彼のカルデアでの日常 (トマト嫌い8マン)
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エミヤくんの短編集
そんな彼の日常は


と、いうわけで始まってしまいました新コーナー笑

なんだかんだ言って、作者は衛宮(エミヤ)厨なので、士郎もだけどエミヤも好き!

そんな気持ちが盛り上がったので、お話、載せま~す


カルデア。

 

人理の観測を目的として設立されたその機関は、ある時から人理修復のために奔走することとなった。

 

人理の焼却。

 

言葉にしてみるだけでもとんでもなく、そして現実を知ると途方も無い、そんな事件。カルデアにいるスタッフを除き、世界、否地球から、人類は消されてしまった。

 

残された彼らは、擬似的なタイムスリップを可能とするレイシフト、そして英霊召喚の技術を用い、人理の焼却を回避すべく、戦うことを選んだ。

 

たった一人のマスターと、素人同然のデミ・サーヴァント。

 

そんな彼らだけで始まった人理の修復への果てしない道のりは、いつしか多くの英霊との縁を生み、力を貸してくれるサーヴァントも増えた。

 

そんな英霊たちの中で、誰よりも早く来てくれた英霊。

 

弓兵でありながら双剣を振るい、サーヴァントでありながら家事をもこなす、白い髪に褐色の肌をもつ、心優しい英霊。

 

彼には色々な呼び名がある。

 

料理長

 

みんなのおかあさん

 

バトラーのサーヴァント

 

カルデアのブラウニー

 

贋作者

 

錬鉄の英霊

 

抑止の守護者

 

正義の味方

 

マスターと同じく、数多の英霊に認められ、注目されるそのサーヴァント。

 

「おーい、エミヤ!今日もよろしくね」

「エミヤ先輩、よろしくお願いします」

「了解した。それでは、始めるとしよう」

 

真名、英霊エミヤ

 

 

これはそんな彼のカルデアでの日々の物語。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━

 

英霊エミヤの朝は早い。

 

元々睡眠を必要としない体ではあるものの、一定の生活リズムを保つことが大切であるとマスターやマシュに何度も語って聞かせていた手前、本人も自然とそうなっていった。

 

手早く身支度を終え、部屋を出るエミヤ。途中、夜勤明けのスタッフとすれ違いながら、キッチンへと向かう。

 

キッチンにふさわしい戦闘服(エプロン)に着替えたエミヤ。ものの数分で、キッチンには食欲をそそる匂いや、心地の良い調理音が響く。

 

「おはよう、エミヤ。今日も流石に早いね」

 

背後からの声に振り向く。赤い髪に白い衣装、柔和な笑みを浮かべた女性が、キッチンに入ってくる。

 

「ああ、おはようブーディカ。今日もよろしく頼む」

「うん。それじゃあ、ちょっと準備してくるね」

 

料理仲間の一人、ブリテンの勝利の女王とも呼ばれるブーディカが、エプロンを取り出し隣に並ぶ。エミヤがいくら料理上手で、多人数用に料理を作ることに慣れていたとしても、カルデアにいる全員分を一人で用意できるはずもなく、他にも料理上手な英霊たちが、代わる代わるにキッチンに入る。

 

因みにこのカルデアでは、源頼光、タマモキャット、マルタ等、料理上手な英霊は意外と多い。

 

「それにしても、相変わらず早いね」

「それは君もだろう。しっかりと身体を休められたのか?」

「うん。昨日は戦闘には呼ばれなかったからね。子供達の面倒を見ていたくらいだし」

「そうか。しかしあの子達は毎日元気が有り余っているようにも見えるからな。無理だけはしないでくれ」

「うん、わかってるよ。でも、ありがとね、気遣ってくれて」

「何、気にするな。私と君の仲ではないか。何かあった時は、遠慮なくいってくれ」

 

※注

別にこの二人は邪推するような関係ではありません。エミヤはあくまで親切心から言っているだけです。

 

「あはは。それじゃあ、その時はお願いするね」

「ああ」

 

それから暫く、朝ご飯を食べに職員やサーヴァントが食堂にやってきて、あっという間に賑やかになる。

 

作家系サーヴァントたちの語り合い。

 

クー・フーリンズをはじめとしたケルト勢。

 

アルトリアズの座る、山盛りの料理が並べられているテーブル。

 

様々なテーブルがある中で、食堂の一角、とある少年を中心にして、特に賑やかな場所がある。

 

「え、と……食べにくいんだけど」

「お気になさらず、旦那様(ますたぁ)。私が食べさせてあげても、」

「いいえ、ここは母たる私が。子の面倒を見るのは、母の務めですから」

「……」

「静謐ちゃん、無言で抱きつくのやめて。腕が使えない」

「皆さん、先輩も困っていますから!」

 

「やれやれ、またかね」

「まぁ、マスターはモテモテだからねぇ」

 

そのテーブルに座る唯一の男性、藤丸立香。その少年こそ、カルデアに在籍する、人類最後のマスターである。

 

真っ直ぐな人柄は好感が持てるもので、誰に対しても明るく、差別することなく接する彼は、サーヴァントたちからの信頼も厚い。が、中には信頼を通り越して愛情を持って接するサーヴァントもいるわけで、彼の周りはいつも賑やかである。

 

「流石は一級フラグ建築士だな。彼の優しさは美徳だが、少しは学習しなければ、更に参戦者は増える一方だぞ」

「う〜ん。何も間違ったことは言ってないんだけど、君がそれを言うのはなぁ」

「む、何か?」

「はぁ。何でもないよ。こりゃみんな大変だなって思っただけ」

 

やれやれと首を振るブーディカ。その仕草に心当たりがないエミヤは首を傾げる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

さて、もうお気付きの方もいるだろう。このカルデアにはマスター以外にもう一人、一級フラグ建築士が存在しているということに。

 

英霊エミヤ。彼もまた、何人かの女性サーヴァントから想いを寄せられているのだった。もっとも、立香と違い、彼本人はその好意に気づいていないため、よりタチが悪いと言える。

 

以前それとなく立香が話してみたところ本人は、

 

『彼女たちは私を君を支える仲間として信頼してくれているだけだよ。君は本当にサーヴァントに好かれやすい人間みたいだからな。そもそも私のような一介の守護者を、彼女たちのような魅力的な女性が好きになるはずがないだろう』

 

卑屈になっているのではなく、本心から言っているのがなおのこと厄介。立香よりもさらに攻略が難しい、難攻不落の男として、職員やサーヴァントの間では噂されていることを、本人は知らない。

 

「さて、そろそろ私たちも食事にしよう。一緒にどうかな、ブーディカ?」

「ん?うん、そうだね。じゃあ一緒に食べよっか」

 

※注

別にこの二人は邪推するような関係ではありません。エミヤは(ry

 

食堂が空いてきた時間になり、料理人の彼らも食事をとることにする。キッチンでペアを組むことの多いエミヤとブーディカが、向かい合う形でご飯を食べる姿はもはや日常の光景である。

 

そしてその様子を気にする女性がちらほらいることも。

 

例えばそれは騎士の王。

 

例えばそれは金星の女神。

 

例えばそれは三姉妹の末妹。

 

例えばそれは竜の魔女。

 

例えばそれは硝子のプリマ。

 

マスターに勝るとも劣らないモテモテっぷりに苦笑しながらも、ブーディカはエミヤとの時間を楽しむことにした。

 

(マスターは守るべき人。でも、エミヤは守ってくれる人。守るのが得意な私だけど、守られるのも悪くない、かな)

 

「何かあったのか?」

「ん?何かって?」

「いや、君があまりにも楽しそうな笑みを浮かべていたものでね。そんなに魅力的な表情をさせるきっかけでもあったのかと思ったまでさ」

 

※注

別にこの二人は邪推するような関係では(ry

 

優しげな笑みを浮かべながら、さらりとそんなことを言ってしまうエミヤ。こりゃあの子達が苦労する訳だと納得しながら、

 

「そりゃあ、エミヤとこうして一緒に食事ができるんだもの。楽しくないわけがないでしょ」

 

と、火種を放り込む。一瞬にして更に視線が集まるのが感じられる。効果はてきめんのようだ。

 

見守りがいがありそうなマスターとエミヤの周囲に、どうなることやらと思いをはせる。

 

 

カルデアの1日は今日も慌ただしく過ぎていく。

 

これはそんなカルデアにいる、一人のサーヴァントのお話。

 

 

 

 

 




特にストーリー性のない、ゆるーい感じのやつです、はい

まぁ、すべてのサーヴァントと絡ませるわけではないのであしからず

絡む順番も作者の適当な思い付きとかで、法則は特にないかと



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彼と彼の騎士王

まぁ、第1話?はやっぱり彼女からですよね〜

というわけで、ゆるーく続きまーす


エミヤと仲の良いサーヴァントといえば、カルデアにいる人たちに聞いてみると、必ず上がる名前がある。

 

アルトリア・ペンドラゴン

 

ブリテンに君臨した騎士の中の王、かのアーサー王その人である。

 

かつて聖杯戦争で出会ったことのある二人は、戦友でもあり、敵同士でもあったと言う。何とも複雑過ぎるその関係は、一言で言い表すことができない上に、明らかにエミヤとアルトリアの間にはそれ以上の何かがあることは、誰の目から見ても明白である。

 

さて、今日も今日とてエミヤは食堂で料理を作っているわけだが、その1番の消費者、もとい団体は、

 

「おかわりです、アーチャー」

「ハンバーガーだ。早くしろ」

「あの、私もお願いします」

「ターキーはまだか?」

「そら、こちらに寄越すがいい」

「いつもながら美味ですね」

「アイスクリームありますか?できればバニラで」

「私はソーダ味だ。ありったけ持ってこい」

「アルトリア顔がこんなに沢山……ですが、今は食べる時です」

「……お手製和菓子美味しい」

 

仲良く、というわけでもないかもしれないけど一緒のテーブルで食事をとる10人。ただ一つおかしなところがあるとしたら、これが全員同じ人物がベースになっているということだろう。

 

青いドレスのアルトリア・ペンドラゴン。

エミヤは彼女のことだけはセイバーと呼ぶ。

 

黒いドレスのアルトリア・オルタ。

通称オルタ。

 

白いドレスのアルトリア・リリィ。

通称リリィ。

 

黒いサンタのサンタ・オルタ。

 

黒い槍を持つアルトリア・ランサー・オルタ。

 

聖槍の担い手アルトリア・ランサー。

通称獅子王。

 

水鉄砲を持つアルトリア・アーチャー。

 

黒いメイドのメイド・オルタ。

 

正体バレバレ謎のヒロインX。

 

眼鏡属性持ち謎のヒロインX・オルタ。

通称えっちゃん。

 

総勢10名のアルトリアズ、大集合である。起源は同じであるものの、別側面やら別世界やら、様々な違いが生じたことで生まれた、独立した意思を持つ彼女たち。

 

初めてこの光景を目撃したのであれば、訳がわからなくて開いた口も塞がらなくなるというものではあるが、これももはや日常。そしてそんな彼女たちに溜息をつきながらエミヤが料理を運ぶのももはや見慣れた光景である。

 

「まったく、君たちは本当によく食べるな。俵藤太がいてくれなければ、我々はとうに餓死していただろうな」

「む、別に良いではないですか。私達だけが大食らいというわけでもないのですから」

 

青いアルトリアが言ったように、カルデアにいるサーヴァントには健啖家は他にもいる。が、

 

「それにしてもだよ、セイバー。作るこちらの身にもなってみてくれたまえ」

「す、すみません。その、エミヤさんたちの作る料理が本当に美味しいので、つい」

 

一人だけ申し訳なさそうに頭を下げるリリィ。そうやって謝られてしまうと、エミヤとしてもそれ以上注意するのも難しい。そもそもリリィの純真さには、エミヤもどう接したものかと悩まされることも多く、結果エミヤが折れるしか無くなるのである。

 

「はぁ。程々に頼むぞ」

「溜息ですか?疲れですか?もしやアルトリア顔ばかりにうんざりしているのでしょうか?なら私が速やかに、「ほぅ。では食事はもう終わりでいいのだな?」と思いましたが、腹が減ってはなんとやらなのでやめます」

「……エミヤも、一緒にどう?」

 

剣を取り出しかけたヒロインXをエミヤが言葉だけで止めると、大福を片手に、謎のヒロインX・オルタがエミヤを誘う。返事をしようとエミヤが口を開くと、

 

「ちょっとアチャ男さん!そろそろ戻ってきてもらえませんか?まだまだ食事の時間は終わってませんよ!」

 

厨房から聞こえる今回のパートナー、玉藻の前の声。すぐ戻ると告げたエミヤが最後にアルトリアズを見る。

 

「私は失礼するよ。まだ仕事があるのでね」

 

そう言って去っていくエミヤを、アルトリア達の視線が追っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はぁぁ〜、やっと終わりました」

「お疲れ様、玉藻の前」

 

食堂の後片付けを終え、キッチンの机に思わず突っ伏してしまう玉藻の前。淑女としてはどうなのだと思いもするが仕方ない、それだけ疲れる作業なのだ。

 

そんな彼女の前に、湯気が立ち込める湯呑みが置かれる。馴染みある緑茶の香りに顔を上げる玉藻。湯呑みの中を覗いてみると、茶柱が立っている。

 

「みこっ!これはこれはなんと運のいい。先ほどまでの疲れも忘れ、玉藻は気分が良くなるのでした」

 

優雅な所作で緑茶を飲む玉藻。ほぅ、と思わず息が漏れる。

 

「相変わらず美味しいですね、アチャ男さんの淹れるお茶は。紅茶もですが、他の人ではこうはいきませんね。私もまだまだ精進が必要です」

「君にそう言ってもらえるのは光栄だな。だが、基本的には良い茶葉を使っているからだと思うが」

「もちろんそれもありますけど、その素材の良さをさらに引き出していると言いますか……料理の時も思っていましたが、アチャ男さんの女子力おかしくありません?」

「そうでもないさ。それに君もかなり高いと思うが。それよりも、そのアチャ男という呼び方はどうにかならないのか?私にはエミヤという真名があるのだが」

「すみません。でも、正直エミヤより、アチャ男さんの方が呼び慣れていると言いますか、もはや習慣みたいなものでして」

 

ここではないどこか、月で行われた聖杯戦争にて、この二人は出会ったことがある。もっとも、エミヤ曰く、

 

『あれは私であって私ではない。その戦争の記録は確かに私の中にある。だが、あくまで同一人物の別個体だよ』

 

とのことらしいが、なんだかんだお人好しな彼は、玉藻やネロ等の月での顔見知りに対しても何かと世話を焼いている。

 

 

「それにしてもあの騎士王様達、いつもいつもすごいですね〜」

「そうだな。健啖家なのは知っていたが、あぁも数が増えると、本格的に手に負えないな」

「ほんとですね〜。ところでアチャ男さん、ちょっとお聞きしたいことが」

「何かね?」

 

空になった湯呑みにお茶を注ぎながら返事をするエミヤ。出されたお茶を一口飲んでから、玉藻がずいっと身を乗り出す。露出多めの格好でそんなことをしたら色々と目のやり場に困るものだが、全く動じないあたり、流石はエミヤである。が、その質問内容には動揺を隠せなかった。

 

「ズバリ、あの騎士王様とはどんな関係なのです?」

 

突然の質問に思わずエミヤが目をパチクリさせる。

 

「……また唐突な質問だな。何故また急に?」

「いえ、お二人は仲が良いようですし〜?」

「彼女とはかつて同じ聖杯戦争に呼ばれたことがある。クー・フーリンやヘラクレスのように、面識があるからだろう」

「それにしては今日もあのテーブルに誘われていましたでしょう?アチャ男さんはオリジナルの騎士王様だけ、セイバーと呼んでいますし。以前聖杯戦争で会っただけなら、ネロさんやアルテラさんもそうですし。そ・れ・に、この前見てしまいましたよ」

「何をだ?」

「この前、二人きりでお話ししていた時のことを」

「この前?……まさか」

「はい。あれは、数日前のことでした……」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日、ネロの部屋で岸波白野(月のマスター)について話し込んだ帰り道で、玉藻はシミュレーターのあるトレーニングルームの側を通っていた。

 

と、聞こえてくるのは幾度も続く剣戟。どうやら誰かが模擬戦を行なっている模様。このカルデアにはサーヴァントが何人も召喚されているため、別段珍しいことではないが、なんとなしに玉藻は中を覗いてみることにした。

 

「はあっ」

「ふっ!」

 

激突する青と赤。黄金の剣と白黒の双剣。

 

アルトリアとエミヤの二人が、互いに全力を尽くした戦いを繰り広げていた。

 

アルトリアは最優とまで言われるセイバーのサーヴァント。加えて直感による危機察知能力、セイバーの中でも高いステータスに知名度、そして誰もが知っている最強クラスの聖剣等、セイバーの中でも優れた部類にいる。

 

一方エミヤは未来の英霊ということもあり、知名度の補正はゼロに等しい。ステータスも三騎士クラスの英霊の中では低い方であり、本来であればアルトリアに瞬殺されていてもおかしくない。

 

だと言うのに、エミヤはアルトリアに対して、全く引けを取っていない。仮にも英霊となったのだから、以前からそれなりの実力の持ち主ではあるのだろうとは思っていた。月でネロの副官をしていた時は、参謀として前線に立つことがなかったこともあり、直接戦闘はどちらかといえば不得手なのだとばかり思っていた。

 

けれども違った。過小評価だったと言わざるを得ない。

 

双剣と弓を巧みに切り替え、あのアルトリアを後退させることにも成功している。更にはまるでアルトリアの剣の動きを完全に見切っているかのような防御。生半可な英霊では、到底不可能なことであり、彼の戦闘能力が一級品であることを裏付ける。

 

 

剣戟が終わりを告げる。アルトリアの首筋に突きつけられる黒い切っ先、エミヤの首元に突きつけられる黄金の切っ先。相討ち、それが二人の戦闘の結果となった。

 

エミヤの戦闘能力の意外な高さに感心していた玉藻だったが、アルトリアが笑顔でエミヤに話しかけるのに思わず聞き耳をたてる。

 

「まさか相討ちになるとは思いませんでした。流石ですね」

「光栄だな。だが、毎回こう上手くいくわけではないさ。今回見せた手の内は、二度と君には通用しないだろうからね」

「ご謙遜を。貴方の実力は本物です。それとも、私の言葉は信用できませんか?」

「っ、その聞き方は反則ではないかね、セイバー」

 

何やら親密そうな二人に、玉藻が興味津々に聞き耳をたてる。完全に不審者チックな行動で、傾国の美姫とまで言われた彼女にふさわしくない姿ではあるが、それはそれ、恋愛に関しては玉藻ちゃんも黙っていられないのです。

 

「すみません。でも、貴方が強くなったのは本当ですよ。昔はすぐに一本取れたものでしたが、一本どころか、一撃も入れられないとは」

「……君の太刀筋を忘れたことはなかったからな。あの頃の私は、君と共に戦いたくて必死だった。そしてあの後も、ずっとその背中を追いかけていた」

「そう、でしたか」

「どうやら、肩を並べられるに値する者には、なれたらしいな」

「ええ。貴方がいてくれれば、もう何も恐れるものはありません」

「それは流石に言い過ぎではないか?」

「いいえ。あの時からずっと、貴方がいてくれるだけで、私は何も恐れずにいたのです。またこうして、貴方と一緒に戦えて、嬉しく思っています」

「セイバー……」

 

二人の間に流れている空気をどう表現すべきなのだろうか。甘酸っぱいわけでもなく、かといって気まずいわけでもない。

 

けれども、エミヤを見上げるアルトリアの笑顔は、玉藻にとって見覚えのあるものだった。

 

たった一人、岸波白野(ご主人様)にだけ自分が見せる表情に、とても良く似ていたから。

 

「今のマスターは立香ですが、私は貴方の剣であり続けます。だから、」

 

「これからも共に戦いましょう、シロウ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「しろう……これはエミヤさんのことですよね?と言うことはもしや本名はエミヤシロウ……日本の方ですか?」

 

小首を傾げている玉藻には答えず、エミヤは片手で顔を覆っている。

 

「みこ?どうしました?」

「いや……まさか見られていたとは思っていなかった。できればこのことについては他言無用で頼みたいのだが」

「構いませんよ。た・だ・し、ちゃんと説明してくださいな♪」

 

 

溜息をつきながら、頭をガジガジとかくエミヤを見て、楽しげに笑う玉藻。月ではどうも完璧すぎるほどに仕事ができる姿しか見ていなかったが、こんな表情もできるのかと、どこか幼さを感じさせる仕草になんだか微笑ましくなる。

 

結局、エミヤは洗いざらい玉藻に話すことになった。

 

かつて少年の自分が聖杯戦争に参加して、その時のサーヴァントがセイバー、アルトリアだったこと。彼女と共に聖杯戦争を勝ち抜き、互いの夢を尊重し別れたこと。

 

その後、夢のために戦い続けた日々のこと。世界と契約し、守護者となったこと。そして続いた戦い、否、殺人の日々のこと。理想に裏切られ、磨耗していく日々のこと。

 

そして自身がアーチャーとして呼ばれた、聖杯戦争のこと。そこで再会したセイバーが、アルトリアだったこと。その聖杯戦争に参加した理由が、自分を殺すためだったということ。その過去の自分に敗れたこと。

 

 

「前に聞いた戦友でもあり、敵同士でもあったというのは、」

「あぁ。彼女の方は私のことを知らなかったし、私も生前の記憶をほとんど無くしていたこともあって、彼女とも戦った。結局私たちのマスター同士が同盟を結んだがな」

「もしや、その時のアルトリアさんのマスターは、」

「御察しの通りだ。まだ未熟者だった頃の私だ」

 

なんだか気まずそうな表情の玉藻。未来に英霊となる者、エミヤ。その経歴は、とても現代の人間とは思えないほどに血に濡れたものだった。

 

そしてアルトリアとの関係もまた、想像以上に複雑なものだった。

 

「アルトリアさんは、貴方をシロウと呼んでましたよね。では思い出したということなのでは?」

「いや、それは違うよ。そもそも私は厳密に言えば、彼女の知る衛宮士郎ではない。その証拠が、君達との記録だ」

「私達との?」

「そこにいた私は、セイバーと別れた私とは全く異なる経歴を経て英霊となった。その記録が私の中にあるということは、私の中に複数の平行世界にいた私の記録が混ざっているということだ。そういう意味では君たちと共にいた私に近い。エミヤという一個人ではなく、正義の味方の体現者の集合体。無銘とは、よく言ったものだな」

 

「私は彼女の求める衛宮士郎ではないし、彼女も私の知るセイバーではない、互いに全くの別人同士ということだ」

 

自嘲気味な笑みを浮かべるエミヤに、玉藻はかける言葉が見つからなかった。

 

「そんな顔をするな。君には岸波白野(ご主人様)に向けているような笑顔の方が似合っている。それに、私は大丈夫だ」

「でも、」

「言っただろう。私は確かに後悔し、一度は自分自身を殺そうとまで思った。けれども、俺は間違っていなかったんだよ。だから、もう迷いはない」

「エミヤさん……」

 

その時の笑みはマスターに見せる見守るようなものではなく、また時折見せる皮肉げなものでもない。普段上げている前髪が顔にかかり、幼い印象が出るものの、玉藻が思わず見とれてしまうほど、綺麗で素直な笑みだった。

 

ガタリ、と食堂の方に誰かが来る音がする。二人がそちらを向くと、キョロキョロとしながら、アルトリアが入って来ている。

 

「シロウ?いないのですか?」

 

「では、約束通り、他言無用だぞ」

 

立ち上がりながら玉藻に告げ、エミヤがアルトリアの元へと向かう。

 

「何か用かな、セイバー?」

「はい。宜しければ、また模擬戦をしませんか?あの頃は毎日のようにしていたのですし、日課として続けて見るのはどうでしょう?」

「とても魅力的な提案だが、毎日は流石に無理だな。他のサーヴァントに頼まれている用事もある」

「そうでしたか」

「だが、時間が空いているときは是非とも頼みたいものだな。今も作業が終わったところだ。付き合おう」

「ええ。貴方の成長を感じ取れて、とても嬉しく思います。ですが、勝つつもりでいかせてもらいますから、覚悟してくださいね、シロウ」

 

エミヤを見上げながら微笑むアルトリア。よく知っている皇帝と、割と似た顔立ちだが、どこか幼い言動のネロと違い、彼女は常に凛とした空気を纏っていた。でも、今の彼女はまるで、どこにでもいる少女のような、そんな美しい笑顔だった。

 

(同一人物だとか、同一個体だとか、関係ありませんよ。だってお二人とも、互いに求めあっているではありませんか……魂の半身、とでもいうのでしょうか。それ程までに、強い繋がり……)

 

 

 

この後に、玉藻が『エミヤとアルトリアを応援し隊』を密かに作ることになるのは、また別のお話。

 




はいはい、そんなこんなで、エミヤとアルトリアを第三者、
今回は玉藻の前から見た様子を描いて見ました〜

今後も多分、似たような感じになるかと思いますので、
誰がくるか、お楽しみに〜


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彼と3人の女神

セイバーと来たら彼女だろ、なんて思ったので次はこの人!

あっ、人じゃないや……


エミヤには女難の相がある、というのはマスター含め、全員の共通認識である。彼本人が意図していなくとも、どういうわけか彼は女性を惹きつけ、そして時にはそれがトラブルを招くことになる。

 

生前もそうだったのかと聞いてみたところ、

 

『……聞かないでくれたまえ』

 

と遠い目をしていたところから、マスターの少年もそれ以上聞くことができなかった。

 

さてそんなエミヤだが、今まさにその女難の相を実感しているところだった。何故なら、

 

「あら(エウリュアレ)、エミヤが目を覚ましたみたいね」

「そうね、(ステンノ)。大きいメドゥーサ、しっかり拘束しておきなさい」

「は、はい!」

 

身体をしっかりと鎖で椅子に拘束され、目の前には怪しげな笑みを浮かべた女神2人、そして怯えながらも申し訳なさそうな、知り合いのライダーがいたのだから。

 

 

 

記憶を遡ること少し、確か自分は食堂の掃除を終えたところで、自室に戻るところだったはずなのだが、

 

「そういえば急に体が動かなく……」

「メドゥーサの魔眼よ。ここまで運んだのもメドゥーサよ。私達には重すぎるもの」

「……なるほど」

 

なんでもないことのように言っているが、立派な襲撃、及び誘拐である。と言っても、カルデア内なのだから特に大きな害があるわけではないが。

 

なお、その実行犯であるメドゥーサはというと、少し離れた場所から様子を伺うだけである。それでもエミヤを捕らえている鎖を離さない辺り、あいも変わらず姉たちに弱いところはどうにもならないらしい。

 

「それで、私のようなしがない弓兵ごときに、女神様が何の御用かな?献上品が必要なのであれば、何か作ろう。もっとも、私の腕が女神を満足させることができる程かはわからないが」

「あら、素敵ね。でも今回はそれが目的ではないのよ」

「でもそうね、今度何か作ってもらおうかしら?女神に捧げるものですもの。最上の物でなければ許さないわよ」

「承知した。が、結局それが本題ではないのであれば、一体何の理由で私は囚われているのかね?」

 

2人の女神が自分に何の用があるのかについて、全く心当たりがないエミヤが首をかしげる。その様子を眺める、ステンノとエウリュアレの笑みが深くなったように見えるのは気のせいだろうか。

 

「あら、あのメドゥーサが気にかけている男なんて珍しいもの。ねぇ、(エウリュアレ)

「ええ。だからちょっとお話がしたいと思っただけよ」

 

なるほど、とおおよその事をエミヤは理解した。

 

どうやらまた厄介な事に巻き込まれてしまったらしい。

 

「そんなに気にかけてもらっているように見えたのなら、それは私とかつて聖杯戦争で会ったことがあるからだろう。冬木だけでなく、月でも会っているからな。他よりも話しかけやすいだけではないかね?」

「あら、それだけなはずがないでしょう」

「……そう思う理由を聞いてもいいかな?」

 

あまりにも即答だったため少々戸惑いながらも問いかけるエミヤ。と、2人の笑みがより深くなる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日、召喚されたばかりのメドゥーサとバッタリ出くわしたのは、丁度台所周りの仕事を終えた帰りだった。

 

久しぶりの再会、とは言ったものの、よく考えたら冬木でも月でも、直接関わったのはごくわずかであることもあり、エミヤは軽い挨拶だけしておこうと考えた。

 

「君も召喚されたのか、ライダー。いや、ここではメドゥーサと呼ぶべきか?何はともあれ、これからは同じマスターに仕える者同士、よろしく頼む」

 

そう言って立ち去ろうとしたエミヤの腕に、何かが絡みつく。腕に当たる柔らかな感触や温かさの方向に目を向けると、メドゥーサがさながら恋人にするかのように、腕に抱きついていた。

 

「……何かね?」

「何、とは冷たいですね。昔私にあんな事をしておいて、その態度。ちょっと傷つきます」

 

バイザーのために表情は分かりにくいが、口元が明らかな笑みを浮かべている。どうやら不機嫌なわけではないらしいが……

 

「あんな事……?すまないが、君の言っていることがわからないのだが」

「……お風呂場」

「っ!?」

「魔眼、シャンプー……ここまで言えばわかりますか?」

 

ニヤリという音が適切であろう、そんな笑みをメドゥーサは浮かべている。

 

一方エミヤはというとその言葉に動揺していた。確かにその言葉には覚えがある。どこかの世界線で起こった、若かりし頃の自分の記憶。だがしかしまさか、

 

「メドゥーサ、君は……知っているのかね?」

「ええ。セイバーがポロっとあなたの名前を口にしていたので。まさかあなたがあの時のアーチャーになるとは。驚きましたよ、シロウ」

 

セイバァァァアッ!

 

思わず叫びたい気持ちにかられるアーチャー。確かにここでは真名で呼ばれることの方が多いが、それにしても真名はともかく、かつての名ではなるべく呼ばないように口止めしていたはずなのだが。

 

「その呼び方はやめてくれ。私は君の知っている衛宮士郎ではないのだし、そもそもその名はとうに捨てたも同然だ」

「いいえ。あなたはシロウですよ。間違いなく、ね」

 

話し方自体は優しげだが、その言葉はしっかりと断言するように告げている。どこにそんな根拠があるのだろうか。気になって聞いてみると、

 

「あなたは本質的に何も変わっていませんから。勇敢なところも、優しいところも。そして、とても美味しそうなところも、ね」

「その言い方はかなり誤解を招きそうなのだが」

「まぁ、事実ですから。あなたを味見させてもらったこともありますしね」

「……そうだったな」

 

額に手を当て、溜息を吐くエミヤ。生前の自分が、彼女と共闘する世界があった。が、その世界では彼女に文字通り味見をされたことがあったのだった。もっとも、その事を知ったのはもっと後でのことではあったが。

 

「セイバーといい、君といい……つくづく生前の縁とはなかなか難儀なものと思わされるな」

「ふふっ。良いではないですか。私は嬉しいですよ、シロウ。あなたの事もかなり気に入っていましたからね。こうして隣に並べることに、喜びを感じています」

 

小さく笑う彼女は、それでも確かに楽しそうに見える。英霊となってから初めて見るその様子に、思わずエミヤも笑みがこぼれる。

 

「かのギリシャの女神にそう言ってもらえるのは光栄だな。私でよければ、時間があるときは君の側にいよう」

「その言葉、期待してますよ。また、味見させてくださいね」

「っ、それは勘弁だ」

 

女性としては長身なメドゥーサ。けれどもエミヤと話すときは少し見上げる形になる。誰が言ったか、理想の身長差は15cmらしいが、エミヤとメドゥーサの身長差はまさしくそれだった。

 

苦笑しているエミヤの肩に頭を乗せるメドゥーサ。長身に対してコンプレックスを感じている自分ではあるけれども、こうして並んで歩くと、むしろこの身長でよかった、なんて思うこともできる。

 

バイザーの奥にそんな少女みたいな思いを隠し、メドゥーサは妖艶な、それでいて楽しそうな笑みでエミヤを見上げる。

 

 

 

その様子を2人の姉が隠れてのぞいていることには気づけずに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……ということよ。わかったかしら?」

 

まさか見られていたとは……

 

思わず天井を見上げるエミヤ。またまた己の迂闊さを呪いたくなる。どうにも知り合いに会っている時には気が緩んでしまっているらしい。

 

「それにしても、女ばかりに興味を示していたはずのメドゥーサがねぇ」

「本当ね。それだけの魅力があなたにあるということかしら?こうして見てるぶんには、確かにどこか可愛い顔立ちをしているけども」

「あ、あの、姉様方……そろそろシロ、エミヤを解放してあげても?」

 

恐る恐る、といった感じに訊ねるメドゥーサ。正直自分としても、ずっと縛られたまま座っているのは居心地が悪すぎる。

 

「そうね……じゃあ最後に一つだけ用を済ませてからね。そうでしょ、(ステンノ)

「ええ。大丈夫よエミヤ。すぐに終わるから」

 

笑顔のまま近づいてくる2人の女神に、背中を一筋の汗が伝う。何やらとてつもなく嫌な予感がするのだが……

 

「何故近づいてくるのかな?」

「あら、確認するために決まってるじゃない」

「メドゥーサがまた味わいたいとまで言った貴方を、ね」

 

2人の口元から歯がのぞいている。思わず視線だけでメドゥーサに助けを求めるが、

 

「……」

 

ブンブンっ、と勢いよく首が左右に振られる。どうやら助けは見込めないらしい。であれば自分で、と思いもしたが、まだ魔眼の影響が残っているのか、身体の自由が効かない。

 

「ま、待ちたまえ!私のような守護者など、君たちが気にかけるほどのものでもない!ましてや味わうなど、」

「「ふふっ」」

「な、な、」

 

ガブリ、とエミヤの首の両側に歯が突き立てられる。その瞬間に、カルデアに大きな叫び声が響き渡る。

 

「なんでさぁぁぁあっ!?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、フラフラと廊下をエミヤが歩いていると、曲がり角で1人のサーヴァントとぶつかりそうになる。

 

フードを被り、手には鎌のような槍を持つ少女。

 

やや感情が読みにくい無表情のままエミヤを見上げる。

 

「っと、すまない、メドゥーサ」

「いえ」

 

何を隠そうこの少女、ライダーの時とは違い、2人の姉に近い姿のまま現界した、ランサーのメドゥーサである。

 

少し訝しげな表情になるメドゥーサに目線を合わせるようにエミヤが屈み込む。

 

「どうかしたのかね?」

「……疲れてますか?」

「む?」

「いつもより、顔色が悪いですよ。何かありましたか?」

 

普段周りとそこまで積極的に拘らない彼女が、自分の体調を気にかけてくれたことに、エミヤは驚きを隠せない。と同時に、その優しさを嬉しく感じた。

 

「いや、なんでもないよ。少し人と会っていただけで、」

「姉様たちですね、その傷」

 

メドゥーサが指差すのはエミヤの首元。しっかりと残ってしまった吸血の跡。なお、実行した2人はというと、

 

「なかなか良かったわ。また今度、供物として頂こうかしら」

「それも良いわね。女神のお眼鏡にかなったのですから、光栄に思いなさい」

 

なんて言っていたため、少しばかり気が重い。

 

さて、この傷は自分の服装や身長のこともあり、余程のことがないと見えないはずだが、どうやら身を屈めたことで見えてしまったらしい。

 

「ああ。確かに君の姉様方と会っていた。君に内緒にしてすまないな」

「私も……」

「ん?」

「もう1人の私も、いましたか?」

「……ああ」

「そう、ですか」

 

少し機嫌が悪くなったように見えるメドゥーサ。大好きな姉様たちともう1人の自分がいたのに、自分が仲間はずれで悲しいのだろうか。

 

「君を仲間はずれにしてしまったみたいで申し訳ない。私に何か埋め合わせとしてできることはあるだろうか?」

「……では、少し付き合ってください。姉様たちに、花飾りをあげたいのですが、1人ではうまくできないので」

「了解した。私でよければ、いくらでも付き合おう」

 

小さな少女に手を引かれるように歩くエミヤ。そのエミヤをちらりと見上げるメドゥーサ。

 

(大きくなったもう1人の私……その私を笑顔にしてくれる人……私は、どうなんでしょう?)

 

後にこの事をネタにさらにエミヤが2人の女神に弄られることになるのは、また別の話。

 




因みにゴルゴーン様が登場しなかったのは、忘れてたから

……ではなく!単純に登場する展開が思いつかなかったから、です

イヤホントダヨー、8マンウソツカナイ


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彼と聖女と魔女

3人目はせっかくなのでカルデアに来てからの人を……

ちなみに彼女、うちのエミヤと同様スキル、レベル、絆の全部がMAXです!
しかもこの二人だけ……

まぁそんなこんなで、彼女との物語をどうぞ~


贋作という言葉を聞いた場合、カルデアで思い浮かべられるのは主に二人のことである。

 

一人目は言うまでもなくエミヤである。どこかの英雄王が、事あるごとに贋作者(フェイカー)と呼ぶものだから、カルデア全員がその呼び方を知っているのだ。本人も、自分の作る剣は贋作と言っていることもあり、彼のことを思い浮かべる人は多い。

 

そしてもう一人、その生い立ちによって贋作であると、認識されているサーヴァントがいる。

 

黒い鎧に白い肌。燻んだ金髪とも、美しい銀髪とも見える髪。掲げる側に描かれているのは、黒い竜の紋章。

 

最初の特異点で出会い、アヴェンジャーとしてカルデアに来た、一人の聖女を基にした憎悪を燃やす竜の魔女。

 

ジャンヌ・ダルク・オルタ。

 

聖杯の力によって生み出された、もう一人(贋作)のジャンヌ・ダルク。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日、夜も遅くになって来た頃、エミヤは自室の扉がノックされるのが聞こえた。誰が来たのか考えながら扉を開くと、そこには予想もしていなかった来客がいた。

 

「こんばんは、エミヤさん。少しお話ししても、よろしいでしょうか」

「こんな時間に来客とは珍しいな。立ち話もなんだからな、部屋に入るといい。紅茶くらいなら出せるが、どうかね?」

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

長い金髪を三つ編みに束ね、鎧をまとった少女が部屋に入る。

 

ジャンヌ・ダルク

 

聖杯戦争の調停者、ルーラーのクラスで現界した、フランスの英霊。かの百年戦争で活躍した、聖処女とも呼ばれる聖女。

 

村娘として育てられたはずだが、その立ち居振る舞いからはどこか気高さや気品さえも感じられる。

 

しかし、また何故彼女が自分の部屋に、それもそれなりに遅い時間に来たのか、エミヤには全く心当たりがない。エミヤとジャンヌとの間に繋がりがあるとすれば、月で敵対した時、それから第1特異点で共に戦った時くらいのものである。しかしそれだって彼自身から彼女に話しかけたことはほとんど無かったし、親交を深めたとは言えないはずだが……

 

「それで、わざわざこんな時間にどうしたのかね?」

 

ジャンヌがカップを置いた隙を見計らって、エミヤが声をかける。しかし話しかけながらも、エミヤお手製のクッキーを乗せた皿を出しているあたり、流石のおもてなしスキルである。

 

「あ、ありがとうございます。すみません、こんな時間に。ですが、エミヤさんに聞きたいことがあったので」

「聞きたいこと?」

 

ジャンヌの正面のイスに腰掛けるエミヤ。はて、ジャンヌがわざわざ自分に聞きたいことなんてあるだろうか、なんて考えながら、話を聞く姿勢に入る。

 

「ええ。エミヤさんには、いつも彼女がお世話になっているみたいなので」

「彼女?」

「ええ。私にとっては、妹のようなもの、ですから。姉としてお礼をしなければと思いまして」

「……あぁ、ジャンヌ・オルタのことか。別に君にお礼を言われるほど、お世話したつもりはないのだが」

「いえ。あの子が無事にカルデアに馴染むことができたのは、あなたのおかげですから。いつも親しくしてくれて、ありがとうございます」

「そう改まって礼を言われることでもないのだが……」

「彼女のこと、末長くよろしくお願いしますね」

「……ん?」

 

今何か、おかしな発言を聞いたような気がするのだが……と、首をかしげるエミヤ。

 

「それにしても、このクッキーもおいしいですね」

「ジャンヌ」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「先ほどの発言の意図を聞いてもいいかね?」

「先ほどの?……いえ、単純にこのクッキーをおいしいと褒めただけのつもりなのですが」

「その褒め言葉は受け取っておこう。だが、そちらではなく、彼女を末永くよろしく、とは一体どういう意味で言ったのかが気になっていてね」

 

自身が作ったものを褒められるのは素直にうれしいが、いかんせん、それよりもよっぽど重要な話があって正直それどころではない。聞かれたジャンヌはというと、小さく「あっ」と声を漏らし、

 

「すみません、エミヤさん。そういえば二人だけの秘密にしていましたね」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ジャンヌ・オルタ、クラスはアヴェンジャー。元々が憎悪の化身とも言える存在なだけあって、彼女はほとんどカルデアにいる他のサーヴァントや職員とも関わりを持とうとしていなかった。

 

例外としてマスター、そしてキャスターのジル・ド・レェとは時折会話している程度だった。

 

オルレアンでは敵対したとはいえ、今は同じマスターの元、共に戦う味方。ジャンヌとしても、どうにもジャンヌ・オルタの事が気になってしまい、度々話しかけに行っていた。

 

『またですか?全く、本当に勘弁して欲しいわね。いい?一応同じカルデアのサーヴァントではありますが、私はあんたと仲良しごっこするつもりはありません。復讐者(アヴェンジャー)である私には、親しいものなど必要ないのです』

 

ジャンヌが何度目かに彼女に話しかけに行った時に言われた言葉である。その表情や態度、言葉の端々からも、彼女が本気で誰かと親しくするつもりはないと物語っていた。

 

 

「はぁ〜、どうしたらいいのでしょう」

 

あそこまで露骨に嫌われると、流石の自分でもまた声をかけるのもためらわれる。他のアヴェンジャーの巌窟王やアンリ・マユ、ヘシアン・ロボにゴルゴーンでさえ、他のサーヴァントとそれなりに交流しているというのに……

 

「……呼び……どういう……かしら?」

「少し……ある……時間は……」

 

と、一人廊下を歩いていると、どこからか話し声が聞こえてくる。サーヴァントたちの居住区は既に抜けている。管制室やトレーニングルームからも少し離れている。この先にある施設で誰かがいるとすれば……

 

「食堂、ですよね?でも、この時間は営業していないはずでは?」

 

夕飯の準備をしているにしても少し早い時間だ。もしかして、誰かが仕込みでもしているのだろうか。気になって食堂の入り口に近づくジャンヌ。近づく程に、会話の内容が徐々に鮮明になってくる。

 

「ふん……変わって……こんな……初めてです」

「そうか……君も……それで……付き合ってもらえるのかな?」

「まぁいいでしょう……いい暇つぶしにもなりそうですしね」

 

「こ、これはもしや……そういうことなのでしょうか」

 

断片的にしか聞こえなかったが、これはいわゆる告白の現場だったのではないだろうか。カルデアに来ている英霊の中には、聖杯戦争に参加した先で、惹かれあう相手と出会ったものもいる。それは自分だって例外ではない。どこかの世界線では、とあるホムンクルスの少年と出会い、彼を愛したという記録もある。

 

特にこのカルデアでは、通常の聖杯戦争どころか、その時の聖杯大戦とも違い、召喚されたすべてのサーヴァントが、一人のマスターに仕える仲間である。その交流を経て、英霊同士が互いに惹かれあうことがあっても、何らおかしいことはない。

 

特にそれが顕著に表れているのは、一人の英霊の周辺である。

 

英霊エミヤ。真名を知ったところで、誰一人としてその存在を知らない、無銘の英霊。自分より早くに召喚されていた彼のその謎めいたところは、当時の自分にとっては不思議であった。ルーラーである自分も全く分からない英霊。その正体は、のちに騎士王アルトリアが召喚されるまで、全くの謎に包まれていた。そんなエミヤではあるが、その優しさや真面目さ、料理等の家事スキルの高さ、気配り上手なところに、どの英霊に対しても(一部例外はあるが)礼儀正しい姿勢。そんな彼は、多くの女性英霊と親しげにしていることが多い。

 

アルトリア、メドゥーサ、ネロ、玉藻の前、タマモキャット、ブーディカ、etc……

 

まぁ、彼は極端な例かもしれないが、とりあえずサーヴァント同士の恋愛だって起こっても不思議ではないのだ。

 

(一体どなたが……)

 

はしたないことだと理解しながらも、どうしても抑えきれなかった知的好奇心から、ジャンヌはそっと中の様子を伺い……

 

(えっ!?)

 

固まった。

 

 

中にいるのは一組の男女。

 

キッチンにいちばん近いカウンター席に女性が座っており、彼女の前にはジャンヌの生前生まれ育った国であるフランス発祥のスイーツ、オペラが置かれている。カウンターを挟んで彼女の正面にいる男性が、カップにコーヒーを注ぎ、スチームしたミルクを加える。

 

「カフェ・クレームだ。紅茶を出そうかとも思ったが、せっかくだ。君の国ではコーヒーのほうが一般的になっていたからな。君の口にも合うだろう」

「あらそう。別にどちらでも構いませんが」

「これが記念すべき第一回目だからね。できるだけ、君に楽しんでもらいたい。そう思っているだけだよ、私は」

「あら、それは私を楽しませるのは最初だけということですか?」

「もちろんこれから先もだ。私のほうから願い出たことだからね」

「そう……まぁ、精々私を飽きさせないことですね。それから、このことはだれにも話さないように」

「ああ、約束しよう」

 

そっぽを向きながら、フォークでオペラを口に運ぶ女性。白とも銀ともとれる髪がさらりと揺れる。髪の端を白い指がいじり、頬が若干の朱に染まっている。

 

「……まぁまぁですね。ですが、これなら及第点はあげましょう」

「そうか」

 

口ではまぁまぁと言っていながらも、しっかりと味わいながら食べる女性。それを見ながらどこか嬉しそうな笑みを浮かべる男性。普段は上げている白い髪が下されており、いつもと雰囲気が違う。

 

その光景は、微笑ましいツンデレの彼女とそれを受け入れている彼氏……にしか見えないのだが、問題はそこではない。問題なのは……

 

(オルタ!?それにあれは、エミヤさん!?)

 

廊下に背をつけ、考え込むジャンヌ。つい先ほどまで自分が考えていた二人が何故……いやそれよりも、いつの間にあんなに親しい関係に!?

 

改めて中を覗いてみる。エミヤから表情が見えないようにしているようだが、ジャンヌの位置からは、ジャンヌ・オルタの横顔から表情が見て取れた。

 

(オルタ……あんなに嬉しそうにするなんて)

 

 

まさかあのオルタが、いつの間にかそんな関係の相手を見つけていただなんて。全く気が付かなかった。それにまさか相手があの、マスターと同等、あるいはそれ以上に女性を惹きつけるエミヤだったとは……

 

(私の心配のし過ぎだったみたいですね……)

 

 

その後、エミヤが仲介人となり、徐々に他のサーヴァントとも交流し始めるジャンヌ・オルタ。その様子を遠巻きから眺めていたジャンヌ。

 

(親しいものなんて要らない、なんて言ってたのに……素敵な出会いがあったのですね)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……なので、感謝の気持ちもですけど、オルタの姉として、ちゃんと彼女の恋人であるエミヤさんのことをもっと知りたいとも思いまして、」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「はい?」

「そもそも私と彼女とは、恋人ではないのだが」

「……えっ?」

 

取り敢えずその時の説明をしよう、そう言ってエミヤは当時の会話をジャンヌに語り始める。

 

 

 

『こんなところに呼び出して、どういうつもりかしら?』

 

エミヤがキッチンで来たるべき客をもてなす準備をしていると、食堂の入り口から、お目当の人物の声がした。顔を上げると、いつもの鎧姿ではなく、特異点となった新宿と同じ、黒いワンピースに、黒いブーツ、黒いファーのついた紺色のジャケットを着たジャンヌ・オルタが、入口の方から彼を見ていた。

 

『あぁ、少し話があってね。いや、時間はそこまでかからないさ』

 

カウンターに座るようにエミヤが促すと、ジャンヌ・オルタは怪訝そうな顔をしながら近づいてくる。最後の飾りつけを終え、エミヤはカウンターへと小さな皿を差し出した。

 

『これは?』

『オペラと呼ばれるケーキだ。フランス発祥のものでね。挑戦してみたのはいいが、せっかくだからフランス出身の英霊に感想をいただこうと思ったのだよ』

『はっ、だったらわざわざ私を選んだ理由にはなっていません。もう一度聞くわよ、どういうつもり?』

 

添えられたフォークを手に取ろうともせず、睨みつけてくるジャンヌ・オルタ。殺気にも近い圧力を受けながらも、エミヤは動じることなく、銀色の瞳で見つめ返す。

 

『どういうつもりかと聞かれても……そうだな。あえて言うなら、個人的に君と話してみたいと思っていたから、としかいいようがないな』

『はぁ?私と?』

『ああ。君に個人的な関心があったからね』

『はぃぃいっ?』

 

しかめっ面というべきか、苦いものを口にしたような表情というべきか、ジャンヌ・オルタが口元を歪めている。感情表現が豊かだな、なんて思いながら、くっくっとエミヤがのどを鳴らす。

 

『何?』

『いや、失礼。あまりにも可愛らしい反応に、少し驚いていただけだよ。それで、君のことを知りたいので、偶にこうして君の時間を私にくれないか?もちろん、ただでとは言わない。その時にはできる限り最高のもてなしを約束しよう』

 

どこか仰々しい動作で頭を下げるエミヤ。しかし嫌味な感じは全くない。こちらの態度などお構いなしと踏み込んでくるその姿勢に、

 

『ふん。私と時間を過ごしたいだなんて、変わっていますね。こんな贋作()に関心があるなんて言ったのは、あなたが初めてですよ』

 

と、答える。しかし既に殺気はその視線から感じ取ることができない。そのことに気づきながらも、余計な刺激を与えて相手の機嫌を損ねまいと、口元に浮かびかける笑みをこらえる。

 

『そうか。君も知ってのとおり、贋作(それ)は私の専門だからね。それで、どうする?私とこうしてお茶をするのに、付き合ってもらえるのかな?』

『まぁいいでしょう……いい暇つぶしにもなりそうですしね』

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……そういうわけで、別に私たちが恋人関係にあるなんてことはない」

「はぁ……そうだったんですか」

 

説明を受けたジャンヌは、己の早とちりからの勘違いに思わず赤面してしまう。いやしかし、自分だって生前はそういうお年頃の少女だったわけで、そういうことを考えたら仕方のないことでもあって……

 

などと自分自身に言い訳しながら、先ほどの説明で気になったことをエミヤに聞いてみる。

 

「それじゃあ、エミヤさんは、オルタのどこが気になっていたのですか?」

「それに関しては君とほぼ同じ、というべきかもしれないな」

「というと?」

「彼女がたった一人で孤立しているのを見て、なんとかしようと思った。そういうことだ」

「それだけのために、ですか?」

「……まぁ、彼女の存在についてはいろいろと思うところがあってね。彼女が、彼女として多くの人とかかわりを持つことはいいことだと判断したのさ」

 

恐らくそれは、理由のすべてではないだろう。英霊エミヤは、多くの秘密を抱えながら、カルデアで過ごしている。彼が語ることはほとんどが本音だというのに、自身や自身にまつわる話になると、本音を隠してしまう。では、これもそうだというのだろうか?自身と何か関係がある、そういうことなのだろうか?

 

「そうですか……でも、あの子が楽しそうにできるのは、やっぱりあなたのおかげです。ありがとうございます、エミヤさん」

「例には及ばんさ。聞きたいことはもういいか?」

「はい、今日はこれで失礼しますね。お時間取らせてすみません」

「いや。君とこうしてゆっくり話すのは久しぶりだからね。私としても楽しかったさ」

「では、また時間が合えば、お話ししましょう」

「ああ」

 

入口まで見送りに来たエミヤと軽く挨拶をかわす。楽しかったという言葉に嘘はないらしく、エミヤは優しげな笑みを浮かべている。最後におやすみを言ってから、ジャンヌは自室へと向かって歩き出した。その様子を、金色の瞳が見ていることには気づかずに……

 

 

 

翌朝、ジャンヌが食堂へと向かっていると、

 

「ちょっと」

 

突然背後から声をかけられ、驚く。振り返ると腕を組み、どこか怒っているような表情で自身をにらみつけてくるジャンヌ・オルタが立っている。

 

まさかオルタのほうから声をかけてくるなんて全く予想もしていなかったジャンヌは、戸惑いながらも若干の喜びを感じずにはいられなかった。

 

「どうしました、オルタ?」

「あんた、昨日あいつの部屋に行ってたでしょ?」

「はい?」

「あら、恍けてるのですか?あんな時間に、わざわざ訪ねに行っておいて。何しに行ってたのかしら?」

 

と、ようやくオルタの言っていることにジャンヌは心当たる。どうやら自分が昨日の夜に、エミヤの部屋に行っていたことの話らしい。しかし、そんなことをどうしてわざわざオルタが気にするのだろうか……

 

「いえ、少しお話をしていただけですけど……」

「本当にそれだけですか?」

「え、ええ」

 

何やら不機嫌そうなオルタ……

自分がエミヤの部屋に行ったことを気にしている……

先ほどから微妙に頬が赤い……

そして最近楽しそうなオルタのそばには……

 

「ああ!そういうことですか!」

「は?」

「いえ、こちらの話です。頑張ってくださいね、オルタ」

「ちょ、何よいきなり!?頑張るって何を!?」

 

突然のジャンヌの言葉に訳が分からず戸惑うオルタ。そんなオルタの様子などつゆ知らず、ジャンヌはただ笑うだけだった。

 

ライバルはきっと多い。それでも、ジャンヌ()として、オルタ()のことを応援したいと思う。彼ならオルタのことを任せても、何の心配もいらないだろう。

 

(この前のは勘違いでしたけど、もしかしたら本当に姉として話すことになるかもしれませんね)

 

なお、終始にやにやしているジャンヌと、そのジャンヌを問い詰めんばかりの気迫のジャンヌ・オルタが食堂付近で騒いでいるのを見て、

 

「もう!成長した私も、本来の私もやめてください!私が恥ずかしいですからぁ!」

 

と、もう一人のオルタでリリィでサンタなジャンヌが叱っている様子が見られたとか見られなかったとか。

 




贋作イベでも活躍した二人でした~

もうね、主人公願望あるジャンヌ・オルタだけど、きっと主人公属性持ちのエミヤには攻略されちゃうんじゃないだろうか

そしてオルタのことでエミヤとジャンヌが何となく仲良くなってそれにやきもきしてオルタが暴走して……

ってとこまで考えて流石に無理ってなったので、今回の話はここまでになりました~

次に登場予定候補は3名いますが、誰が来るのかは未定なので、気長にお待ちください笑


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彼と名前のない子供達

なんだか思ったより難しかった……

ロビン、ちょい役にしちゃってごめんね

うちのカルデアでは彼女が出動する時は、保護者として、ほぼ必ずエミヤが一緒です笑


カルデアには母性的なサーヴァントは意外と多い。ブーディカ、源頼光、マタ・ハリ、天の衣などなど。しかし誰が一番みんなの母親っぽいかと聞かれた場合、まず上がるのは間違いなくエミヤだ。

 

筋骨隆々、色黒、長身、白髪と、身体的な意味ではとても母親とは言えないはずなのだが、他の追随を許さない家事能力、子供のサーヴァントに見せる優しさ、マスターだけでなく、スタッフに対する気遣いやメンタルケア。

 

エミヤがいなかった場合のことを考えるとゾッとするほどにまで、彼はカルデアを支えていた。

 

 

さて先程も言ったように、エミヤは子供に優しい。子供達が遊んで欲しいと頼むと、僅かな休憩時間も惜しまずに遊んであげる。おやつが欲しいとねだると、一緒に作ってみてその楽しさも教える。お手伝いしてくれると、目一杯褒めてあげる。寂しい時は側にいてあげる。

 

子供達からの信頼も厚いエミヤ。そんなエミヤに殊更ベッタリなサーヴァントが1人いる。

 

「おかあさん!」

 

レイシフトから帰って来たマスターたちをエミヤが出迎えると、真っ先に飛び込んでくる小さな影。エミヤと似た白い髪、小柄な体躯に、あどけない笑顔。しかしその腰にはおよそ子供には似合わぬ刃の数々。

 

ジャック・ザ・リッパー。

 

ロンドンを恐怖で震え上がらせた、連続殺人犯その人である。

 

今回召喚された彼女は、生まれてくることができなかった子供、その残留思念の集合体と言える存在である。故に一人称は「私たち」、その願いは、お母さんのお腹(なか)に戻ること、である。

 

さてそんな彼女ではあったが、今ではすっかりその願いは忘れているに近い。原因は言うまでもなく、今彼女を抱きとめた男、エミヤである。

 

マスターのいない時間、自身の仕事がある中でも、常に彼はジャックを気にかけていた。

 

寂しい時はそばにいる。

 

悪いことをした時は怒る。

 

手伝ってくれたら褒める。

 

夜不安な時は抱きしめる。

 

誰にでもできるほど簡単なことではあったけれども、誰よりも尽くしていたのは、エミヤだった。

 

「お帰り、ジャック。怪我はなかったかね?」

「うん!今日もいっぱい敵を解体したよ。素材も食材も、たくさん取れた」

「そうか。それはすごいな。さぁ、手を洗っておいで。君とおやつを一緒に食べると言って、ナーサリーたちが待っているよ」

「おやつ?わぁい!すぐ戻るね、おかあさん!」

 

元気に廊下を走って行くジャック。その後ろ姿をマスターにマシュ、ジャックとともにレイシフトしたサーヴァントたちが見送る。

 

「すっかりエミヤの子みたいだね」

「はい。とても微笑ましい家族のようです」

 

髪の色や、外套のうちの黒い服。何かとジャックと共通点があることが、更に親子っぽく見せている。

 

「私の子、か。生前はそんな経験がなかったが……そうだな。ジャックが楽しく過ごしてくれると、私としても嬉しい」

 

優しげに細められたエミヤの瞳。その視線にジャックが気づいたのか、廊下の先で振り向き、エミヤに手を振る。片手を挙げて答えるエミヤ。満足げな顔でジャックが走り去る。

 

 

そんな彼らのやりとりを、影からこっそり伺っていた人影がその場を離れる。チラリとエミヤがその方向を見ると、長い尻尾が翻るのが見えた。

 

 

 

本日の食堂仕事を終え、キッチンの掃除をしていたエミヤ。最後に道具を片付け、手を洗う。

 

キュッ、とエミヤが蛇口を閉める。

 

「それで、最近ずっと私を観察しているようだったが、何か用かね」

「……気づいていたのか」

「何、森の中ならともかく、カルデアの廊下で君の気配を察知できないようでは、私は英霊にはなっていなかっただろうさ、麗しのアタランテ」

 

食堂の入り口から姿を現したのは、特徴的な獅子の耳と尻尾を持つ、緑を纏う女性の弓兵。ギリシャの英雄たちが集った船、アルゴー船にも乗っていた、俊足の英雄。

 

同じ弓兵として何度か組むことがあったが、なるほど、流石は神話の英雄、自分を大きく上回る速度で移動しながらでも、狙いを外さない弓の練度。距離や威力はともかく、弓兵としては最速の英雄と言っても過言ではない。

 

そんな英霊が、果たして自分に何の用だろうか。思わず身構える。

 

「少し話がある」

「話とはジャックについて、で、あっているか?」

「ああ……彼女、いや、彼女たちは、かつて私が救いたくて、でも救えなかった者たちでもある。私自身の誇りを捨てたほどだったが……それさえもが過ちだったのだろう」

「君のその話は、かつての聖杯戦争で起きたこと、という認識でいいかな?」

「そうだ。怨念となった彼女たちを救いたい私と、救えないが故に倒すと決めた聖女……結局救えなかったのは、私の独りよがりが招いたことだった……だが、汝は違った」

「む?」

「汝は、あの子達を変えてみせた。優しく、思いやりのあるいい子達だ。だから……礼を言いたいと思っていた」

「礼なんてとんでもないさ。私が私のやりたいようにした。それだけのことなのだから」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ジャック・ザ・リッパーという英霊には大きな危険がある。それは、母親だと感じた相手に対し、解体したい、という欲求が生まれてしまうことである。それはジャック、というよりもジャックのもとにある子供達の願いが表面化したが故の行動である。

 

それだけではなく、ジャック・ザ・リッパーといえば、ロンドンを恐怖で震わせた連続殺人犯その人である。つまりは反英霊、その本質はどうしても悪である。

 

特異点となったロンドンでも、ジャックは立香達の前に敵として現れ、何度も襲いかかってきた。かつての聖杯大戦でジャックを知っていたルーラーのジャンヌやモードレッドは、その危険性を危惧していた。

 

その時、ジャックを擁護していたのが、アタランテだった。彼女の願いは、全ての子供の幸福。生まれてくることができなかった子供、その集合体であるジャック。アタランテにとっては、ジャックこそ、幸せにしてあげたいと願う対象だった。

 

危険性を無視することはできない、でもジャックを信じたい。立香(マスター)の気持ちを聞いてなお、拭いきれない不安を、何人かのサーヴァントは持っていた。そのため、ジャックを他のサーヴァントが交代で常に監視することとなった。

 

エミヤがその番になったのは、ジャックが来てから数日後のことだった。

 

 

今の所は大人しくはしている、というのが、自分の前任で監視を請け負ったロビンフッドの言葉だった。

 

「まぁ、このまま大人しくしていてくれるならいいんだけどねぇ。逸話が逸話だけに、気は抜けないってわけだ」

「それは、君の目から見てそう思った、ということかな?」

「さぁてね。俺個人としては、あんな可愛いお嬢ちゃんを付け回すなんざ、軽く犯罪の匂いがするから辞めるべきだとは思うがね」

「そうか……了解した。ここからは私が代わろう」

「ほんじゃ、任せましたよ〜。俺は今日の周回に呼ばれる予定なんで、一休みするとしますか」

 

欠伸をしながら、ひらひらと手を振り、ロビンフッドが通り過ぎていく。

 

かつて敵対したことのある相手、それだけに出会った当初はぶつかり合うことも多かったように思える。けれども、今は彼がマスターのために色々と尽くしていることも知っている。僅かに示した彼なりの答えを受け、改めてエミヤはジャックの部屋へと向かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……なるほど。大人しくはしてる、か」

 

小さく呟いた言葉を拾うものはいない。廊下に背を預けるようにしながら、様子を伺っていたエミヤは、小さく溜息をつく。

 

視線の先には藤丸立香(マスター)の部屋。現在主人の不在なその部屋の扉の前に、小さくうずくまる影が一つ。

 

件のジャックその人だ。

 

「確かに危険性は鳴りを潜めているようだが、あれではな……」

 

普段マスターと共にいる時の彼女は、マスターにべったりである。あどけなさのある素直な感情を向け、褒められると、撫でられると、綻ぶような笑顔を見せる。そんなジャックの姿は、見た目相応の女の子に近い。

 

だが、一度マスターと離れると、彼女の様子が変わる。気配遮断スキルも作用し、ふらりと何処かへ行き、しばらくの間姿を消してしまう。今回のように余程注意しておかなければ、すぐにでも見失っていたであろう。ようやくジャックが普段どこに消えるかを知ることができたことにホッとすると同時に、彼女の危うさを危惧してしまう。

 

ジャックにとって、藤丸立香はマスターだけではない。おかあさん(マスター)と呼び慕うジャックからすれば、彼こそが唯一にして最大の心の拠り所なのだ。

 

このカルデアにはまだジャック以外に子供のサーヴァントはいないし、小規模な特異点が連続して出現しているため、マスターにもサーヴァントにも余裕がほとんどない。そのことが、ジャックがマスターと過ごせる時間を削り、結果、

 

「かれこれ三時間は座りっぱなしか……マスターが帰ってくるまで、待つつもりなのか」

 

じっと扉の前に座り込み、壁を眺め続けるジャック。規則的な呼吸の動きが見えていなければ、生きているかどうかさえ疑ってしまいそうだ。それほど儚く、脆く、小さく、その姿は彼の瞳に映った。

 

それはいつかの記憶で、初めて出会った頃のあの少女に重なるところがあって……

 

「ふむ」

 

瞑目してから、エミヤは魔力を走らせた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

何を見るでもなく、ただ虚空を見つめているだけだったジャックの意識は、ふわりと体にかけられる毛布によって現実に引き戻される。

 

驚きに目をパチクリさせながら隣を見ると、時折おかあさん(マスター)に連れて行ってもらった食堂で見かけた、赤い外套を纏った男が立っていた。

 

「……誰?」

「驚かせたのならすまない。私はアーチャーのサーヴァント、エミヤだ。廊下は寒いだろうからね。お節介かもしれないが、使うといい」

 

そう言いながらも、ジャックの体をしっかりと包むように毛布を巻きつけてくれる男に、ジャックは首をかしげる。

 

「さて、君一人かね?」

「一人?ううん……私たちは一人じゃないよ」

「む、そうだったな。では、今は君たちだけかな、ジャック?」

「うん……おかあさん(マスター)を待ってるの」

「そうか……もう暫く時間はかかりそうだな。それまで、私も君たちと一緒に、ここで待たせてもらってもいいかな?」

 

覗き込むように自分を見つめる顔を、ジャックはじっと見つめ返す。優しげな笑みを浮かべるエミヤからは敵意のかけらも感じられない。少し考えた後、ジャックは頷いた。

 

「ありがとう。では、隣に失礼するよ」

 

壁に持たれるようにしながら、エミヤが腰を下ろす。隣と言ったものの、人一人分程度の距離を開けているのは、エミヤなりの配慮なのだろうか。

 

「……ふわふわしてて、柔らかい」

「気に入ってもらえたようで何よりだ」

 

ふわふわの毛布に顔を埋めるようにしながら、ジャックが呟く。その様子を微笑みながら見守るエミヤ。彼の向ける視線には覚えがある。それは自分がマスターに甘える時に、マスターが向けてくれるものとおんなじ。

 

暖かくて、ふわふわしてて、心地よい。

 

そう、まるでこの毛布のように、自分を包み込んでくれるような……

 

「お、かあ、さん?」

 

エミヤの姿に立香(マスター)が重なるように思えて、ポロっと口から言葉が溢れる。

 

「……私はマスターではないし、残念ながらお母さんではない」

「うん……」

 

シュン、とジャックの表情に寂しさの影が見える。と、エミヤは「失礼」と一言告げてから、ジャックにそっと近く。

 

一瞬の浮遊感の後にジャックが感じたのは、床の冷たさではなく、包み込むような暖かさ。顔を上げると、優しく微笑むエミヤの顔が見える。背中に当たるのは硬い壁ではなく、どこか落ち着く温もり。ジャックの白い髪を、エミヤの指が優しく撫でる。

 

「……?」

「私ではマスターの代わりにはなれない。ただ、こうして君に温もりを与えることはできる。君がもし寂しさを感じた時に、マスターが不在であれば、私の元に来るといい」

「エミヤのとこ?」

「ああ。可能な限りの時間を君と過ごそう」

「どう、して?」

 

他のサーヴァントからの視線に、ジャックは何となく気づいていた。あるのは全て悪い感情ではなかったかもしれない。でも、その中にある警戒や不安の視線は、幼い心に深く、深く突き刺さる。

 

今日もまた視線を感じていた。でも今までと違って、警戒とか不安とかはなく、気にならないものだった。その視線を向けていた相手が、今こうして自分を包み込んでいる。

 

どうして頭を撫でてくれるの?

 

どうして抱きしめてくれるの?

 

どうして微笑んでくれるの?

 

どうして温めてくれるの?

 

どうして優しくしてくれるの?

 

そんな思い全てを聞きたくて、でもその言葉を一度に表せなくて、結局一言しか聞くことができなかった。

 

そんな問いに対して、エミヤは優しく笑うと、

 

「そうだな。うまく言えないが、一番は君と仲良くしたいから、だな。それに、君のカルデア(ここ)での生活を楽しいものにしたいと、私が望んでいるからだよ。だから、マスターがいないときは、私が君のそばに居よう」

 

優しい笑顔。いつもマスターと一緒にご飯を食べに行った時に、こっそりデザートをつけてくれる時にも、彼が見せてくれるのとおんなじ笑顔。

 

ジャックの体から力が抜け、エミヤにもたれかかるように頭をエミヤの胸につける。自分より少し高めの体温が心地いいのか、頬をすり寄せる。

 

「ジャック?」

「あったかい……ねぇ、こうしてていい?」

「勿論だ」

「ありがとう……ぁ……ん」

 

最後の方は小さくて聞こえなかったが、すぅすぅと、規則的な呼吸音が聞こえて来る。小さく笑みを浮かべ、小さな手でエミヤの外套をしっかりと掴んで、ジャックが眠っていた。

 

それを見ながら優しく頭を撫でてから、エミヤは落ちそうになる毛布を再びジャックにかけ、体を支えるべく腕を回す。

 

「おやすみ、ジャック。起きる頃には、きっとマスターも帰ってきているだろう」

 

 

その後、立香がレイシフトから帰って時、彼が部屋に戻ると、その扉の横には、座り込んだまま眠るエミヤと、その腕にしっかり抱えられ、幸せそうに眠るジャックの姿があった。

 

この日以降、ジャックの監視は無くなった。というよりも必要なくなったと言った方が正しい。

 

何故なら、彼女はマスターから離れた時には、ほとんど必ずとあるサーヴァントのそばにいるようになったからだ。そして彼女がおかあさんと呼ぶ相手は、おかあさん(マスター)ではなく、

 

「おかあさん、お手伝いするよ!」

「ありがとう、ジャック。では、このお皿を運んでくれるかい?」

「うん!」

 

エプロンを身につけ、彼女の前に屈み込む、誰もが認めるおかんになったのだった。

 

今ではいつも明るく、無垢な姿をみんなにも見せるようになったジャック。カルデアに他の子供のサーヴァントが召喚されるまでの間、彼女が他のサーヴァントたち、特に女性サーヴァントに特に可愛がられるようになったのは、言うまでもない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エミヤがジャックと仲良くなった時のことをふと思い出していると、

 

「汝は、私の願いを知っているか?」

 

目の前のアタランテが問いかけて来る。

 

「全ての子供の幸せ……であっていたかね?」

「そうだ。そのためならなんでもすると決めていた。だと言うのに私には救えなかった。そして汝は、あの子たちに笑顔を与えた。エミヤ、私は、どうすれば良かったのだろうか?」

 

アタランテが目を伏せながら問いかける。その耳も、尻尾も、その感情を表すかのように垂れ下がっている。

 

彼女もまた、悩んでいたのだろう。彼女とジャンヌとジャック。かつて同じ戦場に集い、そして彼女の望みと異なる結末を迎えてしまったその戦い。カルデアに来て、彼女たちと出会って、考えずにはいられなかったのだろう。

 

そして落ち込む女性を目の前に、何もしないことなんて、そんなことはエミヤにできるはずもなかった。

 

「君らしく、愛情を注いであげればいい」

「え?」

「子供は素直だ。私たちがしてあげること、向ける感情、それを敏感に感じ取って返してくれる。警戒には警戒で、愛情には愛情で。だから、君が愛情を向ければ、同じように愛情で返してくれる」

「愛情を注ぐ、か」

「特異点において、パラケルススは、ジャックは慈悲の心を持たない存在だと言った。だが、彼女はまだ子供であり、これから学ぶことができる。君が君らしく彼女を大切に思い、そう接していれば、きっと彼女も、そして君の願う子供たちも救われるさ」

「……それで、全ての子が幸せになれるのか?」

「残念ながら、それに関しては保証しかねる。それは私や君の力をはるかに超えたものだからな。だが、少なくともそこから始めれば、目の前の子を救うことができるのではないかね?」

 

そう言いながら、エミヤが視線を廊下に向ける。その視線の先を見ようとアタランテが振り返ると、丁度ジャックが曲がり角を曲がって来たところだった。

 

「あ、おかあさん!ねぇ、ナーサリーとジャンヌと一緒に花畑でお茶会しようって!一緒に行こう!」

「そうだな。折角だからお呼ばれしよう。そうだ、ジャック。アタランテも一緒に来てもらってもいいかね?」

「あ、いや、私は……」

 

突然のエミヤの発言に戸惑うアタランテ。が、

 

「うん!アタランテも、いつも優しくしてくれるもん!二人も喜ぶよ」

「では二人は先に行っててくれたまえ。作りたてではないが、おやつがあるから、それを持っていくよ」

「ありがとう、おかあさん!アタランテ、行こう!」

 

ギュッと手を握られ、ジャックに引っ張られるアタランテ。戸惑う彼女に向けて、ジャックが満面の笑みを向ける。

 

ちらりと一瞬エミヤの方を見るアタランテ。彼も小さな笑みを浮かべ、ほんの僅かに頷いた。

 

どうやらお膳立てしてくれたらしい。その気遣いに感謝しながら、

 

アタランテは心からの笑顔をジャックに返した。

 




あれ、なんか結局女性サーヴァントばかりと絡んでるなぁ

まぁ今書いてる途中のも女性なんですけどね笑
どうしよう、男とも絡ませ……いや、書ける自信がねぇ笑


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彼と白と黒の踊り姫

うーむ、これでいいのだろうか……

今回の登場人物は色々と悩みました、はい
CCCの記憶が薄くて、どうにか思い出し思い出しで書いてみたのですが……

まぁ、なんか間違ってたらすみませんでした


燃えるような恋、なんて言葉があるらしい。

 

激しく、熱く、身を焦がすほどの想い。

 

例え比喩であったとしても、きっとその想いを抱いた本人にとっては、それほどの情熱を、苦しみを、内に持っているように感じられるのだろう。

 

人間のそういった詩的な表現は、決して嫌いではない。自分も、そうだったからわかる。

 

自分の想いを例えるならそう、きっとそれは蕩けるような恋、とでも言うべきなのだろうか。

 

でも蕩けるのは自分ではなく、その相手。

 

ただ自分の(エゴ)を流し込み、蹂躙する。

 

応えてくれる必要はなかった。ただ自分が愛を注ぎ、溶かし、侵食(おか)すだけ。それで良かったと思っていた頃の、幼稚すぎて目も当てられない想い。

 

でも、確かに言えることはある。

 

それは間違いなく恋だったのだと。

 

結局受け入れられず、彼には負けてしまったけれども、その時に感じたものは、確かに恋だったのだと、そう言える。

 

もう二度と出会うこともないだろうけれども……

 

ああ……それでも願ってしまったことが一つ

 

あの時叶わなかった、最後の決意……

 

今度は……彼のために……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

深海電脳楽土SE.RA.PH。自身も同行するはずだったその特異点での戦いでは、かつて月の裏側で行われた戦い、それを彷彿させるサーヴァントが数多く現れたらしい。その中には新宿でも現れた自分のありえたかもしれない可能性(磨耗し尽くした成れの果て)までもいたというのだから、エミヤがマスターの身を案じたのは言うまでもない。

 

激しい戦いの末、マスターは帰還することに成功した……かつて敵として戦うことになったアルターエゴたちの力を借りて。

 

 

 

 

自室の扉を開けたエミヤは、中の様子を見て思わず額に手を当てた。

 

「あら、来たわね」

 

ごく自然に、それこそ当たり前のように自分のベッドの上で横になっている侵入者に対して、もはや驚きも呆れも通り越した気持ちを抱くエミヤは、しかし溜息を一つ吐いてから、紅茶の用意をし始める。

 

「また来たのか。君も飽きないな」

「ええ、飽きないわ。私がそう簡単に飽きるはずないでしょ?」

「そう思うなら持って帰ってもいいと言ったはずだぞ。君の部屋なら、存分に愛でることもできるだろうに」

 

相手の腕の中に抱えられているものを指差しながら、エミヤが紅茶を部屋に備え付けのテーブルに置く。腕に人形やぬいぐるみを抱えたまま、彼女はゆっくりと態勢を立て直し、ベッドに座り込む。

 

「いやよ。だって面倒だもの」

「必要なら私が運ぶが?」

「いやよ。だってそうしたら、貴方の困った顔が見られないじゃない」

 

口元にぬいぐるみを近づけながら、彼女が悪戯げに微笑む。その表情からも、この状況を楽しんでいることが見て取れるが、当事者側であるエミヤとしては、勘弁してもらいたいものである。

 

「全く……君のその加虐的な行動はどうにかならないものかね」

「それは無理よ。知っているでしょ、アーチャー?私はこうすることで、ようやく周りのものを感じ取ることができるのだもの」

「……そうだな」

 

足を組み替えながらエミヤを見つめる少女。かつて彼のそばにいた日常の象徴たる少女と、よく似た顔立ちをしているが、より少女らしく、またより感情表現が豊か。

 

アルターエゴ、メルトリリスはクスリと微笑む。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カルデアに新しいサーヴァントが召喚されたことは聞いていた。マスターが歓迎会を開くと言っていたため、エミヤはブーディカやタマモキャットと共に料理を作ることに精を出していた。

 

準備もひと段落し、飾り付けをするとマスターとマシュたちが食堂を閉め切ったため、エミヤたち料理担当は最後のメニュー、デザートをどうするか話しながら廊下を歩いていた。

 

「うーん、あたしはデザートに関してはあまり詳しくないから、二人に任せることになりそうでごめんね」

「ニャハハ、アタシはチーフレッドの意見に従うのだワン!」

「ふむ……今回召喚されたのは、確か全員が女性だったかな?」

「そうだね。女の子が4人、だったかな。でも、そのうち一人は極端に刺激に弱くて、逆に一人は極端に刺激が好きって話だったけど」

「あっち行ってこっち行ってのてんてこ舞いだな!キャットも二兎を追うのはやめた方がいいと思うゾ」

「成る程……であるならば、味を好みによって変えられるものだな。ふむ……」

 

エミヤがお手製のレシピ本のページをめくる。その手元を覗き込むように見るブーディカとタマモキャット。エミヤの腕に掴まるようにしているため、必然、距離がかなり近くなる3人。二人に挟まれる形になっていて、柔らかい感触が両側から感じられるが、そこはエミヤ、強く意識することもなく、レシピを吟味する。

 

「ふむ……自分で何かを乗せるものもいいな。そうだな、例えばこの、っ!」

 

咄嗟にエミヤが二人を背中にかばうようにしながら、剣を投影する。白と黒の双剣を交差させるように防御の構えを取るエミヤめがけて、剣とも棘とも見える鋭い切っ先が迫る。

 

驚いている2人の女性を背に、エミヤは鍔迫り合いの体勢のまま、襲撃者の顔を見る。

 

「あら、流石ね。召喚されたばかりでレベルの差もあるでしょうけど、こうもあっさり受け止めるなんて」

「隠す気もなかっただろう。殺気がダダ漏れだ」

 

至近距離で顔を付き合わせる2人。エミヤが笑みを浮かべながらも内心強い警戒を抱いているのに対し、少女は実に楽しげで、嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「相変わらず女の子を弄んでいるの?その辺りは変わらないわね」

「人聞きの悪いことを言わないでもらおうか?私はそんなことをした覚えは一切ないのだが」

「今回も自覚なし……と。驚きを通り越して呆れさえするわ」

 

エミヤが腕を振り抜き攻撃を弾くと、少女はあっさり殺気を収める。どうやら本気で殺すつもりではなく、エミヤなら受け止められるという信頼から来た行動らしいことを、ブーディカはなんとなく察した。黒い騎士王とか、黒い聖女とか、時折似たような行動を見せる少女のことを知っているからだ。

 

「えっと、君が新しく来たサーヴァント、でいいのかな?」

「ええ。自己紹介が遅れたわね。快楽のアルターエゴ、メルトリリスよ。そっちの狐っぽいのは、なんだか見覚えあるわね」

「ニャハハ!キャットもボヤーンとながら朧げな覚えがある気がするゾ」

「あたしはブーディカだよ。気軽にブーディカさんって呼んでね」

 

なんだか奇妙な緊張感を漂わせる2人の仲裁も兼ねて自己紹介するブーディカ。そ、とあっさりとした返事を返すメルトリリス。その視線はいまだにエミヤに固定されている。

 

「メルトリリスは、ここのエミヤとは知り合いなのかな?」

「エミヤ?……あなた、名前があったの?」

「一応ある、ということだ。まぁ、しかし君と出会った私のように、一個人ではなく正義の味方の概念の集合体と考えれば、さして意味など持たぬよ」

「そう……だから無銘(アーチャー)というわけなのね。エミヤ、ね……ええ。悪くないわ」

 

微笑みながらエミヤの名を繰り返して呟くメルトリリス。月の頃の経験や、今回の特異点のことが影響しているのか、あの頃のような狂気よりも、大人びた落ち着きを持った彼女の姿に、内心驚いているエミヤだった。

 

「その感じだと、前にも会ったことがあるのかな?」

「む?あ、ああ。会ったことがあるといえばあるし、ないと言えばない。彼女に限らず、私のことを知る者全てがそうなのだがね」

「あら、その言い方は無いんじゃないの?私は忘れたことはなかったわよ、あなたのこと。忘れられるはずないもの」

 

口元を袖で隠すようにしながら頬を染めるメルトリリス。側から見れば恥じらっている乙女、に見えるのだが、エミヤのところからは彼女が笑っているのが見える。あ、これは楽しんでるな……なんて思ったのもつかの間、

 

「おやおや、その反応……もしかして何かあったの?」

「ええ。とても情熱的で、溶けちゃいそうだったわ」

「むむっ!キャットのセンサーが反応しているぞ。何やら乙女な物語が!」

「バカなことを言うな。そんなことは断じてなかった。そもそもあの時は敵同士だっただろう」

 

何やら嫌な予感がする。取り敢えず彼女が色々とややこしくする前に正しい情報を伝えるべくエミヤが口を開くと、

 

「ええ……そして初対面で、私の大切なものを奪われちゃったわ……あんなの、初めてだったのよ」

 

メルトリリスが爆弾を投下した。

 

それはもう、特大レベルの。

 

ご丁寧に恥じらうようにエミヤから目を背ける仕草までつけて。

 

「ええぇぇぇっ!?」

 

廊下に響き渡るブーディカの驚きの声。それを聞きつけ集まり始めるサーヴァントや職員が見たのは、

 

「君は何を言っている!?」

「あら、私は嘘は言ってないわよ。本当のことじゃない。あの時だって言ったでしょ?奪われちゃった、って」

「もっと言い方があるだろう!そもそも、あれは君が一方的に始めたものであって、私は応える気はないと」

「そうね……あれはもう終わったもの……今の私とあなたには関係のないこと……そう、よね」

「いや待て。何故急にしおらしくなる、何故目をそらす?」

「いいのよ。その時のことはもう気にしなくても。今ここにいるあなたも、私も、厳密には違うのだから」

 

驚きに動けないブーディカと、彼女を支えるタマモキャット、そしてどこか寂しげに話すメルトリリスと、額に手を当てるエミヤ。

 

取り敢えずこの光景を見たマスターが一言。

 

「……修羅場?」

「なんでさ!」

 

こうして、メルトリリスはエミヤの元カノとして認識されるようになったとかなんとか……

 

そしてエミヤはというと、

 

「シロウ……もしやと思っていましたが、まだ他にも」

「これは教育が必要ですね」

「全くだな。一度しっかりわからせなければならないようだ」

「ふんっ。別に私はどーでもいいですけど、なんか腹が立ったので」

 

聖剣やら聖槍やらが荒れ狂うように迫る中、必死に逃げ回ることになったのは言うまでもない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その時のことを思い出し、思わず溜息をつくエミヤ。

 

「何溜息をついているのよ。そういう行動は、幸せが逃げる、とか言われてるんでしょ?」

「確かにそういう話もあるな。が、まぁ気にしないでくれたまえ。ちょっと君が来たばかりの頃を思い出してね」

「大変そうだったわね。ふふっ」

「全く、誰のせいだと思っているのかね?」

「私よ。だからこそいいんじゃない。私、加虐体質だもの。あなたが苦労している姿を見るのもなかなか良かったわ」

「……頭が痛いな」

 

思わず顔を手で覆うエミヤ。その様子に、メルトリリスの笑みがさらに深まる。

 

「それより、アーチャー。何か言うべきことがあるんじゃない?」

 

立ち上がり、エミヤの前まで来るメルトリリス。両手を広げ、踊るように回る。

 

「ああ。本来なら最初に言うべきだったかもしれないな。その再臨した姿も、とてもよく似合っているよ」

 

かつての黒のコートではなく、身を包むのは純白のドレス。彼女の具足も宝石の如く、光を反射しきらめく。

 

少しだけ驚いたような表情を浮かべてから、メルトリリスが再びベッドに腰を下ろす。

 

「……さらっと言ってくれるわね。まぁ、そういうところがあなたらしいのかもしれないけど。言い慣れてるのかしら?」

「そうでもないさ。ただ、本心から思ったことを言ったまでだよ、私は」

「そ……完璧な私に変化は不要、そう思っていたのだけど……こう言うのも悪くないわね」

「そうだな」

 

かつての黒を纏う彼女と、今の白を纏う彼女。

 

それはまるで、白鳥の湖のようだ、とエミヤは思う。

 

彼女の戦闘スタイルにも現れるクラシックバレエ。その中で代表的な作品、白鳥の湖。その主役(プリマ)は一人二役を演じる。黒鳥をイメージしたオディールと、白鳥となるオデット。

 

物語の終わりは当初魔法は解けず姫も王子も死んでしまう悲劇。だが、時が経つにつれ、違う結末の物語も現れ始めた。

 

あの時、結局彼女を見逃したことは、彼女を救うことにはならなかった。あまりにも悲しい最後(フィナーレ)。けど、今こうしてここにいる彼女には……

 

「何よ?そんなにじっと見つめて」

「いや……今度は君を幸せにしてあげたいと思っていただけさ」

「なっ」

 

カァァァ、なんて効果音が聞こえて来そうな勢いで、メルトリリスの頬が赤く染まる。

 

その時エミヤが見せた表情は、月では決して見せてはくれなかったもの。苦悩もなく、怒りもなく、警戒もない。初めて見る、偽りのないその微笑みに、胸が温かくなるのをメルトリリスは感じる。

 

「?顔が赤いが、熱でもあるのかね?」

「あっ、ちょっと」

 

メルトリリスが止める間もなく、エミヤが彼女に近づく。さらりと髪を撫で、額に触れる手。感触なんて、自分にはほとんどないはずなのに、何故か触れられた部分が暖かく感じる。

 

「だ、大丈夫よ!」

「いや、念のために体を休めたほうがいい。君さえ良ければ部屋に連れて行くが?」

 

なんだというのだろうか。

 

かつてはあれほどまでに明確な拒絶と敵意を向けて来ていたというのに。

 

そんな顔で、そんな声で、そんな仕草で───

 

 

 

───自分(メルトリリス)を心配してくれている。

 

 

「……終わらせたつもりだったのだけれどね」

「?どうかしたのか?」

「なんでもないわ。そうね、休むことにするわ。でも、このベッドを借りていいかしら?」

「私のベッドをか?」

「ええ。この人形たちと一緒の方が落ち着くもの」

 

せめて最後くらい困らせてやろうと思い、思わずそんなことを言ってみる。きっと彼のことだ。困った顔をして、溜息をついて、そして自室で休むように促して来る。それを聞いてから帰ろう。そう決めていたのに、

 

「わかった。暫く横になっていろ」

 

優しい手つきでメルトリリスをベッドに横たえさせるエミヤ。キョトンとしている彼女をよそに、丁寧に布団までかける。

 

「何か食べるものを用意しよう。少しは魔力の足しにはなるだろうし、回復を手助けしてくれるだろうさ」

 

そう言って、エミヤが部屋を出て行く。ベッドの中にいながら、思わず惚けていたメルトリリスだったが、

 

「……ほんと、ドンファンの癖に……」

 

呟かれた言葉には怒りはなく、むしろどこか嬉しそうな響き。

 

相手の愛情なんていらない、そうかつては思っていた。

 

でも、ぬいぐるみを抱きしめ、頬を染める今の彼女は、

 

(こういうのも、いいわね、アーチャー……)

 

純粋に、優しさを嬉しく思う、1人の少女のような気持ちを、抱いていた。

 




コラボイベントではぐだのヒロインしていたメルトですが、
私はやっぱり彼女はアーチャーを想っていて欲しい……

だってエミヤだもの!笑


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彼と天元の花

多分意外な組み合わせ

いやだってなんか共通点多くありません?
二刀使い、剣を投げる戦法、漂流経験、日本……
その辺り考えると、ね

まぁ意外と思われるのは承知で、いざ!


譲り受けたのは一振りの剣。

 

人の(わざ)では斬ることかなわぬ、宿業を断ち切るその妖刀は、己と、主人と、そして結果として世界を、救うための力を与えてくれた。

 

自分の望む領域に届いていない、そう彼は言った。

 

若い見た目に反し、どこか年寄りじみた言動の彼はしかし、刀匠としても、剣士としても、自分が認めるに申し分なかった男。

 

鍛えた剣は名刀と呼ぶにふさわしく、剣に宿る願いは強き信念。剣を振るう才能はないと称したものの、その剣は自分からしても十分に強者のものと思えるほど。

 

自分は見ていなかったが、あの厭離穢土城を一刀の元に斬り伏せてみせたのも彼だとか。

 

剣に人生を捧げ、剣によって消える。

 

奇しくもそれは、形は違えど、あの城で自分が迎えた結末にも近いものを感じる。

 

その後、自身はカルデアに召喚されることとなったが、彼の姿は未だ見ていない。

 

願わくばもう一度会って見たい。

 

会って、仕合(かたりあ)ってみたい。

 

死合(きそ)ってみたい。

 

その剣の果てに、剣製の果てに———

 

 

———彼はどこへ辿り着いたのだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

二刀流の剣士といえば誰を思い浮かべるだろうか。

 

ここカルデアでは、一人真っ先に思い浮かべられる人物がいる。

 

本来剣士ではない彼を思い浮かべるのはおかしな話ではあるが仕方がない。それが彼の基本戦闘スタイルなのだから。

 

白と黒、ふた振りの夫婦剣を自在に操り、巧みな技で防ぎ、また攻める。

 

決して才能があったわけではない。しかしそれでいて、彼の剣は、あらゆる時代の英雄からも認められるほど。

 

今日も彼はその剣を振るう———

 

———赤い外套をはためかせながら。

 

 

「戦闘終了だ。帰還するとしよう、マスター」

「うん。それにしてもやっぱりエミヤはすごいね」

「む?」

「この前、セイバーばかりでパーティーを組んでレイシフトした時、みんながエミヤの話をしてたんだ」

「私の?」

「ああ。エミヤの剣についてね。みんなから結構好評だったよ。特にモードレッドなんか、今度勝負してやるって張り切っててさ」

 

最古参組であるエミヤは、必然、能力が高いため、数多くの戦場を経験している。その際、ほぼ全てのサーヴァントとともに戦ったことがあると言っても過言ではない。

 

神秘の薄れた時代から来た英霊。それだけで注目するのに十分だというのに、アーチャーでありながら高い近接戦闘能力、礼儀正しい姿勢、子供に見せる優しさ、そして料理の腕。

 

そんなエミヤは、度々他のサーヴァントから仕合を申し込まれることもある。

 

「やれやれ。私は剣士ではないのだがね」

「それだけエミヤの実力を認めてるってことだよ」

「まぁ、かの円卓の騎士に認めてもらえるのは光栄ではある。が、モードレッド卿が期待するほどかは保証できんさ」

「それでもいいから、受けてあげたら?」

「その時が来たら考えるとしよう」

 

マスターとの何気ない会話を楽しみながら、エミヤは苦笑を浮かべる。頭の中ではどうやってモードレッドから逃げ切ろうか、今日のご飯は何にするべきなのかなんてことを考えながら……

 

(今の剣……似てる?うーん……)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カルデアの食堂が繁盛していない時はない。職員はともかく、本来栄養補給が必要ないサーヴァントたちの姿でも食堂はいつも賑わっている。それは食事が彼らにとって、最早娯楽の一種となっているからだった。

 

毎日のように食堂には様々なメニューが並ぶ。調理組のサーヴァントたちの得意料理はもちろんのこと、季節に合わせた特別なメニュー、子供から大人まで楽しめるデザート、更には料理長(チーフレッド)による様々な国の料理が、週替わりで提供されるため、飽きようがないのである。

 

その中にはもちろん一般の食堂で提供されている、いわゆる定番メニューももちろんあり、職員たち曰く、当初のカルデア食堂よりも圧倒的に質が良くなった、とのこと。

 

 

 

さて、ある日のお昼頃。

 

午前中のレイシフトメンバーが帰って来る時間が迫る中、料理長ことエミヤは忙しなく手を動かしている。

 

「エミヤ、こちらは終わりましたよ」

「あぁ。助かる、マルタ」

 

本日のパートナー(やましいことは何もないよ、ホントだよ)であるマルタに礼を述べる。丁度自分の下ごしらえも終わったところで、時計をちらりと見る。

 

「丁度いい時間、といったところか。みんなが来る前に、一息入れよう」

「ええ」

「それから、私の前でも気を張る必要はないと前にも言ったと思うのだが」

「そうね。でも、いつ誰が来るともわからないのですから、気を抜くわけにはいかないのです」

「君も律儀だな。では、今日の仕事が終わったら、お茶でもどうかね?私の部屋でなら、少しくらいは気を休めても、問題はないだろう」

 

あまりにもさらりと行なっているためツッコミにくいが、どう聞いても部屋デートへのお誘いである。これには思わずマルタも内心、どぎまぎしてしまう。本人に全くやましい気持ちがないのはわかっている。何度か彼の部屋で二人きりというのは経験したことがあるものの、彼が何かする様子など全くなかったのだから。が、こうも当たり前のように誘うあたりが恐ろしい。

 

「ええ。それはとても楽しそうです。お邪魔でないのでしたら、お呼ばれされても良いかしら?」

「勿論だ。私から誘ったのだからな。精一杯もてなすとしよう」

 

内心の動揺を気取られないようにし、聖女の姿のままマルタは答える。笑みを浮かべるエミヤから視線を逸らし、食堂を眺めると、丁度扉が開く。

 

「ただいま」

「おかえり、マスター」

「おかえりなさい」

 

レイシフトを終えた立香が、マシュとパーティメンバーを引き連れながら食堂に入って来る。

 

今日はランサーの素材集めのために、セイバーのサーヴァントたちが駆り出されていたらしい。立香より早くカウンターにたどり着く影が2つ。

 

「「エミヤ、メシだ」!」

 

見事に声をハモらせるそっくりな顔をした二人。とはいえ片方は白い肌に黒いドレス、もう片方は上半身はさらしに近いものを纏っているだけ。

 

「やれやれ、帰りの挨拶よりも先にそれか。で、オルタとモードレッドは、何を所望だ?」

「聞くまでもない。ハンバーガーに決まってるだろう」

「俺もだ。べ、別に父上がそれにしたからってわけじゃなくて、単純にそんな気分だっただけだからな」

「了解した。少し待ってろ。他の者は何がいい?」

「あ、私もお手伝いします」

 

手早く準備を進めながらも、他のメンバーの注文も受けるエミヤ。聖徳太子かお前は、とかマスターがツッコミを入れたくなるほどに、エミヤの仕事処理能力は高い。多数の注文を同時に受けてなお、彼がミスしたことは一度も見たことがない。

 

「マルタ、ガウェインとマスターに生姜焼きを頼む。サラダは、」

「ええ、いつものところね」

「助かる」

「マシュ、特製スイーツがある。鈴鹿御前とデオンに持っていってくれ。ついでに君もひとつ食べるといい」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

調理組だけではなく、お手伝い組の指導も全てエミヤがしている。(メンバーは今のところマシュ、セイバー・リリィ、ジャンヌ。別枠でジャックたち子供達も手伝いに来ることがある)素早く手を動かしながら指示を出し、お手伝い組への気遣いも忘れない。まさに料理長の名の通り、カルデアのキッチンの主人である。

 

そんな彼が最後に用意しているのはとてもシンプルな一品。麺を茹で、器に盛り、温かいつゆをかけたらあとはネギを少々飾るだけ。

 

「ほら、かけうどんだ」

「待ってました!」

 

見た目的には他と比べて簡単で質素なものではあるが、それを注文した本人は、その場の誰よりも目を輝かせる。アルトリアの一人が一緒に並んでいる中で一番と言うのだから、その嬉しがりっぷりは想像に難くないだろう。

 

思わず見ているこっちまで嬉しくなる程の様子に、エミヤがクスリと笑みをもらす。そんなエミヤや微笑ましげなマスターの様子など御構い無しに、彼女はうどんをすする。

 

「ん〜、うまい!やっぱりここのうどんは最高ね」

「かの大剣豪にそう言ってもらえるなら、作りがいもあるな」

「ぷは〜。麺もつゆも美味しい〜」

 

幸せそうにうどんをすする美少女剣士、新免武蔵守藤原玄信。

 

マスターからの愛称は武蔵ちゃん。

 

日本人ならば誰もが名前を聞いたであろう、二天一流の大剣豪。

 

宮本武蔵がうどんを完食するのに、さほど時間はかからなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昼の担当を終え、片付けまで済ませ、マルタとのお茶を楽しんだエミヤ。今日の夕飯は他のサーヴァント達が担当することになっているため、少しばかり手持ち無沙汰になった彼は、一先ず鍛錬を積むことにし、トレーニングルームを目指していた。

 

と、途中で立ち止まる。溜息を1つ付き、片手で額を抑える動作をしながら話しかける。

 

「やれやれ全く。君のその悪い癖はどうにかしたほうがいいと思うぞ。確かそれが原因で厄介な目にあったのではなかったかね?」

「む、それはそうだけど……というか、やっぱりやるわね。生半可な相手じゃ、この誘いに気づけないんだけど」

 

感心したように物陰から姿を現わす武蔵。先程までエミヤの感じていた鋭い気迫は既にない。

 

まるで抜き身の刀を突きつけられたかのよう、そうエミヤは感じた。刀に手を置くことすらせずにこれほどまで強い気迫は、なるほど、まさに剣豪と呼ぶべき者の素質だろう。

 

「それで、何の用かな?まさか本気で勝負がご所望というわけでもないだろう?」

「いやぁ、それが本気も本気なのよ、これが」

 

たはは〜と笑いながらさらりと言ってのける武蔵に、エミヤの眉間にシワがよる。

 

新免武蔵が召喚された直後くらいから、様々なサーヴァントに勝負を挑んでいるところは見てきた。しかしそれはあくまで彼女が認めるに足る実力を誇る猛者たちばかりだった。

 

彼らに比べ自分は彼女のお眼鏡に適うかといえば、間違いなくないと言える。そもそも自分の剣は三流も良いところだ。才のない者がそれでも諦め悪く振るい続けた結果の産物。

 

「私では君の相手など務まらないさ。君も分かっているだろう?私に剣の才能など、これっぽっちもないということが」

「そうね。確かにそう。あなたは剣士などではなく、ましてや剣豪でもない。それでも、あなたと戦いたいと、本能的に思ったの。その戦いで、きっとわかることがあるって」

 

いつものおちゃらけた様子は鳴りを潜め、武蔵の剣士としての視線がエミヤを射抜く。その眼はこれまで数多の強者、剣豪、豪傑……英雄に向けられてきたもの。それを向けられることは、剣を振るうものとして、何より彼女と同じ日の本(くに)に生まれてきたものとして、何よりも光栄なことだと言わざるを得ない。

 

そんな誘いを断ることなど、彼にはできなかった。英霊の中でも末端と言える自分、その自分を試したいという剣豪。

 

「分かった。ならば、こちらも全身全霊をかけて、お相手しよう」

「よっしゃ!それじゃあ、トレーニングルームに行きますか!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

カルデアでは時折争いが勃発することがある。

 

もちろん、全面的な交戦を許可するはずもなく、そういう時は比較的穏便な手段で収めてもらうようにしている。

 

ゲームで競う、運を競う、第三者に決めてもらうなど、その方法だけでも様々だ。

 

その中の1つとして、大衆の前で行う決闘がある。この時必ず歯止め役に複数のサーヴァント、及びマスターがいなければならないという他と比べてかなり厳しい条件ではあるものの、元々好戦的なサーヴァントが多いこともあって、割とポピュラーなものだった。

 

マスター自身も、

「みんなの実力が間近で見られて参考になる」

と肯定的だったこともあって、時折トレーニングルームでは決闘が行われている。

 

「それでは両者、前へ」

 

そんな時に審判役を任されるのは、裁定者の役割を持つルーラー組。今回の審判はジャンヌ・ダルク。普段の優しい雰囲気と違い、ルーラーとしての凛とした空気を纏っている。

 

ジャンヌの声に応えるように、武蔵とエミヤが前に進み出る。

 

「しかし、今回は武蔵が相手か……アーチャーの野郎にゃちときついんじゃねぇか?」

「それはどうだろうなぁ。そう長く打ち合った訳ではなかったが、奴の首を落とすことは拙者にもできなかった。案外、良い勝負になるかも知れん」

「彼の努力は一朝一夕のものではありません。それだけ彼が剣に誠実であったということです。それに、セイバーとも渡り合えるのでしょう?ならば、例え相手が大剣豪であっても、遅れはとらないかと」

「それ、少し贔屓目が入ってないかしら?まぁでも、確かに坊やの積み重ねた剣の年月も相当なものでしょうから、瞬殺は避けられるかもしれないわね」

 

「武蔵殿とエミヤ殿ですか……日本出身の私としては武蔵殿を応援したいような……」

「まぁまぁ。拙僧は両者ともに強者故、黙して見守るのが徳かと」

「あらあらまぁまぁ。金時、貴方はどちらが勝つと思いますか?」

「俺っちに聞くなよ。ただまぁ、ゴールデンな戦いにはなりそうだがな」

 

「ちぇっ、なんだよエミヤのやつ。俺が誘っても全然乗ってくれないのによ」

「貴方はあからさまにエミヤに対して敵対心を出し過ぎですよ、モードレッド」

「彼の実力は王も認めるところ。この戦い、中々に興味深いですね」

 

「アーチャー、頑張ってください!」

「無様な真似だけはするなよ」

「エミヤさん、応援してますよ〜!」

 

広いはずのトレーニングルームでも狭いと感じてしまう。それほどの数の観客が集まっている。あまりにも狭く感じてしまっため、特別にレイシフトを行い、広い闘技場で決闘が行われることになった。

 

「いやぁ、まさかここまでたくさん人が集まるなんてね」

「君の剣もまた、特異なものだからな。きっと彼らも興味が尽きないのだろう。空位に辿り着いたその剣には、私としても興味があったしな」

「うーん、そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」

 

(多分、どっちかというとそっちの戦いを見に来ていると思うんだよね〜)

 

と、最後の言葉を飲み込み、表情を引き締める武蔵。エミヤも同じように瞳を鋭くする。

 

「試合の形式は一対一。ルールは相手に一撃を入れる、武装解除させる、或いは負けを認めさせること。これ以外は持ち得る全ての力を行使することが許可されます。英霊としての誇りにかけて、このルールを守ってもらいます」

「おっけー」

「了解した」

 

「両者、用意!」

 

武蔵が二刀を鞘から抜き、エミヤが夫婦剣を手に取る。互いに構え、相手を見据える。

 

途端に訪れる静寂。誰もが二人の様子を見逃すまいと息を殺して見入っている。

 

「いざ、尋常に勝負……はじめ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ジャンヌの旗が振り下ろされると同時に、エミヤと武蔵が駆け出す。日本刀と中華刀が振るわれ、闘技場の中央で激突する。鍔迫り合いの状態になる二人。互いの顔が近くまで迫り、その表情の細部まで見て取れる。

 

「じゃ、お手並み拝見といきますか!」

「こちらの手並みを見せるのはいいが、別に勝ってしまっても構わないのだろう?」

「おっ、言ってくれるわね!それじゃあ、遠慮なく行くよ!」

 

攻勢に出たのは武蔵。二刀を巧みに操り、時にフェイントを交えながら攻め立てる。鮮やかな天元の花とまで謳われた彼女の剣は、荒々しくも美しさを持つ。

 

劣勢や相性、実力差など、あらゆる状況に対応できる柔軟さ。

 

彼女の使う二天一流は、どんな相手に対しても、勝ちを奪いに行くための戦法である。

 

が、対するエミヤはひたすら防御に徹している。二刀を使うことによって固められた守りは、後退しながらではあるものの、確実に武蔵の攻撃を防いでいる。

 

鷹の如き眼によって、彼は武蔵の動きをしっかりと観察()て、その上で対策を考じている。

 

「やっぱりやるわね。そこいらの剣士なら、もう既に何度かは斬り倒しているところだもの」

「お褒めの言葉、光栄だな。しかし君はまだまだ余裕があるように見えるが?」

「お?それは余裕の宣言のつもりかな?ならばお見せしましょう、二天一流の本気を!」

 

ぶつかり合う刀を同時に押し、互いに距離を取る両者。と、突然武蔵が左手に持った刀を投げつける。その奇襲に対し、冷静に刀を弾くエミヤ。

 

と、一瞬刀に気を取られた隙に、武蔵が別の刀を手に、二刀をエミヤに振り下ろす。

 

「甘い!」

 

しかしその攻撃をエミヤは見事に凌いでみせる。初見で自分のこの奇襲に冷静に対応してみせたエミヤに、思わず武蔵の口が開く。

 

「えっ、ちょっ!」

 

カウンター気味に振り上げられた白と黒の剣をなんとかかわす。かわしながら先ほど投げた刀を回収し、その場から少し離れる。

 

「まさか初見で今のを見切られるなんて……実は相当強い?」

「いや何、君の戦い方については予備知識があったから警戒できていただけだよ。それに、その戦い方をするのは、何も君の専売特許というわけでもないから、な!」

 

言い終わるより早く、今度はエミヤが手に持つ二刀を投げつける。同時に自分に向かって走り出したエミヤに、武蔵は驚きながらも対策を考える。

 

(デタラメに投げただけ……じゃなさそうね。この軌道なら私の方に来るか……二刀と彼を同時に止めるには……)

 

「タイミング……ここ!」

 

迫り来る二刀を自身の剣を投げつけ防ぎ、鞘から二刀を抜き、目の前まで迫ったエミヤの攻撃を防ぐ。

 

「なるほどね〜。確かにこれじゃあ対応できるわけだ。もしかして、奇襲は私よりうまい?」

「単純な剣術では敵わないだろうさ。ならば策を練るのは当然だろう?」

「確かに。これは面白くなってきた!」

 

笑みを深くして剣を弾く武蔵。再び斬り結びながらも、とある疑念が確信に変わる。

 

(やっぱり似ている……あの剣に……)

 

燃えるような赤銅色の髪に、琥珀のような瞳。

 

剣を用いるも剣士にあらず。

 

あの時力を貸してくれた、青年(老人)に、目の前の男はどうしようもなく似ているとしか思えなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

幾度となく響いた剣戟にも、終わりの時は必ず来る。

 

弾き飛ばされた四刀が、回転しながら闘技場を舞い、地面へと突き刺さる。

 

咄嗟に二刀を防御の構えにするが、それでは意味がない。

 

「南無。天満大、自在天神。剣気にて、その気勢を断つ!」

 

彼女の背後に見えた不動明王は、幻などではなく、彼の必殺の絶技を容易く弾く。そして彼女に集うは4つの属性。地、火、水、風。

 

残るは一撃、最後の1つ。

 

「この一刀こそ我が空道、我が生涯! 伊舎那大天象!!」

 

空位に至り、絶技を超えたその空の一撃が振り下ろされる。その一刀を受けた夫婦剣は、彼の手の中で砕け散る。

 

光が収まり、視界が晴れると、観客の目に映ったのは、膝をつき、肩を抑えているエミヤと、その正面に立ち、剣を突きつけている武蔵だった。

 

「今の一撃、入ったものとします。よって勝者、宮本武蔵!」

 

ジャンヌが審判としてのコールをあげながら、旗を武蔵の方に向ける。

 

試合の終了が告げられ、観客から歓声が上がる。剣を納め、武蔵がエミヤに手を差し出す。一瞬キョトンとしてから、エミヤがその手を取り立ち上がる。

 

「参った。完敗だ。まさか私の絶技を完全に防がれてしまうとはな。流石は日本が誇る大剣豪だ」

「いやいや、そういう君も凄かったよ。未来の英霊とは聞いていたけど、ここまで剣を極められる人が現れるなんてね」

 

試合後の握手を交わす二人。と、武蔵がエミヤの手を引き体を近づける。

 

「っと、急に何を?」

「話があるの。今日の夜、いいかな?」

 

なぜかひそひそ声になった武蔵に訝しげな顔をしながらも頷くエミヤ。

 

「じゃあ、夕飯が終わったら部屋で待ってて」

 

それだけ言って手を離す武蔵。ニカッと笑ってから手を振りながら闘技場の外へと向かう。

 

「あ!勝ったから、今日のうどんは豪華な感じでよろしく!」

 

と最後に言ってから、彼女は一足先に戻っていった。結局、夕飯にも参加することにいつの間にかなっていたエミヤだった。

 

 

因みに、武蔵と顔が近づいた時に、角度の問題でオルターズからはキスしているように見えたとか見えなかったとか……

 

このため後にエミヤが大変なことになるわけだが……それについては、またいつか話すとしよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日の夜。

 

夕食時には様々なサーヴァントから勝負の話をされ、時に褒められ、時にアドバイスをもらいながらも、エミヤはなんとかいつも通りの時間に仕事を終わらせることが出来た。

 

「それでは今日はここまでだな。お疲れ様」

「いえいえ。エミヤさんこそ、本来ならば休みでしたのに、お疲れ様です。私も金時も、手に汗握る試合でした」

「うむ。余もしっかりと見させてもらったぞ。流石は余の副官を務めただけのことはある」

「はい!エミヤさんの戦い、とても勉強になりました」

「お褒めの言葉、感謝する。ではおやすみ、頼光殿、ネロ、リリィ」

「ええ。おやすみなさい」

「うむ」

「おやすみなさい、エミヤさん」

 

夕食の当番だった3人に挨拶をし、エミヤは素早く自室へと向かった。もしかしたら既に来ているかもしれない、そんな気がしていたからだ。

 

部屋にたどり着き、扉を開くと、

 

「おっ、来た来た!これ、一応差し入れね」

 

椅子に腰掛けている武蔵が、団子をテーブルに並べながら出迎える。

 

もっとも、団子を作ったのはエミヤなので帰ってきただけとも言えるのだが、そんなことをいちいち指摘することなど、エミヤはしなかった。

 

「すまない、待たせてしまったようだね。お茶を入れよう」

 

手早くお茶の用意をする。団子なので紅茶ではなく日本の緑茶である。湯呑みにお茶を注ぎ、テーブルに2つ置く。エミヤが武蔵の前の席に座る。

 

「それで、話とはなんだ?」

「あーうん、ちょっと聞きたいことがあったのよね〜」

 

団子の皿をエミヤに差し出しながら、串を1つ手に取り団子を頬張る武蔵。わざわざ持ってきたものを食べないのも失礼だろうと、エミヤも1つ口に入れる。

 

(ふむ。我ながらいい出来だ)

 

なんてことを考えていると、

 

「あなた、千子村正とはどういう関係?」

 

なんて質問が武蔵から投げかけられた。

 

 

「村正と?どういうことだ?」

「うーん……村正が擬似サーヴァントとして召喚されていた、って話は聞いてるでしょ?」

「ああ。このカルデアでは、さして珍しいことでもないがな」

 

実際にどんな姿をしていたのかは知らないが、かの有名な鍛冶屋をセイバーとして召喚することができるまでに霊基を向上させるその依り代に、エミヤは多少なりとも関心があった。

 

「その村正がどうかしたのかね?」

「それがね、なんだか君に似ている気がしたから」

「私に?」

「うん」

「それは剣を作るという点だけではなくてか?」

「ううん。なんかこう、剣の振るい方というか、料理の腕というか……思い返すと色々と似ているところがあったのよね〜」

 

その言葉にはエミヤも驚かざるを得なかった。千子村正と自分が似ている?いや、同じ錬鉄の英霊であると考えればそうかもしれないが、剣の振り方や料理の腕まで来ると何かがおかしい。それはむしろ村正本人のではなく、その依り代の……

 

「ち、因みにその千子村正の外見的な特徴を聞いてもいいかね?」

 

物凄く嫌な予感がしながらも、聞かずにはいられなかった。

 

「外見?んーやや童顔だけどそこそこ整った顔立ちで……背丈は君くらいで……赤っぽい髪で……後は琥珀色っぽい瞳だったかな」

 

確定である。

 

まさかとは思ったが、そんなことがあるのか、としかエミヤには思えなかった。

 

確かに可能性は考慮していた。何せあかいあくま(イシュタル)冬木の虎(ジャガーマン)後輩(パールヴァティ)もう一人の凛(エレシュキガル)などの前例があったのだから。しかしいざそうなるとなんとも言えない気持ちになるのも仕方あるまい。

 

「……」

「その感じだとやっぱり何かあるの?」

「ああ、そうだな……君には話しておいてもいいかもしれないな。ただ、諸事情あってまだマスターには話していない。そのことを理解してもらいたい」

「ふーん。何か深い事情があるわけね。おっけー、話さないと約束するわ。私の剣にかけてね」

「助かる」

 

武蔵の真剣な眼差しに対して、エミヤは軽く一礼する。今はまだ話せなくとも、全てが終わって、未来が完全に取り戻された後、もしもその頃に彼が自分と同じようになった時、その時には話せるようになるだろう。

 

「私が未来の英霊というのは聞いているね?」

「マスターからね。マスターは君から聞いたって言ってたけど」

「そうだ。私はなんの伝承も残していない、近い将来に現れるであろう一人の男(正義の味方)の成れの果てさ。さて、君は村正以外の擬似サーヴァントとも会っているね?」

「うん。彼女たちは比較的現代に近い人が依り代になっているんでしょ?」

「村正もそうだ。いや、もっと言えば、村正が依り代にしたのは、まさに今を生きるとある男、と言える。並行世界の、ではあるが」

 

あの聖杯戦争後も、その男は進み続けたのだろう。その在り方も、その力も、その思想も。きっと村正と共感するものだったのだろう。それゆえに彼は選ばれた。

 

「そしてその男はその後も戦い続けるだろう。代償として皮膚は焼けたような色に、髪は色素も抜け、そして瞳は鋼のように変わり、ね」

「ちょっと待った……それって……」

「そうだ。君のであった村正の依り代となった男は、生前の私、その一人というわけだ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あまりに突然のカミングアウトに、武蔵の手から団子が刺さった串が落ちる。

 

どこか懐かしそうな、それでいて寂しそうな表情を浮かべているエミヤは、すぐさまその団子を退ける。

 

「君の、生前?」

「ああ。あれは私が英霊になる前の姿だ」

「じゃあ君と似ていると思ったのは、」

「似ていて当然だ。元は同一の存在なのだからな。もっとも、私は厳密には1つの個人とは言えないがね。長くなるから、この話はまたいつかしよう」

 

首をすくめながら答えるエミヤ。そのやれやれ、といった感じの仕草は、村正のそれとよく似ている。

 

そうか……そうだったのか……

 

彼こそが、あの老人(青年)の行き着いた先、その可能性の存在。

 

幾千、幾万もの剣戟の果てに辿り着いた剣の境地。

 

その実力は自分が先ほど身を以て知ったばかり。

 

試合をして、死合いをして、見えたその力。

 

決して折れない鋼の意思に、決してブレない真摯な剣。

 

それを見れたことが、確かめられたことが、感じられたことが、ひどく嬉しく思えた。

 

「聞きたかったことはそれだけかな?」

 

エミヤが黙り込んでしまった武蔵に問いかける。なんとなく答えられずに、考え込んでしまう武蔵。

 

「どうかしたのか?」

「ううん。ただ、そうね……君の過去についてもっと知りたくなった、かな」

「……既に一番大きな秘密は話したからな。君がもし聞きたいというなら、また訪ねてくるといい」

 

まさかエミヤの方からその提案をされるとは思っていなかった武蔵がパッと顔を上げる。エミヤからは嫌がっている様子も特になく、むしろ優しげな笑みを浮かべている。

 

「いいの?」

「ああ。君が興味を持ってくれているなら、だけど」

「ある!すっごく!」

「ならまた来るといい。今日はもう遅いから、また今度からだな」

 

時計を見ると既にいい時間である。大慌てで残りの団子を掻き込み、お茶を飲み干す。

 

「ご馳走さま!それじゃあまた話を聞きに来るわね」

「ああ。その時は事前に言っておいてくれ。茶菓子を用意して待ってるとしよう」

 

エミヤに見送られながら、武蔵が部屋を出て自室を目指す。

 

(また今度、かぁ)

 

何故か知らないけど、次の約束を取り付けることができたことが、とても嬉しく思える。

 

確かに彼の過去の話にも興味はあるけど……

 

それに増して彼にも興味がある。

 

……あれ?

 

「いやいやまさかそんな、ね!ほら、彼美少年ってわけじゃないし、むしろ年齢的には上っぽい感じするし」

 

あ、でも確かに村正の姿はそれなりにイケメンだったような気もする……若干童顔で若く見えたし悪くは……って

 

「いやいや、違うから。そうじゃないから!」

 

 

 

その夜、何やら一人でブツブツ言いながら走って行く武蔵が目撃されたとか……

 




いやぁ、長くなりましたね
色々と考えて書いていたら、気づくとこんな感じに……

これは次の話を短めに……なるのかぁ?


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彼と姉妹の女神

今回は割とわちゃわちゃしてる感じになりました、はい

こういうのもありかな?って


英霊エミヤにとって、カルデアでの生活は決して悪いものではない。正義の味方とはていの良い呼び方で、ただの掃除屋として戦場に赴く、守護者としての仕事とは違い、正しく正義の味方として、この世のあらゆる人を救うためにその力を遺憾なく発揮することができる。

 

また、数多の英霊と出会い、時には言葉を、時には剣を交え、交流することができる、またとない機会でもあり、彼自身、伝説に語られる英雄たちとの戦いを通じ、更に力を蓄えることが出来ている。

 

真っ直ぐなマスターに、真っ直ぐな後輩(デミ・サーヴァント)。二人との出会いから始まったここでの生活は、その賑やかさから、いつかの遠い記憶を思い起こさせることがあり、どことない心地よさと、そして不謹慎かもしれないが、ささやかな幸せをエミヤに与えていた。

 

 

 

が、何事にも良い面と悪い面があるわけで、そんなカルデアライフにも勿論デメリットはある。時代も国も全く違う、古今東西の英雄が集まっているだけあって、食事の用意は簡単ではないし、当然争いごとも起こる。しかしそれはエミヤにとってはまだ小さい方の悩みで済む問題だ。

 

彼の頭を悩ませるもの、それは時折カルデアに召喚される顔見知りのことだった。いや、同じ聖杯戦争に参加した、というだけならまだ良い。クー・フーリンやロビンフッドとは喧嘩のようなやりとりもあるが平和だし、アルトリアやネロとは稽古をする仲な訳で、基本的に友好的に接している。

 

彼にとっての目下の問題は、度々増える顔見知り(擬似サーヴァント)のことである。

 

何の因果か知らないが、どうにもこのカルデアには彼のよく知る、或いは何かしら縁のある人間が、サーヴァントの依り代に選ばれ、召喚されることが多いのだ。

 

軍師な講師

 

赤を纏う魔術師殺し

 

白き聖杯の女神

 

白黒のシスターズ

 

虎でジャガーな女神

 

最早誰かによる陰謀めいた何かを感じるほどである。もしこれが神様のいたずらだというなら、その神を斬るべきではないだろうか。主に知人ばかりを増やす神を……などとどこぞのヒロインのような思考に逃避してしまうエミヤ。

 

とはいえ、彼を責めるのも酷であろう。なんせ今彼の目の前では……

 

「何よ、黙りこくっちゃって?私を無視しようとするなんて、良い度胸ね?」

「べ、別に大して気にしてないのだわ。召喚される前だって、基本的には独り言ばかりだったのだし……か、構って欲しくなんか……」

 

そっくりな顔立ち、そっくりな声。パッと見で違いといえば髪の色くらいだろうか。そんな二人の少女が、もとい女神が、彼の顔を覗き込んできている。

 

「ちょっと、聞いてるのかしら?」

「ああ、聞いているとも。だから、いい加減私の腕を放してもらいたいのだが、女神イシュタル、そして女神エレシュキガル」

 

かつての憧れであり、戦友であり、師であり、そして主人である少女(遠坂凛)を依り代とした女神二人に挟まれる彼を見て、他のサーヴァントが心の中で合掌するのだった……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

7つ目の聖杯、それを手に入れるためのレイシフトにエミヤが連れて行かれたのは、マスターからの強い要望が大きかった。第1の特異点の頃からずっと自分を支えてくれたエミヤがいてくれた方が心強いから、なんて言われてしまっては、エミヤとしても断るわけにはいかなかった。

 

今思えばあの時断っておくべきだったのかもしれない。そもそも特異点が古代ウルクにあるという時点で自分にとっては大きな地雷があることくらい予想できたはずなのに……

 

レイシフトした彼らを出迎えたのは慢心王……ではなく、賢王ギルガメッシュだった。アーチャーとして現界していた時と比べ、思慮深く、慢心もせず、優れた王として民のために力を尽くすギルガメッシュの姿は、正直エミヤをして非の打ち所がないほどだった。そのギルガメッシュの元、立香たちは3人の女神、そして人類悪たる存在との激闘を繰り広げることとなった。

 

しかし道中エミヤに最もダメージを与えたのは敵の攻撃ではなかった。花の魔術師といい、三姉妹の末っ子といい、野生の虎といい、どういうわけかやたらと自分が知っているような相手ばかりに、何度も頭を抱えたくなったのが思い出される。

 

中でも特にエミヤに衝撃を与えたのは、ウルクに現れていた二人の女神だった。今思い起こしても、なんとも奇妙で、それでいて既視感溢れる邂逅だったと思える。

 

 

 

『ちょっと!そこどいて〜!!』

 

ウルクに到着して間もない頃、突然空から聞こえた声に、立香たちは驚き、戸惑い、その場から避難することを忘れてしまった。

 

ただ一人だけは、その声が聞こえた瞬間に、反射的に動き出していた。声の方向へ急いで飛び上がったエミヤは、弓のように見える乗り物で地面目掛けて直下降していた少女を抱きかかえ、彼女を衝撃から守ることに成功した。乗り物の方も、マシュが盾で迎撃し、立香たちもことなきを得た。

 

そのことにホッとしながら、腕の中にいる少女の顔を見た瞬間、エミヤの体がピシリと固まった。

 

『ちょっと、降ろしなさいよ。私女神なんだから、軽々しく抱えるなんて、普通なら万死に値するわよ』

『あ、ああ……すまない』

『まっ、一応助けてくれたわけだから、感謝しておくわ。ありがとう、アーチャー……どうしたの?』

『いや……私は自分のクラス名を伝えた覚えはないのだが……』

『そう言えばそうね……なんでかしら。あなたを見た時、すぐにアーチャーだと思ったのだけれど……まっ、なんでもいいわ』

 

エミヤに降ろされ、自分の足で大地を踏みしめながら、少女がエミヤを見上げ、笑みを浮かべる。と、エミヤの方はぼーっと彼女を見ているだけだった。

 

『エミヤ?どうしたの?』

『っ、いや、なんでもない、マスター』

『マスター?この子が?ふーん……』

 

こちらを探るように見てくる少女のことももちろん気掛かりではあったが、エミヤの様子がおかしいことの方が立香は気になっていた。

 

彼がそんな風になったのは、他には一度だけ。

 

騎士王、アルトリア・ペンドラゴンと対面した時だった。

 

かつての聖杯戦争で強い縁のある相手、とエミヤは話してくれた。ということは、彼女もそうなのだろうか?

 

『そういえば、貴方は誰?その子のサーヴァントなのよね?』

『ああ。君の言った通り、アーチャーのサーヴァントだ』

『ふーん。それで?女神たるこの私が名前を聞いてあげてるのだから、名乗るのが礼儀じゃないの?』

『これは失礼を。英霊エミヤ。名前もなく、伝承もない、ただの掃除屋にすぎない。英霊としては末端もいいところだ。私如きが女神に名乗るのもおこがましいと思っていたのでね』

『エミヤ……ね。そう……』

 

名を聞いた瞬間、少女の表情に小さな変化があったように、立香には見えた。僅かに見せた反応は、二人に何かしらのつながりがあることを示唆しているかのようで……

 

『女神イシュタルよ。この私が覚えておいてあげるのだから、光栄に思いなさい』

 

彼女の名前を聞いたエミヤの見せる寂しげで、嬉しそうで、悲しそうな笑みが、それを裏付けていた。

 

結局何か探し物をしていたらしいイシュタルはすぐにどこかへ行き、その後に起こった様々な出来事のせいで二人の関係性を確かめる暇もなかった。

 

 

空を飛びながら、『彼女』は先ほどであった彼を思い出す。

 

抱えられた時、驚きはあったものの、不快感はなかった。むしろ何があっても大丈夫、そんな安心感さえ覚えた。

 

初めてあったはずの相手だというのに……

 

『エミヤ……ね。依り代(この子)と関係があったのかしらね』

 

心の奥深いところから、何故か湧いてくる懐かしさと嬉しさ。きっとこの喜びは、彼女のものであって、自分のものではないのだけれど……

 

『私にこんな想いを抱かせるなんて……面白いじゃない』

 

それを今の自分の一部として、彼女は心底楽しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

『じゃあ、依り代になった人と?』

『そうだ。女神イシュタルとは面識はないが、彼女が現界するにあたって依り代とした少女は、生前の知り合いでね』

『じゃあ、ロード・エルメロイII世と諸葛孔明みたいな感じ?』

『そうだな。似たようなものだろう。ただ、諸葛孔明が依り代に力を譲渡したのに対し、イシュタルの方は完全に依り代と人格が一つに交わっているらしい』

 

ウルクで活動する途中、エミヤとペアを組む機会があった立香が話を聞いてみたところ、どこか懐かしそうな表情を浮かべながら、エミヤが語る。

 

『それにしても信じられんよ。災難体質だとは思っていたが、まさか女神になるとは……余程波長が合っていたのだろう』

『そうなのか?』

『イシュタルが素直じゃない系女子の原点と言うなら、まぁ確かに合いそうだとは思えるな』

『ツンデレってやつだね』

『そういうことだな。彼女にフラグを立てるなら気をつけたほうがいい、マスター。照れ隠しにとんでもない一撃をくらわせられるかもしれないぞ』

 

いや、それはむしろエミヤの方なんじゃ……という言葉をなんとか飲み込んだ立香だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

さて、ここで終わればそれだけの話だったのだが、残念ながらそうは問屋が卸さない。生前の行いのせいなのだろうかと、思わず自分自身を呪いたくなったエミヤを、誰が責めることができるだろうか……

 

『冥界の女神、エレシュキガルなのだわ』

『……』

『先輩、大変です!エミヤ先輩が息をしていません!』

『おーいエミヤ、戻ってこーい』

『ちょ、ちょっと……聞いてるのかしら?』

 

可能性を考慮すべきだったのかもしれない。イシュタル(妹の方)が彼女を依り代にしていたのだから、同一の神性を持つエレシュキガル(姉の方)も同じように現界していることも、その依り代に選ばれるのが……

 

『本当になんというか……災難だな、彼女も』

『あ、生き返った』

『ちょっと!私を無視しないで欲しいのだわ!』

 

特異点のウルクに君臨した3人の女神の1人、冥界の神、エレシュキガルが、賢王を助けるべくやって来た立香たちをやや涙目で見つめていた。

 

 

『いや〜それにしても……この特異点エミヤと縁深すぎない?』

『言ってくれるな、マスター……私とて驚いている』

『ギルガメッシュ王とは面識があって、アナのことも訳知りみたいだし。あと、マーリンやジャガーマンもエミヤによくちょっかいかけてるよね。極め付けがイシュタルとエレシュキガル……エミヤこの時代と何か関係ない?』

『あるわけないだろう、たわけ。私は君よりも未来の存在だぞ』

『だよね〜』

 

マスターとの会話を終え、夜の見回りをしに行くエミヤ。と、誰かがついてきている。

 

『何か用かね?』

『用というほどではないのだけれど……』

『そうか。いや何、君がわざわざ来ているからには、何かわけがあるのかと思ったまでだよ』

 

夜の闇から現れたのは、よく見知った顔の少女……の身体を借りている女神……のうちの一人。

 

『それで、君はどうして私の後をついて来たのかね、女神エレシュキガル?』

『……何から話せばいいのか、わからないのだけれど……なんだかあなたを見ていると、ほっておけないのだわ……初対面に近いはずなのに……』

 

依り代の記憶や想いに引っ張られているのだろうか。イシュタルよりも強く影響を受けているらしいエレシュキガルの様子に、懐かしささえ覚える。忘れたはずの記憶……しかしその想いは死してなお体に染み付いているのだろうか。

 

『女神である君から目をかけてもらえるのは光栄だが、私のことは気にしないでくれ。何より今は為すべきことがある。君はマスターを見守ってやってくれ』

『わかってるのだわ……でも、その背中を見てたら、また(・・)消えてしまいそうで……』

『っ』

 

また……自分は彼女の前で消えたことなんてないはずだというのに……ああ、全く……

 

『参ったな……』

 

思わず小さな笑みがこぼれる。

 

『安心したまえ、女神エレシュキガル。今の私には戦う目的がある。こんなところで、勝手に戦いを終わらせるつもりはないよ。彼とともに、私は人類の未来を取り戻す。そのためにここにいるのだから』

 

あの時と違い、自分はまだ消えられない。そして、消えるつもりもない。だってこれは、自分が選んだ戦いでもあるのだから。

 

感謝されなくてもいい。覚えられなくてもいい。

 

ただマスターの声に応え、みんなを救いたい。

 

その想いを込め、エミヤは『彼女』に語る。

 

そんなエミヤの姿に、『彼女』は安心した。

 

彼はまだ、頑張っているのだと……

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……で、いい加減離してもらえないだろうか」

 

両腕をしっかりと抑えられてしまい、どこかに行こうにも行けない状態になってしまったエミヤが、小さく溜息をつく。

 

既にかれこれ1時間近く、彼はこの場から移動できずにいた。

 

「何よ不満そうにしちゃって。いいわ、なら一緒に来なさい。今日は気分がいいから、マアンナで空の旅に連れて行ってあげる」

「な、わ、私だって」

「私だって、何?あんた、満足できる娯楽を提供できるの?冥界でずっと引きこもってたのに?」

「ひ、引きこもってたわけではないのだわ。冥界の女神として、務めを果たしていただけで……そっちは女神としての自覚が足りないんじゃない?肝心な時に役に立たなかったのだし」

「ううう、うるさいわね。あれはあれよ……そう、私の責任じゃなくて、召喚の際に色々と」

 

この姉妹ゲンカは果たしていつ終わるのだろうか……もはやどこか遠くを見る目になり始めているエミヤ。

 

これはまだまだかかりそうだと、諦め掛けていたところ、

 

「まったくもう……二人とも頭を冷やしてください」

 

ズドン、と電気が走り、女神二人を痺れさせる。不意打ちだったこともあり、あっさりと二人はその衝撃で倒れてしまう。咄嗟に二人をエミヤが受け止めながら、辺りを見渡すと、

 

「ごめんなさい、エミヤさん。少しやりすぎちゃったでしょうか」

「いや、気を失っただけだろう。少し寝かせていれば大丈夫なはずだ」

「そうですか。なら良かったのですけど。エミヤさんは大丈夫でしたか?」

「ああ……すまない」

「いえ。確か今日の夕食当番でしたよね?ならそろそろ行かないと」

「そうだな。彼女たちを寝かせてから行くとしよう。手伝って貰えるかな?」

「はい」

 

優しく微笑みながら、彼女は槍をしまう。紫の髪を揺らし、自分を手伝う彼女の姿もまた、エミヤにとっては既視感のあるもの。

 

「じゃあ、行きましょうか。エミヤさん」

『———じゃあ、行きましょうか。先輩』

 

「ああ。そうだな」

 

なんだか賑やかになり続ける周囲に戸惑いながらも、かつての在りし日々を思い出しながら、エミヤは歩き出す。

 

 

 

あとでどこかの女神3人(姉妹)が笑顔のまま喧嘩しているのを見て、エミヤが頭を抱えたのはいうまでもない……

 




タイトル、ダブルミーニングになってるの、気づきました?

今回は出会いのパートとかをメインにあげてみました
もっと深く絡むのは、また今度ということで……

あれ、子ギル君?その薬瓶をどうする気なのかな?
今日の宴会でエミヤに?何それ、エナジードリンク?
飲めばわかるって……あ、おーい!

……大丈夫かな……


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彼と赤の弓兵

いや、久々にこちらも。

この二人は前に少し絡みましたが、折角ならがっつり書こうかと思いまして。

いやはや、いい感じにまとまった……かしら?(-_-;)


赤い弓兵。基本的にはそれはエミヤのことを指す。

 

弓に関する武勇伝や伝承を誇っているわけではないものの、赤の外套を身にまとい、名だたる弓兵に勝るとも劣らない威力と正確さを見せつける彼の腕は双剣の腕と同じく英雄たちの注目の的となった。

 

もちろんアーチャーの中にもいろいろなタイプはいる。正確さに重きを置く者、一撃の威力に重きを置く者、手数で圧倒する者、はたまた「お前本当にアーチャーか?」なんて言われそうな攻撃手段を持つ者と実に多種多様である。

 

しかしそういった意味でも、エミヤは異質だった。

 

高速で移動する敵に命中させるほどの精度を持つかと思えば、Aランク以上相当の一撃を持った矢を放つ。それだけかと思えば無数の剣を降り注ぐ手数の多さに加え双剣の技術ときた。無論それぞれの分野においては他に勝る英雄もいる。しかしながらここまで幅広くというのはなかなかにない。

 

そのどれもであり、どれでもない。それがアーチャーとしての彼であった。

 

さて、そんな彼は本日――

 

「……ふっ」

 

ストン、と気持ちのいい音を立てて彼の放った矢が的を射抜く。

 

カルデアにいるサーヴァント、その中でも特にアーチャークラスの者がよく利用しているトレーニング。移動する的を射抜くという単純そうなものではあるが、そこは英霊用に調整されているため生半可な射抜き方では通じない。かなりの距離があるのに加え、一定以上の威力、ミリ単位の精度が求められ、適切な角度まで要求される。そのうえ的の速度もそれこそ英霊クラスである。

 

しかしながらそれに動じることはなく、エミヤはただ的に狙いを定め矢を放つ。

 

矢が吸い込まれるように的に当たるのを、彼は一言も発さず見つめていた。

 

「素晴らしい腕ですね」

「弓の使い手として最高位でもあるあなたからそう言ってもらえるとは。お褒めにあずかり光栄だよ、ケイローン殿」

「どうです?私とも一勝負してみますか?」

 

それにしても――突然声をかけられたにもかかわらず、さして驚いた様子もないエミヤの様子に少し前から様子をうかがっていた大英雄たちの師でもあるアーチャー、ケイローンは感心していた。

 

一挙手一投足、矢を構え放つまでのそのすべての工程が美しく洗練されていた――それはつまりそれだけ彼の全意識が矢を放つという工程に向けられていたことに他ならない。にも関わらず完璧にとはいかずともなるべく気配を消していた自分の存在を認識していたのだろうか?

 

「私は弓兵だからね。これでも視野は広く持っているつもりだよ」

「なるほど。確かに矢を撃つことばかりに気を取られ、背後からの奇襲に対応できなければ論外。君はどうやらかなり戦場になれているようですね」

「そうだな。聖杯戦争にも何度か参加している記録がある」

「そうなのですか?でも私が言いたかったのはそうではないのですがね」

「む?」

「君が経験してきたのは、まさに戦場だったのでしょう、ということです。マスターより先の時代の者だとは聞いていましたが、その時でも争いはなくならないということなのですね」

 

微笑みを浮かべたままではあったものの、どこか悲しさにも似たような表情を浮かべるケイローン。対するエミヤはというと、「ふっ」と小さく、自虐的に笑った。

 

「ああ。多くの戦場を目にした。多くの死を見た。己の掲げた理想は決して間違いではなかったとは思うが、それでもあれらの戦場において私がしてきたことは、大量虐殺に他はないさ」

「大量虐殺ですか……ご存じのように私が生きた時代はそれが当たり前の世でもありました。国のため、民のため、時には人の欲のために戦争は起こり、人々は駆り出され、そして英雄と呼ばれる戦士たちの名が歴史に残されました。私の教え子の中にも、そういう者ももちろんいます。戦いとはそういうものでは?己が信じ、己が守りたいと思ったもののために戦う。一概に正しいとは言えませんがね」

「確かにそうして英雄となった者もいるだろう。ただ、私は武勲を立てて英雄となったのではなく、あくまで世界との契約でその末端に座しているしがない守護者だ」

「守護者……」

「そうだ。生前の私は確かに多くの戦場を見た。そして死後の私は、より多くの戦場を見た。かつて小を守るために大と戦っていたはずが、気が付けば大を生かすために小を殺していた。その小の中には戦士とはとても呼べない者も」

「……なるほど。そういうことでしたか」

「察していただけたようで助かる。さて、そろそろ私は行かなければならなさそうだ。これで失礼するよ」

「ええ。わかりました。」

 

軽く一礼し別れる二人。部屋を出るエミヤの後ろ姿を見送ろうかとケイローンがちらりと入り口のほうを見ると、ひらりと長い尾が翻るのが見えた。

 

―――――――――――――――――

 

部屋に戻ったエミヤはため息を一つつくとお茶の用意を始める。用意されたカップは二人分。机にお茶と少しのお菓子を用意してから、エミヤは視線を閉まったままの入り口に向ける。

 

「さて、こうしてこっそりと様子をうかがわれるのは二度目になるが……今度は何の用か、少し話でもしていかないか?」

 

と、入り口の扉が開く。珍しく少しばつの悪いような表情を浮かべながら、アタランテが部屋に入ってくる。

 

「すまない。尾行するつもりはなかったのだ。ただ、どう声をかけたものか悩んでいて」

「ふむ。どうやら、何か訳ありのようだな。座りたまえ。なに、今日は私も仕事から解放されている。君の話にじっくり付き合おう」

 

自身も腰掛けながらアタランテに正面の椅子を勧めるエミヤ。その様子に何かを決意した様子のアタランテが、ゆっくりと椅子に腰かけた。

 

「それで?君の気配を感じたのはトレーニングルームからだったが、そこで何かあった、とみて間違いはなさそうかね?」

「……あぁ」

 

頷きはしたものの、アタランテの顔は優れない。話すべき言葉をうまく出せないのか、やや苦しげにも見えるほどに、その表情から葛藤が察して取れる。その様子に合点が行ったエミヤが小さく息を吐き出し、アタランテに声をかける。

 

「『汝の殺してきた小の中には、やはり子供もいたのか?』、ということでいいかね?」

「っ!それは、」

「今日君がわざわざ私の後をつける理由が、それ以外に思い付かないものでね。察するに、私とケイローンの会話を聞いていたのだろう」

「……すまない。盗み聞きするつもりはなかったのだ」

「気にすることではないさ。人が行き来するような場所でしていた会話だ。他に誰が聞いていたとしてもおかしくはない。そういった意味では、私の不注意と言える。本当に秘密にしていたかったのであれば、ケイローンを誘って自室ですればよかったことなのだからね」

 

そう言ってくれるエミヤに盗み聞きをしてしまったことに対する罪悪感が少し晴れるものの、アタランテの表情はすぐれない。理由は言うまでもなく、先ほどエミヤが問いかけたことだった。

 

「エミヤ……汝は、その、」

「先ほどの件についてだが、隠しても仕方のないことだからな。正直に話すとしよう。結論から言うと、そうだ。私は君たちのように武勲を挙げた英雄ではなく、あくまで掃除屋としての守護者だ。故に私は、世界に求められるがままに戦い、そして殺した。それは当然、時には女子供問わず、だ」

 

その言葉に、俯きがちだったアタランテが顔を上げる。ショックを受けたのだろう、その表情はやはり苦しげだ。が、

 

「私に君たちのように誇れる武勲などないのさ。あるのはただ、多くを殺したというその事実だけさ。殺して、殺して――殺し続けた。愚かな理想を、愚直に求め続けて――結果、己とその理想に絶望するほどに」

 

そう言いながら両の手を見つめるエミヤの表情が――あまりにも、あまりにも――それこそ自分よりもずっと、苦しげに見えたのだから。

 

「エミヤ、その……汝が追い求めた理想というのは、一体?」

「そうだな……私はね、正義の味方になりたいと――そう思っていたんだ」

 

一瞬迷うそぶりこそしたものの、エミヤは話し出した。

 

第5次聖杯戦争の参加者や、彼の直接の関係者しか……それこそ、マスターにもまだ話していなかった、己の過去について。

 

「幼い頃、大きな災害に見舞われてね。その時に私は生みの親を亡くしたよ。私自身も死にゆくものだと思っていた時に、私を助けてくれた人がいたのさ。その人は自分を魔法使いだと言っていてね。結局私は彼に引き取られ、生きていくことになった。その時救ってくれた男が死にゆく私を救ってくれたように、私は誰もが幸せになれるように、誰もを救える正義の味方になりたいと、そう思ったのさ。だからこそ、人々を救うために世界と契約し、自身の死後を守護者として売り渡したのさ」

「誰もを、救う」

「そうだな。そういうところは全ての子供を救いたい、幸せにしたいと願った君に近かったかもしれない」

「ならば何故?」

「私は、根本を間違えていたのだよ。誰かの味方をするということは、誰かの味方をしないということだった。正義とは大多数の意見であり、正義の味方とは大衆の味方のことだ。私がしたかったのは、弱者をこそ助けることだったはずなのに――気が付けばその弱者を殺すことで多くを救っていた。ただ戦士として戦うだけであれば、まだよかったのかもしれない。だが――」

 

ふっと息を吐きだしたエミヤが、目を細めながらアタランテを見る。その瞳はいつもと変わらない色で、特に変わらないように見える……だというのに、なぜか。

 

なぜか彼が泣いているのだと、憤っているのだと、アタランテにはすぐに分かった。だってそれは、まるであの大戦のとき――あの子たち(ジャック)のことを思っていた自分自身に、救いようのないあの子たちを見たときの聖女(ジャンヌ)に重なって見えたのだから。

 

「すまないな」

「な、なにを謝っている?」

「私のありように失望しただろう?別に騙していたつもりはないし、ジャックたちのことは大切に思っているさ。もっとも、殺戮者の言うことなど信用できない気持ちもわからないでもないが」

 

ふっと息を吐きだしながらエミヤが立ち上がる。

 

「?どうした?」

「いや、今の話を聞いた君にも、少し一人の時間が必要ではないかと思ったのでね。あぁ、私の部屋ではあるかもしれないが気にせずにゆっくりしてくれたまえ。どうせ私はしばらくトレーニングルームにこもるつもりだからな」

「いや、私は、」

「あぁそうだ。マスターには、今後私と君とが同じパーティで組むことがないように配慮してもらわなければいけないな。もし君の方から言い出しにくいようだったら、私の方から話をつけてこよう」

「待て!……待って、くれ」

 

座っている自分の横を通り抜け、部屋を出ようとしているエミヤの手を、思わずアタランテは握っていた。

 

今の話しぶりからもわかる。今ここで彼を行かせてしまっては、きっと二度と彼は自分と関わろうとはしないだろうと。

 

自分がこの話を聞いて何も思わないはずがない。この先エミヤを見かけた時にこのことを思い出してしまうことも、それゆえに複雑な感情を抱き、どう接すればいいのかわからなくなってしまっていたかもしれない。そうなれば勘のいいマスターのことだ。きっと心を痛めるし、そのことで彼が思い悩むことになるかもしれない。

 

そうしないためにも、マスターとそして自分の負担をなるべく少なくするために、彼はもう離れていくつもりなのだろう。

 

それは――

 

「私は、汝の昔のことは知らなかった」

 

「汝は、ほとんど自分のことを語ろうとしないから。聞かれれば小出しに応えこそするが、汝はかたくなに線を引いている。だから私も、他の者たちも、汝のことを知らない」

「別に隠しているつもりはないさ。君も知ったように、聞いたところで気持ちのいいものではない。だから聞かれれば答えるだけにしているというだけさ。そこに深い意味などないよ」

「そう、なのだろうな。確かに、汝の身の上話は偉大な英雄が誇るような華やかなものではなく、つらく苦しいものと言える。子供たちや、マスターにはあまり聞かせたくない気持ちもわかる」

「なら、「だが!」」

 

そう言いながら、アタランテはより強くエミヤの手を握る。ここまでずっと視線を前に向け、アタランテのほうを見ようとしなかったエミヤが、その様子に驚いた表情を彼女に向ける。一方アタランテはいまだに俯いたままである。

 

「私は、ここに来てからの汝のことを知っている。汝がジャックやナーサリー、他の子どもたちと接している様子を見ていて、汝は子供たちをとても好いているのだと、そう思った。この前も、私が悩んでいるときに、道を示してくれた。汝は子供たちの味方であると、そう確信できた!だから――」

 

叫びにも近いほどの声を上げながらアタランテがエミヤを見上げ――声がつまる。だから、なんなのだろう?自分は何を願おうとしているのだろう?

 

わからない――わからない――わから、ない。

 

と、

 

「すまない。君にそんな顔をさせたかったわけじゃなかった」

 

そう言ってエミヤは手を伸ばし、アタランテの頬を――彼女も気づかぬうちに流していた涙を、親指でそっとぬぐった。優しく涙をぬぐうその指が頬を撫でる感触に思わずアタランテは目を閉じる。

 

不思議と嫌ではなかった。むしろこちらを気遣うように、肌を傷つけないように優しく撫でられるこの感じは、不思議と心が安らいだ。

 

「っ、すまん。情けない姿を見せた」

「そんなことはないさ。誰かのために涙を流せることは、情けないことなんかじゃないさ。もっとも、まさか私のために流される涙を守護者になってから見ることができるなんて思ってもいなかったが」

 

言いながら優しげに微笑むエミヤの姿を見て、なんだか子供たちが彼に懐く理由をより一層理解できた気がした。なんだかとても――暖かい。

 

「汝は、やはりとても優しいのだな」

「優しい、か。そう言ってくれるのはありがたいが、私は、」

「汝は、優しい。マスターや子供たちだけではなく、カルデアの職員、そして私や他のサーヴァントにもとてもよくしてくれている。汝のここでの行動から汝が本心から私たちのことを思ってくれていることが、よくわかる」

「しかし、」

「それに、汝が言ってくれたのだぞ。子供は正直だ。愛情を向ければ、同じように愛情で返してくれる。彼女たちが汝を慕い、愛情を向けるのは、汝が彼女たちに愛情を注いでいるから、ということだろう?」

 

ちょっとだけしてやったりという表情でアタランテがエミヤを見ると、驚いたように目をわずかに見開いた後、苦笑しながら額に手を当てていた。

 

「参った。確かにそう言ったな」

「確かに汝の過去を知り驚きはした。その話はきっと嘘ではなく、また実際に汝がしたことなのだろう。でも同時に汝がカルデアでしてきたこともずっと見てきたし、それを心から喜んでしていると確信している。マスターと子供たちが汝を信じているように、私も、汝を信じている」

 

最後のほうは立ち上がりながら、アタランテがエミヤのもとへと歩み寄る。凛とした表情で、まっすぐエミヤの目を見つめる。

 

「だから、汝も私を信じてくれ。あの話を聞いて汝を軽蔑することも、嫌うこともないということを。私だけではない、ほかのサーヴァントたちもだ。そして約束してほしい。汝から突然私たちから離れようとしない、関りを絶とうとしないと」

「ふっ、了承した。約束しよう」

「なら、その証として一つ頼んでもいいか?」

「む?そうだな。君の言葉には感謝している。一つと言わず、頼みがあるなら手伝わせてもらおう」

「その……だな、」

 

先ほどまでの凛とした様子はどうしたのか、急に視線をそらしながら口ごもるアタランテに、エミヤが首をかしげる。

 

「その、髪を」

「髪?」

「汝はよく、子供たちの髪を梳いてやっているだろう?その、私にも、してもらえるか?」

「?いいのか?君は人に髪に触れることを許していないと聞いたが」

「誰彼触らせるわけではない。髪も、耳も、尻尾もな。だが、その……汝を信頼しているからな。その信頼の証、というか」

「信頼の証、か。そういうことなら、私も君の信頼に応えなければいけないな。承知した。では座っていてくれたたまえ。君が満足してくれるかはわからないが、精一杯手入れさせていただくとしよう」

 

 

 

 

その日以降、子供たちがエミヤに髪を梳いてもらっているところに、もう一人手伝うように寄り添うサーヴァントが見かけられるようになった。そして子供たち全員が終わると――

 

「ではエミヤ、頼めるか?」

「承知した。では、失礼するよ」

 

最後に子供たちが去ったあと、エミヤに身を預ける気高い弓兵の姿が見られるようになった。エミヤの手が髪に、そして時折耳に触れるたびに、彼女はどこか幸せそうに頬を染め、微笑むのだった。

 




あ~、小さくなったシリーズの続きがなかなか筆が進まない……

スランプかしら?スランプですね?
いやはや、これほんと軽率に続けようと考えるもんじゃないですね、ほんど。

一応頑張りますけどね。

気長に、本当に気長~~~~に、待ってください


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子供エミヤパニック
唐突に事件は起こる


※この物語は時系列的には少し遡ります。具体的に言うと、まだエミヤの関係者が5次勢しか召喚されていない頃、という感じで

では、どうぞ〜


微睡みの中から意識が覚醒するのを、少年は自覚できた。

 

そろそろ朝……起きて朝食の準備をしなければ。でないと煩い姉に文句を言われてしまう。

 

年上のあんたが作れよ、とは言わない。自分が好きでやってることだし、何よりもう慣れた。

 

いつものように寝返りを打ち、まぶたを開き、さぁ1日を……

 

「あれ?」

 

目の前に見える天井は、どう見ても知らないものだった。いや、似たようなものを見たことはある。病院に入院していた時の天井と似ている気もしなくもない。

 

とりあえず身体を起こしてみる。

 

「ここ、どこだ?」

 

おかしい。

 

少なくとも自分の部屋は、家は、間違いなく和風だったはず。襖と畳、そして布団。あまりいろんなものを置かない自分の部屋は、それくらいのものしかなかった。

 

では、今自分がいる場所はどこだというのだろうか。

 

白い天井に白い壁。およそ和風とは言えないベッドには、何やら色々と置かれている。備え付けらしいテーブルと椅子、そして棚には紅茶のセット。

 

「えぇと……どこだここ?」

 

全く心当たりのない部屋で目覚めたことに、少年は戸惑う。まさか誘拐?いやでもそれなら拘束なりされているはずだろう。第一自分を誘拐するような相手がいるとは思えないし、自分は確かに自室で寝たはず……

 

「あれ?」

 

何故だろう。昨日の出来事が全然思い出せない。まるで靄がかかっているかのように、記憶を辿ろうにも辿れない。

 

なんだこれは。

 

記憶が断片的にしか思い出せないことに、僅かながら不安を覚える。しかしそれよりも今は自分の現状をもっとしっかりと把握しなければ。

 

「そういえば、こんな服持ってたか?」

 

しみじみと呟きながら、改めて自分の服装を見てみる。黒と赤を基調にした洋服は、どうにも自分の記憶にはないものだ。しかし同時に、何故かやたらとしっくりくる。

 

「うーん……いよいよよく分からなくなってきたな」

 

と、少年が呟いたその時、部屋の扉が開き、誰かが入ってくる。

 

長い黒髪で長身。全身が紫色を基調とした衣装に包まれている。日本人であることは間違いなさそうではあるが、今まで見たどんな女性よりも美しくあり、また妖しくも見えた。

 

「エミヤさん、起きていますか?そろそろ……あら?」

「えっ」

 

少年と目があった女性が止まる。

 

口を開き、女性を見上げる少年。

 

驚きの表情で少年を見つめる女性。

 

思いもよらぬ邂逅は、今後の2人の関係を変えるなどと、誰が予想できただろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

サーヴァント、源頼光は戸惑っていた。

 

いつもの時間に現れなかった同僚が気になり、その部屋を訪ねてみると、

 

「?お姉さん、誰だ?」

 

ブーディカに何処か似ている赤い髪に、琥珀のように見える瞳。あどけなさの残る表情に、声変わりする前の高めの声音。

 

全くもって見覚えのない少年が、自分を見上げている。

 

驚きこそしたものの、ここはカルデア。いつまた新しいサーヴァントが現れてもおかしくはない。一先ず挨拶から始めるべきだと判断し、頼光は少年に目線を合わせるために屈み込んだ。

 

「あらあら、初めまして。私、源頼光と言います」

「源頼光?なんか、昔の英雄みたいな名前だな」

「あら、私のことを知ってるのですか?」

「源頼光のこと?ああ。歴史の授業とかで聞いたことあるぞ」

「歴史ですか?」

 

自分のことを知識として得たわけではなく、歴史の授業で学んだ、ということは少なくともこの少年が自分より後の時代の日本から来ていることがわかる。

 

「あなたのお名前、聞いてもいいですか?」

「?いいぞ。俺はしろうっていうんだ」

「シロウ、ですか」

 

同じ名前のサーヴァントが1人思い浮かぶ。

 

自分より後の日本に生まれた彼、天草四郎時貞。思えば彼と同じく、赤と黒の服をこの少年は来ている。もしや、彼の幼い姿?

 

「なぁ、頼光のお姉さん、ここってどこだ?」

「どこ、と言いますと、(この部屋に)迷い込んだのですか?」

「うん。(この場所に)迷い込んだみたいだ」

「あらあら。良ければマスターのところに行ってみますか?きっと(自分の部屋が)分かりますよ」

「マスター?よくわかんないけど、行ってみるかな」

 

絶妙にベストマッチしているようでミスマッチしてる会話である。しかし当の本人たちはそのことに全く気づかない。

 

「では、私が案内しますね」

「ありがとう、頼光のお姉さん」

 

ニパッ、という効果音が聞こえるような気がした。無垢な笑みで自分を見上げる少年の様子に、

 

———トクン

 

と、一瞬胸が高鳴る。この気持ちのことはよく知ってるつもりなのに、何故か新鮮味さえ感じる。

 

「では手を。ここでは逸れてしまうと大変ですから」

「そうなのか?」

 

そう言いながら、少年が頼光の手を握る。自分より少し体温の高いその手を感じ、また先ほどの高鳴りを感じる。

 

「では、参りましょう」

 

そう一声かけてから、頼光は少年の手を引き、その部屋を出た。

 

 

そもそもその部屋の主がどこに行ったのか、そのことは完全に頭から抜けていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

今日の朝食当番が別の人だったから、エミヤと頼光がキッチンにいないことに対して疑問を持つものはいなかった。

 

が、逆に食堂でご飯を食べている間、マスターの側に頼光がいなかったことに対しては、何名かが首を傾げていた。

 

そのうちの1人でもあったマスターの藤丸立香は、自室に戻り、頼光の様子を確認すべきかどうかを悩んでいた。と、

 

コンコンコン、と扉をノックする音。続いて聞こえた声に、心配事はすぐに消える。

 

「マスター、いらっしゃいますか?」

「頼光さん?丁度今会いに行こうかと思ってたんだ。朝食堂で見かけなかったから」

「あらあら、心配をおかけしたようですね。申し訳ありません。ですが、マスターに確認したいことができまして。入っても良いですか?」

「俺に?うん、いいけど」

「失礼しますね」

 

扉が開き、いつも通りの頼光が入ってくる。綺麗な長い髪も、紫が多い衣装も、手をつないでいる少年も……

 

「ってあれ!?」

「あんたがマスター、って人か?よろしくな」

 

そう行って笑いかけてくる少年は、立香の初めて見る相手だった。少年の姿のサーヴァント自体は珍しくもない。カルデアでは成人と少年の両方が現界しているケースもいくつかあるからだ。

 

どことなく誰かに似ているような気もしなくもないが、この髪色のサーヴァントで彼と似ている相手には心当たりがない。

 

「えっと、頼光さん?この子は?」

「?マスターが召喚していたのではなかったのですか?どうやら迷子になっていたようなので……マスターに合わせるのがいいかと」

「いや、俺も召喚した覚えはないんだけど……」

 

困惑した表情を浮かべる立香と頼光。そんな2人の様子を、少年は頼光と手を繋いだまま見ている。

 

「えっと、俺は藤丸立香。カルデアのマスターだ。君は、その……」

「俺はしろうだ。よろしくな」

「あ、うん」

 

ステータスが見えることから、間違いなくサーヴァントなのだろう。いや、それにしても、驚きのステータスである。

 

低い。

 

いや、本当に低い。

 

最弱を自称するアンリ・マユや、戦闘は苦手と言っていたマタ・ハリと比較しても、そのステータスは大幅に下回っている。

 

こんなサーヴァントがあり得るのだろうか?

 

なんにせよ、シロウ、というサーヴァントには1人しか心当たりがない。

 

「えーと、シロウは、もしかして天草って名字?」

 

まぁ多分そうだろうとは思いながらも、一応確認してみる立香。しかし、

 

「違うぞ」

 

と、予想外の答えが返ってくる。

 

えっ、と口を開いた立香と頼光に対し、少年は彼らにとって衝撃的な名を口にする。

 

「俺は士郎、衛宮士郎だ」

 




というわけで、しばらく子供エミヤ、もとい子供士郎がカルデアに現れます
何話か引っ張りそうですけど、ご容赦


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小さき少年の背中

なんかこの前エミヤ由来のアイテムを購入しまして、
んでその日のうちにガチャリましたん
そしたらなんと……

エミヤが2人も来ちゃった(これで宝具レベルが5に)
後、金フォウ君食べさせてたらATKもHPもマックス大変身して……
パーフェクトエミヤ(レベル、聖杯、スキル、絆もMAX)
が降臨したのでそのエミヤの話を投稿しますね


立香も頼光も、目の前の少年が告げた名前に戸惑いを隠せない。

 

衛宮……えみや……

 

衛宮と、そう彼は自分の名字を告げた。

 

この感じだと、日本人なのは間違いない。だが問題はそこではない。

 

そんな名前の英霊は、このカルデアには1人しかいない。

 

抑止の守護者と彼は言う。

 

英霊として末端と彼は言う。

 

事実その名はどんな叙事詩にも伝説にも残されていない。

 

『エミヤ、という名に意味はないよ。私はもうその名を、その名を持っていたはずの誰か(自分)を、もう殆ど覚えていないのだから』

 

果たして彼がどのようにして英霊となったのか、聞いたところで彼は教えてくれなかった。彼と関わりのある英霊はいるが、みんながみんな同時期に聖杯戦争に呼ばれたと言う縁があるだけ。時代も神秘も異なる彼の生前について知っている筈もないだろう。

 

故に、まさかこんな形でその生前の姿を拝むことになるとは、まるで思わなかった。

 

「あらあらまぁまぁ……え〜と、エミヤさん」

「士郎でいいぞ。衛宮さん、って呼ばれ方はなんか慣れないから」

「そうですか。では士郎くん?」

「なんだ?」

「あなたは朝目が覚める前の事、何か覚えていますか?どうしてここにいたのか、とか」

「それが、全然思い出せなくて……靄がかかっているというか」

「まぁ、それは大変ですわね」

 

心底心配そうな頼光。立香とてそれは同じだ。前からエミヤは記憶が摩耗していると話していたが、その影響が子供の姿にも影響しているのだろうか。

 

「それで、俺はどうすればいいんだ?」

「へ?」

「よくわかんないけど、このカルデア?からは当分帰れないんだろ?なら、ここで何をしたらいいのかなって」

 

あまりにもあっけらかんと言う彼の姿に、立香は驚く。普通突然こんな場所に来て、知らない人に囲まれて、不安に思わないのだろうか。それどころか彼はここ(カルデア)のために動こうとしている。

 

「えっと……何って言われてもなぁ。士郎くんは、ここのことどこまで聞いてる?」

「難しいことはわからなかったけど、世界を救うための場所なんだろ?かっこいいな。マスターは正義の味方ってやつなんだろ?」

「えっ、そう、なのかな?」

「なら俺も何か手伝うよ。俺の爺さんも、正義の味方だからさ。俺も何かしたいんだ」

 

なんてことのないことのように、彼はそう言う。いや、確かにエミヤはどんな相手にも基本は動じない、強い精神力の持ち主であり、いつも誰かのために行動していた。けれどもまさかこの歳から?

 

本来ならまだ親に甘え、守られ、生活を支えられる立場なはず。家族から離れたというのに動じず、自分から何かしたいと提案する。この歳の子供らしい、とは正直思えなかった。

 

「えっと……気にしなくてもいいのに。むしろ戻れるまでは俺たちに頼ってくれていいんだよ?」

「そうはいかないだろ。俺のために色々と迷惑かけることになるんだから。ちゃんとその分の手伝いはしないと」

 

どうやら意外と頑ならしい。説得できそうにない立香は助けを請うべく、頼光をちらりと見る。バーサーカーであれど、理性的な彼女は、それだけで立香の考えを正しく読み取ったらしい。小さく頷いてから、頼光が士郎の前に屈み込む。

 

「でしたら、食堂へ行きましょう。私は今日のお昼から食事当番なのですが、手伝ってもらえますか?」

「わかった」

「では、参りましょうか」

 

そう言って頼光は士郎の手を引き、立香の部屋の外へと向かう。最後に振り返ると、立香が口パクで「ありがとう」と言っているのが見え、頼光は笑みを返した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「士郎くんは、料理をしたことがありますか?」

 

食堂への道のりを歩きながら、頼光が士郎に問いかける。時折すれ違う職員に不思議そうな目を向けられるも、カルデアでそういうことはもはや日常茶飯事であるためか、特に不審がられることはなかった。

 

幸か不幸か、食堂の営業時間以外ではこの辺りはそこまでサーヴァントの出入りは多くなく、エミヤ(衛宮士郎)と面識のあるサーヴァントに遭遇することもなかった。

 

「あるぞ。うちは保護者がそういうとこだらしないからな。俺がしっかりしないと」

「まぁ、偉いのですね」

 

頼光が士郎の言葉に笑顔で褒める。どうやら彼は親の手伝いを良くするいい子らしい。こんなに小さい時から料理に触れる経験があったのならば、将来の彼の腕にも納得がいく。

 

ガランとしている食堂に、2人で入る。頼光がエプロンを二つ取り出し、一つを士郎に渡す。

 

「カルデアは本当に多くの人がいますから、みんなの分用意するのは大変ですよ」

「そうなのか。やれるだけやってみるよ」

「はい。お願いしますね」

 

 

 

いつもより早い時間から準備を始めた頼光は、予想していたよりも士郎の手際がいいことに驚いていた。確かに料理長(エミヤ)が作っていた食堂マニュアルやレシピがあるとはいえ、この年の子供にしては異様に手慣れている。果たして親の手伝いをしただけでこうなるだろうか。

 

「本当に上手ですね。お母さんに教えてもらっていたのですか?」

「違うぞ。俺に母さんはいないしな」

「……えっ?」

 

世間話でもする感じで、サラリと言われた言葉に、頼光は思わず手を止めてしまう。言った本人は何でもないかのように下準備を進めている。

 

「士郎くん……今のは?」

「俺、少し前に大きな事故に巻き込まれたことがあって。その時に産みの親を無くしたんだ。今はその時助けてくれた人が父親代わりでさ。全然家事とかできないから、自然と身についたんだ」

「親を……母親の代わりの人は」

「いないぞ。爺さんは俺が知る限りじゃ結婚してなかったし」

「お母様のことは覚えているのですか?」

「いや、覚えてない。あの事故の衝撃が大きすぎたのか、それより前のことは全然思い出せないんだよな」

 

普通に聞くとかなり重い話なのだが、それを普通のことのように目の前の少年は語り、なおかつ料理の手を止めない。この器用なところはエミヤ(彼の将来)を彷彿とさせるが、そんなことは頼光にはどうでもよかった。

 

「あなたは、寂しくなかったのですか?」

「寂しい……うーん、どうだろうな。爺さんも家にいないことが多かったし、偶に家に知り合いのお姉さんが遊びに来ることはあったけど、基本的には1人だったからなぁ。最初の頃はともかく、今はそうでもないかな」

 

 

以前、エミヤは立香の世話を焼く彼女のことを見ながら、感心したように呟いた。

 

『母親……ふむ。まぁ確かにそういうものなのかもしれん。結局のところ、子が最後に甘えられ、弱みを見せられるのは、母親なのかもしれないな』

 

その時は僅かに違和感を感じただけだった。まるで母親がどんなものなのか、知識として知っているかのような話し方をしていたのだから。でも、それはあくまで本人が言うように、記憶の磨耗が原因だと、その時はそう結論づけていた。

 

でも違ったのだ。

 

そうではなかったのだ。

 

彼は本当に知っているだけなのだ。

 

知っていて、識っていて。

 

でもその身には、残されていない。

 

『母親』という、存在が。

 

 

 

「よしっ、これでいいかな。頼光さん、次はっ、!?」

 

振り返ろうとした士郎の言葉が止まる。

 

ふわり、そんな風にも感じる優しさで、何かが彼の身体を包んだ。

 

自分のと異なる体温に、自分のと異なる鼓動。

 

慈しむように、愛おしむように、髪がそっと撫でられる。

 

真後ろにいるため、その表情は伺えず、士郎は困惑する。

 

頼光は、まるで包み込むように、士郎の身体を抱きしめていた。

 




ちょっと有り得ないキャラと絡ませようかと思いこんな形に
あ、彼女だけではなく、他にも何人か登場しますからね


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彼を知る者

いやぁ、士郎くんがいるだけでカルデアがパニックになりそうだなぁ

今回はそのパニックの導入部的な感じなのかな?
いや、思ったより長くなりそうだなこの事件……


突然の事に、士郎は戸惑っていた。

 

背後から抱きしめられたため、頼光の表情が見えない。なんとか身を捩らせ、抱きしめられたまま振り向く。

 

「頼光さん?」

 

彼女の顔を見上げ、士郎は更に戸惑う。彼女は、どこか泣きそうな表情で彼を抱きしめているのだから。

 

「どうしたんだ?どこが痛いのか?苦しいのか?マスター、呼んでこようか?」

 

不調でもあるのだろうかと心配し、士郎は頼光の様子を伺う。しかし質問に対する回答はなく、彼女の抱きしめる力が少し強まるだけだった。

 

「頼光さん?」

「……のですか?」

「えっ?」

「……誰にも、甘えたことがなかったのですか?」

 

震える声で頼光が問いかける。どこか悲痛なまでのその声は、幼い少年の動揺を誘うのに十分だった。

 

「知らずに育ったのですか?母親を」

 

「知らずに育ったのですか?母の愛を」

 

「知らずに育ったのですか?甘えることを」

 

これまでに見てきた成長した姿(エミヤのこと)を思い返す。ふざけてマスターにおかんと呼ばれたり、ジャックからお母さんと慕われたり、カルデアの母という通称が広まったりと、自分の知るエミヤは父性だけでなく、母性溢れる人物だった。

 

きっと良い母に育てられていたのだろう、なんて思っていた。

 

けれどもそうではなかった。

 

きっと彼は己の面倒を見て、身内の面倒を見て、そうならざるを得なかっただけなのだ。この少年を見ていてもわかる、彼は心優しい人だ。そんな彼だからこそ、人の面倒を見るのも、苦ではなかった。

 

母を知らずに育ったが故に、誰よりも母親らしさを持った彼。それはひどく歪にも思え、同時に頼光にとっては寂しく見えた。

 

子供が寂しがる時、彼はいつもそばに居る。でも彼が寂しかった時、誰か居てくれたのだろうか。

 

子供が怪我をした時、彼は優しく手当てしてあげる。でも、彼が怪我をした時、誰か手当てしてくれたのだろうか。

 

子供が良いことをした時、彼は笑顔で褒めてあげる。でも、彼が良いことをした時、誰か褒めてくれたのだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「?……よく分からないけど、ありがとな頼光のお姉さん」

「?どうして、ですか?」

「だって、今泣きそうな表情してるの、きっと俺のためなんだろ?俺のことを思ってくれてる。だから、その……ありがとう」

 

少し困ったようで、でも感謝の気持ちが伝わる。そんな笑顔を、士郎は頼光に向ける。きっと何故泣いているのか、よくわかっていないのだろう。

 

それでも彼は、その事を驚きながらも、戸惑いながらも、自分の為なのだと感じ、感謝した。

 

(優しい子に育っているのですね……誰に教えられるでもなく、誰に育てられるでもなく……父親と姉、そのお二人がいたから、なのかもしれませんね。でも……)

 

家事は全くできないから、自分が面倒を見ている、そう彼は言った。それでもその時の彼はめんどくさがっている様子はなかった。それどころかどこか嬉しそうにも見えた。

 

誰かの役に立っている事。

 

誰かの助けになっている事。

 

その事こそが、彼にとっての喜び。

 

まだ幼い少年が抱くそれは、とても歪で、何処までも他人本位で、何処か危なっかしい。

 

 

頭をよぎるのはあの赤い外套。

 

休む事なく、彼は誰かのために動いていた。

 

例えば厨房で食事を作る事。

 

例えば子供の世話をする事。

 

例えば病気の者の看病をする事。

 

例えば女性陣の相手をする事。

 

例えば模擬戦の相手を務める事。

 

 

例えば危機的状況で、真っ先に盾となる事。

 

 

彼が誰かを庇うようにし、怪我をしたことは一度や二度のことではない。

 

時にそれはマスター。

 

時にそれはデミ・サーヴァントのマシュ。

 

時にそれはレイシフト先の人間。

 

そして時にそれは仲間のサーヴァント。

 

『どうして、か……そうだな。私がそうしたいから、としか言いようがないな。誰かの為に何か出来るのなら、それをしない理由がない。ただそれだけのことだよ。それに、私自身も、そうする事に喜びを感じているんだ』

 

そう言って、彼は笑った。何処か幼くも見える、クシャッとした笑顔で。

 

いつだって、彼は人のために動く。

 

それが、衛宮士郎(生き残り)に課せられた使命であるかのように。当然に、疑問もなく、彼は動くのだ……

 

その優しさの果てが、あの青年(英霊エミヤ)

 

 

でも、それでは……

 

それでは……

 

(彼はいつ、誰かに甘えたのでしょうか……)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「頼光さん?早くしないと、みんな来ちまうんだろ?」

 

なかなか離してくれない頼光の様子に、少し困った顔をして笑う士郎。ちらりとまだ調理途中のキッチンに視線を向けて、もう一度頼光に微笑みかける。

 

「そう、ですね。皆さんも、マスターもお腹を空かせちゃいますからね」

 

瞳に溜まった涙を指で拭いながら、頼光は士郎に微笑みかける。

 

「ではペースをあげましょう。大丈夫ですか、士郎?」

「うん……って、今、呼び方」

「ダメ、ですか?」

「そんなことはない、けど……なんだか不思議な感じだ。頼光さんみたいな大人の女性に名前を呼び捨てにしてもらったことなんてなかったからな」

 

少し照れくさいのか、はにかみながらも士郎は料理の手を進める。頼光がペースを上げてみても、一応ついて来られている。

 

もう間もなく終了といったところで、

 

「……士郎、少しいいですか?」

 

と、頼光が声をかける。

 

「何?」

「実は、「邪魔するぜ!っと、今日は頼光の姉ちゃんだけか?」……あら?」

 

続く頼光の言葉は、営業時間と共に遮られる。入ってきたのは青い髪に全身青いタイツのような服装。長い髪をしばり、朗らかな笑みをひっさげた男。

 

「クー・フーリンさん。早いですね」

「おう。なんか知らんが、あの赤いのが見当たらないってセイバーのやつが騒いでたもんでよ。まぁ一応確認ついでに飯を食おうと思ってな。まっ、やっぱいないみたいだな」

 

ドサリとカウンター席に座るクー・フーリン。

 

「ご注文は?」

「おう。取り敢えず肉が食いてえ。いいもんあるか?」

「それでしたら今日はハンバーグがありますよ。どうですか?」

「おっまじか?ありゃマジでうまいからすぐ無くなっちまうしよ。早くにきて正解だったぜ。んじゃ、それのセットで頼むわ」

「はい」

 

士郎が手が離せない状態だったため、頼光が注文を聞く。人気メニュー、というよりも騎士王オルターズにほとんど取られてしまうハンバーグがあると聞き、クー・フーリンは上機嫌だった。

 

営業時間とはいえまだお昼時ではないためか、他の客はまだ来ない。料理を待ちながら首を伸ばしキッチンを覗き込むクー・フーリン。やはり肝心の赤を纏った弓兵は見当たらなかった。

 

「ここにもいねぇのかよ。野郎がいないなんざ、事件でもあったのかよ」

「あ、それはですね「頼光さん。注文のやつ出来たぞ」」

「なっ!?」

 

と、丁度そのタイミングで2人のそばにくる1人の少年。その姿を見た瞬間、クー・フーリンは思わず椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。

 

「?なんだ?」

「な、お前っ!坊主!?何で!?小さっ!?子どもっ!?何で!?」

「?」

「あらあらまぁまぁ」

 

士郎を指差しながら、驚きのあまりに言葉がまともに出て来ないクー・フーリン。首をかしげる士郎。何やら訳知りらしいクー・フーリン、その様子に頼光は疑問を抱いた。

 




というわけで、折角なので兄貴に最初に知ってもらおう!
というお話でした〜

えっ?槍弓押しなのかって?
いや、弓剣押しです。
お楽しみはとっておこうかと


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槍兵の話

|д゚)

こっちも、かな?


「若返りの霊薬……あの小さい金ピカとか、黒いサンタの嬢ちゃんの時と同じってわけか」

「その様ですね」

「ケッ。まためんどくせぇことになってやがるな。こりゃ連中が知ったら下手したらパニックだぞ」

 

ウゲェ、という表情を隠そうともせずクー・フーリンがボヤく。視線の先にはせっせとお昼時の準備を進める少年。

 

その様子に疑問を持った頼光は、そのことについて尋ねることにした。

 

「あの、クー・フーリンさん」

「ん?なんだ?」

「先程の口ぶりから察するに、あなたはエミヤさんの幼少の頃を知っているようでした。貴方とエミヤさんでは生まれた時代も国も違うはずですが……」

「あー……そりゃそうなるよな」

 

どーしたもんかね、と独りごちりながらクー・フーリンが髪をガシガシかく。何やら答えにくいことなのだろうか、と頼光が首を傾げる。

 

「まぁ、他言無用で頼むわ」

「?ええ、承知致しました」

「俺が何回か聖杯戦争に参加したことがあるって話は聞いてるか?」

「ええ。貴方や青いセイバーのアルトリアさん、それにエミヤさんもそうだと聞いています」

「まぁ俺らも同じ聖杯戦争で出会った訳だしな。まぁその聖杯戦争に呼ばれた舞台で会ってるんだよ、あいつの若い頃にな」

「会ってる、ですか?」

「ああ。相手の出自については聞いてるか?」

 

いいえと頼光が首を横に振る。本人に聞いたことはある、でも本人からは、

 

『私の出自など、貴方にお話できるようなものでもないよ。伝承も何も無い名もなき正義の味方の体現者なのだから、私は』

 

と自嘲気味に笑みを浮かべながらはぐらかされた覚えしかない。

 

けれども今回、彼が縮んだことにより彼が自分よりもあとの時代の日本人であるということ、それだけは分かった。

 

「あいつの伝承なんざ聞いたことないだろ?」

「ええ。それらしき資料もありませんでしたし、聖杯からの知識も全く。ルーラーのジャンヌさんも詳しくはわからなかったと言っていましたし」

「まぁそりゃ当然だ。あいつはこの時代、この時点ではまだ英霊に、もっと言えば守護者にはなっていねぇからな」

「え?」

「まぁ、平行世界っつーか、別の世界線での話にゃなるが、あいつ──アーチャーの野郎は、未来に現れる英霊だ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「とある世界線で、俺は今から数年前に行われた聖杯戦争に呼ばれた。そこで俺は生前のあいつと会ったんだわ。まぁ生前っつっても今くらい幼かったわけじゃねぇ。そうだな、ちょうど今のマスターくらいの年だったな」

「今くらい、いわゆる高校生の頃ということですね。でも、どうしてお会いすることになったのですか?」

「あぁ。まぁ、あいつはその聖杯戦争の参加者だったんだよ」

「参加者……ということは」

「ああ。アーチャーの野郎は、元マスターだ」

 

元マスター。

 

不思議とその事実はストンと腑に落ちた。

 

彼に限った話ではなかったものの、元一般人であるマスターは度々サーヴァントからマスターのあり方について教わっている姿を見かけたことがある。

 

しかし中でもエミヤのそれは異なっていた。

 

『いいかね、マスター。君は確かに魔術師としては未熟だ。だが戦闘において君が要であることは肝に銘じておけ』

『共に戦いたい、か。君の気持ちはよくわかるとも』

 

『君は優しいからな。我々だけに戦わせていることを心苦しく思うだろうし、礼装の力を借りて戦闘に加わろうとするだろう』

 

『無論君の支援には大いに感謝する。だがあくまで支援にとどめることを忘れるな』

 

我々(サーヴァント)の役割は戦闘を行うことで、マスターである君の役割は戦況を俯瞰し指示を出すことだ。君の指示がなければ我々の戦いは困難を極めることとなるだろう』

 

『自分が未熟であることを責めるな。未熟な自分はまだ直せるのだから。もっとも、未熟な思想を持つようであれば全力で君を止める必要があるのだろうけどね。あ、いや。こちらの話だよ、マスター』

 

マスターがどういうものか、そういった視点からというよりもまるでそれを経験してきたかのような、そんな話が多く感じられた。

 

「マスターとは言ったが、あの頃のあいつは魔術はからっきしだったらしいからな。半人前の魔術師もいいところだったみたいだぜ。そういう意味じゃ、一番マスターのことをわかってやれるのはあいつなのかもしれねぇ」

「半人前……ではおそらく、意図的に聖杯戦争に参加したわけではないのですね」

「まぁそうだな。半ば巻き込まれるような形ではあったな。というか俺が巻き込んじまったような節もあるが」

 

まぁともかく、なんていいながらガシガシと頭をかくクー・フーリン。

 

「そんなわけで俺と同じ聖杯戦争に参加した連中も、あいつのことは知っているってわけだ」

「そうでしたか。では今の彼は」

「まぁ少なくとも俺らと出会うよりずっと前の姿になっちまってるしな。聖杯戦争のことも、俺たちのことも何一つ覚えちゃいねぇんだろ。けど――」

 

言葉を少し区切り顔をしかめるクー・フーリン。その続きの言葉を聞いたとき、頼光は己の抱いた感想が間違っていなかったことを確信した。

 

「――その経験よりもずっと前からあれだっていうなら、ありゃ相当壊れてやがる。痛々しいほどにな」

 




久方ぶりに( ^ω^)・・・

短いですけどね(笑)


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―――その日、少女は少年に出会う

いやはや、今回の夏イベ!!!

新たな霊衣となったエミヤさんが出てくれた、ただそれだけで私は幸せだ!!!
何よりもまず最初にそれだけは確保しに行きましたね笑

というか今回のおかげでまた新しい組み合わせの可能性が(式部さん呼び最高)

いや、まぁそれはさておき。
じゃあそんなエミヤがイベントに本格登場というわけで!
少しだけ、更新しま~す。


壊れている。

 

破綻している。

 

衛宮士郎という少年を見ているうちに、どうしようもなくそんな感想を抱かざるを得なかったとあの槍兵は言う。

 

「はい。ハンバーグの追加分完成っと。頼光さん、次は?」

「あ、はい。では――」

 

指示を出しながらも頼光の頭の中はグルグル回っているような感じだった。

 

先ほどのクー・フーリンとの会話がどうにも気になってしまっているのだ。

 

「頼光さん、お疲れ様……何かあったの?」

「あっ、ブーディカさん」

 

流石に彼を大勢の前に出すわけにもいかず、配膳を担当している時に声を掛けられる。心配そうな表情をしている赤髪の女性は、調理場の常連でもあるブーディカだった。

 

「何か悩んでいるようだけど、何かあったの?」

「あ、いえ。その、大したことではないのですが」

「そう?なんだかすごく難しい顔をしてる……子供のこと、かな?」

「えっ」

「ほら、あたしも母親だったことあるからね。何となくそんな気がしたんだ。頼光さんが金時君やマスターのことを我が子のように大事にしているのも見てきたわけだし」

 

そう言いながらやさしく微笑むブーディカは、カルデア食堂の先輩として、同じく子を想う母として、とても純粋な好意によるものであることが頼光にはよくわかった。

 

一瞬考えたもののこの件は自分一人の手におえるものでもなく、マスターにずっと対応してもらうわけにもいかない。どの道誰かに協力を仰ぐ必要はあるのだ。

 

そういった面でいうのであれば、カルデアではエミヤとの付き合いが長く、信頼されているブーディカであれば力になってもらったほうがいいのかもしれない。丁度食堂のピークも過ぎ去っていて、そろそろ片付け組との交代になる時間になっていたから移動しなければならない。

 

「あの、ブーディカさん。このあと少しお時間よろしいでしょうか?」

「いいよ。今日は予定もないしね」

「では、この後私の部屋に来ていただけますでしょうか?」

 

そんなわけで、既に片付け体制に入っている少年の午後の予定も決まったのだった。

 

―――――――――――――――――――――

 

「えっと……」

「まぁ、そういう状況のようでして」

「なぁ、なんで俺は頼光さんの膝の上にのせられてるんだ?」

 

ところ変わって頼光の部屋。日本に出自を置くほとんどのサーヴァントと同じように、彼女の部屋も和風の作りになっている。畳の上に敷かれた座布団、その上に頼光と約束を取り付け招待したブーディカが座っている。

 

そしてつい先ほど、士郎ことエミヤの陥っているについての状況を説明し終えたところである。

 

「なんというか、若返りのケースはもう見たことがあったけど、まさかあのエミヤ君がね」

「ええ。それに、他にも気になることがありまして……」

「あ、ちょっ、頼光さん。頭撫でるのは、ちょっと……」

「まぁまぁシロウ君、でいいんだよね?私はブーディカ。気軽にブーディカさんって呼んでくれていいからね」

「あ、うん。俺は衛宮士郎。よろしくって、ちょっ、何でブーディカさんまで」

「う~ん、これがあのエミヤ君の幼い頃かぁ。なんだか不思議な感じだね」

「ええ。それから、彼とランサーのクー・フーリンから聞いた話ですが――」

 

と、女性人二人が至極真面目な話をしているはずなのだが、当事者であるはずの衛宮士郎としてはそれどころではなかった。

 

(なんだこれ?頭、というか髪を撫でられるのって、こんなだったか?)

 

養父が撫でてくれることはあった。所々に傷のある手ではあったし、あまり回数は多くなかったけれども、自分の頭をしっかりと包み込むような、どこか安心感を与えてくれるものだった。

 

姉のような人も自分を撫でてくれることがあった。いや、あれは撫でるという表現で正しいのかはわからないけれども、彼女はとても元気よく、わしゃわしゃ~っと髪をかき混ぜるようにすることが多かった。

 

でも、この二人がしているそれは、そのどちらとも違うように思えた。

 

(くすぐったいようで、でもどこか心地よくて――安心する、穏やかな気持ちになる――身を、委ねてしまいたくなる――もう忘れてしまったけれども、もしかしたら、これが――)

 

「ん?」

「あらあら?」

 

話し込みながらも士郎の頭を撫で続けていた二人ではあったが、ふと会話が途切れる。その理由は、彼女たちの手にそっと添えられた、小さな少年の手。

 

不思議そうにする二人に反応するでもなく、何かをかみしめるかのように、その少年は瞳を閉じ、頭に添えられている手の存在を確かめるかのように自身の手で触れる。

 

「シロウ君、どうかした?」

「士郎?」

 

二人の声も聞こえているのかもわからない、それくらい彼は反応を示さなかった。思わず顔を見合わせてしまう頼光とブーディカ。肩を揺らしてみようかと頼光が手を伸ばした時、

 

「――母さん」

 

少年が無意識に――無自覚に――漏らした言葉が耳をうった。

 

二人が思わず見つめる中、少年の頬を一筋の水滴が伝い、静かに畳の上に落ちた。

 

―――――――――――――――――――――

 

『アーチャーの野郎が大変な目に合った』

 

それを聞いたセイバーことアルトリアは、後ろから声をかけてくるランサーのクー・フーリンの言葉に意識を向ける余裕もないほどの勢いで、思わず駆け出していた。

 

(シロウに一体何が?もしかして、レイシフトで大きな傷を?いや、ランサーのあの様子。戦闘でのことだとしたら、あの調子で話すことはまずない。ということは、何かトラブルに巻き込まれた?)

 

食堂、キッチン、彼の部屋、トレーニングルーム。取りあえず思いつく場所を巡ってみても、目当ての相手の姿はどこにも見当たらなかった。そこでマスターに心当たりを聞いてみたところ、

 

「あ、もしかしたら頼光さんの部屋にいるかも。実は、「源頼光の部屋ですね。ありがとうございます、マスター」あっ、ちょっ」

 

と、何かマスターが言いかけていたようにも思えたが、それさえも振り払うように走り出していた。

 

そんなに心配するようなことか?なんて思うものもいるだろう。彼とてサーヴァントであり、話を聞く限りではこと霊体となった後は自分よりも多くの戦闘を、そして多くの修羅場を経験しているはず。ただ、それでも、

 

(彼はいつも無茶をし過ぎる傾向があります。また一人で負担を抱え込もうとしていたとしたら)

 

生前の彼を知っているからこそ、つい不安になる。はやる気持ちを何とか抑えながら頼光の部屋の前にたどり着く。息を吐き出し、気持ちを整えてからノックをする。

 

「どうぞ」

 

その返事を聞くや否や、扉を開け、アルトリアは部屋に入り込む。

 

「失礼します、頼光殿。アーチャーを、見なかっ……た、で」

 

最後の方の言葉が途切れてしまう。いや、しかしそれは無理もないだろう。何故って、

 

「あら、アルトリアさん。どうかしましたか?」

「やっ、アルトリア。頼光さん、そろそろ交代してくれる?」

「あぁはい、承知いたしました。では、」

「いやいや、待って待って。二人とも待って。頼光さんへのお客さんだろ?」

「士郎、先ほども言いましたように、私のことは母と呼んでください」

「あたしのことも母親として扱ってくれてもいいんだよ?」

「いや、だからっ!」

 

見覚えのある赤銅色の髪に琥珀色の瞳。自分が知っているものよりもずっと幼く、小さい体躯ではあるけれども、その顔立ちを見間違えることなんて、自分にとってはありえないことだった。

 

「シロウ、なのですか?」

 

思わずつぶやいた名前に反応する少年。それだけで自分が間違えていないことが確信できる。

 

「えっ、何で俺の名前?」

「おや?アルトリアは何か知ってる感じ?」

「まぁ、そういえばそうですわね。アルトリアさんも、クー・フーリンさんと一緒ですものね」

 

ブーディカに抱かれながらキョトンとする少年。首をかしげるブーディカに、訳知り顔の頼光。

 

そんな中、入り口に立ったままのアルトリアは――どこか泣きそうな表情をしていた。

 




ってなわけで!

皆様お待ちかね!
母親属性組の暴走とセイバーとの邂逅でございます笑

ここからがまた楽しいことになりそうなのですが……まぁ、まずは書けよってことですね、はい、頑張ります。

ではでは~


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少年を見つめる少女は――

さていよいよ5次組登場だ!(長らく間空いてすんまそん)




和風の部屋作りとなっている頼光の部屋。

 

そこで向かい合わせに座る頼光・ブーディカと今しがた部屋に入ってきたばかりのアルトリア。

 

湯飲みに入れられたお茶を少し飲み、一息ついたところで、二人からアルトリアに現状の説明が行われていた。

 

「なるほど……そういうことになっているのですか」

「そうみたいなんだ。だから、アルトリアごめんね。今日はエミヤのご飯はお預けになっちゃうや」

「あ、いえ。それは理解していますし、状況が状況なので構いませんが……その……」

 

背筋を伸ばし、足を崩さず、綺麗な姿勢でしかれた座布団の上に座るアルトリアだったが、その様子はどこか落ち着かない。ちらちらと視線がブーディカに――より正確に言うならば、ブーディカの膝の上に座る少年に向けられていた。

 

「なぜ、シロウはブーディカの上に座っているのでしょうか?」

 

むぎゅっ、なんて音が聞こえてくるんじゃないかと思わず錯覚してしまいそうになる。それほどにしっかりと、ブーディカは少年衛宮士郎の身体を抱きかかえ、その膝の上に乗せながら説明をしていたのだ。何ならそのすぐ隣で頼光が士郎の頭を撫でている。

 

「ん~?なんでだろ?なんかこうしてあげたくなっちゃうんだよね」

「ええ、わかります。つい、そうしてしまいたくなりますね」

「いや、あの……二人とも放してくれないか?」

「あの、ブーディカも頼光殿も、シロウに近くないですか?」

「そうかな?」

「母が子とともにいたいと思うことは普通ではないでしょうか?」

「いえ、それを否定するつもりはありませんが、そもそもの問題として、「え?頼光さんいつから俺のかあさんになったんだ?」って、あぁまた話が進まない」

 

完全に母性本能が働いている頼光とブーディカ。オロオロするアルトリア。そして何が何だか分からなくなってきている衛宮士郎。

 

――はっきり言って中々にカオスだった。

 

――――――――――

 

と、いうわけで場所を移動し、カルデア施設の一つ会議室。

そこに頼光、ブーディカ、士郎と他にも数名が集められていた。

 

「シロウと面識のある私たちも、シロウを見守る手助けをしましょう」

 

アルトリアにより招集された面々は、約二名を除き、驚きの表情を浮かべていた。

 

「この少年が……シロウ?あの頃もまだ少し可愛らしかったですが……これはまた随分と」

「坊やが本当に坊やになっちゃったわけね。本当にあの英雄王の薬は面倒ごとを引き起こしてくれるわね……それにしても何かしら。こう、今の坊やを見ているとつい創作意欲が(服)」

「ほどほどにしておけよ、キャスター。ガキになったとはいえこいつはあの坊主だからな。頼まれたら断らないだろうから、お前が疲労困憊になるまで着せ替えをするところが目に浮かぶぜ」

「うむ。しかし、聖杯戦争を経て奇妙な経験には慣れたものだとばかり思っていたが、いざこうして見知った顔が幼子にされた……さらに話を聞く限りでは、ただの幼子とも呼べないものになっているのを見れば、驚かざるを得んな」

 

既に状況を知っていたランサーのクー・フーリンと表情を変えずにいるヘラクレス他、並行世界において衛宮士郎が参加していた第5次聖杯戦争にしたサーヴァントたちが集められていた。

 

「ところで、あの二人は呼ばねえのか?金ぴかと呪腕の野郎?」

「ええ、今回は集まってもらいませんでした。英雄王の方はそもそも声をかけませんでしたが、もう一人のアサシンの方は「私は他の者ほどあの少年ともアーチャーとも関係が深くはない。敵対したことこそあれ、こちらに来てからもあまり共闘したこともない。故に私の出る幕はないだろう」と言っていましたので」

「あぁ、言われてみればそうでしたね。彼はそういった意味でもイレギュラーといえる気がしますね」

 

「……なぁ、ここにいる人たちは、みんな俺を知っているのか?」

 

ついつい話が盛り上がりかけていた第五次勢を止めたのは、まさにその話題の中心にいた少年士郎だった。不思議そうに、一人ずつのことを見る士郎は、最後にヘラクレスを見て怪訝そうな顔になる。

 

「ごめん。でも俺にこんなでかい人の知り合いなんていないと思うんだけど……」

「いえ、それは……シロウ、これから私たちのする話は嘘偽りない事実です。信じてもらえますか?」

「セイバー、話すのか?」

「それは少し、シロウも困惑してしまうのではないでしょうか?」

「ランサー、ライダー。貴殿らの言うこともわかるが……」

 

セイバーのしようとしていることを察し、ライダーのメドゥーサとクー・フーリンが待ったをかける。無理もない。そもそも気がついたらこんなわけのわからないところにいて、そんな中で実はここが彼の知っている世界ではないことや、本来の彼のことを話したところで混乱するだけである。ただの一般人だったとしてもややこしいことになりかねない事態に加え、彼が――衛宮士郎が――エミヤが相手であること。そのことがより危うさを増長してしまう。

 

彼がもし、もし既に自分たちの見たあの頃の彼と同じだとしたら――果たして動かずにいられるのだろうか。

 

今の彼はまだサーヴァントのことも、人理の修復のことも正確には理解していない。そもそも彼がこれから経験することになる聖杯戦争のことも知らないのだ。そんな彼に、現状を打破するための手掛かりを得るためとはいえ、その経験の事実を告げることは、果たして正しいのだろうか。

 

「?よくわからないけど、あんたは嘘をつくような人に見えないし……信じるよ」

「そう、ですか。ありがとうございます、シロウ。えっと……そうですね」

「ねぇ。だったらあの繰り返しの4日間のことを説明してあげたらいいんじゃない?今の状況や第5次のことを話すよりは、坊やにとっては親しみやすいと思うのだけど?」

「あぁ、確かにそうですね。その記憶はここにいる全員に共通していますし」

「まっ、確かにそれなら俺らのこともある程度説明はつくか……」

「なるほど。確かに、キャスターの言う通りですね。今はそれがいいかもしれません」

 

頼光とブーディカ、そして当事者の士郎は彼らの話し合っている様子に首をかしげる。

 

「シロウ。私たちは皆、あなたのことを知っている。正確には、あなたが少し成長したころのことを知っているのです」

 

―――――――――

 

「つまり俺の爺さんが言っていたような魔法使い――えっと、魔術師が町にたくさんいて、その人たちに呼ばれたのが、あんたたちサーヴァントってことでいいのか?」

「ま、大体あってるな」

「サーヴァントは過去の英霊で、大きな魔術を行うため魔術師のマスターに呼ばれた」

「そういうことになるわね」

「時々戦うことも協力し合うこともあって、その繰り返されていた時間を抜け出すことができた」

「ええ。あの時間はあの時間で悪くはなかったですが」

「時々言っていたセイバーとかランサーとかはサーヴァントとしてのクラス、つまり役割のこと」

「左様。呑み込みが早くてなによりだ」

「そしてその時、成長した俺がマスターとして呼び出していたのが、ここにいるセイバー」

「はい。そういうことですシロウ」

 

一つ一つ理解しているような、していないような。

 

どことなく難しい表情をしながら一つ一つ確認している士郎を、サーヴァントたちは見つめる。

 

「シロウ、わかりましたか?」

「ん、あぁ。全部分かったわけじゃないかもしれないけれど、なんとなくは、かな。そういえば頼光さんも昔の人と同じ名前だけど、もしかしてサーヴァントなのか?」

「ええ」

「じゃあブーディカさんも?」

「うん、そうだよ」

「じゃあさっきのマスターさんっていうのは、みんなのマスターなのか?」

「そうだね。私たちみんな、あの子の力になるためにここにいるんだ。ここでみんな一緒に戦ってる」

「マスターさんは、一人しかいないのか?」

「はい。本来であればもっと多くのマスターがいる予定だったと聞いております。でも、今動くことができるのは、あの子だけです」

「……なぁ、俺にもできないのか?その、マスターっていうの」

「え?」

 

至極真面目な顔でそう言った士郎に、思わずその場にいた全員が――それこそここまで一切の表情の変化を見せなかったヘラクレスでさえも、あっけにとられた。特にセイバーははっとした表情を浮かべたかと思うと、俯いてしまった。ギリィ、と小さく彼女の口から洩れた音に、士郎は気づくことがなかった。

 

「ええと、士郎?それはどういう」

「俺は未来にはマスターになっていた。ということは、マスターになる素質はあったってことなんだろ?なのにあの人だけに戦わせるわけにはいかない。俺にだってできることがあるはずだ」

「シロウ君。マスターっていうのは簡単な物じゃないよ。さっきのアルトリアたちの説明からじゃわからないかもしれないけど、あの子も何度も傷ついたし、何度もつらい思いをしてきてる。シロウ君より年上のあの子がだよ。それを」

「年は関係ないさ。それに俺がマスターさんの力になれたら、傷つかないで済むかもしれないだろ。何で急にこんなところに来たのかわからなかったけど、もしかしたらそのために俺は「シロウ!」っ!……セイバー、さん?」

 

宥めるような口調だった頼光とブーディカに対し、強い意志を示している少年士郎の様子に、思わずセイバーは声を荒げてしまう――荒げずにはいられなかった。

 

その頑固なまでな姿勢と、危険を承知でそれでも飛び込もうとせずにはいられない意志。あぁ全くどうして……このころから既にそうだったというのだろうか。聖杯戦争(あの戦い)を共に駆け抜けたころと、今目の前にいる少年がやはり同一人物であることを再認識するとともに、どうしようもないその事実に心が叫びだしそうになる。

 

けれども言えない――何を言えるというのだろうか。

 

かつてのマスター(切嗣)はずっと向き合ってきたのだろうか。あの時自分たちの迎えた結末が――結果としては間違いではなかったとわかったとしても、それでも――こんなに深く、重く、痛々しいほどの傷跡を刻んでしまっていたことと。

 

彼を壊してしまったのはあの火災。

 

あの火災を引き起こしたのは破壊された聖杯。

 

では誰がその聖杯を破壊した?

 

誰が破壊するように命じた?

 

誰が、その剣を振り下ろした?

 

誰が――

 

声を荒げた後黙り込んでしまったセイバーを士郎が戸惑いながら見つめる。どこか一触即発な空気の中、同じくセイバーを見ていた頼光は、ふと士郎の方に向き直る。

 

「……士郎。皆さんにも少し整理する時間が必要かもしれません。やはりあなたの未来の姿を知っているからこそ、驚きと戸惑いもあるかと。それにあなたもです」

「頼光さん?」

「隠しているつもりでも、母にはわかります。身体が疲れていますね」

「いや、このくらい別に」

「ダメです。母がいる限り、子供に無茶をさせるわけにはいきません。一度私の部屋で休息をとりましょう。いいですね?」

「でも、「士郎?」……うん。わかった。その、セイバーさんは大丈夫なのか?」

 

心配そうな視線をセイバーに向ける士郎。

 

「大丈夫だよ。あたしもついてるし、他のみんなもいる。ちゃんと整理をつけてからまた話そう?」

「ええ。シロウはゆっくりと休んでいてください」

 

心配げな士郎を安心させるようにブーディカとメドゥーサ。セイバーも言葉を発することはなかったが、小さく士郎に向けて頷いた。

 

「わかった。じゃあ、また後で」

「うん。それじゃあ頼光さん、シロウ君のことよろしくね」

「はい。承りました」

 

最後に頼光とブーディカとが言葉を交わし、士郎は頼光に手を引かれるように部屋を後にした。

 

 

「すみません、取り乱してしまい」

「ううん。でも、ちょっと驚いちゃったかな。アルトリアにも、シロウ君にも。エミヤ君の時からどこか危ういと思っていたけど、あんな幼い頃からなんだね」

「ええ……彼は幼い頃にある災害に見舞われ、実の家族を亡くしています……そしてその災害は、ある意味私のせい、とも言えるのです」

「アルトリアのせい?」

「彼が家族を失った災害の原因は、聖杯。ある汚染された聖杯を私が破壊した際に零れ落ちた中身が、彼をゆがめてしまったのです」

 




コメディチックな展開を期待したか?
或いはラブコメ展開か?

残念だったな!
今回、及び続きはまぁシリアスです、はい。

あ~、早く村正君に会いたいよぉぉぉぉぉお!!


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痛ましいほどの義務

弊カルデアには、村正が来てくれていることだけ、ここに記す。


この件については、衛宮士郎――ひいては英霊エミヤの根幹にかかわる重要な話となる。そう判断したアルトリアたちはマスター、マシュ、そしてカルデア所長代理を務めるロマニを加えてから、改めて事情を話すことにした。

 

なお、頼れる兄貴分のような存在であったエミヤが若返ってしまったという現状について、説明を受けたマシュとロマニが戸惑い、驚き、パニくるという事態が発生しかけたものの、一先ずはマスターの協力もあり、納得してもらえたことは記載する。

 

そして、いよいよ本題。

 

語られたのは聖杯戦争の物語。

 

衛宮士郎が参加したものではなく、その前――衛宮切嗣(彼の養父)アルトリア(セイバー)とともに戦い抜いた、世界最小規模で行われる、世界最大級の戦争の話。

 

「最後に残ったのは、私とアーチャー……ギルガメッシュでした。最後の戦いとなろうそのタイミングで、我がマスターの切嗣は令呪をもって私に聖杯の破壊を命じたのでした。当時の私はそのことを理解できず、憎しみすら覚えていました。ですが、今ならわかります。衛宮切嗣は一度その聖杯の中身を知り、そのために聖杯の破壊を望んだのでしょう。彼の願いは――もう誰も血を流さないで済む、争いのない、恒久的な世界平和でした。多くの人を殺しかねない汚染された聖杯を、彼が求めることはなかったのでしょう」

 

ただ――、そうセイバーは言葉を区切る。視線がやや下がり、俯くように表情が暗くなる。

 

「ただ――既に手遅れ、とも言える状態ではありました。聖杯そのものは破壊し、生まれようとしていたアンリ・マユも結局はそこより誕生することはなかった。それでも、零れ落ちてしまったその中身までは、私には――私たちには止めることができなかたのです」

「それがあの災害に繋がったわけね。宗一郎様の保管していた新聞とかから当時の被災の様子を見たことはあったけれど、確かにあれは悲惨としか言いようがないわね。現代技術では防ぎようのないことだったし」

 

黒い中身があふれ、それは聖杯戦争の地、冬木の町を覆った。当然事故や災害が起きればその対処のために人が動く。だが、それは無意味だった。近代技術や医療は確かに発展していたかもしない。それでも世界のすべてを呪いで染めてしまうほどの万能の願望器がもたらす破滅的なその現象には、なすすべなどあるはずもなかったのだ。

 

「じゃあシロウ君は――」

「ええ。彼はその災害の当事者であり、被害者であり、そして生存者です。あの事件で彼は元の家を失い、元の家族を失い――そして、衛宮切嗣によってその命を救い上げられたのです」

「そうか……エミヤ君のどこか自分を顧みない、病的なまでの滅私奉公――他人を優先するのではなく、他人の助けにしかなろうとしないその姿――その根幹はつまり、サバイバーズ・ギルトってことになるのかもしれないね」

「サバイバーズ・ギルト、ですか?」

「簡単に言ってしまえば、自分が生き残ってしまったことに極端なまでの罪悪感を感じている、ということだよ。自分だけが助かってしまったこと、そのことに強い罪悪感を感じていて、それゆえに自分の命を優先できない――自分の命には価値がないと、そう思い込んでしまうケースもあるみたいだからね」

「自分の命に、価値がない……」

 

小さく呟き、マシュがその言葉を繰り返す。そのことが理解できないのではない、どころか彼女からすればそれは決して他人(ひと)事ではなく、他人(たにん)事ではなく、無関係ではない。出自や環境こそ異なれども。始まりが異なれども。

 

その話は、彼女には理解できるもの――理解できてしまうものだった。

 

「そう、かもしれませんね。私が彼に召喚された時、彼の言葉を少しだけ聞いていましたが――」

 

『助けてもらったんだ。助けてもらったからには……簡単には死ねない』

 

『俺は生きて、義務を果たさなければいけないのに……死んでは義務が果たせない』

 

ランサーに狙われ、死の間際に立たされているというのに、彼は自分の命を惜しみはしなかった。彼は死にたくないとも、死ぬのが怖いとも言わなかった。ただ、死ねない――義務を果たさないといけないから――死ねない。そう言っていたのだ。

 

「生き残ったからには、義務を果たさなければいけない。そう思い続けているからこそ、きっと彼は今回の件でマスターになりたいと思っているのでしょう。いえ、少し違いますね。なることが、生き残った自分に与えられている義務であり、責務であり、そしてそれを為すために命を賭すべきだと考えているのでしょう」

「そんな……」

 

思わず立香も言葉を漏らす。

 

人類最後のマスターだから。人理を救えるのが自分しかいないから。

 

その義務感と責任感、そして共に戦ってくれるマシュというかけがえのないパートナーがいてくれるから。だから自分は戦いに身を投じる覚悟を決めることができた。

 

それでも怖かった。痛いのは嫌だし、仲間が傷つくのも嫌だった。苦しかった。それでも何とか気を奮い立たせ、仲間たちと心を支え合わせ、何とか戦ってきていた。

 

でも彼は――エミヤは――衛宮士郎は、違うのだ。

 

怖くない――義務のために死ぬことは。苦しくない――正しいことをするのだから。

痛い――けれどもそれは、足を止める理由にはならない。

仲間は傷つけさせたくない――自分が傷つけばいいから。

 

『何で急にこんなところに来たのかわからなかったけど、もしかしたらそのために俺は』

 

そんなの――

 

「まともじゃないわ。ともすれば人間ではない、とまで言い切れてしまいそうね。例えるなら人のふりをした人形――そんな物語もなかったかしら?」

「キャスター、それは言い過ぎでは」

「セイバー、この件については私はキャスターの意見に賛同します。あなたもそうでしょう?」

「っ、それは」

「ふむ。戦が常の世の中においてはそう異質ではなかろうが、平安の世においてはいささか異常と言わざるを得んな。もっとも、私に関しては実際にその時代を見る機会はなかったので、あくまで聖杯から与えられた知識をもとに、ということにはなるが」

「だから言ったろ。ありゃ壊れてやがる、ってな」

 

最後にどこか苦々しい表情をしながら吐き出されたクー・フーリンの言葉に対し、誰も否定の言葉を紡ぐことができなかった。

 

―――――――――――

 

「そう、でしたか」

「うん。思ったよりも、シロウ君の――エミヤ君の問題は深刻みたい」

 

後日。

 

頼光の部屋にて。

 

士郎の相手をするために、マスターたちが受けたアルトリアたちの説明を聞いていなかった頼光は、ブーディカよりその話を聞いていた。

 

今士郎はメドゥーサとアルトリアの二人が見ているため、頼光は安心して――涙を流した。

 

「頼光さん?」

「あ、すみません。でも――私は気づくことができませんでした。彼の心が、彼自身が、そんなにまでの重荷を抱えていることに」

「そうだね。自己犠牲の精神っていうのは、英霊であれば持っていてもおかしくはない。そういう人だから英雄となって、英霊となる、なんてイメージもあるしね。だから、エミヤ君のことも、そういうものなんだって、思ってた」

「戦乱の世であれば、そういった考えもありましょう。現に私と共に戦った源氏の者たちの中にも自分より他人を、という者もいましたとも。ですが、マスターとそう変わらない時代で、となると」

 

家をなくし、父を亡くし、母を亡くし――自分を亡くした。

 

子供たちを慈しみ、仲間の世話を焼き、しかし自分を顧みない。

 

滅私奉公、という言葉で表して良いものか。彼には滅する己すらないのかもしれないのだから。頼まれれば応える――よく考えた上で、およそ何にでも応える。応えてしまう。

 

世界を、人理を、救うための戦いの中でも、自分たちは安らぎを覚えた。例えひと時の夢のような、二度とない奇跡のような時間だとしても、ここでの生活の中で戦い以外の生活、生前なかった出会い、本気で楽しめる行事、様々なことがあった。

 

そんな中でも彼は、どこか一歩引いた保護者のような目線で、常に何かしら働いていた。

 

彼は――安らいでいたのだろうか。

 

今の少年のような彼が、あまりにも大人の彼と同じ過ぎて。

 

それがどうしようもなく悩ましく、そしてどうしようもなく痛ましい。

 




う~ん、このままだと全然ハッピー方向に持って行けなさそうだ、どうしたものか。


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