結城玲奈は勇者である~友奈ガチ勢の日常~ (“人”)
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第1部 ——神世紀300年—— “結城玲奈”の章
プロローグ ~一つの終わりと少女の日常~


にわかが衝動的に書いたのがこの作品。拙いのは承知!


「…お願い、やめて‼︎ぐんちゃんまでいなくなったら、私…生きていけない」

 

「高嶋、さん……」

 

 

 

自らの武器である大鎌、大葉刈(おおはがり)で首を掻き切ろうとしていた少女———郡千景を、高嶋友奈が必死に止める。

 

 

死のうと思った。だって、生きていても仕方がない。

 

自らの勝手な暴走で一般の市民に襲いかかって勇者への印象を悪くし、その上リーダーの乃木若葉の殺害を試み、勇者の力を失って役立たずとなった。若葉はバーテックスから千景を庇って大怪我を負い、意識不明の重体。勇者の力で回復力が上がっている事を鑑みても、意識が回復するのは絶望的だろうと言われていた。

 

 

 

そう、過去形。

 

 

 

乃木若葉はもういない。負った傷が原因で感染症を引き起こし、そのまま息を引き取った。幼馴染の上里ひなたは失神して倒れ、目が覚めたら若葉の後を追うように自殺した。

 

当然、勇者のリーダーを失った元凶である千景に、世間も大社も容赦はしない。生き残っている戦闘可能な勇者が友奈だけである以上、大社も情報の隠蔽は不可能と悟ったのか、あらゆる情報を世間に公表した。———当然、千景の所業も含めて。

 

そもそも大社は、勇者を『神樹に選ばれた神聖な存在』と定義している。もしかしたら唯一の勇者となった友奈に、勇者から外された『穢れた存在』である千景を近づけない為に、あらゆる悪意の矛先を千景に向けようとしたのかもしれなかった。

 

 

大社の目論見は概ねうまくいった。

世間の悪意は千景一人に集中し、勇者全体に対する不満は鎮静化し始めていた。そればかりか大社が公表した『危険を顧みず敵に立ち向かう今までの友奈の行動』によって、たった一人の勇者である友奈に対する称賛が集まる。テレビのニュースや新聞では連日友奈の事ばかりを報道し、千景は常に誰かに襲われ、殺されかける日常を過ごすことになった。

 

 

 

———故に、大社の誤算は、友奈を侮ったことだろう。

 

 

 

世間から常に追われ、行方不明となり、連絡もつかなくなった千景。その彼女を、友奈は三日間勇者の姿で、それも不眠不休で探し回って見つけ出し、保護した。千景は男に襲われ、馬乗りにされて動けない状態だった。あのまま友奈が駆けつけなかったら、どんな目に遭っていたかは想像もしたくない。

 

 

 

 

「……高嶋さんはこんなに頑張って、私みたいなお荷物を抱え込む必要なんてないのに……」

 

そして、現在。千景が友奈に保護されてから半年が経っていた。

友奈の部屋を飛び出し、死に場所を見つけて自殺を図った千景を、彼女は必死に止めようとしている。

 

———千景の居場所は、既に大社に割れている。このままでは、友奈まで世間の仇にされてしまうかもしれない。

 

まさしく、お荷物。それも、所持していたら逮捕されてしまうレベルの、違法薬物に等しい危険物だった。

 

「お荷物なんかじゃないっ‼︎」

 

友奈は泣きながら叫ぶ。……酒呑童子の連続使用、そして入院中にも関わらず戦闘に駆り出されていた友奈の身体はボロボロで、本来ならばずっと眠っていなくてはならない容体だ。3日も眠らず、走り回って千景を探すなど、決してやってはならないことだった。否、不可能なことだった。

 

———それでも無理をしたのは、千景がそれほど友奈にとって大切な存在だからだ。

 

若葉、ひなた、杏、球子。もう失われてしまった仲間たち。千景までいなくなってしまったら、きっと友奈は二度と立ち上がれなくなる。

 

「ぐんちゃんは、私の大切な友達で、同じ勇者。……大丈夫、絶対に私が守ってあげるから!」

 

「ゲポッ」と、友奈の口から赤黒い血が吐き出される。———空元気。友奈の目は虚ろで、意識がはっきりしていないのは明白だった。

 

「高嶋さん⁉︎……もう、分かっているでしょう⁉︎私を守る必要なんてないって!」

 

ぐらりと傾き、倒れこむ友奈を千景は抱きとめた。

 

「そんな、こと……」

 

世界は残酷だ。どんなに頑張っても、報われないことは往々にしてある。

 

「…もう世界は滅びるのだから、高嶋さんは最後くらい、自分を大切にして‼︎」

 

 

 

———そう、世界は滅びかけていた。

 

天の神は四国以外の世界を灼熱の地獄へと変えた。神樹の結界は弱り、四国の気温は上がり続ける。神樹の力が弱まるに連れて、勇者としての力を徐々に失いつつある友奈は、今まで無理してきた代償を一気に支払う羽目になった。———彼女の命は、もう一月も保たない。

 

一般市民は灼熱から身を守る為に外に出ず、今外にいるのは千景と友奈だけ。気温は49度。なんの対策もなく外にいれば、間違いなく命を落とす熱波。一般人に成り下がった千景はもちろん、勇者としての力が消え始め、弱っている友奈も長時間外にいてはいけない。

 

千景の視界が霞む。意識が朦朧とし、吐き気がした。汗はしばらく前に止まっている。後は体温が上がり、死を待つのみ。熱波の影響で医療機関はまともに機能せず、今からでは決して延命できないだろう。それでも自殺しようとしたのは、彼女なりのけじめだった。

 

「だったら、もういい……」

 

「高嶋さん?」

 

「ぐんちゃんがここで死ぬ気なら、私も、ここで……」

 

普段の友奈からは想像できない、弱々しい呟き。

酒呑童子を使い続けた副作用。今の友奈は精神的に脆く、弱い。仲間を失い続けたショックも重なり、友奈の心は諦観と絶望に侵されていた。

 

———それを聞いて、千景の心に深い悲しみと僅かな安堵、そして罪悪感が押し寄せた。

 

いつも前向きで、明るい友奈がこんな状態になってしまったという悲しみ。一人で死ぬわけではないという安堵。そしてそれらを覆うほどの、全てを台無しにしてしまった罪悪感。

 

「……ねえ、ぐんちゃん」

 

「……なに、高嶋さん」

 

二人で地面に横たわりながら、か細い声で会話をする。

 

「……生まれ変わったら、また友達になれるかな…?」

 

「……そうね。……できるなら、また、高嶋…さん、と、一緒に……」

 

そして、郡千景は眠りについた。

 

その後の世界のことは語るまでもない。神樹は力を失い、全ての人類は炎に包まれ焼け死んだ。天の神に対抗できる存在はなく、なんの対策もできないまま、あっさりと人類は滅亡したのだ。

 

———これは、あり得ざる世界の出来事。その先に未来はなく、地獄の中には虚無しかない。

だが、それでも別の世界に与える影響は確かにあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異なる世界———神世紀300年。

 

 

「ああもう、なんて可愛いの!」

 

一人の少女が、部屋中に貼られた写真に囲まれながら、うっとりと昇天しかけていた。写真に写っているのは、全て赤髪の快活そうな少女の姿。

 

———昇天しかけている危ない少女の名は、結城玲奈(れな)。何を隠そう、写真に写る少女、結城友奈の姉である。

 

現在は朝の5時半。彼女は毎日朝早く起床し、30分間妹の写真を愛でながら意識を完全に覚醒させる習慣をつけていた。

 

「ふふふ、ユウナニウム摂取完了。これで今日も無事に生きていられる!」

 

ユウナニウム。お隣さんの東郷美森と結城玲奈の燃料にして、至高の成分。主に友奈に触れたり匂いを嗅いだり視界に入れることで摂取できる。中毒性があり、病みつきになると二度と戻って来られなくなる禁忌の代物でもある。

 

その後、こっそり録音しておいた友奈ボイスで耳を浄化し、玲奈は手早く着替えた。早くしないと、東郷美森(同志にしてライバル)が友奈を起こしに来てしまう。あまり早く起こしても友奈の睡眠時間が削られてしまうし、かといってのんびりしていては友奈を起こす役目を取られてしまう。このジレンマは、玲奈の最近の悩みだった。

 

しかし、いくら急ぐといっても寝間着を放るような()()()()()真似はしない。助けてくれた結城家に恥をかかせない為に、彼女はいついかなる時も———当然例外はある———礼儀正しくしようと心に決めていた。

寝間着を脱いだ後は手早く、かつ丁寧に畳み、左腕の肘から手首にかけて包帯を巻く。そして制服に着替え、部屋を出た。

 

 

 

———結局この日は、友奈を起こす役目を美森に取られた。

 

東郷美森は両足が不自由で、車椅子を使って移動する。故に本来ならば玲奈が遅れを取ることはあり得ない。なぜなら、彼女は人の手を借りなければ友奈のいる二階の寝室に辿り着くことはできないからだ。

だからこそ、公平性を保つ為に玲奈と美森はルールを定めた。

 

すなわち、玲奈が朝ご飯を作り終わる前に美森がインターホンを鳴らしたら、その日は美森が友奈を起こす、というルールを。

 

ならば1時間でも2時間でも早く起きて朝食を早く作り終えれば良いだろうと言われるだろうが、ことはそう単純ではない。『過去に起きた事件』のせいで、両親が一人で台所に立つのを許してくれないのだ。故に玲奈が朝食を作り始めるのは、父親か母親が起きてから。大抵の場合は母親の調理を手伝う形になる。

 

 

「じゃあ、また後でね」

 

「うん。ありがとう、東郷さん!」

 

台所から覗くと、玄関から出て行く美森とそれを見送る友奈の姿があった。どうやら調理を手伝っている間に、二階から下へ降りて来たらしい。

 

「おはよう!玲奈ちゃん!」

 

「おはよう、友奈。お箸出してくれる?」

 

「はーい!」と元気よく返事をし、食卓へ箸を並べる友奈。その尊さに玲奈の心は爆発し、勢い余って鼻血が出そうになったがなんとか堪えた。

 

 

 

朝は東郷と友奈と共に登校し、授業を受け、放課後は『勇者部』という部活動に励む。これが私の日常、私の全て。その全てが、友奈にもらった宝物だ。

友奈ある所に私あり。友奈を直接的・間接的問わず幸せにするのが私の義務であり、権利。その為ならば手段を問わない。もし友奈の幸せに私が邪魔になる時が来たら、喜んで姿を消そう。

 

 

これは、その境遇故に妹への想いを拗らせた、ひとりの少女の物語である。

 

 




試作につき短め。

よろしくお願いします!


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闇の中に差す光

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私は、不幸な女の子だった。

幸福か不幸か、なんてその人の捉え次第。だから、昔の私は間違いなく不幸だったと思う。

 

実の母親はほとんど家にいなかった。たまに帰ってきたかと思えば、冷凍食品やらインスタントラーメンやらを放り出し、「これでも食べて」と一言残してどこかへ行ってしまう。化粧をして香水臭かったから、どうせロクでもないことをしているに違いないことは子供の私でも分かった。

父親はずっとお酒を飲んでいて、いつも機嫌が悪かった。私は怖くて怖くて、なかなか近寄れない。怒るとすぐ暴力を振るうし、何をされるか分からない。だから小学二年生の時まで、家に帰るのが嫌で嫌で仕方がなかった。

 

———事件が起こったのは、小学三年生に上がる前のこと。

その日、ガスコンロが壊れて使えなくなった私は、仕方なく非常用のカセットコンロを使うことにした。肝心のガスボンベがなかったので、ホームセンターで購入した。本当はそこまでしてご飯を作りたくはなかったけど、作らなければ父親に何を言われるか分からない。幸い食材は前の日に買っておいたので、適当にかけうどんでも作ろうかな、と思っていた。

 

ホームセンターから帰ってきた時、父親は眠っていた。それを見て、私は憂鬱な気持ちになる。……なんでこの人は仕事もせず、ずっとお酒ばかりを飲んでいるのだろう。母親も仕事をしているとはとても思えないし、収入はどこから入ってくるのかまったく分からなかった。

当時の私の家は、狭いアパートの一室。父親は何もしないので、家事全般は私がやらねばならない。

 

うどんを作り終えた頃、父親が目を覚ました。どうせまた、作ったものに何かと文句をつけて、殴ったりするのだろう。小学校や教育委員会にバレるのを恐れているのか、この男は顔だけは狙わない。それだけはありがたかった。数少ないクラスメイトの友達や、心配してくれる学校の先生に迷惑を掛けたくはなかったから。

 

「……またうどんか」

 

「手軽だし、いいでしょ」

 

敢えて素っ気なく、ぶっきらぼうに言い返す。これが私にできる、唯一の反抗だった。どうせ暴力を振るわれるのは変わらないのだから、せめて態度だけでも楯突いてやろうと、そう思って。

いつもの事だ。どうせ、「なんだその口の利き方は!」なんて怒鳴って、叩かれるのだろう。

 

……だから、いつもと違ったのは、その結果。

 

「父親に向かって、なんだその態度は⁉︎」

 

後ろから思い切り突き飛ばされた。その先にあるのはカセットコンロ。まるでスローモーションのように火がついたままのコンロが迫り、私は慌てて左手で体を支えようとした。

しかし、思っていた以上に勢いがあったらしく、コンロの手前のテーブルの天板に向けた左腕はそのままコンロに激突する。それどころか、左手の前腕はそのまま火に突っ込んだ。

 

「ぎゃあああああああああああーーーッ⁉︎」

 

 

 

 

 

———それからのことは、自分でもあまりよく覚えていない。

火は当然服の長袖に引火し、私は前腕部に大火傷を負った。後から聞いた話によると、アパートの隣の部屋の住人が私の悲鳴を聞きつけて救急車と警察を呼んでくれたらしいが、残念ながら私の助けになる事はなかった。

 

気がつくと私はずぶ濡れの状態で近所の公園の池の中にいた。多分パニックになって、水を求めて部屋を飛び出したのだろう。家の水道水で火を消すという発想がすぐに出ないほど動揺したのだと思う。

 

「……痛い、いたいよぉ」と泣きべそをかきながら、私は池から出た。辺りは既に暗く、周りには誰もいない。かと言って家にも帰る気にならず、私はそのまま公園のベンチに座った。

 

燃えてボロボロになった袖を捲ると、左腕の皮膚がぐずぐずに爛れ、見るも無残な状態になっていた。すぐに手当てしないといけないのは明らかだったけど、父親に頼るわけにもいかない。痛みと寒さと心細さで、私の体はぶるぶる震えた。

 

「……もう、こんな人生やだ」

 

助けて欲しかった。誰でもいい。なんなら、普段遠慮して助けを求められない担任の先生に電話でもしようかと本気で思っていた。

……でも、お金がない。近くに交番もない。そもそも電話番号が分からない。

 

というか、助けを求めたところで助けてくれるのか?あの父親の元へ帰されて終わりではないのか?私の思考は、どんどんネガティヴな方向へ深く進む。

そうして何十分もその場で思い悩み、悩み、悩んで。体温が下がって咳が出て、子供の癖に「もう、楽になろうかな」なんて考えた、その時。

 

「どうしたの⁉︎大丈夫⁉︎」

 

赤髪の天使が、私の元に走り寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きさん?結城さん?……結城玲奈さん!」

 

先生の声で目が醒める。辺りを見ると、心配そうにこちらを見るクラスメイト達の姿が映った。それで私は、今が授業中である事を把握する。

大抵みんなが心配そうに見る時は、私が悪夢に魘されている時だ。もっとも、今回は最後のシーンだけならば幸福な夢だったけど。

 

「……ごめんなさい!居眠りをしました」

 

それを聞いて、ほっと溜息を吐くクラスメイト達。小学生時代じゃ、こんな光景はあり得なかった。

先生もどこか安堵した様子で、私に語りかける。

 

()()()()()()()()()、あともう少しですから。頑張って下さいね?」

 

「はい、すみません」

 

いつもは友奈と違うクラスで寂しいと思う私だけど、この時ばかりは別のクラスでよかったと思った。姉として、あの子に心配はなるべく掛けたくないのだ。

 

「じゃあ、眠くならないように……そうね、29ページの3番の問題は、結城さんに解いてもらおうかしら」

 

「はい」

 

今の授業は、数学。生憎と高校の範囲も少しだけ勉強している身としては、中学の範囲は簡単に感じる。家でノートに解いてきた内容を確認して、最終チェック。計算ミスがない事を確認してから席を立つ。

 

黒板の前に立つと、白のチョークでびっしりと書かれた板書。

 

「すみません、先生。ここの部分、消しても良いですか?………先生?」

 

先生の返答がなかったので、振り返ると、私の目に異様な光景が映る。

 

———一言で言うと、全てが停止していた。

 

先生だけではない。必死にノートを取っていた男子も、こっそりおしゃべりに興じる女子も、何もかも。

 

「……なに、これ?」

 

わけが分からない。薬の副作用で、幻覚でも見ているのだろうか?それとも、まだ居眠りをしている?

 

「…こういう時は……そうだ、友奈!」

 

何かあったら、友奈の所に行けば大抵は解決する。ユウナニウムは万能の霊薬。正直なところ、友奈が24時間365日ずっと一緒にいてくれたら、普段飲んでいる薬なんて用済みなくらいだ。

はしたないと分かっていながら、廊下を走る。———教室どころか、外も時間が止まったように景色を留めていた。

 

……否。

 

「……え?」

 

遠くの方から、神々しい光が迫ってくる。その光に、私は少しだけ懐かしさを感じていた。

 

そして、次の瞬間。

 

「なにこれ?」

 

先ほどと同じ呟き。なぜなら私の視界には、あり得ない光景が広がっていたのだから。

 

 

辺り一面に色とりどりの樹木。立っている地面も、何もかもが植物に覆われている。

結城玲奈はその場で深呼吸をした。冷静さを失ってはいけないと、彼女は自分に言い聞かせる。

 

(…そうよ、大丈夫。景色が多少変わったくらいで、怯える必要なんてない!)

 

昔の日常に比べたら、今の非日常など恐るるに足らない。彼女を怯えさせるには、それこそ実の父親を連れてくるか、ガスコンロの火を間近で直視させるかくらいしないとあまり効果はないのだ。

 

———だが、それだけではない。

 

玲奈は、この光景に見覚えがあった。いつどこで見たのかは釈然としないが、自分は確かにこの景色を知っているという認識がある。記憶を伴わない、奇妙な既知感。

 

「……とにかく今は、友奈を探さないと」

 

『友奈ある所に私あり』。彼女はこの状況下でも、友奈の下へ辿り着けると信じて疑っていなかった。

 

 

 

 

 

友奈は案外、あっさりと見つかった。そこには友奈だけでなく、東郷美森、犬吠埼姉妹の姿もある。どうやら玲奈以外の勇者部が全員既に合流しているようだった。

 

「よかったっ!玲奈ちゃんが無事で!」

 

「それはこっちのセリフよ。東郷がいるから大丈夫だと思ってたけど」

 

平気そうに振る舞いつつ、玲奈は精神を落ち着ける。

 

(落ち着きなさい、私。友奈がいくらかわいい天使だとしても、ここで興奮して取り乱しては台無しよ)

 

玲奈は見栄っ張りだった。特に、友奈の前では。

 

「……全員、揃ったわね。皆、よく聞いて」

 

勇者部部長、犬吠埼風は打ち明けた。この事態の真相を。

 

「私は、大赦から派遣された人間なの」

 

 

 

 




さあ、どんどん苦難を与えよう(白目)


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勇者部、出動!

お気に入り登録、ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!


……ゆゆゆいの大絢爛祭ガチャ、回したい……。でもできれば友奈の誕生日まで恵みは温存したいっ!


風先輩曰く。

私たちは、バーテックスと呼ばれる敵から神樹様を守る役目を担う勇者に選ばれたらしい。この空間は『樹海』と言って、神樹様が私たちと敵を戦わせるために作り出した空間なんだとか。

 

「それで、風先輩?まさか生身でこのまま戦え、なんて言いませんよね?」

 

「ええ、もちろん。以前みんなに配ったスマホにインストールされてるアプリがあるでしょ?戦う意志を示してタップすれば、勇者の姿に変身できるわ」

 

「なるほど」

 

私の質問に対する風先輩の答えに、私は安堵した。私も友奈も、一応武術を習っているとはいえ生身の人間。いきなり何の準備もなく戦えなんて言われても、出来るわけがない。私なんてどうでもいいが、もし万が一友奈の体に一生残る傷ができてしまったら世界の重大な損失だ。それに、東郷に至ってはそもそも戦えるわけがない。両足が不自由なのだから。

 

「あの、風先輩。この赤い点って何ですか?」

 

ラブリーマイエンジェルシスターこと友奈が風先輩に問いかける。友奈が示したスマホの画面を見ると、そこにはゆっくり移動する赤い点と、『乙女型』と表示された吹き出し型のカーソル。

 

「早速来たわね。これが、私達が倒さなければならない敵、バーテックス。今回は初めてだし、遅い奴で助かった!」

 

私は視点を友奈のスマホから、遠くの敵に移した。まるで生物を模した人工物のような、無機質な体。あれが、バーテックス。……やはり、どこかで見た事があるような気がする。

 

「……あれ…?なんか、こっちに向かって……」

 

 

 

友奈が言い終わる前に、爆発。足元に衝撃が走り、大気が震える。爆風が吹き荒れ、私は目を開けていられなかった。

 

バーテックスがこちら目掛けて、攻撃を仕掛けてきたのだとすぐに察した。遠くなのであまり良く見えなかったけれど、まるで尾のような器官から爆弾のような物を発射した、ように見えた。

 

「きゃあああっ!」

 

「ッみんな、無事⁉︎」

 

友奈達の悲鳴と、皆を案ずる風の声。

 

……頭の奥で、火花が弾けた。

 

 

 

 

 

 

「……野郎、ぶっ殺してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有り体に言うと、ブチ切れた。

 

「…ちょ⁉︎待ちなさいっ!」

 

風の警告も聞かず、玲奈は敵に向かって全力ダッシュ。走りながらスマホの画面をタップして変身した。

 

———玲奈の装いが変化する。

 

制服がミラーシルバーに輝く軽鎧に変化し、その手は手袋と見紛うほど薄い籠手に覆われる。右手には刀身の細い両刃の剣が握られ、最後に黒髪が白銀の髪に、瞳がルビーのような真紅に変化した。

 

———その姿は、まるで異国のおとぎ話の戦女神の如く。

 

白銀の勇者の姿に変化した玲奈は、風を纏ってさらに加速。バーテックスが超スピードで接近する彼女に気付き、攻撃を集中させる——が。

 

「らあぁぁぁぁっ!」

 

玲奈は構わず突貫。『ドドドドドンッ』という音と共に、彼女を連続する爆発が覆い隠した。再び吹き荒れる爆風。轟々と流れる風圧は、先ほどの比ではない。

 

「玲奈ちゃんっ!」

 

友奈の悲鳴が響く。その場の一同は、最悪の事態を想定した。……あんな攻撃を食らって、生きているわけがない、と。

風は、勇者システムを知っている。命に関わる大ダメージは、精霊が防いでくれる事も。しかし、それでも尚、玲奈が無事だとはとても思えなかった。

 

(……後輩が無茶しているのに、何をしてるの⁉︎)

 

風は、手をこまねいていたことを後悔した。なぜ、すぐに変身しなかったのかと。

 

……初めての実戦だったから?だが、一番早く突貫した玲奈だって初めての筈だ。

……いきなり玲奈が豹変して驚いたから?そんなの、何の言い訳にもならない。

 

風は変身した。希望的観測かもしれないが、勇者システムがある以上、生きている筈だと、そう信じて。妹の樹もまた、姉に倣って変身した。「ずっとお姉ちゃんについていく」と、覚悟を決めて。

 

しかし、心配は無用だった。

 

 

 

「はあぁぁァっ!」

 

玲奈は無事だった。見た所、怪我を負った様子もない。

敵が発した攻撃の全てを食らい、なお無傷。爆発の際に発生した煙を風で払い、そのまま突っ込んだ。

 

「風牙ァッ‼︎」

 

剣の切っ先に風を集中させ、ドリルのように高速で回転させる。玲奈は一本の槍となり、敵の本体を貫通した。

 

「これで、害悪排除完了」

 

格好つけて、シュタっと着地。その直後、遅れて敵が爆発、その半身が跡形もなく吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は平静を装いながら、内心で頭を抱えていた。

 

(皆がいるのに一人で突貫。……普通、皆を守るために側にいるところでしょう?しかも何、「風牙」って?もしかして必殺技?格好つけ過ぎでしょ、馬鹿じゃないの?)

 

自己嫌悪。自分を罵る声が頭に鳴り響く。この自虐具合、どうやら薬が切れたらしい。

 

(しかも見なさい、あれ。再生してるわよ。全然排除できてないわね。……本格的に痛々しいし、役に立たないし。そろそろ死ねば?)

 

……医者に言われている。こういう時、頭に流れる嫌な思考(音声)を気にしてはいけないと。

 

振り返ると、確かに敵は再生し始めていた。弱点を見つけて、それを壊せば倒せるのだろうか?それとも、細胞一つでも残っていれば無限に蘇るようなとんでも生物なのか。

 

「玲奈ちゃんっ!」

 

その時、友奈が駆け寄ってきた。装いが変化し、髪の色も薄い桃色に変化している。どうやら変身したらしい。

 

「無事でよかったっ!怪我はないっ?」

 

「え、ええ。大丈夫よ」

 

気丈に振る舞うが、私は全然大丈夫なんかじゃなかった。

なにせ、友奈が可愛すぎる。普段の友奈もいいけど、変身した友奈も良い……。格好良さと可愛さの両立。鼻血を堪え、抱き締めたくなるのを堪える。ユウナニウムの禁断症状が出ていた。その恩恵として、自虐思考をする嫌な声も消えていた。

 

「全く、一人で突っ走るんじゃないわよ。まだ倒し方の説明もしていないんだから」

 

「えっと、無茶はしないで下さい」

 

続いてやってきたのは、風先輩とその妹の樹ちゃん。どうやら、きちんと倒すための手順があったらしい。

東郷は、……向こうか。やはり、足が動かないとこういう時不便ね。あの子、結構抱え込みそうなタイプだし。

 

「それで、どうするんですか?」

 

「敵を取り囲んで、封印するの。そうすれば御霊が出てくるから、それを破壊してっ!」

 

言うや否や、風先輩は跳躍。再生が完了する前に再度バーテックスを叩き斬る。私もそれに倣って、再び突撃した。

 

「封印って、具体的にどうするのお姉ちゃん⁉︎」

 

「スマホの説明に書いてあるから読んで!」

 

樹ちゃんが敵の攻撃を掻い潜りながら質問し、風先輩は余裕がなさそうに答えた。

 

「勇者パーンチッ!」

 

その傍らで、敵に拳を繰り出す友奈。再生したばかりで脆かったのか、はたまた友奈の攻撃が相当強力だったのか。再び乙女型バーテックスの半身が吹き飛び、隙を晒した。

 

「っ!今よ!封印開始っ!」

 

今が好機とばかりに先輩が叫ぶ。

 

「……これ、全部読むの?」

 

敵の側に降り立った樹ちゃんが、心底嫌だと言わんばかりに呟いた。

スマホに表示されているのは、古文の教科書に載っていそうな長々とした堅苦しい文章。正直、私も読みたくない。数学は得意だけど、古文は視界に入れたくないくらい大嫌いで、苦手だった。……読むのにつっかえたりするの、恥ずかしいし。

 

私が躊躇する傍らで、友奈と樹ちゃんが敵を囲い、健気にもたどたどしく祝詞を唱え始める。敵が動きを止め、その足元の地面に時間とともに減少する漢数字が現れた。

だが、バーテックスもやられてばかりではない。必死に封印による拘束を解こうともがいた、その時。

 

「大人しくしろぉーっ!」

 

怒鳴り声とともに、風先輩が敵を剣で殴りつけ、バーテックスは四角錐の形をした何かを吐き出した。あれが、御霊?

 

一方、友奈と樹ちゃんは、「そんなのでいいの⁉︎」と呆れと驚きの混ざった声を上げていた。風先輩曰く、「魂さえこもっていれば何でもいい」らしい。私が尻込みする理由、なかったじゃない。

 

その後、私が御霊に亀裂を入れ、そこに友奈の拳を炸裂させるというコンビネーション技を駆使し、敵を仕留めた。最後は呆気なく終了し、私はホッと安堵のため息を吐いたのだった。

 

 

 




……おや?もう一人の友奈ガチ勢の様子が……?


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日常

独自設定があるので、ご了承を。


「ここ、学校の屋上?」

 

先程の樹海の景色はどこにもなく、あるのはいつもの日常風景。戦いが終わった後、勇者部一同は学校の屋上にいた。

 

「あっ、東郷さん!」

 

少し離れた場所に美森の姿を見つけた友奈が、即座に駆け寄る。

 

「良かった、東郷さん無事だった!怪我はない?」

 

「私は平気。友奈ちゃんこそ、大丈夫?」

「この通り、全然平気!」

 

グッと力こぶを作り、無事をアピールする友奈。屋上から見える町の景色は穏やかで、さっきまでの激闘の名残は微塵も感じられなかった。

 

「お姉ちゃん……怖かったよおぉ……」

 

「巻き込んでごめんね。……でも、よく頑張った!」

 

樹は姉である風に抱きつき、風は愛する妹を労う————

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

 

————最初に異変に気がついたのは、友奈だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……玲奈ちゃんは、どこ?」

 

「……え?」

 

 

友奈の疑問を聞き、3人が辺りを見渡す。……玲奈の姿は、どこにもない。

 

「おかしい……。樹海化が解けた後、皆まとまって現実に戻る筈なんだけど……」

 

風は、冷や汗をかいた。まさか、無事に敵を倒した後にトラブルが起こるとは想定していなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、正解ですね。よくできました!」

 

席に着いた後、私はホッと安堵のため息を零した。どうやら、解いた問題は文句なしの正解。ノートに書いてあるものを写すだけなので大した苦労はないが、それでもやはり心配になってしまう。というのも、この場にいるクラスの皆は知らないだろうが、私は先程まで世界を守る激闘を繰り広げていたのだ。

 

樹海。バーテックス。神樹様を守る戦い。勇者。短時間とはいえ、荒唐無稽な、おとぎ話のような体験をした。でも、決して幻覚でも夢でもない。平静を装ってはいるが、実のところ全身が筋肉痛で、歩くのも結構しんどいのだ。

 

(……でもまさか、戦いが終わった後は自分が元いた場所に戻されるなんて、ね)

 

驚いたが、これはありがたい。私達勇者が戦っている間、みんなの時間は止まっている。つまり、戦いの後、元の場所に戻されなければ突然その場から消失するように見えてしまうわけだ。そうなった場合、周りの人間の戸惑いや混乱は避けられないだろう。

戦いが終わって、樹海化が解けた後、私は黒板消しを持った状態で先生の方を向いていた。自分の位置どころか体勢なども樹海化前の状態に戻っていて、まるで自分の時間が巻き戻されたかのようだった。

 

(……人知れず戦って、誰もそれを知らないなんて。実に滑稽ね)

 

……自虐思考が脳裏によぎる。ユウナニウムの効果が切れていた。

 

(………風先輩は勇者のことについて黙っていたし、かと思えば唐突な実戦。これからどんな酷い目に遭うのかしらね?)

 

うるさい。少し黙れ。

そもそも、この声は本当に自分の思考なのだろうか?——何年自問しても、答えは出ない。

 

私は、さほど風先輩を恨んではいない、と思う。そりゃ、友奈が怪我したりしたら話は別だけど、今のところ被害は自分の筋肉痛程度。そんなに怒る事ではない。

 

(……死ぬかもしれなかったのに?)

 

友奈が無事なら、それで良い。友奈を守って、笑顔で死ぬ。そんな人間に、私はなりたい。

 

(……致命的なまでに、手遅れね………)

 

私の頭の中に、呆れの混じった声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…嘘、普通に授業受けてる…?」

 

「良かったあ……。玲奈ちゃんが無事で……」

 

教室の後ろ扉からこっそり覗くと、真面目に数学の授業を受けている玲奈の姿が目に入った。

友奈、東郷、風、樹の4人は、玲奈を見つけるべく校舎中を探し回った。屋上から順に、手当たり次第に。そしてあっさりと、自分のクラスで普通に授業を受けている彼女の姿を見つけたのだ。

 

「……なんで、玲奈だけ?」

 

「……なんでだろうね?」

 

風と樹は顔を見合わせた。

しかし、考えても答えは出ない。大赦ならば何か知っているかもしれないが、玲奈が無事ならば急いで聞く必要もない。風は安堵のため息を吐いた。

 

「色々言いたい事はあると思うけど、今日は疲れたでしょ。大赦がフォローを入れてくれると思うし、今日はもう解散にしましょ。授業が終わり次第、各自帰宅って事で。明日、また改めて説明するわ」

 

初めての実戦。風は大赦で勇者の戦闘訓練を受けてはいるが、それでも実際にバーテックスと戦った疲労は残っている。戦闘訓練を受けておらず、いきなり戦わされた他のメンバーの疲れはその比ではないだろうと風は考えた。

 

そしてそれは正しい。肉体に対するダメージがさほどなくとも、初めて強大な敵に何の訓練もなく立ち向かったというだけで、精神面にかなり負荷が掛かる。普通ならばトラウマもの。あの状況で怯えない方が不思議なくらいなのだ。恐怖で動けなくなった美森の反応が当たり前なのである。……もっとも、その美森本人でさえ、怯えながらも自分より友奈のことを案じていたのだが。

 

しかし、その一方で、美森は密かに自己嫌悪に陥っている。

 

(……玲奈ちゃんは勇敢に飛び出したのに……私は、何もできなかった)

 

やったことと言えば、みんなの無事を神樹様に祈ることのみ。玲奈のように、友奈が危険に晒されたことに憤り、飛び出すことはできなかった。

美森は常日頃から、玲奈に対して劣等感を抱いている。主に、友奈のことに関して。

玲奈の方が、友奈と過ごした時間が長い。玲奈の方が、勇気がある。玲奈の方が、友奈の側に長くいられる。今回のこともそうだ。友奈が危険に晒され、激怒したのは玲奈。美森は怯えることしかできなかった。そもそも、『敵』を災害のように感じており、『怒る』という発想がなかった。

 

(……なんで私、こんなに臆病なんだろう)

 

樹海化が起こった時から、体の震えが止まらなかった。美森は友奈に元気付けられたが、彼女がいなければどうなっていたか分からない。それに対して、玲奈は一人で樹海化した世界を歩き、自分達のところまでやってきた。

 

『私、友奈がいなければなんにもできないから』などと玲奈は言っていたが、そんな事はない。友奈がいなくとも彼女は一人で行動し、無事に合流した。なぜ心の強い彼女が精神に異常をきたし、薬を飲むまでに至っているのか、美森には本当に疑問だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業終了後にスマホを見ると、SNSにメッセージが入っていた。どうやら今日の勇者部の活動は休み。『疲れただろうから、家できちんと休息をとること!』と書かれていた。筋肉痛が辛いのでありがたい。

急に予定がなくなったので、放課後の時間は暇。……せっかく時間ができたのだから、取引にでも行こうかと思った。

 

 

 

 

友奈によって救われ、結城家に養子として保護された私だけど、すぐに馴染む事はできなかった。今までとは異なる環境、そして幼い頃から密かに、しかし着実に心に侵蝕していた大人に対する不信感や、恐怖。今まで溜め込んでいたそのようなストレスが今までの境遇から解放された事で爆発したのか、それとも他になんらかの要因があったのか。原因は定かではないものの、私は精神のバランスを崩し、感情が不安定になった。友奈と距離を離すだけで泣き出したり、暴れ出したり。友奈がいなければ、他者とのコミュニケーションすらまともに成り立たなくなるほどの重症だった。恩人であるはずの友奈の両親にさえも牙を剥き、かと思えば泣きながら謝ったり。精神科医に行く時も、友奈の両親ではなく友奈について来てもらう有様だった。……今思えば、途轍もなく恥ずかしい。姉と妹の立場が完全に逆転している。今はどうなのかと聞かれたら、深刻度はともかく実態はあまり変わっていないような気がするのだけど。

 

その後も、様々なトラブルが起こって、それでも友奈や新しい両親は私を見捨てずに良くしてくれて。そうして、今に至るわけだ。

 

———繰り返すが、実態はあまり変わっていない。

 

なるほど、確かに一人で出歩けるようにはなった。コンロの火も長時間近くで見続けなければ我を忘れることもないし、知らない間に身体に傷ができているという事も最近はない。

しかしながら、行動原理のほとんど全てが『友奈』になってしまっているのは事実。スマホの中のデータの9割は友奈の録音音声や動画や写真だし、部屋の壁に飾られているのも友奈の写真ばかり。パソコンのデスクトップ画面ももちろん友奈。妹に対する依存度がそれなりに高いのが現状だった。

 

これから行う『取引』も、その高い依存度があればこそ。やめられない、止まらない。やめるつもりもない。

 

私は予め決めておいた集合場所に着くと、『ふーっ』と息を吐いた。誰にも見つかっていない。ここは、讃州中学の校舎裏。この時間帯、ここにくる人はほとんどいない。

やがて三分ほどすると、『キャリキャリ』という車輪の音。どうやら待ち人が来たらしい。

 

「ごめんなさい、待たせてしまって」

 

「大丈夫。それほど待ってないわ」

 

取引相手———東郷は、珍しく友奈の手を借りずに一人で車椅子を動かしてここに来た。……それは、そこまでしてでも友奈には知られたくない事柄で。

 

 

 

 

 

 

「さて、今回こちらが出せるのは今朝5時の友奈の寝顔。それと昨夜の友奈の風呂上がりの後の写真よ」

 

「私が出せるのは、今日の授業で国語の教科書を朗読する友奈ちゃんの音声データと、体育の授業で100メートルを走る友奈ちゃんの動画データ」

 

「決まりね」

 

「ええ」

 

私と東郷は、互いの健闘と成果を讃え、硬く握手をした。彼女は同士であり、ライバル。足りないところは互いで補い、切磋琢磨して競い合う友である。

 

 

 

 




伏線らしきものをばら撒き、放置していくスタイル。

誤字脱字等あったらご指摘お願いします。


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静かな思い

意外に優秀な球磨さん、評価ありがとうございます!




「……玲奈ちゃん、大丈夫?」

 

夜10時。そろそろ寝ようかという時間に、友奈が玲奈の部屋を訪れた。

 

「………何が?」

 

その友奈に対し、玲奈の返答はあまりにも素っ気ない。友奈の目には、姉が自分を心配させまいと無理をしているように見えた。

 

「……ここ、良い?」

 

「…ええ」

 

玲奈の許可を取り、友奈は姉と並んでベッドに腰掛けた。そのまま、玲奈の顔を心配そうに覗き込む。

 

「具合、あまり良くなさそう。勇者として戦ってる時から、なんか顔色悪かったし。ご飯を食べてる時も、左手が震えてたよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———バレてた。

相変わらず、とんでもない観察眼である。薬の効き目が弱くなり始めたところから既に見抜かれていたとは。

 

(……妹に心配させまいとしていても、結局見抜かれる。本当、人に心配を掛ける才能だけは一流ね………)

 

うるさい。そもそもお前の声が原因なのに。

 

(……迷惑ばかりかけて、役には立たない。本当、良いお荷物よね?)

 

………っ。

 

頭に響く、嫌な声。胸が苦しくなって、押し潰されそうになったところで、また友奈が助けてくれた。

 

「勇者部五箇条、ひとつ!悩んだら相談!、だよ?」

 

相変わらず天使だった。……感情が制御できなくなりそうになる。私は泣き喚きたくなるのを堪えながら、ポツリポツリと話し始めた。

 

「……幻聴が、聞こえるの」

 

「……うん」

 

「……薬が切れたのかもしれないけど。私は役に立たないとか、いきなり戦わされて、これからはもっと酷い目に遭うとか……」

 

「…うん」

 

「…私、自分が分からなくなってきたの。頑張っているつもりだけど、本当は手を抜いているのかもしれない。風先輩は好きだし、恨んでなんかいないはずだけど、本当は心のどこかで憎しみとか嫌な感情を抱いていて……幻聴は、そのせいで聞こえるんじゃないかって」

 

———本当に、最低の姉だ。

妹を守って、導くのが姉の役割のはずなのに。私はいつも、何かをしてもらってばかり。そして今も、みっともなく友奈に甘えている。

 

「大丈夫。私、知ってるよ。玲奈ちゃんがいつも頑張ってるって。毎朝早く起きてお母さんの手伝いをしてるし、勉強も良い点数を取ってる。樹海化した時だって、玲奈ちゃんは誰よりも先に飛び出して行ったよね?それで私は勇気づけられたし、いつも勉強を教えてくれるし。……役に立ってないことなんてないよ。私、いつも助けられてるよ」

 

友奈は私を抱きしめて、背中をさすりながら私を肯定する。……友奈の手から、暖かさが染み渡るのを感じた。

 

……涙が、堪えられない。

 

「…う、あ」

 

「私、難しいことはよく分からないけど……。玲奈ちゃんは、きっと風先輩を憎んでなんかない。だって、そもそも嫌いな人のことなんて、玲奈ちゃんは私に話そうとしたりしないでしょ?こうして相談するってことは、今も玲奈ちゃんは風先輩のことが好きなままなんだよ」

 

「うう、うわあぁぁ……」

 

私は、抱きしめられながらみっともなく泣いた。

普段から、姉と妹の立場が逆転していると感じていたけど、とんでもない。これじゃ、母親と子供だ。

 

———幻聴は、聞こえない。

 

「よしよし。いいこいいこ」

 

そのまま、私の頭を撫でる友奈。精神の負荷が消えた私は、突然睡魔に襲われて。

 

(…薬が……)

 

そのまま、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっとっと、危ない」

 

友奈は、倒れこむ玲奈の身体を抱きとめ、ベッドに横たわらせた。

 

(薬、効き始めたのかな?)

 

玲奈が服用する薬は、副作用で眠くなる効果があるのだと友奈は聞いている。授業中もそれで居眠りする事が多いらしいが、それに反してテストではいつも(国語以外では)ほとんど満点。一位になった事こそないものの、テストの総合成績はいつも10位以内をキープしている。それが並ならぬ努力の賜物であることを、友奈は知っていた。

 

(……っ)

 

ふと、玲奈の左腕が視界に入った。普段は包帯に覆われて見えない、それ。玲奈がぐっすり眠っていることをよく確認してから、友奈はそっと左腕のパジャマの袖を捲った。

 

(……ひどい)

 

見ている側が痛みを感じてしまうような、赤黒く爛れた火傷の跡。本人は『痛くない』というが、それが本当かどうかは疑わしい。彼女は友奈に対しては特に見栄っ張りで、今日のように精神をギリギリまですり減らした時くらいにしか弱音を吐いてくれないのだ。

 

(………こんなの、気にして欲しくないのに)

 

友奈だって、分かっているのだ。この火傷のことについて、玲奈は誰にも触れて欲しくないことくらい。だから、いつも包帯で火傷は隠しているし、水泳の授業があるときは色のついた布を縛り付けるようにして無理やり隠している。

———そうしなければ、誰かに火傷のことについて聞かれるかもしれないから。

 

だが、それで本当に玲奈は幸せなのか?傷を隠すために気を配るのは、とても疲れる事なのではないかと友奈は思う。

 

(……こんなに頑張っているんだもん。これからは、きっと楽しいことばかりあるよ)

 

そう、自分に言い聞かせる。

玲奈は精神的に不安定だ。薬で抑えているとはいえ、いつ何が起こるか分からない。2年ほど前、自分でも気づかないうちに身体中に怪我を負っていたこともあった。

 

(私が、守ってあげないと…)

 

生まれた順番は関係ない。生まれた月が数ヶ月違うだけ。困っている事があるなら、助けて欲しいなら。友奈は、玲奈を放ってはおかない。

 

(今日は、一緒に寝よう?)

 

勝手にベッドを使うくらい、玲奈ならば笑って許してくれるだろう。

友奈は、玲奈を抱きしめながら眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———私は、困り果てていた。

目が覚めたら、友奈の顔が目の前にあるのだ。驚きを通り越して昇天してしまいそうなくらい嬉しかった。もうこのまま永遠に時が止まってしまえばいいのにと思うほどの幸福。強く抱き締められていたせいで寝返りが打てず、血行が悪くなっている事など問題にはならない。この友奈との接触密度、人生最高記録である。

 

……と、そうではなく。

私は現状を確認しようとする。現在は朝の5時。普段ならば友奈の写真を見ている時刻だが、友奈がいる手前それはできない。たとえ、自分の部屋の至る所に友奈の写真を飾ることを本人が認めてくれていたとしても、だ。

だが、普段の日課ができないことも、さほど問題ではない。問題なのは、

 

(東郷が、怒る…っ!)

 

いつも友奈を起こす役目を掛けて争っているというのに、姉の特権を利用して一緒に寝るなど言語道断。しかも、場所は私のベッド。正直、東郷の怒りから逃れる術が思いつかない。

これが友奈のベッドならばいくらでもやりようがあった。こっそり私が抜け出せばいいのだから。しかし、これは私のベッド。友奈を運んで彼女のベッドまで運べるほどの筋力は私にはないし、運ぼうとしたところで友奈を起こしてしまうだろう。それは避けたい。

 

……ふと、私は自分も身動きが取れなくなっている事に気づいた。当然だ。友奈にがっちりホールドされているのだから。

 

「………まあ、いいか」

 

よく考えてみれば、東郷が怒ることくらい大したことじゃない。私はもうどうでもよくなって、密着する友奈に意識を集中させた。

 

———相変わらず、可愛い。

 

ぴったりくっつく友奈の体温は冷え切った私の心を温め、友奈の柔らかい体の感触は私の心を優しくほぐす。友奈の微かな寝息は私の耳を慰め、友奈の香りは私の全身を包み込む。

 

……ああ、もう、最高。

 

体温がぐんぐん上がる。頭が熱に浮かされたようにボーっとして、でも不快な気分じゃない。きっと今の私の顔は真っ赤に染まっているだろう。

 

「…友奈、大好き」

 

そのまま私は二度寝をして、数年ぶりに寝坊した。東郷が起こしに来るまで、登校日であることを完全に忘れていたのだ。

 

……なお、東郷は私の予想に反して大して怒らなかった。

 




これも全部、友奈が可愛すぎるのが悪い。


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戦意

カメールさん、渚のグレイズさん!新たに評価ありがとうございます!そして投稿遅れてごめんなさい!就活で忙しくなってきたのでご了承を!


今日の私は、調子が良い。幻聴は一切聞こえず、感情も落ち着いている。いつもなら嫌な考えが常に頭に過ぎり、何かに対して不安や苛立ちを感じているのに。

 

———理由ははっきりしている。

 

友奈が一晩、ずっと一緒にいてくれたからだ。本当に、友奈さえいれば薬はいらない。アニマルセラピーならぬ友奈セラピー。ああ、素晴らしい。世界はこんなにも美しかったのね。

 

私はルンルン気分のまま、1日を過ごした。授業は一切居眠りをせず、苦手な国語の授業でさえ積極的に挙手し、休み時間は友奈の写真を眺めながら前の時間の授業で出た課題を速攻で終わらせた。

 

———そして、あっという間に放課後。

 

(……そういえば、勇者についての説明は今日してくれるんだっけ?)

 

とはいえ、昨日は何事もなく乗り越えられたのだ。そう悲観的になることはないだろうと私は考えた。

 

「結城玲奈、入りまーす」

 

ルンルン気分のまま、私は勇者部の部室に顔を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、全員揃ったわね」

 

玲奈が入室し、勇者部のメンバーは全員揃った。あとは、風が説明を行うのみ、なのだが。

 

(…覚悟はできてるけど、結構キツイわね)

 

これから話すことは、勇者部の面々にとっておそらく衝撃的なことだ。だが、言わねばならない。

 

———もしかしたら、嫌われるかもしれない。

 

特に、玲奈は怒るだろう。溺愛する妹を危険な目に合わせたのは、風なのだから。

あるいは、友奈が怒るかもしれない。普段でさえ精神的に不安定な姉に、トラウマを植え付けるかもしれなかったのだから。

 

しかし、それは仕方がない。神樹様に選ばれる確率は低かったし、予め話していたら、玲奈の精神状態がどうなるか予想できなかったのだ。それに、このお役目は極秘。もし選ばれなかった場合、勇者について話すのは部外者に機密情報を漏らしたことになってしまう。

 

風は、もう一度覚悟を決めた。みんながついて来てくれると、そう信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風先輩は、語った。

昨日の敵、バーテックスが全部で12体いること。他にも勇者の適正のある人間が意図的に集められた集団がいること。そして、数ある集団の中で讃州中学勇者部が選ばれてしまったことを。

勇者の役目は、神樹様から授かった力を使ってバーテックスを殲滅すること。当然、命の危険もある。

 

「こんな大事なこと、ずっと黙っていたんですか。……みんな、死んでいたかもしれないんですよ」

 

説明が終わると、東郷はそう言い捨てて部室から出ていった。すかさず友奈が、「私、行きます」と言って東郷を追いかける。……部室に残るのは、気まずい雰囲気の私、樹ちゃん、風先輩の3人だけ。

 

「…やっぱ、怒るわよね……。玲奈は、怒ってないの?」

 

「怒ってません」

 

風先輩の問いに、私は即答した。———幻聴が、聞こえない。

 

「友奈が怪我でもしたら怒ったかもしれませんけど。でも、そうはならなかった。それに、風先輩が私のことを気にして黙ってくれていたことくらいは分かりますし」

 

「……そっか」

 

「それに、東郷も本気で怒っていたんじゃないと思います。……私には、自分が役に立っていないことを気に病んでいるように見えました」

 

精神が安定している今なら分かる。私と東郷は、よく似ている。

私たちは、互いが互いに羨ましくて仕方がない。おそらく東郷は友奈と誰よりも長く一緒にいる私が羨ましいし、足が動かないことで友奈に迷惑を掛けてきたと思っているのだろう。……友奈本人は、迷惑だなんて思っていないにも関わらず。

私だってそうだ。出会って一年ほどしか経っていないのに友奈から『一番の大親友』と呼ばれる東郷が妬ましいし、出会った頃から私は友奈に迷惑ばかり掛けてきた。……面倒くさい人間だって自覚はある。

 

「……でも、黙ってたのは事実だし。どうすれば東郷と仲直りできる事やら」

 

「ちょっと占ってみるね」

 

そう言って、カードを捲る樹ちゃん。———捲ったカードが突如、不安定な状態で静止する。

 

 

 

 

 

「…あれ、まさか……」

 

そして、()()()()()()()()()()()()()、樹ちゃんと風先輩のスマホから鳴り響く。

 

「なに、これ……?」

 

「嘘、まさか連日⁉︎」

 

 

樹海化が始まったのは、時間が静止した時に分かった。

 

……でも、樹海化する前の警報なんて、私のスマホからは鳴らなかった。———今も、昨日も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…今回は三体、か」

 

風先輩が呟く。

前回の敵は一体。そして今回は三体。単純計算で前回の労力の三倍。もしも敵に知性があり、連携などを取ろうものなら倒す苦労や難易度はさらにその何倍にも跳ね上がるだろう。

 

(関係ないっ。敵が増えた?ならばこっちは、昨日よりも絶好調よ)

 

精神状態というのは、その人間の能力に大きく影響を与える。友奈のおかげで、今の私のコンディションは最高。昨日よりも遥かに強い。たとえどんな敵が相手でも、負ける気がしない。

私の目的は、友奈を守ること。彼女に怪我を負わせることなく戦いを終わらせられれば重畳。……そして、攻撃は最大の防御。私が突っ込み、敵が攻撃を仕掛けてくる前に殲滅してしまえればベストだ。

 

 

 

昨日と同じ手順で、変身する。戦う意思を示してアプリをタップすれば、昨日と同じように変身でき——————なかった。

 

「……あれ?」

 

「玲奈?」

 

何も、変化が起こらない。昨日よりもやる気があって、コンディションも最高なのに。うんともすんとも言わない。

 

「なんで、変身できないの…?」

 

戦う意志を示せば、変身できるのではなかったのか?……それとも、スマホが原因?樹海化の警報だって、私だけ鳴らなかったし。

私は途方に暮れて、立ち尽くした。……立ち尽くすしか、なかった。

 

———幻聴は、聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

「…あ、友奈ちゃんっ…」

 

東郷と共に樹海化に巻き込まれた友奈は、東郷を安心させるように彼女の手を握った後、バーテックスの方へと駆けて行った。

 

(…早くやっつけないと!)

 

玲奈や美森を、危険に晒したくない。友奈はその想い一つで、バーテックスに立ち向かう。……自分がやらなければ、昨日のように玲奈が無理をするかもしれないから。

友奈は玲奈をよく見ている。戦う前までは安定していた姉の心が、戦闘中にいきなり乱れたのも一目で分かった。それが戦いによる緊張のためなのか、勇者の力によるものなのかは分からないが、いずれにしろ玲奈に戦わせるわけにはいかない。……友奈は、玲奈を幸せにしたいのだから。

すぐに風や樹と合流すると、玲奈がいないことに気づく。

 

「…あれ?風先輩、玲奈ちゃんは?」

 

「理由は分からないけど、なんか変身できないみたい。仕方がないから、私達だけで行くわよ!」

 

「はいっ」

 

友奈は密かに安堵した。勇者になれないのなら、戦う必要はない。玲奈は自分を責めるかもしれないが、敵をこちらに引きつけておきさえすれば危険な目に遭うことはないはずだと、そう思って。

 

「あの遠くにいる一体は放置っ。まずは近くにいるあの二体を先に封印するわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———そして、数分が経った。

 

「どうして、どうして変身できないのっ⁉︎」

 

玲奈の口から、悲嘆と焦りの混ざった悲鳴が溢れる。

友奈が、バーテックスの矢に襲われるのを見た。バーテックスの尾に弾き飛ばされるのを見た。そのまま針で突かれるのを見た。———精霊の守りが無ければ即死であったであろう攻撃。

 

 

……誰かが、あのバーテックスの針に貫かれ、絶命する光景がフラッシュバックする。

 

(……早く、早く早く早くっ!)

 

焦りばかりが募る。今は無事でも、いずれ精霊のバリアにも限界が来るかもしれない。そう思うと、平常心を保ってはいられない。しかし、相変わらず勇者システムは沈黙したまま。もう、生身のまま突撃しようかと考えた、その時。

 

「友奈ちゃんをいじめるなぁーーっ‼︎」

 

叫びと共に、美森が勇者に変身していた。

 

 

 

 

 

 

(……ほら、やっぱり役立たずのまま。東郷さんも変身できたことだし、本当に用済みね?)

 

………。

 

(……結局、無理なのよ。精霊がいなければ、あの子は●●●さんと●●さんの二の舞になっていた。どう頑張っても、私達に仲間を守ることなんて……)

 

 

「るせえさっさと変身しろぉーーーーっ‼︎」

 

精神の安定を犠牲にして、玲奈は勇者になった。——幻聴は、終わらない。




オリジナル設定マシマシです。


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狂花

お気に入り登録、ありがとうございます!


爆風が吹き荒れ、竜巻が巻き起こる。その中から現れたのは、白銀の軽鎧を纏った勇者。赤い瞳には敵に対する殺意が宿り、白銀の髪はまるで刃のような鋭い煌めきを放つ。

 

(……ほら、暴れたいんでしょう?この力で、敵をズタズタに切り裂きたいでしょう?)

 

殺意を助長する幻聴。だが、今ではその声すらも心地よい、と少女は感じた。

———それは、昏い喜び。勇者に最も相応しくない、彼女の持つ闇の一端。

 

玲奈は駆けた。———ただ、己の欲求を満たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、友奈ちゃんに手出しはさせないっ!」

 

勇者に変身した東郷美森の力は、圧倒的だった。脚が動かないというハンデを補って余りあるほどの精密射撃。友奈が苦戦した蠍型バーテックスの針が拳銃の一発で撃ち抜かれ、ショットガンで反撃を許さぬまま次々と攻める。

 

「……すごい、これなら…」

 

蠍型バーテックスは動けない。美森の火力が高過ぎるのだ。

友奈は風と樹の戦況を確認する。射手型と蟹型の連携により、二人は思うように戦えない。攻撃こそ全て躱しているものの、反撃の隙を見出せないのが現状だった。

 

(それなら、加勢しないと……っ⁉︎)

 

反撃できない蠍型を、そのまま向こうにぶつけようと友奈が考えたところで、疾風が吹いた。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

気がついたら、蠍型バーテックスが吹き飛んでいた。———東郷は、視界に入った姿から、辛うじて玲奈が敵を蹴り飛ばしたのだと気づく。

 

「……玲奈、ちゃん?」

 

 

呆然と、友奈が呟く。……明らかに、玲奈の様子がおかしい。

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁッ‼︎」

 

 

玲奈は友奈達の方に目もくれず、吹き飛んだバーテックスに突貫した。……その目に宿るのは、純然たる殺意。

玲奈の繰り出す剣が、バーテックスを()()。精霊のバックアップを受けて速度を超強化した剣技が、掘削機のようにバーテックスの体を念入りに破壊していく。玲奈は狂ったように絶叫を続け、再生の追いつかない敵を攻め立てた。

 

 

「……危ない⁉︎」

 

玲奈に圧倒され、友奈も美森も周囲の状況の確認を怠っていた。警告を飛ばしたのは風。玲奈を脅威と認めた他の二体が、彼女に攻撃を集中させたのだ。

 

射手型の放った矢の雨が玲奈に向かって降り注ぐ。それに対し玲奈は、

「ああああああああぁぁぁぁッ‼︎」

 

蠍型の体を持ち上げ、盾にした。玲奈に命中するはずだった矢は全て味方であるはずの蠍型に命中。矢の雨が止まるや否や、矢が突き刺さりハリネズミのようになった敵を投擲。超高速の砲弾となった蠍型バーテックスは射手型に命中し、爆散。後に残ったのは、御霊のみ。

 

 

 

 

 

 

「「「「……………」」」」

 

 

全員が、絶句した。まさか封印する事もなく御霊を露出させるほどのダメージを与えるとは。

だが、様子が明らかにおかしい。何かの枷が外れてしまったかのような暴走。どう考えても、今の玲奈は普通ではない。

 

 

「…あれ、あの御霊っ」

 

「増えた⁉︎」

 

蠍型から露出した御霊が分裂し、数を増やす。———しかし、彼女には関係ない。

 

「ああああぁぁぁっ!」

 

玲奈は、風を纏った剣の一撃を放った。超高圧の風により威力と攻撃範囲が大幅に増大した一撃は、いとも容易く全ての御霊を破壊。その感慨に浸る事なく、玲奈は次の獲物を求めて残りの敵に突貫した。まるで獣。ただただ欲求の為だけに駆け、敵を屠る狂戦士の姿がそこにあった。

 

「……っ。仕方ない、玲奈の援護をするわ!色々考えるのは後回しよ!」

 

敵がいる以上、隙を見せると危険であると判断した風は、行動方針を玲奈の援護に定めた。

今の玲奈は、おそらく話を聞かない。ならば、暴走して注意が疎かになっている彼女をサポートするのが最適。

 

「ああああぁぁぁぁーッ!」

 

射手型バーテックスの矢の雨が降り注ぐ中を、玲奈は駆け抜ける。致命傷に至りそうな矢は剣で全て弾き、それ以外は命中しようと無視。鎧の防御性能を信頼しているのか、それとも単にそこまで気が回らないのかは定かではないが、彼女の脚は止まらない。

 

そして、蟹型バーテックスに突撃した。

 

「あああぁぁっ‼︎」

蟹型バーテックスに繰り出される、超高速連続剣。敵の装甲と剣が秒間20以上も衝突し、『ギャキキキキッ!』と金属音を奏でる。

 

一方、玲奈を目で追いながら、東郷は射手型を精密射撃。蟹型の援護も連携も許さぬ牽制。敵2体が完全に封殺された事で、安全に封印が可能になった。

 

「まずは矢が厄介なあの敵から!封印開始!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ごめん、ごめんね、ぐんちゃん」

 

高嶋友奈は、もう動く事のない友の亡骸に縋り、泣いていた。

後悔は尽きない。どうして諦めてしまったのか。どうして、部屋から出られないように厳重に閉じ込めておかなかったのか。……郡千景が脆く、自責の念に駆られていることなど誰よりも分かっていたはずなのに。

 

何かできることがあったはずだ。誰よりも長く、ずっと一緒にいた友達なのだから。

 

一緒に死ぬつもりだった。この灼熱の世界で、それも神樹の力が弱まった状態ならばすぐに逝けると、そう思って。しかし、生き残ってしまった。意識が朦朧とし、立つ事すら出来ないほどに弱っていても、脱水症状に苛まれながら辛うじて生きている。……これから何ができるわけでもなく、熱と痛みに苦しみながら果てるだけではあるが。

 

(……私は、もうどうなってもいい)

 

故に、彼女はただ祈った。

 

(神樹様。もし次があるなら、どうかぐんちゃんを———)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぐッ⁉︎」

 

全身を苛む疲労と痛みに、私は思わず倒れ込んだ。視界に入るのは勇者部の部室。どうやら樹海化が解けたらしい。……周りを見ると、誰もいない。樹海化する前は樹ちゃんと風先輩がいたはずだけど、なぜか今は私だけだった。

———立てない。

 

筋肉痛とは思えないほどに体の節々の痛みが酷いし、倦怠感もすごい。今の私は、まるでゾンビ。たとえ友奈がやってきても、立ち上がるのは億劫だろう。そう思ってしまうほど怠かった。

 

———そういえば、私は何をしたんだっけ?

 

樹海での出来事のほとんどが思い出せない。変身できずに戸惑い、焦っていたのは思い出せるけど、それだけ。

———そういえば、友奈は⁉︎

 

蠍のような姿のバーテックスに嬲られていた、彼女は?

 

———無事?無事よね?無事のはずよねっ⁉︎

 

焦りが噴出する。安定していたはずの精神は知らぬ間に崩れ、感情が制御できない。

私は疲れも怠さも忘れて、駆け出した。

 

「玲奈ちゃん、ここに……うわっ⁉︎」

 

「友奈⁉︎」

 

部室から出ようとしたところで、ちょうど入ろうとしていた友奈にぶつかった。見たところ、無事のようだけど……。

 

「大丈夫⁉︎痛い所はない⁉︎」

 

「うん、私は大丈夫だよ。玲奈ちゃんこそ、大丈夫?」

 

必死になる私を宥めるように、友奈が問う。……やはり、天使。一番の頑張り屋さんなのに、何もできなかった役立たずの私なんかを気に掛け、心配してくれる。

 

(そうね。全く、この役立たずっぷりには参るわ。困ったものね)

 

幻聴の事は無視する。今の私は、そんなのを気にしている余裕はないのだ。

 

 

「……ごめん、全然大丈夫じゃない。もう無理、限界……」

 

「れ、玲奈ちゃん⁉︎」

 

友奈が無事と分かった途端、現金に舞い戻ってくる激痛と倦怠感。私は疲労と欲望に耐えきれず、友奈に向かって倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん。玲奈ちゃん、凄いカチコチ……」

 

「…まさか筋肉痛でぶっ倒れるとはね」

友奈が玲奈にマッサージをしている傍らで、風が呆然と呟いた。

マッサージを受けている玲奈は、マッサージをし始めた当初は筋肉痛で「ぎゃああああぁっ⁉︎」と痛ましい悲鳴を上げていたが、途中から蕩けるような悲鳴と共に恍惚とした表情に変わり、今では全ての力が抜けたようにぐったりしている。

 

「……しっかし、驚いたわよね。あの暴走っぷりには」

 

「あの時は友奈ちゃんが危険でしたから。きっと、玲奈ちゃんはそれで怒り狂ったんだと思います」

 

前回も今回も、玲奈は友奈に危険が迫った時に変身した。きっと、それが彼女のトリガー。玲奈が本当の意味で戦う覚悟ができるのは、友奈の身が危なくなった時なのだと風は思う。———『精神が不安定な時にしか変身できない』とは、風は考えたくなかった。

 

「しかし、やっぱり変よね。この子だけ樹海化が解けると元の場所に戻るなんて、さ」

 

「私たちは屋上に送られるのにね?」

 

「お陰で、本当に焦ったわよ。どうせなら、私達も同じように戻してくれればいいのにさ」

 

「…でももしそうなったら、体育の授業とかは大変ですよね?」

 

「そっか。……戦いで疲れてる時に体育は確かに嫌ね」

 

結局、一長一短。授業を抜ける事なく誰にも怪しまれない代償として疲労を蓄積させるか、怪しまれる代わりに体を休めるか。バーテックスの襲来が不定期である以上、それはどうしようもない。

 

 

「ふぃ〜。結城友奈、玲奈ちゃんのマッサージ、完了しました!」

 

「ふにゃ〜♡」

 

 

まさしくやり遂げたといった達成感溢れる顔の友奈が、マッサージの終了宣言をした。その隣で、なんかもう色々とダメになった顔の玲奈が寝転がっている。

 

「……えっと、玲奈は大丈夫?」

 

「はい!ただ、全身の筋肉が疲労でカチコチになってたので、念入りにほぐしておきました!」

 

「そ、そう……」

 

風は怖くなって、それ以上聞くのをやめた。……玲奈の惨状から見るに、友奈のマッサージが途轍もなく()()()というのは嫌でも分かったからだ。

 




夏凜ちゃん、次に出せるかな?


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混濁

遅くなって申し訳ありません!投稿してないにも関わらずお気に入り登録して下さった方、ありがとうございます!

……最近忙しいので許して下さい。

ゆゆゆいにログインできない間にヴァルゴが襲来していた件について。ヴァルゴが初めてやってきた頃はまだゆゆゆいやってなかったし、今回がイベント限定友奈ちゃんを手に入れる最後のチャンスだったかもしれないと言うのに!


「さて、状況を整理するわよ?」

 

私が目を覚ますと、勇者部の部室に全員が勢ぞろいしていた。雰囲気を鑑みるに、東郷と風先輩は仲直りをしたらしい。私は多分気絶していたから知らないけど、私と違って東郷は変身できたし、きっと大活躍をしたのだろう。本当に良かった。

 

「まずは玲奈。言われなくても分かっていると思うけど、反省しなさい」

 

風先輩に言われて、心にグサッときた。とはいえ、役に立たなかったのは事実である。私はその言葉を甘んじて受けることにした。

 

(……ほら、とうとう勇者部にまで見捨てられそうね?)

 

うるさい。

 

「はい、反省します。……次こそは変身して、きちんと役に立てるようにしますから」

 

 

 

「はい?」

 

「ほえ?」

 

「は?」

 

「え?」

 

 

「ん?……何か、おかしなこと言ったかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———衝撃の事実が明らかになった。

 

「……本当に、何も覚えてないの?」

 

「はい、全く」

 

玲奈は自分が戦ったことを全く覚えていなかった。

広がるどよめきと、不安。……説教をしようにも、本人が覚えていないのなら効果は薄い。説得力がないからだ。

 

「凄かったんですよ?一人でほとんど倒したんですから」

 

樹が確認するように言うが、玲奈はそれを信じられない。

 

玲奈を除く全員の脳裏に浮かぶのは、先程までの玲奈の奮闘ぶりだ。御霊が増えれば風で薙ぎ払い、御霊が避けようとすれば竜巻の中に閉じ込め、御霊が高速で動こうものなら移動軌道上に剣を無理やりねじ込んで破壊した。援護こそしたものの、バーテックスに大ダメージを与え、御霊にトドメを刺したのは玲奈だった。

 

「……ねえ、玲奈ちゃん」

 

「何、友奈?」

 

「昨日の夜のこと、覚えてる?」

 

「ええ」

 

それを聞いて、友奈はほっとため息をついた。

友奈と玲奈にしか分からない出来事。勇者部の面々は首を傾げるが、2人のプライベートについて追求する事はなかった。

 

「…どういうことかしら?玲奈ちゃんだけ色々みんなと違う……。大赦の不手際?」

 

美森は原因を大赦、より正確には玲奈の勇者システムに原因があるのではないかと推測する。

 

「その可能性はあるわね。大赦に問い合わせてみるわ」

 

風も同意見だ。『勇者になれない』という問題だけなら玲奈の不安定な精神性によるものである可能性が高いが、『無意識状態での暴走、或いは記憶の喪失』、『樹海化後の出現位置の差異』といった問題が出ている以上、勇者システムそのものに原因があると思われる。特に記憶関連については非常に緊急度の高い課題だ。

 

 

「あ、牛鬼」

 

風が早速大赦に向けてメールを打つ傍らで、友奈の精霊である牛鬼が出現した。そのままノロノロと浮遊し、玲奈の頭の上に乗る。

 

「なんだか、凄く懐いてますね……」

 

「私より玲奈ちゃんに懐いてるんだよね、この子」

 

「……これ、あげるわ」

 

玲奈はすかさずビーフジャーキーを取り出す。牛鬼は待ってましたと言わんばかりに飛びついた。……懐くというより、食い意地が張ってるというべきかもしれない。

 

「牛鬼は良いわね、可愛くて。……私のなんか、不気味だし……」

 

「で、でも、賑やかで良いよね!」

 

「賑やか、かしら?」

 

玲奈は自分の精霊があまり好きではない。見た目は不気味だし、愛想もない。2体目は別だが、1体目の精霊を彼女は疎んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん。……朝は元気、だったんだけどなあ」

 

帰宅後、友奈は自室で唸っていた。

玲奈の精神は、今朝までは確実に安定していた。昨晩一緒に寝た甲斐があったと、密かに大喜びしたものだ。しかし樹海化が起こり、戦闘が始まってからはまた悪化している。

 

(……やっぱり、私のせい、だよね?)

 

友奈は玲奈に強い影響を与える事を自覚している。自分が危険に晒されることで、玲奈がどれだけ苦しむのかも。

しかし、だからといって他のみんなに頼りきり、というわけにはいかないのだ。玲奈が戦うのなら、なおさら。

 

———幸い、戦いで敵を倒さなければならない数は判明している。全部で12体。つまり、残り8体。

 

戦う事をやめることはできない。だが、敵は有限。戦いが終われば、その後には穏やかな日常が待っている。

故に友奈が行うべきは、玲奈への徹底したケアである。戦いが終わるまで、何としても壊れそうになる彼女の精神を支え、癒す。友奈はその為に出来ることならば何でもしたい、のだが。

 

(……あんまり甘え過ぎると、自立できなくなるって玲奈ちゃん本人が言ってたしなあ)

 

玲奈が結城家にやってきたばかりの頃は、本当に何でもやっていた。風呂や就寝が同じなのは当たり前。夜中にトイレに行く時は一緒について行ったし、小学生の時は学校側の配慮で同じクラスにしてもらい、四六時中玲奈の様子を見て、調子が悪そうだったら一緒に早退したりもした。『友奈がいないと何もできない』という玲奈の自己評価は、この頃の生活に起因する。

 

玲奈はそれに危機感を覚えたのだろう。あるいは、友奈の負担になっているのを申し訳なく思ったのか。小学校高学年に上がってしばらく経った頃、玲奈は自主的に友奈から距離を置いた。

もちろん、すぐに一人で行動できるようになったわけではない。相変わらず大人に恐怖していたし、友奈に突然泣きついてくることもあった。しかしそれでも、友奈に依存しきるのを控えようと努力していた。

 

その姿を見て、友奈は玲奈を応援したいと思ったのだ。今までやっていた事をやめ、普通の姉妹と同じくらいの距離感を保てるように尽力した。何かを手伝う時も、世間一般の姉妹と同じレベルまでの協力しかしなかった。その甲斐あって、今の玲奈がいる。

 

本来ならば、このままの状態を保つべきだ。しかし、バーテックスとの戦いで玲奈に負担がかかっているのも事実。

 

(……よし!)

 

何十分も迷った末に、友奈は決断した。昨夜は一緒に寝て良くなったのだ。バーテックスとの戦いが終わるまで、昔のようにとまでは行かずとも、もう少し距離を縮めようと考えた。

決意したら即行動である。善は急げ。友奈は早速、玲奈の部屋に向かった。———今日は両親が帰ってこないから、どうせ夕飯の用意は友奈が()()しなくてはならない。手伝いを名乗り出るのは、ごく当たり前のことだ。

 

扉の前に立ち、ドアをノック。……返事がない。

 

「玲奈ちゃーん?」

 

再びノック。いつもならすぐに出てくるはずの姉は、しかし姿を現さない。

 

(……寝てるの、かな?)

 

———嫌な予感がした。前も、こんな事がなかったか?

 

「…ごめんね、入るよ?」

 

意を決し、友奈は扉を開ける。そして、目に入ってきたのは—————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謝れッ‼︎球子と杏に謝れッ‼︎」

 

「…ひっ⁉︎」

 

辺り一体が、その怒号で静まり返った。怒りを露わにしたのは乃木若葉。勇者達5人の———今はもう3人になってしまったが———リーダーである。

勇者の役目は、バーテックスから人々を守ること。その勇者が、しかもあろうことかそのリーダーが、憎悪どころか殺意さえ露わにして一般人に掴みかかっている。

 

私はそれをすぐ近くで見ていた。ああ、こうなるのね、と。

これは、異なる世界。歪な虚構を良しとせず、『本当の自分』を愛してくれる人だけを守ろうとした世界。勇者の名声も人々からの崇拝も無価値と切り捨て、仲間達との絆だけを守り通すと決めた世界。

私が暴走しなければ、リーダーである乃木さんが暴走する。時期や深刻さこそ違っても、一般人に怒りを向けるのは同じ。もっとも、彼女の場合は私よりも精霊に蝕まれた精神の傷がずっと深いのと、仲間の為だけに怒っているという点が私とは決定的に異なっているけど。

 

掴み掛かられた男は腰を抜かして顔を青ざめさせている。……怯えるくらいなら、勇者を———それも亡くなっている大切な仲間を貶めるような事を言わなければ良いのに。

男は助けを求めるように周囲を見回すけど、助けようと動く者はいない。当然だ。私以外の人間は全員一般人で、もう一人の勇者である高嶋さんは入院している。……一体誰が、助けるというの。

胸倉を掴む乃木さんの手が震える。男は既に立てなくなるくらい脱力しているというのに、乃木さんは片手で男性一人の体重を持ち上げていた。

 

 

「……落ち着いて、乃木さん」

 

しかし、私は内心とは裏腹に乃木さんを止めようと動いていた。……別に、この男がどうなろうと知ったことじゃない。ただ、今の乃木さんを見て、上里さんや高嶋さん、そして土居さんと伊予島さんが悲しむと思っただけよ。

 

「…千景、しかしッ」

 

「……この光景を見て、あの二人はどう思うのかしらね?」

 

「………っ」

 

ハッとした様子で、乃木さんは男を解放した。地面に崩れ落ち、涙目で咳き込む男。周囲の人間は、明らかに怯えた様子で乃木さんを凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友奈が見たのは、ベッドの上に身体を投げ出し、虚ろな瞳で虚空を見つめる玲奈の姿だった。

 

「玲奈ちゃんっ!」

 

慌てて駆け寄り、様子を見る。……これをもし友奈以外の人間が見たら、死体と見間違う事だろう。そのくらい、玲奈には生気がなかった。

 

(……なんで、こんなに悪化してるの?)

 

今の状態は、一言で言えば「思考を停止している状態」なのだと聞いた。ボーッとして、何も考えられない状態。泣きわめいたり、暴れたりする症状のさらに先にあるもの。

 

(…やっぱり、玲奈ちゃんを戦わせちゃいけない)

 

2年ほど前にも、こんな状態になったことがある。原因は不明。医者が言うには過度のストレスが原因らしいが、当時は友奈とそれなりに離れても平気なくらいには玲奈の精神は落ち着いてきており、思い当たる節などなかったのだ。

さらに言えば、ただのストレスでこうなるとはとても思えない。玲奈がやってきたばかりの頃、同じクラスの男子が玲奈にちょっかいを出した———年頃の男子は気になる女の子に絡みたくなると友奈は聞いている———が、取り乱したり泣いたりはしたもののこんな状態にはならなかったのだ。

 

 

「あれ、友奈?」

 

「玲奈ちゃんっ⁉︎大丈夫⁉︎」

 

ようやく意識を現実に戻した玲奈は、心配そうに縋り付く友奈の姿に目を白黒させた。彼女には、友奈がどうして悲壮な顔をしているのか、全く分からなかった。

 

 

 




今回でだいぶ真相に近づいた感のある本作。
感想、お待ちしてますね!


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番外編 結城友奈の誕生日

友奈ちゃん、誕生日おめでとう!この日を逃す手はなかった。

今回の話の時系列は中学入学前。当然、オリジナル設定盛り盛りでございます。


「友奈、誕生日おめでとう!」

 

「ありがとう、玲奈ちゃん!」

 

3月21日は何を隠そう、我が妹友奈の誕生日だ。この日は毎年、豪華なパーティを行なっている。結城家に養ってもらっている身分のため、高いプレゼントを買ったりする事はできないけれど、その代わり安くとも心のこもった手作りの物は渡すことができる。

 

「これ、プレゼントね」

 

「開けても良い?」

 

「もちろん」

 

ふふふ、喜ぶが良い我が愛しき妹よ。私がこの日の為に1週間かけて作り上げた至高の逸品を!

 

「…か、可愛い!ありがとう、玲奈ちゃんっ!」

 

「ふわぁ……」

 

友奈が私に抱きついてくる。

 

……その笑顔に、そしてその感触に私は一瞬昇天しかけた。冗談抜きで心臓が一瞬だけ、だが確実に止まった。そこまで喜んでもらえるなら、頑張った甲斐があったというもの。『ここで死んだら一生を友奈の腕の中で終えられる』という自分でもかなり危険極まりないと分かるくらいの邪な考えが浮かんだが、頑張って振り払った。友奈の誕生日を、私の血で汚すわけにはいかない。

 

私が作ったプレゼントは、桜の花柄を入れた薄桃色のくつ下。周りからは見えないように、足裏に『結城友奈』と刺繍してあるのがポイントだ。

中学校に上がったら普段は地味な色の物しか履けなくなってしまうので、あまり必要性はないかもしれないけど。それでも、贈りたかった。私の為に、泥でくつ下を一足駄目にしてしまっているのを知っているから尚更。

 

父と母は今日はいない。今朝、仕事で出張に出掛けてしまった。

 

「さて、お昼ご飯は何にするの?味見と監視役は任せて!」

 

張り切る友奈。現在は午前11時。普段なら今から昼食を作り始めるところだけど、残念ながら食事は既に用意してある。

 

「心配しなくても、もう作ってあるわ。サプライズよ」

 

「ッ⁉︎」

 

友奈が、驚いた表情のまま固まる。……なにか、おかしな事でもあったのかしら?

 

 

「れ、玲奈ちゃん怪我してない⁉︎大丈夫⁉︎味見はどうしたの⁉︎」

 

……なるほど。確かにこの流れだと、私が一人で食事を作ったように思える。きちんと説明して、安心させてあげないと。

 

「大丈夫よ。ちゃんと昨夜、お母さんに見てもらいながら作ったから。味見も大丈夫。お母さんがしてくれたわ」

 

それを聞いて、ホッとため息をつく友奈。当然だ。私が友奈の為に、中途半端な食事を作る事はない。やるからには徹底的に。材料、調味料各種はキッチリ分量を計測し、レシピ通りにカッチリ作る。そして最後に味の分かる人に少しだけ食べてもらって、OKが出れば終了!

 

冷蔵庫から、昨夜のうちに作った二人分の食事を出す。今の時代は良い。冷蔵庫と電子レンジという文明の利器のおかげで、気軽に作り置きができるようになったのだから。

 

 

「でも、具はともかく麺はまだだから……」

 

「分かった!茹でるねっ」

 

「……誕生日なんだし、私がやるわ。友奈は、火を見てて」

 

「はーい」

 

 

昼食はかけうどん。茹でた麺にレンジで温めたつゆをかけて出来上がり。その次は毎年恒例の写真撮影だ。両親がいないから二人きりになってしまうけど、たまにはこういうのも悪くない。

 

三脚に乗せたデジタルカメラの電源を入れ、タイマーをセットする。これは昼の分。友奈の誕生日がこの時期のおかげで、パーティは毎年必ず春休み。故に昼も夜も好きな食事にできるし、写真も昼と夜両方撮ることができる。夜は部屋の明かりを消して、ケーキのロウソクだけを光源に、幻想的な写真が撮れるのだ。故に昼間の分は『普通の記念写真』として残しておくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お誕生日おめでとう、友奈ちゃん」

 

最近引っ越してきた隣人、東郷美森が訪ねてきたのは午後3時を回った頃だった。手には花束。出会ったばかりだというのに、もう友奈とこんなに仲良くなっているらしい。

 

「ごめんなさい、脚の検査と家の事情で……これからまた出掛けなければいけないの」

 

「ううん、気にしないで!忙しいのに、プレゼントありがとう!」

 

隣人、東郷美森は脚が不自由である。なんでも事故の後遺症らしいけど、詳しい事は聞いていない。彼女は花束を友奈に渡した後、玄関先で数分だけ友奈と会話してすぐに立ち去る、瞬間。

 

 

———友奈ちゃんの写真の取引、よろしくね。

 

———了解。対価は音声データで。

 

 

私と目線だけでやり取りをした後、東郷は満足そうに微笑んで出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Happy birthday, to you. Happy birthday, to you. Happy birthday dear 友奈〜♪ Happy birthday to you♪」

 

歌を終えた後、友奈がロウソクの火を消して部屋が真っ暗になった。

 

「おめでとうっ!」

 

「ありがとう!」

 

写真は歌の前に撮ってある。これで新たにコレクションが増えてしまった。

夕飯も当然、昨日の内に作ったもの。ケーキを食べる為に夕飯そのものの量は少なく、しかし贅沢にした。

 

「すごいね、どうやって作ったの⁉︎」

 

「……企業秘密よ」

 

素直に作り方を教えてしまいそうになるのを堪える。友奈に教えてしまったら、「私が友奈に作る」意義が薄れてしまうように思ったからだ。

 

食卓に並ぶのは、ローストビーフ、生ハムサラダ、ミネストローネ。そしてパン屋さんで購入したパンを2個ずつ。食後にはバースデーケーキ。

 

「いただきまーす!」

 

「……いただきます」

 

美味しそうに食べる友奈を見て、内心ホッとため息を吐く。……今年も大成功。去年とは違って楽しみは減ってしまっているし、以前と同じように料理が作れているかは分からないけれど、その不足を補って余りある満足を友奈の笑顔から得ることができた。

 

 

 

 

 

 

1日の終わりは早い。それが楽しい時間なら尚更。あっという間に就寝の時間がやってきた。友奈は先程「おやすみ」と挨拶をして、すぐに眠ってしまった。もし今からこっそり友奈の部屋に忍び込んだら、きっと可愛い寝顔で寝息を立てる尊い写真が撮れる事だろう。

 

———では私は何をしているのかと言うと。

 

「……ふふふ、ゲット」

 

東郷とメールで取引をしていた。これで私は友奈が東郷に話しかける音声データを入手できたし、東郷は今日の記念写真を見ることができる。まさしくwin-winの関係。

 

これで友奈も、12歳。来月からは、中学という新しい環境で生活することになる。

 

———ああ、生活が。そして明日が。未来が、こんなにも楽しみになる日が来るなんて。

 

何度言ったか分からないこの言葉。今の私の幸福は、全て友奈がくれたものだ。その事に愛と感謝を噛み締めつつ、いつものように友奈の今日の様子を日記に書き込んで。

 

「おやすみなさい」

 

私は、明かりを消して眠りについた。

 

 




番外編なのに伏線を仕込むスタイル。



神樹の恵みを取っておいて本当に良かった…。
友奈ちゃん万歳!友奈ちゃん最高!友奈ちゃんよ永遠に!友奈ちゃん、もう一度映像化してくれえ!(懇願)



追記
友奈ちゃんの誕生日に浮かれるあまり、四国以外滅んでいたのを忘れてましたので、両親の海外出張はただの出張になりました。
「伏線ってこのことでは?」と深掘りして下さった方、大変申し訳ありませんでした。


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転入生

遅くなってごめんなさい。就活中なんで、許して……。

ようやくあの子が登場!





『結城玲奈の端末はほかの勇者と同じものです。不具合については本人の精神状態によるものと思われます』

 

———最初の返信は、素っ気ないこの一文だけだった。

 

風は、『そんなはずない』と思った。同じものなら、彼女の物には何らかの不具合が起きているはずだと。勇者の端末の不具合は、文字通り命に関わる。故に速やかに端末の検査をするよう、風は大赦にメールを送った。

それに対する返信は、次の通り。

 

『バーテックスの襲来は不定期になりつつあります。時間の掛かる端末の精密検査は、かえって危険であると思われます』

 

要するに、端末のない状態で敵が来たら変身できないから危ない、という事だ。なるほど、理に適っている。

———しかし風の胸の内には、微かに、だが確かに大赦に対する不信感が芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、玲奈ちゃん。あーん」

 

「あ、あーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、失礼しまーす!」

 

「ゆ、友奈⁉︎」

 

「お背中流しますよーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ、玲奈ちゃん。一緒に寝よ?」

 

「……う、うん」

 

 

 

 

 

 

 

「おはよ、玲奈ちゃん。今日もいい朝だねっ!」

 

「……にゃー♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーテックス三体との戦いから、およそ一ヶ月後。

 

 

「えっと、玲奈?大丈夫?」

 

「あはは、大丈夫ですよ〜……♡」

 

風の問いにそう答える玲奈だが、明らかに様子がおかしい。なんというか、ポヤポヤと浮ついている。いつもと明らかに違う口調と声音。普段なら、絶対に「あはは」なんて笑わない。

 

「ぐぬぬぬぬ………」

 

それを見て嫉妬の炎を密かに燃やすのは、他の誰でもない東郷美森である。美森は、玲奈がこうなった理由を知っていた。

 

(友奈ちゃんとお風呂。友奈ちゃんと就寝。なんて羨ましいっ!)

 

前回の戦い以来、友奈が何かと玲奈の面倒を見ているからだ。美森は想像する。玲奈と友奈が仲睦まじく背中を流し合い、身体中隅々まで余すところなく洗いっこし、同じ湯船に浸かる光景を。同じベッドで抱きしめ合いながら「おやすみ」の挨拶をし、共に眠る姿を。

 

「……えっと、東郷?何かあったの?」

 

「なんでもありません!」

 

風が冷や汗を流しながら問うが、美森は頑なに心の内を押し隠す。……しかし燃え滾る嫉妬の炎は全く隠せていない。

 

 

———余談ではあるが、玲奈も友奈も、風呂や就寝を一緒にしている事など誰にも話していない。それでも美森が知っているのは、やはり『東郷美森だから』と言うほかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに、バーテックスが襲来した。数は一。前回に比べて圧倒的に難易度は低い。

 

———そんな中、変身していない勇者が二人。友奈と玲奈である。

 

「良い、玲奈ちゃん。絶対に変身しちゃダメだからね?」

 

「……分かってるわ」

 

玲奈は前回のこともあり留守番。友奈が戦うと玲奈も変身しかねないため、友奈も留守番だ。

 

「よし、行くわよ!勇者部ファイトーっ!」

 

「おーっ!」

 

風の掛け声に樹が応じる。美森は後ろで構え、いつでも敵を撃ち抜けるよう備えていた。

 

———その直後、唐突に敵が爆発。

 

「東郷先輩?」

 

「違う、私じゃないわ」

 

その後も、日本刀のような剣が次々と飛来し、敵に直撃。それを放ったのは、髪をツインテールに結い、赤い装束を纏った同年代の少女。

 

「ちょろい!」

 

見知らぬ少女は恐れを知らず。その勢いのまま、自らの武器を投擲し、そして。

 

「封印開始!」

 

武器の刀を媒介として、封印の儀を成した。

 

「まさかあの子、一人でやる気⁉︎」

 

風も樹も、そして美森も手出しが出来ない。見知らぬ少女が自分達よりも手際良く敵を封印せしめた事に対する驚きはあるが、それ以上に『下手に突っ込んで少女の邪魔をしてしまう恐れ』が彼女達の足を止めていた。

 

やがて敵バーテックスから御霊が吐き出される。『あとはそれを破壊するだけ』と言うところで以前と同様、御霊が最後の抵抗をした。

 

「なにこれ、ガス?」

 

御霊から吐き出されたのは漆黒の霧。周囲が覆われ、敵も御霊も見えなくなる。

 

「そんな目眩しっ!気配で見えてんのよっ!」

 

しかし少女は一切怯まず、敵に突貫した。

なお、精霊のバリアが働いていることから、この霧はほぼ確実に『命に関わるであろう毒霧』なのだが、精霊の守りによって一切問題にはならなかった。変身をしなくて済むように十分な距離を取っていた友奈と玲奈の二人も同様。見知らぬ少女は一切の容赦なく、敵の御霊を破壊。「殲・滅」と格好良くポーズを決めて戦闘を終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———戦闘はあっさりと終了した。

これで、残り7体。私達は何もせず、敵の数だけが減少したことになる。

 

私はその事に、安堵を感じた。そして、見知らぬ少女にも少しだけ感謝を。もしもあの敵が強くて、戦闘が長引いていたら。きっと友奈も、戦わざるを得なくなっていたかもしれないから。

 

だが、そんな感謝はすぐに消えることになる。

 

「全く、揃いも揃って。ぼけっとした顔してるのね」

 

その場に集まった私達に向けて少女が言ったのは、嘲りの言葉。しかし表情を見ると、貶めているのではなく呆れているような感じだった。

 

「……えっと、誰?」

 

戸惑いで動けない私達の代わりに勇気を出して訊いたのはもちろん友奈。そう、まずは彼女が誰なのかを知らないと———

 

「黙りなさい、ちんちくりん」

 

 

 

 

 

 

————————あ゛?

 

 

 

「だいたい、なんで樹海化してるのに変身してないのよ。本当に危機感がないのね」

 

「えっと、ごめんなさい…?」

 

「全く、こんな奴らが神樹様に選ばれた勇者だなんて……」

 

これが、私達と少女『三好夏凜』の出会いだった。

当然ながら、私の彼女に対する第一印象は最悪だったことをここに明記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大赦から派遣されてきた三好夏凜よ。私が来たからにはもう安心ね!完全勝利よ!」

 

勇者部に彼女がやってきたのは、その翌日のことだった。話によると、友奈と同じクラスになったらしい。

 

———羨ましい、と思わなくはない。

 

だが、それ以上に心配なのが友奈。友奈は優しいから、このいけすかない()()()()()()にもきっと良くしようとするだろう。それでもし()()()でもしようものなら、私は自分を抑えられる自信がない。

 

「どうして、最初から来てくれなかったんですか?」

 

私の思考を他所に、東郷が純粋な疑問をぶつける。意外なことに、東郷はあの『ちんちくりん』発言を全く気にしていないらしい。

 

「私も本当は最初から出撃したかったんだけどね。大赦は、二重三重に万全を期しているの」

 

———曰く、彼女の勇者システムは対バーテックス用に最適化されており、彼女自身も長年戦闘訓練を受けているらしい。私たち素人とは、根幹からして違うそうだ。

 

「大船に乗ったつもりでいなさい!」

 

 

なら、もうあなただけで良いんじゃないかしら?私の天使な友奈の代わりに頑張ってほしい。超過労だろうけど、仕方がない。友奈を『ちんちくりん』呼ばわりした罪はきちんと償ってもらわないと。

 

———しかし、その一方で、『この少女は悪い人間じゃない』と思い始めている自分もいた。

 

初めて出会った時の『ちんちくりん』発言による悪感情を抜きにすれば、この少女に対する印象はそう悪くない事に気付いた。尊大な、プライドの高そうな態度も、この少女の不器用さを表しているだけで。

 

もっとも、それで許す訳ではないけれど。

 

「む……何よ?」

 

こちらの視線に気づいたのか、ちんちくりんが話しかけてきた。

 

「別に、なんでもないですよ。ちんちくりん」

 

「ちん……⁉︎」

 

昨日の意趣返し。私は結構根に持つタイプなの。

 

うわぁ……。かなり怒ってるわね、あの子。同い年によそよそしく敬語使ってるわ…

 

お姉ちゃん、聞こえちゃうよ?

 

大丈夫よ樹ちゃん。聞こえてるから。

 

 

「ま、まあいいわ。……あんたが、あの結城玲奈ね?」

 

「……ええ」

 

 

『あの』、とは何だろうか。

 

 

「あんた、大赦から要注意人物認定されてるわよ」

 

「え?」

 

「「「「……えっ?」」」」

 

「なんでも、『何をしでかすか分からない』とかで。私の役目の一つが、あんた達の監視なのよ。特にあんた」

 

 

………謎、だった。

 

私は今まで生きてきて、自分からトラブルを起こしたことは(おそらく)ない。何をしでかすか分からない、なんて言われる筋合いはないはず。

ならば、樹海化での戦闘を見られていた?———あり得る。勇者の端末に何らかの仕掛けで戦闘の記録が保存されているならば、端末経由で自動的にデータを転送するよう細工しておけば良いだけの話。端末が配布されたものである以上、その方が自然だ。多分、樹海での私の暴走を見て『要注意』認定されたのだろう。

 

「まあ、私がいる以上、勝手な真似は許さないけど……ってギャーッ⁉︎」

 

話の途中で突然ちんちくりんが絶叫。彼女の視線の先を見ると、鎧を着た彼女の精霊が牛鬼に齧られていた。

 

「何てことすんのよ⁉︎」

 

『外道メ』

 

「外道じゃないよ、牛鬼だよ。ちょっと食いしん坊さんなんだよね」

 

可愛い。友奈可愛い。———癒される。

 

「全く、精霊の躾くらいしときなさいよっ!これだからトーシロは……」

 

「精霊はみんな牛鬼に齧られるから、外に出しておけないんです」

 

「ならこいつをしまっておきなさいよ!」

 

「…どういうわけか、勝手に出て来ちゃうんだよね、この子」

 

「何でよ⁉︎あんたのシステム壊れてんじゃないの⁉︎」

 

ツッコミが激しい。なるほど、完成型ツッコミ。

このままでは不利と悟ったのか、友奈は話を強引に逸らした。

 

「そ、そういえばその子、喋るんだねっ⁉︎」

 

「え、ええ!そうよ!完成型勇者である私に相応しい、あんた達とは違う特別な精霊よ!」

 

簡単に友奈に乗せられるちんちくりん。なるほど、ちょろい。友奈に勝てるわけがないわね。

 

「……でも玲奈ちゃんには8体いるよ?」

 

「は?」

 

「厳密には、2体だけどね」

 

友奈の言葉を、私は速やかに訂正した。

 

 




ユウナニウムで主人公を骨抜きにしていくスタイル。


投稿していない間にもお気に入り登録してくれた方、ありがとうございます!

前話までで置いておいた伏線……回収できた、かな?






………ゆゆゆで『王様ゲーム』のパロディを思いついたが、救いがなさ過ぎるし読む側も書く側も辛いだけなのでやめておいた。なにより需要がない。


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精霊

ヌるとん博士さん。評価、感想ありがとうございます!やる気が出ますね!




「頑張って。……病院までもう少しだからね」

 

「………」

 

「大丈夫。きっと、治るよ…。だから……」

 

「………」

 

「返事を、してよ………ぐんちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ。何それ、怖っ」

 

玲奈の出した精霊に対する夏凜の反応がこれだった。同じ姿の精霊が7体と、もう1体。合計では8体だが、そのうち7体は同一個体。すなわち、7体で1体扱いの精霊である。

夏凜の反応も無理はない。それが何らかの可愛い小動物の姿をしていたならば可愛げもあっただろうが、その精霊の姿は笠を被った亡霊。しかもそれが7体、ゾロゾロと密集しているのだ。パートナーの玲奈本人でさえ不気味に感じるのだから、初見で忌避するのも無理はないだろう。

 

「七人御先。7体で一組だから、事実私の精霊の数は2体よ。こっちは一目連」

 

その悍ましく感じる七人御先とは別の、玲奈の精霊。隻眼の竜をデフォルメしたような姿のそれは、かつて玲奈が戦闘時に暴走した際に『剣による高速連撃』を叩き込むのに力を貸した精霊だ。

 

「ふ、ふんっ。だったらなんだって言うのよ。義輝は1体でもさいきょ…」

 

「ちなみに東郷さんは三体いるよ?」

 

「…………」

 

『1体でも最強』と言いたかったのだが、なぜか敗北感を感じる夏凜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか融通の効かなそうな人でしたね」

 

「ああいうお堅いタイプは張り合いがあるわ」

 

「……張り合うんだ…」

 

放課後。行きつけのうどん屋で、勇者部一行は食事をしていた。夏凜は友奈の誘いに応じず、一人で帰宅。勇者部に新しく入部するメンバーがいたにも関わらず、結局今日もいつものメンバーでうどんを食べていた。

 

「ごちそうさまでした」

 

そんな中、一人だけ早くうどんを完食した玲奈は、鞄から錠剤を取り出して水と共に飲み込んだ。

 

「……相変わらず、少食ねえ。女子力つかないわよ?」

 

「女子力って、胃袋の大きさじゃないですよ?」

 

玲奈の注文したうどんは、量が少ない。トッピングもワカメのみ。天ぷらを乗せて豪快に三杯も食べる風にしてみれば、なぜ玲奈がその量で平気なのかが分からなかった。

 

「……私、健康志向ですから。夕飯は量を抑えるようにしてるんです。……あんまり食べ過ぎると太りますし」

 

「うっ⁉︎」

 

玲奈が発した最後の一言で風にクリティカルダメージ。しかし、『私ってそういえば太らないわね』と思い直し、反論しようとするも……

 

「もっとも、風先輩は細いですけど」

 

即座に玲奈本人によって救われ、

 

「でも、細いからこそ。危険です。……糖尿病とか」

 

「がふっ⁉︎」

 

再度、玲奈によって地獄に叩き落とされた。

 

まさに瀕死。しかし風は勇者部部長。ただでやられるほどヤワではない。

 

「そういう玲奈こそ、早食いしてるじゃない。知ってる?早食いって、太るのよ?」

 

「……くっ。それは、うどんが伸びないうちに食べるためで……」

 

「だったら、好きな物を食べた方が得じゃない?量を抑えなくってもさ。薬だって飲んでいるんだし、食べた方が良いと思うわ」

 

「むむむ……」

 

玲奈は反論に詰まった。

実のところ、玲奈は健康のことなど大して気にしていない。それでもあまり食べない理由はちゃんとあるのだが、玲奈本人としてはその理由を友奈以外に知られるのは避けたかった。

その玲奈の思いを汲み取り、友奈は助け舟を出す。

 

「ところで風先輩。夏凜ちゃんのことなんですけど……」

 

(ナイス友奈!)

 

玲奈が友奈に内心で喝采を送る。この状況において、最良の一手。今話題にするのに相応しい、転入生の話だった。

 

「入部届けに書いてあった誕生日って、もうすぐですよね。何かやりませんか?」

 

そう。

今日、夏凜が勇者部を監視する(と本人は言い張っている)都合上、勇者部の入部届けを彼女に書いてもらったのだ。持ち前の観察力か、あるいは『相手の誕生日に何かできるかも』と考えたのか。友奈はこのメンバーの中でただ一人、夏凜の誕生日に気づいていた。

 

「よく気づいたわね」

 

「偶然ですよ、偶然」

 

「流石ね、友奈ちゃん」

 

風が鞄から受け取った入部届けを出し、日付を確認する。

 

「この日は確か、子供達にレクリエーションをする日だったわね」

 

そこで風は、名案を思いつく。………この日が、三好夏凜のサプライズバースデーの計画が発案された日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は、できた」

 

勇者の姿になった玲奈は、手帳のカレンダーに丸をつける。白銀の髪と軽金属の鎧を纏った非現実的な姿が夜の窓に反射して映った。

最近は友奈と共に就寝することの多い玲奈だが、毎日同じベッドで眠るわけではない。今日はそれぞれの部屋で眠る日だった。

 

———夜中にこっそり変身していることは、誰にも知られてはならない。心配を掛けたくないのだ。

 

変身をするのは控えるようにみんなからは言われているが、いざという時に変身できないのは本末転倒。故に秘密裏に、こうして変身を試みている。

この一ヶ月、玲奈は検証を重ねた。その結果、『ネガティブな精神状態の時に変身できる』という結論に至る。そして。

 

(………もう気は済んだかしら?)

 

「まだよ。1時間くらい、力を試してみる」

 

(……傍迷惑な話ね)

 

……今まで幻聴だと思っていた声が、実は意志を持った『もう一つの人格』であるという事が判明した。

 

 

それが精神疾患によるものなのかは玲奈には分からない。勇者になる前から時折この声は聞こえていたが、『その声にはっきりと自我を感じるようになったのは』つい最近だ。昔は会話のようなものも成立しなかった。

 

音を立てないようにひっそりと窓を開け、部屋を出る。玲奈の向かう先は浜辺。今の時間に人目がない場所であり、勇者の力を振るっても被害の少ない場所となるとそこくらいしか思いつかなかったのだ。

 

風を足元から噴射し、屋根を伝いながら移動する。格段に向上した身体能力と風を巧みに用い、足音を一切立てずに疾走。僅か3分で目的地に到着した。……辺りに人影は、ない。

 

(………それで?)

 

「風牙!」

 

『声』に対する返答は、風の刺突。空間を穿つ一撃はその余波だけで横向きの竜巻を作り、砂を巻き上げながら海を削る。明らかに以前よりも威力が上がっていた。

 

(相変わらず痛々しいわね。……死にたくならないの?)

 

「ならないっ!」

 

残念かな、結城玲奈は中二女子である。すなわち中二病がスタンダード。特殊な力を手にして、自分で技名をつけるくらいは痛くも痒くもない。

『もう一つの人格』は嘆息して、珍しい事に忠告した。

 

(……ほどほどにしておきなさい。調子に乗ると、痛い目を見るわよ)

 

「なら次の新技だけにするわ」

 

呼び出すのは一目連。剣に風を纏わせ、腰だめに構える。その技の名は———

 

(……ちょ、まさか、待っ)

 

「百裂剣‼︎」

 

……大嵐が発生した。砂浜はひっくり返したかのように土砂が巻き上がり、水面は爆発して空に舞う。

新技『百裂剣』。一撃一撃が尋常じゃない威力を誇る風牙を、あろうことか一目連の力を借りて刹那の内に百連続で繰り出す絶技である。爆風の余波だけで周囲は大惨事、放った本人も無事では済まないという『バカ丸出し』のロマン技。実用性皆無。

 

「きゃあああぁぁぁぁーーーッ⁉︎」

 

(……勉強はできるけど、バカね)

 

精霊の力を借りるが故に、その連撃は速い。速すぎて、それに伴う反動が遅れてやってくる。故に、爆風が起こるのは百連撃を終えた後。必然的に玲奈は百発分の余波をまともにくらい、空高く吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「痛たたた……。1時間したらすぐに帰るつもり、だったのに」

 

玲奈が目を覚ますと、美しい星空があった。起き上がって辺りを見渡し、自分のいる場所が『四国を覆う』壁の上である事に気づく。

 

(……愚かね。鎧がなければ死んでいたわよ。結局調子に乗って痛い目を見ているし)

 

「……ごめんなさい」

 

謝りながらも、玲奈は内心嬉しかった。今まで散々自分を貶していただけの幻聴が、不器用ながらもこちらを案じてくれていることが。

 

「早く、帰らないと」

 

 

 

 

———最大の不幸は、吹き飛ばされた場所か。それとも吹き飛ばされたことでダメージを負っていたことか。

 

玲奈は、『壁の上』で足を滑らせ、壁の()()()転倒した。

 

 

「きゃっ⁉︎」

 

 

不幸中の幸いだったのは、それで壁の上から落下したわけではないということ。不幸だったのは、転んだ向きが外側だったことだ。

 

 

 

「……なに、これ?」

 

玲奈の視界に映るのは、灼熱の世界。まるで太陽に侵食されたかのような炎の大地と、希望の閉ざされた暗闇の空。そして宙に浮かぶ、白い『異形の軍勢』————

 

(早く戻りなさいッ‼︎)

 

もう一つの人格の警告が脳裏に響く。この日、少女は世界の真の姿を目の当たりにした。

 




お気づきだろうか。今まで、玲奈だけ『精霊バリア』が発動した明確な描写がないことに……。



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“彼岸花"

……バカな。前回の投稿で、お気に入り数が150件も増えた、だと……⁉︎しかも評価バーの色が赤⁉︎日刊ランキング6位⁉︎ ………想像以上のインパクト。

お気に入り登録してくださった皆さん、そして感想をくれた方々。誠にありがとうございます‼︎


そして、十六夜白金さん、kantamu9さん、輪凛さん、肉盛りさん、GBANさん、やまでんさん、ミキプルーンさん、ブイズ愛好家さん。評価ありがとうございます!

私はどちらかと言うと、書くことそのものよりも『書いた物で人が楽しんでくれている実感を得るのが好き』なタイプなので、皆様の反応は実にモチベーションアップにつながる。

そしてこの作品を楽しんで下さっている皆さん!ありがとうございます!投稿遅くてごめんなさい!
………本当、毎日どころか1日に2回も3回も投稿している人すげえ。





「……全く、本当に手間がかかるわ」

 

少女は嘆息しながら、身体を引きずるようにして歩く。———砕けた軽金属の鎧が、地面に散らばった。それに伴い、白銀の髪も本来の黒色を取り戻していく。

 

杖代わりにしていた細身の剣はその形を変え、一本の大鎌に。壊れた鎧の下から露わになったのは、暗赤色の勇者服。その肩には、彼岸花を模した形の満開ゲージがマックスで溜まっている。

 

———鎧は美森の銃や風の大剣と同じように、精霊による武装だった。だからこそ、異常なまでの防御能力を有している。

 

鎧は、玲奈の心の壁の具現。外界の恐怖から心を守り、胸の内を隠す心の壁。それはそのまま、敵の脅威から身を守り、本来の勇者の姿を押し隠す鎧となった。

 

剣は、玲奈の攻撃性の具現。幼い頃の境遇によって育まれ、しかし友奈によって沈静化していた、玲奈本人でさえ気付いていない凶暴性の発露。それは何よりも鋭く、あらゆる物を壊し尽くす武器として現れた。

 

———故に玲奈本人の意識が閉ざされた今、『もう一人』の力の影響が発露するのは道理。

 

 

「……でも。間接的にとはいえ、あなたのおかげで『精霊の瘴気』から救われた。このくらいは無償でやってあげるわ」

 

体の痛みは徐々に引いていく。爆風で吹き飛ばされた際に骨に入ったヒビも回復した。消耗した体力だけはどうしようもないが、少なくとも2年前のように結城友奈を驚かせる事はない、と少女は考える。

 

傷を癒した後は大鎌を消し、音を立てずに疾走。玲奈が部屋を出た窓から部屋に侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「37度8分。これじゃ、学校はお休みだね……」

 

翌朝、玲奈は熱を出した。

主な原因は、真夜中に家を抜け出した挙句に勇者の力を使って体力を消耗し、その状態で空高く吹き飛ばされたり自分で散らした水飛沫を浴びたりして身体を冷やしたことだが、友奈は知る由もない。

 

 

「……本当は私も休みたいけど…」

 

「……ダメよ。私の為に友奈を欠席させるわけにはいかないわ。お母さんもいるし、大丈夫」

 

それはまるで、過保護な姉が妹を案じて一緒に学校を休む風景にしか見えなかったが、実際の姉妹関係は逆である。

 

「…きっと、ただの風邪よ。それに早くしないと遅刻するわ。東郷も待たせているでしょう?」

 

「………うん、分かった。行ってくるね」

 

部屋を出る前に、「絶対に無理しちゃダメだよ!」と言いつけ、友奈は出て行った。

 

 

「……さて、と」

 

玲奈は布団に入ったまま、昨夜の光景を思い浮かべる。

幼い頃から、人類はウイルスによって滅亡寸前まで追い込まれ、感染から逃れた人間たちは神樹様によって守られたと教えられていた。神樹の結界から出たら、ウイルスが蔓延する世界が広がっているのだとも。

 

———それは、間違っている。

 

あれが、ウイルスのはずはないと玲奈は確信していた。ウイルスなどよりも遥かに恐ろしく、そして崇高な『何か』。あの灼熱の地獄は、通常の生物の規格で起こせる範疇を優に超えている。

 

 

「……あれは、何?」

 

問いに答える者はいない。薬を飲んだ後は、やはり『彼女』は出てこられないようだった。

 

夢ではない。確かにあの光景を最後に玲奈の記憶は途絶え、気が付いたら朝になっていた。しかし、部屋の窓の鍵は開いたままになっていたし、何より()()()()痕跡がある。そして、髪からはいつも使っているものと違うシャンプーの香り。自分が無意識のうちに勝手に体が動き、シャワーを浴び直してもう一度寝巻きに着替えたとしか思えなかった。……間違いなく『彼女』の仕業だろうと玲奈は推測する。

 

 

「……ああ、だるい」

 

咳もくしゃみも出ない。ただ、全身が重かった。本当ならばこっそり友奈の部屋を物色……もとい異常がないかの確認をし、友奈の写真や音声データを愛でつつ日記を見直そうかと玲奈は考えていたのだが、そのやる気も出ない。結局大人しく寝ているしかなく、玲奈は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんとか、一命は取り留めましたが……。予断を許さない状態です。この状態で息があるのが既に奇跡に等しい」

 

「そん、な……」

 

少女———高嶋友奈は、膝から崩れ落ちた。

 

「……なんとか、ならないんですか?……なんだってします、だからっ」

 

そう医師に摑みかかるのは、乃木若葉。普段は凛とした顔をしている彼女も、血相を変えていた。

医師は心の底から悔いるように、彼女を宥める。

 

「……現代の医療でも、現状維持がやっとの状態です。臓器のいくつかが破裂していて、今もどうして生きているのか分からないような有様で……」

 

それを聞いて、友奈は世界がひっくり返るような錯覚を得た。

今まで、人間を、世界を守るべくバーテックスと戦ってきた。戦いの余波で現実世界に影響が及び、被害が拡大してしまってからはより『人々を守らなければ』という意識が強くなった。大社が情報を隠蔽していたことが一般市民たちに漏れ、勇者に対する態度が一変してからもその覚悟は変わらなかった。

 

———なのに。

 

「……どうして、ぐんちゃんが……。あんなに、頑張っていたのに」

 

 

あまりにも理不尽だった。

郡千景。不器用ながらも仲間を想い、仲間のために戦ってきた少女。彼女は今、意識不明の重体で病院に入院している。

 

 

若葉が怒りで我を忘れ、一般人に摑みかかったのは10日も前のことだ。その時若葉を止めたのが、唯一その場にいた勇者、郡千景。若葉に胸倉を掴まれていた男は千景に感謝し、逃げるようにその場を立ち去った。———しかし、その男との因縁はそれで終わりではなく、むしろ始まりと言って良い。

 

男は、非常に()()()部類の人間だった。あろうことかその一件で千景に好意を抱き、ストーカー行為を始めたのだ。男から見れば、千景はピンチを救ってくれた女神である。好意を向けない理由はなかった。

 

しかし、そのストーカー行為もそう長くは続かない。自分が尾行されていることに気付いた千景は、男に詰め寄る。男は嬉々として千景に話しかけ、自分がどれだけ彼女に心を奪われているのかを語った。それに対して、千景が放ったのは、

 

「……もう、関わらないで下さい。迷惑です」

 

たったこれだけの台詞だった。

当然だ。千景が若葉を止めたのは、ただ偏に仲間を思ってのこと。若葉の世間体を気にしての行動だったのだ。断じて、目の前の勘違いした男の為ではない。———大切な仲間を侮辱したこの男を、どうして庇えようか。世間の目も他の勇者のことも考慮に入れなければ、容赦なく斬り殺す。そのくらい、千景は目の前の男を憎んでいた。

 

しかし、男にとってはその事実が分からない。自分を救ってくれた少女に裏切られた。好意を向けてきた相手に袖にされた。自分の所業を棚に上げた男の慕情が、憎悪に変わるのにさほど時間はかからなかった。

 

———そして、今に至る。

 

具体的な経緯は判明していない。友奈たちが把握しているのは、件の男が逆恨みで千景を襲い、暴行を加えたこと。勇者である千景が男一人に一方的にやられたとは思えない為、複数人による犯行ではないかということ。度を越した暴力行為によって、彼女は顔以外がボロボロになり、命の危機に瀕していること。それだけだった。

 

この事件に関しては分からないことが多い。まず第一に、千景が反撃した形跡がなかったこと。勇者の中でも特に戦闘力の高い千景ならば、一般人が何人束になろうが敵わない筈だ。逮捕された男に大した怪我もなかったことから、千景は無抵抗で暴行を受け続けたと推測されている。怪我の具合から、ただ殴る蹴るといった暴力だけではないだろう。高い確率で鉄パイプなどの鈍器も使われていたと考えられている。

そして第二に、千景の父親と連絡が取れないことだ。事件後、父親はまるで逃げ出したかのように行方をくらませており、天空恐怖症候群の母親は知らぬ間に病院に入院していた。

 

———まるで、全てが郡千景という少女を追い詰めていくように状況が、世界が動く。

 

高嶋友奈という少女の中で、認識が静かに狂っていく。

 

 

———世界を、人間を守らないと。

———ぐんちゃんをこんな目に合わせた人間が憎い。

———勇者っていう言葉に憧れている。

———友達を守れない勇者なんていらない。

———この世界が大好きだ。

———こんな世界を壊してしまいたい。

 

 

今まで持ち続けていた正の感情と、この状況と精霊による瘴気が生み出した負の感情による葛藤。この時から、高嶋友奈は少しずつ壊れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、勇者部の部室にて。

 

「玲奈が風邪ね。……大丈夫?」

 

「咳は出てませんけど、熱が38度近くもあって……」

 

「お姉ちゃん、お見舞いに行こうよ」

 

「そうね。……何を持って行けばいいかしら?」

 

「…………」

 

玲奈が欠席していることに対する一同の反応は様々だ。

風は友奈に玲奈の具合を確認し、樹はお見舞いに行くことを提案する。美森は何かを言おうとして言い出せず、新入部員の夏凜といえば。

 

「これと、これ。あとこれも……」

 

鞄を漁り、何かを選別していた。

 

「夏凜ちゃん、何してるの?」

 

「……見ればわかるでしょ。風邪に効くサプリを選んでんのよ」

 

夏凜が鞄から取り出したのは、ビタミン剤をはじめとする様々なサプリメントや健康食品。そして煮干し。

 

「お見舞いに来てくれるの⁉︎」

 

「か、勘違いするんじゃないわよっ。あいつの監視は私のお役目なんだから!」

 

 

 

 

 

「………と、言うわけで来たわ。はいこれ」

 

「あ、ありがとう」

 

勇者部のみんながお見舞いに来てくれたのは、午後6時を回った頃だった。

友奈は一度来たあと、新しい濡れタオルや体温計を持ってくるために私の部屋を出て行った。この場にいるのは友奈を除く勇者部の面々。思い返してみれば、みんなが私の部屋に来るのはとても珍しい事だ。

 

「……どうしたのよ、そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して?」

 

「……純粋に驚いたわ。あなたに対する評価を改めようと思う」

 

勇者部のみんなはお見舞い品を持って来てくれた。意外なことに、一番気合が入っていたのは夏凜ちゃんだ。……仕返しだったとはいえ、もう彼女をちんちくりんとは呼ぶまいと私は心に決めた。なるほど、友奈の価値が分からぬほどに愚昧なれど、人に対する思いやりと優しさは持ち合わせているらしい。

 

ちなみに夏凜ちゃんが持って来たのはレジ袋に入った煮干しと大量のサプリメント。正直、こんなに飲んだら逆に危険だと思う。東郷からは蜜柑。風邪予防に良いと言われる果物。そして風先輩は。

 

「……こ、これは!」

 

「どう?驚いた?」

 

風先輩が持って来たのはうどん。ただのうどんじゃないっ!西暦時代から伝わる、最高級手打ちうどんである。かなり高いはず……っ。

 

「うどんって消化にもいいから、ちゃんと食べなさいよ」

 

「ありがとうございます!……あとで母に作ってもらいます」

 

「玲奈さん、これ……。早く元気になって下さいね」

 

樹ちゃんが持って来てくれたのは御守り。『無病息災』と刺繍がされている。てっきり、外国のおまじないグッズ的な特殊な物を予想していただけに、普通の御守りは意外だった。

 

「ありがと、樹ちゃん。早く元気になるわ」

 

「本当はもっと()()()()()()ものを持って来たかったんですけど……」

 

「ダメよ、あんな不気味なのっ!熱が上がったらどうするの⁉︎」

 

風先輩が顔色を変えて樹ちゃんを叱っていた。———一体何を持ってくるつもりだったのか、非常に気になるくらいに必死だった。




おや、もう一人の友奈ガチ勢の様子が……?(2回目)

以前書いたかどうか分かりませんが、ここで宣言。

この作品は、『とりあえず』一応『最終的には』ハッピーエンドになる予定です。





のわゆ時代の描写がおかしい?矛盾がある?………仕様です。
ただ、私が気づいていないだけで、本当に矛盾がある可能性も…。


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三好夏凜の誕生会

お気に入り登録してくれた方、評価して下さった方、感想をくれた方。そして、誤字報告をしてくれた方。誠にありがとうございます!

……お気に入り登録者の欄に愛読してるゆゆゆ二次の作者がいてびっくり。やったぜ!



今回は日常回。


東郷美森は悩んでいた。———すなわち、『玲奈が夜中に部屋を出て行った件』を、友奈に話すべきか否か、と。

しかしそれには多大なリスクが伴う。なにせ、それを話すなら『なぜ自分がそのことを知っているのか』から話さなくてはならない。真実を口にしてしまえば、自分の罪過を友奈に知られてしまうことになる。

 

———嫌われてしまうかもしれない。

 

その僅かな可能性————高い確率で友奈は許してくれる————が、美森の行動を封じてしまう。

自分に対する言い訳は幾らでも浮かんでくる。

 

——この話をすれば、玲奈が隠したがっている秘密を公に晒してしまう。そうすれば、彼女の意志が無駄になる。

——もし玲奈がこっそり変身している事がバレれば、彼女と勇者部の絆に亀裂を生むかもしれない。

——そもそも、話してみんなが説得したところで、玲奈が変身をやめるとは思えない。

 

だが、このまま玲奈の行動を静観していいものかと問われると、それも違う。美森にとっても、彼女は大切な友達なのだ。無茶はして欲しくないし、それを見逃すなど言語道断。

 

———結局悩んだ挙句、誰にも話すことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅い」

 

日曜日。子供達のレクリエーションの手伝いの依頼の当日、三好夏凜は集合時刻になっても来なかった。

連絡も取れない。友奈が電話したら一度は切られ、二度目以降は電源が切れている旨のメッセージが流れるのみ。

 

「……夏凜ちゃん、どうしたのかな?」

 

「……もしかして、体調不良で動けないとか……」

 

「あの子、サプリメントとかで健康気にしてるくせに、食事は適当に済ませてるみたいだし……。栄養失調で倒れてたりして……」

 

一同に不安が広がる。自宅まで呼びに行こうにも、その時間がない。子供達が待っているのだ。

 

「……仕方ないわね、予定変更!夏凜の件は依頼が終わった後で!」

 

 

 

 

 

 

「………というわけで、来たわ。はいこれ」

 

「……なんか既視感あるんだけど⁉︎」

 

昼。午後になって十数分が経ったところで、夏凜の部屋に玲奈が訪れた。彼女の手には、レジ袋に入った大量の野菜と肉類。

 

「……どうしたの?鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてるけど」

 

「そりゃ驚くわよ!何しに来たわけ⁉︎」

 

その問いに、玲奈はきょとんと首を傾げ、

 

「決まっているでしょう?昼食を作りに来たのよ。味見はよろしく」

 

そう宣った。

 

 

 

 

 

 

玲奈に頼まれた通りに彼女が料理している姿を監視したり(夏凜は何の意味があるのか分からなかった)、頼まれた通りに味見をしたり(夏凜は『自分でやればいいのに』と思った)しながら、1時間弱で料理が完成。特に会話が弾むこともなく、静かな昼食が進む。

 

メニューはやはりソウルフードであるうどん。野菜をふんだんに入れた健康志向のうどんだ。出汁の香りが食欲を増進し、コシのある麺が口の中で弾む。……以前よりも食事に楽しみを見出せなくなっている玲奈が未だに好きな、数少ない食べ物がうどんだ。

 

「それで?結局、なんであんたはここにいるのよ」

 

そして昼食後、夏凜は玲奈に疑問を投げかけた。本来ならば、この時間は子供達のレクリエーションのはず。他の勇者部のメンバーがいないということは、予定よりも早く終わった、というわけでもないのだろう。

その疑問に、玲奈は遠い目をして諦めたように微笑んだ。

 

「……子供って、残酷よね」

 

「…?」

 

「無邪気な顔をして、人の秘密を暴こうとするのよ。『お姉ちゃん、その腕なに?』『もしかして、封じられた禁断の左腕?』『呪われてるの?見せて見せて』って……」

 

(……いや、今日に限って言えばそれあんたが悪いでしょうよ)

 

夏凜は玲奈の左腕に目をやりながら、内心で溜息を吐いた。

これが普段の医療用の包帯ならばまだ分かる。きっと子供達も『怪我をしている』と認識し、気を遣って触れることはなかっただろう。しかし今日身につけているものは髑髏のような柄のついた、ダサい(おそらく子供達から見ればカッコいい)帯状の布であり、そもそも包帯ですらなかった。

 

「包帯が無いことを思い出したのが今朝。……昨日、どうして私は買い足しておかなかったのかしら」

 

(……いや、なくなる前に買いなさいよ)

 

「……そういうわけで。要するに、逃げて来たの。ついでに今日無断でサボったあなたの様子を見に来たわ。家にいてくれて助かった」

 

一瞬、夏凜が気まずそうな表情を浮かべた。玲奈はその様子から、夏凜が僅かでも後ろめたさを感じていることを看破する。

 

「……そりゃあね。この前のニュース見たでしょ。家から出るにしても、普段訓練とか素振りとかしてる砂浜が泥沼に変わってるから、家でトレーニングしてたのよ」

 

「(ギクッ)」

 

「全く、一体何があったのよ」と呟く夏凜に対し、今度は玲奈が後ろめたさを感じる番だった。

もちろん、砂浜に関するニュースは玲奈も見ている。砂浜が跡形も無く消滅し、水辺と陸の境界が崩れ、泥の沼地と化した浜辺を。———明らかにこの前、自分の所業によって起こったものだと玲奈は自覚していた。

ニュースでは「砂浜に不発弾などの危険物が埋められていたのではないか」と推測され、警察も動いていると報道されていた。———恐ろしくて、とても自首する事などできない。

 

「……その、悪かったわよ」

 

「……え?」

 

内心で冷や汗をかいていたところに、夏凜の突然の謝罪。

 

「だから、……今日勝手に休んだこと」

 

「……別にいいわ。私も逃げ出してきたし」

 

それ以降、会話が途切れる。

結局のところ、夏凜も後悔していた。集合場所を勘違いしたのは自分で、せっかく掛けてくれた電話を反射的に切ってしまったのも自分。一瞬だけ掛け直そうと思うも、結局「自分が何のために勇者部に来たのか」を言い訳にしてサボってしまった。

別に、その心構えが間違っていると夏凜は思っていない。勇者部に来たのはお役目のためで、そのお役目を果たすためにやるべき努力を怠ってはならない。しかし、約束を破ってしまったのはそれとはまた別の話だ。

 

どちらも、話題を切り出さない。夏凜は友人(玲奈をそう呼んで良いのか微妙な関係性ではあるが)との会話がそもそも不慣れだし、玲奈は玲奈で積極的に会話を始める方ではない。彼女は基本的に、友奈の話に付き合うのが好きなのだ。

 

そこで、この状況で双方がどう動くかは完全に本人たちの性質が現れた結果だ。夏凜は勝手に勇者部の活動を休んでしまった後ろめたさ故にこの沈黙が耐え難い。逆に、玲奈は自分の後ろめたさを既に忘れている。この沈黙も、対して苦に思っていないのだ。故に先に話題を切り出したのは夏凜だった。

 

「……ねえ」

 

「なに?」

 

「……その、ええと…」

 

問うべきか、問わぬべきか。夏凜は一瞬悩み、意を決して尋ねた。

 

 

 

「……『高嶋さん』って人に、心当たりはある?」

 

「ないわ。どうして?」

 

即答。夏凜は自覚していないが、この問いによって、大赦が懸念していた可能性はほぼ潰えた。

 

「……いえ、なんでもないのよ。ただ、大赦にそう訊くよう言われたってだけ」

 

「………そう」

 

 

再びの沈黙。非常に気まずい。

夏凜としては、玲奈にすぐに帰って欲しいのだが、なぜか追い出すことができない。他の勇者部メンバーならば「帰りなさいよ!」と一言言える自信があるが、なぜか玲奈相手になると言えないのだ。それに、頼んでいないとはいえ昼食を作ってくれた恩もある。無下にはできなかった。

 

「私、これからトレーニングするから。何かあったら呼びなさい」

 

辛うじて夏凜はそれだけ言って、別室にすたすた歩いて行った。……そして、その場にいた玲奈は。

 

「……ミッションスタート」

 

まるでこの時を待っていたと言わんばかりに生き生きし始める。部屋に置いてある家具や小物の有無、カーテンの色などを観察し、得た情報を勇者部のSNS『naruko』に送信。

 

「コンプリート」

 

これで、夏凜のバースデーパーティーの準備において、玲奈の任務は完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別室でのトレーニングを終えた夏凜が居間に戻ると、玲奈が食卓で寝息を立てていた。

 

「ああ、そういえば薬で眠くなるって言ってたっけ」

 

眠っている姿は本当にただの少女のもの。こうして見ると、ますます大赦が彼女を危険視する理由が夏凜には分からない。勇者部で過ごした短い時間ではあるが、夏凜は玲奈の人柄をおおよそは把握している。友奈が絡むと突拍子もないことをしかねないものの、比較的落ち着いた———あるいは内向的なやや大人しい少女という印象だ。

 

———もっとも、本人はそれを否定するだろうが。

 

大赦に玲奈の経過をメールにて報告するとともに、玲奈を危険視する必要はない旨を最後の文に付け加える。 その後、押入れから持ってきた毛布を玲奈に掛け、夏凜は居間でトレーニングを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「夏凜(ちゃん)(さん)、誕生日おめでとう!」」」」」

 

「ほへっ⁉︎」

 

そして、夕方。無事に依頼をこなした勇者部一行は、夏凜の部屋に突撃した。そして夏凜が玄関を開けるなりほぼ強引に部屋に押し入り、部屋中を飾り付ける。呆気に取られた夏凜は、さらに勇者部全員からの祝いの言葉で変な声を上げた。

 

「わ、私の誕生日……?でも、どうして……」

 

「友奈が見つけたのよ。入部届けに書いてあったあなたの生年月日」

 

問いに答えるのは、今の今までぐっすり眠っていた玲奈。勇者部が来た時のインターホンの音で彼女はようやく目を覚ました。……食卓で突っ伏した状態での睡眠だったが、昼から今まで一度も起きずに熟睡していたのだ。

 

「部屋の飾り付けは玲奈さんの案なんですよ。『部屋の内装は見ておくから、飾りを買ってきて』って」

 

部屋の広さ、小物や家具。そしてカーテンの色。その部屋の内装によって、購入するものは異なってくる。無駄に凝り性の玲奈は、オーソドックスなただの飾りだけでは満足できなかったのだ。家具や小物などが多く、散らかっている場合はそもそも飾り付けそのものができないため、たとえ飾り付けの道具を購入しても無駄になってしまう。その点で言えば、玲奈の仕事は経済面で最重要だった。

 

壁や天井には殺風景な夏凜の部屋を豪華にすべく掛けられた旗や風船の装飾。風船はバルーンパペット用のものであり、『HAPPY BIRTHDAY KARIN』の文字を象る。

食卓には勇者部のメンバーが買ってきた様々なジュースや菓子類。その中央にはケーキ屋から買ってきたであろうバースデーパーティーが置かれている。

 

 

「ばか。ぼけなす。あほぉ……」

 

「……いや、あほって……」

 

夏凜は感極まり、顔をを真っ赤にしながら俯いた。

 

「……誕生日会なんてやったことないから、どうすれば良いか分からないのよ……」

 

 

この日。

夏凜は奇しくも、お役目のために存在するはずの勇者部のメンバーと共に、初めての誕生日会を行った。その夜の思い出は、いつまでも色褪せることなく夏凜の胸に残り続ける。

 

 




夏凜ちゃんが時系列を考えると非常に素直になっている気がする件について。


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思うはあなた一人

お待たせしました!評価と感想、そしてお気に入り登録ありがとうございます!


……ちょっと回想がエグいことになり、2日ほど書き直そうか迷った挙句、そのまま投稿。書きながら今後の展開を脳内で再生し、自分でダメージを負ったでござる。





「あっ、若葉ちゃん!来てくれたんだ!」

 

「ああ。元気だったか?」

 

「うん。私はずっと元気いっぱいだよ!」

 

 

声だけを聞くならば何でもないやりとり。久しぶりに再会した少女同士の会話に聞こえる。

 

そう、声だけならば。

 

 

 

 

———そこは、牢獄だった。

 

21世紀の日本に存在するのが不思議なくらいの、薄暗く冷たい牢屋。およそ少女二人がいるには似つかわしくないその場所は、勇者から大罪人に落ちぶれた少女を閉じ込める為のものだった。

 

扉は鋼鉄製で、大人3人がかりでようやく開けられる程度には重い。囚人を閉じ込めておく部屋の壁も鋼鉄の板が貼られ、脱出は困難。廊下に面した壁だけは面会のために分厚い強化ガラスにしてあるが、それもガラスの中に鉄網が仕込まれているという徹底ぶり。……否、ガラス張りであるのは決して面会のためだけではないだろう。急造の牢獄はトイレも手洗い場もむき出しで、隠れるような仕切りなどは一切ない。何をしようと、どんな時でも廊下から丸見え。さらに部屋には四台の監視カメラ。少女の一挙手一投足も見逃すまいと、大社の人間は24時間、あらゆる角度から彼女を監視していた。

 

およそ人権を無視した仕打ち。まるで動物園で飼育されている猛獣と同じ扱いをされているにも関わらず、その少女———高嶋友奈は以前となんら変わらぬ様子だった。

 

「……友奈、その……本当に辛くないか?」

 

「このくらい大丈夫だよ。もう慣れちゃったし」

 

そう平然と答えられる友奈の様子は、若葉の目に酷く歪に映った。普通の人間が、こんな環境に耐えられるわけがない。それが年頃の少女ならば尚更。……フィクションでよく見る、不衛生な独房とは違い清潔は保たれているのだろうが、それでも辛いことに変わりはないだろう。

 

————高嶋友奈は壊れていた。それこそ、常に監視される羞恥心や窮屈さを感じられなくなるくらいに。

 

 

「大丈夫なんだけど、暇なんだ。だから若葉ちゃんが来てくれて嬉しいっ」

 

「友奈………」

 

「昨日はヒナちゃんが来てくれたし、私は幸せ者だなぁ」

 

(………幸せなものか⁉︎)

 

若葉で内心で怒号を発した。……人格を歪められ、暴走して。誰にも救われず、今までの貢献などなかったかのように辱めにも等しい暮らしをさせられている。これほど不幸な目に遭っている友人を前に、若葉は何もできない。その無力感が、若葉を苛んでいた。

 

「あとはぐんちゃんが来てくれればなぁ……」

 

「………っ‼︎」

 

友奈の何気ない一言で、若葉は身構えた。……今までの面会で決して口にしなかった仲間の話題。

 

「若葉ちゃん?どうしたの?」

 

「………いや、なんでもない」

 

若葉は今の友奈に対して、告げることはできなかった。———郡千景はもう、どこにもいないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人前でうまく歌えない?」

 

放課後の勇者部の部室。音楽の授業で行う歌のテストで歌える自信がないと、樹は悩みを吐露した。

 

「今度の歌のテスト、うまくいくか占っていたんですけど……」

 

テーブルにはタロットのカードが並んでいる。その結果が指し示すものは。

 

「……死神の正位置。意味は破滅、終局……」

 

樹の絶望が、彼女の背中に影を落とす。

 

「大丈夫だよ!もう一回やれば……!」

 

「そうよね。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うし……」

 

しかし、言葉に反して友奈と風の表情は引き攣っている。……樹の占いの精度を、勇者部の面々は身を以て知っていたからだ。

 

その後、樹は言われた通りに占いを3度繰り返し———3回とも、結果は死神の正位置だった。

 

「………うう」

 

もはや涙目である。本人が人前ではうまく歌えないという事実がある以上、ただの偶然だと励ますのも難しい。

 

「樹一人だと、歌うのうまいんだけどね」

 

と、言うわけで。

 

 

「習うより慣れろ、だよ!人前でうまく歌えないなら、練習あるのみっ!」

 

勇者部一同が向かったのはカラオケボックス。大勢の前で歌う前に、まずはいつものメンバーの前で歌うことにより、徐々に慣らしていこうという考えだ。

とはいえ、せっかくのカラオケボックス。樹に過度にプレッシャーを与えないという理由もあり、皆率先して歌うようにしていた。……断じて、ただ楽しみたいという理由だけではないのだ。

 

まずは風がアイドルグループの曲を熱唱し、友奈と夏凜がデュエットを披露する。どちらも92点。

 

(……やっぱり、歌いにくいわよね)

 

みんなが楽しむ中、玲奈は冷静に状況を分析する。

なるほど、確かにカラオケならば過度に緊張しなくて良いかもしれない。しかし、先に歌う人間があまりにも上手すぎると、自信のない人間は歌いにくいものだ。どちらかというと自信が持てない人種に分類される玲奈は、樹の気持ちを推測できた。

 

———故に。

 

「……え、何この曲?」

 

夏凜が戸惑いの声を上げる。

 

———カラオケが下手(だと本人は思っている)である自分が先に歌うことで樹のプレッシャーを和らげようと、玲奈は思い至った。

 

流れるのは不穏なイントロ。夏凜を除く勇者部一同は「ああ、またか」と嘆息した。

 

———分かる人間には分かるものであるが、結城玲奈は中二病である。故に、人とは違うものをかっこいいと感じたりするお年頃。勇者部の中で、この曲を愛する者は彼女だけである。

 

彼女は歌った。西暦の時代から存在する、とあるゲームの主題歌となったカッコいい曲を。

 

「———————」

 

熱唱。曲への愛を込めて歌う。玲奈はカラオケが得意ではないし、上手でもない。それを利用して樹の緊張を解そうとも考えている。しかし、だからと言って故意に手を抜く理由にはならないのだ。

 

歌っている最中に脳裏に浮かぶのはゲームのオープニング映像。300年以上前に作られたゲームではあるが、未だにインターネットで検索すれば情報はいくらでも出てくる。

その結果は。

 

「……83点」

 

何度も聞いて、何度も歌って、全力を尽くしてこの点数。玲奈は自分に歌唱の才能がないことを自覚していた。

 

(……まあでも、これで当初の目的は達成したんじゃないかしら?)

 

なにせ、いつも歌っている曲で一度も85点以上を取れないのだ。これを見れば樹も緊張が少しは和らぐだろうと玲奈は勝手に思っていた。

 

———彼女の誤算は、樹が他人の失敗を見て安堵するような人間ではなかった、という点だろう。

 

多くの人間は、自信のない分野において自分よりも()()()()他人を見ると安堵する。自分よりも下がいるという認識は、それだけで救いになる場合があるのだ。

 

しかし、樹はそう考えるにはあまりにも無垢で、心優しい。そして、玲奈の点数を決して低いなどと思わなかった。

 

結局この後、樹は声をうわずらせてうまく歌えず、勇者部の活動は失敗に終わった。

 

 

 

 

 

 

「……うーん。やっぱりまだ固いかな?」

 

その翌日も、勇者部の活動は樹の歌を上達させる事に注力していた。どうやら樹ちゃんの自信のなさは相当なものらしい。昨日の私の歌の後でも失敗していたところを踏まえると、これを改善するには途方もなく骨が折れるように思える。

……でも、精神的なものであるならばなんとかなる。気休めとは思いつつも、私は昨日の夜に書店で購入した本を取り出した。

 

「……はい、樹ちゃん。プレゼント」

 

「…あ、ありがとうございます!」

 

本のタイトルは『緊張を和らげる108の方法』。効果の程は定かではないが、少なくとも『緊張を和らげる方法を実践した』という認識は得られる。その認識が緊張を抑止してくれる———かもしれない。

 

「じゃあ、私からはこれね」

 

夏凜ちゃんが取り出したのは多種多様のサプリメントとオリーブオイル。彼女は樹ちゃんに、これを全て飲めという。……正気の沙汰ではない。

結局夏凜ちゃんはお手本として取り出したサプリメントをオリーブオイルで飲み干し、真っ青になった後トイレに駆け込んだ。……口には出さないが、正直馬鹿なんじゃないかと思った。

 

 

(……思いつきの必殺技(笑)で砂浜を滅茶苦茶にしたあなたも相当な馬鹿よね?)

 

久しぶりに聞こえる『彼女』の声。以前は憂鬱になるだけの幻聴だったそれは、今や私の一部にして友奈に次ぐ身近な存在となりつつある。もっとも、勇者部のみんなが心配しかねないので彼女のことは秘密。

 

というか。

———ようやく出てきたのね。私、あなたに聞きたいことがあるのだけど。

 

(………あの光景を見て平然としてられるなんて。……意外に精神面はタフなの、『私』?)

 

———?あの光景が何?

 

世界の外が灼熱の地獄になっていた。なるほど、確かにショッキング。まさか今の世界が幻影だなんて誰も思わないだろう。でも。

 

———世界があんなになっているのを知らなかっただけでしょう?今までと本質は何も変わらない。いつか滅ぶのだとしても、友奈が生きている間だけ世界が保ってくれさえすればそれでいい。

 

後のことは知らない。今の私にとって、世界は友奈が生きるための場所に過ぎない。あと100年もすればこの世界は用済みだ。

 

 

「……玲奈ちゃん?どうしたの?」

 

「…ん?なんでもないわ」

 

目敏く私の異変に気付いた友奈によって、意識が現実の方へ向く。それ以降、この日は『彼女』の声を聞くことはできなかった。

 

 

 

後日、樹ちゃんの歌のテストはうまくいった。友奈が言い出した、勇者部全員の激励の言葉が効いたのだろう。

 

 

 

 

 




おかしいな。樹ちゃんバンバン出す予定が……。


なお、お気づきの方が大多数だと思いますが、玲奈は結界の外の灼熱地獄に気付いてはいてもバーテックス無限湧きには気付いていません。


誤字報告、ありがとうございます!


………どうやら歌詞を載せるのは一部でもまずいらしいので修正しました。


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困難

お気に入り登録、感想、誤字報告。誠にありがとうございます!感想とかお気に入り数の増加とか評価とかを楽しみに投稿。

………いつ見ても友奈ちゃんの変身バンクは良い。視聴者にウインクするんだぜ。


「……引き受けるわ。その代わり、条件がある」

 

そこには、異様な光景が広がっていた。手術衣を着た少女の前で、いい歳をした大人が土下座をしているのだ。まるで、神を崇めるかのごとく。

 

手術衣の少女は大人達に気後れした様子も見せず、条件を提示した。

 

一つ、高嶋友奈を勇者として扱い、勇者の資格剥奪を撤回すること。

一つ、高嶋友奈の魂と同化しつつある精霊『酒呑童子』を引き剥がす方法を模索し、成功した暁には彼女を無罪とし、釈放すること。

一つ、今後勇者が残す書物や写真といった記録には一切手を加えず、後世まで継承していくこと。

一つ、高嶋友奈の功績を世間に公表し、彼女の名誉挽回を図ること。

 

大人達———大社の人間は恭しく頭を下げ、これらの条件を承諾。この日、郡千景は世界を守るため、神樹に呑まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………今の、何?)

 

午前12時を20分ほど過ぎた真夜中。玲奈は唐突に目を覚ました。別に悪夢に魘されて、というわけではない。事実、何か異変が起こればたとえ熟睡していても目を覚ます(逆に、異常がなければなぜか揺すっても起きない)であろう最愛の妹は、彼女を抱き枕にしたまま眠っている。だが、悪夢ではなくとも不穏な夢を見たのは事実だった。

 

印象に残るのは、自身を前にして恭しく平伏す大人達の姿。その装いから、おそらくは大赦の人間ではないかと玲奈は推測する。

今までも何度か、不審な夢を見たことはあった。だがそれは悪夢ばかり。大抵の場合友奈が飛び起き、玲奈が寝付けるまで赤子にするようにあやしてくれた。

しかし今のは、夢というにはあまりにも明瞭で、悪夢というには恐怖が欠けていた。確かに着物を着て仮面で顔を隠した大人達が自分に向かってひれ伏しているのは不気味だが、それでもバットや鉄パイプでリンチされる悪夢よりは比べ物にならないくらいマシな夢だと彼女は思う。

 

大人達がひれ伏す病室から場面は一転し、夢の中の景色は樹海へと移り変わる。夢の中で玲奈は神樹の方へ歩いていき、そして———そこから何があったのかが思い出せない。夢ゆえに朧げで、記憶が長続きしないのだ。いずれ今玲奈が覚えている夢の内容も、朝には忘れていることだろう。

 

玲奈は二度寝した。———その日に極大の困難が待ち受けているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、これ全部来てるんじゃないの?」

 

樹海化が起こり、勇者部一同を待ち受けていたのは7体のバーテックス。今まで討伐された数は5体であるため、必然的に残り全ての敵が襲来している事になる。敵はまだ壁の外側。『神樹様の加護が届かない壁の外に出てはならない』という教えがある以上、バーテックスが壁の内側に侵入してくるまで待つしかない。先手を打って攻撃を仕掛けることはできないのだ。

 

「敵さん、壁ギリギリのところから攻めてくるみたいっ」

 

先に変身し、敵の様子を偵察していた風が報告する。彼女の意識は、樹海化が起こるなり敵の方向———壁の外側を神妙な顔で見つめていた玲奈へと向いた。

 

 

「……ねえ、玲奈。本当に大丈夫?暴走したりしない?」

 

「大丈夫です(多分)。(苦戦しなければ)無茶はしませんから」

 

 

不安になるフレーズは口に出さず、玲奈は風を宥めた。

 

襲来して来ている敵の数が数だけに、心配しつつも誰も玲奈の変身を止めない。……油断していては、誰かの命が危険に晒されると認識しているが故に。

 

勇者になる()()は既に掴んでいる。半ば洗脳に近い自己暗示で「自分はダメだ」と思い込むことにより、玲奈は勇者化の目処を立てていた。

 

———想起する。

思い出すのは、結城家に引き取られた直後のこと。情けなく涙目になりながら、友奈の腰にしがみついて新たな両親を睨みつけていた時のことを。

 

敵だと思っていた。大人は見境なく、友奈の両親でさえも。……病院に連れて行ってくれたのも、温かい食事を用意してくれたのも彼らだというのに———。

 

(……があああぁぁぁっ!)

 

過去の己の醜態に身を焦がし、内心で悶えながらスマホをタップ。黒歴史の想起により精神状態が負へと傾き、玲奈は目論見通り勇者の姿に変身した。

 

———なお、過去の玲奈の反抗は友奈の両親に「怖がりな子猫が必死に威嚇しているみたいで可愛い」と評され、全く気に病まれていなかったことを玲奈本人は知る由もない。

 

玲奈に続き、勇者部全員が変身する。勇者部全員で円陣を組んだ時、「勝ったらなんでも奢ってあげるから、絶対に死ぬんじゃないわよ」と勇者部部長から有難いお言葉(死亡フラグ)をもらい、玲奈は不安になった。

 

———最終決戦、開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の戦闘では、玲奈にかかる負担をなるべく軽減するため、そして夏凜という優秀な前衛がメンバーに加わったこともあって、玲奈は後方から戦場全域を観察、必要に応じて対応する役目を任せられていた。

何せ、敵は七体もいるのだ。全員が一箇所に集中してしまうと、不測の事態に陥るリスクが高くなる。敵の様子と、味方の状態を観察する人間は、後方支援を行う東郷以外にも必要であるという風の結論に全員が賛成した。

 

最初に壁の内側に侵入してきたのは牡羊型。難なく封印に成功し、友奈と美森のコンビネーションで御霊を破壊した。

 

———その時。

 

 

「……離脱した敵を見つけたわ。速やかに仕留める」

 

「…え?」

 

武装であるライフルのスコープに映る友奈の姿を(こっそりと)堪能していた東郷にそう告げ、玲奈は駆け出した。

 

友奈達が大型のバーテックスに注意を引きつけられている間にも、玲奈は全体を俯瞰していた。美森とは違う角度から戦場を見ていたお陰で、単身で神樹に向かおうとしていた敵に即座に気が付けたのだ。敵は『双子型』。身体は小さく、大型の敵に気を取られていると確かに見逃しそうな個体であった。しかも、

 

(……速い。早めに気付いていないと、危なかったかも)

 

その速力が非常に高く、すばしっこかった。彼女が駆け出した時には既に玲奈の横を通り過ぎ、神樹に向かっていた小さな敵。大きく迂回して回り込んだのだろう。……だが、それでも単純なスピードならば風のアシストを最大限に受けた玲奈の方が上。ジェット噴射の要領で自分を吹き飛ばしつつ、玲奈は『双子型』に迫り。

 

「風牙ッ‼︎」

 

お気に入りの技の威力が十分に発揮される距離まで近づいたところで、必殺の一撃を繰り出した。風牙は風を纏わせた剣による刺突。故にその攻撃の本体は紛れもなく剣そのものであるが、刺突の際に放たれた余波も非常に高い攻撃力を誇る。今回は敵を剣の間合いに収めるのが難しい為、余波による攻撃を見舞った。

 

「……クッ⁉︎」

 

しかし、敵もさるもの。風牙の余波をひらりと躱し、走行を再開。このままでは神樹に辿り着かれてしまう可能性を危惧し、()()()()()()

 

「風よ、荒れ狂えっ!」

 

吹き荒れる豪風。周囲に嵐を巻き起こすことで敵の行動を阻害すると同時に、自身の近辺のみを無風状態にする事でアドバンテージを得る。デメリットは、この場から離れた勇者部全員とコミュニケーションが取れなくなってしまう事。何を叫ぼうと、何が起きようと暴風に全て掻き消されてしまう。………状況の対応に遅れない為にも、ごく短時間で決着をつけるしかない。

 

風の流れで双子型の動きが鈍ったものの、攻撃を仕掛けるには不十分であると玲奈は判断。故に、今まで使っていなかった精霊の力を行使することを決意した。

 

「力を貸しなさい、七人御先。————一閃七斬」

 

剣の一閃。しかしそれは一撃に非ず。一度の攻撃で、7度の斬撃が双子型バーテックスに振るわれた。

七人御先———七人ミサキは、事故などで死亡した7人の亡霊の集合体であるとされる。七人ミサキに出会った人間は高熱を出してやがて死亡し、七人ミサキの内の一体が成仏すると同時に死亡した人間が新たな七人ミサキとして迎えられる、という言い伝えがある。その話を聞いた時、玲奈はこの精霊を心底忌避した。ビジュアルからして気に入らなかったのもあり、誰かこの精霊を交換してはくれないだろうかと思ったほどだ。

しかし、亡霊———怪談としての七人ミサキはともかく、精霊としての七人御先は非常に強力だ。その能力は、同一存在の分裂。七人御先を構成する一体一体が同一存在と見做されるためか、精霊としての能力は『使用者を七体に分裂させる』というものとして発現した。今使用した『一閃七斬』はその応用。剣を振るうゼロコンマ1秒未満の刹那の時だけ分身を作り出し、全方位から敵を斬殺する。人間の認識能力の及ばない刹那の間のみ存在する分身であるが故に、まるで玲奈が一度のスイングで7度の分裂する斬撃を繰り出したかのように錯覚する必殺技。———回避は不可能。

案の定、敵は攻撃を躱せず、体中を切り刻まれた。斬撃の威力が非常に高かったからか、はたまた敵のサイズが小さかったからか。バーテックスは封印なしで小さな御霊を吐き出し、玲奈は即座にそれを切り捨てた。

 

 

 

 

 

戦闘終了後、吹き荒れる嵐を止め、私は周囲を見渡した。双子型に掛けた時間は5分足らず。その5分未満の間に、随分と皆から離れてしまった。後ろを向いても戦闘の様子はよく見えな———

 

「………は?」

 

何か、見てはならないものを見た気がした。勇者に変身している間に向上しているはずの聴力は皆とバーテックスとの戦闘の音を拾わない。そして、向上した視力は見覚えのない巨大な敵を認識して。

 

嫌な予感に突き動かされ、私は皆の元へと駆け出した。

 

 

 

 




中二心の命ずるままに書いた。後悔はしていない。
七人ミサキの情報は、完全にネット任せ。妖怪とかはあまり詳しくないのである。

………双子型がここで倒されたということは、つまり。


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“タカシマユウナ”

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まず、はじめに。
この作品は、(現段階では)ハッピーエンドで終わる予定です。つまり、玲奈は幸せになって終了。


サブタイトルから分かる、高奈ちゃん回(大嘘)




———玲奈は加速した。速く、疾くと。

 

『無茶をしない』という風との口約束は既に破っている。七人御先は非常に強力な精霊であるが、その分肉体に対する負担も大きい。一閃七斬が一瞬だけ分身を繰り出すのは、実のところ分身を長時間出しておけないからであった。今の玲奈は、分身を出しておくのは10秒が限界。わずか1秒で長時間全力疾走を休まず行ったように息切れし、6秒で嘔吐、10秒で失神する。真夜中、こっそりと変身した際に砂浜で試した結果だった。

言わずもがな、一閃七斬もそれなりに疲労の溜まる技だ。だから、『無茶をするな』と言うのであれば、ここで玲奈は休むべきだ———今が非常時でなければ、だが。

 

(………友奈っ!)

 

皆の元へ近づくにつれ、戦場の様子が見えてきた。遠くからでも視認できた巨大な敵は、まるで複数のバーテックスが合体したかのような姿をしている。……否、『ような』ではなく実際に融合しているのだろう。なぜこのような事態になっているのかは玲奈には分からないが、仲間の危機であるという認識はあった。

 

「東郷っ⁉︎」

 

走る玲奈が最初に見つけたのは、後方に控えていた美森だ。精霊の守りが無事に働いた為か、見た限りでは致命傷となる傷は負っていない。

 

「…う……玲奈、ちゃん?」

 

(……よし生きてる‼︎)

 

生存を確認するや否や、いっそ清々しいほどに美森を置き去りにして、皆がいるであろう敵の元へ向かった。

 

既に玲奈の視界には、宙に浮きながらゆっくりと神樹の方へ移動してきている敵の姿がはっきりと見えている。しかし彼女の優先順位は、『世界』などよりも妹の方が上。

 

「……く、ううぅ……」

 

(友奈っ⁉︎)

 

痛みに耐える最愛の妹の声を聞き取り、玲奈がそちらを向こうとし。

 

———視界の端に、立ち上がる風と、彼女に向かう巨大な水球が映った。

 

 

(………⁉︎)

 

玲奈の思考が加速する。友奈と風、どちらを選ぶかの葛藤。数年前の玲奈ならば迷わなかった選択。しかし、現在の彼女は迷った。

 

(……友奈、ごめんなさい!無事でいて‼︎)

 

………しかし、迷いは一瞬。結局風を見捨てる事が出来ない自分に気付いた玲奈は、友奈が致命傷を負っていない可能性に賭けた。精霊の守りがその計算に入っていた事は否めない。しかし、それでも友奈ではなく別の誰かを選んだという事実は、おそらく友奈が聞けば大いに喜ぶであろう成長だった。

 

「風先輩っ!」

 

「がっ⁉︎」

 

風で加速したままタックル。だが、これで玲奈の目的は果たせた。

 

 

「……いたた、玲奈、いきなり何を………」

 

風の抗議が、途中で止まる。

彼女が見たのは、自分を庇って巨大な水球に囚われた後輩の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———何やってるのかしら、私。

 

呼吸はできない。剣を振り回してもビクともしない。風を操る気力もない。まさしく絶体絶命。

でも私は、不思議と恐怖を感じていなかった。

 

(妹を守って死ぬんじゃなかったの、あなた?)

 

彼女の声が脳裏に響く。

 

———それが理想だったけど、これも悪くない。風先輩が死んだりしたら、友奈が悲しむから。

 

(……そう…)

 

 

 

『違うでしょ?そうじゃないよね?』

 

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

 

———気がつくと、私は樹海にいた。私の体を包み込んでいた水球も、敵の姿もどこにもない。ここに存在するのは、私を含めて3人。

 

「……だ、誰?それにここは———」

 

「………中二病のあなたが喜びそうな場所よ。言うなればここは、あなたの精神世界」

 

答えたのは、私の正面に立つ二人の内の一人。その声から、答えたのは『彼女』であると分かった。……昔は私を苛んでいた幻聴。そして今はもう一つの人格ともいうべき彼女。しかし、その姿は———

 

「わ、私?」

 

暗赤色の衣装と、同色の大鎌を持った少女は私と瓜二つの姿をしていた。顔も全体的なスタイルも鏡で見る私そのもの。

 

「……姿だけじゃないわ。多分声も全く同じ。もっとも、自分の声なんて自分で聞いて分かるものでもないけど」

 

それならば、私も納得できた。よくフィクションの作品である『もう一人の自分』というやつだろう。しかし、もう一人の方は。

 

「……友奈?」

 

そう、妹と同じ姿をしていたのだ。

 

『……友奈、ではあるかも。でも、あなたの義妹じゃないよ』

 

私の呟きに対して、友奈の姿をした何者かはそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『私の名前は高嶋友奈。……もっとも、高嶋友奈本人に比べたら性格も価値観もだいぶ歪んじゃってるかもしれないけど』

 

友奈の姿をした何者か————高嶋友奈は自嘲気味に語る。

 

「……高嶋さん、それはあなたのせいじゃ……」

 

玲奈の姿をした『彼女』は、痛ましい表情で高嶋友奈を見つめる。しかし、玲奈の混乱は増すばかりだった。

 

 

「………結局、誰なの?」

 

 

『私達が誰か、なんてどうでもいいよ。何をするにもまず、あなたの思い込みを解かないと』

 

 

「……思い込み…?」

 

 

『そう。……自己洗脳って言ってもいいかも』

 

 

「高嶋さん、それはっ⁉︎」

 

 

『ごめんね、ぐんちゃん。……今は私の力の方が強まってるから、抵抗はできないよ?』

 

 

台詞の後半はまるで別人のように冷たく放たれ、玲奈の姿をした『彼女』はこの場から消失した。

 

その場に残るのは、玲奈と高嶋のみ。

 

 

『もう一度確認するよ。……違うよね?そうじゃないでしょ?』

 

「な、何を言って……」

 

『じゃあ、分かりやすく言ってあげるね』

 

 

くすくすと、高嶋友奈は笑う。仄暗く、悪意を滲ませたその声音で。……玲奈は、確かに彼女が『結城友奈』とは明らかに異なる存在であることを実感した。

 

『玲奈ちゃんが風先輩を優先したのは、先輩を助けたかったから、だけじゃないでしょ?それだけなら、多少無理をしてでも突風で吹き飛ばすくらいのことはできたんだから』

 

 

 

そう、わざわざ突き飛ばす必要もない。遠くから疾風で吹き飛ばせば良いだけだ。………それを指摘した高嶋友奈の言葉が、玲奈の心を蝕む。まるで、傷口に塩水を浸透させるかのように痛みを広げていく。

 

『玲奈ちゃんがあんな助け方をしたのは……』

 

 

「やめて……」

 

 

「意味が分からない」と思いつつも高嶋友奈の言葉を遮ろうとしたのは、玲奈自身無意識のうちに彼女の発言の続きを予想できていたからなのか。それとも、後戻りできなくなってしまう予感がしたからなのか。いずれにせよ、悪意を持った友奈の姿をした何者かは、構わず続けた。

 

 

 

 

 

 

 

『……単に、早く死にたかったからなんでしょ?』

 

 

 

「やめてっ‼︎私はそんなこと思ってないっ!」

 

 

 

広い樹海に、玲奈の悲鳴がこだまする。それに構わず、変質した高嶋友奈は彼女の傷口を広げていく———。

 

『言ったよね、自己洗脳だって。玲奈ちゃんはさ、結局思い込んでるだけなんだよ。「自分は友奈に救われて、こんなに良くしてもらってる。だから幸せなんだ」って』

 

「嘘じゃないっ!私は本当に心からそう思ってっ……」

 

 

玲奈から余裕がなくなっていく。……自分自身さえも欺いていた仮面にヒビが入り、そこから極大の闇が顔を出す。

 

『確かに、玲奈ちゃんが心から妹や友達のことを大切に思っているのは事実かもしれない。……でも、そのプラスを打ち消して余りあるほど、ずっと辛い思いをしてるでしょ?』

 

 

暴いていく。……他の誰にも、そして恐らくは自分自身にも気付かせなかった心の壁の内側を、高嶋友奈が中から壁を壊すように詳らかにしていく。

 

 

『飲みたくない薬を飲んで無理やり精神を安定させて、なんでもないかのような顔をしてるくせに心のどこかではいつ誰に傷つけられるのかってビクビク怯えてるよね?』

 

「……そんなこと、ない……」

 

『学校でだって、人と接する時は身構えてるでしょ?勇者部の皆は別かもしれないけど、「いきなり殴りかかってくるかもしれない」なんてクラスメイトと話している最中に考えてるし、階段を歩いている時は「突き落とされるかもしれない」なんて思いながらずっと警戒して、それでいつも気疲れしてる』

 

「………それは、ただ私が被害妄想をしてるだけで……」

 

『そんな被害妄想をずっとしている時点で、異常だよね?』

 

「………」

 

『大好きだったうどんだって、2年前からは昔ほど好きじゃなくなってるでしょ。……当然だよね。味覚がなくなってるんだもん。今まで香りと食感で誤魔化しながら無理して皆と食事をしてたんでしょ?』

 

「………別に、それほど無理してたわけじゃ……」

 

『夏凜ちゃんの誕生日の時のレクリエーションだってそう。包帯を買い足して置かなかったの、わざとでしょ。包帯があるのに別の布をつけていけば妹に怪しまれるから。………腕に包帯を巻いて行って、大人にリストカットしているように思われたら嫌だもんね?実際にそう怪しまれたこともあったし』

 

「……く、う………」

 

とうとう言い訳めいた反論もできなくなった。

 

『ね、分かるでしょ。こんなに辛い思いをしていても誰にも打ち明けずに、ずっと我慢してる。それどころか自分自身さえも騙してるなんて、どう考えても幸せじゃないよね?』

 

「……辛い思いなら、他にもしてる人は……」

 

『うん。そうだね。でも、あなたが自殺したがるくらい不幸なのは変わらないでしょ?現に、「自然に死ねる可能性」の誘惑に負けて、後先考えずに先輩を助けたんだから。……あんな助け方が、本当に皆のためにならないくらい分かっていたはずだよね?』

 

「……………」

 

『これ以上可哀想な子みたいな扱いをされたくないから、惨めな思いをしたくないから隠してたんだよね。普通に自殺したんじゃ、成功しようと失敗しようと後で何を言われるか分からない。だから、敵に殺してもらえる可能性に賭けたんでしょ?……どちらにしても、仲間たちにとってみれば悲しいことに変わりはないのに』

 

その言葉で、玲奈は気づいた。———自分が今まで臆せず戦ってこられたのは、勇気があるからでもなんでもない。変身して暴走したのも、その記憶がなかったのも全て心の問題。ただ、今の恵まれた境遇にも関わらず、傲慢なことに心に深い傷を負っていて、その本性が剥き出しになった記憶を忘れたくて、封印した。……バーテックスに率先して突っ込んで行ったのも、ただ敵に()()していただけなのだと。

高嶋友奈は傷口を抉る。

 

『あんな助け方をして、玲奈ちゃんが死んだりなんかしたら。……きっと風先輩は一生立ち直れないよ?あの人、心はあまり強くないのに色々背負っちゃう人だから』

 

「……わたし、っ、べつにそんなつもりじゃ……」

 

玲奈の声に嗚咽が混じる。言葉ではそう言いつつも、もう自分の心は騙せない。………今回はたまたま、庇ったのが風だっただけ。でも、玲奈の本当の願望、本当に庇って死にたかったのは友奈で。

 

『あなたが大好きな結城友奈ちゃんも、とても悲しむね。………玲奈ちゃんは利己的なんだよ。自分の事しか考えてないから、自分が無茶して周囲がどう思うかなんて二の次。玲奈ちゃんは風先輩を、勇者部の皆を、そして妹を……自殺のための口実に利用したんだ』

 

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ……っ‼︎」

 

冷たく放たれた最後の一言は、玲奈の心を容赦なく叩き折った。

 




伏線の一部を回収したら、なんかこうなった。

味覚が無い、というのはもしかしたら読者の皆さんもお気づきだったかもしれない。……矛盾が出てたらごめんなさい。気づいたら修正するかも。


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ホシトハナ

感想をくれた方、高く評価してくださった方、そしてお気に入り登録してくださった方。誠にありがとうございます!

今回、独自設定マシマシです。


高奈ちゃんに、一体何があったんだ……。


「……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」

 

頭を抱え、玲奈は震えながら謝罪する。それは妹に対してであり、勇者部の皆に対してだった。

自分の心を偽っていた不誠実。あろうことか仲間を利己的に利用した醜悪さ。その醜態全てが、玲奈を自己嫌悪へと叩き込む。

 

『謝っても意味はないよ?勇者部の皆はこのことを知らないし。黙っていれば、きっとこれからも気づかない』

 

高嶋友奈はどこまでも冷淡に、そして嘲笑をその顔に貼り付けながら告げる。……その謝罪は、無意味で無価値なものなのだと。

 

『謝罪って、自分がしたことに対して反省して、相手に誠意を見せて、そして自分の行いを改めるものだよね?でも、玲奈ちゃんはそれができない。なら、その謝罪に意味はないよ。自己満足にすらならないんだから』

 

玲奈が折れてなお、高嶋友奈は容赦しない。まだまだ暴き足りないのだと、愛しい妹に似た姿を持つ悪魔は責め立てる。玲奈を徹底的に否定する。

 

『戦う時、玲奈ちゃんは敵に対して期待すると同時に、殺意を持っていた。……そして、喜んでたんだ。勇者部の皆を傷つけたっていう事実があるから、自分の攻撃性を躊躇なく引き出せるって。ただ敵を切り裂いて、蹂躙して、鬱憤を晴らす動機ができる。……悍ましいね。勇者部の皆を、自殺の口実だけじゃなくて、暴れる理由にも利用———』

 

 

「………やめてよっ⁉︎」

 

玲奈の精神は限界を迎え、本音を曝け出す。———高嶋友奈の狙い通りに。

 

「……どうしてそんな事を言うの⁉︎友奈の声で罵倒しないでよ⁉︎友奈の顔でそんな目をしないでよ‼︎私を否定しないでよっ‼︎」

 

一度言葉にしてしまうと、もう止まらない。

 

「気づきたくなかった‼︎今まで通りなら、私はこれからもずっと幸せを感じたままでいられたのにっ‼︎今までと同じなら、こんなに苦しくならなかったのにっ‼︎」

 

———転落していく。今までの日常、その中に隠された昏い思いが、輝かしかったはずの日常を空虚なものへと反転させていく。

 

 

「どうしてくれるの⁉︎もう前には戻れないっ!これからどんな顔して皆に会えばいいのよっ!」

 

 

『なら、会わなければ良いんじゃないかな?』

 

「…………」

 

それは、あまりにも簡単な答え。

 

『できるよ?玲奈ちゃんが死んだりなんかしたら皆が悲しむ。でも玲奈ちゃんは皆の前に出たくない。……ならさ、体は生かしたまま、魂だけを殺しちゃえば良いんだよ』

 

「……何を、言って………」

 

『簡単だよ?ぐんちゃんが代わりにあなたの体を乗っ取っちゃえば良いんだから。あなたは皆を悲しませる事なく消滅して、苦しみから逃れられる。ぐんちゃんは昔は手に入れられなかった優しい日常を手に入れて幸せになれる。良い事尽くめじゃないかな?』

 

———それは、とても魅力的な提案に思えた。非の打ち所がない。

 

今の玲奈は、皆に会うのが怖い。これまでのように日常を過ごせる自信もない。

 

(………もう、いいかな?)

 

玲奈は誘惑に負けていた。———彼女の言う事が事実なら、後の事を考える必要もない。どうせ今までの日常も欺瞞だったのだ。中身が別物になったところで、何の不都合があるのだろう、と。

 

玲奈は気づかない。これは、高嶋友奈の罠だと言うことに。鞭で徹底的に叩いた後、飴をちらつかせる、悪魔のマッチポンプ。普段なら容易く気付きそうなそれも、心が折れて思考力が低下しているせいで気付けない。

 

『決まり、だね!』

 

そう朗らかに笑う少女は、玲奈にはこの時だけ妹と同じように見えた。

 

『大丈夫。すぐ終わるよ。今はあなたの精神がドン底だから、ぐんちゃんとの繋がりも出来やすいはず。安心して、きっと頭を砕き割るくらいのダメージで、簡単に逝けるはずだからっ!』

 

残酷な事をさらりと言いつつ、高嶋友奈は拳を構えた。……奇しくもその体勢は、友奈のものとそっくりそのままで。

 

『勇者パーン……』

 

高嶋友奈が拳を振り上げ、

 

 

「もうやめて、高嶋さん」

 

 

———それを、この場に舞い戻った『彼女』が止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ぐんちゃん、どうして止めるの?』

 

心底不思議そうに尋ねる高嶋友奈に、『彼女』は諭すように言う。

 

「……私がそれを、望んでないからよ。私は高嶋さんに、そんな事をして欲しくない。例え残滓が変質した、もはや別物と言ってもいい怨霊だとしても」

 

『分からない。……分からないよ、ぐんちゃん。私はただ、私を助けてくれたぐんちゃんのために……』

 

「本物の高嶋さんは、こんな事をしない」

 

『…………』

 

「私の知る高嶋さんは、友達のためであっても誰かを犠牲になんてしない。ずっとみんなの為を思って、行動していた。私はそんな高嶋さんに救われていたの」

 

 

『彼女』は万感の思いを込めて、高嶋友奈に伝えた。……しかし、届かない。

 

 

『……やっぱり分からないや。ごめんね。私には、……少なくとも今の私には、ぐんちゃん以外の事なんてどうでもいいんだ』

 

「そう。……なら、なおさらやめるべきよ。高嶋さんは、結城友奈をあまりにも侮り過ぎている」

 

『……どういうこと?』

 

「仮にこの子を消して、私が成り代わったとしても………気づくわ、絶対に。数日の時間は要するだろうけど、この子の妹はきっと気づく。私はこの子に取って代わった事を責められるのはごめんよ」

 

高嶋友奈の行動原理は、『彼女』を幸せにする事だ。———人格を歪められ、悪に堕ちて尚、仲間を想う心は変わらなかった。玲奈を追い詰め、消そうとするのは単に玲奈を仲間と認めていないからに過ぎない。今の高嶋友奈にとっての仲間は『彼女』ただ一人。しかしその彼女は、今の高嶋友奈の行動を否定すると言う。

 

『………分かった。でも待ってて。きっと私が、ぐんちゃんを解放する。どんなことをしても』

 

その声に込められているのは、並々ならぬ覚悟。亡霊と成り果て、人に忌み嫌われる存在となった自分を肯定してくれた少女に対する、親愛と献身の発露だった。

その後、驚くほどあっさりと高嶋友奈は姿を消す。その場に残るのは、必然的に同じ容姿を持つ少女二人。

 

 

「………さて。いつまで呆けているの?」

 

「…………」

 

「重症ね……」

 

「……なんかもう……疲れた……」

 

———心の傷を塞いでいた瘡蓋を剥がされ、露出した傷口を抉りながら塩を塗られたかと思えば、その痛みを消す救済を目の前に提示され。

———かと思えば、その救済も手の届かない場所に置かれてしまった。

 

玲奈の身に起きたのは、例えるならばそんなことだ。

精神は普段から感じていたストレスを自覚して磨耗し、急速に変化する状況によってすり減る。治りかけていた傷は悪化し、心は弱くなっていく。

 

「………恨むなら、私を恨みなさい。今のあなたがこんなに苦しいのは、元はといえば私のせいなのだから」

 

『彼女』は、玲奈の過去の境遇を知っている。

実の親に心も体も傷つけられ、弱った所を結城友奈に救われた。……だからこそ、分かるのだ。本来ならば、その精神の歪み、心の弱さはとうに克服していなくてはおかしいことが。

人と接する時に密かに感じていた恐怖。いつ危険な目に遭うか分からないという妄想じみた警戒は、全て瘴気によるものだと『彼女』は分かっていた。

 

「…………」

 

「想像以上に、堪えているのね。………仕方がないわ」

 

かつて、『彼女』が高嶋友奈にしてもらったように。そして、結城友奈が結城玲奈にしたように。

『彼女』———郡千景は、壊れかけの少女をそっと抱きしめた。

 

謝罪も反省も、意味のないことだ。ただ、千景には玲奈に恩がある。それは瘴気から救ってもらった恩であり、もう一度高嶋友奈と出会えたことに対する恩だ。

 

「別に、今までの生活が間違いだったわけではないわ。………辛いのを我慢していたことは、誇らしいことのはずよ。それに、本当の自分に気付いたからといって、あなたが感じていた幸福が否定されるわけじゃない」

 

慣れない励まし。しかし郡千景は、気恥ずかしさを堪えながらも玲奈を肯定する。それが今、少女に必要なものであると分かっているが故に。………あるいは、瘴気に蝕まれていた時期、幻聴という形で彼女を罵った事を無意識に後悔しているのかもしれない。

 

「……でも、私は…。友達を、妹を利用して………もう、皆と顔を合わせるなんて」

 

「………高嶋さんはあんな風に言ったけど、私はそうは思わないわ。あの時、風先輩が敵が作った水球に囚われるまで、時間があまりにも足りなかった。風を作り出す、という思考をする時間も、風を生み出すのに気力を集中させる時間もなかったはずよ。あなたの判断は、正しかった。……それに、あなたが暴走するのだって、怒りに身を任せて、でしょう?自殺を考えたこと、本当にあるのかしら?」

 

「……分からない。私にはもう、自分の何が本当の気持ちなのか、分からない……」

 

妹を愛し、仲間を大切に思う気持ちに嘘と偽りはなかったはずだ。……しかし、玲奈は高嶋友奈の言い分を真っ向から否定することができなかった。

 

「それも、仕方のないことだわ。……人の気持ちなんて、0と1みたいに明確化されているわけではないもの。自分の気持ちを完全に理解できている人間なんて、そんなにいないわ。だから、大切なのは芯を作ること。………あなたの芯は、言うまでもないわよね?」

 

「…………っ」

 

 

「………あなたの心は、同年代に比べて幼いわ。だから、まずは一つだけ、守り通すことを決めましょう。他のことは、そこから発展させていけばいい」

 

「………そう、ね。なら、そうする」

 

あまりにも単純な、依存性が垣間見える答え。

———きっと、今の玲奈ならば洗脳は容易だった。心を折られ、指針を見失い、思考力もない今の彼女ならば、郡千景のコントロールを容易く受け入れたことだろう。

 

しかし、郡千景は、今の玲奈を辛うじて持ち堪えさせる程度の干渉に留めた。後のことは、彼女を想う妹や仲間たちの役割であると自覚しているが故に。

 

そのためにも、今の局面を乗り越えなければならない。

 

 

「これからのあなたの事より、まずは現状の打破が先よ。———幸い、あなた生来の集中力が異常に高いお陰で、あなたの精神世界………この樹海に流れる時間のスピードは現実よりも圧倒的に速い。おそらく、現実世界では2秒も経っていないはずよ」

 

精神世界の時間流は、その人物の思考速度に依存する。極度の困難に晒された人間の思考が加速することで普段以上の能力を発揮できたり、剣の達人の思考の加速によって超スピードの剣戟を視認できるようになるのと同じ。

 

「………そうだっ。私、すっかりバーテックスの事を忘れて……」

 

精神が若干といえど回復した為か、玲奈は現実の問題をようやく認識する。

 

(……あの巨大なバーテックスを倒すには、一体どうすれば……。そもそも、今私を包んでいる水球は⁉︎)

 

「問題ないわ。多分、バーテックス討伐は無事に達成される。……あなたが覚悟さえすれば、おそらく誰も死ぬことはない」

 

「教えて。……どうすれば良いの?」

 

その問いに対し、郡千景は答えなかった。……その必要がないのだと判断して。

 

 

玲奈の意識は、現実へと浮上した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実に戻った玲奈が直面したのは、呼吸困難の苦しみでも、身動きが取れない不自由さでもなかった。

 

(……身体が、軽い…?それに、こんな状況なのに……力が湧いてくる。……この知識は?)

 

自分の中に、自分のものではない知識が入ってきていた。その知識から、『彼女』の名が郡千景である事を知る。

敵を倒すために自分が何をすべきか、どうすれば良いのかが分かる。苦境に立たされているとは思えない程の全能感。その知識に倣って、彼女は自らの肉体に命じた。………より強い、敵を倒す為の力を、と。

 

(代償として、()()()()()()。さあ、存分に暴れなさい)

 

 

郡千景のその声が、玲奈の脳裏に響くと同時に。

 

玲奈を包んでいた、敵の水球が爆発した。

 

 

大赦が仕掛けた勇者システムの機能(リミッター)が限定的に解除され、少女は更なる力を得る。

———花よ、咲き誇れ。その想いのままに。

 

 

 

 




転生だけだと、一体いつから錯覚していた?

日常に戻ったら、玲奈の友奈依存度が………?



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決戦

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ギリギリで4日ペースを保てた、かな?

独自設定増し増しでいきます。


「玲奈、さん……?」

 

「……溜め込んだ力を解放する、あれが……」

 

「……満開…」

 

 

勇者部の面々は疲れ切っていることも忘れ、ただ呆然と見上げた。

 

水球を突き破り現れたのは、今までと異なる装いの玲奈。暗赤色の衣と、柄の先に鎖の繋がった同色の大鎌。白銀に変わっていた髪色は黒色に戻っている。鎧は消失し、今まで隠されていた勇者としての象徴が露わとなっていた。

 

———その花は、彼岸花。日本では地獄花、死人花などとも呼ばれ、不吉なイメージを持つ赤い花。

 

しかし、人々に『死』のイメージを抱かせるその花をモチーフとした勇者は、今は人の希望。

そして、バーテックスに対する死神となる———!

 

 

「はあぁぁぁぁっ‼︎」

 

玲奈の視線が融合したバーテックスに向けられ、そのまま大鎌を一閃。その斬撃は深々と敵に突き刺さり、

 

「ああぁぁぁぁぁーっ‼︎」

 

玲奈が鎌を振り抜いた衝撃で敵バーテックスは吹き飛び、轟音を立てて地面と激突した。

 

 

「………嘘。あの防御を、貫いた?」

 

刀を弾き折られ、直にその防御力を体感した夏凜が呆然と呟く。

 

 

 

———そして再び、満開の光。

 

「もう、許さない。———我、敵軍に総攻撃を実施す!」

 

満開し、まるで戦艦のような武装を纏った美森が、地面に潜伏していた魚座型バーテックスに砲撃を浴びせた。直撃を受けたバーテックスの身体は消滅し、封印の過程を経ることなく御霊が露出。美森はそのまま攻撃を続け、御霊を破壊した。

 

勇者部の面々は満開の力に慄き、希望を抱いた。———これならいける、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その誰もが気付かなかったのだ。勇者部の中で唯一、他のメンバーとは種類の異なる驚愕を浮かべていた者に。

 

 

 

「……ぐん、ちゃん?」

 

 

 

結城友奈は、玲奈の姿を見て呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———削る、削る、削る。

 

風を操り、宙に浮いた私は敵を切り刻みながら、全能感に酔いしれていた。

意識は明瞭。頭は冷静。ただ、『何でもできる』という認識が存在する。でも、

 

(………ジリ貧だわ。斬っても斬っても再生する。そろそろチュートリアルは終わりね)

 

もう一人の私———郡千景の声が脳内に響く。確かに、キリがない。むしろ時間が経つにつれて、再生のスピードも上がっているように感じた。

 

(………火力は十分。なら、手数を増やすしかないわね)

 

ええ。

私は、精霊の力を借りた。———普段は使いこなせない、デタラメな亡霊の力を。

 

「力を貸しなさい、七人御先‼︎」

 

そう叫んだ直後、私の身体が突如、火球に直撃されて炎上する。……それが敵バーテックスの攻撃であると認識した瞬間には、私の意識は消失していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「玲奈ちゃん⁉︎」

 

玲奈が敵の攻撃に呑まれ、炎上する姿を見た友奈の悲鳴が響く。精霊の守りが機能した様子はない。そのまま全身に炎が燃え移った玲奈は地面に落下し、———直後、唐突にその身体が消失した。

 

「………え?」

 

そして、轟音。音源を見ると、無傷の玲奈が敵バーテックスを蹴り飛ばしていた。

 

「……………え?」

 

否、無傷どころではない。7人の玲奈が、敵バーテックスを蹴り飛ばし、殴りかかり、大鎌による斬撃を見舞っていた。

 

「………何あれ、分身の術?」

 

風が呆然と呟く。

精霊・七人御先の能力は、同一存在の分裂。ただの分身ではなく、全てが同一であるという点がポイントだ。

 

この精霊の力は、他の精霊とは少々性質が異なる。他の精霊が外部に出現して尚、武装という形で力を発揮できるのに対し、七人御先は体内に憑依させなければ力を発揮できない。そのため、無理に力を引き出そうとすれば大赦が仕掛けた『精霊を体内から排除しようとする』リミッターが発動し、玲奈の体に非常に高い不可が掛かるように設定されていた。

 

しかし今、その制約はない。そもそも、大赦がそのような安全装置をつけたのは、西暦時代の過ちを犯さないためだ。精霊の瘴気に汚染され、誰からも愛されていた少女が忌むべき罪人にまで堕ちてしまった悲劇を、繰り返さない為の措置だ。

そして、今の玲奈———満開状態の玲奈ならば、精霊の悪影響はほとんど受けない。故に、安全装置を解除しての運用が可能。

 

玲奈が切り刻む度にバーテックスは抵抗し、火球をばら撒いて攻撃する。その幾つかが玲奈に命中するものの———効かない。攻撃の勢いが止まらない。分裂した玲奈は燃え尽きるまで攻撃をやめない。燃え尽き、消滅した玲奈はその直後に復活し、再度攻撃に参加する。

 

———これが、七人御先の真価。

 

この精霊の最たる力は、攻撃力でも手数でもない。その生存力にある。生み出された分身は全てが実体であり、それぞれが玲奈の人格と記憶を持つ、本人そのものである。そして、同一存在である以上、彼女を殺すには7人全てを同時に仕留めなければならない。七人ミサキの逸話から派生した精霊の特性によって、七人御先は常に七体存在する。体内に精霊を憑依させ、力を引き出した玲奈本人もまた同様。一度に全員を仕留めない限り、無限に分身は復活するのだ。

 

玲奈の境遇を考えれば、通常ならば炎に対して過度のトラウマを抱えているのが道理だが、今の彼女には通じない。満開の際に痛覚は遮断された。『自分が死んでも他の分身がいれば良い』と分裂した彼女達は認識している為、捨て身の攻撃が可能。

 

 

「よしっ」

 

「そろそろ再生速度の上昇も頭打ちのようね!」

 

「封印するなら、今です、風先輩!」

 

攻撃を仕掛けながら、分身達は風に声を掛ける。———敵バーテックスは再生に精一杯なのか、ほとんど身動き出来なくなっていた。

 

 

「よしっ!勇者部一同、封印開始‼︎」

 

状況が好機と見るや、風は号令を下す。玲奈以外の全員が封印の儀に参加し、御霊を破壊しようと上を見上げて———。

 

 

「……な…⁉︎」

 

その御霊の大きさに、度肝を抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何よ、これ」

 

「そんな、…大き、過ぎるよ」

 

「……ちくしょうっ」

 

御霊の大きさは、これまでとは比にならない程巨大だった。封印されると同時に攻撃を中断した玲奈も目をむいている。

破壊はどう考えても困難。目に見える範囲は御霊の下部。この大きさからすると、どう考えても御霊は宇宙に出ているだろう。

 

「大丈夫っ!御霊なんだから、今までと同じようにすれば良いんだよ!絶対に諦めるもんか‼︎」

 

———しかし、その絶望の中でなお、光を失わぬ者がいる。

 

言わずもがな、自らを奮起し、立ち向かうのは結城友奈。それに勇気をもらい、勇者部の面々は己を叱咤する。

 

「行こう、友奈ちゃん。今の私なら、友奈ちゃんを運べると思う」

 

「うん。よろしくね、東郷さん!……っと、その前に」

 

友奈は玲奈の方を向き、珍しく真剣な声音で玲奈に告げた。

 

「玲奈ちゃん。……戦いが終わったら、話したいことがあるんだ」

 

「……奇遇ね。私も、話さなきゃいけないことがある」

 

「じゃあ、みんなで無事に勝たないとね!」

 

そのやり取りを最後に、友奈は美森に連れられ、御霊の元へと飛び立った。

 

その場に残るのは、玲奈、風、樹、夏凜。

 

「……友奈さん達、大丈夫でしょうか?」

 

「信じましょう。……友奈がいないと生きていけない」

 

樹の問いに、玲奈が答える。分身はいつのまにか消えていた。———唐突に樹の精霊、木霊が現れ、樹に端末の画面を提示する。

 

「………嘘。神樹様の力が…」

 

玲奈も端末を確認した。表示されている漢数字が、普段の倍以上のスピードで減少している。封印している敵が強大な分、消費している力も大きいのだろう。

 

(……なら、その力を継ぎ足せば良いだけだわ)

 

満開時に玲奈の脳内に存在する知識から、この対処法を模索。その方法に従い、彼女は大鎌を地面に突き刺した。

 

「玲奈、何を……?」

 

そして、風は目撃した。力を消費し、枯れた筈の樹海が大鎌の突き刺さった場所から回復していくのを。それに伴い、減少するカウントダウンのスピードも低下していく。

 

「………ちょっと、なんか落ちてきてるんだけど⁉︎」

 

一方、空を見上げていた夏凜は悲鳴を上げた。他の三人も上空を見上げ、唖然とする。まるで隕石。しかし実態は、友奈と美森を内包した帰還船。このままでは、地面と激突して二人ともぺしゃんこになってしまう。

 

 

「風よ、舞い上がれえぇぇぇぇぇーーーーーッ‼︎」

 

必死の形相で玲奈が叫んだ。巻き起こった暴風は竜巻となり、落ちてくる船の勢いを減衰させる。やがて落下の速度が目に見えて落ち始めると、玲奈は地面の上に大気のクッションを形成。地面に激突することなく、ふわりと着地した。宇宙空間で無茶をしていなければ、おそらく無事だろう。

 

 

「………もう無理。死ぬ」

 

一方の玲奈は疲労困憊。満開どころか勇者の装いさえも解除され、そのままぶっ倒れた。

 

 




精霊の悪影響はほとんど受けない。(全く受けないとは言ってない)


……なんか死亡フラグ積みまくってる気がする。気のせいかな?


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喪失

ごめんなさい。忙しくて、4日の投稿ペースが崩れました。
感想をくれた方、ありがとうございます!そしてお気に入り数が300件を突破!誠にありがとうございます!







そして、今回のあらすじ。
決戦が終わり、目を覚ました玲奈。この日、今まで描かれなかった玲奈の真実が明かされる……!(棒)


この話は、ノリで書いたわけではありません。連載を開始する前から既に脳内にあったものです。……少しだけ怖くなったものの、勇気を出して投稿。


「……失敗、した………?」

 

「………はい。もう、友奈さんは……」

 

ひなたの報告に、若葉は床にへたり込んで呆然とした。

 

「………なんで……成功する確率は高かったはずだろう⁉︎」

 

涙を散らしながら怒鳴る若葉に、ひなたは胸の痛みを堪えながら告げた。

 

「………本来ならそうでした。準備も万全で……ですが、被害者の遺族が儀式場に侵入して大暴れしたらしく……」

 

「……そん、な………それじゃ、千景は一体、何のために………もう、残っている勇者は私しかいないのか……?」

 

 

———杏と球子は、蠍型のバーテックスに貫かれて死んだ。

 

———千景は一般市民に重傷を負わされ、意識不明の重体になった後、奇跡的に回復。しかし仲間には何も告げず、『高嶋友奈を救う』事を条件に自ら供物となり、この世から去った。

 

———そして、高嶋友奈は——————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………ここ、は?)

 

玲奈が目を覚ますと、視界に映ったのは知らない天井だった。身体を持ち上げ、辺りを見渡す。

 

「あ、友奈……」

 

玲奈は、自分が眠るベッドにもたれかかるようにして居眠りする妹の姿を見て、安堵の溜息を吐いた。どうやら病院、それも入院患者用の病室のようだ。

 

(……ええと、……私は確か、落ちてきた友奈達を受け止めようとして……)

 

———疲労でそのままぶっ倒れた。

 

しかし、今ここに友奈がいるということは、玲奈の努力は無駄ではなかったのだ。友奈がすぐ近くにいる喜びと、友奈の役に立てたという達成感が、彼女の心に幸福をもたらす。

 

(…………?)

 

そのまま友奈の頭を撫でようとして、ふと玲奈は違和感を覚えた。あるはずのものが無いような、何かが足りないようなもどかしさ。しかし、それがなんなのかを覚醒しきってない頭で考えようとして、

 

「……あれ、玲奈ちゃん…?……起きたの⁉︎」

 

友奈が目を覚まし、その思考は泡となって消えた。

 

「ええ。……どうしたの?」

 

返事をするや否や、抱きついてきた友奈に玲奈は感激と少しの戸惑いを覚え、

 

 

(………………え?)

 

 

先程感じていた違和感の正体に気付き、凍りついた。

幸か不幸か、彼女にしては珍しいことに、友奈はそれに気付かない。あるいは、気付けない程に追い詰められていたのか。

 

 

「…本当に、心配したんだよ?玲奈ちゃんだけ意識が戻らないし……東郷さん以外はもう退院してるんだよ?」

 

「え゛?」

 

玲奈はさらに驚愕した。

 

 

 

 

 

「……そう。私も、すぐに退院できるかしら」

 

友奈曰く、私は1日以上眠り続けていたらしい。東郷は脚の検査があるためまだ入院中とのことだが、他のメンバーは特に健康的な被害もなく、無事に退院できたようだった。

 

「できるよ。心配したけど、玲奈ちゃんも特に異常はなかったみたいだし。眠り続けていたのも、疲労によるものだろうって」

 

「……そう。なら、いいけど」

 

不誠実とは分かりつつも、私は本当の事を話せないでいた。こんなに安心しきった友奈の顔を見ると、どうしてもこれ以上は心配をかけたくないと思ってしまう。………それに、今の状態でも大きな問題があるわけでもない。ただ、私が我慢すれば良いだけのことだ。

 

「……そうだ、玲奈ちゃん。戦いの時、話したいことがあるって言ったけど」

 

「……ええ」

 

友奈は一瞬迷い、ポケットから折り畳んだメモ用紙を取り出した。

 

「これ、分かる?」

 

「……?なにこれ?」

 

友奈が広げたメモ用紙には、アルファベットと数字、そして複雑怪奇な記号の羅列が綴られていた。見覚えは、ない。そんな私の様子に友奈は一瞬だけ残念な顔を見せる。

 

「……そっか。分からないなら、いいんだ。ごめんね」

 

友奈が広げたメモを畳み、ポケットにしまおうとする。———なぜか、このまま終わらせてはならないと私は直感した。

 

「………そのメモ用紙、もらっても良い?」

 

「え?………うん、いいよ」

 

友奈の戸惑いと期待の入り混じった表情。……でもその目が、私ではない誰かを見ているような気がして、私は寂しさを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、こんなにあっさり帰されるとは思わなかったわ」

 

「よかった。早く退院できるのは、良いことだよねっ!」

 

玲奈は、目を覚ました数時間後に帰路についていた。検査は玲奈の睡眠中に行われていたらしく、あとは目覚めるのを待つだけだったらしい。……本人の同意なしで検査しても良いものなのか、玲奈には疑問だった。

 

その後、しばらく無言で歩く時間が続く。そのまま家の前まで来たところで、友奈は口を開いた。

 

 

「……玲奈ちゃん、本当に大変だったね」

 

「?退院もすぐにできたし、それほどでもないでしょう?」

 

「……そうじゃなくて、味覚のこと。こんなに辛いなんて、思ってなかったから」

 

「ッ⁉︎」

 

その台詞だけで、玲奈は友奈の異常を看破した。

家族だけに明かしていた、玲奈の味覚異常。それが今度は、友奈に起きているという。

 

「原因は⁉︎元に戻るの⁉︎」

 

玲奈は必死の形相で友奈に詰め寄った。

彼女の行動原理は、妹を幸せにすること。『味覚の喪失』などという『食事の楽しみ』を失う欠陥は、彼女にとって許容できるものではなかった。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫。戦いの疲労によるものだろうって。しばらくすれば治るみたいだから」

 

「……よかった」

 

ホッと溜息を吐く玲奈。いずれ治るのならば、問題ない。………もし治らないものだとしたら、玲奈は友奈をこんな目に遭わせた原因の一つである大赦を叩き潰さなければならないところだった。

 

「それより、玲奈ちゃんの方が辛いよ。……もう2年もこんな状態で、今も治ってないんでしょ?」

 

「もう慣れたわ。……それより、早く家に入りましょう?家の前で話していると、何事かと思われるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の晩。

 

「……嘘よ、こんなの………なんて酷い仕打ち……ッ‼︎」

 

友奈が自室で眠っているのを確認した後、玲奈は自分のベッドの上で泣いていた。………妹の下着をその手に握りしめたまま。

もう一度深呼吸をし、手に持つそれを顔に押し当て、思い切り息を吸い込む。………何度やっても、やはり何も感じない。

 

その光景を第三者が見れば、「こいつヤバイな」と呟く事だろう。或いは、「何やってんだこいつ」と言いながら笑う猛者もいるかもしれない。しかし、玲奈本人にとっては決して笑い事ではなかった。

 

 

「………おのれッ!バーテックスッ‼︎」

 

 

(黙りなさい変態)

 

 

敵に対する恨み言に反応したのは、もはや彼女のもう一つの人格となりつつある謎の少女、郡千景。脳内に響くその声には、心の底から湧き出る侮蔑と嫌悪が滲み出ていた。

 

 

「異議あり。変態とは失礼な。私はただ、友奈の残り香が色濃く残っているであろう物品で癒しを求めていただけよ」

 

(絵面を見なさい。変態以外の何者でもないわ。妹の下着が癒しになる姉がどこにいるというの?……高嶋さんのならともかく

 

最後の一言は、玲奈には聞こえなかった。

 

「……そもそも、あなたでしょう?私の嗅覚が麻痺した原因って」

 

(……よく気付いたわね)

 

「ご丁寧に、『代償として、一つもらうわ』なんて言われれば流石に察しがつくわ。………別に、嗅覚を代償にしなくても……」

 

玲奈にとって、これはかなり厳しい。

嗅覚の麻痺にはっきりと気が付いたのは、病室で友奈に抱き締められた時だ。いつもなら感じる、シャンプーや友奈の香りを感じられなかった。目が覚めた時に感じていた違和感も、病院特有の薬品臭を感じなかったことに由来していたのだ。

 

 

(……一応、これでもあなたの為を思って嗅覚にしたのよ。だってあなた、このままだとどんどんエスカレートするでしょう。……味覚を失くす前は妹の使った食器とか、汗塗れになった体操着を舐めたりしていたじゃない)

 

「……なぜ、それを………」

 

(知っているに決まっているでしょう。………もはや気持ち悪いを通り越して通報したくなるその奇行も、味覚がなくなると同時になくなった。なら、嗅覚をなくせば今こっそりやっている所業も収まるんじゃない?)

 

「……くっ…」

 

郡千景は一切の容赦がない。しかし、こればかりはおそらく大多数の人間が玲奈ではなく郡千景の味方をすることだろう。

想像してみて欲しい。自分と全く同じ容姿の人間が、下着やTシャツの匂いをクンカクンカスーハースーハー堪能したり、汗や唾液などの体液が付いた物をペロペロ舐めている様子を間近でずっと見させられるという地獄を。それが、()()()()()()()()()()()()ならば、もはや拷問に等しい。

 

(それに、視覚や聴覚、触覚が無くなるよりは良いでしょう?)

 

「………確かに」

 

目が見えなくなれば、友奈の姿を目に焼き付けることができなくなる。

耳が聞こえなくなれば、友奈の声を耳に響かせることができなくなる。

皮膚の感覚がなくなれば、友奈の身体の柔らかさを記憶に刻むことができなくなる。

 

それに比べれば、確かに嗅覚が無くなるくらい大したことはないと改めて思う玲奈だった。

 

 

———しかし、玲奈は気が付いていなかった。自らに起こったものと同種の異常が、友奈と美森にも起きていることに。

 

気が付いていない最大の要因は、彼女が自分の感覚麻痺を『郡千景によるもの』と錯覚している点だ。確かに、それは正しい。しかし、そもそも代償を必要とした要因は、『満開したこと』である。友奈の味覚麻痺を『治るもの』と玲奈は思い込み、美森に至っては異常が起きている事も知らない。

 

自分の嗅覚が二度と戻らないことを、玲奈は薄々感じている。否、戻らなくても構わないと覚悟を決めている。

しかし友奈の味覚麻痺については、彼女は『治らない』ことなど一切考えていなかった。




友奈ガチ勢のやべーやつ(ド変態)

玲奈のキャラ像が180度回転しかねない暴挙。しかし前書きにも書いた通り、『これが元来の結城玲奈像』である。

……これも友奈ちゃんが可愛すぎるのが悪い。

え、ぐんちゃん?……ぐんちゃんは断じて変態ではないよ。確かに「高嶋さんに、私のハートを食べてもらう……。こんな幸せがあるなんて」なんていう発言もあるけど、断じて変態じゃない。今回のお話で「ぐんちゃんも人の事言えねえ」と感じたあなた。それはね、精霊の瘴気が悪いんだ。つまり全部大赦が悪い。


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裏の記憶 《罪と罰の円環》

お気に入り登録、そして感想を下さった方。ありがとうございます!


まずは、大変重要な事なので注意事項を。

今回の話を読まなくとも、本編を楽しむのに不都合はありません。故に、予め警告しておきます。今回のお話は、大変エゲツない。私がビビりなだけかもしれませんが、書いた本人も泣きそうになり、ストレスで逆流性食道炎のような症状が出ました。おそらく、ぐんちゃんを愛する人は特にダメージが大きいと思われる。

それでも読むという強者、作中の高嶋友奈(闇落ち)に何があったのかを知りたい方のみお通りください。
しかしとんでもなく胸糞なので、読む際には、お覚悟を。

なお、私が自己判断で『やべえな』と思ったお話の前には(忘れなければ)必ず警告を出します。




————地獄を、見た。

 

 

 

 

『淫乱女』

 

『汚らわしい』

 

『くせーんだよ』

 

『クズ親から生まれたクズ』

 

1人の少女に向けて、子供達が集団となって石をぶつける。周りの大人はそれを止めない。むしろ、石をぶつけられる少女を嘲笑っているかのようだった。

子供達はクスクス笑いながら、石や泥をぶつける。少女の服や髪は、砂や泥で汚れていた。

 

 

(………なに、これ……?)

 

その悪意に満ちた光景に、高嶋友奈は絶句するしかない。

 

(……なんで、ぐんちゃんがこんな目に…………?)

 

 

石をぶつけられる少女は、よく知る彼女の友達だった。

郡千景。友奈が知る姿よりもずっと幼いが、間違いない。ランドセルを背負った彼女は、蹲りながら必死に痛みに耐えている。

助けたいが、身体が動かない。否、身体がない。目を塞ぐこともできない。まるで脳に直接映像を送り込まれているかのような感覚。

 

 

 

 

 

 

———場面が変わる。

 

 

『……なんだ、千景?また面倒事を持ってきたのか』

 

石をぶつけられ、怪我をした千景を見た父親の反応がこれだった。ロクに心配もせず、心底嫌そうな表情をする父親。『こんな父親がいて良いのか』と友奈は戦慄した。

母親の不倫を咎め、責める父親。いつも自分勝手で家庭を顧みず、自分に負担ばかり掛けてきた父親を責める母親。その会話の内容から、千景が———郡家が村中から嫌われているのは母親の不倫が原因であることと、その不倫の原因を作ったのが父親の普段の行いである事を友奈は知った。

母親と父親は四六時中喧嘩ばかりで、怪我をした千景の手当てもしない。彼女は『自分という邪魔者』を押し付け合う両親の怒声を聴きながら、汚れた衣服を手洗いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

———場面が変わる。

 

 

千景が登校すると、靴箱に鳩の死体が押し込まれていた。靴箱を開けて悲鳴を上げた彼女を、児童・教師問わず嘲笑した。

階段を登れば遊びと称して突き落とされ、突き落とした本人は何の処罰もない。怪我をした千景は救急車で運ばれたが、心配してくれる人はいなかった。

ある日には複数人の女子に囲まれて服を脱がされ、焼却炉で燃やされた。替えの体操服を常備しているはずの保健室に行っても貸してもらえない。仕方がないので半裸で下校した。『服どうしたのぉ?』と悪意のある嘲笑を受けながら、惨めな思いで帰宅した。

 

教師に助けを求めても、『先生に面倒をかけないで』と冷たくあしらうだけだった。

 

(……嫌だよ…こんなの……苦しい……)

 

 

友奈が見ている映像は、千景の過ごしてきた過去を第三者から見たような、千景本人も映る客観的な映像だ。なのに、映像と音声だけでなく、その場にいる千景の痛みや感情さえも友奈に流れ込んで来る。

 

傷つけられる身体の痛み。虐げられる心の痛み。嘲笑される惨めさ。尊厳を踏み躙られる屈辱。———友奈は初めて、これほどまでの人間の悪意と悲劇を体感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

———場面が、変わる。

 

 

 

 

『ぎゃああぁぁぁぁッ⁉︎』

 

悪ふざけで、髪と一緒に耳をざっくりと切られた。流血し、傷口からぱっくりと割れている。……下手をすれば一生耳に深い切り込みが入ったまま、少なくとも永久に消えない傷跡が残るのは確かな怪我。……それをやった本人は、罪悪感などまるで感じていないようだった。

集団による暴行を受ける。日常茶飯事のそれも、日に日にエスカレートしていく。千景の綺麗な肌に、二度と消えない傷跡が残った。

 

……その村には、どこにも千景の味方はいない。実の両親さえ、彼女の力になろうとはしなかった。

 

 

(………もう、やめてよ……)

 

これが実際に千景の身に起きたことだと、友奈は確信していた。……普段は髪に隠れて見えない耳の一部に、傷跡がある事に気が付いていたからだ。

友奈は信じられなかった。小学生の少女1人に対する、周りの人間の悪意が。

一体千景が何をやったというのか。何もしていないのに村中から壮絶ないじめを受け、心は摩耗し、少女の肌に二度と消えない傷をつけられる。これほど残酷な所業ができる人間が存在するなど、友奈は信じたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

———場面が、変わる。

 

 

 

 

『私たち、友達だよね?恨んでないよね?』

 

『あなたはこの村の誇りよ』

 

媚びた目で、村人は千景を見る。帰ってきた千景を、村人たちは歓迎していた。

友奈はその光景を、気持ち悪いと思った。歓迎する村人達は、皆千景を疎み、蔑み、虐めていた者達だ。謝罪すらもせずに、立場が変わった途端態度をころっと変えられる彼らの神経が、友奈には理解できなかった。

 

その歪さに、映像の中の千景は気づかない。

 

『……私は、価値のある存在ですか?』

 

『もちろん。だってあなたは勇者様だもの』

 

その言葉に、千景は虚ろな笑みを浮かべた。

 

(……ぐんちゃん………)

 

本当の愛を知らず、表面的な賞賛に喜びを感じる千景を見て、友奈は胸が苦しくなった。

ここは、怒るべき所だ。決して、喜んでいい場面ではない。それに気付かないほどに、千景の心の傷は深いものだった。そして何より、『自分の価値は勇者であること』だけだと本人が思い込んでいる事が、友奈にとって悲しい事だった。

 

 

 

 

 

 

 

———場面が、変わる。

 

 

 

 

 

『何……これ……?』

 

『毎日毎日、うちの家に投げ込まれていくんだ!』

 

父親が投げつけ、床に散らばった数十枚の紙には、無数の罵詈雑言が書かれていた。勇者を罵倒する暴言。以前から疎まれていた郡家への罵声。郡千景を無価値と貶める言葉。

 

『千景、お前のせいだぞ!勇者のくせに負けるから!人を守れないから!クズが!』

 

———その言葉に、友奈は生まれて初めて、人間に対する憎悪を覚えた。

 

だって、千景はずっと頑張ってきた。命を懸けて、必死に勇気を振り絞って。その姿は、ずっと友奈が側で見てきた。それに比べてこの父親はなんだ?幼い頃から親として当たり前の責任を放棄し、娘の窮地も救おうとせず、自分に都合の悪い事は全て他者に責任転嫁する。そもそもこの映像を見る限り、千景がこんな目に遭っているのは全てこの両親のせいなのに。

 

(……ふざけるな。無価値なのはお前だ)

 

心の中で、友奈は彼女らしさのかけらも無い汚い罵声を浴びせる。

千景は決してクズでも無価値でもない。この父親はクズで、価値はゼロどころかマイナスだ。

 

そして、映像の中の千景は———そして友奈は、無数の罵詈雑言の中から決してあってはならない言葉を見つける。

 

 

「土居と伊予島は無能。税金返せ。勇者なんて無価値!」

 

 

(…………⁉︎)

 

『…………何、それ』

 

友奈はあまりの驚愕に何も考えられず、映像の中の千景は村人に対する憎悪を深めた。

その後、友奈は送り込まれて来る映像をほとんど記憶できなかった。人々の為に戦い、命を落とした友達に対する罵声にあまりにも大きなショックを受け、思考がほとんど停止していたのだ。

友奈が理解できたのは、怒りと殺意、そして精霊の瘴気に支配され、村人を襲った千景を若葉が止めたこと。そして冷静になった千景を取り囲む村人達が彼女を睨みつけていたことだけだった。

 

 

 

 

 

 

———場面が、変わる。

 

 

 

 

 

『私が……あなたの立場に、成り代わる……!』

 

『お前が……お前さえいなければ………‼︎』

 

『どう、して……⁉︎変身ができない……勇者に、なれない………‼︎』

 

『千景、私の側を離れるな!』

 

『どうして……?どうして、私を………守るの………?』

 

『決まっている!仲間だからだ!』

 

樹海で暴走し、若葉に襲いかかった千景から、神樹は容赦なく勇者の力を取り上げた。バーテックスが殺到し、絶対絶命となった千景を守ったのは、襲われていた当人である若葉。

 

(……若葉ちゃん………)

 

友奈は、嬉しかった。本気で襲いかかっても尚、千景を仲間として認めてくれている若葉が。……否、もともとそういう人間だったと友奈は思い直す。

———しかし、このままハッピーエンドでは終わらなかった。

 

《私も、乃木さんのように……!》

 

その強い意志が友奈に流れ込むと同時に、映像の中の千景は若葉を庇ってバーテックスに喰らいつかれた。

 

(………ぐあ……ぐ、ぐん、ちゃ……)

 

千景の感じる痛みが友奈にも流れ込む。気の遠くなるような激痛の後、徐々に感覚が消失していった。

 

 

 

 

 

———場面が、変わる。

 

 

 

『……乃木さん……私は……あなたのことが嫌いよ……』

 

『でも、嫌いなのと同じくらい……あなたに憧れて……あなたのことが、好きだったわ……』

 

 

(ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ⁉︎)

 

心の中で、友奈は絶叫した。

幼い頃から虐げられ、勇者になってようやく仲間ができたと思ったら、村人に嫌悪され、最後まで報われないまま亡くなった。この事実を友奈は認められない。……もっと自分にできることはなかったのか、友奈は無力感に苛まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———場面が、変わる。

 

 

 

『千景さんの葬儀が、取りやめになりました』

 

『なぜだ⁉︎』

 

『千景さんを勇者として葬送することはできないと大社が判断したようです。葬儀はご実家で個人的に行ってほしい、と』

 

 

(……もう、やだよ)

 

なぜ、千景が亡くなった後の映像まで見せられなければならないのか。友奈には分からない。ただ、途轍もなく嫌な予感だけはした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———場面が、変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なあ、なんで俺たちがこんなことしなくちゃなんねーんだ?』

 

『仕方ねーだろ。死体の処理にも金が掛かるんだと。あのクズ親は放置したまま逃げやがったし、誰も弔おうとしねえんだもん』

 

『大社にはキチンと埋葬しろって言われてたらしいけどよ。こんな粗大ゴミ埋めたがる奴なんているわけねーだろ』

 

『……めんどくせ。死んでからも迷惑かけるとか、ほんとゴミ一家だな』

 

 

 

 

 

 

 

3人の男が、()()1()()()()()()()()大きな袋を担いで、崖の上まで歩いていた。

 

(………何?一体何をするの?)

 

友奈の存在しない背筋に悪寒が走った。映像は続く。

 

 

 

 

『……こっからでいいかな?』

 

『いいんじゃね?ここからなら海に届くだろ』

 

 

 

 

 

 

(……嘘、嘘だよね………?)

 

 

 

 

 

男が持つ袋の周囲に、僅かに小蝿が飛んでいる事に友奈は気付いた。ないはずの心臓がバクバク動き、存在しない呼吸器官が暴走する。

 

男が袋を開けた。……彼は顔を顰めながら中を確認する。

 

 

 

『見た目は綺麗だが……駄目だな。虫湧いてんじゃん』

 

『早く済ませようぜ。こっちまで臭くなる』

 

『近寄った時点で手遅れだよ。俺たちしばらく死臭とかとれねーんじゃねえの?』

 

 

男の開けた袋の口から、長い黒髪が覗いた。

 

 

(………⁉︎)

 

それでもう、友奈は嫌な予感が的中してしまったことを悟った。

 

 

 

『うわっ、マジかよ。俺たち超損な役回りじゃん』

 

『……生前も死後も、ほんと迷惑しかかけねえな』

 

『全くだ。俺たちはゴミ処理業者じゃねえっての』

 

 

 

その台詞を最後に、男達は袋をぞんざいに崖から海へ投げ捨てた。……まるで、ゴミを放り捨てるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぶっ⁉︎ぜびゅっ……がひゅ……おえぇぇ……」

 

吐瀉物を喉に詰まらせながら、高嶋友奈は目を覚ました。黄色い吐瀉物が枕元を汚すが、そんなのはどうでも良かった。過度のストレスと恐怖で体が痙攣し、胃は消化していた食物を拒絶する。

そのまま1分以上吐き続け、胃の中が空になってようやく友奈は起き上がった。

 

立ち上がると同時に、現実を認識する。郡千景が一般人に集団で暴行され、入院してから3日が経っていた。

 

 

 

 

(……守らなきゃ…)

 

あんなものは、認められない。大切な友達があんな最期を迎え、死後も辱められ、価値を貶められるような事などあってはならない。……友奈は、先程見た夢が予知夢であると信じて疑っていなかった。

 

(ぐんちゃんを守らなきゃ。どうすればいい?考えなきゃ。守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ守らなきゃ……)

 

 

彼女は気付かない。精神が既に限界を迎えていたが故に、先程まで見ていた悪夢が予知夢でもなんでもなく、『精霊の瘴気によって見せられた()()()()()』である事に気づくことができない。

 

 

連日の精霊の力を行使した戦闘によって彼女は疲弊していたが、その状態でも瘴気に負けないくらい精神が強かった。しかし、それでも仲間が悲劇に遭う場面を目にすると、途端に弱くなる傾向にある。……夢と現実の区別がつかなくなるくらいに。

 

 

「………そうだ。あいつらを皆殺しにすれば……」

 

高嶋友奈からは絶対に出ない発言。出てはいけない発言を、この少女は繰り返す。

 

「……そうすればぐんちゃんは勇者の力を失わない。ぐんちゃんを虐めた奴らを殺しちゃえば、きっとぐんちゃんはあんな目に遭わなくて済む……」

 

 

 

 

彼女の精神は既に破壊されていた。……故に、歯止めが効かない。精霊の瘴気が命ずるまま、高嶋友奈の残骸は動き出す。

 

———その日、勇者は死に、罪人が生まれた。

 

 




原作では、ぐんちゃんの遺体は実家に送られた後、行方不明になっている。……ちゃんと弔われていることを願う一方で、あの村の人間のどうしようもない醜悪さから、どうしても不安になってしまう。特に父親。




原作読み直したらぐんちゃんが幼少期に家出して高奈ちゃんに保護される作品とか、オリ主が村の人間全員を社会的に抹殺する作品を書きたくなってきた。


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今回はインパクトなしの筆休め回。


「……あれ?」

 

 

玲奈が目を覚まし、退院した日の翌朝。玲奈に起こされた後、着替えている間に、友奈は自分の机に折り畳まれた一枚のメモ用紙が置かれているのに気がついた。

 

……寝る前にはなかったはずのもの。つまり、昨晩の内に誰かが置いたという事だ。

 

期待に胸を膨らませつつ、友奈はメモ用紙を広げる。……そこに、書かれていたのは。

 

 

「……ぐんちゃん…」

 

歓喜に涙を零しながら、友奈は万感の思いを込めて彼女のあだ名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………そして、さらに数日後。

 

———戦いが終わり、いつもの日常がやって来た。しかし。

 

「夏凜ちゃん、今日も来ないねー」

 

「……そうね」

 

最後の戦いが終わってから、三好夏凜は勇者部にやって来ない。東郷美森は未だに入院中。このメンバーでできることもなく、ダラダラと時間が過ぎていく。

気温が上がる。しかし、勇者部の雰囲気は暗く、実際よりも気温は低く感じられるほどだった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……え、えっと。東郷さん、早く退院できるといいね!」

 

「……そうね」

 

 

原因ははっきりしている。———言うまでもなく、玲奈だ。

最後の戦い以降、彼女は元気がない。精神面は以前よりもむしろ安定しているかのように感じられるが、『暗い雰囲気』が安定して出ているだけであり、この現状は決して喜ばしいものではなかった。

 

いつもならば、彼女の異常は友奈が察知している。必要に応じて励まし、抱き締め、時には甘やかし、あらゆる手段を以って玲奈の状態を聞き出し、把握する。彼女は気遣いと観察のプロだった。

 

ところが、今回ばかりは違った。どんな手段を用いても、優しく語り掛けても抱き締めても、一緒に入浴しても同衾しても変化がない。何も話さない。頑なに、自分の異常を教えてくれない。これは今までなかった、非常事態だった。

 

友奈が察知できないということは、つまり他のメンバーにも分からないということで。

結果、特に問題が起きていないのに気まずい雰囲気が蔓延している。

 

その一方で、玲奈はその雰囲気にすら気付かない。気付く余裕がない。自身の内面が著しく変化しているのに、以前と同じように振る舞おうとしているが故に気が回らない。友奈に心配を掛けているという意識さえなかった。

 

 

「……(本当に、どうしちゃったのよあの子)」

 

「………(分からないんです。何も話してくれなくて)」

 

 

風と友奈のヒソヒソ話にも、気付いた様子すらない。そもそも、周りの様子が見えているのかすら怪しい。

 

友奈以外のメンバーは、玲奈の異常に気付きつつも、迂闊に手を出せない。結城玲奈は接し方を間違えれば爆発する。昔ほどではないものの、どこに地雷があるか分からないトラウマの塊。それが結城玲奈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……全く、いつまでウジウジしているの?)

 

———話す勇気が出ないのだもの。

 

玲奈は怯えていた。

最終決戦の際、友奈に『話したいことがある』と告げた彼女だったが、未だに何も話せていないのだ。

 

———もし、私が皆を自殺の口実にしようとしていたなんて言ったら。

———もしかしたら、嫌われるかもしれない。

 

絶対にない、と友奈ならば言うだろう。自殺の口実にしていることも否定してくれるかもしれない。しかし、友奈と同じ容姿をした『高嶋友奈』に悪意をぶつけられ、心をへし折られた玲奈は、友奈にどう接していいのか分からなくなっていた。

玲奈だって分かっている。あれが、愛しい妹とは別人であることくらい。しかし、その認識を揺らがせるほどに、彼女に与えられたダメージは大きかった。

 

———罵られるのが、怖い。

———軽蔑される事が恐ろしい。

 

———嫌われるだけなら、まだいい。

———でも、高い確率で()()()()

 

それは、玲奈には決して許容できないことだ。泣かせてしまうくらいだったら、このまま距離を置いた方が良い———。

 

 

(無理ね。……あなた、心を閉ざして距離を置こうとしていても、依存度だけは上がっているわよ)

 

 

確かに、入浴しても同衾しても、玲奈は頑なに友奈に何も打ち明けず、ずっと距離を取ろうとしていた。……表面的には。しかし内心は友奈に触れられる度に興奮状態に陥り、心拍は急上昇。思春期真っ盛りの男子中学生のような有様だ。

 

また、嗅覚を失った玲奈は、妹の下着や衣服を漁り、匂いを堪能する奇行に及ぶことはなくなった。……しかし、残念ながらそれ以外の奇行が新たに発現している。

 

(まさか、洗濯前の下着を盗んで、それを身につけて寝始めるなんて……それも、カモフラージュのために同じデザインの下着を買ってまで)

 

洗濯前に、こっそり友奈の下着を抜き取り、買っておいた下着とすり替え、部屋に持ち帰る。そして就寝前にその下着に着替えてから眠る。それが最近の玲奈の奇行だった。

毎日やっているわけではないが、衛生上、非常によろしくない。それは分かっていても、やめられない止まらない。千景は呆れ果て、もう叱る気にもならなかった。

 

 

———とはいえ、以前ほど千景は忌避感を感じない。

 

その要因として大きいのが、数日前の出来事。渡されたメモに記述されたメッセージだった。

既にその返事は出してある。約束の日時は、明日の午前一時。すなわち、今夜だ。

 

これは、決して玲奈にバレてはならないことだ。知られたくないのではなく、知られてはならない。今は、まだ。

 

(……本当に、面倒くさい娘ね)

 

接するだけでも細心の注意を払わなければならない割れ物。これでは深く付き合える人間などかなり限られてしまうだろう。むしろ彼女に正面から向かい合い、今までケアできていた友奈が特殊なのだ。彼女がいなければ、玲奈は今も人と触れ合えず、孤独に苛まれる生活を送っていた筈だ。

その意味において、玲奈が友奈と出会えたのはまさしく運命と言って良い奇跡だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方。自宅で、風は大赦からのメールを開封した。

 

『満開が勇者の身体に与える影響については、現在調査中です。検査で異常は見当たらないため、変調は一時的なものと思われます』

 

風は端末を握りしめる。素っ気ない返信。それはまるで、『余計な事を書いて何かを悟られまい』としているかのようだった。

 

(……本当に、治るんでしょうね)

 

大赦に対する不信感は募っていく。あのメンバーのうち、満開したのは友奈と美森、そして玲奈。前者の2人は『左耳の聴力の喪失』『味覚麻痺』という異常が出ていることがはっきりとしている。玲奈については不明。彼女の場合は、何か具合が悪いがために今の状態になっているのか、それとも今の状態が満開による異常なのかが分からない。

 

(……もしも治らなかったら、私は…)

 

 

———何をしてしまうか分からない。

勝手に勇者の都合に巻き込んでおいて、結局自分は何もできなかった。今までの戦いで大きな成果を挙げたのは玲奈で、最後の戦いで満開したのは玲奈、友奈、美森の3人。しかもそのうち2人は後遺症と思われる症状が出ている。……自分は、健康そのものなのに。

 

罪悪感が風を苛み、『どうして自分は前に出られなかったのか』という後悔が生まれる。

初めての戦いでは玲奈が最初に変身し、友奈と玲奈の連携で敵を倒した。その後も、もっとも戦果を挙げたのは玲奈だ。

———それに対して、自分は、何もできていない。

 

 

 

 

そしてその頃、東郷美森も焦っていた。

 

(まさか、大赦に端末を回収されるとは………不覚!)

 

現在、勇者部のメンバーが使っている端末は、大赦から新たに支給されたものだ。以前まで使っていた勇者システムを搭載した端末は、戦いの後に回収されている。

 

(……これじゃ友奈ちゃん達の状態が、確認できないっ!)

 

東郷美森は勇者システムを搭載していた端末を改造していた。玲奈の部屋に盗聴器を仕掛け、インターネット経由で端末に音声が送信されるようにしていたのだ。

玲奈の部屋に仕掛けた理由はただ一つ。友奈の部屋ならば、確実に玲奈に気付かれるからだ。彼女ならば少し小物の位置が変わったくらいの変化でも、友奈の部屋ならばすぐに気付く。それに対し、比較的自分の事に頓着しない彼女ならば、自室の変化にも気づかないだろうと踏んでいた。事実彼女は最後まで気付く事なく、玲奈の部屋で行われていた会話から夜中の玲奈の独り言に至るまで、美森は友奈と玲奈の2人の行動を把握できていた。

 

 

———友奈が玲奈と同衾していた事に怒らなかったのも、夜中に2人の間で交わされた会話を聞いていたから。

 

———一緒に入浴したり、共に眠るようになった事を把握していたのも、玲奈がこっそり夜中に変身しているのを把握していたのも全て同じ理由。

 

(端末が回収さえされなければ、こんなに焦ることもないのに……)

 

 

美森は心配していた。

最近、玲奈が独り言を呟くようになったのを美森は把握している。しかも、ただの独り言ではなく、まるで誰かと会話しているかのような呟き。美森は、玲奈が幻覚でも見ているのではないかと疑っていた。

 

そんな時に先の最終決戦が起こり、美森と友奈、そして玲奈は満開。美森と友奈は体の一部に機能の欠損が生じているため、玲奈にもなんらかの悪影響が出ているのではないかと彼女は思っている。幻覚と会話していたともなれば、なおさら不安だった。

 

 

勇者部のメンバーは、それぞれが仲間を想い、悩んでいる。

しかし、勇者部五箇条『悩んだら相談』を実践している者は、いなかった。

 




他のメンバーは玲奈に気を遣い過ぎて踏み込めず、玲奈本人は自分の事で手一杯。

そして他者と心理的な距離があるが故に、玲奈の自己評価と他者からの玲奈に対する危うい印象が一致せず、すれ違い続ける。……何より、玲奈が自分の事を何一つ分かっていないというのが問題。


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真相

感想、評価、お気に入り登録!誠にありがとうございます!



……つい最近、友奈ちゃんに対して玲奈を上回る変態行為を働く不埒も……主人公を見つけました。しかも男だった。ギルティ。
でも友奈ちゃんがえろ可愛いかったのと、面白かったのでアリ。……あと、羨ましかった。


サブタイの通り、伏線回収回。


———その日、結城友奈はお使いに出かけていた。

 

小学生が出歩くには少し遅い時間だったが、西暦時代(大昔)に比べれば治安が良く、また友奈が武道を習っていることもあって、母親もさほど心配はしていなかった。実際、今までもこの時間帯にお使いに行った事は何度もある。その日も、特に問題は起きないだろうと思っていた。

 

———普段と異なる事態が起こったのは、買い物を終え、家に帰る途中だった。

 

 

「……ふぇっ……ぐすっ……」

 

公園の側を通りかかると、誰かが泣いているのが聞こえた。よく見ると、ずぶ濡れになった女の子が震えて泣いている。

 

「どうしたの⁉︎大丈夫⁉︎」

 

気が付いたら、友奈は彼女に向かって駆け出していた。

 

これが出会い。後に姉となる少女、玲奈との遭遇だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜中の一時。中学生が出歩いていては、たちまち補導されるような時間帯に。

砂浜で、2人の少女が対面していた。

 

1人は、赤髪の快活そうな少女、結城友奈。そしてもう1人は、長い黒髪の少女、結城玲奈。しかし、両者は互いに、目の前の人物が別の人間であると認識していた。

 

 

「……本当に、ぐんちゃんなの?」

 

「……ええ。あなたこそ、本当に()()高嶋さんなのね」

 

 

結城友奈———否、高嶋友奈は歓喜の涙を流し。

結城玲奈———郡千景は、罪悪感と喜びが絡み合った複雑な笑みを浮かべた。

 

 

玲奈が目を覚ました日に、友奈が手渡したメモに書かれていたアルファベットや記号の羅列は、郡千景が1()()()()高嶋友奈に教えた暗号だ。とあるゲームのストーリーの中で使われる暗号。神世紀には残っていないゲームであるため、この時代の人間が真似るのは不可能な暗号だ。

 

だからこそ、結城友奈———高嶋友奈は、その暗号を玲奈に渡した。そのメモを見せさえすれば、疑惑の真相が判明する。それに書かれたメッセージによって、二度と会えないはずの友との縁を手繰り寄せる。それが友奈の目的だった。

 

———そして、その願いは成就した。

 

たまらず駆け寄ろうとした友奈だったが、それよりも早く、千景が土下座する。

 

 

 

 

「ごめんなさいっ‼︎」

 

顔と膝が砂まみれになるのも構わず、千景は謝る。友奈は、訳が分からない。

 

「……えっと、ぐんちゃん?なんで土下座なんて…」

 

「………謝って済む問題なんかじゃないのは、わかってるわ。……でも、ごめんなさい。あなたに、あんな最期を迎えさせてしまって……」

 

 

 

 

『……生まれ変わったら、また友達になれるかな…?』

 

『……そうね。……できるなら、また、高嶋…さん、と、一緒に……』

 

 

 

 

———千景はずっと後悔しながら生きていた。

 

あの最期を迎えることになった原因は、間違いなく自分だと彼女は思っている。自分が暴走し、若葉に襲いかからなければ———そして、若葉が自分を庇ったりなどしなければ、あの後も若葉は生きて、あの世界を救うことができたかもしれない。少なくとも、友奈に大きな負担をかけることはなかったはずだ。友奈が唯一の勇者などにならなければ酒呑童子の力を乱用することはなく、体も心もあんなに傷つかずに済んだはずなのだから。

 

だから、またもう一度彼女に会えると分かった時、千景は嬉しかった。ようやく、罰を与えてくれる人がいる、と。いくら友奈でも、流石にもう自分の事を許しはしないだろう。

 

「……頭を上げて、ぐんちゃん」

 

一方の結城友奈———高嶋友奈は、慈しみの表情を浮かべていた。しかし、一向に顔を上げる気配がない。それどころか、背中が小刻みに震えていた。

 

(やっぱり、ぐんちゃんは優しい。そんなこと、もう気にしなくていいのに)

 

単に再会に喜び、抱き締め合うこともできた。なぜならそれは、もう過去のこと。それでも過去のことを水に流して普通に振る舞うには、郡千景はあまりにも繊細過ぎた。

友奈は、理解している。ここで『罰』を与えることは、千景にとって必要なことなのだ。このまま何事もなく過ごしてしまったら、きっと千景が救われなくなってしまう。

 

千景が恐れているのは、このまま許されてしまうこと。そしてその事に甘えて、過去の罪を忘れてしまう事だ。しかし、その一方で友奈に嫌われることにも恐怖している。

 

 

 

「……ぐんちゃん」

 

友奈は心を鬼にした。無理やり彼女の頭を上げて、目を合わせる。……玲奈———否、千景の目は涙で濡れていた。

 

 

「ちょっと、我慢してね?」

 

 

直後、波風の音しかなかった砂浜に、『バシンッ』という鋭い音が響く。高嶋友奈渾身の平手打ち。千景は一切抵抗せず、そのまま叩かれた衝撃で力なく地面に倒れこんだ。

 

 

「ぐんちゃんへの罰は、これでおしまい。……もう、いいんだよ。私だって、諦めちゃったんだから」

 

そのまま千景を抱き起こし、そっと囁く友奈。その言葉は、ひび割れた千景の心に浸透する。

 

 

———友奈は意識していなかったが、これは郡千景に対して最高と言える扱いだった。

 

 

平手打ちは、『殴る』『蹴る』よりもされた側の精神に大きなショックを与える。それは今まで心の内に溜め込んでいた膿みを押し流す起爆剤になり、千景の心を解放する役割を果たした。彼女が過去に『悪意による暴力』を受け続けたことも大きい。ただ殴るのでは、彼女のトラウマを刺激するだけだっただろう。幼少期、日頃から蹴られ、殴られていた千景にとって、『相手の事を思って』叩かれるという経験は、これ以上ない救いとなった。

 

そして、その後の『許し』を告げる囁きは、『友奈に嫌われたのではないか』という疑念を押し潰し、彼女の心をケアする。

 

 

「たか、しまさん……」

 

「うん」

 

「……ごめんなさいッ‼︎」

 

「いいよ」

 

その後、千景は友奈の腕の中でわんわん泣いた。友奈は何も言わず、ただ彼女を抱き締め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。みっともないところを見せたわ。これじゃ、この子の事を悪く言えないわね」

 

「いいよ、気にしないで。……教えてほしいな。ぐんちゃんが手紙に書いていたことについて」

 

本音を言えば、ずっとこのまま語り合いたいという欲求が友奈にはあった。しかし、それはできない。千景が表に出ていられる時間に限りがある事を、手紙を通して友奈は知らされていた。

 

「そうね。………まず、この世界についてから、かしら」

 

 

千景は語った。この世界は、友奈と千景が生きた世界とは異なる平行世界である事を。滅びを回避したのではなく、滅んだ世界とは別の世界に来ただけなのだということを。

 

「目が覚めたら、私はこの世界の私になっていた。———つまり、私はもう一度、人生をやり直しているの」

 

「……そんな、ことが」

 

もっとも、千景の場合、人生のやり直しほど辛いことはない。幼少期から虐げられて、楽しかったのは勇者の仲間達と出会ってからなのだから。

勇者の皆と出会ったばかりの頃からやり直せたら、どれだけ良かったことか。しかし現実はそう上手くいかず、千景のもう一度の人生は虐めが始まったころからスタートした。

 

 

「細かい話は省略するわ。この世界での私が死んだ後のことは、詳しく知っているわけではないから。……確かなことは、バーテックス達との戦いは西暦時代では終わらず、今も続いているということ。そして大赦は満開のことを含めて真実を隠し、勇者達を戦わせている」

 

「……満開の、こと?」

 

友奈は、満開のデメリットについて知らなかった。自分の味覚についても、いつか治るものだと思っている。千景は彼女の希望を閉ざすことを承知で、真実を語った。

 

「………満開は、代償として体の機能の一部を喪失する。そしてそれは、二度と元に戻ることはない」

 

「………え?」

 

その時、友奈が案じたのは自分の味覚についてではなく、玲奈についてだった。最近様子がおかしいと思っていたが……彼女もまた、何かを失っていたのだろうか?

 

「ぐんちゃん。……玲奈ちゃんは…」

 

「この子の場合は特殊よ。なぜなら、厳密には勇者ではないから。……満開だって、それっぽく見せているだけの偽物。代償はあるけど、この子の場合は失う機能を私が選ぶことができる」

 

 

そして、千景は語る。玲奈が嗅覚を喪失したことと、玲奈と自分が今どんな状態にあるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

———千景が話し終えた頃、時刻は午前2時半を過ぎていた。

 

「……ところで、高嶋さん。結城友奈の正体は、結局高嶋さんということでいいのかしら?」

 

それは、千景にとって重要な問いだった。

これまで千景は、結城友奈と高嶋友奈は別人であると認識していた。姿形は似ていても、どこか違う。完全に似ているだけの別人だと、そう思っていたのだ。

その問いに、友奈は困った顔をして、告げた。

 

 

 

「………分からないんだ」

 

「……分からない?」

 

「玲奈ちゃんが初めて満開した時、私はぐんちゃんのことを思い出した。……でも、結城友奈が高嶋友奈だって言われると、違う気がする。なんていうか、こう———西暦のことを思い出した途端に、私と結城友奈がごちゃごちゃに混ざって、一つになったような気がして……」

 

「…………」

 

「……今の私は、どっちなのかが分からない。結城友奈の人格を塗りつぶして、結城友奈の記憶だけを持ってる高嶋友奈なのか。それとも、高嶋友奈の記憶を持っている結城友奈なのか。自分でも全然、分からないんだ……」

 

 

郡千景と結城玲奈は別人だ。身体は結城玲奈だが、人格は二つに分かれている。あるいはそれは、幼い頃の境遇によって形成された、自我の差異がもたらしているのかもしれない。

一方、高嶋友奈と結城友奈。身体は結城友奈のもので、2人の精神は似通っていた。共通項が多いために、人格は分かれず、一つに統合された。

 

それが友奈から見てどのような感覚なのかが、千景には分からない。ただ、この日に知ることができた事実が、良い事ばかりでないのは確かだった。




ギリギリ4日ペースは守れたか⁉︎


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裏の記憶 《咎と報復の理》

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!……すまない。もう一つの作品を疎かにして本当にすまない。多分しばらくはこっちの方に注力します。


そして警告。
サブタイから分かるように、読まなくても本編に大して影響しない裏の記憶シリーズ第2弾。書いてる方もダメージを受けるが、なぜか書かずにはいられない呪いのようなお話。今回もやばいので、勇者のみお通り下さい。
……今回は、友奈ちゃんを愛する方がダメージを受けるかもしれない。というか、受ける。

このお話にはみんなの知る純真無垢で天使な高奈ちゃんは一切出てきません。もはや別人。
あと、オリジナル設定が出ます。

再度警告します。………もしかしたら、前の裏の記憶よりヤバいかもしれない。


「……みつけた」

 

少女は、笑う。彼女の視界に映るのは、1人の女子中学生。今日見た悪夢の中で、千景の髪と共に耳を切った女子だ。

 

———少女がそう認識した時には、彼女の身体は既に標的に向かって走り出していた。

 

 

勇者の力は使わない。使う必要がない。ただでさえ負担のかかる精霊、酒呑童子を乱用し続けた結果、少女は心だけでなく身体も変質していた。

 

「………あは」

 

一瞬で標的の女子生徒に接近し、悲鳴を上げられないように口を塞ぐ。そのまま周囲を見渡すと、すぐ近くに小学校があった。……千景を虐めていた者達の通っていた、小学校が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………出ないな」

 

「部屋にもいませんし……。どうしちゃったんでしょうか、友奈さん」

 

「千景と一番親しかったからな……。やっぱり、ショックだったんだろう」

 

千景が入院してから3日。丸亀城内の教室で、若葉とひなたは友奈を待っていた。千景が入院し、若葉と友奈の2人にも過度のストレスが掛かっている。今日はひなたの提案で、街を3人で歩き回ろうと集まっているところだ。

 

 

「……しかし、気になるな。あの友奈が何の連絡もなく遅れるだろうか」

 

「………まさか、何か事件にでも………ッ⁉︎」

 

「どうした、ひなた⁉︎」

 

発言の途中で、ひなたは有り得ない神託を受けた。顔色を一気に変えたひなたの様子に、若葉も危機感を覚える。

 

「………急いで友奈さんを探して下さいッ‼︎取り返しがつかなくなる前にッ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———1人目は、髪を抜いて耳を引きちぎった。「鬱陶しい髪だね」と、千景が言われたことをそのまま返しながら。耳をちぎった時、相手はショックで失禁し、失神していた。

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 

———2人目は、殴って痛めつけ、小学校の校舎まで運んだ後、階段から突き落とした。落ちた時に頭でも打ったのか、ピクリとも動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 

———3人目は、服を剥いだ後、手足を折って身動きができなくなるようにしてから、路上に転がした。恥ずかしい思いをして欲しかったので、下着は破いてから猿轡にした。

 

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 

———4人目は、石をぶつけた。石を投げられる痛みを知って欲しかったので、悲鳴を上げても泣き叫んでも、頭から血を流しても倒れても動かなくなっても、ただひたすら石を投げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 

———5人目は、ナイフで滅多刺しにした。二度と消えない傷の悲しみを知って欲しかったので、同じ場所を執拗に何度も刺し、傷を抉った。簡単に傷が治らないように、石の破片を傷口に丹念に埋め込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 

———6人目は、窒息させた。息ができない恐怖を知って欲しかったので、小学校のプールに落とした後、浮かんでこようとする度に沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 

———7人目は、ただひたすら蹴り続けた。一方的に暴力を振るわれる理不尽さを知って欲しかったので、身動きが取れないように胴をひたすら蹴り続けた。しばらく蹴り続けると、血の混じった吐瀉物を吐き出した後、動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

「みつけた」

 

「みつけた」

 

「みつけた」

 

 

 

 

 

 

 

何人も何人も何人も、少女は標的を狩る。そして、狩った獲物の数が20を超えたところで、大物に出くわした。

 

 

 

 

 

『なあ、なんで俺たちがこんなことしなくちゃなんねーんだ?』

 

『仕方ねーだろ。死体の処理にも金が掛かるんだと。あのクズ親は放置したまま逃げやがったし、誰も弔おうとしねえんだもん』

 

『大社にはキチンと埋葬しろって言われてたらしいけどよ。こんな粗大ゴミ埋めたがる奴なんているわけねーだろ』

 

『……めんどくせ。死んでからも迷惑かけるとか、ほんとゴミ一家だな』

 

 

 

 

「………あははは」

 

彼女の視界に映るのは、鉄パイプやバットを持ってこちらを睨みつけ、歩いてくる3人組。その風貌は、千景の尊厳をこの上なく貶めた男たちのもので。

 

 

「みつけた」

 

 

 

 

 

 

———大物の3人組は、容赦なく殴り殺した。人として弔われるのが許せなかったので、手足を切断してバラバラにした後、崖から海に投げ捨てた。

 

少女は止まらない。なぜなら彼女は人間ではない。人間の身体を乗っ取った、悪意の塊。強力な精霊を使い続け、瘴気に呑まれた、憐れな少女の成れの果て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、これは?」

 

若葉とひなたが千景の故郷の村に着くと、そこには地獄が広がっていた。

あたりに倒れるのは人、人、人。その中には、明らかに住民の通報によって駆けつけたであろう警官も含まれている。

 

 

———2人がここにきたのは、大社に指示されたからだ。大社から連絡を受けるまで、若葉とひなたは香川中を駆け回っていた。

 

 

「……本当に、これを友奈がやったのか…?」

 

俄かには信じられない。あの温厚で、心優しい少女がこんな残虐な行いをしたことなど。

倒れている人間は、誰一人として無事な者はいなかった。ある人は手足がおかしな方向に折られ、ある人は全身をボコボコにされている。胴体に穴が空き、泡を吹いている死体もあった。

 

———バーテックスではなく、人間に殺された人の死体。それはその所業を行った者の憎悪がはっきりと感じられた。

 

若葉もひなたもショックを受けていたが、吐き気を堪えて歩き続ける。村の中は驚くほど静かで、もう生者はいないのではないかと思うほどだった。

………実際には、多くの人間が殺戮者を恐れ、家に閉じ籠っているだけなのだが。

 

 

(……結局、何もかも間に合わなかったのか…)

 

全てが手遅れだった。既に高嶋友奈は何人もの人間を手に掛けている。いくら強大な精霊の力の副作用だとしても、擁護のしようがないほどに罪を重ねていた。

 

 

 

 

「あああああぁぁぁぁッ⁉︎たす、助け……あぁぁぁぁッ⁉︎」

 

「「⁉︎」」

 

遠くから聞こえる、悲鳴と銃声。若葉とひなたは、急いでその場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———減らない。

 

少女が感じたのは、焦りだった。

 

———殺しても殺しても、危険が減らない。

 

目につく限り、千景を虐げた者を攻撃した。だが、減らない。見渡す限り、千景に危害を加える人間しかいない。

 

 

1人の女が鈍器代わりに植木鉢を持ってこちらに殴りかかってきた。

———倒れる小学生の千景を蹴り続けるその女の映像が頭に浮かんだ。

 

 

警察官がこちらに銃を発砲した。

———その警官が勇者服の千景の頭を撃ち抜く映像が頭に浮かんだ。

 

 

包丁や鉄パイプ、フライパン。日常生活で見かけるあらゆる凶器を持った男たちが集団でこちらに襲いかかってきた。

———その男達が高校生になった千景を集団で犯す映像が頭に浮かんだ。

 

 

 

少女は頭に浮かぶ映像の矛盾に気付かない。ただの妄想であることに気付かないまま、彼女は敵を駆逐する。

………客観的に見て、その少女は悪魔だった。

 

無表情のまま笑い、瞳に殺意を宿し、血塗れになりながら市民に襲い掛かる。渇いた笑い声を出しながら、彼女は人から外れていく。

 

 

 

 

「……ひっ」

 

しばらく駆除作業を続けていると、小さな悲鳴が上がった。悲鳴が聞こえた方を向くと、腰を抜かしてへたり込んだ小さな女の子の姿が視界に入る。

———後ろからナイフで千景を刺すその女の子の映像が頭に浮かんだ。

 

 

 

「…あは」

 

少女は躊躇しなかった。そのまま、へたり込んで身動きの取れない女の子に向かって拳を振り下ろし、

 

「やめろッ‼︎」

 

———しかしその一撃は、間に入った第三者によって防がれた。

 

 

それは、年若い少女だった。青を基調とした装いを身に纏い、手に日本刀を持った少女。彼女がよく知っているはずの、少女。

 

 

「……だれ、だっけ?」

 

思い出せない。その少女に見覚えがあるが、名前も何も、思い出せない。

———その少女が、日本刀で千景の首を刎ねる映像が脳裏に浮かんだ。

 

「……殺さなきゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐっ⁉︎」

 

友奈の拳をギリギリ刀で防いだ若葉は、その衝撃を殺しきれず、三メートルほど吹き飛ばされた。

 

「若葉ちゃん⁉︎」

 

「離れていろ、ひなた!……()()はもう、友奈ではないッ‼︎」

 

若葉とひなたが駆けつけた時、友奈はまだ小学生にもならないであろう幼い女の子に襲い掛かる寸前だった。若葉の事を視界に入れても、彼女の暴走は止まらない。……既に高嶋友奈としての意識が存在していないことは、明らかだった。

 

「守らなきゃ……」

 

若葉が体勢を立て直す前に、高嶋友奈の姿をした何者かは追撃を加える。繰り出される拳を若葉は刀で打ち落す。刃に触れた時についた傷から血を流しながらも、高嶋友奈は攻撃に一切躊躇しなかった。

 

相手を本気で殺す気のある者と、殺さずに無力化したい者。両者の意識の差は、戦況に大きく影響する。しかし、それを踏まえても友奈はあまりにも強過ぎた。

 

(……勇者の力を失っているのではなかったのか⁉︎)

 

ひなたの神託によれば、一般人の命を奪ったその時点で、神樹によって勇者の力を奪われている筈だ。現に友奈は勇者の装いではなく、私服のまま戦闘を行っている。

 

———よく見ると、友奈の額から、鬼のような角が生えている事に気付いた。

 

「…………ッ‼︎」

 

刀が軋む。神樹の力が宿り、バーテックスを斬り伏せる力を持つ筈の生大刀が、勇者の力を失っている筈の少女の拳に圧倒されている。……友奈の身体が、人間ではない何かになり始めているのは自明だった。

 

 

若葉は悟った。これは、リーダーとしての務めを果たせなかった自分への報いなのだと。

 

———復讐のために戦っているが故に、仲間の事が見えていない。そう指摘したのは、今まさに入院している千景だ。

 

指摘されてから、自分を見つめ直した。杏に街中を案内され、自分達が戦っているのは人々を守る為なのだという実感を得た。

 

———でも、それで本当に仲間の事を理解できるようになったのだろうか?

 

今友奈がこんな状態になっているのは、戦いで酒呑童子の力を使い過ぎた代償なのだと、ひなたは言っていた。精霊の瘴気は、その人間の精神を汚染していく。体にあまりにも大きな負担がかかる酒呑童子は、それ相応に精神への負荷も大きかった筈だ。友奈の性格を考えれば、たとえ平気そうにしていても痩せ我慢している可能性はあった筈だというのに。

 

………本来の彼女ならば、人間相手に戦う時、絶対に全力は出せない。今若葉が苦戦している状況は、明らかに友奈の精神が別物になっている証拠で。

 

 

「……くそおぉぉぉぉーーッ‼︎」

 

 

戦いながら涙を散らして、若葉は絶叫した。

今まで友奈を顧みなかった結果がこれだ。結局のところ、友奈に無理をさせ過ぎたのだ。その結果、彼女は以前の優しさや温厚さが嘘に思えるほどに壊れてしまった。———もう、元通りに戻れるとは思えない。

 

 

戦いは二時間も続いた。若葉は追い詰められるが、それ以上に友奈の身体が壊れていくのが早かった。あるいは、『力の反動が大き過ぎる』という酒呑童子の特性が現れている結果なのかもしれない。

 

決着は若葉が友奈の胸を一突きする事で、あっさり着いた。マスコミが戦いの一部始終を記録し、あるいは中継していた。戦う二人を取り囲むようにして野次馬が集まり、若葉が気がついた時にはまるで格闘技大会の見世物のようになっていた。

 

誰もが暴走した友奈を嫌悪し、恐怖する。そして、彼女を討ち倒した若葉を、まるで英雄のように絶賛した。

 

———しかし、若葉はこれ以上ない程に絶望に追い込まれていた。

 

彼女の手には、友奈を刀で刺し貫いた時の生々しい感触が染み付いている。そして、恐怖と後悔ばかりが若葉の心に残り続けた。

 

 




………友奈ちゃんを大量虐殺犯にした作品、これだけだろうな……。
高奈ちゃんの身体を乗っ取った、別人だけど……。

高奈ちゃんの身体が作り変えられていくのは、完全に独自設定です。


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3人目の”ガチ勢”

感想、お気に入り登録ありがとうございます!……4日ペース、間に合わなかった……。

今回はほのぼの。


「……高嶋さん。やっぱりこれ、恥ずかしい……」

 

「身体は玲奈ちゃんだから、大丈夫っ!」

 

「……その身体も私そっくりなんだけど……」

 

深夜3時。あと2、3時間もすれば日が出始めるような深夜に、友奈と千景は風呂に入っていた。

………というより、友奈が一方的に千景の世話をしていた。

 

まるで今まで離れていた時間を埋めるように、友奈は千景の相手をする。玲奈の千景そっくりの綺麗な黒髪を傷めないように気をつけながら頭皮をマッサージ。シャンプーを泡立て、洗い流す。泡を洗い流した後はコンディショナーとトリートメントも忘れない。

 

「よし!これでシャンプーはバッチリだねっ」

 

「あの、高嶋さん……。後は自分でやるから……」

 

友奈のシャンプーは文句のつけようがないくらい完璧だった。普段玲奈は、自分の髪の手入れを疎かにしている。その髪の手入れをするのは、友奈の数ある楽しみの一つだった。

 

しかし、現在の中身は郡千景である。いくら記憶や感覚を共有しているとはいえ、自分が直接玲奈がされていることをされるのは千景にとって非常に気恥ずかしいことだった。相手が高嶋友奈であるならば、なおさら。

 

 

「……もしかして、嫌……だった?」

 

「嫌じゃない」

 

 

即答。気恥ずかしさを押し退けて本音が出た。

そしてそう答えた以上、友奈に遠慮する理由はなく。

 

「お背中流しますっ!」

 

ボディソープを泡立て、掌で撫でるように千景の背中を洗う。今の時代の石鹸の洗浄力なら、素手で撫でるくらいでも汚れは完全に落ちるのだ。むしろ素手でないと肌にダメージを与える危険があることを友奈は知っていた。

 

「……高嶋さん、くすぐったい……ひゃッ⁉︎」

 

「大丈夫。最近は玲奈ちゃんにもよくやってるから。すぐに慣れるよ!」

 

(……慣れる?)

 

千景は疑問だった。

そもそも、玲奈と千景は感覚を共有している。基本的に千景が身体を動かす時は玲奈の意識は眠っているため、今は千景のみが身体の感覚を感じ取っている。しかし、玲奈が起きている時は別だ。玲奈が感じたことを、千景も感じ取っている。……しかし、なぜだか玲奈が友奈と風呂に入っている時の感覚が、思い出せない。

 

(………入浴する直前のことは覚えているけど…)

 

入浴中のことが、全然思い出せない。辛うじて思い出せるのは、入浴中に友奈が突撃してきた事のみ。それ以降の記憶がほとんどない。

 

———千景は、嫌な予感がした。そしてその一瞬後、その予感は現実となる。

 

 

「……高し、ひゃああぁぁッ⁉︎」

 

唐突に背中を貫く快感。血液の循環が良くなり、まるで融解しているかのように筋肉が解れる。泡まみれの状態でのマッサージ。

 

「うーん、玲奈ちゃんの身体、前よりも固くなりやすくなってる気がする。なんでだろ?」

 

「〜〜〜〜〜〜⁉︎」

 

 

忘れてはならない。彼女は高嶋友奈であると同時に、結城友奈である。故に、結城友奈の持つマッサージスキルと、マッサージ中の話の聞かなさは高嶋友奈の記憶が目覚める以前となんら変わらないのだ。

 

(……たか、高嶋さん、遠慮がない……⁉︎)

 

流石にもうやめてもらおうと思ったが、声が出ない。下手に口を開けたら確実に変な声が出る。

 

友奈の手は千景の背中からマッサージをしながら泡を伸ばすように広げていく。肩から二の腕を洗うと同時に筋肉を解す。その後、友奈の手は千景の腋に潜り込んだ。

 

 

「………!?!!?!!?!!??!!?」

 

恥ずかしさとくすぐったさで声にならぬ声を上げる千景。

 

「ちょっとくすぐったいかもしれないけど、我慢してね?」

 

腋を洗った後は、流石にもう終わりだと千景は思っていたのだが。

 

「よし、次は……」

 

「ひうっ⁉︎ちょっと、高嶋さん……どこ触って……ひああッ⁉︎」

 

「よく考えたら、ぐんちゃんも玲奈ちゃんに似て自分のことは疎かにしがちだから……今日くらいは私がきちんと洗うね?」

 

「自分のことも何も、今は玲奈の身体だ」と考えてから、ふと気づく。

友奈が言っているのは、既に滅んだ『前の世界』の出来事。世間の人間全てから千景を匿い、共に生活をしていた時のことだ。あの頃千景は自暴自棄で、友奈が見張らなければ食事も入浴もしなかった。

 

———千景は悟った。自分は今、あの時の報いを受けているのだと。

 

「……フッ。好きにしてちょうだい………」

 

諦めの入った笑みを浮かべ、千景は覚悟を決めた。

その後、彼女は友奈に全身余す所なく洗われた。何度悲鳴を上げても両親が起きてくることはなかった。ユウナニウムを過剰摂取し、何度も昇天した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日。

玲奈は寝坊した。

 

目が醒めると既に登校時間ギリギリ。同じ布団には愛しい妹。

 

「…………」

 

十分な睡眠時間を取ったはずなのに眠くて仕方がなかった彼女は、二度寝した。ついでに生まれて初めて授業に遅刻した。

 

 

———玲奈は知らない。自分の知らない間にもう一つの人格によって体が土下座させられ、叩かれた挙句に妹とイチャコラし、ぐったりした状態で睡眠不足に陥っていることを。……そしてそれは、おそらくは知らない方が幸せな真実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………398!399!」

 

放課後。砂浜に、トレーニングをする夏凜の声が響く。

 

(満開の後遺症?……なによ、それ)

 

SNSでやり取りをした風のメッセージによれば、友奈、美森、玲奈の3人に身体的な異常が起こっているらしい。玲奈の異常は今日友奈の密告によって判明したそうだが、それ以前から夏凜は玲奈の様子がおかしいことに気付いていた。

 

……3人の共通点は、最後の戦いで満開をしたこと。故に、高い確率で満開による後遺症ではないかと推測されている。

 

(……まるで、助っ人に来た私が意味ないみたいじゃないっ!)

 

これまで夏凜は、勇者となるべく戦闘訓練を受けてきた。しかし、それが実戦で活かされたかと聞かれれば、素直に頷けない。むしろ、いきなり実戦に投入された友奈や美森、そして玲奈の方が圧倒的に戦果に貢献している。

 

 

「夏凜ちゃーん!」

 

 

そもそも、身体がおかしくなっているのに何の相談もないのも気に入らない、と夏凜は思っていた。確かに過ごした時間は短いが、全く頼りにされないのも腹が立つ。———それが勇者部の面々に対する友愛の証であることを、果たして彼女は自覚しているのか。

 

 

「夏凜ちゃーん!」

 

 

こうしてトレーニングしているのも、半ば惰性のようなものだ。バーテックスとの戦いが終わった以上、健康維持のための運動とストレス解消程度の意味合いくらいしか持っていない。

 

 

「夏凜ちゃー…わぷ⁉︎」

 

 

「………友奈?」

 

 

友奈が至近距離まで近づき、砂浜にダイブしてから夏凜は彼女に気がついた。

 

 

「……夏凜ちゃん。そこは倒れる前に受け止めてよぅ……」

 

「無茶言うな⁉︎」

 

そうツッコミつつ、立ち上がる友奈に手を貸す夏凜。なんだかんだ言いつつ、彼女は勇者部に染まっていた。

 

「それで、なんでこんなにフラついてるのよ?」

 

制服姿の友奈は、汗まみれだった。立ち上がる時もフラついていることから、先ほどまで重労働でもやっていたのではないかと夏凜は推測する。

 

「えへへ……。夜更かししてたせいで寝不足で…。あと、さっきまで町中走り回ってたから」

 

「……?ジョギングでもしてたの?」

 

「夏凜ちゃんを探してました!」

 

「………それで、何の用?」

 

汗だくになってまで探してくれた友奈に対する好意を押し隠そうと必死になり、夏凜の口調はぶっきらぼうなものになる。しかしそれを気にした様子もなく、友奈は答えた。

 

「部活のお誘い!最近夏凜ちゃん来ないから。……このままだと、夏凜ちゃんはサボりの罰として腹筋9999回とスクワット5万回と腕立て伏せ94万回と背筋111万回と反復横跳び212万回と……」

 

「いやおかしいでしょそれ⁉︎」

 

罰の内容はともかく、あまりにも頭の悪い数字が並んでいた。どう考えても一日では終わらない。その前に、やろうとする時点で心が折れることだろう。

 

「でも、今日部活に来れば全部チャラになります!どう?来たくなったよね?」

 

「……ならない」

 

「………夏凜ちゃん、まさか本当にこの罰ゲームやるの…?」

 

「いややらないわよ⁉︎なに本当に戦慄した顔してんのよ⁉︎」

 

 

この罰ゲームの内容を考えたのは玲奈だ。風が考えた罰を、「これじゃ生温いです」と一刀両断し、アレンジした結果こうなった。中二病女子は頭の悪い大きな数字が好きなのである。

 

 

「…もう、来ないの?」

 

 

友奈の寂しげな眼差しに、つい絆されそうになる夏凜。しかしそこは(彼女にしては珍しいことに)グッと堪えた。

 

 

「………行く理由がないのよ。バーテックスとの戦いは終わっちゃったんだし。もう、勇者部がある意味なんてないじゃない。風も一体何考えたんだか……」

 

「違うよ。勇者部は、玲奈ちゃんがいて、東郷さんがいて、風先輩がいて、樹ちゃんがいて、夏凜ちゃんがいて。みんなで勇んで世の為人の為になることをする部だから。戦いが終わったからって、夏凜ちゃんの居場所がなくなるなんてこと、ないんだよ?」

 

「でも……」

 

「勇者部五箇条、一つ。『悩んだら相談!』だよ。この事で悩んでいるなら、誰かに相談すれば良いんだよ。私は夏凜ちゃんと一緒にいると楽しいし。それに私、夏凜ちゃんのこと好きだから!」

 

 

「なっ⁉︎」

 

友奈の好意の発露に、夏凜の顔が真っ赤に染まる。友奈の『好き』に、友愛以外の意味合いはない。しかしそれでも、正面から好意をぶつけられることに夏凜は耐性を持っていなかった。

 

「…しょ、しょうがないわね。そこまで言うなら、行ってあげてもいいわ……」

 

 

———この日、玲奈も美森も知らない間に、第三の友奈ガチ勢が生まれた。

 

 

 




入浴シーンの描写はなるべくマイルドにしました()


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安らぎ

感想、お気に入り登録ありがとうございます!そしてごめんなさい!投稿遅れました!

就活で第一志望の企業の一つから内定もらって少しは楽になったものの卒業研究の方がヤバくなっていたり、今まで執筆に充てていた移動時間にゆゆゆいをやっていたりして遅れました。



………なぜか、お気に入りの二次作品にアクセスできなくなっている件について(悲嘆)


「……なあ、杏。タマ、何かしたっけ?」

 

「……分からない。私も、なんか怖がられてたし……」

 

 

ひそひそ声で話す小学生二人は、土居球子と伊予島杏。勇者として選ばれた5人のうちの二人である。彼女達の視線は、教室の隅の席で一心不乱にゲームに興じる少女に向いていた。

 

———彼女の名は郡千景。勇者達の中で最も問題視されている少女。

 

別に、人に危害を加えたり、やんちゃに暴れる、というわけではない。むしろ彼女の気性は大人しく、無害な存在だった。

 

………しかし。

 

 

「それを言うなら、私とひなたも怖がられているだろう」

 

「若葉……」

 

会話に割って入ったのは、乃木若葉。勇者として選ばれた小学生の中で、暫定的にリーダーを務めている少女。

 

……郡千景は、人に対してあまりにも怖がりだった。

 

「土居と伊予島はまだ良い方だろう。私とひなたなんか、近づいただけで泣かれたんだぞ」

 

『泣かれた』だけではないが、若葉は全てを話さなかった。

しかし、事実だ。球子と杏は、まだ『避けられている』くらいで済んでいる。詰め寄っても、せいぜいが涙目になる程度だ。ひなたと若葉ほど、怖がられているわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

———若葉は振り返る。勇者として選ばれた者たちが、初めて距離を詰めた日の事を。

 

何も知らないまま丸亀城に集められた少女たちには、壁があった。五人の間にはほとんど会話がなく、険悪でこそないものの居心地の悪い雰囲気が漂っていた。その雰囲気を改善したいと思ったのか、高嶋友奈が集められた少女たちで香川のうどんを食べに行く提案をしたのだ。若葉とひなたはそれを快諾し、誰とも打ち解けようとしなかった千景にも声を掛けたのだが。

 

 

「ひっ……」

 

「……郡さん?」

 

千景は若葉が近寄るなり怯え、悲鳴を上げた。その手は震え、遊んでいたゲーム機が落下する。しかし彼女は、それを拾おうとすらしなかった。慌てて席を立ち、若葉から距離を取ろうとした千景は———腰を抜かして転び、尻餅をついた。

 

 

「あらあら。大丈夫ですか?」

 

転んでへたり込む千景に手を差し伸べたのはひなた。自分が怖がられていると察した若葉は一歩後ろへ下がり、自分よりも優しい雰囲気を持つひなたにその場を一任した。———今日はうどんをきっかけに、皆の親睦を深める日だ。無理に近づくと逆効果になると、そう考えて。

 

若葉の考えは半分は当たっていたが、半分は大間違いだった。千景はひなたを、若葉よりも恐れた。

 

 

「……ひっ、……ぃや……あぁ……」

 

差し伸べられた手を取らず———むしろその手を見るなり涙を浮かべ———千景は頭を抱えて蹲った。嗚咽を漏らし、ガタガタと震え、

 

 

 

「…いや…………うそ、そんな……いや、あぁ……」

 

 

 

「「⁉︎」」

 

 

 

しゃあああぁ、と。

床にへたり込んだまま、その股から薄黄色の液体を垂れ流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その出来事もあり、現在ひなたと若葉は千景から距離を置いている。あの時、その場にいたのは千景を除けば若葉とひなた、そして友奈の3人。失禁した彼女を慰め、新しい下着の替えや漏らした排泄物の処理なども含めて友奈が甲斐甲斐しく世話をしたことが功を成したのか、千景は友奈にだけは心を開くようになった。

 

 

(あれほど怖がられる理由は、なんなのだろうな)

 

彼女の対人恐怖症は相当なものだが、自分はともかくひなたに近づかれてあの反応は不自然だと若葉は感じていた。現在、彼女と普通に接することができるのは友奈のみ。

 

———友奈だけが、彼女とまともにコミュニケーションを取ることができる。

 

若葉は、前途多難な今後を憂い、溜息を吐いた。

 

———若葉は知らない。郡千景が、この勇者達の中で最も実戦経験を持つ者であるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美森が退院し、数日が経過した。

現在勇者部は、合宿中である。

 

「あち、あちちちちちちっ」

 

 

砂浜の熱でジタバタしながら海へと走る樹。

 

「ホラ見て。砂浜でも、うちの()は可愛い!」

 

「確かに可愛いです。でも、うちの義妹(友奈)には勝てません」

 

「なにおう⁉︎」

 

それを見ながら、妹の可愛さ自慢で競い始める風と玲奈。

友奈と美森は、二人で海に浸かっている。途中で樹が合流し、友奈と樹が『どちらが美森を喜ばせることのできるものを拾えるか』で競争を始め、水に潜った。

 

 

「毎朝、あの子は一人で起きれないのよ⁉︎小さい子みたいで可愛いでしょう⁉︎」

 

「友奈なんて、私が傷ついていると察知して慰めてくれるんですよ!……それに、樹ちゃんの場合はだらしないというのでは?」

 

「それを言うならあんただって姉としてはだらしないじゃない!」

 

「「ぐぬぬぬぬぬ……」」

 

風と玲奈の妹自慢はやがて口論の域に達していた。

犬吠埼風は勇者である。どこに地雷があるかも分からない玲奈を相手に平然と口喧嘩を繰り広げられるのは彼女くらいのものだろう。

……もっとも、このような軽口の応酬くらいでしか玲奈に深く踏み込めないのは事実であるが。

 

 

「風、競泳よ、競泳!もうこっちの体は出来上がってるわ!」

 

三好夏凜は完成型勇者である。彼女達二人の口論の中に平然と割り込み、空気も読まずに勝負を吹っかけられるクソ度胸を持つのは彼女くらいのものだろう。

 

風は玲奈との口論を中断し、その誘いを受けた。———もっとも、口論といってもじゃれ合いのようなものなので、険悪な雰囲気にはならない。「それじゃ、ちょっと行ってくるわね」と玲奈に断りを入れ、風は夏凜と共に泳ぎに行った。

 

その場に残る玲奈はと言えば。

 

 

 

 

 

 

———ああ。友奈……。舐めたい。

 

ただの変態思考を繰り広げていた。

彼女の視界に映るのは、水着姿で樹や美森と戯れる友奈の姿。普段よりも露出度の上がった友奈の柔肌には水滴が付き、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。それはまるで、とれたての野菜や果物の鮮度をアピールする演出にも似ていて。

 

———あの水滴を舌で舐めとりたい。というかあの肌に思いきりむしゃぶりつきたい。

 

 

 

(………うわぁ)

 

脳内にドン引きする郡千景の声が響いた。

結城玲奈は心が折れた後、友奈から距離を置いたり自分を見つめ直したりした。その結果、友奈への好意やら愛情やら依存度やら執着やら性欲やらが急上昇。変態度が以前と比べ物にならないくらいに高まったことと引き換えに、精神面を立て直すことに成功していた。

 

(……なにか、致命的なまでに選択を誤ったかしら?)

 

これが生前やっていたアドベンチャーゲームならばセーブしたところからやり直しができるものの、残念ながらこれは現実である。一度行った選択は取り消せず、後悔してももう遅い。

 

……下手にマインドコントロールをせず、玲奈の回復を周囲に委ねた結末がこれだった。

 

(………嗅覚をなくしても味覚をなくしても意味がない…。というより、むしろ悪化しているような……)

 

 

郡千景は玲奈の記憶を共有している。それは現実に限らず、眠っている間に見た夢なども同様。

 

(……あんな夢、見る方がどうかしているわよね)

 

最近玲奈が見る夢の内容は、口に出すことも憚られるようなものが半数を占めている。客観的に見て、玲奈はヤバイ奴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は、みんなで集まり、スイカ割りをした。

 

「樹ちゃん、もっと前だよ!」

 

「…そう、もっと左に!」

 

「……こっち、かなぁ?」

 

皆の声援を受け、樹はヨタヨタとスイカの方へと歩いていく。

 

「全く、こんな単純な遊びになにムキになってんだか……樹、そこ右よ‼︎バシッと決めなさいっ‼︎」

 

「………あんたもノリノリじゃないの…」

 

夏凜の気合の入った応援に、風は呆れた声を出した。

 

一方、その声援を受けた樹は。

 

「せええぇい‼︎」

 

夏凜の言葉を信じ、思い切り棒を振りかぶった。………イメージするのは、もっとも信頼する姉の姿。姉が戦闘中に行う剣戟のモーションをトレースし、樹は渾身の一撃をスイカに入れる‼︎

 

 

「やった、一撃!」

 

パカっとスイカが割れ、感激の声を上げる友奈。風は樹の振りかぶりを見て笑っていたが、「いやアンタの真似でしょうよあれ」と突っ込まれると、愕然としていた。

 

「私、あんなん?」

 

「あんなん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———今回の合宿は、大赦が勇者に対する労いとして用意したものなのだそうだ。

 

喜ぶ勇者部の面々の中で、私だけは『この程度?』と落胆していた。

なるほど、確かにこの宿は素晴らしい。昼間はビーチで遊べるし、話によると露天風呂もある。そして目の前には豪勢な食事。

 

「すごい、カニカマじゃない!本物のカニ!」

 

「あの、部屋間違えてませんか?なんか場違いっていうか……」

 

「とんでもございません。どうぞ、お寛ぎ下さい」

 

 

———本当に、とんでもない。

 

自己嫌悪を覚えながらも、私は大赦に対する不信を抑えられない。

なぜなら、命を懸けて戦って、世界を守った報酬がこれなのだ。私には、皆が戦った功績をコレ一つで帳消しにされるように感じてならなかった。

 

「……あの、でも友奈さんが……」

 

「…あっ」

 

私が内心で卑屈な思考をしている間に、樹ちゃんがボソッと呟く。それで皆の浮かれた雰囲気が、冷や水を浴びせたように静まった。

 

「う〜ん。このコリコリとした歯応え、たまりませんなあ……。こっちの喉越しも最高!」

 

「……もう、友奈ちゃんたら。いただきます、が先でしょう?」

 

「あはは、そうだった。美味しそうで、つい」

 

 

———このご馳走よりも、友奈の方が美味しそうだ。

 

声には出さず、私は必死に友奈に抱きつきたい衝動を抑えた。……だって、あまりにも健気すぎる。

 

この冷えた雰囲気も、友奈の機転によって和らいだ。……完全に、計算しての言動。自分の辛さを我慢して行動するなんて、友奈くらいに優しい子でもそうはできないだろう。

 

 

「玲奈?どうしたの?」

 

「?なんでもないわ?」

 

「……そう」

 

友奈に聞こえないようにするためか、小声で夏凜ちゃんは尋ねてきたものの、そう答えるしかない。友奈を『食べたい』と思いながら見ていたなんて言えるはずもないからだ。……もしかして、友奈を見ている視線に勘付いたのだろうか。

 

私も食事を始める。……相変わらず味が無くて不味いけど、前よりはマシだ。以前までなら、刺身の生臭さとか、嫌な匂いだけを我慢しながら食べていたのだから。味のなくて嫌な匂いの目立つものより、味も匂いもしない食事の方が良い。

 

———心残りがあるとするなら、生まれて初めて食べる蟹の味を感じられないことだった。

 




何度見ても、勇者の章は泣きたくなりますなぁ…。

でも、BD本編は見れても特典ゲームがまだできていない……。



玲奈さんの見る夢が気になるって?……描写すると大変なことになるので自重します。


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裏側に潜むもの

一週間が経っている、だと⁉︎大変お待たせしました。


今回の話は本編ですが……………すまない。裏の記憶ほどではないにしろ、刺激がちょっぴりあるかもしれない。


温泉。それは人類にとっての至宝。多くの人間はその魅力に抗えず、嫌う者などほとんどいないだろう。

 

———ただ一人、結城玲奈を除いては。

 

「…………」

 

玲奈は葛藤する。以前の彼女ならば、迷わなかった。迷わずに『一人で風呂に入る』ことを選んだだろう。しかし彼女は(ある意味で)成長している。今の彼女には、温泉に皆と共に入る選択肢を選びとり得る理由があった。

 

 

(友奈の裸が、見たい……‼︎)

 

成長したのは妹への想い。それは今まで彼女が気にしていた腕の火傷を人に見せることを許容させるほどだった。

共に入浴は何度もしている。しかしそれは、自宅の浴室での話だ。温泉、しかも露天風呂で友奈の裸を観察する機会などそうはない。

 

 

玲奈は妄想する。普段の浴室とは違い、湯気で見えそうで見えなくなっている友奈の裸を。雫のついた肌と露天風呂から見える夜空のコントラストを。

 

(〜〜〜〜〜‼︎)

 

血圧と体温が急上昇。普段ならばそれで終わりだが、生憎と今は合宿の夕飯時。当然、そこには他の勇者部メンバーもいるわけで。

 

 

「玲奈、大丈夫……じゃないわね。熱?」

 

まずは風が玲奈の異常に気づき。

 

「本当ね。顔赤いわよ。寝たほうがいいんじゃない?」

 

夏凜が風の言葉に同意し。

 

「玲奈さん、大丈夫ですか?」

 

勇者部の中で最も関わりの薄い樹にまで心配される。

 

「……え、いや、あの……大丈夫だから…」

 

ようやく現実に復帰し、苦し紛れに言うも意味はない。まさか『友奈で妄想してました』などと正直に告げるわけにもいかないのだ。

 

「本当に大丈夫?玲奈ちゃん、いつもやせ我慢してそうだから……」

 

時既に遅し。東郷美森の最後の一押しによって、玲奈に対する勇者部の認識は『熱を出した急患』に変わった。

 

 

「お布団敷いたよ。玲奈ちゃんは少しだけ休んでいて」

 

風が()()()()()()布団の準備をしていた友奈によって、玲奈は後で風呂に入ることが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まさか、意図せず一人で入浴する羽目になるとは…」

 

結局、皆が寝静まった後に入浴を始める玲奈。今まで気にしていた火傷を見られないのは良いが、楽しみが減ってしまったことに玲奈は落胆している。

 

(…そもそも、こんな時間に入浴できるなんて………掃除とか、いつしてるのかしら?)

 

現在は夜中の一時。他の宿ならば、立ち入り禁止にされている時間だ。夜中に風呂に入れるのはありがたいが、あまりにも都合が良い気がする。まるで、玲奈が皆と違う時間に入浴することを想定していたかのように。

 

脱衣所から入ってきた玲奈は、訝しみながら洗い場へと移動する。たとえ一人でも、湯船に浸かるのは身体を洗ってから。そのマナーを守るくらいには玲奈は律儀だった。

 

シャンプーを手に取り、泡立てる。そしてそのまま、頭を洗おうとしたところで、

 

「洗いに来たよー!」

 

「ッ⁉︎」

 

結城友奈が、風呂場に突入した。

 

 

(……寝ているのはちゃんと確認したのに⁉︎)

 

玲奈は戦慄した。彼女は、友奈の睡眠に関しては非常に鋭い。本当に眠っているか、それとも寝たフリをしているのかはその時の呼吸と寝顔で完全に判別できる自信さえある。故に、友奈と入浴できることなど全く期待していなかった。

 

———玲奈は知らないことだが、今の友奈は結城友奈であると同時に高嶋友奈である。『世間に追い詰められた郡千景のために』完全に眠りながらも周囲の状況を認識する仮眠法を身につけていた今の彼女にとって、玲奈が部屋を出たタイミングで目を覚まし、後を追うくらいは朝飯前のことだった。

 

「玲奈ちゃん、放っておくと適当に済ませちゃいそうだから。私が徹底的に洗うね」

 

「あ、はい、……お願いします……」

 

(うひゃあおおおおおおぉぉぉぉ⁉︎)

 

外面を取り繕いつつ、内面では興奮のあまり訳の分からない絶叫を上げる玲奈。目の前には湯気で隠れつつ、隠しきれていない友奈の肢体。興奮度合いは妄想の時の比ではなく、上空には雲のない星空。この時点で彼女が必死に鼻血を堪えていたのは言うまでもない。

 

その後、シャンプー済ませ、いざ身体を洗おうという段階で。

 

「……友奈、流石に身体の方は自分であら……」

 

振り返った玲奈の視界に、シャワーの水滴がついた友奈の裸体が目に入った。

 

「……玲奈ちゃん?……玲奈ちゃーん⁉︎」

 

友奈の身体のありとあらゆる所についた水滴は露天風呂の照明や星空の光で照らされ、キラキラと輝いている。……その刺激は、水着の時とはまた違ったもので。

 

(……ここが、私のユートピア……)

 

玲奈は鼻血を噴いて意識を手放した。………なお、興奮し過ぎたあまりに数秒だけ心肺停止状態に陥ったのだが、運良く友奈に気づかれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウザい』

 

『ネクラ』

 

『親がアレじゃロクな大人にならないわよ』

 

 

———私じゃない。

 

 

 

 

 

 

『燃やそう』

 

『服どうしたのぉ?』

 

『いんらん』

 

———私じゃない。

 

 

 

 

 

『うっとうしい髪』

 

『ハサミ』

 

『あ、失敗』

 

『血!』

 

 

———私じゃない。

 

 

 

 

『階段』

 

『落ちちゃった』

 

『救急車』

 

『逃げろ』

 

『先生に面倒かけないで』

 

———私じゃ、ない。

 

 

 

 

 

 

『お掃除』

 

『バケツ』

 

『ゴシゴシ』

 

『びしょ濡れ』

 

『あはは』

 

 

———違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お漏らし!』

 

『こんな歳で』

 

『くさい』

 

『撮っちゃえ』

 

『拡散』

 

 

———私じゃ、

 

 

 

 

 

 

 

『売女』

 

『脱がそう』

 

『油性マジック』

 

『お絵かき』

 

 

 

 

———私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃじゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない…

 

 

 

 

 

 

 

 

『飼い犬ごっこ』

 

『首輪』

 

『お散歩』

 

『しつけ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『阿婆擦れ女』

 

『ゲームやめろ』

 

『不良』

 

『根性焼き』

 

 

 

 

———凄惨な記憶が、彼女の精神を苛む。

 

人の悪意。身体の痛み。心の傷。それは物理的なプロセスを踏まずに玲奈の心にダイレクトにダメージを与え、人格の境界を歪ませる。

 

 

 

至る所で陰口を言われた。

取り囲まれて服を脱がされ、焼却炉で燃やされた。

髪と共に耳を切られた。

遊びと称して階段から突き落とされた。

清掃の時間に雑巾を洗って汚れた水を掛けられ、トイレ用洗剤を付けたデッキブラシで擦られた。

宿泊学習の時に付きまとわれ、常に拘束されてトイレに行けず、我慢できずに泣きながらその場で漏らした。写真を撮られてネットに上げられた。

服を剥ぎ取られ、身体中のありとあらゆる所に油性ペンで落書きをされた。落ちるまで一週間以上かかった。

首輪とリードを付けられ、下着姿で校舎中を引き摺り回された。首が締まり、呼吸困難になりながら汚い床の埃を被った。

中学生の不良に感化された問題児の集団に絡まれ、『根性焼き』と称して無理やり火のついたタバコを肌に押し付けられた。肌が深く焼け、()()まで跡が消えることはなかった。

 

 

 

記憶に対する認識が曖昧になり、火傷の記憶は玲奈本人のトラウマと同調して——

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?!?!??!⁉︎!⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーしよしよし……。いい子だよ〜いい子いい子」

 

友奈は震える玲奈を抱き締めながら、彼女の背中をさすった。玲奈は何も言わない。起きているのか眠っているのかも分からない。嗚咽を漏らし、涙を流し、時には叫び、暴れる。外見を無視するならば、その光景は夜泣きする赤子とあやす母親そのままだった。

 

やがて玲奈の身体から突然力が抜け、くたりと友奈にもたれかかる。友奈は彼女を抱き抱え、布団に寝かせた。

 

 

 

「…それで、玲奈は?本当に大丈夫?」

 

「はい。もうぐっすり眠ってます」

 

現在、午前3時。しかしその時刻にも関わらず、勇者部の面々は目を覚ましていた。………というより、眠っていられなかった。

 

「………いつも、こんな感じなの?」

 

「ううん。……でも、小学生の時はよくあったかも」

 

「そう……」

 

おずおずと尋ねる夏凜の声には、少なくない動揺が混じっていた。

 

皆が起きたのは、およそ30分前。とてつもなく大きな玲奈の絶叫で、全員が目を覚ました。友奈以外は慣れていなかった為、心臓が止まりかけるほどの衝撃にパニックになりかけたものの、やけに落ち着いた———いっそ恐ろしいまでに冷静な———友奈が玲奈を宥めているのを見て、すぐに平静を取り戻す。

 

———この一件で、全員が実感していた。『これは、薬が必要になるわけだ』と。

 

 

「……ええと、友奈」

 

「はい」

 

「合宿から帰ったら、………一度カウンセラーに相談してみたら?」

 

「………はい」

 

 

———カウンセラーに、相談する。それ自体は別に、おかしなことではない。

 

だが、風が一瞬だけその提案を躊躇ったのは、大赦に対する不信感があるからだ。普通のカウンセラーならば、おそらく勇者システムの影響を受けている(と風は考えている)玲奈の精神状態を把握するのは不可能だろうし、大赦と関係を持つカウンセラーはそもそも信用ならないと風は思っていた。

 

一方で、友奈は友奈でカウンセラーに相談することはあまり乗り気ではない。郡千景から教えてもらったもう一人の高嶋友奈による悪影響を他者に話すことは出来ないし、もしそれが大赦に伝わった場合、高嶋友奈の亡霊を『郡千景の精神ごと』消される恐れもある。悩んでいてもむやみに相談出来ないのは、それが理由だった。

 

 

 




猫耳ぐんちゃん欲しいよおおおおおー‼︎
ゆゆゆいの一周年記念イベントは神でしたね。ぐんたか派大歓喜‼︎ぐんちゃんの大勝利‼︎


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過ちの果て

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!……就活終わってからの方が投稿ペースが遅い不思議。
評価もお気に入りも増えてウハウハでございます。そして推薦されていることに今更気づきました。ありがとうございます!



……さて、言い訳を。長いので、読み飛ばして構いません。

すみません。ゆゆゆいにハマってました。ドレスぐんちゃんを重ねたくて、必死に大赦ポイントを貯めています。
もしも私をフレンド登録してくれてる方がいるならお気づきかと思いますが……いくら無課金の恵を消費しても出てくれないので、覚悟を決めて課金して昇段ガチャ5回分を課金した結果……10連1回目で猫耳ぐんちゃんがきた。その場でガッツポーズ。でもパジャマ友奈ちゃんは来てくれないのでもう一回回したらパジャマ友奈ちゃんが出て来てくれた。回せるだけ回したら、ワザリングハイツさんが+3に、勇者服ぐんちゃんが+4になった。

……10連中SSRが三体とか連続で来たのを見て、俺は悟った。「これ、課金すると出やすくなるようになってないか?」と。課金する前はSSRあんまり出なかったのである。




「……?」

 

玲奈が通学路を歩いていると、前から髪の長い同年代の少女が歩いてくるのが見えた。

凛々しい顔立ちの、美しい少女だ。髪はポニーテールに纏められている。見覚えのない制服に身を包み、肩には竹刀袋を担いでいた。剣道部か何かの帰りなのだろうか。

 

なぜ自分がその少女に注意を向けたのか分からないまま、玲奈は歩みを進める。そして、前から歩いてきた少女とすれ違ったところで、

 

 

「友奈を頼む、千景」

 

「…………え?」

 

 

振り返った時には、少女はどこにもいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦いが、まだ続く……」

 

大赦に回収されていたはずの勇者システムの端末が戻ってきた。敵の生き残りがいたらしい。友奈や夏凜ちゃんは残りの敵を倒せばそれで終わりと信じようとしている。相変わらず、ポジティブだ。私とは違って。

その私は、大赦に対してとある疑念を抱いていた。すなわち、『私と同じで、満開の後遺症は決して治らないものなのではないか』と。友奈の味覚が戻る気配はない。東郷の耳も治っていない。そして、12体倒したはずの敵には生き残り。大赦に対して不信感を抱くのは、不自然ではないはずだ。

 

しかし、それで大赦の本部に押し掛けて問い詰めればよいかと言えば、決してそうじゃない。どうせしらを切るだろうし、警戒されて、……あるいは行動を制限されて動きにくくなるだけ。そう考えるくらいには、私の大赦に対するイメージは悪い。何より私が何をしようと、友奈は止まらない。

もし敵がもっとたくさんいたと仮定して。そして私が泣いて頼み込んだとしても、友奈はきっと戦う。ならば私は、友奈のその行動を計算に入れた上で、今後を考えなければならない。

 

 

結局のところ、私の核はこれなのだ。いくら取り繕っても、それは変わらない。高嶋友奈という邪悪が遠回しに指摘した通り。私にとって、友奈以外は()()()()()()()()だった。

 

確かに、勇者部の皆は好きだ。でも、それは友奈が喜ぶからだ。私が勇者部の皆と接する姿を見て、『私はもう、友奈以外の人間も好くことができる』ことを目の当たりにすることで友奈が安心するから、私は勇者部の皆が好き。

 

友奈を幸せにするのに必要不可欠な存在であるが故に、勇者部の面々を大切に思っている。友奈の所属する仲間達は、きっと友奈の人生においてかけがえのない友人となる。だから、大切。

 

価値の基準が、友奈。だから、友奈抜きで考えたら……なんとも悍ましいことに、友人達の価値は私の中で下落する。好き嫌い以前に、関心がなくなる。

 

以前私は、『風先輩を嫌ってるんじゃないか』と悩んだ記憶がある。確か、そう。あれは、自虐的な幻聴が聴こえる原因を考えた時のことだ。無意識のうちに風先輩に対して嫌な感情を抱いているんじゃないかと疑ったりもしたけど……なんて事はない。そんな気持ちは、カケラもなかった。当然だ。そもそも友奈抜きでは、関心がないのだから。憎悪も嫌悪も、抱きようがない。

 

 

———ああ、なんて醜い。

 

私は、みんなとの絆を冒涜している。事あるごとに心配をかけて、気遣ってもらっているくせに、肝心の私はその友情を踏みにじっているのだ。

今ならはっきり分かる。…………私は、頭がおかしい。

 

この事実を知られてはならないと分かっているくせに、知られてはならない理由が『みんなに嫌われたくない』ではなく、『友奈を悲しませたくない』なのだから。

 

 

最低で、最悪だ。自己嫌悪。でもそれは、『勇者部のみんなに申し訳ない』という気持ちではなく、『友奈の姉に相応しくない』という気持ちで。

 

きっと私は、勇者に選ばれるべき人間ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、バーテックスの残党に警戒している間に夏休みの最終日を迎えても、戦いは起こらなかった。

 

 

 

———と、いうわけで。

 

「特訓よ!」

 

「………はい?」

 

 

夕方、玲奈は夏凜に呼び出され、砂浜で向かい合っていた。

 

 

「敵の残党はまだいるし、何があっても生き残れるように訓練するのよ。玲奈は剣使いだし、私の特訓相手にはうってつけでしょ」

 

「……ああ、なるほど。ありがとう、夏凜ちゃん」

 

「………いや、なんのことよ?」

 

玲奈は、その訓練が自分のためであることを見抜いていた。———戦いにおいて、現段階で最も負担がかかっているのが自分であるという認識は玲奈にはある。それが不公平であるとも、勇者部がもっと努力すべきであるとも考えていないだけ。彼女にとって、友奈以外は割とどうでもいいし、それ故に自分との比較もしない。友奈さえ無事ならば、自分の被害などどれだけ大きくても構わないのだ。

 

だが、それはそれとして気遣ってもらえるのは嬉しい。『友奈の友達が、気遣いのできる良い子だから』嬉しいのだ。

 

この特訓は、自分のストレス解消と共に、『満開の可能性を少しでも下げるために』行うのだと玲奈は勝手に思っていた。

 

 

「さて、ビシバシいくわよ。ついて来なさい!」

 

(玲奈の心を鍛えて、悪夢なんて見ないようにする。そうすれば、友奈の負担も一気に減るはず!)

 

 

……実際には、夏凜は玲奈の突発的な悪夢をなんとかすべく動いているのだが。それで友奈の負担を減らそうとする打算もあった。

『特訓して精神を鍛えれば、悪夢なんかに悩まされずに済む』という脳筋思考。完成型勇者の気質は、わりと体育会系寄りである。

 

 

そこから、木刀を用いた決闘のような特訓が砂浜で行われた。

 

 

 

木刀を打ち合う音が響く。夏凜は当然二刀流。それに対し、玲奈の木刀は一本。手数では夏凜の方が有利で、両手を使えるという理由から一撃の重さは玲奈の方が有利である。———通常なら。

 

「なんで両手を使わないのよ……⁉︎」

 

「私の武装、普段は片手で使ってるから」

 

玲奈は片手で木刀を振り、応戦していた。………二刀流であるはずの夏凜と、互角に。

夏凜が右手の木刀を振ると同時に、玲奈は右手の木刀で対抗。真正面から打ち合わず、木刀の側面を狙い、力を受け流すようにして逸らす。そして夏凜が左手の木刀を打ち出すも、片手であるはずの玲奈はそれに()()()()()()。必要最小限の動作と、攻撃を逸らすのに必要なだけの力を込めた剣。自身の敏捷性を生かし、時間と力を節約する事で玲奈は夏凜と対等に打ち合っていた。

 

第三者から見たら、訳の分からない応酬だ。その足捌き、剣のスピードが速すぎて目で追えない。どちらが有利でどちらが不利かも分からないだろう。

 

しかも。

 

 

「隙あり」

 

「な、ちょッ⁉︎」

 

 

剣戟の最中に、玲奈は蹴り技を放ってくる。持ち前の反射神経で強引にそれを躱し、夏凜は距離を取った。

 

 

「……普通、あの体勢から蹴り入れてくる?」

 

「実は私、剣なんかより蹴りとか殴ったりとかの方が慣れてるから」

 

「衝撃の事実⁉︎」

 

 

友奈の父から教わった格闘技には、剣術はなかった。勇者として戦っている時は、アニメやゲームのキャラクターの動きを参考にして剣を振っているだけだ。当然、フィクションのものを現実でそのまま使えるほどシンプルではない為、参考にする程度だが。

 

ゲームで例えるなら、玲奈はメインの武器をなるべく使わず、サブの技で戦っているようなものだ。……メインよりもサブの方が威力が高い、というだけで。

 

その事実は、夏凜にとってはあまり面白くない。勇者になるべく鍛錬を積み、剣術を磨いてきた彼女にとって、本来の得物でない剣に拮抗されるなど、許される事ではなかった。

 

その後、日が暮れるまで打ち合ったものの、互いの得物は相手の身体を打ちつける事なく。

その日、最後まで決着がつくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦から戻ってきた勇者システム。そのうち、友奈・美森・玲奈の端末には、新たな精霊が追加されていた。

 

「……やっぱり、妙よね」

 

新学期を迎えてからの初めての放課後。勇者部の部室で、風が厳しい顔で呟く。

 

「妙って?」

 

風の呟きを拾った樹が、この場の面々を代表して聞き返した。

風は少しだけ悩む。この場には玲奈がいる。この話題は、彼女を不安にさせるのではないか、と。

 

(でも、このままにしておいても………良くないわよね)

 

話題に気を遣い過ぎて、距離感を感じさせてしまっては元も子もない。玲奈の精神を過剰に保護するよりも、誠実に対応することを風は選んだ。

 

「満開したのが友奈と東郷と玲奈。身体機能に支障が出たのも、新たな精霊が追加されたのもこの3人。……いくらなんでも、おかしいと思わない?」

 

「……それは、……そうよね」

 

大赦から派遣されてきた夏凜が真っ先に反応する。皮肉にも、巻き込まれた他のメンバーより、初めから大赦と関係を持っていた2人の方が大赦に対する疑念が大きい、と風は自嘲した。

 

「敵に生き残りがいるっていうのもそう。……そもそも、なんで12体のバーテックスがこの時代に襲いかかってくるわけ?それに対する大赦の対応も妙に慣れてるような感じがするのよね」

 

風はこう言いたいのだ。

本当は昔から敵の襲撃はあって、大赦はずっとそれに対処してきたのではないか、と。

 

 

「で、でも、その生き残りを倒しちゃえば、もう平和なんですよね」

 

暗い雰囲気を払拭すべく、友奈が気休めにも聞こえる発言をした。彼女は玲奈との長い生活のせいか、それとも彼女本来の気質なのか、気まずい雰囲気を嫌う。

 

 

「……そうとも、限らないわ」

 

「ぐ、…玲奈ちゃん?」

 

友奈は彼女の中身に気づき、……しかしその愛称を呼ぶのを堪えた。

 

「もしも風先輩の言うように、大赦が嘘をついていたのなら。……私の想像が正しければ、大赦はとんでもない組織よ」

 

「………どういう、こと?」

 

美森は玲奈からいつもと僅かに異なる雰囲気を感じながら、恐る恐る先を促す。

 

「人々にバーテックスの戦いを告げず、私たちのような子供に無理な戦闘を強いて、消耗品のように扱う。大赦は非人道的な集団ではないかと、私は考えているわ」

 

そして、彼女の述べた()()は、この場を凍りつかせるに十分な威力を持っていた。




玲奈が間違った方向に全力で突き進みまくっている件について。


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末路

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!久しぶりに4日ペースを守れた、か?

もっと大赦ポイントが、欲しい……。



注意。
今回は胸糞!以上。


———凍りついた雰囲気の中、アラームが鳴る。

それは、樹海化の予告。玲奈以外の勇者システムに搭載された機能。

 

 

「……こんな時に限って来る、か」

 

「これが最後でしょ。殲滅してやるわ!」

 

風の呟きは、夏凜の声に遮られて他のメンバーには聞こえなかった。

樹海化で辺りが見えなくなっていく中、友奈だけが玲奈の横顔を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、もう分かったでしょ。ぐんちゃんに比べて、自分がどれだけ恵まれているのか』

 

「…………」

 

『その気になったら、いつでも使ってね。新しく増えた、三体目の精霊を』

 

「………」

 

『待ってるよ、玲奈ちゃん。あなたが自分から、ぐんちゃんに身体を明け渡すその時を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玲奈の意識が現実に復帰すると、そこは樹海だった。

 

(やるべきことは、一つ)

 

玲奈の目的は、いつも一つ。友奈の幸福のみ。ならばこそ、その幸せを遠ざけかねない戦闘は早く終わらせるに限る。

 

 

「……見つけた」

 

端末のレーダー機能を使うまでもなく、以前よりも上がった視力で敵を発見。神樹に向かって走るのは、以前倒したはずの双子型。……そのことから、本来は二体一組のバーテックスであると推測した。

 

見敵必殺。彼女は周囲の状況を見ないまま駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、なんの躊躇もなし⁉︎」

 

勇者部のメンバーが変身を終え、敵をレーダーで探そうとした時には、既に玲奈は走り出していた。

てっきり満開の後遺症で戦いを躊躇うとばかりに思っていた他の面々は、その時点で出遅れている。レーダーで美森は、玲奈と敵の残党が急速に距離を縮めていることに気がついた。

 

「……速い。なんて速度…!」

 

「…って、悠長にしてる場合じゃないわよ!早く追いかけないとっ」

 

勇者部のメンバーが駆け出した時には、玲奈はバーテックスを蹴り飛ばしていた。

 

———というか、ボコボコにしていた。

 

 

「りゃああああッ‼︎」

 

 

以前戦った時よりも、玲奈の筋力や敏捷性は向上している。一々暴風で捕らえる必要もない。単純な速力と筋力のみで、玲奈はバーテックスを圧倒する。

脚を蹴り飛ばして転ばせる。倒れている間に滅多斬りにし、再生しようとする度に殴って傷を陥没させ、回復を妨害した。

 

(やっぱり、封印しないとダメ、か)

 

満開状態での攻撃によって御霊を露出できたことから、弱らせれば封印しなくても倒せると玲奈は考えたのだが、現実はそう甘くはなかった。

 

———玲奈は思い出す。夏凜が一人でバーテックスを封印し、駆逐した時のことを。

 

(夏凜ちゃんができるなら、私にもできるはず……)

 

あの時夏凜は、複数の剣を媒介にして封印の儀を行なっていた。ぶっつけ本番になるが、複数の精霊で敵を取り囲むことで同じことを出来るのではないかと玲奈は考える。

 

三体目の精霊を表に出すことは郡千景に止められている。しかし、そうも言っていられない。勇者部の皆が来るのは時間の問題。友奈がここに辿り着く前に、なんとしても終わらせなければならないのだ。

 

……そして封印すべく精霊達を出そうとしたところで。

 

 

「えいやぁー!」

 

「⁉︎」

 

可愛い掛け声と共に、何本ものワイヤーが玲奈に絡みつき、拘束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むーー⁉︎むーー‼︎」

 

「いいわよ樹!このまま縛っときなさい!」

 

「……って、言われても……!玲奈さん、力強すぎ……」

 

 

玲奈をワイヤーで拘束したのは樹。手足や胴体どころか、口さえも猿轡のように塞いでいるため彼女は呼吸しかできない。じたばたと暴れながら呻き声を上げる玲奈に罪悪感を覚えながらも、「私がやらなくちゃ」と風は自分を奮い立たせた。

 

今までの戦闘で、もっとも無茶をしてきたのは玲奈だ。そして満開の後は後遺症。もしも玲奈が戦闘でこれ以上無理をするようであれば、樹に拘束させてでも彼女を止め、自分が始末をつけると風は決めていた。

 

「ごめん、玲奈ちゃん。少しじっとしてて」

 

目線で友奈に救援を求めた玲奈だが、あっさりと断られた。……友奈は玲奈に無茶を絶対にさせたくないため、当然の返答だった。

 

「いくわよ、みんな。封印開始!」

 

封印の儀が為され、バーテックスから御霊が露出する。………ただし、無数に。

 

「何、この数ー⁉︎」

 

「むー‼︎んー‼︎」

 

「この量の御霊を破壊するなら、自分が最適だ」という意味を込めて呻く玲奈だが、残念ながら無視された。

 

 

「下がってなさい!後は私がやるから!」

 

剣を構える風。「満開ゲージを溜めるのは危険かもしれない」と考え、最後の後始末は自分でつけると決めている彼女に迷いはない。この量を一つずつ破壊するのは現実的ではない。多少樹海に被害を出そうとも、確実に全てを葬れるだけの一撃を繰り出すべく、彼女は力を溜める。

 

「トドメは私に任せてもらうわよ!」

 

しかしここで待ったの声。

 

「夏凜⁉︎やめなさい!部長命令よ!」

 

「ふふん。私は元々助っ人としてここにいるの。最後くらい、任せておきなさい!」

 

そう宣う夏凜だが、その表情は誰がどう見ても強がっているようにしか見えない。それでも危険かもしれない後始末の負担を背負おうとするのは、「自分が役に立っていないかもしれない」という危機感故か。

 

 

「むー‼︎んー‼︎んー‼︎」

 

 

———風は、致命的なまでに選択を誤った。

 

 

玲奈が呻き声を上げているのを、風は『勇者部のことを案じ、自分が無茶をするため』と誤解した。今の呻き声は、『どちらでも良いから、早く御霊を破壊しろ』という、玲奈の最後通告であったというのに。

玲奈にとって、友奈以外のことはどうでもいい。この場合、たとえ縛られたままであったとしても、友奈以外の誰かが御霊を壊してくれさえすれば、それで良かったというのに。

 

玲奈を拘束する。この選択が、最大の誤りだった。

 

 

「勇者、キーック‼︎」

 

「あ………」

 

風の口から、呆然とした声が漏れた。

友奈が上空から炎を纏った蹴りを繰り出す。着撃と同時に爆炎が広がり、地面に散らばっていた無数の御霊全てを灰塵に変えた。

 

 

———手遅れ、だった。

 

玲奈は友奈をよく分かっている。故に誰が御霊を破壊するかで揉めた時、止める間もなく自らが行動することは想定できていた。

故に玲奈は、誰よりも早く敵バーテックスを仕留めようと躍起になっていたのだ。勇者部の面々に追いつかれた時点で、友奈が御霊を破壊する役割を果たしてしまう可能性が劇的に上がってしまうが故に。

………その努力も、全て無駄になってしまったが。

 

「うん。これで戦いは終わり!大勝利だね!」

 

明るく振る舞う友奈に、夏凜が詰め寄った。

 

「ちょっと友奈!何を勝手、…に……」

 

しかしその声は掠れて消える。彼女の視線の先には、友奈の手甲。桜を模した、満開ゲージ。それが、5分の3まで溜まっていた。

 

———その場の皆は、声が出ない。たった一度の攻撃で、3つ。計算上では、先程と同じ攻撃をもう一度すれば満開できてしまう。

 

その場の雰囲気が深刻になったのを敏感に察知して、友奈は努めて明るく振る舞う。

 

「あはは、ごめん。新しい精霊の力を試したくて、つい先走っちゃいました。反省してます」

 

「友奈……」

 

 

友奈が皆を気遣ってそんな態度を取っているのは、この場の誰の目にも明らか。本当は自分だって怖かったはずなのに、彼女は率先して自分の身を危険に晒したのだ。

 

———ふと、風の背筋に『ゾクッ』と悪寒が走った。あるいはそれは、———殺気。

 

「ッ⁉︎」

 

まるで壊れかけのブリキの人形のように、ギギギ、と風が玲奈の方を振り向いた。美森が友奈を案じる言葉を投げかけている、その一方で。

玲奈が暗い瞳で、風を睨みつけていた。

 

「…………」

 

……拘束は既に解かれている。

しかし、玲奈は動かない。何も言葉を発しない。ただ、その冷え切った視線が、風を射貫いている。彼女の目に浮かんでいるのは、底なしの失望。それはまるで、『道具が説明書に書いてある通りの性能を発揮しなかった時のような落胆』にも似ていて。

 

ここで、ようやく風は自分が間違えたことを実感した。———彼女は玲奈の逆鱗に触れるばかりか、地雷を踏み抜いてしまったのだ。

 

「…………」

 

風も、何も言えない。今更になって後悔が押し寄せる。

戦いが始まった時、玲奈が誰よりも早く行動を始めたのは、以前の時のような暴走なのだとばかり思っていた。……少し考えれば、以前の暴走時に比べてずっと落ち着いているのはすぐに分かったはずなのに。そして、彼女の行動が友奈の為であることは明らか。

 

………結果的に、風は玲奈の『友奈を守る行動』を邪魔したのだ。

 

樹海化が解ける。玲奈は最後まで、何も言わない。ただ、その氷のような瞳には、以前感じられた絆は微塵も残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海化が解けると、そこはいつもの学校の屋上。

 

「……ようやく、終わったか」

 

感慨深く風が呟くが、それは虚勢だった。……あろうことか、玲奈を怒らせたのだ。今後の悩みが1つ増え、彼女の胃がキリキリ痛む。

 

「お疲れ様でしたー」

 

「それを言うのはまだ早いわよ、樹。友奈、今日うちに泊まりなさい。そこでみっちりとお説教を———」

 

そこで、夏凜はふと気づいた。

 

「……友奈?」

 

「あれ?玲奈さんはともかくとして……友奈さんと東郷先輩の二人も、いない?」

 

戦闘後は、玲奈以外のメンバーはいつもこの屋上に転送されるが、辺りを見渡してもこの場にいるのは夏凜、風、樹の3人のみ。

 

「……二人も、玲奈と同じように元の場所に戻されたのかしら?」

 

「かもね。……じゃあなんで、私達だけがここにいるのかって話だけど」

 

メンバーが欠けていても、比較的落ち着いているのは玲奈という前例があるからだ。何をするにしてもまずは部室に戻ってから。彼女達3人は取り乱すことなく、勇者部の部室に引き返した。

 

 

———部室には、誰もいなかった。玲奈でさえも。

 

そして、樹海化の前までは締め切っていた筈の窓が、不自然に開いていた。




書いた本人が言うのもどうかと思うが。

風先輩は何も悪くない。……こんなギスギスした勇者部、見たくねえ……。


玲奈が樹ちゃんではなく風先輩を睨んでいた理由は、単純に「風先輩の指示で樹ちゃんが拘束した」ことを察していたからです。


次回、ついに色々な真実が明らかになる(予定)。


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“再会”

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!……また4日ペースが。


今回のお話は、………どうして、こうなった?




「………あれ?」

 

「戻ってきた、けど……屋上じゃ、ない?」

 

樹海化が解けると、友奈と美森の二人は見知らぬ場所にいた。辺りに人影はない。端末も電波が通じない。

 

「あそこ、大橋がある……」

 

「本当だ。……だいぶ遠くまで来ちゃったね」

 

どうして二人だけ、離れた場所に出てしまったのか、友奈達には分からない。

 

 

「やっと、来てくれた。会いたかったよ、わっしー」

 

その時、見知らぬ少女の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……⁉︎……あ、れ?」

 

「風……?どうしたの?」

 

「……いや、なんでもない」

 

不自然に開いた窓から下を覗いた風は、夏凜の訝しむ声にそう答えた。

 

———一瞬、覗き込んだ地面に夥しい量の真っ赤な血が広がっているように見えたが、再度見てもそこにあるのはなんの変哲もない地面。

 

(疲れてるの、かしらね?)

 

「……玲奈さんもいないなんて……どこに行ったんでしょう?」

 

樹の疑問に答えられる者は、ここにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷さんの、知り合い?」

 

「……いいえ。初対面だわ」

 

目の前の二人のやり取りを聞いて、少女は寂しげに笑った。

 

「………わっしーっていうのはね、私の大事なお友達なんだ。いつもその子のことを考えていてね。つい、口に出ちゃうんだよ」

 

友奈と美森を呼び出したという少女は、とても痛々しい格好をしていた。

頭から顔にかけて包帯が巻かれ、手術衣のようなものを身につけている。裾から覗いた腕にも包帯が巻かれ、ベッドに横たわっていた。まるでそこだけ、病院から空間を切り取ってそのまま持ってきたかのような状態。

 

「あなたが戦っているのをずっと感じてた。やっと呼び出しに成功したよ〜」

 

やや、間延びした口調。

———もし、以前から彼女を知っている者がいたら、驚いたことだろう。その少女の声のトーンは以前よりも低く、口調も落ち着いて大人びていたのだから。それだけで、彼女がどんな修羅場を潜り抜けたのかを想像すらしていたかもしれない。

 

「……ずっと呼んでいた、んですか…?」

 

「うん。……その祠」

 

少女が指し示すのは、鳥居に『神樹』と刻まれた祠。友奈達の通う讃州中学の屋上にもあるものだ。

 

「……バーテックスとの戦いの後なら、それを使って呼べると思って」

 

「……え?」

 

「……バーテックスを、ご存知なんですか?」

 

———友奈はおろか、美森でさえも気がついてはいなかった。「戦っているのを感じてた」と言った時点で、関係者であることは自明であるのに。驚きから抜け出せていなかったために、そこまで頭が回っていなかった。

 

 

「うん。一応、あなたの先輩ってことになるのかな。私はね、乃木園子っていうんだよ」

 

「の、ぎ……⁉︎」

 

友奈はその名字に更なる衝撃を受けた。

 

「……東郷、美森です」

 

美森が名乗り返した後に、友奈はようやく自己紹介をしていなかったことに気づく。

 

 

「讃州中学2年の結城友奈です。………先輩って……まさか」

 

「うん。私も、勇者として2年前まで戦ってたんだ。3人のお友達と一緒に、えいえいおーってね」

 

「……じゃあ、バーテックスが先輩を……そんな身体にしたんですか?」

 

友奈の脳裏に、高嶋友奈として生きていた頃の記憶が蘇る。

球子と杏を殺した蠍型のバーテックス。倒しても倒しても次々と襲来する星屑たち。進化体と戦い、傷だらけになっていく友達。

 

「ああ、敵じゃないよ。私、これでもそこそこ強かったんだから」

 

しかし、少女———乃木園子はそれを否定する。

 

「…えっと……ああ、そうだそうだ。友奈ちゃんは満開……したんだよね?」

 

「……え?」

 

「わーって咲いて、わーって強くなるやつ」

 

「え、あ、…はい。しました」

 

「……私もしました」

 

———友奈は、嫌な予感がした。

 

 

かつて千景に教えられたことが蘇る。

 

『………満開は、代償として体の機能の一部を喪失する。そしてそれは、二度と元に戻ることはない』

 

 

(……まさ、か)

 

友奈はこのことを誰にも話していなかった。

それにはまず玲奈の中にいる千景のことを話さなくてはならなくなるし、何より———既に失ってしまったものが戻らないと分かったら、風が戦いに巻き込んだことを気に病むかもしれないと考えたからだ。

 

 

「実は、満開の後に『散華』っていう隠された機能があるんだよ」

 

「さん、げ…?華が散る、の散華?」

 

友奈の悩みを知る事もなく、園子の話は進む。

 

 

「うん。———満開の後、身体のどこかが不自由になったはずだよ」

 

「……え?」

 

「………」

 

友奈は、もう知っていた事実。美森は知らないながらも、薄々と嫌な予感は感じていた。

 

「花1つ咲けば、1つ散る。2つ咲けば2つ散る。……神の力を振るう代償として、身体の一部を供物として神樹様に捧げる。それが、勇者システム」

 

「……じゃあ、その身体は、代償で……?」

 

「うん」

 

 

友奈と美森は絶句する。

 

———この世界は300年前から、少女達の犠牲によって辛うじて成り立っていた。

 

「いつの時代でも、神に見初められて大いなる力を振るえるのは無垢な少女だけ。その代わり、勇者は決して死ぬことはないんだよ」

 

「……決して、死なない………」

 

美森はそれを、プラスと捉えることができない。それはまるで、『死を以ってしても勇者の役目からは逃れられない』という呪いのようにも聞こえる。

 

「大人は神の力を身体に宿せないからね。……仕方がないんだよ」

 

友奈の耳に、諦観の混じった園子の声がいつまでも残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、すまなかった………」

 

「…………ええと」

 

玲奈は、困惑のあまり立ち尽くしていた。目の前には、まるでお手本のように綺麗な姿勢で土下座する少女。

場所は、大赦本部のとある部屋。室内だというのに鳥居のようなものがあり、その奥には祠のようなものまである。そしてその鳥居の前で、少女は土下座をしていた。

 

 

———樹海化が解けた後。

ぼんやりしている間にいつのまにか下校していた玲奈は、道路で突然何者かに攫われた。驚くべき事に、相手は同年代の少女。しかもあろうことか、玲奈に一切抵抗させずお姫様抱っこ。歩いている途中で気が付いたら抱き抱えられたまま猛スピードで運ばれている玲奈としては、『落とされたらどうなるのか』と気が気でなかった。

そして抱えられたまま大赦本部に入り、今の部屋に運ばれた後、誘拐犯の少女は唐突に土下座。訳が分からなかった。

 

 

(はい、そこまで。私に代わってちょうだい)

 

———唐突に脳裏に響く、郡千景の声。

 

一瞬で玲奈の意識は眠りにつき、もう1つの人格が浮上する。

 

「………2年前から、相変わらずのようね。乃木さん」

 

「…それも、すまない」

 

「それで、今回は何の用件かしら?」

 

千景の声は思いのほか冷たい。千景は目の前の少女を知っていた。

 

———その名を、乃木若葉。初代勇者のリーダーであり、闇を抱えたまま悠久の時を生きる者。

 

 

「警告だ。……もっとも、私なんかに注意されたところで、ありがたくなんてないだろうが」

 

「……卑屈さが深刻になっているわね。300年前の乃木さんは一体どこに行ってしまったの?」

 

「…………すまない」

 

「……それで、警告って?」

 

嫌味に突っかかってくれない事に寂しさを感じつつ、千景は話を進めた。

 

 

「……このままだと、お前は消えるぞ」

 

「そうね」

 

「………分かっているなら、どうして……」

 

「………どうしようもないもの」

 

その口調は、覚悟ではなく諦めを感じさせるものだった。

 

「……私は、お前に幸せになってほしい。だから…」

 

「……だから?」

 

「私と、来てくれないか?」

 

———それは、千景にとって、言って欲しくない事だった。

 

「……それは、この子(玲奈)を消すという事?」

 

「そうだ」

 

「ふざけないで」

 

———以前の若葉なら、こんな事を言わなかった。

 

郡千景は今の若葉に落胆している。失望している、と言っても良い。彼女の知る乃木若葉は、いつも堂々としていて、人を守るために奔走する人物だった。決して今のような、卑屈で目的のためならば手段を選ばない人間ではなかったはずなのに。

 

 

「……ふざけてなど、いない」

 

……その答えよりも、若葉が()()()()()()()()気圧されている事実に、千景は腹を立てた。

 

「『何事にも報いを』。その家訓に則るなら、たとえ事を済ませたとしても、それ相応の報いを受けなければならないわよ」

 

「そんな家訓が、一体何の役に立つんだ?」

 

「………え?」

 

———たとえ昔と変わっていたとしても、『そこ』だけは変わっていないと、千景は期待していたのかもしれない。彼女は、若葉が「それでも構わない」と答えるのだと思っていた。

 

———昔に口うるさく言っていた家訓を否定するなど、思ってもみなかった。

 

 

「『何事にも報いを』?それで私は、一体何を守れたんだ?」

 

「……乃木、さん」

 

 

———孤独は人を弱くする。

 

勇者の皆がいなくなり、最後の拠り所であったひなたも寿命で他界した後、乃木若葉は1人になった。大赦職員の世代交代が進み、勇者として戦っていた頃の乃木若葉を知る者がいなくなった後に残るのは、まるで自分だけ時代に取り残されたかのような孤独と心細さ。子が死に、孫も死に………いつしか周囲には、若葉を神格化して崇拝するか、化け物を見るかのように避ける者達だけが残った。それは大赦も、子孫さえも変わらない。

 

 

「お前の言っていた通りだったよ、千景。復讐のために戦っても、意味などない。仲間が蘇るわけでもないからな」

 

「………」

 

「だから、私は……なんとしてでもお前を生かす。もう二度と、間違えてなるものか……っ‼︎」

 

 

 

———300年前。

 

高校2年生に上がった頃、若葉は知らない間に不老不死になっていることが判明した。成長は高校生の年齢で停止し、決して老いることなく、自殺でさえも死ぬことができない。世界を守る守護者に縋る身勝手な人間達の願いに神樹が応えた結果、乃木若葉は人々の希望として永久に生き続けなければならなくなった。

 

それは福音ではなく、ただの呪い。友が死のうと1人になろうと、彼女は死ねない。人々を守るべく戦いたくとも、神樹が許さなければ勇者の力を発揮することもできない。彼女はさながら、勇者の標本。

 

ひなたが亡くなり、気が遠くなるほどの長い時間の中で彼女が願ったのは、新たな拠り所。そしてその拠り所は、かつての仲間によく似た姿で、失われたはずの魂を宿して目の前にいる。

 

「……2年前、お前の姿を見た時………運命だと思った。何かと私の行動を制限する神樹が、珍しく私の願いを叶えてくれたと思ったよ」

 

 

———身体どころか、精神さえも成長しないまま。

 

狂気すらも感じさせる瞳で、若葉は千景を欲していた。

 




書いているうちに最初想定していたシーンと少し違うのはよくあること、だけれども。
まさか若葉さんがこんなことになるなんて思ってなかった。

確かに、バッドエンドを迎えたまま不老不死になって300年生き続けている設定は当初からあった。でもまさか、実際に書いたら若葉さんまで性格が歪んでしまうとは思ってもいなかった。


怒られる。若葉ちゃんガチ勢とか若葉ちゃんファンクラブとか、怒ったら『あらあらうふふ』と怖い笑顔を浮かべそうな子とかに追いかけ回される……!


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黒い記憶

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。



お待たせ、しました……。ヴォエッ………(瀕死)


今回、ヤバイ。……本編を読むのに不都合はない、のかどうか分からない。


こういう話書いてるとどこまでOKなのかが分からなくなってきます(感覚麻痺)


———樹海化が解け、勇者部の部室に戻った玲奈が感じたのは、途轍もない嫌悪感だった。

 

(………最低)

 

あろうことか、敬うべき先輩である風を睨みつけてしまった。それも、恐らくは考えられ得る中でも最悪な考えに基づいて。

 

(………私、先輩のことさえも道具みたいにしか思ってなかったの?)

 

その事実が、ただただ悍ましい。そしてもっとも恐ろしいのが、何度考えても『友奈の姉として相応しくないから』という理由しか出てこないことだった。

 

———それでは、いけない。

 

そもそも、行動原理や思考における価値基準を友奈に絞ってしまっているその時点で、()()()()()()()()()

友奈を通じてしか感情を動かせない時点で、()()()()()()()()()

友奈に相応しいか否かを考えている時点で、()()()()()()()()()

 

あらゆる思考の結果が、()()()()()()()()()という結論に収束する。玲奈は思考そのものが面倒になった。

 

だが、勝手に思考は空回りし始め、エラーを蓄積する。できないと分かっていながらも、友奈に相応しい自分になりたいという欲求に抗えないが故に、()()()()()()()()()と考える自分を修正するための解決策を判断材料がないままに模索してしまう。……それすらも面倒だと考えながら。

 

———そこで目に入るのは、部室の締め切られた窓。

 

「………」

 

………ここで、『敢えて友奈の姉として相応しくない行動を取ると、どうなるのだろう』とぼんやりと考える。

友奈に相応しくなるべく行動すると友奈に相応しい姿から遠ざかる。ならば、その逆のことをすれば?

 

 

「……………………」

 

 

 

 

カラカラと窓を開け、まるでプールに飛び込むような気軽さで、

 

 

「えいっ」

 

 

玲奈は頭から真っ逆さまに外へ落下した。

 

 

 

 

 

 

 

(…………………あれ?)

 

 

思考が加速し、体感時間が遅くなる。しかしそれでも、地面が目の前に迫るスピードは途轍もなく速い。

 

(…………なんで私、飛び降———)

 

地面に接触する直前に正気を取り戻すが、手遅れ。

 

———普通の勇者ならば、平気だった。端末が手元になかろうと、バッテリーが切れていようとも、精霊は勇者の命を守る。

 

しかし玲奈にその守りはない。故に、結果は必然。

 

『ゴシャ』という鈍い音を立て、彼女は頭から地面に激突。痛みを感じる間もなく、結城玲奈は絶命した。

 

 

シン、と。辺りが静まり返る。

部活動で外に出ていた生徒も、部活動の顧問も。部活動に励む男子を見ながら恋愛話に花を咲かせていた女子生徒達も、誰もかもが。

そして、一拍の後。

 

 

「きゃあああああっ⁉︎」

 

「女の子が落ちたぞ⁉︎」

 

「だ、だれか救急車‼︎」

 

「警察っ。警察呼んで⁉︎」

 

「……嘘っ。結城さん⁉︎」

 

 

大パニックが起こった。

大赦によるモラルの教育が行き届いているため、西暦時代のような『どんな酷いものであろうと珍しいものはすぐに撮影してネットに広める』ような野次馬精神の愚か者はいない。しかし、このような事態に慣れず、混乱しているのも事実。この場合の適切な対応が分からず、騒ぎは大きくなった。

 

近くを通りかかった生徒や教師が、騒ぎを聞きつけてその場に駆け寄る。そしてその惨状を見た誰かが、「ひっ…」とか細い悲鳴を上げた。

夥しい量の血液と脳漿が流れ出し、血溜まりを作っている。首はあらぬ方向に折れ、全体重の衝撃を受けた頭蓋は割れていた。

 

 

 

 

———そして、その事象の全てが消去される。

 

 

 

「……あれ?なんで俺、こんなところに?」

 

「練習中じゃ、なかったっけ?」

 

「というか、なんでみんな集まってるの?避難訓練?」

 

 

『結城玲奈の自殺はなかった』と、世界が語る。それに伴い、人々の記憶も、玲奈の遺体も、流れた血さえも消滅する。そこに残るのは、どうして自分がここにいるのかを理解できない生徒と教師達のみ。

 

 

そして。

 

「……?いつの間に……?」

 

遺体の消失と同時に、玲奈が校門の前に現れた。『玲奈の死を誤魔化す』ために、彼女は『下校するために勇者部の部室から歩いてここまでやって来た』ということになった。部室に置いてあったままのはずの鞄も、靴箱の中の靴も身につけている。

 

彼女は自分が自殺した事も忘れて、そのまま帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、外が騒がしいわね」

 

風は不自然に開いた窓から外を覗き見て、そして。

 

 

「……⁉︎……あ、れ?」

 

「風……?どうしたの?」

 

「……いや、なんでもない」

 

窓から下を覗いた風は、夏凜の訝しむ声にそう答えた。

 

———一瞬、覗き込んだ地面に夥しい量の真っ赤な血が広がっているように見えたが、再度見てもそこにあるのはなんの変哲もない地面。

 

(疲れてるの、かしらね?)

 

「……玲奈さんもいないなんて……どこに行ったんでしょう?」

 

樹の疑問に答えられる者は、ここにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

およそ300年前。乃木若葉が不老不死になって2年ほどが過ぎたある日のことだ。

 

「…………なんだ、これは?」

 

暇つぶしにネットサーフィンをしていた若葉が見つけたのは、とあるサイト。

 

———時折若葉は、勇者の仲間の名を検索して写真や動画を見ることがある。もう既にいない仲間達の姿や声を記憶に刻み込み、少しでも孤独を紛らわそうという弱者の行動。ひなたが側にいない時はいつもそうして無理矢理精神の安定を保っていた。

 

———だが、今回に限っては、逆効果だった。

 

検索したキーワードは、『郡千景』。高嶋友奈を救うために自ら世界の礎となり、何も告げないまま失われた少女。

……そして、見つけたサイトの記事のタイトルは、

 

『【悲報】勇者の郡千景さん、いじめられっ子だった』。

 

「…………」

 

タイトルからして、まとめサイトの記事だろう。こういうサイトは、時折内容と異なるタイトルをつけられることがある。インパクトで興味を持たせ、少しでも閲覧数を稼ごうという魂胆の記事は多い。だから、このサイトもどうせデマか何かなのだろうと、そう思っていた。

 

………その内容を見るまでは。

 

 

 

 

 

 

『いや、やめてお願い……お願いしますやめてぇ!』

 

『げぅっ⁉︎…許して……許して、下さい……』

 

『痛っ、ごめんなさ、ああああぁッ⁉︎』

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ふざけるなぁ‼︎」

 

ガシャンと音を立て、ノートパソコンが壁にぶつかって破損する。いつもの暇つぶしは、今日に限って若葉から冷静さを奪っていた。

投稿されていたのは、十を超える画像や動画。その全てが、幼い千景を虐める様子を映したものだった。

 

投稿されている動画や写真に対する人々のコメントは様々だが、その多くが投稿者に対する批判ばかりだ。

 

 

 

『これ、昔ニュースになったやつだろ。なんで今更上げるんだよ』

 

『命懸けで世界を守ってくれた子に、この仕打ちとか。お前本当に人間かよ』

 

『これ、すぐに見つかって大赦に消されるやつだ』

 

『いくらなんでも不謹慎だろ』

 

『死ね』

 

『正直興奮した』

 

『虐められてた子も命張ってるのに、働きもしないおまえらときたら……』

 

『イッチ頭おかしすぎワロタ』

 

『いじめっ子達特定しようぜ。殺してやる』

 

 

 

 

 

若葉は投稿されているその全てを見た。———正直見たくはなかったが、何も知らない自分が許せず、心を痛めながら動画を再生した。

 

 

 

 

ある動画では、千景は服を剥ぎ取られていた。

ある動画では、千景は集団に暴行を受けていた。

ある動画では、根性焼きと称して点火した煙草を押し付けられていた。

 

 

そして千景の悲鳴のバックで聞こえるのは、千景を虐めている者達の笑い声。

 

他にも、裸に落書きをされている写真や、お漏らしの様子を写した写真、服を着たままプールで溺れている写真などもあった。

 

 

 

 

「……何も、知らなかった………」

 

今更になって、合点がいった。初めて出会った時、彼女が極度に怯えていたことに。

千景は、人に触れられることに恐怖を覚えていたのだ。

 

 

 

 

「……………くそ」

 

———再び感じる無力感。

 

もっと、何かできなかったのか。

千景と距離を詰めるまで、長い時間がかかった。思えば、バーテックスが襲来してくるまで会話らしい会話もしていなかった気がする。漸く普通に話せるくらいに仲良くなっても、今はもう彼女はいない。

 

 

 

 

「………罰を、与えなければ」

 

何事にも報いを。この頃の若葉はまだ、その家訓を大切にしていた。

 

迷いはない。そして、罰を与えるべき者達を調査する必要すらない。なぜなら千景は神樹に取り込まれている。神樹との繋がりが強い今の若葉ならば、精霊の力を引き出すのと同じ要領で、報復すべき相手を『千景の記憶から神樹に取り込まれた情報』を元に知ることができる。

 

 

 

———イメージが流れ込んでくる。

 

一番多いのは手だった。千景を傷つけ、奪う魔手。彼女にとって他人の手とは、自らを脅かす厄災そのものだったのかもしれない。

次に浮かんでくるのは、千景を傷つける者達の顔。恐ろしいことに、千景から流れ込んでくる情報には、顔のイメージに比べて圧倒的に名前の情報が少ない。それはすなわち、名前も知らない多くの人間に虐められ続けていたことを示している。

 

 

 

「……これほど、なのか…」

 

体感にして三時間。現実時間で約5分。イメージを記憶に刻みつけた若葉は、報復すべき相手の人数に戦慄した。

 

———直接千景を傷つけた前科のある人数だけで100人以上。千景の私物や机に落書きをしたり、隠したりなどといった間接的なものを含めるとその数はさらに膨れ上がる。悪口や陰口によって千景の心を傷つけた者を含めると、千景を虐めた者の総数は500人を超えた。

 

クラス単位の虐め、学年単位の虐め、どころではない。学校ぐるみ、村ぐるみの虐めだ。当時小学生に過ぎなかった千景にとって、周りの世界全てが敵に映ったことだろう。

 

 

———しかし、まさか500人全員に報復するわけにもいかない。

 

 

人間は弱い生き物だ。だから、雰囲気に流されて、或いは仲間に逆らえずに虐めに加担した者もいたかもしれない。意外なことに、若葉にはまだ、そう考えられるくらいの理性は残っていた。故に、罰を与えるのは虐めの首謀者のみ。首謀者が少なければ、その首謀者に近い人間にも罰を与えようと考え直した。

 

 

再び、神樹とのリンクを通じ、情報を検索する。情報がどうしても千景主観になってしまうが、それは寧ろ好都合。千景に代わって罰を与える以上、千景が『虐めの首謀者である』と考えている人物に絞っても、何の問題もない。

 

情報の精査の結果、人数は42人まで絞り込めた。

 

 

 

「……名前が分かれば、楽だったのだがな」

 

しかし事実として、記憶に刻まれたのは顔のイメージのみ。だが、それで若葉が諦めるわけもない。

 

彼女は千景の故郷の村の全ての小中学校の卒業アルバム数年分を入手し、隅々まで精読して記憶の中のイメージと照合した。個人情報の管理にうるさい今のご時世だが、大社———もとい、大赦の権力を乱用すればどうにでもなる。

 

 

(……珍しく、神樹が邪魔をしないな)

 

或いは仲間の報復をするくらいの自由は認めてくれるのかもしれないと、若葉はその時は楽観的に考えていた。

 

 

顔のイメージと写真を一致させ、首謀者の名前を特定し、リストに書き出すという作業は二ヶ月かかった。朝から晩まで、ひなたの制止も聞かずに、ただひたすら。そして首謀者を書き出したリストを提出し、その人物達の住所を調べるよう若葉は大赦に命じた。しかし、

 

 

 

「なん……だと?」

 

 

 

大赦から送られてきた報告書に目を通した若葉は、唖然とした。

そのリストに載っている42人の首謀者は、その全員が既に虐殺されていたのだ。

 

———数年前、他ならぬ高嶋友奈の手によって。

 

 




尚、投稿された写真や動画はすぐに大赦によって削除され、投稿者は大赦の派遣した黒服の男達によってこわい場所に連れていかれました。


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孤独を癒す者

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!10ポイント評価が増え、さらにお気に入りも増え………評価者一覧を見直したら、お世話になってる作者様が増えてるのを見つけ……無茶苦茶張り切りました。


………某作品で◯◯ちゃんと◯◯様が人がして良い死に方とは思えない無残な最期を遂げたショックで脳内がやばいことになってましたが、ようやく復活!この作品では二人を幸せにしなければ……!







「………それは、どうかと思うわ。乃木さん」

 

———若葉には、予想できていた。千景の反応が。

 

当然だろう。友奈はともかく、若葉はそれほど千景と親しいわけではない。……否、客観的に見れば勇者達は皆親しい間柄なのだが、それでもひなたほどではなかった。

だから、そんな自分に強く求められても気持ち悪いだけだろうと若葉は思っていたし、事実千景は困惑していた。

 

 

「……どうしても、来てはくれないのか?」

 

「ええ」

 

「……なら、仕方がないな」

 

 

———本音を言えば、若葉は千景には自分と同じになって欲しかった。

当然だ。奇跡が起きて再会できたというのに、時間が経てばまた別れることになってしまう。これ以上の孤独を、若葉は避けたかった。

しかし、無理強いしても千景を苦しめるだけなのも事実。彼女は自分の願望を押し殺し、次の望みを叶えることにした。

 

 

「今日はこれ以上、しつこく求めたりしない。その代わりと言ってはなんだが———」

 

若葉はパチン、と指を鳴らす。その直後、大量のゲームハードやゲームソフトが、台車に乗せられて運ばれてきた。

 

「久しぶりに、遊ばないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

———と、いうわけで。

千景と若葉は、ゲームで対戦することになった、のだが……。

 

 

「よし、これで64連勝だ!」

 

「……なんで?どうして、勝てないの……?」

 

千景はボロボロに負けていた。彼女にしては珍しいことに、一勝もできていない。ゲームにおいては無類の強さを誇ると自負している彼女は既に涙目である。

 

 

「…フッ。伊達に300年も生きてはいない、ということだ」

 

卑屈になった彼女にしては珍しいドヤ顔。プライドを傷つけられた千景は思わずぶん殴りたくなった。

 

なにせ若葉には有り余るほど時間があった。西暦時代から現在に至るまで、暇さえあればゲームをプレイし続けた。———無論、千景とゲームをする妄想をしながら。それはさながら、『いつか友達と対戦するかもしれないし、今のうちに鍛えておこう』とありもしない未来に想いを馳せることで自らを慰めるぼっちゲーマーの如き様相であり、それを知った大赦職員は代々陰で涙ぐんでいたりしたのだが、若葉本人は知る由もない。

 

他にも杏と語り合う妄想をしながら恋愛小説も嗜んだし、球子と楽しむ妄想をしながら山でサバイバルもした。友奈といつか語るために徒手空拳の格闘技も極めた。その結果、乃木若葉はあらゆる方面で高い能力を持ち、対人における近接戦闘に関しては痛々しい中学生が書いた黒歴史ノートに載ってそうなレベルにまで達しているが、もちろん若葉本人にその自覚はない。

 

 

………尚、天国にいるひなたに見せるための墓参りのお供え物として自分の写真集を作った結果、大赦の一部からは『カッコ可愛い尊敬すべき生ける伝説であるものの、その実態は悲しいナルシストぼっちゲーマー』というレッテルを貼られているが、案の定若葉は知らなかった。

 

 

その後も、若葉と千景はゲームに興じる。まるで300年前、丸亀城で過ごしていた時代に戻ったかのように。格闘ゲーム、レース、シューティング。ジャンルを問わず、2人は全力でプレイした。

 

……結局その日は、千景は一勝もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったな」

 

「……そうね。こんなにゲームをしたのも、久しぶりだわ」

 

若葉と千景は、暗い夜道を2人きりで歩いていた。これが西暦の時代であれば危機感のないことこの上ないが、今はモラルの行き届いた神世紀。しかも両者ともに高い戦闘力を誇る勇者だ。この程度は全く問題なかった。

 

大赦としては、敬うべき2人を車で送りたかったのだろうが……若葉の命令により、それは止められた。運転手という第三者が聞き耳を立てる中で会話をしたくはなかったし、何より少しでも長く共にいたかったのだろう。

 

 

「……千景。私は諦めないからな」

 

「……………」

 

「それに、記憶を取り戻しさえすれば、きっとこの方は、自分から体を明け渡す。そうだろう?」

 

ピタッと、千景の歩みが止まる。

 

「……どうして、それを?」

 

「………お前、私が何も知らないとでも思ってないか?」

 

若葉は知っている。千景が、この世界の結城友奈———すなわち、自分の世界からやってきた高嶋友奈にさえ打ち明けていないことを。

 

 

「言っただろう。運命だと思った、と。私はこの機会を逃したくなかったからな。この2年間、私は必死にお前について調べたんだ。時間はかかったが……神樹はようやく、お前についての情報を提供してくれたよ」

 

「………」

 

「…結城玲奈、か。真実を知りながら、お前はこの方を——」

 

「乃木さん、『この方』はやめて」

 

千景は若葉の話を遮り、ピシャリと言い放つ。

思っていたよりも長く話していたのか。いつの間にか、結城家や東郷家の並ぶ道路に2人は足を踏み入れていた。

 

 

「ここまででいいわ、乃木さん。ありがとう」

 

その言葉を最後に、千景は再び歩みを進める。

 

「……なあ、千景……その…」

 

その背中に、まるで置いていかれる子供のように若葉は声をかけるが、千景の歩みは止まらない。……しかし。

 

 

「……次は、負けないから」

 

一瞬だけ振り返り、千景は闘志を秘めた瞳でそう言い残した。

 

 

「…ああ!また、遊ぼう」

 

その言葉に心底安心した様子で、若葉は笑顔で千景を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———滅びゆく世界で、高嶋友奈は嘆いた。

 

既に郡千景は事切れている。彼女が未だ生きているのは、弱体化した勇者の力によるものだ。

 

 

「…ごめん、ごめんね、ぐんちゃん」

 

高嶋友奈は、もう動く事のない友の亡骸に縋り、泣いていた。

 

一緒に死ぬつもりだった。この灼熱の世界で、それも神樹の力が弱まった状態ならばすぐに逝けると、そう思って。しかし、生き残ってしまった。意識が朦朧とし、立つ事すら出来ないほどに弱っていても、脱水症状に苛まれながら辛うじて生きている。……これから何ができるわけでもなく、熱と痛みに苦しみながら果てるだけではあるが。

 

(……私は、もうどうなってもいい)

 

故に、彼女はただ祈った。

 

(神樹様。もし次があるなら、どうかぐんちゃんを———)

 

 

(———ぐんちゃんを、幸せにして下さい)

 

 

その願いを最後に、高嶋友奈は生を終えた。

 

………それが、全ての始まり。世界を滅ぼす原因を作った郡千景のために、1人の少女が抱いた祈り。それが、異なる世界にまで影響を及ぼすイレギュラーとなった。

 

天の神の炎に焼かれ、消えゆく神樹。しかし高嶋友奈の祈りによって、神樹という神の集合体は最期の力を振り絞る。

 

———全ては、この少女の祈りのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それは、本当なの…?」

 

「確証はありませんが………乃木園子は、そう言っていました」

 

 

美森と友奈が乃木園子と出会い、千景と若葉が再会した翌日。

美森と友奈の2人は、屋上で昨日聞いたことの全てを風に報告していた。

 

「満開の、後遺症が治らない、なんて………それじゃ、私は………みんなをこんな目に遭わせておいて、私は……」

 

「……風先輩が悪いんじゃありません。それに、……まだ治らないって決まったわけじゃないです」

 

風を慰めるために、嘘をつく友奈。そしてそれを、風は敏感に察する。……以前から感じていた大赦に対する不信感もあり、友奈が『治らない』ことを確信しているのはすぐに分かった。

 

「……まさか、私達以前にも勇者がいたなんて……大赦はそんなこと、何も言ってなかったのに」

 

「勇者が以前にもいた、なんてことを明かしたら、興味本位で以前までの勇者について嗅ぎ回る恐れもあります。多分、大赦はそのことを警戒していたんじゃないかと」

 

「あくまで、乃木園子の言うことが事実ならばですが」と付け足す美森。

 

 

「……そのこと、他の3人には?」

 

「まだ、何も伝えてません」

 

風は、少し悩み。

そして。

 

 

「……3人にはまだ、黙っていてちょうだい。一回、大赦ときっちり話をしてくる」

 

そう、答えた。

 

 

その後は普通に部活動だが、風はまだやることがあった。

 

「ちょっと用事があるから、先に戻っててちょうだい」と2人に告げる。その雰囲気から、何かを察したのか。二人は「頑張ってください、風先輩」と言い残し、先に部室へと戻っていった。

 

 

(……正直、会ってくれるとは思えないけど)

 

勇者部のSNS『naruko』から、玲奈1人に対してメッセージを送る。

 

『ちょっと話があるから、校舎裏まで来てくれない?』と。

 

おそらく、玲奈の風に対する印象は最悪だ。戦闘中に玲奈の行動を邪魔し、未だに謝罪もしていない(それは当然、当人と一対一の状況で直接謝らなければ意味がないと考えたからだが)。そして樹海化が解ける直前の、風を見る視線と、勇者部の部室から勝手に一人で帰宅したという事実。カンカンに怒っていればまだマシ。最悪の場合、二度と顔を合わせてくれない可能性さえある。

 

正直、胃が痛い。そして何より、勇者の都合に巻き込んでしまった罪悪感もある。ついこの間まで良好な関係を築いていたために、出来ることならこのまま逃げ出したいくらいだった。

 

……しかし、できない。

 

(勇者部に誘ったのも、勇者の都合に巻き込んだのも私。……どんなに言い訳をしたって、玲奈から逃げ出していい訳ないでしょう!)

 

 

玲奈は、風の命の恩人だ。7体のバーテックスが攻めて来た時、彼女は敵の攻撃の水球から身を挺してまで風を庇ってくれた。その恩を忘れたまま、玲奈との関係を終わらせることなどあってはならない。それは彼女たちの部長として、そして樹の姉として決してしてはならない事なのだ。

 

このことに、大赦は関係ない。大赦が何を隠し、勇者達をどう利用しようとも、風が皆を巻き込まなければ今のような事態にはなっていなかったのだから。

決めた筈だ。勇者のお役目は、文字通り命に関わる。勇者部の部員に対しては、責任を全うするのだと。

 

———と、内心で強がってはいるものの、やはり怖いものは怖い。

 

そもそもの話、勇者部の中で一番年長の風もまだ中学生。同年代の少女達とともに異形の怪物達と戦い、命をかけ、仲間の命の責任を負うことそのものに無理があるのだ。

 

 

悶々としているうちに、返信が来た。その内容に、風は驚きで目を剥く。

 

 

 

 

『たすけてください』

 

漢字の変換もなしに、ただの一言。「今どこにいるの⁉︎」と、風は慌ててメッセージを送った。




不穏な終わりだと思っているそこのあなた。安心してください。……全然シリアスではありませんので。


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“想い”

感想、お気に入り登録ありがとうございます!

なんかごちゃごちゃしてきたので情報の整理を。

世界線O: 郡千景が(間接的に)滅ぼした世界。千景が勇者の力を失った後、乃木若葉を庇えなかった所から原作と分岐している。

世界線A:この作品の本編で描く世界。千景が世界線Oよりも更に酷い虐めを受けていたり、若葉やひなたに対して極度に怯えていたり、千景がストーカーされたりリンチされたりブラック友奈が誕生したりするロクでもない世界。神世紀においては、結城玲奈という本来いないはずの謎の人物がいたりする。


———“私”は、人間を幸せにすることの難しさを学習しました。

 

人は想定よりも遥かに複雑で、それ故に誘導が難しい。人を幸せにできるのは、結局のところ人だけなのかもしれません。

人間の幸福とは、つまるところ『人間がどう感じているか』に依存するのでしょう。なるほど、ならば人の心が分からなければ、幸せを与えることができないのは道理というものです。

 

だから私は、人間の心を学ぶことにしました。

———私の存在意義を、全うする為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結城玲奈は前代未聞の事態に見舞われていた。

 

 

「……………………………どうしよう」

 

知ってはいた。フィクションで散々出てくるし、何百年も前から続く伝統あるものであるという事も耳にしたことがある。しかし、まさか自分が当事者になるとは思っていなかったのだ。

 

 

 

 

 

———彼女の手にあるのは、一通の封筒に入った手紙。というか、ラブレター。

 

 

 

(まさかの事態⁉︎どうするの落ち着いて取り敢えず素数を1,2,3,5,7,11,13,17,19,20じゃなくてええと)

 

軽くパニックである。

 

 

———まさか自分が、ラブレターをもらう日が来るなど、玲奈は想定していなかった。

 

友奈がラブレターをもらう日が来ることは考えていた。当然だ。あの可愛くて格好良くて優しくて可愛い、外見良し性格良し、天使の如き癒しの化身に惚れない人間などいるはずもないからだ。もし恋文などもらった場合には徹底的に相手を調べ上げ、場合によっては拘束し、必要ならば拷も……もとい尋問を行い、友奈に悪影響を及ぼさないと判断したら『認めよう』と思っていた(なお、認めるのは友奈に面と向かって告白し、返事を聞くことであり、交際ではない)。

 

しかしまさか、それが自分の身に起ころうとは………!

 

玲奈は自分の容姿が『悪くない』と認識している。………左腕の火傷を除けば。だから、外見だけを見ればこういう展開もあるかもしれない。

 

しかし中身は最悪である。

 

(……友奈以外に大して興味を持てない挙句、薬を常用するくらいの精神疾患。自分でも分かる、これは地雷臭が半端じゃないっ!)

 

結城玲奈は面倒くさい女子中学生である。普段の行動や様子を観察していれば、「あっ、これ関わらない方がいい人だ」と悟る筈だ。

 

———これがもしも西暦の時代、それも虐めが常習化しているような場所なら、彼女はまず生きていけない。精神的な歪みや心の病は、事情を全く知らない人間にとっては際立って異常に映るもの。心ない人間にとっては、排除しなければならない異物となる。『自分まで鬱になるから早く出て行け』と言わんばかりに攻撃を始める事だろう。

 

勘違いしてはいけない。いついかなる時も玲奈を見捨てない友奈が優しすぎるのであって、彼女は常人にはとても扱えない事故物件なのである。

 

 

そんな第三者的なモノローグを心の中で流しつつ、どうしようか悩んでいると、SNSを通じて玲奈にメッセージが届いた。相手は風。

 

「樹海でのことは水に流しますし睨んだことは謝りますから助けて下さい風先輩!」

 

助けを求めるメッセージを大慌てで送る。漢字の変換は忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15分後。

 

「ら、ラブレター⁉︎」

 

「…………これは流石に、驚いたわね」

 

なんやかんやで風との仲直りを済ませ、玲奈は勇者部の部室にいた。……もしも樹海の件で友奈に何らかの影響が出ていたらこうはならなかっただろう。『友奈に危機が迫ったものの、結果的に無事だった』からこそ仲直りできたのだ。

 

…………それは風との絆を保ちたいが故か。はたまた、こうした方が『友奈の姉として相応しい』と考えたからか。それは本人にさえ分からないことだった。

 

 

「…それで、中身は読んだの?」

 

「………一応」

 

 

夏凜の問いに、ボソッと答える玲奈。中身を読んだからこそ、それが他の何物でもなく、ラブレターであると判断できた。大昔、西暦の時代に流行っていたという鈍感系主人公のような『すっとぼけ芸』は完封されてしまっているのである。

 

 

「ちょっと、見せてくれない?」

 

「…………はい」

 

風の要求に、嫌々従う玲奈。そこまで恥ずかしがるとは、一体中に何が書かれていたのか。

内容を確認すべく、風は玲奈から受け取った手紙を読み———。

 

 

「いやいきなりこれ⁉︎」

 

手紙の文章にいきなりツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『突然ですが、これはラブレターです。つまり、私はあなたの事が好きです。

人間としてとか、好感が持てるとか、そういう意味ではなく。恋愛的な意味合いで、私はあなたの事が好きです。

どうか、ご安心を。私は本気です。イタズラではありません。……普通はこんな余計な文を書かずに、あなたの魅力とか、どうして好きになったのかを書くべきなのでしょうが………警戒心が異常なまでに高いあなたに読んでもらうには、必要な事だと判断しました。

 

あなたは、自分を過小評価している。きっとあなたは、自分の容姿が良い事を認識していても、内面がマイナスになっていると考えている事でしょう。だから、あなたは知らない。この学校でどれだけの人間があなたを心配しているか。あなたがさり気なく行った親切で、どれだけの人が感謝しているか。あなたのデリケートさを鑑みて、『結城玲奈を見守る会』が発足されていることもあなたは知らない事でしょ——』

 

 

「いやちょっと待てぇい⁉︎」

 

「………今度はどうしたんですか、風先輩?」

 

風は思わずまたツッコミを入れた。それにビクッと反応したのは、結城玲奈。どうやら一度この手紙を読んだらしい彼女は、何の疑問も抱いていないようだった。

 

「………いや、あんた……この手紙を読んで、どう思ったの?」

 

「……嬉しいのが4割、恥ずかしいのが4割、この手紙の差出人に対する好意が2割ですが…」

 

「………うわあぉ」

 

風は天を仰ぎたくなった。どうやら手紙を渡された本人は全く気にならないらしい。

途中までは良かったのだ。回りくどい書き方だが、誠心誠意心を込めて想いを伝えようという意志が伝わってきた。途中までは良い事も書いていた。しかし何だ、『結城玲奈を見守る会』って?一番初めに風の脳裏に浮かんだのは、男子生徒がボディガードを装いながら集団で玲奈をストーカーしている光景だった。

 

———この状況はまさしく『類は友を呼ぶ』光景なのだが、生憎と風は玲奈の変態性について知らなかった。

 

 

「…えっと、それで……なんて書いてあったんですか?」

 

「………友奈はまだ知らない方がいいわ」

 

勇者部のメンバーがそわそわする中、一応内容を他の皆に見せても問題ないか確認するべく、風は先を読み進める。

 

 

『———う。つまり、あなたは自分で思っている以上に好かれていて、魅力的なのです。自らの怯えをおくびにも出さず、なんでもないように振る舞い、常に努力している。完璧超人などより、あなたのような人の方が、私にとっては眩しく、好ましい。何より、庇護欲をそそられる。

忘れてはなりません。たとえどんな理由であろうと、あなたが人に親切にしたこと、努力したということは決してなくならないのです。

 

最後に。私は確かに、ラブレターを贈りました。しかし、恋文とは私にとってはあくまで想いを伝えるもの。これであなたと付き合おうとまでは考えていません。……あなたの負担にはなりたくありませんから』

 

 

文章はこれで終わっていた。差出人も不明。内容もラブレターらしくない。

 

 

「………ラブレターっていうか、これどちらかというと応援メッセージね。………みんなに見せても良い?」

 

「はい」

 

 

そして、読んだ各々の感想は。

 

 

「………恋文って、こういうものだった………かしら?」

 

と、東郷美森。

 

 

「……えっと、よく分かりませんけど……良かったですね!」

 

と、犬吠埼樹。

 

 

「いやラブレターじゃないでしょ、これ」

 

と、三好夏凜。

 

 

「良かったね、玲奈ちゃん………本当に」

 

と、結城友奈。

 

 

「……でも玲奈?ラブレターに書いてある通り、相手が別に付き合うつもりじゃないなら、困ることなんてないんじゃないの?」

 

「………パニックになって風先輩にメッセージ送ったのが一行目読んですぐだったので…」

 

「なるほど」

 

「……でも、それとは別に気になる事があるんです」

 

そう言いながら、玲奈は手紙の裏を捲る。そこに書かれていたのは。

 

 

『P.S この暗号、解けますか?』

 

そしてそのメッセージの次に書かれているのは、見たことのない文字の羅列。暗号であると明記されていなければ、単なるデザインか絵柄かと思うくらい、馴染みのない形の文字だった。

 

 

「…それで、解けたの?」

 

「解けるわけないじゃないですか……。アルファベットとか数字とかなら『やってみようかな』みたいに思うかもしれないですけど、こんな文字見たことないですよ」

 

 

手紙の差出人の意図が分からない。ただ激励したいだけなら、表側に書かれたメッセージだけで良い。なのに裏側にも暗号として何かメッセージを残すには、意味があるはずだ。ただ暗号を解いて欲しいのか、はたまた読み手を試しているのか。

 

———それとも、第三者には伝えられない、重要なメッセージを送りたいのか。

 

 

「……どうする?」

 

風の問いに、玲奈は悩む。

 

———一番手っ取り早いのは、送り主の正体を突き止めることだ。しかし、差出人の名前を書いていないことから、相手はそれを望んでいない気がする。

 

———勇者部以外の人に声を掛けるのも論外。『渡されたラブレターを、第三者に見せまくっている』。それを知った時、自分に手紙を送ってくれるようなお人好しでもきっと悲しむことだろう。

 

———で、あるならば。

 

 

 

 

「…どうもしません。解けないのですから、このままそっとしておきましょう」

 

 

顔も分からない、誰かのエールを胸に刻んで。

結城玲奈は、ようやく前へと進む。

 

 

———この手紙が、彼女を本当の意味で救ったことなど、誰も知りはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来ない、か」

 

神にその運命を捻じ曲げられた少年は、寂しげに呟いた。

 

———やはり、別人だったらしい。

 

結城玲奈を初めて目にした時、彼は驚愕のあまり叫び声を上げそうになった。そのくらい、彼女は彼の知る少女と瓜二つだった。

 

……しかし、姿かたちは似ていても、名前と内面は違っていた。

 

もしも”自分と同じ”なのであれば、彼はあの幸福な日々の続きを彼女と過ごすつもりだった。しかし、現実はそう甘くない。

 

………この少年は、玲奈に贈られた手紙の裏に暗号を書いた。

別に、彼が玲奈にラブレターを出したわけではない。『ラブレターを贈る友人』に頼んで、その手紙の裏に書き込みをさせてもらったのだ。

 

———暗号にして贈ったのは、この少年が今いる場所と、”彼女”に対するメッセージ。

 

 

「……帰ろ。全く、馬鹿みたいだ。柄にもなくはしゃいじゃって。俺の知るちかちゃんには、もう二度と会えないってのに」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という奇跡を目の当たりにして、『もしかしたら』と思ったのが、そもそも間違いだったのだ。結局、期待はずれ。昨日のあの出来事も、白昼夢か何かだったのだろう。

 

 

———この日が、運命の分岐点であり、縁の切れ目だった。

 

遠く離れた平行世界からやってきた少年は、その場所を立ち去る。彼が恋い焦がれる少女と再会する事はなかった。

 

 




世界線X: 今回のお話の最後にちょろっと出てきた少年が暮らしていた世界。郡千景となんやかんやあったりなかったり、ドロドロの共依存な関係になったりならなかったりした世界。基本的に”人”の脳内に設定だけ存在し、作品として出力するかは未定。


なお、ぽっと出のオリキャラである少年はこの作品に今後出る予定はない。


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混沌

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!大変お待たせしました!

……投稿の直前に、さらに二件お気に入りが増えた、だと⁉︎


知らない間にゆゆゆのビジュアルファンブックが重版されてたり、3200円だけ課金したら全く出てくれなかった水着杏さんやら水着風先輩やらが出てきたりと、嬉しいハプニングばかりの今日この頃。そして勇者服ぐんちゃんが+5になってから初めて、精霊にもSSRが存在する事を知った。……コストが重すぎた。


さて、と。今回のお話は。


…………どうして、こうなった?


「………あなたは、誰…?」

 

小学生の千景は、この場にいるもう一人の少女に問う。

 

 

 

 

 

———世界を滅亡へと追いやり、死を迎えた千景を待っていたのは、二度目の人生だった。

 

しかし残念ながら、一度目の記憶の恩恵は無いに等しい。なぜなら、近くを取り巻く環境は一度目の人生よりも悪化していたのだから。

振るわれる暴力はより過激に。嫌がらせはより陰湿に。教師による虐めの隠蔽はより巧妙になっていく。……しかも、勇者の仲間達と過ごした暖かい記憶があるが故に、虐めに対する耐性は弱くなっていた。

 

暴力を振るわれる度、迫害される度に、どうしても比べてしまう。命の危機のある戦いに赴く義務がありながらも、仲間達と過ごしていた暖かい日々と、平和な世界で人々の悪意にさらされながら生きる今とを。

 

———千景にとって、前者の方が圧倒的に幸せだった。

 

この世界は彼女にとって地獄だ。前の世界よりも虐められ始める時期が早く、その内容も過激。既に千景は二度と消えないであろう傷をいくつも負っていた。擦り傷や打撲は当たり前。付けられた傷の中には、深刻な火傷や骨折など、冗談では済まされない重症すらある。一度目の人生と同じように階段から落とされても救急車で搬送され、治療と入院を経た後は、また元通りの生活だ。どんなに耐えても、それで付けられた傷跡が消えるわけではない。

 

 

 

———一度目の人生とは似て異なる世界。その事実は彼女に『とある疑惑』を抱かせるには十分だ。

 

 

すなわち、『この世界では高嶋友奈と出会えるのか』という疑惑。

 

 

時を経て虐めが深刻化し、家でも治療や入院による出費で父親の機嫌が悪くなる。一度目の人生では手を出さなかった父親も、この世界では少しずつ暴力を振るうようになった。

そんな生活の中で、その疑惑が『高嶋友奈と出会えるのか』から『出会えないかもしれない』に変わり、やがては『出会えないだろう』という悲観的な結論に至ってしまうのも、無理のない話だ。その思考の過程になんの根拠がなくとも、彼女の精神は過度のストレスによってネガティブな思考しかできなくなっていたのだから。

 

———そして、千景にとって、友奈と出会えない世界に用はない。

 

彼女に出会えなければ、千景は決して救われない。ならばせめて、これ以上の苦痛は避けようとするのも道理。彼女は誰にも邪魔されない真夜中の自室で、自害を試みた。

 

 

———そして、今に至る。

 

気がついたらそこは、記憶にある丸亀城の一室。勇者の仲間達と共に学んだ、教室の中だった。そこにいるのは、千景ともう一人。

 

———彼女は、恐ろしいほど特徴的な姿をしていた。

 

白銀の髪に、真紅の瞳。そしてその身を覆う、ミラーシルバーに輝く軽鎧。まるでお伽話から出てきた戦女神の如き姿。そしてなにより、()()()()()()()()。現実にはほとんどあり得ない人物との邂逅に、この世界ではまだ存在しないはずの丸亀城の教室。千景が混乱するのも当然だった。

 

自分の素性を問う千景に、その少女は答える。

 

 

「私は———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人に、見てもらいたいものがあるんです」

 

友奈と風を自宅に呼び出した美森の第一声がこれだった。感情がまるで感じられないその声は、二人に不穏な雰囲気を感じさせる。そして何を思ったか、美森は短刀を取り出し………

 

 

「東郷さん………?」

 

「———ッ‼︎」

 

意を決し、そのまま自分の首に突き刺———そうとした。しかし、それは精霊によって防がれる。美森の精霊は、彼女の死を許容しなかった。

 

 

「ちょっと⁉︎何やってるの⁉︎…もし、精霊が止めなかったら……‼︎」

 

激昂する風。しかし、相対する美森の声音は恐ろしいほど静かだ。

 

「……止めますよ。精霊は必ず」

 

美森が語るのは、これまで自身が行った自殺行為の数々と、精霊達の妨害。

 

「端末が側になくとも、電源を切っても、バッテリーがなくなっても……精霊は勝手に出てきて、私の自殺を阻止しました」

 

物理的な自傷行為による自殺は、バリアを張って阻止する。

服毒や首吊りをしても、どういうわけか意識が戻った時には無傷。後遺症も残らない。

 

それらを経て美森が出した結論を、彼女は目の前の二人に述べた。

 

 

「精霊は今まで、勇者の戦う意志に従って動くんだと思ってました。でも……私には、精霊達が『勇者達をお役目に縛り付ける為の装置』にしか思えないんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———そんな、自分達の運命に関わる深刻な話を美森がしている頃。

 

そうとはつゆ知らず、千景は若葉と遊んでいた。

 

 

「……フッ。どうやら実力差は徐々に埋まってきたようね?」

 

「くっ。そんなバカな………!」

 

というか、ガチのゲーム対戦に勤しんでいた。

 

 

玲奈の承諾を得た千景は、ゲームの特訓をした。………使っているのは玲奈の身体であるので、体調を壊さない程度に夜更かしをして。

その結果、千景本人のゲームセンスと才能によって、若葉との実力差を埋めていたのである。

 

 

「……たった数日で、私の300年に追いつく、だと⁉︎」

 

「……ゲームだけなら、あなたに負けない。地力が違うのよ」

 

 

さらに付け加えれば、千景は既に若葉の操作の癖を見抜いてもいる。前回の対戦では、千景は若葉を相手に大敗を喫したが……ただ負けていたわけではない。若葉の操作を徹底的に記憶して分析し、対策を練っていたのだ。

 

「今日の戦績は、これで15対14。このまま追い抜かせてもらうわ……!」

 

「……させるかっ」

 

その後も若葉と千景は対戦を続け———結果は、58対63。千景の勝利だった。

 

「……今回は、私の勝利ね」

 

「次は、また私が勝ってみせる……!」

 

「いいえ。次もまた、私の勝ちよ」

 

———自然と次回の対戦がある事を前提にしているところを見るに、少なくとも千景は楽しんでくれている。

 

そう考えて若葉は内心で安堵したのだが、千景は知る由もない。

 

 

「そろそろ12時か。……どうせなら、うちで食べていかないか?」

 

「……そうね。たか……妹も、遊びに行くって言っていたし。迷惑でないのなら、是非ご馳走になるわ」

 

 

………そう、そこまでは良かったのだ。少なくとも、この瞬間までは平和だった。

 

大赦本部のすぐ近くに存在する、それなりに大きな屋敷。若葉一人のためだけに作られたというその家屋に入り、若葉に言われた通りに寛いだ。手伝おうとしたものの、「お前のために作りたいんだ」と格好良く言われれば、素直に寛ぐしかなかった。

 

———思えば、その時点で若葉の様子がおかしい事に気付くべきだったのかもしれない。

 

その後、若葉の作った料理を堪能し。そして、現在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———千景は素っ裸に剥かれていた。

 

「ちょっと、乃木さん……?いくらなんでも、悪ふざけが過ぎるわよ?」

 

「…ふざけてなど、いない……ヒック

 

「……お酒臭い……?乃木さん、まさか飲酒を⁉︎」

 

忘れてはいけない。肉体も精神も十代のままだが、実際に生きている年数は300年以上。すなわち、(肉体が未成年である以上こじつけではあるが)若葉は飲酒が可能な年齢なのだ。……一応。

 

ただし当然、肉体が未成年なのでアルコールを処理する能力も見た目相応だが。

 

(………まずい。まずいまずいまずいわ…………‼︎)

 

千景は冷や汗をかきつつ、大慌て。当然だ。今の若葉は自制が出来ていない。すなわちそれは、何をするか分からないという事だ。

しかもタチの悪い事に、今の若葉の身体能力は通常時でさえ勇者に匹敵するほどに高い。つまり、能力の高い玲奈の身体を使っているとはいえ、抵抗らしい抵抗ができない。あっさり服を脱がされたことがその証拠だ。

 

 

———千景にとって不思議なのは、その事に対してあまり恐怖を感じていない事か。

 

『服を脱がされる』というのは、千景にとってはトラウマそのもの。一度目の人生、そして300年前の虐めによって、そのトラウマは蘇れば発狂しかねないレベルにまで達している。にも関わらず、若葉に服を脱がされても、羞恥こそあれど恐怖はない。……貞操の危機は感じているが。

それは果たして、本当の自分の身体ではないからか。それとも、自分で思っているよりも若葉に対して心を開いているのか。千景は自分の心を判別できない。

 

 

「……よし、ここはいいな…?」

 

「何が⁉︎」

 

若葉はじっくりと千景———厳密には、玲奈の身体———を観察する。何を思ったのか、そのまま抱き抱えてベッドの上に押し倒した。

 

 

「……乃木さん…?流石に、冗談よね……?」

 

「冗談ではない」

 

若葉の無駄にキリッとした顔は、千景には無性に腹立たしかった。

 

 

 

 

 

 

 

———そして、事の顛末を語るなら。

 

 

 

特に何もなかった。

確かに千景はベッドに押し倒され、間近で身体の隅々まで余す所なく観察されたが、禁断の百合の楽園に足を踏み入れる事はなかった。

 

 

「……なんか、馬鹿みたいだわ」

 

「すまない。どうしても確認しておきたくてな。いずれお前の身体になるのだから

 

目を覚ました若葉に愚痴をこぼすと、正気に戻った若葉は短く謝罪した。……最後の台詞は、間近でも千景には聞き取れなかったが。

 

 

現在午後3時。千景をベッドに押し倒し、身体をひっくり返したり腕を上げたり脚を開いたりして隅々までチェックした若葉は、そのままベッドに倒れこんで眠ってしまった。……一糸纏わぬ千景を抱き枕にして。

千景からしたら災難も良いところである。わけが分からないまま服を脱がされ、貞操の危機を覚悟したと思えば何もされずに抱き枕にされる。おまけに抱き締める力が異常に強いので窒息しかけた。しかも事の顛末が馬鹿らしい事この上ない。

 

 

「この身体は結城玲奈のものなんだから、300年前の傷なんてあるわけないのに……」

 

「分かっていたが、どうしても確かめたかった。……300年前、お前は身体の傷を誰にも明かさなかったからな」

 

若葉の目的は、千景の今の身体の状態を確認する事だった。……とはいえ、正気のままではハードルが高いため、酒の力を借りたというわけだ。酒に対する耐性が思いの外弱くて眠ってしまったが。

 

 

「左腕の火傷が深刻だが、それ以外に外傷はないな」

 

「そうね。……左腕を除けば、ね」

 

そんなやりとりをしつつ、千景は若葉にドン引きである。執着心の強さといい、突飛なその行動といい……「本当にそれで良いのか、初代リーダー」と呟きたくなった。

 

 

その一方で、乃木若葉といえば。

 

(………話が違うぞ、園子…!)

 

歴代の子孫達の中でも最も親しいであろう少女に、憤りを覚えていた。

 




……書き始めるとアレンジしたキャラクターやらオリキャラやらが勝手に暴走する不思議。



守護神若葉様: ぐんちゃんを剥きたい。というか剥いた。

ぐんちゃん: 若葉様に剥かれた。高奈ちゃんに剥かれたい願望を抱いている疑惑あり。

堕天使ブラック高奈ちゃん: ぐんちゃんが望むなら剥くし剥かせる。

変態主人公玲奈: 友奈ちゃんを剥きたい。そして何より剥かれたい願望あり。むしろ自分から脱ぎ出す。




……酷い絵面。どうしてこうなった?


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ユウキレナ

感想、お気に入り登録ありがとうございます!お待たせしました。

……久々にシリアスを書いた気がする。

また例によってオリジナル設定マシマシです。……今更か。


———あの日の事は、今でも鮮明に思い出せる———

 

 

 

 

 

 

『勇者・郡千景様の命懸けの尽力により、神樹様の結界が———』

 

『———少なくとも300年間はバーテックスの襲来を防ぐことができ———」

 

 

「………は?」

 

朝起きてからテレビの電源を入れたら、そんな音声が流れてきた。

 

 

———知らない。

———千景は、まだ目を覚ましていないはずだ。

 

 

一般人に襲われ、ボロボロの重症を負ってから、千景は一度も目を覚ましていない。

だから、あるはずがないのだ、そんな事————

 

 

「……目を覚ましましたか、若葉ちゃん」

 

ひなたがノックもせずに部屋に入ってきたのは、若葉が嫌な想像を振り払おうとしていた、まさにその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひなたが若葉に告げた真実は、先日の友奈との戦いでボロボロになっていた若葉の心を容赦なく叩きのめした。

 

 

「……冗談、だろう?ひなた」

 

ひなたは何も答えない。

 

「………そんな嘘、今はやめてくれ……。疲れてるんだ、本当に…」

 

誰よりもひなたを知る若葉は、こんな状況で彼女が嘘も冗談も言わないことを誰よりも分かっている。それでも、絶対にあり得ない可能性に縋りたかった。

そんな若葉を痛ましく思いながらも、ひなたは真実を告げる。

 

「冗談でも、嘘なんかでもありません。………千景さんは亡くなりました。神樹様の結界を強化するための供物として」

 

「……ッ‼︎」

 

……本来なら、結界を強化するのに最適な供物は高嶋友奈だった。

 

しかし彼女は精霊の瘴気に汚染されて暴走し、勇者の資格を失っている。神樹に必要とされる資質を失ったが故に、奇しくも友奈は生き残った。そこで選ばれたのが、千景。彼女は勇者になる前から神の力を宿しており、神樹の結界を強化するのにうってつけの存在だった。それに、今の彼女は立ち上がることも危険なくらいの重症を負っている。どのみちこのままでは『万が一に備えての』戦力にすらなり得ないのだから、供物となってもらうのが大社にとって都合が良かったのだ。

 

 

「……なんだ、それは」

 

その話を聞かされた時点で、若葉の精神は限界を迎えている。……怒りのあまり、暴走しかねないほど。

 

「……落ち着いて下さい、若葉ちゃん」

 

そのひなたの、あまりにも落ち着いた声を聞いて、若葉は冷や水を掛けられたくらいの衝撃を受けた。

 

(……ひな、た………?)

 

なぜ、そうまで落ち着いていられるのか。ひなたの声には、感情が感じられない。……その事実が、ようやく若葉に思考を許すだけの冷静さを取り戻させる。

そして今まで聞いた話から次々と見つかる違和感。

 

 

(………待て)

 

何か、とんでもない事を隠されているような焦燥感。

ひなたは若葉の異変を感じ取りながらも、話を進めた。

 

 

「…そしてもう、若葉ちゃんは戦わなくて良くなりました」

 

「……え?」

 

続いてひなたが若葉に語ったのは、更なる残酷な真実だった。

 

———奉火祭。複数の巫女を生け贄として天の神に捧げることで、人類の存続を『許してもらう』儀式。天の神に赦しを乞う以上、若葉はもう戦う事は出来なくなったのだ。

 

その話を聞き、若葉は抱いていた疑惑が確信に変わるのを実感した。———奉火祭に掛かるはずの時間を考えれば、違和感が強くなるのは自明だった。

 

 

「……今日は、何日だ……?」

 

その問いに、ひなたは無情な答えを返す。

 

「12月11日です、若葉ちゃん」

 

若葉の認識している日付と、ズレていた。

 

 

———この日の事を、決して若葉は忘れない。

 

自分が知らぬ間に薬を盛られ、長い間眠らされ。その間に千景や巫女が犠牲になった事を知った、この日の事を。

 

———原因は自らの油断と、心の弱さ故であると彼女は認識していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美森から乃木園子の言っていたことが事実であった事を知らされた、その翌日の夕方。

静かな犬吠埼家のリビングに、プルルルルル、と電話の音が響いた。

 

「……はい、犬吠埼です」

 

電話を取ったのは風。その声に彼女らしい覇気はない。1日が経過しても、彼女は昨日聞いた話のショックから立ち直れていなかった。

 

———しかし。

 

「……はい、…え、オーディション?……え、あの子が⁉︎」

 

電話から告げられた喜ばしいニュースで、風は一気に回復した。

 

「樹ー。芸能事務所の人から電話が来てるわよー!」

 

親機の受話器を放っぽり出し、保留ボタンを押すのも忘れたまま風は樹の部屋の扉を開ける。

 

「樹ー?……そっか、今日は友達とカラオケに行くって言ってたっけ」

 

歌のテストがうまくいってから、樹はクラスメイトと度々カラオケに行くことが多くなった。テストで自信がつき、歌うのが楽しくなったのだという。………しかしまさか、歌手を目指す程だとは風は思ってもいなかったが。

 

その後、保留ボタンを押し忘れた事に気付いた風は相手に大慌てで謝罪し(芸能事務所の女性は笑って許してくれた)、樹が不在である事を伝えた。相手は「また後ほど掛け直し致します」と言い残し、通話が終わった。

 

———ところで。

今更であるが、犬吠埼風はシスコンである。毎朝樹の朝食を作り、着替えを用意し、忘れ物を届け、宿題も教える。それを苦に思うこともなく、むしろ楽しんでいる節すらある。その様は、クラスメイトに「ダメ人間製造機」と密かに言われているほどだ。

 

———その彼女が、SNSで勇者部のメンバーに、樹のオーディションの事について伝えてしまうのも無理のない話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと……れな、れな、……あ、玲奈、か……」

 

私は、ノートに『結城玲奈』と自分の名前を書いた。

 

———ちょっと、まずいかもしれない。

 

最近もう一人の人格に身体を譲ることが多くなってきたからか、私は記憶におかしな症状が出始めていた。自分の名前の漢字が書けなくなるのはしょっちゅう。時々、本当に自分の名前を忘れたり、『郡千景』と書き間違えたりすることもある。そして、時折感じる焦燥感。『思い出さなければならない事があるはずなのに、思い出してしまったら取り返しがつかなくなってしまう』焦り。今の生活を続けたら、きっと私は消えてしまう。そんな確信がある()()()

 

誰にも話せない不安を押し潰していると、端末がメッセージの受信を知らせる。そこに書かれていたのは。

 

 

『樹がオーディションに合格しました!目指せ、トップアイドル‼︎』

 

「ふぇっ?」

 

私の口から、間抜けな声が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———その頃。

 

 

「あっ、来てくれたんだ、わっしー……じゃなくて、美森ちゃん、かな?」

 

「……わっしーでいいわ。私は昔、鷲尾という苗字だったのだから」

 

美森は乃木園子が入院している病室に、一人で訪れていた。……病室と呼ぶにはあまりにも不気味な、神社のような有様だったが。

 

「……すごいね。自力で辿り着いたんだ…」

 

大赦によって徹底的に隠蔽された情報を突き止め、真実を導き出した美森に、乃木園子は心から驚嘆する。

 

 

「…2年前、私はあなた達と一緒に勇者としてのお役目についていた。でも、満開して両足の機能と記憶の一部を失った……」

 

「うん。……鷲尾家は大赦の中でも大きな力を持つ家だけど、勇者のお役目に就ける子供はいなかったからね。2年前は勇者に選ばれるのは大赦の中の有力な家の子供って決まっていたから……。大赦に近い血筋で、勇者適正の高いあなたを養子に欲しがったんだよ」

 

 

美森が語る内容に、園子はまるで答え合わせのように捕捉していく。

 

 

「私の家が友奈ちゃんの家の隣に引っ越したのも、偶然じゃなくて仕組まれたものよね?」

 

「うん。友奈ちゃんは、子供達の中で一番勇者の適正値が高かったんだって。あの子が勇者に選ばれることも、大赦は予想してたみたい。………逆に、勇者適正がないって判断されたのがその義姉の玲奈ちゃん。もっとも、あの子は多重人格だから、勇者の適正がないのは表の子だけなんだけどね〜」

 

「………………え?」

 

美森は、さらっと園子が語った内容を咀嚼するのに、数秒の時を要した。

 

「その様子だと、知らなかったみたいだね〜。ちょっと、悪いことしちゃったかも……」

 

「……教えて。知っているのなら、玲奈ちゃんのことについても」

 

「今日はなんでも教えるよ〜。せっかく来てくれたんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———美森が園子から重大な機密を聞き出している頃。

 

そうとはつゆ知らず、彼女以外の勇者部メンバーは犬吠埼家に集合していた。

 

「……合格したのは嬉しいけど、打ち明けるより先にお姉ちゃんに知られるなんて………。嬉しいような、悲しいような……」

 

「いいじゃない!目指せ、トップアイドル!」

 

樹本人よりも風の方がハイテンションだった。

 

「…ところで、東郷は?」

 

「それが、家に行ってもいなくて………連絡もつかないし……」

 

「親御さん曰く、『病院にお見舞いに行った』って事だけど。……誰かしらね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、ご先祖様から聞いた話なんだけどね〜」

 

「……んん⁇」

 

美森はいきなりツッコミたくなった。

 

「ああ、聞きたい事がまたできたと思うけど、話を先に進めるよ〜。まずは、玲奈ちゃんについてね」

 

———そして園子が語ったのは。

 

「……結城玲奈。彼女はね、『結城玲奈』としての人格と、『郡千景』としての人格があるんだよ〜」

 

「郡、千景?」

 

聞いた事のない名だった。

 

「彼女は、かつて人類を滅亡から救った西暦の時代の大英雄。そして———」

 

 

 

 

 

「———2年前、私たちと共に戦っていた勇者の一人」

 

 

 

 

 

 

「……どういう、こと?」

 

「言った通りだよ。玲奈ちゃんは2年前、『郡千景』の人格を表に出した状態でバーテックスと戦った。……彼女は普通じゃないから、毎回の戦い全てに参加できたわけじゃないけど……とっても、強かったなぁ」

 

しみじみと、園子は語る。

 

「———そして、ここからが本題。玲奈ちゃんの正体について。彼女はね……」

 

そして、園子はその真実を告げた。

 

 

———それは、荒唐無稽なお伽話のようで。

 

 

「………嘘」

 

美森は、それを信じることなど到底できはしなかった。

 

 

 

「事実だよ。……わっしーも知っているはずだよ。樹海化が解けた時、戦っていた勇者たちの中で唯一、彼女だけが樹海化前の状態に戻されていたことを」

 

「……ッ⁉︎」

 

「神樹様は樹海化を解く時、祠を目印にして勇者達を現実の世界に送り返すけど………彼女を送り返す事は出来ないんだよ。だって、玲奈ちゃんは無意識に神樹様の力を弾いちゃうんだから」

 

「……待って、じゃあ………」

 

「樹海の中で動けるのは、勇者の適正があるからじゃない。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ。樹海は、神樹様が人々や街をバーテックスから守るために作る世界だからね。神樹様の干渉を弾いちゃう玲奈ちゃんは、勇者じゃないにも関わらず樹海化に巻き込まれてしまうんだって」

 

 

 

———その後も、園子の話を延々と聞く美森。玲奈の事だけではなく、勇者に少女が選ばれる理由や、この世界の真実も聞き出し。

 

 

彼女は、決断した。

 




勘の良い人は玲奈の正体に気づいたかな?……でも、オリジナル設定ですし……。





課金したい。でもお金がない。200万ダウンロード記念のガチャは見送るしか……。

恵は明日からの絢爛祭にとっておくッ!


でも、結び目が欲しい…。明日からの昇段ガチャにも特典としてついてくることを祈る。


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東郷美森の選択

感想、お気に入り登録ありがとうございます!

………とうとう、核心に近づいてきた。

前話にて、園子様が玲奈が樹海化に巻き込まれない旨を語ってましたが………読み直したら間違えていて、訳の分からないことになっていたので修正しました。


「……ごめんなさい。結局、幸せになる事は出来そうにないわね」

 

 

大社の人間がいなくなった病室で、千景はボソッと呟く。

 

———一般人に襲われた千景が目を覚ますと、事態が急変していた。

 

高嶋友奈は精霊の瘴気に蝕まれて暴走し、罪人となった。四国の結界の外は天の神の怒りによって炎の海と化している。しかし、千景が犠牲になる事で結界を強化し、人類を滅びから救う事ができるのだという。

 

大社からの要請に対し、千景は条件つきで了承した。———世界を救うのはついでに過ぎない。彼女が本当に助けたいのは、世界ではなく友奈なのだから。

 

 

 

『謝らないで下さい。それに、私はまだ諦めた訳ではありませんよ』

 

千景の呟きに答えるのは、千景の脳裏に響く声。千景の精神世界に住まう、『彼女』の声だ。

 

『私達はこれまで、あなたの事をずっと見てきました。だからこそ、諦められない。願いを聞き届けた中で、残っているのは私だけになりましたが……私は必ず、あなたを幸せにします』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

犬吠埼家のリビングにて、勇者部のメンバーは美森からの連絡を待っていた。

ここに集まった理由は、言わずもがな樹のオーディション合格祝いのためのパーティーだ。電話が来たその日のうちにやるのはいくらなんでも急過ぎるというものだが、風は待ちきれなかった。

 

しかし。

 

———勇者システムの端末から、聞き覚えのある、されど聞き慣れないアラームが鳴り響いた。

 

 

「……嘘。なんでまた敵が来るのよ⁉︎」

 

「おかしいよ………!アラームが鳴り止まないよ⁉︎」

 

 

アラームはいつもよりも不気味な音色を奏で、端末の画面には『特別警報発令』の文字が表示されている。同時に始まる樹海化。それは、終わったはずの戦いが続く証で。

 

 

「……ッ。なに、これ……」

 

樹海化が完了した後、端末を確認した玲奈はレーダーに見たこともない反応が無数にある事に気付いた。

 

———マップに映るのは赤い点。まるで昆虫に群がるダニのようなその赤点は、とある一点から流れ込むようにしてこちら側に侵入している。

………そしてその側には、『東郷美森』の表記。

 

 

「…え、東郷さん⁉︎」

 

友奈は、嫌な予感にその身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———美森が園子から聞いたのは、この世界の真実。

 

300年前、突如人類に襲いかかったバーテックスは、天の神の怒りによって差し向けられたのだという。そしてバーテックスから四国を守るため、勇者として5人の少女が選ばれたものの、その結末は悲惨だった。バーテックスとの戦いで二人が戦死。一人が戦える状態ではなくなり、さらに一人が神樹様を強化するために自ら犠牲となり、最終的に生き残れたのはただ一人。それでも天の神に打ち勝つことは能わず、辛うじて四国のみを存続させる事ができたのだと園子は語った。

 

———なお園子が語ったのは、本来ならば園子さえを知る事ができない大赦の機密事項も含まれているのだが、美森は知る由もない。

 

今の四国は神樹による宇宙規模の結界に守られた状態であり、そこから外に出れば天の神によって理を書き換えられた火の海が広がっている。

そのことを園子から聞き、美森は外の様子を確かめ、………そして絶望した。

 

まずはじめに目に入ったのは、園子が語った通りの火の海。辺りを見回し、よく目を凝らしてからようやく、気味が悪い白い生物が辺りを漂っているのに気づいた。……そして、その生物が集まり、倒したはずのバーテックスが再び生まれ始めていることにも。

 

———そして、彼女は決めたのだ。たとえどうなっても、ここで勇者の運命を断ち切るのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁の中へと侵入してくる敵をひたすらに殲滅しながら、玲奈は突き進む。

 

「風牙ァッ‼︎」

 

端末に『東郷美森』の名前を見つけた時、一番最初に動いたのは友奈ではなく玲奈だった。もちろん、そこには相応の理由が存在する。

 

(友奈が東郷に会う前に確かめる……っ!)

 

玲奈はブレない。そして彼女は楽観的な考えも持たない。

玲奈は、壁を越えて敵が侵入しているこの状況を作り出したのが美森であると確信している。だから、友奈に会う前に彼女の真意を問い、止めなければならないと思っていた。

 

彼女は友奈以外の事はどうでも良いと思っている。彼女の価値観や判断基準は友奈に依存しているから、友奈に関わらないことには大して関心を持たない。

それは逆に言えば、『友奈に関することならばどんな些事でも見逃せない』という事でもある。

 

例えばの話。

彼女はきっと、友奈がなんらかの理由で亡くなった後ならば、世界が滅んでも大して気にしない。なぜなら友奈には既に関係のない話なのだから。……そもそも、友奈が亡くなった後、玲奈が生きている可能性は限りなく低いわけではあるが。

その一方で、友奈が関わるならばきっとどんな些事でも気にするだろう。『人とぶつかった』とか、『悪口を言われた』程度のトラブルに巻き込まれただけで、玲奈は沸騰する。

 

彼女にとって、友奈のいない世界に価値はない。しかし友奈の生きる世界は、たとえ命に代えても守らなければならないものだった。

 

———だから、決して玲奈は世界を裏切らない。裏切るとしたらそれは、友奈が失われた後のことだ。

 

今の彼女は美森を止めるために動いている。友奈の心を傷つけないために、彼女と美森が会う前に仕事を終わらせるつもりだった。

 

 

 

「……東郷。何を、してるの?」

 

そして、風を纏って走る事1分。玲奈は美森を見つけた。

無数の敵———星屑はなお増え続け、時折美森にも襲い掛かる。精霊の武装で淡々とそれらを処理しながら、美森はなんでもないかのように答えた。

 

 

「———壁を壊したのは私よ」

 

「………」

 

「どういう事よ⁉︎壁を壊したって…」

 

「……東郷さん」

 

玲奈に追いついた夏凛と友奈が、信じられないものを見る目で美森を見つめた。

 

———話を始める前に二人に追いつかれたのは、玲奈にとって完全に誤算だった。

 

確かに単純なスピードならば、玲奈にはどうあっても敵わない。単純な身体能力に加え、玲奈には風という武器があるのだから。しかし、今回に限ってはそれは適用されない。玲奈は先に進むために星屑を殲滅する必要があり、攻撃の度に減速せざるを得ない。対して二人は、玲奈が星屑を倒したことで生まれた空白地帯を全速で駆け抜ければ良いだけだ。距離を容易く詰められるのも道理だった。

 

 

「東郷。あんた、何やったか自分で分かってんの?」

 

夏凜が正気を疑う目で美森を見つめる。

 

「分かっているから、やらなければならないの……!」

 

そう言い残し、美森は壁の外へと繰り出す。彼女を問い詰めたい三人は、必然的に彼女を追うように壁の外へと飛び出し———。

 

「…………」

 

「なによ、これ……?」

 

友奈は絶句し、夏凜は呆然とする。しかし友奈のそれは未知に対する混乱ではなく、『自分の世界と同じような状況に陥っている』ことへの諦観と悲嘆だった。

 

 

「これが、世界の真実。私達にも、この世界にも未来はない。バーテックスは無限に湧き続けて、私達は永遠に戦い続けるしかないの。———身体の機能や、大切な友達との記憶を失い続けながら……」

 

「東郷、さん」

 

絞り出すように声を出す美森に、友奈は何も言えない。……それは、知っていながらもずっと黙っていた事だからだ。

 

「……だから、待ってて友奈ちゃん。もう、あなたをこれ以上傷つけさせない。勇者という生贄から、みんなを解放してみせる」

 

宣告とともに、再び外側から壁に銃口を向ける美森。……そして、その蛮行を止めるべく彼女に切っ先を向けるのは、夏凜。

 

「……夏凜ちゃん。どうして止めるの?」

 

「どうしてって………私は、大赦の勇者だから」

 

夏凜の歯切れは悪い。『大赦の勇者だから』とは言ったものの、実際は考えるよりも身体が先に動いただけだった。

 

「大赦は、あなたを都合の良い道具として利用していたのに?」

 

「…都合の良い、道具……?」

 

そこで夏凜の脳裏によぎったのは、勇者となるべく訓練に勤しんだ日々と、楠芽吹を始めとするライバル達。———彼女達も、幻想の名誉で誤魔化されて、利用されるために努力していただけだったのか。

 

 

「風牙!」

 

そこで、突風。結界の外にいる友奈達3人に向けた放たれたヴァルゴ・バーテックスの攻撃を、玲奈が爆風で吹き飛ばした。

 

———しかし、その余波で友奈と夏凜まで吹き飛ばされる。

 

 

「……ちょ、なんで私達まで…っ⁉︎」

 

「東郷さ……」

 

吹き飛んで体勢を崩したところで、さらに突風。玲奈は友奈と夏凜の二人を、結界の内部まで押し戻した。……結果、その場に残るのは美森と玲奈の二人だけ。

 

 

 

「……ようやく、2人で話せるわね」

 

真っ青な顔で、玲奈は無理矢理不敵に笑う。

 

「……ねえ、玲奈ちゃんなら分かるでしょう?友奈ちゃんをそんなに強く思ってるなら、私の気持ちだってッ!」

 

美森の叫びは、懇願に似ていた。

 

———美森は確信していた。たとえ他の皆が分かってくれなくとも、玲奈だけは自分の気持ちを理解し、手伝ってくれると。

 

現に今の玲奈の顔色は最悪だ。全身に脂汗を掻き、身体もフラついている。息も荒く、いつ倒れてもおかしくないような状態。身体機能は勇者システムが保護しているはずなので、その体調不良は精神的なダメージによるものだ。

 

………一瞬なら、問題なかった。以前結界の外に出た時は、千景に止められて慌てて結界の中に戻ったのだから。

 

しかし、数分もの間結界の外に出ているのは耐えられない。その赤い炎が、肌を焦がす熱が、否応無しに幼少期のトラウマを呼び起こす。

 

———しかし。

 

「ごめんなさい、分からない。友奈を強く思ってるなら、むしろ世界は滅ぼしちゃ駄目でしょう?」

 

状況を正しく理解したその上で、玲奈は美森を否定した。

 

「……何を、言って………」

 

美森は混乱する。とある点においては友奈よりも自分を理解してくれているはずの親友に、はっきりと意見を違えられた事実に困惑する。

玲奈は吐き気を堪えながら、決定的な一言を告げた。

 

 

 

「友奈が傷つくのが嫌なら、代わりに自分が傷つけばいいじゃない」

 

 

 




感想欄で度々、玲奈が東郷さんと共に暴走する予想がされてましたが……ごめんなさい。書き始める前から、東郷さんと対立する事は決まっていた。(対立するに留まらず、初期設定では………これ以上は言うまい)



200万ダウンロード記念ガチャ、回しておくべきだったか……!


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“神”

感想、お気に入り登録ありがとうございます!珍しく早く更新!

さて、何度繰り返したか分かりませんが。

この作品は、オリジナル設定盛りだくさんです。


「園子様。現勇者の東郷美森の動向が怪しく……お力をお借りしたく存じます」

 

 

 

「え?嫌だよ?」

 

 

 

 

 

 

「…………………はっ?」

 

大赦職員の申し出を即座に断る園子に、大赦の職員はその無機質な出で立ちに似つかわしくない間抜けな声を漏らした。断られる事を想定していなかったし、何より………全く悩む事なく即答されると、どうしていいか分からなかった。

 

「しかし、園子様。もしこのまま東郷美森が壁を壊しでもしたら……」

 

「う〜ん。大変なことになっちゃうね〜。最悪、世界滅亡かも〜」

 

話の内容に対し、園子の口調はあまりにも呑気だ。

 

「でしたらっ!」

 

「でも、私は止めないよ。……だって、この世界の真実を教えたのは私なんだから」

 

「なっ……」

 

二度目の驚愕。最も頼りになる者が最大の脅威を生み出していたという裏切り行為に、職員は今度こそ絶句するしかない。

 

「馬鹿な………それでは、勇者が戦うわけがありません!」

 

「うん、そうだね。でも、それってずるくないかな〜?勇者が体を削るようにして戦っているのに、貴方達大赦は勇者を直接労うどころか、騙して戦わせてる。………子供を騙して、命を掛けさせなきゃ存続できないような世界なら、いっそ滅ぼしちゃった方がいいんじゃないかな〜」

 

———大赦職員一同は、「ふざけるな!」と叫びたかったが、もちろん声には出さない。

 

その代わり、彼女が動かざるを得ない言霊を使用する。

 

「そんな……貴女様はそれでも最高位の勇者ですか⁉︎それに、この世界が滅んだら……今まで戦った勇者は、三ノ輪様は一体、何のために…」

 

 

「———うるさいな。そろそろ黙ってよ」

 

「…ッ‼︎」

 

 

———職員は園子の逆鱗に触れた。

 

自分達よりも年下の少女の殺気に気圧され、その場の大赦職員が固まる。

そのまま呼吸すらも止まり、数秒が経過して———。

 

 

 

 

「一体何の騒ぎだ、これは?」

 

そこで、新しくその場に現れた人物。

彼女のその一言で園子から発せられていた怒気が収まり、大赦職員一同は呼吸を再開する。神聖な相手の手前、みっともなく咳き込む人間はこの場にはいない。それよりも、救いの女神がやって来てくれた事実に、職員一同は心底安心した。

 

「あ、ご先祖様〜。今日は来てくれたんだ〜」

 

やって来たのは乃木若葉。勇者以上の力を持つこの世界の守護者。永遠の時を過ごす者にして、乃木家の始祖。彼女に対して気安く話しかけられるのは、大赦内部では園子だけだった。

 

「ああ、暇だったからな。……それより園子、お前の言っていた事、デタラメだったじゃないか!」

 

「え〜?なんのこと〜?」

 

「惚けるな!胃袋を掴み、裸の付き合いで心の距離が縮まると言っていただろう!手料理を食べさせた後、裸に剥いて抱き締めて眠っても、大して進展しなかったぞ⁉︎」

 

「………私が言ったのは、入浴とかのことなんだけど〜。ご先祖様の発想がおかしいんじゃないかな〜?それとも、ジェネレーションギャップ?」

 

「…そ、そうなのか⁉︎」

 

「……いくらなんでも、それは引かれるよ〜。あ、それはそうと、その光景ネタに使えそうかも。写真に収めてきてほしいな〜」

 

「あれをもう一度やれと⁉︎鬼か⁉︎お前は祖先を何だと思っているんだ⁉︎」

 

 

呆然とする大赦職員の前で繰り広げられる会話。とても先代勇者と初代勇者の会話とは思えない、頭の悪い内容の雑談だった。

 

 

———しかし、これは好機でもある。

 

普段は姿を見せず、畏れ多くて嘆願など到底できない相手。しかし今は非常事態だ。世界の危機である以上、人類の守護者たる彼女に依頼できない道理はない。

 

 

「若葉様、恐れながら申し上げます」

 

「…ん?」

 

「現在、現勇者の東郷美森が暴走しつつあります。彼女の暴走を阻止すべく、是非そのお力をお借りしたく……」

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、無理だ」

 

 

即答。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………はっ?」

 

 

沈黙が訪れる。

園子の時よりも長い沈黙の後、ようやく大赦の職員は意識を現実へと戻したが、混乱は治らない。『最後の希望』だからこそ、その分ショックは大きかった。

 

 

「…い、一体なぜ…⁉︎」

 

「私がお願いしたんだ〜。もしも勇者達が暴走しても、動かずに静観してって〜」

 

「な………」

 

もはや何度目かも分からない絶句。それは園子が若葉に対して手を回したことではなく、若葉が園子の頼みを聞き入れた事に対する驚きだった。

 

 

「滅多にない可愛い子孫からのわがままだ。それを無視するほど、私も薄情ではないさ」

 

「…そんな、馬鹿な……!御身は、神樹様によってそのお振る舞いを制限されているはず……」

 

 

若葉は、神樹によって行動を制限される。故に神樹が許可しなければ戦う事も出来ないし、その逆も然り。『戦うべき時に戦いを拒否する権利』も、彼女にはない。

 

 

「…結構辛いが、もう慣れた。なあに、心配ない。私が動かなくても、あの方がなんとかしてくれるさ」

 

全身に激痛が走っているにも関わらず、若葉の声は穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今、なんて言ったの…?」

 

「だから、友奈を傷つけたくないなら、その分自分が傷つけばいいじゃない。友奈が戦い始める前に、敵を倒しちゃえば良い話でしょう?」

 

 

———認識の格差が、そこにはあった。

 

そもそも、美森と玲奈では考え方が異なる。

 

美森は大切な物を数多く抱えて生きているが、悲観的だ。そして苦しみも悲しみも避けたいと思っている。だから、この事態に対し、『仲間達がこれ以上傷つくのを避けるために世界ごと心中したい』と思っている。結局のところ、彼女はそれほどまでに仲間思いなのだった。

そして悲観的だから、この先に希望を見出せない。『この先、戦いが終わるかもしれない』『失った記憶や身体機能が戻ってくるかもしれない』というわずかな可能性を信じられず、『これ以上苦しむ前に全てを終わらせる』という短絡的な答えに行き着いてしまう。

 

それに対し、玲奈の大切な物は友奈だけ。あらゆる行動の源泉は友奈にある。たとえどんなに苦しむ羽目になったとしても、最後に友奈が無事ならばそれで良い。避けたい結末は友奈の喪失だけで、その最期が訪れない限り、彼女はいくらでも戦い続けることができる。

そのためならば、手段を選ばない。以前までの彼女ならば、『友奈に相応しいか否か』を考え、他の仲間の喪失を恐れない自らを忌避しただろうが、それも過去の話。ラブレターという名の応援を受け取ったことで、彼女は既に自らを肯定することができていた。

 

———しかし、それは本人達には分からない。

 

今まで互いが似ていると感じていたが故に、根本的に大きく違うことに気付かない。だから、美森は「この子は何を言っているの?」と困惑し、玲奈は玲奈で「こんな事も分からないなんて、東郷って思っていたより頭悪いのかしら?」と失礼なことを考えている。

 

友奈を含めた、勇者部全員を戦いから解放したい美森。

友奈だけを戦いから遠ざけたい玲奈。

 

 

2人の目的の達成条件は大きく異なる。

 

美森の目的は、勇者部全員をこれ以上戦いで苦しめないこと。しかし敵が来る以上、戦いは避けられない。故に世界を滅ぼすしかない。

玲奈の目的は、友奈だけを戦わせないこと。美森に比べて目的の達成は容易い。なぜなら、『樹海化と同時に敵と戦い、友奈が戦いに巻き込まれる前に終わらせる』ことを最後まで続ければ良いのだから。どうすれば良いかさえ分かっていれば、玲奈は迷わない。たとえ終わりの見えない辛い戦いでも、友奈のためならばいくらでも戦える。

 

 

「私が傷ついて欲しくないのは、友奈ちゃんだけじゃない…!」

 

「……なんだ、東郷ってもしかして浮気性………うぷっ…」

 

茶化そうとするも、玲奈は既に限界を迎えている。しかし喉にせり上がってきた吐瀉物を無理やり押さえ込み、強引に堪えた。

 

 

「…場所、変えましょ。ここ、死ぬほど辛い……」

 

 

———その時。

彼女の呟きを聞いたのか。二人に忘れられていた哀れなヴァルゴ・バーテックスによる爆弾攻撃が、美森と玲奈を結界の内側に吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『郡千景が幸福に至る方法とは何か』。

 

この問いに対し、私達の回答は分かれました。

ある神は、『大勢の人間に愛されること』と定義しました。それが郡千景が望み、勇者として戦うモチベーションになったからです。

ある神は、『父親に愛されること』と定義しました。父親さえ味方になっていたならば、彼女はあの最期を回避できた公算が高かったからです。

ある神は、『バーテックスの襲来がないこと』と定義しました。バーテックスの襲来がなければ、あの最期は迎えない。命を失う事はないと考えられたからです。———私には、とてもそうは思えませんでしたが。

 

そして私は、『高嶋友奈と共に生涯を過ごすこと』と定義しました。高嶋友奈は、郡千景の最大の拠り所。彼女さえいるならば、郡千景はどんな困難にも耐えられる。彼女の幸せには高嶋友奈が必要不可欠と考えました。

 

私達は人でなしです。人間の心を知りません。だから、人の感情さえも理詰めで考え、判断するしかありませんでした。

 

 

———そして、大失敗をしました。

 

かつての神々が人類に過度に干渉しなかった理由を、私達は学習しました。神が人類に干渉する事で、何が起こるかを私達は知らなかったのです。

 

 

———『大勢の人間が郡千景を愛する』ように人類に干渉した世界で、人間達は簡単に壊れました。

郡千景は確かに大勢の人間に愛されましたが、愛されるが故に悲惨な最期を遂げました。その世界の観測を通じ、私は人間に失望しました。『愛と性欲は違うものだ』という主張の説得力が、失われてしまったからです。

 

 

———『父親が郡千景を愛する』ように干渉した世界でも、うまくはいきませんでした。

なぜなら、たとえ娘を愛するようになっても、郡千景の父親の性根は変わらなかったからです。最後は村中が敵となり、ストレスに耐えかね、父親は娘を殺した後自殺しました。すなわち、親子での心中です。……そこに、郡千景の意思は介在しませんでした。

 

 

郡千景は世界に呪われている、とある神が言いました。私達が手を尽くしても、不幸になって終わる結末しかないのだと。

 

しかし、そこで計算違いが発生しました。

 

 

———『バーテックスが襲来しないこと』と回答した神が担当する世界の郡千景が、思いもよらぬ事態に見舞われたのです。

 

それは、彼女が中学2年生に上がった時のこと。本来ならば丸亀城で訓練に勤しむ時系列ですが、その世界はバーテックスの存在しない世界。当然、彼女も普通の中学時代を送っていました。……ただし、壮絶ないじめを受け続けながら。

 

 

計算違いが発生したのは、中学2年の始業式の次の日のこと。とある転校生の少年が、いじめられている彼女を助けたのです。

そこから、その世界の郡千景の人生が一変しました。痛みと人の悪意しかない日々に光が差し込み、孤独から解放された彼女。残念ながら天の神の力は私達を遥かに上回っていて、結局数年遅れでバーテックスが襲来し、郡千景も勇者として戦死する事になりましたが………それでも、私達が今まで見てきた世界の中で、もっとも幸福な結末を迎えていました。

 

私達は人間を見くびっていました。直接郡千景を救うように干渉しなかったにも関わらず、1人の人間が結果的に郡千景を幸福へと導いたのです。

 

 

ですから、私は諦めません。———この世界の神樹の供物となる選択をした彼女を止める事は出来なくても、遠い未来に希望を託す事はできるのですから。

 

 




……原作のカッコいい若葉様の原型が、ない……。


まさかゆゆゆいの水着杏と風先輩の大赦ポイントボーナスが7月だけとは思わなかった。


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激情

感想、お気に入り登録ありがとうございます!

いつもより文量多め。


「……イタタ……でも、生きてる」

 

「玲奈、ちゃん…?どうしたの?……なんか、真っ青………」

 

「……ゆう、な…?友奈こそ、どうしたの?」

 

 

玲奈はヴァルゴ・バーテックスに吹き飛ばされ、友奈の側に落ちてきた。辺りに美森の姿はない。どういうわけか、玲奈が一緒に吹き飛ばしたはずの夏凛の姿もない。

 

———そんなことは、玲奈にとってはどうでもいいことだ。

 

友奈が、泣いていた。それだけで、他の事情の重要性は喪失する。

 

 

「…なんで、泣いてるの?」

 

玲奈は恐る恐る尋ねる。彼女、友奈の我慢強さを知っている。だから、『義妹が泣いている』という事実は、よほどのことが無ければ起こらないことだ。

 

「玲奈ちゃん、私………変身できなく、なっちゃった………」

 

「………え?」

 

玲奈は、友奈の端末の画面を覗き込んだ。そこに表示されていたのは、警告文。『勇者の精神状態が安定しないため 神樹との霊的経路を生成できません』という、無慈悲な赤文字。

 

「ッ‼︎」

 

玲奈は、友奈を思い切り抱きしめた。

 

「……玲奈、ちゃん…?」

 

どんな言葉を掛ければいいか、玲奈には分からない。どんなに近しい相手でも、掛けるべき言葉が見つからないことは往々にしてある。だから玲奈は、自分がしてもらった事を友奈に返す。友奈を抱いたまま、彼女の頭を優しく撫でた。

 

———慰める言葉が見つからないから、玲奈は自分の望みを遠回しに伝える。

 

 

「………変身できないなら、それでも良い。いつも頑張っているんだから、今日くらいはのんびりしていよう?」

 

「…でもっ。東郷さんを止めないとっ。……それに、夏凛ちゃんだってっ……」

 

友奈に戦わせたくない玲奈は、優しく彼女を宥める。しかし、友奈は存外頑固者。暗に『後は全部任せて』と伝える玲奈の言葉に抗う。

 

———『いつも頑張っている』のが戦いだけでなく普段の生活も含まれていることに、友奈は気づけなかった。

 

 

「……そういえば、夏凛ちゃんは?」

 

玲奈の問いに、友奈は指差して答えた。

 

「あそこに……。私が、不甲斐ないせいでっ!」

 

 

友奈の指差す方には、複数のバーテックスを相手取り、満開しながら戦う夏凛の姿があった。

 

———友奈は、玲奈に抱き締められながらも、夏凛の勇姿を見続けていた。玲奈の方を向きながらも、視界の端には常に彼女の姿を映す。

 

 

「それを早く言いなさいっ」

 

夏凛のためではなく、友奈の今後のために玲奈は夏凛の加勢に向かう。

———彼女が駆け出した時には、夏凛が相手取る敵の数は残り二体になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇者部五箇条、ひとーー…げぅ⁉︎」

 

残りの敵二体を殲滅すべく、散華と共に再度満開しようとした夏凛は、突如横からの飛び蹴りを腹部に食らって吹き飛んだ。言わずもがな、蹴りを叩き込んだのは玲奈である。致命傷と認定されない程度の打撃を加えることで、満開を妨害したのだ。

 

「……よし、ギリギリセーフね」

 

「いきなり何すんのよ⁉︎」

 

「……あなたこそ、満開ゲージ無しで何をしているの?」

 

玲奈は心底呆れていた。———玲奈も、遠目から見て夏凛が何度も満開をしているのは知っている。満開ゲージ無しで一体どうやって満開したのか、心底疑問だった。

 

 

「ねえ。夏凛ちゃんも、もう気づいているでしょう?満開すると、明らかに身体がおかしくなっていることに」

 

「………そうね。一度目の満開が解除された後、片手が動かなくなったわ。それに、二度目は片足。満開をする度に、どこかが不自由になってる」

 

「満開の代償だそうよ。東郷がこんな凶行に走ったのも、それが1つの原因」

 

 

夏凛は今までの経緯と自らの実体験で、玲奈は郡千景によってそれを知らされた。

 

———玲奈は、もしも友奈の満開の代償が決して治らないものだとしたら、大赦を潰すしかないと思っていた。

 

いつまで経っても友奈の症状は治る兆しがなく、そして美森のこの行動と彼女の叫びを聞き、満開の代償によって失ったものは二度と治らないであろう事を確信してしまっている。

しかし、大赦がなければ今の世界の存続が危うくなるのも事実。だから玲奈は動かない。……否、動けない。彼女にしてみれば、友奈の平穏を大赦に人質として取られているに等しい。だから彼女は、精神をすり減らしながらも堪えるしかないのだ。

 

———しかし、まずはこの局面を乗り越えるのが先決だ。

 

 

「しばらく、待っていて。あとの二体は、私がやるから」

 

「ちょっと、玲奈⁉︎」

 

夏凛の制止を聞かず、玲奈は敵に向かって駆け出した。

 

 

敵は2体。しかし増援は望めない。一体ならば一人だけでも封印し、撃破できる公算だったが、2体以上は不可能。封印の儀の間に妨害を受け、戦闘の続行が不可能になる恐れがある。

 

……だから、奥の手を使うしかなかった。

 

 

「—————満開」

 

軽鎧が砕け、その内から暗赤色の勇者服が現れる。砕けた破片は剣に纏わりつき、やがて一本の大鎌と化した。

 

 

(……正気?これ以上何を犠牲にすると言うの?)

 

脳裏に響く郡千景の声に、戦いながら玲奈は答える。

 

「……何を失うか、選ばせてくれるの?」

 

(味覚や嗅覚は既に無いから、あなたを更生するのに必要な代償はない。だから、結局生活が不便になるだけのリスクしかない……)

 

「……本気で更生って言っていたの?」

 

尋ねつつ、大鎌を一閃。神威の刃が敵を御霊ごと両断し、バーテックスが消滅する。

 

(当然でしょう?……それより、どうするの?視力、聴力、手足、内臓機能……。どれを選んでも、碌な事にならないわよ。命を守ってくれるほど、あなたの使っている力は優しくはないから……)

 

 

五感や四肢の機能を失えば、日常生活に支障が出る。そして内臓機能を失えば、ほとんどの場合生命活動に支障が出る。

 

会話の片手間で敵バーテックスと戦いつつ、玲奈は言った。

 

 

「……内臓機能も犠牲に選んでいいなら………あるじゃない。1つ、不要なものが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この光景を見たでしょう⁉︎だったら分かるはずです……!この世界が、勇者の役割が、どれだけ残酷で悲惨なものか‼︎」

 

「それでも、ダメよ!これ以上壁を壊しちゃ……!」

 

壁の外で対峙する、美森と犬吠埼姉妹。星屑は無限に押し寄せ、美森は更に壁を壊そうとする。それを姉妹2人で、必死に止めていた。

 

 

「どいて下さい、風先輩っ!」

 

美森は震える手で銃を握り、風に向けて撃とうとするが、

 

「させません!」

 

樹のワイヤーが美森の銃をその手ごと雁字搦めに拘束する。

樹のワイヤーは、勇者達の中でも特に身体能力に優れた玲奈の全身を拘束できるほどの捕縛能力と耐久性を備えている。玲奈よりも身体能力に劣る美森では、たとえ片手が使えたとしてもそう易々と解くことはできない。

 

 

「らあぁぁっ!」

 

「…がっ⁉︎」

 

そこで、風の渾身の一撃。姉の攻撃の巻き添えにならないよう、美森を逃さない絶妙なタイミングで樹がワイヤーを解除する。精霊のバリアが発動し、斬撃から美森を守るが、その衝撃までは殺しきれない。そのまま美森は炎の世界に飛んでいった。

 

「ごめんね、東郷。……少しの間、大人しくしてて」

 

「……⁉︎お姉ちゃん、あれ見て⁉︎」

 

美森を吹き飛ばした方を見つめる風に、樹が焦燥に満ちた声を掛ける。

そして、風が見たのは、

 

「……なによ、あれは⁉︎」

 

無数の星屑が集まり、未完成のレオ・バーテックスが完成に近づいていく光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏凛ちゃんっ!」

 

「あ、友奈……」

 

友奈は変身できないまま、夏凛のいる場所まで必死に走った。そして見つけたのは、四肢を投げ出して仰向けに寝そべる夏凛の姿。

 

「敵は⁉︎玲奈ちゃんは⁉︎」

 

「落ち着きなさいよ。……敵の残りは玲奈が倒して、そのまま東郷を探しに行ったわ」

 

「……夏凛ちゃんの、…満開の、代償は……?」

 

「………」

 

怯えるように尋ねる友奈に、夏凛は真実を言えない。誤魔化すことしかできない。

 

「……別に、大したことじゃないわよ」

 

「なら、教えて」

 

珍しく強く引き下がる友奈に、夏凛は渋々、満開の代償として散華した機能を伝える。

 

「………片手と、片足。別に大したことじゃないでしょ?」

 

「大したことあるよ⁉︎……ごめん、ごめんね、夏凛ちゃん……」

 

友奈は、泣き崩れるしかなかった。

どうして、こうなったのか。玲奈を傷つけないために、誰にも満開の後遺症について話していないつもりだった。しかし結果として、美森は暴走し、自分は変身出来ず、夏凛は腕と足の自由を失うという結果に陥っている。

 

 

(……結局、私は……嫌われたくない、だけだったんだ)

 

 

友奈は、気付いた。気付いてしまった。千景から教えられた真実を、誰にも打ち明けなかった理由を。

 

 

———友奈は、傷つきたくなかったのだ。

 

満開の真実を教え、勇者部のみんなの雰囲気が悪くなる事を恐れた。……そうなってしまったら、温かい勇者部が永遠に失われてしまうように感じて。

 

情報の出所を聞かれて、千景の事について教えるのが怖かった。———それを玲奈に知られたら、『自分を愛してくれているのは、郡千景の影を重ねているからだ』と思われてしまうことが怖かった。

 

そして、初代勇者である自分の事を打ち明けるのが怖かった。———この世界の勇者でないにしろ、大赦の裏側を黙っていた事を責められるのが恐ろしかった。

 

そんな友奈の自己嫌悪に気づかず、夏凛は友奈を促した。

 

「それより、早く玲奈のところに行ってあげなさい。……じゃないと、あの子どうせ無茶するわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———再び壁の外へ出た玲奈を待ち受けていたのは、神樹側で気絶して倒れている犬吠埼姉妹と、完成間近のレオ・バーテックス。そして、満開した状態で佇む美森の姿だった。

 

その光景を見て、玲奈の脳の血管が切れる。………トラウマさえも跳ね除ける憎悪に似た怒りに、玲奈は自らの全てを委ねた。

 

 

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

「とおおぉぉぉうごおぉぉう‼︎私の友奈を泣かせたなぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

 

 

 

 

咆哮。

比喩でもなんでもなく、ビリビリと空気が震える。真紅の眼光が美森を射抜き、彼女を威圧した。

 

「……そう。友奈ちゃん、泣いちゃったんだ………」

 

美森は、玲奈が満開している事には一切言及しない。目的のためならば自身の犠牲を躊躇わない事くらい、彼女は分かっている。

 

「………あなたの所為よ。でも、…今ならまだ間に合う。この蛮行をやめて、誠心誠意友奈に謝れば、許してあげるわ」

 

怒鳴った後、息を整えた玲奈が宣告する。

 

「駄目よ。もう、後戻りなんてできない……。私は、勇者の運命をここで断ち切るの!」

 

それに対する美森の答えは、否。

……頭が沸騰しそうになるのを堪え、玲奈は再度説得を試みる。

 

「……別に、あなたが頑張る必要なんてない。……なんだったら、これからは私1人だけで戦う。友奈の為に犠牲になるのが嫌なら、私だけで……」

 

その玲奈の発言は、美森の火に油を注ぐに等しい行いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして分からないの⁉︎私は玲奈ちゃんにも傷ついて欲しくないのに‼︎」

 

 

 

 

 

「⁉︎」

 

玲奈の胸に去来したのは、驚きと諦観、そしてある種の納得。

自分のことも傷ついて欲しくないと思ってくれていた事に対する驚き。どうあっても彼女を止められないという諦観。そして、自分と彼女の考え方の違いに対する納得。

 

 

きっと、人間として正しいのは美森の方だ。玲奈はどこまでいっても独善的で、人間としては落第。人の心として正しい情緒を持ち合わせているとは言い難いだろう。

しかし、行動が正しいのは美森ではなく玲奈。……どのような理由があっても、世界を滅ぼすことが正しいわけがない。

 

 

 

だから、玲奈は認識を改めた。自分の事も思いやってくれていた事に対する喜びを押し殺して。

 

 

「………もう、良いわ。さよなら、東郷」

 

———玲奈の美森に対する認識が、守るべき友から排除すべき敵に塗り替えられた。

 

 

 

 




第1部、終わりが見えてきた。

ゆゆゆい では、やっとヴァルゴ3節のコンプリート完了。なかなか勝てずに20回くらい編成し直した結果、『心のやすらぎ 秋原雪花』をリーダーとしつつ、『水上のお姫様 伊予島 杏』を加え、そこにフレンドの杏さんを加えた三人パーティが最適という答えに行き着いた。


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“堕ちた者”による制裁

お待たせしました。

感想、お気に入り登録ありがとうございます!投稿前にまた増えててびっくり。

しかし残念ながら、今回のお話はバイオレンス的な意味でヤバい。……お気に入りが増えたそばから減少するのか…………いやでも、裏の記憶を投稿している時点で今更か。


———美森は覚悟を決めていた。

 

風と樹が気絶しているのは、美森が満開状態の砲撃を容赦なく浴びせたからだ。精霊のバリアで命は守られているものの、満開した美森の砲撃による衝撃までは打ち消しきれない。彼女の狙い通り、犬吠埼姉妹は気を失い、戦闘不能になった。

 

———精霊の守りがあれば、少なくとも命は助かる。

 

だから、今の美森は仲間に対し攻撃する事を躊躇わない。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

大鎌を振りかざし、正面から突っ込んでくる玲奈。その彼女に、美森は雨のように砲撃を浴びせる。

 

「………!」

 

そして、美森は目を見開いた。

攻撃が玲奈に当たらない。敏捷性を活かした急激なランアンドストップ。慣性によって肉体に負担を掛けながらも、停止と疾走、そして急な方向転換を駆使して美森の攻撃を掻い潜り、躱しきれない砲撃か、もしくは壁に命中する恐れのある砲撃は大鎌で弾く。

 

「……なら!」

 

美森は作戦を変更。玲奈を直接狙うのではなく、壁を集中して狙う方針にシフトした。

 

「させないっ!」

 

当然、玲奈はそれを防がざるを得ないが、手数が足りない。だから、消耗を覚悟しつつ、精霊の力を使った。

 

「七人御先!」

 

分裂した玲奈が砲撃に対処する。彼女達は各々の鎌で砲撃をあらぬ方向へ逸らし、距離が遠い場合は鎌を投げつけて相殺し、不死性を活かして時には自ら盾となる。

 

「…取った!」

 

「……なっ」

 

そして美森が自分の砲撃に集中している隙に、玲奈の内の一体が美森の背後に回っていた。

そして、大鎌を振り上げ、

 

———その直後、レオ・バーテックスの放った火球が玲奈を焼いた。

 

「………!」

 

炎に呑まれ、焼けた玲奈が消滅する。そしてすぐに復活。その光景を見て、玲奈が歯噛みし、美森は更に作戦を変更した。

 

……バーテックスはどのような場合であろうと勇者を攻撃する。先程玲奈を攻撃したのも、美森よりも玲奈の方が距離的に近かったからに過ぎない。決して美森を庇った訳ではないのだ。

 

「……それなら」

 

美森は砲撃を繰り出しつつ、前進する。———自分が開けた壁の穴の内側へと。

 

「…く、ぅ……」

 

玲奈は七人御先で壁を防御しつつ、美森の進撃を止めようとするも———スタミナが足りない。先程まで戦っていた二体のバーテックスを仕留める為に相応に消耗していた玲奈は、七人御先を使った事で既に限界を迎えつつあった。

 

やがて玲奈の満開状態が解除され、元の剣と軽鎧の姿に戻る。それに伴い、髪の色も白銀に戻り、七人御先が消失した。

 

 

「……もう、じっとしてて」

 

玲奈が限界である事を悟った美森が、砲撃を止めて全速で進む。

 

(……ここからなら、神樹を狙える……!)

 

壁の内側に到達した美森は、自分の攻撃が届くのに十分近づいた事を目算で判断。そして攻撃用のエネルギーを砲口の一点に集中させつつ、

 

「……今!」

 

背後から放たれたレオ・バーテックスの火球を、間一髪で避けた。———その先には、神樹。

 

「させるかぁっ!」

 

そして美森の()()()()()、玲奈が空中に飛び出してきた。

 

 

「風牙っ!」

 

風を纏う剣の切っ先と火球が激突し、爆発。無事に火球を相殺できたものの、その衝撃で剣を取り落としていた。

 

———全ては、美森の計算通りだった。

 

美森は玲奈をよく知っている。『じっとしてて』と言われても、大人しくしている筈がない。たとえ限界に達していようと、無理をしてでも行動する事は読めていた。……そして、バーテックスの攻撃を手っ取り早く相殺する事も。

 

………玲奈が一番の障害になると、彼女は想定していた。故に、玲奈を戦闘不能にしないまま行動に移すことなど、美森はしない。

 

だから、この時を待っていたのだ。………全ては、玲奈を無力化する為に。

 

「おやすみ、玲奈ちゃん。……少しの間、眠っていて」

 

限界までチャージしていた砲撃が玲奈に迫る。取り落とした剣を拾う時間はない為、大慌てでその場から離れようとするが、避けきれない。

 

 

「………え?」

 

 

その呟きは、一体誰の口から漏れたものなのか。

驚くほど軽い『ブチっ』という衝撃が玲奈を襲い、彼女はそのままゴロゴロと樹海に転がった。———真っ赤な血の色を樹海に塗りたくりながら。

 

「…くっ…が、ぁ……」

 

 

———美森に誤算があるとするなら、それは玲奈に精霊の守りがなかった事だ。

 

今までの戦闘で、玲奈は傷を負っていない。初めての戦いの爆撃で無事だったのも、精霊のバリアによるものだと彼女は勘違いをしていた。———実際には、風と鎧の守りに助けられていただけだというのに。

 

 

だから、この結果は必然だった。

 

 

 

 

 

「が、ぁ、あああ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁッ!??!!!?⁉︎!?」

 

 

 

 

 

 

———美森の放った砲撃によって、玲奈の左腕が欠損していた。

 

 

玲奈の鎧は精霊の武具であり、非常に強い耐久力を持つ。……しかし、それでも関節部分は弱い。しかも受けたのは通常の攻撃ではなく、満開した勇者の放つ、溜めに溜めた全力の一撃。耐え切れる筈がなかった。

 

 

 

「わ、私は……そんな、つもりじゃ……」

 

 

美森が狼狽えるが、その声も玲奈には聞こえない。激痛が彼女の感覚を満たし、視界が赤く明滅する。

玲奈の鎧の防御能力が高かったことが、今回に限っては災いした。

 

左腕は肘から先が無くなっている。……遥か後方に、割れた籠手に包まれた左腕の前腕部が転がっていた。肘の上からは綺麗な関節の形が残った白い骨が剥き出しになり、赤い血に塗れた神経か筋肉繊維か判別のつかない糸状のものがダラリと垂れ下がっている。そして腕の断面からは、蛇口を絞り忘れた水道のように絶え間無く出血が続く。

 

———鎧がなければ、腕は綺麗に消失していた。中途半端に残って、痛みが増幅されることはなかっただろう。

 

 

この鎧によって砲撃そのものは防げたが、その衝撃だけで左腕は肘の関節から無理矢理()()()()()()()結果になった。無くなった筈の前腕部から感じる幻痛と露出した神経から発生する現実の激痛が玲奈の脳を刺激し、感覚の全てがその痛みに支配される。

 

 

———そして、()()が動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()にとって、結城玲奈は邪魔な存在だった。当然だ。玲奈が消えさえすれば、郡千景は今頃現実の世界で日常を謳歌できていたかもしれないのだから。だから、結城玲奈がどれほど苦しもうと、精神が壊れる程の痛みに苛まれようと全く気にも留めないだろう。

 

 

 

———ただし、結城玲奈の感覚が郡千景と共有されていなければ、の話だが。

 

 

 

 

『ぐんちゃん、しっかりしてっ!ぐんちゃん!』

 

「…ごめん、なさい……今、返事できる余裕、ないの……」

 

 

 

()()———高嶋友奈は懸命に郡千景の意識を繋ぎとめようとする。

結城玲奈が表に出て肉体を制御している時、郡千景は精神世界内に留まりながら感覚だけを共有している。彼女は樹海の景色を常に視界に映すと同時に、痛覚や触覚、音や光さえも並行して感じているのだ。

 

『…大丈夫。じきに治るよ。……はい、深呼吸っ』

 

高嶋友奈は、痛みに苦しみながら寝そべる千景を抱き締める事しか出来ない。

 

「たか、しまさん………さむ、い……」

 

『……え?』

 

「それに、なんだか………暗く…?」

 

『ぐんちゃん⁉︎』

 

 

………元々、千景は無理をしていた。

2年前から高嶋友奈の瘴気を抱え込み、玲奈との境界が薄れながらも強引に現状を維持し続けた。そして今回の激痛による精神ダメージ。千景は限界を迎え、いつ消えてもおかしくない状態。

 

『玲奈ちゃんの役立たずっ!』

 

神の力は、千景を助けてくれない。そもそも、無理があったのだ。元々自分の物でもない力を制御しながら、自我を保ち続けるなど。

 

 

「…………」

 

千景はもう、高嶋友奈を知覚すらできていない。ブツブツと何かを呟きながら、昏い瞳で虚空を見つめている。

もう、これ以上は我慢できなかった。だから、

 

 

『もう、良い。あとは私がやる』

 

玲奈の神の力を利用して、高嶋友奈は表へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精神的なショックで満開どころか変身も解除され、座り込む美森が見たのは、玲奈から黒い煙のようなものが出始めるという異変だった。

 

「れ、玲奈、ちゃん……?」

 

声を掛けても、返事はない。絶叫が止み、倒れ込んでピクリとも動かなくなってから、結城玲奈は何も反応しない。だから、美森はただ呆然と座り込むしかなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という思考を、彼女は拒んだ。

 

黒い煙は徐々に濃さを増し、やがて影のようになる。そして次の瞬間。

 

 

「ぐ、がっ⁉︎」

 

影から現れた脚が、美森を蹴り飛ばしていた。咄嗟に精霊のバリアが発動したものの、そのバリアごと美森が吹き飛ぶ。そして影から現れたのは、一人の少女。美森の記憶にない制服に身を包んだ、1人の少女だ。

 

そしてその顔を見て、

 

(友奈、ちゃん…?…………じゃ、ない⁉︎)

 

咄嗟に美森は逃げようともがいた。

しかし、勇者に変身しなければ、美森は立つことすらままならない。脚が動かないというハンデは、この局面においても彼女に牙を剥く。

 

 

「アハっ!」

 

実体化した少女———高嶋友奈は、美森が動けないことを承知の上で攻撃する。この少女に良識などない。あるのはただ、ひたすらに偏った執着と愛、そして憎悪。そして彼女の負の感情の矛先は、全て美森に向かっている。

 

「死ね」

 

高嶋友奈が、渾身の蹴りを美森に叩き込む。………精霊のバリアが発動したものの、それを突き破って美森の腹に直撃した。

 

「グブッ⁉︎」

 

突き刺さった蹴りの一撃はメリメリと腹部にめり込み、その衝撃だけで内臓を文字通り押し潰す。受け身さえ取ることも出来ず、美森は樹海に転がりながら、血に染まった吐瀉物を撒き散らした。

 

「ゴボッ……ゲェ……おえぇぇぇ……」

 

確実に消化器系は破壊されている。それでもまだ生きていられるのは、精霊によって生命維持が為されているからか。しかし命は守られても、その苦痛まではなくならない。

 

 

「精霊のバリアが効くと思った?……残念だったね。玲奈ちゃんの力を使ってる今なら、私の一撃は神の守りだって力づくで壊せるよ」

 

 

目の前の少女はそう言いながら、ゆっくりと美森の方へと歩み寄る。……美森は時折その少女が後方へ転がっている玲奈を気遣うような視線を向けていることに気付いた。

 

しかし美森を見るその目は軽蔑そのもの。美森の知る友奈ならば絶対にしないであろう酷薄な笑みを浮かべながら、高嶋友奈は容赦なく追撃を加える。

 

「ガッ⁉︎」

 

肩を蹴られ、身動きが取れない状況からさらに転がされる。———その一撃で、肩と二の腕の骨が砕けた。

 

「苦しみたくないんだよね?でも、それは許さない。皆が犠牲になるのを見るのが嫌なら、あなた1人で死んでよ。………ぐんちゃんを巻き込むな」

 

 

 

狂った少女は、静かな怒りをその瞳に宿していた。












……痛い。心が痛い。



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“結城玲奈”

感想、お気に入り登録、誠にありがとうございます!

お気に入りが減ると思ったら、増えている、だと⁉︎
……もしかして、遠慮なく書いていった方が面白い?



さて、今回は。
勇気を出して、当初の設定を変えずに挑戦っ。


「……え?」

 

心をようやく立て直して変身し、玲奈の方へ向かった友奈は、恐ろしいものが転がっているのに気づいた。

 

………それは、見慣れたものだった。

 

 

白い肌に刻まれた、赤い火傷跡。見慣れた物が、本来あるべき場所を離れて転がっている。

 

———映像としては認識されている。ただ、その光景に意識が追いつくまで、時間が掛かった。

 

そして、数秒後。

 

 

「うあぁぁぁぁあぁぁぁっ⁉︎」

 

友奈は腰を抜かした。

転がっていたのは、腕だった。それも、いつも身近にいる少女の左腕。普段は包帯で隠されている火傷跡が外気に晒された状態で転がっていた。

 

「……れ、玲奈ちゃんは、どこに?」

 

 

その腕の持ち主を探す。……自分の見ているものが幻か何かだと信じたいがために。そして、彼女はすぐに見つかった。

 

 

「玲奈ちゃんっ‼︎」

 

友奈が探している少女は、前方に倒れていた。———左腕は、ない。

 

「ッ⁉︎……ねえ、玲奈ちゃんッ」

 

脳がようやく現実を認識し、慌てて友奈は声を掛けるが———返事は、ない。身体を揺すっても反応がなかった。

 

玲奈の左腕の切断面の側には血溜まりが出来ているが、既に出血は止まっている。———嫌な予感に苛まれて、胸に耳を当てた。

 

 

「……………」

 

 

心臓の鼓動は聞こえるが、弱かった。今にも消えてしまいそうな程に。

 

 

「……⁉︎そんなっ」

 

そして呼吸を確認して、完全に止まっている事に気づく。———学校の授業か何かの記憶を頼りに、人工呼吸を試みた。

 

 

(…えっと、確か、頭を持ち上げて、それから……)

 

混乱でオーバーヒート寸前になりそうな脳を必死に回し、朧げな記憶を辿りながら行動を模倣する。

それは、お世辞にも上手とは言えない処置だった。しかし、気道は無事に確保されている。………だから、彼女にとってはそれだけで充分だった。

 

———友奈にやってもらうというだけで、玲奈にとっては充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷から、その手を離せえぇぇ‼︎……ガッ⁉︎」

 

「お姉ちゃん⁉︎…ぐっ⁉︎」

 

「うるさいなぁ。私の敵はこの子だけなんだから、じっとしていればいいのに」

 

 

壁の外で、美森を締め上げる鬼の少女に、犬吠埼姉妹は必死に立ち向かう。風も樹も、現状を正しく理解できてはいない。美森の砲撃で気絶した後、気が付いたら目の前で友奈の姿をした正体不明の何者かが美森を痛めつけていた。

 

———大切な後輩(先輩)が傷つけられているというだけで、この姉妹にとっては立ち向かう理由になる。

 

しかし、相手は強大だった。勇者の力を以ってしても、手も足も出ない。———現代の勇者が相手にならないという事実がどれほどの脅威であるのか、この姉妹は実感していなかった。

 

 

「……ぐぅ……風、せんぱ…」

 

首を絞められ、呼吸すら困難な美森が、虚ろな瞳で風に語る。———逃げて、と。

 

だが当然、逃げられるはずもない。

 

 

「あれ、まだ声出せるんだ?結構絞めてると思うんだけど。勇者システムの恩恵、かな?」

 

鬼の少女は、美森の首に掛ける力をさらに強くする。

 

「か……ぁ………」

 

常人ならば、首の骨が折れている握力。たが、勇者システムはそれを許さない。毒物による自殺さえも防ごうとする働きがここでも作用し、美森の生命活動を徹底的にバックアップ。結果的に美森はとうに死んでいるはずの苦しみを味わいながら、それでもなお生かされ続ける。

とうとう美森の呼吸は停止し、口から泡を吹き始めるが———それでも死なない。首の血流が止められ、脳が酸欠状態になりながらも細胞は死滅しない。———もはや、ただの呪い。

 

 

「離せって……言ってんでしょうがあ‼︎」

 

「東郷先輩を、放せぇ‼︎」

 

その様子を見て、黙って見ていることなどその姉妹にはできない。勇者システムの守りに期待し、風は美森に構わず剣を思いきり振り上げ、その陰で樹はワイヤーを放つ。———パワー押しの風の攻撃を囮に使った、樹のワイヤーによる捕縛作戦。しかし。

 

 

「アハっ」

 

「グボッ⁉︎」

 

「キャッ⁉︎」

 

 

鬼の少女は飛び込んできた風をサッカーボールのように蹴り飛ばし、樹の放ったワイヤーを掴んでそのまま彼女ごと火の海へと投げた。風のバリアが砕け、身体がくの字に曲がって吹き飛び、宙に舞う樹に激突して———そのまま炎の世界へ呑まれて消えた。

 

 

「私が思った以上に勇者システムの守りは強力みたいだから、つい手加減をやめちゃったけど……別に良いよね?あれくらいじゃ、どうせ死なないし」

 

鬼の少女は考える。美森を苦しめて殺す為に。

生半可な攻撃では殺せない。だから、普通の人間相手にはできないような苦しめ方もできる。

 

鬼の少女———高嶋友奈は、普通の人間相手にこんな残虐な思考を始めたりはしない。美森が千景を苦しめたからこそ、そして何より『千景が命を代償にしてまで救った世界を台無しにしようとする』からこそ、彼女の憎悪は際限なく膨れ上がり、ブレーキが利かなくなっているのだ。

 

(どうしようかなぁ?首はもう限界まで絞めてるし、手足ももう折ってるし………耳を千切るのは当然として、うーん。目をくり抜いたりもしたいけど、その前に変わり果てた自分の姿も見てもらいたいし………鏡とかないかなぁ?あ、その前に胸も握りつぶしちゃおっかな?)

 

 

彼女は痛めつけられる苦痛を知っている。人間をやめる直前に()()()()()悪夢によって嫌という程思い知った。だから、彼女が本気で人を傷つける方法は、徹底的なまでの暴力になってしまう。

 

「あ、そうだ!髪の毛も抜いちゃおう!髪は女の命って言うみたいだしね!」

 

そして、少女の手が美森の髪を掴もうとした、まさにその時。

 

 

———ゴッ、と。レオ・バーテックスから放たれた巨大な火球が迫ってきた。

 

「……私、もう勇者どころか、人間じゃないんだけどなぁ」

 

高嶋友奈は慌てない。首を掴んだまま美森を盾に使い、精霊のバリアが美森を守る。———当然ながら、鬼の少女は無傷。

 

 

奇しくもレオ・バーテックスは、単なる攻撃行動で二度も美森を救う結果になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……私は、もうどうなってもいい)

 

滅びゆく世界で、彼女はただ祈った。

 

(神樹様。もし次があるなら、どうかぐんちゃんを———)

 

 

(———ぐんちゃんを、幸せにして下さい)

 

 

 

その祈りを受け、神樹は最期の力を振り絞る。

神樹は、天の神から人類を守る神々の集合体だった。だから、その願いを聞き届けるのは、数多の神々。

神樹が寿命を迎えつつあったことで神樹は分裂し、元の無数の神々に分かれた。それこそ、人から信仰され、名を日本中に轟かせる神から、人に知られていない、土や水、大気に宿る小さな無名の神々まで。

 

1人の少女の願いを叶えるべく、分裂した神々は有力な神を核として再び集合し、数体の新たな神となった。新たな神々は滅んだ世界の基盤を並行世界を渡るための方舟という概念に落とし込み、郡千景を救う為に様々な並行世界に干渉した。

 

———そして、悉く失敗。

 

そもそも、新たな神は元々は神樹の一部に過ぎない。滅んだ世界の基盤を利用する事で、特定の方向においては神樹を上回る権能を発揮する事もできる。しかし、細かな調整は利かない。特に一柱目の神の世界では、『郡千景を愛してもらう』ように干渉した結果、友愛や親愛などの『人の理性に基づいた思いやりによる愛』ではなく、恋愛や性愛という『人の本能に基づいた欲望による愛』のみが増幅され、郡千景は不幸な最期を迎える羽目になった。

 

失敗した神は自らを残りの神に吸収させ、残りの神の成功に全てを託す。それを何度も繰り返し、やがて最後に残ったのは、嵐や暴風を操る神『一目連』を核とした神のみ。新たな神の中で最も強い力を持ち、郡千景が幸福に至るまでの方法として『高嶋友奈と共に生涯を過ごすこと』と定義した神であり、神々の中で唯一、郡千景の精神世界に入り込む事ができた女神だ。

 

 

 

 

 

 

(……ああ、そうか)

 

 

 

 

 

 

「………あなたは、誰…?」

 

『私は神です』

 

 

 

 

(私、は………)

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。結局、幸せになる事は出来そうにないわね」

 

『謝らないで下さい。それに、私はまだ諦めた訳ではありませんよ』

 

『私達はこれまで、あなたの事をずっと見てきました。だからこそ、諦められない。願いを聞き届けた中で、残っているのは私だけになりましたが……私は必ず、あなたを幸せにします』

 

 

 

 

 

(……人間じゃ、なかったんですね)

 

 

人間に()()()()()結城玲奈は、全てを思い出した。

———結城友奈の人工呼吸。それが、祈った者と祈りを受けた者との繋がりを作り、記憶を取り戻す引き金となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———人工呼吸。それは呼吸停止の危機に陥った人間を救う可能性のある、尊い行為である。

 

しかし、重要なのはその処置方法。鼻を摘んで、頭を傾けて気道を確保する。……それはどうでも良い。

重要なのは、処置をする者とされる者が唇を合わせるというその一点。その一点だけが、結城玲奈にとって重要な意味を持つ。

 

 

「私、友奈にキスされてますよオぉぉぉー⁉︎」

 

「………全部思い出してもブレないってどういうことなの」

 

「彼女は“()”の生みの親でもありますから。結局、結城玲奈としての私が過剰なまでに友奈に執着していたのも、それが一因でしょう」

 

結城玲奈の精神世界である樹海で、玲奈は左腕がなくなっている事も気にせず盛大に悶えていた。すかさず復活した千景が突っ込み、かと思えば玲奈———否、“神”は冷静に回答する。

 

 

———玲奈が全てを思い出した事で、千景と玲奈の感覚の共有は一時的に断たれている。それは激痛から千景を守る為か、はたまた友奈の感触を独占したいからか。それは玲奈本人以外には分からない。

 

 

 

「さて、やる事は山積みです。まずは東郷美森を止めて、壁を直しませんと。……ああ、その前にこの身体の腕を治す方が先でしたか。正直このまま友奈の唇の感触をずっと味わっていたいところではありますが

 

「……待って今最後なんて言ったの?」

 

千景の冷たい視線の問いを、玲奈は華麗にスルーした。

 

「ああ、でも。そういえばこの精神世界の時間は加速しているんでしたね。だったらこの世界でのんびりしていても、現実の世界の時間はそれ程流れないという事ですから———いくつかあなたの質問に答えます。先程の問い以外で」

 

 

ならば、と。千景はずっと気になっていた事を口にした。

 

「結城玲奈は、何者なの?」

 

玲奈の正体が、自分を幸せにしようと奮闘していた神である事は分かっていた。だが、その肉体はどうなっているのか。———もしも本来そこにいるはずの人間の存在を乗っ取ったりする事で『本来の結城玲奈』が消滅でもしていたら、千景は彼女を許す事は出来ない。

 

その問いに、玲奈は答えた。

 

 

 

 

「私が世界に干渉しなければ、“結城玲奈”という人物は、本来存在しなかったんですよ」

 

 

 







玲奈の正体、気付いていた人はいるかな?


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終焉の始動

お待たせしました!……最近は忙しい。夏休みだけど研究室行ったり論文読んだり研究室行ったり研究室行ったり論文読んだり……はっ!これが青春か(遠い目)

感想お気に入り登録ありがとうございます!
……評価で0が付いたのに気付き、想定以上にショックを受けたけど投稿前にお気に入り数がさらに増えていて持ち直しました。お気に入り登録してくれた方、本当にありがとうございますっ!



さて。
自分で書いていてどうかと思いますが……この作品は人を選びます(今更)。評価バーが赤いのにお気に入り数や総合評価が意外に伸びていないのがその証拠。つまり、多数受けはしないけど楽しんでくれている人はトコトン楽しんでくれている(と、良いなぁ)
…………的外れの予想だったらこの上なく恥ずかしい。

そして、今回のお話も人を選びます。やばいっす。
オリジナル設定的な意味でも、バイオレンス的な意味でも。





「300年前、あなたが神樹に取り込まれた時———私は、この世界の神樹に取引を持ち掛けました」

 

玲奈は語る。千景が現代に『憑依』という形で存在している背景を。

 

「取引?」

 

「神樹はこの世界を守る為の結界を張る為に、膨大なエネルギーを必要としていました。あなたを取り込む必要があったのも、それが理由です」

 

正確には、取り込む必要があったのは千景の精神世界にいた神の力。あてにしていた高嶋友奈がエネルギー源として使い物にならなくなり、神樹はその代替として千景———正確には千景の中にいた玲奈———を求めた。

 

「しかし、私は抵抗しました。……私が長時間抵抗する事で力を消費すれば、たとえあなたを取り込んだとしてもエネルギーの収支はほとんどゼロになる。神樹はそれを分かっていたから、私の取引に応じたのです」

 

玲奈は、異世界の神樹を構成していた神々の一部の集合体。構成する元の神の数はこの世界の神樹の方が圧倒的に多い。取り込まれれば、たとえ抵抗しても最終的には吸収されてしまう。しかし、その『抵抗』によって神樹は相応の力を消費するだろう。

そして、神樹が人類を守れる結界を張るには、どうしても新たなエネルギーを確保する必要があった。その弱みがあるからこそ、取引を持ち掛けられる隙が生まれる。

 

「無抵抗で私の力のおよそ半分を差し出す代わりに、あなたを未来に蘇らせる。それが私の提示した取引です」

 

「………」

 

「そして、私はあなたの身体を特定の年齢まで管理する為に、なにより人間の心を知る為に、人間として『結城玲奈』になった。……私がただ記憶を失って人として生きていたというよりは、『元の私』の魂というべきものを人間のスケールにまで縮小し、まっさらな状態にする事で、無理やり人間の赤子の魂と同等の状態にしていたといった方がいいでしょう。人の心を学ぶには、他の人間と同じ条件で赤子から成長するべきだと考えた結果なのですが………自然に生まれた人間でない以上、やはり無理がありましたね」

 

普通の人間とは違い、神の精神を改造して生まれた不自然な状態の玲奈は、『精神の不安定さ』という欠陥を抱えることになった。

 

 

「人間の時の私は、てっきり火傷のトラウマで精神疾患になったのだと思っていましたが………いくら親によるトラウマとはいえ、全く関係のない第三者まで徹底的に警戒する、というのは不自然です。きっとそれは、その火傷の事件とは無関係。『階段から突き落とされるかもしれない』『いきなり殴りかかってくるかもしれない』なんて警戒するのは、きっとあなたの記憶による影響です。友奈に会うきっかけとなったあの事件の前まで精神が安定していたように見えていたのは、ただ心を閉ざしていただけ。友奈に出会う事で、ようやく精神の歪みを表に出せるようになった」

 

 

———鬼の少女は、玲奈の状態を『自己洗脳』と評した。玲奈はそれを、普段の生活における自分の心を覆い隠している事だと解釈した。

 

 

「今思えば、彼女は私の事を見抜いていたのかもしれませんね。普段人間の頃の私が隠していた事を敢えて指摘していたのも、300年前のあなたとの共通点を浮き彫りにしたかったから。そうする事で、私の記憶を呼び覚まそうとしていたのかもしれません。……私を人間の状態のまま消す、というのはやり過ぎだと思いますが」

 

 

「……話が、長いわ」

 

千景はうんざりしていた。———重要な話だという事は分かっているし、自分にも密接に関わってくる問題だが、そこまで深く解説を求めているわけではなかった。

 

 

「…人間としての私と、今の私ではまた話が変わってくるので話し足りないのですが………」

 

 

「……今はいいわ。後で話して」

 

「……そう、ですね」

 

 

———その時の寂しげに笑う玲奈の顔が、なぜか千景の胸にチクリと刺さった。『身体を特定の年齢まで管理する』という発言の意味を、彼女は考えすらしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ………良かったぁ…。玲奈ちゃんの呼吸、戻っ……た……?」

 

 

人工呼吸を終えた友奈は、変なものを見た。

骨の露出した、玲奈の左腕の断面。そこから、何かが伸びている。筋肉繊維の中から出てきたそれは、———植物の芽。

 

「ッ⁉︎」

 

やがてズルっとその芽と同じ物が大量に伸びて蔦となり、腕の断面を覆い隠しながらギチギチと絡み合う。そして、

 

 

「えぇッ⁉︎」

 

絡み合った蔦は腕の形を成したかと思うと、その一瞬後には白い肌に覆われた左腕になっていた。———すなわち、腕が再生した。

再生した腕には、欠損していた痕跡は何1つない。幼少期に負った大火傷の跡も、綺麗さっぱり無くなっている。

 

———間違いなくこの上ない幸福な奇跡のはずだが、その場面を目撃した友奈にしてみればホラー感満載だった。

 

 

そして友奈が戸惑いで動きを止めている間にも、事態は急速に変動する。

突如パチっと玲奈が目を開け、その直後に友奈に抱きついた。そして友奈の胸に顔を埋め、玲奈はそのままスーハースーハーと深呼吸。

 

「⁉︎⁉︎!?!!⁉︎??⁉︎?⁉︎‼︎?」

 

事態の急激な変化に対応出来ず、友奈の脳はパンクした。

 

(あぁ……久しく嗅いでなかった懐かしいこの香り………)

 

一時的に戻った嗅覚で玲奈は友奈の匂いを堪能する。制服越しに感じる柔らかい感触を魂に刻み込む事も忘れない。

友奈は友奈で思考が停止していたので、ほぼ条件反射で玲奈の頭を撫でた。

 

(ふわあぁぁぁぁ………)

 

友奈の匂いと感触に満たされながら、友奈に頭を撫でられる事のなんと幸福なことか。

友奈の胸に顔面を埋めているので周りからは見えないが、玲奈は恍惚とした表情を浮かべている。………神としての意識が戻っても変態性が変わらない玲奈に呆れるべきか、それとも神さえも病みつきにするユウナニウムなるものを評価するべきか。それは神樹にさえも分からない。

 

 

(……もう、いつ死んでもいい………我が生涯に、僅かたりとも悔いなし………)

 

 

周囲の状況は最悪だ。星屑は絶え間なく侵入し、鬼の少女は美森を痛めつけているまま。しかしそれでも、玲奈は間違いなく幸せだった。

———ここで自らの存在を放棄()()()と思うほどに。

 

だが、それは今の問題を解決してからだ。

そもそも、ここで全てを投げ出したところで何も解決しない。なぜか壁の外からはレオ・バーテックスが侵入してくる気配すらないものの、依然として星屑達は溢れている。

 

 

だから。

 

 

「……充電、完了。手伝って、友奈」

 

どんなに名残惜しくとも、玲奈は戦う事を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははッ!喰らえ、バーテックスッ‼︎」

 

壁の外にて。

心底楽しそうに笑いながら、高嶋友奈(鬼の少女)は人類の敵と戦う。———その声だけを聞くならば、高嶋友奈の元の人格が戻ってきたように錯覚するほど、明るい声。

最強の獅子座も、憎悪の鬼も共にほとんど無傷。………しかし、それには要因があった。

 

 

「がぶっ⁉︎」

 

東郷美森という、要因(玩具)が。

 

———鬼の少女は美森を武器として使っていた。

バーテックスからの攻撃は美森を盾にして防ぎ、攻撃は美森で殴るか、美森を投げつける。精霊のバリアがなければまず出来ない遊び(蛮行)。精霊は攻撃から命は守ってくれるが、衝撃を完全に消す事は出来ない。当然ながら、美森をぶつけたところで大した攻撃にはならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

———バーテックスの攻撃によるダメージよりも、高嶋友奈の遊びによるダメージの方が圧倒的に酷い。なにせ、美森で殴るスピードも、美森を投げるスピードも、音速を超えているのだから。

 

美森の状態は最悪だ。へし折られた腕と脚は振り回された時の遠心力で関節が外れ、筋肉は断裂。バーテックスにぶつけられた時の衝撃で全身の骨にひびが入っている。脳は絶え間なく揺らされて意識が朦朧とし、蹴り飛ばされた時に圧壊された臓器はぐちゃぐちゃに掻き混ぜられていた。

 

 

———それでも、精霊は美森を生かし続ける。

 

呼吸が止まれば酸素を供給し、心臓が止まれば血液を循環させる。臓器が破壊されてもバラけた細胞の破片は壊死する事なく、血液が無くとも栄養分と酸素を補給して無理矢理にでも細胞の生命活動を強制する。

 

 

「ここまでやっても死ねないなんて、悪夢だよね。……でも、まだまだ足りないや」

 

 

———鬼の少女は、美森を徹底的に苦しめてから殺すつもりだった。

死の直前まで痛めつけ、自分のした行動を後悔させ、許しを乞われながら無情にゆっくりと命を終わらせる。そうすれば多少溜飲も下がるだろうと、そう思っていた。

 

 

だが。

 

「……ねえ、なんか言ってよ。このくらいで壊れちゃったの?」

 

美森は、言葉を発さぬ肉塊に成り果てていた。

肉体は生きている。姿形も、ボロボロであるが外見の造形そのものは元の形を保っている。———ただ、精神の活動が感じられない。痛みや衝撃に反応して悲鳴や呻き声を出しても、意味を持つ音声を出さない。

 

………その事実そのものが、鬼の少女を苛つかせる。

 

 

「ねえってば。身勝手に世界を滅ぼそうとした癖に、こんな簡単に壊れたの?」

 

苛立ちのままに、少女は美森をレオ・バーテックスへ蹴り飛ばす。バリアが発動し、まるでサッカーボールのようにバーテックスに激突した。

 

 

「……早く、起きてよ」

 

美森の頭を掴み、ガンガンとバーテックスに叩きつける。

 

 

「起きてよ」

 

 

何度も。

 

 

「起きて」

 

 

何度も何度も。

 

「起きて」

 

何度も何度も何度も。

 

「起きてってばッ!」

 

 

苛立ちが限界に達し、叩きつけた威力に精霊のバリアが耐え切れずに美森の頭から流血する。それにも気付かず、さらに鬼は美森の頭を叩きつけようとして。

 

 

 

「東郷さんを虐めるなぁッ‼︎」

 

「……っ!」

 

 

再度変身した結城友奈が、上空から高嶋友奈へ突撃した。咄嗟の判断で高嶋友奈は美森を結城友奈へと放り投げ、背後から迫る刺突を紙一重で躱す。

 

 

「……記憶、戻ったみたいだね」

 

「私の力を返してください、偽物」

 

 

空中に浮遊しながら、結城玲奈と高嶋友奈が向かい合う。……すぐ側にいるレオ・バーテックスは動かない。否、動けない。神樹の結界の境界上———すなわち壁の上にいる()()1()()()()()()()()()()()()()()がバーテックスを拘束し、締め上げている。移動はおろか、火球での攻撃もままならない。

 

 

「どうして?東郷さんは、殺すんじゃなかったの?」

 

「鬱憤を晴らしたいだけのあなたと一緒にしないで下さい。少なくとも人間としての私は、『殺したくない』と考えています。……ただ、優先順位が友奈よりも低いだけ。苦しめて殺したいあなたのような悪魔と、同じにしないで」

 

 

 

 

 

 

———泣き叫ぶ友奈の悲鳴が響いたのは、その直後だった。

 

 

 




伏線回収回。まだ回収していない伏線は……どれだったか。



……なぜ、東郷さんがこんな目にあっているんでしょうね。天罰にしてはやり過ぎ……。




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友奈vs友奈

誠に。誠に、ありがとうございます‼︎お待たせしました。
まさか、あんなに評価が増えるとは思わなかった。……なんか催促したようで申し訳ない。


評価のメッセージ、本当にありがとうございます‼︎書きたいように書けましたとも‼︎………でも、心が痛い。




今回もやばい。何がやばいって、『伏線回収できるぜヤッホーい‼︎』と盛り上がったら中二病特有の長い説明書になってしまったでござる。(やばいのがそれだけとは言っていない)




感想と評価に、再び多大なる感謝を。


———私が生まれたのは、彼女———高嶋友奈が来世での郡千景の幸せを祈ったその時。

でも、私は友奈のことを、生まれる前から知っていたのです。

 

私を構成する神々の中心となっているのは、一目連。嵐や暴風を司る神であり、高嶋友奈に憑依した精霊。だから私は、精霊の力を借りずとも風を操る能力を持っていた。

精霊としての一目連と神としての一目連は完全に同一、というわけではありませんが……相関があるのは事実。憑依させた精霊としての一目連を通じて、私の核たる一目連はずっと友奈を見ていました。彼女の祈りを聞き届けたのも、もしかしたら一目連が彼女を気に入っていたからかもしれません。

 

———だから私は、心底人間に失望していました。

 

どんな想いで勇者達が戦っているのを知っているからこそ、守られている分際で彼女達を非難する人間が許せなかった。だから、心の底から『殺してやりたい』と、神でありながら人間らしい事を思った。恐怖を押し殺しながら、自分を虐めていた者を含む人々を守ろうと奮闘している郡千景を集団でリンチした人間共が憎くて仕方なかった。

 

———そして、それが失敗だった。本気で『殺してやる』と思ったら、この世界の高嶋友奈が人間の大量殺戮を行ったのです。

 

 

具体的にどう殺してやろうか、考えがあったわけではなかった。ただ殺意を募らせるだけで、()の力は世界を歪め、私に祈りを託した者と同一存在である少女を鬼に変えてしまった。もしかしたら、私の中にある神の持つ並行世界の記憶も見せてしまったのかもしれない。

 

 

———だから、これは私の罪。本来善悪の概念が当て嵌まらない私が背負う、私が決めた罪悪。

 

どんな事をしても、私は鬼の少女が壊した東郷美森を救う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そ、んな……嘘、だよね?……東郷、さん…?」

 

美森を抱き止めた友奈は、壁の上で呆然と涙を流した。

美森は反応を返さない。目元から頬に伝う涙の跡と、口元に残った吐瀉物の汚れが、彼女がどれほどの苦痛に晒されたのかを凄惨に物語っている。

 

———そして、完全に停止した呼吸と心臓の鼓動。

 

 

「う、あ…………」

 

『制服を着ているから鼓動を聞き取れないだけだ』という可能性に賭け、友奈は美森の制服を脱がせた。

 

そして。

 

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??!?」

 

 

目に入ったその有様に、悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———友奈の悲鳴を聞き、玲奈の中の優先順位が急変する。

当初の目的は、鬼の少女の無力化と、鬼に奪われた力の一部の回収。

 

しかし、そんな事よりも友奈の方が優先。

 

 

「大人しくしてなさいっ!」

 

「むぐっ⁉︎」

 

 

生み出した分身から伸びた蔦が高嶋友奈を雁字搦めに拘束する。———レオ・バーテックスを拘束する蔦よりも強度が強いのは、(玲奈)でさえ鬼の少女の力を侮れない証左か。

しかし、過剰なまでに絡みついた蔦は高嶋友奈に一切の行動を許さない。身動きどころか、鼻や口さえ覆い、呼吸さえも阻害する。やがて鬼の少女の姿は植物の蔦に覆われ、一部たりとも見えなくなった。

 

 

 

「友奈っ」

 

風で自らを飛ばし、玲奈は友奈の元へ駆けつける。友奈は泣きながら縋るように彼女を見つめた。

 

 

「玲奈ちゃんっ!東郷さんが、東郷さんが、し、し……」

 

友奈がその先を口にする前に、玲奈は美森を見る。

 

「っ……」

 

神の意識を取り戻し、以前とは異なる精神となっている玲奈ですら、絶句した。

 

———友奈が制服を脱がして露わになったのは、青黒く変色し、腫れ上がった肌だった。

 

 

以前の白さの名残が全く感じられない、内出血でボロボロになった肌。血液がうまく流れずに溜まってしまっているのか、腹部の所々に不自然な黒い凹凸が瘤のように存在する。鎖骨は折れ、手足は変な方向へ曲がっていた。

 

だが。

 

 

「………大丈夫、まだ生きてる」

 

「……え?」

 

呼吸も心臓も止まっている。しかし、細胞の生命活動は止まっていない。

———過度にダメージを受けて心臓と肺の機能が止まってしまっていても、勇者システムが強引に美森の命を繋いでいた。

 

 

 

(……でも、このままじゃ助からない)

 

現在の勇者システムは、神樹の力を多く消費する。物理法則に逆らって勇者の命を繋ぐとなれば、その力の消費量は時間に比例して増していくことだろう。神樹が『助けられない』と判断した時点で、美森の命は失われかねない。

 

だから、玲奈は覚悟を決めた。

 

 

「友奈。何もかも後で話すから………あの偽物を、足止めして。東郷を、助けるために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……少し早いですが、交換の時間です。———力の管理権を、私に戻して下さい。この身体の制御権は、あなたに譲渡しますから」

 

精神世界の樹海で、玲奈は千景と向き合う。

 

———玲奈の神としての力は、全て千景が管理をしていた。

結城玲奈は厳密には勇者ではない。なぜなら勇者は、神樹の力を借りて変身するもの。しかし、彼女は自身の神の力を用いて変身する。神樹の力を一切使用しないため、大赦にとっては何が何でも利用したい戦力だった。

 

満開の代償として失う機能を選べたのも、それが理由。千景が神の力を管理しているからこそ、千景は『大赦の満開システムを模倣した機能』の代償を自由に選ぶことができた。

———もっとも、『人でありながら神の力を管理する千景』ではなく、『その力元来の持ち主である玲奈』が取り扱っていれば、そもそも満開システムを模倣したところで代償など払わずに済んでいたかもしれないが。

 

 

「……でも、それは……!あなたが、玲奈としての人格を完全に喪失する、ということではないの⁉︎」

 

「それは、……やってみなければ分かりません」

 

「嘘よ。……あなた、最近自分の名前だって忘れたりしていたじゃない。私との境界が薄れていたからじゃ、ないの?」

 

 

———神の意識を取り戻す前の玲奈が、なぜ精神が不安定になった時ばかり勇者の姿に変身できるようになったのか。その答えが、『人格の境界』。

 

人間の玲奈の精神が不安定になると、千景と玲奈の意識を隔てる境界が薄まり、千景と玲奈との間に『繋がり』ができる。その繋がりを通じ、千景の管理する力が玲奈へ流れ込むことで、勇者の姿へと変身する事ができた。時が経つにつれて勇者としての力が上がっていったのは、その『繋がり』が変身する度に強くなっていったから。初めて満開した時に『人間の玲奈』が知らないはずの知識を得る事ができたのも、強い繋がりを通じて神の知識にアクセスできるようになっていたからだ。

 

 

「ですが、今のままでは東郷美森を助けることはできない。大赦の作ったシステムを利用する事で、二年前よりもあなたは私の力を暴走させずに使えるようになったみたいですが……それでも、不安定です。無理してこれ以上力を管理しようとすれば、あなたの魂が壊れてしまいます」

 

———玲奈が大赦から与えられた勇者システムは、リミッターに過ぎない。勇者に変身しても、大き過ぎる神の力の発現を制限するリミッター。勇者として変身する手順や、満開システムの模倣に方向性を持たせることで、結果的に神の力の自由度に制限を設ける。そして、力の出力も抑制する。そうする事で、玲奈と千景の現状を維持しようとしていたのだ。

 

 

「……でも、人間としてのあなたがいなくなれば………高嶋さんが悲しむ」

 

 

今の玲奈は、神としての意識と『人間としての結城玲奈』の意識が混在した状態だ。だからこそ、神としての意識を取り戻しても人間時代の人格の名残を引き継いでいる。

だが、その人格は今の肉体に紐付いている『人間の玲奈』の精神に誘導されているからだ。肉体との結び付きがなくなれば、玲奈の精神は完全に神のものへと変性する。………そこに、友奈の姉としての人格は存在しないだろう。

 

だが。

 

 

「私を舐めないで下さい。たとえ神でしかなくなっても、私は友奈を舐め回さずにはいられないくらいに愛せる自信があります!」

 

「……この期に及んで、何を……」

 

「そこは呆れるところですよ。……それに、東郷美森と郡千景がいなくなるのと、私1人が消えるの………どちらの方が傷が深いのか、誰にでも簡単に分かる事でしょう?」

 

比べる対象が違えば、あるいは異論を挟めたのかもしれない。例えば、『愛する家族と見知らぬ他人』ならば、明らかに後者を切り捨てた方が心を傷めずに済む。———罪悪感は、別にして。

しかし、今回は『義理の姉1人と親友2人』。前者を切り捨てた方が傷は浅いと、玲奈は考えた。———そもそも、人間としての人格がどうなったところで、玲奈そのものが消えるわけではない。価値観や考え方などの精神性が変化するだけだ。

 

「それに私は、私の行動を制御できません。あなたを幸せにする可能性を捨てる事など、できないのですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇者パァンチッ‼︎」

 

「アハッ。勇者、パーンチッ」

 

結城友奈と高嶋友奈の拳がぶつかり、大気を揺らす。元は同じ魂を持つ、2人の少女同士の戦い。

 

———高嶋友奈が拘束を突き破ったのは、玲奈が美森の側で治療を始めた数秒後の事だった。玲奈が美森の治療に神の力を集中させる必要がある以上、力を分けた分身の強度が下がってしまうのは必然。

しかし、レオ・バーテックスは未だに囚われたままだ。それはつまり、レオ・バーテックスでさえも解けない拘束を、高嶋友奈は自力で破った事を意味している。なぜなら、強度が下がってなお、レオ・バーテックスよりも高嶋友奈に施された拘束の方が遥かに強いものなのだから。

 

———しかし、異常なのは結城友奈も同じこと。

そもそも、高嶋友奈は美森を痛めつける片手間で犬吠埼姉妹2人をあしらう怪物だ。西暦時代の出身でありながら現代の勇者2人を圧倒する怪物と互角に渡り合っている時点で、今の友奈の戦闘力は他の勇者を大きく上回っているのは自明だった。

 

 

「どうして東郷さんをあんな目に遭わせたの⁉︎」

 

怒りのままに、自分と似た姿の鬼の少女に拳を振るう。対する相手も、まるで鏡合わせのように拳を振るって迎撃。身体能力だけでなく、戦闘技術や動作の傾向まで似通っているからこその現象。

友奈の問いに、鬼の少女は残忍に笑って答えた。

 

「ぐんちゃんを巻き込んだからだよ。ぐんちゃんに苦しい思いをさせる奴らは、例外なく皆殺しにする。その為に私はいるんだからッ!」

 

 

 

 




玲奈「大丈夫。(肉体は)まだ生きてる」




さて、まだ誰にも気付かれていないであろう伏線があるけど………無事に忘れずに回収することはできるのだろうか?


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“反転”

大変長らくお待たせしました!感想・評価・お気に入り登録、ありがとうございます!


伏線回収回。……あまり話は進みません。

伏線を回収したいがために前回同様説明文多めなのはご愛嬌。


助っ人高奈ちゃんは、出なかった……。
そして結城ちゃん。あなた、ガチャSSRとして出るスパン短くない?この前精霊と戯れているのが出たばかりだよね?

ゆゆゆい新規としては、去年のシナリオは欲しいけど……大赦ポイントが厳しすぎる。なんだ、50000って……。せめて1万、できれば5000くらいにしてくれないとコンプ厳しくない?


「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

「樹こそ……熱くない?」

 

 

———炎の海の中で、犬吠埼姉妹は目を覚ました。

幸い、炎によるダメージはない。精霊のバリアが2人を熱から守っていた。

 

 

「だいぶ遠くに、飛ばされたわね……」

 

辺りは炎で視界が悪く、そう遠くまでは見通せない。しかし、何者かが戦う衝撃波と音だけで、友奈に似た少女から遠い距離にいる事は判断できた。

 

 

———負っていたダメージは、吹き飛ばされた時の衝撃によるもののみ。気絶はしていたが、風にも樹にも、深刻なダメージはない。

 

「行こう、お姉ちゃん!早くしないと、東郷先輩がッ!」

 

「ええ!早く、この炎の海から脱出しないとっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———神としての玲奈に、本当の意味での自由はない。

なぜなら、彼女は友奈の『郡千景を幸せにしてほしい』という願いによって生まれた神だからだ。たとえ玲奈本人が望んでいなくとも、神としての意識を取り戻した以上は『郡千景を幸せにする為に』行動しなければならない。彼女が行動できるのは『それが郡千景の為になる』と判断できるものまで。もし『郡千景を不幸にする』『郡千景が危険に晒される』と判断した場合は、それがたとえ友奈を守る行動であっても動くことはできない。人間としての玲奈はともかく、神としての玲奈はその制約に縛られる。

 

「だから、たとえあなたの望みでも聞けません。たとえ友奈を不幸にしてでも、私は貴方の魂を守る為にこの身体を譲渡しなければならないのです」

 

 

その言葉に、千景は答えられない。なぜなら、彼女は自分の望みを自覚してしまっている。このまま玲奈に以前と同じ生活を送って欲しいと思う一方で、『その場所に玲奈ではなく自分がいたなら』と夢想してしまっている。

 

———本当は、千景こそが誰よりも穏やかな日常に焦がれていた。

 

 

「あなたが不安なのは、内面の問題ですか?それとも外面?」

 

———一度、千景はあらゆる問題を隅に追いやって考えた。

仮に、千景が玲奈の居場所を奪ってしまったとして、何が問題なのか?

 

 

まず、内面の問題。たとえ身体がそのままでも、中身が違えば別人だ。黙っていれば皆を騙す事になる。そもそも、玲奈本人ではないのだから騙せるとも思えない。必ずボロが出るだろう。……仮に真実を打ち明けても、皆が自分を受け入れてくれるとは限らない。

 

そんな千景の思考を読むようにして、玲奈は反論する。

 

 

「騙そうと打ち明けようと、心配する必要はありません。………こんな面倒な(玲奈)を受け入れてくれた勇者部ですよ。あなたの事も、きっと大切にしてくれます」

 

……………。

 

そして、外面。これは単純に、肉体の問題だ。

そもそも、脳にある記憶や情報は、今まで生きていた玲奈のもの。魂しか存在しない今の千景が乗っ取ったところで、悪影響が出ないとは限らない。

 

 

 

「それも大丈夫です。この身体、遺伝子レベルであなたと同一ですから」

 

 

 

……………?

 

 

 

「………え?」

 

 

千景は思わず間抜けな声を出した。

 

「ですから、遺伝子レベルで同一です。運動による筋肉量の僅かな差異こそありますが、遺伝子は同じ。さらに言えば、脳に蓄えられているのは人間の私の記憶だけでなく、300年前のあなたの記憶もあります。———身体の制御権が変われば、アクセスできる記憶情報が切り替わるようになっているのです」

 

 

「……………は?」

 

 

まるでアカウントを変えれば表示されるデスクトップの画面が切り替わるパソコン。格納されている情報そのものはあっても、アカウントが違えば他者のソフトウェアを使用できないのと同じ。人格の侵食を避けるため、千景が身体の制御権を握っている間、脳の情報は千景のもののみにアクセスできる。———もっとも、遮断される情報は魂に影響を及ぼしかねない『性格』『嗜好』『学習能力』などだけで、今まで玲奈と共有していた記憶はそのまま見ることができるのだが。

 

 

「ついでに言えば、満開の真似事で失った機能も問題ありません。なぜなら、満開によって機能を失っても肉体そのものに異常はないからです。満開で供物となるのは、肉体を動かす霊体の機能。機械に例えるなら、欠損したのはハードウェアではなくソフトウェア。満開で欠けてしまったのは私の霊体ですから、あなたが身体を動かす場合、不具合など一切ありません。

………現に、乃木若葉の手料理の味は感じることができたでしょう?」

 

 

「…………あ」

 

千景は忘れていた。確かに以前、千景は若葉の手料理を口にし、その味を堪能することができたのだ。………その後の出来事がショッキング過ぎるあまり印象が薄れてしまっていたが。

 

 

「私はあなたを幸せにする神ですよ。ですから、何も心配いりません。味覚も嗅覚も、生殖機能も、あなたから失われたわけではないのです。……唯一の欠点たる火傷の痕も、今ではすっかり消え失せています。傷一つない、あなたに相応しい身体です」

 

 

人間の玲奈は、生殖機能を不要な臓器の機能と断じて満開の供物にした。…………それは、自分の興味が友奈にしかなく、将来必要になる事はないと確信していたからだ。

しかし、千景は別。今は興味がなくとも、未来には恋人ができて、結婚するかもしれない。現に、とある世界の千景は生き残ってさえいれば()()()()と結ばれる可能性が高かった。………将来が予測できない以上、どんな可能性も切り捨ててはならなかったのだ。

 

 

 

「長話が過ぎましたね。………では、始めます」

 

 

———肉体の制御が千景に移ると同時に、精神世界の樹海化が解ける。そうして現れたのは、丸亀城の教室。すなわち、千景の精神世界。

精神は魂に根ざすもの。しかし、この精神世界は精神そのものではなく、精神の交流の為に設けられた、肉体に紐付けられた空間。故にこそ、身体の持ち主が変わればこの世界の景色も変わる。

 

 

 

樹海化が解ければ勇者が少女へと戻るように。

結城玲奈という幻想は、この時を以って郡千景という少女になった。

 

 

現実の世界に復帰するのは、玲奈ではなく千景。

—————ごく普通の中学生(結城玲奈)は、もうどこにもいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———さて、ここからが私の戦いです。

既に、肉体の制御権は郡千景へと移った。あの身体を指し示す名は既に『結城玲奈』ではなく、『郡千景』となっている。今後は玲奈が、郡千景の別人格として存在することになるだろう。……300年前と、同じように。

 

———『結城玲奈』として生きてきて、本当に良かった。それなりに人間の感情を学び、人の心を理解できるようになった。………友奈にばかり執着してしまったのは、仕方がありません。完全に普通の人間になりきるなんて、ハードルが高過ぎるというもの。

 

 

 

美森の側で佇む千景の視界を通じ、玲奈は美森の様子を見た。———先程よりも、明らかに顔色が悪くなっていた。

感慨に浸り、想いを馳せながらも玲奈は神の力を行使する。人の心を知りながらも、既に人間としての精神性は消失した。美森の容態がどのようなものであろうと、それに忌避感を覚えることはない。

 

 

———よほど憎まれていたようですね、高嶋友奈に。勇者システムがなければ誇張なしで挽肉になってましたよ。

 

 

………美森の体内は、致命傷を優に通り越した有様だった。ほとんど全ての体組織が通常ならば使い物にならないジャンク。心臓や肺など、生命の根幹を成す臓器さえも甚大なダメージを受けて機能を停止。身体全体に張り巡らされている血管も、およそ6割が破れてしまっていた。

 

———でも、問題ない。精霊の守りによって生かされている以上、私の力を以ってすれば蘇生は可能。

 

破裂した内臓を復元し、切断された筋肉繊維を繋ぎ直し、砕けた骨を元通りに整形する。損傷した脳は念入りに調べ、問題がないことを確認して修復した。皮膚の下でズタズタになった血管を修復し、使い物にならなくなった血液を除去し、足りなくなった血を生成。肺と心臓の機能を回復させ、肉体の蘇生は完了した。

 

 

———後の問題は、精神でしょうか?壊れてなければいいのですが。

 

肉体と違って、精神の修復は容易い事ではない。今の彼女の力でも、人間の心までは治せない。神にとってみれば、人間の心を治せるのは同じ人間のみ。人の優しさや思いやり、そして愛情だけが、心の傷を癒す事ができる。………そもそも、心の傷が神の力でどうにかなるならば、300年前に千景の心の傷で悩む事はなかっただろう。

 

千景の目を通した視界をさらに切り替え、玲奈は視点を美森の魂へと向け———案の定、その大部分が瘴気に侵されている事に気づく。

 

 

 

———鬼の少女は瘴気の塊。それは()の力を借りて実体化しても変わらない。

 

故にこそ、その攻撃には常に『汚染』の危険が付き纏う。高い攻撃力よりも、()()()()()()()()()()()()()()特性の方が脅威だ。

現に、その暴力を一身に受けた美森の魂は瘴気まみれ。———その瘴気を、玲奈は神の力で浄化した。自分の中に高嶋友奈がいた頃、郡千景が無意識にしていたように。

 

高嶋友奈が玲奈の力を使用して実体化している以上、本来ならば神の力の管理権が玲奈に戻った時点で高嶋友奈の実体化は解け、消失する。

しかし、高嶋友奈の力の根底は鬼の精霊・酒呑童子。元来は山神・水神と言われた八岐大蛇の子であるという説もある鬼の頭領。すなわち、神の血を引くと言われる鬼。その酒呑童子であれば、神の力を既に己が物としている公算は高い。玲奈が神の力を完全に取り戻しただけでは、決して止まらないだろう。

 

だからこそ、義妹の結城友奈に足止めを頼んだ。———玲奈に触れただけで、その中にいた千景の瘴気を少しずつ浄化した彼女に。

 

勇者として玲奈が戦い始めた頃までは、千景は瘴気に蝕まれていた。その頃まで玲奈が幻聴として聞いていたのは、瘴気に侵されて負の感情にのみ反応するようになっていた千景の声。千景は無意識のうちに神の力で玲奈に届き得る瘴気こそ浄化していたものの、自分を守る事まではできなかった。玲奈を慰める友奈によって、少しずつ千景の瘴気は取り払われ、ようやく第二の人格とも言うべき状態に戻れたのだ。

 

 

———それなりに力を消費しましたが、まだ余裕はあります。高嶋友奈を討伐、あるいは吸収した後、レオ・バーテックスを倒す。犬吠埼姉妹の捜索はその後になりそうです。……仕事の後始末だけを押しつけるようで、申し訳ないのですが。

 

 

「……問題ないわ。あなた、言うほど人間性をなくしてないわね」

 

頭に響く玲奈の声に、千景は薄く微笑んだ。

 

 





前回のあとがきの、『気づかれていない伏線』は若葉様の料理を堪能した旨を書いた一文。でももしかしたら、『堪能したのは食感とかだろう』と考えていた人もいるかもしれない。

 
『……でも。間接的にとはいえ、あなたのおかげで『精霊の瘴気』から救われた。このくらいは無償でやってあげるわ』

かなり前のお話のこのぐんちゃんの独り言も伏線。その頃の頻繁な友奈ちゃんの入浴とか同衾による癒しによって瘴気の浄化が加速し、ぐんちゃんは正気に戻れたのである。つまりユウナニウムは偉大。


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闇を照らす者

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戦況は膠着———しているように見えていた。

 

(なんで⁉︎どうして、私の攻撃が効かないの⁉︎)

 

酷薄な笑みの裏で、鬼の少女は焦る。

戦闘技術も身体能力も精神力もほぼ互角。ならば、勝敗の差をつけるのはそれ以外の要素であるはず。だから、あり得ないのだ。『瘴気で汚染する』という特性上、長時間戦って均衡が崩れないことなど………!

 

 

———否。それどころか。

 

「勇者、パーンチッ‼︎」

 

「グッ⁉︎」

 

(……そん、な。押され、始めてる?………私が、弱くなってる?)

 

高嶋友奈を構成する瘴気が、徐々に薄まりつつあった。………300年の時を経て増大し、腐りきった筈の瘴気が。かつて大社———そして大赦が幾度も浄化を試みては失敗し、匙を投げた程の怨念が、結城友奈という自分と同じ魂を持つ筈のたった1人の少女に浄化されている。

 

 

———高嶋友奈は、自分の強さを過小評価していた。

魂が同一であるということは、自我の強さも同一であるということだ。育った環境や人格が形成された経緯によって変化するとはいえ、結城友奈も高嶋友奈も元は似通った精神構造、拮抗する自我の強さを持ち合わせている。すなわち、結城友奈の精神の強さを侮るということは、自らの精神の強さを侮ることに他ならない。

 

———そして、300年間瘴気に蝕まれながらも自我を保っている高嶋友奈の精神が、弱いわけがない。

300年前、大社は千景が神樹に呑まれる前に出された交換条件に従い、高嶋友奈から酒呑童子を引き剥がして浄化する為の儀式を遂行し———失敗した。浄化できたのは半分だけで、瘴気に侵された魂の半分はより強固な怨念として根付き、ますます浄化が困難になった。浄化された筈の魂の半分は切り離され、消失した。

その後の顛末は悲惨なものだ。瘴気に侵されたまま、高嶋友奈は光も音も届かない場所へと幽閉され、封印された。その後数回ほど浄化が試みられたが、それも失敗。結局彼女は、静かで何も見えない暗闇に、300年もの間一人で取り残されることになった。

普通の人間なら、一日も保たずに発狂しかねない仕打ち。それを彼女は、()()()()()()()()()()()()に侵されながらも耐え抜いたのだ。

その事実が、高嶋友奈が元来怨念とは正反対の、強い光の持ち主である事を示している。———その彼女が、果たして闇に堕ちていない自分に触れればどうなるか。その結果が、この現状だ。

 

———高嶋友奈は、自らの内に存在する僅かな光が増幅される事によって浄化されていた。

 

 

その一方で、結城友奈もまた目の前の少女の思念をその拳から感じ取っていた。

流れてくるのは、友が傷つけられた悲しみ。何もできなかった自分への悔しさ。———そして、全てを塗り潰してしまう程の人間への憎悪。

 

(……私も、もしかしたら目の前のこの子みたいになっていたのかな?)

 

結城友奈は、目の前の少女があり得たかもしれない自分の姿であると感じている。玲奈からも千景からも目の前の少女についてはほとんど何も聞いていない。ただ、戦いの中で流れ込んでくる感情やイメージが、目の前の少女の素性や考えを友奈へ伝えていた。

……だが。

 

(それでも、他の人達を傷つけちゃ駄目だよ!それで、ぐんちゃんを助けられるわけじゃないッ‼︎)

 

鬼の少女に同情はする。共感もするかもしれない。———だが、いくら友達のためでも、他の人々を切り捨てていい訳ではない。

 

闇を知ってなお、結城友奈は光を見失わなかった。

 

 

 

 

(負け、る?私が……?まだ、ぐんちゃんに危害を加える奴を全員消していないのに……!)

 

かつて見た光景を、高嶋友奈は思い出す。

多くの人間が、千景を危険な目に遭わせていた。その悪夢を見た時に抱いた憎悪を、鬼の少女は忘れない。

———守られているだけのくせに、勇者を誹謗中傷する人間達。

———ただの逆恨みで、千景を暴行した男達。

 

その時の怒りと恨みは、何人殺しても晴れる事はなかった。

———だと言うのに。

 

 

「…ぐっ……ぅ……」

 

拳を交える度に、その憎悪が薄れていく。脳裏にあるイメージが、別のものへと移り変わっていく。

 

泣きながら傷つけられる千景の映像は、こちらに向けて薄く微笑む映像に。

怯えきった千景の顔は、敵に果敢に立ち向かう勇者の顔へと変化する。

 

鬼の少女の根幹が、揺らぐ。

………千景は、確かに不幸な少女だった。幼い頃から冷遇されて虐められ、出会った頃は誰に対しても怯えきった顔を見せていた。

………しかし、勇者の仲間達と触れ合っていく中で、少しずつ幸せを得ていったのだ。彼女の滅多に見せない微笑みも、楽しそうにゲームをする姿も、友奈と接する時に和らぐ振る舞いも、決して偽りではない。

 

———そもそも、復讐なんてしても……ぐんちゃんが喜ぶわけないッ‼︎

 

———どうして?ぐんちゃんを虐める奴は殺さなきゃ。全員殺して、殺して殺して殺し尽くさなきゃ。そうじゃなきゃ、ぐんちゃんは不幸になる。

 

———だったら、私がぐんちゃんを守るッ‼︎誰にもぐんちゃんを傷つけさせない‼︎

 

 

 

 

(………ああ、そっか。私が、復讐なんかしなくても…………)

 

———高嶋友奈の闇が、その魂から消えていく。

………かつて鬼の少女(高嶋友奈)は、郡千景を守れなかった。気がついたら暴行を受けた後で、何もかも手遅れだった。

しかし、目の前の結城友奈(高嶋友奈)は千景を守ると宣言した。ならば。

 

 

「勇者、パァアァァンチッ‼︎」

 

 

結城友奈(あなた)がいれば、ぐんちゃんは大丈夫だよね)

 

———ここに、同一の魂を持つ少女達の勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間としての結城玲奈が実の親から愛されなかったのには、相応の理由がある。

そもそも、今は神世紀。西暦の時代よりもモラルが進んだこの世界では、理由なく親が子を愛さないという事実はほとんどあり得ない。その裏には、少なからず何らかの事情が存在するのだ。

……きっかけは、些細な事。玲奈の血液型である。

玲奈の遺伝子は千景と同一のもの。故に、玲奈の血液型も千景と同じA型。

———それに対し、母親の血液型はO型。そして、父親の血液型はB型だ。

メンデルの遺伝の法則により、この組み合わせの夫妻の間からはA型の子供は生まれない。———当然、父親は母親の浮気を疑った。

身の潔白を証明したい母親は、DNA鑑定を依頼。———そして、母親の予想通り、父親のDNAだけでなく自分のDNAも子供と一致しなかった。

———両親のDNAが一致しないということは、すなわち病院側が赤子の他人の赤子と誤って入れ替えてしまった事を意味している。

 

病院側は謝罪し、玲奈が生まれた日に病院で預かっていた全ての赤子のDNA鑑定を行い———あろうことか、他の子供のDNAは全て一致していた。

………すなわち、病院側からすれば玲奈の両親は出鱈目を言っていた、という事で。

玲奈の両親は、DNA鑑定が誤っていたのだと考え、再度別の機関に鑑定を依頼したが———結果は同じ。

玲奈の両親にしてみれば、玲奈は自分の子供と知らぬ間に入れ替わっていた不気味な赤子である。………その出自が分からないのに、心から愛情を注ぐことはできなかった。

 

———そしてそれは、(玲奈)の誘導した通りである。

 

300年前、玲奈はこの世界に神樹を通じて細工をした。玲奈にとって、この世界は千景を幸せにできる最後の世界。力の出し惜しみは一切しなかった。

 

………もしも記憶を封じられた人間としての自分(玲奈)が死のうものなら、その事実を無かった事に。

………千景の幸福には高嶋友奈が必要不可欠であるから、高嶋友奈そっくりの容姿・精神を持ち合わせる結城友奈が生まれるようにし。

………そして結城友奈と人間としての玲奈が出会えるように因果を操作した。

 

玲奈がB型とO型の両親の元に生まれたのも、父親と母親の仲が悪くなったのも、結城玲奈が家を飛び出した所に結城友奈が通りかかったのも、全ては千景を幸せにするため。全て、玲奈が300年前に仕組んだ結果だ。

 

———想定外だったのは、神の力を使わなければ治らないレベルの火傷を負った事と、結城友奈が千景と同じ世界の高嶋友奈の魂を持っていた事だ。

 

そして、目の前の状況も、玲奈は想定していなかった。

 

 

「……はぁ、はぁ……」

 

「…………」

 

 

息を切らせながら、それでもほとんど無傷で立っている結城友奈。それに対し、鬼の少女は傷だらけで地に沈んでいる。

 

「……私、いらない子なの?」

 

せっかく人格の表と裏を入れ替え、颯爽と登場したというのに駆けつけた時には全て終わっている。千景にしてみれば、完全に出番を取られた形だ。

 

「あ、ぐんちゃん!」

 

「高嶋さんっ……」

 

 

千景が感じていた虚脱感も、駆け寄ってくる友奈の姿を見ることで消失する。

 

千景は笑顔で走ってくる友奈を抱き止め、そして。

———二人は突如炎に包まれた。

 

 

 

(……少し、舐めてましたね)

 

攻撃を受けた二人にダメージはない。千景の中の玲奈が咄嗟に竜巻を発生させ、炎から二人を守っていたからだ。

———知らぬ間に、レオ・バーテックスが拘束を突き破っていた。

そして、位置が悪い。玲奈が美森を治療し、友奈が鬼の少女を足止めしている間に、レオ・バーテックスは結界の境界まで近づいていた。

———美森は気を失ったまま目を覚まさない。そして、風と樹は炎の世界に取り残されたまま。

 

 

 

「満開っ‼︎」

 

「高嶋さんっ⁉︎」

 

 

友奈は満開を躊躇しなかった。自棄になったわけでも、自己犠牲の精神でもない。状況を正しく理解し、リスクとリターンを天秤にかけた上で満開を行った。

………だが。

 

「えっ⁉︎」

 

「な……」

 

千景と友奈の驚きに満ちた声が漏れる。………二人の目の前で、地に伏した高嶋友奈が光となって敵に吸い込まれていく。まるで友奈の満開に備えるように、レオ・バーテックスが地に伏した鬼の少女(高嶋友奈)を吸収したのだ。

 

———すなわちそれは、まだ回収されていない玲奈()の力が吸収された、ということで。

 

レオ・バーテックスは、本来のポテンシャルの数十倍の力を得て勇者に牙を剥いた。

 

 

 








原作では、英雄・高嶋友奈を讃え、その名に倣って逆手を打った赤子に友奈という名を贈りました。おそらく、友奈の因子が生態系に織り交ぜられるのも、彼女の功績あってこそ。
この世界では、高嶋友奈は英雄ではなく罪人。……では、結城友奈の由来は……?その答えが、示された回。


………全て玲奈が仕組んだことだったのさ!
やべーやつ(変態 兼 神 兼 黒幕)。

………なぜか要らない属性が増えていく…………。



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難敵

感想・お気に入り登録ありがとうございます!

大変お待たせ致しました。……今までで一番の遅刻。難産だった……。


それでも挫けなかったのは、ゆゆゆいによって保たれる愛と皆様の感想のおかげです。









「勇者パァーンチッ‼︎」

 

迫り来る火球を、友奈は追加武装のアームで迎撃する。———神の力を吸収し、より強大になったバーテックスの攻撃と友奈の満開状態の拳が激突。火球が霧散し、友奈は爆風で吹き飛ばされるが———

 

(私がいる限り、ダメージなど負わせませんっ)

 

千景の中の玲奈が飛ばされる友奈を風で包み、衝撃を殺しながら地面に着地させた。

 

 

「七人御先!」

 

千景は精霊の力を使用。7人に増えた千景の内6人が玲奈の風のバックアップでレオ・バーテックスに向けて飛び、大鎌による斬撃を見舞う、が。

 

「……ほとんど、効いてない」

 

鎌による斬撃で付くのは、浅い傷だけ。

千景の攻撃力が低いのではなく、単純にレオ・バーテックスの防御力が高い。神の力の制御が玲奈に戻っている以上、今の千景の攻撃力はかつての満開した玲奈よりも上。しかし、それでも今のレオ・バーテックスに大きなダメージを与える事は困難だった。

 

 

(……なるほど、そういう事ですか)

 

二人の戦闘をバックアップしながら、玲奈は冷静に現状を分析する。

 

(合点がいきました。……高嶋友奈が保有していた私の力を吸収するだけでは、これほど強力になるはずがない。そして私の知らぬ間に消えていた拘束用の分身……。そこから導き出される答えは、一つ。———分身の私を、吸収しましたね)

 

攻撃力はさほど上がっていないことから、吸収した神威のリソースは防御に割いているのだろう。少なくとも今のままでは、全滅する事はないと玲奈は判断する。

 

 

「……⁉︎ぐんちゃん、逃げて⁉︎」

 

———だが。

 

「……ッ‼︎」

 

友奈の警告の直後、レオ・バーテックスが大爆発。今まで放っていた火球とは比べ物にならない爆炎が吹き荒れ、攻撃の為に敵に張り付いていた全ての千景が炎上し、消滅。離れていた友奈と残っていた最後の一人の千景も後方に吹き飛ばされた。

 

 

(自爆⁉︎)

 

今まで行われていなかった攻撃。爆炎を周囲に撒き散らすのとはワケが違う。レオ・バーテックスの身体そのものが爆発し、その破片と爆発で周囲の全てを破壊する超攻撃。当然敵もタダでは済まないが、レオ・バーテックスは御霊さえあれば生き残れる。玲奈の神の力を吸収した事で再生力も上がったのか、自爆攻撃で消失した筈の身体は10秒後には完全な形に復元されていた。

 

 

(……なんて、デタラメな…)

 

 

玲奈は、自分が油断していた事に気づいた。———成る程、確かに相手はたかが神の僕。しかしその主は天の神。けして舐めてかかって良い相手ではなかった。

レオ・バーテックスに対する評価を上方修正する。———防御力だけでなく、攻撃力も脅威と判断。今まで放っている火球の威力も、こちらを油断させるべく敢えて手加減している可能性も否めなくなった。

 

(……予想以上に困難です。この驚異的な再生力に、防御力。そして自爆攻撃。他にもまだ隠し手がある可能性も否めない)

 

———絶望的な戦い。しかし、希望がないわけではない。

 

(満開後に追加された、三体目の精霊。……これを利用すれば、あるいは……)

 

この状況を覆す切り札に、玲奈は諸刃の剣の使用を視野に入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まずいわね。とうとう、結界の中に入ってしまった……」

 

先程から、ずっとこの調子だ。バーテックスの攻撃を相殺しては少しずつ後退する、の繰り返し。千景の攻撃でも敵を押し返す事は出来ず、徐々に、だが確実に敵は神樹目指して進んでいる。

 

「勇者、パーンチッ‼︎」

 

千景よりも威力の高い友奈の攻撃であれば多少のダメージは通るものの、その時に壊れた身体は即座に再生されてしまう。かと言って再生させまいと張り付いて攻撃すれば、全方位を巻き込む自爆攻撃がやってくる。

ジリ貧。まるで始まりの街を出たばかりの低レベルパーティで、バグによって現れたHP特化の隠しボスに遭遇したかのような、先の見えない感覚。相手は自分の必殺技を何度食らってもピンピンしているのに、こちらは相手の攻撃を受けられない理不尽。

 

 

(……手が、ないわけではありません。ただ、分の悪い賭けになりますが)

 

「……それは?」

 

脳裏に響く玲奈の声に、千景は問う。

 

(人間としての私の三体目の精霊、酒呑童子。その精霊を僅かな間だけ呼び出し、バーテックスに吸収された高嶋友奈との繋がりを強くする事で奪われた神威———神の力を取り戻す事ができるかもしれません。……ただ、リスクが非常に高いのですが)

 

「……分かった。やるわ」

 

リスクの内容を敢えて聞かずに、千景は決断した。

 

———千景は自分の心の弱さを正しく理解している。だから、その内容を聞いてしまうことで決意が鈍ることを恐れた。

千景にとって優先すべきは自分よりも友奈。だから、たとえどんな危険があったとしてもこの現状を乗り越えられるならば安い賭けだった。

 

(……私は敵から力を奪い返す事に専念しますので、手が離せません。もしもの時は、自分で打ち勝って下さい)

 

 

 

 

 

 

 

———これは、分の悪い賭けだと玲奈は知っている。

酒呑童子。その精霊は元来、高嶋友奈の切り札として与えられていた禁忌の精霊。西暦勇者の中でもトップクラスの勇者適正と粘り強い精神力を持つ高嶋友奈でさえ、使う度に精神を摩耗させた諸刃の剣。

 

 

———それをあろう事か、本来の使用者ではない郡千景に使わせようとしている。

別に、精霊の力を引き出して戦うわけではない。今の大赦の勇者システムを利用し、武装として顕現させるだけ。———ただ、それだけでも危険が伴うという話だ。

大赦は何を考えているのか、玲奈には理解できなかった。なぜ、三体目の精霊に酒呑童子を選んだのか。神としての視点を以ってしても全く理解できない。

 

人間の玲奈がその精霊を使ったが最後、その精神は瘴気に蝕まれ、高嶋友奈に全てを乗っ取られていた事だろう。それによってもたらされる被害も、大赦は予測できていたはずだ。酒呑童子は高嶋友奈の力の根源。その精霊を与えるという事は、わざわざ玲奈の中の鬼の少女に「どうぞ暴れて下さい」と言っているようなものなのだから。

 

———しかし、皮肉にもそれが今の唯一の活路となっている。

 

他に選択肢があるのなら、こんな手段は取らなかった。玲奈は『郡千景を幸せにする神』だ。玲奈が何を考えようと、郡千景を不幸にする行動など取れないのだから。『世界が滅ぶのを防ぐ』のも、そうしなければ千景を幸せにする事が出来ないと分かっているが故だ。

幸い、高嶋友奈の瘴気は浄化されている。ならば酒呑童子で共鳴を起こしたとしても、最悪の事態に発展するとは考えにくい。だからこそ、この手段を用いることができる。

何事もなく全てが解決する可能性に全てを賭け、玲奈は選択した。

 

 

「———酒呑童子」

 

千景が精霊を呼び出す。そして———

 

「……………」

 

(捕まえた。このまま引っ張って下さいっ)

 

「っ!」

 

精霊を呼び出した直後に失われた意識は、脳裏に響く声で取り戻される。意識を取り戻した千景が知覚したのは、自らに装着された小さな黒い籠手。精霊の力の使用者が異なるためか、高嶋友奈のような大型の拳ではなかった。

………そして、千景の体とレオ・バーテックスが光の糸で繋がっている。

 

 

「この、光は?」

 

(レオ・バーテックスに取り込まれた高嶋友奈との繋がりです。……綱引きと同じ要領で、引っ張って下さい)

 

言われるままに、千景は自分とレオ・バーテックスを繋ぐ光の糸を籠手で掴んで引く。思ったよりもやや軽い手応えと共に、光のシルエットがズルズルと引きずり出されていく———。

それに対抗しようとしてか、敵から過剰な程の火球が繰り出される、が。

 

「勇者パアァーンチッ‼︎」

 

身動きの取れない千景を守るべく、友奈が満開のアームを振るった。直接打撃を受けた火球は霧散し、発生した風圧は周囲の火球をあらぬ方向へと飛ばしていく。

 

 

「ありがとう、高嶋さん!」

 

「ぐんちゃん、しっかり‼︎」

 

千景の感謝の言葉に、友奈は火球を処理しながら激励の言葉を返した。

レオ・バーテックスから引き出される光のシルエットは徐々にその姿を現し、上半身と思しき輪郭が露出する。

 

———だが、忘れてはならない。四国を覆う結界には、穴が空いている。

 

 

「ぐんちゃん‼︎」

 

「…っ」

 

レオ・バーテックスの攻撃を捌きながら、友奈が悲鳴を上げる。———今更になって結界の外側から星屑が大量に出現し、千景に向かって進んでいた。そのタイミングから、レオ・バーテックスが星屑を呼び出したのだと玲奈は推察する。

 

(……こんな時にっ)

 

———レオ・バーテックスにとっては最善、そして千景と玲奈にとっては最悪のタイミング。

酒呑童子という極めてリスクの高い精霊を使用している以上、千景も玲奈もやり直しはできない。そして今、千景は高嶋友奈を引きずり出すのに精一杯で、玲奈の能力のリソースの全ては高嶋友奈との繋がりを維持する為に費やされている。そして友奈は、火球の処理から手が離せない。……すなわちこの瞬間だけは、千景は無防備。玲奈による風の守りは使えず、星屑一体の噛み付きで容易に命を落としてしまう状態。

 

———しかし、その場の3人は忘れていた。戦場に駆けつけてくれる仲間のことを。

 

 

「させるかぁぁああああ‼︎」

 

「夏凛ちゃんッ‼︎」

 

満開の後遺症で手足が動かなくなろうとも、勇者システムのアシストがあれば戦う事は可能。ゲージがゼロの状態でも意志の力だけで満開し、駆けつけた夏凛が無数の星屑を屠っていく。

 

 

(…よし、あと、少し………⁉︎)

 

「……なに、これ、……急に力が入らなく……」

 

光の糸を引っ張っていた千景から唐突に力が抜け、思わず膝をつく。糸から手は離れず、そのままズルズルとレオ・バーテックスの方へと引っ張られていく。

 

(…この局面で敵がこちらの力を逆に奪うべく引っ張り始めましたッ。耐えて下さい‼︎)

 

「……そんな、事言われても……」

 

耐えろ、と言われて耐えられるのならば、膝などついていない。手を離していないのは彼女の意思ではなく、まるで手が糸に吸いつくように離れないだけ。

 

(……まさか敵は、酒呑童子で千景の負荷が蓄積するのを待っていた……?力だけじゃなく、知識も吸い取って利用できると言うのですか⁉︎)

 

再びの戦慄。バーテックスに知能がある事は分かっていても、知識を利用できる程であるとは考えていなかった。

 

このまま千景が取り込まれてしまったら最悪だ。レオ・バーテックスはこれ以上に強大な敵となり、勇者達は打つ手を持たない。玲奈も千景も敵によって徐々に意識を侵食され、いずれ完全に消滅してしまうだろう。

 

……だが、まだ増援はいる。

 

 

 

「勇者部を舐めるなぁッ‼︎」

 

「玲奈さんを離せぇぇ‼︎」

 

 

「……!風先輩っ!樹ちゃんッ!」

 

再び聞こえる、友奈の歓喜の声。

自力で炎の世界から帰還した犬吠埼姉妹が、満開した状態で参戦。力、強度、射程全てにおいて飛躍的に向上したワイヤーがレオ・バーテックスを雁字搦めに拘束し、動かなくなった敵を風が大剣で攻撃。二人の参戦で力の余裕がなくなったのか、レオ・バーテックスからの引力が弱まった。

 

(…今ですッ。思い切り引っ張って!)

 

 

「く……あああぁぁぁッ‼︎」

 

玲奈の声に従い、千景は糸を思い切り引いた。やがてグイッという手応えと共に、少女の形をした光のシルエットが完全に敵から引き抜かれると同時に———。

 

 

 

 

「…逃げてッ⁉︎」

 

 

 

千景の悲鳴と同時に、レオ・バーテックスが大爆発した。

 

———その場にいた千景以外の全員を巻き込みながら。

 








爆発オチなんてサイテー!

難敵は勇者達にとってはレオ・バーテックスであり、私にとってはこの最新話でもある。
……くそ。今回でケリつけるはずが、いつまで経っても最終決戦が終わらない…。次こそは………!








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“あなたを一人にはしませんから”

大変長らく、本当にお待たせしました。今作品で一番長いインターバル。卒業研究で頭使った分、執筆に割く脳のリソースが足りなかった(読むのは別)。

感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます!投稿していないのにお気に入り数が増えててびっくり。嬉しかったッ。


「……高嶋、さん……?みんな…?」

 

呆然と、千景は周囲を見渡す。視界に入るのは、倒れ臥す勇者部の面々。友奈も夏凛も、そして犬吠埼姉妹も。精霊の守りによって直撃は免れたものの、倒れ臥す全員の満開が例外なく解除されていた。

 

———それはすなわち、全員が身体機能のどこかに欠損が生じたということだ。

 

 

「……そん、な…」

 

意識があるのは千景のみ。爆発の衝撃のせいか、倒れた彼女達は動く気配すらない。

 

 

 

(力が、戻ってきた。…今が好機です、千景!)

 

 

「ッ‼︎」

 

 

脳裏に響く玲奈の声が、千景を無理矢理に立ち直らせる。———心配するよりも先に、しなければならない事を彼女は思い出した。

 

「七人御先ッ!」

 

7人に増えた千景が、御霊だけとなったレオ・バーテックスに向かって走る。———御霊だけの状態で、敵は火球を繰り出してきた。

 

(そのまま突っ込んで下さいッ!)

 

風が吹き荒れ、飛んでくる火球が全てあらぬ方向へと逸らされる。……言うまでもなく、千景の中にいる玲奈の力。その風は千景を保護しながら同時に足裏に密集して爆発し、ロケットのように千景の突進を加速させていた。

 

 

「はあぁぁぁあッ‼︎」

 

気合一閃。レオ・バーテックスの御霊を斬り裂くべく放たれた一撃は、しかし突如襲来する星屑に防がれる。

———他の勇者達が戦力外になった事で、壁の外から侵入してくる星屑を処理できる人間がいなくなっていた。

 

「…ま、ず……」

 

御霊だけになっても、レオの能力は健在。火球を繰り出し、星屑を呼びよせ、千景を攻撃する。……いくら7人に増えても、処理するには無理のある物量攻撃。

 

(……耐えて下さいッ‼︎)

 

その物量を、玲奈は能力を全開にして対処。暴風は竜巻となって星屑を巻き込み、爆砕した。

 

 

「かふッ……何、これ……つら…」

 

(…まだ私の力に身体が慣れてないんです。多少の吐き気は我慢して下さい)

 

脳裏に響く声に、千景は「ふざけるな」と言ってやりたい気分だったが、堪える。———急速に悪くなる体調を気に掛けていられる余裕はない。星屑の数は増すばかり。いくら7人に増やしたと言っても、限度がある。玲奈の全力を無制限に出すにはまだ千景の状態が安定しておらず、そう何度も嵐を呼ぶ事は出来ない。

———千景は徐々に、だが確実に追い詰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———ぐんちゃんが、戦ってる。

意識が闇に閉ざされたまま、友奈は外の状況を感じ取った。

体は動かない。中途半端に働く聴覚と触覚だけが、戦闘音と振動を閉ざされた意識に伝える。

 

『ねえ。ぐんちゃんを守るんじゃ、なかったの?』

 

(…ッ‼︎)

 

脳裏に響くのは、自分とよく似た声。

 

『私を浄化(否定)してまでそう言い切ったんだもん。……何を犠牲にしても、ぐんちゃんだけは守ってくれるんだよね?』

 

その問いに、結城友奈はすぐに答える事が出来なかった。

高嶋友奈(鬼の少女)と違って、結城友奈には守るべきもの、守りたいものがあまりにも多い。千景を何としてでも守りたいのは確かだが、その為に誰かを犠牲にする選択は彼女にはできない。

———だから。

 

(……ある。犠牲にして良いものが、一つだけ)

 

誰かを犠牲にする事は出来ない。勇者部の皆も、この時代の両親も、学校のクラスメイトも。彼女にとっては何一つ欠けてはならない大切な人たち。———だが、それならば他者以外を犠牲にすれば良いだけの話。

 

犠牲にして良いものが見つかった彼女に、もはや迷いはない。

歳相応の恐怖を振り払い、覚悟を決めて友奈は覚醒する。

 

そして。

 

「う、ぐ……あああぁぁぁあぁぁッ‼︎」

 

散華して動かなくなった脚に構わず、友奈はもう一度満開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ⁉︎高嶋さんッ」

 

火球と星屑の対処で手が一杯になっていた千景が見たのは、満開してレオ・バーテックスの御霊に突っ込んでいく友奈の姿。———友奈の復帰に対抗しようと、星屑が友奈に向かおうとするが、

 

「させないッ」

 

千景はそれを食い止める。———友奈が動けるようになった事で、千景の行動目的が御霊の破壊から友奈の防衛へとシフトした。

 

 

「私は、ぐんちゃんを……みんなを守るんだあぁぁあぁぁぁぁっ‼︎」

 

友奈は気合いと共に咆哮。レオ・バーテックスの御霊が極大の火球を生み出し、友奈の進路を塞ぐ盾とするも———止まらない。追加武装の大型アームを犠牲にして火球を相殺し、勢いのままに突き進む。

 

「ああぁぁあぁぁぁあぁあああッ‼︎」

 

ゲージの消費なくして満開を行ったため、満開の持続時間も短く、耐久もない。しかし、それでも、相討ち覚悟で友奈は敵の御霊に突っ込む。

 

そして———。

 

「届けぇッ‼︎」

 

ほとんど変身が解けた状態で友奈は御霊に拳を振るい、大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友奈によって御霊が破壊された事でレオ・バーテックスの火球が止み、星屑の動きが鈍る。その隙を千景が見逃すわけもなく、7人に増えた手数で敵の残党を処理した。

 

「……高嶋さん」

 

残りの全ての星屑を殲滅した千景は、倒れている友奈に歩み寄る。———幸い、目立つ怪我はない。呼吸も脈もある。

 

……だが。

 

 

(……しばらくの間、お別れです。千景)

 

「……え?」

 

脳裏に響く、玲奈の声。呼び名が『郡千景』ではなく『千景』になっているのは、玲奈の中で何らかの心境の変化があったからか。だが、それよりも『お別れ』という単語が千景は気になった。

 

(……友奈の魂が肉体にありません。勇者の変身がほとんど解けた状態で御霊に触れたからでしょう。今の彼女の身体は、魂のないタンパク質の脱け殻です)

 

「…待って……何、それ……」

 

千景には玲奈の言う事が理解できない。

なぜなら、結城友奈の魂は千景と同じ世界の高嶋友奈のもので。

———それが失われてしまったという事は、彼女にとって最も大切な友達が亡くなったということなのだから。

 

 

(ですから、連れ戻しに行ってきます)

 

「……!」

 

玲奈の話には、まだ続きがあった。

 

 

(肉体がまだ生きているお陰で、彼女の魂と肉体の繋がりは途絶えていません。ですから、友奈を連れて帰る為に、ひと月ほど行ってきます。———友奈の身体と魂の繋がりを辿れば、私ならば必ず行き着くことができる)

 

 

 

「…どこに行くと言うの?」

 

———できれば自分も連れて行って欲しい、という念を込めた千景の問いに、玲奈は答えた。

 

「普通の人間が決して立ち入れない、天の神の居場所。———高天原ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日常が戻ってきた。

しかし、今までと全く同じ生活ができるわけではない。満開の代償として、風は左目の視力、樹は声、そして夏凛は右手右脚の機能と聴力を失った。———もっとも、散華して失われた機能は徐々に回復しつつあるのだが。

 

———それでも、失われたまま戻ってきていないものもある。

 

一つは、結城友奈。彼女は戦いの後数日間眠り続け、現在もまだ意識が戻っていない。目は開けているが、外部からの刺激に全くの無反応。俗に言う廃人状態であり、医者によると今後目を覚ます可能性は限りなく低いと言われている。

 

そして、二つ目は東郷美森だった。

 

 

 

 

 

『ああぁあああぁぁああぁぁぁぁッ‼︎』

 

 

「申し訳ありません。先程までは安定していたのですが……」

 

「……いえ。大丈夫です。また明日来ます」

 

 

廊下にまで聞こえる病室からの悲鳴と、看護師の申し訳なさそうな顔。それらから状況を悟った風は、看護師からの弁明もそこそこに病院を後にした。

 

———東郷美森は精神的に不安定になっていた。

目を覚ましたのは最後の戦いから2日後。覚醒直後から泣き喚き、手当たり次第に側にあった枕や花瓶を投げつけ、大暴れ。まともに会話が成立するようになったのはそのさらに2日後で、その後も度々発作のように暴れては大人しくなる、というサイクルを繰り返している。身体的に異常はないが、精神面での回復が見込めない為、精神性の疾患に特化した病院へ転院する事も検討されていると風は聞いていた。

 

 

 

 

 

そして、三つ目は結城玲奈。———最後の戦いの後に、その正体が判明した少女。彼女だけが、今の勇者部にとっての希望の光になっている。

最後の戦いが終わり、目を覚ました千景は、美森を除く勇者部員達に知る限りの事を話した。自分が玲奈ではない事、玲奈が神である事、友奈の魂が高天原に閉じ込められ、そこから救い出す為に玲奈が旅立った事を。

 

その後千景は、表向きは『結城玲奈』として生活している。人間としての玲奈の記憶を共有していた事もあり、玲奈としての演技をする事は不可能ではなかった。もっとも、「薬は飲まなくて良いの?」と結城夫妻に聞かれた時、誤魔化すのに苦労したが。

 

……しかし、日常を謳歌できても意味はない。彼女が求める少女の魂は、未だ囚われたままなのだから。

 

(早く、戻ってきて……高嶋さん、玲奈)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———気がつくと、私は殺風景な場所に浮かんでいた。

 

「……どこだろ、ここ?」

 

辺り一面は見渡す限りの灰色で、私以外誰もいない。———よく見ると、私の身体が揺らめく桃色の光になっていた。

 

「……なに、これ?…魂?」

 

そもそも、私はどうしてここにいるんだっけ?

………覚えているのは、バーテックスの御霊を殴りつけて壊した事だけ。その後、気がつけばここにいた。

 

「ぐんちゃーんッ!東郷さーんッ‼︎」

 

声を上げても、返事は聞こえない。怖くなるほどの静けさだけが、この場所にはあった。

 

(……もう、みんなに会えないのかな…?)

 

そう思うと、涙が出てくる。

……私は、一度死んだ。その後はこの世界で結城友奈として生きていて、ぐんちゃんとも奇跡的に再会できた。———だから、ぐんちゃんがいてくれれば、どんなに苦しくたって何事にも立ち向かっていけるって、そう思ってたのに。

 

(……こんなのって、あんまりだよ…)

 

それとも、罰なのかな。みんなに満開の事を黙って、東郷さんを止めることもできずに傷つけてしまったことへの。

 

 

「…玲奈ちゃーんッ‼︎」

 

折れかけた心を叱咤して、返事がないと分かっていても、私は玲奈ちゃんの名前を呼んだ。

 

 

 

「はい」

 

————え?

 

そしたら、なんかすぐ側から返事が聞こえた。

 

 

 

 

 

 




第1部、次回で終了予定。
その後はどうするか。……2年前のお話か、はたまたイタイ設定を詰め込んだ世界線Xのお話を別作品として書くか……。


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“結城玲奈は勇者である”

二週間もお待たせして、申し訳ない。
感想・評価・お気に入り登録・そして新たな推薦(⁉︎)、誠にありがとうございます!お気に入り数、とうとう500目前‼︎

………毎度、投稿をする度にお気に入り数が減少して落ち込み、1・2週間すると以前よりもお気に入り数が増えてやる気が出て執筆するスパイラル。本当に、ありがとうございます!

そして推薦して下さっている方。恐れ多くもここまで評価して下さり、ありがとうございます!どうかこれからも宜しくお願いします‼︎








「⁉︎……れ、玲奈ちゃん……?」

 

友奈は、信じられないものを見る目で目の前の少女を見つめた。

異国の戦女神を思わせるミラーシルバーの軽鎧。片手に持った細身の剣。そして白銀の髪と真紅の瞳を持つ、千景とそっくりな容貌。———その容姿は、まさしく勇者に変身した玲奈のものだ。

 

———しかし、登場の仕方が心臓に悪い。音も気配もなかったはずなのに、呼び掛けたらいきなり間近から返事があるのだ。友奈が魂だけの状態でなければ、確実に心臓が一瞬止まったことだろう。

 

 

 

「はい。玲奈ですっ」

 

———しかし、当の本人は御構いなし。なぜかウキウキした様子で返事をするや否や、いきなり友奈に抱きついた。

 

「…えーと、なんで敬語…ひゃっ⁉︎」

 

そのまま友奈の首元でスーハースーハー深呼吸しつつ、ユウナニウムを補充。……侮ってはいけない。ユウナニウムは非物質粒子。神としての玲奈ならば友奈の肉体がなくとも、友奈の魂があれば摂取できるのだ。

 

「……さて、ひと月ほどと前もって言っておきましたからね。時間はたっぷりあります。…まずは何から話しましょうか?」

 

玲奈は友奈に抱きついたまま、彼女の耳元で囁くように話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『———と、今頃私の半身は高天原で結城友奈とイチャコラしてる頃かもしれませんね』

 

「……何をやってるんだ、あの方は…」

 

若葉は自室で、頭の中に響く声に呆れていた。

 

『私はともかく、私の半身は結城友奈にゾッコンですから。おそらく、東郷美森の事も忘れている事でしょう。私の予想が正しければ、本当にひと月経つまで帰ってこないでしょうね』

 

「……この現状を、一ヶ月そのままにしておくことはできないだろうに。我儘というか、神らしいというか……」

 

———言外に、「お前は我儘だ」と若葉は言ったのだが、脳裏に響く声の主は気付かなかった。あるいは、気にも留めなかったのか。

 

『私の半身にとっては、結城友奈以外のことは二の次ですから。……というわけで、連れ戻して来てください。早急に』

 

「……相変わらず、人使いの荒い……」

 

———そもそも、自分で解決すれば良いだろうに。

そう言いたいのを、若葉は抑えた。………勘違いしてはならない。どれだけ親しく接しようと、相手は神樹の一部。主従関係は相手が主で若葉が従。あまり逆らい過ぎると、日常を送る自由さえも奪われる恐れがある。ただでさえ、園子の嘆願を受け入れて現勇者達を止める役割を放棄したのだ。これ以上神樹の意志を無視すれば、本当の意味で操り人形にされかねない。

……生存そのものが苦痛に変わりつつある今の彼女にとって、日常という小さな安らぎ(千景と遊べる時間)を奪われる事だけは避けたかった。

 

(……それに、東郷美森をあのままにしておくのは寝覚めが悪過ぎる)

 

神樹と繋がりを持つ若葉は、美森の状況を把握している。———いくら世界を滅ぼそうとしたとはいえ、恐怖で泣き叫びながら暴れる姿を見るのは心が痛んだ。

高嶋友奈(鬼の少女)によって、東郷美森は精神に深いダメージを負った。身体の傷は玲奈によって修復されているだろうが、心の傷は簡単には治らない。記憶を封じるなどして、トラウマを刺激しないように対応する必要がある。………神樹の一部たる玲奈の半身に動く気がない以上、結城玲奈の力は必要不可欠だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「玲奈ちゃん、女神様だったんだ……。これから何て呼ぼう?……玲奈様?玲奈神様?」

 

「今まで通り、玲奈で良いです。……否、玲奈が良いです。今まで通りにしないと、罰として下着をもらいます」

 

「あ、うん」

 

「玲奈ちゃんってこんなキャラだったっけ?」と友奈は少し心配になった。———結城玲奈の本性を、彼女はまだ知らない。友奈の写真を自室に大量に貼っていたり、日記をつけている事は知っているが、彼女本人は大して気にしていなかった。

 

「…それで、どこまで話しましたっけ?」

 

「ぐんちゃんを幸せにするために生まれた神様ってところまでは聞いたよ?」

 

友奈からしたら衝撃の事実である。まさか死の間際の祈りが、本当に聞き届けられるなど。これを奇跡と言わずして何と言うのか。

 

「私は、彼女を幸せにするために手を尽くし———そしてこの世界に賭けました。彼女と出自を同じくするあなたがいれば……そしてモラルの向上したこの時代ならば、千景を幸せにするのはそう困難なことではないでしょうね…………———⁉︎」

 

「……玲奈ちゃん?」

 

話の途中で唖然とした表情を浮かべる玲奈に、友奈は怪訝な顔をせざるを得ない。………否、彼女の顔に浮かんでいるのは驚きだけではなく、絶望すらも混ざっていた。

 

「……そん、な……。どうして、彼女がここに……?まだ友奈と二人きりの状況を満喫できていないのに…‼︎」

 

「……えーと?玲奈ちゃん?」

 

友奈が辺りを見渡しても、何も分からない。殺風景な灰色の空間が広がり、寒々とした光景が視界に入るだけだ。

 

———否。

 

「……何、あれ?光?」

 

周囲を見渡した数秒後に、突如遠くから朝日のような光が差し込んだ。そしてその光を背にして、何かが飛んでくる。———それを見て、玲奈は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

 

「……乃木、若葉………!」

 

「……え?」

 

 

———飛来したのは、一羽のカラスだった。

桔梗の花のように青い、およそ現実のものとは思えない幻想的なカラス。それが差し込む光をバックに、優雅に羽ばたきながら飛んでくる。そして友奈と玲奈の二人の前まで来ると、カラスはやがて人型へと変化した。

 

 

「…全く。本当にのんびりしているとはな」

 

その人型は、呆れた声で宣う。

小麦色の髪に、凛々しい相貌。青を基調とした衣装に身を包み、日本刀を携えた一人の少女。その名は———

 

 

「……若葉、ちゃん…?」

 

「ん?」

 

呆然と、友奈が名を口にする。

間違いない。その姿は透けているし、友奈の記憶の中の彼女よりも僅かに成長して大人びているが、確かに彼女は乃木若葉だった。

 

「なるほど。確かにそっくりだな。………別の世界の同一人物というのも頷ける」

 

魂だけとなった友奈を見るなり一人で納得して、若葉は話を先に進めた。

 

「はじめまして、並行世界の友奈。見ての通り、私は乃木若葉。———300年前から生きてるだけの、ただの死に損ないだ」

 

「……えーと……」

 

その自虐に満ちた卑屈な自己紹介に、友奈はどんな反応をしていいのか分からない。……当然だ。彼女が知っている乃木若葉は、いつも毅然と、堂々としていた。この世界で摩耗してしまった卑屈な乃木若葉を見ても、困惑するしかない。

 

 

「……乃木若葉。どうしてあなたがここに?まだそんなに時間は経っていないと思いますが」

 

その若葉の自己紹介の内容をバッサリ無視して、玲奈が問う。………玲奈からすれば、乃木若葉は邪魔者。「やった、一ヶ月友奈と二人きりっ‼︎」と密かに喜んでいたところでこの仕打ち。友奈の前でなければ本気で殺しに掛かっていたかもしれないくらいには、玲奈は若葉を忌々しく思っていた。———当然、現世で友奈の帰りを待っている勇者部の事は割と本気で忘れている。高天原に侵入する際に千景との繋がりも一時的に遮断されてしまっているため、『千景の幸せの為に行動する』思考パターンの制限も緩んでいた。

 

 

「どうして、と言われてもな。魂だけ高天原に飛ばされたのなら、連れ戻しに来るのは当然じゃないか?」

 

玲奈という神の問いに、しかし若葉は怯まない。確かに玲奈は神であり、神樹とほぼ同格の存在であるが、神樹そのものではない。行動の制限を受けない以上、彼女に恐れる理由は存在しなかった。

 

「結城玲奈。あなたは気付いていないかもしれないが、結城友奈が昏睡状態になって既に一週間が経過している」

 

「えッ⁉︎」

 

「っ⁉︎」

 

乃木若葉の宣告に、友奈と玲奈は戦慄した。

友奈の時間感覚では、この空間にやってきてからまだ2日しか経っていない。そして友奈を追ってこの場所に侵入した玲奈の感覚では、経過した時間はまだたったの1日———実際に経過している時間と二人の時間感覚が、致命的なまでにズレていた。

 

「現世とこの場所の時間の流れは同期していない。早く戻らないと、取り返しのつかない事態になりかねないだろうな」

 

「……なるほど。私の時間感覚では、この空間に入るのに掛かった時間が1日足らず……そして友奈のいる場所に到達するのに掛かった時間は1時間ですから、現世を離れてから経過した時間はおよそ丸一日。単純な計算でも、時間の流れは7倍も違うのですね」

 

1日過ごして一週間ならば、一週間過ごせば現世ではおよそ2ヶ月弱。……時が経てば経つほど、時間の隔たりは大きくなっていく。

 

「……でも、私の時間感覚だと、この場所で過ごしたのは2日くらいだよ?」

 

「……え?」

 

一方、友奈の感覚ではこの場所で経過したのは2日。……玲奈がここへ辿り着く時間を考慮しても、玲奈と友奈の間の時間感覚が矛盾していた。

 

「おそらく、時間の流れに緩急があるんだろう。現世と違って、この場所は時間の流れも無秩序。今と1分後、あるいは1時間後で時間のスピードが異なっていると見ていいんじゃないか?」

 

「……若葉ちゃん、なんか頼もしい…」

 

「……チッ

 

淡々とした若葉の説明に友奈が感嘆し、それを見た玲奈が友奈に聞こえない音量で舌打ち。———しかし若葉が言っている事はもっともなので、玲奈は大人しく二人と共に現世へと舞い戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———怖い。

「この状態になってどのくらい経っただろう」、と美森は考えた。そしてその答えは、自分ではもう分からない。1日かもしれないし、一週間かもしれない。悪夢による睡眠不足と、覚醒状態で起こるフラッシュバックによって彼女の時間感覚は狂っていた。

 

———この状態が続くのが、恐ろしくて堪らない。

美森が医者から聞いた話では、症状が治らないようならば別の病院に転院する可能性が高い、との事だった。病院も暇ではない。身体に異常はないのだから、精神疾患の治療に特化した別の病院に移るのは至極当然と言える。

 

(………友奈、ちゃん……)

 

———何より恐ろしいのが、今までずっと一緒にいてくれた親友に縋る事が出来ないという事実だった。

 

時折見舞いに来てくれる勇者部の面々から美森が聞かされた話では、友奈は未だに目覚めず、ずっと昏睡状態なのだという。……そうなった根本の原因が誰なのか、言うまでもない。

それに加え、友奈の姿をした何者かによる暴力。………美森にも分かっている。あれが友奈に似ているだけの、別人である事など。

しかし、どうしても夢で見てしまうのだ。………隣にいた友奈が、突然自分に暴力を振るう光景を。

 

———たとえ友奈が回復しても、美森は彼女に縋る事は出来ない。「その資格がない」という罪悪感と、暴力を受けたトラウマによる恐怖で、彼女は友奈と顔を合わせる勇気が無い。

 

満開の後遺症はほとんど治りつつある。動かなくなっていた脚も、聞こえなくなった耳も、失われてしまっていた2年前の記憶でさえも、戻りつつある。………その事実も、美森の罪悪感に拍車を掛けていた。

 

———その罪悪感がありながらも、美森は痛みを受け入れられない。

罰を欲しながら、暴力によるトラウマは痛みを拒絶する。フラッシュバックが起これば自分を制御できなくなる。そんな自分を嫌悪しながら、美森は誰もいない病室で涙を流して———

 

———そこで、「コンコン」と軽いノックの音がした。

 

「………………はい…」

 

精神安定剤が効いているのか、今はノックの音を聞いても取り乱しはしない。———ノックの音を聞いただけで『鬼の少女』が入ってくる妄想をする程に、美森は追い詰められていた。

 

「入るわ」

 

「……千景さん」

 

入って来たのは、郡千景。2年前、美森や乃木園子らと共に戦っていた少女。面会謝絶でない限り、彼女はほとんど毎日この病室へ足を運ぶ。……もっとも、彼女は会話は上手くないので、見舞いの品を渡したらいつもはすぐに立ち去るのだが。

 

………そう、いつもなら。

 

 

「……千景さん?」

 

「少し、眠っていて…」

 

千景は美森に近づくや否や、美森の頭に手を翳す。———そこで、美森の記憶は途絶えた。

 

 

そして。

 

 

 

 

「後は、お願いします。乃木若葉」

 

「任せてくれ。……斬るのだけは、得意だ」

 

 

若葉の生大刀が、美森を斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、一時は本当にどうなることかと思ったわよ。退院できて、本当に良かったッ」

 

「……それ、これで何回目よ?もう1ヶ月も前のことじゃない」

 

文化祭の帰り道。風が泣きそうになりながら友奈と美森に抱きつき、それを見た夏凜が呆れたような声を出す。

 

「何よ。夏凜だって、毎日甲斐甲斐しくお見舞いに行っていたくせに〜。なんだっけ?『友奈がいないと、生きていても楽しくないんだからッ』だっけ〜?」

 

「ッ⁉︎アンタあれ見てたの⁉︎……忘れろッ‼︎今すぐ忘れろッ!」

 

友奈が入院している間に起きた出来事で風が夏凜をからかう。夏凜はそれに顔を真っ赤にしながら必死に風を追い回した。

 

 

「えっと、この度は大変心配をお掛けしましたっ」

 

「……本当に、良かった。こうして高嶋さんが戻ってきてくれて」

 

「……私も、ごめんなさい。私が壁を壊そうとしなければ、こんなことには……」

 

「ダメですよ、東郷先輩。この事はもう蒸し返さないって、みんなで決めた事なんですから」

 

 

———友奈と美森が退院してから、1ヶ月が経っていた。

友奈の退院後の回復は驚くほど順調。目を覚ましてから2日くらいは立ち眩みや目眩を起こしていたが、それもすぐに回復。予定よりもリハビリに掛かる時間は短くなり、今では健康そのものだった。

 

美森は友奈が目を覚ますなり、精神が安定。それまでの不安定な状態が嘘のように元気になり、友奈よりも早く退院できた。

 

そして、文化祭の劇は大成功。何のトラブルも発生せず、評判も上々。以前までの戦いが嘘のように、穏やかな日常が続いていた。

 

 

(………やはり、良いものです。友奈には、千景の側で過ごす日常が一番似合っている)

 

千景の中で、玲奈が微笑む。

———世界の実態が変わったわけではない。神樹の結界の外は未だに天の神による炎が渦巻いていて、人類は限られた地域でのみ生存している。その事実は変わらない。

ただ、先の一件でバーテックスの襲来が沈静化したのは事実。大赦からの情報が正しければ、友奈や千景が理不尽な戦いに巻き込まれ、散華して身体の機能を失っていくことはないだろう。

 

(……その日常に結城玲奈(人間の私)がいないことが心残りですが………それを差し引いても、満足です。人間の言葉で言うならば、これを『幸せ』というのですね)

 

 

勇者部の日常を眺めながら、結城玲奈は笑った。ずっと、笑い続けた。

 

 

 

 

 









終わると言ったな。あれは嘘だ。
次回、エピローグ。



今日実装されるゆゆゆいのSSRは……ぐんちゃんかな?ぐんちゃんかな?それともぐんちゃんかな⁉︎
もしもハロウィンに向けてお菓子作りとか仮装の準備をしているぐんちゃんが来たら………回すしかない‼︎


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エピローグ “友奈ガチ勢の日常”

大変、お待たせしました。…………とうとうここまで来た、か。
感想、評価、お気に入り登録、本当にありがとうございますっ!遂にお気に入り数500を突破!ここまで来られたのは、読者の皆さんのおかげです。重ねて、感謝を。


今回はエピローグ。補足のお話。後半は設定資料集のような何かなので、飛ばしてオーケー(多分)。


さて。
某作品を書いている、某日本庭園さんへ一言。

———書いても良いって、言ったよね?(ニッコリ)





———郡千景の朝は早い。

 

「ん、……ぐっ……んんッ………」

 

毎朝5時頃には目覚ましの音で起床し、顔面に貼り付いた布で窒息しかけながら目を覚ます。———そして。

 

「……()()なのね、あの変態……」

 

この恨み言も毎朝の事だ。目覚まし時計で時刻を確認し、手早く着替えを済ませ、顔から引き剥がした下着や知らぬ間に布団に入り込んでいた友奈の体操着を慌てて紙袋に入れる。………身体を共有している以上、変態の尻拭いをしなくてはならないのは千景なのだ。

 

その後、部屋の隅々まで念入りにチェック。ベッドの下、タンスの裏側、本棚の隙間まできっちりと調査する。

 

「……よし」

 

………幸い、今日は盗聴も隠しカメラも設置されてはいなかった。

 

平日ならば朝食の準備や友奈を起こす仕事があるが、今日は日曜日。———それはすなわち、朝食から入浴まで若葉と過ごす日である事を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、結局どうしたの?」

 

「ああ。あの方………結城玲奈に東郷美森の霊体を引きずり出してもらってな。私が彼女の記憶の魄を斬ることで、取り敢えず記憶を封じる事には成功した」

 

———友奈と美森が退院後。千景と若葉は、二人でゲームに興じる日常を送っていた。

ちなみに、現在千景が5連勝中。ゲームにムキになりながらも、両者ともに会話を止める気配はない。二人とも画面に視線を釘付けにし、目にも留まらぬスピードでコントローラーを操作しながら冷静に話すという器用な真似を行っていた。

 

「魄……散華する時に、供物として捧げられるものね」

 

「ああ。………彼女を救うには、もうそれしかなかった」

 

人間の霊体は、魂魄(こんぱく)とも呼ばれる。人間の精神や思考を司る霊的要素を魂、身体を動かす為の要素を魄と呼ぶ。人間の霊体はその肉体と類似した構造になっており、肉体の各パーツと霊体を構成する各々の魄は密接な関係にある。魄が損傷すればそれに対応した肉体のパーツの機能に影響が残り、魄が消滅すればたとえ肉体が無事でも消失した魄に対応するパーツの機能が失われてしまう。……霊的次元において、脳を含む肉体にあたる部分が魄、脳に存在する情報や意識にあたる部分を魂と例えた方が良いだろうか。

 

満開時に供物として捧げられるものも魄だ。例えば結城友奈は満開後に味覚を失ったが、それは舌そのものが壊れてしまったわけではなく、舌に対応する魄が奪われただけのこと。美森が散華して失ってしまった記憶も、脳に記録されている情報が消えてしまったわけではなく、脳細胞に対応している魄が消えてしまっただけ。要するに、記憶そのものがあっても情報にアクセスできなくなっていただけだ。

 

———そして若葉は、それを利用して美森の記憶を封じた。

 

『鬼の少女に暴行を受けた』という記憶を持つ脳細胞に対応した魄を斬ることで、トラウマとなる記憶にアクセスできないようにしたのだ。………言ってしまえば、人為的な散華。若葉の力を以ってすれば、他の魄を一切傷つける事なく、トラウマに関わる魄のみを斬り伏せる事は不可能ではなかった。———非常に困難であったのは確かだが。

 

 

「魄そのものに干渉しない限り、東郷美森はトラウマを思い出す事はないだろうな。……念のため、しばらくは様子見が必要だろうが」

 

そんな話をしつつ、『バキッ』という音と共に若葉の手の中にあるコントローラーが割れる。———これで千景の6連勝。悔しさのあまり、若葉は握力だけでゲーム機のコントローラーを割り砕いていた。

 

———それに千景はドン引きしたが、見なかった事にしてプレイを続行。

 

「それを聞いて安心したわ。……園子さんはどう?元気?」

 

「ああ。少し時間が掛かっているが、順調に回復している。包帯が取れるのも時間の問題だろうな」

 

———乃木園子。彼女は2年前の戦いで満開を繰り返し、身体機能の多くを散華した。手足や視力はもちろん、内臓機能や皮膚の機能に至るまで。

皮膚というものは生体を守るのに非常に重要な機能を持っている。微生物による攻撃から生体を保護し、外界の刺激から内部構造を守る。

 

———その機能が失われてしまった結果、外見にどのような影響が出たのかは、彼女の顔を覆う包帯が物語っていた。勇者システムによって生命そのものが維持されていても、生体全ての活動を補ってくれるわけではないのだ。

 

 

「そちらこそどうだ?……あの方の様子は?」

 

「相変わらず、うんともすんとも言わないわ。……夜中に活動しているみたいだから、心配はないと思うけど」

 

 

———千景が最後に玲奈と会話をしたのは、友奈が目を覚ました翌日だ。それ以降、彼女は突然千景の呼びかけに一切反応しなくなった。

だがしかし、心配をするのは早とちりというもの。……千景が就寝した後、明らかに玲奈の仕業と思われる現象が発生したためだ。

 

「……本当に、驚いたわ。朝起きたら高嶋さんのパンツが顔に貼り付いているのだもの。危うく窒息しかけるところだったわ」

 

「その話は前も聞いたな……」

 

「他にも靴下だのパジャマだの、今朝なんて洗濯前の体操着が布団に入っているのよ?……いくら高嶋さんのものでも、困るわ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「似たようなことを前も聞いたな……」

 

 

毎週日曜日は、若葉にとって千景と遊べる唯一の日だ。そして千景にとっては、玲奈によって被ったストレスを発散する日でもある。………千景がこのような愚痴を言えるのは、若葉の前だけだった。

 

 

「最近なんて、東郷さんが酷いのよ。……脚が動くようになった途端、大量の盗聴器だの監視カメラだのを仕掛けるようになるし。夜中に高嶋さんの部屋から物音がするかと思ったら、なぜか窓から勇者服姿の東郷さんが忍び込んでいるし。参ったわ……」

 

「それは初めて聞いたな………端末もないのにどうやって変身しているんだ……⁉︎」

 

以前から聞いていた話を聞き流していたところで、突然の告白。300年の時を生き、大赦の人々から守護神扱いされている若葉ですら驚いた。

———驚きのあまり操作を誤り、若葉は敗北。千景は7連勝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

「お帰り、ぐんちゃん……って、どうしたの⁉︎」

 

千景が結城家に帰宅したのは、午後11時だった。———結城家の両親は既に眠っている。明日は月曜日。働いている身としては、平日の起床に備えて早めに眠っておきたかったのだろう。必然的に、出迎えるのは千景の帰りを待って夜更かししていた友奈一人である。

 

「……あれ…?高嶋さんが………3人…?ふふ、ふふふふふふふ……」

 

「えーと、ぐんちゃん……酔っ払ってる……?」

 

「……酔って、…ないわ……」

 

帰ってきた千景は明らかに酔っていた。顔は紅潮し、足元はフラフラ。焦点も定まっておらず、これで酔っていないわけがない。

 

「………ふふ、ふふふふ」

 

「……えと、ぐんちゃん?」

 

不気味に笑う千景に、友奈は初めて危機感を覚えた。それに何より、危なっかしい。足元がおぼつかないまま、靴を脱いで家に上がろうとしている。

 

「あッ……」

 

「ッ!ぐんちゃん!」

 

案の定千景は何もないところで躓き、それを友奈が抱きとめる。………友奈の予想通り、千景からは微かにアルコールの匂いがした。

 

「……ありがとう、高嶋さん。ふふ、ふふふふふ………」

 

「なんだか怖いよぐんちゃん⁉︎」

 

 

———そして友奈の危機感は的中する。

 

 

「……えーと、ぐんちゃん?」

 

「なあに、高嶋さん?」

 

「………離れてくれると、嬉しいなぁって……」

 

「嫌よ。絶対に離さない」

 

 

———友奈は千景に押し倒されていた。有り体に言って、貞操の危機である。

 

 

 

 

………と、思いきや。

 

「……にゃ〜」

 

「………………」

 

絶句。酔った人間の扱いに、友奈は慣れていなかった。

 

 

「今日一日、私は高嶋さんの猫になるわ」

 

そう言いつつ、千景はそのまま友奈の腹部にダイブし、顔を擦り付けながら香りを堪能。行動だけを見るなら、さながらそれは飼い主にじゃれつく犬や猫のようだった。

 

「……くふっ、ぐ、ぐんちゃん……くすぐったい、ひゃっ……」

 

 

そう言いつつも、満更でもなさそうな友奈。———帰ってきた時刻が午後11時であるため、『猫になれる』のはあと1時間もないのだが………千景も友奈も気にしてはいなかった。

 

 

(……なんて、羨ましい)

 

とある変態がぼそりと呟くが、それを知る者はいない。

 

 

 

 

———翌朝、真夜中の自らの行動を思い出して千景が悶える羽目になるのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1部 “結城玲奈”の章 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯設定資料集的な何か

 

結城玲奈

結城家に引き取られたごく普通の女子中学生である。シスコンだったりちょっと精神的に病んでいたり変態だったりその正体が実は凄かったり変態だったりするが、ごく普通の女子中学生である。

人間としての彼女の誕生日は11月22日。だがその日を迎える前に完結してしまった為、誕生日祝いの話を書く予定は(今のところ)ない。

 

 

結城友奈

皆さんご存知大天使友奈ちゃん。今作では『結城友奈は高嶋友奈の転生なのではないか』というかつて囁かれていた考察を採用。今作第1部においては鬼の少女と対峙した際、原作を遥かに上回る戦闘能力を発揮した。そして可愛い。かっこいい。そして美しい。そして可愛い。

 

 

 

郡千景

乃木若葉を庇えず、死なせてしまった世界を出自とする、神様の計らいによって復活した女の子。(今作の設定上に存在する)数多の並行世界では碌な目に遭わずに死亡している。

………玲奈を含む神は知覚していないが、神が友奈の願いに沿って並行世界に干渉する度に神の管理下に無い別の並行世界が複数発生している。この『千景を幸せにする神のいない並行世界』の光景が悪夢や幻覚として高嶋友奈に流れ込む事によって、鬼の少女が生まれる事になった。しかしそれは所詮別の並行世界の光景であり、この世界線においては『何の関係もないただの悪夢』でしかない。

願わくば、平穏な日々を。

 

 

 

 

乃木若葉

この世界線最強の人。変身前の状態で神世紀300年の勇者に匹敵、あるいは凌駕する戦闘力を持つ。守護者としての力を発揮した際には、満開状態の勇者全員を圧倒できる程の戦闘力を獲得する(あくまで神世紀時点)が、その代償として自分の意志だけでは戦うことができない。

所謂不老不死であり、現在も生き続けている。神樹が彼女を生かし続ける限り、乃木若葉は生の苦しみから解放されることはない。

 

 

 

 

 

 

玲奈の半身

300年前、玲奈が神樹との取引によって提供した半分の神の力が意思を持ったもの。神樹に取り込まれた事で大元の人格とは差異が出ているが、神としての玲奈そのものである。

…………実は、神樹のほぼ全てを掌握しており、決して『郡千景が不幸になる』事態にならないようにコントロールしている。玲奈は300年前、取引を持ち掛けるカードとして自らの神の力を差し出したが———なんて事はない。それすらも罠。そして見事その取引によって神の力を神樹に送り込み、その内側から神樹を制圧・支配する事に成功した。すなわち、全て玲奈の掌の上である。

その気になれば若葉を不死の運命から解放できるが、………その半身は決してその選択を行わない。結城友奈に絆された結城玲奈と違い、この半身には甘えも隙も遊びもない。郡千景の不幸を防ぐべく、使えるものはとことん使い潰し、不要となれば処分する。神としての結城玲奈が『友奈ガチ勢』もしくは『ぐんたか派』であるとすれば、この半身は『千景ガチ勢』である。

 

 

 

 

 

 

ぽっと出の少年

世界線Xの登場人物であり、時間があるなら書きたい作品の主人公。

世界線X最強の人。しかし彼は勇者ではなく、『抗神者』。一言で言えば、『神樹もしくは天の神によって改造された超人』の一人。そして所謂、”ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう”でもある。

ネタバレになり兼ねないので明言はしないが、………『千景ガチ勢のやべーやつ』である。

そして見た目は美少女、頭脳は男。その名は———

 

 






某作品に、猫のぐんちゃんが猫らしく甘える(?)シーンがあって。
それに対して私は、『人の姿のままでやっても良いのよ?』と感想を送った。そしたら、『書いてくれて良いのよ?』という旨の返信を頂いたので、………やっちゃったぜ。
今回のお話は、当初の予定になかった。完全にノリで書いた話である。………なんて酷い最終回なんだ。




そして、改めて皆さんに感謝を。
評価やお気に入り数の増加でやる気が出て、感想を楽しみに執筆しました。推薦文で『本当に楽しんでくれている人がいるんだ』と実感して救われ、評価の際のメッセージでモチベーションアップ!

そして、誤字報告をしてくれた方!とても助かりました!………何か称賛を得られる訳でもないのに、誤字を見つけて報告してくれて、本当にありがとうございます!陰ながらのサポート、格好良かった!

皆さん、今までありがとうございました!

これから忙しくなって、執筆する時間もどんどん少なくなるけれども!……暇があれば少しずつ書くつもりです。この作品の別の時系列か、もしくは世界線Xのお話を。
改めて、また宜しくお願いしますっ!


10/25 設定資料集に加筆・修正をしました。


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外伝 神崎翼は抗神者である 〜千景ガチ勢の闘争〜
プロローグ “価値の無い世界”


感想、お気に入り登録誠にありがとうございます!お久しぶりです。……ぽっと出の彼が主人公の外伝、始動。しかし、注意点をいくつか。

まず一つ。この外伝は、痛々しいオリジナル設定が根幹にあります。中二病が暴走して書いただけなので、覚悟してください。

そして二つ。『好きな子ほど虐めたくなる』特性が働いているのか、………なんか鬱度がちょっと高い。

そして三つ。……思いつくままに書いているだけなので、忙しくて執筆の時間が開くと何を書きたかったのかを忘れてエタる可能性あり。


では、本編スタート。

………なんで最初から暗いオーラ出してんですかね……?


「……やはり、ここにいたか」

 

乃木若葉は、墓前に佇む友へと声を掛けた。

 

「何の用だよ?……今声を掛けられたくない事くらい、分かるだろ」

 

声を掛けられた少年は、不機嫌そうに返事をする。

 

———少年は、乃木若葉が嫌いだった。

 

巫女の上里ひなたは何かと乃木若葉を『可愛い』と褒め、全幅の信頼を置いているようだが………少年にとってみれば、信じられない事だ。なるほど、容姿が良いのは認めよう。精神が強いのも認めるし、かと思えば自身のミスで失敗して反省する姿が可愛くない事もない。しかし容姿も心も、目の前の墓に眠っている少女の方が何倍も可愛いかったし(少年主観)、何より守り甲斐があった。だが、それが乃木若葉を嫌う理由ではない。

 

———墓の中で眠る少女の劣等感を刺激し、心を乱した。それだけが、少年が乃木若葉を嫌う理由だ。

 

 

「お前の処分が決まった。………力づくで、連れて行く」

 

 

乃木若葉は、勇者の装束を纏っていた。生大刀を抜き、完全な戦闘態勢に入る。………その表情は、宿敵に立ち向かう戦士のそれで。

 

 

「できるものかよ。……俺が弱体化してるからって、舐めてないか?」

 

対する少年の表情には、ただただ、大切な時を邪魔された煩わしさと怒りだけが浮かんでいる。……そこに、若葉に対する感情は浮かんでいない。

 

「できるさ。昔のお前ならともかく、今のお前なら。………強さの源泉を失ったお前に、勝てない方がどうかしている」

 

 

———少年は、抗神者と呼ばれる超人だった。

西暦2018年に突如人類を襲った天敵、バーテックス。それに対抗するための切り札として、人類は勇者と抗神者を戦いに向かわせ———多くの犠牲を出した後に、辛うじて人類を存続させる事に成功した。

勇者に選ばれるのは、神器を手に取った少女のみ。穢れなき身である少女だけが、神樹からもたらされる力を宿して勇者として戦う事ができる。

それに対し、抗神者は『神によって改造された人間兵器』。神樹の力を身に宿すのではなく、神の力たる『神威』を自分で生み出し、行使する能力者達。彼らの力の強さは精神力に依存し、その時々の感情の変化や精神状態によって強さが変化する。その不安定な性質上、勇者の方が『安定して使える戦力』として認識されるのは至極当然の話だった。

 

———そして、少年の今の精神状態は最悪だ。心の拠り所であった少女に先立たれ、戦う理由さえも失っているのが現状だった。

……そのはず、だった。

 

 

「あるさ、強さの源泉なら。人類(お前達)に対する復讐心が。……邪魔するなら、(お前)でも殺すぞ」

 

「なら、私がそれを止める。……お前を人類の鏖殺者には、させない」

 

 

 

———神世紀元年。郡千景の墓前で、少年と少女の戦いが始まった。

 




いきなりクライマックスから始まる外伝。


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西暦2017年 5月

続けて投稿!………次話は、しばらく間が空きます。


———『なんで、こんな目に遭っているんだろう』と少女は思った。

その答えはすぐに浮かぶ。『世界を滅ぼしてしまったからだ』と。

 

これは罰なのだ、と彼女は思った。だから、全て受け入れた。

 

———陰で悪口を言われていても。

———私物を汚されたり、無くされたりしても。

———暴力を振るわれても。

———裸の写真を撮られて、学校中にばら撒かれても。

 

何をされても、彼女は抵抗しなかった。

———彼女本人どころか、親や教師も何も言わない。

 

だから、彼女を虐める人間は増えていき、その虐めの内容もエスカレートした。

———『巻き込まれたくないから』という理由で傍観していた少女が、積極的に虐めに加わるようになる。

———『みんなと同じ事をしているだけだ』と自分を正当化し、空気に逆らえずに虐めていた少年が虐めの中心人物になる。

 

村でも学校でも、大人も子供も。みんながみんな少女を虐めるものだから、『雰囲気に流されて』、あるいは『みんなから仲間外れにされる事を恐れて』、虐めを遠巻きに眺めていただけの人間も彼女を虐め、虐める側の良心は麻痺していく。『罪の無い少女を虐めてはならない』という当たり前の倫理は徐々に崩れ、『なぜ少女を虐めているのか』という疑問さえも持たなくなる。

 

———虐められる側の気持ちなど、考える事もない。

 

この村では、少女を虐めるのは当たり前の事だ。

ある人間はカラオケ代わりのストレス発散に。

ある人間はジョギングと同じく日課で。

ある人間は何も考えずに、少女を虐めた。

 

傷つけられるのは少女一人。しかし心が歪み、壊れているのはその村の全員。少女は傷つけられる事で精神にダメージを蓄積させ、加害者は自らの暴虐性を少しずつ加速させていく。故にこそ歯止めが利かず、その村の全員が、自分達がおかしくなっている事に気付かなくなっていた。

 

———その現状は、中学生になっても変わらない。

 

環境が変わった事で、虐めに加担していない人間もいたが、それでも虐められる事に変わりはなかった。気にかけてくれる教師もいたが、その教師も周りの教師達の圧力に負け、最終的には少女を傍観する側に立つ。

 

———少女の周りの人間は大きく分けて二つ。『虐める側』と『傍観する側』。

 

虐める側の大多数は、少女と同じ小学校出身の子供達。彼ら彼女らは、自らの行動に何の疑問も抱いていなかった。

傍観する側の大多数は、少女と関わりを持っていなかった子供達。少女がどんな人物なのかも知らず、接点を持たなかったが故に周りの人間の『虐め』に加担こそしないが、虐めの阻止のための行動を起こさない者たちだ。

『傍観する側』は『虐める側』と比べて非常に少ない。だから、『万が一』誰かが虐めを止めてくれる希望も無に等しい。そして『中学生』という精神的に不安定で荒れやすい時期であることもあってか、明らかに虐めの内容は小学生の頃に比べて過激になっていた。

 

虐めの被害者の少女の名は、郡千景。———本来の世界ならば、中学生になる前に勇者となり、この村を出ていたはずの少女。されどバーテックスの襲撃は起こらず、中学生になっても彼女は虐められていた。

 

 

長期に渡る過激化した虐めによるストレスは、少女の身体に異変を齎す。

———まず初めに、味覚が無くなった。……否、味を感じているはずなのに、それを認識できなくなった。

———次に、痛みに鈍感になった。………暴力が日常に溶け込んでいた彼女にとっては、都合が良かった。

———そして、色が分からなくなった。………視界に、褐色のフィルムを貼り付けたように景色が変わった。

———最後に、自分が分からなくなった。………起きていても、思考は鈍く、記憶は曖昧になった。ここまでになると、前の世界の事すら思い出せなくなった。

 

 

もしも千景が、ストレスを吐き出していたならば何か変わったのかもしれない。彼女が普通の子供だったなら、不登校になるなり、非行に走るなり———自殺を図るなり、なんらかのアクションを起こしていただろう。

 

………しかし彼女は、普通ではない。前の世界で『勇者の郡千景』として戦い、戦友を死なせ、罪悪感を抱いたまま『虐め』を罰として受け入れる少女だ。心を閉ざして自分の認識すら危うくなっても、罪悪感だけは残り続けた。心を閉ざして、意識を曖昧にしなければ存在できなかった。虐めによる痛みも、前の世界から引き継いだ罪悪感も、全ての全てから逃れたくて、彼女は自らの心を闇に閉ざす。身の回りの事を認識したところで、そこには痛みしかないから。彼女の良識と理性が、過激化する虐めを罰として受け入れようとしても、彼女の心はそれから逃れたくて堪らなかったのだ。

 

………だから、全力で逃避する。様子がおかしくなっても、誰も何も言わないのだから。だから、誰も彼女の異変をどうにかしようと思わなかったし、そもそも虐めている側は彼女の異変に気付く事すらなかった。父親でさえ、この現状を何とかしようと動く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

そして。

 

———そして。

 

 

 

「はい、手当完了」

 

———千景の知らない間に、光が差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎翼は転校生である。父親の気まぐれで関東某県から高知へ引っ越してきたばかりだ。ここで『金持ちな父親がいるだけのありふれた平凡な高校生』と描写すればライトノベルの主人公っぽく聞こえるかもしれないが、この少年は『平凡』と言うにはあまりにも個性が強すぎる。

 

———『鈍感』という点だけは、一昔前のライトノベルの主人公と共通しているかもしれないが、それでもそう都合良く難聴になったりはしない。『自分への好意に疎く、されど仲間やヒロインへの悪意には敏感』というのが物語の主人公や英雄における一つの『お約束』ではあるものの、彼の場合自分への好意には割と敏感だった。———それが相手の本心に由来するものか、それとも打算に由来するものかを判別できるくらいには。それでいて周囲の人間の異常や緊迫した雰囲気などには鈍いのだから、彼は物語の主役には向いていない。英雄を気取るには、彼はあまりにも自己中心的な性質の持ち主だった。

 

 

(……何だ、これは?)

 

………しかし、そんな彼にも、新しく転入する中学校の異様な雰囲気は敏感に察する事はできる。

まるで、下手な素人の演劇を見ている気分だ、と彼は思った。何故だかは分からない。視界に入る景色は普通の中学校。しかし、翼にはそれが寒々しい虚飾に思えてならなかった。

職員室に立ち寄って転校の手続きを済ませ、担任の教師に連れられて教室へと移動している道中もその違和感は拭えない。……あるいは、それは自分が緊張している証拠なのかとも思ったが、その考えはすぐに否定する。たかだか転校程度で緊張するほど、彼は柔ではないのだ。

———あるいはそれは、彼が他者に対して関心を持たないからか。

 

違和感を感じながら、担任の声に従って扉をくぐる。………すると、違和感が先ほどよりも強くなった。

 

「転校してきました、神崎翼です。宜しくお願いします」

 

淡々と、必要最低限の自己紹介をしつつ、脳のリソースの半分を違和感の発生源の探索に割り当てる。すると、すぐにその違和感の源が見つかった。

 

(……なんだ、あの子…?)

 

目に留まったのは一人の少女。

 

 

「どうして翼ちゃんは男子の制服を着てるんですか?」

 

「当然男子だからです。そして『翼ちゃん』ではなく『翼君』な」

 

 

クラスの男子からの質問に答えながら、彼は視界の隅で先ほどの少女を観察する。

 

「……本当に男子?男装した女子じゃなくて?」

 

「当然。………そもそも男装なら、もっと男らしい髪型にするだろうに」

 

「どうして髪伸ばしてんの?」

 

「当然、趣味です。可愛いだろ?」

 

 

初対面の人間にされる質問ばかりだったので、答えに困る事はなかった。……もっとも、観察に多少集中していた所為でクラスメイトの反応は頭に入ってはこなかったが。

 

(……大丈夫か、あの子?)

 

否、多少集中していた、ではなく気に掛けていた、と言った方が正確か。

———翼が気に留めた少女は、端的に言って『二つの意味で』異常だった。

一つ目の異常は、その容姿。長い艶のある黒髪に、全体的に整ったシルエット。そして『可愛らしい』というよりも『綺麗』という言葉の似合う、美しい相貌。間違いなくクラスで一番、下手したらこの学校一の美少女だと翼は確信した。

 

………そして、もう一つの異常は、その容姿を台無しにする程の”傷”だった。

露出した肌はガーゼや包帯だらけ。しかもその処置は雑で、明らかに適切な治療を受けていない事が読み取れる。彼女は無表情のまま虚空を見つめ、瞳は暗く、明らかにこちらの自己紹介も意識に入っていない。

 

(……ヤバイな)

 

その傷が他者に付けられたものなのか、それとも自傷行為によるものなのかは判別できない。しかし、どちらにせよ彼女が精神的に危うい状態にある事に変わりはない。

 

何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

翼はこの学校のことも、クラスのことも何も知らない。だから、彼女の事情も周囲の事情も知らない。だが、それで一人の女の子が傷ついているという事実を見過ごして良い理由にはならない。

 

 

……だから。

 

「今度は俺が質問して良いかな?………どうしてその子、そんなにボロボロなの?」

 

手取り早く、クラス全員に聞いてみる事にした。

 

「「「———————」」」

 

その質問に、クラスの空気が凍る。誰もその問いに答えられない。何と答えていいのかが分からない。

どうして郡千景が傷ついているのか、という問いに対する答えを誰もが知っている。『この場にいる大半の人間によって、手酷く虐められているからだ』と、ただそう答えれば良い。

 

———だが、それができない。転校生から発せられていた濃厚な怒気が圧を生み、クラスの生徒ばかりか担任教師さえをも黙らせていた。

 

……でも、それは錯覚。確かに翼は多少苛ついてはいるものの、それは『女の子が傷ついているのに誰も心配している様子がない』からであり、虐めに気づいたからではない。だから、クラスメイト達が感じている怒気の圧は、彼らの心の奥底に芽生えた僅かな後ろめたさ故の錯覚だ。虐めを習慣化している彼らには、自分達が『後ろめたさを感じている』事に気付けない。それ故に、その後ろめたさは『翼から発せられる怒気』という勘違いに変換されていた。

 

 

———この学校の生徒達にとって、郡千景を虐めるのは当たり前の事だった。良心が麻痺する程度にまで習慣化していたものだから、『他所からやって来た人間にどう映るのか』という想像すらできてはいなかった。

 

———神崎翼にとって、可愛い女の子が守られるのは当たり前の事だった。彼が今まで通った学校に虐めなど無かったものだから、このクラスの空気が気持ち悪くて仕方なかった。『可愛い女の子が傷ついている』という状況にこのクラスが慣れてしまっている事くらいは、翼も気づいていた。

 

 

………結局誰も翼の問いに答える事なく、気まずい雰囲気のままホームルームが終わり、授業が始まる。誰もが新しく入ってきた転校生にどう接して良いのかが分からず、もはやお約束となっているはずの『転校生を取り囲む休み時間』は訪れず、そのまま二限、三限と授業が続いていく。

 

 

 

 

 

 

———そして。

 

 

 

 

この日、神崎翼は転校初日にして停学になった。

 

 




神崎翼。描写の通り、見た目は美少女の少年。彼は一体、何をしたのか。


活動報告欄にて、ゆゆゆいのフレンド募集中です。……ゆゆゆいが飽きっぽい俺をゆゆゆワールドに繋ぎ止め、モチベーションを保たせている。つまり、活動報告に書いても何の問題もないのだ。……ないのだ。


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西暦2017年 5月 “人を憎む”

感想・評価・お気に入り登録、誠にありがとうございます!思っていたよりも早く投稿!

……さて。今回の前書きは少し長いです。
あらすじを追記し、改めて外伝を読み直し、ふと『あれ?これ友奈ガチ勢の方と雰囲気違い過ぎない?』と疑問に思いました。……バッドエンドが確定しているので、友奈ガチ勢のファンの方々が楽しめない可能性を懸念したわけです。『多くの人が楽しんでくれる』ことが、モチベーションに繋がるタチなので。

そこで、活動報告にてアンケートを行っております。現時点で回答してくれた方は2名。今のところはこのまま投稿を進めますが、アンケートの結果次第では別作品として上げ直す……かもしれない。
回答してくれたお二方、誠にありがとうございました!


そして、今回のお話は……妄想を注ぎ込んだせいで、ツッコミどころ満載です。………だって、俺が通ってた中学、虐めも大きなトラブルもなかったんだもの。そこはもう、仕方ない。
何度も繰り返しますが、この外伝は友奈ガチ勢よりもオリジナル設定過多です。お忘れなく。


ところで、今月はぐんちゃん祭り。大赦ポイント増加の対象にプリクラぐんちゃんとハロウィンぐんちゃんが含まれ、大赦ポイントの景品としてお正月ぐんちゃんと一周年ぐんちゃんがいる!これはもう、周回するしかない!(既にお正月ぐんちゃんを交換済み)
……今までのイベントSR、もっと景品に増やしてくれないかなぁ。お正月ぐんちゃんのアビリティを20にしたい……。







神崎翼は美少女———の見た目をした、男子である。

少しだけ青みがかった長い黒髪に、透き通る瞳。肌は白く、全体的に華奢な体躯。顔は中性的というよりも『クールな美少女』といった相貌。声も綺麗なアルトボイスで、彼を知らない第三者が見れば『ややボーイッシュな格好の美少女』なのだが、完全に男である。

 

———だから、昔は苦労した。

 

幼稚園に通う頃は迷子になる度にデパートなどの放送で名前に『ちゃん』付けされ、小学生の時は常日頃から『女男』と呼ばれてからかわれた。その整った容姿や高い子供服を着ていた事からどこかの社長令嬢とでも思われたのか、小学校を卒業するまでに3回も誘拐され、命の危機に瀕している。中学生になってからは『男子に』4回も告白され、頭の悪そうな男子高校生に3回もナンパされるという事件も発生した。

 

———しかし、彼にとって幸福だったのは、彼自身が自らの容姿を気に入っていたという事だ。

 

物心ついた時には亡くなっていた母と瓜二つの容姿。愛情の代わりに、彼はその容姿を母親からもらっていた。見た目も悪くない———どころか、トップクラスの美少女と言って差し支えないレベルだ。見た目はともかく、身体機能に何か障害があるわけでもない。今まで散々からかわれた事を差し引いても、お釣りがくるレベルの母からの贈り物だと彼は考えていた。

 

だから、『人を好きになるきっかけが容姿である』事を、彼は悪だと思っていない。彼にとって悪いのは『容姿だけを好きになる』事であり、相手の内面を蔑ろにする事だった。

 

———きっかけは何でもいい。『容姿に一目惚れした』でも、『優しくしてくれた』でも、『頑張る姿が格好良かった』でも。そこから相手を深く知り、内面も好きになっていくのであればそれが本当の愛だと彼は信じている。

 

神崎翼はある意味ナルシストだ。容姿も運動も勉強も、自分は優れていると思っているし、事実優れている。だからこそ、どのような分野であれ『自分よりも優れている』と判断した相手には敬意を払うし、大切にする。

……だから、自分よりも可愛い女の子が暴力を受けている現状を、彼は絶対に許容できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、停学になってしまった、と?」

 

「うん。……ごめんね?」

 

「謝るのは私に、ではありません。お父様に謝りなさい」

 

 

午後9時。

翼は自宅のリビングで説教を受けていた。説教をするのは翼の『義理の姉』兼『神崎家のメイド』、神崎レナ14歳である。

まるで金を細く削って作ったかのような繊細な長い金髪に、雪を欺くきめ細かい肌。美しさと凛々しさを併せ持つ細面。14歳にしては大人びたスタイルと落ち着いた精神を持つ才色兼備の美少女メイド。それが神崎レナである。

 

 

———日本人でないのは一目瞭然。何を隠そうこのメイド、両親不明の元捨て子である。しかし捨てられてすぐに翼の父親に拾われ、なぜか娘としてではなく『メイド』として育てられた、なんか無駄に属性を盛った背景を持つ少女だった。

………メイドとして育てた理由が単なる『父親の趣味』である事を、翼もレナも知らない。

 

 

「しかし、叱ってばかりではいけません。私は最高峰のメイドですから、『よくやった』と褒めてあげます。よしよし」

 

そう言って擬音を実際に口に出しながら翼の頭を撫でる金髪白人お姉さん。翼もこのスキンシップは嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

———時は8時間ほど前に遡る。

 

昼休み、翼は目を付け……もとい、気に掛けていた少女がクラスの女子たちに連れ出されるのを目撃した。当然、翼は気になる。そしてこっそりとついて行き、………途中で道に迷いながら行き着く場所は校舎裏。

 

———本来人気のない場所であるというのに、追っていた女子達以外にも多くの生徒がいる事に訝しむ。

 

その時点で嫌な予感はしていたが、目にした光景は彼の想像をはるかに超えていた。

 

 

———空間そのものが狂っていた。

 

 

校舎裏に集まり、スマホを取り出して一心不乱に何かを撮影をする生徒達。彼らはそれしか能のない機械のように、写真や動画をスマホに記録し続けている。まるで何かをイベントを撮影しているようにも見える彼らの顔は、嗜虐的に歪んでいた。

 

 

「普通のはもう意味ないみたいなので、今度は熱いのいきまーす」

 

「あああ゛あ゛あアァアあアぁぁぁーーッ⁉︎」

 

 

間延びした呑気な掛け声の後に、喉が枯れるのではないかと思わせるほどの悲痛な絶叫が響く。もはやそれは悲鳴というよりも、壊れたスピーカーから出る高い雑音に近い。

 

「どけッ‼︎」

 

その絶叫が聞こえた直後に、翼はギャラリーに突っ込んでいた。撮影に夢中の彼らはよろめき、慌てたように道を空け———翼の目に、信じられない光景が映った。

まず、バットやシャベルなどを持った4人の女子生徒。翼が気にしていた少女を連れ出した女子生徒達だ。

 

———そしてその足元には、気に掛けていた少女が漏らしながらボコボコにされて倒れていた。

 

 

「ッ‼︎」

 

翼は迷わなかった。———生まれて初めて、彼は人に殺意を抱いた。

足元に転がっていた石を躊躇いなく女子生徒に投げつけ、そのまま顔面に命中。「んがっ」という呻き声と共に女子生徒が地面に倒れこむ。その光景に周囲が唖然とする中、翼は倒れた女子生徒の持っていたシャベルを奪い、バットを持っている女子生徒の脚に思い切り叩きつけた。———その時彼が聞いたのは、打ち付けた鈍い音と、「ジュウゥ」という焼ける音。

 

「ぎゃああ゛あ゛あ゛あああぁあぁぁぁあ⁉︎」

 

その熱にもう一人の女子生徒は耐えられず、バットを放り投げて悲鳴を上げる。———翼は知らない事だが、シャベルは焼却炉で熱せられた直後だった。

そこでようやく事態を認識したギャラリーが、我先に悲鳴を上げながら蜘蛛を散らすように逃げ惑う。……彼らはまだ中学生。集団でかかれば容易く翼を拘束できるというのに、彼らの頭には突如発生した危険な暴力から逃げることしか頭になかった。

 

「このぉ‼︎」

 

残り2人の女子生徒が、バットを持って襲い掛かってくる。……そもそもマトモにバットを振った事などないのか、それとも怯えているのか。どちらかは定かではないが、2人の動きは鈍く、竹刀のようにバットを振り上げたせいで胴体がガラ空きだった。

 

「死ねよっ‼︎」

 

普段使わない汚い言葉と共に、シャベルで1人の腹を打ち、もう1人はバットを避けた後に顎を殴りつけた。「ビキッ」と嫌な音が鳴り、殴られた女子生徒が転倒する。

その暴力行為がもたらした結果を確認せず、彼は倒れている少女へ急いで駆けつけた。………ギャラリーは全員逃げ出したのか、翼以外に立っている生徒は周囲にはいない。

 

 

「大丈夫か⁉︎」

 

「……ぁ…」

 

『大丈夫じゃないだろ⁉︎』と心の中で自分に突っ込みつつ、翼は少女の容体を確認し———吐き気を催した。

 

(最悪、だ………警察は何をしてんだ⁉︎)

 

身体の至る所に巻いてある包帯には血が滲み、左腕はあらぬ方向に曲がっている。———所詮は翼の推測でしかないが、折れた骨が皮膚を突き破って出てしまっているように見えた。

———そして、大腿部にできた、真っ赤な火傷の痕。これはすぐに冷やさなければならない。

 

(……これ、無理だ。とても1人じゃ対応できない)

 

神崎翼は温室育ちである。今までトラブルになんて大して巻き込まれはしなかったし、同年代の女子に暴力を振るったのも今日が初めてだ。暴力行為に躊躇がなかったのは(この言い方が正しいのかは別として)一目惚れした少女がリンチされていたからである。決して、喧嘩慣れしているわけでは無いのだ。この状況で何をすべきか、彼は分からなくなっている。

 

———故に、自分よりも頼れる大人の力を借りる事にした。

 

 

「もしもし、お父さん?今大丈夫?助けて欲しいんだけどっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事情を話した翼が父親から受けた指示は、『できる限りの応急処置をしろ』だった。火傷についても尋ねてみたが、『赤く腫れ上がっているレベル』ならば深刻な障害が残る事は考え難いらしい。それでも流水でしばらく冷やし、決して濡れタオルなどを押し付けるような処置はするなと厳命された。

———翼の父は、30分で駆けつけると言った。だから、それまでにどれだけのことができるかが勝負。ここでの翼の頑張りで、少女の怪我の回復に影響すると言っても過言ではない。

 

「……立て……ないか。しょうがない」

 

倒れている少女の膝裏と背中に手を回し、抱き抱える。所謂『お姫様抱っこ』だが、彼女は抵抗どころか反応すらしなかった。

 

———虚ろな瞳のまま、苦しげに喘ぐ姿が痛々しかった。

 

 

「……く、そ……」

 

抱き抱えてみると、思っていた以上に軽かった。それは火事場の馬鹿力で筋力が上がっているわけではなく、少女の体重が異常に軽いが故だろう。普段腕立て程度しか筋トレをしていない彼が持ち上げられたのがその証拠だ。………見た目が軽く、実際に重いのが健康の証。その逆がなんらかの病気を抱えている可能性が高いという噂を思い出し、翼は舌打ちする。

 

 

———少女の事で頭がいっぱいで、彼は周囲の事など全く目に入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと沁みるよ?……我慢してくれ」

 

まずは校舎裏から少し離れた屋外の水道で、彼女の火傷を冷やす事にした。———少女の体に全く力が入っていないため、抱きかかえたまま。

 

「……んっ」

 

水を流すと、少しだけ呻き声を上げるが、それだけだ。あとはされるがまま。大腿部、より正確には腰の下の側面が腫れているため、水を患部に当てようとするとどう頑張ってもパンツが丸見えなのだが………それを気にする様子もない。

 

(……この学校、どうなってんだよ)

 

明らかに犯罪として扱われるレベルの暴行を平気で行う女子生徒と、それを楽しげに撮影するギャラリー。ここまで大事だと、学校側も事態を認識していない訳がない。明らかに黙認しているように思える。……そして、その虐めに対し抵抗する意思を見せない少女。あるいは、その意思を持てないほどに彼女は壊されてしまっているのか。

 

———今だって、少女の火傷を冷やす行為に注目する視線は数多くあれど、手伝ってくれる気配はない。多くの生徒が屋外にいる昼休みであるにも関わらず、だ。

 

(……結局、火傷の対応で手一杯か)

 

一度、保健室から救急箱を拝借してできる限りの手当てをする事も考えたが………翼は少女を置き去りにはできなかった。

火傷の冷却を一刻も早くやりたかったという理由もある。だがそれ以上に、置き去りにした少女がどんな目に遭わされるかが不安だった。『隙さえあれば彼女に暴力を振るうのではないか』と疑うくらいに、彼はこの学校に対して不信感を抱いていたのだ。

 

 

(……手当てする前に、傷口って洗わなきゃいけないんだっけ?)

 

20分以上火傷した部位に水を当てていたところで、ふとそう思った。

気が動転して頭がそこまで回らなかったが、傷口の汚れを取り除く事も大切だ。そこから細菌が入れば、傷口の化膿や感染症に繋がる恐れもある。

 

「……洗うぞ?」

 

相変わらず反応がない事を承諾と解釈。濡らしてしまう事を懸念して翼は少女の包帯を取り———目を見開く。

……だが、それだけ。既に少女が酷い目に遭っている事は分かりきっている。だから、包帯の下に化膿した古い傷が隠れていても、驚きは最小限で済んだ。

 

取り敢えず砂のついた擦り傷を洗い、包帯の下に隠れていた傷の膿も洗い流す。……そして、彼ができたのはここまでだった。

突如震えるポケットの中のスマートフォン。父親からのメッセージで、内容は『駐車場に着いた』の一言。一刻も早く病院へ少女を連れて行きたかった翼は、返事を送る時間を惜しむ。急いで少女を抱きかかえ、学校の駐車場へと向かった。

 

———昼休みが終わって授業時間に突入していた事に、彼は気づかなかった。

 





神崎翼
ぐんちゃんの事で頭がいっぱいな少年。なぜ教員が駆けつけて来ないのかを全く疑問に思っていない。
筋力は男子にしては低い方だが、俊敏性があるため足は速い。腕は細く、体重の軽いぐんちゃんを抱きかかえる事はできても保健室まで抱えて歩く事は出来なかった。


神崎レナ
自称『完璧なメイド』。『メイドとして育てられた』といっても、正式な教育を受けているわけではなく、翼の父が勝手にメイド扱いして家事をさせているだけである。戸籍上では翼の父の養子。ちなみに本人は凄くノリノリであり、娘扱いではなく家政婦扱いされている現状に疑問も不満も抱いていない。頭の中は翼君の事でいっぱいな金髪美少女メイド(ロールプレイング)。
………れな………義理の姉………うっ、頭が……。



郡千景
酷い虐めを受けたせいで大変な事になっている。周囲の認識を閉ざしているせいで翼君に助けられた事にも全く気づいていない。翼君が幸せにしたい娘。
……救いは、顔が無傷である事だけである。投稿前はもっと酷い描写があったが、吐き気を催したため多少マイルドにした。


翼の父
正体不明の人。息子のためなら何をしても良いと本気で思っている自称屑野郎。翼君から連絡を受ければ、たとえ仕事をしていても寝ていてもトイレでゆっくり用を足していても全部投げ出して助けに来る。なぜか金持ち。


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西暦2017年 5月 “悪”

感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます!
そしてアンケートのご回答、ありがとうございました!別作品としてではなく、このまま突っ走ります!


……今日からのわゆピックアップ。やはりぐんちゃん祭り。2の倍数段でお正月ぐんちゃんがもらえるとは。………でも、お金がない。



重ねて、注意を。
この作品はフィクションです。学校ぐるみで虐めを容認していたり、平然と法を無視する中学校は現実にはない(と良いなぁ)ので、ご安心を。

ストレス溜まって精神状態最悪の時にブラックのお話を書くと筆が進む。………そして書いた話を読み返して精神状態が悪化するという悪循環。早くぐんちゃんを回復させないと……!








「その子か。早く乗れ、大きい病院へ行くぞ」

 

少女を抱えて駐車場に着いた翼は、父からそれだけ言われた。

慌てて後部座席に少女を乗せ、翼も慌てて乗り込む。

 

「ありがとう。ごめん、急に」

 

「構わん。救急箱を持ってきた。終わっていない手当てを済ませてしまえ」

 

そう言うや否や、父は車を発進。———翼が火傷の手当て以外に手が回らない事を見越していたのか、包帯やガーゼ、傷薬や絆創膏などが入った救急箱が後部座席に用意されていた。

 

翼の父、神崎鷹雄(たかお)は鉄面皮である。初対面の人間からは十中八九『冷たそうな人』と思われるほどの無表情。声に感情は篭らず、まさしく『冷徹な仕事人』を絵に描いたような人間だと多くの人間が思っている。

 

………しかし、知る人ぞ知るその内面は外見とは真逆。息子のために投資を厭わず、仕事を投げ出してでもピンチに駆けつける情熱家。愛情の矛先が亡き妻と息子に偏り過ぎているだけで、彼は決して冷徹でも薄情でもないのだ。

………その内面のさらに奥深くに眠る本性に気付いているものは少ない。

 

 

そんな父親に心底感謝しつつ、翼は少女の手当てを進めた。包帯の下の化膿した傷を消毒し、包帯を取り替える。できたばかりの生傷に消毒液を掛け、傷の回復を促進するパッドを貼った。

———骨が折れているであろう左腕の包帯だけは、傷口を洗った時も、そして今も外せなかった。『素人が勝手に触っていい傷ではない』という思考もあったが、それ以上に恐ろしくて見ることができなかった。

 

 

「はい、手当完了」

 

「……終わったか」

 

「うん、おかげさまで」

 

骨折の処置はできないが、ベストは尽くした。———あとは、消えない傷跡が最小限になる事を祈るしかない。

 

 

 

 

「………ここ、は…?」

 

———そして、少女の意識が回復した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郡千景は、知らぬ間に車の中にいた。「ここは?」と思わず呟く。………前後の記憶が全くない。

それに、何やら周囲の状況がおかしかった。見渡す限り、あらゆる物が茶褐色に見える。まるで茶色いゴーグルでも掛けているような景色。自分が車の中にいる事は理解できるが、それだけ。色の区別は曖昧で、どうして今の状況が出来上がっているのかが千景には理解できない。

———虐められている日々を過ごしていた事はぼんやりと覚えているが、それだけ。彼女は今日の日付さえも覚えていなかった。

 

 

「………お父さん、この子が初めてなんか喋った」

 

隣に座っているのは、男子の制服を着た同年代の少女。「お父さん」と呼ぶからには、運転しているのが彼女の父親だろう。……状況は全く読めないが、どうやら誘拐されているわけではないらしい、と彼女は悟った。

 

(……そもそも、私なんかを誘拐したところで殺されて終わりでしょうけど)

 

それは自虐的な思考ではなく、現実に基づいた推測だった。………家庭でも邪魔者扱いされてきた彼女にとって、あの父親が身代金の要求に応じるとは露ほども思えなかったからだ。

 

「大丈夫か?……痛くない……わけないよな」

 

見た目と声とは裏腹に、まるで男子のような言葉遣いで話しかけてくる少女。

 

(……痛い?……何を言って………)

 

………そこで初めて、自分が怪我をしている事に気づいた。

まず初めに目についたのは至る所にある擦り傷。まだできたばかりの生傷なのか、赤い血が滲んでいる。———一体いつ擦り傷を作ったのか、千景は思い出せない。

そして、次に左腕。血の染み付いた包帯の巻かれたそれは明らかに変な方向へと曲がっており、肘ではない所に妙な出っ張りが———

 

 

「……痛っ⁉︎く、あ、あ痛い痛い痛いいたいいたいいたいっ……⁉︎」

 

それを認識してところで、ようやく全身に激痛が走った。

目に見える所だけではない。視界に入っていなかった左脚の大腿部や、制服の下の腹部からも猛烈な痛みが発せられる。……とても悲鳴を堪えられる状態ではなかった。

 

 

「お父さんっ‼︎」

 

「分かっている。飛ばすぞ」

 

そんな親子の会話を聞き取れるほどの余裕は、千景にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……入院の手続きは終わった。検査の後、すぐに創外固定———手術だそうだ」

 

「…………くそ」

 

村から遠く離れた大きな病院へと少女を担ぎこんで1時間。翼は父親から少女の入院が決定した事を告げられた。

……その事に驚きはない。むしろ、これで入院しない方がまだおかしいくらいの大怪我だったのだから。でも、流石に『手術』と聞いては穏やかではいられない。

 

「薄々察してはいたと思うが、左腕が開放骨折していた。……早めに手術しなければ危険らしいが、今のところ命に関わる事態にはなっていないようだ」

 

「……それで、あの子の家族との連絡は?」

 

「繋がらん。電話番号は、これに書いてあったが」

 

そう言いつつ、鷹雄はボロボロの手帳を翼に手渡す。……言わずもがな、それは生徒手帳だ。身分証明書の代わりにもなり、個人情報も記入されている。少女の制服のスカートに入っていたものだった。

 

 

「手術の同意書は勝手に書いておいた。法的拘束力のあるものではないらしいからな」

 

「……ありがとう」

 

礼を言いつつ、翼は手渡された生徒手帳を眺める。全体的に歪んでいて、誰かに水でも掛けられたようだった。

 

「中を見ても構わん。どうせ大した事は書いていない」

 

「……そうかな?」

 

心の中で、「いや個人情報なんだから駄目だろ」と思いつつ、好奇心に負けて中を見る。………良心を捩じ伏せるほどに、彼は少女の名を知りたかった。

 

 

「……こおり、ちかげ。郡千景。うん、覚えた」

 

翼は勉強はできるが、博識とは言えない。だから、『郡』も『千景』も、一瞬読みが分からなかった。読めたのはふりがながあったからで、仮に漢字だけだったなら読めずに困っていたに違いなかった。

 

「…………」

 

ボロボロの生徒手帳を眺めながら、ぼんやりと考える。———今まで彼女は、どうやって生きてきたのだろう、と。

学校の様子を見る限り、日頃から虐められていることは明白。あれだけの大事になっているのだから、学校側も認識していないはずはない。当然、親も知っていると考えて良いはずだ。

 

(……そういえば、私立の学校は教育委員会が無いから、親が相談する窓口が無くて……虐めがあっても学校側が認めなければ表面化しないって聞いたような………)

 

そう考え、すぐに却下する。———翼が転校してきたのは公立の中学校。親が教育委員会に訴えればすぐに動きがあるはずだ。

 

(……だとすると、何だ……?まさか、親が何も言わない?子供が虐められているのに……?)

 

あるいは、親も虐待を行う側なのか。———だとすると、彼女の味方は今まで誰もいなかったことになる。

中学生は、まだ親の庇護を必要とする年齢だ。その親が味方をしてくれない孤独は、翼には想像できない。………今まで散々父親に守ってもらっている事を自覚しているのだから。

 

 

「……さて。ところで、荷物はどうした。学校に置いたままか?」

 

「あ。……すっかり忘れてた。スマホと財布しか持ってない」

 

「ならば、夜に取りに行くか。どのみち検査が終わるまでは身動きできん」

 

「……うん」

 

『神崎さん。2番の診察室にお入り下さい』

 

「……ん?」

 

父との会話中に唐突に流れるアナウンス。

 

「さて、次はお前だ」

 

「んん?」

 

そして、そのアナウンスの『神崎さん』が、まるで翼を示しているような父の反応。

 

「バレていないと思ったか。……右手の小指、怪我をしているだろう。突き指と思って甘く見るな。折れているかもしれん」

 

「……なんで分かった…⁉︎」

 

 

———実のところ、女子生徒の顎を殴った時に翼は右手の小指を痛めていた。筋力があまり高いとは言えない彼が殴ったところで、「ビキッ」と相手の顎から音がなるほどの威力は出ない。嫌な音が鳴ったのは女子生徒の顎ではなく、翼の小指だったのだ。

 

 

「覚えておけ。親は子供をよく見ているものだ」

 

「くっ。……医者、やだなぁ。……というか俺、問診票とか書いてない」

 

「心配するな、俺が書いた。子供の状態を把握していないわけがないだろう」

 

「……………」

 

神崎翼は、父親に戦慄しながら診察室の扉を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。それで、その小指ですか」

 

「うん。まあ、骨は折れてないらしいけどな。それでもしばらくは固定しなければいけないらしい」

 

 

神崎家のリビング。

事のあらましを聞いた金髪メイドお姉さんこと神崎レナは、深いため息を吐いた。……まさしく心底呆れた、と言いたげな表情だ。

 

「本当に何をしてるんですか。……相手に怪我をさせるのは良いとしても、自分が怪我をするとは」

 

「……ん?もしかして俺、また叱られてる?さっきは『よくやったと褒めてあげます』とか言ってなかったっけ?」

 

「さっき叱ったのは停学になった事について。今のは怪我をした事についてです」

 

どうやら金髪青目のメイドさん(14)にとっては、同じ事件に関連していても別件扱いらしい。………それが自分を心配しての事だと理解しているので、反抗はできなかった。

 

 

———取り敢えず翼の診察が終わり、千景の創外固定(皮膚を突き破って出てしまった骨を戻すための処置)の手術が無事に成功した後のことだ。

翼は父親に言われてタクシーに乗り、一人で高知の中学校まで戻り———形式だけのお叱りと1ヶ月間の停学を言い渡された。

『しばらくお休みだぜヤッホー』と内心ウキウキしていたところに、非常に面倒くさい毎日書く反省文を課題として出され、意気消沈。また、それとは別に授業の課題の問題集やプリントも課された後に解散。教室に置き去りにされていた鞄の中にもらった反省文の原稿用紙を詰め込み、しぶしぶ歩いて下校した。———放課後に部活動に勤しむ生徒達の視線が痛かったような気もするが、翼は気の所為だと自分に言い聞かせた。

………そもそも公立の中学では『停学』という処分は存在せず、出席停止させるにしても両親への事情聴取や文書の交付など様々な手続きが必要であり、法律上学校側が生徒に対して強制的に登校を妨げることはできないのだが———翼はそれを知る由もない。

 

そして帰宅後に反省文に取り組んでいるところでレナが帰宅し、———今日の出来事を話して今に至る。

現在は午後9時。とうに夕飯を済ませているはずの時刻だが、翼は少しでも早く出された課題を終わらせるべく集中していたために気づかず、レナはレナで転校先の別の中学生の体験入部やら部活の後の突如発生した校舎裏での青春イベント(容姿に一目惚れした男子による告白)だので帰宅が遅れ、結局この時刻になってしまった。

 

「お父様は野暮用で明日の午後帰宅。……結局、件の少女の入院についてはどうなったんですか?」

 

「メールで『問題ない。全て解決した』って書いてあったし、大丈夫なんじゃないか?……あ、またメール」

 

バッテリーが半分くらいになったスマホが震え、すぐに手に取る。……送信元は父親。内容は郡千景の入院期間と入院している病室。

 

 

「ん?1ヶ月?……なんで?」

 

メールに記載されている入院期間は1ヶ月。……スマホで調べた開放骨折による入院期間はおよそ数日。明らかに長過ぎる。

 

「骨折以外にも何か異常が見つかったか、あるいは処置した箇所になんらかのトラブルが生じた、という可能性が考えられますね」

 

心底心配そうになる翼とは対照的に、レナはまるで他人事のようにそう呟いた。

 

 

 

 




神崎翼
強がりな人。自分が殴りかかったのに自分も怪我をするという事実を隠してカッコつけていた。……でも相手も相応のダメージを負っている。いくら筋力の低いパンチでも、打ち所次第でノックアウトが可能なのである。
ぐんちゃんの味方。


ぐんちゃん
ようやく正気を少しだけ取り戻した女の子。痛覚が回復した結果、大火傷と打撲と擦り傷と開放骨折の激痛に突然晒され、意識を取り戻した直後から心がヤバイ事になる。……この歳でこれほどのストレスを与えた虐めっ子たちは、惨たらしく鏖殺せねばならない。



金髪青目のメイドさん
翼くんが無事ならば、人をどれだけ傷つけても大して気にしない人。倫理観に問題あり。
………翼くんが怪我をしたのは本人の責任であるにも関わらず、翼くんに殴られた女子生徒を呪い殺したいほどに憎んでいる。曰く、『なんで(翼さんが)怪我をしない程度に顎を柔らかくしないんですか』。言っている事が無茶苦茶で意味不明である。



翼の父
本名『神崎鷹雄』。電話に出ないぐんちゃんの保護者に憤りを抱いている。曰く、『親は子供のために存在するもの。子供の緊急事態に電話に出ないのなら死ね』。
親バカが行き過ぎており、子離れできるか不安な人。





卒研の追い込み時期のため、更新が遅くなることをここに記しておきます。




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西暦2017年 5月 “再会”

大変長らくお待たせしました!……感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます!

久しぶりの連休で漸く投稿。………バイトが入っていたら、投稿があと一週間は先になっていたでしょう。連休に感謝。そしてモチベーションを上げて下さったお気に入り登録者様に感謝!




……ぐんちゃんを早く回復させなきゃ、と前回書いた。でも、すぐに回復させるとは言っていない………。


(……迷った)

 

千景が入院した日の2日後。

翼は彼女のいる病院の中で迷っていた。

 

(………分からない。なんでこんな場所でみんなが目的の病室にたどり着けるのかが、分からない)

 

なにせ右を見ても左を見ても同じ風景だ。統一感があるせいで目印になるものもない。無駄に長い廊下であるが故に、端から端まで歩くのにも時間がかかるし、面倒だった。

 

———病院に着くまでは楽だったのだ。なにせ今の時代、目的地を調べれば交通手段と到着までにかかる時間はすぐに出てくる。スマホさえあればGPSを用いたマップアプリで道に迷う事もない。

 

しかし屋内は別だ。建物の形そのものはマップアプリでも確認できるが、細かい構造や部屋の配置までは分からない。頼みの綱の案内板の場所さえも分からないのが現状だった。

 

(……どうする?聞くか?)

 

取り敢えずまっすぐ歩けばナースステーション(?)には辿り着くだろうし、そこで待機している看護婦に病室の番号を伝えれば行き方くらいは教えてくれる筈だ。

そう考えて翼は歩を進め———前方から松葉杖を突いて歩いてくる白い少女と目が合った。

 

(……?)

 

見知らぬ人と目が合う事はよくある事だ。ふと視線を感じて振り向いたら知らない人と目が合う、なんて事は———日常茶飯事ではないにしろ———珍しい事でもない。

だから、翼は大して気にもせずに歩く。そして少女とすれ違ったところで———

 

「……もしかして、翼ちゃん?」

 

「………ん?」

 

唐突に、白い少女に声を掛けられた。

 

「やっぱり翼ちゃんだ!久しぶり!元気にしてた⁉︎」

 

「……んん?」

 

少女の声に聞き覚えがある気がして、翼はまじまじと彼女の顔を見つめた。

色素の抜けた白灰色の髪に、白い肌。透き通る小豆色の瞳。美しさと可愛さを両立させた小さな顔。———よく見たら、見覚えがあった。

 

「もしかしてライキか⁉︎なんで髪そんな白くなってんの⁉︎」

 

「いやぁ……あはは!ちょっと色々あって」

 

快活に話す少女の名は工藤雷姫(ライトニング)。……一目で分かる通りのキラキラネームであり、小さい頃から何かと彼女は苦労していた。

翼の父、鷹雄に「子供の名前は世間体が第一。親のエゴを通した結果があの境遇だ」と言わせるくらいには不憫な環境で育っていたが、彼女の性格はとても明るかった。……恐ろしくなるくらいに。

 

翼が彼女と知り合ったのは小学一年生の時だ。当時から容姿でからかわれていた翼は、名前でからかわれている雷姫と自然に親しくなり———彼女が転校するまで、その交友は続いていた。しかしまさか、高知で会う事になるとは思いもよらなかった。

———“ライキ”とは、翼が彼女を呼ぶ愛称だ。下の名前を音読みしただけだが、それでもカタカナの読みで呼ぶよりは遥かに良い。女の子に『ライトニング』と名付ける彼女の親のセンスを、翼は心底疑問に思っていた。

 

 

「翼ちゃんは、どうしてここに?」

 

「お見舞い。……大怪我した子がいて、さ。そっちは……聞くまでもないか」

 

「うん。足をちょっと、ね」

 

杖を突く彼女の脚には、包帯が巻かれていた。……一目で歩行に支障の出る怪我であると分かる。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫大丈夫!痛みも引いてきたし、もうすぐ杖も要らなくなるってお医者さんが言ってたから!」

 

ニコニコ自然に笑うライキに、翼は困った顔をした。……どんなに観察しても彼女が無理をしているようには見えないが、自分の苦労や辛さが全く表に出ないのが彼女の長所であり、欠点だった。

———だから、このまま別れる事に抵抗を覚えてしまう。

 

「……あ、ちょうど良いや。肩貸すから、この病室の場所教えてくれない?」

 

『病室の場所を教えてもらう対価に肩を貸す』という建前で、翼は彼女を手助けする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景の病室への行き方を教えてもらい、雷姫が入院している病室まで付き添った後。

翼は千景の病室の前で深呼吸をしていた。

 

(大丈夫だ、緊張する必要はない。……そもそも、嫌われているわけがない。普通に入ればいいんだ、普通に)

 

意を決し、扉を二回ノックする。———反応がない。

 

(……寝てるのか?)

 

『もう一度ノックして、ダメだったら1時間後にまた来よう』と決め、もう一度扉を二回ノック。

すると、「…はい、どうぞ……?」と返事があった。

 

 

(……よし!)

 

覚悟を決め、ガラガラと病室の扉を開ける。すると、すぐに目的の少女(郡千景)が見つかった。………少女の精神状態を考慮したのか、はたまた別の理由か。千景は一人用の個室に入院していた。

 

(……想像より、痛そうだな)

 

彼が千景の姿を見て最初に思った事がそれだった。

開放骨折をした左腕には見慣れない器具が装着されている。……流石に痛み止めは飲んでいるのだろうが、それでも骨折と術後の痛みは相当なもののはずだ。

だがその己の内心を悟られまいと、翼は努めて気軽に声を掛ける。

 

 

「や、元気?」

 

「……あなたは、確か……」

 

ベッドの上で身体を起こしている彼女は、翼の姿を認めるなり目を見開いた。———だが、うんうん唸った後、途方に暮れたように項垂れる。それもそのはず、彼女は翼の名前を知らないのだ。翼が転校してきた時の自己紹介は、全く聞いていなかった。

翼は千景のいるベッドにまで近づき、すぐ側のスツールに腰を下ろす事なく名乗った。

 

「俺は神崎翼。よろしく」

 

本当なら趣味や好きな食べ物も話すところだが、自重して名前だけに留める。相手は怪我人であり、女の子だ。自分の事を過度にアピールするのは避けるべきだと考えた。

 

 

一方、千景はキョトンとして翼を見つめる。……自分に対して悪口以外で話しかけてくる相手は、彼女にとって非常に珍しかった。

 

「……郡、千景」

 

数秒掛かって、千景は漸く自分の名前を小さく呟く。……すると、目の前の少女(だと千景が誤解している少年)の顔が綻んだ。

 

「よろしくっ。……具合は大丈夫か?開放骨折とか聞いたんだけど……」

 

しかし翼が浮かれていたのは一瞬。本来数日の入院で済むはずの開放骨折で1ヶ月も入院するのだ。事態が深刻である事も覚悟しなければならない。

 

「…え、ええと………」

 

本気で心配そうにする目の前の少女(のような少年)に、千景はただただ困惑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景は戸惑っていた。

絶対に訪れないと思っていた見舞客。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いきなり名乗ったかと思えば、容体を確認する少女。『こちらを信頼させて後で裏切るという嫌がらせ』なのだとしたら、随分な力の入れようだと思わせるくらいには、彼女は必死だった。

 

———質問には答えなければならない。義務感ではなく、『そうしなければ暴力を振るわれる』という自らの経験に基づく恐怖から、千景は辿々しくも言葉を捻り出す。

 

「……特に命に関わる傷はないので大丈夫、です」

 

「そっか……。無理はしないようにね?」

 

優しさのこもった相手の声も、千景には届かない。———彼女は嘘を吐いた。

確かに、命に別状はない。だが、決して『大丈夫』と言い切れる容体でもないのだ。それでも強がったのは、見舞いに来た相手を心配させまいとする心意気———ではなく。

単純に、これまでの経験から『正直に話したら特に酷い怪我をした部位を執拗に弄られる』と警戒しての事だった。

 

………その密かな警戒心を感じ取ったのか。

 

「初対面だし、あんまり長居するのも悪いか。……明日、また来るよ」

 

そう言って、そそくさと珍しい見舞客は立ち去った。———彼女(に見える彼)が病室にいたのは、たったの二、三分。長居でも何でもなく、ただ顔を見せに来ただけにしか思えない。

 

千景が思ったのは、『来てくれて嬉しい』でも『どうして来てくれるの?』でもなく、『もう来ないで』という拒絶だった。

———その感情は全て、記憶に残らない。

 

 

 

 

……そして、さらにその翌日。

 

 

「……あなたは、確か……」

 

千景は、神崎翼の名前を忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5日間、翼は千景の見舞いに行った。そして、最初の3日間は名前を覚えてもらえなかった。

 

———しかし、翼は大して気にはしなかった。それは彼女が自分に興味がない証なのだろうと思っていたし、4日目になってから漸く名前を覚えてもらえた事で、舞い上がっていたのかもしれない。

 

———あるいは、見舞いに行く度に少しずつ彼女が警戒心を表に出さなくなっていたからか。千景の様子を事細かに観察していた翼は、彼女が自分にどのような反応を見せるのかを記憶していた。だから、日に日に警戒している様子を見せなくなっている事が嬉しくてたまらなかった。

 

油断していた。千景を取り巻く環境が、彼女にどんな悪影響を及ぼしていたのかという事についての考えが浅かった。

 

 

それを翼が実感したのは、病院が入院患者の面会を受け付けていない休日の朝の事だった。

 

 

「……記憶障害だそうだ」

 

「………え?」

 

始まりは、神崎鷹雄の一言。唐突に『記憶障害』と言われても、翼には何の事だかいまいちピンとこない。

 

「いや、記憶障害というのは大袈裟か。……検査の結果、脳が萎縮している事が分かったようだ。それで記憶力や脳の機能の低下が起こっているんだろう」

 

レナの作った朝食のサンドウィッチを頬張る翼は、頭にはてなマークを浮かべた。

 

「……ん?何、何の話?」

 

そこそこ頭の良い彼が話を理解できていないのは、起きたばかりでまだ頭が回っていないからか。それとも、無意識に話を理解したくないと思っているからなのか。どちらにせよ、彼は嫌でも真実に目を向ける事になる。

 

「郡千景の話です、翼さん」

 

鷹雄の話を引き継いだのは、メイド服のまま食卓についている神崎レナ。彼女はトーストしたタマゴサンドをフォークで突き刺しながら、世間話のように話に割り込んだ。

 

「…ん?え?」

 

そこで漸く、翼にも話が見えてきた。

 

 

「現代の医学では、ストレスが人間に与える影響は完全にはまだ解明できていません。……しかし、過度のストレスによって将来的に脳が萎縮したり、認知症を発症させたりするという話は聞いています。もっとも、その郡千景は『将来』ではなく、現時点でそうなってしまっているようですが」

 

耳を塞ぎたくなる、不穏な話だった。……少なくとも、翼にとっては。

 

「問題は、その脳機能の低下が回復するのか、という点だな。……前頭前野の樹状突起の回復は絶望的だろうが………脳全体の萎縮は回復する、か……?」

 

翼には父が何を言っているのか完全には理解しかねたが、その深刻さだけは直感できた。

だから、取り敢えず彼は自分の知りたい情報だけを聞き出す事にする。

 

「……結局、あの子は回復するの?」

 

「分からん。少なくとも、環境を変えねば難しいだろう」

 

その父の即答に対し、レナが冷たい目をした事に二人は気づかなかった。

 

 

 

 






今回はストレスのお話。
ストレスは大変怖いのです。お腹が痛くなったり、便意が止まらなくなったり、胃がキリキリしたり頭痛がしたり記憶力が低下したりぼんやりしたり失神しかけたりなどなど……。本当に怖い。






工藤雷姫
オリキャラ。しばらく見ない間に髪の毛が白くなっていた。………ゆゆゆ一期放送時にインターネット上で流れていた結城友奈ちゃんに関するとある考察(あるいは想像)が元になって生まれたキャラクター。
性格は温厚で明るい(と思われている)。容姿においては、神崎翼が自分以上と認める数少ない人物。現在の時系列においては、神崎翼が自分と同等・あるいはそれ以上の容姿と認めたのはぐんちゃん、レナ、雷姫の3人のみ。描写はないが、非常に小柄。身長は140センチ代。しかし胸はそこそこあり、全体的に細いため胸部装甲が実際よりも大きく見える。——が深い。



ぐんちゃん
もう色々とやばい子。執筆前に考えていた設定をそのままにした結果、非常に危うい事になった。……人類、滅ぼさなきゃ。



翼君
ぐんちゃんに惹かれるにつれて、密かに人間に対する不信感と憎しみを順調に募らせてる子。



金髪美少女メイドのレナさん
翼君にしか興味のないはずの子。義父が翼君に真実を曖昧にしている事に対して腹を立てている。


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西暦2017年 6月

大変長らくお待たせしました。感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます!


ゆゆゆいよ、終わるな……!頼むからっ!








「………チッ」

 

神崎レナは、誰もいない自宅で舌打ちをした。

毎日毎日毎日毎日、学校から帰っても翼がいない。彼は病院が面会を受け付けている時間は病院にいて、郡千景という少女の見舞いに行っている。

 

(……別に、毎日行かなくても良いでしょうに)

 

正直に言って、面白くない。———翼には自分だけを見ていてほしいというのが彼女の本音だが、それを決して表には出さない。なぜなら翼にとってレナは(血が繋がっていないとはいえ)姉で、恋愛対象にはならないのだから。幼い頃からずっといたが故に、彼女の願いは叶わない。近すぎる立ち位置というのは、時に理想からは最も遠い場所にもなるのだ。

 

 

(………いっそ、翼さんがもっと薄情なら一緒にいる時間も増えるのに)

 

そう考えた後に、それを否定する。———なんだかんだで情が深いからこそ、レナもここまで惚れ込んだのだから。

 

(私はこんなに頑張ってるのに、報われるのは視界に入っただけの赤の他人。………なんか釈然としませんね)

 

いくら相手を想っていようと、それが成就するとは限らない。愛が最も深い者が確実に選ばれると決まるほど、恋愛とは単純なものではないのだ。

この嫉妬心には覚えがある。———それは確か、小学生の時に翼が『ライキ』と呼ぶ女子を家に連れてきた時か。明らかに翼を慕っている様子を見て、生まれて初めて、彼女は嫉妬した。

そして今も昔も、嫉妬した時に考える事は変わらない。

 

(……ああ、人類が私と翼さんだけになれば良いのに)

 

『翼が自分を見てくれるには、自分以外に価値のある人間がいなければ良い』。彼女は割と本気でそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼は、病院が面会を受け付けている日は毎日千景の見舞いに行った。ついでに雷姫の見舞いにも行き、面会時間の終わりまで他愛の無い話をして帰宅する。やがて雷姫が退院すると、翼は面会時間の初めから終わりまでずっと千景の病室に入り浸るようになった。

 

———事件が起きたのは、雷姫が退院してから一週間が経った頃。千景の退院が一週間後に控えた日の事だった。

 

 

その日も、翼は普通に面会を申し込み、見舞いに行った。いつも通りに扉をノックし、いつも通りに「どうぞ」と返事がするのを聞いて、いつも通りに扉を開けた。すると、

 

 

「…………」

 

翼はフリーズした。全く想像もしていなかった光景に、彼は身動きが取れなくなる。

 

 

 

 

「………どうしたの?」

 

 

 

心底不思議そうな声で、固まったままの翼に千景が話しかける。それで翼はようやく正気を取り戻し、慌てて扉を閉めて後ろを向いた。

 

 

 

「………………どうしたの?」

 

 

 

その翼の奇行に、千景は不思議そうに首を傾げる。翼はそれに、こう答えた。

 

 

 

 

 

「とりあえず服を着てください!」

 

いつも通りのお見舞いに、いつもと違う光景。ベッドに横たわる千景は、なぜか上半身裸だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いやね、だったら看護師さん呼ぶべきだと思うよ。片手じゃ着替えられないんだし」

 

「………私なんかがナースを呼ぶのは、時間と人的資源の無駄遣いだわ」

 

事件の真相は、ごくごく単純。千景が服に飲み物を溢し、着替えに手間取っていただけだった。……左腕が使えない現状で、よくも一人で着替えようと思ったものだと翼は感心する。そもそも器具が着けられた状態でどうやって服を脱いだのかが疑問だった。

 

「……卑屈なのは良くない。そもそも、ナース呼ばなきゃ俺がこのまま君の方を向けないじゃん」

 

———現状は何も変わっていない。千景は上半身裸のまま、下着さえも身につけていない状態。そして翼は扉の前で、千景に背を向けたまま話している状態だ。いくら部屋に入った時に、視界に入った彼女の裸を全体像から傷の一つ一つに至るまで()()()()()()些細に記憶してしまっていたとしても、千景の方を向くわけにはいかないのである。たとえ手遅れだとしても。

 

「だいたい、着替え中に『どうぞ』って返事しちゃダメでしょ。羞恥心どこ行った…?」

 

「……?何か問題でもあるの?同性なのに?」

 

「……えっ?」

 

「えっ?」

 

千景の見舞いに通い続けておよそ三週間。そこで初めて、互いの認識が異なる事に気づく。

 

 

「……まさか千景さん、あなた俺のこと女だと思ってる?」

 

「…え?…………え?」

 

次に固まるのは、千景の方だった。

———彼女にとって、神崎翼は唯一信頼できる人間となっていた。初めの数日は記憶が曖昧だが、それ以降の思い出は強く残っている。千景の疑心暗鬼は治っていないものの、「この人になら騙されても良い」と思えるくらいには彼女は翼の事を信じていた。

 

「……もしかして、神崎さんって」

 

恐る恐る、千景が翼に問う。

 

「……はい、男です」

 

そして、空気が凍った。

 

 

 

 

(やべえ、思いっきりやらかした感が凄い⁉︎ここまで頑張って築き上げた信用が全て水の泡⁉︎)

 

神崎翼は焦る。性別を打ち明けていなかった事をすっかり忘れていたツケが回っていた。まさかここにきて自分の容姿が裏目に出るとは全く想定していなかった。

 

(まずい、本当にまずいッ!ここで裏切り者認定されたら今後に差し支えるッ)

 

当然だが、後ろを向いているが故に千景が今どんな顔をしているか分からない。しかし、振り向いて確かめる事もできない。ここで振り向いたが最後、『堂々と覗きをした』という事実が生まれてしまう。

 

(……どうするッ?どうすれば良いッ⁉︎)

 

この場から立ち去る?……論外。そもそも、ここから逃げた所で何の解決にもならない。それこそ信用を失う選択だ。

必死に弁明する?………言い訳にしか聞こえないだろう。

誠意を見せる為に土下座?………不可能。振り向く必要がある。

 

もはや手詰まりと思われたところで、「……あの」と声がした。

 

 

「……こっち、向いて………」

 

「……でも君、服着てな…」

 

「いいからっ……」

 

必死なその声に、翼は後ろを向く。

 

「……着替え、手伝って………」

 

千景は顔を真っ赤にしながら、涙目で懇願していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———千景は、『また一人になるのではないか』と怖くなった。

それは別に、『翼が裏切っていたから』ではなく、『自分が相手の性別を誤解していたから』だった。

 

千景はずっと、翼を女子と勘違いしていた。だから、『相手が女子である』という前提で今までの時を過ごしていたのだ。見舞いに来るのは翼だけだったから、病室に鍵を掛けないまま着替える事にも躊躇はなかった。……翼を女子と勘違いしていたのだから。

 

———それが、問題。もしも、今までの自分の態度と信頼している理由が『同性だから』だと誤解されたら、距離を置かれるかもしれないと思った。現に彼女———否、彼は裸の千景を視界に入れようとしなかったのだから。虐めで裸を男女問わず見られていた千景にとって、『男子だから自分の裸を見まいとしている』という思考は存在しなかった。

 

千景にとって、同性である事は信頼する理由にならない。なぜなら、千景を虐めていた人間は、男子よりも女子の方が多かったのだから。男子にも女子にも虐められていた彼女だが、男子よりも女子の方が、その虐めの内容と頻度が酷い事には気づいていた。

 

だから、彼女は必死に翼を繋ぎとめようとする。今の彼女にとって、神崎翼は前の世界の◯◯◯◯に取って代わっている相手だ。故に、羞恥心を押さえ込んででも彼女は翼との距離を離したくはなかった。決して自分の信頼が『同性だから』という理由ではない事を証明するために、彼女は女子としての尊厳を平気で放り出して着替えの手伝いを懇願する。

———それが不健全な依存だと、彼女は気づいていない。

 

その危うさに、翼は気づいたのか。

 

「分かった、手伝う」

 

千景の頼みを、彼は二つ返事で引き受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……翼さん、帰ってきてますね」

 

買い物から帰宅したレナは、玄関にある靴を見てぼそりと呟いた。

———別に、不自然なことではない。彼はいつもこの時刻には帰宅している。基本的に寄り道などしないから、毎日同じ時刻に家に帰ってくるのは当然の事だ。

……だから、彼女が違和感を覚えたのは翼が帰宅していることではなく、靴の置き方。

 

(……いつもに比べて、つま先が20°ほど開いている?それに、右の靴が5ミリほど前に出ているような……。何かあったのでしょうか?)

 

———いつも靴をピッタリ揃えて置く、几帳面な翼には珍しい荒さ。

思考は加速し、それに応じて感情が変化する。『翼が帰宅している』という喜びは、『翼に何かがあったかもしれない』という危惧へと変わった。

 

 

「翼さん、大丈夫ですかっ⁉︎」

 

靴を放り、スーパーのタイムセールの戦利品を玄関に置いたまま駆ける。そして、家中を探し回り———

 

 

「……やっぱり、レナの上はあの子には大きいか……。下はピッタリだと思うんだけどな……いっそのこと、レナが買ってきた女装用のを……」

 

「……………」

 

 

———レナは、自分の下着を物色する翼を見つけた。ああでもないこうでもないと言いながら、パンツやらブラジャーやらをじっくりと観察して棚にタンスに戻すという奇行を繰り返している。

 

(……何ですかこれ?何なんですかこれ?)

 

当然ながら、翼がいるのはレナの私室だ。———つまりそれは、レナがいない間にこっそり部屋に忍び込み、下着を漁っていたという事で。

 

(え、期待していいんですかこれ?実は異性として意識される対象に入っていたんですか、私⁉︎)

 

先程とは全く異なるベクトルの感情が彼女を支配する。……翼が望むならいつでもウェルカム。表に出していないだけで、レナはそこそこ肉食系だった。

 

 

「あ、おかえり。……ごめん、ちょっと下着借りようと思ったんだけど、サイズ合いそうにないや」

 

真っ赤になって固まっていたレナは、レナに気づいた翼の一言で正気に戻る。

 

「……え?どういうことですか?翼さんも男の子、しかも中学生です。金髪青目美少女メイドの私の下着を漁って、匂いを嗅いだり顔を埋めたりするのが当たり前では?」

 

「何言ってんだこいつ」

 

翼はドン引きだった。……自分の所業も人からドン引きされる行為である事に、彼は気づいていない。

 

「あの子の下着がボロボロだったから、サイズが合うのを探してたんだよ。……もっとも、あの子胸小さいからサイズが合わなかったんだけど」

 

「………………はぁ」

 

翼のなんでもないかのような告白に、レナは絶望の溜息を吐いた。

 

(………軽い気持ちで下着を借りようとする。全く異性として扱われてないじゃないですか)

 

そもそも、たとえ異性として意識されていなくとも、『下着を借りる』という発想そのものがおかしいのではないだろうか。下着は人から借りるものではない。つまり、それは翼がレナを人間扱いしていないという解釈にも———

 

 

「———って、あの子って誰ですか⁉︎まさか郡千景の事ですか⁉︎」

 

しばらく思考を彷徨わせた後、レナはようやく話の本質に辿り着く。

 

 

———ここにいるのは二人だけ。だから、下着を漁っているのが見つかって平然としている翼にも、下着を漁られて怒らないレナにもツッコミを入れる人間はいなかった。









ぐんちゃん
翼君に依存し始めてしまった子。開放骨折の治療のための器具は未だに着けたままだが、それだけならば入院の必要性はない。彼女の入院理由は、過度のストレスから身を守り、心をケアするためである。入院前に発生していた異常な腹痛は、ストレス性の胃潰瘍。




神崎レナ
本性が少しだけ出てきてしまった。
……普通は『下着を漁って匂いを嗅ぐ』などという事を平然と言葉にできないため、変態である事は確定。





工藤雷姫
小学生の頃は翼君の家に頻繁に遊びに来ていた。学校で虐められていたわけではないものの、名前でからかわれるのが苦痛であったが故に、翼君の家がもっとも居心地の良い場所だった。




神崎翼
平然と異性の下着を漁る困った子。ラッキースケベという主人公の通過儀礼を受けた。その通過儀礼によって、虐めっ子達への憎悪が一段と強くなった。








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西暦2017年 6月 “格差”

メリークリスマス‼︎

大変長らくお待たせ致しました。……いやあ、まさかクリスマスまで引っ張る事になるとは。
感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます!……お気に入り登録が増えてなかったら、大晦日まで引っ張っていたかもしれない。

クリスマスといえば、ゆゆゆいの公式ツイッターでRTキャンペーンやってるそうですよ。……私はツイッターとかやってないですが、あの画像でやりたくなった(始めたとは言ってない)。そしてそれ以上にクリスマス限定高奈ちゃんが欲しくなった。


今回はほのぼの(?)。ジェットコースターで言うと、退屈な上り坂。


「つまり、見たわけですね?郡千景の裸を」

 

「うん。……不可抗力でね?」

 

「そしてその後、下着を含む服を着せたと」

 

「……いや、まあそうなんだけれども」

 

「そしてその時、素肌に少し手が触れたりもしたと」

 

「……いや、そりゃちょっとは」

 

 

見た目が美少女の男子中学生、神崎翼は金髪青目美少女メイドの義理の姉から尋問を受けていた。———しかし、その内容が解せない。

 

(……なんで急に怒ってんの?)

 

下着を漁られて怒るのは分かる。しかし、この怒り方は理解できない。

『女の子の裸を見てはいけません』という怒り方ではないはずだ。なぜなら、(一応は)相手が見せてきたようなものなのだから。

 

(謎だ。……なんかヤキモチ妬いてるっぽい怒り方が謎だ。まさか弟に服を着せられたりしたいような変態でもないだろうに)

 

「それで、替えの下着というのは?着替えくらい、彼女も持っているのでは?」

 

そんな翼の思考を読み取ったわけではないだろうが、いきなり話を変えるかのようにレナは問う。翼はそれに、気恥ずかしさを抑えながら答えた。

 

 

「全部ボロボロ。……ブラジャーは擦れてるし、パンツは穴空いてるし、完全にアウト」

 

「…………本当にロクでもない親ですね」

 

 

郡千景には、母親がいない。詳しい事情は翼もレナも知らされていないが、彼女の母親が離婚して家を出たという話は聞いている。

 

———母親がいなくとも、子供が酷い目に遭うと決まるわけではない。現に翼にもレナにも母親はおらず、それでもこれまで健康に育ってきたのだから。

だが、母親がいないことで子育てが困難になるのは紛れもない事実だ。そして郡千景の父親には、頼れる親族がいない。子供が息子(同性)ではなく(異性)である事も、その難しさに拍車を掛けていた。

———だから、世間的には見れば、千景の父親には同情の余地がある。少なくとも千景の父親はそう思っていたし、決してそれは間違いではない。

 

しかし、翼の父である神崎鷹雄は千景の父親にこう言った。

『性別を子育て放棄の言い訳にするな』、と。

それが他の誰かならばともかく、男手一つで実の息子と血の繋がらない娘を育てた彼が言ったのだ。誰にも文句など言えるわけもない。

 

鷹雄が郡家を訪ねたのは、千景が入院したその翌日のことだ。彼は千景の治療費と入院費用を払わせるべく、アポ無しで突撃した。

 

———玄関に出てきた郡千景の父親に、鷹雄は開口一番こう宣った。

 

『入院費払えやコラ』、と。

 

その後、強引に家の中に押し入り、彼は千景の父親に説教をした。一切の言い訳を許さぬ剣幕で、その結果千景の父は数日後に医療費の支払いをする約束をしたのだが———千景の父親はその約束の日の前に失踪。結果、千景の治療費と入院費は鷹雄が支払う事となったのだ。

 

その話を聞いた翼とレナの、千景の父親に対する印象は最悪である。———神崎鷹雄という『親』の姿を見てきたからこそ、二人は千景の父親に嫌悪感を強く抱いた。

そして引き取り手のいない千景は、しばらくの間神崎家で過ごすことがほとんど決定している。つまり。

 

 

「どのみち郡千景が暮らすのに必要な物資は購入しなければならないのですから、下着くらい買っておけばいいのでは?」

 

「それはつまりあなたの玩具になれと仰るんですか、レナさん?」

 

いかにもな理由で下着売り場やらランジェリーショップやらに連れ出そうとするレナに、翼は拒絶の意を示す。———なぜなら、レナと共に服屋に行ったが最後、ほとんど強制的に試着させられるというとんでもない辱めに遭うことは分かりきっているからだ。

………無論、それは洋服だけではなく、女性用の水着などの『まともな男子ならば耐えられない装い』も含まれる。そして翼の羞恥で真っ赤になった顔を、レナは『可愛い!』とハイテンションに撮影するのだ。

 

「……では、良いんですか?郡千景の下着を、お父様が買ってしまっても?」

 

「くっ……」

 

神崎鷹雄はある意味猛者だ。翼のように女と見間違える外見でないにも関わらず、平然と女性の下着売り場を歩き回り、レナの下着を選んで購入したという前科がある。必要とあらば、彼は平然と千景の為に下着を買ってくるだろう。……それはあまりにもよろしくない。世間体的にも、恐らくは千景の心情的にも。

 

 

「さあ!選ぶのです。自分の自尊心を犠牲にして郡千景の心とお父様の世間体を守るか。それとも郡千景の心とお父様の世間体を犠牲にして私の毒牙から逃れるか……!」

 

「くそっ。自分で毒牙って言いやがったな………!」

 

神崎レナは完全に開き直っている。彼女は翼をからかう事を楽しんでいた。

 

「ちなみに、私一人で買いに行く、という選択肢は無しです。その場合、郡千景の下着のデザインがおかしなことになります」

 

「……鬼か……」

 

彼に選択肢はなく、逃げ場もない。逃げたが最後、新しく購入する千景の下着が無事である保証がないからだ。

 

(………いや待て。よく考えろ。これはチャンスなのでは?むしろ、ご褒美なのでは?)

 

だから翼は、思考を無理矢理ポジティブに切り替える。

 

(幸い、俺の見た目は女性用の下着を選んでも違和感が無い。見咎められない。………つまり、女の子の下着を選んでプレゼントするという世界中を見渡してもなかなかお目にかかれない経験をするチャンスなのでは⁉︎)

 

千景のサイズは既に把握済み。———つまり、嫌われる可能性にさえ目を瞑れば、翼は世界的に見ても珍しい体験をする事ができるのだ………!

 

(レナにおもちゃにされる?……だからどうした。そもそも、血の繋がっていない金髪青目美人の姉という超特盛の属性の女の子に着せ替えられるなんて滅多にできる体験じゃないぞ………多分同年代の男子が知ったら血の涙を流す)

 

しかもレナは翼よりも美人だ。それに、試着の際、翼を着替えさせるばかりか、自分も水着やら普段着にしてはやけに露出の多い服を試着して翼をからかう悪癖がある。

———それどころか、同じ試着室で着替えようとする始末。否、小さい頃は実際に同じ試着室で着替えをし、『売り物の水着は自分の肌に触れないように下着の上から試着するんですよ』とレクチャーされた記憶があるが、それはノーカウント。

 

(今まで頑張って見ないようにしてたけど………この際、レナの姿も目に焼き付ける!フハハハハっ!世界中のモテない男子諸君、悔しがるが良いっ!俺は余人には決して味わえない領域の体験をするぞっ!)

 

思考を無理矢理ポジティブにした結果、行ってはならない方向へと考え方が突き抜けてしまったような気がするが、もはや後の祭り。

 

「良いだろう。一緒に下着買いに行ってやるっ‼︎」

 

………神崎翼の思考は、ぶっ壊れた。

尚、今の時代は下着程度ならコンビニで買えるという事を、翼は知らない。

———そして、その過度のスキンシップが彼女に対する翼の認識を『異性』から遠ざけている事に、レナは気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———時はあっという間に過ぎた。

 

「ありがとう。あとは大丈夫」

 

「そうか。何かあったら連絡しろ」

 

そんな会話を最後に、千景と翼を車から降ろした神崎鷹雄は去った。その場に残るのは、翼と千景の二人のみ。

 

 

「……ここが、翼君の家」

 

退院した千景は、目の前の家に気後れにも似た感慨を覚えた。

———別に、豪邸というわけではない。それなりに大きいが、一般的な一戸建ての領分に収まる大きさ。しかし、驚くべきはその庭だった。

花壇には色とりどりの花が植えられ、植木どころか池まである。そしてそれら全てが整然としていて、一目で並々ならぬ手間を掛けて手入れされているのが分かった。

———千景の実家とは、雲泥の差だ。

 

「レナがこういうの好きでさ。庭の世話……というか、家事全般はレナがやってくれてる」

 

千景にそう語る翼は、どこか自慢気だった。

 

「レナ…さん……確か、血が繋がってないお姉さん?」

 

「そうそう。ついでに金髪青目美少女兼メイドさん」

 

「……意味が分からないわ………」

 

意味が分からないのは当然だ。こんな一戸建てで家族をメイドにしている家庭など、そうはあるまい。

 

「………荷物、少なくね?」

 

そして翼の自宅に驚く千景をよそに、翼は翼で千景の荷物の少なさに驚いていた。

……千景の荷物は、勉強道具とゲーム機類、そして僅かな洋服のみ。女子にしてはあまりにも洒落っ気がない。

 

「……あまり、物持ってないから」

 

「……そっか」

 

会話はそれきり。そのまま翼は、片腕にギプスを嵌めたままの千景を連れて玄関の扉を潜る。……今は平日の真昼間。当然ながら、レナの出迎えは無かった。

 

「まずは、千景ちゃんの部屋に荷物を置いた方が良いか」

 

「……私の部屋が、あるの?」

 

「あるよ。この大きさの家に3人じゃ広くてさ、部屋が余ってた」

 

廊下を進み、階段を上る。やがて目的の部屋に着くと、千景はさらに驚く事になった。

 

「……え?ここが、私の部屋?」

 

「うん。ここが千景ちゃんの部屋」

 

翼が「部屋が余っていた」と言うものだから、千景はてっきり小さな物置代わりの部屋を想像していた。

———しかし。

 

「凄い、わね……」

 

広さは少なくとも千景の実家の私室より広い。そしてタンスや勉強机どころか、テレビまでもが置かれている。中学生の私室にしては、あまりにも豪華過ぎる内装だった。

 

「お父さんが色々買ってくれたからね。取り敢えず部屋は後にして、先に家の中を案内するよ。荷物だけ置いておいて」

 

そう言うやいなや、パタパタと部屋の外へ歩く翼。

 

「ここが二階のトイレ。二階はトイレ以外は私室しかないかな」

 

「…ひ、開いた?自動で?」

 

「最近のトイレはみんなそうだよ」

 

その後、階段を降りて一階へ。

 

「ここが洗面所、そこが風呂場。シャンプーとかリンスに拘りとかある?」

 

「……ないわ」

 

風呂場も広い。よく見ると、銘柄の異なる複数のシャンプーやリンスが置いてあった。ほぼ間違いなく、一人一人異なるシャンプーを使っているのだろう。

 

「なら、急いで新しく買う必要もないか。風呂場にある石鹸類は、好きに使っていいから」

 

 

その後も、千景に台所やリビングなどを案内し———その度に驚く彼女を見て、翼は戸惑いながらも、自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかを改めて実感した。

 

彼にとって、勝手に便座の蓋が開くトイレも、一人一人違うシャンプーも、部屋に入ったら勝手に点灯する照明も、何もかもが当たり前だった。———それ故に、今まで自分のいる環境が当たり前になっていたその傲慢さに、少しだけ嫌気が差す。

 

「翼君」

 

「……ん?」

 

滅多にない自虐思考から彼を救ったのは、小さな千景の声。見ると、なにやら顔を赤くしてモジモジしている。

 

 

「トイレの場所、忘れちゃった?」

 

「…ち、違うわ……だから、その……えっと」

 

千景は今、記憶力が落ちている。恥ずかしそうに悶えている様子から、てっきり案内したトイレの場所を忘れたのだと翼は判断したのだが、それは的外れだったようだ。故に、千景が自分から話し始めるまで辛抱強く待つ事にする。

 

そしてなんとか何十秒も掛け、千景は言葉を絞り出した。

 

「案内してくれて……そして、今までお見舞いに来てくれて……ありがとう」

 

「どういたしましてッ!」

 

少女の感謝で、彼の感情は回復した。

 

 

 







翼君
金髪美人の姉に(変態に)目覚めさせられてしまった哀れな少年。ぐんちゃんのお礼によって一気に気分が回復する。ちょろい。



レナさん
過度なスキンシップをし過ぎたせいで異性として認識されなくなりつつある、手遅れ感のある人。……学校では「清楚で礼儀正しく、内面も容姿も全てにおいて優れた美少女」という、ラノベでよくあるヒロインのような評価をされているにも関わらず、本命には振り向いてもらえない。
………必死に羞恥心を表に出さずに誘惑(笑)しているくせに、悉く空振りする様は哀れを通り越して清々しくすらある。翼君からの評価は『容姿は最高クラス。(女性としての)体系は(胸部装甲によって)ぐんちゃんより上』。すなわちそれは、容姿面でのアプローチでの効果はあまり見込めないのだが……彼女本人が認識しているかは怪しい。




ぐんちゃん
突然家に押しかけてきた(?)系ヒロイン。……学校に行くのが怖い。


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西暦2017年 6月 “抗う者”

何とか年内に間に合った!
感想、評価、お気に入り登録誠にありがとうございますっ!評価の上昇とお気に入り登録数の増加によってモチベーションが爆上がりし、見事執筆のスピードアップに成功しました。


———クスクスと、笑い声が聞こえる。

 

それは、以前ならば当たり前になっていた嘲笑。そして、———恵まれた環境を知ってからは恐ろしくて仕方がない蔑みだった。

 

一月ぶりの再登校。千景と翼は、中学校への通学路を多くの視線に晒されながら歩いていた。

———千景は、その視線から逃れようと、翼の背中に隠れるようにして歩く。しかしそれでも、周囲から放たれる陰口や嘲笑からは逃れられない。

 

「………ッ」

 

千景は思わず、目の前を歩く翼の裾を掴んだ。

 

「大丈夫。どこにも行きやしないよ」

 

その穏やかな声で、ほんの少しだけ千景の心が軽くなる。———そう、ほんの少しだけ。結局のところ、また学校で虐められなければならないという事実は変わらない。それどころか、その虐めに翼を巻き込むかもしれないと思うと、千景の心はずっしりと重くなる。

 

「人の目を気にし過ぎだと思うけどな……ッ⁉︎」

 

千景を慰めようとしたところで、突然石が飛んできた。———それが彼女の顔に当たる寸前で、奇跡的にキャッチ。

 

「ゴミめ」

 

ジンジンと痛む掌を顧みず、悪態をつきながら石が飛んできた方へそのままリバース。苛立ちと怒りと焦りによって威力がブーストされた自然界の弾丸は、こちらを見ていた有象無象を掠めて飛び、音を立てて塀に直撃した。

 

「……逃げるくらいなら石なんて投げるなよ」

 

塀に当たった石を見て蜘蛛の子を散らすように逃げた群衆に毒づき、千景の安否を確認する。……観察する限り、怪我はなし。翼は千景を守る事に成功していた。

 

「……ありがとう、翼君」

 

「どう致しまして。怪我がなくて良かった」

 

少女に礼を言われ、ようやく翼は実感する。———ああ、これが誰かを守るということか、と。

今まで翼は、守られる側の人間だった。

 

———初めて誘拐された時は、鷹雄が助けてくれた。

———二度目の誘拐では、監禁場所をレナが見つけ、鷹雄が助け出してくれた。

———三度目の誘拐では、………信じられない事に、レナがたった一人で犯人全員をボコボコにして助け出してくれた。

 

そんな事件がなくとも、日頃から二人は翼を守ってくれている。どんな仕事をしているかは知らないが、鷹雄の収入によって何不自由のない暮らしができるし、レナが掃除や洗濯、料理をしてくれることで衛生的で健康的な生活ができている。少し過保護過ぎる気がしないでもないが、大いに助けられ、守ってもらっているという自覚が彼にはあった。

 

そしてようやく、彼は誰かを守る番になった。人に守られる温かさと安心感を千景にも知ってほしいと、翼は切に願う。

 

 

「さて、もう行こうか。大丈夫、いざとなったら不登校になれば良いし」

 

「……いいの、かしら?」

 

そもそも不登校になる事を見込んでいるのなら、最初から行かなければ良いのではないか………と千景は思わないでもなかったが、口には出さなかった。

 

「良くないよ。あんなゴミ共のせいで『できない事』が増えるなんて、それこそ許せない事だから」

 

「でも、」と翼は続ける。

 

「学校に行って傷つけられるなら、行かない方が良い。だから、不登校は最後の手段に取っておくんだ」

 

一度不登校になったら、学校へ行けなくなる。それが分かっているからこそ、翼は多少無理してでも千景を登校させようとしているのだ。もちろん、そのためのサポートは惜しまない。彼は全力で千景を虐めから守り抜き、それで守りきれないようなら学校という環境から遠ざける。今日の登校は、言わばその見極めの為の偵察に過ぎない。

 

「………私はいいけど、翼君は?私を庇ったせいで、虐められるんじゃ…?」

 

千景はむしろ、翼を心配していた。なにせ、彼女を助けるためとはいえ、彼は女子生徒に怪我を負わせている。その報復に何かされないかと、彼女は心配していた。

 

「大丈夫。君を虐めるような奴に価値なんてないから、俺は一切手加減せずに済むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———結論から言うと、ある意味では『大丈夫』だった。

 

「………なんだ、ちょっぴり緊張してたけど、全然大した事ないじゃん。度胸のない奴ら」

 

「全然大丈夫じゃ、ないじゃない……」

 

心底拍子抜けした翼の声に、しかし千景は泣きそうな声で反論する。……否、彼女は実際に涙目だった。

 

 

「君がされてた事態にはなってないから、大した事ないよ。……レナはキレそうだけど」

 

確かに、卑怯な嫌がらせの標的にはなった。それでも、直接的な暴力の被害には遭っていない。

 

———朝登校したら、靴箱の中に毛虫が入っていて、上履きの中に画鋲が入っていた。

———自分の机に罵詈雑言が書き込まれていた。

———椅子の上にガムが貼り付けてあった。

 

せいぜいがその程度。どれも匿名性の高い悪戯。直接何か悪さをしてくるような輩はいなかった。

そして、今は昼休み。すなわち、あとは午後の授業をこなして終わりだ。

 

 

「本当に、小心者で卑怯な奴ばっかりだよな。女の子が相手なら暴力に訴えるくせに、一度ちょっとやらかした俺相手だと犯人の特定が難しい嫌がらせしかできないんだから」

 

「…………」

 

 

翼は堂々としている。どんな嫌がらせを受けても、まるで気にした様子がない。あるいはそれは、心の底から周囲の人間を無価値と断じているからか。

 

「それより心配なのは、次の体育の時間だよなぁ。……君と分かれて行動するって時点で、嫌な予感しかしないんだけど」

 

今朝から今まで、翼はずっと千景と共に行動していた。それは自分がいない隙に彼女に悪さをする連中を警戒しての事だったが、男女分かれて授業を行う体育はそうもいかない。

 

「男女混合なら、着替えの間だけ見張ってれば良かったんだけどなぁ」

 

男女で同じ内容の授業ならば、着替えは人気のないトイレの個室で行い、その間翼がトイレの個室の前で見張っていれば何とかなる公算だった。実際、千景は二回トイレに行っているが、用を足すのは人が通りかかり難い場所を選び、個室の前で翼が見張ることで事なきを得ている。逆に、翼がトイレに行くときは、同じような人気のない男子トイレの個室に千景を潜ませ、そのすぐ近くの小便器で用を足す事で何とかなった。………音とか気配で興奮を覚えたりしない事もなかったが、口に出してはいけない。虐めから彼女を守るには仕方のない事だったのだと、翼は自分に言い聞かせた。

 

 

「…その、そこまでして貰わなくてもいいわ。これまで、こんなに迷惑を掛けているのに………」

 

「迷惑じゃないよ。それに、ここまで来て放り出すのは無責任云々以前に気持ち悪いし……。体育は本当に危ないからね」

 

 

『いっそのこと、女子に交じって体育に出ようか』と本気で考える翼。体操着は男女共にデザインは同じなのだから、女子に交じったところで違和感はない。………だが、そもそも転校初日でやらかして有名になっている以上、他クラスの生徒はともかく同じクラスの生徒や教師にはあっさりバレる可能性がある。あまり賢い選択とは言えない。

ちなみに、男子は外でサッカー、女子は体育館で器械体操。行う場所が異なる以上、男子側の授業に参加をしながら女子の方に意識を割く事もできない。

 

 

「昼休み終了まで、あと10分……どうするか」

 

今翼達がいるのは、本来ならば立ち入り禁止の屋上だ。しかし立ち入り禁止と書かれていても、鍵が壊れていてはあっさり入れてしまう。厳重にテープで留めてあっても壊れた鍵が修理されていないところを見るに、よほどこの学校にはお金がないのだろうか。

 

うんうん唸っても、良い解決法は出ない。こういう時ばかり思考は嫌な方向へと進み、『千景を体育の授業に出席させる』という選択が危険に思えてならなくなる。

 

———例えば、跳び箱に細工をされ、跳んだ時に崩れて大怪我をする。

———例えば、落ちた時に首の骨を折り、植物状態になる。

 

 

「……なあ、千景ちゃん」

 

「……なに?」

 

「………危ないから、帰ろうか」

 

「………そう、ね」

 

あまりにも恐ろしい想像に、翼は戦略的撤退を決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———そんな調子で、時は流れる。

 

神崎翼は、去年までは優等生だった。出された課題は不足なくこなし、授業でも積極的に手を挙げ、問題を解く。試験では常に高得点を取り、クラスメイトに頼まれれば勉強を教えたりもした。

 

ところが、この中学校における彼の評価は真逆。転校初日に暴力沙汰で出席停止(という体の停学)、集団行動のルールを守らず、度々授業をサボって帰宅する問題児。そのくせ試験の成績だけは良いのが何とも憎たらしいというのがほとんどの教師の認識だった。

 

なぜそうなったのかと問われれば、翼が『公共のルールよりも自分で定めたルールに従う性質の人間だったから』と答える他ない。彼には自分で定めたいくつかのルールが常に存在していて、そのルールには絶対に背かない。『そのルール』とは、すなわち彼にとっての正義であり、行動の軸だ。その軸に則って彼は行動し、公共で定められた規則と自分のルールが矛盾を起こした場合、彼は迷わず自分のルールを優先する。

 

たとえば、前の学校までは、彼が自分で定めたルールと公共のルールはほとんど一致していた。真面目に授業に取り組むのも、試験で高得点を維持するのも、クラスメイトとコミュニケーションを取る事も、学校のルールと言うよりは『自分で決めたルール』に従った結果と言える。そして、その周囲からの評判が良かった事が『彼が自分のルールに従った結果』ということは、すなわちそれは翼が前の学校に価値を見出していたからに他ならない。

 

………ならば、今の彼はどうか。

 

彼の今のルールには、『郡千景を守る』事が含まれている。そして今の学校は、その環境そのものがこのルールに反する。だから翼は学校のルールに従わないし、教師の言う事もまともに聞かない。必要ならば授業もサボるし、千景の周囲を見張る為に集団行動の流れにも逆らい、この学校の生徒を『無価値』と断じてコミュニケーションも取らない。そして無価値だと心の底から思えているから、執拗な嫌がらせにも平然としていられるのだ。少なくとも、表向きだけは。

 

この状況について、郡千景は何も言えない。言えるはずもない。なぜならば彼女は『守ってもらっている立場』だ。そして翼の庇護無くして学校生活を送れるはずもない彼女は、翼に対して『自分の事を守るのを止めるように』言う事が出来ない。孤独に対して弱り切ってしまっている千景は、学校全体に立ち向かう勇気など持てなかった。

 

———故に、この状況に正々堂々と文句を言えるのは()()だけだ。

 

 

「他県に引っ越すべきです!それが無理なら、翼さんと千景さんを私の中学に転校させて下さいっ!」

 

翼と千景が寝静まった後の夜。

神崎家のリビングで、レナの怒鳴り声が響いた。………翼と千景の部屋の壁が防音になっていなければ、起き出していたであろう声量だ。

 

「それも無理だ。一体何のために、お前と翼を別の学校に行かせていると思っている?」

 

彼女に相対するのは、神崎鷹雄。彼は激昂するレナに平然と切り返し———その態度が益々、レナを焦らせる。

 

「私は昔の私ではありませんっ。家の中ならともかく、学校の中なら()()()()できます!」

 

「きちんと、か。……まるで説得力がないぞ」

 

なぜ、同じ家に住んでいながらレナを別の学校に通わせているのか。その理由を正しく理解しているのは、鷹雄とレナだけ。そして翼にはレナが『お手本のような姉』だと思っていてほしいからこそ、この言い合いを彼が眠っている時間に行っているのだ。

 

 

「分かっています、翼さんを甘やかしてしまうだろうことは。……でも、今の環境よりはマシでしょう⁉︎」

 

「それで済めば良いがな。昔のように、やり過ぎて殺してしまうリスクは冒せん」

 

 

その反論に、……レナは何も言い返せない。

なぜなら、千景を追い詰めているのは学校だけではなく、この村全体だ。いくら離れた所にある私立の中学とは言え、レナの学校でも虐めが始まる可能性は完全には否定できない。

———そうなった時、レナはどう行動するのか。それは彼女自身にも分からない。千景だけならばともかく、翼が巻き込まれたのなら………レナには、自分を抑えきれる自信がなかった。

 

 

「とは言え、お前の言う通り、このままという訳にもいかん」

 

「…………」

 

俯くレナに、鷹雄は少しだけ微笑み、

 

「金がいるな。……教育委員会に通報するのは当然だが、確かにここを離れた方が賢明かもしれん」

 

そんな事を宣った。

 




本日カスタムキャストを始め……ハマりました。
取り敢えずレナさんを作りましたが、……イメージにはかなり近づいたし、文句無しの美少女ではあるものの、まだまだカスタマイズしたい。
絵心が無い以上、自分の頭の中にいるキャラクターを出力する手段はこれしか無いのだ……!



脱線しました。
皆さん、良いお年を!


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西暦2017年 8月 “守る者”

感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!


大変。
大変永らくお待たせしました。
言い訳をしますと、卒論で忙しくてですね。最近はゆゆゆいの部活動をこなすくらいの時間しか確保できなかったのです。

………多分、これから2月中旬まではほとんど書けないと思います。

というわけで、2019年最初の投稿にして(おそらく)一月最後の投稿です。


「……痛っ」

 

風呂場で一人、千景は左腕を抑えた。

骨折治療のためのギプスは、入院後の初登校日の前日に取れている。驚くべき事に、リハビリをせずとも元の通りに腕は動き、医者の想定よりも何ヶ月も早く回復した。念の為経過観察のために定期的に病院に行く事になってはいたものの、それも過ぎた話。千景が心配していた、『介護や手助けによって翼達に迷惑を掛ける事態』にはならなかったのが救いだ。

 

———それでも時折、刺すような痛みが左腕を走る。

 

この事は誰にも話していない。それは単に『迷惑を掛けたくない』というだけではなく、千景自身、大した事ではないと感じているが故だった。

……そもそも、あれだけの骨折をして短期間で治癒し、リハビリが必要ない時点で異常。この程度の代償はあって然るべきだ。

 

 

(……そういえば、この傷……。いつの間にできたのかしら)

 

鏡に映る、腹部の大きな傷跡を見つめる。———まだ翼が転校してくる前にできていた、抉られたかのような大きな傷。その頃の記憶は定かではないから、どんな状況で傷がついたのかも、いつの間に治ったのかもよく覚えていない。だがよく考えてみれば、腹部にこんな傷がついて、生きているのが不思議なのだ。入院した記憶もないから、恐ろしい事に応急処置しかしていないのだろうが………。

 

(……でも治ってるし……。大した事じゃない、わね)

 

左腕とは違い、痛みは一切感じない。だから、千景は大した問題にはならないと思っていた。

———怪我の治りの早さに不気味さを覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———慣れというのは恐ろしいものだ。

 

「ご馳走様」

 

「ごちそうさま、でした」

 

「はい、お粗末さまでした」

 

 

こうして夕飯を一緒に食べるのも、当たり前になっている。千景がこの食卓の風景に困惑していたのは、既に2ヶ月以上も前の話なのだ。

当然のようにレナが夕飯を作り、必要に応じて翼が食器や調理器具を出して補佐し、千景がそれを見て学び、できる事から手伝う。そうして3人で夕飯の支度をし、食卓を囲む。最初は何も出来なかった千景だが、1ヶ月経つ頃には食器や調理道具の位置を覚え、最近ではレナの調理も手伝えるようになってきた。このまま家事ができるようになっていて欲しいと、比較的家庭的な女子がタイプの翼は心から願う。

 

———もっとも、千景が家事を手伝うと、レナが面白くなさそうな顔をするのだが。

 

 

「さて、ちかちゃん。明日から新しい学校だ。覚悟は良いかっ⁉︎」

 

「……良いけど、少し緊張するわ」

 

「大丈夫、少なくとも今までより悪い環境には絶対にならないから!」

 

少し青ざめた千景を、翼は明るい声で励ます。

———今日は西暦2017年8月31日、木曜日。すなわち夏休み最終日だ。それはある人にとっては溜まった宿題を一気に片付ける日であり、またある人にとっては最後の休暇を楽しむ日であり………翼と千景の二人にとっては、新しい中学へ転入する前日でもある。

 

「というか、俺転入試験受けた覚え無いんだけど……。私立って、転入試験受けなきゃならないんじゃなかったっけ?」

 

転入先はとある私立中学校。公立だと住む地域によって通う中学が決まってしまう事と、虐めの発生のしにくさから私立になった。残念ながらレナの通う中学とはまた別の学校だが、千景の村八分がどこまで広まっているか分からない以上は仕方がない。もしもレナの通う学校でも虐めが発生した場合、今度はレナも孤立しかねないという鷹雄の判断だ。また、レナと翼を引き離す目的もあった。

 

 

「例によって、お父様が何かしたのでは?」

 

「……お父さん何者なんだよ、っていうツッコミは無しにするとして。それで転入できちゃう私立もヤバイだろ」

 

例えば、合格定員割れが起こる程の不人気な中学とか。

そうだった場合、公立よりもタチが悪い。生徒のほぼ全員が不良の、ヤンキー中学になってしまう。———何かのドラマで影響されてしまった結果か、割と真面目に翼は心配していた。

 

 

「ごめん、ちかちゃん。もしもヤンキー中学だった場合、………割と真面目に不登校になるかも」

 

「何を考えてるのか分からないけど………私は別に構わないわ」

 

「お父様が選んだのですから、心配無いのでは?」

 

レナとしては、翼が不登校になると非常に困る。具体的には家から出たくなくなり、登校するモチベーションが下がってしまう。翼が学校に行っているならともかく、『翼が家で待っている』という状況は彼女にとっては毒だった。翼が出席停止になっている間、授業に全く集中できなかったくらいだ。最悪の場合、レナまで不登校になる。

 

「お父さんのことは信用してるけどさ。……学校選ぶ基準が分からない」

 

単に評判が良いとか、進学校であるという理由では選ばないだろう。事前に髪の長さについて何も言われないことも気になる。何せ、翼の髪は(男子では)校則違反になるくらいの長さなのだ。幸いこれまで通った学校は髪型については緩かったために何も咎められなかったが、校則が厳しい私立の中学では切らなくてはならなくなる恐れがある。………そう考えると、学校の選択基準に『髪に関する校則の緩さ』も含まれている気がしてならない。

 

「ともあれ、まずは明日。学校の雰囲気とかそういうのを感じ取るのが最優先だな」

 

「……翼さん、昔から空気を読むのが苦手だったのでは?」

 

「流石にこの間まで通っていた学校レベルになれば分かるよ」

 

「……そのレベルの異常さなら、お父様が選ぶ訳はないと思いますが」

 

レナは呆れたように肩を竦める。………その緊張感や雰囲気への鈍感さによってトラブルが起きないか、心配する身にもなってほしい。

 

「まあ、なんとかなるだろ。何かあったらレナに泣きつくから大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郡千景が家にやってくると聞いた時。レナが感じたのは、途方も無い『焦り』だった。

『家にやってくる』。それは遊びに来るというわけではなく、同じ家に住むという事。彼女は話を初めて聞いた時、勘違いもせずに正しく認識した。

 

———悪夢、だった。

 

ただでさえ、翼の意識は自分ではなく郡千景に向けられている。この上、同じ家に住むとなれば、自分の居場所がなくなってしまうのではないか———そうレナは危惧した。

タチの悪い事に、排除する事もできない。翼に害を為すならともかく、ただ翼に好意を向けられているというだけで危害を加える事は(翼に嫌われるという意味でも、良心的にも)決してできない。

 

———完全に、詰み。

 

このまま手も足も出ないまま、居場所を奪われ、そして翼の記憶から薄れていく。そんな危機感を彼女は抱いていた。

………そしてその危機感は、郡千景がやってきたその日の夜に霧散する。

 

 

「……?」

 

時は千景がやってきた日の夜。鷹雄が家に居らず、また翼が自室で勉強している時間のことだ。

ひとまずの家事を終えてリビングで寛いでいたレナの耳に、滅多に聞かない電子音が聞こえてきた。

 

———それは、風呂の湯沸かし器のリモコンに付いている呼出の機能。万が一入浴中に何か困った時のために存在する、連絡手段。

 

翼が入浴を終えているのは確認済み。よって、今入っているのは郡千景ということになる。おそらく、何か勝手が分からなくて困っているのだろうとレナは判断した。同性はこの家ではレナだけであるため、たとえこの場に翼がいたとしてもレナに協力を求めただろう。

 

———千景のためではなく、あくまで自分の今後のために、彼女は浴室まで出向いた。呼出機能のマイクで話す事もできるが、あまり性能が良くないため、直接話した方が早いという判断だった。

 

「どうしました?」

 

そう問いながら浴室の扉を開け………絶句した。

 

「……えっと、……その……。どれがシャンプーか、分からなくて……」

 

やってきたのが翼ではなかったからか、若干の怯えと落胆をその表情に滲ませながら、おずおずと千景が呼出の用件を伝える。

 

「何やってるんですか⁉︎濡らしたら駄目って言われたはずでしょう⁉︎」

 

しかしレナは、千景の疑問に答える事なく叱りつけた。

———レナの目に映るのは、まさにシャワーを浴びていたであろう千景の姿。当然ながら、髪は濡れてしなやかな身体にピッタリと張り付き、………左腕のギプスも若干濡れてしまっている。

 

「……その、ごめんなさい……うまくできなくて……」

 

「なら、私が手伝いますっ!」

 

何も言わずに入浴しているものだから、てっきり自分でギプスが濡れない工夫でもしたのだろうと勝手に思っていたのだ。そして放置した結果が、この有様。レナは悟った。『この娘を一人にしたら、何をしでかすか分からない』、と。

大体、風呂に入る以上、そのままではギプスが濡れるに決まっている。何重にも防水対策をするのが当たり前なのではないだろうか。

 

「取り敢えず、何もしないで待っていて下さい!ビニール袋持ってきますから!」

 

 

———その日以来、レナの千景に対する認識は変わった。

もともと、酷い境遇にある少女である事は分かっていたはずだった。でも、それを実感できていなかったのは、やはり自分の目で見たのではないからだろう。

 

 

「良いですか?シャンプーはこれ、リンスはこれで、ボディソープはこれです。私の物は自由に使って構いませんから。決して、シャンプーとボディーソープを間違えないようにして下さい」

 

「……はい」

 

そして十分後、レナは千景と共に入浴していた。

神崎レナは世話好きな少女だ。普段はその世話のリソースが全面的に翼に注がれているせいで、彼にしか興味がないようにしか見えない。しかし、こうして翼から離れた環境になれば、彼に費やされていたリソースに余裕ができる。頭の中は相変わらず義理の弟のことでいっぱいだが、決してそれしか能のない少女ではないのだ。

 

(……なるほど、確かにこれは勿体ないですね)

 

千景の髪を洗いながら、レナは翼がこの少女を放っておけなかった理由の一端を知る。

間近で見ると分かるが、彼女の髪と肌の状態は決して良くない。艶のある髪は痛み、枝毛が目立つ。若干ではあるが肌は荒れ、明らかに暴行を受けたような傷跡が目立つ。

 

本当に勿体ない。例えるならば、高い値のつく芸術品に傷がついて価値を暴落させているようなもの。……しかし、目の前の少女は芸術品ではなく人間。芸術品は傷がついてしまえば完全に元通りにするのは絶望的だが、人間の肌や髪は手入れすれば回復する。自然治癒が難しい大きな傷跡は今後の医療の発達に期待するしかないが、それでも注意してケアをすれば多少の改善は見込める筈だ。

 

———本当ならば、レナは千景を放置するつもりでいた。

 

レナにとって、郡千景は突然日常に入り込んできた異物だった。存在するだけで自分の価値が揺らぎ、排除もできない異物。だから、せめてこれ以上自分の心は乱されまいと、徹底的に関心を持つまいとしていたはずだった。

基本的に彼女の関心は常に神崎翼に向いている。だから、彼に関する事柄以外には大して興味を持たないだろうと、彼女本人はそう思っていた。

 

(……でも、これは放っておけません)

 

千景の有様を見て、レナは幼い頃に翼に対して頻繁に抱いていた感情を思い出した。

 

———それは、庇護欲。

 

まだ、小さい頃。それこそ、メイドが何かも分かっていなかった頃。そんな小さな頃でも、彼女は「翼の姉である」という自覚と、「翼を守りたい」という欲求を抱いていた。今は成長した翼に対して、その二つの想いよりもより強い気持ちを抱いてはいるものの、昔から心に刻まれていたそれらの感情は変わらない。

そしてそれは、決して裏切れない想いだ。過程は違えど、翼に対する庇護欲と同種のものを郡千景に抱いてしまったその時点で、レナは千景を無視できない。

 

———優先度は変わらない。彼女にとって、何よりも大切なのは神崎翼だ。

 

しかし、郡千景が神崎家にやってきたその日。彼女に対する認識(呼び名)は、赤の他人(郡千景)から守るべき身内(千景さん)へと変わった。

 

 




ぐんちゃん
なんか凄い治癒能力を獲得していた。理由は分からない。



翼君
夏休みまで嫌がらせに耐え続けた。平然としているように見えたものの、実はメンタルにダメージを受け、陰で泣いていた疑惑がある。よくがんばった。



レナ(メイド)
実は善良な、世話焼きお姉さん。……郡千景も守りたい対象に入ってしまい、自分の心をどうすればいいか分からないでいる。







夏休み描写は……残念ながらカット。翼くんはぐんちゃんの傷を気にして海とかプールには行っていません。


まだ読んでない(忙しいので2月中旬まではおそらく読めない)が、……今頃になってゆゆゆのR18が流行してるというのはマジっすか……?
時期的に見て、R18の先駆者が偉大だったとしか思えない。

去年の大晦日にカスタムキャストで作った翼君ちゃんとかレナさんを公開したい……が、多分挿絵として出してしまうのはおそらくまずい(よね?)。なので、2月になったらツイッターを始める……かもしれないです。




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西暦2017年 9月 “問題児達”

ハーメルンよ!私は帰ってきた!


卒論が終わり、「時間があるし、お金ないからバイト増やすか」と調子に乗ってバイト増やした事と、執筆スピードが遅くなっていた事により、想定よりも投稿が遅れました。
大変お待たせしました。
長い期間投稿していなかったにも関わらず、お気に入り登録をしてくれた方。そして、感想を下さった方、誠にありがとうございます!



……読みたい作品、全然読めてない……。


(あ、しんじゃう)

 

どくどくと、私の身体から血が抜けていきます。お腹に空いた穴は熱くて、そこから流れ出る真っ赤な血が広がるとともに私の体の芯は冷えていきました。

 

死んだら、どうなるのでしょうか。天国は本当にあるのでしょうか。

———翼さんは、悲しんでくれるでしょうか。

 

バカなことをしたものです。小学生が鉄パイプなんて持ったところで、拳銃を持った大人に勝てるはずないのに。

でも、許せなかったんです。私の大好きな翼さんに、彼らは傷をつけました。頬が腫れ上がっているのを見たら、正気なんてとても保ってなんかいられなかった。

———そして駆け出したところであっさりとお腹を撃たれ、このザマ。いっそシュールなギャグ漫画にでも掲載されそうな瞬殺劇でした。

 

お父様に、助けを求めるべきだったんでしょうか?そうすれば、私は怪我をしないまま、翼さんも無事に助かったんでしょうか?

でも、お父様は海外にいます。すぐには帰って来られません。お父様ならどんな時でも電話に出て、きっと翼さんを助けるために駆けつけてくれると思います。それでも、すぐには帰って来られない。日本に着く前に翼さんの命が危ないかもしれないんです。だから、私がお姉ちゃんとして助けなきゃいけないと思いました。

 

耳が遠い。でも、翼さんの泣き叫ぶ声が聞こえます。幻聴でなければ、私のために泣いてくれているんでしょう。とてもうれしいと思いました。

倒れている私は、大人に蹴られて転がります。お腹が熱くて、何も感じませんでした。

 

翼さんの悲鳴が聞こえます。「もうやめて」と、私の弟は叫びました。「レナが死んじゃう」というセリフも聞こえました。どうやら私は、瀕死の重体にも関わらず、追い討ちを掛けるようにリンチされてるみたいです。許せません。私の大好きな翼さんに、翼さんが「可愛い」と言ってくれた私の身体に暴力を振るう様を見せつけるなんて、翼さんの心の成長に悪い影響が出てしまいます。

 

———翼さんのこれからの人生に影響してしまうほどの心の傷を、私は許せませんでした。

 

 

 

「あれ?」

 

気がついたら私は、血塗れになって立っていました。誘拐犯達は、みんなみんな死んじゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人並んで通学路を歩き、バス停から発車間際のバスに乗る。早い時間であるためか、他に乗客はいない。

 

「……部活の朝練とかで早く乗る人がいると思ったんだけどな?」

 

「でも、まだ6時よ?流石に早すぎるんじゃないかしら……?」

 

「野球部とか厳しい部活なら、そのくらいの時間が妥当な気がするけどな」

 

そもそも、なぜこんなに早い時間なのかと問われれば、「どんな学校なのかを突き止めるため」と答えるしかない。

なにせ、翼も千景も、転校先の中学について何一つ知らない。ホームページで校舎の外観を見た程度。見た感想は『普通の中学校』だが、それ以外は何も知らない。不思議なことに、転校手続きや入学試験などの情報も載っていなかった。

 

「もっとも、早く行ったところで……生徒がいないんじゃ、その学校の実態なんて分からないだろうけど」

 

中学生活の良し悪しを決めるのは周囲の環境で、そしてそれは生徒達によって決まる。いくら教師が有能な人格者であったとしても、陰で発生する虐めなどのトラブル全てを認知できるわけではないのだから。

 

「……そう、ね」

 

千景はこれまで自分がいた学校を思い出した。虐めを見逃し、外面だけが良い大人たち。あれならば、生徒がいなければ良い大人にしか見えないだろう。虐めに加担こそしないものの、生徒による虐めを咎める事もしない。……もっとも、千景の場合は村全体が敵対していたようなものなのだが。

 

そのまま沈黙が続く事15分。バスは次のバス停に停車し、

 

「あれ、翼ちゃん⁉︎」

 

「あ」

 

真っ白な乗客が乗ってきた。

白い肌に、白い髪。背が低く、しかし女性らしさを持ち始めた身体の少女。

 

「久しぶり、ライキ。病院以来か」

 

「うん、4ヶ月ぶりくらいだね!」

 

工藤雷姫。 小学生の頃からの友人が、同じバスに乗車した。

 

「千景ちゃんも久しぶり!」

 

「……お久しぶり、です」

 

「敬語じゃなくていいのに……」

 

「ライキとちかちゃん、面識あったんだ」

 

同じ病院に入院していたのだから、面識があっても不思議ではないが……基本的に病室に閉じこもっていた千景が翼以外の人間と接する機会はそうそうないように思えた。

 

「…お手洗いに行く時に、病院の中で迷ってしまって……その時、彼女が助けてくれたのよ」

 

「ヘルプ率高いな、ライキ」

 

思えば、翼が病院内で迷った時も案内してくれたのが雷姫だ。エンカウント率が高い辺り、足を悪くしているにも関わらず病室の外へ出る事が多かったのかもしれない。当然だが、バスに乗っている現在は松葉杖を使っていなかった。

 

 

「そういえば、ライキってどこの学校通ってるの?」

 

「そういえばなんで翼ちゃん達はこのバスに乗ってるの?」

 

 

翼と雷姫の質問はほとんど同時だった。

翼は、雷姫の服装が私服である事に気付いていた。———今日は平日だ。朝早く出かけるにしても、学校の制服を着ているのが自然な筈。もしかすると、創立記念日で休みなのかもしれない。

 

雷姫は、翼と千景がこのバスに乗っている事に疑問を抱いていた。———このバスを利用する人間は決して多くない。このバスの乗客の多くは、雷姫の通う中学の生徒だ。

———まさか、とは思う。これほどまでに都合の良い事などある筈がない。

 

先に問いに答えたのは、翼だった。

 

「見ての通り、通学。今日から転校するんだよ」

 

「!?!!???」

 

———雷姫にとって都合の良い事態が起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———転校先の中学は、なんともへんてこりんな学校だった。

雷姫の通うその中学は、髪型どころか服装の制限もない。制服こそあるものの、私服登校が可能。故に雷姫は私服でバスに乗っていたわけだ。

転入試験は存在しない。私立の中学であるにも関わらず、入試そのものがない。この学校に通う事ができるのは、家庭環境や周囲の環境に問題があり、通常の学校に通う事が困難となった優秀な少年少女。その『優秀さ』はそれまでに受けた模試の成績等によって評価され、正規の入学試験は存在しない。いわゆるコネによる裏口入学しか入学する方法がないという、学校として破綻したシステム。いくら学費がバカ高くとも、そもそもこのシステムではほとんど生徒は集まらない。生徒が集まらなければ利益が出ないのだから、当然学校の維持はできない。……どうやって成り立っているのか全く分からない学校だった。

今更であるが、一学期に通っていた中学内における評判とは打って変わって、翼も千景もテストの点数は良い。世話焼きのレナが千景の勉強を熱心に手伝った結果、ゲームに費やす時間が犠牲になると共に彼女の期末テストの順位は2位にまで上がっていた。そして翼は1位。その差は僅かなもので、翼は内心ヒヤヒヤし、悟った。———油断していたら、千景に抜かれると。

元々地頭が良いのか、それともゲームにより培われた集中力によるものか。千景は非常に学習能力が高く、レナを驚かせた。虐めさえなければ、もっと良い成績であった事は間違いない。既に彼女は、ストレスによる記憶能力の低下を克服しつつあった。

 

そして、今回の転校先である中学の生徒は、いずれも勉強のできる者ばかり。———つまりそれは、これまでのように容易に学年トップの成績を維持できない事を示している。

 

翼と千景が学校に到着したのは、1時間目の授業が始まる1時間半前。空き時間を使って、雷姫が学校の中を案内してくれた。……なぜか、翼に「大丈夫?ちゃんと覚えてる?」と確認していたが。

そして校舎内全てを見回り、雷姫に連れられて教室へ到達する。この学校のシステム上、生徒は普通の学校とは比較にならないほどに少ない。一学年につき教室は一つ。学校全体での生徒数は100人にも満たない。———逆に言えば、周囲の環境によって通常の学校に通う事が困難な優秀な中学生がそれだけ集まったとも言える。

 

 

「……空っぽ?」

 

「まだ30分前だからね。みんな、だいたい授業が始まる直前に来るから。……でも、今日はホームルームがあるから、早めに来るかも」

 

雷姫に連れられて入った教室には誰もいない。白い照明だけがついた、ガランとした空室。その広さに対して、机と椅子の数は少ない。見たところ15から20程度。

 

「……まあ、全校生徒が100人いないんじゃ、こんなもんか」

 

「人数は少ないけど、楽しいよ。面白い人ばかりで」

 

「……?」

 

『面白い』という言葉には、大きく分けて二つの解釈がある。すなわち、『笑える』か、『興味深い』か。『馬鹿と利口は紙一重』という言葉がある。なるほど、『優秀な中学生』が集まるこの学校ならば、馬鹿な事をやらかす人間もいるのだろう。

 

「たとえば、お尻叩かれてお礼を言う人とか」

 

「ドMだなそれ」

 

「あと、服装自由である事をいい事に上半身裸で来る人とか」

 

「露出狂ね……」

 

「他にも、トイレの個室でお弁当食べる人もいるよ?」

 

「……なんか悲しいな」

 

『周囲の環境に問題があって普通の学校に通えなくなった優秀な中学生』とはなんだったのか。話を聞いている限り、当人達に問題があるように思えてならない。要するにこの学校は、変態と変態とボッチが通う中学らしい。

 

 

———そんな会話をしながら、朝のホームルームが始まるまでは過ごしていた。

それまでは平和だった。ホームルーム開始5分前になっても誰一人として教室には入ってこなかったので、雷姫は翼と千景にこの学校についての話を続けた。

その状況が一変したのは、ホームルーム3分前。

 

「Hello♪あら、新しいお友達っ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「おはよう、綾ちゃん」

 

翼と千景が絶句し、雷姫が慣れた様子で挨拶をする。

 

 

———教室に入ってきたのは、痴女だった。

 

 

明らかに染めている金色のツインテールに、カラーコンタクトを入れたであろう青い瞳。”Hello”の発音がやけに良かった事から、相当練習したであろう事が窺える。恐らくは外国人ぶりたかったのだろうが………残念ながら、血筋だけなら明らかに日本人ではない義理の姉がいる翼にとって、彼女のハリボテは一目瞭然だった。天然物にはどうやっても勝てないのだ。

……それは良い。問題は彼女の服装だった。

やけに丈の短いスカート。そこはまだ許容できる範囲であるとしても、胸に晒しを巻いて学ランの上着を羽織っただけの上半身は完全にアウトだ。翼や千景達と同じ中学2年生とは思えない大人びた体型であるから、背徳感が凄まじい。外を歩いていたら確実に職務質問でもされそうな姿。一体どうやって登校してきたというのか。

 

「天童綾音よ。宜しくね、転校生さん達」

 

痴女……もといヤンキーのような見かけに反し、フランクでまともな話し方だった。

 

「……こちらこそ。俺は神崎翼。宜しく」

 

「郡千景、です」

 

まさか上半身が裸であるのが女子生徒であるとは思いもしなかった翼だが、相手の態度からコミュニケーションは問題ないと判断する。前の学校で意思疎通の余地なく千景が虐められる環境にいたためか、装いがおかしくともコミュニケーションが取れれば翼に不満はなかった。

天童綾音の登校を皮切りに、続々と生徒が入ってくる。彼らは教室に入る時に軽い挨拶をし、翼と千景を一瞥してから席に着く。その様子を見る限り、天童綾音の対人コミュニケーションスキルはクラスの中でも一段上らしい。初対面で翼や千景に挨拶をするのは綾音だけだった。

 

「Good morning!」

 

そしてホームルーム1分前になると、1人の男子生徒が姿を現した。髪を赤く染めた、美男子と呼ぶに相応しいイケメン。流暢な英語で挨拶をし、教室に入るや否や———

 

「らぁッ‼︎」

 

「ありがとうございますっ‼︎」

 

天童綾音に回し蹴りをされ、なぜか礼を言いながら漫画のように飛びながら机に激突し、床に倒れた。

 

 

「⁉︎」

 

「⁉︎」

 

 

翼と千景が唖然とする中、……雷姫含む生徒達は平然としていた。どうやらいつもの光景らしい。

そして蹴り飛ばされた残念イケメンはビクンビクン痙攣しながら、「ああ……この威力………パンチラ……素晴らしい」などど呟きながら恍惚としていた。

 

((うわぁ……))

 

翼も千景も内心でドン引きだ。まさか格好以外はまともだと思っていた上半身露出少女がいきなり回し蹴りを仕掛ける暴力少女で、やられた被害者は蹴られて喜ぶ変態。

 

「はぁ……はぁ……」

 

……よく見たら、天童綾音も何やら顔を赤くして恍惚とした笑みを浮かべていた。どうやら変態同士仲良くやっているようである。

 

 

これが、翼と千景の転校先となる中学校の初日の朝だった。

 




天童綾音
痴女。暴力を振るう事と裸とかパンツを見られる事に喜びを感じる変態。その格好でどうして登校できるのかという謎はまだ誰にも解明されていない。



これはフィクションです。こんな少人数の、問題児ばかり集めた入試の無い私立中学はありません。多分。


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西暦2017年 9月 ~ 西暦2018年 4月 “日常の終焉”

感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます!
サブタイの通り、時系列が途中で一気に飛びます。

………今回、閲覧注意。前半がアレなので、もしかしたら運営に警告されてR18に切り替えるかも、しれない。
このお話はフィクションです。現実とは一切の関係がありません。そしてまたオリキャラが増えることをここに明記しておく。


あと、ツイッター始めました。まだ不慣れで操作方法がよく分からないけれど、そのうちカスタムキャストで作った翼君とかを載せるかもしれない。


「来たぞ」

 

ノックをして、その返事を聞かないままに一言声を掛けて少年は病室に入る。———どうせ、見舞客は彼以外にいない。返事をする者がいないのだから、返事を待つのは不毛な事だった。

 

「う、……あ………」

 

「起きてたのか。……おいコラ泣くな。見捨てないから」

 

少年は、ベッドから動けない少女にそっと歩み寄る。

———入院しているのは、外国人の少女だった。

 

輝く銀色の髪に、サファイアのような青い瞳。肌は白く、全体的に華奢な体躯の美少女。その彼女が、まるで親から引き離される幼子のような顔で少年を見つめる。それを見る度に、少年———赤坂悠斗(ゆうと)の心が軋むのだ。

 

———どうしてこんな事に、という問いが何度も胸中に浮かんでは消える。

 

「今日はアリサの好きなクッキー、持ってきたぞ。好きだろ、これ」

 

スーパーの袋から出したのは、手頃な価格で購入できるバタークッキー。以前、彼女———新村アリサが好んで購入していたものだ。

 

「あ、あー……」

 

「ほら」

 

まるで親鳥が雛に餌付けをするように、赤坂悠斗はクッキーを新村アリサの口元まで運ぶ。……以前のように、彼女は自力で物を食べることすらできない。何をするにも、彼の手が無くてはならないのだ。

 

 

———赤坂悠斗と新村アリサが出会ったのは、三年前。悠斗が小学6年生、アリサが小学5年生の時だった。

 

出会いのきっかけは偶然。偶然、小学校へ行く道のりが分からずに困っていたアリサを悠斗が小学校まで送り届けた。ただそれだけの話だ。

だが、小学生の子供が(一歳とはいえ)年上の『お兄ちゃん』に懐くのは、それだけで十分だった。引っ越して来たばかりで友達もいなかった彼女は、必然的に悠斗について回るようになる。やがてアリサが、『将来は悠斗さんのお嫁さんになります』と言い出すのにそう時間は掛からなかった。

 

 

『私、日本人じゃないみたいなんです。今のお父さんとお母さんは義理の両親で………私、ハーフですらないみたいなんですよ』

 

そう言い出したのは、悠斗が小学校を卒業する直前だったか。悠斗の記憶が正しければ、悠斗は『なんでそんな話をするんだ?』と問いかけ、それに対してアリサは『将来の旦那さんに隠し事はできないでしょう?』と答えた筈だ。

 

悠斗が小学校を卒業しても、アリサとの交友は続いた。そもそもの話、悠斗には友人と呼べる者があまりいない。自分に懐いてくる年下の女の子と同じ時間を過ごすのを、彼は純粋に楽しんでいた。

 

———そしてアリサが中学に入学した直後に、事件は起こる。

 

新村一家心中事件。それは、アリサの義理の父親が行った、毒薬を用いた心中未遂。一酸化炭素と同じように無味無臭、そして強い毒性を持つその毒ガスは、真夜中に新村家の部屋中に撒き散らされ、アリサの義理の両親の命を奪い、アリサの脳を破壊した。

司法解剖の結果、新村夫妻は麻薬中毒に陥っており、金に困った末の一家心中であると結論づけられた。調べが進む内に、アリサに対して行われていた虐待の痕跡や、アリサを撮影した児童ポルノのビデオなどが見つかる。要するに、引き取った外国人の少女を無理矢理辱め、金稼ぎに利用していたのだ。また、アリサの身体からも薬物の反応が検出されていた。

 

———それを知った悠斗は、訳の分からない疑問に支配された。

 

見る限り、仲の良い家族だった。虐待されていた事も、そればかりか両親が薬物に手を染めていた事も全く信じられない。そして何より、アリサはそんな素振りを一切見せなかった。何かの間違いだと、そう思っていたのだ。………入院中、アリサの腕に付いた大量の注射針の痕を見るまでは。

 

仲の良い家族に見えていたのは、世間にバレるのを防ぐための演技。おそらくアリサは、助けを求めたくとも求められないほどに追い詰められていたのだ。———幼少期に虐待されて育つと、親には逆らえなくなる。そうなるように精神構造が歪んでしまう。

 

だから、悠斗が気付くべきだった。義理の両親以外で最も長くアリサと共にいたのは、間違いなく悠斗なのだから。

 

———だから、赤坂悠斗は新村アリサを絶対に見捨てない。

 

 

「ほら、口が汚れてるぞ」

 

「んー……」

 

手持ちのナフキンで彼女の口元を丁寧に拭く様子は、まるで小さな子供の面倒を見る父親のようだ。

———そして、それで良いと悠斗は思う。

 

親に恵まれなかった分、彼女の面倒を見るのは彼の役目だ。それに、脳が損傷して会話も碌にできなくなった彼女の見舞いに来るのは悠斗以外にいないのだ。たとえどんな事になろうとも、一生彼女の世話をする事を悠斗は決意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハッ⁉︎」

 

赤髪の残念イケメン男子はしばらく床で悶えていたが、翼と千景の冷たい眼差しに気づき、慌てて立ち上がる。どうやら初対面の人間にお見せしてはならない神経くらいは持ち合わせているらしい。……既に手遅れだが。

 

「これはこれは、初めまして。わたくし、星宮和希と申します。どうぞ宜しくお願いします、可愛らしいお嬢様方…」

 

「私の前で口説くな変態ッ‼︎」

 

「ありがとうございますッ!」

 

やけに紳士的な挨拶をしたかと思えば再び綾音に回し蹴りされ、喜びながら倒れる変態。———明らかに翼の事を女子と認識しているが、翼本人を含めて誰もそれを指摘しない。あるいは変態2人のコントに空気を支配され、突っ込みすらできなくなったと言うべきか。

 

「…………何これ?」

 

「ああ、大丈夫。いつもの事だから。……天童綾音ちゃんと星宮和希君。一応これでも、定期テストのトップ2。見てわかると思うけど、多分付き合ってる」

 

「付き合ってるって……これがいわゆるSMプレイか」

 

ここにやってくる前はどんな中学校かと身構えていたが………なんて事はない。変態が通う中学だった、ただそれだけの話だ。

 

「……もうホームルームが始まる時間が過ぎているけど……先生が来ないわね」

 

ポツリと千景が呟く。綾音と和希の茶番が繰り広げられている間に、ホームルームの時間を過ぎていた。

通常、転校生はまず初めに職員室に呼ばれるのだが……どういうわけか、翼と千景は教室に待っているように伝えられていた。

 

「……この学校、テキトーだからね。先生が時間守る方が珍しいよ」

 

げんなりした様子で雷姫が暴露する。

 

「それって学校としてどうなんだ……?」

 

破綻しているのは学校のシステムだけではないらしい。校則が緩いのはありがたいが、教員が時間を守らないのはいかがなものか。

———結局、先生が来てホームルームができたのは、それから15分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

………そして、時はあっと言う間に過ぎていく。

 

前の中学のように虐めや嫌がらせをされる事もなく、千景も翼も穏やかな日常を過ごした。授業時間は50分だが、教員の都合で多少変化する。しかしこの中学の生徒達は、たとえ教員側に不手際があろうとも文句一つなく授業を受け、課題も忘れずに提出した。身なりや性癖はともかく、勉学に関しては学力・態度ともに超一流の学校であると翼が実感するのにそう時間は掛からなかった。

 

少人数であるためか、生徒同士の距離は近い。授業がない日も休日に来る生徒は珍しくなかった。クリスマスの日には(冬休みであるというのに)わざわざ学校に集まってパーティを開き、プレゼントを交換した。流石に正月に登校した生徒はいなかったが、バレンタインデーには女子が堂々とチョコレートを贈ったりもしたし、ホワイトデーにはそのお返しとして男子が菓子を贈ったりもした。

 

———天童綾音が贈った手作りチョコのお返しとして、星宮和希が全身に水飴を塗りたくって『プレゼントはわたくしです』などと宣った挙句に回し蹴りされたのは別の話だ。

 

千景も翼にチョコレートを贈り、翼はホワイトデーのお返しにキャンディを購入した(クッキー、マシュマロ、キャンディを贈ることで何を意味するのか、この時彼は知らなかった)。

 

そして、あっという間に4月になり———事件は起こった。

 

 

 

 

 

 

 

———西暦2018年、4月。

その日は、レナが通う事になる高校の入学式だった。

 

改めて言うまでもない事だが、神崎レナは優等生である。勉学でも運動でも常に学年のトップに位置し、高知に転校してきて初めての試験から卒業に至る試験における順位は全て一位。体育祭では400メートルリレーをはじめとする主要な競技の選手に抜擢された。

それに加え、金髪青目の目立つ美少女だ。告白してくる男子は後を絶たなかった。

 

———当然ながら、告白してきた男子は(女子の中でも特に人気のあった男子含め)全員玉砕。レナは無事に『決して手の届かぬ高嶺の花』の地位を得た。

 

そんな彼女が受験したのは、四国で最も偏差値の高い私立高校だ。高嶺の花と知りつつも、彼女を追うようにして受験した男子の多くは不合格となり、逆にレナは学費が免除される特別進学クラスで合格。新入生の首席でこそなかったものの、レナ本人にしてみれば満足の結果だった。

 

だから、それほどの優等生っぷりを発揮する彼女が入学式を抜け出すなど、余程の事がなければあり得ないことだ。

 

 

 

「翼さーんッ‼︎どこですかーッ⁉︎」

 

息を切らしながら、レナはただひたすらに駆ける。普段翼と千景が乗っているバスが通るルート、以前通っていた中学校の通学路、そして人気の無い路地裏に至るまで。———しかし、どこを探しても見つからない。

 

———工藤雷姫から翼と千景が学校に来ていない旨のメッセージが届いたのは、2時間も前のことだ。入学式が始まる直前にスマホの電源を切ろうとした矢先にメッセージに気づき、彼女は慌てて飛び出してきた。今頃教員が探し回っているかもしれないが、今のレナにとってはどうでも良い事だ。

 

2時間。それだけあれば、何が起きてもおかしくない。

 

 

(どうして、今になってッ⁉︎)

 

既に義理の父———鷹雄も捜索してくれているはずだが、翼が見つかったという連絡はない。翼のスマホにはGPS機能が付いているが、電源が切れているのか場所の特定は不可能。

 

考えられるのは誘拐。だとすれば、起こり得る可能性は二つ。

 

(一つは、翼さん目当てで口封じのために千景さんも巻き添えで誘拐された可能性。……だとすると、犯人は皆目見当もつきません。だったら、虱潰しに探すしかない)

 

(もう一つの可能性は、怨恨でしょう。……千景さんを虐めていた女子を翼さんが懲らしめた結果、消えない火傷の痕が残ったという話ですから。それならば、千景さんもターゲット。千景さんとも連絡がつかない事にも説明がつきます)

 

虱潰しに探すのは効率の面から考えてリスキーだ。……であれば、二つ目の可能性に賭け、翼に懲らしめられたいじめっ子の女子の関係者に当たるのが最も有効であると判断。レナは即座に鷹雄に連絡を取った。

 

 

———この日が、日常の終わりを告げる日だった。

 

 

 




鬱展開だと筆が早い不思議。次回、本章開幕(予定)。


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西暦2018年 4月 “復讐の輪廻”

感想ありがとうございます!
お待たせしました。引っ越しがひと段落したため、ようやく書けました。

既に知っている方も多いと思いますが、ツイッターを始めました。既に作成したカスタムキャストをツイートしてあります。……既に確立したオリキャラのイメージが壊れそうな方は見ない方が良いかもしれません。
詳しくは活動報告に記載しています。


さて。
お気に入り数が一気に減少したため、もう一度警告しておきます。このお話は、黒い物語です。すなわち鬱。
今回からようやく本番……?


———脳が壊れた少女は、言葉を理解できない。

 

思考は纏まらず、意識は曖昧。視界に入る物は見えても、それが何なのかは理解できない。

 

———それでも、入院している自分の元に、誰よりも大切な人が見舞いに来てくれている事だけは理解できた。

 

もうその人の名前は分からない。言葉が分からないから、思考の中でさえ名前が浮かばない。声を掛けられている事は何となく認識できても、その音を言葉として認識できない。

 

でも、少女はその人が大好きだった。

だから、言語化できないまま、心の奥底から願った。

 

———『この人が側にいる時間が、いつまでも続けばいいのに』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、は?」

 

翼が目を覚ますと、薄暗いコンクリートの室内にいた。

一目で廃ビルと分かる部屋。窓からは日光が差し込み、空中に舞う埃を照らし出している。

 

(……また、か)

 

既に何度も経験した事柄だからか、彼は今の状況を理解した。———すなわち、誘拐されたのだ、と。

 

(いやいや、いくらなんでも間抜けすぎるだろ。もう中学三年だぞ?それであっさり誘拐されるって、男子としてどうなんだ?)

 

翼は少し傷ついた。

それを言うなら、もうとっくに二次性徴が来てもおかしくない年齢だが、彼は驚くほどに男子らしくない。確かに背も伸びたし、成長はしている。しかしなぜか、骨格からして女子っぽいのだ。中学三年生にもなって未だに男らしくならない(むしろ、女らしくすらなっている)のは、果たして本当に健康な成長と言えるのか。

 

 

(…いや、それよりも……どんな経緯で誘拐されたんだ?)

 

余計な思考を排除し、翼は記憶の糸を辿る。

今朝は、いつものように千景と共に登校した。千景の好きなゲームの話をしながらバス停に向かい、バスの定期券を持ってきたかどうか確認するべく鞄の中を漁り———記憶はそこで途切れている。

 

 

(……まずい。もしバス停で気絶させられたのだとしたら、ちかちゃんにも危害が及ぶッ!)

 

強引に押し退けていた恐怖が少しずつ彼の心を侵食する。

多少他人よりも優秀とはいえ、翼は所詮普通の中学生だ。もし今回が初めての誘拐であったなら、心細くてまともに思考などできなかっただろう。———今が冷静であるかと問われれば、否と返すしかないわけだが。

 

翼がいるのは狭い個室。千景の姿はない。———千景は誘拐されていないのか、或いは別の場所に捕まっているのか。

 

(というか、……手錠すらされていない?)

 

翼は自分が拘束されていない事に気付いた。ただ埃っぽい部屋に閉じ込められているだけで、身動きは取れる。足枷も手錠もない。

 

(………流石に、鍵は閉まってるか?)

 

目の前にあるのは鉄の扉。見るからに重そうなその扉は、出入り口というよりも防火扉を連想させる。警戒しながら取っ手を回すと、あっさりと扉が開く。

 

(鍵がかかってない……でも、重っ)

 

ゆっくりと重い扉を押し開ける。すると、開けた扉の隙間からくぐもった声が聞こえた。

 

「んー‼︎んー⁉︎」

 

「ちかちゃんっ⁉︎」

 

聞こえたのは千景の悲鳴。猿轡か、もしくは口を塞がれているのか。どちらにせよ、隙間が空いた程度では部屋の外の様子は分からない。無理やり扉を押し、広がる隙間に身を滑り込ませるようにしてすぐに部屋を脱出。すると、

 

 

ガアアァン、という音と共に、星が散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景は、目の前の暴虐を見ていることしかできなかった。

口には猿轡をされ、足首は手錠で壁と繋がっている。両腕も縛られており、身動きも声も発する事も出来ない。彼女にできるのは、呻き声を上げる事だけだ。

 

「んんんんーっ‼︎」

 

目の前の扉から飛び出してきた翼は、待ち伏せしていた男によって金属バットで頭部を殴られた。そのまま受け身も取れずに地面に転がる。

 

 

「あははっ!馬鹿じゃねえの?そんなに騒いだら、警戒するのも忘れて飛び出してくるに決まってんだろうがよ!」

 

ゲラゲラ笑う男の声が、千景の胸を容赦なく突き刺す。

 

(……私の、せい……?)

 

目の前の扉が開いた時、千景は猿轡をされたまま必死に呻いた。———翼に警告をする意味を込めて。

なぜなら、翼を放り込んだ部屋の扉のすぐ側には、男達の1人が金属バットを持って待ち構えていたのだから。「出てきたら殴られる」。そう思って、千景は必死に翼に伝えようとした。

 

———そもそも、それが間違いだったというのに。

 

もしも千景が大人しくしていれば、翼はきっと様子を伺いながら出てきただろう。手錠すらされない自分の状況を訝しんで、最大限警戒しながら扉を開けた筈だ。

 

———警戒を忘れた、と男は言った。そしてそれを忘れさせたのは、間違いなく千景の呻き声。

千景は翼を助けるつもりで、彼を窮地に追いやった。

 

 

「ああ、面白えっ!こんなバカのために、暴力沙汰起こしたのかよコイツッ!」

 

「やられた分は、きっちり返してもらわないとなぁ?」

 

「どうする?どっちからやる?」

 

 

「んーっ!」

 

倒れた翼を、3人の男が強引に引っ張り上げる。……動け、と千景は自分に言い聞かせるが、そもそも身動きできないのは心因的な理由ではなく物理的な拘束によるものだ。無意味だと分かっていても、千景は呻くしかない。

 

(……せめて、注意を引きつけられれば……!時間を稼いでいる間に、何か奇跡が起こればっ!)

 

その千景の想いが通じたのか。3人の内の1人が、億劫そうに千景の方を振り向いた。

 

 

「……つーかさぁ?お前、自分の状況分かってるわけ?」

 

「んーっ!」

 

男の視線が千景を射抜くが、彼女にとっては都合が良い。……彼女が最も恐れるのは、これ以上翼に危害が加えられる事だ。相手に恐怖している場合ではない。

男がゆっくりと千景に歩み寄り、その頰を思い切り殴りつけた。「バキッ」という衝撃が千景の頭蓋を突き抜け、そのまま床に倒れる。意識が朦朧とする中、彼女はせめて翼を傷つけさせまいと男を睨みつけた。

 

 

「……なんつーか、違えんだよなぁ。俺の知るコイツは、ビクビク怯えながら一方的にやられるようなクソザコだった筈なんだよ。何がどうして、そんな反抗的な態度を取れるようになったんだ?」

 

 

男は知らない。千景がどれだけ、翼に恩義を感じているのかを。

千景は臆病だったかもしれない。しかし彼女は、恩を仇で返すような恥知らずではない。翼に危害が及ぶと分かっていて、何もしようとしないような人間ではないのだ。

 

男は知る由もない。千景がどうして、昔のように屈さないのかを。

千景はずっと、レナを見ていた。勉学に励み、家事をして、さらにその合間に自宅のセキュリティチェックをしているかと思えば、夜中にこっそり武術の練習らしき事をしている。それだけの事をこなすのには、普通なら一日が24時間では足りない。家事も勉強も、あらゆる事を効率化して、それで漸く1日の時間に収める事ができる。それでなお、大抵の場合は自由な時間など生まれないのだ。年頃の少女にとっては、地獄のような日々だろう。

———それが長続きする理由が、偏に『翼への愛』である事を千景は知っている。

 

学歴は、将来的に力になる。学歴があるからといって仕事ができるとは限らないし、良い会社に就職できるとも限らない。しかし、学歴がないよりはあった方が就職に有利である事は確かだ。そして良い会社に入って高い収入を得られれば、いざという時に翼を助ける力になる。

家事をレナがこなせば、翼に負担が掛からずに済む。負担が少なければゆとりが生まれ、翼の心に悪影響を与えるリスクが小さくなる。

自宅のセキュリティが甘ければ、それだけで翼へ危害が及ぶリスクが高まる。だから、自宅のセキュリティは常に万全にしている。

武術の練習は、翼が襲われた時に対処するため。彼女の行動の何もかもが、翼のためにしている事だ。

 

———翼への愛情の強さと、自らに怠惰を許さない心の強さ。そしてハードワークを続けながらも壊れない身体の強さ。そのどれもが、千景には眩しく映るものだ。

 

だから、千景は屈さない。尊敬する女性に恥じないために、彼女は自分のできる事を貫く。身近にいる女性に憧れ、その背を追い始めた千景。いつしか彼女の心は、翼と出会う前とは比較にならない強さを手に入れていた。

 

「……なんだ?なんか言いたそうな顔だな?」

 

 

———男の失敗は、千景の成長を見切れなかったこと。故に、油断しきった状態で千景の猿轡を外してしまう。

 

そもそもの話。

以前まで千景が一方的にやられていたのは、被害に遭っていたのが自分だけだったからだ。彼女は良くも悪くも優しい。自分に悪意が向けられていても反撃しなかったのは、臆病である事だけが理由ではなかった。

 

———では、純粋で優しい彼女の前で、彼女の大切な人間が傷つけられた場合。果たして千景はどうするか。

 

その答えを、猿轡を外した男は身を以て知る事になる。

 

 

「が、あああぁぁあぁあッ⁉︎」

 

「ッ⁉︎」

 

 

男の悲鳴に、残りの2人が慌てて千景の方を振り向く。———彼ら2人が見たのは、口から血を垂らす千景と、片手を抑えて無様に転げ回る仲間の姿。千景は転げ回る男を冷ややかに見下ろすと、「ぺっ」と何かを吐き出した。

 

「てめえっ‼︎」

 

千景が吐き出した後、彼ら2人は何が起きたのかをようやく理解した。

———文字通り、噛り付いたのだ。正確には、千景は火事場の馬鹿力を以って男の片手の皮膚を噛みちぎっていた。

 

激昂した2人の内1人が、金属バットで思い切り千景の頭を横殴りにする。両腕を縛られ、足首を繋がれた彼女はその攻撃に対処できない。為すすべもなく、金属バットが翼の時よりも大きな音を立てて千景の頭蓋に直撃する。

 

……それで良いとすら千景は思った。少なくとも敵意———あるいは殺意———が千景に向いている間は、翼に危害が加えられることはない。

 

頭から血を流しながら、千景は不敵な笑みを浮かべて殴りかかってきた男を一瞥する。脳が揺れたからか、それとも何か致命的なダメージを負ってしまったのか、痛みは鈍く、耳は遠い。視界が霞み、徐々に身体に寒気が襲ってくる。しかしそれでも、彼女は笑ってみせた。「この程度か」とでも言わんばかりに。

 

———彼女の態度が、更に彼らを激昂させる。寸分違わず、千景の狙い通りに。今まで舐めていた相手に痛い目に遭わされた挙句、痛めつけても神経を逆撫でするような態度を取られたのだ。それで冷静さを保つなど、経緯も背景も無視して的外れな復讐を果たしに来るようなプライドだけが高い男たちには無理な話だった。

 

———千景の過ちは、自分の命を全く考慮しなかった事だ。

冷静さを保てないという事は、すなわち手加減ができないという事だ。彼らにはそもそも、当たり前の倫理観が欠如している。反社会的な行動のリスクを考えずに動いている彼らにとって、千景の命の価値など無に等しい。だから、あり得るのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事態が。

 

 

 

 

……そしてそれを、彼は絶対に許せない。

 

激昂した男が、もう一度バットを振りかぶった、その直後だった。

 

 

 

「…か、っ?……え?」

 

バットで千景に襲いかかろうとしたその姿勢から、男は間抜けな声を出して静止した。痛みに転げ回っていたはずの男も、さらにもう一人の男も呆然としている。

 

遅れて、「カラン」と意外に軽い音を立てながら、男の手から金属バットが床に落ちる。その後、前のめりになって倒れる男。身動きのできない千景は、そのまま倒れる男の下敷きに———

 

 

「ちかちゃんに触れるな、ゴミ」

 

———なるところで、男が背後からの回し蹴りを受けて真横に転倒した。

 

 

「…、つ、つばさ、くん……?」

 

ボヤけていた視界が少しずつ回復するにつれて、千景は目の前の状況を認識し始めた。

目の前にうずくまるように横に倒れているのは、金属バットで翼と千景を殴った男だ。……しかし男は、倒れたまま動かない。そして徐々に、赤い水たまりが男を中心に広がっていく。

 

「……は、」

 

そして、倒れた男の後ろに立っているのは神崎翼。どうやら意識を取り戻し、千景に倒れ込もうとしていた男を蹴り飛ばしたらしい。

 

「は、……は、」

 

翼の手に握られているのは、一本のナイフ。「いざという時に使って下さい」と、レナが翼に密かに持たせていた護身用のナイフ。使われた形跡のなかったはずのその新品のナイフは、しかし今は刀身から翼の手までを真っ赤に染めていた。

 

「……は、……」

 

千景は、自分が荒い呼吸をしている事に気付かない。動悸が聴覚を支配し、周囲の音が遠くなる。

 

 

鈍った思考で、ようやく千景は事態を理解した。

 

 

———刺したのだ。持っていたナイフで、千景を殴りつけた男を。

 

 

「———っ?———!」

 

なにやら必死な表情で翼が千景に語りかけているが、千景には翼の声が聞こえない。ただ、自分はとんでもない過ちを犯してしまったのではないかという的外れな罪悪感が彼女を雁字搦めにする。

 

(……ころ、した…?翼君が、人を……?私を、守るために?………わたしの、せい?)

 

翼の服は返り血を浴びて真っ赤になっている。ドラマくらいでしか見た事のない光景が、千景の目の前に広がっている。

 

(……どう、しよう?どうしようどうしようどうしたら———)

 

 

 

………そして、千景は『翼が人を刺した』というイレギュラーに、翼は千景の異変に気を取られていてすっかり忘れていたのだ。今自分達が、どれだけ危険な状況にあるのかを。

 

 

「ふざけんじゃねえぞ‼︎このクソガキがぁっ⁉︎」

 

 

千景が自分達の状況を思い出せたのは、翼が殴り飛ばされた後だった。

 

 




一般的な主人公
そもそも誘拐されない。自分の知らない場所で誘拐されたヒロインを救うべく犯人の場所を突き止めて乗り込み、犯人と殴り合いをした後に勝利して警察に引き渡したり、お説教して改心させたりする。


翼君
積極的に誘拐犯に狙われた挙句、ヒロインを巻き添えにする。(火事場の馬鹿力で回し蹴りして倒れる人間の向きを変えるくらいの力はある癖に)殴り合いで勝てる見込みが薄いと判断するや否や、不意打ちでナイフを一刺し。その上で犯人をゴミ扱いする。良心が痛んでいる描写すらない。

なんだこいつ。







ぐんちゃん
なんやかんやでいつの間にか成長していた。でも強固になった心が今回の件で既に壊れかけている。負けるなぐんちゃん!



レナ(金髪メイド)
あらゆる面でタフな人。しかし翼君関連の事になると弱い。



誘拐犯3人組
かつて翼君がぐんちゃんを助ける為にボコった女子生徒の兄その他。


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西暦2018年 4月 “天の裁き”

感想・評価、お気に入り登録ありがとうございます!

一人暮らしを始めて一週間。家事は思っていたより大変ではないものの、時間もお金もあっという間になくなって怖い。……ぐんちゃん引くために課金したいのにッ‼︎



さて、今回のお話は。
読んだ後に背中がムズムズしたり、最後まで耐えられなくて読めなかった人。既に厨二病を卒業していますね?
読んだ後に伏線(のようなもの)を見つけて考察する人。……多分そんなにいないな。


要するに、オリジナル入れ過ぎてお気に入り数が減少する類のお話である事をここに明記しておく。


後、活動報告にて、カスタムキャストについてのアンケートもしております。宜しくお願いします!





———リスクを度外視したわけではない。

 

俺は、自分がどれだけ恵まれて育ったかを知っている。尊敬する父親と美人で優秀な姉に愛され、過保護なほど守られながら生きてきた。だから、せめてその二人を悲しませる真似はしまいと、そう思っていた。

 

———でも、だからといって目の前で殺されそうになっている彼女を見捨てるなんて、できる筈がない。

 

避けたい事態を天秤に掛け、どちらを優先すべきかを考える。そうすると、避けたい事態は思いの外多くて、とても天秤の二つの皿じゃ足りない。

まるで死ぬ間際の人間が走馬灯を見るかのように、眼に映るもの全ての光景が遅くなる。それに反して、俺の思考はクリアで冷徹に、そして普段の何倍ものスピードで回り始めた。

 

———ちかちゃんを見捨てるのは論外。

———かと言って、自分を犠牲にするのも論外。身を盾にして彼女を守ったところで、俺を排除した後にちかちゃんに危害が及ぶのは明白。何より、それで俺が死んだりしたら、レナがどうなるか分からない。

 

———だとすると、もう敵対分子を排除するしかない。

 

 

短絡的にも思えるその結論は、しかし俺には魅力的に思えた。

 

———不意打ちで一人殺せたとして、残り二人。残りの二人が逃げてくれれば問題なし。仮に襲いかかってきたとしても、相手が冷静さを失った状態ならば処理出来る可能性は十分にある。

 

———問題は、俺が人殺しに対して躊躇や忌避感、そして事を成した後の動揺に支配されてしまうこと。もしも不意打ちの後、動揺して僅かでも時間を無駄にしてしまうような事があれば、それだけで生存率は一気に下がる。淡々と仕事を全て終わらせるつもりでないと、即死すると考えて間違いない。

 

———後の問題は考えるな。そこに思考が及んだ途端に、二人揃って生きて帰れる可能性はぐっと下がる。

 

 

俺は、愚かと知りながらも決断した。

 

———そして、その結果がこれである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ⁉︎」

 

殴り飛ばされた翼は、そのまま壁に激突した。持っていたナイフは弾き飛ばされ、手が届かない。

 

「ふざけやがってっふざけやがってふざけやがってっ‼︎てめえ、ぶち殺してやるっ‼︎」

 

「刺したりはしない。お前は、ボコボコに殴って、殴って殴って殴り続けて、最大限苦しませてから殺してやるよ」

 

翼の甘い目論見は、あっさり崩れる事になった。

確かに、一人を刺殺する事には成功した。しかし、残りの二人は逃げ出したりなんかしなかったし、翼は千景の異変一つで冷静さを失ってしまった。ミッションに失敗した彼に与えられたのは、反撃はおろか息継ぎさえ許されないほどの暴力の嵐。

金属バット一本。彼ら二人が持つ凶器はそれだけだが、別に暴力に凶器はいらない。片方が金属バットを使うなら、もう片方は素手と脚を使って嬲れば良い。細身の中学生など、大人にとってはさしたる脅威でもないのだから。

 

 

「……やめ、て……」

 

それを見ている事しか出来ない千景は、ボソリと呟くしかない。

痛みに耐える翼の呻き声は、彼の身体が受ける打撃音で掻き消されて聞こえない。肉を打つ音と骨が割れる音が響き、その度に血飛沫が床に飛ぶ。

 

 

「もう、やめて……つ、つばさ君が、しんじゃ……」

 

 

どうしてこうなったのだろう、と千景はぼんやりと考える。

今日は、いつも通りの日常を謳歌するはずだった。いつもみたいに翼と喋りながら登校して、クラスで雷姫や天童綾音と言葉を交わし、ちょっぴり退屈な授業を受けてから帰宅し、レナの家事を手伝う。そんななんでもない幸せを享受するはずだったのだ。

 

(……また、私のせい?)

 

誘拐犯達の会話から、彼らは翼の転校初日に、翼によって一網打尽にされた女子生徒の関係者である事は分かっている。そして今回の事件が、その報復であることも。だから、翼が千景を助けなければ———千景がいなければ、翼はこんな目に遭わずに済んだはずなのだ———

 

 

(———ふざけるな)

 

 

その思考を、千景は憎悪で以って否定した。

 

(翼君は、私を助けてくれただけ。私は何もしてないのに、あいつらが虐めていただけ。なのに、なんで翼君がこんな目に遭わなきゃいけないのっ⁉︎)

 

千景を助けた翼が、こんな目に遭う道理は無いはずだ。虐めをしていた彼女らは、その報いを受けただけなのだから。

 

(許さない)

 

翼を傷つけられる事に対する恐怖は、理不尽への憎悪に変わる。

 

(殺してやるっ。こいつらもあいつらも、みんなみんなみんなっ‼︎)

 

翼に暴力を振るう二人の男は気付かない。———千景の髪が白銀に染まり、瞳が真紅に変貌した事に。

 

(———皆殺しにしてやるっ‼︎)

 

 

そして、千景の憎悪がピークに達し、

 

 

———空から絶望が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、本当に一瞬の出来事だった。『バギャン』とも『ズバン』とも言えぬ轟音を立て、廃ビルの天井が砕け散る。そしてその事実が認識される前に、翼を甚振っていた男の一人が空から降ってきた白い『何か』に『グチャっ』という水っぽい音を立てて押し潰された。

 

 

「へ、あ、……え?」

 

砕けたコンクリート片や砂埃が空気中に舞い、何が起きているのかは生き残った男にはよく見えない。だが、ぐちゃぐちゃと何かを咀嚼するような音だけが聞こえた。

———そして、視界が晴れる。

 

 

「う、あ、うわあああぁぁあああッ⁉︎」

 

晴れた視界に映ったものを見て、男は絶叫する。……彼が目にしたのは、膝辺りで千切れた脚。それがコンクリートの床に転がっていた。

———そして、それよりも目を引くのが、見たことも無い異形の化け物。

見た目を形容するなら、オタマジャクシのような何か、だろうか。オタマジャクシの尻尾を切り落として頭を長くすればその概形に近くなると思われるが、オタマジャクシのような可愛らしさは微塵もない。ただただ悍ましく、不気味。

………そしてその口と思われる器官からは、まるで咀嚼するかのような音と共に赤い液体が流れ出ていて。

 

 

「ああぁああぁああぁああぁあああぁあ⁉︎」

 

仲間が包丁で刺されても投げ出さなかった男が、絶叫しながら走り出そうとする———が、腰が抜けたのか、すぐに転んで立ち上がれない。這うようにして少しずつ進むものの、逃げ出すのに何時間もかかるであろう遅さだった。

 

 

(なに、これ……私は、これを知っている?)

 

一方、千景も身動きができなくなっていた。———ただし、恐怖ではなく既視感によって。

初めて見るはずなのに、『何度も何度も繰り返しこの敵を倒してきた』という妙な実感がある。心なしか、手に馴染む——の感触までもが生まれてくるような———

 

「つ、翼君っ!」

 

既視感によって生まれた雑念は、目の前の光景によって掻き消された。

視界に映るのは、地面に倒れたままピクリとも動かない翼と、異形の化け物。———翼は、生きているかどうかも怪しい。手足はあらぬ方向へ折れ曲がり、身体中が痣だらけになっている。そしてどう見ても重傷で動けない彼に、白い怪物が喰らい付こうとした、まさにその瞬間。

 

 

 

———異形の化け物は、一瞬で切り刻まれて破片と化した。

 

 

 

「……あ、え?」

 

拘束されたまま動けない千景の口から、唖然とした声が漏れる。———だって、今更気づいたのだ。千景の視界に、いつの間にか新たな人影が増えていた事に。

 

———その人影は、全身が真っ黒な闇に覆われていた。

影とも霧とも知れぬ、漆黒に塗れたシルエット。辛うじて剣のような物を持っている事が分かるが、判別できるのはそのくらい。その人影が男なのか女なのか、そもそも人間なのかすら分からない。目の前の状況から、千景が判断できるのは、『白い異形の怪物を斬ったのがその人影である』という事だけだ。

 

 

『チッ。手間を掛けさせるな』

 

ノイズの掛かった、合成音声のような声がその人影から発せられる。———その声の高さから、恐らく女性であると千景は思ったが、確証はない。ただ、その声を聞いた途端、千景は背筋が凍りつくような錯覚に陥った。

 

———冷たい声に込められた感情は、世界の何もかもを燃やし尽くしてなお足りない熱量を秘めていた。

 

それは憎悪とも愛情とも知れぬ圧倒的なまでの”熱”。その感情が、あろう事か倒れたままの翼に向けられている。千景は確信した。その感情が人を慈しむ好意であれ、或いは人を害する悪意であれ———一個人に向けられれば破滅をもたらすと。

 

漆黒の人影は、倒れたままの翼に向けて手をかざす。……そして、その手には青黒い炎が灯っていて。

 

「……や、やめ……」

 

千景の制止に構わず、その人影は翼に向けてその炎を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———最初は、見ないフリをした。

 

だって、余裕が無い。彼女にとって一番大切なのは神崎翼で、翼よりも優先すべき事なんて無い。だから、辺りに広がる非現実的な地獄から目を背けて、ただただ走った。

でも、異形は上から絶え間無く降ってくる。地獄を見ないフリをしようにも、嫌でも現実を直視せざるを得なくなった。

 

腕や脚を失った人がいた。『助けてくれ』と叫びながら、怪物に喰われた人がいた。異形の群れは何をしても傷がつかず、人々にできるのは逃げ回って生存の時間を少しでも引き延ばす事だけだった。

 

 

———次は、自分を正当化しながら逃げ回った。

 

この村の連中は、千景や翼に嫌がらせをした。だから、報いを受けて当然だと、そう言い聞かせながら走り回った。縋る子供を無視し、泣き叫ぶ母親を無視して、ただがむしゃらに翼を探し続ける。

 

(……どこ、どこですかッ⁉︎翼さんッ⁉︎)

 

神崎レナは探し続ける。混乱の極みにある彼女にとっては、もはや『翼を探さなければならない』という事以外何も分からない。

そして、それで十分なのだ。翼のいない世界など、彼女にとってなんの価値もないのだから。

 

———だから、彼女は気付いてすらいなかった。周囲の人間を襲う怪物が、自らにも迫っている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———翼に向けて放たれた炎は、しかし翼に傷一つつける事はなかった。

 

「こ、これ、は………?」

 

もはや何度目かも知れない驚愕が千景を支配する。

炎は絶えず翼に放たれ、彼の体を覆い尽くす。そしてその炎が包み込んだ傷が、みるみるうちに癒えていくのだ。痣は消え、あらぬ方向へと曲がっていた腕は元どおりになり、出血していた皮膚は傷一つない色白の肌を取り戻す。

 

———驚く事ばかりで、黒い人影に対する恐怖が消えたわけではない。しかし少なくとも、敵ではないらしい事は千景にも理解できた。

 

「あなた、は?」

 

声を絞り出し、人影に問う。

 

『……………』

 

それに対する返答はない。ただ、一瞬。ほんの一瞬だけ、漆黒の闇が薄くなり、真紅の瞳が覗いた。

 

「え、あの……」

 

磨き上げたルビーのような瞳。その眼光が千景を射抜くが、その視線に不思議と恐怖は感じない。それどころか、最初に抱いていた恐怖がいつの間にか消えている。

そして、千景は悟った。———名乗る気は無いが、敵では無いことを示す意思表示であるという事を。

 

 

「た、助けてくれ…っ」

 

その時、誘拐犯の中で唯一生き残った男が、掠れた声で助けを求める。見ると、翼のナイフで刺された男に縋り付いていた。

 

「魔法でもなんでも良いっ!よく分からないが、あんたならできるんだろっ⁉︎早くこいつを助けてくれよっ⁉︎」

 

「ッ」

 

 

なるほど、仲間想いではあるのだろう。しかし、なぜか『その男が黒い人影に助けを求めるのは筋違い』であると千景は思った。

理由は分からない。その黒い人影にとっては、千景も誘拐犯も初対面である事には変わりない筈だ。しかし、その男は決して人影に助けを求めてはならない、求める資格がないと千景は確信していた。

 

その男の求めに応え、人影が手をかざす。その手に灯るのは、翼の時と同じ青黒い炎。それが放たれ、刺された男を覆い———

 

———倒れていた男の身体は、跡形も無く焼失した。

 

 

「え、あ、ああぁああああぁああ⁉︎」

 

男の口から出るのは、狂ったスピーカーのような、呻き声のような悲鳴。男の遺体があった場所には、焦げてボロボロになった骨の残骸だけが残っている。人影はそれに構わず、その転がった人骨を踏み砕いた。

 

 

『なぜ、私がお前の頼みを聞かなければならない?』

 

踏み砕く。

 

『私の炎は、お前達を癒さない。ゴミは燃やして処理するのが道理だろう?』

 

何度も、何度も。()()()()()()()()()()()()()()、何度も何度も念入りに踏みつける。

 

 

「うぶ、オェえぇぇ……」

 

死体が焼けた臭いと、砕けた骨の粉末の臭いが鼻腔を蹂躙し、千景は吐いた。それに構わず、人影は憎悪を垂れ流す。

 

 

『お前達が余計な事をしなければ、こうはならなかった。……ああ、理解する必要はない。訳が分からないまま、魂に澱みだけ残して死んでいけ』

 

「や、やめろ、来るなっ……たす、たすぎゃあああぁぁああッ⁉︎」

 

 

「…うぷっ」

 

 

 

———そこから先は、惨劇だった。

人影はまるで痛めつけるように、男の指を切り落とし、膝と肘を切り落とし、四肢を切り落としていった。誤って失血死しないよう、斬った断面を瞬時に焼いて止血して、だ。

男は激痛と熱によるショックで嘔吐し、失禁し、言葉にし難い絶叫を上げながら苦しみ続けた。その視界に入る惨状と聴覚から入ってくる悲鳴、そして嗅覚を侵す刺激臭は千景を狂わせ、彼女もまた胃の中身が空になっても吐き続けた。

 

ようやく人影が手を止めたのは30分後。男が絶命し、切り刻まれた肉片と化してからのことだ。漆黒の闇を纏う人影は切り刻んだ遺体を全て焼き尽くし、綺麗に掃除した。

 

『……さて。生きているか?』

 

その問いに千景は答えられない。そもそも、人影の声が聞こえてすらいなかった。

 

『…少し、やり過ぎてしまったか。まあ、仕方がない。八つ当たりでしかないが、報いだと思って甘んじて受け入れてくれ』

 

「………」

 

『壊れてしまったか?……困るな。私が来た意味がなくなってしまう』

 

『仕方がない。処理はしてやる』

 

人影は千景に手をかざし、そして———

 

 

黒い人影———“復讐者”は、千景の記憶を封印した。

 

 

 

 

 





バーテックス
原作とは違い、なぜか高知県にもたくさん襲来。地獄をもたらす。


翼くん
良いところないな今回ッ!


ぐんちゃん
ストレス指数がヤバイ。


レナさん
以前住んでた村に行ったところで、バーテックスに遭遇。翼くんを早く見つけなきゃッ。でも襲われかけてる模様。



“復讐者”
守るべき者はもういない。故に今の彼女は———ではなく、復讐者。


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西暦2018年 4月 “力”

大変お待たせ致しました。感想・お気に入り登録、誠にありがとうございます!

………これが、平成最後の投稿。ゴールデンウィークがなければ、とても投稿できなかった。

社会人になって、分かった事があります。『残業が無くとも、思っていた以上に時間がない』。



ようやく、勇者達が(ちょっとだけ)出ます。


———ただただ、走った。

 

逃げ惑う人々とは真逆の方向。避難指示を無視し、人混みを掻き分け、強引に進んだ。

 

———だって、誰も助けてくれない。

 

これは普通の災害ではない。地震も火災も、洪水も津波も、現代の日本の力ならある程度は対応できる。少なくとも、誰一人として何もできない、なんて事態はないはずだ。

 

———しかし、今回ばかりは事情が違った。

 

誰も、何もできない。自衛隊だとか、救助隊だとか、はたまた日本政府だとかの話ではない。———世界のありとあらゆる国家が、何もできない。

そうなってしまえば、あとは一瞬だった。善人も悪人も、警察官も逃亡中の犯罪者も、思いやりのある人も普段ボランティアに従事している人も。一瞬で、自分と、自分の身近な人の生存を維持する以外の余裕がなくなる。

 

———だから、いないのだ。新村アリサを助ける人間が。

 

 

「……くそったれッ!」

 

普段の限界を超えたスピードで、赤坂悠斗は駆け抜ける。全ては、アリサの為。彼女を助けられるのなら、命など惜しくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……な、にが……?)

 

ぼんやりする意識を無理やりまとめ、神崎レナは強引に思考能力を維持した。

思い出せるのは、白い怪物によって織り成される地獄。その地獄の中で、彼女は最愛の義弟を探していた、はずだ。

 

———ではなぜ、神崎レナはうつ伏せに倒れているのか。

 

「………」

 

疑問を覚えながらも、レナは起き上がろうとした。体勢を変えれば、視野が広がる。現状を認識するには、まず周囲の状況を目で見る事が先決なのだから。

 

「……?」

 

———しかし、立てない。右手で身体を起こそうとしても、全く動けない。

仕方なくレナは、左手で身体を起こす事にした。力を入れて起き上がり、そのまま右足を立てようとして、

 

「…??」

 

ドサッと、前のめりに倒れた。

 

(…な、何?)

 

彼女は、今の状況が全く理解できなかった。混乱している。精神はかつてないほどの心細さに支配され、うまく思考が回らない。

 

うつ伏せに倒れたまま、彼女は首を動かして、言う事を聞かない右腕を見た。

 

 

———肩から先が、無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして⁉︎ちょっと、しっかりしなさいよッ⁉︎」

 

天童綾音は声を荒げた。

思えば、今日は何かとおかしな日だった。転校してから一度も無遅刻無欠席であるはずの翼と千景は登校せず、連絡さえつかない。かと思えば空から白い怪物が降ってくるし、挙句の果てには———

 

「無事ですか、マイハニー……」

 

———星宮和希が、瀕死の重傷を負って倒れているのだから。

 

「無事よっ⁉︎あんたが死にかけてる以外はねっ‼︎」

 

辺りは地獄。校舎は瓦礫と化し、いつもの教室は消え失せた。

同じ教室にいたクラスメイトの大部分は瓦礫の下敷きになり、生き残った少数もまた、怪物の餌食になった。———生き残っているのは、綾音の見える範囲では、綾音自身と星宮和希だけだ。………そして、和希の命は、風前の灯。

 

「…なんの、これしき。痛い事は痛いですが、綾音の蹴りに比べれば快感がまるで足りない……」

 

否、もう生きていると言っていいのか疑わしい損傷だった。……致命傷という表現すら生ぬるい。和希の身体は、腰から下が無くなっている。むしろとうに息絶えてなければおかしいのだ。

 

———それでも、彼は強引に命を繋ぎ止める。

なるほど、確かにこれでは死は免れない。しかし、それでも言わなければならない事があった。

 

 

———思えば、ずっと曖昧にしていた。確かに周囲は、和希と綾音をカップル認定していたし、二人ともそれを否定してはいなかった。しかし、和希と綾音は、未だに告白すらしていなかったのだ。……互いが想いあっている事を確信していたにも関わらず。

 

「…愛して、ますよ……誰よりもね」

 

「ふざけ、んな……ふざけないでよッ‼︎だったら、生き残りなさいよっ!知ってんでしょッ⁉︎あんたがいないと、私はダメだって事くらいッ‼︎」

 

「……大丈夫、ですよ。何だかんだ言って、あなたは、周りに合わせられる……」

 

「ふざけるなッ!私を未亡人にするつもりかッ⁉︎」

 

 

綾音も和希も、異端者だった。

なるほど、確かに空気を読んで自分の性癖を抑えられない事もない。しかし、ずっと抑えているのはストレスになる。

———和希という発散対象がいたから、綾音は日常生活で暴力性をもて余す事なく生きてこられた。

———綾音という存在のお陰で、和希は欲望を暴走させずに済んだ。

 

結局のところ、二人の関係の発端はその性癖の異常性で———だからこそ、誰よりも互いを必要とし、強い絆で結ばれていた。

———では、それが奪われたらどうなるのか。

 

「……とにかく……あなたが無事で、……よかった……」

 

「ちょっと……?目、開けなさいよ……ねぇ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なに、これ……?)

 

瓦礫の下で、工藤雷姫は天童綾音と星宮和希の会話を聞いていた。

身体は全く動かない。しかし如何なる奇跡か、降り注いだ瓦礫はまるで雷姫の身体一つ分を空けるかのように積み重なり、雷姫を押し潰す事はなかったのだ。

もっとも、危機的状況である事に変わりはない。瓦礫に生き埋めになったまま、生き絶えた人間など枚挙に暇がないのだから。

 

 

(……ああ、最期まで嫌な人生だったな)

 

———思えば、生まれた時から嫌なことだらけだったように思う。

明らかにふざけているとしか思えない名前をつけられ、そのせいでからかわれる幼少期を過ごした。ようやく友達ができたかと思えば遠くに引っ越し、再会できたかと思えば白い怪物に蹂躙される。

 

———もう、うんざりだと彼女は思った。

良いことがなかったわけじゃない。だが、彼女の期待はいつも裏切られる。だから、せめて神崎翼の近くにいられる現状に満足しようと、そう思っていたのに———その結末がこれだ。

 

 

(———ふざけるな)

 

頭の奥で、悪魔が囁く。「もう、我慢する必要などない」、と。

今まで生きてきて、強引に堰き止められていた負の感情が、死の間際になって爆発した。

 

「ふざけるなぁあぁああぁぁぁーー‼︎」

 

そしてその怒りは、全てを破壊する雷となって顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なに、が?」

 

神崎翼は困惑していた。

気がつくと彼は、崩壊した廃墟で倒れていたのだ。———なぜか、無傷で。

翼の側には、千景が倒れている。———幸い、呼吸も脈もある。翼と同様に無傷で、ただ眠っているだけのようだ。

 

(……どこからどこまで、現実だった?)

 

周囲に、千景以外の人影はない。

暴力を振るわれた事も、不意打ちで男を刺した事も鮮明に覚えている。しかし、その暴力の傷は跡すら残っていないし、護身用に持っていたはずのナイフも見当たらない。極め付けに、四方の壁はまるで爆弾で吹き飛ばしたかのように大穴が空いている。まるで都合の良い夢を見ているかのようだ。

 

(……スマホが、ないか)

 

連絡手段がない事を確認し、彼は自分のすべき事を確認する。

 

(まずはちかちゃんを連れてここから出る。場所を確認次第、自宅に帰らないと。……いや、民家があれば電話を借りるか)

 

「……あれ?」

 

起き上がった翼は、しかしふと違和感を覚えた。

———身体が、軽い。

普段から、神崎レナによって翼の体調管理は万全だ。余程の事がない限り病気なんてしないし、体調が良いのが彼にとっての当たり前。しかし、今は普段以上に体調が良い。動かす手足は重力が仕事をしなくなったかのように軽く、硬い床に倒れていたはずなのに身体はどこも痛くない。

 

「…………」

 

———ふと足元を見ると、ちょうど投げやすそうな瓦礫が転がっている。当然ながらそれは廃墟の壁を構成していたコンクリート片であるので、それなりには重い、のだが。

 

「……?軽い」

 

まるでソフトボールのような、軽い手応え。見かけに反して、中身が空洞になっていたのか、それとも———。

 

 

「それっ」

 

軽い気持ちで、翼はその瓦礫を外へ投げた。

 

 

 

 

———その結果、瓦礫は『ビビョウッ‼︎』という音と共に、目にも留まらぬ速さで飛び、その直後に『ズガンッ』という何かにぶつかる音が響いた。

 

 

「…………ふむ、なるほど。……………なんだこれ?」

 

原因は不明だが、なんか身体能力が超人じみて上がっている事は理解できた。取り敢えず眠り続ける千景を運ぶべく、慎重に彼女をお姫様抱っこ。———何という事でしょう。まるでタオルケット感覚で彼女を抱き上げる事が出来てしまった。

 

「……まあいいか。都合が良い」

 

訳が分からない事象の解明は後で良い。それよりも、まずは家族と連絡を取る事を翼は優先した。

 

 

 

 

「……なんだ、これ」

 

そして廃墟から出た翼が見たものは、白い怪物が蔓延る地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうか」

 

右腕の喪失を認識したレナが感じたのは、驚きではなく納得だった。同時に理解する。「もう、自分の命は長く保たない」、と。

無くなった右腕が繋がっていたはずの肩からは、鮮やかな赤色の血が止まることなく流れている。出血量からして、思考を保てるだけでも奇跡なのだ。

 

(———翼さん、無事でしょうか?)

 

何せ、訳の分からない白い怪物の大群だ。地震や津波で生き残るよりも、生存率は一気に下がる。

 

(……翼さんに、会いたい)

 

彼女は、今までずっと、翼を守るために生きてきた。……あるいは、そう思考するよう無意識のうちに教育(洗脳)されていたのか。この状況に陥ってなお、彼女が感じるのは翼への未練だけだった。

 

(翼、さん……)

 

 

神崎翼は、郡千景と共に姿を消した。経験上、十中八九誘拐だと推測される。

翼をあらゆる危険から守るのは、レナの至上の義務であり、この上なく幸福な権利だ。その理由が家族愛であれ、義理の父親による洗脳であれ、歪んだ恋愛感情であれ、それは変わらない。だから、彼女が心から納得できる死に方は、それが『翼のためになる』場合だけだ。

 

 

———断じて、こんな孤独な『無駄死に』であってはならない。

 

 

(……嫌……。死にたく、ない……)

 

歪んだ価値観から出力されるのは、しかし生物としてこの上なく真っ当で、純粋な生存願望。

 

(…翼さん……)

 

その願望は、分岐する。

———神崎翼を守りたいという想いと、その想いを阻害する世界への憎悪へと。

 

(翼さん。会いたい。翼さん。愛してます。翼さん、翼さん翼さん翼さん翼さん翼さん翼さん翼さんさん翼さん翼さん翼さん翼さん翼さん翼さん翼さんさん翼さん翼さん翼さん翼さん……)

 

 

振り切れた感情は、人間の限界を超える。

 

———レナ本人は自覚していなかったが、彼女は既に失血死していなければおかしい状態だった。

彼女が自覚していたのは右腕の喪失。しかし、実際には右腕だけでなく、右脚も失っている。単純計算で、失血量は彼女の認識の二倍以上。

 

……それでも辛うじて生きていたのは、彼女の執念深さ故か。

 

理論上不可能であるはずの生存を想いの力だけで成し遂げた彼女は、さらなる奇跡を求める。———すなわち、この状況を覆し、神崎翼を守り抜くための力を。

 

「……う、ああぁああああぁあああああーー‼︎」

 

そしてそれは、()()()()となって顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、こちらです!」

 

上里ひなたは、声を張り上げて避難指示をする。離れた場所には、もっとも信頼する幼馴染が、日本刀一本で怪物と戦っていた。

 

———今日は、彼女達が通う中学の始業式だった。

 

しかし突如、上空から白い怪物が来襲。始業式の会場である体育館の天井をあっさりと破ったその怪物は、教員・生徒問わず襲いかかり、一瞬で血みどろの地獄を作り出した。

 

———ひなたと彼女の幼馴染、乃木若葉が生き残れたのは、偶然の積み重ねに過ぎない。

 

もしも、登校中に倒れている妊婦を病院に運んで遅刻しなければ、二人は今頃、体育館の天井の下敷きになって死んでいたかもしれない。

もしも、小学生の修学旅行の時に偶然見つけた日本刀を若葉が持っていなければ、二人は怪物に太刀打ち出来ずにあっさりと喰われていたかもしれない。

 

———二人からすれば、全く訳の分からないことだらけだ。

 

どうしてひなたが、敵が少ない経路を選んで案内できるのかも、どうして若葉が敵に対抗できるのかも。そもそもの話、どうして小学生の頃以来、ずっと倉庫に眠っていた日本刀を、法律を犯してまで持ち出さなければならない気がしたのかも、二人には分からない。ただ己が感じたまま行動した結果、今の生存に繋がっているだけなのだ。

 

———上里ひなたの巫女としての力は、未だ不完全。故に、この状況を完全に理解できるだけの神託を受けられてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

———そして、同じ状況に陥っている人間は、彼女達だけではない。

 

 

 

「……くそっ。数が多いッ」

 

「タマっち先輩、無茶しないで!」

 

「そういうあんずこそ、休んでろ!」

 

愛媛県の、とある病院。そこでは、二人の少女が白い怪物を相手に戦っていた。

 

———積極的に前線に立ち、動き回りながら敵を屠る少女の名は、土居球子。

彼女は先週、木から落ちて足の骨を骨折し、入院した怪我人である。しかしどういう訳か、今日になって急に骨折の痛みがなくなり、動けてしまっている。

 

———後ろから球子の支援をする少女の名は、伊予島杏。

彼女は身体が弱く、日頃から病気で頻繁に入退院を繰り返している病人である。昨日までは高熱でまともに話す事も出来ない容体だったが、今日になって急に熱が下がり、回復。退院の目処が立ったところで怪物が襲来し、今に至る。

 

 

「しっかし、何だろうな、これ?怪物に効くのは良いけど、戦い方がイマイチ分からんッ」

 

「盾に見えるし、そういう使い方じゃない気もするけど……」

 

球子の戦い方は、一言で言えば大雑把だ。盾で殴り、殴り、投げつける。それで何とかなってしまっているから、今のところ改善の余地がない。

———()()()()()()()()()、勇者についてくらいは分かったのかもしれないが、それは無い物ねだりというものだろう。偶然拾った武器を、何となく使ってみたら化け物に効いた。ただそれだけの積み重ねで、彼女ら2人は生き残っている。

 

 

———勇者達が集結する日は、未だ遠い。




翼くん
なんか超人に変貌できていた。詳細は不明。




神崎レナ
死にかけ。右腕と右脚がなくなり、お腹も少し齧られてグロテスクな事になっているが、なんか生きてる。

Q.なんで生きてるの?
A.愛の力。





工藤雷姫
とうとう闇落ちしかかり、覚醒。





赤坂悠斗
ヒロインのために奔走する主人公。……こいつ主人公にした方が面白い気がしてきたが、きっと気のせいだろう。







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西暦2018年 4月 “覚醒”

大変お待たせいたしました。
感想、お気に入り登録ありがとうございます!とても励みになります!




勇者要素、今回はほとんど(というか全く)ありません。ご了承下さい。


私は、全く分かっていませんでした。

■さんのために生きる。この事実そのものが、■にとって重荷だったというのに。

 

———でも、この生き方を変えるなんて、今更できるはずもありません。

 

だって、好きなんです。頭がおかしくなるくらいに。壊されても穢されても、■■が壊れて記憶が■■しても消えないくらいに、私の想いはあまりにも■■。

この想いを言葉にしても、■を抱き締めても、この■■はずっとずっと強くなるばかり。そしてこの衝動を発散するにはどうすればいいか分からなくて、昔と同じように世話をしたくて、頑張って我慢する。

■さんはきっと知らないでしょう。■さんと離れている状況が、私にとってどれだけ辛い事なのか。

 

———だから、私は■■を許さない。

 

私と■さん以外の全ての全てが、全部全部燃え尽きてしまえばいいのに。

 

 

(西暦20■■年 抗神者序列■■ ■■者の■■より抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、う、ああぁあああああッ‼︎」

 

傷が燃える。切断された腕と脚の断面も、破れた脇腹も。燃えて燃えて、やがてその青白い炎が失った組織の形を成す。

 

———それに伴い、麻痺していた痛覚が回復する。

 

 

「ぐ、うああぁあああ‼︎」

 

普通の人間ならば、とうに意識を失っているであろう激痛。———神崎レナは、それを持ち前の精神力で耐え抜く。

 

 

(……翼さん)

 

想いを強く抱く。———千切れた右脚が、傷跡一つなく再生する。

 

 

(翼さん)

 

もっと想いを強く抱く。———切断された右腕が再生する。

 

 

(翼さんッ)

 

さらに想いを強くする。———囓られた脇腹が修復される。

 

 

「翼、さああぁぁぁあんッ‼︎」

 

想いの丈を思い切り込めて、レナは叫んだ。———無傷に再生した彼女から吹き出るのは、青白い炎。純粋さと禍々しさを併せ持つその炎は、レナの身体を修復し、群がってきた白い怪物を燃やし尽くす。

 

 

 

「くふッ。あは、あはははっ!」

 

怪物の群れが一掃され、後に残るのは無傷の神崎レナただ1人。彼女はこの上ない全能感と、『何か大切な物を永久に失ってしまった』という妙な確信を感じながら、狂ったように笑った。

 

笑って、笑って、そして。

 

 

「…翼さん、どこでしょう?」

 

彼女は自分の根底に刻まれた想いに従って、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、ほんとに何だこれ?建物ぶっ壊しているわりに、脆いな」

 

神崎翼は、混乱の極みにあった。

廃墟の外の地獄を生み出していた元凶たる、白い怪物。奴らは建物をあっさり薙ぎ倒し、コンクリートを噛み砕きながら、千景を抱えたままの翼に襲い掛かってきた。

 

———翼が死を覚悟したのは言うまでもない。

 

しかし、白い怪物の噛み付き攻撃は翼には一切傷をつける事が出来ず(痛くも痒くもなかった)、翼が軽く殴っただけで、白い怪物は小麦粉のような砂と化して消滅したのだ。

 

———勉強がそこそこできる神崎翼の頭脳が出した結論は一つだ。

 

(……うん、夢だな。間違いない)

 

『痛みを感じたら夢ではなく現実』という、誰が言い出したのか分からない言葉を彼は信じていない。痛みを感じる悪夢だって見た事があるし、『現実にあり得ない』と思った現象は大抵が夢なのだ。実際、家に隕石が落ちてきて腰から下がなくなってしまうような悪夢を見た事があるが、頭がおかしくなりそうなくらい痛かったし、結局夢だった。

 

(……しかし、夢だとするなら………。俺の脳は、相当に痛々しい妄想を抱えていることになるぞ?)

 

何せ、建物を破壊する怪物をワンパンだ。———中学生特有の痛々しい『俺ツエー』願望が顕在化したのだとすれば、本当に救いがない。

 

———とはいえ、好都合である事には変わりがない。

 

仮に、———本当に僅かな可能性ではあるが、仮にこれが夢ではなく現実であるとするならば、一刻も早く家族と合流しなければならない。この惨状では家族全員が無事である保証はどこにもないが、無駄に悲観する事もない。———何せ、高い確率でこれは夢なのだ。悲観するのは、これが現実であるという決定的な確信を得てからで良い。

 

 

「……さて、ここどこだ?」

 

辺りは瓦礫と化した建物ばかり。元の地形は分からないし、誘拐された時にスマホも失くしている。日常的にスマホのマップアプリに頼りきりだった彼にとって、この状況はまさしく『詰み』だ。

 

———だが、問題ない。高い確率でこれは夢。それに、自分の居場所が分からないのならば、分かるまで走り回れば良いだけのこと。

 

特に何も考えず、千景を抱えたまま、翼は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———ただただ、走った。

 

赤坂悠斗は、襲い掛かってくる白い怪物に恐怖すら抱かなかった。

 

「邪魔だ、どけッ!」

 

彼は走りながら、右腕を振るう。———それだけで烈風が吹き荒れ、道を塞ぐ怪物の群れが一掃された。

 

(どうしてこうなるのかが、『分かる』ッ!俺は今、とんでもない現象の最中にいるッ!)

 

悠斗は、自分に与えられた力を正しく理解した。理解した上で、あくまでその力を新村アリサの元へ行く為だけに行使する。

 

———この力を使えば、何千人という人間を救う事ができるのだろうが、彼は()()()()()一切興味はない。

 

彼には、新村アリサ以外何も見えてはいない。悠斗自身は別に冷血漢という訳ではないので、余裕があれば他者を助けに行く。しかし、それによってアリサの身に危険が及ぶのであれば、彼はあっさりと他者を見捨てる。そしてそれを最善であると知っているから、後になって後悔もしない。そのような価値観に基づいて、赤坂悠斗は生きている。それを『薄情』と取るか、『優柔不断よりはマシ』と取るかは人によって感じ方が分かれるところだ。

 

やがて目当ての病院に着くと、彼は『跳躍』した。空気の性質を変化させ、見えない階段を上るかのように空中を駆け上がる。そのまま病院の外側からアリサの病室を特定し、窓を蹴破って侵入した。

 

「……よし、無事だな」

 

他の病室が襲われる中、奇跡的にアリサの病室は無事。生命維持の為に接続されている各種装置も今の所は無事だが、しかし停電によって機能を停止するのも時間の問題だ。

 

 

「……どうせダメなら、試してみる価値はあるか」

 

赤坂悠斗の美点は、よくも悪くも『即断即決』、これに尽きる。現在の状況下で最もアリサの生存確率の高い手段を、彼はリスクを承知で決定する。

 

 

(成功すればそれで良し。失敗したなら、アリサの命が終わる。……だからどうした。このまま時間を無駄にする方が余程危険だ)

 

タイムリミットは、停電で医療機器の機能が止まるその瞬間だ。故にこそ、この時ばかりは彼の決断力が唯一の『正解』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———雷が、上る。

 

雲から落ちるのではなく、瓦礫から天に向けて雷が迸る。……その瓦礫も粉微塵に吹き飛び、姿を現すのは、少女の姿をした雷神。

 

「ああぁああああぁああ‼︎」

 

雷神と化した工藤雷姫は、全身から白い火花を散らしながら突進。………その余波だけで、周囲の怪物が薙ぎ払われる。

理性は飛んだ。知性はあるものの、そのリソースは全て敵性の排除にのみ注がれる。………すなわち、周囲の人間のことなど、全く眼中にない。

 

———では、近くにいた同じ学校の生徒達はどうなったのか?

 

通常ならば、跡形もなく吹き飛ばされていただろう。———しかしそこには、不可解な『何か』がいた。

 

 

『あまりにも仕事が多い。……我ながら、よくやるものだ』

 

 

飛んでくる瓦礫も雷撃も、決して天童綾音と星宮和希には届かない。なぜならば”復讐者”が、流れ弾を全て打ち落としているからだ。

 

———”復讐者”には彼ら2人を守る義理がない。しかし、義理がなくともそうしなければならない『理由』はある。

 

 

『……だが、所詮これが限界か。どうあっても、私は彼を救う事は出来ないらしい』

 

 

“復讐者”のすぐ側には、下半身を失ったまま倒れている星宮和希と、彼に縋り付いたまま全く動かない天童綾音。”復讐者”がいなければ、天童綾音もまた、流れ弾で星宮和希と同じ運命を辿った事だろう。———彼女自身にとっては、それこそが本望なのかもしれないが。

 

 

『うんざりするな。……仕方がない事だが』

 

“復讐者”の目の前では、工藤雷姫がバーテックスを一方的に殲滅している。周囲の被害など全く気にすることもなく、ただただがむしゃらに力を振り撒いていた。

 

———それもまた仕方がない。工藤雷姫は、そのように作られている。

 

“復讐者”は、決して工藤雷姫の援護には回らない。なぜなら、放置する事こそが『最適解』である事を知っているからだ。

 

 

『面倒だが、ここまでは良い。問題は、愚弟の行動か』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———西暦2018年、4月某日。その日、人類は天敵に遭遇した。

生物は、基本的に環境に適応し、生きていく為の武器を持っている。例えば肉食獣の爪や牙。例えば、草食動物の強靭な脚。昆虫の保護色や、トカゲの尻尾なども、生きていく為の武器だろう。

 

———そして人類の武器は、その頭脳と知恵。人間はあらゆる物事を理解し、道具を作り、使いこなす為の頭脳を武器として持ち、またその知恵を後の世代に引き継がせる事で繁栄してきた。ゆえにこそ、これまでは天敵らしい天敵など、人類に存在しなかったのだ。なぜなら、どんな猛獣でも、その知恵を使えば対策できてしまうのだから。

 

———人類に天敵がいるとすれば、それは知恵も頭脳も通じない存在に他ならない。

 

その理屈で言えば、バーテックスはまさしく人類の天敵だった。なにせ、どんな兵器も通じず、交渉も不可能。ただただ一方的に人が食われる様は、腹を空かせた亀が、小魚を食べていく光景に近い。

 

 

———他の世界からやってきた神々は、何もしない。

彼らは郡千景を救うために、世界を定義するだけだ。例えば、『大勢の人間に愛される世界』。例えば、『父親から愛される世界』。そうやって世界を作った後は、ただ静観するだけ。

 

———そしてここは、『バーテックスが襲来しない世界』。もしも天の神が少しだけ優しければ、或いは力が弱ければ永久にバーテックスは現れなかったのだろうが、現実は甘くない。数年単位で遅れたとはいえ、結果としてバーテックスは襲来し、地獄を作り出している。

 

———だがその遅れが、本来の世界との差異を作り出す。

 

その最も代表的なものが、勇者以外の『天の神』に抗える者の存在。バーテックスが襲来したその日、少なくとも()()()()()の人間が『異能』とも言うべき力に目覚め———そのほとんどがバーテックスに食われ、命を落とした。

 

生き残ったのは、およそ千人。そのうち、人類を脅かす災禍たる『バーテックス』と戦えると判断された異能者は、30人にも満たない。その30人の異能者は後に『抗神者』と呼ばれ、不安定ながらも戦力としてバーテックスとの戦いに駆り出される事になる。

 

しかし、バーテックスと戦う事ができる人員が増えたからといって、人類の生存が容易になったわけではない。———常に悲劇と絶望が渦巻くこの世界だからこそ、”復讐者”たる()()は存在するのだから。

 

 

 

 

———これは、抗う者達の物語。

 

 

 

 

 




ようやく本筋に突入!



………書き始めた当初は、この時期には終盤に突入している予定だった。でも現実は無情。思っていたより忙しかったり、なんかやる気出なかったり、書く体力がなかったりでこんなに時間がかかってしまったのです。(言い訳)


でもまだ大丈夫。『楽しんでくれる人がいる』と実感できている限り、書けるっ!


というわけなので、楽しんでくれる方はこれからもお付き合い頂けると幸いです。


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西暦2019年 5月

お待たせしました。
感想・評価、ありがとうございます!



痛々しいポエムからスタート。





———抗神者の序列は、人類に対する貢献度で決まる。そう、戦闘力ではなく貢献度。

バーテックスを多く倒せば倒すほど、必然的に人類に貢献した事になる。だから、序列が高い抗神者の戦闘力が高いのは当然といえば当然だが、序列のトップ3は戦闘以外での人類の貢献期待値によって定められているらしい。

 

………滑稽な話だ。俺を含めて、序列の上位陣は人類の存亡なんて大して考えてもいないのに。

 

故にこそ、俺はここに宣言する。アリサに害意を抱いた時点で、俺は人類と敵対する道を選ぼう。

立場も年齢も、性別も理由も関係ない。誰か1人でも彼女に危害を加えようとしたその時点で、俺は人類の滅亡を企てる。序列1位が邪魔をしようが、関係ない。

 

———どうか、俺を敵に回すな。俺だって、命を懸けてまで人類全員を相手にしたいわけではない。

 

 

 

(抗神者序列2位 赤坂悠斗の手記より抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———バーテックスが襲来し、早くも一年が過ぎた。

人類の生存域は(現時点で確認されているのは)諏訪と四国だけとなり、バーテックスと戦う力を持つ者達は修練に励み、着実に力をつけている。

バーテックスと戦う力を持つ者は、人類の希望たる勇者と、神にすら抗う力を持った抗神者。神樹から力を授かり、人類を守る為に戦う使命を背負った者達と、神樹から力を供給される事なく、力を発揮できる兵器たる者達。どちらが人類に期待され、どちらが恐れられているかは言うまでもない。

ましてや、勇者がマスコミに『救世主』と称えられるその一方で、抗神者はこの一年で数人とはいえ()()()()を出してしまっている。一部の人々の恐怖と憎悪は、バーテックス以上に抗神者に向かいつつあった。

 

 

———そんな情勢の中、『恐れられている側』の少年は。

 

 

「……んぅ」

 

「………すー」

 

 

金髪の外国人の少女に抱きしめられたまま、ベッドの中で呑気に眠っていた。

そもそも彼にとって、世間での評価など大した問題ではない。極端な話、彼は知り合いや家族に危害が及ばなければそれで良いとすら思っている。何より、『自分は評価される側でなく、評価する側である』という自覚が、彼の図太さに拍車を掛けていた。

 

———だが、問題がないのは彼視点で見た場合の話だ。客観的に見た場合、問題しかない。

 

 

 

 

「起きろおぉおおぉ⁉︎なんでこの惨状で呑気に寝ていられるんだお前達はぁぁぁ⁉︎」

 

 

彼らの現状を見た少女が、悲痛な叫びでツッコミを入れる。

———彼女の名は乃木若葉。抗神者とは正反対に、人々に期待されている勇者達のリーダー。しかし、一般の人々から雲の上の存在として認識されている彼女でも、この状況には平然とはしていられない。

 

部屋に入った時点でまず目に入るのが、壊れた窓。まるで外から爆弾でも投げ込んだかのようにガラスどころか窓枠も吹き飛び、窓の側にあったタンスも焦げ割れて倒れている。他にも調度品が粉々になった状態で床に散らばるなど、明らかに只事ではない。無事なのは彼ら2人が眠るベッドとその周囲という有様だ。

 

 

(……いや、そもそもこの状況に気づいてすらいないのか?明らかに神威の結界を張っている)

 

神威とは、すなわち神の威光、神の力。勇者が変身する時に発揮する力も、抗神者が扱う力も、個々人によって性質が異なるとはいえ全て神威。

 

———神威には神威を以ってのみ干渉できる。

 

だからこそ、バーテックスには通常兵器が通用しない。バーテックスは天の神によって生み出されたもの。バーテックス自体が持つ神威によって、通常兵器による攻撃は全て無効化されてしまう。そしてそれは、抗神者や変身した勇者も同じ。勇者は変身しなければ普通の人間とそう変わりはないが、抗神者はその身に常に神威を持つ。故にこそ、神威を持たなければ爆弾だろうと刃物だろうと怪我をする事がなく、それが人々にバーテックスを想起させ、恐れられる一因となってしまっている。

 

そして神威の結界は、文字通り抗神者の神威によって形作られた結界。抗神者である2人はともかく、2人が眠っているベッドが無事であるのもその結界が理由だろう。

 

(……生大刀を持ってきて良かった)

 

若葉は抗神者ではないから、詳しい事は分からないが———結界は、ある程度遮断する対象を決められるらしい。予め通過できるものとできないものを設定しておく事で、味方を通して敵を阻んだり、敵の爆音攻撃を防いだ状態で結界の外の味方と会話をすることもできるのだそうだ。

そして、この結界はおそらく神崎レナが作ったもの。……であるならば、まず間違いなく外の音を遮断する設定をしている事だろう。

 

 

(しかし、本当に呑気に眠っている。…………なんか腹が立ってきたな)

 

なにせ、今日は朝早くから大変だったのだ。

朝の4時に勇者全員と抗神者達が緊急招集され、神崎翼と神崎レナを除く全員が集結。2人を待つことなく、即座に不審者が丸亀城に侵入した事を告げられ、かと思いきや大きな爆発音。爆発物を持ち込んだ不審者は勇者によって呆気なく捕まり、大社本部の職員に引き渡した時点で朝の5時半過ぎになっていた。

 

———そして今は朝の6時過ぎ。結局やって来なかった翼とレナの様子を見るべく翼の部屋に入り、現在に至る。

 

爆発物が複数箇所に投げ込まれた事は把握していた。しかしよもや、抗神者の中でもトップクラスに位置する2人の寝床にも投げ込まれ———しかも、当の被害者である2人はそれに気づきもしていないとは。寝不足の若葉は、この光景に物凄くイライラしていた。

 

 

(流石に、結界を壊せば起きるだろう)

 

今日は日曜日だ。だから、本当ならば早起きする必要はない。しかし、別に早起きをしてもバチは当たらない筈だ。

そう自分に言い聞かせ、若葉は生大刀を振るう———

 

「ッ⁉︎」

 

 

———直前、若葉は慌ててその場から退いた。その直後、若葉のいた場所に5本のナイフが突き刺さる。

 

 

「……いきなり何をする?」

 

若葉は冷や汗を掻きながら、背後を振り返る。———そこには、ナイフを放った下手人がいた。

 

 

「それはこちらの台詞ですよ。余計な事をしないで下さい。辺り一面を消し炭にするつもりですか?」

 

下手人———新村アリサは、サファイアの双眸をより冷たくして若葉を睨む。

彼女の固有能力の一つである、空間操作。それを利用してこの部屋の前にまで瞬時に移動し、ナイフを若葉のいた位置に飛ばしたのだ。勇者でなければ———否、若葉のように特に勘の鋭い勇者でなければ、それだけで殺してしまっていたであろう攻撃。それを躊躇なく行った少女は、しかし悪びれもせず———むしろ若葉を咎める口調で———言い放った。

 

 

「……少し、いえ、だいぶ……序列4位を舐めすぎじゃないですか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

 

———否、咎める口調どころか、それは軽蔑だった。呆れた、というよりは「信じられない」とでも言いたげな顔。だがその顔は、すぐに納得へと変わる。

 

「ああ、そうでした。あなた、まだ序列4位……レナさんと過ごし始めて日が浅いんでしたね」

 

勇者と抗神者は、数ヶ月前までは別の場所で教育を受けていた。それは勇者と抗神者の根本的な能力の違いが主な理由であるが、その能力の違いが表れにくい純粋な戦闘訓練や座学においては場所を変える必要はない。故に、カリキュラムが共通となってからは、抗神者達の何人かは勇者と同じ大社で教育を受けていたのだ。

 

———しかしそれでも、勇者と抗神者で認識の違いがあるのは否めない。

 

 

「レナさんが過保護なのは知っているつもりだ。……でも、流石に結界を壊したくらいで暴れたりはしないんじゃないか?」

 

 

若葉を始めとする勇者達の、神崎レナへの認識は『完璧超人』だ。

座学でも戦闘訓練でも、およそ隙が見当たらない。唯一の欠点があるとすればブラザーコンプレックスが目立つところだが、それも『愛すべき個性』と勇者達は思っている。

 

———しかし、抗神者達の神崎レナに対する認識は異なる。

 

「甘い。あまりにも甘いと言わざるを得ません。彼女は地雷のようなものです、うっかり踏むと本当に死にますよ……」

 

一番怒らせてはならない抗神者、それが神崎レナに対する抗神者達の印象だ。

神崎レナは最強の一角。特に近接戦闘においては他の追随を許さない、などと評価されているが———それが彼女の本質でない事を、抗神者達は知っている。

 

 

「……それはおよそ半年前の話です。戦闘狂で有名な、序列6位が、あろう事か挑発のためだけに、序列1位と共に眠っていたベッドを守る結界を壊しました。ああ、ちょうど今の若葉さんと同じ状況でしたね」

 

「…………」

 

あまりにも神妙な口調に、若葉は口を挟めない。

 

「もったいぶらずに結論を言うと———死にかけました、文字通り。結界が壊れたその瞬間、レナさんは寝ぼけたまま——ひっ……」

 

途中で口を止める新村アリサ。彼女は青い双眸を見開き、見てはならないものを見たような顔をした。

 

「何やら随分と、面白いお話をしているようですが。………不愉快なので、やめて頂けませんか?」

 

 

———少し困ったような口調。若葉は彼女の声を、そう認識した。

 

———少し不機嫌。アリサは彼女の感情を、そう解釈した。

 

 

少し不機嫌であるならば、最善の手はただ一つ。

 

「失礼しましたッ!」

 

逃亡。これ以上機嫌を損ねない為にも、それしかない。

新村アリサが空間転移で赤坂悠斗の元へ飛んだ後、そこに残るのは、若葉とレナの何やら気まずい雰囲気と、未だに呑気に眠る少年の寝息の音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———人々から恐れられ、避けられる抗神者。中には世間での評価など気にしない図太い神経の持ち主もいるが、大半の抗神者はこの状況に少なからず心を痛め、ストレスを溜めている。

 

………しかし、ストレスを溜めているのは、彼らだけとは限らない。

 

 

 

「はあぁぁぁああぁああッ‼︎」

 

———そしてここに、ストレスを必死に発散しようとしている勇者が1人。

 

 

「ぐんちゃーんっ!そろそろ休憩しないのー?」

 

「待って、もう少しッ」

 

勇者姿の少女———郡千景は、的代わりの丸太を大鎌で斬り裂きつつ、高嶋友奈の問いに答える。……その胸中にあるのは、ジリジリと鉄板を焦がすような焦燥。

 

(……こんな力じゃ、全然足りないッ)

 

恐怖はもう乗り越えた。それでも、無力感はなくならない。

 

 

 

 

 

『……生まれ変わったら、また友達になれるかな…?』

 

『……そうね。……できるなら、また、高嶋…さん、と、一緒に……』

 

 

 

 

(……あんな終わりを、繰り返しちゃいけない)

 

千景は全てを思い出した。若葉に嫉妬し、勇者の力を以って樹海で彼女に斬りかかった事。そのせいで勇者の力を失い、若葉はバーテックスにやられ、友奈は千景と共に無残な結末を迎え、世界は滅びる。

 

(……私が弱かったから)

 

力が無かった。心も弱かった。だから、あんな悲劇を引き起こした。

 

(でも、私には『2回目』がある。そして、翼君達抗神者の力もある。……今度こそ、私はッ)

 

その為に、彼女はひたすら修練を積む。

技能は記憶と共に取り戻した。やる気も十分。戦力は『前回』よりも遥かに多く、何よりも千景の『覚悟』が違う。だから今度こそ、同じ過ちは繰り返さないと彼女は決意した。

 

 

 

 

———よもや、天の神側が想像を絶するまでに強くなっているとは、思いもせずに。

 

 

 














ぐんちゃん
逆行チート?やったわ高嶋さん!この戦い、私達の勝利よ!(なお難易度)
回想は結城玲奈のプロローグで、どうぞ。



赤坂悠斗
序列2位。痛々しいポエムを手記に書くくらいには痛々しい人。イタタタ。





現在開示可能な情報

抗神者は、各々二つの固有能力を持つ。この固有能力はそれぞれのパーソナリティに基づく能力である為、基本的に重複する事はあり得ない。
序列の高い者ほど固有能力が強大である事から、固有能力が序列の評価に大きく関わる事は間違いない。


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西暦2019年 5月 “抗神者達の日常”

感想・お気に入り登録、ありがとうございます!大変長らくお待たせ致しました。……二ヶ月って早いですね。

ゆゆゆいで新しく『UR』なるレアリティが出ると聞いて絶望。




……長い事悩んだけど結局勇者達出せなかった。


———奇跡、というものを信じる人は、世界にどのくらいいるのでしょう?

 

私は奇しくも、奇跡を二度も経験している。

———一度目は、悠斗さんと出会った事。そして二度目は、悠斗さんに治してもらった事。

 

薬物で壊れた私の脳細胞も、ボロボロになっていた身体の中身も、注射針の痕でさえ一切痕跡を残す事なく治してくれた。

 

みんな、バーテックスが襲来した事を嘆いています。死んだ人も多い。人類は滅亡一歩手前の状態で、なんとかギリギリ踏みとどまっているような状態です。天恐という、精神疾患に苦しむ人も多いと聞きます。

 

———でもごめんなさい。私はバーテックスなんかより、人間の方が怖い。

 

だから、バーテックスが襲来して、悠斗さんが抗神者になった事は、私にとっては奇跡でしかないんです。人間は誰も助けてくれなかったけど、悠斗さんはいつでも私を助けてくれたから。

…………悠斗さんが望むのなら、天の神側に寝返るのも良いのかもしれません。あの人がいれば、私はどんな所でだって生きていけますし、彼の側ほど心が安らぐ場所なんてないんですから。

 

———この思考も、色々なことを考えた上での事です。

 

悠斗さんと序列一位さえいれば、衣食住に困る事はあり得ません。だから、天の神によって滅ぼされてしまった場所でも、少人数なら生きていけると思うんです。

 

———今の人類を見捨てて、抗神者達だけが『新人類』として命を繋いで生きていく。そんな世界も、面白いでしょうね。

 

 

 

 

 

 

(抗神者 序列3位 新村アリサの日記より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎翼は、自身の体内時計に従って目を覚ました。そして隣に愛する姉がいない事を訝しみ、

 

「……ふむ、なるほど。………………余計な事をしやがって」

 

部屋に残された神威の残滓から、おおよそ起きた出来事を推察して舌打ちした。

 

部屋に残っている神威のうち、最も大きい痕跡は抗神者序列3位、新村アリサのもの。そしてその次に大きな神威の痕跡は宿敵———もとい、引っ掻き回し役の乃木若葉の持つ生大刀、そして僅かにレナの神威が残っている。そしてその3人の性格や人間関係を背景に考えれば、自ずと答えは見えてくる。……すなわち、若葉が余計な事をしようとしてアリサに止められたものの、レナが起きてしまったのであろうという答えが。

 

 

(……こっちは少しでもレナに眠ってもらいたくて陰ながら色々やってるってのに、バカが)

 

神崎翼は、見た目だけは可愛らしい女子高生………に見える、男子高校生である。

抗神者というよく分からない超人になったり、情勢の変化で愛する姉の負担が増えていたり、挙げ句の果てには人類に嫌悪されながらもバーテックスに立ち向かわなければならない立場になったりした結果、以前よりも性格が悪くなった。

 

———その結果、図太くなったお陰でマイペースさに磨きが掛かったのは彼にとって果たして良かった事なのか。それは誰にも分からない。

 

しかしそれはそれとして、ストレスを全く感じない、というわけでもない。

彼は身近な人間に危害が加わらなければそれで良いと思っている。つまり、身近な人間に負担が掛かっている事を良しとしない。そして彼の周りで一番負担が掛かっているのは、まず間違いなく神崎レナだ。何せ他の抗神者達と同じように教育を受けているかと思えば、秘密裏に大社に依頼された仕事を夜中にこなしたりしている。本人は皆に気付かれていないとでも思っているのだろうが、この一年でシスコン度合いが深刻なレベルに到達した翼にはバレバレだった。

 

……だが、知られたくないというのならば仕方ない。ならばこちらも悟られないよう、可能な範囲で手を尽くすのみである。

例えば、シャンプーやボディーソープの香りをレナのリラックスできるものに変える。

例えば、レナに回るであろうタスクを、本人に知られる前に片付ける。

例えば、レナに付き纏うストーカーを秘密裏に処理する。

 

他にも、レナが潜り込んでくるベッドをより高いものにしたし、布団もシーツも、通気性の高い、品質の良い物に変えた。要するに、これはレナが密に接触してくる際、彼女に僅かな不快感も感じさせまいとする彼なりの努力だった。

 

———もっとも、できることといえばその程度なのだが。

 

彼はいつも考える。『レナに対し、自分ができる事は何か』、と。

当たり前の事だが、優秀な人間ほど、求める『手助け』のハードルも高くなる。大抵の問題は解決してしまえるから、他者に助けを求める時に直面している問題もそれ相応に難しい場合が多い。特に、『本人に悟られないように』という条件がつくと、その難易度は一気に跳ね上がる。

………レナ本人がそれを求めているのかは別として、『愛する姉の役に立てない』というのが彼の最近の悩みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抗神者。それは、神の力に目覚めた者たち。

勇者は『無垢な少女』という条件があるが、抗神者にはそれがない。抗神者扱いされない異能力者も含めて、性別も年齢もバラバラ。しかし、それに『偏り』がないわけでは決してない。

 

例えば、抗神者達の中でも特に力の強い者達は、十代の少年少女が多い。特に序列10位以上は、その全員が高校生。11位が20歳の大学生、12位が中学生と続くため、単純に年齢が若ければ抗神者としての力が強くなるわけではないと思われるが、統計的に若い方が強力な抗神者として目覚めるのは確かだ。

付け加えるのなら、抗神者は勇者達とは違いその各々が独自の能力を身につけている。その能力は大抵その抗神者の個性に準ずるものであり、攻撃的な能力を持つ者は攻撃的な性格をしている者が多い。……故に。

 

 

「はっはーッ‼︎」

 

「ぶち殺すッ‼︎」

 

 

……授業中に突如乱闘が始まるのも、そう珍しいことではない。

喧嘩を吹っかけたのは、戦闘狂として知られる序列6位、天童綾音。喧嘩を吹っかけられたのは、序列5位、工藤雷姫。

稲妻が迸り、烈風が吹き荒れる。「ヒイイィッ」と哀れな大社所属の講師が悲鳴を上げながら教室を退室し、愉快なバトルに興じる2人は窓ガラスを割りながら外へ飛び出す。———その直後に戦闘が激化し、雷鳴と風音が轟き、衝撃波が伝播した。

 

 

「いつもいつもいつもッ‼︎授業の邪魔ばっかりしてッ!今日こそぶち殺して灰にしてやるッ‼︎」

 

「Wonderful!やってみろっ。あははっ!」

 

 

1年前ならば決してあり得なかった大喧嘩。抗神者になるとともに起こった人格の変質は、かつての人間関係を歪めるばかりか、周囲を危険に晒す激突を度々引き起こす。

神崎レナを始めとする抗神者達は、それを止めない。止めても無駄、という以前に、この争いが普段のストレスの捌け口になっている事を彼らはよく理解していた。

 

「……にしても、ストレスの解消の仕方、暴れる以外にないのか?これだから脳筋は……」

 

そう呟くのは、序列2位の赤坂悠斗。一見チャラく見える外見の彼だが、本人の気質はインドア派。体を動かすのが嫌いなわけではないが、自分から率先して外に出るタイプではない。そんな彼からすれば、たとえ健康的だと感じていても、ストレスの発散を『暴れる』以外にしないというのはなんとも不自由に感じた。

 

「いいんじゃないですか?やり過ぎなければ。神装を出さなければ、そうそう悲惨なことには———」

 

「出してるぞ」

 

「……えっ」

 

新村アリサの言葉を遮り、悠斗は窓の外を指差す。———そこには、空中で壮大に飛び回りながら大剣を振り回す雷姫と槍を振りかざす綾音の姿が。

 

神装。正しくは神威武装。固有能力同様、抗神者のパーソナリティによって異なる、高密度の神威によって形成された武装。それを出すという事は、すなわち本気の本気。周りの被害を一切顧みず、全身全霊で相手を叩き潰す腹積もりだ。

 

 

———そう、周りの被害を顧みず。

 

その『周り』には、多くのものが含まれていた。大社が利用している丸亀城、そこで働く大社職員、そして言わずもがな、人類の希望たる勇者達。その者達を顧みずに、『彼』の前で暴れればどうなるか。それを知らない抗神者はいない。

 

 

 

———まずは、『ズダン』、という轟音と共に空中に舞っていた綾音が叩き落とされた。地面に激突した際に比喩でも誇張でもなくクレーターが出来上がり、彼女の身体は真っ逆さまの状態で頭から腰まで土に埋まっていた。スカートが重力に従って捲れ下がり、下着が晒されている光景はなんともシュールだが、それを笑っていられるような状況ではない。

 

「ちょ、待っ……」

 

『ズバコン』、という鈍い音。

 

 

———続いて、雷姫が叩き落とされた。うつ伏せの状態で地面に埋まっている彼女は、さながら手形を取る時の人の手に似ていた。うつ伏せであるが故にスカートが捲れていない点においては綾音よりもマシだが、綾音も雷姫も顔が埋まっている事に変わりはない。……すなわち、このまま放置すれば窒息死ルートまっしぐら、だが。

 

 

「高位の抗神者だから、3時間くらいは大丈夫だろ」

 

少女2人を文字通り地に沈めた少女のような少年、神崎翼は、罪悪感を感じる事もなくそれを放置。何の感慨もなくスタスタと教室へと戻ってしまう。

 

因果応報。周囲に気を配らなかったからこそ、2人の少女は配慮の対象外となった。抗神者達の中でも特に親しい相手にしては、あまりにも冷たい仕打ち。あるいはそれも、抗神者になった事による精神面への影響か。

 

 

(……そもそも、どうしてこんな極端になったのでしょう?)

 

教室の外の惨状を見ながら、レナは疑問を抱く。

抗神者の中で最も精神面への影響が少ない者の1人、それが神崎レナだ。彼女からすれば、神崎翼や工藤雷姫といった既知の人間の変貌は、豹変と呼ぶべきものだった。

 

———まず、最も親しい相手である神崎翼。

 

彼は、極端になった。マイペースさに磨きがかかるのは序の口。好きな相手と嫌いな相手に対する態度の激化から始まり、相手の行動に対するアクションも過激化しつつある。友好には利を、敵対には害を。それを彼は、分かりやすい形で示す。

……例えば、工藤雷姫と天童綾音の争いに容赦なく制裁を加えたように。

 

 

———次に、工藤雷姫。彼女は、遠慮をしなくなった。

捉え方によっては、それは良い事だ。なにせ、これまで本心を出して来なかった彼女が、曲がりなりにも感情を露わにするようになったのだから。

……だが、それも度が過ぎている。

 

なにせ、授業中にちょっかいを出されただけで爆発する始末。抗神者達の中で最も『乗せられやすい』からこそ、天童綾音の標的にされるのだから。

 

 

———そして、天童綾音。彼女は、『壊れた』。

彼女の固有能力、『加虐者』。『攻撃すればする程、抗神者としての基礎能力が向上する』という出鱈目な効果を持つこの能力は、彼女の本来の素顔、暴力性にブーストを掛け、暴走を招く。さらに、星宮和希を失う事となった元凶———バーテックスに対する憎悪が、彼女の精神を歪め、破壊していた。彼女の頭にあるのは、『いかに強くなるか』『どれだけのバーテックスを殺し尽くすか』の二つのみだ。辛うじて今はまだ正気をギリギリ保って丸亀城に『縛りつけている』ものの、いつ四国を飛び出してバーテックスの群れに突っ込むか分からないような状態。

 

今更語るまでもないが、抗神者の力は精神状態に大きく左右される。そしてそれは、憎悪に支配されている天童綾音も例外ではない。頭に多少血が上っている程度ならば問題はないだろうが、それが度を過ぎると自身の霊体を壊す要因になる。そして霊体を損傷して身体がうまく動かなくなれば、自身の悪感情が憎悪だけでなく『無力感』までもが追加されて終わり。呆気なくバーテックスに喰い殺される事だろう。

 

ベストコンディションになる精神状態は、個人によって異なる。しかし、『最も優れている状態』ではなく、『最も安定している状態』が平常心を保っている状態である事は、全ての抗神者に共通している。故にこそ、『抗神者の生存率を上げる』という点と、『抗神者を手懐けやすくする』という点で、教育の場を提供する大社の行いは間違っていない。間違ってはいないが、抗神者を御しきれていないのが現状だった。

 

———そしてそんな惨状の中で、最も精神面に変化が少ないと言われている神崎レナ。確かに彼女は、抗神者になる以前と大した違いは無いように思われる。

しかし、『何か』が足りないと彼女は常々思っていた。ただの人間の頃には確かにあって、しかし今では失くしてしまったもの。……それがなんなのか、その疑問に対する答えは全く出てこなかった。

 

———それがとても、気持ち悪い。

 

だが、自身の異変に気がついている分、他の抗神者達よりはマシなのだと彼女は思っていた。

 

 







神崎翼
容赦のないシスコン。空中で戦う少女を掌で叩き落すその姿は、まるでハエ叩きで羽虫を落とすベテラン主婦の如し。
勇者は大体好き。



工藤雷姫
授業邪魔されてプッツン。自分も暴れ周り、他の教室にいる勇者達の授業を妨害。


天童綾音
暴れたくて仕方ない人。……実はこれでも我慢している方。



ぐんちゃん

出番の無かった人。このまま抗神者2人の喧嘩が続いていたら、色々大変な事になっていたかもしれない。






現在公開可能な情報

『神装』
神威武装。高密度の神威によって形成された武装。あるいは、『そこにある物体と錯覚する程にまで高められた神威エネルギーが武器の形を成すように集中している』と表現すべきか。

個々人によってその形状や能力は大きく異なる。固有能力とは違い、その数さえも抗神者によって差がある。
なお、序列1位はその性質上、神装の個数をカウントする事は不可能。


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