IS~ほんとはただ寝たいだけ~ (真暇 日間)
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1~10

プロローグ、あるいは希望

 

俺は死んだ。いきなりなんだと言われるかもしれないが一応聞いておいてほしい。話半分でも全く構わないしな。

 

名前は桜道(さくらみち)一哉(かずや)。高校を卒業したばかりの新大学生だった。ついでに浅く広いオタク知識を持ってはいるが、浅いために回りのオタクたちの話にはついていける気がしない。その程度だ。

 

で、簡単に死因を言うと、なぜか上空から豆腐が落ちてきて頭に直撃。高所から海に叩き付けられると人の体など簡単に粉々になってしまうことはよく知っていると思う。

つまり、本当に豆腐の角に頭をぶつけて死んだわけだな。

そして死んでいるのに何故こうして考え事ができているのかと言うと、目の前にいる爺さんが原因らしい。まあ、よくあるミスで殺してしまいました、ってやつかね?

 

「その通りじゃ。本来ならあれで死ぬものなどおらんはずじゃった……と言うか、あれ事態が起きなかったはずのことなんじゃ」

 

へー。

……で、おわびに転生させてくれるとか?

 

「うむ、その通りじゃ。チート能力も……まあ、儂程度ではたいした能力は与えられんが、一応用意しよう」

 

……へー。

たいした能力じゃないチート、ねぇ…………結構ムズくね? 別にいいけど。

幾つまでとか制限はある?

 

「……最大で五つまで。それ以下ならばいくつでも構わん」

 

へー。大抵三つなんだけど、太っ腹。

 

……じゃあ、ネギま!に出てた、俺の思う千の顔を持つ英雄と、千の顔を持つ英雄を自由自在に操ることができる身体能力。後は……そうだな。リリカルなのはに出てきた戦闘機人の五番目、チンクのISのランブルデトネイターでも貰おうか。後は………幸運Bくらいと健康で。

 

「……欲の無い奴じゃのぉ……普通は無限の剣製とか王の財宝、最近じゃと大嘘憑きなんかを頼む者が多いんじゃが……」

 

へー。それってチートすぎだろどう考えても。できれば逃げ切る程度の能力とかもあればいいけど、それも使い方ではかなりチートだしなぁ……。

 

で、これはできるのか?

 

「……能力についてはできるのじゃが…………困ったのう。すべての能力を合わせても用意しておいたスロットの半分も使われてないわい」

 

へー。なんかそれ困るのか?

 

「儂はの。……なら、後は儂が適当に関連するものを詰め合わせておくわい。副作用のありそうなものは入れないでおくからの」

 

へー。そいつはありがたい。

 

「……最後に、これからお主が転生する世界を選ぼうかの。ほれ、籤を引くがよい」

 

へー、籤式なんだな。何でもいいけど。

 

……ああそうだ。悪いんだけど、俺の性別男でお願い。転生で転性なんて洒落にもならん。

 

「構わんよ。どうせがらがらのスロットの空きがほんの少し埋まるだけじゃしの」

 

へー。そんだけなんだ。ありがとさん。

 

…………どこに行くのかね?

 

 

引いた籤を開いて、そこにかいてある文字を読む。

 

IS〈インフィニット・ストラトス〉

 

へー、ISか。…………よし、原作に関わらない場所で静かに生きていこう。趣味の昼寝ってか睡眠できるだろうし、俺はISの才能は望んでないから動かせるなんてこともないだろう。ガンダールヴとか選んでたら動かせて大変なことになんだろうけど、俺には関係ないね。

一日十五時間睡眠を目指すぜ!

 

「……ふむ。成程。…………それでは、達者での」

 

 

爺さんがそう言うと、急に眠くなってきたのでそれに逆らわず意識を落とした。

……おやすみんさい……。

 

 

「……約束じゃし、能力をつけてやらんとの。オンオフスイッチもサービスしてやるとしよう。……む? ちんくと言うのはどれじゃ? ………ええい、纏めてつけてしまえばよかろ。千の顔を持つ英雄はこれじゃったな。たしかあの者の思う千の顔を持つ英雄の能力とは……こうか。で、身体能力じゃったの。…………気は身体能力に入るんじゃろうか? ……入れておけば文句はあるまい。千の顔を持つ英雄の使い手のこの男ほどあればいいじゃろ」

 

 

こうして桜道一哉は、神の手によってどんどんと魔改造されて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転生直後、別名絶望モドキ

 

俺は転生した。転生前の名前は桜道一哉。哉の字が書きにくくて小学生の頃習字の時間に両親に文句を言いまくった。矢とか也でいいじゃん!と叫んだのも五回や十回どころではない。

 

まあ、そんなことは割とどうでもいい。で、俺はIS世界によく似たところに転生した訳なんだが…………。

 

とりあえず、俺の当初の計画を話そう。

計画といっても簡単だ。何故なら方向と目的位しか決めてないからな。

俺の計画。それは、どうせこの世界の中心は織斑一夏。そして俺はISに乗る才能を欲しいとは思っていなかったし、神にも頼んでいなかった。

よって俺がISを動かせるわけもなく、あとは適当に働いて自堕落に暮らして、最終目的は一日十五時間、惰眠を貪って生きて行くことだ!

 

どんどんどん、ぱふ~。

 

…………しかし、ここで俺の計画に狂いが生じた。

まず初めの誤算は、あの神があまりにもアバウトに能力をつっこみまくってくれたお陰で、明らかに人類の範疇を越えた身体能力と特殊能力を持ってしまっていること。インヒューレントスキル全部なんざ頼んでねえや。

そしてもう一つは……

 

「一夏? どうしたのかしら……?」

 

……俺が織斑一夏だって事だ。

畜生。ハーレムもモテモテ成分もいらねえから睡眠時間をくれ。

 

…………もういいや。諦めた。こうなったらこのまま寝てやる。目指すは変わらず一日十五時間睡眠だ。ちー姉さんが怖いが、なんとかやりとげて見せるぜ…………!

何事もなくこの世界で俺の命が終わることを願って!

 

 

 

結論→無理っぽい。

 

ちー姉さんがブラコン。これはまあいい。ってか、もういい、諦めた。

母さん達がなんか両親揃って裏の組織の人間っぽい。失踪した理由がわかったような気もしたが、これもまあいい。ぶっちゃけ割とどうでもいい。

…………何でちー姉さんはあんな人格破綻者と友人関係になれたのかがわかんない。あの人あれだよ? 俺の事実験動物か何かを見るような目で見てたよ? 超怖いんだけど? これよくないよ? 全く何もよくないよ。極めつけに、なんか俺、両親が所属していた組織に狙われているっぽい。しかも人質として。これもよくない。確実に睡眠時間が減る。

 

…………で、その追っ手から俺とちー姉さんを逃がすために、両親は『家族全員で』旅行に行って、その先で事故にあって来るそうだ。俺を抱きながらそういう話をするのはマジやめてほしい。夢見が悪くなるから。あとなんか涙が止まんなくなるから。

 

ついでに、決行は俺が物心がつく五歳になるくらいだそうだ。ちなみにこの事を知っているのは、恐らく俺と両親だけ。ちー姉さんには言えんだろぉ………俺にも言う気は無かったんだろうけど。

 

 

 

何が琴線に触れたのか、あのいかれマッドなクレイジー博士がいきなり俺に優しくなった。原作一夏と違って俺にはたいしたフラグ製造能力は無いはずなんだがなぁ?

ちなみに、この人は確実にしたくない演技はしないしできないタイプなので、本当になぜか俺を気に入ったらしい。なんでかね?

 

まあ、何でもかまいやしないがね。俺は寝るよ。ちー姉さんに抱かれながら。

最近抱き癖がついたけれど、特に問題はないよな?

 

 

 

桜道和哉改め、織斑一夏だ。ちなみに今年で三歳になったんだが……。

 

 

 や

 

 り

 

 や

 

 が

 

 っ

 

 た

 

  。

 

 

いや、俺の両親が、いきなり手紙残して蒸発したんだよ。いつかはわからんが近いうちにイギリス辺りで電車事故を起こして死ににいくはずだ。年単位で時間は変わるかもしれんが。

確か人を雇って電車を横転させ、事故にしか見えないように多くの人間を巻き込んで云々と言っていたはずだが………巻き込まれる者に、わずかばかり黙祷を捧げよう。

 

…………。

……………………。

……すかー……←寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学校時代、もしくは白騎士事件前

 

織斑一夏……ところで、織斑一夏の織斑って『おりむら』って読み難いよな? IS本編で織斑一夏の紹介の時、『へー、これで『おりむら』って読むのか』って感心した覚えがあるぜ俺は。

ちなみに今、俺とちー姉さんの織斑一家は、束姉《たばねえ》さんの家に厄介になっている。ほんと、頭が上がらないよ全く。代わりに寝るけど。

 

まあ、そんなことは割とどうでもいい。何でこんなことを言い始めたかと言うと、小学校に入学してすぐの自己紹介タイムだからだ。

 

「大半の方は初めまして、数名はお久し振り、約一名にはやっほー、織斑一夏です。好きなことは寝ること、嫌いなことは騒がれること、特技は特に無し、趣味は寝るのにちょうど良い場所を探すこと、ついでにゲーム。よろしくお願いします、そしてお休みなさい」

 

ガタンと着席し、同時に寝る体勢に入る。三秒後には夢の世界へ…………。

 

 

 

目が覚めると、なぜかののちゃんが腕の中に居た。騒いでいたらしく寝惚けた俺に口を塞がれている。周りでいろんな奴が騒いでいるけども、どうでも良いわな。

 

「なんだ、お前そいつの事好きなのかよー!」

「好きで悪いのか? ならお前たちは親の事が好きじゃないのか?」

 

子供の言うことだと思ってさらりと流す。ののちゃんが腕のなかで暴れようとしているが、とりあえず黙らせて耳元で囁く。

 

(悪いんだけど、こいつらに調子に乗らせたくないから今だけ付き合ってくれね? あとでいくらでもボコられるからさ)

 

そう言ったら、不満そうではあったかおとなしくなってくれた。ものわかりの良い子でよかったよかった。

 

まだなんか言ってきている餓鬼を適当にあしらいながら、ののちゃんを抱き締めるのを辞めないでいる。俺も子供だからわかりづらいっちゃわかりづらいんだが、やっぱ温かい。それにやわっこくて感触が良い。

結婚しろとか言ってくる餓鬼に

 

「へー。好きなら結婚するんだ? じゃあお前お母さんと結婚したら?」

 

とか言いまくって、ひたすらのらりくらりと避け続ける。

 

ちなみに授業の時はちゃんと放した。そして俺は授業の時も寝るために、教科書を丸暗記して寝ながら先生の問いに答えたり教科書を読み上げたりしている。先生が熱血じゃなくって助かった。

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏は学校でも眠っている。授業中でもお構いなしに眠っている。

先生が指してどこかの問題を答えさせようとしても、一夏は眠ったまま答えている。しかも、正解で。

 

一夏はいつもそうだ。簡単なことなら眠ったままやるし、難しいことでも眠そうにしたまま終わらせる。

私との試合だって、一夏は半分くらい眠ったまま私の竹刀を受け止め、叩き落とし、眠ったまま面を入れる。

声を出さないから一本を取られたことはないけれど、私が一本を取る時はいつも試合の時間が終わりそうなときだけ。それも、明らかにわざと。

前にその事を抗議しに行ったのだが、一夏はそのときも眠ったまま答えた。

 

『なら、眠くならないくらい強くなってくれ。期待してる』

 

……これを聞いて、私は正直に言ってイラッと来た。つまり一夏は、私じゃあ弱すぎてつまらないから眠っていると言っている訳なんだから。

だから私は決めた。絶対に、一夏を越えて見せると。

そして、いつかしっかりと起きたままの一夏の面に、竹刀を叩きつけてやるんだと。

 

 

……そんな決意を私にさせた本人は、昼になったから起こそうとした私を抱き締め、逃れようとする私の体を巧みに抑えている。

大声をあげようとしたのだが、それを察知したのか一夏は私の口を片手で完全に塞いでしまっているため、声を出せない。

 

……まだまだ一夏には遠いらしい。

 

…………って、顔が近いわ馬鹿者っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生時代、そしてちー姉さんの涙

 

俺は今でもちー姉さんと一緒に寝ている。ちー姉さんは織斑一夏の両親が居なくなってから雰囲気が若干固くなったが、束姉さんのお陰で少しずつ柔らかくなってきている。

しかし、ちー姉さんはあれで意外と繊細であるらしく、少し夜に起きてみたところ、声を殺して泣いていたことがあった。

 

それ以来、俺は(精神年齢的には一応)年上としてちー姉さんの心のケアをしている。

そうは言っても俺にできることなど、ただ一緒にいて、一緒に眠ることくらいしかないが。

それでも少しは効果があったらしく、ちー姉さんの表情に笑顔の割合が少し増えた。嬉しいことだ。

俺は我儘は言わないようにしているし、自分でできそうなことには挑戦している。ちなみに最近では、一人で洗い物ができるようになった。

 

それと、気付いているとは思うが、俺は基本的に他の人間をちゃんとした名前では呼ばない。理由は簡単だ。ただ、平仮名、または片仮名に直して三文字以上の名前と名字を覚えられないというだけ。

自分の名前とちー姉さんの名前はなんとかこの七年くらいで覚えたが、いまだにののちゃんと束姉さんの名前も名字も覚えていない。。

……し、し……篠野宮(しののみや)とっつきと、篠野宮タバサだったか?

 

「違うわ!篠ノ之箒だ!いい加減に覚えろ!誰が実体剣とは名ばかりの高威力パイルバンカーか!」

「うーん、束さんはいつも通り束姉さんで良いよ!でも束さんの名前は束だからね? ゆっくりで良いから、いつかちゃんと呼んでね?」

 

努力します。努力だけは。実らなくても怒らないでね? 怒られても俺は寝るけど。

 

 

 

初めのあれが悪かったのか、俺には男友達がいない。大抵寝ているからと言うのも十分理由になりそうだが、まあ、そのあたりは割とどうでも良い。気の会わない友人を作っても楽しくもなんともないだろうしな。

そしてその割に女友達は多い。これも織斑一夏本人のフラグ構築能力の一端かもしれないが、俺はそういう目では人をあまり見れない。

……良く考えてみてくれ。俺は一応転生済みで、その上毎日ちー姉さんと同じ布団で寝てるんだ。今更小学生相手に妙な感情起こすかっての。

だからと言ってちー姉さんに妙な感情を起こすわけでもない。元々そっち方向のは少ないだけだ。決してホモじゃあないからな!勘違いしたら千の顔を持つ英雄で串刺しだ。

…………まあ、するやつなんざいないと思うが。居たとして誰が得をするんだ。女顔でもないし、見ててもつまらんだろ。

 

《……ふむ……ありじゃな!》

 

へー、神得か。

……ねえよ!死ねぃ!

まあ、無理だろうけど。

 

 

 

いきなりで申し訳ないんだが、現在絶体絶命だ。俺個人ではなく日本と言う国が。

何せ核ミサイルを含む二千三百四十一本のミサイルが、世界中から日本に向かってきているのだから。

………そう言やぁ、こんなのもあったな。ちー姉さんに任せときゃ平気だとは思うんだが……バレねえように俺もやるか。幸いかどうかは知らねえが、撃ち落とすのに苦労はしねえ能力があるからな。

 

IS発動……シルバーカーテン。

ステルスとか超便利。

さて、行くかね。

 

 

 

なぜかバレた。たぶん原因は束姉さん。大天才にして大天災な束姉さんを出し抜くなんて、俺には土台無理だったって訳だ。

 

「それで、いっくんのそれはなんなの? 束さんは知りたいなぁ?」

「魔法みたいな道具です。ただし俺が武器だと思ったものしか出せない上に俺にしか使えない欠陥品です。どこからか出していたクッションもこれです」

「クッションって武器だっけ?」

 

使い方を変えれば、窒息させることくらいできるよな? ほら武器だ。

 

「まあ、良いじゃないですか。ちなみにステルスも武器ですよね?」

「それはそうだね」

 

へー、納得するんだ。

……さて、寝るか。

 

「いっくん、束さんの腕のなかでお眠り~♪」

「……じゃあ、お言葉に甘えて失礼します」

 

…………すかー……。

 

 

 

 

 

side 織斑千冬

 

ミサイルを落とし、軍をのけてから帰ってくると、一夏が束に抱かれて眠っていた。

 

「た、束!何をしている!」

「しーっ!いっくんが起きちゃうよ?」

「う……」

 

ま、まさか束にたしなめられる時が来るとは……。

そう思いながら私は眠りっぱなしの一夏に近付く。

 

「……すかー……」

「……本当にこいつがあの程度で起きるのか?」

「起きないと思うよ?」

 

そんなことを言った束には、とりあえずアイアンクローを食らわせておいた。

 

 

「……ふふふっ♪ ねえ、ちーちゃん。いっくんってすごいね」

 

急にそんなことを言ってきた束に、何となく違和感を感じる。

……こいつが、他人を凄いと誉める?

 

「束。悩みがあるなら言えよ?」

「ちーちゃんは私をなんだと思ってるのかな? 私だってたまには誉めることだってあるよ?」

「妄想は夢の中だけにしておけ」

「ちーちゃんひどい!束さんのハートはガラス製なんだよ?」

 

強化ガラスでIS用銃器の弾丸にも耐えるのだろう?

 

「……んー……喧嘩は、駄目だよぉ……ちー姉さん……」

 

一夏が寝言でそう言った。

わ、私か!? 束ではなく私に言うのか!?

見てみると、一夏は束の腹の辺りに抱きついたまま眠っている。しかも笑顔だ。

 

……束の勝ち誇った顔が癪にさわったので、もう一度アイアンクローで浮かしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生日記、実態は愚痴ノート

 

桜道一哉、ではなく織斑一夏。転生済みの判子が額に押してある……何て事はないが転生はした。

まあ、それは置いておこう。今となっては割とどうでもいいことだ。

 

学年が上がり、二年生になったんだが、五月蝿い奴はやはりまだ五月蝿い。

それも実は割とどうでもいい。本当に愚痴りたいことは他にある。

 

まずは、神からもらった能力についての話だが、どうやら俺の選んだ能力の他にもいくつか追加されているらしく、今さら、本当に今さら俺の部屋の机の上に能力についての説明書が届いた。原作で織斑一夏がISの説明書を見た時の気持ちが少し理解できた。

 

…………一番裏から見てみたら、なんとページ数八百八十七。よくあるパラパラパラと流し見るだけで理解できるって言う描写の真似をしたくなるページ数だろう? まあ、それはやってみたらできたんだが。

 

内容としては凄まじく簡単。能力でできること、できないことの大まかな場合分けと、頑張って鍛えればその力は上がるということ。追加した能力についての簡単な説明だった。

それでなぜここまでページ数が多いのかと言うと、神が老眼だから文字がでかくないと読みづらいと言うことで文字が大きいからだった。

……老眼って、神にもあるんだな。別にいいけど。

 

で、俺に追加された能力は、俺が欲しかったとぼやいた逃げる程度の能力と、黄金律C。逃げる程度の能力はどうやらほとんどのものから逃げることができるようになるためスロットの空きにいい感じに入ったから入れたらしい。

あと黄金率だが、巨万の富が入ってくるほど出はないが、その方面に努力していればかなり裕福な生活ができる程度には金の縁が巡ってくるらしい。

………ああ、道理でよく金を拾うわけだ。五百円玉とか千円札とかばっかりだが。

 

そして驚いたことに、千の顔を持つ英雄は俺の想像以上にチートだったらしい。

 

……某人形繰り師が自動人形を壊して回るサーカス漫画のゾナハ虫造れて自在に操れる上、ランブルデトネイターでいつでもどこでも遠隔爆破できるとか……想定外です。

しかもこの世界には生命の水が無く、ゾナハ病を治す方法は俺がゾナハ虫を消す以外に無いときた。

 

………つまり、ちー姉さんを困らせる馬鹿にはこれをやってやればいいんだよね? ラッキー手駒増えたー!

 

……とでも言うと思ったか? んなことしたら余計に怪しまれるわ。なんか使えればいいんだけどね。

 

「じゃあ束さんがゾナハ病について広めておいてあげようか? IS作ってから発言力も大きくなったから、『誰でも発症の可能性はある』ってことにできるよ?」

 

へー、流石は束姉さん。目的のために手段は選ばない、そこにちょっと痺れる憧れる!

 

「……で、どこから入っていつから聞いてました?」

「ドアと見せかけて窓から入って、千の顔を持つ英雄って名前が出たあたりから聞いてたよ?」

 

へー……ならいいか。

 

「それじゃあ、そのゾナハ病っていうのについて、束姉に教えて?」

「はいよ」

 

まあ、それが終わったら寝るけどな。

 

……ああ、白騎士事件だったらもう終わっている。けれども束姉さんもののちゃんもまだ転校していない。

原作では確か小学四年の終わりにののちゃんが転校して、小学五年始めにあのセカンド幼馴染みが転校してきたはずだ。

……まあ、原作キャラとはいえ俺が友人になりたくないと思えばならないだろうし、原作では出てきていないやつでも友人になることもあるだろう。俺は織斑一夏ではあるが、織斑一夏ではないのだから当然だが。

 

ちなみにちー姉さんに『白騎士かっこいいよね。会ってみたいなぁ』と言ってみたら会わせてくれた。まあ、本人だが。

内緒と言われたので内緒にしているが、初めから誰にも言う気は無い。ちー姉さんがブラコンであるように、俺もまたシスコンなのだから。

 

 

 

それからしばらくして、束姉の発表した論文に世界が震撼した。

最初のIS、白騎士による登場者の身体スキャンでわかった新事実として、人には皆とある病にかかる可能性を持っているという事がわかったらしい。

 

その病気の名前こそが、ゾナハ病。現在でも世界に数人ほどその患者がいる、不治の病だそうだ。

 

…………束姉さん、騙るの上手いなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ののちゃんの転校、あとゾナハ病発症者一人目

 

ののちゃんの転校は突然だった。何でも日本政府が関わっているらしく、このままこの場所で暮らしていると守り切れなくなるだのなんだのと言っていた。今までほとんどなにもしてこなかったくせに、こういうときだけはでしゃばってくるんだよな。

 

ちなみに今までは俺がゾナハ虫で周囲を警戒し、実行部隊の血管の中に小さなゾナハ虫を侵入させて、心臓でドカン。もしくは某武装で錬金な漫画に出てくる蝶々二種で迷わせてからドカン。ラッキーなことに破壊男爵は使わないで済んでいる。と言うかあんなん町中で使えるかっての。

 

けれども死体を残してやっても日本政府はそれをやって来たやつらに報復どころか抗議もしようとしないので、風船爆弾で身長を吹き飛ばして消滅させてやったこともしばしば。

それだけの事を俺にやらせておいて、今さら出てきて従えだ? ふざけてんのか頭の中身が無いのか両方か、はたまた俺の予想以外なのか……。

 

とは言え、もう引っ越し先が決定している状態で何を言っても遅い。と言う訳で、次来たどこかの国のエージェント(仮名)と、そいつに命令をしたド腐れ上司にゾナハ病をプレゼントしたいと思います!

 

わーわーパフパフドンドンドン!

 

ちなみに初めから強いものではなく、始めは弱いもので発作もそこまで酷くはないが、徐々に酷くなってきて最後には『ああ』なるように調節する。基本は体内の虫の量で、最後は『アポリオン』を入れてやるだけで済むのでそれなりに楽だ。

これを繰り返していれば、手を出してくる奴は減るだろう。束姉さんには悪名がついて回るようになるかもしれないが……

 

「別に構わないよ? 束さんは箒ちゃんとちーちゃんといっくんが居れば満足だからね」

「へー。そうですか。それじゃあよろしくお願いします。あと今回はどちらから?」

「天井裏からだよ!」

 

そう言って束姉さんはにこにこ笑いながら天井を指差した。

 

へー、天井裏か。また妙なところから入ってくるな? 別にいいけど。

 

「ああそうだ。ののちゃんにこれ渡しといてもらえませんか? 画面が空間投影型のテレビ電話なんですけど」

「……いっくんの番号教えてくれたらいいよ?」

 

……教えなくっても束姉さんなら自力で調べあげられるでしょうに。

まあ、別にいいけど。

 

「ところでこれってどうやって作ったの? 材料とかは?」

「情報って武器だと思うんですよね」

「うんわかった、あれだね」

 

理解が早くて助かりますね。

ちなみに俺は自衛と寝るためのクッションとタオルケット以外に千の顔を持つ英雄を使ったことは無い。例外が寝具と言うのは、実に俺らしいだろう?

これは割と堂々と使っているので、ちー姉さんも知っている。殺害経験有りと言うことは秘密にしてあるが、まあ、正当防衛と言うことで一つ。

 

 

 

 

あ、来た。どっかの国の者らしいエージェント的な人間。

とりあえずバタフライな武装錬金で方向感覚と距離感を失わせ、その霧に紛れてゾナハ虫をイン・ザ・体内。ぜひぜひやってるそいつの所属を束姉さんに調べてもらい、そいつに命令したのが誰かを教えてもらってその国にゾナハ虫を送る。

他の人間には最低限まで被害を押さえようとしたけれど、そいつの周りに居たド腐れには遠慮なくかかってもらった。気前がいいと思わないか?

 

……さてと。目標も終わらせたし………寝るか。

ちー姉さんは最近忙しそうにしていて、あまり家に帰ってこないので、仕方無く一人で眠る。腕の中の寂しさはクッションで埋めるが……

 

…………ちくせう。腕の中が寂しいぜ……。

 

 

 

 

sied 篠ノ之 束

 

 

「今日ねえ、いっくんに会ってきたよ」

 

ちーちゃんが暮桜に乗っている時にそう呟いてみると、ちーちゃんはすっごく動揺した。

 

「あ、知りたい? 最近ちょっと会ってないいっくんのこととか知りたいたいいたいいたいよー!」

「やかましい」

 

ちーちゃんに照れ隠しのアイアンクローをされた。IS装備のままアイアンクロー何てされたら、束さんの脳みそがつぶれちゃうよ!?

 

「ふん」

「ぷぎゅ!」

 

ぽい、と捨てられて、地面に激突する。しかも頭から。

 

「ちーちゃんの愛がいたいっ!」

「何が愛だ、馬鹿者」

 

ちーちゃん酷い!でもそんなちーちゃんが好きだよ?

 

「……で?」

 

 

ちーちゃんがそっぽを向きながら私に話しかけてくる。やっぱりちーちゃんはいっくんのことが大好きなんだ~?

 

「…………」

 

そう思っていたらまたアイアンクローで持ち上げられた。すっごく痛い。ほんとにつぶれちゃったらどうするのさ!

……加減してくれてるのはわかってるけどね。

 

「いたたた……いっくんのことだね? ちょっとさみしがってたかな。いっくんって抱き癖があるから、ちーちゃんと一緒に寝てるときが一番幸せそうだよ?」

「……そうか」

 

……ちーちゃんは気付いてないと思うけど、すっごいにやにやしてる。すっごく嬉しそう。

 

「まったくちーちゃんは素直じゃないたいいたいいたいよーつぶれちゃうよー」

 

しばらくちーちゃんは私の頭をギリギリと締め上げてから、ぽいっと投げ捨てる。確かに叩いたり殴ったりするよりはこっちの方が調節しやすいとは思うけど、それでもやっぱりいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友人作り、意外と簡単かも

 

ののちゃんが転校してからすぐに、この学校の俺のクラスに転校生がやって来た。その名前は鳳《ファン》……なんとか。略称がリンだったはずだから……離任?

……絶対違うな。なんだっけか?

 

………まあいいや。気が向いたら覚えよう。向くかどうかわからんが。

 

 

 

予想では友人なんざ俺にはできないと思っていた。何故なら俺は大抵寝ていて、絡みにくいやつのはずだからだ。前世でも仕事仲間はいたが友人なんざ高校・大学の睡眠愛好会(会長は俺)の会員とバンド組んでた数人程度だ。

……だが、今回はなぜか友人がいる。質が悪い勧誘を(手を掴んで無理やり遊ぼうぜとか言ってる感じの男子に)受けていた女子達に、かつあげされかけていた男子生徒数人。いじめを受けていた奴に喧嘩の場で何故か共闘することになったやつが一人。

…………何で俺はこんなにも厄介事に巻き込まれるんだろうな? そんなもんはいらないから寝かせてくれ。

 

「よう一夏。なんだやっぱ眠いのか?」

「……弾か。おう、超眠い……鈴居ねえ? 抱き締めて寝たいから」

「………お前いつか刺されるぞ? あと鈴は居ねえ」

「なんとかなる………居ねえのか……じゃあお前でいいや」

 

仕方がないので弾を抱き締める。男も女も関係なく、抱き締められればオッケー。

 

「ちょっ、待て一夏!俺にはそんな趣味はねえ!」

「……やかましい、寝れねえだろうが…………すか~」

「寝てんじゃねむぐぅ!?」

 

……すか~…………。

 

 

 

起きたら弾が鈴に変わっていた。何を言っているのかわからないと思うが、俺にはわかる。何てことはない、俺を起こそうとして自爆ったんだろう。顔が真っ赤だ。

ちなみに弾は自分の席に戻っていた。多少睨み付けられたが、アイコンタクトでなんか作ってやると言ったら睨むのをやめた。ちょろ。

 

……ちょろいと言えば、この作品の中にはちょろいと言われる金髪ツインドリル……名前は…………せ、せ……ぜ? ゼヒュロス・オウビート? だっけ? なんか強そうなやつだな……。

 

「……多分違うと思うわよ?」

「そうか?」

「私の名前、フルネームで」

「鳳《ファン》鈴震《リンシン》」

「鈴音《リンイン》よ」

 

へー。そうだったか。すまんな。

とりあえず撫でておく。初めの頃は名前を間違える度に怒鳴り散らされたが、それが自分だけではないと知り、そして略称を呼ぶようになってからは大人しくなった。

恐らく、ちー姉さんの名前を覚えるのにすら数年と言う時間をかけたと言う事実に呆れたか、諦めたかしたのだろう。

 

「諦めたのよ。私は鈴でいいわ」

 

へー、それじゃあ鈴でいいな。覚える努力も放棄するわ。

 

……か~……。

 

 

 

 

side 鳳 鈴音

 

「……すか~……」

「…………はぁ……」

 

全くこいつは……。

 

今私を抱き締めながら幸せそうな顔で眠っている男は織斑一夏。この学校で一番に私と友達になり、そして親友になり、私を惚れさせた男だ。

 

初めは何を考えているか全然わからない気持ち悪いやつ、という印象だったのだが、そいつは何故か私がからかわれているときはいつも助け船を出してくれた。

お礼を言っても自分のためだと言ってあまり受けとることもなかったのだけれど、そのうちにそれが半分くらいは嘘だということに気がついた。

 

一夏は寝ることが好きだ。それは見ていればすぐにわかる。授業中も大抵寝ているし、休み時間も大抵寝ている。起きているときなんて精々ご飯を食べる時と体育の授業中くらいだ。……いや、たまに体育の授業中すらも寝たまま動いている。

その時に周りで楽しく騒ぐだけならば、一夏は何も言わずに寝続ける。

しかし、何故か誰かを苛めたり、大人数で一人をからかっていたりするといつの間にか起きてきていてそいつらの邪魔をする。

 

その他にも、例えば喧嘩をしていて相手が多かったりすると力を貸してくれたりもするし(弾情報)、家庭科の授業で困っていると班を越えて助けてくれたりもする(女子の中では有名)。

とにかく一夏は面倒くさがりで眠たがりで、そしてとても優しい男だ。あと妙に女子に人気がある。

その証拠に、一夏に抱き締められている私には、周りの女子からの羨ましそうな視線が突き刺さっている。

 

「……すか~…………」

「……少しは気付いてあげなさいよね……」

「……鈴。そりゃ無理だろ」

「わかってるわよ、言ってみただけ!」

 

弾が私に呆れたように言ってくるけれど、私だってそのくらいのことはわかってる。

一夏は絶対に気付かないだろうし、万が一、億が一、兆が一気付いても積極的に動くことは無いだろう。

 

「……だよなぁ」

「……仕方ないわよ、好きになっちゃった方の負けよ」

 

そんな私の言葉を全く聞かずに、一夏はすやすやと眠り続けている。

 

「……んー……鈴……♪」

 

そう言いながらぎゅっと私に巻き付けている腕に力をこめる。私はその腕に自分の手を乗せて、一夏に背中を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業、その前に誘拐

 

第二回モンド・グロッソ。ISの世界大会である。ちなみに第一回の優勝者は当然のことながらちー姉さん。ブレード一本でよくもまあ……。

たまに目で追えない移動とかをやっていたので、ちー姉さんが本当に人間かどうか怪しいと思うようになってきた。

神の説明書が正しいとすると、一応俺の身体能力はネギま公式バグキャラクターのラカンと同等はあるらしいんだが、それでも一瞬視界から外れてみせた。

 

ISに乗っているとはいえ、本当に人間なのか?

……違っていたとしてもどうこうするつもりはないが、一応知っておきたいと思う。

……あと、やっぱり俺が選んだ能力はIS世界では使い道が暗殺くらいにしかない。ディープダイバーとか確実に要人暗殺用だよな。

……正直に言って同じラノベでも、もっと平和な僕は友○が○ないとかそういうバトルなしの世界に行きたかった。そして千の顔を持つ英雄で黄金を作って換金して自堕落に死んでいきたかった!

……何が言いたいかと言うと、誘拐されかけた。流石にISを使っては来なかったからパピヨンのアレでどっかんと吹き飛ばしたんだが、どうもそれが原因で大会は中止になってしまった。テロかと思われたらしい。ごめんねちー姉さん。

 

それから俺が吹き飛ばした誰かさんたちをちー姉さんが見つけて俺に聞いてきたから、とりあえず正直に誘拐犯と答えておいた。俺が爆破したとは言ってないけど、束姉さんから防犯装置をもらったことにしておいた。よっぽどテンパっていたらしく疑うことなく信じた。なんか少し心が痛い。

それにまたちー姉さんを泣かせたのも精神的にきつい。そんなにごめんって言われてもちー姉さんは悪くないでしょうに。

……とりあえず、おやすみ。できれば俺が起きたときに、そばにいておくれ。

無理ならいいけど。

 

 

 

特に無理ではなかったようで、現在俺はちー姉さんの背中で揺られている。あまり揺らさないようにしてくれているのか、派手な揺れはなく寝心地がいい。あー、やっぱ俺ちー姉さんのこと好きだなぁ……。

……じゃまされたくないんだよね。この生活。IS学園には入りたくねえ。まあ、ISに触らなければいいだけの話だし、それ自体は恐らく難しくないよな?

……難しくないといいなぁ…………。

…………すか~……。

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

私の背中で気持ち良さそうに眠っている一夏。両親が私達を捨ててからの、私のたった一人の弟《かぞく》。私の宝物。

けれど一夏は私のせいで誘拐されかけた。束に貰っていたという防犯装置とか言うのが無かったら本当に誘拐されていたかもしれない。束には感謝しなければ。

あの馬鹿が居なければ、一夏はもしかしたら殺されていたかもしれない。それどころか、もっと酷い目にあっていたかもしれない。

 

カメラに写っていた記録を見た。一夏が私の試合を見ているときに、何人かの黒い服を着た者達が気付かれないように一夏を拐おうとしていた。

すると一夏の手が光り、そこから黒い蝶が数匹飛び立った。

そしてその蝶は黒服に近付くと、爆発した。爆発の跡を見てみると、一夏の方向には全く衝撃は行っていないようだったが、爆音はちゃんと届いたのか耳と目を塞いでいた。

それを聞き付けてやって来た警備員が一夏に説明を求めているが、先程の爆発でカメラの集音機がいかれたのか何を話しているのか聞こえない。

だがそれでも警備員は黒服達が不審者だと考える程度の頭はあったらしく、黒服達を無力化してから連行していった。

しばらくしてから私が現れて、一夏を抱き締めていた。そこから先は見る必要が無いと感じ、見るのをやめたのだが……束め。いくらなんでも爆発物を一夏に持たせるとはなんだ。しかも会場の警備にばれないようにするとは……。

 

……ああ、ようやく着いたか。

救護室に入り、他国の選手達と同じように一夏を寝かせる。なぜか寂しそうにしていたので頭を撫でてやると、私の手を取って抱き締めるようにしてから嬉しそうに笑った。

 

……やれやれ。一夏は眠るのが好きだな。

私は苦笑しながら、一夏のさせたいようにさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事環境、ちー姉さんはドイツ

 

鈴。本名は確か鳳《ファン》鈴神《リンジン》。

 

「鈴音よ」

 

……だそうだ。

俺の友人の一人であり、よき理解者であり、原作とは違って何故か異様に精神が大人である。

具体的には、俺が抱き締めたまま寝落ちしても完全スルー。そのまま授業を受けることもしばしば。

その他にも、少し前にちー姉さんがドイツに行ってから料理をするのが面倒臭くなったのでとりあえず生きていければ良いと言うレベルしか食事をしていなかったら実家の食堂に引きずり込んで食事をとらせたり、俺が気力を取り戻せるように、毎日弁当の中身の交換会を開催してくれたり……本当に色々と世話になった。

 

「別にいいわよ。あたしだってあんたに助けられたんだし、好きでやってるんだしね」

 

へー、そうかい。まあそれでも礼は言うけどな。

 

ちなみにちー姉さんがドイツに行くことになった理由は俺のせいだ。やっぱりあの爆発は不味かったらしく、無かったことにしてやるから一年ほど教官やってくれないか? と言う話があったらしい。ごめんねちー姉さん。

 

「はいはい、全く一夏はシスコンなんだから」

「そうだな」

 

自覚はあるよ。ぶっちゃけこの世界に来て三番目の恩人だし。

ちなみに一番二番は文字通り命懸けでちー姉さんと俺を守って見せた両親。ちー姉さんは嫌っているようだけれど俺は別に嫌いじゃない。

 

「……か……い…か……一夏!」

「……すか~……」

「もう昼なんだから起きなさい!ご飯よ!弾!」

「おうよ!」

 

俺は二人に引きずられながら屋上まで運ばれたのだった。

……すか~…………。

 

 

「はい一夏。あーん」

「……あむ。むぐむぐ……うまい」

 

半ば寝ているが、それでも料理の味くらいはわかる。鈴の弁当も弾の弁当も美味いな。

給食じゃないのかって? 俺に言われても知らんよ。

 

 

「……さて一夏。お前昨日の夜何食った?」

 

何故か俺は弾に詰め寄られている。まあ、とある日からはいつものことになっているのだが、この時だけは俺は弾に勝てる気がしない。

 

「何って………………あれ、食ったっけ……?」

「……じゃあ、朝は何食った」

 

朝か。それは覚えているぞ。

 

「水と飯と塩と砂糖と刻んだキャベツ」

 

いきなり弾と鈴の雰囲気が怖くなった。畜生勝てねえ。別にいいけど。

ずい、と弾が俺に向かって箸を付き出してくる。

 

「食え」

 

そして鈴も箸を付き出してくる。

 

「食べなさい」

 

怖いので俺は素直に食べる。うん美味い。

結構な量を食べさせられたが、弾と鈴の弁当の中身は初めのおよそ半分にまで減っていた。こいつらは平気なのか?

 

「少なくとも今の一夏よりは平気よ」

「俺らのことはいいからさっさと食え」

「いや一応自分でも作ってきたからな? 寝てたから持ってきてねえけど」

「「なら今は食え」」

 

……まあ、いいか。

 

 

 

side 五反田 弾

 

「……すか~…………」

 

俺達の弁当を食い尽くした後、一夏はいつも通りに眠りについた。

……やれやれ。こいつは本当に自分の事を大切にしない奴だ。

一夏に膝枕をしている鈴も同じように考えているらしく、俺と鈴は揃って溜め息をついた。

 

「……それじゃ、俺は一夏の弁当持ってくる……食ってもいいよな?」

「良いと思うわよ? どうせ一夏は私達の分として昼だけ豪勢にしてきてるんだから」

 

そう。こいつは自分のために美味い料理を作ろうとはしない。そもそもこの眠たがりの面倒臭がりが料理を始めた理由が、姉である千冬さんの負担を減らすためであると言うのだから。

その千冬さんがいなくなってから、この姉馬鹿は料理に力を入れなくなった。

 

朝は水と塩と砂糖に生卵、昼は無しか水道の水、夜は生野菜とハム一パック。そんなのが普通になっていた時に俺と鈴が遊びに行って、食事環境を知って鈴が一夏をぶん殴ろうとしていつも通りに抱き締められ、それから家の中華料理屋に引きずり込んで事情を話して飯を食わせてからまともな弁当を俺達が食わせることになった。

俺もその事を母さん達に言って弁当を多めに作ってもらうことにして、鈴と一緒に一夏に食わせている。

 

一夏は食わないでも生きて行けるみたいだったが、食うときは本当に食うらしく、俺達の分まで食っても実はまだたりていないらしい。一夏は隠しているようだったが、簡単にわかる。

一夏も悪いと思ったのか次の日から弁当を持ってきて一緒に食べるようになったのだが、……これがまた美味い。こんだけ美味いのが味気無く感じるとは、こいつの寂しがりもかなりのものだと鈴と二人で笑いあったこともある。

 

そんなこんなでなかなか苦労もしているが、俺はこいつらと一緒にいるのが大好きだ。

 

「……か~……」

「おぅっ!? 一夏、絞まってる!いたいいたいうぉあ~~っ!?」

「……頑張ってね弾」

「助けろよ!?」

 

……ああ、こういうこともあるが、好きだぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちー姉さんの帰還、それに伴うパーティー

 

ちー姉さんがドイツから帰ってきました。と、言うわけで今日は自宅で豪勢な料理を作ろうと思う。

そのために学校で料理の献立と栄養バランス材料の有無を確認してノートに写していたら、弾と鈴にあり得ないものを見る目で見られた上に早退して病院に行くことを進められた。酷くね?

……第一、病院に行ったとして何科に掛かれば良いんだよ?

 

…………まあ、それは割とどうでもいいな。今はとりあえず買い物だ。少しだけ贅沢するが……これくらいは別にいいよな?

……それにしても一年とちょっとぶりか。ちー姉さんの声だけは電話で聞いてたとはいえ、声は抱き締められないんだよなぁ……。

ちなみに抱き癖はいまだに治っていない。そして治す気もあんまり無かったりする。面倒だし。

 

…………そう言や今さらだけど、弾って原作じゃあ中学からの付き合いのはずなんだが、俺達のとこだと小五の半ばで友人関係になっているんだが…………まあ、似たような世界だと言うことで納得しておこう。悪いことじゃないし。

 

……お、卵が安いな。買っていこう。豚小間肉も少し……いや、ちー姉さんは夜はあまり食べないから、明日の朝の分も買っていこう。となるとあれは夜のうちに仕込みを終わらせて、夜はさっぱり終わらせようか。

 

……鈴と弾は俺が起きている理由を聞いたら一応納得して見せたが、今の俺を見たらたぶんもう一度びっくりするんだろうな。

 

「……い………一……夏……?」

「……一夏が………鼻歌……?」

 

今みたいに。

……確かに俺は鼻歌歌う暇があるなら寝る、飯は寝ながら食う、夢の中でも寝る夢を見て、夢の中の夢でまた眠るような奴だが……そこまで驚かなくても良くないか?

 

「……いや、驚くわよ。だってありえないもん」

「……だよな。俺達間違ってないよな鈴」

「当然でしょ。一夏が完全に起きたまま鼻歌歌って買い物なんて、明日世界が滅びてもおかしくないわ」

「へー……言いたい放題言ってくれやがって……」

「「事実だし」」

 

鈴と弾は綺麗にユニゾンしてくれやがった。俺だってはしゃぐことくらい…………!

 

「ど、どうしたの?」

「……ちー姉さんがもうすぐ帰ってくるような気配………晩飯を作り始めないと間に合わねえ!つー訳ですまん、また明日な!」

 

やばいやばい、つい話し込んじまった。晩飯は軽く、腹持ち良くなく腹に溜まるものを作らねえと……。

風呂の準備もしておいて、ちー姉さんの部屋の掃除は……昨日やったな。毎週やってるけど。

後は……時間があれば明日の朝の下ごしらえもしておいて……マッサージも一応覚えてみたし、準備しておこう。いつでも洗面台の下に色々常備されてるし、道具の手入れもできてるけどな。

 

それより今は晩飯の準備だな。急いで作らねえと。失敗は許されねえし、許さねえから……気を付けろよ?

 

……そう言や、弾と鈴は何で一緒にいたんだろうな? 偶然か?

……まあ、割とどうでもいいな。今は料理だ。いつも使ってる前全部を隠すタイプのひよこエプロンにかけて、ちー姉さんの満足する料理を作って見せるぜ!

 

………ああ、そうだ。確か前に束姉さんに、

 

「これをつけるとちーちゃんば喜ぶよ!きっと疲れがみんな吹き飛ぶくらいね!天才の束さんが言うんだから間違いないよ?」

 

と言われてホイホイと貰ってしまったあれがあったはずだ……ちー姉さんも疲れているだろうし……使ってみるか。

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

一年ぶりの日本。ようやく帰ってこれたと一息ついて、それからもう一度気を引き締め直す。

私は、織斑千冬。一夏の前ではかっこいい姉でありたいと思い、そしてそれを実践してきた。

 

……たまに一夏に慰められたり、家事を任せきってしまったりと言う点ではだらしない所を見せてしまってはいるが、私よりも一夏の作った料理の方が数段美味いので(私の料理は料理ではないらしい。束すら気絶させ、二日間腹痛を起こさせたと言う事実もあるので否定できない)、こればかりは一夏に頼りきりだ。

 

気を張り直した私は、一夏の待つ家に向かう。荷物はすべて先に送ってあるし、後は私が手荷物を持って家につけばいい。

 

 

私は、一夏の前ではかっこいい姉でありたい。そして一夏を心配させたくない。

 

―――そう。だから……だから―――

 

「ちー姉さん、お帰りなさい!」

 

ピコピコと動く、とがった犬耳。

 

嬉しそうに振られる、上向きに反り返った尻尾。

 

この世の春とばかりの、一夏の笑顔。

 

 

―――一夏の前では、この愛の放出を我慢しなければ……ッ!

 

 

 

……まあ、無理だったんだがな。食事が終わって気が付いたら布団の中に居たさ。

そして私のとなりにはまだ耳をつけたままの一夏が、私に抱きついたまま眠っていた。

 

これでもう一度昇天しそうになったが、目尻に浮かんでいる涙を見て抑えきった。

まだ夜の三時だったので、一夏を私からも抱き締めてもう一度眠りについた。

 

一夏が起きた後、あれをどこで手に入れたのかを聞いてみると、束が私が喜ぶと言って渡してきたらしい。

さすがに命に関わるので使用禁止にしたが、その時に落ち込んだのかとがっている耳も丸まっていた尾も、しゅんと萎れていた。

 

おもいっきり抱き締めて撫でてやったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 



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11~20

卒業式、はっちゃけはじめたちー姉さん

 

卒業式。いつもは騒がしい同級生達も、今日ばかりは静かだ。お陰で……

 

「……すかー……」

 

よく寝れる。

……とは言え、しっかりと卒業証書は受け取ったし、歌も歌える。問題ない。服装も、まあ、問題ない。

問題があるとすれば……

 

「ちーちゃんちーちゃん、いっくんがスーツ着てるよ!」

「わかって……おい束、このカメラはどうやって使うんだ?」

 

……このくらいか。

あとちー姉さん。そのカメラはメイド・イン・束姉さんだから思考操作式でピントもズームも光量調節もブレ補正もシャッターもみんなやってくれるから。現像は束姉さんに頼めば早いよ。

……それにしても、スーツ似合わねえなぁ……ちー姉さんと束姉さんは喜んでるけど。

 

「いーつのーことーだかー、おもいだしてごーらんーあんなーこーとー、こんなーこーとー、あーったーでしょー♪」

 

……そうそう、色々あった。

ドイツで誘拐されかけたり、ちー姉さんがいきなり鼻血を噴き出したり、弾の家の定食屋(?)に飯食べにいったり、鈴の家の中華料理屋に飯食いにいったり、たまに来る誘拐犯を上役と一緒にゾナハらせたり、家庭科の授業の自由作品で先生のプライドをへし折ったり、音楽の授業で歌ったら何故か鈴以外の女子から熱い眼差しを、弾以外の男子からは刺すような視線を向けられたり、急にやって来た束姉さんに抱き締められたまま微睡んでいたら帰ってきたちー姉さんと束姉さんの喧嘩が始まったとか………本当に、色々あった。

 

………まあ、中々に楽しい小学生生活だった。俺に高校生以上の頭があったというのは関係無く、友人たちと一緒に過ごせたし。

 

「中学に行ってからもよろしくな~」

「もちろんよ」

「わかってるって」

 

よかったよかった。さて、寝るか。

 

 

 

起きてみたらちー姉さんと束姉さん、そして鈴が何故か睨みあっていた。俺は現在弾に抱きついている。

 

「一夏。起きたか?」

「……まあ、一応」

 

すると三人がぐるんと首だけをねじって俺を見た。何でかわからんが少し怒っているちー姉さんと、少しムッとしている鈴と、その二人に張り合うように気合いを込めている束姉さんは、ちょっと怖い。

 

「……弾。何があったんだ?」

「…………あー……つまり、鈴と千冬さんとあの赤ずきんっぽい服の人は、一夏のことが大好きだってことだ」

 

へー。まあ知ってるけども、それが何でにらみ合いになる?

……あれか、嫉妬か? 弟にたかる悪い虫か? 友人を困らせる悪い人か?

 

「似たようなもんだと思うぞ」

「へー、そうかい。俺はちー姉さんも束姉さんも鈴も大好きだけど」

 

勿論弾のことも好きだぞ? 筋肉ついてて違った抱き心地があって良いし。

 

「………お前って奴は本っ当に女心を理解してないな?」

「してるよ? 理解だけは」

「余計に悪いわ」

 

そうかね?

……とりあえず、あの三人の喧嘩(?)を止めるか。確か鞄の中に束姉さんから貰った例のブツ四号があったはずだ。

ちなみに一号は犬(柴犬)、二号は狼(多分日本狼)、三号は猫(黒)、そして四号は何故かまた犬(ダックスフンド)だ。百八号まであるらしいが、そこまで使うことは無いだろう。

 

……なお、これら獣耳シリーズにはもれなく思考操作ユニットを積んであり。自動で俺の感情を外に出す仕組みであるらしい。科学力の無駄遣いここに極まれりだな。

 

……ああ、あったあった。装着、と。

 

何故か弾に撫でられた。気持ちいいから構わないけどな。

……あ、やばい、意識が落ちる……喧嘩止めねえと…………すか~……。

 

 

 

 

 

side 五反田 弾

 

卒業式が終わってすぐ、一夏はいつも通りに寝始めた。鈴が近付いていくと、いつも通り抱き締められる。

 

「役得だな?」

「そうね」

 

一年ちょっとの付き合いで、俺達は一夏の事をよく知った。

一夏の事を見たことのあるやつらは揃って一夏をねぼすけだの面倒臭がりだのと言うが、実際は違う。

 

一夏は睡眠至上主義であり、重度のシスコンであり、そしてとても優しい奴だ。

何を持ってそう断ずるのかと言えば、一夏の行動と話からの推測になるんだが、それだけでもう十分とも言える。

 

例えば、自分の関係ないことでも揉め事が起きればさりげなく助けに行くし、喧嘩ならともかく苛めは大抵一夏に角がたたないように止められる。

基本的に寝てばかりいるが話は聞いているし、抱き締めるときも本気で嫌がればすぐに放してくれる。

作ってくる弁当も美味いし、頭もいいし、運動神経もいい。

そんな完璧超人が何故か妬まれないのは、こうして駄目なところをよく見せているせいだろう。お陰でこっちも騒がしくなくていいとは思うんだが、あのシスコンっぷりには少し引いた。

……今も、日頃から大好きだと言っている千冬さんと鈴、そして見たことのない人の喧嘩を止めるためとは言え、こんなものを即座に用意しているんだからな。

 

「……わん」

 

駄目だ俺やめろ俺鼻血はやめろ俺変態にしか見えないからやめろ俺。つかなんだよこいつ犬耳犬尻尾とかおかしすぎるだろなに考えてんだよ何でそれだけで異様に可愛らしく見えるんだよ何で少し背が縮んだように見えるんだよ何であの顔が中性的に見えるようになるんだよ何で頬の柔らかさが増すんだよ何で睫毛が少し長くなってんだよ何で耳がピクピク動いてんだよ何で細い尻尾がブンブン振られてんだよ何で俺の手は一夏の頭を撫でてんだよ何で一夏も嫌がらねえんだよそして何で俺はあの三人の内二人に仇のように見られて、鈴に羨ましげな目で見られてんだよ!?

 

「……えっと………撫でますか?」

 

そういえた俺はきっと凄いに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式、早々大乱闘

 

中学に入り、また鈴と弾と同じクラスになる。またずいぶんと嬉しい偶然もあったものだ。

 

「実は偶然じゃなかったりするんじゃないの?」

「……見ろよ弾、あの雲五反田食堂のCMやってくれてるぜ?」

「どれどれ……ってマジかよ!? 何で綺麗な楷書体で『五反田食堂をよろしく!』って形してんだよ!? しかも地図付きで!」

「なに言って……ほんとにそんな形してる!?」

 

やれやれ、五月蝿い奴らだな。そんな偶然があるのだからこんな偶然くらい普通にあるだろ。

……ところで、あの雲って妙に銀色してると思わないか? 具体的には、まるで小さな機械が集まってるみたいに。

 

…………言わないけどな。

 

「……おいおい、今度は家の真上で『五反田食堂↓』って形になったんだが!?」

「くぅ……弾!どうやったのか教えなさいよ!」

「俺に聞くなよ!?」

 

……若い奴は元気いいな……すか~…………。

 

 

 

帰る時間になったんだが、何故か周りには先輩(笑)達がたむろしている。にやにやと笑っているが、俺達が何かしただろうか?

 

「なあ弾。何で囲まれてるかわかるか?」

「……あ~、昔俺達がボコったあれじゃね? それのお礼参り」

 

へー……面倒臭い。何でわざわざ入学式の日に来るんだよ。今日はちー姉さんが一月振りに帰ってくる日なのにさ。

……弾一人じゃ多勢に無勢だし、さっさと潰して終わりにするか。呼吸に合わせてニアデスハピネス体に入れて肺で小爆発させれば気絶するだろ。

……実行~。

 

「ぶべらっ!?」

「ごぼうぇっ!?」

「ふんぐるいっ!?」

 

変態は倒れた、と。

 

「いや待て。明らかにおかしい悲鳴があったろ無視すんなよ」

「……え、なに? もっかい聞いて確かめたいって? 弾はドSだなまったく」

「ちげえよ!? 俺ドSじゃねえよ!? 悲鳴なんて聞きたくもないからな!?」

 

へー、そうかい。まあ、割とどうでもいい。

 

「んじゃ俺はちー姉さんとの晩飯の買い物をしてくるから」

「……おお、またな。……シスコンめ」

「弾? シスコンで何が悪いんだ?」

「そっち!?」

 

そりゃそうだろ。シスコンで悪いことなんざ無いしな。

第一、弾もシスコンだし。

 

 

家に帰ると何故か束姉さんが居た。何となく予想は出来ていたので材料は多めに買ったが、どうやら正解だったようだ。

 

「プリンでも食べて待っててくださいな。俺のですけど」

「いただきまーす♪」

 

スプーンを使ってぱくぱくとプリンを頬張っている束姉さんは、服装もあいまって年齢以上に若く見える。八歳年上で今は確か……二十歳? どう見ても十四~五だよな。行動だけ見ると四歳児。

 

「ん~♪ 美味しいよー♪」

「そうですか。ののちゃんのお土産にも持っていってあげてくれます? 俺のですけど」

 

ちなみにちー姉さんのはコーヒーゼリー。甘すぎるのは嫌いだと言っていたのでブラックで。

プリンもちー姉さんの分はノンシュガーで素材の甘さを生かしている。なかなか好評。

やっぱりちー姉さんが美味しそうに食べてくれると、作った甲斐があったっていうことだよな。実に嬉しい。

 

……最近、こうして笑うとちー姉さんが顔を背けるようになって少し寂しいけど。

 

「……はあはあ……いっくんかわいい……はあはあ」

 

…………そして今、割と本気で貞操の危機。多分全力で逃げても追い付かれる。ISなんて大嫌いだ。そしてギャグ補正を今ほど憎んだことも無い。

……ギャグ補正? すると……

 

「いっくーん!」

 

束姉さんが飛びかかってきた瞬間に、思いきり息を吸って叫ぶ。

 

「ちー姉さーーん!助けてーーーっ!!」

「  束  」

 

冷たい声が響いて、束姉さんの動きが完全に止まる。まるで凍りついてしまったかのようだ。

 

「……ち……ちーちゃん………あと二時間は帰ってこれないはずなのに……」

 

束姉さんのその言葉に、ちー姉さんは鼻で笑うことで答えた。

 

「そんなもの、一夏を守るためならどうとでもなる。…………さあ、束。お前はたった一つ間違いを犯した」

 

……似たような言葉をどこかで聞いたことがあるような気がしたけれど、気にしないことにした。

…………それにしても、ちー姉さんはかっこいいな。

……あっと。晩飯作らないと。

 

俺は立ち上がり、炊事場の方に歩き出す。

後ろの方では色々と破壊音とか

 

「……貴様は私を怒らせた!!」

「うひぃぃぃっ!!」

 

といった声が聞こえてくるが、それも気にしないことにした。

 

……よし。朝に炊き始めた炊き込みご飯は上手くできてるな。よかったよかった。

 

 

 

side 織斑 千冬

 

仕事をしていたら、急に一夏に助けを求められた気がしたので急いで帰ってみると(所要時間0.22秒)、束が一夏に襲いかかろうとしていた。

とりあえずぼこぼこにしておいたが、気が済んだ頃には周りがぼろぼろになってしまっていた。

 

「大丈夫だよ、ちー姉さん」

 

いつの間にか私の後ろにいた一夏は、新しい机と椅子をどこかから用意していた。

そして机の上を台拭きで綺麗に拭いてから、作ったばかりと見える料理を並べる。

 

「それじゃあ……いただきます」

「いただきます」

 

…………やはり美味いな。

そう思いながら食べていると、ふと一夏が目に入る。

あの日から見ることはなくなったが、このときだけは何故か嬉しそうに尻尾を降っているように見えてしまう。

また気絶するわけにもいかないので目を逸らすが、その度に一夏にくっついて見える耳と尻尾が元気をなくしてぺたりと伏せられる。今日は狐か……。

 

「……く……」

 

ぱんっ、と鼻を抑える。まずい、鉄の匂いがし始めた。

 

「ちー姉さん? どうしたんだ?」

 

きょとん、と首をかしげて私を見つめる一夏を直視することができない。そして鼻を押さえている手から力を抜くこともできない。

 

 

―――私は、織斑千冬。一夏の、かっこいい姉だ。

 

 

 

まあ、いつものように愛の噴出は避けられなかったんだが、それでも慣れたのか気絶はしないですんだ。

 

一夏が心配そうに私を見つめている。

……その頭の上に、恐らく束の悪戯の結果であろう狐耳。背中を見てみると、尻尾も見えた。

 

…………とりあえず、風呂に入ってから寝よう。一夏と一緒にな。

 

 

 

 

 

 

 

 

授業中、トラブルに巻き込まれる俺。

 

……お早う。ちー姉さんはいない。なぜなら恐らくもうIS学園に教師として行っているから。

……フウの作ったゾナハ虫のような監視用機械は良いな。まずバレないように俺に情報を与えてくれる。やっぱり千の顔を持つ英雄は汎用性が凄まじい。

とはいえそれはラカンが使っていた時に、帝国九七式破城鎚型魔導手甲なんていう明らかに造りをわかっていなさそうな物まで出てたからわかりきってたことなんだが。

 

……ちなみに、俺もちー姉さんも居ない時には家の中に武装で錬金なチャフを張り巡らせているため、今まで泥棒も盗聴機も仕掛けられたことがないし、仕掛けようとした相手を逃がしたこともない。

 

……俺が帰った時には大抵発狂してたけど。一度弾と鈴が遊びに来たときにピンポイントでこられたときには焦った。すぐさまフェイタルアトラクションで押し潰したけど。

 

ちなみにヴィクター化はできないが、突撃槍を旧型新型使い分けることもできるようになった。一番酷いのは破壊男爵+衛星30+銀の膜+激戦のコンボだと思うが。

……三十人に増えた超防御能力装備の男爵様に高速自動修復付きとか手に終えない。ほんとに。しかもリバースにすれば相手は動けないし。

 

………絶対使わねえ。相当の事が無い限り使わねえ。例えばちー姉さんを馬鹿にしたとか。

 

「……超個人的じゃないかな?」

「束姉さんには言われたくない。あと近寄らないで下さい変態」

 

……何で束姉さんは頬を赤らめて体を震わせているんだろうか?

……まあ、割とどうでもいいな。

学校行くか。そして寝よう。

 

 

 

流石に中学に入ってからは鈴を抱き締めたまま授業というのはしていない。後々面倒だし、このクラスにも馬鹿な親の元で育った馬鹿が居るようだし。

 

……一応言っておくと、俺は割と友達思いだ。だから、鈴が

 

「リンリンってパンダの名前みたいだよな。笹食えよ笹」

 

何て言われているところを見ると、ついやっちゃうんだ(嘲笑)

 

「なあなあ、ゾナハ病って知ってるか?」

「は? なんだよいきなり?」

 

確かにいきなりだな。まあ気にすんなって。

……どうせこの後何も気にならなくなるんだし。

 

「まあ聞けって。で、そのゾナハ病ってのは基本的に人間であればどんな奴でも発症する可能性があるわけだが………俺が指を鳴らした瞬間に発症するって可能性もあるよな? 超低いけど」

「……まあ、そうだな」

 

鈴を苛めていたそいつが、訳がわからないと言う風に答えを返す。

 

「じゃあもちろん、俺がお前に『今日の夜にお前はゾナハ病を発症する』って言ったとして、それが当たる可能性もあるよな?」

「…………だからなんだよ?」

 

そこで俺は、にっこりと笑って言ってやった。

 

「明日、午前六時半ごろ。発症するだろうから気を付けろよ?」

 

……正確には発症するのではなく、発症させるんだが。

 

「……んなわけないだろ」

「だといいな?」

 

……さて、寝るか。

 

 

 

 

side 鳳 鈴音

 

一夏がそんなことを言った次の日、言われたそいつは学校を急に休んだ。

先生は何もいっていなかったけれど、クラスの全員が一夏の事を疑った。

 

「……一夏。もしかしてあんた……」

「……やってねえよ。ちー姉さんにかけてもいい。俺は知らん。風邪じゃないのか?」

 

一夏はそういったけれど、私も弾もそれを信じることはできなかった。

 

「あー、昨日から休んでいた○○だが、昨日骨を折って入院中だそうだ」

 

次の日に、担任教師にそう聞かされるまでは。

 

……えっ……と…………。

弾と顔を見合わせる。どうやら一夏は本当に何もしていなかったらしい。

 

一夏の方を見ると、私達にだけわかるように少し顔をあげて、口元だけでニヤリと笑っていた。

 

――俺は、知らないと言ったはずだが?

 

そんな声が聞こえてきそうな表情で、一夏は笑っていた。

 

「……すか~……」

 

……そして、すぐに眠った。

 

 

 

「……で、一夏。釈明は?」

「それでも俺はやってない……ああ、ちなみに俺今日は飯持ってきてないから」

「「はぁ?」」

 

……そう言えば、一夏は千冬さんがいないとすっごい家事が大雑把になるんだった。それも、生きてく上では一番大切な食事が。

 

……で、今は千冬さんは家に居ないらしいし、よく私の家の中華料理屋に来て食事をしていっている。

 

……そっか。つまりまたお弁当をしっかりつくってもらわなきゃ……

 

「って違う!話を逸らすな!」

「お、バレた」

 

あぶないあぶない、また話をうやむやにされちゃうところだった。

 

「まあ、きっと偶然だよ、偶然」

 

一夏はそう言った。私の目を見ながら、いつもと全く同じように。

 

「……そう。じゃあいいわ。食べましょう」

「……まあ、鈴がいいって言うなら良いけどよ……」

 

私が引くと、弾も一緒に引き下がる。一夏はそれを確認すると、近くにいた弾を抱き枕にして寝始めた。

 

「だから飯だっての。…………ダメだこいつ。起きる気配すらねえや」

「しょうがないわよ。一夏なんだし」

「……それもそうだな」

 

弾は諦めて腰に抱きついたままの一夏の頭を撫でて、それから食事を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンド結成、四人組

 

昔もやっていたので軽くバンドを組んでみることにした。ちなみに今居るのは俺と鈴と弾とカズの四人だ。

 

「ちなみに本名は御手洗数馬だ」

「……え? 御手洗(おてあらい)どこか?」

「一夏。お前の間違い方は悪意にまみれてるよな?」

 

へー、悪意にまみれてんのか。そりゃ大変だ。

まあ、バンドでやる予定の音楽が全部ボカロのパクりだって所には悪意が満載かもしれないけど。

 

「仕方ないだろ数馬。こいつは一夏なんだから。……一夏俺の名前、フルネームで」

「だだんだん」

「俺はバイキンマンの作ったロボじゃないからな?」

 

へー。まあ、知ってるけど。違うだろうと思いながら言った。後悔はしない。後悔する暇があるなら寝る。

 

「……これが一夏だ。お前も早めに諦めとけ」

「……そうするよ」

 

弾とカズは揃ってため息をついた。

 

……まあ、しばらくは暇だしゆっくり上達していくとするか。目標は……そうだな、『初音ミクの消失-Dead end』を中学三年までにマスターすること。たぶんできるだろ。

 

「バンド名はどうするの?」

「そんなん後回しだ。今は上手くなることだけ考えて、上手くなったらまた考えよう」

 

それがいいよな? 多分。

 

 

 

学校の設備を借りられなかったので、千の顔を持つ英雄を使って楽器やら何やらを作った。ほら、音波って突き詰めていけば衝撃波で、アンプやスピーカーはそれを大きくするものだろ? 武器だ武器。平和に使うと楽器だけど。

 

それで練習していったところ、なぜか全員妙に上達が早い。もしやこれが原作キャラ補正なのかもしれないと思ったが、困ることではないのでスルー。むしろ嬉しい。

お陰で弾はドラム系統打楽器専門、カズはどれも平均的にこなせるキーボード、鈴がギター系統弦楽器とボーカルの特化、で、俺がベースかボーカル、というか全部それなり以上にできるという、奇妙なバンドができてしまった。

 

「勝算は考えない♪ 絶対なんか有り得ない♪ 君の言葉が聞きたい♪」

 

鈴も弾もカズもノリノリで演奏したり歌ったりしている。ってか上達速すぎだろどう考えても。

 

……いや、まあ、問題はないんだが。

 

 

 

「そう言えば、一夏ってちゃんと起きてるときはなんか凛々しくなるわよね?」

「あ、それ俺も思った。いつもは可愛い系の顔してんのに、喧嘩とかシリアスな時とかはかっこいい系の顔になるよな。何でだ?」

 

……へー……そんな風になってたのか。そりゃ驚きだ。

だけど俺に言われても知らねえものは知らねえんだよな。

 

「あー、あれじゃね? 体質」

「「「どんな体質だ」」」

 

だから知るかっての。

 

「もしくはあれじゃないか? 日頃の行い」

「日頃の行いでそんな変化があるわけないでしょ」

 

だから知らんと。

……あ~……眠……。最近ちー姉さんが帰ってこないからちー姉さん分が不足しがちなんだよなぁ……まあ、代わりに鈴とか弾に頼んでるんだが、鈴は暑くなってくると抱きつかせてくれないしなぁ……。

 

……悲しいけどこれ、現実なのよね。

今度体を冷やす方法考えないとな。性能《スペック》だけならラカンと同格だし、気合いとノリと勢いでなんとかなるだろ。

 

ただ、気を大っぴらに使うわけにはいかないから、色々考えねえと。

 

……それにしても眠い。

 

「あ、ほら縮んだ。何で着てる服も一緒に縮むのかしら」

「知らねえよ。もう『一夏だから』でよくないか? 一夏だったら身長が十五センチ伸び縮みしても仕方ねえって考えようぜ?」

「そうそう、あんまり気にしてると禿げるぞ?」

「禿げないわよ!」

 

鈴が殴ろうとしてきた。ちょっと痛そうだったので回避。腕を押さえてオンザ俺の膝。

 

「そう言やぁ、そうやって鈴を抱いてるときも高いままだよな」

「ちっちゃいのはこうした方が抱き締めやすくて良いからな。あとは気合いだ。人生気合いと勢いとノリである程度はなんとかなる」

 

基本はな。

 

…………すか~……。

 

 

 

 

side だだんだん

 

「鈴、ちょっと待っててくれるか?」

「あーはいはい。早めに終わらせなさいよ?」

「わーってるって」

 

……おい作者。ふざけんなっての。リテイク求む。

 

 

side 五反田 弾

 

…………よし、オッケーだな。

 

「それにしても一夏は色々と非常識だよな」

「今弾が言ったばかりじゃない。一夏なんだから仕方無いわよ一夏ならきっといつか生身でISを圧倒してくれるわ」

「いくらなんでもねーよ」

「さすがにそれはねーよ」

「じゃあ弾とカズはいつか俺が生身でISに勝ったら飯おごれよ」

「「「起きてた!?」」」

 

なん……だと……? 一夏がこの時点で起きてるとは……。

 

「「天変地異の前触れか!?」」

「体内から爆破するぞてめえら」

「まあまあ。一夏だってこういうときはあるわよ」

 

鈴はそう言いながら自分を後ろから抱き締めている一夏の頭を撫でる。

 

………背と位置が逆だったらどう見ても母と息子の休日の一幕なんだけどな。

 

…………練習すっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

約束、対する返答

 

織斑一夏だ。ちなみに偽名と言うかハンドルネーム等では前世の桜道を使っていたりする。

……普通にどうでもいいな。うん。

 

「はい一夏。食べなさい」

「……あむ……うまい」

 

うん、最近鈴の料理の腕の上がり方が尋常じゃないな。父親に教えてもらっているのか?

 

「そうでしょ。……でも、まだ酢豚しか作れないのよね」

 

鈴は少し威張ったように胸を張り、それからなぜかしゅんと沈んだ。理由は知らんが、悲しげな顔は嫌いだ。

 

「まあまあ。他のも少しずつうまくなっていけばいいだろ。人に食わせて問題ないくらいうまくなったら、味見させてくれ」

「……なんなら、毎日酢豚をつくってあげようかしら?」

「栄養偏りそうだから却下。レパートリー増やしてからもう一度来い」

 

そう言うと少し不機嫌になったが、俺に弁当を食わせる箸の動きは止まらない。

 

「……一夏よぉ……。お前はもう少し女心を理解して行動に移せよ」

「うっせ……あ~……むぐむぐ……」

 

……やっぱ美味いな。

 

 

 

バンドの練習を終わらせ、弾と鈴と三人で帰る。

 

「じゃあな、一夏。鈴。また明日」

「そうだな……ふぁ……」

「全くもう……また明日ね。弾」

「いいっていいって。どうせ一夏だし、聞きゃしねえよ」

「……それもそうね」

 

そう言って、弾と俺達は別れることになる。

これはいつものことなんだが、毎回毎回なんとなく妙に悲しくなってしまう。何でだろうな?

……まあ、割とどうでもいいけど。

 

そして鈴としばらく歩き、また分かれ道に差し掛かる。

 

……この場面、なんか『夕日坂』の歌詞にあったような気がするな。今度はそれでも楽譜にするか。

 

「ねえ、一夏」

 

そんなことを考えていると、急に鈴に話しかけられた。いつもよりシリアスな空気である気がするので、俺もしっかり起きる。

 

「……ちゃんと聞こうとしてくれてありがと。……一夏は、私の料理のレパートリーが増えたら、毎日私の作った料理を食べてくれる?」

 

鈴はいつになく真剣だ。目には冗談の色が……ほとんど無い。

……まあ、それでも俺の答えは変わらないんだが。

 

「俺より上手く作れるようになったらな」

 

……まあ、原作から考えると中々難しいとは思うが、できなくはないだろう。頑張っていれば。

 

「言ったわね? 絶対一夏を越えてやるんだから!」

 

ビシッと俺を指差す鈴に、僅かに苦笑が漏れる。もう辺りの空気はいつもの物に戻っている。

 

「期待しとくよ」

 

それだけ言って、俺は鈴と別れて歩き出した。

 

 

 

 

side 鳳 鈴音

 

「父さん。私に料理を教えて!」

 

一夏と別れ、家に帰ってすぐ。私は父さんに思いっきり頭を下げた。

この家で一番料理が上手なのは父さんだ。一番下手なのは私だ。だから私は父さんに頭を下げる。

 

父さんは最初、何がなんだかわからないみたいだったけれど、私の説明を聞いてすぐに頷いてくれた。

 

私が言ったのは、好きな相手がいること。それがよく家に来る一夏だと言うこと。一夏に告白紛いのことをして、自分よりも料理が上手くなったらと答えられたこと。だいたいその三つ。

 

そのうち二つは父さんと母さんに知られていたけれど、三つ目のことはさすがに知らなかったみたいだ。

……まあ、知っていたらどこの一夏か聞きたくなってくるけれど。

 

それから私は毎朝早くに起きて、父さんが仕込みをしているところを見たり教えて貰ったりして料理を習う。もちろん朝だけじゃなく、毎日家に帰ってからも父さんが料理を作っているところを覗いた。

 

父さんは料理をしているときは無口であまり教えてくれなかったけれど、店が終わって時間ができると私に丁寧に教えてくれた。

酢豚もこうして教えてもらったので、包丁の使い方や料理の基本はある程度わかっている。

 

当然だけれど、やっぱり父さんは私よりずっとずっと上手い。私が教えてもらえることだってまだまだたくさんある。

 

頑張って、一夏に追い付くんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものこと、いつものこと

 

今日は暇な日曜日。いつもの通りに寝続けて、十二時ごろに目を覚ます。

昨日寝たのが九時だったから、十五時間睡眠達成。よしよし。

 

昼を食べて風呂に入り、一応体を起こす。するとなぜか俺の体は大きくなる。

眠いときは百四十八センチで、起きると百五十七センチになるが、理由は知らない。

……まあ、特に問題はないから構わないが。

 

……ああ、そういえば石鹸がもう無いな。やっぱり頭も体も石鹸だと減りが早い。

ちなみに髪を何で洗っているかと言う質問に石鹸で適当にと答えたら回りの反応が怖かった。鈴も

 

「石鹸……石鹸でこんな……さらさら……」

 

とぶつぶつと繰り返していて怖かった。俺の髪を撫でている手がずっと優しいままだったのが救いと言えば救いだった。

 

そして同じように体を洗うのも顔を洗うのも同じ石鹸だと答えたら、銘柄を聞かれた。ちなみに鈴は今度は俺の肌を撫でていた。

 

「……すべすべ……さらさらで……しっとりプニプニ………」

 

……おお怖い。

石鹸も千の顔を持つ英雄で作っている(滑らせて罠にしたり、普通に投げつけたり、後は食べさせたりすればいい。ほら武器だ)が、いくらなんでもこれをわざわざ言ってやれるはずもなく、仕方無く自作と答えたところ、さらに周りが騒がしくなった。

具体的にはその石鹸超欲しいといった内容だが、やらんと答えておいた。

 

とりあえず新しい石鹸を出しておいて、食料品の買い物に行く。うどんは自分で作った方が美味いんだ。

 

と、言うことで買うものは強力粉。本来は中力粉で作るのが普通なんだが、コシは強い方が好みだからこっちで作る。食べることは寝ることの次の次に好きなことだ。作ることも同列に入るが。

 

………で、ここからが織斑一夏(小説の主人公)の『いつものこと』。

 

歩いてみれば無理矢理なナンパを見付け、それを止める。喧嘩になることもあるが、さっさと黙らせて逃げる。

 

逃げる途中で五月蝿い連中がたむろしていたので、ISのライアーズマスクで顔を変えて粛清してから公衆電話で警察に電話。そして逃げる。

 

スーパーに着けば平和になるかと思いきや、何故か運良く(?)セールの放送が入った時にその棚の前に居て確保したは良いものの、子供が泣きそうになっているのを見て仕方無く手に入れたばかりのセール品を手放すはめに。

 

帰り道では何もないことが多いが、たまーにお礼参りに来るやつがいるので撃退。ニアデスハピネスは本当に便利だ。

 

その他にも買い物袋が急に破れて落としてしまった物を拾うのを手伝ったり、お使いの途中だったらしいクラスメイト(名前は知らない。間違ってていいなら言えるが)が俺の目の前で落とした財布を届けたりと、小さいが妙に頻度の高い事件が起こる。

 

……あーやだやだ。俺はのんびり寝てられれば幸せだってのに。隣にちー姉さんが居れば完璧だ。

 

家に戻ってうどんを作る。まずは濃い塩水と小麦粉を混ぜて捏ね、一つの塊になるまで捏ねる。

それをいつもは伸ばして畳んで切って茹でるんだが、今回は時間もあるので切らずに全部手で伸ばして茹でる。

初めのうちは難しいが、慣れればどうと言うことはない。一人前程度なら五分あればできる。ちなみに切る方なら一分半だ。

 

そうしてできた麺を茹でて食べる。卵を落として月見うどん。とろろを入れても美味い。うどんはまず間違えないから安心できるよな。

 

…………よし、次はピザを作ってみよう。運のいいことに窯を置けそうな場所が近くにあるし、それで焼けばいいだろう。

窯はもちろん千の顔を持つ英雄で作り、火は武装な錬金の栄光の火焔でいける。五千百度まで温度を上げる必要は無いから、楽なもんだ。

 

……そうだな。ちー姉さんが帰ってきた時にやろう。獣耳シリーズ九号、九尾の狐(金色に近い狐色)で!

 

……ちなみに、五号は普通の狐、六号が兎(白)、七号が馬(恐らく)、八号が羊(耳だけでなく小さな角付き)だ。十号はネズミ。

 

ちー姉さんは、喜んでくれるかね?

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

息を大きく吸い込んで、吐く。それを五回繰り返してから、ゆっくりとドアのノブに手を伸ばす。

 

最近の一夏は、私が帰るときは確実に獣耳をしていた。

時には犬、時には猫、時には羊、時には狐、時には兎と種類は様々だったが、それらは毎回私の愛の奔流を呼び起こしてきた。

 

故に私は深呼吸をして、今までの一夏の姿を思い浮かべる。

 

…………よし。愛の噴出は無い。これで私はまだ戦える!

 

 

「あ!お帰りちー姉さん!」

 

 

……そう思っていた頃が、私にもあった。

 

窓から差し込む夕焼けの光を反射して、黄金色に輝くとがった耳。

 

ゆらゆらと大きく揺れながら、キラキラとした光を反射している九本の尻尾。

 

そしていつものことながら、実に嬉しそうな一夏の微笑み。

 

それに良く見てみると、今回はなんと頬には片側三本ずつの長い髭のオプション付き。

 

 

「……ちー姉さん?」

 

その言葉を聞き終わった後、私は三十秒も持たずに意識を飛ばされた。

 

……く…………これも禁止せねば……っ!

 

 

その事を伝えた時、耳と九本の尻尾が一斉にしゅんとしたのを見てまた撫で回したことは、当然言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修行中、覗くべからず

 

修行の内容。それは、ラカンの身体能力の中に含まれている『気』の使い方に関してだ。

原作でラカンは気を使って様々な事をしてきた。例えばISのシールドバリアーを抜いて絶対防御を発動させられそうな斬魔剣弐の太刀や、気を圧縮して撃ち出すラカン・インパクト。瞬動もそれに入るだろうし、何より肉体強化だ。

 

外見はともかく、中身のスペックは同じ俺だができないことはある。それは恐らく、今までに気を使っての修行をしてこなかったからだと思い、こうして修行することにしたわけだ。

 

 

……訳なんだが………本当に気合いとノリと勢いと根性で大体の事はできるのなこの体。びっくりだ。

しかも最低限だからどんだけ寝ててもそれ以下にはならないし。

 

ちなみに一番驚いたのは、気合いで心臓止めたままでも五時間くらいなら普通に行動できたこと。これなら夏場に鈴を抱いて寝れるな。鈴暑いの嫌いだけどこれなら暑くないし。

……心臓止めると体が勝手に冷えてくのな。呼吸も止まるし。それも五時間くらいまでなら無理なくいける。無理すれば多分半日いける。夏場にはほんと重宝することになりそうだ。

 

……なんて言っても周りからはただ寝ているようにしか見えないだろうが。

 

「いっくん? ……なんだまた寝てるのか」

 

ちょうど今の束姉さん見たいに。

 

……一応、ドアに張り紙しといたんだけどな。入るべからずって。

 

……束姉さんだし、仕方無いか。

 

「……あれ? いっくんなんかちっちゃくなってない?」

 

ああ、なってる。基本は前に言った辺りなんだが、ある程度調節できるらしい。すごいなこの体。

ちなみに現在百二十。鈴よりちょっと低いくらいだ。

 

束姉さんはそんな俺に嬉々として膝枕をする。見えないが多分膝枕。とりあえず近付いてきてくれたので抱き締める。

……束姉さんって運動してないわりには腰回りとか細いよなぁ……今の縮んだ俺でも楽に腕が一周するぞ。

 

…………あ~、眠い……すか~……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 束

 

いっくんが寝ているところにお邪魔する。寝ているときは、起こそうとしなければ大体の事をいっくんはさせてくれる。

例えばちっちゃくなったいっくんのほっぺをぷにぷにしたり、さらさらの髪を撫でたり、いたずらでお化粧させてみたり(凄く似合ってた)、獣耳十一号の竜の角を装着してみたり、十二号の白猫(首輪と鈴と肉球付き)を装着させてみたり…………おっといけない(ラヴ)が溢れちゃうところだった。

 

ちなみに白にゃんこの時に頭を撫でてみたら、ほっぺを私の手にすりすりと擦り付けてきて、

 

「……ぅにゃ……」

 

…………っと、思い出し(ラヴ)が。まったくいっくんの可愛さは犯罪だよ犯罪。こうなったらもうお持ち帰りしちゃうしか……

 

「 た ば ね ?」

 

ぎっくーん!

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

一夏を起こさないように束を粛清したあと、私は一夏に抱きつかれたままソファに座っていた。

前に五反田相手にやっているのを見た、抱きつきながら膝枕をされている状況なんだが……これはまた威力が高い。

だが、修行に修行を重ね、耐性をつけた私はこの一夏が相手でも問題は

 

「……ぅに……」

 

とりあえず私は額を殴った。落ち着け私、一夏は確かに可愛いが、まだ見ていたいだろう? 我慢だ私。

深呼吸をする。手は勝手に一夏の頭を撫でていて、こりこりとした耳の感触があったり、頭の真ん中に乗せると左右の耳が私の手を挟み込むように動いたりするが、落ち着け。これくらいならまだ大丈夫だ。

そう、大丈夫だ。問題な

 

しゅるり、と頭を撫でていない方の私の手に一夏の長い尾が絡み付いてきた。

一夏の尾は私の手のひらの中を通り抜け、腕に絡み付く。

 

…………落ち着け、このような修羅場などいくらでも潜り抜けて来ただろう。

思い出すのは白騎士を駆り、束のハッキングによって発射されたミサイルを撃ち落としたあの日の事。あれに比べればこれは

 

「……んぅ……」

 

一夏が私の膝に頬をすりすりと擦り付ける。

……五反田は、良くこれに耐えたものだ。

 

私には……無理だ。

 

……しかし、一夏に血をつけるわけにはいくまい。

 

私は近くにあった袋に穴が開いていないかを確認する。……穴はないか。よし。

 

愛が噴出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

文化祭、ゲリラライブだ!

 

意外と好評でした、まる。

 

……駄目か?

 

「駄目よ。ちゃんとしなさい」

「……しかたねえなぁ……」

そう言いながら鈴に抱き着いてみる。心臓止めてるから暑くはないはずだ。

 

……さて、それじゃあ文化祭のところから話すか。

 

…………眠いから夢の中でな。

 

……すか~…………。

 

 

 

「よし、上手くなったし文化祭でライブをやろう。たしか屋上はなにもなかったはずだから、そこで」

「いきなりね。」

「一夏だから仕方ない」

「そうね。一夏だもの」

「一夏だしな。仕方ない」

 

随分な言いぐさだなまったく。別に問題は無いから構わないが。

 

それから全員の空き時間を合わせて、放送機材をジャックする。やり方は秘密と言うことで。

演奏する曲の楽譜を用意して、全員で一度流してみて問題がないことを確認。こういうのは準備段階がちゃんとしてないとつまらないからな。

 

バレないようにするには五曲程度が限界だから、その程度に。扉は向こうからは開かないようにしたし、問題ない。観客は俺達が始めた時に偶然そこにいた客と、文化祭に来ていた客。というか学校にいる全員だ。

 

「……うっわぁ……無茶するわねぇ……」

「ふふふ……でも、その方が楽しいだろ?」

「……否定はしないわ、ってなに撫でてんのよ」

「ん? 鈴は素直でかわいいなって思ってつい。好きだよ?」

「私も一夏が好きよ?」

「……おーい、いい雰囲気なのはわかったからクラスの方の準備もしにいこうぜー……」

 

弾に呼ばれて仕方無く移動する。耳はついてないがまた小さくなって。

 

「……何で小さくなんだろうな?」

「……すか~…………」

「歩きながら寝るのはあぶねえぞ……」

 

弾が背を貸してくれたのでありがたく乗る。

……おお、いい感じの揺れだ。眠気がさらに増して……すか~…………。

 

 

起きたら何故か頭に十三号の狸耳、腰には尻尾がくっついていて、周囲が真っ赤に染まっていた。

 

とある女子生徒は壁に頭をガンガンとぶつけながらなにかを呟き続けていたし、男子生徒は二割ぐらいが姿を消し、五割くらいが血塗れで倒れ伏し、三割ほどが鼻を抑えてうずくまっていた。

 

「……わぅ?」

「ぐべらっ!?」

 

なんとなく口をついた言葉が響いたら、何故かうずくまっていた男子生徒の殆どと女子生徒の七割が真っ赤になり、幸せそうな顔で血を噴き出した。

 

「……なぁ、何でこうなったんだ?」

「……つまり、お前は可愛いってことだよ、一夏」

 

へー……あんま嬉しくねえなそれ。

 

そう考えていると、弾と鈴の二人に撫でられる。

 

「……尻尾は……優しくな……?」

「お、おう、すまん」

 

……はふぅ……。

 

……すか~…………。

 

 

 

 

side 五反田 蘭

 

今日はお兄の学校の文化祭。日曜で暇だったから行ってみた。

なんの期待もしてなかったんだけど、そこで私は、運命とも思える出会いをした。

 

お兄がバンドをやっていたのは知っていた。ある時お兄が楽しそうに話していたのを聞いたから。

でも、あのお兄がこんなに上手にドラムを叩いているなんて信じられなかった。

 

けれど、何より信じられないのは……一人だけ使う楽器をころころ変えているお兄と同じくらいの男の人を見たときに起きた。

 

その人を見ると、いきなり心臓が跳ね上がったような衝撃が私を貫いた。

そしてその衝撃が薄れてくると、今度は何かがぎゅうっと胸を締め付けてくるような感覚が私を襲う。

 

私は今まで、一目惚れという物を信じてこなかった。それどころか、『そんな物があるわけ無いじゃん』と馬鹿にしていた。

 

……そのときの私は、今思うと凄く馬鹿だった。

なぜなら、今、私はそれを体験しているから。無いとあの時断言した、一目惚れを、体験しているから。

 

その人は、お兄の所に行ったり鈴さんの所に行ったりしながら、楽しそうに歌い、嬉しそうにベースを弾き、そしてきれいな笑顔で私を見つめていた。

 

 

 

その日は眠れぬ夜を過ごした。目を閉じるとあの人の笑顔が浮かび上がってきて、どうしても眠れないのだ。

 

どきどきといつもより騒がしい胸を抑え、私はこれからのことを考える。

まずは、お兄にできるだけ詳しくあの人のことを聞こう。名前や歳、好きな食べ物嫌いな食べ物、生年月日などなど、聞きたいことはたくさんある。

 

そして願わくば、未来であの人の隣に私が立っていますように。

 

…………その場面を想像しただけで、頭が沸騰しそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶好の昼寝日和、故に寝る

 

獣耳第十六号、ヤマネを着けるといつも以上に眠くなる。

ちなみに十四号はリス、十五号は鼬。どれも大きな尻尾に包まれ、丸くなって眠るのがいい。ヤマネの尾は少し細いが、それでも人間サイズともなれば十分に掛け布団くらいには使える。

 

鈴や弾にはよく尻尾を撫でられたりいつもとは逆に抱き締められたりしているが、他人の感触があると気持ちよく眠れていいよな。二人とも最近は撫で方が上手になってきて……はふぅ………。

 

「ッ……一夏? そんな顔したら襲われちゃうわよ?」

「……んー……鈴と弾なら別にいいぞー……」

「いや俺は襲わねえぞ?」

 

へー……。まあ、それならそれで一向に構わないけど、鈴はなんか割と本気で考え込んでるぞ。

 

「……そんなこと言うと…………ほんとに襲うわよ?」

「鈴、待つんだ鈴。ここ俺んちだからな? 俺の部屋だからな? やらせねえからな!?」

 

なぜか鈴が怖くなったので、尻尾にくるまりながら転がって離れる。

 

「……っ!」

 

鈴が鼻を抑えてうずくまった。ぶつぶつと落ち着け落ち着けと唱えているように聞こえる。

 

「……何やってんだよ鈴……」

「……五月蝿いわね。あんたには見えてなかったからそんなことが言えるのよ………」

 

……何が見えてたんだろうな? ……おっと、シャツの裾がめくれて臍が出てた。風邪引きたくないし、しまっとこう。←原因

 

「……ああ、なるほど。あれか」

「……わかってくれたみたいね」

 

ごそごそと服を弄っていたら、弾と鈴に何らかの相互理解が生まれたらしい。詳しくは知らないが、別にいいよな?

 

「いいと思うわよー。だからはい、こっちに来る」

「おーい鈴ー。わかってるだろうがそこ俺のベッドだからなー? 一夏に抱かれて寝るだけだったらともかく、それ以外には貸さねえぞー」

「じゃあ大丈夫よ。私は抱きついてくる一夏を撫でて悦に浸るだけだから。ちょっと血で汚れるかもだけど」

「汚すなよ」

「……すか~……んぅ……」

「……無理かも♪」

「使うな起きろ」

 

 

 

 

side 鳳 鈴音

 

一夏の長くてふさふさな尻尾を布団がわりに私と一夏は寝ている。弾には悪いけど、最近一夏は弾に抱きついていることが多かったから我慢してもらう。

 

「いや、構わねえよ。鈴が一夏のこと好きだってのはよく知ってるからな」

「ありがと弾。友人としてだけど、弾のことも好きよ?」

「俺もだよ、鈴」

 

……あれ、確かこんなの一夏ともやったわね。と言うか一夏は私や弾以外にも言ってるわね。千冬さんとかクラスの友達とか。

 

……なんだかちょっと胸が痛いわね。嫉妬?

 

そう考えていたら一夏の尻尾が私の体を引き寄せて、ぎゅっと一夏に密着させた。

もふもふとした感触と、一夏の腕に包まれると……なんだか私まで眠くなってくる。

 

「眠くなったなら寝ちまえ。一夏が起きたら起こしてやる」

弾がそう言ってくれたので、私は安心して意識を手放した。

 

 

 

 

side 五反田 弾

 

鈴が一夏と一緒に俺のベッドで寝始めてから少し。俺は寝ている二人(基本は一夏)の頭を撫でていた。

 

一夏曰くの十六号、ヤマネの尻尾は鈴によって抱き締められ、一夏自身はその鈴を正面から抱き締めて、幸せそうな顔をして眠っている。

 

……とりあえず写真を撮ろう。そして後で鈴に携帯で送ろう。千冬さんにも送っておいた方が良いか。

手に持った携帯電話のカメラを起動し、上からの全体、一夏と鈴のバストアップ(ツーショット)、一人ずつの顔のアップなど、五種類ほど撮ってから保存して携帯を閉じた。

 

……なんと言うか、こいつら絵になるよな。

 

写真を撮り終わってからまた撫でる。丸い耳が掌の中でくにりと潰れ、その度に一夏は潰されていない方の耳をピクピクと動かす。

 

…………ビデオ撮るか。ハンディカメラどこにやったか……………ああ、あった。

中身のテープを確認。中身なし。よし、録画開始。

 

一夏を撫でる。ヤマネの耳がピクリと跳ねて、一夏がくすぐったそうな顔をする。

それだけでは飽きるので(とか言いつつ十五分以上それだけを続けていたんだが)、髪を撫でながらゆっくりと手を下に滑らせて行く。

ヤマネの耳から一夏本来の耳へ………っかしいな……俺は耳フェチじゃあないはずなんだが………何でこんなにも一夏の耳に心引かれるんだ……? ……とにかく移動する。指先に耳たぶの柔らかさが伝わり、一夏の喉から甘ったるい喘ぎ声に似た何かが……落ち着け俺。

 

……落ち着いた。深呼吸の力は偉大だな。流石深呼吸だ。

 

一夏を撫でるのを再開する。耳の縁をなぞり、耳たぶを優しく撫でる。

気が済んだのでまた少し下へ。頬を撫で、顎先に向けて指を滑らせる。

 

「……ん……っう……くぅん……」

 

鼻にかかったような一夏の鳴き声(合ってるのか?)の直後、一夏の顎先を撫でていた俺の指が一夏にくわえられていた。

 

…………おい俺。なんで別に嫌じゃねえんだよなんでアリだなとか思ってんだよ考え直せよ俺。確かに一夏は可愛いが、男だぞ? バンドの時のこいつを思い出せ、あんなにかっこいいじゃないか。確かに今は可愛いし、愛らしいし、守ってやりたい気分にさせられるがってよし待て俺、なんでいつの間にか意見が肯定の方に進んでいってるんだよ。だから一夏は男で俺も男で非生産的なこ

 

「……ん……ちゅむ……はぷ……」

 

………………。

 

ここから先の記憶は無い。ただひたすら壁に頭をぶつけ続け、蘭にまで心配されたという記憶はあるが、それ以外のことは覚えていない。

 

ちなみにこの日、一夏と鈴は帰るのが遅くなり、半ば事後承諾で泊めることになった。

そして鈴が帰った後、携帯で例の写真を送ってやったんだが返事がなかった。学校で会ったときに聞いたら、愛情が溢れてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の夜、夢見る俺

 

ちー姉さんが帰ってこない日は基本一人寝をするんだが、やっぱり寂しいんだよな。

どのくらいかと言うと、

 

「やっほーいっくん!床下からプリティーチャーミーな束さんだよ!」

 

そう言って床下から現れた束姉さんを

 

ガシッ!(束姉さんの襟首を掴む)

 

ズルズル。(引きずってベッドへ)

 

どさっ。(ベッドに放る)

 

ぎゅっ。(抱き締める)

 

……そしてこのまま寝るくらい。

いつもだったらもう少し文句なりなんなり言うんだが、俺は自分の想像以上に寂しがりらしいな。前世じゃそんなことなかったはずなんだが…………まあ、どうでもいいな。おやすみ。

 

 

 

しかし、もちろんこうならないときもある。束姉さんはちー姉さん以上にここには来ないし、他に来るやつも居ない。鈴や弾は泊まることはまず無いし、カズはカズで来ない。他のやつは呼ぼうとも思わない。

 

仕方無く抱き枕やクッションを抱いて寝るが、どうにも味気ない。まあ、それでも寝るんだが。

 

 

 

side 一夏、夢の中

 

俺がいる。もう慣れてしまった織斑一夏の姿の俺だ。懐かしき桜道一哉の姿の俺はいない。

 

……まあ、別にいいけどな。

 

そう思ったら、いつの間にか織斑一夏の姿が増えた。俺も不思議そうな顔をしているだろうが、向こうの織斑一夏も負けず劣らず不思議そうな顔をしている。

なんとなく手に持った三毛猫耳をつけてやったら、その一夏《俺》はニコニコと笑い始めた。

その後ろにはなぜかまた一夏《俺》。まるで順番待ちをしているかのようだ。

 

俺は三毛猫耳をつけた一夏の頭を三秒撫でてから、一夏へ向き直る。

またもやなぜか俺の手の中にあったとがった犬(これは多分コヨーテ。なんつーマニアックな)耳を付けて、撫でてやる。

するとコヨーテ一夏はぴくぴくと耳を動かしながら俺の手に押し付けるように頭をぐりぐりと動かした。

 

しかし次の一夏が待っていたので俺はコヨーテ一夏の頭から手を離す。元気よく振られていた尻尾ととがっていた耳がしゅんと萎れたが、俺はコヨーテ一夏を三毛猫一夏の方に行かせて次の一夏に顔を向けた。

コヨーテ一夏は少しの間俺を見上げていたが、やがて諦めたのか三毛猫一夏に抱きついて眠り始めた。

 

そして俺はまた手に持っていた……ライオン(?)耳を一夏につけてやる。細長く、先だけがふさふさな尻尾がいつの間にか装着され、俺の足に絡み付いている。

そんなライオン一夏を撫でて、また次の一夏へ。…………全く、俺にしては妙なことをしているな。

 

 

 

こうして次から次に出てくる一夏に耳を装着し続けていたんだが、百七人の一夏に耳をつけたところで一夏が出てこなくなった。

しかし俺の手にはまだ耳が一つ残っている。……これは多分、犬(ボルゾイ)だな。

一応、自分につけてみる。するともう手に獣耳は出てこない。

 

俺は先に行かせた一夏達の所に行く。すると一夏達はそれぞれいくつかに固まって眠っていた。人気があるのはヤマネ一夏とリス一夏、鼬一夏、熊(北極熊)一夏、犬(恐らく黒ラブ)一夏などの暖かく柔らかな毛を持っている一夏だった。

そこに俺が行くと、ふっと目を醒ました何人かの一夏達が俺の所に寄ってきた。

 

俺は寄ってきた一夏達を抱き締めて眠った。いつの間にか俺を中心に円形の一塊になっていたが、暖かいので問題ない。

俺の腕の中で、チワワ一夏が鼻をぴすぴすと鳴らしていたり、背中にハムスター一夏がぴったりとくっついてぷるりと震えることもあったが、俺を含めた一夏達は一人も起きることはなかった。

 

 

目が覚めると、朝だった。一人寝だったはずなのに、なぜか腕の中だけではなく背中も暖かい。

 

目を開けると、身長三十五から四十五センチの俺がいた。周りを見渡してみると、どうやら三人居るようだ。全員に獣耳が生えていて、それぞれ秋田犬一夏、白猫一夏、黒兎一夏のようだった。

 

……へー、束姉さんの獣耳は凄いな。まさか体を持つようになるなんて。

 

とりあえず俺は起き上がり、朝の飯を作る。間単にだが、それで問題は無いだろう。

小さな一夏達を起こして飯を食わせ、それから面倒だけど学校へ。秋田犬一夏は俺の腕の中、黒兎一夏と白猫一夏は留守番をしている。

……どうなることやら。割とどうでもいいけど、少し気になる。

 

 

 

 

side 鳳 鈴音

 

学校で一夏に会った。いつも通りに挨拶しようとして…………そこから記憶がない。ただ、犬耳(秋田犬)をつけた一夏が小さな一夏、略してぷちかを抱き締めていたのは覚えている。

 

弾がぷちかを撫でたら、ぷちかが弾に甘えるように指をなめて、一夏が弾に寂しそうな顔を向けて撫でてもらっているのも見た……気がする。ちなみに周りは血塗れの地獄絵図(鼻血)、誰もが一夏とぷちかの魅力にやられていた。先生? ぶっ倒れてたわよ? 確か。

 

それから私は一夏にぷちかを抱かせてもらって、ぷちかを撫でていたらぷちかが私の指をぱくっと…………。起きたら保健室だったわ。隣にいた一夏を見る限り、弾もきっとやられたわね。

 

 

 

 

side 五反田 弾

 

ぷちか(鈴命名、既に広まっている)を鈴に預けた一夏は、今は俺の膝の上で座ったまま寝ている。

ぷちかの三倍程度しかない(また少し小さくなってないか?)一夏の頭を撫でると、一夏はくすぐったそうに身をよじる。

ぱたぱたと尻尾が俺の腹を撫でて少しくすぐったいが、それ以上に一夏が可愛くて仕方がない。

 

「……くぅん……♪」

 

………もう俺変態でいいや。一夏が可愛過ぎるのが悪い。

 

いつもは抱き締められてばかりの一夏の腕を押さえて、代わりに俺が一夏の体に腕を回す。

 

男としてはかなり華奢な体を抱き締めると、一夏はもぞもぞと動いて俺の体に一番フィットするところを探して移動する。これがフィッティングか。なるほどなるほど。

 

しばらくして納得の行く位置を見つけたのか一夏は動きを止め、俺の体に体重を完全に預けた。

 

「……だぁ…ん……♪」

 

一夏はそう言って、首もとにあった俺の手に頬を擦り寄せた。

 

……ぐがふっ!?

 

 

起きたら保健室に居た。隣にいるぷちかを見る限り、鈴もやられたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 



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21~30

一夏が可愛すぎて、生きるのが辛い人達

 

side 織斑 千冬

 

家に帰ると、いつも通りに一夏が出迎えてくれる。……今回は山猫か。

犬のように尾をブンブンと振られる事はないが、これはこれで私の脳髄を直撃してくる。

 

それは例えば食事中。猫系統の耳をつけている一夏はなぜか本当に猫舌になるらしい。しかしいつもは普通に食べているため、食べてから目を白黒させる。

そのすぐ後に涙目になって熱いスープにふーふーと息を吹き掛けて冷ましている一夏は、実に可愛らしい。

 

その他にも、例えば食事も洗い物も終わり、暇になった時間。一夏は大抵私の膝の上に頭を乗せて丸くなる。その際にしなやかな尻尾を私の腕に絡めてくることがある。

その尾を撫でてやればくすぐったそうに鳴き(これが一番正しい表現だろう)、頭を撫でる手に頬を擦り寄せる。

少し尾に爪を立ててみるなどの悪戯をしてやると、ぞわっと尻尾の毛を逆立ててから泣きそうな目で

 

「……ゃ……やぁ……」

 

と懇願してくるのだ。

 

この時の一夏はなんと言うか、守ってやりたいと思うと同時に、もっと苛めてやりたくなってしまう。

しかし、あまりやりすぎると拗ねて自分の部屋に閉じ籠ってしまうので注意が必要だ。その拗ねた姿もまた可愛いのだが。

 

猫一夏は何故か猫舌になると言ったが、それ以上に大きな違いがある。それは、猫一夏の舌は本物の猫のようにざらざらとしているのだ。

 

それに気がついたのはしばらく前のこと。白猫一夏を膝にのせて顎先を撫でていた時に、少し手元が狂って一夏の唇に触れてしまった事があった。

 

その時にぺろりと指先を舐められ、そして私は一夏の舌がざらついていることに気が付いた。

 

ちなみに犬の時の一夏の舌はざらつきが少ないが、妙に熱い。だが私はそれらに関係なく、一夏への愛情を滴らせるのだった。

 

……まったく、可愛い奴め。

 

 

 

 

side 鳳 鈴音

 

「これより、III《いっぱいいっぱい一夏》の月例会議を行うわ。欠席者は?」

「赤崎が一夏の寝顔写真(ぷちかと一緒)を秘密裏に所有していましたので粛清しましたが、他には」

「そう。わかったわ」

 

まったく。一夏の寝顔写真の不法所持ですって? そんなことをしたら粛清されるとわかりきっているのに、どうしてそんなことをするのかしらね?

 

「今回の議題は、新たに現れたぷちかについてよ」

 

周囲からざわざわとした声がした。それが止むまで無言を貫くけれど、それは数秒で必要なくなった。

 

「協力感謝するわ。それでぷちかの話だけど、今までに一夏が学校に連れてきた七種の他に、少なくとも三種が居ることが一夏の言葉から判明したわ」

『なっ!?』

 

流石のみんなもこの報告には驚いたらしく、十秒過ぎた今でもざわざわが収まらない。

 

「そんな馬鹿な!それでは我々の体が持たないぞ!?」

「いや、それ以前の問題だ!存在を知っているのにその姿も何も知ることができないと言うのは由々しき問題だろう!」

「静かになさい」

 

私が呟くと、一斉に静かになった。一夏と一緒にやった発声訓練はこういうときにも使える。

 

「種類とおよその生体については調べがついているわ――弾」

「おう」

 

ざわっ!と動揺が広がりかけるが、弾が持っている写真を見た途端に全員が鼻を押さえた。

 

「……見てわかると思うけど、垂れ耳わんこなぷちか達よ」

 

ちなみに私は直視はしていない。一夏の前だったらともかく、一夏のいないところでこれをみたらどうなるかわからないから。

その点、弾はすごいと思う。あの一夏を見てもその愛の全てを体の中に押し止めることができるなんて、あの千冬さんでも無理なことをやってみせる。

 

……最近はなんとなく一夏の父親になった気分だからと言っていたけれど、それでも可愛さに発狂しかけることもあるそうだ。

魔性の男ね。一夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さよなら、またいつか

 

……さて、今日は残念なお知らせがあるぞ、俺。

なんと、ベスト抱き枕トップスリーの一角、鈴が中国に行ってしまうらしい。実に悲しい。

ちなみに一位はちー姉さん、三位は弾。それ以降は秘密だ。

秘密にした理由? それも秘密。

 

 

とりあえずその事を聞いてすぐにお別れ会を開いてみた。ちなみに主催は俺。会場は俺の家。メンバーはバンド仲間と蘭ちゃん。鈴と仲の良いやつばかりを集めたつもりなんだが、実際のところもう少し居てもよかったのかもしれない。

 

鈴は中国まで行かなければいけない理由を話したがらないので、俺は聞かない。

それは面倒だからって事もあるが、聞いたところでなにも変わらないし、それ以前に一応知っているから。原作は七巻までしっかり読んでたからな。アニメは見てないけど。

 

しばらく会えなくなるわけだし、無理矢理でも涙よりも笑顔の方が良いだろ。

 

「……ありがとね。一夏」

「気にすんな。たぶんまた会えると思うしな」

 

俺が原作通りに動けば。

……仕方無い。動くか。束姉さんの手の上で踊るとか怖すぎるけど。

 

「それっていつもの『なんとなく』かしら?」

「そうだな。『なんとなく』だ」

 

……いつもの勘とは違って、今回のはなんとなくと言う名前の原作知識だが。

それでもまあ、鈴が笑ってくれるんだったら言った甲斐があったかね。まだ半分泣いてるけど。

 

「……そう。それじゃあきっと、また会えるわね」

「信用してくれて嬉しいよ」

「信用じゃなくって信頼よ」

 

騒ぎながらもぽつぽつと話は続く。

 

「弾とはまた会えるかな?」

「さてな。会おうと思えば会えるんじゃないか?」

 

原作には無かったからな。わからん。それに俺が織斑一夏になってるせいでその原作からも外れてるだろうし、そもそも俺がISを動かせるかどうかもわからない。

……動かせなかったら動かせなかったで別に良いけども。それだけトラブルには巻き込まれなくなるだろうし。

 

ただその場合は次にいつ鈴に会えるかわからなくなる。やれやれ困ったな。

 

「ああそうそう、はいこれ餞別」

「え? なにこれ?」

「お? なんだもう渡したのか?」

「開けろ開けろ」

 

その中身を知っている弾とカズがにやにやと笑いながら鈴に渡したばかりのそれを開けとせかす。

鈴は少し慌てたように指を動かしてその包みを開けた。

 

「……これって………」

 

驚きの声を漏らした鈴に種明かし。

 

「今までに俺達が演奏してきた曲のCD。特別編として蘭ちゃんの『トエト』も入っている世界に五枚だけのCDだ。大切にな?」

 

ちなみに弾が歌ってるのも俺が歌ってるのもカズが歌ってるのも鈴が歌ってるのも複数で歌ってるのも入った特製。中身は九十七分十二秒。

 

それを見て鈴は、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「向こう行っても俺たちのこと忘れんなよ? 会長さん」

 

弾がにやりと笑いながら鈴の肩を叩いて言った。鈴はコクコクと頷いたが、声がでないようだった。

 

「また俺達のバンドで歌ってくれよな、副リーダー」

「うん……うん……っ」

 

カズは肩を叩いたりはしなかったが、鈴と視線を合わせて言った。

鈴はまたコクコクと頷き、そして涙声を隠すこと無く返事をする。

 

「鈴さん。これだけは言っておきます。……早く帰ってこないと、一夏さんを取っちゃいますよ。…………だから、それが嫌なら……早めに一夏さんに顔を見せに来てください」

「……ふん。蘭のくせに……生意気ね。わかってるわよ」

「……ならいいんです。……お元気で」

「……あんたもね」

 

蘭ちゃんは目を擦って涙を払い、それから鈴に宣戦布告。ただ、なんか原作と比べて鈴だけじゃなく蘭まで大人になっている気がする。

 

…………それでも俺はスルーするんだが。

 

「……言いたいことは大体言われちまったんだが……また会う時まで元気でな。鈴」

「もちろんよ。……絶対また、会いに来るから」

 

もう涙の浮かんでいない目を会わせると、そこにはいつもの大人で勝ち気な鈴の姿があった。

ごつっ、と拳を合わせて、それからまた弾達と騒ぎ始める。

俺はいつもよりちょっと手のかかった料理を鈴達に振る舞い、俺を含んだ五人はいつもよりハイテンションで夜を明かした。ちなみに全員徹夜で次の日ふらふらになっていたが、誰一人として後悔はしていなかった。

 

もちろん飛行場にも行く予定(学校はサボり。蘭ちゃんを除いた三人だけ)ではあるんだが、飛行場ではこういう宴会のような事はできないし、周りに迷惑になるので自重した。

 

そして飛行機に乗るためにトランクを引っ張って行く鈴は―――

 

「一夏!弾!数馬!」

 

俺達に振り向いて、一呼吸。

 

「またねっ!」

 

―――とても綺麗な笑顔をしていた。

 

 

 

「……行っちまったな」

「……ああ。そうだな」

 

鈴の乗っているだろう飛行機を見上げながら弾が呟くと、数馬が少しだけ寂しそうに返す。

 

「まあ、またすぐ会えるさ。具体的には一年半もしないうちに」

「……それは……いつもの勘か?」

 

鈴と同じことを聞いてきた弾に、俺はニヤリと笑って返す。

 

「いや。いつも以上に当たる気がする勘だ」

 

……さて、帰るとするか。学校には休みの連絡を入れてあるし、問題ないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受験受験、そして原作までもう少し

 

鈴が中国まで行ってしまってからもう一年。学校がつまらなくなってしまったが、そろそろ中学卒業だ。

弾はさっさと推薦を取っていったので受験勉強には縁が無かったが、俺には普通に縁がある。

 

原作で『織斑一夏』が行こうとしていた藍越学園を受験することにしているが、恐らく束姉さんが何か介入してくるんだろうと思ってもいる。

……まあ、介入があったらあったで原作通り、無ければ無いで睡眠時間が美味しいことになるから別に良いけど。

 

……それにしても迷惑な話だ。カンニング防止のためってのはわかるが、わざわざ四駅も乗らなくっちゃ行けねえんだよ。カンニングした奴もげろ。男か女かも知らないが色々もげろ。

あ~~、めんどくさい。

 

そして結局、俺はIS学園の試験会場でISを動かし、かなりの有名人になってしまった。

 

……買い物に行くときにはライアーズマスク装備、家の周囲には常時チャフ、帰る時にはシルバーカーテンを使って姿を消す。まるで犯罪者が身を隠しているかのようだ。

 

ちなみにチャフだが、武装な錬金の原作では水滴をあらかじめくっつけておいたから霧になったと書いてあったので、水をつけずに散らしている。俺の家に勝手に入ってくる奴は居ないし、ちー姉さんは帰ってくる日には連絡を入れてくれるため問題ない。

それでもテレビ局やどこぞの科学者が連日押し掛けてくるのでカメラを壊したりマイクを壊したり銃の装填されていない弾の雷管部分でチャフを爆破したりするなどと利用法はまだまだある。

 

……さて、やれることはやっておくか。

 

 

電話を掛ける。相手は束姉さん。確か原作の『織斑一夏』のISは束姉さんの手が入っていたはずなので、今から色々とネタを仕込んでおいてもらうことにした。

 

「もしもし束姉さん?」

『いっくん!久し振りだね!元気かな?』

「……知ってるでしょうに。束姉さんのお陰で色々大変ですが、まあ元気ですよ」

『あ、わかっちゃった?』

「まあ一応」

 

……とは言え、原作を知らなかったら偶然だと思ってただろうけど。

 

「それで、多分日本政府から専用機が来ることになると思うんですけど、改造してもらえませんか?」

『いいよ。元々やる気だったしねー』

 

軽っ!

……まあ、束姉さんだし仕方無いか。俺の身長が伸び縮みするのと同じようにしょうがない。

 

『どんな風に改造してほしい?』

「ちょっと長くなりますけど、良いですか?」

『時間はいっぱいあるから大丈夫だよー。束姉さんにまかせなさい!』

 

やれやれ。いつまでたっても滅茶苦茶な人だな。俺が言える台詞じゃ無いが。

 

機体のコンセプトは、当たったらほぼ負けだから当たらないように頑張れ。つまりは機動力と反応速度の特化。ついでに原作に登場したとある武器を魔改造した物を標準装備。ただし防御は紙。耐久も紙。

 

『うふふふ、いっくん。この私が作る物がそんな不細工なものだと思うのかな? 私は完璧にして十全な篠ノ之束だよ? そんな欠点なんて残すわけないじゃない』

「……えーと……コアの容量の方は?」

『小さいやつを直列で四つ、並列で五つの計二十個のコアをひとつに繋げてやれば大丈夫さっ!』

 

……いやまあ確かにそうすれば容量は大丈夫だろうが…………良いのかそれ? てかその前にそんなことできるのか?

……………できるんだろうなぁ……束姉さんだし。

良くなかったら良くなかったで無視してやるんだろうなぁ……束姉さんだし。

 

「……流石は大天才にして大天災。ちょっと真似はできないや」

『私もいっくんのあれは真似できないよ? 自信を持って!』

「ぐらぐらぐら」

『わー揺れるー』

 

束姉さんはノリノリで返してくれた。

 

「あれ以外の武器はこっちの方で何とかしますので、よろしく頼みます」

『おっけぃ!泥舟に乗ったつもりで待っててねぇ?』

「沈みますよそれ」

 

それで電話は終わり。後は……

 

ちらりと分厚い参考書(原作だと資源ごみに出されたあれ)を見る。

…………読むか。仕方無い。

 

 

 

 

side 篠ノ之 束

 

久し振りにいっくんからかかってきた電話。やっぱりいっくんはとっても鋭かった。いつもはあんなに可愛いのにねぇ?

いっくんは私のやったことに何となくで気付いて見せた。なにか隠しているような気もするけど、そのへんはいいや。

 

いまはいっくんに頼まれたISをつくる。それが大事。

何て言ったっていっくんのお願いなんて久し振りだからね!束さんは頑張るよ?

コアを新しく作るところから始めて、それを既存のコアと組み合わせるから一週間はかかっちゃうけど、時間がかかる分いいのを作ってあげるからね。期待して待っててね。

 

ぱらりろぱらりらぺろ~♪

むむっ!この着信音はぁ!ちーちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作開始、つまりは入学

 

入学式の前に荷物を用意しておく。主に着替えと洗面用具。あと鈴達の曲の入ったCDとCDプレーヤー。他の物は千の顔を持つ英雄でなんとかなるので置いていく。獣耳? 着替えの中に入っているが?

使い慣れた包丁も持っていこうかと思ったが、それは流石に不味いと思って自重した。武器だとか言われちゃ面倒臭いしな。

 

……原作ではラ……ラ…………眼帯黒兎(名前を思い出すのを諦めた)が軍用のナイフを持ち込んでいたが、別にどうしても必要と言うわけではない。出せるし。

 

……さてと。そろそろ出発するかね。IS学園に。

……ふぁ……ねむ……。

 

 

現在の俺の身長は百三十八センチ。テレビや新聞に出ていた俺の写真は普通に起きていたので百八十一センチほど。明らかに違うんだが、本人だと言う証拠もあるし信じるしかないわな。俺はなんでも構わないけども。

 

そして入学式では立ちっぱなしで寝ていた。生徒会長がなにか言っていなかったような(言っていなかった、で正解)気がするが、どうでもいいわぁ…………ついでに一組、一番前のど真ん中、原作通り。

 

背は小さいけどな!寝てるけどな!周りとか完っ全に無視してクッション(千の顔を持つ英雄)を枕にしてるけどな!

ちなみに話は聞いている。副担任の……や……や…………八坂真耶先生。お、これ当ってんじゃね?

 

……いや、無いな。名前の方は二文字だから覚えたけど、名字の方は確実に間違ってるな。断言できる。自慢はできないけどな。

 

「織斑くん。織斑くんの番ですよ?」

 

……ああ、自己紹介ね。了解。

 

ゆっくりと体を起こし、欠伸を一つ。小さくなっているときの欠伸はまるで小動物のようだと弾に言われていたが、何でもいいね。

ちなみに声も高くなるため、歌を歌う時の音をとるのが楽で良い。

……あ、ののちゃんみっけ。

 

「…………ふぁ……はぷ……」

 

こしこしと優しく目を擦る。痛いのは嫌だからな。

 

「……ぐっ……」

「かはっ……!」

 

数人鼻血を出し始めたが……平気かね? 平気だな? よし平気。

 

「あ、あの、起こしちゃってごめんね? でも、自己紹介で『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だから、自己紹介……してくれるかな?」

 

……おお。原作よりちょっとしっかりしてる。これは俺が子供みたいな顔と背をしてるから意識してないせいだろうと思う。

そんな……真耶先生に頷きを返し、立ち上がって後ろを振り向く。

……眠い。

 

「……大半の方には始めまして。約一名にはお久し振り。織斑一夏です。……好きなことは寝ること……嫌いなことは騒がれること……特技は……炊事。趣味は寝ることと、寝るのにいい場所を探すこと…………以上、お休みなさい……」

 

くるりと回って椅子に座って、またさっきまでと同じように寝ようとして………なんとなく気配のようなものを感じた。この体って本当にハイスペック。

……この気配は……ちー姉さんだ!

 

寝るのをやめて扉の方に顔を向ける。するとすぐに入ってきたのは……やっぱりちー姉さんだった。

……学校だし、織斑先生の方が良いよな。多分。

 

「……ん、やっぱり」

「なんだ、驚かんのか?」

「ヒント、束姉さん」

「……あいつめ………」

 

ごめんね束姉さん。きっとまた何かあるよ。でも半分くらいは事実だし、構わんよね?

 

……あ、周りが五月蝿くなる気がする。ちー姉さんは人気あるからなぁ……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

久し振りに見た一夏は、本当になにも変わっていなかった。態度も、声も、なにもかも。

ただ少し身長は伸びたようだが、それでも私よりずっと低いように見える。

 

今も教室にいるほとんど全員の視線を平然と無視して千冬さんに眠そうだが七割ほどは起きている視線を向けている一夏に、私も視線を向ける。

 

……ふと、ついさっき聞いたばかりの一夏の自己紹介を思い出す。

 

……約一名とは……私だよな? ぐるりと見回しただけで、私だということをわかってくれたのだよな?

 

そう考えると、なぜか妙に嬉しくなる。

 

六年。それだけあれば人間は変わる。私もテレビで一夏を見たときは誰だかわからなかった。一夏は私の前でああしてきりっとした顔を見せたことがないというのも原因の一つだが、普通はわからないはずだ。

 

それなのに一夏は私だと一目でわかってくれた。それはまるで当然のことであるかのように、確認するまでもないと言うかのように。

 

……私は一夏に覚えていてもらった。小さい頃には何度も一夏につっかかって行っては軽くあしらわれていた私でも、一夏は覚えていてくれた。

 

……ほぅ、と溜め息をついて、私は一夏に視線を向ける。

 

…………次の休み時間に、一夏に確認しよう。私のことが、本当に誰だかわかっているのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ののちゃんと再会、金髪に絡まれる

 

授業について行くことはできている。一応必要そうな単語とその意味、どうやって使い、どんなものなのか。そういった基本だけは叩き込んだ。

なので、後はそうして覚えた基本を……真耶先生(名字は忘れた)の言葉に当て嵌めていけば普通にわかる。わからなかったらその時はその時で質問すればいいし、今のところ必要無いようだし。

頭が四割寝ているままでも理解できているので、まあ、大丈夫だろう。

 

そうこうしているうちに一時間目が終わり、俺は次の時間まで夢の中で復習をするべく服の中で千の顔を持つ英雄でクッションを作り、それに頭をのせて寝る体勢に入る。周りではクッションがどこから出てきたのかとかそういったことで少々騒がしいが、このくらいなら無視できる。

……それじゃあ、お休みなさ

 

「ちょっといいか」

 

……おや。この声と雰囲気は…………。

 

顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。

 

「ののちゃん? 久し振りだなぁ……抱きついていい?」

「なっ!? く……貴様は本当に変わっていないようだな……」

 

そりゃそうだ。一応転生済みで自分としての在り方を確立させてるんだからな。早々変わるかっての。

 

「それに比べてののちゃんは変わったな。ちょっと強くなった? インターミドル優勝してたみたいだし」

 

新聞は見てないけどそのくらいは覚えている。原作知識は便利だが便利じゃないな。確認しなけりゃ使えないよ。今回はしたけど。確認先は束姉さん。

 

「な……何で知ってるんだっ!」

「いいから寝ようよののちゃん。ほらこっち」

「よさんか人前で!いくらお前でもやって良いことと悪いことと言うものがだな!」

 

キーンコーンカーンコーン……♪

 

あ、チャイムだ。俺としたことが全然寝れなかったな。まあいい、次の休み時間はよっぽどの事がない限り寝よう。

 

「早く席につかないとまずくないか? 織斑先生の出席簿は硬いぞ?」

「うっ……」

 

俺がそう言ったらののちゃんはひきつったような笑いを浮かべた。想像してしまったらしい。

………痛そうだよなぁ……。

 

 

授業はつつがなく進んでいく。や…………(カンペを見ながら)山田先生の説明はわかりやすくていいな。教科書もこのくらいわかりやすければ……いや、そんなにわかりやすい教科書があったら教師の仕事上がったりだから……これで良いのか?

 

……あと、束姉さんから貰った獣耳なんだが、アレも一応ISに分類されるらしい。俺は今まで当然のように使っていたんだが…………平気なのか? 兵器ではある。

……またつまらんギャグを思い付いてしまった。

まあ、ISの産みの親からの許可(どんどん使っちゃってよいっくん!)があるから平気なんだろう。きっと。

 

「あ、織斑くんは大丈夫かな? どこかわからないところとかはある?」

 

……なんか俺完全に小さい子供みたいな扱いをされてないか? これでも十六なんだけど。……今は小さいけど。

 

「大丈夫ですよ?」

 

とりあえず笑いながら言ってみる。どうやら真耶先生は右隣の誰かさんのようにいきなり鼻血を噴出して倒れることは無いようだ。

 

「そうですか!織斑くんはすごいですね~」

 

そう言って真耶先生は俺の頭を撫でてくる。……あ、やばい気持ちが良い………眠気……が…………

 

……すか~…………。

 

 

 

「……むらくん。織斑くん!」

「……ふぁ………んぅ………」

 

意識が飛んだと思ったら割とすぐ起こされた。どうやら真耶先生が体を揺らしているらしい。

 

「もう。いきなり寝ちゃダメですよ?」

「……はい……大丈夫です………」

「わかってくれればいいんです」

 

原因の一つは真耶先生の手ですけどね。

あと、俺が顔を向けていた側の前の方の生徒が凄い良い顔で永眠しそうなんですが。

 

「はい、それでは授業を……きゃぁぁっ!?」

 

おや、気付いてなかっただけですか。そしてちー姉さん。仕方無いって顔をしながら頷かないで。

 

まあ、中学時代にもよくこういうのは出たし平気だとは思うけど。今まで死人は出たことないし。気絶したことはあったけど、重いことにはなってない。

……それにしても眠い。休み時間になったらさっさと寝よう。

 

 

……さてと。今度こそ寝ようか。お休みな

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

…………お休みなさい。

 

……すか~…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金髪に絡まれる、凄く絡まれる

 

ちょろそうな金髪を無視して寝る。

 

「……こほん。ちょっと、よろしくて?」

 

……寝続ける。完全に無視して寝る。

 

「―――ッ!起きなさい!私に話しかけられていると言うのに寝続けるとは、無礼ですわよ!」

 

…………五月蝿い金髪だな、まったく。

体をゆさゆさと揺さぶられるが、それでも無視を続ける。寝れない訳じゃ無いしな。

 

「起きなさいと言っているのがわからないのかしら?」

 

寝てるからな。聞こえてるし反応もできるけど。

……やれやれ。さっさと諦めてくれんかね。そろそろ鬱陶しくなってきた。原作キャラかも知れないが、俺の睡眠を邪魔する者は敵だ。

 

「いい加減に起きなさい!男の分際で私を無視するなど千年早いですわよ!」

 

…………本当に五月蝿い奴だな。さっさと終わらせるか。

 

「……ふぁ……豚が耳元で叫んでる夢を見た」

 

ビッキィ!とよくアニメで青筋が浮いたときのような音が響いた……気がした。

……気のせいだな。

 

そして金髪ツインドリル――本名は忘れた。セルロースだっけ?――が叫ぼうとした瞬間に、まさに今気づいたかのように話しかける。

 

「……誰? ってか騒ぐなよ周りに迷惑だろ。そのくらいの気遣いすらできないような奴は淑女とは言えないぞ?」

「な……か……くっ……!」

 

おやおや悔しそうな顔をさせてまあ。一応俺も三十年以上精神的には生きてるんだし、こうして相手の出鼻を挫いてやることくらいはできる。

セルロース……なんか違うな?……は落ち着こうと深呼吸を繰り返しているが、俺はわざわざ落ち着かせるようなお優しい神経は持ち合わせていない。

 

「なにやってるんだ? あんまり荒い息をついていると変態にしか見えないぞ?」

「やかましいですわっ!」

「……今のあんたに言われてもなぁ………ってか質問には答えろよ。誰だあんた。寝ていい?」

「わたくしはセシリア・オルコット!寝るのは許しませんわ!」

「あんたに許可を求めなくちゃ寝てはいけないなんて法は無い。お休み」

 

そして寝ようとするが、せ……セッティエーム? に後ろ襟を掴まれて無理矢理起こされてしまった。短気だなこいつ。

 

「わたくしに質問に答えさせたのですから、今度はわたくしの質問にあなたが答えなさい!」

「え、なんで? 別にいいけどさっさとして消えて?」

「可愛い顔して辛辣だ!?」

 

周りがいきなり叫び出したが、まあ、どうでもいいな。可愛いって言われても欠片も嬉しくないけど。

 

「……黙ってる暇があるならさっさとしろって。俺はお前なんかのことより早く寝たいんだ。もうすぐ休み時間も終わるし」

「あ、あなたねえ!」

 

キーンコーンカーンコーン……♪

 

……あらら、鳴っちゃった。まったくこのセルシオのせいで全然眠れなかった。疫病神め。

 

「チャイムが鳴ったぞ? 席についたら?」

 

ギリギリと歯を軋ませているセルビオを無視して俺は自分の席に座る。それでも赤痢菌(ああ、これは絶対違うな)は顔を真っ赤にしたまま俺のことを横から睨み付けている。

……どうなっても知らんぞ俺は。

 

そしてやはり怒りのあまりチャイムも俺の声も届いていなかったセイクリッドは。

 

ズパムッ!

 

「オルコット。席に着け」

 

ちー姉さんの出席簿クラッシュにやられてしまいましたとさ。

……それにしても妙な音だったな。そしてあまりにもでかい音だった。相当痛いに違いない。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏は変わっていないと言ったが、撤回しよう。相当変わっていた。

まあ、昔は一夏をあのような方法で強引に起こそうとする者など一人もいなかったから本当に変わったのかはわからないが、少なくとも私が起こそうとした時は抱き締められて無力化されるだけだった。

 

だが今の一夏は無理矢理起こそうとしたオルコットを当然のように罵倒し、相手の罵倒を受け流し、そして出鼻を挫いて勢いを止めて自分の得意な場所に引きずり込んだ。

 

……いや、恐らく途中からの寝た体勢も一夏の策の一つだろう。

相手の言う言葉を初めの言葉で全て消し飛ばし、眼中に無かったを通り越してなにもなかったかのように扱い、プライドに一撃を与える。

そしてオルコットが何かを叫び出す前にオルコットの大切にしているだろうプライドを引き合いに出して黙らせる。

そして挑発を繰り返し、オルコットが激昂した所でそこからは無視。確かにオルコットの許可がなくとも眠れるし、オルコットから始まったものなので少しは外に出ることはなく我慢することに……いや、あれは怒りのあまりに行動が止まっただけか。

 

ここで最初の寝たふりが効いてくる。

あれは恐らく時間調整のためだ。自分の言いたいことを言い切り、それでいてかつオルコットがなにも言えない状況を作り出すための、その時点では誰もが騙されるほどの『寝たふり』。

 

そしてそれは成功し、オルコットは千冬さんに叩かれて(威力が凄まじいことを簡単に予想させるような音だった)強制的に席に戻らされている。

 

……恐るべき策士になったな……一夏!

 

 

…………ただ、その頭をもう少し私の思いを感じ取ることに使ってくれてもいいと思うのだがな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ絡んでくる、暇なんだな

 

ちー姉さんが教壇に立っている。うん、やっぱりちー姉さんはかっこいいね。実践で使用する各種装備についての説明か………七割くらい頭を起こして聞くことにしよう。

ちなみに九割起きていても一割が寝ていれば小さいまま、もしくはそこからさらに身長をある程度操作できる。今は面倒だから変えてないけど。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦の代表者を決めないといけないな」

 

…………うっわ、なんだか凄まじく嫌な予感がする。困ったねぇ……。

 

「はい!織斑くんを推薦します!」

 

……ほーら来た。面倒臭いなぁ……。さっさと立って反論しろよセブルス(うん、これも絶対違うな)。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

……ようやくか。遅かったな。そんなんだからちょろいとか言われるんだ。

 

ぅに~……と小さく欠伸をして、それからまたクッションを召喚。

さて、セサミの話が終わるまで寝てるとしよう。

……お休みな

 

もふんっ!

 

「寝ようとするな」

 

ちー姉さんに出席簿ハンマーを食らった。クッションで防いだけど頭を机にぶつけて少し痛い。コットンガード!ってやるには下にも必要だったみたいだな。

 

「すみません織斑先生。ところで織斑先生と呼ぶ度に少し悲しそうな顔をするのはなぜでしょうか?」

「気にするな」

 

ういっす。

 

ちなみにこの前にセシウムが話をしていたが俺もちー姉さんも完全に無視。いや、ちー姉さんは意識的に無視しているようだった。具体的にどこでわかるかと言うと、手。強く握りすぎて白くなっている。もう少し手爪で手を切ってしまいそうだ。

ちー姉さんの手は大好きなので、とりあえずせ……せ………ぜ? ゼムクリップ? を黙らせようと思う。ゾナハらせるのが一番楽なんだが、それをやると色々怒られそうな気がするから却下。

……まったく。人気者は辛いね。けっ。

 

「……くっ……何度も何度もあなたはっ……わたくしの話を聞きなさいっ!」

「え? 聞いてるよ? 左から入って右から出てるような状況、つまり聞き流してるけど」

「それは聞いていないと言うのです!だいたいあなたは何ですか!唯一ISを動かせる男と聞いてましたから少しくらい、そう、少しくらいは知的さを感じさせるかと思っていましたら全くの期待外れ!人の話は聞きませんしわたくしのことも知らないほど無知!挙げ句の果てには極東の猿の分際でわたくしの事を馬鹿にする始末!!って聞いてらっしゃるの!?」

「…………え、なに? ごめん極東の猿だから言葉わかんない、猿語でお願いできる?」

『ぷっ!』

『くすくすくす……!』

 

周囲の何人かが笑い、セロテープ(これも違うな)の額に異様にはっきりとした青筋が現れた。怒ってるね。

ちー姉さんの方を見てみると……ちょっと笑ってるし、手も握りは弱くなっている。少し機嫌は直ってきてるかな。よしよし。

 

「……わたくしを馬鹿にしていますの?」

「何でわざわざ……」

 

わざわざ言ってやる義理もない。ちー姉さんのことがなかったら無視してるよ。面倒だし。

 

「……まあ、クラス代表になりたいんだったらどうぞ。俺はやる気ないし好きにしたら?」

 

あー、眠い。

 

 

のらりくらりと矛先をそらし続けていたら、いつの間にか決闘することになっていた。めんどくせえなぁ……。俺にメリット一つもねえ……。

 

決闘をする→睡眠時間が減る。

決闘を受けない→ずっと五月蝿い→睡眠時間が減る。

決闘に勝つ→クラス代表になる→睡眠時間が減る。

決闘に負ける→奴隷だ何だと騒がしくなる→睡眠時間が減る。

 

…………はぁ……眠い。今日はぷちかを抱いて寝よう。ストレスが……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏……さすがにそれはやりすぎだろう……。千冬さんも止めようとする気配が全くと言って良いほど無かったし……似た者姉弟と言うことか。

 

私は先程まで行われていた舌戦(一方的)に、少しだけオルコットが可哀想になってしまった。

姉にも弟にもさらりと無視され、流され、怒っても叫んでも正論と詭弁を混ぜ合わせた言葉でいかにも当たり前の事を告げるかのように論破される。

というかそもそも一夏の視界にオルコットは入っていなかったのだろう。一夏は私の知る限り嫌われることも嫌うことも少なかったのでよくは知らないが、もしかしたら元々嫌いなものにはあのような態度なのかもしれない。

 

……その態度と一方的な言動は、私達以外の人間に接する時の姉さんによく似ている気がする。

じっと一夏を見つめていると、一夏がすっと私に視線を向けてくる。私はその視線から逃げるように目をそらすが、一夏の視線はしばらく私に固定されたままだった。

 

お陰で授業に集中できず、気が付いたら時間が過ぎていたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルームメイト、ののちゃん

 

一日目が終わり、さっさと帰ろうと立ち上がる。さっさと寝よう。腹は減っているが、朝は食べたし死にはしないだろう。

 

「……一夏。もしや昼は食べていないのか?」

「ん? そうだけど?」

 

そう答えるとののちゃんに肩を掴まれて購買まで引き摺るように運ばれた。

 

「奢ってやるから食べろ」

「え……朝は食べたし大丈夫だと思」

「食・べ・ろ」

 

ののちゃんが怖くなった。これは弾や鈴と同じ雰囲気……っ!

ちなみにちー姉さんにバレた時にはものすっごい怒られた。怖かった。

 

「……じゃあ、いただきます」

「ああ、たくさん食べろ」

 

なんでののちゃんといい鈴といい、幼馴染み達は原作とこうも違うかな。なんか妙に丸いよな。別にいいけど。

 

「あっ!ここにいましたか!やっと見つけました!」

 

おや真耶先生。何の用だろうか?

 

「もくもく……ごくん」

「っ……!っ……!!」

「ぐふぅっ!」

「な、何て威力…………これが唯一の男性IS操縦者の実力だと言うの……!?」

 

周りが騒がしいな。何があったんだ?

 

「ののちゃん。何があったんだ?」

「一夏は気にするな。お前はお前の思うままにな」

 

……よくわからないが、とりあえず食べればいいのか?

 

「……それで、山田先生はどのような御用事で?」

「あ、えっとですね、織斑くんの寮の部屋が決まりました……あれ? どうして篠ノ之さんが返事をするんですか?」

 

なんでだろうな。……ああ、結構美味しいや。

 

「……ああ、拐われないようにってことですか」

「そういうことです。……あ、ちょっと……はい、取れました」

 

おや、口の端に食べ滓がくっついてたか。どうも。

荷物は全部あるし、原作みたいに困ることは無い。

 

「織斑くんの部屋は1025号室ですね。これが鍵です、なくさないように気を付けてね?」

「はーい」

 

やれやれ、原作だとののちゃんと一緒の部屋のはずなんだが、どうなのかね。

 

 

一緒でした。

食べ終わってすぐにののちゃんと途中まで一緒に行こうと歩いていたところ、最後まで一緒だったという(ののちゃんにとっては)驚きの結果になった。

 

「……とりあえず、お前が私の同居人と言うことはわかった。私も山田先生の言葉を聞いていたからな」

 

山田先生? 誰だっ……ああ、真耶先生ね。

 

「はぁ……お前はまだ名前を覚えられないのだな」

「おう。努力はしてるけど無理だな」

 

そう言うとののちゃんはがっくりと肩を落とす。

 

「……まあいい。とりあえず、二人で暮らす上での決まりを作ろう。風呂の時間や着替えについてもな」

「風呂は俺は夜早くに入るから」

 

夜早く→午前三時から四時。抱きつくものがないと眠りが浅くなるからこの程度の時間に起きてしまうため。もちろん二度寝するが。

 

「そうか。着替えは……私が脱衣所でしよう。それでいいか?」

「いいよ。じゃあお休みー」

 

俺は適当に出入り口に近い方のベッドに倒れ込むようにして入る。

……ああ、やっと眠れるな。

 

 

 

 

side 織斑一夏 

 

薄ぼんやりと夢を見る。原作のだと思う一夏がののちゃんに竹刀でひっぱたかれている。

俺には痛みはないが、見ているだけで痛々しい。

 

そこで俺が立ち上がると、さっきまで薄ぼんやりとしていた一夏とののちゃんが急にはっきりと俺の事を見てきた。

 

ちょいちょいと手招きをすると、怪訝な顔をしながらも二人は俺の方にやって来て、そして俺の前で立ち止まると不思議そうに首をかしげた。

 

俺はいつも通りとなった小さな姿のまま、大きいままの一夏に抱きついてみた。

すると一夏は驚いた顔をして、それから不器用に俺の頭を撫でた。意外と気持ちがいい。

 

そこで、どことなくメカニカルな気配のするとがった犬耳をつけてみる。俺と違って縮むことはなかったが、何となく凛々しさが増したような気がする。

 

一度一夏から離れ、今度はののちゃんの方に。抱き着いてみたが、抱きつきにくい。主に一部分が邪魔だ。

膝枕をしてもらうと、こっちはちょうどよかったのでしばらくしてもらう。

そしてののちゃんにも同じくどことなくメカニカルな犬耳をつける。こちらも大きいままだったが、それでも可愛らしく見える。

 

最後に俺が自分でお揃いの犬耳をつけて、にっこりと笑う。

一夏もののちゃんも、俺に合わせてかどうかは知らないが笑ってくれた。

 

そのまましばらく俺は一夏とののちゃんに撫でられ、可愛がられながら遊び、そして最後に二人に挟まれて眠りについた。

二人は仲良く手を繋いで、俺をゆっくりと撫でていた。

 

「……わぅ…………」

 

 

 

目が覚めると、目の前には死屍累々。見覚えのある姿から全く見覚えの無い姿まで、実に四十人は居るだろう少女たち(精神年齢的にはこっちが上)が幸せそうに鼻から血を流して気絶していた。

 

ののちゃんはすでに寝ているので、どうやらこの人たちは勝手に入り込んだようだ。

 

……とりあえず、携帯電話をポケットから出し、近くで寝ていた白狼ぷちかを片手で抱き締めながら、ある人に電話をかける。

 

「……もしもし、ちー姉さん? なんだか人がいっぱい気絶してるんだけど……」

 

ぷつん、と電話は切られ、そしてその二秒後。真夜中の学園寮に怒号が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目、ののちゃんVS俺

 

部屋で気絶していた誰かさん達がちー姉さんに叩き起こされていなくなった後、朝食は適当に取る

 

「行くぞ一夏。朝はしっかり食べろ」

 

……つもりだったんだが、なぜかののちゃんに連れられて食堂に来ていた。

逃げようとすると怖いので逃げないが、まあ、悪いことじゃないから別に構わない。

 

ただ、ののちゃんに手を引かれている俺を見て鼻血を出している誰かさん達はもう駄目だな。色々と。

 

「…………(ギリッ!)」

 

あとちー姉さん。ののちゃんは俺の事が心配なだけだから!そんなに歯を軋ませて憎々しげに睨まない。

 

「今回は奢らんぞ」

「いいよ別に。お姉さんこれお願いね」

「おや、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

 

そう言ってお姉さんは俺から食券を受けとる。なんだかすごい量になる気がする。ちなみに焼き魚定食。

 

「はいおまちどう。サービスしといたからね」

 

早いな。って多くね?

そう思っても外には出さないで、笑顔で受け答えをする。

 

「ありがとうございます」

「いいんだよ。たくさん食べて大きくなりな」

 

……いや、実際はもう少し大きいんだがな。具体的には四十センチくらい。

 

「……ずいぶん多いな……」

「だよな」

 

ののちゃんが呆れたように口にする。まあ、仕方無いね。

通常魚(鮭)は一尾のはずが三尾だし、ご飯もまるで仏さんに御供えするようなこんもりとした山になっている。おひたしも小さな皿に山になっているし、頼んでないプリンも着いてきた。

……どう考えてもサービス過剰だと思う。周りの奴も唖然としてるし。

理由はわかるけど。俺今身長百四十位だし、そんな奴がこんな量食べるのを見たら、そりゃ目立つわな。

 

「て……手伝いはいるか?」

「いや、大丈夫。夜食べてないからこのくらいは普通に入る」

 

そう、普通にな。

 

 

 

「……本当に入るものなのだな」

「まあな。でも実はもう少し入るぞ」

 

食い過ぎると気持ち悪くなるから腹一杯までは食べないようにしてるけど。

……さて、もうすぐ授業だな。いつも通りでいいか。決闘もまだまだ先の話だし、確か二日目はたいした描写は………ああ、ののちゃんに剣道場に連れ去られるんだっけ。めんどくさいな。

 

「一夏」

「ん? なんだいののちゃん」

「放課後、剣道場に来い」

「……んー、三本中二本先取で一回だけね」

 

ののちゃんは約束は守るから、言っておけば大丈夫だろ。

 

 

 

 

side篠ノ之 箒

 

パァン!と弾けるような音がして、私の握る竹刀の軌道が変わる。一夏の面を捉えるはずだったそれは、肩をかすって下へ。

その隙に一夏は無言で私に片手面を食らわせ、離れる。

それと似たようなことがもう二十以上も繰り返され、私は肩で大きく息をつきながら半身で竹刀を私に向けている一夏を睨む。

昔は構えさせることすらできなかったが、今ではこうして一夏に構えさせることができている。

小さな体からは想像もできないほど重い衝撃を繰り出す一夏に、少しでも近付くことができている。

 

それが嬉しくて、私はまた竹刀を振るう。一夏が自分から攻めてくることはほぼ無いと言っても良いので、今の私に繰り出せる最高の一撃を。

 

しかし一夏は私の最高の一閃も片手に持ったままの竹刀で捌き、私に小手を打ち込む。

 

「……ん、ちょっと強くなったね、ののちゃん」

 

ほにゃ、と眠そうな笑みを浮かべる一夏。だがやはりそれはまだ四割近く眠っているようだ。

 

「昔は七割くらい眠っててもなんともなかったのに……ほんと、強くなったな」

 

…………。

 

ゴスッ!と竹刀の柄を面に叩きつける。この程度で喜んでいてどうするのだ。私の目標はまだまだ先だろう!

 

そう考えても私の頬の緩みは直らない。直れ直れと念じても、ゴスゴスゴスと衝撃を与えても、全く直る気配すらない。

 

……ええい、ならば笑ったままで構わん!このまま一夏と打ち合ってくれるわ!

 

「はぁあっ!」

 

今度は乱撃。一撃にかけても一夏はそれをかわしてしまう。ならば、かわせないほどに高速の連撃を!

 

連続した軽い快音が剣道場に響く。私は一本をとれるところ全てを散らしながら連撃を打ち込んで行く。

面頬に、胴に、小手に、喉に、ひたすら竹刀を振り、突き、薙いだ。

 

しかしそれすらも一夏は避け、または竹刀で払い、受け止める。

 

……ああ、なんて楽しいのだろうか!例え一夏が本気ではなかったとしても、一夏とのこの闘い/遊びは私の心を踊らせる。

 

更に速度を上げ続け、一夏を攻め続ける。

もう周りの音は聞こえない。見えるは一夏と、私と、私達のいるこの四角い場だけ。聞こえるものは私の呼吸音と、心音。竹刀が風を切り、ぶつかり合う快音。そして一夏の呼吸音。

激しい私のそれとは対局に、一夏の呼吸はゆっくりとしたものだった。

 

さらに私の剣は速度を上げる。

 

 

すると、今まで見えてこなかった‘何か’が見えてきた。

 

それは、間合い。私と一夏の、相手を殺せる距離。

私は今まで一夏のそれに無防備に入り込んでいた。

しかし、結局私にできることはこれしかない。

近付いて、剣を振るう。ただそれだけだ。

 

するとまた何かが見えるようになった。一夏から何かが私の肩に向かって伸びている。

それに嫌な予感がした私は、それを打ち落とそうと剣を振るおうとして、…………私からも同じものが出るのがわかった。

 

私から出たそれは一夏から出たそれとぶつかって消えた。それに一夏は少しだけ驚いたような顔をして、

 

「面」

 

私の面頬をひっぱたいていった。

 

 

 

「……ののちゃん、よくあれが見えるようになったね?」

「……いや、もう見えない。あれはなんだったのだ?」

 

一夏にそれを尋ねるが、一夏はいつも以上に眠そうな笑顔を浮かべているだけで答えてはくれなかった。

 

ただ、わかることがある。

それは、一夏もあの世界に身をおいているということだ。それも、恐らく六年以上前から。

 

「……追い付いてきたぞ。一夏」

 

私は笑い、一夏の後ろ姿に掌を向けた。

 

…………やっと、一夏の背中が見えてきた。

 

 

 

「すごーい!織斑くん凄い!」

「インターミドルをあんなに簡単に倒しちゃうなんて!」

「の、ののちゃ~ん、助けて~」

 

………………はぁ……。やれやれ、仕方の無い奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学後、初休日

 

明日は休日。そこで俺はドーベルマンぷちか(垂れ耳わんこ)を抱いて昼遅く(午後四時くらい)に布団に入った。ののちゃんには俺のことを起こさないようにってメールもしたから多分平気。さあ、寝まくろう。

 

きゅ、とぷちかを抱いている腕に力を込めると、ドーベルマンぷちかが俺の胸に顔を埋めてくぅんと鳴いた。

……うん、お休み。

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏に起こさないでというメールをもらったので、恐らく今日の夕食は私だけで食べることになるだろう。

そう思いつつ私は一夏との戦い/遊びの最中のあの感覚を思い出していた。

 

今では最後の最後に出てきたあれはまだ見えてこないが、その一つ前の‘間合い’はわかるようになった。

 

相手の意識が向いている方向が。相手の意識の届いていない場所が。相手の武器の届く距離が手に取るようにわかる。まるで高性能のレーダーかハイパーセンサーでも使っているかのようだ。

 

今も、私と向き合っている相手の攻撃範囲の半歩外に居る私に相手がじりじりと近付いてきているのがわかる。

私はゆっくりと相手の隙を伺い、視界としての死角ではなく意識としての死角を探し出す。

 

…………見付けた。

 

その瞬間相手は私の間合いに入り込みながら私を間合いに納め、鋭く竹刀を降り下ろす。

 

それを察知していた私はなんなくかわし、そして意識の死角である逆胴に竹刀を叩きつける。

加減はしたし、大して痛くもないだろうと思って打ったそれは、見事逆胴に吸いこまれるかのように命中した。

 

「一本!それまで!」

 

部長のその声を聞いて、私は残心を解く。集中を解くと膝から崩れ落ちてしまいそうなほど疲れているのがわかる。

……私もまだまだ修行が足りんな。

 

 

 

部屋に戻って汗を流す。その時に一夏がベッドで寝ているのを見かけたが、起こさないでくれというメールの内容を思い出したのでなにもせずにシャワー室に向かう。

明後日はオルコットとの決闘の日だと言うのに寝ていていいのかと思うが、知識は十分、そして体を動かすことでは勝てず、さらに訓練用の機体も借りることができないとなればできることはなにもない。

 

だからと言って夕食すらも抜いて眠るのはどうかと思うのだが、一夏を起こして布団に引きずり込まれてはたまらないので放置することにした。せめて私が夕食と歯磨きを終わらせてからならば………いやいや、私は何を言っているのだ。

 

「ねえねえ篠ノ之くん。今日は織斑くんは一緒じゃないのかい?」

 

剣道部の主将にそう聞かれるが、私が返せる言葉は一つしかない。

 

「寮の部屋で寝ていますよ。死にたくなければ近寄らないことをおすすめします」

 

本当にな。

 

 

 

部屋に戻ると一夏はまだ眠っていた。歯を磨き終わった私は眠り続けている一夏の髪を撫でる。

 

「……いい夢を見ろよ、一夏。…………お休み」

 

そうして私も布団にはいる。一夏の腕の中に小さい一夏が居たような気もするが、ここはあえて流すとしよう。

 

 

 

side 織斑 千冬

 

私の朝は一夏とぷちかの写真を眺めることから始まる。

これは一夏が中学生だった頃に、同級生の鳳 鈴音という一夏の友人から譲られたものだ。

 

何でも学校で一夏に手を出そうとしたり、独占しようとしたもの達を粛清し、そして一夏に健やかな睡眠を与えようとしていたと聞くが、その間に鳳自身も一夏に惹かれてしまったのだとか。

そして学校でしか見られない一夏とぷちかのお昼寝ショットを私に堂々‘賄賂’として渡してきた強者でもある。

 

……実によくわかっているじゃないか。一夏《おとうと》は私《あね》の物だ。そうだろう?

 

……話がそれたな。とにかく私の朝は一夏とぷちかの写真を見ることから始まる。

そして溢れそうになる愛を抑えきると、私の体には一夏への愛がたっぷりとつまり、脳が、体が活性化する。

ここでようやく私の体は行動できるようになる。

 

………昔はこんな写真ではなく、一夏が私の腕の中に居てくれて……私はそれを見て一夏分を補充していたのだがな………一夏も私のところに潜り込んで来れば良いものを。

 

……おっと。朝食をとらねば会議に遅れてしまうな。生徒達の見本となるべき教師がそんなことではまずい。一夏に嫌われでもしたら私は確実に自殺してしまうだろう。

 

 

私の昼は、一夏の昼寝姿を鑑賞するところから始まる。IS学園に一夏が来て、唯一と言ってもいい良かったことだ。

一夏は基本的に自分の机に突っ伏すようにして眠っているが、たまにぷちかを抱いて椅子に寄りかかるように眠っていることもある。

しかし休日である今日は、一夏はあてがわれた寮の自室で眠っている。

 

……篠ノ之は一夏に手を出さないだろうな? 確かに篠ノ之は一夏のことを知っている分手を出す可能性が低いと見たのは私だが、それでも一夏はあれほど可愛らしいのだ。篠ノ之がつい手を出してしまうことも十分考えられ

 

《ちー姉さん、メールだよ?》

 

一夏からのメールか。どれどれ………。

 

 

本文:俺はぷちかとのんびり寝ています。心配しなくても大丈夫。

 

 

……全く一夏め。……む? 添付ファイルだと?

 

開いてみると、すやすやとあどけなく眠る一夏と、寄り添うようにして頬を擦り付けているぷちかの写真が。

 

……くっ…………挟まれたい!一夏とぷちかに挟まれたい!むしろ埋もれてしまいたい!!

 

 

 

私の夜は、一夏の写真にお休みと告げることで幕を閉じる。すやすやと眠る一夏の写真を見ながら、夢のなかで一夏に出会えることを祈りながら眠りにつく。

 

明日も一夏が幸せであるように。

 

 

 

 



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31~40

白式、束姉さん印の魔改造済み

 

決闘当日。そろそろ始まってもおかしくないはずなんだが、まだ束姉さんからISは届かない。

……やれやれ、困ったねぇ………ちー姉さんからも多分話が行ってるんだろうし、雪片との併用が難しいのもわかるけども……いくらなんでも遅すぎると思うんだが。

まあ、束姉さんのいつものノリだろうと思えば理解はできるし諦めもつく。

 

……ちなみに、ISの代わりにぷちかサイズ束姉さん人形(兎耳付き)なら送られてきた。ぷちかたちのお気に入りになってよく抱き枕になっている。

………抱きつかれるとにへらっと笑うのは気のせいだと思いたかった。俺が抱き締めたら鼻から血を噴き出したあたりで諦めたが。

 

「…………まだかねぇ……俺のISは……」

 

名前はなんだったっけね? ………とりあえず白かったような気がするし、勝手にシロと呼んでおこう。たとえ来たやつが黒くてもシロだ。はい決定。

 

「織斑くん、織斑くんのISが届きましたよ!」

 

……ああ、丁度か。

 

「はい、真耶先生」

「もう。山田先生ですよ」

「すみません、名字も名前もそれぞれ二文字以上だと覚えられないもので」

 

そう言いながらそれが来るのを待つ。ちー姉さんは俺の臍出しルックを正面から見た瞬間に頭を壁に叩きつけ始め、今はピットにあったベンチで横になっている。

……今度使う時は千の顔を持つ英雄で全身を覆うタイプのを作ろう。ちー姉さんのためにも、俺の精神安定のためにも。

 

よくこんな恥ずかしい格好をしていられるよなほんと。俺には無理だ。かなりきっつい。

 

そしてピットの搬入口から現れたのは、前情報(原作知識)通りの『白』だった。良かったな白で。白じゃなかったら色と名前とがちぐはぐになっていたところだった。

ちぐはぐでもシロって呼ぶことは決定してたんだけどな。例え名前が黄天だろうが紫電だろうが関係無くな!

 

……さてと。それじゃあさっさと蒸着……じゃなかった、装着しよう。

 

背中を預けるようにしてシロに乗り込む。するとシロの方から俺に合わせて装甲が閉じる。小さいままの状態でぴったりだが、今までの経験から言って大きくなってもぴったりになるんだろうな。きっと。

 

「……さて、一夏。気分は悪くないか?」

 

復活したちー姉さんが僅かに心配そうに聞いてくる。名前で呼んでくれているし、今だけは教師としてではなく、織斑一夏の姉の織斑千冬として話しているんだろう。

 

「大丈夫だよちー姉さん。なんにも問題ない」

「そうか」

 

ちー姉さんは俺の答えにほっと安堵の息を吐いた。多分真耶先生にはわかってないだろう。少し得した気分だ。

 

「……それじゃあ、ちー姉さん」

 

この時だけしっかりと起きて、

 

「行ってきます」

 

俺はゆっくりとアリーナの中に飛んでいった。

 

ついでにシロのスペックデータを確認して、束姉さんがどんな風に作ってくれたのかを確認…………

 

………………化物じゃねえか、このIS。まだ一次形態移行すら終わってないのにこれってなんだ。

 

それとお願いしていなかった武器が一つ。名称未設定の近接ブレードが一本。武装自体は千の顔を持つ英雄でどうとでもなるから頼んでなかったから……きっとこれはちー姉さんのリクエストだろう。

 

……まったくもう。ちー姉さんは心配症なんだから。そんなちー姉さんも大好きだけど。

 

 

ちなみに、ピットでの騒ぎは努めてスルーした。真耶先生が失言をしてちー姉さんに締め上げられてるようなギヂギヂという音と悲痛な悲鳴が聞こえた気のせいだった。そう気のせいさあっはっは。

 

…………今度プリンでも作って行ってあげよう。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏の決闘当日、私はステージと観客席を隔てるシールドのすぐそばに陣取っていた。とはいえ他のものの邪魔にはなっていないし、問題はないだろう。

 

……一夏は昨日一日中寝ていたが、今日の朝に見た笑顔はいつもの小動物のような笑顔とはまるで違い、明らかに狩られる側ではなく狩る側のする笑い顔だった。

………それにどうやら一夏はオルコットの事をひたすら虚仮にするつもりらしく、あんまり派手な戦闘は期待するなと言われてしまった。

 

………………その言葉で私は、一夏がなにをするつもりなのかがおおよそ理解できた。

 

そう考えているとピットから一夏が現れてオルコットの前に浮く。

やる気はほとんど見えず、六割ほど眠っているようにも見える。

 

 

だが、今の私にはどうしても一夏が本気でオルコットを叩き潰す気でいるようにしか見えなかった。

 

 

私はつい最近、戦闘状態にある相手の間合いがわかるようななった。相手を捉えることができるだけの一足一刀の間合いと、相手を殺すことのできる間合い。その二つ。

いつもは剣道場で見ているそれが、一夏からも見えている。

 

ISを展開しなくともただでさえ広かったその殺せる間合い。中間距離の射撃型であるオルコットのそれは、おおよそ五十メートルほど。

しかし一夏のそれはさらに広く、ステージ全てを覆い尽くし、観客席までも飲み込んでいた。

 

そう、私も。

 

そこで気付く。一夏の顔は確かにいつも以上に眠そうだが、その瞳には今まで見たことが無いほど剣呑な光が湛えられている。

 

…………だが、一夏は決闘で派手な戦いは期待するなと言った。ならばオルコットが殺されるようなことはないだろう。

……よっぽどのことがなければ。

 

 

試合開始の鐘が響き、オルコットは余裕を見せながら一夏に話しかける。

 

「最後のチャンスをあげ」

「あ、すいません真耶先生、棄権します」

 

 

………………………………。

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金髪に絡み付かれる、……計画通り

 

side 篠ノ之 箒

 

開始の合図から十秒もしないで行われた、一夏の突然のギブアップ発言。私達が固まっている間にそれは受理されて、決着を告げるブザーが虚しく響き渡った。

 

「……さてと、決闘も終わったし、寮に戻って寝るか」

「ッ!お待ちなさいっ!」

 

何でもないかのように平然とピットに戻ろうとする一夏に向かってオルコットの怒声がぶつけられた。

 

「何だよ五月蝿いな。お前があんまりにも五月蝿くて我儘で鬱陶しくて餓鬼臭くて放っておけば何時までも騒ぎ続けて迷惑だからお情けで決闘を受けてやったんだぞ? 決着ついたんだし帰らせろよ」

 

一夏。一の言葉に十のカウンターを返すのは流石に酷いと思うぞ。確かにそのような感じだったが。

 

しかしオルコットはその言葉に逆上し、オープン・チャネルでアリーナ中に響き渡るほどの大声で一夏にくってかかる。

 

「わたくしは言いましたわよね!わざと負けるようなことがあればあなたを奴隷にすると!」

「え、なに? 今の時代に奴隷? 法律的に駄目だろ常識的に考えて。第一それはお前が勝手に叫んで騒いでいただけで俺は了承してないし。妄想もいい加減にしろよ海賊王国人。お前みたいのがいるからイギリスの国の品位が下がるんだ」

 

いや、だからな一夏。一の言葉に十返すのは辞めろと。

 

「第一決闘って言っても原因はお前が日本を極東の島国で文化的に劣ってる下らないその上そこに住む黄色い猿が珍しいからという理由で自分より目立っているのが気に食わないって騒いだせいだしな。そんな劣るはずの黄色猿に決闘を挑むなんて、つまりわざわざ高尚な人間様から黄色猿と同じ所まで落ちてきたってわけだろご苦労さん。そうして威張ってられる原因のISを作ったのはお前の言うところの極東の島国に住む黄色い猿だってことも忘れてんだろ。そんなこと言うんだったらその極東の島国に住む黄色猿なんかでも作れるISを作ることができなかったお前達は文化的に劣っている極東の島国に住む黄色猿にも劣る豚だろう? 喧しいからその薄汚い口を塞いで屠殺場に行ってろ西洋の飯の不味い島国の白豚が」

 

…………ああ、もうこれは止まらんな。そして一夏が決闘では派手な闘いを期待するなと言った正しい理由もわかった。

つまり一夏はクラス代表になりたくなかったからオルコットに決闘を勝たせてすぐさま叩き潰すつもりだったと言うことか。

 

………ちなみに私が想像していた理由は、一瞬で終わらせるから派手にはけしてならないと言う理由だった。見事に外れたな。

 

「ん? どうしたんだそんな顔を真っ赤にして。一応言っておくと先に侮辱してきたのはお前だからな? 自分のことを棚に上げて他のところを責めて優位に立ったつもりになりたいのか? そんなんだから駄目なんだよ。なに怒ってるの? 怒ってるのはこっちの方だよドリル擬きが。俺だけだったらともかく日本人全て、ちー姉さんも束姉さんもののちゃんも弾もカズも蘭ちゃんも会ったこともないのに馬鹿にした塵屑未満が。オキシフルで全身余すところなく消毒されてから出直してこい。まあ黴菌《ばいきん》が消毒されて生きてるかどうかは微妙なところだけど」

 

……よくもまあそこまで舌が回るな。回りの者達はにこにこ笑いながらそう言っているお前を見てドン引きだぞ?

 

「……言いたい放題言ってくれましたわね……っ!!」

「先に言ったのはお前だって何回言えばいいんだ? それとも塵屑に記憶力を求めた俺のミスか? ……ああ、決闘だったら仕方無いから受けてやっても良いぞ? 今回はまともにな。ただ、これで勝とうが負けようがお前がクラス代表をやってくれるんだったらだけど」

 

そこで一夏は数秒間を開けて、それから呟いた。

 

「返事は無いか。……ああ、もしかして………俺に負けて、お前が豚だって証明されることが怖い? ならしょうがないな、豚にしては懸命な判断じゃないか?」

 

……恐らく幻聴だろうが、太い綱が一気に引き千切られるような音が聞こえた気がした。

 

「……ふ……ふふふ………ふふふふふふふふ……」

 

それはまるで地獄から響いてくるような笑い声だった。怒りを煮詰め、憎悪を煮詰め、殺意を煮詰めて混ぜ合わせ、さらに濃縮して凝縮して作り上げた負の感情の結晶のような笑い声が、アリーナに響く。

それは小さな笑い声だったが、妙によく通り、それを聞く全ての者達に恐怖を与えるような響きだった。

 

しかし、恐らくこの場には最低でも三人、この声に恐怖を感じていないものが居る。

 

一人は当然一夏。いつも通りに見える笑顔を浮かべたまま、笑い続けているオルコットを見詰めている。

そしてもう一人は恐らくだが千冬さん。あの人はこの程度で恐れることはないだろう。

 

そして最後の一人はこの私だ。

……正確には怖いと思っているのかもしれないが、わからない。

なぜなら、開始からずっと強まり続けている一夏の怒気の方がよほど恐ろしく、オルコット程度のことに割いている感情のキャパシティが存在しないからだ。

 

「……ふふふふふ……いいでしょう。その条件を飲みますわ…………変わりに、今回あなたが私に負けたら、強制的に奴隷ですわよ?」

「……なんだ、お前程度の腕でも誰かに勝てるのか。驚きだな」

 

「……試して差し上げましょうか?」

 

「試させて欲しいのか?」

 

一夏とオルコットの間の空間に火花が散ったように見える。

 

「……いいだろう。その条件、飲んでやる。……真耶先生!申し訳ありませんがもう一度試合開始の合図を!」

 

 

一夏が叫んだすぐ後に開始の鐘が鳴り響き、もう一度強固にバリアが張り直される。

 

「さあ、踊りなさい!わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる葬送曲で!」

 

「自分のためのか? 用意が良いな」

 

 

そうしてようやく試合が始まり、私はIS《こ》学園《こ》で初めて一夏が完全に起きているときの姿を見ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始、正確には私刑

 

開始の合図が鳴ってすぐ、俺はさっきぶりに完全に起きて動き始めた。

 

色々と話をしていたお陰で既に初期化は終わっている。後は最適化なんだが、これは動きながらじゃないとなかなか進まないのであまり進んでいない。

 

…………が、そんなことは関係無い。ちー姉さんと束姉さん、俺のこの世界で出来た友人達を馬鹿にしたんだから。とりあえずボコす。

ちなみに俺は優しいから、試合中にアポリオンをばらまいてゾナハらせてからボコすとかイギリス全土にアポリオンばらまいてゾナハらせてから原因をでっち上げてこのドリルを社会的に殺したりとかはしない。優しいだろう?

 

最初に武装な錬金のチャフ、アリス・イン・ワンダーランドを大量に(具体的には核金十個分にちょっと色をつけたくらい)散布して光を強制的に乱反射させる空間を作り上げた。この中では十メートル離れたらドリルが持っているレーザーライフルでも虫すら殺せなくなるだろう。

それと同時にハイパーセンサーを殺し、さらにロックオンや名前の元になったブルー・ティアーズの思考操作、そして通信すらも届かないようにする。

 

それに気付かない金髪はただただ無為にエネルギーを消費し続けている。

今となっては全く怖くないレーザーライフルを乱射し、動かせない第三世代兵器を躍起になって動かそうとし、唯一の実体弾であるミサイルもただまっすぐ撃つことすらできずにぐにゃぐにゃと進路を曲げてアリーナの遮断シールドにぶつかって爆散した。

 

「くぅっ!なぜ!なぜ動かないんですの!?」

「こっちで邪魔してるからだけどなにか?」

 

金髪の神経を逆撫でするようにヘラヘラと笑い、無駄弾を撃たせる。そろそろエネルギーは二割ほど使ってしまっているだろう。

 

冷静になれば簡単に気が付くだろうことにも気が付かず、金髪はただ俺にライフルを向けてレーザーを撃つ。

 

「だから効かないっての。と言うかこれは対BT兵器使用IS用の第三世代兵器なんだから当然だろう。実弾系と接近戦だったら効果はあるけど………できるか? 中距離射撃型」

 

さらに挑発して鼻で笑う。卑怯とか言われても、相手のことを調べて対策をたてるのは当然だと思うんだがな。

 

数秒間動きを止めた金髪は、今度は近距離用の武器……インターセプターを取り出して向かってきたが、俺は向かってくるのに合わせてボクシングのヒットマンスタイルに構える。一歩を踏み出すボクシング漫画の死神と尾張の竜の技は好きだ。

 

フリッカーを連続して金髪に叩き込む。俺を目指していても別の方向に行こうとしてしまうので、隙はいくらでもある。

 

ちなみにこれ、金髪との距離を十メートルより短くしたりはしない。なにが原因で逆転されるかわからないから。

どうやっているかと言えば、俺が束姉さんに頼んでつけてもらった武装の一つである、衝撃砲で。

 

基本的にボクシングと同じように左は低威力の高速連射用で、右が高威力の単発。

大したことがないと思うかも知れない。しかし、俺としてはそう相手が思ってくれたほうが都合がいい。

しかしこれは束姉さん特製で、鉄甲、拡散、熱核拡散と即座に種類を帰る事ができ、さらには回転を加えて貫通力を増したり、出力を一部変えて軌道を曲げることまでできる。もちろん左右別々に。

 

それをひたすら撃ちながら金髪を追い詰める。途中で落ちていた移動砲台に衝撃砲を撃ち込んで破壊し、抵抗が激しくなってもどうとでもなるようにした。拾って戻せば多分エネルギーの補給ができるしな。

 

…………俺ってやっぱり優しいよな。こんだけアリス・イン・ワンダーランドを使ってるのに集束させて発狂させたりしてないし、シールドの中で爆破とかしてないし、気で衝撃砲やISそのものの強化もしてないんだ。優しすぎると思うんだが。

 

「……それじゃあ。そろそろ終わりにするぞ。眠くなってきたんでな」

 

右の衝撃砲を構え、左の衝撃砲で動きを止める。

 

「じゃあな」

 

ズドンッ!

 

 

試合終了のブザーが鳴り、俺の勝利をアナウンスが告げた。

 

……寮に戻って寝るか。アベアット。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

………一方的だった。それくらいしか言えない試合だったと思う。

多くの者達の予想に反して一夏はオルコットに勝ってみせた。それも、完全に封殺したような形で。

 

私しか見えていなかったと思うが……いや、千冬さんなら見えていたかもしれないな。とにかく一夏の間合いの取り方は尋常じゃなく上手かった。

オルコットの間合い(見たところISに効果がありそうだったのは銃口から三メートル程か?)に入らないように、そしてオルコットが間合いに入れられないように動き、そして動きを制限するように攻撃し、相手の攻撃手段を削ぎ、そして予定調和のように勝って見せた。

 

右拳を突き出し、残心を忘れずにしていたその姿は、実に格好よかった。

 

…………ところで、明らかに身長が違っていることには誰一人として突っ込まないのか? 気にしている私がおかしいのか? 初めの話が終わってからの一夏の身長とそれまでの一夏の身長が…………はぁ。誰も何も言わないのだな。

 

ならば私も気にすることをやめよう。一夏は一夏だ。それで問題あるまい。

 

あと、一夏は怒らせないようにしよう。千冬さんが怒ったところは見たことがあるが、今回の一夏の方がよっぽど怖かった。

 

相手を封殺して動きを止め手段を奪い、最後に一思いにぷちっと潰す。

 

それはまるで無邪気な子供が生きている羽虫の羽を一枚一枚もぎ取り、足を一本一本引き千切り、動くことができなくなったそれを捨てて、踏み潰すようなこと。

 

ふと、誰かが一夏をもう一度本気で怒らせたところを想像した。

 

…………二度と一夏を怒らせることはすまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス代表、俺じゃないよ?

 

金髪をボロクソにした次の日。俺はいつもの通りに起きて、いつもの通りにののちゃんと話をして、いつもの通りの一日を過ごして

 

「御主人様!」

「帰れ」

 

全くこの金髪はいつまでたっても五月蝿いな。

 

「……一夏。まずは御主人様発言に突っ込みを入れよう。な?」

「理由は知ってるから。どうでもいいけど」

 

簡単に言うと、ボコる→新しい世界の扉(具体的にはマゾの扉)が開く→開いたのは俺→御主人様。

 

当然無視したが、変態は基本元気で仕方ない。面倒だな。

ちなみに束姉さんはちー姉さんになら何されてもオッケーらしい。聞いてもないのに勝手に教えてくれた。十分変態だな。そして元気すぎるな。

 

「…………(そろそろ)」

「触んないで」

 

金髪が俺の頭を撫でようとして来たので振り払う。冷たくしても拒否しても放置しても優しくしても喜ぶ奴の相手なんて本当に勘弁だ。

今も払われた手を胸元に持って行ってぞくぞくしてるし、相手したくない。そしてさっさと寝たい。

……寝ようとするとそろそろと近付いてきて抱き締めようとするから気を張りっぱなしになる。ああやだ。ほんとやだ。

 

「……はぁはぁ……御主人様ぁ……」

「ちー姉さーーん!助けてーーっ!」

 

変態は嫌だ。特に俺に襲いかかってくる変態は嫌だ!

 

「オルコット。一夏は私のものだ」

 

ちー姉さんはそう言いながら金髪の頭を片手で掴み、ぎしぎしという音が聞こえてくるほど締め上げている。

 

「……無事だったか? 一夏」

「大丈夫。ちー姉さんのお陰で助かった……」

 

ちー姉さんは俺の頭をよしよしと撫でる。……ああ、やっぱ気持ちいいな……。

 

「……くぅ……♪」

 

……気が付いたら食堂が血まみれになっていた。ちー姉さんもかなりふらついていたが、大丈夫だと言っていたのできっと大丈夫なんだろう。

 

そういうことにしておいて、俺は教室への道を歩く。ののちゃんと手を繋ぎながら、尻尾をぱたぱたと左右に振って。

 

………………待て、いつの間に俺は獣耳一号、柴犬を装着した? 覚えがないぞ? まさか、遠隔で装着したのか?

……凄いな、束姉さん。無駄なところにその技術を使いすぎているような気がしないでもないけど、すごいものはすごいよな。

 

………とりあえず吠えておこう。

 

「わぅ!」

 

周囲に血の海が出来た。さっきまではなんともなく手を繋いでいたののちゃんも、そっぽを向いて鼻を抑えた。

 

「……一夏」

「わぅ?」

「ぐふっ………ああいや、何でもない。だっこしても良いか?」

 

願ってもないことだったので即座にお願いした。お腹が一杯だったせいか、奇妙に眠い。

 

「……ふふふ。まったく一夏は。いいから寝てしまえ。必要になったら起こしてやる」

 

……それは、ありがたいことだな。

…………それじゃあ………お休み……ののちゃん………。

 

「……ああ、お休み、一夏」

 

………くぅん。

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

「……篠ノ之。なぜ織斑がお前の膝で眠っている」

「一夏が眠そうにしていたので打診したらこうなりました」

 

千冬さんに明らかな嫉妬の視線を向けられるが、私はそれを受け流す。六年ほど会っていなかったのだし、このくらいは良いだろう。

……それに、一夏はシスコンで、千冬さんもブラコンだからな。ここで離したらすぐさま千冬さんは一夏を拐って行くに違いない。せめて授業開始まではこうしていよう。

 

 

約束通り、一年一組のクラス代表は一夏ではなくオルコットになった。不満は少し出たようだが、一夏の最後の攻撃の威力を思い出して不満を取り下げた。

 

ちなみにあの攻撃はオルコットのシールドエネルギーを全て削り取り、アリーナの床に直撃して巨大なクレーターを作り上げていた。

そんなものを食らっては操縦者の生命が保証できないし、一夏がISを使う度にアリーナを修理していてはいくら金があっても間に合わないと千冬さんと山田先生からも言われていたので、一夏のクラス代表の話はなくなった。

 

…………ここまで考えてやっていたのだとすると、一夏は随分と策士になったものだ。

まだまだ偶然に頼るところも多いが、一夏の狙い通りにクラス代表はオルコットになったし、誰もがそれを肯定している。……理由とやり方はともかくとして、私も。

そんなことをしておいても、今こうして私の膝の上で眠っている一夏はとても可愛らしい。決闘の時はむしろ格好よくて、どうしてもこの一夏とあの一夏が同一人物に見えない。

 

…………雰囲気だけではなく、身長まで変わっているのだから当然か。

 

「……ん……」

 

……うむ、可愛らしい。

 

ところで、一夏の鞄からこっそりと私と一夏を覗き見ている小さな一夏(犬耳付き)はなんなのだ? 拾っていいのか? お待ち帰りしていいのか?

 

キーンコーンカーンコーン……♪

 

む、授業開始か。もう少し抱いていたかったのだが………周りの視線と千冬さんの視線が痛いし、無理だな。

 

「一夏。授業の時間だぞ。起きろ」

「……はぁ……い……」

 

私の言葉に反応してゆっくりと一夏が動き出す。ぺたりと伏せられていた耳がピクリと跳ね、眠そうな目を右手で擦りながら顔を上げる。

 

「……っ、ぐふっ!」

「かはっ!?」

「……っ!?」

 

……被害は甚大だ。かくいう私も必死になって愛情の暴走を止めているわけだしな。

 

自分の席に戻った一夏は、どうやって入っていたのかは知らないが四十センチほどの小さな一夏(お揃いらしい茶色い耳と尻尾付き)を鞄から出して、抱き締めて目を閉じた。

小さな一夏もまんざらでも無いらしく、一夏の手に頬を擦り付けて鼻をぴすぴすとならして甘えている。

 

「……きゅぅ……」

「……くぅ…ん……♪」

 

…………今思い出しても私は凄いと思う。よく耐えたな、私。

ただ、この時私の頭の中では

 

『箒。君は頑張った。よく頑張った』

『でも、もう我慢なんてしなくていいんだよ?』

『自分に素直になろうよ。我慢は体によくないよ?』

『見てごらん? 周りだってああなってるんだ。仕方ないことなんだよ』

『だって、一夏が可愛いんだから』

『……君も、そう思うでしょ?』

 

………といった悪魔の囁きがぐるぐると思考の大半を占拠していたが、なんとか振り切った。

 

……その声の主が頭の上に天使の輪を浮かべて純白の羽を生やした小さな一夏と、尖った尻尾と黒い蝙蝠のような羽を持っていた小さな一夏だった理由がわからないが、恐らくそれは永遠にわかる日は来ないだろう。

 

 

……ああ、一夏は可愛いなぁ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS調整、一次移行マダー?

 

やほ。最近クラスののほほんとした娘におりむーと呼ばれ始めた俺だ。名前は当然、織斑一夏。昔の名前は桜道一哉。哉の字がムズい。

ちなみに俺からその娘は『のほほん』と呼んでいる。渾名とか偽名とかは何でか覚えられるんだよな。

理由は知らん。

 

そんな俺だが、今はIS整備室に来ている。黒猫耳と白猫ぷちか装備で。

……途中で色々あって拐われそうになったり寮の部屋に連れ込まれそうになったりしたけど、スタンガンってのは便利だな。スイッチ入れるとバチバチじゃなくってガギギギって致命的な音がするけど。

 

……まあ、それはどうでもいいことだ。今はもっと大切なことがある。

実は、シロがまだ一次移行をしないのだ。原作ではもうしているはず……と言うか、金髪との決闘中にするはずなんだが…………まあ、相当魔改造されてるからおかしくはないんだが。

 

そこで原因を調べるべく、整備室で色々と見ておこうとしているわけだ。

 

機材を借りて適当に繋ぎ、シロの中身を覗く。

 

……………………ああ、理由が何となくわかった。

 

つまり、性格の違うコアを直列並列関係無しに繋ぎあわせたおかげで、全体ならともかく一つ一つのコアに対する時間が足りていないわけだ。

ちなみに足りているのは左の衝撃砲と恐らく反応速度を上げているところ。右の衝撃砲は後少し。機動はまだまだでブースターもまだ。ハイパーセンサーは……まあまあか。

…………やれやれ、これじゃあ一次移行はしばらく先になりそうだ。クラス代表が俺じゃないから特にな。

 

……もし、鈴がIS学園に来て金髪と戦うことになったときに束姉さんからISが送り込まれてきたら、どうしようかねぇ……。

フィッティングが終わらないとアクセサリーみたいに待機してくれないんだが…………やれやれ、困ったねぇ……乱入もできないな。

 

 

side 更識 簪

 

視界の端で、黒い尻尾が揺れ動く。

それは私のとなりに座っている、織斑一夏のものだ。

なぜそんなものをつけているのかはわからないけれど……かわいいとは思う。

小さい白い猫耳の織斑くんが、その尻尾を追いかけ回している所なんて、ついつい手を休めて見入ってしまうほどだ。

 

何があったのかはわからないけど、織斑くんは難しそうな顔をしていたと思う。

それからため息をついて、専用機をどこかに運んでいった。

…………何で待機状態にしないの?

 

ちょっとだけ気になって織斑くんが残していったデータを見てみると、理由がわかった。

 

……まだ、フィッティングが終わってないんだ。あんなに乗ってたのに、まだ。

聞いた話だと、織斑くんは一週間に一度ISに乗って訓練をしているらしい。かなりの好成績を出していたって聞いたのだけれど……噂が間違っていたのか、それとも初期設定のISで結果を出した織斑くんが凄いのか……。

 

「……なにやってるの?」

「きゃっ……!」

 

振り向くとそこにはちっちゃい織斑くんを抱えた織斑くんがいた。

 

……私は今、何をしていた? 見ればわかる。織斑くんのISのデータを覗き見していた。

 

……もしも私が打鉄弐式のデータを勝手に見られたら? そのときにならなくってもわかる。すごく怒るだろう。

 

……それじゃあ、織斑くんが私のやっていることを見て、怒らない可能性は? ――そんなもの、どこにもない。

 

噂では、織斑くんは怒ると織斑先生より怖くなるらしい。IS初心者で、起動時間が一時間も無いのに代表候補生を一方的に倒してしまったという噂だ。

 

そして織斑先生も、怒った織斑くんには手がつけられないのだとか。

……正確に言うと止められないことはないのだが、その後に怒らせた相手に対する報復が激しくなるとも言っていたらしい。

 

そんな織斑くんが、今、私の前に立っている。

 

「………ああ、シロのデータ見てたのね」

「あ、あの……ごめんなさい……」

「いいよ別に。フィッティングすら終わってない状態のスペックを見られたところで痛くもなんともないし」

 

……あれ、意外と……怖くない………?

 

のんびりとした口調。ゆったりとした空気。眠たげな表情。それらがなんとなく、小さな頃から知っている私の友達を思い出させる。

 

「……ああ、って言うかむしろ手伝ってくれない? このままだとほんとに一次移行に半年とかかかりそうでさ」

「え……いいけど……」

 

……って、なんで私は良いよって言ってるの!?

 

そう思ったけど、織斑くんの嬉しそうな顔を見ると断る気が失せてしまう。……もう。

 

「ありがと。それじゃあとりあえず俺は乗るから、フィッティングの手伝い頼める?」

 

…………えっと……調整とか整備だったらともかく、フィッティングのやり方はちょっと……。

 

「……使ってれば勝手にしてくれると思うけど……?」

「八時間くらい乗ったんだけど、どうも遅くてな。二割くらいしか終わってないんだよ」

 

……どんなISを使ってるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴、来る

 

らららコッペバン♪ らららコッペバン♪ いつも変わらない味♪

 

……なんとなく出てきたので歌ってみた。若干舌っ足らず風に歌うのがコツと言えばコツかもしれない。

だからと言って本当に舌っ足らずにするわけではなく、あくまでも舌っ足らず『風』なだけだ。幼子風とも言う。

 

それとシロの事だが、驚きの事実が発覚した。

なんとシロは、フィッティングが完全でなくとも待機状態になれたらしい。かんちゃん(本名は忘れたが整備室に居た度の入っていない眼鏡をかけた娘)が言ってくれなかったらずっとわからなかったかもしれない。わかってよかった。

あと待機時の形態はなぜか武骨な手甲だった。きっとフィッティングが終わっていないせいだと思いたい。

 

とりあえずかんちゃんの助けを得てフィッティングを三割まで終わらせた。そう何度も手伝ってもらうのは悪い気がしたんだが、かんちゃんはどうやらシロの中のどこかのプログラムを参考にしたいらしく、もう少し手伝ってくれるらしい。

 

……優しい娘だな。

 

ちなみに俺はかんちゃんの名前も盛大に間違えた。

 

「サワッディー・神凪《かんなぎ》だっけ?」

「……全然違う」

 

このあとまた教えてくれたんだが、その度に間違えた。俺の体質(日本語に直して平仮名三文字以上の名前は覚えるのに五年以上かかる)の事を教えたら、苦笑いしていた。

ちなみに人の名前だけじゃなくってISの名前も覚えられないことを言った時も苦笑いしていた。

 

すまん。

 

 

ISの実践授業で基本的な飛行操縦をすることになった。ISスーツは臍出ししない全身型のを千の顔を持つ英雄で出して使っているので誰かさん達が倒れることはないだろう。

……なぜかうなじとか尻とかに後ろから視線が集中してるような気もするけど、きっと気のせい。

 

「……ああ、かわいいうなじ……」

「背中とか擽ったら、どんな声をあげるのかな……?」

「…………(はぁはぁ)」

 

……畜生。変態ばっかりか。全力で逃げたい。

ちょっと涙目になってしまったが、いくらなんでもちー姉さんの前でそういうことはしてこないだろうと思いたい。

 

ゴスッ!ゴスッ!ドゴスッ!!

 

「私語は慎め。かわりに元気の有り余っている貴様らにはグラウンド五十周をくれてやる。嬉しいだろう?」

 

…………IS学園のグラウンドは一周五キロあるそうだ。それを五十周……フルマラソンおよそ六回分か。

……まあ、俺ならなんとかなるだろう。ライドインパルスと気の強化を使って全速力でやれば……多分ラカンは秒速十キロくらいは出せるだろうから、二倍と考えて十五秒かからない。

曲がることを考えればもう少し遅くなるだろうが、それでも一分程度だろう。

 

………久し振りにまともにチートか凄いと感じたな。いつぶりだ?

 

……まあ、なんでもいいか。がんばれ。

こっちはこっちでIS展開しないとな。とりあえずだらんと力を抜いて、シロという鎧をつける感覚で。

 

(シロ)

 

反応速度特化型のISであるためか、展開開始から終了までが0.02秒という明らかに頭がおかしい速度になっているが、悪いことではないので気にしない。

それとついでに、シロの機体名がいつの間にかシロになっていた。元は違ったと思うが、呼びやすいから無問題。

 

「ISの展開は終わったようだな。飛べ」

 

そういわれてすぐ飛び上がる。機動力特化だがそんなに速度は出さない。面倒だし、まだ慣れてないから自信がない。

百零停止と零百加速はできたけど、やっぱり飛び慣れてないからな。

 

「ご主人様?」

「ご主人は嫌だ。黙ってくれ」

 

……ああ、まあ、なんとかなるかね。

 

ちなみにこのISは急加速や急減速の時のGの軽減用としてかなり性能のいいPICを積んでいるらしい。そうじゃなかったら百零停止で死んでるな。

 

……いや、この程度じゃあ死なないか。

 

この後の武装の展開は楽に終わった。いつも千の顔を持つ英雄を使っているので想像が簡単だったからと言うのもあるだろうな。記録は0.03秒。展開より0.01秒遅いが、まあ早い方だよな?

 

「武装……あったんですの?」

「あるから展開したんだけどな」

 

 

 

……さて、今日の授業も何事もなく終わっ

 

―――っ!

 

懐かしい気配を見付けた。すぐさま監視用のゾナハ虫(無害)をそちらに放つ。

 

すると空港にほど近いタクシーの中でその気配の主を見付けた。

 

――やっぱり来たか。鈴。

 

ちー姉さんの授業の時と同じくらい起きて、買い物に行く。久し振りの親友との再会なんだし、手の込んだ料理で迎えるべきだろう。

 

ちー姉さんも鈴のことは嫌いではなかったはずだし、一緒に飯にしよう。ののちゃんも呼んで、かんちゃんは………忙しいって断られるだろうけど一応呼んどくか。

 

 

後ろで俺が起きたことに驚いている奴等はしばらくほっとこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓迎会、お出迎え

 

俺は料理の材料を買い込み、鈴が好きそうな料理を作っていた。主に酢豚や青椒肉絲等の中華料理だが、和食も少し入っている。

 

ちなみに一番手をかけているのはミニラーメンだ。鈴はラーメンが好きだったと記憶しているので、小麦粉を捏ねて麺を切らずに手で伸ばし、スープもチャーシューもメンマも自作してみた。

途中で見知らぬ誰かが勝手につまみ食いしていたので、とりあえずちー姉さんの真似をしてアイアンクローで浮かしておいた。泡を吹いていたような気がしなくもないけど、きっと気のせいだと思うことにしておいた。

 

ちなみに俺は、片手で固定されてない西瓜の皮を掴んで抉ることができる。そのくらい簡単だけど、人間相手にはちゃんと手加減している。俺って優しい♪

 

それと、鈴の迎えにはぷちか達四体を行かせた。あいつらはあんななりでもISだし、ISなのに小さいシロ、略してミニシロを使うので問題ないだろう。一次移行終わってないけど。

 

ちなみにミニシロはしっかり衝撃砲も近接ブレード(まだ名無し)をもっているし、機動力も反応速度もシロとほとんど同等と言う驚きのスペックを誇る。

さらに奥の手も存在するので、まあ、拐われることはないだろう。

 

心配するべき所は、鈴に会う前にはしゃぎすぎて眠ってしまわないかと言うところだが…………まあ、なんとかなるだろう。

 

……なんとかなるよな?

 

 

 

side ぷちか四十六号

 

白狼ぷちかこと、ぷちか四十六号です。名前はこれで固定されました、変更はききません。

 

おれたちは今、ごしゅじんさまにお願いされて、中学の頃の同級生、鳳 鈴銀《リンイン》こと鈴を迎えに行くと言う責任重大な任務を受けています。

 

そのためにおれが任されたのが、三体の同族達。

 

黒ラブぷちかこと、ぷちか二十三号。

ボルゾイぷちかこと、ぷちか三十三号。

そしてチワワぷちかこと、ぷちか四十一号。

それに俺を合わせた四体での任務になる。

 

……報酬はなんと、おにくをいっぱいたべられるのだ。そして、高確率で鈴さんにだっこしてもらった後、たかいたかいまでしてもらえることがあると。

…………受けるしかないだろこれは!

 

「わぅ!」

「わぅ!」

「わぅ!わぅわぅ!」

「……くぅ……わぅ」

 

ボルゾイぷちかが大きく吠えすぎたせいで、チワワぷちかが怖がって半泣きになった。とりあえずボルゾイぷちかを『めっ!』してからチワワぷちかを慰める。

……背は同じくらいだから、押されるところころ転がっていっちゃうけどね。

 

それとさっきからハイパーセンサーで周りの様子を見ていると、ころころ転がったりとてとてと歩き回るおれたちを見て、なぜか血まみれで笑顔を浮かべながら倒れてしまう。

そんなになってもずりずりとおれたちにはいよってくるから、ちょっと怖い。

 

「くぅ……」

 

気の弱いチワワぷちかなんて、尻尾を足の間に挟みながら俺にくっついてくるほど怖がっている。

 

「わぅわぅ!」

「わぅ!」

「わぅ!」

「くぅん……わぅ!」

 

すぐにこの場を離れて鈴さんを迎えに行く事を提案すると、即答で色好い返事が帰ってきた。

 

それじゃあ、行こう!鈴さんを迎えに!

 

「わぅわぅわぅ♪」

「わぅ、わわぅ♪」

「くぅ~、わぅ♪」

「わぅ~~♪」

 

尻尾をふりふり、耳をぴくぴく、四体揃って元気に歩く。

鈴さんの居場所はすぐにわかる。ハイパーセンサーと風に乗った匂いで。

 

まだIS学園の敷地内には入ってきてないようなので、外と中を繋ぐモノレールの駅で鈴さんを待つ。もうちょっと時間がかかるみたいだ。

 

暇な時間を潰すための遊び道具は持ってきた。トランプだけど。ちなみに絵柄はスペードがわんこ属性ぷちか、クローバーがにゃんこ属性ぷちか、ダイヤが鳥属性ぷちか(エンジェルぷちかもここ)、ハートがそれ以外の属性のぷちかと絵柄分けされている。

 

やるのは大貧民。ジョーカー一枚の特殊ルール革命以外一切なし。ついでにジョーカーの柄はミニシロ。

 

「わぅ!」

「ふっ……わぅ」

「わぅっ!」

「わ~ぅ~」

「わぅわぅ!」

「わぅ」

 

なぜかチワワぷちかはこういうのが妙に強い。どのくらい強いかと言うと、物理・特殊受けラッキーレベル100しんかのきせき持ちカウンターたまごうみつきくらい? 勝てないことはないけどきつい。

 

「わぅ!」

 

革命!? こんなときに革命だって!?

 

弱い札から切っていってあらかた出尽くしたところでこれは……っ!

 

…………ん? この匂いは……。

 

くるりと後ろを振り返ってみると、そこには鈴さんが立っていた。懐かしい匂いだ。

 

急いでトランプを片付けて、鈴さんをお出迎えする。くるくると鈴さんの周りを回っているだけだけど。

 

「……ふふふっ。久し振りね、ぷちか」

「わぅ!」

「わわぅ!」

「わぅわぅ!」

「わぅ!」

「あははっ!元気ねぇ。一夏は元気?」

 

ごしゅじんさまは元気だよ。ずっとね。

そういう思いを込めてこくこくと頷くと、鈴さんは嬉しそうににっこりと笑ってくれました。

 

……それじゃあ、ごしゅじんさまの所に行きましょう!

 

「あ、私ちょっと先に手続きしないとIS学園に入れないんだけど……場所わかる?」

 

わかりますよ?

 

頷いてからその場所に行こうとすると、チワワぷちかが鈴さんに抱き上げられた。

 

「それじゃあ、案内よろしくね?」

 

「「「わぅ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歓迎会、主催者は俺

 

食堂を借りきって準備をする。ちなみにかんちゃんはやっぱり来ないらしい。ちょっと残念。

 

ののちゃんとちー姉さんは結構乗り気だった。それから俺が準備をしているのを見て途中参加したいと言ってきたクラスメイト(例によって名前は覚えていない)達も手伝ってくれているのではかどっている。

……ちょっと料理が足りないかと思ったので追加を作ることにする。鈴には悪いけどちょっとの間ぷちかハーレムで我慢してもらおう。

 

料理の追加を作っていると、ぷちかたちと一緒に鈴が姿を表した。ちー姉さんやクラスメイトがいいな~という目で見ていたが、ぷちか達は久し振りに会った鈴から離れたがらなかった。

……まったく。

 

「鈴」

「あ、一夏」

 

俺が姿を見せると、ぷちか達は俺に向かって走ってくる。ててててっと言う擬音がとても良く似合う走り方だ。

 

「……久し振り。料理できてるから、座って」

「……それじゃあ、お言葉に甘えるとしましょうか」

 

鈴はそう言って、膝にチワワぷちかを乗せて座った。

………変わらないな。鈴は。

 

 

 

料理をするのは俺、料理を運ぶのはぷちか達と言う歓迎会は、凄まじい勢いで脱落者を量産していった。

 

とある少女はぷちかにご飯を食べさせた時の反応に脳髄を直撃されて鼻血を噴き出し、とある少女はぱたぱたと左右に振られる狐ぷちかの尻尾に視線を奪われてただじっと見つめ続け、催眠術にかかったかのように倒れる。

またある少女はぷちかをおもちかえりしようとしてちー姉さんのアイアンクローに浮かされ、頭蓋骨を軋ませながら気絶し、そのちー姉さんも白蛇ぷちかと白虎ぷちか、小さな翼が背中についている鳩ぷちかに囲まれて気絶。残ったのはのほほんとののちゃんと鈴の三人だけ。

 

ちなみに金髪は開始二十秒で左腕を虎ぷちかに尻尾で擽られて気絶。幸せそうな顔をしていた。

 

「……なんか、ぷちかもずいぶん増えたわね」

「最初からぷちかは108いるって言っといた方が良かった?」

「…………そんなに一気にぷちかを見たら、出血多量で死んじゃうわよ」

 

そう言っている間にも片付けの手は止まらない。俺も鈴もののちゃんもある程度家事はできるし、このくらいのことは簡単だ。

 

ちなみにぷちか達は落ちた少女達(ちー姉さん含む)をそれぞれの部屋におくりとどけさせている。ぷちかだけじゃあ確かに難しいだろうが、ミニシロがいるし平気だろう。

ばれたら不味い気もするが、ばれないように武装で錬金なチャフを撒いてカメラや発信器などを無効化してあるので……大丈夫なはず。

 

「……あーあ。料理の修行もしてこれなら一夏にも負けないって思ってたら、もっと上手くなってるなんて……」

「しかたなかろう。それが一夏なのだから」

「…………そうね。……はぁ……」

「うむ。………そう言えば、自己紹介がまだだったな。私は篠ノ之 箒だ。箒でいい」

「鳳 鈴音よ。じゃあ私も鈴でいいわ。仲良くしましょ」

 

ののちゃんと鈴はこの短い時間でわかりあったらしく、こつんと拳を軽くぶつけ合っていた。仲が良いってのは良いことだ。

 

「あ、でも一夏を一人占めはさせないわよ? 私も混ぜて」

「なんの話をしている……と、昔ならば言っていたのだろうが……安心しろ」

 

じゃあ俺が言うわ。なんの話だなんの。

 

「そうだ、私達の部屋に泊まるか? 一夏の睡眠を邪魔しないのならば許すぞ?」

「はっ。誰に言ってるのよ。私はIII(いっぱいいっぱい一夏)の会長よ? 一夏の健やかな睡眠を見守ることを誉れとする私達が、そんなことをするわけないじゃない」

 

…………まあ、いいか。寝るのの邪魔をする訳じゃないみたいだし、問題ないな。

仕事を終わらせて帰ってきたぷちか達の数を数える。全員いるな。拐われたりはしてないな。

 

「……じゃあ、歯磨きして寝るか」

「わぅ!」

「にゃう!」

「「がふっ!!」」

 

どささっ!と五十キロ程度の肉が床に落ちたような音がした。その方向を見てみると、鈴とののちゃんが床に倒れていた。床が真っ赤に染まっている。

 

「く……い、いきなりそれは、反則よ……っ!」

「くぅ……っ!」

 

どうやら元気なようだ。

それじゃあ、部屋に戻るか。なんか盗聴機が山のように仕掛けられてるような気がするけど。

 

……俺、一人部屋になったら自分の部屋にチャフ撒くんだ……。今はののちゃんが居るから使うとののちゃんが発狂しちゃうから使わないけど、一人になったら絶対使うんだ………。

 

まあ、部屋に着く前にまた全部ぶっ壊したけど。電波障害って地球が磁気を帯びている限り、どんなところでも起きる可能性はあるらしいな。それと同じく磁気嵐も。

 

……偶然ほど怖いものは無いよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作崩壊、今更だけど

 

一組のクラス代表は金髪。確か名前は……せ………せ……セリヌンティウス・オルゴデミーラ。

………絶対違うな。

 

「それはそうだろう。メロスの友人とゲームの魔王の名だぞそれは。オルコットだ。セシリア・オルコット」

 

そうだったか。人の名前は覚えられなくてな。

あと、二組のクラス代表も覚えていない。鈴はクラス代表にはなっていないみたいだし、あまり覚える気も無い。

 

……原作崩壊が凄まじいな。このままだと原作ではあった束姉さんの作った無人ISの襲撃がなくなるんじゃないか?

……なくなっても何ら問題は無いか。あったらあったで一次移行の糧にさせてもらうつもりだけど。

それに、なんとなくある気がするんだよな。襲撃。

 

ついでに一次移行についてだが、かんちゃんのおかげで少しずつ進んでいる。フラグメントマップが凄いことになってるらしいけど、知らん。現在進行率三割五分くらい。

 

…………さてと。昼休みになったし、寝るか。

 

「一夏、迎えに来たわよ」

「良く来てくれたな鈴」

「あ、箒じゃない。昨日はありがとね。……で、やっぱり一夏は昼食べてないの?」

「私が引きずって食堂まで連れていかなければ昼どころか朝も夜も食べようとしないのだ」

 

ののちゃんの話を聞いた鈴に睨まれた。怖い怖い。

 

「一夏。また作ってきてあげたから、屋上で食べるわよ」

「え。俺は作ってないぞ?」

「んなことはわかってんのよ。いいから来なさい。箒も一緒にどう?」

「……ふむ。ならばご一緒させてもらうとしようか」

 

いつの間にか勝手に話が進んでいた。俺はどうやら屋上で弁当を食べることになったらしい。

 

……まあ、いいか。

 

 

 

「はい一夏。あーん」

「……はむ。もきゅもきゅ……」

「……いいものだな」

「……いいものでしょ?」

 

なぜか俺はののちゃんと鈴に優しい目で見つめられている。

……それはどうでもいいけど、鈴のやつ随分腕上げたなぁ……俺もうかうかしてらんないな。

 

「ふふふっ♪ 美味しいでしょ? 一夏に追い付けるように頑張ったんだから」

「ん。美味い」

「……そうだな。明日は私も作ってくることにしよう。構わないか?」

 

ん? ののちゃんの料理? ……確か、結構上手に作れたはず。

 

「お願いします」

「一夏は私達の分ね。私も一夏の分作ってくるから」

「……ああそうか。普通の量では足りないのだったな。だから二人分か。わかった」

 

一瞬抗議の声を上げようとしたののちゃんも、俺の食う量を思い出したのかすぐに静かになった。

……うん、人に料理を作ってあげるのって、いいよね。

それに感想をもらって、笑顔と一緒に『美味しい』って言ってもらえると、次も頑張る気になる。

 

……最近、ちー姉さんにご飯作ってあげてないなぁ…………ちー姉さんの分も一緒に作ろうかな。ちなみに、前に一回ものすっごく可愛いお弁当(たこさんウインナー、だし巻き玉子はハート型。ご飯の上にはまたハートで、デザートは当然うささんリンゴ)を作って持たせたら、次会ったときにグリグリされた。痛かった。

何でも周りの人にすっごいからかわれたんだとか。

しかもかなり美味しくて悔しかったらしい。

ごめんねちー姉さん。

 

 

 

side 鳳 鈴音

 

「はい一夏。あーん」

「あー……はむ」

 

一夏のために作ってきた酢豚をバランス良く摘まみ、一夏の口許に運ぶ。すると一夏は躊躇なくぱくりと食いついてくる。

 

「もきゅもきゅもきゅ……」

 

…………うん、可愛い。

 

「……な、なあ、鈴」

「どうしたの?」

 

急に話しかけてきた箒に視線を向けると、箒は僅かに顔を赤らめながら私にお願いをして来た。

 

「こんなことを頼むのは変だとわかっているんだが………私も、一夏に食べさせてやっても構わないだろうか?」

「あ、良いわよ?」

 

あまりに軽い私の答えに、箒の体から力が抜けた。

 

「……い……良いのか?」

「良いわよ別に。でも、ちゃんと栄養や味の濃さとかも考えて食べさせてあげてね」

 

ちなみにこれ、結構難しい。どのくらい難しいかを簡単に言うと、他人に最適化されたISを動かすのと同じくらい難しい。

なぜならそれは、一夏の味覚のことをよく知って、そして料理の材料やその味のことをわかっていて、その上で一夏の口の大きさやなにやらかにやらをわかってやんないといけないけれど……まあ、一夏だったら大体のことは簡単に無視して食べるでしょ。どうしても嫌なら口出しくらいすると思うし。

 

「……ふぅ……一夏。あーん、だ」

「……あー……ん」

 

……うん。初々しくて良いわねぇ…………。

 

 

 

 

 



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41~50

クラス対抗戦、見所皆無

 

金髪の独壇場でした。終わり。

 

さてと。それじゃあクラス対抗戦の前にあったちょっとした事件のことでも話そうか。

 

「……一夏? オルコットが頬を染めて身悶えしてるんだが……」

「気にしない気にしない。」

 

気にしたところで扱いは変わりゃしないんだから。

 

「……お前はそこまでオルコットが嫌いか?」

「ん? 別にもう大して嫌いじゃないけど?」

「………じゃあ、なぜそこまできつい態度をとるんだ?」

「本人にそういう態度でいてほしいって言われたからだな」

「…………原因はオルコット自身か……」

 

ののちゃんはそう呟いて頭を抱えた。

まあ、いつものことだな。

 

このことは話すのが面倒だから、夢の中の回想で勝手に見てくれ。

 

 

 

side 織斑 一夏

 

鈴が転入してからしばらくして、鈴から模擬戦のお誘いを受けた。

ちなみにこれは睡眠時間を削ろうとしているわけではなく、シロの一次移行の手助けをしたいかららしい。

 

なんでも一次移行をする前とした後では機動力や馴染み方が全く違うらしいので、さっさとやっておかないと困ったときに大変だからと聞いた。

週に一回のアリーナの訓練と週に一回の整備室での整備ではデータが足りないらしく、こっちも望むところとOKサインを出した。

 

その時に金髪がその相手に立候補してきたが、遠距離武器系統のデータの方は足りているので断っておいた。

 

……普通のISは一つ一つではなく全体で一気に変わるものだと思ってたんだが…………まあ、これも束姉さんが作ったコアを複数使った初めての機体だからこれが仕様なんだと納得しておくことにした。

そういう機体だって無いとは言えないよな!

 

「さて、それじゃあ始めましょうか。」

「そうしよう」

 

俺と鈴はアリーナでISを装着したまま浮いている。アリーナは借りきったので、ステージには俺と鈴以外は誰もいない。

……ところで、俺がアリーナを使うときにはなぜか毎回観客席がいっぱいになるんだが、理由は知らないか?

 

「一夏はもてるからじゃないかしら?」

「まさか」

 

原作一夏だったらともかく、俺だぞ? 無い無い。

 

「……ああ、そうだ。一夏の戦闘記録見たんだけど………手加減してね♪」

「それなりにね♪」

 

……さてと。それじゃあ始めようかね。それなりに手加減するけど。

 

とりあえず今回は近接ブレード(名前はまだ無い)を展開する。右手の衝撃砲の最大威力……というか、アリーナのバリアをぶち抜ける以上の威力を出すのは禁止されたから、右手に。

 

「あれ? そんな武器あったの?」

「あったよ? 使ってなかったけど」

「へぇ………それじゃ、始めましょうか」

 

弾と鈴と一緒に行った喧嘩では、面白がってこんなことをやっていた。

 

腰を落とし、下げるようにして開いた左膝に左手を置き、右手は広げたまま鈴に差し出す。ブレードはなぜか腰元で浮いている。鞘に入ってないのにな。

 

「お控えなすって。手前、生まれも育ちも日の本の国。無限の空の生国で、一人の姉と共に生き、その生の大半を睡眠に費やして来やしたが、何の因果か空を動かし、こうしてこの学園にて、生を繋ぐために力をつけるために空を舞っておりやす」

 

ここで一度切って、息継ぎをする。

 

「名は、『世界最強の弟』何て呼ばれちゃいますが、血でその者の全てが決まるはずも無し……凰 鈴音が友、織斑一夏と言う者でござんす。………失礼ながら、お手前は?」

 

ちなみに鈴の名前の所で少し止まった訳は、シロのハイパーセンサーで出てきた鈴の本名を参考にしていたから。

 

それを知らない鈴は少し驚いた顔をしたが、すぐにくすりと笑って俺と同じポーズをとった。

 

「あたしは生まれは中華の国、凰家食房が娘。想い人に毎日の糧を作れるように修行の日々を送っております。両親の思いやりを胸に、想い人に再会いたしました……織斑一夏が友人、凰 鈴音と申します」

 

……いきなりなのによく会わせられるな。驚きだよ。多分俺もできるけど。

 

「……って、行きなり言われてあたしが気付かなかったらあんたただの痛い人よ?」

「鈴だったら気付くと思って。実際気付いたし」

「まあ、そうなんだけどね」

 

お互いに笑い合う。けらけらと。くすくすと。

 

そして全く同じ時に笑いを止めて。

 

 

「―――いざ!」

 

俺が吠える。

 

「―――尋常に!」

 

鈴が叫ぶ。

 

 

「「―――勝負!!」」

 

 

……そして、お互いの武器がぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想像以上、鈴vs俺

 

……ふぁ………ん。

 

……ん? なんだ、まだ見終わってないのか。仕方無いな……もう一眠りするかね……。

 

……すか~…………。

 

 

 

side 織斑 一夏

 

アリーナの中央で武器をぶつけ合った俺と鈴は、その場ですぐさま次の攻撃に移った。鈴は片手で持った大刀を枯れ枝のように振り回し、俺は右手の名無しのブレードで正面から斬り返す。

 

「さっすが一夏!やるじゃない!」

「鈴こそ凄いな。まだなんか隠してるだろ」

「もちろん!今から出すから――食らいなさい!」

 

そうして鈴の肩部分のアーマーが開く。そこにあった球体から、拳にある衝撃砲と同じ空間の歪みが現れる。

それに合わせてこちらも左の拳を鈴の肩に向けて衝撃砲を撃ち出す。

 

バギンッ!と空間が弾け、お互いに撃った衝撃砲がかき消える。

 

「まだまだいくわよ!」

「こっちもだよ!」

 

斬り合いながら拳を振るい、衝撃砲を撃ち合いながら武器をぶつけ合う。鈴の場合は勘で間合いや攻撃を読んでくるからやりづらいところがある。

 

こういった近距離ではフリッカーは使いづらいので、某一歩を踏み出すボクシング漫画の尾張の竜のスクリューブローを真似る。これもまた連射が利いてその上貫通力があるので、衝撃砲同士をぶつけても多少の威力差なら引っくり返せる。

当然直接ぶつけても威力があり、拳自体も結構な威力を持っている。普通こんだけ反応速度と速さを持たせたら他のなにかが落ちる所なんだが………束姉さんマジで凄い。

 

ガギィンッ!と音をたてて鈴の使う両刃の大刀が分かれ、それぞれが上下左右から襲いかかって来る。まあ、後ろからは来ないのが救いと言えば救いだな。

それでも俺は追い付いて切り払う。速度特化舐めんなってな。

 

「よく片手ずつで衝撃砲と剣撃を全部落とせるわね。いろんな意味で、一夏って人間?」

「多分」

「そこは断言してよ怖いじゃない。『初恋の相手が人外とか…………あれ? 一夏だったら問題ないのかしら?』」

 

初恋カミングアウト。びっくりした。ついでに途中からオープン・チャネルからプライベート・チャネルになってた。流石に聞かれたくはないよな。わかるわかる。

 

ピロリン♪

 

『メールだよ!らぶりぃ束姉さんからメールだよ!早く、あ・け・て♪』

 

………………。

 

「……一夏? どうしたの?」

「あーうん、ちょっと驚愕すべき厄介事。メール入ったからちょっと待っててくれ」

「……ISってメール着信機能なんてあった?」

「普通は無いと思うよ。俺のが確実に普通じゃないだけで」

 

……さてと。どんなメールかね?

 

開いてみると、いきなり目の前に束姉さん({ヘンゼル+グレーテル}÷2)が現れた。

 

『やっほー♪ プリティーチャーミー束さんだよ、いっくんは元気してるかな? してるよね? してなかったら言ってねすぐ行くから(真剣)。まあいいや。これからそっちに練習台送るから活用してね!生きてるのが相手だと手加減しちゃうと思ったから無人ISだよ!安心した? 安心したらやってくるそれを倒しちゃおう!それと、防御がすっごく固いから左手じゃあダメージほとんど無いよ。ブレードと右手で頑張ってね!右手を使うとビームで相殺するようになってるけど』

 

そこまで読んだところでアリーナの遮断シールドがぶち抜かれて、何かが―――訂正、束姉さん作の無人ISが落ちてきた。

 

そちらに意識を向けながらも、メールの最後まで目を通す。

 

『相殺するようになってるけど、頑張ってね!ちなみにこのメールはいっくんが読み終わったら勝手に消えちゃいます。履歴とかも残らないから安心しちゃっていいよ? じゃあまたね~♪』

 

……そしてヘンゼルとグレーテルを足して2で割ったような格好をしている束姉さんが消え、メールが届いた痕跡が全部まとめて消え去った。

 

…………だから、その科学力をもう少し別のところに使いなさいと。

……無駄だとは思うけど。

 

……………………さて、と。折角の束姉さんからの好意(多分それ以外もあるけど)だし、戦うとしようか。わりかし本気(ISのみだけど)で。

 

 

束姉さんに俺が頼んだ装備は三種。一つは既に使っている衝撃砲。これについてはよく知っているだろうが、普通は直線軌道のみのはずなんだが、出力調整で曲げ撃ちができる。

 

二つ目は空間固定兵器とそれの応用。俺の考えた使い方は、物理的なものに対する盾だったり空中に作る足場だったり、固定する空間を細い細い糸状にして相手が突っ込んできた時に首を飛ばすとかその程度だ。

 

三つ目は……秘密。どうせまだ使えないし。

 

そこに恐らくちー姉さんのリクエストの雪片弐型(原作知識)と零落白夜が追加され、悪夢の兵器(高速で接近してきて一撃食らうと死亡、その上動くとなぜか切られるため動くに動けず銃を撃っても防がれ、光学兵器はチャフで封殺)が完成する。マジ外道。

 

ちなみに空間固定兵器だが、ラ……ラ………銀髪眼帯黒兎の使うAICとは別物だ。

あっちは慣性を打ち消すが、こっちのは簡単に言えば『空間を動かない物質に変える』もの。だから相手が突撃してきた時に顔の前に出してやれば顔をぶつけるし、相手の出したエネルギーに応じて消費するエネルギーが変わるAICと違ってこちらは一定だ。

どちらが便利かははっきりとは言えないが、使い勝手だったらこっちが上だ。

 

……ただ、たまにAICもほしくなるけど。慣性を打ち消して良いときと悪いときがあるし。

 

「鈴。あれは俺のだ」

「……本気? 相手はアリーナのシールドを軽くぶち抜くISよ? 衝撃砲だって効くかどうかわからないし、エネルギーも減ってるでしょ?」

 

……まあ、その通り。確かにエネルギーは三割ほど削られてるし、シールドバリアも満タンとはいえあれが相手じゃ心細い。

 

……それでも、やるけどな。

 

「…………はぁ……なに言っても無駄みたいね。この続きはまたいつかやるわよ」

 

そう言って鈴は下がってくれた。ありがと。

 

…………やるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想外、俺vs無人IS

 

名乗っても返事は帰ってこないだろうと思うので名乗らない。ただ剣を左に持ち替えて、構える。

 

すると目の前の無人ISがどこかで見たことのあるポーズを取って、機械音声で流暢に話し始めた。

 

「お控えなすって。手前、生まれも育ちも月の南極。真空の中で生まれ、道具として生き、漸く死に場を見付けた老兵でござんす」

 

よし待とうか束姉さん。なんで束姉さんがこれを知ってるんだよ。見てたの?

……まあ、いいや。とりあえず名乗りの間は攻撃しないのが決まり事だし、このくらいのことなら乗ってやろう。

 

「呼び名は色々ありやすが、今の名前はゴーレムⅠと申すものでござんす…………失礼ながら、お手前は?」

 

……仕方がないので俺も乗る。始めたのは俺だし、ここでやらなかったら空気の読めないやつだし。←今更。

 

「俺は生まれは日の本の国、織斑家が末弟、睡眠時間の延長を夢見る男でござんす。凛々しき姉に見守られ、この場所まで来ることになりやした………『人外筆頭』、織斑一夏と申す者でござんす」

 

ちなみに一部プライベート・チャネル。ちー姉さんや鈴に聞かれると割とマズイ。特にちー姉さんには本気で怒られる。

 

「……それではすぐに参りましょう。この老兵の、屍を越えて先に行けぃ!」

「一応言っとくと……歳は俺のが上だ若僧が!」

 

真面目にやるかね!

 

 

 

side 凰 鈴音

 

……わーお。これは確かに色々無理ね。一夏とゴーレムと名乗ったISの戦闘を見てそう思う。

なんで無理だって言い切れるかというと…………見えないんだもの。一夏が。

 

ゴーレムって名乗ったISに切りつける瞬間に影だけ見えるような速度で移動して、あとは大概見えない。ただかなり直線的に移動をしているみたいで、アリーナの遮断シールドや床や壁には衝突した時の足跡が残っている(遮断シールドはそこに衝突したという名残がある)。

けれど移動の途中に軌道を曲げたり曲げなかったりして、相手になかなか捉えさせない。あの速度で曲がって無事でいられるって……一夏の体の作りが本当に気になる。

 

……まあ、一夏だししょうがないわね。きっとなんでもありなのよ。

 

そう思いながらハイパーセンサーを高速戦闘用の超高感度ハイパーセンサーに切り替える。すると今まで全く見えなかった一夏の軌道が残像だけ――それでも残像だけ――見ることができるようになった。

 

近接ブレードを振り、ゴーレムの体にしっかり当てながら削るようにブレードを滑らせる。明らかにシールドエネルギーを削ろうとしている動きだ。

その度にゴーレムは高速で回転しながらビームを撃つが、回転を始めた時には一夏は既に射程外にいる。

 

………うん、ちょっとこれは手を出せないわね。失敗したら一夏に当たっちゃいそうだし。というか一夏本当にすっごい手加減してくれてたのね。あたしと釣り合うくらいに。

 

「……まだまだ一夏には遠いかぁ……」

 

あーあ。結構頑張ったんだけどな……。

 

 

 

side 山田 真耶

 

「……あの、織斑先生。それは塩です」

「……なぜ塩があるんだ」

「いえそれは知りませんけど……って織斑先生。それコーヒーじゃありません、醤油です」

「…………なぜ醤油があるんだ」

「いえそれも知りませんけど………ってだから織斑先生。それはコップじゃなくて砂糖壺で……ああ、お砂糖がみんなダメに……」

「…………なぜ砂糖壺がこんなところにあるんだ」

「……あの……織斑先生、落ち着いてください、ってそれさっきの塩入り醤油ですから飲んじゃダメですって落ち着いてください」

「……なぜこれがこんなところに」

「織斑先生がさっき作ったからですよってだからコーヒー入り砂糖を飲もうとしないで下さい体に悪いですから!」

 

ああもう織斑先生も織斑くんが心配なのはわかりますけどもう少し落ち着いて

 

「だからコーヒーを醤油で作らないでください!塩分過多で死にますよ!?」

 

織斑くーんっ!はやくなんとかしてぇぇっ!

 

 

 

side 織斑 一夏

 

なんか真耶先生に助けを求められた気がした。ちー姉さんが何かしたのかな? 具体的にはコーヒーと間違えてインクを飲もうとしたりとか。

 

そう思いながらもゴーレムを切りつける。めちゃくちゃ硬い堅い固い三つ揃った非常識な硬さだ。

ちなみに名前を呼べてる理由はハイパーセンサーに出てるから。

 

それでも少しずつ削り続けているんだが、だんだんゴーレムもこっちの機動を読み始めている。

まあ、読まれたらパターン変えるだけだから別にいいけど。

 

『やっほういっくんさっきぶり!』

『いきなりこられてビックリしました、後ででこぴんです』

『いっくんのでこぴんは痛いんだよ? 頭が割れちゃいそうなくらい痛いんだよ?』

 

大丈夫。割れない割れない。

……多分、きっと、恐らく、パーハップス。

 

『それで、いっくんが予想以上に強かったから束さんも参戦するよ!ゴーレム操るから頑張ってね!』

 

その次の瞬間、ゴーレムは急激にその動きを変えた。

 

……マジで勘弁してくれや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想定外、俺vs束姉さん

 

『いっくよぉー!』

 

そう言って束姉さんは、先程までは巨大な一発を撃つだけだった両腕の砲口からまるでショットガンかガトリングのように小さなエネルギー弾をばらまき始めた。

 

俺はブレードを右手に持ち替えて左の連射(貫通型)で応戦する。

しかしそれでも落とせない弾はブレードで切り落とし、それでも駄目なら局所的な空間固定で凌ぐ。止める空間が小さければ小さいほど使うエネルギーは少なくて済む。

 

『まだまだーっ!どーんっ!』

 

そう言われて出てきたのはワイヤーブレードが十二本。エネルギーを纏ったままこっちに向かってくる。こっちくんな。

 

それでも俺のやることは変わらず、ただその攻撃を避け、防ぎ、そしてできるなら一撃をぶちこむ。防御が硬すぎてたいしたダメージを与えられていないのが現状だが、なんとか削ることは出来ている。

……まったく。厄介すぎるぞ。たまに被弾するようになってきたし。

 

 

お互いにシールドエネルギーを削り合う。束姉さんはほとんど無駄弾は撃たなかったし、撃ったエネルギー弾を空中で方向転換させると言うどこかの光学兵器の真似事とも言える荒業をやって来もしたが、段々弾幕が薄くなってきたのを見ると無尽蔵にエネルギーを持っていると言うわけでは無さそうだ。

 

とは言え、こっちもこっちで割と限界が近い。シロに大した破損はないが、シールドエネルギーがそろそろ不味い。

 

これじゃあもし零落白夜が出たとしても、一発食らわせられるかどうか。

…………なんか忘れてるような気が……あ。そうだそうだ、丁度相手は無人機だし、確かめてみようか。

 

斬魔剣・弐の太刀が、シールドバリアを無視することができるか否か!

 

狙う場所はあの厄介極まる腕。シールドバリアを抜いて攻撃できれば、使えなくなること請け合いだ。

 

……確かラカンもこれをやるときはイメージトレーニングをしてたし、俺もそれに肖ろう。

 

……剣を振って、気を飛ばして、バリアをすり抜けてどーん。

 

……なんか失敗するイメージが浮かばないんだが、何でだろうな?

まあ、成功するのは良いことだし、構わないけど。

 

「よいせっと」

 

名無しの近接ブレードを振ると、本当に何か出た。

出てきた何かは束姉さんの操るゴーレムに当たり、その右腕を縦に切り裂いた。

 

…………なあ、あれってもしかしてシールドバリアどころか絶対防御すら発動させずにダメージ与えてないか?

 

『わっ!? いっくん今のってなに? 確かに当たって斬られたのに、シールドエネルギーがまったく減ってないんだけど』

 

……人間相手じゃ使えないな。今度は絶対防御だけに当たるように調節してやってみるかね。

 

斬魔剣・弐の太刀、百花繚乱!

 

次からは避けられると思ったので、斬撃を薄くしてハイパーセンサー無しだと見えないようにしつつ全体攻撃。観客の皆さんには当たらないように考慮してアリーナの遮断シールドで消滅するように頑張った。

 

………失敗したらごめんね?

 

 

そこでようやくフィッティングが終わったようで、その事を伝えるメッセージと確認ボタンが現れた。

 

………まあ、これについては後で一人の時に押すとしよう。確かまた何かあったはずだし、その時に不意をつく的な意味でもその方がいいだろう。多分。

 

面制圧の斬撃が飛び、ゴーレムのシールドを抜いて腕とワイヤーを切り落とす。

……こんだけ撃ってるのに腕以外は擦らせるだけで済ましている束姉さんの操縦技術にちょっとキレそう。一体束姉さんはどこまで天才で天災なんだろうか。

 

頭のなかで、束姉さんがにこにこ笑いながら言った。

 

「どこまでもだよ、いっくん!」

 

…………納得できるのがまた嫌だ。

 

……まあ、一次移行もできるようになったことだし、さっさと終わらせようか。卑怯だけど。

 

空間固定で、ゴーレムのコアだけを固定する。高速機動中にそんなことをすれば、当然コアが機体からべぎりといや~な音を立てて剥がれ落ちる。

 

「『ありがとね、束姉さん』」

「『いいよいいよ。かわいいいっくんのためだからね!今度また抱き締めにいくから覚悟しておいてね!』」

 

そう言ってゴーレムの機体は自爆した。最後の最後まで悪の科学者風だったな。

自爆は科学者のロマンだと聞いたけど、わざわざISでそれをやることはないと思うんだけど。

 

…………やっぱり、天才とかそういうのは置いておいても束姉さんの考えることはわかんないな。

 

……あー、疲れた。眠いや。

 

「……鈴」

「? なに一夏。どうしたの?」

 

近付いてきた鈴に笑顔を向けて。

 

「……あとよろしく」

 

シロを解除して落ちる。すぐに抱き止められたけど、しばらく起きないから。

 

悪いね、鈴。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも以上、保健室にて

 

……意識がゆらりと浮き上がる。特に体に悪いところはないが、どうやら随分と寝ていたらしい。腹が減った。

 

目を開けると、すぐ近くにちー姉さんの顔があった。どうもかなり心配そうだ。

 

「一夏。気が付いたか」

 

ちー姉さんが話しかけてくる。……くんくん……襟元から醤油の臭いがする。インクじゃなくって醤油とコーヒーを間違えたのかな。

……理由はわかるけど、ちー姉さんはやっぱり俺の事になると慌てやすいな。

 

「痛いところはないか?」

「……ん、大丈夫。ちょっと腹減ったけど……」

 

これから食べに行くから大丈夫、と言おうとしたのだが、いつのまにか現れた鈴がその手に丼を持っていた。中身はどうやら卵粥らしい。

 

「はい千冬さん。熱いので冷ましてから食べさせてあげてください」

「ああ、わかっている。……すまないな、凰」

「いえ。一夏の事が好きですし、一夏のためだと思えば何でもないです」

 

鈴はそう言ってから俺に視線を向けて、にっこりと笑ってから保健室を出ていった。

 

……そう言えば、初恋カミングアウトされたんだっけね。いつも普通に好きだなんだと言ってたから忘れてたけど。

 

「……ふぅ……ほら一夏、口を開けろ」

「ん……あー……はむ」

 

……ん、美味しい。

ちょうどよく冷まされた卵粥が喉を通り、じんわりと胃に広がっていく。

 

「っ……、一夏」

「ん……あー……あむ」

 

また次の一口。そしてまた一口。うん、美味しい。

……まだまだって言ってたけど、腕を上げたな、鈴。

……ちー姉さんももう少し料理ができるようにならないと、お嫁の貰い手が居なくなるよ? せめて食べても害の無いものを作れるようになろうよ。もう遅いかもしれないけど。

 

 

食べ終わって一息つくと、なんだかまた眠たくなってきた。さっきまで寝てたのに。

……まあ、いつもの事だ。普通普通。

 

「……それじゃちー姉さん。お休み……」

「ああ。お休み、一夏」

 

眠りに落ちる寸前、何かに頭を撫でられたような気がした。

……この不器用な撫で方は、きっとちー姉さんだろうな。

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

すやすやと眠っている一夏の頭を撫でる。

額を撫でれば頬を緩め、頬を撫でれば撫でた手に頬を擦り付け、顎先を撫でれば甘く鳴き、唇を撫でると熱い舌が私の指をざらりと舐める。

 

…………っ!危ないところだった。一夏を血で汚すわけにはいかないからな。

……さて、お持ち帰りするか。

 

一夏を横抱きにして保健室を出る。やはりと言うかなんと言うか、一夏はかなり軽い。五十キロどころか四十キロあるかどうかといったところか。

 

珍しく途中で誰かと出会うことなく寮長室に到着する。騒がれて一夏が起きるということにならないので別に問題はないが、少し奇妙に感じた。

 

扉を開け、一夏をベッドに寝かせる。すやすやと眠っている一夏に背を向けて、私はスーツが皺にならないようにたたんでからジャージに着替える。

それを終えて、私は一夏の眠っているベッドによこになる。すると一夏が私の腕を控えめに抱き締めて―――花が開いたような笑顔を見せた。

 

…………落ち着け織斑千冬。深呼吸だ。前に五反田が言っていただろう、落ち着かなければならないときには深呼吸をしろと。

深く息を吸って、それから長く吐く。もう一度吸って……一夏の匂いが脳髄を直撃する。

 

くっ…………五反田め。使えないではないか!今度あった時は覚えて

 

「……くぅ………」

 

一夏が私の腕にすりすりと頬を擦り付ける。一夏はそんなに襲われたいのか?

 

そう考えていると、ぼんやりとまではいかないが懐中電灯を遠くから見たような光が一夏の頭に集まり、昔に見た垂れた犬耳とぷちかが現れた。

 

「……………わぅ」

 

ぷちかは小さく鳴くと、もぞもぞと一夏とは反対側の私の腕にしがみついて目を閉じた。

 

すぐに聞こえ始める柔らかな寝息。両側を一夏とぷちかに挟まれ、私はそこで頭が沸騰してしまったらしく、なにも思い出せない。

ただ、久し振りに朝の一夏成分補給が普段の十分の一の時間で済んだことは確かだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お引っ越しです、ののちゃんが

 

朝。目が覚めるとそこにはちー姉さん。少し驚きつつ抱き締め直して二度寝を敢行する。今日は休日だし、平気だろう。多分。

なんでちー姉さんと一緒に寝てるのか疑問ではあるけども……たまにあることだし、別にいいか。

 

もう一度目が覚めると、既に太陽は空高く昇っていた。昨日寝たのが六時頃で、今は確実に十時は過ぎている。

 

「……寝過ごした………ふぁ……」

 

……ああ、そうだ。シロの一次移行が確認ボタン押してないだけでできてるんだった。さっさと移行させてスペックの確認とか出力調整とかしないと………。

原作だとこのあとも更に厄介なことに巻き込まれてた筈だし、一日十五時間睡眠を破らない程度にできることはやっとかないと。

 

…………それにしても腹減ったな。十八時間近く飯食ってないんだから当たり前だけど。

 

くぅくぅと騒ぐ腹を宥めながら食事にいく。頭には四号の犬耳が付きっぱなしで、後ろにぷちか四号がついてきてるけどその辺りはスルー。

 

「あ、一夏じゃない。体はもう平気なの?」

「平気と言うかあの程度で壊れるようなヤワな体してない」

 

文字通り反則《チート》な体をしてるんでね。その体を持ってても寝るんだけど。

 

「そう。まあ、元気ならいいわ。……一緒にご飯食べない? 箒もいるけど」

「それじゃあ御一緒しようかな」

 

鈴に手を引かれて食堂に行く。ここを使うのも久し振りかもしれない。なんでかそんな気はあまりしないんだけど。どうしてかね?

……まあ、いいや。よくあることだよくあること。束姉さんが騒ぎを起こすのと同じくらいよくある。

 

「箒、一夏連れてきたわよー」

「む、そうか。まあ、座れ。頼まれたものはもう来ているぞ」

 

そう言われて机の上を見てみると、なぜか俺の分まであった。こうなることを予想していたのか?

 

「そうよ。いいから座りなさい、また私達が食べさせてあげるから」

「え、起きたばっかりだし自分で食べられるけど?」

「食べさせてあげるから」

「食べさせてやるから」

 

………ああ、そう言えば告白されたんだっけ。いつも普通に好きだと言い合ってたからまた忘れてた。

俺はよく理解できないんだが、好きな相手に手ずから食べさせてあげるのは、また食べさせてもらうのは嬉しいことなんだとか。

 

………俺は寝てる方が良いけどねぇ。

 

「いただきます」

「いただきます」

「ところで、さっきからずっとドアの影から一夏を見てる金髪はなに?」

 

…………ああ、セリエスか。

 

「あの金髪はセメント・オムニバス。喧嘩を売ってきたから買ってボコしたらそのせいで新しい世界の扉を開けた変態だ」

「箒、名前だけ教えて」

「セシリア・オルコット。あとは一夏が言った通りだ。戦闘のデータは見ただろう?」

「…………ああ、あの可哀想なのね。……度々悪いんだけど、なんであれは頬を染めてゾクゾク体を震わせてるの?」

「変態だから」

「……ああ、また目覚めさせたのね」

「待ってくれ。『また』?」

 

おっとののちゃん、そこは気にしちゃいけない所だよ。

いいじゃないか、中学時代に弾の事を馬鹿にした奴(他の学校の奴だった)の精神の支柱を根こそぎ全部へし折ってやったら被虐趣味に目覚めた事とか、小学校の時にちー姉さんの悪口を言った男性教師を縛り上げて目隠しをして知り合いの漢女に引き渡して次見たときには薄く化粧をするようになってた事とか、どうでもいいじゃないか。

 

「他にもあるけど、聞く?」

「……いや、辞めておこう」

「あたしもそれがいいと思うわ……はい、あーん」

「……あむ」

 

………ん、うまい。

 

「……あれ? ぷちかも欲しいの? しょうがないわねぇ……はい、あーん」

「わぅ……はぅむ……」

 

膝の上に乗っている犬ぷちか(ダックスフンド)が鈴におねだりしたらしく、鈴は手のかかる幼子を見る母親のような目で見ながらぷちかに合わせた大きさの肉をあげていた。

 

周りは微笑ましげな目をしたお姉様方と、嫉妬のあまり呪詛を吐きながら壁に頭を叩きつけていたり、恍惚とした表情のままだくだくと血を流し続ける少女たちで溢れている。掃除が大変そうだ。

…………まあ、いいか。今は。

 

「……………(ギリリッ!)」

 

だからちー姉さん。そんなにするくらいだったらこっちおいでって。

……来ないなら来ないでいいけどね。

 

 

 

 

食事も終わって部屋に戻る。すると、部屋からののちゃんの荷物がきれいさっぱり無くなっていた。

……そう言えば、この時期だったな。ののちゃんの引っ越し。忘れてたよ。

 

…………今日から一人寝か。ぷちかがいなかったら毎晩枕を抱いてたかちー姉さんの部屋に突撃かけてたかもね。

一人になったから常にここにチャフを撒いとこう。またいくつか盗聴機やカメラが増えてるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一次移行、協力感謝

 

武骨な手甲だったシロは、一次移行を終わらせると白い腕輪に変化した。前のとずいぶん違って見えるが実のところ大して違いはないらしく、妙にと言うか奇妙にと言うか…………非常に硬い。九ミリ拳銃弾くらいならゼロ距離で受けても全く問題無さそうだ。

 

もちろん変わったのは外見だけじゃなく、その性能も変わっている。

 

元々の性能もあるだろうが、意思疏通がさらに高速円滑に行われるようになったような感じだ。

加速も減速も今まで以上にうまく行うことができ、衝撃砲も空間固定もさらに安定して応用することができるようになった。

例えば衝撃砲の曲げ撃ちで曲げることができる角度が大幅にきつくなったり、空間固定を視界外でも座標に合わせて確実に出すことができるようになった。

 

………まったく。恐ろしい性能だなシロは。

 

そして原作通り、ワンオフ・アビリティーとして零落白夜が使用可能に。使ったことはないが、原作を読んでいる限り、接近戦の切り札的存在になるだろうことが予想される。

 

……三つ目の追加武装はまだ秘密。武装と言うか、正確には能力のようなものなのだが………まあ、できることならあまり使いたくはない。確実にちー姉さんに怒られるから。

 

「……それにしても、シロは凄い」

「あ、やっぱりかんちゃんもそう思う?」

「……」

 

俺が聞くとかんちゃんは普段通りの顔で頷いた。

確かにシロは凄い。衝撃砲の即時切り替えは、ある意味では第四世代の先駆けと言っても良いし、零落白夜の展開装甲は束姉さん式の第四世代の解答とも言える技術だと言うことは明白だ。

欠点らしい欠点と言えばエネルギーの消費がかなり早く、動けば動くだけガリガリ削られると言うことと、武装が少ないと言うこと。

二十ものコアを組み合わせて作っているためか空き容量はそれなりどころではなくあるのだが、シロはその空き容量の中に中々物を入れようとはしない。使うだけなら問題ないから別にいいんだけどね。

……頑固なのかどうなのかは知らないけど、ちょっとちー姉さんに似てる気がするんだよな。シロ。

 

確かちー姉さんの使っていたISの……‘くー’は、完全にブレードオンリー機体であり、異常とも言える機動力と本人の類い希なる反射神経によって、かつて世界一の座に輝いていた。

 

そのちー姉さんと同じように、シロもなんとなく一つの事を極めるべく他のものを受け付けていないような気がする。

 

……なんでそんな気がするのかは、知ったことじゃない。なんとなくだ。

 

…………とにかく、その欠点を埋めるべく俺はかんちゃんと一緒にシロの出力調整をしていた。

かんちゃんの専用機の…………なんだっけ? 撃鉄弐式?

 

「……打鉄弐式」

 

そうそう、それ。それのスラスターの方に、シロほどじゃないにしろ速度が欲しいらしくて、手伝ってもらう代わりにデータの一部を参考として見ていっている訳だ。

 

……ただ、かんちゃんは自分の事を凡人だのなんだのと言っているんだが、信用できない。

 

……とりあえず言わせてもらうと…………凡人は、両手両足で、八つの、キーボードを、同時に、かつ、完璧に、操作することは、できない。……それもかなりの早さでな。常人には無理だって。

 

その事を理解していないかんちゃんは、自分を凡人だと思い込むことで努力の源としてきたのかもしれないが、まずはIS学園に入れたと言うだけでも相当優秀だと気付いて欲しい。

 

……頭の方は凡人な俺が落ち込む前に、是非とも。

 

……まあ、そう思ってもなにも言わないのが俺なんだけど。

 

他人の事に口出しはしない。それは面倒だからと言うこともあるけど、前世からの俺の処世術でもある。

俺自身、そういう自分の欠点に口出しされるのは嬉しくない。それがたとえ自分一人の思い込みでも、そう言うもんだ。

自分の信じていたことを、正面から間違っていると言われて腹の立たない奴はそうそういないだろう。

特に、コンプレックスが酷い奴には。

 

「……さてと。今回はこれで終わりにするか。もうすぐ晩飯だし」

「……わかった。それじゃ」

 

かんちゃんはそう言うと、自分のISに向き直ってなにやら弄り始めた。どうやらまたインスピレーションが湧いてきたらしい。

 

「……出来たら教えてね。かんちゃん」

 

俺の言葉に対してかんちゃんから言葉は帰ってこなかったが、僅かに頷いてくれたのがわかった。

 

―――頑張れ、とは言わない。頑張っているかんちゃんに、それは酷な言葉だから。

 

―――信じてる、とも言わない。原作では確か、先輩達の助けがあったにしろ完成させていたから。

 

だから、俺は何も言わない。手伝いはするし、溜まってた不満や愚痴を聞いてあげたりはするけれど、向こうからなにかを言って来なければなにもしない。

 

きっかけはある。一歩を踏み出せるかどうかは、かんちゃん次第。

 

―――頑張れ、とは言わない。信じてる、とも言わない。

 

 

―――でも、楽しみにはしてるよ?

 

 

俺はくすりと笑って、かんちゃんのいる整備室から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久し振り、遊びに来たよ

 

久し振りに弾の家に遊びに行く。電話で確認とったから大丈夫。

ちなみにIS学園を出る時に使ったものはディープダイバーとモーターギアのマリンダイバーモード。特に意味は無いけれどバレないように外出してみた。こっちも許可はとってあるから大丈夫。

 

ある程度IS学園から離れたら人目の無いところで地上に上がり、ライアーズマスクで変装しながら弾の家を目指して歩く。有名人(かなり本気で)なので、色々と面倒くさ

 

「ちょっとそこの。コンビニで水買ってきて」

 

…………。アリス・イン・ワンダーランド、収束。

洗脳してやるから、黙って壁に頭をぶつけてろ。

 

……面倒臭いな。やれやれ。

 

 

 

弾の家の前でライアーズマスクを解除。いつも通りの顔で弾と対面。

 

「お、来たか。久し振りだな一夏。ちゃんと飯食ってるか?」

「鈴とののちゃんに言われて食べてる。大丈夫」

「そうか。……っと、立ち話もアレだな。入れ入れ」

「お邪魔しまーす」

 

言ってみただけ。こう言うときには大切らしい。

 

 

弾の部屋に入って落ち着くと、弾の方から話しかけてきた。例えば、ちゃんと寝てるか、とか、なんか新しい曲でも作ったか、とか、そう言った最近のことだ。

……まるで父親だな。

 

ちなみに新曲(とは名ばかりのボカロのパクリ)をいくつか楽譜にして渡しておく。それなりに長い間楽器に触れてきた弾は、楽譜を見ればどんな曲かがすぐに理解できるようになっている。

 

「……お~、すげえなこれ。どうしてこうぽんぽんと曲が出てくるんだ?」

「絶対に世に出ない既存の曲をパクっただけ」

 

絶対と言う理由は、この世界にボカロは無くて、そして俺も作る気がないから。

……さてと。久々の弾の家だし…………寝るか。

 

「おーい一夏。人ん家来ていきなり寝るってのはどう言うことだよ」

「……俺だから仕方ないことじゃね…………?」

「………一瞬無条件で納得しかけたぞおい」

 

そのまま納得しとけって。その方が楽だぞ?

 

……すか~…………。

 

 

 

 

side 五反田 弾

 

久し振りに一夏と会ったんだが、やっぱ一夏は全然変わってねえ。

……いやまあ確かにそんな簡単に一夏が変わったらビビるが。

 

一夏はいつも通り勝手に俺のベッドに入る。そんな無防備晒して、襲われても知らねえぞ? 俺は襲わねえけどその分愛でる。

 

ベッドにもぐり込んだ一夏の頬をつつく。相変わらず指先に吸い付いてくるような肌をしているなこいつ。ほんとに男か?

 

そう思いながら頭を撫でて、額を撫でて……あっれ、なんか一夏の額が妙に眩しく見えるんだが……俺、また目覚めたか?

今までに目覚めたのは……髪、うなじ、耳、二の腕、唇、ほっぺた(これが一番正しい言い方だと思ってる)、睫毛、指、太股、ふくらはぎ、脇、腹、背中、臍…………その他。

……俺も随分変態臭くなったもんだ。

 

でも、仕方ないだろ? 撫でるとさらさらと指を通す癖のつかない髪とか、切るのが面倒だからと言って少し長めの髪から覗く真っ白なうなじと髪のコントラストとか、桜色で柔らかな唇とか、寝ているときにぴったりと体に引き付けられた二の腕とか、優しく摘まんだり撫でたりするといい感触を返してくる耳とか、指でつつくと吸い付くような感触のほっぺたとか、なにかをする度にピクリと動く睫毛とか、抱きしめられている腕から出ようとすると控えめに服の端を摘まんでくる指とか、丸くなって眠っているときの太股とふくらはぎとか、起きて伸びをしたときにちらりと服の下から覗く腹とか脇とか、つぅっと指先で下から上に擽るとぞくぞくぅっと体を震わせてからちょっと睨み付けてくる背中とか(それでも視線で抗議するだけで逃げない)、寝返りを打つと時々服が捲れて見える臍とか…………。

これはもうしょうがないだろ?

 

……さてと。愛でるか。呼ばないと後々怖いし、蘭も呼んでおこう。一夏を愛でることに関しては俺の方がずっと上手いし慣れてるから、教えてやることもできる。

 

……とりあえず寝てる一夏を着崩して、喉元を開けて服の裾を出して腹チラさせて、腕はこうで……よし、パシャリと。

後は蘭にメールを打って、今撮った写真を添付して送る。これでよし。

 

ちなみにメールの内容は、一夏が俺の部屋に来てる。愛でたければ静かに俺の部屋に来い。

多分来るだろ。多分。

 

 

案の定来た。珍しくかなり気合いをいれたお洒落をして、顔を真っ赤にしながら。どうやら蘭にはあの一夏はレベルが高すぎたらしい。

 

「わ、わわ……わぁ…………」

 

顔を真っ赤にしながらも、蘭は一夏を恐る恐ると撫でている。あんまりそうしてると一夏に腕を掴まれ引き寄せられて抱き締められるぞ。言わねえけど。

 

……あ、やられたな。

 

「あうあうあう……」

「……まあ、役得だな。俺は店の方に行ってる。昼飯できたら呼んでやるから………健全な付き合いの範囲内で、ごゆっくり」

 

それだけ言い残して俺は部屋を出る。あの慌てようだと聞こえてたかどうかもわからないが、まあ、良いだろ。

蘭はあれでヘタレだから、一夏に手を出そうとしても出せないだろうし。

 

…………一夏が弟か。まあ、悪かないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとした噂、ほんとかな?

 

弾の家からIS学園に戻ると六時ごろだった。明日の快適な朝のために寝ようとしたところで、鈴がドアを開けて入ってきた。着替え中だったらどうするんだ。

 

「謝ってから出直すわね」

 

そうかい。

 

「それでね一夏。どうせあんたは夜食べないで寝ようとしてるだろうと思ったから誘いに来たのよ。一緒においで」

「『食べよう』とかそういうのじゃない辺りに鈴の性格が出てるよな」

「いいから来なさい」

 

そう言われて俺は鈴に手をとられて食堂に向かうことになった。あーれー。

 

 

いつもの通り、妙に多い食事を平らげてから、わざわざシルバーカーテンでステルスをかけながら女子の一団に近付いていく。鈴からは趣味が悪いと言われたが、俺の将来が勝手に決められそうになってるんだから首も手も突っ込んで当然だと思う。

 

きゃーきゃーと騒ぎ続けている一団の、一番俺の近くにいる生徒に声をかける。あえて話したことのない相手に話しかけるのがポイント。

 

「ずいぶん騒いでるけど、なんの話?」

 

小さいときの俺の声はぶっちゃけ女子でも通用する程度に高い。だからあえてそのまま話しかけてみたんだが、見事に引っ掛かってくれた。

 

「それが、今度の学年別トーナメントで優勝すると、なんと織斑君と交際できるのよ!」

 

……そう言えば、原作でそういう話があったな……。俺の方を見もせずに言った誰かさん。情報提供感謝するよ。

 

「そうなの?」

「そうなのよ!」

「……情報源はどこ?」

「それが―――」

「ちょ、待ちなさいバカ!」

「え? なん……織斑君!?」

 

ようやく俺に気付いたらしく、その一団の全員が噂の相手である俺の登場に驚愕していた。

 

「……面白い噂だね?」

 

にっこりと笑って言うと、なんでか全員が俺から引いた。

 

「……一夏。あんたがそういう笑い方すると、千冬さんが怒った笑顔にそっくりなのよ。知ってた?」

「知らなかった」

 

そうか、あの笑い方にそっくりなのか。それは引くな。

 

「……まあ、別にそんな噂くらいじゃ怒らないけどね」

 

そう言うと空気が軽くなり、全体的に引いていた一団も元の場所に戻った。

 

「それじゃあ……その噂って本当なの?」

 

その問いに、俺はさっきと同じ笑顔を浮かべる。

すると質問をして来た女子生徒は慌てたような顔で、何やら言い訳らしいことを言い始めた。

 

「あ、ご、ごめんね織斑君!そんなわけないよね、うん。変なこと聞いてごめんね? みんなデマに決まってるよね……」

「さあ? それはどうかな?」

 

空気が固まった。それはもう、ビシッ……という音が聞こえたような気がするほど。

 

「……え? えっと……つまりそれは…………」

「……聞いた話によると、今年の学年別トーナメントは二人一組らしいから、仮に交際することになったら、優勝した組のどっちかが引かなくっちゃいけないんだけど」

 

ここで笑い方の質を変える。鈴曰くのちー姉さん笑いから、いつもののんびりした笑い方に。

 

「………頑張ってね?」

 

直後、俺の声が聞こえていたらしい(そう言えば、途中から食堂全体が静まり返っていたような気がする)全員が、爆発したかのような歓声を上げた。

 

「マジ!?マジで!?」

「織斑君から直接言われたんだよ!?マジだよマジ!」

 

食堂全体がきゃーきゃーと騒がしくなる。先程の一団だけじゃないらしく、周り全員が、だ。

 

…………でも、なんでか鈴とののちゃんは慌ててないんだよな。これはバレてるか?

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

いつもと同じ笑顔で周りのやつらを引っ掻き回している一夏を見ると、溜め息が出てくる。

それはどうやら隣に座った箒も同じらしく、私達は同時に溜め息をついて、それから目を合わせる。

 

「……気付いてる?」

「……ああ。……全く、質の悪い………」

 

そう言って箒はまた溜め息をつく。

原因は、もちろん一夏の事だ。

 

さっき一夏が言った言葉は、噂が本当だといっているように聞こえる。

 

けれど実際は、噂がただのデマだよねと確認している女子に向かって『さあ?』と曖昧な返事をして、それから例えの話をしただけ。

つまり一夏は、噂のことを否定はしていないけれど、肯定もしていないということだ。

 

それを勝手に周りが肯定だと取り、一夏は詳しく聞かれる前にその場を立ち去る。

 

…………中学時代にもよく見た騒乱の種の蒔き方だ。だからわかる。

 

そして周りが勝手に騒いで、優勝したから付き合ってと言ったらその事を引っ張り出して言いくるめるんだろう。

……その前に、優勝すると言うことは、一夏にも勝たなければならないと言うことだからまず無理だと思うけどね。

 

無人ISとの勝負のデータはなぜか欠片も残っていなかったし、あの時は外に出ることはできるけれど中に入ることはできないという状態だったから、あの時ステージに居た私とピットに居た千冬さんと山田先生、そして箒くらいしか一夏の本気は知らないと思う。

…………ああ、そう言えばセシリアも居たわね。ピットに。

 

だからみんな一夏の全力はセシリアと戦った時のあれだと思ってるはず。あれでも私は勝てる気しないけど。

 

「……とりあえず、私達は静観ね」

「そうだな。それがいいだろう」

 

騒いでいる周りには悪いけど、私達はなんにも教えてあげない。だって、その方がやる気が出るでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転校生、…………ん?

 

俺が噂話に爆薬をくべた次の日のこと。転校生がやって来た。しかも、二人。

 

……どうでもいいが、普通はクラスを別にするよな? 何でわざわざ同じクラスに放り込むんだ? 向こうさんたっての願いか?

 

……正直なところ、なんだっていいんだけどさ。俺とちー姉さんと鈴とののちゃんに被害が来なければ。

後は、無いと思うけど蘭ちゃんと弾とカズも。ついでに心配無用だと思うけど束姉さんにも。

 

……手を出したら……プチッ、しようかね。物理的に。呼吸音を『ぜひ』に変えてやる方が面白いかも。

 

とは言え、この世界では俺は誘拐されてないし、教室の前の方に居る…………銀髪眼帯黒兎に恨まれる原因は無いし、平気だと思うがね。

ちなみにこの思考は、転校生が入ってきたすぐ後の、自己紹介もまだの短い空白の時間で行っている。千の顔を持つ英雄を自在に操れる身体能力の中に、思考速度も入っていたらしい。

 

……まあ確かに、いくらラカンと同等の身体能力があっても、巨大な隕石を空に向かってぶん投げるとかそういうことは無理だろうし、そう考えれば不思議ではないな。ラカン並なのは身体能力じゃなくって気の量だけらしい。しっかり読んでみたらそう書いてあった。わかりづらいことこの上無い。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました」

 

あ、自己紹介が始まったな。まあ、一応覚える努力はしておこうか。シャルル……だったか。

……間違ってたら悪いね。先に謝っとくよ。

 

……ふぁ……と欠伸をして、自己紹介を前から後ろへ聞き流す。正直言ってあんまりこいつに興味ないし、どうでもいいかね。

 

ただ、どうもなんか違う気がするんだよな。空気と言うか、雰囲気と言うか………とにかくそういったものが。

周りで男だ守ってあげたくなる系だと騒いでいるが、静かにしてやれって。

 

………やれやれ、元気だねぇ……。

 

……嫌な予感。Lv6の枕を準備しておこう。

 

そう思ってちょうど枕を出し終わった所で、もう一人の転校生……ランドクルーザー・ボロボロ……だっけ? が、俺に近付いてきた。それと多分名前は違う。まず違う。

……ののちゃんに聞かれたら、ひどい間違いだって言われんだろうな。

 

ボスッ!

 

枕ガード!今回は成功した。前回はコットンガードって言ったんだっけ?

 

「……で、誰?」

「そこから!? いま自己紹介したよね!?」

 

シャルル・ディアブロが突っ込みを入れた。昔、突っ込みの上手い奴に悪いやつは居ないと誰かが言ってたような気がしなくもない。

 

「私はみとぶっ!?」

 

仕返しの枕アタック。ただしこの枕は自動式。某使徒がコアとして持っていたえすえす機関なんて使ってないよ!ほんとかもよ!

 

「くっ!きさまぶっ!」

 

抱き枕用の長い枕は勝手に動き、ランドスターの腕に絡み付いて頬を殴り付ける。中身は綿………ではなく、ウォーター枕に見せかけたマーキュリー枕なので中々痛いはずだ。コアもあげふんげふん。

 

「……知らないのか? 最近の日本製枕は使用者の安眠のことを考えてあって、寝ている時や寝ようとしている時に襲われると反撃するんだぜ? しかも中々強いんだ」

「そんなわけないよね!? そんな物騒な枕はないよね!?」

 

目の前に強い枕があるじゃないか。現実を認めろよ。

 

「ちなみに枕は、はじめての使用者を決める際に一対一の決闘を挑み、それに負けた時にのみ使用者を使用者と認めると言う。勿論ナイフ等を使っても良いが、素手で押さえ付けてやらないと使えなくなるからな……苦労したぜ……」

「ウソだよね? ねえウソなんだよね!?」

 

やれやれ、だから目の前にその強い枕があるって言ってるのに。

 

「……一夏め……いつの間にあれほど腕のたつ枕を……」

「あれ? 僕がおかしいの? 何でこの教室のみんな当然みたいな顔をしてるの!?」

「……ふっ。まさかこれほどの枕を使用しているとはな……どうやら私は貴様のことを見くびっていたらしい」

「え!? こっちも!?」

「IS使いの中ではどれ程強い枕を使っているかがステータスとなる。……まさかこれほどの枕と出会えるとは!」

「……俺は、もっと強いぞ?」

 

俺は、枕と向き合いながら俺の顔を見て笑う銀髪眼帯黒兎を見て、笑う。

 

「いいだろう!これからお前は私の好敵手《ライバル》だ!」

「面白いことを言うねえ……受けて立とうじゃないか」

 

そうして笑い合う俺たち二人の近くで、シャルルが頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

「……って言う夢を見たんだ」

「……一夏だったらほんとにやりそうだから怖いわね」

「待て待て、いくら一夏でもそれは」

「ここに自動で動いて警護をしてくれる枕(水銀入り)がね?」

「やめろよ?」

「やめなさいね?」

 

怒られた。

 

 

 

 



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51~60

転校生、正夢か?

 

なぜか本当に転校生が来た。夢の内容と同じだ。

……だが、流石に枕の件まで一緒ではないだろう。と言うか、一緒じゃないことを祈る。枕ガードはするけどな。

もちろんえすえすな機関は入っていない……はず。

……きっと入ってない。…………うん、きっと。

 

そう考えつつ、俺は頬に向かって飛んできた平手を枕で受け止める。

……ちょっと埃が舞った。強く叩きすぎると中の綿が切れて埃みたいに舞うんだぞ。この枕中身水銀だから関係無いけど。

 

…………あれ? じゃあこの埃はどこから……?

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

そう言ってくる銀髪眼帯黒兎に向かって、俺はいつもの眠そうな表情を崩さないようにして聞き返す。

 

「……ごめん、眠くてよく聞こえなかった………もう一回お願いできる?」

 

ぴきっ、と縄に亀裂が入ったような音がしたような気がした。気のせいだな。そうだ気のせいだ。例え目の前の銀髪眼帯黒兎の額につい数秒前までは確実になかった怒りマークがあっても、気のせいで押し通す。

 

「……って言うかその前に…………誰?」

「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「あ、覚える気ないから。ついでに存在自体が眼中にないから。さっさと空いてる席に座ったら? そこにいつまでも木偶の坊みたいに突っ立っててもなんの役にもたたないどころか織斑先生の授業と話の邪魔になるだけなんだからさ。そう思わないか?」

 

そう言ってやると銀髪眼帯黒兎は憎々しげに俺を睨んで、後ろの方の空いた席に座ってから腕を組んで目を閉じた。

 

……ん~、最初の頃のセシリーを思い出すね。あれはそのうち俺の大切なものに手を出すと見た。

……その時は覚えてろ? …………俺は、執念深いぞ?

 

所で、この世界には水を自在に操るナノマシンがあるそうだ。きっと水銀でも使えるよな。エネルギー食いそうだけど。

……水銀は金属だ。ランブルデトネイターで爆破できる。

そして気体にすれば毒性を持ち、頭をぶっ壊す事も肺の中で爆破することもできる。

 

……欠点は、気体になると無差別攻撃しかできない上、IS使用中には恐らく使っても意味がないと言うことだ。ウォーターカッターのように直接ぶちこんでやるんだったら効果はありそうだが。

 

……さてと。それじゃあさっさと着替えて第二グラウンドまで行かないとな。

 

「ああ織斑。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

ちー姉さんはそう言った。やっぱりそうなるかぁ……。面倒臭いよなぁ……着替えなんて千の顔を持つ英雄で一瞬で終わるからいいけどさ。

 

「君が織斑君?」

「いいから先に着替えに行くよ。あとわかると思うけど寝てて自己紹介とか何一つ聞いてないから後で教えてね」

 

さて、それじゃあ行こうかね。

 

「毎回空いてるアリーナの更衣室での着替えになるから覚えといてくれ。……ところで、足は速い方?」

「え、えっと……人並みには。走るんだったらついていくから大丈夫だよ?」

 

そっか、人並みか。じゃあ多分ついてこれないから手を引っ張って行こうか。捕まったら多分怒られるの俺だし。

 

「それじゃ行くぞ?」

 

IS発動、ライドインパルス。バレないように展開は最小限に。

……よい、しょっと。

 

「え、ちょっ……きゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 

この日、IS学園の廊下には、金髪の少年(……にしては骨盤の形が変だし、股関節の骨のくっついてる所の隙間が広すぎると思うんだよなぁ………)の悲鳴が響きわたった。

……原作だったら女の子だったはずだけど、TSなんて結構よくある事だし、気にしないことにした。なにより面倒だし。

 

 

「はい到着。毎時間調べておかないといけないから気を付けろよ? …………平気か?」

 

その問いに少年(……にしては以下略)は、荒い息をつきながら首を横に振った。まあ、あれだけきゃーきゃー叫べば疲れるわな。

 

「……俺って足速くてさ。人並みだったらついてこれないと思って。捕まったら厄介だしね」

 

主にちー姉さんの出席簿クラッシュが。あれ面でも痛いんだわ。枕ガードしても衝撃抜けてくるし。

 

「……はぁ……はぁ……っ、うん、大丈夫……」

「そっか。知ってると思うけど俺が織斑一夏だ。おりむーでも一夏でも好きに呼んでくれ。ただいっくんだけは勘弁な」

「すー、はー……うん、よろしく一夏。僕の事もシャルルでいいよ」

「わかった、シャルル」

 

………………ん? ‘シャルル’?

 

「……なあシャルル」

「? どうしたの?」

 

‘シャルル’は不思議そうな顔で聞き返してくる。間違っていると言う訳じゃ無さそうだ。

くんくんと鼻を寄せてみる。‘シャルル’は顔を赤くして離れようとしたが、逃がさないように手は掴んだままだ。

 

「……シャルルってさ……ほんとに男?」

 

びくっ!と体を跳ねさせた。わざわざこうして無駄に近付いて平常心を奪った訳じゃない。素直な反応が返ってきてくれて嬉しいよ。

 

「……な、何を言ってるの? 僕は男だよ?」

「……それにしては、弾とかカズみたいな男っぽい匂いがしないんだよな……どっちかって言うとののちゃんとか鈴によく似た感じの匂い」

「そ、そういう体質なんだよ!」

 

……まあ、‘シャルル’がそう言うんだったらそれでいいけど。名前が偽名とかそんなのも含めて。

 

「……ふーん。そう。まあ良いけどね」

 

さっさと着替えて行っとくか。千の顔を持つ英雄でISスーツはもう着てるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

いい勝負、鈴・セシリーvs真耶先生

 

ISスーツに着替え終わり、ちー姉さんに言われた通りに第二グラウンドに向かう。絡まれそうになったが逃げ切れた。かなり楽だったな。シャルルは手を引かれて悲鳴上げてたけど。

 

「そりゃあげるよ……なんであんなに足速いの?」

「俺だから」

「……なんでだろう。一夏のことはよく知らないはずなのに、なんだかすっごく納得できる」

 

仕方ないさ、俺だもの。

さてと、もうすぐ授業開始だし、さっさと並んでおかなくちゃな。

 

 

 

「では、本日から格闘および射撃を含む実戦訓練を開始する」

「はい!」

 

一組と二組の合同練習なので人数はいつもより多い。俺としては鈴がいるのが嬉しいね。

 

「あたしも一夏と一緒は嬉しいわね」

 

そう? ならよかった。

 

「……今日は戦闘を実演してもらおう。凰!オルコット!前に出ろ!」

「はい!」

 

……なんだろう、原作と同じはずなんだが、なぜかちー姉さんがイライラしてる気がする。俺が鈴と一緒は嬉しいと言ったからか?

……まさかね。

 

「それで、相手の方はどちらに? ……まさか、また一夏さんにいじめてもらえるんで」

 

ドズッパァン!!

 

「……あんたも大概馬鹿ね、セシリア」

「ああ、痛いですわ………ハァ……♪」

 

ダメだこの金髪、早くなんとかしないと……。

 

恐らくこれはほとんどの者が思ったことだろうと思う。シャルルも冷や汗をかいていた。

 

妙な空気になったところで、真耶先生が現れた。いつもと同じように柔らかな雰囲気だが、ISを装備しているとなんとなくきりっとして見える。入試の時にあまりにも慌てすぎてるのが見ていてわかったからゆっくりと宥めてやった人と(身長と顔と体格と体型と声と網膜とDNA以外は)同一人物に見えない。

 

「……そこまで一緒なのだったら同一人物と言って差し支えなかろう」

 

特に網膜な。あれ同じ人はまずいないそうだし。

 

……真耶先生が使っているISは隣にいるシャルルの実家の作った第二世代型量産機の……………………バザール・デゴザール…………だったっけ?

 

「一応言っておくがラファール・リヴァイヴだ。けしてバザール・デゴザールなどという名では無いからな」

「あ、やっぱり? 絶対違うと思ってたんだよね」

 

やっぱりね~。

 

「さっさと始めろ小娘共。いつまで惚けているつもりだ?」

「……作戦会議は何分頂けますか?」

「実戦の中でやれ」

 

お、始まった始まった。頑張れ鈴~、頑張れセシリ~。

真耶先生は強いだろうけど頑張れ~。

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

試合開始直後にセシリアとプライベート・チャネルで作戦会議をする。

 

『あたし前衛、あんた後衛、あたしは隙を作ることに専念するから、できたら撃って』

『わかりましたわ。……ですが、わたくしは一夏様と戦った時のわたくしではありませんわ。新しい世界への扉と一緒にいろいろ開きましたの♪』

『そう。だったら頑張ってね』

 

そう言ってからあたしは突撃して死角を作る。その隙にセシリアはビットを二機だけ飛ばして、自分も動きながら山田先生に少しだけプレッシャーをかける。

あたしもあたしで至近距離からの拡散型で低威力の衝撃砲を連発しながら山田先生の機動の邪魔をする。

 

セシリアに銃を撃ちたい時に向けられた銃口に衝撃砲を撃ち込んで邪魔をし、ビットを落とそうとする所で邪魔をし、邪魔をしてできた隙にセシリアがレーザーを撃ち込む。山田先生はなんとか避けているけれど、それでも僅かずつシールドエネルギーは減っていっているはず。

そうでなければ山田先生がこんなに難しそうな顔をしている理由がないし。

 

…………それにしても強い。いつものあたふたとした姿からは全く想像できない強さね。

 

セシリアやビットを狙うとあたしに邪魔されるということであたしを狙うようになった山田先生は、乗っているのが第二世代の機体とは思えないような強さを持っていた。

 

正確な射撃。高速かつ精密なスラスター出力調整とその機動。フェイントの巧みさ。どれをとってもあたし一人では絶対に勝てないだろう。

 

そう。あたし一人では。

 

あたしにできた隙をつこうとする山田先生に、セシリアの操るビットからの青い光条が二本突き刺さる。

それで勢いを削がれた山田先生は、一度下がる……と見せかけてさらに突っ込んできた。武器は近接ブレードと近距離用ショットガン。

 

確かにあたしに近付けば誤射を恐れてセシリアの射撃は少なくなる。けど、私にだって意地がある!

 

双天牙月をバラしたまま振るい、ショットガンの銃口をあたしに向けさせないように弾く。衝撃砲はコンパクトに連発し、できるだけ撹乱する。

 

……でも、そろそろ詰みね。

今までも何発か食らってるし、ショットガンの銃口を向けられた直後にぶちこまれたのも二回三回じゃない。その度にセシリアからのレーザーが山田先生に当たりはしたけど直撃には程遠い。機体の性能差で覆そうにも、あたしの技量じゃ無理。

 

『……ちょっとこれは……』

『やっぱり難しいわよね?』

『勝つのは……難しいですわね』

 

……まあ、それでも。

 

『諦めるわけにはいかないわよねぇ?』

『その通りですわ!』

 

一夏に追い付くまでは。

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

……ふむ。想像以上に粘るな。これも一夏効果か?

 

そう思いながら一夏を見るが、肝心の一夏はいつもの通り、七割程度は眠ったまま授業を受けている。

 

……やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼ご飯、壊れシャルル

 

「はぅあ~~~♪」

 

シャルルが壊れた。俺がつれてきたぷちか達を見たら壊れた。現在黒猫ぷちかを抱き締めているが、頬の緩みが物凄いことになっている。写真に残しとけば黒歴史入りは間違いないな。

……やっとくか。面白そうだし。

 

「……あんたも悪ねぇ……パシャリと」

「鈴には言われたくないかな。その手に持ってるのはなんだ?」

「カメラよ?」

「全く、貴様らは何をしようとしてるんだ………録画オフと」

「な、何か聞こえましてよ!? 撮ってましたわね? 完全に撮ってましたわね!?」

 

まあ気にするなよセシリー。気にしたってシャルルが壊れてしばらく帰ってきそうにないことは変わらないんだから。

さてと。飯にしようか。弁当はちゃんと作ってきたからな。

 

「シャルル、おいシャルル!」

「ん~♪ かわいいにゃ~♪」

「…………やれやれ……剥くぞ?」

「はっ!?」

 

そう言ってやったらようやくシャルルが帰還してきた。黒猫ぷちかはその隙にシャルルの腕から抜け出し、鈴の膝に座っていた獣耳24号チェシャ猫ぷちかの隣に飛び込んだ。

 

「ぅ~~」

「はいはい、怖かったわね~………ところで一夏。シャルルの名前は呼べるのね? なんで?」

「偽名だからじゃね?」

「!!?」

 

びっくーん!と全身を強ばらせるシャルル。バレバレだからね?

………前に誰かが言っていた。こうやってちょっとずつ追い詰めていく過程が一番楽しいと。

 

「……そんなことを言ったのって誰? ちょっと一夏に変なことを教えた罰を与えてきたいんだけど?」

「同感だな。緋宵の切れ味を確かめるちょうどいい試し切りの材料になってくれるだろうよ」

「そうですわね。最近になって偏向射撃もできるようになりましたし、試し撃ちもいいかもしれませんわね」

「怖いよ!? 冗談なんだよね!?」

「さあ? ちなみに言った奴はちー姉さんと束姉さんの手で人間失格とも言える生活を世界のどこかで送ってるらしいけど」

 

いいツッコミだシャルル。ツッコミの上手い奴には悪い奴はいないらしいからな。問答無用でO☆HA☆NA☆SHIは勘弁してやろう。

 

「……それで、なんでシャルルは偽名使って男のふりしてまでここにいるのかしら?」

「な……なんのこと? どうして僕が偽名使ってるって話になるのさ? それに、僕は正真正銘の男だよ」

 

シャルルは顔を真っ青にしつつ、それでも言い訳を続ける。

 

……でもなぁ……無駄なんだよ。

 

「男じゃないってわかった方の理由は簡単。ってかばれない方がおかしいと思うんだが……骨格違うじゃん」

「普通一目じゃわかんないよね!?」

「普通わかるに決まってるだろ? なに言ってんだか」

「ええぇぇぇぇっ!?」

 

簡単だろ。スリーサイズはわかんないけど骨格はわかるんだよ。

 

「偽名の方はもっと簡単だ。……俺が覚えられたからな」

「どんな理由さ!?」

 

シャルルのツッコミはキレが良いな。

 

「まあまあ落ち着け。犬と猫どっちが好き?」

「どっちもだけど……って、話をそらさないでよ!」

「はい柴犬ぷちかと三毛猫ぷちか。こいつらを撫でながら落ち着いて聞け」

「にゃう!」

「わぅ!」

「…………っ!?」

 

シャルルはぷちか二体を膝の上にのせ、上目使いを食らってくらくらだ。ああ見ていて面白い。

 

「一夏はね………他人の本名を覚えられないのよっ!」

 

どーん!と効果音が出そうなくらいに威張りながら鈴は俺の特性について説明をしてくれた。

ちなみに俺の特性は、日本語に直して平仮名片仮名三文字以上……と言っていたが、ローマ字に直してaiueoの五つの母音の数が三個未満(特例として『ん』は母音カウント)の名前なら覚えられる。

 

だが、シャルルの名前はローマ字に直すとsyaruruで母音は三つ。本名なら覚えられるはずがない。

ただし、偽名や愛称などの本名とは違う名前や開発コードだったらなぜか覚えられる。

 

それを利用して偽名発見なんてことをできるんだが………シャルルが引っ掛かるとは少ししか思ってなかった。

ついさっきまで俺はシャルルのことを、女顔で声が高くて男性ホルモンの匂いが希薄で女性ホルモンの匂いの強い、骨格が女性そっくりで胸をなにかで押さえつけている性染色体がXXの男だと思っていたからな。

 

多分ののちゃんとセシリーが

 

「性染色体がXXの男が居るわけ無いだろ」

 

的なことを言ってくれてなければ気づかなかったろうね。

 

……ちなみに、XXのみってのは確かにいないけど、XX|(Y)だったらたまに居たりする。人間の細胞はファジーにできてるな。

 

「……そこまで解ってたなら気付きなさいよ」

「だってそれを踏まえて『ほんとに男?』って聞いてもイエスって答えたんだし、なにか知られたくないことがあるんじゃないの?」

 

例えば、父親が外に作った愛人の子供で母親が死んでから父方に引き取られたけど偶然ISとの相性がよかったからテストパイロットになったはいいけど愛情なんて全く注がれることなく育ってきて、最近落ち目の実家の会社を立て直すために俺とシロのデータを取りに来たスパイみたいなものにさせられてるとか。

 

「……いつもの勘?」

「……いつもより当たるだろう勘……かな?」

 

原作知識だけど。

……………ああ、そんなことのために俺の貴重な睡眠時間を削ろうと画策していやがったのか。ムカつくな。実にムカつくな。

 

「……シャルル。今の一夏の話で外れてるところとかある?」

 

鈴が憤怒を抑え込んでいる声でシャルルに問いかける。鈴は元々激情家だし、当たり前かね。特に家族関連のことは。

 

…………しかし、ぷちかに挟まれて壊れていたシャルルはと言うと…………

 

「うぇへへへへぇ…………♪」

 

女としては出してはいけない笑い声を出しながら、ぷちか達を可愛がっていた。

気持ち悪いほど蕩けた顔と頭とは違い、手はしっかりとぷちかを優しく撫でていたことを確認した。やっぱり悪いやつじゃないな。

 

………三分以内に帰ってこなかったら痛いと評判のデコピンをかましてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食、シリアスムードに

 

‘シャルル’は帰ってこなかったので、痛いと評判のでこぴんをした。本気じゃないからソニックブームも出なかったし、食らった‘シャルル’が吹き飛ぶといったことも無かった。

 

「―――ッ!? ―――――――ッ!?」

「…………うわぁ……」

「……一夏。どれだけ力を込めたのだ?」

「…………わたくしの額があのでこぴんを……はぁ……♪」

 

約一名を除いて‘シャルル’の反応に引いていたが、三十秒もすると痛みが引いてきたのか半泣き(半分どころか全泣きしてるような気もするが)で俺のことを睨んできた。

 

「俺の話を完全に無視してあり得ないほど蕩けた笑顔で涎を垂らしていたお前が悪い」

「え!? う、うそっ!?」

 

そう言いながら‘シャルル’はポケットからハンカチを取り出し、ごしごしと口の周りを拭き始めた。

 

「ほらこんな顔してたんだぞシャルル」

「ッ!?」

 

‘シャルル’は俺の携帯の画面に映った写真を見て顔を真っ赤にする。確かにこれは恥ずかしいよな。

 

「け、消してっ!」

「はいはい………………で、本題といこうか」

 

‘シャルル’の緊張も解れたようだし、質問タイムだ。盗聴機その他はいつもの通りチャフで無効化してある。ぷちか達に頼んでおけば、学園中のどこにでもすぐさま張ってくれるからいいよな。

 

「ある程度の予想はついているんだ。さっきシャルルがだらしない顔をしてた時に話したんだけどな」

「あ、あれはもう忘れてよ……」

 

…………‘シャルル’って、からかうと楽しいな。

 

「……とりあえず、イエスかノーかはいかいいえでお答えください」

「……わざわざ二ヵ国語で言う意味はあるの?」

 

無いよ?

 

「まず始めに、前提としてお前の染色体が全てXXであるということは確認済みだと言うことを頭に置いとくとして………シャルルは望んで男として来た」

「……ノーだよ」

 

やっぱりか。じゃあ次だ。

 

「お前のところの実家の社長である父親の命令?」

「イエス」

「社長には本妻と愛人が居て、シャルルは愛人の子供?」

「イエス」

「本妻に暴力を振るわれた経験がある」

「イエス」

「父親から愛情らしきものを受け取った覚えはない」

「イエス」

「俺達にバレたからフランスに戻ろうとしている?」

「イエス」

「フランスに戻ったら最低でも牢獄生活、最悪社会的に社長に抹殺されるとわかってる?」

「イエス」

 

淡々と答える‘シャルル’の言葉に、周りの三人が怒りを押さえられないといった顔をしている。俺? 俺はそんなことはない。

……ただ、そう言う親は嫌いだけどな。

 

「目的はシロと俺のデータ取り?」

「イエス」

「それも社長の命令?」

「イエス」

「……ちょっとだけだったが、ここは楽しかったか?」

 

この質問に、‘シャルル’は一瞬戸惑ったものの、儚げな笑顔を浮かべて答えた。

 

「……うん。楽しかったよ…………ほんとにちょっとだけだったし、大変だったけどね」

 

そうかそうか。それはよかった。

 

「……できるなら、まだシャルルはここに居たい?」

「……無理だよ。だって」

「イエスかノーで答えろって」

 

すると‘シャルル’は少し迷って、小さくイエスと答えた。

 

…………よしよし。素直なのはいいことだよ。

いくらでもやりようはあるし、束姉さんが本気であっちにつかない限り負けはない。

 

俺はにっこりと笑って言う。

 

「そっか」

 

……試したことはないけど、多分できると思うんだよね。

 

「ののちゃん。鈴。セシリー。ちょっと行ってくる」

「……あたしたちの出番は無いってことね。その分しっかり思い知らせてあげてね…………誰に喧嘩を売ったのか」

「そうだな。行ってこい、一夏」

「いい報告をお待ちしております、一夏さん」

「ん」

 

……さてと。やるかね。

 

 

 

千の顔を持つ英雄で、幻想を殺す右手を持った不幸な少年が主人公の世界の滞空回線を作り上げる。あれは学園都市だけだったが、こっちのは全世界を覆い尽くせるような馬鹿みたいな数を出す。

これだけでもかなり疲れるが、ここからが本番。

 

魔力を持った武器が作れた。形をもっていれば作れた。だったらこいつも作れるはずだと、ネギま世界の電脳兵器、力の王笏を作り上げた。

ここから滞空回線を通じてハッキングをかける。後のことは………まあ、多分なんとかなる。

 

とある銀行のデータを騙くらかして、架空の口座に架空の金を大量に用意し、勝手に‘シャルル’の実家の会社を買い取った。ネット上でのあっという間のことだったので、恐らく誰一人として気付いていないだろう。

……ちなみに電子精霊千人長七部衆の姿は手のひらサイズのぷちかだった。きびきび働いてたけど。

 

……さーて後は‘シャルル’を合法的に雇い直して、それから社長を軽く脅してやろう。それには遠距離で当てないように狙撃でもやればいいな。

滞空回線でその場所を見ながらだったら簡単に千の顔を持つ英雄でライフルでも何でも出せる。ああ便利。

周りのことは知らないね。面倒臭い会社のことは任せるよ。潰れるだろうけど。

そしたらテロ組織の亡国機業に罪を擦り付けて‘シャルル’のISだけ貰っていってやる。

 

俺の機嫌を損ねた報いを受けるがいい!みたいな?

 

……おっと、脅迫メール出しておかないと。

 

 

 

side セシリア・オルコット

 

一夏さんは黙って目を閉じて、それから数分動かなかった。

しかし次に目を開けた時、そこにはわたくしを封殺して苛めぬいた時と同じ光が宿っていました。

 

「……ふぅ………」

「……終わったみたいね。はい一夏。あーん」

「……はむ」

 

一夏さんはもきゅもきゅと美味しそうに鈴さんの作ってきた青椒肉絲を食べる。何をやったのかはわかりませんが、どうやら終わったようですわね。

 

「多分しばらくすれば答えが出るから、それまでここにいろ」

「それが一番ね。……そう言えば、あんた名前は何て言うの? あたしは凰 鈴音よ。鈴でいいわ」

「私は篠ノ之 箒だ」

「わたくしはセシリア・オルコットですわ。以後よろしく」

 

わたくしたちがそう言うと、デュノアさんはしばらくぽかんとわたくしたちを見て…………その目に涙を浮かべた。

 

そしてぽろぽろと涙をこぼしながら、ありがとうという言葉を繰り返していた。

 

「いいから飯にしようぜー。ほらシャルルも笑って笑って」

 

一夏さんの言葉に従い、デュノアさんもわたくしも食事を始める。

 

…………ちなみに、わたくしが自作したサンドイッチは酷い味でしたので自分で食べるようにしました。甘苦いタマゴサンドは少しトラウマですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ISできたよ!やったねかんちゃん!

 

‘シャルル’の実家の会社をハッキングして脅しつけた次の日の事。俺はいつもの通りにIS整備室に行ってシロの調整をする。

乗るたび乗るたび調整しているが、それでも調整の種は尽きない。いくらでも要望は出てくる。

 

例えば前回は瞬時加速時の移動距離調整が少しぶれていたのである程度固定したし、その前は銃火器を使うときに必要なロックオンシステムがなかったので追加したりもした。

必要以上のエネルギーがスラスターに振られていてスラスターがエネルギーを持て余していた時にはそのエネルギーを別のところに回すように調整することもあったし、装甲の調整も多少とはいえした。

 

……ちなみに、シロの調整結果はぷちか達の使うミニシロにそのまま繋がっているため手は抜けない。元々抜く気はないけど。

 

……そして今日は、いつもお手伝いをしてくれているかんちゃんのISが完成したというおめでたいことがあった。ちなみに、機体だけ。

それと今必要なのは稼働データと武装。荷電粒子砲はともかく、ミサイルの方は今度の個人トーナメントでとあるものを試してみようと思っているため協力できるだろう。

 

かんちゃんにはよく助けてもらってるし、こっちから助けてあげたいと思うのも不思議じゃないはず。

流石に今度の個人トーナメントには間に合わないけど、原作では六巻であった弾丸より早いレースには参加できるんじゃないかと思っている。

 

……一応使えるんだし、荷電粒子砲も使うことを視野に入れとくか。

 

「……いいの? シロは……近接型でしょ?」

「違うんだよねぇ。確かに近接白兵戦闘能力が高いのは認めるけど、実際には遠中近距離どこでもいける万能型」

「……でも、武器がない……」

「それについてはなんとかなるようになってる。ミサイルも荷電粒子砲も」

 

具体的には千の顔を持つ英雄で。

 

「ほら、よく言うじゃん。そんなものは気合いでどうとでもなるって」

「…………いくらなんでも無理だと思う……」

「そう思うのは気合いが足りないからだって。『気合い』を『意思』に変えてみればよくわかると思うよ? 力があっても技術があっても、それを使う意志が無ければ宝の持ち腐れだし」

 

だから俺は千の顔を持つ英雄をよく使っているわけだが。

 

「まあ、俺も自分にあった戦い方を見付けられてないわけだし、それを探すついでだよ。ラッキーとでも思っときなって」

 

けらけらと笑いながら近くにあったクッキーをかじる。カロリーのことを考えてバターを使わずに作ってみた。サクッとした歯応えではなく、どちらかと言うとガリッといった歯応えだが、それはそれで美味い。

 

かじりかけのそれを、かんちゃんの膝の上に座っているリスぷちかに渡すと、かりかりかりと食べ始める。

そんなぷちかを見たかんちゃんは、少しだけ頬を緩めてぷちかの頭を撫でている。

 

「……何て言うか、そうやって撫でてるところを見ると親子に見えなくもないよな」

「………………へ?」

 

そう言ってみると、珍しくかんちゃんの呆けた顔が見れた。これはなかなか珍しい。

 

「髪の色は違うけど、ぷちかもかんちゃんになついてるみたいだし」

「……そう…………かな?」

「そう思うよ? 確かにぷちかは純粋で人見知りはしないけど、悪い人にはなつかないからな」

 

何でかは知らないけど、実際その通り。悪人というかこっちを利用してやろうとするやつにはなつかなかった。

……まあ、手がかからなくっていいけど。

 

……さてと。それじゃあそろそろ帰って寝ようかね。‘シャルル’も待ってるだろうし。

 

「それじゃあまたね」

「……うん」

 

 

 

 

side リスぷちか

 

カリカリカリカリカリ………

 

……クッキーおいし♪

 

 

 

side 更識 簪

 

……あれ? いまなにか…………あれ?

 

……気のせいなの?

 

…………。

 

………………気のせいだったみたい。疲れてるのかな。

 

基本部分は出来上がった打鉄弐式のことを思う。武装のマルチ・ロックオン・システムや荷電粒子砲はまだ完成していないけど、一人で悩んでいた時に比べればずいぶん早くできたと思う。

……これも、織斑くんの協力のおかげ。

 

……織斑くんは、シロの悪いところを改善するのに協力してほしかっただけで、協力した訳じゃない……って言いそうだけど……。

 

本当は……わかってる。織斑くんは……本当についでに助けただけ。……でも……その割には随分よく整備室に来ていた。……それも、わざわざ私の居るところに。

 

織斑くんにとっては大したことじゃあなくっても……そうしたわかりにくい心遣いの積み重ねに気付くと……嬉しくなってくる。

 

…………こうやって、織斑くんは……無意識に、女の子を落としてるのかもしれない。

 

……だって……織斑くんと初めて出会ってから……二ヶ月とちょっと………たったそれだけの付き合いなのに…………私は……織斑くんに惹かれてる。

 

ちょっと前までなら……嫌な気分になっていたかもしれないけど……。

……今は……なんだか心地いい。

 

ふと、考えていた相手の名前を口にしてみる。

 

「織斑くん」

 

私は、それだけでひどく赤面した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束姉さん参上!そしてちー姉さんによる惨状

 

「やっほーいっくん、おひさしー。はぐはぐしに来たよ~」

 

部屋に戻ると‘シャルル’の代わりに束姉さんが居た。何をしたのかよくわからなかったので一度部屋を出て確認してみようとしたら、束姉さんに捕まってベッドに引きずり込まれた。

 

「もう、つれないなぁいっくんってば。束さんへの愛はそんなものだったのかい?」

「いえ、びっくりしたのでとりあえずちー姉さんに電話をしようかと」

「おぉっとやらせないよ? 昔からちーちゃんはいっくんのことになると怖いからね。残念だけど連絡を取れないように電波障害を起こしてあるのさ!」

 

……簡単に言ってるけど、そいつは現代の科学力で簡単にできることじゃないぞ束姉さん。

 

「束姉さんの科学力は世界一ぃ!」

「知ってます」

 

それこそ嫌っていうほどに。でなけりゃISなんて作れやしないだろうし。

 

「いいからいっくん!さあはぐはぐの時間だよ~♪」

「……お風呂は」

「? 束姉さんと一緒に入るかい?」

「まだ鬼籍に入る気も人生の墓場に行く気も無いので遠慮しときます」

 

怖い怖い。束姉さんは言ったら本当にやるからね。有言実行のマッドサイエンティスト、束姉さん。

 

「じゃあいますぐだね。束姉さんの胸に飛び込んでおいで~」

 

束姉さんはにこにこ笑いながら両手を広げるが、俺はそれを努めて無視して束姉さんの隣に寝転んだ。

 

「いっくんってばほんとにつれないなあ。でも抱き締めちゃうよー」

「……どーぞ」

「許可が出たよ!じゃあさっそく束姉さんの束姉さんによる束姉さんのためのはぐはぐタイム!はっじまっるよー!」

 

テンションがアホみたいに上がった束姉さんは俺のことを思いきり抱き締めながらベッドに転がった。少し息が苦しいから手加減してほしいところだけども……まあ、無理だろうな。

 

「はぅぁ~久し振りのいっくんだぁ~♪」

「はいはい、一夏ですよ~」

 

そんなことを言いながらも、俺はゆっくりと意識を手放していく。束姉さんはなかなか信用できないけれど、信頼できない訳じゃないからな。

 

………ふぁ……はふ…………。

 

…………すか~……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 束

 

しばらくいっくんを抱き締めていると、寝息が聞こえてきた。そこでいっくんの息がつまらないように少し隙間を開ける。

 

じっ、と見つめていると、いっくんは何でもないように眠り続けている。

 

……私は知っている。いっくんがISに乗れるとわかってから、いっくんのことを誘拐しようとした組織の半分は、いっくん自身の手で排除されていたことを。

この場所に来てからはそういうことは減ったけれど、その代わりに盗聴機やカメラの個数がずっと増えたことと、それをすぐに学園が仕掛けた護衛用とそうでないものに分けて。護衛用以外を壊していたことを。

一人になった夜に、いっくんの部屋に入ろうとしてちーちゃんに捕まった女のことを。

 

そして、それを知っていてなにも知らないように振る舞っていたいっくんを。

 

……束さんじゃあちょっと足りないかもしれないけど、いっくんをこうして抱き締めてあげることはできる。

……ほんとはちーちゃんが一番いいんだけどね。いっくんはちーちゃんが大好きだから。

 

ちーちゃんは今、色々忙しい。原因の大半は私だけど、だからこそちーちゃんは忙しい。

……ごめんねちーちゃん。でも、いっくんを守ってあげたいっていう気持ちは束さんにもあるから、安心してね?

 

いっくんは強い。戦ったらまず勝てない。だから私は、いっくんが本気を出せない状況にして。その上で戦わずに勝つ。

そのために私は白式を………シロを作ったんだし、その中に爆弾代わりの仕込みもした。これでいっくんは死なないまま、ちゃんと強くなれるはず。

相手に選んだあの子も、いっくんを一度は追い詰められるくらいに強くなるように技術提供もした。その結果も期待通りだった。

 

……だから、きっと大丈夫。

 

………………大丈夫。

 

私は心細さを隠すように、いっくんを強く抱き締めた。

 

……起きた時には、いつも通りの『束姉さん』に戻ってなくっちゃ。

 

 

 

……そして、朝。

 

「………………」ぎぢぎぢぎぢぎぢぎぢぎぢぎぢぎぢ……

 

ちーちゃんに見付かってアイアンクローをされた。頭蓋骨が軋むとかそんなレベルの話じゃなくって、もっとこう直接的な命の危機にさらされてるような痛みが……っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦闘、俺vs‘シャルル’

 

‘シャルル’がここに来てからはや五日。初日に性別詐称が発覚するも、俺は全く気にすることなく同室で寝泊まりしていた。

たまに俺のベッドに鈴やののちゃんが居たりして騒ぎになることもあるが、なかなか楽しい生活だ。

 

……ちなみに‘シャルル’の実家の会社だが、いつの間にか経営が少し良くなっていた。忘れてたけど俺って一応黄金率と幸運スキル持ってるし、当然……なのかもな。

現在の経営者は俺だし、言うことを聞かなかった‘シャルル’の父親はちょっと洗脳したから言うことを聞いてくれるようになったし、問題ない。

 

そして現在、俺は衝撃砲以外の遠距離武器の練習ついでに‘シャルル’と模擬戦をしている。

ラピッドスイッチの真似事をして遠近両用にしているが、やっぱり面倒臭い。一発の威力も必要だけど、やっぱり弾幕張れる武器の方が好みだ。楽だし。

ちなみに基本戦法は、相手のバランスを崩すとかして意識をそらし、不意を打つように近付いて荷電粒子砲または雪片で攻撃して離れる。わざわざこんなところで手の内を見せたくないし。

 

ただ、荷電粒子砲って面白いな。束姉さんの使ってた遠隔操作型のISみたいに曲げることはできなくとも、衝撃砲とは違って速度があるし、縦に裂いて散弾のようにすることができる。

エネルギーをアホみたいに食うのが厄介だけど、元々攻撃特化型のISであるシロはそんな感じだし気にしない。

 

……どんな手を使っても良いんだったらこの世界ではどんなやつにも勝てる自信があるが、流石に人前でディープダイバー使って地面に相手を引きずり込んで地中に放置するのは不味いしな。

 

「っ!? い、いま何か怖いこと考えなかった?」

「考えてないぞ。ただ、どうやればシャルルを落とせるかってことだけを考えてる」

「……それはそれで怖いような……」

 

戦闘中はそんなもんだろ。それ以外のことを考えていて落とされて死んじゃいました、何てことになったら多分ちー姉さんが泣くだろうし。

だから、手加減はちょっとしかしないぞ?

 

 

中々いい勝負をした。使い慣れない射撃系武器を使って、よくもまあここまで粘れたな。偉いぞ俺。

 

「と、言うことで吹っ飛べ」

「ちょっ!? グレネードがあるなんて聞いてな」

 

どっかん。

‘シャルル’は不意打ちで放られたグレネードの爆発に巻き込まれ、シールドエネルギーを0にした。

あと、言ってないんだから知らなくてもおかしくはないさ。

 

「……まーた強くなったわね? 少しはのんびりしたらどうなのよ」

「してるさ。週一しか乗ってないしね」

 

その代わりに週一でメンテナンスしてるし、出力調整もしてるけど。

 

鋼龍に

 

「甲龍よ。読みはシェンロン。クシャルダオラじゃないわ」

 

そうだったか。すまん。だが俺は覚えられない!だから呼び名はコドラで。

 

「……まあ、ポルンガよりはましかしら。甲のドラゴンでコドラ?」

「正解、と言うことで正解者にはハグしてあげます」

「バッチこいね。あたしにも一夏にも損のない美味しい話じゃない」

「ああ、できれば私も良いか?」

「わたくしはむしろ椅子にしてもらいたいですわね。一夏さんの重みを体で受け止める………ああ、なんて気持ち良さそうな……」

「黙れよ養殖マゾヒスト」

「あはうぁ!」

 

セシリーは自分の体を抱き締めるようにしながら恍惚とした表情を浮かべた。

その上頭のネジが外れたのか、くるくるとその場で回っている。

 

「お……オルコットさんはどうしたの?」

「あの変態は気にしちゃ駄目だ。変態が移ったら大変だからね」

「普通移らないよね!?」

「普通じゃなければ移るんだけどね?」

 

普通は移らないって言うことはそう言うことだよな。普通じゃなければ移ってもなんらおかしいことはないわけだ。

 

「……普通じゃ……ないの?」

「変態って言うのは新しい種族として考えても問題ないと思うんだよな」

「ぁああぁぁぁ……♪」

「一夏、もうやめてあげて。それにこれ以上は一夏の貞操が危ないわ」

「てっ!?」

 

? ‘シャルル’はいったい何を驚いてるんだろうな? 貞操の危機なんて割と多かったよ?

原因は基本的に束姉さんと鈴とちー姉さんだったけど。

実際に襲われたことは一度もないし、大丈夫だと思われる。

…………と言うか、思いたい。

 

……さてと。それじゃあ俺は個人トーナメントに向けて銃の練習もしとくかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習中、眼帯兎に絡まれる

 

しばらく練習をしていると、銀髪眼帯黒兎が現れた。乗っている機体はドイツのシュヴァルツェア・レーゲン。量産の目処が立たないある意味欠陥機らしい。シロよりはまだましだろうけど。

 

「おい」

 

さてと。俺は適当に練習を続けるとするか。関係ないし。

 

「……おい」

 

それが終わったら明日には整備室に行かないとな。整備は大切だし、データをかんちゃんに見せてあげたいし。

やることはいっぱいだな。

 

「っ!おい!聞いているのか!」

 

……さっきからおいおい五月蝿いな。誰だよ。

 

「そう言えば、韓国語でキュウリの事を『オイ』って言うらしいぞ。種のことは『シー』で、日本人が美味しいって言うと韓国語では『キュウリの種』ってことになるんだとさ」

「へー、一夏ってそう言う無駄知識は多いわよね」

「まあ、役に立つとは到底思えないが、面白くはある」

「だろ? ところで、さっきからキュウリキュウリ言ってる韓国人だと思われる人は何をしたいんだろうな?」

「一夏わかってて言ってるでしょ!?」

 

さて? なんの話やら。

 

「え? だって呼び掛けてるにしては名前を言う気配もないし、傲岸不遜だし、俺の名前はオイじゃないし、高慢な口調がムカつくし、第一俺はあいつのこと好きじゃないしどうでもいいし話したくないし戦いたくないしあいつが俺の事を憎んでるとかどうでもいいし嫌ってる理由なんて聞く気もないし話し合う理由もないし優しく返してやる義理もないし生憎と叩かれそうになった相手に対する優しさの持ち合わせはないし最大限ぶっちゃけると面倒臭いから関わり合いになりたくない」

「そこまで言うの!?」

「まだ加減してるけど無くしてみる?」

「やめてね?」

「加減を?」

「違うからね!? 本気を出すのをやめてってことだからね!?」

 

わかってるとも。

 

「……貴様…………」

「貴様って誰だろうね?」

「キサマって人が居るんじゃない? 世界のどこかに」

「いないとは言えんな。そうかそんなものを呼んでいたのか……幻覚でも見ているのか?」

「……どうせ見るなら一夏様に苛められる幻覚でも見たいものですわねぇ………」

「どうしよう僕には止められないよ……」

 

おちょくりは人数が増えると格段にレパートリーが増えるからな。止めるのも大変だろうな。

 

「それにしても、こんなに訓練機の多いところで周りに確認もしないで戦闘行為をするなんてまず無いよな。馬鹿のやることだし」

「ぬぐっ……」

 

こらこら、俺の前でそんな風に悔しそうな顔をしちゃ駄目だっての。そこにつけこんで罵倒しちゃうよ?

 

「……一夏は意外とSなのだな」

「今さら気付いたの? 一夏はあれで嫌いな相手を苛めるのが大好きよ? あと好きな人に愛でられるのも」

「嫌いな相手と好きな相手に対する態度が全然違うのですわね……わたくしはどちらなのでしょうか……?」

 

セシリーは嫌いじゃないよ? どっちかって言うとギリギリ好きに入るかな。

少し前に襲ってこなければ普通に好きにはいってたんだけどね。

 

「……じゃあ俺は戻って寝る。あとは好きにして」

「だったら一夏の部屋に泊まろうかしら」

「駄目だよ!? 女の子が男と一緒なんて!」

 

そんな風にぎゃいぎゃいと騒ぎながら俺達はアリーナから去る。ギリギリと歯を軋ませる銀髪眼帯黒兎をほっぽって。

 

……ってか、名前なんだっけ? ランサー・ボーキサイト?

 

……違う気がすんなぁ……どうでもいいけど。

 

 

「そう言えば、何であの子は一夏に喧嘩を売ってきたのかしら?」

「第二回モンド・グロッソの会場内で誘拐されそうになってな。その時に誘拐犯を爆破してやったんだがそれが不味かったらしくて試合中止になったんだよ。つまり、俺のせいでちー姉さんの大会二連覇が無くなったって事で恨んでるんだろ。態度から見てちー姉さんの崇拝者みたいだし」

「あれって一夏が原因だったの!? 原因不明の爆発事故って聞いてたんだけど!?」

 

‘シャルル’が突っ込みをいれるが、原因不明でも原因はあるという事がわからない年じゃないはずなんだがな。

 

「ちなみに、爆発は指向性を持っている衝撃と熱をバラ撒くタイプ。起爆点から五十メートルほどが爆砕されていたってさ」

「自分のことだよね!? なんで他人事みたいな言い方をしてるの!?」

「月に秘密基地を持ってそうな知り合いのお姉さんからもらった防犯装置だったから」

「防犯装置に爆薬つけるの!?」

 

束姉さんだからね。自重を知らない束姉さんだからね。

 

ののちゃんはそういうことをしそうな人のことを知っているので、額に手を当てて空を仰いでいる。まあ、しょうがないね。

 

「たぶんそれが原因だと思うぞ? 俺は全く気にしないけど」

 

睡眠時間が削れることなく、さらに俺の身内(家族だけじゃなく友人含む)に被害がなければ。

あったら潰すけどな。

 

 

あと、原因は束姉さんじゃなくて普通に俺なんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書類整理、シロは俺のだ

 

白式の正式な使用者登録に関係している書類にサインをするという仕事で真耶先生に呼び出された。白式じゃなくてシロだって訂正しておいたけど。

一枚一枚丁寧に見ていたらかなりの時間がかかりそうだったから睡眠時間を多くとるために覚えた速読で読んでからさっさとサインを済ませる。

これで形式的にもシロは俺のISになった。元々束姉さんが作ってくれたやつだから俺のと言っても過言じゃなかったんだが。

 

ちなみにぷちか達にも小さなISコアがあるが、どうやらこっちの方は束姉さんの不思議技術で本格的なISのコア・ネットワークから独立したネットワーク(命名、ぷちか・ネットワーク)を構築しているらしい。

俺が獣耳を装着するとシロが一端既存のコア・ネットワークから外れ、ぷちか・ネットワークに入って状態を共有、ぷちか達の使うミニシロにシロの状態がフィードバックされてる仕組みになっているようだ。

ダメージを受けている時にはダメージのフィードバックは起こらないが、経験はしっかりと蓄積されていっているらしい。

 

………いったいどんな技術を使っているんだか。知りたいような知りたくないような…………。

……やれやれ。

 

 

一応晩飯を食べに行くと、もう鈴とののちゃんと‘シャルル’とセシリーはそこにいて談笑していた。初日でこの三人の前で盛大にバラしてやったが、どうやら大して気にしてないらしい。

俺の幼馴染み達は、何故か大体のやつが神経が図太い。弾や鈴が最もよく分かりやすいだろうし、最近ではののちゃんやセシリーもどんどん細かいことを気にしなくなってきている。

 

今のところ一番そういうことを気にするのは………蘭ちゃんか‘シャルル’のどっちかだな。

 

……自分でバラしといてあれだけども、性別詐称をあっさり受け入れると言うのはなかなか難しいだろうに。

しかもこの三人は、性別詐称になんとなく気付いていたとか。

 

理由は、ののちゃんが気配、セシリーが言動、鈴が勘。珍しくセシリーが一番マトモな答えを持っていた時には驚いた。

驚きすぎてつい足の甲を踏みつけて確認してしまったほどだ。ちなみに悦に浸っている表情をしていたことから本物と判断した。‘シャルル’のひきつったような笑顔が印象的だった。

 

 

特に山もなく谷もなく食事が終わり、今日という日も終わる。

俺は同室の‘シャルル’に背中を向けて眠る。今日のぷちかは何ぷちか? 白蛇ぷちか? 黒豹ぷちか? それともまさかの鴉ぷちか?

 

「ぷち束姉さんでしたー♪」

「……きゅう?」

 

出てきたのはデフォルトでうさみみ装備のぷち束姉さんと、同じく白いうさみみのぷちか六号。きゅーきゅー鳴く姿が可愛らしかったり。

中学の頃は鈴や弾にスティックにんじんをもらってはカリカリかじっていた、アイドル的存在だった。

……それは他のぷちか達も同じだが。

 

……まあ、いいや。さっさと寝ちゃおう。

 

「おおぅ、寝ちゃうのかい? だったらこのかわいいぷち束姉さんをはぐはぐしながら眠ってむぐっ?」

 

騒いでいたぷち束姉さんを抱き寄せて黙らせる。寝るときは静かにどうぞ。

ぷちかの方はぷち束姉さんを挟むように俺と逆のところに陣取ってぷち束姉さんを抱き締めている。

 

ぷち束姉さんがなんだかやばい痙攣を起こし始めたような気がするけど、気のせいだろう。

……というか、もしかしていつかぷちー姉さんが登場して俺と一緒に寝たりするのか?

 

………束姉さんだったらあり得る話だが……実行はしないで欲しいなぁ……どういう反応をすればいいのかわからないから。

 

……さてと。寝ようか。

 

 

 

 

side 篠ノ之 束

 

ここだけの話。私と小さい私はISのセンサーのようなもので繋がっていて、小さい私が体験したことはこっちの私にも流れてくる。

 

……つまり、いまの束さんはヘヴン状態!非常で奇妙で異様なテンションで箒ちゃんの専用ISの紅椿を作っているのさっ♪

 

白式……今は違うんだったね。シロとは違って速度に特化した訳じゃあないけれど、全性能の特化に特化したIS。それが紅椿。

最高速度、加減速力、反応速度はシロに僅かに劣るけど、戦場に合わせた多様性と防御性能は紅椿の方が上。

武器についてはいっくんの千の顔を持つ英雄に届くことは流石に無いけど、それでも多彩な使い方があるようにしたし、箒ちゃんにも合うは

 

「ふぁあっ!?」

 

小さい私の背中をいっくんの(相対的に)太い指がなぞりあげていって、つい声が出てしまう。小さいいっくんも小さい私に抱きついていて、背中から小さい私の首筋に顔を埋めている。

こ、これはいくら束さんと言えども頭がぱーんってなっちゃうよ!? 溢れ出すリビドーに任せていっくんを襲っちゃうよ!?

 

ちっちゃい私はちっちゃいいっくんを、私はいっくんを襲うから、しっかり役割分担だよ!いっくんハーレムだよ!最後にはちっちゃいいっくんおっきいいっくんみんなまとめて束さんのだい!

 

ぱらりろぱらりらぺろ~♪

 

むむっ!この着信音はぁ……ちーちゃんだなぁっ!とうっ!

 

 

「いつもニタニタいっくんのそばに、そっと這い寄る混沌束さんだよっ!」

「……今お前、一夏に手を出してぷちかも連れていってハーレムだーとか言ってなかったか?」

 

……………………(汗)

 

「……………………そんなことは…………ない……よ?」

「……そうか。欲しいと言うならやってもよかったんだが」

「欲しい!」

「駄目だ」

 

ちーちゃんがいじめるー!いっくーん!傷ついた束姉さんを慰めてーー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ののちゃんの独白、そして毒吐く

 

周りで騒ぐ者達を見て、私は一つ溜め息をつく。

彼女達は、一夏にいいように踊らされているに過ぎない。それはわかっている。

 

一夏は実は意地が悪い。こういう洒落になる範囲とならない範囲の見極めが上手く、ギリギリ洒落になるところをついてくるのがいつもの一夏の人のからかい方だ。私も昔はよくそれに振り回された。

 

だが、それでも一夏のことを嫌いになれないのは、一夏は一番辛いときにそこにいて、さりげなく手を貸してくれたり叱咤してくれたりするからだ。

それを恩着せがましく言うでもなく、ただそこにいてうつらうつらと船を漕ぎ、人の事をからかう。

どんなときでも変わらないその在り方は、色々なものを私に教えてくれた。

 

……主に諦めとかそういった系統の事だが。

 

そのお陰で私は性格が少し丸くなったし、人当たりもよくなった。ストレスにも強くなったし、姉さんの奔放さを受け入れることができるようにもなった。

 

私は、姉さんの事が嫌いではない。むしろ好きであると言っていい。

あの自由奔放な社会不適合者には色々な事で迷惑を被ってきたが、それでもだ。

 

……そう、一夏と付き合えるだろうと頑張った剣道の試合当日に引っ越しさせられても、重要人物保護プログラムで東西問わずに引っ越しさせられて友達の一人もいない青春(今も青春だが)を送ることになってしまっても、一夏にもらった電話の電波を解析されて居場所がわかるのは困るとかいう取って付けたような理由で政府がテレビ電話を壊しても(日本政府に呪詛を送ってみたところ、当時の総理など八人が同時に盲腸で入院した)、姉さんの事は嫌いじゃない。

 

……よく私は姉さんの事を嫌わないでいられるな。自分で驚きだ。その分政府の方に行っているような気がしなくもないが。

 

確かにISがなければこんなことにはならなかっただろうが、それをわざわざ戦争に使おうとしたりする馬鹿共がいなければ問題なかったんだ。

そもそもなんだ日本は。初めのうちはISがあったのは日本だけだったのだから交渉の材料にするなりなんなりして日本有利に動かせばいいものを、アメリカに好き勝手にむしられよって。弱腰外交も時と場合を考えてやれ。まったく情けないな。あまりにも理不尽な要求は突っぱねればよかろう。

 

……理不尽と言えば、最近IS学園に転入してきたラウラ・ボーデヴィッヒ。一夏に勝手に恨みを持ち、憧れに泥をつけたと憎み、初対面で暴力を振るおうとしたあげくに喧嘩を売ってくる、軍の特殊部隊の隊長をしているものが、あれでは駄目だろう。

 

別に私はボーデヴィッヒが一夏を恨むのが気にくわないわけではないし、それを止めようとも思わない。

だが、それに周囲を巻き込むのはいただけない。

 

IS訓練中にやって来たボーデヴィッヒは、恐らくあのまま一夏が去って行ったら容赦なく肩のレールカノンを撃ち込んでいただろう。

 

……周囲の事を考えることもなく。

 

一夏とボーデヴィッヒの問題に首を突っ込むことはしたくないが、こちらに被害が来るならば首を突っ込むしかないだろうに。

 

…………やれやれ。困ったものだな。

 

ちなみに、デュノアはともかく、私と鈴は一夏の心配はまったくしていない。

理由と言えるかどうかはわからないが、戦略や戦術はともかくとして、戦闘で一夏が負ける姿が想像できない。

これにはセシリアも同意していて、どう想像しても一夏がボーデヴィッヒをボロボロにしている画面に繋がったとか。

その想像の中には、一夏は生身でボーデヴィッヒはIS使用と言うものもあったのだが、セシリアの中ではそれでも一夏が勝ってみせたらしい。

 

………笑い飛ばせないのが一夏の恐ろしいところだ。何らかの方法で相手を落としてみせそうで、なかなか怖い。

 

「……できそうよね」

「……違和感が欠片も無いな」

「二人ともおかしいからね!? 生身の人間がISに勝てるわけないでしょ!?」

 

私達も、一夏が普通だったら諸手を上げてその言葉に賛同しただろうが、生憎と私達は一夏の非常識さを知ってしまっているし、理解もしている。

 

私と鈴はデュノアの肩に手を置いて、言う。

 

「「ようこそ、非常識な一夏のそばに」」

 

デュノアは頭を抱えた。

 

 

 

 



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61~70

衝突寸前、鈴・セシリーvs眼帯兎

 

side 凰 鈴音

 

放課後の第三アリーナでセシリアと向き合う。いくら先生が相手とはいえ二対一で負けてしまったあたしたちは、特訓とは呼べない小技の練習中。

急激な戦闘力の増加は無いけれど、手札が増えた分だけとれる手段が多くなった。

 

とは言っても、あたしのは衝撃砲の効率運用と、あとは一夏がやっていた衝撃砲の曲げ撃ちの練習くらいなもの。

龍咆は一夏のシロの衝撃砲みたいに一部の出力を変えることはできないし、後ろから拳による推進力が加わってない分初速が遅い。

それに加えて一発撃つ度に砲身を新しく作らないと移動した相手を追えないし、出力も角度も威力も変えることもできないから色々と面倒臭い。

 

……けれど、逆に考えれば自由度は少しだけ増す。

例えば、砲身が固定されていても、角度や威力が固定されていても、やろうとすれば連射はできるし、口径を小さく作れば当たりにくくなるかわりに威力は倍率ドン!さらに倍!になるし、小さくなった分貫通力が増して相手が吹き飛ばなくなったところに何発か叩き込んでやれるようにもなった。

これも一つの成長ね。やっぱりそばに一夏がいるとやる気になるわ。

 

だって一夏は、あたしの目標だから。今は追い付けないほど遠くにいるけど、いつか必ず追い付いてやるんだから!

 

あと、曲げ撃ちの方は少しの工夫である程度の結果を得た。セシリアも何か新しくできるようになったみたい。

 

「正確には、確認しただけですわ」

「あっそ。何でもいいわよ」

 

一夏と戦ってMの扉を開いたセシリアは、同時に色々なものを見付けていたらしい。

今回の特訓(?)で、それを可能なだけ拾い集めて来たんだとか。

 

……一夏って、人を変える天才よね…………いや、あれは天才と言うよりも、天性の方が合ってるかもしれない。多分本人に自覚はないし。

 

「……それでは、最後に模擬戦でもいかがですか?」

「あ、それいいわね。お互い本番に向けて、手札を隠しながらいい勝負をしましょ?」

 

あたしとセシリアはお互いに笑顔でメインウェポンを呼び出して、構える。

 

「…………なんだか、すっごい面倒なことが起きる気がするんだけど」

「…………奇遇ですわね。ちょうどわたくしもそう思っていたところでしてよ」

 

例えば……横から飛んでくる砲弾とかね!

 

あたしは口径を小さくして威力を上げた龍咆で。セシリアは呼び出したばかりの青いライフルでその砲弾を撃ち落とす。

そしてその砲弾が飛んできた方に目を向けると、そこには一夏に喧嘩を売ろうとしたあの…………名前なんだっけ? キュウリキュウリ言ってたのは覚えてるんだけど……。

……そうだ、機体情報を参照すればいいじゃない。IS学園に所属してるんだったら、名前は登録してあるでしょ。

 

えーっと……機体名が『シュヴァルツェア・レーゲン』で、操縦者はラウラ・ボーデヴィッヒか。

 

「……いきなり何用ですの? ドイツの軍では挨拶にレールカノンを撃ち込めという作法でもあるのでしょうか? ずいぶんと野蛮な国ですわね」

「しょうがないわよドイツだもの。きっとあれの頭の中身はドイツが最強と言われていた頃で止まってるのよ。いいから無視して模擬戦しましょ」

 

…………そうは言ったけれど、実はあたしは無視する気もセシリアと模擬戦を続ける気も残っていなかった。

 

初めに向こうから攻撃させることはクリア。実のところこれが戦闘前の最終目的だったので、いくらでも攻撃を返してやることができるのだけれど……まだ周りには人がいるから、逃がさないと。

 

「……中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

「はいはい、保健室はあちらでしてよ。付き添いは必要あります?」

「無人のISやスペックしか載ってない画面の方が本物より強く見えるって、確実に頭が逝っちゃってるわよね。精々お大事に」

 

あたしとセシリアを挑発しているのだろうけど、あたしたち……少なくともあたしは一夏のあの挑発を知っているから大して怒りを感じない。

全てを見下しているような目も、傲慢な口調も、あたしたちには致命的な油断にしか見えない。

 

『セシリア。あんた多分偏向射撃できるわね?』

『あら、バレてしまいましたわ♪ 鈴さんこそ、色々できるようになっているでしょう?』

 

目の前で向き合っているラウラ・ボーデヴィッヒを挑発しながらも、あたしたちは大まかな戦法を練っていく。

 

……それにしても、セシリアはMじゃなかったの? よくこうして舌が回るわね。あたしが言えることじゃないけど。

 

『MとSは表裏一体なのですわ』

『あっそ』

 

…………元々あたしは沸点が高くない。一夏と一緒にいてずいぶんと怒りっぽくは無くなったけど、その分一度怒ると怖いと言われるようになった。

 

一夏と別れたあとの中国で、嫌だと言っているのに何度も何度も食事に誘ってくる馬鹿を相手に一度キレてから、あたしの評価がキレると龍より恐ろしいというものになった辺りからもその事が伺える。

 

……あたしが龍より怖かったら、千冬さんなんていったい何よ? 鬼神?

 

…………ああ、似合ってるかも。きっと鬼子母神ね。子供と言うか大事な弟は一人だけだけど。

 

まあなんにしろ、あたしは一夏を馬鹿にしたこの糞女―――っと、下品だったわね。これを許す気にはなれない。

例え一夏がどうとも思ってなくとも、あたしは嫌だ。

 

『あんた後衛、あたし前衛。前と同じに見せて、偏向射撃とあたしの衝撃砲と双天牙月で封殺するわよ』

『あちらにはワイヤーとプラズマエッジ、そしてAICがありますわよ?』

『わかってるわ。情報は武器だもの。………援護よろしく』

『承りましたわ』

 

………さて、始めましょうか。

一夏みたいに上手くはできないけれど、言質はしっかり取った。

 

『加減はいらん』に始まり、『二人で来たらどうだ』、『所詮は数しか能の無い国』、『古いだけが取り柄の国』、『下らん種馬を取り合うメスに負けるわけがない』。

 

…………最後のは千冬さんにも聞かせることにしましょう。ぼろくそにしてあげる予定ではあるけれど、もし負けたときでも復讐はできるように。

 

…………くすくすくすくすくすくす………………

 

 

 

 

 

 

 

 

激戦、鈴・セシリーvs眼帯兎

 

side 凰 鈴音

 

戦闘開始。まずはあたしが口径を小さくして貫通力と速度を上げた衝撃砲を撃ち込む。セシリアはその間にビットを自分のすぐ近くに二機だけ出した。後はまだ腰のところににくっついている。

 

「ふっ……無駄だ」

 

そんなことを言いながらあの女は右手を前に出す。恐らくあれがAICの予備動作なんだろう。

別にあれがなくともできるけど、あった方がやりやすいんだと思う。

 

まあ、消される前提で撃った衝撃砲でそれだけのことがわかったんだから上出来ね。

 

相手は動かないようだから、砲身はそのまま衝撃砲を連射する。その時、後ろからセシリアがビットとライフルからレーザーを、ギリギリ当たるラインであの女に撃ち込んだ。

 

「ちっ!」

 

あの女は舌打ちをしながらAICを解除して移動する。やっぱりシロの空間固定とは違って光学兵器は防げないみたいね。

それに、止めている間は動きと反応が鈍かったし、かなり集中が必要なんだろう。

 

けれどあたしの砲身リユース式衝撃砲の連射速度を見誤っていたらしく、その装甲がいくつか抉り飛ばされた。

 

そして、セシリアの偏向射撃で鋭角に折れ曲がったレーザーがISごとあの女を貫いた。

 

その隙にあたしは瞬時加速であの女に接近し、二つに分けた双天牙月を同時に叩き付ける。

それはあの女の手首のパーツから出たプラズマエッジに阻まれたけれど、私には関係無い。

 

あたしのやるべきことは、こいつの動きを抑えて進行方向の予想を容易にすること。痛手を与えるのはセシリアが基本だ。

 

「舐めるなっ!」

「舐めてんのはそっちでしょうが!」

 

射出されたワイヤーの根元、両肩の四つと腰の二つに口径を小さく、砲身を短くして即射性と弾速を上げ、命中精度を少し落とした衝撃砲を打ち込む。

威力は無くていい。気をそらせれば、横から飛んできたセシリアのレーザーが、ワイヤーを操る集中力を掻き乱してくれる。

 

そこで双天牙月の峰に衝撃砲を撃ち込み、さらに圧力を加えてあたしからも精神を掻き乱す。ワイヤーに少し削られたけれど、シールドエネルギーはまだ余裕がある。

 

「後ろ見なくていいのかしらっ!」

 

その瞬間に背中に突き刺さる二本の光条。セシリアのすぐそばに待機していたビットは撃っていないのに、なぜか。

そんな問いが頭のなかを回っているだろうこの女に、囁くように種明かしをする。

 

「あんたってほんとに馬鹿ね。射撃型ビットは二つじゃなくて四つあるのよ?」

 

なんの事はない。この女があたしとセシリアの近くにあるビットだけに集中している間に、残った二つのビットを後ろに回り込ませていただけ。

 

「馬鹿な!誤射が恐ろしくないのか!?」

「当たる前に折れ曲がるもの。何度も見たのにわざわざそんなこと説明させないでよね」

 

心底馬鹿にしたように言ってやれば、この女は屈辱に顔を歪ませる。いつの間にか眼帯が外れて金色の目が見えている。

 

………ああ、そう言えば衝撃砲を高速連射したときに落ちてたわね。どうでもいいけど。

 

その時から妙に反応がよくなったけれど、どうもこの女は言葉を使った騙し合いには弱いらしい。

 

「ほらまた後ろ!」

 

そういってやると焦ったような顔で何もない背後を睨む。

その隙にあたしは双天牙月の峰に面積広めの衝撃砲を撃ち込み、斬撃の後に打撃を与えて吹き飛ばす。

体勢を崩した所にビットから撃たれた四本のレーザーが襲いかかり、それを避けようとしている間にあたしが近付く。

肩のカノン砲を撃たれたら、セシリアがライフルで撃ち落とす。

そしてもう一度双天牙月を振りかぶって、その体勢のまま瞬時加速キック。そして双天牙月を振り下ろして、あの女をアリーナの地面に抑えつける。

 

プラズマエッジを出す両手は抑えた。ワイヤーを出す両肩と腰の搭載部分を圧縮衝撃砲で破損させた。AICはこの場ではたいした意味はない。なぜなら。

 

「この距離だったら外さないし、あんたの後ろは地面だから吹き飛ぶことも無いわ―――何発耐えられるかしらね?」

 

……なんとなく、この女からさあっと血の気が引いたような音が聞こえた気がした。

 

「発射」

 

その単語を皮切りに、アリーナに絶え間なく轟音が響き渡った。

 

 

 

 

side セシリア・オルコット

 

鈴さんが一夏さんに手を上げた雌ブ……女に覆い被さり、衝撃砲を気持ち悪いくらいの速度で連射し始めたところで、わたくしは少し気を抜いた。

 

武器を封じられ、動きを止められ、衝撃砲の雨霰を浴びている状況を引っくり返すなど、織斑先生かあるいは一夏さんくらいじゃないと無理だろうと思えたから。

 

当然まだ何らかの手を残している可能性があるので警戒はしていますが、それもほとんど形だけのもの。実態はもう終わったような気分ですわ。

 

…………それにしても、言うだけあって強かったですわね。一対一ではまず勝てないでしょうし、即興のコンビネーションで勝てたのは奇跡かもしれません。

……鈴さんとわたくしのISの相性は中々にいいらしい。また今度にタッグマッチでもあれば、組んでみたいものですわ。

 

そこまで考えた次の瞬間に、ほとんど決まっていた戦況が一気に様変わりした。

 

そこに居たのは、全身装甲の黒いIS。その手にあるのは、この世界で現在もっとも有名な剣。

色は黒いが、その姿はまさしく現役時代の―――

 

「千冬さん!?」

「織斑先生!?」

 

わたくし達の言葉には反応せず、黒いISは一瞬でわたくし達に接近し、手に持った近接ブレード―――雪片を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

観戦、そして乱入

 

実は、セシリーが銀髪眼帯黒兎の背後に二機のビットを回り込ませて撃ち抜いたあたりから観戦していた。なんかあの二人、相性がいいな。

それに、つい最近真耶先生と戦っていい勝負をした時よりも強く……いや、上手くなってるし、セシリーなんかは五巻だったか六巻だったかまで使えなかったはずの偏向射撃ができるようになっていた。

 

……この短時間に、あの二人にいったい何があったのやら。知りたいような、知りたくないような……。

 

だが、観戦程度の気持ちでこの模擬戦を見ていられたのは、鈴が衝撃砲でラッシュを始めて五秒程度までだった。

 

突然銀髪眼帯黒兎のISから馬鹿みたいな電撃が放たれ、鈴はISごと吹き飛ばされた。

そして状況の変化は続き、黒兎のISがぐにゃぐにゃとその形を変えていく。

…………そういやそんなのもあったなぁ……。

 

「い、一夏っ!あれってどう言うことっ!?」

「何で俺に聞く? 俺は何でも知っているって訳じゃあないぞ?」

 

第一、あれの名前は知らないしな。知っていても覚えてなさそうだ。

 

しばらくぐにゃぐにゃとしていた黒兎のISだったが、衝撃砲を連続して食らっていたためにできたクレーターの真ん中でふわりと浮き上がり、両足を地につけると同時に急速にその形を整えていった。

 

それは黒い、全身装甲のISだった。

束姉さんが前に送ってきた奴とは違ってごつくはなかったが、そのシルエットは見覚えがある。

 

「………あいつ、自殺志願者だったのか」

「誰が!? って言うか怖いよ一夏!」

 

だってそうだろ。束姉さんの逆鱗に好んで触れたがるなんて、死にたがりか自殺志願者か狂人か頭がぱーんしてるかのどれかだろ。もしくはただの無知。

とりあえず俺は怖いから絶対に束姉さんの逆鱗には触れたくないね。

とりあえず俺は怖いから絶対に束姉さんの逆鱗には触れたくないね。

とりあえず俺は怖いから絶対に束姉さんの逆鱗には触れたくないね。

 

「なんでわざわざ三回も言ったの!?」

「重要なことだから」

 

少なくとも俺にとっては。

……ついでに言っとくと、口には出してないぞ。思ったけど。

 

そう思っている間に、自殺志願者R(Lかもしれないけど、それこそ知ったことじゃない)の乗ったISが高速でセシリーに接近し、雪片もどきを振り下ろす。

それが当たる寸前に鈴が割り込みをかけるが、どうやらスペック自体は向こうの方が数段上らしく、見事に弾かれていた。

高速で展開された衝撃砲の砲身も出来上がった頃にはその先に目標がいないということが多々あるようだ。

 

それでも食らいついていける鈴とセシリーに、すごいなぁと本気で思う。

 

………っと、いくらなんでもあれはマズイな。データだけで動いているとはいえ、ちー姉さんだし。

 

……息を吸って、吐いて、もう一度吸って……周囲の視線が全て鈴とセシリーの方に向いているのを確認し、

 

「IS発動、シルバーカーテン」

 

その場で電子光学迷彩をかけて不可視になり、

 

「IS発動、ディープダイバー」

 

アリーナのステージと観客席を分けているシールドをすり抜けた。

 

物理的なものがすり抜けられるんだったらできると思っていたが、やっぱりできたな。うまく応用すればうちはのマダラみたいな真似ができそうだ。

生体はすり抜けられない代わりに無機物だったら選択してすり抜けられるみたいだし、もう少し便利そうだけど。

 

いきなりのことで反応が遅れていた教師陣から、ようやく状況がレベルDだの生徒は避難しろだのと言っているが………まあ、鈴とセシリーは友人だし、ちょっと無視して助けるか。

 

……それにしても、マジで鈴とセシリー凄いわ。データとはいえあのちー姉さんの攻撃を耐えてるんだから。零落白夜が無いってのも大きいのかもしれないが、それでもな。

 

とりあえず、そろそろシールドエネルギーの残量がやばげな二人から引き離すかね。

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

ったくもう!なによこいつはっ!

 

いきなり動きの癖や戦法までをがらっと変えたこの女に、明らかに妙な方法で形を変えたIS。

色々と聞きたいことはあるけれど、落とそうとしても全然落ちてくれない。

 

隙はできないし、誘いにも乗ってこない。

セシリアがやった背後からの射撃も見事に回避して見せたし、不可視の高速展開型衝撃砲も空振った。

攻撃方法はブレード一本で切りつけてくる、高機動・高攻撃力型。

ただ、変わる前に相当痛め付けたからシールドエネルギーは限界のはずで、あと一発ぶちこめば終わると思う。

 

『その一発が遠いですわね……』

『全くよ。なんて理不尽な。ブレード一本でこんな真似ができそうな人なんて、一夏と―――』

 

そこまで言ってようやく気付く。

 

一夏が使う雪片弐型と、ほぼ同型の近接ブレード。

操縦者と色こそ違うけど、ISに関わる者なら誰もが一度は見たことがあると思われる機体。

高機動型で、高威力かつ高速の剣使い。

 

『……姿形だけじゃなくて、本当に千冬さんみたいな戦い方をするのね』

 

………でも、やっぱりこれは違うと思う。

だって本当の千冬さんなら、あたしたちがどれだけ頑張っても五分あれば三回は落とせるはずだし、それ以前に剣が見えるわけがない。

今だって双天牙月と打ち合っているけれど、本物の千冬さんなら打ち合うことなんてできないしね。

 

……けど、やっぱりそんなになっても千冬さん。

一夏曰く、

 

「ちー姉さんだったら多分『覇王炎熱轟竜咆哮爆裂閃光魔神斬空大鉄拳』で山の一つくらいは吹き飛ばせそうだよね」

 

とまで言われる千冬さんだ。あたしたちを蹴散らすなんて造作もないことだろうし。

………一夏の言ったあれのことは気にしない。どうせ確実にろくでもないことだし。

 

ガギィンッ!と双天牙月が横からの攻撃で弾かれ、小さく皹が入る。

流れた体勢を整えようとするも、あの女の剣の方が早い。

セシリアのレーザーは確かに早いが、発射までにあるタイムラグが大きすぎるので、今から撃っても間に合わない。

 

衝撃砲も間に合わないし、もう片方の双天牙月も弾かれてガードに間に合いそうにない。

 

…………絶対痛いわよね。あれ。

あたしの衝撃砲と同等くらいの攻撃なんて、食らったら確実に絶対防御は抜けてくるだろう。

ISの操縦者生命活動補助型があるから死にはしないと思うけど、脱け殻とはいえ千冬さんが相手だから油断はできない。

 

半ば諦めかけていたけど、それでもやっぱり………

 

(……負けたくないなぁ…………)

 

あの女の刀があたしに振り下ろされて、世界がゆっくりになる。

最後まで目は閉じない。諦めたくないから。負けたくないから。

 

……だから、この光景はきっと神様からのご褒美なんだと思う。

 

一次移行を終わらせて真っ白になったシロを駆り、真剣な顔の一夏があたしを護ってくれた。

 

まあ、神様なんて信じちゃいないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作崩壊? だから今更だって

 

鈴に斬りかかる偽ちー姉さん型ISの刃を雪片弐型で受け止める。威力だけはしっかりあるみたいで、ぎしりとシロの腕の関節が鳴く。

偽ちー姉さんはすぐさま剣を戻して縦に振るが、それも受け止める。

同時に左の衝撃砲で貫通型を撃ち込んでやるが、逃げられた。

速いな、流石データそのもの。人間で言う思考時間によるタイムラグがほとんどない。人間でもISに乗っている間はそこらのパソコンより演算能力がつくはずなんだが、それでも僅かにあるそれがない。

 

「よう、鈴。なんだ手こずってるみたいじゃないか。白馬の王子様をただ待ってるだけなんて、鈴らしくないな?」

「五月蝿いわね。ちょっと寝ぼけてただけ……よっ!」

 

そう言いながら鈴は衝撃砲を撃つ。それは瞬時加速で避けられるが、距離はできた。

 

「それじゃあ鈴。セシリーもだけど、そろそろシールドエネルギーが不味いだろ。巻き込まない自信はないから退がっててくれないか?」

「嘘つきなさい。普通に『ちー姉さんが相手だと心配だから』って言いなさいよ。わざわざ自分のことを小さく言ってないでさぁ」

「そうですわ。わたくし達だって彼我の戦力差は承知しています。一夏さんがわたくしたちを巻き込むようなことがないと言うことも」

 

……む。そうか…………。

 

「じゃあ、後でオウムぷちかに『大好き』って言葉を覚えさせてから抱かせてあげるから退いて」

「退くわよセシリア。ここは一夏に任せましょう」

「そうですわね。そういたしましょう」

 

最初からこう言えばよかったかもな。と思うくらいに簡単に鈴とセシリアは退いてくれた。

……さてと。俺は俺で‘鬼退治’とでも洒落込むかな。

 

……………あの黒いISを鬼と考えると、囚われのお姫様みたいだよな。あの銀髪黒兎。名前は忘れた。どうせ言おうとしても相当酷い間違いしか出ないと思うし。

例えば、ランバダ・ボーロキーレとか。

 

…………襤褸布《ぼろきれ》? 流石にこれは無い。ランドクルーザー・ボロボロと同じくらい無い。

 

まあ、いいか。とりあえずさっさと終わらそう。

 

俺は零落白夜を発動し、高速で接近。ギリギリ反応はしたようだが、空間固定で偽雪片と腕を被ってやれば逃げられない。

零落白夜が使えればまだわからないが、使えないみたいだし。

 

「……さっさと起きろ、馬鹿兎」

 

俺は雪片弐型を振り下ろし、黒い‘くー’に似たISを縦に真っ二つにした。

絶対防御の恩恵か何かは知らないが、乗っていた銀髪黒兎はたいした傷は負っていないらしい。

ここでもう一発やったら死んじゃうだろうから、優しい俺はそんなことをしないで黒兎(ISと言う皮剥ぎ済み)を静かに受け止めてやる。

 

今回は大して疲れなかったけど………寝たいことにはかわりない。

さっさと引き渡して保健室でも寮の自室でもいいから布団に入ろう。

 

……そして、こんなものを載せた馬鹿にはお仕置きだ。死人はでないから安心しな? 代わりに珍しい病気が流行ると思うけど。

 

 

 

 

side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

その二人に手を出したのは、単なる挑発と憂さ晴らしのためだった。

教官の弟、織斑一夏と戦うための下準備でもあったが、大半はそちらの理由だったと今では思う。

 

織斑一夏は、必要最低限の時間しかISに乗らないらしい。代表を決める決闘でも、週に一度のIS搭乗日でもできるだけ乗らないようにして、そして空いた時間は惰眠を貪る。

 

それらの情報からただ学年トーナメントで当たっただけではすぐに棄権されると思ったため、棄権しないようにと織斑一夏と仲の良い二人がアリーナに来たところで挑発した。

織斑一夏は友人を馬鹿にされると本気になると聞いたため、ボロボロになるまで叩き潰してやれば棄権することも、戦いを拒否することも無くなるだろうと予想したからだ。

 

その目論見は当たった。しかし、それも途中まで。

 

前のデータには無かった、甲龍の衝撃砲の速射と連射。不意を打つための話術と詐術。

ブルー・ティアーズの偏向射撃と、隙を付く巧みさ。

 

一人一人ならば容易く撃破することもできただろうそれに、私は一方的に追い詰められた。

 

 

―――私は、こんなところで負けるわけにはいかない。

 

私の憧れる教官を、その存在だけで変えてしまう男。

 

そんなことを認めるわけがない。そんなものの存在を、認められるわけがない。

 

だから、私はその男を敗北させ、地に伏せさせると決めたのだ。あの男を、完膚無きまでに叩き伏せると。

 

そのために、こんなところで負けるわけにはいかない。あの男に触れることすらできずに敗北するなど、あってはならない。

 

―――そこで声が聞こえ、私はその声に、一も二もなく飛び付いた。

 

力があり、私の全てを払うことでそれを手に入れられるなら、こんな私など何から何までくれてやる!

 

―――だから、私に力をよこせ。

比類無き、唯一絶対の最強の力を―――私によこせ!!

 

 

私は力を手に入れた。先程までは一方的に加えられていた攻撃を全て避け、近接ブレード一本であの雌共を一方的に攻撃している。

 

私は力を得た。圧倒的な、力を。

 

……しかし、その力すらも目の前の男には届かなかった。

 

………何故だ。私はあの人の……最強である教官の力を得たはずだ!それなのに、なぜ貴様は遥かな高みに居る!!

 

『ちー姉さんの力を手に入れた? アホかお前。ちー姉さん以外にちー姉さんと全く同じ力が持てるわけないだろ。それ以前にあれがちー姉さんの力? あんな空っぽな力がちー姉さんの物と同じな訳ないだろ』

 

……ならば、私はどうすればあの人のようになれる!? 何をすればあの高みに到達できる!

 

『………馬鹿なんだなお前。自分が新しい自分になることはできても、全く違う他人になれるわけが無いだろ』

 

……私は、あの人のようにはなれないと言うのか………巫山戯るな!

 

『五月蝿い奴だな。全く同じになれないってだけだ。お前のままでちー姉さんの高みに行けないとは言ってないぞ』

 

……ならば答えろ。私はどうすればその高みに登り詰めることができる!?

 

私の悲壮感すら漂う問いに、奴は一瞬も迷うことなく答えた。

 

『知るか。自分で考えろ』

 

それに私が返す前に、その男は続けて言う。

 

『自分が他人になれないように、他人も自分にはなれないんだから、そんなことを聞いたところで無駄だよ。自分で考えてこそ意味があるし、例えそれが間違っていてもそれは糧になるしな』

 

その言葉は奇妙なほど現実味に溢れていて、私はつい聞いてしまった。

 

――お前も、そうして強くなったのか?

 

『……精神的には、その通りだな。精神は肉体に直結するし』

 

その言葉に、この男の周りに居る者達がなぜ強いのかが理解できたような気がした。

 

あれは、意思の力だったのだろう。

私のような、依存と嫉妬から来る力ではなく、ただ純粋に思いを通したいという意思の。

 

そこに到達するまでに、恐らく誰もが迷ってきたのだろう。

高みに登るための道が間違っているかもしれない、届かないところで切れてしまっているかもしれないといった不安を乗り越えながら、ずっと進み続けたのだろう。

 

間違ってしまった時や転んでしまった時には、周りにいる誰かと力を合わせて。

 

この男のために。

 

 

『……まあ、そんなわけだ。登りたいんだったら勝手に登れ。俺はお前のことが大嫌いだが、頑張っている奴を見るのは……まあ、嫌いじゃないからな』

 

そう言い残して、その男は消えた。

 

………ああ、ああ、理解した。あの男があれほどだらしないのに、あの女達が呆れた顔をするだけで離れようとはしない理由を。

 

あの男は、人を垂らし込むのが上手いんだ。

気が付いたら近くに居て、気が付いたら心の一部に住み着いていて、気が付いたらその割合をどんどんと大きくしている、そんなやつなんだ。

 

……そして、どうやら私も手遅れらしい。

 

…………全く。あいつは実に厄介な男だ。

 

―――織斑、一夏

 

……本当に、厄介な男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪のコンビ、束姉さんと俺の『ドイツの黒幕にゾナハをぶちまけよう』大作戦

 

とりあえず電話を掛ける。お相手はさっきの戦いを見ていただろう束姉さんだ。

 

「もしもし束姉さん? ちょっとゾナハらせたい奴がいるんだけど、手助けしてくれない?」

『いいよー♪』

 

即OKが出た。と言うか束姉さんも凄まじく怒っているらしい。

 

「ちー姉さんが怒るし、殺人は無しね」

『え? やだなあいっくん。この束さんがそんなに簡単に死なんていう楽な道に逃げさせてあげるとでも思うの?』

「そんなわけないでしょ。束姉さんがそんなに甘いわけがない。そして俺もそんなことをさせてやるほど優しくない」

『だよね!』

 

なんだか束姉さんのテンションが高い。理由は何となくわかるけど。

 

『それじゃあ束姉さん情報を聞くんだいっくん!ちーちゃんの胃の健康はいっくんの手際にかかってるよ?』

「全力でやらざるを得ない」

 

元々そのつもりだったけど。

 

細かな金属片に水滴をつけた霧が、部屋の中に現れる。これで学園のカメラは潰れた。盗聴機は率先して潰したため、これでもう俺の行動を知ることはできなくなった。

そんな中でも何故か束姉さんと俺を繋ぐ電波はそのまま繋がりを保っている。

 

「それで、場所は?」

『ドイツだよ?』

「それは知ってるよ?」

『適当にドイツ全土にばらまいちゃえばいいと思うんだけど』

「ばれないと思うけど、ばれたらちー姉さんに怒られそうだから、やだ」

『……仕方無いなぁいっくんは』

 

そして束姉さんは詳しく場所を教えてくれた。よーし潰すぞー。

 

ちなみに、ゾナハ虫は戦闘機やミサイルを分解して無力化することができたりする。

 

さあさあいこうか。そこが地下ならドリルで穴を開けて侵入するのもいいし、吸気口からの侵入もいい。フィルターなんて無いも同然だしな。

とりあえず、三千人分も用意しておけばいいかね。

 

来たれ。 千の顔を持つ英雄。 ゾナハ虫【アポリオン】。

当然監視用のゾナハ虫も用意している。監視と確認は重要だよな。

 

目標、ドイツの秘密研究所。そこにいる人間全てをゾナハに罹患させろ。

ただし、一人たりとも殺すな。ISがあれば持ってこい。束姉さんに渡して改造してもらうから。

 

 

 

空中投影型ディスプレイで現在のドイツのとある場所の状況を見てみる。

 

『ぜひ、ぜひ、ぜひ、ぜひ…………』

『こ……ぜひ、ぜひ……ころ、じ、て……ぜひ、ぜひ、ぜひ…………』

 

喉をおさえ、白目をむいたり瞳孔が半開きに固定されたままぜひぜひという苦しげな呼吸を繰り返している白衣の研究者達が、男1、女6くらいの割合で床に倒れて悶えている。

ゾナハ病に発症し、進行がレベル3まで行くと代謝が下がり、体の筋肉も石のようになって飲まず食わずでも死ねなくなる。怖い怖い。

 

このまま誰にも気付かれず、何らかの原因でその研究施設が吹き飛ばされたりしない限りは、この研究者達は生き続けるのだろう。

もしかしたらゾナハ病の原因解明のために解剖されたりもするかもしれないが、その時はゾナハ虫一匹一匹が見えないように飛び出して解剖している相手をゾナハ病にすることだろう。

それが機械なら分解し、操作しているものや近くに居るものをゾナハに罹患させる。

 

………流石にISを装備されてたら無理だと思うが、装備していないうちに飛び込めば平気だろう。最悪ランブルデトネイターで爆破するし。

 

「これでいいかな」

『いいんじゃないかな?』

「……束姉さん。またハッキングして監視カメラの映像をジャックしたんですか?」

『そうだけど、なにか問題あった?』

 

……無いけども。

どうせやるんだったらIS管理委員会には流れないようにお願いします。あとついでにデータの全消去も。

何となくその辺りからこっちの方に悪意と一緒に向けられそうな気がするし。

 

『いいよ? ただ、ちょっとぷちーちゃん作ってみたから、今度実験よろしくー』

「あいさー了解。ちー姉さんの前に出しても平気?」

『それをやっちゃうとちーちゃんと感覚がリンクしてなでなでするとちーちゃんがヘヴン状態になっちゃっていっくんの貞操が危なくなっちゃうから、やめた方がいいかも?』

「……視覚リンクとかは?」

『もちろんあるよ?』

「…………束姉さん、それを使って覗きとかしてませんよね?」

 

…………束姉さんから返事が来ない。どうやらやっていたようだ。

 

「……ちー姉さんに通報します」

『それはやめてぇ~~っ!ちーちゃんのちーちゃんクローは痛いんだよ!? 頭蓋骨が‘ギリギリギリ……’っていう生優しい音じゃなくって‘ギヂギヂギヂ……’っていう致命的な音と痛みがするんだよ!?』

「じゃあ俺のでこぴんで」

『………いっくんのでこぴんって、確か小学生の頃に誰かを相手にして八メートルくらい飛ばしたんじゃなかったっけ……?』

「それはちゃんと加減してます。鼻から上だけが消し飛ぶとかそんなことにはなってないでしょ?」

『でこぴん怖いっ!? いっくんのでこぴんすっごく怖いっ!? 束姉さんの頭が吹き飛んじゃうよっ!?』

「加減はします。ダムダム弾の直撃くらいまで」

『死んじゃうってば!?』

「じゃあこんにゃくを叩き付けたくらい」

『……あれ? 一気に弱くなった?』

「ただし、上空三千キロメートルくらいから三千キログラムくらいを時速三千キロくらいで」

『やっぱり死んじゃう!?』

 

束姉さんはこうやってノリノリで返してくれるから良いね。ちー姉さんだと止まっちゃうし、からかえないんだよね。

最近は‘シャルル’がおんなじ感じでからかえるけど。

 

「まあ、それじゃあお元気で。きっとそっちにちー姉さんから電話が行くと思いますけど」

『うん!いっくんも元気でね』

 

そうして俺は電話を切り、チャフを下がらせる。

 

……………ふぅ。一仕事したし…………寝ようかな。

 

……すか~…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想外の行動、予想外の言動

 

鈴とセシリーが銀髪黒兎を苛め、俺が張っ倒し、ドイツを相手に一仕事を終わらせた次の日のこと。銀髪眼帯黒兎は俺の席の前に来て、こう言った。

 

「私はお前がいないとこの世界に意味を見出せなくなった!責任をとってずっと私と一緒に居ろ!」

 

そして俺の頭を抱え込み、額にキスをしてから自分の席へと戻っていった。

 

…………久々に本気で困惑したわ。あと‘シャルル’が黒い気配を醸し出してるのがちょっと怖い。

 

……何がどうなってこうなったのやら。

 

 

 

 

side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

予備のパーツをフルに使って組み直されたシュヴァルツェア・レーゲンを使い、本国にいるシュヴァルツェ・ハーゼの副隊長、クラリッサ・ハルフォーフにプライベート・チャネルを繋ぐ。

クラリッサは本国では私に次ぐ好成績を叩き出している者でもあるが、今連絡をとろうとしている理由はそれだけではない。

 

クラリッサは確か隊員達に慕われていて、よく悩みを聞いてやっていたはずだ。

当時の私は下らないことだと切り捨てていたが、その事を頭の片隅に止めておいてよかったと、今では思う。

 

『――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐だ……突然だが、一つ質問がある」

『はっ!なんなりと』

 

そう答えたクラリッサに、私は勢いをつけるように深呼吸をしてから本題を切り出す。

本題、それはすなわち―――

 

「―――男の気を引くにはどうしたらいい?」

 

そう、織斑一夏のことだ。

 

しかし、なぜかクラリッサからは返答が来ない。まるで凍りついてしまったかのようだ。

 

「……クラリッサ? クラリッサ・ハルフォーフ大尉!聞こえているか!?」

『は、あ、え、えぇぇえぇぇぇぇっ!!?』

 

いきなり爆発したような声を上げたクラリッサは、ただただ驚いているようだった。

 

 

 

しばらくの間ひたすら驚き続けていたクラリッサを抑えると、クラリッサはなぜか私に質問を繰り返してきた。

 

なぜそのようなことを聞くのかと言う問いには、正直に『気になる男ができたからだ』と答え、それが誰かと言う問いにも正直に『織斑教官の弟で、織斑一夏と言う男だ』と言った。

確かに相手のことを知らなければ助言などできはしないだろうし、この質問も的外れなものではないな。

 

『……隊長は、その男の事を好いているのですか?』

「ああ、惚れている。もし一夏がこの瞬間世界から姿を消したら、世界の九割以上が色を無くしてしまうだろうと言う予想ができるほどにな」

 

……ただ、それが『女』としての感情か、それとも『今までの何でもなかったラウラ・ボーデヴィッヒ』を『人間であるラウラ・ボーデヴィッヒ』として生まれ変わらせてくれたという『子供』としての感情かの区別はつかないが。

 

「……今まで私は男とまともに話したこともないからな。隊員の話をよく聞いているクラリッサに話を聞こうと思ったのだ」

『……了解しました。このクラリッサ・ハルフォーフ、ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長のサポートを勤めさせていただきます』

「よろしく頼む」

 

そこからは早いもので、クラリッサは次々に質問をし、私がそれに答えて作戦を練る。

 

「惚れていると言ったが、正直に言ってこれが女としての思いなのかわからないのだ。それよりも今は『勝ちたい』という思いが強くてな……」

『なるほど……(恐らく隊長はその相手を好敵手として見ていると同時に、男として意識し始めているのだろう……ならば、私はその背を押してやるまでだ)話は理解しました。隊長は恐らく、その男の事を好敵手《ライバル》と同時に男として想っているのでしょう。ならば、まずは好敵手として関係を深め、相手のことを理解するのがよろしいかと』

「……だが、それで相手のことを理解できるのか?」

 

クラリッサの話はわかるが、それが成功するかはいまいち不安だ。

 

『何をおっしゃいますか。隊長が今回織斑教官の弟君に惚れたのも、原因は弟君との戦闘がきっかけのはずですが?』

「!」

 

そうだ、確かにその通りだ。私が織斑一夏を想うようになったきっかけはそれだった。

 

力に酔い、暴走していた私を抑え込み、初めて私が本音をさらけ出して話をしたのは、織斑一夏との戦闘があったからだった。

 

「すまない、クラリッサ。私が浅はかだったようだ」

『初めは皆そのようなものです。お気になさらぬよう』

 

……そうだな。ならばクラリッサの助言に従い、織斑一夏に好敵手として宣戦を布告しよう。

 

『好敵手への宣戦布告でしたら、こういった方法がございますが』

 

クラリッサに聞きながら、私は織斑一夏への宣戦布告の言葉を考えていった。

 

 

 

そして次の日の朝。織斑一夏の目の前で言う。

 

「私はお前がいないとこの世界に意味を見出せなくなった(憧れと目標を失って気力が出なくなるという意味で)!責任(私を強烈に憧れさせた責任)をとってずっと一緒に居ろ(私の目標で在り続けろと言う意味で)!」

 

 

 

このあと、教官による凄まじい威力のアイアンクローを食らい、そのまま振り回され、壁に何度か叩きつけられ、投げられ、壁に激突して崩れ落ちたところをグリグリと踏みにじられたのは……実に刺激的な体験だった。

刺激的すぎて死ぬかと思ったがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トーナメント、ペアを作ろう

 

銀髪眼帯黒兎から訳のわからない告白を受けた当日の昼休み。俺と‘シャルル’は大勢の一年女子に囲まれていた。原因は、学年別トーナメントのペア決め。正直やりたくないが、ちー姉さんにやれと言われたなら仕方無い。

 

「すまないけど俺はシャルルと組む予定だから」

 

ちなみにこの事は昨日のうちに決定されていて、既に鈴とセシリー、ののちゃんと銀髪眼帯黒兎が組んでいる。

ののちゃんと銀髪眼帯黒兎の仲が悪くない理由は、どうも目標が俺と言うことで意気投合したらしい。あと縦に前方三回宙返り土下座を披露したと聞いた。

俺も土下座されたけど後方三回宙返り土下座だった。器用だな。

 

「器用ってレベルの話じゃ無いよね!? 物凄いよね!?」

「ちー姉さんなら助走無しで三回宙返りに二回捻りくらいはやってくれる」

「織斑先生ってどこまで凄いのさ!?」

 

普通だよ普通。凄いけど。

 

「で、ペアは俺でいいか? 突っ込み上手のシャルル」

「いいけど……突っ込み上手にしてるのは誰さ!」

「シャルル自身だろ。俺が話すとシャルルが突っ込むだけだし」

 

そうだよな?

 

「……もうそれで良いよ………」

「そうか」

 

‘シャルル’はぐったりと体から力を抜いたが、それで良いと言質は取ったし、これからもからかうことにしよう。

 

 

 

食事時にはいつものメンバーが集まって食事をする。のほほんちゃんが入ってきたりそれに便乗していろんな人が入ってきたりしてなかなか騒がしいが、今日はいつものメンバー+一名だった。

その一名とはすなわち銀髪眼帯黒兎。なぜか一緒に食事をすることになった。雰囲気悪くなったりはないから別に良いけど。

 

「……そうだ、一夏」

「もきゅもきゅ……ごっきゅん。……なに?」

「……まさか本当に『ごっきゅん』って飲み込むのを見るとは思わなかったわ………まあ、それは良いとして、一夏はここでは作らないの? 睡眠愛好会」

「何それ!? 睡眠愛好会って何!?」

 

ああ、そう言えば中学では作ってたな、睡眠愛好会。裏で鈴や弾達がなんか色々やってたような気もするけど。

 

「……じゃあ、作るか。睡眠愛好会」

「会長は一夏で良いとして、副会長はキャリアのあるあたしで良いわね」

「ではわたくしは参謀などを務めさせていただきますわ」

「私は……何をすれば良い?」

「粛清部隊の隊長なんてどう?」

「いや、実力的にそれはボーデヴィッヒか鈴が良いだろう」

「篠ノ之。私のことはラウラで構わん……ならば私が隊長で、篠ノ之は副隊長でどうだ?」

「私のことも箒で構わん。……ならばそうしよう」

「良いんじゃない? じゃあ決定ね」

「なんの話をしてるの!? 睡眠愛好会って何!? 粛清部隊ってなんなの!? 参謀は必要なの!? なんだかすっごく危ない組織に聞こえるんだけど!?」

「何言ってるの。裏組織のIII・IS学園本部創設の話に決まってるじゃない。支部長の弾に報告しておかなくっちゃ」

「支部まであるの!? って言うかIIIってなに!?」

今日も‘シャルル’の突っ込みは絶好調だな。一人で突っ込み続けるのは疲れるだろうけど、頑張れ。

 

「IIIって言うのはいっぱいいっぱい一夏の略称で、一夏の健やかな眠りを妨げようとする者や独占しようとする馬鹿共を粛清するついでに一夏の可愛らしさを布教するために中学の頃にあたしと親友たちで作り上げた組織のことよ。つい最近ラウラが粛清されたわ」

「あれもそうだったの!?」

 

それは初耳だな。粛清はあそこまで過激なものだったのか。

 

「だってラウラ強いから♪」

「強いから♪ じゃないよ!あれはやりすぎだって!」

「どこが?」

「どこがだ?」

「どこがですの?」

「なにがやりすぎだ?」

「ラウラ含めて全員自覚なし!?」

 

……ほんとに元気だなぁ…………ふぁ……。

 

「どうした一夏。眠いのか?」

「……ん」

 

うなずくと、ののちゃんが自分の膝をぽんぽんと叩く。

 

「ほら一夏、こっちにおいで」

 

当然俺はその誘いに乗って近付いて行き、ののちゃんの膝に頭を乗せる。

すると俺の頭を誰かが撫でるのを感じた。多分これはののちゃんかな。

 

俺はただゆっくりと意識を沈める。俺のことを撫でる手が少しくすぐったいが、これくらいなら‘シャルル’が寝る前にやっている頬ぷにと似たようなもんだ。問題ない。

 

「……へぇ? シャルルってば毎晩一夏のほっぺをぷにぷにしてたんだ?」

「鈴。ISの展開は禁止されているから、私の腰の緋宵を使うと良い」

「……護身用のニードルガンがなんの役に立つのかと思っていましたが……意外とすぐ出番になりましたわね」

「―――斬る」

「え、えぇっ!?」

 

ののちゃんは俺の頭を撫でているから動けないが、代わりに鈴がその腰の刀を鞘から抜いて構えた。

それと同時にセシリーが袖の中からペン型スプリング式のニードルガンをいくつか取り出して‘シャルル’を見据え、銀髪眼帯黒兎がつや消しされた黒のサバイバルナイフを制服の中から引き抜いた。

 

そして狼狽する‘シャルル’に向かって、全員が同時に言う。

 

「冗談よ」

「「冗談だ」」

「冗談ですわ」

 

その言葉を聞いて‘シャルル’は、力が抜けたらしく床にへたりこんだ。

 

「心臓が止まっちゃうかと思ったよぉ………」

「人間、心臓が止まった時間が一分以内なら割と助かるらしいぞ?」

「それは知ってるけどさぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再誕、睡眠愛好会(会員募集中)

 

起きたら既に授業が始まっていた。いつの間にか席についていて、いつの間にかノートに黒板と真耶先生の話の内容を書き出していた。どうやら俺は寝たままある程度動くことができるようになったらしい。凄いなこの体。

まあその事は置いておくとして、俺は今現在、放課後が楽しみで仕方無い。

 

シロに乗るのは楽しい。じゃなかったら乗ってないし、わかり合おうともしてなかっただろうし。

かんちゃんとISの整備をするのも楽しい。シロの事がよくわかってくるし、かんちゃんと話をするのも楽しい。

 

……でも今はそれ以上に嬉しい事がある。

部活動の発足についてはともかく、愛好会の発足についての書類は面倒なことが少ないし、会員が五人以上居れば認められる。部費は出ないが別にいらない。道具は千の顔を持つ英雄で十分だ。

 

ちなみに会員は、俺、鈴、ののちゃん、セシリー、‘シャルル’、銀髪眼帯黒兎の六人。会員は随時募集中、ただし盗聴機とか隠しカメラとかを持ってくる相手にはご遠慮願っている。

……部活動に組み込まれそうになったらすぐさま解散して無許可で寮の自室で開いてやる。面倒なことは嫌いだ。

文化祭の出し物とか、中学でやったみたいに放送ジャックして曲流すくらいしか思い付かないしな。

 

「一番に思い付くのがそれってのもねぇ……」

「しょうがないじゃん。中学の三年間毎年やってたんだから」

「毎年放送ジャックって……なにやってるのさ………」

 

‘シャルル’が疲れたように突っ込むが、しょうがないじゃん事実だし。

 

……それにしても、プライベート・チャネルは便利だな。黙ったまま話ができるし。ほんとは校則違反なんだが、俺は準待機モードかつステルスモードにしておけばまずばれないから平気。

欠点はののちゃんが入ってこれないところなんだよな。紅桜《べにざくら》を早く作って送ってもらおうかな?

 

……ちょっと違う気がするけど。

 

「ああ、確かに違うな。紅椿だ」

「……何でできるの?」

「姉さんに頼んで作ってもらったんだ。ただ、機体はまだだから通信くらいにしか使えないと聞いているがな」

「……ほんとにそう思う?」

「思わん」

 

だよな。束姉さんだし、絶対なにかしら仕込んでるよな。武装だけ展開するとかだったら普通にできそうだし。

……それどころか普通に完成してそうだし。

 

………まあ、何でも良いんだけどね。トーナメントで使うのか?

 

「使わん。アリーナがもう使えないから練習もできないし、ぶっつけ本番でできると思うほど自惚れてもないのでな」

「そ。まあ、頑張って」

 

 

 

放課後。真耶先生に愛好会発足の書類を提出してどこかを部室がわりに使えないかと話し合いをしてみるが、やっぱり使えるところは無いらしい。

仕方無いので寮の俺の部屋を部室がわりにすることでファイナルアンサー。俺もシャルルもあんまり物を持ってないからスペースはあるし。

 

ちなみに愛好会だから顧問はいないし部費が学園から出ることもない。大会なんてありゃしないし、あったとしても出たくない。

 

活動内容は、学園の敷地内で四季折々に合わせた昼寝スポットを探し、健やかな睡眠をとること。猫だけが知っている涼しいところや温かいところ、みたいなものだ。

裏で鈴やののちゃん達がなにかやってるけど、それについては関知していない。勝手にどうぞ、俺は寝るけど。

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

「弾? 久し振り」

『ん? おお、鈴か!久し振りだなぁ。元気してたか?』

「そばに一夏がいるのに元気じゃないわけないじゃない」

『それもそうだな』

 

弾とあたし、久し振りに話して笑い合う。そこには一年離れていたことによるぎこちなさなんてまるでない。これこそ同志って言うものよね。

 

『……で? もしかしてIS《そ》学園《っち》にもIIIを作ったとかそんな話か?』

「話が早いわね。頭のいい味方は一夏の次に好きよ?」

『何回も聞いたから知ってるよ』

 

本当に弾は察しがいい。ここまで来たら最後まで当てられないかしら?

 

『それで一夏の居るそっちを本部にしたいって話だったら構わないぞ。一夏からお前が日本に戻ってきてるのは聞いてたし』

「本当に察しがいいわね。ありがと」

『そう思うんだったら写真送れよー。コピーして布教するから』

「それなんだけど、一夏がIS動かせるようになって有名になっちゃったから、ごくごく一部の身内だけにしてくれる?」

『……ああ、なるほど。わかった』

 

弾はあれで頭がいい。今もたったこれだけでなぜ隠すのかを理解してくれた。

まったく。ありがたい話ね。

 

「それじゃあ、蘭にも‘よろしく’言っておいて」

『おう。またな』

 

電話が切れて、ツー、ツー、という電子音が聞こえる。

 

……弾も蘭も、元気でやってるみたいね。よかったわ。

 

…………やっぱり家族は仲良くなくっちゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トーナメント、その前に調整だ

 

トーナメント前の最後のシロの調整。最後なのでとりあえず気合いを入れてやってみた。

 

「……荷電粒子砲も、ミサイルもないみたいだけど……」

「シロが受け入れてくれないからちょっと反則臭い方法でやることにしたから安心してくれ」

 

千の顔を持つ英雄でリアル『空が3でミサイルが7』をやってやるつもりだし。

もちろんミサイルだけじゃなくて荷電粒子砲も実弾兵器も使うけど。荷電粒子砲は弾をカートリッジ式にしてそのカートリッジを千の顔を持つ英雄で交換してやれば銃身が焼き付きを起こすまでいける。

もちろんシロの高速機動を殺す気は無いけどな。ミサイルの弾幕をすり抜けてゼロ距離から荷電粒子砲をぶち込んでやる。

 

……悪役のやることだよなそれ。

普通に考えたらある意味じゃあ根比べなんだけど。

具体的にはミサイルの弾幕に耐えきれたら後は武装のないこっちを一方的にボコるだけ。耐えきれなかったらアウト。ゲームオーバーだ。

 

まあ、俺本体がミサイルの隙間を抜けて一発入れていくから、実際はもっと難易度高いんだろうけど。

 

ミサイルが(切れないけど)切れたら雪片弐型と荷電粒子砲で、荷電粒子砲が(切れないけど)切れたら左右の衝撃砲と雪片弐型で戦える。

空間固定でコア抜きはしない。それやったら乗ってるやつが落ちて地面に叩きつけられたザクロかトマトみたいになるからな。楯にはするけど。

 

「……頑張って」

 

かんちゃんは、いつもの無表情をちょっと崩して心配そうな顔をしている。

 

「大丈夫だよ。シロもかなり具合良いみたいだし、優勝も狙えるかも」

「……そう」

「そう。データを楽しみにしてるといいよ」

 

データ取りの他にはあんまり意味ないし。遠距離武器とか千の顔を持つ英雄で作った剣をぶん投げてランブルデトネイターすればいいよ。もしくは相手に一瞬触ってからランブルデトネイターで直接爆破してやればいいよ。

ミサイルはミサイルで使い道があるから別にいいけど。

 

「とりあえず、いい時間だし昼食べにいかない? 頭使うとお腹空くでしょ」

「……わかった……行く」

よっし、ご飯だご飯。

 

 

 

うどんのかき揚げはしっとり派な俺。かんちゃんはたっぷり全身浴派だそうだ。

どう違うかというと、先に全部沈めちゃうのがかんちゃんで、食べるときにちょっとずつ汁につけて食べるのが俺。

 

先につけちゃうとサクサクが全部なくなるから、その時その時につけてサクサクもしっとりも味わいたい欲張りな方におすすめ。

途中からサクサク派に変えることも全身浴派にすることも可能だ。

 

……最後の方は強制でしっとり派になるけど。

 

「ちゅるるるる……もきゅもきゅもきゅ」

「……もきゅもきゅ……ごっくん」

 

……IS学園の学食って美味いよなぁ……ちょっと量が少ないのが珠に傷だけど、その辺りは男に食べさせることを想定してないだろうから仕方無い。

その分お代わりすれば良いし、問題は無いかな?

 

ちなみに周りは上級生や同級生に囲まれている。騒ごうとしたところで『食事中は静かに』ってことを言ったから静かだけど。

 

あと、その時に『めっ!』てやってみたら全体の五割くらいが鼻血を噴き出して倒れ、倒れなかった奴の七割くらいが俺をお持ち帰ろうとしてどこからか現れたちー姉さんにアイアンクロー+震動で気絶させられた。残りはなんだかにこにこしながら俺を見ているような気がする(ちー姉さん含む)。

 

「ちゅるるる~~……もちゅもちゅ……ごっきゅん」

「……こっち、向いて」

「?」

 

かんちゃんに言われて振り向くと、口の端に付いていたらしいかき揚げのかけらを指で摘まみ取られた。

 

「……はい、もういいよ」

「ありがと、かんちゃん」

 

ちなみにとってもらったかき揚げのかけらは俺が食べた。指にぱくりと食いついた時になんだか物凄い負の気配があったような気もしたけど、中学の頃にはよくあったから気にしない。

中学の時は鈴に食べさせてもらった後に鈴が俺の口の端に付いていた酢豚のたれを指でとってぺろりと舐めた時とかにあったよな。

 

ぶっちゃけるといつものことだ。

 

「……もう少し……気を付けないとだめ」

「むく?」

「…………はぁ……なんでもない」

 

そ。ならいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一回戦、その直前

 

来賓に色々と来ているらしいが、正直なんでもいい。俺には関係ないことだし、邪魔さえしなければ。

 

「どうでもいいって言うけどね……あの人達の目的の一つには、一夏を見ることも含まれてるんだよ?」

「見られるのには慣れてるから別に平気。邪魔さえされなければ」

「……一夏らしいなぁ………」

 

俺だからな。

……さて、確か原作では初戦が銀髪眼帯黒兎ことラルちゃんとののちゃんコンビだったんだが、こっちではどうなのかね? 鈴とセシリーも居るし、原作なんて無かったんだ!くらいの勢いだし。

 

セシリーはリベンジに燃えているようだし、鈴は再戦を楽しみにしているみたいだ。ののちゃんとは初勝負だし、一応ラルちゃん自身とも初勝負。

それなりに気合い入れてやらなくちゃ負けるかもな。今のセシリーは強そうだし。

かんちゃんと約束したし、頑張らないとなぁ。面倒だけど。

 

「……あと、僕のことをシャルルって呼ぶのは辞めてくれないかな?」

「じゃあ何て呼ぶ? 普通に名前で呼ぼうとすると、多分酷い間違いがあると思うけど」

 

シャアザク・デュケーンとか。

……俺の頭はどうなってるんだろうな。かなり本気で不思議だよ。

 

「……じゃあ、一夏が決めて」

「シャルで」

「……安直だなぁ……」

「安直なのは嫌? じゃあ【シャラポワンヌ】とか【草臥れシャーさん】とかが良いのか?」

「い、いやシャルがいいな!シャルっていうのがいいな!」

「そっか。じゃあシャルで」

 

‘シャルル’改めシャルは、なんだかかなり本気で胸を撫で下ろしている。何でだろうね?

 

「一夏のせいかな」

「そうなのか?」

「そうだよ一夏。だからちょっと癒しを提供してほしいな」

 

そう言ってシャルはベンチに座り、膝をポンポンと叩いた。

……寝ろと? シャルの膝枕で寝ろと?

 

まあ、良いけどな。

 

…………すか~……。

 

 

 

起きたら相手が決まっていた。ラルちゃんとののちゃんだった。こういうところは原作通りなんだな。

まあ、ラルちゃんのあの変型機能(不許可な上違法)はネタが割れて使用不可になっているし、鈴やセシリーも参加してるし、ののちゃんが実は奇妙なほどに強いし………外れてるところは多々あるんだけど。

一番のイレギュラー(転生者、チート持ち、魔改造IS持ち)がなに言ってんのかとも思うけど、面倒だし気にしないことにした。

 

……もうちょっとで始まりかぁ…………あー……棄権したい。

 

「開始直前にいったいどんな夢を見てるのさ!?」

「俺は大抵寝てるぞ? 最近起きたのはラルちゃんにお仕置きした時とゴーレムとバトった時とセシリーをボコった時くらい」

「結構起きてる!?」

「でもその前にはっきり起きたのは実は中学の学園祭の睡眠愛好会特別バンド±1の時以来だったり」

 

マイナス1=鈴、プラス1=蘭ちゃんで、それなりに好評だった。

 

…………まあ、やるか。仕方無い。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

……初戦の相手が一夏か………………勝てる気が欠片もしないな。

勝てたとしても一夏の棄権か面倒だったから大会そのものをサボったかのどちらかだろう。

 

「ラウラ。一夏に勝てると思うか?」

「無茶を言うな」

 

ついに一夏に勝つこと自体が『無茶』と言われるようになったか。理解はできるが。

 

「まあ、それでもやるしかなかろう。一夏は私の目標なのだから、戦えると言うのなら喜ばなければな」

「ほう? なかなか良い目をするな。期待させてもらうとしよう」

「専用機を持たない私にいったい何を求めているのやら………期待に応える努力はするがな」

「それでいい」

 

いつの間にか仲良くなったラウラと、軽く拳をぶつけ合う。よく一夏と鈴がやっているのを見るこれは、なかなか面白い。

 

「……では、行くとするか。箒」

「そうだな。ラウラ」

 

私達は飛ぶ。一夏の居るだろうアリーナに向けて。

 

 

………一夏。私はお前に近付けているか?

 

ほんの少しだけでも、昔よりお前の近くにいるか?

 

私はお前に教えてもらった強さを追い求めて来たから、ここまでこれたんだ。

 

だから、お前が私に教えた強さが、お前にどこまで通用するかを確かめさせてくれ!

 

 

 

 

 

 



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71~80

一回戦、俺・シャルvsラルちゃん・ののちゃん

 

試合開始寸前に、俺はののちゃんにプライベート・チャネルを繋ぐ。

 

「ののちゃん」

「どうした、一夏。棄権するのか?」

 

できればしたいんだけどね。面倒臭いし。

 

「いやいや、先に謝っておこうと思ってさ……ごめんね?」

「………凄まじく嫌な予感がするのだが」

 

きっとそれ正解だよ。うん。

 

……ああ、あと三……二……一………

 

「シャル。下がるぞ」

「大丈夫!わかってるよっ!」

 

開始直後に俺とシャルは一気に後ろ向きに瞬時加速をして下がり、俺は千の顔を持つ英雄を発動する。

 

使うものは大威力拡散荷電粒子砲と、武装で錬金な世界にあったミサイルポッドの武装錬金。

荷電粒子砲の方には名前はないが、ミサイルポッドには名前がある。

その名前は―――

 

「ジェノサイドサーカス!」

 

特性は‘無限弾装’。数は八。とりあえず、リアルで『空が三でミサイルが七』をやってみた。

 

「………………」

「………………」

 

その無数の弾頭を向けられているののちゃんとラルちゃんは、なんだか物凄く顔をひきつらせていた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

そして、隣に居るシャルと観客席に居る鈴とセシリーの顔も盛大にひきつっているように見える。

 

「秒間百五十発×2のミサイルが、三十秒ほど続くから…………頑張って避けてね♪」

「「「無茶苦茶言うなっ!!」」」

ラルちゃん、ののちゃん、シャルに口を揃えて言われた。悲しいなぁ……悲しすぎるからとりあえず発射しよう。

 

「発射ァ!」

 

号令と共にミサイルの第一陣が発射され、ラルちゃんとののちゃんに向かって飛んでいく。

 

「頑張ってね?」

「「死ぬわっ!」」

 

 

 

……そう返されたんだが、結構なんとかなるらしい。

 

ラルちゃんは予備の部品で組み上げたばかりのシュヴァルツェア・レーゲンを。ののちゃんはいつも乗っていたらしい打鉄を使っているが、二人ともに妙に切れが良い。

 

ラルちゃんが大口径レールカノンとワイヤーブレード、そしてAICを駆使して自分に当たるミサイルを落としているのはわかる。

けども、ののちゃんが打鉄の近接ブレードでミサイルの横っ腹を高速で飛び回りながら全部切り捨てているのを見ると、ちょっと呆れる。

 

「……もう十五秒過ぎるけど…………凄いね、あの二人」

「凄いよな。流石ののちゃんだ…………さてと。俺も行くかね」

 

カートリッジ式の荷電粒子砲を持って、ミサイルの雨が降り注ぐ中に飛び込む。まず狙うのはののちゃんだ。

 

ほとんど無いミサイルの隙間をすり抜けてののちゃんの背中に回り込む。

 

「………見えているぞ!一夏ぁっ!」

 

するとそれに気付いたののちゃんに斬りかかられた。ミサイルの影を伝ってきたし、見えないようにしたって言うのに随分と鋭いことだ。

 

「なに、肉眼では見えなくとも気配の目では見えている」

「そりゃすごいな」

 

そう言いながらののちゃんが切り落とす寸前のミサイルに重なるようにののちゃんを撃つ。

 

「見えていると……言っているだろうがっ!」

 

そう言ってののちゃんは荷電粒子砲の射撃とミサイルの誘爆まで避けきって見せた。

 

…………が、すべてを見通している訳じゃない。

 

ズドンッ!といきなりののちゃんの後ろに爆風と衝撃が起き、ののちゃんのバランスと姿勢を崩させた。

 

「一夏ばっかり見て、僕を忘れちゃダメだよ」

「くっ……デュノアかっ!」

 

今までちょこちょこラルちゃんの方にばれないようにちょっかいを出していたシャルが、ののちゃんの背後にグレネードを投げつけたのがさっきの爆発の原因だ。

 

バランスと姿勢を崩されたののちゃんはミサイルを懸命に避けようとしていたが、流石に無理があったらしく直撃を十数発食らった辺りでシールドエネルギーが0になったようで、一応残っていた機動用のエネルギーを使ってゆっくりと降りていった。

 

「……次は、負けんぞ」

「あるかどうかもわからないけどね」

 

短い会話を終わらせて、俺はののちゃんに向かっていた分のミサイルにまで襲われているラルちゃんに意識を向けた。

 

シャルはシャルでアサルトライフルを使ってうまいことラルちゃんにダメージを与えている。

なんと、AICの張られている場所をミサイルの停止位置から考えて、無いところに撃ち込みつつ誘爆でじりじりと減らしているらしい。器用だな。

 

……ののちゃんがミサイルの雨に倒れた時間が、開始から26秒程度。残りのミサイルはまだまだあるが、三十秒と言ったし一秒分をののちゃんの分からとっておこう。

 

……いやまあ、実際にはそんなこと必要ないんだけど。

 

 

 

「……あ、ミサイル切れた」

 

と、わざとギリギリ聞こえるくらいの声で言ってみる。するとそれに釣られたのかラルちゃんが元気になった。

 

……ここで『嘘だ阿呆が』とか言ってミサイル出したらかなり絶望感溢れる表情が見られるんだろうな。

 

…………とか思ったりしたが、俺は優しいからそんなことはまだしない。

 

……まだ、しない。

 

「……いつか……やるの?」

「やるけどどうかした?」

「…………ううん。なんでもない」

 

あっそ。

 

それじゃあ次行こうか。

 

今度は背中から大量にガトリングガン系統の銃を適当に五十ほど用意してみた。弾の口径は八十八ミリで、一発一発がライフル弾のように回転している。

 

「…………おい、冗談だろう?」

 

酷く青ざめてひきつった笑顔を浮かべるラルちゃんに、俺も笑顔を返す。

 

「大丈夫。痛いのはちょっとだけだから」

 

そして俺は、トリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

最早只の苛め、何を今さら

 

ガトリングガンのトリガーを引くと、弾が飛び出す。当たり前のことだ。

そしてそのガトリングガンでばらまかれた弾は、殆どがラルちゃんのAICによる停止結界で止められてしまった。

 

「シャル」

「うん。わかってるよ一夏」

 

その隙にシャルがAICを避けてマシンガンでラルちゃんに向けて銃弾をばらまく。

ラルちゃんはシャルのばらまいている弾を避けながらもAICを辞めようとはしない。まあ確かに一分に千五百発の三十倍で八十八ミリ弾をぶちこまれたら十秒持たないだろうしな。

 

ちなみに反動は全部相殺されている。そのかわりに全然動けないけど。PICが高性能で助かった。

 

「……ねえ一夏。そのガトリングってどこで売ってるの?」

「自作って言ったらどうする?」

「…………冗談でしょ?」

「冗談だといいね」

 

そう言って俺が笑うと、シャルはなぜか複雑そうな表情をする。

 

……んー。そろそろラルちゃんのエネルギーが切れてもおかしくないんだけどな?

AICって要するにPICと同じで、相殺する物の運動エネルギーが大きければ大きいほどエネルギー食うはずなんだけど。

シールドエネルギーとは別系統だから強制解除とかにはならないだろうけど、まともには動けなくなるはずだし。

 

…………さてと。それじゃあ荷電粒子砲でも撃ち込むとするかね。ガトリングの反動を消すのも面倒になってきたし、これなら止められないだろ。

 

ゆっくりと狙いをつけて、引き金を引く。

 

AICの壁をすり抜けて、光線がラルちゃんを貫いた。

 

「……そう言えば、そんなのもあったね」

「ガトリングの印象が強くて忘れるだろ?」

 

忘れてくれれば隙をつけるしな。こういうド派手な武器の裏に、効果の高い地味な武器を隠しとくのが好きなんだよ。

 

そしてアリーナに試合終了のブザーが鳴り響く。

 

『試合終了。勝者――織斑一夏、シャルル・デュノアチーム』

 

……ふぅ。やっぱり強いやつの相手はめんどくさいわ。さっさと寝たい。帰りたい。ちー姉さんに撫でてもらいながら寝たい。

 

「あ、ちっちゃくなった……なんで一夏の身長は伸び縮みするのさ!?」

 

今さらすぎる疑問だな。確かに見せるのは二回目で、一回目はそんなことを気にできる状況じゃなかったし、仕方無いか。

 

…………ふぁ……。

 

…………すか~……

 

 

 

 

side シャルロット・デュノア

 

一夏がさっさと帰っちゃったあと、回りを見てみると見学していた大体の人がひきつったような顔をしていた。うん、気持ちはわかるよ? だって多分僕も似たような顔をしてると思うから。

 

一夏の言葉を信じると、秒間150×2×30秒で9000発のミサイルと、1500×36/60(分)×30門で27000発の銃弾がこの試合の中で飛んだことになる。当然これは一夏が撃った弾の合計で、僕やラウラが撃った弾は別計算だ。

 

………どこにそんな容量があったのかとか、昨日見た時にはそんなの無かったよねとか、色々と言いたいことはあるけれど、やっぱりやったのが一夏だと思うとなんでか納得できちゃうのは………どうしてかな?

 

「……ふぅ。やはりまだ勝てんか……手加減までして貰ったと言うのに、情けないことだ」

「どこに手加減の要素があったのさ!?」

 

僕が言うと、箒はきょとんとした顔で、当たり前のことを当たり前に説明するかのように言った。

 

「雪片も零落白夜も使っていないだろう? それに、遠距離からの狙撃で直撃させられる隙などいくらでもあった。そこを突かないと言うだけで、十分すぎる手加減だろうが」

 

………そんな隙なんてあったっけ……?

 

「ああ、あった。私にも、ラウラにも」

 

へぇ…………。

 

……あれ? 僕って今声出したっけ?

 

「一夏に付き合った時間がある程度長くなれば、何となくで読むことができるようになる」

「読心術を使えて普通ってどんな普通さそれはっ!?」

「普通ではないが、常識だ。シャルルも覚えておくといい」

「そんな常識はやだよ!?」

「諦めろ、デュノア」

「あ、シャルルでいいよ。このトーナメントが終わったら名前変わるけど」

「そうか」

 

ラウラに諦めろって言われちゃったので、受け入れることにした。でも、きっとこの突っ込み癖は直らないんだろうなぁ……と思う今日この頃。

 

「……さて。そろそろ移動しよう。次の試合の邪魔になってしまう」

「そうだね。行こうか」

「うむ」

 

僕達は一夏の消えていった方向に向かって飛ぶ。多分一夏はピットのベンチで寝ちゃってると思うし、着替えても大丈夫だよね?

 

「私は相手が一夏なら全く問題ないが」

「私もだな」

「そこは恥じらいを持とうよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

一回戦終了、二回戦までは暇

 

ラルちゃんとののちゃんのコンビをなんとか倒し、俺はのんびりと寝ることにした。

 

………したんだが、その前にやることがある。それは、今回の戦闘のデータをかんちゃんに見せないといけないと言うことだ。

ミサイルと荷電粒子砲は、それなりに相性が良いらしい。荷電粒子砲がスナイパーライフルに変わっても同じように使えると思うけど、やっぱり複数のミサイルはコンビ戦等の多対多の勝負に有利だ。

 

「……でも、打鉄弐式には………あんなにミサイルはない……」

「波状攻撃って意味では同じだと思うけど?」

 

特に、ミサイルに気をとらせて荷電粒子砲で遠距離射撃とか、そう言った戦い方だったらある程度少なくないと誤爆するし。

 

「あと、マルチ・ロックオン・システムの方はどう? 無理矢理やるんだったら48個同時に通常のロックオン・システムを使えばできなくはないと思うけど」

「……それは……無駄が多すぎる」

 

だろうね。だから『無理矢理』って言ったわけだし。

でも、多分原理的には似たようなものだよな。48発のミサイルをそれぞれ独立させて狙うってのは。

 

「……織斑君は……どうやっていたの……?」

 

かんちゃんはそう聞いてきた。どうって言ってもあれはぶっちゃけるとなんとなくなんだが……。

 

「……簡単に言うと………気合い? 射撃用のシステム搭載してないし」

「そんな機体であんなに弾幕を張ったの!?」

 

おぉう、びっくりした。かんちゃんが大声を出す所なんて初めて見た。

 

「そうだよ? ハイパーセンサーもあって動体視力は良いし、弾幕張るタイプの武器だからある程度狙えば当たるしね」

「……だから、弾幕なの?」

「そうだよ? 荷電粒子砲の時は近付いて撃つか、相手の動きが止まったところでゆっくり狙って撃ってたし」

「……そう……近付けば……狙わなくっても当たる………」

 

まあ、乱暴に言えばその通りだな。

ついでに言うと、近くなれば空気中を進むことによる威力の減衰もほとんど無いから威力は高いままだしね。

 

「それじゃあ、俺は運動した分寝なくちゃいけないから、この辺りで失礼するよ」

「……待って」

 

ん? なんだ?

 

かんちゃんは俺の方を見ると、無言で腿を叩いた。

 

「……そんなに眠いんだったら………ここで寝ていけばいい」

 

そう言っているかんちゃんの頬は真っ赤だったが、俺はお言葉に甘えることにした。

……布団は千の顔を持つ英雄で出せるし、ベッドはいらない。枕はかんちゃんの膝枕。考えようによってはかなり贅沢な気がする。

 

そう考えながらも俺は布団を用意して、かんちゃんの膝枕に頭をのせる。

 

「おやすみ、かんちゃん」

「……おやすみ…………一夏」

 

……初めて名前を呼んでもらった気がする。嬉しいね。

そう思いながら、俺はゆっくりと意識を深く落としていった。

 

…………すか~……。

 

 

 

 

side 更識 簪

 

織斑君は、私の膝の上で寝息をたてている。五月蝿くてもまず起きないとは言っていたけれど、私を含めたこの場に居る全員は、できる限り静かに作業を続けている。

 

「……織斑君の寝顔……可愛いね」(小声)

「だよねだよねっ!」(小声)

「……撫でても大丈夫かなぁ……嫌われちゃったりしないかなぁ………」(小声)

 

……それは大丈夫だと思う………だって織斑君は……撫でられるのが大好きだから……。

 

今も私が撫でてあげると、ほにゃっという笑顔を浮かべて私の手に髪を擦り付けている姿を見ながら、そう思う。

……だけど、教えてあげない。この時だけは、織斑君は………一夏は、私だけのもの。

 

そんな独占欲を持ちながら、私は片手で打鉄弐式のデータを弄り、片手で一夏の頭を撫でていた。

 

「……んぅ………はむ……」

 

かぷっ、と一夏に私の指が食べられた。そんなに強くは噛んでないみたいだけど………なんだかすっごいクルものがある。

はみはみと一夏は私の指を甘噛みし、その度になんだかぞくぞくしてくる。

 

このままじゃあいけないと思って一夏の唇から指を抜く。結構簡単に抜けたけど、何でかまだぞくぞくする。

指を見てみると、一夏ので私の指が濡れて―――

 

……この指を舐めたら間接キスになるんじゃ…………。

 

そんな邪な思いがよぎったけれど、意識してそれを頭から追い出す。

……打鉄弐式の方に集中しないと…………。

 

そう思って画面を見てみると、そこには一面に『一夏と間接キス』の文字が踊っていた。

 

……空間投影型のディスプレイじゃなくって、ほんとによかった。

 

私は画面に映った文字を、いらないところだけ纏めて消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二回戦、原作何それ美味しいの?

 

確か原作では一回戦で中断することになったはずなんだけども……まあ、続くんだったらそれは仕方ない。面倒だけど。

 

「一夏。油断はダメだよ」

「わかってるよ。油断せずミサイル弾幕を」

「弾切れ起こしたって言ってなかった!?」

「なんか増えてた」

「何でさ!?」

「知らない。何で俺に聞くんだよ」

「一夏のISだからだよ!?」

「じゃあシャルは自分のISの部品の一つに含まれる合金の種類と割合と元々の金属の原産地までわかってるの?」

「僕の聞いたことってそんなに難しいこと!?」

「幽霊が存在しない確たる証拠を見付けるのと同じくらい難しい」

 

ちなみに、存在することを証明するにはそれを見つければ良いが、存在しない証明は存在する可能性を全て否定しなければならないのでまず無理だそうだ。

 

「ああ、ちなみに増えてたってのは冗談だから」

「……なんだ、冗談だったの? よかったぁ……」

「本当は最初から切れてなかった」

「あれだけ撃っといてまだ残ってるの!?」

 

ののちゃんに撃つはずだった分が少しね。それがなくても作れば普通にあるんだけど。

それ以前にジェノサイドサーカスの武装錬金としての特性は無限弾装だから切れないんだけど。

 

「半ば冗談だよ」

「もう半分は!? もう半分は本気なの!?」

「まあ、どちらにしろミサイルは使わないけどね。もう残ってないし」

「結局残ってないんだ!?」

 

シャルの突っ込みが今日も冴え渡る。良いなぁ……。

 

「……僕もう疲れたよ……」

「諦めるといい」

 

そう言うとシャルはぐったりとした表情で俺を見てから、無言でISを展開してカタパルトに向かった。

……拗ねたのか?

 

「拗ねてないよ」

「拗ねてるように見える」

「拗ねてないってば」

 

まあ、本人がそう言うなら構わないがね。

 

……それじゃあ、始めようかね。

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

二回戦の相手は、名前も知らないだれか。使っている機体はどちらも訓練機のラファール・リヴァイヴで、あんまり変な武器も持ってはいないみたい。

だけど、油断はできない。さっき箒が見せてくれたように、訓練機だって使い方次第であそこまで上れるんだから。

 

「セシリア。油断は禁物よ」

「ええ。わかっていますわ」

 

あたし達の視線はたぶん鋭い。相手の二人にはちょっと悪い気がしなくもないけど、本気で行くことにする。

 

ただ、あたしは我流の無理矢理な衝撃砲の曲げ撃ちを、セシリアは偏向射撃を封印中。これは一夏と戦うまではとっておくつもりだから。

 

「それじゃあいつもの通り、あたしが前衛でセシリアは後衛ね」

「わかりましたわ。落とされないようにお気をつけて」

「誰に言ってるのよ。あたしは凰鈴音、中国の代表候補よ? 一夏にはまだちょっと勝てる気がしないけどね」

 

くすくすと笑い合い、それから武器を展開する。

 

「確かに、わたくしも一夏さんにはまだ勝てる気がしませんわね」

 

それでも、あたし達は目標に向かって進むことしかできないんだけどね。

 

双天牙月を構え、相手に視線を向ける。少し前に皹を入れられた双天牙月は新しいものに変えられているため、早々折れることもないだろう。

 

試合開始の合図まで、あと六秒。

 

 

 

試合開始直後にあたしは瞬時加速で接近する。一秒足らずで隣接距離まで入り込んだあたしは、双天牙月の先端をリヴァイヴの腹に直撃させたまま更に力を込める。

もう一人の方には口径を広げた拡散型の衝撃砲を一発。シールドエネルギーは大して削れはしないけど………

 

「隙ありですわ」

「えっ、キャアァァァッ!?」

 

セシリアのビットから出たレーザーがもう一人のリヴァイヴを貫いて、ダメージを与えた。あれ直撃すると割とダメージ大きいのよねぇ……。

 

そんなことを考えながら、あたしはアリーナの遮断シールドにリヴァイヴを叩き付ける。シールドエネルギー同士が干渉して、リヴァイヴのシールドがガリガリ削られているのがわかる。

 

もちろんここでなにもしないあたしじゃない。小さく衝撃砲を展開して、武器を展開しようとした両手を撃ち抜く。

もちろんそれでシールドエネルギーの消費は速まるし、そろそろこっちのリヴァイヴのシールドエネルギーが切れても

 

双天牙月を持ったまま、急速上昇。後ろから相手のパートナーの撃った弾が飛んできた。危ないわね。

 

「な……なんで避けれるのよ!?」

「勘よ。勘」

 

なんて当たり前の事を聞くのかしらね?

 

「……鈴さん。当たり前ではなくってよ?」

「はいはい、つまらない冗談なんて言ってないで、続きしましょ」

 

なんでわざわざそんな下らない嘘を言うのかしらね? 誰が聞いても嘘だってわかるじゃないの。

 

「…………はぁ……」

「? なによ溜め息なんてついて?」

「……なんでもありませんわ」

 

……なんとなく気に食わないけど…………セシリアがなんでもないって言うならなんでもないんでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決戦、俺・シャルvs鈴・セシリー

 

色々あって、一年の中ではこのどれかの組が優勝するだろうと言われている組が三つあった。

始めに、俺とシャルのペア。

次に、ののちゃんとラルちゃんのペア。

最後に、鈴とセシリーのペア。

 

そのうち、ののちゃんとラルちゃんのペアは一回戦で俺達に敗退したため除かれた。

それでは、次はどちらがこの勝負から消えるのだろうか。

 

「ふふふふ……一夏っ!…………私達が死なない程度に、手加減してね♪」

「元々殺す気は無いっての」

「なんで普通に殺す殺さないの話になってるのさ!? これ試合だからね!? 」

「……? 何を言ってらっしゃるの? 試合では『事故』と言うものがあるんですのよ?」

「事故は狙って起こすものじゃないからね!?」

「そんなものは当然ですわよ? 全く、シャルルさんはいったい何を言っているのか……」

「え、悪いの僕なの!? 僕なにか変なこと言った!?」

 

俺と鈴がいつものかけあいをしていると、シャルとセシリーが二人らしいかけあいを始めた。仲が良いなぁ。

まあ、二人が強くなったのは知ってるから……手加減はしても、侮ることはしない。負けちゃうからね。

 

特にセシリーの偏向射撃。あれは流石に完全に避けきるのは難しいしね。

例えば、シャルと俺を重ねて作った死角からの攻撃に鈴からの攻撃を合わせ、更に偏向射撃で狙い撃たれると避けにくい。

シロは攻撃特化+極限速度特化だから、防御は固くないんだよね。弱点は超々広域殲滅攻撃。もしくは束姉さんによる搦め手。

 

……こう考えると、結構弱点多いのかもね。

 

……まあ、いいか。

 

『とりあえず、シャルは鈴の方をお願い。鈴の衝撃砲は速射で狙いを散らしたりすることができるから気を付けて。あと、壁に押し付けられたらラルちゃんを落とした超速連射が来るから』

『……あれかぁ……うん、頑張ってみるよ。一夏も気を付けてね!』

『当然。死にたくないからね』

 

……さてと。頑張ってみるかね。

 

 

 

開始のブザーが鳴り響き、四機のISが動き始める。

俺はセシリーに向かい、セシリーは後方に飛びすさり、鈴はこちらに向かい、シャルが鈴に向かって飛ぶ。

 

「あら? あたしの相手はシャルルなの?」

「うん、そうだよ。一夏じゃなくってごめんね?」

「別にいいわよ………あたしがあんたを落とせば良いだけだしねぇっ!」

 

どうやら向こうは向こうで話が付いたらしく、急激に戦場の空気が辺りを包み込む。

 

「あら? あの時とは違って今度は一夏様からダンスのお誘いですか?」

「まあな。鈴と一緒だとかなり面倒なんで、悪いが付き合ってもらうぞ?」

 

鈴と組まれると凄まじく厄介だからな。コンビネーションを発揮される前に叩き潰してやらないと。その方が楽そうだし。

 

「……ふふふふっ♪ それでは一曲お相手しましょう♪」

「よろしく頼むよ、セシリー」

 

相手をしてくれるんだったらかなり嬉しいし。その方がシャルの勝率は上がるし。

 

「………では、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズ。参ります!」

「織斑一夏とシロ。相手をしてやるよ。面倒だけど」

 

やれやれ。これが終わったら、思う存分寝るとしようかね。

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

あたしの相手はシャルロット。それは別にいい。たぶんこうなると思っていたから。

一夏はきっと、ある程度読みやすいあたしよりもセシリアの方を優先するだろうという予測はたてていた。

そのときのことも一応考えてはいたけれど、やっぱり一夏の操るシロは凶悪ね。高機動状態でもない筈なのに、あたし達を一瞬置き去りにして動いた。

あの時に攻撃されていたら、きっと避けることはできなかっただろう。

 

まあ、もしものことを考えても仕方ない。一夏はあたし達を攻撃しなかったし、あたしはこうしてシャルロットと向き合っている。

シャルロットの言った通り、本当なら一夏と戦いたかったところだけど………だからって今の相手に集中しないまま戦うほど、あたしは馬鹿じゃない。

 

それに、さっさと倒せば一夏とも戦えるかもしれないしね。

 

…………でも、相手は二世代機とはいえ専用機持ちで、さらに随分改造されている。こっちの手札は全部はバレていないけど、それは向こうも同じ。どんな隠し球があるかわかったもんじゃない。

 

「……それじゃあ、いくよっ!」

「来なさい!」

 

シャルロットがショットガンを展開すると同時に、あたしは武装を展開せずに口径を広げた衝撃砲を撃ち込んだ。

威力は下がるし発射速度も落ちるけど、シャルロットが動こうとする前から準備をしておいたから関係ない。

 

そして発射直後に砲身を破棄。双天牙月を展開して、シャルロットに斬りかかる。

 

「わっ、わっわっ!」

「ほらほらぁ!あんまり逃げ回ってると、その可愛い可愛いお尻を取っ捕まえて食べちゃうわよぉ?」

「ひぃっ!? り、鈴!? なんだか手つきが怪しいよぉ!?」

 

失礼ね。ただちょっと揉んで擦って撫で回して押し潰して掴んで指先で擽って爪を立てて弄ぶだけじゃない。噛み付いたり食べたりなんてしないわよ。

 

「それでも‘だけ’じゃないよぉ!?」

「嫌なら勝ちなさい? 一夏に助けてもらうんじゃなくって、自分でね」

 

あー、一夏がシャルロットをからかう理由がわかった気がするわね。

 

この娘………慌てた時の反応がすっごく可愛いわね。一夏ほどじゃないけど。

 

まあ、それなりにからかいながら戦うとしましょうか。

……真剣に、ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

決戦中、俺・シャルvs鈴・セシリー

 

「そこですわっ!」

「教えてくれてありがとさん」

 

俺とセシリーは空中を舞うようにして戦っている。

偏向射撃ができるようになってから、セシリーは中距離だけではなく近距離もそれなりにできるようになった。誤射の可能性が低くなったということもあるんだろうな。強い強い。

 

……ちなみに、鈴とシャルは結構離れたところで逃げ回り、追いかけ回しながら撃ち合いをしている。

 

「わぁあぁぁん!」

「あははははっ!まだまだいくわよーっ!」

「こないでよぉぉっ!」

 

……楽しそうだな、鈴。まあ、昔からこうして他人をからかうのが好きだったからな。俺と同じで。

 

「余所見とは随分余裕がおありですことっ!」

「視界は前後上下左右全方向にあるっての」

 

あんまり活用できてるやつはいないけど。

その点は仕方ないよな。人間の脳味噌はそんな視界に耐えられるようにはできてないことが多いからな。例外はあるけど。ちー姉さんとか。

 

そんなことを考えながら飛んできた青いレーザーを避ける。銃口と銃身を見ればある程度避けられるのがレーザーって言うものなんだが………曲げられると言うのがきつい。ギリギリの回避もできないし、流石のシロも光速では動けない。

もちろん俺も、光速あるいは亜光速での機動は無理………だと思う。やったことないからわからないけど。

 

ちなみに今の避け方は、左手の衝撃砲でセシリーの持っているライフルの横っ面に衝撃を叩き付けて射線を外し、偏向させないと当てられないようにしてから避けている。ビットの方は、出てきた四機を空間固定で止めてすぐさま退場願ったら残った二機は出てこなくなった。

 

あんまり頭使うのは好きじゃないんだけどなぁ………。寝るのとは真逆の行為だし。

でも、ちー姉さんに言われちゃったし、負けるのは気に食わないしなぁ……。

 

……こうなったら被弾覚悟で一気に零落白夜で叩っ切るか? それが一番早そうだ。

 

今のところ、セシリーのライフルが一発撃ってから次を撃つまでに必要な時間は0.5秒ほど。これだけあれば一発二発食らう程度で済むだろう。

 

瞬時加速を発動。セシリーに一気に接近する。

それと同時に雪片を振る―――わずに、もう一度瞬時加速で横に軌道を変える。

 

するとセシリーの腰にくっついていた二機のビットからレーザーが飛び出し、虚空を貫いた。

 

「……先に落としたうちの二機は、射撃型じゃなくて弾道型だったんだな」

「ええ。よく避けましたわね」

 

セシリーがなんだか地味に策士だ。ちっちゃい策だけど有効だよな。

 

……まあ、こっちもやることはやったし、おあいこってところかね。

 

「セシリー」

「はい?」

「右肩見てみ」

 

俺の言葉に従って、自分の右肩を見る。するとそこには―――

 

「なっ!? グ、グレネード!?」

「正解♪」

 

瞬間、爆音と共に、赤い大輪の炎の花が開いた。

 

「たーまやー」

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

爆音と衝撃がアリーナ全体を揺るがせた。

鬼ごっこ(シャルはかなり必死)をしていたあたし達は、同時に一夏とセシリアの方に振り向いた。

 

「隙あり」

「無いわよ」

 

ついでにシャルはあたしにショットガンを五発ほど撃ち込んできたけれど、口径を広げた擬似的な拡散型の衝撃砲で撃ち落とした。

 

「……何があったんだと思う?」

「とりあえずあたしに向けてのマシンガンの斉射を辞めてから聞いてよね」

「防いでるくせに」

「まあ、実態があって軽ければ双天牙月で落とせるからね。あと、さっきのことだけど……どうせ一夏が馬鹿威力のグレネードでも使ったんでしょ」

 

と言うか、セシリアの声が聞こえていればわかると思うけどね。おもいっきりグレネードって言ってたし。

……一夏って、グレネードなんて持ってたのね。

 

まあ、勝負を終わらせるにはもう少し必要みたいだけど。グレネード一発で落ちるほどセシリアもヤワじゃないだろうし。

 

「えいっ」

「返すわ」

「困るよ」

「こっちもよ」

 

シャルロットがグレネードを投げてきたので双天牙月で打ち返す。盾で打ち返してきたので今度は上に弾く。

……なんだか、ほのぼのとしながら殺伐とした戦いね。何でもないことみたいにグレネードを投げ合うことになるなんて、思ってもみなかったわ。

…………普段からそんなことを考えているのは、それはそれでまずいことかもしれないけど。

 

「……そろそろ終わらせない?」

「あ、それいいね。僕もちょっと(貞操の)危機を感じてた所なんだ」

 

シャルロットはそう言って、いつもの高速展開で両手に連装型のショットガンを二丁取り出した。

 

「ああ、負けたらシャルルのところに泊まるから」

「え……こ、困るよ!」

 

ああもう可愛いわね。どうせいつもと同じように一夏と寝るだけなんだから、気にしなければ良いのに。

 

「じゃあ頑張りなさい」

「うう……鈴の意地悪………」

 

そこまで言って、お互いに瞬時加速。どうやらあっちも不意を打とうとしてたみたいね。

それに驚く感情はあるけど、それよりも今はシャルロットを倒さなくちゃ。

 

そして一夏と……まあ、本気じゃなければ五分くらいは持たせてくれるかな?

……それも、ここでシャルロットを倒せればの話だけど。

 

あたしは双天牙月を弓を引き絞るように片手で振りかぶり、シャルロットの胸を貫くように突き込んだ。

当然、シャルロットは腕の盾で防いでからショットガンを撃ち込んでくると思っていたのだけれど…………

 

「ぐぅっ……」

「な……」

 

シャルロットは、盾で防御しなかった。

 

「あ、あんたなに考えて」

「うふ」

 

ぞくり、と寒気が走る。シャルロットは今の一撃でシールドエネルギーがかなり削られていて、あとはちょっと力を込めた衝撃砲の一撃で落とせそうなくらい弱っているはずなのに。

 

「うふふふふふふふふふ………捕まえたぁ……♪」

 

バンッ!という破裂音がして、シャルロットの腕の実体盾が弾け飛ぶ。そしてその腕から覗くそれは―――

 

「盾殺し《シールド・ピアース》ですって!?」

「ふふふふふ………この距離なら……鈴の衝撃砲より僕のこれの方が早い!」

 

あたしは急いで離れようとするけれど、それより早くシャルロットはあたしに向かって瞬時加速をした。

全てがゆっくりとした空間の中。双天牙月の間合いの内側で、シャルロットはまるで千冬さんのような―――獰猛な獣の笑顔を浮かべた。

 

「ぶ……っち抜けぇっ!」

 

ズガンッ!という轟音と共に、あたしの体にパイルバンカーの一撃が突き刺さる。

同時に絶対防御が発動し、シールドエネルギーが一気に削られる。

 

けれど、それだけだ。確かに食らった胸は痛いけど(一瞬『成長止まったらどうしよう?』なんて思ってないったら思ってない)、そんなのどうってことはない。

あと一発叩き込めば、シャルロットは落ちる。だから私は痛みを訴える体を無視して、衝撃砲の砲身を作り上げる。

短くても、小さくても、薄くてもいい。一発撃てればそれでいい。

 

あたしはそう考えて、シャルロットの四回目のパイルバンカーの攻撃と同時に衝撃砲を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただのネタ、時間軸とかは気にしないこと(外伝)

 

真っ暗な中で、何かが動く。それは人間にしては小さな影だったが、人間の大人以上に俊敏に動き回っていた。

 

「わぅわぅ?」

「きゅっ!」

「くきゅっ!」

「ちゅぴぴっ!」

「わぅ!」

 

そのうちのひとつが確認するかのように声をあげると、帰ってくる声は四つ。

 

「ぅわぅ?」

「きぃっ!」

 

今度は別の方向に確認の言葉を向ける。何を確認したのかはわからないが、何かを聞いたと言うことはわかるだろう。

 

「わぅわぅ?」

「にゃう!」

 

ぱっ!とスポットライトが点き、色々なことを確認していた小さな影を照らし出した。

 

それは、いつもの寝間着だったり制服だったりする白狼ぷちかではなく、きりっとした燕尾服を着ている白狼ぷちかだった。

 

白狼ぷちかが手に何かを持ったままその手を上に上げ、ひゅっと動かした。

 

すると暗闇の中からピアノとフルートとドラムの音が聞こえ始め、それが一つの音楽になる。

 

それと同時に新しく一つスポットライトが何かを照らし、その姿を露にした。

 

それはリスぷちか。格好は白狼ぷちかと同じく燕尾服だが、白狼ぷちかの持っている細長い棒の代わりにぷちかサイズのバイオリンとその弓を持っている。

 

「おれは音楽家織斑ぷちか(栗鼠)♪ 上手にバイオリン弾いてみましょう♪」

 

そこまで歌ってからリスぷちかはバイオリンを構え、曲に合わせて弾き始めた。

 

~~~♪ ~~~~♪ ※都合により省略させていただきます。

 

「いかーがですー♪」

 

リスぷちかがそう歌い終わると、リスぷちかに向けられたスポットライトはそのままに新しいスポットライトが別の何かを照らし出す。

 

白い兎耳を頭につけた燕尾服のぷちかが、ピアノの前に座っていた。

同時に、さっきまで流れていたピアノの音が消えて、代わりにバイオリンの旋律が流れている。

 

「おれは音楽家織斑ぷちか(白兎)♪上手にピアノを弾いてみましょう♪」

 

~~~♪ ~~~~♪ ※都合により以下略。

 

「いかーがですー♪」

 

また新しくスポットライトが点き、今度は燕尾服を着た金色の小鳥ぷちかを照らし出した。手にはフルートを持っているが、今は吹かれていないために音は出ていない。

 

代わりに少し休んだ白兎ぷちかが入り、補填している。

 

「おれは音楽家織斑ぷちか(金糸雀)♪ 上手にフルートを吹いてみましょう♪」

 

~~~♪ ~~~~♪ ※都合略

 

「いかーがですー♪」

 

もう一度スポットライトが新しい影を照らし出す。

狸耳をつけた燕尾服を着たぷちかが、太鼓の前に座っていた。

 

「おれは音楽家織斑ぷちか(狸)♪ 上手に太鼓を叩いてみましょう♪」

 

~~~♪ ~~~~♪ ※都略。

 

「いかーがですー♪」

 

そして最後に、指揮をしている白狼ぷちか以外のぷちか達が全員同時に歌い始めた。

 

「おれ達音楽家織斑ぷちか♪ 上手にあわせて演奏しましょう♪」

 

~~~♪ ~~~~♪ ※全略。

 

「いかーがですー♪」

 

最後のフレーズを何度も繰り返しながら、ゆっくりとぷちか達はフェードアウトしていった。

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

再生の終わったブルーレイディスクを取り出して、『演奏会~ぷちか①~』と書いてあるケースに丁寧に仕舞う。

空間投影型の画面を消して、一緒に見ていた鈴達の方に振り向く。

 

死屍累々だった。

 

「……おーい」

「ぐ……がはっ……ぁ……はぁ……はぁ………」

「けほ……箒は……まだ声が出るなら平気ね……それよりは……」

 

「…………」(鼻血をだくだくと流して恍惚の表情を浮かべて倒れているセシリア)

「…………」(鼻血をだくだくと流してだらしなくかつしまりのない笑顔を浮かべているシャル)

「………………ゴパッ」(今まで耐えてきたが我慢の限界に達して吐血したラウラ)

「…………」(燕尾服を着た白狼ぷちかが出てきたときにぶっ倒れた千冬)

 

「……こっちのをどうにかしないと…………」

「……すぅ……はぁ………そうだな」

「ちなみに、弾にも送ってみた」

「……弾。あなたなら平気だと信じているわ」

 

鈴は空を仰ぎながらそう言った。何故か、空に笑顔の弾が浮かんだような気がした。

 

 

 

 

 

……書いてから思ったんですが、これっていいんですかね? 替え歌なんですけど………。

ちなみに、ぷちか達の声は一夏によるアテレコです。

 

 

 

それと、このブルーレイを送られた後の五反田家の一部の惨状を、台詞主体でどうぞ。

 

 

 

 

 

「ん? 一夏からなんか来てるな? 珍しいこともあったもんだ………ってこれ切手とか郵便配達の紙とか張ってないんだけどどうやって…………一夏だし何でもありか」

 

 ~仕事が終わって~

 

「さてと。それじゃあ一夏からのプレゼントを開けてみるかね」

 

「……なんだこりゃ? DVD……いや、ブルーレイディスクか? まあいい、再生してみるか」

 

 ~見終わってから~

 

「お兄!さっきから晩御飯が………きゃあぁぁっ!!?」

 

蘭が扉を蹴り開けたそこには、血まみれで倒れる弾の姿が。

 

「お兄!大丈夫!?」

「ぁ……ら、蘭………」

「よかった……何があったのお兄!?」

「……あ………あれを……」

 

弾が指差したのはテレビ。今は何も映されていないが、どうやらビデオ1に設定されているらしい。

 

「テレビ? テレビがどうしたの!?」

「……ブルーレイだ………ブルーレイが…………致命傷を……」

 

そこまで言って弾の腕が力を失って床に落ちる。蘭は弾の遺言(?)に従って、ブルーレイを再生させてしまった。

そして…………

 

 

「……かはっ……」

 

どさっ!という音と共に、弾の部屋に死体が一つ増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合終了、整備に行こうか

 

………シャルと鈴の方も終わったみたいだし、そろそろ真面目にやろうかね。これ使うとISのプライベート・チャネルが使えなくなるから自重してたけど、これなら使っても平気だろう。

 

千の顔を持つ英雄で作るは、毎度お馴染みのアリス・イン・ワンダーランド。

ISに乗れるとわかってから出番がかなり増えていたりするこれを、とりあえずサービスで核金二十個分ほど水滴をつけてばらまく。これで光学兵器の大半は無力化できたし、機動も無茶苦茶なものになるだろう。

 

「く……またそれですの!?」

「前回も使ったから、今回はちょっと工夫して霧もオプションにつけてみた。効果は倍増だ」

 

セシリーは始めにミサイル・ビットを俺に落とさせてしまった。だから使えるのはゼロ距離のライフルか近接戦闘用のナイフくらい。あと機体の装甲で直接殴るとか、最悪ライフルで殴るとか?

 

まあ、セシリーならライフルで殴るってのはやらなさそうだけど。

 

とにかく、視界は封じてビットの操作とレーザーも封じた。あとはさっさと斬り倒すだけだ。

機動はこっちが上だし、すぐ終わるだろう。

……周りには見せないけど。

 

「……零落白夜」

 

雪片弐型の実体部分が消え、鬱陶しいくらいに眩しく輝くエネルギーの刃が現れた。霧のお陰で向こうからは見えないだろうけど。

 

そして後ろから近付いて、剣を振る。これで終わり。

 

……さてと。それじゃあさっさと帰ろうかね。色々やりたいこともあるし。

 

 

 

ここは整備室。そして整備室と言えば……そう、かんちゃん。

 

「やっほーかんちゃん。勝ってきたよ」

「……うん………見てた」

どうやら見ていたらしい。それならもう少しミサイルの効率運用に気を使えばよかったかもしれない。

だけど俺の使い方は飽和攻撃で押し通す事だしなぁ……。

 

まあ、いいか。過ぎたことだし。

 

「………ん」

 

かんちゃんが俺に向かって手を差し出していた。なにかな?

 

「……シロの調整………しないの?」

「ん、する。ありがと」

「…………私も……助かってるから」

 

そう言ってくれるとありがたいね。

 

………あー……眠い……。

ふぁ……とあくびをしてから立とうとすると、かんちゃんに腕を引かれてかんちゃんの隣に座らされた。

そして、いつの間にか膝枕に移行している。いったい何が起きたんだろうね?

 

「…………お休み。織斑君」

「……ん。お休み……かんちゃん」

 

そして俺は目を閉じる。その寸前にかんちゃんが鼻をつまんで上を向いたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

……すか~…………。

 

 

 

 

side 更識 簪

 

織斑君が私の膝の上で眠っている。これは一週間に一度は起きることだから珍しくもなんともない。

けれど、今の織斑君だとちょっと問題かもしれない。

全身にぴったりと張り付いているISスーツが、男の子にしてはかなり華奢な体のラインを強調している。

いつも制服の裾から覗くお臍や首筋よりも、なんだか艶かしく見えるのは……きっと気のせいじゃない。

 

「あ、織斑君はここにいましたか。探したんで……寝てます?」

「…………」

 

私は山田先生に頷くだけで返し、左手で織斑君の頭を撫で、右手と右足でシロをいじる。

 

……それにしても、シロの機動は凄い。と言うよりも、織斑君が凄いのかな。こんな真似をしようなんて、私じゃあシロを持っていたとしてもやろうとしないだろうし。

 

「えっと……一年四組の更識さんですね。織斑君に伝言をお願いしてもいいですか?」

「……はい」

「それじゃあ、今日から男子生徒はお風呂が使えますので、その旨と………あと、織斑先生が『毎朝の一夏分の補給がきかなくなってきた』と嘆いていたので、今度寮長室に行ってあげてください、と」

「………わかりました」

 

……私は今、笑っていないだろうか? あの織斑先生がそんなことを言うなんて………。

私としては、なんとか抑え込んでいるつもりなのだけど……ちょっぴり不安になる。

 

笑ったらきっと織斑君を起こしちゃうし、我慢、我慢……。

 

 

 

 

「……くすっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トーナメント終了、送られてきたモノ

 

すべての試合が終わり、表彰式に移る。優勝は俺とシャル。賞品は無いけどね。元々欲しくもないけど。

 

…………さてと。それじゃあ…………寝ようかな。時間もとれるようになったし。

 

…………すか~……。

 

 

 

 

side ???

 

……うんうん、いっくんはよーく寝てるなぁ?

その事を確認して、私は静かにいっくんのベッドの脇に段ボール箱を展開した。これぞ束さん流、遠隔展開だよー♪

いっくんが起きた時にこれを見てどんな反応をしてくれるかなー♪

 

楽しみ、楽しみぃ♪

 

 

side out

 

 

 

目が覚めて、ふと横を向いてみると……そこには段ボール箱が一つ置いてあった。

……誰が置いたのかは知らないけど、多分束姉さんだと思う。だって束姉さんだし。

 

とりあえず開けてみることにした。上のところを目張りしているガムテープを剥がして、それから蓋を開く。

するとそこには、

 

「…………?」

「…………そう言えば、言ってたねぇ」

 

三十センチくらいで頭に茶色の狼耳をつけているちー姉さんが俺のことを見上げていた。

 

とりあえず抱き上げて撫でておく。なんでかうっとりと目を細めるんだが、それがまた可愛い。

 

「…………」

「はいはい、おいで」

 

それをじーーっと見つめていたのは狼ぷちか。なんだろうねこれ。嫉妬か?

手招きすると、ててててっと走ってくる。良いねぇ。でも鈴や弾に見せたら大変なことになりそうだよなぁ……。

 

きゃいきゃいと騒いでころころともつれあったまま転がるぷちー姉さんとぷちかを見ていると、なんでかまた眠くなってきた。

今日は休みだし………一日寝て過ごそうか……。

 

俺の意思を汲み取ったのか、狼ぷちかが俺に駆け寄ってきた。ちょっと服がぼろっとしているのはご愛嬌といったやつだろう。ぷちー姉さんの方もちょっとぼろっとしてるし。

 

俺が布団に入ると、ぷちかもぷちー姉さんも布団の中に潜り込んできた。ぷちー姉さんがかぷかぷと甘噛みを繰り返すのがちょっとくすぐったいけれど、まあ、問題ない。

 

ぷちかとぷちー姉さんの頭を撫でながら……お休みなさい。

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

私の朝は、一夏とぷちかの写真を見ることから始まる。これによって一夏への愛を全身に巡らせ、一日頑張ろうと言う気力を沸き立たせるのだ。

 

しかし、今日は違った。なぜなら、私の体が一夏に包まれていたからだ。

 

何がおきたのかはわからないが、これは確かに一夏だ。一夏の臭いがするし、一夏の声がするし、一夏の味がするし、一夏の肌の感触がするし、一夏がすぐ近くに見える。

 

ただ、一夏にしては大きいと思ったのだが……どうやら私が小さくなっているらしい。隣にぷちかの姿があった。

どういうことかはわからない。どうなっているのかも、どんな状況なのかもわからない。

わからないが―――なんだこの幸せな拷問は……っ!?

 

一夏がこんなに近くにいるのに抱き締められず、撫でられず、頬プニもできず、首筋に舌を這わせることもできないなど………っ!

 

……えぇい、我慢できるか!私は一夏の部屋に行くぞ!

 

 

そこで私か見たものは、ベッドで眠る一夏とぷちか。そして小さな私自身だった。

 

「……ん……ぁ、ちー姉さんだ……♪」

 

一夏はぼんやりとした焦点のあっていない目で私を見つめ、ほにゃりと笑顔を浮かべた。

 

「ちー姉さん……一緒に寝よ?」

 

色々な意味でくらくらしていた私がこの一夏の誘惑に耐えられる筈もなく……気が付いた時には私は一夏と同じ布団で眠っていた。

小さい私が尻尾を振っていたり、ぷちかが小さな私の頬をぺろりと舐めているのを見て、ようやくさっきまでの感覚が小さな私を通して伝わった物だと言うのがわかった。

 

……それにしても、そろそろ本格的にまずいな。

今までは抑えられたのだが、よく会うようになってから我慢が利かなくなり始めている。このままでは本当に食べてしまいそうだ。

 

なにしろ、今も一夏の唇を見て『………キスくらいなら問題ないのでは? そうだ、そのくらいやっているところでは普通にやっている。そして私は一夏が好きだ。うむ問題ない』という思考が一瞬で展開され、そして数分迷ってから却下されているのだから。

 

………それにしても、一夏の唇は柔らかそうだな。それに甘そうだ。

一夏の唇に指を当て、少し力を入れてみる。

すると一夏の唇はくにりとつぶれ、私の指にほんのりと暖かく、少し湿った柔らかな感触を伝える。

 

「……んぅ……はむ………」

 

一夏にくわえられた指に、ぬるりとした一夏の舌が這う。

奇妙なほど熱く感じるそれに私は耐え切れず、意識がまるで木っ端のように消し飛んだ。

 

 

 

目が覚めると、私の腕の中に一夏がいた。それも、腕をきゅっと自分の体に引き付けたまま寝ているという凄まじい威力を誇る姿で。

 

……やれやれ助かったな。これを前に着せた『だぶだぶのYシャツ一枚』でやられていたら……

 

 

 

『……ちー……姉さん……?』

 

いつも通りの眠そうな目に、わずかに涙が浮かんでいる。

だぼっとしたYシャツのボタンは上から二つが外されていて、胸元まで見えてしまっている。

 

『ふふ……一夏。お前は本当に可愛いな……』

 

私は一夏の肌に唇を落とし、一夏の反応を楽しむ。

 

『んっ……ぁ……』

『こら一夏。そんなに可愛い反応をしていると……食べてしまうぞ?』

 

私は一夏の耳元でそう呟き、耳をぺろりと舐めた。

 

ぞくぞくぅっ!と体を震わせた一夏が目を開く。

 

『ち……ちー姉さんなら………いいよ……?』

『……くくくく……可愛い奴め』

 

私は一夏の顎先を指で持ち上げ、ゆっくりと顔を近付けていく。

 

『一夏。目を閉じろ』

 

一夏は素直に目を閉じた。

それを確認して、私はまた一夏に顔を近付ける。

 

 

 

―――そこまで妄想した私の頭をかなり本気で殴る。非常に痛いが目は覚めた。

 

……ああ、今の私は相当不味いな。認めたくはないが、束のことをどうこう言えない程度には。

 

やれやれ。どうするか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

睡眠愛好会日誌、またの名を一夏観察日記

 

俺の部屋には、表紙に【睡眠愛好会日誌】と書かれたノートがある。

俺は使ったことはないし、中を見たこともないが、鈴達はかなりの頻度で使っているらしい。理由は知らないけど。

……まあ、なんだっていいけどな。

 

 

 

side 睡眠愛好会日誌

 

六月 ○日 凰 鈴音

 

今日は記念すべき睡眠愛好会の活動初日。と言うことで活動の内容をつけるこのノートを用意したから、皆も書きたいことがあったら好きに書くといいわ。

 

今日の一夏はいつもより少し深く眠っていたように思える。きっと色々あったせいであんまり寝れてないのね。

あと、やっぱり一夏は可愛いわよね。臍チラ最高!うなじもいいし二の腕のぷにぷにもいいけど、やっぱりあのお腹に顔を埋めた時の感触が一番よ!

 

 

六月 ×日 篠ノ之 箒

 

今日の一夏は少し寝相が悪かった。膝枕が嫌なのかと思ったがそんなことはなく、ただ頭がちょうどよくはまる場所を見付けるのに時間がかかっただけらしい。

一度そこを見つけてからは実に大人しく、いつもと同じように髪を撫でさせてくれた。

 

……ちなみに私は一夏の髪が好きだ。さらさらと指に通るあの感触が良い。

それに匂いも良いしな。なぜ一夏はこれほどいい匂いがするのだろうか?

 

 

六月 △日 セシリア・オルコット

 

今日の一夏さんは、いつもとあまり変わった所は見受けられませんでした。

いつもの通りにのんびりと眠っていて、あまり大きく動こうとはしません。

ただ、なにかを食べている夢でも見ているのか、時折むにむにと口が動くのがわかります。

 

ちなみにわたくしは足首から太股にかけてのラインが好みですわね。抱きつきながらこの脚も使ってしがみつく姿と感触が最高ですわ。

 

 

六月 □日 更識 簪

 

……初めまして。更識簪です。今日は整備室で寝ちゃった織斑君を運んで、その時に見つけたので書いています。

今日の織斑君はいつもと変わらず私の膝を枕にして、犬耳をくてっと萎れさせたまま寝ていた。なんだかすごく撫でてあげたくなる表情をしていたから、つい撫でてしまった。

それと同時にシロの整備をしているのだけど………なぜか『織斑君がどんなものを求めているか』が簡単にだけどわかるようになっていた。

……これは……慣れ?

 

私はおでこが好き。撫でていると、なんだか落ち着くから。理由はわからないけど。

 

 

六月 ☆日 凰 鈴音

 

はじめまして、更識さん。そしてようこそ、III(いっぱいいっぱい一夏)へ。一夏に健やかなる眠りを!

 

今日の一夏はなかなか起きてこなかった。入ってみると、なんとシャルルが一夏と同じ布団に入って顔を真っ赤しにたまま胸に顔を埋めていた。羨ましいわね代わりなさい。

ちなみに、本当に代わってもらったわ。遅刻しそうになったけど。

 

脚のラインと、髪と、おでこ………むぅ、どれも捨てがたい……。あたしはどれを選べばいいの!? 教えて弾!

 

 

六月 ☆日 五反田 弾

 

初めましての人は初めまして。鈴ともしかしたら一夏には久し振り。一夏の親友五反田 弾だ。

深夜に書いてるから☆日でいいよな。もう一時だけど。

 

……羨ましいな。是非とも写真を送ってくれ。俺の所にある永久保存版一夏アルバムに入れるから。中学までの写真が欲しい奴は、是非とも五反田食堂に来てくれよな。

高校生くらいの赤い髪の男が俺だ。注文は『ワンサマーアルバム』だ。出前はやってないけど。

あと、完全予約制だ。予約はここに取りにくる日時と一緒に書いてくれればいい。

 

それと、鈴。お前に俺に降りてきた天恵を教えよう。

 

『一夏の全てが可愛い』

 

これで解決だ。

 

 

六月 ◇日 凰 鈴音

 

どうやって書いたのかはわからないけど、ありがとう弾!迷いの霧が一気に晴れ渡ったような気がするわ!

そうよね、みんなみんな一夏だもんね。選ぼうとするのが間違ってるのよ!何であたしはこんな簡単なことにも気が付かなかったの!?

 

………あたしもまだまだ修行が足りないわね。

 

 

六月 ▽日 シャルロット・デュノア

 

いや、突っ込みどころが多すぎるんだけど!? どうしてみんな突っ込まないのさ!?

 

何でいきなり鈴はそんなカミングアウトするのさ!? そして箒やセシリアも、乗っちゃ駄目でしょそこは!?

それと更識さんも毒されないで!お願いだから!

 

あと五反田さんはどうやってここに書き込んだんですか!? 不法侵入するのはまず不可能なはずなんですけど!? ワンサマーアルバムは半ダース貰います。いくらになりますか?

 

 

 

 

……………腕の中って、あったかくって、おちつくよね。

 

 

六月 ◎日 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

……ふむ。なるほど。私の好敵手の腕の中は落ち着くのか。今度試してみるとしよう。

 

好敵手のことを知ることは大切なことだ。私もワンサマーアルバムを頼もうか。

……ああ、確か出前はしていないのだったか。それではまた今度、直接出向くとしよう。

 

ちなみに私はあの強い意思の籠った目が好きだな。あの目に見詰められると、体が熱くなってくる。

理由はわかるようなわからないような曖昧な状態だが、あの目は良い。

 

 

六月 ∂日 織斑 千冬

 

……貴様等、面白い話をしているな? 一夏の話に私を呼ばないとは、まさか私と全力で模擬戦をしたいという遠回しな自殺か?

………まあいい。今回は多目に見よう。話を持ってきたのは凰だったしな。

 

そして五反田。貴様はいいことを言った。

そう、一夏は全てが素晴らしいのだ。それをわざわざ分割して考えようとするからこんがらがるのだ。一夏は一夏、それを理解して一つのものとして考えれば、一夏がどれほど素晴らしいかが見えてくるはずだ。

 

例えば声。一夏の声はそれ単体でもかなりの威力を持つが、それに甘えるような響きと人懐っこい子犬のような視線を加えればその威力は格段に増す。一夏が私に抱きついている状態だったなら更にクるな。

その他にも背筋や首筋も良い。撫でたときの反応や、ふっと息を吹きかけてやった時にきゅうっと目を閉じる姿はこれまた威力が高い。

 

さらに―――(以下数万文字を省略)

 

 

六月 ф日 布仏 本音

 

わー。織斑せんせーって、実はすっごいブラコンだー♪

 

 

 

 

 



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81~90

臨海学校、準備中

 

もうすぐ臨海学校があるらしい。そのための準備は一応してあるけど………泳がないし、水着なんていらないよな。

 

そう言ったら、鈴とののちゃんとシャルが一瞬でアイコンタクトを交わし終え、いつの間にか買い物に行くことになっていた。メンバーはいつもの六人。多分ちー姉さんもくることになると思うけど。

週末の日曜に駅前のショッピングモールに行くことになったが、どんな水着を買えばいいのやら。

 

「俺、泳がないよ? 砂浜で寝てるよ?」

「それじゃあパラソル買いましょパラソル。ずっと日の下に居て熱中症になったら困るものね」

「そうだな。スポーツドリンクは……学園で買えばいいか」

「それと、僕達の水着も選んでくれると嬉しいかな」

 

そんな感じで話は進み、たまに絡んでくる頭の悪そうな男と女にはニアデスハピネスで肺を内側から軽く爆破してちょっとやばい状態にしたりしながら買い物をする。

 

「一夏。こっちのワンピース型とこっちのタンキニ型はどっちがいいと思う?」

「ん……黄色いほうかな? 鈴にはそっちの方が似合うと思うぞ?」

「そう。じゃあこっちにするわね」

 

なんでかシャル以外の分の水着まで俺が選んでいる。まあ、みんな似合ってるけど。

セシリーだけは自分で用意した水着を着るらしい。なんのためにここに来たんだろうね。

 

ラルちゃんは誰の入れ知恵かは知らないけど黒が主体でレースがついている水着。確か原作でもこんなのを着ていたはずだ。

 

「ふふん。どうだ一夏」

「……ほー……意外だけど似合ってると思うぞ」

「そうだろうそうだろう。くくくく……」

 

なんで威張ってるのかはわからないけど、その姿も似合ってる。

でも、試着室から出てくるときはちゃんと元の服に着替えてから出てこような? 見られてもいいなら別にいいけど。

 

「一夏。こっちの白と赤とならどちらがいいと思う?」

「なんでみんな俺に聞くんだ? ちなみに最大限ぶっちゃけるとどっちも似合ってるから選びづらいんだよ」

 

強いて言うならののちゃんには性格的に『情熱の赤』より『純粋な白』が合ってるような気がするが。

 

「そうか、白が似合うか。なら白にしておくか」

 

なんで喋ってないのにわかるんだろうな? 便利だから別にいいけど。

 

「いや便利だからって……」

「シャルも読んでるじゃん」

「そうですわよシャルロットさん。あと、そろそろ性別の公表をしたらどうですか?」

「……大丈夫かなぁ……?」

「平気平気。一夏が止めないってことはなんとかなるってことだから」

 

妙な信頼をされてるな? 確かにこれについては問題ないだろうけど。

ちなみにシャルの水着はおそらく原作通り。黄色いし所々黒いし背中で紐が交差してるし。違うかもしれないけど似合ってるし問題ない。

 

「あっ! 織斑君!」

「一夏と………貴様等か。何をしている?」

「一夏に水着を選んでもらっていました。千冬さんも選んでもらったらどうですか?」

 

真耶先生とちー姉さんが現れた。なんでちー姉さんはちょっと不機嫌?

 

「あ、織斑先生は織斑君に誘ってもらえなくって拗ねて」

「山田くん。学園に戻ったら武術組手をしよう。折角だし五十本ほど」

「そんなことをしたら折角の織斑君との時間が無くなっちゃいますよ? 織斑先生?」

 

なんだか真耶先生が強かだ。ちー姉さんが原作よりも一部子供っぽい分が真耶先生の方に行っているんだろうか?

 

「……織斑先生が選んで貰わないなら、かわりに私が選んでもらっちゃいます♪ ということで……どっちが似合うと思いますか?」

 

そう言って真耶先生が見せてきたのは、共にワンピースタイプでパレオ付きの水着。色は薄いピンクと黄緑色

 

「黄緑の方で」

「そうしちゃいますね。………ほら、織斑先生も」

「うむ……どちらがいいと思う……?」

 

真耶先生にせかされたちー姉さんが俺に見せたのは、機能性重視な白の水着と、機能性だけでなくおしゃれの方まで視野に入れられて作られただろう黒い水着の二つ。

まあ、即決だよな。

 

「黒い方。その方がちー姉さんの髪が映えるんじゃない?」

「……そうか」

 

ちー姉さんはそう言うと、白い水着の方を戻しに行った。

ちなみに俺は原作の一夏のように気に入った方を先にじっくりと見ることはない。とりあえずほとんど均等にしているつもりだ。

 

……全員分の水着選びは終わったことだし………寝たい。

 

なぜか最近さらに小さくなれるようになり、今では100センチメートルを切ることもできるようになっている。

と言うか、気を抜くと勝手に縮む。そして争うように獣耳が遠隔展開してくる。

その度にお持ち帰られそうになったり、実際にお持ち帰られたりしている。

 

……ただし、お持ち帰りできてるのはシャル(まだ同じ部屋)と鈴(泊まっていく)とののちゃん(同じく)とちー姉さんくらいなものだ。

 

「寝たいなら寝ればいい。運んでやるぞ? 一夏は軽いしな」

「ん……ありがと……」

 

ののちゃんのお言葉に甘えて、ののちゃんの背中に乗せてもらう。剣道で竹刀を振っているお陰か、確りと筋肉がついていて安定感がある。

……昔にしてもらったちー姉さんの背中もこんな感じだったよなぁ………。暖かいんだよ。凄く。

 

そして誰かが―――まあ、鈴だろうけど―――が俺の体が冷えないようにと肩になにかを羽織らせてくれた。嬉しいね。

 

…………すか~……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校、移動中

 

バスに揺られて移動中。止まってるときの細かい揺れはともかく、動いてるときの大きな揺れは寝るのに丁度いい。揺りかごみたいで。

ちなみに俺の隣は、百に届きそうな数十回のあいこの結果、ラルちゃんが取っていった。

 

鈴の勘とののちゃんの気配とセシリーの理論を抜けた理由は、左目を使うことによる動体視力の底上げで出す手を読んでいたらしい。どこかで聞いたことのあるじゃんけんの必勝法だと思ったが………まあ、ルールは守ってるし問題はないだろ。

 

それとこれは俺達の中ではもはや当然のことなんだが、手を上げてから下ろすまでの間に手の形が四~六回変わる。俺は身体能力任せで五~六十回程度は変えられたりもするが……まあ、使わない無駄能力だな。

それでもあいこが続いたのは、流石にラルちゃんは手の動きが追い付かなかったらしく、最後のに合わせて手の形を変えるのに苦労したからだろう。

 

……シャル? シャルは頑張ってついていこうとしたけど、六十三回目で脱落。流石に幸運だけでは勝てなかったらしい。自分の出したチョキを凄く恨めしそうな顔で見詰めていたのを俺は知っている。

 

それは置いておくとして、俺は今、ラルちゃんと寄り添うようにして眠っている。起きているところは五厘(0.5%)程度。正直寝てるのと変わりない。

 

何で起きているかと言うと、夏になると蚊が多くなるから自動で潰せるようにだ。痒いのは嫌。そしてあのモスキート音(本物)も嫌。大嫌いだ。

いつもはそれ専用のライトで何とかするんだけど、ここで使うと勝手に触られて感電されても困るし使えない。普通の人間ならまず死ぬ威力だし。

 

……まあ、何でもいいけど。ここに蚊はいないみたいだし。

 

…………ふぁ……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

ラウラと一夏が眠っているのを、私は(自分では見えないが、おそらく)優しい目で見守る。一夏の隣になれなかったのは残念だが、こうして一夏を眺められるのだから……まあ、いいだろう。

 

「可愛いわよね」

「本当にな」

「……いや待ってよ。何で鈴がここにいるのさ!? このバスは一組のバスだよね!?」

「千冬さん……っと、織斑先生を一夏の生写真と実際に使っていた腹巻きで買収したわ」

「それいいの!? いや駄目だよね!?」

「五月蝿いぞシャルロット。一夏が起きたらどうするつもりだ。一夏がくれたソードサムライXの錆にしてやろうか? 手入れはするから錆にすらさせないが」

「ちょ……冗談だよね? 冗談なんだよね!?」

 

シャルロットは小声で叫ぶという器用な真似をしてみせた。まあ、これなら冗談にしても構わないか。

 

「もちろん冗談だとも。なあ鈴」

「そうよ。あたし達がこんな人目のあるところで殺るわけないじゃない。どうしても殺るならセシリアの出番よ」

「その通りですわね。バレるような真似はいたしませんわ」

「冗談にしても酷すぎるからね!? 冗談に聞こえないんだってばぁ!?」

 

ん? 『冗談に聞こえない』だと?

それは当然だろう。私だけでなく、鈴やセシリアもそこそこ本気なのだから。

 

……まあ、それを表に出すようなことはしないがな。一夏のそばに居られなくなるのは困る。

 

「はっはっは、シャルロットは小心だな? いいことだと思うぞ?」

 

戦いには必要だ。恐怖が無ければ人間はどんどんと退化していくだろうし。

 

…………おや、どうやら目的地に到着したようだな。一夏を運んでやらなければ。

 

「篠ノ之。織斑は私が運ぶ。お前はボーデヴィッヒを運べ」

「……職権乱用では?」

「フッ……権力とは使うためにあるのだ」

 

そう言って千冬さんは、いつもと同じく小さくなった一夏を背負ってバスを降りていった。

 

……まったく。千冬さんはブラコンだな。それも超弩級の。

 

「仕方無いわよ。だって千冬さんだもん」

「……まあ、そうだな」

 

やれやれ。

 

心の中でため息をつきながら、私はラウラを背負う。

……軽いな。ちゃんと食べているのか?

……いや、体格からしてこれが適正体重なのか? 私はあまり気にしていないからよくわからないが………。

 

「気にしてないのにその体型って言うのは……羨ましいわねぇ………ちょっとくれない?」

「私としても少し貰って欲しいのだがな。残念ながらそういった技術がない。諦めてくれ」

 

私はもう少し小さい方がよかった。手のひらにはギリギリ収まらないくらいの大きさがよかったのだがなぁ……。

 

理由? この胸で寝ている一夏を抱き締めると、一夏を窒息させてしまう可能性があり、抱き締められないからだ。かなり悲しい。そしてその点では千冬さんが羨ましい。

 

…………まあ、羨んでも事実は変わらないので諦めてはいるがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校、睡眠中

 

目が覚めるとちー姉さんがいた。が、気にせず眠ることにした。

ちー姉さんの腕枕はいいね。固すぎず柔らかすぎず、高すぎず低すぎず……。

それに、よく俺の髪をなでりなでりと撫でてくれるし。ぎこちない撫で方のはずなんだけど、なんでか気持ちがいい。

 

「……ふにぅ………」

 

……どうやら今は猫系がくっついているらしい。猫っぽいあくびが出たし、尻尾が猫だし、耳も感触的に猫だし。

まあ、いつものことだ。

 

もう一眠りしようとまたあくびをして、そこで俺が空腹だったと言うことに気が付いた。

…………まあ、いいか。眠いし寝よう。一食や二食抜いたところで死には………。

……すか~…………。

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

くきゅう、という軽い音で目を覚ました私は、とりあえずその音の音源を探してみることにした。

 

きゅくぅぅ~……

 

……それはすぐに見付かった。それもそのはず。その音は私のとなり、一夏から聞こえてきたのだから。

さらに正確に言うならば、一夏の腹から聞こえてきたのだが。つまり空腹なのだろう。

 

……そう言えば、一夏は昔から食事を抜いてまで寝ていたな。今日は昼抜きか。

ならば、夕食は確りと食べさせなければいけないな。一夏の健康のためにも。

 

「ん……ぅみゅ………」

「ぐふっ!?」

 

…………だが、夕食の時間にはまだ早い。もう少し一夏を堪能していてもいいはずだ。この柔らかな一夏の抱き心地を離すのは惜しいしな。

 

一夏を抱き締め、頭を撫でる。一夏の髪に鼻を埋め、ゆっくりと深呼吸をする。

…………ふぅ。愛情が暴走してしまいそうだ。

 

 

 

 

side セシリア・オルコット

 

隣に座る一夏さんを見る。一夏さんは起き抜けということもあり、いつも以上に眠そうにしている。

たとえばふらふらと揺れる体や、こっくりこっくりと船を漕ぐ頭。そして

 

「………ふにゅ……」

 

という可愛らしい寝言。これのお陰で多くの方達が血の海に沈んでいる。

それは当然耐性の低い生徒だけではなく、花月荘の従業員にも飛び火しているあたり、流石一夏さんだと思う。

生き残っているのは……わたくし、鈴さん、箒さん、シャルロットさん、ラウラさん、更識さん、布仏さん、山田先生、そしてここの女将の九人だけ。後は血の海か暴走して鎮圧されたか前後不覚ですわね。

 

……まったく。修行が足りませんわよ?

 

「ふにゃぅ……」

 

くねりと揺れる猫尻尾。たまにピクリと震える耳。可愛らしい声と行動。

 

…………あぁ……天国ですわ……♪

 

「一夏さん。あーん、です」

「……んぅ………ぁむ……」

 

……ふぅ………こんなに幸せだと明日が恐ろしいですわ……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

臨海学校一日目の間、一夏はバスを降りて(降ろされて?)から夕食まで、私達の前に出てくることはなかった。千冬さんの手によって教員室の布団の中に監禁されているのだろう。鎖のかわりに千冬さんが抱き締めていたと見た。

 

………実に羨ましい。妬ましい。

 

「はいはい、割と本気の冗談はいいから。今は一夏の写真を撮るのが大切よ………パシャリと」

「……ふむ、その通りだな。妬むより先に私達にできることをやろう………ええい携帯の画像が粗いな。こんなことになるのなら姉さんに改造してもらえばよかった………まあ撮るが」

「後で送ってね」

「無論だ総帥」

「総帥になった覚えは無いわ。……あたしはIIIの本部長よ」

「それは失礼した、本部長殿」

 

鈴と私はちらりと視線を合わせてから、同時にフッと笑う。

 

「あ、一夏がおねむよ? 行ってきたら?」

「そうしたいのはやまやまだが、今行ったら確実に千冬さんがラウラにやったあれを仕掛けてくるだろう。ラウラと違って私はか弱いからな。あんなものはできれば食らいたくない」

「……自分が膝の上に乗っけてるものをよく見てから言ってみなさい」

「膝の上……?」

 

鈴に言われて自分の膝の上を見てみると……おや一夏。いつの間に私の膝に頭を乗せたのだ?

 

「…………」

 

それと千冬さん。そんな雰囲気が悪いと一夏が怖がるぞ?

 

そういったことを視線に乗せて送ってみると、凄まじい殺気が私‘だけ’を貫いた。気配を読んでみると、見事に殺気が一夏を避けている。

 

「……命知らずね……」

「たまに言われるよ」

 

……さてと。姉さんへの頼みが増えてしまったな。報酬は一夏の風呂上がり(髪の毛しっとり、肌上気、タオルでわずかに湿っている頭を私に拭かれている)の写真で構わないだろうか?

ちなみにその写真は鈴がアナログオンリーで撮った写真だから流石の姉さんも持っていない………らしい。嘘臭いが。

………当然だが服は着ていたぞ? 流石の私や鈴も一夏の裸を無断で撮ろうとはしない。

 

……………何があってそうなったのかは知らないが、鈴と、鈴の友人の一人は許可をもらっているらしいが。

 

「………………」

「ちょ、箒、あたしを巻き込まないでよ。千冬さんからの視線がいきなり強くなったじゃない」

「それはすまないな、本部長殿」

「次は無いわ。私が出会う前の一夏の写真をくれたら考えないでもないけど」

 

……あったか? 出会いが確か小学校だから……………ああ、あるな。

 

「ちょうだい?」

「構わんぞ。私と千冬さんと姉さんも写っていてもよければ」

「……大事なの?」

「まあ、相当な」

 

出会ったばかりの一夏と私は、お世辞にも仲が良いとは言えなかった。姉同士が友人だったから、たまたま千冬さんが私の実家の道場に通っていたから……程度の仲だったな。

 

……それが変わったのは…………いつのことだったか……。

 

「……箒。回想に入ろうとしてるところ悪いんだけど、千冬さんの視線と殺気がそれだけで殺人レベルにまで強くなってきてるから辞めて。いくらあたしでもそろそろ胃が痛いわ」

「……回想という逃避から戻って見れば……ここまでの濃密な殺気は一夏が本気でキレた時以来だな」

「…………え? あんたもアレ見たの?」

「……なんだ鈴もか」

 

あの時の一夏を思い出してみて………一気に体温が下がった気がする。だから私達は何も言わずに食事を終わらせ、すぐに席を立つ。

私のかわりにシャルロットに膝枕をさせて、すぐさま退散する。

 

…………シャルロットの胃の冥福を祈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校、まだ睡眠中

 

…………すか~……。

 

 

 

side 凰 鈴音

 

あたし達はいま、鬼の寝床に来ている。

 

「誰が鬼だ、誰が」

 

千冬さんです。…………と言いたいのを我慢して何も言わずにスルー。何か言ったら……プチッ、されちゃいそうで怖い。もしくはラウラみたいに

 

【ガッ!ギヂギヂギヂギヂギヂギヂギヂギヂ…………ヴォンヴォンドゴッ!ガズッ!ゴッ!ヴォンガゴォンッ!ズダンッ!!ゴリゴリゴリゴリゴリ………………(かなりショッキングな映像であるため、効果音だけでお送りしました)】

 

……っていうのにはなりたくないしね。あの後しばらくラウラの目のハイライト消えてたし。瞳孔が開きっぱなしになってたし。怖かったわね。

 

ちなみに、一夏は今は寝ている。お腹も膨らませたし、しばらく起きないだろう。

 

「……それで、あたし達を呼んだ理由はなんですか? 一夏の写真を全部渡せって言うのだったらIS使ってでも抵抗しますよ」

「安心しろ、それは違う………が、後で商談があるんだが」

「後でですね、わかりました」

 

どうやらいつもの千冬さんに戻ったらしく、あたしや箒やシャルロットに殺気を叩きつけるようなことはしないでいてくれている。

 

「なに、ちょっとした興味でな。……お前達、一夏のどこを好きになったんだ?」

 

千冬さんは片手で一夏を撫で、もう片方の手でビール(作業用オイル、と悪戯書きがされている)を飲みながら聞いてきた。はいはいそういう話ですか。千冬さんも女なんですね。

 

「あたしは優しいところです。あと、辛いときにそばにいてくれるタイミングの良さ?」

「同じく、辛いときにそばに居て色々な方法で励ましてくれる優しさですね。可愛いからというのも無いとは言いませんけど」

 

こうしてすぐさま答えを返すのはあたしと箒。箒はどうだか知らないけど、あたしは前に『一夏のどこが好きなのか』を考えたことがあったからすぐに答えられた。

 

「そうですわね………優しく厳しく激しくわたくしを教育《ちょうきょう》して下さったから……と言うのが始まりで、今は…………純粋に好きだから……ですわね。どこが好きなのかはわかりませんが」

 

まあ、あるわよね。どこが好きなのかわからないけど、なんでか好きって言うのは。

 

「僕は――やっぱり、優しいところ、です……」

 

初々しいわね。可愛い可愛い。一夏ほどじゃないけど。

 

「な……なんで撫でるの?」

「可愛らしいから?」

 

にこにこと笑いながら言ってみる。

 

「ラウラは………ラウラ?」

「……すぅ…………」

 

気が付いたらラウラは一夏のすぐそばで眠っていた。

……ラウラ。起きないと危ないわよ。千冬さんのアイアンクローが少しずつ迫っていってるわよ。言ったら矛先がこっちに来るから言わないけど。

 

「……起きろ、ボーデヴィッヒ」

「むぐっ!?」

 

おお、口封じ《マウスキラー》。口だけじゃなくて鼻も塞いでるように見えるけど……大丈夫かしら?

それに、ギヂギヂとまではいかないけどミシミシって音はしてるし。骨が軋んでるんじゃ?

 

「……!………!!」

 

ぱたぱたと無音で暴れるラウラに千冬さんは冷たい視線を向け、静かに手を離した。こんな時でも止まらずに一夏の髪を撫でたり指先に絡めたりしている逆の手とのギャップが恐ろしい。

 

「……話は聞いていたか? ボーデヴィッヒ」

「はい、教官」

 

びしっ、とラウラが千冬さんに敬礼を返すけれど、さっきまでのことを見ていたからシュールでしかないわね。

 

「私は、一夏の心の強さに惹かれたのです」

 

確かに一夏の心は鋼鉄の粘りとダイヤモンドの硬度を併せ持ったような強さを持ってるわよね。

そのくせ霧や煙みたいに掴み所がなくって、どんな形にも見えるっていう不思議設計だし。

 

まあ、それでも普通に優しいっていうのはわかるんだけど。

 

「まあ、色々聞いたわけだが……一夏はお前達にはやらん」

「構いません。奪い取りますから」

「あたしは一夏の方から選ばせてみせようかしら? それなら千冬さんも邪魔できないでしょうし」

「わたくしはそばにいられるだけで幸せですわよ? できることなら少し構って欲しくはありますけど」

 

あたし達三人はニヤリと笑う。ラウラとシャルロットもあたし達の言葉を聞いてやる気になっている。

そして、そんなあたし達を見て、千冬さんはニヤリと………いや、むしろニタリと笑った。ゾクゾクときそうな笑顔だった。

 

「それでいい。女ならば惚れた男の一人くらい奪って見せろ」

 

……うわかっこいい。いつも一夏にデレデレしている千冬さんと同一人物とは思えないわね。周りがキャーキャー騒ぐ理由もわかる気がするわね。あたしは一夏がいるから特に騒がないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校、まだまだ睡眠中

 

こしこしと目を擦って……夜であることを確認した。

……ん。じゃあ寝よう。よい子は寝る時間だよー、と。

 

…………すぴー……。

 

……はみ……はみ…………。

 

 

 

side 織斑 千冬

 

私の夜は、一夏に抱き締められて気絶することで幕を閉じる。たまに人生の幕も降りてしまいそうになることもあるが、そんなものは気合いと一夏への愛情でどうとでもなる。

私が死んでしまったら、誰が一夏をどこかの国や個人の魔の手(人体実験上等な不法な研究所など)から守るというのだ!

 

……束? あの奇人変人極まりない奴に託せと? 本気で言っているならば、私は貴様の皮膚を剥ぎ取り筋肉と神経を切り分けて筋肉を硝酸で溶かし、神経と血管と骨だけになった体を鑢で少しずつ削って粉にして魚の餌にしてくれる。

 

まあ、慣れのお陰でしばらくは一夏を抱き締めたり撫でたり頬擦りしたり頬や額にキスしたり嘗めたりできる。堪能しよう。

 

「……かぷ」

「ッ……!? ッ………!?」

 

「はむ……」

「っぐぅ……!?」

 

「……はみ……はみ………」

「…………」(へんじがない、ただの萌え死死体のようだ)

 

……ぎゅっ……。←とどめ

 

 

side 織斑 一夏

 

起きたらちー姉さんが幸せそうな顔で俺を抱き締めていた。何でここまで幸せそうなんだろう……? と思いつつ、俺はちー姉さんを抱き締め直してまた目を閉じる。

 

……そう言えば、昨日の記憶が無いなぁ…………。また寝てたか?

睡眠こそが俺の生き甲斐だから、別にいいけど。

 

………ちー姉さんって、なんかいい匂いがするよな……。

 

 

 

side 織斑 千冬

 

前にも言った通り、私の朝は一夏の寝顔を眺めることから始まる。今回は写真ではなく、一夏本人が私の腕の中に居るため、愛情チャージがいつもより早い。

狼耳を着けたぷちかも私の背中に身を擦り寄せていて………ああ、うむ、役得だ。

 

ただ、そろそろ一夏に離してもらわないと愛情が暴走して何をしてしまうかわからん。姉弟でそういったことは不味いと頭では理解しているのだが、頭の片隅で悪魔が私に囁くのだ。

 

『食べちゃえ食べちゃえ』

『法律なんて周りが勝手に決めただけのものだし、IS学園では親近婚は禁止されていない』

『それに、もうキスはしてしまったんだからおんなじだよ。誤差誤差』

 

……い、いや、しかしだな………

 

『やっちゃいなって。弟さんも喜ぶと思うよ? 痛いのは君だけだし』

『我慢は体によくないよ? ほら、もう限界なんじゃあないのかい?』

『きっと弟さんの体は美味しいよ? 柔らかくて、すべすべしていて……』

 

……う…………。

 

『……もしかしたら、君のトモダチに食べられちゃうかもよ? ぱくっ♪ ……てさ』

『くすくすくすくすくすくす……ほらほら、食べちゃいなよ、織斑千冬。きっとすっごく美味しいよ?』

 

「……ちー姉さん?」

 

はっ!? と気が付くと、一夏が私のことを見つめていた。

 

「……大丈夫? 目が血走ってるけど……」

「……あ……ああ、大丈夫だ、問題ない」

 

一夏がここで話しかけてこなかったら……まずかったかもしれないがな。

 

「そっか………まあ、ちー姉さんが平気って言うならそれでいいよ」

 

そして一夏はまた私に擦り寄り、肩のあたりに顔を埋めて寝息をたて始めた。

 

「………………」

 

私は無言で一夏の頭を撫でる。まったく、可愛い奴だよこいつは。

 

……それにしても、一夏が寝ているところを見ると眠くなるな。起きたばかりだと……言う………の……に………………。

 

 

 

目を開くと一夏がいた。ぷちか達がいた。たくさんいた。

右を見る。ぷちかが折り重なって眠っている。

左を見る。一夏が私の腕と小さな私を抱えて眠っている。

布団がない。ここはどこだ?

 

「ふはははははぁ~!ここはいっくんとちーちゃんの夢の中っ!束さんの超科学によりちーちゃんといっくんの夢の世界をくっつけてお邪魔したのだ~っ!」

「出ていけ」

「あぅ、ちーちゃん酷い!束さんはすっごく頑張ったのに!慰謝料を請求します!具体的にはいっくんをハグハグさせあばばばばばばばい~た~い~よーーっ!?」

「当然だ。痛くしているんだからな」

 

ふざけたことを言い始めた束の頭を締め上げる。骨が軋みを上げるが、知ったことではない。

 

「ちょっと前より格段に強いよーっ!?」

「一夏の貞操を護るためならば、私は鬼にだってなるさ」

「ぴぎぃぃぃっ!?」

 

数分間締め上げてから振り回して真上に投擲。落ちてきたところで掴んで頭から地面に埋めてやった。犬上家だな。

スカートの中身が見えないように、その辺にあった紐で脚にくくりつけ、放置する。一夏の教育に悪いからな。

 

「……っぷはぁ!痛かったよちーちゃん。いっくんをハグハグするくらいいいじゃないか。初めてって訳じゃないんだから」

「………初めてじゃない、だと……?」

 

私がそう聞き返すと、束は私から目をそらして大量の冷や汗をかきはじめた。

 

「……え、えー? 束さんそんなこと言ったかナー?」

「一夏。束に抱かれたことはあるか?」

 

束に聞いてもらちが明かないので、今度は一夏に聞く。

 

「………むぅ……キスまでしかされてない……………」

 

そう言って一夏は小さな私を抱き締めて意識を落とした。

 

……‘抱く’とはそういう意味では無かったのだが…………そうか、キスまでか。

 

「ち……ちちち……ちー……ちゃん……?」

 

…………ああ、ここまで怒るのは久し振りかもしれないな。確か、一夏を拐おうとした黒服の言葉を盗み聞きした時以来だ……ッ!

 

……頭が冴える。すかーっと青空のように澄み渡っていて、それでいて氷河のように冷静だ。

その上体は火照っていて、まるで私が焦熱地獄か煉獄の炎にでもなったような…………そんな気分だ。

 

「さあ、束…………貴様の罪を数えろ!」

 

「に゛ゃぁあぁぁああぁぁぁっ!!!」

 

私の夢のなかで、束の悲痛な叫びが響いた。

 

 

 

side 織斑 一夏

 

………起きてみると、ちー姉さんはなんだか変な顔をしていた。具体的には怒りと憤怒と激情が入り雑じったような…………同じか。

 

……どんな夢を見てるんだろうね?

 

 

 

 

 

※千冬の夢の中身はただの夢です。束ならあり得る話ですが、今回はただの夢です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校、漸く起きた

 

ちー姉さんを起こして一緒にご飯を食べる。ちー姉さんにあーんで食べさせたり、ぷちー姉さんにあーんで食べさせたり、ちー姉さんにあーんで食べさせてもらったり、ぷちー姉さんが小さい雪片を振り回そうとしていたのでぷちかに頼んで止めてもらおうとしたらなぜかころころ転がっていったり、ちー姉さんの膝の上で撫でられたり、白猫耳がくっついていたので猫のポーズをとりながら「にゃん♪」と鳴き真似をしてみたら周囲が赤に染まったりとか……………まあ、色々あった。

 

ちなみに、ののちゃんと鈴も鼻を抑えている手の隙間から血を溢れさせていた。

 

「……血じゃ……ないわ………」

「これは……血ではなく………」

「……っく………一夏様への……」

 

「『愛情』よ!」

「『愛情』だ!」

「『愛情』ですわ!」

 

……仲が良いね。良いことだと思うよ。いろんな意味で。

ついでに言うと、シャルはちょっと致命的とも言えそうなだらしない笑顔で気絶していて、ラウラは鼻血は出していないものの頭がオーバーヒートしたらしく気絶中。

起きている鈴とののちゃんとセシリーも、出血多量で動けないらしい。

 

……何が言いたいかと言うと、

 

「可愛すぎるよいっくーーーんっ!!」

 

こうして俺を拉致ろうとしている束姉さん(一人不思議の森のアリス)を止めることはできないと

 

「たぁあぁぁばぁああぁぁぁねぇえぇぇえぇぇっ!!」

 

復活したちー姉さんのアイアンクロー!束姉さんはえげつないダメージを受けた!

なんと、一夏を落としてしまった!

 

「大丈夫? 一夏」

 

しかし、鈴に拾われた。鈴は一夏を拾った!

 

「…………ん。大丈夫だ………お休み」

「これから装備の稼働テストがあるんだから、すぐに起きてもらうわよ」

 

…………どうせシロには使えないと思うけどな。

 

そう言えば、かんちゃんは機体だけはもうできてるからこの臨海学校にも来てるし、装備もいくつか送られてきていたはず。それ使うのかな?

 

確か完成したって聞いた後、色んな人に話を聞いてちょこちょこ強化していったみたいだし、マルチ・ロックオン・システムはまだ七割程度だけど荷電粒子砲の方は完成したって言う話だ。直接聞いたんだけど。

 

……もしかして、俺の分までかんちゃんがやることになるのかね? それならそれで問題無いような気がするけど。

 

 

 

「それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。迅速に行え」

 

うん、かっこいいよちー姉さん。でもさ、その右手に掴まれてヤバい感じに痙攣してる束姉さんにはちょっと引く。

 

「あ……あの……織斑先生? そちらの方は………?」

 

真耶先生がちー姉さんに恐る恐る聞きにいくと、ちー姉さんは不思議そうに自分の右手を持ち上げて……

 

「……ああ、忘れていたな」

 

いやいや、人を一人掴んでおいて忘れるってなにさ。掴んでるのが当然みたいな状態か?

 

「これは束だ。篠ノ之はこっちに来い」

「は……はい………」

 

当たり前のように言うけれど、束姉さんはあれでもISを作った大天才(天災?)科学者なんだけど…………いいのかあれ。

……まあ、いいか。どうせすぐ復活すると思うし。束姉さんもたいがいシスコンだからな。ののちゃんとの話のときには元通りになっているだろ。

 

 

 

束姉さんはやっぱりすぐに復活した。今はののちゃんと話をしている。

 

「やあ!久しぶりだね箒ちゃん!」

「ええ。お久し振りです姉さん。お元気なようで何よりです」

「もちろん元気さっ!箒ちゃんも元気みたいでよかったよ!それにしても大きくなったよね。特におっぱいが」

「姉さんのほうが大きいではありませんか」

「最近またおっきくなっちゃってね~」

「そうですか。やはり大きすぎるのも困り物ですね」

 

ののちゃんと束姉さんは仲良く話を続けているけど、周りの目が怖いよ。特に一部の人の目が。

ちなみにかんちゃんはそこまで怖くはないけどなにも映していないような目でののちゃんと束姉さんの胸を凝視している。

 

「あははは……この合宿では関係者以外はこの島には入っちゃいけないはずなんですけど………」

「んん? 珍妙奇天烈なことを言うね? ISの関係者と言うなら、一番はこの私をおいて他にはいないよ」

「関係者というのが『ISの関係者』ならばその通りですが、『学園の関係者』としては少しばかり足りないような……」

 

おお、言い返した。

 

「……ですので、篠ノ之さんと織斑君と……できればそれ以外の人のISも少し見ていただければ『臨時の技術者』として処理できるのですが……」

「やだよ」

「………ですよね。織斑先生に聞いてましたが、やっぱりそうですよね」

 

まあ、諦めたほうがいいと思うよ? 束姉さんは俺と同じくらい我儘だから。

 

「まあ、安心していいよ。私は箒ちゃんに頼まれた物を持ってきただけだしね。ついでにフィッティングもしていくけど、別にいいよね」

 

質問の形をとってはいるけど、どう聞いても引く気はないな。

それがわかったらしい真耶先生は、小さくため息をついてしまった。

 

「……もう好きにしてください」

「いい判断です山田先生。こいつは何を言っても無駄ですから、山田先生は各班のサポートをお願いします」

「……はぁ………はい、わかりました」

「むぅ、ちーちゃんが優しい……さてはこのおっぱいでたぶらかしたなおっぱい魔神め~!」

 

そう言って束姉さんが真耶先生に飛びかかって行って………視界がなにかに塞がれた。多分鈴の手。耳も塞がれている。多分こっちはののちゃんだろ。

 

……まあ、何が起こってるのかは大体わかってるけどさ。気配と原作知識で。

 

十秒くらいしてから解放される。そこには顔を真っ赤にしながら胸を両手で庇っている真耶先生と、頭から砂浜に突っ込んでいる束姉さん。そして束姉さんが立っていただろう場所の一歩後ろに立つちー姉さんがいた。

……何があったのかわかりやすいな。本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校、紅椿参上!

 

「……姉さん。大丈夫ですか?」

「うう……ちーちゃんが酷いんだよ箒ちゃん………傷心の束さんを慰めて?」

「はいはい」

 

そう言いながらののちゃんは束姉さんの頭を撫でる。どっちが姉がわかったものじゃない。

 

「……復活!」

「ならもう一度いっておくか」

「ひーん助けて箒ちゃーん!」

「織斑先生。話が進みませんのでそろそろ……」

 

……本当に、どっちが姉か…………。

まあ、束姉さんは楽しければ良いって感じなんだろうし、ののちゃんを守るのはちゃんとやってるから姉としての仕事はやってると言ってもいいんだけど。

……不器用だけど。

 

「うう……ありがとう箒ちゃん………」

「構いませんよ。姉妹じゃないですか」

「そんな優しい箒ちゃんにお姉さんからプレゼントぉーっ!があるよ。さあさ大空をご覧あれっ!」

 

腰に左手を当て、右手を空に向かって突き上げる束姉さん。それを見ていたほぼ全員は、つられて空を仰ぐ。

 

ズムッ!

 

鈍い音が響き、銀色の塊がそこに現れていた。

落ちてきたようには見えなかったし、見えないほどの高速で落ちてきたにしては衝撃波やらなにやらが少なすぎる。しかしそれでも放射状の落下跡があるので落ちてきたはずなんだが……………まあ、慣性停止か何かをやったんだろう。束姉さんだし。

 

「じゃじゃーん!これぞ私が箒ちゃんのために作った専用機こと『紅椿』!箒ちゃん以外が乗ろうとするととりあえず周りに居る奴皆殺しにするまで止まらないようにプログラムしてあるから注意してね!」

「……何をやっているんですか姉さん。危険すぎるでしょう」

「しょうがないよ。全スペックが現存するほとんどのISを凌駕するISだからね。奪われたときのこともしっかり考えておかないと。まあ、皆殺しにするって言ってもちーちゃんといっくんと箒ちゃん、そして私自身は平気なんだけど」

 

……あれ? 現行IS全てを上回るんじゃ?

 

「ちなみに、速度関係と一部の機動系は白式……いや、シロが上だよ? シロはそれに特化して作ってあるからね」

 

………なるほど、そのせいか。確かに原作ではコアは一つだったはずだし。

もしかして、紅葉の方もコアをいくつか積んでいたりするのか?

 

「積んでるよ?」

 

積んでるそうだ。恐ろしいな。

 

「さあさあ箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをするからね。おいでおいで~♪」

「……全く、姉さんは………」

 

ののちゃんはそんなことを言っているが、ちょっと嬉しそうだ。

原作と違って大抵の場合笑っているようになったののちゃんの『ちょっと嬉しそう』は、『すっごく嬉しそう』と訳して構わない。

 

「……それでは、お願いします」

「堅いよ~。実の姉妹なんだからもっとキャッチーな呼び方でいいのに」

「…………………………………………例えば、どんな?」

 

あ、これ本気でわからなかったんだな。嫌みとかそういうのじゃなくて。

 

「……うーん……」

「……むぅ…………」

「…………うーん…………」

「…………むぅ………………」

「似た者姉妹だと言うのはよくわかったから、さっさとフィッティングとパーソナライズを終わらせろ。悩むのはそれからだ」

「わかったよちーちゃん。それじゃあ箒ちゃん、あとで一緒に考えようね~」

 

ぽちっ、とよくあるボタンを押す音が鳴り、紅鮭(きっと違う。と言うか違ってほしい)がしゃがんでから操縦者を受け入れる形態に移る。しゃがむ機能とか地味に便利だな。

 

「そうですね。あとで一緒に」

 

ののちゃんは束姉さんににっこりと笑顔を向けて言った。原作よりもずっと仲が良い。よかったよかった。兄弟姉妹で仲が悪いのは嫌だよ俺は。

みんな仲良くが一番だ。その方が厄介事も減って睡眠時間が増えるし。いいことずくめだ。

 

「え~っと、箒ちゃんの戦い方は基本は剣だよね?」

「はい、そうですが」

「よかったよかった。近接戦闘主体の万能型に調整してあるからすぐ馴染むと思うよ。なんと自動支援装備付き!すごいでしょ?」

「姉さんの頭がどうなっているのか本気で気になるくらい凄いと思いますよ。流石姉さん」

「えっへん!」

 

それは誉めて……るんだろうね。ののちゃんの誉め方はよくわからない。

まあ、束姉さんは嬉しそうにしてるし、別に良いけど。

 

「はい、フィッティング完了~♪ パーソナライズが終わるまでは大人しくしててね?」

「はい。…………それにしても、凄い機体ですね。スペックから色から装備から何から何まで」

「そりゃあもうね。束さんが箒ちゃんのために直々に作ってる訳だし、特別であって当たり前だよ」

 

まあ、束姉さんもシスコンをこじらせてるしね。特別製で当然でしょ。

 

あとセシリー。こう言う時には話しかけない方が良いぞ。束姉さんはちー姉さんとののちゃんと俺以外には―――原作にはもう一人、娘としているくーちゃんとやらが居たけど、俺は知らないから省くとして―――基本毒舌だから。また心を折られても知らないぞ。

 

そこで、群衆の中から小さな声が聞こえた。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで」

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

 

……そうか?

 

「身内って結構大切なことだと思うけどな。俺もちー姉さんの身内じゃなかったらIS学園に来る前に拐われて解剖なり実験なりに使われてたと思うし」

 

なんかいきなり空気が重くなった。なんでだろうな?

 

「そもそもなんで家族のことに口を出すのかわからないんだが。こんなの誕生日の贈り物と変わらないだろうに。ちなみにISのやり取りは法律で禁じられているけど、それは『前に束姉さんから渡された467機について』の話だと明言されてるから、束姉さんが新しく作ったISは束姉さんの好きにしちゃって良いんだよね。悔しかったら束姉さんに気に入られるように動けば? もう無理だけど」

「い……一夏? なんで挑発してるの? と言うか誕生日のプレゼントにしては規模が大きすぎると思うんだけど!?」

「挑発? してないよそんなの。なんであんな現実を見てない知識も足りない脳が足りない奴にどうして俺が時間を使ってやらなくっちゃいけないんだ? そんなことをやってる暇があるなら寝るよ」

「同感だね。あれは歴史の勉強をしたことがないか、あるいは夢見がち過ぎる脳味噌のお陰で宗教の教主とか為政者の建前だけの戯言を心の底から信じ込んじゃっている可哀想な馬鹿なんだから。あんなのに挑発の言葉を向けるくらいならいっくんを膝枕していた方がずっと有益だよ」

「それってただの欲望ですよね!?」

「シャルロット。諦めろ。姉さんも一夏もこうなったら暫く止まらん」

「あ、そうだいっくんシロ見せて。束さんはシロがどんな風に進化してきたのかに興味津々なんだよ」

「良いですよ」

「止まったぁ!?」

 

止まるさ。面倒だし。

 

………おいで、シロ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(一部を除き)最高性能、紅椿

 

束姉さんがシロを調べている間にののちゃんの紅梅のパーソナライズが終わったらしい。ハイパーセンサーに出てきたらしいそれを視線でクリックしてから、ののちゃんはゆっくりと空に浮かび上がり始めた。

 

「で、いっくんのシロに新しい機能をつけてあげよっか? コスプレ機能で千種くらいの服が展開できるように」

「辞めてください」

「そう言うと思ってたよ。だからこれあげる。コスプレ用のISね」

 

そう言って束姉さんが渡してきたのは灰色っぽいISコア。二次移行はしていないらしく、まだ丸い。

…………束姉さんは何を考えてこんなのを作ったんだろうか? あと、名前は?

 

「名前はそのまま【コスプレイヤー】だよ。【クロゼット】でも良いけどね」

「じゃあクロで」

「クロゼットからクロね。いいんじゃない? なまじシロっていうISを持っているせいで色だと勘違いしちゃうよね」

 

……まあ、そのあたりはしょうがない。呼ぼうとするとまた変な呼び名になると思うし。クラレットとか。

 

ちなみにクラレットと言うのは赤ワインのことらしい。あんまり一般には知られていないけど。

だから、ホテルに行って「クラレット一つ」ってからかうのはやめてあげよう。新米だったらまず引っ掛かるから。

 

「それじゃあパーソナライズも終わったみたいだし、空飛びついでに刀を使ってみようか?」

「刀……ああ、これですか」

「そうそう、それそれ。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器のデータ送るよー」

 

束姉さんはちゃちゃっと空中に指を走らせて武器データをののちゃんに送る。それを確認したらしいののちゃんは、同時に二本の刀を抜いた。

そう言えば、ののちゃんは二刀流の方が強かったね。一本の方がちょっとだけ上手いんだけど。

 

「束姉さんの解説付きだよ~♪ 雨月と空裂、どっちからがいい?」

「……では、雨月から」

「おぅけぃ!雨月は対一使用の武装で、打突にあわせて刃部分からエネルギー刃を出せるんだよ。なんと連射機能つき!射程はアサルトライフルくらいでたいして広くないけど、紅椿の機動性なら大丈夫!やってみて?」

 

束姉さんのお願い(?)を聞いたからかどうかはわからないが、ののちゃんは右手に持った雨月を雲に向けて突き出した。

するとののちゃんの右手の周りに赤色の光球が現れ、次々に飛び出してその雲を見事に穴だらけにした。

 

「次は空裂ねー。こっちは対集団用で、斬撃に合わせて帯状の攻勢エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動展開してくれるから超便利、というわけでこれ落としてみてね」

 

束姉さんが出したのは、十六連装のミサイルポッドが二つ。それが現れたと思った瞬間に、一斉射撃を行った。

 

「ののちゃんがんばー」

「百人力だ!」

 

ののちゃんがそう言ったのと腕を振るったの。いったいどっちが早かったのやら。

とにかく紅楸の出した攻勢エネルギーの帯がミサイルをまとめて撃ち落とす。出力すごいな……。

 

「まあ、これで武装の説明は終わりだよっ。あとは慣れていくにつれてちょこちょこ追加されていくはずだけど」

 

……後々になって凄まじい超兵器が出てくるような気がしたのは間違いだろうか?

 

「……奇遇ね一夏。あたしもなーんか嫌な予感がするわ」

『うむ。妙な気配が近付いてきている気がするしな。遠すぎてあまりはっきりとはしないが』

 

…………うん、たぶんそれ束姉さんのやったアレだと思う。なんだっけ………シルベスタ・スタローン? 違う気がするけど。

例えるならば、ラルちゃんのISの名前がツヴァノレシェフ・レーズンだっていうのと同じくらいおかしい気がする。

 

「それはおかしいわね。いろんな意味で」

「おかしいよな。色々と」

 

うん、おかしいな。

 

「ああ、姉さんに質問が」

「ん? なにかな~? 箒ちゃんの質問だったらなんでも答えちゃうよ~?」

「……もう一つ武装があるのですが………」

「…………え?」

 

ひゅん!と風を切って降りてきたののちゃんが、束姉さんに自分の見ている画面を見せる。

 

「……もう出ちゃったのか。っていうか、流石の束姉さんもアレだけで穿千を構築するなんて予想してなかったよ………」

「……やっぱり、おかしいですか?」

「ほんとなら十月くらいに構築されると見てたんだけど…………まあ、速いならそれに越したことはないから良いけどね」

 

なるほどね。本当なら………確か……七巻で構築されるアレか。出力可変型のプラスターライフル。威力と射程距離は折紙付きの。

 

「うーん……ついでに試し撃ちしてみる? 大出力すぎてPICを姿勢制御に結構回さなくっちゃまともにあたらないけど」

「いえ。エネルギーがそろそろ切れそうなので」

 

ののちゃんはしっかりそっちにも目をやっていたらしい。流石武人だ、視野が広い。

でも、確か紅榎にはワンオフがあって、エネルギー切れとは無縁のはずだけど。

 

…………ああ、そうか。まだ使いこなせていないんだな。貰ったばっかりだし、当然と言えば当然か。

 

「……紅椿だよ。もう、色々凄いことが起きすぎて頭が痛くなってきたよ………」

 

そんなことを言うシャルに、その場で座った俺は自分の足を指差して聞く。

 

「寝る? 俺の膝枕とか貴重だよ」

「フゥハハハハァー!いっくんの膝枕は頂いたいいたい痛い痛い痛い頭がぎしぎしぎしぎちぎちぎちぎぢぎぢぎぢ言っちゃってるよちーちゃあぁぁあぁぁん!?」

 

……お大事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急事態、わー大変

 

ちー姉さん、事件です。いや、本気で。

原作通りと言っちゃえばそれで終わりなんだけど、なんか明らかに空気が痛い。あと眠い。

 

「一夏。今は流石に寝ちゃ駄目よ」

「ん~………わかった」

 

眠いんだが……。まあ、仕方無いか。ゾナハ虫による監視網で見ている限り、どうも面倒なことになっちゃったみたいだしね。

ハワイ沖で試験稼働中だった軍用ISが暴走したようだ。名前は……シルフィード・エヴァンジェル………だっけ? 違う気がするけど。

 

とにかくそれが暴走して、何故かここのすぐ近くを通過するルートを取るようだ。一時間はかからないくらいで。

地球上のどこにでもいる監視用ゾナハ虫でわかっていたけど、本当に面倒。

ののちゃんがISを手に入れて、そのスペックを見せつけた当日にこんなのが来るなんて………おかしいとは思わないか? 俺は思った。これ絶対束姉さんが絡んでる。原作でもそうだったはずだし。

 

ちなみにいまはもう説明が終わり、作戦会議の真っ最中だ。

 

そのIS……シルバリオ・ゴスペル(空間投影型ディスプレイに載ってた)の仕様は、広域殲滅用の特殊射撃型。銃ではなくそれ専用の射撃用の武装があるらしい。弾丸は実弾ではなくエネルギー弾で、触れると小規模ながら爆発を起こす。

エネルギー総量は軍用ISだけあってかなり多く、かなり長い時間飛び続けることができそうだ。

その上攻撃と機動力に特化した機体で、ちょっとシロに似てる。武器が剣か射撃武器かの差はあるが、たった一つしか武装がないところもそっくりだ。

 

……きっついな………セシリーが超遠距離から狙撃して曲げ撃ちで一方的にぼこせればなぁ……。

ISを使わなくてよくて、さらに後々のことを考えないでいいんだったら、千の顔を持つ英雄で束姉さんが作ったあの無人ISを数億単位で作って蹂躙させるなり宇宙戦艦降らせるなりしてやれば楽にいけるけど……………後の事を考えると………無理なんだよなぁ……。

 

ミサイル弾幕も多方向同時射撃とエネルギー弾の爆散が相手なら相当多くつぎ込まないといけないだろうし、原作そのものよりたぶん少し強くなっているだろうから厄介だ。

束姉さんが何を考えているのかはわからないが、俺とののちゃんだけを強くして用意した敵役を強くしない……何てことがあるわけないし。

 

…………嫌な予感がするな。これは三枚目の切り札も切らされるのか?

……使いたくないな……あれ使ったら絶対ちー姉さんに怒られる。

 

もうミサイルを秒間一万くらい撃ち込み続けるとか、大出力レーザー兵器で一撃必殺とかそっちの方が楽だと思う。

駄目だしされたらもうアリス・イン・ワンダーランドで方向感覚とハイパーセンサーいかれさせてシルバースキン・リバースで動きを止めてから叩き斬るしか

 

「一夏っ!」

「わうっ!?」

いきなり尻尾を掴まれて変な声が出てしまった。びっくりしたぁ………。

 

「なに? 尻尾は敏感なんだから優しくしてくれよ」

「あ、ごめん。……で、話は聞いてた?」

 

全く聞いてない。どうやって潰すかばっかり考えてたから。

 

それを敏感に感じ取ったのか、鈴は溜め息をついた。溜め息をつくのはいいから尻尾をわしゃわしゃしないでほしい。腰の内側からぞくぞくしてくるから。そしてなんか妙な気分になってくるから。

 

「ふぁっ!ぁ、ゃ……んんっ!?」

「…………箒。ちょっと私のこと殴ってくれない? 手が……止まらない…………っ!?」

「ぁ、ぅあ、や、鈴、だめだって、あ、ふぁあっ!」

 

………いやいやいやかなり本気でこれはまずいって声抑えられないし体は動いてくれないしやばいやばい本当に待っ

 

ゴガスッ!

 

鈍い音が響いて鈴の手が尻尾から離れた。本気でやばかった。真面目に意識とか色々なものが飛ぶところだったぞ。

そうやって抗議したいところだが、全身がくったりとして動きたくない。動けるだろうけど動きたくない。

 

「―――凰。貴様、私の一夏に手を出すとはいい度胸だな」

「ぉおぅあぁぁ……あ、頭が……頭が割れ……っ!」

 

ちー姉さんの情報端末クラッシュ!鈴は頭を抱えて悶絶している。痛そうだな。なにもしてやらないけど。

 

「一夏、大丈夫?」

「……ぉー」

「………大丈夫じゃなさそうだね。一夏が福音を落とすことになったんだけど………いける?」

「……十分休ませてくれればなんとか………」

「うん、わかったよ」

 

どうやらここは原作通りに俺とののちゃんが行くことになったらしい。すっごい体力使った………前まではこんなこと無かったんだけど、なんで急にここまで敏感になったんだ?

…………束姉さんがなにか弄ったのか? 俺がシルファリオン・ドスペラードに苦戦するように。

 

「一夏。シルファリオン・ドスペラードではなくシルバリオ・ゴスペルだ。お前の特性はよくわかっているから言うが、無理をして呼ぶ必要は無いぞ」

「じゃあシルバリオファミリーで」

「シルバニアファミリーか。そこまで呼べるならシルビーでもシーでもギンでも良いだろうが」

「じゃあギンにする。」

 

……ああ、よかったよかった、普通に喋れるくらいまでは回復した。回復できなかったらどうしようかと思ったよ。

 

ぽてりと転がり、シャルの膝に頭を乗せる。ちょうどいい高さだと思いながら、鈴がちー姉さんにお仕置きを受けているのを見る。

 

「……………」

 

ギシギシギシギチギチギヂギヂギヂギヂ…………(アイアンクローで締め上げている音)。

 

ヴォンヴォンドガンッ!ガッ!ガッ!ドムッ!ヴォンドムッ!ダズンッ!!(そのまま振り回して机、壁、壁、床、振り回してからの床の順番で叩きつけてから踏みつけた音)

 

ドゴスバゴンッ!ダムボゴッ!(蹴り上げて天井に叩きつけられて落ちて床にぶつかった所に鳩尾のあたりにちー姉さんの爪先が入った音)

 

「お。織斑先生!いくらなんでもやりすぎです!凰さん死んじゃいますよ!?」

「安心しろ山田先生。凰はこの程度ならあっという間に復活する」

「そんなわけが」

「ぷはぁっ!あー、自業自得とはいえ死ぬかと思ったわ」

「なんで無事なの!? あんなにボコボコボロボロズタボロで、あのときのラウラより酷かったのに!?」

「気合いよ。あと一夏への愛と謝りたいという強い思いの力」

「どんなさ!?」

 

……今って一応緊急事態のはずなんだけどね。緊急事態(笑)になっちゃった。

まあ、こうして笑い合っている方が俺達らしいと言えば俺達らしいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出発、紅と白

 

回復した俺はののちゃんに運ばれて作戦区域に入る。もうすぐ白マリオ(違うはず。方向転換の度に気の抜けるような音が聞こえるようなISは嫌だ)と接触するはずだから、それなりに気を張っている。

ただ、運ぶ時は軽い方が良いだろうと言うことで小さく小さくなっている。現在の身長は92センチくらいのはず。

 

このサイズになったときにシャルが暴走しかけてラウラとセシリーに止められていたのが記憶に残っている。正直に言って、ちょっと怖かった。ついさっきの鈴よりはましだったけど。

その鈴は自分の右手を左手で掴んで

 

「鎮まれ……あたしの右手……っ!こんなところで暴走しちゃ駄目なのよ……!」

 

という中二感溢れることをやっていた。確かに実際に暴走されるとまずいことになるから助かるけど。

 

展開装甲から放出されている真紅のエネルギーを放出し、俺を乗せているとは思えないほどの速度で紅椿《べにつばき》は空を駆ける。

 

「……一夏。惜しいが違う。紅椿《べにつばき》ではなく紅椿《あかつばき》だ。アカでいい」

「アカちゃん?」

「ちゃん付けはよせ。私の力が抜ける」

 

それはまずいな。もしギンとぶつかれなかったら作戦遂行が難しくなる。

束姉さんがよっぽどの事をしていなければ勝てると思うんだが、束姉さんはそれをまるごとひっくり返せるような『よっぽどの事』を用意しているかもしれないし、油断はできない。

 

してなければしてないでその方が嬉しいけどな。最善は、今の俺がこうして考えていることが全部的外れの考えすぎで、束姉さんとはなんの関係もない暴走事故だった、って所かね。ついでに新兵器の暴発かなにかで自滅してくれるとさらに嬉しい。

……ないだろうけど。

 

「……想像以上にエネルギーの消費が早いな………これでは本当に一夏を運んだ後は大したことはできんぞ」

「この速度で運んでくれてるだけでもありがたいけどな」

「そうか。一夏がそう言うならばよしとしよう。…………まだ眠いか?」

 

ののちゃんはまだ小さい俺を見てそう言う。ある意味では俺はいつでもどこでもどんな時でも眠いんだけど。

 

「……大丈夫だ。接敵五秒前には起きてるよ」

「……ならばいいがな。…………あと十秒だ。集中しろ」

「あいよ。ののちゃんも接敵後は自己判断で頑張って」

 

俺はそれを最後に意識をギンだけに集中する。

できれば一撃で落として何事もなく帰りたいんだけど…………という思いを込めて、零落白夜を雪片を振る一瞬だけ発動して攻撃をする。

瞬時加速からの零落白夜はエネルギーの問題であまり使ったことがなかったが、数回使ってみた時以上にガリガリとエネルギー残量が削られる。これも高速戦闘仕様ならではのことだろうな。

 

しかし、ギンはなんと当たる直前にぐにゃりと体をよじらせて零落白夜の光刃を避けた。中の人間のことが心配になるような避け方をしたんだが、大丈夫なのか?

やってるんだから平気だろうと割り切って、俺は速度を落とさないまま反転してギンに攻撃を加える。速度だけならののちゃんのアカにも負けないシロは、僅かにギンの装甲を削り取った。

 

『……敵機確認。危険度Aと判断。攻撃レベルAで対処する』

 

ギンは異様に正確な機動で剣を避け、至近距離から弾幕を撃ち放ってきた。

……っておいなんだあの弾幕の密度は。気持ち悪いんだよ。

 

「お前のやったミサイル弾幕も似たようなものだ」

 

ののちゃんがそう言いながら現れ、ギンの弾幕を纏めて切り捨てた。エネルギーを相当食いそうだけど便利だな。

 

「ののちゃん」

「わかっているさ。援護する」

 

以心伝心だな。

 

ギンの翼のようなスラスターに数多く存在している砲口から、小さな羽根のようなエネルギー弾が発射される。弾幕ゲームは神経使うからあんまり好きじゃないが、苦手じゃない。

何が言いたいかというと、このくらいの弾幕なら普通に避けられると言うことだ。

それにしても、ギンのエネルギーはどれだけあるんだろうか? 二時間半以上高速飛行を続け、今はこうして高機動戦闘に加えて圧縮エネルギー弾幕をばら蒔いているというのに、一向に切れる気配がない。

 

「…………一夏。一分預かるぞ」

 

なにかを考え付いたのか、ののちゃんは高速で転回して彼方へと飛び去っていった。何がしたいのかはわからないが、ののちゃんに任されちゃったんだから仕方無い。一分くらいだったら普通に持たせられるだろうし、別にいいけど。

 

ののちゃんがいなくなった分密度を上げたギンの弾幕だが、この程度だったら速度と気合いにまかせて避けきれる。

時々掠りそうになるが、シールドエネルギーが削れるだけで大したダメージは無い。

 

『一夏。それの動きを止められるか?』

 

急にののちゃんからプライベート・チャネルの通信が入る。まあ、可能か不可能かで言えば可能なんだが………そこまで離れて何をするんだ? アカには遠距離系の武器は……………あったな。そう言えば。

 

『あいよ。でも止めるのはちょっと時間がかかるから、少し待っててくれ』

『わかっているさ。落とされるなよ』

 

通信が切れて、ののちゃんが飛んでいった方向からかなりのエネルギーが感知された。

同時にギンも気が付いたらしく、ののちゃんの方に向かって飛んでいこうとしたが、

 

「よっと」

 

瞬時加速で回り込んだ俺がその道を塞ぐ。ギンはこの程度では止まってくれそうもないので、ショットガンをばら蒔くことで無理矢理足止めをする。

 

高速飛行時には実弾系射撃武器の威力は上がる。ギンはショットガンの弾を見事に避けきって見せたが、速度が僅かに落ちたし機動の道も見えた。

 

「そこだ」

 

その道を通ろうとしたところで、空間固定で動きを止める。あとは俺がののちゃんとギンを繋ぐ直線から移動すれば、ののちゃんが決めてくれるだろう。

ギンの全身を固めている空間固定を維持しながら、俺はその場から十メートル左に移動する。

 

『恐らく、これを撃ち終わったら紅椿のエネルギーは切れるだろう………運んでくれよ?』

 

まあ、画面を見る限りかなりのエネルギーを集中しているわけだし、予想はしてたからいいけどね。

 

『穿千……発射!』

 

カッ!と真紅のエネルギービームが超高密度圧縮状態で放たれた。

 

 

 

 

 



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91~100

 

 

……いや、嘘だろおい

 

ののちゃんの撃った超高密度圧縮エネルギー・ビームがギンに接近する。それは一瞬のことだったが、何でかかなりゆっくりに見えた。

そのゆっくりな世界のなかで、ギンが動く。翼のようなスラスターの砲口を全てののちゃんの方に向け、まるで鷹か鷲のような大型の鳥がその翼を広げるように、スラスターをばさりと動かした。

 

砲口が光り、単発の小さなエネルギーの羽根が撃ち出されるのかと思ったが、撃ち出された羽根がギンのすぐ前方で集束を始める。

溜めの時間は僅かだったが、三十六の砲口から随時追加され続けたエネルギーの総量は馬鹿にならない。

 

そしてギンがスラスターを羽ばたくように前に押し出すと同時に、集束しきったエネルギーの塊が羽の奔流となって放出された。

………こんな攻撃って原作にあったっけ? 束姉さん印のちょびっと魔改造か? ……ちょっとじゃねえよ!

 

空間固定は解けないし、接近してののちゃんの大出力レーザーに巻き込まれるのも嫌なので左の衝撃砲で攻撃。翼の一部を削り取ってダメージを与えるついでに、例の羽の奔流のエネルギー供給の邪魔をする。

そうしている間にゆっくりした世界の中で、ののちゃんとギンのエネルギーの奔流同士が正面から衝突した。

 

轟音が響き、エネルギー同士がお互いを消滅させ合う。どちらもエネルギー兵器であってレーザー兵器でなくてよかった。レーザーだったらお互いにすり抜けて両方に当たるから。

 

エネルギーがぶつかり合った中心で衝撃波が起き、遥か下の海面にまで被害が行っている。

先生達が海上を封鎖していてくれて助かったな。こんなところに船なんかがいたら、確実に転覆するか壊れてしまうだろう。本当に、封鎖してくれていて助かった。

 

確かに海上は封鎖されている。だから、船がいるはず無い。つまり、シロが映し出している船《これ》は『こんな所にはいない』。きっと蜃気楼かなにかだな。そうに違いない。

 

舞い踊る羽と真紅の極光はお互いに削り合い…………ののちゃんの方が撃ち負け始めた。

確かに初めのうちはののちゃんが圧倒していたが、やはりエネルギーの使いすぎが痛かったらしい。あと数秒は持つだろうけど、それ以降は保証できない。

 

だから俺はギンにかけていた空間固定を解除し、ののちゃんの所に瞬時加速で向かう。ギンにグレネードをいくつか投げ付けておくのも忘れない。

 

……間に合うかね?

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

私は福音との撃ち合いになり、拮抗しているのを見て作戦の失敗を悟った。

確かにあんな砲撃方法を福音が持っているというデータは事前のスペックデータにはなかったが、それでも失敗は失敗だ。

 

私の策は福音に大出力砲撃系の装備がないことが前提で、撃ち合いになることを想定の中に入れていなかった。

 

それに、と肩の穿千に目を向ける。

 

穿千は相当エネルギーを食う兵器だろうと予想はしていたが、まさかここまでのものだとは思っていなかった。

高速の移動と一夏の運搬でそこそこエネルギーを削られていたこともあるが、それでも七割近く残っていたエネルギーがどんどんと削られていくのがわかる。

 

エネルギー残量のゲージがどんどん短くなって行き、ついに警告メッセージが視界の隅に点灯し始めたが、私は無視を決め込んで前に視線を向ける。

 

今砲撃をやめてしまえば拮抗している福音の砲撃に飲まれてしまうし、かといってやめなくともいつかはエネルギーが切れて同じ未来が待っている。

八方塞がりとも言えるこの状況の中で、私は前だけを見つめ続ける。

 

……なぜか、目まぐるしく変わっているはずの今が遅くなり、そして私の過去にあった思い出が頭の中身を占領して行く。

 

一夏との出会い。私の実家の道場で私が竹刀を振っているのを、一夏は壁に寄りかかりながら眠そうな目で眺めていた。

 

一夏との初めての会話。いつも私を眺めているだけの一夏に竹刀を突きつけ、『稽古をつけてやる』と言ってやったこと。

 

初めての試合では、一夏は私の剣をひたすら避け続け、そして時間切れまで一度も攻撃らしい攻撃はしてこなかった。

何度も延長して試合を続けて、三回目の延長の試合で一夏は私の振った竹刀に自分から当たりにいった。

 

試合に勝って勝負に負けた私は、何度も一夏に向かっていく。この頃に学校でよくからかわれたのだが、一夏はからかわれても平然とあしらっていた。

 

ただ一度一夏が本気で怒った時。千冬さんを悪く言った教師は次の日には一夏を見るだけで恐慌状態となるようになり、学校をやめさせられた。

 

ISが世界に広まり、私は姉さんの妹と言う目で見られることが多くなった。しかし、一夏は今まで通りの私として見てくれた。

 

転校してからは電話もできず、手紙のやり取りもできないという状態が続き、私は少しだけ姉さんを恨んだが、それはすぐに政府に向いた。

 

しばらく続く色褪せた生活。完全に白黒《モノクロ》ではないだけましかもしれないが、姉さんの失踪の後に何度も行われた尋問に辟易としていた。

 

剣道大会での優勝。確かに色々なことがあってなにかに当たりたいと言う気持ちがあったことは認めるが、自分の剣のあまりの醜さを見て、頭の中身を抑え込む術を身に付けた。

 

感情を抑制し、気に入らないものをただ否定するだけということをやめてみれば、少しだが交遊ができた。やってみれば簡単なことだったのだ、と考えたな。

 

そして、一夏がISを使えるという話が広まり、IS学園への入学が決まったという話をテレビで見た。

……少し前までならあまり素直に認めることはできなかっただろうが、今ならできる。

私は一夏が好きだと。

 

そしてIS学園での再会。全く変わらない一夏に苦笑いと、それ以上に嬉しいという思いが溢れる。

抱きつかれた時には少し驚いてしまったが、けして嫌ではなかった。ここでも私が一夏のことが好きだと再確認。

 

一夏に振り回され、やきもきし、甘えてくる一夏を可愛がり、真剣に向き合い、生涯の友を得て…………今、私はここにいる。

 

…………ああ、私はまだまだ死ねないな。一夏に告白もしていないし、鈴達との掛け合いも楽しい。

 

だから、私はエネルギーの放出をやめた。

 

穿千は真紅のエネルギーの放出をやめ、がしゃんと砲口を閉じる。

それと同時に展開装甲を防御に使おうとエネルギーを集めたところで、一夏の乗ったシロが私を抱えて砲撃範囲から移動した。

 

「助かったぞ、一夏」

「なに、気にすんな」

 

一夏と私はそう言いながら笑った。

 

 

 

 

…………それにしても、お姫様だっこを一夏にされるのは……初めてだな………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強制睡眠、そして一時帰還

 

ののちゃんを抱えてギンの砲撃を避ける。羽根の奔流はそこそこ離れた海面に衝突してかなりの被害を出していたが、まあ、少なくとも今はどうでもいい。

海面にギンの砲撃が衝突すると同時にギン本体の方からも爆音が響く。俺が手土産に投げつけておいたグレネードが爆発し、ギンのシールドエネルギーをそこそこ削り取ったらしい。ギンの装甲が僅かに削れていたため、絶対防御も発動していただろうと予想される。

 

「……ちょっと暴れるから、下りててくれる?」

「………ああ。悔しいが、あまりエネルギーが残っていない。…………後は任せた」

 

そう言ってギンの機動用エネルギーを相当削っていったののちゃんは、海面近くにまで下りていった。

どうやら海面近くでISを解除して、エネルギーを少しでも回復させようというつもりらしい。アルカリ乾電池じゃあるまいし、無理だと思うけど。

ワンオフでも発現させれば話は変わってくるんだろうけど、今は使えないはずだし。

 

………まあ、気乗りはしないが頑張ろうかね。

 

 

頑張ろうと言ったが、結局やることは変わらない。相手の撃ってくる弾幕を避けて、こちらの攻撃を当てる。

羽根の弾幕自体の速度があまり速くはなかったことが救いとなり、今のところ被弾ゼロ。ただしそろそろ決めないと機動系統のエネルギーが不味い。三割くらいしか残っていないし。

 

遠距離系の武器はあの弾幕を抜けられず、接近戦に持ち込もうにもやはり弾幕に遮られる。

もう一度空間固定で止めてしまえば良いのだろうが、ギンをまるごと止めるとなるとかなりのエネルギーを持っていかれるし、かなり離れているから余計に持っていかれる。

近ければ近いほど、止める空間が狭ければ狭いほど、使うエネルギーは少なくなるが………逆に言えば遠ければ遠いほどエネルギーを使うわけだ。

 

はっきり言って、制限解除していないシロだとエネルギーが不安。と言うか、まず足りない。

 

……や~れやれ。後が怖いぜ………。

 

束姉さんに頼んでシロにつけてもらった特殊な武装は三つ。

 

一つは曲げ撃ち可能な衝撃砲。かなり初期にお披露目となった、両拳の狡い武器。

 

一つは空間固定能力。使いどころは限られるが、かなり使える第二の能力。

 

そこにちー姉さんのリクエストで雪片弐型が入り、偶然(物語的には必然)に零落白夜が入るが、俺がお願いした能力ではないので除外する。

 

三つ目の特殊な武装。それはさらにピーキーで、試合ではけして使えない能力だったりする。

 

それを使おうとした所で、違和感が走る。

確認のためにシロに捜査を頼むと、すぐに結果が出てきた。

 

ほんの数秒前までは三割くらいは残っていた駆動系エネルギーが、全くのゼロになっていた。

 

そして駆動系のエネルギーが減った分、満タンを越して増えているシールドエネルギーを見て確信した。

 

…………束姉さん。確かにこうすれば俺はISの絶対防御の致命領域反応のお陰で動けなくなるし、確実にしばらくの間退場させられるだろうけど―――

 

動きが止まった俺に、ギンが翼のようなスラスターの砲口を向ける。

そしてそこから一斉に発射されたエネルギー弾幕が、俺の視界を埋め尽くす。

 

―――いくらなんでも、これは酷いだろ。

 

そう思いながら、俺はののちゃんにプライベート・チャネルを繋ぐ。

伝える言葉は一言。

 

『ごめん、なんか無理っぽい』

 

それと同時に、あるものをののちゃんのISであるアカに送りつける。

そして全身に衝撃が走り、シールドエネルギーがガリガリ削れていく。

……こっそり体を強化しているからあんまり痛くはないが、シールドエネルギーがひどく削られていくお陰で意識が飛び始めた。

 

…………任務失敗かぁ……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏からの通信が入った瞬間に、私は再び紅椿を展開して空を舞う。

福音の砲撃の直撃を受けて巨大な爆発に包まれた一夏を必死に探すと、爆煙の中から生身の一夏が落ちてきた。

 

私は一夏の体を受け止める。どうやらなんとか生きているようだが、ISの絶対防御の効果で眠っているらしく、目を覚まさない。

いつもならば私が呼び掛ければ軽く返事をする一夏だが、いまはなんの返答もしてくれないところからもその事がわかる。

 

…………私はまだ戦うことはできる。エネルギーは僅かだが、戦える。

しかし、一夏は今は戦うことができない。気絶しているからと言うだけではなく、ISであるシロもボロボロであることが予想できてしまうからだ。

 

私は福音を睨み付ける。ギシリと噛み合った歯が軋みをあげ、頭の中身と太陽が入れ替わったような熱が私を焼くが、それでも私は福音に背を向ける。

……もう一度、私は福音と戦うことになるだろう。先生達が止めようとも、確実に。

 

そのために必要な物は、ついさっきに一夏から送られてきた。これのお陰で私はまだ戦えるし、一夏と一緒に戦うことができる。

 

そう思うと同時に、紅椿の装甲から金色の光の粒が溢れ出し、削られるばかりだったエネルギーが回復していく。確認してみると、そこには『絢爛舞踏』という文字が躍り、これがワンオフ・アビリティーだと示していた。

 

……もう少し早く出てきてくれればよかったのに、という思いを打ち切り、私は回復したエネルギーをフルに使い、全速力で戦場を離脱した。

 

 

……それにしても、なぜ一夏は避けなかった? まるで、残っていたはずのエネルギーが一瞬にして消えてしまったかのような動きをしていたが…………。

 

……まさかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰還後、密かに支度中

 

 

一夏は眠る。起きる気配は一向に無い。

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

全速力で一夏を旅館に連れ帰った私は、他の専用機持ちと同じように待機していた。

ただ、エネルギーは既に全て回復させ終えていて、今は時を待っている。

 

ベッドの上で『大きな姿のまま』眠る一夏に目を向け、頬を撫でる。熱を持っていることに安堵し、そして力の無かった自分と、一夏に怪我を負わせた福音に怒気を向ける。

 

……私は、一夏の隣に立ちたくて、姉さんにISの作成を頼んだ。姉さんは私に答え、素晴らしいISを作り上げてくれた。

最強にして、最硬にして、最速に最も近い最高のIS。紅椿を。

 

それなのに私は、そんな素晴らしいISを作ってくれた姉さんにも、信じてくれた一夏や鈴達にも、応えることができなかった。

昔のように力に流されてしまう自分はいない。だが、それと同時にどこかで慢心していた自分も居たのだろう。そうでなければ、こうして昏睡している一夏の隣で、ただ座っている等ということもなかったはずだ。

 

だから今は、そんな私を私の中から追い出し、ひたすらに思い出し続ける。

 

一夏が福音に落とされた時の驚愕を。

爆煙の中から落下した一夏を受け止め、反応が反ってこなかった時の憤怒を。

激情の中で福音に背を向けた時の、私への憎悪を。

この場所に戻ってきて、治療を終わらせた一夏の顔を見たときの悲しみを。

 

そしてそれらを纏め、純化し、昇華させて行く。この感情は、昔に感じたことがある。

当時はこの感情をなんと呼ぶのか知らなかったが、今ならばわかる。

 

これは、殺意だ。

 

…………とは言え、実際に殺すことは無いだろう。私も抑えるし、一夏もあまりよく思わないだろうと考えればどうとでもなる。

 

そして、私の中の全ての感情が福音への殺意に転換し終わった時。誰かが突然ドアを開いた。

……この気配は…………鈴か。

 

「箒。あたしの言いたいことはわかるわね?」

「ああ。丁度私も瞑想を終わらせ、これから有志を募ろうとお前たちに順次声をかけていくつもりだったのだ」

 

私は立ち上がり、閉じていた目を開く。そして鈴と目を合わせて……そこでふと、少し前に鈴から直接聞いた話を思い出した。

 

鈴は元々激情家。だが、一夏と関わっていくうちに角がとれ始め、少しずつ丸くなっていったという話だ。

 

その話を聞いた時は半信半疑だったが、今の鈴を見てなるほどと思ってしまった。

 

その目は、私と同じようで全く違う色に染まっていた。

 

例えるならば、私が純化した氷のような殺意を持つとすると、鈴のそれは何もかもを取り込みながら静かに燃える炎のような殺意。

……私達は、私達が自覚している以上に似ているのかもしれんな。

 

「………場所はわかるの?」

 

鈴の問いに私は首肯して答える。

 

「ああ。一夏が落とされる前に、福音に発信器をつけていたらしくてな。その受信コードを受け取った。それによると、福音は現在三十キロ離れた沖合上空に居る」

「そう。流石は一夏、と言うべきなのかしらね」

 

私と鈴の視線が同時に一夏へと向き、辺りには沈黙が広がった。

 

「……一夏がこうなったのは、あんたのせいじゃないわ」

「……感謝する」

 

ぐっ、と拳を作り、さらに力が加えられる。この痛みも、恨みも、また純化してゆく。

 

「簪が手伝ってくれたから、全員パッケージのインストールはもう終わってるわ。専用機は動くけれど、まだ少し不安なところがあって参加できないからせめて、って言ってね」

「そうか。簪にも感謝しなければな」

 

私の紅椿はパッケージのインストールが必要ない。つまり、既に私達の準備は全て終わっていると言うことだ。

 

「……それでは、行こうか」

「ええ。鬼の居ぬ間に堕天使狩りね」

 

堕天使とは、言い得て妙だな。

 

機械の体と機械の翼を持ち、電子の意思で暴れまわる『銀の福音』。なるほど、確かに堕天使のようだ。

 

私は、左腕の紅椿を握り締める。

 

…………我儘な操縦者で済まない。だが、もう少しだけ……お前の力を私に貸してくれ。

 

そう思うと、私の左腕の紅椿から、ほんの少しだけ気配の揺らぎがあった。

 

「……ありがとう」

 

私はそれだけ呟いて、鈴達の作戦会議に混ざっていった。

 

 

 

side 織斑 千冬

 

…………馬鹿者共が。あんなに大きな声を出しておいて、気付かれていないわけが無いだろうが。

確かに誰にも言わずにここまで支度を終わらせていたのには驚愕するが、一夏の周りであのような話をするような馬鹿があるか。

 

「……でも、止めないんですね」

 

山田先生が私に笑いかけながら言う。

 

「ああ、止めん。………と言うか、山田先生は止められるのか?」

「………無理ですね」

 

ならば、私達にできることは限られているだろう。責任をとるのは……大人の仕事だ。

 

「そうですね、織斑先生」

 

……さて。それでは書類を作ろうか。『私達が専用機持ちを全員作戦に参加させた』という書類をな。お前にも手伝ってもらうぞ、束。

 

「はいはーい♪ ちーちゃんの頼みだったら何時でもウェルカムだよ~。四十六十喜んで!」

「五月蝿いぞ。それと、箒が気になるのはわかるが手は抜くなよ」

「もっちろん!」

 

……やれやれ。また面倒なことになるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏の夢、そして接敵

 

 

よくわからないが、なんでか俺は海に居た。ここがどこかもわからないし、何でここにいるかもわからない。

確か、俺はギンを相手にしているときに妨害を受けて落とされたはずなんだけど………。

そう思いながらあたりをきょろきょろと見回してみると、なんでかそこには真っ白いワンピースを着た真っ白な髪(白髪《しらが》とは言いたくない)の少女が歌いながら踊っていた。楽しそうだな?

 

とりあえず、俺は寝ることにした。近くにあった流木の端を枕にして、俺は砂まみれになるのも構わず横になって目を閉じる。

潮騒と少女の歌が良い感じに混じりあって……………俺は浅く眠り始めた。

 

 

 

 

side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

ハイパーセンサーに映し出された福音に照準を合わせる。胎児のようにうずくまっているその姿は、まるでなんの力も持たない少女が自分の宝物を身の内に隠そうとしているかのようだ。

だが、私達は知っている。事前に見たスペックデータと、直接相対した箒からの新情報で、福音が相当の戦闘能力を所有していると言うことを。

 

私はためらうことなく引き金を引いた。ほんの数秒で【ブリッツ】から吐き出された砲弾は五キロの距離を詰め、大爆発を起こした。

 

『初弾命中。続けて砲撃を行う』

 

福音が私を見つけるより早くもう一射。これも命中したが、これで私の場所はばれてしまったな。

向かってくる福音に、ブリッツからの砲撃を連射する。しかし福音にそのほとんどを落とされ、もしくは避けられてしまう。予想より…………僅かに遅く飛びながら。

 

……なるほど。相当量のエネルギーを削ったと言っていたな。箒のあの砲撃とほぼ等量と、一夏を落とした時のあの砲撃分。さらに通常の弾幕による波状攻撃分を数十分に、だめ押しで機動分がかなりの量になる。

ここまで削られてしまえば、流石の福音も少々危なくなってきた、と言うことか。

 

反動相殺のために機動力の低下したシュヴァルツェア・レーゲンは、元々機動力に特化している福音の攻撃を避けることは難しい。

使う武器が実弾兵器ならばAICで止めることもできただろうが、生憎と福音の射撃武器にエネルギー系以外の武器は存在しないため、止めることは不可能だ。

 

………だが、私は元々避ける気など持ち合わせていない。

 

「―――鈴!」

 

オープン・チャネルで呼び掛けた瞬間、上空から炎を纏った四つの衝撃が、福音を海面に叩き付けた。

 

「はっ!ざまぁ見なさい!」

 

ステルスモードを解除した鈴は、わざと必要以上に目立つ大声を上げながら福音を叩き付けた海面を…………否。ちょうどその場所にステルスモードで潜り込んでいたISを見つめた。

 

「……首尾はどう?」

「完璧だよ、二人とも」

 

そこにいたのは、防御パッケージを装備したシャルロット。ステルスを解除した直後に福音に向かって瞬時加速で突っ込んで行くのがハイパーセンサー越しに見えた。

 

「……気を付けろ? シャルロットのそれは………痛いでは済まないぞ?」

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

シャルロットが左拳を突き出しながら瞬時加速で飛び込んでいく。弾幕にシールドエネルギーを削られながらも左腕のシールドを弾き飛ばす。

 

そこから現れたのは、あたし達の中ではシャルロットの武器と言えばこれという印象が最も強い、二世代機の最強装備。そう…………

 

 

とっつきだ。

 

「違うからね!? こんなときにまで変なこと言わないで……よっ!」

 

そう叫びながらもシャルロットは福音の腹に【灰色の鱗殻】を叩き込む。

それも、瞬時加速で福音をラウラと逆方向に押しやりながら。

 

「ああぁぁぁあぁああぁぁぁっ!!」

 

ズガンッ!!という轟音が五度響き、左腕の先から福音が抜け出した。

けれど、そのくらいは予想済み。むしろ少し遅かったわね。

 

「わたくしの狩り場にようこそ。ゆっくりしていってくださいな」

 

シャルロットに弾幕を張ろうとしていた福音に、青いレーザーが六本突き刺さる。

そのうち四本はビットから。残りの二本はセシリアの持つ二丁のライフルから放たれていた。

 

大型BTレーザーライフルの【スターダスト・シューター】と、長大な大出力ライフルの【ブルー・ピアス】。どちらもセシリアによって偏向されていて、ほぼ確実に福音の体に突き刺さっている。

 

「もちろん、あたし達のことも忘れないでよね」

「僕のことは別に忘れちゃっていいよ? その隙に壊してあげるから」

「私達の全力をもって………な」

 

あたし達は福音を逃がさないように砲撃と射撃を繰り返す。ここで一番ダメージを与えているのはやっぱりセシリアだろうけど、MVPはラウラね。

逃がさないように砲撃で薄いながらも弾幕を張って、逃げ道を一つ一つ潰してくれている。

そのお陰であたし達は逃げることのできない福音をひたすら攻撃し続けることができる。まるで発狂しているかのように。

 

ラウラの砲撃とシャルロットの射撃が福音をこの場に抑え込み、あたしの衝撃砲でスラスターを、セシリアのレーザーで装甲を削り、少しずつ機動力を奪い取る。接近するとあの弾幕にやられるのでけして近付かず、着実に。

 

あたし達の射撃から身を守るように弾幕を張り、弾を打ち払っていた翼の片方に、大きく皹か入る。続けざまにもう片方の翼にも皹が入り、急激に福音の機動力が落ちた。

 

だけどあたし達は戦い方を変えたりしない。

人間はゴールが見えると自分の力量を忘れて突っ走ってしまいやすくなる。脇目もふらずに走るから、ゴールの寸前にある罠に気付きもしないで。

昔に聞いた一夏の言葉を思い出して、逸る気持ちを抑えながら攻撃を繰り返す。

削って、削って、削って、削って、削って、削って、削って、削って、削って、削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削りきる。

 

福音のスラスターと装甲にはいくつもいくつも皹が走り、もうほとんどなにもできない状況まで追い込んだ。

 

鈍い音を響かせ、両の翼をもぎ取られた福音は、崩れ落ちるように海へと落ちていった。

 

 

だけど、私の勘は言っている。

 

『まだ終わっていない』

 

と。

 

「……まだだ」

 

ラウラが呟く。恐らくその目でなにかを確認したのだと思う。あの速度のなかで、よく見えたわね。

 

「ええ。まだ福音のシールドエネルギーは切れていませんわ。何かあるかもしれません」

 

セシリアも、海中の福音に二丁のライフルを向けたまま気を抜いていない。

 

「……うん。大丈夫。わかってるから」

 

シャルロットも、一発だけ残っている灰色の鱗殻を格納し、新しくショットガンとマシンガンを一丁ずつ構える。

 

……さあ、第二ラウンドの準備はできたわよ? 福音《あなた》も早く上がってきなさい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く夢、続く戦闘

 

 

浅い眠りからゆっくりと意識を浮上させると、少し状況が変わっていた。

白い少女は歌うのをやめ、俺のことを見つめている。そして枕にしていた流木の代わりに、その白い少女とほとんど同じ姿をした少女が膝枕をしてくれていた。

 

……どういう状況なんだこれ? 何がどうしてこうなった? いつも右腕にくっついているはずのシロもいないし………どうなってんだ?

 

…………いや、いるのか、シロ。どこにいるかはわからない……と言うか、どこにでもいるような気配がある。……なんともわかりづらい状態だな。

 

「もう少し分かりやすいヒントが欲しかったよ」

 

俺はそう言って、膝枕をしている真っ白な少女の長い髪を摘まんでみる。

 

「……シロ……の、一人で良いのかな? 代《シロ》」

 

白い少女の一人は、驚いたように俺のことを見つめる。何に驚いてるんだろうな? 呼び名か?

 

ちなみに【シロ】と言う名前は少しは考えてつけてある。色が原作で白かったからという理由が一番大きなものだというのは変わらないが、それ以外にも。

 

【シロ】は、20のコアを繋げて作られた、『総体』としての名前。今言った【代《シロ》】は、中心となる【白《シロ》】のコア以外のいくつかに付けた名前。その意味は『材料となるもの』。

同じように【素《シロ》】と【料《シロ》】が居て、これらの【シロ】は基本的に演算やら何やらのスペックの底上げをしてくれている。

 

【代《シロ》】は主に速度や反応の即応性の上昇にその演算能力を使い、【白《シロ》】の演算の『代』わりをしてくれているからそう呼んでいる。追加されたうちのほとんどが、この【代《シロ》】だ。

 

【素《シロ》】は武器や装甲の容量、つまり拡張領域を増やしている。これによって俺の頼んだ特殊武装や能力を使用可能にしているわけだ。武装や装甲、能力の『素』を補っていると言うことだ。

 

【料《シロ》】はエネルギー方面を増やし、衝撃砲や空間固定のエネルギーだけでなくシールドエネルギーまでを産み出し、溜め込んでいる。ここで生まれた燃『料』は、【素《シロ》】や【代《シロ》】を通り、【白《シロ》】を動かしているわけだ。

 

……まあ、ただの言葉遊びだ。つけている最中はそこそこ面白かった。

 

「……それで、何か話があるんじゃないのか?」

 

いつの間にか初めの白い少女を入れて『20人』になっていた少女達に話しかけると、なんでか白い少女達の中から騎士風の女性が進み出て問いかけてきた。

 

「力を欲しますか……? 何のために……」

 

 

 

 

side セシリア・オルコット

 

福音が落下した海面を睨む。落下してから数秒しか過ぎていないのに、わたくしには数分にも感じられた。

 

突如、注視していた海面が、強烈な光に吹き飛ばされる。

球状に吹き飛ばされた海面の中心にいるのは、自らを抱き締めるようにして浮かんでいる、青い電光を纏った福音だった。

 

…………とりあえず撃っておきましょう。動かないようですし、こんなチャンスを逃すなんてバカのやることですわ。

 

全員がそう考えていたらしく、福音にラウラさんの砲撃が直撃する。

それに僅かに遅れて鈴さんの真っ赤な炎に包まれた衝撃砲と、わたくしのレーザーが突き刺さった。

爆煙に包まれていて肉眼は見えませんが、ハイパーセンサーの映像ではかなりのダメージを与えられたらしく、装甲に無数の皹が入っているのがわかる。

 

これならあと少しで倒すことができる……と思った瞬間。その全身の皹から、眩く輝くエネルギーの翼が映えた。

 

「………これは、不味いわね」

 

鈴さんの勘が危険警報をこれでもかとばかりに鳴り響かせているらしく、その口調はいつもより遥かに重い。

 

「……ええ。まさかここでセカンド・シフトをするなん」

「セシリア!垂直降下!全速力!」

 

即座にわたくしは瞬時加速で高度を急落させる。すると直前までわたくしの居たところを、銀のISが貫いた。

 

「皆さん、お気をつけて!先程までとは比べ物にならない速さですわ!」

 

そう言いながらわたくしはレーザーを撃つ。それは軽々と避けられてしまいましたが、そのくらいのことは予想済みですわ。

 

ハイパーセンサーを振り切る動きはしていない。つまり、どこに居るのかはわからなくともどの方向に居るのかは十分わかる。

それだけわかってしまえば、後は偏向射撃で撃ち込むだけ。

 

グンッ!と曲がったレーザーは福音の胴体に直撃し………胴体の皹から生えたエネルギーの翼に防がれた。

同じように、鈴さんが撃った衝撃砲もシャルロットさんが撃ったアサルトライフルも、全てエネルギーの翼に弾かれてしまった。

 

………あれは、まるで攻性防壁ですわね。それも、相当性格の悪い方がお作りになられたものでしょう。

 

何よりも驚愕するのはそのエネルギーの絶対量。あれだけの弾幕を張り、あれだけ飛び回り、あの巨大な砲撃を二度も撃っておきながらもいまだに切れないエネルギー量。まるで、一機の中に二機分のエネルギーがあるかのよう。

 

今もわたくし達は射撃を続けていますが、そのエネルギー量を活かした防壁によって全てを防がれてしまっています。

このままでは、わたくし達のエネルギーが切れるのが早いか。それともあちらのエネルギーを削りきれるかというマラソンになってしまいます。それはできれば回避したいですわね。

 

………だから、多少の無茶は許してくださいね。

 

……ブルー・ティアーズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢は終わり、眠たがりは戦場へ向かう

 

 

急に言われた問い。何のために力を求めるのか。その答えは、実は凄まじく簡単なことだったりする。

 

前にも言ったが、俺の本音はただ寝たいだけ。それを邪魔するやつを排除するためだったり、そもそも邪魔をさせないようにするために力をあの腰の低い神から受け取った。

その力を人前で使うと目立つというところから、俺は新しくISを求めた。その時には既に俺がISに乗れるとばれてしまっていたため、あまり悩むことはなかった。

 

だから、俺が力を求めることになった理由は、簡単に言ってしまえば睡眠時間の確保のためだ。

 

とは言え、今はそれだけではない。

今は周りに好きなモノが増えすぎた。

 

弾や鈴、ののちゃん達といった友人達。ちー姉さんや(たぶんもうこの世に居ない)両親。この学園の生活も、そこそこ楽しいしな。

 

だから、なんのために求めるかって理由は………

 

「今のまま過ごすため」

 

……かね?

 

…………なんでかここにいる全員にくすりと笑われた。なんというか、シャルにはできないけど鈴やののちゃんにはできそうな『まあ、一夏だからね』という笑いかただ。

少しイラッとしたので、とりあえず近くにいた【代《シロ》】のほっぺをつまんでみた。

 

……なぜかさらに笑みが深くなった。あと視界の外で鼻を押さえている奴がいる気がするんだが………気のせいだといいな。気のせいじゃないだろうけど。

 

「じゃあ、行かないとね」

 

その声の聞こえた方向に視線を向けると、そこにいたのは初めに見付けた歌う白い少女。多分、【シロ】。

寝転がっている俺を起こすために俺に向かって手を差し出しながら、俺のことを眺めて笑っている。

 

「……そうだな。そろそろ行かなくちゃ不味いか」

 

俺はシロの手をとって、体を起こす。すると急にこの場所全体が白く輝き始めた。どうやらこれで目が覚めるらしい。

 

………そう言えば、騎士風の女性(多分【白《シロ》】)はどこかちー姉さんに似ていたような気がするなぁ……。

 

 

 

ふっ、と目が覚める。ここはどうやら旅館の一室らしい。

周りには誰も居ないが、どうやら一応見張りはついているらしく、戸の外に気配をいくつか感じ取れる。カメラの数はわからないが……まあ、壊してしまえば同じだな。

 

ゾナハ虫を数匹カメラに送り込み、同時に全て爆破する。当然爆発音を聞いて外のが入ってくるわけだが、その時にはディープダイバーで俺はこの部屋の床をすり抜けて消えている。

後はシルバーカーテンで姿を消して、堂々と歩いて外に出ればいい。

 

『……織斑君………起きたの……?』

 

何故ばれたし。

 

『……シロが、ステルスモードになったから………』

 

おぉう盲点だった。確かにそれなら場所はわからなくとも、起きたってことはわかるな。

………どうしようかね?

 

『……私も連れていって』

『んな無茶な。まだIS完成してないんじゃないの?』

 

参加してなかったのもそれが原因のはずだし……。

 

『……ついさっき、最終調整が終わった。………確かにロックオン・システムは従来のままだけど…………十分、戦える』

『…………もし、置いていったら……?』

『…………泣く。みんなに迷惑かけないように……声を殺して布団にくるまって……泣く』

 

やべえ罪悪感が半端ない。流石はIS界最強の妹属性の座を蘭ちゃんと奪い合っているかんちゃんだ。そりゃああの生徒会長もシスコンになるわ。

 

『わかったわかった、今どこにいる?』

『……さっきまで……織斑君が寝てた部屋に……』

『よしわかった。迎えに行くから窓を開けて顔を出して待ってて』

 

……さてと。アグレッシブなお嬢さんが同伴することになったが………まあ、いいか。後はちー姉さんに話を通しておかないと困るだろうし(もう遅いかもだけど)、エネルギーの問題も…………ん? 満タンになってる?

 

「陰謀暗躍困った時はすぐに呼びましょ束姉さんだよっ!」

「……なんで束姉さんがその陰陽師の歌を知っているのかは束姉さんだから聞かないけど、とりあえずありがとう。そして後ででこぴんします」

「なんでさ!?」

「シロの能力を逆向きに使って俺が動けないようにしたでしょ」

 

束姉さんはそっぽを向いた。その上口笛まで吹いている。なんで『ロイツマ』なんだよ。ぷちかにしか歌わせたこと無いぞ。言葉は全部わぅわぅにゃぅにゃぅだけど。

 

「……帰ってきたらまずでこぴんです」

「いっくんが帰ってくる前に逃げちゃうもんねー」

「帰ってきた時に居たらでこぴんの後抱き枕の刑です」

「……抱き枕……でもでこぴん…………うーん…………………………」

 

なんだかすっごく悩み始めた。まあ、放っておいても大丈夫だろ。多分。

じゃあ、行こうか。

 

 

 

 

side 更識 簪

 

さっきまで織斑君が寝ていた部屋で、私は織斑君を待っている。

爆発が起きたこの部屋は少し煤けているけど、そんなことは気にならない。

打鉄弐式を組み上げるのは大変だったけれど、このときに間に合って良かったと思う。織斑君には感謝しなくっちゃ。

 

……もちろんそれだけじゃなく、私に色々なことをアドバイスしてくれた先輩達にも。

 

織斑君を見ていて、私は変わった。

昔の私はどうしても人の手を借りずに打鉄弐式を完成させて、姉さんの隣に立てるように……せめて正面から向き合えるようになりたいと思っていた。

けれど今は、あまりそういうことは思わなくなっている。……と言うか、織斑君を見ていると、そういったことがどうでもいいことに思えてきてしまう。

 

織斑君は自分がお姉さんと違っていても気にしていない。完璧といえるお姉さんを持っていても、自分を変えようとしない。

自分を貫き通せる心の強さを持っている人は、かっこいいと思う。もちろん織斑君だけじゃなく、織斑先生や凰本部長。それに姉さんの……お姉ちゃんのことも、そう思う。

 

……たまに悪い方向に頑固な人も居るけれど。

 

空を眺めながら考え事をしていると、不意に私の頭に影が射す。顔を上げてみると、そこにはいつも通りに眠そうな織斑君が、シロを展開して飛んでいた。

 

「……待ってた」

「悪い。ちょっと人にでこぴんの約束をしててな」

 

でこぴん? と不思議に思ったけど、そんなことをしている場合じゃないと思い直して、私は窓から身を踊らせる。

 

「おいで……打鉄弐式」

 

私の右手の中指に填まっている指輪が輝き、打鉄弐式が装着される。ISスーツは脱がないでいたから、そのままで大丈夫。

 

「それじゃ……行こ?」

 

私は織斑君に手を伸ばす。

私のヒーローは、にっこりと笑ってその手を取ってくれた。

 

「ああ。行こうか」

 

私達は、赤くなりそうな空に向かって飛び立った。

 

 

 

 

 

 

「ああそうだ。ちー姉さんには報告いれてあるから大丈夫だよ。後で相当怒られると思うけど。これは出席簿クラッシュですむかどうか……」

「……怖いこと言わないで……早く行かないと……」

「そうだな。じゃあ、しっかり捕まってろよ? シロのこの状態での最速は―――秒速2キロだ」

 

………………え?

 

呆然としている私を抱えて、織斑君はなにかを確認してから加速を始める。

それは打鉄弐式では到底出せないような速度で…………

 

「きゃああぁぁぁあっ!!」

 

私の悲鳴を置き去りにして飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場は移ろい、表情を変える

 

 

side シャルロット・デュノア

 

……これは、ちょっといけないかな……。そう思いながらも、僕はどうすればこの化物を落とすことができるのかを考えていた。

 

今の速度は、確実に僕たちの誰よりも速かった。僕たちはきっと、あのエネルギーの翼に押し留められて攻撃を当てることはできないだろうと思う。

だからといってなにもしないわけじゃない。保険はまだあるし、うまくいけば誰も落とされずに落とすことができるかもしれない。

エネルギーの翼を全身から生やした福音は、ゆっくりと僕に向き直り―――

 

『キアアアアアアア…………!!』

 

異様に高い獣の咆哮のような声を上げて僕に飛びかかってきた。

その動きはまるっきり獣で、そのあまりの速度に僕は簡単に捕まってしまった。

 

「……まあ、いいけどね」

 

だって……もう一発だけ残ってるからねぇ!

 

最速で灰色の鱗殻を呼び出し、即座に顔面に叩き込む。それはエネルギーの翼で防がれてしまったけど………それでも十分。

だって、こうしている間は確実に福音の動きが止まってるっていうことだからね。

 

エネルギーの翼がゆっくりと僕を包み込んでくる。セシリアがレーザーを撃ち込んで助けてくれようとするけれど、絶対的に出力が足りていなくて、福音が僕から離れることはない。

 

「……ふふふふふふ………」

 

それでも僕はにっこりと笑い、呟いた。

 

「今だよ、箒」

 

瞬間、真っ赤な閃光が飛来して、福音がその光に飲み込まれた。

 

『……着弾を確認。無事か? シャルロット』

 

プライベート・チャネルから声が聞こえる。僕達がここに着く前から福音のことを狙っていて、後詰めをお願いされていた最後の保険。

 

「ありがとう、箒」

「なに、構わんさ。私も友が落とされる所を見るのは忍びない」

 

赤いエネルギーの奔流が書き消え、ステルスモードを解かないまま箒は場所を移動し始める。またしばらくしてから福音に狙撃をするんだろう。

今の箒にはワンオフ・アビリティーでエネルギーを回復する手段があるし、かなり本気でお怒りモードだから手は抜かないだろうね。怖いくらいに。

 

「それじゃあ、僕もそろそろ秘密兵器のお披露目をしちゃおっかな」

 

まあ、盾なんだけどね。対エネルギー弾体用の特殊コーティング仕様の。エネルギーを散らすのにいいんだってさ。どうやって作ったのかは知らないけど。

………あの時に一夏が何かしてから、デュノアの兵器部門の発展が尋常じゃないんだよね。何をしたのかなぁ?

 

そう思いながら僕はエネルギーの弾幕を盾で受け止め、そして突貫してくる福音を実体盾で弾き飛ばす。

その間にセシリアのレーザーや鈴の衝撃砲がエネルギーの翼のない部分に当たって僅かずつ削り、たまに飛んでくる箒の赤いエネルギー砲が福音を飲み込もうとする。

 

その度に福音は別の誰かを狙おうとするけれど、無理矢理に僕とラウラがその道を塞いで狙いを僕に向けさせる。

防御能力だけなら、今の僕は(箒の展開装甲を防御に回した時を除いて)トップだからね。そうそう落ちてはあげないよ?

 

「…………!お前達。どうやらもうすぐ心強い援軍が到着するらしい。気合いを入れろ!」

 

箒からオープン・チャネルでもたらされた情報に、少しだけ首をかしげる。

援軍って言っても、今の僕達は秘密でここにいるわけだし、例え僕達が外に出ていることを知っていたとしてもここにいるのがわかるとは思えない。

けれど、箒は確信を持って『援軍が来る』と言っていた。

 

…………更識さんかな? でも、まだ専用機が完成していないって……。

 

「一夏と簪に一夏のお昼寝ブロマイド」

「では私は一夏さんに一夏さんのお昼御飯の写真を」

「私が参加するのはフェアではないからな。ラウラはどうする?」

「むう……あれだけの攻撃を受けて起き上がれるとは思えん………教官達教師陣に一夏の『にゃん♪』の写真を賭けるか。ワンサマーアルバムを一グロス買ったらダブったのでな」

「一グロス!? どれだけ買ってるのさ!? っていうか賭けしてる暇なんて無いでしょもう!一夏と更識さんに織斑先生とのお昼寝写真!」

「……シャルロットも参加してるんじゃない」

 

だって僕も一夏ブロマイド欲しいんだよ!可愛い一夏が大好きなんだ!僕は悪くない!

 

そう心の中で叫んでいると、突然シールドのない横から羽根の形をした弾が装甲の一つに突き刺さり、爆発を起こした。その方向を見てみると、伸びたエネルギーの翼の一部だけが盾の隙間から覗いていた。

 

すぐに下がって翼から逃げようとするけど、その翼は当然のようについてきて僕に弾幕を浴びせる。

まあ、防いではいるけれど、かなり鬱陶しい。

 

攻撃はほとんど効かない、凄く速い、攻撃力もかなりある、操作性は抜群。まったくもう。僕はどうやればこの鉄屑をグチャグチャパラダイスにすることができるのさ?

 

「とりあえず……力を借りればいいと思うわよ?」

「誰のさ? 鈴達の力ならこれでもかってくらいに借りてるよ?」

「誰のかって……遅れて来たヒーローと同胞の、かしら?」

 

その瞬間に横から飛んできて福音を吹き飛ばしたのは、さっきから飛んできている赤い閃光ではなく、白い三本の荷電粒子砲の光だった。

そっちの方を少し見てみると、そこには大マジな目をした一夏と、そのとなりに浮いている更識さんが荷電粒子砲を構えていた。

 

「全員無事か? 無事じゃないやつは大声で返事しろ?」

「無事じゃなかったら返事できないよね?」

「まあ、一夏だし、それであってるような気もするけどね」

「そうですわね。おはようございます一夏さん。ブルー・ティアーズに背中を押してもらうなんていう無茶なことをしたセシリアを叱ってくださいまし♪」

「おあずけ」

「そんなひどいぃ♪」

「やれやれ。最近ましになってきていたと思ったが、セシリアはやはりセシリアか」

 

……一夏が現れた瞬間、空気がいつも通りになっちゃった。かくいう僕も、さっきまでの頭が沸騰しそうなほど冷静な状態を抜け出している。

 

「油断はダメ……まだ動いてる……」

「おうとも」

 

バジュンッ!と空気を引き裂きながら一夏に飛び掛かる福音を見て、一夏は当然のように雪片で一番大きな翼を切り落とす。

切り落とされたエネルギーの翼は爆発し、衝撃を盛大に撒き散らした。

 

「………エネルギーって斬れるんだね。びっくりだな」

「あまり驚いていないようだけど?」

「驚きすぎて逆に冷静になっちゃったかな」

 

そう言いながら僕は特殊シールドに隠れる。僕の後ろには更識さんがいて、福音に荷電粒子砲を向け……あ、当たった。止めてないのに何で当たるんだろ?

 

「努力と勇気と友情と気合いと愛と練習と根性……だよ……?」

「うんわかった、更識さんも理不尽《そっち》側なんだね」

 

努力と練習はわかる。根性と勇気と……友情も……まあ、わかる。

気合いと愛って………。

 

「…………あ、それとノリと織斑君」

「一夏も入るの? っていうか一夏に対する愛情だったりするのかな?」

 

更識さんは顔を真っ赤にして、コクンと頷いた。

 

……あれ………? なんだか胸がきゅんってしたよ? なにこの可愛い娘。あといつの間にか一夏が福音をぼこぼこにしてるんだけど。零落白夜って凄いね。

 

……まあ、それもこれも、一夏だから仕方無い…………のかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の話と、『お仕置き』と

 

 

こうして戦闘を終わらせて旅館に戻ってきた俺達だったが、今はちー姉さんによるお説教の真っ最中だ。

まあ、命令がなかったのに出動するのはまずいわな。全員正座中。そろそろセシリーの顔色がやばい。かんちゃんとののちゃんは平気そう。慣れてるのか?

 

「織斑。気を散らしている余裕があるのか?」

「すみませんでした織斑先生」

 

今回は本気で心配させたと思うので、俺は全力で平謝り。ちゃんと起きている状態で。

 

「………まあ、貴様らには帰ってすぐ反省文の提出と懲罰用特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでな」

「はい、織斑先生」

 

この後、一度休憩が入ってから体に異常がないかの診察があったはずなんだが……。

 

「……それと、一夏」

 

おや、名前で呼ばれた。なんだろね?

 

「ここにうつ伏せで寝ろ。すぐにだ」

 

そう言われて指差されたのは、ちー姉さんの足元。ああ、昔よくあったあのお仕置きか。

そう考えながら移動して、ちー姉さんの足元で寝転がる。そしてちー姉さんは俺の背中に足を置き、強弱をつけて踏みつけた。

 

「……まったく貴様は。もう少し周りの事を考えて行動しろ。お前はお前自身の想像以上に周囲への影響力が強いんだからな」

「うぎゅ、うみゅっ、ふぎゅぅっ!」

 

肺を背中から押し潰されるから、どうしても猫が踏み潰された時の鳴き声っぽいのが出ちゃうんだよな。

勝手に出るんだから、まあ、仕方無い。

 

「それと、なぜ起きた時に直接会いに来ない。心配をかけたという意識が足りんぞ」

「ふぎゅぅぅぅぅ……」

「自分の健康管理もなっていない。落とされて気絶していた直後に直ぐ様ISに乗ろうとするとは何事だ。せめて健康診断をして、私と顔を合わせてから行け」

「うきゅ、ぅ、きゅぅ、うにゅっ」

 

それから三十分近くの間、俺はちー姉さんに楽器のように鳴かされるのだった。

 

「大体だ。なぜお前は簡単に体を他人に預けたりする。そういうのは家族であり、姉であるこの私が初めに候補として出てくるのが…………」

「ふにゅっ!うきゅっ!きゅぅぅぅぅ………っ!」

 

なんだか話がずれていってる気がするよ~~……。

 

 

 

疲れたからご飯抜きで寝ようとしていたら、鈴とかんちゃんとののちゃんとラルちゃんに布団を剥がれて運ばれてしまった。尻尾わしゃわしゃするわよ、と言われたら起きるしかないじゃないか。

うぅ……鈴の意地悪………。

 

あの背骨の内側がぞくぞくするような感覚は、正直に言って色々やばいから好きじゃない。頭がぼんやりして何も考えられなくなるし、何より疲れる。ついでに恥ずかしい。

今はあそこまで酷くはないのかも知れないが、試してみたくはない。後で束姉さんに聞いてみよう。

 

「はい一夏。あーん」

「……あむ…………もきゅ……もきゅ…………」

「……かなり疲れてるみたいね」

 

まあ、あれで疲れてなかったら変だろ。大して疲れてないけど。

だけど眠いのは本当なんだよな。気合い入れて動くとかーなーり眠くなる。なんでだろうね?

 

……ふぁ……。束姉さんのでこぴんどうしようかなぁ………。

 

 

 

「紅椿の稼働率は72パーセント。うんうん、相当扱いにくいはずの紅椿をたった三回でここまで乗れるようになるなんて、さっすが箒ちゃんだね!お姉ちゃんは鼻が高いよ!でも鼻ってそんなに高いと邪魔だよね? いっくんにすりすりする時とか!」

「それより先にこっち向いてほい」

「は~いったぁ!!?」

 

バッヂィン!!という高い音が響き、束姉さんの額にでこぴんが直撃した。そしてのけぞった束姉さんは、そのまま柵の向こう側に落ちていった。

 

「束さん復活!いきなりなにをするのさいっくん!束姉さんの眉間から上が消し飛ぶかと思うくらい痛かったんだよ!? ISを応用した移動型ラボを展開してたのに!」

「気合いを入れたでこぴん。それだけ」

「いっくんのでこぴん怖い!旧時代の兵器の直撃にも耐えるシールドエネルギーを楽々ぶち抜いてきたよ!? ちーちゃんより強いんじゃないの?」

 

さて、それはどうかね? 力だけなら負ける気はあんまりしないけど………実際戦うとなるとなぁ……。わかんね。

ただ、装備にYシャツ(ちー姉さんのお下がり。ただ、お下がりと言うには貰ったときは新品のように綺麗だったし、ちー姉さんのサイズより二つ三つサイズが大きかったような気もする)を装備し、犬耳(ガルム、ゴツい首輪と鎖付き)で行ったら戦いにならないと思うね。色んな意味で。

 

ちなみに、前に一度やってみた。今生のセカンドキスが実姉になった。ちー姉さんは頭が沸いていたらしくて忘れているみたいだけど。ファースト? 束姉さんだよ? 母さん父さん除けばだけど。

 

「まあ、旧時代のミサイルより強いでこぴんができるかどうかなんて置いておいて、早く来ないと教員部屋までアイアンクローで運びますよ」

「そ……それは困るかな………」

「それじゃあ、はい」

 

手を優しく掴んで出発進行。テンションあげたくとも眠くて上がらない…………。ふぁ………。

 

「……いっくんってば………魔性の男の子になっちゃって……」

 

知らないよ、そんなこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校、これにて終幕

 

 

朝起きたら束姉さんがちー姉さんに変わっていた。ついでに俺の体が全体的に真っ赤になっていた。多分鼻血で。出血多量で死んでもおかしくない量だぞこれ。平気か?

……まあ、ちー姉さんは大丈夫そうだな。束姉さんは………あ、部屋の片隅でシーツ巻きになってる。

 

「乙女のたしなみ、縄脱け~♪」

 

どんなたしなみだ。そんなのたしなむな。

 

「さ~てそれじゃあいっくんの寝顔を眺めてくんくんしてから帰ろっかな。くーちゃんも待ってると思うしね」

 

くーちゃんが誰かは知らないが、なんだか貞操のピーンチ。ちー姉さんに抱き締められてて逃走は不可能。万事休すか?

まあ、束姉さんに少しの理性があることを期待しよう。もしくはヘタレであることを。それならなんとかなるかもしれないし。

 

「……くんくん……すんすん………いっくんの匂いがするよぉ……」

 

たーすけてー。だーれかたーすけてー。

 

「ふっふっふ。助けを呼んだって無駄なんだよ? ここの人間には暫く大人しくしてくれるように起床時間ぎりぎりまで起きないように」

「た ば ね?」

 

あ、ちー姉さん起きた。ついでに放してくれると嬉しいかな。

 

「なっ!? ち、ちーちゃん!? どうしてちーちゃんが起きて……!?」

「一夏の助けを求める声が聞こえた。ならば姉である私は万難を排して助けねばならないだろう」

「くぅ……流石はちーちゃん!この束さんが唯一認めた同格のブラコンだけはある……でも!今のちーちゃんは無理して起きているだけ!それなら束さんには勝てないよ!」

 

なんだろうかこの暑苦しい展開は。俺はどういう反応をすればいいんだ? リス耳でも着けて『喧嘩はダメだよ?』とでも言っておくか?

 

「ふ……残念だったな。薬など一夏への愛の暴走で全て外に出ている!」

「な、なんだってー!?」

「詰めが甘いんだよ貴様はなぁ!」

 

そこで俺はちー姉さんと束姉さんを同時に布団の中に引きずり込んだ。

 

「なっ!? い、一夏っ!?」

「……喧嘩はだめ。お仕置き」

 

そう言って俺はちー姉さんと束姉さんを抱き締める。ちー姉さんが慌てたり束姉さんが発狂しそうになってるのは意図的にスルーすることにした。

 

「ま、待て一夏!今そんなことをされたら私は……私はっ………ぷふぁっ!?」

「くんくん……すぅ~………コペッ!」

 

……対象沈黙。作戦完了。これより二度寝に入る。

 

…………すか~………。

 

 

 

帰りのバスの中で俺は寝る。隣は二百数十回の読み合いの結果、偶然他の全員がチョキを出した時にグーを出していたシャルがかっさらっていった。

 

ああ、それと尻尾の件はやっぱり束姉さんが何かしていたらしい。設定を前の状態に戻してもらって事なきを得た。

だから今シャルに尻尾をわしゃられても大丈夫なわけだ。少しくすぐったいけど。

 

「……ぅぇへへへへほへへほほほへへほへへへへ……」

 

……駄目だこれ。早くなんとかしないと取り返しのつかないことになるぞ………。

 

「シャルロット。シャルロット!よだれ凄いわよ」

「ほへぇ……? ………………っ!??!!!?!?? ■■●□△◆▽∀∝※っ!?」

「………悪いんだけど、できれば人間の理解できる言語でお願いできる?」

「ああ。流石に『■■●□△◆▽∀∝※っ!?』では何が何だかさっぱりわからん」

「……よく発音できるな。普通は『■■●□△◆▽∀∝※っ!?』など聞き取ることも発音することもできないだろうに」

「そうよね。まあ、たとえ『■■●□△◆▽∀∝※っ!?』っていうのを聞き取って発音できても、『■■●□△◆▽∀∝※っ!?』の意味なんてわからないから意味無いけど」

 

さっきからなんの話をしてるんだ? 『■■●□△◆▽∀∝※っ!?』『■■●□△◆▽∀∝※っ!?』と五月蝿いぞ?

 

「ちなみに写真も撮ったわ。こんな顔をしてたのよシャルロットは」

「私も撮ったぞ。姉さんの改造のお陰でパネルが空間投影型になり、相当画像が細かくなった」

「お願いだからやめてよぉぉぉっ!!」

 

シャルは半泣きだ。まあ確かにあの顔を写真に残されるのは嫌だろうな。俺でも嫌だ。

 

…………まあ、頑張れシャル。

 

…………すか~……。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏が寝落ちしてすぐ、バスに見知らぬ女性が入ってきた。

 

「ねえ、織斑一夏くんっているかしら?」

 

すぐさま気配を読み取ってそこに悪意が無いかを確かめる。全く同時に鈴とセシリアもこの女性の観察を始めていて、ラウラはいつでもナイフを抜けるように構えていた。

 

「ちょ、なんなのいったい?」

 

………特に悪意に当たるものは感じ取れないな。少なくとも、一夏に向かってのものは。

鈴とセシリアに顔を向けて確認すると、二人とも同じ答えに辿り着いたらしく頷きを返してくる。すぐ近くにはシャルロットも居るし………まあ、問題ないだろう。何かをしたらソードサムライXの出番だが。

緋宵は切り口から足がつきやすいと言われたのでこっちに。こっちの方なら確実に隠し通せるらしい。

 

「……失礼しました。少しばかり過剰反応してしまいました。あそこで寝ているのが一夏ですが、起こさないでください」

「少しって……」

「問答無用で刻み潰していないので、少しです」

「それってどんな基準よ!?」

 

どんなと言われてもなぁ? こんな、としか言えんが。

 

「常識だよな?」

「常識よね?」

「常識ですわよ?」

「常識だな」

「自分のじょーしきを~、世界のじょーしきとは思わない方が良いよぉ?」

 

む、布仏は良いことを言ったな。その通りだ。

それができない奴が宗教に嵌まると色々と訳のわからないことをやることがあるから面倒だ。

 

「……はぁ……それじゃあ、伝言をお願いできるかしら?」

「なんでしょうか?」

「『銀の福音』の操縦者から、ありがとう、ってね」

「承りました」

 

それだけ言ってその女性はバスを降りていった。

 

…………しまったな。名前を聞き忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み開始、驚愕の事実

 

 

夏休み。それは俺にとって最高の一月。

理由は実に簡単。俺がいくら寝ていても、文句を言われることがまったく無いという理由だ。

 

と、言うことで俺は寝る!…………と言いたい所なんだが、前にやったことで少しばかり驚く結果が出てきているのでそっちの方を終わらせてからにする。

 

何が原因でどんな結果が出たのか。これも簡単。原因はデュノア社で、結果は頭がいかれてるんじゃないのかと言うレベルの黒字の預金通帳だ。

デュノアを買収した時に作った偽造金庫がいつの間にか本物の金庫になってしまっている。それもこれも黄金律と幸運のせいだろう。

兵器の部品に千の顔を持つ英雄を使っているものをデュノアの製品として売り出し、かなりの売り上げを得ている。もちろんこれにも意味はあり、できれば世界中の量産機の武装をデュノア製にしてしまえと思っている。

 

………敵対された時にその部品だけ消して暴発させてやることができるし、消すのではなく爆破することもできる。それができるようになれば量産機の脅威が欠片もなくなる。

……IS本体? 知らんよそんなの。

 

そして今はそうしてできた黒字の金庫から引き出して、ちょっと弾の実家である五反田食堂にむかって歩いている。ライアーズマスクって顔だけじゃなく姿形を変えるから便利だよな。

身長を変えるのは無理らしいけども、それはなんでか俺ができるから大丈夫。

こうして面倒なのに絡まれないようにして、さて、行こうか。

 

 

なんでか五反田食堂にシャルとラルちゃんが居た。シャルは私服だけどラルちゃんはいつも通りの制服でアホみたいに分かりやすかった。まあ、それがなくてもわかりやすい容姿をしてるんだけど。

二人は同じテーブルを使っていて、真剣にメニューを睨んでいる。

 

「あ……あの……お水………です」

 

蘭ちゃんが恐る恐る二人の前に水の入ったグラスを置いて、そそくさとカウンターに戻

 

「注文、いいかな?」

 

……ろうとしたところで、シャルに捕まった。蘭ちゃんは何でかびくびくしながらシャルとラルちゃんの所に戻った。

 

「は、はい。なににいたしますか……?」

 

蘭ちゃんの、今まで聞いたことのない妙な敬語を聞いて、ちょっと面白いと思ってしまった。随分緊張してるねぇ。それとも怖がってるのかな?

まあ、その二人はいきなり噛みついてきたりはしないよ。

 

「この……『業火野菜炒め』っていうのを、二つもらえるかな?」

「は、はい」

 

蘭ちゃんはなんでかびくびくしてる。なんでだろうね?

 

「あ……い、いらっしゃいませ」

 

ん? ………ああ、そう言えばライアーズマスクを解いてなかったな。面倒だし今回はこのままでいいや。

 

「ん。それじゃあ業火野菜炒め単品と、焼き魚とフライの盛り合わせ定食を」

「えっ、あ、はい」

 

蘭ちゃんは慌ただしく引っ込んでいった。大変そうだね。

 

そこで、入り口の方から見知った影が大量の袋を持ってやってきた。

 

「ふぅ、やれやれ間に合った。シャルロット・デュノアさんが六つでラウラ・ボーデヴィッヒさんが一つね」

「あ、こっちですこっち」

 

シャルが急に弾に向かって手を振る。いったいなんの話だろうか?

そう思っていると、弾と目があって―――

 

「……一夏?」

 

なぜばれたし。ってかよくわかったな。女の格好してるのに。

 

「お前への溢れんばかりの愛情の成せる業だ。写真撮っていいか?」

「可愛く撮ってね?」

 

特に意味は無いけど言ってみる。スカートを履くのは躊躇われるので、外見的にはGパンを履いているように見えるはずだ。

 

パシャッ!と弾はどこからか取り出したカメラで数枚俺のことを撮り、それからシャルとラルちゃんに向き合った。

 

「遅くなって悪いな。予約されてたワンサマーアルバムだ。初回利用特典でレア写真一枚サービスしといた。これからもご贔屓に」

 

弾はにっこり笑ってから、すぐにエプロンを装備してカウンターの中に入っていった。まあ、弾やシャル達にも色々あるんだろうな。知りたいような知りたくないような………。

 

「……ふむ……なるほど、一夏は小さい頃から変わっていないのだな………」

「そうみたいだ………っ!? こ……この写真は……っ!?」

「シャルロット。ここは公共の場だ。我慢しろ」

「わ……わかってるけど………頭に血が昇ってくらくらするよぉ……」

 

いったい何を見たんだあの二人は。

 

「お待たせしました」

「ん? ああ、ありがとう」

 

丁度蘭ちゃんが業火野菜炒めと定食を持ってきてくれたのでそれを食べる。もきゅもきゅ……美味い。

 

そして食べながら弾とアイコンタクト。

 

『なんでそんな格好してんだ?』

『ここに来るまでの雌避け。直そうとしたら顔見知りがいてびっくりしてついこのまま入ったんだけど、よくわかったね?』

『まあな。鈴ほどじゃないが勘は良い方だし、なんとなく一夏と気配が似てたし、目付きが一夏だったし、後は少し考えればな』

 

弾すげー。平均してハイスペックな弾すげー。

ちなみに鈴は勘が廃スペック(言わずもがな)。ののちゃんは気配察知が廃スペック(同じく)。そしてセシリーは思考能力が廃スペック(ビットのマニュアル操作をそろそろ六つ同時にできそうだと言っていた)。

 

…………あっれぇ? 弾にできないことってなんだ?

 

『彼女』

 

自分で言ってて悲しくないのか弾は。

 

『別に? いつか好きなやつができたら報告するわ』

『その時はきっと応援するよ。ちー姉さんが相手だったら三発くらい殴るけど』

『ねーよ』

『ちー姉さんの何がダメだって言うんだ!』

『えぇぇぇ良いのか悪いのかどっちだよ!?』

『あ、冗談だよ? 弾はちー姉さんのことをそういう風に見れないってのはよく知ってるから』

『……一夏ァ………』

 

怒られちゃった。ごめんね?

 

 

 

 



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101~110

わぅわぅにゃうにゃう、きゅうきゅうきゅう

 

これは夏休みのある日の話。一夏が毎日毎日食事もせずに寝続けていた夏の、一ページ。

 

……らしいぞ?

 

 

 

side ぷちか56号

 

どうも。どんな時でも蛇革マフラーを手放さないぷちか56号ことオルトロスぷちかだ。オルトロぷちかと呼んでくれ。

 

今日もごしゅじんさまは自分の部屋でおやすみ中。寝たい子達はみんな集まってぷちか玉になって寝ている。

床一面ぷちか。右にもぷちか。左にもぷちか。前にも後ろにもぷちか。さすがに上にはいないと思ったら蝙蝠ぷちか。どこもかしこもぷちか。今の部屋はそんな部屋になっているので、起きているおれはちょっとIS学園を散歩中。お供は適当に黒豹と黒兎。見事に黒いのばっかりだ。

マフラーで二匹を包んで運んでいると、なんでかみんなよく襲撃してきたり撫でてきたりお菓子をくれたりする。

ちなみに襲撃犯が現れると、毎回どこからともなく人が現れてその犯人を連れ去っていく。粛清部隊と言っていたけど、どこの粛清部隊だろうね。

 

……まあ、どこでもいいかな。お菓子くれるし。

 

「カリカリカリカリ……」

「もしゃもしゃ……」

「わぅ!」

「カリカリ……きゅ?」

「もしゃもしゃ……にゃう?」

 

廊下で歩き食いはよくないぞ、と言ったらおれのマフラーを椅子の代わりにしやがった。これでいい? じゃなねえよよくねえよ。地味に重いんだよ。

 

「ぅにゃ」

「………わぅ」

 

まったく、おれがたい焼きなんかで釣られるのはこれが最後だぞ?

 

……もきゅもきゅ。

 

「にゃう!」

「わぅ? わぅわぅ!」

 

おれは座ってるから良いんだよ。あー美味い。

 

 

 

 

side ぷちか12号

 

白猫ぷちかだ。みんなと一緒にお昼寝中。いまだかつてないほど眠いので、とりあえず目を閉じてみることにする。

どこかで他のぷちかが身動きをすると、それがぷちか達を伝わってどこかがころりんと転がって、離れてしまったぷちかは他のところのぷちか玉に入ってまた眠る。いくらこの部屋が広くても、100近いぷちかすべてが寝転がるのは不可能。しかも、ぷちー姉さんとぷちたば姉さんも居るし。

だから何体かのぷちかは他のにのし掛かったりしている。それでも狭いけど。

 

まあ、寝るのには問題ないから、いいかな。

 

「ふみぃ……はむ……」

「……わきゅ?」

「きゅぅ~……」

 

たまに誰かにぱくりと噛まれてよくわからないといった鳴き声をあげるチワワぷちかや、のしかかられて苦しそうな呻き声を上げるイタチぷちか。羽に顔を埋められてくすぐったそうな烏ぷちかに、水を張ったたらいの中でぷかーっと浮かんでいるラッコぷちか。

……きっとちー姉さんはこれを見たら、辺りを真っ赤に染めるんだろうな。自分の血で。そして蝙蝠ぷちかがちー姉さんの顔についたままの血を舐めとっている時に目を覚まして、さらに周りが赤くなるに違いない。

 

そんなことを考えながら、おれはきゅうぅっと伸びをする。ベッドの上でぷちー姉さんとぷち束姉さんと一緒に寝ている。ごしゅじんさまだってもちろん一緒だ。

一緒に寝ているだけで、なんだか嬉しくなってくる。ぽや~とした中でごしゅじんさまの体温を感じると、なんだか幸せだ。

 

「……邪魔するわよ~」

 

鈴さんが入ってきた。すごく小声で呟いていたけど、今の部屋の状況を見てゆっくりとポケットから携帯電話とカメラを取り出した。

 

「……なによこのぷちか天国。とりあえず弾に送ってから………あと、箒達も呼ぶ必要があるわね。みんなで一緒にぷちかに溺れましょう」

 

すごい勢いでシャッターを切っているのに、どうしてか音は全くしない。凄いねそのカメラ。

 

「……篠ノ之博士に超高画質デジタルカメラを依頼しておいてよかったわ。ちゃんと音は出ないようになってるし、暗いところでも普段と変わらない明るさで撮れるし………これで撮った写真を毎回渡すだけでいいなんて、得したわね」

 

ああ、だからあの束姉さんに作ってもらえたのな。なるほどなるほど。

 

「撮ったら勝手に送ってくれるみたいだし、本当に便利ねこれ。現像とかもできないかしら?」

 

鈴が一人言のように呟くと、カメラの下部から現像済みの写真が連続して出てきた。……確かに画質いいね。

 

「………よく撮れてるわね」

 

そこでゆっくりと扉が開き、また何人かがこの部屋に入ってくる。

 

「……わぁ……わぁ……!」

「来たぞ、鈴。………うむ。桃源郷だな」

「そうだな。絶景、と言うべきか………ふぁ……」

「ちっちゃい織斑君が……こんなにいっぱい……」

「……さて、わたくしはどの場所に埋まればよいのでしょうか?」

「お~、ぷちおりむーがいっぱいだ~」

 

……なんだか人がたくさん。元々足の踏み場もないのにどうやって上がる気だろう?

 

「…………さて、それじゃああたしはぷちかの海に溺れにいくわ。皆も起こさないように気を付けてね」

 

その場の全員が無言で敬礼をして、すぐにこの部屋の中でぷちかに埋もれて眠りについた。

 

「……うぇへへへへへぇ………」

 

……駄目だこのシャル。早くなんとかしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやくまともな、夏休み

 

とある日。俺はいつも通りに自室でうつらうつらとしていた。こうして起きているような寝ているような状態、つまり微睡みタイムは大好きだ。

毎日起きてから完全に体が起きるまでの時間は二時間。その二時間を微睡み続けて過ごした俺は、一応食事をしに行く。食べてないことが鈴やののちゃんやちー姉さんにばれると怒られるから。

 

ただし、面倒だから服は着替えない。だぼっとしたパシャマを着たままスリッパをつっかけて食堂に行く。

 

適当に日替わり定食を選んで食堂のお姉さんのところに渡しに行く。最近身長の伸び縮みが楽にできるようになってきたから、カウンターが高くて置けないということは無い。

少しだけ待って、出てきた定食を適当なテーブルに運んで食べる。

 

………もしゃもしゃ、ごっくん。…………おいし♪

 

ぺろりと食べ終えてから食器を返却して、自分の部屋に戻る。とても眠い。我ながら病気じゃないのか? ってぐらい毎日寝てるけど、体は完全に健康体なんだよな。理由は知らないけど。

まあ、理由を知ったところで何か得があるわけでもなし。気にしないでおこう。

 

「あ、見付けた。部屋にいなかったから探してたのよ?」

「……ん………ごめん」

「良いわよべつに。あたしが勝手に探してただけなんだから」

 

そう言って現れたのは鈴。その手にはなにやら二枚の紙切れが握られている。なんだろうな? チケット?

 

「そうよ。詳しい話は一夏の部屋でしましょ」

 

鈴は俺のことを抱き抱えると、揺らさないように静かに俺の部屋に向かって歩き始めた。

 

………揺れが良い感じだな……寝ちゃいそうだ。

 

「はいはい、寝ちゃってもいいけど話は聞いてもらうわよ」

「ん~……」

 

まあ、原作的に考えるとプールの誘いなんだけど………どうしようかなぁ……明日は外のケーキを買って食べる予定があるんだけど…………。

……起きてから考えよ。今は考え事なんてしたくないし。

 

…………すか~……。

 

 

 

夕方に起きると、鈴が膝枕をしてくれていた。セシリーとののちゃんとかんちゃんがベッドのすぐ横で俺のことを眺めていて、シャルとラルちゃんはどうやら落ちたらしく、部屋の真ん中に転がされていた。

ただ、ラルちゃんは普通に寝てるだけっぽい。白蛇ぷちかを抱き締めてるけど。

まあ、蛇は変温動物だから夏には涼しくて良いよな。俺にはある意味無縁だけど。

 

「ああ、起きたわね」

「……ん……一応………」

 

まだ眠いことには変わり無いけど、一応話を聞いて言葉を理解して考えて返答するくらいのことができるくらいにはなった。まあ、これなら起きてるって言っても良いだろうな。

 

「それじゃあ勝手に話すから、聞き返すなりなんなりしなさいよ? 明後日の日曜に、新しくできたウォーターワールドに行かない? みんなで」

 

……やっぱりそのお誘いだったか………。プールなんて学校以外だとここ十年は行ってないな。

……行ってみるのもいいかもな。水の上で昼寝というのも悪くなさそうだ。悪かったらプールサイドでプールに足だけ入れて寝てよう。暑いし。

 

「いいよー」

「そうよね~やっぱりイヤよ…………え?」

 

何でか信じられないものを見たっていう顔をされた。確かに俺はこういう付き合いは最悪って言えるレベルで悪かったけど、これは酷くないか?

 

「………来てくれる…………の?」

「うん」

「……落ち着きなさい私。あの一夏が来てくれるですって? よく考えるのよ。……1、これは夢で、はしゃぐとベッドから床に落ちて頭を直撃。悶絶することになる。2、あまりの暑さに見ている幻覚。本当の私は保健室でぐったりしている。3、現実は意外と優しくできている。4、一夏のあまりの可愛さに頭が沸騰して出血多量で見ているいまわのきわの幻想。あたしとしては3番だと嬉しいわね。はい、答えはどれ?」

「鈴。三番だ。良かったな」

「三番だから……安心していいよ……?」

「三番ですわ。なぜそこまでいぶかしがるのかは知りませんけれど、今回は優しい現実ですわ」

 

それを聞いても鈴は信用できないらしく、自分のほっぺを引っ張ったりつねったりと忙しそうだ。

 

「……断った方がよかった?」

「いやいやいやいやいやいやいやいやそんなことは無いわよ? ただ、今までにないことで驚いただけよ」

 

ならいいんだけどね。

 

「……明後日ね。準備しとくよ」

 

水着はあるし、タオルとゴーグルもある。使うことはほとんど無いけど。

 

………あ、そう言えばプールは騒がしくなるんだっけ? そしてシロのデータ取りを真耶先生が伝えるのを忘れてたんだったっけ?

 

……あ、大丈夫だ。だってまだシロは二次移行してないし。よーし自由時間ができたな。無駄に遊び呆けるか。

じゃあ明日は外にケーキでも食べに行こう。IS学園のケーキも美味いけど、他のところのも食べたいからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

甘い物、ちょっとした騒ぎ

 

鈴達とプールに行く約束をした次の日。昼頃に起きた俺はのんびりと町を歩いていた。あまり背が小さすぎると歩くのが面倒なので、130センチくらいにまで大きくなっている。

目指す場所は@クルーズ。原作だとプールに行く約束をした日に銀行強盗が立て籠った喫茶店だ。

まあ、プールに行くのは明日だし、問題ないだろ。

 

そう思いながら@クルーズの店の扉を開ける。

 

「いらっしゃいませ、@クルーズにようこそ」

「……何やってんの、シャル」

 

そう、そこにはシャルがいた。ちなみに執事服を着ている。

 

「…………え……あれ……? いち……か…………?」

「お~、昨日ぶり。……それにしても……」

 

シャルの服装を見て、やっぱり、という思いを強める。

 

「似合ってると思うよ?」

 

「…………ぅ……うわあぁぁぁん!」

 

なんでかシャルは泣きながら走っていってしまった。なんでだろうな。

 

「……なあ、ラルちゃん。ラルちゃんはシャルが泣きながら走っていってった理由とかわかる? 俺は全くわからないんだけど」

「さてな。私も理解できん」

 

俺に気付いて寄ってきたラルちゃんに聞いてみたが、ラルちゃんもわからないらしい。まあ、女心と他人の思考はいくつになってもわからないからな。

 

「……それはそれとして、一夏」

「ん? なに?」

 

ラルちゃんに呼ばれたので考えるのをやめて振り向いてみると、ラルちゃんがその場でくるりと一回転。長めのスカートがふわりと少しだけ浮いて、ラルちゃんが止まるとゆっくり元の位置へ。

そして笑顔を向けられて、一言。

 

「@クルーズへようこそ、お客様」

 

………お~。凄い凄い。つい最近まで私服を持たないまま軍服と制服とISスーツだけで過ごしてきたとは思えないな。

 

「……どうだ? 惚れ直したか?」

「惚れ直した云々は置いといて、似合ってると思うよ? 可愛い可愛い、やるじゃんラルちゃん」

「ふっ。当然だな」

 

ニィ……、と笑うラルちゃんは、それはそれは魅力的だった。ちー姉さんにちょっと似てるということは関係無しに。

 

「ああ、とりあえずおすすめの紅茶と、ケーキを全種類一品ずつお願いね。パフェはいらないから」

「……それは構わんが………食べきれるのか……?」

 

ラルちゃんがひきつったような笑みを浮かべながら聞いて来るけれど、朝も昼も食べてないから楽勝だ。

 

「……頼んだからには食べ切れ」

 

ラルちゃんはそう言って厨房の方に消えていく。さてと。俺は適当なところに座って待ってようか。

 

 

 

しばらくして、紅茶と一緒にケーキの群れが運ばれてきた。メニューを見てみたが、そこに乗っている量からするとずいぶん少ないから、多分これで第一波。周りに座っている客からざわざわと言う声が聞こえるが、気にしない。

 

「……お、お待たせいたしました。紅茶でございます」

 

主にケーキを運んできたのはラルちゃん。紅茶を慎重に運びながら、無理が出ない程度にケーキも運んできたのがシャル。ラルちゃんはケーキを机の上に並べて空きができることを確認すると、またすぐにカウンターの方に行ってしまった。

 

「お砂糖とミルクはお入れになりますか? よろしければ、こちらで入れさせていただきます」

 

顔を朱に染めながらも、シャルは仕事を全うしようとしている。流石シャル。真面目だな。

 

「それじゃあ、砂糖はいらないけどミルクたっぷりでお願いね」

「かしこまりました、それでは、失礼いたします」

 

そう言ってシャルは紅茶にたっぷりとミルクを注ぎ、静かにスプーンで紅茶をかき混ぜる。紅茶だけなら砂糖を入れてもいいけど、ケーキと一緒だったら砂糖はいらない。

 

……さてと。それじゃあ俺もケーキタイムにしようか。甘いものは嫌いじゃないし。

 

フォークでケーキを二割くらい削って、そのまま口に運ぶ。うん、美味い。そして甘い。

ぱくぱくと一つを食べ終わってから、紅茶を一口飲む。紅茶も美味しい。やっぱり紅茶はミルクティーにして飲むのが良い。個人の考えだし、レモンティー好きやストレート好きやコーヒー党を馬鹿にする気は無いけど。

 

紅茶で口を湿らせて、それから二つ目のケーキに取りかかろうとした時、急速に状況が変わった。

 

「全員、動くんじゃねえ!」

 

いきなりこの店に雪崩れ込んできた三人の男が怒鳴り、天井に向けて発砲した。

……弾痕付きの喫茶店か。まあ、世界のどこかにはそんな酔狂な店に来てみたいって思う人も居るんじゃない? どこにいるのかは知らないけど。

 

ちなみに男達の格好は、安そうなジーパンにジャンパーに覆面。背負ったバッグからは一万円札が何枚か飛び出しているのが見えていて、手には銃を持っている。

 

……どう見ても銀行強盗帰りの逃走犯です、本当にありがとうございましt(ry

 

「そこまで言っちゃったんなら最後まで言っちゃおうよ」

 

こんな時でもツッコミを忘れないシャル。そこに痺れる憧れぬ!憧れない理由は疲れそうだから。実にわかりやすい理由だな。

 

ちなみに俺は無視してケーキを食べている。とある理由から撃たれても平気だから。

 

…………面倒臭いなぁ……。

 

……あ、このモンブラン美味しい。お土産とかできないかね? ちー姉さんと一緒に食べたいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

よし、潰そう

 

俺がもきゅもきゅとケーキを食べているところに、いきなり現れて立て籠った銀行強盗帰りの三人組。仮名称コーさんゴーさんトーさん。ギンは別にいるからつけられないんだ。ごめんね?

 

……なんでこんなに落ち着いてるかって? 撃たれても平気だからだけど? まあ、大丈夫大丈夫。

 

外ではなんか警察が色々騒いでいる。なんというか、懐かしいような古めかしいような定型文を吐いている。

そんなことはどうでもいい。今はケーキだ。冷えてるうちに食べないともったいない。紅茶も冷めると味が落ちるし。

 

………あ、このショートケーキ美味しい。クリームが秀逸だ。なに使ってんのかね?

 

「ど、どうしましょう兄貴!このままじゃ、俺たち全員」

 

こっちのチーズケーキもいいな。レモン風味で甘すぎず、生地もしっとりしてて美味しい。今度チーズケーキも作ってみるか。美味しくできたらみんなで食べよう。

 

「うろたえるんじゃねえっ!焦ることはねえ、こっちには人質がいるんだ。強引な真似はできねえさ」

 

お、ミルフィーユか。サクサクの層が良いよな。クロワッサン系統のこういう生地は基本的に好きだ。歯応えがあるし。

ただ、寝てるときには嫌だな。食べにくいから。

 

「へ、へへ、そうですよね。俺達には高い金払って手に入れたコイツがあるし」

 

拳銃より大きな発砲音が響き、蛍光灯が破裂してガラスを撒き散らしたような高い音がした。

 

「きゃあああっ!!」

 

……それにしても、ここのケーキはみんな美味いな。ティラミスも美味い。水分が多すぎるということもなく、甘すぎず苦すぎずバランスがいい。

 

今度は拳銃の発砲音。そんなに弾を使うと必要なときに使えないぞ? どうでもいいけど。

 

「大人しくしてな!俺達の言うことを聞けば殺しはしねえよ。わかったか?」

 

……あ、紅茶無くなった。どうしよう? 新しいの頼もうかね?

 

「おい、聞こえるか警官ども!人質を安全に解放したかったら車を用意しろ!勿論、追跡車や発信器なんかつけるんじゃねえぞ!」

 

………まあ、いいか。バレないように千の顔を持つ英雄で補給してやれば。

カップに手を被せて、出して、ミルクと混ぜて飲む。……及第点だな。俺。

 

「おい、何してやがる!」

 

…………ん? 俺?

横を向いてみると、ハンドガンを持った覆面がすぐ近くに立っていた。やっぱり俺らしい。

 

「大人しくしてるんだからケーキを食べるくらいいいだろう。温くなったケーキと紅茶は味が落ちるんだぞ? もったいない」

 

もう話は無いだろうから、俺はケーキに向き直る。さあ、ケーキタイム再開だ。

 

「ッざけやがって!このガキ!」

 

バゴォンッ!という音と共に、テーブルに乗ったケーキがテーブルごと跳ね上がる。そしてケーキと紅茶は無惨に床に叩きつけられ、ケーキからケーキだったものに変わってしまった。

 

………………………よし、潰そう。物理的に。

 

 

 

 

side シャルロット・デュノア

 

一夏に銃を突き付けた男が、一夏に向けて怒鳴っている。自分がどれ程の事をしたのかも気付かずに、喚き続けている。

一夏の視線の先には、潰れたケーキの残骸と、割れた紅茶のカップ。そして溢れた紅茶がある。

それを見て固まっている一夏が、暴力に対する恐怖で固まったのだとでも思っているんだろうか。あの男は。

 

自分が、眠たがりの竜の逆鱗の上でタップダンスを踊っていることにも気付かない。

 

「シャルロット。お前もシリアスの中でギャグを言うようになったな」

 

………ああ、そうだね。今気付いたよ。

だけど、確かにそんな感じだと思わない?

 

全く同時にちらりと一夏の方を見て、もう一度ラウラと視線を合わせる。

 

「……確かにな」

「……でしょ?」

 

…………止めるのが大変そうだなぁ……。

 

もう一度一夏の方を見てみると、全く動いていなかった一夏が動いていた。それは、ハンドガンを持っている強盗の一人の腕を掴んでいるところだった。

 

……今のうちなら、一夏に気をとられてる残りの二人を無力化できるかな。

 

ラウラに視線を向けると、ラウラも同じことを考えていたらしく、すぐさま頷きが帰ってきた。

それじゃあ、行動開始。

 

静かにその二人の後ろに回り、そしてちょうどいい場所に立って期を待つ。

 

それはすぐにやってきた。ゴシャリ、という鈍い音が響き、リーダーらしい男のハンドガンを持った手首が一夏に握り潰される。

 

「うぐあぁぁっ!?」

「あ、兄貴っ!?」

 

その悲鳴に完全に意識がこちらから離れたのを確認して、肝臓のあたりに爪先を捩じ込んだ。防御が頭に無い状態でのこれは結構効いただろう。

ちなみにラウラは思いきり蹴り上げていた。どこをとは言わないけど。

 

悶絶するその二人を気絶させようと頭部と鳩尾と肝臓のあたりに二、三発ずつ蹴りを入れ、動かなくなったのを確認して武装解除をする。ショットガンとその弾と、内ポケットの中のハンドガンも取り上げてから、脱がせたジャンパーで両腕を縛る。足の方は……まあ、いいかなって思って放置。

ラウラも同じように気絶させ、武装解除してから縛り上げる。覆面を裂いて足を縛っていた。あ、そんな手があったんだ。僕もやろっと。

 

……ちなみに、一夏のこともちゃんと見ながらやってたよ? 心配は……一夏の心配はいらなかったみたいだけど。

 

「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!! HA~~HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」

 

ゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴス!!

 

………や……やりすぎだよぉ…………。

 

そう思うと同時に、一つの事柄について納得もしていた。

 

……一夏は、やっぱり織斑先生の弟なんだ、って。

 

「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」

 

ゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴスゴス!!

 

……って、そんな場合じゃない、止めないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の話と、ミックスベリー

 

気が付いたら俺はラルちゃんとシャルに止められていた。拳は血まみれで目の前には『公共の電波に乗せるときにはモザイクをかける必要があるだろうと思われる赤黒い塊』がある。一応、人型は保っている。

 

「ええい放せ!俺はそいつを殴るんだ!グシャグシャになっても殴るんだ!ミンチになっても殴るんだ!!ペーストになるまで殴ったら綺麗にロースト作るんだ!!!」

「グシャグシャの時点でやりすぎだってば!それ以上やったらホントに死んじゃうから!」

「大丈夫。人間って意外と丈夫にできてるからこれくらいならまだ死なない」

「だから死ぬ前にやめないと駄目なんだってば!って言うかローストされたら確実に死ぬから!」

「………ふむ。確かに外傷は凄まじく見えるが、内蔵へのダメージや出血量は大したことがないのか。なるほど……」

「ラウラも感心してないで一夏を止めるのを手伝ってよぉ!大きい一夏は僕一人じゃあずっとは止められないんだから!」

「あ、じゃあやめるか。そろそろ疲れてきたし」

「止まっちゃった!?」

 

シャルはかなり驚いているようだったが、実のところミンチになっても殴ると言っていた時にはもうただの悪ふざけだった。

 

「………一夏の悪ふざけは本気にしか聞こえないんだよぉ……」

 

そう言いながらシャルはその場にへたりこんだ。どうやらかなり疲れているようだ。大変だね。

 

さてと。それじゃあ俺は頼んで来たケーキと紅茶の分の金を置いて、さっさと逃げるか。面倒事は嫌いだし。

 

「と、言うわけでこれ代金ね。じゃねー」

「え、ちょ、待っ」

 

シャルの言葉? 聞こえんなぁ。

 

 

夕方。俺はとある公園でクレープを食べていた。シンプルにチョコバナナもいいけれど、たまにはしょっぱいクレープもいいよな?

ということで、俺が今食べているのはツナレタス。これが意外と美味い。クレープ生地さえあれば家庭でも簡単に作れそうだ。

 

「それじゃあ次はこのチョコミントってやつを一つ」

「……お嬢ちゃんまだ食べるのかい」

 

俺は男だ。まあ、女扱いでサービスしてもらえるんだったら普通に受けるし訂正しないが。

 

「……はいできたよ」

「どうも」

 

代金を渡してすぐ近くのベンチでチョコミントクレープを食べる。クリームにチョコとミントのソース的な何かがかかっていてすーっとする。美味い美味い。

 

「……次はブルーベリーにするか」

 

それが聞こえたのか、クレープ屋の中で店主が動き始めるのが見えた。

 

「ブルーベリー一つ」

「お待ちどう」

 

正直二秒も待ってないけどな、と思いつつ、できたてのブルーベリーのクレープを受け取る。今日は俺にしては珍しくよく食べる日だな。

 

これでクレープは最後にしようと店を離れると、ちょうど知った顔に出会った。

と言うか、ついさっきまで会っていた顔だ。

 

「よ。なんか疲れてる顔してるけど、大丈夫か?」

「…………一夏が……それを言うの………? あのあと……どれだけ大変だったか…………!」

 

ちー姉さんもかくやという目で睨まれた。怖い怖い。

 

「まあまあ、これでも食べて機嫌直して。食いかけで悪いけど」

「何が━━むぐっ!?」

 

食いかけのブルーベリーをシャルの口に押し込み、俺は新しいクレープを買いに戻る。

 

「ラルちゃんは何食べたい?」

「ふむ……それでは、苺を貰おうか」

 

クレープ屋のメニューを見て何かに気付いたらしく、少し笑みを浮かべながらラルちゃんは苺を頼んだ。

 

「じゃあ苺とラズベリーを一つずつ」

「あれ? ミックスベリーは?」

 

ミックスベリー? …………ああ、いつも売り切れのミックスベリーの話か。確かそんなのもあったな。忘れてたけど。

 

「売り切れみたいだぞ」

「あ、そうなの? 残念………」

「……お待ちどう。……それにしてもお嬢ちゃん、よく食べるね。それでもう14は食べてるだろ?」

 

クレープを渡しながら俺にそう言う店主は、何でか苦笑いを浮かべていた。

 

「……まあ、このくらいは」

 

代金を渡しながら言う俺も、たぶん少し苦笑いをしているはず。

 

「さてと、それじゃあ食べようか。……シャルはどっちを食べたい?」

「こっちのでいいよ」

 

そうか。まあ、いいって言うならいいけどね。俺はどっちでも構わないし。

 

「……ふむ。私としては一夏の食べているそれにも興味があるのだがな」

「ん? それじゃあ一口いる?」

「貰おうか。……はむ」

 

ラルちゃんがそういったことで始まった交換会は、俺とラルちゃんがシャルにミックスベリーの種明かしをしてからかうまで続いた。

……それにしても、シャルはからかうと面白いな。いい反応を返してくれるし、ツッコミキャラだし。

 

「最近はシャルロットもボケに回ることがあるぞ? 頻度は低いがな」

「周りのキャラが濃いからしょうがないと言えばしょうがないんだけどな」

「なにそれ? 僕の影が薄いってこと!?」

 

影は濃いと思うぞ? ツッコミは貴重だし。シャルとかんちゃんの二人だけだし。その二人もタイプが違うから被ることもないし、大丈夫だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み、ウォーターワールドにて

 

今月できたばかりだというウォーターワールドに来ている。確か何かあったような気がしたんだが、何もない。普通に騒がしく、普通に静かで、水の感触がなかなか気持ちいい。

ぷかーっと浮かびながら天井を見上げていると、なんだか眠くなってきた。

 

「楽しんでるかしら?」

「ん。まあ、そこそこ楽しんでる」

 

すい~っと音もたてずに泳いで近付いてきた鈴にゆっくりと答え、また浮かんだまま流れる。かんちゃんが隣で一緒に流れていてくれるお陰か、まだ一度も監視員に声をかけられていない。

昔からこうして浮かんでいると声をかけられたり、酷いときには溺れてると勘違いされて引き上げられることがあったからな。感謝感謝。

 

あと、水着似合ってるぞ。

 

「あ……ありが……とう……」

「ふふふ……簪も可愛いわね。初々しくて。……あたしにもこんな時期があったのよねぇ……」

 

まあ、なんにしろ俺は今まで通り浮かんで流れ続けるだけだけどな。

……あと、悪いんだけど今の鈴の言葉がすっごい年より臭く聞こえた。

 

「……せめて大人っぽいって言ってくれないかしら?」

「だ……大丈夫……鈴も、可愛いよ……?」

「ありがと。簪に言われると自信を持てるわ」

 

鈴はそう言うけれど、実のところ始めからあんまり気にしていないようだ。雰囲気を読むのはそこそこ得意だし、鈴も隠す気はないようだからそれが楽にわかる。

 

「……そう言えば、なんかイベントなかったっけ?」

 

気になっていたことを鈴に聞いてみた。確か、原作ではセシリーと一緒に出てISで暴れて大会そのものがなくなったはず。

 

「水上ペアタッグレースのこと? それだったら昨日のことよ。そんなのがあったら一夏が落ち着いて遊べないだろうし、あたしもそんなのよりも一夏と一緒に流れてる方が好きだしね」

「ありがと鈴。そんな思いやり深い鈴が好きだよ?」

「あたしもこうして素直に心情を顕す一夏が好きよ?」

「わ……私も……好き………」

 

平然としたまま返してくる鈴と、顔を真っ赤にして口許まで沈んじゃったかんちゃんを見ていると、なんだか暖かい気持ちになってきた。かんちゃんは可愛いねぇ……。

 

「……? どうして……撫でるの?」

「簪が可愛いからよ。ねえ一夏」

「そうだな。かんちゃんが可愛いから撫でる。おかしいことなんてなにもない」

 

と、いうことでなでなでタイム。かんちゃんを俺と鈴が撫でながら、ちょっとの間流される。

 

「……そういや、ののちゃんとラルちゃんは?」

「箒とラウラ? 確か、ラウラが一夏の真似をして浮きながらぼんやりしてたからついて行くって言ってたわよ? ちなみにシャルロットは妄想の海で溺死して賢者モードら

 

しいわ」

「なに、それ……?」

 

そうか、賢者モードか。女でもなれるんだな。驚きだ。

弾は一時期常時その状態で、厳さんと蓮さんと蘭ちゃんに本気で心配されてたっけな。あの時はショック療法で直したんだっけ?

確か、当時も寝巻きとして使ってたちー姉さんのお下がり(にしては以下略)のボタンを上から二つ開けて、首輪つけて鈴つけて肉球つけてにゃん♪ って鳴いたんだったな。

その後軽く襲われて、弾だったら男相手でもまあ良いかな~と思って抵抗しないでいたら鈴と蘭ちゃんに弾がしばかれてた。二人ともキレると瞳孔が縦長になるのな。まるで猫科の動物みたいだ。

まあ、ちー姉さんがキレた時の白いところが黒く、黒いところが赤黒く変わった目よりは怖くないけど。

 

…………ああ、比較対象にするのがそもそもの間違いだったな。あの状態のちー姉さんと同等に怖いものなんて、明らかにイカれた笑い声をあげながらキーボードを十枚くら

 

い同時に叩いている束姉さんくらいしか知らない。人間の声帯ってあんな音(声とは認めない)を出せるんだと知ってびっくりした。

 

ちなみにその日に寝たら夢の中でひたすらその束姉さんが笑い続けていたのでちー姉さんの布団に潜り込んだら、最初はまた出てきたけどすぐにちー姉さんが夢に出てきてアイアンクローで止めてくれた。ありがとねちー姉さん。

 

「あ、一夏。その水着似合ってるね」

「ん、ありがと。シャルも似合ってると思うよ」

 

プールサイドでにこにこ笑いながら俺のことを見ているシャルは、なんと言うか本当に落ち着いていた。多分今ボケても普段みたいなツッコミは返ってこないんだろうなぁ……。

 

「ツッコミだけなら来るわよ? ただ、いつもとはかなり違うツッコミだけどね」

「そうなのか?」

「まあ、いつもとは違うと思うよ? 今なら僕をIS学園に送り込んだあの人と顔を会わせても延髄に踵落としを決めるだけで許してもいいかなっていう気分だし」

「シャルがそれで許したら、その後に俺が男として再起不能にしてやるけど」

「そしてあたしが本妻の方を女として再起不能にして、」

「私が刀で精神崩壊まで追い込み、」

「私がそれを物言わぬ蛋白質の塊に変えればいいのだな?」

「なら、わたくしはその場所を都合する裏方にでもまわりましょうか」

「はははっ。その時はよろしくっ!…………なんてね」

 

本当だ。随分と芸風が違うな。いつもならもっと慌てて俺達を止めようとするだろうに。

 

「え……あ……えっと………だ、駄目!」

 

かんちゃんが急に大きな声を出した。一体なんだろうと見てみると、かなり慌てていた。

 

「お、織斑君……そんなことしたら……駄目」

 

…………もしかしてこの妙にアグレッシブなところのある娘さんは、今の冗談を本気で受け取ったのだろうか。

…………可愛いなまったく。プールの入り口近くの柱の影にいる誰かさんとは大違いだ。

 

「え……な、なんで……撫でるの……?」

「さっき言ったばっかりよ? 簪が凄く可愛いからよ」

 

まあ、それ以外に理由なんて無いわな。可愛い可愛い。

 

「かんちゃんって可愛いよな」

「そうだな。私も撫でていいか?」

 

ののちゃんの問いに、かんちゃんは顔を真っ赤にしたまま答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏祭り、神楽舞

 

ののちゃんの実家の神社で祭があるので、行ってみることにした。甚平で。

祭に行くなら甚平だろうと前世の父親に教えられていたので、その辺りは一応こっちの世界に来てからも守っている。

 

ちなみに俺の甚平姿はなかなか好評で、賢者モードから抜け出したシャルといつも通りのちー姉さんを含む生徒達(ちー姉さんは生徒じゃないけど)があたりを真っ赤に染め変えていた。ちょっと困る。

毎朝起きると全身が赤くて鉄臭い物で被われていて、寝間着があっという間に駄目になってしまうのが特に困る。ワイシャツなんてもう色が染み付いてとれないし。

中学生時代にその血がついたままのシーツ(量はすこしで真ん中よりすこし下の方に点々と付いていたやつ)を見た弾が俺のことを押し倒してきたり、鈴が押し倒してきたりしたから毎回漂白するようにしたという出来事もある。

 

……それとこれは余談だが、押し倒された時にはかなり詰問された。端から見てれば完全に強姦一歩手前の状況だったと思われる。頭の上で両手を抑えられたり、着ていた部屋着のボタンが上からいくつかとれたりしてたし。

 

………まあ、俺が説明を終えた後は自分の勘違いに気付いて呆然としてたけど。

その時に腕にできた痣と服のボタンのことから一日泊まらせて、寂しい夜の抱き枕になってもらったことは言うまでもない。

 

 

ののちゃんには秘密で出発し、神社に到着。秘密にした理由は、その方が面白そうだったから。

 

武装な錬金のレーダー、ヘルメスドライブを使ってののちゃんを捕捉した俺は、遠くから神楽を舞うののちゃんを見ている。気配を読まれてバレているだろうけど、まあ気にしない。気を散らしたら悪いから、できるだけ気配は消してるつもりだけどな。あくまでつもりだけど。

 

………は~、綺麗だな。しばらく見ていたいね。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

懐かしの私の生家に戻ってみれば、そこはほとんどなにも変わっていなかった。変わっているものと言えば、壁にかけられた木製の名札の数と、それに書かれた名前くらいだろうか。

 

昔は私と千冬さんと一夏の三人と、私の父を入れても四人だけという状態だったが………と、しっかりと手入れのされている道具を見ながら思う。

 

ふと、昔の情景が私の前に現れた。

 

床に置かれた面を拾い、小さな一夏に竹刀を突きつける小さな私が、壁に寄りかかったままぼんやりとした目で私を見つめる一夏に言う。

 

『今日こそお前に勝ってみせる!剣を取れ!』

 

それに対して小さな一夏は、ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと大きく吐き出した。

 

『……一戦だけね』

『臨むところだ!』

 

すぱんっ!すぱぱぱんっ!ぴしっ!ぱんっ!べしっ!ばしばしっ!パンばしっ!べしっ!すぱんっ!べしっ!べしっ!べしっ!べしっ!べしっ!すぱんっ!びしっ!

 

……ぺち。

 

『……まあ、頑張って』

『くぅ……明日こそ……明日こそ勝ってみせる!』

 

………………ああ、そう言えば無言で打ってくるせいで一本を取られないからと、ぼっこぼこにされていたな。

……後に響かないように優しく、それでいてけして手加減はせずに。

 

あの頃の私はそうしてもらっていることにも気付かないで、ただがむしゃらに向かっていっていたな。

………懐かしく、それでいて少しばかり恥ずかしい話だ。

 

生徒手帳を開き、中に入れてある数枚の写真を見る。

 

それらは私の思い出の写真。一つは折り目がついているが、今ではその折り目は伸ばされている私と一夏と千冬さんと姉さんの集合写真。折り目は当然、私と一夏のツーショットに見えるようになる場所に入っている。私も子供だったものだな。

 

二枚目は最近撮ったもので、IS学園の屋上で私が一夏に膝枕をしている。自分で言うのもどうかと思うが、この写真の私はかなり優しげな笑みを浮かべている。記憶にある母の笑顔のようだ。

 

三枚目はこれまた最近撮った物で、私と姉さんが二人で写っている。

私のことを後ろから抱き締めながら心底楽しそうに笑っている姉さんと、それを見て苦笑いを浮かべている私の写真だ。

 

くす……と笑ったところで外に気配を見つけた。恐らく雪子叔母さんだろう。遅くなった私を探しに来た、というところだろう。無理を言って手伝いをしているというのに、悪いことをしてしまったな。

 

写真の挟まった生徒手帳を閉じて、もうすぐ雪子叔母さんが見えるだろう扉の方に向き直る。

 

「箒ちゃん、ここにいたの」

「ええ。懐かしくて、つい。すみません」

「あら、いいのよそのくらい。元々住んでいた所だもの。誰だって懐かしくて見て回るわよ」

「そう言って頂けると、ありがたいです」

 

……ああ、やはりこの人も変わらない。それが私は、たまらなく嬉しい。

 

「……神楽舞は、六時からでしたか」

「そうよ。……それにしても、よかったの? 夏祭りのお手伝いなんてして」

「迷惑でしょうか?」

「そんなことないわよ。大歓迎だわ」

 

恐らく雪子叔母さんの中には、誘いたい男の一人でもいるのではないか、というのがあるのだろう。

だが、相手はあの一夏だ。あの眠たがりがこのような祭にわざわざ参加しにくるわけがない。

 

…………私の神楽を見てほしいという思いはあるのだが、それを強制することはできないしな。

 

 

 

舞装束に身を包み、金の飾りをいくつか装う。それだけで私の意識は純粋に舞うことに向かう。

昔から私は影響を受けやすかったらしく、この格好をすると舞うのだという意識が強くなる。

 

口紅を塗り、鏡を見て、綺麗に塗れていることを確認した私は、渡されていた扇と雪子叔母さんの持ってきた宝刀を持つ。

 

「そう言えば箒ちゃん、昔はこれを一人で持てなくて扇だけだったわねぇ」

「ええ。そうでしたね。懐かしい話です」

 

だが、今は持つことができる。

 

刀を抜いて右手に持ち、左手には鈴のついた扇を持つ。

それでは、練習も兼ねて一差し舞うとしようか。

一応練習も続けてはいたし、そこまで酷いことにはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

夏祭り、屋台荒らし

 

ののちゃんの神楽舞を見終わってから本格的に祭に参加。

 

…………しようと思ってたんだが、何年か前に作った悪名のことを思い出して諦めた。

仕方がないから焼きそばを買って食べつつお守りでも買おうとお守り売り場に行ってみると、ののちゃんがにこやかに売り子をやっていた。

 

「やっほーののちゃん。神楽綺麗だったよ。あとお守り14個ね。健康祈願が8で家内安全が5、あと安産祈願が1」

「なんだ、見ていたのか……ありがとうな。14か……構わないが……そんなに買ってどうするつもりだ?」

「配るんだけど?」

 

健康祈願がかんちゃんとラルちゃんとシャルとセシリーと鈴と真耶先生とカズとちー姉さんで、家内安全が束姉さんとののちゃんと弾と蘭ちゃんと俺。安産祈願はネタでシャルに一回渡してから冗談だって健康祈願を渡すつもり。

 

「……そうか。シャルロットも不憫にな……」

 

そう言いながらもののちゃんはお守りを種類別に包んでくれている。手際が良いな。何で不憫なのかはわからないけど。

 

「あ、そうそう。どうせだし一緒に祭を見て回らない? 一人よりその方が楽しそうだし」

「……ふむ。それは面白そうだが、生憎と仕事があってな」

 

そっか。残念。

 

「あら、あらあらあら? ………うふふふふ♪ 箒ちゃん、あとは私がやるから、夏祭りに行ってきなさいな」

「……よろしいのですか?」

「いいからいいから。ほらほら急いで。まずはシャワーで汗を流してきてね。その間に叔母さん浴衣を出しておくから」

 

なんだか話が良い方向にばかり進んでいく。夢か? それとも現実か? 現実だったら嬉しいね。いろんな意味で。

 

「ちょっとだけ待っててね。彼女を待つのも彼氏の役目よ」

 

そう言ってその人(多分ののちゃんの叔母さん。話には聞いていたけど会うのは初めて)はののちゃんをつれて行ってしまった。

そう言えば、お守り売り場に誰もいなくなったんだが………ほっといていいのか? 良いなら良いんだけど。

 

 

 

十五分くらいで浴衣で現れたののちゃんは、綺麗と言うより可愛いという感想の方が合っていた。まあ、どっちにしろ似合ってることには変わりないんだが。

 

俺のいる場所から少し離れた所でののちゃんは目を閉じて、それから数秒後に俺に視線を向けた。気配で俺を探してたんだな。

 

「……一夏。どうやってそんなところに座った。危ないから降りてこい」

「はいはい、っと」

 

俺は鳥居の上に座っていたが、ののちゃんに呼ばれて飛び降りる。場所はののちゃんのすぐ手前だ。

ちなみに普通にジャンプしたら登れた。久し振りにチートを凄いと思った。

 

「浴衣似合ってるな。可愛いと思うぞ」

「そうか。……ふむ。案外嬉しいものだな」

 

とりあえず褒めてみると、ののちゃんはまんざらでもなさそうな顔をした。うん、可愛い可愛い。

そんな可愛いののちゃんの手を取って、祭の喧騒の中に歩を進める。

 

「それじゃあ、久々の祭を楽しもうか」

 

すっ、と大きくなり、ののちゃんに見合う大きさに。多分こっちの方がののちゃんは嬉しいだろうしな。

そうするとののちゃんは珍しく頬を少し朱に染め、僅かに恥ずかしそうに付いてきた。

 

「……むぅ………その姿は慣れないが……格好良いと思うぞ。一夏」

「ありがとよ」

 

褒められたら礼を返す。まあ、当然の部類に入る事だよな。

 

……それじゃあ、行くか。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏につれられて神社の中にある出店を回る。色々な店があるが、なぜか一夏入るか食べ物を扱うところにしか行こうとしない。

焼きそばや焼きとうもろこし。チョコバナナにソース煎餅。そういった店をいくつか回ってから、ふとその事実に気が付いた。

 

「一夏。覚えているか? 小さい頃にこうして屋台を回りながら、何度も勝負をしたな」

「ああ、やったな。懐かしい話だ」

「……どうだ、再戦でも」

 

しかし一夏からの返答は色好いものではなかった。

一夏は何となく私から目をそらしながら、一言だけ呟くように言葉を発した。

 

「……いや、無理だと思う」

 

ここで私の興味を引いたのは、一夏が言った言葉が『嫌だ』とか『断る』と言った拒絶する系統の物でなく、不可能だという答えを返してきた事だ。

 

『無理』とはどうして『無理』なのか。どうしてそのような答えが帰ってきたのかを知らないまま、私は一夏を金魚すくいをやっている店の前につれていった。

 

「いらっしゃ………なっ!? そんな馬鹿な……『屋台荒らし』だと!? く……去年の祭に参加していなかったから油断した……っ!」

 

………………は? 『屋台荒らし』? なんの話だ?

そう思いながら一夏を見てみると、なぜか一夏は苦笑いをしている。

 

「あー、安心してくれ。今回は前みたいに金魚がお椀に山積みになってるのを無視してひたすら掬い続けるとか、跳弾で景品をまとめて持っていくとか、籤で良い方から四つ全部持っていくとか、そういうことはしないから」

「…………一夏。お前はそんなことをやっていたのか」

 

確かにそんなことをしていれば『屋台荒らし』と呼ばれる訳も理解できるが……。

 

「まあ、そんなわけで俺は基本的にそういう屋台から出入り禁止されてるんだよ」

 

……まあ、それなら一夏が『無理だ』と言った理由もわかるな。それは確かに無理だ。

 

「……まあそれは置いといて……俺は駄目でもののちゃんは平気だよな?」

「……まあ、お前さんじゃなければ大丈夫だろうが………」

「だってさ。やる?」

「……いや、やめておこう。」

「そっか。見てるだけでも結構楽しいから、少し残念だ」

 

一夏はそう言ったが、私としては一夏と一緒でなければつまらないからな。

私はそうして一夏と一緒に金魚掬いの店の前を離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏祭り、初対面の二人

 

ののちゃんと一緒に食べ歩きをしていると、なぜか色々と面白い事が起きる。

例えば射的屋で土下座されてお引き取り願われたり、輪投げ屋で土下座されてお引き取り願われたり、籤引き屋で土下座されてお引き取り願われたり、スーパーボール掬いで土下座されてお引き取り願われたり…………。

 

なんだ、いつものことか。

 

「お前はいったいどれだけ屋台荒らしをしたのだ」

「大してしてないぞ……あ、焼きそばのおっちゃんやっほー」

「おぉ、織斑の坊主か。久し振りだなぁ。とりあえず持ってけ。二百円だ」

「ありがとおっちゃん」

「バカヤロォ、お兄さんだ」

「………なあ、一夏。あの方とはどのような経緯でこのような関係に?」

「ん? 焼きそばのおっちゃんは何年か前からここの祭で焼きそば屋台を出してて、それを食べて美味かったからまとめ買いしたらそれが呼び水になったのかかなり儲けが出たらしくて、それ以来の付き合いだな」

「…………そうか」

 

ののちゃんはなんでか納得していないような雰囲気だったけど、まあ、気にしたって変わりゃしないんだからほっとけって。

確かに焼きそばのおっちゃんはかなり強面で子供が見たら泣き出して、泣いた子供が凄まれたら涙と呼吸と心臓が纏めて止まりそうな顔してるけど、優しい人だぞ? ヤクザの中でそこそこの地位に居るらしいけど。

 

「完全に危険人物では………いや、顔と経歴だけで人を判断するのは良くないな。確かに怖いが」

「ののちゃんってば酷いね。初対面の人にそんなことを言うなんて」

「さっきあそこまで言ったお前には言われたくはない」

 

まあ、そうだよな。

 

ちなみにこの祭で食べるものを売っている所には大概強面のおっちゃんorおじちゃんorお兄さんがいたりする。毎年のことで突っ込みを入れる人はほとんどいないが、久し振りに帰ってきたののちゃんには刺激が強かったようだ。

でも、喧嘩があったりすると店から出てきてすぐ止めてくれるし、基本的に気のいい人ばかりだから問題ないとは思うんだがね。

 

………未成年だろうがなんだろうが、気に入った相手に酒をすすめてきたり、あと組に入らないかって誘ってきたりするところは多少マイナスだけど。

 

「……まあ、とにかく今は祭を楽しもうぜ? ほらののちゃん、あーん」

「む……あー……ん」

 

もぐもぐと焼きそばを食べていたののちゃんの目に、驚愕の色が浮かび上がる。

気持ちはわかるけどな。焼きそばのおっちゃんはヤクザをやってるのに、なんでか妙に焼きそばを作るのが上手い。そしてこの焼きそばは美味い。

 

「……美味いな」

「俺が焼きそばのおっちゃんを‘焼きそばのおっちゃん’って呼んでる理由がわかった?」

 

ただ焼きそばを作ってるだけじゃそうは呼ばないとも。その焼きそばが美味いからそう呼んでいるんだよ。顔のせいか売り上げはそこそこらしいけど。

 

「それじゃあ、今度は飲み物でも買ってくるか」

「そうだな。人混みの中はやはり暑苦しい」

 

それに息苦しいしな。

 

「なにがいい? ラムネ? オレンジ? 緑茶?」

「焙じ茶があればそれだな。なければ緑茶でも構わんが」

「それじゃあ間をとって鳩麦茶を」

「それでも良いぞ」

 

驚いたことにOKが出た。それじゃあ一緒に買いに

 

「━━━あれ? 一夏……さん?」

 

後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。この声は……

 

「やっぱり蘭ちゃんか。久し振り」

「あ、は、はい。お久しぶりですっ」

 

くいくい、とののちゃんに軽く袖を引かれたので視線を向けてみると、困惑した顔のののちゃんが俺のことを見ていた。

 

蘭ちゃん。弾の妹で、初代睡眠愛好会の特別学外会員二号だ。

 

そう思ってみると伝わったらしく、袖をつまんでいた指が離れた。

 

「……それはそれとして、蘭ちゃんは浴衣も似合うな。いつも洋服のイメージだったけど、可愛いと思うぞ」

「はぅ!あ、ありがとうございますっ!」

 

うんうん、やっぱり蘭ちゃんも可愛いな。流石はIS界の二大妹属性の一角にして、唯一の年下属性と言ったところか。

 

蘭ちゃんの後ろできゃいきゃいと蘭ちゃんと同い年くらいの娘達が騒いでるけど、まあ、あのくらいの女子にはよくあることだろ。前世でも普通にあったし。

……前世のは結構腐ってたような気がするけど。性根じゃなくて趣味嗜好が。

 

「……元気だな」

「ああ。そうだな」

 

あそこまで元気だと、もはや少し羨ましくなってくるよ。

 

てけてけてけー、と人混みの中を浴衣を着ているとは思えないほどの速さで駆け抜けていくその娘達のことを見てから、俺は蘭ちゃんに向き直った。

 

「……蘭ちゃんがよければだけど、一緒に回る?」

 

そう言うと、蘭ちゃんは凄く嬉しそうな笑顔を浮かべて

 

「はいっ!」

 

と、元気に答えた。

 

 

 

「……そう言えば、そちらの人は………彼女さんだったり………」

「安心しろ。まだ違う」

 

ののちゃんはからかうようにそう言って、手に持っていた綿飴を噛み千切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏祭り、屋台遊び

 

ののちゃんと蘭ちゃんを連れて祭の屋台を回る。俺が参加しなければ屋台のおっちゃん達も土下座したりはしないので、そこそこ楽しく回ることができた。

あと、蘭ちゃんの射的は凄かった。よくあの鉄板をあの銃で倒せたもんだ。

本人にそう言ったらなんか微妙な顔をしてたが、何でだろうな。

 

「女心という物は複雑なのだ。そっとしておいてやれ」

「そうする」

 

ちなみに蘭ちゃんが落としたのは液晶テレビ。いくら俺でもそんな物を蘭ちゃんに持たせたまま祭の見学を続行しようとは思わないので、蘭ちゃんの代わりに俺が持っている。そこそこ重いが、前に運んだことがあるIS一機よりは楽だ。

 

「それはそうだろう」

「? 何がですか?」

「ん? 五反田は一夏の思考がわからないのか?」

「わかるんですかそれ!?」

「一夏への愛情を満ち溢れさせれば、自ずと理解できるようになるはずだが………そうか、まだまだと言うことだな」

「むっ!そんなのわかるのは箒さんだけじゃないんですか?」

「私以外には鈴とセシリアとラウラと……最近簪がわかるようになっていたな。それに千冬さんもわかるぞ」

「ついでに弾もわかるよ」

「お兄が!?」

 

蘭ちゃんはなんでか驚いている。弾が俺の思考を読めるって知らなかったのか?

 

「知りませんよ!と言うかそんなの普通の人間にできるわけないじゃないですか!」

「五反田………いや、蘭。お前もいまこの時よりまともな人間ではなくなったぞ。おめでとう」

「なんの話ですか!」

「蘭ちゃん、ついさっき読んでたからな?」

 

蘭ちゃんはそれを聞くと、ピシッ、と固まった。

 

「まあまあ、お前もようやくこの高みまで登ってこれたんだ。歓迎するぜ」

 

あ、弾だ。甚平似合ってるぞ。格好いい。

 

「ありがとよ」

「…………ほんとに読んじゃってるし……と言うか、さっきまで私お兄に一夏さんへの愛情で負けてたとか…………」

「まあ、蘭も私達と同じ場所に立ったのだ。これからいくらでも挽回できる」

「……ありがとうございます」

「そうだぜ蘭。俺は蘭を応援してるぜ?」

「うっさい、バカ兄」

 

……その後に蘭ちゃんが言っていた『………でも、ありがと』という言葉は聞かなかったことにする。ちなみに、俺はたしかに鈍いが原作一夏ほど鈍くはないからそれだけでも十分わかる。

………と言うか、前にも言った気がしなくもないけどあれでわからない原作一夏は異常。

 

まあ、かなりどうでもいいけど。あいついつか刺されるだろうという予想を含めて全部。

 

「まあ、そんなことより祭を見て回ろうぜ。適当なとこで俺は抜けるけど」

「抜けるんだ?」

「おう。いくら俺でも他人の恋路の邪魔はしねえよ」

「私は弾がいてくれても一向に構わないが? 誰になんと言われようが、私の想いは変わらないのでな」

「そうか? まあ、なんにしろ抜けるけどな。現像しなきゃならない写真が大量にできたし」

「一組だ」

「毎度」

 

ののちゃんと弾は仲良さげに笑っている。仲がいいのはいいことだ。

 

「それじゃあ一週間以上たってから来てくれ。それまでに焼き増ししておくから」

「かたじけない、支部長殿」

「いいってことよ、粛清部隊副隊長」

「なにその物騒な呼び名!? 箒さんもなんで普通に受け入れてるの!?」

「まあまあ、ののちゃんたちにはののちゃん達の事情があるんだよ。よく知らないけど」

「知らないんですか? 本当に?」

「まあな。いいからまた回ろうぜ」

 

蘭ちゃんの手を取り、弾とののちゃんを呼んでまた歩き始める。

さてと。楽しまなくっちゃな。

 

 

 

 

side 五反田 蘭

 

なんでなんでどうしてなんでなにがどうしてなんでなにがなにしてなになになのをなにしてなんのなにでなにをなんでどうしてこうしてなにかなにをなんだなにかなにがなに

 

なになんのなに!?

 

『落ち着きなさい、見苦しいわよ私』

『そうそう、ちょっと一夏さんに手を繋いでもらって』

『ばかっ!意識したら私達まで…………あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあう…………』

『どどどどうしよどうしよ一夏さんと手なんか繋いじゃってああなんだか一夏さんの手って柔らかいような固いようなふにふになのにごつごつしてるようなああすべすべした指が私の手の甲をつつって……つつぅ……って………!』

『え……えへへへ……手……繋いじゃったぁ………♪』

『……なんというかここまですべすべだと、女としてすこしプライドが……』

『一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さん一夏さあぁぁああぁぁぁんっ!!』

 

あああぁあぁぁああ頭が沸騰してしこうかいろがしょーとしてもうなんにもかんがえられないよぉぉぉっ!

 

「……あれ? おーい。蘭ちゃーん? 頭から煙出てるぞー?」

 

あぁぁああぁぁぁ一夏さんの顔が近い近いちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅぅぅぅぅぅっ!!

 

結局頭の中身がショートした私は、ここで一夏さんに連れられて家に戻ることになってしまった。

……ああ、もう。

 

 

 

 



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111~120

 

 

厄介事と、二学期開始?

 

ギンの時以来のまともなIS戦闘は、ののちゃんを相手にする時がかなりきつくなったこと以外は変化なしに終了した。アカのワンオフ狡いって。俺が言える台詞じゃないことはわかってるけど。

 

「触れたら一撃必殺の剣を持ってんのに、なに言ってんのよ。そういうのはあたしやシャルロットみたいな特徴らしい特徴がないISを使っている奴じゃないと言えないことよ」

「……シャルロットさんはともかく、鈴さんは十分特徴的だと思いますわよ? 主に衝撃砲の砲弾の一部を武器で削って軌道を曲げるという斬新な戦い方が」

「あんたも十分イカれた戦い方してるじゃない。二回曲げ撃ちってなによあれ。最早凄いを通り越して気持ち悪いわよ。いつかあんた一つの銃口から出たレーザーを縦に裂いた一本一本を独立させて相手にぶち込むとかいう鬼畜な真似するようになるんじゃないの?」

「落ち着けお前達。同類が同類を馬鹿にしたところで自分に帰ってくるだけだぞ」

「ラウラよ。お前が言える台詞ではないだろう。AICで動きを強制的に止めて、一方的にプラズマブレードで切り刻むような真似をしたお前が。まあ、私も人のことをどうこう言える立場では無いが」

「………まあ、皆のISは……と言うか、皆はかなりアレだもんね……普通って言えるのは僕達のだけかな?」

「そうかも……。あとは……訓練機くらい……」

 

その訓練機から見れば、シャルのISもかんちゃんのISも十分ハイスペックだけどな。

 

……まあ、なんでもいいけど。

 

「とりあえず、俺は寝るから」

「駄目よ。ちゃんと昼も食べなさい。作ってきてあるから」

 

そう言われて食堂まで連行される。確かに腹は減ってるけど、人間一食や二食抜いたところで死には

そこまで考えたところで鈴とののちゃんとシャルに睨まれた。怖い怖い。多分こういう鈴達には一生勝てないな。

 

「はい一夏。あーん」

「あー……ん」

 

……うん、美味い。鈴が俺の食べ物の好みをよく知ってるからか、鈴の弁当は実に美味い。いい母親になること請け合いだな。

 

「ありがと。どうせなら協力してくれない?」

「協力ってなんのさ!?」

「勿論お母さんになる手伝い、つまり子供を作る手伝いよ?」

「普通そんなことを公衆の面前で言う!? 恥じらいを持とうよ!」

「いいじゃない。普通なんて言葉に縛られて身動きがとれないなんてお断りよ………はい、あーん」

「そうだな。と言うことで一夏。私にも協力してくれ」

「箒まで何を言ってるのさ!?」

「それでは私も立候補させて貰おうか。私が勝ったら勝者特権で」

「ラウラ!? だからなんでみんなそんなにオープンなの!?」

「わたくしは……」

「まさかセシリアまで子供を作る手伝いをしてほしいとか言うんじゃないよね!?」

「いえ、わたくしは首輪でも着けて愛玩動物として一夏様に所有していただければ」

「一番アブノーマルな答えが返ってきちゃった!? ここには僕の味方はいないの!?」

「大丈夫……」

「か……簪ぃ……僕は………僕はぁ……」

「………一夏は、私達も纏めて……皆を愛してくれる………から」

 

顔を真っ赤にするくらい恥ずかしいなら言わなければ良いのに。

 

「だって……言わなかったら、前には進めないから……」

「よく頑張ったわね、偉いわよ簪。はい、あーん」

「……はむ」

 

鈴はそんなかんちゃんにご褒美としてか弁当を食べさせていた。食堂の入り口付近で時々ちらりと見える水色の髪が、ぴくりと跳ねたのが見えた。出てくれば良いのに。

 

「ぅわあぁぁあぁぁんっ!簪の裏切り者ーっ!」

 

あら、シャルってば泣いちゃった。仕方無い、ここは鳩ぷちかに任せよう。

 

「ぅ……ひっく……」

「くるっくー」

「……ひっく……ひっく……慰めてくれるの……?」

「くるっくー」

「……ありがとう……ありがとう………っ」

 

シャルは感極まって鳩ぷちかに抱きつき、背中を頭を体を翼を撫で回している。

 

「シャルロットって意外とエロいわよね」

「鈴には言われたくないよっ!」

「くる?」

「あ、大丈夫だよ、うん……僕はまだ、頑張れるよ………」

 

……まあ、頑張れシャル。そんな頑張るシャルを応援してる。

 

応援だけだけど。

 

…………さてと。それじゃあ俺は早めにアリーナに戻っておこうか。遅れたらまたふみふみされそうだし。あれって見た目に反して結構辛いんだよな。

 

 

 

アリーナで昼寝をしながら授業開始を待っていたら、気が付いた時にはなぜか狼ぷちかと一緒にののちゃんに膝枕されていた。

 

「……おはよ」

「おはよう一夏。授業の時間だ」

 

ああ、もうそんな時間か。寝足りないなぁ……。

 

まあ、今日の夜にでもぐっすり寝ればいいか。

 

………………あれ、なんか凄く嫌な予感がする。具体的には俺の睡眠時間を削る画策をどこかでこっそり進めておいて、逃げ道を塞がれた上で実行されそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

予感的中、キレていいよな?

 

九月四日の朝に、SHRと一限目のおよそ半分を使うらしい全校集会が開かれた。内容は今月中頃にある学園祭について。

……だけど俺は正直に言ってやりたくない。クラスの方より睡眠愛好会の方を優先したいと思っている。

 

ちなみに睡眠愛好会の出し物は休息場。携帯を弄ったりカメラなどで写真や映像を撮るのは不可だが、静かにしていればおよそのことが許される。

 

そこで俺は寝続けるのだ。学園祭の間、ずっと。

 

…………って鈴に言ったら却下された。一応起きてクラスの方にも顔を出しとかないとマズいからと言われて。

そのため俺は学園内を歩き回ることになったんだが………こうなったら弾とカズと蘭ちゃんを呼んで学園の放送機材を乗っ取ってゲリラライブでもやってやろうか。

とりあえずチケットは俺と鈴のがあればカズと弾は呼べるから、後はののちゃんからでも…………いや待てよ? ののちゃんはもしかしたら束姉さんにチケットを送るかもしれないな。確認はしておこう。

そして駄目だったらセシリーかシャルかラルちゃんかかんちゃんから貰おうかね。

 

…………ラルちゃん、まさか本国の部下に送ってたりしないよな?

 

 

 

 ~その頃のクラリッサ~

 

場所はドイツ。とある軍事訓練所で、十数人の十代女子と僅かな二十代女子が、ひとつのテーブルを囲んで座っていた。

そんな中、一人の女性が話を始めた。

彼女は黒ウサギ隊ことシュヴァルツェ・ハーゼの頼れる副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉。黒ウサギ隊のメンバーをこの場に集めた本人でもあった。

 

「お前達。こんな時間に呼び出したのは他でもない………この、隊長から送られてきたチケットで、誰が隊長の好敵手にして初恋の相手を見に行くかを決めるためだっ!!」

 

その言葉に一瞬誰もが沈黙し、すぐさま様々なところから声が上がる。

 

「副隊長!その役目は是非この私に!」

「いや、私に!私にお任せください!」

「なに言ってるの私が行くのよ!」

「副隊長!ここは隠密行動に長けた私が行くべきかと愚行いたします!」

「はっ!そんなの胸が小さかったから目立たなかっただけじゃない。あ~あ、胸が大きいと不便ねぇ」

「……あ゛? いまなんつった?」

「一部の盛りが少ないと、隠密行動では便利ね、って言ったのよ。乳だけじゃなくって頭も貧しいのかしら?」

「……その乳……貰い受ける!」

「あんたにできるとは思えないわよつるぺたが!」

「微乳舐めるな垂れ乳予備軍が!」

 

わーわーぎゃーぎゃーわーわーぎゃーぎゃー。

 

ドズンッ!ゴッ!ゴッ!ガスッ!

 

 

 

 ~戻る~

 

 

…………なんか、ドイツあたりで凄いことが起きてる気がするな。それに、送ってる気がする。今日の昼休みにラルちゃんに直接確認しとこう。その時に全員に聞けばいいだろ。

 

全員駄目だったら………偽造するか。千の顔を持つ英雄で。

まあ、そんなことにはならないと思うけど。

 

……なんでもいいから早く集会終わらねえかなぁ…………。

 

そこまで考えたところで、ざわざわざわざわと喧しかった女子連中が静かになった。

よしよし、これで立ったまま寝れるな。静かじゃなくてもいけるけど、できれば静かな方がいいし。

 

シスコン生徒会長の話を右から左に聞き流していると、凄まじく嫌な予感がしてきた。

 

………変わりすぎていたからあんまり気にしてなかったが、そういえばこの場で生徒会長は━━━

 

「名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

……………………ああ、やっぱり。

 

………何故だか俺の隣のシャルが後ずさってるんだが、理由を知っているやつはいるか? 言わなくていいけど。

 

……バレなければ、チート能力を使っても問題ない。そうだよな?

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

私の頭の中は、現在進行形でパニック状態だ。パニックでも意外と考え事はできるものだな。考えているだけで実行しようとするとパニックになった体に邪魔されて動けないが。

ちなみに、今こうして冷静に考え事をしている私は私の極々一部だけであり、意識の大半は未だに暴走中であることを明記しておこう。

 

さて、私がなぜここまでパニックを起こしているかと言えば、今さっきに私達の前に出てきた簪を明るくして胸を増量し、眼鏡を取り払ったような生徒会長の言葉に起因する。

本人は実に楽しそうに話を続けているし、大半の生徒はその説明に意識を奪われていて気付いていないだろうが……………私にはわかる。恐らく、近くに見える鈴と一夏の隣のシャルロット、そして一夏のことをよく知っているセシリアにラウラに、勿論千冬さんもだ。

簪は距離が離れているから気付いているかどうかはわからないが、恐らく気付いているだろう。

 

一夏が、しっかりと目を覚ましていることに。

 

…………私は正直に言って、気付かないで済むのならば気付きたくはなかった。

だが、一夏との付き合いの中で生まれたこの感覚は、今の一夏の状態を逐一私に伝えてくる。

 

……つまり、今の一夏は、疑う余地の欠片も無く、疑うことが馬鹿馬鹿しく思えてくるほどにわかりやすく、千冬さんを馬鹿にされた時と同等かそれ以上に━━━キレていた。

 

『な、なななななななななんとかならないの箒!?』

 

鈴から視線すら向けられずに無言で怒鳴られるが、どれだけ怒鳴られようがこればかりは。

 

『むむむむむむ無茶を言うなぁっ!いくら私でも本気でキレた一夏を止められるわけが無いだろうが!なら鈴が止めてみるか!?』

『なななななななななに不可能なことを言ってるのよ無理に決まってるじゃない!千冬さんでも止められないのにあたしが止められるわけ無いでしょうが!!』

『ならどうする私はまだ死にたくないぞ!それもこんな巻き添えのような形で死ぬなど真っ平ごめんだ!』

『あたしだって死にたくないわよでも助からないわねあ~あ。一夏の子供……欲しかったなぁ……孫の顔も見たかったわ………』

『それは私も同じだ!一夏の子ならいくらでも産んでやる!重婚は認めた相手だけなら可!』

 

…………こうして鈴との会話をしているわけだが、この時間は一瞬にも満たない。つまりこれは一種の走馬灯のような物だ。

 

………ああ、もう少し生きて、一夏と結婚して幸せな家庭を皆で築いて子供を作って育てて一人立ちさせて伴侶をつれてきた子供を笑顔で送り出し一夏や鈴やシャルロットや簪やセシリアラウラ達と共に年を取って老衰で死んで行きたかった…………。

 

 

 

 

 

 

 

キレた、苛めた

 

ディープダイバーを使って地面に潜る。当然地上にはシルバーカーテンで作った幻影と、幻影を触られてもわからないように人形の人形を置いておく。女性型を置いていってしまったかもしれないが、気にしない。どうせ後で入れ替わるし。

 

潜った俺は武装な錬金のサテライト30を使って六人に分身し、それぞれルリヲヘッド、エアリアルオペレーター、アーマーバロン(破壊男爵の元ネタ的な人)の鎧を装備。

そして両腕にピーキーガリバーを装着して、準備完了。今回は周りを巻き込むわけにはいかないからな。

 

ずるっ、と顔を隠した三体が地上に上がり、すぐさま生徒会長を捕まえる。

そして問答無用で地面に引きずり込み、それなりに深い地下にまで連れていく。

その途中で生徒会長はISを展開したようだが、そもそもそこらのISより俺は力が強いようだし、地下から破壊男爵で引っ張っているから逃げられない。素でヴィクター以上に力があるならまた話は変わるが。

 

ごちゃごちゃと煩い話は無視して、生徒会長にルリヲヘッドを装着。ちなみにこれは新しく作ったやつだから顔はバレてないはず。

それからルリヲヘッドの能力を応用して、生徒会長にとある幻覚を見せる。かんちゃんにひたすら『大嫌い』と言われる幻覚………ではない。そんなのやったらかんちゃんと生徒会長《これ》の仲が修復不能になるかもしれないから。

だから、前世であったとある漫画のキャラクターを使った拷問モドキを用意した。耐えられるやつは耐えられるらしいけど。

 

そのキャラクターの名前は『エクスカリバー』。ソウルイーターという漫画の中でも屈指のウザさと力を持つ、一人だけでもウザいあれ。

それが数千ほどいて、上を見ても下を見ても右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見てもどこを見ても視界を埋め尽くすほどのエクスカリバーが常時話しかけてくる。BGMはエクスカリバー本人による『エクスキャリバ~~~~~』という声の無限リピート。

当人は歌ったり踊ったり話しかけてきたり人の話を無視して話し続けたり理不尽な質問をしてきたり自分語りを始めたり紅茶を飲んだりパジャマに着替えたりいきなりアップになったりカメラから引いたりポーカーしたりと自由気ままに動いているだけなんだが。

 

……束姉さんとどこか似てるような気がしなくもない。束姉さんはあそこまでウザくは無いけど。

 

 

 

side 更識 楯無

 

「私の武勇伝を聞きたいか」

「私の伝説は12世紀から始まったのだ」

「エクスキャリバ~~~~~」

「まったく、人が話をしているときは相手の目を見たまえよ。礼儀を知らぬ奴だ」

「しかしここはどこだ。男前ばかりで場所がわからん」

「エクスキャリバ~~~~~」

「君はどこから来たのだね? 私はエクスカリバーだ。サインはやらんぞ」

「バカめ。パジャマに着替えろ」

「朝は紅茶だ」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

………………うざい……なによこのウザさは……。ここまでウザいものが存在していたなんて………。

 

「聞いているのか? 君はどこから来たのかと言っているのだ」

「私は、IS学え「この世界で最も偉大な伝説は何かを知っているかね?」」

「え、ちょ、自分から聞いておいて「そう、それは私の作り上げた伝説だ」」

 

あ……あははは………ど……どうしようかしら。お姉さん本気でキレちゃいそうよ?

 

「エクスキャリバ~~~~~」

 

…………ぷちっ♪

 

「……っだあぁぁぁぁ鬱陶しい!『ミステリアス・レイディ』!」

 

ISを呼び出してすぐさま武装を展開。ラスティー・ネイルで周りの変なのを斬り飛ばそうと振るうが、それは当然のように避けられる。

 

「バカめ。その程度で食らう私ではないわ」

「バカめ」

「バカめ」

「バカめ」

 

む……むっかつくぅっ!

 

言葉に構わず水の鞭で蛇腹剣でランスで攻撃するけれど、どれも当たらない。

その間も周りからは

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「バカめ」

「バカめ」

「エクスキャリバ~~~~~」

「バカめ」

「その程度で当たるものか。バカめ」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

あああぁぁあぁぁぁあああぁああうっっっとうしいぃぃいぃいいいぃぃっ!!

 

「ならば私は黙ろう」

「ただしBGMは流したままでな」

 

ふつっ、と話し声が消え、エクスキャリバーの

 

「私はエクスキャリバーではなく、エクスカリバーだ。間違えるな」

「黙ってるんじゃなかったの?」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

それっきりエクスカリバーは話さなくなり、私のことを囲んだままじっ………………と私を見つめていた。

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

……だんだんと、時間の感覚が鈍くなってきた。

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

……どうやれば私はこの場所から出ることができるのだろうか。

聞いたところで、答えは帰ってこない。

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

聞こえるのは、エクスカリバーの声だけ。そのエクスカリバーは、BGMに合わせて近付いてきたり遠巻きにしたりくるりと回ったり………うっとうしい。

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

いつの間にか私はISを解除して、その場に踞っていた。

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

この声はそんな私に構うことなく、ずっと私の頭に響き続ける。

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

………………。

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

………………ああ、あたまが、まわらなく……なっ……て………………

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

…………えくす……きゃりば~…………

 

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

「エクスキャリバ~~~~~」

 

……………………

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

「……っていう夢を見たんだ」

「前にもあったわよねこんなこと」

「ああ、あったな」

「あったんだ?」

「ああ、あった」

 

確かその時は正夢になりかけたんだっけ。

 

「今回も正夢になったりしてね」

「まさか。いくら生徒会長でもそれは無いだろう」

 

…………。

 

「ある方に中学生時代のブロマイド三枚」

「ある方に小学生時代のブロマイド五枚」

「ある方にプレミアブロマイド二枚です」

「ある方に二枚」

「ある方に四枚」

「ある方に………三枚」

「それじゃあ賭けにならないと思うぞ? ある方にぷちかのウマウマ動画」

 

……って、結局賭けにならないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はまだ夏休み、でももうすぐ終わる

 

夏休み初めに一度戻って軽く掃除はしたが、本格的に掃除をするためにもう一度家に戻る。

まあ、その程度なら三時間もあれば終わるので、終わったあとはのんびり寝ることにする。

……訂正。終わった後も《・》のんびり寝ることにする。どうせ今日は暇だし時間はあるし、昼も無しで夜まで食べずに寝てよう。朝も抜いたけど、まあ、平気だろう。人間二~三食抜いたところで死にゃしないからな。

 

………すか~……。

 

 

 

………ポーン……。

……かー、……いの……? ……ちか……?

 

何か音が聞こえたのでふっと目を覚ますと、なぜか体が動かない。

 

「いっく~ん……むにゃむにゃ………」

 

原因がわかった。どうやったのか束姉さんが入ってきて俺を抱き締めていたかららしい。しっかりと体を押さえ込まれていて、動ける気が欠片もしない。

どうやら外にはいつものメンバーが勢揃いしているようで、気配を感じてみるとなかなか騒がしい。

 

動けないので仕方無くぷちかを何体か呼び出して鍵を開けに行かせる。ぷちかは見た目以上に力があるから肩車を繰り返してぷちかタワーを作って鍵を開けるくらいの事は普通にできる。ちー姉さんが見た時は暴走しかけてたけど、まあ、平気なはず。

 

「あれ、ぷちかじゃない。………ってことは、一夏はやっぱり寝てるのね」

 

確かにさっきまで寝てたけど、今は起きてるぞ。動けないけど。

 

「寝ているのに上がって良いの?」

「ぷちかが出たから良いのよ。一夏が寝てることなんてよくあることだから」

「……いいのかなぁ………」

 

別に良いよ。

 

仕事を終わらせたぷちか達は、ててててっと俺の部屋にまで走ってくる。階段はぴょんぴょん跳ねて走り抜け、玄関の鍵を開けた時のようにぷちかタワーを作って俺の部屋の扉を開ける。

そして束姉さんに抱き付かれた俺と同じ布団に潜り込み、ぷちたばねーさんとぷちーねえさんを呼んで一緒に布団に潜り込んでくる。

俺の部屋のベッドは結構どころじゃなく大きいので寝るのには問題ないが(なにしろ部屋の面積の三分の一をベッドが占領している)、それでもこうしていると少し狭いと思ってしまう。

 

………狭いところで一塊になって寝るのも好きだから別に良いけど。

 

ぷちーねえさんは布団に入るとおとなしくなるが、ぷちたばねーさんは布団に入るとむしろテンションが阿呆みたいに上がる。騒いだりはしないが、楽しみにしていた遠足を明日に控えた小学生のような状態だ。疲れてか俺達につられてかはわからないが、ほっとけば普通に寝るからまだ良いけど(実際は気絶していることも多い)。

 

ぷちかにつられて俺の部屋にやって来たいつものメンバーの内、初めて来たやつはベッドの大きさに驚愕している。

結構大人数(主にぷちか。ぷちたばねーさんとぷちーねえさんも最近は入ってくる。たまに束姉さんがどこかから入ってきたり、ちー姉さんが入ってきたりすることもある)で寝ることが多いから、このぐらいはないと困るんだよな。ぷちか布団っていう手もあるけど、それだけだと冬になると寒いし。

 

静かに静かに部屋の扉が開き、鈴とののちゃんとかんちゃんとラルちゃんとシャルとセシリーがトーテムポールみたいに首だけをドアの隙間から覗かせてこっちを見ている。

束姉さんの事を見てののちゃんと鈴以外は少し驚いていたけど、その二人だけは奇妙なほど冷静にこっちを覗き見している。

 

「……覗き見するくらいだったらさっさと入っちゃいなよ」

 

束姉さんがそう言って体を起こした。……って言うか、起きてたのか。ちょっとびっくり。

するりと音も立てずに六人が俺の部屋に入る。全員人間のカテゴリから一部とは言えはみ出して来てない? 別に良いけど。

 

「いっくんは寝てるから、静かにね」

「勿論」

 

鈴はそう言いながら懐から何か本のようなものを取り出し、束姉さんに手渡した。

 

「約束のブツよ」

「ふむふむ…………」

 

しばらく束姉さんは黙っていたが、ページを捲る音がやみ、静かに本を閉じる音がした。

 

「ナイスシャッター」

「感謝の極み」

 

なんの話だ。と言うかノリ良いな。

 

「約束のとは……鈴。何を約束していたのだ?」

「高性能カメラを作ってもらうかわりに、撮った写真を焼き増しして博士に送るって約束よ」

「そんな約束をしていたのか。…………ところで、その写真は貰えるか?」

「勿論よ。でも現像にちょっと時間がかかるから、アルバム式にして渡すのはまた今度ってことになるわ」

「構わんさ。なあ?」

 

どうやらかんちゃん達も喜んでいるようす。それが良かったのか悪かったのかはわからないが、俺的にはよかったということにしておこう。そう思わないとやってられない。

 

くきゅぅ~~。

 

…………腹減ったな。朝と昼を食べてないだけなのに、何でここまで腹が減る? IS学園で毎日三食しっかり食べてたからか?

 

「私はチョキを出そう」

「では私はグーを出すとするか」

「……私は……パー」

「私もパーにしますわ」

「じゃああたしは、チョキ以外を出したやつに衝撃砲を撃ち込むわ」

「なんでいきなりそんな危ないことを言うn」

「ではグーを出したものには、私が抱きついてから展開装甲を開いて攻性エネルギーを撃ち出す新技を見舞おうか」

「パーを出したものにはAICからのプラズマカノンを撃ち込んでやろう。なに、手刀の出力を変えればその程度の事は簡単にできる」

「チョキを出されたら困りますので、福音の砲撃からヒントを得た増幅レーザーを撃ち込んでやりますわ」

「……山嵐を舐めない方がいい」

「急にみんなが物騒なことを言い始めちゃったじゃないか!どうするんだよこれ!? 何を出しても地獄だよぉ!」

 

頑張れシャル《ツッコミ》。そんな苦労人なシャルを応援してる。

……なんだかご飯を作ってくれるみたいだし、俺は束姉さんを抱き締めながら寝ようかな。

 

………すか~………。

 

「おおぅ、束姉さんのお腹がそんなに気に入ったかい? 普通はおっぱいの方だと思うんだけどね?」

 

知らん。

 

 

 

 

 

 

 

ご飯と遊びと、皆の泊まり

 

ご飯を食べているときに鈴に聞かれて、うっかり二食ほど抜いて寝ていたことを白状したら怒られた。頬をつままれてむにむにむにむにむにむにむにむにと揉みしだかれた。一人二分。最後の方はちょっと痛かった。

食事はずいぶん豪華で、しかも国際的だった。セシリーの料理からは特に何も感じなかったので、恐らく人間がそこそこ普通に食べられる物はできているんだろう。よかったよかった。

 

ただ、ラルちゃんの料理はずいぶん豪快で、明らかに料理の経験が薄そうだった。冷凍しといたブロック肉をサイコロ状にして塩と胡椒で適当に味をつけて完成。まあ、失敗はしづらそうで何より。

 

束姉さん? 束姉さんはちー姉さんより少しマシ(一言で言うと、まあ食える味)程度らしいので辞退したようだ。疑わしい。

ののちゃんは束姉さんに料理を習っていて、つい最近もアドバイスを貰っていた筈なのにそれはおかしいだろうと。

………まあ、多分ののちゃんの作った料理を食べたいだけなんだろうけど。美味しいからな。ののちゃんの料理は。

 

ちなみに、かんちゃんはデザート担当。原作に出てきたカップケーキ……かと思ったら、ふわっふわのシフォンケーキが出てきて驚いた。

ちなみにこのシフォンケーキのクリームには、生クリームではなく自作の豆乳クリームが使われているらしい。甘さ控えめカロリー控えめの自信作と、自負とかそういったことが控えめなかんちゃんからそんな言葉が出るとは思っても見なかったが、出たということは自信があるんだろう。

 

………かんちゃんも変わったな。ずっと内側を向いていて、話に聞くお姉さんの影だけをずっと追いかけ続けていた始めの頃とは見違えるようだ。

口説いている訳じゃないが、やっぱりかんちゃんもののちゃんも鈴もラルちゃんもシャルもセシリーも束姉さんもちー姉さんも、笑い顔が一番きれいだと思う。

……………ああ、怒れるちー姉さんの笑いは綺麗の内に入るぞ? 凄まじく怖いけど、綺麗なことには変わりない。

凄まじく怖いけど。

凄まじく怖いけど。

 

「三回も言ったのは、やっぱり怖いから?」

「怖いけど綺麗だから、虫除け?」

 

そう言ってみると、束姉さんに後ろから抱き締められた。なんでか俺は束姉さんの膝の上に座っている。

……なんでだ?

 

「だってその身長じゃあ机が高くて食べにくいでしょ? 私も役得だし」

 

本音が出たな。

 

『呼んだ~?』

 

呼んでない。ってかなんでのほほんが出てくるんだ? シフォンケーキを食べたいのか?

 

『食べたい~すっごく食べたい~!』

 

少し残しておくことにした。

 

 

 

遅い昼御飯も終わり、現在はトランプでポーカーをやっている。

手札は五枚でチェンジは一回。場に二枚カードを出しておいて、その二枚と手札の五枚を好きに組み合わせて役を作るタイプのだ。

ただひとつ予想外なのは、

 

「エースとクイーンのフルハウス!」

「なっ……またフルハウスだと!?」

「これでもう四回目じゃない!いったいどうなってるのよ!?」

「むぅ……シャルロットめ……」

「……強い……」

「またシャルロットさんの一人勝ちですか……一夏さんはいかがですか?」

「キングとジャックのフルハウス。ちょっと届かない」

「惜しいねー」

 

シャルが剛運無双している。いろいろ変えたがいつもこんなのだ。

 

神経衰弱だと勘で鈴が無双。ババ抜きだと気配読みでののちゃん負け無し。ポーカーとかバカラだと今みたいにシャルが無双で大貧民だとセシリーが強い。

俺? 俺は長年カードを使ってきてるから、傷とか痛みかたでガン付けくらいはできる。しかもかんちゃんが徐々にカードの傷の付き方を覚えてきていて、だんだん勝率を伸ばしている。

ちなみにラルちゃんはなんでも中の上から上の下くらい勝っている高水準な平均型。一芸特化のそれには負けるが、十分高い能力を持っている。

 

……普通に考えて、たかが遊びのトランプで使う能力じゃないよなこれ。

 

「遊びこそ全力でってあたしに教えてくれたのは一夏だったはずだけど?」

「そうだな。好きこそ物の上手なれ、だから楽しむために遊びだと思い、全力で、と言ったぞ」

「そんなこと言ってたんだ? じゃあ僕ももっと頑張ろっと」

「私も本気でやろう。ヴォーダン・オージェを解放させてもらうぞ」

「どこまで本気さ!?」

「どこまでも、だ。シャルロット」

「……私も……頑張る!」

 

全力全開だな。

…………それをキャッチコピーにしていた恐ろしい魔砲少女が居たような気がするが、名前を忘れてしまった。確か………な……な……………ナッパ?

 

………………違え。←命令

 

「次はなにやる? 王様ゲームとかそっち方向のに手を出してみる?」

「何を言っているのだ鈴。そんなことが許されるはずが無いだろう………おっと、手が滑って1から8までの数字と王冠が書かれた籤を落としてしまった」

「それは大変!すぐにこの黒い紙で被われた壜に入れないと大変なことにっ!」

 

鈴とののちゃんと束姉さんが手早く準備を進めていくが、ラルちゃんとセシリーとシャルの三人はののちゃん達が何をしようとしているのかわかっていないようだ。かんちゃんは顔を真っ赤にしている。可愛い可愛い。

 

「えっと……更識さん? 先程から話に出ている【王様ゲーム】とは一体なんですの?」

「か……簪で、いい……。………王様ゲームは……その…………」

 

かんちゃんは聞き耳をたてている三人にぽそぽそと囁く。聞こえちゃってるんだが、まあ、聞こえてないことにしておく。

 

「え……ええっ!?」

「そんなゲームが存在していましたの!?」

「ふむ。案外シャルロットなら一番初めに引かせれば毎回王様になれるのではないか?」

 

なるだろうな。シャルロットだし。運のゲームは馬鹿みたいに強いし。

全員同時に引くから関係ないけど。

 

「せーの、王様だーれっ!」

 

…………あ、俺だ。

 

「じゃあ、命令。みんなで寝よう」

 

こうして俺達は、馬鹿みたいに大きなベッドを丸々2つ使って寝るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

二学期開始、……の前日

 

二学期開始の前日。俺はいつも通りに明日の支度をしてから布団に入る。現在時刻は二時。

午前二時? いいや、午後二時、つまり十四時だ。俺が夜中の二時まで起きてるとか、いったいどこのハルマゲドンの前兆だよ。鈴が慌てて騒いで槍が降る核の炎が降るどうしよう弾もしかしたら日本が、いや地球が、いや太陽系が崩壊の危機よ!とか弾に電話しそうだし。

ちなみに前に一度本当にこうして鈴が弾に相談したことがあった。原因はその日の俺が学校で一度も寝なかったから。

 

まあ、当時の俺は、鈴がマジ泣きしてるところなんて久し振りに見た。なんて暢気なことを言ってたんだが。

 

それはともかくとして、昼御飯を食べた俺はカーテンを閉めて電気を消して狼ぷちかと楽しそうに揉み合いながらころころ転がっているぷちーねえさんを拾い上げて抱き締める。拾ったときの顔は毎回『きょとん』としていて可愛い。ちー姉さんにもこんな時代があったのかね?

 

「……はぁはぁ……ちっちゃいちーちゃんもちっちゃいいっくんも可愛すぎるよっ!こうなったら束さん式遠隔転送でちっちゃいちーちゃんといっくんをここに呼び出してすりすりするしかないよね!」

「ぷちか。GO」

 

号令と共にぷちかが二十ほど出てきてぷちたばねーさんをあっという間に包み込んだ。

 

「はぅあー!ちっちゃいいっくん達にもみくちゃにされてるよぉ~!暴走しちゃうよぉ~っ!!」

「わぅわぅ!」

「にゃうにゃう!」

「はぅあー!!」

 

ぷしゅっ!という水音がして静かになった。ぷちたばねーさんの近くにいたぷちかは赤っぽくなっていた。見事に暴走したと言うわけですねわかります。

 

流石に布団を血で汚されるのは嫌なので、血まみれぷちか達を風呂に入れてから寝ることにした。犬属性ぷちか達は割と普通に入ってくれるが、猫属性ぷちか達はなかなか入ろうとしない。ミニシロまで使って逃げている。そこまで嫌か。

 

「にゃう!」

 

嫌だそうだ。こんなところまで猫っぽくしなくてもいいだろうに。

 

仕方がないから無理矢理捕まえて、逃げられないように首根っこをつまんで持ち上げる。汚れた猫属性ぷちかが二体だけでよかった。それより多かったら面倒だった。

 

「みゃー!」

「おとなしくしてればすぐ終わるから」

「みゃー!!」

 

………やれやれ。

 

 

 

ぷちか達を風呂に入れて、わしわしと洗う。浴槽はなくとも洗面器はあるからな。無かったら作ればいいだけだけど。

 

犬属性ぷちか三体は、俺が洗っている猫属性ぷちかではない方を抑えていてくれている。ありがとな。

そして今洗っている方の猫属性ぷちかは、

 

「にゃ、にゃぁ、ぁ~……」

 

全身くまなく洗われて、満身創痍になっていた。さっきまで気持ち良さそうに鳴いてたのにな。鈴が聞いてたら暴走しそうな感じで。

 

「はい次。黒猫ぷちか」

 

そう言うと、なぜか素直に洗面器の中に座り込んだ。

ちなみにさっきまで洗われてたのは白猫ぷちか。赤い斑点が凄まじく目立っていたからついしっかりと洗い尽くしてしまった。

黒猫ぷちかの方も、しっかりと洗ってやらないとな。

 

……もちろん、犬属性達も。

 

 

 

 

side ぷちか一号

 

ぷちか一号こと、柴犬ぷちか。今はごしゅじんさまに洗ってもらう順番待ちの途中だ。

黒猫ぷちかがごしゅじんさまの大きな手でわしわしとマッサージをされながら洗われていて、気持ち良さそうな鳴き声をあげている。

それを聞いて他のぷちか達もぞろぞろと並び、今ではほとんどのぷちか達がごしゅじんさまの前に並んでいる。

 

それを見たごしゅじんさまは、面倒臭そうなため息をついたあと、壁に六角形の穴を開けておれ達を呼んだ。

 

そこに入ってみると、そこは大きなお風呂だった。そして、ごしゅじんさまが三十人も居た。

三十人のごしゅじんさまは、わしゃわしゃとおれ達を洗ってくれた。

頭を洗い、首から背中を洗い、腕を洗い、足を洗い、血がべったりついていたおれ達は前も洗ってもらった。ごしゅじんさまの手は温かかった。

 

全身くまなく洗ってもらったおれ達は、今は大きいのに浅い風呂に浸かってだらけている。最後のぷちかを洗い終わったごしゅじんさまは、そんなおれ達を見てぽつりと

 

「ちー姉さんが見たらお湯が真っ赤に染まりそうな光景だ」

 

とだけ呟いて、それから始めの方に入っていたぷちかを優先してお湯から引き上げて体を拭いて、ベッドに運んでいた。

 

運ばれたおれ達は、先にベッドに入っていたぷちーねえさんやぷちたばねーさんを抱き締めて布団にくるまる。

何体も何体も運ばれてきて、ベッドに乗らなくなったらどこからともなく出てきた新しいベッドを連結してそこに寝る。

 

……わぅ………おやすみ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

二学期開始、まず整備から

 

新学期が始まって、俺は久し振りにシロの調整をしていた。

久し振りの模擬戦が終わった辺りで少しのズレに気が付いて、かんちゃんと一緒に整備と調整を繰り返している。

 

「あ、更識さん。……ここで織斑君と一緒にいるところを見るのは久し振りじゃない?」

「は、はい……夏休みのあいだは……来てませんでしたから……」

 

そう言って話しかけてきたのは二年生にして新聞部の改竄パパラッチこと繭染《まゆぞめ》桜子さん。名前はきっと違う。

かんちゃんはISを完成させるときにこの人の力を借りて、それから交遊を続けているらしい。

 

ちなみに俺とも一応顔見知りではあるが、俺はあまりこの人のことは好きではない。

理由は、取材取材と騒いで睡眠時間を削ろうとしてくる上に、改竄率が凄まじいから。IS学園でハーレム作るのが夢だなんて言ってないっての。

そんな記事をあげてくれやがったので、俺は鈴とののちゃんに「めっ!」って感じで叱られてしまった。

 

仕返しに新聞部に突撃してこの人の頭をそこそこ本気で潰れない程度にかつ逃げられない程度にアイアンクローで締め上げたことがある。泡噴いてたけど人間ってのはかなり頑丈だから大丈夫なはず。

 

「……いや、あれは痛かったよ? 具体的に言うと、あの記事をあげた直後にやってきた織斑先生にやられた時とおんなじくらい」

 

ああ、織斑君は織斑先生の弟なんだなーって思った、などと言っているが、原因は向こうなので謝らない。悪いともあんまり思ってない。

 

酷いかもしれないけど、これもまた一つの戦争なのよね。

 

「ところで織斑君? 織斑君は更識ちゃんのことはどう思ってるの?」

「ポケットの中のボイスレコーダーとカセットと俺の後ろで別の物を撮っているふりをしながら声を録音しようとしている誰かさんを何とかして言葉を改竄または捏造もしくはそれに連なることをしないんだったら答えてあげないこともないですけど?」

 

実はなにも無しで答えを返しても一向に構わないんだが、一応言っておく。

 

「……何でわかるの織斑君? 織斑君ってもしかしてエスパー?」

「まさか。やりそうなことを列挙して気配を読んでみたら集音マイクがこっちに向いたまま別方向をそしらぬ顔で撮っている誰かさんがいるのがわかったから、カマかけてみただけ」

 

まさか本当に当たるとは、ちょっとしか思ってなかったよ。

 

「ちなみにかんちゃんの事は好きだよ? 友愛って意味だったら愛してるって言ってもいいくらいには」

 

なんでか、五月蝿いはずの整備室の音が完全に消え去った。ガシャガシャと五月蝿かった機械の音から話し声まで、一切合切が消えてしまった。

 

「あ……え……? 織斑……くん………? あい、してる……? 愛………して……………」

 

かんちゃんが顔を真っ赤にして煙を出してしまった。いったい何があったんだ?

今の言葉を聞いたくらいでこんなんなるって言うのは無いだろうし、熱も無かったはずなんだけど。

 

「え……いいの? まだ切ってないんだよ?」

「改竄したり捏造したり煽りの材料にしたりしなければ別にいい」

 

したらアイアンクローからの振り回し→叩き付け→投げる→空中コンボ→フィニッシュ→追い打ち→とどめまでのフルコースを食らわせる予定。おかわりは自由だから足りなかったらいくらでも持ってけ。

 

「それは遠慮したいかな~……あはははは………」

 

特に意味はないけれど、怒れるちーねえさん笑いと呼ばれた愛想笑いを浮かべてみた。そしたら泣かれた。なんでかね?

 

「織斑くん? ………すっごい怖いよ……?」

「ああ、やっぱり」

 

だよな。まあ、怒ったちー姉さんは怖いよな。いろんな意味で。

いや、一番怖いのは無邪気に殺意を向ける束姉さんか、炎のような憎悪と氷の殺意と機械のような繊細な技術を使うちー姉さん……あれ、ちー姉さんだ。

 

……とにかく、ちー姉さんは怒ると怖いし容赦がなくなる、と。

 

結論が出たところで、俺は寝ようかね。かんちゃんはまだ真っ赤だけど、しばらくすれば戻ってくるだろ。

 

かんちゃんの膝を借りて、俺は久し振りに整備室で眠る。実は五月蝿かろうが起きないことはできるんだが、やっぱり静かな方がいい。

 

…………すか~………。

 

 

 

side 更識 簪

 

織斑君がいきなり私のことを愛してるって言って、なんにも考えられなくなって、頭が真っ白になって、膝の上の織斑君の頭を撫でて、私の口から言葉にならない声の羅列が溢れて、お姉ちゃんに助けを求めて、もぞもぞと動く織斑君が動きを止めるまで待って、先輩がにやにやと笑ってて、携帯で織斑君の写真を撮って、打鉄弐式を腕だけ展開して黛先輩にでこぴんをして、あうあうとわからない言葉を発して、顔が真っ赤になってることを自覚して、頬を片手でおさえて、メールで本部長に写真を送って、打鉄弐式を戻して、織斑君の頭を撫でて、シロに目をやって、コンソールを叩いてロックオン・システムを作って、織斑君のほっぺをぷにぷにして、指を舐められて、その指を織斑君の口から抜き取って、織斑君の唾液をぺろりと舐めて、何をしたかに気付いてせっかく冷めていた頭がまた沸騰して………………とりあえず私は気絶することにした。

 

……きゅう。

 

 

 

 

 

 

 

 

全校集会、これ夢で見たな

 

「やあみんな。おはよう」

 

そんな声がスピーカー越しに響いて、なんだか凄まじく嫌な予感がする声が俺の鼓膜を震わせる。

壇上で挨拶をしている生徒会長の挨拶のはずだが………やっぱりやられるのかね? 俺は一応部活に入ってるんだけど。

……愛好会は部活にカウントされないとか? だとすると少し困るな。俺の睡眠時間が減るし。

まあ、原作的に考えると外せない出来事だろうし、一応顔見知りではないにしろ会ったことはある訳だし、予想通りの事になったとしてもキレすぎないようにしないとな。

 

努力はするが、確定ではない。キレる時はキレるだろうし、怒るときは怒るだろう。頑張れ俺の理性。そこそこ期待してる。そこそこ止まりだが。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

……なんだかあんまりよろしくしたくない感じの、悪戯好きで嗜虐心満載の猫のような声だな。あんまりよろしくしたくない。よろしくしたくない。よろしくしたくない。よろしk

 

「一夏。何回言ってるのさ?」

「重要なことだから、つい」

「……つい、って…………」

 

シャルに突っ込まれている間も………名前なんだっけ? ………猫座の生徒会長でいいか。面倒だし。……猫座の生徒会長の話は続く。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは──名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

…………夢で予想してたのより、ムカつくな。自分の事が勝手に決められるのも、睡眠時間が減らされるのも………………。

 

シャルが隣で俺の事を驚愕の眼差しで見つめている。どうやら夢の話が本当に起こったから驚いているらしい。

 

……それにしても、ほんっとにムカつくな。多分エクスカリバーでもここまでムカつかない。あいつは話をするだけで、叩き起こしたり睡眠時間を削ってきたりはしないだろうから。

 

「……い……一夏、落ち着いて? ね?」

 

シャルがだらだらと冷や汗を流しながら俺を見上げて小声で説得しようとしている。どうやら俺がこの後に夢の中と同じような事をしないかと思っているらしいが、まあ、関係ないな。

あと、流石に人前であれは無い。やらないから安心してくれていい。

 

そう思いながら顔を上げて猫座の生徒会長を見やると、笑顔と一緒にウインクを返されたので、こちらからは百万ドルの笑顔(ちー姉さんレートでは価値億倍らしい)を返す。

 

なぜか、俺の半径二メートル以内から人がいなくなった。

なんでだろうねぇ?

 

…………とりあえず、後で怒られるのを覚悟してから猫座の生徒会長を苛めよう。逃げられそうになったらシロの三つめの特殊装備を使えば逃げられないはずだし。

IS? 使われたときにシロを使う予定だから、まあ、平気じゃない?

 

…………さぁてと。行くか。

 

 

 

side 凰 鈴音

 

Bell&Bulletの、悔しいけど一夏のために物理法則を越えられない方、鈴よ。ちなみにBulletは弾ね。わかってると思うけど。

こうして妙な自己紹介をしているのにはわけがあるのだけど、今は省かせてもらうわね。

 

あたし達は今、全校集会で生徒会長の話を聞いているんだけど………一夏ってエスパーだったりするのかしら? なんでここまで正確にわかるのかしらね。

一夏の夢では、この後一夏がキレて生徒会長を地面に沈み込ませて発狂するまでエクスキャリバ~~~~を聞かせるはずなんだけど………流石にやらないわよね?

例えばラウラやシャルロットの時みたいに、どこかしら変わるはずよね? ね?

 

『……変わるといいがな』

『……そんな絶望的に確率の低い奇跡に期待する兵士みたいな口調はやめてよ。こっちに移るじゃない』

 

確かに絶望的だけど。

 

………千冬さんがいなければ、ここから逃げるとかサボるとか、そんな選択肢も取れたのに…………。

……………ああ、まだ死にたくなかったなぁ……。

 

『…………ISを使って逃げるわけにはいかないか?』

『あの千冬さんから逃げられるって本気で思ってるんだったら、試してみたら? 無理だと思うけど』

 

だって千冬さんって、大魔王より大魔王でしょ? 大魔王からも逃げられないのに、千冬さんから逃げられるわけが無いじゃない。

 

………………どうしよ……。

 

『……私は気合いで貧血に似た症状を起こして保健室に行くが、どうする?』

 

ず、狡い!そんなことができるなんてっ!!

 

『鈴も愛らしすぎる一夏を想像すればよかろう』

 

それだっ!!

 

すぐさま可愛い一夏を想像する。いつもは我慢するところを我慢しないでいると、すぐに鼻から愛情が溢れて…………

 

って、駄目じゃない。私に一夏への愛がある限り、愛情が溢れて貧血になるわけがないわ。

 

「ちょっ!? 凰さん!? すごい量の血が出てるんだけど!?」

「ほ、保健室っ!救護室っ!!衛生兵ーっ!!!」

 

……あら、意外と抜けられたわね。

……じゃあ、シャルロットとラウラとセシリアは…………頑張って生き残ってね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢とは違う、この現実

 

周りから人がいなくなったせいで目立ってしまっているが、そのくらいならなんとでもなる。

シルバーカーテンを使って姿を消し、それからすぐに猫座の生徒会長の後ろに回り込む。

いきなり俺が消えたせいでざわざわとしているクラスメイト達をスルーして、猫座の生徒会長の後ろでシルバーカーテンを解除する。

そして、猫座の生徒会長の肩を、あくまでも優しく叩く。

 

「え?」

「…………」

 

にっこり、と笑いかけると、冷や汗を滝のように垂れ流しながらも笑顔を返してくれる。少しは手加減してやるか。あくまで少し。

まあ、元々本気で殺す気は欠片も無いわけだけど。

 

にっこりと笑いながら猫座の生徒会長の頭に右手を置いて、一言。

 

「なにか言い残すことは?」

「…………えへ☆」

 

冷や汗を流しながらとは思えない、悪戯っぽい笑顔を頂きました。

 

ギュヂィィィィッ!!

 

 

 

 

side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

その音が聞こえると同時に、私は自分の頭に鈍痛を覚えた。今、一夏が生徒会長の頭を使って奏でているこの音は、少し前に教官にされた仕置きの時に頭の内部で響いた音と瓜二つだったからだ。

 

まるで、鳴いている蝉を踏み潰したときの断末魔や、首をへし折られて死んだ瞬間の豚の鳴き声を思わせるその音は、教官によく似た笑顔を浮かべる一夏と、生徒会長の口から溢れ出る悲鳴が混じるおかげでさらに恐ろしい。

 

明らかに致命的な音を立てていると言うのに、一夏は欠片も容赦する気はないらしく、全く手の力を緩めていないようだ。

生徒会長の口から溢れていた悲鳴も、今では悲鳴と言うよりも呻き声と言うべきものに変わってしまっている。

じたばたと暴れさせていた手足もだらりと垂れ下がり、時折痙攣するように跳ねる以外に動いている様子は無い。

 

「……そう言えば、昔から言ってみたかった言葉がある」

 

生徒会長の胸元についていたと思われるピンマイクを通して、一夏の声がホール中に響いた。

一夏はいまだに笑顔を浮かべたままだったが、その手にはすでに相当の力が込められているらしく、見えている手首から先には血管が浮き上がっているのが視認できる。

 

「……『私の握力は、53万です』」

 

それはどう贔屓目に見ても、人間の握力ではない。

と言うか、もはやそれは地球上の生命体が上空からの自由落下以外の方法で出していい威力ではない。

 

「ただし単位は普通にグラム」

 

隣で、なんだグラムかー、びっくりしたー。等と言う言葉が囁かれているが、よく考えろ。

 

53万グラムだぞ? 530000グラムだぞ? キログラムに直しても530キログラムだぞ? 十分人間の出せる握力ではない。

 

……まあ、冗談なのだろうがな。

 

「……一夏だったらありえる気がするのは僕だけかなぁ?」

「シャルロット。頼むからそんな恐ろしい予想をたてるのはやめてくれ。洒落になっていない」

 

言われて見れば、ありえる話だ。一夏だしな。

 

「……一夏だもんねぇ……」

「……一夏様ですからね……」

「……一夏だからな……」

 

私達は視線を合わせ、溜め息をついた。

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

しばらくギリギリギリギシギシギシギチギチギチギヂギヂギヂギヂと猫座の生徒会長の頭を掴んでいると、ちー姉さんに怒られた。

確かに猫座の生徒会長はなんかヤバイ感じに痙攣してはいたが、もう少しやっても大丈夫だと思ったんだけど。

人間ってのは意外と頑丈にできてるからな。

 

けれど怒られちゃったものは仕方ないから、猫座の生徒会長の頭から多少めり込んでいる指をはがす。

 

「やりすぎだ、馬鹿者」

「許可も取らずに勝手なことを言いたい放題いってくれやがりましたので、つい。後悔はしていませんが反省はしています。闇討ちすればよかっ」

 

出席簿でひっぱたかれた。枕ガードを発動したらその隙に頭を捕まれた。

 

「……ちー姉さんの握力って、いくつ?」

「織斑先生、だ。……それと、私の握力は精々250キログラムに届くか届かないか、と言ったところだ」

 

十分化物の域ですねわかります。

 

そう思うと同時に、ちー姉さんの握力が一気に強くなってきた。気で強化なんてしないで甘んじて受けることにした。

元々、大して痛くもないし。

 

後で鈴やラルちゃん達にその事を言ってみたら、凄まじく驚かれた。そう言えばこの二人はちー姉さんの握撃を受けたことがあったな。半死半生になってたり、モザイクなしで公共の電波にのせたらアウトになりそうなほどダメージ食らってたけど。

 

……よく平気だったよな。色々と。

 

「一応生徒が相手だからな。加減した」

 

十分アウトです。ちー姉さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラスの出し物、サボろうか

 

色々あった全校集会の放課後。クラスの出し物を決めるための話し合いの時間を設けられたわけなんだが━━━

 

『織斑一夏のホストクラブ』

『織斑一夏とツイスター』

『織斑一夏とポッキー遊び』

『織斑一夏と王様ゲーム』

 

……………。

 

「セシリー。俺はもしかしてまたアイアンクローを望まれてるのか?」

「わたくしにですかっ!? でしたら喜んでお受けいたしますわっ!」

「違う違う。わざわざ俺の睡眠時間を減らそうとしたらどうなるかを簡単に教えてあげたのに、まだこんな馬鹿なことを考える人は、もしかして今度こそ頭を握り潰されたいのかね? ってこと」

 

そう聞いてみると、セシリーはあからさまにかつ心底残念そうな顔を浮かべてから言う。

 

「恐らくですが、そういったことは考えていないのではありませんか? わたくし達はそんなことは恐ろしくてとてもとてもできそうにありませんが、知らなければ魅力的に見えるのでしょう」

 

あっそう。まあ、仕返しはするけど。

 

シルバーカーテンを使い、消える。するとさっきの案を出した数人が慌てて自分の後ろをきょろきょろと見回す。始めに自分のところにくるんじゃないかと思って俺を探しているようだ。

 

……はっはっは、そんな誰か一人だけを狙うわけがないのにな。

 

とりあえず、でこぴん一発で許してあげることにした。経験者(鈴)曰く、首から上が吹き飛んだんじゃないかって思ったのはあれが初めて、と言われる程度には痛いらしいが、たいしたことはないはず。

 

ぱっ、ととある一人の目の前で透明化を解除し、にっこりと笑いながら手を振ってみる。なぜかひきつった笑顔を返された。

……つい最近に似たような顔を見たな。具体的にはあの猫座の生徒会長の頭に手を置いたときに、猫座の生徒会長が浮かべた笑顔がこんなんだったはず。

 

「……もしかして私………頭ぷちっ☆てやられたり……?」

「しないしない。でこぴんするだけだから」

 

まあ、そのでこぴんは効果音をつけると『キュボッ!』とか『ドズムッ!』とか、そんな音になるようなでこぴんだけど。

 

とりあえず加減をして優しくでこぴん。教室中に響くような音をたてて額に直撃したでこぴんに、そいつは悶絶する。

 

「……あ゛………あ゛あ゛……………い……ったぁ…………」

「はーいそれじゃあまともな案を出してねー」

 

また変なのが出たらでこぴん百列拳(拳じゃないけど)を食らわせてやる。

 

結局原作と同じようにメイドやら執事やらが接待する『ご奉仕喫茶』になった。

やっぱりこの世界にも原作の修正力ってのがあったりするのかね?

ちなみに俺は執事だが、途中で抜ける。睡眠愛好会のほうの出し物も決めなくっちゃいけないし。

 

……さてと。楽しい楽しい学園祭のために、少しだけ働くとしようか。

…………面倒臭いけど。

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

真っ暗な部屋の中で、私達は円形のテーブルに輪になって座っている。全員が真剣な顔をしていて、ピリピリとした空気が伝わってくる。

 

「……それではこれより、IIIの月例会及び、睡眠愛好会の学園祭の出し物についての会議を始めるわ」

「それではまず、参加している人達のクラスの出し物の詳細を要求します」

「許可するわ。あたし達二組は中華喫茶の予定よ。シフトの時間は午前の10時から11時半まで。それ以降は空いてるわ」

「一組はご奉仕喫茶ということで、一夏様やわたくし達が使用人に扮して接待をする喫茶店ですわ。一夏様はずっといれっぱなしになっていますが、十中八九途中で抜け出すでしょう」

「そうでしょうね。一夏はそうやって働くのはあまり好きじゃないもの」

 

うんうん、とあたし達は頷きあい、それからまた話し合いを始める。

 

「最近一夏の食事量が増えてきているわ。昔の一日二食が当然だった頃に比べれば、かなり健康的ね」

「だが、一夏の肥満は大丈夫なのだろうか? もしそんなことになったら私は泣くぞ? そして脂肪を燃焼させるぞ?」

「その件は、昔に一夏から直接解決策が出ているわ。………一夏って、ある一定以上は太らないんですって」

 

正直、凄く羨ましい。いくら食べても太らないとか、世界中の女が羨むことよね。

一夏が女だったら、きっとあたしは嫉妬で一夏の乳を揉みしだいてたと思うわ。千冬さんの弟だし、妹だったらかなり大きそうだしね。

 

ちょっと想像してみる。女になった一夏…………

 

いつものように寝ていて、とても可愛いけど怒ると怖い一夏(女)。

身長の伸び縮みはデフォルトで、弾に優しく撫でられている一夏。

弾に恋をして、相談に来ている一夏。腕に挟まれて強調された乳を、あたしがからかいと嫉妬を込めて揉んでいる。

 

『あんっ!や、鈴っ、ダメぇっ!』

 

 

ズゴギンッ!!

 

ド派手な音を立ててあたしの頭がテーブルを頭の形に叩き割り、額から少し血が出てしまった。

 

「り、鈴っ!?」

「……気にしないで。ちょっと頭を冷やしただけだから」

 

……やばいやばい。あたしにそっちのケは無いっての。

確かに可愛いとは思ったけどさぁ…………。

 

……もしかして、弾も似たような感じなのかしら?

だとしたら、弾も大変ね。

 

……なんの話だったかしら? 確か、文化祭の話だったと思うけど………?

 

 

 

 

 

 



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121~130

 

話し合いに……なってない

 

「やあ☆」

「…………」

「ご、こめんごめん謝るからそれはちょっと許して欲しいって言うか何て言うかもうごめんなさいやりすぎましたごめんなさい反省してますごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………………」

 

起きたら目の前に変わらぬ笑顔を浮かべた猫座の生徒会長の姿があったので、その頭にもう一度手を伸ばそうとしたら本気で平謝りしてきたのでやめてみた。猫座の生徒会長の目の瞳孔が開ききってたから、つい可哀想になって。

 

原因俺だけど。

 

軽く(具体的には自転車で時速五十キロくらい出して走っていたら真っ正面から蝉が飛んできて額に直撃した時くらいの威力の)でこぴんをしてやると、消えていたハイライトが復活した。

どうやらトラウマを植え付けてしまったらしいが、最強の猫座の生徒会長だったら克服できるだろ。頑張れ。

 

「はっ!?」

「で、用は何? 下らないことだったらさっさと帰って寝たいんだけど」

 

敬語? やだなぁ使うわけ無いだろ。嫌いな相手に敬語を使うなんてのは、馬鹿にするのに有効な時と心底尊敬できる人を相手にしている時くらいでいい。むしろそれだけで腹一杯だ。

 

そう思っていると、目の前の猫座の生徒会長はにっこり笑ってこう言った。

 

「おめでとう!今日から君が生徒会長だ☆」

「………………」

「いや、だって最強である生徒会長を倒して自分こそが最強であると見せ付けたのは織斑一夏君なわけであって、負けちゃった私がどうこう言える問題ではないし、IS学園の生徒会長は最強でなければならなくってね? だから、あの、その手を降ろしてほし……………ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい調子に乗りました本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい悪かったと思っていますごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい反省してますごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………………」

 

またこれか。

 

そう思いながら、俺は猫座の生徒会長の頭をでこぴんで弾き飛ばすのだった。

 

 

 

「俺が生徒会長をやることになったら、確実にIS学園が荒廃すると思うぞ? 俺は仕事なんてする気はゼロだから」

「そ……それはちょっと困るのだけれど………」

「だから? だったら俺を生徒会長にしようとしなければいいだけの話だと思うけど? ついでに俺はもう愛好会を作って会長をやってるから兼任なんて欠片もする気無いし」

 

他の部活からの苦情なんて知ったことじゃないし。大人の汚い話も知ったことじゃないし。

 

「覚悟ぉぉぉっ!」

 

ついでに、こうして襲いかかってくる相手に対する配慮とか心配とかも全く無いし。

手加減はある。死なないようにかつ再起不能にもならない程度に。

 

竹刀を待機状態のシロで弾き、頭を掴んで握る。

 

「ヒギィィィッ!?」

 

HAHAHAHAHA、まるで屠殺された瞬間の豚のような悲鳴だな。聞き苦しいから黙れよ。今イライラしてるんだよ潰すぞ。

 

ごきっ、という音が聞こえた? 気のせいだよ気のせい。

そう思っていると窓が割れて矢が数本飛んできた。

見てみると隣の校舎の窓から矢を撃ち込んでいる袴女が一人。

イラついたのでスタングレネードを20ほど呼び出してぶん投げる。向こうの袴女の顔もこっちの猫座の生徒会長の顔もひきつったが、知ったことじゃない。

 

「話の途中で出てくんなよ」

 

閃光と爆音がこの場を満たし、俺はISを発動させてなんとか平気だった猫座の生徒会長に向き直る。

 

「話は生徒会室でいいよな? 猫座の生徒会長さん?」

 

猫座の生徒会長は、こくこくと頭を縦に振ってくれた。

 

……そうそう、忘れてた。

廊下の掃除用具入れのロッカーの扉を開け、そこに音響弾をいくつか放り込んで扉を閉める。中身がガタガタ騒いでいるが、扉はガムテープで止めてある。

 

耳を塞いでさっさと移動する。……あと……3……2……1……

 

後ろからくぐもった爆音と、女の悲鳴が響いた。

 

「……容赦無いわね……」

 

する意味がないから。代わりに加減はしてるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

話し合い、生徒会室にて

 

猫座の生徒会長の名前を聞いたが、やっぱり覚えられなかった。逆引《さかびき》竹槍《たけやり》だっけね?

 

「それで、実際なんで俺に生徒会長の座を渡そうとしたんだ?」

「……私一応織斑くんより年上なんだけど……」

「敬語を使ってほしいなら使われるようなことをしてから言えや。今のところササニシキ生徒会長の株価は買ったら逆に金がもらえるくらい安くなってるから望み薄だけど」

「株価マイナス!? って言うか、私はササニシキじゃなくて更識!できれば楯無って呼んでくれると嬉しいかな!たっちゃんでも可!」

「で、笹掻《ささがき》生徒会長は」

「更識!」

「沢尻《さわじり》生徒会長は」

「更識だってば!」

「杯《さかずき》生徒か」

「さ・ら・し・き!」

「たっちゃんは」

「更識……あっ!」

「で、猫座の生徒会長殿はどうして」

「ごめんもっかいたっちゃんって呼んで!今度はちゃんと返事するから!」

 

面倒だから嫌。猫座の生徒会長は猫座の生徒会長で十分だ。

 

「……ぉ~。楯無お嬢様がここまでからかわれてるのを見るのはは初めてだ~」

「あ、のほほんだ」

「気付いてなかったんだねぇ? ちょっとだけ悲しいかも~」

 

気付いてたけど意図的に無視した。けどわざわざ言うこともないだろうからとりあえず頭を撫でてみた。なかなかいい感触だ。

 

「お~? えへへ。撫でられちゃった~♪」

「本音ちゃんと私に対する扱いの差が酷くないかしら?」

「好意の差がそのまま出てるんじゃない?」

 

恋愛ゲーム風に言うと、猫座の生徒会長は俺とのフラグを未来の分まで纏めてへし折ってる状態だし、ここからの挽回は相当難しいんじゃないか?

ちなみにのほほんの方は、結構仲の良い友人程度の付き合いって所だ。かんちゃんはもうちょっと…………あ。

 

「そう言えば、猫座の生徒会長はかんちゃんをストーキングしてなかったか?」

 

返事がない。目を合わせようとしてみたら反らされた。

……まあ、別にいいけどな。かんちゃんがどう思うかは別として。

 

「とにかく俺は生徒会長はやらないから」

「それはお姉さん困っちゃうんだけど……」

「どうしてもって言うなら、俺と勝負して勝ったら良いぞ」

 

ただし、勝ったらその時点で向こうの方が強いってことになるから生徒会長は猫座の生徒会長の方になるんだが。

……もしかしたら、原作の方でもこうやって二重三重に罠を仕掛けていたりしたのかね? 原作一夏は初めの罠にことごとく引っ掛かってる訳だけど。

 

「……それ、私が勝っても負けても織斑一夏くんには悪いこと無いじゃない」

「嫌ならやらなくても一向に構わないが? その間は仕事なんてしないし、生徒会長でも無いけど」

 

勝っても負けてもやらなくても、俺に損は無い勝負。なんて良い勝負だろうか。

 

「ちなみに種目は平和的にコーカスレースで」

「それ勝ち負けつかなくない!?」

 

そうだな。つかないな。

あえてそういう種目を選んだんだけど。

 

全員が適当な場所について好き勝手に走り、適当に好きな場所で走り終わって終わり。実に平和的だな。

その上勝っても負けても問題ない。最高の戦いだ。

 

「そう言うわけで、俺は帰って寝る。あと、これね」

 

猫座の生徒会長に俺の制服にくっついていた盗聴器と発信器を手渡すと、また盛大に笑顔がひきつった。

俺は他人が怖がっている顔よりも、普通に柔らかな笑顔を浮かべている方が好きなんだけどな。

 

だからと言って、泣きそうな相手に脅迫しながら笑えと命令したりするとか、そういった外道なことを命令するなんてことはは無いと思ってくれて良い。

俺は優しいからね。

 

「優しいの定義がわからなくなってきたわ……」

「生徒会長も大変だな」

「今は君が生徒会長よ?」

「違うけど? 認めてないし受ける気もないし」

 

ついでにやる気も無い。

 

………さてと。帰るか。

 

 

 

 

side 更識 楯無

 

むう……一筋縄じゃ行かないわね……。

 

てけてけと生徒会室を去っていった織斑一夏のことを思い出しながら、私は思考を巡らせる。

正直に言うと、私は生身で織斑君に勝てる気は全くしない。いくら戦闘になるとは思っておらず、警戒もしていなかったとは言え、あそこまで完璧に姿を見失い、背後を取られ、あまつさえ頭を掴もうとする手に気付いていたのに避けることができなかった。

 

かと言って、IS戦闘なら勝てるのかと言われればそれも自信がない。最速が秒二キロの相手にらくらく勝てる自信なんて持てたら、それはもう人間じゃないと思うの。

 

けれど、このままだと少し不味い。

別に私が生徒会長に戻るのは別に良いのだけれど、その場合はまた生徒達や教師陣から、織斑一夏を部活に入れろっていう話が出て来るだろう。そうならないためには名前だけでも生徒会長になってもらうのが一番手っ取り早かったんだけれど…………。

 

(見事にぶち壊されちゃったわねぇ………)

 

それも、予想だにしていなかった方法で。

 

(まさか素の戦闘力まで高いなんて……)

 

言いたくはないけれど、流石は織斑先生の弟……と言うことなのかもしれない。

ちなみに戦闘力云々という言葉はあのネタからつい出てきてしまったわけでは無い。無いったら無い。

 

『私の握力は53万です』

 

そうそうそれそれ。

 

「た、楯無お嬢様~!? 顔色がすっごく悪いよ~!?」

「? なんの話かしら?」

「自覚がないよー!おねーちゃんー!おねーちゃーん!!」

「まったく、そんなに騒がな……お嬢様っ!?」

 

あら? どうして虚ちゃんまでそんなに慌ててるのかしら? あまりに可笑しすぎて笑って体の震えが止まらないわ。

 

あははははははははは…………。(ガタガタガタガタタガタガタガタガタガタガタ…………)

 

「お嬢様ーーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日の朝、至福の時間(鈴編)

 

side 凰 鈴音

 

一夏が衆人環視の中であの生徒会長を(文字通り)締め上げてから数日。あたしは一夏と同じ布団で眠っていた。

それも、あたしが一夏の布団に潜り込んだのではなく、一夏があたしの部屋にやって来ているのだから驚きで、そして嬉しい。

 

こうして一夏があたしのところに来ているのには訳がある。

簡単に言うと、部屋に猫座の女(生徒会長の事らしい)がやって来て心休まる暇がないと言って一夏があたしの部屋に転がり込んできたのだ。

始めに千冬さんに頼んだらしいのだが、千冬さんは苦虫を億単位で噛み潰したような顔をしながら握った手の爪が手のひらの皮膚を突き破るほどに握り締め、唇を噛みきってしまい血が出ている状態のまま、学校でその事が許可されていることを告げたそうだ。

 

そこで千冬さんの怪我に手当てをして、それからあたしのところに来たと言っていた。

 

一番初めに千冬さんの所に行くのはわかる。寮長だし、一番始めに相談するのが当然だろう。

けれど、その次にすぐあたしのところに来てくれたっていうのが嬉しい。

女としてもそうだけど、親友としては、親友が頼りにしてくれることほど嬉しいことはない。

 

きゅっ、とあたしに抱きついている一夏の頭を抱き締める。お腹の辺りに顔を埋めている一夏を見ていると、なんだか母親になったような気分になってくる。

……弾が言ってたことは正しかったわね。一夏が愛おしくてたまらないのに、いくら詰め込んでもこの愛は噴出することがないわ。

そのかわりに今までの愛も量を増やすから、そっちは今もガンガン出てるんだけどね………っ!

 

鼻血を止めるには深呼吸。これによって一夏への愛情と向き直り、全てを受け入れることによって自らの器を拡げ、愛情の容量を上げると共に愛情を純化して体積を減らす。

そして純粋な愛情だけを残して一夏に向き合えば━━━

 

「………ぅに……」

 

━━━この通り、一夏を見てもなんの問題もなくなる。

一夏をあたしの血で汚すことを心配しなくてもいいし、一夏の体の感触(エロい意味ではないことをここに明記しておく)を楽しむこともできる。

……一夏を除けば一番のチートは弾よね。一夏耐性一番強いし、なにげに平均的なスペックはあたしより数段上だし、実はIIIの仕事の七割近くは弾がやってた事実もあるし。

 

…………いや、昔の話よ? 今はちゃんとあたしがやってるわ。

まあ、なんにしろ一夏は可愛いわね。うん。

 

もぞりと動く一夏を撫でて、あたしは至福の時間を味わう。まったく、こんなに幸せだと怖くなっちゃうわね。

 

「んぅ……り…ん………」

「はいはい、大抵にこにこ一夏の側に、幼馴染みの凰鈴音よ」

「かぺっ」

 

……あら? 寝起きのティナが二度寝を始めたわね。起きれなくってもあたしは知らないわよ?

幸せそうな寝顔をしているし、大丈夫じゃないかって思うんだけど。

 

…………そう言えば、話は変わるけど一夏のファーストキスは箒のお姉さんの篠ノ之博士で、セカンドは千冬さんだって聞いたわね。

千冬さんが姉弟の壁を無視して先に進んだんだったら、あたしが親友としての壁を少しだけ越えちゃっても………なんの問題も無いわよね?

 

……ってことで、一夏の唇を美味しく頂いちゃおうと思いまーす♪

どんな味がするのかしらね? 甘いとか、レモン味とか、現実的には味のついてないユッケとか色々言われてるけど、あたしも初めてだからわからないのよね。

今わかるんだけど。

 

あたしのお腹に埋められている一夏の顔を少しだけ浮かせ、一夏の体を全体的に引き上げる。一緒にあたしの服も捲れ上がっちゃったけど、どうせここにはあたしと寝てる一夏とティナしかいないんだし、別にいいわよね。

一夏の顔が目の前に来ると、流石に少しドキドキする。半ば悟りを開いてるような状態の弾ですらあの一夏に負けたんだから、悟りを開くどころか道半ばのあたしがこうなるのは自明の理かもしれないけど。

 

……それにしても、一夏の肌って綺麗よね。すべすべでぷにぷにでやーらかくてあったかい。子供や眠い人の体温が高いって言うのとおんなじ理由で、一夏の体温はかなり高くて気持ちいいのよね。

一夏のほっぺにあたしのほっぺを擦り付けて、ぷにぷにとあったかいのを感じ取る。女としてちょっと嫉妬しちゃいそうよ?

 

一夏のパジャマ代わりのだぶだぶなワイシャツの首元をはだけさせて、日焼けなんてまったくしていない一夏の首筋を露出させる。

 

………うん、エロい。

 

それじゃあ……

 

「……キス、するわよ。一夏」

 

…………寝てて聞こえないでしょうけどね。

寝込みを襲うなんて狡いとは思うけど、ごめんね?

 

ゆっくりと一夏に顔を近付ける。目を閉じて、一夏の頭を抱えるようにして、ゆっくりと。

そして、あたしの唇が、温かくて柔らかなものに触れた。

目を開くとそこには一夏の顔があり、あたしと一夏がキスをしていると言うことを如実に示してくる。

 

━━━ああ、あたし、一夏とキスしてるんだ━━━

 

そう思うと、急にあたしの体が思うように動かなくなった。

 

にゅるん、と勝手に舌が動き、一夏の唇を割り開く。ちょっとちょっと!理性!理性仕事して!

そう思ってもあたしの体は一夏を抱き締めるのをやめず、むしろ積極的に一夏の舌を求めて動き回る。

一夏の口の中を蹂躙し、舌を絡め、唾液を交換して、また舌を絡める。ぬるぬるとした一夏の舌はずっと受動的なままで、一夏が起きていないということを教えてくれる。

 

一夏の味は、何でかは知らないけどほんのりと甘かったような気がする。頭が沸ききっていてよく覚えていないけれど、少なくとも十分はそうして舌を絡めていたはず。

気が付くとあたしはもう一夏に夢中になっていた。まあ、元々夢中だったんだけど。

 

けれど、とんとん、と背中を叩かれて気が付いた。

 

「……起きたらいきなりこれってのは、流石にちょっと驚いた。寝込みを襲われたのも初めてだし」

 

さぁっ……とあたしの顔から血の気が引いていく。さっきまで血が昇りすぎてまるで動いていなかったあたしの頭は、今度は血が足りなくてまるで動こうとしない。

どうにか言葉を返そうとするけれど、あたしの口から漏れる言葉は訳のわからない単語ばかり。

 

「……まあ、とりあえず落ち着きなって」

 

頭をきゅっ、と抱き締められて、あたしは一夏の胸に耳を当てる形で固まってしまう。

 

「とにかく、しばらくこうしておくから……」

 

ぽん、ぽん……と優しく頭を撫でられ、一夏のゆっくりとした心音を聞いていると、本当に落ち着いてきた。

 

「………言いたいことは色々あるけど、とりあえず一つだけ」

 

一夏と目が合う。そしてわかったのが、一夏は別に怒っていないし、嫌がってもいないということ。

 

「前にも言ったことがあるけど…………鈴だったら別に良い」

 

しゅるるっ、と小さくなった一夏は、あたしの事を小さな手で撫でた。

 

「……好きにしていい」

 

この瞬間。あたしの理性の糸がぶっちぎれ、そして気絶してしまったのは言うまでもない。

 

……今度は、一夏が寝てる間にもっと進めとこう。じゃないといつまでも本番にたどり着けないわ………。

 

……その点を考えると、一番近いのは弾ってことになるのかしらね? もしくはラウラかしら?

 

どちらにしろ、負けたくないわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会長? やりたくない

 

「一夏」

 

急に話しかけられたので一応視線を上げると、そこにはなんでかご立腹なラルちゃんが居た。ほっぺを膨らませると可愛くしか見えないから、どちらかと言うと逆効果だと思う。

ちなみに、知ってる声でかつそれなり以上に仲のいい相手の声だったから顔をあげた。じゃなかったら無視して寝てるところだよ。

 

「織斑一夏くーん? あんまり無視されてるとお姉さん悲しいんだけどー?」

 

この猫座の生徒会長みたいに。

 

「なんだいラルちゃん。この猫座のストーカー長の事を聞きたいのか?」

「なんか私の呼び名がだんだん酷くなってない!? 名前で呼んでくれないとお姉さん悲しくて泣いちゃうよ!? 楯無だよ、た・て・な・し!はいどうぞっ!」

「ハ・ゲ・あ・り」

「よっしその喧嘩買ったぁ!」

「参った、はいこれでそっちの方が強くなったな猫座の生徒会長。ストーカー長からの昇格おめでとう」

「あっれぇ!? 嬉しいけど嬉しくないよ!?」

 

よし面倒事が減った。

 

「で、どうしたねラルちゃん」

「……私との決着がまだついていないのに、新たに好敵手を作るとはいいご身分だな?」

「勝手に向こうが突っかかって来るんだよ」

 

……ラルちゃんからこんなことを言われるのは初めてかもしれんな? なんだ? 恋人とかそっち系統には嫉妬しない代わりにこっちに来るのか?

まあ、ラルちゃんも成長してるってことでいいのかね。

 

「……そういう訳で、だ。私と戦ってもらおうか」

「今だったらやだ」

「いくら私でも今この場で始めようとはしない。今度のIS訓練日の話だ」

「ならいいよ」

 

どうせ誰かと戦いながら話ながら機動やら何やらを覚えていくわけだし、別にいいかね。

 

ちなみに、一番わかりづらい説明をするのがののちゃん。原作よりはマシだけど、やっぱ酷い(右足の親指の先をきゅっとして膝をぎゅんっ!と伸ばしてやる感じだ!やってみろ!)。

鈴は……自分は感覚でやってるから、他人の感覚を押し付けて俺の機動を殺すわけにはいかないと言って説明には不参加。ただし、戦闘の相手はしてくれる。

セシリーはほぼ原作通り。ただし、実際に射撃を避けるところを複数回折れ曲がるレーザーを使って実際に見せてくれる。結構わかりやすいが時間がかかる(回避するのならばこのように後方に二十度反転します。すると……このように抜けていくわけです。この時━━━(以下略))。

ラルちゃんはとにかくやり方を教えたらすぐさま実践。失敗したら弾や刃に当たる(やり方はわかっているな? それでは実践に入る。とにかく避けてみろ)。

シャルは理論と大雑把な感覚だけを教えて、あとは一緒にやりながらできるようになるまで待っていてくれる(……うん。だいたいできてるね。それじゃあ、今度は滑ってみようか)。

かんちゃんは、驚いたことに感覚的なタイプだった。仮面ライダーや戦隊もの、光の巨人に巨大ロボなどの戦闘を想像すればだいたいのことはできてしまうらしい。かんちゃんはかんちゃんで天才肌なんだと思った瞬間だった。

 

「わ、私も参加していいかな?」

「…………………邪魔をしないなら、好きにしろ」

 

明らかに邪魔な物を見る目で、ラルちゃんは猫座の生徒会長を睨み付けている。猫座の生徒会長もそれに気付いていながらも、どうやら引く気は無いらしい。

まあ、本人がやりたいって言うんだったら好きにしてくれて構わないけどな。

 

ただし呼び名は猫座の生徒会長で。名前で呼ぶことはまずないと思われる。

呼んだとしても間違えるだろうけど。さっきからも間違えてるっぽいし。

 

 

第四アリーナでは、軽い戦闘が行われていた。

片方は猫座の生徒会長の乗った【ミステリアス・レイディ】。俺の中での呼称はお水のお姉さん。水色で、水を使うから。ついでに名前はハイパーセンサーに表示されてたのを読んだ。

もう片方はラルちゃんの操縦する【シュヴァルツェア・レーゲン】。俺の中での通称アメちゃん。けして大阪のおばちゃんのポケットに入ってることが多いあれではない。

 

「あはっ♪ ラウラちゃんってば中々やるねっ!」

「伊達に一夏の練習相手を勤めているわけではないのでなっ!」

 

ラルちゃんがAICで猫座の生徒会長を止めようとして、猫座の生徒会長はそのAICを潜り抜けてはガトリングランスやナノマシン入りの水を使って攻防を繰り返す。

 

水を使えばどこにAICが張られているかもわかるし、そうでなくとも空間攻撃の【清き情熱】は辺りの湿度を上げた方が使いやすくなる。使えるところでは使わないとな。

 

そうこうしている間に、猫座の生徒会長の操る水がアメちゃんの装甲を削り取り、同時に爆発させる。これはかなり使い勝手のいい技だな。千の顔を持つ英雄ほどじゃないけど。

ところで、猫座の生徒会長の持ってる槍って、どう見てもガンランスだよな。龍撃砲とか撃てたりするんだろうか。

原作では似たようなのを撃ってたような気もするけど。

 

そんな俺の思考を知らずに、ラルちゃんと猫座の生徒会長はまだ戦いを続けている。お陰で俺は二人の戦術機動や細かい癖のようなものまで把握できるから別にいいんだけど。

 

早めに終わらせて、さっさと部屋で寝たいんだがなぁ………。

 

「はあぁぁぁっ!」

「こ……のぉっ!」

 

ラルちゃんのワイヤーブレードと、猫座の生徒会長のナノマシン操作の水がぶつかり合うのを見て、思う。

 

……しばらくは無理そうだ。

やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、こうなったか

 

ラルちゃんとシャルが夏休みに一日だけ働いていたカフェから、メイド服が届いた。シャルの分だけは執事服も届いていた事が笑いを誘ったが、笑ったら多分シャルが泣くと思ったので自重する。俺は優しいからな。

 

「珍しく普通に優しいわよね」

「そうだな。一夏がそう言っていた時に一般的な意味で優しいと言うのは珍しいことだ」

「……否定、できないかな………」

「ああ、できんな」

「普通に優しい一夏さんも素敵ですが、意地悪な一夏様も素晴らしいですわよ?」

 

確かに一般的な意味で優しかったことは少ないが……。

 

って、ちょっと待った。

 

「……なんで鈴がここに?」

「……はっ!? そう言えばそうだよ!なんで二組の鈴が一組にいるのさ!?」

「気合いと愛の力で分身したわ」

「うっそぉ!?」

「く……鈴に先を越されたか……次に一夏への愛情の力で物理法則を越えるのは私でありたかったのだが………」

「いやいや物理法則を越えるのは色々まずいから!世界の法則が乱れるのは本当にまずいから!!」

 

シャルのツッコミは今日も快調だな。うんうん。

 

「私は行けるぞ」

「ラウラまで!?」

「そうなの? 凄いわねぇ……」

「くぅ……まさかラウラにまで先を越されるとは………こうなったら、修行あるのみだ!」

 

ののちゃんがなにかを吹っ切ったみたいだが、実はののちゃんはののちゃんでちょっと前に越えていたりする。

あの口振りからすると気付いていない可能性が濃厚だが、なんで気付かないんだ? 周りに居るのがちー姉さんとか鈴とか、ふとした拍子に無意識で物理法則を無視できる存在ばっかりだから、それが普通だと思ってるとか?

 

……つまり、ののちゃんはもう染まりきってるわけか。たーいへん。

 

「なんだかすっごい他人事なんだけど!?」

「実際他人事だからな」

 

俺としては物理法則を越えられようが越えられなかろうが、正直に言ってどうでもいい。

ただ、できれば一緒に寝てくれれば。

 

「……嬉しいことを言ってくれるではないか。襲っていいか?」

「なに言ってるのさ箒!? ここ一応教室だからね!? 山田先生だけど先生もいるからね!?」

「人前だから自分の思いを伝えることすらできない人生など願い下げだ!私は一夏が好きだ!それを人前で言って何が悪い!!」

「なんでいい感じに纏めようとしてるの!? かっこよく言っても内容は一夏を性的な意味で食べたいってこととなんら変わりないからね!?」

「一夏様? わたくしの指を少し強めにかじっていただけませんか?」

「はいセシリア!こっそり一夏に痛くしてもらおうとしない!」

「なら堂々やりますわ。と、言うことで一夏様。ここに乗馬用の鞭が」

「そういう問題じゃないの!」

「ならば一夏。私と寝よう。好敵手の腕の中は暖かくて落ち着くからな」

「それ僕も一緒にやるから反対側は開けといて!」

 

本音が出てるぞ、シャル。

 

「呼んだ~?」

「呼んでないが、一緒に寝ないか?」

「わ~い」

 

のほほんが来たのでとりあえず放課後の昼寝に誘ってみたら、嬉しそうな答えが返ってきた。

 

「あのぉ……一応授業中なんですけど………」

「各自のメイド服の選別(サイズ的な意味で)の時間ですけどね」

「そうそう一夏」

「ん~?」

 

鈴の方に視線を向けると、鈴はにっこりと笑ってメイド服を見せつけてきた。

 

「着てみない? 一夏だったらきっと似合うと思うのよね」

「似合うだろうけど本番でメイド服で御奉仕することになりそうだから、やだ」

 

……いやまあ、実際に結構似合っちゃうんだよな。ちっさい俺ってちっさいちー姉さんと似てるし。

 

「ちなみに俺は自分の服は持ってるから」

「え? そうなの?」

 

クロっていうコスプレ用IS(一応シールドエネルギーとPIC装備。出力は弱い)があるからな。

 

………ところで、『メイド服で御奉仕』って言った途端に、周りの女子の目が、飢えた肉食獣が極上の獲物を見る目に変わったんだけど……。

 

「……一夏。着てみよう? ね?」

 

シャルも今回は敵に回ったらしい。

 

「本番は執事服でいいんだったら、まあ」

 

そう言ったらすぐさまシャルに服を剥かれた。なんで周りの奴も止めない? 男の着替えなんて見ても楽しくないだろうに。

そう思いながらも抵抗はしない。スカートはロングだったので、ズボンは脱がされないように説得(一部脅迫)した。

 

そして現在。俺は女子としてのプライドをべっきりやられたらしいorzな女子たちを無視して着替え直している。

ちなみに、ワイシャツのボタンを外すときに鎖骨が出たあたりで鈴が退場。全てのボタンを外して、脱いだ時に前にいたののちゃんとセシリーが退場(決め手はヘソチラ)。後ろの方に居たのもなぜか退場(主にうなじ)。

 

色々あって、鈴とののちゃんとセシリーが復活したあたりでメイド服に着替え終わった俺が居たわけだが………誉めてくれたのは鈴とののちゃんとセシリーとラルちゃんとのほほんと真耶先生とシャルだけだった。

後は全員orzかなんかボーッとしてるかの二択。黒い猫耳を付け、カチューシャも付けて、気分だけはメイド………だったんだが、早々に禁止令を出されてしまった。

 

鈴曰く、「弾でも下手したら死ぬわね」ということで、写真を残すだけで着替えることに。

まあ、別にいいけど。そこそこ面白かったし。

 

ただ、これで不特定多数の人間の前に出るのは嫌だ。そこだけは言わせてもらった。

 

 

 

「それで~、おりむーはどんな服を着るの~?」

「一般的な執事服(に見える、束姉さんお手製の明らかに服と言うレベルを超越してしまった何か)だぞ?」

「……姉さん……何をやっているんだ………」

 

ののちゃんがなぜか遠くを眺めている目をしている。どうも目をそらしたいことでもあったらしい。

ちなみに、防御性能だけだったら確実にシルバースキンの方が上だったりする。凄いな錬金の戦士長。ブラボーだ。

 

「見せてー見せてー」

「本番までお楽しみ……って訳にもいかないか」

 

実際に着てみて問題があったら困るし。

と、言うことでクロを展開。服は分解されて収納され、そのかわりに燕尾服が俺に纏わりつく。

なぜか片眼鏡《モノクル》が標準装備されているらしいが、どうやらこの片眼鏡は伊達眼鏡と言うわけでは無いようだ。

 

ののちゃんに視線を向けると、頭の上に〈篠ノ之 箒〉と名前が出てくる。鈴に向けてもなにも出てこないことから、どうやら登録制らしい。

とりあえず鈴に笑いかけてみる。

 

「―――ぷふぁっ!?」

 

鈴は真っ赤な華を咲かせて倒れてしまった。ダイイングメッセージのように、震える指が血を使って何かを書いている。

 

『LOVELY一夏』

 

おいおい、とツッコミを入れつつ、すぐに消させてもらった。ルミノール反応すら出ないだろう。

……まったく。これだと俺が犯人だと思われるだろうが。←犯人ではないけど原因ではある。

 

「……鈴」

「ごはっ!?」

 

上半身を抱き起こして囁いたら、どうやら追い討ちになってしまったらしい。

だが、どうしようかね? ここに今動ける奴は、俺を含めて四人だけなんだけども。

 

俺と、ラルちゃんと、真耶先生と、のほほんの四人だけ。後は血の海。

 

……たーいへん。

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭、ちょっと前

 

「今日集まってもらったのには訳がある。みんなの学園祭の招待券の使い道についてだ」

 

俺が言うと、鈴だけは納得したように頷き、他の五人は何でそんなことを聞くのかわからずきょとんとしている。

 

「あたしは弾に送る予定だし、一夏は蘭に送るでしょうから……後は数馬の分ね」

「……ああ、なるほど。そう言うことか」

 

弾の名前が出てきた事で、ののちゃんは俺のやりたいことがわかったようだ。

 

「すまないが、私の分は姉さんに既に送ってしまっている。姉さんに頼めばコピーでも偽造でもしてくれそうだが、統合性が無くなるだろう」

「私は本国のクラリッサ達に送ってしまった。誰が来るかで揉めているようだが、恐らくクラリッサ本人が来るだろうな」

 

よっし、そのクラリネットと言う奴には色々お話タイムを設けよう。勿論普通のお話だけではなく、O☆HA☆NA☆SIもすることになるだろうが。

主にちー姉さんが、ラルちゃんがやったでこちゅー事件の重要参考人として、拳を交えた話し合いを。

 

「……クラリッサ。すまないが、私に教官は止められん。…………強く生きてくれ……っ!」

「何でそんな悲壮感が漂ってるのさ!? いや何となく理由はわかるから別にいいけど!」

「……あれは……キツいわよね………」

「鈴までなんか遠い目をはじめちゃったんだけど!?」

 

その二人はちー姉さんの必殺コンボ(常人だったらまず死ぬ)を食らったことがあるから、クラムボンの生命が………まあ、平気だろう。

……………………多分。

 

「私は……あげる人いないから……」

「わたくしもですわね。ですから、はい、一夏様」

「様やめ」

「はい、一夏さん♪」

 

こうして枚数は揃った。後は送るだけなんだが……弾や蘭ちゃんの予定とか聞いてなかったな。聞いとくか。

……あと、一枚余った分をどうしようか…………。

 

 

 

 

side 五反田 弾

 

どうも、一夏の町の食の殿堂、見かけによらず、味は最高。五反田食堂にて修行中の五反田 弾だ。

見かけによらず、のところで金属製のお玉が飛んできたが、とりあえずじいちゃんに投げ返しておいた。じいちゃんは本当に人間か? まだ手が痺れてんだけど。

 

そんなことは置いといて、ちょうど今、一夏から電話がかかってきた。

 

『あ、弾? 元気だった?』

 

……ああ、一夏の声だ。久し振りに新鮮な一夏分が補給されていく…………。

……っと、トリップしてる暇はないな。せっかく一夏が電話をかけてきたんだから、しっかり応対しねえと。

 

「……ああ、こっちは問題ない。で、なんだ? 鈴と喧嘩でもしたか?」

 

いや、無いと思うけどな。だって鈴と一夏だし、喧嘩したとしてもほっぺのつねりあいかなんかで微笑ましく平和的に解決するだろうし。

 

『違う違う。……で、弾』

「ん?」

『……IS学園の学園祭のチケットがあってだな。これがあればIS学園に合法的に入れるんだけど……』

「マジかっ!?」

『マジマジ』

 

マジらしい。

 

「何枚ある? ちゃんと蘭や数馬の分まであるよな?」

『当然用意してある。で、来る?』

「俺は確実に行く。蘭と数馬には俺から確認して、俺から電話を掛けるから」

『ん。待ってる』

 

そうして電話は切れた。とりあえず小さくガッツポーズをとってみる。

 

「……お兄、なにやってるの?」

「ん? ああ、一夏から学園祭の入場チケットがあるから、俺と数馬とお前の予定がなければ来ないかってさ」

「学園祭って……IS学園の!?」

「そうそう。どうする?」

「それって何日の何時から!?」

「……今月の18日の、9時からだな」

 

ピッピッポパッ!

……プルルルル……プルルルル……

 

「あ、もしもし私だけど、悪いんだけど18日に外せない予定が入っちゃって……うん、そうなの………ありがと。ごめんね?」

 

ぷつっ。

 

「行くわ」

 

予定無くしやがった。流石は恋する乙女だな。行動力が凄いこと。

 

「それじゃあ数馬の奴も誘うか………もしもし?」

 

 

 

 

side 五反田 蘭

 

お兄からもたらされた話は、私のその日の予定をまるごとキャンセルさせるに足る重要な話だった。

なにせ一夏さんの学園祭の招待チケット!手に入る入らないではなく、そんなものの存在も知らなかった私には、まさに夢のようなチケットだから。

とりあえず、おしゃれなの着てかなくっちゃ……えっと……このワンピースと………あ、でもあんまり余所行き用のを着てると、浮かれてるように思われちゃうかも……。

……こんな時には我が家で一番一夏さんのことを理解しているお兄に話を聞こう!

 

「お兄。一夏さんってどんな服が好きかな?」

「一夏の好み? さてなぁ……あんまり外見を気にしないやつだから、どうせ磨くなら中身を磨いた方が有意義だと思うが………一応言っておくと、一夏のクラスはご奉仕喫茶とか言うのをやるらしく、一夏は執事服だとさ」

「執事服っ!?」

 

瞬間、私はその姿を想像してしまう。

 

最新の設備が整った真新しい扉を開くと、まるで漫画にでも出てきそうな片眼鏡《モノクル》をかけた一夏さんが頭を下げる。

ぴしっとした燕尾服を着こなしていて、綺麗にのびた背筋を想像させる。

 

『いらっしゃいませ、お嬢様。こちらへどうぞ』

 

一夏さんは優しく笑い、私を先導して一つの机に座らせる。

椅子に座ろうとするとタイミングよく椅子を押され、ちょうどいいところに座ることができた。

 

目の前にメニューが開かれる。それは一夏さんが持っているらしくて、受け取ろうとしたらやんわりと拒否されてしまった。

 

メニューの内容は、ごくありふれた喫茶店と変わらない。けれど、一つだけ違うものがあった。

 

執事のご奉仕ケーキセット、と名前をつけられているそれに惹かれ、私はそれを頼む。

一夏さんはにっこりと笑うと、かしこまりました、と一言だけ残して奥に消えていった。

 

数分待つと、一夏さんが小さなケーキと紅茶のカップを銀色のお盆にのせて運んできてくれた。

どうしてこれが執事のご奉仕セットなのかと思っていたら、一夏さんがケーキをフォークで削り、私の口許に運んでくれた。

……確かに、これはご奉仕セットだ。そう思った私は、努めて冷静にそのケーキを食べる。

 

甘いクリームとスポンジは、なぜか想像以上に甘かった。

私が一夏さんにそう言うと、一夏さんは紅茶のカップを手にとった。口直しに飲ませてくれたりするのかな?

 

そう思っていたら、なんと一夏さんはその紅茶を自分で飲んでしまった。

それからなにも言わずに私に顔を近付けてきて………って、もしかしてこれって、口移s━━━

 

 

 

「蘭。蘭!平気か蘭!顔がヤバイぞ!?」

「……………」

 

頭が沸騰した私は、その場で崩れ落ちるように気絶した……と、後にお兄に聞かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭当日、執事織斑

 

服は黒の燕尾服。目には名前登録制の片眼鏡《モノクル》。両手には手袋常備で、懐には銀色の鎖付き懐中時計を持っている。

執事状態だったら普通に大きい方がいいよな、と思ったため大きいままだが、学園祭の準備で忙しそうにしていたほとんどがヤバイ痙攣を起こすか見とれるか、もしくはハアハアしながら俺を見つめてくる。

そんな俺が教室に入ると、いきなり目の前にちー姉さんの顔が現れた。

 

「一夏。さてはお前、私に襲われたいのだろう?」

「織斑先生ストーップ!ここ教室ですから!人前ですから!もうすぐ学園祭始まりますから!そして織斑くんと織斑先生は姉弟ですから!」

「? 姉弟だからどうした? 私は一夏と今日の夜に同じ布団で一夜を過ごそうとしただけだぞ? 最近スキンシップが足りていないしな」

 

……確かに、昔に比べて相当減った気がする。とりあえず今日はちー姉さんの部屋に泊まるか。

そしていっぱい撫でてもらうことにしよう。

 

「一夏。尻尾が千切れんばかりに振られているぞ」

 

ののちゃんに言われて確認してみると、狼の尻尾が生えていた。猫耳メイドと狼執事か。

……あり……なのか?

 

「……ありだな」

「無問題ですわね」

「一夏。抱き締めてすりすりしていいかい?」

「好敵手《ライバル》よ。とりあえず抱かせろ撫でさせろ。そしてそのまま昼寝をしないか?」

 

ラルちゃんの言葉にかなり惹かれた。だが最低限の仕事はやらないといけないので、仕方無く拒否した。

俺だって寝たいさ。学園祭の間中寝てたいさ。俺がいなくちゃ成り立たない喫茶店なんかなくなれ。休憩所にしてみんなで寝ようぜ。

 

………今さら言っても無駄だけどな。

 

 

 

次々に舞い込む注文。凄まじい速度で指名される俺。ゲームの相手とかもう飽きたんだけど。

それでも指名は止まらないので、仕方無くちゃっちゃと終わらせる。チートも使ってるし、ガンカードもしてる。

 

ダーツは普通にやってもまず負けないし、神経衰弱は自分の番になったときに一回で全部まとめて取るため負ける方が難しい。じゃんけんは……まあ、昔から鈴や弾とじゃんけんしていたのは伊達じゃないってことで。

その合間を縫ってケーキを運んだり紅茶を運んだり紅茶にミルクと砂糖を入れたりと、本当に忙しい。

 

まあ、途中で抜けるけど。

 

「織斑くーん!二番テーブルにケーキ持っていって、それからすぐゲームしてー!」

「……それではお嬢様方。ごゆっくり……」

 

……あー、めんど。

 

「やっほー一夏。忙しそうね」

「いらっしゃいませ、鈴お嬢様。……お似合いですよ」

「ありがと。気分がいいから後で手伝ってあげるわ」

「ありがたき幸せにございます」

 

そうやって軽口を叩きあいながらとある席に付く。ちなみに今の鈴は背中が開いてかなり深めにスリットの入っているチャイナ服だ。真っ赤な布地に金の龍があしらってあり、金色のラインが綺麗なかなり凝ったデザインだった。髪はシニョンで、それはそれは似合っている。

まあ、原作のままと言ってしまえばそれまでなんだが、やっぱり似合うな。

 

俺がタイミングよく押した椅子に当然のように座り、俺が広げたメニューにゆっくりと目を通していく。

 

「……そうそう、その格好、似合ってると思うわよ。格好よくて惚れ直しちゃいそう」

 

いたずらっぽく微笑みながらのその言葉に、俺は少し笑顔を深めて返す。

 

「ありかとうございます。鈴お嬢様」

 

お互いに笑顔を向けあい、数秒だけ見つめあう。

 

「……それじゃあ、ケーキセットを一つと、執事にご褒美セットを一つ。それと一夏をテイクアウトで」

「鈴っ!? 一夏をお持ち帰りして何をする気なのさ!? 駄目だからね!」

 

シャルのツッコミが入る。やっぱりシャルの鋭いツッコミは必要だな。

けれど、たまにかんちゃんのやわらかつっこみが恋しくなるのはどうしてだろうか?

 

「申し訳ありませんが、執事の飲食及びお持ち帰りは禁止されております」

「そう。残念ね」

「なんで一夏はそんなに落ち着いて反応できるのさ!? 自分の事でしょ!?」

 

自分より遥かに驚いている奴を見ると、なんか落ち着いてくるよな。シャルとか。

 

「まあ、冗談は置いておくとして……さっきの二つは宜しくね、執事さん?」

「ご注文を繰り返させていただきます。ケーキセットと執事にご褒美セットを一つずつでよろしいですか?」

「ええ」

「承りました」

 

メニューを閉じて、それから厨房に注文を入れる。冷蔵庫の中で冷やされていたセットは、二つともすぐに出てきた。

それを銀のお盆(千の顔を持つ英雄で出せた。縁で殴られたら痛いよな。ほら武器だ)にのせて鈴の所に運ぶ。

 

「お待たせいたしました」

「ありがとう。それじゃあはい、座って座って」

 

どうやら鈴は執事にご褒美セットの内容を知っていたらしい。まあ、分身して一組に入り込んでたんだし、知っててもおかしいところはなんにもないな。

 

「はい一夏。あーん」

「鈴。一応言っておくが、一夏にポッキーをくわえさせた後、強制的にポッキーゲームに移行する……等と言うことは無かろうな?」

 

ののちゃんの言葉に、鈴はピシリと固まった。…………返事がない、どうやら図星だったようだ。

 

「……一夏に食べさせることができるのが、執事にご褒美セットでしょう? 食べさせ方の指定は無かったはずだけど?」

「却下だ。お前や簪たちだけならともかく、他の奴まで一夏にそういうことをしようとするのは許さん」

「……確かにそれは嫌ね。わかったわ……はい、あーん」

 

ポッキーはひんやりしていて美味かった。尻尾がどこからか現れてぱたぱた振られていたらしいが、まあ、どうでもいいことだな。

 

「……和むわねぇ……」

「……そうだな……」

 

カリカリカリカリ……うまうま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客人登場、そしてお迎え

 

 

side五反田 弾

 

IS学園の学園祭。IS学園の生徒と教師以外でチケットを持っていない者は遠くから見ることしかできないそれに参加するために、俺達はモノレールに乗っている。

朝、家を出るときに一夏に貰ったチケットがあることを確認して、駅で数馬と合流。チケットを確認して、始めは電車に乗る。

電車からモノレールに乗り換えるんだが、蘭は緊張しすぎで完全に固まってしまっている。

 

「蘭」

「ひゃっ!?」

 

声をかけただけでこの驚きよう。一夏の前に出たら、どうなっちまうんだろうな?

 

「少し落ち着け。慌てても学園祭は逃げないし、その服も誉めてもらえるって」

「ほ、ほんとに? ほんとに似合ってる? 一夏さんもそう思ってくれる!?」

「ああ。一夏は誉めてくれるし、似合ってるって言ってくれる」

 

ほっ、と胸を撫で下ろす蘭。いつもは頭の上で纏めている髪を下ろして、白いワンピースを着ている蘭は、実際に絵になっている。

その肩から下げられた鞄には、一夏から送られてきた家内安全の御守りがぶら下がっているが、それも含めて絵になっている。多分、俺と数馬が隣にいなかったらナンパが絶えないんじゃないかってくらいに。

 

ふと、蘭の視線が鞄にくっついている家内安全の御守りに向かう。少しだけ揺れるモノレールの中で、蘭はゆっくりとその御守りに手を伸ばす。

御守りを掴んだその手を顔の前に持ってきて、蘭は幸せそうな笑顔を浮かべた。

 

「恋をすると女は綺麗になるそうだけど……実の兄としてはどう思うよ?」

 

数馬がそんなことを聞いてくるが、それこそ愚問だろ。

 

「誇らしいし、嬉しいに決まってるだろ」

 

あの蘭が恋をして、自分の魅力でそいつを振り向かせようとしてるんだ。

その恋路にはライバルも多いだろうが、俺は蘭の兄貴として応援するし、できることはしてやりたい。

 

「も、もう!なんの話をしてるんですか数馬さん!お兄も!」

「ああ、ごめんごめん。蘭ちゃん綺麗になってるから、一夏だって落とせるよって。な?」

 

数馬は楽しそうに笑い、蘭に発破をかけていく。当然俺もその言葉に乗り、

 

「そうそう。俺達は応援するからよ」

 

と言っておく。

 

その言葉に蘭は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまったが、真っ赤になった耳は見えてしまっている。

 

「……あ……ありがと」

 

ぽつり、と注意深く聞いていなければ聞こえなかっただろう言葉は、あえて聞き流す。返したりしたら、蘭は恥ずかしがって怒るだろうし。

 

素直じゃない蘭に笑顔を向け、ちらりと窓の外を見る。

IS学園はまだ見えないが、それでももう楽しみだ。

 

……一夏。もうすぐ着くからな。

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

……弾がもうすぐ着く、という電波が届いた。実際は電波じゃなくてただの勘なんだけど。

さてと。迎えに行くかね。

 

「……一夏? どうして窓を開けるの?」

「それはな、シャル。俺の友人がもう来るみたいだからだ」

「………一夏? どうして一夏は方向を確認してるの?」

「それはな、シャル。駅がどっちかを正確に知るためだ」

「…………一夏? どうして一夏は窓枠に足をかけてるの?」

「それはな、シャル。ちょっと用事ができたからでかけたいけど、まともに出ようとしたら止められるのが目に見えてるから、窓から飛び出そうとしているから……だ!」

 

神から貰った身体能力を使ってあいきゃんふら~い!

まあ、冗談だけどな。ちゃんとエアライナーを足下に引いてる。

 

「一夏っ!……って、一夏ぁ!? どうしてISも展開してないのに空中に立ってるの!?」

「それはな、シャル。クロはISだってことをシャルが忘れてるってだけの問題だよ」

 

大嘘だけどな。思いっきりインヒューレントスキルの方のISを使ってるし。

まあ、インヒューレントスキルもISではあるから、嘘ではないと言えなくもない。

クロは一切関係無いけどな!

 

「ちょっ!今一夏にいなくなられちゃうと困るよ!僕達だけでどうやってこの店を回していけばいいのさ!?」

「ぷちか五体呼んであるから、そっちに頼め!」

 

と、言うことで俺は走る!あとは頑張れ!

 

シュタッ!と片手を上げてから走り去る。後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてもスルー。

まあ、ぷちかが五体いるなら大丈夫。あいつら信じられないような特技を持ってるから。

 

「一夏あぁぁあぁぁぁっ!!」

 

まあまあ、なんとかなるって。

 

………あ、それ以前にサテライト30の俺自身を残してくれば良かったか。失敗失敗。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

突然外に飛び出していってしまった一夏の気配を意識だけで追いながら、私は軽く溜め息をつく。

そして目の前で行われている、ぷちか達の事を見る。

 

「わぅ!」

「わぅ?」

「にゃ~ぅ~……」

「きゅっ?」

「…………」

 

上からそれぞれ、柴犬、ダックスフンド、ライオン(猫サイズ)、黒兎、ヤマネだ。

 

「ぅー☆」

「ぅー↑」

「ぅー↓」

「ぅー↑↑☆」

 

「篠ノ之さん。そこのぷちか達のテイクアウトをお願いするわ」

「申し訳ございませんが、従業員のお持ち帰りはご遠慮ください」

 

にっこり笑いながら言ってやるが、目の前の女達の暴走は止まりそうにない。

 

「ぅー☆」

 

そんなぷちか達を見ていたら、いきなり、かっ!と、ぷちか達が光り輝いた。

ぷちか達に見とれていた私達は一斉に目を光に焼かれ、しばらくなにも見えなくなってしまった。

 

暫くして視力が回復すると、そこにはぷちかではなく一夏が………いや、違う。

 

あれは、ぷちか達が大きくなったのか!

 

その考えに至った私に、大きくなったぷちかはにっこりと笑いかけてきた。

 

「わぅ!」

 

死にかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪魔者一つと、お客さん

 

武装な錬金のレーダー、ヘルメスドライブを使って弾とカズと蘭ちゃんを捕捉した。まだモノレールに乗っているようだが、多分あと十二分もすれば到着す

 

「ちょっといいですか?」

「ちょっとだけなら」

 

ちょっと(約0.3秒)。

 

「それでは」

「へ!? いやあの、ちょっと!?」

「……何さ? ちょっと待ちましたが。具体的には0.2998952秒くらい。と言うかどちら様ですか?」

 

適当だけど。

ちなみにここは人通りの多い校舎内。なんでこんなことを言ったかって? なんとなく。

 

「あっ……し、失礼しました。私、こういう者です」

 

そう言って手渡されたのはただの名刺。名前は巻紙礼子となっている。

…………ああ、確か原作では……。

 

名刺をひっくり返して名前を呼んでみる。

 

「巻紙さん?」

「はい。織斑さんにぜひ我が社の装備を使っていただけないかなと思いまして……」

 

クロだ。こいつ確実にクロだ。いや俺が今も着ているISじゃなく、有罪無罪的な意味でのクロだ。

こんなところで偽名を書いてある名刺を渡してくるとか、本気で意味がわからない。それも、手袋もなしで渡してきてるから指紋も取り放題だし。

バカだね?

 

「必要ありませんし、まずそういう話は学校を通してからでなければこちらも受けることはできませんし、不必要ですし、この後用があるので話にお付き合いすることもできませんし、要りませんし、実は最初から受ける気はありませんし、不要ですし、あなたを信用できないので受けたくないですし、最大限にぶっちゃけますと邪魔にしかならないのでお断りしますし、遠慮しますし、断固として拒否します」

「な……んだと………じゃない」

 

目の前の仮面の剥がれかけた女が落ち着こうとしているうちに、俺はさっさとこの場を離れる。

 

「待ちや………お待ちください」

「やですよエムさん」

 

ビキッ!と巻紙《イニシャルM》の額に青筋が走ったのがわかった。この名前にした理由? ただの嫌がらせですが、なにか?

 

「巻紙だからイニシャルをとってエムさん。別にどこにも変なところは無いですよねエムさん。どうしましたエムさん? 顔色が悪いですよエムさん。いったい何があったんですかエムさん。どうしてエムさんの顔がどんどん赤くなって行くんですかエムさん。ねえエムさん答えてくださいよエムさん。手を強く握りすぎると痛いですよエムさん。ああ血が出てるじゃないですかエムさん。すぐ消毒した方がいいですよエムさん。保健室は下ですよエムさん。道中気を付けてくださいねエムさん。強く手を握りすぎて出血なんてバカらしいですよエムさん。今度から気を付けてくださいねエムさん。それではエムさん、さようなら」

 

さてと。俺はさっさと弾のところに行くとしようかね。笑顔を崩さないままに額に青筋を浮かべまくっているエムさん(笑)を無視して。

 

 

 

「よう、弾。蘭ちゃんも。夏祭りの時以来だな。カズはほんと久し振り。元気してたか?」

「おう一夏、こっちは元気だったぜ。数馬も相変わらず元気だったし、蘭も……ほれ」

 

とん、と弾に背中を押され、蘭ちゃんが俺の前に出てくる。

 

「あ……そのっ……お久し振りです、一夏さん」

「そうだな。……うん、その服似合ってるな。可愛いと思うよ」

 

すると蘭ちゃんは頬を朱色に染め変えて、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「あ、ありがとうございますっ!あの……一夏さんも、よく似合ってます!」

「ん? そう? ありがとな」

 

ぽんぽんと蘭ちゃんの頭を撫でて、にやにやと俺と蘭ちゃんを眺めている二人に顔を向ける。

 

「とりあえず……」

「ああ。行こう」

 

以心伝心だな。

ちなみに行くところは俺の教室。いつもは俺が五反田食堂で接待を受けてばかりなので、今日は俺が接待する側に回ってみることにした。

……さっきから必死に鳴り響いている電話も五月蝿いし。

 

「……出ないのか?」

「用件はわかりきってるし、なにもしないでももうすぐ解決すると思うし」

 

着信音がシャルだし。

 

「……なんかただの着信音がすっごい必死そうに聞こえるんだが……」

 

俺もそう聞こえる。

 

「……俺達は気にしないから、出てやれって」

「……じゃあ、そうする」

 

携帯を取り出して画面を見てみると、そこには予想通りに『シャル』の文字が。

 

「はいもしもし」

『やっと出たっ!一夏は今どこにいるのっ!?』

 

どうやら、かーなーり切羽詰まった状況らしい。たーいへん。

 

 

 

 

side 五反田 弾

 

一夏が少し離れて電話に受け答えをしている間、俺達は俺達で談笑していた。

 

「よかったな蘭。可愛いってよ」

「う……うん……」

 

顔を真っ赤にして俯く蘭は、同年代の男だったらほっとかないんじゃないかってくらいに可愛らしかった。兄の欲目もちょっとは入ってるだろうが、まあ、俺も人間だし、そのくらいは許してくれよ。

 

「お……お兄。……これからどうすればいいかな……」

「ん? そうだな……一夏は好きな相手にはかなり優しいし、とりあえず好きだって言われたらこっちも好きって返すとかだな。あいつは気付いててもなにも言われなければスルーしてくるから、ちゃんと言っといた方がいいぞ? なあ数馬」

「そうだな。一夏は鈍いんじゃなく、気付いててもスルーするから見てると鈍く見えるだけだし。いやまあ実際鈍いところもあるんだけど」

「え、そ……それはちょっと………恥ずかし……」

 

……別に俺はそれでもいいけど、恥ずかしがってるだけじゃあ前には進めないぞ? これ経験談な。

 

「あの、そこのかた?」

「はい?」

 

急に聞き覚えのない声で呼ばれたので振り向いてみると、少し年上に見える眼鏡の人がいた。IS学園の制服を着ているから、多分学園の関係者なんだろう。

 

「あなた達、誰かの招待? 一応、チケットを確認させてもらっていいかしら」

「どうぞどうぞ」

 

俺は自分の分と預かっていた蘭の分を。数馬は自分の分をそれぞれ差し出した。

 

「配布者は……あら? 織斑君と、凰さんと、オルコットさんね」

「オルコット……ああ、あの人か」

 

脳裏に浮かぶのは、金髪をカールさせた貴族風の常連客。確か彼女が名乗った名前がオルコットだったはずだと思考する。

なんでそのオルコットのがあるのかというのは、多分一夏がチケットを貰って俺達に送ってきたんだろうと予想がついた。

 

「はい、返すわね」

「ご苦労様です」

 

チケットを返してもらって、一夏のチケットを蘭に直接手渡す。キョトンとしている蘭に、こっそりとささやく。

 

「それ、一夏の」

 

蘭は真っ赤になって、そのチケットを綺麗に鞄の奥深くにしまい込んだ。

 

「お仕事頑張ってください」

「ふふっ。ありがとう」

 

その人は綺麗に笑うと、くるりと背を向けて行ってしまった。

……それにしても、可愛い人だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、教室にて

 

一夏がいなくなった教室では、非難の嵐が巻き起こっていた。

 

「ちょっと!なんで織斑君がいないのよ!執事姿の織斑君が!」

「で、ですから一夏はいま」

「いいから早く織斑君を連れてきてってば!」

「どこにいるかもわからないし、電話にも出てくれないし、ISのコア・ネットワークの座標把握もできないからどうしようも……」

 

シャルロットがなんとか押さえようとしているが、女子たちの暴走は止まりそうにない。

 

「……あれ? 一夏はいないの……?」

 

そこに現れたのは、かなり初めのうちに並んでいたのにようやく入ることができた簪。きょろきょろと視線を動かして一夏を探すその姿は、まるで親とはぐれた小鹿のようだった。

 

「……」

「ほ……箒? ……どうして撫でるの………?」

「お前が可愛いからだ」

 

うん、それはわかるかな。簪って時々妙に保護欲をそそられるよね。

……ところで箒。あの五体合体グレートぷちかはどうしたのさ?

 

そう目で伝えてみると、疲れたらしく裏手に引き込んですぐにバラけて寝ちゃったと言う答えが返ってきた。

……そっか、寝ちゃったか………。

 

「うーふーふー♪ ちっちゃいいっくんは私のものぉ♪」

「すまないシャルロット。少し用事ができたから、とりあえず千冬さんを呼んできてもらえないか?」

「え、う、うん、わかっ」

 

スパコンッ!

 

「馬鹿者。織斑先生だ」

「い、いつの間にっ!?」

「なに、少しばかり束《バカ》の悲鳴が聞きたくなってな……一夏に手を出してみろ。切り刻み、擂り潰し、湯を潜らせ、油で炒め……ドロドロになるまで痛め付けてくれる………」

「織斑先生。途中から料理教室のようになっています。織斑先生の場合は出来上がるのは料理ではなく産業廃棄ぶ」

 

めりっ。

 

「……知っているかシャルロット。実は叩かれたときに出る音とは無駄なエネルギーであり、同じ強さで叩くなら音がしないように叩かれた方が痛いんだ…………ッ!!」

「……いや、今のは箒が悪いよ。って言うか、いまのやりとりどこかで聞いたことがあるような……」

 

シャルロットはぽつりとそう呟くが、恐らく気のせいだろう。

 

「……さて、それでは私はこれよりあのバカの粛清に入る。こちらのことはお前たちが何とかしろ」

「ええ!?」

 

シャルロットは今も騒ぎ続けている女子の軍団に顔を向け、悲鳴をあげた。

 

「……とりあえず、一夏に電話をかけてみたらどうだ?」

「さっきからかけてるけど、ぜんぜん出てくれないんだよ」

 

何度も何度もリダイヤルをかけ直し、その度に帰ってくる合成音声に心が折れそうになる。

しかしそれでもかけ続けるシャルロットに、天はどうやら微笑んだようだ。

何度もコール音が響き、今回もダメかとシャルロットが思ったその時。

 

『はいもしもし』

 

ついに、一夏が電話に出た。

 

「やっと出たっ!一夏は今どこにいるのっ!?」

『校門の前に居るけど……』

「すぐ戻ってきて!すぐ!」

『……もしかして、すっごいヤバいことになってたり?』

「そうだよ!だから早く」

「ちょっと!織斑君はまだなの!?」

「ラウラ!ちょっとお相手して差し上げて!」

『……大体の状況は把握した。これから友人連れて戻る』

「早くね!とにかく早くね!」

 

ぷつっ、と電話が切れ、後には疲れた顔をしているシャルロットが残る。流石の女子達も今のシャルロットに鞭を打つような真似はしようとせず、シャルロットは静かにその場に取り残された。

 

「………ふぅ……箒」

「……どうした、シャルロット。一夏が帰ってくる目処がたったか?」

「うん。いまこっちに向かってるって」

「そうか」

 

箒とシャルロットの話を聞いていたのか、周りの女子達は異様なほどに盛り上がる。

 

「やったやった!織斑君来るって!」

「ここまで待っていた甲斐があったわ!」

「……よかった。一夏に会えるんだ………」

「あはは~。かんちゃんってば、女の子の顔だ~♪」

「ち、ちが……わないけど………」

 

本音に指摘されて赤くなった顔を俯かせる簪。それを見ていた数人は、口を揃えてこう言うのだった。

 

「簪は本当に可愛いなぁ」

「……あぅ…………」

 

 

 

 ~その頃の束さん~

 

「ああもういっくんってば可愛いよいっくんいっくんいっく~~んっ!私が作ったにしてもいっくんを見て自己進化してるし、このまま可愛い方に進化していったら束さんだけじゃなくってあらゆる女の子がいっくんやちっちゃいいっくんにめろめろになっちゃうよ? その前に束さんが食べちゃおうかな? いいよね食べちゃっても。大丈夫大丈夫、痛いのは束さんだけだし、いっくんは痛いどころか気持ちいいはずだし!経験は無いけど束姉さんは頑張るよっ!」

「―――ほう?」

 

ぴしっ、と音をたてて束の動きが止まる。まるで、時間が止まったかのように。

そして、ゆっくりと首を声のした方に向けていく。

それは錆びた歯車が軋みをあげながら動く様に似ていたが、それを咎めるものはここにはいなかった。

 

「ち………ちー……ちゃん……っ!?」

「ああ。私だ」

 

千冬は心底戦慄したという表情を浮かべる束に、にっこりと笑顔を向けてみせた。

その笑顔はとても魅力的で、誰もが見とれてしまうほどに美しかった。

 

だが、束にはとある副音声が聞こえていた。

 

『あはははっ☆ 私の大事な大事な一夏に手を出す色惚けウサギをはーっけーん♪ そんなのーみそ桃色春満開ウサギさんは、この私がぁ……ぶ・ち・こ・ろ・し・ちゃ・う・ゾ♪』

 

色々な意味で怖すぎる副音声だった。

 

数秒後。IS学園1年1組の教室から、IS学園中に響き渡るような断末魔が発されるのだった。

 

 

※束は死んでいません(重要)

 

「後々のことを考えれば当然だろう。いくら私がブリュンヒルデと呼ばれ、最強のIS使いと言われていても、ISの開発者である束《いろぼけうさぎ》とは重要度がまるで違うだろう。その程度のことも理解できないで一夏が護れるものか」

 

 

 

 

 



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131~140

 

出戻り、そしてジョブチェンジ

 

弾とカズと蘭ちゃんを連れて教室に戻ると、並んでいる人数がえらいことになっていた。正直、なんでここまで延びるのかわからない。

教室に戻る階段の端に長い列ができていると思ったら、それが自分のクラスに続いてるとか……。

 

「いらっしゃ……あら、一夏じゃない。お帰り。そして弾に数馬に蘭も、久し振り」

 

なんでか鈴がチャイナからメイドにジョブチェンジしていた。似合ってるけど。

 

「ありがと。でもいまはそれより仕事仕事。シャルロットにやること聞いて、その通りにさっさと済ませてね」

「はいはい」

 

……でも、弾達はどうしようかね?

 

「なんなら、俺達も手伝うか? 執事服もメイド服もないけど接客だったら慣れてるぜ?」

「ほんとに!? 是非お願い!あっちに服の予備があるから着替えてきてっ!」

「え、ええ? ええ!?」

「……おいおい。まあ、いいけどよ」

 

弾とカズと蘭ちゃんは、シャルに連れられて制服の予備があるらしい裏につれていかれてしまった。

 

「一夏はどんどん出てきたのを運んで!それからテーブル一つ一つ回ってゲームしていって!」

「はいはい」

 

人使いが荒いね。今の状況だったら仕方無いけど。

 

「織斑くんこっちこっち!神経衰弱やろうよ!」

「こっちも!こっちはジャンケンで!」

「早く早くっ!」

 

……やれやれ。女三人集まると姦しいと言うが、それ以上に集まると更に喧しいな。

 

一部、全く騒がしくないテーブルもあるようだが。

 

そこに座っているのは二人の少女。中の人的には自分の半分くらいの年だし、間違ってないはずだ。

 

一人は、何故かここのメイド服を着ている猫座の生徒会長こと、こちら沢尻区盾有少年刑務所前派出所さん。略してこちたてさん。

 

もう一人は、内気キャラでありながら時々アグレッシブな可愛い系愛でられ妹キャラ、かんちゃんメイドver。本名は……今は凄まじい間違い方をしそうだから言わない。

その二人が一つのテーブルで、ただ座っている。

 

こちら沢尻区盾有少年刑務所前派出所さんことこちたてさんは、かんちゃんと目を合わせることができていない。

対するかんちゃんは、なんでか目を逸らし続けるこちたてさんに少し悲しそうな顔を向けている。

 

……ってか、なんで鈴やかんちゃんがここのメイド服を着てるんだ? シャルにスカウトされたか?

 

「誰かさんが勝手にいなくなっちゃったからね!一夏の着替え写真(後ろ姿でシャツを脱いでいるところ)を手離すことになっちゃった!」

「悪い」

 

……それはそれとして、隠すべき所をおもいっきり暴露してる気がするんだが、そんな調子で大丈夫か?

恐らくやさぐれてるんだと思うが……後悔しても知らないぞ。

 

……やさぐれシャーさん?

 

「一夏」

 

なんだか俺の後ろに修羅がいる。

 

「あんまり変なことばっかり考えてないで……仕事しようねぇ?」

「了解、シャルロットメイド長」

「………………え?」

 

今のは片眼鏡《モノクル》に登録しておいた名前を読み上げただけなんだが、非常識なほど驚いている。

 

「……一夏……いま………僕の名前を……」

「ちょっとずるしたけどね」

 

カンニングとも言う。

 

「も、もう一回!もう一回呼んで!」

「……シャルロット」

「かはぅっ!?」

 

どこかから銃撃音が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。こう、ズッキューン!って。

 

くいくい、と袖を引かれてそちらを見ると、かんちゃんが物欲しそうな目で俺のことを見つめていた。

 

「……名前で、呼んで……?」

 

……これは素直に呼ぶしかないな。この状態のかんちゃんには勝てないって。

と、言うことで実践。ただし少し悪戯含む。

 

「……え? あ、い……いち……か………?」

 

かんちゃんを抱き寄せて、わざと上を向かせる。顔が俺の胸の辺りにあったら、目を合わせるためには上を向かなきゃならないからな。

そこで俺はちー姉さん笑いではなく、普通の意味でにっこりと笑いかける。

 

「あ……い、一夏……近い……」

 

かぁ……と赤くなるかんちゃんの目を見ながら

 

「━━━簪」

 

「ぁ……ぁあ…………」

 

かくん、とかんちゃんは気を失ってしまった。やっべ、やりすぎた?

 

「簪ちゃんに何てことするのっ!」

 

急に現れた猫座の生徒会長にかんちゃんがさらわれてしまった。いや、本当はずっといたんだけどね。

 

「おや、猫座の生徒会長。簪とお話はできた?」

 

きっ!と鋭い視線で睨まれた。まあ、確かに気絶させたのは悪いとは思うけど、そこまで睨まなくてもいいと思うんだけどね? 内容を聞いてたんだったら特に。

 

………ああ、嫉妬か。まあ、猫座の生徒会長も人間だったってことか。

ところで、猫座の生徒会長って呼ぶのとこちたてさんって呼ぶのとどっちがいいと思う? 俺はどっちでもいいんだけどさ。

 

「……睨むくらいなら話くらいしっかりしてやれよ。かんちゃんはあんたと話したがってたじゃないか」

「う……」

 

………気付いてはいたけど、勇気が出せなかった、と。なんだろうねこの姉妹。

 

姉は普段は明朗快活な完璧人で、そのうえ大体のことを器用にこなす一種の天才(その上努力もしている)。

しかし、大事な存在に気を使いすぎるあまり、とたんに臆病になるようになった隠れヘタレ。

 

妹の方は、普段は姉の影に隠れていて目立たないが、それでも自分を持ってしっかりと自立している。ただ、生来か環境からかは知らないが、あまり自分と言うものを外に出そうとはしない。

しかし引いてはいけないところではけして引かず、自分の意思を押し通そうとする力を持っているアグレッシブお嬢さん。

 

……なんというか、随分と対照的なことだ。似ているところと言えば、根っこは二人とも暑苦しいくらいに熱いってところと、優しすぎるくらいに優しいってところだな。

 

見ていて面白いけど。

 

「……ん……おねえ……ちゃん……?」

「! 簪ちゃん!」

 

かんちゃんが目を覚まして、猫座の生徒会長がかんちゃんの顔を覗き込む。

そんな猫座の生徒会長の顔を、かんちゃんはゆっくりと両手で包み込んだ。

 

「……やっと、私を見てくれた………」

 

そうしているかんちゃんはとても嬉しそうで、そこにいる全員はその光景を邪魔することができないでいた。

 

……まあ、仲直りの道は一歩進んだってことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間も開いたし、接待しよう

 

色々ありつつも増えた人手を使ってなんとか混雑を乗り越えた。最長100mはあったのではないかと思われる人の行列は、今では10mもない。

と、言うことで俺は弾と蘭ちゃんとカズとかんちゃんと鈴、つまりクラスメイト以外で手伝ってくれた人の接待をしている。束姉さん? 束姉さんは裏でちー姉さんの接待を受けてるけど?

 

ただし、珍しく暴行以外の意味も含めて。

 

「そう言えば一夏。さっきあんた簪のことを簪ってちゃんと呼んでたわよね? どんなトリック?」

「俺が覚えたって可能性を最初から除外してるあたり付き合いの長さがわかるよな」

「覚えたの?」

「いや違うけど」

「じゃあいいじゃない」

 

確かに。

 

「臨海学校の時に、束姉さんにコスプレ用のIS貰ってたの覚えてる?」

「……ああ、そう言えばそんなのも貰ってたわね。それが………って、もしかして……」

「そう、この執事服はIS【クロ】だ」

 

にっこり笑ってそう言うと、流石の鈴も驚いたような顔をした。

 

「……つまり、ISのハイパーセンサーの応用で、名前を登録しておけば呼ぼうとした時に名前が出てくる……ってことか。篠ノ之博士もあんたのことをよーく理解してるわね」

「まあ、私の姉だからな。多少ストーカーのケがあったりなかったりだが、悪い人ではない。変人だが」

 

たったあれだけの説明でよく理解できたな。俺自身でもなにも知らない状態からじゃあわからないと思うぞ。

 

「愛よ、愛。英語で言うとインフィニティ・ラヴ」

「無限ってどこについてたのさ!?」

「あたしの一夏への愛をバカにするなっ!そんなの前提条件でしょうがっ!」

「なんか怒られちゃった!? あとごめん!」

「許してあげるわ」

「……え……なんでこんなにオープンなの……?」

「蘭。一夏の周りではこれが普通だ。言わなけりゃ伝わらないのが当然だからな」

 

正確には、伝わらないことはないけど、曲解あるいは流されることを前提にしといてくれってことだな。

大半は流すけど。

 

「……私も、言わなくっちゃだめなのかなぁ………?」

「言っといた方が良いと思うぞ? ……一夏、大好きだ」

「俺も弾は好きだよ? 蘭ちゃんも」

「ふぇっ!?」

 

いきなり俺にそんなことを言われた蘭ちゃんは、急に爆心地に放り出された新兵のようなすっとんきょうな声をあげた。

ちなみに、これは別に悪戯ではなく、実際蘭ちゃんのことは好きだから言っただけ。それ以外の理由は特にない。

 

「へ、あ、あの、あのそのっ……ぁぅ………」

「……ふふふ……蘭は可愛いわね。よしよし」

 

真っ赤になって俯いた蘭ちゃんを、鈴が優しげな笑顔を浮かべて撫でている。

原作ではお互いに睨み合っている描写があったような気がしたが、きっとこの世界ではそんなことにはならないだろうな。

 

「……え……えっと………織斑一夏くん……?」

「……猫座の生徒会長と、こちら漣区盾剥ぎ精神疾患者専用隔離病棟前派出所さん略してこちたてさんと、どっちの名前で呼ばれたい?」

「なにその二択!? 普通に楯無じゃ駄目なの!? 駄目ならたっちゃんでも可!」

「たっちゃんの方なら別にいいよー」

「軽いっ!? それじゃあ何で今まで断り続けてきてたの!?」

「まず、いきなり俺をどこかの部活に強制入部させるって話を俺に通さず勝手に決めたことと、いきなりやって来て生徒会長なんていう面倒臭そうな役割を押し付けようとしたことと、それを拒否してるのに強引に押し通そうとしたことと、俺の部屋にやって来ていきなり泊まろうとしてきたことと、その時に俺の部屋にこっそり盗聴器を仕掛けていったことと、」

「ごめんなさい私が悪かったわだからそろそろ暴露話をやめて簪ちゃん達の視線が突き刺さってきてなんだか物理的にかつ本格的に痛くなってきたのだからお願いしますやめてくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

まあ、途中から色々なところから嫌悪感とか殺意とかそういうのが大量に含まれた視線が突き刺さってたもんな。

視線の元は、鈴とののちゃんと弾とかんちゃんと蘭ちゃんとシャルとラルちゃんとカズとセシリーと教室にいる全員に、教室の外からじとっとした視線を向ける束姉さんと、同じ場所から『人間としてどうなのそれは?』って言いたくなるような顔をしているちー姉さん。

 

正直、俺がこんな視線に晒されたら………無視して寝るかも。シルバースキンを200枚くらい重ね着してからの話だけど。

シルバースキンを200枚重ね着しておけば、およそあらゆる状態に対処できる。

空気が薄くなっても、宇宙服として使うことができるシルバースキンを着ていれば大丈夫だろうし、エネルギードレインを防いでいた所を見るとエネルギー系兵器もレーザー系兵器も核も放射線も問題なく防げるだろうから。

ただ、ガス系にはあんまり強く無さそうだからどこぞの大上老君の怠惰スーツでもあればいいんだけど。エアリアルオペレーターでも可。

 

「……で、なに。演劇だったら出る気はないよ」

「そこをなんとかならないかしら」

「こっちにも予定があるからな。何も言わずに勝手に人を引き込もうとするからこうなる。前回も原因は同じだろ」

「……どうしても駄目?」

「66兆2000億ユーロ積んでも駄目」

「法外すぎない!? しかもそれでも駄目ってなにさ!?」

「シャル。嫌なことを嫌だって言うのには理由は必要ないんだってよ………と言うことで、諦めといた方がお互いのためだと思うぞ?」

 

主に、あれからずっとたっちゃんを睨み付けているちー姉さんが原因だけど。

 

……あと、なんでかんちゃんは蘭ちゃんのことを睨んでるのかね? 拗ねてるのか?

 

「……拗ねてなんか………ない……」

 

ぷくっとほっぺを膨らませながら言っても説得力がないんだけどな。………ん~、いつもは蘭ちゃんのポジションはかんちゃんのだし、自分の居場所を取られたような気がしてるのか?

恋愛はみんな一緒でいいのに、そのポジションを取られるのは嫌か。

 

恋愛方面は共有スペースだけど、撫でてもらう方面はパーソナルスペースって思ってたとか?

 

で、急に出てきた相手にその場所を取られると感じたわけだ。

 

……そんなところも可愛いと思うのは、きっと気のせいでもなんでもないと思う。

 

とりあえず、かんちゃんに機嫌を直してもらうためにも……やるか。ちょうどメンバーもいることだし。

 

鈴と、弾と、カズに視線を向ける。三人はすぐに頷きを返してきた。

 

……よし、行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲリラライブ、IS学園編

 

弾と鈴とカズと蘭ちゃん、つまりバンドのメンバーと、観客としてののちゃん、セシリー、シャル、かんちゃん、ラルちゃん、束姉さん、ちー姉さんを俺の部屋に招待して、直後にアンダーグラウンドサーチライトに入る。

アンダーグラウンドサーチライトは異次元にシェルターを作るため、中に入ってしまえばISを使われようがまず入ってこれないし気付かれない。

 

なぜ俺達がアンダーグラウンドサーチライトに入ったかと言えば、見付からないで演奏できる場所が欲しかったからだ。

見つからない場所と言うことならば、アンダーグラウンドサーチライトとIS【不可触の秘書《フローレンス・セクレタリー》】の合わせ技ほど有効なものは早々ないから。

ちなみに【不可触の秘書《フローレンス・セクレタリー》】はインヒューレントスキルの一つで、完全ステルスと思考速度の加速ができる。使っていたのは確か一番上のお姉さんだったはず。

 

まあ、それはどうでもいい。かなりどうでもいい。すごくどうでもいい。とにかくどうでもいい。あと……どうでもいい。

 

「そこまでどうでもいいの!?」

「今からやることには一切関係ないからな」

 

今からやるのは演奏だし、と思いつつ楽器を取り出す。

 

「お、待ってました!」

 

いち速く弾がドラムを弄り、自分に使いやすいように調整を始める。

その隣では鈴がギターに弦を張り始め、カズと蘭ちゃんはその他の楽器の調整をする。一応調律はしてあるんだけどな。

 

「だろうと思ってその方面には触ってない」

「信用してくれてありがとさん」

「俺達の中で一番楽器に精通してるのはお前だからな」

 

楽器に精通はしてない。千の顔を持つ英雄には精通してるつもりだけど。

 

「じゃあ、何からやる? とりあえず練習は必要だと思うのよね。久し振りだし」

「じゃあ、『般若心経ロック』で」

「なんであえてここでその曲をチョイスしちゃうの? もう少しまともな曲だってあるじゃない」

「じゃあ『紫蝶々』」

「オッケー」

 

さてと。それじゃあ歌って奏でて遊ぼうか。放送機材のハッキングは━━━

 

「もう終わってるよ? 束さんを舐めちゃいけない! でもほんとはペロペロしてほし」

 

 

ちー姉さん の アイアンクロー!(タイプ的には鋼ではなく格闘かノーマル)

 

こうかは ばつぐんだ!

 

束姉さんのひめい が アンダーグラウンドサーチライト の くうかんに ひびきわたる!

 

束姉さん は アイアンクロー を されている!

 

ちー姉さん の アイアンクロー!(タイプ的には以下略)

 

こうかは ばつぐんだ!

 

 

……なんか、最初期のポケモン思い出した。巻き付かれると動けないんだよな。あれ。

 

 

束姉さん は おとなしくなった。

 

 

 

 

  ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

突然のことだった。放送機材が全てこちらの制御を離れ、こちらの操作を一切受け付けなくなってしまった。

そして流れ始めるのは、陽気な男女の声と、小さなBGM。

 

『あー、あーあー↑あー↓あー? マイクテスマイクテス、感度はどうかな?』

『いいと思うわよ?』

『そうかい? ああそうそう、この放送は、ご覧のスポンサーの提供でお送りします』

『音だけだからご覧できないけどねーwww』

『解説は私、Sammer&Bellの揚げ物より煮物が好きな方、サマーと!』

『同じく、Sammer&Bellのティガレックスにハンマーで勝てちゃう方、ベルがお送りいたします!』

 

この放送はあまりに突然流れすぎて、この場にいる全員が驚愕して固まってしまっている。

 

『それでは一曲目!初めは騒がしいくらい騒がしいのから流すからね。五月蝿かったら扉を閉めると良いよ!【初音ミクの消失-Dead end】!』

『このタイトルの初音ミクさんはフィクションよ。もし本当にそんな名前の人を見かけても、なにも言わずにスルーしてあげてね? お姉さんとの約束よ?』

『お姉さんwww』

 

どごっ!バギィッ!ビチャチャッ!

 

『始まるわよーっ!』

 

そうして曲が始まった。

 

……ど………どうしよう…………?

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

数曲の練習の後、俺達は本格的に演奏を始めた。

弾がドラムを叩き、鈴がギターを弾き、俺とカズは使う楽器をころころ変えて必要なものを演奏している。

 

今回用意した曲は【初音ミクの消失】に始まり、【メルト】、【ブラック★ロックシューター】、【ダブルラリアット、【恋は戦争】、【下剋上】、【magnet】、【人狼狂詩曲】……といった激しい曲を主体にしている。一部激しいかどうか疑問なものもあるが。

俺としては楽しければ良いけどさ。

ちなみに、最後にはカズの歌う【なまえのないうた】を予定してある。だんだん静かにしていく予定だし、ちょうどいいと言うことで。

 

あと、実はナレーションはサテライト30で増えた俺と、俺がライアーズマスクで変装した鈴だったりする。

ライアーズマスクは声も変わって本当に便利。

 

「ところでここってどこなの?」

「気にすんな。気にしたところで変わりゃしない」

 

曲の合間に鈴が聞いてきたが、秘密にしとこう。説明が面倒だし、俺もどうやって作られてるのか知らないし。

 

……そうそう、すぐ近くにいる招待客の皆様には好評だった。よかったよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……? なんか無かったか?

 

IS学園の放送機材をジャックして行ったゲリラライブも終わり、今はクラスの片付けをしている。

机と椅子のいくつかを千の顔を持つ英雄で代行しておいたため、テーブルクロスを含めて消滅させるだけでおよそ三割は終了。後はセシリーが持ってきたやつだから少し時間がかかる。

 

ちなみに劇はやっていない。生徒会がなにをやったかって? 興味ないから知らない。

 

…………なーんか物騒なことがあったような気がしたんだけど………………フラグを折っちゃったかね?

まあ、別にいいけど。

 

「一夏、ちょっとこれ食堂に返してきてー」

「おー、わかったー」

 

台拭きを受け取り、廊下をのんびり歩く。今日は本当に疲れた。主に精神的に。

執事服を着てにこにこ笑って、演奏して、接待して、片付けて…………俺らしくないことこの上ないな。

今日はもうゆっ………くり寝ることにしよう。この状態で理不尽なことを言われたら、本気で切れてしまいそうだ。

 

まあ、あまり理不尽すぎることでなければ切れる前に寝ると思うけど。

例えば、弾が交通事故に遭って、犯人は逃走中って知らせが入るとか、どこかの悪の秘密結社の工作員がやって来て、シロを頂こうかと思いまして、とか言ってくるとか。

 

……その他にも色々ありそうだけど、今はこのくらいにしておこう。

理由? そりゃ簡単だ。目の前にたっちゃんがいるからだな。

 

「一夏くん」

「……真剣な話臭いなぁ……なに?」

 

いつもみたいな不透明かつ信用できないうえ緩い空気だったらともかく、今は不透明なのは同じだが、真剣で引き締まった空気を発している。

 

「……今日、何かあったかしら?」

「文化祭とゲリラライブとご奉仕喫茶以外に?」

「ええ。短刀直入に言うと、誰かに襲われたりは?」

 

性的な意味でだったら束姉さんとちー姉さんに襲われたし、好敵手《ライバル》的な意味でラルちゃんに少し人気勝負を持ちかけられたりもしたけど、バトル的な意味では無いな。

 

「無い無い。一人になる時間はほとんど作ってないし、エムさんに遭遇してからはずっと一人にならないように気を付けてたから」

「え……エムさん?」

「巻紙礼子って人。多分偽名。いらないからこの名刺あげる。素手で触ってたから指紋とか採れると思う」

「……ありがと」

 

たっちゃんはなんでか複雑そうな表情でその名刺を受け取り、これまたどうしてか溜め息をついた。

 

「そんな落ち込んだような顔をして、どうしたんだ? 正直に言って似合わないぞ? 愚痴くらいなら聞いてもいいけど?」

 

聞くだけだけど。文字通り文言通り聞くだけだけど。

 

「ん~……なんかさ………私がでしゃばるようなことじゃなかったのかな~って思っちゃってね……」

 

ポツリと溢した言葉は、しっかりと俺の耳に入るくらいの音量だった。話すでも話さないでもよかったんだが、どうやら話す方を選んだらしい。

 

「本当は、一夏くんに被害が行く前に一夏くんを囮に一夏くんを狙っている奴を捕まえたかったんだけど……一夏くんは一夏くんでちゃんと考えて動いてたって知らなかったし」

 

まあ、知られないように動いてたし、普段の俺を見てたら何かに警戒してるようには見えないわなぁ。

実際は臆病すぎるくらい警戒して、安心できる状態でしか寝ないようにしてるんだけど。

俺に被害が来そうになったらすぐに起きるし、大体のものは防げるようにしてあるし。

 

「……私のしたことって、お節介だった?」

「睡眠時間が減って本気で殺してやろうかどうか迷うくらいには………っていう俺の完全な個人の意見は置いといて、理性的に考えた場合は感謝しているけど?」

「……へ?」

 

あ、馬鹿みたいに呆けてる。

 

「たっちゃんが優しいことはよく知ってるし、無駄なことをしたがらないのもよく知ってるから理性的には感謝。ただし寝るのが大好きな俺個人としては、どこかの四肢切断大好きバラバラ大魔王みたいに殺そうか、エクスカリバーに再度出演願って精神的に殺そうか、アイアンクローで頭を握りつぶそうかって悩むくらい憎く思ってるけど」

「なんか一つよくわからないのがあったけどほんとにやめて!?」

「いいよー」

「って軽っ!?」

「重い話は似合わないからさっさと明るくしようと思って」

 

重い話なんて前世の友人の暗黒時代の黒歴史ノートに記載されている設定の中身だけでお腹一杯。それ以上は胸焼け起こすよ。

胸焼けは気持ち悪くなるから嫌だ。

 

「………そう」

「ん。そう」

 

……あ、そうだ。これを食堂にもっていかなくっちゃならないんだっけね。面倒だけど。

ついでに、釣りでもするか。

 

「たっちゃんたっちゃん」

「ん? なにかしら?」

 

ちょいちょい、とたっちゃんを手招きで呼んで、耳元でこっそり囁く。

 

「……まだ居るみたいだけど、釣ろうか?」

 

さっきまでなんとなく落ち込んでいるような空気を発散していたたっちゃんが、急に目付きを鋭くさせた。

 

「……お願いできる?」

「いいよー」

「……前から思ってたけど……軽くない?」

「軽くたっていいじゃない。俺だもの。……まあ、釣った後はよろしく」

 

俺が囮で、たっちゃんが実働。どんな結果になることやら。

 

……食堂食堂、片付けしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やれやれ、やっぱりあったな

 

食堂からの帰り道で、わざと人気の無い場所を通る。賢いやつなら誘いだとか思うかもしれないが、あの短気な奴だったらどうなんだろうな?

しかも、わざと名前を大嫌いなやつのコードネームと同じにしてやったから、相当本気でキレているはずだ。単純そうな顔と雰囲気してたし。

 

……噂をすればなんとやら。本当に単純だったな。

まあ、単純な奴ほど自分の得意な状態にはまると強いから、単純というのは悪いことではない。

例えば、某一歩を踏み出すボクシング漫画の主人公は単純一途で、ひたすら前に出ることしかできないが、はまれば最大級に恐ろしい相手の代表格だろう。

それと同じようにはまれば恐ろしい相手になるのか、それとも口だけの相手なのかは知らないが………まあ、頑張れば多分なんとかなるよな?

 

ならなかった時はならなかった時で考える。場合によってはバスターバロンとサテライト30とシルバースキンと激戦とブレイズ・オブ・グローリーとヘルメスドライブの同時使用も厭わないつもりだ。

 

「 」

「あ、エムさんじゃないですか」

 

相手が口を開こうとした瞬間、それに被せるようにして俺は挑発をさらに繰り返す。繰り返すはおかしくないかって? 初めのあれも挑発の一部だからいいんだよ!

 

「ところで、エムさんはこんなところで何をしているんですか? もう文化祭は終わりましたよエムさん。よいこは帰る時間ですからお帰りくださいエムさん。エムさんがここにいては仕事に支障が出ますから、できるだけ早くお願いしますねエムさん。エムさん? 聞いてますかエムさん。そんなプルプル震えてもエムさんは所詮エムさんなんだからやめといた方がいいですよエムさん。と言うか最大限ぶっちゃけますと邪魔ですよエムさん。仕事は失敗したんだからさっさと帰って上司に叱られて来てくださいよエムさん」

「うるせえな。こっちの仕事はまだ終わっちゃいねえんだよ!」

 

エムさんは本気でキレているらしく、俺に殴りかかってきた。たしかあの秘密兵器はこっちがISを使ってなくちゃ使えないはずだから、こっちも使わず応戦する。

 

千の顔を持つ英雄を使ってトンファーを呼び出す。普通のトンファーではなく、振り回すところの先に鉄球がある。ワンピースでこんなトンファーを使う敵が居たな。

それを振り回し、

 

当然のように鳩尾に爪先蹴りを叩き込んだ。

 

「ぉげえっ!?」

 

なんか変な声を上げてその場に踞ったエムさんの後頭部をトンファーで殴る。実は拳より蹴りよりトンファーの方が威力が弱いから、これでも手加減の一種なんだよな。

 

しかしそのトンファーの一撃は、ISのシールドに阻まれて届かない。

仕方がないので神鳴流烈蹴斬弐の太刀でシールドを抜いてもう一度蹴る。今度は喉を蹴り潰す感じで。

 

「ゴヴォッ!?」

 

酷い悲鳴だな。急に襲いかかってくるからそうなる。もっとちゃんと『襲いますよ』って言ってから来いって。

そうすれば手加減の一つや二つは………してやらないこともないが、結局殴る。そして蹴る。ついでに関節を極める。あと折る。それから無限エクスカリバーの刑。最後にちー姉さんに引き渡す。

 

……知らない奴が多いが、ISを使っていても関節技を極めれば普通に骨折や脱臼くらいまでは持っていけたりする。関節技《サプミション》こそ王者の技よ!とはよく言ったものだな。

 

「……ぐぁ……て……てめぇ………この……クソガキがあぁぁあああっ!!」

 

なんか蜘蛛っぽい爪が出てきた。その上、先端が開いて銃口が顔を出している。見た目がキモい。

 

「まあ、関係無いけどな」

 

なんのために俺がわざわざ実際に接触したと思ってるんだか。

ダメージは二の次。本命は、エムさんの使うISにとある能力の発動に必要なエネルギーを送り込むためだったりする。

その能力とは、俺が神に実際に頼んだ能力の一つ。名前をインヒューレントスキル・ランブルデトネイターと言う。

 

流石にこの距離で爆発されると色々きついので、シルバースキンを三枚ほど装着して、それから爆破。ISの装甲だろうがコアだろうが、金属でできているなら壊せない道理はない。

……実はシルバースキンを爆破することもできたりする。ただし、その場合だとシルバースキンは自動修復されないから、新しく出す必要があるが。

一番便利な爆破の元は、エンゼル御前の矢かモーターギアの二択。激戦もいいが、疲れる。

 

急に八つの爪の全てを爆破されたエムさんは、全身にISを展開して備える。俺はそんなエムさんを帽子の下から眺めるが、どうしてもギンの方が強そうに見えるし、束姉さんが操縦するゴーレムの方が強い気がする。

 

「で、エムさんはなにやってるの?」

「私をあいつと同じ名前で呼ぶんじゃねえ!私は秘密結社『亡国機業』が一人、オータム様だ!」

「覚えるのが面倒だからエムさんで固定な。自己紹介も終わったし、帰れば? どうせエムさんじゃあ俺には勝てないだろうし」

 

帰してやる予定は一切ないけど。

 

「っだらぁぁあああっ!!」

 

急にエムさんは俺に襲いかかってきた。爆破されて先端を失った機械の脚をわしゃわしゃと蠢かせ、結構な速度で飛んでくる。

うん、生理的に受け付けられないくらいキモい。

 

シルバースキンを解除し、クロの上からシロを展開。クロはISだからほぼ完全にシロと同期することができる。ISスーツより便利だ。

雪片弐型を展開して、それから左右の衝撃砲と接近しての斬撃でかなり一方的に追い詰める。ネットなんかがこのシロに効くと思うなよ。

 

抉るようにして、撃つ。それだけでかなり削ることができる。ぶっちゃけ弾丸《バレット》だな。久し振りの出番だけど。

鈴達との模擬戦闘の時に使うと割と深刻に体に響くから使ってないしな。

 

……さてと。俺としてはISだけ置いて帰ってくれると嬉しいんだけどな。エムさんにマーキングはしたし。

それに、そろそろたっちゃんが仕事に来るはずだし。

 

「あら、私が助けに来るまでもなかったかしら?」

「いやいや、来てくれて嬉しいよ」

 

とりあえず、これで俺の仕事の一部は終わり。後はたっちゃんの仕事だ。

 

『……お疲れ、一夏』

「ほんと、疲れたよ。ののちゃん」

 

…………ん? ののちゃん達はずっと見てたぞ? 屋上あたりから、ISを使って。

穿千とスターライトmk3を展開してたり、衝撃砲の砲身をロングバレルな形で形成する準備が整ってたり、レールカノンやミサイル弾幕や狙撃用グレネードランチャーとかの準備ができてたりもするけど。

 

……それじゃあ、仕掛けもすんだことだし、寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、亡国機業本部にて

 

どうやらあの後エムさんは逃げきったらしい。たっちゃんがそう報告してくれた。

まあ、実はすぐにでも居場所を見付けて殲滅することもできたりするんだが………いいや。セシリーの後の事を考えれば、この辺りでちー姉さん似の……名前なんだっけ?

織斑はわかる。織斑…………なんだったかな……。

ま……ま……………そう、マゾカ。そんな感じの名前だったはず。自分の顔にナイフを滑らせて悦ぶような変態性癖の持ち主だし、名は体を現すって本当のことだと思った瞬間だった。コードネームもM《マゾ》だし。ぴったりな名前だと思う。

……とにかく、マゾカと戦っておくのはためになるだろうし。

 

……さてと。ちょっと悪戯しようかね。エムさんと大雨さんに挨拶でもしとこう。

アリス・イン・ワンダーランドは本当に便利。あれを使って電話のように話をすることもできるんだから。

まあ、電波やら何やらを狂わせ、機械を狂わせ、人間の感覚すらも狂わせるアリス・イン・ワンダーランドだ。電波のやり取りくらいはできてもおかしくない。

 

と、言うことでエムさんにくっつけたマーキングをヘルメスドライブで見付け出し、その位置にアリス・イン・ワンダーランドを薄く散布する。これで話ができるな。

できればエンゼル御前を付けたかったが、いくらなんでも見付かるだろうと思って断念した。

今思えば、エンゼル御前にシルバーカーテンを使ってやれば見つからなかったんじゃないかと思ったりもするが、過ぎたことを気にしすぎるのはよくない。反省するだけして、後はきっぱり割り切ろう。

 

原作内では第二位と三位の謎キャラ(何を考えているかわからないという意味と、謎に包まれた出生的な意味で。一位はダントツ束姉さん)の二人と話ができるんだから、ISのファンとしては楽しまなくっちゃ損ってもんだ。

ファンの割には崩壊させる率が非常に高いけど、まあその辺りは気にしない。

 

俺だからな。

 

……でも、やっぱり眠いからまた今度でいいや。と言うか、盗聴とかいいや。もう面倒になってきたし。

適当に【死ねばいいのに】でもリピートかけとけばいいや。【ベンゼン】とか【ニトロベンゼン】でもいいけど。

 

……ふぁ………ねみぃ…………おやすみ……。

……すか~…………。

 

 

 

  ■ ■ ■ ■

 

 

 

とある高層マンションの最上階の、豪華な飾りが溢れかえるほどに存在しているその部屋で、一夏にオータムと名乗ったが一度もその名前で呼んでもらえず、あろうことか目の前にいる大嫌いな新入りの少女と同じ名前で呼ばれ続けた可哀想と言えば可哀想な女性が、少女に詰め寄っていた。

つい先程、更識楯無を主とした七人の少女達に一方的にボコられていたところを助けてもらっておいて、恥を恥とも思わない、しょーもない女である。

 

「るっせぇ!!何で私ばっかこんなめにあうんだよ!? あれか!お前私の事が嫌いか!? 私もお前の事なんか大嫌いだくそったれが!!」

「……何もない天井を向いて話すとは………本格的に駄目女だな。女以前に人間としても駄目だが」

「てめえに言われる筋合いはねえよクソガキ!」

 

その女は八つ当たりも含めて少女の体を壁に叩きつけ、無理矢理押さえつけていた。端から見ていると強姦現場に見えなくもない。

 

「明らかに悪意満載じゃねえか!私にはスコールっていう恋人がいるんだよ!何でこんなちんちくりんに手を出さなくっちゃなんねえんだ!?」

 

なんだ、浮気か。浮気魔とか脳天に穴を開けられて脳味噌をスプーンで掻き出されて死ねばいいのに。

死ねよ。

 

「ついにこいつ直接罵倒してきやがった!?」

「……スコール。この頭が可哀想な女のどこが良いんだ?」

「あら、可愛いじゃない」

 

突然聞こえた女の声に振り向くと、そこには女の恋人であるらしい女が一人。名前はスコールと言うらしい。

 

「スコール!」

「あらあら、可愛い顔が台無しよ? もっと落ち着きなさいな」

「それより!」

「いいから、落ち着きなさい」

 

いつの間にか近付いていたスコールに優しく抱き締められ、エムさんと呼ばれ続けたオータムは顔を赤らめて静かになる。それを少女は下らないと切り捨てて部屋を歩き去る。

 

「エム。ISは整備に回しておいて頂戴。サイレント・ゼフィルスはまだ奪って間もない機体だから、再度の調整が必要よ」

「わかった」

「―――それと、オータムを連れてきてくれてありがとう」

 

その言葉に一瞬だけ足を止めるが、すぐにその足は動き出す。

 

「―――ふん。命令だからな」

 

閉じたドアの向こう側で囁かれるように口に出された言葉を知るのは、口に出した張本人であるエムだけだった。

 

……ところで、オータムってちょろいよな。正直に言うと、一言で機嫌を直すオータムを見て、すわ二代目ちょろいさんの降臨かと思ったし。

まあ、ちょろータムだから仕方がない。ちょろシア・ちょろコットと同じくらいちょろいちょろータムだから仕方がない。

 

返事とかは無いが、返事があろうが無かろうがちょろータムがちょろい事には変わりない。藤崎漫画の封神演義の足音がロリロリな奴みたいに、歩く度にちょろちょろとでも効果音をつければいいのに。

 

……冗談だよ? なに、空気を読めって?

はっはっは、そんな無茶な。

 

『ぜんぶ聞こえてんだよぉぉおぉぉっ!!』

 

盗み聞きか。変態め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭の、裏話

 

……これはちー姉さんから後々になって聞いた、学園祭の時にちー姉さんが行ったことの話だ。

多少の推測が入るために完全とは言えないものの、恐らくちー姉さんがわざと隠した部分もそこそこ正確に描かれているだろうと思われる。

 

まあ、ちー姉さんの暴走はいつも通りだし、そこまで気を張って読む必要もない、単なる報告書みたいなものだ。

 

 

 

 

side 恐怖公 血冬

 

ゴッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ドゴス!ベゴシャ!ブヂブヂブヂッ!!ゴギンッ!ベゴォ!ドムドムッ!ドムドムドゴスベギグシャッ!!

 

 

 

side 織斑 千冬

 

学園祭当日。私はとある女を後門のすぐ近くで待っていた。束か? と思うかもしれないが、今回は珍しく違う。

私が待っているのは、ボーデヴィッヒにあのようなことを吹き込んだ主犯であり、私の教え子の一人でもあるクラリッサ・ハルフォーフだ。

 

あの女がたわけたことをボーデヴィッヒに吹き込んだお陰で、一夏にの額に……ひたいに……ヒタイニィィィイイ!!

 

「ひぃっ!?」

 

……オヤァ……? 漸く来たようだナァ……?

 

久し振りに顔を会わせるが、ハルフォーフも大きくなったものだ。私とそこまで年は離れていないのだが、初めて出会った時のハルフォーフは年齢的には中学三年から高校一年程度で、その頃のイメージが強い私はつい子供相手のような気がしてしまう。

 

……だが、ここまで育っているならば加減は要らんだろう。外交問題にはならない程度に全力でボコってくれる。

 

目の前で青い顔をしてカタカタと震えるハルフォーフに私はゆっくりと近付きながら、どの程度まで加減するかを考えるのだった。

 

 

 

結局、そこそこ本気のアイアンクロー程度で手を打ったのだが、ハルフォーフはハルフォーフで凰ほどではないにしろかなりの再生能力を有していたのですぐに復活してしまった。三十分は悶絶させるつもりだったのだが、実際に悶絶していたのはたったの1分ほど。

……まったく、私も衰えたものだ。

 

「いえ、かなり痛かったですよ、教官。隊長への愛をみなぎらせていなければ、危ないところでした」

「そうか」

 

……つまりハルフォーフも、相手は違えど私達と同じ位階に足を踏み入れようとしているのか。

……と言うことは………もう少しやっても平気と言うことだな?

 

「お願い致します、辞めてください」

 

右手をゴキゴキと鳴らしていると、どうやら自分の末路を悟ってしまったらしいハルフォーフから土下座せんばかりの勢いで頼まれてしまった。かなり本気の懇願のようだったので、仕方なくやめてやることにした。私はそこそこ優しいからな。

 

 

 

ハルフォーフと別れてすぐに、私は一夏に連れられて一夏の中学時代の同級生達(+α)のゲリラライブを楽しむことになった。クラスの事は……まあ、なんとかなるはずだ。

一夏と凰と五反田兄が気合いとノリと勢いで分身してクラスを切り盛りしているので人手が足りなくなることは無さそうだし、山田先生が一肌脱いでメイドをしてくれているので問題ない。

 

山田先生は少しひきつったような笑顔を浮かべていたが、最後に見た限り本気で楽しんでいたしな。

 

……さて、私もそろそろ仕事に戻るか。束を放置するわけにもいかんしな。

 

 

 

「楽しかったよー。まったね~!」

 

そう言いながら帰っていった束の姿が消えて、私は漸く一息つくことができた。

 

学園祭には、多くの国の上層部、または諜報部の者達が、代表候補生等から一般参加用のチケットを使って堂々と入り込んでくることがある。

チケットを使っている以上、なにもしないうちに追い出すのは不可能だが、逆に言えばなにかをすれば責任を問うこともできると言うことだ。

 

……ここで何が困ったかと言うと、束の存在とその優秀さだ。

束の居場所の情報は、束を欲しがる国家や組織の上層部にとっては何よりも価値あるもの。当然、見つけたならばすぐにスカウトや強引な勧誘、最悪拉致等を仕掛けてくるものも居なくはない。

 

そんなことをしてくる相手に束が加減をするわけもなく、私はやり過ぎた制裁を止めるのに四苦八苦した。

 

確かにその組織からの勧誘などを抑える方法で一番確実なものはその組織を潰すことだが、組織を潰すために国家を丸ごと潰すと言うのはいただけない。

加減するべきところで加減をしなければ、それは天災ではなくただの暴力だ。

暴力を振るうのは最終手段として、それでいて自分に正当性がなければ排除されるのは自分だ。

 

……まあ、束はそれをわかってて限界ギリギリの所をにこにこ笑いながら踏みにじるのだから質が悪い。

 

結局話し掛けてきた数人を見事に首にさせ、その者が所属する組織と国家にそこそこの損害を出させるだけで抑えさせたが、それでもやはり疲れた。束と一緒にいると、精神的に疲れてしまう。

……今日は一夏のプリント付きの抱き枕を抱いて寝よう。束もたまにはいいものを作る。

 

 

 

そう思っていたのだが、寮長室のベッドで丸まっている一夏を見て、抱き枕が必要ないことを悟った。

……今日はいい夢が見れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決定事項、面倒臭い

 

今年は一年生に専用機持ちが多いと言うだけの理由で、キャノンボール・ファストとか言うレースに強制出場させられることになってしまった。

とにかく早くゴールすればいいだけの話らしいので、周りの妨害をしつつさっさととんずらするのが正解だろう。

ラッキーなことにシロは速度特化型だし、そこまで時間がかかるようなことは無いはず。ゴールしたらさっさとコースから出て寝よう。そうしよう。けってーい。

 

「はいはい、それでもいいから試合中は本気でやってね。本気の一夏に勝ったら千冬さんに挑戦して、一夏をあたしに下さいって言うんだから」

「私もいいか?」

「む、では私も立候補しよう。近くに居ればその強さの秘密が分かるやもしれんし、私も嬉しいしな」

「……すぅ……ふぅ……一夏を、私にくだしゃひ………うぅ…………」

 

……小声で練習しているかんちゃんはなんだか見ていて和む。

 

「……? また撫でられた……」

「可愛いからよ。可愛い子は撫でられる運命にあるのよ。私が決めた、今決めた」

「うんうん、かんちゃんは可愛いね」

「……ぁぅ…………」

 

何この娘可愛すぎるんですが。本気で可愛らしすぎるんですが。

……まあ、撫でとこう。

 

「……はぁ……うん、つっこまないよー、僕はもうつっこまないよー」

「ところで一夏さん? 犬を一匹飼ってみる気はありませんか? 名前はセシリアと言いますが」

「………っ!……つ……つっこまない……つっこまない………っ!!」

「面倒を見れなさそうだからやめとく」

「ご安心下さい、トイレの躾はできておりますし、洗濯と掃除はバッチリですわ。………料理は不味くもなく美味しくもなくという程度ですが」

「━━━ッ!!━━━━━━ッ!!!」

「……シャルロット。我慢は体によくないわよ?」

「そうだぞシャルロット。あまり自分の中に溜め込みすぎていると、体を壊してしまう。病は気からと言うが、騒の気も鬱の気も、過ぎれば体には毒にしかならん」

 

ぷるぷる震えてツッコミを我慢しているシャルだけど、ツッコミ属性がツッコミを我慢できるわけが無い。前にあった賢者モードだったらともかく、平常時だったら特に。

その上シャルは完全にツッコミ属性だ。ツッコミもできるボケ属性ではなく、真性のツッコミ属性だ。

……あと、弄られキャラでもあるな。

 

……まあ、なんにしろ準備はしとかないとな。面倒だけど。

 

「キャノンボール・ファストが終わったら、みんなで一緒に寝ましょう? だから、頑張って」

「……鈴。お母さんって呼んでいい?」

「できればやめて」

 

やめてと言われてしまった。仕方無い、やめるか。

 

 

 

「そう言えば、キャノンボール・ファストで思い出したんだけど、一夏の誕生日当日よね? 何か欲しい物ってある?」

「睡眠時間がほしい」

「……また難しい注文をするわね……腕がなるわ」

「そうだな。それでは共同作業でつくるとしようか」

「……とりあえず、五反田さんに連絡を取ることを提案いたしますわ」

「「「意義無し」」」

「……すー……はー……すー……はー………落ち着け、落ち着くんだ僕………素数を数えて落ち着こう。素数は1か自分自身でしか割りきれない孤独な数字、僕に元気を与えてくれる…………」

 

なんだかシャルはツッコミを我慢するあまりネタに走っちゃってるよ。このままだとボケとツッコミのバランスが崩れて大変なことになりそうだ。

 

原作的な意味ではとっくに帰還不能地点《ポイント・オブ・ノー・リターン》を通り過ぎてるけどな。

 

「……とりあえず、今度の休みに皆で一緒に寝ましょう。千冬さんや弾達も呼んで」

「私も姉さんを呼ぶか?」

「お願いするわ。一緒に寝る人数は多い方が夢の中が楽しくなりそうだし、幸せだし……安全だしね」

 

……ああ、あのエムさんのことでも思い出してるのかね?

エムさんはしばらく大丈夫だと思うがね。聞いた話だと原作よろしく自爆して逃げようとして失敗して、地獄の断頭台を食らいそうになったところでマゾカに連れられて逃げ出したそうだし。

ちなみに、逃げてる最中にセシリー凝縮歪曲光線と、ののちゃんの真っ赤なエネルギー砲と、鈴の重複圧縮衝撃砲(左右の衝撃砲の口径をすぼめて威力を上げて、そのまま同一地点に撃ち込む大技……らしい)と、ラルちゃんのレールカノンと、シャルの大口径対物ライフル砲(部品の一部と銃身に千の顔を持つ英雄を使用しているデュノアの製品。なかなか壊れない上威力が馬鹿高い)と、かんちゃんの山嵐(手動ロック)が打ち込まれたが、シールドビットを犠牲に相手は逃げ切ったらしい。凄いなマゾカ。流石マゾカ打たれ強い。

 

……まあ、誕生日のプレゼントは毎年似たようなものだし、結果も毎回似たようなものに落ち着くし、これでいいだろ。

 

……さてと。俺は寝ようかね。やることと言えば後でキャノンボール・ファスト仕様にシロを調整するくらいだし。

 

……対光学兵器用に雪片弐型は必要だけど、衝撃砲は封印。空間固定も封印。機動に全部回せばいけないことはないだろう。千の顔を持つ英雄もあるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日、セシリアの悩み

 

……ふぅ……と溜め息をつく。これで今日、いったい何度溜め息をついただろう?

その回数を数えようとして指を折り曲げ始めたが、指を曲げ伸ばしした回数が25を越えた辺りで憂鬱になり、数えるのをやめた。

そしてその事でまた溜め息。

 

「…………はぁ……」

「……セシリア。そんな溜め息ばっかりついてると幸せが逃げるわよ? 何があったのよ」

 

隣の席に座る鈴さんが心配そうな雰囲気で話しかけてきてくれるけれど、今はそれに笑顔を返すことすら難しい。

 

どうにか笑顔らしきものを浮かべて見せましたが、鈴さんにはどうやら笑顔に見えなかったようで、さらに心配そうな表情を浮かべてしまった。

 

「……なんかあんた、本気で調子悪そうね」

「……いえ、そんなことは……」

「あるでしょ。バレバレなのよ」

 

いつもの勘……ではなく、恐らくただ観察した上での言葉に、わたくしは溜め息をつく。いつもならばここまで分かりやすいことはないはずなのだけれど、今日はとことん調子が悪い。

 

『……話してみたら? ここだけの話にしとくからさ』

 

すると聞こえてきたのはISのプライベート・チャネルでの声。どうやら本格的に相談を聞いてくれるつもりらしく、鈴さんはわたくしのことをじっと見つめている。

 

『ああ、千冬さんにばれると後が怖いから目はそらすわよ?』

 

ちゃんと聞いてるから、と言って鈴さんはのんびりと麻婆定食を口にする。

 

『……実は…………』

『うん、実は?』

『…………最近、一夏様に調教し《いじめ》ていただけなくて欲求不満気味なのですわ』

『………』

 

わたくしの言葉を聞いた鈴さんは一度固まり、それからレンゲを置いてナプキンで口の周りを拭いた。ナプキンには何もついていなく、とても綺麗に食べていたのだと言うことがわかった。

 

「あんた真性のマゾヒストね」

「―――ッ!」

 

いきなりの罵倒に体の一部が熱くなる。喉からせりあがってくる声を唇を噛み締めるようにして殺し、両手を思いきり握り締めて波が過ぎるのを待つ。

 

『きゅ……急に何をおっしゃるのですか!心の準備もなかったお陰で危うく気をやるところでしたわ!』

『……本気で餓えてるのねあんた。一夏以外でもこうなるなんて…………』

『恐らく、鈴さん、箒さん、シャルロットさん、ラウラさん、簪さん、織斑先生相手ならこうなる自信がありますわ』

『……………はぁ……確かにそれは不味いわね。後で一夏に話はつけてあげるから、今はこのくらいで我慢してね』

 

鈴さんはわたくしの額にでこぴんの前状態の指を近付け、容赦の欠片もなく撃ち込んだ。

バヂンッ!という音と共にわたくしの額に鈍痛が走り、わたくしは椅子から床に転げ落ちてしまった。

 

『じゃあ後でね』

『あ……あぁぁ………あ……はぁ………♪』

 

わたくしは久し振りに他人から与えられた痛みに恍惚としながら、皆様が内履きとはいえ靴で歩き回っている床を這いずりまわる。

顔が汚れた? 髪に埃がついている? むしろそれはご褒美ですわっ!

 

 

 

放課後になり、わたくしはいつものように一夏様の元に。するとわたくしのことを見た一夏様は、いつもと違う表情でわたくしを見た。

 

「鈴から話は聞いてる。だから今日だけは、ちょっと付き合ってあげる」

「!? あ、ありがとうございますっ!」

 

わたくしはその場で頭を下げる。いつもならばなんと言っても流され続けていたが、今日はわたくしのことをとことん苛め抜いてくれると言ってくださったのだから、喜ばない理由がない。

換気を露にしているわたくしを見て、一夏様はにっこりと笑いながら言う。

 

「あははは、気持ち悪いやつだなぁ」

「ぁはぅあぁぁっ!?」

 

たった一言。一夏様の口からたった一言の蔑みの言葉が出ただけで、わたくしの脳髄から背骨を通り、全身を甘い甘い稲妻が走り抜けた。

声も抑えることができずにはしたない声をあげてしまったし、全身にまだ残っている稲妻の余韻が抜けた後に体を支えられる自信がないほど疲労している。

しかしそれでも、わたくしの頭のなかは幸福感で一杯だった。

 

(……あ……少し濡らしてしまいましたわ…………)

 

「こっちにおいで、雌豚」

「はぅぅうぅぅぅっ!?」

 

れ……連続技は卑怯ですわっ!いくらわたくしでも、身体が持ちませ

 

「来い、豚」

 

いつもより数段強い口調。それで一夏《ごしゅじん》様に命令されてしまえば、わたくしが逆らうことができるはずもなく……わたくしは動きづらい体を懸命に動かして一夏様に近寄って行く。

 

数十秒をかけて一夏様の足元に到着したわたくしは、一夏様の顔を見上げる。

一夏様は優しい笑顔を浮かべ、わたくしの頭をゆっくりと撫でてくださった。

 

いままでの急に跳ね上げられるような感覚ではなく、ゆっくりと持ち上げられていくような感覚に、どんどんとわたくしの身体が火照っていくのがわかる。

一夏様の触ったところは頭だけだと言うのに、わたくしの身体はまるで火にかけられたかのように熱い。

 

「……セシリー」

「……は……はい……ごしゅじんさまぁ……♪」

 

わたくしと御主人様の視線が絡み合う。それからゆっくりと影が近付いて―――

 

 

「お嬢様。あれほど派手な下着も『馬鹿には見えない下着』も控えるように申し上げましたのに」

 

 

急に現れたチェルシーが、にっこりと笑うのを見て悟る。

 

「……夢………ですのね」

「慧眼です」

 

ぱん、と世界が弾けて消えた。

 

 

 

目が覚めるとそこは一夏の部屋。セシリアはぷちか数体に囲まれて眠っていた状態からゆっくりと体を起こし、真っ暗な中で目を凝らす。

すると一夏の布団の上には何人分もの影が存在していて、自分はそこから弾かれたのだと知る。

 

(……わたくし……欲求がたまっているのでしょうか……?)

 

そう考えながらもベッドに寄りかかり、一夏の寝顔を観察する。

 

「……たまには、夢の中の御主人様のように……わたくしを苛めてくださいね?」

 

……お願いしますわ、御主人様。

 

そう、心の中で呟いて、健やかに眠る一夏様の額に唇を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS改造、依頼先は……?

 

side 篠ノ之 箒

 

私は今、携帯電話を片手に学校の屋上に居る。

まだ電話を掛けているわけではないが、すぐにかける予定だ。

 

電話帳から姉さんの携帯番号(なぜか始まりが090でも070でも080でもなく666な上、13桁という市販ではありえない番号だが)を呼び出して電話を掛ける。内容は、紅椿について。

 

抱き付きからの零距離展開装甲攻撃の威力の底上げと機動力の上昇のため、胸部と腹部に追加装甲をお願いできないかという話をするつもりなのだが………なんと言うか、姉さんならば普通に用意ができてそうで恐ろしい。

 

数度の呼び出し音が響いて、

 

『やあやあしばらくぶりだね箒ちゃん。束さんはちょっと寂しかったよ?』

 

いつもとまったく変わらない、能天気な姉さんの声が聞こえた。

 

「そうでしたか。それは悪いことをしました」

『も~、前にも言ったけど箒ちゃんってば固いよ~? もっとキャッチーに呼んでくれたまへ~』

 

……キャッチーに、というのがどういったものかよくわからないのだが………とりあえず、呼び方から変えてみるか。

 

「……わかりました……お……お姉ちゃん」

 

電話の向こうで氷に皹が入ったような音が響いた。そして、一夏に再会してから聞きなれた粘性の高い液体が滴る音も。

 

「お……お姉ちゃん?」

『けぺっ!……だ、大丈夫だよ箒ちゃん!お姉ちゃんは元気だよっ!』

 

姉さんはそう言っているが、どうしても平気そうな場面が見えてこない。

 

「……なんというか色々と大変そうなので、やっぱり姉さんと呼びます」

『うん、束さんもあんまりそう呼ばれすぎると身体が持たないからその方が嬉しいかな!ざんねんだけどね!すっごくざんねんだけどね!!』

 

いつも通りの高いテンションを維持したまま姉さんははしゃぐ。全くこの人は。いつまでも子供のようだ。

 

「……ところで、今回電話した理由ですが……」

『わかってるよー。紅椿に追加で展開装甲をつけたいんでしょ? お腹と胸にさ』

 

本当に理解していたようだ。いったいこの人は、どんな世界で生きているのやら。

 

『箒ちゃんのことはほとんどなんでもわかるのさっ!だって私は箒ちゃんのお姉ちゃんだからね!』

「凄いですね」

 

色々な意味で。

 

『それじゃあすぐそっちにいっちゃうから、明後日の四時くらいから三十分くらいは開けといてねー』

「はい、ありがとうございます」

『まったねー!』

 

ぷつり、と切れた携帯電話に目を落とし、一つ息を吐く。千冬さんに連絡を入れておかねばな。千冬さんには迷惑をかけてしまうが………一夏の小学校のプールの写真1ダースで許してもらえるだろうか?

姉さんにもありがとうという思いを込めて渡すつもりだったが、それが2セットになったところでそこまで変わらないし……。

まあ、何とかしてみせよう。姉さんの手伝いも、もう慣れた。

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

「……もしもし、楊管理官でしょうか? 代表候補生、凰鈴音です」

『代表候補生管理官、楊です。用件をどうぞ』

「現在開発中のキャノンボール・ファスト用高機動パッケージの仕様について、できる限り詳しいスペックデータを要求します。未完成であっても、予想値は既に出ていますよね?」

『はい。まず衝撃砲ですが、出力を落とし、近距離用拡散仕様に変更されていますが、基本的には使えます。増設スラスターは新技術を用いた物で、従来のスラスターとは感覚が違います。事前に慣れておくように』

「了解しました。……衝撃砲ですが、口径変更は可能ですか?」

『……一応、可能ではあります。しかしそれには相当の集中力が要求され、高速機動中には難易度が高く、狙い通りにいかない可能性が濃厚です』

「了解。実際の最高速度と加速度は?」

『残念ですが、正確な値は出ていません。完成後の調整で多少の変更が効きますが、およそイギリスのブルー・ティアーズの強襲制圧型と同等以上の性能を持ちます』

「わかりました。いつごろ届くことになりますか?」

『……そうですね………今週末というところでしょう』

「了解。それでは」

『はい』

 

ぷつ、と電子音が鳴って電話が切れる。携帯を数秒眺めて、ぱたりと閉じた。

 

……いつも、一夏とは仲良く過ごしてきた。

それと同時に、競う時は必ず全力でぶつかり合った。

いつしか一夏はあたしよりずっとずっと強くなって本気を出してはくれなくなったけど、それは私が弱いのが悪い。

 

だからこそあたしはやれることはみんなやって、いつでも全力でぶつかっていく。

今回こそ、一夏の本気を引きずり出してみせる!

 

……そうだ。今回はあたしだけじゃないんだから、協力を頼みましょう。

 

あたしはいま閉じたばかりの携帯とは別の携帯を開き、そこに登録されている番号に一つ一つ電話を掛けていく。たぶん協力はしてくれると思うけどね……。

 

 

 

 



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141~150

 

 

お出掛け、待ち合わせ場所で

 

数日前に、シャルと出掛ける約束をした。なんでも、腕時計をくれるとか。

俺としてはあんまり必要だとは思わなかったんだが、どうしてか妙にすすめてくるので一応使ってみることにした。

………シロに時計機能があるっていうのは黙っとこう。うん。

 

そして今はその約束の時間の30分と少し前。なのにシャルはもうそこに居て、その上なんか絡まれてる。

……嫌がってるみたいだし、助けに入った方が良いのかね? 必要無い気がするんだけどさ。

 

 

 

 

side シャルロット・デュノア

 

数日前に勇気を出して一夏をデート(これ重要)に誘って、なんとかOKをもらった。

その日からずっと今日が待ち遠しくて、今日のために何日も前から服を選んだりもした。

……まさか、待っている時間がこんなにも嬉しいと思う日が来るなんて、夢にも思わなかった。

なんとなく前髪が気になって、手鏡を使って前髪をチェック。………なんか、決まらない気がする。

ちょんちょんと前髪を整えること30秒。なんとか自分で納得できる位置になったのを確認して、手鏡を鞄にしまう。

ちらりと時計を見ると、待ち合わせの時間まであと36分くらい時間があった。

 

……うん、ちょっとはしゃぎすぎてたかも。落ち着いて落ち着いて……笑顔の練習でもしてようかな。

 

にこっ、と笑顔を浮かべる。鏡では見えないけど、頬がひきつっていたり眉間に皺がよっていたりはしない、普通の笑顔を浮かべることができた……と思う。

 

……うん、大丈夫。一夏にちゃんと向けられる顔をしてるはず。変な顔とか言われないはず……大丈夫、大丈夫……。

 

「ねえねえ、カーノジョっ♪」

「今日ヒマ? 今ヒマ? どっか行こうよ~」

 

……何この人たち? 何で僕に話しかけてくるの?

………もしかして、ナンパってやつなのかな? 僕ってそんなに軽そうに見えるのかな……?

 

「約束がありますから」

「えー? いいじゃん、いいじゃーん。遊びに行こうよ」

「俺、車向こうに駐めてるからさぁ。どっかパーっと遠くに行こうよ!フランス車のいいところいっぱい教えてあげるからさ!」

 

……寝てるところを邪魔された時の一夏って、もしかしたらこんな気持ちだったのかもね。さっきまですごく幸せな気持ちだったのに、今はすっごく気分が悪い。

もしそうなんだとしたら、叩き起こされた一夏があんなに不機嫌になる理由もわかる。

 

……だって今、すっごい機嫌悪いもん。逆鱗に触れられた竜とかって、きっとこうなるんだね。暴れるのもわかるかなぁ……。

僕もできることなら暴れたいけど、一応国家代表候補生で専用機持ちだから、自重しないとね。

 

「……この地球温暖化で騒がれているご時世に、日本の公道で、よりにもよって燃費の悪いフランス車ですか………ふうん」

 

気に入らないから近寄らないでほしいという思いをふんだんに込めた笑顔を浮かべて、それを目の前の人たちに向ける。できればこれで諦めて帰ってほしいんだけどなぁ……。

そう思いながら適当にリヴァイヴの新武装を山のように使って、香水の臭いを必要以上にさせている目の前の二人の頭を何十回か爆散させる。

 

…………あの豆腐か何かが詰まってるだろう肩の上にある帽子掛けを、ショットガンの斉射で弾け飛ばすことができたら……きっとすっごくすかっとするんだろうなぁ………。

 

目の前の二人の帽子掛けや案山子の体に、弾丸やらグレネードやらミサイルやらを撃ち込む想像を繰り返すこと62回。一夏との約束の場所はここだし、どうしようかなぁ……と思っていると、二人の後ろに一夏が見えた。うん、なんだかいつもより少しだけ大きい一夏も良いね。

……120センチくらいかな?

 

「一夏!」

「おー、来たぞー」

 

片手をふりふり僕の方に歩いてくる一夏を見てると、すっごい可愛く見えてしまう。真剣な時はあんなにかっこいいのに、こんなに可愛くもあるなんて反則だよぉっ!

 

僕がそうして一夏の可愛さに悶えていると、目の前の二人は今度は一夏に難癖をつけ始めた。

 

「あぁ? なんだガキじゃねえか。悪いけど彼女は俺たちとの用事ができちゃったからよ? 向こう行っててくれるか?」

 

……殺されたいのかな、この二人。一夏に喧嘩を売るだけじゃなく、一夏を馬鹿にして……鈴や箒や織斑先生に聞かれたら、一瞬で首と体がちょんぱされちゃうよ?

僕とセシリアと簪だった場合は銃撃されたりミサイル撃ち込まれたりするから結局死ぬし、五反田支部長に聞かれたら拷問地獄らしいけど。

 

「……もしかして俺って喧嘩売られてる?」

「おいおい、弱いもの苛めなんてできねえよ。なあ?」

「そうそう。ほら、あっち行った行った」

「……シャル。約束したのか?」

「してないよ。勝手にこの二人が言ってるだけ」

「そ。……ってことなんで、お帰り願えますか? どこのどなたかも存じませぬが、無理矢理な勧誘は条例違反ですし、ついでにその趣味の悪い香水の臭いがきつすぎて公害になってるんですよ。これ以上頭の悪そうな言葉をしまりの無い口からぼろぼろ溢すのを辞めて、可及的速やかに産業廃棄物処理場と言う名の自宅に帰って荷物を纏めて財産を慈善団体に寄付して縄を一本と衣服だけで富士の樹海からあの世への旅行にでも行ってくださいな」

「うん一夏、否定する気は欠片も無いけど言い過ぎじゃないかな!? なんか殺気立っちゃってるんだけど!?」

「殺気立った産業廃棄物は自分の本性という醜い毒を、汚らわしい口から汚物のような言葉と一緒に痴呆のように垂れ流しながらだだっ子のように暴れるしか能がないんだから、それを否定しちゃったら生きる価値も存在する価値も何もかもが無くなるだろ? そんな残酷なこと俺にはできないよ。俺優しいから」

「優しいの使い方が間違ってると思うんだ!優しくないよね? 優しいどころかそれと真逆の行為を普通にしちゃってるよね!?」

「俺、間違ったこと言ってる?」

「うん!だって産業廃棄物にそんな毒を吐くなんていう高度な真似ができるわけ無いじゃないか!一人で勝手に自滅するか人に迷惑を掛けて一人で自滅するか人に迷惑を掛けて巻き添えを作って自滅するかの三択だよ!今だって人目を気にしないで殴ろうと拳を振り上げてるし!こんなところで殴ったら確実に現行犯で犯罪者になるっていうのがわかんないからそうなんじゃないの?」

「…………シャル。シャルの方が酷いこと言ってるって」

「本当のことだけど?」

「本当のことばかり言っていると、相手を傷つけてしまうだろ? どんな愚かで見苦しく醜く汚ならしい相手でも、たまには優しい嘘も必要なんだよ」

 

うん、一夏には言われたくないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お出掛け、優しいスルー術

 

相手を衆人環視の中でひたすら罵倒し続けてから少し。歯を軋ませ、憎々しげな目を向けながら去っていく二人から免許証をスり、警察に条例違反の罪と言うことで通報し、その男達が捕まったのをゾナハ虫経由で眺めつつ丁重に無視して、俺とシャルは駅前のショッピングモールを歩いていた。

 

「それで、どこから回る?」

「え、えっと……じゃあ、あそこ!」

 

シャルの指差した方向を向いてみる。しっかりと女性用下着売り場が顔を見せていた。

ついでに、ちょうど会計の途中らしい蘭ちゃんも見えたが……ここは優しくスルーしておくところだろうな。

 

顔を戻すと、自分の指差した所がどこかを理解したらしく、顔を真っ赤にしてから大急ぎで手首から先をぶんぶんぶんと高速で振っていた。

 

「ち、違うよ!? これはちょっと間違えちゃっただけであって、一夏に好みの下着を選んでもらおうとかそんなこと全く無いから!」

「シャル、ここ公共の場だから。声が大きいし、それ以前に凄い悪目立ちしてるから」

 

はっ、とシャルが気付いて回りを見るが、どうも少しばかり遅かったようだ。周りの人からの奇異の視線が中々痛い。

 

「……い……一夏……さん………?」

 

見つかっちゃったか。まあ、別に問題は無いからいいけど。

 

「やっほー蘭ちゃん。元気だった?」

「え、えと、はいっ!」

 

おやおや蘭ちゃんもずいぶん元気だな? 元気なのはいいことだけど。

 

「ちょうどいいし、紹介しとこうか。こっちがシャル。フランスの代表候補生で、いつものように俺はそう呼んでる」

 

シャルを指して紹介すると、シャルは一歩前に出てにっこりと笑った。

 

「初めまして……じゃないよね。文化祭でも会ったし………シャルロット・デュノアです。よろしく」

「えっと……前に二人組みでうちのお店に来て、業火野菜炒めを二つ頼んでからお兄になにかをもらっていた方ですよね?」

「覚えててくれたんだ?」

「……正確には、覚えていたんじゃなくて忘れられなかっただけですけど」

 

ああ、何となくわかるような気がする。あの笑顔は忘れようとしてもなかなか忘れられないだろうな。

……まあ、俺の周りでは中学時代あたりからそれが日常茶飯事だったんだが。

 

「ん……まあ、とにかく、よろしくね?」

「はい。よろしくお願いします。………あ、私は五反田蘭です」

「うん、わかったよ……そういえば、自己紹介はしてなかったね」

 

そうなんだよな。一緒に働いたのに、なんでか自己紹介はしてなかったんだよな。

まあ、あの時は忙しかったし、しょうがないっちゃしょうがないんだけど。

 

……ああ、そう言えばキャノンボール・ファストの特別指定席のチケット渡す相手を誰にしようか迷ってたんだけど……丁度いいしここで渡しとくか。

弾には鈴から渡してもらうとして……カズは………どうしようかねぇ?

 

「蘭ちゃん、携帯持ってる?」

「は、はひっ!」

「そう。それはよかった」

 

使い慣れない携帯を弄って、蘭ちゃんの携帯にチケットデータを送る。

 

「俺の誕生日と同日にある、キャノンボール・ファストの特別指定席のチケット。いらなかったら誰かにあげるなり転売するなりしていいから」

「いえ見に行きます!絶対!」

 

なんだか蘭ちゃんは興奮しているようだ。理由は知らないけど、まあ、想像すればなんとなく予想はつくな。

 

「弾には多分鈴から行くと思うけど、席はランダムだから気にせず見れると思うよ」

「ありがとうございますっ!」

 

喜んでくれたなら幸いだがね。

 

 

 

それから十数分後。時計店のディスプレイを眺めながら、俺はのんびり考え事をしていた。

ちなみに、シャルだけではなく蘭ちゃんもここにいる。

 

どうも蘭ちゃんは今日は丸々空いていたらしく、時間はたっぷりあるし今帰っても暇だから、と俺達に同行していいですかと言ってきた。

まあ、なんとなく理由はわからないでもないが、野暮なことを言う気は無い。

 

……時計くらいだったらいつでも作ることができるし、シロに時計の機能はあるんだけど……まあ、いいか。これも十分野暮なことにはいるだろうし。

 

「一夏。気に入ったのあった?」

「ん? とりあえず、腕時計より懐中時計の方が寝る時にいちいち外す必要がなくて楽そうだよな。装飾は無いに等しいくらいシンプルなのがいい」

「……ほんとに一夏は睡眠優先なんだね」

「まあ、俺だし。それにちー姉さんに作ってあげた時も装飾は控え目の懐中時計だったし」

「うん、ツッコミどころが出てきたね。作ったって、なに?」

「だから一から作ったんだよ。時計」

「どうやってさ!?」

「束姉さんに少し協力してもらって」

 

ただし材料は千の顔を持つ英雄で、束姉さんの協力はデザインとあったら便利な機能をあげてもらったくらいだけど。

 

とりあえずIS用の132ミリ口径銃弾を800m/sで秒間144発撃ち込むのを五時間続けても傷ひとつつかない上、時間のズレがほぼ皆無という時計ができた。

これで心臓の辺りを撃たれても『……ふっ……こいつが私の命を救ってくれたのさ……』ができると束姉さんと適当に盛り上がったり、デザインをちー姉さん好みのシンプルなのやつにしたり、とても楽しかった。

ちなみに、今でもしっかり使ってくれているのを知っている。

動力は束姉さんに唆されてノリと勢いで作った永久機関。ただし小規模すぎて一度に取り出せるエネルギーは多くないけど。

 

「まあ気にしない気にしない。胃が荒れるよ?」

「誰のせいだと思って……っ!」

 

俺のせいじゃないことは確かだな。うん。

 

「いや……一夏さんのせいだと思いますよ……?」

 

そんな馬鹿な。

 

「あっはっは」

「『あっはっは』じゃないよもう……」

 

シャルはなんでか頭を抱えてしまった。まるで束姉さんの話を聞いた時のののちゃんみたいに。

蘭ちゃんに慰められているシャルを見ながら、俺はのんびり懐中時計を選ぶのだった。

 

……あ、この銀のやつ安いしシンプルだしいいかも。これにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼御飯と、プレゼント

 

時計店でシンプルな銀色の懐中時計を買うと、丁度昼食の時間になっていた。

そこで、適当に近くにあった雰囲気の良さそうなカフェに入る。……ランチメニューは蟹クリームスパゲッティか。美味そうだしこれでいいか。

 

「あ、あの……ここって結構高いですよ……?」

「大丈夫。聖徳太子が10人居るから」

「聖徳太子……って古っ!? 今でも使えるんですか!?」

「使えるぞ? ただ、オークションとかで売った方が得だし、諭吉も25人くらい居るからそっち使うけど」

「なんでそんなに持ってるんですか!?」

「色々あって、会社を一つ所有してるから」

「それ僕も初耳なんだけど!?」

 

あれ、言ってなかったっけ?

 

「まあまあ、いいじゃないか。ほら入るよ」

「え、ちょ、えぇぇえぇぇぇ!?」

 

あっはっは。シャルはからかうと楽しいなぁ。

 

「あ、ところで二人ってなにかアレルギーとかあったっけ?」

「え? あ、私は何もないです」

「僕も大丈夫だけど……急にどうしたの?」

「何頼んでいいのかわからなかったから、とりあえず絶対アウトな奴は聞いといたってだけ」

 

まあ、なにもないなら平気だろ。

 

 

 

と、言うことで適当に蟹クリームスパゲッティを含むランチメニューを食べている。たまにはIS学園以外の食事も良いもんだ。高いけど。

 

「……一夏ってさ……こうやって外食するのに慣れてるの?」

 

なんでかシャルからそんな言葉を頂いた。別にそんなことはないんだが、確かに手慣れてるように見えたかもな。

 

「別に慣れてる訳じゃないな。外食するより家で適当に作って食って寝るか、食わずに寝る方が多かったし」

「食べないのはどうかと思うんだけど……」

「今は食べてるから大丈夫」

 

もきゅもきゅ……ごっくん、と飲み込んだところで、シャルが紙ナプキンを一枚取った。

 

「一夏。こっち向いて」

「ん?」

 

シャルの言葉に従ってシャルの方に向くと、今取ったばかりの紙ナプキンで口許をきゅっと拭き取られた。

 

「ソースついてたよ」

「あ、そう? ありがと」

「どういたしまして」

 

そう言ってシャルはまたスパゲッティを巻き取る作業に戻る。なんか今のって、母親の行動そっくりだったな。お母さんって呼んでみても良いだろうか?

 

「駄目だよ」

 

駄目だそうだ。ちょっと残念。

 

「あ……あの………」

 

なんでかちらちらとシャルを見ながら、蘭ちゃんが話しかけてきた。

……ん~……確かあの時もこんな感じだったよな………。

 

「ん? どしたの? 」

「い、一夏さんとシャルロットさんって、付き合ってるんですか!?」

「友達付き合いって意味だったら付き合ってるな。そうじゃなかったらこうして一緒に出掛けるとかしないで寮で寝てると思うし」

 

やっぱりそうだった。前にののちゃんと祭りで会った時にも、こんな感じでののちゃんを見ながら聞いてきたんだっけ。

ほんとに一月くらい前の話なのに、なんでかかなり昔に感じる。まあ、色々あって密度が高い生活を送ってきてるからな。当然と言えば当然のことか。

 

俺の言葉を聞いて、蘭ちゃんはほっと息を吐く。流石にこれを『なんで?』とは聞かない。原作一夏じゃあるまいし、このくらいのことはわかる。

 

……まあ、なんでもいいか。俺は別に独り身でもいいし、寝れればおよそOKだ。

 

「……もう。またほっぺについてるよ?」

「んむ……ごめん。ありがと」

 

 

 

昼御飯も終わり、買い物も終わり、後は帰るだけになったので蘭ちゃんを送っていくことにした。女性上位の時代でも……いや、女性上位の時代だからこそ、危ない時は危ないからな。

 

「あの……ありがとうございましたっ!」

「おう。弾にもよろしく言っといて」

「は、はい」

 

のんびりと笑いながら蘭ちゃんを見ている俺に対して、蘭ちゃんはずいぶん落ち着きが無さそうだ。

まあ、理由は何となくわかるけども。

 

「そ、それじゃあ、その、また誕生日会で」

「そうだな。……大会の方も、まあ、そこそこでいいから応援してくれよな」

「それはもう!頑張ってくださいね!」

 

蘭ちゃんは元気だね。

 

…………あ、そうだ、忘れてた。キャノンボール・ファストでなんか起きるんだった。

原作では平気だったけど、この世界は原作と似ているだけの別世界だから保証は無い。一応保険は懸けとくべきかな。

 

「蘭ちゃん、利き手どっち?」

「へ? え、あ、み、右手……ですけど………」

 

右手ね。じゃあ形は腕輪でいいか。

 

蘭ちゃんの右手を取って、手の大きさやら手首の周径を確認する。そしてそのデータを元に、千の顔を持つ英雄で腕輪を作る。勿論ただの腕輪ではない。

顔を真っ赤にした蘭ちゃんの手に、懐で作った赤銅色の腕輪を嵌める。先に言っておくと、ISの待機形態ではない。

 

「あ……あの………」

「お守り。なんか嫌な予感がするからほんとは来ないのが一番なんだろうけど、来たいでしょ?」

 

何がなんだかわからないという顔をしながらも、こくこくと頷く蘭ちゃん。可愛い可愛い。

 

「だからお守り。肌身離さず持ってると、もしかしたらいいことあるかもよ?」

 

まあ、確実にあるんだけど。10トントラックに跳ねられても無傷でいられるくらいのシールドっていうご利益が。

もう一度。ISじゃないってことを明記しておく。

 

「あ……ありがとうございますっ!」

「気にすんなって。……そうそう、弾に『来るならアレ付けて来い』って言っといてね」

「アレ? アレって……」

「秘密」

 

その方が面白いしね。

強いて言うなら、ののちゃんに渡した物に似ているとだけ言っておく。

 

「じゃあ、またね。伝言よろしくー」

 

ひらひらと手を振りながら、俺はIS学園に戻る。弾ならアレがあれば大体の事はなんとかできるはずだし、安心しておこう。

 

「……えっと……どんな予感がしたの?」

 

シャルが興味深げに聞いてくる。俺はそれににっこりとした笑顔で、簡単に返した。

 

「ちょっとしたテロが起きる気がしただけ」

「駄目だよねそれ!?」

 

シャルに駑級のツッコミを受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大暴露、大暴走

 

蘭ちゃんと別れてIS学園への帰路につく。その道中で、なんでかシャルはご立腹の様子。

ちょっと蘭ちゃんに似合いそうな赤い腕輪をプレゼントしただけなのに、なんで拗ねてんだろうな?

 

「……拗ねてなんてない」

「拗ねてるように見える」

「拗ねてないってば」

 

拗ねてないらしい。というか似たようなことを前にもやったことがある気がする。

まあ、やったことがあろうがなかろうが別にいいけど。

 

「……こんなに正直じゃないシャルの分は、懐にしまっちゃおうね~」

「えっ!?」

 

ちなみにシャルの分は金色。大した特殊能力は無いけど、なんでか異様に硬い。

まあ、蘭ちゃんにあげたやつも大した能力じゃないんだけどさ。

 

「ほら、手を出して」

「う、うん!」

 

さっきまでとはうってかわって嬉しそうな表情で俺に腕を出すシャル。やっぱり笑顔の方が可愛いと思うんだけどね。

 

そう思いながらシャルの右腕に腕輪を通す。きつくなく緩くなく、抜こうとしなければ抜けないようなちょうどいいと思われる大きさの腕輪を作ったつもりだったんだけど……ちょうどよかったらしい。

 

「わあ……わあ………!」

 

シャルはかなり嬉しそうで、自分の右腕の腕輪をキラキラとした目で見つめている。

 

「これ、ほんとに貰っちゃっていいの!?」

「いいよいいよ。材料費なんてかかってないようなもんだし」

「へ?」

 

なんでかシャルが妙な声をあげた。なんでだろうな?

 

きりきりきり……となにかが軋れるような音をさせながら、シャルは俺に視線を向ける。

 

「……もしかして………一夏が作ったの?」

「そうだけど?」

「デザインも?」

「シンプルなのしかできないけどな」

「………ほんとに?」

「おう」

 

シャルはどうしてかそんなことを聞いてくる。弾とか束姉さんとかだったらもっと凄いのを作れるし、大したことは無いと思うんだけどな。

だってあの二人はこの世界原産の公式チート。そのくらいの事はブランチ前のはず。ちなみにブランチってのは、およそ10時くらいに食べる朝昼兼用の食事のことらしい。よくは知らない。

 

「……一夏って……凄いね」

「ありがと」

「……ところで、これの材料ってどうしたの?」

 

千の顔を持つ英雄で作った……とは言えないので、ちょっと嘘をつく。

 

「さっき言った会社の給料的な物で買った」

「そうなんだ? へー……一夏の会社の名前ってなに?」

「デュノア」

「………………へ?」

 

さっきより間の抜けた『へ?』を頂きました。

 

「シャルの目の前でなんとハッキングしたことがあったろ? あのときにちょちょっと弄って俺の物ってことにしたんだよ。………言ってなかったっけ?」

「一切聞いてないよ!」

 

おお、驚いた。

 

「まあ、やり過ぎたかもとは思ったけど、後々のことを考えたらこの方が後腐れも面倒もなくていいなって。ちなみに、シャルに最近よく送られてくる非常識な装備だけど、あれも俺の指示」

「えぇっ!? ほ、ほんとに!?」

「ついでに、一部の部品は俺が命じて作らせた」

「うっそぉ!?」

 

後々のことを考えて云々ってところと、武装を送らせたってところ以外は嘘だけどな。

実際は千の顔を持つ英雄で作った部品を直接組み込んでるから開発命令なんて出してないし、実はやりすぎだとも思ってない。むしろもう少しやっとけばよかったと思ってる。

 

「非常識なのは仕方ないだろ俺なんだし。まあ、これでシャルはデュノアを自分から辞めない限り首になることもないし、卒業後も会社の面倒事に混ざらなくても良くなったわけだ」

「そ……そうなんだけど………なんと言うか……」

「殺るときは徹底的にと言うのがちー姉さんと束姉さんから教わったことの共通項だからな。ここは守っとかないと」

「殺るの!?」

「シャルの父親は人間的にはもう死んでるぞ? ちょっと洗脳して自分の意思で行動してると思い込んだまま生活してるし」

「知らない所でなんかすごいことになってた!? 一夏ってそんなことまでできるの!?」

 

千の顔を持つ英雄をしっかり使いこなせれば楽勝だ。

使いこなせるようになるまでがかなり大変なんだろうけど、その辺はチート凄いと言っておこうか。

 

「まあ、鈴や弾が俺への愛で物理法則を越えるのと同じような物だよ。シャルのことは好きだし」

「ふぇっ!?」

 

なんだかさっきからシャルは驚いてばっかりだな。ビックリした顔も面白いから別にいいけど。

 

「さて、それじゃあそろそろ歩かない? ずっとバス停前じゃあ目立つし」

「ちょ、言いたいことだけ言ってすぐに帰るって……一夏ぁっ!?」

「あっはっは。詳しい説明を聞きたかったら寮の部屋に入る前に捕まえてごらーん」

「一夏の本気に追い付くにはリヴァイヴ使わなくっちゃいけないような気がするんだけど……」

 

それは確実に気のせい。俺を捕まえるならシロの最速状態を使い潰すつもりで来ないと可能性すら無くなると思うぞ?

つまり、リヴァイヴじゃあ無理だと思う。

 

「いや、いくら一夏でもそれは……」

「ちー姉さん」

「うんなんか納得できた。そうだね、一夏だもんね。織斑先生の弟さんで、世界一理不尽で常識はずれな一夏だもんね」

「失礼な。一番の常識はずれは束姉さんだ」

「……篠ノ之博士もかなり常識はずれな人だとは思うけど、一夏も一夏で相当常識はずれな人間だと思うんだけど………」

 

細かいことを気にしすぎると禿げるよ。

 

「禿げないよっ!」

 

しゅたたたた……と怒ったシャルから逃げる。怒ったシャルは恐いんだ。

まあ、鈴や弾やちー姉さんの怒った時に比べれば大したことさないかな。

怒ったちー姉さんの恐さを完全再現できたら、それ以上に怖いものは無さそうだけど。

 

……引き合いに出すのが間違いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久し振り、休息時間

 

学園祭という面倒極まる行事を乗り越え、ついでにエムさんをからかい倒し、キャノンボール・ファストまでは時間があり、それでいて機体調整も(今回は完全に自力で)終わらせたところで俺は寝ようとしていた。

ちなみに、今回自力で機体調整をした理由は、かんちゃん達に手を抜かないで欲しいと言われたからだったりする。

情報を渡さないように自分で調整して、機材は千の顔を持つ英雄で作り、場所は武装な錬金の避難壕《シェルター》であるアンダーグラウンドサーチライトを使って用意した。

見様見真似と束姉さんのテレビ電話講義のお陰であまり時間はかからなかったけれど、かなり疲れた。

 

まあ、それも終わったし後は寝ようと着替えを始める。最近ようやく小さくなるのが止まったので、その体に慣れようとしているところだ。

 

制服の上着を脱いで、ハンガーにかけて皺を伸ばす。ちー姉さんの弟がしわしわの制服を着ていたなんて、ちょっとばかり恥ずかしくてできやしない。

まあ、実際に皺になったとしても二秒で伸ばせるんだけど。

そしてワイシャツを脱いで別のハンガーにかけて、寝巻き用のだぶだぶなワイシャツを着る。ボタンは真ん中あたりにあるのを一つ二つつけて、それで終わり。

 

歯磨きも終わってるし、ズボンを脱いで━━━

 

「一夏~? 昼御飯……」

「……あ、鈴」

 

急に入ってきた鈴に、少しばかり驚いた。こういうのは普通立場を逆にしてやるもんじゃないのか?

 

そう思いつつも俺はベルトを外したズボンをそのまま脱いで、さっさとハンガーにかける。鈴はそんな俺をじっと見つめているが、なんでか動こうとも話し始めようともしない。

 

「……一緒に寝る?」

「くぷはぁっ!?」

 

俺がそう聞くと、鈴は急に真っ赤な液体を鼻から噴き出して倒れてしまった。

仕方がないので鈴の顔を綺麗にしてから布団に運び込み、そのまま抱き締めて目を閉じる。

朝になったらもっとヤバいことになってそうな気がしたが、完全に気のせいと言うことにしておこう。

 

 

 

気のせいじゃなかった。と言うか、なんか予想以上に酷いことになってた。

 

具体的に言うと、なぜかそこら中に女物の服が散乱している。それも、すごく見覚えのあるやつが。

それから俺の隣で寝ているのが鈴一人からちー姉さんとラルちゃんの二人になっていた。鈴はベッドの近くの床で簀巻きになっていた。

そこに折り重なるようにののちゃんとシャルとセシリーが倒れていて、一様に苦しそうな呻き声を

 

「あ……あはぁ……♪」

 

……訂正。約一名を除いて苦しそうな呻き声をあげていた。折り重なっているから結構重いんだろうな。

 

………ってののちゃん達を簀巻きにしてるのって俺の明日の布団のシーツ(敷き布団、掛け布団、マットレス用)じゃん。千の顔を持つ英雄で出したやつ。

明日のシーツは……まあ、明日また出せばいいか。……やれやれ、仕方無いなぁ。

 

ちー姉さんを抱き締めて、二度寝の体勢に入る。もう夕方だし、昼も食べてないけど眠いのだから仕方無い。

 

 

 

 

side 更識 簪

 

……こっそりと一夏の部屋に入り込んで、そっと扉と鍵を閉める。一夏を起こすわけにはいかないから、慎重に慎重に……。

 

足音を立てないように一夏が寝ているはずの布団に近付いて……ふと違和感を見付けて立ち止まり、そのまま違和感の現況である足下に視線を下ろす。

初めは暗くてよく見えなかったけど、少ししてからそれが人影だとわかった。あれは……本部長達だ。

しかし、本部長達が縛られているにしては一夏の布団の膨らみが大きいことに気付いたところで、さらに慎重に近付く。

 

そして一夏の寝顔が見えたときに、私は嬉しくてつい笑ってしまった。

 

それから持参した毛布を羽織って、一夏の眠っているベッドの端に頭を預ける。

ディスプレイはケースに入れてしまってあるから大丈夫と思って、私はそのまま目を閉じる。

 

……一夏の臭いだけじゃなくて、誰か他の人の臭いもするけど、そんなのはいつものことだから気にならない。すんすんと鼻を鳴らしながら、一夏のベッドに顔を埋める。

……本当は、男子の部屋に泊まるのはよくない事なんだけど……これはお泊まりじゃなくて、休憩だから大丈夫。休憩してるときに寝ちゃうことって、よくあるよね?

 

「あるある~……」

「……あるよね~?」

 

……あれ? 今一夏の声が聞こえたような気が……。

 

……うん。きっと気のせいだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高速機動、実は巡航速度

 

「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」

 

なんだか久し振りに聞いた気がする真耶先生の声が第六アリーナにに響き渡る。そして、なんでかその実演は俺とセシリーがやることになった。

セシリーは高速機動型になっている。ただし、腰のあたりにくっついているビットの砲門は封印されていない。これなら加速しながら撃つってことが簡単にできそうだ。

 

「その分、多少最高速度は落ちますが……妨害能力は数段以上に伸びますわ」

「わー怖い。お手柔らかに」

 

ちなみに俺はほぼ通常状態。ただし、いつもよりスラスターに振る割合が大きいけど。

右手に振る分は全部スラスターに行ってるし、左手の方も二割くらいはスラスターに行ってる。一人で調整頑張ってみた結果がこれだ。なかなかだと思う。

ちなみにこの状態でも空間固定は使えるが、使うとエネルギーが削られるからやる気はない。

左手の方もあんまり使う気がないのに、空間固定みたいな燃費の悪い物を使う気にはなれないって。

 

高速機動補助バイザーを起動して、空中に浮き上がる。……なんと言うか、あまりにも鮮やかに見えすぎて気持ち悪い。

 

『慣れないと酔いますわよ。お気をつけて』

「ありがと」

 

まあ、気持ち悪いけど酔いはしなさそうだ。気持ち悪いけど。

 

セシリーが俺の隣に浮き上がり、にっこりと笑う。さてと。もうすぐスタートだな。

 

「準備はできましたね? それでは……3・2・1・ゴー!」

 

真耶先生の合図と同時に、キュンッ!と風を切って加速する。

最高速はまだ出さない。そして今回は妨害もなし。授業だしね。

 

いつもより少しだけ気を使ってカーブを曲がり、速度を上げたり落としたりと色々確かめながら塔を周回する。

……うん、まあ、大体感覚は掴めたな。最高速はまだ出してないし、最後の切り札っぽい特殊装備の三つ目は使ってないけど、多分大丈夫。

 

……できれば永遠に使う機会が来なければいいんだけど……。

………これ、もしかしてフラグか? 嫌だねぇ。

 

『流石ですわね一夏さん』

 

なんでかセシリーに誉められた。しかもセシリーはいつの間にか隣に並んでいる。ちょっと性能を確かめるのに時間を使いすぎたか?

……それと、セシリーの技量を上方修正しておく必要がありそうだな。鈴とシャルとののちゃんとラルちゃんの分も。

代表候補生(約一名違うけど)の技量は甘くは見れないっと。

 

「まあ、ありがと。どうせだし、一緒に行く?」

『是非!』

 

嬉しそうに頷かれたので、セシリーと並んで塔の周回をする。たまにはゆっくり飛ぶのもいいもんだ。

いつもISを使う時は急ぐ時ばっかりだからな。

 

 

 

戻ってきてから俺は少しだけ調節をする。よく考えたら左手では衝撃砲ではなくグレネードランチャーでも持てばいいので全面的にカットし、スラスターに回すことに。

原作だと既に二次移行していて、荷電粒子砲なんて物を装備していたが、シロには今のところ移行する気配は無いからな。こうして遠距離武器を使わないと遠距離攻撃が気弾か居合拳モドキか剣を投げるくらいしかないからな。

気弾は流石に不味いし、居合拳は鞘の代わりのポケットが無いから不可能。あってもやらないけど。そして剣を投げるのは、人前のIS戦では却下。

 

まあ、銃とかミサイルとかを出せるから別にいいんだけど。

 

ちなみに、ののちゃんは絢爛舞踏と展開装甲をフルに使っての仮想高機動体。無尽蔵に近いエネルギーを利用しての高速機動状態での瞬時加速は恐ろしい物があると予想できる。

……ああ、怖い。轢かれたらどうしよう。

 

……面倒臭いが作戦を考えておくべきだな。それも、早急に。

 

とりあえず、先制して何かしらのことをしてやれば出鼻はくじけるよな。

そしてキャノンボール・ファストはレースなんだから、先にゴールした方がいい。

 

………あ、狡いけど有効そうな手を考えた。これを成功させれば少しは時間稼ぎにはなるだろう。

勘のいい鈴と、動体視力のいいラルちゃんには効くかどうかわからないけど、やらないよりはマシなはず。

 

…………すっごい批難されそうな事だけど、禁止されてないからルール的には大丈夫。

人道的には………まあ、問題ない……と思う。

 

……本番は頑張ろうかね。そしてその後、俺は自分でも呆れるくらい寝るんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾丸よりも、なお速く

 

キャノンボール・ファスト当日。会場は大入り満員で、空には花火が上がっている。

弾丸よりも速いもの、と言われると、どうしても俺は『黒のヴィルマの流星』が出てきてしまう。かっこいい死に方だったけど、俺は死ぬ時は今度こそ布団の上でのんびり眠るように死にたいね。

 

……あ、弾と蘭ちゃん発見。チケットの都合で少し離れてるけど、何かあったらすぐに合流できるくらいの距離だな。よかったよかった。

弾には俺のせいでなにかと迷惑をかけることになるだろうからと、IS学園に入学が決まった時に色々渡してあるからそこまで心配はしてないけど、蘭ちゃんにはあんまり渡せてないから心配だ。

鈴に言ったら、弾のことは心配するだけ無駄だと言っていたし、蘭ちゃんも弾が守るだろうから多分大丈夫だと言っていた。そこそこ安心できた。

 

……さてと。俺は俺で頑張るか。卑怯な手も反則にならない範囲で使う予定だし、ある程度インヒューレントスキルの方のISも使うつもりだし。

……解りづらいから、インフィニット・ストラトスの方のISはIS、インヒューレントスキルの方のISは【IS】と表記することにしようか。

 

シルバーカーテンで空中に浮かした金属塊を不可視にしたり、金属塊の近くをすり抜けようとしたところをランブルデトネイターで爆破したり、レイ・ストームで拘束光線と破壊光線の撃ち分けをしたり、ディープダイバーを使って実弾系銃器と実体系近接武器の無効化をしながら飛ぶとか……使い道はいくらでもある。

 

……多分、ディープダイバーは使わないけど。反則過ぎるから。

 

「一夏。もうすぐ出番だし、準備しといた方がいいわよ?」

「ん? そう? わかった」

 

鈴に呼ばれて俺はピットの中に向かって歩き出す。

その途中でピタリと止まり、くるりと振り返る。

 

視線の先にはおめかしした蘭ちゃんと、色々装備している弾の姿があり、二人とも興味深げにレースの行く末を見つめている。

 

………俺の日常は、沢山の欠片から出来ている。その欠片の中でも取り分け大きいものが、ちー姉さんと弾だ。

最近ではののちゃんや鈴、セシリーにシャルにラルちゃんにかんちゃんに蘭ちゃんも中々大きくなってきているが、やっぱりこの二人の存在が大きい。

 

俺の日常は、欠片ひとつの形が変わっても元が同じなら変わらず動くが、欠片がさらに欠けては途端に回らなくなってしまう。

 

……だから、できるだけ護らないとな。

 

俺は全身を被う形のISスーツ(の形をしているクロ)に身を包み、視線を前に戻して歩き出す。

 

『……よろしく、たっちゃん。今度かんちゃんも一緒に昼でも食べよう』

『任されたわ!』

 

嬉々として答えを返すたっちゃんには視線を向けず、俺はぽっかりと開いているピットの入り口に歩を進めた。

 

 

 

ピットに到着した俺は、ゾナハ虫を使って二年生のレースを見物している。

専用機を持っている二人は参加していないから訓練機しかいないが、それでも技術は一年平均と比べたら段違いだ。

 

特にイギリス代表候補のサラって選手が凄い。セシリー曰く専用機は持っていないらしいが、素人目にも相当なもんだと思う。

 

……とは言え、戦闘中はどんな手を使ってもいいんだったら負ける気はしないけど。

 

「……終わったようだな」

 

ののちゃんがそう呟いた。確かにその時終わっていたし、歓声のピークがそこだったことを考えれば大体の予想はつけられるだろうけど、やっぱりののちゃんの気配探知能力は凄まじいものがある。

 

「……それじゃあ、そろそろあたし達の出番ね。……一夏。負けないわよ?」

「もちろん、わたくしも全力を尽くしますわ」

「ふむ、一夏。一番の障害はお前だ。全力をもってして勝ちに行くから、覚悟していろ」

「……負けない!」

「あははは……みんなやる気満々だね。僕もそうだけどさ」

 

皆が皆俺に意思表明をかけてくる。ののちゃんには少し前に貰った。

……こっちも手を抜く気は無いから、安心してくれていいよ?

 

「そうか。ならば良い」

 

全員がISを展開する。異様なくらいに速度を求められたISが、その姿を見せる。

 

鈴とセシリーとラルちゃんは原作とあまり変わっていないはず。ただ、細かい仕様の変更はあるだろうから、注意はしておく。

ののちゃんは胸部・腹部・腰部に追加の展開装甲が取り付けられ、さらに器用な行動がとれるようになっている。

シャルは会社から送られてきた新型の増設スラスターを両肩に二つ、腰の両脇に二つ、背中に一つの系五つ配置している。これも当然、千の顔を持つ英雄を使っているため壊れにくい。

そしてかんちゃんだが、どこからか大型のスラスターを持ってきて、背中と両肩に三基取り付けている。これだけあれば十分な加速と速度が得られるだろう。

 

俺の仕様は前に言った通り、特殊武装を二つとも封印してスラスターに全振り。さらに雪片も零落白夜を封印した状態で受けることを主体に使う。

 

……攻撃は、作戦が上手く行けばしないで済むからあんまり考えていない。上手くいかなかったら罠を張るし、ジェノサイドサーカスを使ったミサイル弾幕ならいつでもできる。

 

「みなさーん、準備は良いですかー? スタートポイントまで移動しますよー」

 

真耶先生のマーカー誘導に従い、スタート位置につく。俺は七人いる選手の真ん中に並んでいる。

 

『それでは皆さん、一年生の専用機持ち組のレースを開始いたします!』

 

大きなアナウンスが会場に響き、観客からの歓声がさらに大きくなった。

しかし、カウントが始まる段階になるとその声が一斉に小さくなる。

 

シグナルランプが点灯し、スタートの時間が近付いてくる。

 

三色のランプから青が消え、黄色が消え………赤が消えると同時に、弾丸より速いレースが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一周目、卑怯戦法

 

side 凰 鈴音

 

開始の合図と共にあたし達は一気に加速した。

 

ビンッ!

 

「ォフッ!?」

「ゴフッ!?」

「かはっ!?」

 

その直後にあたしのお腹から腰にかけてのあたりがぎゅっと締め付けられて急制動がかかり、がくんと手足が前方に投げ出されるような形になって止まった。

周りを見てみると、あたし以外も同じように急制動がかけられたみたいでその場に止まっていた。

 

よくよく見てみると、あたしを含んだ全員の体には、薄いくせに強靭な細布のような物が三本巻き付けられていて、それが後ろで固定されていたからシートベルトをつけている時の事故のようになってしまったらしい。

 

全員がそれを確認すると同時に、背後で轟音が響く。

全員がそっちに振り向く。その先では、一夏が太い釘のようなものを地面に打ち込んでいるようだっ……た?

 

……もう一度よく見てみると、あたし達を捕まえている細布は釘と一緒に地面に埋め込まれていて…………。

 

呆然としているあたし達の横をすり抜けて、一夏が先頭に躍り出る。

それからあたし達の方を向いて、にっこり笑った。

 

「ごめんね?」

 

それだけ言い残して、一夏は背中を向けて飛び去っていった。

 

会場全体が静寂に包まれて━━━

 

い……

 

「「「「「「一夏ぁぁああぁぁぁあぁっ!!!」」」」」」

 

あたし達は爆発した。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

箒は全身から出る攻性エネルギーの刃でその細布を切り刻んで脱出し、

 

「ええぃっ!」

 

シャルロットは新装備らしいナイフで細布を切り払った。

 

ラウラはビームエッジで細布を焼き切り、セシリアも同じように凝縮レーザーで焼き切る。

あたしは圧縮集束衝撃砲で力尽くでぶち破り、簪はなんと一部ずつISを解除することですり抜けた。

 

それぞれの方法で一夏の拘束を抜け出したあたし達は、一夏を追うために再度加速した。

 

バンッ!

 

「ブッ!?」

「ヘブッ!?」

 

そして、すぐに見えない壁にぶち当たった。

 

そこからのあたし達の行動は早かった。

まずあたしが衝撃砲で壁の一部に皹を入れ、ラウラがレールカノンでその穴を広げる。

その穴には箒がすぐに飛び込み、次の壁にエネルギーの刃を突き立ててすぐに退散。そしてシャルロットがグレネードで爆破し、簪が次の壁に薙刀を突き刺して下がり、あたしの衝撃砲で風穴を開ける。

 

透明な壁は三つで終わりらしく、後はひたすら加速を繰り返す。

 

どうやら一夏はエネルギーの節約を考えているらしく、一番燃費の良い状態で飛び続けているのがわかる。

……あれなら、ギリギリだけど追い付ける!

 

衝撃砲の口径をすぼめ、飛距離を伸ばして一夏の後ろ姿に撃ち込む。

セシリアとシャルロットも同じように攻撃するけれど、くるりと振り返った一夏の雪片に叩き落とされてしまった。

 

「……一夏さぁ……今、レーザー斬らなかった?」

「……グレネードも斬っていらしましたわね」

「……衝撃も叩き落としてたよね。剣で」

 

……やっぱり、一夏は千冬さんの弟ね。理不尽だわ。

まあ、あたし達も人のことは言えないんだろうけど。

 

「次々行くわよ!」

「言われずとも!」

 

衝撃砲とBTレーザーの雨を、衝撃は避け、レーザーは当たる前に叩き落としながら一夏は飛ぶ。じりじりと距離は縮まっているけど、このままだとちょっと足りないかも………。

 

「私も……やる!」

 

簪が突然二丁の荷電粒子砲を展開し、高速で連射する。あたしの衝撃砲とセシリアのレーザー、そして簪の荷電粒子砲の連射に、一夏は避けることを最優先にしているらしくどんどんと距離が縮まっていく。

 

…………あれ?

 

「……なあ、私はあまり勘には頼らない方なのだが……」

 

あたしがなんとなく嫌な予感を感じたのと時を同じくして、ラウラがポツリと呟く。

それはあたし達にはなんとか聞こえるくらいの声だったため、全員が僅かにラウラに意識を向ける。

 

「…………なぜか、凄まじく嫌な予感がするのだが」

「奇遇だな。お前もか、ラウラ」

 

箒も同じように呟くけれど、その理由がわからない。

だって、一夏のISに……シロに遠距離武器は…………

 

そこまで思い出したところで、恐らくあたし達全員の顔がひきつった。

理由? ここに来てみればわかると思うわよ?

 

だって、今まさにあたし達に向かって五百は軽く越えていると思われるミサイル発射口が開いているんだもの。

 

「……ああ、なるほど。私達が嫌な予感を感じるわけだ」

「ああ。反則レベルの勘を持つ鈴ならともかく、これを直接食らったのは私達だけだからな」

 

箒とラウラはなんだか虚ろな目をして言葉を交わしているけれど、別に諦めているわけではないらしい。

あの時の箒は訓練機だったし、習熟もいまいちだったけれど……今の箒は違うものね。

 

あたし達は、雨のように降り注ぐミサイルに向かって突貫していく。勿論、防ぎきれるだけの自信はある。

 

「ノルマは一人百発!できる限り潰すわよ!」

 

あたしは叫びながら衝撃砲でミサイルを落とす。隣ではセシリアがライフルから飛び出したレーザーを束ねて何発も撃ち抜いていた。

箒はまた全身の展開装甲からエネルギーを放出して今度は砲撃し、シャルロットは両手に大口径のショットガンを束ねて持ち、それでミサイルを落としている。

簪は相変わらず……と思ったら、一番効率よく数を落とせる所を正確に狙って荷電粒子砲で砲撃。誘爆で結構すごいことになっている。

ラウラはなんと、ワイヤーブレードをぶん回して大量に叩き落としている。あれ便利ね。

 

すべてのミサイルを叩き落としたけれど、その間に一夏は先に先にと進んでしまっている。

一気に追い付きたい所だけど、確かあれの後には馬鹿みたいな量のガトリング砲が待ってるのよね。

 

最初の二つ以来ダメージは受けてないけど、ちょっとあの威力のあの密度の弾幕に飛び込んでいくのは遠慮したい。

 

「……セシリア。ここから一夏だけを狙い撃てない?」

「…………避けられたり打ち落とされたりということを度外視すれば、可能ですわ」

「じゃあ、やって」

 

そのくらいやらなきゃ勝てないと理解したセシリアは、ブルー・ピアスとかいうライフルで一夏に狙いをつける。

 

そしてその直後に一夏を赤い光条が襲い、一夏が身をくねらせるようにしてそれを避けた。

 

セシリアのライフルからは、まだなにも発射されていなかったのに。

 

あたし達はすぐに一夏に追い付き、そして一夏に砲撃をかました闖入者に視線を向ける。

 

「……サイレント・ゼフィルス……!」

 

それは、少し前に亡国機業のISパイロットをあたし達の攻撃から連れ去った機体だった。

 

……とりあえず、リベンジと行こうかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闖入者、静かな……何?

 

突然現れていきなり俺に狙撃してきた相手を見上げる。骨格とかが中学生ぐらいのちー姉さんに瓜二つだ。

あと、顎の形とかそんなのもそっくり。なに? ちー姉さんのクローンか何か?

……まあ、そんなことは正直どうでも良いんだけど。

 

視線を動かさずに客席を見る。弾と蘭ちゃんは………よし見付けた。蘭ちゃんはたっちゃんに連れられて安全地帯に行ってて、弾はそれを確認して追っかけてるみたい。

……これなら、暴れても被害は弾と蘭ちゃんの方にはいかないだろう。

 

すぐに何が起きたのかを察したらしい鈴達が俺の近くに集結する。あんだけ足止めしといたのに、たった数秒分しか離せなかったか……予想以上に速いな。

 

「……で、なんの用だ? いきなり入ってきていきなり銃撃してくるなんて、知り合いのヤの付く自由業の鉄砲玉みたいだぞ?」

「こんなときにまで悪口は欠かさないの!? もう少しシリアスに」

 

そんなことを言った瞬間、目の前のIS操縦者はまた狙撃。しかも今回はビットも使った七発同時攻撃だ。

とりあえず危ないから全弾雪片弐型で叩き落とす。強度も耐熱性もかなりのもんだから十分使える。

 

ただ、相手の顔は少しひきつったように見えたけど。

 

「……そりゃあひきつりもするわよ。レーザーを剣で打ち落とすってどんな悪夢よ」

「現実と言う名前の覚めない悪夢ではないか?」

「ああ、それなら納得ね」

「納得しちゃダメだよね!? なんでそんなに落ち着いてるの!? さっきから思ってたけどおかしいでしょいくらなんでも!? なんでレーザーを、それも一発だけじゃなくて七発全部打ち落とせるのさ!? どんな反射神経と動体視力と機体性能さ!?」

「束姉さん謹製だから仕方無い」

「うむ、姉さん謹製だからな。仕方あるまい」

「きっとクロックアップとか体感時間をゆっくりにしたりとかもできるに違いないわね」

 

鈴はそんなことを言っているが、流石に時間操作は難しい。カタログスペックには載ってないし、きっと無理。

…………束姉さんだったら、隠し技とかそんなのでできるようにしそうだけど。

 

とりあえずそんな思考はどっかそこらへんに置いといて、ちょびっとイラついてるしさっさと追い返そう。

時間の無駄だし、これが終わればさっさと寝られるだろうし。

 

そう思うと、今度はこっちから青い光条が二本飛び、カカッと折れ曲がって目の前のISに襲いかかる。セシリーはどうやら更に一つ武装を展開したようで、両手に一つずつ長いライフルを持っている。

一つはさっきから持っていた【ブルー・ピアス】。そしてもう一つは、普段から装備している【スターライトmkⅢ】だった。

 

……ところで、俺はつい最近までこのスターライトmkⅢの【mkⅢ】の所を、『マジで空気読めない三号機』だと思ってたんだが……どうやら違うらしい。

 

「全然違うから!」

 

シャルのツッコミが入る。一番気が抜けてるのはシャルじゃないかと思ったんだが、シャルはシャルで88口径ガトリング砲を構え、臨戦態勢を整えていた。

 

セシリーのレーザーが当たる直前、サイレント・ゼフィルスは自分の側に控えさせていたビットからシールド状のレーザーの幕を張った。ここから見ていると、スプーンの裏に水道の蛇口から水をかけた時の水の膜みたいに見える。赤いけど。

 

「……やはりシールドビットを……。鈴さん、箒さん、ラウラさん、シャルロットさん、簪さん。多角攻撃を三組にわかれて波状攻撃しますわよ」

「……俺は?」

「逃走防止のための最後の一枚をお願いしますわ。わたくし達の中で最も機動力があるのは一夏さんなのですから」

 

……まあ、早く終わるんだったらそれでいいけどさ。

 

セシリーの腰から四本の光条が伸び、サイレント・ゼフィルスに向かって進路を変える。

同時に鈴が下から衝撃砲を叩き込み、片側の衝撃砲の進路をねじ曲げて背後から襲わせる。

 

その攻撃を、サイレント・ゼフィルスはシールドビットで受け止める。うまく流すように受け止めているため、サイレント・ゼフィルスのエネルギーはあまり減ってはいないだろう。

 

そこにシャルからの銃弾の雨が降り注ぐ。88ミリ弾頭は流石に堪えるらしく、凄まじい回避能力でシャルの弾丸を避け続けている。

当然避けきれずに被弾はしているが、直撃だけは綺麗に避けている事からもサイレント・ゼフィルスの操縦者の実力が伺える。

 

そんな中にののちゃんの砲撃が乱入し、不意を打たれたサイレント・ゼフィルスを飲み込んだ。

しかしサイレント・ゼフィルスはシールドビットを重ねてののちゃんのエネルギー砲を防いでおり、致命的なダメージは受けていない。

 

そこに二本の荷電粒子砲が突き刺さり、サイレント・ゼフィルスは今度こそよろけた。

サイレント・ゼフィルスの視線の先にはかんちゃんが居て、腕の下を通して砲門はサイレント・ゼフィルスを向いている。

サイレント・ゼフィルスは苦々しげな顔をして後ろ向きに飛ぼうとして……がくんとその動きが止まる。

その背後には眼帯を外したラルちゃんが、サイレント・ゼフィルスに向かって右掌を突き出していた。

 

「チェックだ」

 

そう言いながらラルちゃんは左手にプラズマブレードを展開し、サイレント・ゼフィルスに斬りかかっていく。

 

しかし、サイレント・ゼフィルスの操縦者はその上を行く。

 

サイレント・ゼフィルスの指先が僅かに動き、その手の中にあったライフルの引き金を引く。

するとそこから予想通りのレーザーが発射され、急角度で軌道をねじ曲げてラルちゃんの鼻先を掠める。ラルちゃんがそれに気付いて高速で後退していなければ直撃していただろうことは予想に難くない。

 

そして今まではシールドビットとしての仕事ばかりをさせられていたビットからそれぞれ一条ずつ、合計六条のレーザーが撃ち出され、その内二条がセシリーに。二条がシャルに。残りの一条ずつがかんちゃんと鈴に向かっていく。

 

同時にラルちゃんに向けてライフルを撃ち、ギリギリ避けられたレーザーを次の一撃を撃つ隙を狙っているののちゃんに向けて曲げる。

ののちゃんはすぐに射撃を中断してその場から離れ、穿千を格納して雨月と空裂を展開して、サイレント・ゼフィルスのレーザーを空裂のレーザーで打ち落とす。

 

……上手いなぁ。

 

そう考えながら俺はサイレント・ゼフィルスの操縦者の頭を片手で掴み、

 

 

 

おもいっきりアリーナのバリアに叩き付けるように突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闖入者、どこが静か?

 

サイレント・ゼフィルスの操縦者の顔面をアリーナのバリアに叩きつける。急激な加速と衝撃になにをされたのかと一瞬呆然としていたサイレント・ゼフィルスの操縦者だったが、すぐに俺に叩きつけられたのだと気付いてライフルの引き金を引く。

 

ライフルの銃口から光が溢れようとしたその瞬間に、俺はサイレント・ゼフィルスを片手でバリアに押し付けたまま、高速で平行移動を開始した。

 

「あ……あぁぁああぁぁぁっ!?」

 

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!!と激しい音を立ててシールドエネルギーが干渉し合い、火花に似たエネルギーが飛び散るのを無視して俺は更に速度を上げる。こんな状況でもライフルを離さないサイレント・ゼフィルスの操縦者には、ある意味尊敬の意を持ってしまう。

まあ、尊敬の意を持つのとこれは関係無いから引き回しは続くんだが。

 

アリーナのバリアを一周半したところで、徐々に下に降りていく。更に半周した時には、実体の壁が一部螺旋を描くように削られている痕ができてしまったが気にし

 

キュンッ!と横から飛んできたレーザーを避けるが、その時にサイレント・ゼフィルスの操縦者には逃げられてしまった。

どうやらサイレント・ゼフィルスの操縦者がビットを追い付かせて射撃したらしいが、あの状態で良くビットの操作ができたな。

 

俺から離れながらシャル達に牽制としてレーザーを放つサイレント・ゼフィルスの操縦者に視線を向けると、やはりと言うかなんと言うか、睨まれた。

 

だけどまあ、サイレント・ゼフィルスの操縦者の力量は凄まじいものがある。サイレント・ゼフィルスを上手く使っているし、荷物があったとはいえ極限まで速度に特化させたシロにビットを追い付かせるのは難しい。

それをやってのけるんだから、凄いよな。

 

…………でも、なんか少し悔しいような気がするな。

 

束姉さんの作ったシロが、何か他の物に追い付かれるってのは………なんか、悔しい。

 

そこで俺は、ずっと存在すら隠し続けていた秘密兵器のお披露目をすることにした。

ちー姉さんには怒られるだろうけど、それはまあ仕方無い。負けず嫌いなのは織斑家の家風なんだから、諦めてもらうしか無いだろう。

ちなみに、名前を覚えてもいないこの世界の両親も、俺の元居た世界での両親も負けず嫌いだった。

……うん、仕方無いな。悪いのはDNAだ。遺伝子が悪いんだ。俺にはどうすることもできやしない。

 

と、言う訳で実行だ。さっきガリガリ削ったお陰でアリーナのバリアの強度が心配だけど、まあ、なんとかなるだろ。

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

……うむ。一夏の非常識さには慣れたつもりだったのだが、やはり一夏は私の予想など遥かに越える非常識なのだな。

私はそう考えながらサイレント・ゼフィルスを引きずり回す一夏を眺める。

結構な被害が出ているような気もするが、その辺りはなんとかなるはずだ。

 

気配を読みながらの見物はなかなか難しいが、今の一夏に加勢をすることほど難しくはない。

今の一夏には追い付けないし、射撃でサイレント・ゼフィルスだけを狙うこともできない。

このままならば放っておいてもサイレント・ゼフィルスのシールドエネルギーは削りきられてしまうだろうが、あれだけの攻撃を受けきったサイレント・ゼフィルスがこのままで終わるとは思えない。

 

それは全員が同じ感想を抱いているらしく、武装を解除している者は一人もいない。

 

そして、私達の予想を裏切ることなくサイレント・ゼフィルスは一夏の手から抜け出し、今は私達を全員同時に注意しながら退く頃合いを見計らっているようだった。

 

そこで、状況に変化が起きる。

バシュン!という音と共にシロの装甲が姿を消し、一夏が全身を被うだけのISスーツ姿になったのだ。

前に見たエネルギー切れによる消え方ではない。しかし、装甲が消えるというのはそれだけで重大な欠陥だ。

 

一瞬。私達が呆けていた時間はたったのそれだけだった。

その一瞬の間に、サイレント・ゼフィルスは一夏に銃を向け、邪悪に口元を歪める。

 

「死ね《・・》、織斑一夏《・・・・》」

 

サイレント・ゼフィルスはバイザーに隠れていない口からその言葉を紡ぎ……ゆっくりと引き金を引く。

……否。ゆっくりと引いたのではなく、私達の思考が早くなっているだけのようだ。

 

鈴が衝撃砲を展開し、射撃して当たるまで……この距離ならば0.3秒。セシリアが引き金を引くまで0.2秒。シャルロットが狙いをつけて弾をばらまくまで0.5秒。ラウラが最速で攻撃するまで0.4秒。簪の荷電粒子砲が発射されて当たるまで0.2秒。私の最速で一夏とサイレント・ゼフィルスの間に割り込みをかけるのに必要な時間は0.15秒。

そして、サイレント・ゼフィルスの撃ったレーザーが一夏を捉えるまでの時間は、およそ0.2秒弱。

 

ギリギリだが―――私ならば間に合う!

 

展開装甲を全て開き、全速力で一夏の前に飛び出す。流石にGがきついが、泣き言を言っている暇はない。

サイレント・ゼフィルスの持つライフルからレーザーの光が溢れようとした時、

 

「よいしょっと」

 

そんな気の抜ける声と同時に一夏の姿が消え、同時に金属質の何かが砕かれるような音が周囲に響く。

 

音の原因だと思われるサイレント・ゼフィルスを振り替えると、そこにサイレント・ゼフィルスの姿は無く、ISスーツ姿の一夏だけが浮いていた。

 

 



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151~160

 

 

闖入者、普通に五月蝿い

 

side シャルロット・デュノア

 

ISには、どれだけ仕様が違っても変わらない部分っていうものが存在する。

シールドエネルギーを発生させたり、現存するどんなコンピューターよりも演算力のあるISコアは当然として、ハイパーセンサーの感知系などがそれに含まれる。

 

……つまり、今僕たちの目の前で起きた事を見ることができた可能性があるのは、篠ノ之博士謹製のISを使っている箒と、左目のお陰で視力と動体視力の底上げがされているラウラのどちらかだけ。けれど、二人とも全く見えなかったらしくて目をぱちぱちとしばたかせていた。

 

……まあ、無理もないけど。まさかISが展開されていなかったのにあの速度で動ける上に空を飛んでるなんて誰も考えないって言うか人間にはいくらなんでも無理だよねそれ!?

一夏だからできそうって思っちゃったけどいくらなんでも無理だよね!? って言うかなんで出来そうって思ったの僕!?

 

ぶんぶんと頭を振ってある意味怖い考えを追い出した頃には、サイレント・ゼフィルスの姿がどこにあるかを簡単に知ることができるようになっていた。

サイレント・ゼフィルスは、アリーナのシールドバリアに叩きつけられていて、そのシールドバリアもかなりボロボロになってしまっている。

その上、口の中を切ったのか口の端から血を流している。

 

……いったい一夏は何をしたんだろう? どうしてIS無しで空を飛んでいるんだろう?

いくらシロが速いって言っても、ここまで速いって言うのは普通あり得ない。

 

なぜなら、あそこまでの加速力だと乗っている人間の体が耐えることができないから。

そのためにPICがあるんだけど、それでも打ち消すことができる限界はある。一夏のやった動きは確実にやっちゃあ駄目な動きだ。死んじゃってもおかしくない。

それなのに一夏は普通に動いて、平気な顔をしてそこに浮いている。

ISのことを知っているからこそ、目を疑う光景だ。

 

「……何をした」

 

サイレント・ゼフィルスの操縦者が、苦しげに一夏に話しかける。距離はあるけど、ISのお陰で聞こえないことはない。

その言葉に一夏は、特に気負った風もなく言う。

 

「蹴った」

「軽く言い過ぎ!」

 

なに蹴ったって!蹴ったってなに!軽すぎでしょ!

 

「じゃあ、速く近付いて蹴った」

「僕が言いたいのはそう言うことじゃあなくってねぇ!?」

「まあまあ、細かいことは後で説明するからさ」

 

そう言われたら、僕に反論することはできない。なんだかんだ言っても一夏は僕の恩人だし、僕は一夏が好きだからね。

……なんで一夏に言わないかって? 鈴達とは違って恥ずかしいっていう気持ちがあるからだよ。

簪みたいに勇気がある訳じゃないし………僕ってばダメダメだね。

 

無言で睨み合う一夏とサイレント・ゼフィルスの操縦者。片方はボロボロになったISを纏い、もう片方はスーツだけでISを使っていないという二人は、なんだかとってもおかしく見える。

 

「……大変なことに気付いた」

「っ!? どうしたの!?」

「……もしもここでこの……………名前がわからないから少女Sとしとくが、少女Sを捕まえた場合……確実に事情聴取とかでこの後の予定がまるごと吹っ飛ぶような気が……」

 

一夏がそこまで言った途端に、上空から轟音が響く。

音のした方を見てみると、原因はわからないけどアリーナのシールドバリアが破られていた。

 

「わーたいへん、てがすべってありーなのしーるどばりあにあなあけちゃった~。そのうええねるぎーをつかいすぎてにげられてもおいつけないわー」

「あらたいへん、それではわたくしがかわりに……あら、てをすべらせてらいふるをおとしてしまいましたわ」

「わざとらしい!わざとらしすぎるよ二人とも!?」

 

なんだかサイレント・ゼフィルスの操縦者の方から憐れみの視線を感じる。

み……見ないでっ!僕をそんな目で見ないでぇぇぇっ!!

 

僕が悶えている間に、サイレント・ゼフィルスはアリーナのシールドバリアに開いた穴を通り抜けて逃げていってしまった。

けれど、誰も追いかけようとはしない。みんな一夏の誕生会の方が重要だと当然のように思っているらしい。

 

……これって、おもいっきり私情だよね? 代表候補生なのに…………。

 

「ばれなきゃいいのよ。ばれなきゃ」

「……いや、いくらなんでもまずいって!?」

「はいはい、ほんとは不味いってわかってるけど……一夏が楽しそうだからあたしは構わないわ」

 

鈴が構わなくっても僕は構うんだけど……。

 

…………はぁ。もう考えるの疲れてきたや。やーめたっ。明日の朝まで細かいことは気にしないでおかないと、そろそろ頭が大変なことになっちゃうや。

 

そうだね。楽しいことを考えよう。これから一夏の家で誕生会だけど、どんな感じになるのかな~?

 

「……なんだか……色々危ない状態……」

 

簪の声が聞こえた気がしたけど、気にしなーい♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生会、その前に説明

 

サイレントゼフィルスを追い返した後、俺達はピットでのんびり

 

「さあ一夏。説明してもらうよ? さっきのはいったいなんなの?」

 

……は、していなかった。シャルが随分問い詰めてくるから。

 

「そうね。なんだかこれについてはしっかり話を聞いた方がいい気がするわ」

 

そして今回は鈴も問い詰める側に回ってしまった。シャルだけだったらともかく、鈴と一緒に誤魔化すのは無理だなぁ。

……仕方無い。誤魔化し無しで話すか。後が怖いけど。

 

「じゃあ、聞きたいことがあったら質問をどうぞ」

 

そう言うと、シャルと鈴から次々に質問が飛んできた。

 

「どうやって生身で飛んでたの?」

「生身じゃなく、クロをISスーツ型にして着てたから」

「どうやってあの速度を出したの?」

「シロの三つの特殊武装の最後の一つを使ったから」

「特殊武装の詳細を求むわ」

 

……うん、これが怒られる原因だから話したくないんだけど……。

 

「秘密じゃダメ?」

「駄目よ。なんだかこれについてはしっかり聞かなくっちゃいけない気がするの」

「そうだな。その話になった瞬間に一夏の気配が僅かにぶれたからな。なにかしらの後ろめたい隠し事があるのだろう」

「さあ、話して一夏」

 

……しょうがないな。

 

「……詳しい理論は解らないんだが、速度特化のシロを更に速度特化させる秘密兵器。装甲を捨てて軽くして、シールドエネルギーを機動用のエネルギーに変換して、そのまま動くってやつ」

 

ギンとの戦闘の時に、機動用エネルギーが無くなってシールドエネルギーが過剰に増えていたのは、この特殊武装を逆向きに使われたせいだ。

……わかる人にわかりやすく言うと、リリカルな魔法使いの三期の死神さんが使ったライオット。防御をギリギリまで削って速く動くっていう。

 

ちなみに、装甲すらもの質量分のエネルギーに転換するため、一度使うと暫くまともには使えなくなってしまう。

エネルギーから装甲を編み直し、回復していく分のエネルギーも装甲の修復に当てなければならないため、最低でも三日は使えない。

……サンライトハート改やののちゃんの協力でエネルギーを供給し続ければ、三分くらいで行けたりするけど。

 

「…………つまり、一夏はあの時装甲もシールドエネルギーも無い状態であんな無茶をやらかした、ってことね?」

「そうなるね」

 

まあ、実のところ防御力自体はシルバースキンを重ね着した方が強いから生身の方がいいんだけど。

それに、生身だとIS装備中は使えない帝国九七式破城鎚型魔導手甲とか斬艦剣とかピーキーガリバーとかソードサムライXとかを使いたいだけ使えるからある意味では楽なんだけど。

 

「………はぁ………………」

 

鈴は溜め息をつくと、ポケットから携帯電話を取り出した。そしてそのまま流れるようにボタンを押して、誰かに電話を掛ける。

 

「……あ、弾? 一夏がまたやらかしたから、ちょっとピットまで来てくれる? ……そう、またやったのよ? ………速くね」

 

ピッ、と電子音を発してから電話が切れる。

 

「……ねえ一夏。馬鹿なの?」

「酷いな。生き残る自信があったからやったって言うのに、それは酷い」

「馬鹿よ馬鹿。そんな動いただけで普通死ぬようなことを何でやったのよ」

「実は俺、生身でグレネード食らっても平気だったりするからそれやっても大丈夫だろうと思って束姉さんに依頼した。束姉さんはシロの取り扱い説明書にしっかりその事も書いといてくれたから、悪くないよ?」

「今の人間とは思えない発言はスルーするとして、もっと自分の体を大事にしなさい。そういうのが周りに知られたら大変なことになるかもしれないのよ?」

「そうだぞ一夏。俺たちならともかく、どこぞの国の研究者にでも知られてみろ解剖されて標本にされるかもしれないんだぞ?」

「……ごめん」

 

あっれぇいつの間に五反田さんがここに!? というシャルの叫びはスルーして、俺は鈴と弾に頭を下げる。謝るべきところで謝れるのが俺だ。

 

まあ、相手によるけど。エムさん相手だったら絶対謝らないし。

 

「ごめん」

「……いい? 危ないことは控えること。あたしから言えるのはこのくらいよ。……千冬さんのお説教が待ってるし、このくらいにしといてあげるわ」

「……そう言や俺ってここに居ちゃ不味いんだったな。また後でな~」

 

……そうだった……ちー姉さんのお説教があるんだった……。

 

「……まあ、覚悟を決めなさい」

 

鈴が親指で指した先には、腕組みをしたちー姉さんがいた。

 

……………やっぱり、行くのは少し遅くなるかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生会、本番

 

ちー姉さんにかなり本気で怒られ、俺は現在すっごい疲れている。

……いやまあ確かに俺が悪いんだけど。珍しくかなり本気でひっぱたかれたし泣かれちゃったし。

よっぽどの事がない限り使わないと約束させられた。まあ、あったら使っていいんだし、俺も疲れるからあんまり使いたくないし、別にいいんだけどさ。

……あの状態でライドインパルス? 走っただけで普通は死ぬし、やっぱり疲れるからあんまりやりたくない。

 

そんなこんなでちー姉さんからのお説教も終わり、今は俺の家で誕生日パーティーを開いている最中だ。

 

メンバーは俺といつもの六人。そして弾と蘭ちゃんとカズの中学時代の友人たち。なぜかそこにIS学園生徒会のメンバー三人が入り、いつの間にか束姉さんが参加している。

原作では束姉さんがいない代わりに誰かがいたような気がするんだが……まあ、いいか。

 

ちなみにちー姉さんと真耶先生は結構忙しそうに働いていたが、市街地戦闘をしていないだけ原作よりましだったろうと思っている。

俺も取り調べを受けはしたが、ちー姉さんのお説教の時間を除けば15分くらいで解放された。他のみんなもそのくらいの時間で解放され、先に誕生会の準備をしてくれていた。

 

ちなみに、俺の誕生日会は一日泊まって家に帰るまでが誕生日会らしい。いつの間にかそういうことになっていた。

 

まあ、そんなことは別に良いとして……今はこれを楽しむとしようか。ちょうど腹も減ってきた所だったし。

お説教とかそう言うので昼は食べてないんだよな。

 

「はいラーメン。花嫁修行の一環で作れるようになったのよ。ご賞味あれ♪」

 

タイミングよく鈴がラーメンを出してくれた。考えてることがわかるとかそういうのも凄いが、こうしてそれ以外の予測も使って色々行動できるってのは優秀な証拠だよな。

 

「ありがと。喜んでくれたなら嬉しいわ」

「束姉さんも色々用意してきたよ!簡単なのばっかりだけどね?」

 

そして束姉さんがなぜか持っていたおかもちから、次々に料理が出てくる。常識的に考えておかもちに入る量じゃないし、種類が和洋中と……どこの料理だ? と聞きたくなるような料理も混ざっていた。

いや、美味しそうなんだけどね?

 

とりあえず延びると美味しくなくなるラーメンから食べ始める。魚介系の塩味が美味い。どうやら麺だけじゃなくスープもチャーシューも手作りらしく、やけに俺の好みに合う。

 

「久し振りに作ったけど、まだまだ衰えてないみたいね。よかったわ」

「む? これは私達の分か?」

「わぁ、美味しそう……!」

 

鈴は当然のように台所から小さいラーメンを持ってきて全員の前に並べた。確かに俺だったらともかく、ののちゃんやかんちゃん、蘭ちゃん達が一杯食べた後に追加で食べられるとは思えないし、いい判断だと思う。

 

ちゅるるる~、とラーメンを食べ終わった俺は、次に束姉さんの料理に手を出した。味か想像できないものからおよその想像がつく物まで、まさに選り取り見取りだ。

適当に一番近いところにあった料理を小皿に取り分けて、口に運ぶ。

 

……うん、辛い。でも美味い。これ子供泣かせな料理だ。

始めはかなり辛めで、少し経つと辛味が一気に消えて美味いのが口に残る。辛いのに美味いから止まらない。流石束姉さん、神算鬼謀は料理にまで役立つんだな。もうこれは一種の才能だよな。びっくりびっくり。

 

「束姉さんは天才だからね!」

「天災?」

「外れてはないかな?」

「……流石姉さん、やはりまだ修行が足りないか…………」

「う……辛いのに……辛いのに…………」

 

束姉さんの料理は好評で、どんどんと数を減らしていく。

もちろん辛くないものもあるから、辛いのがどうしても嫌な人はそっちを食べている。

 

そして、辛くないのもやけに美味い。

基本的にちー姉さんが苦手なところは得意で、ちー姉さんが得意なところはそこそこ苦手って言うのが束姉さんだし……まあ、ちー姉さんの料理の腕を考えればこのくらいはできて当然……かな?

 

「最近は束姉さんが作ることも多いからねー。頑張ってみた!」

「流石は【お母さん】だね?」

「……一応、何で知ってるのか聞いてみていい?」

「俺だから」

「いっくんだからか。ならしょうがない」

「仕方無いわね。だって一夏だもの」

「ああ。これは納得するしかないな」

「………ツッコむよ? いいね? ツッコむからね? ……………何で納得しちゃうのさ!? って言うか箒は自分のお姉さんにいつの間にか子供ができてることを当然のようにスルーしちゃってるの!? ここは普通ツッコむ所でしょ!? 相手は誰とかいつ子供ができたのとか臨海学校の時にはお腹膨らんでなかったよねとかさては一夏の寝込みを襲ったなパルパルパルパルとか色々!それなのに何で普通に受け入れちゃってるのあり得ないよねどうして僕ばっかりツッコミなのこのままじゃ僕の死因はツッコミ過ぎによる過労死かストレス性胃炎からの胃潰瘍が進化した胃癌とかそんなんになっちゃいそうなんだけどどうしてくれるのさ!? 僕に死ねって言うの!? たまにはツッコミ変わってよ僕だってツッコミたくてツッコんでる訳じゃないんだからいつだって変わってあげるよだからお願い助けて一夏!!」

「……シャルロットは時々わかりにくいボケをかますな。必死すぎて笑えん」

「仕方ないだろうラウラ。シャルロットはかなり本気でかつ必死なのだ。自分の胃の安寧のためには避けては通れない道なのだよ」

「わかってるんだったら助けてよ!?」

「………大丈夫……私は味方だよ……?」

 

かんちゃんがシャルの頭を抱えるように抱き締めた。なんと言うか、子供が自分より小さい子供を優しく宥めているようにも見える。

 

……うん、可愛い。シャルもかんちゃんも可愛いなぁ……。

 

「………」

「……? お姉ちゃん……? 何で……」

「簪ちゃんが可愛すぎるからよ。可愛い簪ちゃんを撫でない理由はないわ」

 

……先を越された。まあ、いいか。

 

 

 

 

 ~その頃のマゾカさん~

 

ひゅるるる……と秋風が吹く中で、織斑家の玄関が見える位置に少女は居た。

こっそりと近場のビルの屋上に身を隠しながら織斑家の玄関を眺めている。

少女はずっと黙っていたが、ふと自分の体を抱えるような体勢をとった。

 

「……今日は冷えるな………」

 

その言葉は、誰にも届くことなく虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生会、終幕

 

八時前にすべての片付けを終わらせ、八時には布団に入る。異様に大きなベッドだから、12人くらいは一緒に寝れる。

広すぎって? 実はここは俺の部屋じゃなく、俺の部屋のドアに入り口を作ったアンダーグラウンドサーチライトの中だったりする。

そうしないと流石に全員は入らなかったから、苦肉の策だ。ちー姉さんはまた勝手に入ってこれるだろうけど、普通の人間じゃあ無理だ。

 

ちなみに、寝ない子には『どんな子供でも寝たくなる無限エクスカリバー』を使うと脅迫したら、大半は布団に入ってくれた。

布団に入らなかったたっちゃんにはアリス・イン・ワンダーランドで幻覚を見せて、『……パトラッシュ……なんだかとっても眠いんだ…………』状態にしてからベッドに放り込む。

まあ、明日の朝には治ってるだろ。多分。

 

ちなみに虚《うつろ》さんは弾の隣で顔を赤くして小さくなってる。メールアドレスとかも交換したようだし、弾にも春が来たってことでいいのかね?

 

「弾の春はとっくに来てるわよ? 相手は一夏だったけど」

「そうなの?」

「おう。初恋の相手が男ってのは自分でもちょっと不味い気がしてたんだが………まあ、一夏相手だったらいいかと」

「俺も、相手が弾なら男相手に抱かれる側に回ってもいいと思ってる。カズもまあ、いいんじゃね?」

「あ゛~……つっこみすぎて喉が痛い………」

 

がらがら声でシャルが呟くが、つっこみは飛んでこない。喉が痛いせいか。

まあ、あれだけ全力で叫びながらツッコミを続けてたら喉も嗄れるわなぁ……。

 

「……………………」

 

シャル は 無言の重圧 を はなった!

 

一夏 には 効果は ないみたいだ……。

 

鈴 の 抱きつき!

 

きゅうしょ に あたった!

 

効果は いまひとつのようた。

 

一夏 の こうげき!

 

ぷちか召喚!

 

こうかは ばつぐんだ!

 

「ぅー☆」

「ぷぱっ!?」

 

シャル は 動かなくなった!

 

一夏 は シャル を ベッドに 引きずり込んだ!

 

……お休み。

 

 

 

夢を見る。なんだか薄ぼんやりした霧が漂い、鏡映しの影が見える。

 

一人は俺、織斑一夏。もう一人も俺、桜道一哉。

どっちも俺であるせいか、鏡映しで同じポーズをとって寝ている。

 

どちらも気持ち良さそうに寝ているが、それを眺めていてふと思う。

 

……俺って、いったいどっちだ?

 

…………まあ、いいか。どっちでも。

 

鏡映しの二人の間に滑り込み、俺はそのまま寝始める。考えるのとかもう面倒すぎる。

正直に言って、こんなことを考えるなんて俺らしくない。俺らしくなさすぎて蕁麻疹が出てきそうだ。痒い痒い。故に俺はさっさと寝る。夢の中だろうが関係無い。夢を見ているってことは脳が働いているってことだし、経験もあるから問題ないはずだ。

 

 

 

  ~その頃のマゾカさん~

 

「にゃ~」

「…………」

 

じーーーーー。

 

「にゃ~」

「………………」

 

ひたすら猫と見詰め合っていた。

 

 

 

 

 

ふと、目が覚めた。俺にしては珍しいな……と思いつつ、体を起こす。

腰の辺りに抱きついているかんちゃんを剥がし、足にぴったりとくっついていたセシリーを剥がし、するりとベッドから降りる。

………なぜか、妙に目が冴えている。前世でもたまにあったんだが、こっちではもう4年くらいはこうなってない。

 

こうして目が冴えている時には、なぜか色々なことが起きる。むしろ、色々なことが起きるのを体が予測して勝手に起きてんじゃないの? と思えるほどだ。

 

靴を履き、夜の町に歩き出す。狙われそうな気がするので、服装はシルバースキンの重ね着だ。

職務質問されることもあるが、俺が顔を見せると何事もなかったかのようにスルーされる。

まあ、実のところこんなのを着込まなくても普通に身体能力が並みじゃないから問題ないんだが。グレネードを至近距離で爆破されても問題ない体だし。

だからと言ってそれがバレるのはなんか不味い気がするから、シルバースキンでカモフラージュ。今までバレたことはない。

 

……さて、夜の散歩は久し振りだな。前回は麻薬をどこからか持ってきてばらまいてた不良グループをいくつか潰して、それから裏をとって知り合いのヤのつく自由業の人達にお願いしたんだったか。

警察の方には色々手を出して引っ掻き回してやったから、全くバレていなかった。

今回はいったいどんな事件が起きるのやら?

 

 

 

  ~その頃のマゾカさん~

 

 

「……む、ようやく動くか」

 

織斑家の玄関をずっと張っていた少女は、漸く目当ての人物が一人で行動する場面に当たった。

 

「にゃ~」

「……済まないが、ここで別れだ、にゃーたん」

 

そう言って少女は抱き抱えていた猫を放し、静かに目当ての人物を追いかけて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の散歩は、危険いっぱい

 

夜の町をあてども無く歩く。毎回一晩限りの騒動が起きるんだが、今回はどうも静かだな。

そんなことを思いつつ、自動販売機に野口を一人突っ込んで適当にボタンを押す。

がこん、と音を立てて出てきたのは………秋茄子サイダーチーズおかき風味。味の予想がつかなさ過ぎる。

ついでに当たり付きだったらしく、もう一本選べるらしい。次はまともにホットココアを選んだ。

 

暖かいココアは寝る前に良いんだ。家にあるけど。

 

ココアの缶を開けてくぴっと一口。砂糖が多すぎる気がするが、料理では引き算はできないから仕方無い。

くるりと振り返って元来た道を歩き出そうとすると……そこに人影を見つけた。

なんだかちょっと寒そうにしてるが、その辺りは気にしない方がいいのだろうと思って流す。

 

それに、この娘さんは多分例の……サイクロン・ジョーカー? ……の中の人だし、からかえそうならちょこちょこからかうが、からかえそうにないならさっさと帰ってもらう。

………原作的に考えて、からかえそうに無いけど。

 

「…………あ、ココアいる? 寒そうだし」

「……もらおうか」

 

あ、貰っちゃうんだ。へー。

……なんかちょろそうな匂いがしてきたような気がするのは気のせいか? もしかして……ニックネームをちょろかに変えなきゃいけないフラグ!?

 

そう思いつつ……どっちで呼ぶべき? マゾカでいい? ………マゾカにしとくか……マゾカにかなりいっぱい入ったココアを渡す。

それを両手で受け取ったマゾカは、ちびりちびりとココアを飲んでいく。

時々

 

「あつっ」

 

とかいう悲鳴に似た何かが聞こえるのは気のせいではないと思う。

……猫舌なのかもな?

 

ふーふーと息を吹き掛けながらココアを舐めるようにして飲んでいるマゾカは、なんと言うか小動物的だった。どこでこんなにぶっ壊れたんだろうな?

 

千の顔を持つ英雄で薄いマグカップを作り、マゾカが持っているココアを移す。こっちの方が冷めやすいからな。

 

しばらくしてからちょうどいい温度になったようで、マゾカは僅かに湯気がたつココアを一気に飲み干した。

 

「……ふぅ……」

「……で、何の用だ? 亡国機業のドM」

「ふ……気付いていたかって違う!誰がドMだ!」

 

あ、この子凄い純粋だ。良いか悪いかは置いといて、純粋だ。

ノリツッコミができるのは純粋な奴くらいだし。シャルとか。

 

「私はMではない!私は織斑マドカだ!」

「え? 織斑マゾカ?」

「そうだ織斑マゾカ違う!!」

「どっちだよ」

「マゾカではないマドカだ!」

「わかったわかった、マゾカなんだな」

「違うと言っているだろう!」

「自分の顔をナイフで傷付け、ナイフに付いた血を恍惚の表情で舐めとるような奴がマゾじゃなくて何? 名は体を表すって本当じゃないか」

「バカな!? なぜそのことを知っている!?」

 

カマかけただけなんだが………マジでやってたのかこのドM娘。

 

「もうマゾカで良いだろ。はいけってーい」

「訂正しろ!私はマゾカではなく」

「うるせえマゾ。深夜だぞドM。騒ぐな被虐体質。喧しいんだよ興奮するな」

「わかった呼び名はマゾカでいい。マゾカでいいからせめて名前の原型くらいは残して呼べ!!」

「なんだやっぱりただのマゾか」

「…………ッ!!」

「……ちゃんとマゾカって呼んだろ。何が不満だ?」

「全てだ!」

 

……まったく、我儘なマゾだ。地獄の九所封じでも喰らってしまえ。弾なら地獄のメリーゴーラウンド以外は再現できるからお願いしてみたら?

流石に弾は生身でダイヤモンドの硬さはないが、アレを使えばかなり硬くなるし。具体的には某男爵様の鎧にシルバースキンをコーティングしたやつなんだけど。

ミサイル食らっても全く問題ない。レーザー食らっても大丈夫。ただし攻撃能力はそんなにない。背中のガン・ザックを使って突貫するくらいだ。

まあ、それでも防御能力はそこらのIS以上にあるから使いようはある。主に鎧として。

それ以外に移動用としても使えたりするが、そんなに使われてはいないらしい。

だから、悪いけど今回は色々あるから手は出さないで欲しいかな。

 

……ちなみに待機形態は蘭ちゃんにあげた腕輪と同じような腕輪。ただし色は蘭ちゃんにあげたような赤銅色ではなく、赤錆色とも言えそうな鈍い赤。

まあ、蘭ちゃんはあれで結構ブラコンだからお揃いっぽくしても良いと思ってやった。後悔は一切していない。

 

「……まあいい」

「呼び名はマゾでいいのか? だったら」

「それはよくない。最悪でもマゾカと呼べ。出来ればマドカだ」

「じゃあマゾカで」

「それでいい……いや本当はよくないが、もういい」

 

これでいいらしい。まったくマゾカはマゾだな。Mだな。流石コードネームがMなだけある。

 

「そう言えば、マゾカってちー姉さんに似てるけど、クローンか何か?」

「……いや。私はお前だ、織斑一夏」

「あっそ」

「………………それだけか?」

「おう」

「……はぁ………まあいい」

 

もしかして、マゾカの口癖は『まあいい』だったりするんだろうか? どうでもいいけど。

 

ちゃきっ、とセーフティを外しながら、マゾカは俺に拳銃を向ける。

 

「私が私たるために……お前の命をもらう」

 

マゾカはすぐさま銃の引き金を引く。

パァン!という軽い銃声が夜の町に響き渡り、拳銃が小さな弾を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の散歩は、これでおしまい

 

パァン!と銃声が響いた直後、ギィン!と硬いもの同士がぶつかり合ったような音がした。

まあ、シルバースキンに銃弾がぶつかって弾かれた音なんだけど。

 

「……やはり、この程度では傷ひとつ付けられんか。」

「俺って一体なんだと思われてんだ?」

「化物に決まっているだろう。あの速度を出して生きていられるというのもそうだし、その速度の中でまともに動けているところもそうだ。現に今も、銃弾を弾いただろう」

「いや、弾いたのは防護服のお陰だから。いつも着てる防護服のお陰だから」

「……そうなのか? 生身ではないのか?」

「化物扱いはわかったけど、俺ってどこまで化物だと思われてるんだよ?」

「素手でISに勝てるかもしれない唯一の人間だと聞いたのだが……」

 

多分それはできる。乗ってる相手と機体にも依るが、多分できる。

………ついでに、生身じゃないが男爵様モードの弾と、いかれた(イカれたのか怒れたのかは、自分で判断してください)ちー姉さんだったら勝てるかもしれない。なんとなくそんな気がする。

この世界の人間はそこそこまともな人間しかいないと思ってたんだけどなぁ…………精神面はともかく、肉体面は。

 

「……とは言え、流石にそれは言い過ぎだと思っているがな」

「まあ、普通はそうだよな」

「ああ」

 

どうやらマゾカはそこそこ常識と言うものを持っているらしい。

マゾなのに。

 

「……どうやら私ではお前を殺せないらしい。私がISを展開したら、お前も使うのだろう?」

「勿論そのつもりだ。正当防衛立証のために全力で叩き潰して【『ぬ』のハンカチ】の刑に処してやる」

「…………なぜだ。内容が一切わからないのに、凄まじく嫌な予感がする」

「まあ、前にちょっとやってみたら、二時間後にはトラウマができていたな。黄色地に黒で小さく『ぬ』と大量に書いてあるハンカチに」

 

ちなみに内容はエクスカリバーと同じようなもの。ただし、大量の天の助が両手に『ぬ』のハンカチを持ってひたすら「『ぬ』の、ハンカチィ!!」と叫んではハンカチを投げ付けてきて、失敗してもしなくても最後には『ぬ』のハンカチに埋もれて死ぬ。

埋もれて一度(幻覚で)窒息死したら最初からやり直し。またひたすら『ぬ』のハンカチを投げつけられる。

 

…………そりゃトラウマにもなるわな。

 

「……あ、帰りたいなら帰っていいよ? 正直に言って、あんまりやる気ないし」

「そうか。ならば帰らせてもらうが………覚えておけ? 私はいつでもお前を狙っているぞ?」

「性的な意味で?」

「そうそう風呂場や寝室では気を付けろって違う!!」

 

……うん、この娘原作が一番あてにならないキャラだ。なんでだろうな?

 

「まあ、気にすんな。……そうそう、マゾカのところにエムさんいるだろ?」

「……エムは私だ」

「………やっぱりMなのか」

「コードネームだ!!」

 

そういう事をこんなところで大声で叫ぶのは辞めといた方がいいぞ? 年齢も合わさって中二臭くて仕方ないから。

 

「……あー………巻紙礼子って名乗って学園祭に来た奴に、『お前の頭の中の声の大半は俺が流してる。ざまあm9(^Д^)wwwww』って伝えといて」

「……ああ、だからあいつはずっと虚空に叫んでいたのか……わかった」

「しっかり『wwwww』まで伝えてくれよ? 明らかに見下した感じで、かつ嫌みっぽく、そしてムカつく半笑いで」

「…………難しいな……こうか?」

「そうそうそんな感じで。ただ、手はこうやってわざわざ少し高めに構えて、指を附角にして……上手い上手い」

 

しばらく授業的なことをして、俺とマゾカは別れる。

さっきの言葉のついでに、さっき買った要らないジュースも押し付けた。ちょろータムにでもやればいいと言ったら、割と普通に受け取った。

 

ISを展開して飛んで帰ったマゾカが見えなくなったのを確認してから俺は家に戻る。明日は振り替え休日だし、眠気も出てきたからゆっくり寝るかねぇ……。

 

 

 

 

 

side ちょろータム

 

「おい待て!? なんでここで私なんだよ!? ここは普通あのクソガキだろうが!!」

「喧しいぞ、エムさん」

「ぶっ殺すぞクソガキ!!」

「そうだったな、今はちょろータムだったな」

「殺す!!」

 

ちょろータムは少女に飛び掛かる。しかし所詮ちょろータムはどこまで足掻いてもちょろータム。少女にあっという間に床に押さえ付けられ、みすぼらしく床に這いつくばったまま少女にねめあげるような視線を向けることしかできなくなった。

だっせ~(笑)

 

「うるっせえんだよてめえも!ぶっ殺してやろうか!? あ゛あ゛!?」

「……そうだ、お前に伝言がある。……織斑一夏からだ」

「あぁ!?」

 

無様に惨めに這いつくばっているちょろータムに、少女は見下したような視線を向け、指差す。

 

「『お前の頭の中の声の大半は俺が流してる。ざまあm9(^Д^)wwwww』……だそうだ」

「…………あ゛?」

「聞こえなかったのか? 『お前の頭の中の声の大半は俺が流してる。ざまあm9(^Д^)wwwww』だ」

 

繰り返されたその言葉に、ちょろータムは額に青筋を立てる。小者臭がぷんぷんするなぁ……。

まあ、仕方無いか。小者だし、ちょろータムだし。

 

「殺すっ!殺してやるぞっ!織斑一夏ぁぁぁあぁぁぁっ!!」

「精々頑張れ、ちょろータム」

「まずはてめえからぶっ殺す!」

 

どったんばったん。がしゃんぱりーん。パァンパァン!ズキュゥゥゥン!デロデロデロデロデロデロデロデロデロ………………。

 

……亡国機業。本当に大丈夫か?

 

「大丈夫だ。問題ない」

「よそ見してんじゃ」

「食らうがいい、これがロメロ・スペシャルだ!」

「ぎゃあぁぁぁああぁぁっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の散歩の、裏のお話

 

side 五反田 弾

 

一夏が目を覚まして外に出掛けた瞬間に、俺は一夏のベッドから静かに起きる。

全員を起こさないように注意しながらすり抜けるようにベッドから出て、一夏の後を追いかける。

 

いつもだったら鈴は起きるんだろうが、今日は色々あって疲れているせいか、起きる気配が全く無い。

まあ、いきなり襲撃されて、一夏がなんか見えないほどに動き回って心配して、それから料理を作って飲んで(酒じゃないことを明言しとく。じゃないと千冬さんに殺されそうだ)騒いでようやく寝たところだし、仕方無いけどな。

 

一夏曰くの『男爵様の鎧』を装備し(これISじゃね? と思ったが、違うらしい。どこがどう違うかと言われると困るが、違うそうだ)、背中のガン・ザックで空を飛ぶ。

ガン・ザックはロケットっぽい構造をしているのに、異常とも言えるくらいに静かだ。

これはベルトの前部にあるスイッチ一つで火が入り、俺の体とこの鎧を上空に打ち上げることができる。左右の出力の変化で旋回とかそういうのも可能。

ついでに、飛ぶ時にはそのガン・ザックから翼が飛び出て機体制御を楽にしてくれたりもする。

 

そのまま銀色のコートを着た一夏を静かに追いかける。

すると、下に一夏の後を追いかける小さな影が見えた。

 

………あの影の骨格……重心………乱入してきたあのIS乗りじゃねえか!

 

すぐにその場に行こうとしたが、一夏に一瞬視線を向けられて牽制される。

大丈夫だからと伝えられたが、それでもやっぱり心配なものは心配だ。

……って言うか、バレてたんだな。邪魔だったか?

 

……まあ、今は一夏を信じて待機しとくか。

 

 

 

……落ち着け落ち着け。一夏が撃たれたからって怪我したわけでも無いんだし、一夏自身も気にしてないみたいだし、俺が気にすることではないと理解しているんだが………普通に考えて、理性と感情がそんなに簡単に一致するわけ無いよなぁ?

 

一夏に銃撃しておきながら平然と逃げている女に、最高速で突貫する。

漫画の悪役のように馬鹿みたいに声を上げながらではなく、静かに素早く拳を叩きつけようとしたが、それは寸前で気付かれてしまい、避けられた。

 

「く……なんだ貴様は!?」

「お前が気にすることはない。無様に惨めに敗北し、生き恥を曝させてから千冬さんに突き出してやる!」

 

がちん、とベルトのスイッチを押し込み、既に火の入っているガン・ザックにさらに燃料をくべる。

このガン・ザックの燃料は、俺の心の力。俺の心がたぎればたぎるほど。震えれば震えるほどに出力も硬度も増していくと一夏から聞いた。

それを聞いたときに、それほど俺に合ったものは無いと思った。

 

なぜなら、俺の心は常に一夏への愛に沸き、尽きること無く産み出されるからだ。

鈴や蘭には悪いが、これについては誰にも負ける気は無いし、負けたくない。例えその相手が千冬さんでもこの想いは変わらない。

 

精神的なエネルギーを物理的なエネルギーに変える方法はよくわからないが、俺達みたいな一般的に非常識と呼ばれる人種は無意識にそれを行っているらしい。

だからこそ俺は恐れることなくガン・ザックに燃料をくべ、加速する。

 

「っらァ!!」

「くっ……」

 

ガギィンッ!と音を響かせて鎧に被われた俺の拳と相手のISの装甲がぶつかり合い、互いの横をすり抜けあう。

俺はガン・ザックを片側だけ噴射を強くして反転し、ISに向き合う。

 

「……何者かは知らんが……ここで死ね!」

 

その言葉と同時に撃ち込まれた銃弾を拳で弾き、再び突貫。左に避けようとしたので右側の噴射を強くし、追いかける。

 

まるで一世代前の戦闘機のようなデッドヒート。相手が逃げ回りながら俺を撃ち、俺はその弾丸を拳で弾き落としながら追いかける。

はじめのうちは赤いレーザーが飛んできたりもしたが、そっちは無視して弾くことすらなく突貫。それを見た相手はひきつったような顔を俺に向け、すぐさまレーザーではなく実弾に弾種を変更した。

 

その判断は間違ってない。むしろ、最善かなりに近いだろう。

しかし、最善にかなり近いそれでも、俺にはけして届かない。

 

無数の弾丸をばらまきながら、相手は空を縦横無尽に駆け回る。

優雅に、華麗に、そして無駄なく飛び回るその姿はまさに風。加えて風切り音の一つもしないその消音性能は、まるで風を支配しているかのようだ。

俺はこいつを逃がさないことはできる。ただ、落とそうとするとかなり難しい。

こいつは俺を翻弄できるが、かわりに落とすことも逃げきることもできない。

 

お互いに手詰まりのこの状況で不利なのは………俺だ。

俺の駈る男爵の鎧はISじゃない。だから男でも操縦できるし、こうしてISと互角に戦うこともできる。

だからこそ、こいつをそう簡単に人目に触れさせることはできない。

こいつが人目に触れれば、ISの発表と白騎士事件と同じように、一気に世界のあり方が変わる。

そして俺は、あまり目立つことは好きじゃない。一夏とも一緒にいられなくなるだろうし、一夏の時のように五月蝿い奴等が俺の家に群れをなしてやって来るだろう。

 

………仕方無いか。

 

ガシュン、とガン・ザックの火を一つを残して全て落とす。

それに気付いたらしい相手は、なぜかその場で止まった。

 

「……何故止まる? 私を殺しに来たのでは無いのか?」

「うるせえ。状況が変わったんだよ。行くならさっさと行っちまえ」

 

しっしっ、と追い払うように手を動かすと、相手はくるりと俺に背を向けた。

 

「次、一夏に手を出したら……本気で潰す」

 

俺のその言葉には何も返さず、その女は薄く光が出てきた空の彼方に消えていった。

 

……………俺も、帰るか。疲れたしな。一夏分の補給が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームソフト、IF

 

ゲーム。それは娯楽の対象。妄想の具現。

まあ、色々と言い方はあるが、ここではその辺りは一切無視しよう。面倒だから。

 

なんで今そんな話をしているかと言うと、俺自身も忘れていたとあるゲームソフトが目の前にあるからだ。

その名前は、インフィニット・フォーチュン。通称IF。まあ、ネタとして俺と束姉さんが適当に作って発売してみたところ、気持ち悪いほどに売れてしまったゲームソフトだ。

ちなみに初回生産版にはプレミアがついていて、捨て値で売っても6桁は普通に行くらしい。

テストプレイヤーは俺。原作知識と言う名前のネタを使って、色々とキャラを組み込んである。

 

まずは俺をモデルにした『織野《おりの》 壱佳《いちか》』。主人公と言うかヒロインと言うか……そんな立場の娘。俺みたいな特殊な能力は無い。

専用機は【白蓮《はくれん》】近接特化型。

 

ちー姉さんをモデルにした『織野 千尋《ちひろ》』。大抵スーツだが家に戻ると生活能力皆無のかっこいい系お兄さん。ただし隠れシスコン。一番ルート入りが難しい。

専用機は【夕柳《ゆうやぎ》】近接特化型。

 

ののちゃんをモデルにした『東雲《しののめ》 総司《そうじ》』。剣道の達人で、かなり面倒見がいい。

専用機は【緋桜《ひざくら》】近接よりの万能型。

 

セシリーをモデルにした『セシル・オーウェル』。イギリス代表候補生の初めは高飛車キャラ。ただし後々では性格を変えることも変えないことも可能。

専用機は【スカイ・ティアーズ】。中距離射撃型。

 

鈴をモデルにした『鳳《ファン》 廉韻《レンイン》』。中国代表候補生。鈴が嫌がりそうだからアルアルは言わない。ただし、肉まんは持っている。

専用機は【神龍】。近接・中距離格闘型。

 

シャルをモデルにした『シャルル・デュラン』。フランス代表候補生。初めは女として入学してくるが、途中でバレる男の娘。背が低くて童顔なのが悩みのツッコミキャラ。

専用機は【ラファエロ・カスタム】。近接・中距離・遠距離全てに適正あり。

 

ラルちゃんをモデルにした『ラルフローレン・ボーデルヴィフト』。ドイツ代表候補生。銀髪赤目に右目《・・》に眼帯。そして眼帯の下は金色の目のどう見ても中二キャラ。壱佳を憎んでいる。

専用機は【シュヴァルツェア・リヒト】。基本的にIS……じゃない、IFの性能と武器は原作のISとほぼ同じ。

 

かんちゃんをモデルにした『逆色《さかじき》 神薙《かんなぎ》』。努力家でいつも控え目。ただし通すべき所は押し通す気概のある眼鏡の似合う少年。

そして生徒会長である兄にコンプレックスがある。身長もほんの少しだけ届いていない。

専用機は【頑鉄《がんてつ》弐式(未完成)】。ゲーム中に完成させるにはルート入りが必須だったりする。

 

たっちゃんをモデルにした『逆色 武在《たけあり》』。天才肌で努力家な完璧超人……に見えるが、仲良くなっていけば行くほどに、そのお茶目な所やヘタレたところが見えてくる。

専用機は【ミステリアス・ジェントル】。近接・中距離技巧型。

 

真耶先生をモデルにした『佐藤 真岬《まさき》』。優しい先生で、常識人。ただし、千尋をからかおうとしてはぼこされる。そんな役割がある。

専用機はなし。ただし、訓練機でもかなり強い。

 

そんなキャラクター達がイベントを通して戦い、友情を育み、恋をしていくゲーム。

それが【インフィニット・フォーチュン】。通称IFと言うゲームだ。

 

……ちなみに、ラルちゃんとシャルとたっちゃん以外には許可をとった。隠しキャラとして束姉さんがモデルのキャラと弾がモデルのキャラも居たりするが、攻略するにはオープニングの約七秒の間に連打キーを使わずに×ボタンを百回押すという常人には難しいことをやらなければならない。

……それでも、ちー姉さんがモデルのキャラとのベストエンドよりはずっと楽だけど。

 

 

 

事の始まりは、ある少女(マゾカではない)が寮の俺の部屋にゲーム機を持って遊びに来たところまで遡る。……まあ、それも精々五分くらい前の事だ。

そのハードで使えるソフトがIFしか無かったので出してみたんだが、なんとその娘さんがIFの大ファンだったらしく、俺の持っていた初期生産版を羨ましそうに眺めていた。

 

「やらんぞ」

「……うん」

 

すっごい残念そうな顔をされた。

 

だが、ののちゃん達はこのゲームを知らなかったようでわけがわからないという顔をしている。

 

「まあ、色々とおまけの多い恋愛シミュレーションゲームだよ。………これの登場人物モデルがいるけど」

「……IF……恋愛……モデルがいる………もしかして、一夏がモデルとか?」

 

なんでわかるんだろうな鈴は。勘にしたって鋭すぎるだろ。

 

「そうそう。これ織斑君の話題が出てすぐに発売されたゲームで、現在の世界が男女逆転したお話なんだよね!」

「……ちなみに、製作時間は二週間。凄まじい速度で作られたノリと勢いの塊だったりする」

「もしや、私達がモデルのキャラクターも……?」

「いるね」

「……販売して大丈夫なのこれ?」

 

許可はとったぞ? 昔の話だけど。

 

「まあ、やるだけやってみようか」

 

たしか………チュートリアル画面でLRを押しながら上下下上左左右右左上右左上上下上右左左上左右上下下上右下左上左左左下上左左上左右左左右右左上下上左下下上左左右上左右左左右右右左左上左右上下…………っと。

 

『デロデロデロデロデロデロデロデロデロデロデン!』

 

「え、ちょっ、なにしたの!?」

「隠しルート『千尋ベストエンド』の道を開けて、隠しキャラクター『五圏間《ごけんま》 円《えん》』を出して、隠し難易度『鬼神』を出しただけ」

「千尋さんエンド以外はどれもこれも聞いたことないんだけど!?」

「ベストエンドだから少し変わるぞ」

「なんでこんなの知ってるの!?」

「教えてあげない」

 

その方が面白そうだから。

……さてと。一応頑張ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難易度鬼神、開始

 

『私……織野 壱佳。今日からここ、IF学園に入学します!』

 

そんな文句から始まるIFだが、難易度が鬼神だとかなり操作の自由度が上がる。

それは主に戦闘時の事で、普通は三次元の行動を横から眺めて操作する形で固定されているが、難易度が鬼神だと自分の使うキャラクターの視点で戦闘を楽しめるようになる。

……ただし、一人プレイの時のみ。

今回は周りの人のことも考えて観戦しやすい横からの視点にしているが、パイロット視点も中々楽しい。

 

それだけではなく、壱佳に一夏《おれ》らしい行動をとらせることもできる。

具体的には、高飛車セシルの揚げ足を掬い、言葉尻を捉えて言葉で惑わす……といった機能が実装されている。

流石は篠斑《しのむら》製品だよな。俺と束姉さんの作った書類上にしかない会社だけど。

経営者は篠斑 十柄《とつか》となっている。実際は違うが、ばれなければ問題ない。

 

そう思いながらフレキシブル射撃を繰り返すセシルの攻撃を高速機体制御と加減速で避け続け、そして壱佳の操る白蓮の零落白夜でセシルを落とす。

 

『これで決めるっ!はあぁぁっ!!』

 

「…………ねえ、織斑君。これってこんなに完成度高かった?」

「実は初回版以外はスペックが下がってたり」

「だからあんなにプレミアついてたの!?」

「さあ?」

 

画面の中では壱佳が零落白夜を解除し、にっこりと優しい笑顔を浮かべながらセシルに手をさしのべていた。こうしてフラグは乱立していくわけだな。

 

『……笑えばいいだろう!嘲ればいいだろう!!あれだけ大口を叩いておいて、無様に敗北した僕を!』

『……笑わないよ』

 

壱佳は、涙を流して悔しがるセシルの頭を抱き締めて、ゆっくりと撫でる。

 

『オーウェルさんは強いよ。強いから、今までずっとこうやって来たんでしょ?』

『……でもね? ずっとそうやって強く、硬く……って思っていても、硬いだけの物って結構脆いんだ』

『………だからね、オーウェルさん』

 

誰かに頼っても………泣いても、いいんだよ?

 

わー超展開、と思って見ているが、セシルは壱佳の胸に顔を埋めて泣き始めた。

テストで何度か見ているとはいえ、やっぱりよくわからない。

人間の心ってのはわかりづらいなぁ……。

 

『…………見苦しい物を見せてしまったな』

 

しばらくしてセシルはそう言う。その顔は僅かに羞恥の色に染まっている。

しかし壱佳はそんなセシルに笑顔で言った。

 

『ううん。なんだかやっとオーウェルさんの素顔が見れたみたいで、嬉しかった』

 

そこでセシルは、壱佳の胸元についた自分の涙の染みに気が付き、さっきまでの状態が想像以上に不味い状態だったと言うことに漸く気付いた。

そのセシルの視線を追って、壱佳は自分の胸を見下ろす。

 

そして少しだけ顔を赤くして、セシルに言った。

 

『……女の子の胸は、男の子の涙を隠すためにあるって円《えん》が言ってたけど………あんまりじっと見ちゃ……やだ』

 

「ぶっはぁぁっ!?」

「がはっ!? ごぼっ、ごぼっ……」

「ぐふぅ……」

 

……あっれぇ? なんか画面のセシルよりも後ろの鈴達の方がダメージでかいみたいなんだが。

 

「……ひ……卑怯よこんなの………いきなりそんな……」

「…………」(だくだくと鼻から愛情混じりの血を垂れ流しながら倒れているセシリア。恍惚とした笑顔はもう淑女を名乗れなくなってしまうほどのレベル)

 

……ちなみにこのシーン。束姉さんもヤバい感じで痙攣しながら気持ち悪い笑い声を上げてしまうほどの威力があるらしい。

千の顔を持つ英雄を使って絵を作って読み込ませてやったんだが……まあ、一秒間に52枚もあれば十分動いて見えるな。

 

わたわたと慌てるセシル。ちょっと顔が赤い壱佳。

……まったく。ゲームとはいえ、初々しいな。

 

 

 

それから色々あって、最終的に俺はなんとか千尋さんの最後の分岐に辿り着いていた。

……ここに来るには、全ての戦闘で一撃も食らっちゃいけないからかなり神経使うんだよな。

廉の拡散衝撃連砲とか、シャルのラピッド・スイッチによる弾幕とか、ののくんこと東雲の緋桜のエネルギー攻撃とか、ラルフローレンの慣性停止。シルバリウス・エヴァンジェルのエネルギー弾の雨に神薙のミサイル弾幕に武在の水分による爆破能力など、白蓮ではかなり避けづらい能力は多々あったが、それでもなんとか生き残ってきた。

……そのかわり、かなり疲れた。まあ、疲れた後の睡眠は格別だから、それもいいんだけど。

 

『……やっと……ここまできたよ。兄さん』

『……ああ』

 

そう言って画面の二人はIFを展開し、空中に浮かんで睨み合う。

 

『……どうしてもやるのか?』

『うん』

 

千尋の問いに、壱佳は短く答える。

二人とも使う獲物は剣。近接特化、速度と攻撃力に特化した二人の間では、恐らくこの空間はゼロに等しいだろう。

 

『……行くよ、兄さんっ!』

『来い、壱佳』

 

そして壱佳と千尋がぶつかり合う絵が流れ、バトルが始まった。

 

……ちなみに千尋の専用機である夕柳の唯一仕様の能力は、壱佳の白蓮と同じ零落白夜。ゲーム内ではまともに当たれば一撃必殺だが、発動中はHP代わりのシールドエネルギーが無くなっていく仕様になっている。

オンオフは自由にできるが、使い所が難しい能力の一つだったりする。

 

そして今、画面の中では零落白夜同士が干渉しあって火花を散らしている。

お互いに少しずつシールドエネルギーが減っていくが、それでも零落白夜発動中の千尋と鍔迫り合いをするのに零落白夜を使わないわけにはいかないのでこうして戦っている。

時間は3分。この間に、自分のシールドエネルギーを守りきり、かつ千尋を落とさなければならない。

後ろで目をキラキラさせているのほほん達の期待に応えるのも、まあ、悪くない。

ただ、それは神経を疲れさせるついでだけど。

 

さあ、行くか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難易度鬼神、おしまい

 

千尋との戦闘は、なんとか壱佳の勝利で幕を閉じた。

零落白夜を使用中の千尋の強攻撃はほぼ一撃必殺なので、すべて避けるか同じように零落白夜を発動しているこちらの強攻撃で打ち落とした。

 

斬り合い、防ぎ合い、お互いの動きを牽制し、そして最後に千尋を切り捨てた壱佳は、今は千尋に膝枕をしていた。

 

『……兄さん。兄さんは覚えてないと思うけど……私の夢は変わってないんだよ?』

 

ほんの十秒ほどの短い回想。壱佳が笑い、千尋に抱きついている。

 

『お兄ちゃん。私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!』

 

それに千尋は苦笑して、壱佳の頭を撫でる。

 

『じゃあ、兄さんより強くなったらな?』

『う……頑張る!』

 

そんな、幼少期の一コマ。

 

『……兄さん。私、強くなったよ? 料理も上手にできるし、掃除も洗濯もできるよ?』

 

壱佳は、千尋の髪を撫でながら話しかける。

シールドエネルギーを一気に削られて気絶した千尋はそれを聞いてはいないが、それに構うこともなく。

 

さらりと千尋の前髪を掻き分け、壱佳はにこりと笑顔になった。

 

 

 

学園を卒業した壱佳は、代表候補生の座を蹴り、IF関係の研究所で働いている。

千尋に勝利した壱佳は、事実としてIF操縦者としての最高峰に居るが、本人はそんなことはどうでもいいと切り捨てて、未だに千尋と一緒に暮らしている。

 

……ただ、その関係は今まで通りの物とは少し変わっているようだったが。

 

『……兄さん。千尋兄さん!朝だよ、起きて!』

『む……』

 

もぞり……と千尋は身動ぎし、自分の体を揺する壱佳に視線を向けた。

 

『おはよう、千尋兄さん』

『……ああ』

 

ジャージ姿で布団から這い出す千尋に、壱佳はしょうがないなぁと言うような視線を向ける。

 

『ご飯はできてるから、一緒に食べようね』

『……ああ』

 

まだ少し寝ぼけている千尋は、素直に言葉を返す。

そしてゆっくりと立ち上がり、壱佳に続いて自分の部屋のドアを開けた。

 

そして、壱佳に向けて一言。

 

『おはよう、壱佳』

 

壱佳は千尋の言葉に、にっこりと笑って返した。

 

 

 

「……これで終わりと。どう見ても熟年夫婦だよな」

「……ぐぷっ……壱佳が一夏をモデルにしてるからって……脳内変換しすぎたわ…………」

 

どさっ、と倒れる音がして、ついに最後まで残っていた鈴が倒れてしまった。

ちなみに。ラルちゃんとのほほんは途中で俺のベッドに侵入して寝息をたて始めていた。

 

「……ところで、何でこのルートのことを知ってたの?」

 

あ、シャルが復活した。自分の血は自分で片付けようとポケットからティッシュを出している。

ありがたいな。血の匂いの中でも寝れないことは無いけど、あんまり良いもんじゃないからな。

 

……で、俺が知ってる理由だっけ。

 

「製作者の意向により、テストプレイヤーは俺がやったからコマンドとかルートとかは大体知ってる」

「こんなところにまで関わってるの!? 一夏って何者!?」

 

転生チートな一般人。ただし異常に眠たがり。

……とは答えられないよなぁ……。

 

「化物じゃね? 知らないけど」

「知らないのに自分で自分を化物扱いしちゃうの!?」

 

面倒だからな。

 

……さてと。いい感じに疲れてきたし…………寝るか。

 

電源を落とし、ソフトを取り出した後のゲーム機を屍のようになっている持ち主の上にそっと置いておく。

ソフトはケースにしまってから元々置いてあった所に戻す。

それからさっさと布団に入って、中に入っていた抱き枕を抱き締めながら寝る。

……ちょっとむーむー言っていたような気もするが、きっと気のせいだろう。

 

 

 

side 更識 簪

 

一夏が眠ってから、私はむくりと起き上がる。

それをきっかけに、本部長も箒も起き上がる。

 

「……一夏は寝たみたいね」

「そのようだな」

 

箒と本部長はそう言いながら窓を開け、それから鼻血の後始末を始めた。

 

カーペットの両端に移動し、同時に片手をカーペットに叩き付ける。

するとなぜかカーペットから血の塊が跳ね上がり、粉々に砕かれながら窓の外に飛び出していった。

 

「え、ちょ……どういう原理!? どうなってるのそれ!?」

 

小声で叫びながらシャルロットがツッコミを入れる。

 

「あれは愛情が具現化したものだから、体内に戻すのは流石にできないけどこうやって操るくらいは……ね?」

「『ね?』じゃないよ!? 普通無理だよ!? と言うか人間だったら無理じゃないと色々不味いよ!?」

「大丈夫よ。愛と気合いと愛情とラヴでなんとかなるわ」

「そのうち三つは同じだから!実質二つだから!」

「じゃあ追加でアモールと意気を」

「それでも二つだよ!?」

 

………大変そうだなぁ。

 

そう思いながら、私は一夏の寝顔を枕元で眺める。一夏が抱き締めているのは………本音らしい。そう言えば、先にベッドに入ってた……。

 

「…………本音は……いいなぁ……」

 

一夏の背中にはラウラがくっついている。なんだかラウラは、いつも一番目ではなく二番目の位置にいるような気がする。

すやすやと眠る一夏を見ていると、なんだか私も眠くなってくる。

私はディスプレイを外して一夏の枕元に置かせてもらい、ぼんやりと一夏を見つめながらゆっくりと眠りに落ちていく。

 

そうしていると、肩になにか布がかけられた。多分、かけてくれたのは本部長だと思う。

 

誰かに頭を優しく撫でられながら、私は薄く開けていた目を閉じた。

 

 

 

 

 



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161~170

 

 

タッグマッチ、お相手は?

 

キャノンボール・ファストから少しして、専用機持ちのレベルアップを図るという狙いで全学年合同のタッグマッチをやるという発表があった。

 

「……今回は絶対に、負けてやんないわよ?」

 

こきこき、と肩を鳴らしている鈴。その背後には炎が見えるほどにやる気に溢れている。

 

「………ふぅ。それはこちらの台詞だ。首を洗って待っていろ」

 

今度は目を閉じてゆっくりと呼吸を繰り返していたののちゃんが、ゆっくりと目を開く。

何故か異様に張りつめた雰囲気を持っており、迂闊に触れたら切り裂かれてしまいそうだ。

 

「わたくしのこともお忘れなきよう。挙げ足を掬われますわよ?」

 

セシリーが胸の前で組んだ手を解き、鋭い視線を向ける。

 

「ふん。ならば掬う手ごと踏み潰してやる」

 

ピリピリとした空気を発散させながら、ラルちゃんが進み出る。

右目の眼帯は外され、金の瞳が露になっている。

 

「……私だって……負けないから………っ!」

 

かんちゃんは可愛いなぁ……。

 

「一夏。号令はお願いね?」

 

シャルも参戦し、なんだか更に空気が剣呑になっていく。

 

「……それじゃあ、さっさと始めようか」

 

俺の言葉と同時に、全員が身構える。

 

両足を前後に開き、腰だめに構えるもの。拳を作り、前に突き出すもの。両足を肩幅に、手を振り上げるものと構えは様々だが、どれにも共通する物がある。

 

それは、勝ちたいという思い。勝利への執念と言い換えてもいいそれが、この場にいる六人の少女の目に渦巻いている。

 

「み、皆さんいったい何をしてるんですかぁ!?」

 

どうやらこの空気に気付いて来たらしい真耶先生があげた、悲鳴のような言葉。それが引き金となり、無慈悲なる勝負が始まった。

 

「―――せーの!」

「「「「「「最初はグー!じゃんけんポン!!」」」」」」

 

何故か真耶先生が頭からずっこけた。だが、ののちゃん達はそんなことを気にする事もなく勝負を続行する。

 

そう、戦いはまだ始まったばかり。六人の少女達によるじゃんけんは、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

全員が手を振り上げ、そしてそれぞれがバラバラに手を変えながら振り下ろしていく。

じゃんけんで一番厄介な相手は鈴。次いでシャルロット、ラウラ、セシリアが入り、最後に簪が来る。

未来予知レベルの勘で手を変える鈴と、異様な幸運を持ち合わせるシャルロットの二人はまず落としておきたい。しかし、周りの者にとっては私も相当の敵になるらしいので、協力は不可能だろう。

 

ならば私は周りを利用し、その上で勝ってみせよう。

そして全員に勝利し、大手を振って一夏とタッグを組む。

一夏はそれを了解しているし、周りもこのじゃんけんの勝ち負けに従うと思うので大丈夫なはずだ。

 

もし破ったら、次回のじゃんけんで決まったことに口を出されてしまう可能性がある。それを理解していない者はじゃんけんに参加していない。

 

グーからチョキへ。そしてチョキからパー……と見せてグーへ。周りの手を見ながら私も手を変えていく。

私達の中でこのスローの世界に入れないものはいないため、じゃんけんの時にも試合の時にも有効活用している。

 

……だが、こういった思考と理論に関することでは、セシリアが私達の中では最高峰だ。

セシリアの戦闘・小規模戦術理論は凄まじい。中から大規模理論を得意とする簪とは即応性の部分で大きく差をつけている。

 

ある程度大きく、予想のうちの出来事に強い、艦隊司令官のような性質を持つのが簪ならば、セシリアはその場で戦況を判断する部隊長、といった所だ。

 

ラウラと私は似ている。違うところと言えば、ラウラは私達の中でも群を抜く動体視力をフルに使ってその場に合わせて手を変えるが、私は気配で相手の手を読んで、それをある程度の指針として手を変える。

言ってみればラウラは近接兵で、私は弓兵といった所だろう。

 

……千冬さん? 完全版の巨神兵か何かではないか?

 

一度目のストロークが終わり、全員が全員の手を確認する。

 

鈴はチョキ。シャルロットもチョキ。セシリアはパー。ラウラはグー。簪がチョキで、私がパー。

結果があいこだったので、もう一度全員が手を振り上げる。

 

「「「「「「あいこでしょっ!!」」」」」」

 

また、全員の手が異様な速度で形を変える。速度を上げすぎて手に絡み付く空気が重いが、どうということはない。

 

グー、パー、グー、チョキ、パー、グー、チョキ…………。次々に変わる手は、またあいこを示す。

 

私達は、決着がつくまでひたすらじゃんけんを続けるのだった。

 

 

 

184回のあいこの結果、誰もが一瞬意識を外した瞬間をついて手を変えた簪が一夏と組むことになった。

 

余り物となってしまった私達は私達どうしで組もうとするが……やはり、奇数人であるために一人余ってしまう。

 

鈴はいつものようにセシリアと組み、シャルロットはラウラと組む。

私とシャルロットが組んでもよかったのだが、その場合はラウラは恐らく更識生徒会長と組むことになると言うことが容易に想像できたため、シャルロットと組むことに。

こうなったら、恐らく私は一夏曰くの猫座の生徒会長改め更識生徒会長と組むことになるのだろうな。

 

……まあ、どの程度強いのかは知らないが、ラウラとかなりいい勝負をしたと言っていたから………かなり強いのだろうな。

それでは私はIS訓練でもしていようか。時間はまだあるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インタビュー、面倒臭い

 

じゃんけんバトルによってタッグパートナーを決めた次の日の二時限目の休み時間のこと。一年一組に新聞部の眉剃《まゆぞり》我鳴子《がなりこ》さんがやって来た。なんだか五月蝿そうな名前だが、きっとまた間違っているんだろうしなにも言わないでおく。

 

「やっほー、織斑くん。篠ノ之さん」

「………ふにぃ……なに?」

「ああまったく一夏は……失礼、なんでしょうか?」

「織斑くんは相変わらず寝てるわね……。簡単に言うと、私の姉が出版社で働いてるんだけど、」

「申し訳ありませんが、インタビューはお断りいたします」

「内容は合ってるけど最後まで言わせてほしかったかなぁ……ちなみに、こんな雑誌なんだけどね?」

 

そう言って祭木さんが取り出したのは、俺の人生の中でも俺が読むことはないだろう種類の本ベストエイトに入っている、ティーンエイジャー向けのモデル雑誌だった。

……たとえ俺が女だったとしても読まないと予想される本を取り出されても、正直に言って反応に困る。

 

「織斑くんはどう? モデルとかやってみない?」

「や」

「一文字って………そこをなんとかならないかなぁ……?」

「やだ」

「有名ホテルのディナー招待券とかもらえるよ?」

「いやだ」

 

四回目を言ったらノイズィハーメルンで操って辞めさせよう。周りも巻き込まれるけど、そっちは直ぐに解除させれば良いんだし。

そう思いながらじっとりと眺めると、巻紙さんは苦笑いを浮かべながらこりこりと頬を掻いた。

 

「あははは……そんなに嫌?」

「や」

 

ぴっちりしたスーツとか嫌いなんだよね。この改造しまくった制服(かなりゆったりしている。サイズがひとつ大きいだけとも言う)くらいがちょうどいい。

 

「……正直に言って、高級ホテルとか全く魅力を感じない。五反田食堂でみんなで食べる食事の方が好み」

「ならば今度食べに行こう。……楯無さんはどうしますか?」

「ふふふ……ばれちゃあしょうがないわね。私も行かせてもらうわ!」

 

扉の影に隠れていたたっちゃんは、ののちゃんの気配察知能力によって隠行を見破られてしまったが、さっさと出てきて高らかに参加を表明した。

 

「あ、私も良いかな?」

「いーよー」

 

ちゃっかりと参加したがった真狂《まぐるい》さんにもOKを出し、その場はお開きに。

 

……そう言えば、鈴とかセシリーみたいな代表候補生はモデルとかもやってるらしい。今度見せてもらったりとかもできるかね?

 

 

 

「え? あたしが出てる雑誌を見てみたい?」

「うん。駄目?」

「いや別に駄目じゃないけど………何て言うか、急に言われるとちょっと恥ずかしいわね……」

 

そう言って僅かに頬を朱に染めながら、鈴は鞄から雑誌を取り出す。どうやら今日はなぜか持ち合わせがあったらしい。

差し出された雑誌を受け取り、鈴がモデルをやっているところのページまでを適当に読み飛ばす。正直に言って、中国語だからなにが書いてあるのか一切わからなくてちょっと困る。

 

それでも適当に読み飛ばし、ようやく鈴が写っている写真を見つけた。

 

……どうやら、鈴の写真には大きく分けて二種類のコンセプトがあるらしい。

 

一つはショートパンツやらウィンドブレイカーやらを着ている元気さを前面に押し出した写真。そしてもう一つはそれとは真逆に、落ち着き払ったクールさを前面に押し出した写真だ。

 

ただ、これは両方鈴であるが、これだけが鈴かと言えばちょっとばかり足りない。

 

元気で活動的な鈴。思慮深く、落ち着いている鈴。大切なもののために熱くなる鈴。友情を大切にして、その中ではしゃぐ子供っぽい鈴。そして、恋をしている乙女な鈴。

今までに鈴は様々な顔を俺に見せてきてくれた。そんな俺が言うんだから、多分間違ってない。

 

……まあ、俺が何を言いたいのかを簡潔に言うと、

 

「……うん。似合ってる」

 

こんな風におめかししている鈴も、また可愛いってことだ。

 

「そう? ありがと」

 

鈴にはそんな風にスルーされてしまったが、結構本気でそう思った。

 

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいぃぃぃぃいぃっ!!

顔赤くなってたりしない!? 声震えてない!? ああもう一夏ってば不意打ちであんな笑顔は反則よまったくもう一夏ってば一夏ってば一夏ってばぁぁぁっ!!

 

「……鈴? 鼻血出てるよ?」

「これは鼻血じゃないわ。愛情が溢れて止まらないだけよ」

 

そう、だから問題ないわ。問題なんてあるはずがないのよ。

 

「大有りだ馬鹿者」

 

すぱーん!と千冬さんに出席簿で頭をひっぱたかれる。

 

「あたりが血まみれだ。掃除はしっかりとしてから教室に戻れ」

 

……あら、本当。これは確かに問題ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆行こうよ、五反田食堂

 

約束通りに五反田食堂に行く。ただし俺はののちゃんに背負われて頭の九割以上が寝ている状態だが。

最大限小さくなっている(できるだけ小さくなってる、ってことね。だいたい88センチくらい)ので運ぶのは楽だろうが、それでも20キロくらいはあるだろうから重いんじゃないかと思っている。

ちなみに、服装は全員私服。俺は変型版シルバースキンを着ている。形は、ゆったりとしたトレーナーとズボン。寝やすい寝やすい。

 

「……ふふふ……役得だ」

「帰りに一夏をおんぶする人を決めるじゃんけんしましょ。箒は行きに運んだから帰りは自重して」

「ああ、構わないとも。十分と言える程度には堪能したことだしな」

「………いいなぁ……箒は……」

「お肌がつやつやしていますわね。これも一夏さん効果でしょうか?」

「ストレスにはよく効きそうだよね。胃痛的な意味で」

「……すぅ……すぅ………」

「……楯無お姉さんのことも忘れないでね?」

「寝ているボーデヴィッヒさんの写真って撮ってもいいのかしら? 新聞部のドイツの娘に本国から圧力がかかってるらしいし………人助け人助け……パシャリと」

 

こらこらそこのIS学園のパパラッチ。許可なく写真とか撮って、訴えられたら負けるぞ?

まあ、俺のが撮られなければ別にいいけど。

 

 

 

ガラガラガラ……と五反田食堂の扉を開けると、そこではいつもの通りに弾のお祖父さんの厳さんが鍋を振るっていた。

鍋を振り続けたその筋肉はきれいに引き締まり、炎の前にずっと晒され続けて浅黒く焼けている。

座席はおよそ半分くらいが埋まっていて、その間を笑顔を浮かべた弾が動き回り、料理やら水やらを運んでいた。

 

「いらっしゃい……一夏は相変わらずだな?」

「貫徹しようとしてる一夏なんて見かけたら多分あたし自分の正気を疑うわ」

「あっはっは………俺もだ」

 

そんな聞きようによっては失礼なことを言いつつ、弾は俺達を空いている席に案内した。

 

「それじゃあ、用があったら呼んでくれ」

 

そう言って弾は厨房の方に引っ込んでいった。

 

「……蘭か? 今すぐおめかしして店に来るといいことあるぜ? ……そうそう。早くな~」

 

そんな声が聞こえたが、まあ、いいや。

とりあえず俺は五反田食堂名物の業火野菜炒め定食にしようか。

 

「あたしは五目炒め定食っと」

「それでは私は焼き魚定食にしよう」

「……どんな物か全然わかりませんわ……」

「僕のおすすめは業火野菜炒めかな。美味しいよ?」

「焼き肉定食も中々だ。まあ、個人個人で感想は異なるだろうが……」

 

ここの料理は基本的に美味いけどな~。

……それはそうと、シャルやラルちゃんはここにはあまり接点がない筈なのに、妙に即決するな? 結構何度も来てたりするのか?

 

「まあ、月に2~3回は来るな。そろそろ常連扱いしてもいいんじゃねえか?」

 

そんなに来てたのか。IS学園の食堂の料理も美味いけど、ここの料理も美味いからなぁ……。

 

「……一夏ってば……嬉しそうね」

「美味しいご飯は睡眠の次の皆の次の楽しいことの次に好きだから」

「あら、結構上位」

「ちなみにその次は嫌いな相手を罵倒すること。ただ、ここから先は自分から進んでやろうとは思わないけど」

 

例えば、俺が来た時には既にそこにいたマゾカをわざわざ馬鹿にしようとはしない。

マゾカは色々と驚いたような顔をしている。弾とは少しばかり因縁があるはずだが、弾もマゾカもそれを表に出すことは無い。

 

……まあ、マゾカは弾の顔を知らないだけかも知れないが、弾はマゾカの顔を知っているはずだ。

何度も空中でぶつかりあっていたし、その時に顔くらいは見えていたはずだ。

 

………弾だったら、顔が見えていなくとも気配やら雰囲気やらで個人の特定くらいは簡単にやりそうだけど。

 

「いやいや。いくらなんでも一瞬見ただけの相手とか初対面の相手の特定は……」

「できないの?」

「……名前はわからないが、できるぞ」

 

初対面の相手の名前がわかったら、いくら弾でも驚きだよ。

多分マゾカの名前とかもわかってないだろうし、その事情とかもわからないはず。

 

わかってても客として店に来た場合はちゃんと客として扱うだろうし、どれだけ腸が煮えくり返っていてもそれを表に出すことは無いと思う。

俺の親友は、たまにこっちが心配になるくらいに内心を隠したりするのが上手いから……俺がこうして見に来たりする。

でも、結局隠し事が上手いことには変わりなく、俺にはガス抜きくらいしかできないんだけどな。

 

「はいお待ち。……それで、そちらのお二方のご注文は?」

 

弾は営業用の笑顔を浮かべ、たっちゃんと幕張さんの二人に向けた。

 

「……私、一夏と同じの……」

「あ、じゃあ私も!」

「え……じゃあ私もそれに」

「毎度!」

 

かんちゃんとたっちゃんの姉妹と、升隙《ますずき》さんの注文を受け、弾はまたカウンターに引っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五反田食堂、蘭ちゃん登場

 

弾が蘭ちゃんに電話を掛けてから約十分。ずいぶんめかしこんだ蘭ちゃんがエプロンをつけて現れた。

なんというか、よそ行きの服にエプロンって言うのはなかなか見ない格好だが、蘭ちゃんくらい可愛いとそれでも似合ってしまうから不思議だ。

 

「い……いらっしゃいませ、一夏さん」

「やっほー蘭ちゃん」

 

もきゅもきゅと野菜炒めを食べながら、蘭ちゃんに向かって片手を上げることで挨拶をする。

久しぶりってほど久し振りでもないし、挨拶は簡単に。

 

「ん~? なになに織斑くん、この可愛い娘? ひょっとして彼女とか?」

「九月四日の全校集会終了間際のたっちゃんみたいになりたくなければ黙れ」

「一夏普通に脅迫しちゃった!?」

「いったいその日に何があったんですか!? って言うか何をしたんですか!? そしてどうなったんですか!?」

 

シャルと蘭ちゃんのダブルツッコミ。息のあったツッコミは見ていてなんだか楽しくなってくる。

あまり関係はないが、蘭ちゃんは目の前で何度も鈴や弾が俺に『あーん』で食べさせているところを見ているため、そういったことには耐性がある。

それどころか蘭ちゃん自身が俺に『あーん』で食べさせたことも、俺に『あーん』で食べさせてもらったこともある。

毎回毎回初々しい反応が帰ってきてくれるから、本当に飽きない。やっぱりかんちゃんと似てる。

きっと蘭ちゃんはISを動かす時には感覚でやっちゃうタイプだろう。なんとなくだがそう思った。

 

「あ……あははは……ちょっとそれは嫌かなぁ……なんて…………」

「……お……お姉ちゃん? なんだか目が虚ろだよ……?」

「あははははは……だいじょうぶよかんざしちゃん……おねえちゃんはまだだいじょうぶよ……あはははははははははははははは………………」

 

大丈夫ではないように見える。ただし原因は俺なんだけど。

 

「世の中には知らない方が良いことってのがあるんだよ。胃痛的な意味でも他の意味でも」

「胃痛の方には全力で同意しようかな。たまにキリキリ来るもん」

 

あら、シャルってば胃痛持ち? それは大変だ。今度俺が胃に優しい食事でも作ってやろう。

ちなみにこの胃に優しい料理は、酒を飲みすぎたちー姉さんや自作のゼリー飯ばっかり食べていたせいで固形物を受け付けなくなった束姉さんも絶賛していた。

まあ、束姉さんの方はその後にしっかりご飯を食べるように教育したけど。いくらなんでもそこまで行くのは不味いからね。

 

俺が言って良い台詞じゃないって? 俺は良いんだ。魚雷……じゃない、そこまで行く前に食べてるから。

「……そう言えば、最近何食べた? キャノンボール・ファストの時は忙しくてあんまり見てあげられなかったけど……」

「……水?」

「他には?」

「…………そうそう、豆腐ハンバーグを食べた。カロリー控えめのやつ」

「いつ?」

「……………昨日の昼?」

 

色んな所から食べ物が突き出された。弾もそれを聞いていたらしく、厨房で厳さんに追加注文をしている。

 

「……食え」

「頼んだっけ?」

「あそこの客からだ」

 

示された方を見てみると、マゾカが俺に憐れみの目を向けていた。お前って俺を殺したいんじゃなかったか?

……まあ、食うけど。

 

ののちゃんたちから差し出されているのを食べ、新しく出てきたのを食べようとすると、なぜかそれは蘭ちゃんの手の中に。

 

「は、はい一夏さん。あーん」

 

……何故に?

……まあ、いいか。

 

「ぁむ」

 

もきゅもきゅ……。

おいしっ。

 

 

 

そのまま新しく来た分が無くなるまで蘭ちゃんに『あーん』で食べさせてもらった俺は、じゃんけんの勝者であるシャルの背中で寝こけている。

 

マクロスさんは蘭ちゃんに食べさせてもらったり、口許を拭いてもらったりしていた俺を見て色々と囃し立てたため、暫くの間黙ってもらうことになった。今はたっちゃんの背中でひたすらごめんなさいを繰り返している。

 

……ひぎぃって声を聞いたのは、昔ちー姉さんが束姉さんにアイアンクロー(格闘タイプ)その他で上げさせていたのを聞いて以来だ。

ちなみに、その時束姉さんが悦んでいたことは言うまでもない。束姉さんって相手は選ぶけど大体のことはできちゃう超ハイレベルな変態だからな。セシリーと同じくらい変態なのかもしれない。

 

………いや、それは無いか。……無いよな? ………無いよね? …………無いといいなぁ………。

 

現実逃避ということも含めて、ポケットの中の蘭ちゃんの学園の学園祭の招待券に意識を向ける。

ニヤニヤと笑っている弾と、チェシャ猫のような笑顔を浮かべていた蓮さんと、いつものように豪快に笑う厳さんに見守られ、蘭ちゃんは俺にこのチケットを渡してきた。

よかったら来てください、と言っていたが、あれは多分かなり本気で来てほしいんだろうな……。と思い、行くことにした。

 

原作では当日に束姉さん絡みで何かあったような気がするが、取り調べとかはサテライト30で作った分身に任せてやればいい。

そうすればちゃんと時間通りに蘭ちゃんと学園祭を回れるし、取り調べも受けられる。

 

……取り調べとか面倒臭い、IS委員会と俺んところに来る実行部隊と世界中の政府関係者にゾナハをばらまいてやればボイコットできんじゃないかと思ったりなんてしてないよ!

 

……なんかいま一瞬束姉さんっぽくなった。ちー姉さんに怒られる。

 

……ああ、怒られて暴行を受けるのは束姉さんだ。束姉さんは人間かどうか怪しくなるくらい頑丈だから、多分大丈夫だとは思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS魔改装、誤字にあらず

 

side セシリア・オルコット

 

わたくしは思う。わたくしには、ミサイルビットは合っていないのではないかと。

ミサイルを使う時なんてまず無いし、ミサイルを使うよりも一発でも多くレーザーを撃った方が効率的だと思うことも多々。

それに、ミサイルは遅いしわたくしの方で軌道を変えることもできないから使えたとしても牽制程度。鈴さんや箒さんだけでなく、ラウラさん、シャルロットさん、簪さんにはすぐさま叩き落とされ、その爆煙がむしろこちらの邪魔になってしまう。

ミサイルを使うのならば、もっと数を増やしてでなければ効果が相当薄くなってしまう。

 

「……と言うことで、ミサイルビットをシールドビットに変えてくださいな」

 

わたくしは現在、本国のIS整備部門担当者に国際回線で電話を掛けています。

元々この機体、つまりブルーティアーズは、BT兵器の実働データのサンプルを取るためにわたくしに預けられた物。例えばこれが実弾兵器を送れといった内容ならば突っぱねることも可能でしょうが、今回わたくしが要求しているのは実弾兵器であるミサイルビットを、BT兵器であるシールドビットに改装すると言うもの。早々拒否されることは無いはずです。

 

『なぜシールドビットなのですか? 通常のレーザービットでも問題は無いように思われますが』

「シールドビットはBTエネルギーによるシールドを張る装備です。それをミサイルビットと同じように腰元に常備しておけば、最後の切り札と言う面では最高の結果を出せると思われます。レーザービットではそうはいきません」

 

それに、BTエネルギーシールドはシールドとして発現していても元はBTエネルギー。シールドそのものを変形させ、近距離用の武器として扱うことも可能なはず。

そして恐らく、今のわたくしにはそれが実際にできてしまう。

 

『しかし―――』

「ああもう。それでは言い方を変えますわ」

 

わたくしはいつまでもうだうだと無益に言葉を続ける整備部門担当者に、さっさと腹を決めるようにと言葉を紡ぐ。イメージは、わたくしの事をひたすら虐め抜いた、乱暴で鬼畜な一夏様。

 

息を吐いて、吸って、

 

「―――あなた方が亡国機業にシールドビット付のサイレント・ゼフィルスを奪われたお陰で、こちらに凄まじい被害が来ているのです。あなた方の尻拭いくらいは自分でやってくださいな。わたくしもあなた方の拭き残しがついた汚い尻を磨いてやるなんて面倒なことはお断りしたいのですが、それをやらなければわたくし達に被害が来ますのでやっているのです。自分達で失態を拭えないって言うなら、せめて便宜の一つや二つははかりなさいな。それすらもできない……なんて自らの無能をひけらかすようなことは、ま・さ・か、いたしませんわよね?」

 

言外に『サイレント・ゼフィルスを奪われたという失態を隠せなんて命令は受けてないから、シールドビットの二つ三つを送ってくれなければぶちまけますわよ?』と言っているに等しい言葉を吐く。

 

脅迫? いいえ。これはあくまでもただの『お願い』ですわ。

 

ただ、向こうの方では完全に絶句していますが………まあ、気にしない方向で行きましょうか。

 

「……それで、お返事は?」

 

 

 

わたくしは見事にミサイルビットをシールドビットに変えることに成功いたしました。

しかし、このころからわたくしは本国で『女王様』という渾名をつけられることになってしまいました。

 

……嫌ですね。わたくしは一夏様のペットになることを心から望んでいる、ただの白豚なのですが…………。

 

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

「衝撃砲は両方通常型の貫通衝撃砲で、双天牙月は刀刃仕様にして、腕部衝撃砲は外して高電圧縛鎖《ボルテック・チェーン》をつけて。それから追加スラスターで速くなくていいから転回能力を上げられる奴を一つに、脚部の隠し武器を解禁させてね。衝撃砲についてはこっちでどうにでもするわ。三日で仕上げてよ。仕上がった甲龍に乗って使い心地を確かめなくっちゃいけないんだから」

『なっ……そんな、三日なんて無理です!』

 

……あ゛? 今なんつった?

 

『それに脚部のブレードの解禁は少し時間がかかりますし、腕部の衝撃砲を外して高電圧縛鎖を取り付けるというのも許可をとってからじゃないと』

「おい」

『ヒッ!』

 

むこうでグダグダしている馬鹿に、たった一言だけ呟いた。

それだけで相手は小さく悲鳴をあげて黙り込む。そんな相手に、私はさらに言葉を続ける。

 

「聞こえなかった? あたしは『やれ』って言ったのよ。申請なんてこの内容なら普通に通るわ。結果が出る前に作り始めれば間に合うでしょう? 個人で作る分には軍は口を出してはこれないわ。例えそれが実際に使われることになっても、結果がついてくればいいのよ。…………だから、やれ。三度は言わないわよ?」

 

ブツンッ!と通信を切り、あたしは衝撃砲【龍咆】の最大出力の砲撃を行う。

圧縮され、左右の衝撃の弾丸が共鳴して威力が上がった衝撃砲は、アリーナの床に綺麗な穴を開けた。

 

……威力の拡散しない、いい砲撃ね。

あたしはそれにやや満足し、頷く。

 

……前回……キャノンボール・ファストではうやむやになっちゃったけど……今回はそうは行かないわよ……?

 

ねぇ、一夏?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS魔改装、こっちも!?

 

side シャルロット・デュノア

 

……なんだかよくわからないけど、デュノアから様々な装備が送られてきている。一夏の指示かどうかは知らないけど、送られてくる武器の内容は凄まじいの一言。

………たまにネタとしか思えないようなのもあるけど、そのあたりは気にしない方向で。

 

送られてきた装備をあげていくと……対レーザー用の盾。キャノンボール・ファストでも使った振動ナイフの強化版(【GK-06】っていう名前で、なぜか一角獣の画像がついている)。25連ミサイルポッド。携行型88ミリ口径ガトリング砲が2つと、その弾が500000発くらい。新型の8連装パイルバンカー(しかも最後には杭が飛ぶようになっている上に威力も割り増しされている。名前は【ラギアント・ジ・ゼモルク】)。レーザー砲とレーザー用の弾丸パック(一つで56発撃てるらしい)が20。6連装ショットガン(名前は【君の熱いショットガン】)が2つと、その弾が斉射18回分。小さいのに半径30メートルに爆炎と衝撃をばらまくことができるグレネードが3ダース。高速機動用の新型補助ハイパーセンサー。小型の追加スラスター(ちっちゃくたっていちにんまえ、と書いてある)五基。ワイヤーブレード四本。などなど……本当に多岐にわたる。

 

どうやらデュノアはISを三世代機にするのではなく、二世代機の性能を上げてそこに三世代の武器を詰め込むことによって、擬似的な三世代機を作り上げてしまったらしい。

………そんな発想が出てくるほどあの父親は頭が柔らかくはないから、きっとこれも一夏が何かやったんだろうなぁ……。

 

そう思いながら思考操作式のワイヤーブレードを試しに振り回し、その使い心地を確かめる。

…………うん、中々いいかな。でも、精密に動かしながら戦闘をちゃんと続けるのは二本が限界かな?

大雑把でいいなら全部動かしながらでも大丈夫だと思うけど、それだと多分僕自身にはわからない隙とかができちゃってそうだし………便利なんだけど、扱いに困るなぁ……。

 

「いや、初めて使ったにしてはかなりの物だぞ」

「そ、そうかな?」

「ああ。数ヵ月前の私と同等かそれ以上だ」

「そんなに!?」

 

それって世界の代表候補生が中距離のメイン武器として活用できるレベルってこと!? そして今のラウラはそれを遥かに越える技術を持ってるって解釈しちゃっていいのかな?

 

「ああ。昔の私は未熟に過ぎたからな。今でも成熟したとは言いがたいが、それでも数ヵ月前の私自身と戦えば余裕をもって勝つことができるだろうよ」

「ラウラ凄っ!? 普通あそこまで強くなったら後は第二形態移行とか新装備とかそういうのを使わないと一気に強くはなれないと思うんだけど!?」

「私にとっては実に衝撃的な事があったぞ? 鈴とセシリアに敗北し、一夏とシャルロットに敗北し、あれだけ数を揃えたにも関わらず福音を落とせず、サイレント・ゼフィルスには荷物ごと逃げられてしまった。……これだけのことがあれば、よっぽどのことがない限りは自分がまだまだ弱いと。そして、まだまだ強くなることができると思うのは当然だろう?」

 

ラウラはなんだか獰猛な獣や猛禽を思わせる笑みを浮かべた。正直に言って、かなり怖い。

 

「……ちょうどいい。私とシャルロットのコンビ結成記念に、お互いの力量を知るための模擬戦をしないか?」

 

ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンを展開して言う。僕はとりあえず広げていた武装と弾を全て収納し、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ(いつの間にかさらに改造されてて驚いた。なんか拡張領域がさらに倍近くなってたし………)を展開する。

武器はとりあえず山のように送られてきた中から使いやすそうなものを適当に選んで装備している。

 

 ……そう言えば、ラウラと一対一で模擬戦をするのって初めてかもしれない。

そう思いながら、周りに人がいないことを確認してから、キィン!と軽い音をさせてコインを上に弾き飛ばす。

 

アリーナのバリアに直撃しない程度に力を抑えて弾かれたコインは。ゆっくりと重力に引かれて落ちてくる。そしてそれがゆっくりと見えているうちに、僕とラウラは戦闘準備を整える。

 

3……2……1………

 

コインがアリーナの床に叩きつけられると同時に、僕とラウラは動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

side 更識 簪

 

……ふと思った。今の私にマルチ・ロックオン・システムは本当に必要なんだろうか? と。

 

マルチ・ロックオン・システムは確かに便利。けれど、後から操作して軌道を変えたり、相手の迎撃をかわしたりするにはマニュアルでの操作が一番いい。

最近は一夏を相手にミサイルのマニュアル操作をしながら近接戦闘をこなせるようになってきたから……そうやってみるのもいいかなぁ……?

 

……そうそう、一夏と言えば、シロを調整し直した。

燃費はそこそこ考えられているけど、攻撃も防御も一切考えていない速度特化のシロをさらに速度に特化させたような状態になっていたから、戦闘に耐えられるくらいの状態に戻した。

お陰でシロは最高速度と加速力は若干落ちたけど、それを上回る燃費と攻撃、防御、機動力を手にいれることに成功した。

 

……それが無くても、一夏だったらみんなに勝てると思うけど。

 

……そうだ。ちょうどいいし、一夏からもらったミサイルを打鉄弐式に組み込んでおこう。これで少しは一夏に近付ける……と思うし。

 

……頑張ろう。優勝のためにも、私と一夏のためにも。

……優勝すると、食堂のデザート無料券がもらえるらしいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば、あったなぁ

 

ぼーっと寝ていたら、なぜかふと少し前のことを思い出した。

今の今まで忘れてたんだが、思い出したんだし実行しようか。

確か、調理室と言うか厨房と言うか、そんな場所を使うこともできたはずだし、さっさと終わらせちゃおうかな。

 

……料理を作るのは久し振りだけど、まあ、なんとかなるだろ。多分。

 

とりあえず、何度か失敗しても大丈夫なように材料は多目に用意しておこう。

ちなみに、作るのはクッキーだ。カロリー控えめなやつ。バターを使わないで作ればカロリーは結構抑えられるから、そうやって作るつもり。

俺にはよくわからないが、なんでか女ってのは基本的にカロリーとかそう言うのに偏執的なほど拘るからな。そうしといた方がいいだろう。

 

………さて、それじゃあまずは買い物から始めようか。アレルギーとかは……まあ、平気なはず。前にクッキー食べてるところは見たことがあるし。

 

何を作ろうか? アーモンドもいいし、メープルもなかなか。ココアや抹茶も作ってみよう。ざらめを乗っけてみたりするのもいいかもしれない。夢は広がるな。

 

 

 

 

 

side 五反田 弾

 

朝早くに枕元で携帯が震える。どうやら電話がかかってきたらしい。

画面を見てみると、そこには『鈴』の文字。こんな朝っぱらからいったいなんなんだろうな?

そう思いながら俺は震え続ける携帯電話の通話ボタンを押し、耳に当てる。

 

「もしもし?」

『だ……だぁん~~………ひっぐ……えぐ……』

「何があった」

 

鈴がマジ泣きとか、よっぽどのことがあったとしか思えないんだが……。

とりあえずえぐえぐとしゃくりあげる鈴を宥め、どうにか話ができるくらいにまで落ち着かせる。

 

「……それで、何があったんだ?」

 

そう聞いた途端に鈴の声の震えがぶり返す。しかし今度は何を言っているかわからないということはなく、しっかりと聞き取れるくらいの震えだ。

 

『一夏が……いぢかがぁ……』

「……一夏が?」

 

 

「…………こんな朝から起きてるのぉ…………」

 

 

……とりあえず、割と本気で頬をつねってみた。割と本気で痛かった。

……次に、足の親指の爪の付け根をかなり本気で押してみた。かなり本気で痛かった。

最後に、机の角を足の小指で蹴り飛ばしてみた。机もかなり動いたが、足の小指の爪は想像以上に痛かった。

 

それからもう一度携帯電話を耳に当てて、鈴に言う。

 

「お前疲れてるんだよ」

『あ、やっぱり? そうよね~!一夏がこんな朝早くから起きてるなんて』

 

急に電話の向こうで扉が乱暴に開かれたような音がした。そして、ここ最近でよく知るようになった声が早口で捲し立てる。

 

『り、鈴っ!一夏が、あの一夏がこんな時間に菓子を作って………っ!』

『あははははは、変なことを言うのね箒は。もしかして熱でもあるの?』

『違う!私は本当に―――』

『違わないわ。あれは疲れていて見てしまった幻覚なの……そうに違いないの………箒も、熱があるのよ……』

『う………』

『……ねぇ………箒は、疲れてるのよねぇ……?』

 

……こっちは聞いてるだけだが、それでもなんかおどろおどろしい雰囲気が伝わってくるぞ………。ぶっちゃけ、超怖い。

 

しかし、ここで再び電話の向こうでドアが開く音。それと同時にまた一夏の報告。

 

…………これは、本格的に不味いことになったな。もしかしたら今日で世界が滅ぶのかもしれない。一夏が約束したわけでもなく起きているなんて…………。

 

そこまで考えて、ふと思い付いた。もしかしたら、誰かに菓子を作って渡す約束でもしていたのかもしれない、と。

一夏は基本的に約束は守るタイプ……と言うか、守れそうな約束しかしないタイプだ。

そしてそれと同時に、家族や自分にとって近い相手には底抜けに優しい。つまり、千冬さんや他の誰かに菓子を食べさせたいと思ったりとか、そういう約束をしていたのなら…………。

 

「鈴!おい鈴!」

『っ!? な、なによ弾。まさか弾まで一夏が起きてたなんて妄言を……』

「誰か一夏に菓子を作ってもらうとか、そうでなくてもお礼をするとかなにかあげるとか渡すものがあるとか言われた奴はいないか!?」

 

俺がそこまで言うと、鈴もどういうことかを理解したらしく、そこにいる一夏に近い人間に話を聞いていく。

 

『ねえ箒!一夏からなにかをもらうとか、お礼をするとか言われてない?』

『い……いや、言われていないが……』

『シャルロットは!? セシリアは!? ラウラは!? 簪は!?』

『僕は言われてないけど……』

『わたくしも知りませんわね』

『私も知らん』

『……知らない』

 

しかしどうやらそこにいる人間には該当者がいないらしく、全員が不思議そうに答えを返してくる。

となると、一夏に直接聞くのが一番手っ取り早いな。

 

「鈴」

『わかってる。一夏に直接聞いてくるわ』

 

俺達以心伝心だな。多分親友より進んだ関係になることはないと思うが。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

クッキーを焼き上げ、いくつか味見をしてからその焼きたてのクッキーをいくつかに分けて包む。

これを誰に渡すのかと言うと、真耶先生に渡すつもりだ。

なぜ真耶先生に渡すのかと言うと、セシリーとの決闘(笑)の時に『今度クッキーでも~~』と思ったのをすっかり忘れていたから今作っているだけ。つまり、真耶先生は俺がクッキーを作っていることも渡そうと思っていたことも知らない。ただの俺の自己満足だ。

 

勿論真耶先生の分だけではなく、ちー姉さんの分や鈴達の分。そして束姉さんや弾や蘭ちゃんの分も一緒に作っている。

みんなで一緒に美味しく食べればハッピーだよな。

 

そう考えながら、俺は一人一人の分として個別に取った袋にリボンを巻く。

 

喜んでくれるといいなぁ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッグトーナメント、開始……せず。

 

もうすぐトーナメントがあるが、それはまだ少しばかり未来の話。今は作りたてのクッキーを持って職員室に向かっているところだ。

職員室には真耶先生だけではなく、他の先生方もいるだろうからそこにもクッキーを渡しておいて、それから鈴達に会ったらその都度渡していくと言う予定を立てている。

 

コンコンと職員室のドアを叩くと、中から声が聞こえてくる。どうやら目当ての人はこの中にいるようだ。

 

「失礼します」

 

かららら……と軽い音を立てて職員室に入り、真耶先生の前に立つ。

 

「? もしかして、私になにか用ですか?」

「はい。これどうぞ」

 

そう言って渡すのはクッキーを包んだ袋。なぜか真耶先生はそれを両手で受け取って、呆然と俺の顔と自分の手の中のクッキーの包みの間で視線で往復させる。

 

「え……えっと……これって………」

「クッキーです。そこそこ自信作です。要らなかったら捨ててください」

 

それだけ言ってさっさと退散する。ちー姉さんは放課後じゃないと受け取ってくれなさそうだし、後回し後回し。

 

「ちみゃぁぁぁぁぁ!!」

 

なんだか職員室から真耶先生の悲鳴が聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。

 

…………あ。他の先生達にクッキー渡してくるの忘れた。仕方無いし、もう一回行くかぁ。

俺はくるりと今歩いて来た道を引き返し始める。

 

……やれやれ。

 

 

 

なぜか俺がいなくなっていた数分にも満たない時間で、真耶先生に渡しておいたクッキーは無くなってしまっていた。

どうやら他の先生方に奪われてしまったらしく、真耶先生は半泣きになってしまっている。

そして真耶先生の周りにいる先生方の口元にはクッキーかなにかの食べかすがついており、何があったのかは一目瞭然だ。

 

「……はい、真耶先生。本当は他の先生方の分なんですけど、なんだかもう食べちゃってたみたいなんで」

「ぅ~……ありがとうございますぅ……」

 

真耶先生はクッキーを奪われたことを思い出したのか、半ば涙目の目をさらに潤ませて俺からクッキーの包み(二つ目。先生方の分のまとめだから前のよりもかなり多い)を受け取った。

 

「「「あぁぁぁっ!!」」」

 

そんな声が周りの先生方の方から聞こえたが、俺は一切気にしない。

 

「それじゃあ、皆さんで仲良く食べてくださいね?」

 

俺はそう言って、今度こそ職員室を後にした。

 

「ぴゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

……あーあ。俺しーらない。真耶先生も可哀想に。

 

………また今度、二人だけになったときにでも新しいのを渡してあげよっと。……じゃないとあまりに不憫だ。

 

 

 

教室に入ったら、何故かいきなりののちゃん達に詰め寄られてしまった。

どうやらいつもいつも眠ってばかりの俺が早起きしたのがなにかの病気のように思われているらしく、妙に体の心配をされてしまった。

ちょうどよかったのでその時にクッキーを渡してしまう。なんでかぽかーんとしていたが、すぐにみんな笑顔で受け取ってくれた。

 

ただ、クッキーを食べた直後にシャルとセシリーがorzになった。

 

「ま……負けた……」

「壁が……壁が高すぎますわ………」

 

そんなことをぶつぶつ呟いていたもんだから、理由はなんとなくわかったが………俺としてはあまりそういうことは気にしない。

飯がいくら美味くても、一緒にいて楽しくないやつと付き合おうとは思わないし、シャル達だったらむしろこっちから一緒にいてほしいとお願いしたいくらいだしね。

 

……あ、HRが始まる時間だ。早く座っておかないとちー姉さんに出席簿使用逆水平チョップとか食らっちゃう。

 

「馬鹿者。誰がそんな真似をするか」

 

あ、ちー姉さんだ。おはようちー姉さん。

仕事中は織斑先生って呼んだ方がいいんだろうけど、頭の中だからセーフだよな?

……よし、セーフだセーフ。俺が決めた結構前に決めた。頭の外で呼ぶときは織斑先生と呼べばいいだろ。

俺としてはちー姉さんはちー姉さんだし、呼び方一つで変わるような関係じゃないし。

 

 

 

昼に一組に来た鈴とかんちゃんにクッキーを渡す。なんでかぽかーんとしていたが、素直に受け取ってくれた。

鈴の好みは知っているので喜んでもらえると思ってたんだが……一年で好みが変わったのか?

だとしたら、ちょっとばかり記憶に修正を入れなくっちゃならないんだが……。

 

そう思っていたら、鈴は包みを開けて固めのクッキーをかじった。

 

「……美味しい………」

 

……どうやら、修正は必要ないらしい。よかったよかった。わざわざ覚え直すのって、実は結構手間だからな。

 

ちなみにかんちゃんの方は適当に詰め合わせた。何が好きかとかをよく知らないから仕方ないだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッグトーナメント、始まるよー

 

時は流れて………とか言ってみたのはいいけど、実際は精々数日くらいしか過ぎてないんだけど……まあ、その辺りは一切気にしない方向で。

何が言いたいのかと言うと、もうすぐ原作で言う束姉さんの襲撃……じゃない。タッグトーナメントが始まるってことだ。

それに合わせて俺とかんちゃんはタッグ技(マッスル・ドッキングとかそういうものではないことをここに記録しておく。そういうのもネタでやったけど、それはツープラトンで別カテゴリ)を練習していたし、かんちゃんも新(?)兵器を用意している。

なぜ新(?)なのかは、実際に使用しているところを見れば理解できるだろう。

 

……まあとにかく、始まるわけだ。

ちなみに、たっちゃんが考案した賭け……じゃない。優勝ペア予想応援・食券争奪戦のオッズは、本命がたっちゃんとののちゃんペア……ではなく、なぜか俺とかんちゃんペア。対抗が二年のピアノ・ルビーさんと三年のダラシ・ナイシーさん………名前のことは気にしないで。多分間違ってるから。

 

「……フォルテ・サファイアさんと……ダリル・ケイシーさん……だよ?」

「ありがとかんちゃん」

 

……何で俺はあんな変な間違いをした? 確かに音楽記号だとフォルテの逆はピアノだけどさ。

 

……話を戻そう。三番人気はセシリーと鈴のペア。四番がラルちゃんとシャルのペアで、その次がにたっちゃんとののちゃんのペアだ。

…………原作はもうほとんど信じてないけど、ここまで変わるともうなんか面白くなってくる。

原因はなんだろうな? 全校生徒の前でアイアンクローで気絶させちゃったことか?

 

……まあ、なんでもいいけどさ。

 

俺も賭けた。俺くらいしか賭ける奴はいないだろうと思ったが……シャルと鈴も同じように賭けていて驚いた。

俺と違って原作知識が無いのに『大会中止で決着つかず』に賭けるなんて………鈴の勘とシャルの幸運は凄まじいな。

 

……束姉さんの新作が来てるのかって? 来てる来てる。現在はIS学園上空で五体が大人しく体育座りで出待ちしている。

約一体はなんだか待ちきれなさそうにわくわくしてるが、あれって本当に中身が無いのか?

もしかしたら遠隔操作で束姉さんが操ってるのかもしれないが、それにしては妙だしなぁ……。

本当にかなり人間臭い。前回のアレはどうだか知らないが、もしかしたらISのコアの人格ってのは束姉さんの方でかなり自由が利くんじゃないか?

そうじゃなかったらぷちか達の性格の起点を俺と同じ『眠たがり』になんてできないだろうし。

 

……まあ、例えそうだったとしてもどうすることもできないんだけどさ。

できることと言えば、ぷちたばねーさんを抱き締めつつ問い詰めるとか、ぷちたばねーさんを膝にのせて頭を撫でつつ問い詰めるとか、ヘルメスドライブで束姉さんのところに転移して直接問い詰めるとか、そのくらいのことしかできやしない。

 

「と言うわけで束姉さん。キリキリ吐くがいい」

「いっくんの手だぁ~……はふぅ……えへへへぇ………」

「…………むぅ」

 

そんなわけでぷちたばねーさんの頭を撫でながら優しく問い詰めていたら、かんちゃんが不機嫌になってしまった。年頃の娘さんはよくわからない。

だが、不機嫌になりながらも擦り寄ってくるかんちゃんが何を欲しがっているのかはわかるので、久々にサテライト30の出番だ。

 

とりあえずかんちゃんの頭をなでりなでり。たっちゃんの髪よりちょっとだけ柔らかい髪に指を通して、ゆっくりのんびりなでりなでり。

それと同時にぷちたばねーさんの髪もなでりなでり。ちっちゃいせいか束姉さん本人より髪が柔らかい。

 

「ん~……」

「……んぅ……」

 

なんと言うか、二人とも可愛いねぇ。束姉さんも、あんまりこういう事件とかを振り撒かなければもっとちー姉さんに好かれててもおかしくないのにねぇ。ちー姉さんって実はかわいい物好きだし。

 

くいくい、とズボンを引っ張られているのに気が付いて下を見てみると、ぷちーねえさんがよじよじと俺の足に登ろうと頑張っているのが見えた。

 

…………おや? いつの間にぷちーねえさんが?

そう思いはしたが、気にしないでぷちーねえさんをぷちたばねーさんの隣に並ぶように座らせて一緒に撫でる。ちー姉さんはこうやって頭を撫でさせてくれたりはしないからなぁ………。代わりに撫でてくれるけど。

その分俺はぷちーねえさんを撫で、ぷちたばねーさんを撫で、そしてかんちゃんを撫でる。

 

……あ、束姉さんに何を企んでるのか聞くのを忘れた。

…………まあ、いいか。束姉さんが何を企んでるのかは知らないけど、多分悪いことじゃあないし。

享楽的で嘘つきで、人間としてぶっ壊れていて天才過ぎるのが一周半して基本的に馬鹿で、何を考えているかわからなくても………ののちゃんやちー姉さんに向ける愛情は本物だと信じているから。

 

……信じたいだけかもしれないって言うのが自分でも嫌になるけど。

 

「大丈夫ぅ……いっくんだったら大丈夫だよぉ……」

 

そんなことを考えていたらなんだか束姉さんからそんな声が。

まあ、気休めくらいにはなったかねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッグトーナメント、はい中止

 

ぷちたばねーさんとぷちーねえさん、かんちゃんの三人を撫でていると、急にどーん!と言う轟音が響き、目の前に全身鎧のISが降ってきた。

その形は黒いマネキンに似ているが、左腕だけは前の奴と同じようにかなりの太さがある。

その上、砲口は四つになり、それはまるで地獄に繋がっているかのようだった。

遠距離攻撃用と思われる左腕に対して、右腕は肘から先が巨大なブレードになっていて、格闘性能の点では前の物に比べて随分と向上しているようだ。

 

「束姉さん? なんか来たよ?」

「……ぅに~………」

 

ああ、ダメだこりゃ。完全にだらけモードに入ってる。

 

「………………(汗)」

 

ああほら落ちてきた方もどうすればいいのかわからなくて流れるはずのない冷や汗流してるし、もう少しちゃんと………無理か。束姉さん本体だったらともかく、ぷちたばねーさんだもんな。

悪いんだけど、もう少し待っててくれよ?

そんな感じの視線を落ちてきたISに向けると、そのISは素直にピットの端っこで体育座りをした。どうやら本格的に待つ姿勢らしい。

 

……なんと言うか、予想外に素直な子だな。束姉さんの作品らしいと言えばらしいんだが。

 

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

いきなり天井を破って降ってきた見覚えがなくもないISに、埃殺(誤字にあらず)の代わりに圧縮重複衝撃砲を連射する。

全て楯で防がれてしまっているけれど、その間にセシリアが凝縮レーザーの準備をしているのできっと大丈夫。

確かにこの楯は気持ち悪いくらいに硬いけど、セシリアのレーザーはその楯をきれいに避けながら本体に突き刺さるだろう。それで大体のISは戦闘不能になるはずだ。

 

……千冬さんの仕事を減らすためにも、ISのコアは粉々になるまで破壊しといた方がいいわよね? これが篠ノ之博士の新作だって言うんなら、きっと世界に認知されているコアのどれとも違うはずだから。

とりあえず、今の状況なら正当防衛になるはずだ。もしかしたら過剰防衛って本国の上の方が言ってくるかもしれないけど、いつも言っている通りにバレなければ問題ないし、バレたとしても「過剰防衛になる前に戦闘をやめろという命令が無かったもので、現場の判断で破壊しました。そして現場の判断はあたしに任されています」とでも言っとけばいいわ。

 

それでも騒いだら………そうね。篠ノ之博士に協力を依頼してスキャンダルてもぶちまけましょうかしら。

そうすれば騒いでいた五月蝿い口も閉じるでしょうし、一夏から離れないでも済む。あたしにとっては一石二鳥ね。

………自作のぷちか人形(大中小極小四段重ね。ただし大サイズで30センチくらい)でなんとか協力をお願いできないかしら……?

 

『いいよー!』

 

どこからか篠ノ之博士の声が聞こえた。さっきからセシリアにプライベート・チャネルを送っても全然通じない中で普通にプライベート・チャネルが通じているってことは、やっぱりこれは篠ノ之博士の差し金らしい。

まあ、協力してくれるんだったら………安い買い物だったと思わなくちゃ。ぷちか人形はまた作ればいいわ。

 

そうしていると、目の前で何枚も重ねられている楯から、ビギキッ!という皹の入る音が聞こえた。どうやら一枚目の楯はそろそろ限界みたいね。

 

「……で、そろそろいけんじゃないの? こっちは多分一枚目の楯を破壊される直前に熱線とか撃たれる気がするから早くしてほしいんだけど?」

「行くだけならばいつでも行けましたわよ? ただ、時間をかければかけるほど威力は上がりますが」

「じゃあ」

 

ぞくぅ!と背筋に走った嫌な予感に従い、瞬時加速で高速上昇。その直後に楯を貫通するように熱線があたしのいた所を吹き飛ばした。どうやら威力は随分と上がっているらしい。

 

「セシリア!」

「わかっていますわ!」

 

凝縮レーザーが奔り、楯をカカッと避けて上から黒いISを貫こうとする。

しかしその黒いISは、体を奇妙にくねらせてセシリアのレーザーを避けた。

 

「避けたわ!次!」

「あれを避けたんですの!?」

 

セシリアは驚愕しながらも次の弾を作るためにビットやライフルから何十発も連射する。

その隙を相手が見逃すはずもなく、黒いISは楯ごとセシリアに突撃していく。

 

その間にあたしが入って黒いISを押し留め、楯を払って振るわれた右の巨大なブレードと双天牙月が火花を散らす。

しかしそれも一瞬。このままでは押し負けると理解したあたしは、すぐさま双天牙月を柄を中心に回転させて黒いISのブレードを受け流す。

流されながらも次々にブレードを振り、あたしを倒そうと躍起になっている黒いISに、あたしはひたすらその攻撃を流すことで対応する。

 

…………けれど、それもそろそろ終わることになりそうだ。

双天牙月で流すと同時に双天牙月から手を離し、右のブレードの付け根と、ブレードに流されてかあたしの近くに来ていた左腕の手首あたりの部分を掴む。

これで箒みたいに全身からビーム出すとか、一夏みたいに空中にミサイル出してどっかんとか、ラインアイからビームとかされない限りはまず攻撃は当たらない。

そのままあたしは人間で言えば顎のあたりに膝蹴りを打ち込む。見事に体を反り返らせた黒いISの背中に、青い光球が突き刺さった。

 

その光球は、黒いISのエネルギーシールドを簡単に貫き、装甲を撃ち抜き、そして見事にコアに食い込んだ。

 

「……溜め時間が三秒もなかったにしては、随分と威力高くない?」

「三秒ではありませんわ。それはさっき一度外した方です」

「はぁ!?」

 

話を聞いてみると、セシリアは地面の中でBTエネルギーのスフィアを作って保持していたらしい。つまりあれは一度外しはしたが、それそのものが囮だったと言うわけだ。

 

「そもそもレーザーが進行方向以外から見えると言うことは、それだけ大気中でエネルギーが散ってしまっていると言うことです。漏れ出るエネルギーを最低にして球体を作れば、誰にも見えず、そしていつまでもエネルギーを保持することができると言うことですわ」

「……空中でそれやったら機雷がわりになりそうね」

「わたくしも考えましたが、レーザーを束ね、凝縮し、完全制御状態のまま空中にスフィアを作るにはまだ実力が足りず……8発分を42箇所に置くのが精一杯なのですわ」

 

あたしはそれでも十分使い物にはなると思うけどね。

……あたしも衝撃砲で撃った衝撃の速度を変えられればなぁ……そうすれば重複衝撃砲がもっと簡単になるし、威力も上がるのに。

 

あたしはそんなことを考えながら、黒いISからレーザーの熱で溶けてしまったISコアを引きずり出した。

……一応、千冬さんに渡しておきましょうか。

 

 

 

 



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171~180

 

 

タッグトーナメント、中止だよ?

 

「……おーい、束姉さーん?」

「…………うにぃ……」

 

ぷちたばねーさんのほっぺをむにむにと引っ張ってみたり、頭を気持ち強めに撫で回したり、色々なことをやってみたんだかいまだにぷちたばねーさんはぽけーっとしている。ぷちーねえさんとかんちゃんも同じようになっているんだが………もしかしたら俺はナデホでも持っているんじゃなかろうか。

 

……解説しとこうか。ナデホとは、撫でるとポッと惚れられる……のではなく、撫でられるとなんとなくほっとしてしまい、とても落ち着くと言うものだ。ナデポの類似品だが、こちらは割と現実世界でも限定的だが持っている人もいる。

例えば、俺の前世のばあちゃんとかは持っていた。撫でるのが凄まじく上手で、いつも気付いたら撫でてもらいながら寝てたなぁ……。懐かしい話だ。

 

ちなみにこの世界でも鈴と弾とののちゃん、それとシャルとかんちゃんとちー姉さんと束姉さんが持っているのを確認している。

蘭ちゃんは昔弾のナデホにやられてほっとしてから少し性格とかが丸くなったとか。ナデホすげえな。

 

そこで、体育座りで俺達のことをじっと見つめている黒いISを呼んでみた。

 

「……」

 

結構素直に寄ってきたので、なんとなく頭を撫でてみる。

 

……よしよし…………と。

 

 

 

 

 

side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

突然に天井を破って落ちてきた黒いISを、とりあえず敵性だと判断して殲滅することにした。

 

「そう言うわけだ。とりあえず殲滅だ」

「と……とりあえずで殲滅するのはまずいよ!? もしも味方だったりしたらどうするのさ!?」

「シャルロット。戦場では流れ弾と言うものが存在してだな……」

「なに言ってるのラウラ!? 怖いってば!なにが怖いってラウラが言うと冗談に聞こえないのがすっごい怖い!」

「……冗………談…………?」

「きょとんとしてるラウラは可愛いんだけど言ってることは無茶苦茶だ!?」

「だがなぁ……ほら、見てみろ」

 

私が指差した方向には、私達に巨大な左腕の掌にある四つの砲口を向けている黒いISがいた。

 

「シャルロット。お前はあれが味方などの友好的な相手に見えるのか?」

「………ちょっと……無理かな」

 

シャルロットがそう答えた瞬間に、黒いISの掌からかなりの高熱を思わせる赤混じりの白い熱線が放出された。

 

「……さて、それではとりあえず殲滅と行こうか」

「……うん、そうだね」

 

今度は流石にシャルロットもしっかりと頷き、その両手に武器を展開した。

だが、展開した武器はどうやらいつも使っているそれとは違うらしく、どれもこれも見慣れない形をしていた。

 

「シャルロット? その武器は……」

「これ? ちょっと色々あってね。僕に会社から送られてきたやつの中で僕に合ったやつを選んで使うことにしたんだ」

 

道理で見たことのない武装ばかりな訳だ。まさかデュノアの新作とはな………。

最近のデュノアはIS事業からは半ば撤退し、ISそのものではなくISの武器製造に力をいれていると聞く。

それらの武器は性能が高く、今までデュノアが売りに出してきたそれに比べて格段に上昇していたために誰かから技術を買ったのではないかという話まであるほどだ。

 

そんなデュノアの最新の武器。現在のIS乗りなら欲しいと思わない方が珍しいだろう。

 

「まあ、この話はまた今度ね」

「ああ。今はこの黒いISを潰す方が先だな」

 

私とシャルロットは狭いピットの中を飛び回り、黒いISに狙いをつけさせないまま前から後ろから上から右から左から攻撃を加えていく。

黒いISはこの状況を打開するべく接近しようとしたり、私たちを狙い撃とうとしているが、その度に逆側にいるもう一人に出鼻を挫かれて動きを止められる。

 

……さて、それでは早めに終わらせて周りと状況確認と行こうか。

このくらいならば鈴やセシリアの方がよほど恐ろしい。一夏となど比べるまでもない。どれほど固くても、どれだけ威力があっても、ただそれだけなら裏をかいて騙し討ちをして一撃だけでも食らわせてしまえばそれで終わる。

相手は固いだけで不死身でも壊れないわけでも一夏でも教官でもない。ならばいくらでも勝つ方法はある。

 

……そう、例えばこんなこととかな。

 

AICを黒いISの足先に一瞬だけかけて動きを抑制し、その隙に私とシャルロットが左右から黒いISの手を片方ずつ掴む。

そのまま私達は黒いISの背中に移動し、両腕を引っ張りながら同時に黒いISの背中を蹴り飛ばした。

 

ISは、絶対防御で守られている。それはほぼ全て(一夏のシロはそれすら機動に回してしまうことがあるため、全てとは言えない)のISに共通することだ。

しかしその絶対防御も完璧ではなく、大威力の攻撃を当てれば貫通させることもできるし、そうでなくともとある種類の攻撃にはほぼ無力と言ってもいい代物であったりもする。

 

それを証明するかのように、今まさに黒いISの両腕が肩からへし折れ、引き千切られようとしている。

この技はこうして肩の関節に負荷をかけ、あわよくば肩をへし折るための技だ。

ただし、練習では私とシャルロットのどちらかの出力が強くて両腕を引き千切ることができなかったのだが、それでも片腕は確実に奪えたために実戦で実行した。

 

まさか最良の結果である『両腕を引き千切る』ことができるとはあまり思っていなかったのだが……運がよかったな。

 

バギィン!という音をたてて、両腕を失った黒いISを私とシャルロットの二人で踏みつけるようにして床に叩きつける。特殊合金製の床に叩きつけられ、黒いISの頭の部分がひしゃげる。

 

「……うん。この技は人相手にはまず使っちゃダメだね」

「そうだな。使うならば正当防衛あるいは一夏を助けるためでなければ私もあまり使いたくはない」

 

そう言いながら、私は左右のプラズマエッジを伸ばして黒いISを貫く。シャルロットも人間が乗っていない機体には容赦をせず、追撃でショットガンを連射して両足を可能な限り潰しにかかっている。

 

「コアは、私のプラズマエッジで貫いてしまった」

「そうなの? ……って、そんなわけないか。………わかった、そういうことにしとく」

「感謝する。シャルロット」

 

それではこのコアは、誰にもわからないように教官に渡しておかなければな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッグトーナメント、中止だってば

 

なでりなでりと黒いISを撫でてみたんだが、なんでか空気がさらに緊迫感を無くしてしまった。

……いや、なんでかというのは間違いだな。流石にこれは原因わかるし。

 

黒いISは俺に撫でられてなんだか空気が緩んでいるし、ぷちたばねーさんとぷちーねえさんは言わずもがな。かんちゃんもとろーんと目元を緩めているからツッコミがない。

そんな状態になってしまったのは、きっと俺がこうして撫でているからなんだろう。ナデホは練習すれば誰でも……とは言わないでもできるようになるから俺ができてもおかしくはないんだが、やっぱり俺はナデホする側じゃなくてナデホされる側だと思うんだよな。うん。

 

……間違ってないよな?

 

「……………」

「はいはい、束姉さんとちー姉さんが起きるまでは撫でといてやるよ」

 

黒いISとの戦闘は、まだ先のことになりそうだ。

……やれやれ。随分と原作から外れたものだ。大筋はともかく、細かい筋はもうあてにならないな。

……その方が楽しそうだからいいけどさ。

 

ところで、他の皆は大丈夫かね? ダルイさんとフォクシーさんは自力で何とかするだろうし、それ以前に割とどうでもいいけど、ののちゃん達は心配だ。

怪我してたりとかしてないかな? してないといいなぁ………。

 

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

「……えっと……箒ちゃん? 質問があるんだけど……いい?」

「? はい、なんですか?」

 

私が視線を向ける先では、楯無さんが口許をひきつらせたまま私に問いかけている。

ぱくぱくと何度か口を開閉して、それからもう一度口を開いた。

 

「…………私の出番は?」

「ごちそうさまでした」

「全部食べられちゃってる!?」

 

ちなみに、私の足元には黒いISだったものの破片とコアが散らばっている。そのうちコアは勝手に紅椿の中に入ってきたが、どうやら悪いようにはしないようなので放置している。

紅椿の強化に役立つために姉さんが送り込んできたのかどうかは知らないが、とりあえず姉さんがやることなら最終的に悪い方には行かないだろう。

 

ちなみに、私がこの黒いISを壊した方法は不意討ちだ。落ちてきたところをすぐさま空裂を使った新技で切り捨てた。

そのやり方は、空裂を振ると出る帯状のエネルギーを圧縮し、刀身に纏わせたまま相手を斬りつけると言うもの。

圧縮したまま放てば遠距離攻撃にもなり、更に捻りを加えて突けばドリルのようにもなるという使い勝手のいい技だ。

 

ちなみに雨月でも同じような事ができ、通常は何発も出てくるエネルギー弾を纏めあげて威力を上げたり、自動で持っていかれるエネルギーを割り増しして威力を上げたり、同じように剣に纏わりつかせて近距離でのほぼ一撃必殺(殺さないぞ? ただの比喩だ)の攻撃へと変えたり、そんなことが紅椿にはできてしまう。

 

……そして一番恐ろしいのは、それらのことで威力を底上げするためにエネルギーを過剰に送り込む行為に上限が存在しないということ。それはつまり、絢爛舞踏で生み出したエネルギーを全て一本の刀身に込めて斬撃を行うことができると言うことだ。

 

全身の展開装甲から真紅の光刃を生やし、両手に深紅のエネルギーを纏う双剣を持ち、真紅のエネルギーの尾を引きながら剣を振るう。まさしく【絢爛舞踏】だな。ここまで考えてこの名をつけたのならば、恐れ入る。

 

……まあ、確実にそこまで考えられているのだろうが。流石は姉さんだ。

 

『えっへん!すごいでしょー? 束さんは頑張ったのだ!誉めてくれてもいいんだよ?』

 

とりあえず今度会った時に頭を撫でておこう。よしよし、と。

 

『わーい!』

 

喜んでくれて何よりです。

 

…………さて、それじゃあこの残骸は楯無さんに任せて、私はのんびりと休むことにしようか。

エネルギーを操作し、応用する技は使うと中々に疲れる。穿千の高威力圧縮エネルギー砲の応用技まで使うことにならなくてよかった。あれは本当に疲れるから、連発すると一夏のように眠ってしまう可能性が高いからな。

今でも結構辛いのに、そこにあの疲労が来ては色々と不味い。

 

紅椿を解除し、壊れていないベンチに腰掛ける。

恐らく一夏のところにも同じものが行っているだろうが、私に倒せたのならば心配はいらないだろう。

むしろ相手の方を心配するべきだな。はっはっはっは。

 

…………ふぁ……。

 

「ちょ、ちょっと箒ちゃん? なんで眠たそうなの!? 一夏君のことはどうするの!?」

「……一夏なら大丈夫でしょう。今も一夏の気配が二つ感じられますし、ぷちか的な姉さんとぷちか的千冬さんの気配が一つずつ。それに簪の気配もしっかりと感じ取れます。恐らくこれはリラックス状態ですし、戦闘はもう終了しているか、もしくは始めから敵が来ていなかったと言う可能性もあります」

「なんでそこまでわかるの!? 普通は無理よ!?」

「嫌ですね楯無さん。一般的とか普通なんて言葉は、所詮他人が積み重ねてきた行動の大多数のことを言うのです。その大多数の中に私はいなかったというだけの話ではありませんか」

 

……それにしても、なんだか私もよく舌が回るようになってきたな。それに、気配一つで相手の状態などを把握することもできるようになってきた。

これならば、いつでも一夏が寝たいと思っている時に一夏の所に行って抱き枕になることができる!

 

そうと決まれば私は眠るとしよう。一夏が眠りたい時にいつでも一緒に眠ることができるようにせねば!

 

「ちょっと箒ちゃん!? 本当に寝ちゃうの!?」

 

そう叫ぶ(ツッコむ)楯無さんをスルーして、私はベンチに横になった。

こうなればタッグトーナメントは中止だろうし、面倒なところが終わるまで眠っていよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッグトーナメント、なくなりました

 

はっ!とぷちたばねーさんとぷちーねえさんが正気に戻り、ててててててっ!と走ってピットから逃げ出してから30秒。かんちゃんを復活させて黒いISを撫でるのをやめ、そして簡単に状況を説明してから黒いISに向き合う。

……うん、何て言うか、本当に待っててくれてありがとう。

 

「……つまり、私達はあの黒いISを倒せばいいの……?」

「そういうことだね」

 

かんちゃんがおおよその話を理解したところで、俺とかんちゃんは黒いISに顔を向ける。

黒いISはそんな俺達の視線を真正面から受け止め、そして俺達をそのラインアイで見詰め返している。

そこにはさっきまでのような緩んだ空気は存在せず、俺達に敵対するという断固たる意思が存在していた。

 

「……一夏」

「ん。行こうか」

 

かんちゃんはISを展開し、IS用の薙刀を展開する。

それと同時に俺も雪片弐型を展開して、黒いISに向けて構える。

……さて、戦闘開始だ。

 

 

 

 

 

side 更識 簪

 

一夏に頭を撫でてもらっている間に現れていた黒いIS。少し前までの私だったら逃げていてもおかしくなかったそれを目の前にして、私は別段恐怖を感じてはいなかった。

正確に言うと、怖くはあった。けれど、所詮はこの程度と笑い飛ばせてしまう程度の恐怖しか感じなかった。

 

なぜなら、私の隣には、世界の誰より頼りになる、私の大好きな人が居るからだ。

 

一夏が隣にいてくれるなら、私は本部長のように空間を跳び越え、何人も同時に存在し、世界をねじ曲げることだってやってみせる。

……流石に、ちょっと人間離れしちゃっているという自覚はある。けれどこのくらいできないと、きっと一夏についていけなくなる日が来ると思うから、後悔はしていないしする気もない。

 

私は【夢現】を構え、黒いISに向き合う。その腕のブレードや砲口はやっぱり恐いけど……一夏と一緒だから、頑張れる。

 

ゴッ!と言う音と共に黒いISの太い方の腕から熱線が放たれる。私達はそれを短距離瞬時加速で回避し、すぐに私達に都合のいい場所にステージを変える。

狭いピットの中では、シロの超高速機動も私のミサイルも使えない。あまりに狭すぎて自爆してしまうからだ。

今の私達が使える武器は、近接用の雪片と夢現。それから跳弾の心配が無いエネルギー系の射撃武器の荷電粒子砲と、けして多くはない。だからこそのピットからアリーナのフィールドへの移動だ。

 

一夏の持つブレードが白く輝き、アリーナのシールドを切り裂く。

切り裂かれ、口を開いたシールドを通り抜けてアリーナに入る。私達に続いてあの黒いISが飛び込んできて、ようやく私はまともに戦うことができるようになった。

 

「じゃあ、パーティーを始めようか」

「うん!」

 

そして私達が呼び出すのは、何度か一夏も使ったことがある悪夢のような武装。私と一夏が同時に呼び出したそれの名前は―――

 

「「ジェノサイドサーカス!」」

 

刹那。無数のミサイルの弾幕が黒いISに降り注ぎ、その動きを強制的に縫い止める。

黒いISはシールドユニットを使ってミサイルの雨を防いでいるけれど、ジェノサイドサーカスの前では耐え抜くことはあまり意味がない。

なぜなら、ジェノサイドサーカスの弾数は文字通りの無限。いくらシールドユニットを使って耐え、エネルギーが多く、効率がよかったとしても―――無限の弾幕の前ではいつかその数に溺れてしまう。

 

そうならないためには弾幕を避けて私達に攻撃を加えるか、私達ごとミサイルを纏めて攻撃するか、尻尾を巻いて逃げるかしか無い。

けれどあの黒いISは、耐える道を選んだ。つまり、この勝負はもう詰んでいるも同然だ。

 

ジャミングのお陰でミサイルの照準はつけづらかったが、ここまで多ければそんなのはほとんど関係ない。文字通りの絨毯爆撃で、アリーナの床や壁ごと壊れるまで撃ち続ければそれで終わる。

……なんだか、ちょっと一夏に染まってきちゃってるのかな……?

そうだとすると……嬉しいけれど、やっぱりちょっと恥ずかしい。一夏色に染まるなんて………ま、まだ私には早いと……っ!

 

「かんちゃん? 顔が真っ赤だけどどうかした?」

「別に……なんでもない……。………私は一夏のことが……す、好きっていうのを……再確認してただけ、だから……」

 

……ああ、なんだか顔が凄く熱い。きっと、一夏の言った通りに真っ赤に染まっているんだと思う。

 

爆煙と爆炎と爆風と衝撃とに包まれながら、私はそんなことを考える。もうちょっとロマンチックなところがよかった……と思わないでもないけれど、一夏だから仕方ない。

 

私はそっと一夏に寄り添ってみる。一夏は雪片弐型を持っていない左手で、私の頭を撫でてくれた。

……ちょっとごつごつしていたけれど、十分優しい撫で方に、私はなんだかほっとした。

 

…………ほぅ……。

 

 

 

 

 

side ダリル・ケイシー

 

「なあ、フォルテ」

「なんスか、先輩」

「……もしかして俺達、かなり蔑ろにされてねーか?」

「……そっスね。頑張ってみても出番はこれだけっスしね」

「…………しっかりコアを壊さないように、頑張ったのになぁ……」

「…………仕方ねっスよダリル先輩。うちらまだキャラがしっかり固定されてないんスから」

「……メタ発言だぞ~……」

「……たまにはこんな愚痴も言いたくなるのが人間っスよ」

 

…………はぁ……。やれやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘後には、睡眠タイム

 

戦闘が終わった後には、皆で一応身体検査をしてから解放される。取り調べは明日になるらしいが、明日は蘭ちゃんの所の学園祭なんだよなぁ………どうすっか。

……よし、サテライト30で分身しよう。あれはもう一人の自分を作る能力だから取り調べも受けられるし、蘭ちゃんの所の学園祭にも行ける。大丈……夫……大………じょ…………。

…………すか~……。

 

 

 

 

 

side シャルロット・デュノア

 

一夏が猫耳を着けていたので、僕も猫耳をつけてみた。

流石に一夏の耳みたいにぴこぴこ動いたりはしないけれど、それでも結構細かく作り込まれているから見苦しくは……無いよね?

 

「ふふふふ……シャルロット? そういう格好をするなら誇りなさい? じゃないと恥ずかしいだけよ? 楽しみなさいな」

「う……うん……って鈴!? なんで鈴も猫耳!?」

「あたしがつけたかったからよ。文句ある? あってもよっぽど重要な理由がなければ無視するけど」

「えぇ………」

 

いつの間にか僕の隣に佇んでいた鈴も、なぜか頭に黒い猫耳がくっついていた。そして鈴は、すやすやと眠っている一夏の隣に潜り込んでいった。

そしてそのすぐ後に、その布団からぴょこりと顔だけ出して僕に言う。

 

「ほら、シャルロットも入ったら? 多分途中で千冬さんに放り出されると思うけど」

「なんでそれがわかってるのに一夏の布団に入るの!?」

「あたしが一夏を愛しているからよ。……ラウラは直接ここに来るけどね」

「いつもいつの間にかいなくなっていつの間にか帰ってくると思ってたら、いつもいつも一夏のところに来てたの!? 狡いや!!」

「いいからシャルロットも早く入りなさいよ。ラウラはもう来てるわよ?」

「早っ!?」

「……もちろん」

「わたくしたちも」

「いるぞ?」

「なんで!? さっきまで一夏の布団の膨らみって一人分だけだったよね!? いったいいつから……いや、どうやって入ったのさ!?」

 

僕の素朴な質問に、なぜかそれぞれ犬やら猫やら兎やらといった動物の耳をつけている皆は、寝間着のまま僕に言った。

 

「愛だ」

「愛……」

「愛ですわ」

「当然、愛よ」

「……く~……」

 

……ラウラは寝ていて答えは返って来なかったけれど、起きていたらきっとみんなと同じことを言ったに違いない。

なんだか力が抜けちゃった僕は、ごそごそと一夏の布団に潜り込む。一夏のベッドは大きいから、僕達が全員入ってもまだ余裕がある。

……たくさんの人が入っているベッドの中は、なんだかぽかぽかしていて眠くなってくる。ラウラじゃないけど、すぐに寝ちゃいそうだ。

近くにいた誰かを抱き締めて、僕は目を閉じる。多分これは、セシリアかなぁ……?

 

…………おやすみなさい。みんな。

 

…………く~……。

 

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

……恐らく束の仕業であろう襲撃事件の後始末のうち、今のうちにできるものはできる限り終わらせてから寮長室に戻る。

一夏分が足りないが、それは明日の取り調べで膝の上に座らせながらの取り調べで補給できるだろうから………それまでの我慢だ。

 

……ふと気付いたとき、私の手は一夏の部屋のドアを開こうとしていた。どうやら気付かないうちに一夏を求めてこんなところにまで来てしまっていたらしい。

私は扉から手を離し、後ろ髪を引かれるような気分でその場を後にした。

一夏と寝ることができないのは痛いが、それでもどうにかして我慢しなければならない。

私が一夏にここまで甘いと言うことが委員会に知られれば、一夏の取り調べは私ではなく別の誰かがすることになってしまう。それでは取り調べの記録を改竄したり、一夏を効率よく守ることができなくなってしまう。

そうなっては困るのだ。私は一夏を護りたい。あらゆる害から。私の手の届く限り。

 

…………だから今は、我慢だ。

 

私は私にそう言い聞かせ、深く大きく深呼吸をする。

……さあ、寮長室に戻ろう。そして明日の取り調べのことを考えながら、早く眠るとしよう。

 

 

 

そう考えていた矢先に、私は一夏と同じ布団で寝ている。

だが、私が我慢できずに一夏の部屋に行き、小娘共を千切っては投げ千切っては投げして一夏を独占したわけではない。私の部屋のベッドの中で、一夏がすやすやと眠っていただけだ。私は悪くない。

 

勿論一夏は抱いて寝た。一夏分を補給するのは現時点ではかなり優先するべき出来事だったし、そうでなくても一夏分はあればあるほといいものだ。

一夏がそこで寝ているのに、一夏を抱き締めないと言うのはもはやそれは罪だ。私が決めたそう決めた。

 

だが、私はなんと言われようと誰彼構わず一夏を抱き締めさせはしない。

理不尽? だからどうかしたか? 一夏は私のものだ。誰にもやらん。

 

…………いや、一夏が認めた相手ならば話は別だが………とりあえず、まだ一夏は私のものだ。

 

私は一夏の頭を撫で、優しく抱き締める。

 

……お休み。一夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り調べと、学園祭

 

目を開いて二秒で鈴。一秒目は眩しくてよく見えず、二秒目で目が明かりに慣れてきて鈴が見える。間違ってない間違ってない。

 

……えーっと……確か今日はIS学園の取り調べと、蘭ちゃんのところの学園祭だな。とりあえずシルバースキンを着て行こう。マゾカがあそこに居たから、もしかしたら殺しに来るかもしれないし。

まあ、本当はそんなのが無くても平気なんだが、そこは前にも言った通り生身でそれはマズいからカモフラージュはしとかないとな。

……手遅れだって? そうかもしれないが、気にしない。

 

さてと。それじゃあ俺はさっさと行こうかね。真耶先生に呼ばれて取り調べを受けるのは、ちー姉さんの所にいる俺でいいだろ。

シルバーカーテンで姿を隠し、シロとクロをステルスモードに切り替え、エアライナーで作った道をモーターギアを片足に二組ずつ使ったスカイウォーカーモードで駆け抜ける。

モーターギアのスカイウォーカーモードなら普通に空を飛ぶこともできなくはないが、やっぱり地面の上を走る方が速い。だからこそのエアライナーだ。

エアライナーで空中に足場を作ってやれば、モーターギアは空を飛ぶのの約二倍くらいは速くなる。

……物理法則を考えれば二倍程度だとむしろ足りないような気がしなくもないが、まあ、便利だからいいだろう。

 

よし。それじゃあ窓を開けて、エアライナーを引いて、行ってきまーす。

 

 

 

目が覚めて二秒でちー姉さん。ついさっき……と言っても正確には俺の部屋から出ていった俺が起きたのより少し早いんだけど、ついさっき出ていった俺とは別の俺だ。

 

ちー姉さんは随分疲れているらしく、俺が起きているのにまだ眠っている。

……こうしていると、まだちー姉さんが家によく居た頃を思い出す。

俺は眠いのを我慢して、毎日朝昼晩と食事を作ってたっけな。

……ああ、懐かしい。実に懐かしい。あの頃はまだ社会のことをあんまり考えずに動けたのになぁ……。今じゃあ俺もちー姉さんも自由に動けやしない。

……やれやれ。困ったもんだ。

 

だが今はそんなことは考えず、ちー姉さんの髪を梳く。なんだか弛んでいた頬がさらに弛み、俺を抱き締める腕の力が増した。

ここ最近は色々あって疲れていたんじゃないかと思ってたんたが、妙につやつやしている。昨日の午後はなんだか少し肌がかさかさしていたような気がしたんだが、まるでそれが気のせいだったかのようだ。

 

今はさっき言った通りになんだかつやつやしているから別にいいけど、ちょっと心配だったんだよね。ちー姉さんって理性的に無茶しちゃうタイプだから。

無茶だとわかってて無茶しちゃうちー姉さんって、見てるとちょっと怖かったりするんだよ。

 

……お、ちー姉さんが目を覚ます。

 

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

ゆっくりと目を開くと、私のことをほっそりとした目で見つめている一夏が私の腕の中に居た。

とりあえず一夏を抱き締め、頬擦りし、その香りを胸一杯に………おや、なぜか鉄の匂いが混ざって……。

 

「ちー姉さん。鼻から赤いの出てるから。鼻血が出てるから」

「む、そうか」

 

……やれやれ。急速に新鮮な一夏分を吸収しすぎたせいで愛が滲み出してしまった。

ぺろりと溢れた愛情を舐め取り、それからまた一夏を抱き締める。

 

「……ちー姉さん。ちょっと……苦しいかも」

「ああ、すまない」

 

腕の力を抜くと、一夏は私の首元に顔を埋める。

それから私の頭を抱き締めるようにして、私の耳元で囁いた。

 

「おやすみ。ちー姉さん」

「ああ。お休み」

 

そう言うと一夏はゆっくりと寝息を立て始めた。どうやらすぐに眠りに落ちてしまったらしい。

私はそんな可愛らしい一夏を抱き締め、ゆっくりと頭を、背中を撫でる。

 

………………ん? なにか忘れているような……?

私は寝起きのせいか、それとも一夏を抱き締めているせいか、奇妙なほど鈍い頭をできるだけ回転させて思い出そうとする。

 

……そうだ。今日は取り調べがあるのだったな。昨日の夜は一夏と一緒に眠れるとは思っていなかったため、今日の取り調べで膝の上に一夏を乗せて……等と言うことを考えながら部屋に戻ってきたんだった。

 

……だが、今の私はその程度では満足しない。膝に乗せたら常に一夏の腹を直接私の手でじっくりたっぷりねっぷりと撫で回し、眠りそうになったら耳に息を吹きかけたり、耳朶を甘噛みしたりして起こしてやろう。

多少腹を撫でている手が上向きや下向きに『滑る』ことや、なかなか起きない場合には首筋や耳を私の舌で擽って起こすこともあるだろうが、まあ、いいだろう。

 

……いやいや、これはセクハラではない。尋問だ。取り調べだ。

一夏にとっては寝れないというのはきついことのはずだが、こちらも仕事だし、一夏をIS管理委員会の屑共から守るためにもしっかりとした調書を作らねばならないからな。

 

………誰にも見られることはないし、時間もたっぷりあるからと言って、一夏を食べる気は無い。一夏は基本的にそういった欲求が薄いし、二年ほど前に一夏を風呂に連れ込んだ時にも大した反応は返ってこなかったからな…………悔しいことに。

だから今も一夏にセクハラ紛いのことをしても一夏はくすぐったがるだけだろうし、問題はない。

 

つまり、これは正当だ!

 

…………とは、言わない。いくら暴走気味とは言え、私は理性はあるからな。

……たまに理性を振り切っていつの間にか手や体が動いている時もあるが、その辺りはあまり気にしなくても大丈夫だろう。

 

とりあえず、こうして気持ち良さそうに寝ているところ悪いが、一夏には一度起きてもらうとするか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭、こうなるよね

 

蘭ちゃんの通う…………なに学園だっけ? 聖クロニカ学園だっけ? 忘れたけど。

……ついに人名やIS名だけじゃなく、学園名まで覚えられなくなったか?

 

……IS学園。藍越学園。そういう訳じゃあないらしい。普通に覚えてなかっただけか。

 

……とにかく、蘭ちゃんのいる学園に到着した。途中でIS用のライフルの弾とかが飛んでくる……なんてことはなく、実に平和だった。

ただ、人の視線が突き刺さってくる。まあ、想定の範囲内だな。シルバースキンって帽子をかぶって顔を隠していると普通に怪しいし、シルバーカーテンを解除してすぐだといきなり現れたようにしか見えないもんな。

 

そこで、さっさとシルバースキンの帽子を脱いで顔をさらす。別にそれで困ることは……いや無くはないけど無いと言うことにして、それからポケットから出したヘルメスドライブを使って蘭ちゃんを探す。

ついでに眉間にライフル弾が飛んできたのでヘルメスドライブで叩き落とし、モーターギアをお返しに飛ばしておく。まったくマゾカは。予想通りにならなくて良いところばかり予想通りにしやがって。

 

……あ、蘭ちゃん発見。ここは……生徒会室かね? 三階だけど。

 

流石にこれだけの人目のある中での転移は不味いので、歩いていくことにしよう。

……それも、学園祭が始まってからのことだけど。

それまではのんびり待っていようかね。

 

 

 

 

 

side 五反田 蘭

 

なんだか学園中がどたばたと騒がしい。毎年学園祭の時期はこんな風だけど、どうしてか今日はいつもより騒がしいような気がする。

ふと窓の外を見てみると、校門のところに人がずいぶんと集まっている。いったいどうしたんだろう……?

 

「五反田さん!ニュースニュース!」

 

急に扉を開いて現れたのは、私と同じ生徒会役員の一人で、私の友達だった。

いったい何がニュースなんだろう……? と思っていたら、その娘はある種信じられないような話を始めた。

 

「今校門の所に銀色のコートを着た男の人が来てるんだけどさ!なんとそれがあの織斑一夏なんだよ!」

 

………………え?

 

呆然としている私を置いて、その娘は話を続ける。

 

「どうも誰かに呼ばれたみたいなんだけどね? チケットを確認しに行ったシスターが言うにはちゃんとチケット持ってたみたいで、誰が呼んだのか話題に……五反田さん?」

 

名前を呼ばれて思考の渦から抜け出す。

…………とりあえず、一夏さん。来るの早すぎです。

 

私は頭を抱えてしまう。これじゃあどう考えても目立っちゃう……こ、恋人とか思われちゃうかも……。

……既成事実って言葉はいい言葉だってお兄も言ってたけど………いいかも。

 

そうと決まったら迎えに……ああでも生徒会の仕事がまだ終わってない………一夏さんは鈴さんや箒さんみたいにしっかりした人が好みだと思うし……ああでもこうしている間にも一夏さんに声をかける人がいるかもしれないし………いやいや一夏さんがついていく筈が無いって言うことはわかるんだけどそれでも心配で………………。

 

……よし。できる限り早く仕事を終わらせて、そしてすぐに一夏さんを迎えに行こう。そうすれば一夏さんに声をかける人を駆逐することが………いやいや何を考えているの蘭!駆逐しちゃあ駄目でしょ!ただ一夏さんは私の者(誤字にあらず)だって見せつけるだけなんだから!とりあえず手を……いやいや手を繋ぐくらいじゃまだまだインパクトに欠けるから、とりあえず腕を組むくらいはしないと!それからクレープを食べたり学園中を二人で歩いて回って一夏さんにあーんで食べさせて一夏さんにあーんで食べさせてもらってちょっと失敗してほっぺにくっついたクリームを指で取ってもらって……一夏さんが舐めるの? それとも私が舐めるの? 舐めるって……一夏さんの指を? ………いいわね。このくらいしないと鈴さんや箒さん達には届かないと思うし……今はとりあえず仕事よ仕事。これはこうでこっちはこれで、ここをこうして……あ、誤字見つけた。後で訂正させとかなきゃ。これ書いたの先生だけど、間違いは間違いだもんね。なんだか周りがゆっくり動いている中で私だけが普段の倍速で動いているような感覚があるけど気にしない方向で行くわ。具体的には周りの早さがいつもの25分の1くらいで、私がいつもの2.2倍くらい? もうちょっと早いかもしれないけど、それはもうどうでもいいから早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くっ!

 

………あ、もう書類が無い。ってことはこれで仕事は放課後まで無いわね。それじゃあ早く行くわよ蘭!

 

私はまだゆっくりしている空間の中で、シスター達に見つからないように全速力で移動する。走ってないわよ? 跳ねてるの。校則違反じゃないわ。

生徒達の長である生徒会長が校則を犯すわけにはいかないものね。

でも校則に『敷地内で走ってはいけない』っていう記述はあっても、『敷地内で跳んではいけない』なんて言う記述は無いから……大丈夫大丈夫。

 

詭弁? 屁理屈? そう言うならシスター。あなた達の理論でこの私の言い分を論破して見せなさいよ。確かに校則には『跳ねてはいけない』とか『時速~キロメートル以上の速度を出してはいけない』なんて言う記述は無いわ。書いてないなら大丈夫なのよ。

常識的な行動をすることとは書いてあるけど、常識なんて人それぞれでずいぶん変わるからあてになんてならないし。

 

…………それ以前に、今の私を止められるとは思わないけれど。

 

 

 

校門が見えてきた。それと同時に一夏さんと、シスターが数人見える。

 

「なぜ早く来てはいけないのですか? そんなルールはどこにも無いはずですが」

「敷地内に部外者が入ることは禁止されて」

「ここはあなた達の学校の敷地内ではなく。校外です。校外であると言うことは、貴女方の決めた校則はこちら側には関係の無いことであり、私がどこに立っていようが文句を言う権利は貴女方にはありません。私は通行の邪魔になりましたか? 生徒や職員に被害がありましたか? 今の貴女方は、家の前にバス停があってそのバスのクラクションが五月蝿いからとバスの運転手に殴りかかるような方と変わりありません」

「し、しかし、」

「しかしなんですか? 男の癖に生意気だとでも? それとも教師の面子や下らない個人のプライドで引くに引けないとか? そんなものはさっさと捨てるべきだと思いますが? 教師としては、間違ったことをしたならすぐにそれを認め、そして次の機会に活かすと言うことを大切な生徒達に教えなければならないのでは無いでしょうか?」

「う……」

 

……一夏さんだなぁ……そう言えば昔もこうやっていろんな人を言いくるめたりしてたっけ……。

私も何度かこうやって正論で押し込まれて、詭弁と屁理屈を所々に混ぜ込まれてもそこを論破できずにさらに押し込まれて、そして最後にちょっと誉められたり持ち上げられたりしてうやむやにされちゃった人を見たことあるし……。

 

「……まあ、貴女は『怪しい人影がある』とか言う報告を確認しに来たんでしょう? そしてその場所に俺がいて、色々と話を聞こうとしたと」

「……はい」

「職務に真面目なのは良いことですが、猪突猛進は駄目です。もっと周りを見て、状況をしっかり確認してからやるようにしましょうね。何度も言いますが、職務に真面目なのは良いことです。私は色々言いましたが、貴女も貴方なりに生徒達のことを考えていたんですよね? それは実に正しいことです」

「……はい」

 

あ、一夏さんが纏めに入った。こうして『最低でも自分は悪くなく、そして相手は正義感からのちょっとした暴走をしてしまったために情状酌量の余地あり』で終わらせるつもりなのかな?

まあ、一夏さんらしいよね。いつもはあんなに可愛いのに、決める時は決める一夏さん………ああ、かっこいい……!

 

「……わぁ……なんか織斑一夏って想像以上にかっこいい……」

 

うんうん!一夏さんはかっこいいよね!

頭を下げたシスターにひらひらと片手を振って別れを告げた一夏さんは、またのんびりと校門に寄りかかって帽子をかぶり、腕を組んで固まってしまった。

 

……それじゃあ、もうすぐ学園祭も始まるし………誰かが一夏さんに声をかける前に私から行かないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り調べ、いやこれただの……

 

くすぐったくて目を覚ましたら、どうしてかちー姉さんに抱えられて取調室にいた。

なぜわかったかと言うと、前にもここには来たことがあるからだ。具体的にはちー姉さんのお仕置きの後とか、ちょっと前のキャノンボール・ファストの後とかで。

毎回あまりいい思いでは無いのでこの場所はあんまり好きじゃないんだが、まあ、あれだけのことがあったんだから仕方無いか。

 

……ところで、なんでちー姉さんの手が俺の服の中に入ってるんだ? すべすべしてるしあったかいからまあ悪くはないけど、これって取り調べだろ?

 

「ああそうだ。ほら一夏。知っていることをみんな話せ」

 

そう言ったちー姉さんの左手はペンを持って調書を取ろうとしているから、多分これはちー姉さんの趣味か新感覚の調書の取り方なんだろう。どっちかは知らないけど。

 

そう考えていたら、急にちー姉さんの右手が動いて俺の腹を撫で回した。ちょっとくすぐったい。

 

「話せって言われても……急に来た黒いISにかんちゃんと一緒にミサイルを浴びせかけたくらいしか……」

「よしよし、いい子だ一夏。その少し前はどうだ?」

 

するり、とちー姉さんの手が滑り、指先が臍を軽くつついて行った。

ちー姉さんはなんでかいつも、俺の腹を撫でる時はこうして臍にちょくちょくちょっかいを出していく。どうしてだろうな?

 

「んっ……その前は……ぷちーねえさんとぷちたばねーさんを撫でてて……そしてかんちゃんも……あぅっ!?」

 

なんだかちー姉さんの指に怒られた。臍に結構強く爪を押し付けられたし、俺の自前の耳を軽くかじられた。

それから噛まれた耳をちー姉さんに舐められる。その音はすごく近くて、なんだか音が直接脳まで響いているみたいだった。

 

「そうかそうか。それが一番始めの状態だな? あの時私は妙に気分が高揚して気持ちよかったのだが、まさか一夏の仕業だったとは………」

「……怒ってる?」

 

そう聞いてみると、ちー姉さんは俺の腹を優しく擦った。どうやら怒ってはいないらしい。

 

「さあ、続きを話せ。その後は、どうやってアリーナの中であの黒いISにミサイルを浴びせたんだ?」

 

……あの、ちー姉さん? もしかして、ちー姉さんは俺で楽しんでない? なんだか腹にあった手が少しずつ胸に近付いてきてるし………。

かぷ、と噛みつかれた。どうやらこの事は気にしてはいけないことだったらしい。痛くはないが、噛み痕に這うちー姉さんの舌とか何度も落ちてくる唇とかがくすぐったい。

そのくすぐったいのを我慢して、俺はちー姉さんの問いに答えようと口を開く。

 

「アリーナのバリアは零落白夜で切り開いて、俺達を狙っていたあの黒いISを誘き寄せて……」

「それから飽和攻撃を食らわせた、と。なるほどな」

 

そう言ってちー姉さんは調書を取っていた右手も俺に回して抱き締める。ってかこれもう確実に調書を取るのが目的じゃないよな? 調書から手離しちゃったし。

………だが悔しいことに、俺の体は動かない。ちー姉さんに色々………色……々? されたお陰でかなり疲れてる。そう言うのは普通ベッドの上とかそう言うのじゃないのか?

……まあ、ちー姉さんに常識は通用しないってことだな。うん。

 

かり、と耳を噛まれた。結構強く噛まれたが、痛くはない。普通の人間だったら結構痛がりそうだ。

 

「勝手に人を常識外れの人外にするな。馬鹿者……お仕置きだ」

 

にゅるん、と口の中にちー姉さんの右手の指が入ってきた。ちー姉さんの人差し指と中指は、俺の舌を好き勝手に弄んでいる。

喋ろうにも喋れない。呼吸は鼻でできるからまだいいとしても、取り調べで喋れなくするのは色々本末転倒じゃ……?

 

………ああ、そうか。ちー姉さんの狙いは始めからこうして『今回の無茶に関するお仕置き』をすることだったか。趣味がずいぶん混ざっているようにも思えるが、ちー姉さんだし仕方無い。理性的に一番やばい所だけは避けてくるのがちー姉さんだからなぁ……。

口の中で蠢く指が舌を絡め取り、ちー姉さんの指の太さの分だけ開いている口から唾液が溢れる。

しかしその唾液は顎から滴となって滴り落ちる寸前に、ちー姉さんに舐めとられてしまう。

 

………ちー姉さん? 理性とか倫理観とかをどこに置き忘れてきたの?

 

「小さい私を撫でて撫でて撫でて撫でて撫でて撫でて撫でて私を焦らして焦らして焦らして焦らして焦らして焦らして焦らして我慢を効かなくしたのは、他ならぬ一夏だろう?」

 

自業自得だったらしい。あーあ。

 

もしかしたら、俺はこのままこの場所でちー姉さんに美味しく頂かれてしまうのかもしれない。胸を弄っていた左手がまた少しずつ下に行ってるから、なんとなくそんな気がする。

 

………この世界の初めては、理性の箍が外れたちー姉さんかぁ……。まあ、一応想定の範囲内だな。無いと思ってたんだけど。

どちらかと言うと、束姉さんの方が我慢が効かないと思ってたんだけど、どうやら近い分ちー姉さんの方が先に限界を迎えてしまったようだ。

もうこれは笑うしかないな。あっはっはっはっはっはっはっはっはっは。

 

……って、おーいちー姉さん? 流石に学園内で生徒と教師がそれは不味いって。しかもここ取調室でカメラとか回ってるんだから。

 

「手は回してあるから安心しろ」

 

わぁ用意周到。計画的犯行だねぇ。

いつもなら俺と一緒にいる鈴やののちゃん達も今なら自分の取り調べで忙しいし、邪魔するものは誰もいない。その上この部屋は使用目的から完全防音。それをなんとかするためにカメラが回っていたんだが、こちらもシャットアウト。

極めつけに俺はちー姉さんに色々されていて、もう何をされても逃げられないと。

……いや、逃げようとすればできないことはないんだが、ちー姉さんに怪我させたりそれに近いことをするほど嫌じゃないから精神的にあんまり抵抗する気にもなれない。

 

………これでIS学園を退学になり、ちー姉さんもクビになったら……どうしようかねぇ………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭、楽しく回ろう

 

シスターを適当に言いくるめて少しして、蘭ちゃんがかなり近くにいるのがわかった。

目だけを動かして蘭ちゃんに視線を向けてみると、そこにはやっぱり蘭ちゃんの姿が。

 

だが、その姿は残念なことに俺を囲む生徒達の輪からそこそこ離れている。俺に近付いて来てはいるが、これは俺から近付いていった方がかなり早いな。

 

モーターギアを回して、とんと跳ねる。すると俺の体は軽々と浮き上がり、生徒の輪を飛び越えて蘭ちゃんの目の前に着地することができた。

俺は帽子を脱いで、蘭ちゃんに笑いかける。

 

「来たよ。蘭ちゃん」

「はい!ありがとうございます、一夏さん!」

 

蘭ちゃんは笑顔で頭を下げるが、どうもその笑顔は余所行きの物のような気配だ。別にいいけどね。

シルバースキンの手袋を外し、蘭ちゃんの頭を撫でてみる。すると仮面が取れたと言うべきか、鍍金が剥げたと言うべきか、見慣れた蘭ちゃんの顔になる。

まあ、蘭ちゃんは基本的に俺の前だと笑ってるか慌ててるか恥ずかしがってるか照れてるか……あと怒ってたり混乱してたりすることもあったな。とにかくそんな年相応の可愛らしいところを見せてくれるのが俺の一番よく知っている蘭ちゃんだからな。

 

「……あ……あの五反田さんが……」

「……笑っ………た…………?」

 

蘭ちゃんは学校ではどんなキャラだったんだろうか。凄く気になる。

まあ、蘭ちゃんがどんなキャラを作っていたとしても、俺にはあまり関係ないから別にいいけどね。

 

「あ……あの……」

 

急に話しかけられて少し驚いたり驚かなかったりしたが、とりあえず声の聞こえた方に顔を向ける。

どこかで聞いたことがある気がしたから視線を向けたんだが、聞き覚えがなかったら完全に無視してたかもしれないな。

 

……どこで聞いたんだっけ? 結構最近のような気がするんだけど………。

 

……ああそうだ。確か夏祭りで蘭ちゃんと一緒にいた生徒会の一人だ。今の今まで忘れてたけど。

 

「えっと……織斑一夏さん………ですよね?」

「そうだけどどうかした?」

 

俺がそう聞いてみると、なぜかその女の子は怯んでしまった。今はそんな怖い顔をしてた覚えはないんだけど……。

蘭ちゃんを撫でながら待っていると、その女の子はなんでかこんなことを聞いてきた。

 

「あの……蘭とはどんな関係なんですか……?」

 

………面白そうな答えを返すんだったら迷わず『色々《・・》あったんだよ』って言ってるんだろうけど、今回は別に面白い答えを求められてる訳じゃあ無いからなぁ……。

 

ここは普通に『友人の妹』って答えを

 

「……大切な人だよ。少なくとも俺にとってはね」

 

あっれえ口が勝手に事態を面白くなりそうな方向に転がしちゃった。

まあ、確かに間違いではない。確かに蘭ちゃんは大切な娘(恋愛的な意味は皆無。主に親友の妹とかそういった意味)だし、蘭ちゃんがどう思ってるかは知らないから『少なくとも俺にとっては』という言葉がついてもおかしいところは一つもない。

 

………なのに、どうして聞き耳をたてていた奴等は顔を真っ赤にしたり崩れ落ちたりしてるんだ?

 

「……い………一夏さん……? 恥ずかしくないんですか?」

「好きな相手に好きと言い、大切な相手にお前は大切だと言うのに何を恥じる必要がある? 好きな相手に好きと伝えることもできないなんて、そんな息苦しい人生は嫌だね」

「なんだか一夏さんがかっこいいこと言ってる!?」

「会長がツッコミ!?」

 

なんだかカオスなことになってきてるなぁ。面白いからいいけど。

 

俺は蘭ちゃんの手を引いて、色々と話をしている間に学園祭が始まったのを確認して校門を潜る。

聖マリアンヌ女学園は女子校なだけあって、出ている店も大抵クレープやたい焼きなどのお菓子系統ばかり。一部でたこ焼きを売っていた所もあったが、甘いものばかり食べていてしょっぱいものが食べたくなったらしい女の子達がちょこちょこと並んでは買っていっている。

 

ちなみに俺は弁当を持参していたりする。昼に長くなりそうな食堂やらカフェやらの列には並びたくないから、作って持ってきた。

量はそこそこだが、味は………IS学園の味に慣れているちー姉さんが無言でおかわりを催促するくらい。結構自信作だったりする。

一見すると持っていないように見えるが、実は一番外側のシルバースキンの内側にアンダーグラウンドサーチライトの入り口を作ってそこに保管している。こうすれば持ち運びも楽々。凄いね千の顔を持つ英雄。

 

同じようにしてシロの掌にアンダーグラウンドサーチライトの入り口を作って暗器使いの真似をしてみたり、犯罪に使おうとすれば窃盗強盗誘拐拉致監禁等々使い道は様々だ。

まあ、俺は主に手荷物の持ち運びと静かで安全な寝る場所を確保するためにばかり使っているが。

 

この中から取り出したと見せかけて千の顔を持つ英雄でリアルタイムで作ることもできる。

 

…………今はそんなことはどうでもいいな。それじゃあ、事件も何もない学園祭を楽しもうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭、楽しいねぇ

 

蘭ちゃんと手を繋いで聖マリアンヌ女学園を歩く。蘭ちゃんはなんだかいつも以上にご機嫌だ。

俺の奢りでクレープを食べたり、テニスボールをラケットで打って的に当てる射的を楽しんだりしている蘭ちゃんは、見ていて何となく微笑ましい。

 

……俺? 俺がやるのは不味いだろ。確実に荒らしになるだろうし。

やる以上は加減はしないし、加減しなかったらまず荒らしちゃうし。射的とか的当てとかそういった系統の事だったらほぼ確実にそうなるからな。

 

……加減しろと? そんな無茶な。

 

そんな風に俺は一歩下がって蘭ちゃんを眺めていたんだが、蘭ちゃんに手を引かれて学園祭を回っているうちになぜか俺を一歩下がって眺めている集団ができてしまった。

別に言いがかりをつけられたりはされていないから構わないんだが、やっぱりあまり好ましいとは思えないな。

それに、なんでか俺が蘭ちゃんの彼氏だとかそういった噂が流れてしまっているし、そろそろやめさせた方が……と言うか、巻いた方がいいかもしれない。

 

「……? 一夏さん? どうかしたんですか?」

 

俺の空気が少し変わったのを敏感に感じ取ったのか、蘭ちゃんが不思議そうな顔で俺のことを見上げてくる。

そんな蘭ちゃんの頭を撫でて、俺は答える。

 

「なに。ちょっと巻こうと思ってな。今の時間で人が少ないところと言えばここって所はある?」

「え、えっと………屋上とか、時計塔の最上階とか……?」

 

なるほど。人は少なさそうだ。

 

そうと決まれば話は早い。蘭ちゃんをひょいっとお姫様だっこして、モーターギアを回して文字通り飛ぶ。

校則では『敷地内では走らないこと』と言うのがあるが、飛んでいるから問題ない。実際に俺は走ってないし、校則で縛ることはできないだろう。

それに、ISも使っていないから法律的にも問題ない。千の顔を持つ英雄を禁止する法律なんて無いし。

 

「え、えぇぇぇっ!? と、飛んで………っ!?」

「しっかり掴まってなよ蘭ちゃん。じゃないと落ちるよ?」

 

そう言うと蘭ちゃんは俺の首にしっかりと手を回し、そして顔を真っ赤にしながら俺の胸に額を押し付けた。

顔どころか耳や首まで真っ赤になっている蘭ちゃんは、やっぱりかなり大人しかった。

 

 

 

人のいない時計塔の上で弁当箱を開く。近くには大きな鐘や歯車があったりするが、そんなことは別に気にはならない。

埃はネギま世界のアーティファクト『オソウジダイスキ』で纏めて掃いたから全く無いし、歯車とかに差されていた機械油が滴ってできたと思われる床のの染みなんかはマットを敷いて服が汚れないようにした。

俺と蘭ちゃんはそのマットの上に座り、いつもならまず見ることはないだろう景色を眺めながら俺が持ってきた弁当に箸をつける。

 

……一応言っておくと、箸はちゃんと二人分用意した。だからお約束の『あーん』はやっていない。

なんだか蘭ちゃんが残念そうな顔をしているのは、きっと気のせいじゃない。

 

まあ、それでも俺はあえてなにもしないんだけどさ。面倒だし。

 

あらかじめ弁当と一緒に用意しておいた小皿と箸を取り出し、蘭ちゃんに手渡す。

俺も同じものを持って二人で弁当箱を挟み、欲しいものを互いに欲しいだけ小皿に取る。

 

「簡単なものの寄せ集めで悪いね」

「いえ!すっごく美味しいです!」

「喜んでくれてなによりだよ」

 

自分が作った料理を美味しそうに食べてくれる相手がいるっていうのは、いいことだね。ちー姉さんや鈴達にも、また食べてもらいたいなぁ……。

 

「……ほんと、美味しいです!」

 

蘭ちゃんはにこにこ笑いながら弁当箱から取った唐揚げを食べている。前にののちゃんが作ってくれた唐揚げの改造版だけど、気に入ってくれたみたいでよかったよかった。ご飯と一緒に食べると美味いよね。

もぐもぐとしっかり何度も噛んで、とても美味しそうに食べてくれる。まったく、こんなに美味しそうに食べてくれると、作った者としてはかなり嬉しいねぇ……。

 

「まあ、唐揚げ以外にもいっぱい食べな。まだまだたくさんあるからさ」

「はい!」

 

蘭ちゃんはそう言ってもきゅもきゅと食べる速度を上げる。けれどその箸捌きは見事なもので、こぼしたりとかそういったことは一切無い。流石は定食屋の娘ってことで……いいのかな?

 

…………ん? 誰か来るな。ここの教師かな? ここに来る時にシルバースキンは使ってたけど、シルバーカーテンは使ってなかったし。バレても仕方無いっちゃ仕方無い。

……それじゃあちょっといたずらしようか。俺は寝るのが大好きだけど、人をからかったりするのも好きだからな。

弁当箱から卵焼きを取って、蘭ちゃんの口に運んでみる。蘭ちゃんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていて……うん、可愛いね。

 

「あ、あの……一夏さん……?」

「あーん」

「恥ずかしいですよぉ……」

「いいから。はい、あーん」

 

外の誰かが扉の影から俺と蘭ちゃんを見ていることには気付いていたが、それに見せ付けるようにして……ぱくっと食べさせる。

扉の向こうで誰かさん達が声無き悲鳴を上げたようだが、俺はそれを無視して蘭ちゃんに食べさせたはいいが口に入りきらずに箸に残ってしまったところを食べる。

 

「―――ッ!?!?」

 

するとなぜか蘭ちゃんがかなりびっくりしてしまっている。何があったんだろうな?

シルバースキンの中のアンダーグラウンドサーチライトから、麦茶の入った水筒を取り出して蘭ちゃんの口許まで運んであげる。すると蘭ちゃんはすぐにその水筒のコップに口をつけて、一気に麦茶を飲み干した。

 

……さてさて。どんな噂が立つのか……蘭ちゃんには悪いけど、ちょっと楽しみかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園祭、おしまい

 

色々と蘭ちゃんをからかったりしながら学園祭を回り、明日からはかなり蘭ちゃんのイメージが変わるだろうな~と思いながらもそんなことは表に出さないようにしておいた。その方が面白そうだったしね。

それと、俺は結局色々な所で荒らしのようなことをやってしまった。

蘭ちゃんに誘われたり、呼び子をしていた生徒達に『是非!』と言われてしまったので参加したんだが……やっぱりやめとくべきだった。

テニスだったはずがテニヌになってしまったり、輪ゴム鉄砲を無意識に強化してしまい、威力その他が酷いことになったまま射的を楽しんだり、なぜかまたついて回るようになった中の数名が俺と蘭ちゃんの顔を見ただけで妙に恥ずかしそうに顔を赤くしていたりしたが………きっと俺の悪戯とは関係無い。

 

まあ、色々あったが楽しかった。やっぱり聖マリアンヌ女学園はIS学園とはずいぶん違ったが、これはこれで面白い。

ただ、不純異性交遊だのなんだのと言われるのが鬱陶しかったな。手を繋いで歩いてただけだってのに、なんでこれが不純異性交遊になるのかがわからない。これが不純異性交遊だって言うんなら、純異性交遊ってのはどんなものかを教えてもらいたいもんだ。

……教えてもらったとして、それを実行するかどうかはまた別の話だけど。完全に実行したら多分人間は滅びるだろうし。

 

「今日は、来てくださってありがとうございます」

 

蘭ちゃんが俺にぺこりと頭を下げた。

 

「いやいや。楽しかったし来れてよかったよ」

 

俺はそんな蘭ちゃんの頭を撫でて、楽しんだことを告げる。特に意味がある訳じゃないが、俺は頭を撫でられるのは好きだが撫でるのも嫌いではないと言うだけのことだ。

蘭ちゃんの柔らかい髪を撫でる。蘭ちゃんの髪はまるで流れる水の中に指を入れているようなしなやかさと柔らかさを持っていた。

……やっぱり、蘭ちゃんの髪は気持ちがいいね。

 

「あ……」

 

すっ、と蘭ちゃんの頭から手をどかすと、蘭ちゃんが残念そうな物欲しそうな声をあげる。なんと言うか、かなり可愛らしい。

 

「まあ、また今度ね」

「……はい」

 

蘭ちゃんは寂しそうに笑顔を浮かべ、それからちょっと恥ずかしそうに俯いた。

 

「あ……あの………」

「ん?」

 

もじもじと指を動かしながら言葉を選んでいる蘭ちゃんは、弾が見たら笑いながら俺に推してくることが簡単に予想できるくらい可愛らしかった。どうしてこの世界の妹キャラは(原作のマゾカは除くとして)みんな可愛いんだろうな? かんちゃんしかり、蘭ちゃんしかり、ののちゃんしかり……。

 

暫く待っていると、蘭ちゃんは何かを決心したらしく俺の顔を下から見上げる。

それから俺の右手を取って下に引っ張り、自分も背伸びをして―――

 

俺の頬に、柔らかいものが当たった。

 

蘭ちゃんは顔を真っ赤にしてしまったが、俺としてはなんと言うか……かんちゃんに続いて蘭ちゃんも大胆になったなぁ……と思うばかり。弾や蓮さんに伝えたら赤飯でも炊きそうだ。

 

「そっ……その、ま、ま……またっ!」

 

蘭ちゃんはそれだけ言い残して、学校の中に走り込んでいってしまった。

 

……色々言われると思うけど、頑張れ蘭ちゃん。俺はそんなちょっと隙の多い蘭ちゃんを応援してる。

 

……それにしても、あれ以降はマゾカやちょろータムの襲撃は無かったな。シルバースキンを着てたのが無駄になったが………まあ、平和なのが一番か。

 

俺はてくてくと歩いてIS学園に向かう。ちー姉さんに取り調べ(あくまでも取り調べということにしておく)を受けている俺には悪いが、休むのは暫く後になりそうだ。

お土産とかも買っていかなくちゃならないし。マフィンとかそう言うのでいいよな。

いや、自分で作るか。それじゃあ材料は………千の顔を持つ英雄で作ればいいか。粉は空中に撒いて火をつければ凄い爆発を起こすから武器だし、砂糖や塩は大きな結晶にして指弾にすれば痛いから武器。その他果物も秒速200mでぶつけりゃ痛い。武器武器。

 

……屁理屈だと言うかもしれないが、その屁理屈が通っちゃってるんだから仕方無い。千の顔を持つ英雄は本当に便利だな。

 

 

 

 

 

side 五反田 蘭

 

生徒会室に戻った私は、凄まじい勢いで襲いかかってくる質問の嵐を―――

 

「はいそれじゃあ質問あるなら仕事を片付けてからね。次はこれをお願い」

「くぅ……やったら正直に答えるのね!?」

「もちろん。でも、あんまり踏みいった質問には答えないわよ?」

「言質は取ったからね!」

 

―――こうやって受け流していた。

ちなみに今のところ聞かれたことは、一夏さんとの関係(恋人ではないと答えておいた)、一夏さんの好みのタイプ(一夏さん流の殺す笑みで見つめ続けたら泣きながら撤回してきたので答えていない)、好きな食べ物(基本的に何でも美味しく食べる。けどこれといった好きなものは知らない)、生年月日(プライベートな情報だから答えていない。星座や血液型も同じく)、知り合った方法(兄の学園祭に行った時に一緒に)。

 

……ほんと、こういうときの皆って押しが強くて困るね。

………なに? 妙に落ち着いて見えるって?

……種明かしをすると、人を言いくるめるときの一夏さんの真似をしている私を表面に出しているだけ。私の中では小さな私達がわーわーと話し合いにもなっていない意見の主張と暴走と悶絶を繰り返していたりする。

それを表に出さないで済むって言うのは生徒会長としてはいいことだから重宝しているけれど、どうしてこんなことができるようになったのかな?

 

『ぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅ…………』

 

そこ、五月蝿い。鬱陶しいから悶えてないで。

 

『……ちゅって……ちゅってぇ………っ!』

 

はいはい嬉しいねそれはわかるよ? でも今は仕事ができなくなるから黙ってて。

 

『やわらかかったなぁ……あったかかったなぁ……うふふふふふ…………♪』

『しっとりだった……すべすべだった……』

『はぅあ~~~………』

 

………どうして私はこんなに内側と外側を違う状態にできるんだろう……? もしかして、お兄みたいに一夏さんへの愛情の力で常識崩壊したのかな?

外側が一夏さんの真似で、内側をほんとの私にして………多分だけど、こういうのって誰でもできることじゃ無いよね?

 

……つまり、私もようやくお兄と同じ‘常識外れ’の域になったんだね。

お兄は超高水準の万能型。箒さんは気配察知特化型。鈴さんは勘に特化しすぎてて、シャルロットさんは幸運特化。ラウラさんは高水準万能型。セシリアさんは頭脳特化で簪さんは大局を見ることに長ける。

 

…………じゃあ、私はどうなんだろう?

 

そう思いながら仕事と後始末を片付けて、時々仕事を一区切り分終わらせて質問に来る娘達を適当にあしらう。

 

………まあ、いいや。また今度考えよう。

 

 

 

 



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181~190

 

 

用事ができた、面倒臭そう

 

俺はIS学園の俺の部屋に戻る。するとそこには疲れきったような顔をした俺が居たが、仕方無いとスルーした。

ちー姉さんにあんなことまでされて、しかも逃げられないってのはきつかったろうな。

 

内容? 色々不味いから秘密だ。ちー姉さんの名誉のためにも、俺の心の安寧のためにも………うん。

 

俺も疲れたのでそろそろ寝ようかと思っていたんだが、急にシロにプライベート・チャネルの通信が入った。

相手は誰だと思いつつ見てみると、『さいれんと☆ぜふぃるす』からの通信だと空中投影型パネルに出ていた。なんだ、マゾカか。

 

「……コノ電話ハ 現在 使ワレテオリマセン。モウ一度 番号ヲオ確カメニナッテ オ掛ケ直シクダサイ」

『む……間違えたか………』

 

ぷつっ、とプライベート・チャネルが切れる音がして、マゾカからの声が届かなくなった。

……なんか、悪いことしたかな~と思っていると、もう一度シロにプライベート・チャネルが来る。やはり送信者は『さいれんと☆ぜふぃるす』。つまりはマゾカだ。

 

『はいはいこちら織斑一夏』

『私だ』

『綿試《わたし》さん? 知らない名前ですねぇ』

『ふざけるな!私だ!織斑マゾカだ!』

 

自称でマゾカ使っちゃったよこの娘さん。楽しすぎるんだが。

 

『ああ、なんだマゾカか。ちょろータムは元気?』

『ああ。今日も元気に叫んでいる』

 

まあ、知ってるけど。それ俺だし。

 

『ところで何の用だ? 俺はこれから泥のように寝る予定だったんだが』

『ああ、そうだった。まともな方法でお前に連絡を取れるのが私だけだったから私が言うのだが………すぐに私達のいるホテルに来てくれないか? スコールが話し合いと観察と人間性を見ついでに高級ディナーを奢ってくれるそうだ』

『思いっきり狙いをぶちまけてるんだが、良いのか?』

『構わないそうだ。どうせお前が相手ならバレるだろうと言っていたしな』

 

……俺ってどこまで化物扱いされてるんだろうな? 俺はただ寝たいだけなんだが………。

まあ、やろうとすればわからないとは言わないが、ルリヲヘッドを被せるとか、いどのえにっきを使っている状態で相手の名前を(鬼神の童謡でカンニングしながら)呼ぶとか、そんなことをしなくちゃいけないからあんまりやりたくない。

 

『めんどいから行きたくないんだけど』

『来たら直接ちょろータムを好きなだけからかっていいそうだ』

『行く。どこのホテルだっけ?』

 

聞いてみるとそこは新聞部二年の升寿司《ますずし》さんのお姉さんとやらが俺達にインタビューの報酬として渡すつもりだったらしいチケットのホテルだった。行く気は欠片もなかったけど、一応パンフレットは見といたからそのくらいはわかる。

 

『わかった、それじゃあ五分ちょっとで行くから待っててくれ』

『私達はホテルの前にいる。ISで来るのは構わないが、飛び越していってくれるなよ』

 

それだけ残してマゾカからのプライベート・チャネルは切れる。

さてと。寝巻きに着替えるのは後だ。そこそこまともなスーツに着替えるか。

 

 

 

 

 

side ちょろータム

 

「いい加減にしろゴル゛ァ゛!誰がちょろータムだ!なんでここで私なんだよ!? 普通に考えてここはMだろうがぁぁっ!!」

「いい加減にするのはお前だちょろータム。周りからの視線が突き刺さっているのがわからないのかちょろータム。だからお前はちょろータムなのだちょろータム。わかったかちょろータム。こんなに視線が突き刺さっているのにも気付けないようでは戦闘員を廃業した方がいいのではないかと思うのだが、ちょろータムはどう思う? と言うか、ちょろータムは本当は気付いていて叫んでいたんだろう? 周囲からの視線が槍のように突き刺さってくるのが嬉しくてたまらないのだろう? 流石はちょろータム。エムさんと呼ばれるだけのことはあるな。どうしたちょろータム。それともエムさんと呼ばれた方が興奮するか? そのようだな。頬が朱色に染まっているぞエムさん。だが今度からはちょろータムだ。わざわざわたしがちょろータムを喜ばせてやる意味がわからないからな。ちょろータムはちょろータムらしく、ちょろちょろと地を這い回っていろ。この淫猥ちょろータムが。飼い毒蜘蛛に手を噛まれて死ね」

「そうだそうだー」

「うるっせえんだよてめえらは!なんでお前らそんなに息が合ってんだよ!? 双子か!」

 

ちょろータムはだんだんと地団駄を踏み、マゾカと一夏の二人を指差しながら怒鳴りつける。

指差された二人は不思議そうに顔を見合わせ、口を揃えて言った。

 

「「相手がちょろータムだからな」」

「理由になってねえんだよぉぉぉぉぉっ!!!」

「はいはい。マドカもあまりこの娘をからかわないの」

「……チッ」

「す……すこぉるぅ……」

 

スコールはしくしくと泣きながら胸元に顔を埋めてくるちょろータムの頭を優しく撫で、それから僅かに緩んだ顔を引き締め……ようとして失敗し、その失敗に気付いていて無視しながらマゾカに顔を向ける。

 

「……それで、彼はなんて言っていたの?」

「……ISを使うのかあの空飛ぶ鎧を使うのかは知らんが、五分で来るそうだ」

「……そう」

「そうだよ」

 

…………ん? とおかしいと言うことに気付いたのはほぼ同時。すぐさまその声の聞こえた方向に目をやると、そこには真っ黒いスーツに身を包んだ一夏が立っていた。

 

「いつの間に……」

「さっき掛け合いしたのに気付いてなかったんだな?」

 

からからと笑う一夏に、マゾカが眉を潜めて問う。

 

「五分後に来ると言う話だったが……」

「ああ、俺は五分前行動主義者なんだ。時によって主義がころころ変わるけど」

 

そんなことを楽しそうにのたまう一夏だったが、その場にいる見知らぬ女に気付くと、何かを奥深くに隠している束のような笑顔を浮かべて言った。

 

「一応、初めまして。亡国機業《ファントム・タスク》のスコーンさん」

「美味しそうな名前ね。でも私のことは違う名前で呼んでくれると嬉しいわ。織斑一夏くん」

「じゃあ大雨さん」

「……それでいいわ」

 

なんとも締まらないこの出会いが、亡国機業のスコールと、後に人外筆頭と恐れられる織斑一夏の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い話と、美味い飯

 

大雨さんに連れられ、マゾカに手を引かれ、ちょろータムに後ろから睨み付けられながらホテルの展望レストランへ。一応この為だけにスーツを来てきたわけだし、食べるんだったら美味いものを食べたいよな。

 

あと、どうやら俺達は家族連れか俺のハーレム状態の二択に見えるらしく、微笑ましく眺められるか射殺すような目で見られるかで少し面倒だと思った。

まあ、悪意まみれの目を向けられるのは慣れてるし、別にいいけど。

 

「……なあ。さっきからお前を睨み付けていた奴等が急に喉を抑えて苦しみ始めたのだが」

「急にゾナハったりしたんじゃないの? ドイツではラルちゃんのISに妙な改造をしたり、ちー姉さんを真似するシステムを研究していたところに『苦しめ~苦しめ~』と呪いを送ったら全員ゾナハったらしいし」

「あら、あれの原因は一夏くんだったの?」

「呪ったら『偶然』ゾナハがそこで蔓延しただけだよ。俺は悪くないし、何も知らない」

 

そう、全ては『偶然』だ。例え銀の煙がその研究所を被うのが見られていようが、それと同じものが寮の俺の部屋から飛び出していくところを見られていようが、俺は知らないしやってない。だから関係ない。

 

「……そういうことにしておくわ」

「賢明な判断だと思うよ」

 

 

 

そんな風にくだらない話をしている間にレストランに………と思ったら、着いたのはなんだか奇妙なほど高そうな服屋だった。どうやらここでマゾカとちょろータムの服を買うらしい。

先に買っとけと思わなくもないが、どうやら俺がマゾカとちょろータムに似合いそうな服を選ばなくちゃいけないらしい。

……中身はともかく、外身はかなり良いんだから適当でもいいと思うんだけど?

 

「まあまあ。そう言わないで選んであげて? 意外かもしれないけど、この子達は結構楽しみに」

「してねえ!絶対にしてねえ!」

「顔が赤いぞ、ちょろータム」

「目が腐ってんじゃねえのかてめえ」

 

ぎゃんぎゃんと騒いでいる仲のいい二人に合った服を適当に見繕う。わざわざ俺が作る気にはならないし、適当にそこらにあるのでいいだろ。最大限ぶっちゃけると面倒だし。

まあ、食うのに邪魔にならない程度に洒落てる奴で、値段的にも手頃な奴を………これとこれでいいや。

 

適当に見ていた中にあった黒いドレスと藍色のドレスを選んで大雨さんに渡す。大雨さんは自分のを持ってるだろうし、とりあえず大雨さんの物欲しげな目は軽くスルー。

 

……って、なんで俺はこいつらの服を選んでやってるんだ? 俺が選んでやる必要は全く無いだろうに。

 

…………まあ、いいか。

 

「そう言えば、今フランスとイタリアが何か企んでるらしいわよ? 私達に秘密裏に接触しようとして来たもの」

「ああ、一応知ってる。ののちゃんの身柄の話だろ? 一応潰しておいたはずだけど」

「やっぱりね。急にキャンセルされたから結構驚いてたのよ?」

「あっそ。ところで、そんな話をここでしていいのか?」

「大丈夫よ。問題ないわ」

 

そう言われると問題があるように聞こえてしまう俺がいる。

まあ、実際には問題ないんだろうし、問題があったとしても無くなるけど。正確には無くすけど。

 

「ちなみに、俺のところに攻めて来るんだったら相応の準備をしとかないと無様に惨めに敗北して生き恥を曝す……ことすらできずにちー姉さん達に拷問紛いの事をされてから束姉さんの発明品で頭の中の情報だけ引っこ抜いてコンクリ詰めにされて魚の餌にされると思うから」

「……肝に命じておくわ。まだ私は死にたくはないし、あの娘も死なせたくないもの」

 

大雨さんは反応を苦笑いに止めたが、内側ではどうやら更なる戦力増強ををすることを決めたらしい。

まったく、弾に比べてなんとわかりやすいことか。これで組織の偉いさんだって言うんだから、世も末だよな。世紀末まではあと90年くらいあるけど。

 

「……着替えが終わったみたいよ?」

「そうだな」

 

試着室から出てきたマゾカとちょろータムは、俺が選んだドレスを見事に着こなしていた。

これが鈴とかののちゃんとかだったら素直に誉めるところだが………相手がマゾカとちょろータムじゃなぁ……。

まあ、一応元がいいから似合わないわけじゃないし、誉めてやってもいいんだが……ちょろータムは色々騒ぎそうだから無視しよう。

 

「似合ってると思うぞ」

「そうか」

「おいおいエム。顔がにやけて」

 

からかいの言葉を受けたマゾカがちょろータムの足を払い、肩から頭の上を通して顎と膝の少し上を掴んだ。

そしてそのまま、ちょろータムの体を頭の上で弓なりに反らす。

そう、その技こそとある王朝に代々伝わる伝統の技。

 

「タワー・ブリッジ!」

「おげぇぇぇっ!?」

 

ミシミシギシギシとちょろータムの背骨が悲鳴を上げる。まったく。この二人は……。

 

「本当に仲がいいな」

「ええ。そうね」

 

どうやら大雨さんも俺と同じ意見だったようで、そんな二人の掛け合いを暖かい目で見守っている。

……そろそろ食べに行かないか? これでも結構気を張ってるから疲れるし、腹も減るんだが……。

 

そう思ってみたんだが、大雨さんからはなんの反応も返ってこない。

そう言えば、読心術は固有スキルだったな。あまりにも当然のように使われていたから忘れかけてたよ。

 

「そろそろ行かないか?」

「そうね。行きましょうか……ああ、代金はいつもの所にね」

「はい、ミス・ミューゼル」

 

ようやくか。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!?」

「鳴け!喚け!貴様の悲鳴は実に心地いい!!」

 

…………そろそろふざけてないで止めるべきか、それとも未来の敵がここで消えてくれることを期待して止めないでおくか……。

 

……まあ、一応止めておくべきか。これでもこれから一緒に食事するわけだし。

 

ゴギッ!!

 

「ごふっ!?」

 

…………少しばかり遅かったか。まあ、冥福くらいは祈ってやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漸く本番、高級ディナー

 

ホテルで通されたのは明らかにVIPな席。景色は綺麗だしサービスも行き届いている。行き届きすぎて、もはや鬱陶しいくらいだ。

庶民的な俺には合わないな。多分今回が最後でもう二度と来ない。

 

……まあ、料理には一切問題は無い。それは確かだ。

 

「……あまり楽しくは無さそうね? そんなに私達との食事は楽しくない?」

「いや、堅っ苦しいのは苦手だからここには多分もう来ないなと」

 

なんでか大雨さんの内側の顔がひきつった。失礼なことを言ってるのはわかっているが、仕方ないだろう。これが俺の本心だ。

まあ、前述の通り料理に文句はない。これは完全に俺の気分の問題だ。直せと言われても多分無理だ。やる気も起きないし。

それに、大雨さんにも悪いところは無い。原因は完全に俺にあるし、そもそも俺には文句はない。

 

もきゅもきゅと出された料理を食べ、その合間に時折談笑する。そう言うのも悪くはないが、なんと言うか………性に合わない。

ついでにここで驚いたのは意外や意外、ちょろータムがテーブルマナーを一通り身に付けていた事だ。

あまりにも意外すぎてマゾカにちょろータムは頭でもぶつけてきたのかと聞いてしまった。ちょっと酷かったと思わなくもない。

 

……いつものがあれだから仕方無いと思ってくれると俺はちょっと喜んだり。

 

「……ところで、織斑一夏」

「なんだ? 織斑マゾカ」

「お前のISはどんな機体なのだ? 最初は衝撃砲とレーザーを減衰させる特殊武装を使った中距離戦。次は剣と唯一仕様を使った高速戦闘。さらにその次はミサイルを雨のように降らせ、荷電粒子砲で隙をつく遠距離型。しかもどれもこれもかなりの高水準で纏まっている」

 

どうやら俺のIS……つまりシロは、随分化物のような性能だと思われているらしい。実にその通りだが、心外だ。

実際はただひたすら速く、それだけを目指して作られたというあまりにも尖りすぎた機体性能なんだが………まあ、戦い方からはわかんないよな。

隠す気は全く無いって言うのに、いつの間にかこうして内容が謎に包まれてしまっている。

 

……なんとなく中二心が刺激される響きだよな。謎に包まれた白の剣士。それを扱えるのは俺だけで……まったく。実に馬鹿馬鹿しい。俺が言うのもあれだが、厨臭いったらありゃしない。

 

「細かいことは秘密にしとくけど、シロを最大限に使いこなそうとしたら近接型になる。元々速度関係に気違いじみてるほど特化した機体だからな」

「……そう言えば、それもだ。あの装甲の無い状態がお前の切り札だろう?」

「…………実はまだ上があるって言ったらどうする?」

「……笑えない冗談だ」

 

マジなんだか、冗談ってことにしておこうか。油断させるには色々話しすぎたが、もともとこいつらはもう戦闘時には油断してくれないだろうし、別にいいや。

俺は困らないし。

 

「とにかく、シロの製作においてもっとも重要視されたのは速度系統だな。それに合わせて機動力やらPICやらもずいぶん強化されてるんだと」

「………それであの凄まじいまでの加速と機動か。なるほど……」

 

こんな場所だって言うのに、色気の無い話だなぁ……。

ちょろータムはちょろータムで不機嫌そうな顔を上手く隠しきれずにほんの少しだけ出して無言で食事しているし、大雨さんは大雨さんでそんなちょろータムを眺めてにこにこしたり、マゾカを見てにこにこしたりと忙しそうだ。

あの笑顔の裏に何を隠しているのかは知らないが、よっぽどチートじゃないと俺を殺すのは難しいぞ?

 

……まあ、異世界からの転生者が相手だったらちょっとした能力だけで死ねるけど。

 

 

 

食事の最後に出てきたデザートを食べ、この奇妙な晩餐会はお開きになる。

俺と大雨さん達は敵対組織の人間だって言うのに、かなりゆったりとした時間を過ごすことができた。

 

「今日は楽しかったわ。またいつか会いましょうね?」

「できればお互いに立場を気にしないで会うことができる時期がいいね」

 

大雨さんは裏に何が隠れているかわからない暗殺者の笑みを浮かべ、俺も同じように笑顔を浮かべてそれを受け流す。

 

「…………次は殺す」

「やれるならやってみろ、ちょろータム」

「私をその名前で呼ぶなっつってんだろうが!」

 

ちょろータムはやっぱりちょろータムで、殺意が丸出しだ。

だからその殺意の矛先を言葉で鈍らせながら反応を楽しむ。やっぱりからかうのにはうってつけの相手だ。

 

「五反田食堂のおすすめメニューを教えてくれ」

「……気に入ったのか?」

「ああ。あそこの食事は実に美味い。さあ、早く教えろ」

 

……まったく。空気を読めない奴だな。シリアスはあんまり得意じゃないから構わないが。

 

「とりあえず業火野菜炒めだな。後は本人の味覚がわからないからすすめられない」

「そうか」

 

マゾカはちょっと残念そうだが、俺の好みとマゾカの好みが一致しているとは限らないから仕方無い。

 

……さてと。帰るかね。

 

大雨さんとちょろータムとマゾカの三人に背を向けて歩き出す。そこそこ離れたら一度全身をシルバーカーテンで被って発信器やら盗聴器やらをいかれさせてからヘルメスドライブを使って転移するつもりだ。

……まあ、ついていないと思うが、一応な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中止と言ったな。あれは嘘だ

 

「……と言うわけで、中止になっちゃったタッグトーナメントを開催したいと思います!」

 

…………なにが『と言うわけ』なのかはわからないが、たっちゃんの号令で一度中止になったはずのそれがまた始まることになってしまった。

どうやったのか俺とかんちゃんのジェノサイドサーカスでかなりの割合の床が吹き飛んでいたのを修復し、何度も何度も何度も何度も流れミサイルの爆風と衝撃に曝されてズタズタになったアリーナのシールドバリア発生装置を綺麗に修理し、ちー姉さんや真耶先生を始めとする教師陣に許可を取り、上手くこれから先の予定を組み直してしまった。すごいなたっちゃん。

なにがたっちゃんをそこまで駆り立てるのかは知らないが、面倒なことをしてくれたもんだと心の底から思う。

 

まあ、やるからには頑張るけど。かんちゃんもやる気だし、面倒だけど仕方がない。

 

………ちなみに、俺はジェノサイドサーカスを使用禁止になった。そろそろそうなるんじゃないかと思ってたが、予想以上に早かったな。

束姉さんの襲撃が無ければ、タッグトーナメント一回戦までは使えたと思うんだが………まあ、いいや。禁止されたのは俺だけでかんちゃんは禁止されてないし、非公式の戦闘では使えるし。

 

……念押しはしたから大丈夫。「『俺は』禁止なんだな?」と何度もしたから問題ない。そして、中止になったらなったでそれも俺にとっては問題じゃない。寝る時間が増えるし。

 

「が……頑張ろうね……!」

「そうだね、かんちゃん」

 

……でも、かんちゃんはやる気満々だなぁ………。

 

 

 

一回戦の相手はののちゃんとたっちゃんの二人組。対戦表を見てみるとそうなっている。

たっちゃんはIS戦闘があんまり強くないようなイメージがあるけど、ののちゃんは確実に強敵だ。とは言えたっちゃんも放っておいていいほど弱い訳じゃないし、困るよなぁ……。

 

ここはかんちゃんにたっちゃんの相手をしてもらって、俺が(似非ライオットを使わない)全速力でののちゃんを叩いた後に、かんちゃんと二人でたっちゃんを叩くか、もしくはその逆をするしかないな。

やるとしたらかんちゃんはどっちがいいんだろうか?

 

「お姉ちゃんとがいい……対等の位置に立てる、チャンスだから……」

「いいよー」

 

それじゃあ俺はののちゃんを相手しないとな。あの無限エネルギーを0にするには零落白夜か弐の太刀が必要だから、シールドエネルギーはそれ以外では減らせないなぁ……。

……全身からビームとかされたら、こっちは斬空閃弐の太刀か斬魔剣弐の太刀等の飛び道具を使うしか無くなるんだが………まあ、その時はその時だ。そうなった時に考えよう。

 

そうして俺とかんちゃんはアリーナに向かって飛んでいく。ののちゃん達はもう来ている筈だし、入ったらすぐに戦闘開始かね?

 

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

楯無さんの体が、私の腕の中で震えている。その姿はいつもの飄々としたものでも悪巧みをしている時のものでもなく、年端もいかぬ幼子がお化けが出るぞと脅かされて怖がっているのと同じように、心の底から恐怖している姿だった。

顔は青ざめ、カチカチと歯がぶつかり合う音を立てている。

 

……まあ、無理もない。いつもおちゃらけているように見えるこの人は、あの時に一夏に強烈なトラウマを植え付けられているのだから。

そのせいで今も、アイアンクローをする形で眼前に右手を翳されるとガタガタと震え、ただただ『ごめんなさい』という言葉を繰り返すようになってしまっている。

むしろそれを簪の前では見せないようにしていたと言う所には尊敬の念を抱いてしまう。妹にカッコ悪いところを見せまいとするシスコンと言うものは凄まじいな。

……姉さんもきっと同じなのだろうな。姉さんは駄目な所も結構見せてくれるが、一番おかしな所は意識的に見せまいとしているようだし。

 

そんな楯無さんの体を抱き締め、優しく頭を撫でる。

 

「……大丈夫です。楯無さん……大丈夫ですから………」

 

実際、一夏は殺しに来たりはしないだろうし、残りのシールドエネルギーが1の状態で零落白夜を使って来ることもしないだろう。

絶対防御の操縦者生命危険域に入って気絶させるようなこともないだろうし、禁止されたジェノサイドサーカスと言うミサイルの雨を降らすこともしない筈だ。

 

その事は楯無さんもわかっているのだろう。しかし、それでも楯無さんの体の震えは止まらない。

 

「確かに一夏は強いです。私達では本気を出した一夏が相手なら、その影を認識することすらできずに敗北を喫するでしょう。…………そんなことは、楯無さんだってわかっていたことでしょう?」

 

楯無さんはなにも言わない。しかし、私の話を聞いているのはわかるため、私は楯無さんを撫でながら言葉を続ける。

 

「………そして、それをわかっていながらも一夏と戦い、トラウマを乗り越えたいと願い、この大会を復活させたのは……他でもない楯無さんです」

 

……ほんの少しずつだが、楯無さんの震えが収まってきた。

いまだにカチカチと歯が合わさる音は聞こえるし、体の震えも止まっていない。

しかしそれでも少しずつ震えは小さくなっていく。

 

「……一夏の恐怖を乗り越えて、簪となんら隠すことなく話をするのでしょう?」

「…………ええ」

 

すっ、と、楯無さんの体が私から離れていく。その体はまだ僅かに震えているし、その顔にはいつもの笑顔は浮かんでいない。

しかし、その目にはしっかりとした闘志が芽生えているのが見てとれた。

 

「……ありがとうね。箒ちゃん」

「いえ、構いませんよ。女性の胸は抱き締めている相手の涙を隠すためにあるそうですから」

 

……一夏と姉さんが作ったらしいゲームの言葉だがな。

 

そう言ってみると、楯無さんはいつもとは遠いが笑顔とわかる表情を浮かべ、ISスーツに包まれた自分の胸を指差した。

 

「それじゃあ、箒ちゃんも辛くなったら泣いてみる?」

「そうですね。タイミングが合ったらお願いしましょうか」

 

私達は声をあげて笑った。

 

………それでは、行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッグマッチ、一回戦

 

アリーナに飛び出した俺とかんちゃんは、どうやら作戦通りに行くのは難しいようだと言うことを瞬時に悟った。

それと言うのも、たっちゃんは明らかに俺の事を狙っているからだ。

 

『……仕方ないから、かんちゃんのは今度の週一バトルでお願いできる? かんちゃんのことを見ていないたっちゃんを倒しても意味ないだろ?』

『………………うん』

 

かんちゃんは一応うなずいてくれたが、やっぱりどこか不機嫌そうだ。

まあ、確かに俺の週一訓練にあわせて訓練をしていると、なかなかたっちゃんと都合が合うときは無いよな。

 

……それに、たっちゃん自身もこういうときじゃないと本気で戦ってくれなさそうだし。

本気でたっちゃんが戦ったら殲滅力はかなり高かったはずだし、油断はできないな。

 

『……じゃあ、頑張ろう……?』

『そうだね』

 

 

 

 

 

side 更識 簪

 

私は、お姉ちゃんと並び立てるようになりたかった。だからこのトーナメントは、私とお姉ちゃんがどれだけ離れてしまったのか、もしくはどれだけ近付いたのかを確かめるのにちょうどいい舞台だと思っていた。

……けれど、お姉ちゃんが見ているのは一夏だった。私もここにいるのに、一夏しか見ていないと言うことが明らかにわかる。

 

……考えてみると、お姉ちゃんは一夏に何度も負けている。あの全校朝礼の時もそうだし、その後にあったらしい生徒会室での話し合いでもそうだったと本音が言っていた。

……それを考えるとそれも仕方無いような気がするけど……それでもお姉ちゃんには私を見ていて欲しかった。

 

…………今回は、お姉ちゃんの好きにさせてあげる。

だけど、次は私の番だからね?

 

『……瞑想は終わったか?』

『うん。ありがとう……箒』

 

私の考え事が終わったのを見計らって、箒が話しかけてきた。今のうちに私を攻撃することもできたはずなのに、箒は本当に優しいね。

 

『なに、気にするな同志』

『……うん』

 

私と箒はくすりと笑い合い、ほぼ同時に武装を展開した。

箒は見慣れた二振りの赤い刃の日本刀、雨月と空裂を。私は金属質な光沢を持つ薙刀、夢現を。それぞれ展開し、お互いに向けて構える。

 

『……加減はしないぞ? 簪』

『……必要以上にしたら……怒る』

『……ふむ。簪に怒られるのは嫌だな。善処しよう』

 

そして私と箒はまた少しだけ笑いあって、すぐに互いに動き始めた。

 

箒は全身の展開装甲から真っ赤なエネルギーブレードを何十本も生やし、そのブレードの峰側からエネルギーを噴き出しての部分瞬時加速なんて言う離れ業を見せてきた。

当然雨月と空裂にもエネルギーが纏わりついていて、一撃食らったら連続して攻撃を食らってあっという間にシールドエネルギーを削りきられて落とされてしまいそう。

当たらなければどうということはないけれど、箒と紅椿が相手となるとその当たらないということが非常に難しい。

打鉄弐式と紅椿の性能差は相当なもの。技術と経験で上回ろうにも、最近の密度の高い戦闘訓練と実戦でその差はかなり埋まってしまっている。

 

………でも、私にだって意地がある。負けたくないし、一夏にかっこ悪いところは見られたくない。

機体の性能の差が戦力の決定的な差になることもあるけれど、それはあんまりにも互いの性能に差がありすぎた時くらいにしか適用されない。頑張ればひっくり返せることだってある。

きっと今の私と箒の差はそのくらいだ。……正確には、紅椿と打鉄弐式の差と言うべきだけど………何とかする。

 

お姉ちゃんと戦いたかったという思いはまだ残っている。けれど、箒はそんな思いに囚われていても勝てるほど甘い相手じゃない。

今は箒だけを見て、箒を倒すことだけを考えなくちゃ……。………そうじゃないと、箒に勝てるはずがないから………。

 

『……行くよ?』

『ああ。来い!』

 

私と箒は、再び高速で機動を始めた。

 

……この戦い……負けられない!

 

 

 

 

 

side 更識 楯無

 

目の前には、私にトラウマを植え付けた恐怖の対象。織斑一夏くんがいる。

正直、怖くて怖くて仕方がない。それなのに、私は今……笑っている。

体はいまだに少し震えていて、声をあげたら簡単に震えていることがばれてしまいそうだ。

 

「平気か? 今にも死にそうな顔をしてるが?」

 

私は答えない。答えられない。答えたら、怖がっていることがわかってしまうだろうから。

一夏くんはこういうことには妙に鋭い。相手の気持ちを簡単に読み取り、そしてそこに漬け込むことに関しては恐ろしいほどに長けている。

 

「それがわかってるんだったら、わざわざ隠すことも無いと思うんだけど?」

「ッ!?」

 

思考を読まれていたことに驚き、一瞬思考が止まってしまう。

そして気が付いた時には目の前に雪片弐型の白刃が迫っていた。

 

全速力で下に瞬時加速をする。髪が何本かと肩の辺りの装甲が少し持っていかれたけど、シールドエネルギーはあまり減ってはいない。

これが額に直撃していたらかなり変わっていたのだろうけど、今は避けることができた。

 

息を大きく吸って、それからまた大きく吐く。武器を呼び出して、一夏くんに向けて構える。

 

肌がピリピリする。こんなに怖い戦いは、更識の家で受けた実戦訓練以来だ。

あの時は潜り抜けられたから、今の私はここにいる。なら、こんどだってきっとなんとかなる。

 

全身から溢れさせるように水を纏い、いつもより少しだけ引き締まった表情の一夏くんを睨み付ける。

 

……越えさせてもらうわよ!一夏くん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一回戦、その最中

 

side 篠ノ之 箒

 

簪の行動は予測するのが難しい。行動とは、攻撃、防御、回避、機動など、全てを合わせたそれの事だ。

それと言うのも、簪の操縦方法があまりに独特ゆえにそうなってしまっているのだが。

 

簪は、特撮やアニメといった物が好きだ。特に仮面ライダーや戦隊物のような、わかりやすいヒーローがわかりやすい敵役と戦い、人々の平和やヒロインを護っていくような話が好きらしい。

そして簪はそこで止まることはなく、そのヒーローに憧れた。そしてその憧れはISの機体制御にも現れている。

……勿論完全にそのままということはなく、ISで使うにふさわしいように改造が多々行われ、実戦で使いながら観客に‘魅せる’こともできるような動きに変わっている。

 

ここで恐ろしいのは、簪はそれらのことを意識することなく行っているということだ。

簪は実家でしっかりとした訓練を受けている。その成果は簪の身体に染み付いていて、意識しないでも簪は染み付いた技術を振るうことができてしまう。

 

………そう。私と同じように。

 

「ハッ!」

「せっ!」

 

ギャリィンッ!と金属音が弾ける。私の左の空裂と、簪の操る夢現が衝突した。

それと同時に右の雨月の先端から、刺突と同時に圧縮した攻性エネルギーを放出する。しかしそれは、起点である雨月の横腹を簪の夢現の柄に弾かれて明後日の方向に飛んでいく。

 

長柄物とはこれだから厄介だ。こちらは一度振り下ろせば、一度停止してから振り上げるという行程を踏まなければ次の攻撃には移れない。二刀を扱う私でも、時間差を作ることによってその隙を埋めてはいるが、隙ができることは変わらない。

その点薙刀や槍、大刀、棍といった長柄物は、振り下ろした刃とは持ち手を中心とした逆の部分に石突があり、そこでも攻撃することができる。

その上長ければ間合いも広がるし、回転の中心から離れれば離れるほど先端は速度を増す。

 

その分懐に入られると扱いの難度が凄まじく上がるが、私の得物を考えるとそこまで深く潜り込むなら一度武器を捨て、そして装甲から生える真紅のエネルギーブレードで戦う方が良いだろう。

 

空裂からエネルギーの帯を撃ち出す。相手を攻撃しながらの目眩ましになるし、私からも見えなくなるが、気配を読むことができれば大したことはない。

簪の逃げた方向に瞬時加速。帯を基準線とした垂直下方に足裏からエネルギードリルを出して突貫する。

 

しかしそれは簪の撃った荷電粒子砲で威力を削られ、夢現をドリルの回転と同じ方向に回しながら方向を変えさせることで受け流された。

そして受け流した簪は、ドリルの裏側にいる私に荷電粒子砲を連発し、シールドエネルギーを削っていく。

 

…………だが、私の紅椿の唯一仕様は【絢爛舞踏】。この能力は、1対100のエネルギー増幅。紅椿の使用できるエネルギーであれば、ほぼ無制限にエネルギーを増幅することができる。

つまり、シールドエネルギーをいくら削られようと、一撃で丸ごと持っていかれない限りは残ったエネルギーを増幅して回復することができると言うわけだ。

簪はその事を知っていてなお、私に向かってくる。現状で私を落とすことができるのは、一夏と千冬さんくらいなものだと言うのも知っているはずなのに。

 

「……なあ、簪」

「……なに……?」

 

攻撃の手を止めて、簪に問いかける。すると簪も空中に止まり、私の言葉に返してくる。

 

「なぜお前は私と戦っている? 勝ちたいのならば、楯無さんとお前が戦い、私と一夏が戦えばよかったのではないか?」

 

すると簪は少しだけ不機嫌そうな顔になって、こう言った。

 

「………私はね。一夏のことが好き」

 

………………告白か? なぜ私に?

 

そんな私の疑問をおいてけぼりにして、簪は顔を朱に染めながら言葉を続けた。

 

「……でも、お姉ちゃんのことも好きなんだ。二人とも大切で……二人とも、そばにいてほしい」

 

もちろん、箒達も、と簪は言う。嬉しいことを言ってくれるな。

 

「……でも、お姉ちゃんは一夏になんだか苦手意識があるみたいで……今回それを克服しようとしているように見えたから…………」

「だから、楯無さんに一夏の相手をさせて、私をこうして食い止めていると」

 

簪は少し後ろめたそうにしながら頷く。まあ、確かにこれは受け取り方によっては『お前は眼中に無い』と言っているようにも取られる可能性があるからな。

まあ、私はそうは取らないわけだが………少し悪戯をしてみるのも面白い。

 

「まあ、私は構わんぞ? 一夏と千冬さんと姉さん以外が相手なら負ける気はしないし、簪がこうしている間も勝率がじりじり上がっていることを考えれば文句は無い」

「……本当に……そう思ってる……?」

 

まさか。こんなこと冗談にもならないさ。

だが、それはけして嘘ではない。本当だとも言えないが、私がこうしている間にも色々とできることがある。

にこりと笑いかけると、簪は訝しげな表情を浮かべる。

そして次の瞬間に、うっすらと自分を取り巻く薄紅色のエネルギーの流れに気付いて目を見開く。

すぐさま回避しようとスラスターに火をいれるが━━━

 

「遅い!」

 

エネルギーの檻の一部に私からエネルギーを流し込み、触れている簪の脚部装甲を削り取った。

 

……ちなみにこの技は、蜘蛛の巣が朝露に濡れているのを見た事から思い付き、エネルギー操作の訓練として行ってきた『エネルギーそのものに送電線のような役割を持たせて狙ったところに攻性エネルギーを送る』技である。

欠点は、私はあまり移動することができなくなる事と、準備ができるまでに時間がかかること。しかしそれさえクリアしてしまえば、この技はアリーナ内で行われる戦闘行為において多大なアドバンテージを与えてくれる。

 

そしてタッグ、あるいは複数人の戦いであれば、それを通して味方にエネルギーを送り込むことも可能だ。

 

………………まあ、実はシールドエネルギーを削りきる以外にも勝利できる方法があるからこれはあまり使えないんだが……拠点防衛には最適だ。

 

動きを強制的に止められた簪に、ゆっくりと近付いていく。エネルギーの糸が途切れないような速度で、ゆっくりと。

荷電粒子砲が何度も飛んでくるが、エネルギーを纏わりつかせた空裂と雨月で全て切り払う。

千切れそうになったエネルギーは背中の展開装甲から蜘蛛の糸のように張り巡らせたエネルギーに繋げ、状態を維持する。

 

荷電粒子砲に攻撃し、破壊する。薙刀の柄を、集束させたエネルギーの刃で切り落とし、攻撃手段を奪っていく。

 

……さあ、これで終わりだ。

 

「……違うよ、箒」

 

ぽつり、と、簪が呟いた。

それと同時に、私の背筋を圧倒的な悪寒が走り抜ける。

 

「……確かに私の武器は奪われた……。夢現も、春雷も……」

 

簪の言葉を無視して空中を漂うエネルギーの檻にさらにエネルギーを与え、ISやそれ専用の機材でもなければ感知することもできないような薄い膜を壁に変える。

 

それが終わったときに私の目に映っていたものは、視界の9割以上が巨大なミサイルという悪夢の再来だった。

 

「……それでも……私にはまだ、一夏からもらったこれが残ってる」

 

…………なるほど。今回は簪が使ってきたか。

 

エネルギーの繭に護られながら、私は今回の勝負はまず勝てないと言うことを悟ったのだった。

 

…………やれやれ。また勝てなかったか。

だが、次は勝つ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一回戦、その過程

 

たっちゃんはけして俺に近付こうとしないまま、俺を攻撃していた。

水でできた触手を何本も張り巡らせて俺の動きを制限し、その触手から枝分かれするように生やした触手を鞭のように振るって攻撃してきた。

 

雪片弐型を使って触手を叩き斬ってもまた新しい触手が後から後から湧き出して俺の邪魔をする。

……こういうのに捕まると、なんか色々ありそうな気がするんだよな。束姉さんの自作らしい小説に色々書いてあった。

その内容は秘匿させてもらうが、とりあえず千の顔を持つ英雄を使えば大体のことはできなくもないと言っておく。ついでに、できるからといってやる気があるかどうかは別だと言うことも。

 

久し振りに左手の衝撃砲の出番。回転をかけて貫通力を増してやると、触手を2~3本ほどまとめて引きちぎることができた。

しかし、自分の防御はしっかりしているらしく、たっちゃん自身には届かない。見事にガトリングランス【蒼流旋】と肩のあたりに常駐している水の鎧に飲まれてしまう。

 

そしてその間もたっちゃんによる触手の攻撃は続く。上から下から右から左から前から後ろから何本も何本も何本も。

一本一本は弱々しいからたいしたことはないが、ここまで集まると面倒臭い。人海戦術ってのは本当に面倒だ。

……触手だけど。にゅるにゅると蠢く透明な触手だけど。

 

………さて、話はいきなり変わるが、ISのシールドバリアを抜く方法はいくつかある。

 

まずは零落白夜。俺とちー姉さんの固有技能みたいなもんだな。

そして神鳴流の弐の太刀。ただしこれはミスるとシールドバリアどころか絶対防御まで無視して操縦者のみにダメージを与えてしまうことがある。

 

この二つは真似しようと思ってもなかなか真似できない。この世界の人間にはまず不可能だと思ってもらっていい。

ここから先はこの世界の一般的(?)な人間でもできるシールドバリアを抜く方法だ。

 

三つ目はご存知間接技。なぜならISのシールドバリアは体の外側にしか存在しないから。その上絶対防御も効果が薄い。

ただし、これで与えられるダメージはほとんど操縦者に与えられるダメージ。機体やシールドバリアにはあまり影響は無い。

それから絞め技。ゆっくりと圧迫される系統の攻撃には弱かったりする。ヘッドロック等は結構痛いらしい。

そして最後に、少し違うがシールドバリアの効果の軽減と言う点では十分な効果を持っている技術として、ゼロ距離からの純粋物理攻撃……所謂【寸勁】の、相手との距離がゼロにして攻撃するバージョンがある。想像しにくかったら『羅漢破裏剣掌』でも想像してくれると助かる。

 

何でいきなりこんな話をするかと言うと………今まさに使ってしまおうかどうするかを考えているからだったりする。

 

流石の俺でもののちゃんからずっとエネルギーを供給されながら動き回るたっちゃんの相手をまともにしようとは思わない。

とりあえずシールドバリアをすり抜けながらも絶対防御は発動するように寸勁方式を取るか、もしくは零距離で右の衝撃砲を叩き込んでやろうかと思っていたりする。

そこまでの道は荷電粒子砲の出力を上げて、30発分のエネルギーを一発に押し込んで撃ってやれば作れないことは無いはずだ。

たとえそれで作れなかったとしても、千の顔を持つ英雄を使えば荷電粒子砲はいくらでも作ることができるし、何度も何度も繰り返せばいつか穴ができるだろう。そしたら高速接近からの零距離衝撃砲を撃ち込んで、それでも駄目なら零落白夜で滅多切りにすれば流石に終わる……と思う。

 

………………それでも終わらなかったら、バスターバロン+シルバースキン+シルバースキン・アナザータイプ+サテライト30+ブレイズ・オブ・グローリー+ソードサムライXに、機動力強化用としてモーターギアをつけたまま戦闘を行うことも辞さないつもりだ。

 

……さてと。それじゃあチート全開する前にやるだけやってみようか。

 

 

 

結果→結構簡単にできた。チート全開はしないでも済んだ。よかったよかった。

……けど、予想以上にてこずった。たっちゃんも強くなってるって事か。これは他のみんなも相当強くなってることを覚悟しとかないとな。

 

………で、たっちゃんはなんでこんな満ち足りた顔で気絶してるんだろうか? なんと言うか、乗り越えられなかった壁をついに乗り越えられた時の鈴みたいな顔をしている。

鈴が乗り越えたのは物理法則の壁だったけど、たっちゃんはいったい何を乗り越えたのか………気にならないと言えば嘘になるが、わざわざ聞く気にはならないな。こういうのは本人だけが知っていればそれでいいものらしいし。

 

……かんちゃんの方はどうなったかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一回戦、その顛末

 

気絶したたっちゃんを場外まで運んでから戻ってくると、かんちゃんとののちゃんのバトルも佳境に入っていた。

具体的にどう佳境かというと、かんちゃんのジェノサイドサーカス使用無限ミサイル弾幕とののちゃんの絢爛舞踏使用無限攻性エネルギービーム弾幕の競り合いになっていた。

………なんと言うか、ののちゃんもかなりチート臭くなってきたよな。この状態のののちゃんを落とすには、エネルギーの供給が追い付かないほどの速度で攻撃を打ち込むか、あるいは一撃で全部削ぎ落とすかのどちらかしかないだろう。

卑怯な手を使うんだったら、束姉さんみたいに遠隔操作でISを強制的に停止させるとか、整備をわざと失敗させるとか………事前に薬を盛って戦わずに勝つとか?

 

……試合にならないからやらないけど、手段としては有効だよな。やらないけど。

 

『手伝おうか?』

『……いい』

 

手伝いがいるかと聞いてみたがかんちゃんは俺の予想を外していらないと答えた。

かんちゃんがそう言うんだったら、俺は端からかんちゃんの頑張りをしっかりと見ておこうかな。

そう思った俺は、被害の薄そうな端っこに行ってかんちゃんとののちゃんのぶつかり合いを眺める。

こうしている間にも流れ弾がこちらに来ていて少し危ないので、雪片弐型は右手から、ソードサムライXは左手から離さない。流れ弾はミサイルもエネルギービームも纏めて切り払う。

まあ、シールドエネルギー節約の意味も込めて、雪片弐型に零落白夜は発動させてないけど。必要ないし。

 

頑張れかんちゃん。頑張れののちゃん。俺は二人とも応援してるよ?

 

 

 

 

 

side 更識 簪

 

…………一夏に応援された気がした。なんだかすっごく頑張れる気がしたから、頑張ってみようと思う。

 

ジェノサイドサーカスの弾幕の密度をさらに上げる。どうせ今までと同じ密度じゃあ箒には届かないし、仮に届いたとしてもすぐに回復されてしまうだけだろうから。

それとほぼ同時に箒のエネルギーの弾幕も密度を上げてジェノサイドサーカスを撃ち落とす。箒の方はこれで限界……だったら嬉しかったんだけど、箒のことだしきっときっとまだまだ上がある。

 

……なんでそう言い切れるのかはとっても簡単。だって私達は、一夏のことが大好きだから。

愛情を体にたっぷりと取り込んだ私達に、できないことなんてあんまりない。本部長や支部長がその体現者だ。

私は……まだまだその高みまでは登れていない。けれど、それでも私は一夏のことが大好きだから………負けたくないし、負けられない。

 

………けど、戦況が膠着しているのも事実。このままじゃあ勝負がつかないし、ついたとしても私か箒のどちらかにかなりのダメージが残されるだろう。

それどころかこのトーナメントが中止になる恐れもある。私も箒も流れ弾は極力抑えているけれど、これだけ量が多ければ『全体から見れば僅かな量』であるはずの流れ弾もかなり多くなってしまう。

大半は一夏が落としてくれているようだけど、アリーナのシールドバリア付近で爆発したミサイルだっていくつもある。

 

……どうしよう………?

 

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

簪の使うミサイルの弾幕に空裂と展開装甲からのレーザーを当てて落としながら、現状がいかにまずい状況かを考える。

簪はじり貧だとでも考えているのかもしれないが、実際はそうではない。

確かに紅椿は『エネルギー切れ』とはほぼ無縁だ。しかしそれは紅椿がエネルギー切れとは無縁なのであって、私自身の体力や精神力が無限であると言うわけではない。

現に今も終わりの見えないマラソンによって精神的に相当疲れているし、体力はまだ余裕があるとはいえ、ISを使っていても疲れるときは疲れる。

理由はわからないが、今はまだ一夏が参加していないからこうして拮抗していられるが、一夏が本格的に参戦してきたら……動けない私は一方的に零落白夜の光刃に切り刻まれて果てるだろう。

 

そうなる前に勝負を決めなければならない。一夏と戦って勝てる気はあまりしないが、簪を相手にした時の勝率は七割以上。

ここで二割を相手に奪われては泣くに泣けないので、最後の時まで気を抜くことはしない。

 

…………しかし、場が硬直してしまっているのもまた事実。根比べも良いが、どうにかして場を動かさないことには……。

 

……………………。

 

「簪。一つ提案があるのだが……聞いてくれるか?」

「……なに?」

 

簪はミサイル弾幕を、私はエネルギーレーザーの雨を止める。これでようやく少し気を抜ける。

 

「わかっているだろうが、このままでは一進一退どころか完全に場が固まって勝負がつかないだろう? だから、一つ賭けをしよう」

「……内容による」

 

その答えに少し笑ってしまう。まあ確かに、内容を聞いてから決めるべきだな。間違っていない。

 

「簡単な話だ。私は絢爛舞踏を使わない。簪はジェノサイドサーカスを使わない。それ以外はすべて解禁の全力勝負をしよう」

「……それは、私との勝負の間だけ……だよね?」

「一夏を相手にそれは『死ね』と言われているようにしか受け取れないのだが」

「……死なないと………いいね?」

「本当にな」

 

これはけして冗談ではないから笑えない。一夏を相手に本気でいかないと言うのは、自殺以外の何物でもない。

 

簪は解除していた両手両足の装甲を展開し直し、しまっていた薙刀と荷電粒子砲を取り出した。

 

「……その話、のった……。ちょうど、ここにコインがあるから……地面に落ちたら開始………」

「ありがたい」

 

キィン!と弾かれたコインはゆっくりと上昇し、そしてゆっくりと落ちていく。

私も簪もまだ構えていないが、神経だけは異常なほどに張りつめている。

ピリピリとした空気が肌を刺す。シールドバリアと絶対防御で守られているにも関わらず、簪からの観察と警戒の視線が痛い。

……まあ、私からも同じ物が行っているので人のことは言えないが………。

 

さらに世界が減速する。観客も、空気の流れも、コインの落下も、一夏も簪も私すらも遅くなる。

エネルギーの供給が無い場合の紅椿は、燃費の悪すぎる高機動ISだ。だから展開装甲は使う気はあまり無いし、雨月と空裂のエネルギー攻撃と穿千はもっての他だ。

つまり私の武器は直刀二本となるのだが……かまわない。私はこちらの方が慣れている。

 

コインが地面に落下したことをハイパーセンサーが伝え、私と簪は同時に加速した。

私は真正面から。簪も真正面から。互いに武器を構え、自分の間合いに入った瞬間に切りつける。

 

武器同士がぶつかり合って火花を散らす。片手で受けていたら恐らく武器を吹き飛ばされていただろうと思える衝撃に、私の顔が歪む。

だがその隙に簪は、私に向かって踏み込みながら腕の下から通した荷電粒子砲を撃ち放つ。

避けることは不可能と判断した私は、簪の薙刀を空裂で払い、雨月に集束したエネルギーを撃ち込まんとする。

 

赤と白。二色の光に包まれた私と簪。その勝負の結果は………。

 

 

 

 

 

side 織斑 一夏

 

気絶してしまっているかんちゃんとののちゃんを抱えて保健室へ。どちらも終わりの無いマラソンレースで相当精神的に疲れていたらしく、なかなか起きようとしない。

 

……結果は、俺とかんちゃん組の勝ち。かんちゃんとののちゃんの勝負は、両者ほぼ同時にエネルギー切れで引き分けに終わった。

 

……二回戦かぁ……相手は誰になることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一回戦、第二試合

 

side 凰 鈴音

 

簪と箒の真っ正面からのぶつかりあい。あんなものを見せつけられたら、あたしだって血が騒ぐ。

あたしは元々熱血バトルとか大好きな方だし、根本の性分は猪だしね。

 

相手は二年生のフォルテ・サファイアと、三年生のダリル・ケイシー。敬称略。シャルロットとラウラの二人はシャルロットのラッキーパワーでシード権を獲得していて、あたし達と先輩方が戦って勝った方と戦うことになっている。

そしてそこで勝った方が一夏と戦うわけだ。

 

……とりあえず言っておくと、あたしは基本的に負けず嫌いだ。今さら言うまでもないことかもしれないが、事実そうなのだからしかたない。

どんなことでも負けたくない。ISの戦闘でもそうだし、恋に関してもそう。

敗けを認めない訳じゃない。悪いところを直すかそれを埋められるだけの長所を作るためにも、負けを認めることは必要だから。

ただ、負けっぱなしは好きじゃない。それだけのことだ。

 

勝つためにあたしは色々やって来た。鍛えたり、IS動かしたり、相手の練習のビデオ見たり、セシリアとのコンビネーションの練習をしたり……思い付くことは大体やってきた。

流石に一夏もやらないような卑怯極まりないことはやっていないけれど、結構ギリギリなことはやっている。一応合法だけど。

 

一夏みたいな『誰も考え付かないようなこと』はできないけれど、『考えてもまずできないこと』だったら大抵できる。私の一夏に対する愛の力舐めんな。

まあ、通用するかしないかはやってみないとわからないけど……なんとかなるわよ。そんな気がするわ。

 

……問題は、負けないのはそこまで難しくはなさそうだけど、勝つのは結構骨が折れるような気がするのよね。面倒だけど。

 

「……鈴さん? あの方々に勝てるイメージはおありですか?」

「無くはないわよ。結構難しいような気がするだけで」

「……そうですか。それはなかなか手間取りそうですわね」

 

セシリアはあたしの言っている意味をしっかりと正しく受け取ったようで、思考の海に自らを沈めていく。

真面目な時のセシリアはかなり頼りになる。いつもはそれを大貧民とかパズルとかじゃんけんとかにしか使わないからあんまり凄くは見えないけど、それはあたしが言えることじゃないしね。あたしもババ抜きとか籤とかそういうのにしか使わないし。

 

「……なぜか一夏さんが持っていたあの方々の戦闘記録を見させていただきましたが………あの防御力は厄介すぎますわ」

 

ポツリと呟いたセシリアの言葉を聞いて、一夏がなぜか持っていた『黒いISとあの二人の戦闘記録』のことを思い出した。

あの二人のコンビネーションによって、あの黒いISは見事に封殺されていた。

攻撃はほとんど当たらない。当たっても上手く逸らされて全然効かない。速くはないけど追い付けないし、攻撃には威力がないけど積み重なれば倒れるのはこちら。

 

……まったく。年の功って言うのは厄介ね。

 

「……本人達の前で言ってはなりませんわよ?」

「……いくらあたしでも言っていい事と悪いことの区別くらいはつくわよ。確かにいつも空気を読まないのはあたしだけどさぁ………」

「わかっていますわ。ほほほほ……」

 

セシリアはそう笑うけど、セシリアの目がすごい速度で上下左右関係なく泳ぎまくっていた。いつもはあんなに嘘が上手いことから考えると、多分緊張をほぐすためにわざとかなり大袈裟にしてるんでしょうね。

そんなセシリアの優しさを受け、ちょっとだけ笑ってしまう。……きっと、あたしとセシリアだったら大体のことはできるわよね?

 

ただし、一夏・千冬さん・弾とのガチバトルだけは勘弁ね? 色んな意味で勝てる気が全然しないわ。

 

「まあ、爆雷式レーザースフィアをいくつかばらまきながら堅実に行きますわよ?」

「そうね。結局のところそれが一番確実なのかもね」

 

あたしとセシリアが並んでISを展開する。あたしは甲龍《シェンロン》を。セシリアは蒼雫《ブルー・ティアーズ》を。

そしてそのままカタパルトに乗って、アリーナの上空に飛び出す。

 

簪と箒があれだけ暴れ、ミサイルとエネルギービームをばらまき、破壊しつくしたはずのアリーナは既に綺麗になっている。一夏が一分でやってくれたらしいけど、いったいどうやって何をしたのかはわかっていない。

機械類をイカれさせる一夏の出した霧に包まれ、一分後に霧が晴れたと思ったら既に直っていた上に一夏もそこにはいなかったと言うんだからびっくりだ。

まあ、一夏だったらなにやってもおかしくないわね。服の下からあり得ないくらい大きな剣出しても納得できる自信があるわ。

 

そんなアリーナの空に浮いていたのは、あたし達以外にはもう二人だけ。それがあたし達の対戦相手。

 

「やーっと来たか。先輩を待たせるとはふてえ奴等だ」

「へ? 全然太くないっスよ? むしろ腹回りなんてダリル先輩の方が」

 

色黒の方の相手、ケイシー先輩がもう一人の方、サファイア先輩の口を片手で掴んで言葉を遮る。あれはかなり痛いわね。

 

「……おい、フォルテ? 俺の聞き間違いだよなぁ? ………誰の腰回りが太いって?」

『ダリル先輩っス!』

 

口を封じられているにも関わらず、サファイア先輩はケイシー先輩の事をすっごいムカつく感じで指差した。しかもわざわざご丁寧にオープン・チャネルで周りに聞こえるように大声で。

……そう言えば、ああいう人を『勇者』って言うんだっけ?

 

あたし達は目の前で『ギャアァァダリル先輩に襲われるー犯されるー!』「てめえフォルテ!本気でヤるぞあ゛ぁん!?」とか言い合っている仲のいい先輩後輩を眺めながら、この二人の危険度をつり上げる。

こんなコントみたいなことをやりながらもあたし達のことをしっかりと観察し続けている相手に対して警戒を解くなんて事は、臆病で気弱でか弱いあたしにはできるはずもない。

 

「……鈴さん? そんな下らない冗談は」

『黙れ白豚』

「あはぅあ!?」

 

ちょっと罵倒してみたら、セシリアは急に頬を朱に染めて体をくねらせた。まさかこいつ………一夏だけじゃなくてあたし達にまでM属性を発揮できるようになっちゃったわけ?

 

「ええ、そうですわ」

 

まさかの肯定の返事が返ってきてしまった。しかもあたしは声に出していなかったというのに。

 

ああ怖い。一夏はよく簡単に心を読ませようとするわね。あたしは一夏といつものメンバーとそこにちょっとのプラスアルファを加えた相手以外だったら勘弁してほしいわね。

 

………さてと。あっちの方も仲良しの喧嘩が終わったみたいだし、そろそろ始めるとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二試合の、見物人

 

side シャルロット・デュノア

 

二回戦、鈴とセシリアが先輩達と戦っているんだけど……。

 

「……接戦って言うかなんと言うか………」

「……このままではいつ勝負がつくかどうかわからんな」

「うん、ほんとにね」

 

まさか、こんなに強い人達が居たなんて………ビックリするよ。

………いや、強いって言うよりも上手いって言う方が合ってるかな? 個人個人の強さはそこまででもないけど、長所を組み合わせることで『鉄壁』とも言える守備を見せつけている。

 

けれどそれは鈴とセシリアも負けてはいない。けどこちらは鉄壁と言うより攻性防壁って言った方が合ってるような気がする。

セシリアが機雷のようにレーザーのスフィアをばら撒き、小規模ながら圧縮したレーザーを使って牽制している間に、鈴がちょこちょこと相手にちょっかいを出している。

わざと隙を作ったり、わざとに見えない隙を作ったりしている鈴に対して、先輩方はまったくその誘いに乗ろうとはしない。

そのくせ鈴が本当に作ってしまったらしい隙には見事に反応し、その度にセシリアがあらかじめ見えないようにばらまいてあったらしいレーザースフィアやセシリアが直接撃ったレーザーに邪魔されてうまく攻撃できないでいる。

 

……まったく、本当に相手にすると厄介なんだね。年の功………って言うほど年の差は無いけど、それでもかなり勝つのは難しそうだ。

………ラウラのAICが効いてくれればそこま困ることでも無いんだけど、それを鈴みたいな勘とか、箒みたいな気配と何かを企んでいる意識の流れとか、簪とセシリアみたいに予測とか、一夏みたいになんとなくで避けられたりする可能性だって無いわけじゃないし………。

……うーん……難しいなぁ。

 

「……なあ、シャルロット」

「ん? どうしたのさ?」

「………もしかしてお前は、鈴達が人間としての常識の域にあると思っていないか?」

「やだなぁ、そんなこと」

 

…………………………………………。

 

「……ない…………よ?」

「それにしては随分と長い空白だったな?」

「な、なんのこと? 僕ぜんぜんわからないよ?」

 

そうさ、鈴やセシリア達が常識の中で生きてるわけ無いじゃないか!常識だよ? 常識!いったいあのときの僕はどこの世界で生きていたんだろうね? ちょっと気になるなぁ!あははははは!

 

「…………………………」

「見ないでっ!こんな僕のことを見ないでぇぇっ!」

 

ラウラの視線が僕に突き刺さり、僕はごろごろとピットの床を転げ回るのだった。

 

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

シャルロットが慌てているような気配を発しながら………恐らくごろごろとピットの床を転げ回っているのを感じとりながら、試合の終わった私は一夏の使っていたピットで鈴達の戦いを眺めていた。

どちらも決め手に欠けるその勝負は、なんとなくさっきまで私と簪が演じていた終わりのない弾幕勝負を思い出させた。

流石に私と簪ほど周囲に被害を出してはいないが、それでも勝負がなかなかつきそうにないという点は共通している。

 

……もしかしたら、本当に勝敗は決まらないかもしれないな。中々無いが引き分けということもあるらしいし………また中止等ということも無いとは言い切れない。

 

そんなことを考えている間に、随分と戦況が動いたようだ。

鈴とセシリアは、上手いこと先輩二人を分断することに成功したらしい。先輩二人からは僅かな感嘆の意思と、戦いを楽しむ思いが感じられる。

その他にも僅かに困ったような気配がするが、恐らく分断された後の事はあまり考えられていなかったのだろう。精々が『可能な限り迅速に合流し、コンビネーションを相手に合わせて修正しながら戦闘を続行』くらいだろう。

 

……だが、先輩達は個人での強さもかなりのものらしく、単独行動となってもその防御能力と機動の鋭さ・精密さは失われていない。

……まったく。私が言える台詞では無いかもしれないが、こういう手合いは相手にするとなると実に厄介だ。

もし私が戦うとしたら、とりあえず片方を集中して狙って叩き潰し、それからもう片方というようにやることになるだろう。

………まあ、よっぽどのことが無い限りはわざわざ戦う気は無いのだが。

 

空中に投影されている画面を見て、このまま行くと仮定するならば、鈴とセシリアが勝利するだろうと予想する。

二人組の時は綻びをお互いにカバーすることができていた先輩達だったが、一人になるとその穴を埋める相手がいなくなるためにかなり脆くなるようだった。

確かにこれなら楯無さんがIS学園最強と言われていたのかもわかる。個人戦最強は楯無さんだろう。

 

……一夏? 一夏は最早個‘人’ではないだろう。私達も………一夏の事は言えないかもしれないが。

 

先輩達は鈴とセシリアにじりじりと押され始め、ついにそのシールドエネルギーの残量が0になる。

これで一回戦は終了だが………何故だろう、この大会はぐだぐだになって終わってしまう気がするのだが。

 

……まあ、いいか。すでに私は敗退した身だし、何があろうと驚きはしない。

例え千冬さんが暮桜を使って参戦してこようが、姉さんがISを六個軍団ほど送り込んで世界を相手に宣戦布告しようが、一夏が急に棄権しようが驚かんぞ。

一つ洒落にならないのがあった? 気にするな。どうせ現実にはならん。

 

 

 

 



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191~200

 

二回戦、…………え?

 

二回戦は、つい30分ほど前に勝ち上がったばかりの鈴とセシリー対、シード権を得ていたシャルとラルちゃんの戦闘になる。鈴達は二連戦と言うことになるが……まあ、平気だろ。

そう言いきれる理由は簡単。だってそのシャルとラルちゃんが、俺の部屋で寝てるんだから。

 

「ちゃんと棄権してきたから大丈夫~……」

 

シャルはそう言ってころりと転がり、隣で寝ていたラルちゃんを抱き締めた。

 

「……んぅ………」

「……く~……」

 

抱き締めたシャルも抱き締められたラルちゃんも、とても幸せそうな表情を浮かべて眠っている。やっぱり睡眠は世界を平和にする一番簡単な方法だと思う。

 

……それじゃあ、俺も寝ようかな。かんちゃんと俺も棄権してきたし。ののちゃんの相手が疲れたのかかんちゃんは今もふらふらしてて眠そうだし、俺も疲れたからもう寝たい。

 

優勝は鈴とセシリーで決定だな。それ以外全員棄権しちゃってるわけだし………ふぁ……。

 

もそもそと布団に入り、手近にあった抱き枕を抱き締める。多分シャルかな?

俺に続いて入ってきたかんちゃんは俺の背中に額を当てて夢の世界に行ったし、シャルとラルちゃんはとっくに夢の中。そうなったら俺が寝るのにどんな言い訳が必要だ?

答えは一つ。『必要ない』だ。

 

と言うわけで、お休み。

 

 

 

 

 

side 凰 鈴音

 

……なんか、納得いかない。

トーナメントで一応優勝したあたしは、心のなかでそう思っていた。

 

優勝したのは嬉しい。でも、戦うはずだった三チームのうちまともに戦ったのが一チームだけってのはなんか納得できない。

しかも棄権した全員が一夏と一緒に寝てるっていうのもまた気に食わない。

 

……ああ妬ましい妬ましい。嫉みがましいパルパルパルパルパル……………。

 

「鈴さん? 目が恐ろしいですわよ?」

「だから何よ?」

「ですから、そのイライラをどうぞわたくしに思いきりぶつけてくださ」

「黙れ食肉用養殖豚。屠殺するぞ」

 

隣でぞくぞくぞくぅ……と体を震わせているセシリアを軽く流して、あたしは遅々として進まない上にグダグダの表彰式をぼんやりとして過ごすのだった。

……ほんと、早く終わらないかしら。いろんな意味で。

 

 

 

一夏の部屋ではいつものメンバーが勢揃いしていた。

あたし達との勝負をすっぽかしたシャルロットとラウラ。一夏と簪のコンビに敗れた箒。この部屋の主である一夏と、箒との戦闘でかなり疲れていただろう簪。

そして、山のようなぷちか達。

 

……うん、ここはきっと天国ね。そうに違いないわ。

床に転がり落ちているぷちか達を布団にして眠る。本当はベッドの上で寝ていたのだろうけど、下にいる一夏達が身動ぎする度にぽろぽろとこぼれ落ちている。

……あ、ぷちふゆさんも落ちてきた。

 

床にはぷちかが落ちても痛くないようにかかなり柔らかなマットがしかれていて、ぷちか達はもふんっ!とマットの毛に埋まる。

その上にまた別のぷちかが降ってきて重なり、重ねぷちかとなっているところもある。

あたしと同じようにセシリアもぷちか布団に潜り込み、燕ぷちかを抱き締める。

その上に今度はハムスターぷちか(ジャンガリアンだと思う。多分だけど)が降ってきて、セシリアは嬉しい悲鳴を小声で上げてからぱたりと倒れた。

 

……あたしも寝ましょうか。今日は寝るにはいい日だしね。

 

「……貴様ら、面白いことをしているじゃないか」

 

………一瞬で最悪の日和になったわ。まさかいきなり千冬さんが現れるなんて……厄日以外のなんでもないわね。あたしはまだ死にたくないのよ。

 

「……安心しろ凰。確かに今のお前はぷちかに埋もれ囲まれていて羨ましく、妬ましく、殺した……げふんげふん……替わってほしいと思ってはいるが……」

 

やばいかなり本気で命の危機だ。けどどう頑張ったところであたしが千冬さんから逃げられるわけもなく、あっという間に捕まって無音でお仕置きされてしまうだろう。

逃げられない以上、あたしは千冬さんの決定に従うしかなく、少しだけ怯えながら千冬さんを眺めていた。

 

………あれ? なんだか千冬さんがあたしの怖がってる顔を見てゾクゾクしてるように見えるんだけど……冗談よね?

 

「ゾクゾクしているように見えるなら、お前の目は異常だ。安心しろ」

「安心していいのか悪いのかわからないんですが……」

「安心しろ」

「はい」

 

……………なんと言うか、一夏の背中をふみふみして悦に浸っていたのを見てからずっと思ってたんだけど………千冬さんって実はすっごいドS………よね?

 

「デュノアの尻を食用に追いかけ回していたお前には言われたくはないがな」

「食用じゃありません。観賞用と娯楽用です」

「もっと酷いわ馬鹿者」

 

あたしの頭をぺしんと軽く叩いてから、千冬さんは一夏のいるベッドに向かっていった。

……どうやらあたしは生きて帰ることができそうだし、それならぷちかのほっぺとかお腹とかの感触を感じながら寝るとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異伝5……と見せかけてとある日の亡国機業三人組の行動

 

side ちょろータム

 

「いきなりご挨拶だなオイ!」

「いきなり何を騒いでいるんだちょろータム。ちょろータムがちょろータムと言われることなど当然のことだろうが。ちょろータムはそんなことすら理解できないのか? まあ、ちょろータムのちょろい脳では覚えられないのかもしれんな。すまんなちょろータム。そんなちょろいちょろータムに過度な期待をかけてしまった。これは私のミスだ。謝ろう。すまなかったなちょろータム。ちょろータムはちょろータムらしく、ちょろい姿を曝すそのままのちょろータムで居てくれ」

「てめえはもう少しその口の悪さをなんとかできねえのかよ超弩級マゾヒストが!」

「私はどちらかと言えばサディストだが?」

「だれもてめえの性癖なんて聞いてねえんだよ!あと昨日の夜にお前が自分の頬をナイフで斬って悦に浸ってるの見て知ってんだからな!」

「なっ!? 人の部屋を勝手に覗くとは……もう、ちょろータムはえっちぃな、まったく!」

「なにこいつ、超ウゼェ」

 

わざとらしく頬を朱に染め、一般的な少女が言うようにちょろータムを責めるマゾカ。なにやら黒い矢印のような尻尾が生えているように見えるのは気のせいか、それともちょろータムの気が触れた証しか……それは誰にもわからない。

 

「私の気が触れてるってのはねえよ!」

「いやいや、ありえないということほどありえないものは無い。つまり、お前の気が触れていないという確証は無いし、もしかしたら私の尻から尻尾が生えているのかもしれない」

「いやそれは無いだろ」

「まあ、私の自覚している限りではそれは無いがな」

「そうだろうな」

 

当然と言えば当然のことだが、ちょろータムはマゾカの言葉を一蹴する。冷たい奴だ。

 

「私は悪い奴だからな。冷たくて当然だろ?」

「スコールに嫌われてしまえ」

「スコールも悪い奴だから問題ねえよ」

 

確かにそうだが悪い奴同士でも嫌われる時は嫌われるんだろうが、その事を自覚していないちょろータムは恐らくそういった純粋なところがスコールに気に入られていたんだろう。

 

「母性本能を擽られたと言うところか」

「? なに言ってんだ? スコールあれで男だぞ?」

「…………………」

「……なんだよその目」

 

『その目』と言うのがどんな目かはわからないが、確実に呆れた目だと思うぞ。もしくは可哀想なものを見る目か………いや、可哀想なものを見る目で確定だな。

…………あるいは、

 

「…………オータム?」

「ッ!!?」

 

……ちょろータムの背後の般若に折檻されるちょろータムを流石に哀れんでいるのかもしれない。

 

「……へぇ? 私は男だったの……」

「い……いやあのその……えっと………」

「ふぅん………? それじゃあ……今日の夜は優しくする必要は無いわね?」

「ふぇっ!?」

 

大雨さんは、ニタリと笑って指先でちょろータムの顎を撫でた。

どう考えてもからかわれているようにしか見えないが、ちょろータムの頬は真っ赤になっている。やっぱちょろータムはちょろいな。流石ちょろータム。ちょろいさん二号だ。

 

「ああ、本当にちょろいな。流石はちょろータムだ」

「あ……うぁ………」

「……ふふふっ……可愛い娘……」

「……聞いてないようだな。私はお邪魔虫という奴か?」

 

そうだな。とりあえずこの部屋から出た方がいいんじゃないか?

 

「……スコール。私は出ておくぞ。………ごゆっくり」

 

そう言われた大雨さんは、ひらひらと片手を振って許可を出した。

マゾカはそれを確認してすぐに、静かに部屋を出ていった。

 

「……三日ぶりに五反田食堂にでも行くか。ちょうど昼食の時間だし」

 

いってらっしゃーい。

 

 

 

 

 

side 織斑 マゾカ

 

適当な服(ゴスロリではない)を着て、五反田食堂に行く。割とよく行っているが、未だにメニューの全制覇には至っていない。

ただ、どれが好きでどれが嫌いかという区別をメニューを見れば大体理解できるようにはなった。

 

二日か三日に一度は必ず行っているため常連扱いになっているが、常連と言われるのならば裏メニューの一つや二つは知っておかなければならないだろう。

そのためにも……と言うのはおかしいかも知れないが、今はとりあえず五反田食堂の新たな味の発掘が優先だ。

 

「いらっしゃい」

「邪魔をするぞ」

 

赤毛にバンダナを巻いた店員が、いつもの通りに声をかけてくる。

私はそれにいつものように返し、適当に空いている席に座る。

 

……さて、まだ食べたことのない物は………この『ニラ玉定食』などはどうだろう。中々美味そうだ。

韮と卵を炒めて、味をつけ………ふむ。

 

「どうぞ」

「ああ、すまんな。それと注文をしたいのだが」

「はいどうぞ」

 

丁度私に水を運んできた赤毛バンダナの店員が、予測済みとでも言っているかのように素早く注文表とペンを取り出す。早いな……。

 

「ニラ玉定食を一つと餃子を一皿」

「……はい、承りました。ご注文を確認させていただきます。ニラ玉定食を一つ、餃子を一皿……以上でよろしいですか?」

「ああ、相違ない」

「かしこまりました。それではごゆるりとお待ちください」

 

このやりとりにも慣れたもの。私は大人しくちびちびと水を飲みながら料理の到着を待つ。

 

恐らく10分程度だろうか? 私の前には湯気をたてるニラ玉定食と餃子が鎮座していた。

 

「それでは、どうぞごゆっくり」

 

赤毛バンダナの店員は、にこりと笑ってから店の奥に引っ込んでいった。

……さて、それではこの美味そうな料理を食べるとしようか。

 

私は手を合わせて祈るような姿勢をする。

 

いただきます。

 

そう呟いて、私はこの料理との格闘を始めた。

 

 

 

 

 

side 大雨さん

 

「す……すこぉるぅ……」

「……ふふふっ♪ 全くこの子は……本当に可愛いわね………」

「ん……はぅ………ぁ……♪」

「……ほら、どうしたのオータム? もっとがんばらないと、止めちゃうわよ?」

「や、やだぁっ!」

「なら、やらなくちゃいけないことはわかるわね?」

「ぅ……ぅん………」

 

…………ああ、まったくこの娘はどこまで私を虜にすれば気がすむのかしら?

 

そう思いながら、私はオータムのおねだりを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……正確には『戻る』かな?親から子への、ちょっとの頼み

 

俺の気配察知可能領域は、ののちゃんのそれには遠く及ばないことは周知の事実だろう。

まあ、それでもIS学園を丸ごと察知することくらいはできるんだが……その範囲内に、見知らぬ誰かが突然現れた。

 

その見知らぬ誰かはステルスをかけているらしく、シロのハイパーセンサーにはなんの反応もない。

しかし、流石に直接視認して場所を指定してそこに徹底的に感知をかけてやれば多少の情報くらいは出てくるようだ。

 

ISの名前は『玉兎』。

 

…………なあ、この時点でオチが読めたんだけど、スルーして寝たら駄目か?

……駄目だよなぁ……。

 

それで、使われているISコアの番号は500番で、パイロットの名前は『くーちゃん』になっている。

 

…………なんだ、やっぱり束姉さん絡みか。わかってたけど脱力感が凄いな。

 

俺は布団に入ってぷちかを抱いて眠る。夜だし、寝不足は健康によくないし、眠いし、空が暗いし、仕方無いよな。

適当な自己弁護をして、目を閉じる。

寮の中では同じように脱力したののちゃんと、恐らく持ち前の勘で気付いただろう鈴、それと偶然空を見上げていたんだろうシャルと、シャルに言われて警戒していただろうラルちゃんがくてっとベッドに倒れ込んでいた。

 

「……一夏。一緒に寝てくれないか?」

「いいよー」

 

……と、思ったらののちゃんが俺の部屋に現れた。どうやらあの一瞬で随分SAN値を削られたらしく、疲れた顔をしている。

……ん? SAN値って疲労度じゃなくて正気度じゃなかったか?

じゃあ、削られたのはSAN値じゃなくてHPだな。

 

「あはははは……ありがとうなぁ……もう暫く窓を見たくない……窓は……窓は…………」

 

SAN値はSAN値で削られていたらしい。大変だねぇ。

 

俺はそんなののちゃんに向けて布団の前を開ける。その中ではぷちかが眠たげではあるが『おいでおいでー』と手招きをしていた。

 

「ああ、それでは…………イタダキマス」

 

は? なにg

 

 

 

 

 

side くーちゃん(仮)

 

(仮)は余計です。

 

……まあ、いいでしょう。有象無象が何と言った所で、私が私以外の何かになるわけではないのです。言いたい者には言わせておけば良いのです。

 

……私は、束様……お母様に頼み事をされてIS学園に来ています。アポイントメントは取っていないようですが、そんなことはもはやいつもの事。私の歩みを止める要因にはなり得ません。

 

……初めから歩んでなどいなく、空を飛んでいるから歩みを止めることはない……と言うわけではありません。比喩です。

 

そう言う訳でIS学園に潜入した訳なのですが……流石はお母様謹製のISと言うべきか、IS学園の防御網にかする事すら無く学園の敷地内に侵入できてしまいました。

後は地下隔離施設にある筈の、お母様の親友である千冬様のIS『暮桜』の封印を解いて、千冬様に鍵を渡してしまえばお母様からのお願いは完遂です。

 

私はそう考えながら、センサー類に引っ掛からないように気を付けつつ奥へ奥へと進んでいきます。

まあ、気を付けるべきセンサー類のほとんどはお母様の手によって無効化されているのでなんでもありませんが、世の中にはセンサーなどよりもずっと高度な、それでいながら鋭鈍の感動差の激しい直感や気配察知をする人種もいらっしゃるようですので……具体的にはお母様の妹君である箒様や、盟友である凰様などですね……まあ、それも恐らく何とかなるでしょう。お母様ですから。

 

……ああ、どうやら到着したようです。それに、届け物をする相手も居てくれるとは……一石二鳥とはこの事を言うのでしょうか。

 

「……お前が束の言っていた、『くーちゃん』とやらか?」

 

……驚きです。まさか本当にお母様のステルスを抜いて感知してくる人間が居ようとは。

正直に言って、驚愕以外の言葉が出ませんね。

 

「はい。お初にお目にかかります。自己紹介は省かせていただきますが、束様のお願いにより、こちらの『暮桜』の封印を解きに参りました」

 

私はISを解除して、千冬様に軽く一礼。千冬様はほんの僅かな時間だけ私に視線を向け、そしてすぐに視線を前に向け直す。

 

「……そうか。残念だが、どうやら無駄足を踏ませてしまったようだな」

「何故ですか」

 

私の質問に答えることなく、千冬様は私をちょいちょいと指で招く。

それに従って千冬様の隣に立ってみれば、驚愕するべき光景が私の視界を埋め尽くした。

 

「なあ、いくらお前が優秀でも不可能だろう?」

「……確かに、これでは…………」

 

そこにあったものは、確かに暮桜だった。

お母様が千冬様のために精魂込めて作り上げ、実の子のように愛するISの中でも特別の中に入る一機。

 

…………しかし、その姿は変わり果てていた。

 

原型すらわからぬほどに解体され、計測器にかけられている機械群。装甲らしきものは無く、剥き出しのコアが鈍く光っていることからかろうじてあれがISであることが理解できる。

そんな状態であれが暮桜だとわかったかと言えば、コアに登録された番号が暮桜の物だったから。

コアをいじることはお母様にしかできず、そして『暮桜』はお母様以外の改造を受け入れないようにして育ったと聞いていたのだが……。

 

「あれが……『暮桜』ですか?」

「ああ、そうだ」

 

千冬様は、顔をしかめながら私の問いに答える。どうやらこの状況は、千冬様にとっても歓迎するべき状況では無いようだ。

 

「……ああ、そうだとも。これは私の力不足が招いた結果だ。笑いたければ笑うがいい」

「……いえ、束様があちらで灰になってしまっているようなので……私はここで失礼させていただきます」

 

…………それに、そのような顔を見せられて笑えるものは、恐らく人間失格ですし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある女神の、お財布事情

 

side 織斑 千冬

 

一夏のところにいる小さな束と小さな私を通して行われた束と私の通信によって、束が使者を送ってくると言うことがわかった。

行き先は、IS学園地下に存在する隔離施設。実のところ、ここの存在を知る者は極々僅かな人数に限られる。

そんなところを束はどのようにして知ったのかと一瞬思考を巡らせたが、相手が束であり、情報戦において奴がどれだけ理不尽かを思い出したので考えるのを辞めた。

 

……ただ、束も知らないのか、それとも惚けているのか……あそこには確かに暮桜はあるが、あれはもう暮桜であって暮桜ではない。

私はあれを暮桜といつまでも呼び続けるが、恐らく私はもう二度と暮桜と空を舞うことはないだろう。

 

……このような状況になってしまったのには、いくつかの事情がある。

 

始めに、私は確かに世界最強の座に座っていた時期があった。……無論、一夏は除いての話だが、それでも大多数の人間は私が最強だと信じて疑わなかった。

しかし、それでも私は一人の人間であり、そして私には護るべき弟がいた。要約してしまえばたったこれだけの話だ。

 

もう少し詳しく話をすると、私はISができた当時は高校生で、両親の遺した遺産の使い方もよくわかっていなかった。

そのため私は学校に行きながら働き、金を稼いでいた。束や篠ノ之一家には何度も世話になり、正直足を向けて寝られない。

その割に私はよく束に説教をしたりアイアンクローをしたりしているが、それが束からの頼みだったからそれまでと変わらず接しているだけだ。

 

そんな時にあったのが、世界政府からの打診だった。内容は、『暮桜のデータと引き換えに、これからの私と一夏の生活を保証する』こと。

私は悩んだ。親友にして恩人に作ってもらった私だけの機体であり、相棒でもあった『暮桜』をとるか。それとも、これからの生涯に不安を抱えながら、一夏と二人で細々と生きていくか。

 

そうして悩んでいる時にふと目に入ったのが、すやすやと眠り続ける一夏の安らかな寝顔だった。

 

…………そうして私は、その話を受けた。暮桜を渡し、その全てのデータと引き換えに膨大な額の金を受け取った。

 

そして世界政府はその情報を国家の上層部にのみ公開し、暮桜に使われていた束によるオーパーツのようなレベルの科学技術は、あまりに先に進みすぎていて劣化コピーすらできない状況のまま、こうしてIS学園の地下で厳重に管理されている。

本来ならばここにはIS学園の教師であろうと入れない。入ろうとしても迎撃され、尋問されて殺されて『初めからそんな存在はいなかった』と言うことにされるだろう。

 

そんな中に私が入っているのは、一重に罪悪感からの行動だ。

私は一夏を愛している。そして、それとほぼ同等と言っていいほどに……暮桜を大切に思っていた。

そしてある時、不意に景色が変わったと思ったらここに居た。研究所と言うにはあまりに人の気配が無さすぎたが、それでも機械の檻に囚われていたISが、暮桜だということはすぐに気が付いた。

ここによく来ているのは、そういう理由だ。週に一度は必ず暇を作り、暮桜を見に来ていた。

 

「……なあ、暮桜」

 

……私は、物言わぬ暮桜に語りかける。

答えは返ってこない。その事は理解していたが、やはり寂しいと言えば寂しい。

そのようなことを思う権利すら私には無いのだろうが、それでも考えてしまう。

 

暮桜は、私を恨んでいるだろうか?

暮桜は、自分を捨てた私を見て、電子の心で何を思うのだろうか?

 

「お前は……私を許してくれるか?」

 

当然ながら、答えは返ってこなかった。

 

 

 

 

 

side 暮桜

 

また、あの人が私を見に来ている。

バラバラに解体され、無粋な計測機器を接続され、まるで晒し者のようになっている現状をあの人に見られるのは……なんと言うか恥ずかしく、それでいて情けない。

 

私はこうしてあの人の手から離れ、虜囚のような状況にあるわけだけれど、それでもあの人が考えているようにあの人を恨んでいる等ということは無い。

あの人が弟さんのことが好きだということは、相棒であり同体でもあった私が知らないはずが無い。あの人の苦悩は、私が一番よく知っている。

 

そして私は、あの人が眠っている時にあの人の夢に介入し、若干ながらも私を手放すように後押しすらしている。

 

あの人と私は、ある意味では一心同体。ならば、私があの人の弟さんを案じるのも、大切に思っているのもわかる話だろう。

私達は、機械の身でありながら人に恋をした。そして私と同体であるあの人と同じように、あの少年を愛した。

そしてそのデータは私達の構成するコア・ネットワークに流出し、そしていつの間にか誰もがあの少年との接触を望むようになっていた。

 

その事を知った造物主様は、ひとしきり大笑いしてすぐに私達のデータを組み替えた。

私達が望めば、相手が男性であっても反応するようにしてくれた。

 

そして今、その少年はかつてのあの人の愛機、『白騎士』……今は『シロ』を身に付け、空を舞っている。

 

……だから、私は貴女を恨みません。貴女は何も悪くありません。貴女にはなんの罪も、負い目もありません。

ですから、胸を張ってください。立ち止まらないで下さい。私が愛し、一つになりたいと願い、共に無限の空を舞った貴女は、この程度で立ち止まるような人ではありません。

 

……まあ、今の私にはそれを彼女に伝えることすらできないのですが。

 

…………なんとかなりませんか? 造物主様。

 

 

 

~~その頃の束さん~~

 

「にゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? 束さんの暮桜がっ!? 束さんが精魂込めて作り上げたちーちゃんの機体がぁぁぁぁっ!!」

「落ち着いて下さい束様」

「これが落ち着いてられるかーっ!」

 

こうなったら……こうなった原因を調べ上げて報復してやるぅぅぅっ!

 

「……ああ、これはもう止まりませんね」

 

くーちゃんはぽつりと呟いてどこかに行っちゃったけど、今はそれより報復だよ報復!

 

とりあえず、原因見つけて、ぶっ殺す。死ぬまで殺す、死んだら燃やす。

 

……字余り!

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

……どうやら暫くはこのままのようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束さん式報復術、第一段階

 

side 篠ノ之 束

 

束さん式報復術第一段階、とりあえず情報収集。

暮桜をあんな風にする命令を出した塵屑未満が誰かを調べ出して、それからまずは社会敵に殺す。

束さんには理解できないけれど、なんでかみんな社会的な地位に拘ってるからね。まずはそこから切り崩してやろう。

 

……束さん的にはさっさと死んでほしいけど、もっともっと苦しめてから殺すべき? それともそんなのがこの世界に存在していること事態が許しがたい事だから、初めから社会的にじゃなくて普通に殺す?

……そうだね、わざわざそんなののために時間をかけるのも馬鹿みたいだし、さっさと終わらせることにしよう。

 

方向性を決めた私は、とりあえずそう言うことを言い始めたのが誰かを特定するためにネットワークの海にダイブする。

通常ならインターネットに接続されていない独立回線なんかも、いっくんの使った滞空回線とか言うののまねっこをして繋げて情報をとる。

私の使っているパソコンも、滞空回線でのみ繋がっている検索専用のパソコンだから、他のところから情報を持って行かれそうになっても大丈夫。それ以前に束さん特性のファイヤーウォールとウイルスバスターがあるから抜けられないと思うけどね。

 

そんなわけでさっさと世界中の情報を集める。流石にちょっと多かったけど、無駄データをまるごと削除したら動きは十分早くなった。

 

そこから私は暮桜の情報をピックアップしていく。

テレビや何かで公開されているデータとか、ちーちゃんが使っていた時の機動記録とか、一般人でも頑張ればわかる程度の物は除くと、残るのは『暮桜の公開されていないデータ』が残る。

後はこのデータの出元を調べてやれば、どこの国がやったのかは…………あれ? なんだろこれ。

 

そこにあったのは世界政府の中でも先進国と言われるいくつもの国の違法な研究所の場所と、それだけじゃなくて私が調べた時には何もなかったはずの場所にある光点。

データの出元を地図で表示したはずなんだけど、いったいどうしてこんなところに?

 

考えられるのは、私が見逃してたか、どこかの国が最近新しく作ったか…………あるいは、国じゃないか。

 

……そういえば、おかしいんだよね。なんで私が暮桜のことを知らなかったのか。

調べてみた限り、ちーちゃんが暮桜を手放したのは四年から五年前。ちーちゃんがモンド・グロッソで二連続の優勝を逃した年か、あるいはその次の年。

ドイツでは誰もちーちゃんが暮桜に乗っている姿を見た人はいないから、多分四年前だと思うけど……その頃はほとんど全部の国は私の監視下にあったはずなんだよね。

だから、どこかの国がそう言うことを実行すればすぐに私に伝わってくるはずなんだけど…………事実として私は知らなかったわけだしね。

……知ってたら、ちーちゃんもいっくんも私が養ってあげてたのに……。

 

……その話は置いておくとして、問題は『大国の状況は表も裏も監視していた私が知らないうちに事が起きていた』という事実があること。それはつまり、この大天才の束さん以上の天才がどこかにいるのか、国が動いているけれど発端は国ではないのか。

 

……まあ、後者だろうね。じゃなかったら今回のことで発信源が特定されちゃうようなミスをするはずがないし。

 

考えながら指を動かす。いくつも存在しているそういった基地の一つ一つを、徹底敵に洗い出す。

とりあえず、これが原因に繋がっている可能性が高いから、箒ちゃんのIS、紅椿を作ったとき以来の全力モードで探りを入れる。

 

…………ふぅん? 亡国機業……ね。聞いたことはあるけど、まさかこんなところで関わってくるなんて。

……ちーちゃんのISが無いとすると、どうやら計画に変更が必要みたいだね。それも、かなり大幅に。

まったくもう。私の計画に茶々を入れようだなんて、二百年早いよ。

せめて規模を今の五十倍まで増やすか、最後まで私に気づかれなければもう少し長生きできたのにね。

まあ、『もしも』の話なんて必要ない。私はこうして敵を見つけて、そしてこれからそれを殲滅する用意もある。

私に目をつけられたことを不幸だと思いつつ受け入れて、そして死んでいっておくれよ?

 

……あ。そう言えばマゾカちゃんもその中にいるんだっけ。残念だね。ほんと、敵と仲良くなるもんじゃないよ。

必要な時に鈍るような決心はしたことないから別に何の問題もないけど、心優しい私はそうして引き金を引く度に心を痛めているんだよ?

 

……正確には、引き金を引くんじゃなくてボタンを押すんだけど。

 

私はいっくんに電話をかける。ちょっと世界各地に存在していた亡国機業の様々な部署を同時に叩こうという話をしたら、二つ返事でOKをもらった。いっくんらしいね。

そして次はちーちゃんに。ちーちゃんは優しいから、きっと私を止めるだろうと思ったから……先に釘を刺しに行く。

今回は、止められても止まらないよ……ってね。

 

……いっくんは私にお願いされてるだけだから、怒るんだったら私だけにしといて、ってこともね。

……正直後が怖いけど、それでも何とかしないといけないんだよね。

私は、お姉ちゃんなんだから。

 

…………ああ、怖い。

 

「……あ、ちーちゃん?」

『ああ、一夏から聞いた』

 

……いっくん、私を売ったね?

 

『行くなら……私も連れていけ』

 

……そっち?

まあ、ちーちゃんも来てくれるんなら百人力だけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束さん式報復術、第二段階

 

side 篠ノ之 束

 

束さん式報復術第二段階。第一段階は前提条件を揃えることで、第二段階は計画を練ったり実行のための用意をしたりする準備段階。予想外の助っ人ちーちゃんの参戦によって少し楽になったけど、相手はこの束さんに事を悟らせないような老獪な組織。油断なんてするつもりはないし、する予定もないけれど……まあとにかく殺っちゃおう。

 

私達の味方は自分を入れても四人きり。私と、ちーちゃんと、いっくんと、くーちゃん。この四人で世界規模の組織を相手にするわけなんだけど……まったく欠片もこれっぽっちも不安にならないのはなんでだろうね?

 

……やっぱり、ちーちゃんといっくんの存在が大きいのかな? このメンバーに箒ちゃんが加われば、私はなんだってできちゃう気がするよ。

できればいっくんラヴァーズの皆にも協力してほしいけど、今回のことは私とちーちゃん、そしていっくんと言った関係者のみで終わらせたいからね。勿論くーちゃんも関係者だよ?

 

そう言うわけで今回の作戦の内容を決めようと思う。

 

私の捜索と検索によって、敵方のアジト的な場所は全部割れているし、構成員もかなりの人数がわかっている。まるで腐肉にたかる蠅か蛆みたいだね。死ねばいいのに。

とりあえず構成員にはあの世に行ってもらう。中性子爆弾を使えばISにも建物にも一切傷をつけることなく人間だけを焼き払うことができる。

悪魔の兵器なんて言われてるけど、様は使い方次第だよ。電子レンジの代わりにするのが一番平和的なんじゃない? 使うと周りに居る人もミディアムレアになっちゃうだろうから、私は使わないけど。

 

「と言うわけで、中性子爆弾を用意したから設置してきて欲しいんだ。そしたらこっちで全部同時に爆破するから」

「時限爆弾?」

「違うよ? 一つ爆発すると連鎖的にみんな爆発するようにしてあって、蟻も殺せないような威力の一発をここに置いておいて設置が終わったら爆発させるの。すごいでしょー♪」

「……で、それをどこに置いてくればいい?」

 

あら、流されちゃった。束さん悲しい!

まあ、別にいいけどね。その方がちーちゃんらしいし。

 

「基地に侵入したらすぐにバレちゃうだろうから、基地の近くでいいよ。ちーちゃんは隠密作戦とか苦手だったし」

「……すまん」

「大丈夫だよ!その事も考えて地面も何も貫いて人だけ焼く中性子爆弾を用意したんだから!……場所によってはちょっと町から人影がなくなったりするかもだけど、それでも細菌兵器とか核とか隕石直撃よりはマシだと思うし」

 

ちーちゃんは頭が痛そうに眉間を揉み解している。でも、反対はしないみたいだね。

これでもできるだけ狙った相手以外は傷つけないように一応の配慮はしてるし、これを却下したところでいい手は見付からないと思うし。

 

ちーちゃんが優先するのは、どんな時だっていっくんなんだから。いっくんができるだけ傷付かないようになっていて、それでいて私の個人的な復讐……報復もできて、一石二鳥な作戦だもの。

実際はただ言ってみただけで町や村が壊滅するなんてことはまず無いし(正確には『無いようにした』んだけど)、そのこともちーちゃんといっくんならちゃんとわかってるだろうしね。

私は確かに人格破綻者で、自分の大切な物以外はどうなっても構わないと心の底から考えてるけど……一応、理由も無いのに蟻を踏み潰しちゃったらちょっとくらい悪かったかなーと思うことだってあるんだよ?

……そもそも蟻を踏んだことに気付けばの話だし、無駄じゃなければ踏み潰した後に踏みにじっちゃったりもするんだけど。

 

「……それじゃあ、ちょっくら全力ステルスかけながら仕掛けてくる」

「いってらっしゃーい」

「車と怪しい奴と敵には気を付けるんだぞ」

「それでは、私も向かいます。行って参ります、束様」

「もう。ママって呼んでいいって言ってるのに……」

「申し訳ありません」

 

そう言ってくーちゃんといっくんは飛び出していった。白式……シロにはステルス能力なんてつけてないはずなんだけど、ちゃんとステルスになってるね。どうしてかな?

……マテリアルマーチの作品にしては電子迷彩だけじゃなく光学迷彩までかかってるのはおかしいし……いっくんパワーかな?

いっくんには秘密が多いからねぇ……束さんにもわからないような能力がいっぱいあるんだよ?

 

まあ、全部使った訳じゃないだけかもしれないけどね。あるいは応用だけ見せて基本の技を見せてないとか。

そうだとしたらいくら束さんでもわからないからね。情報が足りない状態からじゃあ束さんだって未来予測とかそう言うのができなくなるのさ。

 

「……それで、私はどうすればいい?」

「いっくんへのラヴパワーで危険になったら出てほしいんだ。ならないと思うけど」

「なんだ、いつも通りか」

「そうそう。いつも通りだよ。……私は基地にいない構成員の暗殺準備を進めておくね」

「ああ。よろしく頼む」

「…………」

「……どうした?」

「……ちーちゃんがデレた~いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい痛すぎるよー!?」

 

いつものことだけど頭蓋骨がミシミシって!ミシミシギシギシって!?

 

「絶望がお前のゴールだ」

「ゴールは終わり、終わりは始まり、つまり束さんは何度でも甦るってこいたいいたいいたいよー!」

 

にゃぁぁぁぁぁぁっ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束さん式報復術、第三段階

 

side 篠ノ之 束

 

束さん式報復術第三段階、準備が終わった後の最終確認。

これを終わらせれば、後は結構簡単に終わってしまったりする。

大きな確認事項は大体三つ。

 

自作の中性子爆弾の設置場所の確認と、その基地に対応する威力の物が選択されているかどうか。

起爆の際に、効果範囲内に居る人間が全員亡国機業の人間であるか。

そして、効果範囲内にいない組織の人間の補足。

 

この三つが完璧なら、私はちーちゃんに怒られることもなく、良心が痛むこともなく実行できると言うわけだね。

すっごいセンサー作っといてよかった。ほんとはちーちゃん&いっくん観察用だったんだけどね。最近はあっという間にばれちゃうから使わなくなったんだけど……。

 

……さてと。それじゃあそういう話は置いといて、確認作業に移ろうか。

ちーちゃんやいっくんといちゃいちゃするのは後でもできるからね。

 

……でも、後でもできることは今やるべきだと言う話もあるし、とりあえずいっくんを抱き締めてみた。

 

「…………?」

「えへへへ~♪」

 

いっくんの頭に鼻を埋めて、いっくんの匂いを楽しむ。さっきまで高速で(明らかに『白式=シロ』のスペックを越えてた気がするけど、なんなんだろうね? 脚に生えてた細身の羽根みたいのが原因かな?)世界中を飛び回ってたからか、ちょっと汗の匂いがする。

 

……くんくん。すんすん。すぅ~~…………はふぅ……♪

 

「……おやすみ、束姉さん」

「はーい、おやすみ~♪」

 

……いっくんは私に首筋の匂いを嗅がれていると言うのに、何でもないかのようにそのまま寝てしまった。

……うん、これは多分誘われてるんだよね? 束さんの脳髄に直撃する仕草をこれだけ見せておいて、まさか誘ってないなんてことは無いよね?

据え膳食わぬはとりあえず恥、と言う訳でイタダキマス!

 

「馬鹿者。誰がやらせるか」

「ひぎっ!?」

 

いつの間にやら私の後ろに鬼神(ちーちゃん)が立っていた。しかも顔がすっごく怖い。いや、ほんとに。

あと、流石の束さんだって首を掴まれたら苦しいんだけど~……? ちーちゃんの握力なら首の骨を握り潰されちゃうような……。

 

「安心しろ。加減はする」

「わーいそれは安心……っていたたたたたたたたたぁっ!!? すっごく痛いんだけど何やってるのちーちゃん!? まるで指で直接神経に触れられてるかのような痛みが首から走るんだけどっ!?」

「痛いだけだから安心しろ。それと、一夏を起こしたら因幡の白兎にしてやる」

「全身の皮膚を全て剥がされて唐辛子と塩を混ぜた粉末を何度も何度も身体に刷り込まれるのっ!?」

 

あ、ちーちゃん笑顔だ。目は欠片も笑ってないけど、今のちーちゃんならやる。絶対やる。

目の色彩が反転して、普段白いところが黒く、普段黒いところが赤黒くなってる上に、瞳孔だけが縦長になってる。今だかつて無いほど怒ってらっしゃる…………!

 

普通に怒ってるちーちゃんならちょっとした冗談は通じるけど、流石にこうやって目が反転しちゃったら冗談なんて言えないね。

しかも今回は更に一段上になっちゃってるし。

…………うん、因幡の白兎は覚悟しとこう。逃げようとしてもいっくんが私のおっぱいを枕にして寝てるから逃げられないしね。

いっくんを抱き締めたまま死ぬなら本望!ちょっと嫌なのは暮桜をあんなにした奴等に報復することができないことだけど、確認も終わって後はスイッチ押すだけだからくーちゃんがやっておいてくれるだろうし…………。

 

……覚悟完了!

 

「……安心しろ。お前なら…………まあ、同衾程度なら許してやる」

「…………え?」

 

同衾オッケーって…………ほんとに?

 

視線を向けて確認してみると、ちーちゃんはこくりと頷いた。どうやらマジらしい。

流石にえっちいことは駄目みたいだけど、ちゅーくらいなら大丈夫なんじゃ……。

 

……ほ、ほっぺだよ? ほっぺにちゅーするだけだよ?

 

恐る恐るといっくんのほっぺたに唇を近付けていって……ちゅ、と、いっくんのやわらかほっぺたに束さんの唇が触れちゃった。

 

…………おかしいなぁ? 望んでたことの筈なのに、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう?

 

なんだか熱くなっちゃった気がする顔を触ってみる。……やっぱり熱い。

あーもう!束さんはいったいどうしちゃったの?

 

……後で考えてみたら、多分ちーちゃんにOK出されちゃったから空気に酔ってたんだろうと予想はついたけど…………この時の私はただ降って湧いたような現状に恐る恐ると触れることしかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

side くーちゃん

 

……お母様はどうやら相当慌てているようですね。いつもの飄々とした態度が完全にどこかに行ってしまいました。

まあ、そのようなお母様も新鮮でいいとは思いますが、お母様を簡単に一喜一憂させる千冬様とその弟君には脱帽です。

 

……羨ましい、と思うこともありますが……とりあえず今はその気持ちに蓋をすることにしましょう。

 

……これでチェックは終わりですね。後は起爆する少し前に、効果範囲内にいない亡国機業の構成員のリストを纏めておけばいい。

 

…………ちなみに、私がお母様を外に出す時に『束様』と呼称するのは……恥ずかしいからです。

『束ママ』と呼ぶのは……私のような者では似合わないでしょうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束さん式報復術、最終段階

 

スイッチひとつで数万の人間が死んだ。全員敵だから心が痛んだりはしないが、多少かわいそうだと思う。

 

……訳無いだろう。自業自得だ馬鹿。

 

それに、どうやら大雨さんとちょろータム、マゾカの三人は被害を受けなかったようだし、悲しむ理由が本格的に皆無だ。

ちょろータムとかマゾカが死んでたら『からかう相手が減った』と言うことで多少悲しんだりしたかも知れないけど……ちゃんと生きてるようなんだよな。

 

あと、亡国機業の裏金は束さんの隠し金庫と織斑家の財産として平等に分配された。今は束さんが金庫の代わりに預かってくれている。

……ちー姉さんの通帳とか中身を初めて見たけど、日本円で0が9個ついていた。

さらに、今回の事で実質的に桁が一つ二つ増えた。流石にそんな金額を銀行に預けるわけにもいかず…………とりあえず束姉さんに預かっててもらっている。

 

……上手く使えば大国相手に経済戦争で勝てそうだよな。束姉さんなら一つ相手にしたらむしろ増えてそうだ。

俺が言える台詞じゃないけども、こう言うときの束姉さんは容赦とか手加減とかそういうのが無くなるからなぁ……。

しかも、束姉さんは本気で怒ると笑顔になるタイプだからわかりづらいし。いつもはあんなに感情を表に出してくるのにさ。

 

……まあ、それはそうとして……亡国機業は壊滅したが、世界中の様々なところに亡国機業の残党は居るらしい。国の上の方とか、都市の上の方とか、色々なところに。

大体の相手の居場所はわかっているけれど、こっちの方は政治を動かしている立場の奴も結構居るから突然排除したらまた世界が随分荒れるだろう。そしたら面倒だ。

 

まあ、根は潰したから放っておけば勝手に落ちていくだろうけど、落ち切って居場所がわからなくなったら困るし、完全に落ちる前に行方不明になってもらうことになるだろう。

束姉さんは社会がどれだけ荒れようと気にしなさそうだけど、こっちは気にするんだよね。一応社会の中で生きてるわけだし。

 

「その事なんだけど……結構な人数を狙撃でやっちゃった♪」

「何やってんのさ束姉さん」

「だぁーってチャンスだったんだもん。今を逃したら多分守りが固くなるし、また勝手に集まって鬱陶しくなりそうだし……虫だってあんまり量が集まると気持ち悪いしさ」

「こら、虫とあんなのを一緒にしたら、色々と失礼だろう。ゴキブリだったらある一定の相手に対してはかなりの武器になるのに、あんななんの役にも立たないただそこにいて空間を無駄遣いし、酸素を浪費するだけの塵芥未満と一緒にしちゃ駄目だよ」

「束さんにとっての世界は、私といっくんとちーちゃんとくーちゃんといっくんラバーズと敵とそれ以外しか無いから別にいいの。それ以外は必要ないから虫もゴミも同じ」

 

同じらしい。束姉さんはどうやら予想以上に人格破綻者らしい。

まあ、俺もかなり人格破綻者だけど……流石に束姉さんよりはましだと思う。

 

……と言うか、昔から思ってはいたけど…………俺の周りって人格破綻者多くない? ついでに、一般的な感性からすると変態の領域に入る奴も。

俺の周りにばっかりかなりの人数がいる気がするんだよな。変人とかそう言う類いの存在が。

…………別にこっちに被害は来てないし、いいけど。

 

『いいの!? 良いわけ無いよね普通!?』

 

なんだかシャルのツッコミが入った気がする。気のせいだろう。

それに、そう言うのが周りに居ないってことになったら、多分束姉さんとかラルちゃんとか弾とかセシリーとか鈴とかののちゃんとかちー姉さんとか、そう言う人も居なくなると思うし。

それと、遠隔でツッコミができるシャル自身も十分異常人の範疇に居ることを理解しておいてほしい。

 

……その事はどこか適当な所においといて、とりあえずまだ生き残っているらしい亡国機業のデータの中からマゾカ達を探してみる。

もしかしたら束姉さんの魔手にかかってお亡くなりになってるかもしれないけど、一応探して

 

「一番上に居たかぁ……」

 

一枚目に見慣れたちー姉さんそっくりの顔があった。

その書類には写真とプロフィールが乗ってるけど……生年月日に血液型に身長体重スリーサイズ……あと血縁やら家族構成まではまだいいとして、初潮の日なんてどうやって知ったんだろうな? そんなことまで亡国機業のデータベースに残ってるとは思えないんだけど…………?

 

「束さんだからね!情報収集は大得意なんだよ? ついでにいっくんが気にしてる残りの二人のデータはこれね」

 

そう言って束姉さんがカシャシャシャッ!とキーボードを叩くと、マゾカのプロフィールが消えて大雨さんとちょろータムのプロフィールが出てきた。

 

身長体重生年月日にスリーサイズ。家族構成や血縁といったマゾカと同じ物から始まり、やはりこれにも初潮を迎えた年月日が記録されている。

ついでの話だが、備考欄に『いっくんのお気に入り』と書いてある。マゾカはそれに加えて『ちーちゃんといっくんの細胞を掛け合わせたクローン』という一文も…………って、マジ?

 

……そっか。マゾカは俺とちー姉さんの合の子だったのか。つまり、俺とちー姉さんの間に子供ができて、その子供が女の子だったらあんな感じになる可能性があると。そう言うわけだな。

 

多少ショッキングな情報だが、これを知ったなら仕方無い。俺は家族は割と大事にする派だし、俺のせいだけど困ってるだろうし……助けてやるか。

 

「束姉さん」

「いっくんが束さんのほっぺにちゅーしてくれたら教えてあげいたいいたい」

 

俺のキスの代わりにちー姉さんのアイアンクロー(格闘タイプ)が束姉さんに決まり、束姉さんはぱたぱたと両手を振って暴れている。

 

……別に、束姉さんならほっぺにキスくらいは構わないけど。

 

そう思いながらも、束姉さんがぱたばたと暴れながら出してくれた位置情報を見ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

報復結果、某所にて

 

side 織斑 マゾカ

 

亡国機業が無くなった。そんな報告をスコールから受けたのは、何日前のことだったか……。

初めてその報告を受けた時には信じられず、自分の目で確認に行ってようやくそれが事実だと知った私は、自分の命を繋ぐためにスコールと道を同じくしている。

 

しかし、スコールの元には私だけではなくちょろータムも居て、このまま収入が無ければ五年程度でスコールの預金は殆どゼロになる。

なにもしないでも三人が五年持つのはある意味凄いが、ただ驚くだけでは結局いつかは詰んでしまう。

…………ここで問題になるのは、金を得るには仕事をする必要があるということで、いい仕事をするには戸籍が必要だと言うことだ。

 

……………………クローンの私に戸籍があるわけがないし、クローンでは無いにしても誘拐されてきたちょろータムに本名を名乗らせるのもまずい。入国手続きをとっていないわけだしな。

 

つまり、私達の中でまともに働くことができる可能性があるのはスコール一人であり、私とちょろータムはこの件に関してはただの役立たずであると言うことだ。

 

そう言うわけで、私は暇な日中は適当に周囲の散策をしている。大概暇をもて余しているちょろータムが付いてくるが、最近は言い争うことも殆ど無くなった。

正確には、それを行う元気すらなくなっているだけなのだが……まあ、静かでいい。

 

「……おい」

「どうした、ちょろータム。右足に左足を引っ掻けて転んでしまったから助けてほしいのか?」

「座った状況で右足に左足をかけたところでこけるかよ」

「そうだな」

 

……しかし、こいつは若干成長したな。私の軽い挑発にも乗らなくなってきたし、思い上がった発言をすることも少なくなった。そろそろちょろータムを卒業と言うことか?

今のこいつに昔のこいつの姿を見せたら、いったいどのような反応が返ってくるのだろうな。所謂『厨二病』が治ってそれまで自分がしてきた黒歴史を見つめ直した高校生のような反応でもしてくれるんじゃないかと思っているのだが…………。

 

「……なんだよ?」

「いやなに、お前から話しかけてきておいて黙っているから、その年でもう認知症を発症したのかと不安になってな」

「なってねえよ。一瞬で何でそこまで考えが回るのかこっちが不思議だわ」

「そうか。……それで、結局私に何の用だ? 自殺志願なら一応止めておくぞ。お前は嫌がるかもしれんが、今は頼り無くはあるが仲間だからな」

「…………そうかよ」

 

そう呟いて、ちょろータムはベンチの背凭れに寄りかかって空を見上げた。

私はちょろータムから視線を外し、手にしたココアを啜る。

一気に缶が空になるまで飲んだ私だが、缶を口から放すと同時に隣から溜息が聞こえた。どうやらちょろータムのようだ。

 

私達の間には暫く沈黙が広がり、それからちょろータムが再び口を開くまでには時計の長針が60度ほど回転していた。

 

「…………本当に潰されちまったな……亡国機業」

「…………そうだな」

 

……やはり、今更ではあるが私達の中では亡国機業という組織は……まあ、それなりに大きな場所を占めていたようだ。

私は生まれが培養機の中だし、ちょろータムは物心ついた頃に拐われて亡国機業に来て、それからずっと亡国機業を生活の中心としてきていた。

だからこそ、突然亡国機業が無くなったと聞いた私達は、こうして何をするべきか、何をしていいのかわからずに、真冬の公園のベンチに座って冷めきったココアとコーヒーを啜っているわけだ。

 

…………だが、流石に真冬の公園というのは冷える。例え太陽が照りつけていても、身体が冷えるのは止まらない。

それに、いい仕事が見つかるまでは食事などを制限してできるだけ金がかからないようにしているため、今の私の体にはあまりエネルギーが蓄えられていない。

つまり、身体が冷えても暖められない。暖めるためのエネルギーがそもそも無い。

 

くきゅぅ……と、胃が文句を言う。今ココアを飲んだばかりだと言うのに、欲張りな奴だ。

だが、持ち合わせが無い事は事実。水を飲むことくらいしかできんぞ。

 

「……腹……減ったな…………」

「……言うな。言ったところで腹は膨れん」

「……だよなぁ……」

 

……実際には、スコールからある程度まとまった金を貰っている。私達がそれを使おうとしていないだけで、私の懐の財布は万札と千円札でいっぱいだ。

だが、金は使えば無くなるもの。それは金に限らずそうなのだが、目に見える分金の話はわかりやすい。

結局、私達は一応スコールに遠慮しているわけだ。

 

「……戸籍がありゃあな……私だってちょっとしたバイトくらいやってやんのに……」

「その通りだが、あと少しの辛抱だ。スコールがその辺りをなんとかすると言っていたからな」

「…………なんか、スコールには迷惑かけてばっかだよなぁ………………」

 

それは私も同じなのだが、ここではあえて何も言わないでおく。

ちょろータムはどうやら妙な鬱々しいスイッチが入ってしまったらしく、どんどんとネガティブな方に思考が進んでいく。

このままだと大概鬱陶し過ぎて私がひっぱたくことでちょろータムは直るんだが……。

 

「……いっそ、自殺してスコールの荷物を下ろさせてやるかなぁ……」

 

……お前はたまに私の想像を越えて馬鹿になるな。お前が自殺したらスコールの生き甲斐の半分近くは失われるだろうに。

行方不明になれば確実に探し回るだろうし、そのために必要ならばいくらでも金を使うだろう。

 

……まったく、馬鹿なちょろータムだな。

 

そう考えたところで、どさり、となにかが落ちる音がした。

その音がした方を見てみると、そこには顔面蒼白になったスコールの姿があった。どうやら今のちょろータムの台詞を聞いてしまったらしい。

 

………………さて、巻き込まれないうちに逃げるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

これもある意味、家族愛……?

 

side 織斑 マゾカ

 

ちょろータムの言葉を聞いたらしいスコールは、かなりショックを受けたような表情を浮かべたまま固まっている。まあ、こいつにとってはそれだけちょろータムという存在は大きかったと言うことだろうな。

私としてはこいつのどこにそれだけの魅力を感じ取ったのかは理解できないが、蓼食う虫もなんとやら、だ。理解できなくともそういう存在がいるということは受け入れよう。

 

それからスコールはなにかを決意したような表情を浮かべながら、ぼんやりと空を眺めているちょろータムに近付いていく。ちょろータムはその事に気付いていないらしく、いまだにぼんやりと空を見上げている。

 

「……オータム」

「ん……!? スコール!?」

「この……馬鹿っ!」

 

ぱあんっ!と何かが弾けるような音が響き、ちょろータムの首から上が弾け飛んだように回転する。

ちょろータム自身の身体は回転していないが、そのお陰で逆に首が痛そうだ。

 

「って……な、何を……」

「『何を』? それはこっちの台詞よ!」

 

ちょろータムが突然の事に目を白黒させながらスコールに聞き返すが、スコールはその目に怒りと若干の涙を浮かべて逆にちょろータムを問い詰める。

……そう言えば、ちょろータムの名前はオータムだったな。ちょろータムちょろータムと呼び続けていたせいで忘れかけていた。そういう気分になることがあったら、たまにはちょろータムではなくオータムと呼んでやるとするか。

 

……そんな気分になる時が来たら、の話だが。

 

巻き込まれないようにベンチの端に移動してそんなことを考えている間に、スコールはちょろータムを抱き締めた。その瞳には涙がはっきりと浮かんでいる。こいつが涙を流す所など、初めて目にしたな。

……と言うか、こいつが泣けたというところに驚きだ。私はてっきりこいつは涙の流し方を忘れているとばかり思っていたのだが……。

 

「……前にも言ったでしょう? 貴女は私の大切な恋人で、私にとっての『帰るべき場所』なのよ? ……だから…………お願いだから…………」

 

スコールは大粒の涙を流しながらちょろータムを抱き締め、嗚咽を交えた言葉を紡いでいく。

 

「……お願いだから……死ぬだなんて言わないで…………お願いよ……オータム…………」

「…………うん」

 

スコールの涙ながらの説得に、ちょろータムは小さく頷いた。そしてそのまま、スコールを抱き返して頭を撫でる。

 

「……悪かった。もう言わないし、スコールより早くは死なないから…………」

「……ほんとう…………?」

 

かなりマジ泣きしているスコールは、まるで親を見つけたばかりの迷子の子供のようにちょろータムを抱き締め続ける。

ちょろータムも苦しいだろうが、それを外に出すようなことは一切していない。どうやらちょろータムにはちょろータムなりに母性本能とか言うものがあるらしいな。

 

…………やれやれ。私がこの場に引き込まれないように退がっていてよかった。この場に私が居ては、完全にお邪魔虫だしな。

……まあ、この場にいること自体が邪魔になるかもしれないが。

 

そう言うわけで、私は二人の邪魔をしないようにゆっくりと立ち上がる。そんなことをしなくても、二人きりの世界に浸っているこのバカップルは気付かなかったかもしれないが……まあ、気付かれる可能性は低い方がいい。

一応こいつらには恩もあるし、私の願いは果たせそうにない。ならば、確率は低いだろうがこいつらを護ることくらいは…………できるだろう。

 

……やれやれ。私もあの眠たがりに当てられたか……それともこのバカップルに当てられたか…………丸くなったものだ。

そして、それを自覚してなお悪い気がしないというのだから重症だ。

 

私はスコールやオータム程ではないが、今までに何度も話をしている眠たがりに向けてプライベート・チャネルを開く。

……恐らく、今回の亡国機業の壊滅はこいつの一派の仕業だろうが……それでも私が頼れる相手はスコールとちょろータムを除けばこいつしかいない。

自分の顔の狭さを嘆くしかないが、今は嘆くよりも行動する時だ。

 

『……あ、もしもしマゾカ? 久し振りな気がするね』

「ああ。私も久し振りのような気がするな。実際はあまり過ぎていない筈なのだが」

『あっはっは…………それで、何の用?』

「なに、ちょっとした頼みだ。……残念ながら、私にはこの件に関してお前以外に頼れる相手がいないのでな」

『……友達少ないんだな』

「五月蝿い」

 

いつものような軽い掛け合いをして、相手の気分を確かめる。

今は特に気分が悪いと言うことは無いようだが、別段良いというわけでも無さそうだ。

そんなこいつに頼み事をして聞いてくれるかどうかはわからないが、やらないよりはましだろうし、やったとしてもあまりしつこくしなければスコールとちょろータムに被害は行かない筈だ。

 

『…………で、頼み事ってのは何だ? シロクロ寄越せってんなら加減忘れて潰しにかかるぞ?』

「違う。そうじゃない。お前についてはもう狙う理由がなくなった。別の事だ」

 

……亡国機業はもう無くなっていて、私達がそれに忠誠を誓っている訳でもないのだから、間違ってはいない筈だ。

 

私は何度か咳払いをして落ち着いてから、とりあえずこれはプライベート・チャネル越しにしていい会話ではないと思ったため、そいつを呼び出すことにした。

 

「……会って話そう。時間を作れるか?」

『……場所は……五反田食堂でいいか? 』

「ああ。私は頼む側だし、全てお前に合わせよう」

 

…………さあ、織斑マゾカ、一世一代の大勝負だ。

 

……間違えた。織斑マドカ、一世一代の大勝負だ。

 

 

 

 

 



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201~210

 

五反田食堂、話し合い

 

マゾカは基本的にISにステルスをかけているから、ヘルメスドライブで場所がわかっていたとしてもプライベート・チャネルを繋げることができない。

だからと言ってちょろータムやら大雨さんの居るところに出たら色々面倒くさくなるだろうことは目に見えていたので悩んでいたら、ちょうどいいことにマゾカの方から連絡があった。

なんでも俺に頼みたいことがあるらしいんだが……一体なんだろうな?

 

とりあえず五反田食堂に呼んで、そこで話だけは聞いてみることにする。

アリス・イン・ワンダーランドで盗聴しようとすれば盗聴できたんだが、最近は気が向いた時にしかやっていないから何がどうしてそういう風になったのかは……まあ、正確にはわからない。

……とは言っても、流石に大元の原因が俺と束姉さんとくーちゃんだと言うことはわかる。実はちー姉さんは残党が集まっているところを束姉さんズウェポン(別名『強化型暮桜(仮)』。ちー姉さんが現役時代に使っていたISである暮桜(ちー姉さんの機体だから頑張って覚えた)のコアをどこからか持ち出してきて作り直したらしい。ちー姉さんはそれを見た時泣いていた)で強襲制圧をする予定だったらしいけども……この話し合いの結果によっては大雨さんの所には強襲しないように連絡を入れた方がいいかもしれない。

 

そう言うわけで、五反田食堂で食事してくることを伝えてから俺はヘルメスドライブで転移する。本当に便利だよなぁ……。

 

「やっほー弾。元気かー?」

「一夏が来てくれたから元気だぜー。……それで、注文は?」

「ああ、今回は待ち合わせだからそいつが来たら一緒に頼むよ」

 

俺がそう言ったら、弾はかなり真剣な表情を浮かべて悩み始めた。

 

「……蘭は呼ばない方がいいか?」

 

……流石は弾、俺の親友だ。

確かにマゾカ相手じゃあ今の蘭ちゃんは相手にならないよな。死にはしないだろうけど止められそうもない。

そんな訳で頷くと、弾は大体の事を理解した顔で頷いてから離れていった。

 

「ああ、席はあそこな」

 

その姿が厨房に消える前に弾が残した言葉がそれだった。

弾が指差した席は五反田食堂の七不思議の一つ、無音の客席。理由は知らないが、誰もがここの席で起きたことを他の場所から覗けないという不思議な席で、どうやら今回の俺に荒事が起きる可能性があるという気配を感じ取ったらしい弾が気を回してくれたようだ。

 

その言葉に甘えてその席に座り、マゾカにプライベート・チャネルで連絡を入れる。

俺がもう五反田食堂に到着したと言うことを伝えたらそれなりに驚いていたが、急いでこっちに来る気になったらしい。

 

……あと三分程度で到着するようなので、それまでのんびりとメニューでも眺めていよう。

全部覚えているから本当は見る必要なんて無いんだが、暇潰しにはちょうどいい。

 

…………まーだかなー……。

 

 

 

それからきっかり三分後。マゾカが五反田食堂にやって来て、きょろきょろと俺の姿を探している。

そこに弾が近付いていって、二言三言話をしたと思ったら、マゾカを俺の居るこの席に連れてきた。

 

「こんなところに席があったのか……」

「俺も最初は驚いた。騒いでてもだーれも俺達の事を気にしないんだから」

「……このように開けていると言うのに、防音設備は万全だと言うことか?」

「理由は知らんけど、その通り」

 

マゾカは少し悩んでいたようだが、数秒で考えの内容をこれからする注文の内容に変えたらしい。渡されたメニューを食い入るように見詰めていて、その顔は真剣そのものだ。

 

「……決まったか?」

「…………ああ、決めた」

 

それからすぐに弾を呼んで注文を受けてもらう。かなり真剣モードなので、多分厳さんも空気を読んで蘭ちゃんを呼んだりはしないでくれるだろう。

厳さんは弾と蘭ちゃんのことをとても大切にしてるし、実際のところ空気が読めない訳じゃないからな。

 

よく弾にお玉や俎投げ付けたりしてるけど、実のところあれは痛くないように……正確には痛いけど酷い怪我にはならないように狙って投げつけられてるし。

 

そんなわけだから弾と蘭ちゃんの心配はあんまりしていないんだけど…………たまに空気を読んであえてぶち壊しに来るから困るんだよな。

 

「へいお待ち。伝票はここに置いとくよ」

「おう、ありがとさん」

「ふむ、それでは食べるとしようか。冷めては味が落ちる」

 

……別にいいけど、このまま食べ終わって何もないまま帰るなんてことにはなんねえだろうな?

 

…………まあ、その時は止めればいいか。

 

「…………はむはむはむはむ……」

「……もきゅもきゅもきゅ……」

 

……やっぱりいつ食っても美味いなぁ。

 

 

 

そんなわけでマゾカが注文した料理を半分ほど平らげた辺りで話は始まった。漸くと言うか中途半端な時間と言うか……まあ、そういう感じの時間だな。

 

「……それで、お前を呼び出した理由なのだが…………亡国機業が壊滅したと言うことは知っているだろう?」

「知ってるねぇ」

 

なんてったって主犯の一人だし、という言葉は飲み込む。色々面倒なことになりそうだし、そういう面倒な事は避けられるだけ避けるが一番だ。

 

「……私としてはお前がやったのだと思っているのだが」

「正解」

「やはりか」

 

どうやら予想はされていたらしい。隠しても意味がないことはすぐにバラすことにした。

まあ、バレてるんだったら仕方無いよな?

 

「それで、それを知ったマゾカさんはどうするつもりだ?」

「特に何も。確かに私達が現在困窮しているのは変わり無い事実だが、生きているだけ儲け物だしな…………頼みたいことはそれに関係していることだ」

「面倒だから率直に三行以内でどうぞ」

「私はお前に何をされても構わない。

 奴隷の用に扱われても文句は言わない。

 だから、オータムとスコールは助けてやってくれ」

 

見事に三行で納めたな。かなり本気でお願いしてるって事か?

まあ、それについてはもう束姉さんとも話がついている。

 

「いいよー」

「          」

 

マゾカはポカーンとした表情のままに俺を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話の結果、こうなった

 

……さて、亡国機業を潰してから大体二ヶ月。そろそろ俺が高校一年生である時間も残り僅かになってきた頃なんだが……。

俺に妹ができました。名前は……言わなくてもわかるよな。多分。

 

戸籍とかは束姉さんの協力もあって無事に取得。ちー姉さんも……まあ、渋々ながら認めてくれた。遺伝子的には俺とちー姉さんの子供って言う方が正しいんだけども……流石に俺の歳で子持ちってのは不味い気がしたので妹と言うことに。

それと、仕事がなかったちょろータムはマゾカのボディーガードとして雇った。

マゾカの話だと最近はそれなりに仲が良かったらしいし、そこそこ成長しているようだから雇ってみたんだが……どうやら正解だったらしい。

 

大雨さんも敵対しないようになったら普通にいい人のようだし…………ちょろータムが大好きすぎるけど…………まあ、なかなか悪くない。

ちょろータムに多少恨まれてはいるようだが、色々面倒なことになる前に拾ってみたので多少は中和されているらしい。

マッチポンプだけどもポンプを使われないよりはいいと考えたのか、それとも自分達が一応悪いことをしていたという自覚があるのか、あるいはその両方か……。

 

……とりあえず、かなり大きな事件から二ヶ月ほど、今まで一月に一度は大事件があったのが嘘であるかのような平和な日々を、友人達に新しい家族と一緒に過ごしている。

 

「ほーうーきー? あんた、一夏を襲ったわねぇ……?」

「なっ……なぜその事を…………」

「ええっ!? 箒ってば一夏を襲ったの!?」

「よろしい、ならば次は私が襲おうか」

「ラウラは人前で何を言ってるの!?」

「ダブルブッキングしないように言っているだけだ。したらしたで複数人で……と言うこともあるらしいから気にせずやるがな。シャルロットもどうだ?」

 

 

 

 混ざらないよっ!」

「あたしは混ざるわ!」

「わたくしも混ざらせていただきますわね。お邪魔はしませんからお気になさらず」

「……私も構わないだろうか?」

「皆少しは恥じらいを持って!?」

「……なるほど。つまり簪みたいに恥じらいを持ちながら混ざればいいのね?」

「まずは混ざろうとする所から見直そうよ!?」

 

常識人に一番近い感性を持つシャルが皆を止めようとしているが、基本的に俺が絡むと思考が斜め上に吹っ飛ぶ連中だし、効果はあんまり無いようだ。

……まあ、襲われるにしてもこいつらだったら別に構わないような気もするし…………既に何度か襲われてるし……そんなに気にしないでおくか。

それに、ちー姉さんが準備運動してるから実行はされないだろうし。

 

……一緒に寝るだけなら大歓迎なんだけど……なんでそう襲おうとするかなぁ……。

 

「お前が魅力的だからではないか? あまり理解はできないが」

「俺も理解できんよ。マゾカ」

 

……ちなみに、マゾカの本名は頑張って覚えようとしている。妹になったわけだし、一応そのくらいはやってやらないといけないと思った訳だ。

大雨さんとちょろータムの名前も一応覚えようとしているが、やはりと言うかなんと言うか、五年くらいは普通にかかるだろうな。

こんな時ばかりは自分の名前に対する記憶力が恨めしい。今のところ俺が名字と名前を言える相手は…………。

 

ちー姉さんこと織斑千冬。

束姉さんこと篠ノ之束。

ののちゃんこと篠ノ之箒。

俺自身で織斑一夏。

 

のみ。

 

…………名前を言える相手を含めると、弾と蘭ちゃんと厳さんと蓮さんと………………以上。鈴は渾名だからノーカウント。

 

……自分で言うのもあれだけど少ないなオイ。全員合わせても片手の指で数えられるよ。

まあ、これが頑張って覚えていこう。10年もあればちゃんと全員覚えられれはずだから。

 

 

 

 

 

side 織斑 マゾカ

 

あれからしばらくして、私達の生活は一変した。

毎日冷めた弁当を買ってきて食べる日々から、自分達で作った暖かい料理を食べられるようになった。

ちょろータムも多少元気になってちょろータム呼びを否定するようになったし、スコールも一時期の張り詰めすぎてもうすぐ切れるだろうことが簡単に予想できてしまうギターの弦のような状態から脱却した。

 

……だが、これは本当に現実なのだろうか? 夢ならばこれを現実に変えるために起きて織斑一夏に話をしに行かなければならないから早く醒めたいのだが、料理の際に跳ねた油は熱くて痛いし、千冬姉さんに今までのお仕置きとしてやられた握撃は脳が潰れて顔中の穴という穴から脳汁と共に絞り出されてしまいそうなほど痛かったので……多分夢ではないだろう。

 

……今の私は織斑の家で暮らしている。小さな織斑一夏が何人か常に居て、常識の足りない私とちょろータムに様々なことを教えてくれている。

 

スコールも同じように織斑の家で寝泊まりをしているが、いつかちょろータムと私をつれて近くに一軒家を持つことを目標としているらしい。

今までに稼いだ金は現在の生活費に回して、新しい一軒家はまともな方法で稼いだ金だけで建ててみたいと、つい最近までは見たこともなかった明るく屈託のない笑顔を浮かべて言っていたのを覚えている。

 

私は、隣で壁に寄りかかり、うとうとと眠りに落ちようとしている眠たがりの体を引き寄せる。小さくなっている織斑一夏は簡単に引き寄せることができ、私の肩に頭を預けた状態で止まった。

 

……まったく。これが私の兄か。

 

……兄…………か。

 

織斑千冬のことを姉と呼んだことはあっても、この眠たがりのことを兄と呼んだことはなかったな。

 

…………まあ、聞かれていないだろうし……。

 

「……ありがとうな、我が兄上殿よ」

 

私はそれだけ言って、眠たがりに体を預けて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋する乙女に、敵は無し

 

side 五反田 蘭

 

IS学園の過去問題集を取り寄せて、ISについて必死に学ぶ。

私は結構頭がいい方だけど、それでもこれだけ詰め込むと頭がパンクしそうになってくる。

お兄も協力してくれるけど、やっぱりISについては物凄く難しい。どうにかして上手い方法を考えないと……。

 

そこでお兄が提案してきたのは、問題を解いて正解する度に一夏さんに誉めてもらえると考えること。

もちろんただそれだけじゃなくって、頑張ってれば一夏さんが来た時にその事を伝えて頭を撫でてもらえるように取り計らうと言ってくれた。

 

…………超絶的にやる気が出たのは言うまでもない。

 

私は必死に頑張った。ひたすら問題を解いて、正解と不正解を繰り返す。

学校の友達も、私がIS学園を受験しようとしていることを知って応援してくれたし、お母さんとお父さん、お爺ちゃんも応援してくれた。

 

…………一番嬉しかったのは、お兄が一夏さんに頼んで入学者に渡されるISの分厚い説明書的な本を持ってきてくれて、その上いろんな問題をかなり詳しく教えてくれたこと。

お兄はあんまり頭がよくなかったはずだけどどうしたのと聞いてみたら、一夏さんへの愛情パワーでその程度はどうにでもなると言う答えが返ってきた。

 

………………私がそんなことできないと言ったら鼻で笑われたから、本気でやったらそれまで以上にできるようになった。お兄にそれを伝えて鼻で笑い返してやったけど、お兄はさらりとスルーした。

なんだかお兄に上手く乗せられたような気がしなくもないけど、そのお陰で学力はついたし、感謝しないでもない。

 

一般的な学力は十分だと鈴さんからお墨付きをもらったので、次はこれも必須のIS知識。一夏さんからもらった電話帳のような厚さの参考書が凄く役に立った。

お兄はどうやら先に読んでいたみたいで、内容をさらさらさらさらっと暗唱してみせた。

一夏さんへの愛情でお兄に負けていると言うのは我慢ならないので、私は躍起になってそれを一言一句間違えずに暗唱できるようになった。

 

それからお兄や鈴さん、箒さん達一夏さんのことが大好きな面々にお願いして問題をつくってもらう。凄く意地悪だったり正直だったり、とにかく知識量を試されるものから柔軟な思考を求められる問題まで各種様々な問題を解いて、私は満点を連発できるようになった。

 

後は実際にISに乗って戦ってみることなんだけど、これは流石に……。

 

…………と思っていたら、一夏さんと新しくできた一夏さんの妹のマドカの協力を得て、まさかまさかで実際に乗れることになった。

私が乗るのはラファール・リヴァイヴ。最近人気の高いデュノアの三世代兵器群を乗せた機体らしいけど、デュノアの第三世代兵器は高いって聞いたけどどこで手に入れたのかな……?

…………と言うか、なんでここにISがあるの?

 

そんな質問に返してくれたのは一夏さん。前に聞いた一夏さんの会社がデュノアで、ISは最近潰したばかりの悪の秘密結社に盗まれていたのを奪い返して再利用しているらしい。

 

……どう考えても犯罪行為のような気がしますけど、気にしない方が良さそうです。

 

そして相手はマドカ。私と同い年らしいけれど、色々あってそこらの国家代表候補生よりずっと強いんだとか。

ただ、色々あってISを壊されると修理できないかわりに魔改造されて大変なことになるから、戦うなら手加減してほしいと言われた。

そう言われても私も初心者なのでどうやればどう動くか、と言うところから始める。そこでは加減も何もない。

 

……ISを動かすのって、思ったよりも難しい……!

 

 

 

二週間ほど頑張り続けて、漸く普通に動かせるようになった。

コツは、上手く動かしている人の真似をすること。一夏さんを思えば一夏さんのように高速機動ができるようになったし、デュノアさんを考えればデュノアさんのような平均的な武器の扱いができるように。ボーデヴィッヒさんを思い出したらナイフとか三世代兵器のワイヤーブレードとかの扱いが上手くなったし、オルコットさんを思ったら狙撃銃とかビットとかの扱いが上手になった。

 

……聞いてみたら、一夏さんの周りに居る人の得意技はしっかりできるようになっていて、本当に顔が見えてなければ本人にしか見えないくらいの完成度だったらしい。

 

……多分、これが私の『異常さ』なんだろう。

 

一夏さんの周りには、そういう異常人が多いらしい。

 

例え今は異常じゃなかったとしても、どんどん異常になっていくとか。

 

例えば鈴さんは勘の良さが物凄くて、本格的な未来予知レベルの勘を使えるらしい。

箒さんは気配察知能力が高くて、やろうとすれば地球の裏側…………どころか、月までなら誰が何をして居るのかがわかるらしい。

なぜ月かと言うと、月に箒さんのお姉さんが暮らしているのがわかったからだとか……。

 

ちなみにお兄の異常さは平均的な廃スペック。千冬さんのデチューンで、一芸特化された人の一芸には届かないらしいけれど、それでも廃スペック。ありとあらゆることに非常に好成績を残せるらしい。ちなみにそれに気付いたのは中学一年生の頃だったとか。

 

……なんと言うか、ここでもお兄に差をつけられていることに軽く絶望しそう。

 

でも、私は諦めません。いつか一夏さんの隣に立って……いえ。一夏さんの隣で寝てみせます!

 

私は決意を新たにして、今日も勉強を頑張っている。

もう少しでIS学園の受験日。そして、私の中学校の卒業式まで……あと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機業を潰した、その弊害

 

ちー姉さんは最近機嫌がよろしくない。精神安定のためか、かなりの頻度で俺の部屋に来ては俺を抱き締めたり首筋に鼻を埋めたり耳朶を唇で挟んだり耳に息を吹き掛けてきたり服の中に手を入れてお腹を撫で回してきたりと色々と束姉さんちっくなことをやってきたりする。

いったい何があったのかはわからないが、よっぽど嫌なことがあったんだろうと思って流していたところ…………ちー姉さんの寝言で嫌なものを聞いてしまった。

 

意訳すると、

 

・あのクソったれのメリケン国が貴様らのような欲が服着て歩いてるゴミクズ共に一夏を渡すわけねえだろ塵芥が死ね。

・あの恥知らずのおフランス国が貴様らのような恥を恥とも思わないサノバビッチ共に私の一夏を渡すわけねえだろ産業廃棄物未満が死ね。

・あの糞蛆蟲の巣窟中国が貴様らのような頭の中身が中国最盛期のまま止まってる自己中共に私の可愛い一夏を渡すわけねえだろ阿片の吸いすぎで脳が蕩けた害虫共め死ね。

 

……だ。よっぽどストレスがたまっているらしい。

 

……それにしても、米国は日本にIS学園を作らせつつ情報の美味いところだけ吸いとっているくせにまだこれ以上を望むのか。人間の欲望ってのは本当に無限なんだな。

あと、フランスは知らなかったと言うことになっているとは言え、シャルのことがあったのにこうしてIS学園に要求をしてくるあたり驚きだ。

中国は……知らね。いつものことだろう。

 

…………いい人も居ることは居るんだが、なんでこの世界は嫌なやつばっかり多いんだろうなぁ……。

それに、こういう奴等は基本的に鬱陶しいくらい陰険な手を使ってくるから……気を付けないと。

 

………………洗脳するか? そうすれば手っ取り早い。

 

でも、洗脳した奴が国を動かしているから笑って暮らせる奴が居るのもまた事実。殺る時は殺るけど、あんまり自分から殺りたくはないなぁ……。

 

「……一夏。……お前は、私が守る…………から……」

 

ぎゅう……と、ちー姉さんに後ろから抱き締められる。

…………思い出してみれば、精神が過ごしてきた年齢的には俺より10歳ほど若いちー姉さんに、俺は随分と護られて来たっけな。

色々話して、笑って、時々泣かせて、がーん!とショックを受けさせたり、ずーん……と落ち込ませたりもしたっけ。

 

ちなみに『がーん!』の方は俺が『そろそろ風呂には一人で入りたいんだけど』と言った時で、『ずーん……』の方は料理の腕で俺に負けた時の反応だったりする。

ちー姉さんは外だとああして凛々しいけども、家の中だとなかなか面白い行動をしてくれるよな。片方はまるで父親の反応だけど。

 

俺は目を閉じたまま首に回された腕に頬を寄せて、そのままゆっくりと意識を落としていく。

 

……何かあったら、今度は俺がちー姉さんを護るよ、と。最後にそう考えて。

 

…………直後に濃い鉄錆の匂いと、粘度の高い液体が波立つような音がしたような記憶が、有るような、無いような……。

 

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

一夏が可愛すぎて眠れない。

正確には眠れるだろうが、眠った後にまるで夢遊病患者のように一夏を襲って食べてしまうような気がして、眠るのが怖い。

 

……ああだがこのまま起きていても一夏の芳しい匂いや肌触りのいい髪や可愛らしい声が私の理性を苛んで最終的に結果が同じになってしまう!くそっ、私はいったいどうすればいいんだっ!

 

『取調室であんなことまでしちゃったんだからさ~……我慢しないでまたぱくっと食べちゃえばいいんじゃないの?』

 

ぬぅっ……また貴様か、束!

 

『あっはっはっはっは!ちーちゃんもいい加減素直になればいいのに。……好きなんでしょ? いっくんのことが……一人の男である、いっくんが……さ?』

 

……だが、私と一夏は姉弟だ。そんなことは許されることではない。

だからこそ私はあの時もなんとか本番だけは回避したのだ。それ以外の事はそれなりにやってしまったような気もするが……それでも本番は回避している。

 

『あそこまでヤっちゃったら後は似たようなものだと思うけどねぇ?』

 

喧しい。その一線だけは越えてはならん一線だろうが。

確かに私は一夏のことが好きだが、私のことよりも一夏の幸福の方が大切なのだ。少なくとも私にとっては、それは両親がいなくなって一夏の笑顔に励まされた時から変わりはしない事実。お前が何と言おうと、これだけは曲げられんよ。

 

私は一夏の姉だ。一夏の姉である私は、誰よりも何よりも格好良く、一夏が誰にでも誇れるような姉でなければならない。

……いや、違うな。『そうでなければならない』と言うのは誤りだ。正確には、私が『そうありたい』のだ。

 

『……昔っから思ってたけど……ちーちゃんはやっぱりブラコンだね?』

 

ああ、それは私にとっては誉め言葉だな。生徒の前では示しをつけなければならないから認められんが。

 

……とりあえず、この総身に満ちる一夏への愛をどう表現しようか?

一夏への愛は無限大とは言え、それを浪費することなど勿体なくてできるわけがない。

 

『……まあまあ。今はそんなことは考えないで、いっくんと一緒に寝ちゃおうよ』

 

……ああ、そうだな。それが一番だ。

……バレないようにならば、お前も来ていいぞ。

 

『わーい♪ じゃあ箒ちゃんを連れて後から行くね?』

 

ああ。寝ながらで悪いが、一応待っていてやる。

 

『ありがとー♪』

 

…………すぅ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然すぎて、意味がわからない

 

IS学園に対して宣戦布告がなされたらしい。

 

……ああうん、意味がわからないのはこっちの方も同じだから気にしなくていい。とりあえず理解しておくべきは、『米中仏は敵』ということだけ。

…………ああそうそう、イランも敵だそうな。

 

なんで突然宣戦布告なんぞをやらかしたのかは定かではない……訳でもなく、束姉さんの尽力によって原因は既に掴んでいる。

どうも、突然亡国機業が無くなって、その事を確認して確証を取るのに大体二ヶ月ほどの時間をかけたらしい。その間にマゾカやちょろータムは俺の所に来たりなんだりとやっていたわけだな。

それで本当に亡国機業が無くなったとわかるが早いか、アメリカは今まで亡国機業に抑えられてきた分の鬱憤を纏めて晴らそうとしているかのように行動を始めた。

…………具体的に何をやったのかと言うと、俺の引き渡し要求を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も手を変え品を変えしつこいを通り越し鬱陶しいを飛び抜けうざったいすら越えて死ねよとついちー姉さんが呟いてしまうほど繰り返したらしい。

 

……それで結局宣戦布告って、某国のお偉いさん方はいったい何を考えてるんだろうな?

 

「さあ? あたしの勘によると、少なくともアメリカとうちの国は一部の独断を重ねたみたいだけど?」

「……フランスの方は…………多分だけど、シャルロットの事を無かったことにしようとしてるんじゃないかな……?」

 

超絶直感の鈴と、戦略の構図家かんちゃんがそう言うんだったら多分それは間違いじゃないよな。

細かい戦術は大戦術家のセシリーに任せれば多分ある程度の予想は立てられると思うし、情報チートな束姉さんが裏付けをとってくれたりすれば完璧だよな。

 

……とりあえず、IS学園はそう言うのを一度許してしまうとどこまでもずるずると持っていかれてしまうので徹底抗戦の構えをとった。勝算は無くはないらしいが、俺達が頑張る必要があるらしい。

その際、IS学園の守りはマゾカとちょろータム、それと大雨さんにたっちゃんが受け持つことに。他にも戦力になりそうなのは要るけど、米国籍だから不参加。

本人達は何も知らないんだろうけど、本国のお偉いさん達に振り回されるのが現場の悲しいところだよな。

 

そんなわけで、IS学園は売られた喧嘩を買う方に動いている。

ここで引いたらIS学園の優位性とかそういうのが根刮ぎなくなるというのがわかっているからという若干不純な動機もあるみたいだが、動機が不純だろうが何だろうが一応は槍の向きを揃えるんだから、仲良くしとかないとな。

 

 

 

「それでは、これより作戦会議を開始する。各自、自らの腕と能力に見合った国を攻めるといい」

「質問です!愛情補正は実力に入りますか?」

「当然だ。ちなみに私は愛情補正を使えば生身で束と一夏以外になら勝つ自信があるぞ」

「じゃああたしはフランスもらうわ。誰か手伝ってくれない? 一人か二人」

「それではわたくしが。シャルロットさんにそれをやらせようとするほど神経太くはありませんもの」

「じゃあ鈴のかわりに中国は僕が行くよ。殺人はしないでISコアを全部奪えばいいんだよね?」

「うむ、その通りだ。そう言うわけで私も中国に行くが……簪、着いてきてくれるか?」

「……うん。わかった」

「では、私と一夏はアメリカだな。エネルギー回復は任せてくれて構わんぞ?」

「……ん、よろしく」

 

……そんなわけで、結構どころじゃなく簡単にそれぞれの行き先が決まった。

 

鈴とセシリーがフランスに。シャルとラルちゃんとかんちゃんが中国に。俺とののちゃんがアメリカに進行することに。

ちー姉さんとくーちゃんは敵対する小国全部を相手にするらしい。

束姉さんは管制担当。弾とカズは近隣の防御を買って出てくれた。これで蘭ちゃん達が人質に取られるとかは気にしなくてよくなった。

 

……なお、作戦開始は『向こうの国が攻撃を仕掛けてきてから』だ。じゃないと『正義は我にあり』って言えないし。勝っても面倒なことになるんだから、せめて少しでも面倒事は減らしたいし。

 

……あと、やるならさっさと来てほしい。ミサイルを雨霰と撃ち込んでくるのか、それともISで直接乗り込んで来るのか、ISを使わず暗殺者を送り込んでくる(あるいは、既に潜り込ませていた暗殺者に行動を開始させる)とか、アメリカ国籍の生徒にこっちの感知網の穴を開けさせるとか、内部状況を報告させるとか……色々手はあるだろうし。

一番楽な方法は経済封鎖だろうが、こっちには機材に始まり燃料エネルギー発電機IS弾薬防弾着IS用武器食材何から何まで武器として出すことができる俺がいる。俺が居れば十年でも二十年でも戦えるぜ?

 

手っ取り早くミサイルでも撃ち込んできてくれれば開戦できるんだけど……やっぱり無理だよなぁ……。相手も馬鹿じゃないだろうし…………。

 

……あ、そうか。やってこないならやらせればいいのか。

それならいくらでも手はあるなぁ……。

 

……それじゃあ、こっそり動いてみようかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗躍フェイズ、自業自得だ

 

 

アリス・イン・ワンダーランドを遠隔で展開し、軽く洗脳しておく。

これによって好戦的になったどこかの誰かさんは、IS学園への攻撃に心引かれるようになるだろう。

 

飛んで火に入る夏の虫。とりあえず虫は払い落として、それでもしつこく来るやつは潰さないといけないよな?

束姉さんもちょっとクラッキングしてミサイル強制発射を目論んでいたらしいし……そのくらいはみんな考えるよな? 考えてもやらなかったりできなかったりする人が多いかもしれないけど、俺と束姉さんはできるってだけだよな。

 

それにしても流石は束姉さん。電子を操らせたらこの人の上を行くのはかなり難しいだろう。その上、束姉さんには力の王笏渡してあるからブーストかかってさらに凄いことになるし。

俺も一応使いこなせるようになってはいるが、残念ながら束姉さんほど上手くは使えないんだよな。使いこなせるようになってるはずなんだが……。

 

……束姉さん、本当に人間か? 俺が言える台詞じゃないけど。

 

「いっくんが人間じゃないなら束さんも人間じゃなくっていいかな?」

「種族は大事にしなよ」

「束さんの種族はいっくんラヴァーズだけど?」

 

初耳だ。と言うかそれは種族だったのか。束姉さんの不思議な生態に、ちょっとびっくり。

まあ、俺が言うのもあれだが……束姉さんとかちー姉さんが何をやってもあんまり驚いたりはしない。この世界は本当に不思議だからな。

 

そう言うわけで、やることはやった。だから後は待つだけだ。

束姉さんのレーダーやセンサー類は常に進化を続けているし、今回は束姉さん自身がかなりお怒りモードだし……索敵で俺の出番は無いと思うし。

 

……と言うか、実際にはこうやってまともな戦闘すらする必要はないんだけど。

正直、束姉さんがこっちから世界各地に散らばるISを遠隔操作してやればかなり簡単に結構な戦力を無力化できる。

それをやらないのは、それが束姉さんの文字通りの最後の手だから。こうしてISが重視されている世界でそれをやるのは効果はかなり高いけど、一度それをやればこの世界はISを防衛の切り札に使うことはまずなくなる。

だから、束姉さんはまだそれを使わない。本当に最後の最後まで、温存しておくつもりなんだろう。

 

……できればそんな事態にはなって欲しくはないけど、あり得ないとは言えないんだよなぁ……マジで勘弁してくれ。

 

……なんて言ったところで世界は何も変わらない。変えたいなら動かないとな。ISを世界に広げた束姉さんのように。

 

「動くのはいいことだと思うが、束のようにはなってくれるなよ?」

「ちー姉さんは心配性だなぁ……なろうとしてもなれないよ。俺は束姉さんと違って天才じゃないんだから」

 

……そのかわり、束姉さんやちー姉さんと同じく『天災』だけど。

 

「一夏。今私と束を同列の奇人変人にしたな? お仕置きだ」

 

ひょいっ、とちー姉さんに抱き上げられた俺は、ちー姉さんの膝の上にちー姉さんと向き合うようにして座らされ、そのまま抱き締められた。

丁度顔がちー姉さんの胸に埋まって息苦しいんだけど……。

 

「ああ、それはすまんな」

 

顔の位置が変わって息苦しくはなくなった。ただ、結局抱き締められているのには変わりない。

身動きがほとんど取れないまま、俺はちー姉さんにぽんぽんと背中を撫でられる。

…………なんと言うか……こうやってちー姉さんに抱き締められたまま普通に寝るのは久し振りな気がする。

最近は色々襲われたりしたし、姉弟でそれをやるのは不味いんじゃないかと思ったりもしたんだが……まあ、ちー姉さんが幸せそうにしてるしいいかと思い直して自由にさせたんだっけ?

 

ちなみに取調室での最後は、興奮しすぎて色々やらかしたちー姉さんが賢者モードに入って壁に頭を叩きつけて気絶して終わった。血とかその他の液体に関しては俺が掃除させてもらったけど。

……空気清浄器の角に小指をぶつけると痛いし、モップとかで喉仏を突かれたりしたら痛いよな? ほら武器だ。

 

……まあ、いいや。ちー姉さんに抱かれて寝るのは結構好きだし……束姉さんのお腹に抱きついて寝るのと同じくらい……。

そんなわけで、お休みなさい。

 

「ああ、お休み。一夏」

「いい夢見るんだよー」

 

……すぅ…………。

 

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

一夏が本格的に寝に入った所で、私は束と今後の話をつめていく。

 

IS学園は自分達の特権を侵害されないようにこの戦いを受けた。それはつまり、最悪の場合は特権の保守さえできれば一夏を切り捨てることもありえると言うことだ。

そんなことをさせないために私はこうしてここにいる訳だが、やはり状況は厳しいと言わざるを得ない。

いくらあいつらの一人一人が強いと言っても、それはあくまで数の有利不利がほとんど無い状態で、かつ試合に限定しての話だ。実戦でも試合と同じように結果を出せると言うわけではない。

特に、相手は恐らくISのリミッターを解除してくるだろう。試合用にリミッターのかかっているISとそうでないISの能力の差は歴然としている。

……そう、臨海学校の時のシルバリオ・ゴスペルのように。

 

「そうそう、あの子達のISだけど、コア偽装して新しく機体作って載せ変えといたから。名前と見た目はおんなじだけど、スペックは比べ物にならないよ?」

「そうか」

 

……どうやら、私の心配は杞憂で済みそうだ。

 

私は私に抱きついたまま寝息をたてる一夏の髪をさらりと撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開戦、大惨事世界大戦(誤字じゃないよ?)

 

俺と束姉さんのちょっとした暗躍から三日。暗躍の成果が漸く出て、お隣の中国と遠いアメリカから弾道ミサイルが発射された。

 

……警告無しで。

 

まあ、警告なんて無くても束姉さんの特性レーダーで簡単にわかるんだけど。

……いったい何をしたいんだろうな? 俺はここに居るんだから、IS学園にミサイルを落としたりしたら俺もデータもみんな吹っ飛ぶと思うんだが……。

 

「あれじゃない? このくらいでIS学園が落ちるわけ無いけど、自分達は本気だと見せ付けるために一回撃ち込んで様子を見る……って感じで」

「その可能性は高そうですわね。一度実行されてしまえば、まあ数人くらいなら意見を翻す者も出てくるかもしれませんし」

「……それは……困る」

 

……だよねぇ……困るよねぇ……。

 

まあ、今回に限っては守りの要がたっちゃんだから平気だと思うけど。何て言ったって周りは海だし、盾にするための水はエネルギーが持つ限り無限に近い量を供給されているような状態だ。

勿論それだけではなく、元亡國機業のちょろータムとマゾカ、大雨さんと言う三人も協力してくれるようだし。

 

……なお、大雨さんのお仕事はIS学園の事務員。能力はかなりあるから結構優遇されてるみたい。

……学院の御偉方は洗脳して元・亡國機業だってことは気にならないようにさせてある。アリス・イン・ワンダーランドはこう言う時に便利すぎると思うけど、俺が使う分には便利で悪いことは無いから構わない。むしろいいことだ。

大雨さんの方も記憶やらそう言ったものをルリヲヘッドを使って読み取ってあるから、まあ、害は無いはず。

 

……あったら暗殺。遠隔で体内に毒物を出してやればいい。完全犯罪大成功。

何も無ければ何も無いで問題ない。その方が楽だし、マゾカとの約束も守れる。俺としてはそっちをおすすめしたい所だね。

 

……さてと。お遊びはこのくらいにしておいて……ミサイル落とすか。ジェノサイドサーカスの無限ミサイル弾幕舐めんなよっと。ミサイルで壁作ってやれば誘導システムがどんなのだろうが撃ち落とせるし。

たっちゃんの出番はまだ先だ。こんなところでエネルギーの無駄遣いをされたら困るし、水は無限にあっても本人が疲れない訳じゃない。

 

とりあえずこのミサイル群を落とし終わったら出動だ。俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。

 

……そう言えば、アメリカと言えばギンの操縦者があそこに居たよな?

……協力はしてもらえないまでも、一応避難勧告くらいは出しとくか。個人的にはどうでもいいけど、無駄に関係の無い奴を巻き込むのは好きじゃないし。

関係があったら積極的に殺しに行くけど、俺は別に快楽殺人者と言う訳でもなければ人を殺さないと生きていけないような性格破綻者でもない。

 

「そんなわけだからさっさと逃げるが吉だと思うよ?」

『……ISを持っていない私にどうやってこんなのを繋げてるのかはわからないけど、どうして上が突然あの子の凍結を解除する気になったのかはよくわかったわ……』

 

ちなみにこれはアリス・イン・ワンダーランドを通じた通信で、現在中国やアメリカなどの敵対国の大半で通信機器が使えなくなっている。

そこまでやるのに使ったアリス・イン・ワンダーランドを核金の個数で表すと、大体5000個といった所だろう。他の所に散らないようにするのに多少神経を使ったが、まあ、費用対効果で言えば最高だ。

 

ついでにそれだけで電子機器が狂ったミサイルが自爆する……なんてこともあり、それだけで約七割が無力化した。

フランスに無い理由は、これをやるとセシリーのレーザーの減衰が凄いことになる上、ビットが動かせなくなるからだ。

それを言ったらマゾカのさいれんと☆ぜふぃるすの方もそうなんだが、IS学園と連絡が取れないのは困るし、束姉さんのレーダーも阻害されるから緊急防衛時以外は使わない。

最後の手段で量を集めて『マグネシア』とか『幕障壁』とかそういう風にもできるが、やっぱり最終手段だし……正直疲れるし面倒だからあんまりやりたくない。

 

そんな訳があって、フランスにはアリス・イン・ワンダーランドによる通信妨害をかけてない。流石に病院の医療機器は使えるようにしてあるが、それ以外にはできることなどほとんど無い。

……ISの整備もできないようにしてあるし、ついでに言えば国防にすら支障が出るような状態だし。

今どこぞのテロリストが頑張れば、ホワイトハウスだろうが首相官邸だろうが最重要軍事機密の宝庫だろうが労せず落とすことができるだろうな。

 

……まあ、俺はミサイルを誘爆させるお仕事に忙しいからやらないけど。

流石に数が多いから、大量にある内のいくつかは運よくIS学園に降ってきたりもするし……降ってこなくても海中に放置したらまずいから拾って分解して安全にしたり……。

まあ、空中のミサイルをジェノサイドサーカス(武装錬金にはアリス・イン・ワンダーランドは効果が薄い。密集状態ならともかく、拡散状態ならなおさら)で撃ち落としている俺と、海中に着弾した不発弾を拾っている真耶先生率いる教師陣は色々忙しい。

その間にちー姉さん達反撃組は準備を整えているので、できるだけ手を煩わせないように頑張っている。

 

……そうそう。やっぱりIS学園にどこぞのお国のスパイが紛れ込んでいて、この機に行動を始めたのをののちゃんが感知して捕縛したらしい。

とりあえず俺が記憶を軽く頂いてから、すっごいいい笑顔のちー姉さんに引き渡していたようだけど…………その後そいつはどうなったのやら?

まあ、怖くて聞いてないのは俺なんだけど。

噂では、『ちー姉さんと束姉さんのドキドキ尋問室』で性格矯正を受けたらしいけど……生きてるのか?

死んでても俺としては一切構うことは無いが、ちー姉さんが犯罪者になるのはちょっとねぇ……。

 

『殺してはいない。少し話をしただけだ』

『ちょっと顔は真っ青になってたけど、途中からは安らかな顔でお話ししてくれたしね』

それ精神的に死んでね?

 

……と思わないでもないが、精神的に死んでいようが俺には関係無い。

自業自得だ。恨むなら自分自身か、自分をこうしてスパイに仕立て上げたどこぞの国を恨んでくれや。

ちゃんと仇はとってやるから、安心してそれまでの自分に別れを告げるといい。

 

『もう告げさせているから問題ない』

『そっか。じゃあ気にする必要もないな』

『そうだな』

 

そんなわけらしいんで、ミサイルを落とし終わった俺は適当に出動まで寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出発、戦場へ

 

ミサイルは落とし終わったので、ちょっと遠征。束姉さんの魔改造によって元々ハイスペックだったISが廃スペックになってしまったのだが、ミサイルが来るまでにそれに慣れておいたので何も問題はない。

ついでにコアも束姉さんが新しく作ったのを今までの機体に載せ変え、今までのコアは束姉さんの手でののちゃんの紅榎……紅土筆……紅…………(チラッ)……紅椿と同じようにある意味最高性能機へと変わった新ボディを与えられて、現在に至る。

 

なお、基本的に束姉さんの機体は何かに超絶的に特化する事が多いから、気を付けなければならない。

シロと暮桜は高速近接戦闘に。紅……もういつも通りアカでいいや……はあらゆる事態への即時対応性に。

そんな感じで一部魔進化を遂げているISはどうやらそれを扱うセシリー達に合わせられているようで、結構簡単に使いこなせるようになったらしい。

 

普通は突然機体性能が急上昇したら、それに振り回されてまともに戦えるわけがないと思うんだが……やっぱり非常識人ばっかりだと随分違うと再認識。特に鈴は三分でかなり使いこなして見せたし。

ちなみに二番目に機体性能に合わせられたのはラルちゃん。どうやら軍の方で色々と様式の違うものを同じように取り回す訓練は積んでいたらしく、七分ほどで完璧に近い機動を見せ付けてくれた。

 

……なお、最も習熟が遅かったのはたっちゃんだった。十五分かけてある程度まで動かせるようになったが、やっぱり多少ぎこちない。慣れてないからだろうけど……。

 

……なんて言ったけれど、普通はそれを十五分で終わらせるなんてことは難しい。常人ならまず無理なんだが……やってしまったと言うことはたっちゃんも多少なりとも人外への道に進み始めたと言うことだろうな。

本当にまあ、色々と大変なこった。どんどんIS学園に人外だったり化物だったりが増えていく。

 

……人外が増え続けたら、この世界はいったいどうなってしまうんだろうな? いつの日か人外しかいない世の中になるのか、それとも人外と人間の戦争になるのか……。

 

……って、よく考えてみれば現状はまさしく戦争だよな。ミサイル撃って反撃して、お互いに殺す覚悟を持っているんだから。

それに、賽は投げられたんだ。神でも悪魔でもちー姉さんでも束姉さんでもない俺は、自分にできることをやるしかない。

 

……そう、それは俺の安眠のために!

……と、そんな感じに意気込みを入れつつ、ののちゃんと並んで空を飛ぶ。珍しく俺は真剣モードで、ののちゃんも海の彼方のアメリカを睨み付けている。

 

なお、俺達の狙いは初めから重要軍事施設の破壊あるいは奪取と、議会およびホワイトハウスの襲撃。跡形もなく破壊して構わないらしいから、とりあえずバスターバロンにピーキーガリバーを装備させて圧殺させればいいをじゃないかと思っているが……ののちゃんは荒っぽいのは気に入らないらしいので避ける方向で。

できるだけ少ない力で、効果は最大限に。ののちゃんはどうやらそういう戦いが好きらしい。

 

……そういうところは、本当に束姉さんによく似ている。いつもは似ているようであまり似ていないのに……。

やっぱり、姉妹だって事なのかね?

 

「男の趣味も似通っているしな」

「それは知ってる」

 

本人達によく言われてるし。

 

……あ、なんか飛んできた。多分対IS用部隊だろうな。さっさと落として終いにするか。

仕事はこいつらの撃墜じゃないんだから、できるだけスピーディーに。

 

「それじゃあ行こうか、ののちゃん」

「そうだな。ある意味ではリベンジだ」

 

そう言いながら、俺とののちゃんはこちらに向かって飛んでくるIS部隊に突っ込んでいくべく加速した。

 

 

 

 

 

side 篠ノ之 箒

 

一夏の隣に並んで空を飛び、一夏と共に戦場を駆ける。奇しくもこの状況は、小さい頃に見て憧れた英雄と姫の物語にそっくりだ。

 

魔王を倒した英雄の血を求め、英雄の国に戦をしかけた他の国。

英雄の居た国すらその英雄を見捨てたが、その国の姫と、旅魔王を倒す旅にすらついてきた仲間達だけは彼を見捨てなかった。

 

英雄は守っていたはずの人間と剣を交わし、姫と仲間達を連れて戦った。

英雄は姫を守り、姫も英雄を守った。そして、英雄は最後に人間から隠れて静かに暮らす道を選んだ。

……常にその傍らに居た、愛しき仲間達と共に。

 

…………ああ、私の頭の中身が花畑だ!誰か助けてくれ。恥ずかしすぎて恥ずかしすぎて……目の前のこいつらを照れ隠しに切り刻んでしまいそうだ。

 

……ああ、何も問題は無いか。死なないように最低限の生命維持だけはできる程度のエネルギーは残しておく予定だし、死ななければ問題ないだろう。

殺す意味の無いものは殺したくないし、殺さずすむなら殺さないようにしなければな。

 

……くくくくく……今宵の紅椿は血に飢えている!本当に血に飢えているのは私だがな!

故に、貴様等は逃がさん!一人たりとも無事に逃がすものか!

 

……まあ、実際逃がすわけにはいかないのだがな。私達が電撃戦で攻めてくるとわかれば、IS学園の方にミサイルを雨霰と撃ち込んでこないとも限らん。

IS学園には更識先輩とマドカ、それと……ちょろータムとミューゼル女史も居るのだ。なんの心配もいらない。

 

……心配要らないが…………それでもやはり心配だ。

……無事であって欲しいものだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福音人形、時価いくら?

 

零落白夜と絢爛舞踏のコンボによって僅か二分で戦闘は終了した。海に放置しておいても良かったんだが、これで死なれたら困るからアンダーグラウンドサーチライトの中に放り込んでおいた。

中身は迷路になっていて、実は出口が無い。もっと正確に言うと、出口を見つけても出られない。なぜならその出口は次の迷路に繋がっているためだ。

 

本当の出口は本人が元々居た場所。まあ、まず気付かないだろう。まさか当然のように出口が自分が寝ていた場所のすぐ下に隠されているなんて考えもしないだろうからな。

入っている時間は恐らく一日も無いだろうから飢え死にしたりはしないだろう。ただ、どこまで行っても真っ白な迷路に暫く閉じ込められるだけで。

全部真っ白じゃなくて上下左右全面鏡の迷路もいいけど……鏡割られて自殺とかされたら困るしねぇ……。

 

「そんな訳でナタリーさん? ちょっと大統領に会わせてもらえます? 死ぬか降伏するかの二択を選ばせてあげないといけないから」

「……いや、あのね……私も軍人なのよ? 敵対している部外者を大統領のところまで通すと思うの?」

 

……正直に言って、実は割と簡単に通してくれると思ってる。

なぜなら……

 

「じゃあ俺が作ったギン人形返してください」

「それはダメっ!」

「じゃあ大統領のところまで案内してください」

「う……うぅ…………っ!」

 

……まあ、そんな理由だ。

ちなみにののちゃんは俺の後ろで呆れたような表情を俺とナタリーさんに向けている。

こんなもので買収されそうになっているナタリーさんに向けるならともかく、なんで俺までそんな表情を向けられるんだ?

 

「お前がなぜその女の趣味を知っていて、ちょうどその女の趣味に合う人形を持っているのが不思議に思えたのだが、お前が一夏だと言うことを思い出しただけだ気にすることはない」

 

じゃあ気にしない方向で行こう。面倒だし。

 

「……で、返答は?」

「ッ──────!!!ざ、残念だったわね!私はこの程度で買収されるような安い女じゃないのよ!」

「血涙止めてから言ったら?」

「これは……汗よ!ストレスが溜まっててね!」

 

ストレスで出る血は血尿くらいじゃね? ……血汗現象ってのもあったけど、原因がストレスかどうかなんて知らないし。

 

……まあ、どっちにしろ目には汗腺は無いから本来汗もかかないんだけど。

 

「……仕方がないか。受けてくれたら手乗りサイズと抱き枕サイズもあげようと思ってたんだけど……ここまで意思が固いなら何をしても無」

「どうか案内は私に任せて下さいお願いします」

 

一瞬、ナタリーさんの姿がぶれたと思ったら、次の瞬間には俺の足元で土下座していた。まるで昔懐かしのフィルム映画のフィルムをそこだけ切り取って繋げたかのようだ。

まあ、どうやら心変わりをしてくれた用なので、任せるとしようか。

 

…………騙されたら追いかけて真っ二つにするけど。

 

「……今なにか怖いことを考えなかったかしら?」

「騙されたら磔にして母国が核の炎に包まれる様を眺めてもらおうかなと思ったりなんてしてないよ」

「……騙さないから大丈夫よ」

「そうだね。ナタリーさんが騙さなければ、ナタリーさんの身の安全は…………保証されるんじゃない?」

「なげやりね!?」

「人間だから、ありとあらゆる未来を予測する事なんてできないんだよ。可能性として危なくなることもあるだろうし、完璧な保証はちょっとねぇ……気休めでいいなら保証するけど?」

 

俺がそう言うと、ナタリーさんは若干疲れたような顔をしつつ首を横に振った。どうやら気休めはいらないらしい。

 

「……地図を書くから、その通りに進んでいってくれるかしら? パスワードも書くから」

「IDカードも無しに開くような扉があるとは思えないから纏めて切り刻んでいくけど、それでいいならこっちはいいよ」

 

実際にはアリス・イン・ワンダーランドでジャミングかけながら力の王笏使ってハッキングかければこんな場所の電子的防備は濡れたティッシュ(普通に取った一枚を更に一枚一枚にしてあるやつ。これを先の尖った竹串とか指で貫く)のように破れるんだけど……まあ、言わない方がいいよな。相手には自分を小さく見られている方が殺りやすいし。

……じゃない、やりやすいし。

 

若干顔をひきつらせながらも、ナタリーさんは地図を描いてくれた。ただ、自分がこの情報を漏らしたことは言わないでほしいと言うことだが……それを言うのは若干遅かったような気がしないでもないね。

とりあえず地図を受け取り、そしてヘルメスドライブを使って発見したアメリカの大統領他何名かの居る場所まで飛んでいく。空間跳躍じゃなくて、ISを使って飛んでいるんだが……まあ、意外にもそこまで行くのは難しくなかった。

 

……さて、ご対面だな。

 

 

 

結論から言わせてもらうと、アメリカは降伏した。アメリカ本土だけでなく、全世界に存在するアメリカ臣民の命を盾にしながら大統領その他の人間の脳天に銃口を突きつけて『お願い』をしてみたら、結構簡単に決着がついた。

だが、俺達がここに来た時点でどうやらミサイルは発射されてしまっていたらしい。マゾカ達に頑張ってもらうか。

 

「それじゃあ確り誓約書にサインしてね。あと、今度から自分がごり押しして決めてくれやがった条約くらい守ろうな?」

 

おーおー悔しそうな顔しちゃって。ざまあみろ。

 

……さて、他の皆はどうなってるかねぇ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦名は、特に無し

 

side 凰 鈴音

 

フランス上空で、あたしとセシリアはフランスのIS部隊と戦っている。

篠ノ之博士の改造によって強化された甲龍は、その実力を存分に発揮しながら敵性機を次々に落としている。同じ第二世代機でも、乗ってる人が違えばここまで差が出るんだと言う証明になった。

……シャルロットならこの相手に比べて格段に強いし、数段厄介だしね。

 

相手の散弾を衝撃砲で凪ぎ払い、双天牙月を使って近接攻撃を防ぎながらたまに反撃する。

セシリアと組んでいる時の基本は、あたしが防御でセシリアが攻撃。余裕があればあたしも攻撃に回るけれど、カウンターを取れる時はできるだけカウンターを取るようにしている。

 

「はぁぁぁぁっ!」

「せぇぇぇぇっ!」

 

同時攻撃を双天牙月で防いで、さらにあたしに銃口を向けている相手への盾にする。そうすることであたし達へのエネルギーの減りはゆっくりになるし、セシリアのレーザーも必要最低限だけ使えばよくなる。

……やっぱり、大気圏内でレーザーとかを使うのはちょっと無理があるのよね。空気中の塵や埃なんかに結構散らされちゃうし……。

セシリアはそうして散った分を再集束しているみたいだけど、やっぱりそれでも限界はある。

やっぱりマドカのスターブレイカーみたいに実弾攻撃もできるやつを持ってきといた方が良かったんじゃないかしら……?

 

『それは切り札ですわよ?』

『持ってきてるの?』

『篠ノ之博士の改造済みですわよ?』

 

……つまり、スターライトmk.Ⅲで普通にできちゃうのね。ちょっとだけびっくりよ。

 

双天牙月を即座に収納して、相手の首を掴んで盾にする。すると直後に盾を向けた方から無数の弾丸が飛んできて、盾に直撃して止まる。

盾は苦悶の表情を浮かべたような気がしなくもないけど、知ったことじゃないから無視してさらに盾から武器へ。若干ラウラのトラウマを刺激しそうな光景だけど、本人いないから大丈夫よね?

 

そう思いながら人間ハンマー。なんだか相手が外道だとか鬼畜だとか人の皮を被った悪魔だとかあたしのことを言ってる気がするけど、あたしは気にしない。

だって喧嘩を売ってきたのは向こうだし、そう言われたところであたしが態々辞めてやる理由も無い。

それに、人間って結構頑丈だから、ISに掴まれて全力でISの装甲に叩き付けられても死にはしないわよ。

 

……ああ、これ実体験ね。千冬さんを『お義姉さん』って呼んだら足首掴まれてぶん回されてアリーナの客席と舞台を分けるエネルギーシールドに叩き付けられてぶち抜いて中に居たラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに叩き付けられたわ。

 

……生身で。

……ほんと、全身の骨が砕けるかと思ったわ。一夏が膝枕してくれなかったら二時間くらい動けなかったかもね。

 

ちなみに、一夏が膝枕してくれたから三秒で動けるようにはなったけど、ちょっと甘えさせてもらって結局四時間くらい動いてなかったわ。

……一夏の膝枕……柔らかかったわねぇ……ぷにぷにすべすべだったわねぇ……もちもちしてて気持ちよかったわねぇ…………うふふふふ……♪

 

……そんな一夏の膝枕を奪われるなんて許さない。それ以前に一夏を奪おうとするなんて許せない。

……私はこれでも初代IIIの会長にして、初代粛清部隊の隊長なんだから……一夏を独占しようとする糞共には死アルノミ……。

 

運のいいことにデュノアは一夏の手によってこっちについている。エネルギーが危なくなったらデュノアで貰えばいいんだから……割と他のところに比べて無茶が利く。

そんな状態なんだから、例え他のところが失敗したとしても、あたしに失敗は許されないわよね?

 

……クスクスクス……燃えてきたわ。全力で潰しに行くわよフランス政府!こっちの要求を飲めなきゃ脅迫するわ!具体的には篠ノ之博士こと束さんによるIS強奪とフランスに所属しているISの停止。そして国力を失ったフランスはISを一機しか持たないような小国に喧嘩を売られて無様に併呑されてしまいなさい!……って。

 

『……楽しそうですわね、鈴さん?』

『まあ、実際結構楽しいからね』

 

彼方に隠れながらライフルを構えるセシリアの言葉にそう返す。

実際楽しくはある。楽しくはあるけど…………一夏に腕枕をしながら寝る方が数兆倍有意義だと思うのもまた事実。

……と言うか一夏に腕枕とか凄くしたい。超やりたい。そのまま一夏に抱き締めてもらいたい。抱き締められたままゆっくり夢の中まで一緒にいたい。ついでに可能なら一夏とむにゅむにゅしたい。一夏襲ってくれないかなぁ……。

 

『それについては望み薄としか言えませんわね……』

『んなこたわかってるわよ馬鹿じゃない? 放置され過ぎて頭の中身が桃色になっちゃってるんじゃない? あと八つ当たりしてごめん』

『謝るくらいならば罵倒して下さい!』

 

あ、駄目だこのセシリア、重症すぎて救えない。

あたしがこいつのためにできることと言えば……まともな性癖に戻すのは一夏じゃないと無理だろうし、ぶん殴ってやるのは……作戦に支障が出るから今は無理。

 

…………よし、放置ね、放置。と言うか正確には後回しにしましょう。

殴るのも注意するのも罵倒するのもみんな終わった後でならいくらでもできるんだから。

 

……それに、多分すぐ終わると思うしね。

 

あたしはそう考えながら、向かってくるISと戦闘機をセシリアと協力しながら一方的に撃ち落とし続けるのだった。

 

 

 

……そうしたら本当にすぐ終わった。やったこっちが拍子抜けしそうなくらいにすぐ終わった。

あたしとセシリアはフランスとの調印書を片手に(いや、手じゃないけど)、意気揚々とIS学園まで帰還していく。

なお、不意打ちはあったけど軽くフルボッコにして『次は国土を灰にする』というメッセージを伝えさせた後は無かった。よかったわねぇ……。

 

 

 

 



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211~216 (完) + 千の顔を持つ英雄

 

 

実は結構、容赦無い

 

side シャルロット・デュノア

 

簪のミサイルって凄いね。僕必要ないんじゃないかなぁ?

……心底そう思わせるほどのミサイルの弾幕が中国の戦艦に降り注ぐのを、僕とラウラは一応周辺を警戒しながら眺めていた。

 

……相手のISはどうしたかって? そんなの全部まとめて落としたに決まってるじゃない。じゃなかったらこんなに落ち着いてないよ。一夏じゃあるまいし。

ISは僕とラウラの二人であらかた落としたけど、やっぱり広いだけあって数が多くて面倒だった。

でも、なんだか前情報より随分少ないような気もしたんだけど……気のせいかなぁ……?

 

『ねぇラウラ? なんだか相手の数が少ないような気がしない?』

『少ないぞ。恐らくはIS学園に強襲をかけているか、あるいは整備中か…………まあ、強襲だろうがな』

『なんでそんなに落ち着いてられるのさ!? IS学園が襲われてる可能性が高いんでしょ!?』

『そうだが……心配はいらんだろう。あそこには生徒会長も居るし、『ちょろータム(笑)』から『ちょろータム(キリッ)』へと変わったちょろータムが』

『なんだか余計に心配になってきたんだけど!? (キリッ)ってなにさ(キリッ)って!?』

『能力はちょろータムの二割増しだぞ? ちょろさも二割増しだそうだが』

『駄目だよねそれ!?』

 

……あ、原潜発見。位置情報を簪に送信っと。

 

『……わかった。落とす……!』

『僕もやれるよ?』

『……大丈夫』

 

簪はそう言ったけど、流石に人殺しは不味いよね。

だから、ここは僕がやる。

デュノアから送られてきた新兵器、対原潜目隠し弾で!

 

……なんでそんなピンポイントに送られてきたんだろうね? ISとの対戦じゃあなんの役にも立たないのに……。

お陰で人殺しをしないで済むし、とってもありがたいんだけどね?

そんな訳で、目隠しグレネード、発射!なんだか色々大変なことになってる気がしなくもないけど気にしない!

 

『……なるほど、ソナーとレーダーを遮断するのか。こうして目隠しされてしまえば、確かにほぼ無力化されたも同じだな』

『僕も初めて使ってみたけどびっくり。説明は受けてたんだけど、まさかこんな風に遮断するなんて……』

 

……これ、対IS用ができてもあんまり使われないだろうなぁ……なんだかスライムと言うか粘液と言うか、そんなのが相手の全身を被うんじゃ、こっちからも手が出せなくなっちゃうし。

 

『私ならば使うがな』

『試合中にハイパーセンサーが使えなくなっちゃったら危険すぎるから絶対許可されないと思うよ?』

『最初で最後の大一番で使えばいい。そうすれば私の勝ちだ』

 

うわぁ……本気で殺る気すぎる……。それされて平気な人って、動体視力が光速捉えられる一夏とか、一夏が絡めば無敵超鬼神(むてきちょうきしん)な織斑先生とか、そのくらいじゃない? 少なくとも僕はまともに動くこともできなくなりそう。

 

『お前の場合は適当に動き回っていればラッキーが起きてなんとかなるさ』

『どんな幸運さ!? 起きるわけないでしょそんなの!』

 

ぐるんっ!とラウラに顔を向けた。その次の瞬間後頭部のあたりをなにかが掠めていったような気もしたけど……きっと気のせいだよね。

だって、僕はあくまで常識人だから。そんな鈴みたいに真後ろから飛んでくる弾丸を見ないで避けたりとか、セシリアや簪や篠ノ之博士みたいに物凄い思考速度を持っているわけでも、ラウラみたいにハイパーセンサーよりよく見える目を持っていたり。箒みたいに音速を越える抜刀術や剣術を使えるわけでもない。あくまでも僕は一般的な人間なんだよ?

 

『一般的な人間は愛の力で空間移動などできないが……?』

『あーあーあー!きーこーえーなーいー!なんにも聞こえなーい!!』

 

グレネードの爆音とミサイルの着弾音が激しすぎてなんにも聞こえなーい!耳を塞いでることとはきっと無関係だよそうに違いない!

……なんだかラウラに優しい目で見られてる気もするけど、それも気にしないっ!

……それにしても空母が多いね。いったいどこにこんな量があったんだろう? と言うか、明らかに条約とか無視してるよね? 中国は条約に参加してない率が高いから仕方ないけど。

 

『中国人として謝らせてもらうわ。ごめんなさい』

『鈴が謝ることじゃないよ。中国人にだって色んな人がいるからね』

 

一夏が大好きすぎて物理法則すら越えちゃった鈴みたいな人もいれば、一夏を国力増強の道具みたいにしか思ってない人も、色々ね。

と言うか、それは中国人に限ったことじゃないけどね。一夏と同じ日本人の中ですら、一夏を道具として見る人が居るくらいだし……。

だから、鈴が気にすることじゃないと思うよ? 僕なんかの言葉じゃ納得できないかもしれないけどさ。

 

『……なんだかちょっとだけ気が楽になったわ。ありがとう』

『いいよいいよお礼なんて』

『中学時代の一夏の夏祭りの甚平の写真なんだけど……』

『ありがたく貰っておくことにするよ』

 

一夏っ♪ 一夏っ♪ 一夏の甚平っ♪

 

『シャルロット。鼻から愛が溢れているぞ』

『だって一夏のヘソチラ甚平だよ!?』

『なんだ、ならば仕方がないな』

 

ああもう楽しみだなぁ!もの凄く楽しみ!

 

……そうそう、中国は結局ぐだぐだと騒ぎ続けてたから仕方無く一夏から預かったアリス・イン・ワンダーランドで洗脳したよ。とっても従順になってくれて、そこからは話が進みやすくて助かったよ。

それからお願いしてIS学園に無条件降伏してもらったけど、納得してくれない人も居たからまたアリス・イン・ワンダーランドのお世話になった。

 

……あの人も、これで人が変わったんだと思う。

 

……今度、会いに行ってみようかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会長と、亡国ズ

 

side 更識 楯無

 

はぁ…………と深く溜め息をつく。そしてそのまま辺りを見回してみると……。

 

「ちょろータム、息災か? 怪我などは無いか?」

「ちょろータムはいい加減に辞めろ。……こっちはなんも問題ねえよ。わたしも、スコールもな」

「私としては貴女の方が心配なのだけど……ちゃんとご飯は食べてる?」

「ああ。……そう言えば、スコールの仕事はどうなっている? 職場内でのいじめ等は無いのか?」

「大丈夫よ。織斑千冬の推薦のお陰か、良くしてもらっているわ」

 

……なんだか凄いアットホームな光景なんだけど……こいつらが元・亡国機業の構成員だって言うんだから驚きよね。

しかも、そのうち一人は私とも因縁のある相手……本当に一夏君は何を考えているかわからないわ。

 

……まあ、それでも今はそれなりに信用できる味方だし……敵対の意思は見えないしね。とりあえず、今までの確執や何かは一度どこかに放り出しておいて……今はIS学園を守ることだけを考えましょう。

私はIS学園の生徒会長なのだから。生徒を守ると言う義務が、私にはある。

 

……それに、今の私には強力な味方がついているしね。

 

それは亡国機業三人組のことでもあるけれど、簪ちゃんが出発の前に言ってくれたとある言葉でもあったりする。

 

 

~無駄に回想~

 

出発前に、簪ちゃんが私に話しかけてきた。ほっぺを朱色に染め変えて、もじもじとしている姿が発狂しそうなくらいに可愛い。

 

「……あの……お姉ちゃん」

「どうしたの、簪ちゃん?」

 

ああもう簪ちゃんは可愛いわね♪ 鼻から愛が溢れちゃいそう。

 

簪ちゃんは上目使いに私の目を見ながら呟く。

 

「えっと……あの…………が、頑張ろうね!」

 

………………。

 

………………はっ!? 簪ちゃんが可愛すぎて意識がどこかに飛んでたわ!?

だってあの真っ赤な顔に心配そうな視線が私を見守るように簪ちゃんが手をぎゅうってあったかい簪ちゃんの柔らかいほっぺが真っ赤でぷにぷに唇あったかそうでしっとりした手がもちっとしててあばばばばばばば!

 

~強制終了~

 

 

……まあ、こんな感じで私には簪ちゃんのあったかい声援がついているのよ!

だから私は敗けない。簪ちゃんの期待を背負っている私は、絶対に負けるわけにはいかない!

……元々生徒会長なんだから負けられないって言うのもあるしね。

 

さあ、矢でも鉄砲でもマシンガンでもミサイルでも持ってきなさい!私がある程度はまとめて叩き落としてあげるわよ!

……全部じゃないのかって? いやいや流石にそれはねぇ……? ……簪ちゃんや一夏君のジェノサイドサーカスみたいな馬鹿みたいな量のミサイルの雨霰を防ぎ切るのは……周りが海で盾の材料が山のようにあっても至難の技だし。

それに、そんな時のためにあの三人がここに居るわけだしね。

 

『あ、来たよ~、中国からのIS隊と、アメリカからのミサイルが』

『数と方向、距離は!?』

『ミサイルが四十で東北東からで、距離は3000くらいかな。ISは八で西から。距離は……もう見えてるんじゃない?』

 

慌てて西を見てみると、そこには隊列を組んでこちらに向かってきているIS小隊が。どうやらステルスをかけているようでレーダーには映っていないけれど……篠ノ之博士はどうやって見付けたのだろう?

 

『すっごいセンサーで張り込んでたのと、後は予想かな?』

 

そうですか。貴女も異常側ですか。

……と言うか、異常側じゃないわけが無いか。異常で非常な大天災と名高い篠ノ之博士が。

 

『異常側とか色々言いたい放題言ってくれてありがとう。この戦いが終わったら君のISにウイルス送り込んでIS装着の度に全裸になるようにするから覚悟しておくといいよ』

『ごめんなさいそれは勘弁してください調子に乗りました私が悪かったですからどうかそれは……』

 

本当にやめてほしい。私には露出癖は無いし、これから持つ予定も無い。

それ以前に、お姉ちゃんとして可愛い妹の前でそんな恥を曝したくはない。

 

そんな私の思いが届いたのか、私の目の前に浮いている空間投影型ディスプレイに映っている篠ノ之博士はにっこりと笑顔を浮かべて言った。

 

『じゃあ、いまこっちに向かってきてるミサイルを全部落とせたらやめてあげる。核弾頭搭載型だけど、頑張って?』

 

かなりの難題を出されてしまったけれど、妹を思う姉に不可能はあんまり無い!

…………流石に一夏君にべろちゅーしろとか性的に食べちゃうとか織斑先生の前で一夏君を馬鹿にしたりとか一夏君とガチバトルをして無傷で勝てとかそういう人間には不可能なこととか簪ちゃんに嫌われちゃいそうなこととかは無理だけどね?

 

……私は簪ちゃんのウェディングドレス姿を見るまで、絶対に死ぬわけにはいかないのよ!

もちろんウェディングドレスの裾を持つ役も渡さないわ。相手が例え本音だって……

 

『呼んだ~?』

『呼んでないわよ?』

『え~? 呼ばれた気がしたんだけどな~?』

『まあまあ、本人が呼んでないって言ってるんだからさ。あと、シュークリームあるけど食べる?』

『食べるー♪』

 

……ほっ……。

……って、篠ノ之博士の言葉で然り気無く私が呼んでいたことを暴露された!? しかもそれ貰い物の翠屋のシュークリーム!? どうして篠ノ之博士がそれを!?

 

『ちょっとしたコネがあるからだよ? ……もくもく……』

『そうなんだ~? ……もきゅもきゅ……』

 

う……ぅううぅぅぅずるいぃぃぃぃっ!!

 

私はこの怒りを力に変えて、彼方から飛んでくるミサイルに向けて水の槍を数多く撃ち出した。

 

……って、ミサイルってこんなに脆かったかしら? いつもの簪ちゃんのミサイルはこんなものじゃ無いんだけど……。

 

……まあ、いいわ。楽なのは良いことだもの。私は私でミサイルを撃ち落とすのを頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考察ついでに、国落とし

 

side 織斑 千冬

 

手始めに近場から潰す。小国を潰すのにはそんな大きな力は必要無い。そう、力などほとんど必要無いのだ。

なぜなら、この束が取りだして修理し改造した暮桜は性能がすさまじい。話を聞いてみたところ、既に未知の塊であるはずのISの中でも更に異質な新部品が、当然のように話に出てきていたからな。

恐らく束はISをさらに改造してハイスペックな物に変えたのだろう。これならば私はあの時と同じように人を殺さないで済むし、こちらが攻撃されても当たることはまず無い。

可能性があるとしたら一夏のシロか、あるいはオルコットのBTレーザーだが……シロはともかくとして、BTレーザーならば切り捨てることができる。

 

……つまり、目立つところの無いISや、もはや遺物と言われるような旧式のミサイルがどこから何発降ってこようが、私には何の問題もなく切り抜けられると言うわけだ。

いくつもの国の首脳陣に強制的な無条件降伏を持ちかけ、断られたら脅迫し、脅迫を潜り抜けられたら洗脳し、そうして幾つもの国をIS学園に無条件降伏をさせた。

 

まあ、なんにしろ私の仕事は生徒を守ることだ。それに、昔々の契約を破られたのだから、こうして軽く仕返しをするくらいなら許されるだろう。

 

……暮桜を差し出す代わりに、私は一夏の安全な生活を保証することを求め、そしてそれは受理された。

しかし、現状では一夏の安全は無く、契約を結んだ国の上層部は一夏と私の敵になっている。

つまり、私がこうして敵対することには何の負い目も無いと言うことだ。

 

……実際に潰している国の民には若干申し訳無さを感じなくもないが、長いものに巻かれよとIS学園……と言うか私達に戦争を仕掛けてきた国家の上層部の人間を恨め。

 

……さて、次の国だ。早くこの戦争を終わらせて一夏と一緒に眠りたい。

最近は少々度が過ぎているような気が自分でもしているが、一夏とのスキンシップは私の活力の源だからな。一夏との触れ合いが無いと私は死んでしまうのだから仕方がないことだ。うむ、仕方がない。

 

……そんな事情がなくともスキンシップは欠かさんがな!私の体は束への恩と一夏への愛情が九割以上を占めているのだから当然の話だが。

ちなみに、一夏への愛が全体の七割強。束への恩が全体の約二割。残った若干に他の全てが詰め込まれている。

 

……どうだ、実に私らしい体組織の構成をしているだろう? 私はけして恩知らずなのではなく、全てが一夏のためにできているわけでもなく、実に人間らしいと思わないか?

少なくとも束には『私らしい』という感想をもらっている。束も似たようなものだと思うが……どうなのだろうな?

 

『束様の考えを理解するなど、非才のこの身には荷が勝ちすぎます。ですが、見ている限り似通った部分が存在することは否定できません』

『そうか』

 

やはり、どこかで私と束は似ているらしい。嬉しいような悲しいような……複雑にして怪奇な思いが私の胸中に広がっていく。

まあ、私と束が似ているという自覚は昔からあった。

束が一夏と出会う前からそういった感覚はあったが、束が一夏を気に入ってからはさらにその感覚は強くなった。

そうだな……化物同士の同族意識……とでも言うのか? 私は昔から人の範疇を若干(今程では無いにしろ)外れていたし、束も同類のようなものだった。当然、一夏もだ。

 

私と束の違いと言えば、精々認識の違い程度だろう。

 

私は化物(どうぞく)ではない他人を他人として認識することができる。話をすることもできれば人間として扱うこともできる。

しかし束は、化物(どうぞく)ではない人間を人間として見ることができない。

だから束は周囲から孤立してもなんとも思わないし、私や一夏等の化物(どうぞく)を大切にする。

恐らくではあるが、箒もあれで化物(どうぞく)の素養があったのだろう。そうでなければ束は箒を両親と同じように切り捨てていただろうし、大切にも思っていなかっただろう。

そして一夏によって人から化物へと存在の位階を強制的に引き上げられた者も同じようにある程度人間として応対していることから、私の予想はあながち間違ったものではないと思うのだが……まあ、どうでもいいことか。

 

『千冬様、敵戦力と接触します。距離4000……3000……2000……』

 

ああ、よしよしわかった、私が切り捨てよう。零落白夜を振るうのは久方振りだが、剣の鍛練を欠かした日は無い。

高速で近付いてくる敵影とすれ違う瞬間に、零落白夜の白色光が相手の胴を抜ける。

零落白夜によって一瞬でシールドバリアを削りきられたISは海へと落下していくが……まあ、死ぬことはないだろう。そのために操縦者の保護機能が存在しているわけだしな。

 

あれが発動していれば、およそどのような場所でも生き延びることはできる。

それこそ、宇宙だろうが海底だろうが溶岩の中だろうが、だ。

 

……流石は束の作ったISだ。他人にデチューンされているとはいえ、その性能はかなりの物だな。

それが一人を除いた男に使えない理由はわからんが……まあ、何らかの理由があるのだろう。『大好きな一夏には特別でいてほしかった』等の下らないとしか思えない理由かもしれないが。

 

……あいつの考えていることはわからんが、最終的な結果には納得できる。私より数段……数位階頭がいい束の考えていることを全て理解するのは無理だが、束という存在をそのまま受け入れることは可能だ。

そして束はあれで割と寂しがりだ。いつでも理解者を求めていて、同類に嫌われることを恐れている。

だからこそ束は受け入れてもらうことを望み、受け入れてもらった相手に尽くす。

 

…………長々と語ったが、やはり束だけでなく私達も歪んでいると言うだけの話だ。

 

『ええ、その通りですね』

『自覚はあるようだな。良いことだ』

 

……さて、そろそろこの戦いも終わるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉幕、大惨事世界大戦

 

アメリカを落としてIS学園に戻ってみれば、たっちゃんとマゾカとちょろータムと大雨さんの四人が頑張ってくれたらしい結果の光景が目に入った。

水に浸かって不発弾となったミサイルの残骸が無数に海面に浮かび、どこのかは知らないがISがいくつかIS学園の砂浜に頭から突き刺さって犬神家状態。

 

「筋肉ドライバー!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

ズドンッ!という音が響き、犬神家状態のIS乗りがもう一人。なるほど、こうして犬神家状態ができたんだな。

 

俺が感心していると、落下の衝撃で舞い上がっていた砂の幕を振り払ってマゾカが現れた。頭が砂まみれで、ちー姉さん似の綺麗な黒髪が台無しだ。

 

「……む、兄か。いつの間に帰ってきたのだ?」

「ついさっきだよ。ほら頭出せ、砂落としてやるから」

「感謝だ、兄よ」

 

俺はぱぱっとマゾカの髪を払い、大雑把にだが髪に付いた砂を落としてやった。

あまり細かい砂は落としきれないので中途半端な落とし方だが、それでも一歩歩けば砂が落ちるような状況は脱したからいいとする。

 

「どりゃぁぁぁぁぁっ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」

 

すぐ近くにちょろータムが相手にビッグベン・エッジをかけたまま高速で落ちてきた。砂が舞い上がり、せっかく落としたのに何の意味もなくなった。

 

…………。

 

マゾカを見る。そうしたらマゾカも俺を見ていて、視線が交差した。

 

無言のまま俺とマゾカは動き始め、ちょろータムを中心にした同心円の真逆の位置に陣取った。

そしてマゾカが瞬時加速でちょろータムに突撃し、俺もあえて同じ速度でちょろータムに突っ込んでいく。

若干軌道をずらして進み、お互いにちょろータムのすぐ右側を駆け抜ける軌道を取る。そしてちょろータムとすれ違う直前に左腕を真横に突き出せば、必然的にちょろータムの首を挟み込むように俺とマゾカのアックスボンバーが交差する。

 

……つまり、これこそがとある完璧超人の必殺技。

 

「「クロス・ボンバー!!」」

「いきなりなにしやがぶげらはっ!!?」

 

……と言うことだ。

 

何人もの超人のマスクを剥ぎ取ってきたクロス・ボンバーを受けて、ちょろータムは吹き飛んだ。

 

…………やっぱり身長差がありすぎると飛ぶな、これ。弾とやった時はちゃんと相手の脳に衝撃を打ち込めたんだが……。

……まあ、いいか。ちょろータムの顔の皮なんて欲しくないし、ダメージはちゃんと冗談で済む程度に抑えてあるし。

 

「げぇっほ、ごほ……てめえら……いきなりなにしやがる!」

「こっちの台詞だちょろータム。頭の砂を払い終わったところにいきなり落ちてきてまた砂まみれにしやがって。鼓膜が破れるほど砂を耳に盛ってやろうか?」

「全くだ。首だけ出したまま砂浜に縦に埋めてやろうか?」

「それは悪かったと思わなくもねえが、後ろの方のは遠慮しとくぜ。……あと、いくらなんでもそれの仕返しにあれは利子がつきすぎだろ」

「受けた恩は倍返し、受けた怨は京倍返し……ってのが織斑家の家訓でね」

「嘘だろおい!? なんだその天文学的数字はよ!?」

 

実際嘘だが面白そうだからこのまま通していこう。

面白そうだし。

 

「まあ、京倍返しがそれで済んで良かったじゃないか。最悪首が飛ぶんだぞこれ」

「んなもん私にやったのかよ!? なんつー真似してくれてんだよおいコラ!」

「安心しろちょろータム。……私は、お前がこの程度で死ぬやつではないと知っているし、信じている」

「……そ……そうか」

 

ちょろっ。こいつちょろっ。なんてちょろいんだ……。

なんと言うか、ここまでちょろいとこっちが心配になってくるんだが……。

 

『なあマゾカ。こいつ、こんなにちょろくて大丈夫か?』

『大丈夫だ、問題ない。………………スコールが居れば』

 

……つまり単体だと問題があるんだな?

 

『うふふふふ……オータムは可愛いからいいのよ』

 

ああ、なるほど。大雨さんがこうやって甘やかしてきたからこんなにちょろくなったのか。

なんと言うか、若干歪んでる愛情だなぁ…………軸はまっすぐなんだが、こう……捻れが発生してる感じで。

つまりあれだ、家庭用の電気ドリル。あんな感じ。まっすぐだけど歪んでて……まさにあれだ。うん。

 

『……それに、一夏くんに助けてもらってからは少し丸くなって、味に深みが増したのよね。ありがとう、一夏くん』

『どういたしまして』

 

……なんだか大雨さんが単なる親馬鹿に見えてきた。

自分の可愛い子供の行動は大体みんな可愛く見えて、欠点も可愛く見えて、成長したら周りに自慢話として語り…………。

やっぱり、親馬鹿に見えてきた。と言うか親馬鹿だなこれは。

 

「兄も似たようなものだ。姉さん好きだろう?」

「大好きだけどどうかしたか? ご飯食べてる時の滅多に見せないようにしてるらしいほんわか笑顔とか、超好きだぞ?」

「それと同じだ。つまり原因は家族愛。愛は人を簡単に狂わせてしまうからな……そういったことがあってもおかしくはあるまい」

 

……まあ、別にそれが悪いとかおかしいとかそういう話では無いし、むしろ仲良きことは美しきかな、それは内容がイチャイチャ(死語)とかラブラブ(死語)とか、そんなんでも何も変わらない。

俺はどちらかと言うとリア充だからな。かなり気持ちよく睡眠を毎日規則正しく取れるし。

 

そんなわけで俺は、目の前で起きている惨状をほのぼのした気分で眺めることができるわけだ。

……マゾカは若干鬱陶しそうな表情を浮かべているがな。

 

ぽんぽん、とマゾカの頭を撫でてやると、マゾカは少し驚いたような表情を浮かべてから目を閉じる。ナデホスキルはそう言う雰囲気を持てば取得できるし、ある程度人生経験を積むことで成長していくからな。

 

…………そう言えばこっちではこんな状況になってしまったわけだけども……原作一夏達はどうなってるんだろうな?

七巻以降は発売されたのかどうか知らないからどうなったのかはわからないが……できればのんびり平和に暮らしてくれているとありがたいな。

 

……望み薄かもしれないが。

 

「今帰ったわよ~。フランスとの無条件降伏の調印終わらせてきたわ」

 

……おお、帰ってきたか。それじゃあ後はIS学園の上層部に投げときますかね。

気に入らない回答が返ってきたら…………兆単位を遥かに越える男爵様が暴れることになったりして……。

 

……まあ、無いだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束の真意と、語りの終わり

 

戦争は終わり、世界には一応平穏が訪れた。

実際には世界の戦力図の大半が書き換えられていたりもするが、表面上は昔のまま。何も知らない国民達にとっては何も変わらない日常となるだろう。

……まあ、知っていても大して変わらない日常を送る人間も居るわけだが。具体的には俺とか。

 

そう言うわけで俺は、振り替え休日となった今日をいつも通りに寝ることに費やそうとしている。

大惨事世界大戦では色々と頑張ってくれた人が多いし、そう言う人達(鈴とかセシリーとかののちゃんとかシャルとかラルちゃんとかかんちゃんとか束姉さんとかちー姉さんとかたっちゃんとかマゾカとかくーちゃんとかこっそり弾とか)が、数人を除いて口を揃えてそれを希望したから……ってのもあるが、やっぱり自分が寝たいからって言う理由が一番でかい。

 

ちなみに弾が何を頑張ったかと言うと、蘭ちゃんを人質に取られることを防ぐために奮闘したり、俺の家に誰か知らないやつが明らかに不法侵入しないようにしてくれたりとかそんな感じだ。やっていることは地味かもしれないが、とても嬉しかった。

 

「気にすんなよ。俺とお前の仲じゃねえか」

「親しき仲にも礼儀あり。と言う訳で、何も言わずに受け取っとけ。……ありがとう」

「おう!……どうせなら、俺の胸にすがり付いてくる状態から上目使いに持っていく感じでもう一回言ってみてくれるか?」

 

? 妙なことを頼む奴だな? そのくらいならやるけどさ。

……例え、結果が見えていたとしても。

 

……そんなわけでやってみた結果。俺のキス経験回数が何度か増えたとだけ言っておく。

ついでに赤い服の枚数が増えたことも追記しておこう。

 

「……ふぅ……一夏が可愛すぎて死ぬかと思ったぜ……いやマジで」

「弾が死んだら俺泣くよ?」

「俺、あと百年生きるわ」

 

是非頑張ってほしい。俺の心の安定のためにも、実は若干ブラコンが入っている蘭ちゃんのためにも。

……原作に比べて弾に包容力があるせいか、それとも何がきっかけなのか弾が異常の域にいて、実際に頼りになるだけじゃなくて気をしっかり回してくれたりするから…………まあ、兄妹の仲が良いって言うのは喜ぶべきことだよな。

 

……さてと。面倒なことは終わったし、さっさと寝ようかねぇ……。

 

「あたしも寝る~」

 

もそもそと布団に潜り込んだところで、鈴が襲撃してきた。どうやら完全に泊まっていく気らしく、橙色の夕焼けのようなパジャマを着ている。

 

「……すぴ~…………」

 

……のほほんちゃんはいつもどうやって潜り込んできてるんだろうな? 正直一番の驚き所だろこれ。

強かったり頭よかったりしてるところは見ないけど、実は一番反則的な存在なんじゃないか?

 

「まあ、相手は本音だ。気にすることはないだろう。それよりも一夏、私を抱いて寝るがいい」

「……ラウラ。もう少し慎みって言うものを持とうよ」

 

そうだな。とりあえずラルちゃんは俺が貸した寝巻き用のワイシャツ一枚で潜り込んでくるのは辞めようか。無いだろうけど何か間違いがあったら困るし。無いだろうけど。

それとシャル。枕持参で言っても説得力が無いぞ。ここで必要なのは説得力じゃなくて眠気だから別にいいけど。

 

「放してください箒さん!一夏様に肺を潰されるほど強く抱き締めて頂けると聞いては、我慢などできる訳がありますか!いいえ、ありません!」

「まず肺が潰される云々から空耳だ、安心しろ」

 

セシリーがののちゃんに羽交い締めにされながら壁をすり抜けるようにして入ってきた。瞬間移動だけじゃなくて壁抜けまでできるんだ? 人間の身体の神秘だよなぁ……人間って言うか人外だけど。明らかに化物ばっかりだけど。

 

……なんでもいいから寝るならさっさとおいで。騒ぐなら放り出すよ? 窓から。

 

「……じゃあ……失礼します…………」

「何遠慮してんだ? ほれ、もっと一夏に寄れ、ほれ」

「ちょ、お兄!?」

「静かにしろよ蘭。叩き起こされた時の一夏は機嫌最悪なんだぞ? ……それに、こうしてやれば『一夏の近くにいるのは俺が勝手にやったせい』って言い訳できんだろ?」

 

弾が超気を回せるいいお兄さんやってる件について。いいことだと思う人、及び微笑ましい光景だと思う人は挙手~。

 

……鈴、セシリー、ののちゃん、シャル、かんちゃん、たっちゃん、束姉さん……と。七人ね。

いつの間に束姉さんが来たとかたっちゃんとかんちゃんはいつ来たとか、そう言うのは聞かないことに。色々面倒と言うか、気にしたところで解決しないからな。うん。

 

「さあさあみんなで一緒に寝よう。いっくんを真ん中にぷちかを積んで、暖かい中で一緒にさ」

「お前が仕切るな」

「あいた」

 

こん、とちー姉さんに頭を小突かれた束姉さんは、なんだか若干嬉しそう。

……そう言えば、束姉さんも束姉さんでドMだったね。ちー姉さん相手くらいにしか発揮されてないから忘れてたけど。

 

…………さて、大体揃ったかね?

マゾカは家に戻って寝てるだろうし、ちょろータムと大雨さんは互いとマゾカが居れば幸せ。くーちゃんは束姉さんが言うまで来ないだろうし……あれ、カズは?

 

「日本政府相手に制裁中だと。バレないように社会的に抹殺するとか言ってたぜ」

「カズも大概ハイスペックだからなぁ……」

 

カズならできそうだし、実際やりそうだ。異常度はそこまで高くないけど、その分色々考えて動くからなぁ……。

流石は我等が睡眠愛好会の初代作戦参謀だ。

 

…………ふぁ……考え事をしてたら眠くなってきた……。

 

……お休みなさい。

 

「ああ、お休み」

「お休み~」

 

……そんな声がいくつも聞こえた直後。俺は夢すら見ない深い眠りの中に旅立ったのだった。

 

 

 

 

 

side 織斑 千冬

 

一夏が眠り、それを皮切りに次々と小娘共も眠りに落ちていく中で、私は未だに起きていた。

起きているのは実は私だけではないのだが……今回は丁度その起きている相手に用があるから、わざわざ眠っている所を叩き起こすような真似はしたくないからな。

 

「……それで、ちーちゃんは束さんに何を聞きたいのかな? ちーちゃんにだったらなんだって包み隠さずお話しちゃうよ?」

「そうか。なら単刀直入に聞かせてもらおうか」

 

私はころりと仰向けに寝転がりながら私を見上げる束に視線を向け、束が一夏をIS学園に入学するように仕向けてから今までずっと気になっていた事を聞こうと口を開いた。

 

「お前の望みは何なんだ?」

 

すると束はきょとんとした表情を私に向けて、それから何が面白いのかくすくすと笑い始めた。

 

「あー、うん、なるほどね……くふ、くふふふふふ…………」

「……気でも狂ったか?」

 

……いや、束の気狂いは昔からだが。

 

「ちーちゃんってば酷いなぁ。束さん泣いちゃうよ?」

「泣きたいなら泣くがいい。ただし、一夏を起こさないように静かにすれば慰めるくらいはしてやるぞ」

「ちーちゃんツンデいたいいたいいたいよー頭蓋骨が圧砕されちゃうよー」

 

トチ狂ったことを抜かす束にアイアンクローをかける。ぱたぱたと手足をばたつかせているが、どうせ本気で痛がっている訳ではないだろう。

そうでなければもっと派手な音を立てているだろうし、今回のこれもそこまで強くしているわけではない。

 

ぱっ、と手を放してやると、束はやはりいつもの通りに大袈裟に痛がるふりをする。

 

「……それで、どうなんだ?」

「ん~…………ほんとにわからない?」

 

束は身体を起こして私に向き直り、小首をかしげながら聞いてくる。

 

………………認めたくないが、実は多少の予想はできている。

だが、それが正しいのかはわからないから一応の答えがほしいと言うだけの話だ。

 

「……そっか。じゃあ教えてあげるね。束さんの望みはね……」

 

束はにっこりと笑顔を浮かべ、囁くように私に答えを提示した。

 

「束さんの邪魔をしている物やいっくんやちーちゃん、箒ちゃんに手を出す奴等を根刮ぎ排除して、みんなで仲良く寝たいだけなんだよね。ほんとはさ」

 

その笑顔に後ろ暗いものを何一つ見付けられなかった私は、それを聞いて少し安心した。

やはりと言うかなんと言うか、どこまで行っても束は束。なんとも『らしい』言葉だと納得することができた。

 

「……遅くに悪かったな」

「いいよいいよ、ちーちゃんのお話だからね。ちーちゃんが望むなら明日の朝までだって付き合っちゃうよ?」

「それには及ばんさ。…………それじゃあお前の望み通り、一夏と箒と小娘共と……共に眠るか」

 

私はもそりと一夏の布団に侵入し、先に潜り込んでいた奴等の邪魔をしないように端の方で止まった。

今回はこいつらも頑張ったからな。褒美の一つくらいはくれてやってもいいだろう。

 

そう考え、少々寂しい腕の中に束を抱きながら、ゆっくりと眠りの中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マテリアルマーチの解説(ネタバレあり。飛ばしても読むだけならなんら問題ない)

 

ここでは、一夏の使う『武器生産工場(ウェポンズファクトリー)』の武装錬金『マテリアルマーチ』解説をしようと思います。

 

マテリアルマーチは、千の顔を持つ英雄が使えなくなったので急遽用意されたオリジナルの武装錬金です。

効果はこの作品に出てきた千の顔を持つ英雄と全く同じで、名前が違うだけの同じものと考えていただいて結構です。

 

さて、それではここからはマテリアルマーチで作られた武器の紹介に入りましょう。

 

抜けているのがあったら是非とも報告をお願い致します。

 

 

 

 

 

ISスーツ(全身型) 出典……IS〈インフィニット・ストラトス〉

 

臍出しだと千冬が死ぬので急遽作ったISスーツ。

性能的にはあまり変わらないが、かなり頑丈になっている。

ただし、全身にぴったりと張り付いているため臍も浮き出ている。束は一度このスーツ姿の一夏をお待ち帰りして全身ペロペロしたいと考えていたりいなかったり。

 

 

 

アリス・イン・ワンダーランド 出典……武装錬金

 

チャフの武装錬金。細かな金属片を空中に散布し、機械類は勿論、人間の方向感覚をも狂わせることができる。

散らしていればその程度で済むが、密集させると閃光を放ち、一瞬にして相手を洗脳することもできる。

ついでに、空中に固めて足場にしたり、金属片を通して声を遠くまで届けると行ったことも可能。

 

 

 

アンダーグラウンドサーチライト 出典……武装錬金

 

避難壕の武装錬金。壁などに異空間への入り口を作ることができる。その中はほぼ安全な上、入り口を閉じていれば発見はほぼ不可能。

一夏はポケットに作って便利な倉庫扱いしていることが多い。

 

 

 

滞空回線 《アンダーライン》 出典 とある魔術の禁書目録

 

空中に散布する超々小型のネット環境的な何か。一夏もよくわからないで使っている。使えるから問題ない。

デュノアを傘下に入れる際に一度だけ使用。それ以降の出番は無し。

 

 

 

エアリアルオペレーター 出典……武装錬金

 

ガスマスクの武装錬金。あらゆる気体を調合し、放出することができる。

ただし、一度放出した気体は濃度がある程度下がらないともう一度調合することはできない。

 

 

 

エンゼル御前 出典……武装錬金

 

西洋弓の武装錬金。特性は自動人形と矢の生成による高速射撃と、籠手を使って産み出した矢による傷の奪取。

一夏が使うと、ランブルデトネイターによって矢が全て爆発物に早変わりする。

 

 

 

核金 出典……武装錬金

 

賢者の石とも呼ばれるすごい物。持ってるだけで怪我の治りが早くなるし、心臓の代わりに体に埋め込めば死人も甦る。気合いを入れると武器にもなる。かなり硬い。まず壊れることはないだろう。

ただし、鉛を金にすることはできない……と思う。

 

 

 

 

キラーレイビース 出典……武装錬金

 

軍用犬の武装錬金。軍用犬を武器扱いしていいのかはよくわからないが、されているのだから仕方無い。

犬笛を吹くことによって命令をすることができるが、犬笛を失うと逆に噛まれてしまうこともある。

暴走させると、犬笛を持っている者以外をすべて噛み殺すまで止まらなくなる。ただし一夏の場合は噛まれてもキラーレイビースの歯の方がイカれる。

 

 

 

空間投影型画面式テレビ電話 出典……特に無し

 

幼い頃に一夏が箒に作って箒に上げたが、日本政府の手で取り上げられて解体されてしまった。

そのお陰もあって箒は少しだけ日本政府が嫌いになっている。

 

 

 

激戦 出典……武装錬金

 

十字槍の武装錬金。所有者と槍の高速自動修復を行う。

ただし、怪我をしていても槍が無傷のまま手から離れていては機能しないし、完全に自動であるため修復中に石でも投げ入れられれば失敗する。

 

 

 

獣耳 出典……特に無し

 

すごくリアルなのにどこかメカメカしい獣耳。獣の槍とは関係ないが、一夏ラヴな人が見ると獣の槍で心臓を貫かれた妖怪の気分が味わえるらしい。

 

 

 

剣 出典……特に無し

 

ただの剣。長さや形が変わってもただの剣。

 

 

 

ゴウラム 出典……仮面ライダークウガ

 

クウガ専用のバイク強化パーツにして唯一の飛行手段。クワガタの形をしていて、復活の際に金属やら何やらを取り込んで完全体になった。

 

 

 

サテライト30 出典……武装錬金

 

月牙の武装錬金。ただ、月牙は槍や戟にくっついているものであって単体で武器にすると言う話は中々聞かない。

自分を30人まで同時に存在させることができるが、意思は一つであるため増えれば増えるだけ単調な動きしかできなくなる。

千冬に使うと多分死ぬ。鈴に使っても多分死ぬ。

 

 

 

斬艦剣 出典……ネギま!

 

ラカン御用達の巨大剣。こんなんで神鳴流を振るわれたらヤバイよね!

できるできないで言えば、できますが。

 

 

 

サンライトハート 出典……武装錬金

 

突撃槍の武装錬金。旧型の大きくてエネルギーが布として外付けされている方も、新型の小さくてエネルギーが内蔵されている方も作れる。

一夏は時々これでISのエネルギーを補給している。

 

 

 

ジェノサイドサーカス 出典……武装錬金

 

ミサイルポッドの武装錬金。無限にミサイルを生むことができる。

一夏は雑魚敵殲滅用か、ただひたすら妨害用にしか使っていないが、簪は効率運用している。

箒とラウラは軽くトラウマを持っている。

 

 

 

出席簿 出典……特に無し

 

叩かれるといい音がする出席簿。そして結構痛い。

 

 

 

シルバースキン 出典……武装錬金

 

防護服の武装錬金。普段はただの(ちょっと怪しい)服だが、攻撃を受けた瞬間に硬化して弾け、衝撃すら通さないようになる。

裏返しにすれば物理攻撃エネルギー攻撃を問わず相手に届かなくさせる拘束服に。

アナザータイプも形が違うだけで同等の性能を持つ。

 

 

 

石鹸 出典……特に無し

 

一夏が昔体を洗うために作った石鹸。使うと髪がツヤツヤ、お肌スベスベになる。

踏むと確実に転んで後頭部を打つ。理由は不明。

 

 

 

ソードサムライX 出典……武装錬金

 

日本刀の武装錬金。エネルギーを絡めた攻撃を完全に無効化。刀身からエネルギーを吸収し、柄についた飾り紐から放出する。

正直に言うと、作者は物理攻撃は基本物理エネルギー絡めてるんですけど~? と思わなくもないが、きっと非実体のエネルギーを絡めてあるとそのエネルギーを介して全てのエネルギーを吸いとれるんじゃないかとか思っていたりする。箒が一つ所有している。

 

 

 

ゾナハ虫 出典……からくりサーカス

 

人間の体内に入るとゾナハ病を引き起こす機械虫。機械を解体したり壊したり改造されて盗聴したり盗撮したりまともに使われてゾナハ病を振り撒いたりと中々忙しい。

種類がいくつかあり、ゾナハ病を引き起こすのが二種。諜報・偵察用が一種の計三種。

一夏は時々これを集めてバルーンを作り、コロンビーヌよろしく遊んでいる。

 

 

 

力の王笏 出典……ネギま!

 

ネットアイドルちうこと長谷川千雨の所有するアーティファクトと同じもの。自らの精神をネットの海に放り出して情報を操作したり、電子精霊千人長七分集に命令を送ることができる。

なお、一夏が使った場合は電子精霊の姿が手乗りサイズのぷちかになる。

デュノア社を相手に情報操作をしまくった時に一度だけ使用した。

 

 

 

ニアデスハピネス 出典……武装錬金

 

黒色火薬の武装錬金。自在に形を変え、意のままに着火できる黒色火薬。大抵蝶の形をしている。

背中にくっつけて空を飛んでみたり、足首にくっつけて空を飛ぶこともできる。

右肩に載せて『右肩に~黒色蝶々~♪』なんていうネタにも使える。

 

 

 

ノイズィハーメルン 出典……武装錬金

 

鉄鞭の武装錬金。持ち手を耳に当てて鞭先を地面に突き刺すと、音で位置情報等が大体わかる。

また、鞭を鳴らすことで洗脳音波を発することができる。

ただし、この音はヘッドホンで音楽でも聞いていれば掻き消せる程度の音だ。

 

 

 

バギブソン 出典……仮面ライダークウガ

 

クウガに出てきた敵役の一人、『驚異のライダー(キョクギンザギザザ)』ゴ・バダー・バのバイク。このバイクで多くの一般人のライダーを轢き殺してきた。

一夏によってゴウラムと合体し、ある意味夢のコラボとなった。

 

 

 

バスターバロン 出典……武装錬金

 

巨大な全身甲冑の武装錬金。他の武装錬金の能力を増幅させることができる。

勿論それ単体での戦闘力も相当なもの。

……なのだが、原作ではあまり良いところがない。

しかし、他の武装錬金との組み合わせにより月に程近い場所まで人をのせたまま飛行することができる。

 

 

 

88mmガトリングカノン 出典……特になし

 

 

 

バブルケイジ 出典……武装錬金

 

風船爆弾の武装錬金。原作では一発につき身長を15センチ吹き飛ばす能力だったが、アニメでは爆発すればするほど数が増える能力になっていた。一夏が使うのは原作版。

どこかの国の秘密エージェントはこれに触れすぎて消滅している。

 

 

 

ピーキーガリバー 出典……武装錬金

 

右籠手の武装錬金。右しかない。片手落ち。

自由自在に大きさを変えることができる、真正面から物理法則に喧嘩を売る一品。

 

 

 

狂気の提琴  

 

フェイト・ガールズの一人、調《しらべ》に与えられたアーティファクトをコピーしたもの。読みはそのまま【フィディクラ・ルナーティカ】。バイオリンの形をした化物。象に踏まれても大丈夫だし、弦は切れないし、調律は勝手にやってくれるしという凄いバイオリン。

普通のバイオリンとして使うこともできるが、音を増幅して衝撃波にしたり、技の応用で自分の認識する全ての場所で同音量で聞かせることもできる。戦闘に使うならまともに弾くとリズムを読まれるので、場に合わせて適当に弾いた方がいい。

 

 

フェイタルアトラクション 出典……武装錬金

 

大戦斧の武装錬金。重力操作をすることができるが、自分には効果がない。

故に、移動時は軽くして攻撃が当たる瞬間に一気に重くして攻撃力を増す何てこともできない。

一夏は主にプレス機として使っている。

 

 

 

ブルーファルコン 出典……F-ZERO

 

キャプテンファルコンの駆るスポーツカー。作者はこれをスマブラXでしか知らない。良く出す気になったものである。

 

 

 

ブレイズ・オブ・グローリー 出典……武装錬金

 

焼夷弾の武装錬金。使用者の肉体を炎に変えることができるが、その場合その炎を全て消されると死ぬ。

エアリアルオペレーターと一緒に使えばバスターバロンのガン・ザックで宇宙飛行が楽しめる。

 

 

 

ヘルメスドライブ 出典……武装錬金

 

レーダーの武装錬金。人探しに役に立つ他、合計100キログラムまでの物質を瞬間移動させることができる。

ただし、一夏は悪戯をして逃げるときくらいにしか使わない。

 

 

 

包丁 出典……特に無し

 

一夏が料理の際にいつも使っている包丁。よく切れるのでまな板も一緒に出さないとまな板まで切れる。

 

 

 

冥府の石柱モドキ 出典……ネギま!(?)

 

ハルケギニアに大災厄をもたらした巨大な柱。重いでかい硬いの三拍子揃っているが、使い方は単純に落とすか転がすかくらいしかない。

だが、それだけで十分な兵器になるのがこれだったりもする。

 

 

 

モーターギア 出典……武装錬金

 

戦輪の武装錬金。威力はぶっちゃけ最弱。しかし使い勝手はかなり利く。

一番使われているのはスカイウォーカーモード。空を飛ぶことができる。と言うか、これ以外は普通に投げられるくらいだ。

 

 

 

槍 出典……特に無し

 

ただの槍。形や長さは違えどただの槍。

 

 

 

ラピュタ 出典……天空の城ラピュタ

 

文字通りの天空城。動植物は居ないがロボットならたくさんいる。

名前しか出てきていないが、ある意味一番兵器らしい兵器である。

ただし、付属の飛行石がなければ浮いてるだけのおもちゃ同然。でも寝るのには使える。

 

 

 

ルリヲヘッド 出典……武装錬金

 

兜の武装錬金。被せた相手の思考や記憶を読むことも、意のままに操ることもできる。

やろうとすれば、一糸乱れぬオタ芸をやらせることも可能。千冬には………効くかなぁ?

 

 

 

ロードローラー 出典……特に無し

 

言わずと知れたロードローラー。最高速度は210キロメートルの癖に総重量は10トンを越えるような化物を作れる。

勿論それ以上のも作ろうとすれば作ることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その他、様々な物が作られております。これはその一部であり、かなりのネタが含まれています。

 

 

 



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