Fate/Grand Order 白銀の刃 (藤渚)
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序章
【零】ハジマリの始めに


 

 

 

 ───『(かれ)』は()く。

 かつての過ちにより、(うしな)ったものに追い縋りながら。

 

 

 

 夜の帳に覆われ、陽光(ひかり)を奪われたこの街を、唯一見下ろすは異形を象った月。

 

 

 

 

 ───『(かれ)』は駆ける。

 かつて()くしたものを、今度こそ己が手で取り戻す為に。

 

 

 

 特異点と化した闇夜の街・かぶき町を奔走するは、皆のカッチョイ~イ万事屋・銀さんこと坂田銀時!

 ア~ンド、人理継続……うんたら機関?カルデアのマスター、藤丸立香!

 そして、彼らのとっても愉快で愉快な仲間達とが繰り広げる物語が、今始まろうとしている。

 

 

 

 さぁさぁ、お立会いお立会い!

 

 

 片や数多の戦場を駆け抜け、白き夜叉と畏怖された男。

 片や幾十(いくそ)もの世界を跳躍した、人類最後の希望と呼ばれた少年。

 

 

交わることのなかった世界の彼等が出会った時、この変貌した江戸を舞台に繰り広げられます一世一度の大活劇を、皆々様どうぞご笑覧あれ!

 

 

 

 

  Fate/Grand Order   白銀の刃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってオイイイイィィ‼誰が愉快な仲間達だコラァ⁉しかも何で二回言った⁉」

 

「大事な事は二回言うって昔っから言われてんだろ、これから読んでくれる優し~い皆にもしっかり覚えてもらわねえと。なっ定春?」

 

「わんっ。」

 

「つーか何であらすじを銀さんが担当してるんですか?折角最初の方カッコいい感じだったのに色々と台無しになってんだろ!」

 

「おいコラ天パ!主役はお前だけじゃねーだろヨ、肝心の藤丸はどこやったアルか⁉」

 

「あいつならさっき、『あ、ヤバい。部屋のこたつのコンセント抜いてないかも……多分大丈夫だと思うけど、もし忘れてたらフランに怒られちゃうな~』って言い残して一旦カルデアに戻ってったぜ。なっ定春?」

 

「く~ん。」

 

「なにしてんの藤丸くんん‼そんなの誰かに頼めばいいでしょう⁉」

 

「あのな新八、おめえも思春期真っ盛りの男児なら分かんだろ。ああいう年頃の奴ってのは、他人(ひと)に見られたくない秘密の一つや二つ抱えても可笑しくねえの。藤丸だってマシュに見られたら困るもん部屋に置いてるかもしれねえじゃん。例えばほら、他者からしたらドン引きするような内容のエロ本とか。なっ定春?」

 

「わう?」

 

「何でさっきから定春に同意を求めてんです?そうしないと喋れないんですか?」

 

「ここでの俺達の表現方法は全部活字だからな。万が一途中でフラッといなくなった奴がいたとしても、読み手側はそんなの分かんねえだろ?だからこうしてこまめに存在の有無を確認してんだよ。なっ定春?」

 

「わんっ。」

 

「それはそうとして銀ちゃん、藤丸がそんな如何わしいドエロ本持ってるわけねーヨ。そこの童貞眼鏡じゃあるめぇし。ね~定春?」

 

「わぉん!(コクリ)」

 

「コクリじゃないよ定春‼つか神楽ちゃん何で知って………あ、ちょっと違うんです。違いますから。そそそそそんな本持ってませんから。だから神楽ちゃん……やだなあ、銀さんまでそんな顔しないでくださいよぅ。仮に持ってたとしても、それは僕の私物ではなく友達が部屋に忘れてって…………って、二人ともどこ行くの?活字表現だからいまいち伝わりにくいけど、僕が目を離して数秒しか経ってないのに二人との距離が凄く遠くなったね?ええええ待って!待って‼だってまだ注意事項の説明もしてないし、藤丸君だって戻ってきてないし!あっちょっ、嘘?どこに行くんだよ二人とも⁉ひそひそ話しながら欽ちゃん走りで離れてかないで!眼鏡しかとりえのない僕をここに一人置いていったってどうしようもないだろ?ねぇ待って!置いてかないで‼お願いいい300円あげるからあああぁ………‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほ~おまたせ!やっぱり消し忘れたこたつにうっかり冷え切った足を突っ込んでそのまま出てこられなくなったマスターの代わりに僕が来たよ!……え?誰だって?僕はシャルルマーニュ十二勇士の一人、弱くても頼ってくれると嬉しいライダーのサーヴァント、アストルフォだ!もう知ってる人も初めましての人もよろしくね☆」

 

「わんっ。」

 

「って、あれれ?定春くんだけかい?銀ちゃんや他の皆は?」

 

「わうう、わふっ。」

 

「ふんふん、あらすじの紹介はもうしてくれたんだね。どうもありがとう!(ナデナデ)」

 

「く~んく~ん(スリスリ)」

 

「よ~し、銀ちゃん達があらすじをかっこよく説明してくれたみたいだし、ここからは僕と定春くんとで注意事項の説明を簡潔に進めていこう!これから読むっていう人は是非目を通してね!」

 

「わふっ、わふっ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええと、まずこの物語は『Fate/Grand Order』と『銀魂』の二作品によるクロスオーバーです。なので双方のキャラクター同士の絡みがガッツリあるよ!」

 

「わんっ。」

 

「基本ギャグメインで進めていくお話だけど、僕らや銀ちゃん達が戦ったりする場面もあるよ。その中で激しい暴力、あと怪我をして流血する描写もあったりするから、苦手な人は気をつけて!」

 

「くぅ~ん……。」

 

「それとね、双方の原作には無いオリジナルな設定もあるらしいんだって?どんなのだろうね?」

 

「わぉんっ。」

 

「それとそれと、原作が原作だから微妙な下ネタ……とかも入っちゃうみたい、だよ?やだなぁ~もう♪」

 

「わう?」

 

「あと、この物語でのFGOサイドの時間軸は第1部クリア後の1.5部、『英霊剣豪七番勝負』が終わった辺りなんだ。なので多少のネタバレ要素も含まれると思うから、苦手な人は本っ当に注意してね!」

 

「わんわんっ!」

 

 

 

「……さて、こんな感じでいいかな?もうすぐ本編も始まっちゃうみたいだし、もたもたしてると皆に置いてかれちゃう!」

 

「わうっ⁉」

 

「ここに取り残されると本編に出られなくなっちゃうかも!大変~台詞だけの役回りで終わるなんてゴメンだよ!急ごう定春くん!」

 

「わんわーん!」

 

「ここまで熱心に読んでくれた皆、どうもありがとう!さあ、『Fate/Grand Order 白銀の刃』!いよいよ始まるよ!物語の進み具合は中の人の頑張り次第だから、僕にはどうなるのか分からないけども、どうぞよろしくね~!」

 

「わんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「銀さ~ん!アストルフォ~!いやあゴメンごめん、冷えた足をちょっとだけ暖めようと思っただけなのに、やっぱりこたつには勝てなかったよ………って、あれ?何で皆いないの?あらすじは?注意事項の説明は?え?俺がこたつという魔物に獲り込まれてる間に全部終わったの?マジでか~………あ、じゃあせめて自己紹介だけでも───え、何?そんな時間はない?どうせ本編の初っ端から出番なんだからそこでやれ?いやいや、確かにプロローグの後にすぐ出番なんだけどさあ、一応主人公なんだし簡潔にでもしたほうがいいんじゃないかなぁ。だってさ、銀さんだって自己紹介したんでしょ?さっき…………はい?やってないの?エロ本の話して新八君に追われながらさっさと本編に戻っていった………そ、そうなんだ。というか、どんな流れであらすじからエロ本の話題になるんだろう…………は?そんなことよりもうすぐ本編始まる?うわああああぁそれ早く言ってよおぉ‼ここまで来るのに片道結構かかったってのに………急がないと?さっきグラサンかけた変なニート風の男が『主人公になれたら実質それニート脱出できんじゃね?だって要は主人公って職じゃんそれ』って歓喜しながら俺不在のカルデアに向かっていった?冗談じゃねーよ‼どこぞのMADAOか知らない奴に主人公の座奪われて堪るもんかあぁ‼ええと、あのっ、ここまで長ったらしい台詞連ねて全部読んでくれてる人がいるかも分かんないけども、また本編の方でお会いしましょう!それでは最後に名前だけ、藤丸立香でした────って待って!今行く!今行くから出口閉めないでええええぇっ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 



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【壱】万事屋銀ちゃん(Ⅰ)

 

 

 

 

 ───目を開けると、一面の茜色だった。

 

 

 山も、畑も、道脇のあばら家も、鬼灯の色に染まっている。

 

 目の前を通り過ぎていく、二匹の赤蜻蛉。

 (つがい)が飛んで行った先には、二つの小さな影が並んで歩いていた。

 

 ふわり、ふわり。柔らかい。でもくすぐったい。

 

 長く伸びた亜麻色の髪が、風に靡いて頬を掠める。

 身を委ねた大きな背中から伝わってくる温もりに、花の香とは違う、優しい匂いに心から安堵する。

 

 ふと、前方にいた一人が足を止め、猫じゃらしを片手にこちらへと駆け寄ってくる。高い位置で結わえた髪が、振動でぴょこぴょこと揺れていた。

 

 

「──、────────!」

 

 

 満面の笑顔で、ぱくぱくと口を動かす少年。

だがその声を、よく聞き取ることが出来ない。

 するともう一人も体を反転させ、睨みつけるような顔つきで歩み寄ってくる。

 

「────!───────────‼」

 

 両の吊り目を更に吊り上げ、何かを怒鳴るその少年の怒りの矛先は、どうやら背負われている自分の方に向けられているようだ。

 だが、先程の少年と同様に、伝えてくる言葉の中身を捉えることが出来ない。

 

 何故、どうして───

 

 微睡んだ意識の中で、唐突に不安に駆り立てられる。

 もしかすると、彼らの声が『聞こえない』のではなく、『思い出せない』から………だから彼らの伝えてくる言葉の意図が理解出来ないのではないだろうか。

 

 ならば、何故思い出せないのだろう。

 この感覚はまるで、幾月……否、幾年もの間、その声を聞いていないかのようで───

 

 

 

 

「──────、──。」

 

 

 

 不意に、声をかけられる。

 

 とても温かで、陽光のような声が紡いだそれは、名前だったのだろうか。

 

 (わだかたま)っていた胸中の不安は、熱に触れた氷のように少しずつ溶けていった。

 

 

 

 ──いつしか夕日は山々の間へとその姿を隠し、橙の空に夜色の帳が下ろされようとしている。

 

 徐々に低くなっていく気温が身に沁みていく中で、掴まった背中から伝わってくる温かさが心地良い。

 

 

 

 

 ────こうして過去の記憶を再生するのも、もう何度目になるだろうか。

 

 何度も繰り返していくうちに、記憶の断片は幾つも朧気になっていく。気がつけばもう、あちこちツギハギだらけになってしまった。

 

 

 もう、どこからが妄想で、どこからが本当の記憶なのかも分からない。

 

 

 

 ────それでも、それでもせめて、この暖かな記憶が、紛れもない真実であるならば。

 

 

 

 この大切な人と、大切な友とまた一緒に、

 

 

 

 夕焼け空の下の帰り道を、共に歩くだけの些細な幸せでも、

 

 

 

 

 

 

 ─────どうか永遠(とわ)に、続いてくれますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

  

  

 

 

 

 

 灰色の空から、しんしんと積っていく白い雪。窓から見える景色は、雪で覆われた山々と地面が延々と広がるばかり。

 あ~雪だね、冬だもんね~と寒そうな景色を窓から眺めながら、こたつに身体を入れて温もりを感じつつ、テーブルの真ん中に置いてあるみかんを食すのが、日本の冬の粋な過ごし方というもの。

 だが、今が冬だからという理由で雪が降っているわけではない。そう、ここは一年間を通してずっと雪が降り続いているのである。

 

 

 

 標高6000mの雪山、その地下に作られたこの施設は、『人理継続保障機関・カルデア』。未来における人類社会の存続を保障する為に世界各国が共同で設立した特務機関であり、主にその工房は地下に存在する。

 『カルデアス』により観測された人類史の未来、それは2016年に人類が滅亡するという残酷な結果の証明だった。これを阻止すべく、カルデアに所属するスタッフを始め、『マスター』と称される存在に召喚され、その者と契約を交わした頼もしい英霊───サーヴァント達は、影響を及ぼそうとする様々な過去の特異点事象の特定、そして介入し未来を修正すべく、日夜激しい業務や戦闘に励んでいるのであった。

 

 そんなカルデアの一角、無人の廊下に響き渡る、ツターンッツターンッと床を蹴る音。ついでに鼻唄のBGMもつけながら、曲がり角からひょっこりと現れたのは、スキップをする一人の少年だった。

 彼の名は藤丸(ふじまる) 立香(りつか)。このカルデアに所属しているサーヴァント達を使役する存在……『マスター』である。

 一見どこにでもいるような平々凡々の印象を受ける彼だが、これまで様々な危機を幾度も乗り越えてきているのだ。神々の闘いや世界の崩壊、宇宙からの来訪者やらデットヒートなサマーレース、果てはハロウィンに出現したチェイテピラミット姫路城メカエリチャン………今日(こんにち)までにおいても、彼と彼の仲間達によって修復された特異点は数知れず。

 そんな多忙の彼であるが、今日は任務という任務は殆ど無く、いわばオフの日なのである。久々にゆったりとした一日を過ごせることに嬉しさを隠しきれず、自然と浮足立っていた。

 今日は何をして過ごそうかな?読みかけの本を読むのもいいし、誰かとお喋りするのも楽しい。あ、でも一日中ベッドの上でぐうたらゴロゴロして怠惰に過ごすのも魅力的だよな~………などと様々なプランを頭の中で巡らせていると、ぐぅ、と腹の虫が間抜けな声で鳴いた。

 そうだ、その前に朝ごはん朝ごはん。今日の献立はなんだろうなと期待に胸を膨らませ、スキップしながら角を曲がった時だった。

 

「フォウッ。」

 

 甲高い声鳴き声が聞こえたのと、藤丸の視界が真っ白いものに覆われたのはほぼ同時。

 突如顔面にダイブしてきたモフモフとしたものに、「へぶっ」と声が漏れる。

 

「フォウさん、廊下は走ってはいけませんよ………あっ、先輩!」

 

 顔にへばりついている小動物を剥がすと、せわしない足音と共に現れた声の主の姿を確認する。

 

「あ、おはようマシュ。フォウ君もおはよう。」

 

 小走りで駆けてきた眼鏡の少女……マシュ、そして腕に抱いた白い小動物、フォウに藤丸はにこやかに挨拶を返した。

 

「おはようございます、先輩。これからフォウさんと起こしに行こうと思っていたところでした。」

 

「そっかー、ところでマシュは朝ごはん食べた?今から食堂に行こうと思ってたんだけど、よかったら一緒に行かないかい?」

 

「いいえ、私も朝食はまだなんです。是非ご一緒させてください!」

 

 藤丸の手からフォウを受け取りながら、マシュは微笑みを浮かべ嬉しそうに答える。

 

 マシュ───マシュ・キリエライト。このカルデアに所属しており、英霊と融合した『デミ・サーヴァント』。の少女

 盾の能力を持つクラス・シールダーであり、戦闘においても果敢に奮闘する頼もしい存在………なのだが、現在は自身の魔術回路がONに出来ない状態であり、殆ど戦う機会は無い。とはいっても藤丸のために貢献したいという熱意は変わらず、戦闘に加わる場面はなくともオペレーターとして遠方にいる藤丸を助けたりなど、やっぱり頼もしい後輩なのである。

 

 そして彼女の腕の中で丸くなっている小動物……鳴き声をそのままに名前もフォウ。マシュによく懐き、カルデアを徘徊するこの生き物はリスなのか狐なのか、はたまた猫なのか。皆に『君』やら『さん』やらをつけてよく呼ばれており、その愛くるしさと白いモフモフとした魅惑のボディで癒される者達は数知れず。うーんやはりモフモフは素晴らしきかな。

 

「そういえば先輩、随分ご機嫌な様子でしたね。何かとても良い事がありましたか?」

 

「え、そう?そんなウキウキしてた?」

 

「はい。先程もあそこの角を曲がってこられた際、軽やかなステップと鼻唄が聞こえてきたもので。」

 

「フォウフォウ。」

 

「おおう、恥ずかしいところを目撃されてしまったな。まあ、俺が浮足立ってたのは久々の休みだというのもあるけど………。」

 

 照れ臭そうに頬を掻きながら、藤丸は利き手を前へと伸ばす。

 すると、その手は画面の外───漫画でいうところのコマの外、TVだとブラウン管の向こう、そんな空間の中へと突き抜けていった。

 

「せ、先輩⁉」

 

「ドフォーウ⁉」

 

 目の前で起きたありえないミラクルに、開いた口が塞がらないマシュとフォウを他所に、藤丸は突っ込んだ手を動かして何かを漁っている。

 活字だから場面が上手く想像出来ない、だって?───いいか、イメージしろ。己の想像力を膨らませるんだ。使えるものは何でも使うと、漫画の枠線を引き千切る作品だってあるじゃないか。

 暫くガサゴソした後、「お、あったあった」と呟いた藤丸がゆっくりと腕を引き抜く。その手に握られていたのは、FGOプレイヤーの方々なら見慣れているであろう、黄色いリボンの赤い箱。

 

「先輩……その箱はもしや………。」

 

「これ?プレゼントボックスだよ。APとか経験値の横で、中身が入ってるとピョコピョコ動いてるやつ。」

 

「いつもそうやって受け取っていらっしゃったんですか⁉私、初めて知りました……。」

 

 驚愕の事実に唖然とするマシュの前で、藤丸は意気揚々とリボンを解いていく。

 

「今日はログイン7日目だから、ボーナスはお楽しみの呼符ちゃん~………。」

 

 パカリと蓋を開け、中身とご対面を果たした藤丸。だがしかし、箱を見下ろしたままの表情は笑顔のまま固まっている。

 

「……先輩?」

 

 お楽しみの呼符ちゃんに出会えたというのに、一体どうしたのだろう………まるでビデオの一時停止のように動かなくなった藤丸を心配し、マシュは彼の手にある空いた箱へと目を移した。

 

「!……こ、これは………っ‼」

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

「え、何?貰った呼符がいつものと違う、だって?」

 

 所変わって、ここはカルデア内のとある工房。

様々な魔術関連のアイテムが並ぶその奥から、ひょっこりと顔を覗かせる一人の美女。

 

 彼女もまたこのカルデアに所属するサーヴァントであり、その正体は名も高き『レオナルド・ダ・ヴィンチ』。通称ダヴィンチちゃんである。

 クラスは魔術師であるキャスター。美人で聡明、何でも出来ちゃう万能英霊………え?レオナルド・ダ・ヴィンチは男性であるのに、このレオナルド・ダ・ヴィンチはどうして女性なのか、だって?えー本人からの説明によると、彼女……もとい彼は自身の人生の最高傑作である『モナ・リザ』の美しさに大変心酔し、現界の際にその美しい姿を自分自身のものとして具現化し召喚されたとかなんとか。

 外見はモデルの絵画そのものの艶麗な美女であるが、肝心の中身は生前と何ら変わりない。つまりは見た目はモナ・リザ、頭脳や心はオッサンと、まるで薬を飲まされて縮んだ某名探偵のような状態である。

 

「はいは~い、長々とした説明ご苦労。それで、君達はこの天才ダヴィンチちゃんに、そのおかしな呼符を確かめてもらいたいとやってきたわけだ。」

 

 うんうんと頷くダヴィンチちゃんの向く先には、並んで怪訝な顔をした藤丸とマシュが立っていた。

 

「で、その呼符は具体的にどこがおかしいんだい?」

 

「うーん………詳しいことは、直接見てもらったほうが早いかも。」

 

 そう言うと藤丸は蓋を開け、軽やかな足取りで工房の奥から出てきたダヴィンチちゃんへと箱を差し出す。

 「どれどれ~」と興味津々に中身を覗くダヴィンチちゃん。すると彼女の顔も先程のマシュと同様、驚愕が広がっていった。

 

「こっ……これは……っ‼」

 

 

 ───強張った顔の額を、冷たい汗が伝い落ちる。そんな、ありえない、と呟くダヴィンチちゃんの声は、微かに震えているようだった。

 ごくり、誰となく生唾を飲み込んだ音が、静寂に響き渡る。やがてダヴィンチちゃんは、自らの手を恐る恐る箱へと入れた。

 皆が固い表情で見守る中、彼女の手に握られていたのは………

 

 

 

「……銀色だね、これは。」

 

 そんなド直球なダヴィンチちゃんの感想に、銀色だよねーと藤丸が返した。

 彼女が箱から取り出したそれは、たった一つで聖晶石3個分の役割を果たすという、(運さえあれば)お目当てのあの英霊を召喚出来ちゃう夢のチケット・呼符………なのだが、今まさに問題となっているのはその外観である。

 形や大きさ、重さまでは紛うことなきお馴染みの姿であるが、ダヴィンチちゃんが手にしているその呼符は、あの輝かしい高級感溢れるゴールドではなく、何故か銀色。そう、シルバーなのだ。

 工房のライトを反射し、キラキラと白く光る呼符を観察しながら、ダヴィンチちゃんは声を漏らした。

 

「いや~ぁこれはこれは、こんなの初めて見るね。きっとカルデア始まって以来だ、うん。」

 

「あの、ダヴィンチちゃん………思いの外反応が薄くはないですか?先程あんなに驚かれて、肩まで戦慄かせていらっしゃったというのに。」

 

「ああ、あれね。読んでる側に緊張感を持たせようかと思ってさ。シリアス満載な雰囲気を漂わせてからの、一転して気の抜けた展開に思わず拍子抜けしちゃってる的なリアクションを期待してるんだけどなぁ。」

 

「恐らく皆さん、何も言わずに呆れているのではないかと私は思うのですが………ねえフォウさん?」

 

「フォウ、フォーウ。」

 

 言葉の中に溜息を交え、マシュは腕の中のフォウに同意を求める。一方藤丸はというと、ダヴィンチちゃんの机の引き出しをおもむろに開け、ガサゴソと中を探っていた。

 

「で、藤丸君はさっきから何をしているのかな?」

 

「ダヴィンチちゃん、ペン貸して。オレンジのやつ。」

 

「先輩、何をなさるおつもりですか?」

 

「ははーん。さては君、そのオレンジペンを使って呼符を元の金色に変えようと考えているね?」

 

 ニヤリと不敵に笑うダヴィンチちゃんに見事に図星を突かれ、硬直した藤丸の半開きの口から「う、」とくぐもった声が漏れる。

 

「?……何故オレンジ色のペンを使うと、金色に変えることが出来るのですか?」

 

「それはだねマシュ、銀色の上にオレンジを塗ることによって色が金に変わるからだよ。因みに最近君が藤丸君とよく遊んでいる折り紙の金だって、あれは元々───」

 

「ダヴィンチちゃんっ、ストオオオオオォップ‼」

 

 突如伸びてきた藤丸の手により口を塞がれ、ダヴィンチちゃんの言葉はそこで遮られてしまう。目をぱちくりさせるダヴィンチちゃんに、血相を変えた様子の藤丸が小声で訴えかける。

 

「駄目だよダヴィンチちゃん‼マシュはね、あの金の折り紙を本物の金だって信じてるんだから!確かに俺もその事実を言おうとも思ったよ……でもさ、俺の目の前で楽しそうに顔をキラキラさせた上に、「凄いです先輩!金は貴重だから折り紙の袋に一枚ずつしか入っていないんですね、私感動しました!」なんて言われたら、それは違うよなんてもう言えないじゃん?今時こんな子、サンタクロースの存在を未だ疑わない高校生ばりに貴重じゃん?だから頼むよ、その口から告げようとしている残酷な事実を黙って呑み込んでくれないか?どうかマシュには、綺麗な夢を見させ続けてあげたいんだ……!」

 

 空いた手で乱暴に涙を拭い、固く拳を握る藤丸。彼の後ろでは、事情を知らないマシュが聞こえないやりとりに首を傾げていた。

 

「成程なるほど、君のマシュへの想いは充分に理解したよ。」

 

「うおおおっ⁉まだ口塞いでんのにどうやって喋ってんの⁉はっ、まさかオナラで……⁉」

 

「こらこら、天才はオナラなんてするもんか。」

 

「いや、天才もするから。生き物としての生理現象だからね。」

 

「ともかく万能英霊の私にかかれば、こんな具合に腹話術を以って会話をすることも容易いのさ。てなわけでそろそろ手を放してくれないかい?ぶっちゃけ息が苦しいんだけど。」

 

 ああ、ゴメンごめんと藤丸は慌てて手を剥がす。漸く新鮮な空気を吸えたダヴィンチちゃんは深呼吸をした後、二人の方へと体の向きを変えた。

 

「んで、この呼符は何で銀色なんだろう?5枚集めたら金の呼符と交換出来るとかいう期待を持ってここに来たんだけど。」

 

「そんなチョコのエンゼルのような仕様は実装してませーん。まあ何だ、エラー品なのかもよく分からないけど、これが呼符であることに変わりはない。だったら試しにこれを使って一度召喚を行ってみたらいいじゃないか?」

 

「ええ……でもこれ、大丈夫なの?」

 

「そうですよダヴィンチちゃん!もしものことがあったら先輩が危険な目にあうかもしれないじゃないですか!」

 

「まあまあ落ち着いて、無論その召喚には私も立ち会おう。この未知なる呼符でどんなサーヴァントが()ばれてくるのか、是非この目で確かめてみたいものだからね。」

 

「ダヴィンチちゃん……前もって言っておくけど、召喚されるのは必ずしもサーヴァントってわけじゃあないからね。この間だって☆3の礼装だったし、その前だって………更にその前、見事に爆死したこともあったっけなあ……ははは。」

 

 徐々に低くなっていく声に比例して、藤丸の周りにどんよりと暗い影が差していく。ずるずるとその場にしゃがみ込み、床にのの字を書く藤丸の頭や肩から、ぽつぽつとキノコらしきものが生えてきているようにも見えた。

 

「だ、大丈夫ですよ先輩!特にこれといった根拠はありませんけど、今日はきっとどなたか素晴らしい英霊の方々が先輩の声に応えてくれます!」

 

 藤丸の腕を掴んで立ち上がらせ、励ましの言葉をかけながらマシュはキノコを採っていく。後輩の健気な言動に胸を打たれ、「ありがとう…」と藤丸は彼女に小さく礼を言った。

 

「さあ、そうと決まれば準備に取り掛かろうか!」

 

「おー!と言いたいとこだけど……ダヴィンチちゃん、その前に朝ご飯いってきてもいい?まっすぐここに来たもんだからまだ食べてなくてさ……。」

 

 ぐー、と工房内に響く間抜けな空腹の音は、藤丸とマシュの腹ペコストマックから鳴らされたもの。バツが悪そうに頭を掻く藤丸と思わず赤面するマシュに、出端を挫かれたダヴィンチちゃんは「仕方ないなあ」と苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 守護英霊召喚システム・フェイト。

 

 カルデアの誇る発明の一つで、先の聖杯を巡るサーヴァント同士の戦い・聖杯戦争においての英霊召喚を元に作られた召喚式。

 今はシールダー・マシュの宝具である盾を触媒とし、サーヴァントの召喚を行う………のであるが、現実はそうも甘くない。

 召喚の代価として一回につき支払われる虹色に輝く結晶・聖晶石。そして先程何度も名前の出た呼符。新たな戦力となる頼もしい仲間を求め、彼らに会いたいという強い願いを胸に抱いていても尚、その英霊が召喚に応えてくれる可能性は限りなく低いのである。こちらが幾ら呼びかけようと、数多の聖晶石や呼符が消えていこうとも………嗚呼、どうして、何で俺のカルデアには来てくれないんだコンチキショーッ‼

 

「ちょっと藤丸君~、勝手に地の文使って心の鬱憤を吐きださないの。」

 

「あ、バレた?」

 

「文章だから読んでる方は分からないけど、さっきからご飯粒つけたままのその口がずっと動いてたからね。」

 

 ダヴィンチちゃんの指摘で慌ててご飯粒を確認しようとする藤丸に、「先輩、どうぞ」とフォウを肩に乗せたマシュがさりげなくティッシュペーパーを渡す。

 彼女に礼を言い、受け取ったそれで口元を拭いながら、藤丸はいそいそと召喚式の確認をするダヴィンチちゃんの背中を見つめていた。

 

「よーし、準備は万端だ。さあ藤丸君、早速例の銀色の呼符で試してみたまえ。」

 

「……ねえダヴィンチちゃん。俺さっき朝飯の納豆かき混ぜながら考えてみたんだけどさ、この呼符ってもしかして新しいアイテムだったりしないのかな?もしかすると銀枠サーヴァントor概念礼装確定ガチャチケットだったり……。」

 

「なーにこの期に及んでも弱気な事言ってるんだい!そんなアイテム出てたら工房にいる私が知らないわけがないだろう?ほら、かき混ぜた納豆みたいに粘った根性で!いざトライだよ!あと服に乾いた納豆の粒もついてるから早く取った!」

 

 ダヴィンチちゃんの再指摘により慌てて納豆の粒を確認しようとする藤丸よりも早く、新たなティッシュペーパーを持ったマシュのいち早い発見により乾ききってしおしおになった納豆の粒は回収された。本当に出来た後輩だなあ、うん。

 

「……よし。では藤丸立香、行きます!」

 

 些か腰が引けている自身を奮い立たせるように、大きな声を張り上げる藤丸。

 ダヴィンチちゃんからあの銀の呼符を受け取り、暫しそれを眺めてみる。普段の金色とは異なり、白銀に輝く呼符。一度使用すると消失してしまうので、こうしてみると使ってしまうのも何だか勿体無いような気もする。

 

「……藤丸立香、行きますっ!」

 

 もう一度声を張り上げる。今度こそは召喚に臨もうと。

 再び銀の呼符を眺めて考える……不安が消えたわけではない。しかし同時に、これを用いたらどんなものが召喚されるのだろうという沸き立つ好奇心も、あの時納豆をかき混ぜながら藤丸は感じていた。

 

「……藤丸、行きまーすっ‼」

 

 再び声を張り上げる。本当に今度こそこの呼符で召喚に臨むべく。

 そして言うまでもなく銀の呼符を見つめ─────

 

「フォウフォーウッッ‼」

 

 甲高い声と同時に、ドカッと鈍い音と共に後頭部に走る衝撃。

 苛立ちを含んだようなその鳴き声は、「いつまでやっとんじゃ早うせんかワレエエェッ‼」という怒声にも聞こえた。

 

「どぅぶっ‼」

 

 いい加減痺れを切らしたフォウの一撃がクリーンヒットし、藤丸は前のめりに倒れかける。

 

「フォウさんっ⁉先輩、大丈夫ですか⁉」

 

 よろめく足を立て直し、なんとか体勢を立て直す。何とか転倒を回避したことに安堵の息を吐き、ふと利き手の違和感に気がつきそちらに目を落とした。

 

「あ。」

 

 呼符がない。そう理解したと同時に、藤丸の頭上が青白く光りだした。

 

 展開された複数の光の球が、円を描いて回転し始める。それは正に呼符が用いられ、召喚が行われた合図。

 やがて回転の後に出現したのは、三本の光の環。それは召喚されるものがサーヴァントであることの証でもあり、見守る藤丸やマシュ、ダヴィンチちゃんも期待に胸を弾ませる。

 光の環が縮小した後、中央に巨大な光の柱が立つ。それが消えれば召喚した英霊のクラスカードが回転しながら現れる………現れる、はずなのだが。

 

「………あれ?」

 

 おかしい………長い、光の柱が留まっている時間がやたらと長い。

 いつまで経っても煌々と輝きを失わない光の柱に、ダヴィンチちゃんも首を傾げる。

 

「おやおや、これは一体どういう事だろうね?」

 

「もしや、エラー品を使用したことによるバグ……ということはないでしょうか?」

 

「フォウ?」

 

「まさか、藤丸君から預かった後にあの呼符を調べたけど、他におかしな点は──────あっ。」

 

 ダヴィンチちゃんの声で、皆の目は彼女の向いている前方へと一斉に向けられる。

 光の柱が形状を変え、巨大な球体へと変化していく。その球は拡大や縮小を繰り返した後、パァンッ!とまるで風船が弾けた際のような大きな音を立て、突如爆ぜた。

 

「な……っ⁉」

 

 目の前で起きた出来事に、ただ呆然とする一同。

 

「フォウ!フォーウッ!」

 

 だが惚けた彼らの意識を我に返したのは、頭上を向いたフォウの一声だった。

 

「!……先輩、ダヴィンチちゃん!あれを!」

 

 マシュが指さす先────そこにあったのは、自分達の頭上で宙に浮き、くるくると回転する4枚のクラスカード。

 いずれもその色は銀色。だが藤丸達が普段見慣れている色とはどこか違い、光沢を放っているようにも思える。

 藤丸は目を凝らし、カードに描かれた図柄を確認する…………1枚目は剣士、セイバー。2枚目は狂戦士、バーサーカー。3枚目は騎兵、ライダーだ。そして4枚目───

 

 

「先輩、危ない‼」

 

「へ?」

 

 

 叫ぶようなマシュの声に戸惑う間も無く、藤丸の立つ場所に広がる影。

 ヒュルルル、と風を切る音が近付いていることから、何かが落下してきていることに漸く気付いたが時すでに遅し。

 

「ぶぎゃっ⁉」

 

 視界が白いもこもこしたものに覆われた刹那、とてつもない重力に圧し潰される藤丸。

 降ってきた『それ』の下敷きになった彼の耳には、「せんぱーいっ‼」と身を案ずる後輩の声がやたらと遠くに聞こえた、ような気がした。

 

「こ……これは一体……⁉」

 

 

 

 あの時マシュはしっかりと見ていた。あの時空中のクラスカードが光り輝き、その姿が変形していった光景を。

 

 

 目を見開き、驚愕するマシュの前に突如落下し、藤丸を下敷きにしているもの───それは、白い大きな犬。

 もこもことした真っ白の毛に勾玉のような形の眉、赤い首輪をしたこの巨大犬の背中には、よく見ると誰かが乗っている。

 片手に菫色の番傘を握り、サーモンピンクの髪色をした頭には変わった形の髪飾りが二つ、赤いチャイナ服を着たその少女は、「んあ?」と気の抜けた声を発して伏せていた顔を上げた。澄んだ蒼色の瞳をマシュに向ける、その少女の顔立ちはとても愛らしい。だが口端についた乾いた涎の跡が何とも間抜けな印象を与えた。

 

「……お前、誰アルか?」

 

 少女の発した第一声に、思わずマシュは硬直してしまう。

 何と答えたらよいのか分からず、互いの間に流れる沈黙の合間に「わんっ」と巨大犬が鳴いた。

 

「あの、貴女は─────」

 

 漸く勇気を振り絞り、発したマシュの声を遮ったのは、バシャーンッ‼と辺りに響く激しい水音。

 

「ぶわっ‼冷たっ‼痛いっ‼何だ何だぁっ⁉」

 

 音の方に振り向くと、少し離れた先で頭にバケツを被り、全身水浸しになった眼鏡の少年が、狼狽えた様子で辺りを見回している。どうやら尻を強打したらしく、何度も手で摩っているようだった。

 

「ダヴィンチちゃん、これは─────」

 

 事態を把握しきれず、ただ困惑するマシュはダヴィンチちゃんに縋ろうと彼女の立つ方角を向く。

 それに気がついたダヴィンチちゃんは、緊迫した様子で彼女に向かって叫んだ。

 

「駄目だ!マシュ、こっちを見るんじゃないっ!」

 

「えっ──────」

 

 

 

 

 その時、マシュは見てしまった。

 

 

 ダヴィンチちゃんの足元に、うつ伏せにして倒れている男性の姿を。

 

 

 

─────その人物のズボンが下穿きごとずり下がり、露わになっている筋肉質で健康的な肌色の、尻を。

 

 

 

 

「っきゃあああああああぁ⁉」

 

 悲鳴を上げ、赤面した顔を両手で覆い隠すマシュ。

 直ぐ様背中に隠れるマシュに、「だから見るなって言っただろー」と苦笑するダヴィンチちゃん。

 すると悲鳴に反応したうつ伏せの男性が、突っ伏していた床からむくりと顔を上げる。きょろきょろと辺りを見回す動きに合わせ、男の天然パーマ気味な銀髪……白髪?が微かに揺れた。

 ふと男がこちらに振り向く。死んだ魚のような目を暫く向けていたが、脱力しきったその顔が瞬時に驚愕と焦りの色に塗り替えられる。

 

「っきゃあああああああぁ⁉えっちょっ何これ⁉おたくら誰⁉つーかここ何処だよ⁉っていうか見ないで‼俺を見ないでええええええぇっ‼」

 

 驚きやら恥ずかしいやらで、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる男の声と同調するように、眼鏡の少年とチャイナ少女の声も辺りに響き渡る。

 おいどうなんてんだこりゃ⁉知りませんよってか臭‼僕めっちゃ雑巾臭い‼うわっホントだ近寄んなヨ眼鏡!わんわーんっ!本当だお前臭っ!ちょっうつるからあんまこっち来んな!んだとぉゴラァ‼ケツ丸出しのアンタにそこまで言われる資格ねえよっこれでも喰らえ‼ぎゃああああこの野郎雑巾投げやがったっ‼やりやがったな駄目ガネ‼ぶっ飛ばしてヤルヨ!わおーんっ!

 

 

 

 

「……うーん、これは正に驚きの一言だね。」

 

 うんうんと一人頷くダヴィンチちゃんの隣で、呆気にとられるフォウと共に眼前の喧騒をただ眺めるマシュ。

 

 彼女が立ち上がった巨大犬の下から姿を見せ、「助ケテ~…」とか細い声で救助を求める藤丸を発見するまで、あと三秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

 



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【壱】万事屋銀ちゃん(Ⅱ)

 

 

 時計が告げる時刻は、そろそろ9時を回ろうとしている。

ここカルデアの食堂を訪れる者の姿も疎らになりつつある頃、設置されたテーブルの一角に藤丸達はいた。

 

「ほーん。未来を取り戻す為に人理の修復を、ねえ……。」

 

 ダヴィンチちゃんによる一通りの解説をしっかり理解したんだかしてないんだか。あの銀髪天パの男は相変わらず死んだ魚のような目で、向かいに座る藤丸を見たまま呟く。

 彼の両隣には彼と同時に出現したチャイナ娘と、あの後藤丸にシャワーとTシャツ(白地にExtra Attackと書いている)を借りて小綺麗になった眼鏡の少年が、それぞれ椅子に腰掛けている。因みにあの巨大犬はというと、彼らの後ろで背中に丸くなったフォウを乗せ、退屈そうに欠伸をしていた。

 

「んで、その7つの特異点から7つの玉を無事集めたお前らが、神龍に願って人類滅亡の未来を阻止したってわけか。そりゃ凄ぇや、まるでジャンプ漫画の主人公みてえな話だぜ。」

 

「みたいっていうか、それもう只のドラ〇ンボールだよね?俺ガンドは打てるけどかめはめ波は無理だからね?それに玉も集めてないし神龍に願い叶えてももらってないし。」

 

 口端を引きつらせ困惑する藤丸に、「それにしても…」と眼鏡の少年が横から切り出す。

 

「ダヴィンチちゃんさんの説明を受けても、いまいちピンと来ないですよね。サーヴァント?のことといい、時間を超えて旅をしたことといい……それに僕らの知らない世界で人類が滅びかけてたとか、そんな大変なこと全然知りませんでしたし。」

 

「まあ、私達も何度かそんな経験はしてるけどナ。大体は少年漫画独特の努力とか根性で何とかなったみたいな感じアルけど。」

 

「でも、そんな大変な状況を幾度も回避することに成功できたのは、ここにいる藤丸立香先輩やカルデアの皆さん、それに召喚に応えてくださったサーヴァントの皆さんが身を粉にして頑張ってくださったお陰なんです。」

 

「これマシュや、自分を抜いちゃいかんよ。藤丸君がここまで来られたのも、君の甲斐甲斐しい協力あってこそだろ。ねえ藤丸君?」

 

 ダヴィンチちゃんに話を振られると、傾けた湯呑みから口を離した藤丸はうんうんと何度も頷いた。

 

「で、でも……今の私は、以前のように先輩と共にレイシフトを行う事も出来ません。先輩のお側で戦う事の出来ない私が、到底お役に立っているとは───」

 

「そんなことないよ。確かに前みたくずっと一緒にいられないのは少し寂しいけど、マシュをもう危険な目に合わせることはないんだもの。それにマシュのサポートがあってこそ、俺は今でも頑張れるんだから!」

 

 太陽のよう、という比喩がとても当てはまりそうな、屈託のない藤丸の笑顔。マシュは暫し呆けていたものの、少し遅れて頬を赤く染め「ありがとう、ございます……」と小さく言った。これが漫画とか絵であれば、この二人の周りにはファンシーなお花とかキラキラしたオーラとか、そういったイイ雰囲気を表すオプションが飛んでいるところだろう。

 

「………おいおい、俺らはリア充の乳繰り合いを見せつけられるために、こんなとこに喚ばれたってのか?こちとら結野アナのブラック占い途中にして、CMの合間に便所済ませたとこだったってのによ。」

 

「ああ、だからさっき尻丸出しだったんですね。僕は雑巾がけの途中でしたよ、被ったあの水も終わりかけだったから相当汚れてましたし。」

 

「私はTV空いたら楽しみにしてた昼ドラのSP観る予定だったのにヨ、やってらんねーぜコンチキショー。」

 

 目の前の三人が揃って鼻の穴に指を突っ込み、各々が吐き出す恨み言と苛立ちの篭った視線を感じ取り、藤丸とマシュはハッと我に返る。

 

「まあまあ落ち着いて、そうカッカしなさんな………さて、それじゃあまずは君達の名前を教えてもらおうか?」

 

「えー、さっき名乗っただろうがヨ。耄碌(もうろく)してもう忘れたアルか駄貧乳(ダヴィンチ)?」

 

「酷い当て字だなぁ、ダヴィンチだよダヴィンチ。この形もサイズも申し分ない、豊満なバストが目に入らないのかい?確かにさっき我々には名前を教えてくれたけども、呼んでる側には君達が名乗った描写(シーン)がまだ本文(こっち)では無いから分かんないんだよ。」

 

「あのな神楽ちゃん、大分いないとも思うけど、この小説で銀魂初見の人もいるかもしんねえの。そりゃあジャンプで連載10年以上やってるし、アニメも大ヒットだし、実写映画もやったから銀魂知らない人いんのかヨーとかお前言い出すだろうけど、せっかくのクロスオーバーなんだから始めの自己紹介とかそういうとこはしっかりやらねえと。てなわけで初登場から女性の前で尻を丸出しにするという愚行を犯していたあの銀髪野郎は俺、銀魂の主人公・坂田銀時でーす。プロローグの方でも名前出てっから振り仮名とかいらねえよな?そんな難しい字でもねえし。」

 

「もう銀ちゃん……あ、さっきの白髪天パのことアル。銀ちゃんがさっき名前出したチャイナガール、皆のアイドル・可愛い神楽ちゃんだヨ!んでこのおっきいワンコが定春ネ!」

 

「くあぁ~……。」

 

「ちょっとちょっと!こんないい加減な自己紹介がありますか⁉前の回の藤丸君達との差がありすぎだろ!大体、せっかくのクロスオーバーなんですよ?いくら計画性がなくてプロットもろくに立てずに勢いだけで書いてるからって、ここまで雑でいいのかよ⁉」

 

「あ、あとこのさっきから騒がしいツッコミしてる奴が新八だからな。志村新八。」

 

「眼鏡が本体のドルオタ童貞眼鏡、新八アル。皆、覚えられたら覚える感じでいいアルよ~。」

 

「おいいいいっ‼何だよこの酷い扱い⁉僕にだって自己PRさせてくれたっていいでしょ!例えばあの、ほら、実写版のキャストは菅〇将〇だとか‼え?んなもん個性じゃなくて虎の威を借る狐だって?うっせーな分かってんだよそんなこと‼」

 

「……まずいな。このままだと俺達の培ってきた個性が、突然登場した彼らの強すぎるキャラに掻き消されてしまう………行こうマシュ、ダヴィンチちゃん、俺達もあの流れに乗っていい加減な感じの自己紹介をするんだ!」

 

「はい、先輩!」

 

「ってこら~!君達まであのぐだぐだな流れに飛び込んだら、余計収集がつかなくなるだろうが!ここまで台詞オンリーでしか進んでないし、文章書くのサボってるよアイツ~と思われる前に一旦落ち着きたまえ。ほら、皆さっさと席に戻った戻った。」

 

 (珍しく真面目な)ダヴィンチちゃんに叱責を受け、喧嘩に発展しそうになっていた銀髪天パ……銀時と二人の少年少女も、席を立とうと中腰の姿勢のまま固まった藤丸も、すごすごと椅子に座り直した。

 

「さて、名前も分かったことだし、次に君達のクラスの確認作業に入らせてもらうよ。」

 

「クラス?私や新八は番外編だとクラスは3年Z組ネ。」

 

「組み分けのクラスじゃなくてね、サーヴァントのクラスだよ。英霊ってのは大きく分けて7つのクラスに分けられている。剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)……あと例外に『エクストラクラス』と呼ばれるものもあるけど、これはまた置いておいてと。先程君達の名前を聞いた時に、一緒にデータも取り込ませてもらってね。そこから詳しい内容の解析を行ったんだ。ああ、でも難しいことは考えなくてもいい。恐らく君達は自分のクラスが何だか分かっていない状態だろうから、今から言う自身のクラスを覚えてくれさえすればいいんだ。」

 

 ダヴィンチちゃんは持っていたタブレット端末を指で数回操作した後、前へと向き直り口を開いた。

 

「まずは坂田銀時君、君は……うん、間違いなくセイバーだね。」

 

「セイバー……ってことは剣士か。確かに普段から剣は振り回してっけど、それでセイバーってのもなーんか普通過ぎてつまんねえな。」

 

 頬を膨らせ、銀時が腰から抜いたのは一本の木刀。柄の部分に『洞爺湖』とかかれたその刀に、藤丸は目を輝かせ「かっこいい…!」と呟いた。

 

「おっ?藤丸……って言ったっけか。この木刀の良さが分かるたぁ、中々見どころあるじゃねえの。流石は人類最後のマスターだけあるな。」

 

「いや、それ人類最後のマスター関係ないですよきっと………さて、じゃあ銀さんの次は僕ですね───」

 

「ええと、次は神楽ちゃんだね。」

 

「あ、あれ?違ったか、恥ずかしいなもう。」

 

「おめでとう神楽ちゃん!君は狂戦士、バーサーカーだ!」

 

「キャッフォオオオイ!何だかよく分かんないけど、響きがカッコいいから嬉しいアル!」

 

「いいなー神楽、銀さんのセイバーと取っ換えねえ?300円あげるから。」

 

「銀さん、サーヴァントのクラスは早々簡単に取り換えられるものじゃないと思いますけど………よし、いよいよ僕だな!ああ緊張しちゃう────」

 

「そして定春君、君はライダーだね。動物型のサーヴァントもこのカルデアには何もいるから、珍しい事ではないよ。」

 

「わんっ。」

 

「……定春のが先だったか。まあ順番なんてどうでもいいけどね!別に悔しくなんてないもんね‼あれ?でもライダーっては乗り手のことですよね、定春はいつも神楽ちゃん乗せてるけど、何かに乗ってることはあんまりないような……。」

 

「新八、お前は普段から定春の何を見てるんだよ。アイツだってちょくちょく乗ってることもあるだろ?ほら、盛りのついた雌犬とか────」

 

 そこまで言いかけた銀時のアブノーマルな台詞は、「でぇっっくしょい‼」と不意に発せられた藤丸のやたらとデカいクシャミにより阻まれ、その如何わしい内容が無事マシュの耳に届くことはなかった。

 

「さぁて、長らくお待たせしたね新八君。」

 

「まさかここまで焦らされるとは思ってませんでしたけどね………はっ!これはもしかすると僕だけ他の皆とは違う、そのエクストラなクラスだったり……⁉」

 

 淡い期待を胸に抱き、逸る鼓動を抑えながら新八はダヴィンチちゃんの口元が動くのをじっと待つ。

 

「さあ最後だ、志村新八君のクラスは───」

 

 指で画面をスクロールし、表記されたデータを読み上げようとしたその時、ピーという電子音と共に画面が真っ黒になり、『ERROR』の文字が何度も点滅を繰り返す。

 

「……ありゃ?」

 

「ダヴィンチちゃん、どうかしましたか?」

 

「んー、端末の調子がおかしくてね………悪いけど新八君、君のクラスの公表は後でにしても構わないかい?」

 

「えっ……あ、はい。」

 

 何度も画面やスイッチを弄るも、反応がないことに溜息を吐くと、ダヴィンチちゃんはタブレットをテーブルに置いてしまう。

 期待していただけに新八の落胆も大きく、その落ち込みようは隣に座る銀時が茶化すことなく、彼の背中をポンポンと優しく叩いてあげる程であった。

 

「えー、では気を取り直して……先程説明した通り、ここは人理継続保障機関・カルデアだ。詳しい場所はまだ言えないんだけどね。知りたかったら二章のプロローグまでゲームを頑張ってくれたまえ。それにしても、君達の話してくれた文明の発達した江戸に、宇宙からの異人・天人(あまんと)の存在……それに、坂田銀時ねぇ。」

 

「あ?俺の名前がどうかしたか?」

 

「いやね、君とよく似た名前………坂田金時の方だったら、こちらの世界の史実に残っているからね。このカルデアには未召喚だけど、バーサーカーの英霊として座にも登録されているし。」

 

「金時か……その名ぁ、聞くと嫌な事思い出すぜ。」

 

「?……銀時さん、金時と会ったことあるの?」

 

 藤丸の問いに、銀時は眉間に皺を寄せたまま、首を横に振る。

 

「いや、金時は金時でも、多分お前らの知らないほうの金時だな………あの金髪ストレートプラモ野郎にゃ、散々酷い目に合わされたっけなぁ。」

 

「そういえば、神楽ちゃんも天人なんですよ。夜の兎と書いて、夜兎(やと)族っていう戦闘部族なんです。」

 

「おうよ、天人でサーヴァントになれた奴ぁアタイくらいなもんよ!」

 

「そうなのですか?どこから見ても宇宙人には見えないので驚きました………それにしても、夜の兎という名前は、神楽さんにお似合いですね。とっても可愛らしいです。」

 

「そ、そうアルか………へへっ。」

 

 マシュの言葉に、神楽は頬を染め照れ笑いを浮かべる。女子同士の微笑ましいやり取りに場の空気がほっこりした後、ダヴィンチちゃんは話の続きを始めた。

 

「兎に角だ。君達がいた世界は、どうやら我々のいる世界とは史実なんかも大まかに異なるらしい。平行世界とは違う、恐らく君達は『本来は決して交わることのない世界』から、何らかの形で召喚された超特異なサーヴァントなんだよ。それにさっき分かったんだけど、どうやら君達の英霊の座は登録されていない。だが現に銀時君達は、こうしてサーヴァントとなってカルデアに召喚されている………何が何だか分からなくて、こちらもお手上げ状態だ。」

 

 ふ~、と大きく息を吐き、ダヴィンチちゃんは両手を上げ(かぶり)を振ってみせる。

 

「ちょ、ちょっとダヴィンチちゃん。さらっと凄いこと言ってなかった?銀時さん達がこことは交わらない世界の存在で、しかも座に登録されてないのに召喚された英霊(サーヴァント)だって?」

 

「そんなこと、現実的にありえるのでしょうか?何か特殊な方法でもないと─────あっ。」

 

 不意に、あることを思い出したマシュは無意識に声を上げる。その意図にいち早く気付いたダヴィンチちゃんは「そう」と呟く。

 

「どうやらあの銀の呼符、本当に只のエラー品じゃなかったようだ……ああもう、こんな事ならもっとよく調べておくんだった!」

 

 爪を噛み、本気で悔しがるダヴィンチちゃんの姿に、詳しい事情を知らない銀時達三名は、ただポカンと口を開けていることしか出来なかった。

 

「あー……つまり俺らはここに喚ばれた時点で、知らんうちにそのサーヴァントってやつになっちまってるってことでいいのか?」

 

「はい。どうやらこちらの手違いで皆さんを召喚してしまったようで………本当に、申し訳ございません。」

 

 沈んだ声で謝罪し、こちらに深々と頭を下げてくるマシュを、新八が慌てて制する。

 

「いやいや、そんなに謝ることないよマシュさん!確かに多少は驚いたけども、別に僕達そんなに怒ってませんし。ねえ銀さん、神楽ちゃん?」

 

「まあ、サーヴァントって何かかっこいい響きだしな。いいじゃねえか、未来を取り戻す為にここで戦うってのも、中々悪かぁないぜ。」

 

「私は毎日お腹いっぱい卵かけご飯が食べられれば問題ないアル。腹が空かない日々が送れるんならサーヴァントでもタコクラゲにでもなってやるネ。なー定春?」

 

「わうぅ……?」

 

 特に気にも留めない様子の彼らの言葉は、落ち込み気味だったマシュの表情に少しずつ明るさを取り戻させていく。

 ポン、と肩に手を置かれ、隣を見ると親指を立てた藤丸が、キラーン☆と白い歯を輝かせ笑っていた。

 

「今までどんな困難も超えてきた俺達だ。今更予想外のことが起きたって、皆と一緒なら何とかなるよ。マシュ!」

 

「皆さん……先輩……!」

 

 吹雪が止み、雲の隙間から差した陽光が窓から食堂へと入り、藤丸達の姿を照らす。それは、まるで希望の光。そうだ、自分達は今日(こんにち)まであらゆる問題も障害も乗り越えてきたじゃないか。異世界からの来訪者がなんだ!世界設定がなんだ!そんなもん気にしたら前になんか進めないじゃないか!だってこれはクロスオーバー作品なんだから‼

 

「てなわけで。カルデアにようこそ!銀時さん、新八さん、神楽ちゃん、定春君!」

 

「んな堅っ苦しくなくていいぜ、銀さんで構わねえよ。」

 

「僕も『さん』付けはなくていいですよ、藤丸君とは実年齢も近そうですし。」

 

「応ヨ!末永くよろしくアル!藤丸!」

 

「Z~……。」

 

「あのー、盛り上がってるところ悪いんだけど────」

 

「よーし、まずは皆の分の種火を確保しないと!貯蓄はボックスガチャの時に集めたのが充分にあるからね、たらふく食わせて最終再臨まで一気に持っていってやる!」

 

「種火って何アル?食えるもんアルか⁉」

 

「ねえ、藤丸君ってば────」

 

「そうだ、ピースとモニュメントと素材のチェックもしないと!一つでも欠けてたら大変だからな!」

 

「先輩?先程からダヴィンチちゃんが呼んで────」

 

「そうと決まれば早速工房へダッシュだ!皆、俺についてきて!」

 

 勢いよく椅子から立ち上がり、意気揚々に食堂の出口へと駆け出す藤丸。しかし舞い上がるあまりに周囲への注意を怠り、ぐっすりと眠りこける定春の後ろ足に躓き、そのまま前へと倒れていった。

 

「せっ、先輩‼」

 

 

 ベシャッ!と派手な音を立て、床に顔面を強打した藤丸は「ぶぇっ」とくぐもった声を上げる。

 慌てて駆け寄ったマシュと新八に助け起こされると、藤丸は赤く腫れた額を押さえながらゆっくりと上体を起こした。

 

「お……俺は一体何を……?」

 

「あれだけエキサイトしてた記憶を一回の転倒で忘れるなんざ……藤丸、お前も中々だな。」

 

 呆気にとられる銀時。ふと、彼の前をダヴィンチちゃんがおもむろに通り過ぎていく。彼女は藤丸の前にしゃがみ込むと、とてもバツが悪そうな顔で彼に言った。

 

「すまない藤丸君…………銀時君達はね、カルデアのサーヴァントにはなれないんだよ。」

 

「………へ?」

 

 言葉の意味が理解出来ず、目を点にする藤丸に、ダヴィンチちゃんは続けて説明をする。

 

「君の使役するサーヴァント達の霊基基点が、ここカルデアになっていることは知っているだろう?そのように、彼らの霊基の基点になっているところはどうやら別になっているようなんだ。このままだと銀時君達も長らくは現界出来ないだろうし、だからホームズと話し合った結果、シバを使って彼らの基点となっている場所を探し出して、誤召喚した四人を送還することに決定しているんだ………あれ?藤丸君、もしかして泣いてる?あー……もっと早く言えばよかったね~ごめんよ、だからお願~いそんな静かに泣かないで~っ。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

「……おい藤丸、いつまで拗ねてんだよ。」

 

 管制室に繋がるカルデアの廊下を歩く、銀時と膨れっ面の藤丸。

 あれから暫くした後、藤丸が医務室で怪我の治療を施してもらっていた時に、管制室から彼と銀時達を呼び出すアナウンスが流れた。どうやら先程ダヴィンチちゃんが言っていた、近未来観測レンズ・シバが銀時達の霊基基点を特定し、そこへ送り届けるためのレイシフト準備が整ったらしい。

 新八はクリーニングが終わった服を取りに行くため、神楽は定春がいつの間にか仲良くなった大きな青い狼と首なしの騎士と遊んでから行くと告げ、別々に管制室へと向かうことにしていた。

 あれから一向に機嫌の治らない藤丸に、銀時はどう声をかけてやろうかと、懸命に思考を巡らせていた。

 

「まあ、その何だ………レイシフト?ってやつにお前もついてくるんだろ?よかったらお前も俺らのいる万事屋に来てみっか?」

 

「……万事屋?」

 

「ああ。俺と新八と神楽、それと定春で『万事屋銀ちゃん』って名前で何でも屋やってんだ。事務所兼自宅だからよ、時間があんなら茶の一杯でも出してやるさ。」

 

「……うん。」

 

 返答はするものの、顔は常に下を向いたまま。そんな彼の態度にやきもきした銀時は、「だあぁ~もうっ!」と中々の声量で叫んだ。

 

「お前はいつまでそうしてんだよ!さっきだって見ただろ、お前を慰めてる時のマシュのあの(ツラ)。納得がいかなくてうじうじすんのはてめえの勝手だけどよ、周りにいる奴にまで余計な心配かけんじゃねえっての。分かったか?」

 

「……ごめん。」

 

「謝んのは俺じゃねえだろ、後でちゃんとマシュとダヴィンチに向かって頭下げとけ。」

 

「うん……ありがとう、銀さん。」

 

 少しずつ、出会った最初の時に見せた明るさを取り戻していく藤丸に安堵し、にっこりと笑う彼に銀時も笑みを零した。

 

「あーあ、でもやっぱり銀さん達ともう離れちゃうなんて寂しいな。もっと時間があったら、俺の旅してきた思い出とかも皆に話せたのに。それに………」

 

 藤丸が、おもむろに足を止める。数歩進んだ先で彼が隣にいないことに気付いた銀時も歩くのを止め、振り向いた。

 

「藤丸……?」

 

「ねえ銀さん……万事屋は頼まれたら何でも依頼を引き受けてくれるんだったよね?」

 

「……ああ、報酬次第だけどな。」

 

「だったら、さ………もしカルデアの技術が今より向上して、銀さん達のいる世界とリンクすることが出来たならさ…………その時は、俺の召喚に応えてくれる?」

 

 そう問い掛けを投げる藤丸。少し寂し気な笑顔を湛える彼の元に、銀時は無言で近付き、がっしりとした手を頭の上に乗せた。

 

「……そんときゃあ、新八と神楽と定春も連れてくからな。依頼料、きっちり四人分用意しとけよ。」

 

「……うん!」

 

「あ、あとスイーツもたらふくな。銀さん的にはホールのケーキとかパフェもたっくさん用意しといてほしい。」

 

「えええ……銀さん、糖尿気味なのに大丈夫なの?さっき新八君に聞いたよ。」

 

「げっ、余計な事言いやがってあの眼鏡。いーのいーの、銀さん甘いもん食わないと生きてけないし、それにサーヴァントになれば多少は糖尿も抑えられんじゃね?」

 

「うーんどうなんだろう、後でダヴィンチちゃんにでも聞いてみようかな……。」

 

 唸り声を出して考え込みながら、藤丸が曲がり角を曲がったちょうどその時、ゆらりと向こう側で黒い何かが動いた。

 カツ、カツと足音のする方を見やると、廊下の奥から一人歩いてくる男の姿を確認する。黒い帽子に黒いマントの出で立ちの彼の正体を、藤丸はよく知っていた。

 

復讐者(アヴェンジャー)!」

 

 明るい声でそう呼ばれると、男は顔をこちらへと向ける。髪の間から覗くぎらついた琥珀色の目に殺意のようなものを感じ取り、銀時の手は少しずつ腰の木刀へと伸びていく。

 そんな彼の様子を察したのか、アヴェンジャーと呼ばれた男の牙の並ぶ口元から、くぐもった笑いが聞こえた。

 

「そう警戒するな、異界のセイバーよ。貴様らの噂は既にカルデア中に広まっている。もう間もなく元の世界へ送還されると聞いたのでな、どんな連中かと今しがたその顔を拝みにいってきたところだ。」

 

 また数歩、アヴェンジャーは前へと進む。彼が藤丸の横を通り抜けようとした時、その足が止まった。

 

 

 

「……忠告しておこう、我が(マスター)よ。これより貴様が赴こうとしているは修羅が道、待ち受けるは大いなる災厄だ。様々な困難や試練という怪物が、貴様を呑み込まんと大口を開けていることだろう。」

 

「……アヴェンジャー?」

 

「だが忘れるな、貴様の側には常に仲間がいるということを……何時如何なる状況においても、彼らを信じよ。それだけは心に留めておけ。」

 

 去り際に頭をポンと叩かれ、アヴェンジャーは曲がり角の向こうへと姿をくらます。遠くなっていく足音を聞きながら、藤丸と銀時は呆然と突っ立っていた。

 

「……何なんだ?あの黒マントは。」

 

「彼はこのカルデアのサーヴァント、復讐者(アヴェンジャー)………巌窟王、エドモン・ダンデスだよ。色んな機会で俺の事を助けてくれたりするんだけど………さっきの忠告の意味は一体何なんだろう?」

 

 顎に手を当てて考えながら、藤丸は再び銀時と共に歩き出す。

 

「待ち受けるは修羅の道……大いなる災厄……うーん、どういうことだってばよ。」

 

「さーな。気ぃつけて歩かねえと、うっかり犬のウ〇コ踏むぞってことじゃねえの?」

 

「ええ~……アヴェンジャー、そんなちゃっちい警告してくるかなあ………あ。」

 

 ふと気がつけば、いつの間にかそこは管制室の大きな扉の前。二人が近付くと、扉は自動的に開き彼らを中へと招き入れた。

 

「あっ。せんぱーい!」

 

 藤丸を迎えたのは、レイシフト準備を行うため先に中にいたマシュだった。彼女の後ろを歩くのは、食堂の赤い弓兵から貰ったクッキーを口いっぱいに頬張る神楽だ。

 

「マシュ、さっきはごめんね。俺もう大丈夫だから。」

 

「いいえ、先輩が元気になられて何よりです。」

 

「あっ、何だよ神楽~旨そうなもん食ってんじゃん、銀さんにもちょうだいよ。」

 

「ふぃふぁネ、ふぉれふぁふぁふぁひふぉファル(嫌ネ、これは私のアル)」

 

 後ろの二人がクッキーを巡って醜い争いを繰り広げている間に、藤丸とマシュは管制室内へと進んでいく。

 

「神楽ちゃんもいるってことは、もう皆揃ってるのかな?」

 

「ええ、皆さんもういらっしゃいますよ。ですが……」

 

 と、何故が眉間に皺を寄せるマシュ。藤丸がそんな彼女の様子に首を傾げた時、管制室に二つの声が響いた。

 

「仔犬~っ!遅いじゃないのも~ぅっ!」

 

「やっほ~マスター!こっちこっち~!」

 

「……うん?」

 

 気のせいかな?と思いつつも、好奇心から藤丸は声のした方を見やる。

 するとそこには嬉しそうに色紙を持つ新八の姿、そして彼の隣に立つショッキングピンクの髪の少女と、こちらは淡いピンク色の髪を三つ編みに結った少女…のような少年、それと定春の毛並みを整える忍者風の黒髪の少女と、新たに増えた三名のメンバーの姿があった。

 

「んもう、どれだけ待たせるのよ!まあ、この眼鏡ワンコと話しているのもいい時間潰しにはなったけどね。」

 

 頭頂から生えた黒い角に、長く伸びた黒い尻尾のこの可愛らしい少女もまた、このカルデアのサーヴァントである。

 監獄城チェイテという名の槍を使うランサーである彼女の真名は、その名も高きエリザベート・バートリー。通称エリちゃん。かつて己の美貌の為に600人以上もの少女達を惨殺し、その生き血を身体に浴びたとされる、血の伯爵夫人と呼ばれた存在………なのだが、この姿は彼女が結婚する前の14歳のもの。自称アイドルを名乗っており、本人曰く特技は歌らしいのだが、本人曰く、である。その実態は壊滅レベルの音痴。是非今度ジャ〇アンを呼んで対決させてみたいのだが。え、駄目?死人が出る?

 あと彼女が呼んでいる眼鏡ワンコとは、恐らくそこの色紙を眺めてご満悦な新八の事だろう。彼女がアイドルであることを知った彼がサインをねだったのが、或いはエリザベートがくれたものなのだろうか。いずれにせよ、最推しアイドル・寺門通がいるというのに、これは裏切りにはならないのだろうか疑問なところ。

 

「あっ、その人が銀ちゃんだね!こんにちは~初めまして!僕アストルフォだよ!」

 

 もう既に名乗ってしまったけども、解説の為もう一度。一見可憐な少女のような見た目のこの少年、調べによるとプロローグの方でもう出番があったようだが。念のためここで詳しい解説もさせてくださいな。

 彼の名はアストルフォ。イングランド王の息子にして、ちょっと理性が蒸発気味なシャルルマーニュ十二勇士の一人である。ライダーのサーヴァントであり、主に幻馬・ヒポグリフに跨って戦場を駆け抜ける。因みに普段から女性の衣装を着ているのには、色々と理由があるんだとか。色々とね。

 

「エリザベート、アストルフォ……何でここに?」

 

「ふふん、決まってるじゃない。仔犬と一緒に、この眼鏡ワンコ達のいる『かぶき町』とやらに行くためよ。ああ……一度行ってみたかったの!仔犬の雑誌を読んだり、実際に新宿に行ってきたっていうオルタのジャンヌとセイバーに話を聞いてから、ずぅっと羨ましかったのよ!闇夜に輝くネオン街なんて素敵じゃない!だから、ね?アタシも連れってって~マスターっ!」

 

「僕もエリちゃんとおんなじ理由だよ~。マスターの護衛も兼ねて、皆で銀ちゃん達をお見送りしようと思って!」

 

「どこからそんな話を………あっ。」

 

 藤丸の脳裏に甦るのは、先程の巌窟王との会話の一部。

 噂が漏れて伝わった結果がこれか~…と藤丸が頭を抱えているすぐ横で、神楽とのクッキー争奪戦(一個だけもぎ取ってきた)を終え戻ってきた銀時の周りを、アストルフォがぐるぐると回りながら興味津々に彼を観察していた。

 

「……それで、君はどうしてここに?」

 

 何とか気を取り直し、藤丸は定春の隣に立つ黒髪忍者少女───加藤段蔵に問い掛ける。

 彼女は絡繰(からくり)のサーヴァントであり、そのクラスも忍者らしくアサシン。幻術師・果心居士により創り出され、サーヴァントとなる以前は初代風魔小太郎の元におり、彼から多様な忍術を搭載されている他、身体に内蔵してある様々な武器などを駆使して戦う。因みにロケットパンチも出来る。んん~ロマンだね。

 

「はい。実は段蔵が特に任務もなく廊下を歩いていた際、そちらのアストルフォ殿に呼び止められまして───」

 

「そう、僕が段蔵ちゃんも誘ったんだよ!彼女ここに来てからまだ日も浅いし、親睦を深めるためにも一緒にマスターの護衛やろうよってね!」

 

「……すみません先輩、あまり大人数になるとご迷惑になると思ったのですが、エリザベートさんとアストルフォさんか聞かなくて……。」

 

「ん~……どう銀さん?そちらが迷惑でなければいいんだけど。」

 

「おお、俺は全然構わねえぜ。結野アナの放送に間に合う時間に帰れるってんなら、何人来ようと構やしねえよ。まあ、お登勢のババアがちぃとうるせえかもしんねえけどな、そこは気にすんな。」

 

「ぅわーい!ありかとう銀ちゃん!」

 

 アストルフォのハグを受け、にへら~と頬を緩ませる銀時も満更ではない様子。彼にアストルフォの性別を伝えるべきかと藤丸は悩んだが、まあ幸せならOKだろう。

 

『さて皆、揃ったかな?これより銀時君達の霊基基点・江戸へのレイシフトを開始するよ~。』

 

 ダヴィンチちゃんのアナウンスが管制室に響き渡ると、マシュを始め他のスタッフ達もいそいそと配置に着き始める。

 

「それでは先輩、皆さん、お気をつけて………銀時さん達も、どうかお元気で。」

 

「ああ、いってくるよ。マシュ。」

 

「色々世話んなったな。いつか遊びに来いよ、いちご牛乳飲ましてやっから。」

 

「マシュさん、ダヴィンチちゃんさん、カルデアの皆さんも色々とありがとうございました。お元気で!」

 

「マシュマロ、駄貧乳(ダヴィンチ)、ばいばいヨ~。」

 

「わおーんっ!」

 

「それじゃ、ちょっと行ってくるわね。仔犬のことは私達に任せなさい。」

 

「いってきまーすっ!お土産待っててね~!」

 

「それでは、行ってまいりまする。小太郎様にもよろしくお伝えください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『アンサモンプログラム スタート。 霊子変換を開始します。』

 

 

 

 『レイシフト開始まで、あと3、2、1……』

 

 

 

 

 

 『全工程 完了。』

 

 

 『レムナントオーダー 実証を開始します。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフトを行っている最中、とある職員のインカムに小さなノイズが混ざった。

 

 無機質な音の向こうに、微かに何かが聞こえるような気がするも、彼の集中力はそこから背けられてしまう。

 

 

 それは、泡が弾ける音よりも小さい、何者かの囁きだったとしても、彼は最後までそれに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……後は……頼み、ましたよ……………銀時。』

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【弐】邂逅(Ⅰ)

 

 

「よっ。ほっ、うぉううぉうっ、おおおあおぁ……っ‼」

 

 

 藤丸は、一人戦っていた───今まさに固い地面へと引っ張り込もうとしている、地球の重力と。

 こんなことになるんなら、変に格好つけようとポーズなんかとるんやなかった………片足のみで自身の全体重を支えながら、藤丸は自らの行いを猛烈に悔いていた。

 迂闊に首も動かせない状態だが、周囲が夜のように暗いことは理解できる。他の皆は無事に着いたのだろうか?安否を確認するために声を張ろうと息を吸い込む。だが今下手に力を入れると、うっかりバランスを崩しかねない。

 このままやれるのか───いいや、やらねばなるまい。だって俺はカルデアの……人類最後のマスター、藤丸立香なんだから!

 いや~、それカルデアのマスターあんまり関係ないからね?と画面外辺りからかダヴィンチちゃんがやんわり突っ込みを入れてきたような気がしたが、気にしないことにした。さてと、とりあえずは体勢を戻さないと、宙に浮く片足を少し動かしたとき、ぐらりと上半身が大きく傾いた。

 あっあっやばいこれ。やっぱり下手な事するもんじゃないな。えっちょっ、ヤバいよやばいよコレ。誰か~、どなたぞ手を貸してくれまいか───

 

とうとうバランスを保てなくなった藤丸の体は、後ろへと大きく倒れていく。地面との激突を覚悟し、衝撃に備え強張らせた彼を、覚えのある感覚のがっしりとした二本の腕が支えた。

 

「あっ、銀さん……。」

 

「ったく、何がどうなりゃ橋の欄干にグ〇コのポーズで立ってるなんつー状態になんだよ………うえぇ、にしてもまだ何かフラフラしてる感じすんな。」

 

「大丈夫?レイシフト酔いしたならこれ飲みなよ。俺は効いた試し無いけど。」

 

「だろうな。お前が差し出してるその錠剤、あからさまに箱にヨーグ〇ットって書いてるし。あーでも食いたいから、一個ちょうだい。」

 

 中身を出し、同時に口へと放り込む藤丸と銀時。広がる甘さを舌で堪能していると、バタバタと複数の足音が慌ただしくこちらへと向かって来るのが聞こえた。

 

「マスター!大丈夫っ?」

 

「あっ、銀ちゃんも藤丸も何食べてるアルか?いいな~私にもちょうだいヨ。」

 

「わんわんっ。」

 

「全く、姿が見えないと思ったらなんてトコに現れてんのよ!危なく川に落ちちゃうとこだったじゃないっ!」

 

 駆け寄るアストルフォに神楽と定春、そして尻尾を振り上げプリプリと怒るエリザベート。そして最後尾にいた段蔵は藤丸の姿を確認すると、「ご無事で何よりです、マスター」と安堵の息と共に吐いた。

 

「……んん?んんん?」

 

 口の中でヨーグ〇ットを転がしながら、きょろきょろと辺りを見回す神楽。彼女を始め、そこにいる皆もまた、周囲の状況を漸く呑み込み始める。

 

「おいおいおい、どうなってんだよこりゃあ?話と違うじゃねえか。」

 

 藤丸を起こし、銀時が見上げた空は─────星の輝きも一つとして無い、一面の黒。

 

 銀時達の要望に合わせ、レイシフトの到着する時間帯を明るいうちの午後に設定した筈であった。

 だがしかし、この景色は何なのだろう………空ばかりでなく、街もが深い紺色に染まる景色はまるで、夜そのもの。電柱の照明や軒先に取り付けられた提灯などのぼんやりとした明かりだけが、闇夜を淡く照らしていた。

 

「え……えええ?何、これ……?」

 

「そりゃこっちの台詞だぜ。これじゃあ神楽のドラマも、俺の結野アナもとっくに終わっちまってんぞ。」

 

「いやんっ!公共の場でお尻の穴だなんて、何て卑猥なこと言い出すのよこの白モジャはっ!」

 

「いや違うから、結野アナのアナは女子アナのアナで────」

 

「きゃあぁっ!乙女の恥ずかしい穴を連呼するだなんて破廉恥極まりないわ‼この変態天パっ‼」

 

「あっぶね‼馬鹿でけぇ尻尾ぶん回してんじゃねえっこのトカゲ娘‼」

 

 エリザベートと銀時による喧騒が響く傍ら、藤丸は現在の状況を確認しようと、腕に取り付けた通信機を起動する。

 

「もしもしマシュ、ダヴィンチちゃん、聞こえる……?もしも~し!」

 

 ……返事はない。展開された電子スピーカーから流れるのは、ザー…という砂嵐の音のみ。

 

「あれ~……おっかしいなあ。」

 

 何度通信ボタンを押しても、応答してくる様子は見られない。首を傾げる藤丸の元に、段蔵とアストルフォが近付いてくる。

 

「マスター、どうしたの?」

 

「ん~、ちょっと通信機の調子が悪くてさ。それに見てよコレ、時計もかなりズレてるみたいだし………弱ったなぁ、これじゃあカルデアと連絡が取れないよ。」

 

「ええっ⁉それは大変だぁ!おお~いっ通信機君、どこか悪いのかい?そうだ、もしかすれば叩いたら治ったり───」

 

 手刀を構えるアストルフォが言い終わるのも待たずして、藤丸は通信機を庇う格好のまま、段蔵と共に彼から距離を取った。いくら華奢な外見であろうと、アストルフォも立派なサーヴァント。彼にとっては軽い一撃だとしても、こんな精密機械はいとも簡単に粉々のビスケットと化してしまうだろう。

 

「ええ~駄目?残念だなぁ………そうだ!段蔵ちゃんなら同じ機械同士だし、ちゃちゃっと治せたりしないかな?」

 

「え?その……段蔵も絡繰ではありますが、生憎修理などの機能は備わっておりませぬ………こんな時にお役に立てず、申し訳ございません。」

 

「いやいや、段蔵は悪くないよ。もしかすると電波の具合が悪いとか、そんな問題かもしれないし」

 

 落ち込む段蔵を励ましてはいるものの、藤丸自身もまた内心の焦りを隠せないでいた。見知らぬ世界で彼女達のサポートを受けられないのは、正直不安が大きい。だが今自分が言ったように電波状況が悪いか、或いはカルデア側が立て込んでいるのかもしれないなど、あらゆる可能性を頭の中に巡らせた後、藤丸は大きく深呼吸をした。

 

「……よーし、一旦落ち着こう。それじゃあ皆、ちゃんといるかい?とりあえず点呼とろう点呼。はい横一列に並んで~。」

 

「わーい恒例の点呼だ~!僕一番っ!」

 

「あっズルいアル!何事にも一番は譲らないアルヨ!」

 

 駆け出すアストルフォの後を追いかけていく神楽の背中を見送りながら、銀時は近くにいた段蔵の側に寄り、こっそりと耳打ちをする。

 

「……なあ、おたくのマスターっていつもこんなことしてんの?」

 

「そうですね……段蔵はカルデアに召喚されてまだ日は浅いのですが、マスターはレイシフトを行った際は、必ずこうして全員の無事を確認しておられるようです。稀に一人か二人欠けていることがあるようですので。」

 

「稀に欠けてるって何?失敗して他の次元に飛ばされてるとか?おたくの設備は本当に大丈夫なのかよ⁉」

 

「心配はご無用です、銀時殿。段蔵が聞いた限りでは、不明になる方々はそのような大きな問題には巻き込まれておりませぬ。精々藪の中に頭から突っ込んでいたり、畑に頭から突っ込んでいたり、湖の真ん中に頭を突っ込んでいたりと、その程度ですので。」

 

「何で全員頭からイってんの?最後に至っては完璧にスケ〇ヨじゃん!」

 

「因みにこの間、段蔵が初めて任務に参加致しました際には、マスター自身が羊の群れの中に頭から突っ込んでおられた。ということもございましたが、まあ今となっては良き思ひでとして、段蔵の中の記憶(メモリー)に刻まれております。」

 

「そんなの良き思ひでにしないでぇっ!てか何で藤丸自身がそんなことになってんの⁉銀さんもうあの子に人類の命運託すの不安でしょうがないんだけど!」

 

 淡々と答える段蔵に対し怒涛の突っ込みを連発した後、銀時は大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ~……段蔵ちゃんよ、ここ来る前もアイツと色々と話もしたけど、俺ぁ藤丸(あいつ)が世界を救ったタマにゃあどうも見えねえんだよなあ………なんつーか、威厳やオーラなんかも殆ど感じやしねえ。これじゃあまりに───」

 

「普通過ぎる、と仰いたいんですよね?銀時殿は。」

 

 突如言葉を遮られたことに驚き、銀時は段蔵を見る。彼女は(まばた)き一つすることなく、黄金の瞳をこちらへと向けていた。怒らせてしまっただろうか……とよぎった不安はほんの一抹、絡繰の少女の口許は緩く弧を描いていた。

 

「……ええ、その通りです。段蔵がカルデアの方々から伺った藤丸立香(マスター)という人物像は、彼が至って普通の少年ということ。優れた魔術の才もなければ高名な家柄の血も引いてはいない、カルデアからの魔力支援を受けてはいるものの、その本質は彼がどこにでもいる……このような世界を巡る戦いの渦中などにいる筈のない、少し鈍臭くて心の優しい、平々凡々な男子だということも。」

 

 段蔵の視線は、銀時から藤丸へと移されていく。定春に圧し掛かられそうになり「ギャーッ!」と悲鳴を上げている彼を見つめる段蔵の眼差しは、とても柔らかなものであった。

 

「……かつて段蔵は、母であったこともありました。マスターの母代わりになりたい、などと大それたことは申しませぬが………本来であれば何の縁などもない、血に塗れた戦場に赴くことは、彼がマスターである故に是非もない事だと承知しているのですが………やはり、どうも胸が痛みまする。」

 

 霊核のある辺り──胸元に手を当て、そう語る段蔵の声に、銀時は詰まるものを感じながらも、彼女の話すことに耳を傾けていた。

 

 

「あー……えっとな、段蔵。」

 

「はい、何でしょう?」

 

「その、俺ぁ母ちゃんなんてモンをよく知らないで生きてきたけどよ……ああ~んな顔すんなって!別に天涯孤独だったわけじゃねえよ、俺を拾って面倒見てくれた人がいたからな。」

 

「親代わりの方、ですか……?」

 

「まぁ、その話は機会があった時にでも………とにかくだ。藤丸が大層なモン背負ってここまで歩いてきたってことは、お前の話でよく分かった。でもアイツだって、目の前に広がる現実が全部生温かいものだとは思っちゃいねえだろ。例え命の危険に晒されることになろうと、あえてそこに片足突っ込んで傷だらけになったとしても、それは自分自身で選んだ道だ。何度だって血反吐吐いて、歯ぁ食いしばって、あいつは傷だらけになりながらも立ち上がってきたんだろ………藤丸が平々凡々な極普通のガキだって?馬鹿言ってんじゃねえよ。アンタの目にゃあ、藤丸(アイツ)がまだ無知な子どもに見えんのかい?」

 

「……いいえ。段蔵はカルデアを出る際に、各部位の点検をしっかりと施していただきました。段蔵の視覚に不備などがなければ、今認識しているのは立派な男子(おのこ)の姿にござりまする。」

 

 お互いの顔を合わせ、ニンマリとほくそ笑む銀時と段蔵。「ちょっと~早く来なさいよ~!」と呼ぶエリザベートの声に反応し、そそくさと足を動かした。

 

「……まぁ、でも藤丸だってまだ思春期真っ盛りのガキだし、母親に甘えたい時だってあるだろうよ。とりあえずそんときゃ優しく抱きしめてやればいいんじゃねえの?段蔵ちゃんの母性溢れるダイナマイトなボディーに抱擁されりゃあ、藤丸どころか他の男だって一発陥落───」

 

「その発言は『せくしゃるはらすめんと』と捉えてもよろしいのでしょうか?銀時殿。」

 

「待って待って、銀さんが悪かった。だから指こっちに向けるのやめて?絶対そっからマシンガン的なものとか出てくるでしょ?そういうのばっかり作ってる知り合いいるから何となく分かるもん。」

 

「あれ~?銀ちゃんたら、段蔵ちゃんともう仲良くなってる。」

 

「抜け目ねぇ奴だなホント。もうドスケベ忍者を誑し込んだのかヨ、このムッツリ助兵衛。さっちゃんに言いつけんゾ。」

 

「どうぞご勝手に~、別に俺あのドMとはなんでもねえし。俺のがストーカーされてるから被害者だし。」

 

「はいはい、それじゃあ点呼取るよ~。右端の人から番号と名前言ってね。じゃあどうぞ。」

 

 藤丸が手を前に出し合図をすると、一番端に立つアストルフォが大きく息を吸い込んだ。

 

「はいは~い!一番、アストルフォでっす!」

 

「二番、可愛い神楽ちゃんアル!」

 

「それじゃ三番、未来の国民的アイドル・エリちゃんよ☆」

 

「フォーウッ、フォウフォウ。」

 

「わんっ、わんわんっ。」

 

「えー六番、銀さんで~す。」

 

「七番、加藤段蔵にござりまする。」

 

「えーと、ひのふのみ…………あれ、一人足りなくない?」

 

「ちょっと仔犬、アンタまた自分を入れ忘れてない?」

 

「へ……?あ、そっか。」

 

「んも~マスターってば、そこんとこお約束なんだから~。」

 

「ったく鈍臭ぇな、しっかりしろよ藤丸~。」

 

 あははは~と談笑に華やぐ一同。しかしその和やかな空気を切り裂くかのように、「待たんかいいいいぃっ‼」と鋭い突っ込みが水飛沫と共に川から上がった。

 着地と共に重くなった服や髪から水滴か迸り、血走った眼でこちらを睨み付けるその人物に藤丸は思わず怯んでしまう。

 

「おお新八、何でずぶ濡れになってんだ?」

 

「あ、あれ?もう正体明かしちゃうの?銀さん。」

 

「だって、そこに至るまでの細かい描写書くの面倒くせーんだもん。第一読んでる側の奴らはもう大体気付いてるだろ。あれ~そういや新八どこいった?とか、何で点呼で一人だけイングリッシュなの?とかさ。」

 

「銀ちゃん、こっちにも新八いるネ。大分ちっさくなったけどちゃんと眼鏡もかけてるヨ。」

 

「あ~ホントだ、肩乗りサイズのモフモフした生物だけど、頭に本体引っかかってるし。よかったなぁ新八、随分とコンパクトなサイズになったじゃねえか。」

 

「新八ココ‼僕が新八だから‼本体は眼鏡じゃねえって散々言ってんだろおおおぉ‼皆が来る少し前に川に落ちたんですよ!すぐに気付いて助けてくれると思ったのに、原稿8ページ目に到達しても誰一人リアクションを起こしてすらくれないから、痺れを切らして自分から出てきましたっ!ああもう虚しいったらねえよ‼」

 

 上着の袖を絞る度に、ボタボタと重い音を立てて地面に落ち、吸い込まれていく大量の水。アストルフォも加勢し服の水分を抜いていく傍らで、藤丸は小さくなった新八……もとい、新八の眼鏡を頭に乗せたフォウの前にしゃがむ。

 

「ありゃりゃ、フォウ君ついてきちゃったのかい?」

 

「フォーゥ。」

 

 フォウはぷるぷると頭を振るい(その際に吹き飛びそうになった眼鏡は直ぐ様回収した)、藤丸の腕を伝い彼の肩へと登っていく。今頃マシュも心配してるだろうな~、と慌てふためく後輩の姿を想像し、思わず少し笑ってしまった。

 

「さてと、これで漸く全員揃ってるのが確認できたけど、これからどうしよっか?」

 

「そうだな………とりあえず万事屋に来いよ。こっからそう遠くねえし、まずは少し休んでからにしようぜ。」

 

「そーそー、腹も減ったしナ。」

 

「銀さん、それなら風呂と洗濯機も貸していただけると助かります……あ、あと着替えに何か一枚も。」

 

 藤丸から眼鏡を受け取り、開けた視界から今の自分の状態を改めて確認する新八。不機嫌なままの彼の上着の袖は、端が地面についてしまう程に伸び切っていた。

 

「新八君……どしたの?それ。」

 

「ごっめーん!僕のせいなんだ~、絞るのに思いっきり力入っちゃってさぁ。」

 

 明るいトーンの声で詫びるアストルフォだが、両手を合わせ懸命に謝るその姿に悪意は欠片も感じられない。まして純粋な善意からの失敗なので、怒るなど以ての外。というか怒れるわけがない、だって笑顔が……じゃないや、笑顔もこんなにも可愛いのだから。

 

「まさかあの細腕から、あんな怪力が生まれるなんてね……ごめんなさい、サーヴァント舐めてました。」

 

 腕を動かす度にひらひらとはためく自身の服を見下ろし、バレたら姉上に叱られる……と小さく呟く新八に、藤丸と銀時は同情の眼差しを送ると同時に、というかその服の生地どうなってんの?といった疑問も胸中に抱き、しかしそっと仕舞った。

 

「え~っ!ちょっと仔犬、アタシと繁華街に行くんじゃなかったのぉ?煌びやかな都会のネオンは?それらをバックに開催される、エリちゃんSPライブの話はぁっ?」

 

 詰め寄るエリザベートを窘めながら、あれ?ライブの話なんてしたっけ?と藤丸は自身の記憶を遡ろうと試みる。

 まあ、そんな約束の真偽はともかく、今この子ライブっつったよな?まさかあの阿鼻叫喚、被害者続出エトセトラなあの凶悪対人宝具を、この江戸でもぶっ放そうと考えているだろうか……否、もしかしたらレイシフトについてきた目的だって、市街観光の他にこのことも入っていたに違いない……などと考えながら、目の前で頬を膨らせているドラゴン娘に笑顔を向けつつも、内心は何とか帰るまでにライブの話は忘れてもらおう。と今からその為の策を必死に練り始める藤丸であった。

 

「まあまあエリちゃん、今は皆で銀ちゃんとこの万事屋さんに行こうよ。濡れたままだとパチ君も可哀想だしさぁ。」

 

「むぅ~、しょうがないわね………全くもう、手のかかる眼鏡ワンコだこと。」

 

「新八殿。もし宜しければ、段蔵が後でそちらのお召し物を直しまする。裁縫の心得はございます故。」

 

「うう………ありがとうございます、段蔵さん。」

 

 各々の閑談が飛び交う中、銀時の「おーい、そろそろ行くぞー」という呼びかけにより、皆はその場から足を進め彼の背中を追いかけた。

 藤丸が銀時の背中に追いついたその時、ゴウッと風を切る音と共に、大きな影が上空から差した。

 

「うわあ……っ!」

 

 空を見上げた藤丸は、感動のあまり思わず声を上げる。視界を覆いつくさんばかりの大きさを誇るそれは、巨大な船であった。よく見ると他にも小型のものが数機、あちらこちらに飛んでいる船が夜空でもしっかりと確認出来る。

 足を止めずに進んでいると、少しずつ高い建物が視界に入ってくる。本来であれば幕末であるこの時代には到底ありえない、高層ビルやタワーがいくつも立ち並び、色鮮やかなイルミネーションの施されたそれらに、エリザベート達は目を輝かせた。

 

「きゃあっ何あれ⁉キラキラしてんじゃない!」

 

「わあっ!凄いすごーいっ!」

 

 ぴょんぴょんと跳ね、はしゃぎ回るエリザベートとアストルフォの背中を眺めていると、不意に新八がぼそりと呟く。

 

「……ほんの二十年くらい前まではね、この国も『侍の国』なんて呼ばれてたんだよ。」

 

「え……?」

 

「でも天人(あまんと)が来てからは、何もかも変わってしまった。侍達の居た空も、地上も………今はどこもかしこも、異人達がふんぞり返って歩いてるのが当たり前になってる………ここはね、そんな国なのさ。」

 

 そう言って寂し気に笑う新八。彼に続き、銀時もそっと口を開く。

 

「……だがなあ、悪い事ばかりでもねえんだぜ。生活は何かと便利になったし、美味いスウィーツもぐーんと幅が広がったしな。それに………色んな物事を経てからの『今』があっから、こうして三人と一匹で万事屋やれてんだよ。」

 

 歯を見せて笑う銀時の背中に、神楽がおもむろに抱きついてくる。満面の笑顔の彼女と、少し照れ臭そうに笑う新八の三人の姿を、藤丸は羨望の眼差しで見つめていた。

 

「あっ、ねえねえ!何だか向こうが賑やかだよ!」

 

 アストルフォが指差した曲がり角の先からは、ぼんやりと差し込む灯りと人の話し声が聞こえてくる。

 

「お、もうここまで来たアルか。そこ曲がりゃあ万事屋はすぐそこネ。」

 

 狭い路地を潜り、何度も定春と壁にプレスされそうになりながらも、やっとの思いで藤丸は広い道に出ることに成功する。

 鼻先を掠める香と酒の匂いに顔を上げると、自分達がいるそこが飲み屋やスナックが密集した通りであることを理解した。

 先程の物寂しい風景からは一転し、ちょんまげやらロン毛やら着物やらスーツやら、時代背景なぞ知ったことかと様々なジャンルの服装をした人々や、恐らく天人であろう異形の姿の面々も皆入り交じる光景は、まるで出来の良いSF映画を見ているようである。小規模の集会の中で談笑する声や、客寄せをする男性の元気な声などなどが響き渡るそこは、とても活気の溢れる場所となっていた。

 

「わぁ~!お祭りみたいで楽しいね、マスター!」

 

 両手を広げくるくると回り、はしゃぐアストルフォはとてもご機嫌な様子。どうやらこの街が大層気に入ったようである。通常であれば周囲から浮きまくりの彼の甲冑や、エリザベートのドラゴン角&尻尾も、藤丸の肩に乗っている不思議生物フォウだって、天人が蔓延る街中では違和感など仕事を放棄し、周囲の人々だって全く気に留める様子もない。こういうとこはSFって素晴らしい。

 たまに柄の悪そうな者達もいるため、すれ違う際にぶつからないようにと細心の注意を払っていた時、「もうすぐ着くぞ」と銀時が藤丸に言った。

 

「ねえねえ、銀ちゃんの万事屋ってどんなとこなの?こんな街の中にあるんだったら、どーんとおっきなとこだったりする?」

 

「まさか、立派な一戸建てなんて夢のまた夢さ。下の階でスナックやってる婆の建物の、上をちょいと使わせてもらってんだ。」

 

「えっ、まさか豚小屋じゃないでしょうね……まあお似合いっちゃお似合いだけど。」

 

「んなわけねえだろ!俺らを豚だと言いてえのかトカゲ娘ぇっ!」

 

「んもう、アタシはトカゲじゃなくてドラゴンよ!ド・ラ・ゴ・ン!それにエリちゃんだって何度も言ってるでしょ~この白モジャ!」

 

 ぎゃいぎゃいと言い争う銀時とエリザベート。この二人は相性が悪いのではないかとハラハラしながら見守っていたその時、先頭を歩いていた新八が不意に足を止めた。

 

「わふっ。」

 

 定春がぶつかっても、新八は反応もせず微動だにしない。動きを止めた集団を人々が避けて歩く中、神楽と銀時も彼の異変に気がついた。

 

「おい新八、どうした?こんなとこで止まってんじゃねえよ。」

 

「ぱっつぁん、犬のウ〇コでも踏んだアルか?」

 

 銀時達の声にも、新八は応えない。皆の気が彼に集中する中、新八が漸く口を開いた。

 

「……無いんです。」

 

「は?何が?将来への希望か?」

 

 鼻をほじる銀時のボケにも、いつものキレのある突っ込みは返ってこない。ツッコミマスターの彼に限ってこれは一大事だと、小指を鼻に突っ込んだままの銀時も青ざめる。

 

「し、新ちゃ~ん………何がないのかな?」

 

 刺激しないよう、恐る恐る声をかける銀時。すると新八の手がゆっくりと上がり、人差し指があるところを示した。

 

 

 

「見てください……無いんですよ、万事屋の看板が。」

 

 

 

「「………は?」」

 

 新八の発したその一言が、銀時も神楽も、藤丸達だってすぐには呑み込めなかった。

 藤丸が新八の差した先を目で辿ると、そこは街灯りの中に建つ二階建ての一軒家。下の階には明かりが灯っており、『スナックお登勢』と書かれた看板が目を惹いた。

 だが新八を始め、遅れて銀時と神楽、そして定春までもが口をあんぐりと開け凝視しているのは、その建物の二階である。彼らの言う看板が何のことかは分からないが、外階段から登れるようになっているそこは、出入り口らしきところはあるものの、脇に掛けてある提灯も何となく薄汚れており、お世辞にも人が住んでいるといった雰囲気はまるで感じられない。

 

「確かに豚小屋じゃあなかったけど……アンタ達、まさかここに住んでるの?」

 

「………ぬ。」

 

戦慄く銀時の口から漏れたそれは、言葉なのか音なのか。どっちつかずに理解の出来ない藤丸達は、「ぬ?」と首を傾げて聞き返す。

 

「……ぬぁんじゃこりゃあああああああぁっ‼」

 

 突如響き渡る、銀時の大絶叫。びりびりと空気を震わせる程の声量に周囲の者達も思わず振り向き、彼の最も近くにいた藤丸は両手で耳を塞いだ。

 

「ひゃうっ……⁉ちょっと、いきなり何なのよ白モジャ⁉」

 

 驚きのあまり上げた尻尾をそのまま振り回し、プンスコと怒るエリザベートに目もくれることなく、銀時を先頭に万事屋の三人と一匹は揃って駆け出す。

 彼らが目指したのは万事屋……だったらしい建物の一階にある先程のスナック。あまりに勢いよく扉を開け放ったため、バァンッ‼と凄まじい音の後に扉が少し軋んだ。

 

「おいババア‼てめえ一体どういうつもりだよ⁉」

 

 銀時の怒鳴り声に藤丸とサーヴァント達も慌てて駆け出し、外れかけた扉から店内を覗く。

 

「な……何だいアンタ達?」

 

 カウンターや丸椅子、酒瓶などが並ぶ店内はどこにでもありそうな普通のスナックで、椅子に腰掛け煙草を吹かしていた初老の女性が、突然の来客に目を丸くしていた。彼女の隣に立つメイド風の女性も、テーブルを拭いていたと思わしき布巾を持った猫耳の女性……あまりに濃ゆい顔と眉に、コレを生物学的に雌と位置付けていいのか微妙なビジュアルではあるが。まあとりあえず逸れた話を戻して、とにかく店の中にいたこの三人は、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる万事屋一行をぽかんとした様子でただ見ていた。

 

「何だもこーしたもねえよ!何してくれてんの⁉何許可なく俺の万事屋銀ちゃん撤去しちゃってくれてんだよぉ⁉」

 

「そうですよお登勢さん!何も無断で外すことないじゃないですか!まあ、怒りの元と言えば、一番の心当たりは銀さんが滞納しまくってる家賃だと思いますけどね!」

 

「酷いネババア!私達だって頑張って仕事してるアルよ!まあ一番悪いのは銀ちゃんだけどナ!」

 

「わんっ!わんわんっ!」

 

「てめえら何さらっと人のこともディスっちゃってんの⁉定春は何て言ったか知らねえけど、この流れだと絶対銀さんの悪口だよね⁉ね⁉」

 

 

「(………あれ?何だろう?)」

 

 喧騒を遠巻きに見ていた藤丸だったが、ふとここで違和感を覚える。

 新八がお登勢と呼んだあの女性、そして店内にいる二名も、彼らの態度から知り合いであることが伺える。だか実際に彼女達の反応はどうだろう、銀時達の怒号に対し反論もせず、黙って聞いている……というよりは、その気迫に圧倒され竦んでいるようにしか見えない。

 

「(それにあの表情、あれじゃまるで───)」

 

「オイテメエラ‼マダ開店前ダッテノニウルセーゾコノ猿共‼」

 

 と、ここで声を荒らげたのはあの濃ゆい顔の猫耳の女性。片言で反論し、持っていた布巾を彼らに向かって投げつける。程よく水気を含んだ布巾は弧を描いて宙を舞い、ひらりと避けた銀時の後ろにいた藤丸の顔面に直撃した。

 

「ぶへっ!」

 

「うわぉっ!マスター大丈夫!?」

 

 一瞬視界が真っ白になり、すぐにアストルフォの手が濡れた布(若干臭い)を取り払うと、あの一瞬の間に猫耳の女性は神楽へと詰め寄り、互いにメンチを切り合っていた。

 

「大体ココハ、オメーラミタイナ餓鬼ガ来ルトコロジャネーンダヨ!酒ノ味モエロスモマダ分カラネエオ子チャマハ、下ニ毛ェ生ヤシテカラ出直シナ‼」

 

「あんだとゴルァ!つーかお前、喋る度にカタカナばっかりで入力しにくいんだヨ‼こちとら何回打ち間違えてっと思ってんだ⁉投稿し終わった後も間違いがないか、こっちは気掛かりで夜も眠れないアル!」

 

「コレ書イテル奴の言イ分ナンテ知ルカアアァ‼オメーガ不器用ナダケダロ!強ク生キロ‼」

 

 最早何の言い争いになっているのか、第三者からすれば微塵も分からない。それにしても、カタカナばかりの文打った後だと普通に文章を打ち込むことがこんなにも快適だと改めて思い知らされるなぁ。

 

「ちょいとキャサリン、もうおよしよ。」

 

 と、ここで見かねたお登勢がキャサリン……猫耳の女性の肩を掴み、彼女を諫める。そんなお登勢にキャサリンはぐうの音も出ず、舌打ちをして神楽から離れた。

 

「アンタらもだよ。こっちはまだ営業前でね、これ以上訳の分からない難癖つけてくるんなら、警察を呼ばせてもらうからね。」

 

「………は?」

 

 ここで漸く、銀時達も彼女らの様子がいつもと違うことに気がつく。

 日常より口は悪くとも、明らかに棘のある物言い。そしてこちらを睨む彼女らの目には、敵意にも似たものを感じられる。

 

 そしてその違和感は、お登勢が発した一言により確信へと変わった。

 

 

 

「……というか、誰なんだい?アンタら。」

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【弐】邂逅(Ⅱ)

 

 

 

「ぶぇっっっくしょい‼」

 

 気温が下がり、冷え込む江戸の寒空に、神楽の豪快なくしゃみが響き渡る。

 先程の賑やかさとは打って変わり、ここは人気のない空き地。何もない草原に土管が三つ積んである、あの、アレだ。ドラ〇もんでよく見かけるような感じのやつをイメージしてもらいたい。

あの後、スナックお登勢を追い出された藤丸達は行く当てを失い、やむなくこの場所へと流れついていた。徐々に寒くなっていく空気から身を守るため、揃って定春のもふもふボディにしがみついていた。

 

「だだ、段蔵ちゃん!一番寒そうな恰好だけど平気?もうちょっと定春くんにくっついときなよ!」

 

「心配はご無用です、アストルフォ殿。段蔵は絡繰ゆえ、暑さや寒さはそれほど感じませぬ。」

 

「さささ、寒いぃ~っ!何でアタシ達がこんな目に合わなきゃなんないのよ~!」

 

「んなもん俺が聞きたいわ、ったく………にしても、定春いて本当よかったなぁ。一家に一匹定春様様だぜ。」

 

 寒さに身を震わせる銀時の言葉に、「わんっ」と定春が返す。垂れる鼻水を啜る彼に、藤丸はポケットから取り出したちり紙を渡した。

 

「銀さん、ハイこれ。少年漫画の主人公が鼻垂らしてたら格好がつかないよ?」

 

「おう、サンキュ………つか藤丸、何でそんな薄着で平気なワケ?」

 

「ふっふっふっ~。実は今俺が着てるコレは、只の制服なんかじゃないのさ。カルデアが誇る発明の一つ、魔術礼装だからね。戦闘の際は勿論、こうしてレイシフトした先々の環境にもバッチリ対応できる優れモノだよ。」

 

「ふーん、つまりお前だけはちっとも寒くないと。羨ましいなぁオイ(ずぼっ)」

 

「ア゛~ッ‼ちべたいいい‼隙間から手ェ突っ込まないでよ銀しゃあぁんっ‼」

 

 藤丸の絶叫が響く中、体操座りのまま動かない新八が、青くなった唇を動かした。

 

「………それで、僕達これからどうするんですか?」

 

 一同の視線が、彼へと集中する。暫くの沈黙が流れた後、銀時が大きく溜息を吐いた。

 

「はいはい分かったよ、銀さんが謝ってくりゃあいいんだろ?ったくあのババア、他人のフリする作戦だなんて、回りくどいやり方しなくたっていいじゃねえかっての。」

 

「忘れたフリ……?あれがフリには到底見えなかったけど?」

 

 素直な疑問を口にする藤丸に、フォウを腕に抱いた神楽が眉を顰めて答える。

 

「ババアはあの通り、口は乱暴だけど相手を傷つけるようなことは絶対にしないネ。さっきのアレもきっと、キャサリン達と考えた作戦か何かに違いないアル。」

 

「フォ~ゥ?」

 

「それだけお登勢さんの堪忍袋が、もう限界だったってことだよ。銀さんの家賃滞納があまりに酷いから。」

 

「だーもぅウルセエな!前回に続いてまだいびりやがって!俺だってなあ、まさかこんなことになるたぁ思ってもなかったっての‼」

 

「付かぬ事をお伺いしますが………銀時殿、その家賃というのは如何程溜めこんでいらっしゃるのですか?」

 

「……え?」

 

 段蔵の何気ない問い掛けに、思わず硬直する銀時。暫し目を泳がせた後に、両手の指をこちらに何本か立ててみせた。

 

「えーと……銀さん、それは金額?未払いの期間とかだったら日数かな?月数かな?まさか年数なんてことはないよねぇ?」

 

「あのね~白モジャ、課金は家賃までって格言もあるの。家賃は払わなきゃいけないのよ義務なのよ?」

 

「因みにその人、僕らの給料も未払いのまま大分経ってますからね。全く、いっそ僕だけでもカルデアで雇ってほしかったくらいですよ。」

 

「あっ、じゃあパチくん来る?ん~でも一人だけじゃ寂しいから、やっぱり皆に来てほしいなぁ。枕投げとかやったら面白そうだし!」

 

「フォウ、フォウッ。」

 

「枕投げやりたいアル!なっ定春!」

 

「わんっ!」

 

「でもこのままだと、今日布団で寝られるかも問題だけどね……。」

 

 藤丸が何気なく呟いたその一言により、場の空気はどんよりと重くなる。恨めしさの籠った視線を背に受け、いたたまれなくなった銀時は「だ~もうっ!」と叫んで立ち上がった。

 

「仕方ねえ、とりあえず家賃は後で必ず払うとか説得して、今日だけは何とか中に入れてもらうよう頼んでくっからよ!ほら行くぞテメェら!」

 

「え~、僕ら寒いんでここで暖取ってますから、一人で行ってきてくださいよ。」

 

「そうネ。元はと言えば銀ちゃんがいつまでも家賃払わないのが悪いんだからヨ。」

 

「てめーらなぁ!こういう一大事だからこそ、従業員総出で土下座覚悟で行こうとしてんじゃねえかよ!それでも銀魂ついてんのかァ⁉」

 

「あー……金のほうしかついてないや。」

 

「あはは~僕も僕も!」

 

「藤丸、わざわざ確認しなくてもお前についてないとエラいことに────え?アストルフォ、お前………えっ?」

 

 さりげなく重大な事実を告白されたことに困惑するも、神楽の「はよ行ってこんかい寒いんじゃあぁっ‼」という怒声と共に背中を蹴り飛ばされ、銀時は空き地の柵を超えた辺りまで吹き飛ばされた。

 

「いってぇなバカヤロー‼ちったあ加減しねえかこのゴリラ娘───」

 

 痛む背中を摩りながら体を起こしたその時、不意に視界が暗くなった。

 

「あっ───銀さん危ない!」

 

「へっ?」

 

 藤丸の注意も間に合わず、喉から出た間抜けな声と同時に上げた頭が認識したのは、すぐ目の前まで迫っていた人影。

 向こうも道端に飛び出してきた銀時の存在に気がつくのが遅れ、次の瞬間両者は派手な音を立てて衝突した。

 

「わ……っ!」

 

「ぶへっ⁉」

 

 尻から地面へと着地した両者の元に、藤丸を始め一同も重い尻……もとい腰を上げて駆け寄ってくる。

 

「銀さん、大丈夫⁉」

 

「痛ででで………おいコラァ!ちゃんと前見て歩けやこの────」

 

 

 

 

 

  ────ふわり。

 

 

「………え?」

 

 

 

 鼻先を掠めたのは、花の香とは違う……優しい匂い。

 

 

 知っている。自分はこの匂いを知っている。途端、銀時の表情が一変した。

 

「?………銀、さん?」

 

 彼の異変に皆が気づき始めるのも、そう時間は掛からなかった。新八が不安げに名前を呼ぶも、当の本人は全くの応答が無い。両の目は見開かれ、半端に開いた口元は微かに戦慄いている。

 

「……っ、いたたた……。」

 

 と、不運にも銀時と衝突をしてしまった相手が、小さく声を発する。

 やや低めの音から男性であることが分かったと同時に、何度が点滅を繰り返す電柱の照明灯によって、その姿が明らかになった。

 

 

 

 一見だと男性とは分かり難い、中性的な容姿に透き通るような肌。

 

 そよ風に靡く、長く伸びた亜麻色の髪。

 

 開いた瞼の下から覗く瞳は、穏やかな光を湛えている。

 

 

 着ている着物はかなりの上物であるものの、肌や髪と同様に土埃で薄汚れ、所々が破れている。しかしそのような身なりであっても、どこか気品を感じさせる印象が損なうことはなかった。

 

 

 

「………なん、で、」

 

 掠れた声で、銀時が呟く。それは彼の傍にいなければ聞こえない程の声であった。無論、それが正面のこの男性の耳に届いているわけもなく、彼は自分を見ている大勢の視線に暫し呆けていたものの、すぐに我へと返り体を起こす。

 

 

「あの、ごめんなさい……お怪我はありませんか?」

 

 

 銀時を心配し、男性は手を差し伸べ声を掛ける。

 

 

 

『────おやおや、どうしました?銀時。』

 

 

 

 大切な記憶の中と、眼前にいるこの男との声が、完全に合致する。

 

 

 

「(俺は、この姿を知っている)」

 

 

「(俺は、この声を知っている)」

 

 

 

「(俺は……この(ひと)を知っている)」

 

 

 

 

 

「あ、アンタ───‼」

 

 銀時が口を開いたその時、遥か遠方からバタバタと聞こえてくるせわしない音。それが複数人の足音と人の声だと藤丸が理解した直後、男性の顔がみるみるうちに青ざめていった。

 

「っすみません、急いでおりますので……失礼致します!」

 

 近付いてくるそれらからまるで逃げるように、男性は忙しなくその場から駆け出す。

 

「あっ、おい‼」

 

 呼び止める銀時の声も既に届かず、亜麻色の髪を揺らしながら男性は暗がりに消えていった。

 呆気にとられていたのも束の間、大勢の足音が一瞬消えた直後、複数の人影が自分たちの上空を屋根伝いに飛んでいく。

 

「きゃあっ!何よアレ⁉」

 

 暗がりでその姿は確認出来ないものの、彼らが駆けていくその方角が、先程の男性が走っていったのと同じだと気がついたその時、素早く身を起こした銀時がそちらへと真っ先に走り出していった。

 

「ちょっ、銀さん!」

 

「銀ちゃん⁉待ってヨ銀ちゃん!」

 

 新八と神楽の呼び声にも応えることはなく、その姿は路地の奥へと消えていく。

 

「マスター、僕達も行こう!」

 

 アストルフォの言葉に強く頷き、銀時の姿を完全に見失ってしまわないよう、藤丸達も全速力でその場から駆け出した。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 闇に染まった江戸の街、人気のない長屋の屋根の上に立つのは、御徒士組(おかちぐみ)風の恰好をした数名の男達。

 彼らは暫し辺りを見回すものの、対象の姿が確認出来ないことを悟ると、手にした錫杖を鳴らしながら、再び屋根の上を駆けてその場から離れていく。

 足音と金属音が遠くなり、またも静寂に包まれる中、路地の裏にある物置の扉がゆっくりと開かれた。

 

「……………。」

 

 隙間から頭を出し、周囲を窺っているのはあの男性。右、左、また右、そして上と、かなり慎重に辺りを警戒した後、安堵の息を吐く。かといってまだ安心は出来ない、また彼らが戻ってくる可能性だって零ではないのだ。意を決し、男性は狭い物置の中から体を外へと出した。

 

「────っ⁉」

 

 扉を閉めたその時、突き刺さるような視線をどこからか感じる。顔を上げ、また周囲をよく見回したその時、屋根の上にひっそりと立つ人影を発見する。

 その人物がこちらに向けているものが、銃口であると気付いた時には既に遅く、ドンッ、と乾いた音が閑静な街の中に響き渡った。

 

「あっ……く、ぅ……っ‼」

 

 数秒遅れ、右の足に走る激痛。立つこともままならず、男性はその場にしゃがみ込む。

 シャン、シャンとあの軽快な金属音が近付いてくる。先程立ち去ったと思っていたあの御徒士組風の男達が再び現れ、動けなくなっている男性を取り囲んだ。

 

「早く縛れ、もたもたしていると『傷が塞がって』しまう。」

 

 逃れようと僅かに動く男性を押さえ、一人がそう指示を出すと、別の一人が縄を手にして男性へと近付いていく。両手首を後ろ手に縛り上げられると、男性は観念した様子で抵抗をやめた。

 

「こいつめ、散々手間を掛けさせおって……!」

 

 一人が苛立った様子で男性を蹴り上げようとした時、隣にいたもう一人が慌てて制する。

 

「馬鹿、やめろ‼足を射ただけでも不味いというのに、このようなことが『あの方』に露見すれば、我々も只では済まないぞ!!」

 

「……ちっ。」

 

 悔し気に舌を鳴らし、彼が足を引っ込めたのを確認すると、他の御徒士組風の男達も胸を撫で下ろす。

 

「よし、さっさと連れていくぞ。」

 

 一人が言うと、男性の近くに立つ数名が彼へと手を伸ばしていく。そのうちの一つが彼の顎を掴み、その相手と強引に目を合わせられる。被った笠の下から覗く、虚空を映しているかのような無機質な目に、恐怖に見開かれた瞳が微かに揺らいだ。

 

「いくら逃げようと無駄な事よ……『あの方』の眼がある限り、貴様がこの江戸から逃れることなど不可能だ。」

 

 淡々と呟くその声に、抗えない状態に、自然と身体が震えてしまう。腕や肩を乱暴に掴まれ起こされると、彼はギュッと固く目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「………ぉぉおおおおおおおおっ‼」

 

 

 

 突如、夜闇に轟いた雄叫びに、御徒士組風の男達は驚き周囲を警戒する。

 暗がりで視界の利かない男達の上空に、一つの影が躍り出た。

 

「な……っ⁉」

 

 

 

 漆黒の中で、跳ねた銀色の髪が僅かな光を集め、輝きを放っている。

 

 勢いを伴って振り下ろされた刀───否、あれは木刀だ。青白い霧状のものを纏ったそれが何なのかを瞬時に理解した数名が、思わず飛び退く。

 刹那、落雷にも似た轟音と衝撃が、彼らの眼前で巻き起こる。数名が吹き飛ばされ、土や石やらが飛び散った。

 朦々と立ち込めた土煙が晴れると、大きく抉れた地面の中央に、あの男はいた。伏せた顔を(もた)げ、こちらを睨みつける紅の双眸は、凄まじい怒気に満ちている。畏怖しきった者のうちの一人が、「……鬼だ」と小さく呟いた。

 

「ほぁちゃあああぁっ‼」

 

「そ~ぉれっ!」

 

 続いて奇襲をかけてきたのは、軽快な動きで暗闇を跳躍する神楽とエリザベート。片や番傘を、片や奇怪な形状の槍を構え、二人の少女は男達目掛け果敢に突進してくる。

 

「な……何だ、こいつら⁉」

 

 突然の猛攻に狼狽える彼等の周りを、遅れて到着した数名が更に囲む。銀時の姿を発見した藤丸は、定春の背中から身を降ろした。

 

「銀さんっ!」

 

「藤丸………すまねえ、ちょっくら手ぇ貸してくれねえか?」

 

 銀時が皆まで言わずとも、藤丸は強く頷きを返す。固く握った右手の拳に刻まれた、令呪が熱く輝いた。

 

「……敵性反応を検知。マスター、戦闘状態への移行の許可を。」

 

「マスター、指示をちょうだい!僕らは君のサーヴァントだ!」

 

「ああ………カルデアのマスター・藤丸立香が命ずる!銀さんを援護、そしてあの人の救助を最優先だ!」

 

 藤丸の声に、彼の従える三騎は笑みを浮かべ、力強く頷く。

 

「さぁて……万事屋銀ちゃんwithカルデアご一行、いざ参らんっ‼」

 

 どこのブ○ゾンだよ⁉という新八の突っ込みも喧騒に流れていく中、戦闘の火蓋は切って落とされる。御徒士組風の男達も、各々錫杖や刀を構え応戦する。

 

「……って、え?待ってよ、僕だけ丸腰なんだけど?武器になるもの何にも持ってないんだけど⁉てか何で銀さんも神楽ちゃんも普通に木刀と傘持ってんの?どどど、どうしよう神楽ちゃん⁉」

 

「落ち着けヨ新八、武器もサーヴァントの一部だって駄貧乳(ダヴィンチ)も言ってたアル。私もよく分かんないけど戦うゾ~って気合い入れたら、何か出てきたネ。」

 

「ホントに⁉そんないい加減な感じで出てきてくれるの⁉」

 

「いいから早くやってみるヨロシ、童貞パワーで何とかなんだろーヨ。」

 

「誰が童貞だァァッ‼……って、えええ⁉本当に刀が出てきた……ていうかこの流れだと、僕が武器を展開出来たのは童貞馬鹿にされたから、みたいな流れになってない?童貞パワーで出来ちゃった的な流れになってるよね⁉ねぇっ⁉」

 

 虚しく響いた新八の叫びも、「ほぁたああぁっ!」と神楽が気合をこめて吹き飛ばした敵兵の断末魔の中に掻き消えていった。

 

「どけえええぇっ‼」

 

 銀時の渾身の一撃が、複数の敵兵をまとめて薙ぎ払う。

 だが向こうも相当の手練れのようであり、また数も多いため、銀時は未だあの男性の元へと辿り着けないでいた。

 

「くっそ!邪魔だぁってめえら‼」

 

 先程の一撃から、どうにも身体が思うように動かない……もどかしさから苛立ちが募り、剣の振りが荒くなる。その隙をついて向こうも攻撃を仕掛けてくるので、間一髪避けるのが精一杯だった。

 

「(もう少し……もう少しで、届くってのに……っ‼)」

 

 遮るもの全てが鬱陶しい。到達出来ない自分自身の力量さえ、鬱陶しくて仕方がない。

 

 ───何故、存在し得ない『彼』が此処にいるのか。そんな疑問は今の銀時の脳内には掠めもしない。だが、かつて取り戻したかったもの……そして、自身の選択によって(うしな)ったものが、今目の前に()るのだ。

 

 

 

 今度こそ、取り戻す。

 

 

 阻むモノは、全て切り伏せる。

 

 

 

 もう───手を伸ばしても届かなかった、『あの時』とは違うのだ。

 

 

 

 

 

 

「───『松陽』おおおおぉぉぉっ‼」

 

 

 

 

 白銀の鬼───銀時の咆哮が、びりびりと空気を震わせる。

 

 するとその声に応えるようにして、拘束された男性───銀時が『松陽』と呼んだ彼は、痛む体をゆっくりと起こす。

 その薄い唇が、声にならない『松陽』という単語を、何度も何度も呟いた。

 

 

「ぐあぁっ⁉」

 

 その時、『松陽』の脇にいた御徒士組風の男が一人、膝から崩れ落ちるようにして倒れる。続いて一人、また一人と次々に倒れていく光景に、『松陽』も銀時も目を丸くする。

 そして最後の一人が地に伏せた時、その背後から現れたのは、煌びやかな装飾の施された馬上槍(ランス)を片手に構えたアストルフォであった。

 

「宝具・『触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)』ってね。弱い僕でも君達くらいの相手なら、先っちょでツンツンするだけでこの通りさ!」

 

「アストルフォ……!」

 

 彼の名を呼ぶ声が、自然と歓喜に昂揚する。そんな銀時にアストルフォはピースサインを返すと、その手で『松陽』を抱え肩に担いだ。

 

「わっ、わぁっ⁉」

 

 突然、しかも自分より華奢な少年に持ち上げられ、『松陽』は唯一自由の利く足だけをジタバタと動かす。

 

「うわわっ、だ~い丈夫だよ!僕らは君を助けに来たんだ。」

 

 アストルフォの明るい調子に敵意は微塵も感じられず、『松陽』の抵抗はピタリと止む。しかし未だに不安げな眼差しを向ける彼に、アストルフォはニッコリと笑った。

 

「んじゃ、今から君を抱えて走るけど、舌噛むから喋っちゃ駄目だよ?」

 

 その問い掛けに無言で頷く『松陽』。その様子を確認したアストルフォは馬上槍(ランス)を霊体化させると、『松陽』を横抱きに抱え直した。

 

「マスター!こっちはOKだ!」

 

 アストルフォの声に、離れた場所で応戦していた藤丸は笑みを浮かべ、親指を立てる。そして大きく息を吸うと、アストルフォに負けないくらいの大声量を張り上げた。

 

「全員っ、撤収ゥゥゥゥゥッ‼」

 

 その細身の何処に一体そんなパワーを秘めているというのか、付近にいた敵兵達は一様に耳を塞いだ。

 それを合図に一同は頷き、御徒士組風の男達から一斉に距離を置く。

 

「ま、待てっ‼逃がさんぞ貴様ら‼」

 

 追いかけようとする男達、だがそこに神楽の傘の先端と段蔵の指から放たれた銃弾の雨が降り注ぐ。

 怯んだ一瞬の隙に、段蔵は紙に包まれた小型の球体を幾つか取り出す。指から発した火花で導火線に火を点け、地面へと投げつけたその時、破裂音と共に白い煙が周囲一帯を覆った。

 

「くそっ、小賢しい真似を……‼」

 

 煙幕で視界を阻まれていても、向こう側から聞こえる騒がしさが遠のいていくのに、対象が確実に逃亡を行っている事実が嫌でも伝わってくる。

 錫杖を振り回し早急に煙を散らすも、藤丸達の姿はやはり既にそこには無かった。

 

「追うぞ!奴等の逃げた方角なら検討がつく、急ぎ目的の回収を────」

 

「あ~、やめとけやめとけ。」

 

 気の抜けた、気怠さを湛えた声と共に、彼らの前に男が一人降り立つ。

 夜だというのに、その手には大きめの番傘。ぼさぼさに伸びた長髪の上から頭を掻くその男は、眠たげな目で彼らを見渡しながら口を開く。

 

「あれだけの数のサーヴァントと一気に()りあうなんざ、俺だって骨が何本もイッちまうぜ。そういや、連中を仕切ってる妙なガキも一人いたな……成程、あれがカルデアのマスターってわけか。」

 

 指で顎を撫でながら、にやりと男は一人笑む。その顔と(まなこ)の奥に蠢く底知れぬモノに、男達は鳥肌が立った。

 

「よし、一旦俺らも退くぞ。」

 

「はっ?しかし対象の回収がまだ───」

 

 彼の言葉は、顔にめり込んだ番傘の男の拳により強制的に中断される。吹き飛んだ体は物置へと衝突し、壊れた木の破片の中で動かなくなっていた。

 

「……撤退する、つったよな?お前らも聞こえなかったか?」

 

 ぎょろりと動いた目玉が捉えた男達は、皆一斉に(かぶり)を横へと振る。中にはあまりの恐怖に涙目になっている者までいた。

 

「よし、お前ら先に行って『お上』に報告しとけ。俺ぁまだ野暮用があるからよ。」

 

「りょ……了解しました!」

 

 逃げるように、といった表現がぴったりな程に、御徒士組風の男達は一目散にその場から去っていく。

 間抜けな後ろ姿を鼻で笑い、男は番傘を肩に担ぐと、大きな欠伸を一つした。

 

「にしても、連中までサーヴァントになってるたぁな……さて、仕事サボって道草食ってる『団長(クソガキ)』を、そろそろ回収してこねえと。」

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

「もう……追いかけて、こないよね……?」

 

 ぜえぜえと息づく新八の横で、段蔵は自身の眼に搭載された望遠スコープ(暗視モードON)で、周囲を見渡す。

 

「……辺りに反応はありませぬ、皆様、どうぞご安心を。」

 

「よ、よかったぁ~……。」

 

 力が抜け、崩れていく藤丸の体を、アストルフォが慌てて支える。各々が疲弊しきった身を、逃げ延びたこの河川敷で休ませていた。

 

「きゃっ‼ちょっと眼鏡ワンコ、あんた鼻血出てんじゃない!」

 

「あー……逃げる途中、何度かこの伸び切った袖を踏まれたからね、そん時一回顔面から転んだもんで……。」

 

「道理で袖に新しい模様が増えてると思ったアル、よく見れば定春とフォウの肉球までしっかりあるヨ。」

 

「わんっ。」

 

「フォウッ。」

 

「あーもう、みっともないわね!とっととこれで拭きなさいな。」

 

 見かねたエリザベートが手渡したのは、私物の白いハンカチ。こういうツンツンな女の子の不意に見せる優しさが、男心にグッとくるのだ。新八も例外でなく、受け取ったハンカチの柔らかさとほんのり香るいい匂いに、思わず目頭が熱くなる。

 

「あ……ありがとう、エリちゃん!」

 

「ふふん、アイドルとしてファンは大切にしないとね………あ、それと拭いたらすぐに渡してちょうだい、鉄分ならこの際ソレでも構わないわ。」

 

「え?今なんて?」

 

 そんなやり取りが傍らで繰り広げられている一方、藤丸はアストルフォの膝枕という特等席から頭を起こし、銀時の背中を見る。彼は『松陽』を縛っている縄を解こうと、一人躍起になっていた。

 

「くそっ、この……解けやしねえ!」

 

 一刻も早く、こんな忌々しいものから解放してやりたいのに……固い結び目に苦戦し、徐々に募る苛立ち。そんな銀時の様子を、『松陽』は何度も振り向きながら心配している。

 見かねた藤丸が立ち上がり、彼の元に近付いて肩を叩こうとしたその時、背後の気配を察した銀時がぐるりと勢いよく振り向いた。

 こちらを睨みつけるような眼差しを向けられ、立ちすくむ藤丸。だが銀時もそこにいるのが彼だと分かった途端、すぐに警戒を解いた。

 

「あっ………すまねえ、お前だったか。」

 

「いいよ別に。それより解けそうにないの?その縄。」

 

「ああ、多分こりゃあ縄抜け出来ないようにしてんな………。」

 

 頭を乱暴に掻き、溜息を吐く銀時。苦戦する彼の元に、散らばっていた他の面子もぞろぞろと集まってきた。

 

「銀時殿、よろしければこちらをお使いください。」

 

 段蔵が懐から取り出し、彼に手渡したのは苦無だった。銀時は彼女に礼を言うと、刃先で慎重に縄を切っていく。

 

「い……っ!」

 

 縄を少し引いた時、『松陽』の顔が僅かな痛みに歪む。

 

「!……悪ぃ、痛かったか?でももうちょいで解いてやるから、我慢しててくれよ?松陽。」

 

 なるべく心配をかけないよう、柔らかな口調で声を掛ける銀時。そんな彼の様子がいつもと違うことに、新八と神楽も薄々気がついていた。

 

「銀さん……その人ってまさか───」

 

 新八が全てを言うのを待たずして、『松陽』の腕を拘束していた縄は解け、地面へと落ちていった。

 漸く自由になった両腕、擦れて痛む箇所を手で擦った後、『松陽』は銀時へと向き直る。

 

「皆さん、巻き込んでしまい申し訳ありません……でも、助けていただき本当にありがとうございました。」

 

 柔和な笑みを湛え、深々と頭を下げてくる彼に、銀時を始め一同もつられて礼をしてしまう。

 

「あー、その……何でここにいんのか、何で追われてたのかとか、詳しいことは後にして………無事でよかったな、松陽─────おわっ⁉」

 

 正面へと向き直った銀時に、突然『松陽』がずいっと顔を近づけてくる。驚いて仰け反る銀時の後頭部が、背後にいた藤丸の額にゴチンッと音を立てて激突した。

 

「いっだあああっ‼何すんの銀さんっ⁉」

 

「痛でででで‼おまっどんだけ石頭なんだよ⁉ヒビ入ったんじゃねコレ⁉」

 

 足をばたつかせ、激痛に悶える両者。その喧騒に負けないように声を張り上げ、「あの…!」とおもむろに『松陽』が切り出した。

 

 

 

「貴方の仰っている、その『松陽』というのは………もしや私のことでしょうか?」

 

 

 

 

「………は?」

 

 あまりのことに、一瞬だけ理解が遅れる。

 銀時も、その場にいる誰もが、彼の突拍子もない一言に凍り付いていた。

 

「し、松陽………何言ってんだ?お前……。」

 

 動揺に笑みは引きつり、自然と声も震えだす。悪い冗談に違いないと自分に言い聞かせるが、『彼』がそんなつまらないことを言い出す人間ではないことも、銀時はちゃんと知っていた。

 

 しかし、今目の前にいる彼はどうだろう……その姿、その声までもが、銀時の記憶にいる『彼』そのものであるが、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回している様子や、以前には見せたこともなかった不安げな表情が、銀時の中に言いようのない違和感を生み出す。

 

「……なあ、お前…………『吉田松陽(せんせい)』なんだよな?」

 

 銀時は意を決し、核心に迫った質問をぶつけた。

 すると、『彼』は一瞬目を丸くした後、食い入るように銀時の顔を見つめ続ける。だが暫く経過すると、『彼』は静かに首を横に振り、絞り出すような声でこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

「………ごめんなさい。私、分からないんです。自分の事も、自分の名前も………貴方の事も。」

 

 

 

 

 

 

 冷え切った寒空の下、河川敷に流れる音は流れる水のせせらぎのみ。

 

 

 

 悲し気に俯く『恩師(しょうよう)の姿をした何か』を前に、言葉を失った銀時は、ただ呆然としていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【弐】邂逅(Ⅲ)

 

 

「いいアルか?転げ落ちないよう、しっかりと掴まってるヨロシ。」

 

 神楽の言いつけに頷き、松陽は定春の背中に恐る恐る腰を下ろす。伏せていた巨体が彼女の合図で立ち上がると、案の定バランスを崩した松陽が後ろへと仰け反った。

 

「わっ!とと……大丈夫ですか?」

 

「す、すみません……ありがとうございます。」

 

 間一髪支えに入った新八により、難を逃れた松陽は彼に礼を述べ、定春の背中に横向きで座る姿勢を安定させた。

 

「わぁ……っ!」

 

 少し高くなった視界に、目を輝かせた松陽は感嘆の声を上げる。歩く振動で触れた箇所から伝わってくる、もふもふとした毛並みも心地良かった。

 

「ふふん、定春の背中は私の特等席アル。今日は特別にお前に貸してやるネ、感謝しろヨ?」

 

「わんっ。」

 

「はい!ありがとうございます、神楽さん。」

 

 向けられた笑顔は眩しく、嫌味や(よこしま)なものは微塵も感じられない。一瞬きょとんとした神楽も、先程までの自身の態度が急に恥ずかしくなり、ばつが悪そうに染まった頬を掻く。

 

「さ……さん、は要らないネ。もっと砕けた呼び方がいいアル。」

 

「そうですか?なら………神楽ちゃん、で如何でしょう?」

 

「うむ、それでいいアル!」

 

 むふ~、と満足気に鼻を鳴らす神楽。そんな彼女の隣で、新八は何か言いたげに松陽を見ている。

 

「おい新八、何もじもじしてるアル。おめーも松陽に名前呼んでほしいんだろ?」

 

「えっ⁉えと、その………はい。」

 

「ふふっ。それでは、新八君とお呼びしてもよろしいですか?」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「くーん……。」

 

「定春君、背中に乗せてくださってありがとうございます。重いでしょうけども、どうかよろしくお願いしますね?」

 

「わんっ、わんっ!」

 

 互いの顔を見合わせ、微笑み合う三人と一匹。少し先を歩く藤丸達も、胸の内がほっこりと温まる光景に笑みを零した。

 

「いやぁ尊い、尊いねえ……。」

 

「マスターが両手を合わせるその想い、絡繰の段蔵でもよく理解出来る気がいたしまする……。」

 

「フォウ、ンキュッ。」

 

「だよねー、尊いよねぇ。尊みMAXだよねぇ。」

 

「アンタ、ちゃんと意味分かってその言葉使ってんでしょうね…………あら?」

 

 エリザベートが何気なく見やった先に、一人先頭を歩く銀時の後ろ姿。団欒する新八達に目もくれることなく、一定の歩幅で進んでいく彼の背中に、エリザベートは早足で近寄っていった。

 

「ちょっと、白モジャ。」

 

 エリザベートが声を掛けると、銀時はいつもの死んだ魚のような目をエリザベートへ向ける。

 

「あ……なんだ、おめえか。」

 

「なんだ、とはご挨拶ね。それよりなぁに?さっきからボーっとしちゃって、髪の毛だけじゃなくお(つむ)の中までクルクルパーになっちゃったのかしら?」

 

 けらけらと笑われ、小馬鹿にした態度をとる彼女に、先刻までの銀時なら食って掛かっていただろう。だが彼は特に言い返してくる素振りも見せず、再びぼんやりした様子で歩いていくだけだった。

 

「……んもう何よ、つまんない男ね!」

 

 すっかり鼻白んでしまったエリザベートは、去り際にあっかんべーを銀時にお見舞いし、そそくさと藤丸達の元へと戻っていってしまう。

 再び一人となった銀時、川沿いに建ち並ぶ家屋の向こうに煌く街灯りを眺める彼だが、その景色は頭の中に入ってなどいなかった。

 

「(………一体、どうなってやがんだ。)」

 

 振り向いた彼の眼に映るのは、新八や神楽と楽し気に会話をする松陽の姿。彼らの話や反応に向けられる笑顔は、銀時の記憶の中に在るものと何一つ変わらない。

 笑顔だけでなく、容姿、声、仕草……出会ってからほんの僅かの間でも、彼の『吉田松陽』である要素を多々認識している。ならば、この男は自分の恩師である『吉田松陽』なのだろうか……しかし銀時は、どうしてもそれを事実と肯定出来ないでいた。

 

「(そんな筈はねえ、だってそうだろ………松陽(せんせい)は『あの時』、俺が───)」

 

 

 唐突に、脳裏で再生される過去の記憶。

 

 曇天の空の下、多くの敵兵に囲まれる自分。

 

 縛られ、囚われた二人の友の間を通り、向かったのは背を向けた恩師の元。

 

 刀を構えた自身の手が震える………嫌だ、嫌だ。この人を(うしな)いたくない。

 

 

 ゆっくりと、こちらに振り向く彼の口が、小さく言葉を紡いだ───。

 

 

 

『─────。』

 

 

 

 

 

「……さん、銀さん!」

 

 耳元で張り上げられた声に驚き、そこで我に返る。隣を見ると、新八が呆れた様子でそこに立っていた。

 

「もう、何ぼんやりしてるんです?さっきから何度も呼んでるのに。」

 

「あ………悪ぃ、考え事してた。」

 

「考え事って………ひょっとしなくても、松陽さんのことですよね?」

 

 的を射た新八の指摘に、うっ、と低く声を洩らす銀時。あからさまに図星だという分かりやすい反応に、新八は溜め息を吐いた。

 

「全く、僕らには話してくれたことなんてなかったから、あくまで僕の推測ですけど………大切な人なんですよね?あの人、銀さんにとって。」

 

「……分からねえ。もしかしたら、よく似た別人って可能性もあるし。第一、あいつはもういねえ筈なんだよ。だってのにまた俺の前に現れて、しかも記憶を失ってるだぁ?んな漫画みてえな展開、そう簡単に受け入れられっかよ。」

 

「銀さん、まさか松陽さんを疑ってるんですか……?どうして、だってさっきはあんな必死に、一人突っ走ってまで助けに行ってくれたじゃないですか⁉」

 

「でけえ声だすんじゃねえよ、うるせえな……さっきのはアレだ。あいつがあんまり似てたから、そいで頭に血が上った勢いに任せたままによ。つーか疑うも何も、冷静になって考えてみりゃ、まずあいつが俺の知ってる先生だっていう確証が今んとこ無いからな。それに記憶がねえってのも、俺らを嵌めるための芝居かもしんねえ───」

 

「ほぁたあああああぁっ‼」

 

 威勢のいい掛け声に続いて、背中に走る衝撃。本日二度目となる神楽のカンフー・キックを受けた銀時は、「ホイコーローっ‼」と豚肉とキャベツを炒めた中華料理名のような声を上げ、数メートルの距離を転がっていくと、その先にいた藤丸を撥ね飛ばす。

 突然の衝撃に「ショウロンポーっ⁉」と豚肉を小麦粉の皮で包んで蒸しあげた包子のような悲鳴を上げて、暫く宙を舞った藤丸は落下の(すんで)のところを段蔵に受け止められ事なきを得た。因みにこれを書いてる奴は、今お腹がとても空いている。天津飯が食べたい。

 

「いってええェェ……こんのクソガキてめぇ‼転がった末に藤丸跳ね飛ばしちまったじゃねえかよ‼一体何がしたかったの⁉人間ボーリング⁉」

 

 頭に大きなたんこぶを抱え、怒鳴りながら体を起こした銀時。しかしそんな彼の前に、拳をポキポキと鳴らした神楽が鬼の形相で仁王立ちしていたので、流石に銀時もそれ以上は何も言えなくなる。

 

「銀ちゃん………今言ったこと、すぐに取り消せヨ。」

 

「か、神楽ちゃん……?何故にそんなお怒りになってんのかな……?」

 

 紅蓮の炎の如きオーラを背中から放出する神楽。まるで不動明王を連想させる彼女の迫力に圧倒され、銀時は思わずたじろぐ。

 

「神楽ちゃん、言いたいことは分かるけど少し落ち着いて───」

 

「うっせぇメガネ!こんな時に餅なんてついてらんないアル!一人で正月気分迎えてろヨ‼」

 

「お約束の聞き間違いだなオイ!誰も餅の話はしてねえっつーの‼」

 

「新八君、餡子と豆打(ずんだ)ならここにあるよ!」

 

「だから餅の話は、ってそれどっから出したの藤丸君⁉」

 

 ツッコミをかます新八に構うことなく、銀時のすぐ正面まで迫ってきた神楽は、未だ地面に尻をついたままの銀時の胸倉を掴むと、青筋を浮かべた額を近付け、激しく怒鳴りつけた。

 

「いつまで拗ねてんだヨおめーは‼忘れられたことがそんなにショックだったアルか⁉確かに私達、銀ちゃんからなんにも聞いてないから、銀ちゃんの大切だった『松陽(せんせい)』の事は何にも知らないアル……でもな、この松陽が銀ちゃんの知ってるほうであってもなくても、好きで大切な人の事を忘れる奴なんか、いるワケねーだろ⁉」

 

 暗い路地に響く騒ぎに、只事でない事に気付いた藤丸達も慌てて駆け寄ってくる。ふと銀時が向けた視線が、定春の上に乗った松陽とぶつかる。よく知った顔が浮かべるその表情は、銀時の知らないものであった。

 

「それに、松陽さっき私と新八に言ったネ………もしかしたら自分が実は凄く悪い奴だったり、思い出したくないくらいの辛くて悲しい思い出があったりだとか、忘れてたほうがずっとマシだったこともたくさんあるかもしれない。けれどそれも全部ひっくるめて自分という存在があるから、ちゃんと記憶を取り戻したいんだって…………それに言ってたヨ。きっと銀ちゃんは凄く大切な人だったに違いないから、一番に思い出すように頑張るって。」

 

「………!」

 

 その一言に、銀時の目が見開かれる。

 記憶が無いのだろう?覚えてなどいないのだろう?それなのに、何故そんなことを言うのか……銀時には、全く理解出来なかった。

 すると、定春の上からやや危なっかしい動作で降りてきた松陽が、おもむろにこちらへと歩いてくる。銀時の胸倉から手を離した神楽と入れ替わり、呆然とする銀時の前にしゃがみ込んだ。

 

「『坂田』さん………私はまず、貴方にお礼を申し上げたいのです。」

 

 松陽の手が、銀時のものと重ねられる。伝わってくる感触と温度は、かつて自分が体験したものと、何一つ変わらなかった。

 

「私は、目覚めた時から既に、一切の記憶を失っておりました。なので先程の方々に追われる身となっている理由も、未だよく分からないのです………自分自身の素性も、名前すら思い出せない。行く宛ても、頼っていい方も知らぬまま彷徨っているうちに、私の目に映る景色は皆、色褪せて見えました。」

 

 掌を握った松陽の手が、微かに震えているのが伝わってくる。それでも伏せた顔を上げ、彼は精一杯微笑んでいた。

 

「でも、坂田さんが私のことを『松陽』と呼んでくださったあの瞬間……色を失った私の世界が、一瞬にして鮮やかに輝きだしたような気がしたんです。でも、坂田さんの反応を見る限り、私がその『松陽』さんである確たる証拠が無いのは、何となくお察しできました。それでも………それでも、私は嬉しかった。例えそれが勘違いからのものだろうと、誰かが『私』を『私』として認識してくださることで、孤独に圧し潰されてしまいそうだった私の心は、暗闇の中から救われたのです………本当に、ありがとうございました。」

 

 

 ………温かい。手を介して伝わってくる体温が、記憶の中の『彼』と同じ声と口調で語る、彼の言葉が。

 

 

「あの、坂田さん……。」

 

「へっ⁉お、おうっ。」

 

(おご)がましいことは百も承知しているのですが………もし宜しければ、私の記憶が戻るまでの間だけでも、貴方の大切な方のお名前をお借りしてもよいでしょうか?初めて耳にした時から、とても感動していたんです。ああ、なんて優しい響きなんだろうと………それに、皆さんがその名で呼んでくださる度に、胸の内がぽかぽかと温かくなるんです。それがとても不思議で、とても心地良くて……。」

 

 銀時は瞠目する。名を貸すことに否定的な思いや感情は無い。だが目の前で嬉しそうに話している、無垢という言葉をそのまま人型にしたような今のこの男に、『吉田松陽』という重荷(なまえ)を一時でも背負わせることはあまりに酷ではないかと、銀時は迷っていた。

 だが彼のそんな複雑な思考も、左右から割り込んできた両者によって阻まれる。

 

「ねっ銀ちゃん、いいでしょ?ちょっとの間だから、私からもお願いアル!」

 

「銀ちゃん、僕からもお願いするよ!ねっ?」

 

「ぐえええ分かった分かった‼だから手ぇ放せってお前ら!首締まる締まるっ‼」

 

 割り込んできた夜兎娘の怪力と、細身は外見ばかりの男の娘の秘めたる剛力に襟首を掴まれ、半ば強引に了解の返答を絞り出すと、二人は同時に手を放し「やったぁ!」とハイタッチをした。

 

「……ちっ。あ~もう、悩んでんのも馬鹿馬鹿しくなってきた。」

 

 ぼりぼりと頭を掻き、銀時は正面へと向き直る。師の姿をしたこの男を改めて前にし、緊張していないなどと言えば嘘になるだろう。こちらを見ては目を逸らす銀時に、松陽は小首を傾げた。

 

「そんじゃ……俺のほうから一つだけ、条件がある。」

 

「はい、私に出来ることであれば何なりと!」

 

「おーい駄目だよ、内容聞くまで何でもするとか言っちゃ。悪い奴の前で絶対そういう台詞言うんじゃねえぞ………その、俺の呼び方のことなんだけどよ。」

 

 暫くの間目を泳がせ、口をモニュモニュさせながら赤くなった頬を掻いていた銀時だったが、漸く意を決し松陽に向かって云った。

 

「坂田さんじゃなくて…………名前で呼んでくれないか、俺のこと。」

 

 真っ直ぐに見据える紅の瞳に垣間見えるは、僅かな期待。

 彼が松陽である真偽は未だ分からずとも、彼の───松陽(せんせい)の優しい声に、もう一度名を呼んでほしい。それが、今の銀時が望むことだった。

 暫し目をぱちくりさせていた松陽だったが、その表情がぱぁっと輝いたのは数秒後であった。

 

「はい!それじゃあお名前で呼ばせていただきますね、銀時『さん』!」

 

 想像していたのとは違う答えに思わず肩を落としそうになるも、にこにこと笑う松陽の様子は心底から嬉しそうで、まあいいか、などと思ってしまう銀時であった。

 

「……ねえ、ずっと端から見てて思ったけど、白モジャが拗ねてた原因ってこの松陽?に忘れられてたからってこと?」

 

「べっ、別に拗ねてねえし!勝手に勘違いしないでよね‼」

 

「いえ、段蔵の眼に映っていた先程までの銀時殿は、まるで悪態をつき駄々をこねる幼子のようでありました。」

 

「んがっ‼段蔵までそんなこと……。」

 

「ねーねー松陽さん、僕はアストルフォっていうんだ!よろしくね!」

 

「アストルフォ、くん………ええと、『さん』のほうがよろしいのでしょうか?すみません、あなたはとても可愛らしいのですが、一見だとどちらかよく分からないもので……。」

 

「おおう、アストルフォの本質をこんな早くに見抜くとは………あ、俺は藤丸立香です。よろしくお願いしますね、松陽さん。よかったら餡子か豆打(ずんだ)食べません?しまうタイミング失った上に地味に重いんですコレ。」

 

 続々と皆が周りに集まり始め、賑やかというよりは少し騒がしい。しかしその真ん中で、自身に与えられた仮初の名を口にされる度に、笑顔が華やぐ松陽を眺めていた銀時の頬も、自然と綻んだ。

 

「それで銀さん、僕らは一旦また万事屋……だったところに引き返す形でいいんですよね?」

 

「あ?そういうことになったんだっけか?」

 

「アンタがさっきそう言ったんでしょ?ちゃんと覚えててくださいよ。」

 

「んー、ヘル○ェイク○野のこと考えてたら忘れてたわ。」

 

「誰だよヘル○ェイク○野って⁉んな無理に流行に乗ろうとしなくても!」

 

「ヘール○ェイク!ヘール○ェイク!」

 

「ああもう、神楽ちゃんまで便乗してこなくていいから!」

 

「「ヘー○シェイク!ヘールシェ○ク!」」

 

「うるっせぇんだよお前らァァっ‼話が前に進まねえだろうがっ‼あと隠すならちゃんと隠せやオラァァァっ!!」

 

 新八の手が藤丸から皿に山盛りに盛られた餡子と豆打(ずんだ)を掻っ攫い、それらを銀時と神楽の顔面に叩きつけたことにより、ぐだぐだ展開に繋がりそうな空気は何とか収束された。

 

「でも眼鏡ワンコ、今戻ったってまたあの妖怪みたいな奴らに追い出されるだけなんじゃない?」

 

「妖怪みたいって……確かに否定はしないけど、中々言う事キツイねエリちゃん。本当はね、僕の家でもある道場に案内したいとも考えたけど………こんなに大勢連れて行ったら、姉上が何て言うか不安で。」

 

「そーだなー、おめえの姉ちゃんおっかねえし。」

 

「姉御には悪いけど、丹精込めて作ったあの暗黒物質(ダークマター)を松陽達には食わせられないアルよ。」

 

 交互に餡子と豆打(ずんだ)を手掴みで口に入れ、もっしゃもっしゃと頬張る銀時と神楽の言い分も否定できず、新八は大きく溜息をつく。

 

「とにかく、ここで時間を無駄に潰しても埒が明きませんし、こうなったら銀さんを踏みつけてでも土下座させて、お登勢さんから許しを頂くしかないですね。」

 

「そだねー。銀ちゃんには悪いけど、どこかで休めるところを探さないと松陽さんの怪我も───あれ?」

 

 ふと、アストルフォが不可思議なことに気がつく。松陽の身に着けている着物はあちこちが破れ、特に右足の辺りには一際大きな裂け目が出来ていた。これはよっぽどの大怪我をしているに違いないと、アストルフォは彼の脚部に目を落とす。だがそこから覗くのは、少し泥に汚れた白い地肌だけ。この箇所の他にも幾つか確認してみるものの、松陽の体に外傷などは一切見当たらなかった。

 

「ねえ松陽さん、どこも怪我とかしてない?痛いとことかない?」

 

「痛いところ、ですか?そういえば、先程逃げる時に足を───おや?」

 

 自身の足を見た松陽もまた、射られた右足の傷が無くなっていることに、ここで漸く気がつく。

 

「……おかしいですね、確かに私はあの時…………あれ?」

 

 どうしたのだろう、まるで(もや)がかかっているかのように、そこの記憶だけが上手く思い出すことが出来ない。

 

「松陽さん、大丈夫……?」

 

 頭を押さえ、俯く松陽を心配するアストルフォ。彼らの様子に気付いた銀時も空になった皿を地面へと置き、「おい…」と声を掛けようとした時だった。

 

 

『キャアアアアアアァ‼』

 

 

 突如暗夜に響き渡ったのは、甲高い女の(こえ)

 続いて段々と大きくなっていくせわしない足音に、その場の空気が一気に張り詰める。

 

「今の……悲鳴、だよね?」

 

 藤丸の疑問に誰かが答えるより早く、こちらに近付く足音の正体が現れた。

 

「助けて……助けてくださいっ‼」

 

 女だった。声からして、先程悲鳴を上げたのはこの女性に間違いないだろう。着の身着のままと言った恰好の彼女は、藤丸達の姿を発見すると、涙と鼻水で化粧の崩れた顔をこちらに向けた。

 

「あっ、おい藤丸!」

 

 銀時の制止も聞かず、女性の元へと駆け出す藤丸。その乱れた服装から、暴漢にでも襲われたのかと推測する。とりあえず彼女の身柄を保護しようと、藤丸は女性に声を掛けた。

 

「大丈夫ですか⁉」

 

「あ……よかった、よかっ────」

 

 こちらへと向かって来る藤丸の姿に安堵し、女性が緩めた口元を開いた時だった。

 

 

  びしゃっ、

 

 

 生臭い赤い液体が、噴水のように女の口から飛び出す。

 頬に飛び散る生温かい感覚は、冷えた気温の中で徐々に温度を失っていった。

 

「………え?」

 

 呆然とする藤丸の目が映したのは、びくびくと痙攣する女性の顔───ではなく、露わになった乳房の間から突き抜けた、血に塗れた異形の手。

 

「見るなっ‼」

 

 銀時の手が、新八と神楽の目元を瞬時に覆い隠す。同時に松陽も自身の背後へと追いやり、目の前の惨事を見せるまいとした。

 ずるり、とその手が引き抜かれたと同時に、支えを失った女性の身体は地面へと崩れ落ちていく。物言わぬ(むくろ)となった彼女を踏みつけ、背後にいた『それ』は姿を現す。

 頭から被る汚れた布の下から、ぎらついた眼光でこちらを睨んでいる。口角を吊り上げた口元は大きく裂け、黄ばんだ色の鋭い歯が並んでいた。

 だが藤丸が凝視するのは、目の前のおどろおどろしい魔物の姿ではない。尖った爪を食い込ませ、それが握りしめているものは………今しがたまで生者だった女の、温かな心臓だった。鮮血に塗れたそれはまだ赤味を保っており、魔物は掴む手を高く掲げると、滴る赤い雫を口で受け、何度も喉を鳴らした。

 

「マスター危ない‼後ろっ‼」

 

 アストルフォの声で我に返り、振り返った時は既に遅かった。背後にいたのは先のものとほぼ酷似した姿の魔物。気がついた時にはそれが振り回した棍棒らしきものが直撃し、腹部に激痛が走る。そして襲ってきた衝撃に、藤丸の身体は大きく吹き飛んだ。

 

「が……っ⁉」

 

 家屋の壁に背中を打ち付け、そこにもたれかかるようにして倒れる藤丸。額から伝ってくる液体は、先程頬についた返り血と同じ温度をしている。不快な鉄臭さに口内のものを吐き捨てると、唾の中に血が混ざっていた。

 

「仔犬……っ‼アンタ達、よくもやってくれたわね!」

 

 激昂したエリザベートは愛用の槍を展開し、二匹の魔物へと突進していく。だが彼女の行く手を、突如目の前に降りてきた複数の影が阻む。

 

「ちょっ……何よ、こいつら⁉」

 

 女の臓物を抉ったのと似た者、般若の顔をした女、白いざんばら髪を振り乱した赤い小鬼など、様々な姿形の魔物達が各々刀や槍、または毒々しい色の爪などを構え、彼女を()めつける。

 同時に、辺り一帯を覆う程の禍々しい妖気が漂う。それは段蔵の過敏なセンサーだけではなく、銀時達までもが感じ取れる程濃いものであった。

 

「な………何ですか、あれ⁉」

 

 銀時の腕を退け、そこから見た光景に新八は絶句する。彼だけではない、その場の誰もが、家屋の屋根の上やら塀の上やら、果ては河川敷からぞろぞろと姿を現す数多の魔物達に、皆一様に言葉を失った。

 

「……ねえ銀ちゃん、この人達もかぶき町の住人なの?なんか僕達を()る気満々な雰囲気なんだけど。」

 

「んなわけねえだろ!火事と喧嘩は江戸の華たぁ言うが、出会い頭に殺意剥きだしてくるような奴は銀さん知りません!あれ、よく考えたら周りに何人かいたかも?」

 

「そんなことより、この状況どうするんです⁉早く藤丸君を助けないと……‼」

 

 狼狽し叫ぶ新八の視線の先には、頭部からの流血で白の制服を汚し、ぐったりとする藤丸の姿。彼の血の匂いに反応した魔物の何匹かが、ゆらりゆらりと近寄っていった。

 

「藤丸君……‼」

 

 咄嗟に後ろから身を乗り出し、駆け出そうとする松陽を、銀時が慌てて止めに入る。

 

「松陽、アンタはここにいろ。定春の傍を絶対に離れるんじゃねえぞ。いいな?」

 

「銀時さんっ、でも───」

 

「大丈夫ネ、藤丸は私達が助けるアル!定春、フォウも松陽を頼むぞ!」

 

「わんっ!」

 

「フォウフォーウ!」

 

 二匹の返事を聞き届け、皆一斉に得物を展開し、魔物の群れ目掛け駆け出す。

 

「あれ?ちょ、また僕だけ武器が展開出来ないよ‼どうなってんのコレ⁉」

 

「おーいぱっつぁん、大事な場面だぞ。しっかりするネこの童貞ヤローがよ。」

 

「え、アンタ童貞だったの?まあ今更驚くことでもなさそうだけど。」

 

「エリちゃんまでそんなことっ‼皆して童貞童貞馬鹿にしやがってチッキショー‼って、あれえええェェまたこのタイミングで刀出ちゃったよおおぉっ⁉やっぱり僕の力の出所って童貞からなの⁉ねえ⁉」

 

 本日二度目となる童貞……じゃねーや新八の悲痛の叫びも、段蔵が魔物に向け放った噴進弾の爆発音によって掻き消されていった。

 

「おらああああぁぁっ!」

 

 木刀を叩きつけ、合間に拳や蹴りも入れ、銀時は次々と魔物を片付けていく。少しの休息もあったお陰か、感じていた倦怠感は大分薄れ、この好機を逃さんとばかりに銀の侍は猛威を振るっていった。

 

「えいっ!やああぁっ!」

 

 こちらも負けてはおらず、アストルフォの振るう馬上槍(ランス)が、まとめて魔物を薙ぎ払う。吹き飛ばされ、息絶えた者達はその姿を塵と変え、霧散していった。

 しかし、一体倒せばまた一体、十体倒せばまた十体と、次から次に湧いて出てくるのでキリがない。いくらサーヴァントであっても、この状況には流石に疲労が募っていく。

 

「はあ、はあ………こいつら全然減らないアル、無限に湧き出て嬉しいのはご飯とお金だけで充分ネ!」

 

「んも~ぅ鬱陶しいわね!こうなったらアタシの宝具で一網打尽にしてやるわ!」

 

「わ~っ‼待ってまってエリちゃん!それだけは駄目~‼」

 

 マイクに見立てた自身の槍を地面に突き立てようとしたが、即座に反応したアストルフォに羽交い絞めにされ、「なんでよ~!」と手足&尻尾を振りながら抗議するエリザベートの姿を、事情を知らない新八と神楽はただ不思議そうに眺めていた。

 

「しかし、エリザベート殿の言う事も最もです……このまま長丁場が続くとなれば、こちらの魔力が続きませぬ。」

 

 段蔵の言う通り、もしこのまま悪戯に魔力と体力を消耗し続ければ、いずれ必ず動きは停止してしまう。そこをこれだけの数の魔物達に襲われてしまえば、一貫の終わりだ。

 アストルフォは周囲を警戒しながらも、前方に目を配る。そこには奮戦する銀時の勇姿が映るものの、あの勢いを保ったままでは恐らく長くは持たない。せめてマスターである藤丸から魔力を供給出来れば………そう思った時、彼の視界の隅で動くものがあった。

 

「!───マスターっ‼」

 

 アストルフォの呼び声に、皆の視線は一点に集中する。立ち上がろうと踏ん張る彼の頭からぼたぼたと垂れ落ちる赤が、出血がまだ治まっていないことを明確にさせた。

 

「馬鹿っ‼動くなっての‼」

 

 すかさず駆け寄ろうとする銀時、だがそうはさせまいと、またも群がってくる魔物達。

 

「ちっ……邪魔だああああっ‼」

 

 木刀を握る手に力が篭る。徐々に刀身に纏わりついていく青白い霧に、彼は気付いてはいない。そのまま刀を横に大きく振った刹那、巻き起こった衝撃波に多くの魔物が巻き込まれ、吹き飛んでいった。

 

「うぅおおお⁉なんだコレ⁉すげえもん出たぞ⁉」

 

 放った本人が一番驚愕する向こうで、「銀ちゃん凄いネ!」と神楽が感嘆の声を上げていた。

 

「よっし、このまま一気に飛ばしていくぜ!」

 

 意気軒昂の勢いを増したまま、銀時は駆け出そうと足を踏み出す。だがその足に上手く力が入らず、銀時はその場に崩れ落ちた。

 

「あ……あれ?」

 

 続いて全身を襲う倦怠感。先程の比ではない、木刀の支えが無ければ起き上がっている姿勢を保てない程だ。

 

「銀さん!上っ‼」

 

 新八の声に顔を上げると、あの布を被った魔物が刀を振り翳していた。避けようにも身体が言う事を聞いてくれない。襲い来る一撃を覚悟した時、「ギィッ‼」と濁った鳴き声を上げて魔物が仰け反り、塵と化した。

 

「………よっし、当たったぁ……。」

 

 利き手を拳銃の形にして、息()きながらも藤丸は微笑む。しかし手傷を負った状態で魔力による弾丸を放ったのが(こた)え、力なく膝をついてしまった。

 

「藤丸君っ‼」

 

 彼を助け起こそうと、咄嗟に走り出す松陽だったが、ぐんっと強い力で後ろに引っ張られる。

 

「わうっ、わうぅ~……!」

 

「ンキュ~ッ!」

 

 振り向くと、松陽を行かせまいと羽織の裾を噛む定春とフォウの姿。健気にも神楽の言いつけを守る二匹に引き留められている間に、魔物達の標的は銀時から藤丸へと変更される。

 

「マスター!逃げてぇ‼」

 

「何してるのよ仔犬!早く立ち上がりなさいよっ‼」

 

 急かされずとも分かっている、だが身体が思うように動かないのだ。貧血によって徐々にぼんやりとする視界の向こうで、異形の群れがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「藤、丸……っ‼」

 

 彼の元に行こうとする銀時も、未だ動くことが出来ないでいる。他の仲間達も、魔物のあまりの多さに近寄ることすら出来ないでいた。

 

「あ……。」

 

 目の前まで来た般若の女が、手刀を構えこちらを見下ろしている。紅の差した口許でニィ…と不気味に笑っていた。

 

「マスター‼駄目だ、やめてっ‼マスタあああぁぁっ‼」

 

 アストルフォの悲鳴が響く中、般若の女は藤丸に向け、手刀を振り下ろした。

 

 

 

 ───ぶしゅ、と肉を断つ音を耳で聞き、襲い来るであろう激痛に備え藤丸は固く目を瞑る。

 

 

 しかし藤丸に(もたら)されたのは、体を包まれる感覚と柔らかな温もり、そして覚えのある……花の香とは違う、優しい匂い。

 

「……え?」

 

 背中に回された手から、少しずつ力が抜けていく。藤丸は声を震わせ、身代わりとなったその人物の名を叫んだ。

 

 

 

「なん、で……どうして………松陽さんっ‼」

 

 

 遠くの方で、残されたままになっている羽織とこちらを交互に見ながら、定春とフォウが懸命に吠えている。

 徐々に(もた)れ掛かる彼の、なんと軽いことか。絹のような髪の間からは、着物ごと大きく裂かれた背中が覗いていた。

 

「(あれ……?)」

 

 だがここで、藤丸はふと疑問を覚える。これだけ大きな傷を負っていても、松陽が出血している様子はないのだ。もう一度彼の背中に目をやると、やはりそこは赤く染まってなどいない────否、そこから漏れ出ているのは血液ではなく、淡い光。

 闇夜に映えるその光が徐々に小さくなり、やがて完全に消滅するまでのその光景を、藤丸を始め皆が呆然としながら見ていた。

 

「……藤丸、君………お怪我は、ないですか……?」

 

 消え入りそうな松陽の声で、藤丸は我に返る。彼の身体が触れる箇所から、僅かに震えが伝わってきた。

 

「ごめん、なさい………銀時さんの言いつけ、破って……しまいました。定春君とフォウさんも……あんなに私を、止めようとしてくれたのに………とんだ悪い人です、ね………私……。」

 

「松陽、さん……。」

 

「でも……少しだけ、悪い人になったお陰で………貴方をこう、して……守ることが出来た………それだけは、本当、に………よかった……………。」

 

 痛みに喘ぎ、何度も言葉を詰まらせながらも、藤丸に心配をかけまいと、松陽はその顔にずっと笑みを湛え続けていた。

 熱くなった目頭から零れた雫が、彼の着物に染み込んでいく。そのまま気を失いずるずると崩れ落ちていく松陽の身体を、藤丸はしっかりと両手で抱えた。

 

「嘘、そんな……松陽さん……‼」

 

「いやああぁっ‼松陽っ、起きてヨ松陽!!」

 

 立ち尽くす新八の横で、神楽が涙目になって悲鳴を上げる。あまりに突然のことに各々が愕然とする中、銀時も例外ではなかった。

 

「松、陽………。」

 

 限界まで見開かれた両の眼で、傷を負った恩師の背中をただ眺めていることしか出来ない自分に激憤し、強く握った拳からは血が滲みだしている。

 

「くそっ!くそっくそおおおぉっ‼動け!さっさと動けってんだよおおおっ‼」

 

 憤り、焦燥、苛立ち。腹の底から湧き上がる感情を、自分自身へとぶつける。木刀を杖代わりにし、重い身体を何とか持ち上げた。

 

「─────っ⁉」

 

 いつもの高さに戻った視界で彼が見たものは、藤丸と松陽に目掛け、同時に飛びかかる魔物達。

 他の者達は、阻まれすぐに迎えそうにない。即座に駆け出そうとする銀時だが、やはり足を踏み出すだけで猛烈な眩暈(めまい)が訪れ、まともに動けない。

 

「く……っ‼」

 

 松陽を抱え、近くに落ちていた箒を構えて応戦しようとする藤丸。

 

 魔物達の刃や牙は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

「───松陽(せんせい)っ‼藤丸ううぅっ‼」

 

 

 

 

 

《続く》



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【弐】邂逅(Ⅳ)

 

 

「────え?」

 

 その声は、誰が発したものかは分からない。

 藤丸も、銀時も、新八も、神楽も、三騎のサーヴァント達も、そして敵意剥き出しの魔物達でさえ、あまりのことに空いた口が塞がらなかった。

 

「……何これ?」

 

 どーんっ、と圧倒的存在感を放ち、目の前に立ちはだかる白い巨体に、藤丸は率直な疑問を零す。すると声に反応したのか、『それ』はこちらに振り向いた。固く閉じた黄色い大きな(くちばし)の上に並ぶ、パッチリと開いた丸い大きな目に見つめられ、藤丸はすっかり畏縮する。

 

「おまっ………Q〇太郎じゃねえかっ⁉」

 

(マル)入れた意味ィィッ‼肝心なとこ全然隠せてねえだろっ‼それにアレはエリザベスですよ!」

 

「エリー!何でここにいるアルか⁉」

 

 銀時達の会話から察するに、どうやらこの白いペンギンの様な不思議生物はオ〇Q……じゃなかった、エリザベスというらしい。だが名前が分かったところで、この状況が呑み込めたわけではない。ただ唖然とする藤丸の前に、エリザベスは何やらごそごそと(まさぐ)り、あるものを彼に見せる。

 白い木の板に『もう大丈夫だ、ここは任せろ』と書かれたそれは、俗に言うプラカードと呼ばれるもの。示された言葉の意味が理解出来ずに困惑していたその時、魔物達が再び襲い掛かってくる。

 

「‼……危なっ───」

 

 藤丸が叫ぶよりも早く、エリザベスは魔物達へと果敢に突進していく。刀や牙を剝き出すそれらに微塵も臆することなく(というか表情が変わらないので感情が判りづらい)、エリザベスは持っていたプラカードを反転させると、『うおおおぉぉっ‼』と書かれた面で先頭の一体を殴り倒した。続いて二体、三体目と次々にプラカードで殴打し撃退するエリザベスの雄姿を呆然と眺めていた時、不意に藤丸の体が持ち上げられる。

 

「ぅおわっ⁉」

 

 突然のことに驚き、短い悲鳴が開きっ放しだった口から飛び出す。腹部に腕を回された状態で抱えあげられ、首だけを動かす形で見上げると、そこにいたのはもう一体のエリザベス。(ただ)しこちらは正面にいるものとは外見が少し異なり、黒いストレートヘアのかつらを装着していた。

 

「えっ───おうっ⁉おおおおおおォォォっ⁉」

 

 かつらエリザベスは左右の手に藤丸と松陽を抱えると、その場から大きく跳躍した。見た目からは想像も出来ない程軽やかな動きで、魔物達の間を通り抜けていくエリザベスを、藤丸は悲鳴を上げながら凝視する。

 だが同時に彼の目を奪ったのは、風圧でひらひらとはためく白い布……布なのかコレ?の下からチラチラと覗いている、ペンギンの足を模したような黄色い靴を履く、太く黒い(すね)毛に覆われた筋骨隆々の二本足。ファンシー……ともいかないが、マスコット的なキャラクターにはあるまじきソレを見てしまった藤丸が言葉を失っている間に、かつらエリザベスは定春達の元へと辿り着いていた。

 

「わんわんっ!」

 

「フォウッ、フォウッ!」

 

「マスター‼松陽さんっ‼」

 

 着地した藤丸を真っ先に迎えたのは、アストルフォの猛烈な抱擁であった。()い奴よの~などと思っているのも束の間、恐らく無意識のうちに腕に力が入っているようで、徐々に首回りを締められていく感覚に驚怖し、彼の背中を叩いて制止を促した。

 

「藤丸君!大丈夫っ⁉」

 

「仔犬っ!アンタ酷い血じゃない、美味しそ……じゃなかった、早く止血しないと!」

 

 神楽と協力して銀時を担いできた新八と、段蔵に続いてエリザベートもこちらに駆け寄ってくる。どさくさに紛れて何か聞こえたような気がしたが、まあ気にしない方向で。

 

「松陽……っ‼」

 

 自身の体がよろめくのも構わず、銀時は新八から離れ、未だ意識の戻らない松陽の元へと早足で向かっていく。かつらエリザベスから受け取った松陽の、あまりの軽さに驚きつつも、触れた背中に濡れた感覚がないこと、そして血色の良い顔と規則的な呼吸を繰り返していることに、一先(ひとま)ず安堵の息を吐いた。

 

「エリザベス、本当に助かったよ!ありがとう!」

 

「かっこよかったぞエリー!痺れたアル!」

 

 心からの感謝を述べる新八と神楽に、かつらエリザベスは先程のエリザベスと同様に言葉を発しはせず、返事の代わりにグッと親指(?)を立ててみせる。

 

「むむむ……あんた、アタシとエリザ被りじゃない?言っておくけど、アイドルの座は絶対に渡さないんだからねっ!」

 

 敵対心を剝き出すエリザベートに、『ご心配なくお嬢さん、私はゆるキャラ枠狙いなので』と書かれたプラカードを掲げるかつらエリザベス。そこへ間髪入れずに銀時が声を上げる。

 

「おいQ〇郎!てめえがいるってことは、まさか『あいつ』もここに………いや待てよ?そのうざってぇ黒い長髪………まさかお前か?お前なんだな?」

 

 距離を縮め詰め寄ってくる銀時に、かつらエリザベスはふるふると首を横に振る。その度に長い髪の毛先が何度も頬に当たり、目を逸らし(しら)を切るような態度と相俟(あいま)って銀時を苛立たせた。

 

「あああもうっ相変わらずうざいんだよこのロン毛ェェッ‼てかいつまでQ〇郎のフリしてんだオメーは⁉暑苦しいからさっさと脱げやこの馬鹿ヅ────」

 

 銀時の怒声は、突如背後に迫った殺気により遮られる。振り向いたそこには、刀やら棍棒を振り翳す数体の小鬼の姿。

 

「やべ……っ‼」

 

 撃退しようと木刀を握るも、やはり上手く力が入らない。「銀さん…っ‼」と藤丸が遠くで叫ぶ声が聞こえた。

 避けるには間に合わない……ならば止む無しと、松陽を抱える側と反対の腕を頭上に構えた時であった。

 

 

 

 

  ───ひらり、ひらり

 

 

 

 

 閉じかけた瞼の隙間から覗いたのは、幽暗に映える光の粉。

 見開かれた銀時の眼前を通過したそれらは、琥珀色に輝いた蝶だった。

 

 どこかで見た覚えのあるような気が……などと考えている間に、数匹の蝶は闇の中を優雅に舞い踊る。

 小さな躰が小鬼の鼻先まで到達したその時、空気を震わせる程の爆破音が轟いた。

 

「うおおおおぉっ⁉」

 

 突如その身を膨らせ、(ほむら)を纏って爆ぜた蝶。(すんで)のところまで迫った火を避けるべく、銀時は大きく仰け反る。前髪の先端が少しだけ焼け、鼻先に焦げ臭い匂いが漂った。

 

『ギイイイイイィィィィッ‼』

 

 炎に巻かれた小鬼達は翻筋斗(もんどり)打ち、耳に残る不快な悲鳴を上げる。その場に倒れ伏す個体もいる中で、数体の輩は堪らず河川敷を駆け下り、川へと飛び込む。しかし琥珀の焔は消えることなく、寧ろより激しく燃え盛り、その身が灰となるまで小鬼を焼き尽くした。

 

「な………何だぁ?」

 

 銀時の呟きに、答える者はいない。誰もが今の彼と同様に、開いた口が塞がらない状態だからである。

 

 すると立ち尽くす彼らの間を縫い、あの琥珀の蝶がひらひらと飛んでいく。その数を増やした蝶達が一箇所に集まり、一つの大きな塊を形作る。

 

 

 それが人型を模していると、誰しもが気がついた刹那───四散した光の蝶の中から、一人の男が現れた。

 

 

 

 

「くくっ……何だ銀時ィ?てめえともあろう奴が、こんな連中相手に苦戦してやがんのかい。」

 

 

 笑いを含んだ声は、彼が手にしている煙管(キセル)の煙と同じ匂いを燻らせている。

 周囲を飛び交う蝶の淡い光に照らされ、黒地に金の唐草模様をした羽織がぼんやりと暗夜に浮かぶ。彼の纏う紅桔梗の着物にも、よく似た蝶が描かれていた。

 

 

「お……お前、何でここに……っ⁉」

 

 驚愕した銀時の声に、男は紫煙を吐き出した後にゆっくりと振り向く。人形の様に艶やかな髪と整った容姿、それと左の眼を包帯で覆った彼の深碧(しんぺき)の色をした右目が放つ妖しい光に、銀時を除いた一同が見惚れると同時に恐懼(きょうく)した。

 

「……ほう。どうやら一人、サーヴァント(おれたち)とは違う奴が混じってるみてえだな。」

 

 不敵に嗤い、男がこちらへと歩いてくる。草履の裏で砂利を踏む音が近付き、藤丸は恐る恐る顔を上げた。

 

「おい。」

 

「ひっ、ひゃい⁉」

 

 男の右目が放つ鋭い眼光に(おのの)き、思わず声が裏返ってしまう。彼の頭部の傷に布を当てていた段蔵も、利き手に仕込んだ刃を構え男を睨みつけている。

 

「手の甲に刻まれたソレ………成程、てめえが『マスター』ってやつか。」

 

「は、はい………えっと、藤丸立香トイイマス。カルデアノますたーデス……。」

 

 あまりの緊張に、自己紹介の後半が片言になってしまった藤丸。あまりに素っ頓狂な様子の彼に、男は暫しきょとんとした後、低く笑う。

 

「これはこれはどーも。そちらさんがわざわざ名乗ってくれたんだ、『俺達』もそれに応えてやらねえと…………なあ、『ヅラ』?」

 

 男が呟いた最後の言葉と同時に、彼へと襲い掛かってくる魔物達。危ない、と藤丸が叫ぶよりも早く、更にその背後より現れた介入者の猛攻撃によって、奇襲をかけようとした魔物は皆塵と消えた。

 

「え、エリザベス……?」

 

 引きつった声で名を呼ぶ新八の視線の先で、華麗な着地を決め降り立つ血染めのプラカードを持ったあのエリザベス。だが、何やら様子かおかしい。折れかけたプラカードを投げ捨て、こちらも返り血で汚れた裾(?)に手を掛けたかと思いきや、エリザベスは皆の視線など気にすることなく、突如それを捲り上げたのだ。

 

 

 

「─────『ヅラ』じゃない、桂だ。」

 

 

 喧騒の中でも聞き取れる、低く凛とした声。取り払われたエリザベスの被り物の下から現れた長髪が、さらりと揺れた。

 

 

「おまっ………ヅラ、ヅラじゃねえか!」

 

「ヅラじゃなああいっ!桂だと今申したばかりであろうがこのうつけめっ‼」

 

 彼の姿を見るなり、叫ぶ銀時。そんな彼に桂と名乗った男が間髪入れずに放ったドロップキック。

 華麗に跳んだ桂の足は見事クリーンヒットし、「アヅチモモヤマっ‼」と叫んで大きく吹き飛んだ銀時の手から離れた松陽を、包帯の男がすかさず受け止める。

 

「………………。」

 

 包帯の男は何も言うことなく、抱きかかえた松陽の眠る顔を眺め続けている。暫くすると踵を返して歩き出し、着いたのは定春とフォウの元。

 

「わうぅ……?」

 

 困惑する定春の胴体に、包帯の男は松陽の身体を凭れさせる。自身の羽織を脱ぎ、松陽に掛けてやる手つきは、まるで壊れ物を扱うかのよう。外見からは予想もつかない穏やかな眼差しに、二匹は目を丸くした。

 

「……事が済むまで、この人を頼むぞ。」

 

 その言葉や態度に、威圧のようなものは微塵も感じられない。真っ直ぐな瞳に秘められた想いを感じ取り、「わんっ!」「フォウッ!」と二匹は了解の返事をした。

 

「あれっ?ちょっと待ってください……そっちに桂さんがいて、じゃあこっちのエリザベスは───」

 

 新八が振り向いたと同時に、かつらエリザベスはポンッと音を立て消滅した。跡形も残らないその場所を呆然と眺める彼に、横から現れた桂が説明を加える。

 

「ああ、それは俺がエリザベスをモデルに造った、いわば式神というやつだな。ほんの勢いで試してみたのだが、中々可愛らしい仕上がりであったろう?」

 

「え?式神?アンタ今式神って言いませんでした?一体どういう───」

 

 すると困惑する新八の声を遮るように、やや離れた所から銀時の怒声が聞こえてくる。

 

「ってえなコノヤロー‼こちとら負傷して鉛みてえに重い体酷使してんのに、何この仕打ち⁉」

 

「何が負傷だこの馬鹿者め!単に魔力切れを起こしているだけではないか!」

 

「へ?何、魔力……切れ?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げていると、桂は何やら懐を漁りながらこちらへと近寄ってくる。

 

「仕方ない……銀時、これを食え。一時凌ぎではあるが(カラ)よりはマシであろう、多少は回復するぞ。」

 

 ずい、と鼻先に差し出されたのは、包みを開いた黄色い菓子。漂うまろやかな香りに、それが何であるかを察した銀時は顔を顰める。

 

「ヅラく~ん……俺、『んまい棒』ならチョコ味とかシュガーラスク味とかさ、甘いやつがいいんだけど────」

 

「ええいっ!俺の持ち合わせはこの昆捕駄呪(コーンポタージュ)のみだ!いいから文句を言わずにとっとと喰らえっ‼」

 

 強引に捻じ込まれたうま……もとい、んまい棒は案の定喉の息子に直撃し、銀時は激しく咳き込む。そんな彼の苦悶などいざ知らず、ちゃっかり自分もんまい棒を貰っていたアストルフォは「美味しーねコレ!」と笑顔で駄菓子を()んでいた。

 

「さて、と……確か藤丸君、と言ったな?」

 

 不意に声を掛けられ、藤丸は思わず硬直する。先程の雰囲気からは想像も出来ない、落ち着きの払った声色で桂は続けた。

 

「本来ならば、君にこの世界について色々と話をしたいところなのだが…………どうやら、こちらの片付けから済ませるのが先決らしい。」

 

 桂の見据える先には、未だ数を保ったままの魔物の群れ。溜め息を零す彼の隣に、煙管を咥えた包帯の男が並ぶ。

 

「あの……貴方がたは一体………?さっきの様子からだと、もしかすると銀さんの知り合い、なんですか……?」

 

 動揺を保ったまま、藤丸が疑問をぶつける。すると二人は同時に振り向き、弧を描く口許を動かした。

 

 

 

「申し遅れた、異界のマスター殿よ…………俺の名は桂小太郎。魔術師(キャスター)クラスのサーヴァントだ。」

 

 

「………サーヴァント、復讐者(アヴェンジャー)……高杉晋助。そこの銀時(バカ)とは、昔からの付き合いでね。」

 

 

 

「え……え?サーヴァント?お前らも?えっ………ええええええええぇぇっ⁉」

 

 愕然とした銀時の絶叫が、一帯に響き渡る。食べかけのんまい棒を何度も落としそうになりながらも、銀時の口はマシンガンの如く止まらない。

 

「ちょちょちょちょ待って待って!銀さん理解が追いつかないんだけど⁉えっ何で?何でお前らまでサーヴァントになっちゃってるの⁉大体ヅラのキャスターって何?テレビにでも出るつもりなの?朝の顔にでもなるつもりなの⁉」

 

「銀さん、ニュースキャスターじゃないでしょ。ちゃんと魔術師の字に振り入れてますし。」

 

「あと高杉ぃっ‼復讐者って何⁉アヴェンジャーって何⁉元々厨二全開だった奴がサーヴァントになったらクラスまで厨二なの⁉でも悔しいけど復讐者(アヴェンジャー)って響き、超カッコいいわ……よかったら銀さんと取っ替えっこしない?ヤクルコあげるから。」

 

「あ~銀ちゃんズルいネ、私の時はたったの300円だってのに。」

 

「相変わらず阿呆だな、てめえは。折角得たクラスをヤクルコ一つで易々手放せるかってんだ………業務用サイズで考えといてやる。」

 

「安っ‼それでいいのアンタ⁉ていうかそんなに乳酸菌飲料飲んだら確実にお腹壊すわよ⁉」

 

「僕もヤ〇ルトだーい好き!何本だって飲んじゃうよ!」

 

「アストルフォ殿、ヤ〇ルトは摂取する本数に詳しい限度は定めてはおられませぬが、理想は一日一本を継続的に飲むことだそうで。それと抗生物質を服用されてる御方は、物質がヤ〇ルト菌を殺してしまわないよう、30分ほどお時間を置いて摂取されると良いと、段蔵は学習いたしておりまする。」

 

 前半に漂っていたシリアスはどこへやら、いつものぐだぐたとした空気が場に流れ始めるのを苦笑しながら感じていた時、肌で分かるほどの凄まじい殺気と怒気に、藤丸の肩が跳ねた。

 

「あ、ヤベ。すっかり忘れてたわ。」

 

 銀時がそう呟いたのが引き金になったのか、散々焦らされ放置された魔物達は気色の悪い雄叫びを上げながら、湧き上がる殺意のままにこちらへと突進してくる。

 

「さて、と……本来ならば、君にこの世界について色々と話をしたいところなのだが…………どうやら、こちらの片付けから済ませるのが先決らしい。」

 

「ヅラ、その台詞さっきも言ってたアル。使い回すんじゃねーヨ。」

 

「銀時、それに藤丸……つったな。てめえらにも後で聞きてえことが山ほどある。カルデアとやらのこと、サーヴァントについて、それに…………。」

 

 煙管を口から離し、彼……高杉は銀時達の後方に目をやる。意識の戻る様子のない松陽を、定春は言いつけ通りにしっかりと囲い守っていた。

 

「銀時、もう動けるな?ならば我々を手伝ってもらおう。」

 

 桂、続いて高杉が一歩、二歩と進んでいく度、砂が立てる僅かな音も(かまびす)しい声に掻き消される。

 高杉が、煙管を持った手を軽く振る。すると握っていた鉄の菅が、ほんの一瞬でその姿を二寸ほどの長さの刀へと変えた。

 続いて桂は両の掌を強く合わせる。パンッ、と乾いた音を響かせ、離したそこから現れたのは、若葉色の和紙に包まれた一本の巻物。紐を解き、開いた紙面に記された内容を指でなぞると、墨で書かれた黒い文字や絵が淡く光を放ち、浮き上がって宙に浮いた。

 

「た、高杉……ヅラ……?」

 

 眼前で繰り広げられる光景に理解が追いつかず、皆が動揺を隠せない。銀時が名を呟くその声に、桂はお決まりの台詞を返した。

 

「ヅラじゃない、桂だっ!」

 

 勢いのままに振るった手から、弾となった光が前方目掛け飛んでいく。すると光弾は飛行しながら形を変えていき、やがて複数のエリザベスの姿となって具現化したそれらは、魔物達の前に立ちはだかった。突然現れた白いUMA的な生き物にたじろぐ敵に向かい、ロングヘアやらオネエ系やらゴ〇ゴ風などといった個性豊かなエリザベス達が、各々プラカードやガトリング砲を用いて応戦する姿に、皆が呆気にとられる。

 

「うわ~可愛いっ!エリザベスがいっぱいだぁ!」

 

 目を輝かせるアストルフォに、桂は振り向きざまに微笑み親指を立てる。続いて二、三本と巻物を展開していく彼の傍らで、高杉がこちらに接近してくる魔物を一太刀のもとに次々と切り伏せていった。

 『シャアアアァッ‼』と奇声を上げ、般若が高杉目掛け襲い掛かる。だか彼の刃がそれを斬るよりも早く、横からの一撃が般若を吹き飛ばした。

 

「おっとぉ、悪いね高杉君。獲物横取りしちゃったかなぁ?」

 

「はっ、さっきまで魔力切れでへばってた奴とは思えねえ働きだな。」

 

 木刀を肩に担ぎ、挑発的な笑みを浮かべる銀時に、高杉は苛立った様子も見せず嗤笑する。

 

「……で、俺らは何をすればいい?」

 

「察しがよくて助かるぜ、『白夜叉』殿…………奴らを一匹残らず河川敷の方へ追いやれ、そこで一気にカタを付ける。」

 

「りょーかい、っと………だそうだぜ、お前ら!」

 

 銀時が叫ぶや否や、彼の背後から飛び出してくる一行。構えた得物を振るい、魔物達へと突っ込んでいった。

 

「だ、段蔵ちゃん………これちょっと恥ずかしいんだけど。」

 

「マスター、どうかご辛抱を。貴方にもしものことがあれば、カルデアの皆様に申し訳が立ちませぬ。」

 

 怪我人である藤丸は万全でない為、段蔵の背におぶさる形で皆と共に進軍している。サーヴァントといえど女子におんぶされるのは流石に気恥ずかしく、赤面する藤丸を他所に、段蔵は両手が塞がった状態にも関わらず、足技と絡繰を駆使して敵を一掃する姿は何とも清々しい光景であった。

 

「ほあちゃああァァっ!」

 

「えーいっ!吹き飛びなさいっ!」

 

 皆の奮戦により、魔物達の数は徐々に減少していく。だが高杉の言った通りに河川敷へと追いやった頭数もかなりのもの。一体どのようにして片付けるというのだろうと疑問に思う藤丸の横で、アストルフォが最後の一体を吹き飛ばした。

 

「……よし、これで全部だな。」

 

 集められた魔物達の遥か前方に立つのは、広げた青の巻物を宙に浮かせ不敵に笑う桂。全ての殺気が彼へと向けられた時、足元から光が放たれた。

 

『ガ、ガアアアアアアァァッ⁉』

 

 光は筋を描き、やがて巨大な八角形が地面へと展開された時、それは結界となって魔物達を陣の中へと拘束する。苦しみ悶える化物達、そんな彼らの上空を舞う、無数の蝶。

 

「高杉、今だ!」

 

 叫ぶと同時に展開したのは、赤の巻物。桂の指が紙面をなぞると、魔物達の上にデジタルのタイマーがカウントを刻んだ球型の爆弾が幾つも現れた。

 

 

「─────爆ぜろ。」

 

 

 パキン、と高杉が奏でた指鳴りと共に、全ての爆弾のタイマーが0を示す。

 

 凄まじい爆発音が轟き、地面を揺らし、結界内で爆発した蝶と爆弾によって生まれた煉獄の炎が、醜く慟哭を叫ぶ魔物達を焼き尽くしていく。

 

「す……凄い……。」

 

 天へと高く伸びる巨大な火柱に、藤丸はただ圧倒される。ポカンと口を開けたままの一同の元に、一仕事を終えた桂と高杉が戻ってくる。

 

「ふーぅ……やはり加減をせずに魔力を使用するのもいいものだ、スカッとした気分になる。」

 

「お前さん、穏健派名乗るの止めたらどうだい………さてと。」

 

 高杉の刀が霞となり、代わりに手が握っているのは愛用の煙管。ひらひらと一羽の蝶が火皿に止まると、細い煙が立ち昇り始めた。

 燃え盛る炎に照らされ、紫煙を吐きながら高杉は妖艶に微笑む。

 

「それじゃあ、お互い情報交換といこうじゃねえか。なあ銀時………それに、カルデアのマスターさんよぉ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

 



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【弐・伍】緞帳は、静かに上がる

 

 

 其れは突如として現れ、宵の江戸を照らしだす。

 

 天まで昇る程に燃え上がった(ほむら)の柱を、誰もが刮目し騒ぎ立て、街には吃驚(きっきょう)に溢れかえっていた。

 

 ある者は火事だと騒ぎ立て、ある者は災禍の前兆と嘆き崩れ落ち、ある者は神の怒りであるとその場で膝をつく。

 

 

 

 ───しかし、競競(きょうきょう)とする人々が溢れるこの国にて、朱く燃える炎の柱を嬉々として眺める、(つわもの)達の姿もまた、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「はっ、は……っ!」

 

 所々が切れかかった蛍光灯の明かりの下を、忙しなく駆ける男が一人。同じ黒の制服を着た者達とすれ違う度、皆(おもて)を上げて彼の後ろ姿を見遣り、興味を失くすとまた視線を戻す。

 跳ねた黒髪を揺らし、勢いもそのままに角を曲がった時、ドンッと何かにぶつかってしまう。

 

「うわっ⁉」

 

 後ろ向きに倒れる体、だがそんな彼の手を掴んだ者により、無事に尻餅は回避された。

 

「っとと………すみません、ありがとうございました!」

 

 男は体勢を直し、掴んでくれたその手の主に深々と頭を下げる。

 

「…………。」

 

 手の主であるその男は、何も語らない。覆面に覆われた口元は動かされた様子も見られず、代わりに立てた人差し指を左右へと振り、気をつけるよう向かいの男に注意を促す。

 男は再度頭を下げると、再び小走りで廊下を駆け出す。彼の背中が奥へと消えていくのを、覆面の男は無言のままで見守り続ける。

 

 その男の丸く縮れた山吹色の髪が、廊下の薄暗さの中によく映えた。

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー!こりゃすげえな!」

 

 とある室内、開け放たれた襖から見える巨大な火柱の姿に、ゴ……男がはしゃいだ声を上げる。高身長に顎髭を蓄えたゴリ……男だが、目を輝かせ嬉々とする姿はまるで、無邪気な子どもそのものだ。

 そんな彼に呆れた視線を送るのは、彼と同じ色・そして型の黒い制服を着た男。

 

「あのなあ、はしゃいでる場合かよ?警察官が喜んでいい事案じゃねえだろ。」

 

 懐から出したマヨネーズを模した形のライターで、彼は煙草の先端に火を点ける。鋭い紺青の眼光に、ゴリラ……は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 

「わ、分かってるよぅ……それより、さっきから何なのコレ?名前を伏せるどころか、思いっくそゴリラって言っちゃってるじゃん?今の俺達、漫画とかアニメでいうとこの鼻から下しか映ってない状態みたいなものなのにさ、正体バレしそうな呼び方とか大丈夫なの?」

 

「仕方ねーだろ、こ………ゴリさん。敢えて名前出さねえように小説書くほど、面倒で難しいことはねえんだよ。」

 

 マヨライターの男が頷きながら語る後方で、むくりと起き上がる人影が一つ。その場にいる彼らよりは年若いその青年は、大きな目が描かれたアイマスクを外すと、欠伸をし開いたままの口を動かす。

 

「マヨライターの言う通りですぜぃ。それに今更ゴリラ呼びが何です?この時点で勘のいい奴等は、俺達がとっくに誰だかもう分かってる頃だと思いますし。ねえゴリラ局長?」

 

「だからってゴリラはなくないゴリラは⁉折角カッチョよく登場しようと、今話まで頭ン中で必死にプラン練ってたのにさ!もう地の文でゴリラだってことほぼバラしちゃってんじゃん!お前らに至っては名前ですら呼んでくれないしィっ‼」

 

 地団駄を踏み、ほぼ涙目で怒るゴリラ(もう隠すのも面倒臭い)に構うのを止め、二人は襖の向こうの空を見上げる。ただ天へと昇り、燃え盛る炎の柱。それが人の手によって生み出されたものではない事を、遠く離れたこの場所においても、彼らは理解していた。

 

「きっ、局長!副長!」

 

 パァンッ、と襖を開け放つ音と、唐突に響く声。

 三名の視線が集中する先に立っていたのは、あの廊下を走っていた黒髪の男だった。

 

「はぁ、はぁ………あれ?隊長までいらっしゃったんですか?」

 

「あ?いちゃ悪ぃのかい?つーか何だよその呼び方、違和感ありありでキモいから、やっぱりいつもみてえに呼んでくれや。ほら、おき────」

 

「ああああ駄目ですって‼この回は名前出しちゃいけないって言われてるんですからぁっ‼」

 

 危ないところまで出かけていたアイマスクの青年の声を、慌てて遮る黒髪の男。だが伝える要件が急であることを思い出すと、慌てて口を開いた。

 

「大変です!河川敷の辺りで火災があったって、何件も通報が……‼」

 

「おう、こっからでもばっちり見えるからなあ……さて、と。」

 

 不意に、ゴリラの顔つきが一変する。床に置いた上着を拾い、両の袖に腕を通した彼の纏う雰囲気は、先程までのちゃらけたものではなくなっていた。

 彼に続いて二人の男達も、刀やバズーカ砲など各々の得物を手に立ち上がる。

 

「おい、各隊の連中に急ぎ伝えておけ。現場に向かうぞ。」

 

 マヨライターの男の指示に「は、はいっ!」と了解の返事をし、黒髪の男は再び来た廊下を走っていく。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、男達はもう一度炎の柱に目をやった。

 

 

 

 

「やれやれ、こんな大事(おおごと)起こしてくれやがったのは、一体どこのどいつですかねィ?」

 

「案外、『今の俺達と同じ』連中かもしれんな。だとすれば、かなりの苦戦を強いられる可能性もあるやもしれんぞ?」

 

「ハッ、関係ねえさ。人間だろうと()(モン)だろうと、悪人なら必ずふん縛ってとっ捕まえる……………それが俺達、『真選組』だろ?」

 

 

 

 不敵に嗤う男の、紺青の眼が妖しく光る。

 

 

 彼の両隣に立つ二人の顔にも、同じ笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 民家や商店などが並ぶ賑やかな市街から少し離れた、とあるビルの上に彼女はいた。

 

 長い黒髪を靡かせ、対照的な色の白い隊服に身を包んだその女性が()んでいるのは、某有名なあの、もちもちしたドーナツ。足元に置いた箱の中には同じものがまだ数個残っており、それが風で飛ばされないよう足で器用に押さえながら、彼女は表情一つ変えることなく、高く上がる炎の柱を眺めている。

 

「……全く、探しましたよ。」

 

 背後から響いたのは、低い男の声。しかし女性は反応を示さない。彼が敵ではないことを知っているから。

 振り向きもしない彼女に軽く溜息を吐くと、男は静かに歩き出した。女性の着ているものと似た形の白い制服を纏った男の、右目に掛けた片眼鏡(モノクル)から眺める景色もまた、暗夜の江戸を照らす巨大な焔を映し出している。

 男は女性の隣に立つと、屈んで彼女の足元のドーナツの箱に手を伸ばす。が、「えっち」と呟いた彼女の足がそれを阻み、箱を遠ざけてしまう。

 

「えっち、って貴女ねえ……それにそのドーナツは私が買い与えたものですけど?」

 

「もう貰ったから、これは全部私のものだもん。」

 

 最後の一口となったドーナツを口に放り、もごもごと話す女性に、男は二度目の溜息。そんな彼の前で、彼女は自分の元へ引き寄せたドーナツの箱を両手で持ち上げると、男の前にずいと差し出した。

 

「だから、食べたい時はちゃんと私の了解を得て。エリートなんだからそれくらい基本でしょう?」

 

 淡々とした、しかし強い口調でそう言った女性に、一驚した男は暫しの間無言になるも、ふ、とその口元を僅かに綻ばせる。

 

「……そうですね、大変失礼致しました。ではそちらのドーナツ、一つ頂いてもよろしいですか?」

 

「うむ、よろしい。でもポ〇・デ・リングは全部私のだから。」

 

 そう念を押した女性の持つ箱の中には、四つあるうちの三つがそのポ〇・デ・リングであるため、選択肢なんてないじゃないですかと心の中で呟きながら、男性はドーナツを手に取った。

 一口食べると、口内に広がる甘味ともさもさした食感。飲み物が欲しいとまたも心の中で呟いた時、追加のポ〇・デ・リングを咥える前に女性が彼に尋ねる。

 

「ねえ、やっぱりアレ………どう考えても人の仕業じゃないわよね?」

 

 差した指が示すのは、やはりあの燃え盛る火柱。彼女の言う通り、あれは恐らく……否、確実に人間の為せる行いではないだろうと、男もまた確信していた。

 

「どうする?これだけ派手だと『あの人』にも見えてると思うけど。」

 

「そうですねえ………まあでも、とりあえず連絡はしておきましょう。それが我々が『あのお方』から与えられた任でもありますし。」

 

 男はドーナツを反対の手に持ち返ると、折り畳み式の携帯電話を取り出す。ピッピッと微小の電子音を鳴らしながらメールを打つ彼の携帯の画面を、女性は脇からこっそりと覗き見る。

 

「……またそんな読みにくいメール送るの?」

 

「読みにくくなんてないでしょう。なんせエリートが打つメールですよ?」

 

「だって私は読みにくいし。それに何て返したらいいか、考えてる間にその事なんか忘れちゃうし。」

 

「貴女の場合、返信してくれない理由はそれだけじゃあないでしょう………よし、っと。」

 

 連絡の文書を仕上げ、男の親指が『送信』のボタンを押す。データとなって飛んでいるであろう辺りを見上げながら、女性はドーナツを一口噛んだ。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ん~……いい眺めっ。」

 

 人気(ひとけ)のない、廃屋となった建物の最上階。

 放置された机やら椅子、コンクリートの欠片やらが散らばる床の上に、数十本の団子の串が新たに追加されている。

 ここで一人団子を(しょく)しながら、江戸の空に浮かぶ紅蓮の炎を眺めていたのは、珊瑚(さんご)色の髪を三つ編みに結わえた青年。異国のデザインをした黒い服に身を包んだ彼が、もう何本目になるか分からない団子を口に含み、もしゃもしゃと咀嚼(そしゃく)する度に跳ねた髪……いわゆるアホ毛がひょこひょこと愉快に踊った。

 

「ええと、確かこういう時は何て叫ぶんだっけ……………そうだっ、た~まや~!」

 

「た~まや~、じゃねえだろ。このすっとこどっこい。」

 

 火柱の方角目掛け声を張る青年の後頭部に、突如振り下ろされる何者かの手刀。だがその手を青年が即座に掴んだことにより、奇襲は未遂に終わった。

 

「やあ、お疲れ様~。お団子食べる?」

 

「結構。俺ぁ疲れた時は、甘いもんより酒なの。」

 

 残念、と呟いた青年は、掴んだもの……大きめの番傘を肩に担いだ、無精髭の男の手を放す。一見ただ握っていただけのようにも見えるその行為が、実は骨が軋む程にとんでもなく力が篭められていた事実は、掴まれていた彼しか知りえない。

 

「で、仕事はもう片付いたの?別に俺がいなくても大丈夫そうだったから、こうしてサボ……休憩してたけど。」

 

「お前さんの休憩は一日何時間あるんだっつの…………残念だが、目標はあとちょっとのとこで取り逃がしたよ。」

 

 頭を掻きながら吐き捨てるように放つ男の言葉に、青年は団子を口に咥えたまま、丸く開いた目を彼に向ける。

 

「……どうしたの?お前が仕事ミスるなんて、調子悪かった?大丈夫?揉む?」

 

「別に、ただ予想外の邪魔が入ってなぁ………つか、揉むって何?何を揉ませる気?」

 

「やっだぁ、何想像してんの~やらし~。そんなの、調味料と白菜を一緒に入れた袋に決まってんじゃん。」

 

「おーおー、あっという間に美味しい浅漬けの出来上がり、ってか!何で仕事に疲れた挙句お手軽クッキングやらされなきゃいけねえんだよ⁉余計ストレス溜まるっての!」

 

 大声と疲れから若干痛む頭を押さえ、男は深く溜息を吐く。そんな彼を気遣うことなく、青年は団子の無くなった串を放りながら、話を続けた。

 

「にしても、失敗したのによく無事でいられたね?『あの人』全然怒ってなかったの?」

 

「怒ってなかった、っていやあそいつは嘘になる。現にこの件の報告に言った時、目の前で五人くらいの首が刎ね飛んだからな…………だが『お(かみ)』の言う事にゃ、暫くは目標を野放しにしておいてもいいんだとよ。いつの世も、上に立つ連中の考えてることってのは、まるで分かる気が知れねえぜ。」

 

「あははっ。にしても五人かぁ、いつもの『彼』にしては大分少なく済んだほうじゃないかな…………で、その予想外の邪魔ってのは何?お前があっさりと退いてくるってことはさ………よっぽどの強者がそこにはいた、ってこと?」

 

 青年の声のトーンが、徐々に落ちていくのを男は聞き逃さない。食べ終わった団子の串を手で弄んでいる彼の青い両の瞳には、既に別の色が染まりつつあった。

 

「そうさな、いきなりバラしても面白みはねえ。だからヒントをくれてやらぁ…………その連中は皆、お前さんが恐らく今一番戦いたいと願ってる奴等だよ。しかも全員、『俺達と同じ』ときたもんだ。」

 

「………!」

 

 男の言葉に、青年の手がピタリと止まる。首だけ動かしてゆっくりこちらを向いた彼の表情は、まるで長い間欲しかった玩具(おもちゃ)をサプライズでプレゼントされた時の幼子(おさなご)そのもの。まあ、今もそれと似たような状況ではあるような気もするのだが。

 

「……ふーん、そっか。『彼等』も漸くここに来たんだ………そっか、そうかそうか。ふふっ、ふふふふ……!」

 

 ばき、と乾いた音が響き、青年は自分が無意識に串を折ってしまったことに気付く。突如もたらされた驚喜に、込み上げる嬉しさを抑えきれない。楽し気に笑う彼の表情(かお)は、極上の獲物を前にした獣そのものであった。

 

「ああ、楽しみだな!早く会いたいなあ!今の俺達が『彼等』と()り合ったらどうなるんだろう?きっと簡単には死ににくくなってるだろうから、前よりも加減はしないで思いっきり死合(しあ)えるんだろうな………ああ、こんなに嬉しい事があるなんて、気紛れで『あの人』の傍に就いてて本当に良かったぁ!」

 

 満面の笑みを浮かべ、歓喜する青年。だがその瞳の中に渦巻く狂気は、益々(ますます)色濃さを増していく。目の前で徐々に変貌する青年の様子に、只どうすることも出来ないでいた男は再び溜息を零すと、青年から逸らした眠たげな眼を、遥か向こうで朱く燃える火柱へと向けた。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

  とくとく、とくとく。

 

 顔の大きさ程もある、大きな漆塗の(さかずき)に注がれているのは、()せ返るほどに強い、甘い香りの果実酒。

 こちらも大きな酒壺を台へと置き、長く鋭い爪の生えた手が盃を掴むと、それは主である男の口へと運ばれていく。

 喉を鳴らす音が、広い室内に響き渡る。華美な装飾が施されたこの広間にいるのは、果実酒を掻っ喰らうこの男と、彼から少し離れた位置に一人佇む、白黒の袈裟に似た衣装を纏った、(からす)面の男の二人のみ。

 彼らの足元には、首と胴体が離れ離れになった御徒士組(おかちぐみ)風の恰好をした男達の亡骸が、夥しい鮮血と共に転がっていた。

 

「……ああ、やっと来たか。」

 

 酒を飲み干し、男が呟く。盃が避けたことで明らかになった彼の頭部には、紅色の角が二本、額から突き出るように生えていた。うっすらと笑みを浮かべ開いた口には尖った歯が並んでいる。豪華絢爛な着物を纏う彼の、外見こそは人に近い姿をしているものの、どうやらこの男は『鬼』らしい。

 そんな彼の声と同時に、装飾の施された扉が開く。部屋に入ってきたのは、骸と同じ服を着た数名の者達。失礼します、と言いかけた言葉は、床に広がる凄愴な光景を目撃したことにより、悲鳴へと変わった。

 

「血生臭くて酒が不味くなる、早く片づけろ。」

 

 鬼の指示に、逆らう者も異を唱える者も、誰一人としていない。彼らは自らの震える身体に鞭打ち、時には込み上げる嘔吐感を必死に堪えながらも、無残な姿となった同朋達を抱え、冷たい石の床に零れた血を拭った。

 

「ああ、体のほうは『いつもの』ところに忘れず持っていけ………頭は捨てるなり魔物の餌にするなり、弔いの為と持ち返るなり好きにしろ。」

 

「は……はい……………失礼、致しました……っ‼」

 

 冷然とした鬼の態度と微笑に、男達は震える声で退室を述べた後、逃げるように部屋を後にした。

 

 

 

 

 ───静けさを取り戻し、再び広間を静寂(しじま)が包む。

 

 

 ふと鬼は、相も変わらず佇立(ちょりつ)している烏面の男へと目を向ける。眼前に屍が転がっていようと、『かつての部下達』が歔欷(きょき)しながら仲間の骸を片付けていようと、この男は微動だにしない。その表情の変化も、目元まで覆う面と深々と被った笠のせいで、客観的にはよく分からない。

 こんな人形のような男を観察していても、只つまらないだけだと悟った鬼は、盃を酒壺と共に置くと、開け放った窓へと赴く。

 

 彼の視線の先にあるものは………やはりあの巨大な焔の柱であった。

 

 

「………火事と喧嘩は江戸の華、とは言ったものだ。しかし、陽光(ひかり)を失ったこの国を、一時(いっとき)でもこんな形で照らそうとはな……。」

 

 

 肘をつき、眺める彼の顔に笑みが浮かぶ。その微笑が心からの感情であるのか、知りえる者はここにはいない。

 

 

 

 

 

「────さてさて、これで役者は(すべ)て揃った。お前に与えられた僅かな自由の中で、そいつ等と演じる滑稽で愚劣な『おままごと』を(おれ)に見せてくれよ………………なあ、松陽?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあさあ、お立ち会いお立ち会い。

 

 

 次々と変異の起こるこの江戸の国にも、漸く演者が揃い踏み。

 

 

 

 

 

 

 

  ────そう。舞台(ステージ)の緞帳は、静かに上げられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  《序章・完》

 



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第一夜 常夜の江戸
【参】常夜の国(Ⅰ)


 

 

 

 

『───お前は、何の為に剣を取る?』

 

 

 

 いつの日からか、聞こえてくるようになった『声』。

 

 

 其れは日常の中で、血に塗れた戦場の中で、ふとした瞬間(とき)に頭の中に響いてくる。

 

 

 

『───お前は、何を護る為に此処に立つ?』

 

 

 

 何度も、何度も『それ』は、同じ問いを繰り返し投げかける。

 

 

 

 

 

 ………そんなもの、(はな)から決まっているさ。

 

 

 

 居場所も、恩師も、大切だったものを何もかも奪われたあの日から、(こいつ)を取り立ち上がったんだ。

 

 

 そして、心の中で固く誓う………どれだけ時間(とき)が流れようと、どれだけ己が傷つこうと、必ず───全てを、取り戻すと。

 

 

 

 

 

『─────お前は、何の為に戦う?』

 

 

 

 

 もう何度目になるか分からない問い掛けに、何度だって同じ答えをぶつけてやる。

 

 

 

 決まっている。『俺』が、戦う理由(わけ)は────

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう………して君達は数多の特異点を跳躍し、人類の未来を救うことができた、ということか。」

 

 一通り終えた藤丸の説明を反芻し、桂は何度も頷く。彼の隣にいる高杉はこちらを一瞥すると、またすぐに前方に目を向け、一定の歩幅で歩き続ける。

 

 

 ───先程の激戦の後、案の定騒ぎを聞きつけた人々が、続々と河川敷に集まりつつあった。警察や奉行所の者達に来られては堪らないと、一行は逃げるようにしてその場を離れたのであった。

 

 途中エリザベートが(つまず)き、それを桂が助け起こし、アストルフォの足が新八の伸び切った袖を踏んづけ、藤丸をおぶったままの段蔵が仰け反った新八を器用に支え、更にエリザベートの尻尾に躓いた銀時が転倒する横を、高杉がせせら笑って通過し、一方で神楽とフォウと松陽を乗せた定春の大きな前足が新八の袖を踏み、それによって大きく倒れた彼が前方で喧嘩に突入する寸前の銀時と高杉をも巻き込み、三人揃って地面と熱い……否、痛い接吻を交わす羽目になったりと。

 そんなてんやわんやの逃走劇を小半刻ほども繰り広げた彼らは、此処かぶき町の大通りまで何とか戻ってくることが出来たのである。

 

 数時間前に銀時達が訪れた時よりも、行き交う人々の数はやや多くなっている。そんな中を巨大な犬と奇怪な風貌の集団が歩けば、好奇の視線は嫌でも彼らへと注がれた。

 

一先(ひとま)ずそちらの事情は分かった。しかし何だ、その若さで多くのサーヴァントを召喚し束ね、しかも人理の崩壊まで防ぐとは………君は大層優秀なマスターとみえるな、藤丸君。」

 

 桂のその言葉に、嫌味などは全く含まれていない。だが藤丸はそれを素直に嬉しいという気持ちで受け取れず、付着した血痕を隠す為にと貸してくれたアストルフォのマントを握りしめ、気まずい思いのままに返答する。

 

「いや、俺はそんな大した奴じゃないですよ。実際のとこ、カルデアからの補助もなければ(ろく)に魔術だって使えないし、サーヴァントの皆が守ってくれなきゃ、とっくに死んでたって可笑しくないんだ………それに………。」

 

 ふと、何気なく目をやった銀時は気付いてしまう。マントを握る藤丸の手が指まで白くなり、それが僅かに震えていることを。

 彼の心情を察したものの、どう声を掛けてよいかも分からず困惑していたその時、「ちゅうもーくっ!」とアストルフォが声を上げた。

 

「はいはいは~い!それじゃあここで新しく加わった二人に、改めて僕らの自己紹介といこうか!」

 

 拳を上げ、ついでに片足も折り曲げて可愛らしいポーズを取り、アストルフォがそう高らかに告げる。唐突も唐突、いや本当にいきなりだなオイと誰かが突っ込みそうなほどの急展開に、一同はポカンと口を開けていた。

 

「いや、いやいやいや!突然何を言い出すのよこの子は⁉大体今この空気の中で自己紹介やれとか可笑しくない?お前の理性はどこまで蒸発しちゃってんの⁉水分抜けきって塩的な何かが精製出来るわぁっ‼」

 

「あ、アストルフォ君の理性が蒸発して出来た塩だって……⁉いくらで売ってくれますかね?」

 

「新八ィ………お前のそれには私もドン引きアル。」

 

「だって、この二人が銀ちゃんの友達ならさ、僕だって早く仲良くなりたいんだもん!それにしても、これって凄いことじゃないかい?三人とも同じ先生の元で学び育って、しかもその先生である松陽さんがいるこの世界に揃ってサーヴァントとしてまた出会っちゃうだなんて!まさに旅は世につれ世は旅につれ、ってね!」

 

 最早何を言っているのか理解できないのは、目の前で可愛い笑顔を浮かべている彼の、ギリギリ形を保っているであろう理性が更に蒸発しようとしているせいなのか。突っ込む気力すら湧いてこず、乾いた笑いを浮かべる銀時の横を通過していくアストルフォ。彼がすれ違いざまに銀時へと向けたのは、不敵な微笑と軽快なウインクであった。

 その態度が伝える無言のメッセージを捉え、銀時は心の中で呟く伝わらない言葉の代わりに、歯を見せて一笑する。その反応に満足したアストルフォもまた笑みを浮かべ、桂と高杉の元へと歩いていった。

 

「それじゃ、トップバッターはこの僕!シャルルマーニュ十二勇士の一人、真名はアストルフォだよ!サーヴァントのクラスはライダーさ。今はカルデアに所属していて、マスターはこの藤丸立香君なんだ!というわけでよろしくね!ヅラ君、スギっち!」

 

「「………は?」」

 

 勿怪(もっけ)な顔で同時に発した声が、偶然にも重なる。吹き出し笑い転げる銀時を睨んだ桂と高杉の視線は、そのままアストルフォへと向けられる。

 

「ええと、アストルフォ……殿?俺はヅラじゃない、桂だ!」

 

「あ、あくまでその固有の台詞は貫き通すんだな……あ~腹イテッ。」

 

「銀時、後で覚えてろ………んなことより何だ?その頓痴気(とんちき)な呼び方は。」

 

「え?可愛いかな~と思って。それにこういうキャラクター特有のあだ名みたいなものは早めに決めておいた方が、書く側としてもストーリーを進行しやすくていいらしいから。だからさ、これから君のことスギっちって呼んでもいいよね?ねっ?ねっ?」

 

「アストルフォ、そのスギっちって呼び方いいアルな。私も今からそう呼ばせてもらうネ。なっ、スギっち!」

 

 ずいっ、と鼻がつきそうな距離まで顔を近付けてくる神楽とアストルフォに、思わず高杉は面食らう。向けられる二人分の純真な瞳の眩しさに耐えきれず、高杉は顔を顰めた後、大きく溜息を吐いて「……好きにしろ」とぶっきらぼうに答えた。

 

「………すみません高杉さん、うちの神楽ちゃんまで大変失礼な事を……。」

 

「新八、別に謝る必要なんてねえだろ。だってこ~んな可愛いあだ名つけてもらったんだしぃ?よかったじゃねえの~なあスギっち?」

 

 ニタニタと腹の立つ笑みを浮かべ、高杉の肩に手を置く銀時。その顔面にスギっちからの裏拳がお見舞いされるのはこの0.5秒後で、彼が地面へと倒れ痛みにもんどりうつのは、それから2秒後のことであった。

 

「それじゃあ次はアタシ、クラスはランサーにしてサーヴァント界の超☆絶アイドル(になる予定)、血の伯爵夫人(バートリ・エルジェーベト)ことエリザベート・バートリーよ!気軽にエリちゃんと呼んでね♪あ、サインを乞うなら今のうちよ?いずれプレミアがつくこと間違いなしなんだから!」

 

 振りまく愛嬌にウインクまでサービスすると、桂達を挟んで彼女の向かいにいた新八が「エリちゃ~んっ!」と何処からか持ち出したサイリウムを激しく振り、ラブコールを送っていた。

 

「せっかくだし、アタシもアストルフォみたいに固有の呼び方を決めさせてもらおうかしら………そうねえ、じゃあ黒い艶やかな髪の貴方はツバメ、綺麗なお顔に包帯を巻いた貴方なんて、黒猫がぴったりじゃなくて?」

 

「妙なあだ名の次は猫呼ばわりか………もう好きにしてくれ。」

 

「エリちゃん殿、猫はどちらかというと俺のほうが適役だぞ!かつて銀時と共に呪いで猫になったことだってあるし、それにその時の俺は黒い猫であったからな!」

 

「おーおー、よかったじゃんお前ら。二重にあだ名つけてもらうなんてそうそうあるもんじゃねえぞ?まあヅラは逃げ足なんか鳥みてえにすばしっこいし、高杉クンも可愛い可愛い子猫ちゃんだからぴったり───」

 

 漸く起き上がった銀時の顔面に、またも炸裂する両者の裏拳。今度は二人分なので痛みも二割増しになり、またも地面へと倒れバタバタと足を動かす銀時に、「自業自得ですよ」と新八の冷たい一言が振ってくる。

 

「では最後に私ですね。クラスはアサシンにして、室町時代の妖術師・果心居士様の手により造られた絡繰、真名を加藤段蔵と申します………それにしても、エリザベート殿がお付けになったツバメに黒猫というのは、そのどちらも幸運を呼び寄せることで有名な生き物ですね。お二方はご不満な様子ではありますが、段蔵個人は大変好ましいものと思っておりまする。」

 

 にこやかに微笑む段蔵の言葉に揃って目を丸くした二人は、その後すっかり拍子抜けしてしまい、それ以上の不満を漏らすことはなくなる。

 痛みに悶える最中、銀時は顔を押さえた手の隙間から伺う。その視線の先にいたのは、アストルフォと神楽のはしゃぐ二人を背中に匿う藤丸の姿。青筋を浮かべ詰め寄る高杉を手で制する彼の顔に浮かぶ表情は苦笑いであるものの、先程までの消沈した様子はもう見られず、銀時は少しだけ安堵した。

 

「フォウ、フォーウッ。」

 

 そんな周囲の賑わいに紛れるようにして、フォウが甲高く鳴く。小さな前足がてしてしと叩くのは、定春の背中の上で未だ眠ったままの松陽の頬。

 

「こらこらフォウ君、無理に起こすのはよくないよ。」

 

 藤丸がやんわり注意すると、フォウは上げたままの前足を下げ、「キュウゥ…」と小さく鳴き、そして松陽の上から跳躍すると、再び起き上がったばかりの銀時の頭の上に着地する。

 

「……え、ちょっと何この子?俺の頭は休憩スポットじゃないんですけど?」

 

「いいじゃない、白モジャの髪なら掴まりやすくて落ちる心配もないし。」

 

「同じ白のモフモフだから、銀ちゃんのこと仲間だと思ってんじゃない?ね~フォウ君?」

 

「ンキュッ。」

 

 アストルフォの声に応えるように鳴き、フォウは銀時の天然パーマへと顔を埋める。僅かに揺れるふわふわの尻尾に、熱い眼差しを送る者がいた。

 

「ず……ズルいぞ銀時‼俺だってフォウ殿のもふもふを、もふもふををををを………‼」

 

「桂さん?ちょ、(よだれ)すごいですよ。」

 

「おっと、つい魅了されて口が開きっ放しに……いかんいかん(ゴシゴシ)」

 

「ってオイイイイィィッ‼人の伸びた袖で拭いてんじゃねえぇっ‼」

 

 新八の怒号が辺りに轟くそんな中、不意に高杉が口を開いた。

 

「ところで………そろそろ、教えちゃくれねえかい。銀時。」

 

 凛と響いたその声に、その場の空気に緊張が走る。彼が(みな)まで語らずとも何を言いたいのか、直ぐに察した銀時は気まずさから中空を見ていたが、暫くして大きく息を()く。

 

「えーと、さ………実のところ、俺もよく分かんねえのよ。だからあんま込み入った質問は無しな。」

 

 そうして銀時は、ゆっくりと口を開く。桂や高杉を含め、皆の意識が彼へと集中していった。

 

「………多分、こいつは松陽なんだと思う。だけどそれを断定することは、今の俺にゃあ出来ねえ。」

 

「先生ではない、だと………銀時、それは一体どういうことだっ⁉」

 

 核心に触れない銀時の物言いに焦燥し、思わず桂は声を荒げる。反応した通行人の何名かが振り向き、視線に気づいた桂は身を縮め、「……すまない」と小さく謝罪した。

 

「まあ、ヅラがもどかしくなるのも無理はねえ………なあ銀時、俺達ゃお前さんの口からどんな真実が飛び出ようが、それくらい受け止められる心構えなんざとうに出来てるつもりだ……だから早く話してくれねえか?いまここにいる、松陽先生の姿をした男のことを。」

 

 高杉は定春の歩く振動で崩れかかった羽織を、松陽の体へと掛け直してやる。寝苦しいのか、時折小さく唸る松陽を見つめる彼の右目は、どこか悄然(しょうぜん)とした光を湛えていた。

 

「銀さん………もし話しにくかったら、俺が話そうか?」

 

「さんきゅー藤丸。でもな、お前にゃそんな負担背負わせらんねーよ。こういう大事なことは、やっぱ俺が言わねえと。」

 

 自分を気遣う藤丸に礼を言うと、銀時は大きく深呼吸をし、意を決して桂と高杉に言い放った。

 

「この松陽はな、どうやら記憶がないらしい。俺が出会った時には自分の名前に自分の事、それに…………それに、俺のことすらも分からないと言われた。」

 

「‼………馬鹿な、先生が記憶を………っ⁉」

 

 銀時の告げた事実に、桂は目を見開き激しく動揺する。一方の高杉はというと、特に狼狽した様子もなく、こちらに顔を背けたまま平然としているようであった。

 

「見ての通りに姿形もそうなんだが、声までも松陽そのものだったさ。だけど記憶を失ってるせいか、俺が知ってるアイツとは大分違う感じがした………それに、今のアイツは普通じゃねえ。いや、元々松陽は普通じゃなかったんだけどよ…………ああクソッ、どう説明したらいいか分かんねえわ。」

 

 上手く出来ない自分への苛立ちに、銀時は頭を乱暴に掻く。ただ彼の手が掻いているのは自身の頭部ではなく、そこに乗っているフォウの胴体であるため、ガシガシと軽く爪を立てられた乱暴なマッサージに、小動物は「フォウォウォゥッ」と揺さぶられながら声を上げていた。

 

「銀時、つまり貴様はこう言いたいのではないか………記憶を失った状態にある今の松陽先生は、俺達と同じ『人ならざる者』になっているのではないか、と。」

 

 少し落ち着きを取り戻した桂は、自身の推測を銀時に投げかける。彼は少し首を捻った後、「そうかもしんねえ…」と呟くように答えた。

 

「もしこの松陽先生が、俺達と同じくサーヴァントになってるとすれば、本来ならばいる筈のないこの人が存在していることにも合点がいく………だが、記憶が無くなっているというのがどうも理解出来ぬな。召喚された時のバグなのか、或いは別の要因でもあるのか……第一、今ここにいる松陽先生が本当に吉田松陽(せんせい)であるという確証は、まだ無いということなのであろう?」

 

 その問いに無言で頷く銀時を確かめた後、桂はそのまま黙考してしまう。高杉を含め、彼らがこのようなリアクションを取るだろうということは、銀時も薄々は感じていた………ともあれ、ここから二人にどう説明したらよいものか。

 桂の言った通り、ここにいる松陽が(かつ)ての恩師であったと確実に言い切れる自信も根拠も、今の銀時には無い。それでも先程手を包んでくれたあの温かな感覚は、幼い頃に松陽(せんせい)がよく施してくれた時の記憶を思い起こさせてくれる程に酷似していたのだ。

 上手い言い分が思いつかずに首を捻ったその時、「ちょっと待ってヨ!」と先に口を開いた者がいた。

 

「り、リーダー……?」

 

 桂が恐惶(きょうこう)し、額に汗を伝らせそう呼ぶのは、ずんずんとこちらへ近付いてくる神楽であった。彼女は桂と高杉の前に躍り出ると同時に、大きく吸い込んだ息を言葉にして吐き出した。

 

「ヅラ、スギっち!この松陽は悪い奴じゃないアル!記憶が無くなってるから、銀ちゃんや二人が知ってた松陽じゃなくなってるかもしれないけど………でも、今の松陽だって凄くいい奴なんだヨ?笑顔も手も温かくて、凄く優しくていい匂いもして…………松陽は男だけども、私ちょっとだけ……ちょっとだけど、マミーのことを思い出しちゃったネ。」

 

 (うら)悲し気な笑みを浮かべ、それでも神楽は続ける。途中で彼女に鼻先を摺り寄せてきた定春を撫でる手つきは、とても物柔らかなものであった。

 

「それに、松陽はさっき身を挺してまで藤丸を庇ってくれたアル。自分だって痛くて怖い思いもしたっていうのに、よっぽど強くて優しい奴じゃなきゃ、あんな真似出来っこないネ!」

 

「先生が、藤丸君を……?」

 

 驚愕する桂の視線の先で、俯いたままの藤丸は顔を上げることが出来ず、目も合わせることが出来ないでいる。

 

「………神楽ちゃんの言った通りです。俺を庇ってくれたばかりに、松陽さんを危険な目に合わせてしまって………本当に、ごめんなさい。」

 

 謝罪を紡ぐ声が、徐々に震えていく。胸の内から溢れる慙愧(ざんき)の念に唇を噛んでいた時、ふと藤丸の肩を叩いた手が一つ。

 

「!………高杉、さん……?」

 

 泣きそうになっている(おもて)を上げれば、いつしか隣に立つ高杉の姿。目を丸くする藤丸を()めつけながら、高杉は彼に対して口を開く。

 

「なあ藤丸よ、先生は自らの意思でお前さんを庇ったのかい?それとも……てめえの指示があったから、それに従って盾役となったのか?」

 

 薄く開いた右目から漏れる眼光に震えながらも、藤丸は前者の答えに少し考えてから「多分…」と小さく呟いて頷き、後者は激しく首を横に振り否定の意を強く示した。

 

「そうかい………なら、それでいい。」

 

 藤丸の反応を理解し、満足した様子に頷いた高杉は再び、今度は先程よりも軽く彼の肩を叩く。続いて体の向きを変えた高杉は、松陽を乗せた定春の元へと戻り、規則的に寝息を立てるその顔をもう一度見遣る。温かさを感じる眼差しの中には、疑心の念が薄らいでいるようにも感じられた。

 

「記憶を失くしてても、この人は先生としての性分を忘れちゃいなかった。ってこったな……。」

 

 呟いた口元を綻ばせ、伸ばした手で松陽の頬にそっと触れる。そこから伝わる温かさにじんわりと胸の内が熱くなり、高杉は少しだけ唇を噛み締めながら、儚い微笑を浮かべた。

 

「………ねえ銀さん、つかぬ事をお伺いしますが。」

 

「おう、どうした藤丸?」

 

「もしかしてでもないけど、高杉さんってさ………松陽さんのこと、大好きだったりした?」

 

「した、っつーか現在進行形で大好きだぞ、アイツ。第一ガキの頃から松陽にべったりだったし、俺らといる時以外はもう常に松陽の傍から離れようとしなかったからな。」

 

「へー、あんなおっかない人でも、そういう可愛い時期があったんだぁ。」

 

「おうよ、あん時の晋ちゃんは可愛かったのなんのって。いつ頃だっけかな?ありゃ確か夏の日の真夜中だったなあ、俺とヅラと三人して怪談話した後に、晋ちゃんが怖い夢見たからってベソかきながら、枕抱えて松陽の寝床に────」

 

「ほーぅ、やけに楽しそうじゃねえか?お二人さんよぉ。」

 

 談笑する彼らの背後に突如現れた、凄まじい程の殺気。

 ぞくりと鳥肌が立ち、振り向いたと同時に両者の視界が黒に覆われる。

 

「お前さんらが好き勝手話してんのは、ぜーんぶ聞こえてんだよ。人の昔話ほじくり返してそんなに面白いかね?え?」

 

 怖い程に満面の笑顔で、高杉は二人の顔面を掴む手に容赦なく力を込めていく。フォウはというと、いち早く気配を察して銀時の頭から離れ、跳び降りた先に両手を広げ構えていた桂の腕に収まりながら、大変ご満悦な様子の彼からなでなで&肉球ぷにぷにマッサージを受けていた。

 

「あだだだだだだっ‼た、高杉クン!とれる、銀さんの男前フェイスとれちゃうって‼」

 

「痛い痛い痛いごめんなさいごめんなさいっ‼もうコソコソ話したりしませんから‼俺サーヴァントじゃないから簡単に壊れちゃううぅっ‼大事にしてえぇぇっ永久保証の俺だから‼」

 

「どこの会いたくて震える女歌手だ………大体、俺が先生の部屋に行ったあん時、先に布団に潜り込んでたのは銀時、テメエのほうだっただろうが。なあヅラ?」

 

「ヅラじゃない桂だ。確かに銀時は厠に行くと言って部屋を抜け出し、そのまま戻ってこなかったな。その後高杉までも戻らない事に気付いた俺もギャン泣きしながら先生の部屋へと向かい、結果四人で同じ布団に潜り寝てしまったというワケだ。いやあ、懐かしい思い出だな。」

 

「やっだ~何それ⁉白モジャ達すっごい可愛いじゃないの!」

 

「うんうん。つまりは三人とも、松陽さんのことがだーい好きなんだね!」

 

 繰り返し頷くアストルフォの横で、高杉の手が漸く二人を解放する。指の食い込んだ痛む箇所を摩りながら、銀時は間髪入れずに口を挟む。

 

「大好きって………まあ、その、否定はしねえけどさ。実際俺にとっちゃ親代わりになってくれた人だし。」

 

「何と……では先刻に銀時殿が申されていた、拾って面倒を見てくださった方というのは、この松陽殿であったのですね。」

 

 合点がいったと何度も頷く段蔵の言葉に、銀時の頬がみるみるうちに赤くなる。まるで林檎飴のように耳まで染まっていく彼の顔面を、くすくすと笑う桂と高杉の表情からは、張り詰めた雰囲気は当に無くなっていた。

 

「あ、ねえねえ。そういえばツバメと黒猫は誰に召喚されたのよ?松陽を()んだマスターはアンタ達と同じだと、てっきりそう思ってたけど?」

 

「いいや違う。そもそも俺もヅラも、誰にどんな目的で()び出されたかなんて分かっちゃいねえよ。」

 

 不意に切り出されたエリザベートの疑問に答えたのは、またいつものポーカーフェイスを張り付けた高杉であった。桂を除き彼女を始めとした一同は、彼の答えに開いた口が塞がらない。

 

「マスターが分からない、って………そんなことがあるんですか⁉」

 

「ああ、今しがた高杉が言った通りだ。俺とこ奴はつい三日程前、この世界にサーヴァントとして召喚された身なのだが、肝心のマスターがいない状態でな……まあ、いわゆる野良サーヴァントというやつだ。」

 

 驚愕する新八に対して、しれっと桂は表情ひとつ変えることなく答える。

 

「なあ藤丸、サーヴァントってマスターがいなくても顕現とか出来んの?んなお手軽感覚でポンポン()びだしていいもんなの?」

 

「ん~……本当はサーヴァントの召喚なんて、簡単に出来るもんじゃないんだけどね。だって普通に使い魔を呼ぶとは訳が違うし、魔術師の素質も無い俺がサーヴァントを召喚出来るのだって、カルデアからの支援を受けているからであって…………まあ、そのカルデアとも今は通信が出来ない状態で参ってんだけどさ。」

 

 溜め息交じりに零しながら、藤丸は通信機を装着した腕を徐に上げる。電源を入れ、展開される画面を見ながら『通信』のボタンを押してみるも、やはり電子スピーカーから聞こえてくるのは砂嵐の音だけ。

 大きく落胆の息を吐いたその時、桂が物珍しそうに覗き込んでくる。

 

「藤丸君、その絡繰は何なのだ?」

 

「ああヅラさ……桂さん、これはカルデアとの通信を行うための機械ですよ。でもこっちに来てから何だか調子が悪いみたいで……今もそうなんですけど、時計だって大幅にズレちゃってるんですよ。」

 

 ほら、と藤丸が指差したのは、展開された画面に表示されたデジタル時計。すると桂はそれと『何か』を交互に見やり、そして顔を顰め口を開く。

 

「……いいや藤丸君、その時計は狂ってなどいないぞ。」

 

「え…っ?」

 

 思わず目を丸くする藤丸に対し、桂はある方向を指で指し示す。その先にあったのは一軒の電化製品が並ぶ店で、表側には何台ものテレビが並べられている。それら全てが同じニュース番組を放映している画面の右端に映る数字を見比べ、藤丸は驚愕した。

 

「そんな………。」

 

 ぴったりだった。時間も、分数が変わるタイミングまでも。

 では、さっきのは一体何だったのだろう………自分達がここにレイシフトしてきたばかりの時、確認した時刻は確かに午後15時頃であった筈。なのにこの江戸の街は先程と変わらず今も、夜の闇に覆われているではないか。

 どうも納得がいかず時計とテレビを何度も睨む藤丸を不思議そうに眺めた後、桂が切り出した。

 

「さて、話題を戻すとしよう………それで銀時、俺達はこれから何処へ向かっておるのだ?とりあえず落ち着いた場所で先生を休ませて、それから話し合おうと提案したのは貴様であったろう。」

 

「あ?あー……一応アテはあるにはあるんだが、ちょいと面倒なことになってるっていうか…………おっ、そうだ!」

 

 不意に頭上に現れた電球が光り、自らの掌を拳で叩きながら、銀時はぐるりと身を反転させる。

 

「なあなあヅラ、高杉!お前ら隠れ家的なところあったろ?こんだけ人数もいるんだし、俺んちみてえな狭苦しいとこなんかより、そっちに案内してくれたほうがいいんじゃないかな~って銀さん思うんだけど⁉」

 

 これでもかと開いた目を輝かせ、銀時は期待の眼差しで二人を見つめる。彼の頭の上では、桂の腕を離れ再び定位置についたフォウが、先程の電球にじゃれついていた。

 

「隠れ家的、というか寧ろ隠れ家なのだが………その、何だ………。」

 

 だが、桂の反応がどうもおかしい。こちらから目を逸らし、曖昧な返事をするばかりだ。そんな歯切れの悪い彼に変わって、高杉がはっきりとした口調で答えた。

 

「残念だが銀時、そいつぁ無理だ。」

 

「はあ?何でだよ、松陽の一大事でもあるんだぞ。」

 

「んな事は、てめえに言われなくても分かってる………第一そんな場所(とこ)がありゃ、とっくに先生を保護してやがらぁ。」

 

 眉を顰め、吐き捨てるように高杉は呟く。彼を含め桂までもが気まずげな態度をとっていることに、銀時は言いようのない違和感を覚える。

 

「そういや、すっげえ今更になるけど………何で対立してたお前らが、一緒になって行動してたの?」

 

「……………。」

 

「ヅラ、お前んとこの攘夷党の連中はどうした?あのオ〇Qだって、式神じゃなく本物はどこに行ったんだよ?」

 

「……………。」

 

「高杉………お前だってそうだ。鬼兵隊はどうした?ヅラも含めてテロリストのお前らが、こんな街中堂々と歩いてること自体おかしいんじゃねえの?なあっ⁉」

 

「………………。」

 

 銀時の質問に、両者は固く口を結んだまま答えない。

 次々と生まれる疑問が、まるで泉の水のように溢れ出して止まらない。募る焦りと苛立ちをぶつけようと、大きく息を吸い込んだその時、不意に辺りが騒がしくなった。

 

 

 

 

《続く》

 

 



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【参】常夜の国(Ⅱ)

 

 

「あら、何かしら?向こうが騒がしいわね。」

 

 一同の視線が向けられる先は、とある店の前に出来た人だかり。近付いて確認しようとするも、集まる人に阻まれ覗くことすら出来ない。

 

「んー、よく見えないアル。なあスギっち、肩車してヨ!」

 

「やなこった、こんな往来のど真ん中で小っ恥ずかしい。」

 

「あ~神楽ちゃんズルい!じゃあ僕はおんぶがいい!」

 

「おい……やらねえって今言ったばかりなんだが。」

 

「お前ら、あんま無茶言うんじゃねえよ。いくらサーヴァントでも自分とほぼ身長変わんねえ奴なんか持ち上げたりしたら、こいつの只でさえ低い身長が重さでもっと縮んで────」

 

 銀時が全て言い終えるのを待たずして、高杉の蹴りが彼の脛にクリーンヒットする。向こう脛、所謂(いわゆる)弁慶の泣き所に走る激痛に悶える銀時を余所に、皆の関心は相変わらず人混みの中心部へと向けられていた。

 

「ではマスター、ここは段蔵が確認致しましょう。首を伸ばして視覚情報をズームすれば簡単に───」

 

「うーん、いいアイデアだとは思うんだけどね。それはそれでまた別の騒ぎが起きちゃうから却下で。」

 

 中の様子を確認するべく、藤丸が懸命に案を捻っている間にも、神楽やアストルフォを始めとした特に何も考えていない面子は、密集する人を強引に押し退けずいずいと中へと入っていってしまい、それを見た藤丸も考えることを放棄し、自身もまた彼女らに続くのであった。

 

「!……あれは……っ⁉」

 

 彼の数メートル先にある、もう一つの人だかり……伸びた鼻やら角やらの異形の風貌をしていることから、恐らく皆天人(あまんと)なのだろう。そんな柄の悪い男達に囲まれ、壁へと追いやられている人物に、人と人の間から顔を覗かせた銀時は見覚えがあった。

 

「ちょっと銀さん、あの囲まれてる人ってまさか、たまさんじゃないですか……⁉」

 

 新八が名を叫んだその女性……否、女性型の機械(からくり)ロボットは、彼らにとって見知った存在であり、漸く人混みから顔を出した藤丸にとっては、そういえばさっき濃ゆい顔の猫耳女に布巾(若干臭かった)をぶつけられたあのスナックに居たな~くらいの認識であった。松葉色の髪を結い、メイド風の衣装に身を包んだ彼女は男達に怯むことなく、無機質な瞳で彼らから目を離さないまま、酒瓶の入った袋を両腕でしっかりと抱え言い放つ。

 

「退いていただけませんでしょうか、お使いの途中ですので。」

 

「だーかーらぁ、俺らが重そうなその荷物を持ってやるって言ってんだろ?」

 

 彼女……たまの逃げ場を塞ぐようにして、鮫のような顔の天人は鱗に覆われた手を壁につき、にやにやと笑う。

 

「そうそう、人の親切は素直に受け取ったほうがいいぜ?お嬢さん。」

 

「まあ手間賃といっちゃなんだが、その袋ン中の酒をちびっとばかし味見させてもらうがな。」

 

「おいおい、この人数で味見なんかしたら一瞬ですっからかんになっちまうだろうが!」

 

 天人達の下品な哄笑(こうしょう)が、一帯に響き渡る。野次馬の中には止めに入ろうかと踏み出す者もいたが、数人の男達に睨まれると、すっかり意気消沈し人の間へと隠れてしまう。

 

「嫌だわ、また天人が問題起こしてる……あの女の子も可哀想に。」

 

「全くいい迷惑だよ。何故だかは知らんが、連中はあの化け物に襲われることはない。だからといってああして図に乗られちゃあな、これじゃあ化け物も天人も厄介者であることに変わりないぜ。」

 

 不意に聞こえてきた男女の会話に、藤丸は思わず目を丸くする。もう少し詳しく内容を知りたいと聞き耳を立てようとしたその時、人混みの中心に変化が現れた。

 

「あの、もうよろしいでしょうか?貴方がたにこのお酒は渡せませんし、何度も言いますがお使いの途中ですので。」

 

 たまは臆することなく、鮫男の脇をすり抜けると、男達の間から出ようと足を急がせる。だが彼女の細い腕を、(わに)に似た顔の天人が乱暴に掴んだ。

 

「おっと、俺らに逆らうってのかい?てめえみたいな機械(がらくた)女、この場で解体(バラ)して売っ払っちまってもいいんだぜ?」

 

「おいおい勿体ねえだろ、折角の美人だってのに。それなら只の鉄の塊にしちまうより、もっと『別の事』に使うほうがもっと役に立つと思うぜぇ。」

 

「それもそうだな、ガッハハハハハハハ!」

 

 再び響く、不快極まりない笑い声。顔を顰めたたまが腕を掴む手を振り払おうとしたその時、不意にその手から力が抜けるのを感じた。

 

「は?─────ごああぁっ⁉」

 

 彼女の耳と視覚が遅れて認識したのは、鰐顔の天人の悲鳴と、彼が横へと大きく吹き飛んでいく光景。他の天人をも巻き込み、先程たまが追いやられていた壁へと激突し、木製のそれを派手な音と共に破壊した。

 

「んなっ……だ、誰だゴラぁっ‼」

 

 驚愕する鮫男の、叫ぶ声が上がる。すると巻き起こった疾風と共に、たまと彼らの間に姿を現したのは、高い位置に結わえた長い黒髪を揺らす少女。

 ガシンッ、と音を立て、宙を舞った少女の両手がワイヤーを辿って、元の彼女の腕へと戻る。瞬き一つせずに眼前の輩を睨みつける彼女の形相は、憤怒に満ちた不動明王そのものであった。

 

「ひっ⁉な、何だこいつは⁉」

 

 怯えた悲鳴に答えることなく、彼女はくるりと体を反転させると、尻餅をつくたまへと手を差し伸べた。

 

「大丈夫ですか?お怪我は、ありませぬか?」

 

「あ………貴女はもしや、先程の……?」

 

 表情には出ないものの、内心では驚愕するたまの脳裏に甦る記憶。数刻前、自身の務めるスナックを訪れた輩の中に、確か彼女がいたような気が………いや、確実にいた。うん。

 その場で言葉を交わすことはなかったものの、彼女が人間ではない……自身と同じ絡繰であるということを直感し、また向こうも同じことを思っていると、何となくそう感じたのであった。

 

「はっ。俺らの仲間をいきなりぶっ飛ばすとは、とんだご挨拶だねえ?お嬢さん。」

 

「……黙れ、その薄汚れた息を吐き散らす口を閉ざせ。女だからと、絡繰だからと彼女を罵り辱める資格など、外道に堕ちた貴様らには微塵も無い。」

 

「なっ……んだとっこのアマ‼」

 

 たまに向けたものとは正反対の、鋭い眼光と侮蔑を含んだ言葉に、額に青筋を浮かべた天人達から次々と怒号が上がる。

 

「こりゃ大したもんだ。身体だけじゃなく威勢までイイとはな。」

 

「だがな、喧嘩を売る相手はよく選んだほうがいいぜぇ?でないと………ヒドイ目にあっちゃっても知らないよおおぉ⁉」

 

 数名の輩が、各々剣やら銃器やらを持って一斉に襲い掛かってくる。段蔵も仕込み刀を展開し、応戦しようとした時であった。

 

「酷い目に合うのはっ!」

 

「てめえらだァァァっ‼」

 

 威勢のいい掛け声と共に、彼らと段蔵達の間に躍り出る影。驚愕などする間も与えられず、それらが一斉に放った傘やら槍やら木刀やらの強烈な一撃が、突進してきた天人達を全て吹き飛ばした。

 

「やっほー!お節介の僕が助太刀にきたよ!」

 

「おう段蔵、主人公の俺を差し置いてイイとこ取りしてんじゃねーぞ。」

 

「フォウッ、フォウフォウッ。」

 

「そうアル、ヒロインの私を放置して目立とうなんてそうはいかないネ!重要なことだからもう一回言うぞ、ヒロインは私アルよ!」

 

「そして当然、アイドル枠はこのアタシ!そこんとこキッチリ覚えておいてね~。にしても、何て下賤な連中なの⁉全員まとめてファラリスの雄牛に放り込んでやりたいわ!」

 

「皆様……!」

 

 頼もしさ溢れる仲間達の姿に、段蔵の胸の内は熱くなる。

 突如現れた乱入者に天人達は僅かに怯んだものの、「ぶっ殺せェェッ‼」と鮫男が上げた声に呼応した他の天人も一斉に襲いかかる。多勢に無勢であるのは明らかであるものの、銀時達は臆することなく喊声(かんせい)を上げて立ち向かっていった。

 

「ふぁらりす……?ふむ、聞き慣れぬ単語だな。後で調べてみるとしよう。」

 

「ヅラさん、もしもグロ耐性が無いのでしたらそれは絶対に検索してはいけませんよ?この小説を読んでくれてる皆もだよ?俺も書いてる奴も責任なんて取らないからね⁉いいか絶対だぞ‼警告はしたからなっ‼」

 

「藤丸君、ヅラじゃない桂だ!」

 

「そんなことより、勢いで突っ込んできちゃったけど大丈夫なのかな……?あの人(?)達、一応民間人なんじゃ───」

 

「マスター!こいつら倒すと魔術髄液落とすよ~!」

 

「ひゃっはあああぁっ!狩れェ‼一匹残さず全部狩りつくせェェェっ‼」

 

「……おい。藤丸の奴、人相まで変わってねえか?一体アイツに何があったってんだ?」

 

「銀ちゃん。カルデアのマスターの仕事はね、人理の修復だけじゃないんだよ………僕等サーヴァントをより強くしてくれるために、必要な素材をゲットするべくクエストの周回に日夜明け暮れているんだ。何十回、何百回と同じステージをぐるぐる回り続けても、エネミーが確実にアイテムを落っことしてくれるなんて保障は無いんだけどね………まあ、3ターン以内でちゃちゃっとステージをクリアしたりなんかする人もいるけど、僕らのマスターは不器用なとこあるから、編成の段階で躓いちゃって。」

 

 ヒャッハー‼と叫びながら天人達に魔弾をぶっ放す藤丸を遠巻きに眺め、銀時とアストルフォは苦笑する。よく見ると藤丸の頭がモヒカン刈りになっているような気もするが、きっと気のせいだよ。気のせい気のせい。

 

「おい、何だよこいつら⁉馬鹿みてえに強ぇじゃねえか‼」

 

 次から次へと倒されていく仲間を前に、青ざめた顔の一人が悲鳴を上げる。刃は届く前にへし折られ、当たらない弾を打ち続ける銃ごと沈められ、ペンギンのような生き物にプラカードで殴られ、彼らと銀時達との戦闘力の差は火を見るよりも明らかであった。

 

「くそっ!こうなったらさっきのカラクリ女を人質に─────あ?」

 

 首を動かした鮫男の目の前を、数匹の琥珀の蝶が舞い踊る。一羽が男の尖った鼻先に停まると、熱を感じたと共にジュッと肌が焼ける微かな音。それに続いて焦げ臭さが辺りに漂った。

 

「熱ぃっ‼アチチチチッ‼な、何だよこりゃあ⁉」

 

 鼻先の蝶を追い払ったのも束の間、光の蝶は次々と鮫男へと群がっていく。

 

「ひっ‼来るな、来るんじゃねぇ!あ、うわああああァァ‼」

 

 両の手を大きくばたつかせ、半狂乱に陥る鮫男。そんな無様な姿に目もくれることなく、高杉は一人離れた場所に立ち、素知らぬ顔で煙管を燻らせていた。

 

「うおおおおおおォォォっ!吹き飛べやぁっ‼」

 

 一方、こちらでは神楽がぐるぐると大回転をしている。彼女の抱えているものをよく見てみれば、それは新八の両足。そう、彼女は新八をジャイアントスイングしながら、というよりジャイアントスイングをかまされている新八を使って天人達を薙ぎ倒しているのである。

 

「何だこいつら⁉全く近付けやしねぇ!」

 

「しかもこの眼鏡の袖が無駄に長いせいで、攻撃が広範囲に(わた)ってやがんぞ‼」

 

「やったな新八!足跡スタンプにしかならなかったお前の邪魔くさい袖がこんなところで役に立ってるアル!お前も喜んでるアルか⁉」

 

「かっかっ神楽ちゃん‼今はちょっと喜べなウップやばい気持ち悪オロロロロロっ‼」

 

「ぎゃああああぁ‼眼鏡の吐き散らかしやがったゲロが辺り一帯にィィっ‼」

 

 阿鼻叫喚という言葉が当てはなりそうな地獄絵図の傍ら、フォウを頭に乗せたままの銀時が振るう木刀が、天人を殴り飛ばし一掃していく。

 

「おおおお!死に晒せやあァァっ‼」

 

 熊の顔をした天人が、銀時目掛け斬馬刀を振り翳す。応戦しようと木刀を前に構えた時、フォウが大きく跳躍した。

 

「あっ、おい!」

 

 銀時の制止も聞かずに、果敢に跳んでいったフォウが着地したのは、熊顔の天人の顔面。見慣れない小動物に突然視界を塞がれた彼の顔を、フォウは自身の爪で思い切り引っ搔き始めた。

 

「フォウフォウフォウ!シスベシフォーウ!」

 

「ぎゃああああっ⁉痛でででででで‼」

 

 堪らずフォウを引き剥がそうと、熊顔の天人は両の手で掴みかかろうとする。その際に斬馬刀を離してしまった瞬間を、銀時は見逃さなかった。

 

「隙ありぃっ!」

 

 銀時の全力の突きが、天人の下顎に直撃する。後ろ向きに倒れていく天人の顔から離れたフォウは、役目を終えたと同時に再び銀時の頭上へと戻っていく。

 

「おめえ、やるじゃねえか。ただ可愛いだけのマスコットじゃねえみてえだな。」

 

 銀時の大きな手にわしわしと撫でられると、フォウは満足げに「ンキュッ」と小さく鳴いた。

 

「お……おい、どうするよ⁉こいつら只物じゃねえって!」

 

「分かってらぁ‼ちっ、仕方ねえ………退くぞ!」

 

 顔のあちこちに火傷を負った鮫男が叫んだのを合図に、天人達は負傷した者達などを抱えることなく、そそくさとその場から逃げていく。

 

「あっ!待ってぇ髄液!まだ全然足りてないのに‼」

 

「アイテム名で呼ぶんじゃねえよ‼てめえら覚えてろ、絶対ぇ後で痛い目見せてやる‼」

 

「へっくし!………あれ?お前ら誰だヨ?」

 

「ものの数行とくしゃみ一発であっさり忘れてんじゃねええェェっ‼てめえらの(ツラ)はしっかり覚えたからな、覚悟しとけよ‼」

 

 いかにも小悪党な捨て台詞と突っ込みを残し、天人達の姿は人波の中へと消えていく。壁の壊れた建物と気を失った数人の天人を残し、静まり返ったその場に突如拍手が沸き起こった。

 

「こりゃたまげた!どこの旅芸人一座かと思えば、皆腕の立つ侍じゃとは!」

 

「ゴロツキ共め、ざまあみやがれってんだ!いや~久々に胸がスカッとしたねぇ。」

 

「キャ~お侍様!こっち向いて~!」

 

 四方八方からの歓声に皆が唖然としていたその時、人々を掻き分け現れた者達がいた。

 

「たま……っ!」

 

 息を切らせて姿を見せたのは、先程スナックで銀時達と言い争いを繰り広げていた女性……お登勢だった。彼女に続いて周りを押し退け(というか周りが離れていった)、キャサリンも深刻そうな面持ちで駆け寄ってくる。

 

「オイ、大丈夫カ⁉痛イコトヤ卑猥ナコトトカサレテネーカ⁉」

 

「お登勢様、キャサリン様、心配をおかけしてすみません。この通り私もお使いも大事ありませんので。」

 

「お使いなんていいんだよ………すまなかったね、アタシが買い物なんて頼んじまったせいで。でも、アンタが無事で本当に良かったよ。」

 

 皺の刻まれた手が、たまの頭を優しく撫でる。暫くその様子を眺めていた銀時だったが、座り込んでいたたまに合わせてしゃがんでいたお登勢が立ち上がり、おもむろにこちらへと振り返ったことに周章する。

 

「あ………えーと。」

 

 とりあえず何と言っていいのか考えておらず、口籠る銀時。そんな彼の頭上に翳される、二人分の腕。

 

「ほら銀さん!何をボサッとしてるんですか⁉」

 

「銀ちゃん今ヨ!ババアに誠意を見せて許しを請うアル!」

 

 神楽と新八、二人の手に掴まれた頭を地面へと擦りつけられ、伏せられた銀時から「ふごっ⁉」とくぐもった悲鳴が漏れる。

 因みにフォウはまたもいち早く気配を察し、銀時の頭から跳躍した先の両手を開いた桂………を経由して下へと降り、小さい歩幅で高杉の足元へと移動していった。背中に爪を立て、よじよじと肩まで昇っていくと、ここで漸く高杉がフォウの存在に気がつく。

 

「何だいお前さん?んなとこにいたら、ご自慢の毛に煙の匂いが移っちまうぜ?」

 

 左肩から顔を覗かせたフォウの頭を、高杉は指で軽く撫でてやる。それがとても心地良いようで、フォウはうっとりと目を細めながら「キュー…」と小さく鳴いた。

 そんな一人と一匹の寄り添う光景にほんわかする藤丸達の横で、桂はハンカチを強く噛んでジェラシーを露わにし、そして銀時は強制的土下座からの息苦しさに行き場のない手をばたつかせていた。

 

「ぶはっ!てめえらマジでふざけんなって‼銀さん殺す気⁉ん?サーヴァントって死ぬことあるの?」

 

「いいからとにかく謝りましょ⁉たまさんを助けた今ならお登勢さんの心も穏やかですし、これはまたとないチャンスですよ!」

 

「おーい藤丸!お前も銀ちゃんに頭下げさせるの手伝うアル!流石にここまでやれば、ババアの頑固なハートもきっとイチコロネ!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ三人、するとそんな彼らの前に、お登勢が無表情で近寄ってくる。三人が彼女の気配に気付いたのはすぐ目の前に来た時で、言葉を発さずとも感じる威圧感のようなものに血の気が引いていった。

 

「……新八、神楽、退いてろ。」

 

 銀時の静かな声に、二人は顔を見合わせた後、すぐに背中の上から身を避ける。珍しく真面目な顔つきでお登勢を見上げた後、銀時は大きく吸った息を言葉にして吐き出した。

 

「ババア‼じゃなかったお登勢‼この度は家賃〇〇〇(ピ──)日分の滞納、まっことにスンマセンでしたあああァァァっ‼これからは頑張って働いて毎月ちゃんと納めるよう頑張るからぁ!だからこの寒空の中追い出すのだけは勘弁して‼せめて夕方の天気予報に出る結野アナは拝みたいの‼お願いぃ300円先に支払うからああァァっ‼」

 

 悲痛な謝罪の声が、辺りに響き渡る。新八と神楽を始め桂や高杉、そして藤丸達もが、滞納していた日数に驚愕し、そしてドン引きする。

 

「白モジャ………流石にその滞納期間は、ちょっと酷いんじゃないかしら?」

 

「全く、金に困っているのなら俺に相談すればよかったろうに!攘夷活動に関するアルバイトなら、幾らでも紹介出来たぞ。」

 

 彼らが銀時を見る目は最早、まるで駄目なおっさん……略してマダオを蔑むソレと同一のものであった。「ちょっと!リアルなマダオいんのにその呼び方盗るのやめてくんない⁉」と何処からか聞こえてくる声を幻聴と捉え、背中に刺さる痛い程の視線を受けながら、銀時は少しだけ頭を上げてお登勢の様子を窺う。

 腕を組み、こちらを見下ろすお登勢の顔は─────両目をぱちくりと開き、驚いた様子だった。

 彼女だけではない。キャサリンも、段蔵の助けを借りて漸く立ち上がったたまもが、怪訝な様子で銀時を………否、銀時『達』を見ている。その視線から伝わってくるのは、『こちら』に来た時と同様の、自分達を眉唾物と疑う不信感。

 やはり土下座だけでは駄目だったかと、身を起こして頭を抱える銀時に、お登勢が言い放った。

 

「家賃?滞納……?ちょいとアンタ、一体何の話をしているんだい?」

 

「…………へ?」

 

 思わず零れた間抜けな声。完全に頭を上げると、お登勢達は相変わらず不思議なものを見るような眼差しをこちらへと向けている。

 

「そんなことより、うちのたまを助けてくれたんだってね?この辺りはああいった連中が多いから日頃から気をつけてはいたんだが…………ま、アンタらが『どこの誰だかは知らない』が、本当にありがとうよ。」

 

「─────⁉」

 

 頬を緩め、朗笑するお登勢。だが彼女の発したその一言に、銀時の背筋を冷や汗が伝う。

 この表情、この話し方…………間違いない、この者達は(ハナ)から嘘などついてはいなかったのだ。

 

「ババア、どうしちゃったんだヨ⁉まさかとうとう耄碌(もうろく)して、私や銀ちゃんのことも忘れちゃったアルか⁉」

 

「誰が耄碌ババアだコノヤロー!まだそんな年喰っちゃいねえよ!」

 

「お登勢さん………それにキャサリンさんにたまさんも、本当に僕らのことが分からないんですか?」

 

 新八が恐る恐る尋ねると、三人はお互いの顔を見た後に、しっかりと首を横に振って否定の意を示す。偽りなど感じられないその動作に、銀時達はただ呆然とするしかなかった。

 

「はは………どうなってんだ、おい。」

 

 自嘲気味に笑い、肩から力が抜けていく。彼だけでなく、新八と神楽も顔色が優れない。彼らを心配するように見ていた藤丸の視界の端に、ふと桂と高杉の姿が映った。相変わらず煙管を燻らせているであろう高杉は、こちらに背を向けているため表情が窺えない。だが自分と同じく銀時達を見つめている桂の面持ちは、どこか悲痛めいたものを感じた。

 

「んん……?ちょっとアンタ、そこのアンタだよ。」

 

 不意にかけられた声に、藤丸の目は桂達からお登勢へと移る。じぃっとこちらに向けられる視線は、明らかに自分を見ていた。

 

「へ?お、俺ですか……?」

 

「そうさ。アンタ服に血がついてんじゃないかい、頭に包帯もしてるようだし………。」

 

「オ登勢サン、アッチノデカイ犬ノ上ニモ寝カサレテル奴ガイルミタイデスヨ。」

 

「それに、皆様の身なり………先程ならず者を撃退してくださった以前よりぼろぼろの状態でした。特にそちらの駄眼鏡そうな眼鏡の方、袖が異様に伸びているではありませんか。」

 

「駄眼鏡そうな眼鏡ってなんだよ⁉あとこの袖は、その………悪意のない親切からの付属品というか……。」

 

 最早誰の足形がついているのかも分からないくらいに汚れた袖を掴みながら、新八は目を泳がせる。そんな彼の後ろでは、アストルフォが自分の額を軽く小突いてテヘペロ顔をしていた。

 お登勢は暫く無口のまま、銀時達を観察するように一眸した後、溜め息を一つ零した。

 

「仕方ない。恩人を無下にするほど、アタシも腐っちゃいないからね…………来な。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 先程の騒ぎが起きてから四半時程経った頃、『大江戸警察』と書かれた数台のパトカーが停まっているそこに、遅れて新たなパトカーが停車する。

 開いた扉から降りてきたのは、揃いの黒い制服をまとった三人の男達。一人は亜麻色の短髪を掻きながら欠伸をし、一人は咥えた煙草から紫煙を燻らせ、そして身長の高い最後の一人はゴリラだった。

 

「ん?ねえちょっと、ゴリラだったっておかしくない?読んでる人が混乱しちゃわない?」

 

「何言ってやがんです?近藤さんは元からゴリラだったでしょう、しっかりしてくだせぇ。」

 

「いや違うよ⁉ゴリラじゃないよ!確かにゴリラではあるけども!あれ、どっちだったっけ……まさか、俺は本当にゴリラだったのか?」

 

「しっかりしろ近藤さん。アンタは確かにゴリラだが、それ以前に人間であり真選組局長だろうが。」

 

 一人混乱するゴリラ……もとい、近藤の横を通過していき、煙草の男は先に来ていた他の隊士達の元へと歩を進めていく。現場の検証を行っている一人に近付くと、気配に気付いたその男はこちらへと振り向いた。

 

「あっ、土方副長!それに近藤局長と沖田隊長もお疲れ様です………っと、もう名前で呼んでも平気、なんですよね?」

 

 不安げに彼らの名を呼んだ、一見ジミーな彼は8話目の最初から台詞のあった真選組監察方・山崎退(32)。あんぱんとバドミントンをこよなく愛する。でもあんぱんはそこまで好きじゃなかったりする、日頃からあんぱんあんぱん言ってるくせにな。どっちだよザキコノヤロー。あ、あとカバディも好きだったなコイツ。通称ザキなんで、山崎でもザキでも殺鬼(ザキ)でもジミーでも地味男でも、好きな呼び方で呼んでくれても構わないですぜぃ。あと多分童貞だと思───

 

「ちょちょちょちょっと!ちょっとちょっと!」

 

「どうした山崎、それ大分古いぞ。」

 

「じゃなくて!何皆して地の文使ってまで人の事好き勝手言いまくってるんですか⁉ていうかあんぱんのことも、日頃からそんなに言ってないし!」

 

「因みにこの地の文、誰がどの部分喋ってんのかは読んでる側の想像にお任せしやすぜ。その方が面白みあるだろぃ?」

 

「面白くないですよ!そして唐突な年齢バレって何これ⁉ふーんこの人32歳なんだーで精々終わっちゃうくらういにしかならんでしょ⁉だからどうしたの⁉」

 

「こんなぴちぴちな肌してんのに、俺やトシよりも年齢が上なんだぞ。どんなスキンケアしたらそんな若々しくいられるの?お肌に悩む全国の女性にスキンケア法とか教えてあげたら?」

 

「いえ、特に何もしてませんけど………そんなことより、早くストーリー進めません?こんなとこでいつまでもぐだぐだやってるから、小説の上がりが余計遅くなるんですよ。」

 

 「厳しい指摘だねィ…」と呟きながら、沖田と呼ばれた亜麻色の髪の青年は、現場の状況を見渡す。派手に壊された木製の小屋の近くでは、既に他の隊士に捕縛された数人の天人の姿が見受けられる。中にはまだ気を失っている者もおり、それらは担架に乗せられていた。

 

「ここが通報のあった現場だな……にしても、随分と派手に暴れたもんだ。」

 

「只の喧嘩騒ぎじゃここまではならんだろ………山崎、聞き込みは終わったんだろうな?」

 

 開いた口から煙を吐きながら、鋭い眼光を向ける男───土方の問いに、山崎は「はいっ」と返事をし、手元のボードに目を落とす。

 

「通報の内容は、あの天人に女性が絡まれているというものでした。でも詳しい事聞いてみると、どうやら集まっていた野次馬の中にいた頓痴気(とんちき)()で立ちの集団が、ならず者連中をまとめて成敗したとかで。」

 

「頓痴気な集団だぁ?ちんどん屋か何かか?」

 

「それはどうか分かりませんが……目撃者の話によると、彼らは青年から幼子までの男女数名で、派手なフリルの服を着た角と尻尾のある少女だったり、ロケットパンチを打つ女の子やプラカードで相手をタコ殴りにするオ〇Qもいたって話で。あっ、あとやたらとデカい犬もいたそうです。」

 

「うーん………よく分からんが、随分とキャラの濃い面子だな。」

 

「本当ですね、近藤さんのケツ毛並じゃないですかい?」

 

「えっ、俺のケツ毛ってそんなに濃い?ちょっとトシ、確認してもらってもいい?」

 

「近藤さん、いくらアンタの頼みでもそいつぁ聞けねえ。」

 

 相変わらずの上司に溜め息を吐きつつ、土方は先程の山崎の報告の中に引っかかるものを感じていた。

 

「(オ〇Qにデカい犬、か………まさかとは思うが、『あいつら』もこの江戸に………?)」

 

 深く考察していると、こちらの顔を覗き込み「しかめっ面~」と茶々を入れてくる沖田。彼の頭を軽く小突いたその時、山崎が思い出したと言わんばかりに声を上げた。

 

「そうそう!その連中の中で、一際(ひときわ)目立ってた男がいたそうです。強者揃いの連中の中で特に腕っ節も強くて、見ていて気持ちがよかったとかで。」

 

「ほ~ぉ、俺達の知らないところでそんな強ぇ奴がいたとは………で、どんな奴なんだ?」

 

「はい。聞き込みをした全員が、口を揃えてこう言ってました─────夜闇に煌く、銀色の髪をした侍だった、と。」

 

「─────!」

 

 山崎の報告に、土方の眼が見開かれる。

 彼だけではない。近藤も、沖田も、同じように驚愕を浮かべている。

 

「あ、あの………どうかしました?」

 

 三人の様子の変化に、山崎はたじろいでしまう。だか彼らの強張った(おもて)は、直ぐ様不敵な笑みへと変わっていった。

 

「……ハッ、まさか奴らも『こちら側』の江戸に来ていたとはな。」

 

「ということは、『旦那』達も今の『俺ら』と同じってことになりやすね………それなら話が早ぇや。土方さん、今からでも乗り込みに行きますかい?」

 

「やめとけ、今はこっちの片付けが先だ…………まあでも、同じこの江戸にいるんだ。(ツラ)を合わせることになるのも、そう遠くねえだろうよ。」

 

 一見だと冷静な態度のように思えるが、昂揚する声色はやはり隠せない。

 咥えた煙草を離し、煙を吐く土方の視線の先には、『スナックお登勢』と書かれた看板の店。そこの二階に灯る明かりを確認すると、土方は一人ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

「………近いうちに、またその間抜け(ヅラ)を拝みに行ってやるよ。なあ?万事屋。」

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

 



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【参】常夜の国(Ⅲ)

 

「ぶえぇぇっくしょいっ‼」

 

 大音声(だいおんじょう)と唾を伴った銀時のくしゃみが、室内に轟く。ちょうど正面にいた新八の首元にそれは被弾し「ぎゃっ⁉」と悲鳴が上がった。

 

「ちょっとアンタ何するんですか⁉お登勢さんから借りたばっかの着物なのに、早速汚さんでくださいよ!」

 

「だぁってよ~、この部屋すんげえ埃っぽいんだもん。」

 

「フォ~ウ、プチュンッ!」

 

「ほら見ろ、こいつだって鼻がむず痒くて仕方ねえみてぇだぞ。」

 

「あっはは、フォウ君たら銀さんの頭の上なんかにいるから。」

 

 新八の置いた段ボール箱の上に、抱えた荷物を置く。台所の隅に積まれた荷物の山を暫し見上げた後、銀時は踵を返して歩き、居間へと通じる扉を開けた。

 

「あ、銀さんも新八君もお疲れ。手伝えなくてごめんね?」

 

 こちらに気付いて声を掛ける藤丸は、設置されていた長椅子にエリザベートと座り、アストルフォに頭に包帯を巻いてもらっている。彼の着ている服もまた、新八と同じ渋い色合いの着物であった。

 テーブルを挟んだ向かいでは段蔵が座り、新八の着物をせっせと繕っている。その後ろで、定春はすやすやと気持ちがよさそうに寝息を立てていた。

 

「いいって、それより怪我は平気か?」

 

「うん、ちょっと切ってただけだったみたいだから……心配してくれてありがとう。」

 

「もぅ~マスターってば、動いちゃ駄目だよ!」

 

 頬を膨らせるアストルフォに、「ゴメンごめん」と謝る藤丸。銀時に続いて室内に入った新八は、(せわ)しなく辺りを見回す。

 

「あれ?神楽ちゃんと桂さん達は?」

 

「あの仔兎ちゃんなら、さっき濃ゆい顔の猫耳女と一緒に、汚れた服持って下に降りていったわよ。ツバメと黒猫は、そっちの部屋で先生を寝かせるって入ってっちゃったわ。」

 

 エリザベートが指差したのは、この部屋と和室とを隔てる襖。白地に市松模様のシンプルな柄模様は、銀時と新八にとって見慣れたものであった。

 

 

 ───そう、ここは『スナックお登勢』の二階。本来であれば、(かつ)て銀時が『万事屋銀ちゃん』を構えていた筈の、事務所兼住居であった所。

 

 

 しかし、お登勢にここへと通された銀時は絶句した。無くなった表の看板と同様に、掛けてあった飾りや額縁も姿を消し、仕事用のデスクに至っては、そこに在ったという床の凹みすらも無い。唯一置いてあるこの長椅子とテーブルだけが、妙に懐かしさを感じさせた。

 

「………銀さん、どうかした?大丈夫?」

 

 険しい顔のまま黙りこくる銀時を心配し、藤丸が声を掛ける。こちらに向けられる視線とそれに反応し、銀時は顔を上げた。大丈夫、と言いかけた口だが、目に飛び込んできた光景に思わず動きを止める。

 

「……お前が大丈夫かよ、藤丸。何がどうなりゃそんなんなるんだ?」

 

 唖然とする銀時の視線の先では、顔全体を包帯に覆われた藤丸の姿。まるで頭部だけミイラのようになった彼の辛うじて動く口元が、「前が見えねェ」ともごもご小さく呟いていた。

 

「あれれ?こんな筈じゃなかったんだけどな~、えいっ。」

 

 傾げた頭を指で掻きながら、アストルフォは包帯の端を引っ張ってみると、ちょうど藤丸の喉辺りがギュッと締まる。わたわたと動かす藤丸の手は(くう)を掻き、「ひゅ、ひゅぅ……」と狭い管を空気が漏れるような軽くヤバめの音が、か細い音が包帯越しの口から零れた。

 

「オイイイイィィッ‼ちょ、締めすぎ締めすぎっ‼藤丸死んじゃうゥゥ‼」

 

「キャアアァッ仔犬!アストルフォっ早く緩めなさいよお馬鹿!」

 

 皆の慌てようと痙攣する藤丸に驚き、アストルフォはわたわたと包帯を緩めていく。数秒後、漸く顔を出すことが出来た藤丸は大きく呼吸し、瞬く間に肺を新鮮な酸素で満たしていった。

 

「ごっめ~んマスター!つい力入っちゃって!」

 

「はぁ、はぁ………うん、平気平気。朦朧としてた間に変な夢まで見ちゃったけどね。」

 

「夢?何よそれ?」

 

「んーうろ覚えなんだけどさ……気がついたら大きな川の前に立ってて、そこにいたお婆ちゃんに服剥ぎ取られそうになった。」

 

「それ三途の川ァァァ‼そんで多分そいつ奪衣婆ァァァ‼全然平気じゃないでしょ藤丸君っ!」

 

「でもその人、ヤンキーが着てるみたいなスカジャン羽織ってた上に、頭に高そうなグラサンまで乗せてたんだよ。とにかく怖かったから、着てるスカジャンとグラサン褒めまくったの。そしたらすんげえ気ぃ良くしてくれたみたいで、自前のモーターボートに乗せて川の向こうまで連れてってもらえたよ。」

 

「行かないでェェ‼それ絶対行っちゃ駄目なヤツゥゥゥっ‼」

 

「つーか何で奪衣婆がスカジャンにグラサン⁉黄泉の国のファッション事情も時代と共に移り変わってんの?んなファンキーな恰好で大阪の街中歩いても浮かねぇよきっと!馴染みまくるよ!」

 

「本人(いわ)く、近頃お洒落な恰好の亡者達が来るようになってから、ファッションに目覚め始めたんだって。同僚の懸衣翁(けんえおう)?って人と一緒に罪を測り終えた服を色々着たりして楽しんでるらしいよ。因みにサングラスは霊盤(レイバン)なんだよフフン、ってさり気なく自慢された。」

 

「最後の情報どうでもいいイイィ‼何ちょっと霊盤(レイバン)自慢しちゃってんのババア!そもそもモーターボートどっから?あとあの世で小型船舶免許取れるトコなんてあんのかよ⁉」

 

「『免許?そんなもの必要ないさ……自分(てめえ)の好きな事やんのに、いちいち周りの許しなんざ得るこたぁ無え。そうだろ坊や?』って黄昏ながら、跳ねる水飛沫と共にスカジャンはためかせてたお婆ちゃん、最高にイカしてたなあ……。」

 

「何その無駄なカッコよさ⁉フリースタイルDATSUE☆BBA超イカす!つーか藤丸君、あの死にかけてた数秒の間に、どんだけ内容の濃い臨死体験してたの⁉」

 

「しかしマスター、よくぞご無事でお戻りになられましたね。」

 

「それがモーターボードが川岸に到着する寸前、横から別のボードが突っ込んできたんだよ。船に乗り込んできたリ〇ぐだ子のお面被った女の人が、『アンタはまだこっちに来ちゃ駄目でしょっ⁉とっとと帰って人理救ってきなさいポンコツ‼』って持ってたバットで俺を思いっきり打ったんだ。すげえ痛かったけど、お陰でこっちに戻ってこられたよ…………でもさ、妙に懐かしかったんだよなぁ、あの人の怒鳴り声。」

 

「……ねえ仔犬、アタシ本編だとその人と面識ないけど、リ〇漫画のほうだと会った事も話したこともあるの。もしかすると、そのお面の(ひと)って────」

 

 カルデアサイドの面々が何やら話をしている一方、銀時は「あっ」と短く声を発した後、隣の新八に話しかける。

 

「そうだ新八、お前家に帰らなくても大丈夫なのか?姉ちゃん心配してるだろ。」

 

「いえ、今日は僕もこっちに泊まらせてもらいます。松陽さんの事も心配ですし………それに、もし姉上まで僕の事を覚えてないなんて言い出したりしたら、なんて考えただけで怖くて……。」

 

 震える指で袖を摘み、俯いてしまう新八。声も微かに戦慄(わなな)く彼の頭を、銀時は何も言わずに撫でた。

 彼の言う通りだ。もしもお登勢達だけでなく、自分達がよく知る他の者までが存在の記憶を失っていたとすれば………などと、考えたくもない憶測が頭を過ぎる。

 再び静かになってしまった銀時と新八に藤丸達が困惑していたその時、襖が静かに開かれた。

 

「あ………えっと、ヅラ君スギっち、お疲れ様~。」

 

 重い空気に負けじと笑顔で手を振るアストルフォ。だが和室から出てきた彼らの表情は、どこか陰鬱なものを感じた。

 

「ヅラ……?」

 

 銀時に渾名(あだな)を呼ばれ、漸く我に返った様子の桂は、彼の方を見た。

 

「銀時か………先生なら敷いた布団の上で、よく眠ってらっしゃる。あのまま暫く安静にしておけば、(じき)に気がつくだろう。」

 

 寝間着に着替えさせた後の松陽の着物を抱え、桂は息継ぎすることなく言葉を連ねる。その態度と慌てて繕ったような笑顔に、銀時だけでなく藤丸達も違和感を覚えていた。こちらへと向けられる疑惑の篭った視線にたじろぎ、言葉を詰まらせる桂。するとそんな彼に助け船を出すようにして、高杉が口を挟んだ。

 

「銀時、後でてめえにも確認しておきたいことがある。」

 

「後で、って………今じゃ駄目なのかよ?」

 

「ああ………なるべく部外者には聞かれたくねえ話だからな。」

 

 高杉の眼が動いた先は、銀時達……の背後にある玄関。扉の向こうから聞こえる話し声と足音は、少しずつ大きくなってきていた。

 

「ただいまヨ~!」

 

 扉を開ける音と共に、神楽の元気な声が響く。その声に反応し、むくりと定春が身を起こす。

 銀時と新八が避けた後ろから、何やら大きなお盆を抱えた神楽、そして同じくお盆を持ったお登勢と、こちらは何故か手に赤いポリタンクを携えた『たま』が次々と居間に入ってくる。それと同時に、ふわっと漂う香りが一同の鼻先を掠めた。

 

「おや、大分片付いたね。これならこの人数が入っても大丈夫だろ。」

 

 部屋全体を見回しながら呟くお登勢の、持つお盆の上に乗った大皿には、綺麗な三角型のおにぎりがずらりと並んでいた。一つ一つ丁寧に握られたそれには海苔も巻かれており、端には沢庵も添えてある。

 

「見てコレ!ババアがおにぎり作ってくれたアル、私も手伝ったネ!」

 

 神楽の持つ大きめの盆に乗っているのは、彼女の顔、いやそれ以上はあるだろう、二つのでっっっかいおにぎり。それ一つに何合のご飯が使われているかなど、容易に想像もつかない。

 

「ねえ仔兎……まさかソレ、アンタ一人で食べるワケ?」

 

「違うネ、この手前のヤツが定春の。んでこっち側の一回り大きいのが私の分アル。ふふ~ん、これ一個の中に具がぜーんぶ入ってるアルよ、凄いでしょ?」

 

「わんっ、わんわんっ!」

 

 ででーんっ!という擬音が似合いそうな程に存在感のある巨大おにぎりを掲げる神楽。ほかほかと湯気の立つその姿に、定春は涎を垂らして尻尾を大きく振っている。

 常人では決して食べきれないであろう、これだけ巨大なおにぎりも神楽にかかれば容易いもの。

 

 

 ───唐突だが、ここで先刻の出来事を話すとしよう。

 

 それは、銀時達がまだカルデアにいた時のこと。

 

 

 人影のない食堂で、赤い外套(がいとう)を纏った弓兵(アーチャー)の男は一人、本日のおやつ作りを行っていた。

 オーブンの電子音が鳴ると、弓兵は両手にミトンを()め、オーブンの蓋を開ける。立ち込める甘い匂いと共にそこから現れたのは、天板に並べられた様々な形のクッキー。次々と取り出されていく天板に並ぶクッキーの数はかなりのもの。それもそのはず、これらは全てこのカルデアに所属する職員並びにサーヴァント全員分のものなのだ。

 綺麗な焼き上がりに満足していた時、ふと彼が顔を上げると、食堂の入り口からこちらを見つめてくる、見慣れない少女の姿を発見する。口端からだらしなく(よだれ)を垂らす彼女の視線の先は、明らかにこちら見ている。どうやらクッキーの匂いに釣られてきたのだと推測し、弓兵の男は少女を手招きこう言った。

 

「おいで、よかったら君にも『一口』あげよう。」

 

 

 

 ───この数分後、弓兵は彼女を招いたことを激しく後悔する。なぜあの時、『一枚』ではなく、『一口』などと言ってしまったのか………。

 

 目の前で次々とクッキーが少女……神楽の口内にダイビングしていく光景に、唖然とする弓兵。勿論彼女に今すぐ止めるよう懇願した。このままでは皆の分が無くなってしまう、今日のおやつが提供できなくなってしまうと………しかし、神楽はハムスターの様に頬を膨らせた顔を彼に向け、ふがふがと聞き取りづらい言葉で言い放つ。

 

「『一口』ってのはな、食べ物を口に入れて完全に閉じるタイミングまでが『一口』なんだヨ」と………。

 

 弓兵の苦労の結晶は、強靭な頬袋と悪魔の胃、そして図太い神経を持ち併せた、たった一人の少女によって次々と消えていく。

 ぼりぼりと長い時間をかけた咀嚼(そしゃく)が終わった後、神楽は口内で粉砕されたクッキーを一気に飲み込む。

 ご馳走様でしたアル~と最後に言い残して、神楽は少し残ったクッキーを掌に乗せると、更にそれを摘みながら膨れた腹を抱え食堂を後にした。

 

 

 ……あの後、(カラ)になった数枚の鉄板を前に、弓兵は沸き上がる虚しさを抑え、心に固く決意した。もう見知らぬ誰かに「一口どうぞ」なんて、迂闊に言ってはいけないな、と。

 

 

「わ~ぁ!すっご~い!」

 

 自慢げな様子の神楽の周りをくるくると回りながら、アストルフォは様々な角度からおにぎりを観察する。自分よりも大きなそれの姿を離れた場所から警戒していたフォウは、銀時の頭上に乗ったまま「フォーゥ…」とたじろぐ様子を見せていた。本当、見てるだけでお腹いっぱいになりそう。

 一方こちらでは、たまがお登勢の側から離れ、段蔵のいる長椅子へと近寄っていく。彼女の存在に気付いた段蔵は作業を一旦止め、軽く会釈をした。

 

「失礼致します。段蔵様……で(よろ)しいのですよね?私はお登勢様の経営されている階下のスナックで働いております、機械(からくり)の『たま』と申します。先程は不埒な方々に絡まれているところを助けて頂き、本当にありがとうございました。」

 

「そう畏まるのはお止めください、たま殿。段蔵は貴女を侮辱した輩が素直に許せないと感じたために、行動を起こしたに過ぎませぬ。」

 

「ですが段蔵様………それでも私は、とても嬉しかった。危険を(かえり)みずに私を庇ってくれた貴女に、幾らお礼を申しても足りません。段蔵様、私は出来る限りの事は尽くしますので、何をしたら貴女へのお礼が出来るでしょうか?」

 

「お礼などと、そんな…………そうですね、それでは一つお願いがございます。」

 

 一考の末、段蔵はたまへと体の向きを変える。そしてきょとんとしている彼女の両手を取り、微笑んだ。

 

「たま殿、よろしければこの段蔵と良き友人になっていただけないでしょうか?我らは絡繰である前に、一人の女性でもあります………実は恥ずかしながら、同性の友人というものに憧れを抱いておりまして……このようなことしか考えつかないのですが、いかがでしょう?」

 

 仄かに頬を染め、段蔵はたまの顔色を窺う。丸く見開いた瞳を数回瞬きさせた後、たまもまた段蔵に対し、柔和に微笑み返した。

 

「……ではカラクリ同士ということで、私達二人のことを『カラ友』と呼ぶのはいかがでしょうか?段蔵様。」

 

「カラ友………それは素敵です!ええ、とても!それではどうか、今後より畏まらずにお呼びくださいませ。たま殿。」

 

「そうですか……ええっと、では失礼して…………段蔵さん、と。そうお呼びさせていただきますね。」

 

 和気藹々(あいあい)とする二人の間には、華やかな空気が漂っている。新八に包帯を巻き直してもらいなら、藤丸がその光景を微笑ましく眺めていたその時、お登勢が横から声を掛けてきた。

 

「藤丸、っていったね。怪我の具合はどうなんだい?」

 

「はい、何とか平気みたいです………すみませんお登勢さん、部屋まで貸してもらった上に食事まで用意していただけるなんて。」

 

「若いモンが遠慮なんてするんじゃないよ、ここは(たま)に酔いつぶれた客を寝かせとく以外、殆ど使ってなかったからね。それと、アンタの着てた服についた血も洗濯して大分落とせたから、明日にゃ返してやるよ。」

 

「本当に何から何までお世話になって、ありがとうございます………それじゃもしかすると、僕や藤丸君が着てるこの着物も、その酔ったお客さんの為に用意していたものなんですか?」

 

 ひらつかせた袖に目を落としながら、新八は何気なくお登勢に問う。するとテーブルにお盆を置いた彼女の体が、ほんの一瞬だけ止まったように思えたのを、離れた所にいた銀時は気がついた。

 

「……いや、そいつはアタシの『旦那』のもんだよ。仕舞いっ放しにしてても虫に食われちまうからね、時たま日干ししたりなんかもしてたんだ。」

 

 そう語るお登勢の穏やかな口調を、上げた(おもて)の目に宿る光を、銀時はよく知っていた。しかし幾らこちらが覚えていても、彼女が自分に向けてくれたというそれらの記憶は、今は形も無いという事実の虚しさも同時に痛感し、心が少し痛くなる。

 

 

 だがそんな心境は、お登勢の発した信じがたい一言により、瞬時に驚愕へとすり替わった

 

 

 

「ま、年中お天道様の出ないこんな国じゃあ、日干しったって形だけみたいなもんだけどね。」

 

 

 

「…………え?」

 

 藤丸も、銀時も、その場にいた全員が仰天した。

 ……否、全員というには語弊がある。性格には桂と高杉を除いた面々である。誰とも目を合わせることなく俯いた桂の遥か背後では、高杉がいつの間にか奥の障子窓へと移動し、開いた片側から外を眺めていた。

 

「年中太陽が出ないって………おいババア、そりゃどういうことだよ⁉」

 

「あーもう来た時っから五月蠅(うるさ)い奴だね!原因なんざアタシが知るワケないだろこのクソ天パ野郎‼」

 

「銀ちゃん銀ちゃん、動揺するのも分かるけど少し落ち着こ?ハイ深呼吸~。」

 

 アストルフォに(なだ)められ、一旦沈静化を図るべく、銀時は大きく深呼吸をする。相変わらず頭上に乗ったままのフォウもつられて同じ動作をしていたため、張り詰めた空気が僅かばかり綻んだような気がした。

 

「……で、本当なのか?この街が、江戸が太陽の昇らねぇ国になっちまったってのは。」

 

「アンタら知らないのかい?この江戸の空はね、随分と前から暗闇に覆われているんだ。詳しい話なんて何も伝わってきやしないから、どうしてこうなっちまったかなんて誰も知らない。晨夜(しんや)の区別もつかない程に、年がら年中夜の(とばり)に覆われちまってるのさ………いつからかね、この江戸が『常夜の国』なんて呼ばれ始めたのは。」

 

 淡々と語るお登勢の言葉に、皆開いた口が塞がらない。そんな中、一つ確信を得た藤丸は、腕に装着したままの通信機へと目を落とす。

 外を歩いていた時に確認した時刻、そして今のお登勢の話が本当であれば、この通信機にどこも不備は無い筈なのだ。しかし同時に、新たな疑問が湧き上がってくる。仮にそうであるなら、何故カルデアとコンタクトを取ることが出来ないのだろうか?もしかすると、原因は他にあるのではないのか……?

 眉間に皺を寄せ、考えられる可能性や憶測を推理していたその時、張り詰めた空気の中にたまの声が響き渡った。

 

「あの、お登勢様……そろそろ開店の時間が迫っています。」

 

 部屋の壁に掛けてある時計を見上げ、たまが言う。二本の針はもうすぐ、18時を示そうとしていた。

 

「おやいけない、そろそろ戻らないと客が来ちまうね……それじゃアンタら、すぐ下は店なんだから、騒ぐんじゃないよ。布団は押入れの中に入ってるので全部だから、足りなかったらその椅子でも使っとくれ。それと台所にある茶ぁやら何やら、飲みもんは好きにしていいけど、食器はちゃんと洗うんだよ。いいね?」

 

 いくつかの注意を告げた後、お登勢は桂から松陽の着物を受け取ると、たまと共に玄関へ早足で向かう。草履の鼻緒に指を通した時、ふとお登勢はあることを思い出し、こちらを見る銀時達を振り返った。

 

「あ、そうそう。真夜中にゃ絶対に窓を開けるんじゃないよ。『化け物』が入ってくるかもしれないからさ。」

 

「『化け物』……?おい、それって────」

 

 銀時の問いも扉を開け放つ音に消え、二人は慌ただしくその場を後にする。外階段を降りる音が徐々に小さくなっていくのを聞きながら、残された一同は呆然とするしかなかった。

 

「……行っちゃいましたね、お登勢さん達。」

 

「『化け物』ねぇ………なあヅラ、今ババアが言ってったヤツって、もしかして俺達がお前らと出会った時にやり合った、あの気味の悪ぃ連中のことか?」

 

「ヅラじゃない桂だ。恐らく、それで間違いはないだろうな。奴らが何者なのかも、何処から湧き出しているかも未だに不明だ。現在確認されている三種の個体にはそれぞれ名前がつけられているようでな、布を被った奴が『元興寺(がごぜ)』、鬼面のような顔の女は見たままの『般若(はんにゃ)』、そしてやたら数のいた小鬼は『魍魎(もうりょう)』などと主に呼ばれている。」

 

「あっ⋯⋯ヅラさん。そういえば俺、さっきの騒ぎの中で誰かが話してるのを聞きました。化け物は天人を襲わないって⋯⋯⋯。」

 

「ええっ!?ヅラ君、それホント!?」

 

「ヅラじゃない桂だ。その話は恐らく本当だろう、だが連中が天人を襲わない理由までは俺にも分からん。いずれも奴らは生者を襲い、その血肉や生き肝を(えぐ)り喰らっているらしい。」

 

「生き肝………。」

 

 桂の説明の一部を呟いた藤丸の脳裏に、あの助けを求めて縋ってきた女性が蘇る。

 半開きの口から零れた喀血が、頬を伝う感覚をまだ鮮明に覚えている。胸から突き出た魔物の手、女性の心臓と(おぼ)しきモノを掴んだそれが引き抜かれると、たった今目の前で絶命した彼女の抜け殻となった身体が、糸の切れた操り人形のように崩れていった。

 あまりに唐突だった為に、対応出来なかった。その言い訳は紛れもない事実であったが、やはり藤丸は心中で悔いていた。あそこで狼狽などしなければ、もう少し早く動けたのではないのか………止まない後悔の雨に、自然と顔が険しくなっていく。

 そんな時だった。隣に座っていたエリザベートの肘が、藤丸の腕に軽くぶつかる。彼女を見ると、少し頬を膨らせた様子でこちらを睨んでいるようだった。

 

「素敵なディナーを前にしてるっていうのに、なんて顔してんのよ。仔犬。」

 

「エリちゃん……。」

 

「ま、アンタが何を考えてるかなんて、見抜くのは簡単だけどね。いつもすぐ表情に出ちゃってるし、本当分かりやすい子。だからいっつもババ抜き負けるのよ。」

 

「え、俺が勝てない原因ってやっぱそれ?」

 

「本当に無自覚だったのね、仔犬……。ともかくよ、もし今仔犬が自分の事を責めているのだとしたら…………貴方はちっとも悪くない。だって、仔犬は自分の危険も(かえり)みずに行動を起こしたんだもの。それってとっても勇気が無いと、まず出来るものではないでしょ?それでも、とても残念な結果で終わってしまったのだとしても………仔犬(マスター)が命を懸けてまで救おうとしてくれたことには、何ら変わりないのよ?」

 

「エリちゃん………でも、俺────もがっ⁉」

 

 開きかけた口に飛び込んだものに、藤丸は咳き込みそうになる。仄かな塩味のある物体を一旦口から離して確認すると、それは皿に乗っていたあのおにぎりであった。

 

「とにかく、まずは栄養と休息を充分に取りなさいな。お腹が減ってちゃパワーも沸いてこないわよ。あっそうだ、仔犬の元気が早く回復できるように、アタシが一曲歌ってあげましょうか?」

 

 満面の笑顔の彼女の申し出に、藤丸は全力で首を横に振る。だが同時に、心の中に(わだかたま)っていたものが僅かに綻んだような気がした。

 ぐぅ、と空腹を知らせる音が室内に響く。説明を続けていた桂も、彼の話に耳を傾けていた面々も、その音を鳴らした張本人へと視線を向ける。

 

「あ~、ずりぃぞ藤丸。銀さんを差し置いて抜け駆けするなんざ十年早いぜコノヤロー。」

 

「フォウ、フォウフォウッ。」

 

「早く食おうぜ~、私もうお腹ペコペコアル。」

 

「わうぅ~……。」

 

「でも、確かにお腹が空いたような感じしますね。ダヴィンチちゃんさんには、サーヴァントはご飯を食べることも、寝ることも必要ないって僕らは聞きましたけど………。」

 

「新八殿の仰る通り、サーヴァントは魔力の補給さえ受けることが出来れば、食事や睡眠・排泄等は行う必要はありませぬ。しかし食事を摂ることによって微弱ながら魔力を回復することも可能ですし、それに味覚から伝わる快感を得て、気を休めることにも繋がります。」

 

「ああ、もしかしてさっきヅラに食わされたんまい棒で、俺の魔力が回復したのもそういうこと?」

 

「ヅラじゃない桂だ。それだけではないぞ、あれはそこに俺の魔力を吹き込んだ特注品でな、一本で魔力をほぼフル回復できる代物となっている。一本で充分、これが本当の一本満足というやつだな。」

 

「……まあ、段蔵は絡繰ですので、食べるといった行為を行うことが出来ませぬ。仕方のないことではありますが……少しだけ、(わび)しさのような感情が働いてしまいますね。」

 

 一通りの解説の最後に、寂し気に笑う段蔵。そんな彼女の隣には、たまの持ってきたあの赤いポリタンクの姿があった。

 

「ね~段蔵ちゃん、さっきから気になってたんだけど、それ何?」

 

「ああ。こちらは先程、たま殿から頂いたものです。機械(からくり)の彼女が唯一口に出来るもので、とても美味だからと私にもお裾分けをしていただきまして。」

 

「ふむ、段蔵殿。俺にはそれがどうもガソリンか灯油にしか見えんのだが……。」

 

「ええと、確か………純度の高い、最高品質のオイルだと伺っておりまする。摂取方法は教わった通りですと、ストローを差して口から吸うように───」

 

 一同が見守る中で、段蔵はポリタンクに差したストローを口に……というかそれ、どう見ても石油ポンプなんですけど?別称・醤油ちゅるちゅるとも呼ばれている代物である。

 透明な管を通って液体が吸い上げられ、とうとうそれが段蔵の口内へと到達した次の瞬間、(つむ)られていた彼女の両目がカッ!と開かれる。そして、

 

「口の中がっ‼まさに今っ!戦国乱舞やああァァァァァっ‼」

 

 居間中に響く絶叫と、関節の節々から唐突に吹き出す蒸気に、思わず皆がひっくり返る。唯一微動だにしない高杉は、びりびりと震える空気や白い蒸気にも全く動じないといった様子で、相も変わらず煙管を燻らせていた。

 

「ァァァァ………はっ!も、申し訳ありませぬ皆様!今まで感じたことの無かった感覚に、つい気分が高揚してしまいまして……。」

 

 我に返った段蔵は即座に現状を理解し、自身の起こした事態に羞恥し、思わず赤面する。

 

「いやいや。確かにちょっと……いや大分びっくりしたけど。でも日頃見ることの出来ない、段蔵の意外な一面が見られたと思うと、何だか得した気分だよ。ねっ二人とも?」

 

「そうね~。まあ大声だったら?私も負けてないんだけどぉ?」

 

「マスターの言う通りだねっ!カルデアにいる小太郎君にも、今の見せてあげたかったな~。ねえねえ、マスターの通信機って録画機能とかなかったっけ?」

 

「あ、アストルフォ殿………どうかそれはご勘弁くださいませ。」

 

 あくまで無邪気なアストルフォに恥じらう段蔵、そんな彼女らに苦笑しながら、銀時達もまた次々と身を起こしていく。

 

「まっ何だ、よかったじゃねえか段蔵。絡繰のお前でも美味いと思えるモンが見つかったんだ。たまには感謝しねえとな。」

 

「フォウ、ンキュッ!」

 

「銀時殿………そうですね。味覚など搭載されていても不要なものだと、今までに何度も思ってきたことがございましたが………改めて心より感謝致します、果心居士様。」

 

「うぅ~……すっ転んだら余計に腹減ったアル。もう私食べるヨ!」

 

「それじゃあ僕、お茶煎れてきますね。台所にあるってお登勢さんも言ってましたし。」

 

「新八君、俺も手伝おう………まあ積もる話はあれど、まずは腹を(こしらえ)ることが先決だな。高杉、お前もそれで構わないか?」

 

「………ああ、好きにしろ。」

 

 素っ気ない返事はいつものこと、それを重々承知している桂は新八に続いて台所へと足を向かわせる。

 

 

 ……離れていく足音を背中で聞きながら、高杉は開けた窓から紫煙を吐き出す。深碧(しんぺき)の右目が見上げるのは、江戸の街を覆い隠す暗夜の空。星一つ存在しない漆黒を彩るのは地上からの灯りと、飛び交う宇宙船の照明。

 

 するとそんな暗い空に、一本の光の筋が出現する。(いびつ)な直線となって伸びていったそれはある程度の辺りで伸長を止め、中央部からゆっくりと左右に開いていく。

 

 

 それはまるで、見開かれる『(まなこ)』のように─────

 

 

 

「ス~ギっち!君もこっちに来ておにぎり食べようよ!」

 

 相変わらず空気の読めない、ポンコツさの滲み出た快活な声で呼ばれる。

 振り返らずとも声の主は分かる。だが相手は理性が蒸発しているので、ここで振り向かないと何をしてくるか分からない。仕方なく首を後ろに回すと、案の定目を輝かせたアストルフォが、両手に其々おにぎりを構える態勢をとっていた。

 

「あのな、さっき段蔵も言ってただろうが。サーヴァントは食うことも寝ることも要らねえ、だから俺には食事なんざどうでもいいんだよ。食いたきゃお前らで勝手に───」

 

「何なに?アストルフォ、どうしたアル?」

 

「あ~神楽ちゃん。スギっちがね、おにぎり食べたくないって。」

 

「あんだとぉ⁉スギっちてめェ、アタイの握った飯が食えねえってのかい⁉えぇっ⁉」

 

 新たに加わった神楽までもが、アストルフォと同じようにおにぎり(やたらとデカい)を構え、こちらを()めつけてくる始末。

 戦闘力に()けた高杉といえど、サーヴァント二騎……しかも片や夜兎族を一気に相手取るとなれば、骨が折れるどころでは済まないだろう。このままだとあのおにぎりとは名ばかりの米で出来た弾丸を、どこに捻じ込まれるか分かったものではない………黙考の末、半ば諦めモードとなった高杉は、彼女らへの返事代わりに大きく溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 高杉が視線を外している間に、空に描かれる光の筋は徐々に広がっていく。

 

 

 

 やがて完全に開ききった時、『(それ)』は淡い光で闇夜を照らす光となって、江戸の空へとその姿を現した────。

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【参】常夜の国(Ⅳ)

 

「さて、皆ちゃんと手は洗いましたね?それじゃあ………もう神楽ちゃんっ!まだ触っちゃ駄目だよ。銀さんも、今から挨拶なんですから少し我慢してください。全くいい大人だってのに………あっこらアストルフォさ───アストル───アス───もうっ!フェイントかけて遊ばないでっアストルフォさん!ああぁ藤丸君、今食べられるからね、ほら(よだれ)拭って…………ふう、では皆さん手を合わせまして、いただきます!」

 

「「「いただきまーすっ!」」」

 

 皆が(ひし)めきあった居間に、食事開始の挨拶が響き渡る。それを合図に、米の甘い香り漂うおにぎりに、次々と箸と手が伸ばされていった。

 

「ったく、いちいち挨拶なんていいだろうがよ~面倒臭ぇ。」

 

「駄目ですよ、食事の挨拶はきちんとすること。僕が小さい頃、姉上によくそう教えられましたから。」

 

「ご立派です、新八殿。段蔵も初代風魔頭領様に母役を(たまわ)っていた時は、何事にも挨拶は肝心と教授したものです。」

 

「うむ、二人の言う通りだ。それに比べて銀時、貴様は(ナリ)ばかり大きくなっても肝心の中身はちっとも変わらんな。昔もそうやって挨拶も(ろく)にせず我先にとがっついて、しょっちゅう先生に叱られていたではないか。」

 

 オイルを堪能しながら頷く段蔵に合わせ、うんうんと首を動かす新八と桂の態度に、銀時は顔を渋くする。

 

「ちっ、うるせぇな。全くてめーは昔っから、そういう余計なことはしっかりと覚えてやがんだからよ。」

 

 取り皿に適当に選んだおにぎりを数個乗せ、銀時は床へと腰を下ろす。人数が多いのに対して長椅子が二つしかないため、何人かは床で食べる羽目になってしまうことになったが、これはこれでピクニックみたいで楽しいと、銀時と新八の間に座った藤丸は少しうきうきしていた。

 

「ん~美味いアルっ!動き回った後の飯はまた格別ネ。」

 

「わぅっ、はむはむはむっ。」

 

 自分専用の特製巨大おにぎりを口いっぱいに頬張る神楽の後ろでは、定春が同じもの(こちらは具無し)にがっついている。するとそこに、てちてちと歩み寄ってくる小さな生き物の姿が。

 

「フォウッ。」

 

「うう……?わふっ、わんわんっ。」

 

 じぃっと見上げてくる(つぶ)らな瞳が訴えるものを()ぐ様理解した優秀な定春は、自身のおにぎりを少しだけ千切ると、それをフォウの前に置いてやった。彼にとっては一口分にも満たない量であるが、身体の小さなフォウにとってはこれで充分すぎる程。

 

「キュッ、フォウフォウッ。」

 

 ありがとう、と礼を言ったのであろう。フォウが白米を美味しそうに食べ始めるのを確認してから、定春も食事を再開した。

 

「ねえ仔兎、このライスボールの中身はそれぞれ違うんでしょ?何が入ってるのか教えてちょうだい。」

 

「おうよ。まずここに並んでんのが梅で、ここのワンコーナーが鮭ネ。そしてこっからここがツナマヨで、あとここ全部が昆布アル。」

 

「ん~、やっぱり文章だと読んでる人たちにイマイチ伝わりづらいよなぁ………あれ?神楽ちゃん、昆布の下にあるのは何?その海苔が巻いてないヤツ。」

 

「えーと…………あれ、何だっけ?でもきっと美味しいヨ、はいっ。」

 

 皿に乗せられたそのおにぎりを手渡され、藤丸は「ありがとう」と礼を言って受け取る。何の変哲もない白むすびを(しば)し観察し、後で食べようと藤丸は皿を膝の上に置いて、前回の話でエリザベートに口に突っ込まれた、あのおにぎりから先に頂くことにした。

 まだ仄かに温かい白飯を、海苔と一緒にがぶっと一口。ほんのり感じる塩味を堪能しながら、ゆっくりと数回咀嚼(そしゃく)していくと、舌が先に捉えたのは香ばしさの後に続くマイルドな塩気……うむ、これは鮭だな。しかも鮭フレークではなく、焼いた鮭の骨を取り、更にそれを丁寧に(ほぐ)したものだ。噛んでいくうちに広がる米の甘さと鮭の味とがベストマッチしていて、何かもう、うん。

 

「……美味しい。」

 

 それでいい、小難しいことなど考える必要はない。本当に美味しいものは、食べた時点で美味しいという言葉しか出てこないものなのだから。藤丸はまだ会った事がないけれど、どこかの母ちゃんが言っていたようにしっかり二十回噛んでから嚥下(えんげ)する。そして新八の煎れてくれたほうじ茶を啜れば、お腹も胸もほっこりと温かくなった。

 

「ねえねえスギっち、どれ食べたい?僕が取ってあげるよ。」

 

「あ?俺ぁ別に何でも……大して魔力も減っちゃいねえから、別に今更補う必要なんてねえしな。」

 

「えー、それじゃあ僕が勝手に選んじゃおっと。ど~れ~に~し~よ~う~か~なっ?うん、コレに決ーめたっ!」

 

 アストルフォが差した指が止まったのは、神楽が藤丸にチョイスした例のおにぎり。これでは足りないだろうともう一つおにぎりを選び、お新香と一緒に丁寧に皿に盛ると、向かいの長椅子に座る(というより座らされた)高杉の前にそれを置いた。

 

「はいスギっち、ど~ぞっ!」

 

 キラキラとしたオーラが周りに飛び交うほどの、アストルフォのとびっきりスマイル。彼に熱意を注ぐあのカルデア職員がここにいたのなら、恐らく……いや確実に、歓喜の涙と鼻血を流して卒倒しているだろう。

 この愛らしい笑顔を向けられている者は、超のつく程のハッピー野郎……と言いたいところだが、そのハッピー野郎である筈の高杉はというと、相変わらず目も合わせない。その態度の(しょ)っぱさときたら、さっき藤丸が口にしていたあの鮭以上と言っても過言ではない。それにアストルフォへの礼の言葉も、「おう」と一言だけ。

 

「こら高杉、何だその熟年夫婦の旦那のような愛想も素気のない返事は。アストルフォ殿に礼くらいちゃんと言わんか。」

 

「あっはは~いいんだよヅラ君、僕が好きでお節介焼いてるだけだもん。」

 

「おうおう、いいねぇ色男は何もしなくても勝手にモテてよ。だがなアストルフォ、あまりそいつの隣に立たねえほうがいいぞ。何せお前と並ぶと身長の低さが露骨に分かっ────」

 

 べらべらと好き放題喋り続ける銀時だったが、高速で飛んできた何かが顔面に直撃し、勢いのままに仰向けに倒れていく。隣に座る藤丸と新八が見下ろした彼の二つの鼻穴には、真っ赤なチョロギが突き刺さっていた。

 え?チョロギを知らない?チョロギというのはシソ科の多年草植物で、漢字だと『丁呂木』などと書かれたりなどもする。球根の様に見える塊茎部分が食用とされており、主に梅酢や紫蘇(しそ)で漬けたりなどして食べられる。ピリッとした辛みと食感が何とも美味いぞぅ。(W〇ki調べ)

 まあチョロギはさておき、アストルフォの(まばゆ)い笑顔と床に転がって豚の様にふがふがと鳴く銀時を交互に眺め、高杉は彼の選んだ一つ目のおにぎりを口へと運ぶ。二、三回と噛んだ時、高杉は(かじ)った面から中身を確認した。

 

「………ツナマヨか。」

 

 ぼそりと呟いた声は、隣に座る桂の耳にも届く。こちらを向いた彼の口元は、緩く弧を描いているようだった。

 

「ふふ、まさかアストルフォ殿が適当に選んだものがツナマヨであったとは…………思い出すな、昔のことを。」

 

「てめぇが神社に供えていった握り飯のことか。今だから言うが、握る時はあまり水を手につけるもんじゃねえぞ。あの後食ってる最中にぼろぼろ崩れだして、終いに着物が汚れちまってエライ目に合ったんだからな。」

 

「供え物を勝手に食べておきながら文句を垂れるな。それにあれは、俺が握ったのはなくお婆が…………いや、もう当に過ぎたことを今更言っても仕方ない。」

 

 少し寂し気に微笑み、桂はおにぎりへ手を伸ばす。彼が選んだのは、(かつ)て好物を自称していた梅………ではなく、高杉が今食べているのと同じツナマヨ。一口()んで咀嚼した後、静かに飲み込んでから口を開く。

 

「……うん、たまにはツナマヨも悪くない。」

 

 小さく零した呟きに、高杉はくくっと低く笑う。そんな二人のやり取りを暫く眺めていたアストルフォは、朗らかに微笑んだ。

 

「さて、僕も食べよっと。あ~むっ………ん⁉んん~っ酸っぱいいいイイィ!」

 

 何も考えずに選んだものは、どうやら梅干しだった模様。口内にじわじわと広がっていく独特の酸味に口は自然と(すぼ)み、アストルフォが冷や汗を流しながら(しか)めっ面になると、どっと皆から笑いが起こった。

 

「あれ?神楽ちゃん何してるの?」

 

 新八はふと、神楽が自分のとは違う皿に、せっせとおにぎりを乗せていることに気がつく。声をかけられた神楽はこちらを向き、にっこり笑顔を見せた。

 

「これね、松陽の分アル!起きた時にお腹空いてたら可哀想だから、少し寄せとくネ。」

 

「先生の…………そうか、リーダーは優しいのだな。」

 

「何だよヅラぁ、今更知ったのかテメー。それより松陽はどの具が好きなんだヨ?早く教えるヨロシ。」

 

 桂の湛える笑顔に少しむっとしながら、神楽は丁寧な箸使いでおにぎりの側にお新香を添えていく。

 

「神楽、お前随分と松陽のこと気に入ったみてえじゃねえか。」

 

「うん!銀ちゃん、私松陽大好きアル!目が覚めたらいろんなことお話したいし、いろんなことして遊びたいヨ。記憶を失くしちゃってる松陽に、これから楽しい思い出をいっぱい作ってあげたいアル!」

 

 あまりに屈託の無い笑顔と神楽の言葉に、面食らった銀時の表情も少しずつ綻んでいく。

 

「そっか……。」

 

 短く返し、銀時は大皿へと手を伸ばす。掴んだのは、海苔の巻いていないあのおにぎり。

 

 綺麗に形作られた三角形の握り飯を見つめ、ふと脳裏に浮かぶのは、幼き頃の記憶の断片。

 

 

『なっ、なれなれしくすんじゃねェ!』

 

『誰の応援してんだ‼そいつ道場破り‼道場破られてんの‼俺の無敗神話(しょじょまく)ぶち破られてんの‼』

 

『もう敵も味方もないさ。さっ皆でおにぎり握ろう!』

 

 

 道場破りに何度も来た、生意気な奴に負けたのに。

 無敗の記録をぶち壊されて悔しい挙句、訳の分からない奴に絡まれて苛ついていた筈なのに。

 

 

『あ、すみません。もう食べちゃいました。』

 

 

 あの人の笑顔に、声に応えるようにして………気がつけばその場にいた全員が笑っていたのを、今でもよく覚えていた。

 

 

 

 手に掴んだままの白むすびを暫く眺めた後、銀時は漸くそれに(かぶ)りつく。

 

「………うん、美味ェ。」

 

 零した言葉と対称に、握り飯に落とす彼の目は寂しげなものであった。彼を見ていた藤丸と高杉も、自分の皿に乗った同じ白むすびを手に取り、同時に一口()んだ。

 

「ダイナゴンッッッ⁉」

 

 直後、悲鳴にも似た奇怪な声と共に、ブハァッ‼と藤丸の口からモザイク修正のかかった何かが飛び出す。

 

「ぎゃっ‼ちょ、ちょっと仔犬⁉」

 

「藤丸君⁉だ、大丈夫⁉」

 

 床に倒れぴくぴくと痙攣する藤丸に、すかさず駆け寄るエリザベートと新八。長椅子のほうでは、高杉が口元を押さえ肩を戦慄(わなな)かせている。

 

「わ~んスギっちまで!大変~しっかりしてっ!」

 

「どうしたのだお前達、一体何が───」

 

 狼狽し立ち上がる桂の視界の下で、高杉の震える手があるものを指差す。その先にあるのは、今しがた彼が口にしたあの白むすび。これがどうしたのだと覗き込めば、桂の顔色もすぐさま変化していった。

 

「な………何だ、これは?」

 

 ───その物体(もの)、白き(ころも)を纏いて陶器の野に立つべし。煮込まれた甘き小豆との絆を結び、ついに人々を甘美の地に導かん。

 

 どこかの風の谷の言い伝えのようなナレーションが、齧りかけのその握り飯を見た者達の脳内に自然と流れてくる。

 え、分かりにくい?簡単に要約するとこうだ………そのおにぎりの中には、甘~い餡子がぎっしりと詰まっていました、ということ。

 

「あ、思い出したアル。ババアとおにぎり作ってる時、銀ちゃんは甘いのが好きだって私言ったヨ。その後ババアがゴソゴソやってたけど、アレはこのおにぎりを作ってたみたいアルな。」

 

「そーかそーかよく言ったな神楽ァ、やっぱおにぎりは餡子入りに限るぜ。ったくこの味が分からねえなんざ、これだから舌の肥えた現代っ子とボンボンときたら。」

 

 片手で神楽の頭を撫でながら、銀時は餡子のぎっちり詰まった(くだん)のおにぎりを何の躊躇いもなく食べ続ける。信じがたい光景に唖然とする一同、あの楽天家なアストルフォでさえも理解が追いつかず、もっしゃもっしゃと餡子入りおにぎりをご満悦顔で頬張る銀時を二度見、三度見した。

 

「現代っ子とボンボンでなくてもこんなん食えるかああァァァっ‼おかしいのは100%アンタの味覚だこの糖尿寸前野郎っ‼」

 

「高杉、とにかく茶だ!上から出せなければ茶を飲んで押し流せ!」

 

「お、おはぎと思って食べれば何とか………うっぷ。」

 

「駄目よ~仔犬!無理してまで食べようとしてんじゃないの!ほらペッてしなさいペッて!」

 

 

 

 目の前の喧騒を完全な他人事のように眺めていた銀時だったが、ふとおにぎりを口に運ぶ手を止め、素直に浮かんだ疑問を零す。

 

 

 

「………そういやババア、俺の事覚えてねぇと言っときながら、何で『いつもみたいに』握り飯に餡子なんて入れてんだ?」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「……ったくアイツ等、静かにしろっつたのに。」

 

 ミシミシと音を立てる天井を見上げ、お登勢は大きく溜息を吐く。開店したスナックの中にいた数名の常連客も、いつもと違う状況に目を丸くしていた。

 

「オ登勢サン、本当ニアンナ得体ノ知レナイ連中、上ニ泊メテ平気ナンデスカ?デカイ犬ダッタリ天パダッタリ胡散臭イロン毛モイタリ、アトデカイ角ト尻尾ノフリフリ女?頭ニオプションツケテルトコトカ私トキャラ被ッテマセン?」

 

「被ってるどころか1ミリも掠っちゃいねーよ。確かに見た目は奇抜な奴らだが、あいつらはチンピラからたまを助けてくれたんだ。悪く言うもんじゃないよ、キャサリン。」

 

「そうですキャサリン様、あの方々を悪く言うのであれば私が許しません。それに外見のインパクトであれば、間違いなく貴女を超える方はいないでしょう。」

 

「オウオウたま、言ウヨウニナッタジャネーカ。後デ店ノ裏ニ来ナ………デモソウ言ウオ登勢サンダッテサッキ、恩人ニ食ワセルオニギリニ餡子ナンカ入レテタジャナイデスカ?アンナ嫌ガラセ、中々思イツカナイデスヨ。」

 

「アレかい?あれは一緒に握り飯作らせたあの小娘が、天パ野郎がかなりの甘党だって言ったのを聞いて………。」

 

 そこまで言い掛けた時、お登勢は自身の行動に疑問を抱く。いくら甘党だからといって、握り飯の中に餡子を入れるなど普通はしないし、今までやったこともない。だが先程あの少女と食事の支度を行っていた際、何の違和感もなく台所にあった小豆缶へと手を伸ばしていた。まるで自分の中で、『そうすることが当たり前』であるかのように───

 

「……はて、私ゃ何であんなことをしたんだろうね?」

 

 ぽつりと呟いたお登勢に答える者はおらず、たまとキャサリンは不思議そうな顔を互いに合わせた。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ふ~、お腹いっぱいアル。」

 

 膨れた腹を抱え、長椅子に横たわる神楽のだらしなく開いた口から、ゲフッと(おくび)が零れる。

 部屋の隅では満腹になった定春とフォウが、丸くなり寝息を立てていた。

 

「ほら神楽ちゃん、皆座るんだから起きてよ。」

 

「んあ?新八ィ、今から何しようってんだヨ。私はお腹の中の消化作業中で忙しいアルよ。」

 

「消化作業って、ただ寝転んでるだけだし……これから皆で話し合いをするって、さっき桂さんが話してたの聞いてなかった?」

 

「お~、原稿ページ10枚目にして漸く時が進むアルか、このままおにぎりを食べるだけのほのぼの回で終わるかと思ってたヨ。」

 

「それで終われたら書いてるほうも楽出来っけど、ストーリー進めねえといけねぇだろ。ほら早く退いた退いた、俺と新八が座れねえじゃんか。」

 

 銀時に急かされ、やむなく身体を起こす神楽。空いたスペースに腰を下ろした銀時が(おもて)を上げると、ちょうど向かいにエリザベートとアストルフォに挟まれる形で藤丸が座っていた。神楽と同様に膨れた腹を(さす)っていた彼だが、銀時の視線に気付くと、へへっと小さく笑う。

 

「よう藤丸、飯は美味かったか?あのババア口は悪ィけど、飯は一品なんだよ。」

 

「うん、美味しかった~。あの餡子入りは正直驚いたけど、あれ?意外とアリかな?なんて途中から思い始めてきちゃったし……。」

 

「ふっふっふっ……ようこそ糖分愛好連盟へ。お前と俺でメンバーは漸く二人だ、歓迎会としてケーキバイキングにでも行くか?」

 

「ちょっと白モジャ、アタシらの仔犬(マスター)を糖尿予備軍に引きずり込まないでくれない?まだ未来ある若者なんだからね。」

 

「そうそう、二人でケーキバイキングなんてズルいよ!だったら僕も糖分愛好連盟に入るから連れてって!」

 

「やったね銀さん、これで三人だ!」

 

「って何仔犬までノっちゃってんのよ⁉ズル~いだったらアタシもそのスイーツ連盟に入るゥ!」

 

 お約束のぐだぐだな空気が流れ、文字数が余計に加算されそうになっていたその時、桂の咳払いが室内に響いた。

 皆の視線が一箇所に集中する。そこには引っ張り出した予備の椅子に座る桂が、どこからか取り出した大きな紙をテーブルに敷いていた。高杉はというと、また先程の障子窓の側へと移動しており、食後の一服に煙管を吹かしているようである。

 

「えー、そろそろ始めても構わないか……?ではこれより、現状の確認と今後についての討議を行いたいと思う。ええと筆はどこに………」

 

「桂殿、もし書記が必要でしたら、僭越(せんえつ)ながら段蔵が承りましょうか?筆はこの通り、利き手に専用筆(マイブラシ)を内蔵しておりまする故。」

 

「おお、ではお願いしよう。この紙に議題や質問等を書いていってくれ……さて、何か疑問に思ったことなどがあれば、どんどん述べて構わんぞ。」

 

「はいはーいっ!バナナはおやつに入りますか?」

 

「リーダー、早速お約束の質問だな………高杉、これはどうなんだ?」

 

「あ?弁当と持ってきゃデザートの扱いになるんじゃねえか?」

 

「ふむ、だそうだリーダー。」

 

「ふーん、じゃあバナナ一束持ってきても、それをデザートと言い張ればデザートの扱いになるアルか?」

 

「え?むぅ、それは………高杉、どうなんだろうな?」

 

「いちいち俺に聞いてんじゃねえよ、てかこのままだといつまで経っても本題に入れりゃしねえだろ。あと一束は流石に多過ぎだ、精々一、二本にしておけ。」

 

「ね~スギっちもこっち来て座ろうよ~。ほらココ、僕の隣空けとくからさ。」

 

「やなこった、てめぇらとの馬鹿騒ぎに立ち交ざるつもりなんざねぇ。」

 

 高杉の冷たい返答と態度に、むぅ~とアストルフォは頬を膨らせる。彼が拗ねている傍らでは、段蔵が今の質問と回答をせっせと紙に記入していた。

 

「いやいや神楽ちゃん、ここはバナナより第一に聞かなきゃならないことがあるでしょ………あの、お二人の知っている範囲だけでも教えてくれませんか?今この江戸で、一体何が起きているのかを。」

 

 新八の質問により、緩みかかっていた場の空気が一気に引き締まる。すると桂はおもむろに椅子から立ち上がると、高杉のいる障子窓へと近付いていく。

 

「そうだな………だが俺が説明する前に、まずは見てもらったほうが早い。江戸の、『今』の姿を。」

 

 桂が取っ手へと指を掛けると、側にいた高杉と目が合う。暫し視線が交差した後、高杉のほうから逸らしたのを合図に、障子窓は開け放たれた。

 

「な………っ‼」

 

 

 そこから見えた景色………まず最初に目に飛び込んできたものに、銀時達は困惑する。

 

 明かりに溢れる地上を照らすは、空高く昇った『月』───だがその形は、自分達のよく知るものなどでは無かった。

 

 

 

 弧を描いた対称の二本の曲線、中央部の楕円型に黒を残したそれは、夜空に浮かび上がった巨大な『眼』。

 

 銀時達が見上げている間にも、虹彩や瞳孔と思われる黒い部分がしきりに動き、それはどう見ても生物の眼球の動きに酷似しており、それが一層異様さを際立たせていた。

 

 

 

「やだ、何よアレ……気味悪いわ!」

 

 夜空を見上げたエリザベートが、忌々しげに吐き捨てる。彼女だけではない、新八と神楽、そして銀時と藤丸も、あまりの不気味さに鳥肌が立つのを感じていた。

 

「……そうか、藤丸君にもアレが見えているのだな。どうやらあの月の形を認識出来るのは、サーヴァント(おれたち)に限られたわけではないらしい。」

 

「ヅラさん、それってどういうことなんですか……?」

 

「ヅラじゃない桂だ。今の俺が江戸(ここ)に現界した時には、既にこの国はこのような姿になっていた。いつまでも夜は明けず、酉の刻を過ぎた辺りから、ああして空に気色悪い月が昇る毎日だ………しかしどうしてか、街の者達の目には、あの月の姿が奇怪なものには映っていないらしい。俺も高杉に会うまでは、その事に気付かなかったのだが………。」

 

「なあ、もしかして藤丸があの月の形を俺達と同じように認識出来んのって、やっぱお前が『マスター』だから、ってのは考えられねえか?」

 

「ん~………どうなんだろう?こんな体験、今まで無かったからなぁ。」

 

 銀時の質問に藤丸は顎に手を添え、眉間に皺を寄せて考え込む。するとその時、藤丸の隣にいた新八が突然声を上げた。

 

「ん……あ、あれ?ちょっと、おかしいですよ⁉」

 

 椅子から立ち上がり、きょろきょろとせわしなく首を動かす新八の表情は、内心の動揺が露わになっていた。

 

「新八、どうした?」

 

「気付かないんですか銀さん⁉よく見てください………ターミナル、あそこにあったターミナルが、無くなってるんです!」

 

 新八の言葉に触発され、銀時と神楽は窓へと駆け出す。銀時が桂を押し退け、神楽の手が高杉の頭に乗せられる形となって、二人はそこから身を乗り出すようにして外を眺める。

 この窓から見える筈の景色は、嫌でも記憶に刻まれている。立ち並ぶ家屋や店の向こうに(そび)え立つ、一際(ひときわ)大きな建造物。『ターミナル』と呼ばれる巨大なそれは、正に近代化した江戸の象徴であり、その存在はここからも確認出来る………筈であった。

 しかし、今の銀時達の見開いた目に映っているものはターミナルなどではなく………(かつ)て、そのターミナルが在った場所に堂々と居座る、巨大な天守閣の姿。

 

「な………んだよ、アレ……⁉」

 

 自分達が知っている江戸とは大きく異なっている事実に、驚きと焦りを露わにした銀時は、ただ愕然とするしかなかった。

 

「……ねえパチ君、さっきから皆で言ってる『ターミナル』って何?」

 

「ああ、カルデアの皆は知らないもんね………ターミナルっていうのは、江戸の中心部に建てられた、惑星国家間の移動を容易にする為の転送装置のことだよ。」

 

「惑星国家間……転送装置……?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる藤丸達に対し、当惑する新八の後ろから桂が説明を付け加える。

 

「まあ、簡単に説明するとターミナルは様々な宇宙船などが発着する、言わば空港のようなものだ。」

 

「ふーん、空港ねぇ………でも今あそこに建ってるのって、どう見てもお城でしょ?まあ、アタシのチェイテ城に比べたら外観も品位も劣るけど。」

 

「……何故ターミナルが無くなっているのか、何故そこにあの巨大な天守が建っているのか。残念だかその疑問に納得のできる答えを述べられる程の知識も情報も、今はまだ備わっていない。どうかその辺りは容赦してほしい、許せ。」

 

 目を伏せ、陳謝する桂の背後で、高杉は未だ自身の頭部に乗ったままの神楽の手を払い除けている。煙管を咥えたままの彼の右眼は、天高く伸びた天守をひたすら映し続けていた。

 

「これで分かっただろう、銀時。ここは既に貴様………いや、貴様らの知っている江戸ではないのだ。」

 

 これ以上は見ていても無意味とばかりに、伸ばした桂の手が障子窓を半分だけ閉ざす。

暫くの間呆然と立ち尽くす銀時であったが、やがて大きく溜息を吐くと、元いた長椅子へと戻り、再び腰を下ろす。

 

「銀さん……。」

 

「藤丸ゥ………はは、本当笑えねぇぜ。いきなり日常から切り離されて訳分かんねえトコに飛ばされたと思ったら、今度は元居た世界が可笑しなことになってるだなんてよ………少年漫画だったら、毎週のはがきアンケートに割と高評価で記入してるストーリー展開だな、オイ。」

 

 力なく笑い、項垂れる銀時の姿に心痛する藤丸に、彼の隣にいたアストルフォが怪訝な面持ちで尋ねてくる。

 

「ねえマスター、これは僕の勘なんだけど………この江戸(まち)も人もおかしくなっちゃったのって、ひょっとしてまた『聖杯』が絡んでるから、なんじゃないかな?」

 

「……うん、実は俺も少し勘づいてた。本来は霊基にいない筈の銀さん達が、こうしてサーヴァントになって現界してる辺りから薄々とね。」

 

「『聖杯』……?おい、何だそりゃ。」

 

「何アルかそれ?食えるモンアル?」

 

 聞き慣れない単語に反応し、ぞろぞろと皆が藤丸達の元へと(つど)ってくる。窓辺の高杉は少しも動く様子を見せないが、どうやら耳だけはこちらに向けているようであった。

 

「えっと……聖杯っていうのはね、簡単に言えば願いを叶える願望器のことなんだ。アレがあれば、どんなことだって簡単にできちゃうし、正に最高位の聖遺物と言っても過言ではない………それに聖杯の力があれば、一つの世界の在り方を歪めてしまうことだって、容易に出来ると思う。」

 

「簡単に世界を歪められる、だと………そんなヤバい代物が、この江戸にあるってのか⁉」

 

「だが銀時、此度の異変が仮に藤丸君の言う、その聖杯の力によるものだとするならば、この世界の異変や人々の記憶の改竄(かいざん)、まして本来は存在し得ない者が存在するなど………今までの不可解な出来事に、全て合点がいくと思わないか?」

 

 憶測を並べる桂の目が、寝室の襖へと向けられる。これまでの喧騒にも物音一つ立てない様子から、松陽は余程熟睡しているらしい。

 

「……実はな銀時、先程お登勢殿がお前にとったような反応は、ここに来て初めて見たものではない。」

 

「は?どういうことだよ、ヅラ。」

 

「ヅラじゃない桂だ。先程は往来の場で口を噤んでいたのだが………実は俺と高杉も、今の貴様らと同じなのだ。」

 

「俺らと同じ、って………まさか───」

 

「ああ。俺もヅラもこっちに現界した時っから、こっちの世界にゃ(はな)から『いなかった』ことになってやがる。」

 

 銀時の声を遮ったのは、高杉の放った信じ難い一言。煙管をしまい、おもむろにこちらへと体を反転させる彼の面には、皮肉めいた微笑が張り付けられていた。

 

「『いなかった』………それじゃ鬼兵隊は、桂さんのいた攘夷党も……?」

 

「新八君、今君の推測している通りだ………ここではそのようなもの、初めから『無かった』ということになっている。故に居場所も同士も失った我らは、君達に会うまでこうして二人で行動を共にしていた、ということだ。」

 

 淡々と語る桂の口調は、表面では冷静を保っている。だが彼の額を伝う一筋の汗が、僅かな動揺を窺わせた。

 

「……………。」

 

 理解し難い推測と、受け入れ難い事実に、沈み切った空気が重く肩に圧し掛かる。

 誰もが押し黙っていたその時、高杉が静かに口を開いた。

 

「なあ銀時………俺がさっきテメェに言った事、覚えてるか?」

 

「は?あ、あぁ……確か、俺に確認しておきたいことがあるっつってたな。部外者に聞かれたくないだとか言ってたが、一体何のことだ?」

 

 (いぶか)しげに尋ねる銀時、すると高杉は小さく吐いた溜息と共に、ぽつりと零した。

 

「………松陽先生の事、なんだがな。」

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【参】常夜の国(Ⅴ)

 

 

「松陽が………どうしたんだよ?」

 

 高杉の口から不意に出た恩師の名に、銀時の表情が緊張に強張る。

 張り詰めた空気が再びその場に流れ出し、誰かが唾を呑み込む音が微かに聞こえた。

 

「なぁ、銀時。」

 

 ゆっくりと開く高杉の唇、そこから一体何が飛び出してくるのだろうと、銀時は無意識に身構える姿勢を取った。

 

「てめぇ………松陽先生と風呂に入ったことあるか?」

 

「………は?」

 

 ドドドと皆が一斉に床に倒れていく音を背中で聞きながら、銀時は予想だにしていなかった質問に対し、思わず目が黒ゴマのような点になる。

 

「何だぁ?何言ってんのかまるで分かんねえって(つら)してんな。」

 

「分っかんねえわァァァァっ‼何なのお前っ⁉前回のラストを意味深げな一言で終わらせたりなんかしてさ、そいで読み手側の期待散々煽っておきながら、一話隔てて聞きたかった質問がソレってどういうこと⁉さっきまでのシリアス展開真っ只中だった空気返して‼」

 

「あ?馬鹿なお前にゃ聞き方が悪かったな、それじゃこれならどうだ………松陽先生の裸、見たことあるか?」

 

「さっきより酷くなってるゥゥゥっ⁉完全アウトな内容の質問にグレードアップしてんじゃねえか‼どうしたの高杉クン、一体俺から何を聞きたいのぉ⁉捉え方によってはタグ付け替えなきゃいけない事案だよコレ‼」

 

「ええっ⁉銀ちゃんたら、松陽さんとそんな××××(ピ───)な関係だったのぉ?面白そうだから僕にも詳しく教えてよ~!」

 

「ギャーッ‼教師と教え子の淫行だなんて卑猥だわ!破廉恥(ハレンチ)だわ!うら若き乙女や未成年のいる前で、何て(いや)らしいことカミングアウトしようとしてんの白モジャっ‼」

 

「ハイっそこ反応しない!ほら~もう早速あらぬ誤解を招いちゃってるじゃん‼この作品はな、あくまでもギャグとシリアスと戦闘と下のネタを兼ね備えたクロスオーバー小説で進めていくつもりなんだから、あんましアブノーマルな方向に走らせようとしてんじゃねえよ‼」

 

「で、どうなんだい銀時ィ?先生と風呂に入ったことがあんのか?無ぇのか?入ったことがあるとしたらそれはいつ頃だ……?答えによっちゃ、てめぇを今ここで霊核(タマ)ごと焼き尽くすことになるが?」

 

 銀時の胸倉を掴んで詰め寄り、殺気の篭った右眼で()めつけてくる高杉。心なしか……否、彼の周りを漂う琥珀の蝶の数も、確実に多くなっているのは一目瞭然だ。

 

「わぁ、綺麗アル~。」

 

 神楽が無邪気に目を輝かせ、ひらひらと舞う蝶の一羽に触れようと手を伸ばす。すると彼女の方へと首の向きを変えた高杉が、そちらに向かって強く息を吹いた。直後、蝶はまるで風を受けた蝋燭の火のように、輝く身体を宙で四散させ消えてしまう。

 

「あ~!スギっち何するネ⁉」

 

「気をつけな、じゃじゃ馬姫。そいつは蝶のフリをした憎悪の(かたまり)だ。俺の機嫌次第じゃあ、指先が触れただけで骨まで残らず消し炭になるぞ。」

 

「んな厨二臭い要素満点のヤバいモンが常にお前の周り飛んでんの⁉つーかさっきより数が増え、ギャアァァこっち来たァァァっ‼」

 

 鼻先にまで接近しようとしてくる琥珀の蝶に、パニック寸前に陥る銀時。すると見かねた桂が、二人の間に仲裁に入った。

 

「こら高杉!俺達が銀時に確認したい内容というのは、共に入浴した事実の有無ではないだろう!」

 

「……ちっ。ああ、そういやそうだったな。」

 

 高杉の手が漸く離れ、次々と消えていく蝶に銀時は安堵の息を漏らす。床から体を起こす皆の注目も、自然と彼らへと集中していった。

 

「まあ俺としても、貴様が先生と入浴したかについては気になって仕方ないのだが。俺達だって一緒に風呂など入った事がないというのに、ええいどうなのだ銀時⁉」

 

「結局オメーもそれかよ!どっちの味方についてんだヅラァ‼」

 

「大丈夫だよ銀さん、俺も小さい時は大人と一緒に入ってたし、今更恥ずかしがることないって。」

 

「いや藤丸、別に恥ずかしいとかそういうことじゃなくてだな……。」

 

「まあ、戯れはこの辺にしといてやらぁ。」

 

「戯れだったの⁉さっき俺の事本気(マジ)で殺す気だったよなぁスギっち⁉」

 

「てめえまでスギっち呼びは()めろ、燃やすか叩っ斬るぞ。」

 

「よさんかスギっ………高杉。それで銀時、実際はどうなのだ?」

 

 高杉の鋭い視線を背に受けながらも、微塵も動じることのない桂の問いに、銀時は頭を乱暴に掻きながらぶっきらぼうに答えた。

 

「ああ、あるよ。つってもお前らと会うずっと昔に何回かだけどな………んで、それがどうしたんだよ?」

 

「………その時、先生の背中は見たか?そこに何か、『変わったもの』は無かったか?」

 

「は?背中?一緒に風呂入ってんだからそりゃ見るだろ、よく流してたし………背中は、別に普通だったぜ。傷痕一つ無かったと思うけど…………なあ、だからどうしたってんだ?」

 

 中々核心に触れようとしてこない桂にやきもきしながら、銀時はやや苛ついた声色で彼に尋ねる。すると桂は少し考える素振りを見せた後、先程筆記に用いろうと出していた筆を手に持つと、段蔵の記録する紙の空いている下部に穂先を滑らせていく。

 数名が上から覗き込む中、静かに筆を置いた桂は段蔵に断りを得てからその箇所だけを裂き、完成した『それ』を皆に見えるよう掲げた。

 

「な………何ですか、それ……⁉」

 

 新八の声が、驚愕と別の感情で微かに戦慄(わなな)く。驚きを隠せないのは彼だけではない。銀時も、神楽も、そして藤丸達も、そこに描かれたものに絶句する。

 

 

 桂が紙に筆を走らせ、生み出したもの………それは文字ではなく、一つの図であった。まるで何かの紋章のようなその図は、よくよく見れば何かを表している。

 

 

 伸びた(つの)、鋭い牙、そして二つの恐ろしい眼…………一つ一つを合わせて出来たそれを見た誰もが、『鬼』の顔を連想した。

 

 

「……先程、松陽先生の着物を着替えさせた際に気付いたのだが、あの人の背中に赤い刺青のような、この模様があったのだ。」

 

「なっ……んだって⁉」

 

「銀時、てめえがさっき言った昔の記憶が本当なら、こんな気味の悪ぃモンは本来なら先生には無い筈だろ。だが俺もヅラも、先生の背中に刻まれたコレを、実際にこの目で見ちまってんだ………こりゃあ一体、どういう事なんだろうな。」

 

 最後の呟きは誰に向けたものでもなく、高杉は大きく息を零すと、腰を下ろした長椅子の背凭(せもた)れに体を預け、寝室の襖へと目をやった。

 

「……あれ?」

 

 と、ここで首を傾げたのは藤丸。桂の書いた絵と、自身の右手を何度も交互に見ている彼に、気付いたエリザベートが声を掛ける。

 

「仔犬、どうしたのよ?」

 

「いやぁ何かさ…………よく見たら似てるなと思って、アレ。」

 

 ほら、と藤丸が上げた右手の甲には、赤く刻まれたマスターの証……『令呪』と呼ばれる刻印。彼が今しがたやったように、皆もそれと桂の絵を何度も見比べ、やがてあちこちで合点のいった者達が声を上げ、掌を拳で叩いた。

 

「む~……確かに、マスターの令呪と何となく似てる感じがするね。」

 

「ええ。色や形状など、どことなく共通するものがあるように、段蔵も思いまする。」

 

「なあ藤丸、その……令呪?つったっけ。一体そりゃ何なんだ?」

 

「銀さん、カルデアでダヴィンチちゃんさんが説明してくれたのに、もう忘れたんですか?」

 

「それ、私も小難しくて分からなかったヨ。もう一回説明してプリーズ。」

 

「えぇ~……マシュやダヴィンチちゃんほど上手く説明は出来ないと思うけど、仕方ないなあ。」

 

 銀時と神楽の要望に戸惑いながらも、藤丸はコホンと咳ばらいを一つし、やや緊張気味に説明を始めた。

 

「えっと、令呪っていうのはね…………簡単に説明すると、サーヴァントを使役する為の絶対的命令権なんだ。例えば、言う事を聞かないサーヴァントに強制的に命令に従わせたり、またはサーヴァントの戦闘力を大幅に上げたりなんて使い方もあるね。」

 

「ふーん………まるで奴隷につける首輪みてぇだな、見えない力的なもんでサーヴァントを縛ってんのか。」

 

「サーヴァントっていうのは、魔術世界における中で最上級の使い魔だからね。本当はその扱いもかなり難しいんだ。マスターの命令に従わないで意思のままに動き回ったり、時にはマスターを殺そうとしたなんて例もあるくらいだから……そんな大きな力を従わせる為に、こうして令呪があるんだと思うよ。」

 

「成程なぁ。まっ、野良サーヴァントの銀さんにゃ令呪なんて関係ないけどね?俺的にゃ縛られるより縛るほうが好きだし。うん。」

 

「あ~ら奇遇だわ、アタシもそういった加虐思考を持ち合わせているの。そっちの面ではアンタと気が合いそうね、白モジャ。」

 

 互いに目を合わせ、ニンマリと腹黒い笑みを湛える銀時とエリザベート。色々とヤバそうなコンビの誕生に苦笑しながらも、藤丸は説明を続ける。

 

「まあ基本として使えるのは全部で三回、その一画一画が膨大な魔力を秘めた魔術の結晶であり、それが令呪の宿ったマスターの魔術回路と接続することによって、サーヴァントに強力な命令を下すことが出来るものだよ………ふう、こんな感じかな?段蔵、カンペありがとう~。」

 

「お役に立てて光栄です、マスター。」

 

「カンペだったのォォォっ⁉どっから導入されてたか全然分からなかったよ!」

 

「最初の『……』が続いた辺りで、ふと目をやった先にカンペ持った段蔵がいたもんだから。いやぁ助かったよ。」

 

「ふむ………藤丸君、君のその令呪なのだが、俺に少し見せてくれんか?」

 

「え?はい、どうぞ……。」

 

 おずおずと差し出したその手を、桂の両手が軽く包み込む。掌で令呪に触れるなどした後、桂は首を傾げて藤丸を解放した。

 

「ヅラ君、どうかした?」

 

「いや………藤丸君の令呪に触れて確かめてみたのだが、これと松陽先生の背中にあるモノとは、どうも何かが違うようだ。それとヅラじゃない、桂だ。」

 

「違うって……桂さん、分かるんですか?」

 

「ふふん、(あなど)るでないぞ新八君。これでも俺は魔術師(キャスター)として現界しているからな。魔術の心得は元より備わってはおらぬものの、通常のサーヴァントよりはこういったものを敏感に感じ取ることなど容易いものだ。」

 

 得意げに鼻を鳴らす桂にちょっとだけ苛つきながらも、銀時は今しがた彼の言ったことの真意が気になって仕方なく、説明の続きを催促する。

 

「んなことより、どういうこった?藤丸の令呪と先生の背中のソレが関係ないもんとなりゃ、一体何だってんだよ?」

 

「そこまでは俺も分からん。先程も言ったが、本来の俺は魔術師ではない。あくまで触れた時に感じた微々たる魔力のようなものを、俺の中で比べた結果に過ぎんからな……。」

 

 ふぅ、と溜め息を零し、桂は頬杖をついて自身の描いた鬼の刻印に目をやる。その表情からはやや困憊(こんぱい)している様子が(うかが)えた。

 

「ふぁあああぁぁ~……。」

 

 張り詰めた空気の中で、大きな欠伸が一つ。見れば、神楽が眠たげに目を擦っていた。

 

「神楽ちゃん、眠いの?」

 

「ん~……腹もいっぱいになったし、それにもうくたくたアル………。」

 

「ふあぁ……欠伸うつっちゃった。確かにたくさん歩き回って戦って、僕も疲れちゃったよぅ。」

 

「……そうだな、今日はもう休むとしよう。今後のことは明日また話し合うことにするか。段蔵殿、討議の記録ご苦労。」

 

「いいえ、段蔵が自ら引き受けたことです。しかし桂殿、この人数で休むことになると、全員は寝室に収まりきらないのでは?」

 

 テーブルの上のものを片付けながら段蔵が尋ねると、桂は「あっ」と声を上げ、顎に手を当てる。どうやらそちらのことにまで、頭が回っていなかったらしい。

 

「あふ……銀ちゃん、私松陽と寝るアル。あっちの部屋は私らが使うから、お前ら大人はここで休むヨロシ。」

 

「しゃーねえな、まあ俺らはまだ眠くないからいいけど……おい神楽、ちゃんと布団敷けよ、横着して松陽の布団に潜り込むんじゃねえぞ。」

 

「わ~い!皆で寝るなんて修学旅行みたいだね!僕行った事無いけど。ねえねえマスター、枕投げしようよ~!」

 

「んー、今は松陽さん休んでるから、それは後日に回そうか。」

 

「えぇ~……一つの部屋に男女が一緒になって休むだなんて、何かあったらスキャンダルよ?アイドルの名に傷がついちゃわないか心配だわ……。」

 

「大丈夫ヨ~エリちゃん、藤丸と松陽はまず無いだろうし、残ったこの童貞眼鏡も夜這いなんて大それた真似、起こすほどの度胸も根性も無いアル。」

 

「失礼な奴だな君はァァっ‼僕だってその気になれば夜這いくらい───あっ嘘、嘘だよエリちゃん、だからその槍をこっちに向けな、ギャアアァごめんなさいごめんなさい‼出来もしないことを二度と大口叩いたりしませんからァァァァっ‼」

 

 必死に逃げ回る新八と、それを追いかけるエリザベートの二人が繰り広げる追いかけっこ。目の前で繰り広げられるドタバタ劇に笑っていた銀時だったが、ふとどこからか視線のような気配を感じ、周りを見回す。

 すると今居間と廊下を繋ぐ間にある扉が、僅かばかり開いているのを見つけた。

 

「……あぁ?」

 

 その隙間から顔を出し、怪訝な顔で様子を窺うも、目の前には玄関までの暗い廊下が広がっているだけ。

 

「銀さん、どうかした?」

 

「藤丸……いや、今なんか…………やっぱ何でもねえわ。」

 

 まだ疑念の心は晴れていないものの、とりあえず気のせいだと思うことにし、銀時は扉の取っ手に手を掛ける。

 

「………気のせい、だよな。」

 

 もう一度、自身にそう言い聞かせるように呟いて、銀時は扉をゆっくりと閉めた。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

  ────藤丸は、夢を見ていた。

 

 

 頬を撫ぜる冷たい風と、子ども達の声に目を開けると、山間から覗く夕日に照らされた河原の道を、一人の大人と数名の幼子達が歩いているのが見えた。

 

 彼らが囲んでいるその大人は、亜麻色の長髪を風に(なび)かせ、遠目だと性別が分からない。いずれも子ども達はその人物から離れることはなく、絶えず楽し気に話しかけている。

 

 その賑やかさから少し離れたところを、一列になって歩く子どもが三人。

 先頭の幼子は高い位置で結わえた長髪を揺らし、その後ろのきちんとした身なりの子どもは鋭い切れ目で前を見据え、そして一番後ろにいる少年は、眠たげな様子で歩を進めている。彼の頭髪は他の者達とは明らかに異なり、ふわふわとした銀色の髪が、夕日を受けて(きらめ)いていた。

 

 

 

 ………何故だろう。俺は、この子達を知っているような気がする。

 

 

 彼らの遥か後方を歩きながら、藤丸は直感的にそう思う。

 

 すると、銀髪の少年が急に立ち止まり、おもむろに振り返る。二つの緋色の瞳は、真っ直ぐにこちらを見上げていた。

 

 

「──、───────。」

 

 

 ぱくぱくと動く口、そこから声となった音は、聞こえない。

 

 茫然としているうちに銀髪の少年はそっぽを向き、他の子ども達と空いた距離を埋めるように、前へと駆け出していく。

 

 

 いつの間にか、藤丸は足を止めていた。

 少しずつ遠くなっていく小さな背中を、彼らの姿をただ一人見つめる藤丸の横で、夕日は山々の向こうへと徐々に姿を沈めていった────

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 ドスッ、

 

 

「ぐふぇっ。」

 

 鳩尾に走った衝撃と痛みに声を上げ、藤丸の意識は微睡(まどろ)みから一気に覚醒する。

 何が起きたのかを確認するため、寝惚けた意識の中で首を僅かに動かすと、自身の腹部辺りにアストルフォの足が見えた。

 

「もう、アストルフォったら………痛てて。」

 

 まだ僅かに痛む腹を押さえ、藤丸はむくりと体を起こす。壁に掛けてある時計を見上げれば、時刻は二時過ぎを指している。室内に響く時計の秒を刻む音を聞いているうちに、眠気は少しずつ晴れていった。

 寝惚け(まなこ)を擦りながら、藤丸は周りで眠りこける皆の様子を何気なく見回す。壁に凭れ掛かって休む段蔵や、枕の上に並ぶ穏やかな寝顔を順に眺めていくうちに、ふと同じ布団の中で、ぴったりとくっついた状態で眠る松陽と神楽を発見する。

 銀時の言いつけを守らずに、松陽の布団にそのまま潜り込んだ彼女はすやすやと寝息を立てており、その姿はまるで母親に甘える仔兎を思わせた。また松陽のほうも顔色はすっかり良くなり、穏やかに呼吸を繰り返し眠っている様子に、藤丸は安堵した。

 

「ん……?」

 

 アストルフォの掛け布団を直していた時、襖の向こうから話し声が聞こえてくることに気付く。音を立てないように襖へと近付き、僅かに開けた隙間から覗くと、照明代わりの月明かりを受けた部屋で、三人の男達が(さかずき)を傾けていた。

 

「ほいじゃ、お前らもそういうことでいいんだな?」

 

何遍(なんべん)も同じこと言わすんじゃねえよ……不服だが、それしかあるめぇ。」

 

 長椅子に腰掛けた銀時の向かいで、高杉はぶっきらぼうに返す。その隣に座った桂のいるテーブルには、戦闘の際に用いていたあの巻物が数本広げられているのが見えた。

 

「でもよぉヅラ、これって一応藤丸に話してからのほうがよくね?俺らの内でOKってことになっても、やっぱしアイツの意見も聞かねえと……。」

 

「ヅラじゃない桂だ。そうだな、では本人に確認を取るとしよう………なあ、藤丸君?」

 

 不意に名を呼ばれ、吃驚(きっきょう)し肩が跳ね上がる。不敵に笑う桂の顔は、明らかにこちらを向いていた。

 

「何だよ藤丸、起きてたのか?」

 

 桂の一言によりこちらの存在に気付いた銀時にまで声を掛けられ、藤丸は止む無く襖を開け、寝室からのそのそと出てきた。

 

「あはは………ごめんなさい、覗き見するつもりは無かったんだけど。」

 

「いいって、なら今の俺らの話は聞いてただろ?寝れねえってんなら丁度いいや、こっち来いよ。」

 

 そう言って銀時が人差し指で示したのは、ちょうど空いた自分の隣。音を立てないよう静かに襖を閉め、そこへと移動している最中に、おもむろに立ち上がった桂が台所へと向かって行った。

 

「あれ?そのお酒どうしたの?」

 

「ババアが台所にあるモンは好きにしていいっつったろ?だから好きに飲ましてもらってんの。」

 

「……高そうな瓶だけど、それ本当に飲んでよかったのかな?」

 

「い~のっ。まあいざとなったら、高杉クンのポケットマネーで解決してもらうから。ねえスギっち?」

 

「阿呆か、てめえにゃ一銭もくれてやるつもりなんざねぇよ。あとスギっちは止めろっつったよな?本気(マジ)で燃やすぞ?」

 

「悪かった俺が悪かった。だから一旦落ち着こう高杉クン?文章形態だから分かりにくいけど、君の周りにまたあの蝶々(バクダン)めっさ飛んでるから、火事とかになったら危ないからっ‼」

 

「あはは………ところで銀さん達、寝なくて平気なの?」

 

「あ?ああ、不思議なことに全っ然眠くならねえ。さっき段蔵が言ってた通りだな、眠気も無けりゃ催すことも無ぇ、サーヴァントって奴ぁ便利なモンだな。」

 

「だがそりゃあ同時に、生き物としての欲求を満たす必要が無いにも関わらず存在出来ている俺らは、既に『人でなし』になっているってことをまざまざと思い知らされてる、ってことでもあるんだぜ。銀時。」

 

 猪口代わりの湯呑(ゆのみ)に酒を()いだ高杉の言葉に、銀時の笑顔が強張る。そんな事を今まで考えもしなかったのだろう、黙ったまま自身の掌を見つめる彼の表情は、藤丸がまだ見たことのないものであった。

 

「銀さん……。」

 

 何か話しかけようと困惑していたその時、ふわりと甘い香りが鼻先を掠める。

 

「あれ?この匂い……。」

 

 くんくんと鼻を動かす藤丸、彼の嗅覚が捉えたのは、台所から戻ってきた桂がお盆に乗せたもの。

 

「藤丸君、眠れぬようならこれを飲むとよい。温まるぞ。」

 

 桂が藤丸の前に置いた湯呑には、ほかほかと湯気の昇る淹れたての飲み物。色はココアに似ているものの、入れられたスプーンでかき混ぜると一層漂うその匂いは、藤丸にも覚えがあるものだった。

 

「わぁい、ありがとう桂さん。俺これ好きなんだ~。」

 

「はっはっは、そうかそうか。NILO(ニロ)は成分が沈殿している場合もあるから、よくかき混ぜて飲むのだぞ。」

 

「はーい………え?NILO?」

 

「む?NILOだが………何故そう訝しむ、好きなのだろう?」

 

「いや、確かに色も匂いも同じなんだけど………『NI()』なの?『MI()』じゃなくて?」

 

「『MI()』ではない、『NI()』だ。まあ心配するな、君の知っているM〇LOと同様、これも美味しさと健康を兼ね備えたマイルドな麦芽飲料であることに変わりはない。」

 

「あ、言っちゃった。M〇LOって大分バレバレだけど言っちゃったよ桂さん。」

 

 まあ大人の都合は置いておくとして、藤丸は両手で持った湯呑を口元まで近付け、ふぅふぅと軽く息を吹いてから、漸く一口飲む。じんわりと広がる優しい甘さは、やはり藤丸のよく知るもので…………うん、やっぱコレM〇LOだわ。

 

「おーぅ、何か俺も甘いの欲しくなっちゃったなあ、一口くれや。」

 

 藤丸からの返答を待たずして、銀時の手がNILOの入った湯呑を取り上げる。器を傾け、口を離した銀時の顔は、如何にもな不満顔であった。

 

「ヅラよぉ、これ少しばかり薄いんじゃねえか?どうせババアのとこのモンなんだから、粉ケチって使ってんじゃねえよ。」

 

「馬鹿を言え、俺はちゃんと分量通りに作ったぞ。貴様が普段飲んでいるものが濃すぎるのではないか?」

 

「ハッ!銀さん………これで間接キスだね(ポッ)」

 

「えぇい頬を赤らめるなっ!大体俺が飲んだのはこっち、お前が口付けたとこと反対だから!間接キスとか無効だかんな!」

 

 ほんの冗談に対し、焦った様子で(まく)し立てる銀時の反応が予想だに面白く、突き返された湯呑を受け取りながら、藤丸は聞こえないように含み笑いをする。その姿に一人気が付いた高杉も、低く笑いを零した。

 

「ところで、さっき話してたことって何?俺にも話さなきゃ、とか聞こえたんだけど……。」

 

「何だ、肝心なとこは聞いてなかったのか。」

 

「良いではないか銀時。重要な事柄だ、ここは改めて藤丸君にきちんと話をすべきだろう。」

 

「ハイハイ、分かりましたよっと。」

 

 頭を乱暴に掻きながら、銀時はすぐ隣の藤丸へと向き直る。つい先程のちゃらけた様子とは雰囲気が一変し、こちらを見据えてくる二つの紅に思わず緊張し身体が強張った藤丸に、銀時は口を開いた。

 

「藤丸、さっきこいつらとも話し合ったんだが………俺達、この江戸の事をもう少し詳しく調べてみることにしたんだよ。それにあたってだな……ええと……。」

 

「銀時ィ、言いにくいんなら、根性の無ぇテメエに代わって俺から言ってやろうか?」

 

「へっ、テメーの手なんざ借りねぇよ!」

 

「いいから早いとこ要件を言わんか。只でさえ書き上がりが遅いというに、これ以上余計に文字数を喰うでないぞ。」

 

「わーってるつーの!ったくどいつもこいつも………それでな藤丸、お前に……お前さん達に、改めて頼みたいことがある。どうか俺達に、お前らの力を貸しちゃくれねえか?」

 

「いいよぉ!」

 

 F1レーサーもびっくりな速さでの即答と、スリ〇クラブのフラ〇チェン張りにいい返事に、銀時は椅子からずり落ちる。

 

「早ぇっつの!せめてもうちょい考えるとかあるだろ⁉あのな藤丸、銀さん今いつになく真剣なの。カルデアにとっても、そっちの人類にとっても重宝されてるお前を、こんな訳の分かんねえ事態に巻き込んじまって、本当悪いと思ってる………だが、俺はどうしても知りたい。何故俺達がサーヴァントになったのか、一体この江戸(くに)(かつ)て何が起こって、現在(いま)もどんな事が起きているのか…………それに。」

 

 銀時が皆まで言わずとも、続けて何が言いたいのかは当に分かっていた。こちらから逸らした視線が見つめるのは、固く閉められた寝室の襖。見れば銀時だけでなく、桂と高杉も同じ目をして同じほうを向いている。

 彼らと松陽の間には何があったのか、藤丸はまだ何も知らない。だがそれを知るのは、今でなくてもよいだろう。夕刻、河川敷で化け物達に襲われた際に、彼らが振るっていた刃から感じたものは強靭さだけではなく、大切な(ひと)を守らんとする意思であったから。

 

「大丈夫だよ銀さん。別に俺も皆も、巻き込まれたなんて思っちゃいないよ。それにもし、この件に聖杯が絡んでいたとしたら、寧ろこっちの問題に銀さん達を巻き込んだってことになるんだから………まあ、カルデアと通信が出来ていない状態が続いてるから、その辺はまだ何とも言えないんだけどさ。」

 

「藤丸……。」

 

「それに、俺も松陽さんのことが心配なんだ。あの人を追っていた、妙な連中のこともあるし。もしかすると、松陽さんが記憶を無くした事とこの国の変異、どこか繋がっている可能性だって無きにしも非ずだろ……?なんて、カルデア(うち)にいる名探偵みたいに言ってみたり。」

 

 へへ、と照れ笑いを浮かべながら、藤丸は(ぬる)くなったMI……じゃなかったNILOを飲み干す。こんな異常事態に巻き込まれたにも関わらず、微塵も狼狽することの無いこの少年に、銀時達は感服すると同時に、協力の申し出をあっさりと受け入れてくれた彼の器の大きさに深謝した。

 

「藤丸………ありかとうな。」

 

 銀時の大きな手に頭を撫でられ、やや乱暴な手つきに「うぉううぉう」と声を漏らしながらも、藤丸は笑顔を返した。

 

「よーし!そうと決まれば、皆が起きたら伝えなきゃな。きっと喜んで受け入れてくれ……て………。」

 

 唐突に、ぐにゃりと歪む視界。言いかけた言葉は語尾が小さくなっていき、隣の銀時に凭れ掛かる頃には、それは寝息へと変化していた。

 

「藤丸……?え、このタイミングで眠りに入るの?の〇太君だってちゃんと羊を三匹数えてからだってのに、寝つきがいいにも程があんじゃねぇ?」

 

「漸く寝たか………どうやらNILOに施した、安眠の(まじな)いがよく効いたようだな。うむ、初めてにしては我ながら上出来だ。」

 

「お前、いつの間に一服盛ってたんだよ…………おい高杉、お前もヅラにゃ気をつけたほうがいいぜ?何時(なんどき)にナニ仕込まれてるか、分かったもんじゃねえからな。」

 

「人聞きの悪いことを申すな!それとヅラじゃない桂だ!」

 

「ああ、肝に銘じとくぜ……それより銀時、テメエも藤丸の飲んだソレ、口をつけてたじゃねえか。」

 

「へ?あっ────」

 

 高杉がそう放ったのが合図であったかのように、がくりと一気に力の抜ける身体。次の瞬間には、背もたれに倒れかかった銀時の開いた口から、(いびき)が聞こえ始めた。

 

「……全く、単純な奴め。」

 

 溜め息交じりに零しながら、桂は長椅子で眠りこける二人に毛布を掛けてやる。お互いに身を預けるようにして寝ている銀時と藤丸は、どことなく兄弟のように映った。

 

「高杉、お前も休め。俺の知っている限りでは、お前は一睡もしていないだろう。」

 

「別に、眠くならねえから眠らないだけだ。お前こそさっさと休んだらどうだ?キャスターと言えど、あれだけ魔力を消費すりゃあ困憊(こんぱい)しないほうがおかしいぜ。」

 

「そうだな、これを終えたら休むとしよう。」

 

 桂はまた長椅子に腰を下ろすと、広げたままの真っ白な巻物を前に筆を取る。不思議なことに、そこに墨や(すずり)は見当たらない。すると桂の握った筆の先端が、じわりじわりと淡く光り出す。やがて穂先全体が光に包まれた時、桂はそれを紙へと滑らせた。文字や魔術式などを次々に記した筆の軌跡は、僅かな間だけ光り輝いた後、墨と同じ黒へと変化していく。

 

「難儀だねぇ、お前さんも。」

 

「仕方なかろう。強力な魔術も呪文の詠唱も出来ない俺は、こうして事前に術式を書き記しておかねば、いざという時に戦えんのだから。」

 

 真面目(しんめんもく)に作業を行っている桂の様子を、高杉は酒の残った湯呑を傾けながら観察する。すると、その筆の動きが不意に鈍くなった。

 

「………なあ高杉、松陽先生のことなのだが。」

 

 (おもて)を上げぬまま零した彼の声は、どこか暗澹(あんたん)としている。高杉は何も答えぬまま、桂の言葉に耳を傾けた。

 

「もしも、もしもだぞ?あの襖の向こうにいる松陽先生が、仮に記憶を取り戻したとしても………その時俺達の前にいるのは、本当に『松陽先生』なのだろうか?」

 

「………ヅラ、何が言いたい?」

 

「俺とて、先生にまた会えたのは嬉しい。物凄く嬉しい。河川敷で先生の姿を見た時、思わず感情が胸の内から込み上げ、爆発しそうになったくらいだ………だが高杉、お前も知っているだろう?松陽先生に似た…………いや、『松陽先生と同じ』姿形をした、あの男のことを。」

 

 筆を握る桂の手が、僅かに震えているのが分かる。

 彼は恐れているのだ。また再会した恩師が、実は全くの別人である可能性を、自分の中で捨てきれないことを。

 

「……んなこたぁ、俺にも分からねえよ。とにかく今眠ってる先生が目を覚まさねえ限りじゃ、そう憶測を立てんのは早すぎンだろ。」

 

「そう、か……そうだな。可笑しなことを言ってすまぬ。やはり俺も疲れているらしいな、もう休むとするか。」

 

 一方的に喋り続け、桂はテーブルの上の巻物や湯呑を片付けだす。強張った笑顔は、拭いきれない不安からだろう。

 

「……………。」

 

 高杉は湯呑に残った酒を一気に呷り、障子窓の方を見やる。

 

 そこから見える、雲一つない小夜に浮かんだ『月』が、丑三つ時の江戸を静かに照らしていた。

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【肆】幽暗の暁(Ⅰ)

 

 

 

 

 『化け物』

 

 

 『鬼の子め』

 

 

 『忌まわしい、何て忌まわしい』

 

 

 

 まるで豪雨のように降り注がれる、容赦ない罵詈雑言。

 

 聞くに堪えないそれらを遮るべく、耳を塞ごうと手を動かす。

 しかしその行動は、手首をきつく(いましめ)(かせ)によって叶わぬものとなった。

 

 

 

 『世に災厄をもたらす者め』

 

 

 『呪いが降りかかる前に』

 

 

 『殺せ』

 

 

 『殺せ』

 

 

 『殺せ』

 

 

 刀、斧、包丁、鉈、竹槍………一斉にこちらへと向けられる穂先に、心の底から恐怖が湧き上がってくる。

 

 

 やめて、と懇願を訴える筈だった口が吐き出したのは、言葉ではなく真っ赤な鮮血であった。

 

 

 腹部から生えた青竹に、噴き出た赤がこびりつく。立て続けに振り下ろされる凶器が、身体にめり込んでいくのを間近で見せつけられる。

 

 

 痛い。痛い。痛い。

 

 激痛を感じているのは傷口ではなく、胸の奥底。

 刃が深く(えぐ)ってくる度に、まるで心臓を(じか)に握りつぶされているかのような痛みに襲われた。

 

 

 ()めて。痛い、痛い。どうして、やめてやめて、嫌だ、やめてっ‼

 

 

 どれだけ泣き叫ぼうと、どれだけ許しを請おうと、止むことの無い罵声と残虐な行為。

 

 

 

 『殺せ、化け物を殺せ』

 

 

 『殺せ、忌まわしき者を殺せ』

 

 

 『殺せ 殺せ 殺せ』

 

 

 

 

 

 抵抗されぬよう縛り付け、一方的に力を振るう者達。

 

 飛び散る血飛沫の向こう側で、何人かが口元に笑みを浮かべているのが見えた。

 

 何が可笑(おか)しい?一体何が楽しいというのだ?

 

 嗚呼、(まこと)の化け物はどちらであろうか。

 

 

 

 憎い。恨めしい。

 

 

 (いと)わしい。大嫌い。

 

 

 

 

 

  ───なんて酷い、悪夢だろうか。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

「───ハッ‼はあ、はあ………。」

 

 首筋を、額を、大粒の汗が伝う。

 見開いた目が始めに認識したのは、古びた木製の天井と、そこから吊り下がった照明器具。

 外気に触れて冷たくなった汗を腕で拭いながら、松陽はゆっくりと体を起こす。手は掛け布団を握りしめたまま、まだぼんやりとする頭を左右に大きく動かして、辺りを見回した。

 

「……ここは?」

 

 薄明りの中で見た、知らない部屋。そこに敷かれた布団の上で寝息を立てる数名を見下ろし、松陽は首を傾げる。

 

「えっと、この人達は……?それに、私は何故此処に…………あれ?」

 

 不意に、湧き上がってきた疑問が頭の中を駆け巡り、ぐるぐると渦を形成し始める。

 

「私、わたし………わたしは、だれ、でしたっけ?」

 

 顔を触り、髪を触り、何度も確かめるようにその行為を繰り返す。

 再び溢れた汗が今度は背中を伝い落ち、徐々に冷たさを孕んでいくその感覚に身震いした。

 

「おもいださなきゃ………わたしの、なまえ………なまえは………?」

 

 頭を抱え、震える声で疑問を紡いだその時、すぐ近くでもぞもぞと何かが動いた。

 

「むにゃ……んむ~………松陽。」

 

 小さな呟きと同時に、着物の袖を掴まれる感覚。それらにハッと我に返った松陽は、咄嗟に下を向く。

 声の主はどうやら、すぐ隣で眠っているこの少女のものであるようだった。むにゃむにゃと動かす口の端には、間抜けにも垂れた涎が筋を残している。

 

「……しょう、よう?」

 

 少女の寝言を、頭の中で何度も反芻させる。その単語が示すのは何であったかを漸く思い出した時、彼の疑問の渦は即座に消滅した。

 

「そうだ、松陽………今の私の……!」

 

 胸の内が晴れやかになったと同時に、一気に込み上げてくる慙愧(ざんき)の念。

 僅か数秒、だがその数秒間だけと言えども、銀時から借り受けた大切な恩師(ひと)の名を忘れてしまうなど、決して許されることではなかった。

 戒めの意味も込めて、松陽は両手で自身の頬を強く叩く。パァンッ!と響いた音は思いの(ほか)大きく、それと比例した痛みを頬に受けた松陽は肩を戦慄(わなな)かせながら、今しがた頬を叩いた手で赤く腫れた箇所を押さえた。

 軽く(さす)る手を動かしたまま、松陽は改めて室内にいる者達の顔を確認する。まず自分のすぐ隣で眠るこの少女、名はよく覚えていた。

 

「……ありがとうございます、神楽ちゃん。」

 

 (はか)らずもヒントを与えてくれた彼女に小さく礼を言い、松陽が頭を優しく撫でると、神楽は心なしか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 続いて顔を上げて最初に見たのは、壁に(もた)れかかって休む段蔵。彼女の近くで、掛け布団にくるまって眠るのはエリザベート。その布団からはみ出た尻尾と、自身の所定であっただろう位置から大きく離れた場所で眠りこける少女……少年?のアストルフォの、それぞれ両者の寝相の悪さが合わさった一撃を顔と体に受けている、何とも不憫なこの少年。彼は…………あれ?ええと?

 突如復活してきた物忘れに狼狽(うろた)えながら、松陽は懸命にヒントを探す。すると、枕の上にきちんと置かれた眼鏡を発見。思い出した、確かアレが新八君………じゃなかった、新八君はあの眼鏡を掛けている人間のほうだった、筈。大丈夫大丈夫、間違ってないよ。多分。

 一通りの名前と顔を確認したところで、松陽は記憶にある残り数名がこの場にいないということに気が付く。

 

「銀時さん……藤丸君……?」

 

 その二名の他に、あの二匹のもふもふ達の姿も無い。もう一度よく見回してみるが、やはりこの部屋に彼らはいないようだ。

 一体どこにいるのだろう?記憶の中で最後に覚えているのは、低くしゃがみこんだ姿勢の銀時と、頭から流血した藤丸………特に藤丸は大きな怪我を負っていたので、余計に心配であった。

 そんな時、不意に松陽の頬を冷たい風が掠める。出所(でどころ)を探すと、和室の襖が僅かに開いているのが見えた。

 

「おや……?」

 

 音を立てないよう注意を払いながら立ち上がり、襖へと歩を進める。何となく隙間の向こうの景色が気になったので、細く開いたそこへ好奇心のままに顔を近付けていく。

 指を数本入れ、そろそろと開いた襖から見えたのは、和室よりやや広めの板間。薄暗い部屋の中で、松陽はその隅に佇む巨体を発見する。それは身を丸め、すやすやと眠る定春だった。その上にちょんと乗っているフォウも、揃って穏やかな寝息を立てている。

 二匹の姿を確認出来たことに、安堵の息を零す松陽。彼らにもあの時の事をちゃんと謝ろう、そう松陽が思った刹那、突然彼の(おもて)が強張った。

 

「………え?」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 チュン、チュンと(さえず)る声に、高杉はふと窓の外を見やる。

 あの気味悪い『月』が消えた夜空は、また元の暗闇となって江戸の街を覆い尽くしている。だが外には新聞配達を行う若者や、頭にセットした灯りを伴ってランニングを行う夫婦の姿。そして掛け時計の針が示す卯の初刻から、もうじき朝を迎えようとしていることが理解出来た。

 高杉が障子窓を開けると、薄ら寒い風が入ってくる。何気なく振り向いて見渡した室内には、長椅子で眠りこける藤丸と銀時、隅で丸くなって寝ている定春とフォウ、その隣ではエリザベス………もとい、エリザベスの着ぐるみを被った桂が、ぬ゛~ぬ゛~と中で不気味な寝息を立てていた。因みにこれ、本人(いわ)く再臨第一段階の姿らしい。お馴染みの普段の恰好は第二のほうであり、お楽しみの第三は………おっと、ここからは皆様の豊かな想像力でイメージしていただきたい。

 

「……寒ぃ。」

 

 呟いた声は、薄闇の中に溶けて消えていく。

 高杉は窓際へと向き直ると、開いた掌に魔力を集中させ、具現化した煙管を(たずさ)える。その側をひらひらと舞う一羽の蝶が火皿に止まると、熱を孕み赤くなった刻み煙草から、一筋の煙が昇った。

 吸口を咥え、肺と口内を煙で満たした(のち)、外に向けて緩く吐き出す。紫煙はゆらゆらと揺らめきながら、徐々に暗い江戸の街へと溶けていった。

 煙管を(くゆ)らせ、高杉はもう一度振り向く。彼の目が捉えるのは銀時達……ではなく、その向こうの和室へと繋がる襖。先刻ちゃんと閉めなかったのか、そこは僅かに開いていた。

 

「………松陽先生。」

 

 無意識に口から零れ出た、恩師の呼び名。

 河川敷で銀時に抱えられた姿を目撃した時、気を失っていた彼を自らの腕に抱いた時………その姿形に、懐かしい匂いに、胸の内の感情が爆発しそうになったのは桂だけではなかった。

 この薄い襖を(へだ)てた向こうに、あの人はいる………会いたくて、逢いたくて堪らなかった存在(ひと)。そして、この異質な世界に降り立った自分が、『復讐者(アヴェンジャー)』となり果てた原因(りゆう)

 

 

 

 

『あなたは充分に強いですよ。あの銀時とあれだけやりあったんですから、道場破りさん。』

 

 

 嬉しかった。実家(いえ)でも塾でもかけられたことの無かった、温かい言葉が。

 

 

『それでいい……悩んで、迷って、君は君の思う侍になればいい。』

 

 

 心地良かった。優しい声が、見つめる眼差しが。

 

 

 

 

『松下村塾へ、ようこそ。』

 

 

 

 ああ、この人の言葉に、この笑顔にどれだけ救われたことだろう。

 

 先生の背中を追いかけていきたい。先生の隣に並べるようになりたい。

 

 そしていつか、先生(あなた)が俺に対して言ってくれたような、『自分の思う侍の姿』になって、共に一人前となった銀時や桂と揃って認めてもらいたい────

 

 

 

 

 だが、そんな(ささ)やかな願いですらも、突如として容赦なく叩き壊されてしまう。

 

 

 松下村塾(ひだまり)を奪われ、恩師(ひかり)を奪われ、只茫然とするしかなかった幼子の自分達を、現実は嘲笑った。

 

 全てを取り返す為に、剣を取った。またあの場所(ひだまり)に帰る為、何度だって血に(まみ)れた。全身を覆ったその(いろ)が、敵のものでも味方ものだろうと、まして自身から零れたものであっても、最早どうでもいい。

 再び吉田松陽(せんせい)を自分達の元へ還せるのだったら、幾ら穢れようが構わなかった。

 

 

 

 

『やっ……やめろ………頼む。』

 

 

 曇天の下、泥や返り血にくすんだ白い羽織を(ひるがえ)し、銀時はゆっくりと松陽に近付いていく。

 

 手には、共に師を取り戻さんと誓い、数多の障害を切り伏せてきた彼の刀。

 

 その刃先が、今まさにその師へと向けられようとしている。

 

 

 嫌だ。やめろ、銀時。その人は、その人だけは────

 

 

 

『やめてくれェェェェェェェェ‼』

 

 

 

 

 

「…………っ。」

 

 反芻した過去の記憶に、煙管を離した口許が歪む。

 ひらりひらりと、高杉の憎悪の化身である数匹の琥珀の蝶が、室内を舞っていた。

 

 

 サーヴァントとなった今でも、(かつ)ての記憶はしっかりと保持されている。先生を捕らえた者、先生を捕らえるよう命令した者、そして先生を………吉田松陽を間接的に殺した者達。全て切り伏せ、皆地獄に送ってやった。

 

 しかし、この胸中に渦巻く厭世(えんせい)嫌忌(けんき)は消えることは無い。否、サーヴァントになってから(むし)ろ、内側から身を焼くような憎悪の焔は勢いを増すばかり。

 

 嗚呼、憎い。俺から、俺達から居場所も先生も奪った奴等が、憎くて堪らない。当事者を殺しても尚、この想いは微塵も掻き消えることはない。

 

 胸の内を満たしていく、醜い感情。だが不思議なことに、それらが増幅し膨らめば膨らむほど、どこかで満悦(まんえつ)している自分がいることに気が付いた。この感覚は、そう。空腹だった胃袋を満たした時に似た………

 

 

 

 ───ああそうか、これが『復讐者(アヴェンジャー)』というやつなのか。

 

 

 怒り、嘆き、妬み、恨み………様々に入り混じった負の感情。『憎悪』と総称されたそれらこそが、この霊基(からだ)の動力となっている源に違いない。そんなものを(かて)として現界している自身など、殺戮を犯すだけの兵器と(なん)ら変わり無いではないか。

 

 銀時に対し、『人でなし』などとほざいていた先刻の事を思い出し、高杉は自分を(あざけ)り嗤った。

 

 

 

 ────パァンッ!

 

 

 不意に聞こえた音が、陰鬱になりかけていた高杉の私考を阻害する。琥珀の蝶を消散させ、高杉は直ぐ様視線を音のした方……和室へと向ける。

 そこから暫しの沈黙……時間にして二分弱といったところだろうか。布の擦れるような音の後に、襖の隙間から数本の白い指が伸びてくる。それらは襖の堅縁を掴むと、音が立たないようそろそろと慎重に横へと動かされ、隙間を拡大していく。

 さらり、と薄闇の中でもよく映えた亜麻色の髪が覗いた時、高杉は目を見張った。

 

「─────っ‼」

 

 言葉が、喉の奥で(つか)えたように出てこない。

 

 ゆっくりと襖から身を乗り出してきたその人物…………十数年振りかに見た、松陽(おんし)の動いた姿に、高杉は思わず煙管を落としそうになる。

 幼き頃より見てきたそれと、何一つ変わらない容姿。だが真っ直ぐと正面を見つめる彼の怪訝そうな表情は、いつも笑みを湛えていた松陽をよく知る高杉にとって初めて見るものであった。

 

「……………。」

 

 松陽は何も言わず、黙ったまま一点を見つめ続けている。一体何を見ているのだろうと視線を辿ると………ああ成程、その答えは()ぐに分かった。くぅくぅと寝息を立てる定春……もとい、その定春に寄りかかって眠る謎の物体X──エリザベスの着ぐるみを凝視したまま、松陽は微塵も動かない。険しい表情(かお)から読み取れるのは、あれが何なのかを彼が懸命に理解しようとしていることだ。

 静かな時間が流れた(のち)、ふと視線に気付いた松陽の顔が、不意にこちらを向いた。

 心臓が止まりそうになる程の動揺が表に出ないよう、高杉は平静を必死に(つくろ)う。狼狽する彼とは正反対に、松陽は悲鳴を上げるわけでも、わたわたと慌てふためくわけでもなく、ただほんの少しだけ驚いたような様子で、棒立ちの高杉をじっと見つめていた。

 ………再び訪れる沈黙。一秒が何分にも感じられる程の気まずい時間が流れていく中、ぐぅ、と気の抜けた音が静寂を破った。

 

「あっ……え、えぇと………。」

 

 音の発信源となった自らの腹部を押さえ、俯いた松陽の頬は赤くなっている。以前見たことなど一度も無かったであろう、こんなにも師が恥じらう姿に言葉が出なかった高杉だが、やがて彼の開きっ放しだった口が大きく吹き出した。

 肩を小刻みに震わせる高杉に、松陽はきょとんとしている。暫くした後、右目を指で拭った高杉は障子窓から離れ、歩き出した。

 

「ここに座っててくれ、いいモン持ってくる………おっと、その前にこの暗さは不便だな。」

 

 空いたほうの長椅子を指した(のち)、高杉は広げた掌に揺らめく火の粉に、軽く息を吹きかける。風を受けて(ちゅう)へと舞い上がったそれらは、瞬時にその姿を蝶へと変えた。目の前で起きたことに呆然とする松陽に小さく笑みを零し、高杉は扉を後ろ手で閉めた。

 

「………………。」

 

 松陽は呆けたまま、室内を飛び回る光の蝶と高杉の消えていった扉を交互に見つめる。ぐうぅ、と先程よりもやや大きめの腹の虫が鳴いたことで我に返り、静かに襖を閉めてから示された長椅子へと移動する。

 見慣れない部屋の様子を見回し(特に圧倒的存在感を放つエリザベスを何度も見やり)ながら、松陽は長椅子に腰を下ろす。ふと顔を上げると、向かいの長椅子で眠りこける藤丸と銀時が目に入った。寄り添うようにして寝ている両者は揃って口端から涎を垂らし、何とも間の抜けた(ツラ)で毛布を被っていた。

 

「銀時さん、藤丸君……ああ、よかった!」

 

 二人の無事を確認出来たことに安堵し、松陽は胸を撫で下ろす。そんな時、先程の引き戸が開かれ、高杉が盆を持って部屋に戻ってきた。漂う香りが鼻腔を(くすぐ)り、松陽の腹の虫が再び騒ぎ出す。

 高杉はテーブルに近付くと、盆の上に乗ったものを松陽の前に置く。傍に止まった蝶の淡い光に照らされたそれは、少量の漬物と共に皿に盛られた、数個のおにぎり。その隣には手拭に続いて、温かいお茶が煎れられた湯呑もあった。

 

「昨日の夕餉の残り(モン)だ。じゃじゃ馬姫……じゃなかった、神楽?っつったか。アイツが貴方(アンタ)にって寄せておいたんだぜ。」

 

「神楽ちゃんが……?」

 

 真っ直ぐな瞳で見上げられ、気恥ずかしさから目を逸らしてしまう。高杉は盆をテーブルへと置くと、空いた松陽の隣へと腰掛ける。どこかぎこちなさを感じさせる高杉の動作に首を傾げつつも、松陽は視線をおにぎりへと移す。

 丁寧に拭いた手で、おにぎりを一つ取る。綺麗に握られた三角形をまじまじと観察した後、一口()む。ゆっくりと数回咀嚼(そしゃく)すると、緊張気味だった松陽の表情が徐々に和らいだ。

 

「……美味しいです。」

 

 ()いで出たそれは、素直な気持ちだろう。(にこ)やかにおにぎりを頬張る松陽の様子を眺める高杉もまた、口元に弧を描いていた。

 口いっぱいに詰めたおにぎりを頬張り、やや(ぬる)めに煎れられたほうじ茶を煽って流し込む。一つ目のおにぎりを完食した後、ふと松陽が顔を上げ高杉の方を向く。

 

「あの、ありがとうございます。ここまでして頂いて………ええっと。」

 

 もごもごと、(ども)りながらこちらを見つめてくる松陽の意図を、高杉は直ぐに察する。

 

「ああ……そういやぁ、今の貴方(アンタ)は何も覚えちゃいねぇんだったっけな。」

 

「あの……はい、すみません。」

 

「謝らないでくれよ、別に責めているワケじゃねぇんだ。」

 

 悪かったな、と続けてから微笑む高杉。その表情はどこか(うれ)いにも似たものを帯びているようだった。

 

「俺は……俺の名は、高杉晋助。貴方(アンタ)が先に出会ったあの天パ………銀時の朋輩(ほうばい)みてぇなモンだ。」

 

「銀時さんと、お知り合いなのですか……?」

 

「知り合いどころか、切っても切れねえ腐れ縁さ。ついでに言うと、そこのペンギンの化けモンの着ぐるみ被った奴も含めてな。」

 

 高杉の指した先には、松陽が発見した時よりも傾きの大きくなった桂がいた。ぬ゛~ぬ゛~と相変わらず不気味な寝息を立てて体重をかけてくる桂に、定春は()も不快そうに唸り声を上げていた。

 くすくすと笑う松陽を何も言わずに見つめていた高杉だが、深呼吸を一つ終えると、意を決したように松陽へと向き直る。

 

「……なあ、松陽『先生』。」

 

 高杉が発した刹那、松陽の表情(かお)から微笑が消える。間を待たずしてこちらを向いた彼の見開いた目は、明らかに驚愕を訴えていた。言葉を失ったままでいる松陽に、高杉は続ける。

 

「記憶を失ってる貴方(アンタ)にとっちゃ、俺が何の話をしているのかも分かるめぇ。だからこっからは、俺の他愛ない独り言だとでも思って聞き流してくれても構わねえよ。」

 

 高杉は(おもむろ)に立ち上がり、()り足で障子窓へと移動していく。僅かに開けられた窓の向こうで、ぽつぽつと街灯りが増えていくのが見えた。

 

「『松下村塾』………(かつ)貴方(アンタ)が、とある田舎に開いた私塾の名だ。金も(ろく)に取らず、貧しい子供を集めて手習いを教えていたその場所に、俺達も教え子として貴方(アンタ)の元にいたんだよ。」

 

 咥えた煙管の先端に、一羽の蝶が止まり、消える。昇った細い煙が、窓の外へと吸い込まれていく様を眺めながら、高杉は続ける。

 

「……銀時はな、アイツがまだほんのガキの頃、貴方(アンタ)が戦場で拾って育てたって聞いてる。ヅラ……そこで(いびき)かいてるペンギンの中身だ。そいつぁ親も育ての祖母も喪って、天涯孤独になっちまった時に貴方(アンタ)と出会った。俺は………通ってた名門塾(クソみてえなとこ)実家(うち)も投げ捨てて、貴方(アンタ)の門下に入った………分かるか?俺達三人を救ってくれたのは紛れも無ぇ、先生(アンタ)なんだ。」

 

 松陽に背を向けたまま、高杉は淡々と語り続ける。振り返らずとも、松陽が困惑している様子は何となく感じ取れた。無理もない。一切の記憶を失くしている彼に対し、こんな話をしているのだから。

 

「いつも、何時(いつ)でもその(ツラ)に笑みを湛えて、でも時々は言動と行動が合致しねぇで、何度も俺らを振り回して………それでも、貴方(アンタ)の傍にいるのは心地が良かった。武士道とは、侍とは何かを説いてくれた貴方(アンタ)の声は、今でも忘れちゃいねえ。いや、忘れられる筈がねえ。」

 

「……………。」

 

 松陽は、何も答えない。否、この僅かな距離であろうにも、彼の息遣いまで聞こえないというのは、少し妙に思えた。

 

「例え人でなしになろうと、その果てに復讐者なんてモンに成り下がろうと…………俺は、貴方(アンタ)を忘失することは決して無ぇのさ。なあ、松陽先───」

 

 

 

「どうかもう、そこまでにしていただけませんか………高杉『さん』。」

 

 

 すぐ背後から聞こえたその声は、聞くに堪えないと言わんばかりに高杉を遮る。

 吃驚(きっきょう)し、思わず煙管を置いてあった煙草盆に取り落とす。それから即座に振り返る。すると長椅子にいた筈の松陽が、自身のすぐ後ろに立っていた。

 気配など、微塵も感じなかった………だが、それより高杉を驚愕させたのは、先程の楽し気な様子から一変した、松陽(かれ)の表情だった。

 何故?どうして貴方は、そんな悲しい表情(かお)をしている……?

 

「………ごめんなさい。」

 

 飛び回る蝶の薄明りに照らされた松陽の、微かに動いた口許。そこから紡がれた謝罪の声は、微かに震えていた。

 

「貴方が色々と教えてくださったお陰で、私が名を借り受けている『松陽』という方がどれほど皆さんに想われ、慕われているのかを知ることが出来ました…………だからこそ、私を『松陽(せんせい)』と呼ぶことは、どうかお()めになってください。」

 

「な……に、言ってんだよ?先せ──」

 

「高杉さん、貴方や銀時さんが私に親切をしてくださることは、凄く嬉しいです。しかしそれは、私があなた方の恩師によく似ているからではありませんか……?今の私には、幼い銀時さんや高杉さん、そしてヅラさんのお世話をした記憶も、皆さんと過ごした思い出も、何一つ備わっていないんです………こんな私など、皆さんの慕う『松陽先生』と見た目ばかりが似ただけの別人に過ぎません。」

 

「っそんなことは………‼」

 

 言いかけた高杉の脳裏を、桂と交わしたあの会話が唐突に(よぎ)る。

 

 

『もしも、もしもだぞ?あの襖の向こうにいる松陽先生が、仮に記憶を取り戻したとしても………その時俺達の前にいるのは、本当に『松陽先生』なのだろうか?』

 

 

 分かっている。今目の前にいるこの男が、確実に『松陽先生』である保証は無い事など。

 

 だか、否定などしたくはなかった。会いたくて、逢いたくて、手を伸ばしても届かない(ところ)へ逝ってしまったあの人が、結ばれた不思議な(えにし)によって、こうして再び触れられる距離にいるのだ。

 

 英霊(サーヴァント)になったことや異次元からの来訪者、常夜の国となった江戸の異変。だがそんなことなど、今の自分(おれ)には(はな)からどうでもいい。

 

「………松陽先生、俺は────」

 

 

 

  ふわり、

 

 

 両の頬を包む、温かな感触。

 鳩が豆鉄砲、という言葉がそのまま当てはまりそうな程に、高杉は突然のことに丸くなった右目で眼前……彼の頬に手を添える、松陽を見る。

 

「少し………もう少しだけ、待っていてもらえませんか?どれだけの時間がかかるかは、見当もつきません。ですが、私は必ず思い出してみせますから。自分の事も、貴方のことも、そして銀時さん達のことも………。」

 

 こちらを真っ直ぐ見つめる表情は穏やかであるものの、絞り出すようなその声は震えている。そして彼は、泣きだしそうになるのを必死に堪えたような、そんな笑顔を浮かべて言った。

 

「だから、それまで『先生』はお預けです。そうでないと、あなた方が想い慕っていらっしゃった、本当の『松陽』さんに申し訳が立ちませんからね。」

 

 へへっ、と悪戯っぽく微笑む松陽。どことなく幼さを感じさせるその表情と仕草は、高杉の知らないものであった。

 それでも、この両手から伝わってくる優しい感触と温もりは、間違いなく自身の記憶の中にある『松陽(かれ)』のものに違いなかった。

 

「………ああ、分かった。それじゃあ俺も、一つだけいいか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「その………俺の呼び方なんだが、出来れば名前で呼んでほしい。(いや)、名前で呼んでくれねぇか?」

 

「名前………ふふっ、実は先刻、銀時さんにも同じことをお願いされたんですよ。」

 

「だろうと思ったよ。抜け駆けしやがってあの野郎………で、どうなんだい?」

 

「勿論、謹んでお呼びさせていただきます…………よろしくお願いしますね、『晋助』さん。」

 

 

 

 『晋助』

 

 

 

 胸が震え、痛い程に締め付けられる。

 

 再びこの人に、この優しい声に、名を呼んでもらえる時が来ようなど、夢にも思わなかった───。

 

 

「!……晋助さん、どうなさいました?」

 

「ああ、何でもねぇよ…………煙草の煙が、目に沁みちまったかねぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひらひらと、一羽の光の蝶が煙草盆に止まり、羽を休める。

 

 

 

 淡い光に照らされた煙管の火皿は、当に冷たくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和室の掛け時計が、卯の正刻を指したその頃。

 

「………ん。」

 

 体内にセットしていた起動タイマーが作動し、段蔵が目を覚ます。

 背伸びをしてから立ち上がり、残る眠気で若干ぼんやり気味の頭を動かして、室内を見回す。まだ皆が眠りこけている様子を眺めていた時、ふと彼女は藤丸と松陽の姿がそこにないことに気付く。

 

「マスター?松陽殿……?」

 

 室内を見回すが、いない。爆睡するアストルフォの布団を引っぺがしてみても、やはり二人はいない。段蔵は首を傾げながら、居間へと繋がる襖に手を掛ける。

 音を立てないよう、ゆっくりと開いた襖から和室を後にすると、夜目の利く段蔵の視界に二つの長椅子が映る。

 銀時と、何故か藤丸が互いに寄りかかる形で眠るその向かいに、松陽は座っている。彼はこちらに気が付くと、にっこりと微笑んだ。

 

「松陽ど───」

 

 名を呼ぼうとする段蔵。だがそれを遮ったのは、自身の口元に人差し指を立て静粛を(うなが)す松陽の動作だった。

 一瞬きょとんとするも、長椅子にもう一つある人影を認識した時、彼の行動の理由が理解出来た。

 

「……成程、そういう事でしたか。」

 

 段蔵が目を落とした先……松陽の膝の上にあったのは、高杉の頭だった。長椅子に身を横たえ、松陽に膝枕をされている状態で、彼は眠っていたのだ。

 終始相手を射貫くような眼光を放っていた右の目は瞼に閉ざされ、規則正しく呼吸を繰り返す高杉の寝顔は、段蔵が見たことも無い程に安心しきっている。

 まるで、母親に抱かれた幼子の様な彼の寝顔を観察した後、揃って顔を上げた松陽と段蔵は、互いに微笑み合った。

 

 

 

 

 

 

 

 ────間も無く、幽暗の江戸に夜明けが訪れる。

 

 

 

 

《続く》

 



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【肆】幽暗の暁(Ⅱ)

 

 

 

 チュン、チュンと静まり返った居間に微かに響く、雀の鳴き声。

 外から聞こえてくる心地の良い(さえず)りは、未だ眠りこける彼らの耳には届かない。

 

「んご~……。」

 

「ふんが~……。」

 

 毛布が剥がれ、床に落ちても尚、銀時と藤丸は目を覚まさない。特に藤丸に至っては、上半身が椅子から既に落ちかかっており、銀時の後ろ首に回した足の力で辛うじて体勢をキープしていた。

 

「むにゃ……いちご牛乳、いちごパフェ、いちごぱんつ、いちご祭りじゃねえかフヘヘヘ……。」

 

「ううう……マナプリ量産は嫌だ、爆死はもう嫌だああぁぁ………‼」

 

 片や幸せそうな寝言を零し、片や悪夢に(うな)されているその空間に、そろりそろりと忍び足で現れた者が一人。

 左右の手にそれぞれ構えたものを頭上高く持ち上げたその時、『彼』は大きく息を吸い込んだ。

 

「起っきろおおぉぉぉ~っ!」

 

 ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼

 

「ぅおわあああああァァァァァっ⁉」

 

 室内に響き渡る凄まじい音に、銀時の意識は即座に覚醒する。飛び起きた彼の首から足が外れ、顔面から床に落下した藤丸の「ぶぇっ」とくぐもった声が椅子の下から聞こえてきた。

 

「だああぁもうっうるせえって‼やめろやめろ近所から苦情来るから‼」

 

 銀時の必死の制止に、『彼』はぴたりと手の動きを止め、室内の電気のスイッチを押す。明るくなった室内に現れたのは、両手にフライパンとおたまを(たずさ)えた、満面の笑みのアストルフォだった。

 

「あ、起きた。おっはよ~二人とも!」

 

「痛てて……あれ?さっきの300連ガチャ大爆死祭りは夢?よかったぁ~……。」

 

「ったく、まだ耳の奥がキンキンしやがる………おはようってなぁアストルフォ君、今何時だと思ってんの?お外はまだこんな真っ暗じゃねえか。」

 

「んもう、銀ちゃん忘れたの?この国はお日様が昇らないって、昨日お登勢さんが言ってたじゃないか。それに時間だって、もう朝の8時だよ。」

 

 ほら、とアストルフォが右手のおたまで指した先の掛け時計は、彼の言った通り既に辰の正刻を表している。

 

「ああ、そういやぁんな設定あったっけ。しっかし朝だってのにこう暗いんじゃあ、体の調子狂っちまいそうだぜ………ふわぁ~あ。」

 

 銀時が大きく欠伸をかいたその正面で、藤丸もつられて欠伸をしてしまう。ふと銀時は周囲を見回しながら、アストルフォに尋ねた。

 

「あれ?ヅラ達は……?」

 

「んむ~……そういえば、定春君やフォウ君もいないなぁ。」

 

「皆なら、この下で朝ご飯の支度を手伝ってるよ。僕はお寝坊さんの君達を起こすよう頼まれたのさ。さて、次は神楽ちゃんだ!」

 

 ふんっ!と鼻を鳴らし、アストルフォは意気揚々と和室の襖を開く。そして「起っきろ~っ!」の声から始まるけたたましい目覚まし(アラーム)大合奏。

 ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼と、力いっぱいぶつけられたフライパンとおたまによって奏でられるこの二重奏は、漫画やアニメで見たことがあるという方も多いだろう。だからといって真似をしてはいけない。何故かって?だってコレ、予想してるより遥かにうるさい。めっちゃうるさい。家族とか友達に、健やかな朝の目覚めをお届けしようとやってみるのもいいかもしれない。(ただ)しお礼は感謝の言葉ではなく、高確率で怒りの鉄拳が飛んでくること間違いなしなので、お勧めはしない。

 

「あああああ‼もうやめてェェお願いだからっ‼銀さんの大事な膜が駄目になっちゃうゥゥゥッ‼」

 

「ストップ!ストップだよアストルフォ‼もうっ言う事聞かないとこうだからねっ‼」

 

 騒音に悶えながら、藤丸は右手を掲げる。手の甲に刻まれた令呪が光を孕み始めたのが目に止まったと同時に、アストルフォは動きを停止した。

 

「おっと、いけないいけない。ごめんねマスター?」

 

「いやいや気にしないで………それより起きた?神楽ちゃん。」

 

「んん~駄目だこりゃ、ぐっすりだよ。ねえ銀ちゃん、もしかして神楽ちゃんて寝起き悪い?」

 

「悪い悪い、そりゃもう(わり)ぃさ。特に寝惚けてる時なんて最悪だぜ。」

 

「む~……こうなったら僕の宝具・『恐慌呼び起せし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)』でスッキリお目覚め───」

 

「ノー!ノー宝具‼そんなんやったら近所からクレームどころか、一帯のご近所さん全部吹っ飛ぶから‼」

 

 立ち上がった藤丸が必死にアストルフォを押さえようとしていたその時、不意に銀時が狼狽した様子で尋ねる。

 

「おい、そういや先生………松陽はどうした?ひょっとしてまだ寝てんのか?」

 

「へ?松陽さん?ああ~あの人ならとっくに起きて皆のとこに────」

 

 アストルフォが答え終えるのも待たずに、銀時は玄関へと駆け出す。バタバタと(せわ)しない音を残して玄関から飛び出していく銀時の後ろ姿を、藤丸とアストルフォが呆然と、そして漸く起床した神楽が寝惚け眼で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで雪崩のような音を立てながら、銀時は外階段を駆け下りる。少しだけ息を荒らげたまま(おもて)を上げれば、一階の『スナックお登勢』が看板も出ていないのに、店内の照明がついているのが見えたため、銀時は咄嗟に店の扉に手を掛けた。

 

「松陽っ!」

 

 勢いよく扉を開けると、案の定既に店内にいた新八を始め、エリザベートに定春、そしてカウンターに立つお登勢とキャサリンが、扉がぶつかる音と銀時の声に反応し、目を丸くしている。

 

「ああ銀さん、おはようございます。やっと起きてこられたんですね。」

 

「わんっ!わんわんっ!」

 

「んもぅ、遅いわよ白モジャ!」

 

「オウオウ、重役出勤トハイイ御身分ダナオイ。」

 

「ったく、朝っぱらからうるさいねえ。頼むから店を壊さんどくれよ。」

 

 こちらへと向けられる挨拶や不平、しかし銀時がそれらに応えることはなく、彼は唖然とした様子で店内を見回している。

 

「あ、あれ……?おい新八、松陽はどこ行った?」

 

「へ?ああ、松陽さんなら店の奥で桂さん達と───」

 

 新八が言い掛けたその時、店の奥に掛けてある暖簾(のれん)の向こうが騒がしくなる。(ひらめ)く布を手で上げて現れたのは、飯櫃(めしびつ)を抱えた桂だった。彼の長髪は高い位置で結ばれ、着物の袖もきちんと(たすき)(まと)めている。

 

「おお銀時、やっと起きたか寝坊助(ねぼすけ)め。」

 

 桂に続いて、高杉も後ろから姿を現す。片手にポットを持った彼は、いかにも不機嫌といったその表情を少しも隠しはしていない。

 

「ったく、何で俺まで手伝わされてんだ?」

 

「文句を垂れるな高杉、働かざる者食うべからずだぞ。」

 

「だから、別に俺は食う必要なんざ…………おっと。」

 

 暖簾から離れる間際、高杉は空いた手で布を上へと避ける。そこに出来た隙間から現れた人物に、銀時は目を見開き一驚した。

 

「ほらよ、さっさと通っちまいな。『松陽』。」

 

「はいっ。すみません、晋助さん。」

 

 高杉に微笑みかけ、礼を述べて会釈するその人物(ひと)こそ、銀時が血眼(ちまなこ)になって探していた、松陽本人であった。桂と揃いの恰好で、手には綺麗に盛られたお新香の乗った皿を持っている。

 

「どうだい?直した着物の着心地は。おかしなとこがあったらすぐアタシに言うんだよ?」

 

「はい、お登勢さん!ええと、今のところは大丈夫のようです。」

 

「チョイト、(タスキ)ガ緩ンデマスヨ?直シテヤッカラジットシテテクダサイ。」

 

「あっ、すみません……ありがとうございます、キャサリンさん。」

 

 右から左からと声を掛けられ、それら全てに笑顔で答える松陽。ふと彼が呆けている銀時に気が付いた次の瞬間、ぱぁっと表情が一気に華やいだ。

 

「銀時さんっ!」

 

 桂の置いた飯櫃の隣に皿を置くと、松陽は真っ直ぐ銀時の元へと駆け寄ってくる。喜悦に溢れた顔と頬を紅潮させ、こちらへと向かってくる松陽の結わえた亜麻色の髪が、ぴょこぴょこと縦に揺れた。

 

「おはようございます!お体のほうは大丈夫ですか?」

 

「お、おはよう………うん、快眠したお陰でバッチリです、よ。」

 

 鼻が付きそうな程の距離まで接近され、思わず仰け反る銀時。気恥ずかしさに返答もしどろもどろになってしまう。そんな彼の前で朗笑を浮かべていた松陽だったが、次第にその笑顔に曇りが差していく。

 

「あの………銀時さん。私はまず、貴方に謝らなければなりません。」

 

「へ?」

 

「私が意識を失う前………あの怖い怪物達に囲まれたあの時、私の身を案じてくださった貴方は、定春君の傍を離れないよう言ってくださいました。でも私は、私の我儘のままに勝手に動いて、貴方の言いつけを破ってしまいました。本当に………本当に、ごめんなさい。」

 

 徐々に俯き、視線が銀時から床へとずれていく。決まりの悪さから目を合わせることが出来ないでいる松陽だったが、ポンと頭に何かが乗った感覚に驚き、思わず(おもて)を上げた。

 

「銀時さん……?」

 

 きょとんとした顔でこちらを見つめる松陽に、銀時は我に返る。無意識のうち、いや本当にごく自然に、銀時は自らのその手を、落ち込む松陽の頭に乗せていたのだ。まるで幼かった頃、師が自分にそうしてくれたように。

 

「え、ええと、その……なんだ。き、気にすんなって!俺ぁ別に少しも怒っちゃいねえし。」

 

「本当、ですか……?」

 

「ったりめーだろ。それにな、あの時アンタが(かば)ってくれたから、藤丸は助かったんだぜ?(むし)ろ礼を言いてえのは俺のほうだよ……本当にありがとうな、松陽。」

 

 くしゃ、と頭に乗せた手を動かすと、絹のような髪の手触りが指の間から伝わる。銀時の思いがけない行動と温かな言葉に、ぽかんとしていた松陽の顔にも次第に朗らかさが戻っていく。

 安堵する銀時、触れ心地の良い松陽の頭を再び撫でようとした時、突然横から伸びてきた腕が彼の手を掴んだ。

 

「おい………いつまで触ってやがんだ?さっさとその汚ねぇ手を退けろ。」

 

 容赦なく込められていく握力、同時に骨が(きし)む音までが銀時の耳に聞こえてくる。

 

「痛ででででででっ‼何しやがんだバカ杉っ‼」

 

 堪らず手を引っ込め、まだ痛みの残る利き手を(さす)りながら、銀時は腕の主であるバ……はい、ごめんなさい違いましたね。ガン飛ばさないで怖い怖い。えー改めまして、高杉。そう高杉を涙目で睨む。

 

「ったく、大丈夫か松陽?アイツぁな、(かわや)行った後も平気で手を洗わないでいるような奴だ。もしも貴方(アンタ)に変な菌なんかついちゃ堪んねえぜ。」

 

「サーヴァントだから便所(トイレ)行かないもんっ‼ばっちぃ物なんか今んとこ触っちゃいねえし‼あ~そっかぁ?高杉クンたら俺が松陽の頭撫でてたから、ひょっとしてヤキモチ焼いちゃってたりするぅ?嫌だね~男の嫉妬なんて醜い醜い!」

 

「ああ、率直に言って羨ましかったし、あと気安く松陽に触ってるテメェを八つ裂きにしてやろうかとも思いました。」

 

「少しは否定する素振りくらい見せろよォっ⁉何で最後作文の締めみたいな感じで殺意剝き出してんだ⁉え?つーかお前、何で松陽呼び?銀さんの知らない間にいつそんな関係になったの?」

 

「ハッ、てめえにゃ口が裂けても教えねぇよ……なあ、松陽?」

 

 同意を求めるような言い振りと共に、銀時から離した松陽を見やる高杉。同時に得意げな顔の前に人差し指を立てる仕草をすると、松陽もまた同じ動作をし、返事の代わりに茶目っ気を含んだ微笑を浮かべてみせた。

 

「へえぇぇぇえあああぁっそおおおおゥ‼二人だけの秘密ってやつゥゥゥっ⁉そんなら銀さん、力尽くで聞き出しちゃおっかなぁ⁉それに丁度いい機会だぜ!サーヴァントになった銀さんの実力、朝飯前にテメェにたーんと味わせてやらぁ‼表に出ろっ!」

 

「上等だ、飯の味も分からなくなる程に叩きのめしてやらぁ!」

 

「おい、やめんかお前達!ここに来てまで喧嘩など────うぉわっ⁉」

 

 互いにメンチを切り合う銀時と高杉。彼らから放出した魔力が部外者を寄せ付けんとばかりに噴出し、またオーラとなって各々(おのおの)の身体に(まと)わりつく。正に竜虎相()つ………などとスケールのデカいものではなく、蝸牛(かぎゅう)角上の争い、もっと身近に例えるなら、近所の犬と猫の喧嘩のようなものである。

 ()りとて安心は出来ない。只でさえ荒くれ者の二人であるのに、加えて今回は更にサーヴァントとして現界しているのだ。一騎の強さが戦闘機一機分と例えられる英霊が怒りに任せてぶつかり合えば、こんな店など木っ端微塵になるに決まっている。

 

「ちょ、ちょっと!白モジャも黒猫もやめなさいよ~っ!」

 

「グルルル、わんわんっ!」

 

 エリザベートと定春の制止も、最早二人には届かない。

 青い顔をした新八の横で、二人を交互に見ながらおろおろとする松陽の不安を桂が落ち着かせようと努めている。ふと新八が見やった先のカウンターの向こうでは、慌てふためくキャサリンの隣でお登勢が腕を組みながら、額に青筋を立てていた。もしかすると、この人なら二人を止められるのでは……いや、いくらかぶき町四天王とはいえ、やっぱサーヴァント相手なら無理かな。うん。

 一触即発の状態にある二人に誰もが近付けないでいたその時、バァンッ‼と派手な音と共に店の扉が外れて吹っ飛んだ。

 

「松陽ォォォォォっ!」

 

 カンフー・キックの体勢で店内に飛び込んできたのは、寝間着姿のままの神楽だった。よく見れば髪の毛もまだボサボサで、ついでに言うと乾いた(よだれ)の跡もまだ健在である。

 神楽の蹴りを後頭部に(もろ)に受け、「タッカルビっ⁉」と悲鳴を上げた銀時の体は前へと倒れていく。その際ちょうど正面で睨み合っていた高杉までも巻き込み、二人は揃って床に頭を強打した。

 

「待ってよ神楽ちゃん!って、うわっ何コレ⁉」

 

「やっだ~!銀ちゃんにスギっちったら、朝からこんな面前でお盛んなんだから♪けどこの作品は一応健全な方向で進めてくらしいから、そういったコトはしっかりと注意書きとタグをつけた上で行わなきゃ駄目だよぉ?まあ僕は別に構わないけど、さあ続けて続けて?」

 

 遅れて到着した藤丸は広がる惨事に仰天し、続いてやって来たアストルフォは、銀時の下敷きになった高杉と、その彼を組み敷く形にして床に転がる銀時を遠目で発見し、にやついた顔で二人の姿を眺めていた。

 

(ちげ)えェェェっ‼あのコレ、とんでもない誤解だからね‼これは只の事故だからであって、別にこのチビと××××(ピ───)なコトとか××××(ピ───)したくて押し倒したとかそんなんじゃ────」

 

「話が余計にこじれるから喋んじゃねえ。あとクソ重いからさっさと退けろこの糖尿一歩手前野郎が。」

 

 文句を全て言い終えるや否や、突如垂直に蹴り上げてきた高杉の足が、銀時の腹部に直撃する。その細身からは想像も出来ない程の力で吹き飛ばされた銀時は、「ジャンドゥーヤっ‼」と奇怪な声を上げながら天井に背中を強打し、その後重力に従って床へと落下した。

 

「松陽~!松陽どこアルか⁉」

 

 足元に落ちてきた銀時に目もくれず、神楽は松陽を呼びながら店内を何度も見回す。すると、騒ぎの中で定春の後ろに隠れていた松陽が、ひょっこりと顔を覗かせた。

 

「その声は……神楽ちゃんですか?」

 

 凛とした声に名を呼ばれ、神楽の動きが一瞬止まる。その方を見やった時、彼女の表情は一気に明るくなる。

 

「しょ………松陽ォォォっ!」

 

 一目散にこちらへとかけてくる神楽、あと寸でというところで大きく跳躍した彼女を、前へと出てきた松陽は両の手でしっかりと受け止めた。

 

「松陽、松陽…………動いてる、ちゃんと起きてるヨ………よかったぁ……!」

 

 胸元に顔を埋め、震える声で呟く彼女の上げた(おもて)は、顔から出るものが全部出ている。ぐしゃぐしゃになった顔が衣服に付着しようと、松陽は不快を微塵も露わにせず、柔和な笑みを湛えて彼女の頭を優しく撫でていた。

 

「松陽、身体大丈夫アルか⁉痛いとことか無い⁉」

 

「ええ、もうすっかり大丈夫です。それとおにぎり、ありがとうございました…………貴女(あなた)にも、随分と心配をかけてしまいましたね。本当にごめんなさい、神楽ちゃん。」

 

「ぐすっ………ねえ松陽?次からはこの宇宙一美少女サーヴァントの神楽様が、絶対にお前のこと守ってやるアル!だから、もうあんな無茶しないでヨ?約束アルよ?」

 

「はい、もう一人であんな無謀な真似は致しません。それに神楽ちゃんがいてくれるなら、こんなに頼もしいことはありませんから。」

 

「モチのロンだヨ!どーんっと私に任せるヨロシ!」

 

 赤くなった目を細め、満面の笑みを浮かべる神楽。互いに微笑みあう二人の姿を呆然と眺めていた銀時と高杉だったが、不意にその頭頂を振り下ろされた拳骨が襲った。

 

「痛っ。」

 

「いっでぇっ‼」

 

 腫れたタンコブを押さえて同時に振り向けば、拳をグーにしたままの桂が、怒りを通り越し呆れた眼差しで二人を見下ろしていた。

 

「全く貴様らという奴等は……何時(いつ)何処にいようと全く変わらんのだから!毎度毎度調停に入る俺の苦労も少しは考えんか馬鹿共がっ‼」

 

 (珍しく)真っ当な理由で叱責され、銀時も高杉もぐうの音すら出ない。桂の叱声が響く中、藤丸と新八そしてアストルフォが外れた扉を直していたその時、香ばしい匂いが辺り一面に漂った。

 

「マスター、お目覚めになられたのですね。おはようございます。」

 

「お登勢様、先程の大きな音は何でしょう?揺れは無かったので地震ではなさそうでしたが……。」

 

 暖簾をくぐり、出てきたのは頭に三角巾を巻き割烹着を着た段蔵とたまであった。彼女らの持つ盆には、それぞれ一人分に盛られた焼きメザシが乗っている。

 

「フォーウ、フォウッ。」

 

 メザシのお零れを貰ったのだろう、小さな口をもぐもぐさせながら、フォウも二人の足元からてちてちと歩いて現れる。

 

「おはよう段蔵、わ~美味しそう……!」

 

「お登勢殿よりメザシを頂きました。冷めないうちに皆さんでどうぞ。」

 

「ご飯にお新香に魚、あとは………段蔵さん、魚は私が配膳しますので、台所からお味噌汁の鍋を頼めますか?」

 

「はい、承知しました。たま殿。」

 

 メザシの乗った盆をテーブルに置き、段蔵は台所へと戻っていく。心なしか、彼女の様子はいつもより楽し気なように藤丸の目には映った。

 

「ほら子兎、レディーがそんなみっともない姿じゃいけないわ!アタシが直してあげるから洗面所行くわよ!どこにあるの?」

 

「えっと、確かこっちアル。」

 

「さて、冷めちまわないうちに食っちまわないと飯が不味くなるよ。ほら座った座った。」

 

 お登勢に促され、皆ぞろぞろと店内の椅子に座り始める。先程あれだけ騒いだこともあって、ばつの悪い思いのまま床に座り込む銀時と高杉だったが、突如着物の襟首を同時に掴まれる。

 

「ホラ、オメーラモ。腹ガヘッテルカラ喧嘩ナンテスルンデスヨ。セッカクオ登勢サンノゴ厚意デ用意シテヤッテンダカラ、サッサト食エヤ。」

 

 キャサリンの言葉と威圧に暫し呆けていた二人だったが、やがて揃って立ち上がると、皆の集まる場所へと足を(おもむ)かせる。

 

「たまさん、僕は食器の準備をしますね。」

 

「それは助かります、ありがとうございますメガ………新八様。」

 

「今メガネって言おうとしてませんでした?僕の聞き違いかな?本体はこっちだから新八だから。」

 

 そんなお約束のやり取りが行われている横では、蓋が開けられほくほくと湯気の立つ銀舎利(ぎんしゃり)を前に、杓文字(しゃもじ)を構えた松陽が意気込んでいた。

 

「よし、では私は皆さんにご飯をお配りしますね!」

 

「先せ………えっと、松陽殿。よろしかったら俺もお手伝いさせていただけないでしょうか?」

 

 横から声を掛けてきたのは、やや緊張気味の桂。形だけの笑みと話し方も、どこかぎこちなさを感じる。

 

「わあっ、助かります!ではお願いしますね、ヅラさん。」

 

「ヅ……っ⁉」

 

 まさかこの人にまでその渾名(あだな)で呼ばれるとは思ってもみず、ショックを受ける桂。耐えきれず吹き出す銀時と高杉を睨みながらも、冷静さを欠かないよう深呼吸をする。落ち着け落ち着け、この人に悪意はないのだから。

 

「………ヅラじゃ、ない。」

 

 桂が、静かに呟く。お?いつものあの台詞が来るか?と皆の視線が集中する。だが彼は口をもごもごとさせながら、決めの「桂だ」を中々言わない。やがて桂は頬をやや赤らめながら、漸く口を開いた。

 

「その…………小太郎と、呼んではくれないだろうか?桂小太郎、それが俺の名だ。」

 

 気恥ずかしさから顔を上げられず、下を向いたままの桂が発したその一言に、松陽を始め皆が固まる。彼を笑っていたあの二人でさえ、目を丸くしていた。

 

「桂、小太郎………分かりました、先程の失礼をどうかお許しください。では改めてよろしくお願いします、小太郎さん!」

 

 朗らかな笑顔と温かな声に、桂は目頭が熱くなるのをぐっと堪え………られなかった。ダバダバと目から鼻から流れ出る液体が飯櫃に混入する寸前に、新八が慌てて近くにあった手頃の布を彼の顔面に押し付ける。

 

「ちょっとちょっと!汚いモンご飯に入れないでくださいよ!」

 

「失礼な新八君!清らかな心より生まれた涙は決して汚くなど───って臭っ‼この布巾超臭っ‼」

 

 今しがたまでの静穏がまるで嘘だったかのように、再び騒がしくなる店内。いつの間にか戻ってきてちゃっかりメザシをつまみ食いする神楽を怒鳴るお登勢や、それに皆が笑う姿につられて、松陽も声を出して笑う。

 まだ開店前だというにも関わらず、楽し気な声が漏れてくる『スナックお登勢』を、外の通行人は不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ふ~、お腹いっぱいアル。」

 

 膨れた腹を抱え、床に寝転がる神楽のだらしなく開いた口から、ゲフッと(おくび)が零れる。あれ?デジャヴ?

 朝食を終えた一同は片付けも済ませ、スナックお登勢の従業員三名を除いて再び上階の元万事屋に集まっていた。昨日と同じく桂がテーブルに紙を広げ、段蔵が書記を担当している。

 

「よし、ではまず昨夜に俺と銀時、そして高杉を含めて話し合ったことを皆に伝えようと思う。藤丸君は既に承知していることだが、これより我々は異変の起こっているこの江戸の調査を行いたいと考えている。」

 

「それで、俺やカルデアのサーヴァント面々にも協力をお願いしたいらしいんだけど、皆もいいかな?」

 

「もっちろん!僕達は喜んで力を貸すよ、ねっエリちゃん段蔵ちゃん?」

 

「はい。マスターの(めい)とあらば、この段蔵謹んでお受けいたしまする。」

 

「もう、アタシは燦然(さんぜん)と輝くネオンの街を見に来ただけだってのに………まあいいわ、仔犬はアタシがいなくちゃ只のへっぽこだからね。しょうがないから助けてあげる!」

 

 すんなりと(こころよ)く引き受けてくれた三騎のサーヴァント達に、藤丸は「ありがとう」と心からの感謝を口にする。桂も安堵に胸を撫で下ろした。

 

「それで、調査っつっても具体的にどうすんだ?定番の聞き込みったって、ここの奴らに俺らの記憶が無いんじゃあアテがねえだろ。」

 

 首を捻った銀時の頭に乗るフォウも、「フォーゥ?」と小首を傾げている。ふりふりと動くモフモフの尻尾が鼻先に触れ、「わぷしゅんっ!」と定春が大きなくしゃみをした。

 

「それでもやるしかあるめぇよ、銀時。今はどんな些細な情報でも欲しいところだ。それに先……松陽の記憶が戻る手掛かりも見つかるかもしれねえからな。」

 

「……すみません、私も一刻も早く思い出せるよう努めますので───」

 

「や、貴方(アンタ)は悪くねえ。出来ることは俺達でやるから、自分のペースで頑張りゃいいからな。」

 

 しゅんと落ち込む松陽に、光の速さでフォローを入れる高杉。普段のポーカーフェイスからのあまりのギャップに、藤丸を始め一同は開いた口が塞がらないでいた。

 

「おーおー、流石は松陽先生過激派の高杉晋助クンだなぁ?」

 

「何だ銀時、飯後のウォーミングアップなら付き合ってやろうか?終わった後にテメエが地に足着けてる保証は無ぇが。」

 

「そっちこそ、痛くて松陽に泣きついたりなんかみっともねえ真似すんじゃねえぞぉ?」

 

 再び起こる一触即発ムードに、居間の空気が険悪になる。どうしてこの二人はいつもこうなるんだ、と藤丸が心の中で呟きながら狼狽えていたその時、ポンッ、と突如彼らの横にエリザベスが出現した。

 「いい加減に」「しやがれっ‼」と各々(おのおの)書かれたプラカードを両手に(たずさ)え、勢いよく振り下ろしたそれが両者の頭に直撃する。

 

「「んがっ⁉」」

 

 揃ってくぐもった声を上げ、轟沈し床に倒れる二人の男達。役目を終えた桂の式神エリザベスは、登場した時と同様にまたポンッと音を立ててその姿を消した。

 え?フォウ君なら案の定プラカードが来る前に避難したよ?今は松陽の膝の上で何とも気持ちよさそうにリラックスしてるぞ。

 

「全くこ奴等は………さて、話を戻そう。」

 

「ヅラくーん、銀ちゃんとスギっちはこのままでいいの~?」

 

「ヅラじゃない桂だ。いずれ勝手に起きるだろうからな、そのまま放っておけ………では話を戻すが、調査といってもこの広い江戸だ。どこから手をつけてよいのか正直俺にも分からん………そこで提案なのだが、この人数からグループを分け、それぞれで調べものに当たるという案は如何(いかが)だろうか?」

 

「賛成アル!何か修学旅行みたいでわくわくするネ!」

 

「神楽ちゃんたら、遊びじゃないんだから………でも確かに、そのほうが効率も良さそうですね。僕も賛成です。」

 

「うむ、皆もそれで良いか?」

 

 桂の問いに、皆が首を縦に動かす。床に転がった二名は反応せず、未だ頭上にピヨピヨと小鳥が飛んでいた。

 

「ではグループだが、銀時と高杉、そして俺を筆頭とした三つに分けようと思う。これに新八君やリーダー、定春君にフォウ殿、そしてカルデアのサーヴァント三騎を分けて構成したいのだが、さてどう分けたらよいものか?」

 

「ちょっとツバメ、仔犬と松陽はどうすんのよ?」

 

「案ずるな、それについてもちゃんと考えてある………藤丸君、君は松陽殿と二人ペアで、いずれかのグループに入ってもらえないだろうか?」

 

「へ?俺が、松陽さんと?」

 

「うむ。マスターである君なら、いざという時は令呪を(もっ)てサーヴァントを呼び寄せることも可能だ。それに君と一緒であれば、銀時達も俺も安心出来る………頼めるか?」

 

 桂のあまりに真っ直ぐな目に息を吞むも、藤丸はすぐに頷いて肯定を示した。

 

「藤丸君、くれぐれも足を引っ張らないよう努めますので、よろしくお願いしますね。」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします、松陽さん。」

 

「それじゃヅラ君、僕らはあみだくじ作って決めちゃうから。マスター、どこに入るかわかったらすぐに教えてね~!」

 

 アストルフォはエリザベートと共に段蔵の元へと集合し、筆記用の紙の上にやたらと線の多いあみだくじを作成し始める。

 

「なぁなぁ藤丸、私お前と松陽と一緒がいいネ!私のいるグループに来るアル!」

 

「神楽ちゃん、まだ自分の所属するところも決まってないんだから、藤丸君に迷惑かけちゃ駄目だよ。ほら、僕らも段蔵さんのとこ行こう?」

 

 新八に首根っこを掴まれ、ぶ~!と膨れっ面のまま連行される神楽を苦笑しながら見送っていた藤丸。その時、不意に強い力で何者かに両肩を掴まれた。

 

「んで、藤丸………お前は誰のグループに入るんだ?ん?」

 

「心配するな、どれを選ぼうがお前さんを責め立てたりなんざしねぇよ………だからよーく考えて選択するんだな。ん?」

 

 それぞれの手と声の主………いつの間にか復活していた銀時と高杉は、その面に穏やかな笑みを浮かべている。だが穏やかなのはあくまで表面上の態度だけ、藤丸が自分のグループに入るよう、無言ながら伝わってくる圧力に、藤丸はたじろいでしまう。

 

「ええ~何コレ………乙女ゲーだったらめちゃくちゃ嬉しいシチュエーションだけど、俺男子だし………ていうか俺と行動したいってより、松陽さんと一緒のグループになりたいって魂胆が見え見えなんだけど、お二人さん?」

 

「こら、よさんか貴様ら!すまないな藤丸君、こいつらのことは放っておいて、君の意思で決めてもよいのだぞ?何だったら俺のところに来ないか?んまい棒もあるぞ?ん?」

 

 笑顔で駄菓子を差し出してくる桂。だが彼も、前者の二人と同じオーラを放っているのを、藤丸は即座に見抜いた。

 

「あっ、ずりぃぞヅラ!賄賂(わいろ)なんか送ろうとしやがってこの卑怯モンが!藤〇君かテメェは‼」

 

「誰の唇が真っ青だと⁉貴様のそういうねちねちしたところこそ、永〇君そっくりではないか!その天パ固めに固めて玉ねぎヘアーにしてやろうか⁉」

 

「何で具体例にちびま〇子ちゃん引っ張り出してんだ、こいつ等………んで、どうすんだい藤丸?」

 

「えええ………松陽さん、誰にします?」

 

「私は藤丸君の一存にお任せします♪」

 

「(まさかの丸投げされたァァァァっ‼)」

 

 三人の男達に詰め寄られ、藤丸は頭の中で悩みに悩む。

 暫く考え込んだ後、彼は意を決したように大きく頷き、息を吸い込んだ。

 

 

 

「えっと、それじゃあ俺は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃんじゃじゃ~んっ!ここで突然登場、アストルフォが次回のお知らせをするよ!この次の回は、な・な・何と!驚きの三本立てっ!銀ちゃん・ヅラ君・スギっちの誰かを選ぶことによって、各グループの小話が読めるんだって!一つだけ選んでもよし、もし三択ぜ~んぶ読んでくれると、書いてる人がすっごく喜ぶよ!僕は一体誰のグループに入るのかなぁ?それじゃ、また次回会おうね!ばいば~い!」

 

 

 

 



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【肆】《其の一》「銀さんと行くよ」

 

「えっ何、マジで俺とにすんの……?ギャッハハハァ!ざ~んねんだったなぁヅラに高杉クン?あら嫌ねぇ~んな露骨に悔しそうな顔されてもさぁ、結果として藤丸が選んだことに変わりないんだしぃ?そっかそっかぁ~藤丸はそんなに銀さんのこと…………え?一番気心が知れてるから、変に緊張しなくてよくて楽そう……?ふ、ふ~ん。別にいいんじゃない?そんな理由でも。という訳で悪いねお二人さん、松陽と藤丸は今日一日俺と────あ痛っ⁉ちょっ(すね)、脛は蹴らないでマジでっ痛い痛い痛いィィィっ‼」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ん~………やっぱり思ってたより集まらないなぁ。」

 

 メモ帳の一ページにも満たない記録を何度も眺め、藤丸は溜め息を吐く。

 こちら銀時をリーダーとした、藤丸と松陽そして段蔵とフォウのメンバーを伴ったグループは、繁華街にて調査の定番である聞き込みを行っていた。

 通り行く人に声を掛けては、江戸の事を尋ねていくだけの地道な作業。時には無視をされ、時には侮蔑(ぶべつ)的な態度を取られつつも(因みに松陽がこの扱いを受けた時、その相手を殺さんとばかりに嚇怒(かくど)した銀時を必死に皆で押さえつけた)、それでも中には熱心に話を聞き、分かり易く懇切丁寧に答えてくれる者達もいた。

 そんな作業が数時間に渡り続いたため、当然疲労も溜まる。ならばここで一時休息を取ろうと、藤丸達は騒がしい繁華街を離れ、街中のとあるこの公園を訪れていた。

 

「ていうか、この公園やたらと広くない?もう疲れた、歩きたくないわ……。」

 

「俺より若ぇ奴が弱音なんか吐いてんじゃねえよ、それに都心の公園(パーク)なんてどこもこういうモンだろ。T〇LとかU〇Jみてえに地図無しだと歩けねえパークに比べりゃ可愛いもんだぜ?」

 

「知らない知らないっ!俺の中での公園は何にもない真っ新な平地に土管が三つ重なって置いてある殺風景なところだもん!そんで近所には怒ると怖い雷おじさんが住んでるんだもんっ!」

 

「それ公園じゃなくて別次元の空き地ィ!もうっそんな駄々ばっかこねってと、さっき買ったこのチューパットはあげませんよ⁉」

 

 掲げた袋の中でキンッキンに冷えているであろうチューペット、もといチューパットを人質に取られ、藤丸はしぶしぶ歩を進める。重い足を持ち上げて動かすのも(だる)くなってきた藤丸を、フォウを腕に抱いた松陽が横から激励する。

 

「藤丸君、もう少しだけ頑張ってみましょう?きっとどこかにお休み出来るところがある筈………ですよね?段蔵さん。」

 

「ええ松陽殿、実にいいタイミングです。皆様ご覧ください、あそこに全員が腰掛けられる場所を確認いたしました。どうかあと数十歩のご辛抱を。」

 

「フォウ、フォウッ。」

 

「よかったぁ!さあ二人とも、もう目の前ですから頑張りましょう!」

 

 右手で銀時を、左で藤丸の手をそれぞれ掴み、松陽は段蔵が示した先……街灯の下の空いたベンチへと早足で進む。引っ張る力は思いの(ほか)強く、あれよあれよという間に三人はベンチに辿り着いた。

 

「ああ~疲れたぁっ……もう足パンパンだよ。」

 

 漸く腰を下ろし、脹脛(ふくらはぎ)(さす)る藤丸の隣に銀時が座り、その彼の隣に座った松陽の腕から出たフォウが、定位置である銀時の頭へと登っていった。

 

「皆様、お疲れ様でした。段蔵が見張りをしております故、どうぞごゆるりと休まれてください。」

 

「んな固いコト言わねえでよ、お前も一息つこうぜ?ほらっ。」

 

 銀時は袋から出したものを、段蔵へ向けて投げる。咄嗟に両手で受け止め確認すると、それはペットボトル程の大きさのオイル缶であった。

 

「あれ?銀さんたらいつの間に……?」

 

「なぁに、お前らが駄菓子屋で悩んでる間に、隣の店でちょろっとな。『俺が知ってた頃』のたまにもよく買っていったヤツと同じモンだから、多分口に合うと思うぜ。」

 

「何と、私達が知らない間に………銀時さんはお優しいのですね!」

 

 松陽の朗らかな笑顔と称賛に、銀時は染めた頬を掻いてはにかむ。やはり情愛を抱いた者に褒められるというのは、幾つ歳を重ねても嬉しいものである。

 

「銀時殿………このような段蔵にも気を使っていただき、本当にありがとうございます。」

 

「そんな言い方すんなって。俺達ゃもう仲間だろ、なっ?」

 

 そう言って皆に同意を求めれは、全員首を縦に振る。感奮する心を抑え、段蔵はオイル缶の蓋を開ける。密閉された容器から漂う独特の香りを堪能し、早速口をつけて液体を含む。暫し間を置いてからゴクリ、と喉の奥にオイルを流し込んだ段蔵の表情(かお)には、喜悦の色が浮かんでいた。

 

「にしても銀さん、よくお金なんて持ってたね。」

 

「あ?ああ、ポケット漁ってたらまさかの千円が一枚出てきたんだよ。多分パチンコに使おうと思って突っ込んでて、そのまま忘れてたんだろうな。」

 

「パチンコもいいけど、いや良くないけど。ちゃんと新八君と神楽ちゃんにお給料払わなきゃ駄目だよ。あと家賃ね、生まれてこの方あんなにドン引きしたの初めてだったわ。」

 

「わーってるよ。ったく、てめえも小言の多い奴だな。二代目新八でも目指してんのか?それならまず人間やめて、眼鏡として生まれ変わるとこから始めねえと。」

 

 ぶつぶつと零しながら、銀時は袋の中を漁る。彼がそこから取り出したのは、先程もその存在をお伝えした冷凍チューパット。それも二本ある。

 

「やべっ、ちょっと溶けてきてんな。藤丸、松陽、お前らどっち食う?」

 

「ん~グレープ味とソーダ味かぁ、どっちにしようかな……松陽さん、お先にどうぞ。」

 

「そんな、藤丸君からお決めになってください。私は頂ければどちらでも構いませんから。」

 

「いや、ここは年功序列ということで先にどうぞっ。」

 

「いえ、お若い方からお先に。まだ伸び盛りでしょうから、美味しいものをたくさん摂ってしっかり成長なさらないと。」

 

「いやいや、松陽さんこそお先に。」

 

「いえいえ、藤丸君こそ。」

 

「いやいやいや。」

 

「いえいえいえ。」

 

「ちょっとぉ!いつまで譲り合いのラリー続けてやがんだっ⁉ほら見てどんどん溶けてきちゃってる‼つーかどっちでもいいから早く決めてくんないかなぁ⁉(ちな)みに俺グレープね!」

 

 ぼたぼたと水滴の零れるチューパットの棒のとこを(つま)んだまま、焦燥(しょうそう)した銀時が叫ぶ。

 

「あ、ゴメンごめん。それじゃあえっと、俺もグレープにしようかな。」

 

「では私は綺麗な青色の……ソーダ、というのでしたっけ?そちらを頂きますね。」

 

「フォウーゥ、フォウーゥ!(グレープ、グレープ!)」

 

「よし、お前もソーダだな。これできっちり分かれたぜ。」

 

「キュッ⁉フォウウゥゥゥッ‼(バリバリバリッ)」

 

「痛ででででででっ⁉何だよ(むし)るなって‼やめてェェェ禿()げちゃうゥゥゥゥゥッ‼」

 

「あっこら、駄目ですよフォウさん!」

 

 突如暴れて銀時の天パを毟り出すフォウを、松陽が慌てて引き剥がす。揉みくちゃに撫でまくって何とか(なだ)めると、フォウは(ふつく)みながらも漸く落ち着いた様子で、松陽の膝の上に大人しく納まった。

 

「あ~、ひっでぇ目にあった………にしても、こんな溶けてんじゃ割るのは危険だな。段蔵、悪ぃけど苦無(くない)貸してくんない?」

 

 そう言って銀時が振り向いた先には、何と地べたに座り林檎のように赤い頬でオイル缶を煽る段蔵の姿。彼らのよく知る静穏な彼女はどこにもいない。

 

「だ………段蔵?」

 

「んあ~………ひっく、ふぁい何れしょう?金時ろの~?」

 

 ふにゃりと緩みきった笑顔を浮かべ、段蔵が答える。舌も(ろく)に回っておらず、彼女が酔っ払っているのは明らかだった。

 

「金じゃねえよ銀っ!おいおいどうしたよ?めちゃくちゃ悪酔いしてんじゃねえか。」

 

「何を言うのれふか金時ろの!段蔵(だんろー)は絡繰れふよ!酔っぱらうなんれあるわけないひゃないれふか~。ひょれより苦無(くにゃい)れふね、どこだっけなぁ~?」

 

 がさごそと粗雑な手つきで、段蔵は懐にしまっているものを漁る。あーでもないこーでもないと次々に取り出されては地面に転がる暗器の数々を、銀時達は呆然と眺めていた。

 

「段蔵、どうしたんだろう……?昨日たまさんから貰ったオイルを飲んでた時は、割と平然としてたのに……。」

 

「藤丸、こりゃひょっとするとオイルの種類が昨日と違うからじゃねえのか?ほら、安い酒ってよく悪酔するっていうし。」

 

「……こんな姿、カルデアにいる小太郎や千代女には絶対に見せらんないや。」

 

 藤丸が本日二度目となる溜め息を吐いたのと、「あった~!」と段蔵が歓喜の声を上げたのは、ほぼ同時のタイミング。

 

「は~い金時ろの、どうぞ~。」

 

 こちらに向けられた刃先に触れないよう、銀時は慎重に(つか)の部分を掴む。あ、決して洒落ではないよ。彼が受け取ったのを見届けると、段蔵はにこにこと微笑みながら再びオイルの缶を煽った。

 

「と、ともかくこれでチューパットが食えるな。もう大分溶けてっけど、まあ大丈夫だろ。」

 

 銀時が向けた刃先は、まずはソーダのチューパット。真ん中の凹みを切った途端に溢れ出る青い甘露を零さないよう気をつけ、やっとの思いで二等分したそれらを松陽へと渡す。

 

「ほらよ、服に零さないよう気をつけろよ。」

 

「わあっ、ありがとうございます!」

 

 銀時から受け取ったチューパットを両の手に持ち、一つは自身の口元に、そしてもう一つは膝に乗るフォウの元へと近付けていく。

 

「ンキュッ、フォウフォウ。」

 

 フォウが小さな舌で中身を舐めとるのを見届けてから、松陽も半分ほど溶けたチューパットを吸う。初めて味わうソーダの爽やかな甘味に、自然と頬は綻んだ。

 

「どうだ松陽、美味いか?」

 

「はい!とっても美味しいです、ねえフォウさん?」

 

「キューゥ。」

 

「そっか、もっとしっかり凍ってたら良かったんだけどな……さて次はグレープを。」

 

 松陽の満足気な様子を見届けた後、銀時は自分達の分であるグレープ味のチューパットに刃を当てる。するとその時、藤丸がふと思い出したように口を開いた。

 

「あっ、そうだ銀さん。長いの付いてるほう頂戴?俺そっちがいいや。」

 

 

 ブッシュウウウウゥゥゥゥゥッ‼

 

 

 突として、凹み部分から溢れた紫の甘い液体。それは放物線を描きながら飛んでいき、その勢いを殺さぬまま藤丸の左眼球に直撃する。

 

「オギャアアァァァァッ‼目が、目がァァァァァァァッ‼」

 

 地面に倒れ、ゴロゴロと転がり悶える藤丸に、松陽と段蔵(へべれけ状態)が慌てて駆け寄る。何故か彼の着ている礼装、カルデア制服には奇跡的に染み一つ付着していない。

 

「藤丸君、大丈夫ですか⁉」

 

「待っれれくらひゃいまひゅた~!只今(たらいま) 段蔵(だんろー)が拭くもにょを!」

 

 そう言って只でさえ布地が薄い衣服を更に脱ごうとする段蔵を、藤丸は片目を押さえたまま必死で止める。松陽が差し出してくれたハンカチ(お登勢が持たせてくれた)で患部を拭くと、俯いたまま黙っている銀時へと向き直る。

 

「もうっ!何すんだよ銀さん!」

 

 頬を膨らせ、割と強めに怒る藤丸。しかし漸く(おもて)を上げた銀時の発した答えに、藤丸は更に驚愕することとなる。

 

「………すまねえな、藤丸。」

 

「むっ………まあ、そんな根に持つほど怒ってもないしぃ?次からは気をつけて───」

 

「お前にゃ悪いが、チューパットの長いほうは俺が頂くことになってんだよっ‼」

 

「って、ハアアァァァァァッ⁉」

 

 あまりに予想外の発言に、藤丸を始めとし銀時を除いた面々も、開いた口が塞がらない。そうしている間に二等分したチューパットの、ヘタと呼ばれる短い棒のついたほうを大きく開けた口元に持っていこうとする銀時の手を、我に返った藤丸がすかさず止めた。

 

「ちょちょっと待って!ズルいよ銀さんっ!俺だって棒ついてるほうがいい!」

 

「藤丸ぅ、俺もこればっかりは譲れねえよ。チューパットの長いほうを欲するのは、同じく長い(チューパット)を持つ雄として当然のこと。それは最早本能と言っても過言じゃねえ………どうせまだ毛も生えてねぇだろうお前にゃ、短いほうのがお似合いだぜ?」

 

「見たことも無いくせに何言ってんだアンタ⁉俺だって立派な(チューパット)くらい持ってるわぁっ‼」

 

「うるっせぇ!いいから長いほうを寄越しやがれ青二才っ‼」

 

「イ・ヤ・だ・ねっ!断固拒否だよこのアホ天パ~っ‼」

 

 片や長いほうを取り合い、片や短いほうを押し付け合う。数多の戦場を駆け抜け、白き夜叉と畏怖された男と、幾十(いくそ)もの世界を跳躍した、人類最後の希望と呼ばれた少年が織り成すそれは、(はた)からすればあまりにも不毛で、世界一どうでもいい戦いであった。

 

「長いのやら短いのやら………あのお二人は、一体何の話をされているのでしょう?」

 

 首を傾げる松陽と、残り少ないチューパットを傾けてこくこくと喉を鳴らすフォウ。

 すっかり溶けたチューパットの中身が組み合った手に零れようと構わず、両者一歩も譲らずに取っ組み合いを続けていた時であった。

 

「おっ?」

 

「あ、あれ?」

 

 不意に、掌の中にあった冷たい感覚が取り払われる。揃って顔を上げれば、そこには二人が取り合っていた筈のグレープチューパットを二つとも掲げる段蔵の姿。

 

「もうっお二人(ふひゃり)ろも!喧嘩はこの段蔵(だんろー)が許ひまひぇんよぅ!喧嘩の(もろ)になっひぇるチューパットなんかぁ………こうれふっ!」

 

 次の瞬間、ブチュッ!と音を立て、二つのチューパットが段蔵の手によって爆ぜる。

 

「「~~~~~~~~~っ‼」」

 

 ほぼ液体となって零れていき、新たな染みとなって地面へと吸い込まれていくチューパットの姿に、銀時も藤丸も声にならない悲鳴を上げる。

 幽暗の中の、静まり返った公園の一角で起こった悲劇………何とも不憫な二人に構うことなく、チューパットを食べ終え満腹になったフォウはベンチに横になると、大きな欠伸を一つかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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【肆】《其の二》「桂さんについていくね」

 

「ほう、俺を選んだか………中々聡明な判断だな、流石は世界の危機を救ったマスターとしての器を持つだけのことはある。ふふっ、そう謙遜(けんそん)するな。まあ俺はあの二人とは違って、無闇に事を荒らげたりなどはせんから安心するが良い…………ところで藤丸君、攘夷活動というものに興味はないか?え、別に無い?ああ……そう……。」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「わぁ………凄いです!」

 

 天井まであるかのような高さの本棚がずらりと並ぶ光景に、松陽は目を輝かせる。

 様々なジャンルの本から雑誌に始まる書物、そして過去の瓦版までもが保存されたこの場所は、江戸が誇る大図書館。ここならば何かしらの情報を得ることも出来るだろうと、桂をリーダーとした藤丸に松陽、そして新八とエリザベートのグループは、この場所に(おもむ)いていた。

 

「どうだ藤丸君、江戸にはこんな立派な図書館もあるのだぞ。」

 

「ん~……悪いけど、カルデアの図書室のほうがデカい、かな。」

 

「確かに、僕も短い時間の中でカルデア内を色々と見学させていただいたんですけど、やっぱりあそこには敵わないですね……。」

 

「そ、そうなのか………カルデアとは誠に凄い機関なのだな、是非俺も行ってみたいものだ。」

 

 得意げに語ったつもりの桂だったが、藤丸と新八のドライ過ぎるリアクションにあっさりと一蹴(いっしゅう)されてしまい、しゅーんとしょげてしまう。

 

「ふぅん、まっアタシのチェイテ城よりは量も広さもあるじゃない………あら?」

 

 ふとエリザベートが見つけたのは、表紙を見せるようにして並べられたティーンズ雑誌の数々。女性向けの華やかなデザインや着飾ったファッションモデルの写真に、彼女は直ぐ様釘付けになった。

 

「きゃ~可愛いっ!こんな素敵な雑誌も置いてるのぉ⁉いずれここでも輝くアイドルとして、この国のカルチャーも取り入れないといけないわね!」

 

 嬉々とした甲高い声が広い館内に響き、何人かの利用客や職員が口元に指を当て、静粛を促す。藤丸や新八が彼らに何度も(こうべ)を垂れる傍らで、エリザベートは既に手に取った雑誌を読み(ふけ)っている。

 

「ふむふむ、今江戸で話題の超人気アイドル、寺門通は───」

 

「ちょ、ちょっとエリちゃん、調べ物はどうするの?」

 

「心配しないで仔犬、これ読み終わったらちゃんとやるから。まずはライバルの情報をしっかりと把握しておかないと……!」

 

 ぶつぶつと呟きながら、エリザベートは手にした雑誌の誌面を食い入るように眺めている。そんな彼女のほうばかり向いていたせいか、藤丸達は松陽の姿がないことに気が付くのが遅くなってしまった。

 

「あれ?松陽さんがいないよ?」

 

「本当だ、今まで近くにいたと思ったのに。」

 

「何だと⁉のほほんとしている場合ではないぞ君達、これは一大事ではないか!先生、松陽先生ェェェェェッ‼」

 

 びりびりと空気を震わす桂の叫び声、またも利用客や職員に怖い顔で牽制(けんせい)され、藤丸と新八はまた何度も頭を下げる。

 するとそんな桂の視界に、絵本コーナーに群がった子ども達の姿が映る。幼子達に囲まれている人物を確認した途端、桂は駆け足でそこへと向かっていった。

 

「先せ………松陽殿!」

 

 名を呼ばれると、松陽は頭だけを動かしてこちらを向く。子ども達の中心で膝を折って座る彼の手には、幼児向けの絵本が広げられていた。

 

「ねーねーお兄ちゃん、早く続き読んで~。」

 

「お兄ちゃんっ、次はこのお話がいい!」

 

「あ~ズルい!次は僕だよっ!」

 

「こらこら、喧嘩はいけませんよ。後でちゃんと読んであげますから、皆さんも順番はきちんと守ってくださいね。」

 

 穏やかな松陽の言葉に、「は~いっ!」と彼らは元気よく返事をする。その光景を呆然と眺めていた桂の後ろから、藤丸と新八が遅れて到着した。

 

「わっ。松陽さん、これは……?」

 

「ああ藤丸君、実は気になる本があったので手に取っていたのですが、どうやら自分でも意識しないうちに、内容を声に出して読んでいたようでして。それで気が付いたら、この子達が私の周りに……。」

 

「お兄ちゃん、読むのとってもお上手だもん。もっと聞かせて!」

 

「私も聞きたぁい!ねえお兄ちゃん、早く早くぅ!」

 

 期待と好奇に輝いた瞳を向けられ、松陽は困ったように笑う。桂はどうしているのかが気になり、藤丸と新八は未だ微動だにしない彼を横目で見る。

 すると、そこにあった表情は困惑でも焦燥でもなく、どこか慈愛に満ちた微笑を浮かべた桂は、松陽と彼に(たわむ)れる子ども達を見守っていた。

 

「申し訳ありません、小太郎さん……今すぐにそちらへ戻りますので。」

 

「……いいえ松陽殿、貴方は子ども達の相手をしてあげてください。彼らへの朗読が終わってからこちらに来ていただいても一向に構いませんので。」

 

「え?しかし……。」

 

「大丈夫ですよ。エリちゃんだって向こうで雑誌に夢中になったまま動きませんし、それにせっかくですから、子ども達に絵本を読み聞かせてあげてください。僕も小さい頃、姉上にそうしてもらった時に凄く嬉しかった記憶があるから………まず僕らだけで調べ物をしてますので、心配ないですよ。ねっ藤丸君?」

 

 新八に同意を求められると、藤丸も素直な気持ちで首を縦に動かし肯定を示す。

 

「では二人とも、()くとするか。松陽殿、あちらの(ひら)けた場所におりますので、後でお会いしましょう。」

 

「すみません、ではまた(のち)ほど。」

 

 こちらに小さく会釈(えしゃく)をし、再び絵本へと向き直る松陽。そこに(えが)かれた白い侍の絵を視界の端で確認してから、藤丸は(きびす)を返して桂の背を追いかける。

 「……懐かしいな」と零した桂の呟きは、誰かが(ページ)(めく)った時の、紙が擦れる音に紛れてしまう程に(びょう)なものであった。

 

「それで桂さん、俺達はどんな資料を探してくればいいかな?」

 

「ん?ふむ、そうだな………では君達には、ここ数年の新聞記事や瓦版などを漁ってきてほしい。この図書館にはそういったものもしっかりと保存してあるからな。」

 

「成程、そういった刊行物なら詳しいことも載っているかもしれませんからね。」

 

「そっか、分かったよ桂さん。」

 

「うむ、頼んだぞ………ところで藤丸君、気のせいなら悪いのだが、さっきから君の俺に対しての口調が軽いものになってやしないか?」

 

「ああ、それなら気のせいじゃなくて本当だよ。何でも、俺も新八君も『桂さん』呼びだから、書く側も読む側も分かりにくいっていう書いてる奴の一身上の都合により、今回から変更させてもらったんだ。というわけでよろしくね。」

 

「うーむ、納得はいかんが仕方ない……のか?まあそれは置いておくとして、俺もあらゆる方面から資料になりそうなものを探してみる。そちらも見つけたら、先程松陽殿に示した場所に集合だ。」

 

 桂はそう言い残し、立ち並ぶ本棚と本棚の間へと姿を(くら)ませる。

 

「藤丸君、僕らも行こうか。」

 

 新八の声に頷き、二人は静閑な図書館の中を歩き始める。

 途中で行き会った職員に場所を尋ね、何度も道を間違えながらも二人が辿り着いたのは、過去の新聞記事などがファイルに保存された、図書館でも奥の方にある一角であった。これだけの大きさの施設ということもあり、目の前に広がる膨大な数のファイルが並ぶ本棚に、藤丸と新八は息を吞む。

 

「えっと………これ全部の中から、よさげなものをチョイスすればいいんだよね?」

 

「って言っても、この量じゃあ………よし藤丸君、ここは二手に分かれて探してみよう。多分その方が時間の短縮にもなると思うし。」

 

「うん、そだねー………それじゃあ俺は適当にこっちから漁ってみるよ、新八君も頑張って。」

 

「藤丸君こそ、何か見つけたらすぐに声を掛けるよ。」

 

 互いに手を振って別れ、一人になった藤丸は高く積み上げられたファイルの山を改めて見上げ、溜め息を零す。

 

「……とは言ったものの、どこから手ェつけたらいいんだろ?コレ。」

 

 首を傾げ、とりあえず近場にあった一冊を取り出し、広げてみる。数ページに渡り保管されていたのは、過去に起きた時事の新聞記事。暫くページをめくり続けていた藤丸だが、やがて目ぼしい内容が乗ってないことに再び溜息を吐き、パタンと閉じたそれを元の場所に戻した。

 途方に暮れながら歩を進め、角を曲がったそんな時、ふと上げた視界に動くものを発見する。

 それは、こちらに歩いてくるファイルの山……訂正、高く積み上げられたファイルの山を抱えた誰かが、こちらに向かって歩いてくるのだ。ふらふらと不安定に一歩を踏み出す度に、てっぺんに置かれた一冊が今にも落ちそうに揺れる。あまりに危なっかしいので声を掛けようとしたその時、藤丸の視界に影が差した。

 

「ふぎゃっ⁉」

 

 ゴンッ、と鈍い音に続く、頭部に走る鈍い痛み。頭を押さえて(うずくま)ると、痛みを与えた犯人である一冊のファイルが目の前に落ちてきた。

 

「わあぁっ⁉君、大丈夫かい⁉」

 

 慌ただしくこちらに駆け寄ってくるのは、たくさんのファイルを抱えていたあの人物であろう。酷く狼狽した声が、今しがたの事故は故意でなかったことを表していた。

 患部を手で(さす)りながら顔を上げると、目の前にいた男性と目が合う。きちんと着込んだ着物に毛先の跳ねた黒髪を一本に束ねている彼は、生真面目そうな(おもて)に不安を(にじ)ませている。

 

「本当にごめんよ⁉怪我とかしてないかい⁉」

 

「いえ、俺は大丈夫ですよ。それより……。」

 

 藤丸が指したのは、先程落下してきたあのファイル。内側のポケットから飛び出した中身が、床一面に散乱していた。

 

「ぎゃっ!た、大変だあぁ……!」

 

 男性は、慌ててそれらを拾い始める。藤丸も自然な流れでそこへ手を貸すと、恐縮した彼は「あ、ありがとう……」と小さく礼を言った。

 

「それにしても、凄い量のファイルですね。何か調べものですか?」

 

「ああ、ちょっと仕事で色々と使うもんで………それにしても君、見かけない顔だね。俺しょっちゅうこの図書館使うんだけど、ここって設備はいいのに利用客は大体同じ人達が多いんだ。だから不思議に思ってね。」

 

「へ、へぇ~……記憶力いいんですね。」

 

「えへへ、まあね。仕事が仕事だからさ。」

 

 照れ笑いを浮かべる男性を前に、藤丸は正直焦っていた。ここで下手な答えを言えば、疑われるに決まっている。異次元から来ました~などと馬鹿正直に話すわけにもいかず、どうしたらよいものかと思索していた藤丸であったか、その懊悩(おうのう)は次の瞬間あっさりと消え去る。

 

「分かった!もしかして学生さんかな?課題に関する調べもので来たんだろう?」

 

「え?えっと………はい、まあそんなところです、ね。」

 

「やっぱり。内申とかレポートとか大変そうだもんね~、でも今のうちに下積みをしっかりしておけば、将来は安泰した職に就けると思うよ。頑張ってね!」

 

 よく分からない結論の末に何故が励まされ、まあでも変に疑われることもなくなったかと、苦笑する内心で藤丸は安堵する。

 

「……はいどうぞ、これで全部ですかね?」

 

「ありがとう~助かったよ………げっ、もうこんな時間か。早く戻らないとまた『副長』にどやされちゃうなぁ。」

 

 腕時計の示す時刻を目視し、男性は渋い面持ちで立ち上がる。そして山積みになったあの大量のファイルを再び抱えると、急いだ様子で体を反転させる。

 

「それじゃあ俺、もう行かないと。課題頑張ってね学生くん!」

 

 去り際にこちらに笑顔を向け、男性は再びよろめきながら歩き出す。危なっかしい動きに何度もハラハラしながらも、曲がり角で男性の姿が見えなくなると、藤丸は安堵の息を零した。

 

「………あれ?」

 

 ふと、何気なく自身の後方に目をやった藤丸は、そこに数枚の紙が束になって落ちているのを発見する。手に取って確認すると、それは古びた瓦版であることにすぐに気が付いた。

 

「いっけない、まだ残ってたのか……!」

 

 藤丸は直ぐ様立ち上がり、慌てて先程の男性の姿を探す。しかし曲がり角の向こうにはすでにその姿は無く、大きく肩を落としたその時、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「あれ?藤丸君、こんなところでどうしたの?」

 

 振り向くと、そこには両手に数冊のファイルを抱えた新八が、不思議そうな目をこちらに向けている。

 

「えっと……いや、何でもないよ。それより新八君、凄い量だね。」

 

「あはは、探し出したらキリが無くてさ。でも流石にこれは多過ぎた、かなぁ?」

 

「それじゃあ半分持つよ、俺はこの通り成果ゼロだしさ。」

 

「いいのかい?これから桂さんのところに向かおうとしてたから、凄く助かるよ。ありがとう。」

 

 荷物を半分に分け、二人は本棚の間を抜ける。暫く歩いていると、先程桂の示した場所である、大きな机のある共同スペースに到着する。真面目に読書に(いそ)しむ者や、机に突っ伏して眠る者などもいる中、既に椅子に座っていた桂は、こちらに近付いてくる藤丸達の気配をいち早く察知すると、読んでいた書物から顔を上げた。

 

「おお君達か。随分と見つけてきてくれたようだな、ご苦労。」

 

「いえいえ………ていうか、桂さんのほうも既に凄い量なんですけど。」

 

 新八が見下ろす視線の先には、彼が運んできた量の二倍、否三倍はあろうかという程の、山のように積まれた参考文献の数々。ふとその中に、桂の周りを(せわ)しなく動く小さな影の姿がある。よく目を凝らしてみれば、それは手の平サイズの小さなエリザベスであった。

 

「わっ!桂さん、何スかそれっ⁉」

 

「ふふん、よくぞ聞いてくれたな新八君。これは既にお馴染みの、俺の式神エリザベス・マスコットサイズverだ。可愛らしいうえにお出かけのお供に最適な大きさだぞ、如何(いかが)かな?」

 

「いや、如何かな?じゃないですよ。それよりこんな手乗りUMA、他の人に見られたら大騒ぎですよ?」

 

「その点は心配ない。魔術の心得の無い者には認識出来ないよう、目(くら)ましの術を施してあるからな。」

 

 桂が答えたその時、一匹のエリザベスが彼の着物の裾を引っ張る。桂がそちらを見ると、開いた本の一節をエリザベスが指(?)で示している。

 

「おお、それも中々参考になるな。よく見つけてくれた。」

 

 指でエリザベスの頭を撫でた後、桂はその手で開いたページへと触れる。するとそこに記された文字が一瞬だけ光った後、桂が手を持ち上げたと同時に複写された文字が浮き上がる。桂の手はそのまま開いた無地の巻物へと移動し、指を下へ向けたのを合図に文字は紙へと浸透していき、やがて黒い文字となって形もそのままに写された。

 

「わぁお、何つー魔術的なコピー&ペースト……。」

 

「これならば印刷代もかからんからな。君達の持ってきてくれた資料も早速目を通したい、そこに置いてくれんか?」

 

 桂に促され、藤丸と新八はファイルを机の上に置く。その際、藤丸が積んでいたファイルの上に雑に置いていたあの瓦版が飛んで行ってしまい、宙を漂ったそれは桂の前に降りていった。

 

「あっ、ごめん桂さん。それ拾ったやつだから、あんまし関係ないと思うけど……。」

 

「構わんよ。一応見ておくか………ふむ、これは十年前の瓦版だな。」

 

 それを手に取り、まじまじと眺める桂。するとその数秒後、彼の顔が一気に青ざめた。

 

「………馬鹿なっ‼」

 

 ガタンッ!と椅子が倒れる音が響く。桂が突然、勢いよく立ち上がったためだ。周りにいた利用客も、そして藤丸と新八も、桂の豹変に言葉を失う。

 

「……信じられない………こんな、こんなことが……。」

 

 ぶつぶつと一人呟く桂の額には、幾筋もの汗が伝っている。酷く狼狽した彼は何度も瓦版に目を落としては、顔を歪ませていた。

 

「………桂さん?」

 

 藤丸が声を掛けたことにより、桂は漸く我に返る。そして気分を落ち着かせるため、深呼吸を一つ。

 

「……すまない、少し驚いたものでな。俺はここで引き続きまとめ作業を行っているから、君達はまた資料を集めてくれないか?」

 

 穏やかに微笑んでみせる桂だが、相変わらず顔色は悪い。藤丸と新八は互いに顔を見合わせた後、無言で頷いて(きびす)を返した。

 

「……………。」

 

 離れていく背中を見送った後、桂はもう一度瓦版に目を落とす。

 薄くなりかけた文字でそこに記されているのは、彼の最もよく知る『十年前』の出来事であった。

 

「………信じられない、信じたくもない。なあ、お前もそう思わないか?」

 

 近くにいたエリザベスに何気なく問うが、彼(?)は小首を傾げるだけ。予想していた通りの反応に苦笑し、桂は大きく息を吐いた後、天井を(あお)ぎ見た。

 

 

 

 

 

 

 



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【肆】《其の三》「高杉さん、よろしくお願いします…!」

 

「……ククッ、全くお前さんも酔狂な野郎だ。()えて得意でない俺を選んで何になる………あ?んなもんとっくに気付いてたさ。お前さんが意識してなくとも、顔や態度に出てたからな………そう思ってるからこそ、もっと交流して俺をよく知っておきたい。ねぇ………そりゃあ健気なこった。そういやあ、他の奴らの班分けも終わった頃じゃねえのか?お前と松陽と、他には………………あ?」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ふ~んふ~ん、ふふふふんっ♪」

 

 神楽は上機嫌に鼻唄を混じえながら、隣に座る松陽の腕に抱きついている。二人を乗せた定春は、のっしのっしと歩を進めていた。

 

「よかったね神楽ちゃん、松陽さんと同じグループになれて!」

 

 その隣を歩くアストルフォが声を掛けると、神楽は「うん!」と大きく頷く。

 

「だって、今まで銀ちゃん達大人げない大人のせいで松陽の傍にいられなかったんだもん。でも今日は私だけの松陽アルよ!やっと独り占め出来たアル!」

 

 神楽は松陽に抱き着くと、顔を埋めて頬擦りをする。そんな彼女に松陽は慈愛の眼差しを向け、優しい手つきで頭を撫でた。

 

「ふふっ、私も神楽ちゃんとご一緒出来て嬉しいです。今日はよろしくお願いしますね。」

 

「今日と言わず、いつだってお前のこと守ってやるヨ!そう約束したアル!」

 

「僕だって同じさ、どーんっと任せてよ!」

 

「わんっ!わんわんっ!」

 

 三人と一匹の間に漂う、和やかな空気。そんな彼らのアットホームなやり取りを、前方を並んで歩く二人は背中で聞いていた。

 

「……大人げない大人って言われちゃってますけど、高杉さん。」

 

 藤丸は恐る恐る、隣を歩く高杉に話しかける。咥えた煙管から紫煙を(くゆ)らせる彼の表情は、不機嫌そのもの。眉間に皺を寄せ、こちらには目も合わせてくれない高杉に、負けてたまるかと藤丸は声を掛け続ける。

 

「い、いやぁまさか、神楽ちゃん達と同じグループになるなんて。運命って分からないものですよね~。」

 

「……………。」

 

「それにしても、俺らのとこだけやたらと人数が多いような気がしますけど、別に他のクループメンバーのお零れってわけじゃないみたいですよ?ちゃんと頭捻って考えた末の結果だって、書いてる奴は言ってましたし。」

 

「……………。」

 

「えっと………そうだ。桂さんから貰ったヤクルt……じゃなかった、ヤクルコ飲みません?」

 

「ああ、飲む。」

 

 思いがけないタイミングで口を開いた高杉に驚き、「うぉわっ⁉」と間抜けな声を上げる藤丸の手から、高杉はヤクルt……じゃねーやヤクルコを抜き取る。煙管を消失させ、銀紙の蓋を剥がして一気に呷ると、高杉は息を零した。

 

「なあ、藤丸。」

 

「ひゃいっ⁉もももしかして、(ぬる)いの駄目でしたか⁉」

 

「別に構やしねぇよ、まあ出来たら冷えてたほうがよかったが………そんなことより、さっきから変に俺に気を回すんじゃねえ。確かに機嫌は悪いが、別にお前さんに対して怒っちゃいねえよ。」

 

「ほ、本当ですか……?」

 

(むし)ろ感謝してるくらいだ。お前がいなきゃあのじゃじゃ馬姫とポンコツ野郎、それにデカ犬のお守を俺一人で(にな)わなきゃならなくなるところだったからな………それに。」

 

 ゆっくりと、高杉は(おもむろ)に振り向く。右の瞳に映るのは、神楽やアストルフォと談笑する松陽の姿。楽し気に笑う彼を無言で見つめる高杉の、出会ってから今日(こんにち)までに見たことが無い彼の温顔(おんがん)に、藤丸は釘付けになっていた。

 

()(かく)なぁ、別にこっちが何もしちゃいねえのに、そう一々(いちいち)びくつかれても目障りだ。それに契約こそ交わしちゃいねえが、俺とお前はサーヴァントとマスターだろ。お前が話しかけりゃあ俺はそれに答えるし、指示されりゃあまたそれに応える。それでいいだろ?」

 

「えっ、う……うーん。」

 

「何だよ……まだ不満があるってのかい?」

 

 煮え切らない態度の藤丸に、高杉は少し苛立ちを見せる。そこから二、三度(うな)った後、藤丸は高杉の顔を見て口を開いた。

 

「そういうドライな関係じゃなくてさ、もっとこう………仲良くなりたいんです、高杉さんと。」

 

「………は?」

 

 ()頓狂(とんきょう)な彼の言葉に、思わずヤクルコの殻を取り落としそうになる。

 

「確かに、サーヴァントとマスターの関係ってそんなのもあるかもしれません、けどそんな上部(うわべ)だけの業務的なモノなんて、只つまらないじゃないですか!俺はマスターとして………いや、その前に藤丸立香として、皆の事をもっとよく理解したい。そして理解した上で、皆と共に走っていきたいと考えてるんです………高杉さんには、余計なお節介だと思われるかもしれませんけど。」

 

「ああ、その通りだな。」

 

 間髪入れずに返ってきた答えに、()え無く轟沈する藤丸。落胆し項垂(うなだ)れる彼の頭に、不意に置かれた温かな手。

 

「だがなぁ、別にお前さんの事を嫌ってるってわけじゃねえよ。俺ぁこの通り()れ合いは好かねえ性分だから、勘違いされても仕方はねえが………この異変の起きた世界で、銀時達と共に松陽(あのひと)を救ってくれたお前だ。一応信頼は置いてるんだぜ、カルデアのマスターさんよ?」

 

「うむむ………まだ他人行儀感が抜けてない気がする。」

 

「贅沢言うな、俺からの信頼をこれ以上に買いたいってんなら、もっと精進しろ。あとさっきから聞いてりゃその(へりくだ)った口の利き方、うっとおしいからそれも直せ。いいな?」

 

「あうっ………はい、じゃなかった。うん、分かったよ。」

 

 額を軽く小突かれ、藤丸は頬を膨らせながらも、こちらを向いたその(かお)には、はにかんだ笑みが浮かんでいた。

 

「あ~っ!マスターってば、スギっち独り占めしてズルいズルい!」

 

 まるで身体の大きな獣がタックルしてきたような勢いで、アストルフォが彼らの背後から追突してくる。造作もなく避ける高杉の横で、反応が遅れ(もろ)に体当たりを食らった藤丸は「たわばっ‼」と奇怪な悲鳴を上げて前方へと吹き飛んだ。

 

「ねえねえねえっ、マスターと何話してたの?僕にも教えてよ~!」

 

 肩を掴まれ、激しく前後へと揺さぶられる。ぐわんぐわんと揺れる視界の中でも、「お前にゃ言わねえ」と答える高杉の声色は平静としていた。

 

「なあアストルフォ、もうそろそろこの辺りでよくないアルか?私達以外誰もいないネ。」

 

「へ?ああっうん、そうだね~。」

 

 定春に乗って遅れて到着した神楽の声に反応し、アストルフォは高杉から手を放す。一方アストルフォに吹っ飛ばされた藤丸は漸く顔を起こすと、自分達が目的地である人気(ひとけ)のない河原に到着していたことに気付く。

 

「アストルフォ、街を調べるったって、こんな誰もいないところで何をするの?」

 

「んっふっふ~、聞いて驚かないでよぉ?」

 

「勿体ぶってんじゃねえよ、いいからさっさとしろ。」

 

「もうっ、スギっちったら~せっかちさんなんだから………え~それでは、これから僕が考えた作戦を発表しま~す!三つあるグループのうち、銀ちゃん達は聞き込み、ヅラ君達は図書館、となれば僕らが調査すべきは………ズバリ!この江戸(くに)の今の全容でしょう!」

 

「全容ねえ………確かに、この国が今どんな姿になっているのか、把握した方がよさそうだね。でもどうやってそれを調べるの?江戸を一望出来る展望台でも探す?」

 

「ちっちっち、ノンノンマスター!そんなとこに行くよりも、こうしたほうが早いよ。」

 

 するとアストルフォはくるりと向きを変え、藤丸達に背を向けて数歩前に出る。

 ピーッ!と彼が鳴らした指笛が響き渡ったその時、遥か空の向こうから何かがこちらに向かって飛来してくるのが見えた。

 

「おっ、来た来た。お~いこっちこっち~!」

 

 始めは小さな豆粒程だったそれが、こちらに接近してくるにつれ定春並の大きさの怪鳥であることが分かり、アストルフォと藤丸を除いた面々は騒然とする。

 大きな翼をはためかせ、彼らの前に降り立ったその生き物は、大鷲の頭と獅子の前半身、そして後半身は馬という、何とも奇怪な姿をしていたのだ。

 

「よ~しよしよし!よく来てくれたね~偉いぞぅ!」

 

 わしゃわしゃとアストルフォに撫でられると、怪鳥は何とも気持ちが良さそうに目を細める。目の前の不思議生命体と(たわむ)れる彼の姿に、皆開いた口が塞がらない。

 

「わあ………大きな鳥さんですね。」

 

「すっげ~!アストルフォ、それ何アルか⁉」

 

 目を輝かせ、今すぐにでも駆け寄ろうとする神楽の前に、定春が立ちはだかる。怪鳥を睨み低く唸っているのは、飼い主を守らんとする忠義心からであろうか。うーんよく出来たワンちゃんだ。

 

「大丈夫だよ定春君!この子は何にも悪い事なんてしないから、ねっ?」

 

 アストルフォが顎を撫でながら尋ねると、怪鳥は返事代わりにキューと小さく鳴く。

 

「それで、そいつぁ一体なんなんだ?」

 

「紹介するね。この子は僕の相棒、『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』だよ。とっても頭が良くてね、僕を乗せて色んな所まで連れていってくれるんだ!そうだねえ……生前は月まで行ったこともあるかな!うん!」

 

「月、か………例え(ばなし)にしちゃあ面白いな。」

 

 低く笑い呟く高杉の隣で、いやー例えじゃなくて本当(ガチ)で月行ったんだよなーこの子、と心の中で呟く藤丸であった。

 

「お月様まで行けるのですか………私も行ってみたいですね。」

 

「松陽が行きたいなら私も行きたいアル!アストルフォ、早速その子に乗って行こうヨ!」

 

「まぁまぁ神楽ちゃん、今ヒポグリフを()びだしたのは、空からこの国の姿を一望しようって目的なんだ。月面旅行はまた今度ね。」

 

「ちぇ~………でも、それなら今乗れるってことアルか?私も乗せてほしいネ!」

 

「うんっ、いいよ!それじゃああともう一人は………松陽さん、一緒に乗らない?」

 

「えっ………いいのですか?」

 

「勿論!月までは無理だけど、この辺りをびゅーんって飛ぶくらいなら問題ないもんね。マスター、スギっち、いいかな?」

 

 許可を求めるアストルフォに、藤丸は手で(マル)を、高杉は何とも渋い顔をしつつも、やがて大きく息を吐いた。

 

「………あまり高度を上げるなよ、そこら中に宇宙船が飛んでるからな。」

 

「はーいっ!よかったね松陽さん!」

 

「はい………わあ、何だかわくわくしますねっ。」

 

 気持ちが高揚するままに、松陽は先に乗ったアストルフォに手を引かれてヒポグリフの上に乗る。彼の後ろに飛び乗った神楽は、松陽の腰にギュッと手を回した。

 

「松陽はこうして私が押さえてるヨ、これなら落ちる心配は無いネ。」

 

「ああ、何かあったらまず俺が容赦しねぇ。」

 

「高杉さん、蝶々めっちゃ飛んでるよ。危ない危ない。」

 

「それじゃあ、出発おしんこ~!胡瓜(きゅうり)(ぬか)漬け~!」

 

 どこかの嵐を呼ぶ五歳児のような掛け声を合図に、ヒポグリフは動き出す。見守る藤丸達に手を振っていると、自分達の乗っているヒポグリフの進む速度が、徐々にあがっていくのに松陽は気が付いた。

 

「二人とも、しっかり掴まっててね!そぉれェェェっ!」

 

 強くなっていく正面からの風圧に耐え切れず、松陽は目を(つむ)ってしまう。やがて体が浮き上がる感覚の後、不意に冷たくなった風の温度に、松陽は恐る恐る(まぶた)を持ち上げる。

 

「わぁ………っ!」

 

 

 

 眼下に広がる景色に、松陽が上げたのは感嘆の声。

 

 

 地上から空までを、暗闇に覆い尽くされたこの国。しかし絶えず輝き続ける街の灯りが、常夜を明るく照らしている。大きなものから小さなもの、そしてカラフルなネオンなどによって(いろど)られた江戸は、星月夜(ほしづくよ)のような美しさを放っていた。

 

 

 

「キャッホオォォォォッ!楽しいアル~!」

 

「それはよかった~、松陽さんはどう?」

 

「ええと………上手く言えませんが、とても凄いです!」

 

 地上の光に負けんばかりに目を輝かせる神楽と松陽に、アストルフォは満足げに頷く。

 よくやったとヒポグリフの頭を撫でてやれば、三人を乗せた幻獣は甲高い声で(とどろ)いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃ~高い高い、あんなとこまで飛んでいけるんだもんなぁ。」

 

 一方、こちらは先程の河原の様子。

 地上からアストルフォ達を見上げていた藤丸達であったが、不意に高杉が体を反転させ、そこから歩き出そうとしている。

 

「わうぅ?」

 

「あれ?高杉さん、どちらへ?」

 

「ちょっと野暮用があるんでな、悪いが一、二時間抜けさせてもらう。」

 

「野暮用って………俺も手伝うよ。高杉さんを一人にさせるなって、ヅラさ……桂さんにも言われてるし。」

 

「ヅラの野郎、お前にんなコト言ったのか……心配すんな、ちょいとばかり席を外すだけだ。なぁにすぐ戻るさ、あいつらが戻ってきたら、適当に街ン中でもぶらついてろ。」

 

「ええぇ……でも────」

 

 開きかけた藤丸の口許、そこから出ようとしていた言葉を(さえぎ)ったのは、()てがわれた高杉の指。

 

「……悪ぃな、こっから先は大人の行く(ところ)だ。俺が戻るまでの間、しっかりとアイツ等を守ってるんだな。信頼してるぜ、お子ちゃまマスター?」

 

 妖しさを秘め(あで)やかさを(にじ)ませた、間近で向けられる高杉の嬌笑(きょうしょう)に魅了され、まるで催眠術にでもかかったかのように、藤丸は硬直し動けなくなる。

 

「それじゃあ頼んだぜ、藤丸。ああ、お前さんにも何か美味いモンでも買ってきてやるよ。」

 

「わふっ、わぉん!」

 

 定春を数回撫でてから、(きびす)を返した高杉は霊体化してその姿を消失させる。後に残った数匹の蝶が漂う様を、藤丸は呆けたまま眺めている。

 

「………大人ってさ、こういう時(ずる)いよなぁ。君もそう思わない?」

 

 ぼふっ、と定春のもふもふボディに(もた)れかかる藤丸に、定春は「わぅ?」と首を傾げるばかり。

 

 遥か上空では、こちらの事情を知らないアストルフォ達が、調査という名の夜空の観光を優雅に楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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【伍】 曖昧模糊(Ⅰ)

 

 

「つっ、かれたぁ~……。」

 

 長椅子に寝そべる定春の、もふもふボディにダイブする藤丸。「わんっ」と鳴いた彼の毛並みを撫でながら、何気なく見やった先の掛け時計は、もうじき酉の初刻を示そうとしていた。

 

「お疲れ~……って、本当に疲れてるね、藤丸君。」

 

「やっほ~新八君……それが自分でもよく分かんないんだけど、たった一日しか過ごしてない筈なのに、まるで三日分のエネルギーを消費した気がすんだよね。銀さんとチューパット取り合ったり、図書館で本ぶつけられたり、あとは高杉さんと…………あれ?何でこんなに色々な記憶がごっちゃになってんだっけ?デジャヴ?」

 

 悶々とする頭を抱えていたその時、コンコンと居間の扉を叩く音が聞こえてくる。駆け寄った新八が扉を開けると、そこにはポットを抱えたエリザベートと、三角巾に(たすき)と今朝と同じスタイルの松陽が、数枚の皿を抱えて立っていた。

 

「んもうっ、遅いわよ眼鏡ワンコ。一秒でもこのアタシを待たせるなんて、いい度胸してるじゃない?」

 

「わわっ、ごめんねエリちゃん………よかったら、お皿半分お持ちますよ?松陽さん。」

 

「すみません新八君、助かります。」

 

 皿を持った二人はテーブルへと近付き、同時にそこへと置く。ふと松陽が顔を上げた時、藤丸と視線がぶつかった。

 

「あっ、ごめんなさい。俺ってば手伝いもしないで……。」

 

「ふふ、いいんですよ。帰ってからとてもお疲れのようでしたし、ごゆっくりお休みください。」

 

 いつものように、松陽は優しく微笑みかける。ただ少し違うのは、彼の口許がまだ何かを言いたげにもごもごと動いていたことだ。

 

「松陽さん?」

 

「藤丸君、その………今日は色々とありがとうございました。貴方や皆さんと過ごせたこの一日は、記憶を失くした私にとって、とても素敵な宝物の一つとなりました………今度こそ決して消えてしまわないよう、(ここ)にしっかりと仕舞わせていただきます。」

 

 胸に手を当て、微笑みながら紡がれる松陽の言葉に、藤丸の胸の内もじんわりと温かくなる。はにかみながら頬を掻いていたその時、玄関の外が騒がしくなった。

 

「でね、聞いてよ銀ちゃん!スギっちったら途中でいなくなっちゃったんだよ⁉」

 

「そうアル!定春にどこ行ったか聞いてもワンしか言わないしヨ!」

 

「そりゃそうだろ、いきなり喋りだしたらホラーだぞ。」

 

「フォウ、フォーゥ。」

 

 むくれるアストルフォと神楽に続いて、定位置にフォウを乗せた銀時も続々と今に入ってくる。同時に漂う馴染み深い香りが、藤丸の鼻先を掠めた。

 

「おっ、この食欲を刺激するスパイシーな匂ひは……!」

 

「あっマスター。今日のディナーは皆大好き僕も大好き、お登勢さん特製の具材ごろごろカレーライスだよっ!」

 

「林檎と蜂蜜がとろ~り溶けてるアル、ルーは食べやすい中辛味ネ!」

 

 テーブルの中央に敷かれた鍋敷きの上に、神楽が寸胴鍋を置く。より近くから感じるカレーの香りに、藤丸の空っぽの胃が鳴き出す。

 

「中辛かぁ、俺としては甘口のがよかったんだけどな。お前もそう思わねえか?」

 

「フォウ?」

 

「はいはい、銀さんが一人の時に一人で作って一人で食べてくださいね。」

 

 冷たく返す新八に、銀時は頬を膨らせる。幼子のようなその仕草に小さく笑う松陽の隣で、エリザベートがふと辺りを見回す。

 

「ねえ、ツバメと黒猫は?まだあっちの部屋にいるの?」

 

 彼女の派手なピンク色の指が示した先は、閉ざされた和室の襖。皆がここ元万事屋に戻ってきた数刻前、集めた情報を(まと)めておきたいからと、桂は高杉と共にいそいそと和室に(こも)ってしまったのだ。

 実はこの時、銀時も協力を申し出たのだが、連発する余計な一言により高杉とのお約束の展開に持ち込みそうになったため、()え無く桂に追い出されてしまった。

 

「じゃあ僕呼んでくるよ、おーいヅラ君スギっち~!」

 

 アストルフォにより勢いよく開かれた襖の向こうで、「ヅラじゃない桂だ!」と聞こえてくるお決まりの台詞。

 新八と共に食器を並べていた藤丸が(おもて)を上げた時、銀時が床に置いたポリタンクが目に止まる。そこで足りないあと一人の存在に気が付き、辺りを見回す。

 

「銀さん、そういえば段蔵は?帰ってから姿を見てないんだけど。」

 

「何?あいつまだ『あそこ』に引っ込んでんのか………ったく仕方ねえな。」

 

 吐いた溜め息と共に、銀時が体を反転させる。その際に手招きされた神楽を連れて、彼は居間を出た。

 気になった藤丸がその後に続いていくと、二人は数歩進んだ先で足を止める。暗い廊下にぽつんと現れた一枚の扉……(かわや)雪隠(せっちん)、WCなど呼び方は多種あれど、まあ一般的にはトイレという名称で馴染みのあるその場所の前に、三人は横列に並んだ。

 

「お~い段蔵、たまがお前にもオイル用意してくれてっから、早く出てこ~い。」

 

「フォフォフォ~イ。」

 

 扉を軽く叩きながら、銀時とフォウが呼びかける。だが木製の薄い板の向こうからは、物音一つ聞こえてこない。

 

「……銀ちゃん、何で段蔵こんなトコに引き籠ってるアルか?」

 

「詳しくは言えねえが、日中ちょっとした出来事があってだな………段蔵いいか?開けるぞ。」

 

 銀時の手がドアノブに掛けられ、そこに力が加えられると、扉は(きし)んだ音を立てて開いていく。

 ヒュ〜、ドロドロドロ………と、お化け屋敷などでよく耳にしたことがある、不気味な笛と太鼓のBGMに合わせるように、青白い火の玉が狭い空間内に揺らめいている。

 「ギャッ⁉」と短い悲鳴を上げた銀時に抱きつかれた藤丸と、小指で鼻を穿(ほじ)る神楽が淡い光の中で見たのは、蓋を閉めた洋式便器の上で膝を抱える段蔵の姿であった。顔は伏せているため表情は(うかが)えないものの、暗然とした雰囲気から相当落ち込んでいることが容易に理解出来た。

 

「段蔵~、何があったかは知らないアルけどな、さっさとそんなトコから出てくるヨロシ。」

 

「……その御声は神楽殿ですね。いえ、段蔵はよいのです。」

 

「あ~、その………気にすんなって段蔵!ああいうことは誰にでもあっから、な?」

 

「フォウフォウ。」

 

「いいえ銀時殿、フォウ殿。アレは明らかに段蔵自身の欠陥によるものです………今日(こんにち)に至るまで、自身でも気付くことはなかったのですが、まさか段蔵の中核(システム)にあのような汚点があったとは…………果心居士様に初代風魔様、そして五代目風魔小太郎様やマスターに向けられるお顔がありませぬ……。」

 

 段蔵を取り巻く陰鬱(いんうつ)な空気は更に重くなり、同時に火の玉の数も増えていく。このままでは(らち)があかないと、藤丸から離れた銀時は隣の神楽に協力を求める。

 

「しゃーねえ、やっぱ引きずり出すか。手伝え神楽。」

 

「それより銀ちゃん、本当に段蔵どうしたアルか………ハッ!まさかお前、少年誌漫画の主人公である立場を利用して、とうとう絡繰相手にまで淫猥なコトを……⁉」

 

「してねーっつの‼誤解を招くような発言しないでよね!ほら藤丸だってドン引きして、うわぁ俺が見たことない顔してるゥッ‼」

 

「とにかく、事情は後で洗い(ざら)い吐いてもらうから、今は協力してやんヨ。具材ゴロゴロのカレーが私を待ってるアル。」

 

 あらぬ疑いが晴れぬまま、銀時と神楽は段蔵を掴んで引っ張り出そうとする。始めは僅かに抵抗を見せていた段蔵だったが、サーヴァント二騎分の力……内一人は夜兎であるため、終いには観念したようで、ずるずるとそのまま廊下へと引きずり出された。

 

「まあ何だ、()な事は飲んで忘れちまえ。たまの奴、俺にオイルを渡す時嬉しそうに言ってたぜ?「今日は段蔵さんもお疲れのようですから、とびきり質の良い物を用意致しました」ってな。」

 

「たま殿が、そのように……?」

 

 カラ友である彼女の名を聞いた途端、(よど)んでいた段蔵の瞳に徐々に光が戻っていく。そして座り込んでいた床から腰を上げると、藤丸達に(こうべ)を下げた。

 

「皆様、お手を(わずら)わせてしまい申し訳ございませぬ……そして、ありがとうございます。」

 

「気にしないでよ。さっ、早く皆の所に戻ろう?」

 

「フォウッ。」

 

「なあ段蔵、何があったかは知らないけど、そんな深く気にすることないネ。お前の隣にいるこの天パなんてなぁ、てめぇの酒癖の悪さから六股かけてそりゃあエライ目に────」

 

「か~ぐらちゅわぁんっ‼違う違うあれはドッキリで───ってちょっと藤丸君⁉ここ肝心なとこだから聞けって‼聞いてェェお願いィィィィィッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走さまでした~、ああ美味しかったぁ!」

 

 (カラ)になった皿を置き、藤丸は手を合わせて食後の挨拶をする。

 粒一つ残らない飯櫃(めしびつ)と綺麗になった寸胴鍋は、誰が見ても何とも清々しい気持ちになる。お残しは許しまへんで~!が定番の台詞である某おばちゃんも、この光景を見れば満悦の笑みを浮かべるに違いない。

 

「藤丸君、こちらのお皿はお下げしてもよろしいですか?」

 

「あっ、はい。すみません松陽さん。」

 

「いえいえ。それに今日の私はお片付けの当番ですから、しっかりお勤めしなければ!」

 

 次々に食器を盆に乗せ、松陽はいそいそと台所へ向かう。途中すれ違う形で居間に戻ってきた銀時は、危なっかしい彼を少しはらはらしながら見守るも、やがて彼が無事台所に着いたことを確認し、安堵の息と共に開いたままの扉を(くぐ)った。

 

「それにしても、さっきのカレー本当に旨かったアル。あんなにお肉の入ったヤツなんて久しぶりネ!定春も美味しそうなジャーキー(かじ)ってたアルな?」

 

「わぉんっ!」

 

「本当本当。銀さんのとこのカレーに入ってるたんぱく質なんて、精々一番いい時で特売の竹輪(ちくわ)か魚肉ソーセージだもんね。」

 

「えっ、それホント……?ちょっと白モジャ、アンタ育ち盛りの子達にそんな貧相なものばかり与えてちゃ可哀想でしょ?保護者なら自分の身を削ってでも、子ども達にいいものを食べさせてあげなきゃ。」

 

「そーヨそーヨ!もっと言ってやれエリちゃん!」

 

「わんっ!」

 

「仕方ねーだろ、うちの収入は依頼の量に左右されるから安定しないの………にしても、さっき食ったカレーの肉、やたらと美味かったな。あのけち臭いババアにしちゃあ奮発したじゃねえか。」

 

「そうか。ならば礼を言うべき人物を、もう一人増やしておけ。カレーを調理してくれたお登勢殿に加え、貴様が今しがた絶賛したその肉の送り主であるもう一人の存在もな………そう思わんか、高杉?」

 

 テーブルを拭く手を止め、桂は一人窓際に立ち煙管を吹かせる男に声を張る。悪戯っ子の様な桂の笑みを尻目に、高杉は開いた窓から見える夜のかぶき町へと紫煙を細く吐いた。

 

「はぁ?高杉が………おいおい、何でそんな(ガラ)でも無ェことしてんだ?今夜は空から槍でも振るんじゃねえか?」

 

「ふむ、では場面を数刻前に戻そう。回想シーンを入れてくれ。」

 

 ほわんほわんほわんヅラヅラ~、と間の抜けた効果音と共に、桂の頭からもやもやとしたものが昇っていく。ほらあの、漫画の吹き出しなんかでよくある、何かを考えたりした時に現れるアレだ。

 

「あれ?つい去年の秋頃辺りに、こんな効果音を耳にしたような……。」

 

「仔犬、今はハロウィンのこともメカエリチャンのことも一旦忘れときましょ?ね?」

 

「という訳で、ここからは二時間程前の回想場面に突入するぞ。それからヅラじゃない、桂だっ!」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「ん。」

 

 無表情のままの高杉に対し、お登勢とキャサリンはポカンとした様子でこちらを見ている。彼は桂と共に店を訪れて早々、手に(たずさ)えた白いビニール袋を、何も言わずにカウンターへと置いた。それが何なのかという説明も(ろく)に無いまま、暫くの沈黙が店内に流れた後、見兼ねた桂が高杉の後ろから(くちばし)()れた。

 

「こら高杉!そんなト〇ロのカ〇タ君のような態度と物言いでは、お登勢殿に用件など伝わる筈もあるかっ!サ〇キちゃんではないのだぞ⁉」

 

「いや、サ〇キちゃんでも分かんねーよ………それより何だいこりゃ?私にくれんのかい?」

 

 手にしていた煙草を咥え、お登勢は袋の中を確認する。そこに入っていたのは、如何にも高級感の滲み出る渋い竹皮の包みであった。

 

「オ、オ登勢サン……コレッテ……⁉」

 

 横から覗き見ていたキャサリンの、生唾を呑み込む音が聞こえてくる。彼女と同様、竹皮の中身が大凡(おおよそ)に想像出来たお登勢の額にも、一筋の汗が伝い落ちていった。

 

「下になってるほうは、アンタらで処分しな。量の多い包みは今日の夕餉(ゆうげ)に使ってくれ………未だに腹を立ててるだろうガキ共への、『ほんの些細』な詫びの品だ。」

 

 頼んだぜ、と短く言い残し、高杉は(きびす)を返す。そのまま扉を開け、店内を後にする高杉の背中を、桂は慌てて追いかける。こちらに会釈をして店を後にする桂の遠ざかる足音を、お登勢とキャサリンは呆然としながら聞いていた。

 

「失礼します。お登勢様、カレーの材料が切り終わりましたが………如何なさいました?」

 

 暖簾(のれん)(くぐ)り、たまが割烹着(かっぽうぎ)姿で現れる。不思議そうに見つめてくる彼女の視線に、二人は漸く我に返った。

 

「ああ、たまかい。ご苦労さんだね。後は私がやっとくから、アンタは(こっち)のほう頼んだよ。」

 

「はい、了解しました。」

 

「……オ登勢サン、ソノ中身ッテナヤッパアレデスカネ?一般ピーポーニャ到底手ノ届カナイ、オ高イヤツニ違イナイデスカネ?」

 

「開けずとも何となく分かるさ、こりゃそんじょそこらの肉屋で買える代物じゃあないよ………あの色男、愛想は無いが気は利くじゃないかい。」

 

 竹皮の包みを出し、上機嫌にそれを眺めるお登勢。するとビニール袋から一枚の小さな紙が落ちたことに、キャサリンは気が付いた。

 

「ア、何カ落チマシタヨ。レシートカナ?」

 

 紙を拾い上げ、記載されている文字の羅列を何気なく読んでいたキャサリンの目に、とある数字が止まる。

 

「ブルジョアッ‼」

 

 それが何を意味するものなのかを理解した瞬間、キャサリンの開いた口から真っ赤な鮮血が(ほとばし)る。バタンッ、と彼女の体が床に倒れたその音で、お登勢とたまは異変に気付いた。

 

「キャサリン⁉どうしたんだいキャサリンっ‼」

 

 お登勢に揺り起こされる彼女の開いた口から、蟹のような白い泡が噴出している。ふとお登勢が目を落とした先に、彼女が白目をむいて失神する原因になったであろう、その手に握られている紙が映る。

 

「一体これに何が書かれてたってんだい………何なに。」

 

 キャサリンの手から紙を抜き取り確認すると、やはり彼女が先程言っていたように、それはこの高級肉の領収書のようであった。ここまで過激なリアクションを起こして失神するなど、どんな内容が記されているというのだろうか……?不安と好奇心が入り交じりながら、お登勢は印刷された文字を目でなぞった。

 店名、住所、電話番号………そこにあったのは、やはりお登勢もよく知る名店の情報。あの眼帯男はやはり只者ではないと疑念を抱きながら、次にお登勢は金額へと目を移した。

 

「ミリオネアッ‼」

 

 刹那、先程のキャサリンのように奇怪な悲鳴を上げ、今度はお登勢が吐血する。未だ気を失ったままのキャサリンと並ぶようにして、お登勢もまた床に倒れた。

 

「お登勢様、キャサリン様、大丈夫ですか?」

 

 ぴくぴくと痙攣(けいれん)する二人の前にしゃがみ、たまは指で頬を何度もつつく。

 彼女らが失神するまでの衝撃を与えたレシートは血溜まりへと落下し、赤色を吸ったその紙に()られた文字は既に読めなくなっていた。

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「………ということが、先程階下で起こった出来事だ。アンダースタン?」

 

「アンダースタン?じゃないでしょヅラさんっ‼つか、お登勢さん達は大丈夫だったの⁉」

 

「ヅラじゃない桂だ。心配無用だぞ藤丸君、ギャグシーンで発生した怪我や流血など、コマを(へだ)てた時には既に治っているのが漫画のお約束だ。お登勢殿達も()うに復活して、今頃高杉から貰った最高級の肉の味を堪能していることだろう。」

 

 桂が床を指しながら何度も頷いている一方で、定春がのっしのっしと高杉のすぐ隣へと歩いていく。

 

「わふっ、く~ん。」

 

 先程の地味に長ったらしい回想から、そのジャーキーの提供主を察した定春は、高杉の腕に自身の鼻先を擦りつけてくる。

 始めはきょとんとしていた高杉だが、千切れんばかりに動く大きな尻尾と定春の嬉し気な表情から、その行動が示す意味を理解すると、煙管を消失させた利き手で人懐っこい巨大犬の白い毛並みを撫でてやった。

 そんなほっこりする光景の傍ら、銀時を始めとした万事屋の三人が、部屋の隅で陰鬱な顔のまま、揃って項垂れていた。

 

「おいおいマジかよ………さっきのカレーにそんな高級な肉が使われてたなんて、どうして銀さんにあらかじめ言っといてくれなかったの?ああ~駄目だぁ、どんな味だったのかがまるで思い出せねえよぉぉ……‼」

 

「私なんて、殆ど噛まずに飲んじゃってたアル………あぁ~んっ神楽のバカバカバカぁっ!三杯もおかわりしたのにぃぃっ!」

 

「どうしよう、僕もお肉の味が殆ど思い出せない………この先の人生の中で、あんな高級品に巡り合えるチャンスなんて、もう二度と来ないかもしれないってのに………よし、こうなったらもう一度肉の味を確かめるしかない!神楽ちゃん、僕のお腹を思いっきり蹴って!」

 

「神楽、新八の次は俺な!まだ胃の中で溶け切ってねえ筈だ!」

 

「あいあいさー!」

 

「ギャ~ッ‼何とんでもないコトやらかそうとしてんのよ⁉向こう側でお食事中の人だっているかもしれないんだからねっ‼」

 

 慌てて神楽を止めようとするエリザベート。しかし相手はあの宇宙最凶の戦闘民族でもある夜兎の少女、同じサーヴァントであってもか弱いエリザベートの力では、蹴りの態勢を崩すことは叶わない。慌てて藤丸と桂も彼女に加勢するが、相手はあの宇宙最凶以下略。

 

「んも~ぅ何なのこの()っ⁉びくともしないじゃない!」

 

「うぐおおぉ……‼いかん、このままではお茶の()(くつろ)ぐ皆さんの前に、吐瀉物(としゃぶつ)を晒してしまうことになってしまうぞ‼」

 

「ええぇっ⁉どうしよう、そんな不祥事起こしたら只でさえ更新が遅いこの連載が続けていけなくなっちゃうぅぅっ‼」

 

「大丈夫だって藤丸、そういうコトは既に新八が10話目でやらかしてっから。」

 

「銀ちゃん、わざわざ丁寧に話数まで教えたところで、この地味眼鏡が起こした愚行なんて覚えてる奴、きっと数える程もいないアルよ。」

 

「わふっ(コクリ)」

 

「誰が地味眼鏡だコラァァァッ‼覚えてないってんなら今ここで再現してやろうかっ⁉喉の奥に指突っ込んでモザイク必須のブツ吐き散らして、心に拭えないトラウマ植え付けたろか⁉ああん⁉」

 

 ぎゃいぎゃいと四方から騒ぐ声が、狭い室内を満たしていく。(かまびす)しさを背中で聞いていた高杉であったが、やがて煙と共に大きく息を吐くと、定春を撫でる手を止めこちらへと振り向いた。

 

「そこまでにしておけ馬鹿共。あんな安物が気に入ったンなら、また買ってきてやらぁ。」

 

 呆れた様子でそう言った高杉の言葉に、万事屋社員三人はぴたりと動きを止める。同じく三人がかりで神楽を押さえ込もうとしていた藤丸達も、彼女が突として力を抜いてしまったことに対応が遅れ、仲良く揃って床へと落ちていく。

 

「……スギっち、本当アルか?」

 

「くどい、二言は無ェよ。俺は出来ねえ法螺(ほら)は吹かねえ男だと、単行本11巻の紅桜篇でもしっかり言ってるだろ。」

 

「………銀さん、僕今からでも鬼兵隊に転職しようかと思うんですけど。」

 

「奇遇ネ新八、私も全く同じこと考えてたアル。スギっちのところにいればきっとお腹もお財布も寂しいことにはならないネ。という訳で銀ちゃん、今までお世話になりました。」

 

「わうぅ。(ペコリ)」

 

「ちょちょちょ、何でそうなる⁉只でさえジリ貧なのに社員に一遍にやめられちゃあ銀さんだって困るよ⁉だったら俺も万事屋辞めて鬼兵隊に行ってやるんだからねっ!いいだろ高杉クン⁉」

 

「悪ぃなお前ら。鬼兵隊(ウチ)の雇用規約にゃ、ガキと天パとデカい犬は採用不可ってことになってんだ。諦めな。」

 

 素っ気ない返答と共にすっぱりと拒絶され、河豚(ふぐ)のように頬を膨らせた万事屋社員三名と一匹は、恨めし気な眼差しを高杉の背中へと送っていた。

 

「皆様、お風呂が沸きました。」

 

 ここで開きっ放しの扉の向こうから現れたのは、風呂場の用を足し終えた段蔵。

 お疲れ様、と彼女に言い掛けた藤丸の興味を奪ったのは、彼女の腕の中でバスタオルにくるまれたフォウであった。

 

「フォーゥ……。」

 

「あれ?フォウ君どうしたの?」

 

「申し訳ありません、マスター。段蔵が目を離した僅かな隙に、フォウ殿が湯舟に飛び込んでしまいまして……。」

 

 ゆっくりと床に下ろしたフォウを、段蔵はタオルで拭いていく。だがフォウは嫌そうに何度も身を(よじ)り、段蔵が力を抜いたほんの一瞬をついて、タオルの中から飛び出した。

 

「ンキュッ、フォウフォーゥッ!」

 

「あっ、フォウ殿いけませぬ!」

 

 素早い身のこなしで段蔵を()こうとするフォウ。懸命に捕まえようとする彼女の手をすり抜け、大きく跳躍した(のち)の着地点は、やはりいつもの定位置である銀時の頭上。

 

「ギャアァァ冷てぇっ‼水滴が、水滴が背中を伝ってるゥゥッ‼」

 

「こらフォウ君!待ってて銀さん、今降ろしてあげるから……!」

 

「いや、ここは私に任せるヨロシ。動くんじゃねーぞ銀ちゃん……!」

 

「いやいや。藤丸君もリーダーも、ここは俺に任せてもらおう。さぁフォウ殿~早く濡れた毛を乾かせねば風邪を引いてしまうぞ?俺も手伝ってやるから、再びモフモフを……モフモフををを……‼」

 

「は?ちょ、待てってお前ら───」

 

 獲物を追い詰める肉食獣の様なオーラを放つ三人に、銀時がたじろいだのも束の間、一斉にこちらへを飛び掛かってきた彼らの体重が上に乗り、「ギャアアァァッ‼」と至ってシンプルな悲鳴が下からくぐもって聞こえてきた。

 

「フォウッ。」

 

 しかし肝心のフォウはというと、機敏さを生かして三人の手をいとも簡単にすり抜けてしまっていた。圧し潰される銀時を離れた位置から眺めながら、乾ききらない尻尾を得意げに振っていたその時、小さな身体がひょいと宙に浮く。

 

「こら、おいたはそこまでだ。」

 

 高杉に抱えられたフォウは、そのまま段蔵が広げているバスタオルへと返される。今度は暴れることなく、優しい手つきで水分を拭き取られながら、「キューゥ…」と少しだけ悔しそうに小さく鳴いた。

 

「あ~ら、美丈夫は動物の扱いもお上手なのね………もしも貴方が女性だったら、是非その血を堪能してみたかったものだわ。ああ勿体無い。」

 

「ククッ……俺の血だけは()めときな、竜のお嬢さん。生憎俺の体を巡ってるモンは、復讐と執着で穢れに穢れたどす黒い憎悪だけだ。肌につこうもんならアンタの美貌を保つどころか、どろどろに()(ただ)れちまうぜ?」

 

「やぁね、それは怖いわあ………でもアタシ、今は英霊(サーヴァント)なの。何事(なにごと)も試してみなきゃ、分からないとは思わなくて?」

 

 あの高杉を相手にしても勝気な態度を崩すことなく、挑発的な言葉を紡ぐ口許を赤い舌で舐めるその仕草に、やり取りを見ていた藤丸の背筋に寒気が走る。

 外見こそ14歳の可愛らしい少女であるものの、彼女が(かつ)て『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』と呼ばれ畏怖された歴史的殺人鬼であるという事実と恐懼(きょうく)を、改めて自身の心に刻み込んだその時、居間の扉が勢いよく開かれた。

 

「たっだいま~!お片付け終わったよ!」

 

 当番を終え、常時揺らぐことのない明るいテンションのアストルフォと、彼に続いて松陽も居間に戻ってくる。皆の……否、未だ圧迫されたままの銀時を除いて、視線は二人へと集中した。

 

「ああ、お疲れ様~二人とも。」

 

「やっほ~マスター!あれ?銀ちゃん何してるの?楽しそうだから僕も混ざってい~い?」

 

「いいワケねぇだろっ‼つーかお前らさっさと降りてくんない⁉このままだと伸餅(のしもち)みてぇに平たくなっちまうんだけど⁉」

 

「あ、忘れてた。ごめんね銀さん今降りる。」

 

「伸餅みたいになっても、銀ちゃん自体が伸餅になるわけじゃないなら興味無いアル。松陽も来たことだし、そろそろ降りてやるか。」

 

「ふむ、リーダーの言う通りだな。銀時の上は思ったより乗り心地も悪いし、俺も降りるとしよう。」

 

 漸く退けた三人の下に残されたのは、ぐってりと床に横たわる銀時。フォウが催促(さいそく)するように何度も頬を(つつ)くと、彼は痛む体をゆっくりと起こした。

 

「あ~痛てて…………なあヅラ、それでこれから何すんだっけ?」

 

 頭によじ登っていくフォウが落ちないよう支えながら、銀時は桂へと尋ねる。するとほんの僅かだが、彼の表情が唐突に強張ったことに気が付く。

 

「あ、ええと……そうだな………。」

 

 中空を眺め、歯切れの悪い返答をする彼が時折視線を向ける先を辿ると、そこには神楽に腕を抱かれ、楽しそうに彼女と談笑する松陽の姿。桂への違和感が晴れないまま眉間に皺を寄せる銀時に変わり、口を開いたのは高杉であった。

 

「松陽、今日は病み上がりにあちこち歩いて疲れたろう?風呂が沸いてるらしいから、先に入って汗を流してきたらどうだ?」

 

「えっ?そんな、いいですよ。私などが最初にお湯を汚してしまう訳にはいけませんし……。」

 

 案の定、高杉の提案に対し松陽は首を左右に振り、畏まってしまう。すると定春に(もた)れかかっていたアストルフォが立ち上がり、「はーい!」と挙手をした。

 

「それじゃ、僕と一緒にお風呂入ろう!二人なら罪悪感も楽しさも半分こだよ!」

 

「あーズルいネ!それなら私も一緒に入るヨ!」

 

「駄目よ仔兎、未婚の淑女(レディー)が殿方の前で肌を晒すなんて。アンタは後でアタシと入りましょ?また髪の毛洗ってあげるから。ね?」

 

 エリザベートに(さと)され、膨れっ面のまま神楽は渋々と松陽の腕を離す。

 解放された松陽の手を今度はアストルフォが握り、まだ了解の返答もしていない彼を連れて風呂場へと小走りで向かっていく。

 途中、驚いた顔でこちらを見ていた桂とバッチリ視線が交差すると、アストルフォは悪戯っぽく笑ってみせる。(すみれ)色の彼の瞳が、まるでそちらの伝えたい意図はお見通しだと示しているようで、廊下の奥へと消えていく二人の背中を見つめたまま、「……恩に着る」と桂は小さく礼の言葉を呟いた。

 

「あ、あれ?待ってくださいよ。アストルフォさんと松陽さんが一緒にって、これ大丈夫なんですか?今からタグつけ直しに行ったほうよくないですか?それ以前に不純異性交遊なんて大問題じゃあ────」

 

「異性?新八お前、何言ってんだ?」

 

「え、だって……………え?何です銀さんその目?嘘、やだ、まさかアストルフォさんて………もしかして自分称の『僕』っていうのも、僕っ娘だからじゃなくて本当に───嘘だァァァァっ⁉」

 

 遅れて知った衝撃の事実に、新八は頭を抱え絶叫する。ショックのあまり床を転げ回って悶絶(もんぜつ)する新八に何人かが憐みの眼差しを向けていたその時、高杉が静かに口を開く。

 

「もう話してもいいんじゃねえか、ヅラ。先生………松陽に聞かれたくない内容(こと)なんだろ?」

 

「ヅラじゃない、桂だ………いつから気付いていた?」

 

「てめぇや銀時と、同じ釜の飯を何年食ってたと思ってやがる?俺に隠し事なんざ出来ると思わねえこったな。」

 

「別に隠していたつもりでは…………まあいい、気を利かせてくれたお前にも一応感謝をしておいてやる。」

 

 やや腑に落ちないと思いながらも、自身の中でとりあえず流しておくことにし、桂は息を吐く。続いて彼がパキンッと指を鳴らすと、それを合図に和室の襖が勢いよく開け放たれる。

 突然のことに目を丸くした一同の見つめる先で、襖を開けた本人(?)であろう白い巨体、もとい桂の式神であるエリザベスが、同じく他のエリザベスを数体引き連れてぞろぞろと和室から出てくる。各々の手には、桂が集めてきたであろう資料やそれらの内容をまとめた巻物などが抱えられていた。

 それらが次々とテーブルに並べられていく最中、一体のエリザベスが一枚の紙らしきものを桂へと手渡す。彼が礼を言ってそれを受け取ると、役目を終えた式神は他の個体と同様に、ポンッと音を立てて消えた。

 

「……まずは皆に、これを見てもらいたい。」

 

 沈鬱した声と共に、桂はその紙を床へと置く。彼の近くに集まった者も、ショックから何とか立ち上がった新八も、神楽に手を引かれて渋々こちらへと引き連れられた高杉も、皆揃って古びたその紙面に目を落とした。

 

「これ……随分古い瓦版ですね。」

 

「新八、瓦版って何アル?」

 

「瓦版っていうのはね、今でいう新聞みたいなものだよ。昔は印刷の技術もそんなに進歩してなかったから、粘土なんかに彫り付けた文字や絵を一枚刷りにして売り歩いたりしたらしいんだけど…………銀さん?」

 

 新八の声に反応し、藤丸は瓦版から顔を上げる。

 名を呼んだ新八に応えることなく、銀時は瓦版を凝視している。だが藤丸が驚いたのは、両の目を限界まで見開き、額に汗を滲ませる程に愕然としている彼の形相であった。

 見れば、桂の隣に腰を下ろしていた高杉も、銀時と同じ表情(かお)をしているではないか……表に出ないよう(つくろ)いながらも、明らかな動揺までは隠すことが出来ず、隣にいる神楽も不安そうに彼を見ていた。

 室内の空気が重くなっていくのを肌で感じながら、藤丸はもう一度瓦版を見る。小さな字が(つら)なっているところはよく読めないものの、大きく書かれた見出しの文字は、何とか理解することが出来た。

 

「(攘夷、戦争………処刑………?)」

 

 それが何なのか、そしてどういったものなのかは、今の藤丸にはまだ何も分からない。

 銀時、そして高杉の纏う雰囲気の唐突の変化に、皆が心中に訝しさを抱いていた時、桂が静かに口を開く。

 

 

 そこから紡がれた言葉に、藤丸は………そこにいる者達全ては、絶句した。

 

 

 

「十年前の、『あの日』………俺や高杉、そして銀時、松陽先生。」

 

 

「俺達は皆、『あの場所』で()うに、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───命を落としたことに、なっているらしい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【伍】 曖昧模糊(Ⅱ)

 

 

 

 

 

 

  『攘夷戦争』

 

 

 

 後世でそう呼ばれ続けことになる大規模な其の戦争の火蓋は、約二十年程前に切って落とされた。

 

 

 遥か彼方の宇宙(そら)より来襲してきた、『天人(あまんと)』と俗称される宇宙人と、愛する国からその侵略者を追い出すべく立ち上がった人間達との間で勃発(ぼっぱつ)した、長きに(わた)る戦争。

 

 

 天人と幕府による連合軍と、それに反旗を(ひるがえ)した者達、『攘夷志士』と呼ばれる彼らの軍勢とがぶつかり合い、日夜激しく行われる破壊と殺戮の日々。

 

 第一次、二次と繰り広げられてきた戦いによって、流れた多くの血は大地へと染み込み、積まれた屍は山を築き、故郷や愛しき者を喪った多くの民が慟哭(どうこく)を奏で、憎しみの篭った(まなこ)で空を泳ぐ鈍色の宇宙船(さかな)を見上げた。

 

 

 

 戦禍によって多くの犠牲を生み出し、多くの損傷を(もたら)した戦いの結果は────天人、つまり幕府の勝利に終わる。

 

 

 

 夢も希望も破り捨てられ、失意の底にいながらも生き残った志士達。そんな彼らに国が与えたものは、聞くに堪えない侮蔑と冷たい嘲笑。そして………国に(あだ)なした者として押された、消えぬ『大罪人』の烙印。

 

 (かつ)て故国を護らんと奮起した志士達を、腐りきったこの国は手の平を返し、彼らを悪と見做(みな)した。

 

 捕らえられ、拷問を受け、果てに処刑され獄門に晒される志士達の首。(からす)(ついば)まれながら崩れ落ちていく同士の無残な姿を、隠遁(いんとん)者となり陰に暮らす仲間であった者達は、一体どのような感情を抱いて眼に映すことであろうか。

 

 

 

 侍達が愛し、(おの)が命を懸けてまで守ろうとした国には、今や異形の者達が我が物顔で横行し、穢れた足で彼らの母国を踏みつけている。

 

 

 

 

 『侍の国』────この日本(くに)をその名で呼ぶ者は、最早誰一人としていない。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「………以上が、攘夷戦争についての大まかな解説だ。理解していただけただろうか?」

 

 式神エリザベスが木枠の絵を横に引くと、『おしまい』と大きく書かれた紙が表になる。藤丸達がパチパチと鳴らす(まば)らな拍手を受けながら、桂とエリザベスは皆に一礼した。

 

「おじちゃーん、水飴おかわりアル。今度はもっとでっかいの頂戴ヨ。」

 

「おじちゃんじゃない桂だ。リーダー、これくらいでどうだろうか?」

 

 増やしては練り、更に増やし練りまくってから桂が神楽に差し出したのは、林檎飴サイズにまで膨れ上がった特大の水飴。照明を受けてきらきらと輝くそれを受け取り、早速大口を開けて水飴を含むと、満遍(まんべん)なく広がっていく優しい甘さに神楽は顔を綻ばせた。

 

「ん~美味いアル~。この素朴な味が心地良く染み渡るネ。」

 

「水飴ですか………何故でしょう?この綺麗な琥珀色を眺めていると、段蔵の記憶回路の中で何かが『懐かしい』と訴えてかけてくるのです。何とも不思議ですね。」

 

「ふーん……田舎臭い駄菓子だけど、ジンジャーが効いてて中々美味しいじゃない?まっ都会派アイドルなアタシに似合うのは、もっとファンシーでキュートなスイーツなんだけどね。例えばきゃ〇ーぱみゅぱぴゅっ!み、みたいな………何よ仔犬、笑ってんじゃないわよぉっ!」

 

「……あの、開始早々からずっと聞きたかったんですけど、桂さんは何で水飴を配っているんですか?」

 

「新八君。君も幼少の頃、紙芝居屋を楽しんだ思い出は無いか?よい子が紙芝居を楽しむ際のお供に欠かせないのは駄菓子、その駄菓子の中でも定番と言えばズバリ、安価で美味しい水飴であろう!ああ勿論、他にもんまい棒や『飴せん』も用意しているぞ。」

 

 二本の割り箸で先端につけた水飴を再び練りながら、桂は曲調のよく分からない鼻唄を奏でている。因みに存じている方もいるであろうが、『飴せん』というのは紙芝居屋でもお馴染みの、カラフルな澱粉煎餅(でんぷんせんべい)に水飴を挟んだシンプルな駄菓子。柔らかくもパリッとした食感と共に味わう水飴の甘さといったら、これ正に至福の境地。時折水飴が歯にくっついてしまこともあるが、これもまたご愛嬌。だがそうなってしまった後は、しっかりと歯磨きも忘れずに。

 

「にしても、のっけから始まったシリアスムード全開の回想場面(シーン)が、まさかの紙芝居で表現されてたなんて、読んでる側からしたら全然分かんねえよな。あぁヅラ、俺も水飴おかわり。」

 

「本当本当。どんな感じのイメージ図かは、読んでくれてる皆さんの豊かな想像力に任せっきりなんだって。本当、書いてる奴の怠惰具合が(うかが)えるよねぇ。あっヅラさん、俺もおかわり~。」

 

「ええい貴様らヅラヅラと!俺は桂だと言っているだろうがっ‼あと夕飯後にそんなに食べるモンじゃありません!」

 

 どこかのお母さんのような叱り方をしつつも、桂は手を止めずに水飴を練り続ける。そうして渡された飴の大きさは神楽の半分程であったが、「何か文句でも?」と(まなこ)恫喝(どうかつ)してくる桂に気圧され、銀時と藤丸は大人しく駄菓子を口に咥えた。

 

「しっかし何だ、こっちだと俺らは十年前にとっくにくたばってたってわけか。道理で誰も覚えてくれてねぇ筈だぜ。」

 

「……銀さん、随分と冷静だね。俺だったら自分が死んでたって分かった途端に、散々慌てふためいてから泡拭いてぶっ倒れるよ。」

 

「まあな~。でも俺、存在忘れられたのは一度や二度じゃねえし。そこんとこのメンタル強度は保証出来るぜ。」

 

「そんな強固なメンタル、日常で活用される機会は早々無いんじゃないかなぁ……?」」

 

「フォウ、フォーゥ。」

 

「あっ、こら駄目だっつの。これは銀さんの───」

 

「わうっ(パクン)」

 

「ってアアアアアアッ‼定春てめぇっ俺の水飴返し………いや、やっぱいいわ返さなくて。口ン中でべったべたになったの返されても困、ギャアアァァッ舐めるなって‼髪が、顔がべったべたにィィィ‼」

 

 序盤の重苦しい空気がまるで嘘であったかのように、室内を漂うぐだぐだな空気。定春に顔面を飴塗れにされる銀時を遠巻きに眺める高杉の前に、溶けかかった水飴が差し出される。

 

「スギっち、眉間に皺が寄ってるヨ?一口あげるから機嫌直すヨロシ。」

 

「お前さんの食いかけなんざいるか。いいからさっさと食っちまえ、床に垂れんぞ。」

 

 高杉の言った通り、粘度を失いつつある水飴は重力に従って下へと垂れていき、神楽は慌ててそれを口内へと納めた。

 

「……で、そろそろ予定文字数の四分の一に到達する目前なんだが、この茶番劇はいつまで続くんだい?」

 

「む、もうそんなに文字とページ数を消費してしまったのか。いかんいかん、話を元に戻さねば。」

 

 高杉の指摘を受け、桂は紙芝居と駄菓子の入った箱をてきぱきと片付ける。そうしてそれらを式神エリザベスの(まく)った裾(?)の中へとしまうと、役目を終えたエリザベスは敬礼のポーズをとったまま、ポンッと軽快な音と煙を纏って消えた。

 

「あ~消えちまったぁ、俺まだ一個しか食ってねえのに………。」

 

「ご飯の後なんですから、一個で充分でしょ?特にアンタは糖尿予備軍に片足突っ込んでるんだから尚更ですよ………それより銀さん、顔洗ってきたらどうです?水飴と定春の涎でべったべたじゃないですか。」

 

「うん、さっきから瞼が上手く開かねーのも、多分そのせいだと思う………仕方ねえ、ちょいと行ってくるわ。」

 

 気怠そうに立ち上がり、銀時は洗面所へと足を向ける。てちてちと小さな歩幅で隣を歩くフォウと共に、彼は閉めた扉の奥へと消えていった。

 

「………それでツバメ、アンタがさっき紙芝居で教えてくれたJOY戦争と、その瓦版?に書いてることが、どう関係があるっていうの?」

 

「エリちゃん殿、JOYではなく攘夷なのだが………しかしそうであったな、根本の説明は一通り終えた。ここからは本題に入るとしよう。」

 

 桂が軽く咳払いをすると、室内の一同は口を(つぐ)む。彼らの視線を正面から受けながら、桂は静かに口を開いた。

 

「十年前に起きた、二度目の戦争………そう、あれはちょうど藤丸君と変わらない頃の(よわい)であったな。俺や高杉、そして銀時はこの戦争に参加していたのだ。」

 

 唐突に紡がれた自身の名と告げられた事実に、藤丸は目を丸くする。同じく名を上げられた高杉を見やると、彼は怪訝に顔を覗き込もうとする神楽から面を背けたまま、その右眼はしっかりと桂を見据えていた。

 

「俺達が属していたのは、幕府側と対立する攘夷軍だ。国の乗っ取りを(くわだ)てる夷人達を追放すべく、(つど)った同士達と共に立ち上がり剣を取った………俺達三人と、ここにはいないもう一人を筆頭にしてな。」

 

「あの、その残りの一人っていうのはもしかして………。」

 

「ああ、そいつぁお前さんが今頭に浮かべてる通りの男………坂本辰馬だ。」

 

 予想外の相手に答えを返され、短い悲鳴を上げた新八の肩が跳ねる。側に寄り添う定春の鼻先を撫でる彼……高杉の左腕には、未だにしがみついたままの神楽が剥がれないでいた。

 

「坂本、辰馬……?」

 

「どうした藤丸君、彼奴(きゃつ)の名に覚えでも?」

 

「ああ、別にそうじゃないよ。そうじゃないんだけど………。」

 

 やや口籠りながら、言葉を濁す藤丸の頭の中に浮かぶのは、先程呟いた『坂本辰馬』を始めとした、この世界に属する彼らの名。

 桂小太郎、高杉晋助、そして坂本辰馬………どこかで覚えがあるそれらの名前は、確か歴史の教科書から得た知識からのものだったと思う。彼らの()した威光と共に、活字で記された偉人達の名と酷似しているようだが、やはり相違する点が幾つもある。

 とすると、此処はやはり自分達のいた次元とは異なる世界なのだろう………様々な疑問が残る中でも一旦そう推測し、明日の方角を向いたまま一人頷く藤丸の姿を、桂も新八も不思議そうに眺めていた。

 

「桂殿方が攘夷側、となれば………皆様が参加なされていたその戦いは………。」

 

「……ああ、結果として惨敗に終わった。戦後から数年が経過し、共に攘夷派のテロリストとなった俺も高杉も、国家を(おびや)かす反乱分子として追われる身となった………筈なのだがな。」

 

 桂は床に置いてあった瓦版を手に取り、そこに記された文字にもう一度目を落とす。何度読んでも変わることの無い紙面を繰り返し読んだ後、桂は上げた(おもて)をこちらへと向けた。

 

「藤丸君、先の話と今の俺達の姿を見て、何か気付くことは無いか?」

 

「え?気付くことと、言われましても……。」

 

 唐突に疑問をぶつけられ、藤丸はやや困惑しながらも、桂と高杉へと目を向ける。二人を交互に観察していたその時、「あっ」と開いた口から短く声が漏れた。

 

「仔犬?どうかした?」

 

「うん………桂さんに言われて、一つ分かったことがあるんだけど。」

 

 確認するように再度見やり、そして藤丸は確信し大きく頷く。皆の期待する視線を真っ向から受けながら、藤丸はハッキリとした声と口調で言い放つ。

 

「やっぱり……高杉さんてこうして見ると、座ってても桂さんよりやや背が低いででででででっ‼」

 

 左右に引っ張られた頬に爪が食い込み、藤丸は痛みに堪らず声を上げる。びろ~んとよく伸びる彼の頬を、更に広げている張本人である高杉。浮かべる満面の笑みとは正反対に、額には幾つもの青筋が浮かんでいる。

 

「そういう余計な事にも気付けるなんて流石じゃねえかい?ん?あと座高が低いってことは、その分足が長ェってことなんだよ。分かったか藤丸?よし分かったな、じゃあ特別に許してやらぁ。」

 

 漸く高杉の折檻(せっかん)から解放された藤丸は、伸び切った頬を戻そうと懸命に肉を掌で押し戻す。傍から見ればアッ〇ョンブリケ状態になったその顔に、神楽とエリザベートは耐え切れず腹を抱えて笑っていた。

 

「ったく、可笑しなところばかり銀時(あいつ)に影響されやがって………見てろヅラ、そのうちこいつも飯に小豆かけて食い始めるぞ。」

 

「ヅラじゃない桂だ。いや、流石にそこまではいかんだろう。そうなる前に俺が止めるさ………ああもう、こうしている間にもどんどん本題がずれていくではないか。なあ藤丸君、他に気付いたことは本当に無いのか?正解に掠りでもすれば、俺の特製んまい棒をプレゼントするぞ?」

 

「そうは言っても………あと分かったことといったら、十年前に死んでる筈になってる桂さん達の姿に、妙に違和感を感じるってことくらい、かな?」

 

「掠りどころかストライィィィック‼最終確認(ファイナルアンサー)をするまでもなかったな、約束通り三本まとめてくれてやろうっ!受け取れ!」

 

 桂から勝ち取った栄光のんまい棒を掲げ、わーいわーいと歓喜の舞を踊る藤丸を見上げ、「いいなー」と神楽が羨まし気に呟く。

 

「あの、どういうことですか?藤丸君の言う違和感って………。」

 

「新八殿、段蔵が推測するに、恐らくマスターの(おっしゃ)った意味はこうです…………この瓦版に記されている内容が事実であれば、皆様は既に十年前に、マスターと変わらぬ(よわい)で亡くなっている筈。ですが今我々の目の前にある皆様の容姿からは、二十路(ふたそじ)程の印象を感じさせるのではないでしょうか、と。」

 

「あ~、言われてみれば確かにそうよね。十代を名乗るにしては無理があるし、アラサー手前のオジサンって感じ?」

 

「お、オジサン………⁉(あなが)ち間違いでもないのだが、改まって正面から言われてしまうと、やはり精神的にクるものがあるな。高杉もそう思わんか?」

 

「今更何言ってやがる。俺らなんざ英霊(サーヴァント)としちゃあ、まだまだひよっこも同然なんだぜ?ざっと(こよみ)で計算すりゃあ、てめえの前にいるドラゴン娘は数字三桁も年上ってことになるんだからな。」

 

「んまっ!何て嫌なコト言うのかしらね~この黒猫は!見てなさい、いつか必ずアンタの血をバスタブいっぱいになるまで(しぼ)り尽くしてやるんだからっ!」

 

 尻尾を大きく振り上げ、あっかんべーをするエリザベート。そんな彼女に見向きもせず、高杉は対象を桂へと戻す。

 

「ヅラ、念のために聞いておく。お前の中に晩年の記憶はあるか?」

 

「ヅラじゃない桂だ………いいや、こちらへと現界した時点では、そのようなものは俺の中には備わってなどいない。恐らくそれは貴様も同じであろう?高杉。」

 

 桂のその言葉に、居間の喧騒がぴたりと止む。瞠目(どうもく)している藤丸に、桂は続けて疑問を投げかけた。

 

「実はな、藤丸君………俺達がこの変貌した江戸に()ばれた際、頭の中に蓄積されていたものはサーヴァントとしての情報(データ)と、今日(こんにち)に至るまでの記憶のみだったのだ。つい今しがたまで普通の日常を送っていた筈であったというのに、気が付いた時にはこの世界に人ならざる者として召喚されていたなどと、本来はあり得ることなのか……?」

 

「俺もヅラと同様の状況だった。姿形ばかりが見知ったものと似たこの異質な世界の中で、俺達は与えられた霊基(うつわ)の中に、半端な記憶と共に英霊の能力と知識を詰め込まれ、サーヴァントなんざになって現界させられたんだ………まるで、それまで過ごしていた平穏から、見えねえ(はさみ)で己の存在ごと強引に切り取られたようにな。」

 

 同時に溜め息を吐く、桂と高杉。そんな彼らの口から飛び出てきた言葉に、藤丸はだたひたすらに喫驚(きっきょう)する。

 彼らの話が本当であるならば、本来なら英霊である筈の無い者が、何かの見えない力によって本来居るべき次元からその存在ごと分離され、英霊の器を与えられたということになる。それだけでも充分に信じ難い話であるのに加え、現界したこの世界での自分達が、遥か以前に死亡したということになっている、という現実……。

 理解に苦しむ状況が続く中で、ふと新八が抱いた疑問を吐露する。

 

「そういえば僕達がカルデアに召喚された時も、確かに桂さん達と同じく日常の中からいきなり引き剥がされた状態でした。けれど僕らには、サーヴァントとしての知識も情報も、(あらかじ)め備わってなかったんですよね……これはどういうことなんでしょう?」

 

「私達も同じだったアル。駄貧乳(ダヴィンチ)に説明させるまで、自分がどうなってんのかさっぱり分からなかったヨ。ねっ定春?」

 

「わんっ。」

 

「ふむ………これは推測だが、それは恐らくリーダー達が藤丸君によって()ばれたからではないだろうか?そうであるならば、お前達がサーヴァントに関する事にやたらと疎いことにも合点がいく。」

 

「えっ………もしかして俺、ヘボマスター呼ばわりされてる?」

 

「落ち着きなさいよ仔犬、アンタがヘボなのは今に始まったことじゃないわ。」

 

「おい、フォローになってねえぞドラゴン娘………まあ何だ、てめえのヘボが原因でなければ、こいつらの知識に関する欠落は召喚の際のバグってことになるんじゃねえのか。」

 

「バグ、か………そういやダヴィンチちゃんもそんなこと言ってたような……………あれ?」

 

 ふと藤丸の頭の中に再生される、カルデアでの光景。

 そういえば彼らの召喚に用いた、あの触媒………もしやアレが、いやほぼ100%アレが原因なのではないだろうか?だってアレ、ダヴィンチちゃんもよく分からないって言ってたし。というかそもそもあの銀の呼符がどういったものかも分からないのに、よく召喚式を発動してみようなんて気になったよなぁ俺。いや待てよ、しかし、うーん………。

 考えれば考える程深まっていく疑問の中、瓦版に(つづ)られた文字を無言で読んでいた段蔵がぽつりと零した。

 

「……しかし、妙な文面の記事ですね。」

 

「段蔵?どうしたヨ?」

 

 隣から覗き込んでくる神楽にも見えるよう、段蔵は瓦版を差し向けながら続ける。彼女の声に、室内の誰もが耳を傾けていた。

 

 

 

「『〇月〇日、某所………未明ニ起コッタ大規模ナ爆発事故ニヨリ、幕府及ビ攘夷側ノ死者・行方不明者多数。爆発ノ元トナッタ原因ハ、未ダ解明ニ至ッテオラズ。尚、現場及ビ遺体ノ損壊ガ著シク酷ク、現場ニ残ッタ遺留品ニヨッテ犠牲者ヲ特定ス』………。」

 

 

 

 所々掠れた文面には、地図らしきものも記されている。その横に何行にも連ねられた名前の上には、『死亡及ビ行方不明者一覧』と書かれていた。

 始めのほうに記載された幕府側の名を大きく飛ばし、神楽が注目したのは最後の辺りにあった攘夷側のもの。擦れた黒文字が示している、攘夷志士と記された横にあった三名、そしてその下にあった残り一名を確認した途端、神楽が声を上げた。

 

 

「そんな……っ‼」

 

 

 澄んだ青い瞳を限界まで見開き、神楽は紙面と桂達を交互に何度も見る。今しがた再確認した事実を、受け入れられないといった様子で。

 

 

 

「……俺達の知っている史実であれば、『あの日』あの場所で爆発事故など起こらなかった上に、俺と高杉がそこで『死んでいた』という事実も、本来ならば有り得ない……………あの場で命を落としたのは、たった一人だけの筈なのだ。」

 

 

 

 固く握りしめた桂の拳が、血色を失い小刻みに震えている。そんな彼を一瞥し、高杉はゆっくりと立ち上がると、障子窓へと歩を進めていく。(おもむろ)に開いた窓の向こうには、夜闇を照らす街灯り。そして、そんな江戸を一望するかのように煌々と宵の空に浮かび上がる、眼を(かたど)った異形の月。

 

 

 

 

 

「本来は起きていた、(ある)いは起こらなかった筈の出来事。居る筈の存在(モノ)と、居ない筈の存在(モノ)。そして陽光を奪われた江戸の空…………これだけの要因が揃ってりゃあ、どれだけ頭の悪ぃ馬鹿でも流石に理解は出来るだろうよ……………得体の知れないこの世界に、とんでもねぇことが起こり始めてやがる、ってな。」

 

 

 

 

 

 

『これより貴様が行こうとしているは修羅が道、待ち受けるは大いなる災厄だ。』

 

 

 

 不意に藤丸の脳裏に浮かんだのは、レイシフト前に廊下で受けた、巌窟王のあの忠告。

 

 まさか彼のあの言葉は、この事態を暗示していたのだろうか……いや、彼なら有り得るだろう、しょっちゅう人の夢の中に勝手に出て来たりしてるし。

 

「あの、桂さんがさっき言ってた、たった一人の死亡者っていうのは─────」

 

 そこまで言い掛けた時、新八は自身の迂闊な行動の為に自責の念に駆られる………伏せた(おもて)を苦々しく歪め、呟いた桂の肩が、見るからに震えていたのだ。

 

「……その一人、とは……………っ‼」

 

 語尾は震え、最早言葉を紡ぐのも辛いといった様子の桂。見ていられないと高杉が口を挟もうとした、その時であった。

 

 

 

「ああ、松陽だよ。」

 

 

 

 突如今に響いた声に、皆の視線が一点に集中する。後ろ手に閉められた扉の前にいたのは、首からタオルを掛け頭にフォウを乗せた銀時であった。

 張り詰めた空気を肌で感じ取りながらも、銀時はマイペースを保ったまま歩いていき、空いている長椅子へと腰を下ろす。

 

「銀さん、今の話聞いてたんですか……?」

 

「聞いてたも何も、顔洗ってさあ戻ろうとしたら、何だか知らねえがシリアスなムード全開じゃん?だから入るに入れなくて、事が落ち着くまでフォウをモフりながら立ち聞きしてたってわけよ。」

 

「フォウフォウッ、ンキュッ。」

 

「まあ、立ち聞きなんてイイ趣味してんじゃない?(ちな)みに確認するけど、どの辺りから聞いてたのかしら?白モジャ。」

 

「え~と、高杉クンが己の身長の低さを、座高と足の長さで必死に言い訳してる辺り────うおゎっ危ね‼」

 

 顔面擦れ擦れに迫ってきた琥珀の蝶を、銀時は見事な海老反りを決めて間一髪避ける。荒く息を()いて睨んだ先は、蝶を飛ばした犯人の背中。彼はこちらに目もくれてやらず、肘をつき煙管を吹かしていた。

 

「あのさ、銀さん………さっき言ってたことって、どういうことなの?銀さん達が参加してた戦争の中で、どうして松陽さんが命を……?」

 

 真っ直ぐにこちらを見つめ、そう尋ねてくる藤丸の目に宿るのは、明確な怪訝の色。

 銀時はそんな彼から目を逸らすと、大きく息を吐いた口から、ぽつりぽつりと語り出した。

 

「俺達が攘夷戦争なんかに参加した理由ってのはな、国の為だとか威信の為だとか、そんなんじゃねえ……………(ただ)一つ、松陽を取り戻すこと。その為だけにに俺達は刀を取り、命を懸けて血生臭ェ戦場を駆け回ってたんだ。」

 

「松陽さんを……?」

 

「ああ………その通り。」

 

 話が見えず、藤丸達が困惑していると、桂が横から付け加えてくる。声の震えは止んだものの、沈鬱な様子で顔を伏せたままでいる。

 

「『安政の大獄』………天人の恐怖に腰を抜かした幕府が起こしたこの弾圧により、危険因子と見なされた思想を持つとされる者達は皆、罪人として次々に捕らえられていったのだが………その中の一人に、俺達の恩師である松陽先生もいたのだ。」

 

 唇を噛み締め、戦慄(わなな)く桂の姿に居た堪れず、藤丸は視線を銀時へと向ける。頭から降り、タオルにじゃれつくフォウを膝に乗せた彼は、無表情のまま中空を見つめていた。

 

「俺達は皆、死に物狂いで戦った………大切な恩師を取り返すため、居場所を奪った憎き幕府に復讐するため、共に戦い(たお)れていく仲間の仇を取るため、来る日も来る日も、また来る日も………………だが現実は、そんな俺達を嘲笑った。」

 

「……ヅラ、もういい。」

 

 不意に銀時が言葉を発したことに驚き、藤丸の心臓が跳ね上がる。彼は視線こそ宙を見たままでいるものの、静かに発したその声に含まれる(ほの)かな怒気に、藤丸は直ぐ様気が付く。

 

「良い訳などあるか、銀時………俺は、俺達は攘夷戦争に参加した志士達の中の第一人者として、伝えていかねばならんのだ。『あの日』、『あの時』、『あの場所』で、俺達が知る記憶の中では、本当はどんなことが起きたのかを………。」

 

「なあヅラ、もうやめろっつったよな………もしかして聞こえてねえのか?耳垢でも詰まってんじゃねえの?」

 

 銀時の声は、先程よりも明らかに苛立っている。徐々に顔が険しくなっていく銀時と、変わらず俯いたままの桂を交互に見るのを繰り返していた藤丸達であったが、不意に桂が伏せていた顔を(もた)げる。薄く浮かべた笑みをそこに貼りつけ、緩く弧を描く唇で彼は綴り始めた。

 

「……銀時、俺は思ったのだ。もしも俺達の辿った結末が、この瓦版に記されていたものであったとしたならば………一体どちらが最良であったとお前は思う?」

 

「……黙れ。」

 

「先生を喪った未来と、我らが共に心中する未来………後者のほうであれば、お前にあんな業を背負わせることも無かったというに────」

 

 

 

 

 ───刹那、藤丸のすぐ横を掠めていく風。

 

 

 「キュッ⁉」と後方で聞こえたフォウの声と重なるようにして、ダンッ!と床に叩きつける音が居間中に響いた。

 

「!……銀ちゃん、何してるネ!?」

 

「ちょ、ぎ……銀さんっ⁉」

 

 神楽と新八の声に事態を察した面々が顔を起こし、その視線が同時に向けられた先は………床に転がる桂と、その彼に跨る形で胸倉を掴む銀時。

 

「………いい加減にしろよ、ヅラ。俺らが今いるこの世界でどんな事が起きていようと、こっち側の俺達がとっくにこの世にゃいねえモンだったとしても………んな下らねえ憶測を幾つも並べたところで、『俺達』に起きた結末を今更変えることなんざ、出来っこねぇんだよ………っ‼」

 

 桂の胸倉を何度も揺さぶり、銀時は掠れる声を絞り出し続ける。見上げた先の彼が浮かべるのは、あまりに悲痛な表情(かお)であった。

 

「………すまない。」

 

 それ以上は何も言えなくなり、桂は短く謝った後、口を噤んでしまう。

 

 

 ……静寂の訪れた居間に響くのは、舌を出した定春の呼吸音のみ。

 気まずい沈黙が辺りに漂い始めたその時、ドアを(へだ)てた向こう側から、ドタドタと足音が聞こえてきた。

 

 

「ね~ぇ!バスタオルってどこにあるか知らな~い?」

 

 

 バァン!と大きな音を立て、扉は込められた力により開かれる。そこに立っていたのは、声の印象に負けない明るさを秘めた少年サーヴァント、アストルフォ……………なのだが。

 

「キャアアァァッ‼ちょちょちょ、ちょっとアンタ!なんでまだスッポンポンのままなのよ~!」

 

 顔面を両手で覆い、定春の影に隠れたエリザベートが叫ぶ。乙女ならこうして恥じらいを見せるのが定番だったりするのだが、同じ性を持つ神楽と段蔵は赤面する様子すら見られない状態のまま、揃ってアストルフォへと視線を向けている。

 

「仕方ないじゃーん、お風呂上がったらバスタオルが置いてないんだもん。何度かおっきな声で呼んだんだけど、返事が無いから仕方なく聞きに来ちゃった。」

 

 雫の滴る髪を、被っていたタオルで乱暴に拭いているアストルフォ。身に着けているものは本当にそのタオルだけのようで、肩から爪先までの上気した肌が、惜しげもなく(さら)されている。

 少女と見紛う程の美少年の湯上りヌードとなれば、ファンには堪らなく嬉しいサービスである………だがしかし、空いた口が塞がっていない状態になった室内の彼らが注目しているのは、腰よりもっと下………あ、カメラさんちょっと行き過ぎかな?そっからちょい上………そう、勘の良い方は既に気付いている筈。そこは俗世間な呼び方ですと…………ちょうど股座(またぐら)と呼ばれる箇所。

 

「あれ?皆どうしたの?」

 

 一同の視線がこちらに集まっていることに漸く気が付き、アストルフォは小首を傾げる。

 

 

 

「な………」

 

 

 

「な、なななな………!」

 

 

 

 

 

 

「なんっじゃこりゃああァァァァァァァァッ⁉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰ともつかぬ叫びを背中で聞きながら、高杉は深く吸った紫煙を外へと吐き出す。揺らめき踊る煙は次第に形を失っていき、やがて暗闇の中へと同化し消えていく様を見届けてから、高杉は小さく呟いた。

 

 

「………下らねぇ。」

 

 

 

 

《続く》

 



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【伍】 曖昧模糊(Ⅲ)

 

「ほぁ~………いいお湯だったなぁ。」

 

 タオルで髪の水気を拭き取りながら、アストルフォは長椅子に腰を下ろす。既に彼の隣に座っていた松陽は、頭にタオルを乗せたまま(ほう)けていた。

 

「ありゃ、松陽顔が赤いネ。逆上(のぼ)せたアルか?」

 

「ううぅ………しゅみましぇん、少々湯(あた)りをしてしまいまひて………。」

 

「あらあら、それは大変ねぇ~………あらぁ?こんなところに素敵な団扇(うちわ)があるじゃない!ほら松陽、これあげるから使いなさいな。」

 

 満面の笑みでエリザベートが差し出したのは、アイドルのライブなどで必ずといっていいくらいにお目にかかる大きめの団扇。目がチカチカとしてしまいそうな色彩の文字で『鮮血魔嬢・killer☆killer輝いて』などと書かれたそのブツは、記憶が確かならば本来はこの部屋になど無かった筈………否、ここはスナックお登勢の二階。いくら散らかっていたとはいえ、異なる作品の物が存在するなどあるわけが無い。うん、無い無い。

 ということは、やはりこの団扇は100%彼女が持ち込んできた私物ということになるのだろう。全くどこに忍ばせていたのやら、などと考えながら藤丸が見つめる先で、ごてごてにデコられた団扇に対し礼を言って受け取った松陽は、片手にかかる重みに耐えながら団扇を動かし、ほんの僅かに発生する微風を何とか頬で拾っていた。

 

「松陽殿、そのままではお風邪を召されまする………失礼。」

 

 断りを入れ、段蔵は松陽の後ろへと回る。あまり強くなく、()つしっかりとした力加減で髪を拭いてやると、心地良さに松陽は目を細めた。

 

「はひゅ~。それにしてもいっぱい汗かいたから、喉が渇いちゃったよぅ。」

 

「それなら私がいいモノ作ってやるヨ、ちょっと待ってるヨロシ。」

 

 くるりと体の向きを変え、歩き出す神楽。足元にいたフォウを肩に乗せ、軽快な足取りで台所へと向かっていく途中、(くう)を見つめたままぶつぶつと何かを呟き続ける新八の前で、彼女は止まった。

 

「おい新八ィ、いつまで呆けてんだヨ。お前も手伝うアル。」

 

「フォーゥ。」

 

 着物の襟を掴まれ、引き()られるがままに台所へと消えていく新八の姿を、藤丸は憐憫(れんびん)の眼差しで見送っていった。

 

「それにしても、たまげたものだ………あれが話に聞いていた、アストルフォ殿……改めアストルフォ君のこの世ならざる幻馬(ヒポグリフ)か。うむ、立派であった。」

 

「ちょっと⁉何お馬鹿なコト言ってんのよアホツバメっ‼あんなモザイク必須の猥褻(わいせつ)なモンが宝具なわけないでしょ~がっ‼」

 

「いやいや、それは違うぞドラゴン娘。だってこいつ、その……宝貝?とかいうモン、他にも色々あるって設定らしいじゃん?にしても、今思い出すだけでも凄かったな~。ありゃ宝具と呼んでもおかしくねえ代物だったぜ。俺もう気安くアストルフォなんて呼べねえよ、アストルフォ『さん』って呼ばせてもらわねえと。ん?パイセンのがいいかな?なあ藤丸、どっちがいいと思う?」

 

「あ~、ぼかぁ何でもいいと思うよぉ。でも銀さん、一個訂正。宝貝(パオペエ)じゃなくて宝具だから。まあ奇跡的なものを起こす意味では似通ってるとこもあるかもしんないけど。」

 

 鼻の頭を掻きながら答える藤丸の前方で、気恥ずかしさから頬を染めたアストルフォが、「たはは~」と眉の傾斜を下げ微苦笑を浮かべていた。

 

「宝具ねぇ……つか、その『宝具』ってのは結局何なんだよ?ダヴィンチの説明もあったけど、結局小難しくてよく分かんなかったし。」

 

「む、そういえば貴様もリーダー達と同様、サーヴァントの記憶は備わっていなかったのであったな………よかろう、彼らが戻ってきたら今日の収集結果の報告を終えた後に、改めて教示するとしよう。藤丸君、君にも協力を頼みたいのだが。」

 

「うん、いいよ。といっても俺自身、上手く説明出来るか不安なとこだけども。」

 

「構わんさ、充分に助かる………それから高杉、いつまでもそんな所にいないで、お前もこちらに来い。」

 

「やなこった、俺が赴く必要がどこにある?」

 

「……俺の説明に不足な点があれば、貴様にも補ってもらいたいのだ。四の五の言わずにさっさと来んか。」

 

 やや苛立ちを見せながら桂が差したのは、自身の腰掛ける長椅子の空いた隣。胸中の感情を露骨に顔に示しながら振り向いた高杉であったが、不意に彼の右眼がこちらを凝視する松陽の視線とぶつかる。

 

「晋助さん、宵であれど外は冷えます。どうぞこちらにいらしては如何ですか?」

 

 柔和な声音と湛えられた(にこ)やかな微笑に、高杉の渋(づら)にも微々ながら動揺が表れる。

 

「ほらほらスギっち~、何だったら僕がヅラ君の隣に移動したげるから。君も早くこっちおいでよ!」

 

 言うなり椅子から立ち上がり、くるりと体を反転させたアストルフォは、そのまま桂の隣へとお尻をダイブさせる。ここまでしてもらっては断る理由など見つからず、高杉は大きく息を一つ零し、皆のいるテーブル側へと移動を開始した。

 

「よかったでちゅね~高杉クン、優しいお友達に特等席譲ってもらっちゃって。本当昔っから我儘(わがまま)の頑固者なんだから、そういうとこ全然変わんねあれ何か焦げ臭くない?」

 

「銀時殿、蝶々の止まってる頭の頂点から煙が昇っておりまする。」

 

「アギャアアァァァッ⁉段蔵ちゃんっこういうアクシデントはもっと焦ったテンションで教えて頼むからっ‼」

 

 銀時の絶叫が響く中、廊下側の扉が開かれる。「も~うるさいですよ銀さん」と呆れた様子の声と共に居間へと入ってきたのは、湯呑やコップの乗ったお盆を持った新八。彼に続いて同じく盆を(たずさ)えた神楽と、最後に入場してきたフォウが引き戸を閉めようと爪でカリカリしていたところを、近くまで寄っていた高杉が小さな身体を抱き上げて回収し、彼の手によって扉は閉められた。

 

「ヘイお待ち~、万事屋特製狩比酢(カルピス)アルよ。」

 

「コップの数が足りなくて、湯呑ですみませんが………はい、藤丸君もどうぞ。」

 

「わあ、ありがとう~。俺も喉乾いてたんだよね。」

 

 新八に礼を言い、藤丸は手渡された湯呑を受け取る。

 徐々に暑くなりつつある初夏の季節。じんわりと滲んでくる汗が何とも不快であるが、そんな時こそやっぱりコレ、お馴染みの皆大好き乳酸菌飲料。澄んだ白に爽やかな甘酸っぱさは、懐かしき青春の味を思わせる………ってちょっとちょっと、俺まだ青春真っ盛りの健全男子なんですけどぉ?と地の文を睨みつけてから、藤丸は湯呑に目を落とした。

 

「………ん?」

 

 揺れる水面の下、濁った白色の向こうで藤丸がご対面したのは、湯呑の底に描かれた花模様。

 あれ?いや待って、おかしくない?俺の記憶にあるカル……狩比酢は、こんなに色が薄いものだっただろうか?

 ふと顔を上げれば、ほぼ全員に狩比酢を配り終えた新八と神楽が定春に寄りかかって座り、(くだん)の狩比酢(?)が注がれているであろう湯呑を同時に(あお)っている。やがて容器を下ろした向こうにあった彼らの表情(かお)は、何とも幸福に満ち溢れたものであった。

 

「か~っ美味ェ、暑くなってきたらやっぱコレだよなぁ。」

 

 (カラ)になったコップを床に置いた銀時が口元を拭う。彼の満足気な様子を隣で見ていた藤丸の頭に、もしかするとこちらのカルピ……狩比酢ってこういうものなのかもしれない、といった結論が浮かぶ。だってほら、今透明なのにしっかりと味のついた飲み物とか多いじゃん?きっと狩比酢も外観に更に涼しさを追求した末に、だったらもういっそのこと色も取っ払ってクリアにしちまおうぜ~なんてことを提案した者が、恐らく開発段階の最中にいたのだろう。

 

「わ~い!いただきま~すっ!」

 

 ごくりごくりと、喉を鳴らして狩比酢を飲むアストルフォの傾けたコップから、勢いよく(かさ)が減っていく。あまりにいい彼の飲みっぷりに無意識に喉を鳴らし、藤丸もよく冷えた湯呑を口につけ、一気に狩比酢を口内に流し入れた。

 

「カラダニピースッッ⁉」

 

 直後、恒例となりつつある奇怪な悲鳴と共にブフォァッ‼と勢いよく噴き出される狩比酢。すぐ隣で起こった事態に泡を食う銀時の横で、器官に侵入してしまった狩比酢により藤丸が激しく咳き込んでいた。

 

「おい藤丸、大丈夫か?んな一気に飲もうとすっからそうなんだよ。」

 

「ゲホッ………違、銀さん……コレ………。」

 

 段蔵に手渡されたハンカチで口元を拭いながら、藤丸は震える手で零れた狩比酢を指差す。そんな藤丸の姿に、まだ口をつけていなかったエリザベートは訝しみながら、コップの中の狩比酢と疑わしき液体を少量含んだ。

 

()っっっす‼ちょっと何なのよコレ⁉味が薄いにも程があるわよっ⁉これじゃあカ〇ピスじゃなくてボトルの中を(ゆす)いだだけの水も同然だわ!」

 

「あ?だからさっき神楽も言ってただろ、『万事屋特製』狩比酢だって。俺ん家じゃあ日頃からこうして、原液の希釈量を倍の倍のそのまた倍にして飲んでんだよ。こうすりゃ節約にもなるし、只の水に色とほんの少しの風味がつきゃあそれで充分だからな。」

 

 しれっとした態度でそう説明をする銀時の後方では、桂が眉間を押さえて深い溜め息を吐いている。

 一方高杉はというと、狩比酢(もど)きに鼻を近付けて匂いを確かめた後、無表情のままコップをテーブルへと置く。そこに飛び乗ってきたフォウが小さな歩幅でコップまで歩み寄り、波打つ表面を数回舐める。そして数秒もしないうちに(しか)めっ(つら)へと変容したフォウはぷいとコップから顔を背け、高杉の膝の上へと戻っていった。

 

「う~んっ、コレは薄いね!でも喉乾いてるからもう一杯!」

 

 新八がアストルフォからコップを回収しているその傍らで、松陽は湯呑の中の薄い白濁色と皆の様子を交互に観察してから、こくこくと狩比酢を飲み始める。

 

「せん………松陽。んな水と変わらねぇモン、無理して飲むこたァねえぞ?何だったら俺がちゃんとしたヤツ作り直してきてやるから。」

 

 高杉が言い終える間に、中身を飲み干した松陽は湯呑を下げると、小さく吐いてにこりと微笑み、拭った口元を開いた。

 

「狩比酢、でしたか?ほんのり甘味と香りがあって美味しいですね。」

 

「えぇ~………でも松陽、これすっごく薄いのよ?」

 

「皆さんの反応をご覧になる限り、きっとそうなのでしょうね。でも私にとっては初めて口にしたものですし………それに、これは新八君と神楽ちゃんが作ってくれたものですから。味に多少の違いはあれど、私はこれをとても美味しく頂かせてもらいました。お二人とも、ありがとうございます!」

 

 まるで菩薩のような笑顔と温かい感謝の言葉に、新八と神楽は胸の内から湧き上がってくる感動に打ち震え、そしてそれは彼らの近くにいた銀時にもまた、密かに伝染していくのであった。

 

「ぎ、銀ちゃぁん……っ!私、自分が恥ずかしいアル!こんな水も同然のドケチなモンを平気で出したのに、あんな風にお礼を言われるなんて………ぐすっ。」

 

「泣かないでよ神楽ちゃん、僕まで悲しくなってきちゃうじゃないか!ううぅ…………というか思ったんですけど、ここって今は万事屋じゃありませんし、あの狩比酢だってお登勢さんが好きにしていいって言ってたものだから、節約なんてする必要なかったんじゃあ……?」

 

「よぉし手伝えお前らぁ!原液ありったけ用意しろっ‼待ってろ松陽、本当に美味い狩比酢ってやつを今飲ましてやっからよ!」

 

 颯爽と立ち上がり、台所へと駆けていく万事屋社員三名。騒々しい跫音(きょうおん)がフェードアウトしていくのを唖然としながら聞く一同の後ろで、定春は大きく欠伸をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……それではこれより、皆が集めてきた情報の収集結果をまとめたものを発表していく。」

 

 桂の置いたコップの中で、作り直された狩比酢の中を漂う氷がカラン、と涼し気な音を立てる。

 彼と、彼が助手として召喚した式神エリザベスへと皆の視線が集まる中、桂は取り出した一本の巻物を広げる。そこに記された内容を指でなぞるや否や、光を(まと)って浮き上がった文字や写真は宙へと浮き上がり、桂がエリザベスの引っ張ってきたホワイトボードを指すと、それらはまるで意思を得たかのようにそちらへと飛んでいき、再び黒い線や字となって白い板面に刻まれた。

 

「この江戸………いや、この世界が常夜となった始まりは、今からおよそ十年前。偶然にもそれは、あの瓦版にもあった攘夷戦争終結と重なる時期にあったそうだ。突如として現れた、黒い影(もや)ともつかぬものが空を覆い尽くし、その原因も解明されぬまま時が経過した………と、ここまでの情報は三組とも共通であったな。」

 

「あの戦争が終わったと同時に、空からお天道さんが消えた。ってか………何度聞いても妙な話だぜ。大体太陽を消すなんて真似、普通に考えりゃ出来っこねえだろ。」

 

「銀さんの言う通りですよ。もし仮に犯人が天人だったとしても、こんな長い年月の間ずぅっと太陽を隠してしまうなんて技術があるわけ………いや、もしかしたら他の星で発達した技術を使えば可能になるかも。だとしたら、この一連の異変の黒幕は天人⁉」

 

 興奮気味に身を乗り出そうとする新八。だがそんな彼を制するように、銀時の手が肩を掴む。目を動かして座るよう促され、それにより平静を取り戻した新八は大人しく従う。

 

「新八君が言った通り、俺も最初は天人の仕業かと疑いの目を向けていた。だがアストルフォ君からの報告を受け、俺の中でその可能性にも変化が起こったのだ。」

 

「アストルフォからの報告……?」

 

 反芻した藤丸に応え、「はいはーいっ!」とアストルフォは元気よく挙手をする。そしてコップの中の狩比酢をまた一気に飲み干すと、自分を見る皆へと向き直り説明を開始した。

 

「僕、昼間の調査でヒポグリフに乗って、空からこの江戸(まち)を見下ろしてみたんだ。始めはちゃんとスギっちの忠告に従って高度を上げ過ぎないでいたんだけど、段々調子に乗っちゃってさぁ……。」

 

 言葉を区切り、頬を掻くアストルフォの正面で、長椅子に腰掛けた高杉が呆れた眼差しを彼へと向けている。痛いと感じるその視線を受け片頬笑みを浮かべるアストルフォに続けるようにして、今度は神楽が挙手をした。

 

「私もアストルフォと一緒に乗ってたアル。途中何回か宇宙船にぶつかりそうになったけど、ヒポグリフは大分高いとこまで飛んだネ。」

 

「高いとこって………アンタまさか、大気圏まで到達したんじゃないでしょうね?」

 

「あ~大丈夫だいじょぶ!今日は行ってないから。」

 

 えっ、今日『は』……?と疑問に思った方は、この場にいる一同だけではないだろう。詳細を知りたくなった方は是非、『シャルルマーニュ伝説』を読んでみよう。ともあれ彼がそこまで上空を飛行していないことは分かったため、ひとまず皆アストルフォと神楽の話に再び耳を傾ける。

 

「それで私達、結構な高さまで上がっていったヨ。でも途中から急に、周りの空気が変になってったアル。上手く言えないけど、体の表面がびりびりするっていうか、あとは嫌に頭がもやもやしたり………とにかく、まとめて()な感じがしたネ。」

 

「僕とヒポグリフも、そのおかしな空気の変化に気付いてたよ。あれはどこかで感じたことがある…………そう、言うなら『結界』の境目に接近した時に近い気配だったかな。」

 

「結界……⁉ってことは、この世界にも桂さん以外にも魔術が使える人が、まだいるってことですか⁉」

 

 新八にとって、それはゲームや物語の中でしか知識を得たことが無い言葉。しかしその単語が示す意味が魔術的なものであることは理解しており、驚愕のあまり立ち上がった勢いで、彼の傍にあった湯呑が倒れる。あと少しで中の狩比酢が床にぶちまけられる寸でのところで、段蔵の伸ばされた手が素早く容器をキャッチしたことで難を逃れた。ナイスくノ一。

 

「そんなに大袈裟に騒ぐことでもないでしょ?眼鏡ワンコ。大体ツバメと黒猫だって英霊(サーヴァント)として召喚されてんだから、マスターになってる術者がいてもおかしくはないわ。」

 

「うむ、エリちゃん殿の言う通りだな。それにこの江戸には古くより存在する、結野(けつの)衆と巳厘野(しりの)衆という陰陽師の一族もいるらしいではないか。彼等が関わっているかはまだ分からぬが、可能性としてはゼロではないと俺は睨んでいる。」

 

 桂がどこからか取り出した指示棒で指した先は、ホワイトボードの上部分。そこに映された古風な大きい屋敷は恐らく、彼が今しがた説明をした陰陽師一族のものなのだろう。

 

「ケツにお尻に………銀さん、こっちの人達は随分と個性的な名前が多いんだね。」

 

「ケツでもお尻でもねーよ。そういうお前だって、大分変わった名前してんじゃねえか………あれ?藤丸、そういやお前の下の名前ってなんだっけ?」

 

「あれ?それじゃあもしかすると、江戸から太陽が消えた原因って、その結界も関係してるとか………だとすれば、カルデアと通信が出来なくなってる原因も、そこにあるのかな?」

 

 銀時の問いを敢えて無視し、藤丸は浮かんだ疑問を桂へと尋ねる。隣から聞こえる大きな舌打ちを流す藤丸の視線の先で、桂は少し考えた後に口を開いた。

 

「……その可能性も大いにあるだろう。いずれにせよ、これだけの情報では異変の根源を突き止めるには至らない。また明日(あす)より各自、調査活動に励んでくれ。」

 

 桂の言葉に、短い了解の返答が(まば)らに起きる。桂の後ろでエリザベスが巻物を広げると、ホワイトボードの文字達は再び浮き上がり、元いた紙面へと吸い込まれるようにして戻っていった。

 

「そういえば高杉、貴様はまた一人別行動をとっていたようだが、そちらは何か収穫はあったのか?」

 

 パチン、と指を鳴らし、式神を消失させた桂が(おもむろ)に疑問を投げ掛けたのは、長椅子で頬杖をついている高杉。丸くなったフォウを膝に乗せ、愛おし気に撫でる松陽を眺める慈愛の眼は、桂に呼ばれると同時にまたいつもの冷淡な光を湛え、彼へ向けられる。

 

「あーっ!そうだよスギっち、どこに行ってたのさ⁉」

 

「そうネ!一人で美味いモンとか食いに行ったりしてねーだろうナ⁉今度は私達も連れてくヨロシ!なっ定春⁉」

 

「わうぅ?くぁ~……。」

 

 大きく欠伸をし、再びそっぽを向いてしまう定春を見()った後、ぷりぷりと冠を曲げているアストルフォと神楽に対し、高杉は薄笑いを浮かべて答えた。

 

「そりゃあすまなかったな、お(ひい)さん方。だがこっから先は大人の領分だ、どうしても踏み込んできたいってンなら………もっと色を含んで成熟してくるこったな。」

 

 眉目秀麗という言葉が型に(はま)りきらない程の芳顔(ほうがん)と、相手を射殺すかのような物言いを(つづ)(あで)やかな声。

 おぼこである神楽とアストルフォ(?)にはどうやら刺激が強過ぎたようで、耳まで真っ赤になった二人はそれ以上の発言を止めてしまう。また何故かエリザベートに新八、そして藤丸までにもそれは伝染し、(精神年齢的にも含め)未成年達は皆赤面し俯いてしまった。

 

「……高杉、貴様さては魅了スキル持ちか?」

 

「ハハッ、どうだかね。性能だのスキルだのそういった(たぐい)のモンは、読む側の各々(おのおの)が自分の頭ン中で想像膨らますのが楽しいんじゃねぇのかい?」

 

 くつくつと喉を鳴らして笑う高杉の隣で、話の中身が理解出来ていない松陽は小首を傾げる。その彼に合わせるようにして、顔を(もた)げたフォウもまた、「フォウ?」と小さく鳴いて首を傾けた。

 

「んで、どこ行ってたかは知らねェけど、お前の方はどんな情報持ってこられたんだ?まさか一人でぷらぷら遊び歩いてただけで、何の成果も‼得られませんでしたっ‼とか叫んで膝ついても銀さん許さねェぞ?」

 

「阿呆、誰がンな真似するか。それに少ねェが、成果はしっかり得てきたぜ…………(くだん)の馬鹿デカい城に関する情報(ネタ)だ。」

 

 高杉が言い放ったその言葉に、室内の空気が一気に張り詰める。彼は椅子から立ち上がると、最早そこが所定位置と呼んでも構わないであろう障子窓へと移動していき、薄い紙の貼られた窓をスライドさせた。

 宵の空を照らす、数多に浮かぶ宇宙船の光。そんな人工的な星月夜の中で一際(ひときわ)青白く輝いている、『眼』の形をした月に照らされているのは、あの巨大な天守閣。昨夜見た時とはまた違う雰囲気を放つその建造物に、藤丸は改めて不気味さを覚えた。

 

「とある連中から聞いたんだが………おっと、まだそいつらの素性は明かせねェ。まぁとにかくだ、江戸に長いこと定住している連中(いわ)く、あの天守が現れたのは今から(およ)そ十年前、突如としてあの場所に建造されたそうだ。」

 

「十年前って………それじゃ、江戸が常闇になった時期とまるで同じじゃないですか⁉」

 

 思わず声を張り上げた新八を、高杉は目だけを動かして一瞥し、またすぐに視線を戻すとそのまま再開する。

 

「それと奴等の話だと、今の江戸には幕府も将軍も存在しない。あの城に居座ってる奴がその代わりとなる立ち位置に就いて、とりあえず形だけ国を治めてるらしい。」

 

「将軍、も………ちょっと待ってヨ、スギっち……それじゃあ『そよちゃん』は?将ちゃんだってどこに行ったアルか⁉」

 

 声を荒げ、必死の剣幕で高杉へと詰め寄る神楽。突然取り乱す彼女に呆然としている藤丸達に、銀時と桂が横から補足を加える。

 

「あ~と……そよちゃんってのは神楽のダチでな、俺らのいた江戸を治めてた将軍の妹だ。」

 

「そして将ちゃんというのは、「将軍かよォォォォッ‼」の台詞でお馴染み、江戸幕府の第十四代目征夷大将軍・徳川茂々のことだ。因みに俺や銀時達とも、何度も面識がある男なのだぞ。」

 

「その「将軍かよォォォォッ‼」は知らないけど、征夷大将軍とその妹さんをそんな親し気に呼べるなんて…………銀さんって、実は凄い人だったり?」

 

「何だ藤丸?本編の連載21話目にして、漸く俺の凄さに気付いたのか。大分遅かったが、寛大な銀さんは大目に見てやろう。そらっ美酒のおかわりを()いでやる、盃を出しな。」

 

「はは~、ありがたき幸せ。」

 

 上機嫌の銀時が藤丸の差し出した(ゆのみ)美酒(カルピス)を注いでやる一方で、高杉が興奮する神楽の肩を軽く叩いてやると、その行動により少し落ち着きを取り戻した神楽は、元いた定春のもふもふボディへと大人しく戻っていった。

 

「何故将軍がいねェのか、そしてそいつらは今何処に行っちまったのか………この辺りに関する情報は、俺もまだ掴めていない。しかし俺が話を聞いた連中は、皆口を揃えてこう言っていた──────あの城には、人喰いの『鬼』が()んでいる。ってな。」

 

 窓から入ってきた通り風が、高杉の頬を撫でる。街灯りと、異形の月によって照らされた天守閣を、彼の右眼は鋭い眼光で睨みつけていた。

 

「人喰いの、鬼………⁉」

 

 誰かの呟いた声が室内に響き、そして静寂に消えていく。

 藤丸を始めカルデアのサーヴァント達、そして銀時達もが高杉の放ったその一言に度肝を抜かれ、皆唖然とすることしか出来なかった。

 

「鬼、ですか…………ということは、あの城には(まこと)に鬼が棲んでいるのでしょうか?高杉殿。」

 

「さぁな。何者かが適当に流した噂に、真偽の分からねぇいい加減な尾びれと背びれがついた代物かもしれねえ。だが実際にあの城を訪れた連中が、そのまま忽然と姿を消したなんて噂が掘り出せばあちこちから出てきやがる………そいつぁ(さなが)ら、城に住まう人喰い鬼が獲物の着物片一枚残すことなく、全て食い尽くしちまったようでもあるな。」

 

 こちらに振り向くことなく、淡々と(つづ)る高杉の言葉に、皆一様に黙りこくってしまう。

 ふと藤丸が顔を上げた時、松陽が窓の方を向いたまま不動の姿勢でいるのに気が付く。だがよく見れば、彼の固く握った拳は指の先までもが白くなり、肩も僅かに戦慄(わなな)いていることが確認出来る。

 

「松陽、さん………?」

 

 そろそろと名を呼んでみるも、反応は無い。松陽の変化に遅れて気が付いた面々の意識も、自然に彼へと集中していった。

 

「おい松陽、どうした……?」

 

「フォウ、フォーウ?」

 

「しょーよーさーんっ!もしも~しっ⁉」

 

 いつの間にか顔のすぐ傍まで接近していたアストルフォが耳元で声を張ると、「ひゃっ⁉」と短い悲鳴を上げて松陽が僅かに跳ねた。

 

「あらま、可愛い声。小鳥の(さえず)りみたいね。」

 

「松陽殿、如何なされた?どこか気分でも悪いのか?」

 

 こちらを心配する皆の態度と言葉を受け、漸く我に返った松陽は目を丸くしたまま一同の顔を見回す。

 

「いえ、どこも悪くはないのです………ただ。」

 

 俯き加減に目を伏せ、松陽の手は自らの着物の袖を掴む。その手がまた、微かに震えているのが見て分かった。

 

「皆さんがお話をされていた、あの窓から見える大きなお城…………自分でもよく分からないのですが、あれを目にした途端から何かがおかしいのです。どうしてなのでしょう?理由も分からないのに怖くて、ただ怖くて怖くて、どうにも身体の震えが止まらなくて………まるで、見てはいけないものをこの(まなこ)に映してしまったかのように………。」

 

 袖を掴む手を放し、そのまま自身の肩を抱く松陽。見開いた両の目は木製の床を映し、元より薄い肌色の顔は先程よりも青ざめているのが明らかであった。

 銀時が目(くば)せするよりも早く、高杉の手は障子窓を閉め、()いた様子でこちらへと駆け寄る。

 すっかり縮こまってしまった松陽。そんな彼の肩に乗る手に重なるようにして、一回り小さな手がそっと置かれた。

 

「松陽、もう窓閉めたアルよ………大丈夫ネ、ここには私達しかいないアル。例えこないだみたいなヘンテコ連中がいきなり押しかけてきても、この神楽様が絶対に守ってやるヨ!」

 

「……神楽ちゃん。」

 

 ゆっくりと顔を上げた松陽。そんな彼を次に待っていたのは、ふわりと半身を包む温かな感触。

 

「ほら、元気の出るおまじないアル。私がちっさい時に、マミーがよくこうしてくれたネ。」

 

 神楽に上体を抱きしめられ、ついでに頭もぽんぽんされている。しかし恥じらいよりは心地良さの方が勝り、胸の内から溢れた安堵感に松陽は目を細めた。

 

「………もう大丈夫です。ありがとうございます、神楽ちゃん。」

 

「ん~……も少しこのまま。松陽の髪サラサラで気持ちいいアル~。」

 

「えっと、神楽ちゃん………流石に恥ずかしくなってきましたので、どうか後生です……。」

 

「ほら神楽、松陽困ってんだろ?早く放してやれって。」

 

 銀時からの注意を受け、神楽は渋々松陽を解放する。落ち着きを取り戻した彼に先程の怯えた様子はなく、またいつもの温和な笑みを面に湛えていた。

 

「それにしても、お城をあんなに怖がるだなんて………確かに俺から見ても、どことなく気味の悪さは感じるけど。」

 

「ふむ………これはあくまで俺の推測なのだが、松陽殿の記憶が失われている原因も、もしやあの城にあるのではないだろうか?」

 

 桂の直言に、異議を申し立てる者はいない。寧ろ他の者達も、今彼が唱えたものとほぼ同じことを考えていたからであった。

 

「よっし!そうと決まれば、明日の調査はあの城に行ってみることにするか。おい藤丸、一緒に来いよ。」

 

「うん、明日は銀さん達と行くことにするよ。」

 

「待て二人とも。あの城は俺と高杉もまだ近寄ったことすら無い、まして鬼に喰われるという噂があるならば、何が隠れ潜んでいるのか想像もつかない。危険極まりないぞ。」

 

「大丈夫だろ。銀さんは只でさえ強い上に、今はサーヴァントのチートなスキルも上乗せされてんだぜぇ?鬼が来ようが魔物が出ようが、ちょちょいのチョイっと片付けてやらぁ。」

 

「そのちょちょいのチョイでしょっちゅう魔力切れを起こされては、元も子もないではないか…………よいか、明日は皆であの城へと赴く。それで良いな?ん?勿論異論は認めんぞ。ハイ決定!」

 

 ほぼ強引に決定され、不満げに頬を膨らせる銀時。その一方では、神楽とアストルフォが和気藹々(あいあい)としていた。

 

「わ~い!皆で一緒にお出かけだなんて嬉しいね!」

 

「おやつは何がいいかな~?とりあえず酢昆布と酢昆布と、あと酢昆布アル。それとこっちの酢昆布も……。」

 

 一体どこからその大量の酢昆布を持ち込んでいたのか……二人の間で山のように(というかほぼ山)積まれていく赤い箱を眺めていた松陽に、高杉がそっと声を掛けてきた。

 

「……貴方(アンタ)はどうする?ここで待ってるかい?」

 

「……いいえ、私も是非行かせてください、晋助さん。先のことを忘れたわけではありませんが、もしもあそこに私の記憶の手掛かりがあるのでしたら、少しの可能性にでも賭けてみたいのです!そして………そして、貴方がたとの大切な記憶を、一刻も早く思い出したいんです。」

 

 にこりと、またいつものように微笑む松陽。その笑顔の下に隠れた様々な感情(おもい)を読み取った高杉は、返答代わりに小さく微笑んでみせた。

 

「松陽、あんまり無理はすんなよ?」

 

「はい!ありがとうございます、銀時さん。」

 

「でもこれで、松陽さんの記憶も戻るといいですね。それに背中のアレも気になってたことですし─────」

 

 新八がそこまで言い掛けた時、「あっ」と誰かが短く声を発する。出所を探せば、そこには神楽と酢昆布の箱でネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲(現段階で中々の完成度だなオイ)を作ろうとしているアストルフォが、中空を見つめて大きく口を開けていた。

 

「そーだそーだ!ヅラ君とスギっちに聞かなきゃならないことがあったのに、すっかり忘れてたよ~いっけない!」

 

「ヅラじゃない桂だ。して、俺達に聞きたいこととはなんだ?」

 

「うん。さっきパチ君も言ってた、松陽さんの背中の刻印のことなんだけどさ………。」

 

 こちらを睨みつけるかのような形相のまま固まる、桂と高杉。緊張の漂うこの二人とは対照的に、アストルフォはいつも通りの明るい声で、やや首を傾げながら答えを紡いだ。

 

「無かったんだけど。」

 

「……………は?」

 

「だから、無かったんだよ。二人が言ってたあの刻印、松陽さんの背中のどこにも。」

 

 アストルフォは簡潔に答えると、テーブルに置いてあった狩比酢を一気に飲み干す。「ぷっは~っ!」とコップを下ろしたアストルフォが対面したのは、驚き桃の木山椒の木、更に目を白黒させた桂の何とも言えない顔であった。

 

「おいおい、一緒に風呂に入ったアストルフォがこう言ってんだぞ?お前ら本当に見たのかよ?」

 

「俺は見た………かもしれねぇ。途中から直視出来なかったから、完全にヅラに丸投げしてた。」

 

「たっ高杉、貴様までそのようなことを…………あ~分かった!それならもう一度確認すれば良い話だろう!では松陽殿、ちょっと失礼するぞ。」

 

 桂は長椅子から身を乗り出し、きょとんとしている松陽の寝巻用の浴衣の襟に手を掛ける。それが左右に引っ張られ、あられもなく肌蹴られ………ることはなく、暴走状態突入前の桂の暴挙は、「無礼千万っ‼」と同時に叫んだ銀時と高杉による見事なコンビネーションキックが炸裂したことにより、未遂に終わった。

 

「でもアストルフォ、松陽さんの背中の模様が無かったって本当?」

 

「そーよそーよ!納得のいく説明を求めるわ!」

 

「フォーウゥ!」

 

「ん~そうだね、それじゃあこれから僕が松陽さんとお風呂に入ってた状況説明を……………と言いたいところだけど、ごめ~んマスター!それはまた次回にしよう!」

 

「えっ、次回に回すのコレ?こんな中途半端な状態で?というか宝具の説明は?」

 

「だぁってぇ、予定の文字数大幅に超えちゃってるんだもん。だから今日はここまで!え?早く僕の入浴シーンを見せろ?やだなぁ~もうっ、マスターったらスケベさんなんだから☆」

 

「いや、俺何も言ってな────」

 

「というわけで、今日はここまで!次回はな・な・なんと!初っ端から入浴シーンでスタートしちゃうよっ!ちょっぴり恥ずかしいけど、これも閲覧数のためだから仕方ないよね……?それじゃ、次回も楽しみにしてくれると嬉しいな!バイバ~イ!」

 

「健全だから!念のため言っておくけど、この作品一応健全な方向で進めていく予定なんだからね!皆忘れないでェェェっ‼」

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【伍】 曖昧模糊(Ⅳ)

 

 

 『風呂は、命の洗濯だ』

 

 

 

 かの有名なSFロボット作品において、こんな名言が存在する。

 

 入浴というのは、人間が生きる上で欠かせない習慣の一つである。毎日動きまわっていたり、また何もしていない時でも、身体は排出される老廃物によって毎日汚れていくもの。そんな不快感を疲れと共に洗い流せてしまう場所が、ズバリお風呂である。

 (かぐわ)しい香りのシャンプーで隅々まで洗い、適度な温度の湯舟に浸かれば、その日の疲れなど瞬時に和らいでしまう。お風呂って入るまでが面倒だと感じても、いざ済ませてしまえば心身共にサッパリ爽快。余程のことが無ければ、やっぱ入らなきゃよかったなぁ……などと後悔する人もいないだろう。

 

 

 さてさて、今から始まりますのはそんなお風呂での光景。前々回にてアストルフォが松陽の手を引いて浴室まで来た辺りから始まるのである。

 

「ふんふんふ~ん、ふふんふ~ん♪」

 

 上機嫌に鼻歌を奏でながら、指を掛けたサイハイソックスをするすると下げていく。髪を結い上げ、服を殆ど脱ぎ終え、露出の低い普段の衣装ではお目にかかれない白い肌が剥き出しになる。そして最後の砦が畳まれた服の上に置かれ、新たに(さら)け出された彼のスラリとした脚線美は正に…………あの~すいませんお客様、撮影は困りますんでカメラ止めてくださいカメラ。

 

「よしっ、と。さ~てっ今日の汗を流すとしますか!」

 

 勢いよく開けられた扉の向こうには、朦々(もうもう)と湯気の立ち込める浴槽と適度な広さの洗い場。二人で使うには多少狭さを感じるであろうが、まあそれもまた楽しいもの。

 腰に手を当て、仁王立ちの構えで浴室を見渡すアストルフォだが、本来は腰に巻いていなければならない筈のタオルが、彼の頭に鎮座しているではないか。ちょ、コレ文章じゃなかったらマズい絵面(えヅラ)じゃね?とお思いの方もいらっしゃるだろう。だがその辺の心配はご無用、室内を満たすほどの白い煙がアストルフォのアストルフォを上手いこと隠してくれている。しかしこれも湯気が消えてしまえば完全にアウト。さあアストルフォよ、そんなワケだから早いこと湯舟に浸かってしまうのだ。

 

「は~い、それじゃあ松陽さんも────あれ?」

 

 うきうきと昂揚する気持ちのままに振り返ったアストルフォだったが、ここで彼の目は点になってしまう。胡麻(ごま)のような瞳の先にいた松陽は、まだ一枚も衣服を脱がないまま、俯いて何やらもじもじとしていたのだった。

 

「松陽さん、どうしたの?」

 

「あ、えっとですね………アストルフォさん、いえアストルフォ君のお誘いは嬉しいのですが、その…………やはり人前で服を脱ぐというのは、まだ(いささ)か抵抗があるといいますか……。」

 

 袖の端を掴んだまま何度も(ども)る松陽は、耳まで顔が赤くなっている。

 

「そっかー、昨日は松陽さん眠ってたし、こうやってちゃんとお風呂に入るのは初めてだよね~………ぃよっし、それなら僕が素裸(すっぱ)に剥き剥きしてあげる!」

 

「え、えええぇぇっ⁉あの、そこまでしていただかなくとも……‼」

 

「ほ~らほら、早くしないと僕の悪戯(いたずら)なお手々がどんどん近付いてっちゃうよ~ぉ?」

 

 両手をわきわきと不気味に動かしながら、アストルフォが徐々にその距離を詰めていくと、松陽は血相を変え悲鳴にも似た声を上げた。

 

「はわわ、まっ待ってくださぁい‼じ、自分で脱げますのでっ‼」

 

 ぴしゃっ、と音を立てて閉められた扉。松陽の慌てぶりを思い出し忍び笑いをしていたアストルフォの脳裏に、ふと昨日のことが浮かぶ。

 

 

『松陽先生の着物を着替えさせた際に気付いたのだが、あの人の背中に赤い刺青のような、この模様があったのだ。』

 

 

 重々しく言った桂が、こちらに掲げたその図に(えが)かれていたのは、誰もが体の芯から震えあがってしまう程に、鬼を(かたど)ったかのような(おぞ)ましい紋様。

 だがアストルフォ達がその存在を知らされたのは、松陽の介抱を行っていた桂と高杉の二人のみであり、証言と絵図だけではどうにも信憑性に乏しい。

 丁度いい機会だし、だったら自分の目で確かめたほうが早いよね~。思い立ったらすぐ行動なアストルフォの手が、微塵(みじん)躊躇(ためら)いもなく取っ手に掛けられる。おいおい理性が蒸発している設定(プロフィール)をいいことに、それ以上はちと容認しかね───

 

「それ~ぃっ!」

 

 ガラッと横にスライドした扉。その向こうの脱衣場では、既に肩から二の腕の辺りまでが肌蹴(はだ)けた松陽が、きょとんとした様子でこちらに振り向いている。好都合とばかりに彼の背中を食い入るように見つめていたアストルフォであったが、ここで不可思議な点に気が付く。

 

「………ありゃ?」

 

 

 無い。どこにも無い。

 

 ヅラ、じゃなくて桂達の言っていた鬼の刻印が、松陽の背中のどこにも存在していないのだ。

 

 彼らが嘘など()く人間……今はサーヴァントだが。とにかく、そんな男達でないことはアストルフォも充分に承知している。だが今自身の眼が認識しているものは、傷痕一つ無い色素の薄い背中。

 

「あれれ~………おかしいなあ?」

 

 アストルフォが首を(ひね)っている一方、不意を食らい暫し呆けていた松陽だったが、やがて頬から始まった紅潮は顔全体へと広がっていく。

 

「あ………ああああアストルフォさん………っ⁉」

 

 肩は戦慄(わなな)き、瞳は潤み、羞恥と狼狽が50(フィフティー)50(フィフティー)となっている松陽に、アストルフォは慌てて釈明する。

 

「わっ!あのあの、勝手に開けてゴメンね!えっとぉ………そうだ!あのさ、そのままじゃお風呂に浸かる時、髪の毛がお湯に入っちゃうよ?だから松陽さんのもこうして僕みたいに纏めてあげようと思ってさ、ねっ⁉」

 

 しどろもどろになりながら、苦し紛れに思いついた言い訳を述べるアストルフォ。すると暴発寸前だった松陽の(おもて)に、少しずつ平静さが戻りつつある。

 

「おや、そうだったのですか………すみませんアストルフォさん、貴方のご厚意をどうやらおかしく捉えてしまったようで……。」

 

「いいよいいよ、元はと言えば僕が悪いんだもん。さっ松陽さん、僕が結ったげるから前向いてて~。」

 

 思惑がバレなかったことに心底から安堵しつつ、アストルフォは再び正面を向いた松陽の背中へと近寄っていく。

 彼の髪を(すく)い上げれば、絹のようなきめ細かい手触りが指の間を通っていく。その心地良さを堪能しつつ、アストルフォは(あら)わになった背中にもう一度目をやる。先程より一層近場で見ることの出来た松陽の背だが、やはりそこに異変は何も確認出来ない。

 

「ねえ松陽さん、背中のさ───」

 

 そこまで言い()したアストルフォだったが、一顧(いっこ)した松陽の表情を見た時、思わず言葉が詰まる。

 こちらを不思議そうに見る彼の瞳には、一点の濁りも無い。どこまでも透き通った琥珀色は、正に無垢の表象………そしてアストルフォは常時蒸発する(やや)いい加減な理性の中で直感する。ああ多分、この人は本当に何も知らないんだろうな。と。

 只でさえ記憶を失っているというのに、ここで下手に事実を告げても彼が余計に混乱するだけだろう。ならばいっそ話さなくていいやー、聞かれたら答える感じでいいよねー。と動き出した楽天的思考が活動を再開する。はいシリアスモード終わりー。

 未だこちらに振り向いたまま、怪訝そうにしている松陽。そんな彼の背中をつつ~と指でなぞってやると、『ひゃわぁっ⁉』と不意打ちを食らい悲鳴を上げた松陽の体が大きく跳ねた。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「てなことが、ついさっきお風呂場でありましたとさ。あっパチ君~狩比酢(カルピス)もう一杯。」

 

 アストルフォが差し出したコップに新八は我に返り、受け取ったそれに追加の狩比酢を注いでいく。一方他の面子はというと、皆開いた口が塞がらない状態で彼と松陽を交互に見()っている。

 

「いや背中の云々もそうなんだけど、回想の最後の『ひゃわぁっ⁉』ってのは何?ガチで松陽がそんな声出したの?」

 

 銀時が向ける好奇の視線の先では、羞恥のあまり居た(たま)れないでいる松陽が、抱き上げたフォウで(ほて)る顔を隠していた。

 

「いいな~アストルフォ、私も松陽とお風呂入りたかったアル。」

 

「すっごく楽しかったよ~。背中流しっこしたり、お湯の中で一緒に百まで数えたりしてさ。最後におまけの汽車ポッポもちゃんとやったんだ~。そうだ、今度は皆で入ろっか?きっと面白いよぉ!」

 

「キャッフォォォ!入りたいアル~!」

 

「こらこら!アンタ達には恥じらいってものがないの⁉混浴乱交プレイだなんてふしだらな展開になってみなさいな!いよいよこの連載継続出来なくなるわよ⁉ほら~仔犬からも何とか言ってちょうだい!」

 

「いやエリちゃん、乱交プレイは誰も言ってないと思うよ。しかし多少のドスケベハプニングがあったほうが、閲覧数も評価も稼げて(むし)ろ美味しいのでは………ハッ、いけないいけない。主人公の一人たるもの魔が差してしまうだなんて、狩比酢飲んで頭冷やそう(ゴクッ)」

 

「あっマスター、それは原液のボトルにござりまする。」

 

 段蔵の注意も虚しく、濃縮100%の狩比酢原液を半瓶程飲んでしまった藤丸は案の定激しく咳き込み、せめて口内だけでも相殺すべくボトルの隣にあった冷水をぐびりぐびりと豪快に(あお)った。

 

「それにしても、刻印が無くなっていただなんて………てっきり桂さん達が見間違えた、なんてことも考えはしましたけど、僕らもあの時に『アレ』を目撃していますからね。」

 

「?……新八君、『アレ』とは一体何のことだ?」

 

「ほら、僕らが沢山の魔物に襲われて、桂さん達が助けに来てくれる前ですよ。あの時藤丸君を(かば)って負傷した松陽さんの裂けた着物の間から、(ほの)かですけど光のようなものが見えたんです………いや、暗闇であんなにはっきりと見えたんだもの。あれはきっと光に違いない。」

 

 自身の言葉に確証を得るかのように、新八は何度も頷く。どういうことだ、と桂が切り出してくる前に、会話を聞いていた銀時が(くちばし)()れた。

 

「俺も多少は朦朧(もうろう)としてたが、そん時のことはよく覚えてる。確かに化けモンの爪にやられた松陽の背中は、淡く光を放ってた。それも暫くしたら消えちまったが、その後松陽を抱えてから更に驚いたぜ。何せ背中(そこ)にある筈の裂かれた傷が、どこにも無いんだからな。ありゃ一瞬にして癒えたのか、それとも最初(ハナ)から斬られてなかったのか………ああくそ、考えても分かんねえわ。やっぱりコレもお前らの言ってた刻印とやらに関係が─────ヅラ?」

 

 ふと銀時は、向けられる視線の変化に気が付き朋友の名を呼ぶ。

 ヅラじゃない桂だ、といち早く渾名(あだな)に反応を見せる筈の桂は、酷く愕然とした様子でこちらを瞠視している………いや、彼だけではない。松陽の頭上に登ろうとするフォウを抱き上げていた高杉もまた、桂と同じ眼差しを銀時へと向けていたのだ。

 

「銀時………貴様、何を言っているのだ?」

 

「何を、って……何のこと?」

 

「とぼける真似も大概(たいがい)にせんかっ‼貴様が、よりにもよって貴様が知らぬ筈はなかろう⁉」

 

 憤然として銀時に迫る桂。後退するのがあと少し遅ければ鼻の頭がぶつかってしまう程の勢いに、銀時と隣の新八も目を丸くする。

 

「おいおい待てって。んなおっかない顔されてもよ、本当に心当たりが無ェんだってばよ。」

 

「銀さん、本当に覚え無いんですか?桂さんがこんな風に怒るなんて、普通じゃないですよ?頭の中ひっくり返してよ~く思い出してみてくださいよ。」

 

「そうは言っても…………あ、もしかしてこないだのアレまだ怒ってる?お前がウチに逃げてきた時、(トイレ)行ってる間に財布からパチンコでスった分拝借したの。ごめんね~あん時さぁ、ババアの家賃催促がいつも以上にしつこくって。借りた分は後でちゃんと返すから、ね?」

 

「ね?じゃないだろ貴様ァァァッ‼俺の知らぬ間にそんなことを……………いや、今はよい。知らぬというのであれば、俺がお前に─────」

 

 そこまで言い()した桂であったが、突如背中に走った悪寒に震驚し、続く言葉は強制的に遮断されてしまう。

 回顧(かいこ)した桂が辿った先には、何も言わずにこちらを睨みつけてくる高杉の姿。まるで射殺さんとばかりに鋭い視線を向けられたことに驚きつつも、その行動が示す彼の旨意(しい)を何となくではあるが察した桂は、それ以上の口を(つぐ)むことにした。

 

「俺がお前に…………何だよ?ヅラ。」

 

「……ヅラじゃない桂だ、あと金返せ馬鹿者。」

 

「や、金は後で返すって言ったじゃん。ローン何回分になるか分かんねえけど。それより今、何か言い掛けて────」

 

「ええい貴様っローン組むとか何年掛けて返済する気だ⁉とにかく、この話はここで一旦終わりだ!いつまでも留まっていては物語が進行しないからな、はい次!」

 

 パァンッ!と鼻先で鳴らされた手に、一驚した銀時は仰け反る。新八を巻き込んで床に倒れた彼の中に小さな(わだかま)りを残したまま、桂は題目を強引に次へと移した。

 

「さてと……それではこれより、英霊(サーヴァント)となった我々に新たに備わった力、『宝具』について復習を行っていきたいと思う。では藤丸君、それに高杉もよろしく頼むぞ?」

 

 親指を立て解顔(スマイル)する藤丸とは裏腹に、高杉は(しか)めっ面で(わずら)わしさを露骨に出している。だがその両腕を神楽とアストルフォにがっしりと掴まれ、おまけと言わんばりに定春が鼻で背中を押してくるため、定位置の窓際への逃避は不可能と観ずると同時に、彼女らと共に床へと腰を下ろした。

 (ちな)みに、彼の手から離れたフォウは小さな歩幅で一生懸命に床を駆け、またいつもの定位置である銀時の頭上への登頂を無事果たしていたのであった。

 

「お前達が既にカルデアで耳にした内容もあるかとは思うが、ここはまず聞いていてほしい………宝具というのは、我々サーヴァントにおいて重要な切り札となるもの。ざっくり言ってしまうと、必殺技のようなものだ。」

 

「そこまでは、ダヴィンチちゃんさんが説明してくれたままですね………そういえば、銀さんも神楽ちゃんもあの時、出されたお菓子に夢中になってて全然聞いてなかったと思うんですけど。」

 

「や~だってさぁ、俺今日(こんにち)まで生きててあんな美味いモンブラン食ったの初めてだったもん。あん時はあまりの感動に、味覚と嗅覚そして視覚以外の全機能が一時停止して、俺の全ての神経があのモンブランへと注がれてたな。うん。」

 

「それってエミヤ君の作ったお菓子でしょ⁉いいな~僕も食べたかったよぅ!」

 

「エミヤってあの赤いガングロコックのことネ?私アイツからクッキーも貰ったけど、それも凄く美味しかったアル。また食べたいな~。」

 

 神楽の口端から伝う(よだれ)を段蔵がハンカチで拭ってやっている光景を椅子から眺めていた松陽は、聞き慣れない単語に小首を傾げる。

 

「もんぶらん、とは何ですか……?銀時さんや神楽ちゃんのお話を聞いた限りでは、とても美味しいもののようですが。」

 

「あら、松陽ったらモンブラン知らないの?モンブランっていうのは栗を使ったケーキのことでね、スポンジケーキの上にクリームや絞った栗をふんだんに乗せて、お山の形に似せてあるの。甘~いマロンペーストとふわっふわのスポンジを、滑らかな生クリームと一緒に口に入れた時の幸せときたら………あぁ~ん想像しただけで涎が零れちゃうぅぅ!」

 

 うっとりと恍惚(こうこつ)の笑みを浮かべるエリザベートのモンブラン解説に、松陽の好奇は益々(ますます)そそられる。そんな彼の姿を見ていた高杉が、不意にぼそりと呟いた。

 

「………そんなに気になるんなら、俺が明日調達してきてやるよ。」

 

「ほ、本当ですか……っ⁉でも晋助さん、そこまでしていただかなくとも………。」

 

「なぁに、他でもねぇ貴方(アンタ)のためなら、このくらい造作も無ェこった。」

 

「晋助さん…………ありがとうございます、とても嬉しいです!」

 

 仄かに頬を染め、心底から喜気とし顔を綻ばせる松陽を(うつく)しみ、高杉は細めた右眼にその姿を焼き付けるように映した。

 

「あ~っ!スギっちったらまた別行動する気だね⁉」

 

「そういうこった。ま、お(ひい)さんらの食い分も用意してやるから、それで勘弁してくれるかい?」

 

「キャッフォォォ!流石スギっち一生ついてくネ!」

 

 神楽からのハグを受ける高杉に「も~しょうがないなぁ」と呆れつつも、遅れて彼女と同じようにアストルフォはその細い腕にしがみつく。

 ほのぼのとした室内の空気ではあるが、それを引き締めたのはやはり桂の咳払いであった。

 

「………皆、話を戻してよいかな?」

 

「は、はい………でも必殺技って言ったって、銀魂は少年漫画の魅力の一つである必殺技が無いことでも知られてますし、そんな僕らに宝具なんて本当にあるのかな……?」

 

「新八君、何も宝具は一撃必殺のド派手な技ばかりじゃないんだよ。人間の幻想を骨子として作られたそれらには色んなものがあって、剣や槍なんかの武器は勿論のこと、指輪なんかの普段から身に着けてるものから該当することだってあるんだから。」

 

 藤丸の補足を皆が頷きながら聞いている中、「おお、そういえば……」と何かを思い出したように掌を拳で叩いた桂は、何やら奥のほうでガサゴソと漁る動きを見せる。全員の視線が彼へと注がれる中、桂は引っ張り出したあるものをこちらに広げてみせた。

 

「ふふん、どうだ?可愛かろう。」

 

「別に。つーかソレ、お前がこの作品初登場の回で着てたQ〇郎の着ぐるみじゃねーか。何今更自慢してきてんの?別に羨ましかねーんだよ。」

 

「Q〇郎じゃないエリザベスだ。この流れで俺がただこのエリザベスの着ぐるみの自慢をすると思っているのか?それは違うぞ銀時、俺が貴様らに言いたいのは、コレこそが俺の宝具の一つだということだ。その名もズバリ、『雪白片吟(イザベラ)絶対障壁(ブークリエ)』!どうだカッコいいだろう⁉」

 

 宝具だと自称したその雪白……うんたらという名を冠したその着ぐるみをはためかせ、自慢げに見せつけてくる桂を見る皆の反応はというと、笑顔で拍手をする松陽とアストルフォ以外は誰もが口を開けて唖然としていた。

 

「イザベ………えと、何?もっかい言ってヅラ。つーかやたらと厨二臭さを感じるその名前は、もしかしなくても自分で考えたの?」

 

「ヅラじゃない桂だ。いいかよく聞け、『雪白片吟(イザベラ)絶対障壁(ブークリエ)』だ。只でさえネーミングセンスが壊滅的な書いてる奴が辞書やらグー〇ル先生に(すが)りつくやらして小一時間かけてつけた名前らしい。まあ正直俺もどうかとは思っているのだが、エリザベスを崩した異国のこの呼び名は割と気に入っているのだぞ。」

 

「あはは………それで桂さん、その宝具は一体どんなものなの?」

 

「おっ、知りたいか藤丸君。ならば実際に体験してみたほうが早いだろう。」

 

「え?体験って───」

 

 困惑する間も与えられず、藤丸の頭上を黒い影が覆う。それが桂の仕業であることに気付いた時には既に遅く、次の瞬間には全身を着ぐるみですっぽりと包まれてしまった。

 

「ぎゃ~っ‼ちょっとツバメ、仔犬に何てコトすんのよっ⁉」

 

「いいなぁマスター、次僕ね~!」

 

 白い化けモ……もといエリザベスとなってしまった藤丸の傍に寄るサーヴァント達。人理を救った星見(カルデア)の希望である彼のこんな姿を見れば、未だ連絡の取れない向こうのマシュはどんな顔をするだろうか。ああでもダヴィンチちゃんは腹を抱えて笑うと思う。確実に。

 着ぐるみの中で暫くジタバタしていた藤丸だったが、ふと動きが一時停止したかと思うと、利き手に持った何かを掲げた。

 

「『大丈夫だいじょぶ、中結構快適だから(*^^*)』………それならば一安心ですね、マスター。」

 

「ていうか、アンタそのプラカードでどうやって台詞の掲示が出来てんのよ?一々書いてるわけでもなさそうだし、どんな仕組みなのかしら……?」

 

 怪訝な顔のエリザベートにエリザベス……もといエリザベスの中の藤丸が再び掲げたプラカードには、『いや~俺にもよく分かんない(´・ω・)?』とまたも顔文字が添えられて書かれていた。

 

「この宝具の効果は常時発動しているものであってな、暑さや寒さなどの気温の変化への対応は勿論、外敵からの攻撃や呪詛(じゅそ)(たぐい)も弾き返すことの出来る優れものなのだぞ。()いて不便な点を挙げるとすれば、それらの効果は着ぐるみの繊維に編み込まれた俺の魔力によるものであるため、それが底を尽きればたちまち只の暑苦しくて動きにくい着ぐるみと化してしまうことだがな。」

 

「あ、桂さんたら認めちゃいましたよ。やっぱり自分でも動きにくいとか思ってたんですね。」

 

「マスター、その中ってそんなに快適なの?それじゃ僕もお邪魔しま~すっ!」

 

 アストルフォは可否の返事も待たずして、(めく)った裾(?)から強引に中へと侵入してくる。もぞもぞと(うごめ)く中で、藤丸がひっくり返したプラカードには『ぎょわええェェやめっ止めてェェェッ‼(゚Д゚;)』と顔文字のせいであまり危機感が感じられないが、とりあえず大変なんだろうといった具合の訴えが記されていた。

 

「それにしても、宝具ってゲームや漫画に出てくるような凄く派手で強烈な必殺技みたいなのを想像してたんですが、こういうタイプのものもあるんですね。」

 

「そうだな新八君。一口に宝具と言えど、そのタイプは様々なものが存在する。第一宝具というのは、英霊(かれら)が生前に築いた逸話や伝説、そして武器などを基盤として生まれた例が多い。(ある)いは没後に語り継がれ、自身の最期に大きく関わった、つまりは死因となったものなど、後天的に得たという事例もあるのだという………つまりまとめて言えば、宝具はその英霊の『奇跡が物質化』したものだと、俺達の霊基には刻まれている。お前もそうだろう?高杉。」

 

 桂に振られると、高杉は気怠げに髪を掻く動作をした後に右眼をこちらへと動かし、ゆっくりと唇を動かす。

 

「それに、サーヴァント一騎に対し宝具は一つだけ、なんて原則(ルール)は厳しく存在するわけじゃねえ。そこのヅラだって、ペンギンの被りモンの他にドでけぇ宝具(モン)を奥の手として隠してたりもするわけだからな。」

 

「ヅラじゃない桂だ。それは貴様とて同じだろう、あれだけの魔力を有する宝具を顔色一つ変えることなく放つとは、つくづく貴様は恐ろしい男だ。それとも、復讐者(アヴェンジャー)とやらの魔力も実は底なしであったりするのか?」

 

「ハッ、魔術師(キャスター)のテメェがそれを言うか。いざとなれば術者(マスター)の加勢も必要としなくてもいいクラスのくせによぉ。」

 

「図に乗るな馬鹿者め。多少魔術に優れていようと、俺など所詮、一介のサーヴァントの中の一騎に過ぎん。それに一度、貴様の前で披露したことがあるから分かるだろう………正直『アレ』はとても疲れるから、あまり使用はしたくない。出来れば本当に奥の手としてしまっておきたいものだ。」

 

 不機嫌に呟いた桂はこめかみを押さえ、深く溜息を吐く。そんな二人を交互に何度も見()りながら、銀時を始め新八そして神楽も目を白黒とさせていた。

 

「えっ?ちょっと待て、まさかお前ら……もう自分の宝具持ってたりするわけ?」

 

 口角を引き()らせながら(ただ)す銀時に、桂と高杉は一瞬だけ目を交わせた後に、同時に頷く。

 

「持っているも何も、サーヴァントには備わっているものだと先程説明したばかりであろう。」

 

「だって俺、出し方知らねーもん!どうすりゃいいの?体内の潜在エネルギーを手の中で凝縮させて一気に放出させればいいのか⁉あっでも確か打てるようになるまで50年は修行しなきゃいけねぇって亀仙人が───」

 

「誰がか〇はめ波打てっつったよ。それ本当にやったら多方面から叱声の嵐だからな………いいか銀時、それにお前らも聞いておけ。宝具の能力(ちから)を解放するにあたって必要なのは、『真名の解放』だ。これさえ判明すりゃあ強大な力も手足のように操ることが出来るようになる。だが今の銀時を見る限り、俺達と異なる形で召喚されたお前らには、この宝具の真名の知識は備わっていない……違うか?」

 

 高杉が投げ掛けると、万事屋の三人と一匹は互いに顔を合わせ、やがて揃って首を縦に動かした時、神楽がぽつりぽつりと零し始めた。

 

「ねえヅラ、スギっち……宝具って、その真名が分かんないと使えないアルか?私達せっかくサーヴァントになれたのに、今よりもっと強くなれるかもしれないのに……………こんなんじゃ、おかしくなったこの江戸(くに)を救えないアル。もしもこの間の怪物より、もっともっと強いヤツが出て来たりしたら……………私達、本当に松陽のこと守れるアルか……?」

 

 真っ直ぐにこちらを見ていた神楽の(おもて)は徐々に下がり、瞳には暗い影が差し始める。銀時の頭から降りたフォウが彼女の顔を覗き込むと、服の裾を握っていた手が小さな獣を優しく撫でた。

 

「神楽ちゃん……。」

 

「くぅーん……。」

 

「……なあお前ら、どうにか出来ねぇモンか?神楽の言う通り、イカれちまったこの国じゃあ何が起きてもおかしくは無ェんだ。なのに俺らがこんなザマじゃ、松陽どころか藤丸も守れやしねえぞ。」

 

「分かっている。しかしそうは言っても、宝具の真名を一番理解しているのは他でもない本人自身だからな………まあ、宝具の中には真名の解放を行わずとも使用できるものもあるらしい。だがそれは英霊(サーヴァント)自身の属性や特殊な能力が発動することで、初めて力を帯びるものだ。だがそれらに関する記憶が欠落している場合は、殆ど意味を()さないのと同じだぞ。」

 

 桂の厳しい指摘に、意気消沈してしまった銀時達は一人として言葉を発さない。俯く彼らの姿を捲った裾(?)から藤丸がアストルフォと共に垣間見ていたその時、一際(ひときわ)大きな溜め息が室内に響き渡った。

 

「全く、何くよくよしてんのよアンタ達。らしくないじゃない。」

 

「……うるせえな、トカゲ娘。こちとら真剣に考えてんだよ。」

 

「そんなの見れば分かるわ。でもね、アンタ達がそんなんじゃアタシの調子が狂っちゃうの。だからいい?よ~くお聞きなさい………宝具の真名なんてねえ、分からなかったら自分でつけちゃえばいいのよ。」

 

「はいはい、んなこたぁ分かって─────は?」

 

 突拍子もない一言に、銀時は空いた口が塞がらない。彼だけでなく隣の新八も、口蓋垂(のどちんこ)が丸見えになるほどにあんぐりと大口を開けている。因みに神楽と定春はというと、その手があったかと感心し何度も頷いていた。

 

「……えっと、エリちゃん。今なんて?」

 

「うわっ、アンタにエリちゃん呼びされると違和感ありありで何だか気色が悪いわ。」

 

「んだとテメェゴラァァァッ‼人のコト毛玉呼びしてるくせに何なの⁉じゃあもういいわ最終回までずっとトカゲ娘固定にしてやるっ‼」

 

「銀さんたら、少し落ち着いてください………それよりエリちゃん、今言ったことって一体どういう意味なんだい?自分で名前をつけるだなんて、そんなことしても平気なの?」

 

「ええ、問題無いと思うわよ。だってカルデアには、自分の宝具の名前もたまに忘れるおっちょこちょいだってほんの(まれ)にいるし、それにアンタ達があそこで出会った人物で、前にそうしてた子がいたんだもの。ねえ貴方達?」

 

 エリザベートが視線を移した先には、捲った着ぐるみから全身を覗かせた藤丸とアストルフォが、朗笑して頷いている。

 

「そ~そ~、僕なんてとある宝具の真名をしょっちゅう忘れちゃってさ、肝心な時に使えなくて何度も困ったことあるからね~。」

 

「まあ、自分で名前をつけるといっても、あくまで真名が分かる間の仮初のようなものなんだけどね……………俺が初めてレイシフト、人理を守るための時間跳躍を行った時、着いたその街で味方になってくれた英霊(サーヴァント)が言っていたよ。『宝具というのは英霊の本能、つまり自分そのものだ。それに従った強い覚悟、強い想いがあれば魂と呼応して、(おの)ずと目覚める』………ってさ。」

 

「……強い覚悟と、想い………。」

 

 藤丸の言葉を反芻(はんすう)し、同時に銀時の二つの紅がある方向へと動く…………長椅子に座ったままこちらを見ている松陽とそれが重なれば、彼は温恭なその(かお)にあどけない微笑みを浮かべた。

 

 

「(俺がまた、こいつを守ろうと強く心に誓えば………宝具(むこう)のほうからこっちに出てきてくれる、ってことなのか……?)」

 

 

 銀時は目線を落とし、開いた自身の掌を無言で見つめ続ける。

 

 サーヴァントとして藤丸に召喚されてから、既に二日経過している。変質した自身の変化に未だ自覚が持てないのは、恐らく自分だけではない。

 しかし、起きてしまった事態(こと)をとやかく考えていても仕方がない。この変貌した世界を救い、そして大切な(もの)を守り抜く…………その為に必要な更なる力を、今は身につけなければいけないのだ。

 

 

 

 『今度こそ』、絶対にその手を離さない為にも───。

 

 

 

「……それじゃつまり、私達は名前が分からないっていうだけで、その宝具が使えない、ってわけじゃないアルな?」

 

「ええ。今はまだ本当の宝具が使えずとも、いずれ必ず芽吹く時が来まする。故に神楽殿が落胆する必要は、もうございませぬ。」

 

 浮かべた微笑と共に段蔵が言い果つと同時に、先程までの落ち込み具合が嘘であったかのように、神楽の顔がパァッと明るくなる。銀時が隣に目をやれば、自信に溢れた表情をした新八が、気付いたこちらに快活な笑顔を向けた。

 

「やっといつもの調子に戻ったようね、全く手間のかかる連中だこと。」

 

「うん、ありがとうエリちゃん!」

 

 活力を取り戻すきっかけとなった彼女に礼を言った時、ふと新八は頭に浮かんだ疑問を投げ掛けてみることにする。

 

「そうだ。そういえば気になってたんだけど、エリちゃんの宝具ってどんなの?」

 

「………え?」

 

 上機嫌にくるくる回っていたエリザベートが、その一言に硬直する。

 きょとんとした様子の彼女であったが、その表情が驚きから歓喜に変わるまでの時間は一秒もかからなかった。

 

「ほ、本当……⁉眼鏡ワンコ、アタシの宝具(ステージ)がそんなに見たいの⁉」

 

「わわっ⁉近い近い近いっ!えっと、ステージ……っていうのはよく分からないけど、その………サーヴァントの先輩としてさ、エリちゃんはどんな宝具を展開するのかな~って気になったから……。」

 

 鼻先がくっついてしまいそうな距離まで顔を近付けられ、童て……いかんいかん、純真な少年である新八は赤面し、どもりながら理由を述べる。しかしそんな新八の言葉一句一句に頷きを返し、全て聞き終えた後のエリザベートのご機嫌は、最早有頂天そのものであった。

 

「いいわ!kedves(素敵よ)!アイドルたるもの、ファンの期待には応えてあげないと!それじゃあサーヴァント界の絶☆対☆的アイドル、エリザベート・バートリーが、今宵ここでスペシャルな宴を開いてあげる!」

 

 フリルのスカートを揺らし、踊るような動きで彼女は窓際へと移動していく。これから何が始まるんだと、銀時達の注目はエリザベートへと集まっていった。

 

「ん~、記念すべき第一回目の公演(ライブ)にしては、ちょっと会場が狭いのが不満ね。まあ仕方ないわ、だって今日は江戸(こっち)に来て初めてのライブだし、ファンとの身近な交流も大事なコトだわ………よっと。」

 

 利き手に展開した愛用の竜骨槍を握り、両の手に構えたそれの先端を木の床にブッ刺し……はせず、軽~くトン、と当てれば、そこに小さな魔法陣が浮き上がる。

 

「おおっ!エリちゃん凄いネ!」

 

「おいおい、大丈夫かよコレ?部屋壊したりしたら後でババアに怒られんぞ?」

 

「大丈夫よ。これは召喚式なんだし、部屋には傷一つ付かない筈……だわ!」

 

 最後の方ちょっと怪しくなかった?と新八が突っ込みを入れる前に、微々たる揺れ……といっても人が歩いたぐらいの振動を伴って、魔法陣から何かがせり上がってくる。

 やがてエリザベートの膝下辺りで振動と動きを止め、室内の幅いっぱいに広がったそれらは、西洋の城のような形をした増幅器(アンプ)であることが判明した。

 

「さあっ、準備は整ったわ!仔羊達~準備はいい⁉」

 

 マイクの搭載された槍で呼びかければ、彼女の美声がアンプから轟く。

 イエ~イ!と意気揚々に拳を上げる新八と神楽、そしてどこからか出したサイリウムを振る桂に呆れ(まなこ)を向けていた銀時は、ふと藤丸達がやけに静かであることに漸く気付く。

 不審に思い辺りを見渡すと、エリザベートのいる窓際から大分離れた部屋の隅に彼らはいた…………しかし、どうも様子がおかしい。

 集まる皆の背中を一点に見つめたまま正座をしている段蔵は、いくら呼びかけても反応が無い。それに彼女の隣にいる桂の宝具・イザ、イザベ、えーと………もとい、エリザベスの着ぐるみの裾(?)からは四本の足、そしてもふもふの尻尾が度々見え隠れし、やたらともぞもぞ動いている。

 

「おい藤丸、聞こえてんだろ……?一体どうしたんだよ?」

 

 普通でない空気を察し、銀時が(ひそ)めき声で質す。何やらこそこそとしている銀時の後ろ姿を目撃した高杉も、怪訝な顔でこちらに歩み寄ってきた。

 

「お前ら、何してんだ?」

 

「おう高杉、実はさっきからこいつらの様子が───」

 

 そこまで言い止した時、エリザベスの着ぐるみがプラカードを掲げる。白い木板を持つその手は、ほんの僅かに震えているようだった。

 

「ああ?何だコレ………『只今より、此処にてジャ〇アンのリサイタルが開催されます!地獄を見たくなければ、急ぎ耳を塞ぐべし( ; ・`д・´)』…………ジャ〇アン、ジャ〇アンって、本名は剛〇武君で間違いない?」

 

 書いてある内容がいまいち理解出来ず、キーワードとなっている単語を繰り返す。数秒の後、やっと藤丸が伝えてきた危機の意味を理解した銀時の顔は、瞬時に青ざめた。

 

「……おいおいおいおいおい!ってことはあのトカゲ娘、ジャ〇アン並の音痴を宝具にして流すつもりってことじゃねえか‼やべぇぞ高杉、ってアレェェェもういないっ⁉」

 

 慌てて周囲を見渡す銀時だが、高杉の姿はあっさり見つけることが出来た。彼は既に松陽の背後へと移動しており、自身の両手で彼の耳をぴったりと覆っているのである。その行動が示す意味をまだ理解していない松陽は、目を(つむ)り虚無となっている高杉を不思議そうに見上げていた。

 師を守る為に自らを犠牲にしようとする彼に心中で敬意を送った後、銀時があたふたと狼狽している間に、エリザベートの召喚したアンプ・ミニチェイテ城からイントロらしき音楽が流れだした。

 

「やっべ、始まりやがった!段蔵、お~い段蔵ちゃん⁉アレお宅んとこのサーヴァントだろ何とかしてくれよ⁉」

 

「ピー、段蔵は只今聴覚を遮断しております。ご用件のある方はやたらとうるさいくしゃみの後にメッセージをどうぞブルゥゥゥアッックショイッッッ‼」

 

「ギャアアァッ‼唾液(?)がやたらとオイル臭い‼ちっ、もうこうなったら仕方ねえ。おいお前らっ俺も中入れろ!(ガバッ)」

 

「キュッ⁉フォウフォウッ!」

 

「キャアァァァッ!銀ちゃんのエッチ~!」

 

「ちょっ銀さん!ここはもう定員オーバーだよ‼他のエリザベスをご利用くださいっ!」

 

「おいコラてめぇらっ閉め出そうとしてんじゃねえぞ‼銀さんがここでくたばったらどうするつもり?主人公不在でクロスオーバー続けていけんのか?え?これ書いてる奴はそんな器用な真似出来ないこと知ってるよな~何せ現時点で予定文字数だいぶ超過しちまってるもんなぁ?」

 

「双方の主人公がお陀仏になったらそれこそ作品続けていけなくなると思うけどぉ⁉大丈夫、もし銀さんがいなくなったとしても、人理修復経験豊富な俺が見事この世界を救ってみせるから!」

 

「さっすが僕らのマスター!いよっ頼もしいねぇ!」

 

「こんガキゃァァァッ‼藤丸っ主人公の座はてめぇ一人のモンにさせやしねえぞ………あれっ、もしかしてそろそろイントロ終わっちゃう感じ?ヤバいよヤバいよもういいからさっさと中に入れさせ痛でででっおいフォウ噛むなって‼頼むよ藤丸君アストルフォっ‼お願い300円、いや500円あげるからァァァァァッ‼」

 

 

 

 

 

 

「皆~!今日はエリザの大江戸・初ライブに来てくれてありがとう~!」

 

 

「「イエェェェェェェイッ‼」」

 

 

「華々しい未来を期待されたアイドルのライブにしては会場も狭いし、観客の動員数は明らかに少ないけれど、これからどんどん目覚ましい活躍を遂げてやるんだから!これからも是非応援してね!」

 

 

「「イエェェェェェェイッ‼」」

 

 

「それじゃ豚共、行くわよっ───『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』!」

 

 

 

 

 

 開幕の挨拶を終え、少数の観客の歓声を受けたエリザベートは、高鳴る鼓動に身を弾ませ、そして大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────刹那、宵のかぶき町に響き渡った………否、これは最早轟いた、と言ったほうが相応しい。

 

 

 繁華街を震わす程の爆音と重なるように奏でられる、狂乱したリズムと劣悪な音程、そして聞いているだけで胸がむかついてきそうなくらいに甘ったるい、スイーツなメロディーとハチャメチャな歌詞。それらが合わさって生まれた音達は不協和音(ハーモニー)となり、スナックお登勢の周囲にいた近隣の人々を騒然とさせた。

 

 

こうして、唐突に行われたエリザベートの初リサイタルは、夜が明けぬ人々の心を恐怖と混乱の渦へと陥れ、不可解な怪異として翌日の朝刊の一面を飾ることとなるのであった。

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

 

 



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【伍・伍】 糸繰りの傀儡は、破滅を舞う

 

 

 

 

 

 終始江戸を覆う夜闇を照らす、空の鏡。

 (まなこ)(かたど)った異形の月の下で、入浴を済ませた藤丸は一人、外廊下で風に当たっていた。

 

「っああ~………まだ頭がズキズキする……。」

 

 そう呟いて眉間を押さえ、水分の乾ききらない頭の中で再生されるのは、つい先刻に起きた惨事。

 

 

 現実となったジャ〇アンリサイタル……もとい、エリザベートの対人宝具(スペシャルライブ)は(本人としては)その威力を抑えながらも、やはりサーヴァントの能力(ちから)(もたら)すもの、所詮アンプを小さくしたくらいでは、彼女の溢れる情熱(ビート)を抑制するなど不可能であった。

 突としてご近所さん一帯に轟く悪声(デスヴォイス)、周囲の空気を震わす程の大音声と心底から湧き上がる何とも言えない感覚に、スナックお登勢を中心としたかぶき町のその一角は阿鼻叫喚と化したのだ。

 

 外がそんなザマなのだから、当然室内も地獄となっているのはあたり前だのクラッカーなワケで……え、知らないコレ?ともかく、密閉された空間の中に逃げ場などある筈も無く、エリちゃんの歌声を(もろ)正面から受けた新八に神楽そして桂の三人は、大事な霊核(タマ)へのダメージが一番大きく、キラキラしたオーラを出して若干座に還りかけながらも、霊基(からだ)だけは何とか形を保ったまま、白目を剥いて気絶するあたりで留まってくれていた。

 

 あ、そうだそうだ。桂の宝具もといエリザベスの着ぐるみの中へと避難した彼らはどうしたかというと、前回紹介したあのイザベ、イザ………もう着ぐるみでいいや。とにかく、あの着ぐるみの形をした宝具の主である桂が気絶してしまったために、供給されていた魔力が徐々に失われ、遂には前話で彼が説明した通りに只の暑っ苦しい布と化してしまった着ぐるみには、エリちゃんの宝具(うた)を防いでくれる効果などは無く、厚手の布越しに耳を(つんざ)いてくる不協和音(ハーモニー)に身悶えるしか出来ない。

 

 いよいよ収拾のつかなくなったこういう時こそ、頼みの綱であろう高杉の出番だと期待する方々もいることであろう。だがその肝心の彼はどうしているかというと、敬愛する恩師を眼前の危機から救うため、己が身を(てい)して護ることで精一杯。しかし残念ながら彼もまた、歌に踏ん張れる程の耐久力は持ち合わせておらず、騒ぎを聞きつけたお登勢達が怒鳴りこんできたのと同時に力尽き、そのまま眠るようにして意識を失ったところを松陽に慌てて抱き留められた。

 

 こうしてお登勢やキャサリンから数名へ振り下ろされたとびきり硬い拳骨と、小一時間に渡る長々とした説教を()って、事態は漸く収束を迎えたのであった。

 

 

 

「……にしても、お登勢さんの拳骨相当痛そうだったなぁ。エリちゃん涙目だったし。それを笑ってた銀さんの顔にもキャサリンさんのストレートが決まって…………ぶふっ。」

 

 先程の光景を思い出し、一人なのをいいことに盗み笑う藤丸。そんな彼の背後から音も無く伸ばされた手が、手拭いの乗った頭をぐわしと掴んだ。

 

「お~お~、人の不幸がそんなに楽しいかぃ?んん?」

 

 周章する間も与えられず、手拭いの上からわしゃわしゃと乱暴に頭を掻き回され、「アギャアアァァッ‼」と藤丸が上げた悲鳴に何人かの通行人が驚いて足を止めた。

 

「あ、悪ぃ。そういやお前頭怪我してる設定だったっけ。大丈夫か?」

 

「も~銀さんたら………怪我ならもう平気だよ、傷口自体小さいモンだから大体塞がってるしね。」

 

 乱れた髪を手櫛で直す藤丸の隣に、奇襲をかけた犯人……銀時が自然に並ぶ。漸く髪を整えた藤丸の前に、彼は持っていたものを差し出した。

 

「あれ?覚えのあるこの(かほ)りは………もしかしてMI()───」

 

「ほらよ、銀さん特製のNILO(ニロ)だ。風呂上がりに飲むのも中々乙なモンだぜ。」

 

 細い湯気の昇るMI……もといNILOの入れられた湯呑を受け取り、「あ、ありがとう」と藤丸は礼を言う。甘い香りの漂う飲み物に数回息を吹きかけ、何気なく隣の銀時に目をやると、同じく湯呑に入ったNILOを一口飲んだ後に、彼は眉間を指で押さえていた。

 

「大丈夫?やっぱり頭、まだ痛い?」

 

「あー……頭に加えて耳もまだ本調子じゃねえや。でもまあ、お陰でババアの長ったらしい説教が少し楽に済んだからよしとするか。」

 

 歯を見せて悪戯っぽく笑う銀時に呆れながらも、藤丸の頬もまたつられて緩んでしまう。しかしその朗らかな顔も、彼がNILOの湯呑に口をつけ傾けてしまった瞬間に(しか)めっ面へと早変わり。

 

「…………(あんま)っ。」

 

「おう、規定分量の三倍は粉使ってっからな。これぞ大人のNILOの楽しみ方ってやつよ。よかったな藤丸、お前もまた一歩大人に近付いたぞ。」

 

「こんなのが大人の階段上がる一歩なら、旋回してスライダー乗って逆走するわ。一生未成年(チャイルド)謳歌してやる。」

 

「文句がおありなら飲まなくてもいいんだぞぉ?ほらっ銀さんに寄越しやがれっ!」

 

「ギャッ⁉危ない危ないって!火傷したらどうすんだよっ⁉」

 

 湯呑を取り上げようとする銀時から、何とか死守し逃れようとする藤丸。野郎二人のイチャコラとか誰得なんだこの場面(シーン)は、と思ったそこの諸君。もう少しだけのご辛抱を。

 

「ハハハ…………あ?」

 

 半ばお遊び状態になっていた時、銀時は気付いてしまった────普段は長袖に覆われていた藤丸の腕、そして着ている甚平の胸元から(あら)わになっている、彼の身体に刻まれた幾つもの傷痕に。

 

「………銀さん?」

 

 突然静かになってしまった銀時を、藤丸は訝しげに見つめる。そして無言のまま返された湯呑を受け取ると、銀時は手すりに肘をついて再びNILOに口をつけた。

 彼の様子の変化に暫し呆然としていた藤丸であったが、先程の銀時の目線が辿っていた先を思い返したと同時に、「ああ……」と短く声を漏らした。

 

「……なあ藤丸、それってやっぱアレか?お前が人類の未来ってやつを護ったから、お前の体がそんなになっちまってんのか?」

 

「えっと、まあね………ごめん銀さん、汚いもの見せちゃって。」

 

 頭部の手拭いを取り払い、特に痕の目立つ方の腕に巻きつけようとする藤丸の手を、銀時が掴んで制する。

 喫驚し目を丸くする藤丸の見上げる先にいた銀時の表情(かお)は、一切の嘲謔(ちょうぎゃく)など存在してはいなかった。

 

「藤丸、何でお前は傷痕(これ)を汚ぇなんて言うんだ?過去にお前に対してそう言った奴がいたのか……?もしいたとしたなら誰かを俺に言え、そいつ自身を目も当てられない程にボッコボコにしてやる。」

 

「銀さん……?」

 

「………汚くなんざあるもんか。いいか藤丸?これはな、お前が今日まで頑張ってきたことの何よりの証じゃねえか。本来は世界の崩壊と縁もゆかりも無ェ筈のお前が、底なしのお人好しでどっか抜けてる只のガキだったお前が、んな細っこい背中に何でもかんでも背負い込んでいったことの結果の表れじゃねえか………だから隠そうとなんかすんな、誰に何と言われようが気にせず、もっと誇りやがれ。傷痕ってのはな、男の勲章なんだからよ。」

 

 語り終えてから湯呑に口をつけ、数回喉を鳴らした(のち)に銀時は目だけでこちらを見遣る。

 透き通る程に鮮やかな紅の瞳が伝えてくる無言の激励に、曇りかかっていた藤丸の顔が徐々に明るさを取り戻していく。

 

「……うん、そうだね。ありがとう銀さん!」

 

 朗らかな笑顔を返し、少し(ぬる)くなってしまったNILOをこくこくと飲む。

 濃い甘さに時折何度も()せる藤丸を眺める銀時の脳裏に、ふと昔の自身の姿が浮かぶ。

 

 

 

 ────ちょうど、彼くらいの(よわい)であった。桂や高杉と共にあの悪夢のような戦争に参加したのは。

 

 

 がむしゃらに刃を振るい、敵となるものを次々と(ほふ)り、前へ前へと突き進んでいく毎日。その向こうに待っているのが自身の望んだ未来だと、あの頃の自分は信じて疑わなかった。

 

 しかし、現実というのはそんな青二才の僅かばかりの希望さえもを粉微塵に打ち砕く。

 

 

 取り戻したかった恩師(せんせい)の命を自らの手で散らせ、絆までもずたずたに引き裂いてしまった。

 

 

 

 

『好きなほうを選べ』

 

 

 

『師か 仲間の命か』

 

 

 

 

 ………あの時、自分は本当はどうするべきだったのだろうと、時折考えることがある。

 それはきっと、あの時の自分の心の弱さを、どこかで悔いているからなのかもしれない。

 

 

 

 どうすれば、松陽(せんせい)を助けられたのか。

 

 どうすれば、皆を救えたのだろうか。

 

 

 どうすれば、どうすれば、どうすれば────

 

 

 

 

 

「………もし、あん時の俺がお前だったら、どんな答えを出してたんだろうな。」

 

 呟いたその声は、賑やかな階下の街の喧騒に紛れてしまう程に(ささ)やかなもの。「何か言った?」とNILOを半分程飲んだ湯呑から口を離した藤丸が尋ねると、銀時は笑みを貼りつけたまま首を横に振った。

 

「藤丸、明日も早ぇからそろそろ寝たほうがいいぞ。つっても布団は殆ど使われて満員状態だけど。」

 

「ん~……でも、NILO飲んだら眠気吹っ飛んじゃったよ。おかしいな~コレ、確かカフェイン入って無い筈なのに。」

 

「ったく、しょうがねえなあ。んじゃお前が眠くなるまで、俺が話し相手でもなってやるよ。愚痴でも恋愛事でもどーんと来いっ。あ、そういや気になってたけど、お前ってマシュとはどこまでいってんの?」

 

「ぶっは‼ゲホッゲホヴォェェッ‼いいい、いきなり何てコト言いだすのかねこの人は⁉俺とマシュはそんなんじゃなくて、何てーかアレ、そうっ頼れる相棒というか………ああもう、この話題は無し無し!それより銀さんさあ、俺が今まで皆と走った特異点での出来事とか気にならない?そっちの話にしよう?ねっ?」

 

「あー確かに、リア充の乳繰り合いよりそっちのが面白そうだな……………それじゃ聞かせてもらおうか、お前らが救ってきた世界の話を。」

 

 柔らかく微笑む銀時に、藤丸は朱に染めた頬で嬉しさを隠そうともせず、満面の笑みを向けて彼に言った。

 

「勿論!結構長くなるからね、覚悟しといてよ!」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 静まり返った廊下に響く、引き戸を開く音。

 滴り落ちる水気を拭い取りながら、高杉は風呂場を後にした。

 

「ったく、(ぬる)い湯だったぜ……。」

 

 悪態を()きながらも、不満は顔には出てはいない。普段の彼であれば立場上、このような後の順番に風呂に入ることなど有り得ないのだが、初夏に差し掛かった今の時期も手伝ってか、やや冷めかけた湯の温度も不思議と不快ではなかった。

 暗い廊下を歩き出そうとした時、ふと耳に入り込んできたのは微かな話し声。それらが聞こえてくる方角へと首を動かすと、玄関の曇りガラスの向こうにぼんやりと映っている、二つの人影を確認する。仲良く並んだ後ろ姿と楽し気な声を聞いた時、彼らの正体に気が付く。

 

「……あいつ等、何やってんだか。」

 

 声色や物言いこそは呆れている高杉だが、ガラス越しの淡い街灯りに照らされた彼の顔には、(そぞ)ろ笑みが浮かんでいた。

 居間へと足を向け、数歩歩いたその時、再び微かな声が聞こえてくる。しかしこちらはやや甲高く、言葉にはなっていない。耳を澄ませ、その声の出所を探ると、どうやらそれは開いたままの台所から聞こえてくるものだと分かった。

 暖簾(のれん)(くぐ)り、やや広くなった部屋を見渡すと、中心部にちょこんと座る小さな白い影を見つける。背を向けていた声の主はふわふわとした尻尾を左右に振り、こちらの気配に気付いたと同時に振り返り、短く鳴いた。

 

「フォウッ。」

 

「お前さんか、こんなところで何してんだい?」

 

「フォウフォウッ、フォ…………キュ?」

 

 声の主、フォウは何度も飛び跳ね、あのねあのねと訴えるように高杉に向かって鳴き続ける。それからくるりと後ろを向いたその数秒後、ぴたりと止んだ鳴き声の後にフォウは小首を傾げた。

 小さな獣が見つめているのは、ぽっかりと空いた何もない空間(ばしょ)。フォウは不思議そうに何度もそこを見返し、そして何度も首を横に倒す。まるで今まで話していた相手が突然いなくなってしまい、それを(いぶか)しむかのように。

 そんなフォウの行動に高杉が呆気に取られていると、同じ行動を何度か繰り返した(のち)にとうとう諦めたのか、フォウはてちてちと高杉の足元へと近寄っていき、前足で彼の着物の裾を軽く叩いた。

 

「ん?ああ、分かったよ。」

 

 その行動が示す意味を悟った高杉は、屈んで利き腕を前に出す。その手にフォウがよじ登ったのを確認してから、高杉は台所を後にしようとした。

 

「フォウッ。」

 

 再びあの方角を向いて、フォウが甲高く鳴く。高杉も振り向いて今一度確認するが、やはりそこには何も無い。

 

「なあ……お前、一体何が見えてんだ?」

 

 一連の行動に狐疑(こぎ)する高杉の問いに、フォウは只首を傾げるばかり。高杉は大きく息を吐いた後、フォウと共に台所を出る。数歩ばかり進んだ先の扉を開けると、静寂に包まれた居間が彼らを出迎えた。

 居間へと足を踏み入れた高杉は、長椅子に座り広げた巻物へと筆を滑らせている桂へと近付いていく。その足音で漸く存在に気が付いた桂は、やや疲れた様子の顔を上げた。

 

「ヅラ、お前もさっさと入っちまえ。つっても大分冷め気味だったがな。必要なら()き直しな。」

 

「……ヅラじゃない、桂だ。貴様が上がったとなれば俺で最後だな。」

 

 桂が筆を置くと、小さなエリザベスがそれを回収していく。組んだ腕を頭上に伸ばしながら、桂は大きく欠伸をした。

 

「松陽……先生達は、もう寝たのか?」

 

「ああ、リーダー達と共によく眠ってらっしゃる。だからあまり声を立てるなよ。」

 

 ゴキゴキと凝りを示す肩を鳴らした後、桂は長椅子から立ち上がる。ミニエリザベス達に手伝ってもらいながら片付けを行っていた時、ふと桂はこの場にいない二人の存在が気にかかり、高杉に尋ねた。

 

「高杉、銀時と藤丸君を知らぬか?姿が見えないようだが……。」

 

「ああ、あいつ等なら外階段のとこだ。何やら盛り上がってたようだがな。」

 

「フォーゥ。」

 

「全く、もうじきで()の正刻を回るというに………仕方ない、呼んでくるとするか。」

 

 言葉では呆れていながらも、彼らの身を案ずる桂の寛厚(かんこう)さに、高杉は目笑(もくしょう)する。

 暗闇に映える程に(つや)やかな彼の長髪が正面を流れていったその時、扉に手を掛けた桂の動きが(おもむろ)に止まる。

 突然停止した桂に訝し気な視線を送る高杉とフォウ、すると何も言わずに前を向き続けていた桂の頭が、ゆっくりとこちらへと動いた。

 

「……なあ高杉、お前にも確認しておきたいことがあるのだが。」

 

 まっすぐに高杉を見つめる桂の、憂いを帯びた瞳がぶつかる。いつになく真剣な桂に少し驚きながらも、高杉は黙って耳を傾けた。

 

「先程の、銀時のことなのだがな…………松陽先生が背中に傷を負った時の、あの話をした際の奴の態度と反応を見る限りで、俺は思ったのだ……………今俺達と共にいるあの銀時はきっと、いいや確実に、『あの男』のことを知らないのではないのか、と………。」

 

 眉間に皺を寄せた桂の顔色が、徐々に青ざめていく。言い知れぬ不安に(さいな)まれながらも、彼は続けた。

 

「高杉、以前お前にも『松陽先生(せんせい)』に関する記憶がどこまで存在するのか、確かめたことがあったな…………だが、あの銀時はどうだ?自身がサーヴァントとなっていることすら(ろく)に分かってもいない上に、『あの男』に関わる記憶の一切も持っている様子は無かった…………ならば俺達は、今まで誰と話をしていたのだ?俺達や先生の前で銀時の姿をしている、あれは一体誰だというのだ……っ⁉」

 

 居間に響き渡る、震えを伴った荒げる声。それから何度か大きく呼吸を繰り返していた桂であったが、自身を見据えている高杉の冷然とした眼差しを受けて我に返り、「すまん……」と小声で謝罪をする。

 桂の取り乱し具合を心配してか、フォウは高杉の腕から軽やかに飛び降りると、小さな歩幅で桂の元へと歩いていく。

 

「フォウ、フォウーゥ?」

 

「フォウ殿………すまない、静かにしろと言った俺が大声を出してしまったな。」

 

 桂は膝を屈め、フォウへと両の手を伸ばす。その指の先を鼻で軽く(つつ)いたかと思うと、くるりと旋回したフォウは反対側へと走り去り、僅かに開いた襖から寝室へと潜っていってしまった。

 

「……ふふ、ふふふ。全くフォウ殿はつれない。だが短い時間ながら貴重なデレを見せてもらった………お陰で少し元気が出たぞ、ありがとうフォウ殿。」

 

「あ、そう………まあ何だ。お前が幸せなら、とりあえずそれでいいんじゃねえの?」

 

 頭を拭っていたタオルを首元へ下げ、高杉は屈んだまま歓喜に震える友の背中に呆れながらも言葉を投げる。

 

「なあヅラよ、銀時(やろう)が『あの記憶』を持っていようがいまいが、俺はあいつを本物の坂田銀時だと信じている。この世界(えど)で奴と相見(あいまみ)えたあの時、先生を護らんと振るっていたアイツの太刀筋は、少しも鈍っちゃいなかったからな………こうやって一々言葉にせずとも、お前だって本心じゃあそう思ってンだろ?」

 

「うぐっ、ま、まあ一応はな…………すまない高杉、俺としたことが、不甲斐ない姿を晒してしまった。」

 

「まあ何だ。銀時(アイツ)を含め他の奴等も同様、俺達とは違って藤丸に召喚された身だ。あくまで俺の推測だが、連中は召喚の際に何らかの異変を起こして、そのせいで記憶が欠落してるのかもしれねえ。まあ、そう決定づけるにはまだ情報が全然足りゃしねえんだがな。」

 

「そう、だな………そういった考え方もあるか、ふむ。」

 

 高杉の言葉に何度も頷きながら、桂は足に力を入れて立ち上がる。だがその時、ガクンと崩れた膝から体はバランスを失った。

 

「ぅわ……っ!」

 

 咄嗟の事に反応出来ない桂、そんな彼を受け止めたのは、瞬時に伸ばされた高杉の手であった。

 

「すまん、助かった……。」

 

「いいからさっさと風呂入って寝ろ、そろそろ魔力が切れそうなんだろ。」

 

「!………ハッ、やはり貴様にはバレていたようだな。」

 

「てめえ、ここに来てから夜間はずっとこの周囲に結界張ってンだろ……?まあ、銀時や藤丸達はそんなこと、未だに気付いちゃいねぇようだが。」

 

「……念の為というか、こうでもせんと先生や皆を守れているか心配でならんのだ………だが今日は出歩いたせいか、いつもより疲れが酷い。貴様の言うように、早く風呂を済ませて寝るとしよう……。」

 

 高杉の腕を離れ、風呂場へと桂は歩き出す。時折振らめく後ろ姿を見送りながら、高杉は深く息を()いた。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

  ごぽ、ごぽり。

 

 

 粘度を持った毒々しい色の液体が、空気の泡を吐き出す。

 

 底が見えない程に濁りきったそれが収められているのは、床の下に埋没された巨大な(かめ)の中。常人であれば呼吸さえ不可能な程の濃い瘴気(しょうき)が湧き出すそこを中心として、広範囲に展開されている魔法陣が淡く光を放ち、闇に包まれた空間の中を不気味に照らしている。

 まるで、獲物が飛び込んでくるのを待ちわびている食虫植物を思わせる大きな(かめ)口の前に、(からす)面の男は立っていた。

 

「………………。」

 

 男は一言も発さず、息を吐き出す音すら静寂に溶け込ませ、泡立つ液体の表面を只眺めている。目元までを覆った仮面の、僅かな隙間から覗くその眼には、一切の感情が宿っていなかった。

 

「やっほ~、お仕事お疲れ様~。」

 

 突として静けさを切り裂いたのは、その場に似つかわしくない鬯明(ちょうめい)な声。

 石像のように直立していた男の顔が、ここで初めて動く。頭をもたげ、ゆっくりと動いた眼球が向けられた先には、黒い外套を纏った男が二人、五米ほどの距離の先に立っていた。

 

「それにしても、こんな陰気なとこで仕事だなんて『アサシン』君も大変だねぇ。俺なんて息するだけでも気分悪くなっちゃうよ。」

 

 中性的な顔に笑顔を湛え、珊瑚色の髪を三つ編みに結わえた青年は、明るい調子の声で『暗殺者(アサシン)』と呼んだ烏面の男に話しかけ続ける。そんな彼の背後に立つ無精髭の男は、口元を手で覆い軽く咳き込む素振りを見せていた。

 

「ゲホッ………おい『団長』よぉ、無駄話はいいからさっさと用件を済ましてくんねえか。こんなトコの空気なんか吸ってたら、肺がイカれちまいそうだぜ。」

 

「え~そう?あ……じゃなかった、『ランサー』って意外と軟弱なんだね。折角サーヴァントになれたってのに何そのザマ?もういっぺん座の登録からやり直す?」

 

「ノンストップで辛辣な暴言のマシンガンかましてんじゃねーよっ‼まさかアレか⁉8話で頭に不意打ちチョップかまそうとしたことまだ根に持っちゃってたりすゲホッゲホヴェェッ‼」

 

 声を荒げたことにより瘴気交じりの空気を余計に吸ってしまい、あ……もとい、槍兵(ランサー)と呼ばれたその男性は激しく咳き込む。

 そんなやり取りを見つめる氷の眼差しに気付き、青年は再びアサシンへと向き直った。

 

「ああゴメンごめん、君への用事はこっちなんだ。はい。」

 

 青年は笑顔を貼りつけたまま、利き手で引き()っていたものを彼の足元へと乱雑に投げる。

 ドサッ、と布地が床に擦れる音と共に上がる、僅かな呻き声。アサシンの興味の対象が、青年から『それ』へと移っていった。

 

「う………あぁ……。」

 

 だらりと力なく垂れた四肢はあちこちに痣が見られ、恐らく関節を外されているのだろう。まるで芋虫の様に腹這う傷だらけの男は、あの御徒士組(おかちぐみ)風の(なり)をしていた。

 男は全身を襲う激痛に耐えながら、重い頭を何とか持ち上げる。(うつ)ろな目の映す先が徐々に上へと登っていった時、彼の顔は一瞬にして青ざめた。

 

「あ、ああ…………うわああああああぁぁぁっ‼」

 

 怯えきった男の悲鳴が、広い空間内の(よど)んだ空気を震わせる。怖気(おぞけ)と戦慄に支配された男の姿を、アサシンは相も変わらず無言のまま見下ろし続ける。

 

「そいつがさっき、他の奴等と一緒に『あの人』を見限ってここから出ようって話をしてるのをたまたま聞いちゃってさ。『あの人』の耳に入ると余計面倒なことになりかねないし、だからバレる前にさっさと片付けちゃおうかなって。あとどうせ殺すんなら有効的に使ってからのほうがいいかなってさ。ねえランサー?」

 

「よ~く言うぜ、真っ先に二人も(ほふ)ったのはてめえのほうじゃねえか。しかもどっちの中身(ワタ)も潰しやがって、あれじゃ使いモンにならねえだろ。」

 

「も~、悪かったって言ってるじゃん。このクラスのせいか、サーヴァントになってから力の加減が余計に上手くいかない時があるんだよ。だから最後の一人は綺麗に()ってもらおうって、彼の(とこ)に来たんだからさ………それに、こうして『元の上司』に殺してもらったほうが、コイツも嬉しいんじゃないかな?」

 

 青年が爪先で軽く小突くと、吃驚(きっきょう)した男の(からだ)が大きく跳ねる。水を求める魚のように開いた口をぱくぱくとさせていた男であったが、やがてそこから絞り出されたのは悲鳴に近い戦慄(わななき)声であった。

 

「もっ………申し訳ございませんっ‼もう二度と、金輪際っ、このような真似は致しません‼ですから────」

 

 瞼を閉じ、またすぐに開く。ほんの、ほんの一瞬の間であった。一秒にも満たない時間の間で、アサシンは男のすぐ正面へと音も無く移動していたのだ。

 ひっ、と短く声を上げる男の髪を鷲掴み、アサシンはしゃがんだ自身と彼の目線を合わせる。仮面の向こうから覗く無機質な二つの目に、男の体の震えはますます強くなった。

 

「あ、あああああああああ‼嫌だ、嫌だ嫌だっ‼裏切りなど二度と、二度と致しません‼何でもします!誰だって殺します!だからお願いです、どうか……どうか命だけは、────」

 

 

 お助けを。

 

 続けてそう紡ぐはずだった口から溢れた、真っ赤な泥水。

 

「───────あ?」

 

 鉄臭い、生臭い液体が、口元を伝い胸から生えた腕を汚して………あれ?どうしてこんなところから、腕が生えているのだろう?

 

 ぐちゃ、と生々しい濡れた音を立てて、腕がゆっくりと引き抜かれていく。そうか、この手は目の前にいるこの(ひと)のものだったのか。ああ早く、早く拭わないと。汚してしまったことでまた怒りを買ってしまう。申し訳ございません、只今拭いますのでどうか、どうかお許しください。頭りょ───

 

 

 ぶち、ぐちゃり

 

 

 生血を伴い、引き抜かれたアサシンの腕。その手に掴まれたものを確認する間もなく、男は恐怖に見開いた目を閉ざさぬまま、静かに絶命していた。

 

「お見事!いや~流石アサシンの名は伊達じゃないね、俺やランサーはそんなに手際よく済ませられないもの。」

 

「けっ、こんな履歴書にも書けねぇ特技(スキル)なんざ、俺ぁ別に欲しくねえやい…………っと、そうだった。おいアサシンよ、そっちの残りモンを片付けんのは少しばかり待ってくんねえか?」

 

 ランサーが指で示したのは、冷たくなり始めた男の亡骸。アサシンは何も言わないまま、じっと彼を見つめ続ける。

 

「え?どうしたのランサー、もしかして腹でも減った?」

 

「誰が魂喰いなんざ悪食な真似すっかよ、それにもう死んでんだろ………『お(かみ)』からの命令だ。何でもその骸を使っておっ始めたいことがあっから、魔物共の餌に回すのは一旦ストップだとよ。」

 

 ぼさぼさの頭を掻きながら、気怠げに連ねるランサーの言葉に対し理解する素振りも見せないアサシンであったが、やがて数秒の沈黙の後に彼は掴んでいた亡骸の髪を離し、重力に従って床に倒れていく男になぞ目もくれぬまま、立ち上がり(きびす)を返した。

 彼が向かったのは、未だ瘴気を吐き続けるあの(かめ)の口。僅かに泡立つ表面に向かって、アサシンは利き手に握っていたものを放り投げる。

 ぼちゃん、と小規模の飛沫を散らし、『それ』は汚泥の中へと沈んでいく。やがて表面から『それ』の姿が完全に消えていくまで、アサシンは静かに見つめ続けていた。

 

「……にしてもコレ、本当鮮やかな()り方だよねー。失血も最小で済んでるし、何より一撃で(えぐ)り取ってる。」

 

 青年の声に反応し、アサシンは甕口から顔を逸らす。既に硬直の始まった男の傍にしゃがんだ青年が、仰向けにひっくり返した骸を利き手の番傘の尖った先で無邪気に(つつ)いていた。

 

「やっぱりこれも、アサシンとしてのクラス性能(スキル)のお陰なのかな………ああでも、君はサーヴァントになる生前(まえ)から既に暗殺者(アサシン)だったんだもんね。それなら『(かつ)ての部下』をこうやって苦しませずに(ほふ)るのも造作ないか……………なあ、そうだろう?『元』天照院奈落の(からす)さ───」

 

 

 ヒュンッ、と風を切る音が、青年の声を遮った。

 丸く開いた空色の瞳に映るのは、前方に番傘を開いた状態でこちらに背を向けているランサーの姿。暫しの間流れた沈黙の後、ランサーは大きく溜め息を吐きながら傘を下げる。その向こうにいた筈のアサシンの姿は、もうどこにも見えなくなっていた。

 

「……こんの、すっとこどっこい‼野郎をわざと煽るなんざ、一体何考えてやがんだ⁉」

 

「あっはは~、やっぱり(かば)ってくれた。ありがとランサー。」

 

「あのなあ………ったく、その程度の礼で済ませていいコトじゃねえぞコレぁ。見ろよ俺の傘、穴が開いちまったじゃねえか。ト〇ロのカ〇タかっての。」

 

 ぶつぶつと文句を零すランサーの持つその傘の面には、彼が言った通りに数か所に(わた)って小さな穴が広がっている。それがあのアサシンによるものだと確信する青年は、ランサーに悟られぬよう目を細め、一人ほくそ笑んだ。

 

「それで?ランサー、俺達はこれから何をすればいいのかな?」

 

「え、もう話の流れ変えちゃうの?俺に対してじゃなくてもさ、何か言うことあるだろ?この傘とかさ。」

 

「ははは、ゴメンね。んで俺達はこれからどうすればいいの?二度も同じこと質問させるなよ。」

 

「このガキ、反省してんだかしてねえんだか…………まあいいや。さっき『お上』に呼ばれた時に言われたさ。いつもの仕事に加えて、魔力を豊富に蓄えてそうなヤツを見つけたら狩ってこい、だそうだ。」

 

「む~、相変わらず面白みのない命令だねぇ。大体魔力を蓄えてる奴なんて、どれもそう簡単に捕まえられない連中ばかりじゃないか。ちょうど良さげな『あの陰陽師』だって、常に周りをうろついてる邪魔な『犬共』のせいで近付けやしないだろ。」

 

「それなんだがなあ、団長………つい最近、手頃そうな獲物を見つけちまったんだよ。」

 

 口角を吊り上げ、ニタリと嗤うランサーのその言葉に、青年の関心は瞬時にそちらへと向けられる。

 

「へえ、それは気になるなぁ…………詳しく教えてよ?」

 

 小首を傾げるその仕草は、何も知らない他者からすれば愛らしさを感じるもの。だが、ランサーは既に気付いていた。薄く開いた瞳の奥に、飢えた獣の狂気が潜み隠れていることに。

 これ以上焦らすと危険だ。と察した賢いランサーは一呼吸間を置き、記憶を辿らせながらぽつりぽつりと語り始めた。

 

「ありゃあ、江戸にあのドでかい火柱が現れたのと同じ日だったな。お前さんにも話しただろ?逃げた小鳥を追ってたら、思わぬ妨害が入ったって…………そん時にいたんだよ。『俺達と同じ』連中の中に、一人だけ雰囲気の違う妙なガキが。」

 

「ねえランサー、もしかしてお前はその子が俺達と同じ存在……サーヴァントを操っていた、とでも言いたいの?」

 

「ああ、連中が逃げていく時にチラッとだが見えたからな。あのガキの手の甲にあった刺青みてぇなモンが………『お上』からの情報と合わせると間違いねえ、あいつはサーヴァントを使役することの出来る魔術師、『マスター』だ。」

 

 確証を得て片頬笑むランサー、彼の放った言葉に呆気に取られていた青年であったが、やがて開いたままでいた口元は弧を描き、その(おもて)に微笑を浮かべる。

 

「ふぅん……………マスター、か。」

 

 年下の団長(じょうし)が不意に零した、楽し気な呟き声。

 よし、聞かなかったことにしよう。そう思うことにしたランサーは、上機嫌に鼻唄を奏でる彼と目を合わせないよう、冷たくなった亡骸を持ち上げた。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 モニターに表示されたデジタル時計が、午前四時に切り替わる。

 巨大な疑似地球の淡い光に照らされた、広いその部屋の一角で、くぅくぅと寝息を立てる一人の少女。そして彼女へと静かに近付いていく、一つの影。

 

 電源の入れられたままのモニターの横で机に突っ伏し、彼女………マシュは眼鏡も外さずに眠っている。目の下にはうっすら(くま)が浮いており、頬には既に乾いた涙の跡が、幾筋も刻まれている。そんな彼女の背中に、そっと毛布が掛けられる。

 彼女へと憐憫(れんびん)の眼差しを向け、優しい手つきで頬を撫でていたその時、プシュ、と自動扉の開閉音が後方から聞こえてきた。

 

「ダヴィンチ女史。彼女の様子はどうだ?」

 

 暗がりに溶け込んでしまいそうな程の漆黒のインバネスに身を包み、その男は管制室へと入ってくる。徐々に近付いてくる足音に、ダヴィンチ女史────レオナルド・ダ・ヴィンチはマシュから顔を上げた。

 

「やあホームズ、悪いがもう少し声を抑えてくれないかな?ついさっき寝付いたばかりなんだ。」

 

 口元に指を当て、ダヴィンチちゃんは静粛を促す。それに面食らった男、ホームズは素直に従い、床を踏む靴にかかる力をやや抑えた。

 その名は、誰もが耳にしたことがあるだろう………彼こそが、かの有名なコナン・ドイルの作品に欠かせない存在、名探偵を語る上で彼の名が上がらないことは無いと言われる存在───シャーロック・ホームズその人である。

 とある亜種特異点でマスター・藤丸立香と出会い、事件解決という名の修復を行った(のち)にこのカルデアへと身を置いている、裁定者(ルーラー)のサーヴァントだ。

 

「地の文での説明ご苦労。それで、藤丸(かれ)らの所在を突き止めるには至ったのかい?」

 

「残念ながら進歩なし、だ。彼らのレイシフトを行ってから既に二日も経過しているのに、未だ何も変わっちゃいない。まるで砂漠の中に落とした米粒を探してるようなモンだからね、職員も皆お手上げ状態さ…………マシュを除いて、だけどね。」

 

 マシュの頬から手を離し、ダヴィンチちゃんは規則的に寝息を立てるマシュを見下ろす。白に近い彼女の顔色が、優れない体調を露骨に表していた。

 

「……まさか、ミス・キリエライトはあれから一歩もそこを動いていないのか?」

 

 空いた口が塞がらないホームズに対し、ダヴィンチちゃんは無言で頷く。瞑目した彼女の瞼の裏で再生されるのは、もう二日も前の記憶。

 

 

 

 銀時達を送り届けるため、藤丸や他のサーヴァント達を入れた数名でレイシフトを行ったあの日。

 

 何ら問題は無い。いつものように彼らの到着を確認して、いつものように通信を行う………筈であった。

 

 

 

 管制室内に響く、異常を告げる警報音。赤く点滅する照明が、職員達やダヴィンチちゃん達の不安を一層(あお)った。

 

 

 

『先輩………先輩!立香先輩っ⁉こちらマシュです、応答してください‼先輩、先輩………‼どう、して…………何も聞こえない、何も見えない……………先輩、先輩っ、先輩っ‼』

 

 

 

 噪音(そうおん)に負けない程に響く、マシュの悲痛な声。一切の反応が返って来ないモニターと音声に向かい、職員達の制止を振り切りながらも、彼女は声が枯れるまでの間、藤丸を呼び続けていた────。

 

 

 

 

 

 

「……何かあったらすぐに対応出来るからって、必要時以外は一切ここを離れようとしないんだ。通信の復旧作業を行っている間も、ずっと泣いていたよ。」

 

 腫れた目元を見下ろすダヴィンチちゃんの表情(かお)には、自身への痛憤とどうしようもない慙愧(ざんき)が滲み表れていた。

 

「今思い返しても、浅はかな行動だったと思うよ。碌に調べもしない触媒を使って英霊の召喚をして、(あまつさ)えレイシフトまで行うだなんて………今回の件は私の責任だ。何としても彼らの居場所を突き止めないと、『(あいつ)』に申し訳が立たないからね。」

 

 モナ・リザの微笑が消えた彼女の顔に浮かぶ、強い決心と覚悟。その気迫にホームズは瞠目したものの、彼女の想いを感じ取った彼も、静かに片頬笑んだ。

 

 

 

 

 

  『 ピピッ 』

 

 

 

 

 

 突如鳴り響いた電子音に、その場の空気が一気に張り詰める。

 

 

 それはホームズも、ダヴィンチちゃんも聞き覚えのある、そして何よりも待ち望んだ、『外部』からの通信を知らせる音。

 

 

「!…………先輩っ‼」

 

 その音に即座に反応を見せたのは、机から飛び起きたマシュだった。素早く上体を起こした彼女は左右にホームズとダヴィンチちゃんがいることに驚きつつも、その意識は直ぐ様モニターへと向けられる。

 画面に浮かんだ受信を示す表示と、鳴り続ける電子音。キーを押そうと伸ばしたマシュの手は、様々な感情により僅かに震えていた。

 

「マシュ、大丈夫かい……?私が変わろうか?」

 

「……いいえ、大丈夫です。お気遣い頂きありがとうございます、ダヴィンチちゃん。」

 

 マシュは平静を取り戻そうと、口から大きく息を吸い、そして吐き出す。そうして決心した彼女は、こちら側からも通信を受けるためのキーを力強く押した。

 

 

 モニターに展開された、もう一つの画面。そこに映し出される姿を今か今かと待ち続けるマシュとダヴィンチちゃんの後方で、ホームズは自若として顔色一つ変えないまま、そのモニターを観察している。

 

 

 

 

 僅かなノイズを経て、漸く映像が映し出される───────刹那、歓喜に溢れて輝いていたマシュの顔が、驚愕へと変化した。

 

 

 

 

 

「────あの、『あなた』は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあさあ、お立ち会いお立ち会い。」

 

 

 

 

 

「糸の掛けられた傀儡達がこれより織り成すは、物語の『第二幕』。」

 

 

「江戸という舞台の上で演じられるのは、悲劇かはたまた喜劇であるか。」

 

 

 

 

(おれ)の手によって創り出されたこの箱庭(せかい)で、無様に……そして、滑稽に踊れ。愚かな演者達よ。」

 

 

 

 

 

 

 舞台照明のように煌々と地上を照らす月の下で、『鬼』はただ静かに─────嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  《第一章・完》

 

 

 

 



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第二夜 影鬼
【陸】 赤い紅い、桜の下で(Ⅰ)


  

 

 

 

   『夜叉』

 

 

 

 そんな異称で世間から呼ばれ始めたのは、何時(いつ)の頃だったか。

 

 

 目の前に立ちはだかるモノ、それら(すべ)てを斬り伏せていく度に、穢れた色の血が(ほとばし)る。

 

 

 髪も、顔も、真白だった羽織にも、染み込んでいく濁った赤。それがあの憎い異邦者達だけのものだったかは、最早『彼』本人にも分からない。

 

 

 母国を取り戻す、そして師を取り返す。その一心で刃を振るい、戦い続けた『彼』を、天人を始め味方の志士達、そして守った力無き民までもが畏怖し、誰となしにこう呼んだ。

 

 

 

 

 

   『夜叉(バケモノ)

 

 

 

 

 

 

 『今一度問おう。お前は何の為に剣を取り、何の為に戦う?』

 

 

 

 

 『俺』が、おれが、戦う理由は────

 

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ふんふんふんっ、らったらら~♪」

 

「らったらった、ぴ~ひゃらら~♪」

 

「わんわんっ、わぉん。」

 

 上機嫌にスキップをしながら、アストルフォと神楽は先頭を進む。互いに手を繋ぎ、揃って軽快に跳ねる度に、三つ編みと髪飾りの紐、そして定春の尻尾も同時に揺れた。

 

「ふふっ、皆さんとても楽しそうですね。」

 

「おっ?それなら松陽も一緒にやるアル!」

 

「ほらほら、松陽さんもこっちこっち!」

 

「え?あっ、わわわ。」

 

 掴まれた両手を同時に引かれ、松陽は多少よろけながら数歩前に出ていく。スキップのやり方が分からず困惑する彼に合わせ、左右の二人が手を握ったままジャンプを促すと、何度も繰り返していくうちに、松陽の困り顔には自然な笑みが浮かび始める。楽し気な三人の姿を、道行く人々を始め後方を歩く藤丸達は微笑ましく眺めていた。

 

「それにしても、リーダーもアストルフォ君も随分とご機嫌だな。」

 

「だってだって、今日は楽しいお出かけアル!藤丸も銀ちゃんも松陽も一緒だヨ!なっ定春!」

 

「わんっ。」

 

「あ~あ、これでスギっちと段蔵ちゃんもいれば、皆でお出掛けだったのに。そこはちょっぴり残念だったかも。」

 

「仕方ないじゃない、黒猫は昨夜言ってた通り別にやることがあるみたいだし。まあそのお土産に甘~いスイーツを献上してくれるんだから、期待に胸を膨らませて彼を待つとするわ………そういえば、モンブランって葡萄(ぶどう)のソースと食べても中々美味しいのよね。あの美丈夫の果実蜜(ブラッディ・ソース)なら、最高のケーキがもっと素敵になりそう……ふふっ。」

 

 エリザベートが零した最後の呟きは聞かなかったことにするとして、つい先程アストルフォが言った一言に反応し、頭にフォウを乗せた銀時は数回辺りを見回した後、隣の藤丸と新八に尋ねる。

 

「なあ、そういや何で段蔵までいねえの?」

 

「フォーゥ?」

 

「んもう、しっかりしてくださいよ銀さん。さっきお登勢さんのお店の前で段蔵さんと別れたばかりじゃないですか。」

 

「え、嘘?俺知らないよそんなの。前回の投稿から今日までの間に、そんな描写(シーン)あったの?」

 

「まあ、読んでくれてる人達の目にもまだ触れられてないところだからね。というワケで、こっから回想シーン流しま~す。ほわんほわんほわんぐだぐだ~。」

 

 回想へと突入する効果音を口(ずさ)むと同時に、藤丸の頭から立ち昇る(もや)が広がっていく。まるでスクリーンのようにそこへと映し出されるものに、銀時を始め一同の視線は釘付けとなった。

 

「そのSE、口で言っちゃうんだ………つーかぐだぐだってのは何?」

 

「銀さん、今から一時間前の僕らのやり取りがここに流れるみたいですから、とりあえず黙って観ましょうか。」

 

「フォウフォウ。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「うわあぁ~っ!段蔵ちゃん、か~わいい~っ!」

 

 いっぱいに開いた瞳の中に星を輝かせ、アストルフォの上げた声がスナック内に響き渡る。四方から視点を変え、可愛いと連呼する彼に、段蔵は頬を赤らめていた。

 

「よく似合ってるじゃないかい、たまと一緒に仕立てた甲斐があったってもんだよ。」

 

「ええ、とても素敵です。段蔵さん。」

 

 満足げな笑みを浮かべるお登勢の隣で、たまもムフーと鼻を鳴らしている。そんな二人を一瞥してから、段蔵はもじもじと小声で問いかけてきた。

 

「えっと………如何(いかが)でしょう?皆様方。」

 

 彼女の今の服装は、普段の色々と際どい忍装束………ではなく、着物にフリルをあしらった和風のメイド服。結わえた紐を解き、髪を下ろした頭部には、メイドさんのトレードマークであるヘッドドレスが、縮緬(ちりめん)細工の飾りと共に乗っている。また清楚な白いエプロンの下には、小さな花模様のちりばめられた生地の着物となっており、膝丈までのスカートから覗く足を覆う黒のニーハイソックスが、可愛らしさと(あで)やかさをより強く表していた。

 

「ええ、メイド服……というのですか?とってもお綺麗ですよ、段蔵さん。」

 

「だ、段蔵さん……すすす、すっごく似合ってます!かか可愛いです……っ‼」

 

「落ち着けヨ童貞眼鏡、汗ヤバいぞ。いいな~私もそういうの着てみたいアル。」

 

「むむむ、アイドルのアタシを差し置いてメイドデビューだなんて………でも、悔しいけど似合ってる。あぁ~んっ羨ましい~っ!」

 

「わんわんっ。」

 

「フォーゥ、フォウッ。」

 

「なっ、やっぱ髪下ろしたほうがいいだろ?俺の思ってた通りだね、うん。」

 

「何を一人で納得しておるのだ、貴様は………しかし(まこと)に麗しい、こういった女性を八方美人というのであったか?」

 

「意味合いは似てるが、八面玲瓏(はちめんれいろう)と言ったほうが聞こえはいいがな………どうした藤丸?さっきから黙ったままだが、(マスター)として何か一言あるかい?」

 

 高杉に声を掛けられ、口を開けたまま呆けていた藤丸はハッと我に返る。そして改めて段蔵を目に映すと、はにかんだ笑みを浮かべながら染めた頬を掻いた。

 

「いやぁ、本当に可愛くてびっくりしたよ。カルデアにいる小太郎にも見せてあげたいな。」

 

「あっ、それなら写真撮ろうか!そういえば僕、カルデアから支給されたスマホ持ってきてたんだったよ。は~い段蔵ちゃん笑って~!」

 

 言うなり何処からか取り出したスマホを構え、段蔵の許しを得る前にシャッターを切りまくるアストルフォ。マナーをきっちり守る紳士なカメコさんは、きちんと相手の許可を得てから撮影しなきゃいけないぞ?

 

「ヘ~イカメラコッチコッチ、マニアニハ堪ラネェ猫耳メイドサンモイマスヨ?」

 

「それじゃあ、段蔵は今日一日お登勢さん達のお手伝いってことで。一人で任せちゃってごめんね?」

 

「いえ、こちらこそ申し訳ございませぬ、マスター。本来なれば段蔵はサーヴァントとして、貴方の身を守らねばならぬのですが……。」

 

「無視カ?オイ無視カテメーラ?」

 

「大丈夫大丈夫。皆いることだし、お登勢さん達にはお世話になってるからね。それに、段蔵もたまさんとゆっくりお話しできるいい機会だと思うよ?カラ友として、もっと仲良くなれるといいね。」

 

「マスター………ありがとう、ございます。」

 

 藤丸の気遣いに胸の奥がじんわりと熱くなり、段蔵は深く会釈する。そんな彼女の後方で無理矢理カメラに入り込んでくるキャサリンに対し、「も~退いてよ~!」とアストルフォが憤慨の声を上げていた。

 

「にしてもよーババア、何で今日に限って全員メイド服?たまとか段蔵なら目の保養として、お前とキャサリンが着ても似合わねえどころの話じゃねえじゃん?最早放送事故じゃん?こんなんもうモザイクかけないと、読んでる側にお見せ出来ないレベルのゲテモノじゃねえか。」

 

「ブッ殺されてぇのかクソ天パっ‼大体これ小説なんだから、モザイクなんてかけても意味ねえだろ…………スナックお登勢はな、今日からメイドっ()強化週間なんだよ。年中昼なんだか夜なんだか分かりゃしないこんな状態だからね、客足も思うように伸びやしない。他の店と同様に、こうして客を呼び込むためにウチでも色々と工夫を凝らすことにしてんだ。」

 

「客足を伸ばすっつったって、この状態じゃメイドの経営するバーじゃなくて、メイドのいる化け物屋敷が正解────」

 

 銀時が言い終える前に炸裂する、お登勢の見事な延髄蹴りが彼の頭部にヒットする。その際にごく一部の者達しか喜びを得られないであろう、お登勢のパンチラ描写(シーン)を不幸にも目撃してしまった新八と神楽そしてエリザベートは、直ぐ様店の隅に(うずくま)(えず)いていた。

 

「ヅラさんヅラさん、メイドっ娘強化週間て何だろ?」

 

「ヅラじゃない桂だ。それは恐らくアレだろう、あの、ええと………そう男の妄想、男の妄想に違いない。そうだろ高杉………ってあれ?」

 

 桂は自身の隣にいるであろう男に同意を求めそちらを向いたが、そこには空いた丸椅子があるのみ。続いてガラガラと扉の開く音の方へと首を向ければ、高杉が既に店を出ようとしているところを皆が目撃した。

 

「ンキュッ、フォーゥ?」

 

「……じゃあ、俺もそろそろ行ってくらぁ。」

 

 足元のフォウを撫でた後、取っ手へ掛けた手に力が込められようとしたその時、不意に松陽が慌てた様子で高杉を呼び止めた。

 

「あっ……晋助さん、お待ちください!」

 

 それに反応し、高杉だけでなくその場にいた皆の動きもぴたりと止まる。何事かと不思議そうにする一同の視線を受けながら、松陽は小走りで高杉の元へと駆け寄っていく。

 こちら側へと近付いてくる松陽をぱちくりさせた目で追う高杉、そんな彼の前で松陽が足を止めたと同時に、自身の両の手がふわりと温かいものに包まれる感覚がした。

 

「……いってらっしゃい。どうかくれぐれも、怪我などなさいませぬよう。」

 

 優しく握られた手から伝わる、心地良い温もり。そして身を案じる言葉と共に向けられた微笑みに、高杉は瞠目する。

 今眼前にいるこの(ひと)は、過去の事など一切覚えていないと言った。それでも……それでも、こうして気に掛けてくれる彼の優しさは、幼かったあの頃と変わらない。

 込み上げる感情を零さないよう、右の眼を何度も(まばた)かせる。そうしてから松陽と視線を合わせた高杉は、仄かに浮かべた笑みを彼へと向けた。

 

「………貴方(アンタ)こそ、この間みてぇな無茶やらかして、またガキ共を泣かすんじゃねえぞ。」

 

「はい、承知しております!」

 

「ならいいんだが………それじゃ、また後でな。」

 

 名残惜しげに手を解き、高杉は身を(ひるがえ)す。その際、彼の深碧(しんぺき)の瞳がこちらへと向けられていることに、銀時と桂は気が付く。

 

「………松陽(せんせい)に何かあったら、その時は────分かってるだろうな?」

 

 両者共、彼との距離は割と離れているというのに、囁くようなその声は不思議と耳に届いてくる。

 霊核を射貫かんばかりの殺気を孕んだ眼光に、二人の背筋に冷たい汗が流れ落ちていった。

 

「いってらっしゃいスギっち!気をつけてね~っ!」

 

「スギっち、モンブラン忘れないでヨ!」

 

 元気よく手を振るアストルフォと神楽に、高杉は背中を向けたままで小さく手を振り返す。唐草模様の黒い羽織は、閉めた扉の向こうへと姿を消した。

 

「にしても、高杉さんって昨日から一人でどこに行ってるんだろう?銀さん知ってる?」

 

「さぁな。今は違うかもしんねえけど、アイツ一応過激派テロリスト組織の親玉だし、裏の社会に通じてるルートか何かあるんじゃねえの?なあヅラ、お前詳しいコト知ってんじゃねーか?」

 

「ヅラじゃない桂だ。まあ、何処に行って何をしているのかは大方の予想はついているが……だが今は松陽先生もいる、高杉(ヤツ)とて以前のように無謀な真似まではするまい。」

 

 桂は細めた目で、高杉の消えていった扉を見つめ続けている。その眼差しから感じられる慈しみにも似た感情(おもい)を、藤丸は何となくであるが感じ取っていた。

 

「さてさて、私達も店の仕事があるからね。アンタらもさっさと出とくれ。」

 

 お登勢が手を叩きながら急かすと、皆ぞろぞろと一様に扉へと向かっていく。

 

「それじゃ段蔵、お登勢さん達の手伝い頑張ってね~。」

 

「はい、マスターもお気をつけて………それでは皆様、至らぬ点は多々ございますが、どうぞよろしくお願い致します。」

 

「オウオウ、新人ダカラッテ容赦ハシネーゾ。マズハスグソコノ自販機デ煙草買ッテコイヤ。」

 

「何早速パシリから仕込もうとしてんだテメーは。たま、アンタが色々と教えてやんな。」

 

「分かりました。では早速、もしもセクハラにあった時の対処法から簡潔に。段蔵さん、もしも痴漢行為やセクハラ発言などを受けた場合、まず一に鳩尾(みぞおち)、二に目潰し、三四を面倒なので飛ばして五に滅殺です。これだけ覚えておけばあらゆる痴漢から己を守ることが出来ます。いいですね?」

 

 たまにより並べられた物騒なワードに対して「受諾致しました」と答える段蔵の声を背中で聞きながら、大丈夫かな?と不安になりつつも、藤丸は振り返ることなくスナックの扉へと手を掛け、そのまま横にスライドさせたのであった。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「………あれ?」

 

 回想が終わったと同時に顔を上げ、藤丸はせわしなく辺りを見回す。

 

「どうしたのよ?仔犬。」

 

「いや………皆はさ、気付かない?」

 

 藤丸の言葉に、一同は咄嗟に首を動かし、周囲の状況を確認する。そして彼の訴える異変に気が付いた松陽は、呟くように零した。

 

「そう言えば………先程からどなたも、いらっしゃいませんね。」

 

 藤丸達がいるのは、あの巨大な天守に向かって続く広い道。しかし、彼らが目的地へと近付いていく度に人の数は減り、いつしか道を歩いているのは自分達しかいなくなっていたのであった。

 

「わうぅ………?」

 

「本当だ~、皆どこにいっちゃったんだろ?」

 

「……いいや、これは『いなくなった』のではない。もしやこれは、俺達が向かうこの先に、人々が『近付いていない』のではないだろうか?」

 

 歩を進めながら桂がそう呟いたその時、ひらり、と彼の視界の端に小さな何かが映る。それを目で追いかけようとするが、続けてひらひらと舞い散る『それ』に目を奪われる。

 

「これ………花弁(はなびら)、ですよね?」

 

 掌の上に乗った小さなそれを見つめ、新八が呟く。

 咄嗟に顔を上げた藤丸は、飛び込んできた光景に唖然とした。

 

「これって………。」

 

 

 

 

 

 風が吹く度に、連なる木々の枝に咲いた花が、闇の中で仄かに紅い花弁を散らす。

 

 宙を舞った小さな花弁の大半は堀の水面へと落ち、赤い絨毯(じゅうたん)となって表面を覆い尽くしている。

 

 

 

 そんな幻想的な光景の向こう………高く(そび)え立つ塀と木々に囲まれるようにして、その天守閣は建っていた。

 

 

 

 漆黒の城壁に、朱塗りの屋根瓦。そして所々に施された、鋭利な装飾………夜陰に溶け込むことなく、天高く伸びたその城に誰もが率直に抱いた感想は同じであった。

 

 

 

 

「何だ、この城は………まるで鬼そのものではないか。」

 

 

 桂の呟きに、藤丸も心中で頷く。同時にそこで浮かんだのは、昨日高杉が報告として述べた内容の一部であった。

 

 

 

『しかし俺が話を聞いた連中は、皆口を揃えてこう言っていた────あの城には、人食いの『鬼』が()んでいる。ってな。』

 

 

 

 鬼が()まう城……というよりは、あの城そのものが人を喰らう鬼のようにも感じられて仕方がない。

 異様な不気味さ、そして上手く言い表せない怖気(おぞけ)に鳥肌が立っていたその時、隣にいた銀時が声を上げた。

 

「松陽……っ‼」

 

 それに反応し隣を見れば、しゃがみ込んだ松陽が自身の腕を抱え、身体を戦慄(わなな)かせていた。限界まで見開いた目で一点を見つめたまま怯えるその姿は、昨日見た彼の様子と酷似している。

 荒く呼吸を繰り返す松陽を心配し、皆が彼と銀時の元へ駆け寄ってくる中、桂が身を乗り出してきた。

 

「松陽殿、落ち着いて………そう、ゆっくりと息を吸って。」

 

 背中を(さす)る桂の手が、淡く光を放っている。恐らく気分を鎮静させる魔術でも施しているのだろうと藤丸が予測した通り、過呼吸寸前だった松陽が少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

 

「松陽、大丈夫アルか……?」

 

「くぅーん……?」

 

 彼に合わせて屈みこみ、心配する神楽と定春。そんな二人に松陽は額に汗を伝わせたまま、微笑みを返した。

 

「ええ、もう平気です………早速ご心配をおかけしてしまい、すみませんでした。」

 

「いいって別に………なあ松陽、もし何だったらここに定春置いてくからよ。俺らが来るまで待っててもいいんだぜ?」

 

 松陽を助け起こしながら、銀時が尋ねる。すると松陽は首を横へと振り、彼を真っ直ぐに見つめて口を開いた。

 

「いいえ、私も行かせてください………まだ予感ではあるのですが、きっとここに私の記憶に関する何かがあるような気がするんです。」

 

「………そっか。わぁったよ、でもあんまり無理はすんな?また辛かったりしたら、俺かヅラに言うんだぞ?」

 

 銀時に念押しされると、松陽は「はいっ!」と力強く返答をする。大分良くなった彼の様子に銀時と桂が安堵の息を漏らす一方で、天守を見上げていたアストルフォが小さく唸っていた。

 

「んー………ここからじゃよく分かんないか。よしっ。」

 

 アストルフォは数歩前へと進むと、藤丸達が集う辺りからやや離れたところで指笛を吹く。甲高い音が静寂に響き渡ったその数秒後、藤丸達の真上を影が通った。

 

「はいこっち~!よしよ~し!」

 

 羽音を響かせ、発した鳴き声で空気を震わせたそれはアストルフォの前に着地する。大鷲の頭と獅子の前半身、そして馬の後半身を持つその生き物に、銀時と新八は空いた口が塞がらない。

 

「あ、アストルフォきゅん…………何それ?」

 

「そっか、銀ちゃんもパチ君もまだ合わせたことなかったっけ。紹介するね、この子は僕の相棒にして宝具の一つ、『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』だよ!」

 

 アストルフォの紹介を受け、よろしく~と言っているかのようにヒポグリフは甲高い声で鳴く。その大きさと声量に皆が思わず(おのの)く中、一人目を輝かせている者がいた。

 

「おおぉ……こ、これは、何と素晴らしき羽毛(モフモフ)………!ヒポ殿、(よろ)しければ一度だけ、俺に触らせてはくれないだろうか……っ⁉」

 

 息を荒げ、こちらににじり寄ってくる桂にアストルフォも苦笑するしかない。あと少しでその手が羽毛(モフモフ)に到達しようとしていたその時、不意に桂の視界が更なる闇に覆われた。

 

「あっ、駄目だよヒポグリフ~!ペッしなさい!」

 

 くぐもったアストルフォの声が聞こえた刹那、身体が大きく浮き上がり、そのまま左右に乱暴に振り回される。ここで桂は漸く自身の頭がヒポグリフによって(くわ)えられ、更にはそのまま激しくぶん回されていることを確信した。

 

「アッハッハッハ!ヒポ殿ったらお戯れを~!」

 

 ここまでされても尚、ヒポグリフがじゃれついているのだと勝手に思い込んでいる桂のタフネス精神に、藤丸は呆れると同時に心の中で敬意を払った。

 

「それで、アンタはその子を()び出してどうするつもりなのよ?」

 

「あ~うん、とりあえずヒポグリフに乗ってさ、上からこのお城を調べてみようかと思って。そうだ、一緒に乗りたい人挙手して~!」

 

 アストルフォか言うや否や、「はいは~いっ!」と元気よく手を上げた神楽の横で、控えめに挙手をする新八の姿も確認出来た。

 

「うんうん、それじゃ神楽ちゃんとパチ君に決定~!」

 

「ップハァ!あ、アストルフォ殿………俺も挙手をしたのだが………⁉」

 

「ごめんねヅラ君、ヒポグリフ(この子)がここまで嫌がってると、乗せた時に振り落としかねないからさ………今回は我慢して?ね?」

 

 可愛らしいウインクまでつけられ、桂はそれ以上は何も言えなくなってしまう。唾液(まみ)れになってとぼとぼと歩いてくる桂に、松陽はそっとハンカチを手渡した。

 

「小太郎さん、どうぞお使いになってください……。」

 

「ううぅ………松陽先生ェェェっ‼」

 

 ヒポグリフに振られ傷を負った心に優しさが()み込み、愛しき恩師にハグを求めようと両手を広げて向かって来る桂。そんな彼を受け入れたのは温かな松陽の温もりではなく、横から突き出された銀時の勢いを伴った蹴りであった。

 

「はぐぉっ⁉」

 

 錐揉(きりも)み回転をしながら大きく吹っ飛んでいった桂は柵を越え、漸く止まったのは花弁の積もる堀の上。そのまま重力に従った彼の体は下へと引っ張られていき、ドボンッ!と大きな音と花弁の飛沫を散らして絨毯の中へと沈んでいった。

 

「ったく、んなベッタベタの体で松陽にくっつこうとしてんじゃねぇよ。そこで綺麗に洗い流してくるんだな。」

 

 鼻で大きく息を吐く銀時に、一同苦笑いを浮かべるしかない。堀に落ちた桂も無事水面から顔を出してこちらに泳いできていることだし、とりあえず進めようか。

 

「それじゃ、アタシも上から探索してみましょうか。多少なら飛ぶことも出来るし。」

 

「えっ、エリちゃんも飛べるの?」

 

「そうよ、眼鏡ワンコ………ふふん、アンタ達にもアタシの天使の翼、特別に見せてあげるわ。覚悟なさい!」

 

 得意げに鼻を鳴らし、嗤笑するエリザベート。すると彼女が両の手を大きく広げたと同時に、その小さな背中から巨大な翼が現れた。大きく広げたそれは天使というより(ドラゴン)のものであり、禍々しさの中にもどこか美しさのある印象を他者に与えていた。

 

「おおぉ……っ⁉トカゲ娘、何それ⁉」

 

「エリちゃん、ごっさカッケーアル!」

 

「むっふふ~、そうでしょそうでしょ?あ、でも幾ら素敵だからって無断の撮影はNGよ?そういうことは事務所を通してからにしてちょうだい。」

 

 彼女の念を押した注意に、既にスマホを構えていたアストルフォは「え~Tmitter(ツミッター)に上げたかったのに~!」と不満の声を上げる。そんな彼らの様子を苦笑しながら眺めていた時、藤丸の目の前を何かが通過し、足元に落ちた。

 

「あれ?これって………。」

 

 拾い上げたソレは、花柄(かへい)ごと落ちた花であった。よくよく観察すると、藤丸はあることに気が付く。

 

「………これ、『桜』だ。」

 

 花弁の色で、すっかり梅だと勘違いしていたのだが、花弁の形や全体の構図が明らかに梅とは異なっている…………しかし、ここでまた新たな疑問が浮かび上がる。

 彼のよく知る桜の花とは、明らかに花の色が異なるのだ。確かに形は桜であれど、今こうして風を受けて舞うこの花弁は、記憶にある桜のものより遥かに赤みが強い。色でいえば………そう、(くれない)に近い。

 それにここに来る前、お登勢の店のカレンダーで時期を確認したところ、今の江戸の季節は初夏辺り。なれば桜は()うに花を散らせ、新芽が萌える頃合いも過ぎているのではないだろうか……?

 様々な疑問が泉のように沸き上がり、混乱する頭を傾げたその時、不意に藤丸の視界に『何か』が映り込んだ。

 

「え……っ?」

 

 目を凝らしてみれば、それは桜の木々の間に立つ影………人の影だった。暗闇の中でその姿は確認出来ないものの、それは明らかに木のものとは異なっている。

 呆然とその影を見つめていたその時、穏やかだった風が突如突風へとその勢いを変化させた。

 

「うわっ────った!痛でででっ!」

 

 砂埃が舞い、風に舞い散る花弁と共に藤丸へと吹き荒れる。異物が目に入った藤丸は、痛みに思わず目を(つむ)ってしまう。

 

「ったくも~、何なんだよ………。」

 

 生憎とハンカチなどは持ち合わせておらず、服の裾で目元を擦る。そうしていると漸く異物(ごみ)が取れ、痛みも和らいできたのを確信してから、藤丸は目を開いた。

 

「凄い風だったね、皆大丈──────」

 

 

 

 

 

 言い掛けた藤丸の言葉は、再び吹いた風によって掻き消される。

 

 

 再び目に映した景色────だが、何かが違う。

 

 

 

 

「え…………ここ、何処?」

 

 

 

 

 立ち並んだ幾本もの桜の木は、藤丸が今しがたまで見ていたもの………しかし今彼の目に映っているそれらは、全て堀の『内側』に根を張っていたのだ。

 状況が理解出来ず、藤丸は辺りを見回す。天守と同じ、黒い壁に囲まれた広い場所。遅れて気が付いたが、桂が銀時に落とされたあの堀も無い。そして何より…………自身の数十メートルすぐ先に、あの奇怪な天守閣が建っているではないか。

 

「ここって、もしかして…………城の敷地の中?あれ?でも、何で………?」

 

 ぐるぐると、頭の中が渦を形成しだす。自分は今しがたまで、確かに皆と堀の外側にいた。そしてこれから調査を開始しようとしていたところであり、まだ一歩も動いては────

 

「………銀さん?アストルフォ、エリちゃん?」

 

 ここで漸く、藤丸が今一人しかいない事に気が付く。仲間どころか、辺りに人の気配が全くしない現状に、藤丸の顔色はみるみるうちに青ざめていった。

 

「新八君!神楽ちゃん!松陽さん!ヅラさ、桂さんっ!定春君っフォウ君!」

 

 力いっぱい声を張り上げ、皆の名を呼び続ける。だが返ってくる音は声ではなく、風に揺れる桜のささめきだけ。

 

「………皆、一体どこ行っちゃったんだろう………。」

 

 肩を落とし、沈んだ声で一人呟く藤丸………そんな時だった、何者かが落胆する彼の肩を掴んだのは。

 

「!………何だ、皆そこに────」

 

 少し痛いと感じたものの、漸く見つけられた自分以外の存在に安堵し、藤丸は明るい調子の声と共に振り向いた。

 

 

 

『キキ、キキキキ………!』

 

 

 

 汚れた茶色のこびりつく、黄ばんだ歯の並んだ口許が、ゆっくりと弧を描いていく。

 複数体並んだ魔物───その内の一体、元興寺(がごぜ)の鋭い爪の伸びた手が、藤丸の肩をしっかりと鷲掴んでい────

 

「ギャアアァァァァッス‼」

 

 驚愕より早く防衛反応が働き、即座に手を振り払った利き手で元興寺の目球を勢いをつけて突く。

 まさか振り向きざまに目潰しを喰らうとは向こうも思ってはいなかったようで、「ギエェェァァァァッ‼」と濁った声を上げて翻筋斗(もんどり)打っている。そんな元興寺になど振り向きもせず、藤丸はその場から駆け出した。

 

「うえぇっ、やっぱハンカチ用意しとけばよかった………!」

 

 まだほんのり生温かさが残る指を不快に思いつつ、藤丸は足を止めぬまま首だけ動かして後方を確認する。

 藤丸が一撃を喰らわせたあの元興寺は、まだ地に倒れ伏している。しかし、後ろに控えていた他の元興寺と魍魎(もうりょう)達が、こちらに向かって走り出してきていたのだ。

 

「はあっ、はあ⋯⋯っ!早く、皆を見つけないと……!!」

 

 息を切らしながら、とにかく走り続ける藤丸。そんな時、ふと彼が目をやった先に、長柄の槍が壁に立て掛けてあるのを発見した。

 武器が無いよりはマシだ。咄嗟に藤丸はそちらへと駆け出し、寸でのところまで迫ってくる魔物達に魔力の弾丸を数発お見舞いした(のち)、漸くその場所へと到達することが出来た。

 槍を掴み、両の手に構えてから穂先を魔物達へと向ける。正面には魔物が数体、状況で言えば壁際に追い込まれた形なのだが、背後にまで気を回さなくていいだけ精神的にはマシだった。

 

『ギギギ、ギギギガガガ………!』

 

 爪を、牙を、手にした武器をこちらに向ける魔物達の放つ殺気は、明らかに自分へと向けられている。服の下に鳥肌が立つほどに、藤丸自身もそれは感じ取っていた。

 

「(倒そうだなんて、考えるだけ無駄なことだ……とにかく、これ以上接近されないようにしないと。)」

 

 正面の魔物達から決して目を離さず、しっかりと槍を構えている藤丸であったが、彼はまともに武器を扱った試しなど、数えるほどしか………否、皆が思っている回数よりそれ以下であろう。今まで様々な危機に立ち会ったことがあっても、それらを乗り切れたのは自分の傍らに常に英霊(サーヴァント)達がいたため。武の心得も(ろく)に持ち合わせていない今の藤丸など、魔物達からしてみれば少し面倒臭いだけの恰好の獲物。藤丸の抵抗など所詮、茄子の(へた)についている小さな(とげ)程度にしか思っていないだろう。

 

「(………情けないな。いかに自分が今まで英霊達(みんな)に頼りっぱなしだったかが、痛い程に思い知らされる。)」

 

 息を()きながら、藤丸は自分自身を(せせ)ら笑う─────そんな一瞬の気の緩みでさえ、戦いの場では命取りとなる。痺れを切らした一体の元興寺が、手にした棍棒を振り(かざ)して跳躍してきたのだ。

 

 

「うわ⋯⋯っ!!」

 

 藤丸は咄嗟に、槍を前へと突き出す。しかしその穂先をいとも容易く回避した元興寺は、槍に向かって棍棒を振り下ろした。

 バキバキッ、と木が折れる音と共に、掴んでいた手に衝撃が走る。折られた槍を手放し尻餅をつき、得物を失い無防備となった藤丸に、一斉に飛び掛かる魔物達。

 

「あっ────」

 

 

 

 駄目だ、ここで殺される。

 

 

 目を背けても避けられない眼前の現実に、一気に恐怖が込み上げてくる。

 

 

 

 駄目だ、駄目だ、まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。

 

 

 やらなくちゃいけないことがある。果たさなくちゃならないことが、まだあるんだ。

 

 

 駄目だ、死にたくない。駄目だ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 

 

 

 

「─────まだ、死にたくない。」

 

 

 

 口を次いで出たのは、叫びでも命乞いでもなく、素直な自身の想い。

 

 

 見開いた瞳が映したのは、こちらへと振り下ろされる武器や爪の数々。

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

「───ちょっとちょっと、何勝手なコトしてくれてるんだよ。」

 

 

 

 

 目の前に降り立った、一人の青年の後ろ姿。

 

 

 

「─────へ?」

 

 

「ギ───ゴア、ァ⁉」

 

 突如現れた青年の存在に困惑する間も無く、棍棒を振り回していた元興寺の顔に拳がめり込む。骨の砕ける音と共に元興寺は大きく吹き飛び、他の魔物達を巻き込んで大きく吹き飛んだ。

 やがてその躰は壁へとぶち当たり、僅かに痙攣(けいれん)を繰り返した後に動きを停止し、その身を(ちり)へと変えていった。

 

「キキ……ッ、キイイイィィィッ‼」

 

 乱入者に憤る者、恐怖に駆られ逃げ出す者、それら全てを無慈悲に()ぎ倒す青年の姿を、藤丸は只呆然と眺めていることしか出来なかった。

 

 異国のデザインをした藍墨茶の服に、紅色の花弁がよく映えている。透き通るような白い肌も、三つ編みに結わえた珊瑚(さんご)色の髪も、そして時折楽し気な光を湛える(あま)色の瞳でさえ、惨たらしい殺戮を行っているにも関わらず、彼の姿は美しいとさえ感じられた。

 

「そーぉれ、っと。」

 

 最後の一体となった魍魎を、青年は宙高く放り投げる。そして利き手に持っていた(すみれ)色の傘の先端を標的へと向けると、そこから一発の弾丸を放つ。見事に弾が命中した魍魎は息絶え、他の魔物と同様に塵となって消えた。

 

「ふ~、終わり終わり~。」

 

 血飛沫の残るその場に相応しくない、のんびりとした声で青年が言う。背伸びをし、数回肩を鳴らした後、不意に彼がこちらへと振り向いた。

 

「さてと……ねえ君、大丈夫?」

 

 スキップをするかのような軽い足取りで近付いてくる青年に、ぽかんと空いた口が塞がらないでいる。今しがたまであの魔物達を軽くあしらっていた姿とは、まるで別人のようだった。

 

「あ、あの………!」

 

 漸く絞り出した声は、情けなくも震えている。藤丸と目線を合わせるようにしゃがんだ青年は、中性的な(おもて)に笑みを浮かべ、「ん?」と小首を傾げていた。

 

「た、助けてくれて………ありがとう、ございました……。」

 

 情けないやら、恥ずかしいやらで、顔を上げることすら躊躇(ためら)ってしまう。そんな彼に青年は一瞬だけ目をぱちくりさせた後、またすぐに浮かべた笑顔を藤丸へと向けて言った。

 

「それじゃ、行こっか。」

 

「はい………へ?何処に?」

 

「だって君、迷子なんでしょ?だから俺が案内してあげるよ、君の仲間がいるところまでさ。」

 

 ほら立って~、と両手を引っ張られ、藤丸は訳も分からないまま起立する。ズボンについた砂埃を払いながら、藤丸は目の前にいる命の恩人に対し、怪訝な視線を送っていた。

 

「(………この人、何で俺が銀さん達とはぐれたことを知ってるんだろう?)」

 

 今しがたの記憶を掘り返しても、そのような事を口にした覚えは一切無い。ならばどうして……と眉を(ひそ)めていたその時、「ねえ」と青年が声を掛けてきた。

 

「うぇい⁉な、何でせう……⁉」

 

「あはは、そんなに怯えることないのに………率直に尋ねるよ。君さ、マスターだよね?」

 

 にこにこと笑みを湛え、青年が指した先は藤丸の右手の甲。砂と擦り傷に汚れた刻印を軽く擦りながら、藤丸は頷く。

 

「それじゃ、君のことはマスター君って呼ばせてもらうよ。だから君も、俺のことクラス名で呼んでね?いい?」

 

「クラス名って…………それじゃ君、やっぱり………!」

 

 先程の勇姿から予感はしていたものの、改めて告げられるとやはり驚きも大きい。

 唐突に吹いた風と桜吹雪を受けながら、青年はもう一度微笑んだ。

 

 

 

 

 

「俺はサーヴァント、召喚されたクラスの名は『バーサーカー』………真名(なまえ)はまだ教えてあげられないけど、これからよろしくね?マスター君♪」

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

 



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【陸】 赤い紅い、桜の下で(Ⅱ)

 

 

 まるで細雪(ささめゆき)のように、降り止むことのない紅色の花弁(はなびら)

 所々に設置された照明の灯りを受け、先を行く青年……バーサーカーの後方を、藤丸は黙々と歩いていた。開いた番傘をくるくると回し、時折上機嫌に奏でられるバーサーカーの鼻唄を聞きながら、藤丸は先程浮かんだ疑問を再び思い返す。

 

「(………この英霊(ひと)、一体何者なんだろう?)」

 

 先程目の前で、いとも容易く魔物達を鏖殺(おうさつ)したあの姿から、彼が自らそう名乗ったように、クラスはバーサーカーで間違いはないのだろう。引き裂いた魔物から浴びた返り血を頬に付着させ、花を摘むように軽い手付きで(くび)り殺すバーサーカーの(おもて)に浮かんだ媚笑を思い出し、藤丸の背筋が再び寒くなる。

 それに、何故か彼は藤丸(じぶん)が仲間達とはぐれたことを既に周知していた。ここが何処であるのかも把握出来ないままで、彼に言われるがままについていってはいるものの、果たしてこのまま身を任せていいのだろうか…………そんな内容を思索していたその時、不意にバーサーカーが足を止め、その場に立ち止まる。

 マズい、訝しんていたのがバレてしまったかと狼狽しかけたその時、バーサーカーがぽつりと呟いた。

 

「…………いた。」

 

「え、何?どうしたの……?」

 

 恐る恐る、藤丸が横から尋ねてみる。するとバーサーカーは(おもむろ)にしゃがみこみ、唇を尖らせたままもう一度繰り返す。

 

「お腹、空いちゃった。」

 

「…………へ?」

 

 お腹が空いた、(すなわ)ち魔力を消耗したことによる疲弊であることを、藤丸は瞬時に理解する。まあ、そりゃあれだけ派手に戦えば、サーヴァントでなくとも体力は減るし、お腹だって空くかもしれない。

 本来であれば、一刻も早く銀時達の所へ戻りたい藤丸ではあるが、彼の空腹(ハングリー)の原因は自分を救ってくれたことにもあるため、そこのところの責任はちゃんと感じている。何か持っていなかったかな~と、ポケットに手を突っ込み中を漁る。おっと早速手応えが……何だ飴の包み紙か。ええっとこれは何だろう、あっ片っぽだけ無かった靴下がこんなところに。そんな具合に探っていたその時、指の先が何かに当たる感覚がした。

 

「おっ?コレは確か……。」

 

 摘んで引きずり出したその物体を確認し、藤丸は相好を崩す。そしてバーサーカーへと向き直ると、中空を見つめている彼の前にそれを差し出した。

 

「はい、よかったら食べる?」

 

 藤丸が渡したのは、昨夜桂の出した問い掛けに正解した報酬として貰った、例の『んまい棒』。お馴染みのグレーがかったドラ〇もん似のあのキャラクターではなく、エリザベスの絵が描かれたパッケージの駄菓子に、バーサーカーは丸く開いた目で凝視する。

 

「………くれるの?俺に?」

 

 きょとんとした様子で問いかけてくるバーサーカーに頷きを返すと、彼の表情は瞬く間に華やぎ、瞳には星の如く輝きが宿る。ぴょこんと逆立った毛、所謂(いわゆる)アホ毛がまるでご機嫌な犬の尻尾のように何度も跳ね、愉快に揺れていた。

 

「ヅラさ……えっと、君と同じサーヴァントの人から貰ったんだけど、凄いんだよコレ。一本食べるだけで魔力が全回復出来ちゃう、正に一本満足ってえええええぇっ⁉」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ目を離した間に、んまい棒は藤丸の手の中で袋だけとなっていた。

 続いてバリッボリッと乾いたものを頬張る音に(おもて)を上げると、眼前のバーサーカーの頬がぱんっぱんに物を詰め込んだハムスターのように膨らみ、僅かに開いた隙間から(くだん)の音を立てている光景に驚愕し、藤丸は(おのの)き声を上げる。

 

「ふんふん、ふぁかふぁかほいひーねほふぇ。」

 

 数回の咀嚼(そしゃく)(のち)に飲み下すと、バーサーカーは硬直する藤丸へと向き、にっこりと解顔する。

 

「本当だ、すっごく元気が湧いてきた気がするよ。まあ食べる量としては全然物足りないけど。でもありがと~マスター君。」

 

「あ、あはは………お気に召したなら、もう一本あげるよ。」

 

「え、いいのかい?それじゃお言葉に甘えて。」

 

 藤丸が新たに差し出したんまい棒を受け取り、早速開封………しようとしたバーサーカーの手が不意にぴたりと止まる。不思議そうにその様子を見る藤丸の視線の先で、バーサーカーは暫く考える素振りをした後、んまい棒を服の中へと仕舞い込んだ。

 

「あれ?食べないの?」

 

「ん~………今は()めとく。せっかく君から貰ったものだし、いざって時まで取って置かせてもらうね。」

 

 そう言って立ち上がり、顔を綻ばせたバーサーカーの微笑には、先刻までの妖しさは欠片も感じられない。改めてよくよく見れば、身長や外見などは自分とほぼ変わらない。何となく親近感を抱いた藤丸は、再び歩き出したバーサーカーの隣へと並んだ。

 

「そういえば、魔力切れを起こすってことは、バーサーカーにはマスターはいないの?」

 

「うん、契約を交わしてる相手(マスター)は今のところいないかな。まあ一応野良サーヴァントなんだけど、仕えてる上司的な人はもういるから。」

 

「そっか。もしよかったら俺達と一緒に、とも思ったけど………それなら仕方ないよね。」

 

「…………マスターか、それもいいなぁ。」

 

 ぼそりと呟いた声は囁きに等しく、言葉として藤丸の耳に届いてはいなかった模様。「えっ、何?」と聞き返してくる藤丸にバーサーカーは戯笑を浮かべ、「な~んでもないっ」と舌を出した。

 

「あっ、そうだ。まだ名前も言ってなかったっけ……俺は藤丸立香、改めてよろしく。バーサーカー。」

 

「藤丸………ふぅん、面白い名前だね。それに立香なんて、字だけ見たら女の子と間違えそうかも。」

 

「うっ、早速痛いところを………そうなんだ、小学校の時とか同級生にからかわれたりしてさ……。」

 

「あははっ。でもせっかくだけど、君のことはマスター君で覚えちゃってるからなぁ。まあでも、気が向いたら名前で呼んであげるよ。それでもいいよね?」

 

 屈託の無い笑顔から滲み出る威圧感にも似た何かに、藤丸はたじろぎながら頷くしかない。それと同時に、あぁやっぱこの人只者じゃないわ~怖いわ~、と改めて痛感する藤丸であった。

 引き()った顔で片頬笑む藤丸を、ぱっちりとした瞳に映すバーサーカー。そんな二人の間を、桜の花弁を舞い散らせながら風が通り抜けた。

 

「そ、それにしてもさ、この桜って凄いよね。今の時期に咲いてること自体も珍しいけど、こんなに色が赤い花なんて、俺初めて見たよ。」

 

 広げた掌に落ちた一枚を摘み、藤丸は素直に思ったことを言葉にする。するとそんな時、バーサーカーがぼそりと呟いた。

 

「………マスター君、知らないんだ?ここの桜に関する噂のこと。」

 

 不意に落とされた声色に、一瞬だけ背筋に寒いモノが伝う。強張った顔のままバーサーカーを見つめ続ける藤丸に、彼はそのまま淡々と続ける。

 

「それじゃあ、何も知らない君に教えてあげるよ。この桜の木はね……………人間の血肉を取り込んで、花を咲かせてるらしいんだ。」

 

「………は?」

 

 バーサーカーが何を言っているのかが、すぐに理解することが出来なかった。唖然とする藤丸の横で、変わらぬ表情のままバーサーカーは歩き続ける。

 

「この日本(くに)でも、昔から言われてるんだろ?『桜の木の下には死体が埋まってる』んだって。(ここ)の地面の下にもね、たくさんの人間の亡骸が埋没してるらしいよ…………そうして長い間に(わた)って人の血と肉を吸いあげて、やがてその味を覚えた桜は自らも獲物を襲い喰らうようになった。この城の近辺で神隠しが多発するのは、消えた奴等が皆桜に喰われてしまったから………知らないだろうから教えてあげる。この城はね、『鬼ヶ城』なんて異名でも知れ渡ってるのさ。只でさえ鬼が()んでるなんて俗言に加えて今の噂だから、今じゃ鬼ヶ城(ここ)には誰一人近付いてきやしないんだ。よっぽどの物好きか、(ある)いは命知らずを除いて、さ………。」

 

 細められたバーサーカーの瞳が、妖し気に光を湛える。彼の(すみれ)色の傘に落ちる花弁が、先程の話からまるで(したた)り落ちる血を連想させ、驚怖した藤丸の顔は青ざめ、全身に鳥肌が立つ。

 暫しの間、流れる沈黙。木々が風に揺られる音だけが響く中、それを破ったのはバーサーカーの吹き出した笑い声であった。

 

「ゴメンごめん、何もそんなに怖がらなくても………まあ、俺も他人(ひと)から(つて)に聞いただけだし、あくまで噂は噂、他愛もない与太話として流してくれて構わないよ。」

 

 また元の人懐っこい笑顔と態度へと変わるバーサーカーに、藤丸は空いた口が塞がらない。何事もなかったかのようにすたすたと歩みを進め、バーサーカーが目の前を通過していくタイミングで漸く我に返り、藤丸は慌ててその背中を追った。

 

「それで、そんな噂が世間に流れてるにも関わらず、マスター君達はこんな所で何をしていたんだい?」

 

「あ、うん………実はこの城、鬼ヶ城のことを調査しておこうと思って。」

 

「ふーん、どうして?」

 

「えっと………今更になると思うけど、君もこの江戸(くに)の異変には気付いてるだろ?いつまで経っても夜が明けなかったり、それにさっきみたいな魔物がうろちょろしてたり…………まあ俺にとっては、街中に宇宙人がいたり空をあんなデカい宇宙船(ふね)が飛んでたりするのも不思議でならないけど。」

 

「そうだねぇ、俺もこっちの世界に来たのはつい最近のことなんだけど、魔物はともかく太陽が出ないってことには驚いたかな。まあでも、俺としてはそっちのほうが好都合だけどさ。」

 

「え、何で?」

 

「実はね、お日様の光が苦手なんだぁ。だから俺『達』は日除けのために、こうして常に傘を持ち歩いてるんだけど………こんな風に夜が続いてくれるなら、一々気をつけなくていいから気持ちが楽でいいんだけどね~。」

 

 バーサーカーは両手を広げ、その場でくるくると回ってみせる。傘に乗っていた花弁がそれに合わせて舞い踊り、まるで紅い斑雪(はだれ)のように彼の頭頂から降り注いだ。そんな姿を見ていた藤丸の中に、幾つか生じる疑問の数々。

 

「(俺『達』……?それに日の光が苦手って、どこかで同じことを聞いたような………。)」

 

 眉間に皺を寄せ、藤丸は思考を巡らせる。そして改めてバーサーカーの容姿に着目した時、新たに浮かび始める疑義。

 

「(………あれ?そう言えばこの人、よくよく見れば誰かに似てる気が───)」

 

「マスター君、マスター君ってば。」

 

 幾度も呼ぶ声に漸く顔を上げれば、鼻がつきそうな程の間隔にあるバーサーカーの顔。「距離感っ‼」と叫んで勢いよく後方に下がると、その反応にバーサーカーはくすくすと小さく笑う。

 

「どうしたの?難しい顔なんてしちゃって、疲れた?」

 

「あ~、ええっと………そんなとこ。」

 

「そう、でももう少しだけ歩くから、それまでの辛抱だよ。」

 

 頑張って、と一言の後に背中を軽く叩かれ、藤丸はまた足を動かす。そこから先程の続きから、二人の会話は再開される。

 

「で、君は鬼ヶ城(ここ)を調べたりなんかしてどうするんだい?只の好奇心、なんてことはないよね?」

 

「好奇心だけでこんなおっかない所には行かないよ………詳しいこと話すと長くなるし、ぶっちゃけ文字数もページも喰うから、出来ればかくかくしかじかで済ませたいところだけど、変なとこでは手抜きにしたくないっていうか、とりあえず簡潔に………笑わないでよバーサーカー君?実は俺、いや俺達は、ここじゃない別の場所から、次元を跳躍してやってきたんだ。」

 

「あっはは、あんまり面白くないかな。」

 

「わーんっ!それはそれで地味に傷つくリアクション‼」

 

「ごめんねマスター君、俺嘘()くの得意じゃないからさ。それで、君達はどうしてこんなところまでやってきたの?」

 

「ううう、君の素直さが俺の(ハート)を容赦なく傷つける………ええとどこまで話したか。そうそう、目的は俺のとこに召喚された数人のサーヴァントを送り届けることだったんだけど、到着したこの世界がさっき言った具合におかしくなっちゃってるし、それにこっちで出会ったとある人が、どうやら記憶を失くしてるらしいんだ。それで俺達は異変の解決とその人の記憶を戻す手掛かりを探すために、こうやってあちこち足を運んだりして情報を集めてたんだけど────」

 

「成程ねぇ、そうしてる最中に君はこうやって迷子になってしまった、というわけか。」

 

 痛い一撃を突かれ、うっと藤丸は声を洩らす。バーサーカーは俯きがちになった藤丸の顔を覗き込む体勢を取りながら、緩く弧を描く口許を開いた。

 

「……ねえマスター君、この世界を元通りにしようなんて大それたこと、本当に出来るって思ってるのかい?」

 

「え……っ?」

 

 バーサーカーの問い掛けとその意図が理解出来ず、藤丸の足は無意識にそこで止まる。怪訝な顔を向ける藤丸と距離を取り、開いた傘の向こうでバーサーカーはどこか楽し気に続けた。

 

「君が今までどれ程の世界と出会い、どれ程の英霊達と絆を結び、どれ程の事を成し遂げてきたのかなんて、俺には知らないし分からない。でもさぁ考えてごらんよ、何故此処が変わり果てたのか、そもそも原因はなんなのか、はたまた何者かの手による仕業なのか。まだ情報が不足しているにせよ、こんな大掛かりなことを起こしている奴がもしも、気配を殺して君達の背後にいつの間にか忍び寄っているとしたら。そして一瞬でも生まれた隙に、喉笛を掻っ切ろうとしているとすれば………そんな可能性だってゼロじゃない、ここでば充分に有り得るかもしれない。そういった事も視野に含めて、君は考えてはいるのかなぁ……?そんな夢見がちで自信に溢れた、何も知らない君に一つだけ、俺から忠告をさせてもらうよ。」

 

 

 閉じられた傘の向こうから、不敵に微笑むバーサーカーの姿が現れる。一歩、一歩とこちらへ近寄ってくる彼の眼は、まるで雪氷(せつひょう)の如く鋭い冷たさを孕んでいるかのようであった。

 

 突如変貌した態度と視線に気圧(けお)され、息を吞む藤丸の正面にてバーサーカーの足は止まる。硬直する彼の眼前に突き付けられたのは、(せせ)ら笑うバーサーカーの人差し指。

 

 

 

「………己の命すら、誰かに護ってもらわないといけない君じゃあ、この世界は何も変えられっこない……………そう、『今のままの君』じゃあね。」

 

 

 

 ザァ…ッ、と吹いた微風(そよかぜ)が、枝や照明を僅かに揺らす。

 舞い落ちる紅の花弁と共に、風に(そよ)ぐバーサーカーの結わえた髪、そして(うす)ら明かりに照らされた彼の、(あで)やかさを感じさせる程の微笑。

 

 

 幽暗に溶け込むことなく映えるそれらに、藤丸は一切の言葉を失い、ただ魅入っていることしか出来なかった。

 

 

 

「………はい、もうこの辺りでいいかな?」

 

 バーサーカーの声に我に返ると、そこは何処か見覚えのあるような場所。辺りを見回してから正面に向き直ると、バーサーカーはまた先刻のように、にこにこと笑っている。

 

「あ、ありかとう…………えっと、でも誰もいないみたいだけど?」

 

「平気平気、すぐに帰れると思うから。」

 

「そんなどうやって───────うわっ⁉」

 

 不意に吹き荒れる疾風に、巻き起こる花嵐と砂埃。思わず目を閉じた藤丸の聴覚が捉えたのは、遠くに聞こえるバーサーカーの声。

 

 

「また会えたら………いや、君とはまた必ず会えると思うよ。だって俺が………いに行くもの。だから……まで……んじゃ駄目だよ………だってマスター君は、俺が………すんだから。」

 

 

 風音に掻き消され、所々が聞こえない。

 

 徐々に強くなる風に何とか踏ん張りながら、うっすらと開いた藤丸が意識を失う前に見たのは、背筋が寒くなる程に綺麗なバーサーカーの笑顔であった。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「マ~……ス~……タぁぁぁっ!」

 

 意識が覚醒したと同時に、バッチィンッ‼と乾いた音に続いて凄まじい衝撃が左の頬を襲う。

 「ふべらっ⁉」と驚愕と激痛に声を上げた藤丸の首が、ゴキリと嫌な音を立てた。

 

「マスター……?マスター!ああよかった、気がついたんだね!」

 

 泣き出しそうな声の主を確認するため、強引に首を動かして向きを戻す。ごきごきと何度も鳴らしながら漸く正面を向くと、そこには涙目になったアストルフォを始め、座り込んだ自分を囲むようにして皆が集まっていた。

 

「あ、あれ……?ここって………バーサーカーは?」

 

「はいヨ~、バーサーカーの神楽ちゃんアル。」

 

「あ~いやいや、神楽ちゃんはバーサーカーだけど、違くて別の………あれぇ?」

 

 額に手を当て、必死に思い出そうと脳みそをフル回転させようとする藤丸。しかしそんな時、不意にふわりと温かな感覚が彼を包み込んだ。

 

「藤丸君………よかったぁ、本当に……!」

 

 温もりと優しい匂いに満ち溢れた、松陽の腕の中。混乱しかけていた藤丸の頭は少しずつ落ち着きを取り戻していき、深呼吸の後にゆっくりと辺りを見渡せば、左右の目は覚えのある景色をしっかりと映し出していた。

 

「ったく、心配させやがってよぉ………なあ藤丸、お前一体何処行ってたんだ?」

 

「フォウ、フォウ!」

 

「何処って………銀さん達こそ、途中でいなくなったじゃないか。」

 

 ぶーと頬を膨らせる藤丸に対し、銀時は二の句が継げないといった様子で目を(みは)り、そして大きく溜息を零す。

 

「何言ってんだ、いきなり姿消したのはお前のほうだろ。ったく、小一時間もかけて探し回ったら、こんなとこで居眠りしてやがるなんてよ。」

 

「まあまあ銀さん、藤丸君も無事見つかったことですし、いいじゃないですか。」

 

「そーヨ、結果オーライアル!」

 

「わんっ!」

 

 新八と神楽に(なだ)められる銀時の発した言葉に、藤丸は目を丸くする。松陽が離れてから、まだぼやける頭を動かして皆の顔を確認していくと、エリザベートとその隣にいる桂(髪がまだややしっとりとしている)と目が合う。

 

「エリちゃん、桂さん………銀さんが今言ったこと、本当?」

 

「ええ、そうよ。私達全員があの悪魔みたいなお城に目を取られてたほんの一瞬の間に、仔犬(アンタ)は姿を消したの………というか、消えた本人が覚えてないってどういうこと?」

 

「ふむ………まるで神隠しのようだな。藤丸君、今俺達と会う前に何かあったか、僅かでも覚えていることは無いか?」

 

「覚えてることって………あっ。」

 

 心当たりを一つ思い出し、藤丸はポケットの中を漁り出した。お菓子の殻やら鼻をかんだちり紙やらを避け、漸く見つけた目標……んまい棒を掴み、引き摺り出す。

 

「(………やっぱり、一本しかない。)」

 

 昆捕駄呪(コーンポタージュ)のみとなった駄菓子に目を落とし、先程の出来事は夢ではなかったことを藤丸は確信する。無言のまま押し黙ってしまった藤丸に皆が困惑する中、「ねえっ」と声を発したのはアストルフォであった。

 

「マスター、やっぱりこのお城変だよ。さっき皆で君を探してた時、僕はパチ君と神楽ちゃんを乗せて、ヒポグリフからお城の全容を見下ろしたんだ。そしたら………。」

 

 焦りからか、何度も(ども)ってしまうアストルフォ。やがて大きく深呼吸をし、新八と神楽と目を合わせた後、気を取り直して藤丸へと向き直った。

 

「僕達はしっかりとこの目で見たんだ…………ここには、このお城には、門が一つも存在しないんだよ。」

 

「門が無い、だと………馬鹿な!ではこの城に居る者達は、どのようにして出入りを行っているというのだ⁉」

 

 声を荒げて驚愕する桂とは対照的に、銀時は顔色一つ変えることは無い。鼻の穴に小指を突っ込んだままの彼を尻目にし、アストルフォは尚も続ける。

 

「それとさ、もしかしてマスターはお城の中にいるんじゃないかと思って、ヒポグリフと一緒に塀の向こうに飛び込んだんだ。けど…………二人とも、あの時のこと覚えてるよね?」

 

「おうヨ!ばっちりアル!」

 

「僕もしっかり覚えてるよ………でも、どうしてあんなコトに………?」

 

「何だよおめぇら、勿体つけてねえで早く教えろって。」

 

 やや苛立ちを見せながら銀時が言うと、三人はそれぞれ互いに顔を揃えた後に頷き合い、代表として再びアストルフォが口を開いた。

 

「僕達はあの時、確かに城壁を越えて中に入り込んだ。降下していく景色も、風を切った感覚も、間違いなく覚えてる…………でも、地面に着地する感覚は得られなかった。何度同じように試みても、僕達が顔を上げた時に広がってたのは、突入する数秒前と同じ景色だったんだから………。」

 

「えっと、つまりそれってこういう事?アンタ達は確実に城内への侵入に成功した筈なのに、気が付いた時にはいつの間にか外に放り出されてた、って言いたいのかしら……?」

 

 エリザベートが要約すると、三人は揃って大きく頷く。それらの話に耳を凝らしていた桂は、一つの推測を挙げた。

 

「ふむ………やはりこの城には、結界の(たぐい)が施されているようだな。恐らく城門が存在しないのも、侵入者を拒むためのものだろう。」

 

「んなどうしようも無ェこと並べたって仕方ねーだろ、ヅラ君よぉ~どうにかなんねぇのコレ?こういう時のためのキャスターじゃねえの?」

 

「ヅラじゃない桂だっ!何度も同じことを言わせるな、本来の俺は魔術師などではないのだぞ!そんな無茶振りを言われても、俺とて手の施しようが────」

 

 今まさに言い合いを繰り広げている銀時と桂。二人を止めようとする藤丸達に、自分も加わらねばと狼狽(うろた)える松陽。彼らの元へと一歩を踏み出した、その時だった。

 

 

 

「───────っ⁉」

 

 

 突として、全身を貫くように駆け巡る、凄まじい程の悪寒。

 

 

「…………え?」

 

 震えが、止まない。続いて痛いと肌で感じる程に降り注ぐ、何者かの視線。

 それが何処からのものかを探せば、顔の向く方角は自然と上へと昇っていく。

 

 

 やがて松陽が見上げた先には…………桜の木々の向こう、(そび)え立つ禍々しい天守閣の、とある一角。

 

 

 

 

 最上階に当たる天守の廻縁(まわりえん)に、『それ』はいた。

 

 

 

「────────っ⁉」

 

 

 

 地上からの距離では、肉眼での認識など不可能に等しい。

 

 だが、松陽には分かってしまった…………闇黒の中にぎらつく二つの赤い眼が、今こちらを見下ろしているのを。

 

 

 

「っ………ぁ………‼」

 

 

 

 声が出ない。水を失い酸素を求める魚のように、ただ口はぱくぱくと動くだけ。

 

 

 

 戦慄し動けないでいる松陽へと、『それ』はゆっくりと焦点を合わせていく。

 

 

 恐怖に染まった琥珀と、狂気を孕んだ緋色が重なったその時────

 

 

 

 

 

 

 『(それ)』は、嗤った。

 

 

 

 

 

 

  どさっ、

 

 

 質量を持ったものが地面へと倒れる音に反応し、喧騒は一時中断する。

 音の方へと集中した意識がその正体を捉えた刹那、驚愕するよりも早く銀時が駆け出し、叫んだ。

 

 

「松陽っ‼」

 

 

 銀時の声に皆もハッと我に返り、彼に続いて倒れた松陽の元へと向かう。

 地に伏した松陽に触れた時、銀時は愕然とする………冷たい。着物越しでも異常な体温と分かるほどに、松陽の身体はまるで氷のように冷たくなっていた。

 

「フォッ⁉フォウフォウッ!」

 

「松陽、松陽⁉どうしたアルか⁉松陽っ⁉」

 

 フォウと神楽がいくら呼びかけても、松陽はそれに応えない。身体はこれだけ冷えきっているにも関わらず、苦悶の表情で荒く呼吸を繰り返す彼の額からは、(おびただ)しい汗が吹き出ている。

 

「やだ……ちょっと、どうしちゃったのよ⁉」

 

「松陽さんっ、ねえ起きてよ⁉松陽さん‼」

 

「わんっ!わんわんっ!」

 

 誰もが松陽の名を呼び、身を案じるそんな中、ふと藤丸はその中に桂の声が無いことに気が付く。見れば、彼は強張った表情で松陽─────正しくは、羽織の崩れかかった松陽の背中を凝視している。限界まで見開かれた目が見つめる先を認識した時、藤丸は驚愕する。

 

「銀さん………背中、松陽さんの………‼」

 

 震える声で紡いだ藤丸の言葉に、銀時は直ぐ様松陽の背中を確認する。

 そこにあったものを(まなこ)に映した時、銀時………否、彼だけでない。松陽を除いた誰もが、目を疑った。

 

「な、んだよ………これ……⁉」

 

 絞り出すようにして、銀時は呟く………彼に抱かれた松陽の背中が、淡く光を放っていたのだ。

 どこかで見た覚えのあるその光は厚い生地を突き抜け、暗闇の中で仄かに輝いている。しかしそれが示す形を目にした時、皆一瞬だけ言葉を失った。

 

「こ……これって、桂さん達が見たって言ったあの………‼」

 

 

 震駭(しんがい)する新八に続き、あまりのことに銀時も叫び出したかった─────背中(そこ)にあったのは、一昨日の夜に桂が筆で示したままの、鬼を模したような刻印。

 

 

 隣を見れば、アストルフォもまた驚きを隠せないでいる。そう、彼だって松陽の背中には何も無かったのをしっかりと目視し、それを昨夜皆の前で話したばかりであった。

 にも関わらず、何故、どうしてこのタイミングで………何一つ理解出来ない現状に誰もが酷く混乱していたその時、松陽が苦し気に小さく唸った。

 

「っ………とにかく、このままボサッとしてるわけにもいかねえだろ!早くババアんとこ戻るぞ‼」

 

 松陽を抱きかかえ銀時が立ち上がると、皆も一斉に我に返り行動を取る。誰もがこの場所は危険だと察知し、元来た方角へと駆け出した。

 

「う………っ……。」

 

 身を震わせ、腕の中で喘ぎ続ける松陽の姿に、銀時は歯を食いしばる。一刻も早く身を休ませてやりたいところではあるが、自分達が先程の地点に辿り着くまでに所要した時間は約一時(いっとき)程。徒歩であったとはいえ、お登勢達のいるスナックまでは余程の距離もある。

 そんな銀時の焦燥を察してか、彼のすぐ横を走っていた新八が張り上げた声で言ってきた。

 

「銀さん、お登勢さんの所よりも近い場所、僕知ってます!」

 

「!……本当か、新八⁉」

 

「もうこうなったら、四の五の言ってる場合じゃありません!行きましょう!」

 

 眼鏡越しの奥に灯る力強い瞳に、銀時は頷く。それを確認した新八は先頭へ躍り出ると、「こっちです!」と皆を先導する役を買って出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あーあ、連中行っちまうぞ。本当にいいのか?」

 

 桜の木の上から小さくなっていく背中を気怠げに見送り、ランサーは大きく欠伸をする。彼のすぐ傍らにある太い枝に腰掛けているのは、あのバーサーカーの青年であった。

 

「いいんだよ、別に急ぐことでもないんだし。」

 

「さいですかぃ………にしても『団長』、アンタ一体何がしてェんだ?折角例のマスターの小僧を連中と引き剥がして城に入れたってのに、殺すどころか助けた上に送り届けちまうなんてよ。」

 

「ふふっ……あのね、あ……ランサー、実は俺面白い事を考えたんだ。」

 

「へいへい、俺にとっちゃ面倒事でしかない団長サマのご提案、是非ともお聞かせ願おうか。」

 

「そっか~そんなに知りたいなら教えてあげるよ…………あのマスター君の事なんだけどさ。」

 

「あぁハイハイ、何でしょうね?」

 

(しばら)くは殺さないで、様子を見守ろうと思ってるんだ。」

 

「へーそう……………はああァァァァァァッ⁉」

 

 あまりに唐突な発言に、酷く驚愕するランサー。その拍子にバランスを崩し、愉快な動きで体勢を戻そうとする彼を、バーサーカーは助けるどころか腹を抱えて笑っていた。

 

「あっはは!何今の動き、面白かったからもう一回やって?」

 

「誰がやるかってんだ‼つーか何頓珍漢(とんちんかん)なこと言い出すんだよこのすっとこどっこい!23話で俺らが『お(かみ)』に命令されたこと忘れたのか⁉ええ⁉」

 

「失礼だなぁ、ちゃんと覚えてるに決まってるだろ。あ……ランサーと違ってそこまで脳の細胞は老化してないよ。」

 

「サーヴァントに老化も何も関係無ェだろ。あとさっきからちょくちょく真名バラしそうになるのやめてくんない?勘の良いヤツは既に気付いちゃいるだろうが、まだ本編(こっち)じゃ伏せてることになってんだからさ。」

 

 愚痴を零すあ……じゃなかったゴメン。ランサーを尻目にし、バーサーカーは再び視線を堀の方へと向ける。

 先頭を駆けていく者達の姿が既に見えなくなっている中、バーサーカーが見つめているのはただ一点─────懸命に皆の後を追う、白い服の背中。

 

「ランサー、俺が好物を最後に取っておいておくタイプっていうのは、お前もよく知ってることだよね?」

 

 (やぶ)から棒に何を言い出すんだ、とランサーが彼を見れば、バーサーカーは返答を待たずしてそのまま語り続ける。

 

 

「俺さ、彼のことが気に入ったんだ。確かに弱いままの今なら、一捻りで簡単に殺せちゃう。けど、そんなのつまらないだろ?だからマスター君が俺の満足するくらいに強くなってくれるまで、保留することに決めたんだ…………焚き付けはしておいた。あとはどんな風に力をつけていってくれるか、今から楽しみでならないよ。」

 

 

 

 ザァッ、と吹いた風が、彼らのいる木をも揺らす。

 

 紅色の花吹雪の向こうで、バーサーカーはさも楽しそうに顔を綻ばせる。

 

 花弁の積もった堀を見下ろす彼の眼に、淡く宿った狂気の光。

 

 

 

 

 

「また会えたら………いや、君とはまた必ず会えると思うよ。だって俺が君に会いに行くもの。だからそれまで、絶対に死んじゃ駄目だよ………だってマスター君は、俺が殺すんだから。」

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【七】 暗雲(Ⅰ)

 

 

 

 

 

 ─────ごぽ、ごぽり。

 

 

 

 微かに聞こえてくる、液体の泡立つ音。そして鼻をつく不快な臭気に、ぼやけた意識は徐々に覚醒していく。

 吸い込んでしまった瘴気(しょうき)()せながら辺りを見回すと、『 』は今自分が置かれている状況を理解し、愕然とする。

 

 眼下に広がるのは、一面の黒い水面(みなも)…………否、これは断じて水などではない。重い質量を保った得体の知れない液体が広がっているその中空(うえ)で、『 』は狭い(おり)の中に閉じ込められていたのだ。

 

 人型を模した、冷たい鉄製の(かご)。中世期の西洋において拷問器具として使用されていたものに酷似したそれの中では、身動き一つ取ることが出来ない。液体から昇る瘴気に何度も咳き込んでいた時、ふと視界の中で何かが動いたのに気が付く。

 

 

 ………人だ。それも一人や二人ではない。朱殷(しゅあん)を更に濁らせ腐敗させたような水……否、これは最早泥と呼ぶほうが相応しい。そんな汚泥(おでい)の中を、何十という数の人の形をしたものが(ただよ)っていたのだ。

 人の形をしたもの、という表しなのは、彼らが既に生者でないことが明確であるからだ。(からだ)の半分以上がどろどろに溶けきっている者、眼球だけが落ち(くぼ)んだ者、頭部を喪失している者など、それらが無気力に浮遊している酸鼻を極めた(おぞ)ましい光景を直視出来ず、『 』は込み上げる吐き気を必死に(こら)えながら目を逸らした。

 

 

 

「ああ何だ、起きたのか……そのまま眠っていたほうがよかったものを。」

 

 

 粘度を含んだ水音と、自身の咳以外に耳に飛び込んできたその声に、『 』は咄嗟に(おもて)を上げる。

 それが発せられた位置を探すため、(せわ)しなく見回す『 』の首が漸く動きを止めたのは、遥か下方───濁った泥に満たされた巨大な器のすぐ傍に(たたず)む、二人の姿を発見した時であった。

 

 目元までを覆った黒い(からす)の面を被った、白と黒の袈裟(けさ)(まと)った不気味な男は、直立のまま微塵も身体を揺らすことなく此方(こちら)を凝視している………しかし、『 』が(おのの)くその対象は、彼の隣に立つもう一人の男の方にあった。

 

 烏面の男とは対称に、暗い室内でも映える(きら)びやがな着物。上着のように羽織ったそれの黒橡(くろつるばみ)の生地には、(たもと)と裾のそれぞれに紅白の曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が描かれている。顔が隠れるほどの大きな(さかずき)の中身が()()された間合いで、下ろされた盃の向こうから男の顔面が(あらわ)になった。

 

 

 

 死人(しびと)を連想させるかのような、白い肌。

 

 雪華の如く純白の、癖のある頭髪の間から鋭く伸びる、二本の紅色の(つの)

 

 

 

  そして…………

 

 

 

 

 

  ─────ひゅっ、

 

 

 開いたままの口から、間抜けな音と共に空気が細く漏れ出る。

 

 まるで蛇に睨まれた(かわず)のように、全身が(すく)み上がり動けない。今すぐにでも座り込みたかったが、(いまし)める狭い檻によってそれは叶わぬ望みとなった。

 

 畏縮し硬直したままでいる『 』を一瞥し、白髪の男……『鬼』は盃を(おもむろ)に泥へと近付け、(から)の器にそれを(すく)い取る。

 緩やかに傾けた盃の端から、ぼたぼたと零れ落ちる赤黒い泥。飛沫(しぶき)も上げずに(よど)んだ水面へと消えていく様を眺め、鬼は微笑んだ。

 

「……よし、いい塩梅(あんばい)だ。」

 

 満足げに呟いた後、鬼は傍らに立つ烏面の男へと目配(めくば)せをする。男は返答もせず、頷きもせず、ただ合図に従い行動を開始する。

 じゃら、と擦れ合う金属音を立て、彼が手にしたのは(にび)色の鎖。長く伸びたそれが何処へと繋がっているのかを確かめようと、『 』は唯一自由の利く己の目を動かして、鎖の道筋を辿っていく。

 やがてその鎖の最終地点が、自身の囚われているこの檻のすぐ上に存在していることが分かったと同時に、『 』は彼らがこれから何を行おうとしているのかを悟り、心底から震え上がった。

 

 

 「 嫌だ、()めてくれ 」

 

 

 そう叫ぼうと口を大きく開けたのと、烏面の男が鎖を強く引いたのは、ほぼ同時。

 

 支えを失った鉄の籠は、重力に忠実に従い垂直に落下していく。悲鳴を上げる間も与えられず、『 』は檻ごと汚泥の表面に激しく叩きつけられた。

 

 格子の間から、生温かい泥が容赦なく入り込んでくる。水面から頭が出ることから、深さはそれほど存在するわけではなさそうだ。しかし、動けないのと不快であることに変わりはない。

 

 やめてくれ、助けてくれ。悲痛な声で叫ぶ『 』と、妖しく微笑んだままこちらを見つめる鬼との間に、ぬっと何かが割り込んでくる。

 

 それが手だと理解した刹那───『 』は絶叫した。

 先程上から見下ろしていた、あの『人の形をしたもの』達………物言わぬ(むくろ)であるはずの者達が、一斉にこちらへと集まってきたのだ。

 何本もの腕が、檻を掴み揺らす。彼らの行動の意味を理解した『 』は、必死に声を張り上げ訴えた。

 

 

 やめろ、やめろ。どうかやめてくれ。助けて。頼む。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ‼

 

 

 ごぼり、とうとう泥は『 』の口の中にまで侵入してくる。徐々に傾きが大きくなり、鼻から、耳から、全身のあらゆる穴から染み込んでいく泥。

 

 瞼を閉じてはいないのに、視界が徐々に暗くなっていく。いや違う、闇に飲まれようとしているのは自分(おのれ)の意識だ。

 もう既に、あちこちの自由が利かない。鉛のように重くなった自身の体は、指一本すらも動かせない状態にまで陥っていた。

 

 亡者達の手により、檻はもう完全に没する手前にある。狭まる視界が最後に映したのは、無機質に傍観する烏面の男。そして盃の向こうから覗かせた、白髪の鬼の────あまりに綺麗で恐ろしい、愉悦の笑み。

 

 

 

 

 ────誰か、誰か助けてクれ   どうカ  どウか………

 

 

 

 

 自分が自分でなくなる感覚に怯え、ここにはいない『何者(だれ)か』に救いを乞いながら、『 』は…………自分(いしき)を、手放した。

 

 

 

 

 

 

 再び訪れる静寂。鬼は残った最後の果実酒を喉に流し、(から)になった瓶を放り投げる。

 陶器の派手に割れる音が後方で響き、思わず片目を(つむ)る鬼。烏面の男はというと、相も変わらず微動だにしていない様子。そんな彼を一瞥してから、また汚泥へと向き直った鬼が、暫くしてから口を開いた。

 

「………ん、そろそろだな。」

 

 牙の並ぶ口許が弧を描いたのと同時に、器の中の泥に異変が起き始める………静かだった水面が徐々に揺らめき、やがて泥は勢いを(ともな)って、ある箇所へと引き寄せられていく。

 その中心に存在するのは、既に頭頂部の金具しか露出していない例の檻。ガタガタと激しく揺れ動くそこへと向かい、泥は浸かった骸ごと渦を巻いて集中し、吸い込まれていった。

 泥の(かさ)が半分になり、膝下ほどになり、やがて完全に干上がったその時、檻に変化が表れる。中に入っていた真っ黒なモノが膨張を開始し、盛り上がっていく(かたまり)が内側から格子を押し上げていった刹那、派手な音と共に檻が砕け散る。

 咄嗟に鬼の前へと(おど)り出る、烏面の男。利き手に展開した錫杖(しゃくじょう)(たく)みに使い、破片を弾き返していく。やがて危険を除いたことを確認すると、烏面の男は無言のまま数歩下がり、また佇立(ちょりつ)の姿勢へと戻った。

 

 

 束縛を破り、解放された黒い塊はその場から移動することなく、ぐねぐねと揺れ動き続けている。やがてそれが少しずつ治まりつつあるのと同時に、塊の大きさも徐々に収縮していく。

 

 球状だったそれが楕円へと変化し、そこから突き出るように生える四本の細いモノ。それらが人間の手と足の形に変形していくと同時に、頭となる丸い部位までもが現れる。徐々に『人』を形作っていくその物体を、鬼は嬉々とした表情(かお)で眺め続けていた。

 

 

 

『お、オ、ぉ………………あアあアアあァァァァァァッ‼』

 

 

 

 一帯の空気を震わせる咆哮が、空間内に響き渡る。

 

 男とも女とも、まして獣ともつかない声で吠える、『人の形をしたモノ』。

 

 

 深淵の闇を連想させるほどにどす黒い(からだ)に刻まれた、『鬼を模した刻印』が、薄暗さの中で強く光を放っていた。

 

 

 

「………よしよし、流石は(おれ)だな。上手くいった。」

 

 

 

 異形の轟きに聞き惚れながら、鬼は呟き一人ほくそ笑む。

 

 

 細めた両の眼が、幽暗の中で妖しく深緋の色を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「ここ、って……?」

 

 目の前に建つ古びた木製の門を前にして、藤丸は目を白黒させる。

 年季の入った門の隣に並ぶ、これまた古い看板には大きく『恒道館(こうどうかん)道場』と記されていた。

 

「ちょっと眼鏡ワンコ、アンタに言われるままについては来たけど、何なのよココ?」

 

「あ、エリちゃん達にはまだ話してなかったんだっけ………実は僕の家、道場をやってるんだ。」

 

「ってことは、ここってパチ君ん()なの?すっごーい!何だか門だけでも立派だね!」

 

 ぴょんぴょんと跳ね、はしゃぐアストルフォ。そんな楽し気な彼とは裏腹に、銀時の面持ちは強張ったまま。

 腕に抱えた松陽の様子は、先程よりは幾分か落ち着いている。しかし、呼吸が規則正しいものに変わったのみで、血色の好くない顔色は相変わらずである。

 

「銀時……先生の様子はどうだ?」

 

「ああ、さっきよりは大分マシになったとは思う。」

 

「そのようだな。だがまだ油断は出来ない、早く先生を横にさせてやらねば………。」

 

 そこまで紡ぐと、桂は口を閉ざしてしまう。眉間に皺を寄せる彼が今考えていること、それは恐らく目の前にいる銀時の頭の中でも、同じ疑問が存在しているに違いないだろう。

 

「なあヅラ、さっき見た松陽の背中の────」

 

「銀時、その話は高杉達が戻ってからでも構わんだろう。今は何より、先生を休ませることを先決させなければならん。それと、ヅラじゃない桂だ。」

 

「あ、ああ………そうだな。」

 

 桂の鋭い正論に、銀時はやや阻喪(そそう)する。先程見た不可解な光景への疑念と、松陽を心配する想いとがせめぎ合い、大きく溜息を吐いたその時、神楽が近くへとやってきた。

 

「おう神楽、どうした?」

 

 銀時がそう声をかけるも、返答は無い。ただ泣き出しそうな顔で彼の腕の中の松陽を見つめ続け、やがてぽつりと呟いた。

 

「………銀ちゃん。私、また守れなかったヨ。」

 

 松陽の羽織の裾を握りしめる手と同様に、その声も震えている。瞠目する銀時を始め皆の意識を小さな身体に受け、神楽は尚も続ける。

 

「あんなに、あんなに守ってやるって言ったのに………さっき松陽が倒れた時、怖くて何にも出来なかった………今だって、こうして苦しそうにしてるっていうのに………私、結局は松陽のために、まだ何にもしてあげられてないアル!」

 

「……神楽。」

 

 不意に上げられた(おもて)には、幾筋もの雫が流れ落ちている。二つの瞳いっぱいに涙を溜めた神楽は、何度もしゃくり上げながら銀時に尋ねた。

 

「銀ちゃぁん……松陽、このまま死んじゃったらどうしよう………ぅ、うええ………っ‼」

 

 止めどなく溢れる涙が頬を伝い、彼女の(あか)い服に染みを作っていく。定春にしがみつき、泣きじゃくる神楽を前にした銀時の脳裏に、突として甦る過去の記憶。

 

 

 

 

『……銀時、あとの事は頼みましたよ』

 

 

 学び舎を包む焔が、後ろ手に縛られたその背中を照らす。

 左右に並ぶ見知らぬ男達によって、今まさに吉田松陽(せんせい)は連れていかれようとしている。

 

 

『私はきっとスグに みんなの元へ戻りますから』

 

 

 自身を拘束する縄が解けない、邪魔な連中を退(しりぞ)けられない………。

 

 力の無い子供である今の自分を、これほどまでに(いと)わしいと思ったことはなかった。

 

 

『だから……それまで仲間を みんなを 護ってあげてくださいね』

 

 

 嫌だ、嫌だ、行かないで先生。

 

 お願いだ。俺達からその人を奪わないで、その人を連れていかないで。

 

 

 

『────約束……ですよ』

 

 

 

 振り向いた(おもて)に浮かべられた、いつもと変わらぬ松陽(おんし)の微笑み。

 

 しかし、どこか寂し気な情調を感じるのは、今しがた交わされた契りがこの先叶わぬものとなるのを、まるで暗示しているかのようだった。

 

 

 遠ざかっていく師の背中に向かって、腹の底から叫び続ける。

 

 (うしな)いたくないんだ、傍にいてほしいんだ。

 

 

  行かないで、行かないで、行かないでっ─────先生‼

 

 

 

 

 

「………さん、銀さんってば!」

 

「フォーゥ、フォウ!」

 

 呼びかける藤丸とフォウの声に、銀時は我に返る。怪訝な顔でこちらを見る藤丸の後ろでは、(むせ)び泣く神楽をエリザベートがハンカチで顔を拭ってやりながら(なだ)めていた。

 

「銀ちゃん、本当に大丈夫?さっきから顔、凄く怖いよ……?」

 

 銀時の顔を覗き込み、アストルフォが眉を(ひそ)めて言う。見れば、神楽とエリザベートを除いた皆の視線は、いつの間にか自分へと集中しているではないか。決まりの悪くなった銀時は彼らから目線を逸らし、「……悪ぃ」と小さく謝った。

 

「大丈夫ですよ銀さん、それに神楽ちゃんも。きっと休めばまた元気になってくれますって!さ、早く中に入りましょっ!」

 

 明るい調子で言いながら、新八は門に手を掛ける。しかし木の壁に触れたその手が僅かに震えているのを、銀時は見逃さなかった。

 

 

『もし姉上まで僕の事を覚えてないなんて言い出したりしたら、なんて考えただけで怖くて……。』

 

 

 一昨夜に零した彼の心の内を、今でもしっかりと覚えている。一見気丈に振る舞っているが、それもきっと自身の不安を打ち消すために無理をしてのことだろう。

 

「新八、お前…………本当に大丈夫なのか?」

 

 銀時が尋ねると、こちらに背を向けている新八の肩が僅かに跳ね上がる。暫しの沈黙が流れた後、新八はゆっくりとこちらを向いた。

 

「大丈夫………じゃあないですね。正直、不安で胸が張り裂けそうなんです。でもさっきも言ったでしょ?四の五の言ってる場合じゃないって………それに今は怖いって気持ちより、こんな状態の松陽さんを早く介抱しなきゃって思いのほうが断然強いんですよ。」

 

「パチ君……。」

 

 眉の端を下げ、心配そうにこちらを見つめるアストルフォに対し、新八は笑みを浮かべ強く頷き返す。そうすることで、自身の中に(わだかま)る不安や懸念をも打ち消せるような気がしたからだ。

 

「神楽ちゃんも、そんな顔しないで。もうすぐ松陽さんを休ませてあげられるから、ねっ?」

 

「ぐすっ………うん。」

 

 鼻を(すす)り、エリザベートから借りたハンカチで顔を拭きながら神楽は頷く。そんな彼女を見届けてから、新八は門へと向き直ると、目を閉じて深呼吸をする。数回繰り返した(のち)、腹を据えた新八は目を開き、門へと手を掛けた。

 

「せーのっ─────ただいまァァァッ!」

 

 思いっきり力を込め、やたらと威勢のいい帰宅の声と共に、木製の門は勢いよく開かれる。

 中へ入ろうと一歩を踏み出すべく、新八が片足を上げたその時だった。

 

 

「きゃっ⁉………もう~、びっくりしたわぁ。」

 

 

 凛とした声、それと同時に門の向こうから現れたのは、一人の女性。

 (つや)やかな黒髪を高い位置で結わえ、丸く見開いた目でこちらを見つめるその女性を前にするや否や、新八の顔はF1レーサーも仰天するほどの速度で真っ青になった。

 

「あ、ああああねあねあね……‼」

 

 彼の中から姿を消した筈の不安と懸念は、実は足にしっかりとゴム製の命綱を装着していたようで、数秒間のバンジージャンプを経た後に宙で華麗なUターンを決め、そのまま新八の中へと戻ってきてしまったようだ。

 四の五の云々言っていたあの頼もしさは何処へやら、ダラダラと滝のように冷や汗を流し硬直する新八を皆が唖然として眺めていた時、女性が(おもむろ)に口を開いた。

 

「あら……?」

 

「ひゃっ、ひゃい⁉」

 

 極度の緊張に声が裏返ってしまう新八。張り詰めた空気からそれは伝染してくるようで、藤丸達も思わず固唾を呑み込む。

 女性はきょとんとした様子で(まばた)きを数回繰り返す。直後、彼女は朗らかな笑顔を浮かべてこう言った。

 

「おかえりなさい、新ちゃん!」

 

「………へ?」

 

 思わず漏れ出た、素っ頓狂(とんきょう)な声。新八も、銀時達も、何故か事情を知らない藤丸達カルデア面々までも、揃って目が黒胡麻のような点になる。

 

「あ、あの………姉上?」

 

 おずおずと、新八が緊張を崩さないまま口を開く。どうやらこの女性が先日より会話の中で度々登場していた彼の姉なのかと、藤丸は確信した。

 

「思ってたより早く帰ってきたのね。これからお夕飯の買い物にいくところだったんだけど、新ちゃんもお荷物持つの手伝って………新ちゃん?」

 

 反応の返ってこない新八を、女性は不思議に思う。すると佇立していた新八の体がわなわなと震え、今度は涙が滝のように溢れ出した。

 

「あ……姉上ェェェェェッ‼」

 

 人目など(はばか)らず、女性へと飛び込んでいく新八。実の姉に忘れられていなかったという安心から緊張の糸が切れたようで、彼を受け止めた姉に背中を優しくぽんぽんされながら、新八は声を上げて泣きじゃくっていた。

 

「もう、新ちゃんたら………ところで、貴方がたは?」

 

 新八から対象を銀時達へと移し、女性は首を傾げる。その顔は、こちらの世界に来たばかりに出会ったお登勢達と同じ………初めて目にする、『余所(よそ)者』を前にした時のもの。

 

「あ、姉御……私神楽アルよ⁉こっちの白いモジャモジャは銀ちゃんアル!忘れちゃったの……⁉」

 

「あら可愛い子、神楽ちゃんっていうのね。私は新ちゃん……志村新八の姉の(たえ)よ。お妙って呼んでくださいな。」

 

 穏やかな笑みを湛え、女性……お妙はにこやかに挨拶をする。まるで初対面であるかのような彼女の態度に、神楽も銀時も動揺を隠せない。

 

「………やはり、彼女もか。」

 

 桂が重苦しい声で、静かにそう呟く。

 今目の前にいるお妙はお登勢達とは違い、実弟である新八のことはしっかりと覚えていた。だが彼女の記憶の中には、自分はおろか神楽の存在すら無い……受け止め難い事実に、銀時の眉間に皺が自然に寄っていった時だった。

 

「ぅ、んん………っ。」

 

 腕の中の松陽が、小さく唸り身を捩る。

 我に返った銀時が目を落とすと、松陽の額に少しだけ汗が滲んでいるのが確認出来る。未だ温度の低い身体を抱え直し、銀時は新八へと視線を移す。

 緋色の瞳が訴えるものを即座に察した新八は、袖で乱暴に顔を拭ってから、直ぐ様お妙と顔を合わせた。

 

「姉上っ!事情は後でお話しますから、部屋と布団を貸してください!」

 

「え?ちょ、どうしたの新ちゃん?」

 

「松陽さん……えっと、銀さ……僕の知り合いの方が急に倒れてしまって、それで───」

 

 弟の必死の剣幕に吃驚(きっきょう)しながらも、お妙は状況を確認しようと彼が全て言い終える前に顔を上げる。そして銀時の腕に抱かれた松陽の姿を目撃したと同時に、彼女は表情を一変させた。

 

「……分かったわ、皆(うち)に上がって。新ちゃんはお布団出すのを手伝ってちょうだい。」

 

 (きびす)を返し、力強い言葉で皆を玄関へと促すお妙の姿に、新八の目頭はまたも熱を孕み始める。しかしまた泣いていては姉に怒られてしまうため、再度目を袖で擦ってから、後方の銀時達へと目配せする。

 張り詰めていた面々の顔は安堵から徐々に緩み、共に顔を合わせた藤丸と銀時も、互いに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「うんしょ、っと……。」

 

 絞ったタオルから零れた水が、桶へと垂直に落ちていく。程よい湿り気であることを確認し、藤丸は布団の脇に座る桂にそれを手渡した。

 

「はいヅラさん、どうぞ。」

 

「かたじけない、それとヅラじゃない桂だ。」

 

 藤丸から受け取ったタオルを利き手に持ち替え、桂は布団側へと向き直る。強いた布団の上では、先程銀時と協力して寝間着に着替えさせた松陽が、すやすやと寝息を立てていた。

 桂がタオルで額の汗を拭うと、松陽は冷たさに一瞬だけ眉を顰めたものの、優しい手付きに心地良さを覚えたようで、またすぐに穏やかな表情へと変わっていった。

 

「ヅラさん、松陽さんの具合どう?」

 

「ああ、先程より顔色も大分良い。今はとりあえずこのまま寝かせておこう。それからヅラじゃない桂だ。」

 

「よかったぁ………それじゃ、暫くは安静にしておかないと。俺達も銀さんのところに戻ろっか、ヅラさん。」

 

「ヅラじゃないってば桂だってば‼藤丸君っ俺は何か君を怒らせるようなことをしたのか⁉」

 

「えーだってホラ、台本にもそうやって書いてるんだし、仕方ないよ~かつ………ヅラさん。」

 

「今の言い直さなくてよかったよ⁉桂さんで合ってるから!最近何だか君も銀時のようになってはきてないか⁉ええ⁉」

 

 桂が声を張り上げたその時、突如彼の頭頂に衝撃が走る。頭を押さえ(うずくま)る桂の背後に立つ人物を見上げると、ぽかんと開けた藤丸の口からその名が飛び出す。

 

「あ、銀さん。」

 

「痛っつ~………ったく、なに騒いでんだテメーら。静かに松陽休ませるっつったろ。」

 

「痛たたた………痛いではないか銀時ィ!見ろコレたんこぶが出来てしまったではないか‼」

 

「うっせーよっ!オメェの石頭に拳骨落とした俺のが痛いわ!見ろコレ拳に血が滲んじまったじゃねーかっ‼」

 

 ぎゃいぎゃいと大の大人が言い争う光景を眺めていた藤丸であったが、ボキッと不意に響いた音と共にその二人が膝から崩れ落ち、やがて床に倒れたその向こうで、開いたままの障子の辺りに立つ新たな人物を見上げ、その名を口にした。

 

「あ、神楽ちゃん。」

 

「藤丸、姉御がお茶煎れたから来いだってヨ。あとこの(やかま)しい馬鹿共、一人運ぶの手伝うヨロシ。」

 

「うん、分かった………それじゃ松陽さん、ゆっくり休んでくださいね。」

 

 天井から下がる紐を引くと、室内は暗闇に包み込まれる。音を立てないように障子を閉め、藤丸はぐったりしたままの銀時の両足を掴み、桂の襟首を掴んだ神楽と共に大の大人を引き()った状態ですぐ隣の居間へと移動した。

 

「姉御~、皆連れてきたアル!」

 

 神楽が障子を開けると、湯呑を並べるエリザベートと机を挟んで向かい合う位置にいるお妙が顔だけこちらを向き、急須(きゅうす)からお茶を注ぎながらにっこりと微笑む。

 

「ありがとう神楽ちゃん、今お茶が入ったから皆で飲みましょ。今新ちゃんと……えっと、アストルフォ君?だったかしら。その子達がお菓子も持ってきてくれるから、さあさあ座って。」

 

「お菓子⁉キャッホーイ!」

 

 ドタドタと足音を立て、我先にと神楽が室内へ入っていく。続いて藤丸と、運搬途中に意識を戻した銀時と桂が、脹脛(ふくらはぎ)の青(あざ)(さす)りながら居間へと上がりこんだ。

 座布団の上に座った藤丸の隣に銀時が腰掛けたと同時に、障子の向かい側の襖が開く。「おっ待たせ~!」と相変わらず元気のいいアストルフォの後に、盆におかきやらル〇ンドやらの小さな菓子を乗せた新八が居間へと入ってくる。アストルフォが襖を閉めたとの同時に、新八が菓子の入れられた器を机の上に置くと、光の速さで神楽が数個のバー〇ロールを掴み取っていった。

 

「んもぅ仔兎ったら、意地が汚いわよ………それで仔犬、松陽の具合はどうなの?」

 

「うん、大分落ち着いて今は寝てる………ええと、お妙さん?」

 

「はい、お妙です。そう言えば貴方のお名前は何と(おっしゃ)るのかしら?」

 

「あっ、すみません。俺ってば名前も言わずに………俺は藤丸、藤丸立香です。この度は色々とありがとうございます。本当に助かりました!」

 

 深々と(こうべ)を垂れる藤丸に、「あらぁ…」とお妙は驚嘆する。

 

「そんなに恐縮しないで、藤丸君。人として当然の行いをしただけだもの………それで、そちらの方々は?」

 

 お妙が何気なく尋ねると、湯呑を口元に運ぼうとした銀時の手が止まる。それから彼女の方を向いた銀時が一瞬だけ見せた寂しげな表情(かお)に、新八の胸がちくりと痛んだ。

 

「俺は……坂田銀時だ。新八(コイツ)とは色々と縁があってな、まあ一つ(よろ)しく頼むよ。」

 

 新八の頭をわしわしと撫で、銀時は緩やかに微笑む。お妙は相も変わらず笑みを浮かべたまま、今度は桂へと対象を変更した。

 

「それじゃ、そちらのロン毛がうっとおしい方は?貴方も名前を教えてくださいな。」

 

「うむ、少し引っかかる物言いだが構わんか。俺は桂小太郎、決してヅラとか可笑しな渾名(あだな)で呼ばないように頼む。」

 

「分かりました、よろしくお願いしますね。ヅラさん。」

 

「ねえ聞いてた?俺の話聞いてた?」

 

 額に青筋を浮かべるヅ……桂から顔を逸らすと、お妙は皆の顔を改めてじっくりと観察し始める。

 にこにこと崩れることのないその微笑が、どこかいつもより嬉々とした雰囲気を(まと)っているように感じられる。何やら嫌な予感がする………そう直感的に思いながら、銀時は怪訝な表情のまま温かい茶を啜った。

 

 しかし直後、お妙の発した一言により、その口に含んだ茶が外へと吹き出されることになる。

 

 

「それにしても嬉しいわ、新ちゃんがこんなに『門下生』を勧誘してきてくれるなんて。これで道場は安泰ね♪」

 

 

「……へ?」

 

 袋から出したル〇ンドを口に入れようとしたまま、新八は思わぬ言葉に動きを止める。すかさず横から顔を突き出した神楽にそのル〇ンドを食われても尚、新八は自身の耳を疑ったまま、おかきを頬張るお妙を呆然と眺めていた。

 

「あのぅ、姉上………すみません、僕さっきのアクシデントで記憶が飛んじゃったみたいで、詳しい経緯(いきさつ)を教えていただいてもよろしいですか?」

 

「あら、ヤダわ新ちゃんったら謙遜して。それとも勿体ぶっちゃってるの?」

 

「いえ、本当に何が何だか………それに現時点でまた予定文字数オーバーしちゃってるんで、出来れば簡潔に。」

 

「しょうがないわね~、それじゃあざっくりと説明するわよ………先週辺りだったかしら?ほら、新ちゃんと満喫に言った時よ。あの時は驚いたわ~、銀魂一巻を片手に持って唐突に言い出すんだもの。『人事を尽くして天命を待つ……姉上、僕は父上の遺したこの恒道館の(いしずえ)を守る為に、今から門下生を募ってきます!』なんて鼻息荒くしちゃって。」

 

「何かどっかで見たことあるなその流れ⁉アレか⁉ビームサーベ(るー)篇の冒頭で見たヤツだな⁉」

 

「そうして新ちゃんたら興奮したまま、銀魂一巻とメロンソーダの残ったコップを持って満喫を飛び出してっちゃったんだもの。私や店員さんが呼び止めるのも聞かずにね。」

 

「何やってんだこっちの僕ゥゥゥッ⁉ちょ、ち、違いますからね皆さん!そんな突拍子もないコトやり始めたのはこっちの世界にいた僕であって……あれ?でも今は僕が志村新八であるから、姉上の言う通り門下生探しに出たのは僕………いやいやいや‼でもそんな記憶ありませんし、ああ~エリちゃんそんな養豚場の豚を見るような目で僕を見ないでェェッ‼」

 

「とにかくこうして新ちゃんが門下生を集めてくれたんだもの。これから私も忙しくなるわ~、頑張らなきゃ♪」

 

「姉上‼待ってくださいっ僕の話を───」

 

「それじゃあ改めて……皆さん、ようこそ恒道館へ!見たところ性別も流派もバラバラだけど、きっと大丈夫。私と新ちゃんで皆さんを一人前の天堂無心流の剣士に育て上げていきますから。あっ、お部屋の心配はしなくていいからね?たっくさんあるから好きに使ってくださいな。それじゃあ私、お夕飯の買い物に行ってきますね。新ちゃん、私が返ってくるまでの間に中の案内とか済ませておいてね。それじゃっ♪」

 

 一通り喋り倒した後、お妙は立ち上がり居間を後にする。少しずつ遠くなっていく上機嫌な鼻唄を聴きながら、新八は(きし)んだ音を立てて首を動かす。お菓子に夢中になっている神楽とアストルフォを除いて、じっとこちらを見つめる皆の眼は、まるでネットでよく見かけるあの無気力なチベットスナギツネそのもの。肌で痛いと感じる程の視線を受け、ただ硬直するしかない新八の横で、定春とフォウが揃って大きな欠伸を掻いた。

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【七】 暗雲(Ⅱ)

 

 

 

「………そう。ならアンタら、これからはその恒道館とやらに厄介になるのかい。別にこっちは構やしないよ。恩人とはいえ、いつまでも上を占拠されちゃあそろそろいい迷惑だと思ってたからさ………まあでも、そういうことなら仕方ないね。ただし、明日にゃ上の片付けを済ましに来とくれよ。それと、松陽の具合はどうなんだい………そう、そりゃあ何よりだ。ちゃんと元気になったら、また皆で顔見せに来なよ………ああ、段蔵と色男にゃ伝えとく。それじゃあね。」

 

 チンッ、と受話器を置く音が、賑やかな店内に紛れる。咥えた煙草に火を点け、肺を満たした紫煙をゆっくりと吐き出すと、カウンター席で酒を()む一人の男……高杉へと向く。

 徳利(とっくり)の中に残っていた酒を全て猪口(ちょこ)へと注ぎ、一息に飲み干すや否や、「勘定頼む」と短く言ったのと同時に椅子から立ち上がった。

 

「おや、アンタも行くのかい?別に一人なら置いてやっても構わないけどね、家賃も安くしとくよ?」

 

「ククッ……折角のお誘いだが、丁重に断らせてもらうぜ。持ち直したとは言うが松陽のことも気掛かりだ。今日はこのままお(いとま)させてもらう。」

 

 高杉が数枚の(さつ)をテーブルへ置いたのと同時に、奥の暖簾(のれん)からいつもの忍装束へと着替えた段蔵が、手に生菓子(モンブラン)の入れられた箱が収められた袋を持って姿を現す。他の客達の前を通る度に、おひゃらかしの口笛やら名残惜し気に別れの挨拶やらを受けながら、すたすたとこちらに歩いてくる彼女の際どい衣装を改めて見澄ましながら、着替える前のメイド服の方がまだ健全な恰好だったのでは……と心中で呟くも、決して口にはしない高杉なのであった。

 

「高杉殿、支度を整えました。」

 

「おう。それで、道案内は任せていいんだな?」

 

「ええ、今しがた新八殿の道場のある位置を地図で確認し、データを段蔵の中に読み込みましたので………それでは皆様、段蔵はお先に失礼致しまする。本日は色々とご指導、ありがとうございました。」

 

 深々と礼をする段蔵に、たまも同じようにして(こうべ)を垂れる。ふんぞり返るキャサリンの後頭部に一撃を食わしてから、お登勢は段蔵が(おもて)を上げたのと同時に一封の封筒を差し出した。

 

「ほら、今日の働き分だ。アンタのお陰でいつもより多く稼げたからね、本当に助かったよ。」

 

「これは………いいえお登勢殿、段蔵はお手伝いとして働いたのみ、賃金を受け取るなど滅相も……。」

 

「オ?ジャア要ラネーッテコトダナ?ソンナラ私ガ貰ッテヤッテモ───」

 

 お登勢の背後から身を乗り出し、給料の入った封筒を掠め取ろうとするキャサリン。しかしそんな彼女の伸ばされた腕は、更に横から突き出された第三者の手によりぐわしと乱暴に掴まれ、()え無く阻止される。

 

「段蔵さん、労働にはそれに見合った対価というものが必ず存在します。ですので、貴女がこれを受け取ることはごく自然で当たり前のことなのです。お登勢様も私達も、そして本日いらしてくださったお客様方も、段蔵さんと楽しい時間を共用することが出来ました。なので、どうか受け取ってください。そしてもし貴女さえ(よろ)しければ、またこうしてお店に入っていただくことは可能でしょうか?」

 

「そ~そ~、また来てくれよ段蔵ちゃん!」

 

「俺達ゃすっかり君のファンだからな、またヘルプに入ってくれた日にゃ(さつ)束握りしめて駆け込んでくるぜェ!」

 

 たまに続いて声を上げたのは、客席にいた他の男達。酔いで赤く染まった顔に満面の笑みを浮かべる彼らの温かい言葉に、段蔵の胸の内はじんわりと熱を孕む。

 

「………ありがとうございます、皆様。またこちらでお手伝いできる機会がございましたら、是非ともお声を掛けてくださいませ。」

 

 骨が軋むほどの握力で手首を掴まれ、痛みに悶えるキャサリンのくぐもった悲鳴を遠巻きに聞きながら、段蔵はお登勢の手から封筒を受け取る。両の手で持ったそれを愛おし気に胸の前で抱く彼女を一瞥してから、高杉は(きびす)を返す。

 

「じゃあ行くとするか、ご馳走さん。」

 

 礼を残し、出口へと向かっていく高杉の後ろを、段蔵が焦って追いかける。

 扉の引手に触れようとしたその時、不意に背後から声を掛けられた。

 

 

「おっと………そこの御仁、本当に今から外に出られるのでござるか?」

 

 

 高杉と、そして段蔵が振り返れば、一番奥のカウンター席に座っている一人の男が、深藍色のサングラス越しにこちらを見ていた。高麗納戸(こうらいなんど)の特徴あるコートを着込んだその男は傾けていたグラスを口から離し、高杉から目線を逸らすことなく話し続ける。

 

「まだ(ちまた)ではそれほど噂も広がってはおらぬが、近頃この界隈(かいわい)にて『辻斬り』による故殺が多発しているようでござる。そなたのような人目を惹く伊達男が、これ見よがしに美女を伴って歩いていては、格好の標的となるのでは?」

 

 男の置いたグラスの中で、ぶつかった氷同士がカラン、と音を立てる。口許に緩やかな笑みを湛えるその男の物言いに多少の苛立ちを覚え、お登勢もキャサリンも怪訝な態度をとる。

 

「ちょっとアンタ、いきなり何なんだい?」

 

「ソウダゾコノヤロー!大体店来タ時ッカラ妖シ過ギナンダヨテメーハ!何只ノモブキャストノクセニ個性的ナパーツデ身ィ固ヤガンダ⁉グラサンニヘッドフォンニロングコート、オマケニ三味線ナンカ背負イヤガッテ、初登場ニシテ読ンデル側ニインパクト与エテ覚エテモラオウトカ考エテンジャネーゾゴルァッ‼」

 

 読むのも入力するのもかったるい片仮名だらけの台詞から、男の()で立ちは他の客達と比べ、一風変わったものであることが伝わっていただけたであろうか。青筋を浮かべたキャサリンの濃ゆい剣幕に迫られても尚、男は顔色一つ変えることはない。

 

「…………………。」

 

 高杉は一言も発することなく、鋭い眼光を放つ右の深碧(しんぺき)で男を()め続ける。店内に重苦しい空気が流れ、お登勢の咥えた煙草から白い灰が落ちたその時、同じ間合いで高杉の失笑する声が漏れた。

 

「ご忠告をどうも、『見知らぬ』お侍さんよぉ。だが俺も段蔵(コイツ)もそこいらのならず者程度なら、指一本で(ひね)り殺せんだぜ。てめえの言う『辻斬り』がどんなモンかは知らねえが、出会っちまったンならその場で叩っ斬ってやらぁ。」

 

 嗤笑(ししょう)と共に前を向き、高杉は外へと歩を進める。今一度こちらに礼をしてから、段蔵も彼に続いて店を後にし、ぴしゃりと引き戸を閉める音の後には暫しの沈黙が漂った。

 

「………なあ、アンタ一体───」

 

 (おもむろ)に男の方へと向いたお登勢だが、その男が耳に当てたヘッドフォンに手を当て、何やら真剣に聴いている姿が目に入り、思わずそこで言い()してしまう。その数秒後、男もまた椅子から立ち上がり、現金を席へ置いたと同時に扉へと向かって移動を開始した。

 

「ちょっ、お待ちよ!」

 

「ああ、釣りは要らぬでござる。」

 

「あっ、どうも───じゃねーって‼さっきから何なんだよ、アンタ………まさかあいつらの事、何か知ってたりするのかい?」

 

「はて、何の事やら………拙者は今日、『たまたま』この店に立ち寄っただけでござる。先の者共のことなど、とんと知らぬでござるな……。」

 

 お登勢を始め、たまやキャサリン、そして他の客達までもが、その男に対し猜疑(さいぎ)心を強める。こちらに集中する視線をものともせず、男は三味線を(かつ)いだ背中を向け、出口へと足を踏み出していった。

 男の手が引手に触れた時、ふと彼は何か思い出したように顔を上げ、こちらへと振り返る。仄かに笑みを浮かべたその表情に、お登勢達は全身に怖気(おぞけ)を感じた。

 

「ところで、先のあの包帯男…………名は何と?」

 

「アッ、エエト────」

 

「悪いが、見ず知らずの胡乱(うろん)なヤツに、大切なお客の個人情報を流すわけにはいかないね…………さっさと消えな。」

 

 口を開こうとするキャサリンを、お登勢は手で制する。男を睨む彼女の眼には、明らかな敵意が宿っていた。

 

「………分かったでござる。ではこれにて失礼致す、中々良い店であったぞ。」

 

 後ろ手に閉められた店の扉。()りガラスの向こうに映る男の姿が完全に見えなくなるまで、お登勢達はいつまでもその箇所を睨み続けていた。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 異形の月が照らす明かりの下、繁華街を外れ人気(ひとけ)の無くなった道を、言葉数も少なく歩く二つの影。

 灯り代わりの蝶を数匹(はべ)らせ、煙管を咥え月を見上げながら、高杉は紫煙と共に吐き出した。

 

「ったく、月があんなじゃなけりゃあ、逢瀬(おうせ)にゃぴったりの夜だったんだがな。」

 

「逢瀬……?それは高杉殿と、どなたのものですか?」

 

「あー………いや、いい。忘れろ。」

 

 ほんの軽い戯れを生真面目に捉えられてしまい、話題をはぐらかそうとした時、冷たく吹いた風が二人の間を通り抜ける。

 初夏とはいえ、まだ夜はやや肌寒い。「はっくちゅん!」と段蔵がくしゃみをし、その反動で鼻の穴から黒い液体のようなものが飛び出した。

 

「おいおい、絡繰(からくり)も風邪なんか引くモンなのかい?」

 

「いえ、これは先程お店で頂いたオイルが逆流して鼻から、っくしゅぁい‼」

 

「ちょっ、掛かんだろ………ったくホラ、これでも上に着ろ。」

 

 高杉は(みずか)らの羽織を脱ぐと、段蔵へと差し出す。しかし当の彼女はすぐには受け取らず、きょとんとした様子でその羽織を見ているばかりであった。

 

「……高杉殿、段蔵は絡繰ゆえ、体温の調節などは自動で行うことが出来ます。従って重ね着をしてもあまり意味は────」

 

「いいから着てろ、見てるこっちが寒ィんだよ………それに、ンな恰好してりゃあ自然と可笑しな虫が寄りついてくるってもんだ。」

 

 段蔵に羽織をかけてやりながら、高杉の眼は後方を睨みつける。視線の先にあるのは静まり返った民家、しかしそれらの一角から発せられる微弱な気配を、高杉は見逃さなかった。

 正体を突き止めるべくそちらへと一歩を踏み出したその時、「高杉殿!」と不意に段蔵が彼の名を呼んだ。

 

「おんや~ぁ?お兄さん達、こんなとこで逢引デートでもしてんのかなぁ?」

 

 後ろに気を取られ、橋の方からの足音と殺気に気付くのが遅れてしまう。利き手に刀を展開し振り向けば、そこには柄の悪い天人が数名、似非(えせ)笑いを浮かべ橋の上に集まっていた。

 

「久しぶりだな、絡繰のお嬢さん。今日のお仲間はそっちのひ弱そうな色男だけかい?」

 

 鼻の頭に絆創膏を貼った鮫頭の男が、歯を剥き出し笑みを湛えて前に出てくる。彼が口を開いたのを皮切りに、他の天人達も次々と好き勝手に喋り出す。

 

「この間はよくもやってくれたな?仲間はやられるわ俺らも怪我するわ、挙句にその後来たポリ公連中に大半がしょっ引かれちまうわで、こちとらてんやわんやだったんだぜぇ?」

 

「あーあ、俺ら心も体も傷ついちゃったなー。こりゃあ慰謝料たんまりブン取らねえといけねえや。ま、金が無きゃその代わりに、お嬢さんのはち切れボディで俺らにいいコトしてくれても構わねえんだけど?何ならそこの包帯の兄ちゃんでもいいんだぜ?アンタほどの美丈夫なら、男でもアリなんて変態も仲間(ウチ)にゃいるからなぁ?ヒャハハハハッ‼」

 

 聞くに堪えない下品な嗤い声が、静かな一帯に響き渡る。未だ何も言い返してこない彼らはさぞ怯えた表情を浮かべていることだろうと、期待に胸を躍らせながら鰐男は薄目を開いた。

 

「……………あり?」

 

 しかし、鰐男の目が映したのは、こちらに背を向け何やらひそひそと話をする高杉達の背中。時折ちらちらと様子を(うかが)ってくるその姿は、例えで言うなら学校の昼休み、複数で集まったJKが対象となる人物から距離を置き、遠巻きに観察しながら噂話や陰口を言い合っているような、そんな教室での日常のような雰囲気を(かも)し出している。

 予想外の出来事に二の句が継げないでいると、彼らの話してる内容が鰐男達の耳にも段々と聞こえてきた。

 

「………どうする?(やっこ)さんは俺らのこと知ってるようだが、俺の記憶ン中にゃあ手掛かりになるヒントの一文字も出てきやしねぇぞ。」

 

「少々お待ちくだされ、只今段蔵の記憶データを解析致しまする………。」

 

「お、お~い………テメエら────」

 

「あっ、特定出来ました。」

 

「おっ、何か分かったか?」

 

「はい、彼らは敵エネミーの『ならず者天人』です。クラスは(アサシン)(バーサーカー)、ドロップする素材は主に魔術髄液と記録しておりまする。」

 

「ほう、そこまで分かるたァ便利なモンだな。」

 

「もう少し詳しく確かめたい場合は、フリークエストを選択時に右下の小さなアイコンをタップしていただければ、エネミーの種別や獲得出来る素材などを簡単に確認することが────」

 

「だぁぁぁかぁぁぁらァァァッ‼ヒトをアイテム名で認識するなっつったじゃん⁉あとガン無視とかマジやめてっ!オジサン達そういうのホント(ハート)にクるから傷ついちゃうから‼」

 

「あ?聞こえてやがったのか髄液野郎。」

 

「高杉殿、マスターは未だ素材の数が足りないと困窮しておりまする。早急に彼らを片付け、獲得した素材を追加のお土産として献上いたせば、マスターもきっとお喜びになるかと。」

 

「ほう、そりゃあ名案だな………つーワケだテメェら、苦しみたくなきゃ動くんじゃねえぞ?安心しなァ、一太刀の元に()かせてやるぜ………ククッ。」

 

 煙管を愛刀へと変え、舌なめずりをする高杉の姿は、まるで阿修羅の如し。滲み出る魔力が火炎光背のように揺らめき、喜悦の微笑を浮かべる高杉に、鰐男は体の芯から慄然とする。

 

「は………ハハッ!んなハッタリが通用するとでも思ってんのか!たった二人でこの多勢を相手にしようってんなら、お望み通り揃って(なぶ)りモンにしてやらぁっ‼」

 

 鰐男が鞘から刀を抜き、高杉達へと斬りかかる。他の天人達もそれぞれ己が得物を構え、共に突進していく─────筈だった。

 

「ハッハハァ!行くぜ野郎ど─────あ、あれ?」

 

 ふと鰐男は、静寂(しじま)に響く足音が自身のものだけしか聞こえてこないことに気が付き、足を止める。

 どういうことだ………言いようのない違和感に恐怖すら覚え、鰐男はゆっくりと振り返る。すると彼の眼に映ったのは、虚空を見つめたまま立ち尽くす仲間の天人達。何人かの力なく垂れ下がった腕から、握っていた棍棒やら拳銃やらが次々と橋の敷石へと落下していった。

 

「お……おい、お前らどうし────」

 

 

 

 ずるっ、

 

 

 肩を叩こうと伸ばした手の先で、一体の天人の身体から何かが落ちる。

 ぼとん、と音を立て、足元に転がってきた『それ』に目を落とした途端、鰐男は目を見開き絶叫した。

 

「あ、あ、うあ、あああああああああああっ‼」

 

 空気を震わす程の悲鳴に、高杉と段蔵も異変に気が付く。呆然と立ち尽くす鰐男の前で、次々と(たお)れていく天人達。いずれも頭部や腕、上半身などが切り離され、そこから噴き上がった血飛沫が雨のように降り注ぎ、鰐男と橋を赤く染めていった。

 

「………どういうことだ?」

 

 高杉が呟いたのとほぼ同時に、鰐男がこちらへと振り向く。顔も衣服も、全身を鮮血で真っ赤に汚した男は肩を戦慄(わなな)かせ、けたけたと壊れたように笑い狂っていた。

 

 

 

 ─────そんな男の腹部から覗く、鋭い刃の先端。

 

 

 月夜の闇の中で淡く光る紅色に、流れた温血が伝い彩りを添える。

 

 がくがくと痙攣を繰り返した(のち)、完全に動かなくなった鰐男の躰は刃から抜け、地面へと崩れ落ちた。

 

 

 倒れた巨体の向こう─────そこに立っていたのは、今しがた鰐男を絶命させた大振りの刀を持った、深く(かさ)を被る何者かの姿。

 

 

「あれは………⁉」

 

 段蔵は直ぐ様、自身に搭載されている暗視スコープを起動し、対象を確認する。だが………おかしい。先日この機能を使用した際は、何の異常も見られなかった筈である。

 ならば、この視覚が今映し出しているものは、一体何だというのだろうか………?

 

「おい、段蔵。」

 

 高杉に名を呼ばれ、段蔵は漸く我に返る。暗視モードを解除し隣を見遣れば、琥珀の蝶に照らされた高杉の横顔にも、狼狽の色が浮かんでいるのが見て取れた。

 

「お前さん、『アレ』の姿を確認出来たかい?」

 

「え、ええ………しかし───」

 

「何でも構わん、教えてくれ…………お前が視た奴は、どんな姿(ナリ)をしていやがる?」

 

 露骨に出さずとも、彼が周章しているのは理解出来る。己の眼が映しているものが何であるかをこちらに求める高杉に、段蔵は今しがた視たものをありのままに伝え始めた。

 

「………段蔵の眼は、闇夜でも視界が利くよう設定されておりまする。異常が無ければ、それは対象の顔や輪郭までもを正確に映すことなど容易いもの…………しかし、段蔵が認識したあの者の姿はまるで………………まるで、『影』そのものにござりまする。」

 

 微塵も逸らすことなく、段蔵は自身が『影』と比喩(ひゆ)したモノを睨み続ける。彼女の言葉で合点がいった高杉は、その視線の先を(なら)って辿(たど)る。

 

 

 身動き一つせず、天人の屍と血痕に囲まれた『それ』の風貌は、頭のてっぺんから爪先までもが、深い闇のような黒一色で覆われている。顔があるべき箇所には目鼻などの位置が確認出来ず、また身に(まと)っている衣服までもが躰と完全に同化し、正に影そのものが実体化したような姿をしていたのだ。

 

 

「高杉殿、段蔵は以前に『あれ』と似た(エネミー)と戦闘を行った経験がございます………しかし、大凡(おおよそ)に把握出来ているだけでも、『あれ』は虚ろな残留霊基であった(まが)い物とは明らかに異なります。あれではまるで─────」

 

 そこまで言い()した段蔵を(さえぎ)ったのは、背を向けたまま向けられた高杉の左手。それがゆっくりと下げられていくのと並行し、彼の(おもて)もこちらへと向けられていく。

 

「段蔵、土産の入った袋はちゃんと持ってるな?」

 

「へ?は、はい。此方(こちら)にしっかりと。」

 

「よし、ならいい………彼奴(アイツ)は俺に任せろ。お前さんはその中身、絶対にひっくり返すンじゃねえぞ。」

 

 言うや否や、高杉はゆっくりと前進を開始する。段蔵が背後で呼び止める声も聞かず、彼が漸くその足を止めたのは、あの『影』の目と鼻の先の距離。

 

「………よぉ、『久方振り』じゃねえか。いや、こっちでのお前が俺の事を覚えてりゃあそうなるか。」

 

 片笑みを浮かべ、『影』へと話しかける高杉の利き手の刀が煙管へと変化し、彼は(おもむろ)にそれを口許へと運んでいく。

 得体の知れない、異形のモノを前に刀を納めた高杉に泡を食わされ、言葉を失う段蔵を余所に、火の灯った煙管から煙を堪能しながら高杉は続ける。

 

「つい先刻、酒場で辻斬りの噂話を聞いたばかりだが、ありゃあテメェのことだろ?まさかこんなトコでも、『そいつ』と共に派手に斬りまくってるたぁな。どうなんだい?人斬りにして妖刀、『紅桜(べにざくら)』の使い手……………岡田似蔵(おかだにぞう)さんよぉ。」

 

 岡田似蔵、高杉が人名らしきその単語を口にした途端、『影』が初めて反応を見せる。

 

『……ひヒ、ひヒはハは、ひャはハはハはハあハはッ‼』

 

 僅かに肩を動かしたかと思った刹那、『影』は人とも獣ともつかない嗤い声を、けたたましく辺りに響かせた。

 

『どコかデ()イだ匂いダと思エば、まサかアンタに会エるトはネぇ………イやハや光栄、実ニ光栄だヨ。』

 

 『影』……否、似蔵はひとしきり笑った後、被っていた笠を放り投げる。暗闇に覆われた顔をこちらへと向け、似蔵は()も嬉しそうに語り続ける。

 

『ずゥっト待っテたンだ、アンタみタいナ強者(ツワモノ)が来ルのヲ…………いヤ、アンタがイい。網ニ引っカかッた獲物がアンタで本当ニよカっタ。俺ノ光、俺ノ篝火(カガリビ)、俺の、俺ノ、俺の俺の俺ノ俺ノ、キヒヒヒィィィィッ‼』

 

 狂ったように嗤い、突進してきた似蔵の利き腕と同化した刀、『紅桜』が高杉目掛け振り下ろされる。対し高杉は身を(ひるがえ)し、重い一撃を(かわ)し似蔵の懐へと潜り込んだ。

 

「(コイツが似蔵だってンなら、コレで何とか────)」

 

 すると高杉は唇から煙管を離し、口の中を数回もごつかせた直後、似蔵の顔面らしき場所に煙を吹きかけた。

 今までの喫煙時に(くゆ)らせていたものとは明らかに違う、鮮やかな藤色の煙。それを正面から多量に吸い込んでしまった似蔵に、間も無く変化が訪れる。

 

『ゲほッ、小癪(コシャク)ナ─────へ、ヘぇ………あヘ、アひャァ………?』

 

 体を激しく痙攣させ、似蔵はその場にへたり込む。高杉が紫煙に()めた魔力によってそこには強力な麻薬に匹敵する作用が産まれ、それを(もろ)に吸収してしまった似蔵には、最早指一本動かす力すらも()がれてしまった。

 

「過度に鋭い嗅覚が(あだ)になったな………いや、テメェの最大の不幸は、今ここで、この世界で、テメェを知る俺に出会っちまったってコトだ。」

 

『あア……あハあアぁァぁ………!』

 

「(………さっきの具合を見りゃあ、相当な狂化を付与されてやがる。俺の術が解けてもあの状態じゃあ、(ろく)に情報を引き()り出すこともできやしねえ。なら───)」

 

 高杉の煙管が、再び刀へと姿を変える。月明かりを反射した刃先は、似蔵の首辺りへと静かに当てられる。

 

「じゃあな、今度こそ地獄に送ってやる。」

 

 力を込めた刃が、ぶれることなく斜めに振り下ろされる。ぶしゅ、と肉を断つ音と共に()ねられた頭部は宙を舞い、数回跳んでから敷石の上を転がり、やがて(ちり)となって微風(そよかぜ)に吹かれ、消えていった。

 

「高杉殿………もしや、今の者をご存知で?」

 

 刀に付いた汚れを軽く払い、鞘に納めこちらへと歩いてくる高杉に、段蔵は率直な疑問をぶつける。

 

「………奴は以前、俺の率いていた『鬼兵隊』に属していた野郎だ。盲目だが剣の腕は達人的でな、そこに『紅桜』を使わせりゃあ正に敵無しだった。ま、終いにゃ銀時に敗れたんだがよ。」

 

「『紅桜』とは………先程彼奴(きゃつ)が使用していた、あの紅色の刀のことでしょうか?」

 

「ああ、俺がとある一件で刀鍛冶の男と手を組み、造らせた対戦艦用機械(からくり)機動兵器。内蔵した人工知能によって戦闘の経緯をデータ化し、それを積むことによって能力を向上させていく代物だが………場合によっちゃ、使用者に完全に寄生して精神も肉体も喰らい尽くしちまう、正に妖刀なんて呼ばれた刀だ。」

 

 段蔵に事細かに説明をする最中、高杉の頭の中では別の………先の似蔵について、ずっと引っかかっている疑問が巡り続けていた。

 

 

『どコかデ()イだ匂いダと思エば、まサかアンタに会エるトはネぇ………』

 

 

「(………他の連中が覚えていなかった俺の存在を、どういうわけかあの似蔵の形をしたモノはハッキリと覚えていやがった。捕らえて吐き出させる手もあったが、俺に対してあれ程までの殺意を向けた野郎だ。ありゃちょっとやそっとで済む程度の狂化状態じゃあ無ェ。現界時に施されたか、(ある)いは────)」

 

「!─────高杉殿っ‼」

 

 突然、段蔵が声を張り上げ名を叫ぶ。

 我に返ったのと同時に、背後から凄まじい程の殺気が膨張し、噴き上がる感覚が肌で理解出来る。

 抜刀し、即座に振り向いて態勢を取る。だが眼前に広がる光景に、高杉は思わず我が眼を疑った。

 

 

 

『アあア、あアおアああオあ………ッ‼』

 

 

 

 地の底から這いあがる亡者のように、似蔵『だった』モノの躰が瘴気(しょうき)を伴いながら、再び動き始める。頭部を失っているにも関わらず、どこからが発せられる地響きにも似た唸り声が、夜闇の中に轟いた。

 

「……ハッ、くたばり損ないが。死んでも死にきれねェってんなら、俺がまた何度だって地獄に叩き落としてやらぁ‼」

 

 動揺を払うようにして声を張り、高杉は似蔵目掛け突進していく。頭を喪失したまま、闇雲に振り回される紅桜を回避しつつ確実に距離を縮め、彼の刃が再び似蔵に突き立てられようとした、その時だった。

 

 

『アあああアアああああアアアアアあああアアっ‼』

 

 

 吠える似蔵の胸部辺りに、突として浮かび上がる光。それが形となって現れた刹那、高杉は絶句した。

 

「な………っ⁉」

 

 

 

 伸びた(つの)、鋭い牙、そして二つの恐ろしい眼。

 

 

 それはあの時、松陽(せんせい)の背中に浮き出ていたものと同じ─────

 

 

 

『があアアあぁァァぁっ‼』

 

 その一瞬の狼狽が仇となった。似蔵の振り下ろした紅桜を避けるのに反応が遅れ、高杉はそのまま橋諸共(もろとも)叩きつけられてしまう。

 

「高杉殿っ‼」

 

 段蔵の声もかき消してしまう程の轟音を立て、橋には大きな穴が開く。天人達の遺体が次々と、浅い川へと落下していった。

 

「く……っ‼」

 

 橋の崩壊に巻き込まれつつも、宙で体勢を整えようとする高杉。直後、土煙と瘴気の(もや)から出現したモノに身体を掴まれ、土塀へと叩きつけられる。

 

「がっ、は………‼」

 

 痛みに顔を歪め、尚も抗おうと高杉は身を捩る。しかし彼を土塀に縫い付けるようにして拘束する、触手のようなモノが生えた巨大な黒い塊はびくとも動かない。

 

『……やァっト、捕まエた。』

 

 陥没した首から、新たな似蔵の頭部が生えてくる。

 薄れる靄の向こうに、紅色の光が(きら)めく。黒い塊は似蔵の左腕から生えたもので、気道を圧迫され咳き込む高杉の姿を眺める彼の表情は伺えないものの、()も愉快そうな声色から大凡の感情は読み取れた。

 

『ずゥッと斬ってミたカっタ……白夜叉でモなク、桂デもナく、憧憬(ドウケイ)焦がレてタアンタのコトを………あア、どこカら斬ッてヤロうか?少シずつ刻ンデやロうカ?それトも一思イニ心の臓ヲ貫いてヤロウか?あア、殺スのガ勿体なイクらいだ!キヒっ、キヒヒヒヒヒヒッ‼』

 

 まるで舌で舐めるような動きで、軽く当てられた刃先が二の腕の辺りをなぞる。着物を裂き痛みを伴う皮膚に、高杉は眉を(ひそ)めた。

 狂った嗤い声を上げる似蔵。そんな時、上から放たれる飛来物の気配を察し、紅桜を大きく振る。

 巻き起こった風により、飛来物……段蔵が投げた苦無(くない)は宙で勢いを殺され、一本として目標に命中することなく浅い川へと沈んでいった。

 

「高杉殿‼暫しお待ちをっ、段蔵も今そちらに────」

 

 

 

 

 ────ドスッ、

 

 

 

 段蔵の声を遮り、その音は鈍く響く。

 

 

 

 言葉を失った彼女の眼下で……………似蔵は、紅桜を高杉の胸へと突き立てていた。

 

 

 

 

『ひゃはっ、ひゃははぁハハハハはぁっ‼()ッタ、遂に俺ハぁ、高杉晋助をっ‼あひゃあっはハハははハははッ‼』

 

 

 

 似蔵の左手が離れ、力の抜けた高杉を支えるのは身体を貫く紅桜のみ。

 歓喜に身を震わせる似蔵を、段蔵はただ見下すことしか出来なかった。

 

 

 

「あ………ああ、ぁ………っ‼」

 

 怒りか、或いは悲しみか、あまりの出来事に声が出てこない。

 身を戦慄(わなな)かせ、呆然と立ち尽くしていたその時、不意に身体を後方へと引っ張られた。

 

「きゃ……っ⁉」

 

 尻餅をつき、着地したそこは橋台の手前。何が起きたのか理解出来ず、きょとんとしていた段蔵の背後で、シュルシュル……と微かな音が遠のいていった。

 

『ハハハ……………あ?』

 

 同時に、こちら側にも変化が訪れる。似蔵の周りを飛び回る琥珀の蝶の数が、次々と増えていっているのだ。

 それが何を示しているのかを似蔵が漸く気付いた時、そして俯いていた高杉の口角が吊り上がった次の瞬間、彼の身体が大きく()ぜ、そこには無数の蝶が四散する。

 高杉を(かたど)っていた蝶達は似蔵を取り囲み、パキン、と何処からか聞こえてきた指鳴りを合図に、それらは一斉に(ほむら)を纏い大爆発を起こした。

 

『が───あアアぁぁァぁァアあアアあっ‼』

 

 壊れた橋の穴から、天高く昇る火柱。

 身を灼く炎の熱に身悶え、似蔵は堪らず浅い川へと倒れ込む。しかし、詛呪(そじゅ)の焔はその程度では決して消えることはなく、似蔵は(ただ)れる躰を抱え、その場から駆け出す。

 川の向こうへと消えていく、炎に包まれた似蔵の姿。徐々に小さくなっていく灯りを呆けながら眺めていた時、ひらひらと段蔵の傍に一羽の光る蝶が飛んでくる。二匹、四匹と蝶はその数を増やし、やがて一つの大きな塊を形造った時、それは一人の英霊の姿となって現れた。

 

「高杉殿……!」

 

 驚きと、そして安堵の声で段蔵は其の名を呼ぶ。戦闘により着物は所々破れ、左腕に負った怪我も痛々しい。しかし高杉は不快感を露わにするでもなく、ポーカーフェイスで煙管を吹かせていた。

 

「高杉殿、ご無事で何よりです……。」

 

「お前さんが隙を作ってくれたからな、そん時に即席で作った分身と入れ替わることが出来た……奴は、逃げたみてェだな。」

 

「ええ、深手を負ったとはいえ絶命には至っておりませぬ。ここは段蔵が追跡を────」

 

「いや、いい。それより肩貸してくれねえか?久々に派手にやり過ぎちまった。さっさと眼鏡ン家行って休ませ………」

 

 こちらを向いた高杉の言葉が不意に止まり、どうしたのかと段蔵は首を傾げる。

 

「………段蔵お前、袋はどうした?」

 

「え……………あっ。」

 

 その時、段蔵の脳内で先程の光景がリプレイされる………似蔵が橋を破壊し、高杉が巻き込まれ落下した時、自分は咄嗟にその場から駆け出した。確か苦無を投げた時には既に両手は空いている状態。では恐らく、自分はどこかのタイミングで無意識のうちに袋を放り投げて…………

 

「………申し訳ございませぬ、高杉殿。この段蔵、腹を切る覚悟は出来ておりますので─────」

 

「ああ何だ、ここにあるじゃねえか。」

 

「そう、土産はここに────へ?」

 

 思わず口から出た間抜けな声と共に振り向くと、記憶はないが恐らく乱雑に扱ってしまったであろう、土産(モンブラン)の入った袋は橋から少し離れた納屋のすぐ横に、ちょこんと置かれていた。

 

「何と………面妖な………。」

 

「よし、中は崩れて無ェみたいだ。これでガキ共にどやされなくて済むぜ。」

 

 衣服に傷が擦れる痛みに眉を寄せつつ、高杉は袋を持って段蔵の元へと歩いてくる。

 

「ほら行くぞ、銀時達が騒いで待ってやがるだろうからな。」

 

「は、はい……。」

 

 不可思議な疑問が幾つも残り、やや煮え切らない思いを抱えたまま、段蔵は高杉の腕を担ぎながら、再び夜のかぶき町を共に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

「………ふむ、やはりあの男………間違いないようでござる。」

 

 彼らが去っていった橋の付近、建物の影にあるその場所で呟いたのは、スナックお登勢にいたあの三味線の男。

 耳に当てたヘッドフォンからは、無線らしき音声が僅かに漏れている。男は小型のマイクを口元に当て、再び話し始める。

 

「しかし、あの『影鬼』とあそこまで渡り合えるとは、恐ろしい男でござった。共にいたあの絡繰の少女も中々………はいはい了解した、そう怒りなさるな。」

 

 無線越しに聞こえる金切り声に顔を(ひそ)め、男は溜め息を交じえて零し、そして最後に呟いた。

 

 

 

 

「ではこの川上万斉(かわかみばんさい)、只今を(もっ)て帰還致す。良い報告を待たれよ…………我らが鬼兵隊、『総督』殿。」

 

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【捌】 再会そして、契約(Ⅰ)

 

 

「………到着いたしました。どうやらこちらが新八殿の居住されておられる、恒道館道場のようです。」

 

 月明かり、そして琥珀の蝶の淡い光に照らされ、屋敷塀に囲まれた建物が明らかになっていく。

 段蔵が自身のナビゲート機能をOFFにしたのとほぼ同時に、高杉が彼女から離れた。

 

「高杉殿、お身体はもう(よろ)しいので?」

 

「ああ、大分楽になったからな。さっさと中に入ろうぜ、門はどこだ?」

 

「はい、恐らく此方(こちら)かと────」

 

 そうして二人が角を曲がった、その時である。

 ふと目が飛び込んできたものを頭で認識した途端、彼らの意識は即座にそちらへと奪われた。

 

 

 

 ────誰かが、いる。

 

 

 青白い月の下、道場の正面の門と思わしき場所と向かいあうように、何者かがひっそりと立っていた。

 

 背丈は小柄で、神楽やエリザベート((つの)含まず)よりもやや低いほどだろうか。頭からすっぽりと被った黒い布によって、顔をよく(うかが)うことが出来ない。

 

 高杉を囲う蝶の数が増え、段蔵も片手に仕込んだ刃を展開し、物陰から様子を見ながら警戒していたその時、対象(それ)(おもむろ)にこちらを向いた。

 

「そう構えずともようござんす、あっしは妖しいモンじゃありゃしませんので。」

 

 深閑の中に凛と響く、少女の声。あれ?何処かで聞き覚えのあるような……と首を傾げる段蔵の隣で、数歩前に出た高杉が今いる場から離れ、声の主であろう人物の前へと姿を現す。

 

「ハッ、なら入門希望か?だが()うに()の初刻を回ろうとしてんだ。明日にしたらどうだい?お嬢さん。」

 

「いえいえ、あっしの用件はこちらの道場でなく、そちらさんにございまして………ああそうだ、一つ頼まれては頂けんでしょうか?」

 

 すると少女は向きを変え、すたすたとこちらへ歩いてくる。いきなりのことに高杉と、そして漸く姿を覗かせた段蔵も、揃って目を丸くした。

 そんな彼らの正面で、少女は歩みを止める。深く被った布で顔を隠した彼女は、何やらガサゴソと探る動きとSEを見せた後に、漸く取り出したものをこちらへと差し出す。

 

「………何だこりゃ?」

 

 見るなり怪訝(けげん)な反応を見せる高杉。彼の右眼が捉えているのは、少女の手に広げられている、数枚の護符(ごふ)のような(ふだ)

 

「ささ、こちらをどうぞ。」

 

「どうぞじゃねーよ。得体の知れねェ奴が渡したモンなんか素直に受け取れるワケが───」

 

「これはこれは、ご親切にありが───あうちっ。」

 

 なんの疑いもなくその札を受け取ってしまった段蔵の額を、高杉が零した溜め息と共に軽く(はた)く。

 

「……んで、本当に何なんだよこりゃあ?」

 

「あっしもよくは知らぬのですが、(あるじ)様にコレを渡してこいと言われやして。」

 

「おい段蔵、ちょうどいいちり紙が手に入ったじゃねえか。これで鼻汁(オイル)()んで捨てちまえ。」

 

「ちょちょちょ、堪忍してつかぁさい包帯の旦那。こりゃ別に危ないモンじゃございやせん………多分。」

 

「おい、最後しっかり聞こえたぞ。多分ってどういうことだコラ。」

 

「すいやせん、本当にあっしも詳しいことは知らされてないんでござんす。所詮は使い魔なもんで………。」

 

「使い魔、ということは………つまり貴女(あなた)は、式神のようなものなのでしょうか?」

 

 段蔵の問いに、少女は少し考える素振りをした後、やがて首を縦に振る。

 

「ようなもの、というか……あっしも式神にござんす。名は────おっといけねぇや、まだ明かしちゃいけないんでござんした。」

 

 少女は再びくるりと旋回すると、そのまま背を向けて歩き出してしまう。徐々に離れていく後ろ姿に、高杉は「おい」と声を掛けた。

 

「ああ、言い忘れるところでやした。その札は建物の最も端に当たる東西南北に、それぞれしっかりと張り付けてくださいな。きっと『いい事』が起きると……ようござんすねぇ。」

 

「……最後に聞かせろ、お前を使役している奴の名は何だ?」

 

「………後生ですよ、包帯の旦那。あっしは使い魔の身分ですから、それ以上のことは口に出来ない決まりなんです。でも、これだけはハッキリと言わせておくんなせぇ…………あっし等は常に、貴方がたの味方でござんすよ。」

 

 振り向いたその口元が僅かに緩んだように見えたその瞬間、少女の姿はまるで(かすみ)のように、その場から消えてしまった。

 再び訪れる静寂、少女の消えた辺りを見つめたまま、呆然とする段蔵の手に残された謎の札を一見し、高杉は二度目の溜め息を吐く。

 

「……あの方の声、聴いたことがあるような…………中の人的な意味で。」

 

「何こちゃこちゃボヤいてやがる、とりあえずさっさと中入るぞ。その札がヤバいモンかどうかは、ヅラに見せりゃすぐに分かるだろうからな。」

 

「成程………こういった時の術者(キャスター)の存在は、誠に心強いですね。」

 

 握った札に目を落とし、段蔵が零す。その間に高杉が門へと向かって行ってしまったため、彼女も慌ててその後を追った。

 『恒道館道場』と書かれた古い看板の真横の、これまた古びた木製の門を押すと、軋む音を立てながら扉は開く。少し離れた先に玄関らしきところを見つけたため、二人はそこへと歩を進めていく。

 

「おいおい、呼び鈴もついて無ェのか?この家は。」

 

 小さくぼやきながら、高杉は引手に手を掛ける。すると扉は少しの力を入れるだけで、あっさりと見知らぬ来客を招き入れた。どうやら鍵はかかっていないらしい。

 

「開いてやがる………家が道場やってるからって、随分と不用心じゃねえか?」

 

 ガラガラと音を立て、完全に開け放った扉から中へと入る。明かりのついていない玄関の土間には藤丸達の履物が並べられており、本当に皆がここに来ていることが確認出来る。早速足を踏み入れたその時、突如高杉の顔が不快に歪んだ。

 

「……何だ?この(にお)い。」

 

 彼の言葉に反応し、段蔵も嗅覚センサーもとい鼻をすんすんと鳴らす。玄関の向こうから漂うその匂いは何とも比喩し難いものではあるが、確かに嗅いでいると眉間に皺が自然と寄ってしまうほどの不快感を与えられるもの。え?分かりにくい?んー()いて近いものに例えるならば、焦げ臭さに近いような……ような………

 

「‼───まさか……っ⁉」

 

 (おもて)を上げた段蔵の脳裏に浮かぶ、先刻の光景。

 高杉により撃退され、逃亡したあの似蔵という影男………もしや、この志村邸にいる者達が仲間だと知り、逃げるフリをして既にここに乗り込んだのではないだろうか?

 最悪な展開(シナリオ)が、二人の頭を(よぎ)る。信じたくはないが、それを裏付けるかのようなことを、もう一つ発見してしまう………家の中が、異様に静か過ぎるのだ。奥にいるのでは、などという推測もあるが、それにしては物音の一つも聞こえてこないのはおかしい。

 

「夜分遅くに申し訳ありません!どなたかいらっしゃいませんでしょうかっ⁉」

 

 隣に立つ高杉が思わず片目を(つむ)ってしまう程の声量で、段蔵は奥へと呼びかける。しかし、返答の声は一切返って来ず、家の中は閑静に包まれたままであった。

 

「マスター……皆様─────あっ!」

 

 声を上げた段蔵の頬を掠める微風(そよかぜ)、それは履物を脱ぎ捨て家の中へと駆け込む高杉が起こしたものであった。反応がやや遅れた彼女もまた、離れていく背中を追い掛ける。

 

「(クソッ、どうなってやがる………松陽(せんせい)‼)」

 

 恩師(あのひと)は、銀時達は、藤丸は無事なのだろうか……?考えたくもない可能性を掻き消すように、何度も(かぶり)を振る。

 突き当りを曲がったその時、廊下に転がる一人の姿を発見し、高杉は足を止めた。

 

「おい……しっかりしろ!」

 

 うつ伏せに倒れた身体を抱き上げられると、彼……アストルフォは小さく(うめ)き、ゆっくりと(まぶた)が持ち上げられる。遅れてやって来た段蔵もまた、アストルフォの姿に言葉を失った。

 

「……ああ、段蔵ちゃん………それにスギっちだぁ………えへへ。」

 

 暫くぼんやりとしていた彼だが、視界の中に段蔵、そして高杉の姿を確認すると、ふにゃりと青白い顔に弱々しい微笑を浮かべる。

 

「アストルフォ殿、お気を確かに……!」

 

「えへへ………よかった。『最期』に君に、スギっちに会うことが、出来、て………僕ね、もう……駄目みたいだからさ…………。」

 

「は……?お前、さっきから何言って────」

 

 狼狽を露わにする高杉の頬に、アストルフォの手が添えられる。伝わってくる小刻みな震えに、高杉の中で不安は更に大きくなっていく。

 

「……ねえスギっち………僕のお願い、聞いてくれる?」

 

 澄んだ(すみれ)の瞳が、微かな期待に揺らぐ。徐々に雫を含み、零れそうになるのをぐっと堪えながら、アストルフォは口を開いた。

 

「あのね………ぎゅって、してくれない……かな?我儘(わがまま)だってことは、重々も承知さ………でもね、このまま座に(かえ)って、君のことを一片も思い出せずに終わるなんて……そんなの、やだよ……だからさ、ね……?スギっち…………お願い。」

 

 何度も声を詰まらせながらの懇願(こんがん)に、高杉は俯いた顔を上げることが出来ない。返答もせず、素振りも見せず、高杉は黙ったまま、両の手をアストルフォの背中へと回す。

 温かい掌の温度にアストルフォは目を細め、そして力を()められた高杉の手は、アストルフォの身体を引き寄せ────

 

 

 

「ああ~っ黒猫、段蔵も帰ってたの⁉ちょうどよかったわ~手伝って!」

 

 

 突として曲がり角から姿を現したエリザベートに一驚し、高杉は手からアストルフォを落としてしまう。その際床に後頭部をぶつけ、「いった~い!」と下から上がるアストルフォの声など耳に入らないまま、空いた口が塞がらない状態の高杉と段蔵に、エリザベートは尻尾を大きく振って(まく)し立てる。

 

「何が何だか分かんないんだけど、アタシ以外の全員が夕飯(ディナー)を終えてから、いきなりお腹を押さえて苦しみだしちゃったの!もしかしたら食あたりかもしれないとは思うんだけど……とにかく、白モジャは泡吹いてるし、眼鏡ワンコはキラキラしながら座に還りかけてるし、仔犬なんて白目剥いて気絶しちゃってるのよぅ!それで今さっき、虫の息の眼鏡ワンコからお薬の入った救急箱の場所を教えてもらったわ。とりあえずあちこちにのたうち回って散らばってるでしょう皆を、居間に集めなくちゃと思って、だから手伝ってちょうだいな!」

 

 言い終えると同時に、エリザベートはくるりと方向転換し廊下の奥へと駆け出していく。

 何とも言えない空気が漂う中、高杉と段蔵が再び(まなこ)を下へと向ければ、だらだらと滝のように流れた冷や汗で顔中を濡らしたアストルフォが、気まずさから目を逸らし、誤魔化しの諂笑(てんしょう)を浮かべている。

 ふう、と息を一つ漏らし、その場から離れ立ち去ってしまう段蔵。遠くなっていく彼女の背中から高杉へと視線を移せば、そこには背筋どころか全身が凍ってしまいそうな程に綺麗な巧笑(こうしょう)が、額に浮かんだ青筋と共にこちらを見下ろしていた。

 

「………そうかいそうかい。食あたり、なぁ。」

 

「あ、あはは~………これはその、ええっとぉ………。」

 

 蒸発気味の脳に残っている細胞達をフル回転させ、しどろもどろになりながら言い訳を(ひね)り出そうとするも、時は既にお寿司、じゃなかった遅し。固く握られた拳に高杉が熱い息を吐きかけたその三秒後、「にゃあああああァァァッ‼」とアストルフォの悲鳴が家中に響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「はぁ~………(ウメ)ェ、旨ぇよおおぉ~………!」

 

「えぐっ、美味じい……美味じ過ぎで前が見えないよぅ………ぐすっ。」

 

 ぼろぼろと溢れる涙やら鼻水やら、とりあえず顔から出るもの全部駄々洩れさせながら、銀時と藤丸を始め、あの後発見された胃薬によって無事回復した面々は、滝のように溢れ出るそれらを拭いもせず、がつがつとモンブランを食している。(むせ)び泣きながら生菓子を(むさぼ)るその姿に、高杉はただ呆気に取られていた。

 

「………そこまで喜ばれりゃあ、菓子職人も本望だろうよ。」

 

「もう、銀さんも藤丸君も大袈裟だなぁ。でもこのモンブラン本当に美味しいですよ、こんな高級品と縁なんてなかったから、食べられるなんて夢にも思いませんでした。この若干の塩気もアクセントになって中々、アレ変だな?前が(かす)んで見えないや。」

 

「テメェも(ツラ)拭いてから食え、眼鏡。顔から出るもん全部出てるじゃねえか………ったく、どいつもこいつも。」

 

 呆れ顔で溜め息を吐く高杉。そんな彼は今、左腕に負った傷の手当てを、頭にたんこぶを乗せたアストルフォと共に(おこな)っていた。破れた着物は段蔵が(つくろ)った後、洗濯場へと持っていったために、今は新八の寝巻用の着物を借りて着ている。

 互いに身長もそれほど差はなく肩幅もあまり広くはないため、サイズ的にはあまり問題はないものの、やはり高杉も始めはやや難色を示していた。しかし彼の厚意を無駄にするのも引け目を感じ、そのまま拝借する経緯に至ったのであった。

 因みにコレを着た際、「よかったね~高杉クン、こういう時ばっかりはチビな自分に感謝しろよぉ?」と銀時にお約束の身長ディスリスペクトを受けたため、直後彼に対し見事なまでの原爆固め(ジャーマン・スープレックス)をお見舞いしている。プロレス雑誌の表紙を飾りそうな程の完成度を誇ったその光景は、皆からの拍手喝采を受けながら、アストルフォのスマホによってしっかりと記録されていた。

 

「フォウ、フォウ。」

 

 てしてしと小さな前足で高杉の膝を軽く叩き、フォウがおねだりをしてくる。上機嫌に揺れるふさふさの尻尾に頬を緩め、高杉は菓子の入っていたものとは別の紙袋を開けた。

 

「ほらよ、お前さんはこっちだ。」

 

 掌に出した中身、渋い茶色の小さなそれは、彼がフォウや定春のために菓子屋に頼んで作らせた、砂糖を使用せず過度な甘さを抑えた甘栗。

 フォウは何度か鼻を鳴らした後、早速一粒ぱくりと頬張る。口いっぱいに広がる甘栗の味がどうやらお気に召したようで、そのまま残りの数粒も一気に平らげ………と思いきや、フォウは最後の一つは(くわ)え、くるりと方向転換し離れていってしまう。

 一体どこへ持っていくのかと行き先を見届ければ、そこは台所と反対側の襖の前。そこに甘栗を置き、カリカリと戸を引っかくフォウの動作から、その向こうに誰がいるのかを高杉は何となく察した。

 

「心配すんな、松陽の分もちゃんと用意してっから。それはお前が食えばいい。」

 

「キュ?フォウッ。」

 

 高杉の声に振り向くと、フォウは少し考えた末に甘栗はそのままにし、また高杉の元へと戻ってくる。胡坐(あぐら)を組んだ足の上に飛び乗ると、高杉の手が頭を優しく撫でた。

 

「……松陽は、まだ眠ってんのかい?」

 

「うん。でも大分顔色もいいから、とりあえずこのまま寝かせとこうってヅラ君が言ってた。詳しいことは皆集まってから話し合おうだって。」

 

「そういや、そのヅラはどこ行った?じゃじゃ馬とワン公も姿が見えねェが。」

 

「今ちょっと出てるんだ、もうすぐで戻ってくると思うけど………はいスギっち、包帯巻けたよ。他に手当てするトコ無い?」

 

「ああ、後はもう十分だ。お前もさっさと食ってこい。」

 

「え、僕もモンブラン食べていいの?さっきのこと、もう怒ってない……?」

 

「そうさなァ………全員分の美味い茶ぁ煎れてこい、それでチャラにしてやるから。」

 

「わぁい!やっぱりスギっち大好きっ!待ってて、とびっきり美味しいの煎れてくるから!」

 

 立ち上がってすぐに、アストルフォは(せわ)しなく台所へと向かって行く。開いたままの襖の向こうに消えていくのを見届けてから、高杉が使用済みの道具を片付け始めていた時、それに気付いたエリザベートがモンブランを堪能する手を止め、()り足でこちらへとやってきた。

 

「あら、アストルフォに手伝ってもらったとはいえ、手当てから片付けまで自分でちゃんとやるなんて、随分とマメじゃない?」

 

「俺ぁ王様じゃねえからな、自分(テメェ)で負った傷の始末くらいは自分(テメェ)でするのは道理だろ。」

 

「ふーん………なら今度はアタシがお節介してあげる。アタシはコレを持っていくから、黒猫は広げた物を片付けなさいな。」

 

 そう言ってエリザベートが手に取ったのは、止血に使った布。まだ変色しきっていない血(のり)の染み込んだ数枚のそれを集める彼女は何故か上機嫌で、その浮き浮きとした様子に、高杉は嫌な予感がしてならない。

 

「おい……一応言っとくが、妙な気は起こさねェほうが身のためだぞ。」

 

「んなっ⁉失礼ねっ!このアタシがケーキのフィルムを舐めるような、そんな意地汚い真似するワケないじゃない!」

 

「いや~でも俺、あのフィルムについたクリーム舐めるの結構好きなんだよなぁ。アイスの蓋(しか)り、ヨーグルトの蓋然り、ああいうとこについてるのってまた違う味わいが感じられてさ。糖分王の銀さんならこの気持ち分かる?」

 

「愚問だぜ藤丸よぉ、やっぱお前とはいつかケーキバイキングにでも行って、糖分の重要性について深く語り合う必要があるな。よっしゃ、銀さん(おご)ってやっから今度行こうぜ。」

 

「わーいやったー。」

 

 バンザイをして喜ぶ藤丸の後ろを通り、エリザベートの姿は閉めた襖の向こうへと消える。

 

「はーい、お茶入ったよー!」

 

 エリザベートとちょうど入れ替わるタイミングで、アストルフォが人数分の煎茶を注いだ湯呑を盆に乗せて居間へと戻ってくる。お湯沸くの早くね?と疑問にお思いの方もいらっしゃるであろうか。まあその、そこんとこは割愛ということで。

 新八や藤丸と共に湯呑を配り終え、湯気の昇る湯呑に誰となしに口をつけようとした、その時であった。

 

「みぎゃああああァァァァァァッ‼」

 

 (へだ)てた襖の向こうで上がる、エリザベートの絶叫。皆の意識がそちらへと集まる中、襖をぶち破る勢いで居間へと乗り込んできたエリザベート。真っ赤に腫れた舌をまるで犬のように出した彼女は、涙で潤んだ瞳に湯呑を映すやいなや、瞬時に掴み一気に(あお)る。

 「それ熱くない?」と目を丸くしたアストルフォが彼女に尋ねる前に、エリザベートの顔がみるみるうちに赤くなっていく。仕舞いに湯気まで昇り始め、「(あっちゅ)いいィィッ‼」と叫ぶと同時に大きく咳き込んだ。

 

「ゲホッ………も~ぅ(ひゃひ)よ!(ひゃん)らのよぅっ⁉フルーティーかつフローラルな芳醇(ほうじゅん)な香りを見事に裏切るあの辛さは⁉あんなのハバネロに等しいわ!アンタの身体には血じゃなくてハバネロが流れてるの⁉ああんっもう今のお茶の追加ダメージで舌の上が大火事よっ‼」

 

「だから妙な気は起こすなっつったろ……自業自得だ。」

 

「ホントそれな、それに後半の件はお前の自己責任じゃ────」

 

「おだまり白モジャ!アンタに今のアタシが受けた地獄の苦しみが分かって⁉クリームがたっぷり乗ったケーキの甘さを堪能しようと胸をときめかせていざ(かぶ)り付いたら、スポンジから間のジャムまで全てが唐辛子だったの!ホットよ、ベリーホット!それも痛みを伴うほどに!Csalódottak(がっかりだわ)!」

 

 一通りぶちまけた後、エリザベートは新八の持ってきた水をこちらも一気に飲み干していく。(かさ)が降下していくコップを何気なく眺めていた高杉の中に、ふと先程の光景が浮かぶ。

 

「そういやお前ら、何で食あたりなんかになってんだ?おかしなモンでも食ったか?それと何でヅラ達はここにいない?一体どこに────」

 

 おかわりを要求してくるフォウに追加の甘栗を与えながら、高杉は問い掛け顔を上げたその時、カチャーンッ、と響いた金属音が彼の言葉を(さえぎ)った。

 音の源であるフォークは、藤丸の手から滑り落ちたもの。その藤丸を始め、銀時と新八そしてアストルフォまでもが、青ざめた顔に多量の冷や汗を流し、がくがくと震えている。

 

「…………おい、何があった?」

 

「えっとだな…………長ったらしい説明で文字数食うのダルいし、とりあえず今から回想流すからそっちを観てくれや。お前も読んでる側も気になってしゃーないだろう、ヅラ達がどこ行ったかとかも、こん中で説明出るから。ほんじゃ、回想入りまーす。ほわんほわんほわんギンギン~………んん、自分で言うのちょっと恥ずかしいな、コレ。」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「おかえりなさい。さあさあ皆さん、お腹も空いてるでしょう?たーんっと召し上がってくださいな。」

 

「今日のディナーはいつもより格別よ、なんてったってアタシとお妙の合作なんだから。さあ、飢えた家畜のように喰らうといいわっ!」

 

 道場の案内説明を一通り終え、居間へと戻ってきた藤丸達を迎えたのは、揃いの可愛らしいエプロンを着たお妙とエリザベートの可憐な笑顔。

 

「私、得意なお料理って卵焼きくらいしか無いの。だからエリちゃんが手伝ってくれて本当に助かったわ。」

 

「ふふん、そうよ~感謝なさい。アタシが力を貸したからこそ、こ~んな豪勢な食卓になったんだからねっ。」

 

 得意げに鼻を鳴らし、エリザベートは大鍋を中央へと置く。

 彼女らの手によって生み出された料理達が、次々と食卓へと運ばれてくる。徐々にテーブルを埋め尽くしていくそれらを眺める藤丸達であったが…………どういうわけか、皆一様に顔色が優れない。定春も部屋の隅で尻尾を巻いて(うな)っており、彼に守られるようにしてフォウも背後に隠れている。

 

「ほら、どうしたのよ仔犬?エリちゃん特製のハラースレーが冷めちゃうわよ~。」

 

 大鍋の中身を皿に(よそ)い、湯気の昇るそれを藤丸の前へと置く。ハラースレーというのはハンガリーの名物料理の一つであり、新鮮な魚介をふんだんに使ったスープである。パプリカで付けられた鮮やかな赤色や、海の幸の香りが何とも食欲をそそる一品……………の、筈なのだが。

 

「あ、りがとう、エリちゃん………うっ!」

 

 強張った笑顔でハラースレー(仮)と向き合うも、あまりの光景と皿から昇る赤い湯気が(まと)う刺激臭に、藤丸は耐えられず顔を背ける。

 皿に盛られているにも関わらず、その赤いスープは尚もぐつぐつと煮立ち続けている。肝心の具である海老さんや烏賊(いか)さんなどの魚介を代表とする面々の姿は見受けられず、代わりに石炭のような黒い塊と共に、青いゲソに似た何かがハラースレー(仮)の中で(うごめ)いていた。この感じはそうだな、記憶の中にあるもので一番近い例に例えるとすると……………あれだ、色は違うけど聖杯の泥(ケイオスタイド)だ。

 目も当てられないものはスープだけではない、食卓を埋め尽くす彼女達特製の料理の数々、それら全てが赤と黒の二色で覆われ、文章では分かりづらいが(いづ)れも皆モザイクがかかっていなければお見せ出来ない程の惨状であった。

 激辛唐辛子のような刺激臭や、食べ物にあるまじき化石燃料(ガソリン)に近い(にお)いに涙目となっている藤丸を、不意に隣の銀時が引き寄せ声を(ひそ)める。

 

「おい、どういうことなんだよこりゃ?何で食材だったモンがビフォーアフターしたらこんな地獄絵図になんだよ?」

 

「それ聞きたいの俺だから。すっげぇ今更になるけど、もしかしてお妙さんってそちらさんのメシマズ枠だったりする?ヤバいよ、パッと見大和撫子のこの人ならエリちゃんが多少やらかしても何とかなるなんて考えてたさっきの自分を殴りたいよっ!」

 

「いや~それなら俺だってお前にトカゲ娘が劇物製造機だってこと確認しなかったもん、こんなんお相子(あいこ)だって………しかしクロスオーバー作品のメシマズ二人がフュージョンしちまったとなりゃあ、かなりマズいぞ。多分ベジットでもアイツ等にゃ勝てねぇよ、どうすりゃいいんだ?」

 

 ひそひそと二人が言葉を交わしている背後で、遠くから電話の音が鳴り響く。慌ただしく居間を後にするお妙の足音が聞こえなくなったのと同じタイミングで、エリザベートは皆の皿へハラースレー(仮)を配り終えた。

 

「わ、わぁ~………凄いね、コレ。」

 

 あの終日陽気なアストルフォでさえ、微苦笑を貼りつけた顔を下に向けて硬直している。彼の隣でも神楽が口元を押さえており、桂は………あれ?あの人どこ行った?

 首を動かし桂を探していた最中、ふと視線を向けた先に、壁に(もた)れたエリザベスの姿が。ぬ゛~ぬ゛~と微かに聞こえてくる寝息に、「あんの野郎、狸寝入り決め込みやがった……‼」と心中で同時に叫んだ銀時と藤丸が、血走った眼を向けると共にギリギリと食いしばった歯を(きし)ませた時だった。

 

「あのぅ………ちょっといいかしら?」

 

 電話を終え戻ってきたお妙が、開いた襖から困り顔を覗かせる。一同の視線が彼女へと集まる中、お妙は言いにくそうに切り出した。

 

「さっきの電話、私がお勤めしてるお店からでね。実は、今日出る筈だった()が急に体調を崩してこられなくなっちゃって、その子の代わりに私が行かなきゃならないことになったの。新ちゃん、皆さんのこと頼めるかしら?」

 

「え、ええ勿論です。でも姉上、こんな時間に一人で外に出るのは危険じゃありませんか……?」

 

「そうなのよ、近頃怖い魔物に加えて『辻斬り』まで出没してるって、お客さんから聞いたことあるし………それでもしよかったら、門下生のどなたか送っていただけないかと思って。」

 

 お妙のその言葉に、またとないチャンスと目を光らせる銀時。しかし彼の挙手は、突如()し掛かってきた定春によって阻止された。

 

「はいはいっ!は~いっ!姉御、私行くアル!定春も行こう!」

 

「わんわんっ!」

 

「あら嬉しいわ。でも、女の子だけで大丈夫かしら?」

 

 おしっ今だ!今こそここで俺がバシッと手を上げる時だろ!再び巡ってきたチャンスを逃しはしないと意気込む銀時。しかしまたも彼の挙手を遮ったのは、突として目の前に現れたエリザベス………もとい、桂が召喚した式神エリザベス(1/1スケール)。

 

「お妙殿、女人(にょにん)ばかりでは危険が伴う。ここは俺も共に参るとしよう。」

 

「あらぁ、頼もしいわ。只のうざったいロン毛しか個性の無いワケじゃないのね。」

 

「はっはっはっ、怒るぞ?そろそろ怒るぞ?」

 

「うぉいヅラ!てめぇ逃げようとてんじゃねーぞっ卑怯モンが!この藤〇君二号‼」

 

「藤〇君じゃないヅラだ!あっ間違えた桂だ!残念だがな銀時、こういったことはどんな状況であろうと、早い者が勝つと昔から相場が決まっているものだ。ではリーダー、定春君、参るとしよう!」

 

「んないちいちデカい声出さなくても聞こえてるネ、うるせーし近所迷惑だからトーン落とせヨ。それじゃちょっと行ってくるアル。」

 

「わんっ。」

 

 腹の立つ桂の高笑いが離れていく中、去り際にお妙がこちらに振り向き、朗らかに笑ってこう言った。

 

「そうそう………お残しは、許しまへんで♪」

 

 終始彼女の顔に湛えられた、華のような笑顔。しかし銀時も藤丸も、その場にいる誰もが気付いていた………目だけは、決して笑ってなどいないということに。

 

「あ……ああそうだ~、僕お登勢さんのとこに電話してくるよ!こっちに住むこと早く伝えなきゃいけないし、パチ君電話借りるよ~!」

 

 言うなり席から立ち上がってしまい、そそくさと今居間を後にするアストルフォ。そしてフォウまでもが、彼の後をちゃっかりとついていき退室してしまう。

 再び流れる気まずい沈黙………しかしそれを破ったのは、エリザベートの深い溜め息。

 

「………やっぱり皆、食べたくないのね。アタシの料理なんて。」

 

「えっ、あの、エリちゃん────」

 

「いいのよ眼鏡ワンコ、自分でも分かってるから。頑張って作ったつもりだったんだけど、こんな見た目じゃあ食欲なんて少しも湧かないでしょ?やっぱり、真心を込めても駄目なものは駄目なのよ……。」

 

「いやコレ、明らかに真心とは別なモン入ってるよね?最早怨念に近────」

 

 そこまで言い止した銀時の口を塞ぎ、「そんなことないよっ!」と叫んだのは新八。すると彼は意を決したようにスプーンを握り、ケイオスタイ……違った。既に(ぬる)くなりつつあるハラースレー(仮)に震える手で(さじ)を入れる。

 

「し、新八君……?」

 

「おい新八、お前何を……っ⁉」

 

 泡を食わされ狼狽(うろた)える藤丸と銀時を余所に、新八は動かした目を不安げな顔のエリザベートへと向ける。そして笑み顔を向けた次の瞬間、彼は持っていたスプーンの先端を自らの口内へと入れた。

 

「!………眼鏡ワンコ?」

 

 瞳をいっぱいに開き、言葉を失うエリザベート。もっしゃもっしゃと数回咀嚼(そしゃく)をした後、彼は笑顔を向けて口を開いた。

 

「………うん、美味しいよ。エリちゃっゲボロッシャアアアァァァァァァッ‼」

 

 男として決めねばならない台詞のとこで、一体何をしでかしているというのかこの眼鏡は。こちらもモザイクのかかった胃袋からの逆流物を咄嗟に掴んだくずかごへと吐き出し、やがて力尽きた新八はその場に倒れてしまう。時折痙攣(けいれん)する背中を唖然と見つめ続ける藤丸達であったが、ドンッ!とすぐ側で聞こえてきた大きな音に呆けていた意識が覚醒する。

 

「……嬉しいわ、 boldog(うれしいわ)!美味しいなんて言ってもらえたの、初めてよ!さあっどんどん食べてちょうだいな、デザートにこのクロカンブッシュもあるわよ!」

 

 頬を染め、満面の笑顔でエリザベートが運んできたのは、小さなシュークリームを飴で貼りつけ積み上げた飾り菓子………なのだが、やはりこちらのカラーリングも赤と黒が使われており、しかもグネグネと動いている。絵で表示出来ないのが大変惜しまれるが、例えでいえは小規模サイズの魔神柱が皿の上に乗っている様子をイメージしてもらいたい。

 

「………銀さん、こうなったら腹を決めるしかないよ。」

 

 藤丸はズボンのポケットを漁ると、そこから取り出した一枚のカードのようなものを銀時へと差し出す。そこに描かれた金髪で赤薔薇のよく似合う美女は、余だよ!でお馴染みのローマ皇帝様。

 

「え?あの藤丸君、何コレ?」

 

「今年のNY祭りで余った礼装、それがあればHPが無くなっても一回は復活出来るから。頑張って!」

 

「出来るから。じゃねーよっ!俺が死ぬ前提で話進めんのやめてくんない⁉それに頑張んのはそっちも同じだかんな、一人だけ逃がさねえぞっ‼」

 

「わーんっ銀さんの人でなし!俺只の人間(ヒューマン)だよ⁉生きてる保証ないって‼」

 

 今の状況から一刻も早く脱しようと、互いに互いを蹴落とし合おうとする醜い戦いが繰り広げる横で、エリザベートは新たな料理の乗った皿に自らのフォークを突き立て、肉らしき黒い塊をナイフを使って器用に切り分けていく。

 

「ほらほら、お腹が空いてるからそんなにイライラしてんじゃないの?しょうがないわね、このアタシが特別にあーんしてやるんだから、味わい感謝しておあがりなさい?」

 

 中まで炭と化した肉塊を差し出され、二人は硬直する。食欲を掻き立てるジューシーな香りの代わりに鼻を突く、何とも言えない石油の臭い。(したた)る赤い液体は血なのか肉汁なのか、はたまたどれにも当てはまらないモノなのか。

 言い争いを止めた藤丸と銀時は、引き()った表情のままで互いの手を握り、まるで怯えた子犬さながらに全身を震わせ壁際へと逃れていた。

 

 

「さあ…………お残しはぁ、許しまへんで♪」

 

 

 彼女が浮かべたのは、数分前にお妙が向けたものと同じ、あの(おぞ)ましい笑顔。

 

 

「「いっ……いやあああああああァァァァァァッ‼」」

 

 

 恐怖と絶望のあまり、作画が楳図か〇お風となった藤丸と銀時。

 

 志村家に轟いた彼らの悲鳴は、夜陰の中に溶けて消えていったのであった。

 

 

 

 

《続く》

 



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【捌】 再会そして、契約(Ⅱ)

 

 

「えー、てなことが数刻前にあってだな………え?何があったのかって?さてはオメー、色々すっ飛ばしていきなりこっから読み始めた物臭ちゃんだなぁ?別に必読しなきゃならんトコでも無ぇが、どうしても知りたいってんならコレの前の回を読んでくれよ?いちいち説明するなんて親切な真似、銀さんはしてあげないんだからねっ。」

 

「銀さーん、さっきから誰に対して話しかけてんの?」

 

「あ?誰って藤丸君よぉ、人生の中においての貴重な時間をわざわざ裂いてこんな物語(さくひん)読んでくれてる、心優し~い皆さんに決まってんだろ………まあそれより、あの後礼装のスキルやら藤丸のスキルやらを駆使して、何とかあと半分ってとこで俺らの意識は途絶えた。(よう)はそこで気を失っちまってたんだな。次に目ェ覚ました時にゃ、段蔵や高杉クンに助け起こされてたってワケさ。」

 

 ふう、と息を一つ吐き、銀時はアストルフォの煎れてくれたお茶の入った湯呑を取る。すっかり(ぬる)くなってしまったソレを一息に飲み干し終えたのと同時に、開けられた襖から段蔵が現れる。

 

「キュッ、フォウフォーウ。」

 

「あっ段蔵ちゃん、おかえり~。」

 

「フォウ殿、アストルフォ殿、只今戻りました…………高杉殿、着物の繕いと洗濯を終えましたので、明日(あす)にはお召し出来るかと。」

 

「そうかい、色々とすまねェな…………にしても、俺らがここに踏み入った際に見たアレの正体と、台所(あっち)で未だ異臭を放ってやがる放送規制オブジェが、まさか仮にも食いモンだったなんてな。」

 

「んま~っ失礼しちゃうわね!仮とは何よ仮とは⁉どっからどう見ても愛情の()められた素敵な料理じゃない!それなのに黒猫と段蔵ったら、アタシの渾身の作品のクロカンブッシュをいきなり粉砕しちゃうだなんて酷いじゃないのよ~っ!」

 

「申し訳ございませぬ………敵性(エネミー)反応が検知されたものでしたから、段蔵もてっきり新たな(しゅ)の魔神柱が現れたのかとばかり。」

 

「いいや段蔵、ありゃお前が悪いンじゃねえ。只の手料理が攻撃仕掛けてきたり、画面の上にこれ見よがしとHPが表記される筈無ェだろ。ホラ藤丸、ついでに素材も落ちたからテメエにやる。」

 

「わ~い、ありがとう高杉さん。銀箱かぁ、どれどれ中身は………やった~塵だ!ちょうど足りなかったんだよ!」

 

 両手に素材を抱え、小躍りする藤丸を膨れ面で睨んでいるエリザベート。彼女は席を立つと、尻尾を立ててぷんすこと台所の方へ歩いていってしまった。

 

「……何だか、エリちゃんに悪い事しちゃったかな。きっと一生懸命作ってくれたのに。」

 

「パチ君、きっとその思いやりの気持ちだけでも充分さ。彼女の料理の腕(クッキング・スキル)は最早、一種の個性みたいなものなんだから。前にカルデアで料理の上手な赤い弓兵(アーチャー)に習ったりもしたんだけど………出来上がったカップケーキ(仮)を試食した職員やサーヴァントが全員、青ざめた顔のまま昏倒しちゃったこともあったっけ。ねえマスター。」

 

「覚えてる覚えてる、あの時は大変だったなぁ。()くいう俺もお腹がジェットコースターにまで(おちい)っちゃって、終日トイレの住人になるしかなかったんだよなぁ……。」

 

「フォーゥ、フォウゥ……。」

 

 湯呑を降ろし、遠い目で(くう)を見つめるアストルフォと藤丸そしてフォウに、銀時達は何と声を掛けてよいのか分からない。そんな時、「ねえっ」と台所から戻ってきたエリザベートが一同に問い掛けてきた。

 

「そっちに卵焼きのお皿残ってない?お妙が作ったヤツなんだけど、さっき下げた食器の中に見当たらないのよ。」

 

「卵焼き?卵焼きといっても…………アレの中だと、どれが何だったのやら。」

 

 鮮明に記憶に残る赤と黒のゲテモ……んんっ失礼、料理を思い浮かべ、首を傾げる藤丸の隣で、銀時が口を開く。

 

「いや~誰かが食ったとしてもだ、大した奴だよそいつぁ。銀さん500円あげたくなっちゃう。」

 

「え?300円じゃなく500円?銀ちゃんがそんなに出すなんて、お妙ちゃんの卵焼きってそんなに凄いの?」

 

「フォウ、フォウ?」

 

「凄いっつーか、まずアレを卵焼きと扱っていいモンなのか、最早卵としての形を忘れた可哀想な卵焼きと呼ぶべきか………なあ新八?」

 

「そうですね………弟の僕が言うのもなんですけど、姉上の作る……というか生み出す料理は卵焼きに限らず、ほぼ確実に暗黒物質(ダークマター)と化してしまいますから。」

 

「ええと、確認したいんだけどいいかな?何をどうしたら卵焼きが銀河系に存在する未知の物体になっちゃうわけ?ていうか卵要素が微塵も残ってないのに、それを卵焼きと呼称してもいいの?」

 

「しゃーねーだろ、生み出した本人がそう言って……いや、そう名付けてんだから。いいか藤丸、奴の卵焼きは絶対ェ口にすんなよ。万が一俺らが食ったとしても、今はサーヴァントだから前より体の造りも幾分か頑丈になってるし、まあワンチャンで死にゃしねえだろ。だがな、もしも人間のお前がアレを食っちまうことがあれば……………いや、食うな。何があろうと決して食うんじゃねえぞ。お前にもしものことがあっちゃあ、カルデアのマシュやダヴィンチにどう説明すりゃいいんだか……。」

 

 険しい顔つきでぶつぶつと呟く銀時に困惑する藤丸、そんな(おもて)を上げない銀時(かれ)の代わりに答えたのは、微苦笑を浮かべる新八であった。

 

「とにかく、これからの食事当番は僕達もやることにしようよ。皆門下生って扱いだから、姉上も明日辺り皆にやるよう言ってくると思うし。」

 

「む~……それならしょうがないわね。眼鏡ワンコ、アタシの手料理がまた食べたくなったらいつでも言いなさい。気が乗れば作ってあげなくもないわよ?」

 

 お世辞ではあったものの、新八の「美味しい」という言葉にエリザベートはすっかり気を良くしたようで、フフンッと得意げに鼻を鳴らす彼女を見上げる新八の額を一筋の汗が伝い落ちた。

 

「それにしても、卵焼きのお皿はどこに行ったのかしら?仔犬、その辺にあったりしない?白の四角いお皿なんだけど。」

 

「フォウ?」

 

「えっと、この辺りには特に見当たらな…………お?」

 

 辺りを見渡していた藤丸の目に留まったのは、開いた障子の向こう側。夜闇が広がるその向こうが何となく気になり、藤丸は立ち膝で縁側へと移動していく。

 

「………あった。」

 

 外縁の下、地面にぽつんと置かれたそれは、(まさ)しく探していた卵焼きの皿。しかしそこには暗黒物質(ダークマター)……もとい可哀想な卵焼きの姿はどこにも無い。おかしいなーと思いつつも、皿を取ろうと伸ばされた藤丸の腕に、不意に生温かい空気が(まと)わりついた。

 

「ぅひえっ⁉」

 

 思わず上げた悲鳴に、「どうしたの?」と背後で聞こえたアストルフォの声と近付いてくる足音。藤丸の隣に並んだアストルフォが顔を覗くと、彼はこちらを向くことなく、真ん丸に見開いた(あま)色の瞳で皿の辺りを凝視していた。

 

「あっ、お皿ここにあったんだ~………マスター?」

 

「あああ、アストルフォ…………この下、下に何かいる……っ‼」

 

「へ?何かって?」

 

「分かんないけど、多分生き物じゃあない、かな……?だって今さっき、手に生(あった)か~い息みたいなモンが掛かって……。」

 

「うーん………とりあえず確認してみよっか?僕も一緒に覗いてみるからさ。」

 

 アストルフォの提案に(いささ)躊躇(ためら)いを見せるも、やはり好奇心には抗えない。藤丸が渋々頷いたのを確認し、アストルフォが「せーのっ」と発した声を合図に、二人揃って縁の下を覗き込んだ。

 逆さまになった視界に広がるのは、奥まで続く真っ暗闇。もっとよく見ようと目を凝らしていた時、月に掛かっていた雲が風に流れ、月明かりがそこへも差し込んできた。

 

 

 

「「……………え?」」

 

 

 

 刹那、彼等は暗がりに浮かびあがった『それ』の姿を目視し、思わず声を吞んでしまう。

 

 

 無骨な輪郭、顎に生えた髭。逆さであろうと、それが顔であることは即座に理解出来た。

 

 くちゃ…くちゃ…と、微弱な音によく耳を澄ませてみれば、『それ』は何かを咀嚼(そしゃく)している。手に掴んだ黒い塊を口元らしき箇所まで運びながら、『それ』はひたすらに何かを(むさぼ)り喰っている。

 

 ふと、こちらの存在に気が付いた『それ』はピタリと手を止め、ゆっくりとこちらを向く。ぎらついた(まなこ)を向け、言葉を失っている藤丸達を暫し()めつけた後、『それ』は生臭い息を吐き散らす口をにんまりと歪めて(わら)い、そして────

 

 

 

「う…………ウホッ。」

 

 

 やたらと低い声で、短く鳴いた。

 

 

「「っギャアアアァァァァァッ‼出たああァァァァァァッ‼」」

 

 二人の身体は弾かれたように跳ね上がり、勢いのまま居間へと突進してくる。

 

「は⁉え、ちょっ何────フロランタンッ⁉」

 

 何が起きたのか把握する猶予も与えられず、突としてこちらへ跳んできた藤丸を受け止める準備もままならぬ状態で、銀時は彼諸共(もろとも)床へと倒れていく。(ちな)みに定位置(銀時の頭)にいたフォウは危険を察知し、事が起こる数秒前にそこから飛び降り新八の腕の中へと既に避難を完了していた。

 

「銀さんっ‼出た、出たんだよっ‼ごっごご、ゴゴゴッ出たっ出た、ゴゴゴゴゴゴゴッ‼」

 

「何なに⁉何が出たって⁉ゴキブリ⁉ゴ〇ゴ13⁉おいおいまさかゴから始まる妖怪とかじゃねえよな……やめろよぉっ銀さんオカルト的なヤツはパス!絶対ェパスだかんな‼アーメン〇ーメンッ悪霊退散アブダクションッ‼」

 

 喧騒が繰り広げられるその隣では、同じく勢いを殺さぬまま突っ込んできたアストルフォが、期待に輝かせた瞳をいっぱいに開きながら、両手をこちらもいっぱいに広げている。

 

「いや~ん止まんないよぅ!スギっちお願~いっ受け止めてぇっ!」

 

 接触するまでの距離があっという間に縮まり、あと1mを過ぎたという時、突如高杉の姿が(かすみ)となって消失する。

 

「ほへっ?」

 

 不意を食わされたアストルフォの先にいたのは、こちらも目をぱちくりさせたエリザベート。車とアストルフォは急には止まれない。誰かが(まばた)きをした直後に見た光景は、派手な音を立てて激突し畳の上へと倒れる二人の姿であった。

 

「いった~…………ぎゃっ⁉ちょちょちょ、ちょっとアストルフォ!早く離れなさいよぅっ!アイドルは握手以外のお触り厳禁なんだから!それにこんなところ、週刊誌の記者やファンに見られでもしたら、アイドル続けていけなくなっちゃううゥゥッ‼」

 

「あいたたた………ゴメンねエリちゃん~、まさか霊体化して避けられるとは思ってなかったよ。むぅ~流石はスギっち、やっぱり一筋縄ではいかないね。」

 

 うんうんと一人頷く彼の横で、未だ引っ付こうとしている藤丸を銀時が懸命に剥がそうとしている。一方その頃、既に実体へと戻った高杉は段蔵と共に、先程藤丸達がいた縁側の下を同じように覗き込んでいた。

 

「段蔵、そっちはどうだ?俺にゃ(ねずみ)一匹見えねえが。」

 

「はい、こちらも暗視モードをONにして確かめておりますが、やはり生物の姿は何も捉えられませぬ………ですが。」

 

 不意に、ワントーン低くなる段蔵の声。隣で縁の下から頭を上げた高杉もまた、既に彼女と同じことに感づいているようであった。

 

「……残り()、って()やぁいいんだかな。縁下(ここ)の空気ン中に、微弱だが魔力らしきモンが漂ってやがる。これが魔物のなのか、はたまた別のモンかは俺にゃ分からん。それに、もう風前の塵だ………ヅラがいてくれりゃあ、何か分かったかもしれんがな。」

 

「んん……?そういえば、ヅラ君達遅いね。お妙ちゃんの勤め先ってそんなに遠いトコなのかな?」

 

 アストルフォが首を傾げたその時、遠方から引き戸を開ける音と共に、「ただいまヨ~!」と元気のいい声、そしてこちらへと駆けてくる一人と大きな一匹の、床板を踏む音が近付いてきた。

 

「あら、噂をすればなんとやらね。それにしても随分と遅かったんじゃないかしら?もう長い針が三周も回ってしまってるわよ。」

 

 時計を見上げたエリザベートがそう言い()つのと同時に、両手いっぱいに袋を持った神楽が、息を切らして現れた。続いて同じように背中に荷物を乗せた定春と、神楽ほどではないが大きめの紙袋を抱えた桂も、揃って居間へと集結する。

 

「おおヅラ、遅かったじゃねーの。」

 

「ヅラじゃない桂だ。お妙殿の働く店で『もてなし』を受けてな、少々(くつろ)ぎ過ぎてしまった。」

 

「『もてなし』って………因みに桂さん、お財布は大丈夫でしたか?姉上にボッタくられたりしてません?」

 

「案ずるな新八君、酒は一滴も飲んではおらん。世間話のついでに情報を集めてきただけだ………まあ店を出る際に何人かの舌打ちが聞こえたような気がしたが、あれは気のせいだな、気のせいに違いない。うん。」

 

「フォウッフォウッ!」

 

「わんわんっ、わん!」

 

「銀ちゃ~ん藤丸っ!見てヨこれ、姉御の店の人から沢山お土産とお菓子貰ったアル!」

 

 満面の笑顔に嬉々として袋の中身を知らせる神楽、そんな彼女の目に縁側の二人の姿か留まるや否や、瞳を更に輝かせた彼女は抱えていた袋を放り(新八とアストルフォが慌ててキャッチしたため事なきを得た)、彼らの元へと駆け寄った。

 

「段蔵、スギっち!おかえりアル!」

 

 勢いを伴って抱き着いてきた神楽を容易に受け止め、段蔵はよしよしと彼女の頭を撫でる。心地良い手付きに目を細めていた神楽だったが、ふと高杉の方を向いた際、彼の着物のやや開いた(えり)から僅かに覗く包帯を見つけた途端、その顔が一気に強張る。

 

「スギっち!それどうしたアルか⁉痛くないの⁉」

 

「ああ………少しドジ踏んだだけだ、大したこたァねえさ。」

 

 神楽を安心させるように、いつもの表情(かお)と声色で返す高杉。その様子を新八や藤丸らと荷物を片付けながら眺めていた桂であったが、穏やかだった彼の(おもて)が、不意に険しいものへと一変する。

 

「えっ?ヅ、ヅラさん?」

 

 渾名(あだな)で呼ぶ藤丸の声にも反応することなく、桂は大股の歩幅で高杉の元へと迫っていく。きょとんとした様子の段蔵と神楽に構うことなく、桂は伸ばした腕で高杉の衿を乱暴に掴んだ。

 

「高杉………これはどういうことだ?貴様、一体『何』と接触した⁉」

 

 張り上げた桂の声は居間中に響き、皆の視線が彼と高杉に集まる。肩を戦慄(わなな)かせた桂の見開いた瞳から伝わってくる、激しいほどの憤怒と狼狽。しかし真正面からそれらを受けても、高杉は顔色一つ変えることはない。やがて彼の手が(さと)すように桂の手の甲を軽く叩くと、桂はハッと我に返り慌てて衿を離す。

 

「………すまない。だが高杉、それは────」

 

「そうだヅラ、お前にまず()てもらいてェモンがあんだ。積もる話は後に回して、とりあえずはこっちから頼む。」

 

「あ………ああ。」

 

 すっかり毒気を抜かれてしまい、喉から出てこようとしていた疑問を一先(ひとま)ず飲み下す。桂と同じ視線を向ける銀時に背を向け、「段蔵」と高杉は隣の彼女の名を呼び、そこに含まれた意図を察した賢い段蔵はがさごそと自身の衣服の中を漁る。

 

「ええと、確かこちらに………あ、ここでした。」

 

 あちこちを散々探った後、彼女が例の(ふだ)を取り出したのは何と豊満な(バスト)の谷間。端を(つま)み、するすると数枚の札を引き()り出していく彼女の顔には、微塵の恥じらいも見受けられない。あんぐりと口を開けている桂の掌に、「どうぞ」と彼女は(ほの)かに温もりが残る札を置いた。

 

「お前さん、何つー場所(トコ)にしまってやがんだ……?」

 

「公式の設定には存在しないこの作品だけのオリジナル設定なのですが、段蔵の胸部()はあらゆるものを収納出来るスペースとなっているのです。戦闘に用いる苦無や煙幕なども、ここから取り出して使っておりまする。」

 

「んなっ………何つーいかがわしい四次元ポケットなんだオイ。なあ段蔵ちゃん、銀さんにもその中、よく見せてくんない?」

 

「銀さん、何を企んでるかは知らないけど、悪い事は言わない。それはやめといた方がいいって………ウチのカルデアにもその箇所がとても豊か、いや豊か過ぎる()がいるんだけど、彼女の谷間(デス・バレー)にナニかを突っ込んだり落ちたが最期、一度そこに入ってしまったものは二度と帰って来ない、虚数空間の中から永久に出られなくなっちゃうらしいからね………もしかすると、段蔵も例外じゃないかもしれないよ。まあ、銀さんの銀さんがどうなってもいいってなら、俺も強くは止めないけどさ。」

 

「え、何それ………おっぱい怖い。」

 

 銀さんの銀さんを守るように手で覆い、顔の青ざめた銀時は悄々(すごすご)と後退していく。何故か新八も自身の新八を押さえているのだが、まあ気にせず次に進もう。

 

「フ~ンだっ!何よ男なんて、女の価値や魅力は胸の大きさで決まるものじゃないんだからね!大体今のアタシはまだ14歳の処女(おとめ)なんだしぃ?将来ボンキュッボンになることは既に約束されてるんだし!まあ、外見もクラスもCVも変わっちゃうんだけど!ね~っフォウ?」

 

「ンキュ?」

 

「エリちゃんの言う通りネ!胸の大きさしか見てない男はサイテーアル!因みに私も二年後、そして五年後はマミーみたいなごっさ美人のダイナマイトになるんだからな!嘘だと思うんなら単行本最新刊(現時点での七十五巻)と劇場版完結篇を要チェックしろヨ!なっ定春?」

 

「わう?」

 

 既にOPPAIの話だけで原稿が一ページ埋まりそうになっている一方で、桂は段蔵から受け取ったその札を丹念に観察している。

 

「ふむ、何らかの魔術が施されているようだが、(よこしま)は念は感じられない………段蔵殿、これをどこで?」

 

「はい、道場(ここ)の門の手前にて見知らぬ少女より手渡されたものです。きっと『いい事』が起こる、彼女はそうも言っておられました。」

 

「見知らぬ少女だと……?高杉、貴様が一緒にいながら、そのような不用心な真似を……。」

 

「俺も最初は疑った、無論今も疑念は晴れちゃいねェがな。だが奴から敵意の一切は感じられなかった。それにこうも言っていたぜ…………自分達は常に、俺達の味方だとな。その言葉の真偽は定かじゃねえ、だがここは一つ信じてみるのも一興じゃねえか?」

 

 くつくつと笑いながら煙管を吹かす高杉に、呆れた桂は眉間を押さえ溜め息を吐く。

 

「……で、これをどうすればいい?」

 

「彼女によれば、敷地の東西南北にそれぞれ貼り付けると良い、と申しておりました。」

 

「うむ、ではそれに従いやってみるか。」

 

「ちょちょちょっ、待ってくださいよ桂さん!万が一何かあったらどうするんです⁉ここ僕の家なんですから!」

 

 わたわたと慌てて止めに入ろうとする新八。しかしそんな彼の肩を掴む、第三者の手。

 

「!……ちょ、銀さん?何で止めるんですか⁉」

 

「まー落ち着けよ新八、言い出しっぺの法則って知ってるか?何事にもそれをやろうと言い出した奴にはな、全てにおいての責任が自動的に降りかかるモンなんだ。つまり今の場合は言い出しっぺはヅラだから、もし何かあったら全責任はコイツが負うってことになる。例え家が壊れようがそれでお前の大事にしてるお通のグッズやら何やらが吹き飛ぼうが、全責任はコイツが負う。大事なコトだから二回言ったぞ?それでいいじゃねーか。」

 

「……成程、分かりました。それなら僕が各方角に案内しますんで、皆さんついてきてください。」

 

 利き手で眼鏡を上げ、颯爽と歩き出す新八。その背中をぞろぞろと追いかける数人と、周章し駆け出す桂。

 

「ちょっ待て待て!確かにやってみようとは言ったぞ!だけど責任重すぎない⁉俺一人が背負なきゃならんなど聞いておらんぞ⁉第一今の俺は攘夷活動やってはおらんのだから、金だって(ろく)に持ちあわせてはおらぬ。それにもし道場(ここ)に危害が及ぶようなことがあれば、お妙殿からの制裁も怖い………よくて切腹か、(ある)いは─────あっ、待って皆!歩くの早っ‼頼む俺の話も聞いてくれ、頼むからああァァァねええェェェッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~むっ………んんんっ美味いアル!銀ちゃんのとこにいた時には決して巡り会えなかった上物な味ネ!」

 

 モンブランを口いっぱいに含み、広がる甘さと栗の風味に思わず笑みが零れる。神楽がケーキを堪能する傍らで、定春とフォウはそれぞれ藤丸と高杉の手から甘栗を貰っていた。

 

「定春、凄いがっつくね~。美味しい?」

 

「わふっ、わんわんっ!」

 

「あははっ、そんなに舐めたらくすぐった────ってギャアアァ!(よだれ)が、涎が服の中にいいぃっ‼」

 

 定春からの猛烈な愛情表現に悲鳴を上げる藤丸と重なるようにして、「ごちそーさまっ!」と神楽が(から)になった皿を前に手を合わせた。

 

「どうだい?満足していただけたか、お(ひい)さん。」

 

「ごっさ美味かったアル!ありがとうな、スギっち!」

 

 高杉への感謝を述べると、神楽はいそいそと先程運んできた袋の中身を広げ始める。出てきたのは幾つもの菓子と、そして(あらかじ)めリボンのついた可愛らしい柄のラッピング袋。神楽は並べた菓子と何度も睨めっこを繰り返し、その中からチョイスしたものをラッピング袋の中へと詰め込んでいた。

 

「ねえ神楽ちゃん、それってもしかして……。」

 

「うん!これね、松陽にあげるんだヨ!こうやって包んだのをこっそり枕元に置いておけば、松陽が起きた時にびっくりすると思って、さっき姉御と考えたアル!」

 

 意気揚々に答えながら、神楽が手に取ったのは眼鏡の形をしたマーブルチョコ。それを最後に袋はいっぱいになったようで、神楽は鼻唄を歌いながら綺麗にリボン結びを施していた。

 

「よし出来た!後はコレを松陽の枕元に…………スギっち、松陽まだ寝てるアルか?」

 

「ああ………まだ目は覚ましてねェらしいが。」

 

「そっか………こうしてサプライズの準備が出来るのは嬉しいけど、早く起きてまた笑顔見せてほしいって気持ちのが、今は強いアル………ぃよっし、早速こっそり置いてくるか!」

 

 寂しい心情を振り払うようにして何度も(かぶり)を振りながら、立ち上がった神楽は隣の部屋へと歩いていく。音を立てないよう静かに開けた襖の間から、先程置いた甘栗を口に咥えたフォウも一緒に、未だ眠る松陽の元へと忍び足で向かって行った。

 

「……嬉しそうだったね、神楽ちゃん。」

 

「ああ、そうだな。」

 

「俺も心配だからなぁ………早く松陽さんの意識が戻ってくれるといいんだけど。」

 

「……ああ。」

 

「それにしても、あの時見た松陽さんの背中の光、一体何だったんだろう………?前にも俺達が魔物に襲われた時、似たものを─────高杉さん?」

 

 何気なく彼の方を見()った藤丸の目が映したのは、常時変わらぬ高杉の横顔。左の目が包帯に覆われた状態のため、そこから感情は読み取れない。だが心なしか、呼吸と連動する肩の動きがいつもより小刻みであるように感じられた。

 

「あの………高杉さ───」

 

 言いようのない不安に駆られ、名を呼ぼうとしたその時、ドタドタと廊下の奥から響く複数の足音にそれは掻き消される。

 

「やっほ~マスター、たっだいま~!」

 

「居残りご苦労様~。あら?仔兎の姿が見えないけど。」

 

 エリザベートが室内を見回していると、開いた襖からフォウを抱いた神楽が上体を覗かせ、「はいは~いっ」と返答した。

 

「あれ?もう札は貼り終えたの?」

 

「いんや、最後の一枚は居間(ここ)の真正面に貼るんだとよ。そんじゃあヅラ、最後の仕上げ頼んだぞ。」

 

「もし道場が爆破四散したら、その時は立て直し費用+慰謝料も丸々ふんだくりますからね。」

 

「ヅラじゃない桂だ!だから大丈夫だってば新八君、それに爆破したらここにいる全員も()端微塵(ぱみじん)になるだろう!あっ、そうなれば俺の保険金から費用慰謝料その他諸々払えばイケるのでは……?」

 

「桂殿、とりあえずモノは試しです。先程の三枚を貼った際にも罠のようなものは作動いたしませんでした。きっと最後の一枚(コレ)も大丈夫です。」

 

「むぅ………そうだな、ここでぐだぐだが続いてまた無駄に文字数を使ってしまうよりだったら、俺も武士として腹を(くく)ろう。さあ段蔵殿、また先のアレを頼む!」

 

 先のアレ、桂がそう告げた直後、「承知しました」と腰を下ろし(かが)んだ体勢をとる段蔵。そこへ桂が覆い被さると、彼女が立ち上がった時の合わせた高さは、ちょうど鴨居辺りまでとなる。

 少女が成人男性をおんぶするという頓痴気(とんちき)な光景に、普通逆じゃね?と誰もが心の中で静かに突っ込む中、桂は札を持つ手を震わせながら鴨居へと近付けていく。

 

「ではいくぞ?ホントにいくぞぉ?いいのだな───────カツラ、行っきまああァァァっす‼」

 

 何度もしつこく振り向いては確認を求めていた桂であったが、青筋の浮き出た銀時と高杉が(カラ)の湯呑を振りかぶっていたため、慌てて正面へと向き直り、そして札を押し付けた。

 (のり)付けなどしておらずとも、まるで吸い寄せられるようにして鴨居へと接着する札。そして──────流れる、沈黙。

 

「………あれ?なんにも起きないね。」

 

 拍子抜けしたように呟くアストルフォの声と、神楽が余った菓子を咀嚼(そしゃく)する音が、居間に漂う静寂に響いた。

 

「………はは、ハハハハハハ!ほら見ろ、危険など何も起こらないではないか!やはり俺の言った通りだな、ああよかった!本当によかった!」

 

 緊張から解放されたためか、高笑いをする桂の額やら背中やらを、噴き出た大量の汗が滝のように伝う。

 本当に何も起こらないのか、と桂を除く誰もが(いぶか)しんでいた時だった。

 

「あ、あの桂さん………見てください、札のトコ。」

 

 強張った顔で一点を見つめたまま、新八が指をさす。一体何があるのかと鴨居へ向き直った刹那、(かれ)の顔もまた驚愕の色に瞬時に染まった。

 

「なっ………こ、れは………⁉」

 

 

 

 ────光っている。否、札に記された文字や術式らしき図が、まるで心臓の鼓動の如く一定の間隔で点滅を繰り返している。

 

 

 その光は徐々に弱まり、やがて淡い輝きは完全に消滅する。呆気にとられる一同であったが、ここで声を上げたのはまたもアストルフォであった。

 

「ん……?んんん?ねえ皆、何か気が付かない?」

 

「あ?気付くって…………そういやあ、さっきより部屋の空気が澄んでるような……。」

 

 先程とは明らかに何かが違う、しかしそれが何なのかを上手く説明することが出来ない………言いようのない違和感に皆が首を傾げていた、その時だった。

 

 

 

 

  『 ピピッ 』

 

 

 

 

 ────その音を耳にするのは、何時(いつ)振りになるだろうか。

 

 

 

 段蔵も、エリザベートも、アストルフォも………そして、藤丸もが、何が起きたのかを()ぐに理解出来なかった。

 

「藤丸……?なあ、今の音って─────」

 

 

 

  『 ピピッ ピピッ ピピッ 』

 

 

 

 断続的に鳴り続ける電子音。呆けた意識を覚醒させ、藤丸は咄嗟に音の源───自身の腕に肌身離さずつけていた、カルデアとの通信機へと目を向ける。

 

「(……やっぱり、壊れてなんかなかったんだ………‼)」

 

 受信を告げるアラートと、点滅を繰り返すボタン。驚愕と安堵に硬直する藤丸の背中を、叱咤(しった)するように叩く大きな手。

 

「あ(いて)っ……………銀さん?」

 

「ほら、ボサッとしてねぇでさっさと出ろよ。細けェことはまず後回しだ、待ちに待ったマシュ達からの通信かもしんねえだろ………?早く出て、元気な声聞かせてやんな。」

 

 白い歯を見せ、(ほが)らかに笑う銀時の言葉に、藤丸の緊張は春先の氷雪のように溶けていく。

 

「……うん、ありがとう。銀さん。」

 

 彼への感謝を伝え、藤丸は(うつむ)いていた顔を上げる。けたたましく鳴り続ける音が響く中、顔を合わせたそれぞれと力強く頷き合う。

 

 

 

 もう藤丸の心に、迷いも躊躇いも無い。大きく深呼吸をし、藤丸は展開したディスプレイの『受信』を示す項目へと触れ、そして────震える指に、力を込めた。

 

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

 



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【捌】 再会そして、契約(Ⅲ)

 

 

 

  『 ピッ 』

 

 

 画面のコマンドに触れた直後、(くう)に展開されるディスプレイ。

 

 

 痛いほどの深閑の中に、誰かの生唾を飲み込む音が響く。

 

 

 

 皆が目を見張る中、砂嵐を映し続けていた電子モニターに、変化が訪れようとして────

 

 

 

 

『先輩っ‼せんぱーいっ‼』

 

 

 突として、画面いっぱいに映し出される少女の顔面。

 スピーカーを(かい)して室内の空気を震わす大声量に、居間にいる誰も(一部除く)が一斉にひっくり返った。

 

『先輩、どこですかっ⁉どうか応答願います!立香先輩っ‼』

 

『こらこら、気持ちは分かるけど一旦落ち着いて。そんなに顔を近付けちゃあ、向こうから確認も出来やしないだろ?』

 

 モニターの端から聞こえてきた第三者の声に、「す、すみません…」と小さく謝った少女の顔が離れていく。

 やがて青と白の画面が少女の姿を映し出すと、上体を起こした藤丸の目は大きく見開かれる。

 

 

「………マシュ?」

 

 

 震える声が名を紡ぐと、少女───マシュも少しだけ驚いた様子を見せ、やがて眼鏡越しの瞳に輝きを(とも)した。

 

『………はい、先輩。マシュです、マシュ・キリエライトです!』

 

「マシュ………夢じゃ、ないよね?本当のホントに?」

 

『ええ、夢ではありません。本当のホントにマシュです!』

 

「フォーゥ!(ガブッ)」

 

「痛でででっ!フォウ君痛い痛い!」

 

『あっ!駄目ですよフォウさん!というか、やはりそちらにいらしたんですね⁉心配したんですからっもう!』

 

 ぷりぷりと怒るマシュに、「キュゥ……」と小さく鳴いたフォウは長い耳を下げ、僅かに落ち込む素振りを見せる。

 

「あはは………ん?こうして痛いってことは、やっぱりこれは夢じゃない………んだよ、ね?」

 

 フォウに噛まれた指の痛みが、この奇跡を現実のものであることを知らせてくれる。徐々に引いていく痛みとは正反対に、驚愕と歓喜に高揚する気を抑えられないまま、藤丸はモニターへとつんのめった。

 

「マシュ………。」

 

『先輩………。』

 

「マシュ……ああ、本物のマシュなんだ!」

 

『はい、正真正銘あなたの後輩、マシュ・キリエライトですよ!立香先輩っ!』

 

「ま………マシュ!」

 

『先輩!』

 

「マシュっ‼」

 

『先輩っ‼』

 

「マシュうううゥゥゥゥゥッ‼」

 

『先ぱあああァァァァァァっい‼』

 

「だああァァッ‼いつまで乳クリクリ合ってンだオメーらは⁉同窓会で久々に再会した女共ばりにノリがウゼェんだよっ‼」

 

 スパーンッ!と小気味良い音を鳴らして、銀時の平手が藤丸の後頭部に直撃する。「ぐほぁっ‼」と声を上げて倒れる藤丸に、モニターの向こうから「先パーイッ⁉」とマシュが叫んでいた。

 

「やっほ~マシュ!久しぶりだね~元気だった?」

 

「三日ぶり、ほどでしょうか………しかしマシュ殿、目の下に(くま)が見受けられまする。あまり休まれていないのでは……?」

 

「あら、本当だわ!もうっ駄目よマシュ!睡眠不足は美容の敵だってポ〇コも言ってたでしょ!」

 

「フォーゥ、フォウッ!」

 

『す、すみません。必要時以外は管制室から離れたくなかったもので…………でも、皆さんのお顔を見られてやっと安心出来ました。本当に、ご無事で何よりです。』

 

「マシュさん、お久しぶりです!またお会いできるなんて嬉しいなぁ……。」

 

「おい童貞眼鏡、鼻の下伸ばしてンじゃねーぞ。マシュ、私達も皆元気アルよ!なっ定春?」

 

「わぉーんっ!わんわんっ!」

 

 和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気に室内が満たされていく一方、その中に溶け込めないでいる英霊が二騎。事情をまるで知らない桂は只困惑し、高杉は素知らぬ顔で煙管を(くゆ)らせている。

 

『はいは~い。再会の喜びに浸るのもいいけど、このまま一話丸々っとそれで持たすわけにはいかないだろ?そろそろ私にも喋らせてくれないかな?』

 

『あっ、すみません。私ったらつい夢中になってしまって……。』

 

『別に謝ることはないよ。君が藤丸君に一番会いたがっていたのは、私も職員達も理解の上だからね。さて、ちょっと割り込ませてもらうよ。』

 

 モニターのマシュが横へとずれ、ひょっこりと顔を覗かせる黒髪の美女。突然の新キャラの登場に瞠目する桂に対し、彼女はにっこりと微笑んだ。

 

『おや、そこの色男さん達は初めて見る顔だね?自己紹介が遅れて申し訳ない。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、皆はダヴィンチちゃんと呼んでるよ。こう見えてカルデアの技術局特別名誉顧問を務めてる、万能の英霊なのさ。』

 

「あ、ええと………俺は桂小太郎、こちらでは魔術師(キャスター)として現界している。」

 

『ふんふん、私と同じクラスか。キャスターがいるなら色々と心強いかもね、よろしく~………それで、そちらの彼は?』

 

 ダヴィンチ、もといダヴィンチちゃんの興味が、高杉へと移る。向けられる視線に一瞥(いちべつ)を返し、抑揚頓挫(とんざ)の無い声で彼は答える。

 

「……高杉晋助、復讐者(アヴェンジャー)だ。」

 

 あまりに素気の無い態度と峻険(しゅんけん)な雰囲気に、マシュは眉を寄せる。しかし彼女の強張った表情は、フォウが高杉(かれ)の膝に飛び乗ったことにより、驚きへと変わった。

 

『フォウさんが自分から………あんなに懐いていらっしゃるなんて……。』

 

「な?驚いただろ~マシュ。英霊(ひと)なんざ見かけにゃよらねェんだぜ。」

 

『……はい、銀時さんの(おっしゃ)る通りですね。ほんの少しでも(いぶか)しく思ってしまった自分が恥ずかしいです。』

 

 (うつむ)くマシュを尻目に()け、高杉は何も答えることなくフォウを撫でる。態度とは裏腹の柔らかい手付きで背中を撫でられ、「キュウ~ゥ…」と鳴き声を洩らしフォウは目を細めた。

 

『ん……?高杉クン、君まさか────』

 

 ダヴィンチちゃんが(おもむろ)に口を開いた時、穏やかな光を湛えていた高杉の右眼が刃の如き鋭さへと変貌し、彼女を睨みつける。画面越しであれど、視線だけで対象(こちら)射殺(いころ)さんとばかりの眼光に(ひる)み、尚()つ彼が声に出さず伝えてくる内容(モノ)をそこから即座に読みとり、賢いダヴィンチちゃんはそれ以上の穿鑿(せんさく)を止めることにした。

 

『まあとりあえず、君達が元気そうで何よりだ。管制室にいる職員達も皆喜んで………あーあ、ムニエルなんて号泣じゃないか~。誰か彼にティッシュペーパー渡し……いやもうコレ、ティッシュじゃ間に合わないな。タオル持ってきてタオル。』

 

「俺達の方は何とか………まあ、色々あり過ぎてどれから報告していけばいいのか分からないんだけど………。」

 

『構わないさ、こちらは本日始めて通信に成功したんだ。何でもいい、何一つ分からないことだらけの私達に、今日(こんにち)までに起きたことを教えてくれないかい?』

 

 ダヴィンチちゃんが言うなり、藤丸を始め何人もの挙手が一斉に上がる。そして彼女が誰と指名するのを待たずして、皆(せき)を切ったように話し始めた。

 

「マシュ、それにダヴィンチちゃん!実はこっちの世界では、ずっと夜が続いてて────」

 

「聞いてよ二人とも~!アタシは(きら)びやかなネオンの街を見たかっただけなのに、変な宇宙人や魔物が次々と襲ってきてね!いくらアタシが輝かしいアイドルの卵だからって、いきなりボディタッチを要求してくるだなんて非常識にも程があると思わない⁉」

 

「あっそうだ!ねえ二人ともっさっき縁側の下にゴリラがいたんだよ!マスターも僕も見たもんっ嘘じゃないも~ん!」

 

「フォーオゥ!フォウフォウフォウッ!キュウゥッ!」

 

「おいおい、おたくらがレイシフト?した到着時間、思いっくそズレてて結局結野アナ見逃しちまったじゃねーか!俺が一番楽しみにしてた湯けむりリポート(ポロリもあるカモよ☆)だったってのに、局に頼んで録画(ダビング)したテープ貰ってくんねぇと承知しねェぞコノヤローッ‼」

 

「あ~銀ちゃんズルいネ!それなら私も、『家政婦は多分見たかもしれない・愛と憎悪の土俵入り、どすこいバンジー殺人事件!』のテープ欲しいアル!」

 

「わんわんっ!わんっ!」

 

『はいはいは~い。諸君らの(はや)る気持ちはよ~く分かるが、そう一遍(いっぺん)に喋らないでくれ。いくら私が天才とはいえ、かの厩戸皇子(うまやどのおうじ)みたいな真似は出来ないからね。きちんと順番で頼むよ、は~い一列に並んだ並んだっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い庭の草陰から、雨を求める(かわず)(すだ)く声を聞きながら、桂は一人縁側に立ち、異形の月と宇宙船(ふね)の浮かぶ空を見上げている。

 そんな彼の後ろでは、居間に集まった皆から各々(おのおの)提供された情報をまとめたダヴィンチちゃんが、幾つかの要点を読み上げる。

 

『………成程ね。晨夜(しんや)の区別付かず、夜の(とばり)に覆われた常夜の江戸の国。それと関連するかのように同時期に出現した、人間を襲う正体不明の魔物達(エネミー)………そして何より気にかかるのは、君達の前に一切の記憶を失った状態で現れた、銀時君達の(かつ)ての恩師である男性………ええと、松陽君っていったっけ?』

 

 確認を求めるダヴィンチちゃんに、銀時や神楽そして藤丸が頷き、答えを示す。

 

『しかしその松陽君について、やはり気になる点が幾つもあるなぁ。背中に浮き出た不可解な紋様といい、記憶を喪失していることといい、まあ彼の記憶が欠落している原因として挙げられるのは、恐らく現界時に起きたであろう何らかのバグによるものだと考えられるけど………うーん、こればかりは推測だけだと心許(こころもと)ないなぁ。出来れば松陽君本人にも、詳しい話を聞いてみたいところなんだけど。』

 

「……松陽は、具合が悪くて寝てるヨ。今はまだそっとしておくネ。」

 

 定春のもふもふボディに顔を埋め、神楽は閉ざされた襖を向いてそう呟く。未だ開くことの無い堅縁の狭間、その箇所を見つめ続ける彼女の瞳に揺らぐ(うれ)いを、藤丸や銀時を始め誰もが感じ取っていた。

 

『先輩からお聞きした、その松陽さんという方………とても皆さんに慕われておられるんですね。』

 

「うん。凄く優しくて穏やかな人なんだ、目が覚めたらマシュにも是非会ってもらいたいな。」

 

「うんうん、マシュもきっと仲良くなれるよ。僕も松陽さんのこと大好きだもんっ!」

 

 (にこ)やかな藤丸とアストルフォの言葉に、画面越しに頬を染めたマシュは微笑みと共に「はいっ!」と頷く。漂っていた緊張が彼らのやり取りによってやや緩和されていたその時、縁側の桂が不意に呟いた。

 

「おっ、戻ったか。」

 

 彼の声に振り向いた一同がみたものは、プルルル……と安臭い感じのプロペラ音と共にゆっくりと降下してくる、数体の小さな式神エリザベス。国民的代表作の某青い狸、じゃなかった猫型ロボットが飛行時に頭部に装着している、あの黄色いプロペラに似たものを頭頂で回転させ、各々手に持った小型のカメラを抱えたまま、エリザベス達は次々と広げた桂の腕の中に収まっていく。

 

「よしよし、皆無事に帰ってきてくれて何よりだ。もう休んでよいぞ。」

 

 それぞれのエリザベスが、桂からの(ねぎら)いの言葉と優しい手付きでのナデナデを(ほどこ)された後、敬礼をして消失していく。やがて最後の一匹が消えた後、桂は皆のいる居間の中へと歩を進めた。

 

「ダヴィンチちゃん殿、映像のデータは上手くそちらに送られただろうか?」

 

『バッチリさ、助かったよヅ……桂君。しかし君の使い魔、中々ユニークなデザインだねぇ?私の芸術的センスが久々にざわついてるよ。機会があればもっとよく観察してみたいものだ。』

 

「おおっ⁉エリザベスの魅力が理解出来るとは、流石はダヴィンチちゃん殿!そなたが偉大なる科学者にして芸術家の英霊であると、かねがね藤丸君から聞いてはいたのだが、まさかこれまでに豊かな感性を持っておられるとは……!『いつか』などと待ちきれぬ!是非今、ここで、俺の可愛いエリザベスを存っ分に見てくれ!」

 

 鼻息を荒げながら、桂は展開した緑の巻物を広げる。紙面に(つづ)られた文字が輝き、それらが光の球となって天井付近へと浮き上がり────

 

「え?えっ────うわあああァァァッ‼」

 

 悲鳴を上げる新八を始め、驚愕する一同の頭上から次々と振ってくる、大中小様々なサイズの式神エリザベス。

 この光景を分かりやすくお伝えするために礼を挙げるとすれば、ジャンヌ・ダルク・オルタ・しゃん……失礼、ジャンヌ・ダルク・オルてゃ……ええいっもう、縮めてジャンヌサンタリリィの宝具、『優雅に歌え、かの聖誕を(ラ・グラスフィールノエル)』を思い浮かべていただきたい。クリスマスケーキやプレゼント、可愛らしいぬいぐるみが雨の様に降り注ぐあちらに対抗するように、桂の展開した大量のエリザベス(中には「宇宙怪獣ステファン」と書かれた(まが)い物もあったが)は、(またた)く間に居間中を埋め尽くしていった。

 

「っぷは~!テメェ何しやがんだ馬鹿ヅラ‼死因がオ〇Qで窒息(ちっそく)とか冗談でも笑えねーぞ‼」

 

「ヅラじゃないかつ……もごっ⁉ふぉ、ふぉら!(くひ)のなふぁひ(ふぁい)っふぇふぁ、ゲホッゲホッ!」

 

「ひゃん!ちょ、何してるの⁉アタシのスカートの中に潜っちゃ駄目……あはっ!あはははは!やめて~動かないで~(くすぐ)たいっ、キャハハハハハ!」

 

「わうっ⁉わんわんっ!きゃいんっ!」

 

『た、大変です!部屋の中がエリザベスさんだらけに………先輩、姿が見えませんがご無事ですか⁉』

 

「うわ~マスター!犬〇家のアレみたいに上下逆さまにひっくり返って(ただよ)ってる!今僕が助け……る前に、面白いから写真撮ってもいい?」

 

 最早収拾つかず、というかこのままだと話が前に進みやしない。読んでくれてる側が既に飽き飽きしてるだろうし、誰でもいいから収拾つけてくれないかな~。などとダヴィンチちゃんの心中の呟きを()みとったかのように、突として響き渡る咳払いの声。

 明確な苛立ちを含んだそれに喧騒(けんそう)はぴたりと止み、恐る恐る動いた一同の首が一点へと集中する。

 その先にあるのは、首から下がエリザベスに埋もれている状態でこちらを睨む高杉の姿。頭と肩の上でフォウと小さなエリザベスがじゃれ合う微笑ましい様子が繰り広げられていようとお構いなし。鋭い眼光を放つ右目から伝わる憤然と、見るも明らかな慍色(おんしょく)に、居間にいる全員を始めディスプレイの向こうのマシュまでもが恐懼(きょうく)し口を(つぐ)んだ。

 

『桂く~ん、せっかく召喚してくれたのに悪いんだけど、やっぱりモニター越しだとよく観察出来ないなぁ。また今度、それこそ君がカルデアに来られた時にでも、じっくりと研究させてくれたまえ。』

 

「あ、ああ………そうだな、そうするとしよう。」

 

 そう言ってから桂が二、三度手を叩くと、式神エリザベス達はポンッと煙と共に一斉に消滅する。居間の体積を満たしていたそれらがいなくなったことにより、(ちゅう)にある体は重力に従って下へと引っ張られ、高杉や段蔵のように畳へと器用に着地する者もあれば、銀時や藤丸のように「(いって)ぇっ!」と上げた声と共に尻やら顔からダイブする者もちらほらと見受けられた。

 

『大丈夫ですか先輩っ⁉今顔面から(もろ)に着地されましたが……!』

 

「フォ~オゥ?」

 

「あいててて………うん大丈夫、平気平気。」

 

 赤く腫れた鼻を押さえながら体を起こし、藤丸はマシュとフォウに親指を立ててみせる。救急箱を持ってきた段蔵に手当を受ける彼の周りで、サーヴァント達は皆モニターの方へと体を向け、腰を下ろした。

 

『さて、今のぐだぐだタイムの間にこちらは映像からのデータ解析を終えたようだ。』

 

「ほう、あの短時間でか。カルデアにゃあアンタを始め、随分と有能な人材が揃ってるらしいな。」

 

『んふふ~、君のような色男にお褒めに預かるとは光栄だよ、高杉君。そっちに聞こえているかは分からないけど、管制室(こちら)にいる女性職員達も黄色い声を上げているよ。君の言う通り、我がカルデアの職員達は誰もが優秀であり、誰もが誇れる宝なのさ。さてと、ここからは私とマシュがやるから、皆は少し休んでいいよ~。』

 

 ダヴィンチちゃんがそう言ったと同時に、スピーカーの向こうから(ざわ)めきが聞こえてくる。彼女とマシュの間から手を振るムニエル……先程の号泣していたとされる男性職員に同じく手を振り返す藤丸に和やかな眼差しを送った後、ダヴィンチちゃんは手元のタブレット端末に目を移し、そしてマシュと共に口を開く。

 

『まずは君達のいる、そちらの世界についてなんだけど……………そのことについて、私から一つ謝罪をさせてほしい。』

 

 途端、ダヴィンチちゃんの顔からモナ・リザの微笑が消える。普段あまり見ることのない、いつになく真剣な様子のダヴィンチちゃんに藤丸やアストルフォ達は目を丸くしつつも、彼女の話に耳を傾ける。

 

『……すまない。実はそちらの霊基基点、銀時君達が本来存在していた江戸(ばしょ)ではないんだ。いや正確に言うのなら、銀時君達がいた世界に限りなく近い、だが異なる『もう一つの江戸』と表したほうが正しいかな。シバが観測した本来の霊基基点である江戸と、こちら側に関するデータ内容があまりに酷似していたがために、こちらで到達先の設定を誤ってしまったんだ。』

 

「もう一つの、江戸……それってどういうことですか?僕らのいた本当の江戸と、ここは違うってことなんですか?」

 

 ダヴィンチちゃんの言ったことが呑み込めず、唖然としながら質問をする新八の横で、銀時と神楽は余っていた駄菓子を頬張っている。冷静なのかはたまた話が難し過ぎて理解が追いつかないのか、表情一つ変えることなく爪楊枝(つまようじ)で刺したフルーツ餅を口に運び、もそもそと咀嚼(そしゃく)する二人を一瞥(いちべつ)し、ダヴィンチちゃんは続ける。

 

『平行世界………パラレルワールド、と言ったほうが分かりやすいかな?主に一つの世界から分岐し、それと並行して存在している別世界のことを示すのさ。在り得たかもしれない未来、可能性、選択……そういった『If(イフ)』が世界の数だけ無限に広がっている。ところで新八君、君はさっき「本当の江戸」と言ったね?それじゃあ数多(あまた)に存在する世界の中で、どうして君は自分のいた世界が本物だと言い切れるんだい?』

 

「え?そ、それは………その………。」

 

『……ダヴィンチちゃん、今の質問で新八さんが眉を(しか)めてしまってます。』

 

『ありゃ、困らせてしまったかな?そんなつもりはなかったんだけど、君がそう捉えてしまったのであれば謝るよ、すまないね。しかしだ、私が今言ったように平行世界とは、まるで合わせ鏡をした時に起こる、鏡の中に果てしなく(つら)なる同じ姿をした肖像のように、それは無数、そして無限に展開しているのさ。君達のいた天人の飛来した江戸、そして私がこうして今話している志村新八君だって、姿形も全く同じモノが他の平行世界に存在していても、ちっとも不思議ではないんだぜ?』

 

「えっと………つまりは、僕らのいた世界にそっくりな別世界は他にも存在していて、そこにはまた別世界の僕も存在していて…………んん?」

 

 眼鏡の下の瞳がぐるぐると渦巻き、混乱する思考をリセットするように、新八は立てた両手の指で自身の頭を乱暴にがしがしと掻く。

 そんな彼とは対称的に、桂は至って平静を保った状態で切り出してきた。

 

「とすれば、やはりここは俺達の存在していた世界と合わせ鏡になった平行世界の一つ、というわけなのだな…………しかしつくづく驚かされることばかりだ。多少異なる箇所はあれど、宇宙船の飛び交う空や江戸の街並み、そして馴染みのある者達までもが、俺の知るそっくりそのままの姿なのだから。」

 

「……だが、問題はこっからだ。ヅラの言ったように、平行世界といえど俺達のいた世界(ほう)と違うモンがあるってのはまあ分かる。だとするなら、何故この江戸に朝は訪れない?夜闇を徘徊(はいかい)し、人を襲い肝を喰らうあの化け物共はどこから現れた?そして何より……………俺達が英霊(サーヴァント)として、こちらの平行世界に()ばれた理由が、未だ明確になっちゃいねぇ。」

 

 高杉が溜め息と共に吐き零した紫煙に、琥珀の蝶達が絡みつくように舞い踊る。眉間に皺を寄せる彼の言う事も最もだ、と銀時はラストワンとなったフルーツ餅を口に放りながら胸の内で頷く。こちらの世界にレイシフトをしてからまだ日は浅いといえど、明らかに異常な事態が起きていることはよっぽどの阿呆でも分かることだ。

 (くわ)えた爪楊枝を折り、容器と共に屑籠(くずかご)へと投げ入れたと同時に、「ねえっ」とエリザベートが(おもむろ)に開口する。

 

「アタシ達の知ってることはさっき一通り話したんだし、とりあえず今度はそっちで把握出来た内容を聞かせてくれないかしら?分からないことはたくさんあれど、解決できるものならアタシはまず最初にこの延々と続く暗闇を何とかしたいわ…………嫌なのよ、閉められた井戸のように真っ暗で、息が詰まりそうになるこの感覚。まるでたった一人で『最期』を迎えた、あの時を思い出すみたいで………。」

 

 水縹(みはなだ)の瞳を伏せ、僅かに震える自らの肩を抱くエリザベート。そんな彼女の手の上に重ねられる、もう一つの手。

 

「!………仔兎?」

 

「エリちゃん、もしも真っ暗が怖くなったらいつでも言ってヨ?私、エリちゃんに昔何があったのかは全然分からないアル。けど私も銀ちゃんも新八も定春も、みーんなエリちゃんの側にいるからナ、もう寂しい思いはさせないアル!」

 

 満面の笑顔と共にかけられた温かい言葉に、エリザベートの抱いていた不安や(おそ)れはまるで口内に入れたチョコレートのように溶けて、そして消えていく。

 気恥ずかしさに視線を逸らしながらも、「……ありがとう」と()いで出た感謝に、神楽はまた明るく微笑んだ。

 

『……エリザベートさん、元気になられてよかったです。』

 

「フォウ、フォウフォウ。」

 

「そうだね~。こっちに来てからもあの二人、結構仲良いみたいだよ?何かと神楽ちゃんの世話を焼いてあげてるエリちゃんが、まるでお姉さんみたいだし………それでさダヴィンチちゃん、そっちで他に分かったことを色々と聞かせてほしいな?」

 

『りょうか~い。先程ヅ……桂君が先程こちらに送ってくれた、江戸の様子を撮った映像及び画像データを解析した内容を元に、我が天才的な頭脳をフル回転させた上での結論を述べさせてもらうよ。』

 

 アストルフォの催促(さいそく)に頷いて応え、ダヴィンチちゃんは目を落としたタブレットに指を滑らせ、画面に開示された内容を読み始める。張りのある潤った唇が果たして何を紡ぐのか、皆目を(みは)固唾(かたず)を飲み込んだ。

 

『まず、そちらの国を四六時中覆っている幽暗………それこそが、今の今まで我々が君達との通信を行えなかった最大の原因だ。その正体は永劫(えいごう)に続く夜の闇なんかじゃない………ズバリ、『何者かの膨大な魔力』によって造り出された、大規模で堅牢な魔術結界なのさ。』

 

「魔術結界、だって………⁉」

 

 ダヴィンチちゃんの出した一つの結論、あまりに聞き慣れないその単語を、新八は反芻する新八の横で、桂はまたも眉一つ動かすことなく冷静に呟く。

 

「……やはり、その(たぐい)によるものか。」

 

『流石は魔術師(キャスター)クラスとして現界しただけのことはある、大凡(おおよそ)のことについては予測していたんだね、ヅラ君。』

 

「あ?何だよヅラぁ、分かってたんならもっと早く言えっての。」

 

「ええいもうっどいつもこいつも!だからヅラじゃない桂だ!仕方なかろう銀時、確証も無いのに事を荒立てたくはなかったのだから…………しかし魔術による結界となれば、この現象は何者かが人為的に起こしているということになるな。それもここ十年という、長い年月の間も結界は維持し続けられている………だとすれば、その夜を模した結界を展開した者は、相当な魔力を保持している、ということではないのか?」

 

 つらつらと並べられる桂の推測を聞きながら、眉を八の字にして「ん~…」と(しか)めっ面で(うな)るダヴィンチちゃんの代わりに、マシュがタブレットに目をやりながら続ける。

 

『それともう一つ、その結界がどういったものなのかについてなのですが………どうやら外部からの防衛機能は備わっておらず、どちらかというと内部のものを外へと出さないための作用が、大きく働いているようです。』

 

「何と……それでは、この結界の本当の役割とは………!」

 

「つまり、アタシ達は本当に(かご)の中の小鳥ってわけね………いいえ違う、この国そのものが結界とやらに覆われてるのだとしたら、『箱庭』と(なぞら)えたほうがいいのかしら。」

 

『おや、君は鋭いことに気が付くね。正にその通りなんだ。』

 

 驚く段蔵の隣でエリザベートがそう呟いたのと同時に、ダヴィンチちゃんが(くちばし)()れてくる。

 

駄貧乳(ダヴィンチ)、その通りってどういうことネ?分かるように説明するヨロシ。」

 

『貧相じゃないよ~顔も頭脳もスタイルも完璧な天才美女サーヴァントだよ~………さっきマシュが述べたのと、エリザベート君が比喩で表した通りさ。日本でも注連縄(しめなわ)()う向きによって意味合いが変わるように、結界ってのは外から(よこしま)なモノを守るものと、内側に閉じ込めておくものが存在する。君達のいるそちらを覆う闇の結界は紛れもなく後者の役割を持ち、尚()つ外部からの通信手段などの介入も断つほどの、非常に強力なものだ。こんな厄介なの、そんじょそこらの魔術師やサーヴァントが容易に造り出せるものじゃないぜ?』

 

 タブレットを置き、やれやれとダヴィンチちゃんが首を横に振る。ふと彼女の話を聞いていた藤丸は、頭に一つ浮かんだ疑問を声に出す。

 

「あれ?それならどうして、こうやって通信が可能になったの……?あぁもしかして、ホームズが何かしてくれたとか?」

 

「ホームズ……?ホームズってあの、コ〇ンとかでしょっちゅう名前聞く名探偵ってやつか?ふーん、そいつも英霊(サーヴァント)になってんのか……だが俺達がカルデアにいた時にゃ、そんな奴見なかったけどな。」

 

「そっか、銀さん達は帰る時まで姿を見なかったもんね。今度改めて紹介するよ。」

 

『あの、先輩………ホームズさんはこの通信が復旧されてから今に至るまで、一度も管制室に来られてはいません。何でも、至急調査しなくてはいけないことがあるとかで、刑部(おさかべ)姫さんのところに向かわれて行ってしまい、それっきり彼女の部屋に()もりきりでして……。』

 

「え?あの頭の堅い探偵ったら、おっきーのところにいるの?珍しい組み合わせね、一体何の用なのかしら?」

 

 エリザベートに藤丸、マシュが揃って首を傾げる傍らで、あることに気付いた桂が拳でポンと掌を叩く。

 

「もしや、先刻に俺達がこの道場のあちらこちらに貼って回ったあの(ふだ)は……!」

 

『ご明察だ、やはりヅラ君は中々に頭が切れるね。君達が貼りつけたその札とやらの効力で、この新八君の道場は結界の中に更に結界を展開した状態になっている。例えるなら、湯舟の水面に(おけ)をひっくり返して、そのまま沈めた感じを思い浮かべてもらいたい。』

 

「つまり、結界を張ったこの道場の中であれば、外の影響を受けることなくカルデアとの通信が行える、っていうこと……?」

 

『はい、その通りなんです。先輩!』

 

 藤丸とマシュが(ほが)らかな雰囲気の中で微笑み合う一方、桂は深刻な面持ちで高杉へと耳打ちする。

 

「おい高杉……貴様に(くだん)の札を渡したというその少女、特徴などはよく見ておらんかったのか?」

 

「さぁな、妙に古めかしい口調ってだけで、後は頭からすっぽり布で覆っちまってて外観は(ほとん)ど分からん。だが、自分のことを『使い魔』と言ってやがった。差し詰め、どこかの術者に放たれただけの只のお使い役だったってことだろうよ。」

 

「全く、貴様と言う奴は………何故そういった肝心なことを口に出さぬのだ?大体貴様のそういうところは、昔からちっとも変りやしない。今だってその『左肩』は─────わぶっ⁉」

 

 くどくどと続きそうになる桂の小言を(さえぎ)るように、高杉は彼の顔面に煙を吐きかける。微量ではあるが吸い込んでしまい、何度も咳き込む桂の姿に嗤笑を送り、高杉は再び電子モニターへと向き直る。そこに映っているダヴィンチちゃんの面持ちは、再び険しい顔つきとなっていた。

 

『……結論から言うとだね、そちらの平行世界は既に幾つもの異変が感知され、最早特異点と呼ぶに相応しいものと化している。本当は今すぐにでも君達を連れ戻したいところではあるが、今の我々に出来ることは、その即席で作られた蚊帳(かや)の中でのみ、こうして通信を行うことで精一杯だ………藤丸君、カルデアのサーヴァント諸君、それに銀時君達、これも私がしっかりと霊基基点を確かめず、安易にレイシフトを行ったせいだ………すべての責任は私にある。本当に、すまなかった。』

 

 深々と(こうべ)を垂れるダヴィンチちゃんの姿に、皆かける言葉が見当たらない。数秒に(わた)って流れた気まずい静寂を破ったのは、溜め息の後に続く藤丸の一声だった。

 

「ふう……頭を上げてよ、ダヴィンチちゃん。そんならしくないことされても、どうしたらいいか困るだけだからさ。」

 

『………藤丸君、もっと感情を露わにしてもいいんだよ。ダヴィンチちゃんのせいで~とか、今すぐカルデアに帰せ~とか、詫び石じゃんじゃか寄越せ~とかさ。』

 

「んん~、そう言われると素直な欲求に従って、聖晶石は欲しいかな………でもさ、ダヴィンチちゃんはわざとやったわけじゃないんだし、銀さん達を帰そうとしてくれて行った上でのレイシフトだろ?それにここが特異点になっちゃってるのなら、それを元に戻すのがマスターである俺の役目なんだしさ………誰も悪くなんかないんだ。だからダヴィンチちゃん、顔を上げて?」

 

 藤丸の穏やかな口調と声に、ダヴィンチちゃんは恐る恐る顔を上げる…………彼女の目が映したのは、自分へと向けられた皆の笑顔。煙管を吹かす高杉は相変わらずのポーカーフェイスであれど、その表情(かお)(いきどお)りなどは見られない。

 

「ったく、垂れる文句はまだあれど、起きちまったモンは仕方ねぇや。特異点だか何だかよく知らねえが、俺は万事屋銀ちゃんの社長・坂田銀時だぜ?頼まれればどんな仕事だってそつなくこなす、例えそれが異変の解決でもな。あ、勿論依頼料はきちんと頂くぜ?金か()しくはお高いスウィーツで動いてやるよ。」

 

「あ~銀ちゃんばっかりズルいアル!それなら私だって、特上の酢昆布1年分、いや10年分で働いてやるネ!」

 

「10年分って、神楽ちゃんそんなに食べられ……いや、余裕で食べられるか。ともかく、僕も万事屋社員の一人ですから、銀さん達と一緒に頑張りますよ。」

 

「あ~ら、眼鏡ワンコったら欲が無いのね?つまらないの………アタシ達は元々カルデアの、今は藤丸(こいぬ)のサーヴァントなんだしぃ?彼が貴女(アンタ)を許すというなら、それに仕方なく従うまでだわ。」

 

「段蔵も同じです、我らサーヴァントはマスターに従い、マスターの為に働くのみにござります。」

 

「わ~い!皆一緒だと頼もしいな、ねっスギっち………ああんっもう顔を逸らさないでよ~ねぇったら~っ!」

 

 今しがたの静けさがまるで嘘のように、賑やかを通り越して(かしま)しい夜の志村家。

 暫くぽかんとしていたダヴィンチちゃんだったが、やがて彼女の開きっ放しだった口が大きく吹き出した。

 

『全くもう、君達には呆れるよ……………でも、ありがとう。』

 

 再び妍麗(けんれい)な顔に戻ったモナ・リザの優美な微笑みに、誰もが頬を染めはにかんでしまう。

 漸くいつものダヴィンチちゃんを取り戻したことに安堵し、マシュも胸を撫で下ろした。

 

『さて、それじゃあ万事屋銀ちゃんの社長さんに、早速依頼を一つお願いしたいんだけど、いいかな?』

 

「おうっ、どーんと来い。」

 

 やる気に溢れ、むふーと得意げに鼻を鳴らす銀時。しかしそんな彼のご機嫌な表情(かお)は、ダヴィンチちゃんの発した思いがけない依頼の内容に瞠目し、強張ることとなっていた。

 

 

 

 

 

『銀時君、(きみ)に藤丸君とのサーヴァント契約を結んでもらいたいんだ。』

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【捌】 再会そして、契約(Ⅳ)

 

 

 

 星明かりの灯らない江戸の(そら)、その(もと)燦然(さんぜん)と輝くのは、(きら)びやかな照明やネオンの光。

 

 夜空に浮かんだ巨大な眼が見下ろす地上………恒道館の園庭に、凛とした声が響き渡る。

 

 

 

「────告げる。(なんじ)の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。」

 

 

 (かざ)した右手の甲に浮かぶ、令呪が淡く光を放つ。同時に彼の……藤丸の前にて(かしず)いている銀時の身体もまた、同じく光に包まれていった。

 

 

「聖杯の寄る()に従い、この意、この(ことわり)に従うのなら────」

 

 

 熱を(はら)み始めると同時に、令呪の輝きも強くなっていく。ぶれそうになる利き手を左の手で押さえながら、藤丸は大きく息を吸いこんだ。

 

 

「─────我に従え!ならばその命運、汝が『剣』に預けよう!」

 

 

 高らかに叫んだ直後、噴き上げんばかりの強い風がその場に巻き起こる。

 流水紋にも似た、雲の模様が描かれた白地の着流しがはためく中、銀時は閉ざしていた(まぶた)を、そして口をゆっくりと開いていく。

 

 

 

「………剣士(セイバー)の名に()け、その(ちか)いを受けよう。貴方(オマエ)を俺の、新たなマスターとして認めるぜ────藤丸立香!」

 

 

 渦巻くようにして吹き荒れる風音の中で、力強い銀時の声がしっかりと、藤丸の耳にも届く。やがて輝きを増し双方の光は膨張(ぼうちょう)し、風と共に大きく()ぜ、ゆっくりと消滅していった。

 

 

 

 

「……………ふう。」

 

 静まり返った広い庭に、藤丸の溜め息だけが響き渡る。余程の緊張からか、その額には一筋の汗が伝っていた。

 佇立(ちょりつ)したままの藤丸の前で、銀時はゆっくりと(おもて)を上げ、そして足に力を入れる。立ち上がりこちらを見下ろす彼の顔には緊張の痕跡(こんせき)なども見られず、いつもと変わらぬ眠たげな(まなこ)で藤丸を見下ろしている。

 双方共に言葉を発さず、暫しの静寂(せいじゃく)が流れていく。やがて二人は同時に肩を震わせ、そして同時に吹き出した。

 

「ぶっはははは!あ~もう駄目だ腹痛ェ!我とか汝とかリアル厨二ワード言う奴初めて見たぞ……いっけね、思い出したらまた笑けてきたッブフゥ!」

 

「ちょっとそんな笑わないでよ、銀さんだってあんなクソ真面目な顔で同じこと言ってたじゃんか~。眉なんかキリっと逆八の字になっちゃってさ、『剣士(セイバー)の名に()け、その(ちか)いを受けよう』なーんて声も低めのトーンで渋く決めようとしちゃって、普段とのギャップ激し過ぎて何故だか無性に笑いたくなっちゃアッハハハハハ!」

 

 箸が転んでも可笑(おか)しい年頃、という言葉が存在するが、この二人の場合は箸が転がるどころかブレイクダンスでも踊っているのかと疑ってしまうほどに、哄笑(こうしょう)を響かせている。(ちな)みに前者の(ことわざ)が本来示す対象は、後から調べたところ十代後半の女性とのこと。書いてる奴がその意味に気付いたのはつい最近のことであった。恥ずかしい。

 

『こらこら君達、いつまでそうしてるつもりだい?』

 

 青と白のディスプレイに映し出される、ダヴィンチちゃんの呆れ顔。スピーカーから流れてきた彼女の声に応えるように、二人の呵々(かか)大笑は漸く治まっていく。

 

『先輩、銀時さん、これで仮契約は成立です。お疲れ様でした。』

 

「あ~もう、お腹(よじ)れるとこだった…………ありがとマシュ、ともあれまずは一段落だね。」

 

「ふーん。別にどこがどう変わったのかイマイチよく分かんねえけど、()いて言うなら体が少しばかり軽くなった……くらいか?」

 

『ふふ、そうだろう?今君の霊基(からだ)には、マスターである藤丸君を介して、カルデア(こちら)から変換された魔力が流れているからね。これで存分に力を振るうことが出来ると思うよ。』

 

「おっ、そりゃありがてえ話だ。ほんじゃ改めて………これからもよろしくな、『マスター』。」

 

「うん、こちらこそよろしくね。『セイバー』!」

 

 再び向き合い、互いに朗笑する藤丸と銀時。画面越しにその光景を眺めていたダヴィンチちゃんとマシュであったが、暫くすると彼らの笑み顔が徐々に崩れつつあることに二人とも気が付いた。

 

「………何だろう、やっぱ慣れねえわコレ。」

 

「今まで散々名前で呼び合ってたからね、今更銀さんにマスター呼びされても、こそばゆいというか気持ち悪いというか………。」

 

「おい、今サラッと失礼なワードが出なかったか?それとも銀さんの聞き間違いかな?え?」

 

『まあ、サーヴァントがどんな呼称でマスターを呼ばなきゃいけないかなんて、特に定められてはいないからね。その辺は二人で相談して好きに決めたまえ。』

 

「ん~………じゃあ、今まで通りでいっか?銀さん。」

 

「そうだな藤丸、やっぱ馴染みがあんのが一番だよ……………ところでさっきから気になってたんだが、アストルフォはそんなトコで何やってんだ?」

 

「僕かい?僕はこのカルデアから支給されたスマートフォンのカメラで、銀ちゃんとマスターの輝かしい勇姿を一秒たりとも逃さず録画していたのさ!いや~実によく撮れてる、マシュにもマスターのカッコい~い姿を納めたこの動画、後でちゃんと送るね?」

 

『は、はい!ありがとうございます!頂いた際には即データの保護とバックアップも行った上で、DVDなどの媒体等にも永久保存いたします!』

 

「えっ、いつの間に撮ってたの⁉やだなぁ恥ずかしい………でも、俺のかっこよかったところをマシュにまた見てもらえるなら、それも嬉しいかな。」

 

『先輩……。』

 

「あ~ハイハイ、乳のクリクリ合いは余所でやってくんない?お二人さん…………それよりさっきから気になってしゃーねえんだけど、何で冒頭から喋ってんのが俺らだけなの?他の外野連中は何して…………はは~ん分かった。さてはこの俺の作品史に刻まれるほどにカッチョイ~イ契約シーンに、どいつもこいつも見惚れてやがんなぁ?」

 

 勝手な憶測と共に、ニンマリと腹の立つ独り笑いを浮かべる銀時。その時ダヴィンチちゃんの目がある方向を一瞥(いちべつ)した後、彼へと戻された彼女の表情は微笑とも苦笑ともつかないものであった。

 

「ったく、ホント素直じゃねえ奴らばっかで呆れちまうぜ。そりゃ主人公だしぃ?カッコイイのは元より承知の助だしぃ?そんな銀さんのてんこ盛り要素にサーヴァント属性まで追加されたってなりゃ、もう鬼に金棒ならぬミョルニルってか!ガッハッハッハァッ!ほらお前ら、いつまでだんまり決め込んでるつもりだ?そろそろなんか喋ったら─────」

 

 

 

「へぇ~、『世にも』のテーマって、手拍子しながら聴くと怖さが半減するの。こんな仕様(しょう)もないこと、よく気が付くわよね。」

 

「でもエリちゃん、こういうことって自分じゃ中々気付けないから、それがまた面白いと思わない?そうだ、今度放送した時に僕も試してみようかな。」

 

「ヅラぁ~、そこのル〇ンドとってヨ。袋から開けて中身だけ寄越すアル。」

 

「リーダー、ヅラではなく桂だ。それと寝転がりながら菓子を食うのはあまり関心しないな、今だって膝枕にされている高杉の借り物の寝巻の上に、ぽろぽろと食べカスを零しているではないか。」

 

「ヅラよぉ、注意なら口頭でなく行動で何とかしてくれや。おい段蔵、コイツを退かせ。」

 

「はっ、承知しました。」

 

 和やかな雰囲気の中でテレビを鑑賞しているエリザベートと新八の横で、茶を(すす)りながら注意をする桂。彼の正面で不機嫌に胡坐(あぐら)をかく高杉の膝から離れまいとする神楽を、力づくで引き剥がそうと試みる段蔵。そんな彼らの視界に映るか映らないかギリギリの辺りを、ズササーッ!と勢いを(ともな)ったヘッドスライディングで滑っていく銀時に目もくれることなく、部屋の隅で二匹仲良く丸くなった定春とフォウは大きな欠伸をしていた。

 

「ちょちょちょオイイイイィィィィィッ‼何だよこの空気⁉つーかテメェら見てなかったの⁉恐らく二度目は無いだろう俺の最っ高にCOOL(クール)だった契約シーンを刮目(かつもく)してなかったたぁどういうことだ⁉ト〇ビア(より)銀さんだろうがっ!」

 

「うっせーな、今は銀ちゃん(より)ト〇ビアがいいアル。あ~面白かった。」

 

「流石にリテイクが5回目を越えたあたりで、もうすっかり愛想を尽かしましたよ。それより美味しいお茶が入りましたので、三人ともこっちに来て一息()れたらどうです?」

 

「わーい、お菓子まだ残ってる?」

 

「あっ!僕も僕も~!」

 

 縁側に一目散に駆け出し、いそいそと雑に靴を脱ぎ捨てる藤丸とアストルフォの姿に、銀時は溜め息を一つ零してから、自身もまたそこへと(おもむ)く。

 彼らが居間の畳へと足を踏み入れたのとほぼ同時に、(おもむろ)に顔を上げた桂が口を開いた。

 

「まさかダヴィンチちゃん殿も、俺と同じことを考えていたとはな。確かに銀時の強さは英霊になる以前よりのもの、しかし肝心の魔力の使い方があのように出鱈目(でたらめ)であり、それに加えて燃費の悪さといった最悪なおまけ付きだ………だがこれで、銀時も存分に力を振るえるだろう。藤丸君、仮という形であれ、銀時との契約を承認してくれて本当に感謝するぞ。カルデアの皆にも改めて礼を言わせてくれ、ありがとう。」

 

 深々と(こうべ)を垂れる桂に、藤丸とモニターの向こうのマシュを始めとした面々は(ほの)かにはにかんだ笑みを浮かべる。藤丸も薄く色づいた頬を掻いていたその時、「藤丸~っ!」と快活な声が名前を呼んだと同時に突として背中に衝撃が走る。

 

「ごっふぅ!あいだだだ………どうしたの神楽ちゃん?」

 

 鈍い音と共に猛烈なタックルをかまされ、それでも何とか体勢をキープし痛む背中を(さす)りながら、藤丸は自身の腰に抱き着いている声の主の少女……神楽を見下ろす。

 

「藤丸、次は私とも契約してヨ!その次は新八と定春ともしてほしいアル!そしたら皆、もっともっと強くなれるネ!」

 

「わう………?くあぁ~。」

 

「こら神楽ちゃん、藤丸君を困らせちゃ駄目だよ………大丈夫?凄い音したけど。」

 

「平気平気。あばら何本かイったような音はしたけど、別にそんなことは無かったよ。」

 

 額に汗を伝わせながらも、新八に対し心配をかけまいと笑顔を向ける藤丸。そんな彼の後方から、銀時がひょっこりと顔を覗かせて言う。

 

「でもよ、神楽の案も中々イカすと思わねえか?俺の他にもコイツ等を始めに、ヅラや高杉とも契約すりゃあ、どんな連中が向かってきても敵無しじゃね?なあ藤丸?」

 

「そうだヨ!魔法少女になる勢いで私達と契約するアル!」

 

 秒の間隔で顔を接近させてくる銀時と神楽を手で制しながら、藤丸は身体を仰け反らせていく。こちらが何をしなくても勝手にヒートアップする二人を前に、困り顔に浮かんだ微笑み。その中に感じた僅かな困惑を、ちゃぶ台を挟んだ向かい側でハッ〇ーターンを(くわ)えたアストルフォは、蒸発気味の理性の中で感じ取る。

 マスター、彼の口からその呼び声が出ようとした数秒の差で、それは第三者の苛立ちを含んだ溜め息により掻き消された。

 

「そこまでにしておけ、馬鹿共。」

 

 喧騒を裂くように、凛と響いた声。それを皮切りに静粛した一同が視線を向けたのは、一人縁側に腰を下ろし煙管を吹かす声の主。

 

「……おいおい、何だよ高杉クン。俺らが強くなんのがそんなに気に入らないワケ?嫉妬ですかコノヤロー。」

 

 水を差され機嫌を損ねた銀時が、(しか)めた顔を彼へと向ける。名を呼ばれた声の主、もとい高杉はこちらに背を向けたまま、吸口を離し静かに紫煙を吐き出す。

 昇る細い煙が蝶の薄明かりに照らされ、やがて空気に交わり消えていく様を見届けてから、高杉は漸く言葉を発した。

 

「物事ってのはな、何であれ相応の代償が発生するもんだ。いくらカルデアからの支援があるたァいえ、従えるサーヴァントの数にも限りがあるに決まってんだろ。」

 

「えっ?そ、そうなの……?」

 

 思いがけない事実に目を丸くし、新八は藤丸へと顔の向きを変える。先程と同様の困ったような笑みのまま頬を掻く藤丸の代わりに、口を開いたのはダヴィンチちゃんだった。

 

『高杉君に先を越されてしまったけど、大体は彼が今言った通りさ。先程も述べさせてもらったけど、藤丸君と契約を結んでパスを繋ぐことにより、カルデアからの魔力供給を始めとした様々な恩恵を受けることが出来る………だがそれも、無限にというわけにはいかない。今しがた仮契約を結んだ銀時君においては、魔力の使い方が人一倍に不得手な彼を安定させるためといった止む無い事情の上での契約だ。カルデアのサーヴァント三騎に加え、銀時君(セイバー)が新たに一騎………正直言って、この時点で結構キツいんでないかと私は思うんだけど、どうかな藤丸君?』

 

「え、いや別に俺は、そんなこと────」

 

『先輩、ダヴィンチちゃんに誤魔化しは通用しませんよ。無論私にもです。』

 

 マシュの厳しい一言がクリティカルにヒットし、仰け反りから戻った藤丸は徐々に顔を俯かせ、「しゅみましぇん……」と小さく謝る。

 

「キツい、というのは………やはり肉体的にもかなり負担がかかるという解釈でよいのか?」

 

「そだね~、ヅラ君の言う通りだよ。サーヴァントって扱いとしては使い魔の部類に入るみたいだけど、前にもマスターがカンペで説明したように扱いがとっても難しいんだって。」

 

「それにサーヴァント(アタシたち)は魔力の供給があってこそ、こうしてエーテルの身体で現界出来てるってワケ。それがマスターの死亡や魔力切れなんかで断たれちゃうと、またか弱い霊体に戻っちゃうのよ。」

 

「以前段蔵が何方(どなた)かから拝聴した内容によると、サーヴァントは『魔術兵器』と呼ばれるほどの魔力の塊だとか………確かに我々が自由に活動出来るのは、紛れもなくマスターのお陰です。しかし、故にその身体に負担がかかっているのもまた事実。あまり無茶をなされば、倒れてしまうやもしれませぬ。」

 

 まるで子を心配する親のように……否、段蔵はそれに等しい想いで藤丸へと眼差しを送っているのだろう。彼女を含めた三騎の英霊からの視線がこちらに集まっているのに遅れて気付いた藤丸は、驚きのあまり手に取っていたバー〇ロールを落としてしまい、それは床に落ちる寸でのところで、スライディングしてきた神楽の開いた口によって受け止められた。

 

「そっかぁ……藤丸に負担がかかっちまうってんなら、しょうがねえな。」

 

「ううう………未熟なマスターでごめんね、皆……。」

 

「そんなっ、謝らないでよ!君は何も悪くないんだから……それどころか無茶を承知で、銀さんと契約までしてくれるなんて………本当にありがとう、藤丸君。僕達も君に無理はさせないよう、一生懸命頑張るから。」

 

 眼鏡(ほんたい)……んんっ失敬、眼鏡のレンズの向こうできらきらと輝き、それでいて力強さを(はら)んだ新八の瞳、そして彼のこちらを気遣う温かな言葉に、藤丸の胸の内と目頭がじんわりと熱くなっていく。

 ありがとう、そう礼を言おうと口を開いたその時、つけっぱなしだったテレビのスピーカーから、軽快な囃子(はやし)の音が聞こえてきた。

 

「あら、何かしら?」

 

 エリザベートを始め、皆の視線が集中する画面には、神輿(みこし)を担ぐ法被(はっぴ)姿の男女の映像が流れている。そして彼らの上に、『第○○回 かぶき町夏祭り』のテロップと共に開催場所である神社の名、そして日付と日時などがこれまたでかでかと表示されると、神楽はいっぱいに開いた目を輝かせてテレビへと突進していく。そして彼女と同様に瞳の中に(きら)びやかな星を宿したアストルフォも加わり、二人揃ってテレビ画面に釘付けになった。

 

「ねえっ、これって明日じゃない?いいな~僕も行きたぁいっ!」

 

「私も!私もお祭り行きたいアル!ねえっいいでしょ銀ちゃん、新八⁉」

 

「ちょちょちょ、待てって!あのなぁ、書いてる奴の大スランプが原因で前回の投稿から大分間が空いちまってるから、お前らのピーマンみたいなスカスカの頭ン中にゃもう話した内容なんて耳クソ一欠片分も残ってねえだろうよ。だから()えてもう一度言うけど、俺達ゃ遊んでる暇なんてないの。一刻も早くこの世界が、と……特異点?になっちまった原因を探らねえと。なあ新八?」

 

「銀さんの言う通りだよ。まあ楽しみたい気持ちは分からなくもないけど、ここで優先すべきはやっぱり────」

 

 するとその時、テレビから流れる祭囃子がポップな音楽へと切り替わる。それに素早く反応を示した新八は、台詞を言い()したままの状態にしてテレビへと首を向ける。

 そこに映っていたのは、オールバックの髪形にやたらと目立つ黒のサングラスをかけた某司会者風の男と、その隣でこちらに手を振るサイドテールの可愛らしい女性。丈の短い檸檬(れもん)色の着物を着た彼女は利き手に持ったマイクを口へと近付けていくと、大きく息を吸いこんだ。

 

『皆さんこんばんは~!こんな時間に失礼し()グロのタタキ、アイドルの寺門(てらかど) (つう)です!』

 

『久しぶりだね~お通ちゃん、髪切った?』

 

『切ってません。え~最近夏が段々と近付いて、徐々に気温も暑くなってきまし()んたん(たぬき)の金(タマ)袋。そんな下がり気味になりつつあるテンションを、私と一緒にアゲアゲにアゲちゃ()()様の耳はロバの耳!てなわけで、先程の宣伝にありました明日開催のお祭りに、な・な・なんと私寺門通が特別ゲストとしてご招待いただけることに決定いたし()()オさんの年収いくらだ!』

 

『おお~これは凄い、明日は大いに盛り上がりそうだね。ところで髪切った?』

 

『切ってません。因みに私がイベントステージに登壇するのは、午後7時から行われるカラオケ大会からですので、どうか皆さんお忘れ()()(うぐいす)平安京!トークに歌に盛り沢山、明日は私と一緒に夏の夜を楽しみま()()()便小僧!』

 

『えー以上、お通ちゃんから明日のイベントに関してのお知らせでした。ところで髪切っ───』

 

 某司会者風の男性が質問を終えるのを待たずして、テレビには蚊取り線香のCMが映し出される。皆が呆然と画面を見つめ続けている中、不意に新八がゆっくりと立ち上がった。

 

「……すみません、少しだけ席を外させてください。」

 

 そう短く残し、新八は静かに居間から出ていってしまう。彼のトレードマークもとい本体である眼鏡が、終始妖しく光っていたことに疑問を抱き始めていた藤丸の耳に、高杉と銀時の声が聞こえてきた。

 

「………あれが鬼兵隊(うち)万斉(やつ)が担当してた、珍奇な語尾をつけてやがるって女か。」

 

「そしてその彼女に夢中になってんのが、ウチの新ちゃんってワケ。俺の勘だと、ありゃあ今やってた明日の(もよお)モンに関して、他のドルオタ面子に電話で連絡でも入れに行ったンじゃねえの()い人二十面相?」

 

「あ~言われてみれば確かに、今パチ君が向かってったのって電話のある方角だもん()このふぐりって可愛いよね。」

 

『あの……銀時さんもアストルフォさんも、先程のアイドルの方の口前がうつっていません()りんとう………あっ。』

 

『ありゃ、マシュも伝染しちゃったようだね~。それにしても何でかりんとう………ああそうか、藤丸君がレイシフトする前に一緒に食べてたっけね。それで無意識に口を()いで出ちゃったのかな?』

 

『ハッ!え、ええとその、あの………。』

 

 にやけた顔と口元を微塵も隠す様子のないダヴィンチちゃんに、恥ずかしさから顔を紅潮させるマシュ。耳まで林檎色に染まっていく彼女に、画面の向こうの藤丸と段蔵は朗らかな微笑と眼差しを向けていた。

 

「にしても何だヨあいつ、優先すべきはナントカ~なんて偉そうに言ってたくせにムカつくアル!エリちゃんも聞いてたでしょ?」

 

 プンスコと腹を立てながら、神楽はエリザベートのいる方へと顔を向ける。だがその彼女はというと、未だテレビを凝視したままブツブツと何かを呟いていた。

 

「カラオケ大会……それに寺門通…………いいじゃない、フフ、いいじゃない!このアタシの江戸での初デビューを飾るには、申し分ない舞台だわ。覚悟なさいよ寺門通、このアタシが直々に、アイドルとしての格の違いってヤツを見せてやるんだから!ウフフ、フフフフ………ア~ッハッハッハッハッ!」

 

 高らかに響くエリザベートの()笑う声が、居間中に響き渡る。耳が痛くなる程の哄笑(こうしょう)の中、藤丸は隣の銀時にこっそりと耳打ちをした。

 

「ねえ銀さん……今俺の耳に、何個か物騒な単語(ワード)が聞こえたよう()っとうキナーゼ。」

 

「言うな、そしてそれらは空耳ということにしておけ。またあのジャ〇アンリサイタルに巻き込まれでもしたら、今度こそ座に還っちまいそうな気がしてなら()()ムー〇ン。」

 

 珍妙な会話を交わした後、互いに顔を合わせた藤丸と銀時は頷き合い、大分(ぬる)くなったお茶を同時に(あお)る。未だ通信が繋がったままのディスプレイ越しに聞こえるエリザベートの甲高い声に、ダヴィンチちゃんとマシュもただ苦笑するよりなかった。

 するとここで、桂が(おもむろ)に畳から立ち上がる。きょとんとする皆の目の前で彼が向かったのは、新八が退室していった襖の前。引き戸に手を掛けてゆっくりと開き、左右を確認する素振りをした後、襖を静かに閉めた桂は再び元いた位置へと戻っていく。

 

「………ダヴィンチちゃん殿、先程の話の中で一つ気になった点があるのだが、伺ってもよいか?」

 

『ん?どうしたんだい色男君、この天才に何なりと言ってごらん。』

 

「ああ…………新八君のことなのだが。」

 

 ダヴィンチちゃんの茶化しを気に留める素振りも見せずに、桂はこの場にいない新八の名を口にする。それに反応した一同は、一斉に彼へと視線を注いだ。

 

「今、俺達がいるこの世界……平行世界(パラレルワールド)となっているこちら側では、俺や高杉そして銀時……(ある)いは松陽先生も含め、疾うに死没した扱いになっている。それ故だろうか、攘夷戦争が終わってからの十数年という月日を経た後も、本来は存在している筈の俺達に関するモノや人々の記憶が、まるで初めから無かったかのように全く存在していない。だがそのことを踏まえ、新八君はどうだ?彼の姉であるお妙殿は、彼のことをしっかりと覚えていた。今とて、同じ(こころざし)を持つ者達に電話を入れていることだろう……。」

 

 中々本題を切り出さない桂に、小指で耳を掻きながら銀時は内心やきもきしていた。そんな彼の内憤を察してか、桂はこちらを一瞥した後、大きく吸い込んだ息を言葉へと変えて発する。

 

「これらは紛れもなく、こちらの世界に『志村新八』という人物が存在していた証………ならば、平行世界(こちら)に本来居なければならない筈の『志村新八(かれ)』は、一体何処へ消えたというのだ?門下生を(つの)ってくると言い残し、お妙殿の前から姿を消した彼に変わって今ここにいる新八君は、我々と同じくサーヴァントであり、召喚されたカルデアからこの平行世界へと跳んだ者。それは間違いのない事実であろう?ならば………ああもうっ。」

 

 上手く説明が出来ないことに苛立っているのか、桂は自身の頭を乱暴に掻く。立てた指の間から、絹のような黒髪がさらりと流れた。

 

『ん~、それなんだよ。どうして彼が突然姿を消したのか、私も君達の話を聞いて不思議でならなかった。まあ本当に門下生を勧誘しに行ったのかもしれないけれど、今そちらでは人々を襲う得体の知れない魔物があちこちにいるんだろう?幾ら家が道場を経営しているからって、お姉さん思いの新八君が彼女を一人置いていったりなんかするものかねぇ。』

 

 顎に手を当て、ダヴィンチちゃんは難しい顔を傾ける。確かに言われてみればそうだ、お妙の口から聞いた『こちら』の新八の行動は、あまりに不可解な点が多い。ふと藤丸が隣の銀時を見遣れば、彼もまた鼻穴に小指を突っ込んだままではあるものの、細めた目には鋭さが宿っているようにも見えた。

 

「なあダヴィンチ、さっき言ってたその『特異点』ってのは一体何なんだ?こっちの江戸がその特異点化しちまったのと、眼鏡小僧がどこかへ消えたこと……ひょっとしたら関係があったりするンじゃねえのかい?」

 

 口に咥えていた煙管を消失させ、高杉が率直に疑問をぶつけてきた。開いたままの縁側から降り注ぐ月の明かりを受け、一層に妖しさを増す深碧の右眼に、マシュは背筋に寒気を覚える。

 

『そうだね、まずはそこから話そうか…………特異点というものは大雑把(おおざっぱ)に言うとだね、正常な時間軸から切り離された現実なのさ。人理の定礎と呼ばれる座標であり、言わばIf(もしも)の可能性が存在する世界だ。もしも、起きていた筈の戦争や革命が起こっていなかったら。もしも、本来ならば死んでいる筈の人物が生きていたら………そういった現在の人類を決定づけた究極の選択点が崩されることは(すなわ)ち、人類史の土台が崩れることに等しいということだ。』

 

「んん……?土台が崩れたら、どうなっちゃうアルか?」

 

「バッカお前、要は家の土台と同じだろ。支えてる根っこが壊れちまえば、上のほうも一緒にお釈迦(シャカ)になっちまうってことだよ。」

 

「大変アル!家が崩れる前に逃げないと、ほら定春ったら起きてヨ!」

 

 銀時の例えを思いっきり勘違いしたまま、神楽は慌てて定春を叩き起こそうとする。頭を何度も叩かれ、心地良い眠りから強制的に覚醒させられた定春は、剝き出した歯の奥から不機嫌に唸り声を洩らした。

 

「それじゃあ、この世界の元になってる時間軸って………。」

 

『はい先輩、やはり銀時さん達が本来存在していた、『江戸』で間違いはないようです。それと一つ、非常に厄介なことが新たに判明しまして………。』

 

「厄介なことって?勿体ぶらないで早く教えなさいな。」

 

 定春と同時に起きてきたフォウを腕に抱き、エリザベートが尋ねる。深刻な顔でタブレットに目を落とすマシュの代わりに、答えたのはダヴィンチちゃんであった。

 

()()()()()()()()んだよ、この二つの世界はね。』

 

「……密接?」

 

「し過ぎている、とは?」

 

「つまりこーんな感じ?ぎゅ~っ!」

 

 目を丸くしてダヴィンチちゃんの言葉を反芻(はんすう)する高杉と桂の間から、勢いよく飛び出してくるアストルフォ。突然のことに反応の遅れた両者の頭を摘むと、自身の顔へぎゅ~っと押し当てる。

 咄嗟に離れようと力を込めるも、今アストルフォの腕には保有スキルの一つである『怪力(Lv.10)』が宿っているため、抗うのも容易ではない。美男子二人に(非合意だが)挟まれてご満悦の男の娘に苦笑しながら、ダヴィンチちゃんは続ける。

 

『鏡面世界、と言う表現が妥当かな?鏡というのは映したものと全く同じ姿、同じ動き、同じ表情(かお)をするもの。そして君達のいた江戸(せかい)とこちら側は、今まさに鏡映しの状態になっているというわけさ………さて、ここまで来れば私が何を言いたいのか、賢い子はもう分かるよね?』

 

「………そんな、まさか………⁉」

 

 ダヴィンチちゃんの問い掛けに真っ先に反応を示したのは、やはり桂であった。目を見開き肩を僅かに戦慄(わなな)かせる彼の姿に、まだ理解していない銀時や神楽は首を傾げる。

 

「えーと………つまりどゆこと───ってうおうおうおぅっ!」

 

「ちょっと銀さん!鏡だよ鏡!鏡の役割は何でしょうハイ思い出してっ‼」

 

 興奮した藤丸に乱暴に肩を掴まれ、激しく前後に揺さぶられながら銀時はその質問の内容を揺れる頭の中で巡らせる。そして答えが生まれた刹那、銀時の顔と思考は瞬時に強張った。

 

「えっ………ちょっと待て、それってまさか───」

 

 事の重大さに漸く気が付いた銀時は藤丸の手を剥がすと、狼狽に染まった表情(かお)をダヴィンチちゃんへと向ける。

 

 

 

『漸く気付いたようだね………あまりに密接した双子の世界。しかも運の悪い事に、どうやら鏡像側は()()()の世界らしい。こちらで起きた異変や出来事は、少なからず向こうにも影響が及ぶことだろう。』

 

 

「じゃあ………じゃあ私達がいた江戸は、かぶき町は……皆はどうなっちゃったんだヨ⁉」

 

 あまりの驚愕に冷静さなど何処かへと放り投げた状態で、神楽は声を上げる。そんな彼女に対し、藤丸は掛けてやる言葉が見つからなかった。

 

『残念だけど、君達のいた世界がどうなっているのかを、こちらで確認することは出来ない。今こうして通信が行えたのだって、さっき張ってくれた魔術結界のお陰だからね。』

 

「………そん、な………。」

 

 全身から力が抜け、神楽はその場にへたり込んでしまう。見開いた(あま)色の瞳に映るのは、彼女の想う大切な者達の姿であろうか。

 

「フォーウ……。」

 

「わふっ、くぅーん……。」

 

 そんな神楽を心配してか、エリザベートの腕から降りたフォウが膝上に、定春が顔の側に鼻先を()り寄せると、今にも零れそうな瞳を堪えながら、神楽は両の手で二匹をしっかりと抱き締めた。

 

「神楽殿、こちら側にはお登勢殿方やお妙殿も存在しております。となれば、特異点からの影響は、まだそれほど及んでいないかと………。」

 

『その通り………と、本来ならそういった言葉をかけてあげたいんだけど、あまりのんびりはしてられないかもなんだよねぇ。カルデアが獲得・解析出来た情報の量は、現時点ではあまりにも少なく(とぼ)しい。一刻も早い修復が望ましいところだけど、この特異点はあまりにも得体が知れない。故に、こちらも迂闊(うかつ)に指示を出すことは出来ないよ………藤丸君は勿論のこと、君達を誰一人として危険に(さら)すわけにはいかないからね。』

 

 

 

 居間に流れる、重苦しい空気と沈黙。そんな陰鬱な雰囲気の中で、ふと襖の方を見つめていたアストルフォがぽつりと零した。

 

 

「………ねえ、パチ君遅くない?」

 

 

 その呟きにいち早く反応し、床から弾かれるようにして銀時が立ち上がる。

 ややリズムの早い心臓の鼓動が、自身の耳にも聞こえてきそうだった。

 

 

 

 『平行世界(こちら)に本来居なければならない筈の『志村新八(かれ)』は、一体何処へ消えたというのだ?』

 

 

 『こちらで起きた異変や出来事は、少なからず向こうにも影響が及ぶことだろう。』

 

 

 

 先程聞いた言葉の数々が、凄まじい暴風となって頭の中を巡っていく。

 

 

 そんな、まさか、まさか─────

 

 

 

 考えるより先に、足は襖の方へと駆け出していく。

 

「銀さんっ!!」

 

 後方で名を叫ぶ藤丸の声も耳に届かず、全身を動かす原動力となっている焦燥と、僅かな期待を胸に抱きながら、銀時は引手に手を伸ばした。

 

 

 

「────新八ぃっ‼」

 

 

 

 

《続く》

 



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【捌】 再会そして、契約(Ⅴ)

 

 

『銀さんっ!』

 

 

 

 いつだって、どんな時だって、彼が側にいることが……名前を呼んでくれることが、当たり前だと思ってしまっていた。

 

 不可思議な因果に巻き込まれ、英霊(サーヴァント)というものになってしまった現在(いま)だって、異世界の魔術師達と、旧友(とも)と、そして………万事屋の三人と一匹がいるなら、きっと何とかなるだろう。

 

 

 

 ────その愚かな思い込みが、『(おご)り』であるということに気付くには、あまりに時間が掛かり過ぎた。

 

 

 

『あまりに密接した、双子の世界』

 

『しかも運の悪い事に、どうやら鏡像側は()()()の世界らしい』

 

 

『こちらで起きた異変や出来事は、少なからず()()()にも影響が及ぶことだろう』

 

 

 

 何度も何度も、頭の中で反芻(はんすう)するダヴィンチの言葉。

 

 

 信じたくはない。だが、まさか、もしかしたら─────

 

 

 

 

「(頼む、どうか………どうか無事であってくれっ‼)」

 

 

 

 襖が左右に大きく開かれ、乾いた音と共に銀時は叫んだ。

 

 

「────新八ィィィッ‼」

 

「はい、何ですか?」

 

「って、アレええええええェェェェェっ⁉」

 

 上からマリ〇、隣にはト〇ロ、親方空から女の子がっ!そして襖を開いたそこには怪訝(けげん)な顔の新()っつぁん。

 あまりに突然な事に驚き、銀時は声を上げて()け反り、数歩後退したその足が床に転がる湯呑を踏んづけてしまう。

 バランスを崩し、背中から倒れていく銀時。そうなれば当然、彼のすぐ後ろにいた藤丸も巻き込まれてしまう運命は避けられない。直後、ゴチンッと鈍い音が志村家の居間に響いた。

 

『せ、先輩っ⁉銀時さんも大丈夫ですか⁉』

 

「いっだあああァァァッ‼もうっ!あーたはもうっ‼何がしたいのっ⁉」

 

「痛ってええェェェッ‼そりゃこっちの台詞だ石頭野郎‼頭蓋骨にヒビ入ったらどうす……ちょっと待て、確か前にもこんなコトなかったっけ?デジャヴ?」

 

「むむっ!銀時、石頭なら俺も負けてはおらんぞ?何なら今ここで試してみるか?」

 

「何でオメーは張り合おうとしてんだよ馬鹿ヅラっ‼おいやめろ構えてんじゃねえっ‼」

 

 頭部への激痛に(もだ)える二名と、モニターの向こうで彼らの身を案じるマシュ。そしてロケット頭突きの姿勢を取ろうとする桂を交互に見遣る新八に、ダヴィンチちゃんとアストルフォが尋ねる。

 

『おや新八君、随分と遅いお戻りじゃないかい。』

 

「そうそう、連載が止まってからの大体二年間くらい居なくなってたことになるから、僕らも心配したんだよ?」

 

「えっ、この作品って更新そんな止まってたの………ああ、もうこんなに時間が経ってたのか。」

 

 新八を始め、皆が一斉に上げた顔の先にある掛け時計。短長の二本の針が示している時刻は、既に亥の三つ時に差し掛かっていた。

 

「アハハ、ごめんね。実はさっき用を済ませた後、皆が使える分の布団や部屋の数が本当にあるのか、念の為確認しに行ってたんだよ。何せ今日からこの大人数で、道場(うち)に寝泊まりするわけだからさ。」

 

 足下に近付いてきたフォウを撫でながら、新八はそう答える。数名の納得したような声音が居間のあちこちでちらほらと聞こえた。

 

「それにしたって、随分と時間が掛かってたんじゃない?アタシはてっきり、眼鏡ワンコが久々の自宅の中で迷子の仔犬(パピー)にでもなってたのかと思ってたわ。さっき回って気付いたけど、この家結構広いみたいだし?まあ、アタシのチェイテ城には到底及ばないけどぉ?」

 

『あの、エリザベートさん………ひょっとして生前のチェイテ城で、迷子になられたことがあるんですか?』

 

 通信越しの悪意の無い好奇心。そんなマシュからの問い掛けがエリザベートの図星にクリティカルヒットし、「はぅわっ‼」と甲高い声が尻尾と共に上がった。

 

「トカゲ娘………自分()で迷うとか、方向音痴にも程がねェか?」

 

「ちっ、違うわよ白モジャ‼そりゃあお城だもの、自室とか大広間とか、後は……地下の拷問部屋とか?とにかく広い敷地内にそれだけ沢山の部屋があったんだもの、城主であるアタシだって、その………時たま混乱したり、度忘れすることだってあったの!悪い⁉」

 

 隠しきれない恥ずかしさから、真っ赤な顔で弁解するエリザベート。大きく上下する竜の尻尾に合わせ、定春とフォウが頭を動かしている様子に、藤丸は思わず笑みを零す。

 

「そういえば新八君、結局その用事ってなんだったの?銀さん達はさっき、君がアイドルファンの仲間に連絡を取りに行ったんじゃないかって言ってたけど……。」

 

 気になっていた問いを、率直に投げ掛ける藤丸。すると新八は眼鏡越しにキラキラと輝く瞳を彼へと向け、待ってましたと言わんばかりに開いた口から明るい声が飛び出した。

 

「そう!その通りだよ藤丸君!自慢じゃないけど僕、こう見えても彼女の親衛隊の隊長やってるんだ。あっ、お通ちゃんっていうのはね、さっきテレビで観た可愛い……ンンッ超絶可愛いあの女の子でさぁ、江戸だけじゃなく全国的にもファンクラブがある程の超人気売れっ子アイドルなんだよ!お通ちゃんは可愛いだけじゃなくて歌もサイコーで、あの明るい歌声とインパクトのある歌詞に、落ち込んだ心を何度励まされたことか………あぁ、さっきのお通ちゃんの眩しい笑顔、まるで真夏の太陽のように輝いて─────」

 

「あ~ぁ。新ちゃんの推し語りがまた始まっちゃったよ。」

 

「サーヴァントになろうと、ドルヲタ気質は相変わらずアルな。」

 

 恍惚とした(おもて)で推しの素晴らしさを語り出す新八に、呆れた眼差しを向ける銀時と神楽。話を聞いてる方もさぞ退屈しているのではと思いながら、銀時は視線を周りへと向ける。すると彼の目に映ったのは、熱く語る新八の話に耳を傾け、頷きを返す藤丸の姿。

 フォウと揃って欠伸(あくび)をするアストルフォとは対称に、穏やかな笑みを浮かべて心底から楽しそうにしている彼であったが、その表情に時折ふと寂しさのようなものが(にじ)んでいることに、銀時は気が付いた。

 

「(アイツ……何であんな顔────)」

 

 しかしそんな銀時の思考は、「ちょっと眼鏡ワンコ!」と唐突に叫んだエリザベートの甲高い声に遮られる。

 

「アンタねぇ、もう既に本命の推しアイドルがいたってことじゃない⁉アタシに魅了されて応援してくれる子豚(メンバー)の一人だと思ってたのに………だったら初対面の時にアタシがあげたあの直筆サインは⁉9話目の自己紹介でアタシを讃えてくれたサイリウムとラブコールは一体何だったのよぅ⁉さてはアンタ、何も知らずに浮かれ舞うアタシを見て、心の中で(せせ)ら笑ってたのね⁉わ~~~んっ‼」

 

 散々ヒステリックに叫んだ後、取り出したハンカチでおいおいと泣き入るエリザベート。そんな彼女の頭や背中を、隣に座っていた段蔵が優しく撫でていた。

 

「ええぇっ⁉ちょっ、違!誤解だよエリちゃん!確かに僕の本命はお通ちゃんだけど、エリちゃんのことも応援していくつもりだよ。君がくれたサインの色紙だって、後で飾っておくためにさっき部屋に置いてきたところだし……。」

 

『おんやぁ~新八君?大人しそうに見えて、君も中々罪な男だねぇ?』

 

「オイオイぱっつぁん、女泣かせるなんざ一万年と二千年早ぇんじゃねえの?」

 

「どうせ八千年過ぎてもモテ期なんか来ない非モテ駄眼鏡のくせにヨ!そういうのは顔も性格もスギっちくらい男前になってからやるヨロシ!姉御に言いつけてやっからな!」

 

「ダヴィンチちゃんと銀さんまで何言ってんスかもう!てか神楽ちゃん、姉上に言うのだけはマジで()めてねホント⁉お願いィィッ300円上げるからっ‼」

 

「高杉、貴様リーダーからさり気なく諸々褒め称えられているではないか。まあ羨ましくはあるが、俺とて貴様に(まさ)っているものはいくつかある。具体的に挙げるとしたらそうだな、やはり身長とか…………ん?おい、何やら焦げ臭くないか?」

 

「あれ~ヅラ君、頭にちょうちょがたくさん止まってるね?可愛い~!」

 

「ヅラじゃない桂だ、って(あっつ)ああァァァッ‼アストルフォ殿っこういう事態になっていることはもっとテンパった感じで知らせてはくれないだろうか‼」

 

 四方八方からの非難の嵐に困惑し、只々狼狽する新八。頭頂から煙を昇らせて台所へとダッシュする桂は置いておくとして、そんな彼に助け船を出したのは、(ようや)く落ち着きを取り戻したエリザベート本人であった。

 

「ぐすっ……いいのよ皆。眼鏡ワンコが他のアイドルを推していようと、それはアタシと出会う以前からの事実だもの。それは決していけない事なんかじゃないわ………アタシも、いきなり取り乱してごめんなさいね?」

 

「い、いや僕こそごめん。エリちゃんに対して少しデリカシーに欠けてたかもしれな───」

 

「でも、これでハッキリと分かったわ!やはり寺門通は、このアタシに相応しい好敵手(ライバル)となる存在だってことがね……‼見てなさい、どちらが江戸の……いいえ、この世界のトップアイドルに相応しいか!明日の(フェスティバル)でハッキリとさせてやろうじゃない!オーッホッホッホッ!」

 

 泣いたり笑ったりを経て、漸くいつもの調子に戻ったエリザベートは段蔵から離れると、食卓に片足を上げた状態で高笑いを上げる。キンキンと耳を(つんざ)く彼女の甲高い声に、眉間に皺を寄せた高杉が「(うるせ)ぇ…」と小さく零した。

 

「しかしカラオケ大会か。ここは一つ、俺も式神エリザベスと共に参加してみるのも悪くないな。曲は勿論俺の十八番(おはこ)・『攘夷が★JOY』で優勝を狙ってみるのもアリよりのアリだと思わんか?銀時。」

 

「梨より、じゃなかったナシよりのナシだわバカヤロー。テメェにゃ秋〇さんの鳴らす鐘の一回すらも勿体無ぇわ………にしても、前回空耳で済まそうとしてた事案がとうとう確信に変わっちゃったなぁこりゃ。なあ藤丸、マスターとしてアイツを止めてやることって出来ない?ほら、令呪を(もっ)て命じたりとかさ。このままだと明日のカラオケ大会が昨日の夜みてぇに地獄絵図と化しちまうぞ?」

 

「う~ん……三画しかない貴重な令呪(もの)だけど、いざとなったら仕方ない……かなぁ?」

 

 険しい顔で頭を捻る銀時と藤丸。首を傾げるタイミングまでもがシンクロし、モニター越しに見えるその様子に、ダヴィンチちゃんとマシュは小さく笑った。

 

「それじゃあ話を戻すけど………パチ君は明日のお祭りのカラオケ大会に来る、アイドルのお通ちゃんを親衛隊の皆と応援しに行って、エリちゃんも大会に参加するってことだよね?いいないいなぁ~!僕も明日のお祭りに行きたいっ!ねぇ~いいでしょマスター⁉」

 

「私もネ!お祭りと言えば一番の楽しみは縁日アル!出店で美味いものたっくさん食べたいヨ!いいでしょ銀ちゃん?」

 

 開いた瞳いっぱいに星を輝かせ、じりじりと迫ってくるアストルフォと神楽の迫力に、藤丸と銀時は思わず身じろいでしまう。

 

「あのなぁ神楽ちゃん、今の俺らは祭りなんて悠長(ゆうちょう)に楽しんでる余裕なんてねえだろ。江戸が特異点になっちまってるって時に、チョコバナナだのリンゴ飴だのかき氷だのべっこう飴だのたい焼きだの冷やしパインだのクレープだの、そんなモンに(うつつ)を抜かしてる場合じゃアレ何だろ、口から汗が止まんないや。」

 

「銀さん……それ汗じゃなくて涎だね。実はすっごい行きたいんでしょ?意地張ってないで素直になれば?」

 

「チッ、うっせーなぁ藤丸。そうだよ、実は超がつくほど行きたいよお祭り大好きマンだよ悪いかコラ(ゴシゴシ)」

 

「ギャアアアァァァァッ‼ちょっと!何ヒトの着物で涎拭いてんだアンタぁ‼アレこの流れ前にもあったなデジャヴ⁉」

 

 新八の絶叫が響く中でも、皆の明日の祭りに対する期待は高まるばかり。賑やかな談論を遠巻きに聞いていた段蔵の頭に、ふとスナックお登勢で聞いた内容が甦る。

 

「そういえば………お登勢殿のお店も、明日の祭りで出張すると(おっしゃ)っておりました。なので、その………もしよろしければ、段蔵もまたお手伝いに伺いたいと思っているのですが………。」

 

 そこまで言うと、段蔵は藤丸の顔色を(うかが)うようにして、何度もちらちらと視線を送る。働き者だなぁと思うと同時に、もしかするとまたカラ友であるたまに会えることが嬉しいのかもしれない。遠慮がちな態度のそんな彼女の心情を察し、藤丸は(にこ)やかに答えを返した。

 

「いいよ、きっとお登勢さん達も喜んでくれるだろうし。それにたまさんもきっと、段蔵にまた会いたいって思ってくれてるんじゃないかな?」

 

「!………はい、ありがとうございます。マスター。」

 

 礼の言葉と共に、深々と(こうべ)を垂れる段蔵。顔を上げた彼女の 陶磁器(とうじき)のような白い頬は、喜悦からほんのりと紅潮しているようだった。

 

『お祭り、ですか………私はまだ行ったことがないので、どんなものかは分かりませんが、先輩や皆さんの反応からすると、とても楽しい(もよお)しなのでしょうね。ダヴィンチちゃん。』

 

『そうだねえ。いつの時代もどんな国も、祭りというのは心が(おど)るものさ。それに人が集まる場所に行けば、また新たな情報の獲得も望めるかもしれない。まあ、そこはとりあえず頭のどこかにでも置いといて……せっかくのお祭りだ。少しの息抜きくらいしたって、バチは当たらないんじゃないかな?』

 

 そう言ってダヴィンチちゃんがウインクをすると、居間にいる全員(一部を除く)の顔がパァッと明るくなる。それらの表情の変化を、まるで花火のようだと感じたダヴィンチちゃんとマシュは小さく笑い合った。

 

「それじゃあ決まり!勿論スギっちも一緒に来てくれるよね…………あり?」

 

 アストルフォが名を呼んだことにより、一同の視線は高杉へと集中する。しかし彼はその声に反応を見せず、頬杖をついたまま(くう)を見つめている。

 

「スギっち!ね~ぇ、スギっちってば!」

 

 アストルフォが顔を近付け声を張ると、その声量に驚いた高杉の肩が大きく跳ね上がった。

 

「あ………何だお前か、デケェ声出すんじゃねえよ。」

 

「ゴメンごめん。でもスギっちったら、呼びかけても全然反応してくれないんだもん。どしたの?ボーっとしてるなんて珍しいね。」

 

「高杉殿……もしや、先刻負った傷が痛むのですか?」

 

「………いや。別にこんなモン、大したこたァねえさ。」

 

 身を案じる段蔵の眼から隠すように、高杉は負傷した左腕の上に羽織を重ねる。ふと彼の右目が、離れた先でこちらを睨む桂の眼光、そしてモニター越しに怪訝な顔をしているダヴィンチちゃんと()ち合う。

 

「(………やっぱりな。キャスター(こいつら)には俺自身にも認識出来ねぇ『何か』が()えてやがる。)」

 

「んでさ、スギっちも勿論明日のお祭り来てくれるよね?夕方からみたいだし、松陽さんも起きたら皆で行こうよ!ね?ねっ?」

 

「あー……………そうだな。松陽が行きたいっていうんなら……いいぜ。」

 

「アハハ~やっぱり駄目か~……………ん?」

 

 高杉の返答に、アストルフォは一瞬自身の耳を疑った。

 ここでいつもの流れならば、自分がどれだけしつこく誘っても、高杉が首を縦に振る確率など、ガチャで例えるなら☆5サーヴァントの排出率並みに低い。

 

 ………だがしかし、彼は今何と言った?驚きと興奮で蒸発が早まる理性の中で、アストルフォは高杉の言葉を反芻(はんすう)する。

 

 

 「いいぜ」 (ってことは) 「一緒に言ってもいいぜ」 (つまり) 「お前と一緒に祭りに行きたいぜ」

 

 

 やや都合のいい形の解釈となって変換されているようだが、まあ大体あってるんでないかと。

 みるみるうちに歓喜の色に染まっていくアストルフォの表情(かお)。キラキラとしたエフェクトが舞うそのままの状態で頭の向きを変えると、同じく呆気に取られポカンとしている面々の中で、今の自分と全く同じ顔をした神楽と目が合った。

 

「神楽ちゃん、今の聞いた⁉聞いたよね⁉スギっち行くって!」

 

「ばっちりネ!言質(げんち)もこの耳でしっかり聞いたアル!なっ駄貧乳(ダヴィンチ)⁉」

 

『だからも~貧相じゃないってば~。そう心配せずとも、高杉君の今の発言はこちらでもしっかりと録らせてもらってるよ。』

 

「「キャッフォォォォイ!やった(アル)~っ‼」」

 

 パンッ!と(ちゅう)で決めたハイタッチの音が居間に響く。欣喜雀躍(きんきじゃくやく)、その字の通りまるで雀が飛び跳ねるように小躍りしてはしゃぐ神楽とアストルフォを横目で見ながら、銀時は小声で高杉に耳打ちした。

 

「おいおい、どうしたの高杉君?いつものお前ならあっさり断ってるとこだってのに……あっもしかして、いつもツンなお前が唐突にデレるところを見せときゃ、読んでくれてる側の好感度も上がるとか考えてたりする?そういう策士的なアピールも考えてたりする?」

 

 またいつものノリで、やや挑発的に絡む銀時。しかし高杉は特に反論するどころか、彼と目を合わせることもなく、その場から静かに立ち上がる。

 

「………悪い、少し疲れた。先に休む。」

 

 高杉はそう言い残すと、皆に背を向け開いた襖の奥へふらりと姿を消してしまう。彼を追おうと慌てて立ち上がった桂も同じく今から退室しようとしたが、ふと思い出したように新八の方へと振り向く。

 

「新八君、すまないが我々の休む部屋と布団の場所を教えてくれないか?」

 

「え?ああハイ、今行きます!」

 

「あっ、待ってパチ君!お布団敷くなら僕も手伝うよ~!」

 

 バタバタと慌ただしく廊下を駆けていく桂と新八そしてアストルフォの足音が小さくなっていくと、今には一時の静寂が流れる。

 

「何だぁ?高杉の奴、調子狂うな……。」

 

「高杉殿………やはり先の戦闘で負った損害(ダメージ)が、まだ霊基に響いているものと思いまする。」

 

「確かに、黒猫ったら怪我して帰ってきたし、ちょっと心配よね………そうだわ!黒猫がよく眠れるよう、アタシが癒しの一曲でも歌ってあげようかしら?きっとぐっすり休めること間違いナシね!」

 

「いやソレ、(むし)ろ永眠しちゃうから。英霊の座に直帰コースだから………ってもういねぇじゃん、あのトカゲ娘。」

 

 同時に離れていく足音と音の外れた鼻唄を聞き、銀時が息を一つ吐いたワンテンポ後に、藤丸が(おもむろ)に口を開いた。

 

「それにしても、段蔵と高杉さんが遭遇したっていう、シャドウサーヴァントに似た(エネミー)か………しかもその姿形や声までもが、(かつ)て高杉さんの率いてた『鬼兵隊』に属してた人と瓜二つだったなんて……。」

 

『首を斬られても即座に再生してしまう驚異的な回復力や、明らかに第三者から加えられたとされる狂化状態の付与。これらの情報から見ると、私達の知るシャドウサーヴァントとは少し異なる存在なのかもしれません………そちらの正体不明のエネミーに関しては、頂いた情報を元にカルデア(こちら)でも解析中です。何か分かり次第、すぐにお知らせしますね、先輩。』

 

「ありがとう。でも今日はもう遅いから、マシュもダヴィンチちゃんも一先(ひとま)ず休んで?」

 

「ふぅわ~あぁ………私もう眠くなってきたヨ。」

 

「くぅあ~ぁ……くぅん。」

 

『アハハ、二人とも大きな欠伸だねぇ………まだ再会の余韻(よいん)に浸りたいところではあるけど、今日はここまでとしよう。マシュもいいね?』

 

『はい………では先輩、また明日の朝にこちらから連絡をさせていただきます。』

 

「うん、おやすみマシュ、ダヴィンチちゃん。」

 

 モニターの向こうで手を振るダヴィンチちゃんと、直後に聞こえた後輩(マシュ)の「おやすみなさい」という声を最後に、カルデアからの通信は静かに途絶える。

 そのタイミングと同時に開いたままの襖から、新八が姿を現した。

 

「皆さん、布団敷きましたのでどうぞ休んでください。」

 

「ご苦労だったアルな眼鏡………んん~もう限界ネ、私寝るヨ。」

 

「おい待てって神楽、そっちは松陽が寝てる部屋の方角だろ。さてはまた横着(おうちゃく)して松陽の布団に潜り込む気だな?」

 

「だって銀ちゃん、松陽と寝ると(あった)かくていい匂いしてぐっすり眠れるアル!それに松陽が起きたら一番におはようって言いたZZz~~~。」

 

「あらら……神楽ちゃん、喋ってる最中に寝ちゃったよ。」

 

「ほんと唐突に電池切れるんだよな、コイツは……おい定春、このまま向こうの布団に運んどいてやれ。」

 

「ワンッ。」

 

「フォウ、フォウッ。」

 

 鼻提灯を膨らませて爆睡する神楽を背中に乗せられ、定春は新八の来た廊下をフォウと共に戻っていく。

 

「さてと………俺達も休むとするか。」

 

「マスター、銀時殿。片付けは段蔵がいたしますので、お先にお休みください。」

 

「いいよ、皆で片付けたほうが早く終わるし。段蔵だって明日も手伝いがあるんだから、ちゃちゃっと済ませちゃおう。」

 

「そうだね、僕も手伝うよ……ほら銀さんも、自分で散らかしたお菓子の袋ちゃんと片付けてってください。」

 

「へいへいわぁったよ。ったく母ちゃんかテメェは……ふあ~ぁ。」

 

 新八に尻を叩かれ、銀時大きな欠伸をしなから渋々片付けに参加する。

 藤丸が食卓に散らばる湯呑を回収していたその時、「あの…」と新八が声を掛けてきた。

 

「ん?どうしたの、新八君?」

 

 顔を上げると、食卓を拭く手を止めた新八が、何やら言いたげに口をもごもごとさせている。暫くばつが悪そうにしていた彼であったが、自分を見る藤丸の怪訝(けげん)な表情に気が付き、漸く口を開いた。

 

 

「実はその………ちょっと、言いにくいんだけどさ────」

 

 

 

 

 

《続く》

 



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【捌・伍】 暮夜

 

 

 

「いや~本当にゴメンね。また姉上の悪い癖が出てさぁ、空いてる部屋を物置にしちゃうんだもの。いっそ今晩だけでも銀さんと一緒の部屋だけでもと思ったんだけど、「銀ちゃんは僕と寝るの~!」ってアストルフォ君が銀さんにしがみついて離れないし………とりあえず明日、夜が明けたら片付けて部屋を一つ空けておくから、今晩だけでも我慢して……………藤丸君?」

 

 開始から一方的にずっと喋ってる眼鏡(しんぱち)、じゃなかった新八は、数行に(わた)る台詞が続いても藤丸からの返答どころか相槌(あいづち)すら返って来ないことを不審に思い、彼か腰を下ろしている場所────新八(じぶん)の部屋に敷かれた二組の布団へと目を向ける。

 

 新八から借りた寝巻に着替え、布団の上に正座の姿勢で座る藤丸………だが彼はぽかんと大きく口を開け、あちらへこちらへと(せわ)しなく動いているのは、彼の点になった眼だ。

 

 

 「空いてる部屋が無いから」と新八に相談を受け、それなら今夜だけでもと藤丸が提案した、新八の部屋でのお泊り会。ここが自室だと照れながら彼が通したその部屋は、所々和を想わせるデザインであり、広さも中々。藤丸のよく知る思春期男子の自室(プライベートルーム)であった………たった一つ、部屋中に展開されたアイドル・寺門通、通称お通ちゃんのファングッズが溢れている以外は。

 

 一番目を惹く等身大ポスターを始め、ミニポスターも壁の隙間を埋めるようにして貼られており、棚には今までにリリースされたCD、そしてライブなどのDVDがきちんと整頓されて並べられており、その横に飾られている精巧(せいこう)なフィギュアは、(ほこり)が被らないようしっかりとケース内に納められている。そして極めつけは、新八の布団の上に横たわる大きな抱き枕……そのカバーには溌剌(はつらつ)とした笑顔のお通が、彼女のイメージカラーである檸檬(れもん)色の可愛らしい水着姿で印刷されていた。

 

「………凄いなぁ。」

 

 ぽつりと漏らした呟きに、新八は彼が呆然としている原因が推しアイドルにまみれた自室のレイアウトであることに漸く気が付き、ばつが悪そうに口を開く。

 

「そ、そうだよね。こんなドルヲタの部屋なんて、気持ち悪いよね………ごめんよ。今からでも銀さんか誰かに頼んで、一緒の部屋にしてもらうから。」

 

 抱き枕を背にやりながら、徐々に沈んでいく声色で新八は言う。しかし彼が軽蔑してるであろうと思っていた藤丸の反応は、驚くほどあっさりしたものだった。

 

「別に、全然気にしてないよ?カルデアにもこういう部屋にしてるサーヴァントだって何人かいるし………それに、大好きなものをこれだけ応援できるって素晴らしい事だと思うよ。俺もカルデアに戻ったら、ポスターでも部屋に飾ろうかな………あ、これって新八君の言ってた親衛隊の?へ〜ちゃんと衣装まであるんだ!」

 

 壁に掛けられたお通の横に並ぶ寺門通親衛隊の法被(はっぴ)を眺め、感嘆の声を零す藤丸。一方の新八は彼から返ってきた予想外の言葉に(しば)しの間きょとんとしていたのだが、やがてじわじわと込み上げる歓喜やら気恥ずかしさやらで、リンゴ飴のように赤くなった頬を見られないよう抱き枕に顔を押し付けた。

 

「とととにかく、今日はもう寝ようか!あっ明日、マシュさんから何時頃に連絡が来るんだっけ?」

 

「んーと確か……9時頃だったかな?それまでにはスタンバイしておかないと。」

 

「そそそうだね!じゃあ、電気消すね!」

 

 妙に挙動不審になっている新八が気になりながらも、藤丸は彼が敷いてくれた布団の中へと体を潜らせる。

 カチッ、と新八が電気に繋がる(ひも)を引くと、部屋の中は一瞬だけ闇に包まれるものの、障子紙から突き抜ける外の月明かりが、ぼんやりと室内を照らしていた。

 天井にまで貼ってあったポスターのお通と目が合い、驚いて声を上げてしまいそうになったその時、「……ねえ」と新八から声を掛けられた。

 

「へ?な、何?」

 

「あのさ……僕、君にずっと聞いてみたいことがあったんだけど……いいかな?」

 

 眼鏡(ほんたい)、やべっルビ間違えた。もとい眼鏡を枕元に置きなから、新八は藤丸に問い掛ける。いやに改まった態度の新八を不思議に思いつつも、藤丸は特に気にすることなく「いいよ」とだけ答えた。

 

「それじゃあさ、始めに一つ………藤丸君はさ、いつからマスターをやってるの?」

 

「おおう、いきなりそんな質問が来るとは………そうだねえ、俺がカルデアに来たのが2015年だから、ええと………かれこれもう二年くらいは経ってるかな。」

 

「そんなに………その間、たまには家に帰ったりしてるの?君の親には、友達には会ったりしてる?」

 

「………いや、まだ一度も里帰りなんて出来てないかな。だって人理を修復するまで、カルデアの外にいた人達は皆『いなくなって』いたからね………でも懐かしいなあ。こうして誰かの部屋に布団を敷いて寝るなんて、小さい時友達の家でやったお泊り会以来だし。それに母さんの手料理………また食べたいな。」

 

 ぽつりと零したその直後、藤丸は急に黙ってしまった新八の方を向く。愕然とした表情でこちらを見つめる彼の姿にハッと我に返り、慌てて弁解を述べた。

 

「でででもでも、ちゃんとカルデアでの仕事が終わったらちゃんと帰る予定だよ⁉だからその辺は大丈夫だから、カルデアはそんなブラック………いや、既に片足突っ込んでるようなものだからグレーかな?いやとにかく、別にカルデアは極悪組織とかそんなんじゃないんだからね!勘違いしないでよねっ!」

 

「何で最後の方ちょっとツンデレ風になってるの………それじゃ次、藤丸君はどうしてマスターになったの?」

 

「マスターになった理由、か………そもそも俺がカルデアに来た理由が、コミカライズ版だと偽装した献血員の人が実はカルデアの職員で、そっから訳も分からず拉致同然に連れてこられたって感じになってるけど。」

 

「いやいやいや、それって立派な誘拐事件だよね?人理を救う組織が犯罪起こしちゃってるけどそこんとこいいの?物語を円滑に進めるためとはいえ、そんな事案もローションスライダーの如くスルーしちゃうとか、やっぱり悪の組織疑惑拭えないんだけど?」

 

「まあまあ新八君、細かいことは一旦部屋の隅にでも置いといて………マスターになった理由、俺がマスターを続ける理由、か………んん~改めて言葉にするとなると、結構難しいなぁ。ちょっとまとめるからシンキングタイムちょうだい。」

 

 頭を乱雑に掻いてから、藤丸は暫しの間黙考に入る。うんうんと(うな)る藤丸をぼやけた視界に映しながら、新八は先程彼が言っていた内容を思い返していた。

 

「(自分達以外の人間が消失、か………もし僕が藤丸君の立場になったら、どうなるんだろう。理由(わけ)も分からず知らないところに連れてこられて、今日から人類を救うために死と隣り合わせの仕事を頑張れ、だなんて言われたら………そんなの、数ヶ月分も給料が支払われない万事屋の方がまだマシに思えて………いや全然マシじゃねえわ。家賃もまともに払えないあの天パが従業員に給料払う日なんて、後にも先にも本当に来るんだろうか………。)」

 

 途中から脱線した先で銀時に対する怒りを募らせていた新八であったが、「あのさ」と横から掛けられた藤丸の声により我に返る。

 

「え、なっ何?もし言いにくかったら無理して言わなくてもいいんだよ?ゴメンね、変な質問して─────」

 

「そういえば、カルデアにもいたんだよ?君みたいにアイドルが好きな人が。」

 

「………へ?」

 

 唐突に告げられた一言に、新八はきょとんとする。こちらを向く新八の丸くなった目を一瞥してから、藤丸は続ける。

 

「その人は、俺がカルデアに赴任した時から働いてて、トップの地位にいた人がいなくなった後も、ずっとカルデアを………俺達を支えてくれてた。」

 

 静寂の中に、時折微かに聞こえる近所の犬が吠える声。何も言わずに聞いている新八が今どんな顔をしているのか気にしながら、藤丸は再び口を開く。

 

「お人好しで、どこか抜けてて、甘いお菓子が大好きで、『マギ☆マリ』ってネットアイドルの話になると我を忘れて熱くなって…………もしも新八君と会わせてあげることが出来たなら、きっと凄く意気投合して仲良くなれてたんじゃないかな?」

 

 明るい声色で絞り出す藤丸の声が無理をしていること………そして、彼の語るその存在(ひと)は、もう既にいないのだと、新八は悟った。

 

「……それでさ、ここからが質問の答え。俺が今日まで、カルデアのマスターを続けてこれた理由は色々あるけど、その一つには、『彼』がいてくれたから………そして、その人が残してくれた言葉が、いつも背中を押してくれたからなんだ。」

 

 語尾が震えそうになるのを誤魔化そうと、藤丸は大きく息を吸いこむ。そして吐き出した空気と共に、静かに呟いた。

 

 

 

「『 ─────キミたちなら、大丈夫』 」

 

 

 

 それは新八が思っていたよりもあまりに飾りっ気がなく、あまりに素朴な言葉。

 

 しかし、どこか温かさを感じさせるこの言葉が、何度も藤丸を奮い立たせる原動力となっているのだと理解すると、新八の胸や目頭にも熱い感情(もの)が込み上げてくる。

 

「……えっと、上手く言えなくてゴメンね?ていうかもう眠いよね?すっかり話が長くなっちゃって────」

 

「ねえ、藤丸君。」

 

 唐突に声を発した新八に驚き、布団ごと跳ね上がった藤丸は「うぇいっ⁉」と奇怪な声を上げてしまう。

 

「もしよかったら、この間君が銀さんに話してくれたように、僕にも教えてくれないかな………君がこれまでに歩んできた旅路と、君を支えてくれた『アイドルが好きだったその人』の話もさ。」

 

 そう言うと新八は口角を吊り上げ、二ッと笑う。

 彼の言葉に瞠目(どうもく)していた藤丸だったが、やがて彼もその返答の代わりに、新八の浮かべた悪戯っ子の様な同じ解顔(スマイル)を浮かべてみせた。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

  コン、コン。

 

 皆が寝静まった夜半の廊下に、木製の扉を軽く小突く音が響く。

 部屋の内側にいる主の返答を待たずに、横へとスライドした扉の向こうから桂が現れた。

 

「高杉、もう寝たか?」

 

 後ろ手に扉を閉め、桂は部屋の主である高杉の方へと顔を向ける。

 しかし名を呼ばれた本人は、桂の登場にも問いにも反応を見せず、先刻アストルフォが敷いた布団の上……ではなく、薄暗い部屋の隅に腰を下ろした状態のまま動かない。

 右半身を壁に(もた)れかけている彼の肩は、先刻桂が彼をこの部屋へと連れてきた時よりも大きく上下していた。

 

「!────おい、高杉‼」

 

 明らかに普通でない……いや、そもそも彼はここに来た時から普通の状態ではなかったのだが、ほんの数刻前に見た時より体調が悪化しているのは明らかだった。

 慌てて駆け寄った桂の手が、高杉の左肩へと置かれようとした時だった。

 

「触るなっ‼」

 

 突如張り上げた声と共に、バシッと乾いた音が室内に響く。

 払われたその手に軽く痛みを覚えたが、それよりも大きな驚愕に桂は目を見張る。

 

「……高杉、お前………。」

 

「………悪ぃ。だがお前も、迂闊(うかつ)に触れないほうがいいぜ─────()()()んだろ?お前にはよぉ。」

 

 ゆっくりと頭を上げ、高杉の(おもて)がこちらを向く。そこに浮かんだ顰笑(ひんしょう)の額を、一筋の汗が伝っていた。

 

「………ああ、視えている。口には出さなかったようだが、恐らくダヴィンチちゃん殿にも視えていたことだろうな。」

 

 眉間に皺を寄せ、言い終えると同時に桂は息を吐く。

 

 

 ゆっくりと持ち上げた瞼の下から覗いた彼の柴色(ふしいろ)の瞳は、高杉を─────否、高杉の左腕に(まと)わりつく、黒い煙のような『何か』を映していた。

 

 

 神楽達とお妙を送ってきた後、この恒道館へと戻ってきてから初めて高杉の姿を目撃した際は、それは只の(もや)程度でしかなかった。しかし微量であれど、そこから伝わってくる禍々(まがまが)しい気配に驚異し、先刻のように詰め寄ってしまったのだった。

 

 黒い靄は高杉の負った左腕の傷から噴き出るようにしてその量を増やしていき、カルデアとの通信が復活した時には、彼の煙管の煙が(かす)んでしまう程にまで膨れ上がり、高杉の身体にねっとりと絡みついていた。

 

 ふと周りを見れば、眼前の異様な光景に自分以外は誰も気付いてはいない。それどころか、高杉本人でさえも自信を(むしば)んでいる靄の存在を認識出来てはいないようであった。

 その事実に唖然とし、表に出さずとも狼狽する桂であったが、藤丸の通信機が展開した空中ディスプレイに映ったダヴィンチが、怪訝(けげん)な顔で高杉を凝視していることに気が付く。何かを言い掛けた彼女であったが、高杉の鋭い眼光に牽制(けんせい)され、それ以上の追求を阻まれてしまった。

 そこから暫くはマシュとダヴィンチを筆頭としたカルデア側と、こちらは藤丸達や銀時らによっての状況確認が行われていたのだが、やはりダヴィンチの眼は所々の合間で高杉を睨んでいる。ふとその時、同じように高杉を観察していた桂の視線が彼女のものと()ち合う。

 それは魔術師(キャスター)である者同士の直感と言うべきか………彼らはその瞬間、互いに視えているものが全く同じであることを悟った。

 

「(恐らく、魔力の察知能力に優れた者………取り分けキャスタークラスのサーヴァントであれば、アレを検地することが出来るらしい。しかしこれは────)」

 

「なあヅラよ………お前の目に見えてるモンの正体、一体何だと予想する?」

 

 (おもむろ)に動かした深碧の右目が、険しい表情の桂を映す。高杉から一歩距離を置いていた彼は、「…ヅラじゃない、桂だ」とお決まりの一言を返してから数秒の後、重たい口を再び開いた。

 

「上手くは言えんのだが…………恐らく、それは呪いの(たぐい)だ。俺の目には、お前を覆う黒い煙のように見えている。しかも厄介なことに、呪いを受けたであろうその傷口からどんどん広がってきているぞ。」

 

「……黒い煙、ねえ。」

 

 そう呟いた高杉の脳裏に(よみがえ)るのは、先刻討ち洩らしたあの『岡田似蔵(おかだにぞう)』の姿をした得体の知れない何か。

 

「カルデアとの通信の際、段蔵殿と共に貴様を襲った存在について話していたな?『シャドウサーヴァント』、と藤丸君達は呼んでいたか。」

 

「ああ。(やっこ)さん、頭のてっぺんから足の爪先まで真っ黒黒助だったぜ。この腕はそいつの紅桜(もど)きにやられたモンだ。お前さんの言う呪いとやらも、どうやら奴の仕業ってことで決まりだな。」

 

「だが呪いと分かったところで、対処する方法が見つからん。生憎(あいにく)俺は解呪を施せるスキルは持ち合わせておらんし、こうなれば明日の朝にでも、急ぎカルデアと相談をして………一先(ひとま)ず高杉、傷の状態はどうなのだ?」

 

「怪我自体は大したことねぇさ、だが─────ぐっ‼」

 

 不意に言葉を詰まらせ、高杉は壁に凭れたまま(うずくま)る。同時に彼の腕から噴き上がる凄まじい黒煙の量に、桂は両の目を見開いた。

 

「高杉っ‼」

 

 咄嗟に手を伸ばし、前のめりになる桂。だが高杉は黒煙に覆われた左腕を持ち上げ、それ以上近付かないよう示してくる。

 

「はっ……参ったな、まさかこんなに進行が早ぇたあ思わなかった。サーヴァントでなかったら、間違いなく即死してるレベルだ………。」

 

「高杉……まさかお前、呪いが既に霊核にまで…………くそっ!」

 

 開いた桂の手から、幾本もの青の巻物が展開される。解かれた巻物の紙面に書かれた呪文が次々と浮き上がり、敷かれた布団の周りへと集まっていく。やがてそれらの文字達は円形を成し、魔法陣となって床や布団に刻まれた。

 

「高杉、ここまで動いてこられるか?厳しいのなら俺が手を───」

 

「いらねえ、っつってんだろ………ガキみてえな扱いすんな………。」

 

 荒く呼吸を繰り返しながら、高杉は重たい体を引きずるようにして動かす。時間を掛けて布団まで辿り着くと、彼は仰向けになって倒れ込み、大きく息を吐いた。

 

「急ごしらえの魔術だが、その陣の中にいれば呪いの進行を多少遅らせることが出来る(はず)だ………今夜は俺もここにいてやるから、朝まで何とか踏ん張れ。」

 

「はー………つきっきりの看病たぁ、俺が銀時と揃って風邪(こじ)らした時以来じゃねえか。」

 

 ククッと低く笑う高杉であるが、未だに安定しない呼吸と止まらない冷や汗が桂の不安を(あお)る。

 

「……とにかくもう寝ろ、少しでも体力を残しておかんと。明日はリーダーやアストルフォ殿達との約束もあるのだぞ?」

 

「ヅラ、お前だって休んどけ……また昨日みてえにふらついても、今の俺じゃ支えてやれねえぜ?」

 

「うるさい。それとヅラじゃない、桂だ。」

 

 魔法陣への魔力供給が切れないように手を施すため、桂は布団の傍らへと腰を下ろす。掛け布団を被せてやろうと上体を動かしたその時、彼の耳を小さな………ほんの小さなささめき声が(くすぐ)った。

 

 

 

 

「なあ………もしもン事があったら、ガキ共と藤丸と………松陽(せんせい)に、代わりに謝っといてくれや。」

 

 

 

 

 ───布が擦れるよりも小さな(おと)で紡がれたその言葉を、桂が拾ったかどうかは分からない。

 

 

 

 乱暴に布団を被せる桂の伏せられた顔の下では、唇を強く噛む口元が(わず)かに震えていた。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 カチ、コチと音を刻む時計が、間もなく寅の下刻を示す。

 

 静まり返った志村家の居間では、定春とフォウが丸まった姿勢ですやすやと眠りについていた。

 

「プゥ、プゥ…………フォ?」

 

 熟睡していたフォウの耳に潜り込む、(かす)かな物音。まだ微睡(まどろ)みの中にいるフォウが寝惚け眼で見た者は、静かに開かれる隣の部屋の襖であった。

 

「フォウ……?」

 

 徐々に意識が覚醒していき、フォウはその襖を凝視した。すると開けられた部屋の向こうから、見覚えのある亜麻色の髪がさらりと揺れた。

 

「フォウッ。」

 

 現れたその人物が誰であるかを理解すると、フォウは飛び起き襖の方へと移動していく。起きる気配のない定春を避け、一直線に駆けてくる小さな動物の姿を見た『彼』は、襖に手を掛けたまま動きを止めた。

 

「フォウッ、フォウ。キュ~……。」

 

 『彼』の足元に辿り着くと、フォウは甘えた声で頬を()り寄せる。すると上から伸びてきた二本の手に優しく包まれ、フォウはそのまま抱き上げられる。

 

「フォ~ウ、フォ…………フォ?」

 

 温かい手に背中を撫でられ、すっかりご満悦していたフォウであったが、細めていたクリクリの目を開いたその時、彼は一つだけ違和感を覚える。

 

 今、自分を抱き上げ撫でてくれているのは、紛れもなく『彼』───松陽であることは無論記憶している。

 縁側から吹く微風に流れる長髪も、自分に向けられた柔和な表情も……花の香とは違う優しい匂いも、全て自分の知っている筈の松陽のものであることに間違いは無い。

 

 

 しかし、フォウが抱いた違和感は松陽の………こちらを見下ろす彼の、瞳の色。

 

 

 自分を見下ろし、穏やかな光を湛えている松陽の眼はフォウの知る琥珀に近い色ではなく………暗い室内でも(ほの)明るいと感じるほどの、柳色をしていた。

 

 

「フォウ………?」

 

 外からの月明かりで()っすらと照らされる室内は、時計の音と定春の寝息だけが響く。

 パチパチとまん丸の目を(しばた)かせていたフォウだが、不意に視界がくるりと反転し、手足が畳みに触れた。

 

「フォ?」

 

 床に降ろされたことに気付いたのと、松陽がどこかへと歩き出したのはほぼ同時。足音を立てずに居間を後にしようとする彼の背中を、フォウは小さな歩幅で追いかける。

 

「おや……君も一緒に来ますか?」

 

 (ひそ)めた静穏な声が、松陽を見上げるフォウへと掛けられる。自分の知っている彼とは随分声色が落ち着いてるなぁと思いつつ、「フォウッ」と短く返答すると、松陽は笑みを浮かべて歩を進めた。

 

 

 

 居間から出ると、そこは幾つもの木製の扉が連なる廊下となっていた。恐らくこの向こうで、銀時達が休んでいるのであろう。たまに扉越しに聞こえてくる(いびき)を立てた耳で聞き流しながら、フォウは歩き続ける松陽の背中をてちてちとついていく。

 と、ここで松陽の歩みがピタリと止まり、余所見をしていたフォウは彼の足に鼻を軽くぶつけてしまい、「ンキュッ」と小さく鳴いた。

 

「……ああ、ここですね。」

 

「フォウ?」

 

 ぽつりと呟いた松陽の声に反応し、フォウは視点を彼の向いている正面へと向ける………そこにあるのは、一番奥にある部屋への扉。

 松陽はゆっくりと扉へと近付き、音を立てないよう慎重に開いていく………行燈(あんどん)の明かりだけが灯る薄闇の室内には、床や布団に施された魔法陣や術式に囲まれて横たわる高杉と、胡坐(あぐら)の姿勢のまま眠り込んでいる桂がいた。

 

「ぅ………ぐ、うぅ……っ‼」

 

 絞り出すような(うめ)き声が漏れ、高杉の(かお)に苦悶が浮かぶ。彼の左腕を侵食する呪いは、遂にはキャスタークラスのサーヴァントでなくとも可視化出来る程に進行しており、立ち昇る黒煙に「キュッ⁉」と悲鳴を上げたフォウは、松陽の背後へと逃げ隠れた。

 

「…………………。」

 

 松陽は無言のまま、室内へと足を踏み入れていく。揺れた髪の隙間から覗いたその表情に浮かぶのは、悲哀と心痛………そして、僅かな怒気。

 一歩、また一歩と進んでいき、彼は高杉の()している布団のすぐ横で止まると、その場で膝を折り曲げた。

 

「大丈夫………もう、大丈夫ですよ。」

 

 まるで幼子をあやすような声音で囁き、松陽は利き手で高杉の頬にそっと触れる。冷え切った肌に、掌を通じて伝わる温もりが心地良く、高杉の表情がほんの少しだけ和らぐ。

 

「フォウ……?」

 

 その様子を遠巻きに眺めるフォウの見つめる先で、松陽の手が高杉の頬から左肩へと撫でるように移動していく。自身にも黒煙が纏わりつくことなどお構いなしに、彼の白い手が包帯の巻かれた傷口に触れた、その時だった。

 

 

「フォ……ドフォーゥッ⁉」

 

 

 

 

 ─────突如として幽暗を照らす、白く淡い光。

 

 

 しかし、この明かりは行燈が(もたら)したものではない………来ている寝巻を突き抜けるようにして、松陽の背中に刻まれているとされていたあの鬼を模した刻印が、光を放っていたのだ。

 

 

「フォウゥ…………フォ?」

 

 あまりに唐突な出来事に一驚を喫していたフォウであったが、同時に訪れた変化にも(せわ)しなく目を白黒させる。

 

 室内を覆い尽くさんとばかりに溢れていた、黒い煙。高杉を蝕み、苦しめていた呪いの具現─────それが少しずつ、徐々にではあるが確実に収束していっている。

 

 

 

「────────、─────。」

 

 

 

 僅かに動いた松陽の唇が、何かを呟く。

 

 それが一体どんな言葉を紡いだのか、残念ながら聞き取れた者はここにはいない。

 

 

 やがて黒煙が晴れ、同時に松陽の刻印の光も完全に収まったのを確認すると、フォウは漸く室内へと小さな足を踏み入れる。ゆっくりと松陽の手が離れた後には、まるで先程の苦痛が嘘だったかのように、規則正しい呼吸で静かに眠る高杉の姿がそこにはあった。

 

「フォウ……キューゥ?」

 

 松陽の背後に座り、てしてしと前足で背中を叩く。その動作に反応し振り向いた松陽の額には、幾筋もの汗が伝っていた。

 

「………ふう。」

 

 自身よりも、穏やかに寝息を立てている高杉の額に残る汗を拭ってやる松陽。その(おもて)には、心底からの安堵の微笑みが浮かんでいる。

 ふと彼が顔を上げると、今しがた起きた出来事にも目を覚ます様子も見せず、開いた口から涎を垂らして眠りこける桂の姿が目に止まる。

 展開された魔法陣、辺りに散らばる複数の巻物、そして俯いた目下にうっすらと浮かぶ黒い(くま)から、彼もまた高杉を案じて自身を(おろそ)かにしてまでも、懸命に尽くしてくれていたのだろう。時折「ぬ゛っ」と奇妙な唸り声を洩らす姿に含み笑いながら、松陽は無防備な彼の頭頂に掌を乗せた。

 

貴方(あなた)も、たくさん頑張ってくれたんですね………ありがとう。」

 

 柳色の瞳に光を湛え、優しく声をかけながら頭を撫でてやると、閉じていた桂の口許がほんの少しだけ緩んだ。

 

 

 

   ───────ピシッ、

 

 

 

 不意にどこからか聞こえてきた、不可解な音。

 

 それはまるで、圧力をかけた硝子(がらす)(ひび)が入った時のような、そんな音。

 

 どこから聞こえてきたのだろうとフォウが耳を立てていた時、松陽の様子に変化が訪れた。

 

「ぐっ………うぁっ、う………‼」

 

「フォウ⁉」

 

 胸元を押さえ、突如苦しみ出す松陽の姿にフォウは驚き狼狽(うろた)える。

 

「っ………いけませんね。少し無理を、させすぎました……。」

 

 額から首筋から(にじ)む汗が床へと伝い落ち、開いた口から乱暴に酸素を取り入れながら、松陽はゆっくりと立ち上がる。来た時と同様、ただし足取りは先程よりも重く、それでも二人を起こさないようにと極力音を立てずに扉へと向かって行く。

 

 

 

 

「おやすみなさい………()()()()()。」

 

 

 

 

 ゆっくりと閉ざされていく扉の向こうに消えていく寝顔に微笑みを送り、松陽は扉を閉める。

 

 そのまま(きびす)を返し、来た方向を戻っていこうとする松陽の後に、フォウもついていく。だが二、三歩進んだところで松陽の身体がぐらりと揺れ、咄嗟に寄りかかった壁を伝ってそのまま床に座り込んでしまった。

 

「フォウッ、フォーゥ!」

 

 松陽の膝に飛び乗り、フォウはその顔を覗き込む。すると彼の耳に聞こえてきたのは、一定のリズムで繰り返される呼吸音……そう、寝息であった。

 

 どこか(うれ)いを湛えていた柳色の瞳は完全に閉ざされ、そこにあったのは先刻の悠々たる雰囲気とは打って変わった、フォウのよく知る松陽のあどけない寝顔。

 

「フォウ……?」

 

 目を覚ましてからの変容振りと、今の彼との大きなギャップに困惑するフォウであったが、まあとにかくこんなところで寝ていては風邪を引くだろうと、前足後ろ足ついでに尻尾も使って、懸命に松陽を起こそうとする。

 

「んん……おいたは駄目ですよぅ、フォウさん……。」

 

 すると寝言と共に伸ばされた手がフォウを掴み、小さな体をがっちりとホールドしてしまう。

 

「フォッ、フォウッフォウフォウ………キュ~ゥ。」

 

 じたばたと抵抗を試みるも、そのまま熟睡の態勢に入ってしまった松陽の腕から抜け出すことは容易ではない。そうしているうちに歩いて騒いだ疲れのツケが今回ってきたようで、抗えない睡魔にフォウは逆らうことを諦め、松陽の膝で体を丸めた姿勢を取ると、再び夢の中へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

  ────空に浮かんだ『(つき)』が、払暁(ふつぎょう)と共にその瞼を閉ざしていく。

 

 

  朝日の昇らないこの江戸(くに)に、再び朝が来ようとしていた。

 

 

 

《続く》

 

 

 



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【玖】 恒道館の朝(Ⅰ)

 

 

 

  ─────夢を、遠い昔の夢を見たような気がする。

 

 

 ざぁっ、と頬を(かす)める温かな風に(まぶた)を開けば、板張りの床に広がる薄紅の花弁(はなびら)が映る。

 

 足袋(たび)越しに踏む古い木の感触。ガヤガヤと子供達の声で賑わう空間。そして大きく開け放たれた扉の向こうから見える、満開の桜。

 

 

 

 忘れもしない、忘れるわけがない………ここは、『松下村塾』に(もう)けられた道場だ。

 

 

 

 『サーヴァントは、夢を見ることが無い』

 

 

 まだお登勢の店の上に拠点を置いていた際、銀時と閑談(かんだん)していた藤丸がダヴィンチから聞いたと話していたこの言葉を、ここでふと思い出す。

 とするのなら、これは己の中に存在する過去の記憶を再生しているのだろうか………そう疑問を抱いたのと同時に、突如頭頂部を襲った鈍い痛み。

 喫驚と怒りに振り返ると、そこにいたのはこちらに対してバツが悪そうな顔を向ける一人の少年。よく見知った銀色の髪が春風に揺れている彼は、犯行の凶器であろう竹刀を懸命に背後へと隠そうとしていた。

 

 ………間違いない、コイツは幼い時の銀時だ。人の頭に竹刀で一撃入れておきながら、反省している素振りなど微塵(みじん)も見せない。夢であろうと記憶の再生であろうと腹の立つことに変わりはなく、そんな彼に小芬(しょうふん)していたその時、呆然とする周りを掻き分け、髪を高い位置に結わえた少年───今の銀時同様に、幼い頃の姿そのままの桂がこちらへと駆け寄ってくる。

 

「────、────⁉」

 

 不思議なことに、ぱくぱくと口を動かして発しているであろう彼の言葉が、声となって聞こえてこない。だがこちらに積極的に話しかけていること、そして銀時に対して目尻を吊り上げている様子から、竹刀による怪我の心配と銀時に対してきちんと謝罪をするよう叱っているのだというのが分かった。

 

「────、───────────………───⁉」

 

 小言を言う桂にうんざりとした表情(かお)を向け、耳の穴をかっぽじる銀時。だがその刹那、ゴンッと響く鈍い音のすぐ後に、頭に大きな(こぶ)の出来た銀時がその場に(うずくま)る。

 

 

 

 ───再び吹いた春風が、道場の中に花弁を運んでいく。

 

 

 (ちゅう)を舞う薄紅色と共に、さらりと流れる絹のような亜麻色の髪。そして固く握った拳と対照的に、(おもて)に浮かんだ柔和な微笑。そんな『彼』の登場に、道場にいる全ての子ども達は声を賑わせた。

 

「──!───、───────……!」

 

 桂は『彼』へと駆け寄り、ぴょこぴょこと結った髪を揺らしながら事の起こりを懸命に説明をしている(ように見える)。すると『彼』は興奮する桂の頭に手を置き、(なだ)めるように優しく撫でる。桂は徐々に落ち着きを取り戻していき、やがて『彼』の手が離れる頃には、すっかりご満悦顔になっていた。

 

 痛む瘤を押さえ、低く(うな)りながら身を起こす銀時の横を通り、『彼』はこちらへとやって来る。そして桂の時と同様に手を伸ばし、大きな掌が頭頂へと乗せられる。

 

 

 桜の花と、風と混ざり合った、温かく優しい匂い───穏やかな光を(たた)えた柳色の瞳に見つめられ、混ざり合う様々な感情に胸の高鳴りが早くなる。

 

 

 

 「いたいのいたいの、とんでいけ。」

 

 

 

 まるで年端もいかぬ小さな子どもに対して使うような、痛みを忘れるための『お(まじな)い』。

 

 

 はっきりと聞こえたその優しい声色に、掌から伝わる心地良い温もりに、そして不思議と痛みが徐々に引いていく感覚に────高杉は、ゆっくりと瞼を閉ざしていった。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「……………ん。」

 

 薄く開いた隙間から、ぼんやりとした行燈(あんどん)の明かりが入り込む。

 チュンチュンと窓の向こうで鳴く雀の声を聴きながら、高杉は微睡(まどろ)む意識の中で右目を動かす。古びた木の天井、所々破れかかった障子窓、そして……今しがたまで自分が眠っていた布団の横で胡坐(あぐら)を掻く、桂の姿。

 ぬ゛~ぬ゛~と相変わらず不気味な寝息を立てて眠る彼であったが、時折ズビッと鼻を(すす)る音が聞こえてくる。行燈に照らされたその顔をよく観察すれば、不気味に開いた両の目からダパダパとまるで滝のように涙が溢れており、寝息と相まって織り成される薄気味悪い光景に、高杉は顔を(しか)めた。

 

「………ハァ、寝起きに()なモン見ちまった。」

 

 吐く息と共に零しながら、高杉は布団から上体をゆっくりと起こす。その時、彼は自身に起きた変化に気が付いた。

 

「(?………妙だな、やけに体が軽い。)」

 

 昨晩あれだけ(さいな)まれた、呪いによる激しい痛苦。しかしそれらは数刻の時を経た今、この身体のどこにも感じられない。それどころか体調は好調過ぎる程に好調、正に絶好調な状態だ。

 ………それに、違和感はそれだけではない。徐々に降下していく高杉の目線は、昨晩負った傷のある()()の左腕へと落とされる。

 

「(おいおい………(いく)らサーヴァントっつったって、まさかな───)」

 

 寝間着を(はだ)けようと自らの襟首に手を掛けたその時、「ぬ゛っ!」と一際(ひときわ)大きな声を上げたのを合図に、項垂(うなだ)れていた桂が突として(おもて)を上げる。涙に(まみ)れたあの不気味な眼でしばし中空を見つめていた彼だったが、ふとその視線が高杉のものと重なると、いつもの柴色(ふしいろ)の瞳に戻ると同時に意識を覚醒させた。

 

「んあ?たかすぎ………ハッ!高杉‼おいお前、起き上がって大丈夫なのか⁉」

 

「朝っぱらからでけェ声出すな、頭に響くだろうが…………見ての通りだ。もう痛みも不調も無ェがどうだ?お前の眼にゃ、まだ何か見えてるかい?」

 

「何かというか………そういえば先程から、視界がぼやけてお前の姿がよく見えんな。それに何だか鼻が詰まって息苦し────はて?なあ高杉、俺は何故泣いているのだ?」

 

「そりゃあコッチの台詞だ。いいからさっさと(ツラ)中に(まみ)れた涕泗(ていし)諸々拭いちまいな、見苦しいったらありゃしねェ。」

 

 ()()じゃない桂だ!と返しつつも、桂は布団の傍らに置いてあった桶の水に掛けてあった手拭いを浸す。高杉の看病用にと用意してあったその桶であったが、元は湯で満たされていた中身も朝方にはすっかり冷たくなってしまい、その水を吸った手拭いを頬に当てた桂の口から「ちべたっ」と小さな無意識の呟きが漏れた。

 

「というか、号泣してる本人が驚いてるってどうなんだい?泣くほど嫌な悪夢でも見たか?」

 

 くつくつと(わら)う高杉に、放した手拭いの下から覗いた桂の顔は不機嫌に染まっている。彼は使い終えたそれを乱暴に洗いながら、息を一つ吸い込んだ。

 

「いいや、悪夢などではないさ……………先生にな、頭を撫でてもらう夢を見たのだ。」

 

 その言葉に、枕元に畳んで置いてあった自身の着物へと手を伸ばした高杉の動きが不意に止まる。体は硬直したまま右目だけを動かし、瞠目する彼を余所に桂はそのまま続ける。

 

「いつの頃の思い出かは曖昧なのだが、とても懐かしかった………夢の中での俺も、お前や銀時も幼い頃の姿のままでな。確か道場で稽古(けいこ)をしていた時に、銀時の竹刀がお前の頭に誤って直撃して、それを俺が(とが)めていたら先生が────」

 

「先生が銀時の頭に拳骨喰らわして、その後お前と俺の頭を撫でた………だろ?」

 

「………え?」

 

 己が今まさに続けようとした内容が、一言一句違いなく高杉の口から紡がれたことに、桂は耳を疑う。二の句が継げないでいる桂の眼前で、高杉は巻いた包帯で左目を覆っていく。

 

「ヅラ、前に藤丸が銀時と喋ってた話、お前も聞いたなら覚えてるか……?『サーヴァントは夢を見ることは無い。例え何かを見ることがあったとしても、それは英霊の過去の記録か、(ある)いは記憶の再生か』………だがこれは、マスターと魔力のパスが繋がってる奴らに起こる現象だとも聞いている。」

 

「………だとするなら、マスターを持たない俺やお前は、一体誰の記憶を夢として覗き見ていたというのだ?」

 

「さぁな、こればっかりは俺も見当がつかねえ…………それともう一つ、お前に確認しておきたいことがある。」

 

 包帯の端を結び終えると、高杉は(おもむろ)に寝間着の左(えり)に手を掛ける。

 怪訝にこちらを見つめる桂の前で、高杉は着物を(はだ)け左肩を露わにする。そして腕に巻かれた包帯を(ほど)いてみせた時────桂の表情は驚駭(きょうがい)の色に染まった。

 

「なっ────⁉」

 

 

 

 ────ひと巻き、またひと巻きと緩められる細い布。

 

 

 やがてその下から現れた、赤黒い血の染みたガーゼが取り払われる。

 

 

 

 そこにあったのは、やや筋肉質な肌に傷どころか(あと)すらも残ってはいない、彼の白皙(はくせき)な細い腕。

 

 

 

「ヅラ、これを見た上でテメェに改めて問う…………お前が何かしたんじゃねえのか?」

 

「い………いや、いいや違う!俺ではない‼昨晩貴様にも言っただろう⁉俺は治癒や解呪の(たぐい)の術はまだ扱えない、だからこんな………こんな、傷も呪いも痕跡すら残さず癒すことなど、今の俺には到底不可能だ………。」

 

「成程、呪いも消えてんのか……だとしたらお前にしか見えてなかったあの黒い(もや)ってのも、もう見えてはいねえってこったな?」

 

 着慣れた紅桔梗の着物に袖を通しながら問うと、桂は無言のまま頷く。丸く開いた両の目で宙を睨む彼の眉間には、僅かに皺が寄っていた。

 

「……まあ、そう深く考えるなよヅラ。何でかは知らねェが、こうやって怪我も呪いも綺麗さっぱり治ったってンなら万々歳じゃねえか。もしかするとお前さんが夜通し呪詛の進行を遅らせた成果があったかもしれねえし、案外復讐者(アヴェンジャー)の持つ固有能力か何かが働いたってのも────」

 

 

 

  カリカリ、カリカリ、

 

 

 そこまで述べられた高杉の憶測は、不意に扉の方から聞こえてきた微音によって言い()す形となって終わる。

 木の板を爪で引っ掻くような音の後に、続いて聞こえる甲高い鳴き声。扉の向こうの正体にすぐに気付いた両者は顔を見合わせ、先に立ち上がった高杉が扉へと向かい、手を掛けた取っ手を横に引いた。

 

「フォウッ。」

 

 そこにいたのは彼らの予想通り、つぶらな瞳でこちらを見上げ、その場にちょこんと腰を下ろすフォウの姿。ふわふわの白い尻尾が揺れる(たび)に、高杉の背後から顔を覗かせた桂が目を輝かせている。

 

「おおおフォウ殿、今日も何と素晴らしきモフモフだ……もしや、俺に朝の挨拶という名の触れ合いタイムを提供しに来てくれたのか⁉」

 

「おい、人の背中に気色悪ぃ(モン)吹きかけンじゃねえ………どうしたお前さん、腹でも減ったか?」

 

 鼻息を荒げる桂を一睨みし、高杉はフォウと目線を合わるようにして身を(かが)める。するとフォウはそんな彼の着物の袖を小さな口で噛み、ぐいぐいと引っ張った。

 

「?……何だ、そっちに何か────」

 

 開いた扉から顔だけを出し、フォウの引っ張った方角へと首を動かす高杉───刹那、彼の右目に宿る深碧(しんぺき)が、驚愕に見開かれる。

 

 

 

 部屋の行燈が(わず)かに照らす、恒道館の朝明(あさけ)の廊下。

 

 

 その古びた廊下の壁に背中を(もた)れ掛け、床に座り込んでいたのは────

 

 

 

「…………松陽(せんせい)?」

 

 その呟きに反応し、桂もまた扉から顔を出す。それと同時に高杉は部屋を飛び出し、座睡(ざすい)している松陽の元へといち早く駆け寄っていた。

 

「高杉、先生は────」

 

「……ああ、ただ寝てるだけみてェだ。」

 

 すやすやと規則正しい寝息を立てているのを確認し、一先(ひとま)ず安堵の息を零す高杉。遅れて桂がフォウと共にやってきたその時、閉じていた松陽の(まぶた)が微かに震えた。

 

「ふぁ────はっくしゅん!」

 

 突として込み上げてきたむず(かゆ)さを抑えることが出来ず、くしゃみとなって暗い廊下に響き渡る。それを皮切りに松陽の意識は眠りから覚め、開いた彼の瞼下から覗く琥珀色が始めに映したのは、揃って目を丸くする二人と一匹の姿であった。

 

「あれ………晋助、さん?それに小太郎さんも………ええっと……。」

 

 寝惚け(まなこ)を擦り、松陽は(せわ)しなく辺りを見回す。恐らく……否、ほぼ確実だと思うが、彼は今自分の置かれている状況が把握できていないのだろう。あたふたとする師の姿に悪いと思いつつ窃笑(せっしょう)し、高杉は口を開いた。

 

「松陽、ここはあの眼鏡の家でやってる道場ン中だ。貴方(アンタ)が城の外で倒れた時、銀時達がここまで運んできたんだよ。」

 

「新八君の、お家ですか……?そういえば私、銀時さんや藤丸君達とあのお城に行って、それから…………あれ?」

 

 ………ああ、まただ。自身が意識を失う前にとっていた行動、そして言動。幾ら懸命にそれらを思い出そうとしても、またも阻害(そがい)するかのように(もや)が広がり、覆い尽くしていく。

 

「松陽殿、無理に思い出さなくともよいのだぞ……それにしても、居間の隣にある寝室にいた(はず)の貴方が、何故こんな所に?」

 

「えっと………すみません、それも分からないんです………あの、どうやら私、また皆さんにご迷惑をかけてしまったようで………本当にごめんなさい……。」

 

 居た(たま)れなさから目を伏せ、緘黙(かんもく)してしまう松陽。その姿に桂が周章(しゅうしょう)していたその時、彼らの隣の部屋の扉が開かれた。

 

「ふあ~ぁ………ったくオメーら、朝っぱらから廊下で何騒いでやがんだ。こっちはアストルフォの寝相攻撃のせいで、全然熟睡出来なかったんですけどコノヤロー。」

 

「いや~ゴメンね銀ちゃん、僕ってば寝相の悪さはシャルルマーニュ十二勇士の中でも1、2を争うって言われるくらいだからさ。」

 

 大口を開け、欠伸(あくび)をする銀時に続いて、愛嬌笑いを浮かべるアストルフォも、揃って寝間着のまま部屋から出てくる。すかさず銀時の足元から頭部へとクライミングを果たしたフォウは、寝癖で余計に愉快に跳ねた彼の天然パーマにじゃれついていた。

 

「おお銀時、アストルフォ殿。おはよう、良き朝だな。」

 

「何?どんな朝だって?熟睡出来なかったんだって今言ったばっかなんだけど、頭ヅラなのかな?」

 

「ヅラじゃない地毛だ!じゃなくてカツラ、ううん違った桂だ!」

 

 お決まりの台詞をややこしい感じで返す桂の陰から、銀時達の声に反応し松陽が(おもて)を上げる。するとその視線がこちらを見つめる(すみれ)色とぶつかり、また松陽の見つめる先を辿(たど)った高杉の視線が加わると、アストルフォの表情(かお)がパァッと華やいだ。

 

「松陽さんっ!スギっち~~~っ!」

 

 寝癖で跳ねた桃色の髪を(おど)らせ、アストルフォは高らかに名を呼んだ彼らの元へ突っ込んでいく。ポカンとした様子で見上げる松陽の傍らで、回避の(すべ)も受け止める準備も出来ていない高杉は当然狼狽(ろうばい)する間もなく、アストルフォからの猛烈なハグを正面から受け、松陽諸共(もろとも)床へと倒れていった。

 

「うわ~ん松陽さん!いきなり倒れたからすっごく心配したよ~っ!もう大丈夫?痛いとことかない?」

 

「え、ええ。大丈夫です………ご心配をおかけしました、アストルフォさん。」

 

「うんうん、元気そうならよかったよかった!スギっち、君のほうは?もう怪我は平気なの⁉」

 

「ああ、もう何とも無ぇさ………()いて言うンなら、たった今ぶつけた後頭部のほうが痛ェんだがな。」

 

 肩に腕を回された状態でアストルフォに頬擦りをされるという、カルデアにいるムニエルが見たら喀血(かっけつ)&卒倒しそうなシチュエーションにいる約二名。松陽は困ったように微苦笑を浮かべているものの、その表情には先程までの消沈した様子はもう見られない。(しか)めっ面で天井を(あお)ぐ高杉もそんな恩師の変化に気が付き、顔に出さなくとも人心地(ひとごこち)がついたようだった。

 

「おう松陽、おはよーさん。もう起きても平気なのか?」

 

「あっ、おはようございます銀時さん。今はもうこの通りです…………その、昨日は折角お外に連れ出してくださったのに、(かえ)って皆さんの足を引っ張る形になってしまって、本当にすみませんでした……。」

 

「ンな事いいんだよ、いちいち気にすんなって………それよりお前、何でこんなとこにいんの?寝相が悪ィにしても程ってモンがあんだろ?」

 

「ええっと、それが私にもよく分からなくて………。」

 

 (ようや)く床から身を起こし、松陽は眉の端を下げて答える。するとここで「フォウッ」と小さなお手々が銀時の頭の上で挙手をし、皆の注目を集めた。

 

「もしかして、フォウ君何か知ってるの?」

 

 アストルフォが尋ねると、エッヘンとふわふわの胸を張ってみせるフォウ君。注目を集める中、彼は小さく咳払いをした。

 

「フォウッ、フォフォウフォウッ、フォフォーウフォウ。フォーウ、フォーウフォフォウフォウッ。ンキュキュッ、フォーウフォ、フォフォウ?フォウフォウフォウフォーウッ!」

 

「……………あ~、えっと。」

 

 時折ジェスチャーも交えながら一通り鳴き終え、もとい説明し終えたフォウは、キリッとキメた顔で一同を向く。どっかに翻訳出来るコンニャクでも落ちてないかな、と銀時が辺りをキョロキョロと見回す一方で、やっと上体を起こした高杉は桂がフォウの説明を終始頷きながら聴いていたのを疑問に思う。

 

「おいヅラ、こいつの言葉が分かんのか?」

 

「ヅラじゃない桂だ。いいや残念ながら、翻訳出来るコンニャクでもない限り俺にも難解だ。しかし一つだけハッキリと言えることがある、それは………」

 

「それは………何ですか?小太郎さん。」

 

「それはだな─────フォウ殿が今日も愛らしくモフモフであるということだ!おぉ~よしよしよし!」

 

「フォウッ⁉マジヤメフォーゥ‼」

 

「だあァァァやめろ馬鹿ヅラ‼フォウも爪立てんじゃねえ痛ててて抜ける抜けちゃうゥゥッ‼」

 

 銀時に乗ったままのフォウを撫で回し、フォウも()がされまいと必死にしがみつき、それにより天パを引っ張られた銀時の絶叫が朝っぱらの廊下に(やかま)しく響く。

 腹を抱えて笑い()けるアストルフォの隣で、松陽もまた賑やかな彼らの様子にクスクスと笑っている。漸くいつもの(ほが)らかな笑顔を見られたことに、高杉が目を細めた─────そんな時だった。

 

 

『ホゲ~~~~~~~~~ッ♪』

 

 

 突如どこからか響いた、否(とどろ)いた最大音量(ボリュームMAX)の不協和音。

 

 空気を震わせ大地を震わせ、ついでに霊核(ハート)まで(危ない意味で)震わせてくるその音に、松陽の耳を咄嗟に覆った高杉を除いた一同はひっくり返る。

 

「何なに地震⁉それとも敵襲⁉大変~マスター大丈夫かな⁉」

 

「落ち着け、こりゃあ災害の(たぐい)じゃねえだろ………いや、ある意味近いような気もしなくはないが。」

 

 襲い来る頭痛に耐えるようにして、高杉の眉間に自然と皺が寄っていく。顔を(しか)めながらも松陽の耳を塞ぐ手に()もる力が弱まることはなく、そんな彼の行動に対し松陽は不思議そうに首を傾げるのだった。

 

「今の方角からだと………ちょうど中庭の辺りではないか?」

 

「フォ~………フォウフォウ。」

 

「ったく、しゃーねえなあ。近所から苦情来る前に止めとくか。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「「ふわ~あぁ……。」」

 

 所変わって、こちらは志村家恒道館の洗面所。

 鏡の前に揃って立つ藤丸と新八は、これまた揃って大きく口を開けて欠伸をした。

 

「結局僕ら、かなり遅くまで話しちゃってたね………ふあ~ぁ。」

 

「ゴメン、俺も話すと止まらなくなっちゃって………ふあ~ぁ。」

 

「でも、藤丸君の話すっごく面白かったよ。特にあのチェイテピラミット姫路城とか、ずっとツッコミ炸裂しっ放しだったし。」

 

「アレもまた嘘のようで本当にあったトンデモ特異点だったからねえ、今となっては懐かしいなぁ………ねえ新八君。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「睡眠時間を奪っておいて言うのもなんだけど………新八君の部屋でのお泊り会、すっごく楽しかったよ!もし君がよかったら、またやりたいな……なんて。」

 

「藤丸君………うん、またやろうよお泊り会!今度はこっそりお菓子とかも用意してさ、あっでも姉上には内緒だよ?夜中に間食なんてしたら、物凄い怒られるからさ。」

 

 昨夜のような悪戯っ子の笑みを浮かべる新八に、藤丸も同じように笑ってみせる。彼から手渡されたタオルを広げようとした時、「あれ?」と新八が声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「ここに置いてるタオル、昨日のうちに人数分出しておいたと思ったんだけど………やっぱり一枚足りないなぁ。ちょっと新しいの無いか見てくるから、藤丸君は先に顔洗ってて!」

 

 言うなり洗面所を飛び出していった新八、暗い廊下の奥に遠くなっていく背中を見送ってから戸を閉め、藤丸は蛇口を(ひね)り水を出す。

 掌に溜まって水を顔面に掛ければ、その冷たさで残っていた眠気は一気に吹き飛ぶ。繰り返し行って汚れを落とすと、藤丸は上げた顔にタオルを押し当てた。ふわふわと肌に心地いいそれは紛れもない新品で、新八の心遣いに感謝をしながら水分を拭き終えたその時、先程閉めた戸がガラリと開いた。

 

「あっ新八君、おかえ─────り?」

 

 

 

 振り返らずとも、鏡に映ったその人物を確認した藤丸は、思わず声を()む。

 

 

 そこにいたのは新八ではなく、ガタイのいい一人の男性。首にタオルを掛け、キッチリと着込んだ和服を着込んだその男は、高い身長に(たくわ)えた顎鬚(あごひげ)と、一見から捉えた印象はかなりの強面(こわもて)。動物で例えるなら、そう………間違いなくゴリラだな。と藤丸は狼狽(ろうばい)しつつも、内心でそんなことを考えていた。

 

 

 鏡越しにゴリ……失礼、男性と見つめ合うこと約十数秒。流石に知らない人とこんな長時間目が合うとかマジキッツいわなどと思い始めていた時、鏡の中の男性がニカッと笑み顔に変わった。

 

「おはよう!もしかして君、新八君のお友達かな?」

 

 つい先程まで怖い印象しか抱けなかったその男性だったが、人の良さそうな笑顔と明るい声に、藤丸は思わず拍子抜けしてしまう。

 

「あ、えーっと………ソウデス。」

 

「そうかそうか。あの子はあまり齢の近い子と一緒にいるのを見かけないからなあ………でも、君のような友達がいてくれたようで俺も()()()()も一安心だ!これからも新八君をよろしくな!」

 

「は、ハイ………。」

 

 終始明るい調子で話し続ける男性に圧倒される藤丸だったが、彼が口にした単語を脳内で反芻(はんすう)する。

 

「(この人、今()()()()って言ったよな……?それに新八君のことも詳しいみたいだし、もしかして身内のひとなのかな?)」

 

「それじゃあ新八君のお友達君、ゆっくりしていってくれたまえ!ワッハハハハ!」

 

 去り際に歯を光らせ、解顔(スマイル)をしていくゴリラ、あっ間違えた男性。ドスドスと足音を立てて暗がりに消えていく大きな背中を、藤丸は唖然としながら見送る。

 

 一体何が起きたのか理解が追いつかず、とりあえず冷静になろうと再び冷水で洗顔しまくる藤丸。バシャバシャと半ば躍起(やっき)になって水を浴びまくっていた時、背後から聞き慣れた方の声が聞こえてくる。

 

「いや~ゴメンごめん、タオル探すの時間かかっちゃって─────って、何してるの藤丸君⁉」

 

 新八の驚愕した声に顔を上げると、藤丸は自身が今顔どころか頭や折角着替えた礼装まで水浸しになっていることに漸く気がつく。

 

「うわぁっ⁉ご、ゴメン……。」

 

「ああもう、そんなに濡れてちゃ一枚じゃ足りないね。ほらコレ、僕まだ使ってないから拭いて。」

 

「ううう、ありがとう新八君………ところで、一つ聞きたいんだけど。」

 

「なに?タオルなら多めに持ってきたから、別に気にしなくても─────」

 

「新八君の家にさ、おじさんかお兄さんっている?」

 

「…………………え?」

 

 数秒の沈黙の後に次いで出たのは、あまりに()頓狂(とんきょう)な新八の声。呆然とする彼の前で、藤丸は受け取ったタオルで髪を拭きながら続ける。

 

「いやさっき、君がタオルを取りに行ってる間にさ、初めて見かける男の人がここに来たんだ。背が高くて体格が良くて、顎に髭があってちょっと強面だったけど気さくに話しかけてくれてさ。その人、新八君やお妙さんのこともよく知ってたみたいだから、てっきりこの家の人かなって…………新八君?」

 

 突然押し黙ってしまった新八を(いぶか)しみ、藤丸はタオルを首に掛けて彼を見る。するとそこにいたのは、つい今しがたまで笑ったり焦ったりを表していた表情筋を完全に停止させ、無表情となった新八であった。

 

「………藤丸君。」

 

「え、はっハイ何でしょうか?」

 

「そのゴリラ、どっちに向かって行ったか覚えてる。」

 

「えっと、確か新八君が来た方向と逆に───って新八君⁉」

 

 藤丸が示すや否や、体の向きを180度反転させた新八は、そちらの廊下をスタスタと早足で進んでいく。

 何故新八があの男性がゴリラに似ていることを知っているのか、というか突然態度を変貌にさせた新八に理解がついていかず、暗がりに遠くなっていく新八を藤丸は慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

《続く》

 

 

 



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【不定期閑話 銀さんと××】
銀さんと藤丸


 

 

「はい、という訳で何の前触れもなく唐突に始まりました。『不定期閑話 銀さんと××(チョメチョメ)』。この閑話では俺こと坂田銀時が、ここに遊びに来るゲスト(お一人様限定)と共にあ~んなコトやこ~んなコトをしていく不定期開催コーナーでっす。よろしくね。」

 

 

「ちょっとちょっと、銀さん。」

 

 

「あ?何だよ藤丸…………あ、コイツは記念すべき第一回目となる今回のゲスト。タイトルに既に名前出てるし、たった今俺も名前呼んだけど、一応紹介しておくか。はいお名前どうぞ~。」

 

 

「あ、どうも。FGOサイドの主人公、藤丸立香です………って、そうじゃなくて。何?このコーナー。」

 

 

「だから今も言ったろ?不定期開催閑話だって。」

 

 

「言ってたよ。そして聞いてたよ。でも俺が聞きたいのは、何で本編()ったらかした状態で、唐突にこんなコーナーが始まったのかなんだけど。」

 

 

「そりゃあお前、アレだよ。書いてる奴が適度に息抜きしときたいからだろ?」

 

 

「息抜きって………更新遅いわ誤字脱字はしょっちゅうだわで、いつでも息抜けてるようなもんなのに?」

 

 

「藤丸、既に原稿一ページ目が終わりそうなここまで来れば、お前も気付いてるだろうよ。毎度頭を悩みに悩ませて書いてる、そんな地の文もここには無い。今書いてる本編の中身を(ひね)れば捻る程、その分の長考によって書くペースがどんどん落ちていく………そんな時のほんの息抜きの為に、この『銀さんと××(チョメチョメ)』は始まった………らしいぞ。このカンペによれば。」

 

 

「まあ、言いたいことは何となく理解したけど。要するに秋刀魚のマンマとか、TETSUKOの部屋みたいなモンってことでいいんでしょ?」

 

 

(マル)使って伏せる気も無ぇな、コイツは………まあ、そんなトコだな。そんでゲストとして呼ばれてきた奴と二人で、暇潰し(あんなコト)雑談(こんなコト)をするってわけだ。」

 

 

「ねえ、そういやどうしてゲストは一人だけなの?皆呼んだほうが盛り上がって楽しいんじゃないかな?」

 

 

「そこなんだよなぁ、俺も同じこと考えてた。二人きりの時より話も弾むだろうし、何より字数も埋められて一石二鳥だと思うんだけどよ………ただ、あんましワチャワチャさせっと、書いてるほうも読んでるほうも分かりにくいだろ?特にお前と新八を並べると書いててどっちがどっちだか、たまに分かんなくなるんだよ。」

 

 

「いや、それって銀さんの愚痴じゃなくて書いてる奴の不満だよね?おーいアンタの力量が足りてないだけじゃーんしっかりしろよ。」

 

 

「いやあ、何かすいませんね皆さん。こういういい加減で適当な奴に、俺らは話ン中で好き勝手動かされてんです。そんな奴なんかの書いた作品をね、こうして読んでくれるだけでも僕ぁ幸せだよ。ありがとうございます……っていつも心中で呟きながら眠りについてるみたいよ。」

 

 

「それより銀さん………さっきからずっと気になってたんだけど、このコーナーのタイトル、何なのコレ?『××(チョメチョメ)』って、如何にも銀さんが誰かといかがわしいコトをシようとしてるようにしか捉えられないんだけど?」

 

 

「し~ま~せ~んっ。この作品はあくまでギャグとシリアスと戦闘と下のネタを兼ね備えたクロスオーバー小説で進めてくんです~ぅ。××(チョメチョメ)に入るのは卑猥な単語でなくてちゃんとゲストの名前です~ぅ。やーねこれだから思春期真っ盛りの男の子hブロッサムッ⁉」

 

 

「あ~ゴメンね、つい手が滑ってガンド打っちゃった。テヘッ。」

 

 

「怖い!怖いから真顔で『テヘッ』はやめてくんない⁉あとお前の打ったソレ、俺の頭頂(かす)ってったんだけど⁉」

 

 

「わあー銀さんの頭、ガムテープ貼ってそのまま引っぺがしたみたいになってる。この様子を読んでくれてる皆さんに映像としてお届けできないのが大変残念です。具体例としては、そうだな………史実の沖田さんを画像でググってみてね。」

 

 

「ええェェェッ⁉今の銀さん、頭そんな悲惨な事になってんの⁉どーすんだよこれじゃ恥ずかしくて人前出られないよ‼コーナー第一回にして何この展開⁉」

 

 

「あ、それなら心配いらないよ銀さん。もうすぐこのコーナー終わるみたいだから。」

 

 

「へ?」

 

 

「ほら、あと30秒ってあのカンペに書いてある。」

 

 

「ああっ本当だ‼何で、どうして⁉まだ始まったばっかりじゃないの⁉」

 

 

「えーと、何なに………内容の説明が終わったなら、あと今回は適当にぐだぐだやって終わっていい、だってさ。」

 

 

「おいィィィィッ‼何だよソレ、そんなのってアリ⁉」

 

 

「え~皆さん、短い時間でしたがお付き合いいただきありがとうございました。今後も本編共々、『Fate/Grand Order 白銀の刃』をよろしくお願いします。それでは今回のゲスト、多分今回を境にしょっちゅう来ることになるであろう、藤丸立香でした~。」

 

 

「ちょっと藤丸君っ勝手に閉めないでくれないかなぁ⁉これ俺のコーナーなのにィィィッ‼」

 

 

 

 

 

 

 



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銀さんと藤丸 其の二

 

 

「はーい、良い子の皆こんにちはー。不定期閑話『銀さんと××(チョメチョメ)』、はっじまっるよー。」

 

 

「わ~パチパチパチ~。」

 

 

「……ちょっと藤丸君。画面からこっちが見えないからって、シガレット咥えながらウ〇コ座りしてんじゃねえよ。失礼だろ?」

 

 

「だって、このコーナーつい先日始まったばっかじゃん?不定期っつったじゃん?少しは()を開けるとか考えようよ?こんな作品に訪れてくれてる、そんな優しい皆が本当に読みたいのは多分本編なの。こんなぐだぐだした暇潰しじゃないの。アンダースタン?」

 

 

「無理して英語使うこたぁねえだろ。これ書いてる奴、英検4級だって取れなかったようなマダオだぞ?そんなことより、今回のこの暇潰しぐだぐだ回が終わったらまた本編書き始めるらしいから、とっとと今日の題目片付けちまおうぜ。」

 

 

「ん、それもそうだね。えーと本日の暇潰しは………ズバリ、これだよ。(ドサッ」

 

 

「あ?それって確か、サーヴァントが食うと強くなれるヤツ……。」

 

 

「そう、皆大好き金の種火さん。正式名は『叡智(えいち)の猛火』と言います。」

 

 

「ほーん………で、それがどうしたよ?」

 

 

「うん、今日は銀さんにコレを食べてもらおうと思って。」

 

 

「え、やだ。不味そうだもんソレ。」

 

 

「はい口開けて、あーん。」

 

 

「待て待て待った!食いたくねえっつったじゃん!俺の意思はガン無視⁉」

 

 

「え~、でも食わないと強くなれないよ?強くなって、松陽先生のこと守るんでしょ?」

 

 

「ああその通り、その通りだけどよ………食うってまさか、本気でコレを口から摂取すんの?」

 

 

「モチのロンよ、ささっどうぞガブリと。」

 

 

「いやいやいや、無理でしょコレは。だってどう見ても食い物のビジュアルしてないもん、まさかこの金ピカはコーティングで中身はチョコだとか………ねえな、剥がれないわ。」

 

 

「ほら~遠慮せずにどんどん食べて、日々の周回とイベントで溜めに溜めた(セイバー)の種火、倉庫とプレゼントボックスにごっそりしまってあるから。」

 

 

「おおぉっ⁉何でそんな山積みなんだよ、ってうわ眩しい!」

 

 

「そんな警戒しなくても平気だって。神楽ちゃんなんか美味しそうに平らげてたんだから。」

 

 

夜兎(アイツ)を基準にして考えんのやめてくんないっ⁉サーヴァントになる以前から化け物級の胃袋持ってんだから!それよりもっとこう、普通の奴………そうだ新八、新八はどうだったんだ?」

 

 

「うん、新八君も普通に食べてくれてたよ。まあ流石にきつくなってきたのか、後半は虚ろな目で宙を見つめたまま、ひたすら咀嚼(そしゃく)してたけど………。」

 

 

「お。おう………とりあえず、新八が食ってたってことは味に問題は無いんだな。よっし。」

 

 

「お?銀さんイケそう?箸とか使う?」

 

 

「いんや、とりあえずこのまま………どれどれ。」

 

 

 

 ガリッ、

 

 

 ボリ、ボリ………

 

 

 

「……どう?美味しい?」

 

 

「ん~………食感は近いものだと、欠き餅に等しいな。だけど美味い不味い以前の問題だ、味が無ぇ。」

 

 

「何と、まさかの無味だと……⁉」

 

 

「ああ。食えねえことは無いし飽きることもないだろうが、こんな味のないものを延々と食わされりゃ、お前のさっき見た新八みたいになるわ。つーか、神楽はよく完食したな。」

 

 

「そういや、神楽ちゃんは種火をどんぶりに山盛りにして、そこに卵乗っけて醤油かけてたっけなあ。」

 

 

TKG(卵かけご飯)ならぬTKT(卵かけ種火)だな………にしても、このまま喰い続けんのも俺として辛いわ。おい藤丸、何か上にかけるモン持ってこい。」

 

 

「OK!タバスコとハバネロどっちがいい?」

 

 

「嫌がらせかっ⁉(ちげ)~よ銀さんといったら甘いヤツでしょ⁉メープルシロップとチョコソースと、あと氷蜜と山盛りの餡子もあると嬉しいな!」

 

 

「ったく、糖尿進行しても知らないよ~。」

 

 

 

 

 

 

 

「ああ~食った食った、もう入らねぇ………。」

 

 

「銀さん、種火摂取終わった?そいじゃ次はコッチもお願いね。」

 

 

「フォウ。」

 

「フォウフォーウ。」

 

 

「……え、何?何で両手にフォウを二匹も抱えてんの?そいつ実は分身の術とか出来たのか?」

 

 

「違う違う、よく見て。こっちのやたらと尻尾にボリューム感があるのが、星のフォウくん。そんでもってこっちの角の生えた方が、太陽のフォウくんだよ。」

 

 

「フォウフォウッ。」

 

「フォーウッ。」

 

 

「ふーん……で、次はそいつらをどうすりゃいいわけ?」

 

 

「うん、食べて。」

 

 

「また⁉いや、つーか食えんの⁉食ってどうなんの⁉」

 

 

FGO(こっち)はね、種火でステータスを上げる他にこの二種類のフォウ君を取り込ませることによって、HPとATK値を更に引き上げることが出来るんだよ。さあ食べて食べて、神楽ちゃんと新八君も多少(えず)きながらだけと、ちゃんと摂取してくれたんだから。」

 

 

「んな思いしてまでも強化されたかねーよっ‼つか今腹いっぱいなんだ、少し休んでからにして────」

 

 

「フォウッ!」

 

「フォウ~ゥ!」

 

 

「もがっ⁉もごごごごっ‼」

 

 

「あっコラ駄目だよフォウ君達!無理矢理口に頭を捻じ込もうとしちゃ………あれ?銀さん大丈夫?息してる?変だな顔色が真っ青に……うわあぁぁしっかりして銀さんっ!銀さぁぁぁぁんっ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 



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銀さんと藤丸 其の三&お知らせ

 

 

「どーもー、皆の坂田銀時でっす。今日も不定期開催『銀さんと××(チョメチョメ)』、第三回はっじまっるよ~。今日のゲストはこちら………え?タイトルにもう名前出てっからいちいち紹介なんて要らない?まぁね~……でもねツミ、物事にゃあ何でもかんでも順序ってモンを踏まえなきゃいかんのよ。水泳前の準備体操(しか)り、料理の下(ごしら)え然り、作品を閲覧する際の注意書きの確認然り、心底面倒臭ェと思いつつもきちんと済ませとかねえと、後々惨事になりかねんコトは色々とあるんだぞ?もしも現時点でタイトルをしっかりと確認せずにここに来た、なーんて奴がいるとするなら、そいつは銀さんが誰と話してるんだか終始分からないままでいることになる。つまりそーいうワケ。分かった?分かってくれたんなら良し。それじゃあ改めてゲストの紹介と今日の内容を……………おいおい藤丸君。俺がこんだけ文字と行数を長ったらしく無駄に消費してまで時間を作ってやってんのに、いつまで床に寝転んでやがんだ。もうとっくにコーナー始まってんだから、とっとと起きやがれ。」

 

 

「だぁって~………イベント続きで疲労が溜まってんだもん。周回ツカレタヨ~。」

 

 

「しっかりしろって。疲れたっつってもイベントは楽しめたんだろ?長らく更新止めてまで走ってたんだもんなぁ。」

 

 

「うん、ぐだぐだ帝都大変良かったです。楽しかった。もう聖杯の備蓄すっからかんだけど心はとても晴れやかだよ!」

 

 

「へーへー、そりゃあよかったな。よかったついでにいい加減起きやがれ。今回はお願いという名のお知らせがあるんだろ?」

 

 

「おっと、そうだった。只のリハビリ短文で終わらせるわけにはいかないよね…………よっと。」

 

 

「ったく、漸く本題に入れるぜ…………え~今しがた述べた通り、今回はこのコーナーを通じてこの作品を読んでくれてる皆々様方に、救済という名のお願いがございます。それは………はい藤丸、お前から言え。」

 

 

「ええ~銀さんメインのコーナーなんでしょ?大事なことなんだから、ちゃんと銀さんから言ってよ。」

 

 

「仕方ねーだろ。あそこのカンペに書いてあるのだって、お前の名前入ってんだから。ほらさっさと言った言った。」

 

 

「ぶ~………ええ実はですね、本日より読んでくださっている皆様より、この作品………『Fate/Grand Order 白銀ノ刃』への素朴な疑問や質問などを募集していきたいと思っています。まあ平たく言うと、この不定期開催コーナーの中で新たにQ&Aの項目を設けたいので、何か質問プリ~ズ!ってことらしいよ。」

 

 

「募集はこのサイトさんの規約に従って活動報告かメッセージから随時受け付ける、とのこと。違反の対象になるから、感想欄への質問は絶対NGだぜ?銀さんとのお約束だぞ?」

 

 

「えーと、質問等は一定数集まり次第にこの『銀さんと××(チョメチョメ)』の中で銀さんとゲストのキャラクターと共にお答えしていきたいと思います。質問者様のお名前は、基本匿名とさせていただきますだって。成程~。」

 

 

「あと内容だけどな、あまりに過激な内容や催促、ネタバレに関わるモンなんかは除外の対象になるから注意しとけよ。」

 

 

「過度な内容って?今のパンツ何色~とか?」

 

 

「そういったセクハラ紛いのモンや誹謗中傷、それと過度な要望なんかもアウトだ。因みに今の銀さんのパンツはお約束のイチゴ柄だぞ。」

 

 

「や、別にその情報はいいよ。」

 

 

「とにかく、よい子はきちんとルールを守る!つーかコレ、いい子悪い子以前に人としての基本だかんな。」

 

 

「………ねえ銀さん、こういう応募ってもっと著名な人がやるからこそ集まるモンだよね?こんな趣味全開の弱小物書き野郎の作品なんかに、救いの手を差し伸べてくれる寛大な人なんているのかな?」

 

 

「言うな藤丸。確かに突発的にこんなコト始めて、「え?更新も遅いくせに何言ってんのコイツ?」なんて思ってる奴もいるかもしんねえ………だがこのQ&Aはなぁ、普段こんな作品でも手に取って目を通してくれてる、そんな優しい人達からの素朴な質問に少しでも答えてもっと作品のことを知ってもらいたいっつーのが、書いてる奴の心からの本音なんだ。集まろうが過疎ろうが関係ねぇ、ただ少しでも読み手側と交流を持てたらな~………なんてことを考えながら、この企画を発案したらしいぜ。」

 

 

「まあ、つまりはぐだぐだネタだけだと続かないから質問で埋めようという魂胆なんだよね〜。」

 

 

「おうおう、いつになく辛辣だな……。」

 

 

「事情はあれど、俺としても早く本編進めてほしいからね。もたもたしてると新規水着イベント始まってまた更新遅くなるだろうし。」

 

 

「まあ、それは最もだな………それじゃ、今回の『銀さんと××』も、そろそろお別れの時間が迫ったきたな。それじゃ、また次も会おうぜ。」

 

 

「登場してるサーヴァントの衣装は再臨何段階目とか、選んだきっかけは何か?などなど、ちょっとした質問などもどしどし募集してます!お気軽にどうぞ〜!」

 

 

 

 

 

【お知らせ】

 こちらで紹介しました質問箱ですが、現在は一時撤去のため受付を終了いたしました。

 

 

 「「マジでかっ!?」」

 

 

 



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銀さんとアストルフォ 質問回答編

 

「どーもー。ゲームの周回と執筆の同時作業が全く両立出来ない、そんな駄目駄目な奴が書いてる小説作品の主人公の一人、皆の銀さんでーす。暑さに負けずに今日も不定期開催『銀さんと××(チョメチョメ)』、はっじめっるよ~。ハイてなわけで、まずは今日のゲストの紹介から。」

 

 

「やっほ~どうもどうも!暑くても理性がぶっ飛んでるからって全裸にはなりません!ライダーのアストルフォだよっ!」

 

 

「あれ?なあ、藤丸はどうしたんだよ?」

 

 

「マスターは今、虹色の金平糖を貰うために1.5章の4つ目と2部の始めを死に物狂いで走ってるよ。今までまともに出来なかったツケが一気に来たって嘆いてた~。」

 

 

「ったく、だからこまめに進めとけって………にしても今日はお前か、一応言っとくけどはしゃいだりしてあんまし騒がねえよう気をつけ────」

 

 

「うわ~いっ!今日は僕が銀ちゃん独り占めだ!嬉しいなっ嬉しいな!(ギュムッ)」

 

 

「んもがっ‼ちょちょっツミぃ、俺の話聞いてた⁉あと無い胸押し付けられてもちぃとも嬉しくなっ苦しギブギブギブ!」

 

 

「んっふふ~。それにしても、本当に銀ちゃんだけしかいないんだねこのコーナー。折角だからさ、他の皆も呼ぼうよ?」

 

 

「ダ~メ。この銀さん専用の不定期開催コーナーは、特別な事情が無ェ限りは基本ワンツーマンなの。只でさえ書き分けド下手くそだってのに、あんましごちゃごちゃしてっと呼んでる方も混乱しちまうだろ?」

 

 

「ちぇ~………それで銀ちゃん、今日は何するの?」

 

 

「ん?ああ。今日の『銀さんと××(チョメチョメ)』は、前回ここで募集をかけてた質問に対しての回答をしてこうと思ってんだ。」

 

 

「貴重な時間を割いてまで募集コーナーに目を通してくれた人、そして質問をくれた人、本当にどうもありがとうね~!」

 

 

「それじゃ早速始めてくか。何個かあるから、順をおって回答してくぞ。」

 

 

「りょーかい!バッチコイだよっ!」

 

 

「まず一つ目の質問から、『作中のサーヴァントの衣装は再臨何段階目ですか?』………っと、こりゃあお前らに対してのもんだな。」

 

 

「おっ?いきなり僕らに関する質問から始まるなんて、幸先いいね~。えっと、特にこれといって強い固定は無いんだけれども、書いてる側はこんなイメージを持ってるよ~って回答をば。再臨衣装だけど、僕とエリちゃんはよく見かける第二段階だね。段蔵ちゃんは散々迷いに迷った結果、剣豪のシナリオ中でもあった第一段階にしてるみたい。」

 

 

「え、お前ら他にも衣装変えられんの?」

 

 

「FGOのサーヴァントはね、再臨していく度に衣装もおニューになってくんだよ。そうだ、銀ちゃんも再臨したら更にカッコよくなってくんじゃない?」

 

 

「や~まいったなぁ。このままでも充分カッチョイイ銀さんが、更に男前増し増しになっちゃうの?」

 

 

(ちな)みに僕らの他の衣装は、お手元の資料を見ると分かるよ。」

 

 

「あれ?いつの間にこんなモンが………へぇ、本当に三段階あるんだな。エリザのヤツなんて何だコレ?最初のはやたらと際どいし、三つ目なんてこれで戦うのかよ?」

 

 

「エリちゃん、一か二で迷ってたみたいだけど、やっぱりシナリオでもよく見るし安定の可愛さの第二で決めたみたい。あと前に本人から聞いたんだけど、銀ちゃんのいうそのフリフリピンク衣装は今後どこかでお目にかかれるんだって。楽しみだね!」

 

 

「いや、俺は別に………お?段蔵なんて髪下ろしてるじゃねえか、俺こっちのが好みだわ。」

 

 

「書いてる人もそれが一番好きなんだって。けど段蔵ちゃんは今後のお話で髪型をそうする時があるらしいから、新鮮味あったほうがいいかなって。」

 

 

「今後っていつよ?」

 

 

「それは待ってのお楽しみ。んじゃ、次の質問いくよ~。」

 

 

「はいはい、っと。次は……『カルデア側のサーヴァントにこの三騎が抜擢(ばってき)された理由は何ですか』。またお前らに関する質問だな、アストルフォ。」

 

 

「はいはいはい、来ると思ってたよこの質問!こんな時のために回答を準備しておいてよかった!」

 

 

「おっ?お前そんなのも用意してたのか。」

 

 

「ううん。これマスターから託されたヤツだから、僕は読むだけ。」

 

 

「何だよ……ちょっと関心しちゃったじゃねえか。」

 

 

「えっと、まずは僕からだね!何なに………『アストルフォは一番最初に登場を決めていました。あの子は持ち前の明るさで皆を照らしてくれる、太陽兼ムードメーカーの役割がぴったりだからです。あと可愛いから。』だって!えへへ~何だか照れちゃうなぁ。」

 

 

「まあ、暗くなりがちな空気をイイ感じに誤魔化すにゃ適役だもんな。」

 

 

「あ、まだ続きがある……『それと、性別詐称被害者は今後も続々現れることになります。お楽しみに。』だってさ。」

 

 

「俺も最初はすっかり信じ込んでたがな、割と早い段階で気付けてよかったぜ。さてさて、次の被害者は誰になるのやら。」

 

 

「次はエリちゃんだね、『言わずと知れたスイーツ系アイドルサーヴァント。持ち前の明るさと気丈さ、時にギャグ担当、そして最も注目すべきはその素晴らしい歌声(笑)。それらを見込んでの採用となりました。あと可愛いから。』」

 

 

「歌ねえ………そういやアイツの歌、まだ聞いたこと無ェなあ。その『(笑)(かっこわらい)』が気になるところだが、アイドル自称してるってことは相当自信あんだろ?いつか聴いてみてェもんだ。」

 

 

「あー、その…………あまりおススメしないけどね、僕は。」

 

 

「あ?何でだよ?」

 

 

「今はまだ言えないけど、もし銀ちゃんがあの()の歌を聴きたいんなら、必ず周囲に人がいないことを確認してね?約束だよ?」

 

 

「お、おう………。」

 

 

「よし。じゃあ最後は段蔵ちゃんだ………『彼女は決めるのに一番頭を悩ませました。理由としては丁寧な言葉遣いと物腰の柔らかさ、それと一番大きなポイントは絡繰(からくり)であるということです。銀魂においての絡繰の扱いといえば………皆さん大体分かりますよね?』何コレ、最後どういうこと?」

 

 

「指から醤油出るフラグがビンビンじゃねえか‼絶対ぇ源外のジジイと絡ませる気満々だよアチコチ改造されるの目に見えてるよっ‼」

 

 

「あ、あと最後に一つ、『あと可愛いから。』だってさ。」

 

 

「結局全員可愛さで決めてんじゃねえか‼ほんっとこの作品書いてる奴の趣味丸出しだよなオイ!」

 

 

「まあ詳細としては、銀魂サイドで男性キャラが多くなりがちだから、カルデア(こっち)は華やかにしようって考えての決定らしいからね~。あと偶然にも三人とも口調が被らないから書き易いみたいよ。」

 

 

「ったく、要は書いてる奴の怠慢じゃねえか………あれ?質問はこれで終わりか?」

 

 

「待って、あと二つあるから。次はと………『今現在登場している銀魂サイドのサーヴァント達には、他にクラスはありますか?』成程ね~。」

 

 

「おお、やっと俺らへの質問がきたか。って、サーヴァントのクラスって一個だけじゃねえのか?」

 

 

「そうでもないよ。例えば僕はライダーだけど、生前の逸話からセイバーとしての適性も持ってるんだ。銀ちゃん達はどうかな?」

 

 

「あ~、詳しいことはよく分かんねえけど………俺は江戸でよく原付乗り回してたし、神楽は今もだけど定春にしょっちゅう乗ってたぞ。とすると、俺にも神楽にもお前と同じライダーの適性はあるんじゃねえの?」

 

 

「あるかは分からないけど、クラススキルがあるなら『騎乗』は備わってることは確実だね。ヅラ君やスギっちはどうかな?」

 

 

「キャスターにアヴェンジャーねえ………ああでも、戦争ン時は(こぞ)って刀使ってたし、セイバーでもあるかもな。まあ俺らは宝具も判明してねえし、この辺りの設定は後々に明らかになってくるんじゃねえか?」

 

 

「そだね~、きっとその頃にはパチ君のクラスも分かると………いいなぁ。」

 

 

「ハイハイ、次で最後だろ?さっさと行くぞ。」

 

 

「あっうん、それじゃラストの質問!『もしも銀魂サーヴァントが序章から召喚されていて、一緒に人理修復を行っていたら物語はどうなっていたでしょうか』………うわぁ~何コレ⁉わくわくしちゃうねっ!」

 

 

「そういうタイプの作品だったら他でも見ることはあるけどな、まあコレ書いてる奴も最初はこんな風にするか考えたことはあるらしいが。」

 

 

「質問と一緒に添えられてた『Fate/GintamaOrder』っていうのもイイよね~。毎日がぐだぐだなんて楽しそう!」

 

 

「人理の修復ねえ………まあ話だけ聞いてりゃ悪い気もしねえな。ただ神楽のいることにゃ、カルデアの備蓄食糧はあっという間に底をつくぞ。」

 

 

「定春君はおっきなワンコ(?)仲間として新宿のワンワンと気が合いそうだし、スギっちもアヴェンジャー仲間だと巌窟王さんと上手くやっていけるんじゃないかな?ヅラ君は変わってるとこあるけど、エリザベスと一緒にジャックやナーサリーと遊んでるかも………ああ~考えただけでもウキウキが止まらないやっ!ねえ銀ちゃん~今からでも皆でカルデアにおいでよ⁉」

 

 

「待て待て待てっ!そういうコラボ的な事は銀のアタッシュケースに札束詰めて直接運営にだな…………とにかく、まずは江戸(こっち)の異変を解決すんのが先だろうよ。」

 

 

「あ、そっか~………そうだよね、残念。」

 

 

「まあ何だ、これ書いてる奴も今キーボード叩きながら、『この連載が無事終えたら、そんなIfストーリー書いてみるのもアリじゃね?』なんて思ってたりするらしいから、希望は持っててもいいんじゃねえか?」

 

 

「本当⁉うわ~い楽しみだなぁっ!そうと決まれば、いつも以上に更新頑張ってもらわないとね!」

 

 

「ま、イベントが始まったりすると多少の遅れも発生しちまうがな………よし、今回の質問はこれで以上みてえだな。これからもどしどし受け付けっから、気軽に投稿してくれよな。」

 

 

「質問をくれてどうもありがとう!これからも『白銀の刃』とこのミニコーナー、そして僕達の活躍をどうぞよろしくね!バイバ~イっ!」

 

 

 

 

 

【※大事なお知らせ……こちらで紹介しました質問箱は現在撤去し、受付を終了させていただいております。質問などをしてくださった方々、本当にありがとうございました】

 

 

 

 



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銀さんと藤丸+α 小噺詰合わせ

 

 

 三本立てショートショート、それとおまけ。

 

 

 

 

 

【銀さんと藤丸  『よそ見しながらゲームやってると、たまにコマンドカードの選択ミスってることある』】

 

 

 

「な~ぁ藤丸、戦闘の時に出てくる三種類のカードあんじゃん?俺らの顔がついた、あの赤と緑と青いやつ。」

 

 

「ああ、コマンドカードね。それがどうしたの?」

 

 

「これってさ、5枚しか装備出来ねえじゃんか?しかもどれが何枚ずつとか、宝具のカードだって種類も最初から決まってるし。枚数は違えど全部均等に入れてる意味ってあんのかな~って思ってよ。そうだ、こうしたら一番強ェ組み合わせになるんじゃねえの?(サッサッ)」

 

 

「………銀さん、言いたいことはよく分かるよ。でもさ、何も通常から宝具まで全部バスターにするこたないでしょ。見てよコレ真っ赤っ赤じゃん。」

 

 

「どうせ敵を倒すってんなら、やっぱ大事なのは火力(パワー)だろ?どんなに強ェ奴でもな、ひたすら殴ってりゃあ大概は死ぬんだよ。」

 

 

「おーぅ、何つー大雑把(ざっぱ)でいい加減なゴリラ的理論………あのね銀さん、コマンドカードは色だけじゃなくて、それぞれの意味もちゃんと違ってるんだから。赤のBuster(バスター)は火力のメインになるし、緑のQuick(クイック)はクリティカルの発生率に欠かせないスターを多く生み出してくれる。それに青のArts(アーツ)だって、宝具を打つために必要なNPを貯めやすいって具合に、それぞれ大事な役割があるんだよ。」

 

 

「ん~………FGOって結構複雑なんだな。ただ敵を倒すだけでいいと思ってたが、あぁ~頭痛くなってきた。」

 

 

「別に、頭痛起こすほど難しいゲームでもないと思うけどなぁ………あ、じゃあこれならどう?それぞれのカードを食事のバランスに見立てて覚えるってのは。Buster(バスター)がお肉だとすると、Quick(クイック)は色そのままに野菜、そんでArts(アーツ)はお魚とか。」

 

 

「待て藤丸、肝心なモンが抜けてるぞ。」

 

 

「へ?」

 

 

糖分(デザート)だよ 糖分(デザート)。歴代続くジャンプ主人公(ヒーロー)達の中で、初にして唯一の糖尿予備軍であるこの銀さんだぞ?アレが無きゃ始まらねェだろ。そうだ、いっそ全部スイーツに変換すりゃあ俺もカードの意味合いが理解出来るかもしれねえな!えーと赤は苺のパフェだとして、緑はメロンパフェ。青いヤツはチョコミントで………」

 

 

「………銀さん相手に、まともな食事バランスの理解を求めた俺が愚かだったよ。」

 

 

 

 

 

 

【銀さんと藤丸+マシュ  『歳喰うと胃なんか勝手に弱ってくるもんなんだから、今のうちにカロリーなんて気にしないで食べなさい』】

 

 

 

 

  チーンッ、(焼き上がりを知らせるオーブンのSE)

 

 

 

「ぃよっし、焼けた焼けた。出来上がりは上々だな、あとは冷めねェうちにアイツらを呼んで────」

 

 

「どーもー、たった今そこを通ったら食堂からのいい匂いに誘われた藤丸でっす。」

 

 

「お、同じく先輩と廊下を歩いていらしたら、とても香ばしい(かお)りについつい足が向いてしまいました、マシュ・キリエライトです!」

 

 

「お~、ちょうど呼ばなくても来たな。たった今焼き上がったんだ、食っていけよ。」

 

 

「何なに………わぁっ!でっかいアップルパイだ!」

 

 

「とても美味しそうです……!もしかして、銀時さんがお作りになられたのですか?」

 

 

「まぁな、糖分王を(こころざ)す者として、自分(テメー)の食うスイーツを作ることなんざお茶の子さいさいだぜ。」

 

 

「それは凄いです………あのぅ銀時さん、(よろ)しければ今度私にも教えていただけませんでしょうか?」

 

 

「おう、構わねえけど………(コソッ)何だぁ?藤丸のためにでも作ってやんのか?」

 

 

「え、えぇっ⁉それは、その……。」

 

 

「ちょっとー、俺のこと放置プレイして、二人で何をコソコソやってんのさー。」

 

 

「あぁ悪ぃ悪ぃ。んじゃ、早速食うとするか。」

 

 

「先輩、銀時さん。ナイフとお皿をこちらに用意しました。」

 

 

「ありがと~マシュ、それでは僭越(せんえつ)ながら俺が切り分けさせて頂きまっす。」

 

 

「ちゃんと均等に分けろよ、後から来る新八達の分も入ってんだからな。」

 

 

「わーってまぁす。マシュ、このくらいでいい?」

 

 

「はい………あっ、やっぱりもう少し大きめにカットしていただいてもよろしいですか?図々しくてすみません……。」

 

 

「いーのいーの、マシュはいっぱい食べんさい。ところで銀さんはさっきから、冷蔵庫の前で何をガサゴソしてるんだろう?」

 

 

「お、あったあった………おーい切ったか?なら一緒にこれも乗せてやるぞ。」

 

 

「ぎ、銀さん……それは………っ!」

 

 

「お徳用のバニラアイス、ですか?それをどうされるんです?」

 

 

「ふっふっふ、見てろよマシュ。これをこうして………まぁるく繰り抜いたアイスを、たった今皿に乗せたアップルパイに─────ドーンッ!」

 

 

「あっ!まだ温かいパイの上に、冷たいバニラアイスが乗って………!」

 

 

「そしてパイの温もりによって徐々に溶けていくアイスが、香ばしい生地と林檎に絡んでいくんだよ………ああっ何てカロリーの暴力!昨日のトレーニングで消費したエネルギーが、今再び蓄積されようとしているっ‼」

 

 

「藤丸、そんなモン気にしないでモノが食える時期なんざあっという間なんだぜ?内臓(なかみ)が若ェうちは多少の暴飲暴食しても平気なんだからよ。それとも何か?そんなにカロリーが気になンなら、お前だけアイスは乗せねえけど────」

 

 

「わあァァァ駄目駄目そんなのっ‼お願い銀さんっ、俺にも、俺にもバニラアイスのお恵みをををををっ‼」

 

 

「はいはい分かった分かったって。何も目ぇ血走らせてまで頼まなくても………ほらよっ、特別に二個くれてやる。味わって食えよ?」

 

 

「はは~ありがたき幸せっ‼」

 

 

「あ、あの……私も頂いてもよろしいですか?」

 

 

「おお勿論、マシュにも二個やるよ。ほれっ。」

 

 

「わぁ……!ありがとうございます、銀時さんっ!」

 

 

「んじゃ、俺のにも追加して、と………おーし食うか!」

 

 

「やったー!いっただっきまーす!」

 

 

「では、私もいただきます。はむっ。」

 

 

「もがもが………うん、流石俺。今回も上出来ってとこだな。どうだ~お前ら?」

 

 

「むぐむぐ………ん、んんっ⁉こ、これは……‼」

 

 

「……美味しい。とても美味しいです!サクッとしたパイの食感も、程よい甘さの林檎も、そして調和のとれたバニラアイスの味と冷たさが相俟(あいま)って、あの、ええと………すみません、上手く言葉が出てこなくて………。」

 

 

「マシュ、こういう時は難しいことは考えず、シンプルな感想が一番なんだよ。ねえ銀さん?」

 

 

「藤丸、口の周りパイ(かす)だらけだぞ…………まあでも同意見だな。別に凝ったコメントなんかしなくても、素直に美味いって言葉だけで俺ぁ充分だよ。ほらほら、アイスが溶けきっちまう前に食っちまいな。」

 

 

「はいっ、銀時さん!」

 

 

「もごもご………それにしても、このアップルパイ本当美味しいよ。何て言うか、食べる度に力が湧いてくるような………よう、な………?」

 

 

「先輩、どうされました?左下の辺りを凝視なさって。」

 

 

「………ところで銀さん、一つ聞きたいんだけど。」

 

 

「んあ?どうした?」

 

 

「このパイに使った林檎って………もしかして、金色か銀色でなかった?」

 

 

「おう、よく分かったな。手頃な材料探して倉庫漁ってたら、美味そうな金色の林檎が山積みになってたからな、何個か拝借させてもらったぜ。」

 

 

「あーやっぱり、道理で一口食べる度にAPゲージがものっそい勢いで回復していってると思ったよ。」

 

 

「あ、本当ですね。これはもう何段目になるのでしょうか。」

 

 

「まっ、いいじゃねーか。食ったらまたクエスト周回頑張れよ、俺らのマスターさん。」

 

 

「先輩、私もお手伝いさせていただきますので、頑張りましょう!」

 

 

「うんっ!頑張る!(モッシャモッシャ)」

 

 

 

 

 

 

【銀さんと藤丸  『絆レベル上昇値が一桁で止まる奴は、手でも握ってほしいんだろうか』】

 

 

 

 とあるクエストが終了した画面にて。

 

 

 

  ピロロン♪

 

 

 

「おっ、絆レベルが上がったか(ガサゴソ)………ほらよ藤丸、ボーナスの聖晶石(こんぺいとう)だ。」

 

 

「わ~、ありがとう………。」

 

 

「?………どうしたよ?いつもならもっと馬鹿みてぇに喜ぶってのに。」

 

 

「………ねえ銀さん。」

 

 

「ああ?何だよ暗い声で。」

 

 

「銀さんはさ………俺の事、好き?」

 

 

「何だよ今更…………なんて?」

 

 

「信用してる?信頼してる?俺がマスターでよかったって思ってる?ねえねえねえ?」

 

 

「ちょちょちょっ待て待てって!何なの唐突に⁉そういうジャンルの作品じゃねえって普段から言ってんのお前だろ⁉」

 

 

「信頼してるんなら、この勢いで絆レベルあと2、3個くらい上げてみない?ていうか絆レベルが上がる度に石くれるってことは、サーヴァントは皆(あらかじ)め石を懐に(ひそ)ませてるってことじゃん?ねえ銀さ~ん、もっと持ってるんでしょ?ね?ね?ほら跳んでみてよ?」

 

 

「ちょっと前のヤンキーみてぇなカツアゲしてんじゃねーよっ‼石ならたった今くれてやっただろーが‼」

 

 

「お願いィィィィィ先払いでいいから聖晶石(こんぺいとう)恵んでェェェッ‼今回さないと、今ガチャしないと『○○○○(ここに好きな☆5サーヴァントの名前を入れて読んでね!)』のピックアップが終わっちゃうんだよォォォォッ‼」

 

 

「知・る・か!大体二周年記念やらメンテの詫びやらでちょくちょく石貰ってんだろ?ソレどうしたんだ?」

 

 

「えっと………あぁ~………。」

 

 

「おい、目ェ逸らすんじゃねえぞ………まさかお前、あんな大量にあった聖晶石(こんぺいとう)(もっ)てしてまでも、また全部爆死結果に変えたってのか?」

 

 

「あああああやめてェェェェッ‼目の前で溶けていく石が、ピラミッドが作れそうな程に積み重なったマナプリズムの山がああァァァァァァッ‼」

 

 

「や~っぱり使い切ってやがったんだな、つくづくガチャ運に恵まれねェマスターだな……。」

 

 

「あっ今同情してくれた?同情するなら石をくれっ!」

 

 

「それ言いたかっただけだろお前。とにかく絆レベルをちゃんと上げるまで、石はお預けだからな。主人公なんだからルールはきちんと守れよ。」

 

 

「そこをなんとか、ねっ?頼むよ銀さん‼『○○○○(ここに好きな☆5サーヴァントの以下略)』のピックアップ今日までなんだよっ‼これ以上リアルマネー溶かしたら家賃払えなくなっちゃうゥゥゥゥゥッ‼」

 

 

「カルデアにいるお前が誰に家賃払うってんだっての⁉あぁもうこの野郎くっついて離れやしねえ!ちょっマシュ、マシュさん!ねえちょっと何とかしてェェェッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

【ちょこっとおまけ・松陽さんとフォウ君、そして+α】

 

 

 

 

「フォーウ。」

 

 

「おやフォウさん、どうなさいました?」

 

 

「フォウ、フォウッ。」

 

 

「えっと、抱っこでしょうか?少し待ってくださいね……よっと。」

 

 

「ンキュ、フォ~ゥ。」

 

 

「ふふっ、本当に不思議で可愛らしいお声でお話しなさるのですね。(なん)(おっしゃ)ってらっしゃるのか、私にも分かるとよいのですが………。」

 

 

「フォウ?」

 

 

「そうだ。私もフォウさんのような話し方をすれば、(おの)ずと言葉の内容が分かるかもしれません!フォウさん、試してみてもよろしいですか?」

 

 

「フォウッ。」

 

 

「ありがとうございます、では早速…………ふぉ、ふぉ~ぅ。」

 

 

「フォウ、フォーゥ?」

 

 

「えっ?じゃなくて……ふぉう、ふぉう。」

 

 

「フォフォーウ、フォウッフォウフォウ、フォ?」

 

 

「ふぉっ………ふぉうふぉうっ、ふぉう!」

 

 

「フォーウ。フォフォウフォフォ、フォフォフォイフォッ、ンキュッ。」

 

 

「ふぉい⁉あの、ふぉ……………あらら、やっぱり私には難し過ぎたようです。ごめんなさいフォウさん。」

 

 

「キュー………フォーウフォイッ。」

 

 

「!………それはもしや、『どーんまいっ』と仰ってくださっているのですか?」

 

 

「フォウ!」

 

 

「やった!やりました!ほんの少しですが、フォウさんのお言葉を理解することが出来ましたよ!」

 

 

「フォウフォーゥ!(ペロペロ)」

 

 

「ふふっ、くすぐったいです~フォウさん。」

 

 

 

 

 

 

「わ~マスター大変っ!松陽さんとフォウ君のやり取りを傍観していたら、銀ちゃんだけでなくヅラ君とスギっちまでキラキラし始めちゃったよ!」

 

 

「アストルフォ殿、これはあまりに尊みが過ぎたばかりに、霊基(からだ)を維持しきれず魂だけが在るべき場所(ところ)へと引き寄せられている…………つまり簡潔に言えば、三方とも英霊の座に還りかけている状況にあると、段蔵は認知しておりまする。」

 

 

「そんなの長々と説明しなくても見れば分かるわよっ!キャ~黒猫なんて身体半分もう透けてんじゃない‼」

 

 

「うわ~たたた大変だぁっ‼新八君っ神楽ちゃん、止めるの手伝ってェェェッ‼」

 

 

「わわ分かった!皆さんしっかりしてくださ~いっ!」

 

 

「………あんな仏様みたいな銀ちゃんの穏やかな顔、初めて見たネ。定春もそうだロ?」

 

 

「わう?」

 

 

 

 

 

 



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銀さん?と藤丸+α 祝・万聖節前夜祭

 

「ぃよーう、わざわざこんな作品(トコ)まで訪れてくれた諸君、祝・万聖節前夜祭(はっぴぃはろうぃん)!今日も不定期開催『銀さんと××(チョメチョメ)』、始まるぜぇ~………え?本編はまだ初夏だって?細けェこたぁいいんだよ、季節ネタにはこうして乗っかっておかねえと。第一カルデアの、れい……しふと?とか使いやぁ、いつの時代どの季節にだっていけんだから。今日が31日って言えば31日になんの、そういうシステムなの。それよりハロウィンだぜハロウィン!仮装すりゃどんな奴だって菓子が貰える、こんな素晴(すんば)らしい祭りがたったの一日限りだなんてな………よし、この俺が総理大臣になった暁にゃ、一週間に一回の割合でハロウィンを行うことを法律で定めてやる!どうだ?」

 

 

「クハハハハ!分かっておるではないか銀色の人。(われ)としては毎日がハロウィンでも構わぬのだが、ハレの日があまりに続けば飽いてくるもの、適度にマンネリ化せず週に一度の具合で行うというのがまた味噌よ。さあさあ、吾と共に参れ!奪い、侵し、全ての菓子を狩り尽くしてくれようぞ!」

 

 

「ちょちょちょちょ、のっけから主人公(メイン)差し置いて何勝手におっ始めてんのさ二人共⁉ていうか茨木童子(イバラギン)、ナチュラルすぎて違和感なかったけど、何でここに?」

 

 

「む、決まっておろうマスターよ。ハロウィンといえば(われ)、吾といえばハロウィンよ。既にFGO(あちら)でも一昨年から登場を果たし、そして今年のONILANDにて酒吞に似たあの護法少女とも鬼救阿(おにきゅあ)として共演を果たしている吾ぞ?こちらの小噺とて暇潰しにすらならぬものの、ハロウィンと聞いては腰を上げぬわけにもいくまい。それに、いつの間にか吾の隣にしれっといるこの銀色の人とは中々馬が合うのでな、共にハロウィンを蹂躙(エンジョイ)しようと今しがた決めたばかりなのだ。」

 

 

「そっかー、二人とも甘いお菓子大好きだもんね~…………で、銀さん。」

 

 

「おう、何だ?」

 

 

「楽しみなのは分かるけど、今から仮装するのはまだ早いんじゃない?ハロウィンパーティーは夜からだってのに、まだ昼過ぎたばっかだよ?」

 

 

「クク、よいではないかマスター、固いコトを言うでない。壮丁(そうてい)だろうと(わっぱ)であろうと、祝い事は心躍るものだ…………しかし銀色の人、(なれ)は一体何の化生の恰好をしておるのだ?額のソレは狐の面か?むむっ、その臀部(でんぶ)から生えている、モフモフとした何とも気持ちのよいモノは、()()()……にゃんと、九つもあるではないか⁉ええい、そんなにあるのなら(われ)に一本寄越せっ!(グイッ)」

 

 

「痛でででででっ‼ちょっ引っ張んなって!取れるっ取れちゃうっ‼」

 

 

「痛い、って………銀さんまさか、その尻尾本当に生えてんの⁉なんで⁉」

 

 

「お~イテテ、ホントに取れるかと思った…………んあ?なんでって、まあ簡潔に説明すりゃあ、今の俺は本来の霊基(クラス)とは違ェから。要するにアレだ、霊基(いじ)ってみたらクラスチェンジしちゃいました~ってな。」

 

 

「ええええぇっ⁉何してんの勝手にぃっ‼」

 

 

「だってせっかくのハロウィンだしぃ?仮装しようにも何着るか考えんのも衣装調達すんのも面倒臭ェし、そういや何年か前のアニくじでやった九尾のコスプレを思い出してだな。でもさ、ただ衣装を着替えるだけってのも面白みに欠けるだろ?だったらいっそ思い切ったことしてみようかと閃いてな。早速経験のあるサーヴァント連中にやり方聞いてから、ダメ元でちょちょいっと試してみたんだが、これがなんと大成功~!ってなワケ。」

 

 

「おおっ、この間の(われ)と同じではないか。やはり祭りは一時(いっとき)昂揚(テンション)に身を任せてこそ面白い。分かっておるではないか銀色の人!」

 

 

「おっとイバラギン、『こっちの』俺のことは銀狐と呼んじゃくれねぇかい?銀色の人だと(セイバー)の俺と混同しちまうからな。」

 

 

「全くもう………んで、今の銀さんは何のクラスなのさ?」

 

 

「待ってたぜ~その質問(クエスチョン)。何に見える?何だと思う?なんて文字数稼ぎなことは聞かねえよ。まあ賢い奴ぁ、九尾の狐って時点で何とな~く察しちゃいるとは思うがな。」

 

 

「あーうん大丈夫、何となくだけど俺も分かるから。」

 

 

「うむ、(われ)も分かったかもしれぬぞ。尻尾の数は異なるが、ここには銀色の……今の銀狐と同じく、尾の多いあの玉藻とかいう()狐もおるからな。」

 

 

「それじゃあハイっ、答え合わせ~!皆様お待ちかね、俺のクラスはだな………その玉藻の(ねえ)さんと同じ魔術師(キャスター)だ!とある人間(ひと)好きの狐と霊基が混ざりあってるんだが、そいつに関しての説明はまたの機会にな。もし知りたいって希望がありゃあ、書いてる奴がどっかで設定なんか記してくれるんじゃねえか?まあそれより、キャスターにクラスチェンジした俺、通称キャス銀さんは(セイバー)の時より頭も口もよく回るぜ?(ちな)みにこの霊基で本編に登場することは無ぇから。あっ、そこのお前、今ガッガリした?ガッガリしちゃった?そりゃ悪かったなぁ、お詫びに銀さんの尻尾モフるか?ふっかふかだぜぇ?」

 

 

剣士(セイバー)に続いて魔術師(キャスター)まで出てくるなんて………このまま増え続けたら、サポート欄全部銀さんで埋められそうだね。」

 

 

「む~……しかし銀狐よ、(なれ)(みずか)らを九尾だと名乗っておるというに、肝心の狐要素はその無駄に多い尻尾のみではないか。女狐や玉猫のようにピコピコッと愉快に動く耳は無いのか?」

 

 

「無駄じゃないで~す、霊狐(れいこ)にとって尻尾の数はそれだけ偉いって証なんで~す。耳に関しちゃ再臨すると生えてくるって設定になってるらしいから、どうしても見たいンならそこの藤丸(マスター)にでも頼むんだな。」

 

 

「べ、別に(われ)はそこまで関心があるわけでは………むぅ、だがしかし気にならないというわけでもない。なあマスターよ?(なれ)もそうであろう?」

 

 

「はいはい、そうかもしれないけどまた後でね。今は本題に入らなきゃいけないから。さてと、それじゃあ俺と茨木、それに銀さ───」

 

 

「キャス銀さん、な。そこんとこ間違えるんじゃねえぞ?」

 

 

「おおう、いつもの銀さんよりぐいぐい来るなこの英霊(ひと)………ええと、キャス銀さんを入れた俺ら三人は、これからパーティーの準備をしてる皆の様子を見に行くんだよ。勿論、大変そうだったら手伝いもするし。」

 

 

「うむぅ……それもマスターとしての(なれ)の務めなのか?各々(おのおの)好きにやらせればよいではないか。」

 

 

「おんやぁ?じゃあイバラギンの出番は、ここでお終いってことなんだな?小噺とはいえ、せっかく登場出来たってのに残念だなぁ。これからお前の好きな甘~い菓子を作ってるだろう、あの赤い人のとこにも行こうってのに。もしかすると、味見と称して何か貰えるかもしれねぇってのに────」

 

 

「ぃよーし!マスター、銀狐、何をもたもたしておる!このままここで駄弁(だべ)っているだけでは、読んでいる側も飽き飽きするではないか!腹ペコの(われ)に食い殺されたくなければ、さっさと足を動かせ!」

 

 

「………キャス銀さん、早速茨木の扱い心得てるね。」

 

 

「賢くかっこいいキャス銀さんだからな。ほら、俺らもとっとと行こうぜ(フワッ)」

 

 

「うわっビックリした。キャス銀さん、何普通の流れで浮いてんのさ?」

 

 

「だってせっかく神通力使えるんだし、あと歩くのダルいし。それに尻尾だって引きずって汚したくないんだよな~、九本もありゃ手入れが大変なんだよ。つーわけでキャス銀さんはずっとこの状態で移動し────」

 

 

「とーぅっ!(ガバッ)」

 

 

「のわっ⁉おいおいイバラギン、いきなり背中に飛び乗ってくるんじゃねえよ~危ねぇだろ。」

 

 

「クハハハハ!何ともよい眺めよな!狐を駆る鬼、今の(われ)は正に 荼枳尼天(だきにてん)の如しよ!んん~フカフカとした尻尾も座り心地がよい。さあ銀狐、吾の指すままに赴くがいい!」

 

 

「ったく、しょーがねーな。そんじゃ行きますかねえっと。」

 

 

「茨木、後で写真撮って酒吞童子にも見せよっか?」

 

 

「うむ!(われ)の勇ましきこの姿、しっかりと収めるのだぞ!」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「あっ、先輩!それに………ええと、茨木童子さんが乗っていらっしゃるその方は、銀時さん……ですか?」

 

 

「やっほ~マシュ、こちらは何やかんやあってキャスターの霊基になった銀さん、通称キャス銀さんだよ。」

 

 

「よう、この霊基(うつわ)の俺とは初めましてだな、よろしく。」

 

 

「は、はい。マシュ・キリエライトです、よろしくお願いします………始めは銀時さんの仮装だと思っていたのですが、そちらの尻尾と浮遊されているのを見ると、やはり(あちら)の銀時さんとは異なるのですね。驚きました。」

 

 

「して魔酒(マシュ)よ、貴様は何をしておったのだ?もし(なれ)が困っているようなことがあれば、(われ)らは汝を手伝わなければならぬらしいのだ。」

 

 

「今の私ですか?私は今しがた『とある方』に作っていただいたこちらの衣装を、今夜のパーティーで着るために合わせてみようと自室に向かう途中でしたので、お手伝いなどは特には………。」

 

 

「ハロウィンの衣装か………ねえマシュ、(ちな)みにどんなの着るの?」

 

 

「はい、今年は今まで着たことのないタイプに挑戦してみようかと、思い切ってみました!」

 

 

「思い切って、って………マシュ、一昨年(おととし)ハロウィン仮装(ドスケベコスチューム)だってかなり思い切ってたのに………ハッまさか、あれ以上に思い切るってことは、今年のマシュはデンジャラス・ビーストを更に上回るドスケベ礼装が、新たに加わってしまうということか………⁉まま、まさか…………今度はマイクロなビキニ調な衣装(ヤツ)、だったり………あああ駄目ダメ!そんなの(一応)全年齢向けのこの作品で(おおやけ)になったら、只でさえ普段からギリギリ運転してるってのにタグ付け替えじゃ済まなくなっちゃうゥゥゥッ‼」

 

 

「銀狐よ、マスターは先程から何をブツブツ言っておるのだ?」

 

 

「気にすんな、年頃の少年にゃよくある光景だ。それよりマシュ、どんなヤツ着るのかちょっくら見せてくれよ?」

 

 

「ちょちょっと、キャス銀さん⁉こんなところで⁉」

 

 

「はい、実は先輩の分もお借りしてきたんです。これでお揃いのコーディネートが楽しめるんですよ(ガサゴソ)」

 

 

「マシュとお揃いかあ、それは嬉しいな…………じゃなくて!思い留まってよマシュ!俺がマイクロビキニなんか着たら、似合う似合わない以前の問題が─────」

 

 

  パンパカパーンッ☆

 

 

「どうですか?桂さんとヴラドさんが作ってくださいました、私と先輩のデザインのエリザベスさんの着ぐるみです!」

 

 

「………え?」

 

 

「ほうほうコレは、よく見れば頭にちゃんと魔酒とマスターの頭髪を被っている………うむ、中々の完成度ではないか。いいな~(われ)もコレ欲しい。」

 

 

「実は、今年は何を着たらいいかずっと悩んでいたのですが、昨日職員の方々やサーヴァントの皆さんが、揃って桂さんとヴラドさんのところに着ぐるみの製作を依頼しているところをお見かけしましたので………ご存知でしたか?今カルデアでは密かに、エリザベスさんブームが起きてらっしゃるんですよ?何でも桂さんを筆頭にファンクラブも結成されているそうですし、ヴラドさんのお作りになられるぬいぐるみは、人気のあまり只今在庫が全く無いとのこと!」

 

 

「え、何その事実。俺全っ然知らなかったんだけど。」

 

 

「クックック、(うと)いな(なれ)は。言っておくが(われ)()うに知り得ておったぞ。何せあの酒吞が、『なんや、かいらしいアヒルやなぁ。歩くたんびにチラチラ目につくあの(すね)毛も好いたらしいわぁ。』とベタ褒めしておったからな!」

 

 

「脛毛が好ましい、なあ………大鬼様の好むモンなんざ、狐の俺にゃよく分からねえこった。」

 

 

「私、今まで着ぐるみを着たことがありませんでしたし、せっかくなので思い切ってお願いしたんです。それで先程、出来上がったこちらを早速試着してみようと自室に向かっていたところなんです。」

 

 

「ああ、思い切ったのってそういう………。」

 

 

「おいおい、他の連中もコレ着てくるんだろ?パーティーの会場オ〇Qだらけになんじゃねーかよ、何その悪夢みたいな光景、誰が得するの?あっヅラか。」

 

 

「あの先輩………すみません、相談も無しに勝手に衣装を依頼してしまって。もし既に他の用意がありましたら、こちらは忘れて構いませんので……。」

 

 

「いや、俺もまだ何の仮装するかも決めてなかったし、(むし)ろ助かったよ。俺の分まで用意してくれてありがとう。マシュ、今夜は一緒にコレ着て楽しもう!」

 

 

「先輩………はいっ!」

 

 

「でもよかったなマシュ、これなら寒くも無ェだろうし、藤丸とも揃いで決められるだろうからな………まあ、この露出0(ゼロ)の恰好じゃあ、一部の男連中はぶーぶー文句垂れてくるだろうが。なっ藤丸?」

 

 

「えっ、なな何で俺に同意を求めてくるのさ⁉べべべ別にぃ、助平(スケベ)なもの期待とかしてたわけじゃないし!変な勘違いしないでよねっもう‼」

 

 

「なあマスターよ、先程(なれ)が申した『まいくろびきに』とは────」

 

 

「へーいイバラギン、お口そのまま開いててね(ポイッ)」

 

 

「もがっ………うむ、うむうむ!舌の上でとろけていくこの甘さ、そして中に入っている焼き菓子(ビスケット)の程よい歯触り!やはりチョコレイトは至福の味よ!」

 

 

「ほらほら茨木、こっちに来ればもっとチ〇ルをあげるよ~………それじゃマシュ、俺達まだ皆の様子見て回らないといけないからさ、俺の分の衣装は部屋(マイルーム)に置いといて。じゃあまた後で~。」

 

 

「はい先輩、それでは頑張ってください!」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「さて…………どうしたものか。」

 

 

「クハハハ!トリックオアトリート!赤い人よ、お供の狐とマスターと共に(われ)が参ったぞ!さあ、悪戯をされたくなくば供物を寄越すがいい!」

 

 

「んん~食堂を満たす甘い匂い、嗅いでるだけで(よだれ)が出ちまうな。」

 

 

「やっほ~エミヤ、(はかど)ってる?」

 

 

「ああ。茨木童子にマスター、それに………銀時君、なのか?」

 

 

「どうもどうも、ハロウィンに浮かれて(あやか)って霊基を弄ってみた、キャスターの銀さんことキャス銀さんだ。ちょ~っとばかし悪戯(いたずら)好きってとこ以外は、ほぼ (あっち)の俺と変わんねェだろうから、まっよろしく頼むぜ。」

 

 

「そ、そうか。しかし九尾とは、君の尾は玉藻の前(かのじょ)と比べ随分と多いのだな。まあ彼方(あちら)の場合は、自らの意思で切り離しているらしいが……。」

 

 

「それより赤い人よ、何故眉間に(しわ)など寄せている?今日はハレの日であるというに、何をそんな辛気臭い(つら)をしておるのだ。」

 

 

「ああ、実はそのハレの日……今夜のハロウィンパーティーに出すメニューについて、少し悩んでいてな。」

 

 

「?……(なれ)の作り出す品々は全て美味であろう。何を悩む必要がある?」

 

 

「これはこれは、嬉しいことを言ってくれるな…………定番の南瓜(かぼちゃ)を使ったお菓子は、既に作って冷蔵庫に入れてある。だがあと一品、皆で(つま)めるような………そうだな、最近冷え込んできたことだし、出来たら温かいスイーツを作りたいと考えているのだが、さて何にしたらいいものか……。」

 

 

(あった)かいもの………焼き林檎、お汁粉、チョコフォンデュ、あとはフルーツグラタンとか?ん~何かしっくりこないなぁ。」

 

 

「ええい、この際しっくりこなくともよいではないか!おい赤い人、今マスターの述べたものではいかんのか?因みに(われ)はその果実のぐらたんとやらが食べてみたいぞ!あとチョコレイトの滝とやらもな!」

 

 

「ふむ、では時間が余ればそれらも作ることにしよう。しかし俺がイメージしている、摘めるものとは遠いな。何というか、こう………手掴みで気軽に食せるものがいいのだが、何か良い案はないだろうか?」

 

 

「んむむむ………ねえ賢いキャス銀さん、何かいいアイデアは────あれ?銀さん、冷蔵庫の前で何してるの?」

 

 

「ああ、ちょっとな。よっと(パカッ)」

 

 

「あっ、こら銀時君!摘み食いは許さんぞ!」

 

 

「銀狐!貴様、(われ)を差し置いて抜け駆けなぞさせぬぞ!吾も喰う!」

 

 

「こら暴れんなって!ったくどいつもこいつも………違ぇよ、俺は単に冷蔵庫の中に何が余ってんのか見に来ただけで…………お、いいモンあんじゃねえか。なあエミヤ、コレ使ったらどうだ?」

 

 

「それは………この間使った時に残った、ピザクラフトか?」

 

 

「おうよ、これにフォンデュに使うチョコとマシュマロ、あとバナナも乗せて………優秀なコック長さんなら、ここまでくりゃあ後は分かんだろ?」

 

 

「!………そうか、チャンクピザか!成程、これなら皆で摘める上に温かい。どうして今まで思いつかなんだ………ありがとう銀時君。」

 

 

「チッチッチ、だから違うって。俺はキャスターの坂田銀時、容姿からCVまで同じっつっても俺の方がちいっとばかし頭脳派なの。お分かり頂けた(アンダースタン)?」

 

 

「そうだったな……失礼した、キャスターの銀時君。君のお陰で、今夜のパーティーは上手くいきそうだ。」

 

 

「ち、ちゃんくぴざ、とな……?マスターよ、ぴざはこの前の夕餉(ゆうげ)に酒吞と食したのを覚えておるぞ。ちぃずといったか?あの牛の乳の塊を熱で溶かしたものを乗せた薄い盆のようなもの、あれは中々に美味かった。しかしこのちゃんくぴざは、あのちぃずを用いたものとはまた異なるのか?」

 

 

「チャンクピザってのはね、キャス銀さんがアドバイスしたように、ああしてチョコやらマシュマロを乗せて作るんだ。焦げ目のついたマシュマロが熱でチーズみたいになってね、そこにバナナやオレンジピールなんかが加わったりなんてしたら………ああ駄目だ、今から(よだれ)が止まらなくなる!」

 

 

「な、何と………それほどまでに美味いのか、あのぴざは……⁉ええい赤い人、(われ)に一刻も早くそのちゃんくぴざを寄越せっ!あんな話をさせられて、夜までなど待てるわけがなかろうて!」

 

 

「まあ待ちたまえ、茨木童子。そんなに早く食べたいのなら、今からピザを作るのを手伝ってはくれないだろうか?何なら試食として、一足早く君達に焼き立てを食べてもらうことも出来るぞ?」

 

 

「うむぅ、鬼を働かせようとは………しかしその無礼、ちゃんくぴざとやらの献上で許してやらんこともない。さあっマスターよ、(なれ)とて焼き立て熱々のぴざを頬張りたいであろう?なれば手を動かせ、そして(われ)の前に甘いぴざを差し出すがいい!クハハハハ!」

 

 

「茨木ったら、やる気満々だなぁ………これが甘いモノへの執念か。」

 

 

「おうよ、糖分の力ってのは偉大なんだぜぇ?甘く見ちゃいけねえよ(モッシャモッシャ)」

 

 

「ああっこらキャス銀さん!何食べてるの⁉」

 

 

「知らねえ知らねえ、俺は冷蔵庫に入ってたマカロンなんてぜーんぜん知らねえよ。」

 

 

「そんな栗鼠(リス)みたいに膨らませた頬っぺた、今更誤魔化せないだろ!エミヤ~キャス銀さんが~!」

 

 

「銀狐!(なれ)ばかりズルいではないかぁ!(われ)にもそのマカロンを食わせろおおォォォッ!」

 

 

「待った君達!それは今夜のパーティーのために用意したケーキのデコレーション用で、数にあまり余裕はって聞いてるのかお前らァァァッ‼こらっマスターまでどさくさに紛れて食べてるんじゃない!キャス銀時君っ狐火でマシュマロを(あぶ)るな!あああ茨木そんなにマカロンを口に詰めては………っだから‼食うなって‼君達‼頼むからァァァァァァッ‼」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「お~痛って、夜になってもぶたれたトコがまだ痛ぇや。」

 

 

「ぐぬぬ、これほどまでに痛いと思った拳骨は母上以来だ………いや、やはり母上のほうが痛かったかな?うん、やっぱ母上の方が痛かったそして怖かった。」

 

 

「でもさ、エミヤのチャンクピザ間に合って本当によかったよ。色々トラブルもあったけど、試食のピザは凄く美味しかったし、最後は『ありがとう』って言ってくれたしさ。」

 

 

「うむ、アレは真に美味であった。是非今宵の宴にて酒吞にも…………む?ところでマスター、ハロウィンの宴はいつ始まるのだ?」

 

 

「ええと、ちょっと待って…………げっ、もう開始の時間過ぎてる!」

 

 

「にゃにゃんとぉっ⁉いかん、(われ)は酒吞と待ち合わせていたのであった!マスターに銀狐、吾は先に会場へと向かうぞ!(ダッ)」

 

 

「うん、茨木~また後でね~あと前見ないと転んじゃ───」

 

 

「(ズシャッ!)へぶっ‼」

 

 

「あ、やっぱりコケた。」

 

 

「大丈夫だろ、ホラまた起き上がって走ってった。」

 

 

「あはは………それじゃキャス銀さん、俺達も準備しようよ。もうマシュ達も会場にいると思うし。」

 

 

「あ~……その前にさ、藤丸。ちょっと手ェ出してくんねぇ?」

 

 

「へ?はい、何かくれるの?ああ分かった、お菓子かな?」

 

 

「ぶっぶー、残念ながら菓子ではないな。」

 

 

「えー?じゃあ何を────」

 

 

  ギュッ

 

 

「!……うわ、何⁉令呪が熱く……っ⁉」

 

 

「……うし、これで契約完了っと。これでキャス銀さんも正式にカルデア(ここ)のサーヴァントの仲間入りだ。」

 

 

「え………ええぇっ⁉だってキャス銀さんって、元の銀さんが霊基を変えただけの存在じゃあ……⁉」

 

 

「ああ、『俺』は銀時(やつ)の浮かれた心から生まれただけの存在。今日限りのこの祭りが終われば、自動的に消滅するだけの存在だ………でもな藤丸、お前やイバラギン、それに他の奴等と今日を過ごして思ったんだよ。ああ、やっぱりまだ消えたくないなって。俺ン中に居座ってる狐も、俺にしか声は聞こえないだろうが、ずっとそう言ってる。」

 

 

「キャス銀さん………。」

 

 

「だから、強引だがこうしてお前と契約を結ばせてもらったんだ。こうすりゃ俺は魔術師(キャスター)クラスの俺として霊基を確立出来るし、(セイバー)の俺とは別の存在としてここにいられるってこった。ここまで無茶苦茶出来んのも、俺と統合してるこの狐の霊力とかのお陰らしいけどな。なんせコイツ、徳積みまくって九尾になった上、狐龍とかいう凄ぇ存在になったらしいからよ。」

 

 

「別の存在ってことは………あれ?じゃあ俺の知ってる銀さんの方は────」

 

 

 

 

「お~い藤丸~、なぁにやってんだお前?もうとっくにパーチー始まってんぞ?」

 

 

「あっ、銀さん………ええと、こっちはノーマルの銀さん…………だよね?」

 

 

「はぁ?ノーマルじゃねえ銀さんってなんだよ?アブノーマルな俺とか存在すんの?」

 

 

「銀さんは元からアブノーマルでしょ。それよりこの人、知ってるよね?あーたから分離した別の霊基の銀さんで、クラスは─────」

 

 

「何言ってんだお前………誰もいねぇじゃんか。」

 

 

「……へ?やだなあ銀さん、何を言って─────あれ?いない、何で……そんな筈ないよ、だって銀さんが来る少し前まで、俺と話してて、それに契約だって………え、あれ?」

 

 

「………どうしたんだよ藤丸?ハロウィンだってのにジャック・オ・ランタンじゃなく、狐にでも化かされたか?」

 

 

「狐………………その通りかも、しれないね。あ、アハハハ……。」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「よっ、と………うんうん、南瓜(なんきん)のランタンに灯す狐火も中々乙なモンじゃねえか。」

 

 

 

「え?折角契約もしたのに、藤丸(マスター)達に混ざらなくてもいいのか、だって?いいんだよ別に、俺賑やか過ぎんのあんまし好きじゃないし。」

 

 

 

「ああでも、どうせならエミヤに稲荷も作ってくれるよう頼めばよかったなぁ。お稲荷さんの中に牡丹(ぼた)餅入れるヤツ、俺アレが一番好きなんだよ………あ?そんなゲテモノでなく、稲荷はちゃんとお揚げとして食わせろだと?うっせーなテメェ!狐龍だか何だか知らねえけど、この霊基(からだ)は銀さんのだからね!あんまし我儘(わがまま)言うと追い出すぞコノヤローッ!」

 

 

 

 

「………さてさて、一日限りの万聖節前夜祭(ハロウィン)も、もうそろそろ佳境だな。祭りの後ってのは何とも嫌なモンだ、何つーかその、ブルーな気分になっちまう………『お前』も、そう思わねえか?」

 

 

 

 

「さてさて、次はいつキャス銀さんに会えるんでしょーか?それは賢い銀さんでも、まだ分かんねぇよ………そうさな、書いてる奴の気紛れ次第ってとこだな。そん時ゃまた、『お前』の(ツラ)を俺に見せにきてくれよ。俺は気分のままに過ごしながら、この小噺(カルデア)で待ってるから、さ。」

 

 

 

 

「それじゃ、別れの挨拶代わりにキャス銀さんから、『お前』に一言くれてやるよ。」

 

 

 

 

 

「───祝・万聖節前夜祭(はっぴぃはろうぃん)!なーんつってな!」

 

 

 

 

 

 

 



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銀さんと万事屋+α チキチキ冬祭り

 

「えーどうも皆さん、明けましておめでとうございます。この度は万事屋の皆がメインの回になるので、多分出番が(ほとん)どないであろう藤丸立香でっす。何で俺が普段滅多に使われない前書きにいるのかと言うとですね、此度(こたび)小噺(こばなし)ではFGO亜種特異点及び二部に伴うキャラクター等のネタバレが含まれているため、その注意を伝えてこいとダヴィンチちゃんより(たまわ)ったからなのです。もし1.5部かつ第2部(ロストベルト)の三章までをを未プレイで、ネタバレなんざクソ喰らえェェェェェッ‼という方がございましたら、旋回して戻るか今すぐブラウザを閉じて…………あ、マシュが呼んでる。それじゃあここまで飽きずにしっかりと読んでくれた皆さん、今回の小噺も楽しんでくれると嬉しいな。じゃっまた後で!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しんしんと積もった雪に覆われた、どっかの特異点か異聞帯的なところで、『それ』は唐突に始まったのであった───。

 

 

『あー、テステス聞こえてる?うん聞こえてるね……やっほ~カルデアの諸君、それにお集まりいただいた英霊(サーヴァント)の皆!見た目は美少女、中身は天才、小さくなっても頭脳は同じ、皆のレオナルド・ダ・ヴィンチちゃんだよ!』

 

 

「「「イエエェェェェェェイッ‼」」」

 

 

『いや~それにしても昨年末のプロローグから夏に始まった二章まで、舞台はずぅっと雪に覆われてるね。寒い、とにかく寒いったらない。え、三章は雪なんて無かったよって?いいんだよ~今回の小噺の舞台とこじつけたいんだから、細かいトコは突っ込まない!とにかく、自然の摂理といえ寒さはいけないね、人間(ひと)も英霊も駄目にしてしまう。とはいえ今は人類史の危機だ、こんなシケた(ツラ)してちゃあ皆の士気もガタ落ちだよ!とあるスナックの女性(ママ)の言葉を借りれば、雨が降れば行水!槍が降ればバンブーダンス!どんな時もエンジョイする心意気を忘れてはいけないよ!ってなわけで、そんな彼女の案に私も便乗してみたのさ。題して……………第一回チキチキ☆カルデア雪祭り!今ここに開催を宣言するよっ!』

 

 

「「「イエエェェェェェェイッ‼」」」

 

 

『雪がなんだ⁉寒さがなんだ⁉こちとら人理を修復した泣く子も黙るカルデア一派だぞコノヤロー!ということで、まあ大雑把(おおざっぱ)な内容としては日本の北国で行われている祭りみたいなもんさ。各個人、(ある)いはチームを組んでこの腐るほどある周りの雪を使って素晴らしい雪像を造ってくれたまえ。ああ勿論、そちらに参加しない人達も楽しめるように、色々な出店(でみせ)やちびっこ広場も設営しておいたよ~。そしてそしてぇ、この雪像グランプリで見事優勝に輝いた者には、な・な・何と!NY祭の時のものと同様の聖杯をプレゼントしちゃうぞ!みんな~聖杯欲しいかぁっ⁉』

 

 

「「「イエエェェェェェェイッ‼」」」

 

 

『うんうん、いいねいいね~。会場も(あった)まってきたことだし、この熱気で雪が溶けてしまう前に、よーいスタートっ!』

 

 

 

 

 

 

 わいわい、がやがや。賑やかな声が溢れる雪祭りの会場内。

 カルデアの職員達やサーヴァントの面々の手により、大中小の様々な雪像が造られていくこの場で、万事屋の三名もまた同様に(いそ)しんでいた。

 

 

神楽「銀ちゃーん、新八。雪持ってきたアル。」

 

銀さん「おう、サンキュー神楽。」

 

新八「ありがとう神楽ちゃん、こんなにたくさん大変だったでしょ?」

 

神楽「ふふん、神楽様にかかればこんなのお茶漬けさらさらネ!」

 

銀さん「お茶の子さいさいな。とりあえず雪その辺に置いといて、こっちの方手伝ってくれ。」

 

神楽「あいあいさー。」

 

新八「ところで銀さん、さっきからずっと気になってたんですけど、どうして今回は「」(かっこ)の前に名前の表記がされてるんでしょう?本編なら分かるんですけど、ココって書いてる奴の小噺という言い訳を用いた小ネタ帳みたいなコーナーなのは分かるんですけど、いつもはこんな風な形式にしたりなんかしないでしょ?読んでくれてる人達もきっと首を傾げてると思うんですけど。」

 

神楽「あ、ホントだ。しかも銀ちゃんだけちょっと違うアル。いいな~私も変えたいヨ!」

 

銀さん「ああコレか?何でも今回の小噺はいつもより出てる奴が多いらしくてだな、読んでる方も書いてる奴も混乱しないためのモンだそうだ。(ちな)みに縮んだダヴィンチ(いわ)く、こっちから簡単に(いじ)れるっぽいぞ。」

 

千年に一度の宇宙一チャイナ系美少女銀魂ヒロインの神楽ちゃん「おおっ、コレは面白いアル!」

 

ルックス身長共に高スペックなカッチョイイ主人公の銀さん「いいねいいね、これだけ設定つけときゃ初見の奴らも俺らがどんなキャラか容易にイメージ出来んだろ。」

 

パチ君「盛りに盛り過ぎだろォォォッ‼アンタら無駄に長ェんだよっ‼台詞の前に一々そんな文字数使ってたら、読んでくれてる人達も書いてる方も余計面倒くさ……ってアレレェッ⁉いつの間にか僕のも変更されてる、って何コレ⁉」

 

ルックス身長共に高スペックな実写キャストは小〇旬の元攘夷志士最強白夜叉な銀魂の主人公カッチョイイ銀さん「あ~それな、お前が「ところで銀さん~」の後に長々と台詞が続いてた最中、すぐ横を通りすがってったアストルフォが鼻唄歌いながら書き換えってたぞ。」

 

パチ君「えっ、アストルフォ君が………んもう、しょうがないなぁ。別にこれで僕だと分からないわけじゃないですし、銀さん達みたいにやたらと文字数食うばかりに長ったらしくもないからね。」

 

千年に一度の傾国の美姫にして宇宙一チャーミングなチャイナ系美少女ヒロインの神楽ちゃん「何だヨ駄眼鏡、可愛けりゃナニがあろうが無かろうが見境ねーのか。」

 

パチ君「いや、別にそういうわけじゃ……とにかく、二人とも早く元に戻してくださいよ。このままじゃ読みづらいったらありゃしない。」

 

銀さん「ちぇー、わぁったよ。」

 

神楽「ぶ~、もっとステータスに色々と追加したかったアル。」

 

パチ君「はいはい、また今度機会があればね…………あれ?そういえば神楽ちゃん、定春と一緒じゃなかったっけ?」

 

神楽「おー、定春なら向こうでロボと赤兎馬と遊んでるネ。ほら、あっちで楽しそうに追いかけっこしてるアル。」

 

銀さん「………いやアレな、追いかけっこじゃなくて馬が獰猛(どうもう)な二匹の獣から必死に逃げ惑ってんだと思うんだけど。しかしまあ、強者が弱者を喰らい己の(かて)とする、食物連鎖という自然界の厳しさをこんな間近で見られるとはなぁ。折角のいい機会だ、お前らもじっくり観察しておけよ。」

 

パチ君「何呑気なコト言ってんだアンタァァァァッ‼早く赤兎馬さんを助けないと、あの人……いや馬か、が本当に食べられかねませんって!」

 

銀さん「馬刺しかぁ、いいな~最近食ってねえな。」

 

神楽「私は煮込みが好きアル。お肉と(たけのこ)と糸こんにゃくをじっくり煮込んだあの残り汁をご飯にかけても最高ネ。」

 

パチ君「腹の空く話してる場合かァァァァッ‼んな呑気なことしてる場合じゃないでしょアンタら!マズいですよアレ、あの二匹の目には赤兎馬さんなんてちょっとすばしっこい桜肉にしか見えてませんよ!早く助けてあげないとっ!」

 

銀さん「心配すんなって新八。ほら見ろ、たった今動物会話持ちのサーヴァント二騎が急いで突っ走ってったぞ。」

 

神楽「金時(きんちゃん)も水着牛若丸(ウッシー)もいることだし、きっと大丈夫アル。ほら、ヘッシーもあんな必死にロボにしがみついてることだし、後は任せても平気ネ。」

 

パチ君「そ、そうかなあ………後で赤兎馬さんやヘシアンさん達に、きちんと謝らないと。」

 

銀さん「それより新八、土台のほうはもう出来たのかよ?ツッコミだけでなく手もちゃんと動かさねえとなんねえぞ。」

 

パチ君「ちゃんと作業もやってますって、こんな具合でどうですか?」

 

銀さん「おーおー流石はぱっつぁん。イイ仕事すんじゃねーか。もうコレ土台だけでグランプリいけんじゃね?」

 

パチ君「何寝ぼけたこと言ってんですか、周りよく見てくださいよ。今回の雪祭りはかぶき町で行われてたヤツより、明らかにハードルが高くなってんですから。それに英霊(サーヴァント)の人達の中には、こういった芸術部門に特化してる人だっているんですし、生半可な作品じゃあ優勝狙うなんてまず無理ですよ。」

 

銀さん「ったく、どいつもこいつも賞品に目ェ血走らせやがって。人間だろうがサーヴァントだろうが、聖杯を欲するってトコだけは変わんねえらしいな。」

 

神楽「そういう銀ちゃんは、聖杯欲しくないアルか?私は欲しいネ!だって願い事何でも叶うんだヨ、積年の夢だった毎日酢昆布とTKG(卵かけごはん)食べ放題を実現させたいアル!」

 

銀さん「おいおい、万能の願望器にかける願い事がソレかよ。ったく、根っからの貧乏性はこれだからよぉ。何でも叶うっつーんだから、もっとビックな理想を抱いてもバチなんざ当たらねえだろ。例えばだな、毎日三食高級寿司とA5ランク級の焼肉を食べ放題、あとデザートにはスウィ~ツバイキングも欠かしちゃなんねえだろ。」

 

パチ君「そういうアンタだって、神楽ちゃんとそこまで大差ないでしょ……………というか冒頭からずっと気になってたんですけど、僕ら一体何の雪像を作って─────」

 

 

 

神楽「銀ちゃーん、玉こんな感じでいいアルか?」

 

銀さん「おーイイねイイね、それじゃあその間にこの棒を置いて、っと。」

 

 

 

 神楽が均等の大きさに作った雪玉、土台の上に間隔を開けて並べられた二つの間に、銀時は担いでいた太くて大きな雪の棒を慎重に下ろしていく。

 

 お分かり頂けただろうか、彼らが今作ろうとしているものの応えは、(ただ)一つ─────

 

 

 

パチ君「いやこっちの連載も終わるううゥゥゥゥゥッ‼」

 

 

 敏捷EX並みの速度で銀時の横をすり抜け、新八は渾身の力で片側の玉を蹴り飛ばす。

 

 某稲妻サッカーの必殺技に匹敵するやもしれぬ勢いで飛んでいった雪玉は宙で弧を描き、勢いを殺さぬまま他チームの制作している雪像へと直撃した。

 

神楽「あぁ~っ何すんだヨ馬鹿眼鏡‼せっかく綺麗に作ったのにぃっ‼」

 

パチ君「作ろうとしてるモンが汚ェよっ‼何でFGO(こっち)の雪祭りでも猥褻物(わいせつぶつ) (こしら)えようとしてんだアンタらァッ‼」

 

銀さん「猥褻物とは失礼だな。お前また勘違いしてるようだから教えてやるけどよ、これは銀魂を知る者ならば誰でも知り得る、そしてD〇ESの最新アルバムのジャケットとタイトルをも飾った、かの有名な大砲だぞ。その名もズバリ────」

 

神楽「ネオアンチクロサイケデリックあん肝砲アル!あれだけ有名だってのに名前すら思い出せないなんて、オメー何年銀魂にいるんだヨ?また一巻から童貞レベルも1でやり直すか新八ィ?」

 

銀さん「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だろ、お前も一巻からやり直してこい神楽。」

 

パチ君「そんなことよりアンタら、ここは僕らのいたかぶき町じゃないんですよ⁉あっちじゃあ周りでも似たようないかがわしいものを作ってたから、僕らのも多少紛れる感じで何とか誤魔化せましたけど、ここでそんなモン作ったら優勝どころか運営側に叱られ─────」

 

 

??「くぉうらァァァァッ貴様らああァァァァッ‼」

 

 

銀さん「ん?何だオイ、丸さを増したミ〇ュラン〇ンが叫びながらこっちに走ってきやがったぞ。」

 

神楽「銀ちゃん、ミ〇ュランよりベイ〇ックスのが近い気がするヨ。」

 

パチ君「いや、ミ〇ュラン〇ンでもベイ〇ックスでもなく、白い防寒着を着込んだ新所長さんですよ。何だか凄く怒ってるような………あっ転んだ。」

 

 

新所長(ゴッフ)「あ痛たたた……私としたことが、派手に尻を強打してしまった……。」

 

銀さん「大丈夫かよミ〇ュラン、あれだけ派手に転んだら尻割れてんじゃねえのか?」

 

新所長(ゴッフ)「誰がミ〇ュラン〇ンだねっ‼全く君は、初対面の時から本当無礼な男だな。大体サーヴァントとはいえ、いい若いモンがそんな死んだ魚みたいな目をしていたらいかんよ………いや、君なんざに気を遣われなくとも、こう見えて私は結構鍛えてるからね。この美尻(ヒップ)だって別に何ともな────あ、あれ?割れてる、私の美尻が真っ二つに………いっ嫌あああァァァァッ‼誰か、誰が急ぎ救護班ををォォォォォッ‼」

 

パチ君「新所長さん落ち着いてください、尻は元々割れてるものですから。」

 

新所長(ゴッフ)「ハッ!ししし知ってたぞ、そんなコトぐらい!ほんのちょこっと君達の低俗なノリに付き合ってあげようと、寛大な私なりの心遣いだ!感謝しなさいよっ!フンッ!」

 

神楽「それで、何か用かヨ?ベイのマックス。」

 

新所長(ゴッフ)「誰がベイ〇ックスだっ⁉あと伏せるならしっかり伏せなさいチャイナ娘!夢の国は相手に回すと本当恐ろしいんだから、ムジーク家の全主力を以ても太刀打ち出来るかどうか………ハッ!いかんいかん、わざわざ私がここまで赴いてきた本当の目的を忘れてしまうところだったよ。では改めて…………くぉうらァァァァッ貴様らああァァァァッ‼」

 

銀さん「あ、そっからやり直すんだ。」

 

新所長(ゴッフ)「貴様らのとこから飛来してきた雪の弾丸が、我がカルデアチームの制作する雪像に直撃したではないか!折角私の指揮する元に、ミケランジェロもおったまげなクオリティの精巧(せいこう)なムジーク像が、もうじき完成するとこだったというのに!」

 

パチ君「あ、それ蹴り飛ばしたの僕です………本当にすみませんでした。」

 

新所長(ゴッフ)「むっ………うん、まあ。非を認め素直に謝るんなら、許してやらなくもないよ。私の寛容な精神に深く感謝するといい。」

 

銀さん「しっかし所長さんよ、また随分とデカいミ〇ュラン〇ンの雪像だな。あんなん的にしてくださいって存在だけで訴えてるようなモンじゃねーか。」

 

神楽「違うヨ銀ちゃん、あれはどう見てもベイ〇ックスアル。頭は吹き飛ばされて無いけど、あのずんぐりした体とよく出たお腹、間違いないネ。」

 

新所長(ゴッフ)「どっちも違うわ馬鹿共っ‼ムジーク像だって私さっき言ったじゃん?聞いてなかったの君達ィ⁉全く近頃のサーヴァントときたら…………っと、こんな所で時間を浪費している場合ではなかった。おーいラド〇リフ君!至急ムジーク像の修復に取り掛かってくれたまえ!」

 

ラド〇リフ「ダニエルじゃねーよムニエルだっつってんだろ‼性別と眼鏡以外掠りもしてねェじゃねーかっ!!死の呪文(アバダゲタブラ)唱えてやろうかオッサン!」

 

新所長(ゴッフ)「こらああァァァァッ‼私の景仰(けいこう)するハ〇ー・ポッ〇ーはそんな悪の呪文を使ったりなぞするものかっ‼それでは諸君、くれぐれもまた雪の弾丸を飛ばしてくることのないようにな、私は忙しいので失礼するよ────って、オイ何してる貴様らっ⁉修復が面倒だからとムジーク像をドラ〇もんに改造しようとするんじゃない‼コラッやめんかああァァァァッ‼」

 

 

 

パチ君「………行っちゃった。新所長さんも色々と大変だなぁ。」

 

神楽「やった~!遂に完成したアル!」

 

銀さん「一時はどうなるかと思ったがな、ネオアームストロングサイクロン………ああもう、長ったらしくて読むのも書くのも面倒だな。こっからは縮めてNASJA砲と表記させてもらうことにしよう。」

 

パチ君「ってこっちも大変だああァァァァッ‼ちょっと目を離した隙に猥褻(わいせつ)物陳列罪に即引っかかりそうなトンデモオブジェがとうとう誕生しちゃったよ‼マズいってコレ、誰かの目に触れる前にまた僕がこの手で────」

 

 

 

??「まあまあ、こちらはまた一段と賑やかですこと。(わたくし)達もお喋りに混ぜてはいただけないかしら?」

 

 

 

 突如、背後から掛けられた声に、揃って振り向く万事屋一同。

 そこにいたのは、穏やかな微笑みを湛える高貴な身なりの少女。そして彼女の背中に身を隠すようにしてこちらを(うかが)う、銀灰色の髪色の青年。

 

 

パチ君「ええっと…………失礼ですが、貴方がたは?」

 

皇女(アナスタシア)「あら、そういえばきちんとご挨拶をしていなかったわね。ごめんなさい………それじゃあ改めて、私はキャスターのサーヴァント・アナスタシア。「」(かっこ)の前の名前に表記されているルビにも、そう書かれているでしょう?」

 

神楽「おおっ!もしかしてガチのア〇雪アルか⁉それならあの歌いながら氷でお城作るヤツ見せてヨ!最後はちゃんと「少しも寒くないわ」って台詞も忘れずにな!」

 

銀さん「バッカおめー、そりゃ(ア〇)じゃなくて(エ〇サ)のほうだっつの………で、お前の後ろでコソコソしてやがる、そこの陰キャが何(モン)だ?」

 

??「………………(コソコソ)」

 

皇女「ほらカドック、何をそんなに怖気づいてるの?貴方もきちんとご挨拶なさいな。」

 

??「……………(サッ)」

 

皇女「んもう、仕方のない()()()()だこと。」

 

パチ君「あ、あれ……?ちょっと待ってください。その人がアナスタシアさんのマスター?ってことは、まさか……⁉」

 

皇女「あら、貴方は私達のことをご存知のようね………ええそうよ。私とマスターである陰キャと呼ばれた彼、カドック・ゼムルプスは、かつて異聞帯となったロシアを統括(とうかつ)していたわ。貴方達カルデアの敵である、クリプターと呼ばれる存在としてね。」

 

銀さん「ほーん………で、その敵側だった連中が、何で今更こんなトコに現れてんだよ?再戦(リベンジ)でもしに来たのか?」

 

皇女「あら、そんな無粋な真似事など微塵も考えてはいないし、する必要もないわ。だって私、もう二部(ほんぺん)からはクランクアップした身ですもの。」

 

パチ君「くくく、クランクアップゥゥゥッ⁉そんな設定アリなんですかぁ⁉」

 

銀さん「あのなぁ、ぱっつぁん。ここは色んな設定やIfが溢れかえった二次創作作品の中でも、特に何でもアリな無法地帯の小噺エリアだぞ?かつて世界の命運をかけて死闘を繰り広げた相手だろうが、出番が終わりゃあ只の一般凡人(ピーポー)英霊(サーヴァント)だ。互いにいがみ合う理由も無くなっちまえば、後は自然と酒でも酌み交わす間柄になるってモンよ。」

 

皇女「ふふっ、白銀の剣士(セイバー)さんの(おっしゃ)る通りだわ。カドックはまだ出番が残っている身でしょうけど、私はもう自由(フリー)ですもの。今日はこうしてお祭りを楽しませていただいてます。」

 

パチ君「そ、そうなんですか………ってことは、アナスタシアさんやカドックさんと同様に、今まで空想切除(クリア)してきた異聞帯の他のクリプターやサーヴァントの皆さんも、今はここにいるってことですか?」

 

神楽「そういえば、さっき定春と雪集めに行った時に、マシュが見たことある奴と仲良さそうに何か作ってたネ。」

 

皇女「それはきっと、オフェリアと一緒にいたのね。彼女達は大きな雪像は作れないから、小さな雪のウサギをたくさん作るんだって張り切ってたわ……………ところで、ぱっつぁんさん達はどのような雪像を作ってらっしゃるの?」

 

銀さん「お~そんなに見たいか?優勝間違いなしの俺達の力作を。」

 

神楽「仕方ねーな、特別にちょっとだけアルよ?次からは見物料取るからナ?」

 

パチ君「おわぁぁァァァッ‼ややや、やめてくださいよ二人ともっ‼あわわわ、見ちゃ……見ちゃ駄目ですアナスタシアさんっ‼あと僕の名前は志村新八ですっ‼」

 

皇女「‼─────まあ、これは………‼」

 

パチ君「あ、ああぁ~終わりだ………こんな猥褻(わいせつ)物を公共の目に(さら)す羽目になるなんて、この作品もう続けていけなくな────」

 

 

皇女「ほらカドック、貴方も御覧なさいな。とても見事なネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲、略してNASJA砲だわ。」

 

カドック「…………ああ、本当だ。中々完成度高けーなオイ。」

 

パチ君「えっ────ええええええええっ⁉ななな、何で知ってんですかアンタらぁっ⁉」

 

皇女「あら、ご存知ないかしら?かのロシア革命で起こった内戦時、『悪魔の(いかずち)』として恐れられ、その名を知らしめた脅威的破壊力を誇る軍事兵器なのよ。あのイヴァン雷帝も感銘を受けて、異聞帯で開発を試みたのだけれど、自身の身体に装備する段階で幾つもの問題が発生したために、計画は中止になってしまったの………でもまさか、あの『悪魔の雷』がこんなところで雪像という形でお目にかかれるだなんて、とても光栄だわ。」

 

パチ君「………あの、(ちな)みにイヴァン雷帝さんは、身体のどこにNASJA砲を取り付けようとしたんですかね?」

 

銀さん「んなモン今更聞かなくったって、大体分かんだろーがよ。あの通りの巨体にNASJA砲つけるトコっつったら、もう一箇所しか思いつかな────」

 

パチ君「やめてええェェェッ聞きたくない‼読んでる側の人達も大凡(おおよそ)で検討ついてるかもしんないけど、頭でイメージしたくないからそれ以上言わないでェェェェェッ‼」

 

カドック「……………(ジー)」

 

神楽「おい、そこの厨二患ってそうな陰キャ。さっきからずっとこっちにガンくれてっけど、言いたいことがあるならさっさと言うヨロシ。」

 

皇女「もうカドックったら、彼らに会いに行きたいと言い出したのは貴方でしょう?いつまでもそうしていないで、しっかりなさいな。」

 

カドック「う………うん。」

 

パチ君「え?カドックさんが僕らに……?」

 

皇女「正確には、そこの白銀の剣士(セイバー)………ええと銀時さん、でよかったかしら?ごめんなさい、カドックの口から何度も名前を聞いてはいるのだけれど、あまりはっきりと覚えていないもので。」

 

銀さん「おお、別に間違っちゃいねえけど………つか、どういう(ゆかり)でクリプターのそいつが俺のこと─────」

 

カドック「あっ、あの‼」

 

銀さん「うおぉっビックリした!何だよ~いきなり大声出して。」

 

カドック「えっと、その………何ていうか………。」

 

皇女「ふふっ、カドックったら早く(おっしゃ)ったらどう?貴方が購読している、週に一度発売のあの雑誌。その中でも特に熱心に読み(ふけ)っているお話の主人公が、今目の前にいるのだから。」

 

カドック「あっアナスタシア!そういうことは僕が自分の口で……っ‼」

 

銀さん「はは~ん?何だよそういうことかぁ。つまりお前はジャンプの愛読者の一人で、その中でも俺達が活躍してる『銀魂』の、それも主役であるこの俺・坂田銀時のファンってわけだな?んん?」

 

カドック「えっ、あの────」

 

銀さん「いいっていいって照れなくても~。今日の銀さん超機嫌いいからさ、普段はお断りだけど今だけ特別に握手してあげちゃう!ハイ手ェ出して~?」

 

カドック「あ、ど……どうも……。」

 

神楽「………なあ新八、あのカドックとかいうヴィジュアル系(もど)き、あんまり嬉しそうな顔してないアルな?」

 

パチ君「言われてみれば確かに………もしかしてカドックさん、違う用があって僕らの所に来たんじゃあないのかな……?」

 

皇女「そうだわ銀時さん、私もカドックに雑誌を読ませてもらったのだけれど、貴方達の他にも沢山の方々が登場していらしたと思うの。その方達も今カルデア(こちら)にはいらっしゃるのかしら?」

 

銀さん「ん?ああそうだな、ヅラは向こうでオ〇Qの雪像作ってるって聞いてるし、高杉とまだこっちの本編にはまともに出てねえ真選組の連中も─────」

 

カドック「た、高杉だって⁉それに真選組も、土方十四郎もこの会場にいるのかっ⁉」

 

銀さん「えっ⁉あ、え、う、うん……。」

 

カドック「そうか、そうなのか……!ありがとう、その事実を確認出来て本当によかった。GIGAに移籍しても欠かさず読んでるよ、これからも頑張ってくれ!」

 

銀さん「あ、はい……。」

 

カドック「よし、こうしちゃいられない!行くぞアナスタシア!(ダッ)」

 

皇女「もう、カドックったら………それじゃあ私達はこれで、グランプリ目指して頑張ってくださいな。」

 

 

 

神楽「……銀ちゃん、元気出せヨ。相手がスギっちやマヨじゃ仕方ないネ。」

 

パチ君「そ、そうですよ銀さん!カドックさんの推しが高杉さんや土方さんだとしても、銀さんにだってさっき頑張ってって言ってくれたんですし!」

 

銀さん「……もういいよ、そういう中途半端な慰めは(かえ)って傷つくからさ…………あ~もう!こんなトコでうじうじしてる暇なんざ俺らには一刻も許されねえ!こうなったら本気でグランプリ狙って聖杯ゲットしてやらぁ!おい新八っ神楽、この雪像もっとド派手にすっから手伝え!」

 

神楽「あいあいさー!」

 

パチ君「ちょっと、もうその辺でよした方がいいんじゃないですか?現時点で放送規制に引っかかりそうだっていうのに、これ以上卑猥度数上がったら僕ら本当にこの作品ごと消されちゃいますよ?」

 

銀さん「新八、お前は何をそんなに恐れてんだよ?第一公式(FGO)だって去年配信した二部の三章、アレも中々(シモ)いタイトルだったじゃねーか。」

 

神楽「えっと確か、人智統合真国CHIN(チン)……だったっけ?」

 

銀さん「そうそうCHIN(チン)だよCHIN(チン)。二回言うとCHINCHIN(チンチン)じゃねーか。就学前から小学生までの主に男子が大喜びするワードだなオイ。」

 

パチ君「CHIN(チン)じゃねーよSIN(シン)だよっ‼確かにSNSのほうでも散々(ちん)だの騒いでましたけども─────」

 

 

??「む?其処(そこ)(わっぱ)、朕を呼んだか?」

 

 

 またも背後から突然呼びかけられ、咄嗟に振り向く新八始め万事屋一同。

 輝かしいオーラを放ってそこに立っていたのは、ド派手………んんっ失礼、絢爛たる装いの男とも女ともつかない一騎のサーヴァント。

 

 

パチ君「ってうわああアアァァァッ⁉ししし、始皇帝さんんん⁉」

 

朕「うむ、朕こそ始皇帝であるぞ。」

 

神楽「なーなーCHIN(チン)、その恰好寒くないアルか?」

 

朕「これこれ、朕のことはCHIN(チン)ではなく始皇帝と呼ぶがよい。まあ朕は天子である故な、其方(そなた)ら並のサーヴァント達のように(やわ)いものでは…………ハ、ハックチョン!」

 

銀さん「ああもう見てらんねえや、こっちまで寒くなってきやがる。ほら、銀さんのマフラー貸してやっから巻いとけ。少しは(あった)かくなんだろ。」

 

パチ君「始皇帝さん、指の先も真っ赤じゃないですか。僕の手袋でよかったら、どうぞ使ってください。」

 

神楽「それじゃあ私はこの帽子貸してやるヨ、汚したり穴開けたりすんじゃねーぞ?」

 

朕「うむ、うむうむ……!良いぞ、これは何ともポカポカだな!どれも少々毛玉が立っているのが些か気になるが、凍える大気から朕を防いでくれることに変わりはない。」

 

銀さん「へいへい良かったね、ところで始皇帝のアンタがこんなトコで何してんだ?いっとくけど、こっちはグランプリも聖杯も譲らねえぜ?」

 

朕「むっ、其方は確か異世界から来たセイバー………話に聞いていた通りに、不遜な態度の男であるな。そう構えずとも、今の朕は別に聖杯とか欲しくないし。今回は雪祭りの雪像部門に関わる審査員の一人として、こうして会場内を見て回ってただけであるぞ。」

 

パチ君「ええっ⁉始皇帝さん、審査員なんですか⁉」

 

銀さん「それならちょうどいいや、俺ら万事屋の渾身の作品見てってくれよ。」

 

神楽「あまりのクオリティに腰抜かすんじゃねーぞ?」

 

朕「ほう?そこまで自身があると申すのか、朕ちょっとワクワクしちゃうぞ?」

 

パチ君「やめてェェェェェッ‼いくらさっきアナスタシアさん達から絶賛されたからって、始皇帝さんも同じ反応するわけが無いって‼」

 

朕「‼───な、何とこれは………っ⁉」

 

パチ君「ああぁ~もう終わりだ………ましてや審査員の目にこんな猥褻物(モノ)が触れたんじゃあ、僕ら失格で済まされる話じゃな────」

 

 

朕「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲、略してNASJA砲ではないか!完成度高けーなオイ。」

 

パチ君「あれええェェェェェッ⁉デジャヴ⁉これってデジャヴュうううゥゥゥッ⁉」

 

朕「朕が異聞帯を統べる始皇帝であった頃、更なる兵器の製造を試みようと(いにしえ)の書を漁っていたところ、『神々をも恐れる最古の兵器』という肩書と共にこの恐るべき大砲が記されていたのだ。早速韓信らに設計・製造を命じ、朕自身もその解析を試みたものの……長きに(わた)る歳月をかけても尚、最古の兵器の形すらも生み出すことは叶わなかった。だがしかし、今朕の二つの(まなこ)に映るそのNASJA砲の輝かしい姿、正にあの日あの時朕が文献で見たそのものの姿をしているではないか………!」

 

パチ君「………銀さん、異聞帯(ロストベルト)というものが誕生したせいで、人類史がどエラい方向に向かって行っちゃってるんですけど⁉」

 

銀さん「まずいなこりゃ、このまま行くとどの歴史においても、必ずあのチ〇コ砲が絡んできちまう。藤丸達の守ってきた人類史を、あいつ等の未来をチ〇コで染めさせてたまるかってんだ!」

 

パチ君「とうとうこの人認めたよ!アレがチ〇コだと認めちゃったよ‼」

 

朕「因みに朕がNASJA砲を完成させた暁には、自身のこの躯体に装備させる寸法であったのだがな。例えばホラ、ちょうど空いてる股間とか。」

 

神楽「いいな~、私の股間も空いてるからNASJA砲つけたいアル。何かカッケーじゃん?」

 

朕「そうか、カッケーか………今まで実用性ばかり考えていた故な、そのようなことは考えたこともなかった。よし娘よ、朕がNASJA砲を完成させたその時には、其方にも朕と同じモノを特別に拵えてやろう!どうだ~嬉しかろう?」

 

神楽「キャッホー!CHIN(チン)とお揃いアル!」

 

パチ君「ってちょっとォォッ‼僕らが離れた少しの間に、こっちの話もエライ方向に行っちゃってるゥゥゥゥゥッ‼」

 

 

??「あっいたいた、おーい銀さ~ん!皆~!」

 

 

銀さん「あ?このどことなく間の抜けた声は……。」

 

藤丸「間の抜けた声で悪うござんしたね。皆さん冒頭ぶりで~す、カルデアのマスター藤丸立香だよ。」

 

朕「ほう其方か、ああもう~そのように顔を真っ赤にして、朕のマフラー(正確には銀時の)使うか?」

 

藤丸「いいよいいよ、ていうか始皇帝のほうが寒そうだし………ああそうだ、向こうでお汁粉作ったんだって、皆も食べに行こうよ。」

 

神楽「お汁粉⁉食べたい食べた~い!CHIN(チン)も早く行こっ!」

 

朕「はっはっはっ、こらこら急かすでない。」

 

パチ君「それじゃあ、僕らも少し休憩にしましょうか。」

 

銀さん「そうだな、お汁粉お汁粉~♪」

 

藤丸「作ったのエミヤだからね、もしかしたら早くしないと売り切れちゃうかも─────」

 

銀さん「何ィっ⁉こうしちゃいらんねえ、エミヤ特製の汁粉は俺のモンだあぁっ‼」

 

藤丸「あぁっ銀さんズルい!俺だって負けないんだからっ!」

 

 

 

 

 

 

 寒空の下に響く、賑やかな彼らの楽し気な笑い声。

 

 

 

 

 今年もどうか、良い年でありますように─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

銀さん「あれ?そういや雪像コンテストの結果ってどうなったの?」

 

藤丸「えっと、あの後何やかんやありまして、銀さん達万事屋チームと僅かな票の差で、ゴルドルフ新所長率いるカルデアチームが作ったドラ〇もん像に優勝が決まったよ。」

 

皇女「あら、これは見事なドラ〇もんだわ。」

 

朕「朕はNASJA砲に票を入れたんだけどな~………うむ、しかしこの全体的にずんぐりとしたフォルム、(まご)うこと無きドラ〇もんであるな。」

 

新所長(ゴッフ)「ドラ〇もんじゃないってば!ムジーク像だってば………えっと、そんなにドラ〇もんに見えるかな?私……………ねえ?」

 

 

 

 

 

 

 



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銀さん+αと藤丸 カルデアカカオ祭り(Ⅰ)

《※始めに》

・こちらの小話は『不定期開催 銀さんと××』同様、会話形式のものとなっております。

・『白銀の刃』本編内で銀魂サイドからサーヴァントとなったキャラクターからの、バレンタインの贈り物&お返しのシナリオと概念礼装を、書いてる奴の妄想で文章にしたものです。

・こちらの藤丸立香は、小説内同様に男性でお送りさせていただきます。

・リアルだとバレンタイン終わってる?大丈夫大丈夫、FGOのほうはまだバレンタインイベントやってるからセーフってことで。





 

【坂田銀時 『銀さんの特製・スイーツビュッフェ』 】

 

 

  2月14日 カルデア・廊下にて

 

 

「あっいたいた、銀さ~ん。」

 

「おーぅ藤丸君じゃねえか、んな走んなくても銀さんは逃げねえぞ。」

 

「っとと………あれ銀さん、その下げた袋いっぱいに入ったソレはもしや───」

 

「ふっふっふ………よくぞ気付いたな藤丸、流石は俺のマスターだぜ。」

 

「いや、そんなデカデカと『糖』なんて書いてる目立つエコバッグをさ、しかもこれ見よがしに突き出してる時点でかなり露骨なんだけど。マスターでなくても分かると思うよ。」

 

「へっへ~、何とでもいいな。今の銀さんは突如到来したモテ期によって、テンションもNPも浮かれオーバーチャージMAXだからな!」

 

「凸カレスコ装備してなくてもNPマックスなの?じゃあそのまま周回行こうか?」

 

「そうしたいのは山々なんだがな~、でもホラ今日はバレンタインじゃん?いや~銀さんはンなコトすっかり忘れてたんだけどさ?な~んか歩いて出くわす女子面々が次々にチョコくれるもんだからさぁ?それにホラ、まだ銀さんに渡してない子もいるかもしれないしぃ?そんな子ほっぽってクエストなんてやってらんねーから、悪ぃけど今日の周回、俺はパスで。」

 

「ちぇ~………それにしても、本当に沢山貰ったんだね。エコバックもうパンパンではち切れそう─────あっ銀さん、カードが何枚か落ちたよ。」

 

「え、マジで?アラやだ~俺への愛のメッセージ達が、藤丸君拾って拾って~?」

 

「はいはい、しょうがないな…………お、これってブーディカさんから?こっちは刑部姫からだし、エレシュキガルのもある。ええと何々………」

 

 

 

【 万事屋さんへ

  この間のおやつパーティー、お菓子作りを手伝ってくれてありがとう!銀時君の作ったお菓子、子ども達もとっても喜んでくれてたよ。またお手伝いお願いすることがあるかもしれないから、その時はよろしくね!  ブーディカお姉さんより感謝を込めて 】

 

 

【 銀ちゃん始め万事屋一同様へ

  どもども~おっきーです(‘ω’)ノ 先日は皆さんで姫の原稿のお手伝い、本当にありがとうございました!共に三徹オールして頂いたお陰で無事脱稿出来まして、誠に申し訳なさと共に圧倒的感謝デス☆彡

  また原稿間に合わなくなりそうだったらご依頼しますので、その時はまたよろでっす♪ではでは~(-ω-)/ 】

 

 

【 万事屋さんへ

  この前はサバチューブに投稿する動画の撮影を手伝ってくださり、ありがとうございました。

  ところで次の企画のお話なんだけど、『大激突!夜兎の胃袋VSカルデア料理班!食糧庫が空になるまで終われまTEN!』っていうのを生配信でやるのはどうかしら?せっかくなので、特別ゲストとして神楽のお兄さんのバーサーカー君もお呼びしたいのだけれど………どうか検討のほど、よろしくお願いするのだわ?

  冥界の女主兼最近はサバチューバーデビューも果たしたエレシュキガルより】

 

 

 

「(これは………銀さんへの愛のチョコというより、今まで銀さん達が万事屋として依頼を引き受けたサーヴァントや職員さん達からの、お礼としての感謝チョコの方が圧倒的に多いのでは……?あとエレシュキガルには後で注意しておこう。)」

 

「藤丸、どした?まさか思わず固まっちまうほどに熱烈な愛のメッセージでも書いてたかぁ?(ニヤニヤ)」

 

「え?あ、アハハ……う、うん。それにしても銀さん、カルデアに来てからも万事屋銀ちゃんの仕事、結構順調みたいだね?」

 

「ああ、(QP)集めの為にまた三人と一匹で副業として始めたら、これが忙しいのなんのって。昨日までだって、女サーヴァント連中にバレンタインの買い出しやら試作品の手伝いやら試食やらでてんやわんやだったぜ。」

 

「成程ねえ、でもカルデア(こっち)でも頼りにされてるなんて凄いじゃない。流石伊達に長いこと万事屋やってるだけあるね。」

 

「おう。まあ依頼がバンバン来るお陰で、ここの連中とも早く打ち解けられたってのもあるからな、万事屋様々ってとこだ………ところで藤丸よぉ。」

 

「ん?なに銀さん?」

 

「さっきからお前がぶら下げてる紙袋、それもお前の今日の戦利品か?」

 

「おっといけない、忘れるとこだった………はい銀さん、どうぞ。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの赤い袋】

 

 

「………へ?何コレ、お前もくれんの?」

 

「あ、やっぱり男からだと嫌かな?何だったら今からマイルームひとっ走りしてきて性別女の子に変更してくるから、もっかいやり直す?」

 

「いーよ別に、つか女になっても中身がお前だって知ってちゃ世話ねえだろ。」

 

「あはは、それもそうか。」

 

「ったく………でもまあ、まさかお前からも貰えるとは思ってなかったわ。コレってアレか?バレンタインに便乗した友チョコ的なやつ?」

 

「んん~、友チョコというかは(むし)ろ……サーヴァントの皆の、日頃の頑張りを(ねぎら)う『感謝チョコ』」ってやつかな。」

 

「感謝、か………まあ、それならありがたく頂いとくぜ。サンキューな。」

 

「ところで、チョコあげといてなんだけどさ、銀さん他にも貰った分かなりあるじゃん?本当に食べきれるの?」

 

「藤丸君、俺を誰だと心得てやがる?次期糖分王の座に就く資格を持つこの俺が、これしきのチョコレートを一欠片、いや箱の底に付着したカスの一つも残すことなく平らげてやるぜ!ガ~ッハッハッハ!」

 

「ははは、流石は銀さん………じゃあ俺、他の人にも渡してくるから。」

 

「おお、じゃあな─────いや、ちょっと待て藤丸。」

 

「なに?おかわり分のチョコは無いから渡せないよ?」

 

「ちげーよ、どんだけ(いや)しい奴だと思われてんの俺………まあ何だ。このお返しはちゃんと用意してやっから、期待しててくれよ?」

 

「?………うん、じゃあ楽しみに待ってるよ。」

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

  ───1か月後、カルデア食堂前。

 

 

「銀さんに呼び出されたのはいいけど、何の用だろ………お?何だか甘くていい香りが。」

 

「あっ先輩、いらしてたんですね。」

 

「あれ、マシュ?てことはマシュも銀さんに呼ばれたの?」

 

「はい。先程銀時さんに食堂に来るよう言われまして………それにしても、このいい香りは一体何でしょう?」

 

「(ヒョコッ)おっ、来たかお前ら。んなとこ突っ立ってないで早く入れよ。」

 

「銀時さん!は、はい。では失礼します。」

 

「ねえ銀さん、一体食堂で何して─────って、うわぁ!」

 

 

 

 目を丸くして驚く、藤丸とマシュ。

 

 

 

 二人が食堂で見たものは………広いテーブル席にずらりと並ぶ、色とりどりのたくさんのスイーツ達。

 

 

 天高く積まれた、カラフルなマカロンのタワー。それに負けず劣らず(そび)え立つ、色とりどりのロールケーキ。

 

 デコレーションケーキ、カップケーキ、宝石のように輝かしいフルーツタルトやカラフルなゼリーに、生クリームの乗った大きなプリン。他にもシュークリームやカヌレなどが並ぶ中で、一際(ひときわ)目を惹いたのは………甘い香りと共にチョコレートの滝を生み出す、巨大なチョコレートファウンテン。

 そこを囲うようにして、丸いテーブルの上にはカットされたフルーツやカステラ、そしてマシュマロなどが、皿にどっさりと並べられていた。

 

 

「「す………すっごぉぉぉぉぉぉい‼」」

 

「驚いたか?驚いただろ?うんうん、銀さんそのリアクションが見たかったんだよ。」

 

「えっえっ⁉何なに何なのコレ⁉どうしたの銀さん⁉」

 

「これは………いわゆるビュッフェスタイルというものですね⁉それにしても、こんなにたくさんのお菓子が並べられて………あの、もしや銀時さんが全てお作りになられたのですか?」

 

「まさか、所々はエミヤにも手伝ってもらったさ。まあメニューの作成やらは、全部俺がやったんだけどな。」

 

「それにしても銀さん、こんなに張り切っちゃってどうしたの?今日誕生日の人いたっけ?」

 

「おー、誰かバースディの奴がいたら一緒に祝ってやれるけどよ………あーホラ、今日はその、アレだわ。アレあれ。」

 

「アレアレ?オレオレの方は知ってるけど?」

 

「詐欺じゃねえわ鈍朕!じゃなかった鈍チン!314っつったらさ、バレンタインに受けた恩やら仇やらを三倍くらいにして返す日に決まってんじゃん!ほんっとお前、まだ若いんだからそういうイベントと自分の誕生日は忘れちゃ駄目だぞ?」

 

「えっ、てことはこれってバレンタインのお返し?俺あんな少ししかチョコレートあげてないのに、こんな大々的にお返しされたら来年からはトラック一台分くらい用意しておかないと!」

 

「そしたら来年の銀さんはトラック三台分お返し用意しなきゃならねえからマジでやめて‼別にお前だけにってわけじゃねえよ、そうだったらマシュも呼んでねえからな。」

 

「あ、そういえばそうか。」

 

「お前からチョコ貰った後に、マシュからもバレンタイン貰ったからな。ありがとなマシュ、アレ美味かったぜ~。」

 

「いえ、銀時さんのお口に合うことが出来たのなら私も光栄です!」

 

「ん?でも二人分にしたって、この量は多過ぎる………もしかして銀さん、これってもしかして。」

 

「そ。バレンタインデーにチョコくれたヤツら皆への、俺からの(ささ)やかなお礼ってわけだ……………おっと、他に呼んだ奴らもご到着みてぇだ。」

 

 

 

「ごきげんよう銀時、ホワイトデーのお茶会にお招き頂いてどうもありがとう!あら、マスターとマシュもいらしてるのね?それならよかったわ!私ね、この日の為にとっておきのお茶の葉をデオンと選んできたの。貴方の作った美味しいお菓子と一緒に、皆さんで頂きましょう!」

 

「クハハハハ!来てやったぞ銀色の人、さあ(われ)にどのようなもてなしを────にゃ、にゃにゃにゃんとォォォォッ⁉マカロンの塔、チョコレイトの滝、ぷりんにぜりぃに………けけ、ケーキまでこんなに………ここはもしや極楽浄土なのでは⁉えっ嘘、吾いつの間に死んだの⁉酒吞っしゅてーん!」

 

「やっほ~銀ちゃん!僕もお呼ばれしたから来ちゃった!ってわ~!わ~っ‼すっごいね、まるでお菓子の王国だぁ!美味しそ───あり?どしたのサリエリ君、そんな端っこから覗き見なんてしちゃって………はは~ん成程、さては君も銀ちゃんのスイーツ達が気になるんだなぁ?だったら食べたいって銀ちゃんにお願いしにいけばいいんじゃない?え、恥ずかしいって?そんなの一時の感情だよ~。僕なんてさぁ、羞恥心どころか理性も吹っ飛んじゃってるし?ほらっ僕も一緒に頼んであげるからさ、レッツゴ~!」

 

 

 

「す、凄いです……女性だけでなく男性の方々も、ぞろぞろと食堂に集まってきています!」

 

「これもきっと、銀さんが万事屋として………ううん、坂田銀時として紡いだ縁なんだろうね……………本当、凄いなあ。」

 

「ったく、何しんみりしてんだよ。そろそろ新八や神楽、それにダヴィンチ達も来る頃だろうし、無くなる前にお前らも早く食っちまいな。」

 

「はい!では先輩、早速頂きましょう!」

 

「よしきた!俺達も行こう、マシュ─────銀さん、最高のお返しをありがとう!いただきますっ!」

 

 

 

 

 

 

「………最高のお返し、か。」

 

「人理の運命なんかの為に戦って、理不尽に立ち向かって、そんで心も体もボロ雑巾みたいになっちまって………それでも真っ直ぐ前にしか歩いていかねぇお前に、俺はこれくらいのことしかしてやれねえけどよ。」

 

 

 

「─────やっぱ銀さん的には、そうやって美味いモン食って仲間と笑ってる時の顔の方が、ガキらしくて安心するぜ。藤丸。」

 

 

 

 

 

 

 

 

《礼装解説》

 【銀さんの特製・スイーツビュッフェ】

 

 坂田銀時からのバレンタインのお返し。

 食堂に(おもむ)いたら、そこはスイートなパラダイスだった───。バレンタインに次ぐお菓子のフェスティバルということもあり、いつもより張り切った銀さん。マカロンタワーにチョコレートファウンテン、ケーキやその他諸々も合わせてその品数は十数を超える。しかし流石にしんどかったようで、「暫くは台所立ちたくねえや、周回組に加わってもいいかな……」と零していたとか。

 

 

 ─────自身が『白夜叉』と呼ばれていた頃の(よわい)の彼/彼女ら。人理修復という険しい道を駆け抜け、傷を負っても尚足を止めない『彼/彼女(マスター)』の、ほんの一時の安らぎになれば。

 

 

 ※(ちな)みにスイーツは勿論銀さんも食べた。

 本人(いわ)く、『やっぱケーキの相棒は、いちご牛乳しかねえよな。』とのこと。流石に皆ちょっと引いてた。

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

 



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銀さん+αと藤丸 カルデアカカオ祭り(Ⅱ)

《※始めに》
・こちらの小話は『不定期開催 銀さんと××』同様、会話形式のものとなっております。

・『白銀の刃』本編内で銀魂サイドからサーヴァントとなったキャラクターからの、バレンタインの贈り物&お返しのシナリオと概念礼装を、書いてる奴の妄想で文章にしたものです。

・こちらの藤丸立香は、小説内同様に男性でお送りさせていただきます。

・FGOのバレンタインイベントもそろそろ終了が近付いてきてますね。てか今日で終わりじゃね?でもまだ時間的にギリ終わってないので、今話の投稿も何とかセーフということで………え、駄目?







 

【志村新八 『侍魂と、マカデミアンナッツチョコ』】

 

 

  2月14日、(再び)カルデアの廊下にて。

 

 

「てなわけで新八君、ハイこれどうぞ~。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの赤い袋】

 

 

「……………へ?」

 

「あれ?もしかして新八君、チョコ嫌いだった……?」

 

「いや、チョコは好きだしよく食べるけど────ってそうじゃなくて!え、え?チョコレート?僕に?なな、ななな何で⁉」

 

「や、だって今日はバレンタインだし。日頃からお世話になってるサーヴァントの皆にせめてものお礼をしようかと、毎年こうやって感謝チョコをあげてるんだ。ああ別に、そんなに重く(とら)えなくてもいいよ?要は『友チョコ』みたいなものだしさ………もしかして、迷惑だったかな?」

 

「いやいやいやいや全然‼ちっとも‼えっと、その………紛らわしいリアクションしちゃってゴメンね。そっか、友チョコかぁ………何か嬉しいなあ。毎年バレンタインに貰えるチョコって、決まって姉上からのだけだったからさ。ありがとう藤丸君、大事に食べるね!」

 

「……………(ジ~)」

 

「あれ?ど、どうしたの?」

 

「いや、新八君のことだからこんな時はてっきり、『ありがとうきびう〇こォォ‼』と叫んでくれるもんだと────」

 

「アアアア駄目だって‼君はFGO(こっち)サイドの主人公なんだから、勝手にう〇ことか下品な発言させたら型〇やらディ〇ライ〇ワー〇スさんに怒られるゥゥゥッ‼てか銀さんじゃないんだから、チョコを前にしてう〇ことか言わないでもうっ‼」

 

「いや~悪気は無かったんだ、ゴメンごめん。でも貰ってくれて本当によかったよ………それじゃ俺、他の皆にも渡してこなきゃいけないから、またね!」

 

「うん、藤丸君もチョコ配るの頑張って。それじゃ!」

 

 

 

「(─────びっっっくりしたぁ~………‼確かに藤丸君て、普段からこんな僕にも凄くよくしてくれてるけどさ、今はマスターとサーヴァントの関係なんだし………でも、でもまさか………人生でも英霊(サーヴァント)生でも、初めての()()()()を、藤丸君(マスター)から貰えただなんて……………ハッ‼いかんいかん、呆けてる場合じゃないぞ志村新八!貰った以上はそれに相応しいお返しをしないと……でも、藤丸君って何をあげたら喜んでくれるのかな?人の良い彼のことだから、何をプレゼントしても笑って応えてくれそうだけど………ぃよっし!こうなったら、普段から藤丸君と仲のいいサーヴァントの人達に色々話を聞いて、それを参考にしてみよう!)」

 

 

 

 

【参考サーヴァントその① マンドリカルド】

 

 

「あっいたいた、マンドリカルド君!」

 

「ん………ああ新八、何か用か?」

 

「えっとね、話すと長いし行数も文字数も使っちゃうから………そうだ、実はかくかくしかじかで。」

 

「えっ、マスターからチョコを貰ったから?そのお返しに何をあげたらいいか参考にしたいから話を聞かせてくれ、って………あのなぁ新八、そんなん俺が知りたいくらいッスわ。俺だってマスターに何返したらいいか、チョコ貰った日からずっと考えに考えて夜も(ろく)に寝られてないんだかんな……。」

 

「そ、そんなに悩むものなの?バレンタインのお返しって。」

 

「悩むよ。俺は超悩む。だってマスターってさ、良すぎってくらい人が良すぎるから大体何あげても笑顔で答えてくれそうじゃん?それにマスターにチョコレートの礼がしたいって奴は他にもわんさかいるだろうし、そいつらと極力中身が被らないようにしないといけねえだろ……?」

 

「確かに……ていうかマンドリカルド君、そこまで考えてるんだ。流石というか何というか………。」

 

「当ったり前だろ!あのマスターが俺みたいな陰キャ英霊にまでチョコレートくれたんだぞ?(ちな)みに俺はチョコ貰った時、リストラされるんでないかと恥ずかしい勘違いをして身構えたりしてたけど、別にそんなことはなくて心底からホッとしたわ………あぁ、ホントよかった。あのままリストラされてたら俺、駆け込んだショップに頭から突っ込んでこの身をマナプリズムに変還してるとこだったからさ。」

 

「どんだけ卑屈になってたんだよ⁉聖杯まで入れてレベルも絆も上げた君がある日唐突にマナプリ(メロンゼリー)×3個になって(かえ)ってきた時のマスターの反応(リアクション)とか、想像しただけで超胸痛くなるわぁっ‼」

 

「まあとりあえず話を戻して、だ。やっぱり貰ったからには、お返しはちゃんとしときたいだろ?だから今のとこ考えてんのは、その………出来ればあまり邪魔にならない程度の、でもたまの暇な時間にでも使ってほしいな、って感じのものにしようかと。」

 

「成程、形として残せるものか………ありがとうマンドリカルド君、参考になったよ!」

 

「そっか、それならよかった………マスターへのお返し、お互いちゃんと渡せるといいな、新八!」

 

 

 

 

「………なーにが『ちゃんと渡せるといいな』だよ、俺ってば。上からモノ言える立場じゃねぇだろっつの………は~ぁ、俺もどうしよっかな。マスターへのお返し。」

 

 

 

【参考サーヴァントその② 清少納言】

 

 

「あれ~パッチーじゃん!おつおつ~!」

 

「せっ、清少納言さん?あの────」

 

「あ~んもぅっ、なぎこさんて呼んでってば!な・ぎ・こ・さ・ん!ほらほらぁ呼んでごらん?セ~イ?」

 

「わわっ近い近い距離が近いぃっ‼わ、分かりました、じゃあ………なぎこさん。」

 

「そーそー、我ら同じカルデアの同じマスターの為に働く鯖仲間じゃん?呼び方にしろ言葉遣いにしろ堅っ苦しくなくていいからさ、アタシちゃんに対して特に遠慮なんていらねぇんだぜ?パッチーよぉ。」

 

「はぁ……それじゃ遠慮なく、かくかくしかじかでして。」

 

「ほぇ~、ちゃんマスから貰ったチョコのお礼ねえ。ん~そうだなぁ………無難に消えモノのとかがいいんでない?疲れた時に(つま)めるお菓子とか。」

 

「お菓子かぁ………でもそれって、他の人達と被ったりしないかな?」

 

「でもさ、ホワイトデーにあげるものってバレンタインみたくチョコ縛りではないじゃん?アタシちゃんの見解としては、ホワイトデーにお返し持ち寄るここのサーヴァント連中の(ほとん)どは、残せるものを持ち寄ってくると思うんだよね~。まあ勘だけども。」

 

「う~ん………さっき聞いたのと意見が真っ二つに割れちゃったなぁ。残せるものと消えるもの、どっちがいいか……。」

 

「まぁまぁ、ホワイトデーまで時間だってあるしさ。とりまゆっくり考えてみてもいいんじゃね?でもアタシちゃんから一つアドバイスをするとしたらさ………そんな深く考えんでも、パッチーがこれこそ自分らしいってモンをちゃんマスに送ればいいんでね?」

 

「僕らしい、モノ……?」

 

「そうそう。ちゃんマスが喜ぶモンなんて多過ぎて、いちいち挙げてたらキリなくなっちゃうよ。だったらここはもうパッチーが好きなモンをチョイスしてさ、それをちゃんマスにプレゼントしちゃいなよ?そしたら他の奴らと被ることもないと、なぎこさんは思うのでした。」

 

「そうか………ありがとうなぎこさん、色々と参考になったよ!」

 

「おうよ!また困った時にはいつでもなぎこさんを頼りな、パッチー!」

 

 

 

【参考サーヴァントその③ 坂田銀時】

 

 

「藤丸にやるお返しだぁ?んなモン決めるためにあっちこっちのサーヴァントに相談しまくってんのかオメーは………いいかよく聞け新八。お前も男として理解があるだろうが、男同士で送り合って喜ばれるモノっつったら大体相手の嗜好に合わせた十八禁のエロ本って相場が────」

 

「お約束の回答してんじゃねェェェェェッ‼ンなモン友チョコのお返しに出来るかァァァァッ‼(ビターンッ!)」

 

「カカオマスッ⁉」

 

 

 

 

 

「………ふう、大分色んな人達から話を聞けたな。銀さんのは参考にならないとして、僕から藤丸君へ送るお返しは─────よし決めた、これでいこう!」

 

 

 

 

 

  ───後日、3月14日ホワイトデー。藤丸の部屋。

 

 

  コンコン、

 

「───藤丸君、入ってもいいかな?」

 

「いいよ、どうぞ~。」

 

「ありがとう、それじゃお邪魔します……。」

 

「いらっしゃ~い………それにしても、さっきはどうしたの?廊下で会うなり、『30分後に部屋で待ってて』だなんて。」

 

「ごっゴメンね?いきなりあんな事言って………えっとさ、藤丸君に渡したいものがあって。」

 

「俺に?」

 

「うん、その……………ハイこれ!僕からのバレンタインのお返し!」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【渡されたのは、約1m程の細長いものが包まれた袋と、丁寧に包装された箱】

 

 

「わぁっ、何だろう?開けてみてもいい?」

 

「う、うん……どうぞ。」

 

 

 わくわくしながら、細長い包みを解いていく藤丸。

 

 

 そこから現れたのは─────1本の竹刀(しない)であった。

 

 

 

「これって…………竹刀?」

 

 

「え、えっと………アハハッゴメンね!チョコレートのお返しが竹刀なんて………でも、僕なりに考えてみたんだ。カルデアに来て、(マスター)と出会って、今日まで色んなことがあった。君や銀さん達と笑い合ったり、時には悔しくて泣いたり、どうしようもない壁にぶつかって立ち止まったり………でも君は、マスターはいつだって前を向いていた。目の前にある現実がどんなに辛い時ほど、マスターは笑って僕らを励ましてくれていた………その在り方に、君の笑顔に、僕の記憶の中で重なる人がいた─────泣きたい時ほど笑う人間は本当に強いんだって、その人は最後の()()に教えてくれたんだ。」

 

 

「………新八君。」

 

 

「僕は………僕は強くなりたい。カルデアのサーヴァントとして、君のサーヴァントとして、そして………君がいつか心の底から悲しんで、声を上げたい程に泣いてしまいたい時が来ても………そんな君を(サーヴァント)として、側で支えてあげられるくらいに───僕も君と一緒に、強くなっていきたいんだ。」

 

 

「……………。」

 

 

「……ええと、ゴメンね?若干シリアスな空気にしちゃって………だからその、もし藤丸君がよかったら、いつか暇なときにでも一緒に剣の稽古(けいこ)なんてどうかな、と思って…………迷惑、かな?」

 

 

 

「……………ううん、全然……決してそんなことはない─────ありがとう新八君、大切に使わせてもらうよ。」

 

 

「あ………えへへ、どういたしまして!」

 

 

 

「ところで……こっちの箱は何が入ってるんだろう(ガサゴソ)…………『ワイハー星名物・マカデミアンナッツチョコ』?」

 

「えっとそれは、その………疲れた時に摘めるおやつ、的な?ああっでもバレンタインでチョコなんて飽きる程食べてるよね⁉ゴメンよ僕ったら、本当に気が利かな─────」

 

「うんうん、美味しいねこのチョコ!確かに摘めるおやつには最適かも。」

 

「ってもう食べてるし⁉」

 

「ほら、せっかくだから新八君も食べようよ?こんなに美味しいと俺このまま全部食べちゃうかも、ンンンやめられない止まらない~(パクパクッ)」

 

「ああっ藤丸君たら、そんなに一気に頬張って………ちょっと待っててね、今お茶煎れるから。」

 

 

 

 

 

「(よかった…………受け取ってくれて本当にありがとう、藤丸君(マスター)。)」

 

 

 

 

【神楽 『うさぎとパンダのチョコ、あと酢昆布』】

 

 

  2月14日早朝、藤丸の部屋。

 

 

 

「くか~………すやぁ………。」

 

「フォウ………プゥ、プゥ………。」

 

 

  ………ドドドドドドドド、

 

 

「キュ………フォウ?」

 

「ふがっ………んん、何………何の音?」

 

 

  ………ドドドドドドドド‼

 

 

「えっ………えっえっ何なに?地震⁉」

 

 

  ドンドン‼ドンドンドン‼

 

 

「ふ~じ~ま~るゥゥゥゥゥゥゥッ‼」

 

 

  ドゴォォォォォンッ‼

 

 

「おわあぁぁぁぁぁあぁっ‼とっ扉がァァァッ‼」

 

「フォウフォーゥッ‼」

 

「(ヒョコッ)ぃよ~お藤丸!カルデアの雌共からバレンタインチョコわんさか搾取出来てるアルか?」

 

「か、神楽ちゃん………おはよう。」

 

「あれ?チョコらしきものが全然無いヨ、今年は収穫ゼロアルか?」

 

「神楽ちゃん、時計見て時計……まだ寝惚け頭の俺だけどさ、時刻はまだ朝4時前に見えるんだけどなぁ。今しがたまでまだ布団の中でグースカしてたんだけどなぁ………ふあ~ぁ。」

 

「フォア~ァ……。」

 

「マジでか(チラッ)……あっホントだ、まだお日様も昇らない時間だったアル。朝起きたら藤丸に一番に渡しに行こうと思って、張り切って早起きし過ぎたヨ。ごめんナ?」

 

「まあ、こうして君に扉壊されるのも一度や二度じゃないし………でも次からは4tトラックが突っ込んでくるような勢いでノックするのはやめてね?」

 

「分かったアル!じゃあ次からはキックにするヨ!」

 

「ノックもキックもやめて?あとちゃんと勢いは殺してね…………それで神楽ちゃん、こんな早朝にどんな用で?」

 

「フォウ?」

 

「おっとそうだった、えっとぉ(カサゴソ)………よし、箱はそんなに潰れてないアルな。ハイ藤丸、ありがたく受け取れヨ!」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、不器用にリボンが施された可愛らしいラッピングの箱】

 

 

「これって………バレンタインのチョコ?」

 

「それ以外に何に見えるネ?いいから早く開けてみるヨロシ!」

 

「えっ今なの?」

 

「モチのロンヨ!自信作なんだから、まず見てほしいアル!」

 

「どれどれ、それじゃあ早速────」

 

 

 リボンを解き、所々やや凹んだ箱を開けると………カラフルなアルミカップに並べられているのは、やや(いびつ)ながら可愛らしいウサギとパンダのチョコレート。

 

 

「わぁっ、可愛い……!」

 

「フォーゥ!」

 

「ふふん、スゲーだろ?昨日ナーサリーやアビー達と皆でたっくさん作ったアル………たっくさん、20個くらい作ったんだけど。」

 

「?………だけど?」

 

「その……ちょっとずつ味見してたらあんまり美味しくて、止まらなくて………気付いたら、ウサギもパンダも一個ずつしかいなくなってたヨ。」

 

「フォーゥ……。」

 

「そ、そっかぁ………でも嬉しいよ。そんな美味しかったチョコを俺に2個も残しておいてくれたんでしょ?ありがとう神楽ちゃん。」

 

「!───え、エヘヘ………そうアル!神楽ちゃんに感謝しながらありがたく食べるヨロシ!」

 

「うん!じゃあ後で頂くから、とりあえず一旦机の上に───」

 

「あっ、待ってヨ藤丸!ええと(ガサゴソ)………はい、コレも上げるネ!」

 

「これって………神楽ちゃんがよく食べてる、酢昆布?」

 

「お前にあげるチョコほとんど食べちゃったからな、その足りない分アル。今日一日でカカオに(まみ)れた口の中のリフレッシュに食べるといいネ。それじゃあな!」

 

 

 

  タッタッタッ………

 

 

 

「………行っちゃった。」

 

「……フォーゥ。」

 

「………壊れた扉、どうしよっか?」

 

「フォウ、ンキュッ。」

 

「………そうだね、明るくなったら万事屋(銀さん)呼んで直すの手伝ってもらおうか。」

 

「フォウ、フォウフォーゥッ。」

 

 

 

 

【定春 『背中に乗せてお散歩してあげる券』】

 

 

  2月14日、(もはや恒例の)カルデアの廊下。

 

 

「はい定春、君にもバレンタインプレゼントだよ。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの赤い袋】

 

 

「わう?」

 

「ワンちゃんにチョコレートはNGだから、代わりに美味しいビーフジャーキーにしたんだ。いつも本当にありがとう、よかったら食べてね。」

 

「ワンッ!ワンワンッ!(ガバッ)」

 

「うわっ!ちょっ重い……アハハ!くすぐったいよ定春、ってギャアアァ(よだれ)がっ涎が服の中にィッ‼」

 

 

 

 

「あれ~定春、その(くわ)えてる包みどうしたアルか?」

 

「ワンワン!」

 

「んん……?コレと同じの、銀ちゃんと新八も持ってたネ。もしかして藤丸から貰ったバレンタインアルか?」

 

「わうっ!(コクリ)」

 

「どれどれ中身は……おお、ちゃんと定春に配慮したジャーキーが入ってるネ!流石は藤丸、気遣いも出来る私らの頼れるマスターアル!」

 

「わんっ!…………くぅーん。」

 

「ん?どしたの定春?」

 

「わぅ、わうぅ………。」

 

「……もしかして、藤丸にジャーキーのお礼したいアルか?」

 

「わんっ(コクリ)」

 

「よっし!それならホワイトデーまでに、藤丸が喜びそうなこと沢山考えるアル!」

 

「ワンワンッ!」

 

 

 

 

 

  ────後日、3月14日。

 

 

「ワンワ~ンッ!(ドンッ!)」

 

「おっふ⁉痛たた………どうしたの定春?」

 

「わんっ!ワンワンッ!」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトが(以下略】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの(以下略】

 

 

「これは………でっかい肩たたき券?いや違うな、何か書いて………『背中に乗せてお散歩してあげる券』?」

 

「わんっ!」

 

「あ、手紙が添えてある。これは神楽ちゃんからかな………」

 

【藤丸へ 

 定春にもバレンタインプレゼントありがとナ。お返し何にしたらいいか二人で考えた結果、私の特等席である定春の背中に特別に乗せてあげる券にしました。使い方は定春に許可を取ってから、券に肉球でスタンプを押してもらえばいいはずなので。どうか楽しく使ってください  神楽より

 

  P・S  ジャーキーなかなか美味かったアル。次は私の分も用意しとけよナ。】

 

 

「って君もジャーキー食べたんかいっ⁉もう神楽ちゃんたら、定春の分だっていうのに……。」

 

「わふっ(グイグイ)」

 

「うわっ………もしかして定春、早速この券使ってほしいの?」

 

「ワンッ!」

 

「………そっか。じゃあ今からダヴィンチちゃんのところに行って、どこか走り回れそうな広い場所のシミュレーターでも起動してもらおう!」

 

「ワンッ!ワンワンッ!」

 

 

 

 

《礼装解説》

 

【『侍魂と、マカデミアンナッツチョコ』】

 

 志村新八からのバレンタインのお返し。

 マスターに渡した竹刀は、彼のいた家が経営する道場・『恒道館』にて日々の鍛錬として使用していたのと同じものであり、初心者でも扱いやすい。

 

 ……マスターの、大切な友からの贈り物に対する最高のお返しをする為にと、日々頭を悩ませてきた新八が答えとしたのは───この竹刀と、共に込めた己の『侍魂』。

 これから訪れるであろう苦難も、耐えられない程の悲傷も乗り越えていける強い心を、マスターと共に築いていきたいという願いと共に送られた一品。

 

 剣の振り方の指南であればお任せあれ。この恒道館道場・天堂無心ビームサーベ(ルー)跡取りである志村新八が、その真髄を一からご教授致しましょう。

 

 (ちな)みにマカデミアンナッツチョコは普通に美味しい只のおやつ。新八に頼まれて取り寄せを行ったダヴィンチもこのチョコ菓子を大層気に入り、彼女の工房に高々とその箱が積まれている光景が(しばら)く見られたとか。

 

 

 

【『うさぎとパンダのチョコ、あと酢昆布』】

 

 神楽からのバレンタインチョコ。

 カルデアの女の子友達と皆で楽しく作った、ウサギとパンダの形をした可愛らしいチョコレート。可愛く美味しく、何よりマスターが喜んでくれるようにと想いを込めて作られた一品。

 

 しっかり味見をするために、一口。思いのほか美味しく出来たのが嬉しくて、もう一口。マスター喜んでくれるアルかな、またまた一口…………あれ?20個ほど作ったはずのウサギとパンダが一匹ずつしかいなくなってるヨ?何で、味見するとチョコ無くなってしまうん……?などというプチハプニングを経て、(ようや)くマスターの元へと届けられた生き残りの二匹のチョコ達。部屋の扉を直した後に、無事美味しく頂かれた。

 

 (ちな)みにおまけとして渡された箱入り酢昆布は、彼女が言ったようにカカオの甘味で満たされたお口のリフレッシュに最適だった模様。ンンッ程よく酸っぱい。

 

 

 

【『背中に乗せてお散歩してあげる券』】

 

 定春からのバレンタインのお返し。

 普段は飼い主である神楽しか乗せることのない、そんな彼の背中に乗れるという特別なチケット。使い方は簡単で、使用したい(むね)を伝えて券を呈示(ていじ)すればよい。定春が了解すれば、その証として券に彼の大きな肉球スタンプが押され、これで完了。後はシミュレーションなりレイシフト先なりで、定春の大きくてモフモフな背中に乗ってお散歩を楽しめるのだ。

 

 ただし、安全ベルトの(たぐい)は存在しない上に、定春は容赦なくスピードを上げたり急旋回しなりなどするため、振り落とされないようにするにはしっかり掴まるか、また安全策として乗り慣れている神楽にも同乗してもらうことを強くお勧めする。

 

 

 

《続く》

 

 

 

 



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銀さん+αと藤丸 カルデアカカオ祭り(Ⅲ)

《※始めに》
・こちらの小話は『不定期開催 銀さんと××』同様、会話形式のものとなっております。

・『白銀の刃』本編内で銀魂サイドからサーヴァントとなったキャラクターからの、バレンタインの贈り物&お返しのシナリオと概念礼装を、書いてる奴の妄想で文章にしたものです。

・こちらの藤丸立香は、小説内同様に男性でお送りさせていただきます。

・リアルバレンタインもFGOのバレンタインイベントも終わってしまいそれ以前に2月なんてとっくに終わっとるやんけという只の大遅刻投稿になってしまい誠にスイマッセェェェェン‼‼という思いで書き進めましたので許してください300円あげるので(銀さんが)

・今回第三弾となるバレンタインエピソードですが、最後のおまけに特別ゲストとして
『不定期開催・銀さんと××』シリーズにのみ登場する『彼』もバレンタインに参加したいとのことです。一体何銀さんなのやら………。

・尚【高杉晋助】の話の中でふわっと二部六章のネタが入ってる箇所がありますので、ネタバレNGの方はご注意ください。





【桂小太郎 『雪白片吟(イザベラ)絶対障壁(ブークリエ)(レプリカ)』】

 

 

  2月14日、(もはや恒例の)カルデアの廊下にて。

 

 

  ツターンッ、ツターンッ(床を蹴るSE)

 

「ん~ん~♪ンフフフフフ……♪」

 

「(………あからさまに上機嫌な桂さんが、向かいから軽快なスキップと共にやってくる。)」

 

「ん?……おおっマスターではないか。いやいやこれは、恥ずかしいところを見られてしまったな。」

 

「こんにちはヅラさ……桂さん、随分ご機嫌みたいだけど、何かいい事でもあった?」

 

「ふっふっふ……今何か言い掛けたような気もするが、気分のいい俺の耳には入らなかったことにしよう。実は先程まで食堂にいたのだが、何やら今日は何時(いつ)にも増して賑やかでな。折角なのでその場にいたモフモフ系サーヴァントや胸キュンアニマルの面々との歓談や触れ合いに、楽しく時を過ごしていたのだ。しかもここに来る途中も運のいいことにドゥムジ殿と出くわしてだな、あの黄金に輝く羊毛をモフモフさせてもらって………ああ、思い出すだけで何という至福!」

 

「あの桂さん、(よだれ)が凄いことに………。」

 

「むっ、いかんいかん(ゴシゴシ)………しかしマスターよ、カルデアとは誠に素晴らしい場所であるな。様々な時代の様々な英雄や偉人達、果ては神仏までもが同じ空間に存在し、彼らと語らうことが出来るなど、正に奇跡と言っても過言ではない………それに、それに何より、だ。」

 

「何より……?」

 

「………マスター、俺は貴方(きみ)に感謝をしている。銀時や高杉、新八君にリーダーに定春君、そして…………こんなにも(かつ)て縁を結んだ者達と、こうして英霊(サーヴァント)という形となって巡り合えたこと。そして同じ目的や使命を(まっと)うする『同志(なかま)』として、彼らと再び肩を並べられたことが出来たのも………全て君のお陰だ、本当にありがとう。」

 

「……桂さん………。」

 

「さて、では俺も行くとするか。この後『カルデアもふもふ愛好同盟』の会合があるのでな。失礼するぞマスター。」

 

「うん─────って、待って待ってちょっとだけ待って‼(ガッシィ)」

 

「痛だだだだっ‼どうしたマスター、何故(なにゆえ)俺の髪を引っ張って痛い痛い痛い抜けちゃう抜けちゃうぅっ‼」

 

「あ、ゴメンごめん…………えっとさ、桂さんに渡しておきたいものがあって。ハイこれ。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの赤い袋】

 

 

「………マスター、これは?」

 

「ほら、今日はバレンタインでしょ?男から渡されても嬉しくないと思うだろうけど………それは普段お世話になってるサーヴァントの皆にも渡してる感謝の印、まあひらたく言えば、感謝チョコってやつかな。」

 

「感謝の、チョコレート……マスターが俺に………………。」

 

「(あれ……沈黙しちゃった……)も、もしかして迷惑だった?ゴメンね、いきなり引き留めておいてこんなの渡しちゃって────」

 

「ハッ!すまない、あまりの驚きに固まってしまっていたようだ………迷惑なものかマスター、礼を言いたいのはこちらの方だというに………ありがとう、大切に頂くとしよう。」

 

「よ、かったぁ~……こちらこそ、お口に合えば何よりだよ。それじゃヅラさん、会合楽しんできてね!(ダッ)」

 

「あっ待てマスター!ヅラじゃなく桂、でなくてだな──────ああ、行ってしまった。」

 

 

 

「……日頃の感謝の形、か。ならば俺も、これに込められた想いに、形として応えねばな。」

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

  ───1か月後、マスターの部屋。

 

 

「失礼する、マスターはいるか?」

 

「ハイハイいますよ~……ってヅラさん?」

 

「フォウ、フォウ。」

 

「おぉっフォウ殿!今日も素晴らしきモフモフ……ンンッじゃなくてだな、まずヅラじゃない桂だ。してマスター、今は時間があるだろうか?」

 

「うん。見ての通り暇を持て余してフォウ君にマッサージを(ほどこ)してるとこだから、どうしたの?」

 

「いや何、その………まずは先に礼の言葉を言わせてくれ。先月に君から貰ったあのチョコレート、大変美味であったぞ。横から銀時やリーダーに何度も奪われそうになりながらも、自分の分はちゃんと完食出来たからな………あれだけ想いの()もった菓子、食べきってしまうのが勿体(もったい)無いくらいだった。本当にありがとう、マスター。」

 

「いやぁ……そこまで感謝されちゃうと、何か照れ臭いな。でも食べてくれて嬉しいよ、こちらこそありがとう。」

 

「うむ………して今日はアレだ、『ホワイトデー』というバレンタインに受けた恩やら仇やらをしっかり耳を揃えた上に三倍にして返す、という日なのだろう?なので俺も、君に贈りたいものを用意してきた。どうか受け取ってほしい。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの赤い袋───と同時に、突如暗くなる藤丸の視界】

 

 

「ふがっ⁉もごもご……‼」

 

「ドッフォウ⁉フォーゥッ‼」

 

「どうだマスター、()()()は問題無いか?」

 

「『着心地って………あれ?何このプラカード、そして何この会話形式(・・?』」

 

 

 全身が何かに覆われる違和感に、藤丸は近くにあった鏡を恐る恐る覗く。

 

 

 ────そこに映っていたのは、自分の髪形と揃いの桂、ではなくカツラを頭頂に装備し、自身の口から出る筈の台詞が記されたプラカードを掲げるエリザベスの姿。

 

 

「『な────なんじゃこりゃァァァァァッ⁉Σ(゚Д゚)』」

 

「うむ、やはりヅラはあったほうがいいな。いやヅラとは俺のことでなくカツラのことでな、(ちな)みに俺はカツラでなく桂だ。」

 

「『いや知ってますけど、てかコレ何⁉前にもこんなコトなかったっけ⁉(・・;)』」

 

「フォフォーウ!」

 

「ふふん、その通りだ。マスターは以前にもこのエリザベスを着用したことがある………この度俺が君に用意したものは他でもない、俺の宝具の一つである『雪白片吟(イザベラ)絶対障壁(ブークリエ)』……その複製品(レプリカ)だ。」

 

「『ほ、宝具の複製品……ですと(?_?)』」

 

「ダヴィンチちゃん殿を始めウラド三世殿やミス・クレーン殿、それに最近仲良くなったハベにゃん殿にも協力を頂いてな。レプリカといえど俺の宝具の着ぐるみと変わらず、繊維一つ一つに魔力を丁寧に編み込んである。性能は宝具と同様に外気温への変化と対応、また耐久度の向上に加え呪詛返しも健在だ。しかしそれだけではないぞ?何とこのレプリカ、魔力をチャージしておけば例え俺が側にいなくとも、ある程度の時間は自立行動が可能なのだ!これなら万が一レイシフト先で俺達(サーヴァント)とはぐれる事態に(おちい)ったとしても、コレを被っておけば例え敵に襲われようが隕石が降ってこようがマグマの海にダイブすることになろうが、絶対に君の身の安全を保証してくれることだろう。」

 

「『す……凄いっ‼Σ(・ω・ノ)ノ!』」

 

「フォーウ!スッゲエフォーウ!」

 

「ハハハ、そうだろうそうだろう凄いだろう………実を言うと、このレプリカの作成はバレンタインよりずっと以前から、ダヴィンチちゃん殿と合同で行っていたものでな。カルデアの崩壊に始まり、発生した特異点や異聞帯の攻略は日々苛烈を極めている。いつ命の危機……いや、前触れのない突然の死が訪れるやもしれないこんな状況下にあるからこそ、マスターを────藤丸立香を、そんな理不尽や災厄から少しでも遠ざけられたらと、そう願いを込めて作らせてもらった。バレンタインのお返し、という形になってしまったが………どうか受け取ってはくれないだろうか、マスター。」

 

「『桂さん…………勿論だよ!わざわざ俺のために、本当にありがとう!(*^^)』」

 

「!───そうか。俺も、喜んでもらえてよかった………休息中に邪魔をしたな。他にもバレンタインのお返しを持ってくるサーヴァントも訪れることだろうし、俺は退室するとしよう。ではなマスター、それにフォウ殿。」

 

「『うん、バイバ~イ(^^)/~~』」

 

「フォウフォ~イ。」

 

 

 

 

 

「『………ところでフォウ君(・ω・)』」

 

「キュ?」

 

「『この着ぐるみなんだけどさ……………どうやって脱げばいいんだろう(;´・ω・)』」

 

「マジフォーゥッ⁉」

 

 

 

 

【高杉晋助 『胡蝶の(かんざし)』】

 

 

  2月14日の朝、(お決まりの)カルデアの廊下にて。

 

 

「あっ、高杉さんおはよう~。随分早起きだね?」

 

「ん………ああ、お前さんか。」

 

「今高杉さんが出てきたところって、教授……モリアーティのバーだよね?もしかして朝になるまで銀さん達とお酒飲んでたの?」

 

「いや、銀時の野郎は先に酔い潰れて、ヅラととっくに部屋に帰ってったぜ。今にも吐きそうなヤツの顔とヅラの狼狽(あわて)っぷりときたら………ククッ、お前にも見せてやりたかったな。」

 

「もう、笑っちゃ悪いよ………それじゃあ、今までバーには一人で?」

 

「いや。途中から来た他のサーヴァント連中に絡まれてな、そこからずっと吞んだり駄弁(だべ)ったりを繰り返して、今しがた解散したってとこだ。」

 

「へぇ~………(ジ~)」

 

「……おい、言いてぇことがあんならさっさと言いな。」

 

「えっ、あぁっゴメン!気を悪くしないでクダサイ………何ていうか、高杉さんってカルデアに来てもサーヴァントの皆と積極的に話してるところってあまり見かけなかったし、一匹狼なイメージがあったからさ。ちょっと意外だなって思って。」

 

「別に驚くほどのことでも無ェだろ。好き好んでこっちから慣れ合わねェってだけで、わざわざ声を掛けてくる奴の厚意は無下にはしねえさ……………約一騎を除いてな。」

 

「約一騎?」

 

「あのライダー……バーソロミューとか名乗ってたな。今更だが何なんだ(やっこ)さんは?初対面の時から俺を見かけてはやたらと近寄ってきやがって、やれメカクレが何だのと騒ぎやがる。頭にきたから左目覆ってる包帯取っ払ってやったら、今度は呼吸荒げて余計に興奮する始末だ。」

 

「あ~………確かにそれは余計にメカクレ度が上がっちゃうだけだから、火に油どころか火事場にダイナマイト突っ込むようなものだもんなぁ。」

 

「とにかくだ、マスターとしてお前さんからも奴に注意しておいてくれ。でないと俺の周りを飛び回ってる炎の蝶(こいつら)が、いつカルデアを火の海にするか分からねェからな………。」

 

「あわわっ、厳重に注意しときますんで!だから今はちょうちょ抑えてっ‼」

 

「フン、精々よろしく頼むぜマスター。それはそうとお前さんこそ、こんな早朝から出歩いてどうしたんだい?」

 

「おっとそうだった。実はその…………こちらをお渡ししたくて。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの赤い袋】

 

 

「……………あ?」

 

「どうぞ!高杉さんのお口に合えばよいのですが……‼」

 

「口に、ってことは消えもの……菓子の(たぐい)か。何でまた俺に……………ああ成程、そういうことか。なんせ今日はバレンタインデーだもんなァ?」

 

「うん、その通り………中身は俺からのチョコレートで、日頃のお礼を込めた感謝チョコっていうか………あぁでも、もし高杉さんが甘いもの得意でなかったら他のものも用意するし、そのチョコは処分するなり銀さんにあげるなりしても構わないから。」

 

「阿呆、誰がそんな勿体無ェことするかよ。銀時(ヤツ)ほどじゃねえが、俺も嗜む程度には甘味くらい摂るからな………にしてもバレンタインか、鬼兵隊でも毎年この時期になると、また子が律儀に渡してきたっけな…………ともあれコイツはお前さんからの折角の気持ちだ、ありがたく受け取らせてもらうぜ。」

 

「う、うん!貰ってくれてありがとう、高杉さん!」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

  ────1ヶ月後のホワイトデー、マスターの部屋。

 

 

「おぅ、邪魔するぞ。」

 

「ハ~イ………って高杉さん?俺の部屋まで来るなんて珍しいけど、どうしたの?」

 

「ほらよ、やる。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、シンプルなデザインの小さな紙袋………が(ちゅう)へと放られる】

 

 

「えっ、わっわわ!おっととと………ふう、間一髪で間に合った。」

 

「ククッ、大分反射神経が良くなってきたじゃねえか。これも日頃の訓練の(たまもの)ってやつか?」

 

「もうっ、笑ってる場合じゃないでしょ………というか、コレは何?」

 

「おいおい、今日が何日かも忘れちまったかい………前の月の今頃、お前さんから貰った感謝の(ささ)やかなお返しだ。」

 

「お返しって………わざわざ俺の部屋まで届けにきてくれたの?ってかそんな大事なもの放り投げたら駄目でしょ!折角のお返しに何かあったらどうすんの⁉」

 

「悪ィ悪ィ。だがお前さんから貰ったモンに比べりゃ、大した礼になるかは分からねえがな。気に入るかどうかはマスター次第だ。」

 

「もう………それじゃ、早速開けさせてもらってもいい?」

 

「ああ、構わねえよ。」

 

 

 高杉の了承を得て、開封されるプレゼント。

 

 明らかに高価な桐箱を開けると、そこに入っていたのは───

 

 

「うわぁっ…………凄く綺麗な蝶々の、これって(かんざし)?」

 

「ああ、簪だ。とある手先の器用な英霊(サーヴァント)に協力を依頼してな………何でも自分(てめえ)でもよくは分からねえが、どうしても髪飾りを作ってやりたい相手がいるンだとよ。俺がデザインやら装飾やらを手伝ってやるのを条件に、そいつも(こしら)えてもらったってわけさ。」

 

「その英霊って…………いや、今は何も言わないでおくよ。でも高杉さん、こんな素敵な贈り物嬉しいけど、俺結えるほど髪長くないからなぁ………そうだ、いっそこれを機に伸ばしてみようかな?」

 

「まあその辺はお前に任せるが、何も簪の役目は髪に差すだけじゃあねえさ────どれ、貸してみろ。」

 

「うん────って近!急に距離が近い‼」

 

「おっ丁度いいな、このストール借りるぞ………簪ってのはな、こうやって首に巻いたストールやらマフラーやらを留めておくのにも使えんだよ。あとは服の胸ポケットに()しといたり、帽子がありゃあそこにもアクセントとして────おい、聞いてんのかマスター?」

 

「アッゴメンナサイ、何カ緊張シチャッテ……。」

 

「落ち着け。顔も口調も銀時ンとこの下の店にいた猫耳天人みてえになってんぞ………それよりどうだ?鏡見てみろよ。」

 

「あ、ありがとう………おお~!いつも巻いてるだけのストールがお洒落(シャンティ)な感じに!」

 

「飾り一つあるだけでも違うだろ?人理を守るのも大儀なこったが、たまにはこうやって着飾ることを楽しみにすんのもいいんじゃねえか?」

 

「うん、凄くいいよ!ありがとう高杉さん!でもこんなに綺麗な簪だから、気をつけててもうっかり壊したりしたら嫌だなぁ……。」

 

「その辺は心配いらねえさ、例え象に踏まれても飾り一つ取れねぇくらい頑丈にしといてくれって頼んどいたからな。」

 

「ええ……嬉しいけど、俺ってそんなにおっちょこちょいに見えるかな?」

 

「俺から見りゃあ人類最後のマスターなんてのも、ガワを剥ぎゃあ只の生意気なガキってことに変わりゃしねえさ………それに、壊れにくくしたってのにもちゃんと理由だってある。」

 

「理由って、どんな?」

 

「いいかよく聞け……簪ってのはなあ、昔から暗器としてもよく使われてる代物だ。もしお前さんが連れのサーヴァントとはぐれた先で、もしもならず者に襲われたなんてことになったンなら………躊躇(ためら)うこたァねえ、こっちが()られる前に (それ)で目ん玉だの喉笛だの、迷わずぶっ刺しちまいな。」

 

「え────えええぇェェェッ⁉」

 

「クククッ………何だァその間抜け(ヅラ)?安心しな、ほんの戯事(じょうだん)だよ。第一過保護なカルデア(ここ)の連中のことだ、一秒一瞬でもお前さんを一人にしておくわけがねェだろうからな。」

 

「あ、アハハ、そっかぁ~冗談かぁ………あはは、は……。」

 

 

 

 

「(………あぁビックリした。高杉さんが言うと、全然冗談に聞こえないんだもんなぁ………。)」

 

 

 

【 おまけの特別ゲストサーヴァント 】

 

 

 2月14日、深夜のキッチンにて。

 

 

「ぃよっし、チョコ作り無事終わり~!」

 

 調理台の上に所狭しと並べられたチョコレート達。各サーヴァントや職員達へ贈る分も含め、その数も凄まじい。

 

「ふあ~ぁ………さて、後は全員分の包装を────」

 

 

「よ~っすマスター、こんな夜中に何やってんだよ?」

 

 

「っぎょわああァァァァァァッ‼ででで、出たァァァァァァッ‼」

 

「うわ声デッカ………流石にこんな時間に騒いじゃ安眠妨害なんじゃねーの?」

 

「あっゴメン………っていうか銀さん、そもそもアンタがいきなり天井から逆さまになって登場してきたからでしょ⁉」

 

「ハハハ、悪ィ悪ィ。たまたま厨房の前通りがかったら、俺のよく利く鼻が甘~いスイーツな匂いを感知したもんでな。」

 

「全く…………あれ?ていうか銀さん、色々疑問に思うところはあるんだけどさ……………さっきから浮いてない?物理的に。」

 

「うん、浮いてっけど。だって今お前の眼の前にいんのはさぁ、銀さんは銀さんでも─────白面()毛のお狐さん、だかんな。」

 

 

 ニヤリと不敵に(わら)う銀時。

 一本、二本と増える尾が広がり────遂には九本、銀色の九尾が藤丸の眼前でゆらゆらと揺れる。

 

 

「……やっぱり、『キャス銀さん』か。」

 

「そ。(セイバー)の俺よりちょっとだけ悪戯好きで、ちょっとだけ口も頭も回る賢いキャスターの銀さんでっす。「え?誰この亜種銀さん?」とか思ったそこのお前、詳しくは『銀さん?と藤丸+α 祝・万聖節前夜祭』を読んでくれよ。にしても本当久しぶりだよなぁ、出番としちゃ4年振りか?」

 

「だねー、この作品の更新が停滞してる間も含めたらそれくらい────」

 

「お~お~、にしても美味そうなチョコだな、どれ一個いただきっ(パクッ)」

 

「ってちょっと!何もう食べちゃってるのさ⁉あ~ぁもう、せっかく綺麗に包装してからあげようと思ったのに………。」

 

「え、そうなの?悪かったってマスター、そんな落ち込むなよ。でもほらこのチョコ、すんげぇ美味えぞ。」

 

「本当?味見もまだだったから自信無かったけど、それならよかった。」

 

「でもよマスター、何でこんな大量のチョコレート作ってんだ?小さな洋菓子店でも開く気なら、キャス銀さん通っちゃうけど?」

 

「違うよ、これ全部バレンタインの贈り物だからね。」

 

「バレンタイン?バレンタインねえ…………ああ、確か日頃の感謝やら情愛やらを菓子と一緒に送り合うイベントだろ?玉藻の(ねえ)さんから聞いたことあるぜ。ってことはこのチョコ、キャス銀さんのも入ってたってことか?」

 

「モチのロンよ。でもたった今その自分の分は食べちゃったじゃない?だからキャス銀さんのはそれっきり、おかわりとかはないんだからね!」

 

「ちぇ~………まあいいか美味かったし、ごちそーさん。」

 

「もう、本当は日頃の感謝とか色々と述べてからきちんと渡したかったのに………。」

 

「いや~あまりに美味そうで我慢出来なくてさ。でもホラ、時計見てみろよ。」

 

「時計?………マジでか、もうとっくに日付変わっちゃってたよ。」

 

「な?てことはだよ、今日はもうとっくにバレンタインデーじゃねえか。つまり俺は誰よりもどのサーヴァントよりも早く、マスターからのチョコを貰えたってわけだ。いや~お前にぞっこんなサーヴァント連中がこのこと知ったら、嫉妬の炎でこんがりフランベされちゃいそうだわ。お~怖っ。」

 

「怖いと言いつつ笑顔なとこが、流石キャス銀さんだよね……。」

 

「よ~しそれじゃ、お前からのハジメテも頂いたことだしィ?邪魔にならないうちにキャス銀さんは撤退するとすっか。」

 

「おい言い方。それ他に誰かいる前で絶対言わないでよホントに。」

 

「そうだ。確かバレンタインチョコって貰ったら、一月(ひとつき)後の同じ日に何か返さねえとなんねえんだろ?えっと確か……ホワイトデーっつったか?」

 

「いいよ別にお返しなんて、俺が日頃の感謝として皆に送りたかっただけだし。」

 

「いいやそうはいかねえ。受けた恩も恨みもキッチリ返すのが獣の矜持(きょうじ)だって、光と闇のコヤン姐さん達からも日頃から言われてっからな………ぃよっし、こうなったらキャス銀さんもホワイトデーに向けて何か考えておかねえとな。じゃあマスター、邪魔したぜ~(ポンッ)」

 

「えっ?あぁちょっとキャス銀さ────ってもう消えちゃった。まあともあれ、チョコレートは渡せてよかったな……さーて日付も変わっちゃったし、包装頑張るぞぉ!」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

  ───1か月後のホワイトデー、マスターの部屋。

 

 

「(ヌッ)よ~っすマスター、邪魔するぜ。」

 

「のわぎゃああァァァァァァッ‼出たァァァァァッ‼」

 

「おいおい、キャス銀さん先月もその反応見たような気がすんだけど。デジャヴ?」

 

「だからもうっ‼天井からいきなりヌルッて登場してくんのやめてってば!心臓止まりそうになった、ていうか一回止まったんじゃねコレ⁉」

 

「ハハハ、悪かったって。まあそうプリプリすんなよマスター、いいモン持ってきてやったんだからさ。ほらコレ、お前にやるよ。」

 

 

 【シャララ~ンというSE、キラッキラのエフェクトがかかる背景】

 

 【そして渡される、黄色いリボンの赤い袋】

 

 

「これって………もしかしてホワイトデーの?」

 

「そ。あれからキャス銀さんが回る頭を更に回転させて、俺ン中の狐龍(バアちゃん)とも考えた逸品だぜ。」

 

「へえ………でもキャス銀さんの考えることだから、袋開けたらお化けとか飛び出してくるとかは無い?」

 

「ナイナイ。ほらほらいいから開けてみろよ~、キャス銀さん早くお前のリアクションが見たいなぁ。」

 

「それじゃあ遠慮なく………お、また袋が出てきた。中に何かコロコロ丸いものが入って…………」

 

 布袋の中身を手に取り、まじまじと観察する。

 透明なセロファン紙に包まれたそれは、小さな紅い飴玉。照明に掲げてみると、中で揺らめく光が、まるで炎を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 

 

「わぁ………綺麗!」

 

「だろ?名付けてキャス銀さん特製・九尾の天眼キャンディーだ。味は断固イチゴ味、これだけは銀時(オリジナル)からの受け売りで譲れねえさ。」

 

「九尾の天眼って、凄いネーミングだね……まあ確かにこんなに綺麗だし、食べちゃうの勿体無いくらいだよ。」

 

「おっと実はそのキャンディー、只の飴ちゃんじゃあないぜ?伊達に九尾の天眼なんて大それた名前をつけたわけじゃねえからな。」

 

「只の飴じゃないって、どういうこと?」

 

「マスター、『天眼通』って知ってるか?一切の事物を見通しちまう能力でな、所謂(いわゆる)千里眼ってやつだ。カルデア(ここ)にいるサーヴァントだと、花の魔術師の兄さんとか眉間に皺寄せてる王様が持ってるみてえだがな。俺と霊基が混ざってるこの九尾がその天眼持ちのすっげえ狐様でさ、まあその影響でキャス銀さんも色々と視えちゃうんだけど………とまあそんなチートな九尾の天眼をちょいとばかし体験できるようにしてみたら面白いんじゃねえかと思ってな、んで作ったの。」

 

「作ったって………じゃあこの飴、千里眼になってるってこと⁉」

 

「千里眼つってもお試し版だけどな。そいつを包みから出して光に透かせば、少し先の未来が覗けるって仕組みさ。まあ本物(マジモン)ほどじゃねえから、数秒か数分先の出来事が視えるってだけなんだがな。使い終わったら只の飴ちゃんに戻るから、美味しく食べてくれよ?」

 

「す、凄い……何かチョコレートのお返しとはいえ、とんでもないもの貰っちゃったような………。」

 

「マスターからの愛の籠もったチョコを一番乗りに頂いちまったからなぁ?お返しも張り切らせてもらったぜ?」

 

「あ、愛っていうか感謝っていうか………でも、ビックリしたけど嬉しいよ。ありがとうキャス銀さん。」

 

「うんうん、喜んでもらえてキャス銀さんは感無量だ。閑話(こっち)の方でしか出番が無い身だが、これからもよろしくな?藤丸(マスター)。」

 

 

 

 

 

 

《礼装解説》

雪白片吟(イザベラ)絶対障壁(ブークリエ)(レプリカ)』】

 

 桂小太郎からのバレンタインのお返し。

 彼の宝具の一つである『雪白片吟(イザベラ)絶対障壁(ブークリエ)』の模造品。要はエリザベスの着ぐるみ礼装。

 レプリカといえどその性能は宝具と同様で、衝撃への耐性は勿論のこと耐熱・耐冷にも優れ、呪いや毒も弾き返してしまう。また水の中でも一定時間の生存が可能で、更には大気圏突入も一回までなら耐えられるチート要素てんこ盛りな着ぐるみなのだ。

 

 ………強いて弱点を挙げるとすれば、この着ぐるみは着用した後さあ脱ごうとなっても、そこに誰かもう一人がいなければ脱げない。否、誰かしらの手を借りないと一人で脱ぐことが出来ないというデメリットが存在してしまっている。

(※(ちな)みにあの後マスターはフォウ君に呼ばれて駆けつけたマシュに手伝ってもらい、何とか事なきを得たのだとか)

 

 

 

 

【胡蝶の(かんざし)

 

 高杉晋助からのバレンタインのお返し。

 マスターの瞳の色の石を蝶の羽部分にあしらった、お洒落な金色の簪。

 『とある英霊』の協力の元に作られ、強度にも優れちょっとやそっとのことでは壊れない逸品。因みにデザインを手がけたのは高杉自身でもあり、その『とある英霊』が『ある人物』に送りたいと望んでいた髪飾りのデザインにも(たずさ)わったのだとか。

 結わえた髪に挿すのは勿論のこと、帽子にアクセントとして付けたりマフラーやストールの留め具として使用するなど、男女兼用で楽しめるお洒落アイテム。

 

 ───ところで一説によると、簪をプレゼントする際に込められる意味には魔除けの他に、『貴方/貴女を守ります』という強い想いもあるのだとか。

 

 それを知ってのことか、はたまた()えて口から告げないのか………伊達男は素知らぬ顔で燃える蝶の灯りの元、今日も煙管を吹かしていることだろう。

 

 

 

 

【九尾の天眼キャンディー(イチゴ味)】

 

 キャスター・坂田銀時ことキャス銀さんからのバレンタインのお返し。

 自身の着物と同じ素材の布袋に入れられた、透き通った深紅の飴玉。中を覗くと炎の揺らめきのように光が(おど)っている。

 

 この飴玉、何と彼の中に宿る九尾の能力である『天眼』を実際に体験出来るというトンデモスイーツになっている。何てモノ作り出してるんだこの銀さんは。

 といっても所詮はお菓子、遥か未来の予知などという大それたことは不可能であり、

精々数秒・数分先の世界が覗けるか、後は今日の運勢を朝一に占うくらい。それでも充分凄いのだが。使用した後は能力は消失するので、只の美味しい飴ちゃんに戻る。味はキャス銀さんも大好きなイチゴ味。美味しく食べてね。

 

 実を言うと、キャス銀さん的に本当はイチゴミルク味にしたかったそうなのだが、乳成分を入れるとどうしても白く濁ってしまい、『折角の千里眼もこれじゃまるで意味無いじゃろがい』と内なる狐龍様にお叱りを受けた模様。

 

 

 

《おしまい》

 

 

 



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