断片集 (xelt)
しおりを挟む

いつかの過去の明日の話

私たちが堂々と暮らすには、ここは少し目まぐるし過ぎる。


虚構は破られました。

真実は何処にもありませんでした。

理想は遥か未来に吹き飛ばされました。

結局何も変わることはありませんでした。

いつもの様に、いつもの如く。

 

思考は散らばります。

 

十字路、交差点。忙しなく歩く人々。架空の線と腐った青空が彼らを見下します。

多様な人、多様な影に、多様な道具。時代は変わりましたが、営みは何も変わりません。

道の端で青年が1人、疲労と哀愁の感情を形にして送りました。空にサンドスターが散っていきます。それは私の前で無色になりました。

増幅した感情に対する反応は僅かな煌めきを伴って飛来します。おおよそは同意と同情の感情です。青年は安堵の表情を浮かべます。嘗て見た光景の繰り返し。

道のあちこち、建物からも僅かな光景が映り込みます。誰も気には止めません。それが当たり前になってしまったのですから。二束三文の懺悔が今日も街を覆います。

 

紫色の脚本家は誰かの夢想を語りました。すなわち、感情の開放を。それはいつか誰かの語った夢物語。彼女はただそれをなぞっただけ。昨日見た将来のコピー&ペースト。

 

空に舞う粒子で息継ぎをします。まるで感情を食い物にしているかのようで、些細な罪悪感が私を襲います。けれどそれも時間が押し流し、再び私は私になります。皆の語るような私に。停滞そのものは緩やかに流動し、そして回帰します。

息をしなければなりません。息苦しいように生きて行かなければなりません。都市の影を縫うように泳ぎます。できる限り人の目を避けるように。できる限り人の目に映るように。矛盾した芸当が私に要求されますが、鈍った感性は悲鳴さえ拒みました。

 

街を往く人々の目を移る私は、さぞかし白く綺麗に汚れている事でしょうね。

 

サンドスターは夢のような物質でした。それは認識でした。それはハシバミの木でした。それは絵筆と紙でした。最後にそれは感情の塊だと認知されました。実態がどうあれ、現実は改変されました。僅かな夢の香りを嗅ぎとったからでしょうか。私には分かりません。

何にせよ、サンドスターは利用されました。鉄の管に通され、循環し、熱を加えて電気を通し。そんな細々しい実験の果てに些細な技術が生まれました。

感情を直に伝えられるというこの技術は、革命を起こしました。そして既にいくつもの技術が足元で輝いていました。統合されたそれらは正しく夢のようなものでした。

だからそれは誰にも、誰からももてはやされることとなりました。ご大層な無機質の言葉に幾度と無く飾られて、束縛を打ち破る弓矢として。

 

嘗ての理想を思い返します。

 

けれど。結局は踊る道化の忠言の果ての果て。惨憺たる末路に成り果てました。片手間に食い潰される消費物。何千の努力を嘲るかのように。私みたいなのにとっては快適な時代になったのですが。

揣摩臆測の都市伝説と、雑多に消費される感情と。

語られるだけ語られ潰えていった理想論。

何にせよ、もうずっと前に繰り返した事でしょう?




『 サラマンダーよりずっとはやーい!』
「やめてくれ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

口供

或いはもっといいやり方を知っていたのかもしれない。
ご都合主義の被害者へ。


夢を見た。

 

そこは灰に飲まれた都市だった。沈み逝く船の上だった。炭となった家屋だった。星の降り注ぐ丘だった。割れる世界の中だった。

何一つ噛み合わない情景。ただ、どうしようも無い事実のみが羅列されている。

失敗。きっと余は失敗したのであろう。選択肢は提示され、何もかもを救うには余りにも遅すぎたのだろうと。

 

景色は曖昧に移り行き、最後に燃える針葉樹林を映し出した。木々は火花を散らし、微かに雪を溶かしていく。

炎の裏に人影が映り込む。黒で統一された軍服は不格好な裂け目が幾つも入っていた。腕はあらぬ方向へと折られ、白く染まる吐息は乱れきっていた。

それは過去の自分であった。それは見知らぬ誰かだった。

 

夢を見た。

 

それはいつかの記録だった。サンドスターの見せる夢。誰かの淡い、苦い思い出。

倒れ伏す我が身に雪が降る。呼吸は荒く、浅い。そこには威厳も神秘性も無かった。

これで良かったのだろうか。間違った道を示してはいないだろうか。皆の安否は。余の従者は。事の顛末は。

 

まとまらない思考。鈍る痛みと重くなる瞼。

一呼吸する度に、大切な何かが消えていく感覚がする。

光が体よりこぼれ落ち、空へと散っていった。

爆ぜる木々の音。降りしきる粒の音。彼方に響く残響。

ふと、雪を踏みしめて歩く音が聞こえた。

 

夢を見た。

 

隣には従者が座っていた。最早力の入らぬ手を握りしめて。世界で一番価値のあるものだと言わんばかりに。

「どうして……戻ってきた……?」

声に出した本人が驚くほど弱々しい声。既に生きる事さえ難題となり、それでも尚尋ねずにはいられなかった。

余の為した事を無碍にするような事を聡明な彼女がするだろうかと。

ほんの僅かな時間目を瞑り、そして従者は語り出した。

「……せめて」

不安げなか細い声で彼女は語る。

「せめて、最期の時は共にしたいと。それが私の願いですから」

炎が視界を照らし、従者に影を作り出す。

「……そのほう……本当に良いのか?」

「当然です」

ほんの僅かに頬が緩む。

「……そのほう……らしい……」

彼女も無言で微笑んだ。どこか誇らしげに。

静寂が訪れる。

 

夢を見た。

 

視界が歪む。もう時間がきたらしい。

そして、従者をここに留めて置く事も許され無いだろう。それならば。

「……」

揺らぐ意識。軋む体。翼に手をかける。羽を取り、従者の手へ。視界は白く。

「----をしない----さ--!」

既に力は入らない。体が冷えていくのが分かる。

「後は……」

幽かな嗚咽が聞こえる。

「生------わった----ても、も----度貴--の----にな--------」

朧気に聞こえる声。眩む眼中の光景に、微かに忌むべき物語主義者の姿が映り込んだ。夢は途切れた。

 

 

 

目覚めは最悪だった。未だに揺れる景色の幻覚を見ながら、ゆっくりと上半身を起こす。苔むした祠の隙間から僅かに漏れる朝日。せせらぎ、鳥の声、騒がしい静寂。

 

ふと隣に手を伸ばした。空を切った手のひらに、一抹の寂しさを覚えた。そこには誰もいなかったし、何も無かったはずだというのに。

なんとはなしに六畳程の祠の中を見渡す。所々隙間が空いて、そこから日光が差し込んでいる。角には蜘蛛の巣が貼られ、少々みすぼらしい有様だった。

「……掃除でもするべきか」

もし仮にも彼女ともう一度出会った時。このような有り様では締まらないだろうから。

 




「この鏡は紅く塗らねえのかい?」
「貴様……塗りたいのか!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。