八重は若干興味ありげに眺める。だが、リンクだけは険しい表情を浮かべ、ぼそりと呟いた。

「ーーボコブリンだ。群れで襲いかかる、厄介な奴等だよ。だがなんだってこんなところに……」

 リンクは掠れた声で言い、ぐっと拳を握りしめる。

 ボコブリンは、ハイラルの世界で生まれた魔物であり、厄災ガノンの復活と共に各地で見られるようになった。奴等は群れで暮らしており、人間を見たらすぐに襲いかかってくる、野蛮な種族だ。リンクは何度も奴等と戦っており、基本は負けることはない。

 だが、彼らはハイラルの世界の生き物であるにも拘らず、何故この異世界に存在できるのか? 一体リンクの知らないところで、何が起こっているのかーー

「とにかく行くわよ! 早く助けないと!」

 エルゼの怒鳴るような声でリンクは我に返る。そして3人が駆けだしていくのに続いてリンクも駆けた。心中は、混乱極まりない。

「でやあっっっ!!」

 先陣を切ったエルゼが、今にも斬りかかりそうなボコブリンの背目がけて思い切り拳を叩きつけた。もろに喰らったボコブリンは木に叩きつけられ、そのまま動かなかくなった。

「なっ!?」

 先ほどまで苦しそうにしていた衛兵たちは驚きつつも、希望が見えたようで顔を輝かせる。

「はぁっ! せいっ!」

 エルゼの影から現れるように八重はさっと長刀を払い、抜きざまにボコブリンを一閃する。ボコブリンは思わぬ奇襲に弱く、対処もできずに為す術もなく斬り伏せられた。

「炎よ来たれ、渦巻く螺旋よ、ファイアストーム!」

 やや後方から、リンゼによる魔法攻撃が放たれる。魔法陣から発せられる魔力が炎へと変わり、渦となってたちまちボコブリンたちを巻き込んでいく。火だるまにされたボコブリンは悲鳴をあげながら暴れ出し、そして塵となって消えた。

 リンクもまた、剣を抜きボコブリンたちを屠っていく。奇声をあげながら飛び込んでくる奴の腹をかっ裂き、勢いを殺さずに背後にいる仲間に当てる。やられ方までもがあの世界とそっくりであり、ますます困惑していく。

 その後もリンク含め4人の戦士たちが次々にボコブリンを葬った。だが――

「いっこうに数が減らないわね……」

「キリがないでござるよ……」

 ボコブリンを倒しても、倒してもその数は減ることがない。

「もしかしたら仲間をすぐに繁殖するタイプかもしれません」

「――それはない。奴らは確かに大勢で襲い掛かるが、その場で仲間を増やしたりはしない」

「じゃあなんで増えてる……あれは!」

 エルゼが視線を向けた先には、黒いローブの男がいた。ボコブリンに守られるような形で立つ男は、口元を動かして何かぶつぶつ言っているようだ。瞬間、男の足元に黒い魔法陣が現れ、そこからボコブリンがふっと湧き出てきた。

「……あのものが召喚をしているようでござる。あの男を止めるでござるよ!」

 八重の言葉を合図にリンクとエルゼはローブの男へと迫る。しかし、また別のボコブリンが道をふさいだ。

「くっそ~あいつらさえいなくなれば……!!」

「――リンゼ、5秒でいい。奴等を足止めしてくれ。その後は急いで俺から離れるんだ」

 不意にリンクがそういった。3人は闘いながらも一斉にこちらを振り向く。

「時間を稼ぐって、何か策があるのでござるか?」

「ああ。これならこの状況を打開できる。リンゼと八重はあの馬車と兵士を連れて、いったん撤退し俺から十分に距離をとってくれ。そして俺が合図したら一気に飛び込んでくれ」

 いったいどういった作戦なのか、3人には見当がつかなかった。だが、このままやみくもに戦っていても勝機は見えない。リンクに賭ける価値はないとは言い切れない。

「わかりました。では……炎よ来たれ、渦巻く螺旋よ、ファイアストーム!」

 リンゼの両手から全てを食い殺さんとばかりの炎が放たれる。これにより何体かのボコブリンたちが焼却され、消え去ったがまた次々にわいてくる。リンゼは苦虫をつぶしたような顔をするが、引き続き魔法を詠唱する。

 その間にリンクは剣を握る右手を腰へと引く。そして、右手の筋肉を震わせ、静かに瞳を閉じる。

 暗闇の中、一つの幻影が浮かび上がる。強く、逞しく、そして誰よりも優しい褐色の女戦士は、にっと強気な笑みを浮かべ、リンクにウィンクをする。

「っ……!」

 リンクは腰を落とし、剣に力を込める。すると剣は、緑色の光に覆われ始めていく。光はだんだんと膨張し始め、バチバチと花火のように電気が跳ね散っている。

 ――いいよ、やっちまいなよ! 勇者様!

 そう、暗闇の中聞こえた気がした。

(――ああ、分かったよ。ウルボザ)

 リンクはすうっとわずかに息を吸う。筋肉の震えが止まり、抑え込む力は動きを止める。そして、一気にリンクは剣を振った。それに合わせて、幻影の女がパチンと乾いた音を鳴らす。

 瞬間、幾つもの轟雷がリンクの周りに降り注いだ。地面が揺れ、雷槍が突き刺さるたびに爆音と突風が森の中を荒らしていく。リンクの周囲にいたボコブリンたちは全て例外なく焼き殺され、そのまま消滅していった。

 静寂が訪れ、リンクは瞳を開く。そこには、雷によって焼き尽くされた地面と、ボコブリンの焼死体、そして慌てふためく黒いローブの男が映っていた。リンクはエルゼ達に手で襲撃合図を送ると、二人はばっと駆けだし、男を捉えた。ただ、男を捉えた後、二人はすかさずリンクを驚きの目で見つめていた。

 

 

 

 男を、焼かれていない木に縛り付け、避難させておいた馬車を戻すと、衛兵たちがリンク達に礼を述べた。

「助けに来ていただいてありがとうございます。あのままでは、どうなっていたことか……」

「いえ、当然のことをしたまでです。俺たちに知らせてくれた彼のおかげでもあります」

「そう考えるとお嬢様は英断をなされたようだ。何はともあれ本当に感謝する」

 衛兵たちは頭を下げ、リンクもまたその場を立ち去ろうと背を向けようとした。しかし――

「誰か―、誰かおらぬかぁ! 爺が……爺が!」

 突如、襲われていた者たちの馬車の中から声が聞こえた。駆けつけて馬車の中に入ると、そこには涙を流しながら叫ぶ少女と、馬車の腰掛で横になっている、老いた男がいた。老いた男の胸は血で汚れており、苦しそうに呻く。

「誰か爺を助けてやってくれ! 胸に……胸に矢が刺さって!」

 なるほど、ボコブリンが持っていた弓か。あれが不幸にも刺さってしまったようだ。

「リンゼ、回復魔法は使えるか?」

 このメンバーで魔法に長けているのはリンゼしかいない。しかしリンゼは首を振った。

「だめです。使えないことはないんですが、矢が深く刺さっており、体内に残ってしまいます。それに私の魔法ではとても……」

 申し訳なさそうに呟いたリンゼの言葉で少女の表情は絶望に染まる。涙があふれ出し、老人の手を握りしめる。

「お嬢様……お、お別れでございます……」

「爺っ……だめじゃ、死んではだめじゃ!」

「お嬢様と……過ごした日々は、私めにとって、な、なによりも、大切な――ゴフッ!」

「爺ッ!!」

 何か方法はないのか。リンクは必死に頭を巡らせる。金属製のものを引き寄せるマグネキャッチはどうだろうか。……だめだ、ボコブリンの使う矢は金属製ではなく、木製だ。

 何かないのか。矢を取り除き、回復させる方法は――

「お、おじょう……――」

「爺ッ! 爺ッ!! ……あ、ああ……う、うわあああああああああ!!!!」

 老人は、少女を見つめた後、瞳を閉じ、ガクッと体の力を抜く。生命が途絶えた瞬間だった。それを意識した少女は、嗚咽を漏らし、森中に響き渡るほどの泣き声をあげた。

「あああーー爺……! 爺ッ……!!」

 周りのものはみな黙り、リンゼは瞳にうっすらと涙をためている。

「気の毒に、ござるな……」

「ええ……」

 二人も重々しい口調で口を開き、それ以降は黙り込んだ。

 だが、そんな中リンクは、はっきりと響き渡る声で言い放つ。

「少しどいてくれないか」

「……え?」

 少女は、くしゃくしゃになった顔を上げてリンクを見る。そして言われるがままにリンクの場所を譲る。リンクは老人の横にしゃがみ込み、じっと傷口を見る。

「少し狭いな、仕方ない」

 そういうや、リンクはシーカーストーンを取り出し、七宝のナイフを手に取る。ゲルドのあたりに存在する神獣ヴァ・ナボリスの中から手に入れた、ゲルド族に伝わる名刀である。

「リンゼ。その子の目を隠してくれないか。これからやることは余り見せたくない」

「えっ……?」

 どういうことだろうかと思いながらもリンゼは少女の背後に立つ。リンクはそれを確認するや、一気に老人の死体へとナイフを突き立てた。

「――!!」

 場が戦慄し、皆リンクを凝視する。少女は特に恐怖し、リンゼは即彼女の視界を隠す。だが、少女は見てしまった。大切な爺を傷つけているリンクを。

「な、何をしているんじゃ! やめろっ! 爺をこれ以上……これ以上傷つけるなぁ!!」

「リンゼ、抑えてろ。これは爺さんを救うためにやっていることだ」

「で、でも!」

 リンゼは抑えようとするも、リンクの残酷な行動の意味を理解できていない。故に抑える力は弱かった。

「離せっ! 爺を傷つけるな! やめろっ、やめろっ!!」

 少女の抗議の声などよそにリンクはナイフを離さない。皮膚を裂く音が聞こえ、さらに少女は怒り狂う。

「お前は悪魔じゃ! 厄災じゃ! 怪物よりも邪悪じゃ!」

 そういわれようとリンクは何も言わない。いよいよ少女の怒りは頂点に達していき、ギリッと歯を軋り、力を込めていく。

「――わあっっ!!」

「ああっ!?」

 ついに少女が思い切って腕を振り、リンゼの拘束から逃れた。目の前には、爺を傷つける青年がいた。怒りでいっぱいな彼女は、馬車の近くで転がっている、ボコブリンが握っていたボコこん棒を握りしめ、リンクへと振りかざした。

 だが――

「……おや、ここは……?」

「……え?」

 老人がゆっくりと、座席から起き上がったのを見た少女は動きを止める。そして少女は青年の左手に何かが握られているのに気づいた。それは、血に濡れた矢の先端部分だった。

「ま、まさかお前は……爺の胸に刺さった矢をとってくれたのか?」

「それだけじゃない。お爺さんを癒したんだ。正確にはお爺さんはまだギリギリだが力尽きていなかった。だから、治癒が間に合った」

 リンクから聞いたとき、全てを理解した少女は、申し訳なさそうにリンクの方へと項垂れる。そんな彼女を、爺が立ち上がって抱き留めた。

「私はどうにか生き返ったようです。お嬢様、この青年に私は感謝の思い出いっぱいでございます」

「う、ううっ……爺……爺!」

 少女は爺の胸に抱き着いて、思い切り涙を流した。その様子を眺めながらリンクはナイフを仕舞うと、瞳を閉じる。何かに呼ばれた、気がしたからだ。そこには、滑らかな肌をした、ゾーラ族の少女がほほ笑んでいた。

 ――リンク、良かったね。あなたのおかげで命はすくわれた。

 ――……それは君の力だ、ミファー。ありがとう。

 ――私の力、またいつでも使って。リンク……またね。

 そういうと、少女は暗闇の中から消えていった。リンクもまた、瞳を開け、世界に色を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ボコブリンの登場で、何かが変わる?

あと、ミファーの祈りも改変しましたが、元々対象は限定していないはずです。ゲームでは癒す相手がリンクしかいないため、リンクのみにしか効果がないと思われがちですが、設定上はリンクに力を受け渡したということなので、ギリギリ合致してなくはないと思います。


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#7 英傑は護衛し、尋問する。

「本当に助かりました。何とお礼を申し上げたらよいか……」

「気にしないでくれ。当然のことをしたまでだ。一応血も元に戻っているはずだが、万が一もある。あまり無理はしないでほしい」

 九死に一生を得た老人はリンクに深く頭を下げ、その後、少女の横に戻った。少女は両腰に腕を当てて胸を張りながらリンクに笑った。

「感謝するぞ! お主は爺の、いや爺だけではない、わらわの命の恩人じゃ!」

「あ、ああ……当然のことをしただけだ」

 さっきまで悪魔だの厄災だの言ってたのにこの態度の変容ぶりはすごいものだがリンクは何も表情に出さず、そっと笑った。この辺りは幼い故なのだろう。いや、それだけでもないような気がするが。

「申し遅れました。私、オルトリンデ公爵家家令を勤めております、レイムと申します。そしてこちらのお方が公爵家令嬢、スゥシィ・エルネア・オルトリンデ様でございます」

「スゥシィ・エルネア・オルトリンデだ! よろしく頼む!」

 公爵だと? たしかに執事の服装が妙に規律正しかったり、少女がやけに尊大な態度をとるのには違和感があったが、こんな森にいるとは思わなかった。それに先程、ぶっきらぼうに返事をしてしまった。無礼極まりない行為だ。

「公爵家の令嬢とは知らず、無礼な口の利き方をいたしました。御赦しください」

 リンクは左ひざを付き、謝罪の言葉を放つ。急にリンクが畏まるものだから、エルゼやリンゼ、八重たちも慌てて跪く。

「そ、そこまで畏まらなくてよい。公の場でもあるまいし、敬語も使わんでよい。さっきも言ったとおり、そなたたちはわらわの命の恩人じゃ、頭をあげてくれぬか?」

 そうは言うもののリンクは抵抗があった。リンクは100年前、王家に仕え続けていた。目上の者を立て、よけいな私情は挟まない。目上の者の言うことに対して一切異議を申し立てず、ただその者を護り続ける。それが自分の仕事だった。

 故に、目上の者と対等な立場に立つという行為にはリンクには理解しがたく、同時に為しがたいことでもあった。

 が、突如リンクの肩が持ち上がるような感覚がした。

「――え?」

「ほら、公爵陛下のお嬢様が言うんだから、頭上げなさいよ?」

 リンクを持ち上げているのは、エルゼだった。にっと笑いながらリンクを無理矢理立たせている。

「し、しかし……」

「こういうのは素直に聞いた方がいいわよ。それに相手は子供、変に畏まられる方が困るわよ?」

 そういうものなのだろうか。リンクにはいまいちよくわからなかった。

「ねぇ、貴方の事スゥって呼んでいいかしら?」

「お、おい……!」

 馴れ馴れしすぎるだろいくらなんでも! とリンクが怒鳴ろうとしたが、エルゼに口をふさがれてしまった。何とか彼女の手をはがそうとするも、無駄に鍛えてあるせいか外せない。

 ――いいから黙って見てなさい。

 そう耳元でささやかれ、リンクは動きを止める。

 スゥはというと、満面の笑みを浮かべてコクコクと頷いた。

「よい! そなたたちは遠慮などいらんぞ」

「――だそうよ、リンク。もう畏まらなくてもいいわよ」

 そういうと、エルゼはリンクを離し、その後軽くリンクの背中を押す。彼女との距離が近くなり、どうしたらよいかわからず目をそらしてぼそぼそという。

「――スゥ様……」

「スゥでよいといっておるだろうが。おぬしの名はなんじゃ?」

「リンクともうし――」

「敬語もいらん!」

 ばっと大声で遮られ、リンクは気圧される。もはや観念するしかあるまい。

「リンク。俺の名はリンクだ。よろしくな、スゥ」

 半ばやけくそとなったリンクはそれだけ言い切って一気に息を吐き出した。スゥはというと、にこやかによろしくと言った。リンクがこうまでして、ため口を拒んだ理由など、知る由もないだろう。

 

 

 

 リンクが逃げるように下がった後、リンゼやエルゼ、八重も自己紹介を行った。その後、リンゼがこれからどうするか尋ねた。

「そのことなのでございますが……」

 家令であるレイムがちらりと戦場跡を見つめる。

「我々はこの戦いで護衛を半数近く失っております。先ほどと同じ襲撃があった場合、対応ができるとは言い切れません。それで、お願いがあるのです。どうか私たちを王都まで護衛してくださりませんでしょうか。それ相応の報酬は保証いたします」

 なるほど、護衛か。まあそうなるだろうとは予想していたのでリンクは特に驚きもしなかった。皆がどうするかと思い、3人の仲間を見る。

「いいんじゃない? 目的地は同じだし」

「このまま放っておくわけにもいかないですものね」

「拙者はのせて頂いている身でござるので、任せるでござるよ」

 リンクはうなずいて彼女たちの意志を確認した後、ちらっと気に縛り付けられている魔術師を見た。もうすっかり意識をなくし、脱力している。

「分かりました。護衛の任、引き受けさせていただきます。ただし一つ条件を」

「条件、ですか?」

「ええ。そこに縛り付けている男の尋問を、俺にやらせてください」

「尋問を……? それはなぜ?」

「聞きたいことがあるからです」

 なぜ尋問の権利を条件にするのか、レイムは疑問の表情を隠せなかった。しかし、リンクにとっては、何が何でも手に入れたい権利である。

 あの黒いローブの男は、ボコブリンを召喚していた。ボコブリンはハイラルの地に生息する生き物であり、本来異世界であるこの場所には現れないはずである。それを召喚し、出現させた。ということは、この男は異世界同士をつなぐ《方法》を知っているかもしれない。

「尋問を……わ、わかりました。では申し訳ありませんが護衛、よろしくお願いいたします」

 

 

 

 新たにスゥたちや、黒いローブの男を馬車に乗せた一行は王都までの道を進む。その道中で、エルゼ達はリンクにとある疑問をぶつけた。

「そういえばリンク、あれは何?」

「あれって?」

「雷ですよ! リンクさん、雷を落としてあの怪物を一気に倒したじゃないですか!」

 ああ、あの時に放った《ウルボザの怒り》か。あれは、なんと説明すべきなんだろうか。魔法でも、リンクの持つ技でもない。

「あれは魔法なのでござるか?」

「――いや、魔法じゃない。あれは……俺の同胞が使っていた技だよ」

「あんな広範囲で強力な雷を使える同胞がいるなんて……あんた本当に一体何者よ?」

「あれほどの攻撃力を持った落雷を放てる魔法術師はそうそういません」

 それはそうだろう。あんな芸当ができるのはゲルドの戦士、ウルボザだけだ。

「――それにリンク殿。レイム殿を治したあの術もまたリンク殿の同胞の使うものでござるか?」

 恐らく《ミファーの祈り》の事だろう。リンクはああと頷いた。

「あんな回復魔法があったら、無敵じゃない。死んでもすぐ復活できるなんて……」

「そうとも限らない。この魔法……いや技は一度使ったらすぐには再発動できないんだ。その間に死んでしまったら、もう復活はできない。雷の奴も、3回までしか使えないんだ」

「3回も使えれば十分だと思いますけど……」

 エルゼが困惑した表情で呟き、ほかの二人もうんうんと頷く。

 三人の視線から逃れるようにリンクは遠方を眺めようとする。すると、後方で走る馬車からスゥの叫ぶ声が聞こえた。

「おお! 見えてきたぞ! 王都じゃ!」

 それにつられて4人もスゥの向く方向を見る。すると、白いお城と高い城壁が見えた。どうやらあれが王都のようだ。

 馬車はそのまま王都まで進むと、警備兵から止まるように指示される。王都に入るための検問のようだ。レイムが馬車から降り、何かのあかしを見せるや、すぐに警備兵がびしっと敬礼をし、馬車二台を通した。その後商店街を抜け、王都の中央部にある橋を渡っていく。

「この先が、貴族たちの居住区じゃ」

 スゥが嬉しそうに叫び、馬車はゆっくりと貴族エリアを通っていく。しばらくすると馬車は止まり、スゥの馬車の扉が開いた。どうやら、スゥの家についたようである。

 馬車の荷台から、スゥの家を眺める。とにかくデカい。ハイラルのハテノ村にあるリンクの家の10倍はデカい。まあ貴族の家などそんなものではあるが、滅びかけているハイラルの地の記憶の方が強い分、どうしてもインパクトが強い。

 スゥが駆けだすように家の扉を開け、リンク達はレイムに促されて家の中へと入る。

 すると、ずらっと玄関に20人入るであろう女給が並んでいた。そして一斉にスゥたちにお帰りなさいませと言う。そしてその奥には、高貴そうな服をまとった、貫禄のありそうな男性がいた。恐らくあの方が公爵であろう。

「父上!」

「スゥ!」

 スゥは公爵に向かってばっと駆けだし、公爵は抱き留め、掲げた。涙ながらに甘えるスゥにチチはうれしそうな表情を浮かべた。

「よかった……スゥが生きていてよかった……」

「早馬にわらわは大丈夫であると告げたではないですか」

「手紙が着いたときは生きた心地がしなかったよ……何はともあれよかった」

 公爵は割とガタイがよく、戦えそうだが、その反面顔は柔和で、一人の父親としての側面も際立っている。

 公爵はスゥを下ろし、こちらを振り向いた。

「そなたたちがスゥを助けてくれた冒険者たちか。本当にありがとう。礼を言わねばならないな」

 そういうと公爵はこちらに頭を下げてきた。リンクはその行為に酷く驚愕し膝をつきながら口をまくしたてた。

「公爵陛下、頭をお上げください。本来なら頭を下げるのは我々でございます」

「そうか……君は礼儀正しいのだな」

 どうもこの世界の偉いお方は上下関係もそこまで重視しないようだ。リンクは少しやりづらく感じてきた。

「すでにスゥやレイムから聞いているだろうが、自己紹介をさせて頂こう。私がアルフレッド・エルネス・オルトリンデだ」

「リンクと申します。右からリンゼ、エルゼ、八重でございます」

「そうか……少し話を聞きたい。バルコニーに案内するので来てはもらえないか。そこでもてなしたい」

「公爵陛下。その前に一つよろしいでしょうか?」

 リンクは目を細め、真剣なまなざしをする。

「なんだ。スゥの命の恩人だ、可能な限り聞こう」

「もてなしていただけることには感謝いたします。ですがその前に、どうか私めに、貴殿の御令嬢を襲撃した輩の尋問をさせていただいてはくれませんでしょうか?」

「尋問? 連れてきているのか? それなら我々が――」

「いえ、俺にやらせてください」

 リンクは僅かに語気を強め、敵意を与えないギリギリの目線を送る。公爵は困ったような顔をするが、コクリと頭を縦に降った。

「……わかった。ただ尋問は王都の牢で行ってくれ。レイム、案内を頼む」

「畏まりました」

「聞き入れて頂き、感謝いたします」

 リンクは頭を下げ、レイムとともに屋敷の外に出た。ドアが閉まるや、八重が首をかしげた。

「リンク殿はどうして自分が尋問することにこだわるのでござるか?」

「アイツきっとそういう趣味なのかもよ? 無駄に道具持っているし」

「り、リンクさんに限ってそんなことないですよ!」

「そういう趣味ってどういう趣味なのじゃ……?」

 スゥがいけない質問をしたところで公爵は強引に彼女たちをバルコニーへと移動させた。

 

 

 

 

 庶民たちが暮らす街の片隅に建つ牢屋にたどり着いたリンクは、看守に事情を伝え、尋問室へと男を連れていく。尋問室は魔法を封じる術式がかけられており、男は召喚魔法を使うことが不可能だ。リンクは尋問室についた後、男を縛り付け、ビンタして起こし目覚めさせる。んあっと間抜けな声を出しながら目覚めた術師はリンクを見た途端、逃げようとするが、鎖につながれでいるため身動きは取れなかった。

「私を尋問しようというのか……?」

「ああ、お前に聞きたいことがあるからな」

「……言っておくが、私は口を割らんぞ。何があってもな?」

「――そうか。なら……」

 リンクは表情を変えず、シーカーストーンを操作して、右手に《オオワシの弓》を呼び出した。そして背に出現させた矢筒から《バクダン矢》を一本取りだした。矢をつがえ、矢の先端がチリチリと音を立て始めと、そのままぐっと弓を引いて、離した。

 瞬間、矢の軌道が三方向に別れ、男へと迫った。男は逃げようとあがくが、鎖で縛られており逃げようがない。バクダン矢はそのまま尋問室の壁へと突き刺さるや、すさまじい爆音を立てて破裂した。

「ひっ!」

 命中はしなかった。いや、リンクがさせなかった。直撃させてしまえば死んでしまう恐れがあり、外せば命に支障はないからだ。それに……こういう尋問の場合は、殺意よりも、恐怖を与えることの方が大事なのをリンクは知っていた。

 爆発によって生じた煙で男は覆いつくされ、咳き込むが、リンクは弓を構えるのを止めない。煙が薄れ、視界がある程度回復した後、男は再び恐怖を見た。男が目を見開き、上擦った悲鳴をあげると同時に、再びリンクは矢を放ち、爆発させた。

 直接当たらないが、チリチリと彼の体は熱に晒され、思わず耳を塞ぎたくなるような爆音を至近距離から浴びせられる。それが与える効果を男は理解し、体が自然に怯え始める。

 それでもリンクは射撃を止めなかった。オオワシの弓はかつて空を飛ぶことのできる翼を持つリト族の英傑が愛用していたものであり、速射性能が高い。故にこうして連続で放てる。バクダン矢を間髪入れずに打ち込むことも可能であり、もし直撃させていたら男はとっくにあの世行きだろう。

 ドゴーン、ドゴーンドゴーン!

 絶え間なく轟音が尋問室に響き渡り、火薬の臭いで満たされ始める。そろそろ違う矢に切り替えてみようか。そう思いリンクは電気の矢を取り出そうとしたそのとき、男から降参の声が叫ばれた。

「わ、わかった! なんでも話す! だからもうやめてくれぇっ!」

「……そうか。言っておくが、嘘をついて免れようとしたら、どうなるかわかっているだろうな?」

 リンクは男の顔面にぐっと弓を引いて脅すと男はこくこくと勢いよく頭を降った。

「じゃあまず一つ目だ。誰に頼まれた?」

「わ、わからない……」

 リンクは背にあるマスターソードを男の腕に突き立てようとする。

「ほ、ほんとうなんだ! よくわからない男が、標的を指定してきて金だけ渡して帰っていったんだよ! 依頼主の名前なんて聞いてないし教えてくれなかったんだ!」

 男は唾を飛ばし必死に訴える。リンクはじっと男の目を見つめる。あれは偽りをいうような目じゃない。どうやらこういった尋問を想定して、依頼主の名前は言わなかったようだ。

 ーーまあいい。本当に知りたかったことはそれではない。

「……これで終わりか? できれば解放してもらえるとーー」

「質問は終わってない。お前、たしか召喚魔法を使っていたよな?」

「え……? あ、ああ使っていたよ。それが何か?」

「あの魔物を、どうやって召喚したんだ?」

「……どうやって? ただ普通に召喚魔法を唱えたまでだ」

 なんだと? 異世界から呼び出したわけでもないのか? それとも召喚魔法というのは異世界から魔物を呼び出すものなのか?

「……召喚魔法は専門外だから聞くが、異界のモノや伝説上の生き物などを召喚ができる、ということなのか?」

「そうではない。召喚魔法は異界のものを召喚はできない。この世界に蔓延る魔物をこちらに呼び寄せているだけにすぎない。もっとも術師の魔力や、魔物の要求する条件によるがな」

 ……つまりあのボコブリンは異界から召喚したわけではない、ということか。ということは、もうすでに奴等はこの世界にいる、ということか。だとしたらどうやって奴等はこの世界に来ることができた? この世界とハイラルを結ぶ手段はあったのかーー

「ーーーー!!」

 あった。一つだけ存在した。ゲートだ。リンクがハイラルに帰るべく2回ほど発動した、異空間転移魔法で、ハイラルとこの世界を結んでしまった。

 だがしかし、ゲートを発動してすぐに閉じてしまった。故に入り込む隙などなかったはずだ。一体何がどうなっているのか、さっぱりわからなくなりリンクは尋問室で頭を抱える。

「……質問はもういいかな? そろそろ私を解放してはもらえないだろうか?」

「……ああ、解放する。看守さん」

 リンクは外で待つ看守に声をかけた。看守が扉を開け、男へと歩み寄り、そして手首をつかんだ。

「公爵陛下からの言伝てだ。お前は牢で拘束させてもらうぞ」

「……なんだと!? 解放するとーー」

「解放はする。この場所からはな。第一公爵陛下の娘を襲った時点で重罪だ。死刑にならないだけでもありがたく思った方がいい」

 リンクはそう言い放ち、オオワシの弓をしまうと尋問室を後にした。そして外で待つレイムと共に屋敷へと戻った。

 

 

 

 

 




やっぱり厄災になってしまうな……


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#8 英傑は報酬をもらい、決闘を申し込まれる

今回はDLC第一弾のネタバレとなります。でも、みんなやってるよね!?!?(押しつけ)


 尋問を終えたリンクは、レイムと共にスゥの屋敷に戻った。そして出迎えた女給がバルコニーに案内すると、既に公爵陛下とエルゼたちが座って待っていた。

「おお、ようやく終わったか」

「お待たせして申し訳ありません」

 リンクは頭を下げた。

「よい。とりあえずこのテーブルにかけなさい。今紅茶を持っていかせよう」

「心遣い感謝いたします。それでは失礼いたします」

「君はかなり固いなぁ。もう少し崩しても構わんのだぞ?」

 出来るわけがない。そもそも同じテーブルに座ること自体があり得ない。だが、掛けないわけにもいかず渋々座る。

「……これでも努力はしているつもりです。それで、尋問の件なのですが……」

「襲撃を依頼した人間はわかったのか?」

「襲撃した男は依頼主の名前を知らないようです。どうやら依頼を受けた際に名乗らなかったようです。お力になれず申し訳ありません」

「いや、リンク君の落ち度ではない。それに、思い当たる節がないわけでもない。私は公爵であり且つ国王の弟だ。それ故な」

「……なるほど。国王陛下の弟様であればなおさらでしょう」

 高貴な身分というのは時にして危険なことが多い。人間の欲するものは、富、女、権力であり、そうして自己を顕示して欲求を満たす。恐らく公爵は多くの人間にその地位を狙われており、こうした誘拐騒動が起きてしまった始末だ。

 リンクと公爵陛下が話していると、バルコニーの扉が開く。そこにはスゥがいた。

「スゥ、母上に会ってきたのかい?」

「はい。お母様には襲撃にあったことは言いませんでした。不安にさせたらいけないと思いまして」

「それでいい」

 会話を終え、スゥはすとんと父と同じテーブルにつく。それでリンクは新たな疑問が浮かび上がった。

「公爵陛下。不躾ですが質問をよろしいでしょうか?」

「なにかね?」

「スゥ様はーー」

「スゥでよい!」

「……スゥは何故外出をなされ――外出をしたのでしょうか?」

「ああ、それはだな……」

 父親が少し暗そうな顔をする。しまった、やはり踏み込みすぎたか。リンクは撤回しようと口を開く。だが、その前にスゥが答えてしまった。

「母上は目が見えないのじゃ。5年前に病気にかかってしまい、その代償としてな……」

 なるほど。だから姿を表さないのか。身分の高いものの妻というのは夫に連れ添うのが基本のはずだが、それができない状態というわけか。

「それからずっと私たちは妻の病気を治せる医師を探し続けている。しかし国中の医師を探しても、なかなか治せるものは見つからなかった。唯一妻の父、つまりスゥの祖父は治せるものだったが、亡くなっているのだ。スゥは祖母の下へと行き、情報を集めようとしたのだが……」

「なるほど……」

 リンクはちらりとリンゼの方を見る。しかし、リンゼは静かに首を振って不可能を告げる。リンクもまた、目の病気の治す手段を持っていなかった。ミファーの祈りはあくまで外傷であり、病気を治すものでもない。一応、いちかばちかのレベルだが、一度彼女の目玉を刳り貫き、無理矢理キースの目玉でも入れてミファーの祈りで治療し、神経を無理矢理つなげるといった強引な治療方法がある。が、そもそも脳の方で問題があるかもしれないし、キースの目玉できちんと見えるのも不安だ。それに、見た目がよくない。

「……申し訳ありません。私たちにその魔術が使えるものは……」

「良いのだ。いつかみつければよい。それに私は、たとえ妻が目が見えなくても妻をずっと愛し続ける。その気持ちは変わることはない。さて、娘の護衛を務めてくれた報酬を与えよう。レイム、例のものを」

「はっ」

 レイムはいつの間に用意していた箱をテーブルに置いた。開けてみなさいと促されると、失礼しますといって箱を開けた。

「これは……」

「白金貨20枚だ」

 公爵が平調子で告げる。どうやら硬貨のようだが、いったいどのくらいの価値が――

「「し、白金貨20枚!?」」

 突如女性陣が大声で叫ぶ。貨幣価値の分からないリンクは首を傾げ、彼女たちに聞いた。

「一体どのくらいなんだ、その白金貨って?」

「白金貨一枚で金貨10枚分よ……」

 金貨十枚分……宿に泊まるのがせいぜい銅貨2枚かだ。

 ……ハイラルで宿に泊まると、大体20ルピーくらいはかかる。銅貨1枚当たり10ルピーだとすると、その十倍の銀貨一枚で100ルピー、その十倍の金貨一枚で1000ルピー、その10倍の……10000ルピー、そしてその2倍の20000ルピーだと!?

 ――なんてことだ……姫の護衛の報酬より多いじゃないか。

 リンクはようやくこの金額の大きさを理解し、ぶるぶると頭を横に振った。

「そのような大金、私めには受け取れません!」

「よいのだ。そなたたちはスゥを助けてくれた。それにこれから冒険するにあたって、お金は必要であろう? 受け取っておきなさい」

 恐れおおすぎる。しかし、事実お金は必要であり、一文無しであるリンクにとっては願ってもない報酬だ。受け取るべき、だろうか?

「……あ、ありがとうございます。でしたら、有難くいただきます」

 ……そうだ、あくまで依頼人から報酬を貰ったに過ぎない。仕方がないのだ。国王の弟から莫大な報酬をもらったのは、正当な行為なのだ。

 報酬をもらい、キレイに4等分すると、そろそろリンク達は屋敷が出ることにした。依頼を果たさなくてはならないためだ。その旨を伝えると、少し寂しそうな表情を浮かべつつ、あい分かったといい、女給たちとともにリンク達をわざわざ玄関まで出迎えた。

「ではな、またここを訪れるがよい。スゥもまた会いたがったいるようだしな」

「また遊びに来るのじゃぞ! 絶対じゃよ!」

 遊びの目的で公爵の家に出入りするのはどうかとは思ったが、もうここは素直に頷くしかないだろう。

 それに――王都にはまた来るかもしれない。そう思い、リンクはそっと庭にシーカーストーンを向けてとある機能を発動した。すると、リンクの足元に青い魔法陣が現れた。

「……リンクさん、それは?」

 リンゼが問う。

「これはワープメーカー。場所を登録しておけば、この場所にいつでもどこでもワープできるんだ。但し登録できるのは一か所だけだけど」

 ハイラルのとある馬宿で見つけた「ウワサのミツバちゃん Ex増刊号Vol.2」という本に書かれてあったのでその記述に従い、見つけてきたのだが、ワープポイントである祠がこの世界にない以上、この道具の存在は本当にありがたい。

「すごいでござるな。これなら王都にも、スゥの家にも簡単に行けるでござる」

「スゥ! また必ずあなたのところに行くわ! 元気でね!」

「エルゼも達者でな!」

 にかっと八重歯を光らせ、ぶんぶんと手を振るスゥに皆は――リンクを除く――応え、馬車に乗っていった。

 

 

 

 その後リンク達は馬車に乗り、依頼主の場所を確認する。

「依頼主の名前はなんていうの、リンゼ?」

「たしかソードレック子爵だよ。貴族エリアにいるし丁度良かったね」

「ソードレック子爵……真でござるか?」

「ヤエ、知ってるのか?」

 リンクはシーカーストーンの中に入っている持ち物の確認をしながら尋ねる。

「知っているも何も……前に話した、拙者の父上が世話になった方というのが子爵殿でござるよ」

「へぇ……世界って狭いのね」

 ゆったり馬車で揺られていると、すぐに公爵邸についた。4人はおり、門の前に立つ警備の者に用件を伝えると、子爵陛下を呼びに中へ入っていった。しばらくすると、子爵が姿を現した。

 ――ふむ。

 リンクは子爵の姿を見るなり、すぐにわかった。この男、相当な剣達者である。先ほどのオルドリンデ公爵とは体の鍛え方が違う。八重の父上が世話になっていたといっていたが、それも納得がいく体つきだ。

「そなた達がザナックの遣いか。私はカルロッサ・ガルン・ソードレックというものだが」

「……ええ。お届け物があり、届に参った次第でございます」

 ザナックという人物は知らないが、恐らく依頼人の名前だろう。適当に返事をしておけばいいだろう。そしてリンクはシーカーストーンから、預かっていた手紙と小包を取り出し、差し出した。

「そうか。む、これは」

「どうぞ」

 公爵は手紙を受け取り、文章を読むや、すぐに内容を把握したようだ。そして護衛の者が中に入って用意したペンと手紙を受け取り、返事を書くとすぐにリンクに渡した。

「手間をかけるがこれをザナックに――というよりギルドに届けてくれないか」

「仰せつかりました」

「うむ、ではな……ところで、先ほどから気になっているのだが、お主の傍にいる少女、どこかで見覚えがあるのだが……名前は何という」

 子爵の目線の先には八重がいた。八重はきょとんとしながらも答えた。

「拙者の名前は八重。九重八重でござる」

「九重……お、お主重兵衛殿の娘か!」

 公爵は羽願して、嬉しそうに八重をじろじろと見つめた。八重は多少困惑していたが。

「間違いない! お主の母親にそっくりじゃ! よかったのぉ、母親に似て!!」

 ひとりで興奮しており、周りの温度差に気づいた子爵はコホンと咳払った。

「すまない、あまりにうれしくてついな……彼女の父親の重兵衛殿は、我がソードレック公爵家の剣術指南役だったのだ。私がまだはなたれ小僧だった時、こっぴどく指導されたが、もう20年もたつと思うと、懐かしいものだ」

「父上は、今まで育てた剣士の中でも、子爵殿ほど剣術の才能に満ち溢れたものはいないと評しておりました」

「そういわれてしまうと、世辞でもうれしくなるものだな」

 はははと愉快に笑い、八重の顔をまっすぐ見つめる。八重もまた、真剣な目の色をしつつ、言葉をつづけた。

「また父上は、子爵殿と出会った際には是非行って指南していただけとも、仰っていました」

「ほう……」

 その言葉を聞き、子爵にどうやら何かの灯がともったようである。感情的な笑みから、挑戦的なそれに変わり、今にも剣が現れてきそうなほどの雰囲気を醸し出してきた。

 

 いくばくの緊張感を保ったまま、一同は子爵家に備えてある武道場へと移動する。全部木張りのものであり、汗の臭いなどが染みついている。エルゼとリンゼは思わず鼻をつまみ、リンクもまたひくひくと鼻を震わせる。唯一八重だけは何も動じずにいた。

「ここは重兵衛殿が設計して、私の父上が建てた道場でな。イーシェン風に作られている」

「道理でなじみがあるわけでござるな。さすがは父上」

「では早速始めよう。横にかけてある木刀から好きなのを選んでくれ」

 八重は何本かかけられている木刀を眺め、試しに振ってみたりする。自分に合うものを選んでいるのだろう。数分程度選考し、ようやく気に入ったものを見つけたようで、八重はそれを持って子爵の前へと現れた。

「分かっているとは思うが、剣以外の攻撃手段はなしだ。では、いくぞ」

「お手合わせ、よろしく頼むでござる!!」

 そういうと、二人はきっと表情を変えた。二人はじりじりと距離を詰め、互いの出方をうかがう。円を描くように動き、切っ先がわずかに掠る。どうやって戦うべきか。そのイメージを構築しているのだろう。しかも、こういった両手剣に該当する類の武器というものは、一度の攻撃で大きな隙を生む。故に、考えなしに振ってしまったらそれを突かれて終わりになる。下手な小細工では落とせないほどに強い剣の握り、敵との心理戦を反映する間合いのとり方、そして足取りの重さ。全てが遊びではないことを物語っている。模擬戦とはいえ、まるで二人が真剣を握っているような気迫を感じる。

 しばらく経ち、膠着を破ろうというように、八重が飛び出す。不意打ちに近いように、自然に素早く相手の間合いに入り込む。だが、子爵はそれに冷静に対応し、上段から振り下ろされる一撃に刀を合わせ、対抗し、弾き返す。

「くっ!」

 弾き返された八重は態勢を整えるべく、一度距離をとった。そして、肩で息を整え、落ち着いたところで、彼女は小手の一撃を放つ。隙が少なく、牽制にも様子見にも使える。子爵はそれを無駄のない太刀筋で弾き、続く第二撃もひらりと躱して見せた。

「やぁっ!」

 八重は思い切り相手に踏み込み、胴へと斬り込む。良い判断だと思う。躱した相手は刀を合わせての対応が厳しくなる。加えて胴ならば躱すことも容易ではない。だが――子爵は流れるように上へと彼女の刀を跳ね上げた。

「ぐぅっ!!」

 何とか刀を手から離すことはなかったが大きく隙が生まれてしまう。そこを子爵は逃さず強い踏み込みとともに胴を狙った。だが、なんとか後方へと跳ね飛ばされる剣の勢いを強引に逆らわせ、決めの一撃を防いだ。

「ほう……さすが重兵衛殿の娘だ。だが、お主の剣には特徴がある」

「な、なんでござるか?」

「余りにも模範的すぎる。重兵衛殿の剣術をそのまま真似ただけだ」

「……それが悪いと申されるか?」

「悪くはない。ただ、その先には何も、ない」

 そういうや、子爵はばっと上に刀を構え、強い踏み込みで間合いを一気に詰めていく。上段からの一撃を狙っているのか。それとも――

「くっ……!」

 八重は警戒し、刀を横に構え、上部からの一撃に備えた。だが――突如、わき腹に強い衝撃が襲い掛かった。

「な――なん――」

 八重は横目に見る。すると、わき腹に木刀が思い切り食い込んでいる。すさまじい激痛に建つことすらままならず、ふらっと床に倒れ込む。

 いったい何が起こった。八重の頭の中はその疑問でいっぱいになり、解明するため立ち上がろうとする。しかし、納刀した子爵が静かに忠告する。

「下手に動くな。肋骨は何本か折れている、下手に動くと肺に刺さるぞ。回復魔法をかけてやってくれ」

「は、はい!」

 リンゼが八重のもとに駆け出し、そっと回復魔法をかける。暫くして八重が立ち上がり、木刀を支えにして立つと、八重は頭を下げた。

「ご指南かたじけなく」

「お前の剣は影がない。虚実織り交ぜ、引いては進み、緩やかにして激しく。正しい剣だけでは道場剣術の域を出ぬ。それが悪いとは言わん。強さとは己次第で違うものなのだからな」

 八重は下を向いている。子爵は、少し休んでいろと声をかけた。

「八重、しばらくそこで考えるのだ。お前は剣に何を求めるのかを。それと、私はもう一人、手合わせをしたい」

 そういって、子爵はリンクを見る。リンクは目線を合わせ、立ち上がった。

「そなたを始めて見た時から、とんでもない資質を抱えていると感じた。どうか私と手合わせ願えないか」

 根拠のない言葉だ。だが――リンクもまた、願ってもないことだ。

「喜んでお受けいたしましょう。真剣ですか? 模擬ですか?」

「ここは模擬でいこう。何も殺し合いをしたいわけではない。では刀を選ぶがよい」

「そのことですが、私は刀より直剣の方が得意です。ですので、これを使わせてください」

 そういうとリンクは、シーカーストーンから《森人の剣》を取り出した。こちらはコキリの森あたりで手に入る木製の剣であり、殺傷能力は極めて低い。模擬戦にも十分使えるレベルだと思う。

「……よいだろう。そなたがそれでよいのなら、私としては一向にかまわん」

 そういうと、子爵はすっと正眼でリンクを見つめ、剣を構える。リンクは腰を落とし、剣を持つ右手を引いた。

「よいか八重。そこでよくこの戦いを見ておけ。分かるであろう、このものはお主よりも強い」

「……わかりました」

 八重は若干不満そうにしながらも、リンクをじっと見つめた。

 リンクもまた、彼の構えをじっと眺める。実に隙が無く、どこから飛び掛かっても、対処されそうだ。きっとそれは向こうも同じ。リンクもまた隙のない構えをしており、弱点を見出しにくい。

 横に移動しつつ徐々に間合いを詰める。リーチが長いのは相手側であり、それゆえに近づきにくい。だが、リンクは知っていた。槍などといった、刺突を攻撃手段とする武器以外には、直線間のリーチは余り影響はしないということを。剣で突く行為というのは、確かに奇襲性があるのだが、攻撃力と、横への攻撃に弱くなる。つまり、初手で突きを警戒する必要がないのだ。無論無防備に斬りかかっていいというわけでもない。ただ必要以上におびえる必要もない。

 剣の届く範囲外ギリギリにまで足で迫る。そしてリンクは剣を握る力を強めた。これにより、相手の意識は剣の方へ向く。そして――ばっと剣を振り上げた。

「――!」

 極限にまで集中力が高まっていた子爵は掲げられた剣へと意識を向ける。だが、そのせいで、間合いを詰めたリンクの姿を認識できなかった。

「でやぁっ――」

「――!!」

 低く入り込んだリンクは横から薙いでいく。子爵は注意をそらされたことに気づき、舌打ちしながらもそれを防いでいく。さすがにこれで勝負が決するとは思っていなかった。

「……なるほど、早くも彼女に教えようとしているわけか」

「さぁな……」

 ぼそりと呟かれた子爵の言葉を流すとリンクは追撃をする。公爵は何とかリンクの攻撃を弾こうとするも、子爵の刀の範囲内にいるため、子爵は思うように威力を発揮できず、受けるがままだ。リーチの長い武器の弱点としては、至近距離になると、思うように威力が発揮できない点だ。それ故敵の猛攻に対して防戦一方になってしまう。そういったリーチの長い武器を扱うものは、相手を威圧して重い一撃をたたき込むのが普通だ。そういった状況になってはいけないのである。

 だが――そういった状況になったとしても、脱出する手段自体は、存在する。

「やぁっ!!」

「――おおっ!!」

 リンクの中段の一撃が繰り出されるや、子爵はあえて足の力を抜く。武器がぶつかり、衝撃が発生すると、子爵の体はよろめいた。それを隙と見たリンクは思い切り踏み込んで返すように斬り込もうとする。しかし――リンクの喉元をかっ裂くように木刀が飛んできた。本能的な危機を感じ、リンクは剣を振るのを何とかとどめ、背を反らして躱した。

「……さすがだ。私の見込みは正しかった。まさかこんなにも早く私の間合いに入り込むとは」

「貴方もあの状況でよく返せるものです」

 両者ともに息は切れておらず、平然と会話をする。そして5秒も経たないうちにリンク達は再び戦闘を開始する。飛び込みと同時に両者の武器が激しくぶつかり、カンと大きく音が上がる。二人の剣を振る勢いでわずかに風が起こり始め、空気に熱が生まれてくる。

「ヤァッッ!!」

「ッッ!!」

 子爵が振り下ろす一撃をリンクは横にギリギリのところで飛んで躱し、わずかに体を加速させて剣をふるう。しかしそれを子爵が強烈な一振りで弾いてみせる。大きく崩されたリンクはその勢いを殺さずに後方に転がり、距離をとって一瞬整えてから、飛び掛かってきた子爵の刀を受け、再び打ち合いが始まった。

 キュッキュと床をこする音が響き、カンカンとたたき合う音がこだまする。先ほどの八重との戦いにはなかった《熱》が限界を超え始めている。

 常人の域を超えた戦闘を見せつけられたエルゼとリンゼ、そして八重は唖然とした。

「あの二人……なんて次元なの?」

「すごすぎるよ……子爵様も、リンクさんも」

「……拙者は子爵殿と剣を合わせるだけでも精一杯であったのに、リンク殿は一気に劣勢に追い込んだ……拙者とリンク殿、何が違うのでござろうか……」

「武器、じゃない?」

「そんな簡単な話では、きっとござらんよ……それに、あの二人はただやみくもに打ち合っているわけではござらん。どのようにかわし、叩けば最善なのかそれをきちんと考えながら動いている」

 八重はじっと彼らの動きを見据えながらそう評する。

「……私は近接戦闘には詳しくはないですが、特徴がないとは言えません。リンクさんは激しく動き回りながらも、適度に力を抜き、相手の攻撃に合わせて緩急をつけています。しかも相手の攻撃の勢いを利用して距離を撮ったり、隙を突いたりと、大胆です」

「そうね……対して子爵様はほとんど動きはないけれど、動き回るリンクの動きに時に激しく、時に緩やかに対応しているわ。そしてたまにリンクへと勢いよく迫って、虚を突いている感じがする。よく見れば、ますますとんでもない戦いだってわかるわね」

「……なるほど」

 八重は、二人の言葉を刻み込み、そして再びリンク達の試合をじっと見つめた。

「――うおおおっっ!」

 子爵は大きく叫び、3人は、そしてリンクは子爵に注目する。そして大きく剣を掲げ、ぐっと握りしめた。勝負を決めに行くようだ。

 ――なら!

「はぁぁっっ……!」

 リンクもまた腰を低く落とし、剣を限界まで後ろへと引く。そして剣をぐっと握りしめた。

 恐らくリンクは、自身の上段攻撃を、剣で合わせて防ぐべく、そう構えた。そう読んだ公爵は剣を振り下ろした。だが、実際はリンクの胴を狙っている。八重にとどめを刺したこの技は、上段に、強い気迫を感じさせる陰の剣を構えて相手の注意をそちらに向け、防御を薄くさせたところで本命の胴への攻撃を決めるというものだ。極限にまで集中力が高くなっているこの状況では、視界が狭まるのが常であり、この手の技はよく決まる。

 勝った。思わずニヤリと口角をあげる。だが、その一撃は、弾き返された。

「なにっ……!」

 よろめく中、きっとリンクを見る。リンクは、上に剣を振ってはいなかった。水平に、剣を振っていた。この一撃を、理解し、読んでいたということなのか。たった一度しか見せていないのに、この青年は――

 リンクの剣の勢いは止まらない。リンクを軸に剣の軌道は、円を描くように回転し、ふたたびリンクが正面を向く。その表情は、険しいものであった。しかし、確信に溢れていた。

 必殺の一撃を見事に弾かれ、大きくよろめいてしまった。もう防ぐことも叶わない。子爵はしかと、木剣を睨んだ。そして――子爵の逞しい肉体に、リンクの渾身の一撃が食い込んでいった。

 

 

 

 




ワープメーカーが街で使えるかどうか忘れました。もし使えなかったらごめんなさい。
あと、戦闘描写で文字数おおくなっちゃってごめんなさい。本当はもうちょっと書きたかったけどこれ以上多くし過ぎるのは不味いかなって思いました。
あと、森人の剣は切れない設定にしています。刀使うリンクってあんまり強くなさそうだし。


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#9 英傑は屠り、仲間を護る。

 リンクとソードレック子爵との激しい模擬戦はようやく終了した。リンクの回転切りをもろに喰らい、子爵はしばらくは立てなかったがリンゼの回復魔法で傷が治り、立ち上がってリンクに握手を求めた。

「なかなかに良い勝負だった、ありがとう」

「こちらこそ。久々に良い戦いができて嬉しく思います」

 そういうと二人は握手を交わし、リンクは森人の剣をシーカーストーンに仕舞った。

「それで八重よ。なにか見えてきたか?」

 子爵が問う。八重はすくっと立ち上がって、まっすぐその目を見つめ、答えた。

「はい。子爵殿が仰っていた言葉の意味、この身にしっかりと刻み込まれました。そして同時に気づかされました。今のままでは、子爵殿にも、リンク殿にも勝てぬと」

 子爵は黙って話を聞き続ける。

「故に拙者、もっと旅を続けようと思っている。模範的な剣術だけではなく、自分の剣術を見出だしてくるでござる」

「……それでいい。それでこそ重兵衛殿の娘だ。励むが良い」

「はいっ、本日はありがとうございました!」

「またいつでも来なさい。……ああそうだ、忘れていたよ。君の名を聞くのを」

 子爵はリンクを見つめた。そういえば名乗ってはいなかったな。

「リンクです」

「リンクか。強者の名を知ることができた。次会うときは負けぬからな、リンクよ」

「ええ……楽しみにしています」

 リンクがそういうと、フッと笑いながら道場を去っていった。

 道場を去った後、子爵家の家令が玄関まで出迎えてくれ、そのまま見送ってもらうと、馬車で王都の貴族エリアを出た。

「とりあえず、アタシ達は依頼報告のために一度リフレットに戻るけど、ヤエはこれからどうするの?」

 八重もリンクたちも目的を果たし、共通の目的がなくなってしまった。故に八重に聞いている。

「その事でござるがな……拙者、決めたでござる。リンク殿にこの身を捧げるでござる!」

 八重の台詞を聞いた瞬間、リンクをはじめとした人間が凍りつく。この身を捧げるとはつまり……そういうことなのか?

 皆が沈黙し八重はようやく自身が失言をしてしまったと言うことに気づき、慌てて訂正をした。

「ち、ち、違うでござるよ!? あ、あくまで旅人としてという意味であって、そ、その変な意味ではござらんよ!」

 よかった。はっきりいって本当に身を捧げられても困る。そういった願望はあまりない。

 訂正を終えた八重は深呼吸して改めて皆に意思を伝える。

「――リンク殿の計り知れぬ強さ、そして聡明さ、器用さは拙者の見本でござる。リンク殿についていけば、拙者はもっと強くなれる気がするでござる。だから、ついていこうかと思っているでござる。無論、迷惑ならばなかったことに――」

「いいに決まってるじゃない!」

 エルゼが八重の手を掴み、にっと笑った。

「せっかく仲良くなったんです、別れるのは寂しいです! 八重さんも一緒にいきましょう!」

「ほ、本当でござるか……?」

「ええ、本当よ! リンクもいいでしょ?」

 エルゼがこちらを振り返り、意思を確認する。無論こっちも異存はない。

「ああ。ヤエと一緒に旅がしたい。それに八重とはまだ手合わせしていないしな」

 リンクはフッと笑うと、八重は瞳をぬぐって無邪気に笑って見せた。そして、深く3人に頭を下げる。

「3人とも、これからもよろしくでござるよ!」

 

 

 その後4人はリフレットに戻るべく、馬車に乗った。途中八重と初めて出会ったアマネスクで馬車を返し、エルゼと二人乗りで馬で帰った。リフレットに戻り、早速ギルドにいって依頼主への手紙を渡し、完了報告をすると、ギルドカードにスタンプがもらえた。ついでに八重の分もギルド会員登録を済ませ、サービスで八重も受領完了扱いにしてもらった。その後は大移動の疲れをとるべく銀月に向かい、休息を取った。

 翌日、4人はワープメーカーで王都まで行き、王都のギルドへといくことにした。王都のギルドの方が受けられる依頼も多いので、会員のランクをあげるのにもちょうど良いためだ。早速リンクのシーカーストーンのワープメーカーで、王都に瞬間移動した。

 その後、一般人の居住区の中央に存在するギルドへと向かい、依頼を探した。リンクは一応昨日やその前の道中でリンゼに言語を教えてはもらってはいるが、なかなかまだ読めない。情けない話だが、3人の仲間に依頼内容を読んでもらい、それで選ぶしか方法がない。

「迷子の犬探しに、運び屋、それにスライム討伐か……ろくなものがないわね」

 エルゼがため息をつく。

「何でだ? スライム討伐とか手取り早くていいじゃないか」

 リンクがそう平然と言い放つ。すると女性陣がリンクへと迫り、ギロッと睨み付ける。

「ぜっったいいや!」

「です!」

「ござる!」

「……何でだよ。あんなの矢で撃ち抜けばいいじゃないか」

 もしかしてこの世界のスライムは、ハイラルにいたチュチュみたいなものではなく、もっと強力なのだろうかーーと推測していたら、エルゼからそういう問題じゃないわよと叫ばれた。そろそろ周りの視線も向きはじめて痛い。

「あいつら……特にグリーンスライムは服を溶かしてくるの!」

「そういうことか……じゃあやめておこう」

 女性の服が溶けるのは純粋に困る。戦闘に集中できなくなるし、あとで理不尽な暴力を振るわれそうだ。リンクの言葉に3人はほっとし、別の依頼を探していく。

「……そういえばこの魔物、この地でも見られるようになったでござるか」

 八重が呟き、リンクが歩み寄る。すると、依頼書にはボコブリンの絵が描かれていた。これだけでなにを意味するかはわかる。奴等は繁殖し、関係のないこの世界の住民に危害を与えているのだ。

 リンクは唇を噛み、グッと拳を握りしめる。

「どうでござるかリンク殿。この依頼にするでござるか?」

「ああ」

「決定でござるな。エルゼ殿やリンゼ殿にも伝えてくるでござる」

 八重が二人に伝え、了承を得ると早速任務受諾の手続きをする。その後皆は町の外に出て、平野の台地の下にあるというボコブリンの集落へと向かう。

 だが、集落の付近につくと、一同は唖然とした。

「こ、こんなにいるの!?」

「全部で30匹はいますよ……! 私の魔法では一掃はできないです……」

「かといって仕掛けたら囲まれてしまうでござるな……」

 彼女達はその数に驚くが、リンクは戦慄していた。もうボコブリンがこの世界で生活を営んでいる。しかも、ハイラルの時以上の大集落で。ということは、もう既に多くのボコブリンたちがこの異世界へとなだれ込んでいることになる。このまま放っておけば、ボコブリンだけじゃない、リザルフォスも、チュチュも、キースも……ライネルも現れないとも限らない。

 なにが原因でこうなっているかは、明確にはわからない。だが解決しなければ、最悪の事態になりうるかもしれない。

 ――まずはこいつらの数を、これ以上増やさせないことだ。

「リンゼ、俺がまず奴等に飛び込んで一発かます。そのあと、援護射撃を頼んだ」

「い、一発かますってどうやってやるんですか?」

「あの中を突っ込むのはいくらリンク殿でも無謀でござるよ!」

「それに関しては考えがある。見ててくれ」

 リンクは、シーカーストーンを取りだし、操作する。服のカテゴリを選択し、リンクは《ボコブリンマスク》をタップする。すると、光の繭がリンクの頭を覆いーーボコブリンの頭の部分だけのハリボテがすっぽりリンクの頭に被せられた。

「なるほどねー、それで奴等を欺くわけか」

「そういうこと。ボコブリンの奴はそこまで賢くないからこの程度の変装でも騙せるんだ」

「なんというか、ずいぶん破天荒な被り物ではござるがな……」

 このマスクは、夜になると出現する謎の男が経営する《魔物ショップ》にて売られていたものである。興味本意で買ってみたきり一度も使ったことがないが、まさか異世界の地で使うことになるとは思わなかった。

 これで準備は整った。リンクは前に歩みだし、台地から飛び降りようとする。だが、八重たちが突如腕をつかんできた。

「な、なにを考えているでござるか!? 台地とはいえこの高さから飛び降りたら大ケガは確実でござるよリンク殿!」

「そ、そうよ! あんたがいくら化け物じみててもそれはだめよ!」

「大丈夫だよ。第一何もそのまま飛び降りる訳じゃないしな」

「どういうことですか……? 落下を和らげるものを使うのですか?」

 流石だリンゼは。このパーティーで知性担当みたいなところがあるだけにすごい。

「その通りだ。まあ、見ればわかるよ」

 そういってリンクは躊躇なく台地から飛び降りた。ぐんとリンクの体が風を切り、鉛のように落ちていく。しかし、とっさにリンクはどこからか布を取りだし、両手で両端を持った。すると、ばっと布が開き、落下速度が緩やかになった。

 この道具の名前はパラセール。100年後のハイラルで目覚めたリンクを出迎えた、今は亡きハイラル王がくれたものであり、空を自由に滑空できる優れものだ。

「あいつ、こんなものまで持ってたのね。ただの布じゃなさそうだし……本当になにものよ」

「同感でござる。リンク殿の強さは底知れぬものでござるな」

 二人の感想をよそにリンクはボコブリンたちの集落へと降り立った。足音が響き、ボコブリン達は警戒する。しかし、リンクの姿を見るや、ふがふがと鼻を鳴らし、わいわい騒ぎながらこちらへと歩み寄た。そしてリンクに馴れ合おうと近くで踊ったり、笑ったりしている。

 ――よし、今が頃合いだ。リンクは背からマスターソードを抜き払い、瞳を閉じる。ぼうっとゲルドの英傑の幻影が現れると、リンクは勢いよく剣を振った。その直後、リンクの近くにいた数匹のボコブリンをはじめとした集落のボコブリンの大半が、雷に打たれて死亡した。

 突然の襲撃にボコブリン達は動揺し、物見櫓のボコブリンがほら貝を吹いた。すると、ボコブリンの家と思われる小さな洞穴からわんさか湧いてきた。ターゲットは無論、欺き奇襲したリンクである。四方八方からボコブリンたちが迫り、このままではリンチにされるのが落ちだ。

「リンゼ! 魔法を撃て!」

「えっ!? でもリンクさんが!!」

「いいから早くしろ!! 躱す術はある!!」

 魔物に囲まれ、範囲の広い魔法攻撃が空から降ってくる中どうやってかわすというのか。正直見当がつかない。だが、リンクはそんな見当のつかないことを何度もやってのけた。リンゼはコクリと頷くと、両手をボコブリンの集落にかざした。

「――炎よ爆ぜよ、紅蓮の爆発、エクスプロージョン!!」

 リンゼが両手から放ったのは、小さな火種。弾丸のようにまっすぐ飛んでいき、その軌道にはリンクがいた。リンクが爆発の中心となるのは、必至である。

 だがリンクは大人しく黒焦げになることはしなかった。リンクはその場にしゃがみこみ、瞳を閉じる。すると――今度は違う幻影が浮かび上がった。誰よりも誇り高く、誰よりも努力を重ねた翼を持つ戦士は、不敵な笑みを浮かべ、羽根を羽ばたかせる。

「っ――!」

 不意に自身の体を、激しい風が包み込む。風の方向は、上空ただ一つ。風の渦がリンクを包み込み、髪は逆立ち始める。

 ――どうしたんだい? さっさと翔びなよ。

 ――分かってる!!

 小言を言われながらもリンクはかっと目を見開く。そして勢い良く地面を蹴り、跳びあがった。上昇気流が体を纏う感覚がしたところですかさずパラセールを展開する。すると激しい上昇気流が、広げられた布を一気に押し上げていった。その直後、リンクがいたところに、リンゼの火種が落ち、激しい爆発が集落中を包み込んだ。

 リンクは上空を見下ろしつつ、再び目を瞑った。何かが聞こえた気がしたからだ。

 ――どうだい、僕の《必殺技(リーバルトルネード)》は?

 ――おしゃべりは後だ。一気に決めるぞ。

 リンクが一蹴し、やれやれと頭を振られると、すかさずリンクはオオワシの弓を構えた。バクダン矢をつがえ、一気に引くと、リンクは瞳を細める。すると――周りのものが、動きがすべて遅くなっていった。体は激しく痛みを訴え、どっと疲れが襲い掛かる。しかし、それらを無視することで、正確に射ることができる。リンクは、逃げ惑う一匹のボコブリンの頭目がけて、弦を持つ手を離した。

 三本の筋に別れ、地に落ちたバクダン矢は破裂し、爆風がリンゼのそれと重なり合う。悲鳴がさらに轟き、焼け焦げたボコブリンたちはゆうに半数を超え、生き残りは少なくなっている。

 リンクはさらにもう数発バクダン矢を放ち、スタミナが切れる寸前で矢をしまい、緩やかに降下していった。そして、リンクは台地の上にいる二人を見つめ、合図を送った。二人はだっと台地の崖を滑り降り、そしてすっかり戦意を失ったボコブリンたちを屠っていった。

「……ふぅ」

 リンクは一息つくと近くの岩に座った。まだわずかに熱を残しており、温かい。我ながら、ずいぶん派手にやったものだ。

「お疲れでござる。リンク殿、リンゼ殿の魔法を躱したあの技も、例の同胞のもののでござるか?」

「ああ。上昇気流を起こし、一気に空へと飛べる奴だ」

「すごいわね……もうアンタは何でもありな気がしてきたわ」

「そんなことはないさ」

 そうリンクは謙遜するも、3人にはとても信じられなかった。

「それよりもギルドに戻ろう。さっさとここから離れたい」

「同感ね。帰りましょう」

 そういって、リンクはワープメーカーを発動しようとシーカーストーンを操作する。だが――

「わあ――……!!」

 誰かの叫び声が小さく聞こえた。リンゼたちも気づき、声のする方へと走る。すると――

「――な、何よあれ!!」

 遠くに見えるのは、透明な皮膚をした魔物だった。フォルムはクモに似ており、手足をふるって戦っている。その虫を囲んでいるのは冒険者たちだ。だが、彼らは優勢とは言えない状況であり、そのうちの一人が地面に倒れている。

「リンゼ、あの人を頼む。ヤエ、エルゼ、いくぞ!」

「はい!」

「わかったわ」

「わかったでござる」

 リンゼを除いた三人はそれぞれ武器を構えて、その怪物へと走る。しかしかなり距離が離れている。余り冒険者側に体力的猶予は残されていないようだ。ならば――

「くらえっ!」

 リンクはマスターソードを振りかざし、わずかに溜める。すると剣が青く光り始めたので一気に振り下ろす。すると、光の刃が横に回転しながら地面を滑走し、それは魔物へと命中した。魔物の方はぎろっと、赤い目をこちらに向けてそれまで襲い掛かかられていた冒険者たちはそそくさに退避した。

「喰らいなさいっ!!」

 エルゼが一番に飛び掛かり、ブーストを掛けた拳が魔物の顔面に命中する。だが――魔物は恐るべき固さでそれを通さず、逆にエルゼにダメージを与えてしまった。

「いったぁっ! な、なんなのこの堅さ!?」

「それなら――たぁっ!」

 八重が地面を蹴って、逆袈裟斬りを放った。しかしわずかに傷をつけただけで決定的なダメージにはならない。それどころか魔物は強靭な足を振り上げ、八重へと振り下ろしてきた。八重は横に転がり、何とかかわすも攻撃に転じ返すほどの余裕はない。

「はぁっ!!」

 リンクは八重に注意がそれている隙に奴の足一本をマスターソードで叩き斬った。パリンと割れる音と共に奴の足は砕け、ぐらっとバランスを崩す。この感覚は皮膚ではない。鉱石か何かだ。しかもかなり透き通っている。これは水晶なのか。

 足をたたき割ったことで再びリンクに憎悪の視線を向ける。そして残された足でリンクを突いた。すんでのところで盾で防ぐも、わずかにハイリアの盾に傷がついた。ハイリアの盾は、ガーディアンのビームや、ライネルの剣などといった、常識はずれの攻撃力以外のものでは傷がつくことがない。それに傷をつけたのだから、こいつの攻撃はなかなかの威力を持つ。想像以上に、警戒を要する敵だと判断し、冷や汗を流す。

 リンクはばっと下がってリンゼの元へと駆ける。恐らくこの世界の魔物だ。故に、きっとリンゼなら知っているはず。そう思い声をかけた。

「リンゼ、あいつは何者だ!?」

「……わかりません。見たこともない魔物です」

「――なんだと!?」

 だとしたらまだ発見されていない魔物だというのか。もしくはハイラルから紛れ込んだ魔物ではなく、全く未知の世界から現れた奴なのか。

「しかも先ほど戦っていた方が言っていたのですが、魔法が一切効かない相手なのです」

「……エルゼの拳もヤエの剣も通用していなかった。魔法も物理も受け付けないとは、厄介な相手だ」

「そ、そんな……どうやって倒せば……」

 リンゼは顔を青ざめる。

「一応足を砕くことは成功した。そして奴の体は水晶で出来ていることも分かった。つまり、何とか物理で倒せないことはない……とは思う。それに、何となくだがあの赤い目も怪しい。俺の勘だけど、あそこが奴の弱点だと思う」

 経験上、強大な敵というのは何かしら弱点がある。その一つが目だ。目というのはデリケートな部分の一つであり、攻撃されると視界を失う。巨大な魔物のヒノックスやガーディアンはいい例だ。恐らくあの魔物は目を守るためにあんな強固な体表をしているのだろう。ということは、どうにかして赤い目のあたりを割ればいいというわけだ。

 リンクはシーカーストーンを取り出し、《巨岩砕き》を取り出す。強くたくましくおおらかな、ゴロン族の中でも男の中の男の英傑が使っていたという武器だ。岩を砕くとあらば最適な武器だろう。リンクは盾をしまい、それを両手で持つとリンゼの方を向く。

「俺はあいつを砕きに行く。リンゼは、その人を守ってくれ」

「はい……」

 リンゼが頷くと、リンクはそれを背にしまって全速力で戦場へと戻った。そこではエルゼと八重が動き回りながらも剣をふるっていた。しかし、もはや防戦一方な状態である。奴の体は固すぎて、ダメージを与え、こちらのペースに持ち込むのが難しいからだ。

 一方奴は優勢である。避けまくればいつかは隙が出る。その隙をつくだけでいい。そして――エルゼは、足が動きについてこれず転んでしまった。奴は水晶で出来た鋭利な足を彼女へと突き立てようと赤い目を光らせた。その目は、死を宣告する死神そのものだ。

 声にならない叫びをエルゼがあげ、リンクはそれに気づいた。リンクは思い切り地面を蹴り、エルゼへと駆け付ける。そして――瞳を閉じる。するとぼうっと幻影が映った。マグマのように熱いハートと鍛え上げられた剛腕、そして誰よりも広く大きな存在だった、ゴロン族の戦士がリンクに笑う。

 ――相棒、いつでもいいぜ!

 ――頼んだぞ、ダルケル!

 リンクは瞳を開ける。すると、水晶で出来た足――いや、もはや槍と化しているものが目前へと迫る。エッジがはっきりと見え、リンクは凝視する。

 エルゼは、自身と魔物の間に入ったリンクに、言葉にならない言葉を叫ぶ。

 だが、その水晶の槍は、リンクに触れる前に砕けた。

「――え!?」

 エルゼは信じられないというような面持ちで見つめる。リンクは両手を広げ、エルゼを庇うような姿勢でいるままだ。何か変わったことは――そう思った時、エルゼは気づく。リンクの周りに、赤い壁が張られているということを。

「大丈夫か、エルゼ」

「――え、ええっ……ありがとう」

「無事ならいい」

 リンクはそれだけ言うと前を向いた。魔物は、弾かれた衝撃により地面に伏す。リンクはその赤い壁を解き、背から、リンクの身長を超えるほどの巨大な剣を払って魔物へと駆けだした。そしてそれを振り回し始めた。

「はあああっっ……!!」

 グルングルンリンクが回るたびに、魔物の体は激しく音を立てる。にもかかわらずリンクの剣の勢いは衰えることはない。八重の剣を受けた時は、弾き返してしまっていたというのに。ついには、水晶の破片がリンゼへと飛んでくる始末だった。

「はぁぁぁぁーーーっ!!」

 何回転目かどうかもうわからないが、リンクは回転する勢いを利用し、剣を振り上げた。すさまじい威力を湛えながらリンクの上部に三日月を描くような軌道で剣が振り下ろされ、魔物を叩いた。何かが完全に砕け散る音と共に、突如空から雷が降り注ぎ、魔物はがくがくと体を震わせた。そして、静寂が訪れるや、魔物はがくりと脱力し、地面から起き上がらなかった。

 リンクは剣を背に仕舞い、魔物に向かって歩み出す。そしてしゃがみ込んで、何かを取り出し、こちらへと持ち帰ってきた。

 リンゼがエルゼや八重に駆け寄って回復魔法で疲労をとると、3人はリンクの下へと向かった。

「リンク殿、あっぱれでござる! ……それは?」

「ああ、恐らくこれがこいつの弱点だ。こうして取り出せることを考えるに、これは核だろうな。さっさと破壊しよう」

 そういってリンクはぽいと上空に投げ、バクダン矢で撃ち落とし、爆破させた。核はあっという間に散り、消し炭が地面へと残されていく。エルゼは、その光景をぼうっと見つめていた。

「……なんとか片付いたな。さ、王都へと戻るか」

「――あ、あのリンク!」

 エルゼがリンクの裾を引っ張った。そして少しだけ俯いて、ぼそりと呟いた。

「……あ、ありがと。あたしを助けてくれて」

「気にするな。お前が無事なら、それでいい。さぁ、いこう」

 そういってリンクは仲間たちを促した。八重とリンゼ、そしてエルゼはその後に続いた。

「……ほんと、何者なのよ。アイツ」

 リンクに聞こえない程度に小さく呟き、少しだけ口角をあげると、たったと駆け足で仲間たちを追った。

 

 




フレイズさんを巨岩砕きとウルボザの怒りぶっぱで倒しました。完全な力技且つまるで将棋でも何でもないけどいいですよね??
てか、フレイズって時のオカリナの水の神殿のボスに似ている。もしかしてパクリでは(言いがかりすみません)


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#10 英傑は事件を解決し、告白される

今回は推理となっていますが、原作より大幅に量が多いです。ご容赦を。


「依頼完了です。お疲れさまでした。こちらが報酬の銀貨4枚と、解毒剤です。依頼主さんの家で作られたものだそうですよ」

 ボコブリンと謎の魔物を討伐した後、リンク達はギルドへと戻り、完了報告を済ませて報酬を受け取る。正直解毒剤は要らなかったが、万が一のことを考えて分配しておいた。

 その後は、王都にある宿へと向かった。激しい戦いを終えた後なので、女性陣が休みたいと主張したからだ。リンクも確かに疲労がないと言えば嘘になるので異を唱えず、チェックインを済ませると3人は部屋へと入っていってしまった。

「……まああれだけの戦いをすればな」

 リンクはそういうも、まだまだ戦えるくらいには元気だ。このまま寝てしまうのももったいない。それに……少し整理したいことがあるから、一人で離れた場所にいって、考えたかった。

 いったい何故ボコブリンたちが現れているのか。そしてあの水晶の魔物は何者なのか。ボコブリンたちの出現となにか関係があるのか。そしてそれは、世界中に広がってしまっているのか。

「……相談してみるか」

 ぼそりとリンクは呟く。シーカーストーンの地図機能を呼び出し、ワープを選ぶ。目的地は、《神様の家》だ。正直あまり気は乗らない。だが、何よりも世界の事情に明るいのは神様だ。頼った方が一番早い。

 リンクはそっと瞳を閉じる。すると意識がだんだんと遠ざかっていき、光の糸となって散っていった。

 気がつくとリンクは、この冒険の始まりの地へと、来ていた。瞳を開けるとそこには無限に広がる雲海があった。そしてそれにそぐわない木製のテーブルとタンスもそのままだ。

 だが、白髪の老人だけはその場にいなかった。その代わり、テーブルに小さな置き手紙が置かれていた。リンクはじっとそれを覗き込む。

『ワシを訪ねてきたものたちへ

 

 すまんがわしは今、女神ハイリアの元にいくことになった。何でもわしが間違って落とした雷について問い詰めたいことがあるとかなんとか。そういうわけで2、3日はここを離れるので悪しからず。

 

世界神より』

 

 ……なるほど。

 リンクはなんとも複雑な気持ちになった。自分に雷を落としたことに対して問い詰められると言うのは悪い気がしないでもないが、肝心なタイミングでそれは困る。しかも2、3日もこんなところで待つのは正直辛い。

「……仕方ない。帰るとするか」

 リンクは盛大にため息をついてシーカーストーンを取り出した。そしてマップ上に設置されているワープメーカーを指定して、異世界の地に戻った。

 瞳を開けるとそこは、オルトリンデ公爵の屋敷だった。そういえばここにワープポイントを設置したのだった。とりあえず一回宿に戻ってみることにし、すたすたと家から出ていく。

 だが、そんなリンクの横で、力強い蹄の音が響いた。振り向くとそこには、高貴そうな馬車が走っていた。しかも尋常ではない速さであり、早急な用であると見受けられる。しかし一体なんであろう。そう思いリンクは馬車を見つめると、ぴたっと馬の繰り手が鞭を引き、馬車が急停止した。そしてすぐに公爵が馬車から顔を出した。

 しまった、こちらが引き留めてしまったようだ。リンクはすぐに謝罪をすべく頭を垂れる。

「申し訳ありません、私が引き止めてしまいーー」

「よかった、リンク殿だな!」

「は……?」

 違うのか? オルトリンデ公爵はパッと顔を輝かせている。リンクはスッと立ち上がり、膝についた土を払う。

「お急ぎのようですが、何か御座いましたか?」

「実はな……兄が、いや、国王が毒で倒れられたのだ」

 ーーふむ。

 リンクは目を細め、話を聞くべく黙った。

「急いでいる身なので続きは馬車のなかだ。君ならきっとこの状況を打破できるだろう。さぁ、急いでくれ」

「かしこまりました。微力ながら尽くさせていただきます」

 そういってリンクは馬車へと駆け込んだ。リンクが座席につくや繰り手は馬に思い切り鞭を打って、発進させた。

 馬車は最高速を維持しており、そのせいか馬車のなかはひどく揺れる。そのなかで公爵は険しい顔を浮かべながらリンクに事情を説明し始めた。

「実はな、我が国ベルファスト王国と、東にあるレグルス帝国は20年前に起こった戦争の後に友好条約を結んでいる。だが、それがいつ破棄されるかわからない。そこで、南のミスミド王国と同盟を結ぼうとしているのだ」

「……レグルス帝国への牽制のためですね」

「その通りだ。その他にも交易のために是非得ておきたい場所なのだ」

 他国ーーしかも相手に考えている国に隣接している国との同盟は、自国の規模を大きく見せることに繋がる。故に無用な争いを避けることもできる。

「ただ、問題なのはその同盟に反対する貴族がいるということだ」

「それは何故ですか?」

 リンクが問うと少し難しい顔をする。

「ミスミド王国は、知っているかもしれないが獣人の国なのだ。故に毛嫌いするものたちがいるのだよ」

「……なるほど。私はそういうのには縁はないですが、理解できないこともないです」

 いわゆる種族差別と言うところか。これは、どの国家にも付きまとう。少し理由は違うが、100年後のゾーラ族はハイラル人を嫌っていた。最もこれは、ゾーラの英傑ミファーが、リンクと関わったから死んだという誤解から生まれたものなのだが。種族差による偏見や差別は、単純すぎる理由で生まれてしまい、それは永遠に潰えることはない。多様な人間の価値観から生まれる問題であり、否定こそされるが根本から変わることはない。

「それで、本題なんだが兄上が毒を盛られ、今倒れている。周りのものがいうには、ミスミド王国の大使が持ってきたワインを飲んだ途端倒れたそうだ」

「だが、陛下はミスミド王国の大使が毒を持ったとはお思いではないのでしょう?」

「そうだ。私は獣人を嫌うものたちの仕業だと思っている。このまま兄上が亡くなられれば、王位は自動的にユミナ王女へと移る。まだユミナ王女は幼く政治に関しては疎い。それを利用してその者の息子と無理矢理結婚させれば、実質国の実験を握ることができる。故に兄上を亡くすわけにはいかないのだ」

「……スゥ様を襲ったのも関係してくるでしょうか?」

「恐らくな。奴等にとって都合の悪い人間を消すためだろう」

 確かに国王とオルトリンデ公爵を消せば、王女の後見人の候補がいなくなる。そこでその者」が主張すれば簡単になれてしまうだろう。そして政治のわからない王女を言葉巧みに誘導し、思うがままに操れる。それは国政の乱れるもとになってしまう。

「兎に角兄上を死なせるわけにはいかない。リンク殿、解毒の術はないか?」

「……これはどうでしょうか?」

 リンクは、シーカーストーンで一本の瓶を取り出す。報酬でもらった解毒剤だ。効果のほどはよくわからないが、いけないことはないだろう。

 公爵はそれをじっと見つめる。ラベルにかいてある言葉を読み、解毒剤であることを確認するとぱっと顔を輝かせた。

「よければリンク殿、その解毒剤を使わせてくれないか?」

「構いません。では、急ぎましょう!」

 リンクがそう言うと、公爵は繰り手にスピードをあげるよう命じた。繰り手はさらに鞭を打って馬を加速させ、急ぎ王宮まで向かった。

 王宮にたどり着くと、公爵の案内の下王の寝室まで急ぐ。そして寝室のドアを開けると、中にいた人々からの視線を集めた。皆高貴な服装をしているが、その中には子供もいた。どうやらその子供が王女ユミナだろう。リンクは室内に入るとすっと膝をついた。

「オルトリンデ公爵様!」

 華奢な女性が、切迫した表情でオルトリンデ公爵に駆け寄る。恐らくあの人が国王の妻だろう。

「義姉様、兄上の御容態は?」

「一命は取り止めているそうです。しかしそれも時間の問題です」

 そういうと女性は今にも崩れそうな表情を浮かべた。

「そうですか……ですがご安心ください。ここにいるリンク殿が、解毒剤を持ってきてくれました」

 公爵がリンクを指し示すとリンクは頭を項垂れた。

「真ですか……?」

「左様です。何も申さずに部屋に参る無礼をお許しください。こちらが薬でございます。どうか、お急ぎを」

 そういうとリンクは、女性に薬を手渡した。女性はありがとうございますと感謝の言葉を述べると、早速夫の傍に寄り添い、瓶を開けた。

「さっ、お飲みください」

 薬は横たわる国王の口へと流し込まれた。これで治るはずだ。

 果たして国王の、荒かった呼吸は落ち着き始め、しばらくすると瞳が開いた。国王は起き上がり、妻子たちの涙ぐむ姿を見ると、穏やかに笑って見せた。

「あなた!」

「お父様!」

 二人は思わず国王に抱きついた。国王は驚きつつも二人をなだめるようにグッと抱き締め返した。

「アルフレッドも……すまないな、心配をかけて」

 アルフレッドと呼ばれた公爵はふっと笑うと顔を腕でぬぐった。

「しかしアルフレッドよ。隣に立つのは何者だ」

「この方は兄上に解毒剤を持ってきてくださった方です」

「なんと……この度は私の命を救ってもらい、ありがとう。君にはいずれお礼をしよう」

 国王は娘たちを解放しリンクに向き直る。そして、頭を下げてきた。リンクもまたその場に膝をつき、頭を下げた。全くこの国の人間はどうしてトップが頭を下げるのか。ゼルダがイーガ団に襲われたことを報告しても、ハイラル王は一度も頭を下げてはいなかったというのに。

「それで兄上、確認したいのですがミスミド王国の大使が献上したワインを飲まれた途端倒れたのですね?」

 公爵が質問すると、国王はやや厳しい表情をしたがコクりと頷いた。

「その通りだ。だが、私はどうもミスミド王国の大使が盛ったとは思えないのだ」

「私もそう思います。ですがそれを覆す証拠がーー」

「恐れながら、それは考えるまでもないかと」

「なに? どういうことかね?」

 国王が目を見開いてこちらを見る。わずかにプレッシャーと、割り込んでしまったことへの後悔が襲いかかるが、口を動かし続ける。

「突然容喙いたしましたことをお許しください。ですが、私はその手口はあり得ないと思うのです。国王陛下、ワインを飲まれた場所は大広間や宴席でしょうか?」

「あ、ああそうだ」

 やはりそうだ。大使が来たということは、そこでもてなすのが普通だ。ましてや同盟を考えているのならば、饗応の席は設けている。そして親睦を深めるために献上品を一緒に口にするのも当然だ。

「そして恐らくワインは饗応の席で注がれたと思われます。もしそうでなければ給仕のものを疑うべきでしょうがまずそれはあり得ない。饗応の場であるならば国王陛下自らが注ぐものです。故に、もしワインに毒が盛られていたとしたら、国王陛下のみならず大使やその他の方々も今ごろ倒れています。故に大使の方の謀略の線は薄いと判断できるでしょう」

 長々と推理を語るリンクに、国王の寝室にいる一同は唖然としていた。

「そなた……何者なのだ? 見受けたところ旅人のように見えるが」

「元、ですが王国に使える騎士でした。故にこういったことに関して多少の知識はございます」

 リンクがそういうと回りはおおとどよめく。大方どこの国の騎士だろうかと考えているのだろうが、残念ながらこの世界にはない。

 だが、リンクはひとつ異様な視線を感じた。敵意ではない。が、じっとリンクを見つめる視線がある。リンクは頭をあげず、瞳だけ向けるとそこには、この寝室にいる唯一の少女だった。恐らくユミナ王女だろう。彼女の瞳を見ると妙にキラキラしている。宝石でも埋め込んだのではないかというくらいに。そしてその目は明らかにこっちを向いている。

 リンクは逃げるように目をそらすとちょうど公爵陛下が声をかけた。

「リンク殿、では犯人はどのような手口で……?」

「現時点では難しいでしょう。差し支えなければ、現場を私目に見せていただけませんか? あと、お目覚めになられたばかりで申し訳ありませんが国王陛下にも、当時の状況をお伺いさせていただきます」

「構わん。犯人が解明するのならば協力しよう」

「ありがとうございます。では、国王陛下とそのご家族以外の方はお引き取りいただいてよろしいでしょうか」

 そういうと、高貴な服装をした上級貴族たちは部屋から出ていった。万が一ここに犯人がいないとも限らない。話を聞かれないためにも、出ていかせた。

「あと、公爵陛下は饗応がなされた宴会場へと向かってください。場を荒らす輩がいないとも限りませんので、そこの見張りをお願い致します。王家の方にお頼みすることではございませんが」

「よい。これも兄上を殺めようとしたものを暴くためだ。悦んで務めよう」

「感謝いたします。それではーー」

 リンクは国王陛下に向き直り、質問を開始した。

 国王陛下によれば、リンクの推理通り、宴会場でもてなし、大使の持ってきたワインを飲んで倒れたそうだ。そしてワインはその場で注がれたのも一致していた。

 それだけ確認を終えるとリンクは部屋を出ていき、犯行現場へと入る。そこには公爵陛下と、同席していた貴族がいた。国王が悶え皺になったテーブルクロスがあるのであれ以来場は荒らされていないのは確認できる。

 リンクはテーブルを回ってワイングラスを確認する。すると、国王のだけグラスの表面に模様が描かれている。

「……なるほどな」

 そうリンクが呟くと、貴族へと話しかける。

「同席していたあなた様にお伺いします。同席していた方は?」

「ああ、ミスミド王国の大使と私と国王陛下と、バルサ伯爵という方だよ」

「そのなかで、獣人に対して否定思想を持つ方は?」

「バルサ伯爵だ。彼は大使が来訪すると聞いた瞬間に嫌な顔をしていたよ」

 なるほどな。よし。

「すみません、お手数ですが饗応の場にいらっしゃった皆さんと、公爵陛下をこの場にお呼びしたいので、集めていただけませんか?」

「え、もしかして犯人がわかったのか?」

「はい」

「わ、わかった! すぐ呼んでこよう!」

 しばらくすると、公爵陛下や国王陛下、ミスミド王国の大使、そして小太りな男が現れた。恐らくあれがバルサ伯爵だろう。

「リンク殿、犯人がわかったのか?」

「はい。そして今お呼びした皆様の中に犯人がいます」

「ふん、そんな大仰な言い方せんでも、この獣人が犯人だ! こいつが国王様に毒を盛ったんだ!」

 バルサ伯爵は、大使に指を向けた。なるほど、頭部に2つの耳を生やしており、歯も牙のように鋭い。

「ふざけるな! 私は決して毒などーー」

「うるさい! 黙れ! この獣人風情が! そうに決まってるんだよ!」

「いいえ、バルサ伯爵。彼女は犯人ではございません」

 とっさにリンクが割り込み、口を出す。バルサ伯爵はくしゃっと顔を歪ませ、露骨に不機嫌な顔を晒す。

「なんだねこの若僧は!? 誰だこんな奴を呼んだのは!」

「私だよバルサ伯爵。何かあるかね?」

 国王がにっと口角を挙げて名乗ると、伯爵の目が血走り始めるが見えた。隠し事がずいぶん下手なようだな。

「……いえ、滅相もございません。だが、先ほどの言葉はどういうことか、説明してもらおうか」

「既に公爵陛下や国王陛下にはお話いたしましたが、改めて説明させていただきます。仮に大使様が毒を盛られたとしたら、国王陛下のみならず、大使様もバルサ伯爵も倒れています。注ぐのも席で行われたとならば、なおさら可能性は薄まるでしょう。ということは、残されたものはただひとつです」

 そういって、リンクは、国王のグラスを、近くにあるナプキンで持ち手を握り、ワインを注いだ。

「では、ためしに実験してみましょうか。どうぞ、バルサ伯爵」

 リンクはバルサ伯爵迫り、ワインを差し出すと途端に顔がひきつり始めた。

「い、いや私は結構だ……酒はあまり嗜まないのでな」

「貴族足るものそれはいかがなものでしょうか? 国王陛下もそう思われますよね?」

 リンクはにやっと笑うと、国王は意地悪な笑みを浮かべた。

「その通りだ。ここはひとつ一杯いってみろ」

「し、しかし……」

 思った通りだ。奴の慌て様は尋常じゃない。これは明らかに、毒の正体が分かっている。

「では僭越ながら私が飲ませて差し上げましょう」

「や、やめろ! ふざけるな!! この無礼者!」

 伯爵は大声で悲鳴をあげるが、リンクは顎に手をかけ、無理矢理ワインを口に含ませた。リンクの怪力で身動きがとれずじたばたしている様は実に滑稽だ。そしてこの場の全員が、犯人が誰かわかってしまった。

 グラスの中身が空になり、リンクはグラスをそっとテーブルに置くと、伯爵は途端に喉を抑え、うめき始めた。すかさずリンクは、国王の寝室から持ってきた、先ほどの解毒剤を彼の口の中に入れる。すると、伯爵は大きく息をしながらも、だんだんと顔色を回復させていった。もはや、状況は回復できないほどに追い込まれてしまったが。伯爵は、皆の目線を見た瞬間、すべてを察してしまった。自分はもう、終わりだと。

「バルサ伯爵。あなたはワインに毒を持ったのではない、グラスに毒を塗ったのです。それにより大使に罪を擦り付け、そして王家を乗っ取ろうとしたのでしょう」

「ぐっ……く、くそっ!」

 伯爵は否定もせずただ地団駄を踏む。

「こんなところで終わってたまるか!」

 伯爵は皆に背を向け、この場からの逃走を図った。だが、リンクが許すはずもなかった。

 すかさずリンクはシーカーストーンからボコ弓と電気の矢を取りだし、足に向けて放った。威力を極力弱めたが、矢に取り付けられている電気が彼の足を止め、どたんと倒れ、その後失神した。

 周りの者からは拍手喝采が起こり、リンクはわずかに照れながら応えた。その中で一人ーーまたも少女がリンクに異様な視線を向けていた。そしてその子は一歩前に出てきて口を開いた。

「この度はお父様を助けていただき、ありがとうございます。えっと……リンク様」

 この子には一度も名乗ってはいないが、公爵殿との会話を聞いて覚えてくれていたのだろう。ありがたい話だ。リンクもまた彼女に膝をついて頭を下げる。

「いえ、とんでもございません。公爵陛下にはお世話になりました。故にお兄様である国王様をお救いすることも当然でございます、王女様」

 そういうとリンクは王女の顔をわずかに見る。王女の顔は明かりが点るようにパッと輝いていた。そして、すくっとたちあがり国王へと口を開いた。

「では国王陛下、彼はいかがなさいますか?」

「その辺りの処遇は早急に決める。リンク殿はお疲れであろうから、妻子と共に応接間に向かってくれ」

「畏まりました」

 そういってリンクと国王の妻と王女は応接間へと向かった。その後ソファーへと座ると、リンクはそっとため息を吐いた。

 その後は王妃と王女と話をした。特に王女は目をキラキラさせてリンクに質問し、そして耳を傾けていた。

 30分ほど経過した辺りだろうか、国王が応接間に戻ってきた。

「お父様!」

「ユミナよ! すまなかったな、いろいろと心配を駆けて。リンク殿、此度の件の例としてこれを受け取ってほしい」

 そういうと国王はひとつの箱を持ってきた。国王がなかを開けるとそのなかには白金貨が30枚ほど入っていた。

「本当に君には感謝をしている。他にも礼をしたいと思っているがとりあえずこちらを渡そう。他にも望むことがあれば何でもいってくれ」

「……これはもらいすぎではーー」

「なにをいう、これでも足りないくらいだ。しかし他にも渡したいものがあるゆえこれでとどめさせてくれないか。君専用の家なんかもーー」

「結構でございます! お、お金だけで十分でございます!」

 冗談じゃない。別に俺はこの世界でずっと住む訳じゃない。家なんて要らない!

「そうか……謙虚なのだな君は。では、お金だけでも受け取ってくれ」

「……有り難き幸せです」

 もう高貴な人間から大金を貰うのは慣れてしまった。そうだ、これはただの成功報酬なんだ。そう言い聞かせなければ、気が狂う気がする。

 金を受け取り、密かに息をはくと有ることが脳裏に浮かんでいた。そういえばここに来る前、とあることを報告に来たのだ。そう、ボコブリンの発生と謎の水晶体の化け物との接触だ。それを伝えなくてはならなかったのだ。リンクはそれを伝えるべく口を開こうとした。

 だが、不意に目の前の王女が立ち上がった。

「お父様、お母様! ……私、決めました!」

「ほう? 言ってみなさい」

 タイミングを逃してしまったか。まあいい、少女の言葉が終わり次第すぐにーー

「私は、この……リンク様と結婚させていただきたいと存じます!」

 ーーは?

 リンクはピタッと動きを止め、頭の中から、何を言うべきか吹き飛んでしまった。

「あらあら」

 

 

 

 

 

 

 




ユミナを仲間にするには仕方がなかったんだ……早く話を進めたい


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#11 英傑は婚約寸前まで持っていかれ、最凶と対峙する

とある方がゲストとしてハイラルから来てくれました!!


 リンクの生涯は、人のそれ以上に長く、そして激しいものだと、感じている。近衛を務めている家に生まれ、幼少期から大人の騎士に打ち勝ち、成長して姫の護衛を任され、その後命を賭してガーディアンと戦った。そして100年が経ち、記憶を失いながらもハイラルを駆け巡り、数々の記憶を取り戻していった。

 100年後の借りを返すべくハイラル城へと乗り込んでいこうとしたところを、余計な横やりのお陰で異世界に飛ばされた。そこで数々の出来事が起こり、力と経験と勇気で乗り越えていった。

 今までもそうだった。己の力でどうにか乗り越えてきた。

 だが――今回、リンクの目の前に突きつけられた問題は、それで解決できるのか、100年近く生きている――もっとも100年間は眠っていたのだが――リンクにはわからなかった。

 何の脈絡もなくリンクよりも遥かに年下の少女に、婚約宣言をされたことなど、一度もなかったからである。

「……王女様。失礼ながら、私には、私と結婚をなさりたいというお言葉が聞こえてきたのですが、お間違いではないでしょうか?」

 リンクは震えを抑えつつ問う。しかしリンクの前に立ち上がっている少女は表情を変えることはなかった。

「真でございます! 私、ユミナは貴方様の生涯の伴侶となりたいと思っております!」

 リンクはがくりと崩れそうになるのを堪える。本気なのか? 何で出会ったばかりの人間と結婚しようとするんだこの王女は?

 ーー冗談じゃない。今は結婚なんて考えている場合じゃないんだ。

「ユミナよ、理由はなにかね?」

「はい、お父様を救っていただいた、というのもそうですが、とても聡明でお強く、そして端正な顔立ちをしております。人柄も寡黙ではありますが優しさを感じさせ、きっとこの方なら共に幸せに人生を歩めるという気がしたからです」

 いくらなんでも買い被りすぎだ。というかほとんど接触がなかったのにどうしてそこまでずらずらと言葉を並べられるのだ?

「ふむ……お前がそういうのならば反対はしない。では――」

「お、お待ちください!」

「何かね?」

 王は至極疑問そうにリンクを見る。

「私もユミナ王女も今日お会いしたばかりでございます!」

「それがなにか?」

 これだから貴族は……!

 貴族は見合い結婚とかが常道らしいが、そこまで恋愛に関する常識が欠けているとは思わなかった。――それとも100年眠っている間に変わってしまったのか?

「それがなにか? ……ではございません! 第一私のことを信用しすぎかと思われます! 私はただの旅人であり、悪行を犯さないとも――」

「その点に関しては心配要らない。今回の件で信頼できる人物に値している。それに、ユミナには人の"質"がわかるのだよ」

 質? どういうことだろうか。

「ユミナはね、"魔眼"持ちなのだ。見たものを善か悪かを判別できるそうだ。といっても直感らしいが、ユミナは外したことはない」

 なるほど、だから初対面でもここまで分析できていたのか。そういえば、ユミナの瞳をよくは見ていなかったが左右の瞳の色が違う。右が碧、左が翠であり、こんな瞳をしている人はハイラルにはいなかった。恐らくこの瞳の色が能力と関連しているのだろうが、それは素直に便利な効果だ。道中のイーガ団の奇襲にもあらかじめ対応できる。

 ……いや、余計なことを考えている場合じゃない。逃げ道が狭められているのだ。

「だ、第一ユミナ王女様はおいくつなのでございますか?」

「12です」

 幼い……あまりに幼すぎる。幼くしてゲルドの町の長を務めるルージュですらもう少し年を取っているはずだ。

「少々幼すぎるのでは……?」

「いや、問題ない。王族というのは15になるまでに婚姻相手を決めるものだ。私も王妃と結ばれたのが15の時で、王妃は14だった」

 ……おかしいぞ。ゼルダ姫は17才のとき結婚なんていう話は出ていなかったはずだ。もっとも姫は力を得るための修行と、厄災に対抗するための研究に明け暮れていたので、そんな浮いたことはしなかったのだろうが。やはりハイラルと異世界では常識が違うのだろうか。

 いや、そんなことをいっている場合じゃない。逃げ道をまたも塞がれたのだ。どうすればいい? 自分は異世界人なので貴方と結婚できません、と言ってみればどうなるのだ。ややこしくなるに決まっている。

 リンクが必死に策を練っていると、王女は不安そうに問う。

「もしかしてリンク様……私のことがお嫌いなのですか?」

「と、とんでもございません! お嫌いなはずが……」

「なら問題ないですね! 私と婚姻を結びましょう!」

 ユミナ王女はぱっと笑顔を輝かせた。

 いや、一言も好きとはいっていないのだが。こんなに押しが強い人間は、これまでの人生を振り返っても早々いない。

 ……仕方ない。こうなったらーー

「申し訳ありませんユミナ王女様。王女様からの告白は、大変喜ばしい限りなのですが、私には使命がございます。それをやりとげてから、ではだめでしょうか?」

「……それは、婚姻よりも大切なことかね?」

 父親である国王がじっとリンクを見つめる。相当なプレッシャーだ。だが、これは嘘偽りもない。

「はい。使命を果たさない限り、婚姻など考えることができません」

 リンクは言い切ると、王の顔を見た。王はふうと息を吐くと、わかったというように頷いた。

「……よかろう。我が娘との婚姻は現時点では破棄とする。しかし、ひとつ条件がある」

「何でございましょうか?」

 国王はにっと笑いながらユミナとリンク双方を見るといい放った。

「ユミナよ、リンク殿の使命を果たすまで共に行動をしなさい」

「……なるほど。分かりましたわお父様」

「ーーいや待ってください!」

 リンクは思わず立ち上がり叫んでしまう。しかし無礼を詫びる余裕もなくそのまま捲し立てた。

「王女様を旅につれていけとおっしゃるのですか!? いくらなんでも危険過ぎます!!」

「その点は心配要りませんわ。こう見えても私、風・土・闇属性の適正を持ち、弓を扱えます。足手まといにはならないと自負していますわ」

 意外と戦闘能力はあるようだ……じゃない。だからなんだっていうんだ。

「外は本当に危険なんです王女様! 本当に命を奪いに襲いかかる魔物だっています! いくら王女様がそれなりに戦闘をこなせるといっても、経験がなくては――」

「――国王は先方の出来事で、ミスミド王国との同盟を結びたいと考えております。そのためには国王様同士互いに顔を合わせるべきなのです」

 突如王妃がこんなことを言い始めた。リンクは顔をしかめつつ、続きを聞く。

「ですが、両国との間は遠いです。故に、危険も多いと思います。そこで――リンク様たちとユミナを護衛として雇いたいのです」

 なるほど、実に変な言い回しだ。だが、言いたいことは解る。

「つまり、国王様の護衛の任務をユミナ王女様とともに行え、ということで相違ありませんでしょうか?」

「はい、そうです」

「なるほど、それはいい。無論、こちらはギルドの依頼としての扱いにするので、報酬はもちろん、ギルドランクも上げられる。そう悪い話ではあるまい」

 どうなのだろうか。報酬でつられている気がする。それに別にリンクにとってはそこまで魅力的な話では――

 ……そうとも限らない。

 他国に王がおり、しかも両者が同盟を結ぶのであれば、ハイラルの魔物に対してより強固な対策が可能になる。発生源の捜索も格段に速くなるし、これを利用する手もなくはない。ユミナ王女との妙な関係は続きそうだが、それも仕方のない自己犠牲だ。それに、この方たちに、嫌ですといっても納得してもらえなさそうだ。

「……分かりました。この任務、引き受けさせていただきます。仲間にも伝えておきます」

「うむ、そしてユミナよ。リンク殿の助けとなるよう、励むのだぞ?」

「はい、頑張ります。お父様! 必ずリンク様の心を射止めて見せます!」

「とはいえ、私たちはユミナとご一緒するのですがね」

 この方たちは遠足か何かと勘違いしているんじゃないのか。リンクは頭が痛くなるのを堪えていた。

 

 

 

 

 その後リンクは一度仲間たちの元に戻り、王からの依頼を伝えた。ギルドランクの事を口にすると、3人は特に拒絶もせず、引き受けることにした。しかし――リンクに異様に体を寄せるユミナ王女に関しては許容できなかった。

「――これはどういうことなのリンク」

「どういうことですか、リンクさん」

 エルゼとリンゼが問い詰めていく。特にリンゼの目が、怖かった。

「無理矢理婚約を結ばされたんだ。いや、正確には、結び切っていないのだが」

「私はリンク様のフィアンセとなる予定の、ユミナ・エルネア・ベルファストと申します。お父上から、リンク殿と共に行動することを命じられました」

「こんな幼子と、婚約を結ぶとは――」

「ヤエ、彼女は王女様だ。言葉使いに気をつけろ」

 リンクがたしなめると八重ははっと見開いてすぐに頭を下げた。

「気にしないでください。私はこれから皆様とともに、お父様たちの護衛任務に携わるわけですから、無理に敬語を使わなくても結構です。ユミナと呼んでいただいても結構です」

 ……ここの高貴な方は敬語を使わせる意味を理解していないらしい。敬語を使う意味は、主に主従関係の理解、そして再確認のためだ。敬語を使わせることによって、自身の部下、配下であることを認識させていく。それにより忠誠心を植え付けるひとつのステップになる。

 まあただ確かにリンク達は直接の配下でもなく、ただの平民だ。しかもリンクに至っては国民ですらなく、異世界人だ。敬語を使わせる意味は、濃くはないだろう。リンクは何も言わず、王女から目を背けた。

「で、ではーーいや、ねぇユミナ。あなたは戦えるのかしら?」

「はい。私は風と土と闇の適正がありますし、弓もそれなりに扱えます。足手まといにはならないと思います」

「後方支援でござるな、それは頼もしい限りでござる!」

「でもユミナさん。弓は持っているんですか?」

 リンゼが聞くと、ユミナは首を振った。

「そうなのですか……私達は弓は使えないので持ってないので、どこかでーー」

「ユミナ。これを」

 やけくそで敬語を使わなかった。だが、ユミナは何も言わずに振り向いた。そしてリンクの手元には一本の弓、そして木の矢10本があった。

「リンク様、これは……?」

「《王家の弓》だ。威力も高く扱いやすい類いのものだ。それを使ってくれ」

 リンクの持つ王家の弓は、ハイラルの貴族にしか使えなかったとされる上質な弓であり、王家の証である三角形の模様が刻まれている。滅んでしまった100年後のハイラルでは割りと落ちているので簡単に手にはいるが、当時はリンクは握ったことがなく、せいぜいその一つ下の《騎士の弓》だけだ。

 ユミナはリンクからその弓を受けとると、顔をわずかに赤く染め、ありがとうございますと呟いた。

「ではリンク様。お父様の元へ行きましょう」

 ユミナはリンクからもらった弓を背負って若干もじもじとしながらも歩を進めていった。

「ーーあんたやるわね」

「はぁ?」

 エルゼが呆れたような目で見つめてきたが、リンクにはその真意がわからなかった。

 

 リンク達が王宮につくと、召使いから待つように言われた。そして王達の支度も無事整い、王自ら現れると、早速馬車にのって出発した。そしてその場には、ミスミド王国の兵士も共にいた。なんでもミスミド国王の命で、王を護衛するように頼まれたらしい。正直リンクとしては、それを受諾するのは両刃の剣とも言えなくもない。護衛と称して本当は暗殺者ならいつでも首を狙える。その保険としてリンク達を雇ってはいるが、守りきれるかどうかは、怪しいところだ。

 ーーいや、ユミナの能力があれば大丈夫だろう。彼女は人の善悪を見定めることができる。故にミスミド王国兵士達が暗殺の任を任されているかどうか見抜くことができる。彼女を見るに、何もアクションを起こさないことから、暗殺の可能性は皆無だろう。

 兵士達が王に誠心誠意お守りいたしますと誓うと、満足げに王は頷き、馬車はゆっくりと進み始めた。

 ミスミド王国へといくには、ガウの大河と呼ばれる大きな川を渡っていかなければならない。しかも10日もかかるという長旅だ。ただ帰りはリンクが設置したワープメーカーで帰るこりができるし、片道だけ頑張れば問題ない。

 とにかくこの10日間の消費に見合う分だけの成果を、手に入れなくてはならない。そうリンクは、王の馬車に続く自分達の馬車の荷台乗りながら思った。

 

 

 その道中にはいろんなことがあった。

 初日の夜には、盗賊が潜んでいるとミスミド王国の獣人兵から伝えられ、リンクは限界まで力を振り絞り、ウルボザの怒りで潜んでいる盗賊全員に雷を落とした。

 その後は何もなかったが、リンクが神様のもとに行き、この世界に起きている謎を解き明かしにいこうとしたが、如何せん人数がざっと20人はいるので、なかなかいくタイミングが見つからなかった。

 そして旅立ってから6日がたつと、ガウの大河についた。ここからは船に乗り換えて渡るらしい。新しい馬車は用意されているとのことだ。

 そういえばリンクは船に乗ったことはなかった。せいぜい筏であり、コログのうちわで自分で風を起こして進んでいた。故に、木でできた長い棒みたいなもので濃いで進むタイプのものははじめてだった。

 2時間ほどたって向こう岸につくとリンゼが船酔いしてしまった。そこでリンクはシーカーストーンにある、がんばり薬を与えて回復させた。これはスタミナを回復させるものであり一種の気づけ薬みたいなものだ。酔いが治るかは分からないが、元気にはなると思う。

 果たしてリンゼは無事に回復し、リンクにペコペコと頭を下げ、目を輝かせていた。

 その後はミスミド王国へと向かうべく再び馬車に乗り、森林地帯へと進んだ。ここには獰猛な獣達が多いとのことで、皆警戒しながら進む。とりあえずこの森を抜ければ村があると兵士から聞き、そこまで目指すことにした。

 だが――

「……これは?」

 兵士たちはくんくんと鼻を動かした。

「どうしたんだ?」

 リンクが尋ねると、顔をしかめながら答えた。

「何か奇妙な匂いがします。あちらの方角から煙臭いのが漂ってくるのです」

「あっちって――村の方角だぞ? 火の手が上がっているのか?」

 別の兵士が言うと、皆察し始めた。村が何かに襲われているということを。

「だが王がいる以上あまり下手に手は出せない……」

 リンクが言い放つと、兵士たちは一斉に非難の視線を浴びせた。

「あちらの村、エルドの村は我が国の領土です。見過ごすわけにはいきません」

「だが王はどうするんだ? 一緒に連れて行っても危険なだけだ」

「――だったらあたし達が王様を守るわよ。そこらの魔物とか獣には負けはしないわ。それで兵士さんたちは村を救いに行くってのはどう?」

 エルゼが口を出してきた。たしかに悪くない案だ。戦力を二分させるのには賛成はしないが、妥協するならこれ以上のものはない。

「分かりました。確かにあなた達ベルファスト王国の問題ではなく、我々ミスミド王国の問題です。我々は村の救援へと向かいます。貴方たちは護衛をお願いします」

 そういうと兵士たちはだっと駆け出していった。そしてリンク達は王の乗る馬車を守るように取り囲んだ。

「しかし火の手が上がるって何が起きているのでござろうか?」

「恐らく野党の襲撃だろうな。まあ彼らだけでも十分だろう」

「そうですね。皆さんお強そうですし」

「とりあえず、ミスミド王国の皆さんのお帰りを待ちましょう、リンク様」

 そうだなとリンクは答え、瞳を閉じて腕を組んで待つことにした。

 だが――ひそかに、リンクの鼓膜を揺らす音が聞こえた。

 それは蹄がゆっくりと地を踏む音だった。しかし馬のように軽やかではない。

 リンクは瞳をわずかに開け腕を解く。そうしている間にも、どんどんと近づいてくる。

 重い。あの足音はとてつもなく重い。リンクはつばを飲み込んで、シーカーストーンの望遠機能を使い、覗き込んだ。

 拡大された視界には、森林しか映らない。獣もいない。だが――木々の隙間に、白い影が映った。

「――!」

 そんなはずはない。奴までもが流れ込むはずがない。リンクは白い影にフォーカスしてさらに拡大する。だが、眺めるたびにリンクの予想は、確信に変わっていく。

 炎のように逆立つ白い影はのそのそと森を歩いていく。爛々と輝く瞳が背筋を凍らせるほどに冷たく、わずかに見える剛腕が見る者を固まらせる。そして足元は――馬のそれによく似ていた。

「くっ――!!」

「リンク殿、どうしたのでござるか?」

 突如抜剣したリンクに八重をはじめとした人間が驚く。

「――奴が来るんだよ」

 リンクはたらりと顔に汗を流しながら答える。

「奴とは何者ですか、リンク様?」

「――ユミナ。君は隠れていろ。これから来る奴は相当危険だ」

「えっ? で、ですか私は――」

「隠れろって言っているんだ!!」

 リンクは振り返って叫ぶと、ユミナは震えだしてしまった。

 しかしユミナに対して誰も擁護の意見を言わない。あのリンクがこうも警戒の色をむき出しにしている。よほど危険な奴なのだろう。

「リンゼ、ユミナを乗せて馬車を安全な場所へと避難させてくれ」

「……分かりました」

 リンゼは手を引いて、今にも泣きそうなユミナを馬車の中に乗せ、馬車を動かした。

「――ヤエもエルゼも注意しろ。こいつは――相当ヤバイ」 

 リンクは低い声で注意を促した。八重もリンゼも構えを取り、臨戦態勢をとった。

「どのくらいヤバいのでござるか、リンク殿」

「――俺の国では最も凶暴にして、最も強かった魔物だ。俺も一時期、殺されかけたことがある」

 いや、実際は殺された。ミファーの祈りで蘇生を果たしたが、その後は命からがら逃げまわった。今では何とか戦えるほどに実力をあげたが、それでも勝てるという保証は、ない。

 リンクの一言で、エルゼも八重もぞくっと背筋を凍らせる。

「いいか。奴の一撃は絶対受けるな。何が何でも絶対に避けろ」

「……わかったわ」

 会話を終えると、奴はちょうど良いタイミングで、森林の影から姿を現した。夜の月明りに照らされ、形相が見える。冷徹な死神のような目、燃え上がるように逆立つ白い髪、白銀の体色、矮小な獲物を見下ろす雄大で屈強な体、そして自身の身長と同じくらいの大剣と弓。全てが見るものに絶望を与える。奴こそ、ハイラルの絶望の化身――ライネルだ。

 ライネルはリンク達を視認すると、剣を抜き払い、腰をかがめた。そして、殺意を込めた瞳で、睨み付けてきた。

「――来るぞっ!!」

 




ライネル先生と次回は戦います!!!


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#12 英傑は獣人と戦い、守護者だったものと再会する

ライネル大先生との熱い戦いです。きっと皆さんも初めての時はこんな心境でしたでしょう。


 ハイラルの大地を逞しく駆け、他の生物に畏怖させるほどの強大さを誇るライネルの名は、100年前からも知れ渡っていた。しかし100年前のリンクは、ゼルダを守りつつも3体のライネルを一人で倒して見せたことがあった。それはひとえに、リンクが眠りによって力が衰える前の全盛期であったから、であろう。100年経った今では、まだ取り返せていない力はあるはずだ。

 故にリンクは戦慄している。今回は、生きて帰ることができるのだろうかと。

 ライネルは、リンクと八重、エルゼを認識するや天に咆哮する。大気が激しく揺れ、木々がざわつき始めた。そしてリンクは思い出す。白銀に光るライネルは、戦う際こうして吠える癖がある。そしてーー周囲を爆発させるのだ。

「――皆! 出来るだけ奴から距離を取れ! 爆発する!」

「うそでしょっ!?」

 リンクたちはだっと駆け出して、ライネルから逃げ出す。吠え終わったライネルは剣を地面に突き立てた。

 刹那ーーライネルを中心に、爆炎が沸き上がった。爆発があった範囲の草木はあっという間に焦げ消え、平地と化してしまっている。突風がリンク達を靡き、熱がじわじわと襲いかかる。離れていなければ、全身火だるまになっていただろう。

「何て奴なの……? リンゼの炎属性の魔法とは比べ物にならないわ」

「こんな化け物が、この世に存在するとは……」

「話している場合じゃない! 来るぞっ!!」

 リンクが注意を促すと、ライネルは逞しい下半身を稼動させ、勢いよくこちらへと迫る。手には巨大な大剣が握りしめられ、3人を裂こうと刃を光らせる。そして剣のリーチに入ると、ぶんと空気ごと薙ぐように剣を震った。3人とも剣で受けることはせず、横に飛んでかわしていく。あれを受け止めていたら、ただではすまないだろう。戦闘経験のある3人は、体で理解をしていた。

 かわされたライネルは走る速度を緩めることなくぐるっとリンク達の背後を回り、再び正面へと躍り出ようとする。だが、大剣故にすぐに追撃には出られない。そう判断した八重は、踏み込んでライネルの下半身に斬り付けた。気合いも威力も十分、これで勝負は決したか。

 だが、ライネルは意も介さずそのままリンク達から離れていき、再び冷徹な瞳でこちらを睨み付けてきた。まるで、蚊にでも刺されたのかと問うようだった。

「そんな馬鹿なーー」

「ヤエの剣が効いてないの!? ーーなら!」

 エルゼは地面を思いきり蹴り飛ばし、無属性魔法《ブースト》で限界まで身体能力を上昇させた。そして無防備なライネルの顔面に拳を浴びせた。大抵の魔物はこれ一発でダウンを取れるほどだ。ライネルとて、ただではすまない。

 だが、ライネルは確かに顔は背けたが、エルゼの拳が離れた途端、すぐに睨み付けてきた。痛みで顔を歪ませることもなく、戦闘開始と変わらない、氷のように冷たい目線を浴びせられる。飛び上がり、宙に浮かぶエルゼはその視線に釘付けになってしまう。故に、ライネルが返すように剣を振ろうとしているのを視認できなかった。

 果たしてライネルの大剣はエルゼの体を軽々と裂いた。体こそ二分はしなかったが、腹に深い裂傷を負わされることとなった。声にならない悲鳴をあげながらエルゼはごろごろと転がり、動きが止まるやすぐに血を吐いた。

「エルゼ殿! しっかりするでござる!」

「大丈夫だ、生きているならこいつで治る!」

 リンクはそういうと、シーカーストーンから《マックス串焼き肉》を取りだし、無理矢理エルゼの口に入れる。すると、すぐにエルゼは立ち上がり、はぁはぁいいながらもきっとライネルを睨み付けた。腹の裂傷から溢れ出す血も止まっているようだ。

「……ありがとうリンク。治してくれたの?」

「その料理には体力を全快させる効果がある。あまり数はないから、簡単にやられるなよ?」

「無茶言うわね……アンタの言うように、一撃でも食らったらお陀仏だわ」

 その通りだ。リンクとて3発も喰らったら持たないと思う。八重もまた奴の尋常ではない耐久力と攻撃力に震えを隠せない。

「あんな奴、どうやって倒せばよいでござるか……」

「弱点とか、一撃必殺のなにかとかないのかしら……」

 ある。

 いや、正確にはあった。ハイラルのアッカレ古代研究所で作成できる《古代兵装・矢》を以てすれば一撃でライネルを葬れる。本来はガーディアン用の武器なのだが、基本威力も高くどんな魔物でもかなり効果を発揮する。

 だが、ハイラル城に入る前に立ちふさがった複数のガーディアンを倒した時にすべて使いきってしまった。故に、必殺の一撃を今リンクは持っていないのだ。

 ただ、だからといって希望が潰えたわけじゃない。目が弱点と言うのは、変わらないのだ。

「来るでござるよ!」

 八重が叫ぶと、ライネルは体を屈めて猛スピードでこちらへと突進してきた。奴の攻撃は、止まることを知らない。しかも一度でも受けたら致命傷だ。いつまでもかわし続けることなど、出来はしないだろう。早めに奴のペースを崩したい。

 突進をかわされたライネルは、木々にぶつかる前にブレーキを掛け、こちらへと向き直った。そして大剣を振りかざし、地面を叩き割った。揺れ動く地面に身動きが取れず、ライネルはその隙に斬りかかった。

 こうなったらーーリンクはシーカーストーンを掲げ、ビタロックを発動した。

 すると、黄色い光が照射され、天から幾つもの鎖が伸びていくとライネルを縛り付けた。ライネルの動きはピタリと止まり、巨大な大剣もまた静止している。

「エルゼ、ヤエ! 攻撃しろ!」

 リンクが指示すると、二人は止まるライネルに重い一撃を与えた。すると、ライネルを縛り付けていた鎖にもヒビが入り、ライネルは解き放たれた。だが、突如ライネルは地面に膝をついてしまった。

「ーーなるほど、あの時のやつでござるか」

 八重は突如敵の動きが止まる状況を経験していた。初めてリンクと出会ったとき、チンピラに囲まれていたが、そのときリンクが、こうして動きを止めてくれたのだ。

「攻撃するわよ!」

「御意!」

 エルゼが叫ぶと、八重は再び剣を構え、息絶え絶えになっているライネルへと斬り込んだ。エルゼもまた拳を振るい、ボコボコ殴っていく。

「でやぁっ!」

 そこへリンクが背後へと回り、ライネルの背に飛び乗った。ライネルはそれに気づくと、リンクを振り払うべく暴れ始める。しかしリンクとて伊達に暴れ馬は扱っていない。そう簡単には振り落とせず、その間に背に剣を叩き込んだ。

「ガァッ!!!!」

 ダウンから回復したライネルがリンクを弾き飛ばすと、天に大きく咆哮した。大気が揺れ、枯れ草が飛び散り始める。

「マズイッ!! 皆離れろ!」

 そうリンクは指示するが、攻撃していた二人が離れても、ライネルの爆発の範囲からは逃れられない。並大抵の攻撃では、奴の注意をそらすことはできない。どうすればーー

 そうリンクが駆けながら思索していると、すぐにライネルは爆発を起こした。リンクは範囲に入ってしまった二人の方を見つめ、名前を叫んだ。

 煙が立ち退き、視界がクリアになっていく。二人は消し炭になってしまったのか。リンクは目をわなわなと震わせながら注視する。

 しかし、リンクは意外なものを見つけた。

 なんと、先程まで無かった氷の壁が、ライネルとふたりの間に現れているではないか。無論二人は無事である。

 リンクは咄嗟に後方を見つめた。するとそこには、リンゼが両手を翳していた。

「ありがとう、リンゼ」

「いえ……ですが、私の氷を溶かすほどなんて、恐ろしいですね」

 見ると確かにリンゼの出現させた氷の壁は溶け始めている。ライネルの攻撃は、すべてが規格外だ。

「ユミナは?」

「馬車に残ってもらっています。王様の護衛を頼んだら、渋々ですが引き受けてくれました」

「助かる。こんな化け物を相手にはさせられない」

 そういうとリンクは剣をチャキッと構えると、ばっと駆け出した。同じくライネルもこちらを視認すると、だっと蹄を鳴らし、疾走する。

「グルゥゥァッッ!!」

 ライネルは、下弦の月を描くように、地面すれすれに剣を振った。リンクの足を吹き飛ばすつもりなのだろう。

 ーーそうはいくか!

 リンクは、剣が足を薙ぐ直前に軸足を捻らせ、体全体を左に回転させながら飛んだ。剣は見事に宙を掻き、焼け焦げた土が剣風で舞う。リンクは回転する勢いを利用して、腕を全力で振りきる。マスターソードの切っ先は、ライネルの逞しい顔面に傷を付けた。

 両膝で衝撃を和らげ、すぐに背後を振り向く。同じく振り向いたライネルの表情は憤怒に満ちている。誰もが認める百獣の王たる自身の顔に傷を付けた。それは何物にも変えがたい屈辱。

「ガァァァッッ!!!!」

 ライネルは、怒りに任せてリンクへと大剣を横に振った。しかし、リンクは冷静に剣をバック宙でかわしていく。軌道を返した二擊目も、同様にかわす。

 かわされたことに苛立ち、ライネルはわずかに剣を溜めた。タイミングをずらし、先読みしたリンクがバック宙したのを狙って刈り取る気なのだろう。だが、そうはいかない。

「ガァァッ!!」

 先程よりも威力の増した一撃が振るわれる。リンクはその動きをじっと見つめる。ピリピリと服に伝わる殺気、そのピークを、見極めるんだーー

「ーーここ!!」

 リンクはばっとバック宙で飛んだ。途端、リンクを除く全ての生けとし生けるものの動きが遅くなった気がした。揺れる草木も、仲間達の叫ぶ声も、ライネルの、絶大な力を秘めた剣も。

 片足から着地し、その衝撃をバネにするように蹴りあげた。今のリンクは、極限まで追い込まれたことにより、肉体時間を大幅に加速されている。故に他の者より疾く動ける。

「ーーおおっっ!!」

 リンクはマスターソードを、ライネルに当てていく。そして間髪入れず二発目、三発目と止まらない。飛び散る血潮がゆっくりと宙に漂い、体は軋み始める。だが、この程度で音を上げるほど、柔ではない。

 とどめの横凪ぎでフィニッシュすると、リンクは息を思い切り吐いた。すると、肉体の加速から解放され、世界は元の時間を取り戻す。ライネルもまた突如襲いかかってきたダメージに呻き、ばっと飛び退いた。

「グアァッ!」

 しかし、ダメージを受けたからといって止まる奴じゃない。奴は、口を大きく開け、思い切り息を吸い始めた。

「リンゼ! 氷の壁を頼む!」

「ーーはい!」

 リンクはリンゼへと叫ぶと、すぐに両手をかざした。

「氷よ来たれ、永遠の氷壁、アイスウォール!」

 するとリンゼは、リンクの眼前に大きく太い氷の壁を張った。

 ライネルはその直後、口から炎の弾を吐き出した。地面を焼きながらまっすぐリンクへと飛んでいく。しかし、氷壁がそれを阻み、その度に砕片が飛び散っていく。

 炎の弾は一発では終わらず、3発放たれた。ぶわっと蒸気が舞い、氷が猛スピードで溶けていく。

 だが、リンクはそれを予想していた。壁の向こうでリンクは弓をつがえ、水蒸気が舞うなか、ライネルの光る目だけを見つめていた。そして、弦から指を離した。矢はまっすぐ水蒸気の中を貫き、そのままライネルの目へと吸い込まれ――なかった。

「なっ!?」

 ライネルは、矢が命中する寸前、顔を反らした。それにより弱点の目を守り、顔の頬に刺さっただけだった。ライネルの頬に当たっただけでは何ら意味をなさない。ライネルは筋肉をこわばらせ、刺さった矢を落とすと、地を揺らすほどの踏み込みでリンクへと突進した。横にかわしたところで、後ろに控えているリンゼに直撃してしまう。かといって直接受けるには余りにリスクが高すぎる。ゴロン族の英傑の力を借りる余裕もない。もはや目前に迫り、せめて後ろのリンゼだけでも守るべく、盾を構えた。

 だが、リンクの後ろ髪を、風がするどく揺らした。リンクは一瞬目を見開く。すると、目前には一筋の輝きが、彗星のごとく現れた。そしてそれは――ライネルの瞳を貫いた。

「ガアァァッッ!?」

 あまりの激痛にライネルは悲鳴をあげ、その場で崩れ落ちる。とっさに後ろを振り向くと、リンゼの遥か後ろに、小さな金髪の少女が弓をつがえていた。

「ユミナ――隠れてろって」

 助けてもらった身にも拘らず、リンクは叫ぶ。しかし、ユミナは毅然と言い返した。

「お父様に言われました。リンク様たちが戦っているのに、将来の妻になる予定のあなたはこんなところにいていいのか、と。私は、貴方にどう思われようと、貴方と共に戦うことを選びます」

「しかし王様たちは――」

「お父上も多少の剣の鍛錬はあるとおっしゃっていました。故に、大丈夫です」

 何ともぶっ飛んでいる。自分の護衛などいいから、敵をやっつけてこいなどと抜かす王様がどこにいる。

 リンクはどこかおかしくなり、ふっと笑った。

「――だったら早く終わらせないとな。ユミナ、支援頼んだぞ!」

「分かりました!!」

 ユミナの返事により、再び皆がきっとライネルを見つめ、駆け出した。八重とエルゼ、そしてリンクがダウンしているライネルに攻撃を畳みかけた。徐々にだが、三人の攻撃が効き始めており、終わりはそう遠くないと感じた。立ち直ったライネルが咆哮し、三人が逃げ出す間にリンゼが氷壁でリンク達を守る。そしてその陰でユミナが矢でライネルを射抜くべく、狙いを定めた。

 爆炎が引き、一筋に飛ぶ矢が奴の目を捉える。しかし、ライネルはリンクの時のように躱し、猛突進してきた。狙いは幼き少女、当たったら絶命待ったなしだ。ユミナは戦慄し、慌てて逃れようとする。

 だが、その直線に、リンクが赤いバリアを纏って割り込んだ。岩のごとく固い障壁に阻まれ、ライネルはその場で跪く。リンクはすぐに彼女の安否を確認するとライネルを切り込んだ。

「ユミナさん、行きましょう!!」

「――わかりました!!」

 猛反撃を叩き込むリンクから距離を取り、二人そろって両手をかざす。すると、二人の上空にいくつもの槍が現れた。しかし色は二人とも違う。リンゼのは炎を表す赤色、ユミナは電気を表す黄色だ。

「雷よ来たれ、白蓮の雷槍、サンダースピア!」

「炎よ来たれ、紅蓮の炎槍、ファイアスピア!」

 詠唱を終えると、一斉に槍は放たれ、ライネルへと突き刺さった。爆発が起こり、その周囲を電気が奔り回る。

 そして――リト族の英傑の力で二人の魔法を避けたリンクは、オオワシの弓を取り出して、煙の中に包み込まれているライネルを睨んだ。すさまじい熱と電気に呻くライネルは、少しでも逃れようと空を仰ぐ。だが、そこには――きらきらと光る透明な氷の力が見えた。ライネルの表情は、もはや強者のそれではなくなっていた。リンクは目を限界まで細め、狙いを定めて氷の矢をありったけ放った。

 炎、電気、氷。3つの力がライネル一体に襲い掛かり、包み込んでいき、跡形もなく消し飛んでいった。

 

 

 

 

 ユミナ、リンゼ、そしてリンクの連携攻撃によってライネルは、自身が使っていた武器や素材を残して消えていた。リンクはそれをシーカーストーンにしまい込み、息を吐いた。

「お疲れ様。とんでもない化け物だったわ」

「本当でござるな。ああいう化け物はもう二度と戦いたくはないでござる」

 戦った皆はその場にへたり込み、リンクもさすがに疲労を感じ、燃えていない木々に寄りかかった。リンゼとユミナは国王たちを連れてくるべく離れ、今は3人だけとなっている。

 八重とエルゼが先ほどの戦いについて語り合っている中、リンクは一人で考える。なぜ、ライネルまでもが現れたのか。

 ボコブリンたちが大量発生し、今度はライネルときた。ボコブリンなんかはこの世界の人間でも簡単に倒せるだろうが、ライネルとなればそうはいかない。現に5人がかりでも相当な苦戦を強いられた。

 早くこの流れを食い止めなくては、この世界は本当に大変なことになってしまう。戻ってきたら早速話そう。リンクはマスターソードを背に仕舞い込んだ。

 少し経つと馬車がこちらへと戻ってきた。王にこの件に関してきちんと説明しなくては。そう思い、リンクは立ち上がった。

 だが――

「あ、あれは何でござるか!?」

 八重が突如指をさした。その方向には、天高くキノコ型の爆炎が浮かび上がっていた。爆発音こそ小さいが、煙の大きさからみるに、威力はすさまじいものだと予測できる。そしてその方向は――ミスミド王国の兵士たちが向かっていった村の方だった。

「まさか、さっきの奴なのかしら?」

 エルゼが勘弁してくれというように顔をしかめながら言った。だが、リンクはそうではないと思った。ライネルも爆炎を出すことはできるが、それなら村全体を焼き払う。キノコのような形の雲にはならないだろう。

 リンクはシーカーストーンの望遠機能で拡大してみる。爆発は何度も起こっており、先ほどのライネルのそれとは頻度が違いすぎる。薄まることのない煙に、逃げ惑う村人、剣を持って応戦しているミスミド王国兵士たちで敵は覆い隠されている。

 だが、突如白い光が村人たちへと照射されたのが見えた。

「――!!」

 村人たちがいたところは、炎で包まれており、面影は一茶感じさせない。望遠機能の視界は炎で包まれてしまい、良く見えない。接近するしか術はないようだ。そう思い、解除しようとしたその時――何かが炎の中を横切った。

 それは人でも獣でもない。機械で出来た足だ。何本も生えており、かさかさと炎の中を平然と動き回る。そしてそれはひとつだけじゃない。群れのようにぞろぞろと現れる。奴等は、上部から紅い光を発し、その軌道上に太く白い光を放ち、爆発させる。

 その挙動を、リンクは知っていた。ライネルよりもずっと深く、脳裏に刻まれている存在だ。

「――エルゼ。ひょっとしたら……いや、間違いなくさっきの奴なんかよりもずっと厄介だぞ」

「え――どうしてよ?」

 リンクはじっとエルゼを見つめ、こう言い放った。

「――俺たちの国は、今襲っている奴らによって破壊されたんだ。《ガーディアン》によってな」

 リンクの仲間たちは息を呑み、黙々と煙が上がる村を見つめた。

 

 

 

 

 




ガーディアンなんて、盾で跳ね返せばいいじゃん?
――盾もってるのリンクだけですね。しかも複数。


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#13 英傑は守護者だったものと戦い、絶望する

またランキングに乗ってしまったぜ……やったぜ。


 襲われている村へと駆けつけると、そこには凄惨な光景が繰り広げられていた。家屋はすべて破壊され、人々の焼死体がそこら中に転がっている。戦ったあとも残されており、剣を握りしめながら逝った人もいる。村中を業火が包み込み、その場にいるリンクたちも汗を掻くほどに熱い。そして崩壊寸前のこの村を闊歩しているのは、機械兵《ガーディアン》。もはや破壊すべきものなど残されていないはずなのに、あらゆるものを赤いレーザーで索敵し、すぐさま白い閃光を放ち、焼き払った。

「何なのあの化け物……」

 エルゼが顔を青ざめていた。こんな光景は、彼女が生まれてから一度も見ていない。全てが破壊され、まさに地獄と化したこの状況は、彼女の心を痛ませるには十分すぎた。

 そんなエルゼにリンクはポツリと答える。

「アイツは元々、俺の国を守るはずだった兵士なんだ。だが、色々あって今はああなっている……」

 リンクの語る通り、ガーディアンは元々、100年前に現れた厄災ガノンに備えるためのものだった。封印の力に目覚められなかったゼルダ姫が、せめて出来ることをと思い、古代の異物を研究し、実用の段階にまで持っていった。しかし、復活した厄災ガノンはその力でガーディアンを乗っとり、逆にこちらに襲いかかった。裏切りのような形で形成を逆転され、数多くのガーディアンにより、国を、街を、人を壊された。そしてリンクもまた、ガーディアンの大群で命を落としかけたのだった。

 一つの国を滅ぼす直接の原因を作った存在が、本来いるはずのない異世界で、蹂躙し破壊している。リンクはいよいよ体を震わせ、混乱し始めてくる。

 ライネルといい、ガーディアンといい、どうしてこの世界に現れた? 何故だ? ゲートが原因なのか?

 ――だとしたら、俺が行くしかない。

「――ッッ!!」

 リンクは地を蹴り出し、マスターソードを背から抜き払う。マスターソードは爛々と青く燃える光に包まれ、力が引き出されていく。

 いきなりリンクが飛び出して行ったことに仲間たちは困惑し、リンゼが呼び止めた。

「リンクさん、いったい何を――」

「――そこで待っていろ、ガーディアンは俺が倒す!!」

 皆にそう叫ぶと、リンクは近くにいるガーディアンの目前に躍り出た。ガーディアンは、《標的》を見つけるや、すぐに機械の目をこちらに向け、目標を捉えるレーザーを放つ。そのたびにリンクは、ハイラルにおける奴の脅威が呼び起こされる。奴は、ハイラル平原を闊歩し、容赦なく他の生命を奪っていく。リンクもまた、目覚めた直後に追い回され、死にかけたことがあった。奴は、まず狙った獲物を執拗に追い回し、破壊的な威力を秘めた光線を放つ。しかも奴は並大抵の武器では太刀打ちができないほどに強固であり、攻守において隙が無い。リンクの持つ、マスターソードかそれに相当するほどの剣でなければ、攻撃すら通らないのだ。故にガーディアンを倒せるのは自分だけ。そう思ったリンクは剣を振り上げ、奴の機械でできた足を斬り付けた。すると足が千切れ、血が吹き出すように火花が切断面から放たれた。ガーディアンを支える機関が壊れ、とたんにバランスを崩す。しかしリンクは猛攻をやめない。続く隣の足も切り裂き、さらに隣と、ガーディアンの動きを止めていく。

「でやぁっ!!」

 すべての足を斬り落とし、とどめの一撃を放つと、ガーディアンは上半身をぐるぐると回し、全身から青い光を放った。そしてそれが奴の全身を満たし、爆発を起こした。爆煙からリンクは身を守るように腕でかばい、視界がクリアになると、ガーディアンの部品がパラパラと残る。リンクはそれを拾い、シーカーストーンに仕舞い込んだ。そしてリンクは静かに皆の方を振り向く。

「――ガーディアンは俺が倒す。その間に住人や兵士の避難誘導を――」

 頼む。そう言おうとした。

 だが、それは最後まで言い終わらなかった。突如、リンクの背を尋常ではない熱と衝撃が襲いかかったのだ。

「リンク様!」

 ユミナの悲鳴など聞こえない。感じるのは、痛みと熱。ただそれだけ。吹き飛ばされ地面を転がされたと知覚したのは、地面に伏し、赤く染めあがる視界がわずかに正常さを取り戻してからだった。

 リンクは首を回し、後ろを振り返る。すると背後には――いつの間にか3体のガーディアンが赤い光を放っていた。その光は、リンク一点に集約している。

 立ち上がらなくてはいけない。このままではお陀仏になってしまう。だが、背中を焼かれてしまい、立つことがままならない。何とか剣を支えにして、地面から離れようと尽力する。

 だが、リンクの横から一人の叫び声が聞こえた。

「――こっちでござるよ!!」

 独特の口調と、はっきりとした滑舌で叫ぶ少女、八重がガーディアンのレーザーの前へと躍り出る。そしてリンクから離れ、自身へと注意を向けさせた。エルゼも八重の意図を理解し、各々に指示を出す。

「リンゼはリンクの回復を! ユミナは奴を攻撃して!!」

「わかったよ!」

「分かりました!」

 エルゼに従い、ユミナはその場を離れ、リンゼはリンクの傍に寄り添い、背に手をかざして魔力を引き出す。

「光よ来たれ、穏やかなる癒し、ヒール!」

 リンゼの両手から淡い光が放出され、激しく傷んだリンクの肌が徐々に元に戻っていく。リンクも痛みが引いてきたことに驚き、すくっと起き上がった。

「……ありがとう。俺はもう大丈夫――リンゼ!!」

 リンクはリンゼを見ると、彼女の側部にレーザーが当たっていることに気づき、叫ぶ。リンゼもまたそれに気づき、口元を手で覆う。どうやら新手がまた現れたようでリンクは睨み付ける。

 その途端、ガーディアンは目を光らせてビームを放った。リンクはリンゼの前に立ちふさがり、シーカーストーンから盾を取り出した。そして、ビームの先端を注視しながら、体の内側へと盾を引く。ビームが与える熱を感知した、瞬間を狙うまで。

 そして――リンクの肌がそれを察知した瞬間、勢いよく体の外へと盾を振った。すると、盾がビームの先端へとあたり、それを弾き返した。ビームは放たれた軌道をそのまま逆へと辿り、まっすぐガーディアンへと直撃した。爆発が起こり、ガーディアンは余りの衝撃に身動きを止め、駆動する足がへなっと地へ着いた。

「――すごいですリンクさん……」

「リンゼ、俺はもう大丈夫だ。他の皆と、村人たちを頼む」

「分かりました、無茶はしないでください」

 リンクはああと呟くと、動けなくなったガーディアンのとどめを刺した。

 一方、八重はというと、逃げ回るので精いっぱいだった。3体のガーディアンを相手にしているため、迂闊に攻撃に出られない。

 だが――攻撃するのは八重の役割ではなかった。

「雷よ来たれ、白蓮の雷槍、サンダースピア!!」

 遥か後方でユミナの魔法が詠唱され、その後無数の、電気を纏った槍が飛来した。それはたちまちガーディアンへと突き刺さり、電気を帯びた爆発がガーディアンの動きを止めていく。

「今でござるな――やぁっ!!」

 八重はだっと地面を蹴り、ガーディアンへと攻め込む。そしてガーディアンの足へと太刀を入れ込んだ。そこが弱点ならば、この攻撃は効くはずだ。現にリンクが実践してくれた。

 だが、八重の刃は足を切り裂くことができなかった。それどころか、あまりの硬度に弾かれるほどであった。

「――これは……!?」

 八重は驚愕のあまりその場で硬直してしまう。リンクにはいとも簡単に切り裂けたのに、どうして自分は――

 そうしているうちにガーディアンは立ち直り、ぎろっと目下にいる八重を睨み付け、3本の赤いレーザーを照射する。八重は何とか逃げようとするも、慌ててしまったせいでその場で転んでしまう。ここで転んでしまうとは。自身の情けなさを悔いたその瞬間だった。

「ハァッ!!」

 突如八重の目の前に、エルゼが飛び込んだ。透明な膜を纏った拳は、ガーディアンに向け――られず、そのまま奴らの目下の地面へと突き刺さる。すさまじい衝撃を叩きこまれ、奴等は揺らされた。当然ビームなど撃てるはずもなく、そのまま鈍い音を立てて地面へと倒れ込んだ。するとガーディアンの底の部分にある核がむき出しになり、そこをエルゼが睨み付ける。そして再び拳に膜を張り、力強く踏み込んで一突きした。

「せやぁっ!!」

 そこに一撃を加え、悲鳴をあげるようにその部分がきしんでいく。立ち直った八重もまたほかの固体の核を斬り付けていた。

 だが、ガーディアンもまた体勢を整え、倒れ込んだ体をどうにか元に戻した。そして、再び八重とリンゼを赤いレーザーで睨みつけた。

「こいつら、そう簡単にはやられてくれないわね……」

 エルゼが舌打ちをするように呟いた。

「今はとにかく逃げるでござるよ!」

 八重とリンゼはそれぞれ散って、レーザーから逃れるべく駆けた。2体はエルゼを、1体は八重を追い始めた。

 一方リンクは片っ端から見つけ次第ガーディアンを葬っていた。マスターソードさえ無事ならば何体でもガーディアンは倒せる。

 問題は何体いるかだ。救援に言った兵士はまだ生きているのだろうか。リンクは住民たちを安全な場所に避難させながら探し続ける。

「――そなたは!」

 突如横から声を掛けられ、リンクはばっと距離をとった。だが、それが獣人の、剣を持っている女性の兵士だと知るや、すぐに警戒を解いた。

「一体ガーディアンは何体いるんだ?」

「――あれはガーディアンというのか……正直わからない。逃げ回るのに精一杯だったんだ」

「……ということはまだいるのか。3体で終わりかと思っていたが」

「あ、あれを3体も倒せたのか!? 一体たりとも倒せなかったぞ……」

 兵士は大声をあげて驚いた。

「アイツは生半可な武器では倒せないです。ガーディアン専用の武器であるこいつだからこそできたことです。それはそうと、貴方は随分消耗が激しい。ここから引いて、王の護衛に回ってはもらえないか?」

 リンクが諭すと女性兵士は残念そうに頭を俯かせると、了解したと返事した。

「悲しいことだが、私では足手まといのようだ。必ずあの化け物をたおし、ミスミド王国の国民の仇を取ってくれ」

 そう力強く頼み込み、ぺこりと頭を下げると、足を引きずりながらもリンクのもとを去った。

 もとはといえば、ハイラルで生きていた兵器。にもかかわらず、奴はこの地を蹂躙し、多くの命を奪っている。この世界の人々は、何ら罪はないというのに。

 ならば――せめて奴の世界の住民である、リンクが終わらせるのが筋だ。リンクは一層剣を握る力を強めて、だっと駆け出していった。

 すると、逃げるように走るエルゼが確認できた。その後ろにはガーディアンが二体。リンクは地を蹴る力を強め、エルゼを追うガーディアン二体の前へと立ちふさがった。

「リンク!!」

「こいつらは俺に任せてくれ! 八重を頼む!!」

 リンクはそう叫ぶと、奴らの足を速攻切断した。エルゼがだっと八重の元へと駆けだすと、リンクは動きを止め、上半身のみとなったガーディアンへと追撃する。奴等は突如の反撃とピンチにパニック状態になり、ギョロギョロと目をしきりに動かしながらも悶える。

「これでとどめだ!」

 リンクは、回転斬りを放ち彼らを斬り付けた。これで残すはあと一匹。それを仕留めれば終わりだ。

 だが、ガーディアンが機能停止し、青い光を放ったその直後だった。

 剣から、ぱっと青い火花が飛び散り、マスターソードの光が消滅してしまった。剣自体は砕けてはいない。だが、マスターソードに甚大な力を与えていた者が、休息を求めている。

「くそっ……こんなときに!」

 リンクは舌を打つ。聖なる力を失ったマスターソードを武器にしたところで、なまくらにも劣るだろう。リンクはとりあえず鞘にマスターソードを仕舞い、シーカーストーンから《獣神の大剣》を手に取った。威力はかなり高いが、なんせ重くマスターソードとは使い勝手が違う。だが、これくらいしか使えそうなものは、ないだろう。それにもう、悠長としている暇は残されていない。逃げ回っている八重が転んでしまったのだ。まだエルゼもたどり着いていない。リンクは駆けつけるべく、前傾姿勢になる。

 だが、直後リンクの頭上を熱光線が過っていった。リンクの目の前で爆発した。炎が舞い上がり、とっさに振り向くと、そこには歩行型ガーディアンがこちらを睨み付けていた。

「ちぃっ……!!」

 リンクは苛立ちを隠さずに大剣を握りしめてガーディアンの足を切り落とそうと振る。だが、ガーディアンがかさかさと後ろへと下がるせいでなかなか当たらない。

 これが重量武器の弱点だ。一発当てればかなりの威力が期待できるが、重すぎるゆえに、攻撃に移るまでの時間が長いのだ。故に隙も多く、躱されやすい。ゴロン族の英傑のように、片手で振り回せるわけでもない。リンクは限りなく近づこうとするも、足も遅くなってしまい、距離は離されるばかり。そして、奴の瞳は赤く光り始めていた。

「くっ……!!」

 リンクは追うのを止め、剣を背にしまって盾を構える。こうなったら盾で跳ね返してダウンさせてからの方がよい。リンクは奴のレーザーに集中し、目を細めた。

 ――だからかもしれない。リンクは気が付かなかった、空からも狙われていることに。

 リンクが盾の取っ手に力を込めようとした、その寸前、空から白い閃光が降り注ぎ、盾目がけて直撃した。脱力していた故に盾は、手から離れずとも大きく弾かれ、リンクもまた後ろへとよろめいてしまった。

「なっ――!?」

 リンクは後ろへと引っ張られながらも上空を見る。するとそこには――3つのプロペラを付けた飛行型のガーディアンがこちらを睨み付けていた。いつからそこにいたのだ……!? 

 だが、そうも考えられるほどの時間はない。地上の悪魔もまた、攻撃準備を終え、白い光を放った。リンクは必死に体勢を整えようともがく。だが、隙を見せた獲物を見過ごすなどしない。奴らは非情にもリンクの胸を焦がしたのだった。

「がっ……!?」

 胸が熱い。苦しい。固い地面にリンクの体は放り投げ出され、暫く転がり続ける。この熱はリンクの力を根こそぎ奪い取るほどに熱く痛い。きっと肺も焼き焦げてしまい、もう息などできる状態じゃないだろう。リンクはもう立ち上がる気力すら、残っていなかった。

 ――だが、声だけは聞こえた。

 死にかけている自分に対し、大丈夫と語り掛けてくれる、優しい少女の声だ。

 その声が響いた瞬間、リンクは痛みが引いていくのを感じた。息ができない苦しみも、肌が焼け焦げていく熱ももう感じない。それどころか、懐かしい安らぎの感覚が体中を満たしていく。100年前、怪我するたびに与えてくれた、癒しの力がリンクを黄泉の国から呼び覚ましてくれる。

 ――大丈夫。私が傷を治してあげるから……行って、リンク。

 かすかに聞こえたその声に起こされた。瞳を開け、リンクは立ち上がる。焦がされた胸はすっかり元に戻っており、痛みなどみじんも感じない。それどころか、体中から力が沸き上がる。

(――ありがとう、ミファー)

 リンクは一瞬、彼女の《祈り》に感謝すべく瞳を閉じると、ぱっと瞳を開けてガーディアンを睨み付ける。そして、リンクは瞳を閉じてゴロン族の英傑を呼び出す。すると、赤い鉱石のようなバリアがリンクを覆った。ガーディアンは、リンクが行き返ったことを知るや、再び目を発光させ、熱を放つ。だが、リンクを再び焼き殺すことは叶わなかった。固すぎるバリアの前に跳ね返され、槍のごとく歩行用ガーディアンに刺さった。突如のショックを与えられて動けなくなったガーディアンにリンクは飛び上がった。そして剣を抜き払ってぐるりと回転して奴の上部を斬り付けた。

 その時、ちらりとリンクは飛行型のガーディアンを見る。すると赤いレーザーがこちらを照射している。そして今にも、光は放たれようとしていた。攻撃後の隙を狙っているのだろう。

 だが、そうはいかない。リンクは素早くガーディアンから飛び降り、レーザーから逃れた。時はすでに遅し、ガーディアンのレーザーは天から放たれ、先ほどまでリンクが載っていた、歩行型ガーディアンへと直撃した。

 強烈なレーザーを喰らった歩行型ガーディアンは内部を貫かれ、間もなく爆発した。あとは飛んでいる奴さえ倒せば問題ない。リンクはぐっとしゃがみ込み、瞳を閉じる。するとリト族の英傑が暗闇の中に現れ、身体全体を揺さぶる上昇気流が舞い起こる。リンクは迷い無く地を蹴り、パラセールで飛び上がると、飛行型ガーディアンに向けて弓をつがえた。そして矢筒からバクダンが仕込まれている矢を取り出して振り絞り、プロペラ部分に命中させた。するとすさまじい爆発を起こしてガーディアンはよろよろと地面へ墜落した。

 そのままリンクはパラセールを閉じ、剣をぐっと下へ突き立てた。自身に逆らう風が鼓膜を激しく揺らし、景色ももはや霞んでくる。その速度で剣はガーディアンへと、突き刺さった。足に尋常ではない衝撃が襲い掛かるが歯をくいしばって耐えながら剣に力を籠める。火花が著しく飛び散り、ギシャッと不快な音を立てながらガーディアンは光り始めた。

 リンクは剣を抜き払い、その場から飛び降りると、ガーディアンはばっと弾けて消滅した。そして同時に、《獣神の大剣》もぱっとヒビが割れて砕け散ってしまった。とんでもなく高いところから振り下ろしたせいだろう。リンクはちっとわずかに舌を打つが、心に余裕はあった。とりあえずガーディアンはほぼ全滅したからである。

「……なんとかカタはついたようだな」

 リンクは一息つき、体中の力を抜く。あとは八重を追い回すガーディアンさえ倒せば、終わるだろう。

 しかし、リンクのその考えはすぐに改まることになる。

(――ッ!!)

 リンクの背中に、突如すさまじい悪寒が走った。何かに、見られている――

 リンクは恐る恐る振り返り、ぐっと巨岩砕きを握りしめる。ジワリと滲む汗がやけにべたついてくる。そして、その視線とリンクのそれが交差した。

「――くそっ……」

 焦げた空気の中に爛々と光る双眸が、身体を凍てつかせる。そして、炎に照らされた冷徹な刃が、リンクを嘲笑う。《白銀色の体色をした獣(ライネル)》が今、リンクを殺す。

 

 

 

 




マスターソードなし、獣神装備壊れた。さあどうするんだろうね?
(壊れやすくね?っていうのはなしでオナシャス!!)


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#14 英傑は死力を尽くし、倒れる

「くっ……! 厄介でござるな!!」

 八重はガーディアンの追跡を振り切ろうと一生懸命走る。しかし、奴の動きもなかなか速く、距離は離れない。しかも時々放つ熱光線のせいで下手な動きができないのが厄介だ。

 もはや何度目かわからない熱光線が八重の長い髪をわずかに掠め、チリチリと痛み始めた瞬間、八重はぞっと背筋を凍らせる。次は当てる。そう、機械兵が言葉なしに伝えてきたような気がした。

 いったいどうすればいい? こんな敵に対してどうやって戦えばいい?

 ――思えば、旅の途中でリンクと名乗る青年と出会ってから、妙な体験をしていた。自分が今まで見たことも聞いたことのない化け物とこうして戦っている。今必死に八重を追い回すガーディアンという敵もまた見たことがなく、そして強い。恐るべき破壊力と耐久力は、正直ミスミド王国を飛び回る黒龍以上だと思う。

 また気になるのは、リンクはこんな奴らと戦ってきた、という事実だ。リンクは自分の国でこんなにも厄介な敵と戦い続けていた。しかし、こんなにも強力な敵ならば、噂くらいは耳にしてもいい筈である。それはいったいどういうことなのだろうか――

「――危ない、ヤエ!」

 突如、八重は叫び声と共に地面へと押し倒された。背に何かが乗っており、もがこうとするが直後、目の前の地面が爆発と共に砕け散っていたのが見えた。

 八重はくるっと首を回すとそこには銀の長い髪をした少女が覆いかぶさっていた。八重はふうと一息ついてコクリと頷いた。

「かたじけないでござる、エルゼ殿」

 そういうとエルゼは八重からどいて、二人を睨み付けるガーディアンへと対峙した。

 ――いけないでござるな。今は余計なことを考える暇などない。

 八重もまた深呼吸して、剣を抜き払って構えた。そして体制を取り戻したガーディアンが再びこちらへと照準を合わせた。

「ヤエ、後衛の二人が今魔法を溜めてくれている。それに気づかれないように攪乱するわよ」

 ぼそりとエルゼが指示をするとヤエは黙ってうなずき、剣をガーディアンの足へと斬り付けた。無論、リンクのようにスパスパと切れるわけではない。だが、何度も攻撃していればいつか壊れるだろう。そう信じ、一撃を加えていく。

 一方ユミナと生き残った住民の避難誘導を終えたリンゼはガーディアンの視界に入らないところで両手をかざし、魔力を集中させた。すぐに詠唱はできるのだが、奴等にただの魔法は通用しない。最大威力で放つ必要がある。それには時間を要するのであり、当然無防備になる。一応護身用に予め作っておいたリンゼの氷の壁があるが、せいぜい一発程度しか持たないだろう。

「ユミナ殿とリンゼ殿の魔法は、どれくらいで出来るのでござろうか?」

 斬り終えて距離をとる八重が、代わって動き回るエルゼに問う。

「終わったらリンゼが教えてくれるって! それまで耐えるわよ!」

「承知したでござる!」

 八重はだっとその場を離れ、エルゼが注意を引き付けている間に背後に回った。そしてガーディアンの背後を斬りつけていく。エルゼを焼き払おうと躍起になっていたガーディアンは、背後からの襲撃に怒りを感じ、ギロッと瞳を八重へと向ける。そして再び照準を合わせてきた。だが、これは二人にとっては予定内。二人で別々に攻撃してターゲットを変えてもらい、時間を稼ぐ戦法は成功している。

 だが、二人は自身の武器の限界を理解し始めた。あれほどまでに強固な外装に攻撃し続ければ、武器の消耗具合は激しくなるのは必定だ。八重の刀もすでに歯こぼれが激しく、エルゼのガントレットもヒビが入っていく。それにエルゼのあまり多くない魔力も底が尽きかけている。《ブースト》が発動できなければ、人間相手ならともかくガーディアン相手には使い物にならない。

 エルゼはガントレットを睨んで舌打ちすると、ガーディアンに攻撃している八重に叫んだ。

「八重! あと何回程度持ちそう!?」

「もう限界でござる! 剣が折れるでござる!」

 八重がばっと剣を振り切ると、皮肉げに笑って見せた。

「奇遇ね……私もあと一回が限界よ!」

 エルゼが最後の魔力を振り絞って、《ブースト》を発動する。身体能力が格段と上昇し、体が羽根のように軽くなる。そして奴の体を殴り付けた。その瞬間、右腕に装備されていたガントレットがガラスのように儚く弾け散った。

「くっ……!」

 拳を降りきり、ガーディアンを睨み付ける。やはりというべきか、奴はあまり堪えていない。赤いレーザーを放ち、エルゼを貫く準備を行う。

「エルゼ殿、逃げるでござるよ!」

 八重はそう叫ぶが、もはや逃げても無駄だ。エルゼは精一杯自分を守れるよう腕を交差して防御体制をとった。

 だがーー

「お姉ちゃーーん!! いくよ!!」

 遠くから、叫び声が聞こえた。希望の光が差してきた。エルゼはにっとそちらにむかって笑うと急いでその場から離れた。

 ガーディアンは逃げる獲物を追いかけるべく駆動した。エネルギーが充填され、獲物を焼き殺そうと、空気を白く染め上げかけた瞬間ーーエルゼは口角をあげていた。

 刹那、ガーディアンは目にする。空から飛来する、巨大な二本の槍を。一本は雷のエネルギーを、もう一本は氷のエネルギーを秘めている。

 その二本の槍は、ガーディアンの目前で軌道が一点に重なり、ぱっと眩く光った瞬間、槍は一本となった。ずっと太く、ずっと強大になって。

 雷と氷のエネルギーが螺旋状に槍の表面を駆け巡り、大気が悲鳴をあげるほどに空気の中を貫いていく。ガーディアンは、逃げていくエルゼではなく、そちらに釘つけになっていた。そして、獲物をとらえる目で、しかと自身を殺す槍を見つめーーそのまま突き刺さった。

 瞬間、槍に内蔵されていたエネルギーが解放を求め、弾けとんだ。電気を纏った絶対零度の空気がガーディアンを、内外ともに侵食し、その後爆発が巻き起こった。

 エルゼと八重は、リンゼが張った氷の壁へと退避し、そこからガーディアンの様子を眺めた。ガーディアンは喰らってからずっとびくびくと体を震わせていた。そして、電気が消えていくとーーがたんと力尽きたように崩れ落ちた。

「お、終わったの?」

 エルゼが尋ねた。あれほど強大だった敵が倒れるということが、正直信じられない。

 だが、ユミナは確信をもった表情でうなずいた。

「ガーディアンは倒れました。あれを喰らって倒れないはずがありません」

「私たちの全魔力を集中させて放ったんだよ、お姉ちゃん」

 胸を張ってリンゼとユミナは答えるが、正直疲れは隠せないようだ。そうというように二人は人形になってしまったかのように力が抜け、その場でへたれ込んでしまった。

「……そういえば、リンク様はどこでございますか?」

 ユミナが憔悴しきった顔で尋ねる。

「分かんないけど、あいつなら一人で倒しているんじゃないの? そろそろ終わるころだろうし、休んだら探しに行きましょうか」

 そうエルゼが言うと、彼女も座って体力回復に努めた。

 

 

 

 

「がっ……!!」

 背を強く打たれ、短く喘いで倒れる。ぶつかった家屋は、リンクの背後で脆く崩れていく。何とかリンクは腕に力を込めて立ち上がる。地面には血痕が残っている。口からも塩っぽい味のする赤い液体が流れ落ち、リンクはそれをぬぐいながら目の前の敵を睨み付ける。

 奴はガーディアンではない。ハイラルの野生の獣だ。だが、その強靭さはどの獣よりも勝る。自身が絶対王者であると信じて疑わないほどの、自信と威厳に満ち溢れた瞳で傷ついた賎しい生物を嘲る。そして、手に握りしめる死神の鎌に似た、死を呼び寄せる凶刃が、もはや何度目かわからないほどに覗かせた。回復料理も食いつくし、また使えるようになったミファーの祈りも発動してしまった。もう回復の手段は一切残されていない。次に大きなダメージを喰らったら、終わりだ。

「くっ……!」

 その事実を理解し、全身が粟立ったリンクは横に転がってなんとかかわす。そして必死にライネルから距離を取るべく走る。破壊され尽くした村には死体や物資などが色々転がっている。リンクは村の大通りに横たわっている死体が握り締めていた剣を取り、追撃してくるライネルへと投げつけた。ライネルはそれを避けもせず顔面で受けた。しかし、裂傷一つ負わず、足を止めること無くこちらへと迫る。

 リンクは舌打ちをしながらシーカーストーンを取り出す。武器の収納画面を表示するがそこには悲しい事実しか残されていなかった。もうほとんど武器が残っていないのである。巨岩砕きも、七宝のナイフももう壊れてしまった。残っているのは、ゾーラ族の英傑が用いていた、《光麟の槍》と、力を失った《マスターソード》のみ。リンクは《光麟の槍》を出現させ、手に握ると足に力を込めてその場に立ち止まり、ライネルに向けて突き立てた。

 だが、奴の皮膚はあまりにも頑丈であり、槍の先端が突き刺さることはなかった。せいぜいわずかに食い込む程度であり、針をちくちく刺しているのと変わりはない。

 ライネルはギロッと双眸を光らせ、必死に突いてくる下賤な存在を見下ろすと、ぶんと大剣を振り下ろした。リンクはとっさに回避し、その隙にライネルの体へと再び攻撃を開始する。しかし、全力の突きを放ったその瞬間、槍は粉々に砕け散ってしまった。

「――!!」

 キラキラと、金属の破片が輝きながら虚しく散っていく。彼女の形見に近い存在が、無残にも破壊された。リンクはその輝きの消滅を防ごうと、必死に手でつかもうとする。しかし、握りしめられたのは、ただの屑だけ。もはや跡形もなく、消えていった。

 これでもはやリンクに残されたのは、朽ちたマスターソードだけ。つまり、使える武器はもう、ない。その事実をリンクが、認めざるを得なくなったその時、ライネルの大剣が全てを吹き飛ばした。

 世界が回る。ぐるぐると回る。たまに赤い飛沫が視界を遮っていく。赤い海の中に溺れそうになるほどに、意識が正常に保てない。

 焦げた地面に叩きつけられた。固く重い衝撃と、わりと粘性のある感触が襲いかかる。息が乱暴に吐き出され、その場でえずく。そして立ち上がろうと腕に力を込めようとしたときに気づく。左肩から右脇腹にかけて、深く裂かれていることを。

 だがここで横たわっているわけにはいかない。死力を振り絞ってなんとか立ち上がり、とっさに右手で傷口を抑える。じわりと血が付着しリンクは血走った目でライネルをにらんだ。マスターソードの"声"は、まだ聞こえない。

「グルゥァ!!」

 ライネルは再び、焦げた空に剣を掲げた。そして、死神の鎌にも似たその刃はまっすぐ振り下ろされた。

 だがリンクにそれが届くことはなかった。ゴロン族の英傑の守壁が阻んだのだ。

 大きく弾かれたライネルはその場で跪く。その間にリンクはなんとか距離をとり、シーカーストーンから《リモコンバクダン》を選択し、手元に出現させる。そして、無事である右肩の力を使って放り投げ、起爆させた。青白い光がライネルを包み込み、土煙が舞う。

 だがーーライネルはその煙を突っ切って、だっと蹄を鳴らしてリンクへと迫った。

「……くそっ、やはりダメだったか!」

 リモコンバクダンはいかんせん攻撃力にかける。故に強靭なライネルには無意味に等しい。

 リンクは再びゴロン族の英傑の守壁を張って、突進を防ぐ。だんだんとヒビが割れ始めており、次の一撃で壊れることを示している。つまり、次を過ぎたら死が待っている。とにかく祈るしかないだろう。《彼女》が目を覚ますまで。

 再び膝をつき、ライネルが肩で息をし始める。リンクは《オオワシの弓》でライネルを爆撃し、少しでもダメージを与えていく。だが、左肩に深い傷をおっているため、意識が飛びそうなほど痛い。一発放つだけでも限界を迎えていた。

 必死の攻撃もむなしく成果は現れない。それどころか、相手の怒りを増長させてしまった。ライネルは憤怒の表情でリンクへと駆け寄り、剣を乱暴に横に振った。リンクは毒を付きながら瓦解寸前の守壁を張った。そして、ライネルの攻撃を受けた瞬間、それは甲高い破裂音と共に砕け散った。

 リンクは舞い散る破片を見つめ、いよいよ死を覚悟する。ライネルはまたもその場で膝をつくが、すぐに起き上がる。そして今度こそリンクを冥土に送るだろう。

 まだなのか? まだ覚醒しないのか?

 リンクは必死に《彼女》に呼び掛ける。だが、声は弱々しかった。もう猶予などはない。

 ライネルは鼻息を立てながら立ち上がり、吠えた。そして地を蹴り上げて、リンクへと疾る。そして、前足を高く上げ、剣を高く掲げた。盾でもこの威力は殺しきれない。瀕死の自分では、いかなる方法でも生き残る可能性が零だ。リンクは瞳を閉じ、死の瞬間を待つ。

 

 

 ーー……! ……!

 

 

 声が、聞こえた。

 どくんと、何かが鳴った。背に仕舞う聖剣に、命が宿った。この時を、待ち望んでいたんだ。

 気づけば、リンクの右手は導かれるように背へと回され、束を握りしめていた。傷ついた体に力が流れ込み、ぼやけていた視界がクリアになる。そのままリンクは剣を抜き払い、その勢いを殺さずにライネルの剣へと振り抜いた。

 火花が激しく散る。青く光輝く聖剣が、焦げた空気を神々しく照らす。ライネルの、困惑と怒りに満ちた表情がよく見える。

 二つの剣がぶつかり合い、ライネルがその衝撃で弾き飛ばされる。絶対王者である自分を押し返した。その事実に納得できないのか、ライネルは猛々しく吠え、大剣を大きく振り下ろした。

 リンクはじっと大剣を睨む。空気を裂き、その先にいるリンクを断つべく迫る剣のエッジを見つめる。徐々に殺気が空気を通して伝わり、それがぞわっと肌を震わせる。

 ――集中しろ。

 リンクは瞳を閉じる。見るよりも、感じる方が、分かるからだ。波が見える。殺気の、威力の波が見える。それが、最高に達した時を、狙うんだ。

 果たして――それは訪れた。

 リンクは右足を思い切り横に蹴る。直後、ライネルの振った剣で起こった風が服を揺らす。

 だが、当たらない。それはリンクが一番よく分かっていた。瞳を開け、光景を目に焼き付ける。全てがスローに見え、リンク以外のあらゆる存在が時を止めている。風も、空気も、ライネルも、全てリンクと違う次元に存在している。というよりも、リンクだけが世界の理から逸脱し始めた。

 左足から着地し、リンクは剣を腰へと引く。ライネルの剣が地面へと触れ始め、地面がゆっくりと割れていく。だが、その二倍の速度で、リンクは剣を振り、ライネルの肉体を裂いた。いくら強靭な肉体でも、聖なる光を湛えた剣の前では、簡単に皮膚を貫き、肉を断てる。鮮血がリンクの顔面へとゆっくりと飛び掛かり、視界が赤に覆われていく。

 振り切った後に剣を返して、もう一度振る。またもライネルの皮膚を裂き、ライネルの自慢の筋肉も悲鳴をあげている。

 だが、悲鳴をあげているのはリンクも同じ。活力はある。だが、体に深く刻み込まれた傷はごまかせない。ただでさえ肉体時間の加速で負担がかかっているのに、こんな傷ついた体でそんな無茶をすれば、尋常ではない痛みをこうむるのは必然だ。いつ失神しても、おかしくはないだろう。

 だが、今は耐えなくてはならない。もうこれからこんなチャンスは、訪れないのだから。唇を噛み切るほどに噛んで、意識を呼び起こしながらも追撃を入れていった。

 もう何発か入れた後、体の軋みが限界を迎えていた。とどめを刺すべきだ。そうリンクは本能で感じ、ぐっと剣を腰までひきつけた。そして健の先端を正面に向けて、勢いよく突き刺した。狙いは、ライネルにつけた、傷口だ。

「――ハァァァァァッッ!!!!」

 魂を燃やすほどに叫びながら腕を駆動させ、奴の強靭な肉体に、剣を突き入れた。その瞬間、時間は元に戻された。リンクの口から夥しいほどの血が飛び出し、一瞬脱力しかける。だが、まだその時ではない。もう少しだ。

 リンクは最後の力を振り絞り、剣を限りなく奥へと入れる。そのたびに肉が裂ける音が聞こえた。ライネルの血を揺るがすほどの叫び声など聞こえない。聞こえるのは、命が消えていく音だけ。

 果たして、ライネルはだらりと両腕を垂れ下げて身体が黒く染めあがり、その後すぐに消滅した。ライネルの体が風に消えた後でも、リンクは剣を突いたままだった。もはや、剣をしまう気力もない。

 リンクは視界が虚ろになっていく。思考が凍り付き、今はただ眠りたいという本能が支配する。そして、気が付いたら、地面へと伏していた。

 

 

 

 

 




長々と話数を使いましたが、激闘はこれで終わりです。


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#15 英傑は目覚め、武人と戦う

また戦闘シーンかよとは思いますが、お付き合いください


 ーー……ク。

 

 

 ーー……ンク。

 

 

 ーーリンク。

 

 声が聞こえた。黒くぼやける視界の中、琴を思わせるような響きをした声が空気を揺らす。リンクは瞳を開ける。すると、金色の光がどこからか差し込んできた。暖かく、何もかもが洗われるような、そんな光。リンクは導かれるように手を伸ばし、それに触れる。

 だが、リンクが触れる直前、それは赤紫色に塗りつぶされていく。どす黒く、触りたくないと生理的に感じさせるものへと、音もなく変わっていった。そしてその赤い光の下に、黄金の光を湛えた聖女がいた。リンクは目を見開き、彼女に駆け寄る。

 だが、リンクが近づいた直後、聖女は紅い液体に侵された。頭上から大量の泥水が降りかかったように、あっという間に被ってしまった。そして、被られた少女は液体の中で崩れ落ちていった。

 リンクは少女を液体から救おうと手を突っ込んだ。しかし、どれだけ深く沈めようと何も掴めなかった。どろどろとした感触が腕に伝い、嫌悪で顔を歪める。

 刹那、液体は蠢きはじめた。その影響でリンクの腕は押し戻され、ポタポタと垂れていく。そして、右腕は溶かされていた。しかし痛みはない。皮膚も肉も溶かされ、痛みきった骨が見える。背筋が凍るほどにショックを受ける。

 腕を溶かした液体は宙に浮き、その後新たに形を作る。それはたくましい角を持った豚のようであり、禍々しくこちらを睨み、咆哮する。リンクの身長の10倍はありそうな大きさにまで膨れ上がり、そして大きな顎でリンクを喰らった。

 瞬間、世界は赤く染まった。そして音をたてて崩れていく。大地も、家も、人も何もかもが奈落へと沈む。リンクもまた共に沈み、遠ざかっていく天をつかもうとする。しかし、ダメだった。何もつかめず、ただ腕を振り回すだけ。

 やがて底が見えてきた。恐らくそこが冥土への入り口だろう。リンクはそれから逃れるようにもがく。だが、その甲斐も虚しく、リンクは墜落した。

 ビチャッと生々しい音が響き、視界が赤く染まった――。

 

 

 

 

「――ッッ!!」

 何かに衝き動かされるようにリンクは起き上がる。激しく喘ぎ、目は細くなる。自分はいま赤い世界に閉じ込められていた。そして死んだ――

 だが、呼吸を繰り返すにつれ、何かがおかしいことに気づいた。リンクが今横たわっている場所は、ベッドの上だ。上質な者だと思われる。辺りを見回すと、何一つ汚れがない白い壁に囲まれており、四方にそれぞれ大きな窓があった。リンクが横たわっているベッドの横の棚には色とりどりの生け花が飾られている。そこでようやく自覚した。自分は夢を見ていたのだと。

 そう気づいたリンクは大きく息を吐き、脱力した。夢であれば、現実ではない。きっと極度に疲れて、そんな夢を見てしまったのだろう。

 リンクはベッドから出て、立ち上がる。どうやら体に受けていた傷は治っているようで、問題なく立てる。近くで立て掛けられているマスターソードを背にかけて部屋を出るべくドアを開けた。

 しかし、開いたドアからごんと何かがぶつかる音がした。

「きゃっ……!」

 高い声をした女のようだ。リンクは慌ててドアを引き、覗き見る。するとそこには給仕の服を着た女性がいた。頭に、ケモノ耳を生やしている。ということはここは、獣人の国ミスミド王国だろうか。

「ご、ごめんなさい!」

 女性はリンクの顔を見るやすぐに謝った。

「いや、気にしなくていい。そちらこそ大丈夫だったか?」

「は、はい! 大丈夫です! それより、お目覚めになられたんですね」

「ああ。さっきからな」

「よかったです。陛下を初め多くの方があなたの安否を気になさっていました。さっそく身支度をさせていただきます」

 そういうと女性は大きな荷台を部屋に入れていく。そこにはタオルやら水やら服やらがあった。そして女性は手慣れた手つきでタオルを見ずにつけて絞ると、リンクの汗を拭きとり始めた。悪夢のせいで火照っていた身体が冷やされ、思わずだらけた息を吐いてしまう。

「……あなたいい身体してますね」

 リンクが快楽にふけっていると給仕からそんな言葉がかけられた。

「まあそれなりに鍛えているからな」

「そうですか……正直私が出会ったどなたよりもすごいですね……」

 そういうと、給仕はゆったりとリンクの肌を拭き始めた。まるで撫でるようなしぐさで。とたんにぞわついた感触が襲い掛かり、ビクッと体を震わせる。

「あ、あの……これはいったい?」

「ん? なんですかぁ?」

 段々と艶やかな声に変わっていく。リンクの腋や首もとなどを重点的に拭いていきながらリンクを見つめる。その目は潤み始め、彼女はだんだんとリンクへと迫る。

 これはやばい。そう感じたリンクは、彼女をベッドへと突き飛ばした。

「きゃっ! ……フフ、大胆ですね」

 まんざらでもなさそうな表情をし、リンクへと両手を伸ばす。そのままつかみ取り、淫らに落とすつもりだろう。

 だが、リンクはとっさに身をひるがえし、荷台に積まれた"英傑の服"をつかみ取ると、急いで部屋を出ていった。

「……あーあ、残念」

 去られてしまった給仕は不満そうに口をとがらせると、ベッドの上で鼻を動かし始めた。

 自分の臭いがかがれているとも知らないリンクは疲れた顔をしながらすたすたと廊下を歩く。シーカーストーンに収納された"英傑の服"を選択し、青い粒子がリンクの肉体を包み込んで早着替えを終えると、だっと駆け出した。あの女に付き纏われるかもしれない。

 リンクはとりあえず廊下の角に逃げ込み、そこで身を隠した。そしてこっそり覗き見て、追ってこないのを確認して息を吐き出した。いったいあの女はなんだったんだ……

「……危なかった」

「ーーなにが危なかったのですか、リンク様」

「うわぁっ!?」

 安堵でリンクが呟くと、不意に横から声が聞こえてきた。驚いて飛び退くとそこにはユミなが不思議そうに見つめていた。

「……なんだユミナか」

 さっきの変態女ではないと安心したリンクはふうと息を吐いた。

「なんだ、とはどういうことでしょうかリンク様」

「いや、何でもないんだ。それよりみんなはどこだい?」

「皆さんなら大広間で待っています。父上もミスミド王国の王もお待ちです」

「そうか……ありがとう。それと、心配かけてすまなかった」

 そういってリンクはその場を去ろうとした。とりあえず王に挨拶をせねばーー

 しかし、リンクの足は止められた。背を柔らかい感触が包み込み、リンクは目を見開いた。腹部を見ると小さな両腕が巻き付いている。今リンクは、抱きつかれているのだ。

「な、なにをーー」

 リンクはとっさに振り向き、離してくれと言おうとした。

 だが、ユミナはばっとリンクを潤んだ眼で睨んできた。故に、何も言えなくなってしまった。

「……私、心配したんですよ。このままリンク様が死んじゃうんじゃないかって」

 彼女の肩はブルブルと震え、ぐっと腕の力が強くなる。彼女の目線を直視できずリンクはそっと顔を前に戻す。

「でも……生きていてよかったです。未来の旦那様が死ぬなんて、とても耐えられないです」

「俺はまだ君と結婚するとはーー」

「私はそのつもりです。……とにかくよかったです。そのお元気な姿を、皆さんにも見せてあげてください」

 そういうと、ユミナはリンクを解放した。振り返ると彼女は、無邪気に微笑んで見せた。そして二人は応接間目指して歩き始めた。

 

 

 応接間に入ると、エルゼ、リンゼ、そして八重が駆け寄ってくれた。どうやら2日は寝ていたらしいリンクの無事を確認すると、皆安堵しきった顔をし、ソファーに腰かけた。リンクもまたソファーに腰掛け、対面に座するベルファスト国王と、獣人の王と思わしき人物に頭を下げた。

「……怪我の方は問題ないのか?」

 ベルファスト国王がわずかに表情を崩して問う。

「はい、お陰さまでこの通りです。私を治癒してくださり、ありがとうございます」

 リンクは、獣人の王へと向きを変えて頭を下げる。

「いやいや、当たり前のことをしたまでだ。それより自己紹介がまだだったな。儂はジャムカ・ブラウ・ミスミド。この国の王の任を受けている。そなたは?」

「リンクです。そしてこちらがーー」

「ああ、よい。名を知らぬのはお主だけだからな」

 どうやらリンクが倒れている間に自己紹介は済ませてしまったようだ。失礼しましたと短く詫び、リンクは再びベルファスト国王へと向き直った。

「それで、ベルファスト国王様。お話ししておかなければならないことがございます。ミスミド国王もお聞きくださいませ」

「ーーガーディアンたちのことだな」

「左様でございます」

「ふむ、それは二日前にベルファスト国王から伺った。なんでも我が領土のエルドの村が壊滅状態になったそうだ」

「……私たちも尽力しましたが、複数のガーディアンやライネルと呼ばれる強靭な獣の襲撃を食い止めることはできませんでした。大変申し訳ありません」

 ユミナが答えるとおしとやかに頭を下げる。それに倣い、仲間たちも頭を下げた。

「よいのだ。生き残った兵士に聞いたが、あれに関してはもはやどうしようもなかった。我が兵士も半数以上が亡くなってしまった。そなたたちの無事を喜ぶしかないだろう」

 ミスミド国王は瞳をつむりながら答えた。黙祷のつもりなのだろう、しばし彼は黙った。そしてふうと息を吐き、待たせてすまなかったと言う。

「では本題に入ろうか――といって君の言いたいことはわかる。今こそ他国で連携を取り、ガーディアンを対策する、ということだな」

「その通りでございます」

 リンクはコクりとうなずいた。

「ただ、危険生物はガーディアンだけではありません。ボコブリンや、ライネルといった奴等も危険です」

「ふむ……そ奴等も最近出現しているということか」

「はい」

「……我がベルファスト王国のギルドにもそのような生物の出現報告はある。国の兵士を派遣して正式に調査に乗り込むか考えていたが、本気で取り組むべきだろう。早急に対策を練るとしよう」

「ありがとうございます」

 そういうとリンクはペコリと頭を下げた。

 これでこの話は終わりだろうと場の空気がそう告げ、ミスミド国王の表情が柔く見えた。

「――では堅苦しい話はこれくらいにして……ちと儂の頼みを聞いてはくれぬか?」

「なんなりと」

 そうリンクが答えた瞬間、王の傍に控えている側近たちが呆れたような顔をし始めたのが傍目に見えた。どういうことだろうかと思索を巡らせていたその時、王の口から言葉が放たれた。

「リンク殿、そなたの腕はなかなかに強いものと見た。ぜひ儂と手合わせ願えないだろうか」

 王は爛々と光る眼でリンクを見据えながら告げた。リンクは思わず顔を上げ、は?と漏らしてしまった。まさか目覚めたばかりで戦いを申し込まれるとは思ってもいなかったからだ。

「……陛下は私と戦いたいと仰るのでしょうか?」

「いかにもだ。ワシの国の平士をほぼ全滅させたような敵に打ち勝ったその技量を聞いて確信したのだ。この者は儂を満足させてくれるとな。儂は強者と出会うとどうも滾ってしまうのでな……」

 嬉しそうにはにかむ国王に、側近たちや、果てはベルファスト国王までもが苦笑いを始めている。どうやらこの王の武人ぶりに辟易とさせられているのだろう。

 だが、リンクはこういった人間は嫌いじゃなかった。己の強さに正直で、常に限界を求め続けるために戦う姿勢を持つ者との戦いは楽しいものだ。

 リンクは頭を下げつつ口角をわずかに上げた。

「いいでしょう。その勝負、お受けいたします」

 そういってリンクは立ち上がり、一人の武人の真剣な眼差しを受け止めた。

 

 

 王の間を離れ、一同は王宮の裏手にある闘技場へと向かった。国王の後ろはリンクが、その後ろをエルゼやリンゼたち、そして側近たちが歩いていた。

「そういえばリンク殿の試合を見るのはこれで二回目でござるな」

「そうね。またアイツが勝つんじゃないかしら?」

「――その方がありがたいですよ」

 エルゼがそういうと、側近が口をはさんできた。国王に対するものとは思えない言葉が飛んできて、仲間たちはびっくりする。

「……あの、国王様に対してそれは――」

「ああ、勘違いしないでほしいリンゼ殿。別に獣王陛下をお慕いしていないわけではない。ただ陛下はこういったことに対しては見境が無くてな、国政をないがしろにしてしまうんだ……しかも今まで無敗なんだ」

「無敗とは……それはなかなかお強いですね。リンク様でも……」

「だがここらで叩いてくれれば少しは治ってくれるかもしれない。我々としてはぜひリンク殿に勝ってほしいものだよ」

 そんな話を後ろがしているうちに競技場にたどり着いてしまった。獣王は闘技場の控室にある武器倉庫から、模擬専用の片手用直剣と盾を持って、戦いの舞台へと躍り出た。リンクもまた片手直剣と盾をそこから拝借して、同じく舞台へと上がる。観客たちは闘技場の端で観戦を決め、そこへと向かった。

 武器を握りしめた二人は中央へと向かい、そこで適度に距離をとって向かい合った。

(なんだか懐かしいな)

 リンクはふっと、かつての記憶を思い出した。ハイラルの大地で最終決戦の舞台へと向かう際に訪れた、廃墟と化した闘技場でよみがえった記憶だ。

 100年前、リンクがまだ近衛の剣士に過ぎなかった頃たくさんの騎士とここで戦った。騎士の目的は一つ。王とその娘にその実力を誇示することであった。良き成果を上げたものは、ハイラル国直属の騎士団はもちろん、王族の傍付きの剣士としての選出もあり得た。故に国中の強者がそこに集い、研磨された剣術を競い合ったのだ。

 その中でリンクは比類なき強さを見せ、齢がリンクの2倍も3倍もするような剣士さえも破った。これによりハイラル王の目に留まり、ゼルダ姫の傍付きとして選ばれたのだ。

 リンクがこうして思いをはせている間に、審判役を務める側近の獣人が二人の間に立った。

「勝負はどちらかが致命傷になる打撃を受けるか、あるいは自ら負けを認めるまで。魔法使用も可。ただし本体への直接的な攻撃魔法の使用は禁止。双方よろしいか?」

 彼がそう叫ぶと、二人はコクリと頷く。元からそんな小細工などいるものか。そう思い、リンクは目を細める。すると、獣王もまた、こちらを見つめ返してきた。

(――なるほどな)

 今目の前に立つ獣王が与える視線は、リンクがその傍付きに選ばれることになった試合を想起させた。あの相手もまた、これと同等の視線を与えてきた。まるでリンクその物を見透かすような、鋭くまっすぐな視線。槍のように痛みを与え、それでいて心を縛る。並大抵の"盾"が無ければ、心はあっという間に壊れるだろう。あんな目ができるなんて、奴は只者じゃない。剣を交えずとも、分かるのだ。

 もう戦いは始まっている。リンクは抵抗するようにぐっと剣を握りしめ、同じく睨み返した。そしてゆっくりと腰を落とし、右足を後ろに引く。獣王もそれに合わせ腰を落とした。

 徐々に互いの緊張が高まり、いつの間にか側近たちの話し声も消える。互いに挟まれた空気の熱が膨らみ、限界まで達するのを待つかのように審判も溜める。互いが前傾姿勢になり、ボルテージが最高潮になった瞬間――

「では、始めっ!!」

 全てが弾けるように、二人は地面を蹴り、火花を散らした。その間一秒もない。空気が揺れ、砂ぼこりが二人を取り巻く。すさまじい剣圧が生んだ現象に観客は僅かに目を見開く。

 だが、戦闘というのは移り変わるもの。すぐに獣王が上に剣を振り上げ、強引にリンクを弾き飛ばすと胴へと斬り込んできた。力強さを感じさせる一太刀にリンクの肌はプルっと震える。リンクは剣を下に回して何とか防ぎ、攻めに転じるべく上へと再び返して水平に斬ろうとする。

 だが、突如顔面に大きな影が迫る。獣王の木の盾だ。まさか盾を攻撃手段にするとは――意表を突かれたリンクはとっさに盾を掲げて、何とか受ける。しかし、勢いまでは殺しきれず、よろめいてしまう。それを隙と見たか、獣王は間髪入れずに突きを放った。

 だが、盾でのガードで、頭にダメージが行かなかったのが幸いし、相手の一撃がかろうじて認識できていた。リンクはふらつく動きに合わせて地面を蹴って突きを躱し、きっと睨み付けてから、上空に弧を描くように斬り下ろした。獣王は突きをしたせいで回避や合わせ打ちにそうそう移行できない。これで勝負は決まった。

 だが、リンクの剣は虚しく宙を斬った。砂ぼこりだけが待ったが、感触は伝わらない。まるで獣王がそこから消えてしまったかのようだ。現に彼はリンクの視界には存在しない。一体どこへと消えてしまったのだろうか――

「――!!」

 突如リンクの背に尋常ではない殺気が伝わった。これは危険だ、そう本能で理解したリンクはとっさに前転した。そしてばっと振り返る。すると、そこにはにやりと笑む獣王が剣を振り切った状態でそこにいた。だが、あんな一瞬でどうやって背後に回ったのだろうか。リンクが剣を振った瞬間から一秒たったか怪しい。

「――今のを避けるとはな、流石はリンク殿だ」

「……今のはどうやったんですか」

「無属性魔法《アクセル》だ。身体の速度を上げる魔法だよ。尤も魔力をかなり食うからそんなには発動はできないがな」

 答えは本人が教えてくれたようだ。道理であんなに素早く移動できるわけだ。

 だが、これを知ったところでどう攻略すればいいだろうか。そんなリンクの心中を見透かすように、ふてぶてしく笑んでみせる。

「――ちぃっ!!」

 リンクはだっと駆け出して剣を振る。だが、その一撃はまたも宙を掻っ切るにとどまり今度は右から剣が飛んできた。何とか反応して受け止め、反撃するも今度は背後へと剣が迫る。どうにか転がってそれを躱し三度剣で応じるが今度は振り切った直後に再び現れて突いてきた。盾で受け止めるも、すぐにまた姿を消し、別の方向から襲い掛かってくる。何とか直撃は避けているが、ペースを取り戻せるほどの余裕はない。完全に相手の優勢であり、防戦一方を強いられている。

「リンクさんが、押されています……!」

 観戦をしていたリンゼがわなわなと震えながらつぶやいた。

「獣王様が魔法を使われた時から一気に劣勢になりましたね。あの無属性魔法はとても強力です」

「アタシのブーストも似たような感じだけど、こっちはスピードに特化している。しかももともとパワーも高いから喰らったらただじゃすまないわね」

 エルゼが深刻そうに俯いた。

「しかし陛下の攻撃をかわし続けるだけでも十分すぎるほどにお強いです。陛下のアクセルをしのぎ切るなんて到底不可能です」

 側近たちはリンクの実力に感心しつつも、勝敗は見えているというように息を吐いた。

「――はぁっ!」

 リンクは喰らい付くように剣を振り続ける。しかしそれは躱され、もはや様式のように防御一辺倒になる。そして、ついに切っ先がリンクの左腕をかすめた。

「――ッ!」

 リンクは舌打ちをしながらばっと飛びのいた。そして青くなる痣を見つめ、限界の訪れが近づいているのを自覚する。獣王はにっと笑うともはや何度目かわからない《アクセル》を詠唱した。

 その刹那、獣王の体は空気と同化するように霞み、そしてリンクの目の前で木剣が天の光を浴びながら振り下ろされた。リンクは盾を掲げてどうにか防ぐ。しかし、元の剛力と加速した勢いを殺しきることはできず、リンクは大きく吹っ飛ばされた。闘技場の壁に思い切り背を叩きつけられ、肺から空気が無理矢理吐き出される。地面へと崩れ落ちたリンクはどうにか立ち上がるも、目の前の光景で息を呑んだ。遥か前方で獣王は剣を構えている。普通なら剣の間合いから大きく外れているので、危惧する必要などまるでない。だが、相手はどんな距離でも一瞬で駆け抜けることができる魔法を使う剣士である。故に、疲弊したリンクを刈り取ることなど造作もないのだ。

 とにかく凌ぐしかない。そう思い、リンクは左手にある盾を掲げようとする。だが、左手にあるはずの盾は、いつの間にか屑と化していた。足元に木くずが散らばっており、もはや使い物にならない。木剣で防げるようなものでもないし、防げたとしても、最大威力で打ち込まれれば一瞬で砕け散るだろう。もはやこれで、勝敗は決した。

 リンクはきっと睨み付けた。だがそれは敵意ではない。自身を打ち取った剣士への敬意だ。

 獣王は呪文を唱えた。きっと音速で剣が飛んでくるのだろう。リンクはじっと見据え、敗北の瞬間を待つ。獣王の姿がかすみ始め、その場から消えてなくなる。リンクの目の前へと現れ、そして太刀を振るった。

 だが――獣王の剣は、リンクへと届くことはなかった。

「なっ――!?」

 獣王の体は、剣の間合いの外で停止した。まるで急に獣王の健脚に計り知れないほどの重さを持つ錘がつけられたかのようだ。

「へ、陛下はどうなっているんだ?」

「あの距離くらい、なんてことはないのに」

 側近たちが疑問を投げかける。だが、横でユミナがぼそりと呟いた。

「魔力切れです。ミスミド国王様はリンク様に《アクセル》を多用しすぎました。故に魔力が枯渇してしまったのです」

「つまり――もうアクセルは使えないってことね!?」

 エルゼが叫んだのを聞いてリンクは確信した。勝てる。勝つチャンスはある。

 リンクはすうと息を取り入れ、弱り切った体をリセットする。そしてじっと獣王を見据え、地面を蹴った。

「はぁっ!!」

 完全に攻めの意志が戻った剣は弧を描いて獣王へと襲い掛かる。獣王は慌ててそれを受け止めて流すも、完全には殺しきれず、二三歩後ずさった。魔力が切れ、動揺しているところを突かれてしまい、対処が遅れてしまったのだ。

 そんな隙を逃すはずもなく、リンクは水平へと思い切り振る。再び剣に強い衝撃を与え、獣王は体勢を戻せない。リンクはこれを好機とみて猛攻をつづけ、ついには獣王を壁へと追い込んでいく。

「――がっ!!」

 リンクの強い一撃により、剣ごと吹き飛ばされて壁へと背を打った。その衝撃で体勢が崩れ、懐をがら空きにしてしまう。すぐに立て直すべく、きっと顔を上げ、剣を構え直そうとした。

 だが――その時にはもう遅かった。リンクの木剣が喉元へと突き立てられていた。動いたら生命を奪う。そう告げられた獣王はだらりと両手をたらし、武器を地面へと落とした。

 戦う意思の放棄は周囲に伝わり、審判がそこまでと叫ぶと試合は終わり、両武人はやややつれた顔で笑みながら握手を交わしたのだった。

 

 

 

 

 




一応新章に入りました。


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#16 英傑は宴を楽しみ、新たな敵と出会う

お待たせしました! 割と後半に入っているんで、どうぞ!


「見事な戦いだったぞリンク殿。まさか魔法もなしにこの儂を倒すとはな……」

 あの戦いの後、しばし休んでからパーティーが催された。何でも、リンクが獣王を破った記念のパーティーという名目だそうだ。自身が破れたにもかかわらず、こういったパーティーを開くというのは、単に開き直っているのか、それともよほどの大物か。どちらか分からないがとにかく楽しむことにし、リンク達も参加した。

 貴族たちがグラスを握りながら談笑し、場はほどほどに温まっている。同じくグラスを握ったミスミド王国を収める獣王が参ったというように笑いながらリンクを讃えた。

「いえ、貴殿の剣技もまた比類なきものでした。辛勝したものの、まだまだ自分は未熟であると気づかされました。本当に良き試合でした」

 そういってリンクは頭を下げた。

 獣王との試合は、これまでリンクが経験したものとは異質だった。求められたのは己の筋肉や経験以外のステータスだけではなかった。魔法があるということを前提として戦わなくてはならなかったのだ。てっきりあんな加速魔法を使ってくるとは思ってもいなかったし、それに対しての効果的な対処法など思いつかなかった。結局は相手の魔力が切れて勝ったのだが、あの魔法だけは最後まで超えることができなかった。あのような強敵に勝てたこと自体は嬉しいが、完全勝利と言えず、どこか煮え切らない。

 とはいえそれを表に出してしまうと敗者への追い打ちになりかねない。故にそれを仕舞い込んで、ありがとうございますと感謝を述べた。王はものすごく上機嫌な顔をして、うんうんと頷くとまた戦おうといってリンクの下を去っていった。

 その後は様々な人間に囲まれ、王を倒してのけた実力はどこで身につけただの、冒険で得た話などを延々と聞き続けられ、リンクは途切れたと思ったその瞬間に、パーティー会場を抜け出した。

 廊下に出ると、そこは明かりがほとんどなく真っ暗であった。強いて言うなら、月明りが窓から差し込むのみであり、パーティー会場のきらびやかな光景とは、対するものであった。

 リンクは窓の縁に肘をつくと、息を吐いた。リンクはあまり人ごみが好みではない。ハイラルにいた頃もこうしたパーティーなどは出来る限り参加せず、せざるを得ないときは警備係をすすんで申し出た。警備係は寡黙でいなければならないが人との接触を避けられるのでこれ以上に望むものなどなかった。

 とはいうものの、今回は警備係でもない。故にあまり席を離れすぎるのは無礼きわまりない。そろそろ戻ろうかと思い、窓につけていた肘を離した。そして元の道へと戻ろうとした。

 だが、ふと小さな足音が聞こえてきた。

 敵襲か――

 リンクはぴくっと体を震わせ、咄嗟にシーカーストーンを取り出し、収納してあったマスターソードを取り出す。パーティー会場の来客が武器を持ち込むのはご法度であるため、シーカーストーンに隠すしかなかった。光の残滓が薄暗い廊下に浮かび、リンクの険しい表情が仄かに照らされる。戦意のこもった目線は、目前の敵に――

「え……?」

 リンクは目を見開いた。そこにいたのは、小さな、クマのぬいぐるみだった。しかも、二本の足できちんと直立しており、こちらを見つめてくる。大体50センチほどあり、リンクの膝よりも小さい。デザインも、シンプルながらに愛くるしく、剣を仕舞い込まざるを得なかった。

 だが、なぜいきなりこのぬいぐるみが現れたのか。危険、というよりは疑惑の方が強く、しばらく互いににらめっこ状態になってしまった。

 しかし、硬直状態はすぐに終わりを告げる。ぬいぐるみの手が突如、くいくいっと動いた。どうやら、手招きをしているようだ。ついて来いと、言わんばかりに。

 どうするべきか。リンクは考え込んだ。自律的に動くくまのぬいぐるみなど見たこともないし、怪しすぎる。しかし、このままここでじっとしていても、何も解決しない。リンクはコクリと頷いて、クマについていくことを選んだ。

 ひょこひょこと歩くこと数分、ドアの前でクマが立ち止まった。そして、自身の背丈を超える高さにあるドアノブをぴょんと飛んで器用に回し、ドアがぎいっと部屋の奥へと開いた。ドアの隙間から、月明りが差し込み、リンクは僅かに眉を顰める。クマはまたもくいっとリンクを招き、リンクはその後に続く。

 部屋は紫の色調が多く、全体的に暗い、というかどこか妖艶な雰囲気に感じる。ゲルドの街に会った、秘密のクラブによく似ている。とはいえ、あそこに比べたら広く、家具もきちんとそろっている。恐らく、ここはただの生活部屋なのだろう。

「……あら、奇妙なお客様を連れてきたわね。ポーラ」

 突如、奥から女性のものと思わしき声が聞こえた。リンクははっと声のした方を向くと、そこには一人の少女がいた。

 しかも、ただの少女ではない。背には透き通った羽が生えており、まるで蝶々のようだった。出で立ちもなかなかに独特といえるものである。黒を基調としたドレスを着用しており、髪は銀色に染まっている。彼女の背には、淡い月明りが差しており、この世のものとは思えない美を、放っていた。

「あなたは……?」

「まず来客した方が名乗るのが先じゃなくて?」

 甘く、そしてわずかにねっとりとした声でリンクに尋ねる。

「失礼いたしました。リンクと申します」

 リンクは軽く詫び、名乗った。

「……ほう、リンクというのか。私はリーン。ミスミド王国の魔術師にして、妖精族の長よ。この人形はポーラっていうのよ。あと、そこまで畏まらなくてもいいわ」

 なるほど、だから羽根が生えているのか。しかし、リンクの知っている妖精というのは、光の粒に羽根が生えているような類いのものであり、人間型ではなかった。故に少し驚いている。

「それで、リンク。あなたは未知の化け物を蹴散らしたとの噂があるけど」

 未知の化け物、というのはライネルやガーディアンのことだろう。リンクはこくりと頷いた。

「それを倒したのは俺です。まあ、俺一人だけの功績ではないんですが」

「それも承知している。ただ、何故あなただけその魔物を知っている、というのも気になるのだけどね」

 若干彼女の目が細くなり、リンクはわずかに目をそらす。

「……奴は俺の故郷にいた敵です。ここから遠く離れたところに生息していたのでーー」

「妖精族っていうのは長寿が特徴なのよ。だから私、こう見えても600年生きてるの。だけど、今までの人生であんな化け物のことを聞いたことはないわね。いくら遠い国でも、奴の情報を秘匿するはずがないし、他の国でどうにかするのが定石のはずよね? 何か、隠してないかしら?」

 そういわれてリンクは黙り混んでしまった。それはそうだ。ガーディアンみたいな化け物がもし出たら他国でも噂になるのが普通だ。どうやら彼女は相当頭が切れるようである。

 リンクはふっと笑い、降参するように両手をあげた。

「……参った。あなたのいう通り、隠していることはある」

「――なるほど。ポーラに面白そうな人間をつれてきてって《プログラム》の呪文を掛けたんだけど、当たりを引いてきたみたいね」

「プログラム?」

「簡単にいうと、対象の行動を規定し、その通りに行動させる魔法ね。ポーラみたいに意識のないものであってもこうして動かすことができるの」

 なるほど、だからあのクマのぬいぐるみは動いていたのか。もしそれができたら、あらゆるものを動かして戦いの道具にできそうだ。もっともリンクには魔術の心得はほとんどないため、修得はできないだろうが。

「しかし、あなたは本当はどこの出身なの?」

 リーンが意地の悪そうな笑みでリンクを見つめている。

 どうするべきか。俺は異世界人といってしまってもよいだろうか。だが、もはや嘘はつけないだろう。ついたところで、また粗を追求されるに決まっている。

 リンクは観念したように息を吐き、ボソリと呟いた。

「俺は、この世界の人間じゃない。また違う世界から来たんだよ」

「ーーなるほどね……まあただ者ではないとは思ってたけど、本当にただ者じゃなかったみたい」

 リーンはふふと不敵に笑むと、こつこつと、ヒールで音を立てながらリンクへと歩み寄った。

「じゃあ異世界人のあなたに二つ質問するわ。まず一つ目、"フレイズ"って、知ってるかしら?」

「え……?」

 フレイズ……?

 リンクは初めて聞いた言葉に首をかしげる。その反応を見たリーンは、わずかに俯いた。

「――知らないようね。昔、私がまだ小さかったころに、一族の長老から聞いたお話があってね。どこからともなく現れた「フレイズ」という名の悪魔が、この世界を滅ぼしかけたとか……。その悪魔は"半透明"の身体を持ち、死なない不死身の悪魔だったとかいう話よ。結局、その悪魔は現れた時と同じように消えていき、世界は何事もなかったように元に戻ったらしいけど……」

「半透明の身体の悪魔だと……? もしかして――」

「あら? 心当たりでもあるのかしら?」

「ああ。ここに来る前、ベルファスト王国の領で水晶で出来た化け物がいた。魔法攻撃は効かず、たいていの物理攻撃も防ぐほどの防御力を持っていた。一応倒せたんだがな」

「――なるほどね。実は私たちの方でも似たようなケースがあるのよ。数日前、ミスミド王国のとある森の中の空間に、小さな亀裂が前触れもなく現れたのを発見したの。そしてそれは日が経つにつれてだんだんと大きくなっていったの」

 リーンは息継ぎをするように小さく口を突き出し、空気を取り込む。

「それで、私は興味が沸いて国の兵士と共に見に行ったの。でも、そこにあったのは、壊滅した村と水晶の化け物だけだった。私たちの舞台も応戦したけど、何しろ魔法も剣も受け付けないのだから、被害は尋常じゃなかったわ。一応魔法を利用した物理攻撃なら効くとわかったから、大岩を作って、真上から落として倒したけどね」

「リーンの言葉を聞く限り、あの水晶の魔物はフレイズっていうっていうのでいいのか?」

「確証はないわ。すでに長老も亡くなっているし、長老自身、子供の時に聞いたおとぎ話だって言ってたもの。だけど、特徴はかなり合致はしてるわね」

「――なるほどな。残念ながら、俺の世界にあんな奴は存在しなかった」

「まあそうでしょうね。じゃあ二つ目。貴方の知っているあの化け物たちは、何故ここに現れたの? まさかあなたが連れてきた、とかではないでしょ?」

 リンクは首を思い切り左右に動かした。

「それはない。そんなこと俺にはできやしないし、魔術だってほとんど使えない」

「なるほど……じゃあ腕っぷしひとつでやってきた感じなのかしら?」

「間違いじゃない」

 リンクはこくりと頷くと、背を向けた。もう戻らなくてはいけないだろうと思ったからだ。

「あら、もういくの?」

「ああ。そろそろパーティーに戻らないと、不審に思われる」

「ふぅん、じゃあまた会いましょう?」

 リンクはそれには答えず、部屋の扉を開けた。自分が異世界人であることを一発で見抜いたリーンという女。あまり話してしまうと、自分のすべてを暴かれてしまいそうだ。リンクとしてはできればもう、話したくはない。

 廊下へと足を踏み入れ、じゃあなと口にしようとしたその直前、リンクの前を人がよぎった。顔がぶつかりそうになり、慌てて引っ込める。走った人間もリンクに気づいて、急ブレーキをかけて頭を下げてきた。

「申し訳ありません!! 急ぎだったもので……!」

「い、イヤ大丈夫だ。それよりなにがあった?」

 リンクが尋ねると、兵士は思いつめたような顔をしながら答えた。

「実は、ミスミド王国周辺に巨大な化け物が現れたんです! 水晶で出来ているんですが、色がものすごく禍々しいんです……!」

「水晶の……化け物!? それって――」

 リンクは、冷や汗が流れるのを感じた。先ほどリーンと話した言葉がよみがえる。まさか、あいつがまた現れたのか……?

「くっ……!!」

「あっ……」

 リンクはシーカーストーンでタキシード姿から英傑の服へと変え、戦闘に適した格好にしてから廊下をかけた。ミスミド王国の宮殿の扉を開き、外に出るとそこには――破壊音や悲鳴が飛び交う宵闇の空間と化していた。

 城下町から逃げ惑う獣人たちが一斉に城へとなだれ込む。それを何とかかわしつつ、リンクは敵を補足するべく、城下町へと急いだ。

 城下町へと進むたびに、人々はいなくなっていき、リンクの足は早まる。剣を抜き払い、戦闘にいつでも持ち込めるように準備をした。

 ふと、その時リンクは剣の輝きが増したのを見た。ぼうっと剣を包む光が膨張し、力が増幅されていくのを感じる。マスターソードが力を増す場合、近くに厄災の気配を感じているということになる。厄災ガノンに支配されたガーディアン等はその例であり、その怨念をマスターソードが感じ取り、潜在能力を引き出している。

 ということは、この近くに厄災の気配が、あるということだ。

 だが、以前水晶の魔物と対峙した時だって、マスターソードは反応はしていない。ということは水晶の化け物以外にガーディアンでもいるとでもいうのか。

 途端、リンクの視線の先にある家屋が粉々に砕け散った。煙が舞い、破壊した主の姿は見えない。

 だが、その刹那――赤い丸の光が、リンクを射た。ドクンと心臓が高鳴る。喉が渇き、生唾を呑むも、まるで潤せない。この赤く、禍々しい光を、知っている。ハイラルの地で何度も見てきた色。それらの色を帯びるものは、共通してリンクの敵であり、倒すべき相手であった。

 煙が薄れ、その姿が徐々にさらされていく。何物も受け付けない水晶の強固な身体に、3メートルはありそうな体躯。そして、歩くたびに割れる地面。それだけでも脅威だろう。

 しかし、水晶というにはあまりに透き通っていない。血のように流れる、赤い濁流が体中を駆け巡り、燃えるような赤い双眸がリンクを見つめ続けている。4足歩行で唸りながらこちらに迫る姿はさながら醜悪な豚に思える。この世の汚物すべてを、透き通った体に詰め込んで、醜くさせた姿が、こうして具現化している。

「……ま、まさか――」

 リンクは、なおも輝きを増しているマスターソードを震わせながらつぶやく。奴は、まぎれもなく以前戦った水晶の魔物だ。しかし、それだけではない。100年前に倒せなかった、厄災との融合を果たしているのだ。

「そんな……ばかな……」

 いったいどうしてだ。どうして奴と、あの魔物は融合を果たせた? 互いに違う世界の、住人のはずだ。

 青ざめるリンクは一歩、二歩と後ずさる。そんな、勇者を嘲笑うように水晶の魔物は、禍々しい瞳でリンクを除き、にぃっと醜く嗤って見せた。そして――奴は牙をむいて、こちらへと突進してきた。

「――グラァッッ!!」

 奴の突進を見て、リンクはちっと舌を鳴らした。もはや戦うしかない。いったい何が起こっていようとも、こいつを倒さなければ――未来はないのだから。




水晶の魔物+厄災とかいうチート


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#17 英傑は朽ち、光を見る

更新大幅に遅れて申し訳ありません。
結構忙しくてハーメルンすら見てませんでした。


「陛下、大変です!」

 

 きらびやかな照明の下、輝く衣装に身を包んだ貴族たちが談話を楽しんでいる空気の中に、切羽詰まった声が割り込んできた。参加者はみな怪訝な顔を浮かべるが、乱入してきた者たちはそれどころではない。人波をかき分けて、奥に座る王の下へと滑り込む。

 

「宴の真っ最中ですがご無礼をお許しください!! 急ぎの報告がございます!!」

 

「良い。何の報告だ?」

 

 ミスミドの国王が神妙な顔つきに変えて家来を見る。

 

「はっ! ミスミド領土にて、謎の生命体が蹂躙し、町を破壊し尽くしているそうです! 我々兵士たちも尽力いたしましたが、奴の力は底知れぬものです」

 

「なんと、宴の最中にそのような大事が……こうなれば宴を中止にし、戦闘できる者は全員対応に当たってもらう他はないだろう。我が臣下よ、すぐに支度を頼む!」

 

「御意!」

 

「私たちも今すぐ向かうわ!」

 

 酒で赤くした顔を引き締めて、すぐに獣人たちは駆け出していった。その場で同席していたエルゼ達も、それぞれの武器を取り出すべく更衣室へと急いで向かった。

 

「時にリンク殿はどちらにおるか?」

 

 国王が家来に尋ねた。

 

「リンク様とすれ違ったのですがリンク様は、恐らく先に向かわれていると思われます! 急ぎ救援に向かった方が……」

 

「うむ……リンク殿であれば救援はいらぬではあろうが、他国の者に任せるというのは王としての沽券に関わるな。では儂も向かうとしよう」

 

 そういうと、国王は立ち上がり宴会場を後にした。

 国王達が武装を済ませて問題の現場へと向かうと、そこは地獄と化していた。

 

「ひどすぎる……もうめちゃくちゃじゃない!」

 

 エルゼが叫ぶ通り、そこはもう荒れに荒れまくっていた。家屋はほとんど倒壊しており、炎は鎮まることを知らない。獣人の死骸があちこちに横たわっており、中には子供を抱いているものもあった。エルゼ達や臣下達はその惨状に打ち震えていた。そのなかで国王は、静かに口を開いた。

 

「ーー儂は愚かだ。国民がこうして苦しんでいる間にも、酒を飲んで呑気に城にいた。愚か極まりない!」

 

 国王の声は震えていた。己の責を痛いほどに感じているゆえだろう。国民を守る義務を、果たせなかったのだ。

 

「ならば、今ここで償う他はない。儂は仇敵を討ちにいく。そなた達は、愚かな儂のせいで死んだ者共を弔ってくれ」

 

「国王様! 私たちもお供をーー」

 

「いや、儂一人にいかせてくれ。儂がやらねば意味がない。それに、敵は強大だ。いったところで、生きては帰れぬやもしれない。ならば、一人でも多く生かしたいのだ」

 

 国王の悲痛に満ちた決意に部下達は一瞬言葉をつまらせる。しかし、きっと目を細めて言い返した。

 

「ですが、私達はミスミドを守る宿命があります! どうか、戦わせてください!」

 

「ならん! もう命を、若い命を落とすのはたくさんだ! 死ぬのはこの、老いぼれだけで十分だ」

 

「し、しかしーー」

 

「忠義は、受け取った。それだけで、儂は力を得た。必ず、この国に光を取り戻す。では、またな」

 

 国王はそういうと、加速魔法《アクセル》を用いて彼方へと消えてしまった。残された部下たちの声は届かず、国王は死地へと、乗り込んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

「ちっ……思った以上にきついな……」

 

 リンクは、汗ばむ手に握りしめられたマスターソードを構えながら呟く。リンクが目の前で相手をしているのは、ガノンの怨念と、水晶の魔物が融合した化物だ。ガノンの怨念が放つ禍々しい光の一撃と、水晶の魔物特有の固さにリンクは苦しめられている。ガノンの怨念に反応し、強化されたマスターソードですらそう簡単には破れず、剣をいたずらに摩耗させていくだけだった。

 水晶の魔物はこちらへと歩み寄ってくる。その歩み寄りはゆっくりだが、決してリンクを警戒している故ではなかった。むしろ、こちらに打つ手がないと読んで、こちらの精神をあざけるかのような動きだ。実際、決定的な有効打はない。

 ――しかし、打つ手なしといわれるほど、詰んではない。

 リンクはばっと飛びのき、剣を腰まで引く。そしてぐっと剣に力を籠め、瞳を閉じた。すると、瞳裏にぼうっと凛々しい女性の幻影が映る。そして彼女は、指を鳴らした。

 途端、轟雷がリンクの周囲に落とされ、槍のように化け物に突き刺さった。たいていの魔物を焼き尽くし、強靭な魔物でも痺れるこの雷撃を喰らえば、ひとたまりもない。

 果たして、奴は電撃を喰らったとたんその場で歩みを止めて痺れに悶えていた。チャンスと思ったリンクは、だっと駆け出して追撃を狙いに行く。ウルボザの怒りはあと2回打てる。追撃を決めて、さらに打てば勝つ見込みはある。そう踏んでリンクは剣を振り上げた。

 が、直後風を切るように水晶の足が飛び込んできた。まさか、ほとんど効いていないのか。

 リンクはとっさに剣を下ろし、無理矢理ぶつけた。軌道がそれ、擦り合ってできた火花が、粉々に舞うのを視界の隅に置きながら、リンクは水晶の魔物から距離を取る。

 あまりにも強靭すぎる。ウルボザの雷を喰らっても、すぐに体勢を回復できるタフネスは尋常ではない。こうなれば雷を超えるほどの攻撃力を生み出さなくてはならないが、どうすればいいだろうか。

 しかし――リンクの思考は、奴の攻撃によって中断された。うねる様に奴の足がリンクを突き殺そうとしている。

 

「くっ……!」

 

 駄目だ、もう避ける時間もない。盾を掲げて無理やり防ごうとする。

 だが、盾に強烈な衝撃が訪れることはなかった。

 

「ーーウォォッ!」 

 

 リンクの前をたくましい体躯と剛毛を持つ獣の王が遮って、奴の足を弾いた。どうやら得意魔法《アクセル》を用いてここまで来てくれたらしい。

 

「大丈夫か、リンク殿」

 

「国王陛下……なぜこんなところに?」

 

「国を、民を、儂の周りにあるものすべてを守るためだ」

 

 水晶でできた足を剣で受け止めながら国王は応えた。

 

「苦戦しているようだ。儂も手を貸そう」

 

「ありがとうございます! ただ奴にはとてつもなく強固な皮膚があります。並大抵の攻撃で破れません」

 

「なるほどのう……ならばーー《アクセル》!」

 

 国王が魔力を発すると、リンクの横から瞬時に消えた。風と一体化した国王の剣は真っ直ぐ水晶の魔物へと向かっていく。さながら光速の槍のようだ。果たして剣は水晶の魔物へと衝突し、破片が飛び散った。しかしその破片は、銀色に輝いていた。

 

「ーーぐっ!」

 

「国王様!」

 

 国王の剣先がリンクの足元へと飛んでくる。まさか、折れてしまうとは。国王はというと、アクセルで衝突した衝撃に耐えきれず、大きく後ろへと仰け反ってしまう。

 

「ーー信じられん。儂のアクセルをもってしても打ち破れぬとは……」

 

「奴の体の頑丈さは常識を超えています。二人同時に打って掛かっても破れるかどうか、わかりません」

 

「――だったらさ、あたし達も行けばどうにかなるんじゃないの?」

 

 ふと、後ろから女の声が聞こえた。そこには、エルゼリンゼ姉妹、八重、ユミナ王女、そしてリーンがそこにいた。王とともに避難した場所にいたはずの彼女たちがいることに王は驚愕する。

 

「おぬしら、何故……」

 

「リンクがそこに行ってるんでしょ? 仲間を助けなくてどうするの、王様」

 

「私はリンク様の将来の奥様です! 助けになりたいのです!」

 

「それにあのような化け物、放ってはおけぬ。微力ながら尽くさせていただきたいでござる」

 

「エルゼ、ユミナ、ヤエ……」

 

 リンクはこの世界で出会った仲間を見渡して瞳を閉じる。

 ――仲間、か。こんな口下手な俺でも、こんなに逞しい仲間ができるとはな。

 思えばリンクは仲間に恵まれていた。100年前も5人の頼りになる仲間がいて、そして今も仲間に囲まれている。社会の重圧によって口数を減らしてしまったはずなのに、こうして俺と共に戦ってくれる仲間ができたことに、感謝すべきだろう。

 

「――ありがとう、皆。皆の力を合わせれば、きっと奴に勝てる。一斉に攻撃をあてればきっと、奴の装甲ははが

せるだろう」

 

 そうリンクが言うと、皆は黙ってうなずいた。そして己の武器を握りしめ、奴を睨む。

 

「グラァ!」

 

 奴は再び頭上に真紅の光を集中させる。恐らく強力なビームを放つつもりだろう。リンクは仲間たちの前へと歩み、奴のビームを睨みながら盾を構える。

 

「――いいか、俺はあいつのビームを反射する。そうして奴が怯んだら――後は頼んだぜ」

 

「承知した、リンク殿。儂はもはや戦えぬが、他者にアクセルを掛ける程度ならできる。使いたいものはいつでも声をかけてくれ!!」

 

 王の指示に皆が頷くと、リンクは全神経を奴の光へと向ける。凝縮されていく光の動きがだんだんと遅くなっていく。エネルギーの密度が溜まり、最高潮に達した瞬間、禍々しい殺気を感じた。

 

 ――ここだ!

 

 果たして、ビームはリンク目がけて放たれた。それは、真紅の槍が空を引き裂くように飛び、大気を狂わせていく。だけれども、よけいな感覚は捨てる。肌を揺らす暴風も、奴の尋常ならざる殺気も、皆の不安げな表情も気にするな。ただ光の先端だけを、見ればいい。その一点が、その光の先端が、リンクを貫こうとする直前、リンクの全神経が活性化した。もう、ここしかない。そう確信したリンクは躊躇なく、盾を振った。

 

 ――ガァァン!!

 

 激しく衝突する。手首が折れそうだ。少しでも緩めたら盾など遥か彼方へ吹っ飛んでしまう。だからそれに逆らうように、重心を前へと傾けて抵抗する。この間、わずか一秒もない。

 

「――おおおおおおっ!!」

 

 刹那のつば競り合いは、リンクへと軍配が上がった。光は、リンクの盾からちょうど軌跡を逆に描いていき、真紅の槍は奴の強硬すぎる体へと突き刺さった。

 

「グルルゥァ!?」

 

 爆煙を上げて悲鳴をあげながら体勢を崩す。これだ。この一瞬を待っていた。

 

「――今だ!!」

 

 リンクが叫ぶと、仲間たちがばっと前へと躍り出た。その中でも、戦法を勤めるのはユミナ王女だ。リンクにもらった王家の弓をつがえて、矢を放つ。奴の身体へと命中した瞬間、電気が全身を包んでいく。どうやら、木の矢に魔力を仕込んでおいたようだ。彼女は確かに成長している。リンクはそっと微笑みながらも、剣を再び構え始めた。

 そして次にはリンゼが魔法を詠唱した。

 

「炎よ来たれ、紅蓮の炎槍、ファイアースピア!!」

 

 紅蓮に染まった炎の槍が空から飛来し、電気に纏われた奴の体に命中する。だが――炎が起こす煙の中から禍々しい光が見えてきた。

 

「――!? よけろ、リンゼ!!」

 

 リンクは目いっぱい叫ぶが時すでに遅し、光はリンゼへと放たれた。リンゼはというと、追加の詠唱をしてしまっている。禍々しい光がリンゼを貫こうとし、リンクは目を逸らす。

 

「――《シールド》」

 

 ふと、リンクの横からぼそりと声が聞こえる。はっと振り向くとそこには、リーンがいた。リーンは横目でリンゼを見るように言うと、リンクはリンゼへと視線を向ける。すると、リンゼの身体には傷一つついていなかった。

 ――それどころか、リンゼの視線の先にいるやつがもだえ苦しんでいた。まさか反射したのだろうか。あの威力のビームを。

 

「――予定通りね、奴に穴が開いたわ。さぁ、王様」

 

「任せるがいい。《アクセル》!!」

 

 王様は両手をかざし、魔力を思いっきり放出する。その魔力の行き先は、八重、エルゼ、そしてリンクだった。

 なるほど――これで意図が読めた。リンクが集中している間に、奴の体に穴をあけ、とどめを刺す作戦を練っていたようだ。

 ならその役割を果たさねばならない。リンクは、八重とエルゼに合図を送ると一斉に地を蹴った。

 体が軽い。まるで自分が風になってしまったかのようだ。リンクはそっと権を風の勢いに乗せ、全体重をかけて剣を突き出した。すぐさま、剣が刺さった感触がし、まったく同じタイミングで八重とエルゼの攻撃が奴を貫く。

 

「おおおおおおおおおっっ!!」

 

 まだだ、まだ深くない。もっと深く、貫くんだ。リンク達は叫びに叫ぶ。これで、終わらせるんだ――

 

「「「あああああああああああああああああっっっーーーー!!」」」

 

 剣が、刀が、拳が進んでいく。体の中央へと一撃が突き刺さり、だんだんと、赤い光が漏れだし始めている。それは奴の血か、命の源かわからない。でも、終わりはもう近いだろう。

 

 果たして――光は爆散した。それとともにリンク達は吹き飛ばされ、地面へと投げ出される。数度転がって起き上がってみると、奴の身体から夥しい体液が噴き出しているのが見えた。

 

「血が噴き出ている……」

 

「どうやら、決したようじゃな」

 

 怨念で汚された血が地面を濡らし続ける。そのたびに奴は力ない悲鳴をあげ続けている。リンクのマスターソードの強化反応も消えたので、もう奴は死んだも同然だろう。

 やがて水晶の器から奴の体液がすべて放出されると、破片と化した。それを見て各々が武器を収めて、背を向けた。

 

「終わりましたね。リンクさん」

 

 リンゼがやややつれた表情で声をかけた。

 

「ああ、終わったな。はっきり言って今回ばかりは無理だと思っていた」

 

 そうリンクが頭をかいていると、

 

「リンク様、私の弓は如何でしたか?」

 

「ああ、流石だったよ。おかげで奴の動きを止められた。ありがとう」

 

「あ、いえ! 未来の妻として当然のことをしたまでですので……」

 

「だから君との結婚は――」

 

 できないと、リンクが答えようと口を開くと――

 

 何故か血が出てきた。

 

 

「り、リンク様!!」

 

「リンク!!」

 

「え――」

 

 皆が悲壮的な叫びをあげて初めて何かが身体を貫いている事に気づいた。剣だ。だけど――いったい誰が?

 リンクは振り向く。そこには、男がいた。リンクと身長があまり変わらない。けれど――厄災が浮かべるにふさわしい笑みが、リンクの全身を粟立たせ、全てを理解した。

 

「――!?」

 

 ガノン。

 その言葉を叫ぼうとした瞬間、剣は体から引き抜かれ、鮮血が地面へと散る。呆気なく膝から崩れ落ち、リンクは地面で激しく暴れる熱に悶え始めた。

 

「ククク……まさか再び言語を話せる日が来るとはな……。異世界というものは、よいものだ……」

 

「き、さま――」

 

 本来、厄災ガノンは長年怨念により汚されて言語をしゃべることができないと聞いていた。そもそも、大きさも尋常なものでもないし、剣を使うことも聞いていない。故に、何かが起こって、ガノンが変化したと捉えるしかない。

 ――いや、もはやわかっている。水晶の生き物の影響だ。奴は知性があると、リーンが言っていた。先ほど厄災ガノンと水晶の生き物が融合したせいで、そういった変化が生じたのだろう。

 だがなぜ、生きている。先ほど命を絶ったはずなのに。

 リンクは必死にガノンを見上げて睨む。だが、奴はそれすらも愉快に受け止め、分厚いブーツで踏みつけてきた。

 

「がぁっ……!!」

 

「クックック……ようやくハイラルを手にすることができる。1万と100年経った末に、我が悲願を達成することができる……」

 

「ちょっとアンタ!! リンクから離れなさいよ!!」

 

 エルゼがそういうと、ガノンに殴りかかった。しかしすぐにエルゼの痛々しい悲鳴が聞こえてきた。王様や他の仲間もみな奴に立ち向かうが、全員が叫び声をあげてそのまま黙ってしまった。

 

「やめろ……目的は俺のはずだ……やるなら俺をやれ……!」

 

 そういいつつも、ミファーの祈りの発動を待つ。だが、ミファーの祈りはリンクの命がほぼ完全に失われた時に発動する。腹を貫かれた程度では、発動しないのだ。だから、ここはいっそ倒された方がいい。

 

「――貴様の考えは読めているぞ」

 

 そうぼそりと言われ、リンクの思考は凍り付きかける。

 

「どうせ貴様は、加護を待っているのだろう? 我がかつて殺めた、ゾーラ族の女の力を」

 

「貴様……!!」

 

「だが――復活したところで戦う力が無ければ、意味が無いだろう?」

 

 ガノンは歪んだ笑みを浮かべて、リンクの脇腹を蹴り飛ばす。意識が飛びそうな痛みに視界が白くなり、火花が散る。そして、リンクの背から重たいものが消えていた。それが意味することは、リンクの闘う手段が奪われたということだ。

 

「か、かえせ……!!」

 

「返してやろう。この剣を二分した後でな!」

 

 そういうと、ガノンは手に尋常でない魔力を込め、地面に置かれた退魔の剣へと振りかぶる。

 

「やめろ……っ!」

 

 リンクが掠れ声で制すが、ガノンはニタリと歪んだ笑みを浮かべ、一気に拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 その時――光が見えた気がした。

 

 

 

 温かい光だ。しかも、どこか懐かしい。ずっと探し求めていた、姿。

 絶望で凍った精神が暖められていくような感覚。一筋の光が、沈み切った意識を明るく照らしてくれた。

 ガノンの漆黒に染まる拳が、黄金に光る。ガノンは惹かれるように――いや、恐れる様に光を凝視する。

 

 

 

 鮮血が飛び散る。

 リンクからではない。リンクの目前には、ガノンの腕だったものが転がっていた。

 虚ろな目で俺は光を見上げる。

 そこには、仙女がいた。白い衣を身を纏い、全身から光が溢れでている。

 そして絹のように美しい手には、輝く弓が握られていた。

 仙女はこちらを見る。慈愛に満ちた笑顔を向ける。

 

「ーーッ」

 

 双眸から、熱いものが流れ落ちるのを感じた。

 ああ、この笑顔はもう手に入らないと思っていたのに。 

 責務に押し潰され、苦悩する彼女の姿などもう微塵もない。今の彼女は、女神だ。世界を光で満たしてくれる聖者。

 彼女は、リンクへと歩み寄る。リンクの眼前で転がる奴の腕に握られているのは、魔を討つ聖剣。彼女はそれを拾い上げ、光を点す。刃こぼれは戻り、輝きは猛っている。

 彼女は剣を持ち、リンクの目の前で立ち止まった。そして――神々しい手を、こちらに伸ばす。

 

「姫……」

 

 掠れた声で彼女を呼ぶ。穢れたこの身で触れるのは許されない。でも、それでもリンクは彼女を呼ばずにはいられなかった。

 彼女は一瞬、口元を複雑にゆがめ、顔を上げる。だが、すぐに天使のような笑みを浮かべて、口を開いた。

 

 

「漸く会えました。私の、息吹の勇者様」

 

 

 

 最上の言葉だ。天国で奏でられる音楽そのものだ。

 もう二度と、この音楽を聞き逃さない。絶対に守り通す。

 

「さぁ、立ってリンク」

 

――ああ。立つとも。何度だって。

 リンクは立ち上がる。不思議と、痛くない。全身が暖かい光で覆われているから、というわけでもない。きっと、これは奇跡だ。

 リンクは彼女を見つめる。抱きしめたくなるくらいに愛おしい。こんな小さな体で、100年も戦ってきたかと思うと、狂いそうだ。

 でも、それはまた後にしよう。いまは、護らなくてはいけない。

 

「……もう、離さない。貴女を、ずっと守り続けます」

 

 リンクは彼女の持つ退魔の剣を手に取る。そして頭を下げ、背後で呻く奴に切っ先を向けた。

 

 

 

 




ゼルダを復活させたかったんです……!
ここは本当に気合を入れて書きました。


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