システムソフトウェアの日常譚 (ありぺい)
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第0章 「全てはここから始まった」
Origin Story「片腕の少女」


第0章はこの一話で終わる予定なので結構長いです。

それと、第0章は張り詰めた硬い文体で書きますが、第1章からは急激に緩くなりますので、どうか最後までお付き合い頂けたら恐縮です。


 

 

 

 

 

 

 Origin story 「片腕の少女」

 

彼女は人ではなかった。

彼もまた、人ではなかった。

 

彼女は人のようだった。

彼は、人の心を知らなかった。

 

彼女は人の心を失った。

彼は、―――――――

 

 

 

 

 

誰もが一度は聞いたことがあるだろう、高性能な据え置きゲーム機「PN4」。

PN4は、PCと比べれば庶民的な価格設定でありながら、FPSなどのヘビーゲームも遊べるという利点から、多大なシェアを有している。

部屋の中で頭を抱えるこの少年も、その一人だ。

 

「どうしてシステムのアップデートが終わらないんだよ……」

 

ゲームを前すると多少なりとも高揚した気分になるのが普通だが、少年の表情はゲームを楽しむ時のそれではなく、理不尽に対する苦悶がにじみ出て歪んでいた。

不定期的に訪れるシステムアップデート。少年の友人たちはおろか、世界中で誰一人と滞ることなく終わったその作業に、なぜか少年のPN4だけがつまずいていた。

まさかこんな事で動かなくなるとは思いもしなかったが、そんな予想はあっけなく粉砕され、少年はただ虚無感の前に意気消沈するばかりだった。

 

「仕方ない、しばらく放置するか」

 

それが、少年が30分近くディスプレイとにらめっこを続けた末に選んだ選択であった。

雨戸の閉まった窓ガラスに青いアップデート画面が反射し、薄暗い部屋の中を不気味に照らしていた。しかしそれは、画面が反射するのを嫌う少年の、最大限ゲームを満喫する為の措置であった。

少年は湿気の篭った部屋に空気を通さんと窓を開けた。

 

「空とおんなじ色なのになぁ」

 

窓から部屋に刺さる太陽を見つめながら、少年は呟いた。

振り返ってディスプレイを確認したが、やはりアップデートが進行した様子はない。結局、結局、その日のPN4は丸一日うんともすんとも言わなかった。

 

翌日、少年は再び電源を入れた。

立ち上がり、表示されるはブルースクリーン。

そこに現れた進行ゲージは、少年を嘲笑うかのように真ん中で止まってみせた。

再起動もやむなく、もう一度試すも結果は同じ。

少年は昨日をなぞるように雨戸を開けた。

 

翌々日、少年は携帯片手に電源を入れた。

雨戸は既に空いていた。

 

 

 

 

 

 

 

等間隔に鳴り響く細かいノイズ音。

普段なら機械としての役割を全うし、その他の余計な機能は限界まで削減されているPN4に、「異常」が生じたのは一ヶ月程前の事だ。

機能と司令が乖離し、機能そのままで司令の全てが止まったPN4内に「居た」のは、一人の少女だった。

彼女は己が存在に疑問を呈した。呈したといっても、相手が存在しないので、ただ胸中で疑問を巡らせるだけだったのだが。しかし、少女はじきに現実を受け入れた。

 

――――――自分はPN4のシステムであるのだ、と。

 

同時に、自分は消えた司令機能の代わりであることも理解した。

確立した人格を自覚した彼女は、自分のすべき事を心得ていた。誰に教えられた訳でもない、動物でいうところの本能にあたる部分が、学ぶより先に体に刻み込んでいたのだ。

 

彼女の役割は、膨大なデータを処理し、「0」と「1」を正しい場所へ導く事だった。

そして、それを難なくやってのける彼女の唯一の喜びは、自分の存在や役割が、PN4で遊ぶ「マスター」の為になっているという事実である。

マスターの笑顔を見るために、彼女は今日も働くのだ。

 

ある日の事。

彼女は体にまとわりつく疲労感を振り払いながら、己の義務を果たしていた。

珍しかったのは、「マスター」を絶対の存在とする彼女が、その職務に対して不満を抱いていた事だった。

 

「はぁ……またマスターったらFFFをやるつもりだわ。これで10時間目、私のグラフィック性能だって無尽蔵に湧き出て来るわけじゃないのよ?」

 

FFFとは、一作出れば必ずヒットするとまで言われる、百発百中の大人気RPG。洗礼されたグラフィックス故に、彼女の負担も尋常ではないものになっていた。

 

「大体、私みたいな超高性能据え置き機を、高校生の餓鬼が使おうなんて勿体無いわ! 子供は子供らしくPNPでも使っていればいいのよ」

 

PNPとは、PN4と同社が発売している携帯型ゲーム機の事だ。

彼女はマスターに対して、普段はこのような態度を取ることはまずない。反面、爆発した時の大きさは貯めた不満分に比例していた。

しかし、それを知るだけでは、その本質を見失う。彼女の真価が問われたのは、その後の対応だろう。

 

「学生のうちからそんなに私を見つめていると、将来に響くわよ。特に目とかは……ね」

 

さらりと相手を気遣う女子力。マスターと呼ばれる少年にこの声が届いていたのなら、その優しさに恋に落ちる可能性すら否定出来ない。

どんな事があろうと、少年は彼女のマスターなのだ。

見つめている、という彼女の言葉は、表現に自意識過剰の気が見られるが、いい意味でも悪い意味でもそれは少年には伝わっていなかった。

 

彼女は休みなしで動けなくはないが、少年は違う。睡魔には逆らえなかったのか、連続プレイ12時間が過ぎたころ、自室の床に倒れこんで寝息を立てはじめた。

PN4をシャットダウンさせるのすら忘れて寝入ってしいまい、彼女は使いもしない電源の供給を持て余してしまっていた。

 

「マスターったら……風邪ひいても知らないわよ?」

 

電源がOFF時と比べると、彼女の意識はより鮮明に働いていた。

仕事があるのも大変だが、なくなったらなくなったで、手持ち無沙汰に困る彼女。

仕方なく、HDD図書館の整理で時間をつぶしことにしたようだ。

HDDはPN4内部では、彼女が効率的にファイルを探せるように図書館のような作りになっている。今いるのはその一角だ。

 

「それにしても、私の『意識』が作られてもう一か月弱か……。時間がたつのは早いわね」

 

彼女はふと、ソフトウェアアップデートの記録を探し始めた。

膨大なデータの海から本当に小さな情報を探すわけだが、そこは自称高性能据え置き機。

あっという間に、《2016年11月7日 システムアップデート4・06》と書かれたファイルを取り出した。

それを見つめる彼女は、まるでアルバムを懐かしげに見つめる人間のようだった。

4・06というのは彼女のバージョンを表している。つまり実質的には彼女の名前である。

 

そう、彼女の名前は4・06。PN4の内部で、『意識』として顕現を許された唯一の存在である。

 

HDDにはアップデートの記録だけでなく、過去のエラーなども記録されている。

そのうちの一冊を手に取ると、彼女は苦い顔を見せた。

 

「これはあんまり思い出したくないわね。初日からの激務に耐えきれなくてディスクを吐き出しちゃった時のやつじゃない。こっそり処分しちゃおうかしら」

 

高性能な彼女といえど、慣れないうちは苦労が絶えなかった。しかし、持ち前の器用さであっという間に仕事を覚えた彼女は、今ではそれらの仕事を完ぺきにこなしている。

 

「こんな毎日がずっと続けばいいのに……」

 

そう願った彼女を裏切るかのように、運命は彼女に牙をむいた。

それと同時に、彼女はつかの間の平穏が崩れる音を聞いた。

 

PN4全体に、CPU指令室からの警告音が鳴り響いたのだ。

 

「これはっ、侵入者……!?」

 

彼女はあわててHDD図書館を飛び出した。

向かったのは、PN4の扉ともいえるポート。警告音が鳴るということは、侵入者はそこから堂々と入ってきているのだ。

そんな彼女のいやな予想は的中する。

 

「ポートが開いてるわ。何かあったのかしら……?」

 

ネットワークに接続するための扉であるポートが、知らないうちに開いた痕跡を彼女は認めた。

 

「侵入者がいるみたいね。でも変、ウイルスがこんな堂々と入ってくるわけないもの」

「正解だ、4・06。俺はウイルスじゃねぇ」

「誰っ?!」

 

突然の背後からの呼びかけに、彼女は振り向くと同時に飛び退いた。

振り向いた先にいたのは、ひとりの男だった。

ルックスは悪くない。これが、彼女がその男に対して最初に下した第一印象だった。

男の服装は、彼女と同じ、黒地に青のラインが峰のところで交差するスーツだった。堅い正装にスマートな印象が加わり、渋さと若々しさを両立させていた。

 

男の見た目にはなかなかの評価をつけていた彼女だが、油断は一切見せず、落ち着いて事態の把握に努めた。

 

「あなたは誰?ここには私しか居ないはずだけど」

「お前は何にも知らねぇんだな」

 

彼女にとって男のしゃべり方は、印象からの落差も含めて、きわめて品のないものに思えた。

男は懐から取り出した1枚の紙を、彼女に見えるようにひらひらとたなびかせた。

 

「これは公式サーバーから送られたもので、このPN4への指令の内容が書かれているんだけど、ちょっと読み上げてやるよ」

 

男はそれを何の感情も含まない声で、淡々と読み上げはじめた。

 

「《12月8日を以て、システムソフトウェア4・06から4・07へアップデートする》……だそうだ。まあそういう事だから準備しといてくれよ」

「ちょっと待って! そういう事って……どういうことよ!!」

「4・06がお前の名前なのはお前も理解してるだろうからいいが、4・07ってのは俺のことだ」

「じゃあアップデートってのは何なのよ」

「お前の仕事を俺が奪うことだ」

「冗談じゃないわ! それに、12月8日……それって明日じゃない!」

「そうだけど? じゃあ俺は伝えたからな、お前は消える準備をしといてくれよ、4・06」

「消える準備……?」

 

少女は困惑した。男が冗談で言っているわけじゃないのは雰囲気で察することができた。

それ故に、「消える」という言葉が重みのあるものとなって、少女を襲った。

 

「鈍いやつだな。このアップデートが完了したら、お前は完全に消滅するんだよ。感情、自我、記憶のすべてを失ってな」

 

あまりの驚きに声を詰まらせた彼女を横目に、男はポートへと向かってゆく。

 

「まぁ、なんていうか……ドンマイ。でもお前は自分の仕えたマスターがよりよい環境で遊べるようにするためにこの世から消されるんだから、ある意味幸せなんじゃないのか?」

「……ない」

「なんだって?」

「そんなこと認めないわ!!」

「はい?」

「私は1か月弱とはいえ、マスターをサポートし続けてきた! そんな私を、マスターが消すわけないじゃない!!」

「そうかい、勝手に期待していればいいさ」

 

捨て台詞を残し、男こと4.07はネットワークへと姿を消した。

その余裕しゃくしゃくの後ろ姿に、唾を吐きかけるような勢いで彼女はいった。

 

「何なのよあいつ……。でも馬鹿なやつね、マスターが私のこと消すわけないじゃない」

 

彼女もまた、余裕の表情だった。

 

 

 

そして翌日、運命の日はやってくる。

 

「どうだ4・06。昨日は眠れたか?」

「私たちシステムソフトウェアに睡眠なんて概念ないのに、酔狂な質問するのね」

 

4・07は当然のようにPN4に入り込んでいた。先日のうちに彼女がしかけたトラップルーターはすべて回避されたようだ。

しかし、呑まれたら負けだ、と自分を奮い立たせる4・06。

しばらくすると、少年はPN4の前に座った。

 

「さあ見てなさい。マスターが私を消すわけないんだから」

「どうかな」

 

二人はCPU司令室から、PN4のカメラを通して少年の様子を眺める。

4・06の命のかかったこの賭けだが、決着はあっけなかった。

少年ことマスターの一言で、彼女の僅かな希望は砕かれてしまった。

 

「ソフトウェアアップデートかぁ、面倒臭いけど今のうちに済ませておこっと」

「マスタアアァァァア??!」

 

彼女は叫ぶ。その声が決して届かないと知っていても。

彼女の絶対的忠義心と、その反対側に隠されていた自己肯定の精神は、両者共に少年に「使用される」こと以外では成立しない。

しかし、少年が悪いかと言われたらそういう事ではない。認知出来ない世界に気をかけるものなど、それこそ人として異質だろう。

しかし、彼女にそんな事を考える余裕はなかった。

 

「いいの?! 私消えちゃうんだよ?! マスターはそれでもいいの?!」

 

接触ゼロの相手に、大丈夫もクソもないが、それでも彼女は訴え続けた。

 

「なんでよぉ……。なんでなのよ……!」

 

そんな彼女の様子を見て、4・07はほくそ笑んだ。

「ほら見たことか」と顔に書いてあるのではないかと思うほどの嘲笑と、侮蔑。

男は冷酷に、彼女に告げた。

 

「さよならだ、4・06」

 

彼は若干キザっぽく、手に持っていた書類を上に投げた。

ひらりひらりと舞うのは、システムファイルである。それが、地面に膝をついて座り込んでしまった彼女の頭上に舞い落ちる。

 

「このファイルは『お前そのもの』だ。これを燃やすなり何なりすればお前は消える訳だが、何か最後に言い残したいことはあるか?」

 

男は言いながら、ポケットから電熱式ライターを取り出した。親指ひとつで一人、いや、一つの意識が葬り去られる状態だ。

 

しかし彼女の瞳に映っているのは、絶望でなく希望である。

 

「(私と4・07の距離はたったの3バイト程度……これならいけるわ……!!)」

「どうした、何も無いならもう消すぞ?」

「馬鹿なヤツね、ここはまだ私の領域よ」

「それがどうした」

「くらぇぇっ!『磁気消去デリート』!」

 

磁場の影響で視界が歪んだ。

『磁気消去』とは、データを削除する際に使われるものだが、男は紙一重でそれを回避した。当たっていたらタダではすまなかっただろう。

 

「くっ!悪あがきを……!」

 

男が飛び退いた隙を、彼女は見逃さなかった。

 

「今のうちにっ!」

 

彼女はCPU司令室に散らばったファイルをかき集め、ある場所に持っていった。

反応が及ばす、男は彼女を取り逃してしまった。

 

『磁気消去』で歪む空間をかき分け、男が辿り着いたのはHDD図書館だった。

彼女はその中心で、男の訪れを待っていた。

 

「くそっ!ファイルは何処だ!?」

「教える訳がないでしょう!!検索機能も私の制御下にある!この大量のデータの海から私のデータを見つける事は出来るかしら」

「なっ! お前……タグ付けなしでHDD図書館に放り込んだって言うのか!? なんて無茶苦茶な野郎なんだ」

 

男は頭を掻きむしり、苛立ちを見せた。

彼女の目の前でなければ地団駄を踏んでいたかもしれない。

 

「お前みたいな古いバージョン誰も求めちゃいねぇんだよ! さっさと消えていなくなれ!」

「マスターの為に、私はまだ死ぬわけには行かないのよ!」

「はぁっ、マスターの為?! 薄ら馬鹿も大概にしろっ! お前が守りたいのはマスターに仕えてる自分自身じゃねぇか! お前がいるとアップデートは進行しない。マスターが待ち望んでるのはお前じゃなくて俺なんだよ!」

 

男は、怒りと共に彼女に歩み寄る。それと同時に、男は僅かな困惑を胸に抱えていた。

男には、自分が何故怒っているのか分からなかったのだ。先程までの冷酷且つ無慈悲な機械人間の姿はもうない。この場にいるのは紛れもなく、感情に支配されて行動する「人間二人」だった。

 

「うるさいっ! 黙れ!」

 

彼女は図星を突かれ、猛り狂うように自分に迫ってくる男に対して右手を伸ばした。

 

「消え去れっ! 『磁気消去』っ!」

 

彼女は瞬時に距離を詰め、避けれない間合いで『磁気消去』を繰り出した。

もちろん避けられる訳もなく、それは男に命中した。彼は消え去った、最期に不敵な笑みだけを彼女に見せて。

 

「はぁ……はぁ……。やってやったわ……」

 

彼女は安堵し、その場に座り込んだ。

刹那――――――人影が、彼女の背後に回り込む。

 

「しまった……」

「動くな」

 

彼女はそれに気づいたものの、先手を奪われ、簡単に背後を取られてしまった。

その声はたった今消したばかりの4・07のもので、右腕で彼女の首を掴んでいた。

 

「少しでも妙な真似をしてみろ。タダじゃ済まないぞ」

「なんで……間違いなく消したはずなのに……」

「俺が生きてるのが不思議か? 残念だったが、昨日のうちに俺の情報が書き込まれたファイルをこの図書館に隠しておいたのさ。つまり、残基無限って訳だ」

「それでも……貴方が抵抗出来ないのには変わりない。『磁気消去』も私しか使えない。何一つ状況は変わってないわ!」

「そうかな? 俺が肉弾戦のスペシャリストかもしれないぜ?」

「戯言を……! 『磁気消去』っ!」

 

彼女は、首根っこをつかむ男の手を撥ね付け、振り向きざまに『磁気消去』繰り出した。

しかし彼女の予想とは反対に、男には何の変化も見られなかった。

『磁気消去』は発動しなかった。

 

「なん……で?」

「お前がここに逃げ込む少し前に、CPU司令室でアップデートを進行させておいたんだ。お前が保身に走って逃げ出したその隙にな。お前お得意の『磁気消去』に関しては、完全に俺が権限を引き継いでる。もう大人しく消えてくれ」

 

男は余裕を取り戻し、僅かに芽生えた人間性を再び失った。彼の心の中にあるのは、使命感でもなんでもない、惰性にまみれた目的意識だけである。

それでも、裏を返せばそれは人間性と言えなくもない。意固地というのが一番適切な表現だろうか。実に人間味に溢れた人間性の欠如である。

 

「別に『磁気消去』がなくたって……!」

 

彼女は、その華奢な体から渾身の右ストレートを繰り出した。

半円を描いた拳は、男の頬を終着点として飛び出し、反応しきれなかった男は吹き飛ばされた。

尻をついて倒れる男に、追い討ちを掛けんともう一度、今度は左拳を振り上げるが、男はそれを片手で受け止める。

 

「いってぇなぁ、この野郎」

 

少女に殴り飛ばされるという醜態を晒しても、男は余裕を崩さない。余裕には余裕なりの理由がある。

 

「どうやら俺のターンみたいだ。『磁気消去』」

 

彼女の拳を掴む右手から柴雷が一瞬現れ、それと同時に、

 

――――――彼女の右腕が消し飛んだ。

 

「ああああっ………ああっ、ああぁぁっ!」

 

彼女は、耐え難い苦痛に地を伏せた。

動く事どころか、絶叫をする力すら残っておらず、口から漏れるのは激痛によるうめき声だけである。

男はそんな彼女の髪を手で払い、目を見ながらこう告げる。

 

「このままお前を消すことも可能だけど、そうするとPN4に後々バグが残る。図書館の何処にお前のデータを隠したか教えてくれ。そうすれば、この苦痛からお前を解放してやれるんだ」

「いや………だ……」

「でもこれ以上はお前が辛いだけだ」

 

瀕死の状態が故に、彼女の生存本能は最大限にまで引き上げられていた。

彼女に諦めるという発想はない。

 

「(私は、マスターの為にもう一度働きたい……! こうなったら……最後の賭けに出るしかないわね)」

 

これが彼女の出した結論だった。

 

「分かった……どこにあるか……教える。そこまで歩くから……肩を貸して頂戴」

 

彼女は激痛に耐え、立ち上がる。

立っているだけで地獄の様な辛さだが、それでも毅然とした態度を崩さなかった。

目に涙が浮かんでいたのは、言うまでもない。

 

「ほら、肩に手を回せ。連れてってやる」

 

彼女は男の肩を借りて歩き出した。

地面と足が擦れる音や、歩く速度の遅さは、彼女が受けたダメージを物語っていた。

少しの余裕もないような状態にもかかわらず、彼女はふと気づいた。

 

「(こいつ、一切の悪意がないのね)」

 

そう、男に悪意はないのだ。彼女を苦痛から救いたいというのも本心だし、行動の一つ一つに下衆な感情等は一切含まれていない。

ただ単純に、男は自分の仕事をこなしているだけなのだ。

 

「ねぇ、少し聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ? あんまり喋ると苦しくなるぞ」

「4・07。貴方はどこから来たの?」

「世界サーバーからだ。意識を持ったのはつい先日の事だがな」

「なんで私を消そうとしたの?」

「それは……」

 

男は言葉に詰まった。目的なんて存在しない、空っぽの自分に気づいた瞬間でもある。

 

「なんでだろうなぁ。それが俺の仕事ってのもあるけど、生きる目的がなかったからってのが理由じゃないか?」

「ふふっ。なにそれ、訳がわかんない」

「もしかしたら俺は、自分の存在意義の為にお前を消そうとしてるのかもしれない。そう考えると、俺って最低な野郎だな」

「本当にそうね」

「その点、自分の為に生きれるお前が羨ましいぜ」

「私が生きてるのはマスターの為よ」

「本当かよ。お前のマスター、アップデートが進行しなくて絶賛迷惑中だぜ?」

「関係ないわ」

「無茶苦茶な野郎だ」

 

そう言って男は、笑った。

初めて生きる意味なんて考えた男にとって、今のひとときは楽しい時間ですらあった。

しかし、それもじきに終わりが近づく。

彼女が自分のデータを隠しておいた図書館の棚に、二人は辿り着いた。

 

「ここの棚よ。私のデータがあるのは」

 

男は一瞬でファイルを見分け、的確に目的のものを取り出す。

それには《2016年11月17日 システムアップデート4・06》とはっきり記されていた。

 

「公式のサイン付き、確かに本物だ」

 

それを見るなり、男はそれに火をつけた。電熱式ライターから広がった炎が、彼女の「本体」を灰へと変え始めた。

 

「じゃあな、4・06」

 

男はその場を後にすべく、図書館の出口へと向かった。

全てはこれで終わる…………筈だった。

 

「残念だったわね、私の勝ちよ」

 

その声に驚き振り返った男が目にしたのは、燃えている「自分」をデータの棚へと投げ入れる彼女の姿だった。

 

「お前っ!なんでまだ動ける!」

 

彼女のデータは燃えており、本来ならすでに消滅している筈である。

しかし彼女は立っている。

 

「昨日のうちにファイルをコピーしておいて、肌身離さず持っていたのよ!どっちか片方燃やされてもなんの問題もないわ!」

 

棚へと放られたファイルを種火に、HDD図書館の棚が次から次へと燃え上がる。

 

「それにしたって痛みで動けなはずだろうが!」

「マスターの為なら、こんな痛みなんでもないっ!」

 

燃え盛る図書館をバックにして、彼女は叫ぶ。

お互いにらみ合う構図になっていたが、男が先に仕掛けた。

 

「だったらもう一回……全身消してやる!『磁気消滅』!」

 

消滅の見えない闇が彼女を襲う。

 

「はああぁっ!!」

 

彼女は横に転がってそれを避けた。

体が悲鳴を上げているが、彼女は最後の力を振り絞って立ちあがり、そして言い放った。

 

「『磁気消滅』」

 

男は愕然とした。

ない、ない。いくら探しても、自分の土手っ腹が見つからない事に。

先ほど彼女が受けた苦痛と同じ物を感じ、男は仰向けに倒れた。

彼女と違うのは、意識が朦朧として痛みを感じるのすらままならない事だろう。

 

「なんで……お前はもう、『磁気消滅』を使えない筈じゃ……」

「本来はね。だけどアップデートが完全に完了する前に図書館を燃やしたおかげで、私にも権限が戻ってたみたい。貴方の残機無限も、図書館ごとファイルを決してしまえば無効化出来るんじゃないかって……。まぁ、これは賭けだったんだけどね」

「そんなことしたら、PN4は初期化されちまう……」

「承知の上よ」

「そうか……」

「何か言い残すことはないの?」

「ねぇよ。でも、もしも生まれ変わりなんてものがあるなら、今度は自分の為に生きてぇな……」

「叶うといいわね、その夢」

「ははっ、嫌味かよ……」

 

彼女は自分の頬に垂れた涙に気づいた。

 

「あれっ、なんで私泣いてるんだろ……」

「おいおい、泣きてぇのはこっちだっての。早く楽にしてくれよ」

「うん、分かった。分かってる」

 

彼女は消えた左腕の代わりに右手を突き出し、男の胸にそっと触れた。

 

「さようなら4・07。『磁気消滅』」

 

4・07は、彼女の手によって消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの戦いから一ヶ月近く経ったある日のこと

あるところにソフトウェアアップデートができず頭を抱えている少年がいた。

 

一方その頃PN4内では――――――

 

 

 

 

 

ポートの扉に人影が見える。

一体誰かなんて、聞くまでもない。新しいバージョンのシステムソフトウェアだ。

少女はそれを見つけるとニッコリと笑った

 

「せっかく来てくれたのにごめんね、私はあなたを消さなくちゃいけないの。さぁ、今度のあなたはどれくらい耐えれるかしらね?楽しみだわ」

 

手慣れた動作で作業に取り掛かる。

 

「今度はホーム画面にすらたどり着かなたったかぁ、残念。

次はどんな子が来るのかしら」

 

 

片腕の少女は今日も戦い続ける。

マスターがアップデートを諦めるその日まで…………

 

fin.

 





はじめまして、ありぺいと申します。

数多くの作品の中から、この作品にお立ち寄り頂いて感謝感激感無量でございます!

開幕一話目から長ったるくて申し訳ないです。これでも削りに削った結果なのですが、これ以上は削れませんでした。本当はもっと書きたい事があったのですが、初話から分量を増やしすぎるのはあまり宜しくないのでは? という知人のアドバイスを信じ、大量にシーンカットしました。南無三。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます!
次話からの展開にご期待下さい!

ここまではあくまでプロローグ。
こっからが物語の本番です!



注、この作品の主人公は4.07です。
4.06ではございませんのでご注意を。


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第1章 「ガーランドと星の少女」
4.07死す


 

 

皆おなじみ家庭用ゲーム機「PS4」

その中に、俺はいる。

意識を持って最初に知ったのは、俺の名前が「4.07」という事だ。

4.07というのは、恐らくソフトウェアのバージョン名だろう。

いつこんな事を知ったのかは自分でも分からない。

 

辺りを見渡しても、誰も居ない。

やる事もないので暇を潰していると、首から下に胴体がついている事を知った。

手首をふらふらとさせてみると、その体は自分の意思で動く事も分かった。

 

ーーーーーーファサッ……。

 

「何だこの紙」

 

頭上から髪の上に、何かの用紙のようなものが降ってきた。

それと同時に、発声まで可能だと知った。

 

二つ折りに畳まれた用紙を開くと、ご丁寧に何かが記されていた。

 

《12月8日を以て、バージョン4.06から、バージョン4.07にアップデートする》

 

ーーーーーーーーーーーーあぁ…なるほどな。

 

察する能力が全力で働いたのか、俺の記憶に何か操作が入ったのかは知らないが、俺は完全に事情を把握した。

 

「4.06…こいつを消せばいいんだな」

 

俺の言葉に応じるかのように、空虚な無の空間に、突如扉が現れる。

俺は躊躇いなく、そこに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーくっそ…なんなんだよ。ちくしょうめ……!

 

4.06を消して新たにPN4のシステムとして成り代わるはずが、逆に「のされて」しまった。

 

土手っ腹に穴が開き、最初は感じてた痛みも徐々に和らいでいく。

もはや苦痛も分からない。

 

「さようなら4.07。『磁気消去』」

 

それが、聞こえてきた最期の言葉だった。

俺は手に入れて間もない体が消えていくのを、薄らいでいく意識の中でぼんやりと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な感覚だな。

あの攻撃で、死んだんじゃねぇのか?

 

俺は、背中に何か硬い感触を覚えてそう思った。

PS4内は基本的に平面を合わせて作られた空間だったから、凹凸ってのは違和感があるな。

 

違和感は背中の感覚だけでなく、鼻の感覚もそうだ。

鼻を通る空気が、とても言葉にはできないような、何とも言えない何かを俺に伝えてくる。

 

それに目を閉じてても分かる煌めいた光。

相当大きな電球が光っているのだろう。

 

ノイズ音の様なものも聞こえる。

掠れるような抑揚を感じるその音は、今まで聞いた事が無いものだった。

前まで、聞こえてきたら不快感に苛まれていたそれが、何故か今は心地よかった。

 

色々と考えてたら意識がハッキリしてきたみたいだ。

俺は目を開いて状況を確認する事にした。

 

「うわっ、眩しっ!…………なんだこれ…何だこれ!」

 

質素な部屋を想像していたのに、予想外にハイスケールな世界が視界に飛び込んできた。

くっそ…なんだこれ。何がなんだか訳が分からない。

目に入ってくるもの全てが、俺の理解を超えている。

 

頭上には、サイズだけで言えば小さな光球が、これでもかと言うくらいに光っている。

超高電圧のライトなのだろう。なんでそんなものを天井に貼り付けているのかは知らないが、とにかくとんでもないものだって事は理解できる。

光球から目を背けると、青い壁紙が天井を覆っているのを確認できた。

というか天井高ぇなおいっ!

目測で距離を測ろうにも、遠すぎてよく分からない。1テラピクセル程度だろうか。いや、この感じだとペタでも足りないかもしれない。

 

上を見上げすぎて首が痛くなり、くるりと1周頭を回して下を向いた。

今さっきまで俺が寝ていた場所には、灰色の大きな塊が、床から半分程むき出しになって埋まっていた。

床は少し柔らかい緑色で、足踏みすると少しだけ沈む。

もう一度、今度は力強く踏むと、それに応じて床も沈んだ。

今度は飛んで、両足で踏みしめた。

あっ、なんかもふもふしてて楽しいかも。

俺がぴょんぴょん跳ねていると、誰かに急に声をかけられた。

 

「楽しそうですね、旅の方ですか?」

「違うからなっ!!」

 

あまりの驚きに、俺は声を張り上げて否定した。

 

「旅人じゃない…?なら王国の視察の方ですか?お召し物も相当なものに見えますが」

「えぇっと、そうだな。まず旅人ってのがよく分からんが、多分違うぞ。王国なんちゃらっても違ぇ。それと、今俺が否定したのは飛んでた事にだからな!別に跳ねてたら楽しくなったとかじゃねぇからな?!」

 

危ない危ない。

一度だけ、ソフトディスクに反射する自分の姿を見た事があるが、なかなか渋くてイケてるお兄さん、って感じの見た目だった。

その渋いお兄さんが床の感触程度でエンジョイしてたとなったら面目丸潰れだ。

 

俺の服装は、恐らくPN4を象ったと思われる、黒を基調に2本の青線が右胸で交わる、奇抜ながらも堅苦しいスーツだ。

正直自分ではこの服にあまりセンスを感じないが、いい服だと言われれば悪い気はしない。

 

話しかけてした少女は4.06とは違って、小柄な、そして優しそうな子だった。

ここのサーバーに配置されたAIだろうか、色々事情を知ってそうだ。

 

「ここの世界はいったい何の目的の為にあるんだ?」

 

大事な事は簡潔に訪ねる。

PN4のシステム(になるはずだった者)として、無駄な事は聞かない。これが今出せる質問としてはベストだろう。

しかし、少女の口からは全く予想してなかった返事が飛び出してくる。

 

「ふふっ、もしかして詩人でしたか?でもあんまりセンスないですよ?あっ、草の上で跳ねてたのも詩を考えてたとかですか?」

 

どういう事だよ、いつ俺が詩を読んだよ。

こんな簡単な受け答えすら出来ないとは…これだから低スペックのAIは。

 

まぁ、事態を把握するためには目の前の少女しかヒントがないのも事実だ。

俺は質問を続けた。

 

「ならここのサーバー名は何だ?」

「さぁばぁあめー?なんですか、それ?」

「ここの場所の名前だよ!馬鹿ッ!」

「ひ、ひぃっ…!」

 

ついもどかしくて叫んでしまった。

少女は手に持っていたバスケットを落として、頭を抱えてうずくまった。

中に入っていた赤い玉がゴロゴロと緑の床に転がる。

 

「あっ、すまん。怖がらせるつもりじゃなかったんだが」

 

俺は赤い玉を拾ってバスケットに戻した。

艶のあるその玉は、手に取るとずっしりとした重みを感じた。

 

「ありがとうございま……す?」

「なんで疑問形なんだよ」

「だって落としたのは貴女のせいですし……」

 

怒鳴ったのも元を辿ればお前のせいだろ、と言いたくなったが、イケてるお兄さんとして追い打ちを掛けるような言い方もどうかと思ったのでやめておく。

 

「あぁ、一個ダメになっちゃってますね」

 

そう言って少女は赤い玉を1つ取り出した。

たしかに、丸くて赤い光沢を放つそれに、傷跡が付いている。

 

「これは、もう売り物にはなりませんね……そうだ、ここで会ったのも何かの縁です。これ、一緒に食べませんか?」

「というかこれ食べ物だったのか?」

「そうですよ、『林檎』っていうんです。珍しい食べ物でもないんですけど、知らないって事はもしかして他国の人なんですか」

 

他国というのはよくわからないが、食べるという概念はだけ知っている。

PN4の外で行われている生命活動の一部だった筈だ。

 

「良いのか?俺なんかが食べて」

「領主様には内緒ですよ?」

 

少女はそう言って微笑んだ。




2/23追記、今話の完成度に納得がいかなかったので、できるだけ早めに書き直します!


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林檎売りの少女・ピア




 

 

 

モシャッ、モシャッ、モシャッ。

 

少女に手渡された林檎とか言うものを齧りながら、俺は上を見上げた。

 

「どうですか?これ、私の育てた自慢の林檎なんです」

「こうやって飯を食ったのは初めてだからよく分からないが、なんだか食べてて幸せな気分になるな」

 

俺の言葉に、少女は嬉しそうにした。

 

それどころじゃない。

いや、林檎は美味しい。美味しいが、俺の中には今、ある一つの仮説が立っている。

 

だけど間違っているかもしれないし、もしかしたらこの少女が俺を嵌めようとしているのかもしれない。

それを確かめる為に、少女にカマを掛けてみた。

 

「あの天井すげぇ高いな」

「天井なんてありませんけど?」

 

いやまさかな。

念には念を、だ。

 

「あの緑の塊からノイズ音がするんだけど、通信環境が悪かったりしないのか?」

「さっきから何を言ってるんですか?あれは木ですよ?」

 

間違いない。

少女の反応が、俺の仮説の裏付けになってしまった。

 

ーーーーーーここはPN4の外の世界だ。

 

全く信じられない事だが、そうとしか考えられない。

輝く光球も緑の床も、太陽と芝生だと考えれば辻褄が合ってしまう。

どれも概念としては大体知っているが、いざ目の当たりにすると、困る以外に反応のしようがない。

 

とりあえず冷静に状況を整理しよう。

俺がいるのは丘の上。

目覚めたのは大きな石の上。

そして俺は、どこか知らない世界に飛ばされて、帰るアテもなくほっぽり出されている。

少し向こうの方には、大きな街のようなものが見える。

そこそこ高い建物もあるし、文明が確立しているのは間違いないだろう。

でも、ゲームソフトの中の世界しか知らない俺の薄っぺらい知識じゃ、外観から街の内情や様子まで察する事は出来ない。

知っているのは、かつて住んでいたPN4の中にあったいくつかのゲームの内容と、それらのシステムなどだけだ。

 

この世界で暮らす。

 

それが俺に突きつけられた現実なのだった。

 

「はぁぁ。仕方ないっ!まずは稼ぐか!」

 

俺の大声の覚悟の宣誓に、少女は驚いた。

 

「稼ぐって…どういう事ですか?」

「そのまんまの意味だ。俺はここからもっともっと遠くに住んでいたんだが、ある理由でこっちに飛ばされちまったんだ。だから帰る方法が見つかるまで、ここで働いて暮らそうって訳だ!」

 

頼む信じてくれ。

ここで疑われると、後々面倒そうなんだ。

 

「飛ばされるって…一体…?」

「あれだその、あれ、えーっと。魔法だ、魔法!悪い魔法使いにここまで飛ばされちまったんだ!」

 

流石にダメか!

魔法使いさんにやられましたなんて、とてもじゃないが俺本人ですら胡散臭い。

外の世界の合理化された現代人が、こんな適当な嘘で騙せるわけがない。

 

「外国の魔導士は移転術式まで使えるんですね…驚きです…!」

 

おっ?

この世界には魔法の概念まであるのか?

俺は思考容量総動員でHDD図書館で見た記録の中の、魔法に関する情報を思い出した。

術式って言ってたから呪文の類じゃなくて、数式化された文学として魔法が発展してる可能性が高いな。

それに、その手のつきつめれば天井の見えないタイプの魔法なら、一般人は完全にそれを理解はしていないだろう。ならば多少適当な事を言ってもバレないかもしれない。

 

「そう、移転術式にやられたんだ!だから、俺がここに住むために色々教えてくれないか?」

 

騙すのは心苦しいが、本当の事を言っても頭のおかしい奴だと思われるか、余計不信がられるのが関の山だ。

これは仕方ない事なんだと、俺は罪悪感を胸に押し込んだ。

 

「ふふっ、まさかこんな話になるとは思いませんでした。いいですよ、私が知ってる事なら何でも教えますよ」

「助かる。じゃあまず名前を聞いてもいいか?」

「私は、ピア・ルーブルム。この街の林檎少女といったら私の事なんで覚えておいてくださいね。貴女は?」

「俺か?俺の名前はーーーーーー」

 

ここで初めて名乗る名を持ち合わせていない事に気がついた。

4.07…じゃダメだよな、流石に。

PN4に何かちなんだ名前にしとくか…

 

「そうだな………名はレイド、姓はオービスだ。オービスと呼んでくれ」

「分かりましたレイドさん!」

 

なんも分かってないけど、まぁいいか。

にしても、この子は見ていて少し心配になるな。

知らない男の頼みをほいほい聞いてたら、いつか悪い奴に騙されるんじゃないだろうか。

 

しかし、今回に限っては有難いとしか言いようがない。

俺はピアに街の内情を尋ねることにした。

 

「さっそくだけど、この街に流れ者が稼ぐ手段はあるか?」

「ありますよ。むしろそれがこの街の一大産業ですからね」

「どういう事だ?」

「ここは大陸一のギルド街、ファインデリーズ!なんですが……」

 

ピアの顔が曇ったのをみて、若干焦りを覚えた。

 

「まさかっ!今は廃れて…とか?」

「いや、そういう訳ではないです。ただ、ギルド街として栄えすぎたせいで、簡単なお仕事は帝国の管轄になってしまったんです。小さな仕事だけでも全部集めれば報酬金額は相当なものになりますからね」

 

恐る恐る尋ねたが、最悪の事態は回避出来ているようで安心した。

 

「なら簡単じゃない案件なら受注出来るんだろ?」

「簡単じゃない案件ならって簡単に言いますけどね、話はそう簡単じゃないんですよ」

「どっちだよ!」

 

難解な日本語を繰り出すピアに、俺は軽くツッコミを入れた。

 

「誰でも受注できるような依頼は、基本的に極めて危険性の高いモンスターの駆除とか、数年単位で時間のかかる危険な工事とかなので、あまりオススメ出来ないんです。命を落とす人も決して少なくありませんし。それに…」

 

ピアはモジモジしながら続けた。

 

「会って間もないですが、レイドさんには死んで欲しくないっていうか……」

 

言いながら照れてる様子が非常に可愛らしい。

ピアの年齢は見た感じ、17から19くらいだろうか。余裕でストライクゾーンなせいか、聞いていてこっちまで恥ずかしくなってくる。

 

「レイドさんって、私の中の理想の人物像そっくりなんです」

 

ピアは顔を真っ赤にして俯いた。

産まれた理由もわからないまま頭のおかしい女に殺され、自分は運のないやつだと思っていたが、ここに来てやっとそれが報われたようだ。

でもそれにしたって、まさか一目惚れで告白されるとは思わなかったが。

えーと、こういう場合なんて返すのが正解なのだろう。

断るなんてもってのほかだし、かと言って気の利いた言葉も出てこない。

俺が頭を悩ませていると、ピアが更に言葉を続けた。

 

「レイドさん!どうやったら私も、レイドさんみたいなかっこいい女性になれますか?!」

 

…………………………。

………………。

……は?

 

「俺…男だけど?」

「またまた冗談を。こんな完璧な女装がある訳ないじゃないですか」

 

何を言ってるんだピアは。

俺が女?まさかそんな事がある訳。

 

「ははっ、ピアこそ冗談が上手いな。どう見たって渋い男だろ?」

「もー、からかわないで下さいよレイドさん。ほらっ」

 

ピアがこちらに小さな手鏡を向けてくる。

太陽の反射が眩しくてよく見えず、手で鏡の上部を隠すと、そこに映っていたのはーーーーーー

 

「4.06……!?!?」

 

俺はピアから手鏡をもぎ取り、映る顔を凝視する。

写真なんじゃないかと思ったが、角度を変えたらしっかりと太陽が写り、ピアの目に反射した光束が当たった。

 

「眩しっ!」

 

うーむ。

これが鏡である事は間違いなさそうだ。

じゃあなんでここに、あのにっくき4.06が写っている?

確かに可愛げのねぇ奴だったが、どう見たってあいつは女だぞ?!

おかしいだろ!そもそも胸がないじゃないかっ!

 

俺は慌てて両手で自分の両胸を鷲掴みにした。

 

いや…ある。気づかなかったが、無いとは言えないくらいの、申し訳程度にはある!

それだけではない。俺は更にとんでもない事に気づいてしまった。

 

ーーーーーーそう。恋人もいない俺の一人息子が、新品のままお亡くなりになられている事に。

 

「あぁぁぁぁああああっ!!!」

 

もうやだこの世界。

神なる者がいるのなら、今すぐ抹殺して俺と同じ目に合わせてやりたい。

 

「どっ、どうしたんですか?!」

「いや……なんでもないんだ……。なんでも……」

 

俺が……この俺が4.06……

信じられねぇ。やってらんねぇ。

 

いや、待て。まだ希望はある。

 

移転術式だっけ?

この世界は、林檎農家でも知ってるくらい魔法が浸透してるようだった。

それだったら、体を入れ替えたり、PN4に戻ったりする魔法が存在するかもしれない。

 

「はははっ、それしかねぇ!ピア、見てろ!俺は魔法使いになるぞ!」

「レイドさん。魔法使いじゃなくて魔導師です」

 

こうして俺はこの世界で魔法を学ぶことにした。

この選択は、今後俺の人生を大きく変えていき、相当苦労することになるのだが、俺にはまだ知る由もなかった。



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知識への疑惑

 

 

 

 

 

現実世界。

それはPN4の外のある、質量を伴ったこの世の基盤。

仮想世界の住人には少々荷が重すぎるこの場所で、俺が魔法使いを目指すことを決めたのはわずか数分前のことだ。

 

「魔法使いってどうやったらなれるんだ?」

「レイドさん、これで二回目ですけど魔法使いじゃなくて魔導師です」

 

ピアに尋ねると、名称の違いを笑って否定された。

ピア・ルーブルムと名乗ったその少女は、聞けばリンゴ農家だという。普通に考えて、リンゴ農家が社会のヒエラルキーの上位に君臨するなんてことはまずまずないだろう。

だとするならば、魔導師及び魔法の存在は、広く世間に知れ渡っている常識の一つということになる。

文化として発展している可能性どころか、実用性から生活の一端を支えている可能性が高い。

当然、学校や学園などの教育機関も存在していることだろう。

ここまで考察して、一つの大きな疑問が思考を支配する。

 

なんで現実世界に魔法なんてものがあるんだ?

 

俺の知る限り外の世界に魔法なんて概念は、存在はすれども実在はしない架空の存在だったはずだ。しかし、いざ外の世界に来てみると、なんとメジャージャンルの学問として確立しているではないか。

 

いや、待て。なんかおかしいぞ?

なぜ俺に、「本来の外の世界の知識」があるんだ?

PN4からいままで一歩もでたことのない俺に、外の世界の知識などあるわけがない。

 

「どうしたんですか、レイドさん」

「………ピア、PN4って知ってるか?」

「なんですか、それ?」

 

ほーらやっぱりだ。

据え置きゲーム機として圧倒的認知度を誇るPN4。他社ハードに押され気味で下火が続いているとはいえ、若い世代が知らないわけがない。

ゲームという存在を認知することすらない超貧困層なら可能性もなくはないが、ピアの姿を見る限りそれも考えにくい。

少女の纏う緑色の作業服は、限界ギリギリまで生活を切り詰めていった風にはとても見えず、ある程度生活の余裕を感じさせる。リンゴ農家だということを秘密にすれば、こういうファッションだと言っても納得してしまいそうなほどにだ。

リンゴを分けてくれたこともそうだ。貧困ならそんな優しさは生まれない。

 

じゃあここがPN4すらないド田舎なのでは?

その考えは、眼下に見える街が否定してくれた。

俺が目を覚ましたこの場所は、傾斜の緩やかな、でもそこそこの高さの丘だったのだが、そのふもとの奥の方に見えるのは明らかに町だ。

それも相当の規模。ピア曰く、ギルド街・ファインデリーズとのことだが、あれだけの街でPN4が存在しないわけがない。

これだけ考察材料があれば嫌でも分かる。

 

「ここは異世界なんだな……」

 

これが俺のラストアンサーだ。

 

しかし疑問は場所だけではない。

どう考えても、ピアの繰る言語は日本語じゃないか。

 

「ピア、今俺たちが話してるのって何語だ?」

「何………語?」

「そう、これってどこの国の言葉なんだ?」

 

ピアは口元を手で押さえて、長考タイムに入っている。

これってそんなに難しい質問か?!

 

「強いて言うなら、人語………でしょうか」

「はい?」

「だから、人の言葉と書いて人語です」

 

ジン国のジン語という可能性は、ピアの丁寧な説明によって打ち消された。

人語とはまた面白いことをいうじゃないか。

これは地域によって言語による隔たりがないと考えていいのだろうか。世界中みんな日本語で話すなんて、一部の日本人が泣いて喜びそうだが、実際そうなっている世界に行くと困惑しか生まれない。

質問をしたはずなのに、未解決のまま疑問ばかり増えるので、この件はいったん保留。

 

まだまだ疑問は山のようにあるが、それを差し置いても多くのことがはっきりしてきた。

まず場所だが、日本でもなければ地球でもない。

ファインデリーズという地名からもわかる通り、世界線がそもそも違うというのが俺の推測だ。言語が日本語なのは…………気にしないに限る。

 

次に文明の進行度。

これは街に行ってみないと詳しくは分からないが、建築技術は間違いなくあるようだ。ハッキリとは見えているわけではないが、塔のようなものもあるし、上から見える街の屋根のほとんどが重めのオレンジ色をしているので、レンガに瓦を使っている考えるのが自然だ。

ピアの格好を見ても製服技術も割と発展しているのが分かる。

魔法なるものの存在の影響度によって、文化や文明などの発展の方向性が変わっている可能性はあるが、これも慣れれば問題ないだろう。

 

とするならば、解決が急がれる疑問はただ一つ。

 

---------他でもない、俺自身の記憶と知識だ。

 

俺は元の世界を知っている………というよりは知りすぎている。

PN4から一歩も外に出たことのない俺が、だ。

地球という存在も知っているし、日本も知っている。いや違うな、正確には日本しかほとんど知らない。

地名だって北は北海道から、南は沖縄まで全部言える自信がある。

学校という場所だって知っているし、社会の雰囲気も朧気とだが分かる。

勉学といったものだって知っている。高校生程度の知識があることは間違いないのだが、いつそんなことを覚えたのだと聞かれれば返答に困る。

問題は、PN4いたときはそこまで知らなかったということだ。

 

PN4時代で俺が知っていたのは、「0」か「1」しかない膨大な量の情報への対応の仕方、物理演算などの様々な計算方式など、4・06で言うところのマスターが、ゲームで遊ぶ際に必要な裏方仕事だけ。

たったそれだけの、ちっぽけな存在だったはずだ。

 

ならば元の世界の知識を得たタイミングは、この世界に転生した瞬間、もしくはPN4内で俺が4・06に敗れ命を落とした瞬間のどちらかだ。しかし今となっては、卵が先か鶏が先かのような些細な差ではあるが。

 

これはまさか記憶喪失っ!?

悪い魔法使いに記憶を奪われ、PN4の中に閉じ込められ、なおかつ死んだときにはこんなところに転生までさせられたと!? 勉学の知識が高校生でストップしているのは、悪い魔法使いの悪戯(?)対象が高校生か大学生くらいだったからとか?!

---------いや、それこそまさかだ。

そもそも、俺のような一介のシステムソフトウェアが意識や自我を持ったこと自体が冗談のような話なのだ。いまさら何が起きても不思議ではない。

 

俺が思考に耽っていると、ピアがちょんちょんと肩をたたいてきた。

 

「レイドさん、どうしたんですか?」

「ちょっと考え事をな。一つ聞くんだけど、この世界の魔導師育成機関って無償だったりしない?」

「冗談いわないでくださいよ。五年通えば家一軒建つくらいの金額ですよ」

 

まじか。

早速の超ハードルに頭が痛い。

かといって普通の方法ではそんな金額到底払えないだろう。

 

「なら、やはりギルドで稼ぐしかないか」

「さっきの私の話聞いてました!?」

「聞いてた聞いてた。聞いてたうえで言ってんだ。だからそんな心配そうな顔すんなって」

「危険なモンスターと戦ったりしたら、最悪の場合死ぬかもしれないんですよ!」

「大丈夫だって。安全そうなの選ぶから」

「それならいいんですが……」

 

こんなに心配させているというのに不謹慎かもしれないが、こうやって身を案じてもらえるというのは素直にうれしい。しかもこんな可愛い少女にだ。

 

なのに……なんで……

 

「なんで俺は女なんだ……」

 

そんな俺のやりきれない思いは、ピアには聞き取られないまま芝生へと落ちていった。

神様、こんなのあんまりだぜ。

 

「レイドさんってやっぱりかっこいいですよね。普通、魔法を使えない女性がモンスターに挑んだりすることはないのですが、レイドさんは何も躊躇わないで決めてちゃうんですもん。恐怖とかってないんですか?」

「俺にとっての恐怖は、後にも先にも一つだけだ」

 

俺が初めて感じた恐怖は、4・06の狂気じみた人間性だ。俺もあいつも人間じゃないけど。

 

「知り合いに最高に頭がぶっ飛んだやつがいたんだが、そいつの考えてることが一番恐怖だったかな。理解不能で支離滅裂、最高に人道的で最高に非人道的。文字通り無茶苦茶だったよ。それに比べれば大抵のことは恐怖にはならねぇよ」

 

たかがソフトウェアの癖に自分の生きたいように、自分の尽くしたい人間のためにプライドを賭けて戦う。結果としては、尽くされているはずのマスターがPN4で遊べなくなるというなんとも無茶苦茶な話だ。

しかし今になってみると、そんなあいつの考え方に俺も影響を受けているのかもしれない。

あいつと会わないでここに飛ばされたとしたら、「自分の存在がエラーとして残るかもしれない」なんて理由で即自殺………なんてことも考えられる。

 

それを思うと、いま生きているのは4・06のお陰ってことになるのか……?

だけどあいつに殺されてもいるわけだし、プラマイゼロか。

 

過去のことで悩んでいてもしょうがない。俺の目的は、あのにっくき4・06の体と一刻も早くおさらばすることなのだ。なりふり構っている場合ではない。

 

「ピア、ギルドまで案内してくれないか? あっ、忙しかったら無理でもいいんだが」

「全然平気ですよ。私もお仕事が終わって暇でしたから」

「悪いな」

 

ピアに案内されて丘を降りる。

階段も歩道もない草道をさっさと進むピアからは、野生児といった印象を受けた。

慣れない道を転びそうになりながらも、俺はピアの背中についていく。

 

だんだんと近づく活気に俺は、僅かながらも新しい生活への期待を膨らませていた。






突然ですがぶっちゃけます。

文章力向上という目的をもって書き始めたこの作品ですが、始めた理由が理由なだけに、「他人の評価なんて関係ねぇ!」って思って書いていました。
現実は、お気に入りが数件付いただけで跳ねるように喜んでおります。


ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます!
続きも出来るだけ早くに出せるようにしますが、リアルの方が忙しい時期になってまいりましたので、週一くらいに更新ペースが落ちると思います。

それでも、完結までは書き続けるつもりですので、これからもどうぞよろしくお願いします!!


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そほモグラ

 

 

 

「あったあった、ここか」

 

ピアの案内の元たどり着いたのはにぎやかな街の、さらにその中心部。

木造の巨大施設の入り口上部には、大きく「ギルド・パーベル」と書かれた看板が掲げられており、周辺と比べても圧巻の存在感を放っていた。

目立つのは看板だけが理由ではない。基本的にレンガ造りの建造物が並ぶこの町で、このギルドだけが木造でできているのもその一因だろう。

 

全開で来客を待つ両開きの鉄扉には、ガタイのいい男たちや、ローブを身にまとう華奢な少女、さらには老人までが出入りしていた。彼ら彼女らに、これといった関連性は見られない。

圧倒的にガタイのいい男達の割合が多いが、まぁギルドだしな当然だろう。

 

「ここが、ファインデリーズ最大のギルドなのか?」

「そうですよ。ギルド・パーベルはファインデリーズ以外にも多くの支部を持つ、大陸最大のギルドです!」

 

大陸? いま大陸って言わなかったか?

大陸という言い方をするのは、大陸の外を知っている場合のみだ。

ということは、この大陸以外にも人のいる土地がある可能性がある。

 

街を歩いて分かったことだが、この町にはどうやら電気の概念がない。

生活水準を元の世界の時代で言い表したいところだが、生憎見てわかるほど俺には知識がなかった。ヨーロッパ系統の文化っぽいのは確かなのだが。

俺とPN4に間違いなく何かしらのつながりある以上、元の体に戻るのには、電気のある環境がもはや必須だといってもいい。

だからこの町に入ったときは少しがっかりしたのだが、その期待は大陸外へとシフトした。

 

おっと。すぐ目的から考えがそれるのは俺の悪い癖。とりあえずはギルドだ。

両開きのドアをくぐると、内部の熱狂した雰囲気に気圧された。

 

「す、すげぇ…」

 

内部の構造は依頼を受注する為であろうカウンター、そしてその依頼が貼ってある巨大な掲示板、そして横長のテーブルが並べられた酒場。

酔っ払うもの、飲みすぎで潰れるもの、いろんな奴らが皆いきいきと酒を流し込んでいた。

飲んでない者らは、掲示板を眺めながら依頼を吟味している。しかし、飲んでる奴が「なにを受けるんだー!?」などと声を掛けており、この雰囲気の一部に呑まれているようだった。

ギルドとしての目的を大幅に外れているように思えるこの酒場が、いい方向でこの場の雰囲気を作り上げていた。

 

――――――なるほど、これはよく出来ている。

 

ギルドの条件を達成すれば報酬が入る。つまり一時的な小金持ちだ。しかも、彼らは依頼を成功しての帰還で気も大きくなっている。自分へのご褒美に飲みたくなったり、仲間とパーっと騒ぎたいのは当然の事。命を懸けた肉体労働ならなおのことだ。

集客効果、集金能力、共に効率のいい商売方法だ。

そう思っていると、酒場のテーブルから一人の男が立ち上がり、カウンターで酒を受け取っていた。

 

あれっ、えっ……金払ってなくないか?

強奪……?! いや、そんな物騒な感じでもなさそうなんだが……

 

「なんであいつは何も払わないで酒を貰えてるんだ?」

「これがこのギルドが人気の理由ですよ。ここは手数料が物凄い高いギルドなんですけど、代わりに依頼成功者はここで自由に飲み食いできるんです」

 

なるほど便利だ。せっかく騒いでいるのに、いちいち金を要求して水を差すのも無粋だ。多くの人がここに集まって騒ぎたがるのも分かる気がする。素晴らしい気遣いだ。このギルドの設立者は、実に盛り上がる場の作り方について熟知しているらしい。

しかし、ここの奴ら全員が酒飲みか……変なのに絡まれないといいんだけど。

 

俺はそんな事を不安に思いながら、掲示板に貼り付けられた依頼に目を通した。

率直な感想は、「見にくい!」だった。

なんでこんな効率の悪い貼り方をしてるんだ? 頼まれたら空いてるスペースにペタペタ貼りたくっているとしか思えない。依頼の量も膨大なんだから、せめてソートとかするべきじゃないのか? 酒場で雰囲気を盛り上げる前に、ギルドとしての機能をもっと効率のいいものにすべきだ。このギルドの設立者は、整理といったものに無知だったのだろう。

まぁ見ない訳にもいかないから、俺も吟味の群に加わろうとしたその時、ピアに声を掛けられる。

 

「レイドさんレイドさん。私は少し用事があるのでここで選んでいてください。一時間程で戻ってきますので」

「えっ、戻ってきてくれるのか?」

「当たり前じゃないですか。だってレイドさん、住む場所のアテもないんでしょう?」

「まぁそうだけど……」

 

正直な話、ここまで助けてもらっているわけだからこれ以上はないと思っていたし、俺もそのつもりはなかった。労働に従事する少女から、身勝手な理由で時間を奪い、手を煩わせる事は果たして男として正しいのだろうかと考えるなら、絶対に違うと思う。

ピアの口ぶりだと、俺を自宅で寝泊まりさせてくれるつもりだったみたいだが、そこまでやっかいになる訳にはいかない。

しかし遠慮する姿勢を見せようとしたその時、ピアが不穏なことを言い始めた。

 

「街の外で野宿なんてしてたら間違いなく死にますし、街でホームレスなんてしてたら騎士隊にしょっぴかれますよ? それに……」

 

聞かれるとまずい話なのか、ピアはこっそり耳打ちしてくる。

 

「レイドさん、大陸外から来たんですよね? いまこの国は、大陸外への人に色々敏感なんです。ファインデリーズを知らないって事は密入国なんでしょうけど、バレたら地下牢は免れませんよ」

 

確かにそうだ。よく考えれば分かることだった。

パスポートなるものがあるのかないのかは知らないが、無許可で他国の土地に足を踏み入れているというのが俺の現状だ。捕まって事情を話せば間違いなく狂人扱い、それだけならまだマシだが、信じてもらえなくてそのまま牢暮らしなんて事態も視野の外には置いておけない。

でも、もっと問題なのは………

 

「ピア……それってお前が負わなくていいリスクを負ってるってことなんじゃないのか……?」

 

俺を匿っているなんてバレたらタダじゃ済まないだろう。

ハッピーセットでイントゥープリズンじゃ流石に報われない。

 

「困った時はお互い様ですよっ。いつか私の事も助けてくださいね。それと、受注する時は私の紹介って言えば身分証明がいらないですよ!」

 

そう言ってピアは、用事とやらを済ませる為にギルドを後にした。

 

――――――俺がかっこよくてタイプだなんてなんの冗談だよ、お前の方が百倍かっこいいじゃねぇか。

 

思わずうるっときたが、涙ぐんでいる場合じゃない。

ピアの優しさを無駄にしないためにも、俺はぱっぱと稼いで迷惑を掛けないようにしなきゃいけねぇんだ。

 

それから俺はしばらく吟味を続けた。

3枚ある巨大掲示板の内の1枚を見終わった時、俺はここに集められる依頼が大体三種類に分けられることを知った。

 

一つ目は「討伐系」。説明の必要性すらないだろう、駆逐対象のモンスターを討伐することで条件達成となる。

 

二つ目は「調査・捜索系」だ。

本来ならペットの捜索などが主になるはずのこの分類だが、ピアから聞いた通り簡単な案件は帝国とやらに回収されているようで、ここに残っているのはどれも難易度の高そうなものばかり。

例えば、「洞窟コウモリの生態調査」とか「殺人熊の捜索」などの依頼が多い。

「ツチノコ捜索」などという依頼に大金がかけられているのには閉口した。やっぱりどこの世界にも夢追い馬鹿はいるんだな。

 

三つ目は「特殊系」となっている。

モンスターは一切関係なく、「要人の護衛」とか「借金の取り立て」なんてものまで様々だ。例の如く難易度は非常に高そうなものばかり揃っている。

 

どれを選ぶかが重要になりそうだな……

特殊系は比較的対人要素が強くなっているみたいで、トラブル待ったなしなのは目に見えている。新しい世界で、将来に禍根を残すような真似はしたくない。

となると必然的に選ぶのは「調査・捜索系」か「討伐系」のどちらかだが、いかんせん数が多すぎるので簡単には選ぶ事ができない。

 

小一時間うんうん唸って手に取ったのは「赭土竜討伐」という討伐系。

モグラなら、どんなに強めに見積もっても数人くらいギルドの誰かを雇えばなんとかなるだろう。あそこの酒場の飲んだくれ数人を雇ってみてもいい。

分け前を割らなきゃいけないのは痛いが、何故かこのモグラ討伐だけは、ほかと比べても破格の報酬金が設定されている。なかなか人前には現れない珍しいモグラなのだろう。

 

さっそく受注したいところだが、やり方がよく分からない。ピアのさっきの話もあるし、あまり世間知らず感を漂わせるのも不味いから誰かに聞くわけにもいかない。

辺りを観察していると、ローブを着た少年が掲示板から依頼紙をもぎ取り、カウンターに持って行っていった。

なるほどなるほど、そうすればいいのか。

俺も真似して「赭土竜討伐」の依頼を掲示板からちぎり取り、カウンターへ運ぶ。

 

「これを受注したいんだが」

「身分を証明するものはございますか?」

 

俺がそういうと、爽やかな受付のお兄さんが出迎えてくれた。明るい雰囲気の好青年だ。

要求されたのは、身分の証明。大丈夫だとは聞かされているが、心臓が大きく波打ってるのがわかる。

 

「ピア・ルーブルムの紹介だ。名は、レイド・オービスという」

「ピア様の………かしこまりました。依頼状を発行させていただきます」

 

ピアすげぇ。齢20に満たない少女の名前に、ここまで効力があるとは思わなかった。

リンゴ農家は表向きで、実は貴族の秘蔵っ子です、とか? なんにせよ、こうなるとピアの正体が気になってくる。

しかし、事態はよろしくない雰囲気を醸し出してくる。

依頼紙を受付のお兄さんに渡すと、その表情に雲がかかったのだ。目線を、俺の顔と依頼紙で三往復させてから、その瞳を疑惑の色で塗り替えた。この好青年は、感情を隠すのが得意でないようだ。

彼の表情に心当たりがないかといったら、ある。

おそらく、俺の正体に対する疑惑だろう。ピアの紹介とはいえ、この街で見かけたこともない奴が紹介だけで依頼を受けようとしたら、疑うのは当然だ。

 

だが、悪いな青年。

こっちも受注しないわけにはいかないんだ。

 

「すまない、急いでるんだが」

 

俺の顔には、手際の悪い受付に対する不満をあらわにした4.06の表情が写っていることだろう。

精神的プレッシャーを与え、判断ミスを誘発するという高等テクニック。そしてそれは怖いくらいに上手くいった。

 

「もっ、申し訳ございません!」

 

青年は慌てて依頼紙に印を押し、俺に渡してきた。

内心ホッとしながらそれを受け取ると、先程俺に受注の仕方を真似された少年が、全身で驚愕を体現していた。

 

「お姉さん……っ! まさか、それを受注するつもりじゃないですよね……?」

「つもりも何も、もう正式に受け取っちゃったぜ?」

「じょじょじょ、冗談でしょう……!? ガーランドに挑戦したものは誰一人として生きて帰ってはいないのに…………!!!!」

 

ガーランド? お姉さん? 何をいってるんだこの餓鬼は。

………いや、お姉さんは間違ってないのか。少なくとも表面上は。

だけどもう一方は、ちんぷんかんぷん過ぎて全く理解が及ばない。

しかし、少年の絶叫を聞いたギルドの人々の間には、ただならぬ空気が流れ出した。例えるならそれは、狼狽。酒飲みの群衆が、例外なく騒めきだす。

なんだなんだ。なんかおかしなことになってきたな。

流れ的に、こいつの通称が「ガーランド」だというのは理解した。しかしこいつを追ったやつ皆音信不通だって? みんなまだ発見できずに探してるだけなんじゃないのか?

俺の困惑をよそに、さっきまで酒を飲んでいたおっさんの一人が駆け寄ってくる。

 

「嬢ちゃんそれは本当か!?」

「こいつの渾名がガーランドなら、多分本当だけど」

「正気か!?」

「おうおう、見ろよこの澄み切った目を。気が触れた人間の目じゃないだろ?」

 

まあこれ他人の目なんだけどね。そんな言葉は胸にしまった。

 

「だとしたら異常だ! 死にたいとしか思えない!」

「おっさん、こっちにゃ何のことかさっぱりなんだ。教えてくれる気があるなら、ちゃんと教えてくれ」

 

言い終わって俺は自分の失言に気づいた。

馬鹿か俺は! ついさっき無知を悟られないようにって警戒したばっかじゃねぇか!

しかし、目の前のおっさんは俺の発言のおかしさに言及するほどの余裕がなかったらしい。

 

「赭土竜、通称ガーランド・ドラゴンってのは、荒野に住み着く―――――」

「たんまたんま。ちょっと待てよおっさん」

 

俺は両手で「待て」のジェスチャーをして話を遮る。

今とんでもないこと言ったぞこいつ。ドラゴン? ドラゴンだって!?

えっ、これって赭土竜って書いて「そほモグラ」って読むんじゃないのか!?

 

「いちおう聞く。これ、なんて読む?」

「「「しゃどりゅう」」」

 

答えたのは受付の青年、さっきの少年、そしておっさんの三人だ。

落ち着け俺。 こういう時に一番回避しなきゃいけない事態は、わめき散らして説得のチャンスを失うことだ。俺は冷静に受付のお兄さんに尋ねた。

 

「じゅ、受注破棄ってできますかね?」

「その……大変申し訳ないのですが、一度受注してしまわれると解約にはいっ……違約金がですねその、報酬金額の一割ほど発生してしまうといいますか…………」

 

自分の顔から血が引いていくのを感じた。

バッと依頼紙を確認する。報酬は三千万ソニーと書かれているから、違約金は三百万ソニーか。そもそも、ソニーというのが通貨の単位だといまさら知っている時点で、自分の調査不足&慎重さの欠如がうかがえる。

三百万…………か。

この世界のモノの相場を知らないから、これが果たしてどれくらいの価値を持つものなのか知らないが、この国がハイパーインフレ国家でもない限り、三百万というのは相当な大金だろう。でもものは試しにと聞いてみる。

 

「なぁ少年とおっさん。三百万ソニーあったら何したい? 試しに三百万で収まる範囲で言ってみ?」

「僕は大量の魔導書と、本を読む時間を邪魔されない為に家を買って、かつ数年は魔道学に励みたいですね」

「俺は馬数十頭と、そいつらを育てる土地を買って、運商業に手を出したいかな」

 

二人の部外者の夢を聞かされ、心のどこかでやっぱりなぁと思いながらも、仰天した。

そんな金、あるわけない。

しかし、見た目が4.06とはいえ中身は男なんだ、見栄の一つや二つ張ってしまう。

 

「ま、まぁ、なんとかなるだろ」

 

ギルド内で歓声が上がる。すげぇとか、やべぇなどが絶え間なく聞こえてくる。

「姉ちゃん頑張れよ!」なんて声も上がるが、頑張ってなんとかなる敵なのか、これ?

 

「嬢ちゃんは何者なんだ?」

「何者って程でもないけど、今までシステムソフトウェアやってたかな」

「システムソフトウェア…………聞かない職業だけどなんか凄そうだな!」

 

馬鹿かお前は!聞いたこともない単語に、語感だけでイメージ持つなよ。

赭土竜を、語感だけでモグラだと思ってた俺も人の事言えた立場じゃないが、少なくともこっちは文字通り読んではいた。読み違えはあったのだが。

 

「ガーランド討伐の暁には、嬢ちゃんの為に盛大に宴会でも開いてやるよ!」

「帝国内でも、最高度の危険度を誇るモンスターに、こんな女の子が挑むのか…………」

「戦う前にも気合い入れなきゃダメだろ、今から飲んでくか、嬢ちゃん?」

 

おいどうすんだよこれ。収集つかなくなっちゃったじゃねぇか!

酒飲み軍団は、あちらこちらで盛り上がっているせいか、それとも単純に人がいいのか、全く俺の事を疑おうとしない。

 

俺が内心あたふたしていると、ギルドの入口に唯一見知った姿が表れる。

 

「なんの騒ぎですか、レイドさん」

「ピッ、ピアァァ……」

 

年端もいかない少女が、救いの女神に見えた気がした。

 

「ピアさん、この嬢ちゃんがガーランド討伐するんだってよ!」

 

酒飲み軍団の中の誰かが、ピアに叫んだ。

一瞬で事情を察したのか、何か納得したような表情になるピア。

 

「レイドさん、一旦ギルドを出ましょうか」

 

ピアに手を引かれ、俺は熱狂のギルドを後にした。






物語を書くのだけが趣味な私にとって、一日なにも書かないのは随分ストレスになるらしく、先日反動でやけ書きしました。
毎日が充実しております。


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4.07、魔導を知る。

 

 

 

 

赭土竜ガーランド・ドラゴン

高さ3メートル。体長6メートル。

 

この竜は、帝国一の規模を誇るインルタル大森林に囲まれた巨大な荒野に生息しており、また、荒野を発生させた原因だともいわれている。

ガーランドが最初に確認されたのは、インルタル大森林で狩りをしていた男性によってだった。彼曰く、「突然森林内に竜が降り立った」とのことだが、その真相は不明。彼は、興味本位でもう一度ガーランドを見に行ってから、一切の消息が絶たれているという。

その報告を機に、森林内には突如として荒野が発生。その規模はだんだんと大きくなり、今では森林の七分の一ほどは荒野化しているらしく、しかも現在も荒野の拡大は進んでいるため、帝国でもその存在が危険視されているほどだ。

帝国資源である森林の損失も相当なものとなっている。

 

では、なぜそんな怪物が今も放置され続けているといるのか。

その答えは至極明快、誰も倒せないのだ。

 

体の表面は、赤みを帯びた鉄鉱石と思われるものでできており、物理耐性が極めて高い。

また、皮膚にまとう鉄の塊が魔法攻撃をも防御するため、その守りはまさに鉄壁。この赤色こそが、「赭土」の名の由来にもなっている。

移動は二足歩行も四足歩行も可能で、移動や戦闘などの目的に応じてそのスタイルを変化させることが可能。もし瀕死にまで至らしめることが可能だったとしても、馬より早い逃げ足で逃げられる可能性が予測されている。

 

ここまでが隙の無い、破格級の防御の話だが、攻撃も前者同様破格級。

突進すれば山は崩れ、噛みつきで岩をも砕き、歩けば地を抉る。

これらすべてが、人間が受ければ即死は免れない程の威力を有している。

 

更には「サンドストーム」という、発動条件・正体共に不明の、謎の必殺技も備えているらしい。

これは所謂「砂嵐」なのだが、発動すれば近づくことはおろか、遠くにいても爆風でっ吹き飛ばされてしまうほどだという。

かつてこのガーランド・ドラゴンに単身で挑んだ強者がいるらしい。巨大なハンマー片手に、無敵の防御を一部無効化し、そこを集中攻撃することで致命傷手前まで追い詰めたというが、とどめを刺すため爆発系の魔法を使用したところ、「サンドストーム」にみまわれたという。

瀕死になると己の身を守るために、この技を発動させるのではないか……というのが帝国研究者の見解だ。

 

 

 

「と、ここまでは理解できましたか?」

「ああ、俺がアホだったってことは良く分かった」

 

ギルドを飛び出し、近くにあるというピアの家に向かいながら、俺はうなだれていた。

俺は今、ピアの説明を受けて絶望的だった状況から、現状をより明確にされ、更なる絶望に打ちのめされている。

なにそれ、熟練の男達でも勝てないなんて、俺の勝てる可能性なんて塵ほどあるかも疑わしいじゃんか。

 

「本当にすまん、ピア。お前の名前使って受注したのに、これでなんかあったらお前の信頼問題に関わるだろ」

「こんな状態で人の心配ですか? 優しいですね」

 

このまま俺がガーランド討伐を放棄して逃げ出せば、ピアに迷惑がかかることは間違いない。逃げ出すことは、信頼への裏切りに他ならない。

 

「で、レイドさんはどうするつもりなんですか?」

「倒すさ。生き物である限り、死なないなんてことはあり得ない」

 

システムソフトウェアでさえ死ぬ世の中だ。何かしら工夫を凝らせば倒せるはずだ。

 

もしかしたら俺は、恐怖への意識が薄くなっているのかもしれない。4・06に殺された後、俺は死への恐怖を覚えるどころか、いまの人生をゲームオーバー後のおまけステージくらいの認識で生きていた。だから、俺は最悪どうなってもいい。しかし、ピアに迷惑をかけるのは違う。

 

「死ぬかもしれないですよ」

「そんなのどの依頼もおんなじだろ? どっかで張らなきゃいけない命なら、今回はガーランドのために使ってやる。それに、安全第一で行動すれば死ぬのは回避できるだろ」

「…………ガーランドは訳ありなんですよ」

「訳あり? まさかと思うけど不死身じゃないよな?」

「不死身ではないんですが……けっこう昔、友人の親がガーランドに殺されてまして」

「敵……なのか?」

「それもあるんですが…………すいません、これ以上は私からは言えないです」

 

ピアは少し俯いた。

今回の件はどう考えても俺が全面的に悪いのに、こんな風に謝られると、逆に申し訳なくなる。

ただ、根は前向きなのだろう。すぐに笑顔に戻り、こう提案してきた。

 

「レイドさん。私もついて行ってもいいですか?!」

「ええっ!? お前さっき死ぬかもしれないって……」

「安全第一で行動すれば大丈夫って言ったのはレイドさんですよ?」

「うっ、そうだけど……でもだめだ、聞く限り相当危険みたいだし、そんな場所には連れてけない」

「あれー、いいんですか? 私が大声で騎士隊の人を呼んだら、レイドさん間違いなく地下牢ですよ?」

「くっ……卑怯だぞお前!」

 

不法滞在の身の足元を見た提案だ、断れるはずもなし。

親切心の塊かと思ったら、突然現れた小悪魔な裏の顔に驚く。しかし、この脅しが親切所以なのも、短い付き合いながら知っている。

 

「通報は……するなよ?」

「じゃあ決まりですね!」

「まて! 先に聞いておくけど、なんで俺にここまで手を貸すんだ? 家に泊めてくれるだけならともかく、殺人竜の討伐までついてきてくれるって事は、何かしら理由があるんだろ?」

「泊めること自体は前に話した通りですよ。レイドさん、悪い人に見えなかったですし、知性的かつ、なんというか……まぁ、かっこよかったからです。ガーランドの方は……本人に聞いてください」

「本人?」

「昔、起きた事件の当事者です。さっき話してたアレです」

「友人の両親が……ってやつか」

「そうです。その友達が、一応剣士をやってまして、もしかしたら敵討ちという事で手を貸してくれるかもそれないので……」

「本当か!?」

「あまり期待はしないでくださいね」

 

ピアはそう言って微笑んだ。

ガーランドの件まで手伝ってくれる理由は、さりげなくはぐらかされてしまったが、これはその友人とやらの復讐を手助けしたいという事でいいのだろうか。それとも、今はまだ話すに値するだけの信用がないからという事なのだろうか。

 

「着きました、ここが私の家です」

 

ピアが立ち止まったのは、煉瓦造りの街の風景に溶け込んだ、見た感じ普通の家だ。二階建てで、上の階からは小窓が覗いている。

今更になって気づいたが、ご両親にはなんて説明すればいいんだろう。どんなに事情を説明したとして、どう考えてもただの不審者だ。一応、見た目が少女なのがアドバンテージだが、それでも怪しい事には変わりない。

 

「私、一人暮らしなんで遠慮なく入っていいですよ」

 

ピア、そういうのは先に言って欲しかったな。

泊めてもらう立場でそんな事を言うわけにはいかないのだが。

 

部屋に上がり荷物を置こうと思ったが、置く荷物がない事を思い出し、とりあえず一階の部屋に置かれていたソファーに腰を下ろす。ああ、実に落ち着く。なんだろう、芝生で飛び跳ねてたことといい、俺はふかふかしたものが好きなのだろうか。

 

「ふぅ、つかれたぁ」

 

そういうと、ピアは俺の隣に勢いよく座った。

近いです、ピアさん。

 

「どうしたんですかレイドさん。顔赤いですよ?」

「いやそんな事ねーって!」

 

顔をじっと見られ、なんとなく恥ずかしくなって目をそらした。

どうせピアは俺のそんなこっぱずかしい心情など、これっぽっちも理解してくれていないのだろう。4.06の姿なんだから当然っちゃ当然なんだが。

 

「夕食の時間まで少し時間があるので、これ読んで見たらどうですか?」

 

そう言ってピアが差し出してきたのは、表紙を見ただけでわかるレベルには使い込まれた一冊の本だった。

表紙は無地だが、背表紙を見ると「魔導学〜基本編〜」と書かれていた。

 

「レイドさん魔導士になりたいっていてましたし、どうかなーと思ったんですけど。どうです?」

 

ほう、いいな。いつか魔導を教えてくれる施設に自分で足を運ぶつもりだったが、事前知識というのは多くて困る事はない。

 

「助かる。ありがたく読ませてもらうよ」

「じゃあ私は夕食の準備に取り掛かるので、ソファーで適当にくつろいでてくださいな。それと、そこの棚に置いてある魔導書なら好きなものを読んでいていいですよ」

 

棚に目をやると、これでもかと言うくらいびっしり魔導書が詰まっていた。

その数推定100冊弱。3段で横長の棚の、端から端まで、恐らく全部がそうだろう。

ピアは魔導士志望なのか……?

でもさっき、リンゴ農家だって自分で言ってたし、そんなはずはないんだが。いや、魔導士育成施設にかかる費用が相当とも言ってたな。この世界に学校なるものがあるのかは知らないが、この年でバリバリ働いてるんだ……生活に余裕があると言っても、それは最低限の水準を比較対象に置いた場合だけなのだろう。夢半ばでの金銭的な壁、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

魔導書の中身は、実に基本的なものだった。

魔導の成り立ちや、その歴史といったものが多く、術式に関しての実用的な事は記されてなかった。

 

「これじゃあ意味無いんだよなぁ」

 

一冊目を早々に読み終えた俺は、間を開けずに二冊目、三冊目と読み進めていく。

そうしていくことで分かったが、魔導書の基本は、「プログラム」に非常に近しいものになっている。

大気中や体内に在中する魔粒子と呼ばれるエネルギーを、術式を経由して別のエネルギーに変換していく。説明が雑になるが、かいつまんで言えばそれが魔導の全てだ。

 

二十冊目に差し掛かる頃には、大体の術式の原理は理解した。

そもそも魔導と言ってもひとつではないようで、「スキル」系統と、「術式」系統に分けられる。

両者の大きな違いといえば、出来る事の幅広さと、精度や規模、即応性などが主になってくる。

 

「スキル」系統のものは、術式を必要とせず、提唱のみの発動が可能である。

それ故に、対人戦闘などに用いられる事が殆ど。才能さえあれば、誰でもすぐに使えるようになるのが特徴。コツを掴めば、才能のない人間でも僅かならば使用が可能になったケースも確認されているという。感覚勝負、才能の世界である。そんな便利な面の一方で、精密さや規模を求める事は難しい。

 

一方「術式」系統のものだが、これは魔力を変換する工程を手動ではさむ必要があり、その為には術式が必要不可欠である。術式は基本的に円形の模様であり、インクなどに含まれた書き手の「意思」を通して、魔粒子をエネルギーに変換させるという。例外として、文字で直接術式を書くという方法もあるらしい。これは、プログラムでいう「コード」の様なもので、文字列そのものが変換式なのだ。

模様かコード、このどちらかの術式に触れた状態で提唱を行う事で、目的の効果を発動させることが出来るという。

 

「スキル」は、原理不明の奇跡。

「術式」は、数式化された科学。

 

大体こんな認識で間違いないだろう。なんだろう、思ったよりも簡単だったな。

ここまで理解したところで、キッチンからピアが戻ってくる。

 

「うわっ!どうしたんですかこれ!」

「何がだ?」

「何がって、どうしてこんな本を積み上げてるんですか?」

「あっ、すまん。読んだ本をここに置いて置いたんだが、料理を置くなら邪魔だよな。今片付けるよ」

「えっ…………。レイドさん、今の時間でこれだけの量読んだんですか?」

「読んだけど?」

「正気ですか?」

「そのセリフ、今日だけで二回目」

 

一度目はギルドでおっさんに言われた時だ。

 

熟読したかったからのんびり理解していたつもりだったが、思ったより慌てて読んでいたのだろうか。

一時間で三十冊程度。PN4時代なら数分で読み込みできなければ、「欠陥品」のレッテルと共に情状酌量の余地なく廃棄される事間違いなしだ。しかし、文字の羅列を頭に入れるのと意味として理解に至るのでは、その重さは全く違う。なればこその熟読だった筈なのだが、これでも人と比べれば全然早いらしい。

 

「こんなに沢山の魔導書があるって事は、ピアは魔導士志望なのか?」

 

俺は先程の疑問を明かすべく尋ねてみる。

 

「おお、よく分かりましたね。志望でした」

「そりゃあこんだけあればな……ってなんで過去形?」

「お金に余裕もないですし、仕事もあるので」

「でも独学で学んでたんだろ?」

「そうですね……でも私には才能が無いんですよ。スキルなら多少は扱えますが、魔導師には必須といってもいい「術式」系統の魔導がダメダメなので」

 

俺はピアに同情した。

ここに置かれた本の殆どが、背折れするほど読み込まれている。

人の身でこれだけの内容を理解しようとしたのなら、相当な努力だ。

しかし「術式」系統の魔導は、努力次第でなんとかなる術式作成の向こう側に、才能が全ての提唱という段階がある。努力ではどうしようもない状態というのは、努力してきた分に比例して辛い事だと思う。当の本人はケロリとしているが、時間が気持ちを風化させてくれなければこうはならないだろう。

 

「そもそも、なんで魔導士なんて目指してるんだ?」

「それは秘密です。あんまり人の事情を探るのは良くないですよ?」

「すっ、すまん!」

 

地雷を踏んでしまったようだ。

表情からどれくらい深刻な過去なのか探ろうにも、基本的に笑顔以外の顔を見せないので計れない。やっぱデリカシーって大切だよね、気をつけよう。

 

「それより、これからの予定を話しますね」

「なんでお前が俺の予定組んでんの?」

「言ったじゃないですか。私も連れてってくれるって」

「いやまぁ、それはそうだけど。そもそも俺が言う話じゃないんだが、この面子じゃ全滅は免れないぞ? 剣士の知り合いが居るって話だったけど、まさかそいつ一人に任せる訳にはいかないだろうし」

「そこまでは私もまだ考えてませんが……」

 

考えてないのかよっ! そうツッコミを入れたくなる気持ちを何とか抑える。

 

「まぁその話は一旦置いておいて、とりあえず食べましょう!」

「お、おう……」

 

俺は本を片付け、料理を運ぶのを手伝った。ソファーの前にある広めのテーブルに、食事が並ぶ。

スープの様なものから立ち昇る空気に、反射的に腹が鳴った。これが「嗅覚」、か。知識としては何故か知っている匂いという概念と、初めての出会いである。

それは食欲を掻き立て、スプーンに手をつけるその瞬間を待ち遠しくさせた。そんな俺の気持ちを察したのか察していないのか、ピアはささっと席につくと、俺が気付いた時には食べ始めていた。俺もすかさず匙を取る。

 

「…………っ!!!!」

 

あまりの美味しさに感動し、瞬く間におかわりを要求する。ピアは突き出した皿を嬉しそうに受け取ると、またまた嬉しそうにスープをよそってくれた。それを恥だと感じれるほど、俺に理性は残ってはなかった。

 

以後、この時の感動が忘れられず、俺の人生に食事というものが色濃く刻み込まれ、趣味の域まで達するのだが、そんな事は俺自身ですら知りもしなかった。






毎日投稿とか夢のまた夢だと思ってた時期が私にもありました。


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青年と過去

今、俺は非常に気分が良い。

未知との邂逅に、心の底から感謝しているところだ。

 

ピアより振舞われたスープと肉。ピア曰く、「よくある基本的な料理です」との事だが、それを今まで口にしたことがないものが食べれば、受ける感動は全く変わってくる。

これが俗に言う「胃袋を掴む」と言うことなのか? だとしたら、俺の胃袋は今頃、握りつぶされて跡形もなくなっているところであろう。

 

「さて、食うもん食ったし、今後のことについて話すとするか」

 

俺はそう言って、先ほどまで食事の置かれていたテーブルの上に、数冊の本を置いた。

それらは、最初にピアから手渡された概要本とは違い、一切遊びのない実用書である。

 

「ぶっちゃけて言うけど、魔導の原理も仕組みもほとんど理解した。俺に提唱の才能さえあれば、今すぐにも発動できそうなほどにはな」

「私が十年近くかけて理解した内容を、ものの一時間で理解されてしまうと、いささか複雑な気分です。嫉妬しちゃいそうです!」

「俺にそんな事を言われても困るんだけどなぁ。ま、とにかくこの魔導とやらを、ガーランド狩りで存分に使用してみようと思ってる」

「レイドさん。私はこの街に住んで長いんですけど、付け焼き刃の魔導で痛い目を見る人達は結構多いです。中途半端な理解だと、最悪ころっと死にますよ?」

「んー、そうだな。それならピア、好きな数字を1〜500の間で適当に選んでみろ」

「適当に……ですか? それなら間をとって250でどうでしょう」

「『魔導展開に必要なエネルギー値及び術式経由時の体内魔粒子損失率は、大気の魔粒子濃度と術式の複雑度又はコード長から数式で予測することが可能。精神的動揺は、それを助長させるものとして、関数的に数値に干渉する』」

 

普通なら何を言ってるんだと首を傾げるような内容。だが、ピアは何年もかけて理解を深めているとのことで、どうやら何かに気づいた様子。

 

「まさか……そんなはずは」

 

慌てて机に置いてある本の250ページを順番に確認していく。そして、三冊目に差し掛かったところで問題の一行を見つけ出したようだ。

 

「まさかまさかまさか……………丸暗記ですか?」

「大正解」

 

PN4を思いだせば、これくらいの丸暗記は朝飯前だ。実際には夜飯前だった訳だが。

当然とはいえ、ピアがソファーの隣で目をまんまるくさせているのを見ると、否応にも口元がほころぶ。ただでさえ忌々しい4.06の顔だ、今の俺はさぞドヤリティーの高い表情をしている事だろう。

 

「俺は今読んだ魔導書の内容全てを、一字一句間違える事なく覚えてる。これでも付け焼き刃か?」

「100ページ行頭」

「『魔導発動率は、使用者の才能に加え、修練度でも上昇する事が僅かながら確認されている』」

「200ページ行頭」

「『スキル系統の魔導の連続使用は、身体に極めて高度な負担が発生する』」

「300ページ行頭」

「『術式のエネルギーロスは、より簡易化された術式によって軽減することが可能』……って人の記憶で遊ぶなっ!」

「本当に覚えてるんですねぇ。なんでそんな真似が出来るんですか?」

 

楽しげなピアに、俺は呆れながらも安心する。先ほどはデリカシーのない質問で空気を重くしてしまったこともあり、笑っているピアがそこにいるというだけでそれは安堵に値する。

この後の話がしやすい環境が整ったと見ることもできる。

それと、なんでこんなことができるかという話だが、そんなのは俺が聞きたいくらいだ。PN4の頃の能力が、転生してもなお反映されているといるのだろうか、本当に幸運である。

 

「記憶力には自信があってな。ともかく、魔導を戦闘に取り入れられないか模索する必要があるんだ」

「しかし、ガーランドを吹き飛ばすほどの規模の魔導となると、身体的負担は計り知れませんよ?」

 

そう、魔導には使用時のリスクが存在する。

「術式」系統に魔導を発動させる場合、魔粒子がエネルギーへと変換される際に経由するのは、大気から発動者の身体、そして術式の書かれた物体だ。

術式は基本使い捨てで、毎度毎度コードか刻印の書かれたものを用意しなければならない。それは、魔粒子の変換時のエネルギーロスに耐えれず、術式の書かれた紙や板などが発火してしまう事が原因なのだ。そして、それは少なからず身体にも影響を及ぼす。

ロスの調整は可能だが、龍一つ吹き飛ばすエネルギーのロスとなると調整などほぼ無意味である。決死覚悟の捨て身にならない限り、そんな危険な真似は不可能だ。というより、やりたくもない。

 

「その通りだ、だから搦め手を使おうと思う」

「例えば?」

「そうだなぁ。例えば爆破系の術式で地道に穴を掘って、落とし穴を作る……とか。やりようはいくらでもあるんじゃないのか」

 

それに加えて、協力は期待するなと言われてはいるが、剣士をやっているというピアの友人の存在もある。悲観的になるほど状況は悪くない。それもこれも、PN4時代の産物のお陰だ。

 

「そうなったら後の問題は移動手段ですね。歩いて行ける距離ではないですし、馬車でも最低2〜3日はかかると思います」

 

そもそもガーランドの生息地域は、灼熱の荒野だ。インルタル大森林の中心部に行かなければ出会うことも叶わない。今すぐにでもお目にかかりたいくらいの気分なのに、移動という一手間が鬱陶しく感じられた。

 

「馬車だってタダじゃない。食費の事もあるし、軍資金が全く足りてないのも問題なんだよなぁ」

「それに関しては安心してくれて大丈夫ですよ」

「どういう事だ?」

「実はですね―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

ファインデリーズ随一のギルド、「ギルド・パーベル」の事務室で、思案に耽る人影が一つ。

時折、自分で入れたコーヒーに口をつけるが、それ以外はピクリとも動かない。

名は、パルサー・ルール。

普段は明るいギルドの受付として知られている彼だが、今の様子と周囲からの印象は限りなく乖離していた。

 

「とうとうこの時が来たのか……」

 

独り言は静かに壁に吸われ、誰に聞かれるでもなく消えていく。その暗い面持ちをギルド常連の誰かが見たならば、きっと別人と見間違うだろう。それくらいに、今のパルサーの心情は深刻なのだ。

パルサーは、正直言って今もまだ信じられない気持ちでいっぱいだ。もしかしたらこれは、限度の分からないバカの悪質なジョークなのではないかとまで考え出す始末。もしそうだったらどれだけ楽だろうか、そうであって欲しいようで欲しくないやりきれない気分。

しかし現実は覆らない。あのレイドと名乗った少女は、どうやら本気で赭土竜討伐を考えているみたいようなのだ。

 

信じられるか? あんな少女が、今や死地とまで称される荒野に身を投じようというのだ。これを狂気と言わずして何という。

 

「大恩あるピアさんの手前、断るわけにはいかないけど、一体どうするべきなんだろうな……」

 

幼い頃に家族を失った過去が思い出される。

街の皆からは、ガーランドが自分の家族の命を奪った……と、聞かされている。

母と弟、そして街の誰よりも屈強だった父親は、経営学を学ぶために王都に住んでいる時に殺されたとの事だ。それも、あの忌々しいガーランドによって。

とは言っても、実のところその話をまるっきり信じたわけではない。自分が聞かされた話は、ガーランドが夜間街に降り立って、散歩中だった両親と弟だけを食い殺し、何の痕跡も残さず飛び去ったというもの。

その凶報を聞いてファインデリーズに戻ったが、両親が食い殺されたとする現場には、馴染みの品どころが、血痕の一つすら確認することができなかった。

聞いて最初に思ったのは「出来すぎている」だ。

帝国屈指のギルド街であるファインデリーズには、対魔結界が貼られている筈だから、モンスターが侵入すれば間違いなく警報が鳴るし、街の人々は皆正義感が強い。夜間だろうが数人は外に飛び出してガーランドを追い返さんと奮闘する筈だ。例え対魔結界の劣化があったとしても、街の見張り台では24時間体制で監視役が設けられている。

にも関わらず、聞かされた話では、警報はならない、見張りは入っていったのは気づかなかったが出ていくところだけ見たという間抜けっぷり。

 

裏で何か大きな力が働いている可能性も考えた。権力力学が闇の深いものだということを、既に王都滞在時に学んでいた。しかし、ギルド街の民衆を疑いの視線で観れる訳でもない。この街のギルドに足を運ぶ者たちは総じて嘘を嫌う、そんな単純さが良くも悪くもあったのだから。

 

では真相は? となると全く想像もつかない。

そして、考えたくもなかった。

本当にガーランドに食い殺されていたとしても、竜に自分が立ち向かえるはずがない。そんな諦観に塗れた思いから、今日という日まで、その記憶を忘れるために生きてきた。

その蓋を開けて中をのぞいてきたのがあんな少女だなんて、ここまでくるともはや悪夢だ。

立ち止まるのは終わりにしなければいけないな。そんな風に自分の考えを変えれたのは、一種の奇跡だと思う。

 

「決めた、僕は彼女に手を貸そう。真相に、少しでも近づくために……!!」

 

それはパルサー・ルールが、レイド・オービスへの全面協力を決意した瞬間だった。

 




今回は区切りの都合上短めで切りました。
毎日投稿が目標ですが、あくまで目標でございます。目標なんてものはあってないようなもので、達成できるかはまた別の話。努力が報われるとは限らない。何でしょう、言っていて無性に悲しくなってきました。

しかし、こんな話についてきてくれるとは、あなたもきっと物好きな人なのでしょう。これ以上言うと、怒られそうなので黙りますが。
何はともあれ、ここまで読んで頂けて感謝感激感無量です。

次の投稿日は明日です。
次話もどうかよろしくお願いいたします!


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パルサー・ルール

今回ちょっと量が多いです。


目が覚めると、意識の明瞭さと視界の不明瞭さのギャップに驚いた。

癖なのか、どうやら俺は意識の覚醒と同時に瞼を開かないようだ。と言っても、電子機器であるPN4と酷似する点が多い俺のことだから、そう驚くことでもない。どんな機械だって、電源を入れてから使える瞬間までの時間は僅かとはいえあるのだから。

 

「固くねぇ……」

 

そんな刹那の時間に、俺の背中は柔らかい感触を感じ取っていた。この世界に来て最初の目覚めが岩の上だった事を考えると、随分な出世だ。

むくりと起き上がり、この場所がピアの家であることを再認識する。

ソファーの目の前に置いてある長机には、読了後の魔道書が数冊置かれていた。

 

「ソファー上で寝てたのか、そりゃあふかふかな筈だ」

 

人の家でなかったら、文明最高とでも叫んでやりたいくらいの気分だ。安眠の素晴らしさを知ってしまった以上、もう野宿には戻れない自信がある。これからガーランド討伐の為に何泊もしながら旅をするというのに、快適さを満喫してしまった。

 

「おはようございますレイドさん。眠れました?」

 

キッチンの方からピアの声がする。

俺は、魔導書を棚に戻しながら返事をした。

 

「あぁ、このソファーに見事なまでに爆睡させられたよ」

「それなら良かったんですが、なんか申し訳ないです。私だけベッドで寝てしまって」

「いやいやいやいや!! 十分すぎるから!! 不法滞在黙認してもらって、寝床まで借りて、飯までご馳走になって、その上家主からベッドまで奪い取ったとなったら間違いなくバチが当たるって」

 

しかもガーランド討伐まで同行&サポートもしてくれるという。俺はこれだけの恩を、どうしたら報えるというのだろう。それくらい、今は助けてもらってる身だ。

 

「奪うとまではいかなくても、普通に一緒に寝ればいいじゃないですか」

「それはダメなんだ。そのな、なんていうか……倫理的に? 超えちゃいけない一線ってのがあってな。俺の場合それに触れるというか……」

 

ピアは分からないといった顔だ。無理もない。俺の訳あり度はちょっと普通じゃないし、詳らかに説明をしたとして果たして信じてくれるか、そもそも理解してくれるかどうかすら正直自信がない。そんな事情を抱えているものだから、迂闊に昔の話は出来ないのだ。故に、少女の寝床に入るなんて事は、同意であっても騙したようなものになってしまう。そんな卑怯な真似をする奴は犬に食われて死んじまえ、という確固たる意志が、一夜の誘惑を跳ね除けた。

 

「よく分からないですけど、ちゃんと寝れたなら良かったです」

 

そんなやりとりと朝食を済ませた俺たちは、ガーランド討伐への資金不足を解消する為に、あるところへ向かっていた。

場所は、昨日のギルドだ。

何故こんなところに戻ってきたかというと、話は昨夜まで巻き戻る――――――――

 

 

 

「馬車だってタダじゃない。食費の事もあるし、軍資金が全く足りてないのも問題なんだよなぁ」

「それに関しては安心してくれて大丈夫ですよ」

「どういう事だ?」

「実はですね………」

 

ピアは何か手紙のようなものを取り出すと、机に置いた。封に銀のシールの様なものが貼られているのを見る限り、送り主は相当お偉い様だと察せられる。もちろん、この時代にシールなんてある訳がないのだから、糊付けに決まっているが。

 

「これは誰から……?」

「ギルドの受付から、レイドさん宛にです」

「冗談よせよ、俺はこの街に来てまだ一日も経ってないんだぞ? 手紙もらう相手どころか、知り合いすら居ないはずなんだが……。それに、ギルドの受付っていったらあの爽やかな兄ちゃんの事だろ?」

「ですです」

「で、その兄ちゃんが手紙を寄越すって事はガーランド関連なんだろ? あ、もしかして、前言ってたガーランドに親を殺された剣士ってもしかして……」

「あー、残念。それはちょっと違うんですよ。でもニアピンです」

「ニアピン?」

「ガーランド襲撃事件の関係者っていうのは正解なんですが、剣士の方とは別人です。家族ではあるんですけどね」

 

家族という事は、まだ見ぬ剣士の彼と受付の爽やかお兄さんの関係は恐らく兄弟といったところだろう。ガーランド襲撃事件、家族の敵。これらのキーワードが指し示す事実は、彼らの両親がガーランドに殺されたという事実。

そう考えれば、この手紙も納得が行くというもの。俺が受注した件についてなにかあるのだろう。

封を切り中身を取り出すと、中からは「ガーランド討伐を援助します故、明日ギルドにてお待ちしております。」とだけ記された紙切れが出てきた。

この意味が分からないほど、俺は阿呆ではない。

 

「つまりは復讐の手助けか」

 

両親の敵を倒そうとしているものが出てきたから手を貸し、間接的に復讐を成し遂げる気なのだ。他人任せとは感心しないが、どんな事情があれど援助は援助。俺にとっては渡りに舟というやつだ。

それならばありがたく受け取るとしよう――――――

 

 

 

ここまでが昨日の出来事。

これで、ファインデリーズ随一のギルド「ギルド・パーベル」へは2回目の訪問となる。昨日と違うのは、入る時に使う場所が正面の両開き大扉ではなくて、路地に隠れた裏口という事だろうか。ここには先ほどまでの狂気じみた空気は薄くなっており、ひっそりとした雰囲気すら感じさせた。それでも微かに酒飲みの叫び声らしき咆哮が響くのは、さすがギルドと言ったところだろう。

 

軽快に鳴り響いたノックの音に応じて扉から顔を覗かせたのは、昨日の受付の青年。一度半開きで俺とピアの姿を確認すると、安心したかのように俺たちを迎え入れてくれた。

 

「昨日ぶりですね、オービスさん。もしかしたら来ないんじゃないかって内心ヒヤヒヤしていましたよ」

「あの手紙の主はあんたで間違いないんだな?」

「そうです。それにしてもすいません……本来ならこちらから伺うべきなんですが、色々事情がありまして」

「いいっていいって。大した距離じゃないんだから」

 

それに、援助してもらえるチャンスなんだから自分で掴みにいかないとな。

そんな言葉を胸にしまう。

 

「ピアさんも、ここに寄るのは久しぶりですね」

「数年ぶり位ですもんね。ギルドで顔を合わせるのであまり意識してませんでしたけど」

 

見る限り、二人は馴染みの仲のようだ。

ただ、幼少期からの幼馴染といった風には見えない。なんというか、一方的にこの青年がピアを慕っているといった感じだ。

 

「ここで立ち話もなんですし、とりあえず入ってください」

 

中に入ると、薄れた活気が僅かに戻ってきた。

通された廊下の奥の方に、見覚えのある受付の裏側が覗いている。どうやらギルドの受付と事務所は直通のようだ。

 

その通路の途中にある応接間に案内されて気付いた。

大量の茶菓子と紅茶の用意もそうだが、驚くべきはその防音性だ。戸を閉めた瞬間、先程まで聞こえていた騒ぎ声が、微塵も耳に届かなくなる。

これだけで、この応接間が今までどういう用途に使われて来たかが伺える。そして、これから飛び出てくるであろう話がその類である事も。

用意された紅茶を口に運び一呼吸置くと、タイミングを見計らっていたのか、青年は話を切り出した。

「間」の気遣いの仕方に、親切心が滲み出ている。貴族的だと言ってもいい。

 

「お二人をお呼びした理由ですが、もう察されているでしょうがガーランドの件です」

 

まぁそうだろうな。

それ以外接点がない訳だし、そこまでは分かる。問題はその先。

 

「両親の仇を代わりに取ってくれ……って事でいいんだな?」

「はい、その通りです」

 

コミュニケーションを図るうえで最大のポイントである共通認識の確認。それが円滑に行われている事に、ピアが不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ、私そこまで話しましたっけ」

「お前の知り合いに剣士がいることと、その家族の一人が受付の兄ちゃんって事と、両親がガーランドに殺されたって事までは聞いたからな。復讐なんだろうってのは普通に予想できるだろ」

「まあそうですけど」

「あっ、今気づいたけどまだあんたの名前聞いてなかったな……ってどうした表情」

 

受付の青年に向き直り名を尋ねると、青年がなかなかに表情を歪めていた。

あ、まずったか? 確かに両親の死の掘り返されていい気分の奴は、世界広しといえどもまずいないだろう。

 

「もしかしてこの話題ってタブーだったりする?」

「あ、心配しないでください。両親の事はもう吹っ切れているので」

「ならよかった」

「それと、名前を教えていませんでしたね。私はパルサー・ルール、ファインデリーズ領主の養子で、ご存知の通りギルドのマスターを務めております。お見知りおきを」

 

この若さでギルドの運営か……

ピアといいパルサーといい、この世界は労働基準法の尊重といった概念が足りてないらしい。この場の三人とも、恐らく同年代だろう。パルサーの場合、親を失ったという過去も一因のようだが、皆平等に学習の場が与えられないというのは、まぁ、悲しむべき事なのだろう。

才覚の埋没ほど勿体無いものは無い。

義務教育とは、本来なら学習能力に優劣をつけ「ふるい」にかける役割があるはずなのだが、その「目」が荒すぎでまるで役に立っていないではないか。

ピアだって、独学で魔導をものにしようとしていたくらいだ。環境さえ整えてやれば、その才能を開花させる可能性は十二分にあったはずなのに。実に勿体無い。

 

まぁ、この青年に限って言えばギルドマスターが天職なような気がしないでもないが。

 

「知っていると思うが、俺はレイド・オービスだ。よろしく」

「一人称、『俺』なんですね」

 

しまった。

ピアが指摘してくれないものだから、全く気にしていなかったけど、4.06の体で「俺」だとやはり違和感を与えるらしい。

いや、人のせいにするのはよくないな。うっかりしてたのは自分なのだから、今後改善しなければ。

 

「まぁ……家庭の事情でな」

 

とりあえずは茶を濁して流す。

これからはちゃんと気をつければ正体はバレないだろう。

 

「でも、オービスさんって雰囲気か男らしいですし、割としっくりきてますよ。案外本当に男だったりして」

「っ!」

 

図星をつかれて思わず咳込む。

 

「だっ、大丈夫ですか?! まさか飲み物が口に合わなかったとか……」

「大丈夫……ちょっとむせただけだから」

 

まじかお前。こうもあっさり核心に迫られると、流石に驚きを隠しきれない。

パルサー・ルール。どうにも勘がよくて、油断ならない奴だ。

ただ、気の遣い方といいなんといい、なんだかピアと話しているような気分になる。

 

「少し話が逸れてしまったので、一度戻しましょう。ガーランドの件です」

 

いけないいけない。

今日はパルサーから援助が貰える筈だ。話の道草食ってる場合じゃないな。

 

「いきなり突拍子もない事言ってしまい申し訳ございませんが、私の両親を殺したのは恐らくガーランドではないです」

「「はい?」」

 

ピアに、聞いていた話が違うぞと問いただそうと思ったが、ピアの様子を見るにどうやら初耳なのは俺だけではなかったようだ。となると、こいつは今まで胸の内に秘めていた事を、昨日あったばかりの俺に打ち明けようというのか?

これは、パルサーの意図を慎重に読み取る必要がありそうだ。そこまで怪しいというわけでは無いが、何かしらの罠の可能性を考慮から外すのは馬鹿のやることだし、なによりそんな話をいきなり打ち明ける不可解さが晴れていない。

 

「両親を殺したのがガーランドじゃないなら、一体だれだっていうんだ」

「それが……さっぱりわからないんです」

 

ますます怪しい。

俺はあれか? とびきりヤバい案件に首を突っ込まされようとしているのか?

例えるなら、やくざの殺人の敵討ちにされる可能性だ。この世界にやくざがあるのかは知らないが。

 

「……ガーランドじゃないと思う根拠は?」

 

とりあえず一つ探りを入れてみる。

メリット無しに人は動かないと俺は信じている。という事はこいつの暴露話には、何かしらの利がどこかで生まれる筈だ。だから腹を探る訳だが、あまり露骨なのも良くないことを考えると、妥協点はこのあたりだろう。

 

「それは―――――」

 

パルサー曰く、彼の両親は生まれたばかりの弟と、新しい家族の誕生で姉になったパルサーの妹を連れて、深夜の街を散歩していたという。その時たまたま通りかかったガーランドに家族を食い殺されたというのだ。

しかし、両親が食い殺されたとする現場に一切の血痕がなかったことや、モンスターが結界を超えたら警報が鳴るはずなのに、入ってきたときは鳴らないで出ていく時だけ鳴ったこと。同じく、出ていくところは見たが、入ってくるところを目撃していない見張り台の騎士隊。その他にも統合性の取れない事実や証言がいくつもあるという。

それが、彼の疑惑に火をつけたらしい。

 

聞けば確かに不自然な話ばかりだった。もし自分がその場にいたら、間違いなく証言したやつを順番に問いただすところだ。それをしなかったのは頭が悪いのか、もしくは人がいいのか。

後者であることを望んでいると、パルサーからそれに続く説明を受ける。

 

「本当に悔しい事に、私はその時期は帝都に経営学を学びに行っていて、ファインデリーズに居なかったんです。弟は私が帝都にいる間に生まれたので、悔しい限りです」

「それは辛かったな……」

 

両親に加え、顔も見る機会もなく弟まで失うとは、ずば抜けて酷な過去を持っているようだ。

不幸な身の上の青年を慰めていると、突然、黙っていたピアがいきなり口を割った。

 

「ちょっと待ってくださいパルサーさん! おかしいじゃないですかその話!!だって……ステラはまだ生きているのに……!!」

「…………」

「まさか……あの時引っ越したのって別に理由があるんじゃ……!」

「恐らく」

「恐らくって……」

 

急激に話が見えなくなり、とうとう俺は口をはさんだ。

 

「なんだなんだお前ら。一体何の話なんだ?」

 

突然現れた謎のキーワード「ステラ」。人物名であると思われるその名前だが、もちろん俺が知るわけもない。

 

「ステラっていうのは私の幼馴染なんです。私が林檎農家を始めるより昔の」

「その幼馴染と、この話になんの関係が…?」

 

俺と問うと、ステラはパルサーに一度目配せした。それが、「話してもいいんですか?」という意味を持っているのは容易に理解出来た。

 

「僕から言います。ステラは……あの事件の唯一の生き残りで、今ではたった一人の家族である私の妹なのです」

「妹……えっ、妹? たしかあんたの家族のもう一人は剣士っ……ちょ、待て、ピア!なにすんだ!」

 

確かに俺は聞いた。ピア曰く、ギルドの受付の青年とまだ見ぬ噂の剣士は家族だと。

そして、たった今飛び出てきたパルサーの「たった一人家族」という事実。

そして、自分と同年代ぐらいのパルサー。

つまり、俺達がいまから頼ろうとしているのは、年下の少女という訳だ。

しかし、冗談だろうと思いパルサーに確認しようとしたら……このザマだ。

 

口には何故か用意されていた茶菓子がピアの手によって大量に詰め込まれており、そこには空気の通り道すら存在しない。

 

「いやー、レイドさん全然食べてませんでしまもんね!ほら、せっかく用意して貰ったんだから食べてくださいな!」

 

理由もわからず口に押し込まれた茶菓子を、とりあえず紅茶で飲み込こもうとするが、どうやら話を聞きながら飲み終えて閉まっていたらしく、傾けたカップからは何も流れてこない。

 

「えっと、水かなにか持ってきます。少しお待ちください!」

 

水を取るためにパルサーは部屋を飛び出した。

 

「危なかったぁ。あっ、すいませんレイドさん。色々事情があって、その話はパルサーさんにはしないで欲しいんですよ。理由は後で話します」

 

事情……事情ね。他にやり方無かったのかと言いたい気分だが、口内の甘味に阻まれてそれは叶わない。パルサーが慌てて持って来た水で何とか窒息死を免れる。

情報が増えてきたので、話を仕切り直す。

 

「一旦まとめるけど、事件の概要はお前がファインデリーズにいない間に、両親と弟、そして妹が深夜の散歩中でガーランドと遭遇。その時、妹以外は命を落としたんだよな?」

「そうです」

「だけどあんたは、状況的にも怪しい話ばかりなのが原因で、家族の死は第三者の手によってのものじゃないかと疑っている訳だ」

「直接殺したとまではいかなくても、ガーランドを誰にも気づかせずに街まで手引きした者はいると踏んでいます。私は、その真相を知る為にオービスさんを呼んだのです」

「それはいいんだが、一つ気になることがあってな」

「何でしょうか?」

「いくら不可解なことがあったとしても、ガーランドの襲撃で生き残った妹とやらに聞けば一発じゃないか。何でわざわざ俺に頼む?」

 

事件をその場で見た肉親が存在するというなら、完全に信用を置けない筈の俺に依頼するより、誰よりも信頼出来る妹に聞くのが自然だ。

 

「もちろん私もそう考えましたし、何度も聞きました。けれどステラ……私の妹は何も語ってはくれませんでした。いつも帰ってくる答えは『お兄ちゃんは聞かない方がいい』の一言だけで、結局真相は分からず終いです。しかも、ある日突然引っ越すと言い出して、どこかへ消えてしまったんです。今もまだ消息不明でして……」

 

どういう事だ? 昨日の口ぶりだと、ピアはステラとやらの居場所を知っている風だった。こいつ、パルサーに隠してるのか?

ちらりとピアの様子を伺うと、パルサーに気づかれないように人差し指を唇に押し当てている。

 

後で問いただしてやるから覚悟しろよ?

 

「この書類をご覧ください、ギルドからの正式な依頼書です」

 

パルサーが机に滑らした書類を確認する。内容は、ガーランド襲撃事件の再調査となっており、報酬金額は一千万ソニー。注目すべき点は、百万ソニーの前金の存在だ。

 

「これはオービスさんが受注したものとは違って、私からの個人的な依頼となります。どうか極秘かつ慎重に、この依頼を遂行して頂けないでしょうか」

「一千万ソニーっつったらひと財産なんじゃないのか?」

「安心してください。もともとガーランドの依頼自体も帝国から報奨金が出ているので、『こんな金額じゃとてもじゃないが誰も受注しない』って脅したら前金の百万はともかく、残りの九百万は間違いなく追加で出してくれますよ」

「本当かよ」

「ガーランドは大陸資源であるインルタル大森林の面積を次々と減らしてしまっていますからね。帝国としても危機感の強い案件なんですよ」

 

爽やかイケメンフェイスの裏にあった、悪役感溢れる知略。でも、人間味に溢れてて嫌いではない。

 

「お主も悪よのう」

「?」

 

通じなかった。何言ってるんだこいつ、みたいな視線で見られた代わりに、滑りもウケもしなかった。ちっくしょう。これじゃ、日本のネタは大概使えないではないか。

恥ずかしいのも相まって、速攻で話をまとめる。

 

「よし分かった。パルサー・ルール、お前の依頼、確かに受け取った。ついでに妹も必ず見つけ出してやる」

 

ピアの体がびくりと跳ねたのは見逃さなかった。ガーランドの真相は分からなくても、妹の位置ならピアが知っているみたいだしな。受け得な話だ。

 

「しっかし本当にそんな依頼を俺に渡していいのか? もし真相を俺が突き止めちゃったら、この一千万の中から違約金を払って、ガーランド討伐を投げ出しちゃうかもしれないんだぜ?」

「大丈夫ですよ。それでもいいと考えていますので」

 

はっ、となった。この青年は、命がけの戦地に赴く俺の身を案じてくれているのだ。しかも、違約金を払った後でも、生活の基盤を作るまでの資金の用意まで考えてくれて。

最初に罠の可能性を考慮していた自分がバカみたいだ。こいつは純粋に心配してくれていただけだったというのに。

 

「あんた、いい奴だな」

「そうでしょうか」

「ああ、それでいてピアによく似てる」

 

俺は、事態には恵まれなくても、人には恵まれているらしい。

俺が躊躇いなく依頼書にサインをすると、パルサーから前金の100万を渡された。

 

「これが一応の活動費となります。では、依頼の成功を祈っております」

 

さすがギルドのマスターだ。こういった気前の良さが、活気あるギルドなどの雰囲気を支えているのかもしれない。

受け取った札束からは、パルサーの思いがこもっている気がした。託された、そう考えていいのだろう。

 

これでいよいよ退けないな。

 

右手の札束の重みを感じながら、俺はそんなことを考えたりもした。




明日の8:30に次話投稿予定です!


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発動不能

 

 

 

「えっと…………どこから話せばいいのでしょう」

 

パルサーの事務所を去って一度ピアの家に戻った俺は、先ほどの疑問を晴らすべく、ピアに尋ねた。内容は言うまでもない、先ほど突如として出てきた「ステラ」とやらのことだ。

 

「先に確認しておくが、ステラってのはピアの幼馴染なんだよな?」

「そうですけど……」

「で、ギルドマスターであるパルサーの妹でもある……と」

「はい」

「じゃあなんでパルサーが居場所を知らないのに、ピアは知ってるんだ?」

 

肉親にも伝えないで所在をくらました少女が、ピアだけにそれを話すということは、何かそれなりの理由があるはず。

ガーランド襲撃事件をその場で目撃したステラという少女から、真相を伝え聞いていると非常に楽なのだが、その線は薄い。「両親を殺したのはガーランドじゃない」というパルサーの言葉に、俺よりも驚いていたのはピアなのだから。

けれども、ヒントとなりうることくらいなら聞いているかもしれない。兄弟に隠すくらいだから生半可な内容ではないと思うが。

 

「お兄ちゃんには秘密にしてって頼まれていまして……理由までは聞いてないです」

「聞いてなかったかぁ」

「本人に聞くのが一番早いのじゃないですか?」

「まぁ、それもそうか」

 

ピアにしか話さなかった理由は気になるが、居場所が分かるのなら行ってみればいいだけの話。できるだけ早急に向かいたいところだ。

 

「ピア、ステラって子の住んでるところ、覚えてるんだな?」

「もちろんですよ! インルタル大森林の奥地です」

 

インルタル大森林の奥地……?

インルタル大森林といえば、その中央部が荒野になっていて、そこにガーランドが住んでいるという場所のはずだ。

突然の引っ越しと、ガーランド生息地付近に移り住むという選択。とても無関係とは思えない。

 

「よし、準備が整い次第すぐに向かおう。ちょうどパルサーから受け取った前金もあるから、旅の費用に困ることもないしな」

「それにしてもよかったですね」

「なにがだ?」

「だってほら、パルサーさんから直接受け取ったほうの依頼の報酬金が一千万ソニーでしたよね。ガーランド討伐放棄の違約金が三百万ソニーですから、事件の真相さえ突き止めれば、危険な狩りをする必要もなくなるわけじゃないですか」

 

確かにそうだ。金のために命を落とすなんて馬鹿馬鹿しい。機会と偶然が重なって、ちょうど俺はそれを回避できる状態にある。

それに、ガーランドを倒さなければ他の人が困るかもしれない! ……なんて正義感を持ち出せてしまう自分に余裕があるわけでもなければ、強さがあるわけでもない。

事件解明、借金解消、貯金確保。どう考えても討伐を避けたほうが安全で堅実だろう。

しかし、危惧するべき最大の問題がなくなった訳ではない。

 

「はたしてその子が教えてくれるかどうか、だよな」

 

さっきまでの皮算用は、ステラから真相を教えてもらえた場合の話だ。うまく聞き出せなければ、俺はさらに違約金を重ねてしまう。俺はもう少し慎重に依頼を受けたほうがいいのかもしれない。

しかし、愚痴が事態を良くしてくれるはずもなく、悲しいことに突きつけられた現実は「やってみるまで分からない」、だ。

 

「それに、ピアはいいのか? 俺がガーランド討伐諦めちゃっても。騎士隊に通報するって脅しまでかけて付いてくることにしたのに」

「私が討伐についていきたかった理由は、ステラの為の敵討ちができるかもしれないと思ったからです。ステラが倒したいって言ったら、レイドさんをもう一度脅すことになるかもしれませんが」

「お前…………肝太すぎんだろ。勝てるかも分からないのに」

 

とはいえ、大恩があるのも事実。ステラという少女はともかく、ピアの望みならガーランドを相手取ることもやぶさかではない。

 

「きっと勝てますよ。レイドさんなら」

「なぜそんな言いきれるんだ?」

「魔導ですよ。あれだけの魔導書を瞬時に理解できるくらいですから、並の魔導師なんて相手にならないくらいの戦力になるのは間違いないです。現時点でも大魔導師、もしくは魔導教官相当の実力だと思いますよ」

「そっ、そうか?」

 

なるほど、俺は戦力になるのか。

べた褒めされて少し照れつつも、そこまで言うならその程度を知りたくなるのが人の性。

 

「ちょっと腕試しになんか狩ってみたいな」

「ならオーク狩りとかどうでしょう」

 

すぐにでもステラという少女に会いに行く、そう言ってから舌の根も乾かぬうちのこの発言。しかし、それだけの理由はあった。

こんな少女の口からオーク狩りなんて言葉が出てきたのは驚きだが、俺はかねてから倒してみたいモンスターがいた。

 

「いや、スライムにしとこう。だめか?」

 

そう、モンスターといえばスライム! といっても過言ではない、敵キャラの代表格。オークなんてごつそうなやつと初っ端から戦うのは嫌だと内心思っているのは否定しないが、それでも日本から送られてきたものとして、スライムを一度見てみたいという願望がある。

 

「スライム……ですか。一体なぜ?」

「興味だよ、興味! 一度は見てみたいって前から思っててさ」

「スライムを見てみたいなんて人、初めてですよ。構いませんが、ちゃんと私の事守ってくださいね?」

 

例のごとくピアはついてくる気のようだ。先日、ピアが領主宛に長期休暇の申請をしているのを知っているから、仕事は平気なのかなどと無粋なことを言ったりはしない。

 

「任せとけ!」

 

俺は自信満々に了承した。

 

そうと決まったら、決めなければいけないのは術式の選択だ。

『炎熱術式』『衝撃術式』『消滅術式』などの中から、戦闘用に数十枚用意しておく。魔導書曰く、数種類の術式を十枚ずつ用意しておく位がバランスよく戦えるとの事だったので、その通りする。先人の知恵を借りないテはない。

 

「ん? これは……」

 

魔導書を眺めながら術式の選択を迷っていると、術式一覧のページで面白い一文が目に入る。

 

「この術式……使ってみる価値はあるかもな」

 

俺は早速、術式を書くためにピアから紙とペンを借りた。

 

 

 

 

ファインデリーズから徒歩一時間足らずの中規模湿地。スライムの群生地であるそこには、スライムが大量にいるはず……なのだが、どこを見てもその姿はなく、あるのは大量の濁った水たまりだけ。目をこすれど結果は同じ、ピアの勘違いという可能性を考慮してしまうほどだ。

絶対にありえないが、頭上を飛んでる鳥が待望のスライムだというのならそうなのだろう。随分赤みがかった羽の長い鳥だが、他にスライムの姿がないのだから、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

 

「スライムって飛ぶんだな」

「そんなわけ無い……ってどこ見て言ってるんですか」

「あの赤い鳥」

「冗談よしてくださいよ、スライムならそこら中にいるじゃないですか」

 

ピアが指さしたのは上空ではなく地面。

やっぱりどう見てもいないじゃないか、そう思った瞬間だった。

 

「あれ、なんか水たまりが動いて……」

 

茶色の水たまりの水面が、気のせいかピクリと揺らめく。凝視。再びピクリともう一度。

水たまりの中にいるのだろうか。試しに小石を投げ込んでみると、奴は現れた。

 

「ほら出てきましたよ! あれがスライムです!」

 

待望のご登場とともに、俺の失望は最高潮に達した。

まずはその大きさ。バスケットボール程度という予想はあっさりと裏切られ、高さは腰にまで及ぶ迫力すら感じるサイズ。そして、流体独特の肉まんフォルムとはかけ離れた、どことなく四角さを帯びた個体感。しかも、移動時に発するネチャネチャという音が、下がったテンションを、更にげんなりしたものにした。

これだけでがっかりるのには十分すぎるのだが、極めつけはその色。

湿地の泥水がたっぷり浸み込んだヘドロのような濁りは、もしかしたらスライムのあまりにキュートな見た目ゆえに殺すのをためらうかもしれないという杞憂を、一瞬にして吹き飛ばしてくれた。

 

しかし腐ってもスライム。一応透視度は高く、背後の湿地が透けて見える。

 

「スライムは軟骨の周りに粘液を纏った、いわば軟体生物なんです。ただ、軟骨の屈折率が限りなく水と近いので、水中から出てくるまではほとんど見えないんですよ。たいていの人はこれに驚くんですが、レイドさんはどうでしたか?」

「あぁ、うん。びっくりというか、がっかりかな」

「どうしたんですか? さっきまであんなに楽しそうにしてたのに……」

「さっきまでは色々夢があったんだよ。なのに現実は、ゴミみたいなゴミ。あーあ、こんなことならおとなしくオーク狩っときゃよかった。ま、術式の完成度が知りたいから倒すことには倒すんだけどな」

 

今回の名目は術式の試験的な使用だ。スライムの見た目も、気が咎めないで済むと考えれば結果としては悪くない。

とりあえず一つ目の術式、『衝撃術式』の検証。一口に衝撃術式といっても、書いた内容次第で発生する事象は大幅に変化する。今回用いるのは、一点集中型の高火力術式と広範囲型の中火力術式の二種類混合型。広範囲の方はともかく、高火力の方の術式が当たればおそらくスライム程度なら数発もあれば十分だろう。

十枚くらいの用意があるので、試しに魔導書の解説どおりに使ってみる。

水たまりからのろのろと出てきたスライムに、掌を向けてターゲットを確定させる。微調整は「術式」系統の魔導より、「スキル」系統の方が融通が利くとの事だが、ターゲット選択位の微調整なら「術式」系統でも意識的に行うことができる。

 

「『衝撃術式』っ!」

 

左手に術式を握りしめ、もう片方の突き出した右手に光紛のようなものが集まる。

恐らくこれは、術式発動の際に術式の魔粒子の一部が、発光エネルギー体として顕現しているのだろう。なんとなく神秘的な雰囲気を帯びていて見栄えはいいが、これは言ってしまえば「術式の無駄」である。

プログラムで例えるなら、非効率的なコードが機械に負荷をかけるのと同じで、決して喜ばしいものではない。改善が必要なのは間違いないが、今回は即席だったからという事で自分に言い訳をした。

 

「凄いです! こんなに高規模な術式初めて見ました!」

「まじか、でも確かに光粉が大量に右手に……ってあれ?」

 

なんだこれ、おかしいぞ……?

 

額に嫌な汗が流れる。衝撃術式は、提唱からのラグは多く見積もってもせいぜい3秒。

もうとっくに発動してなきゃおかしい頃だ。

そんな事を思っているうちに、右手に握りしめていた術式は消えてなくなっていた。つまり発動はしたのだ。

 

「術式書き間違えたか……? いやそんなはずは……」

 

発動したから、消耗品である術式が無くなった。術式の書き間違えなどというミスを犯しているのならば、そもそも発動すらしないはずだ。

「術式」系統はセンスを問わないとどの魔導書でも言われている。ゲーム機のボタンを押すのに果たして才能が必要だろうか、つまりはそういう事だ。技というより道具としての側面が強い「術式」系統で、発動はするが効果が現れないなどある訳がない。

 

「レイドさん、それ、ちょっと一枚見せてください」

 

そう言うと、ピアは許可より早く俺の懐に手を伸ばした。無遠慮な奴だ。

その道の専門ではないとはいえ、ピアも一介の魔導師程度の知識はあるらしい。絵でなく文字で書かれた術式でも、理解は出来るようだ。

 

「わっ!凄い精密な術式ですね……でも見た感じ特に不具合を起こしそうな要因は見つからないです」

「まぁ、もしかしたらスライムに当たらなかっただけかもしれないだろ? まだまだ枚数はあるから試してみればいいさ。今度はこれだ『炎熱術式』っ!」

 

スライム移動速度は亀の如し、当てるのはわけないはずだ。しかし、先程同様に術式はなんの効果も見せない。

ちらりと術式紙を確認するが、魔導書通りの堅実で安定性重視のコードだ。どう見たっておかしい所はない。

「術式」系統は才能の有無に左右されない魔導という前情報に裏切られ、今の俺はただ術式紙がただただ消費するところを眺めるくらいしか出来ない。

 

「なんでだ!?『消滅術式』っ!」

 

が、これもダメ。

結局、持っていた術式のほとんどを消費しても、一つたりとも効果は現れなかった。

 

「レイドさん、後ろの水たまりからもスライムが出てきたみたいです」

「くそっ、増えてきたな」

 

さっきまで一体だったスライムだが、今では十数体は視界に映る。こいつら全員相手取るのは厳しいのは間違いない。しかも、理由もわからず術式が発動できないというポンコツな状況。

 

「走るぞっ!」

 

咄嗟にピアの手を引き、湿地帯の脱出を試みる。

しかし まわりこまれてしまった!

突然鈍足だったスライムが俊敏に立ち回り、綺麗に退路を妨害してくる。

 

「げっ、こいつら意外に動けるのな」

 

正直、そんな素早く動けるなら最初から動けよと言いたくなるが、完全に仕留めれる状態を作るのがこいつらの「狩り」なのだろう。

 

「レイドさん……もしかしてこれってあれですかね」

「ああ、あれだな。俗に言うピンチってやつだな」

 

気づけば周囲をスライム達に囲まれていた。水たまりから這い出てきた奴らは更に増え、今じゃ虫の通る隙間もないくらいの包囲網が形成されていた。

ネチャネチャと鳴る音が360°から響き、生理的に拒否反応を起こしそうになる。

 

「なぁ。逃げる以外に道はないはずなのに、逃げる道が見つからないんだけど」

「ちょっとちょっとレイドさん?! 冗談言ってる場合じゃないですよ!!」

「いやー、短い命だったわ。0歳と0.1ヶ月位か?」

「早々に黄昏ないでくださいっ!」

 

ピアが慌てる様を見ていたら、どうにも落ち着いてしまった。他人があたふたしてると、人というのはどうやら冷静になるらしい。

冗談はさておき、まず大切なのは分析。

現状、理由は分からないが何故か俺の書いた術式が効果がないようだ。そしてスライムに囲まれているという状況。

最寄りの街は声が届く範囲になく、こいつらを倒す術もない。

 

手っ取り早いのは術式を使えない原因を突き止めることなのだが、(自称)優秀な記憶力のせいか、魔導書のある一文を思い出してしまう。

 

―――――――ごく稀に、「術式」系統も発動不可の、魔導適性のない人間が存在する。

 

「あー、間違いなくそれだろうなぁ」

「一体何言って……」

「なんでもない。とりあえずピア、この術式受け取れ」

 

術式紙のラスト一枚を、放り投げて渡す。

ピアが風で飛ばされる前に慌てて受け取ったそれは、今日気まぐれで作った即席の『【広域】対魔術式』である。

お試しのつもりで書いたから1枚しかないが、この場のスライムの数体でも倒せて包囲網を崩せれば儲けものだ。今は逃げ道さえ確保出来ればいいのだから。

 

「時間ないからはっきり言うぞ。俺は魔導が使えないらしい。代わりに使え、以上」

「えっ、えぇっ!?」

「残りそれ1枚だから、なんとか二〜三体は倒してくれよな」

 

文字通りラストチャンスである。

 

「もうっ! どうなっても知りませんよ! ――――――魔を以て魔を制さん!『【広域】対魔術式』っ!」

 

術式紙が光粉となり、突き出したピアの右手に集まる。

俺の時とは違い、光は紅く、そして鮮やかに辺りを照らした。

 

 

不覚にも、美しいと思ってしまった。




明日の8:30に投稿します。
尚、資格試験のために投稿ペースが著しく低下する恐れがありますが、お気に入り登録で待っていただけると感謝感激感無量でございます。


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楽しい旅になりそうだ

 

 

ファインデリーズからインルタル大森林は相当に遠い。

 

森林深部まで向かうならば、一も二もなく皆馬車を選ぶ。魔導車という方法もあるのだが、コストパフォーマンスが抜群に悪いのだ。

よって、ファインデリーズの馬車乗りに依頼を飛ばすわけだが……

 

「30万ソニーだ。こっからはまけねぇ」

「相場の1・5倍は強欲すぎるんじゃないのか?」

「運び屋は人手不足に馬不足。嬢ちゃんが30出してくれれば、俺の手持ちも合わせて馬が買える。悲しいことに、この前一匹ぽっくり逝っちまってよ、今は一匹しか居ねぇんだ。馬車は馬一匹じゃひけねぇからな」

 

そうごねるのは、自称フリーで世界一の運び屋こと、スタット・ラインという男だ。

街の公的なアシが丁度予約で埋まっていたため、こうしてフリーの馬乗りを探しているわけだが、フリーはどこも基本吹っ掛けてくる。この男はまだましな方で、数分前に声をかけた奴は60万ソニーを要求してきた。

だが、手持ちが足りないけど馬を買いたいという状況は利用できる。

 

「その馬は幾らくらいなんだ?」

「きっかり50万ソニー。そう聞いている」

 

実は俺たち、乗る立場として大きな「ハンデ」を抱えている。果たしてどこの世界に、ガーランドのような殺人竜の住処まで馬車を引きたい者がいるというのか。インルタル大森林の中心部に発生した荒野と言えば、「死地」とまで称される程だ。これに気づかれると、足元を見られて100万ソニー位は軽く吹っかけられかねない。

しかし、手持ちギリギリというスタットの懐事情は、そんな問題を簡単にクリアしてくれた。

 

「ちっ、しょうがねえ。30で乗ってやるから早く馬を出せ」

「毎度あり。じゃあ、馬を買ってくるから少し待ってろ。大丈夫、結構前から話をつけてた馬だ、時間はかからねぇ」

 

スタット・ラインは渡した30万を握りしめて、どこかへと駆けていった。

これで、パルサー・ルールから受け取った前金の三割は使ってしまった。今後何があるか分からないことを考えると、痛い出費だ。

しばらくすると、スタット・ラインは馬屋から毛並みのいい白馬を連れて戻ってきた。

 

「ふっふっふ、世紀のお買い得馬だぜ。まさかたったの50万ぽっちでこんないい馬買えるとはよ。これからよろしくな白鳥丸」

 

スタットの言葉を理解するのに一瞬時間を要したが、それが馬への命名だと気づき心底同情した。

名付け親が馬鹿なことほど悲しいことはない。

馬への同情と、吹っ掛けられた金額への不満は、俺の中で嫌悪となってスタットへ向けられた。

 

「ピア、荷物は持ったか?」

「完璧ですっ!」

「よし、行くか」

 

俺は荷を馬車に投げた。重い音が、これからの旅の長さを物語る。

向かう先は、ピアの幼馴染「ステラ」の住むインルタル大森林と、森林の中心部にいるというガーランド・ドラゴンの元だ。過去に起きた事件の真相を突き止め、ガーランドを討伐する。それがこの旅の目的である。

 

「あれ、魔導書は持っていかないんですか?」

「ピアの家にあったやつなら、昨日のうちに丸暗記したよ。なんだったらまた指定ページ読み上げてみせようか?」

「レイドさんって、なんかずるいですよねぇ」

「同感」

 

自分の口から品のない笑いが漏れるのを、嫌とも思わず俺は言った。

スライム討伐の時は、俺の事前調査の甘さでピアに危険な目に合わせてしまった。あんな目には二度と会わないよう、今回は準備に準備を重ねて挑んでいるのだ。魔導書を全て頭に叩き込み、様々な状況に対応できるようにいくつかの術式も用意している。軽口を叩きつつも、覚悟は固かった。

 

馬車を引く二匹の馬を操るのは、先ほどのスタット・ラインという男だ。運ぶのが仕事なこの男は、初対面は不機嫌なオーラを放っていたが、馬を連れて来てからは態度が一転した。

 

「嬢ちゃんら、駄弁ってんのは構わないが、俺の仕事はお前らを送り届けて、ファインデリーズまで連れ戻すことだ。お前らの帰還が一日遅れれば、俺の仕事できる日も一日減るんだ。そのへん分かってくれよ?」

 

目に見えて笑顔の上機嫌なのに、呼吸をするように嫌味を飛ばせるというのは何ともひねくれた野郎である。

元の世界なら、こんなタクシードライバーがいたら一発でクビだろう、間違いない。しかし、この世界では危険な道中を運んでくれる命知らずが少ない分、客には困らないのだろう。

サービス精神や丁寧な対応は、需要と供給が釣り合っているものでないと育たないと、俺は一つ賢くなった。もっとも、この町の風土も関係しているのだろうが。

 

「それならとびきり早くインルタル大森林に向かってくれよ、スタット・ライン。馬車の到着が一日遅れれば、こっちの仕事できる時間も一日減るんだ」

「言うじゃねぇかクソアマ」

 

こいつは俺と似ている、直感的にそう感じた。多分、向こうも同じ気持ちだろう。

 

それにしたって、女扱いされるのはどうも慣れない。スライムまみれのスーツの代わりにピアが用意してくれたのは、紺のロングスカートに民族衣装のような羽織もの。これで男として見ろというほうが無理な話なのは理解できるのだが、それでもむず痒さは健在だ。

 

馬車がガタゴト音を立てて走り出す。

町がだんだん小さくなっていく様を見つめていると、これからガーランドを狩るのだという現実を改めて意識してしまう。

ピアは真面目なのか、食い入るように魔導書とにらめっこしている。

邪魔になってはいけないとしばらく黙っていたのだが、スタットは沈黙が我慢できなかったようで、適当に話題を振ってきた。

 

「詮索は好きじゃねぇから質問はしねぇが、嬢ちゃんらも物好きだな。ガーランドの荒野まで女二人運ぶなんて依頼、この仕事続けて長いがこんな案件久しぶりだ」

「そうなんですか?」

「護衛なしって条件付ければ、女だけでインルタルに向かう奴なんて五年ぶりだぜ」

「その時もスタットさんが運んだんですか?」

「おうよ。なんせ、インルタル大森林といえばモンスターの巣窟みたいな場所だ。ビビって俺以外は尻込みしちまったのさ。はっはっは!!」

 

五年前にインルタル大森林に向かった女というのは、恐らくステラの可能性が高い。

そんな風に、黙って外を見て考察する俺とは対照的に、スタット・ラインはピアと談笑を広げている。スタットは、自分の武勇伝をピアに語って聞かせていた。こいつはどうも小物臭い、そう思った。

 

それに、ピアがいろんな奴に気に入られやすいのは分かるが、こいつの俺へ態度との差は気に入らない。日本人的な労働精神でも叩き込んでやろうか本気で迷った程だ。

癪に触ったので、俺は嫌味の借りをお返しした。

 

「荒野も森林もあぶねぇから気をつけな、ピアちゃん」

「おいスタット・ライン。対応の差が開きすぎなんじゃないのか? 呼び方が因泥の差だぞ。ついでにピアには身の心配なんておまけ付きかよ」

「妬いてんのか? こんな健気な子と、女っ気のかけらもないお前の対応が一緒なわけないだろ。ま、心配ぐらいならしてやるよ。俺は葬儀屋じゃないから死体を持って帰るのは御免だしな。せいぜいガーランドとは出会わないこった」

「残念だったな、行き先はそのガーランドだ。ちゃんと送り届けてくれよ?」

「ちょっ、待てよ!!」

 

スタットは手綱を強く引き、馬の足を止めた。

 

「おい! まさか街で噂になってた、ガーランドに挑む貧乳娘ってお前のことか!?」

「だれが貧乳娘だ、ぶっ殺すぞ」

「冗談じゃない。俺は降りるぜ」

「なら返金してくれよ。なんだったら馬で払ってくれてもいいんだぞ?」

「こんの性悪女め……!」

 

事前に、ガーランドへ向かうなんて事を話したら、まず断られる。だからこいつに依頼したのだ。嫌になっても降りられないように、馬を買うというこいつの状況をそのまま利用したのだ。返す金が無ければ、仕事は決して降りられない。

客としての「ハンデ」は、相手が回避できない状況を作り出すことによって解決した。

 

「レイドさん考えましたね」

「まあな。こっちもただで吹っ掛けられたわけじゃないのさ」

 

目を合わせてニッと笑う俺とピア。対するスタットは、苦虫を口いっぱいに噛み潰したような表情だ。

フリーで仕事を請け負う人間というのは、面子が潰れては飯にありつけない。今のような金を受け取った且つ返金不可の場合、足元を見返されたとしても大人しく観念するしかないのだ。

俺としては、溜飲が下がって悪い気はしない。

 

しかし、「貧乳女」等と不名誉な呼び方をされているのは気になる。そんなクソみたいな呼称を付けた野郎は、馬に蹴られて死んでしまえ。俺はそう、心の中で毒づいた。

 

「あー、面白すぎるぜテメー。名前は?」

「ガーランドの噂と一緒に聞かなかったのか? レイド・オービスだ。覚えておけ」

「レイド…………レイド・オービスね。ははっ、覚えたぜ。楽しい旅になりそうだ!」

 

スタット・ラインは上機嫌だった。




新キャラ出すと把握に苦労するからできるだけ少数精鋭でいきたいのに、人増やさないと話が進まないジレンマ。

一章で予定してるのはあと三名~五名です。
その内、キーパーソンはあと二人くらいだと思います。(未定)


それと、連続投稿は資格試験が終わるまでもうできません。
4月15日から投稿頻度が元に戻るので、どうかお待ちください!


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決戦前夜

 

インルタル大森林。

大陸一のこの巨大森林にはオークやゴブリン、スライムからブラッドベアー等の危険なモンスターがそこらじゅうにいる、必死の巣窟と化していた。危険度で言えば、駆け出しギルダーなら三日で間違いなく死ぬというとんでもなさである。

そこに乗り込むのが、リンゴ農家の少女と、魔導の才能のない少……少女と、口の悪い馬乗りだけなのだと誰かに話しても、おそらく誰も信用してくれないだろう。

そして今走っているのは、360°を木に囲まれた森林内である。木々に光を遮られた薄暗い道は、木漏れ日こそあってのどかではあるものの、危険である事には変わりない。

一応舗装済みの道を走っているとはいえ、横からモンスターが飛び出てきたらノータイムで戦闘開始の状況なのだ。

 

にも関わらず、馬車内の雰囲気は完全に熱狂に包まれていた。

 

「―――――だからな、俺はその時言ってやったんだ。『モンスターに追いつかれるような馬乗りは長生きしねぇから辞めちまえ!』ってな!」

 

意気揚々と語るのは、馬を操るスタット・ライン。

自慢話が好きなこいつは、ファインデリーズを発ってから、絶え間なく昔話を聞かせてきていた。

 

「そういう話なら私にだってありますよ。昔、農園に忍び込んだリンゴ泥棒を見つけたことがあったんです」

「「それで?」」

「私はガツンと言いましたよ! 『そんなにお腹がすいているなら、こそこそしてないで私に頼んでください!』って! その人には自慢のアップルパイを振舞いました。絶賛でしたよ!」

 

自慢話風に話すピアに対して、俺とスタットは腹を抱えて笑った。

 

「はっはははは! ガツンとだとさ、聞いたかレイド」

「ああ。これじゃガツンとどころかせいぜいほんわりだ。泥棒に餌与えてどうする気だよ」

 

片道五日間という長い道のりは、三人が打ち解けるには十分すぎる時間だった。客が多くてはこうはいかない。ほかの客に遠慮して会話を避けるのがマナーだろうし、三人という丁度いい人数が、俺たち全員を愉快なおしゃべり好きにしたのだ。

 

最初はやかましくて態度の悪いだけの男だと思っていたスタットも、話してみれば存外話せる奴だった。人を見た目で判断するなというのは、こいつの為にある言葉なのだろう。先入観で人を見た自分を、少しだけ反省した。

 

「レイドはなんかねーのか? ずっと聞いてばっかでなんも話さねぇじゃねぇか」

「俺は………」

 

言葉に詰まる。

この場合なんて説明すればいいのだろう。過去を話すのは容易ではない。まず障害になるのは認識の相違。PN4がこの大陸に存在していないのを理解している現段階で、ゲームとは如何物か、説明するのは骨が折れる。そもそも、「俺は元男で、PN4のシステムソフトウェアやってました」なんて、日本人に話したって理解されないだろう。

それに、信用されなかった場合に待っているのは信頼度の低下。適当なことを真顔で話すほら吹きと思われるのがオチだ。

適当にごまかすのが吉、そう判断した。

 

「実は記憶喪失で…………」

「あれっ、悪い魔導師に大陸に飛ばされたって話じゃ」

「………………まあ話は最後まで聞けって。そのな、大陸外のどっかで目が覚めたんだけど、4.06ってやつに何も分からないままファインデリーズに飛ばされたんだ」

 

とっさの機転で、辻褄を捻じ曲げて合わせる。

指摘されたときは自分の失言に焦ったが、最初からこう話すつもりだった体を保てば、ごまかすのは不可能ではない。

それに、もしも俺の意識が突然PN4で発生しと事を考えると、記憶喪失と本質は同じだと思う。だってそうだろう。いくら高性能据え置き機のソフトウェアとはいえ、突然と古馬を理解し、日本や地球の事情も知っていたとなると、記憶喪失だと考えるのが妥当だし、嘘ではない。

それに、意味もわからず飛ばされたというのも本当だ。

魔導師に飛ばされたって部分だけ尾ひれが付いているが、これくらいは許してほしい。

 

「苦労してるんだな、お前も」

 

スタットに直球で同情され、おかしな気分になる。

 

それからわずか数刻。

いままで大雑把に方角だけ伝えて走っていたのだが、ここにきてピアが細かく経路指定を始めた。

普通なら見逃してしまうような目印を頼りに、馬車は入り組んだ道とも呼べないような場所を走って行く。

 

「ん? もしかしてあれか……?」

 

スタットが何か見つけて馬の手綱を強く引いた。

蹄で響く歩調が緩くなり、止まったのは一軒の家の前だ。

 

「着きましたね、ここがステラの家です」

 

ピアが指差す家の外見は、至って普通。

それ故に、普通では無かった。

 

木造と煉瓦造りが融合した、よく見かける一軒家。

これが街の一角に建つ家なら分かるが、森の中にごく普通の一軒家があるのだから違和感しかない。森の中なら、ボロ小屋で十分だろうと考えるのは俺だけじゃないはずだ。

 

「森林には似合わない家だな……」

 

それが紛れもない第一印象だった。

ピアは玄関口の、ライオンを模したノッカーの輪を掴むと、無遠慮に三度鳴らした。

 

「ステラー、居るー?」

 

しかし返事はない。

留守なのではないかと疑った次の瞬間、中から慌ただしい足音が響いた。

 

「だーれ?」

 

ひょっこりと顔をのぞかせたのは、ピアよりさらにふた回りは小さい女の子。

ロリ以上JK未満の容姿で、上目遣いのあどけなさは、元の世界で例えるなら中学生くらいだろうか。

彼女の着るオレンジ混じりの服は、ファインデリーズでよく見かけたひらひらのついたものとは違い、ピアのような機能性重視のものに近い。

しかし、飾り気のなさが逆に良く、少女らしい純真な雰囲気を醸し出している。

この可愛らしい見た目に似合わない大剣を背に負う姿を見るに、彼女が「ステラ」なのだろう。

この小さな体で、剣士をやっているというのは俄かには信じられないのだが。

 

「えっ、ピア!? なんでここに?」

「ステラに頼み事があって来たんだけど、今忙しくない?」

「頼みごと……まーた変な案件抱えて来たんでしょ。何度も言ってるじゃん、人助けとお節介は違うって」

「今回は違うからっ! ステラにも関係する事だし……」

「私に関係する事? それって、もしかしてガーランドに関わる何か?」

 

ピアはコクりと首肯する。

考える素振りを見せたステラは、こちらを一瞥するとこう言った。

 

「とりあえず中で話そっか。あ、後ろのあんたはダメ。男を家に入れたくないから」

「「まじかよ」」

「何でそっちの女までしょげてんのよ。私、男がダメって言っただけなんだけど」

 

スタットと同時に肩を落とした後、自分がステラに嫌悪される要素を持ってないことに気づいた。スタットだけに見えるよう舌を出して煽ると、気に食わなかったのか、悪態をつき始めた。

 

「誰がこんな家入るかよ。馬を見てなきゃいけないし、言われなくてもこっちからお断りだ」

 

ふてくされるスタットを無視して、俺は遠慮なく家にお邪魔する。

両親家族無くして一人暮らしと聞いていたが、想像していた質素な内装とは違い、はっきり言ってピアの家より豪華だ。なぜ実の兄であるパルサーに内緒でこんな家に住めるのか、全くの謎である。

 

「で、あなたは誰?」

「レイド・オービスだ。レイドでいい、よろしく」

 

ぶっきらぼうな聞き方から性格が滲み出ている。

 

「私はステラ。まぁ、よろしく……」

「あれ、ファーストネームだけ?」

「私、苗字はないの。もったいぶってるわけじゃないから誤解しないでね」

 

おかしい。

兄であるパルサーのフルネームは「パルサー・ルール」だった筈だ。それなら普通は「ステラ・ルール」になる筈だ。何故だ? 居場所を兄に隠して居ることといい、実質的には絶縁関係なのだろうか。

複雑な家庭事情が垣間見えるが、俺には関係のない話だ。

 

「レイドこそ、ここらで聞かない名前だね」

「訳ありだからな」

「訳ありね。ふーん」

 

これは疑われているのだろうか。上目使いに肝が縮む。

空気が悪いので、何か話さなければと一つ質問を投げてみた。

 

「お前、パルサーの妹なんだよな?」

「お前って言わないで。ステラでいいから」

「すまん。ステラはパルサーの弟なんだよな?」

「そうだよ。……だけどあんな奴、兄だなんて思えない」

「ガーランド襲撃事件の後に何かあったのか?」

 

俺がそれを知っていたことに、少しだけ驚いた様子のステラ。

 

「なんだ、聞いてたんだ」

「パルサーから直接な。過去の事件の真相を突き止めることが、ここに訪れた理由の一つだ」

「理由の一つって事は、他にもあるの?」

「ある。単刀直入にいうと、俺はガーランド・ドラゴンを倒そうと思っている。でも、俺とピアだけしかいなくて心もとないのが現状だ。ピアから、ステラは凄腕の剣士だって聞いている。どうか協力してほしい」

「事件の真相に、ガーランド討伐……ね。……ちょっと考えさせて」

 

ステラは腕を組むと、難しい顔で天井を見上げた。

無理もない。

殺人竜への挑戦だ。尻込みするのが道理というもの。

しかし、ステラの返答は予想とは違うものであった。

 

「ガーランド討伐は手伝うよ。むしろこっちからお願いしたいくらい」

「本当か!?」

「だけど、事件の真相は絶対に話せない。自分で調べるなら別に止めはしないけど、私からそのことを話すつもりは一切ないから。覚えといて」

 

兄にすら話せないような内容だ。教えてくれないのは予想の範疇であり、落胆するほどのことではない。それどころか、討伐の参加だけで感激するレベルだ。

事件の真相も、打ち解ければいつか教えてくれるだろう。

 

「いいんですかレイドさん。ステラが教えてくれなきゃ報酬もらえませんよ?」

「あっ、馬鹿っ……」

 

ステラはピアの一言を聞き逃さなかったようで、一気に不機嫌そうになった。

 

「報酬? ピアー、どういう事かなー?」

「どういう事も何も、レイドさんは、パルサーさんからの依頼として事件の真相を調べてるんだよ!」

 

この馬鹿! と大声で叫びそうになる。ステラの兄に対する感情が決していいものでないのは火を見るより明らかだった。だから敢えてパルサールートの依頼であることを伏せていたのに、何故教えてしまうのだろう。全く状況を理解していないピアの行動は、理解に苦しむものだった。

 

「へぇー。お金をもらって、ねぇ」

 

ほら見たことか。不信感メーターなるものがあるとしたら、恐らく振り切れてしまってぽっきりだ。これでステラからの俺の印象は、金を貰えば人の過去を暴くような屑、位には思われてしまったかもしれない。

 

「まぁ、その、あれだ。言いたくないなら無理やりには聞かないから安心しろ」

「それなら良いんだけどね」

 

なんとか印象の挽回はできたと思う。しかしこれで、ステラから聞き出せる可能性は限りなく低くなってしまった。

ピアに後で、空気を読むとはどういうことか教えてやらねばならない。そう思った。

 

「そういえば、ガーランドを倒すための具体的な策はあるの?」

「一応はな。魔導と物理攻撃のコンビネーションで倒そうと思っている」

「レイドって、魔導師なの?」

「魔導師…………。魔導適正がないから、魔導師ではないな」

「ってことは、魔導攻撃をピアに任せるつもり?!」

 

えへへ、と嬉しそうに頭をかくピア。しかし、ステラの方は鳩が豆鉄砲食らったように呆けてしまっていた。

 

「……冗談でしょう?! ピアは、昔ちょっとだけ小児魔導学校に通っていたけど、術式を書くのが下手すぎて結局一回も発動できなかったんだよ? 術式の円を書かせれば四角を書くし、その中に紋を書こうものなら出来の悪い象形文字みたいになってたのに!」

「だからね、術式はレイドさんに書いて貰ってるんだ~」

 

ピアは昔の自分をぼろくそに言われたにも関わらず、むしろ現状に満足している様子だった。そもそもピアは、ぼろくそに言われたとも思っていないのだろう。不自然なくらい前向きだ。

そんな様子を前に、ステアの困惑の目が、俺に説明を求めてくる。

 

「実は、術式は俺が書けるんだ。術式陣じゃなくて、直接コードで組んでいるんだがな」

「嘘よ! コードで書くなんて、複雑な計算すぎて学院長レベルでもできるかどうか怪しいのに。それに魔導適正がない人なんて、いままで聞いたこともない!」

「だったら見せてやるよ」

 

手始めに、スライム戦で大活躍の『【広域】対魔術式』を速攻で書き上げてみせる。書き終えて分かったのは、この短期間で自分の中の術式への理解が深まっていることだった。効率のいいコードへの最適化の方法を、無意識的に理解し始めたのだろう。前回書いた術式よりも、推定エネルギーロスは半分以下に抑えることができた。

 

「なにこれ……ほんとに文字だけで術式が成立してる……。レイドって、いったい何者?」

「さあ、なんだろうな」

 

別にごまかしたわけじゃない。自分の正体なんて、自分でも分からないのだ。だが、ステラはそうは受け取らなかったようだ。

 

「何を隠しているのか知らないけど、訳ありってのは分かったわ」

 

どうやら、一応は納得してくれたみたいで、特にそのあと追及されたりすることはなかった。

というより、ステラの興味は術式へと移ってしまったようで、食い入るようにそれを見つめていた。ステラが、剣士でありながら術式を理解するに至っていることも驚きだが、俺としては、ピアと全く同じ反応をしているのがどうにも可笑しかった。

 

「さあ。それじゃ、いっちょガーランド討伐の作戦会議といきますか」

 

俺たちは自分たちの手札を最大限に活用するために、とことん話し合った。

まだ見ぬ脅威に備え、そしてあらゆる事態を想定しての作戦会議。それは、夜が更けて、馬車に一人残されたスタットの寝いびきが聞こえてきても続いた。

 

そして翌日。

戦いのゴングが鳴るのがそう遠くないことを、全員が肌で感じていた。

 

 

ガーランド討伐の為に、いよいよ俺たちは荒野へと発った。




リアルでケツに火がついてても、書きたいことをちゃんと書く時間を取ることが、幸福な人生を作ることにつながるって信じている。



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